続・魔法科 (10)レビュー
続・魔法科 まとめ
魔法科シリーズ まとめ
続・魔法科 (12)レビュー
物語の概要
■ 作品概要
本作は、魔法が技術として体系化された近未来を舞台とするサイエンス・ファンタジー、および政治ドラマである。
物語は、日立市で突如解放された古代の呪詛「ギャラルホルン」により、人々の理性が崩壊し、大規模な暴動が発生する場面から始まる。この未曾有の「霊災」は関東全域に混乱を広げ、社会における反魔法感情を再燃させることとなる。主人公・司波達也は、この危機の背後に潜む香港三合会や米国洪門(ホンモン)といった国際的陰謀を阻止するため、宇宙から香港へ降下する電撃作戦を決行する。国家間の利害と魔法師への猜疑心が渦巻く中、達也が自らの大切な居場所と妹・深雪の平穏を守り抜くために戦う姿が描かれる。
■ 主要キャラクター
- 司波達也:本作の主人公。メイジアン・カンパニー専務理事にして、四葉家の守護者。圧倒的な魔法解析・行使能力を持ち、物理的破壊から政治的交渉まで多角的に事態を収拾する。
- 司波深雪:達也の妹であり、四葉家次期当主。十万人規模の暴動を一斉に沈静化させる広域魔法「ヒュプノス・チェイン」を行使し、次期指導者としての圧倒的な実力を示す。
- アンジェリーナ・クドウ・シールズ(リーナ):元USNA軍総隊長。司波兄妹の強力な協力者として、香港での潜入作戦や深雪の身辺警護に尽力する。
- 黒羽文弥:四葉家の分家である黒羽家の次男。呪詛の影響で命の危機に陥るが、復活を機に新魔法「死影」を会得し、魔法師としての成長を見せる。
- 九島光宣:宇宙ステーション「高千穂」に滞在するパラサイト。達也の依頼を受け、圧倒的な術式を駆使して香港の宿敵「四凶」を壊滅させる。
- 四葉真夜:四葉家現当主。達也に暴動鎮圧と報復作戦を一任し、一族の利益と国家の安定を図る。
■ 物語の特徴
本作の魅力は、単なる魔法バトルに留まらない「魔法と社会の摩擦」のリアルな描写にある。
- 社会情勢と魔法師の孤立: 圧倒的な力を持つ魔法師が暴動を鎮める一方で、その強大すぎる力が人々に恐怖を与え、反魔法主義を強めるというジレンマが色濃く描かれる。これは物語に深い緊張感と説得力を与えている。
- 国際的な謀略戦: 香港の九龍城砦を舞台とした特殊作戦や、USNA(北アメリカ大陸連邦)政界への情報リークによる「黒幕の排除」など、軍事と政治が交錯するスリリングな展開が特徴である。
- 新魔法の技術的考察: 意識を眠らせる「ヒュプノス・チェイン」や、魔法発動を物理的に阻害する「ゲートキーパー」の首輪など、設定の細部まで練り込まれた新魔法の登場が、読者の知的好奇心を刺激する。
書籍情報
続・魔法科高校の劣等生 メイジアン・カンパニー(11)
著者 佐島 勤 氏
イラスト 石田 可奈 氏
出版社:KADOKAWA(電撃文庫)
発売日:2026年3月10日
ISBN:9784049165869
現在、本作を原作とするアニメ第三期「魔法科高校の劣等生 第3シーズン」は2024年4月~6月に放映済み
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あらすじ・内容
ついに日本国内で解き放たれた禁忌の魔法。この危機にリーナと文弥が挑む!
ロッキー・ディーンが自らの命と引き換えに発動した、先史魔法文明の秘術「ギャラルホルン」。
人間が持つ破壊衝動を解き放つ、戦略級魔法に匹敵する規模の影響力を持つ魔法だ。
術者であるディーンの死後も依然として「ギャラルホルン」は猛威を振るう。一般人だけでなく魔法師もその毒牙に抗えず、混沌は拡大しつづけている。
ディーンに替わる新たな寄生先を求めた「ギャラルホルン」のデーモンが宿主として選んだのは、テロ対策として動員されていた空澤だった。
この未曽有の危機に、リーナと文弥が立ち向かう!
感想
【世論と深雪への懸念】
茨城北部で発生した騒乱の後、世論が反魔法師へと傾いていく展開には、もはや「またか」という冷めた感想しか湧かない。魔法師が一般人に恐れられているという事実は今に始まったことではないが、この恐怖という火種が大きくなり、世の中が不穏になっていく様には強い警戒心を抱かざるを得ない。もし、この不穏な空気が原因で、深雪が迂闊にも被害に遭うような事態になれば、達也は躊躇なくこの世界を滅ぼすだろう。世界全体の存続が、たった一人の少女の安全という細い糸に吊るされているような緊迫感を、改めて突きつけられた思いである。
【四凶の自業自得な末路】
一方で、香港で起きた「四凶」との戦いについては、彼らの無謀さに呆れるばかりであった。かつて自分たちの国家である大漢を崩壊させた相手が四葉だと知りながら、「真夜の細胞を利用した」などと喧嘩を売るその姿勢は、もはや滑稽ですらある。半ば達也を指名するように挑発した結果、香港に降臨した「摩醯首羅」達也と光宣の二人によって、彼らは瞬く間に殲滅された。圧倒的な力を持つ四葉家に対し、なぜこれほどまでにあっさりと踏み潰されるような挑発を仕掛けたのか、彼らは本気で何がしたかったのかと疑問を感じずにはいられない。
【交錯する人間関係の進展】
殺伐とした情勢の一方で、人間関係には大きな変化が訪れた。ついに七草真由美と十文字克人の婚約が決まり、真由美が年内に寿退社する予定である点は、長くシリーズを追ってきた読者として感慨深い。重度のシスコンである泉美が、この婚約に全力で反対している様子は非常に面白く、物語の清涼剤となっている。また、亜夜子と空澤の良好な雰囲気や、リーナが助けたお礼として文弥に一方的なキスを贈るなど、若者たちの関係も着実に動き出している。
【文弥の歓喜と物語の終焉】
特に印象深かったのは、黒羽文弥の描写である。死の縁から生還し、影死(えいし)という新たな魔法を得たことよりも、副作用で骨端線が開き、コンプレックスだった背が伸びる可能性が生まれたことに大喜びする姿は、非常に微笑ましい。魔法師としての強さ以上に、一人の少年としての切実な願いが叶ったことへの喜びが伝わってきた。
あとがきによれば、このシリーズも終わりに向かっているという。寂しさはあるが、絶大な力を持つ達也たちがどこへ辿り着くのか、その最期を静かに見届けたい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察
ギャラルホルンの暴走
先史魔法文明の遺産である魔法ギャラルホルンの暴走は、物語において極めて甚大な被害と混乱をもたらした。その詳細な経緯と背景について、以下の通り整理する。
魔法ギャラルホルンの正体と特性
ギャラルホルンは、かつて世界を支配していたシャンバラを打倒するために、叛逆者集団ラ・ロが作り上げた決戦兵器となる魔法である。その主な特性は以下の通りである。
・術式内に高性能な情報体装置であるデーモンが組み込まれている。
・デーモンは術者に宿って活動を続け、安全限界を無視した破壊行動や自爆攻撃を術者に強制する。
・極めて攻撃的かつ自壊的な性質を持つ魔法として定義される。
日立市における発動と暴走の背景
ロッキー・ディーンと香港三合会は、日本国内の霊的弱点とされる日立市南部の古房地公園で星神封印を解く儀式を行い、その混乱を拡大させるためにギャラルホルンを発動した。しかし、以下の要因により予想外の暴走を引き起こした。
・古房地公園の祭祀は、過去の天体衝突災害を防ぐため、シャンバラの遺産を核として築かれていた。
・ギャラルホルンのデーモンが、この地を敵地であるシャンバラの拠点と認識した。
・この認識により、デーモンは術者側の思惑を大きく超えて暴走を開始した。
宿主の移行と空澤兆佐による抵抗
発動者であるディーンの死亡に伴い、デーモンは新たな宿主を求めた。その際の推移と空澤兆佐の行動は以下の通りである。
・通常は石板に戻るはずのデーモンが、敵地を前にして最も近くにいた警察官の空澤兆佐に寄生した。
・空澤は警察官としての強い信念により、周囲に破滅衝動をばら撒くデーモンの声に激しく抗った。
・空澤は被害の拡散を防ぐため、破滅衝動と溢れ出した膨大な霊的エネルギーを自らの内に封じ込めた。
・この結果、空澤は凄まじい身体能力を得る一方で狂気に囚われ、自分を殺してくれる相手を求めて彷徨うこととなった。
破滅衝動による暴動の拡大メカニズム
ギャラルホルンがもたらす魔力は、人々の精神に自他を区別しない破滅衝動(デストルドー)を引き起こした。暴動が連鎖的に拡大した要因は以下の通りである。
・星神封印の破壊によって放出された霊的エネルギーが、人々の精神干渉魔法への抵抗力を奪った。
・魔法そのものの継続的な作用以上に、魔法が起爆剤となって人々の内なる衝動を解放した。
・群集心理によって衝動が感染症のように連鎖し、統制不能な暴動へと発展した。
事態の鎮圧と魔法の封印措置
拡大を続ける暴動に対し、司波達也の指揮のもとで行われた鎮圧と封印の詳細は以下の通りである。
・司波深雪が広域誘眠魔法ヒュプノス・チェインを発動し、数万人規模の暴徒を傷つけることなく一斉に眠らせた。
・空澤兆佐については、黒羽文弥と亜夜子が確保し、四葉家の施設へ移送した。
・津久葉夕歌が開発した魔法発動阻害魔法ゲートキーパーを組み込んだチョーカーを装着した。
・これにより、空澤の肉体に宿るギャラルホルンの新たな発動を封じ込めることに成功した。
まとめ
ギャラルホルンによる騒乱は、先史文明の遺産と現代の魔法技術、そして個人の信念が交錯した未曾有の危機であった。司波兄妹による迅速な鎮圧と、空澤の自己犠牲的な抵抗、そして四葉家による技術的な封印措置により、最悪の事態は回避されるに至った。
精神干渉魔法の鎮圧
先史魔法文明の遺産である精神干渉魔法ギャラルホルンが引き起こした大規模な暴動と、それに対する鎮圧作戦は、物語において重要な局面として描かれている。本稿では、魔法の特性を分析し、それに適した異なるアプローチによっていかに事態の収拾が図られたかを整理する。
ギャラルホルンによる精神干渉のメカニズム
ギャラルホルンは、人々の内なる破滅衝動(デストルドー)を解き放つ精神干渉魔法である。その性質と暴動拡大の仕組みは以下の通りである。
・継続的に術式が作用し続けるのではなく、破滅衝動を解放する起爆剤として機能する。
・一度解放された衝動は、群集心理によって感染症のように周囲へ連鎖・拡大していく。
・術者の排除や魔法の無効化だけでは暴動が収束しないため、事態を鎮めるための特殊なアプローチが必要とされた。
サンフランシスコにおける鎮圧と部分沈静化アプローチ
ロッキー・ディーンがUSNAのサンフランシスコでギャラルホルンを発動した際、暴動は急速に市街地全域へと波及した。これに対し、以下の鎮圧作戦が実行された。
・司波達也は、暴動を食い止めるために自制心を回復させる魔法が必要であると判断した。
・FEHRの代表であるレナ・フェールが、精神沈静化魔法アタラクシアを使用した。
・魔法の規模が都市全域をカバーできなかったため、達也は破壊消火の要領で暴徒のクラスターを部分的に静める作戦を立案した。
・破滅衝動の空白地帯を作ることで連鎖を遮断し、暴動の拡大を阻止することに成功した。
広域誘眠魔法ヒュプノス・チェインの開発経緯
サンフランシスコの事件後、達也は根本的な対策として、新たな精神干渉系魔法の開発に取り組んだ。開発の過程と成果は以下の通りである。
・魔法大学の東山教授や津久葉夕歌と協力し、当初は興奮を沈静化させるアプローチが検討された。
・司波深雪の提案により、対象を眠らせることで無力化する方向へと転換された。
・夕歌が既存の魔法ヒュプノス・ガーデンを改良して効果を調整し、達也が広域展開技術チェイン・キャストを組み込んだ。
・完成したヒュプノス・チェインは極めて高い適性を要求する魔法となり、深雪のような優秀な魔法師のみが扱えるものとなった。
関東北東部における鎮圧作戦と広域誘眠の実施
ディーンが日立市で再びギャラルホルンを発動した際、暴動は茨城北部から福島南部を含む広範囲に拡大した。この事態に対し、以下の広域鎮圧が実施された。
・達也の指揮のもと、深雪がエアカーからヒュプノス・チェインを発動した。
・指定した空間内に魔法式を敷設し、数万人規模の暴徒を傷つけることなく一斉に眠らせることに成功した。
・立ったまま眠りに落ちることで発生する転倒負傷のリスクに備え、国防軍の衛生部隊が救護にあたった。
・約6時間におよぶ作戦の結果、暴動の波は安らかな眠りへと塗り替えられ、事態は完全に鎮圧された。
まとめ
ギャラルホルンがもたらす精神的な感染症に対し、当初は対症療法的な部分沈静化が図られたが、最終的にはヒュプノス・チェインという根本的な解決策が提示された。深雪の卓越した魔法技能と達也の戦術的判断が組み合わさることで、大規模な社会的混乱を最小限の被害で収束させることが可能となったのである。
四凶との香港決戦
茨城地方で発生した暴動の背後で暗躍していた香港三合会。これに対し、司波達也が九島光宣と共に実施した壊滅作戦の経緯を以下の通り整理する。
香港三合会の関与と四葉家への挑発
茨城地方の暴動に香港三合会が関与していることが判明し、事態は国際的な紛争へと発展した。その背景と経緯は以下の通りである。
・日本国防軍の潜入部隊が九龍城砦で全滅し、唯一生き残った柳少佐に敵対勢力「四凶」からの挑発的な伝言が託された。
・四凶の一人であるホゥンドゥンは、自らが四葉真夜の遺伝子から作られた存在であるという虚偽の情報を流し、四葉家を公然と挑発した。
・司波達也はこの事態を四葉家への明確な敵対宣言と断じ、実害が生じる前に敵を排除するため香港への出撃を決意した。
司波達也と九島光宣による香港降下作戦
特殊な魔法を用いる四凶に対抗するため、達也は同じ系統の魔法に精通する九島光宣に協力を要請した。作戦の序盤戦は以下の通り展開された。
・二人は宇宙空間の居住施設「高千穂」を経由し、香港のカイタック・スタジアム跡地へと降下した。
・降下直後の包囲攻撃を退け、四凶の一人であるタオティエを光宣が人体発火の魔法で討伐した。
・この戦闘により、四凶が四葉の血を引いているという主張が全くの虚偽であることが証明された。
九龍城砦における掃討戦と「摩醯首羅」の恐怖
本拠地である九龍城砦への進軍において、達也は圧倒的な武威を示し、敵陣営に計り知れない恐怖を植え付けた。
・達也は螺旋状に敵の懐へ迫る戦術をとり、向かってくる構成員を次々と「分解」で排除した。
・香港マフィアの間で、達也の姿は破壊神「摩醯首羅」として恐れられることとなった。
・道中で奇襲を仕掛けてきた四凶のタオウーも、光宣に隠れ場所を暴かれた後、達也の「分解」によって瞬時に消滅した。
三合会本部の陥落と四凶の全滅
三合会本部の高層マンション前で行われた最終決戦では、敵の卑劣な罠がことごとく粉砕された。
・降伏を装って姿を現したホゥンドゥンとチオンジーは、首謀者である元文正の身に爆弾を仕掛けて達也を狙った。
・達也は即座に罠を見破り、襲い掛かったチオンジーの心臓を「分解」を宿した貫手で消し飛ばして絶命させた。
・光宣はホゥンドゥンの戦法を冷徹に観察した後、人体発火の魔法でこれを焼き殺し、建物のシステムを操作して幹部らを封じ込めた。
作戦の完遂と香港三合会の壊滅
作戦の締めくくりとして、三合会の象徴である拠点が物理的に消滅させられた。
・達也は確保した首謀者を国防軍へ引き渡す際、高さ二百メートルの本部ビルに対して「分解」を放った。
・巨大な高層マンションは音もなく粉塵へと変わり、三合会の組織基盤は完全に消失した。
・降下からわずか四時間という驚異的な短時間で作戦は終了し、二人は再び「高千穂」を経由して日本への帰還を果たした。
まとめ
今回の香港遠征は、四葉家の威信をかけた電撃的な報復作戦であり、司波達也と九島光宣という二人の規格外な魔法師の連携によって完遂された。四凶という強力な魔法師集団を擁した香港三合会であったが、達也の「分解」と光宣の知略の前には無力であり、組織は事実上の壊滅へと追い込まれる結果となった。
空澤刑事の黒羽家入り
空澤刑事こと空澤兆佐が警察組織を離れ、四葉家の分家である黒羽家の配下となるに至った経緯を整理する。この転身には、彼が獲得した異能と、警察組織内での社会的立場の喪失が深く関わっている。
黒羽家による空澤兆佐の能力評価
日立市での事件を経て、黒羽家は空澤を極めて有用な人材であると判断した。その主な要因は以下の通りである。
・先史魔法ギャラルホルンのデーモンを自らに封じ込めたことで、サイキックに匹敵する高い身体強化能力を獲得した点。
・黒羽家の精鋭戦闘員である秦有希に並ぶ実戦能力を有している点。
・元公安刑事としての卓越した諜報技術に加え、警察内部の事情に精通しているという戦略的価値。
これらの評価に基づき、黒羽文弥と亜夜子は空澤を処刑せず、配下として取り込む方針を決定した。
警察官としての地位喪失と内面の葛藤
空澤は当初、黒羽家からの勧誘に対し、自分は警察官であるという理由で拒絶していた。しかし、隔離生活の中で自らの置かれた絶望的な状況を理解するにつれ、内面に葛藤が生じた。
・暴動鎮圧の過程で多数の殺傷事件に関与した結果、警察内部で秘密手配を受ける身となっていた点。
・組織に残ったとしても、再び現場の第一線に復帰する道は事実上閉ざされているという現実。
・たとえ懲戒免職を免れたとしても、以後の人生が書類整理などの無為な日々に埋没するという予見。
法を守る立場としての限界を悟ったことが、彼の決断に大きな影響を与えた。
黒羽家実戦部門への転身と最終決断
最終的に空澤は、自らの信念を貫くために表社会の道を捨てる決断を下した。
・警察組織で飼い殺されるよりも、裏社会から秩序を脅かす悪と戦う生き方を選択した点。
・黒羽亜夜子に対し、犯罪組織や外国の工作員と戦う実戦部門への配置を自ら志願した点。
・亜夜子が適材適所を心掛けているとしてこの要望を快諾し、正式に黒羽家の配下となった点。
これにより、空澤は法治の枠組みを超えた場所で、再び秩序を守るための戦いに身を投じることとなった。
まとめ
空澤兆佐の転身は、獲得した異能を正しく運用するための現実的な選択であったと言える。警察官としての身分を失いながらも、その強い信念は黒羽家の実戦部門という新たな居場所へと引き継がれた。表の道を断念した彼が、裏社会という新たな戦場においていかにその能力を発揮していくのか、今後の動向が注目される。
魔法大学の遠隔受講導入
魔法大学における遠隔受講の導入は、反魔法感情の高まりから司波深雪の安全を確保するという司波達也の個人的な動機に端を発するが、結果として日本の魔法教育のあり方を大きく変える画期的な変革となった。その詳細な経緯と制度の内容は以下の通りである。
制度導入の背景と安全確保の必要性
茨城での暴動事件などを契機に、社会全体で魔法師に対する恐怖心や反発が再燃し、四葉家がその標的として見られるようになった。背景には以下の具体的な危急の事情が存在した。
・大学から帰宅する深雪が尾行される事件が発生した。
・四葉家東京本部ですら安全を完全に保証できない状況に陥った。
・事態を重く見た達也が、深雪を危険から遠ざけるために学長へ直接面談を申し込み、善後策を交渉した。
遠隔受講制度の具体的な内容
達也による交渉の結果、翌年の一月から魔法大学において遠隔受講が認められる方針となった。制度の主要な特徴は以下の通りである。
・座学のみならず、実技科目についても映像レポートの提出によって単位認定を可能とする。
・特定の個人に対する特例ではなく、必要な施設と機材が整っていれば全ての学生が利用できる普遍的な制度として導入された。
・これにより、通学に伴う物理的なリスクを完全に排除することが可能となった。
魔法教育の首都一極集中の解消
本制度の導入にあたって懸念された不公平感に対し、達也は自身が設立に関わる魔工院(魔法工業技術専門学院)を活用する構想を提示した。
・深雪は設備を用意できる学生が一部の特権階級に限られることを懸念したが、魔工院の分校を各地に設けることで設備を一般学生に提供する。
・経済的な理由や家業の都合で東京への進学を断念していた地方学生に対し、大学教育を受ける機会を広げる。
・大学側が抱えていた首都一極集中の解消という長年の課題と、達也の提案が合致したことで円滑な導入が実現した。
達也たちの拠点移転と今後の生活
制度の導入に伴い、達也、深雪、リーナの三人は生活環境を大きく変化させることを決定した。
・一月から大学への登校を取りやめ、生活拠点を完全に巳焼島へ移転する。
・年内に四葉本家の移転工事が完了する巳焼島は、周囲が関係者で固められており、外部の干渉を受けにくい安全な環境である。
・不自由な外出制限が続く現状において、気兼ねなく暮らせる巳焼島への移転は深雪にとっても最善の選択となった。
・一方、黒羽家としての役目を持つ文弥と亜夜子の二人は、引き続き東京に留まって活動を継続する。
まとめ
今回の遠隔受講制度の導入は、個人の安全確保を起点としながらも、魔法教育の地方分散化という社会的な意義を持つ転換点となった。巳焼島という新たな拠点を得たことで、達也たちは外部の脅威を遮断し、魔法師の未来を切り拓く活動をより強固に進めていくこととなる。
続・魔法科 (10)レビュー
続・魔法科 まとめ
魔法科シリーズ まとめ
続・魔法科 (12)レビュー
登場キャラクター
司波達也
魔法大学の学生でありながら、新設会社の社長などを務める。深雪の婚約者であり、彼女を守ることを最優先の義務としている。事態に対しては冷静沈着に対応する。
・所属組織、地位や役職
魔法大学の学生。株式会社ステラジェネレーター社長。一般社団法人メイジアン・カンパニー専務理事。メイジアン・ソサエティ副代表。
・物語内での具体的な行動や成果
サンフランシスコや日立市で発生した暴動の鎮圧作戦を指揮した。香港に潜入し、大亜連合の残党である四凶を討伐して香港三合会を壊滅に追い込む。複数の先史魔法文明の遺跡を探索し、遺産の回収や危険な魔法の封印を実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
恒星炉技術の開発者であり、魔法師の社会的役割を変える変革を起こした。国家や軍からその力を恐れられると同時に、重要な戦力として協力を求められる存在となっている。
司波深雪
四葉家の次期当主であり、達也の婚約者である。達也に強い信頼を寄せており、彼の行動を支持する立場をとる。
・所属組織、地位や役職
魔法大学の学生。一般社団法人メイジアン・カンパニー理事長。四葉家次期当主。
・物語内での具体的な行動や成果
日立市の暴動において、広域誘眠魔法「ヒュプノス・チェイン」を発動した。数万人規模の暴徒を傷つけることなく眠らせ、事態を沈静化させる。達也の海外任務や遺跡探索にも同行し、彼を支援した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新魔法の使用により、大規模な暴動を平和的に鎮圧する能力を示した。非魔法師の間でも、魔法師の象徴的な存在として広く認知されている。
アンジェリーナ・クドウ・シールズ(リーナ)
元USNA軍の戦闘魔法師であり、現在は日本に帰化している。深雪の護衛や友人として行動を共にした。仲間を傷つける者に対しては強い怒りを露わにする。
・所属組織、地位や役職
魔法大学の学生。四葉家の被雇用者(深雪の護衛)。元USNA軍特殊作戦軍魔法師部隊・スターズ総司令。
・物語内での具体的な行動や成果
日立市の暴動で文弥が致命傷を負った際、空澤兆佐に対して連続して魔法攻撃を加えた。バンクーバーでの襲撃事件では、遠距離から魔法を用いて真由美たちを支援した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
「東道理奈」という名で日本に帰化している。魔法構築の速度に優れており、高い戦闘能力を保持している。
黒羽文弥
四葉家分家である黒羽家の次期当主候補である。任務においては女性的な変装をして活動することが多い。達也を慕っている。
・所属組織、地位や役職
魔法大学の学生。黒羽家(四葉家分家)。
・物語内での具体的な行動や成果
日立市での任務中、空澤兆佐の銃撃からリーナを庇って致命傷を負った。達也の魔法で蘇生した後、伊豆要塞で香港三合会の元文正に対する過酷な訊問を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
蘇生時の影響で一度閉じた骨端線が開き、再び身長が伸びる可能性が生じた。死を錯覚させる新たな魔法「死影」を自力で会得した。
黒羽亜夜子
四葉家分家の人間であり、文弥の双子の姉である。冷静な判断力を持ち、主に情報分析や後方支援を担当する。弟の身を深く案じている。
・所属組織、地位や役職
魔法大学の学生。黒羽家(四葉家分家)。
・物語内での具体的な行動や成果
日立市で暴走した空澤兆佐の前に姿を現し、彼の破滅衝動を和らげることで捕獲に貢献した。その後、空澤を黒羽家の実戦部門へ勧誘し、彼を配下に組み入れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黒羽家の後方支援や四葉本家の情報分析において、重要な役割を果たし続けている。
空澤兆佐
警察官としての使命感と、社会秩序を守る信念を持つ。自身に侵入した危険な魔法を外部に広めないよう、自己犠牲を伴う行動を選んだ。
・所属組織、地位や役職
元警察省公安の巡査部長。のちに黒羽家配下の実戦部門へ移籍。
・物語内での具体的な行動や成果
日立市の古房地公園で「ギャラルホルン」のデーモンに取り憑かれた。魔法の暴走を抑え込むため、自らの肉体に魔法を向けた状態で三合会の構成員を多数殺害する。多賀山地での戦闘後、黒羽家に捕獲された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
大量殺人犯として警察に秘密手配されたため、警察官としての道を断念した。魔法発動を阻害するチョーカーを装着した状態で、黒羽家の実戦部門へ移籍した。
ロッキー・ディーン
魔法至上主義を掲げる組織のリーダーである。他者の精神に干渉する魔法を得意とする。支援者である朱元允の指示には逆らえず、彼に従って活動している。
・所属組織、地位や役職
魔法師選民思想過激派組織「FAIR」の首領。
・物語内での具体的な行動や成果
アメリカで先史魔法「ギャラルホルン」を使用し、サンフランシスコで大規模な暴動を引き起こした。日本へ潜入し、日立市で天津甕星の封印を解く儀式に関与した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
日立市で「ギャラルホルン」を自爆同然に発動した結果、自らの命を失った。USNA当局からはテロリストとして指名手配されていた。
黒羽貢
四葉家の分家である黒羽家を率いる存在である。身内や配下には情に厚い一面を持つ。司波達也に対しては敵意に近い感情を抱いていたが、重傷を負った息子が達也の魔法で救われたことに安堵した自分に気づき、自己嫌悪に陥る。穂州実明日葉の策略に加担するふりをして、四葉家のために裏で動いている。
・所属組織、地位や役職
四葉家分家・黒羽家当主。
・物語内での具体的な行動や成果
古房地公園でロッキー・ディーンの死体を回収し、東雲吉見に残留思念の読み取りを行わせた。四葉家を裏切ったふりをして穂州実明日葉に近づき、暗殺魔法「毒蜂」を用いて彼女の命を奪った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
四葉家当主の四葉真夜から、裏切りを演じた情報を利用するように命じられた。
東雲吉見
黒羽家が抱える優秀なサイコメトリストである。色の濃いサングラスと大きなマスク、パンツスーツ姿が特徴だ。
・所属組織、地位や役職
黒羽家配下。
・物語内での具体的な行動や成果
黒羽貢の指示で、ロッキー・ディーンの死体に残された想子情報体を読み取った。その結果、背後にいる黒幕が米国洪門の朱元允であることや、エリオット・ミラーが密入国に協力した事実を突き止めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
四葉家が開発した残留思念を読み取る技術を用いて、諜報活動に貢献している。
エリオット・ミラー
国家公認戦略級魔法師であり、「使徒」と呼ばれる存在である。連邦政府の現状に不満を抱き、日本の達也に対して強硬な姿勢を求めている。
・所属組織、地位や役職
USNA連邦軍アラスカ基地独立特殊歩兵大隊の隊長。大佐。国家公認戦略級魔法師。
・物語内での具体的な行動や成果
逃亡中のロッキー・ディーンをアラスカ基地に匿い、スターズによる追跡を退けた。その後、民間船を用いてディーンを日本へ送り出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔法「リヴァイアサン」を操り、USNAの対新ソ連戦略の重要な柱となっている。達也は彼の軍事的価値を下げるため、国後島に名目上の米軍基地を置く計画を立案した。
朱元允(イアン・ジュール)
米国洪門の幹部であり、ロッキー・ディーンのテロ活動を支援した黒幕である。USNAの国民としての愛国心を持ち、大亜連合と日本の弱体化を狙っている。
・所属組織、地位や役職
米国洪門(三合会)の幹部。
・物語内での具体的な行動や成果
サンフランシスコでの暴動を指示し、ディーンの日本への逃亡を手引きした。USNAの政界や軍の広範囲にわたり、買収による影響力を持っている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
達也によって排除の標的とされ、USNA政府の自浄作用を利用して始末する計画が立てられた。
元文正
香港三合会の大幹部であり、新ソ連と大亜連合の連携を仲介した人物である。着痩せする服の下に鍛え抜かれた肉体を隠している。
・所属組織、地位や役職
香港三合会幹部。
・物語内での具体的な行動や成果
朱元允の指示を受け、ディーンに新たな身分を与えて日本潜入を手引きした。九龍城砦で達也と九島光宣に捕らえられて日本軍に引き渡され、その後黒羽家による過酷な訊問を受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黒羽文弥の魔法による訊問の末に死亡し、朱元允の人脈に関する情報を四葉家に残した。
津久葉夕歌
四葉分家・津久葉家の次期当主である。黒羽亜夜子に対して妹分のように接する気さくな性格だ。精神干渉系魔法に適性を持っている。
・所属組織、地位や役職
四葉分家・津久葉家次期当主。
・物語内での具体的な行動や成果
達也と協力して、暴動鎮静化のための群衆誘眠魔法の改良に貢献した。空澤の精神状態を診断し、魔法発動阻害魔法「ゲートキーパー」を組み込んだチョーカーを彼の首に装着した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
自身が開発したチョーカーが、権力者による魔法師支配に使われる危険性を懸念している。
桜崎千穂
津久葉夕歌の護衛を務める女性である。
・所属組織、地位や役職
津久葉家の護衛。
・物語内での具体的な行動や成果
夕歌に同行して伊豆要塞を訪れ、空澤の診断の際に待機や見送りを行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき地位の変化は記載されていない。
四葉亜弥(亜弥)
黒羽貢の妻であり、文弥と亜夜子の母親である。家族に対しても淡白で他人行儀な態度を取る。
・所属組織、地位や役職
黒羽家。東雲家の出身。
・物語内での具体的な行動や成果
文弥が入院した病院を訪れ、彼が会得した新魔法が東雲家に伝わる「死影」であることを告げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
文弥が死の魔法に目覚めるという先代当主の予言が成就したことを確認し、初めて満足げな笑みを見せた。
四葉真夜
四葉家当主であり、冷酷さと研究者気質を併せ持つ。達也を強力な戦力として高く評価している。三十八年前の崑崙方院による人体実験の被害者だ。
・所属組織、地位や役職
四葉家当主。
・物語内での具体的な行動や成果
元老院からの依頼を受け、達也に暴動鎮圧を命じた。四葉本家の村を放棄し、巳焼島への全面移転を決定する。黒羽貢の裏切りを逆用し、穂州実家への対応を指示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
達也と深雪の行動を全面的に支持し、国後島貸与などの重大な決断を達也に一任している。
三矢元章
事態の異常性を的確に判断する洞察力を持つ警察官である。十師族・三矢家の直系にふさわしい魔法技能を備えている。
・所属組織、地位や役職
警察省公安外事第四部警部。
・物語内での具体的な行動や成果
日立市での暴動沈静化に尽力した。ディーンと三合会の動きが大甕神社に関連すると断定し、捜査を指揮した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
霊的エネルギーの解放による精神干渉に気づき、空澤巡査部長の錯乱もその影響だと推測した。
花菱兵庫
達也の個人秘書的な役割を担う四葉家の執事である。忠実な性格で、運転や護衛などの実務を的確にこなす。
・所属組織、地位や役職
四葉家執事。私兵集団の統括。
・物語内での具体的な行動や成果
達也の移動手段であるエアカーの運転を務めた。勝田基地から暴動鎮圧に向かう際にも運転を担当し、達也を補佐した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
以前は深雪の大学送迎も担当していたが、笛吹千代の着任により達也の補佐に専念することになった。
真田少佐
探知や情報収集の指揮に長けた将校である。
・所属組織、地位や役職
国防軍独立魔装連隊少佐。
・物語内での具体的な行動や成果
勝田基地で達也たちを出迎え、暴動の最新情報をレクチャーした。機械による探知を指揮し、ギャラルホルンの影響拡大の有無を確認した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき地位の変化は記載されていない。
七草真由美
七草家の長女であり、社交的で人脈が広い。父親の指示で動く面もあるが、達也の理念に共鳴してメイジアン・カンパニーに就職した。
・所属組織、地位や役職
メイジアン・カンパニーの職員。魔法工業技術専門学院の事務担当。
・物語内での具体的な行動や成果
魔工院の立ち上げや官公庁との折衝業務を担当した。進人類戦線に襲撃された際は、魔法を用いて応戦し、遠上遼介と共に敵を撃退した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
十文字克人との縁談が進んでおり、年内にメイジアン・カンパニーを退職する予定である。
八代隆雷
十師族・八代家当主の弟である。研究熱心であり、達也の理念に賛同して魔工院の学院長を引き受けた。
・所属組織、地位や役職
魔法工業技術専門学院(魔工院)の学院長。
・物語内での具体的な行動や成果
魔工院の学院長に就任し、達也と協力して魔法資質保有者の職業訓練機関の運営に携わっている。達也に縮退炉の開発協力を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼の就任は魔法界に驚きを与え、四葉家と八代家の関係について様々な憶測を呼んだ。
七草泉美
七草家の娘であり、真由美の妹である。深雪に対して強い敬愛の念を抱いている。
・所属組織、地位や役職
魔法大学の学生。
・物語内での具体的な行動や成果
大学の学食で深雪にまとわりつき、四葉家の動向を探ろうとした。黒羽亜夜子からは牽制されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
姉の真由美の結婚を妥協と捉え、反対姿勢を崩していない。
風間大佐
諜報や裏の交渉に長けた指揮官である。達也の能力を高く評価しつつも、国家の利益を優先する軍人の立場を守っている。
・所属組織、地位や役職
国防軍独立魔装連隊大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
大亜連合の陳祥山と秘密交渉を行い、香港三合会への報復作戦を成立させた。作戦失敗後、達也に状況を報告し、敵が持ち帰った伝言を伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
明山参謀本部長の意向を受け、達也と軍の協力関係を維持する役割を担っている。
陳祥山
大亜連合軍の諜報部門幹部である。冷酷で計算高く、目的のためには味方の犠牲も厭わない。
・所属組織、地位や役職
大亜連合軍上校。
・物語内での具体的な行動や成果
風間大佐との交渉で日本軍の九龍城砦への攻撃を認めた。日本軍が失敗すれば達也が動き、香港の敵対勢力を一掃してくれると計算していた。義理の娘である陳静娜を日本への潜入作戦に投入した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
曹国舅と並ぶ諜報部門の有力者であり、自らの策謀で戦局を操ろうとしている。
曹国舅
大亜連合の魔法師工作部隊「八仙」のリーダーである。陳祥山のライバルであり、彼に対して皮肉めいた態度をとる。
・所属組織、地位や役職
大亜連合軍・八仙のリーダー。
・物語内での具体的な行動や成果
陳祥山から九龍城砦の作戦について説明を受け、日本軍の介入を嘲笑した。政府の命令に従い、香港への介入を控えることを了承した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
四凶を飼い慣らすことに苦労していた様子がうかがえる。
柳少佐
部隊の指揮を執る実戦経験豊富な魔法師である。部下思いの指揮官だ。
・所属組織、地位や役職
国防軍独立魔装連隊大隊長。少佐。
・物語内での具体的な行動や成果
香港三合会壊滅作戦の指揮を執り、九龍城砦に潜入した。四凶のホゥンドゥンと交戦して敗北し、部下を全滅させられた。ホゥンドゥンからの伝言を日本に持ち帰った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
今回の作戦失敗で部下を失い、大きな精神的負担を負った。
ホゥンドゥン(渾沌)
大漢軍の残党であり、「四凶」の一人である。鬼門遁甲と影獣を使いこなす。
・所属組織、地位や役職
大漢軍魔法士官。四凶。香港三合会に協力。
・物語内での具体的な行動や成果
九龍城砦で柳少佐の部隊を全滅させた。達也と光宣の襲撃を受け、降伏を装って罠に嵌めようとしたが失敗した。光宣の人体発火によって焼死した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
崑崙方院の古式魔法で強化された戦闘魔法師であったことが判明した。
タオティエ
大漢軍の残党であり、「四凶」の一人である。四葉家に対する憎悪を隠さない。
・所属組織、地位や役職
大漢軍魔法士官。四凶。香港三合会に協力。
・物語内での具体的な行動や成果
香港の降下地点で達也と光宣を待ち伏せした。光宣と交戦し、虚像を攻撃している間に精気を奪われ、最終的に人体発火で燃え落ちた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
四凶が真夜の血を引くという設定が嘘であることを自ら認めた。
タオウー
大漢軍の残党であり、「四凶」の一人である。虎のような影獣を纏い、高い運動能力を誇る。
・所属組織、地位や役職
大漢軍魔法士官。四凶。香港三合会に協力。
・物語内での具体的な行動や成果
九龍城砦内で鬼門遁甲を用いて達也を奇襲しようとした。光宣の降魔印で姿を暴かれ、達也の分解魔法によって名乗る間もなく消滅した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき地位の変化は記載されていない。
チオンジー
大漢軍の残党であり、「四凶」の一人である。全身に棘を纏い、両腕に鎌を生やした姿で戦う。
・所属組織、地位や役職
大漢軍魔法士官。四凶。香港三合会に協力。
・物語内での具体的な行動や成果
ホゥンドゥンと共に達也に降伏を偽装した。罠が露見した際に達也に襲い掛かったが、分解の魔法を宿した達也の貫手で心臓を消し飛ばされ死亡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき地位の変化は記載されていない。
明山(明山参謀本部長)
国防軍の統合軍令部を率いる高官である。達也の実力と影響力を高く評価し、彼との関係を重視している。
・所属組織、地位や役職
国防軍統合軍令部参謀本部長。
・物語内での具体的な行動や成果
達也に外交旅券を手配し、海外での活動を支援した。香港作戦の失敗後、達也に四凶からの伝言を伝え、香港三合会の元文正の身柄を早期に四葉家へ引き渡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
政府や軍内部での政治的調整を行い、四葉家との協力関係を維持している。
藤林
電子通信とハッキングの専門家である。達也をサポートする優秀な技術者だ。
・所属組織、地位や役職
メイジアン・カンパニー従業員。元独立魔装大隊。
・物語内での具体的な行動や成果
FLTのネットワークをハッキングから防いだ。彗星破壊のデモンストレーションのためのデータ回線を準備した。国防軍の作戦情報をハッキングし、香港秘密出兵の件を達也に報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
達也が設立したメイジアン・カンパニーの従業員第一号として活動している。
九島光宣
パラサイトとなった元魔法師であり、達也の秘密戦力として協力している。水波を守ることを最優先に考えている。
・所属組織、地位や役職
衛星軌道居住施設「高千穂」の住人。パラサイト。
・物語内での具体的な行動や成果
達也の依頼でUSNAのFAIRを調査し、黒い石板を奪取した。チベットの遺跡探索や、香港での三合会壊滅作戦に参加し、多数の敵を打ち倒した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
パラサイトの能力を自在に操り、宇宙へ追放されたパラサイトたちを地球に帰還させる計画を進めている。
水波
光宣と共に宇宙で暮らす少女である。光宣を慕い、彼をサポートしている。
・所属組織、地位や役職
衛星軌道居住施設「高千穂」の住人。
・物語内での具体的な行動や成果
光宣のUSNA調査に同行し、サンフランシスコを観光した。達也からパラサイトを人間に戻す魔法の伝授を受け、無事に定着させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔法によってパラサイトから人間に戻る処置を受けた。
笛吹千代(千代)
四葉家が所有する調整体「楽師シリーズ」の第二世代である。戦闘力は皆無だが、索敵能力や美容、調理の技能を持つ。深雪に認められたことで強い忠誠心を抱いている。
・所属組織、地位や役職
四葉家使用人。深雪の世話係。
・物語内での具体的な行動や成果
真夜の推薦で深雪の世話係として採用された。深雪の大学送迎や食事の支度を担当し、尾行者を機転で撒いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
戦闘部門で「使い物にならない」とされていたが、深雪の世話係という新たな居場所を見つけた。
葉山
四葉家の筆頭執事であり、真夜の忠実な側近に見えるが、実は元老院の支配人である。東道青波の命令で四葉家を監視している。
・所属組織、地位や役職
四葉家筆頭執事。元老院の支配人。
・物語内での具体的な行動や成果
達也と真夜の連絡役を務め、深雪の世話係として千代を推薦した。四葉本家襲撃事件の際、自身の正体を達也に明かした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
達也から四葉家へ寝返るよう提案され、即答を避けて考える時間を求めた。
ヴァージニア・バランス(バランス准将)
USNA軍の将官であり、リーナからの信頼が厚い元上官である。
・所属組織、地位や役職
USNA軍内部監察局長。准将。
・物語内での具体的な行動や成果
作中での直接的な行動の描写は少ないが、リーナが不正の証拠を渡して粛清を期待した相手である。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
准将に昇進し、内部監察局長に就任している。
ロバート・パーマー大佐
エリオット・ミラー大佐と通じているUSNA海軍の将校である。
・所属組織、地位や役職
USNA海軍駆逐艦「メカトーフ・ザ・サード」艦長。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
アラスカ沖でディーンの潜水艇を追跡するスターズに対し、作戦海域からの退去を要求して追跡を妨害した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
朱元允から賄賂を受け取っていることが、元文正の訊問で判明した。
ジェフリー・ジェームズ(JJ)
USNAの国防長官の側近である。達也と協力関係にある。
・所属組織、地位や役職
USNA大統領秘書官(国防長官側近)。
・物語内での具体的な行動や成果
達也に西海岸での魔法テロ事件の解決を依頼した。達也がUSNAで活動しやすいよう外交特権を設定し、彼から朱元允の不正情報を受け取った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
次期政権発足に伴い、影響力を強めている。
カーティス上院議員
USNAの有力な政治家であり、達也の行動を支持している。
・所属組織、地位や役職
USNA上院議員。
・物語内での具体的な行動や成果
達也にハワイ・カウアイ島への恒星炉プラント誘致を提案した。達也から提供された朱元允の人脈情報を受け取り、その処理を約束した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
達也との間で恒星炉事業の交渉を進めている。
レイモンド
パラサイトとなって宇宙へ追放された元スターズの隊員である。光宣とは戦友の関係にある。
・所属組織、地位や役職
宇宙船「ベローナ」の乗組員。パラサイト。
・物語内での具体的な行動や成果
光宣からのテレパシー交信に応じ、人間化魔法の臨床試験に協力する意思を示した。光宣のデータをもとに、地球帰還のための軌道変更に成功した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
宇宙での無為な時間を過ごしていたが、光宣の協力により地球への帰還を目指している。
四葉英作(英作)
予言の能力を持っていた四葉家の先代当主である。
・所属組織、地位や役職
四葉家先代当主。
・物語内での具体的な行動や成果
生前、文弥が将来「死」の魔法に目覚めると予言していた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
既に故人であり、彼の予言は文弥の「死影」会得によって現実のものとなった。
四葉元造(元造)
強力な魔法を操っていた四葉家の先々代当主である。
・所属組織、地位や役職
四葉家先々代当主。
・物語内での具体的な行動や成果
「死神の刃」という強力な魔法を切り札として用いていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
既に故人である。
東道青波
日本の政界を支配する元老院四大老の一人である。達也を国家防衛の要として利用しようと考えている。
・所属組織、地位や役職
元老院四大老。
・物語内での具体的な行動や成果
達也の出国禁止を解除し、彼の自由な行動を保障した。四葉家に暴動鎮圧の依頼を出し、責任の免除を約束した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
日本政府の裏の権力者として、達也の行動をコントロールしようとしている。
リアム・スペンサー
四葉家と秘密の友好関係を結んでいるUSNAの有力政治家である。
・所属組織、地位や役職
USNA国防長官。次期大統領。
・物語内での具体的な行動や成果
大統領選挙に勝利し、次期大統領に就任することが決まった。彼の陣営の議員にも朱元允の買収の手が及んでいた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
大統領に選出され、USNAのトップとなった。
秦有希(有希)
文弥の個人的な部下である。小柄な女性ながら、ハイレベルな身体強化の能力を持つ。
・所属組織、地位や役職
黒羽家配下。サイキック。
・物語内での具体的な行動や成果
直接的な戦闘描写は少ないが、文弥の部下として空澤の身体強化能力を評価する際の引き合いに出された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき地位の変化は記載されていない。
渡辺摩利
責任感が強く、護衛対象を守る意志が固い軍人である。
・所属組織、地位や役職
国防軍独立魔装連隊新任曹長。
・物語内での具体的な行動や成果
七草真由美の渡米に際し、民間人護衛任務を命じられ同行した。バンクーバーでの襲撃事件では、襲撃者に迅速に対処して真由美を守った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
独立魔装連隊に配属され、軍人として現場での任務をこなしている。
黒川白羽
冷静に文弥のサポートを行う側近である。
・所属組織、地位や役職
黒羽家配下。
・物語内での具体的な行動や成果
伊豆要塞で元文正の訊問を行う文弥を補佐し、自白剤の投与状況などを報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき地位の変化は記載されていない。
続・魔法科 (10)レビュー
続・魔法科 まとめ
魔法科シリーズ まとめ
続・魔法科 (12)レビュー
展開まとめ
【1】悪魔の呪詛
ロッキー・ディーンによる呪詛の解放
日立市南部の海岸公園において、ロッキー・ディーンは先史魔法文明によって作られた呪詛を解き放った。儀式の発動によって人々の理性は崩れ、暴力と混乱が急速に広がった。興奮と恐怖は連鎖し、善良な市民でさえ暴動の渦に巻き込まれ、あるいは自ら暴力の一部となった。警察は多数動員されていたが、相手が一般市民であるため発砲もできず、暴徒から身を守るだけで精一杯の状況に陥っていた。
儀式の発生と警察の対応の遅れ
警察は国家霊的守護の拠点である大甕神社への破壊工作を警戒していた。しかし実際に儀式が行われていたのは海に面した古房地公園であり、この場所は警戒の対象外だった。そのため、現地の警官は巡回程度しか行っておらず、潜伏していたディーンと三合会の存在に気付かなかった。儀式に気付いた唯一の警官である空澤兆佐巡査部長が現場に到着した時には、三合会の道士による封印解除の儀式は既に終わり、ディーンが「ギャラルホルン」を自爆同然に発動した直後であった。
ギャラルホルンの正体
「ギャラルホルン」は先史魔法文明において特殊な術式であり、当時世界を支配していたシャンバラに対抗するため叛逆者集団ラ・ロが作り上げた決戦兵器であった。この術式には高性能な情報体装置デーモンが組み込まれており、術者に宿ったまま活動を続け、限界を無視した破壊行動へと意識を誘導する仕組みを持っていた。その結果、術者は安全を顧みず自爆的な攻撃を実行するよう強制される。
星神封印と災害の記憶
この地域では、天体衝突による大災害の再来を防ぐ祈りとして星神封印の祭祀が行われていた。これは一万二千年前の寒冷化事件であるヤンガードリアスイベントの記憶を伝えた古代人が、災厄の再来を防ぐためシャンバラの遺産を祭ったものである。日立市南部はシャンバラの拠点ではないが、その遺産の片鱗が残っており、ラ・ロのデーモンにとっては敵地と認識される場所であった。そのためディーンや三合会の思惑を超え、ギャラルホルンは暴走した。
ディーンの死と宿主の移行
ギャラルホルンの発動によってディーンは命を落とした。通常、デーモンは宿主が死亡すると魔導書の石板へ戻るが、ギャラルホルンのデーモンは例外であり、シャンバラの拠点を前にした場合にはその場で新たな宿主へ寄生する機能を持っていた。ディーンが死亡した時、最も近くにいた生者は空澤兆佐であり、デーモンは空澤へ宿主を乗り換えた。
破滅衝動の拡散
ギャラルホルンがもたらす魔力は人々の精神に破滅衝動を引き起こした。これに対抗するには強い意志と目的意識が必要であったが、この地域では星神封印が破壊されたことで莫大な霊的エネルギーが無秩序に放出され、魔法師の精神を乱していた。その影響で精神干渉魔法への抵抗力が弱まり、特に感知能力に優れた黒羽家配下の魔法師たちは強く影響を受けた。彼らは破滅衝動に囚われながらも非戦闘員を襲うことは避け、自分を殺し得る相手を求めて同士討ちを始めた。
文弥とリーナの到着
文弥とリーナが日立市南部に到着した時、現地はそのような混乱状態にあった。星神封印の機能停止によって放出された霊的エネルギーは二人にも影響を与え、とりわけ巫覡の素質を持つ文弥は大きな負担を受けた。文弥は異性装を多用してきた経歴から「境界の者」としての性質を強めており、その素質が暴走した霊的エネルギーの受け皿となっていた。体調を案じるリーナの問いに文弥は問題ないと答え、二人は異常の中心へ向けて進んでいった。
関東全域への影響
星神封印の破壊は現地にとどまらず、関東全域と東北南部にまで影響を及ぼした。物理的な破壊は生じなかったが、人々の精神に大きな不安を与えた。インフラの自動化が進んでいなければ、人的混乱によって社会機能が麻痺していた可能性も高かった。
達也による状況確認
東京では、達也がエレメンタル・サイトを用いて現地の状況把握を試みていた。しかし霊的エネルギーの混沌が知覚を妨げ、彼にしては珍しく苦戦していた。深雪と亜夜子が文弥とリーナの安否を案じる中、達也は二人を直接対象として視認を試みた。その結果、霊的エネルギーの影響は受けているものの精神的・肉体的な障害は確認されず、二人が茨城港手前まで到達していることを把握した。文弥の方が影響を強く受けていると知り、亜夜子は不安を隠しきれなかった。
達也による異変の察知
文弥が凶弾を受けた現場から南西へ約百四十キロ離れた調布の自宅で、達也はいきなり険しい表情を浮かべた。深雪が驚く間もなく、達也は北東へ左手を向け、その内側で全力の魔法を練り上げた。達也が放った魔法は深雪と亜夜子を絶句させるほど強大かつ精緻なものであり、深雪はそれが「再成」であると見抜いた。達也はそれを認めたうえで、文弥が苦戦していることを明かした。
空澤への疑念と外的要因の推測
達也は、まだ視界を覆う霊的エネルギーのため詳細までは見通せていないものの、文弥を追い詰めている相手は亜夜子たちと協力関係にある空澤刑事だと思うと告げた。これに対し亜夜子は、空澤にそのような力はないと強く反論した。達也はその主張を否定せず、空澤本人ではなく外的な力が作用している可能性を示した。それは現地を覆う霊的エネルギーの影響か、あるいはギャラルホルンに未知の機能があったのか、その両方の相乗効果かもしれないと推測した。
文弥の蘇生
現地では、血を流して倒れた文弥のそばにリーナが駆け寄っていた。空澤はそれを妨害しようとしたが、リーナの魔法で吹き飛ばされた。止血しようとしたリーナの目の前で、文弥の傷口は瞬く間に消え、地面に滴っていた血液まで消失した。リーナは文弥の鼓動と呼吸を確かめ、彼が生きていることを確認した。そして、百キロメートル以上離れた場所から致命傷を無かったことにした達也の再成に対し、奇跡を超えた戦慄と畏れを抱いた。
リーナの怒りと空澤の逃走
空澤が再び殺気を向けたことで、リーナは恐怖を怒りへと変えた。リーナは空澤に対して、殺さないと宣言したうえで連続攻撃を浴びせた。雷撃、圧縮空気弾、熱線、斥力線を高速で繰り出し、空澤に防御や反撃の隙を与えなかった。空澤は縮地や分身といった忍者体術で回避を試みたが、攻撃の半分も躱せなかった。やがて空澤は見かけ倒しの爆発で大量の煙を発生させ、その隙に逃走した。リーナは追撃しようとしたが、その直前に達也からの着信を受けた。
達也からの指示
達也は調布から、霊的エネルギーの雲により現地全体を見通せない状況でも、情報的距離の近い文弥とリーナの状態は把握していた。リーナが戦闘状態に入っている間は連絡を控え、攻撃が中断した瞬間を見計らって通信を入れた。達也はまず、文弥が目を覚まさないのではないかと指摘した。その言葉どおり、リーナが呼びかけても文弥は意識を取り戻さなかった。
文弥の状態と帰還の決断
文弥が目を覚まさないと知った亜夜子は青ざめ、リーナも動揺した。達也は、脳を含む中枢神経系まで文弥の肉体は正常に修復しており、意識が戻らないのは精神的な衝撃によるものだと説明した。そして適切なケアをすれば回復すると告げ、そのためには今すぐ文弥を連れて現地から戻るべきだと判断した。リーナはその指示に従い、すぐに帰還すると答えて通話を切った。
達也の断言と周囲の安堵
通話後、深雪は文弥が本当に大丈夫なのかを改めて確認した。達也は、意識を戻す方法はいくつもあると、いつもどおり淡々とした口調で答えた。その揺るぎない断言は深雪を安心させ、何より亜夜子の不安を大きく和らげた。
達也からの通信
戦闘の最中、リーナの通信機に達也から連絡が入った。空澤を取り逃がしかねない状況にあったため、応答したリーナの声には苛立ちが滲んでいた。リーナは空澤を極めて危険な存在と認識しており、この場で止めなければ大きな被害が生じると本気で考えていた。そのため、逃走を許すことに強い危機感を抱いていた。
文弥を庇った出来事による怒り
リーナは空澤を殺さないと宣言して戦っていたが、魔法の威力そのものを完全に制御できていた自信は無かった。殺傷性の高い魔法は避けていたものの、怒りに任せて強大な出力の攻撃を放っていたからである。本来、魔法の出力制御を失うことはプロの魔法師として恥である。しかし文弥が自分の代わりに銃弾を受け、命を捨てる覚悟で庇った事実を思えば、怒りを抑えられないのは当然だとリーナは考えていた。
空澤への危機感
USNA軍最強の戦闘魔法師として知られるリーナの攻撃を受けながら、空澤は大きな損傷を受けた様子を見せていなかった。そのことが、リーナの危機感をさらに強めていた。正気を失った状態の魔法師がこのまま放置されれば重大な被害が出ると考え、空澤を止めるのは力ある者としての自分の義務だと決意していた。また、文弥が自分の代わりに撃たれたことへの怒りもあり、空澤を逃すわけにはいかないという思いが強く燃え上がっていた。
達也の指摘による状況の変化
しかし達也が、文弥が目を覚まさないのではないかと指摘した瞬間、リーナの高ぶっていた感情は凍り付いた。文弥の傷も血も消えていたため、奇跡的に救われたと信じていたが、実際には文弥は意識を取り戻していなかった。リーナは慌てて文弥の体を揺さぶり、必死に呼びかけたが、文弥の瞼は動かなかった。
達也への救援要請
動揺したリーナは半ば泣き声で達也に助けを求めた。達也は、脳を含む中枢神経系まで含めて文弥の肉体は正常に修復してあり、意識が戻らないのは精神的ショックによるものだと説明した。そして適切にケアすれば目を覚ますと断言した。
帰還の決断
リーナがケアの方法を尋ねると、達也は迷いなく、今すぐ文弥を連れて帰るよう指示した。現地は霊的エネルギーの影響で環境が悪く、回復には適していないと判断したためである。その断定的な言葉は、リーナにとって絶対的な指針のように感じられた。リーナはその指示に従うことを決め、すぐに戻ると答えて通信を終えた。
リーナの意識の変化
この瞬間、リーナの意識は完全に達也の言葉に支配されていた。文弥を救うことだけが正しい行動だと確信し、それまで強く意識していた空澤の存在は、彼女の思考から完全に消え去っていた。
【2】死神の祝福
文弥の搬送と調布碧葉医院
日立市で発生した異常は午前の早い時間に起こった。ディーンの陰謀を探るため、リーナと文弥は朝の段階で現地へ向かっていた。部下たちの対処に時間を取られたものの、リーナが調布へ戻った時はまだ昼過ぎであった。意識を失った文弥はすぐに『調布碧葉医院』へ搬送された。この病院は三年前に水波が入院していた施設であり、以前から四葉家と深い関係を持ち、現在ではその傘下に入っている医療機関であった。達也の指示により、リーナは文弥を直接この病院へ連れてきていた。
達也とリーナの再会
病院の待合室には達也と深雪が待っていた。文弥を預けた直後、リーナは達也に駆け寄り、どうすればよいのかを問い詰めた。深雪は病院で大声を出すなと注意し、達也は処置については亜夜子に伝えてあると答えた。文弥の容体を心配するリーナに対し、達也は落ち着いた口調で大丈夫だと告げた。その言葉は力強いものではなかったが、逆に確かな説得力を持ってリーナを安心させた。
感覚遮断カプセルによる処置
文弥は通常のベッドではなく、感覚遮断カプセルに収容されていた。この装置は光や音などの外部刺激を遮断し、五感を休ませるための医療機器である。さらにこのカプセルには、マジストアを用いた無系統魔法が施されており、想子波を遮断するフィールドが発生していた。つまり五感だけでなく魔法的刺激も遮断されていた。達也は、文弥が目覚めないのは自分が死んだという感覚を強く認識したことに加え、現地で受けた強すぎる外部刺激の影響が残っているためだと考えていた。刺激を遮断することで、自身が生きているという情報を正しく認識できるようにするのが狙いだった。
追加の対策
達也はこの処置で十分だと考えていたが、念のためもう一手を用意していた。そのため夕歌と津久葉家の術者たちが病院へ呼ばれた。彼女たちは霊子波を遮断する結界を張る準備を整えており、文弥の個室に案内された後、外的刺激を完全に遮断する処置を施した。これにより、文弥の意識回復を妨げる可能性のある外部要因は取り除かれた。
見舞いの後の帰宅
外部刺激を遮断する処置が終わると、あとは文弥が自力で意識を取り戻すのを待つだけとなった。達也は、仮に何もしなくても一日か二日で目を覚ますだろうと考えていた。付き添う意味は薄いと判断され、病室には亜夜子だけを残し、達也たちはマンションへ戻った。
亜弥の来訪
達也たちが帰った直後、文弥と亜夜子の母である亜弥が病院を訪れた。突然現れた母に亜夜子は戸惑った。亜弥は家族に対しても淡白な性格であり、息子が入院した直後に駆けつけるような人物ではないと感じていたからである。亜弥は淡々と文弥の病室へ案内するよう求め、亜夜子はそれに従った。
亜弥の不可解な言葉
病室で感覚遮断カプセルを見つめた亜弥は、しばらく沈黙した後、孵りそうねと呟いた。その意味を亜夜子が尋ねようとしたが、亜弥は答えずに部屋を出た。そして黒服組の一人を呼び、自分の部屋へ案内させた。病院に泊まるつもりはなく、四葉家東京本部のビルに用意された部屋へ戻ることを選んだ。
眠れぬ夜のリーナ
その夜、リーナは達也と深雪と夕食を共にした後、自室に戻った。入浴や就寝の準備など普段どおりの生活を行ったが、ベッドに入っても眠ることができなかった。文弥が自分を庇って撃たれた瞬間の記憶が、遅れて強く胸に迫っていたからである。達也の言葉を信じてはいたものの、もし意識が戻らなかったらという不安が消えなかった。眠れぬまま二時間以上過ごし、ようやく訪れた浅い眠りの中でも、リーナは文弥に早く目を覚ましてほしいと願い続けていた。
亜夜子の病院泊まり
亜夜子は病院に泊まり込んだ。ここに残っていても自分にできることはないと理解しており、看護師からも帰宅を勧められていたが、文弥のいない自宅へ戻る気にはなれなかった。黒羽家のビルと病院は徒歩圏内だったものの、病院から離れ難かったのである。彼女は看護師の勧めに従い、当直室のベッドを借りて横になったが、なかなか寝付けなかった。
文弥の覚醒
ようやく眠りについた亜夜子は、自分の寝言で目を覚ました。時刻は午前四時過ぎであり、まだ二時間も眠っていなかった。亜夜子は文弥に呼ばれたような感覚を覚え、慌てて当直室を飛び出した。途中で当直医と出会い、感覚遮断カプセルの蓋が開いたと知らされる。個室へ駆けつけると、文弥はカプセルの中で身を起こしており、亜夜子と医師に自ら声を掛けた。文弥はここが病院かと確認し、亜夜子は彼が目を覚ましたことに安堵した。
検査と異常の無さ
医師は、文弥が十六時間以上意識不明だったことを説明し、脳の検査が必要だと告げた。文弥は頭痛などの自覚症状は無いとしつつも、その提案に同意した。感覚遮断カプセルはウォーターベッド式であり、水が抜かれた後に文弥は自力でカプセルから降りた。その足取りに異常はなく、死の寸前まで追い詰められた影響は外見上見られなかった。医師に勧められ、亜夜子はいったん休むことにした。
亜弥との対面
精密検査の結果を待つ間に、母の亜弥が病院へやって来た。文弥と亜弥は不仲ではないものの、親密とも言い難い距離感のある関係であった。文弥はまず心配を掛けたことを詫び、亜弥は身体に異常が無いことを確認しつつも、本当に大丈夫なのかと問い掛けた。そして身体ではなく、心や魔法に変化があったのではないかと指摘した。
死の魔法の予言
亜弥は、文弥が四葉家次期当主候補とされていたのは、先代当主・英作の予言があったからだと明かした。その予言とは、文弥が将来「死」の魔法に目覚めるという内容であった。文弥自身も、自分の魔法であるダイレクト・ペインは諜報や生け捕りには向いているが、一族を守る決定力には欠けると感じていた。亜弥は、文弥が先々代の元造が切り札としていた「死神の刃」を継承したのではと期待していたが、どうやらそれとは異なると見抜いた。
死影の会得
文弥は、自分が命を奪われる際の痛みを経験したことで、敵に自分は死んだと錯覚させる魔法を使えるようになった感覚があると語った。亜弥はそれを聞き、その魔法は「死影」と呼ばれる東雲家の系統に伝わる魔法の一つであると告げた。文弥はそれを自力で会得したことになり、亜弥は初めて満足げな笑みを見せて彼を認めた。
退院と四葉家東京本部への報告
検査の結果、文弥に異常は認められず、その場で退院を許可された。亜弥は結果を聞くとすぐに豊橋の屋敷へ戻った。文弥は自宅へ帰るのではなく、亜夜子と共に四葉家東京本部へ向かい、達也に無事を報告することにした。
リーナの御礼
文弥の姿を見るや否や、リーナは彼に抱きつき、そのまま唇を重ねた。突然の出来事に文弥は完全に固まり、深雪も亜夜子も言葉を失い、達也でさえ軽く目を見開いた。長い口づけの後、リーナは頬を赤らめながら、これは自分を庇ってくれた御礼だと早口で言い立て、飲み物を用意すると言ってキッチンへ逃げるように向かった。文弥はぎこちなく礼を受け止めつつ、その後、意識を取り戻してからの経緯を皆に伝えた。
眠っていた間の体験
文弥は、意識を失っている間にもう一人の自分と話していたような気がすると語った。ただしその相手は自分と言い切りにくく、背が高い存在として記憶されていた。女性三人に問い詰められた文弥は、その背の高い自分からダイレクト・ペインの使い方について長く教わっていた気がすると説明した。達也はそれを単なる夢ではなく、魔法に対する認識を深めるヴィジョンのようなものだと受け取っていた。
日立市の混乱継続
文弥の健康と新魔法の話が一段落すると、話題は日立市の現状へ移った。ギャラルホルンの影響はなお続いており、暴動はむしろ本格化していた。深雪には暴動を鎮める魔法があったが、使用の許可はまだ下りていなかった。達也によれば、東道が差し止めており、政府から正式な依頼があるまでは公然と動かない方が良いという判断であった。
空澤の逃走先
文弥が空澤の行方を尋ねると、達也は空澤が多賀山地に潜伏していると答えた。空澤はリーナの魔法から逃れた後、三合会の工作員を手当たり次第に殺害し、それを警察官に発見されて拘束されそうになった。しかし同僚を殺すだけの理性は失っておらず、警官隊に包囲されるとそれ以上の戦闘を避けて内陸へ逃げ込み、多賀山地に潜伏したのであった。
亜夜子を軸にした対応方針
達也は、空澤がまだ警察官を殺していない点に着目し、亜夜子の存在が空澤の破滅衝動を抑える鍵になる可能性を示した。そのため、空澤が現れるまでは亜夜子は姿を隠し、逆に現れた時には姿を見せることで衝動を和らげられるかもしれないと助言した。亜夜子はその方針を受け入れ、丁寧に礼を述べた。文弥もそれに続き、姉弟は出動に備えていったん自宅へ戻っていった。
警察の鎮圧失敗と元章の危機感
日立市では市民同士の暴動が続き、公安を中心とした多数の警官が投入されていた。しかし警官たちが徹夜で鎮圧に当たっても効果は無く、暴徒を取り押さえようとした警官自身が興奮に呑まれて暴動に加わる事例まで発生していた。三矢元章警部は、この状況が単なる暴動ではなく、前日に起きた災害的な霊的エネルギーの嵐に端を発する精神干渉であると見ていた。空澤の錯乱もその延長にあると考え、事態の異常さを強く意識していた。
空澤の逃亡と警察の苦境
霊災の直後、まだ正気を保っていた市民から殺人鬼が暴れているとの通報があり、現場に駆けつけた元章は、空澤が殺した死体を目にした。後に判明したところでは、犠牲者は全て香港三合会の構成員であり、同僚警官や一般人を手に掛けてはいなかった。その点に幹部警察官たちはわずかな安堵を覚えたが、空澤が投降に応じず、捕縛しようとした警官に負傷を負わせて逃走している以上、看過できる状況ではなかった。だが市街地の暴動は昨日よりもさらに悪化し、女子供や老人までもが暴徒化していたため、警察には空澤の確保に回す余力が無かった。
空澤の覚悟
空澤は多賀山地の奥深くまで逃げた後、市街地を見下ろせる場所まで戻ってきていた。彼は一睡もせず、何も口にしていなかったが、疲労も空腹も感じていなかった。市街地の近くへ戻ったのは補給のためではなく、自分の中に巣くう呪詛に決着をつけるためであった。空澤は、自分が凶悪な呪詛に取り憑かれていると自覚しており、この呪詛を自分ごと葬らなければならないと決意していた。昨日同僚に抵抗したのは、病院に閉じ込められれば自分が呪詛の汚染源になってしまうと考えたからである。彼は昨日の二人が再び自分を殺しに来ると予感し、今日は逃げずにこの呪いごと地獄へ落ちる覚悟を固めていた。
文弥と亜夜子の捜索
一方、文弥と亜夜子は自宅で遅めの食事を取った後、正午過ぎに日立市へ入った。二人は空澤の捜索が数日がかりになると見込んでいた。濃密な霊的エネルギーに覆われたこの地域では、達也のエレメンタル・サイトですら縁の薄い相手の位置を把握できず、知覚力に優れた文弥たちでも山林に潜む忍術使いを遠距離から見つけるのは難しいと考えていたためである。だがその懸念は外れた。多賀山地外縁の風神山ハイキングコース入口で、文弥が想子波に乗せた殺気を山中へ飛ばすと、山頂付近から挑戦を受けるような気配が返ってきた。
空澤との対峙
文弥と亜夜子が山頂の広場に到着すると、空澤はそこに身を晒して待っていた。空澤は文弥だけでなく亜夜子の姿も見て激しく動揺し、その内部の破滅衝動を揺らがせた。達也が予想したとおり、亜夜子の存在は空澤の衝動を和らげる作用を持っていた。文弥はその様子を見て好機と判断し、空澤に大量殺人と同僚への暴行を非難した上で、大人しく捕まるよう促した。しかし空澤は返答せず、文弥に粘りつくような執着の視線を向けるだけであった。文弥は、空澤が自分自身ではなく、自分と命懸けで戦うことそのものに執着していると感じた。
縮地と死影の応酬
文弥がさらに一歩踏み出して抵抗をやめるよう告げた直後、空澤は縮地の術で一瞬にして十メートル以上の距離を詰め、文弥の鳩尾に銃口を突きつけた。ギャラルホルンの力を自分自身に閉じ込め、さらに星神封印の霊的エネルギーを取り込んだことで、空澤は身体強化の異能者に匹敵する運動能力を得ていた。至近距離射撃は魔法師を仕留める有効な戦法であり、文弥にとっても極めて危険な状況だった。だが空澤は引き金を引けなかった。文弥は踏み出した瞬間に、ダイレクト・ペインの発展形である死影を放っていたからである。
死影の効果と空澤の無力化
死影は、相手に致命傷の痛みを認識させ、自分は死んだのだと錯覚させる魔法であった。単なる激痛で相手を無力化するダイレクト・ペインよりも、効果が現れるまでわずかな遅れがあるが、本来は反撃不能となった相手に止めを刺すための魔法である。空澤は死影を受けながらも発砲寸前まで持ち込んでおり、その反応速度は文弥の想定を超えていた。それでも最終的には、自分が死んでいることを思い出したかのようにその場へ崩れ落ち、無力化された。
空澤の回収
危機を脱した後、文弥は、空澤がここまで手強くなっているのはギャラルホルンだけでは説明がつかず、詳しく調べる必要があると判断した。亜夜子もそれに同意し、自分たちの家だけでは手に余る可能性があるため、夕歌にも協力を頼むべきだと述べた。文弥が軍用通信機で連絡を取ると、五分もしないうちに黒服たちがワンボックスカーで山頂駐車場へ到着した。彼らは担架で空澤を回収し、文弥と亜夜子もそれに続いて車へ乗り込んだ。
【3】安らかな眠りを
貢による古房地公園の回収作業
文弥が空澤と対峙していた頃、黒羽貢は古房地公園を訪れていた。貢は配下の魔法師から発見の報告を受けると、すぐに回収を命じた。現場には昨日から放置されていた小型バスがあり、その中には七人の男の死体が倒れていた。黒羽家の偽装救急隊員たちは、そのうち一体だけをストレッチャーに載せて偽装救急車へ運び出した。貢も灰色服の配下と共にその車へ乗り込み、現場を後にした。
伊豆要塞への移送
文弥と亜夜子は、意識を失った空澤を伊豆半島下田市内陸の四葉家拠点へ運び込んだ。この施設は魔法工業技術専門学院のバックアップ用として旧保養施設を改造した要塞兼監獄であり、黒羽家内部では伊豆要塞と呼ばれていた。到着した二人を、先に現地入りしていた貢が出迎えた。文弥は空澤の確保を報告し、亜夜子は空澤の状態調査に夕歌の協力が必要だとして許可を求めた。貢は理由を問わずこれを認め、ロッキー・ディーンの死体の調査は自分が引き受け、空澤の件は子供たちに任せると決めた。
貢の内心と自己嫌悪
ディーンの死体の保管を指示しながら、貢は文弥のことを考えていた。文弥が銃撃され意識不明になった報告を受けた時、達也が再成で傷を治したと聞いて安心してしまった自分を、貢は強く恥じていた。かつて四葉一族を守る超越者の誕生を願いながら、同時にその存在を罪の象徴として隔離しようとしていた過去があるにもかかわらず、今では達也の力に救いを求めていたからである。その矛盾を自覚した貢は深く打ちのめされ、文弥に体調を尋ねることすらできなかった。
ディーンの死体へのサイコメトリ
ディーンの死体は、霊的エネルギーと魔法的知覚を遮断する暗室に運び込まれた。貢は、黒羽家最高のサイコメトリストである東雲吉見に、死体にデーモンが残っていないか確認させた。達也の見立てどおりデーモンは既に抜け出していたため、貢は念のため呪詛返しの護符を吉見に持たせた。吉見はディーンの額に触れて残留思念を読み取り、その記憶から黒幕が米国洪門の朱元允であること、密入国に協力したのが国家公認戦略級魔法師エリオット・ミラーであること、さらにエージェントとしてディーンを助けた者が元文正であることを突き止めた。
貢の新たな懸念
エリオット・ミラーの名を聞いた貢は、USNA内部の政治対立や洪門との連携まで思いを巡らせた。四葉家が友好関係を築いているリアム・スペンサーがまだ大統領に就任していない現状では、敵対陣営が日本に対する謀略戦を仕掛けている可能性も否定できなかった。貢はディーンの死体を凍結保存するよう命じると同時に、米国洪門とミラーについてさらに調べる段取りを考え始めた。
拡大する暴動と達也の憂慮
一方、日立市南部で始まった無秩序な暴動は、一昼夜が過ぎても収まらず、むしろ感染症のように広範囲へ拡大していた。ディーンは既に死亡し、空澤も眠らされて魔法を使えない状態であるにもかかわらず、破滅衝動の連鎖は止まらなかった。達也はその状況を憂慮しながらも、今はまだ静観していた。暴動を鎮める手段として深雪の広域誘眠魔法ヒュプノス・チェインがあったが、立ったまま眠らせれば転倒による負傷者が多数出る可能性があり、その責任を深雪に負わせる余地が少しでもある限り、軽々しく使わせるわけにはいかなかった。
霊子波の融合という新たな危機
達也は霊子研究の成果により、想子の流動を通じて霊子波の動きを間接的に把握できるようになっていた。その認識によれば、現地では土地に蓄えられていた霊子波と人々が発する霊子波が融合し始めていた。これが何を引き起こすのか達也にも分からなかったが、未知であるがゆえに危険だと直感していた。暴徒鎮圧とは別に、現地で何が起きているのかを確認すべきではないかと考え始めていた。
真夜からの依頼
その時、調布の自宅で待機していた達也のもとへ、四葉真夜から連絡が入った。依頼主は東道ではなく元老院であり、内容は日立市から拡大している暴動の鎮圧であった。元老院がこの暴動を全国へ飛び火しかねない危機として捉えていること、東道が四葉家の責任を追及しないと明言したことを受け、達也は依頼を即座に引き受けた。
衛生部隊の要求と深雪の秘匿
達也はただし一つ条件を付けた。四葉家だけで対応する必要はないかを確認し、可能であれば軍から衛生部隊を出してほしいと求めた。真夜は当初、暴動鎮圧後の救護活動のためだと解釈したが、達也が問題視していたのはギャラルホルンによる負傷者ではなく、ヒュプノス・チェインの使用によって転倒し傷を負う者たちであった。責任を免れても非難の種は減らしておくべきだというのが達也の考えだった。さらに達也は、ヒュプノス・チェインそのものではなく、その使い手が深雪であることをできるだけ知られたくないと告げた。この魔法は軍事利用価値が極めて高く、深雪が戦争に利用される危険が大きいからであった。
作戦時刻の決定
真夜はその懸念を理解し、東道を通じて軍の出動を取り付けると約束した。達也は、国防軍が既に出動態勢を整えているなら三時間もあれば十分だと見積もった。それを受けて真夜は、作戦開始を夜七時と決めた。大勢を一斉に眠らせる以上、暗くなってからの方が不自然さを抑えられ、魔法の使い手を隠す上でも都合が良かった。達也はその判断を了承し、深雪もまた静かに同意を示した。
夕歌の到着と事前説明
四葉家東京本部の自室にいた夕歌は、文弥と亜夜子の要請に応じて護衛の桜崎千穂と共に伊豆要塞へ到着した。亜夜子の礼に気軽に応じた夕歌は、過去にギャラルホルンが使われた事例が少ないにもかかわらず、空澤だけが他の被害者と違うと判断した理由にも関心を示した。文弥は、空澤には火事場の馬鹿力では説明できない能力向上が見られ、魔法の出力が以前とは別人のようだったと説明した。夕歌はそれを聞き、事態は想定以上に厄介かもしれないと受け止めた。
空澤の診察準備
夕歌は文弥と亜夜子に案内され、空澤が収容されている隔離病室へ向かった。空澤は眠ったまま頑丈なシートで首から下を拘束されていた。夕歌は帽子とミラーレンズのサングラスを装着した。どちらも過剰な想子波を遮断し、自身の精神を守るための道具であった。精神に接触する魔法は危険度が高く、相手に悪意が潜んでいる可能性がある以上、自衛手段が必要だったのである。
ギャラルホルンとの融合の判明
準備を終えた夕歌は空澤の額に手を翳し、その精神にアクセスした。長い沈黙の後、夕歌は悪い予想が当たったと告げた。そして、空澤はギャラルホルンのデーモンと融合しており、新たな術者になっていると明かした。さらに空澤は、その魔法を自分自身に向けて使っていたと見られた。それはギャラルホルンによる被害拡大を防ぐためだった可能性が高かったが、理性を失わせる精神干渉系魔法を自分に向けながら制御し続けるのは本来不可能であり、空澤は無茶な綱渡りを続けていたことになる。
デーモン切り離し不能という結論
文弥はデーモンを切り離せないかと尋ねたが、夕歌は無理だと断言した。そのうえで、念のため持参していた金属製のチョーカーを取り出した。これは拘束用というより、魔法師を無力化するための首輪であった。夕歌は、空澤からギャラルホルンを取り除けない以上、魔法そのものを封じるしかないと判断していた。
ゲートキーパー首輪の装着
夕歌が取り出した首輪には、達也が開発した魔法発動阻害魔法ゲートキーパーが保存されていた。これは魔法師が無意識領域から情報次元へ魔法式を送り出す際、その通過を捉えて魔法式を破壊することで発動を阻止する魔法である。本来は対象の魔法師に継続的に密着して監視する必要があり、実用性に乏しかった。だがこの首輪は、空澤自身の想子と事象干渉力を使ってゲートキーパーを維持し続ける仕組みを備えていた。夕歌は未完成品であることに不満を覚えつつも、今はギャラルホルン封印が先決だとして空澤の首に装着し、マジストアを起動した。
未完成品であることへの懸念
首輪は正常に作動し、空澤が魔法を使おうとすれば、その瞬間に魔法式を破壊する状態となった。しかし夕歌は、この道具には解除機構がなく、権力者が魔法師を支配する奴隷の首輪になりかねないと苛立ちを見せた。完成品とは呼べない代物だったが、今この場ではそれでも使うしかなかった。
空澤の覚醒
夕歌が退室した後、文弥は死影で眠らせた相手を起こす方法を用いて空澤を覚醒させた。目を覚ました空澤は、自分が拘束されていることに気付きもがこうとしたが、亜夜子の声を聞いて動きを止めた。ここが黒羽家の管理する施設であること、自分がどのような状態にあるかを問われると、空澤は単なる拘束ではなく別の意味を問われていると理解していた。
空澤の自覚と殺人の認識
文弥は、空澤が邪悪な魔法を取り込んでしまった自覚があるかを確認した。空澤は、その自覚も、自分が何をしたかも覚えていると答えた。さらに文弥は、空澤が三合会の構成員のみを殺害していたとはいえ、大量殺人犯として警察に秘密手配されていることを突きつけた。空澤はそれを当然だと受け止め、目を閉じて沈黙した。
拘束解除と首輪の説明
亜夜子は空澤の顔を見られたくない心情を察し、拘束していたシートを外した。しばらくして気持ちの整理をつけた空澤は身体を起こし、初めて首に巻かれた金属製のチョーカーに気付いた。亜夜子は、それが肉体的苦痛を与える道具ではなく、魔法を使えなくするためのものであり、空澤の中に入り込んだギャラルホルンを封じるための首輪だと説明した。空澤はそれを聞き、暴走を懸念しなくて済むようになったことに理解を示した。
匿われる立場への反発
文弥は、自分たちが空澤を助けたのは恩を売るためではなく、大量殺人犯として手配されている人物を匿っているという都合によるものだと冷たく告げた。空澤は不快感を示しつつ、監察官へ通報しても構わないと自棄気味に返した。だが亜夜子は、通報するつもりなら最初からここへ連れてきていないと静かに伝えた。
施設内滞在の要請
亜夜子は、空澤に取り憑いた魔法は本当に危険であり、空澤自身もその危険性を理解しているはずだと語った。そして、空澤が被害拡大を防ごうとしていたことは自分たちも理解しているからこそ、状態が安定していると確認できるまで、この施設に滞在して不自由を我慢してほしいと頼んだ。空澤はそれを受け入れる代わりに、一つ条件を出した。
空澤の条件と文弥の約束
空澤は、もし自分が再びギャラルホルンに呑まれたなら、今度こそ自分ごと魔法を葬ってほしいと求めた。亜夜子が言葉を続けようとする前に、文弥はその条件を受け入れ、自分が確実に殺すと断言した。亜夜子は空澤に、今後はベッド拘束はせず、施設内であれば部屋の外に出てもよいが、部屋には鍵を掛けること、用があればインターホンで係を呼ぶよう伝えた。空澤は素直に従うと答え、亜夜子はその返答に安堵した。
夕歌による空澤の診断
午後四時前、夕歌は護衛の桜崎千穂を伴って伊豆要塞に到着した。亜夜子と文弥は、空澤が他の被害者とは異なると判断した理由を問われ、火事場の馬鹿力では説明できない能力向上が見られ、魔法の出力が以前とは別人のようだったと説明した。夕歌はその話を聞き、事態は想像以上に深刻だと受け止めたうえで、空澤の隔離病室へ向かった。
ギャラルホルンとの融合判明
夕歌は帽子とサングラスで自らの精神を保護しつつ、眠ったまま拘束されている空澤の精神に接触した。その結果、空澤はギャラルホルンのデーモンと融合しており、新たな術者になっていることが判明した。さらに空澤は、その魔法を被害拡大を防ぐため自分自身に向けていたらしく、理性を失わせる魔法を自らにかけながら制御していたことになる。夕歌はその無茶さに呆れつつも、空澤の精神力の強さを認めた。
ゲートキーパー首輪の装着
デーモンを切り離すことは不可能と判断した夕歌は、持参していた金属製のチョーカーを取り出した。それは拘束具ではなく、魔法師を無力化するための道具であり、達也が開発した魔法発動阻害魔法ゲートキーパーをマジストアに保存して継続発動させる未完成の装置であった。解除機構を持たないため、権力者が魔法師を支配する道具になりかねない欠陥を抱えていたが、今はギャラルホルン封印を優先すべきと判断され、空澤の首に装着された。起動後、夕歌は装置が正常に作動していることを確認した。
空澤の覚醒と現状認識
夕歌と千穂が退出した後、文弥は死影で眠らせた相手を起こす方法を用い、空澤を覚醒させた。空澤は拘束されていることに気付きもがいたが、亜夜子の声を聞いて落ち着きを取り戻した。文弥は、空澤が邪悪な魔法を取り込んだ自覚があるか、自分が行った大量殺人を理解しているかを問いただした。空澤は、それらをすべて覚えていると認め、自分が秘密手配されていることも当然だと受け止めた。
空澤の隔離受容
亜夜子は空澤の心情を察して拘束を解き、首輪がギャラルホルンを封じるためのものであり、もう暴走を懸念する必要はないと説明した。文弥は、自分たちが空澤を匿っているのは恩を売るためではなく都合によるものだと冷たく告げたが、亜夜子は、危険な魔法である以上、空澤の状態が安定すると確認できるまで施設に留まってほしいと頼んだ。空澤はこれを受け入れる代わりに、自分が再びギャラルホルンに呑まれたら今度こそ殺してほしいと求めた。亜夜子が言葉を継ぐ前に、文弥はその条件を受け入れ、自分が確実に殺すと約束した。空澤は施設内での行動を許されつつも部屋に鍵を掛けられる形で、監視下の滞在を受け入れた。
勝田基地への移動
午後六時過ぎ、達也は花菱兵庫から国防軍の受け入れ準備完了の報告を受けた。達也、深雪、リーナはいずれも出動準備を終えており、兵庫を含む四人はエアカーで勝田基地へ向かった。日立市で始まった暴動は既にひたちなか市方面へまで広がっており、勝田基地で衛生部隊と合流する手筈になっていた。基地では真田少佐から最新情報の説明が行われ、ギャラルホルンによる精神汚染の新たな拡大は確認されていないと報告された。つまり暴動の拡大は、もはや魔法そのものが直接広がっているのではなく、人の破壊衝動が連鎖している状態だった。
ヒュプノス・チェインによる鎮圧開始
午後七時、達也たちはエアカーで基地外へ出た。深雪はエアカー内部に設置された専用大型CADを用い、暴徒のいる領域を指定してヒュプノス・チェインを発動した。この魔法は空間内に精神干渉系魔法式を敷設し、対象を眠りに落とすものであった。達也は深雪に無理をさせないよう範囲制限を組み込んでおり、それでも彼女に対して広げすぎるなと注意を与えた。深雪はそれを理解したうえで発動し、暴徒たちは次々に眠りに落ちていった。
負傷者対応を伴う長時間作戦
ヒュプノス・チェインで眠らされた者の多くは本能的に受け身を取ったが、疲弊し切っていた者の中には気絶するように倒れて負傷する者もいた。衛生兵は担架を持ってそうした負傷者の救護に当たった。達也の予測より怪我人の割合は少なかったものの、暴動の中心部に近づくほど疲労困憊した暴徒が増え、救護の手間も増大した。エアカーは兵庫の操縦とリーナの飛行補助によってゆっくり前進し、深雪は繰り返しヒュプノス・チェインを発動した。こうして暴動の波は安らかな眠りへと塗り替えられていった。
暴動鎮圧完了と深雪の疲労
暴動の鎮圧には六時間を要した。単に眠らせるだけならもっと短時間で済んだが、路上で眠った人々の救護に時間がかかったためである。日付が変わった後、達也たちは勝田基地へ戻らず、そのまま陸路で東京へ帰還した。車中では深雪が達也の肩にもたれて眠り続けており、帰宅後も自力でまともに立てないほど疲労していた。達也は深雪を抱き上げて部屋へ運び、入浴の世話はリーナに任せた。リーナはそれを引き受けつつ、深雪には美容や身の回りの世話を担う女性の付き添いが必要だと達也に進言した。達也もその必要性を認め、自分の見落としだったと受け止めた。
翌朝の深雪と達也の配慮
翌朝になっても深雪は起き上がれないほど疲れていた。達也は彼女を無理に起こさず、今日は休むよう告げた。深雪は暴動がどうなったのかを気にしていたが、達也は無事に終息したと伝え、深雪の働きを労った。深雪はそれを自分の功績ではなく達也が作った魔法のおかげだと返したが、達也は頑張ったのは深雪自身だと認めた。そこへリーナが朝食の準備を告げに現れ、疲れている時は友達同士で助け合うべきだと深雪を気遣った。
真夜への報告と深雪を守る決意
朝食後、達也は真夜に任務完了を報告した。真夜は深雪の体調を気遣い、付き添いの女性を手配しようかと申し出たため、達也は深雪の身の回りの世話をする女性を紹介してほしいと頼んだ。さらに真夜はヒュプノス・チェインの効果について強い関心を示し、達也は予想どおりの成果が得られたと答えた。真夜は深雪が次期当主に相応しい力を得たと評したが、達也はそれを兵器だと捉え、深雪は以前から自分という兵器を持っていると淡々と返した。達也は、ヒュプノス・チェインの軍事的価値に気付いた者たちがいずれその術者を突き止め、深雪を利用しようとする未来を確信していた。それでも自分がいる限り、深雪を利用させず、彼女の安らかな眠りを守り抜くと改めて心に決めていた。
【4】想定外
暴動沈静化と反魔法感情の再燃
茨城北部から栃木東部、福島南部に広がっていた騒乱は、一夜のうちに沈静化した。しかし事件はそれで終わらなかった。茨城を中心に発生した突発的大規模暴動と、その終息時に起こった大量失神は魔法と結び付けて報道された。実際には失神ではなく睡眠であったが、魔法による現象であった点は事実である。十数万人規模の犠牲者を出したこの事件の報道は、人々の魔法師に対する恐怖と警戒を強め、沈静化していた反魔法主義の風潮を再び高める結果となった。
伊豆要塞での調査依頼
ギャラルホルンによる暴動鎮圧から約一週間後の十一月七日、達也は文弥と亜夜子の依頼を受けて伊豆要塞を訪れた。依頼内容は、空澤を拘束するための魔法発動阻害装置「ゲートキーパー」が正常に機能しているかの確認であった。施術者の夕歌ではなく達也に依頼が来たのは、達也がゲートキーパーと魔法式保存人造レリック・マジストアの開発者であったためである。文弥と亜夜子は、チョーカーを装着しているはずの空澤が身体強化魔法を使用しているような運動能力を示していることに疑問を抱き、達也に調査を求めていた。
空澤の魔法の正体
達也は空澤を観察し、身体強化魔法がゲートキーパーの対象外であると結論づけた。ゲートキーパーは魔法式が無意識領域から情報次元へ出力されるのを阻止する魔法であり、無意識領域だけで完結する能力には干渉しない。現代魔法は情報次元への出力が必要だが、サイキック能力のように無意識の機能を通じて身体能力を強化する力はその影響を受けない。空澤もまた、筋肉や関節などの具体的な制御を意識せず結果だけを意識して身体能力を高めていたため、その能力はサイキックに近いものと判断された。達也は忍術使いの体術も同様にサイキック寄りの能力であると説明し、空澤は忍びとして十分に活躍できると結論づけた。
文弥の体調への懸念
空澤の検査を終えて帰る際、達也は文弥に体調を確認した。文弥は異常を感じていないと答えたが、達也は納得せず精密検査を受けるよう勧めた。達也の態度に文弥と亜夜子は不安を覚え、文弥は翌日に精密検査を申し込むことを約束した。
空澤の処遇を巡る議論
達也が帰った後、文弥と亜夜子は空澤の扱いについて話し合った。文弥はチョーカーの破損によってギャラルホルンが解放される危険を理由に手放すべきではないと考えた。一方で亜夜子は、魔法の危険性だけを考えれば処刑する方が確実だと指摘した。しかし総合的に判断すれば、空澤を黒羽家の配下として取り込むべきだと結論づけた。空澤は身体強化能力が有希に匹敵し、諜報員としての技術も高く、警察内部の事情を知る点でも有益な人材であった。
亜夜子の思案
一人になった亜夜子は、空澤の評価について考え込んだ。夕歌は空澤の事象干渉力を高く評価しており、その能力はただの警官としてはあり得ないほど強いと指摘していた。亜夜子自身も、空澤の魔法技能が飛躍的に向上していることを感じ取っていた。人格と能力の両面で黒羽家に迎え入れる条件を満たす人物は稀であり、空澤はその数少ない例であった。しかし亜夜子は、彼を一族に迎えた後にどのような関係を築くべきかについて迷いを抱えていた。
魔工院への訪問
伊豆要塞を離れた達也は帰宅せず、下田市の海岸沿いにあるメイジアン・カンパニーの教育機関「魔法工業技術専門学院」、通称魔工院を訪れた。事前に視察予定を伝えていたため、到着するとすぐに中へ案内された。迎えたのは七草真由美であり、日曜日にもかかわらず彼女は残務整理のために出勤していた。達也と学院長の八代隆雷は、休暇中は業務を引き継ぐべきだと真由美に注意した。
真由美の縁談事情
真由美が落ち着かない理由は、進行中の縁談にあった。彼女の婚約相手は十師族の十文字家当主、十文字克人であり、両者の婚約は魔法界でも祝福される話であった。しかし真由美の妹の一人である泉美は、この結婚を妥協によるものと考えて反対していた。真由美は妹との関係に悩みつつも、実家へ戻る準備を進めていた。
深雪の無事と外出制限
伊豆から帰宅した達也を、深雪は普段どおりの様子で迎えた。前日に見られた深雪の体調不良は一時的なもので、その後は魔法大学への通学も含めて異常なく過ごしていた。しかし達也は、暴動を契機として社会全体の反魔法感情が再燃しつつある現状を危険視していた。深雪はその美貌によって非魔法師の間でも魔法師の象徴的存在として認知されているため、反魔法主義者の標的となる可能性が高いと判断し、通学以外の外出を控えさせていた。やむを得ず外出する際には、リーナのパレードで変身するよう命じていた。
真由美の縁談に触れる兄妹の会話
深雪が伊豆での様子を尋ねると、達也は魔工院に問題はなく、七草真由美もよく務めているが年内に退職する見込みだと答えた。その理由が結婚話の進展にあると知った深雪は、いよいよ話が進んでいるのだと受け止めた。達也は、泉美がその件を深雪に伝えているだろうと見ていたが、深雪は泉美がなお反対していると明かした。達也はその事情を深く論評せず、客観的には良縁でありながらも、泉美の反発は姉への強い執着によるものだと受け止めていた。
文弥のエイドスの揺らぎ
達也は伊豆要塞での相談自体には問題がなかったと述べたが、その言い方に引っかかった深雪に促され、文弥の肉体のエイドスに揺らぎが見えたことを明かした。深雪はそれを病気の兆候ではないかと案じたが、達也は悪性のものではなく、成長期の少年に見られるような変化の徴候であったと説明した。年齢的に成長期を過ぎているはずの文弥にそのような変化が現れた理由は不明であったが、達也は死が定着する直前から蘇生した経験が肉体のエイドスに影響を与えた可能性を考えていた。ただし悪い徴候ではないと判断し、念のため精密検査を受けるよう勧めていた。深雪は良い結果を祈ることしかできなかった。
香港三合会関与情報と報復方針
関東北東部暴動事件に香港三合会が関与しているという情報は、ディーンの死体から得られた内容をもとに、黒羽家から国防軍情報部へ流された。警察ではなく軍に伝えられたのは、相手の本拠が国外にあるためであった。当日、日立市南部に三合会構成員が多数集まっていた事実もあり、この情報は信憑性が高いと判断された。統合参謀本部では報復作戦が検討されたが、三合会は国家機関ではなく犯罪組織であるため、大亜連合政府そのものに責任を問うのは難しいという理性的な意見が採用された。その一方で、日本に対する攻撃を放置すれば弱腰と受け取られかねず、何らかの対応は不可避であった。
大亜連合との利害一致
日本と大亜連合の間には講和条約こそあったが正式な国交はなく、通常の外交窓口も秘密交渉用の経路も存在しなかった。そのため、三年前に沖縄で大亜連合の諜報部門と共同作戦を行った経験を持つ風間が交渉役に選ばれた。風間と陳祥山の交渉は意外にも円滑に進んだ。その背景には、大亜連合政府自身が香港三合会を排除したがっている事情があった。香港三合会は九龍城砦を本拠地とし、再開発後にいったん健全化した地域を第三次世界大戦の混乱の中で再び無法地帯へ戻していた。大亜連合はこの九龍城砦の浄化を幾度も試みながら成功できず、国家の威信を損なう存在として三合会を厄介視していた。日本と大亜連合は三合会殲滅という点で利害が一致し、日本軍の香港における秘密報復作戦が認められることとなった。
香港潜入部隊の編成
報復作戦は他国領土内での破壊工作と暗殺を伴うため、公然とは行えず秘密作戦として実施されることになった。潜入部隊は独立魔装連隊を主軸に編成され、柳少佐が指揮を執ることになった。部隊規模は四十九人で、十二人ずつの四分隊に分かれ、それぞれがさらに三人一組の四班に細分化された。魔法師は柳を含め二十五人であり、第一分隊と第二分隊は魔法師中心の構成となった。この編成は暴動発生から一週間後の月曜日に決定された。
文弥の精密検査と意外な結果
十一月八日、文弥は伊豆に残った亜夜子と別れ、一人で東京へ戻って大学を休み、調布碧葉医院で精密検査を受けた。この病院は四葉家の実質支配下にあり、機密漏洩の心配がないため選ばれた。半日以上に及ぶ検査の末、医師は困惑しながら、いったん閉じていたはずの骨端線が開いていると告げた。成長軟骨板が確認されたことで、文弥には再び身長が伸びる可能性が生じていた。医師は五センチから十センチほど伸びる見込みがあると説明し、栄養と睡眠を十分に取ること、過度な運動を控えること、定期的な検査を受けることを勧めた。文弥はその結果に大きく喜び、思いがけない贈り物を受け取ったような気持ちになっていた。
達也への報告と作戦への懸念
香港への秘密出兵は、部隊編成が決まった翌日に達也のもとへ伝えられた。藤林がハッキングした国防軍の作戦情報を持ち込み、日焼島のステラジェネレーター社で執務していた達也は四葉家新本部へ呼ばれ、真夜同席のもとで説明を受けた。達也自身は国防軍から何の協力依頼も受けていなかったが、暴動の背後に香港三合会だけでなく米国洪門も関与していることは本家からの暗号メールで把握していた。真夜に作戦成功の見込みを問われた達也は、成否は断言できないが拙速である印象は否めず、九龍城砦には日本側の知らない隠れた戦力が潜んでいる可能性が高いと指摘した。大亜連合軍は三合会壊滅という目的では一致していても、日本軍の味方とは限らず、情報を意図的に伏せている可能性もあると警戒していた。真夜もまた、九月のチベットで観戦武官と文民監視団が大亜連合軍の奇襲を受けた件を引き合いに出し、同じ失敗を繰り返さないかを懸念した。達也もその不吉な予感を共有していた。
香港上陸作戦の壊滅
十一月十二日金曜日の深夜、香港上陸作戦は決行された。九龍城砦へ侵攻した日本軍四十九名は、翌日未明までに隊長の柳を残して全滅した。この壊滅によって初めて、日本軍は九龍城砦に棲む魔物「四凶」の存在を知ることになった。
【5】四凶
陳祥山と曹国舅の協議
十一月五日、風間大佐との話し合いを終えた陳祥山は、陝西省にある八仙の本部「太乙方院」を訪れた。八仙を率いる曹国舅は大仰に陳祥山を迎えたが、陳祥山は軽口に付き合わず、九龍城砦への対処について本題を切り出した。曹国舅は、日本軍に九龍城砦を掃除させようという計画に懐疑的であり、自分たちが手を焼いてきた四凶を日本軍が始末できるはずがないと見ていた。さらに、日本軍と三合会が潰し合えば大亜連合にとって損はないと切り捨てた。
司波達也を利用する思惑
陳祥山は、それでは香港の掃除が終わらないと指摘したうえで、風間の部隊が壊滅すれば司波達也が動くと見通しを示した。二〇九七年三月の沖縄で、陳祥山は風間と達也が共同して行動する様子を実際に見ており、その情報は大亜連合軍内でも共有されていた。曹国舅は、達也が関われば香港が焼け落ちるのではないかと懸念したが、陳祥山はそれをむしろ好都合と捉えた。香港には三合会以外にもUSNA寄りの勢力が多く、達也が自分たちに代わって敵対勢力を排除し、そのうえ大量虐殺の汚名まで背負うなら不都合はないという判断であった。こうして陳祥山は、当分の間香港へ介入しないよう曹国舅に求め、曹国舅も政府命令に従う形で了承した。
九龍城砦への潜入開始
十一月十二日、柳が率いる潜入部隊は台湾まで空路で移動し、そこから偽装商船で香港島東側を回り込んで九龍湾に上陸した。上陸地点から九龍城砦までは二キロメートルにも満たず、四十九人の潜入部隊はたちまち包囲態勢を整えた。香港三合会の本拠地は九龍城砦の中心に建つ六十階建ての高層マンション「九龍高塔」であり、部隊の最終目標はこの建物の制圧にあった。深夜、作戦が開始されると、九龍高塔へ至る道には三合会戦闘員が待ち構えており、香港の夜には断続的な銃声が響いた。しかし住民たちは暴力沙汰に慣れているのか、騒ぎ立てることもなく、嵐が過ぎるのを息を潜めて待っていた。
柳の迷いと異常な敵影
柳は三人の部下と共に九龍高塔へ向かっていたが、通信封鎖下でも友軍が次々に減っていく気配を感じ取っていた。その感覚から、想定を超える手強い敵の存在を悟った。作戦を中止すべきかと迷ったものの、大亜連合の協力が得られる機会は今回を逃せば再び訪れる保証がなく、日本の安全保障上も三合会を放置することはできなかった。撤退と続行の間で揺れる中、またしても近くで味方がやられた気配を感じ、柳は自分の目で敵の実力を見極めるため単独で現場へ向かった。
ホゥンドゥンとの遭遇
九龍高塔の正面玄関へ通じる大通りで、柳は怪物としか言いようのない男に遭遇した。見た目は中肉中背の中年男性に過ぎなかったが、まとっている妖気は人間離れしていた。その男は獣のように柳へ跳躍し、柳は即座にPDWを撃ったが攻撃は通じなかった。幻術かと思った柳は、すぐにそれが鬼門遁甲によるものだと気付いた。次いで闇色の鉤爪による斬撃が襲い掛かり、柳は間一髪で身をかわしたものの、相手の攻撃は通常の武器とは異なり、ナイフで受け止めようとしても素通りした。柳はそれが、影を媒体に殺傷力を持つ獣の化成体を作り出す影獣を、肉体に一体化させて武器のように使っているのだと見抜いた。さらに相手は膝から黒い角を生やして突きを放つなど、魔法と体術を一体化させた戦い方で柳を追い詰めた。
四凶の名乗りと挑発
柳が厄介な敵だと認識する中、その男は英語で柳に話しかけた。柳が自らを日本軍少佐と名乗ると、相手は自分を大漢軍の魔法士官ホゥンドゥンだと称し、縁あって三合会に力を貸していると答えた。さらに柳を見逃す代わりに、四葉真夜へ息子たちが香港で待っていると伝えろ、自分たち四凶は彼女の遺伝子上の息子だと告げた。その言葉と同時に閃光が柳の視界を奪い、次の瞬間には背後からの衝撃で意識を失った。
壊滅の確認
柳が目を覚ました時には夜が明けており、九龍城砦ではなく九龍湾の上陸地点にいた。そこには柳以外の部隊員は一人も戻っておらず、無線封鎖を解除して呼びかけても応答はなかった。柳は昨夜遭遇した怪物によって部隊が全滅したのだと理解した。四凶という名称も、ホゥンドゥンという名も柳には心当たりがあった。四凶は東亜大陸神話に登場する四柱の悪神の総称であり、ホゥンドゥンはその一柱、渾沌に対応する名であった。柳は、同格の怪物があと三人いると考え、自分の部下たちはその四匹に殺されたのだと結論づけた。迎えの船からの連絡を受けた柳は、作戦失敗そのものより部下全滅を報告しなければならないことに重い気分を抱えた。
風間からの緊急招集
十一月十三日土曜日の夜、日焼島のステラジェネレーター社から帰宅した達也は、ちょうど到着の時機を見計らったような電話を風間から受けた。用件は今から会えないかというものであり、その切迫した様子から緊急の相談であることが伝わってきた。達也は深雪との団欒の時間を惜しみつつも、その招きに応じ、市ヶ谷の防衛省御用達の高級料亭へ向かった。そこには風間だけでなく明山も待っていた。
香港作戦失敗の報告
配膳を終えて仲居が下がると、風間は昨夜、柳少佐を指揮官として香港三合会の九龍城砦本部制圧作戦を決行したこと、しかしそれは遂行ではなく失敗に終わったことを告げた。攻撃部隊四十九名は柳を除いて全滅したと聞き、達也は事態の深刻さを察した。柳が手も足も出なかったほどの敵が待ち構えていたことから、達也はこれまで大亜連合が九龍城砦の無法状態を放置してきたのは、単なる怠慢ではなく戦力的な理由があったのだと理解した。さらに風間は、敵が大漢軍魔法士官を名乗り、四凶というコードネームを自称したことを伝えた。
ホゥンドゥンの戦法
風間の説明によれば、柳と交戦した魔法師ホゥンドゥンは、鬼門遁甲と影獣を組み合わせた魔法を用いていた。しかもその使い方は通常とは異なり、自身の肉体に影獣を重ね合わせて武器のように扱っていた。達也は、それでは通常の近接戦闘の感覚が通用せず、武器で受け止めることも間合いを測ることも難しくなるため、近接の熟練者ほど惑わされると理解した。一方で遠距離からの銃撃は鬼門遁甲で無効化されるため、極めて厄介な相手であると判断した。
四葉家を引き込むための挑発
風間が達也を呼んだ理由は、四凶の相手をしてほしいからではなく、柳が持ち帰った伝言の扱いに困っていたからであった。明山が伝えた内容は、四凶が四葉真夜の遺伝子上の息子だというものであった。達也は、三十八年前に真夜が崑崙方院による魔法師製造の人体実験の被害に遭った過去を知っていたため、この話が事実であれば四凶は真夜の生殖細胞を用いて作られた魔法師ということになると理解した。しかし同時に達也は、この話が四葉家を香港へ引きずり込むための挑発であり、大漢の残党が復讐のために仕掛けた嘘である可能性が高いと判断した。そしてこの問題があまりに重大かつ繊細である以上、自分から真夜に伝えるべきだと決め、明山にその役目を引き受けると答えた。
【6】摩醯首羅
真夜への報告と香港行きの決定
十一月十四日、達也は深雪とリーナを連れて日焼島の四葉家本部を訪れた。深雪とリーナを自室に残した達也は、一人で真夜のもとへ向かい、明山から伝えられた四凶の挑発について報告した。そのうえで、四凶が真夜の生殖細胞から生まれたという主張は、四葉家を香港へ誘き寄せるための虚偽だと自らの見解を述べた。真夜はその気遣いに礼を言いながらも、真実かどうかはどうでもよく、三十八年前の件を持ち出されたこと自体が許せないと受け止めていた。達也は、ホゥンドゥンの挑発は四葉家への明確な敵対宣言であり、実害が出る前に叩くべきだと進言した。真夜も同じ考えを示し、この件を達也に一任した。達也は、高千穂を経由して宇宙から香港へ潜入し、周公瑾と同系統の魔法を使う敵に対抗するため光宣の力を借りる方針を説明した。真夜は、国外であれば元老院もパラサイトの投入に口を挟まないだろうと述べ、間接的に作戦を承認した。
光宣への協力要請
午後三時、達也は高千穂との通信回線を開き、光宣に協力を要請した。光宣は内容を聞く前に快諾し、達也が香港の敵勢力殲滅に協力して欲しいと伝えると、茨城北部を中心に発生した事件を既に宇宙から観察していたため、事情をすぐに理解した。達也は、一昨日に国防軍が香港三合会討滅のため部隊を派遣したが、周公瑾と同じ魔法を使う戦闘魔法師に阻まれたこと、その敵は大漢の残党を名乗り四葉家への報復を企んでいることを説明した。さらに敵が鬼門遁甲と影獣を併用し、影獣を鉤爪や角のように肉体へ宿して武器として使っていると伝えると、光宣はその特殊な戦法に興味を示し、自分が役に立てると答えた。達也は同日夜、高千穂経由で香港へ向かうことを決め、深雪とリーナも同行するが、香港へ降りるのは自分と光宣だけだと伝えた。光宣はその意図を理解し、受け入れた。
高千穂への移動と作戦準備
日焼島の仮想衛星エレベーターを用い、達也たち三人は対地高度約六千四百キロメートルの宇宙へ移動した。そこで光宣が出迎え、高千穂へ案内した。達也はフリードスーツを、深雪とリーナは宇宙服を着用していたが、光宣は普段着のまま対物魔法シールドで自らの周囲に空気の繭を作っていた。高千穂に入った達也は、深雪たちの相手を水波に任せ、すぐに光宣と作戦の打合せに入った。日本時間午前零時、現地時間二十三時にカイタック・スタジアム跡地へ降下することが決まり、その地点は人通りが少なく、柳が救出された湾岸にも近いことから選ばれた。大亜連合軍も香港三合会の武力制圧に同意しているため、偽装は最低限でよく、光宣にもフリードスーツを着用させることになった。
香港降下直後の迎撃
高千穂の外殻に刻まれた魔法陣を用い、深雪とリーナが作動を支援した仮想衛星エレベーターによって、達也と光宣は十秒足らずで地上へ降下した。対地高度二メートルで超高速移動を終えた二人は無事に着地したが、その直後、周囲にはキャスト・ジャミングの想子波が満ち、アンティナイトの指輪や腕輪を装着した男たちが現れて二人を包囲した。観客席を含めればその数は三桁を超えており、彼らは高威力銃器まで構えていた。敵はこの地点への上陸を予測して待ち構えていたが、達也と光宣も迎撃は想定済みであった。達也はキャスト・ジャミングを無害な想子の細波に分解し、包囲者の半数を鬼火を残して消失させた。残る半数は光宣のスパークによって電撃で倒された。ただ一人、鬼門遁甲で逃れた者がおり、それが四凶の一人タオティエであった。
タオティエの撃破
達也は相手が四凶の一人であることを見抜き、さらに四凶が真夜の血を引くという話が嘘であったと確信した。タオティエ自身もそれを認め、四凶には四葉の血など流れていないと吐き捨てた。この場面で光宣は、自分にタオティエを任せてほしいと申し出た。達也が了承すると、光宣は英語で挑発的に宣言しながらゆっくり歩み寄った。怒ったタオティエは黒影の鉤爪を宿した両手で光宣を貫いたが、それは虚像に過ぎなかった。光宣は逆に接近した位置からタオティエに触れ、パラサイトとしての能力で精気を奪い、膝を突かせた。その後もタオティエは影獣を放って抵抗したが、それも虚像を貫いただけだった。最後に光宣は振り返ることなく人体発火を発動し、タオティエの肉体を瞬く間に燃え落ちさせた。
九龍城砦への進軍
降下地点の敵を退けた後、達也と光宣は飛行ではなく徒歩で九龍城砦へ向かった。達也の目的は単なる三合会本部の破壊ではなく、将来深雪へ危害を加える可能性のある有害な魔法師をこの世から消し去ることにあった。そのため達也は九龍高塔へ一直線に進むのではなく、螺旋を描くように敵地へ迫りながら、銃口や刃を向けてきた三合会構成員を次々と鬼火に変えて消していった。香港の夜には摩醯首羅という神名が絶望の叫びとして響き渡り、その名は称賛ではなく恐怖の象徴として広がっていった。
タオウーの発見と消滅
九龍城砦に足を踏み入れた達也に、梟に似た人面一本足の怪鳥型影獣が襲い掛かったが、達也は即座にそれを消し去った。さらに魔法の波動を追って術者へ分解を放ったものの、その攻撃は鬼門遁甲で躱されていた。そこで光宣が降魔印を用いて地面から想子の波紋を広げ、鬼門遁甲で潜んでいた敵を炙り出した。その男は四凶の一人タオウーであり、虎のような影獣をまとって人間を超える運動能力を得ていた。しかし鬼門遁甲を破られた時点で達也の眼は相手の実体を正確に捉えていた。達也は横薙ぎに右腕を振り、その分解はタオウーを確実に捉えた。影獣の虎の輪郭は消し飛び、続いてタオウー本人も弱々しい鬼火と共に消滅した。タオウーは名乗る間もなく、この世から消し去られた。
ホゥンドゥンとチオンジーの降伏提案
三合会の本拠地である高層マンションの玄関前に到達した時、達也が消した構成員は既に三桁に達していた。達也が不意に足を止めると、玄関ドアの陰から二人の男が手を挙げて現れた。彼らはホゥンドゥンとチオンジーを名乗り、これ以上争うつもりはないと告げた。タオティエとタオウーの二人を殺したのかと確認されると、達也は鬼門遁甲と影獣を使う二人なら消したと淡々と答えた。チオンジーはそれを聞いて激怒することもなく、ただ悲しげに受け止めた。ホゥンドゥンは、大亜連合を共通の敵とする者同士なのだからこれ以上争う必要はないと和解を持ちかけ、三十八年前の件を持ち出して四葉家を挑発したことについても謝罪した。しかし達也は態度を緩めず、茨城暴動の首謀者である元文正の身柄を差し出すよう要求した。
元文正の引き渡しと罠の見破り
ホゥンドゥンは要求を受け入れると述べ、奥へ合図を送った。その後十分以上待たされた末に、縛られた五十歳前後の男が連れ出された。それが元文正であった。ホゥンドゥンは、この男がロッキー・ディーンを手引きした元文正であり、好きにしていいと差し出した。元文正は達也のもとへ歩み寄り、もたれ掛かろうとしたが、達也は身を躱したうえで、背後から縄を掴んで支えた。同時に達也は、元文正の服の下に隠されていた遠隔起爆装置を既に奪い取っていた。達也がそれを突き付けると、ホゥンドゥンとチオンジーは顔色を変えた。罠が見破られたと悟ったチオンジーは、達也へ襲い掛かった。
チオンジーの最期
チオンジーは全身に長い針のような棘をまとい、両腕に鎌のような刃を生やしていた。鎌をかわされても棘で刺し殺す構えで抱き付くように迫ったが、達也は四本の指を揃えた貫手で迎え撃った。達也の指先に触れた棘は傷を付けることなく溶けるように崩れ、そのまま貫手はチオンジーの身体へ達した。分解の魔法を宿したその一撃は、細胞を分子レベルで崩壊させながら胸を貫き、心臓を血液ごと消し去った。チオンジーは絶叫を上げて崩れ落ち、その場で絶命した。接触していれば鬼門遁甲にも騙されないこの近接戦法は、鬼門遁甲やパレードに対する達也の明確な優位を示していた。
ホゥンドゥンの焼死と三合会幹部の封鎖
その一方で光宣は、ホゥンドゥンの戦い方に興味を抱き、鬼門遁甲と影獣の新たな使い方を観察するため、すぐに決着を付けずに戦闘を引き延ばしていた。やがて攻撃のパターンが尽きたと判断すると、光宣は人体発火を発動した。周公瑾の知識と経験を吸収している光宣には鬼門遁甲は通用せず、その魔法は正確にホゥンドゥンへ命中し、肉体を燃え上がらせた。さらにその火はマンションの建材にも燃え移り、火災報知器が鳴り響いた。光宣は燃え落ちるホゥンドゥンを見届けずに外へ出て、電子金蚕でマンションの防火システムへ干渉し、防火シャッターを下ろした。これによって三合会幹部たちは火のついた建物の中へ閉じ込められた。
高層マンションの崩壊と元文正の引き渡し
外では達也がピックアップトラックを調達しており、縛られたままの元文正を荷台に放り込んで九龍湾の波止場へ向かった。達也はそこで車を降り、燃え続ける高層マンションへ右腕を差し伸べた。直後、高層マンションは上層から風化するように崩れ始め、達也が右腕をゆっくり下ろすのに合わせて、二百メートル級の高層ビル全体がほとんど音もなく粉塵へ変わって消失した。その直後、四葉家の依頼を受けた国防軍の高速艇が到着し、達也は元文正の身柄を茨城暴動の首謀者として引き渡した。香港降下から四時間で、達也と光宣は四凶を退治し、香港三合会を壊滅状態に追い込んだのである。
帰還と真夜への結果報告
達也と光宣はその後、香港島の太平山頂ビクトリアピークへ移動し、光宣が高千穂を管理するパラサイドールと交信して仮想衛星エレベーターを起動した。二人は高千穂へ帰還し、達也は一時間ほど滞在したのち、午前五時に深雪とリーナを連れて日焼島へ戻った。深雪とリーナが入浴後に就寝した一方、達也は自ら朝食を済ませたのち、真夜に報告するため午前九時に再び訪問した。達也は、四凶が真夜の遺伝子を引くという話はやはりデマであり、彼らの正体は崑崙方院の古式魔法で強化された戦闘魔法師だったと報告した。真夜はそれを聞いて労いの言葉を掛けた。
元文正の今後と新たな話題
達也は、元文正を国防軍へ引き渡したが、四葉家へ引き渡させるべきかを真夜に確認した。真夜は少し考えた末、知っていることを洗い浚い読み取らせるべきだと答えた。四葉家は精神干渉系魔法の研究において国内最先端であり、本人が思い出せない記憶まで探る技術を持っているためであった。達也は風間に引き渡しを要求することを了承した。香港三合会の件はこれで一区切りとなり、今後は元文正の訊問結果をもとに、米国洪門とエリオット・ミラーを追い詰める段階へ移ることになるが、それはUSNAの国内政治も絡むため、すぐに決着はつかないと見込まれた。茨城暴動に端を発した反魔法主義の高まりという問題は残っていたが、達也はひとまず一段落したと受け止めていた。そんな中、真夜は話題を一転させ、以前達也から頼まれていた深雪の世話係について、人選を済ませてあると告げた。達也は深雪と共に紹介を受けることを約束し、内心の戸惑いを見せることなく一礼した。
【7】新たな火種
深雪への新しい世話係の話
深雪が目を覚ましたのは正午前であり、達也が先に起きていたことを知ると慌てて昼の支度をしようとした。だが達也はそれを制し、二時間後に来客があるため食事の準備は不要であり、客を迎えるための身支度を整えるよう告げた。来客は真夜が紹介する深雪の新しい世話係候補であり、達也はそれを新しいお世話係の面接だと説明した。深雪は自分に世話係は不要だと気乗りしない様子を見せたが、達也は美容や体調不良時の対応に自分だけでは限界があると繰り返し説き、リーナに頼りきりにもできないと伝えた。深雪は達也の考えを受け入れたものの、心から納得したわけではなかった。
昼食時の会話と達也の隠し事
達也と深雪は、気軽に利用できる管理棟の職員用食堂で昼食を取ることにした。そこへ寝起きのままのラフな格好をしたリーナも合流した。徹夜明けだった達也に対し、深雪とリーナは休養不足を心配したが、達也は二時間ほど眠ったと答えるだけで本気に取り合わなかった。さらにリーナは、香港での大きな仕事を終えたばかりなのだからもう無理をする必要はないのではないかと問い掛けた。しかし達也は、まだ片付いていないとあっさり告げた。深雪が香港三合会は壊滅したのではないかと確認すると、達也は日本に手を出す能力は失っただろうと認めつつも、それ以上のことは裏が取れていないため話せないと述べた。達也が何かを隠していることは明白であったが、リーナは無理に問い詰めることはしなかった。
笛吹千代との面会
午後二時前、達也と深雪が自宅で来客を待っていると、葉山に伴われて若い女性が訪れた。リーナも今後の関わりを考えて同席していた。紹介されたのは笛吹千代という二十四歳の女性であり、真夜が深雪の世話係として選んだ相手だった。中性的で長身の彼女を見た達也は、その容姿ではなく姓に反応し、楽師シリーズの第二世代ではないかと見抜いた。葉山はその推測を認めたうえで、千代は戦闘用の能力を持たず、ガーディアンにはなれないため使い方を誤らないよう求めた。
千代の能力と採用
達也が千代に何ができるのかを尋ねると、千代は振動を感知する受動的な能力を持ち、危険察知には自信があると答えた。達也はその能力が有益だと認めながらも、自分が真夜に頼んだのは警戒役ではないと葉山へ訝しげな視線を向けた。すると千代は慌てて、美容師、調理師、管理栄養士の資格を持ち、深雪の世話には十分な技術があると訴えた。葉山もその技術を保証したため、達也は最終判断を深雪に委ねた。深雪は千代に好印象を抱いたようで、彼女でよいと答えた。千代は強い感激を見せ、自分のことは千代と呼んでほしいと願い出た。
千代の立場と忠誠心
笛吹千代は戦闘用に作られた調整体でありながら、戦闘力は皆無に等しかった。索敵能力は優れていたが近距離用であり、自身の身体能力では戦闘員に同行できず、護衛に回るにも戦闘力がないため役に立ちにくかった。そのため四葉家の戦闘部門では使い物にならないと見なされていた。千代が美容師などの資格を取得したのは、生き残るために必死に道を模索した結果であったが、四葉家という閉じた社会の中ではその技能に対する需要も乏しかった。しかも第二世代調整体である彼女には、四葉家の外で自由に生きる現実的な選択肢が無かった。そうした中で深雪に認められたことは、千代にとって生活の保証を得る機会であり、それゆえ深雪への厚い忠誠心を抱くのは自然な成り行きであった。
千代を迎えた新しい日常
千代は早速深雪に同行して東京へ移り、四葉家東京本部ビル最上階にある使用人用の部屋を与えられた。食事の支度も千代の担当となり、以前は水波とキッチンの支配権を争った深雪も、今回は素直に千代へ任せた。また大学への送迎役も千代に引き継がれ、それまで運転を担当していた兵庫は達也の補佐に専念することになった。こうして一人の新たな身内を加え、深雪たちの日常は再び動き始めた。
大学でのいつもどおりのやり取り
三日ぶりに大学へ戻った深雪は、いつもどおり泉美に学食でまとわりつかれた。泉美は前日に何があったのかを尋ね、四葉家の仕事だったのではないか、ひょっとすると茨城地方の暴動に関わることなのではないかと踏み込もうとした。そこへ亜夜子が現れ、そのようなことを口にできるはずがないとたしなめたため、泉美は言い返せず、捨て台詞のようにサークル室で待っていると告げて去った。亜夜子が言うサークル室とは、活動休止中の未確認魔法研究会の部屋であり、達也が四葉家の大学内拠点として使っている場所であった。
文弥の成長痛
深雪とリーナが未確認魔法研究会のサークル室へ向かうと、亜夜子が紅茶を淹れて迎えた。リーナは文弥の姿がないことに気付き、仕事かと尋ねたが、亜夜子は困ったような笑いを含んだ表情で、文弥は軽く体調を崩して休んでいると答えた。空澤に致命傷を負わされた場面を目撃していたリーナは真剣に心配したが、亜夜子は大したことはなく、単なる成長痛だと説明した。文弥は今頃になって成長期が来たらしく、本人は大いに喜んでいるという。医師によれば、普通ではあり得ないほどの衝撃を肉体が受けたことで骨端線が開いた可能性があるとのことであり、それは達也に蘇生された影響だと亜夜子は見ていた。健康面に問題はないと聞き、リーナはようやく安心した。
反魔法感情の高まり
だが亜夜子が二人を呼んだ本題は別にあった。亜夜子は姿勢を正し、魔法師に対する恐怖心が発火点を越えて高まりつつあり、このままでは高い確率で魔法師へのテロが発生すると推測されると告げた。リーナは人間主義者や外国勢力による扇動ではないのかと疑ったが、亜夜子はその可能性を否定した。今回の恐怖は自然発生的なものであり、先月末の暴動があまりにも急速に拡大し、また唐突に沈静化したことへの反応だと分析されていた。多くの人々は、あの騒動そのものが魔法によって引き起こされ、人の心が魔法で狂わされ、沈静化もまた魔法によるものだったのではないかと考えたのである。実際、それは事実であったため、深雪もリーナも反論できなかった。自分の心までも知らぬ間に操られるかもしれないという恐怖が、人々の中で強まっていた。
四葉家へ向けられる恐怖
さらに亜夜子は言いにくそうに続け、人々の恐怖心は四葉家へ向いているようだと明かした。リーナは激しく反発したが、深雪はそれを制し、背後に敵対勢力の煽動があるのではないかと確認した。亜夜子は、SNS上には四葉家の所為、四葉家の仕業だという書き込みが散見され、その書き込み主の背後関係を調査中だと答えた。深雪は、ある意味で事実である以上、否定しづらいと受け止めた。リーナは深雪が被害の拡大を防いだのだと強く反論したが、深雪は悪者に甘んじるつもりはないものの、対処が難しいと冷静に見ていた。さらに亜夜子は、四葉家を危険視する根拠になっているのは達也の示した圧倒的な力らしいと説明した。大国すらねじ伏せる四葉家の魔法師なら、あの規模の暴動を操ることも容易いだろうという憶測が広がっていたのである。暴動を鎮めたヒュプノス・チェインの術者は深雪であっても、その魔法を創ったのは達也であり、真実の半面を突く憶測であったため、深雪もリーナも反論の言葉を持てなかった。
真夜との昼食と対策の相談
その頃、深雪とリーナを大学へ送り出した達也は、日焼島のステラジェネレーター本社で執務していたが、真夜から昼食に誘われて四葉家本部へ向かった。真夜の用件は、亜夜子が深雪へ伝えたものと同じく、魔法師を危険視する世論と、その標的として四葉家が見られているという問題であった。達也は、あながち的外れでもないと淡々と受け止めたため、真夜に他人事ではないとたしなめられた。達也は謝罪しつつも、まずは四葉家を名指しで危険だと吹聴している者たちの素性を突き止める必要があると述べた。真夜は、既に調べさせているが単なる不平屋の可能性が高いと返したものの、達也はそうは思わなかった。何の利害関係もない一般人が自分に喧嘩を売るには、自分は恐ろしすぎる存在であり、さらに今どきSNSの匿名性を本気で信じている者も少ないため、何らかの利益や意図があるはずだと考えたのである。
達也の静観策
達也は、根拠はないと断りつつも、四葉家に対する攻撃の意図を持つ書き込みをしているのは、大亜連合や新ソ連に親近感を抱く者たちではないかと推測した。そして、彼らに裏切り者のレッテルを貼ることで魔法師への反感そのものを消せはしないが、世論の分断にはつながると論じた。達也が最も恐れているのは、世論が一斉に同じ方向を向き、私刑を正当化する空気が醸成されることであり、半数の人間が魔法師を忌避する程度なら仕方がないと見ていた。なぜなら彼らの恐怖は事実に基づくものであり、反論や反対工作をしても大きな効果は望めないからである。真夜はその意見を理解し、見透かされて逆効果になる危険を考えれば、当面は静観するのがよいと受け止めた。
深雪への危険と今後の備え
しかし真夜は同時に、恐怖心が敵愾心へ発展すれば、魔法大学へ通う深雪が標的になるかもしれないと懸念を示した。達也は、その場合は大学への通学そのものを考え直さなければならないと答えた。真夜は、達也なら大学を辞めさせると考えていたようだが、達也は学歴は本質的でなくてもあった方がよいと考えており、中退はどうしようもなくなった時の最終手段だと説明した。必要になれば大学側と様々な調整を行う必要があるが、そのときは任せてほしいと真夜が応じた。達也も、いずれ本家の力を借りることになるだろうと見通しを述べ、問題がまだ火種の段階にありながらも、次の危機に備える姿勢を固めていた。
【8】黒幕対策
元文正の身柄移送と文弥への役割移管
水曜日の夕方、香港で確保された元文正の身柄は、早くも四葉家へ引き渡された。国防軍にとっても重要な情報源であるはずの元文正が迅速に引き渡されたのは、明山参謀本部長が達也との関係を重視したためであった。元文正から米国洪門の関与について証言を得ても、日本軍にはアメリカ国内で軍事行動を行う手段がない以上、軍が直接対処することはできなかった。そのため元文正は黒羽家が管理する伊豆要塞へ移され、捕虜の扱いに慣れた黒羽家に情報抽出が委ねられた。実際の訊問役は文弥が担うことになった。
文弥の後方業務への移行
文弥は骨端線が開いたと診断されて以降、足に成長痛に似た痛みを覚えるようになっていた。関節炎や神経痛ではないことは医師の診断で確認されており、しばらく激しい運動を控えるよう勧められていた。文弥は身長が伸びる機会を逃したくないという思いから、その忠告に従って現場を離れ、東京や伊豆で後方業務に専念していた。黒羽家当主である貢も、これは文弥に後方統括の仕事を学ばせる好機だと考えていた。これまで前線指揮を中心に動いてきた文弥に対し、全体を制御する役割は主に亜夜子が担ってきたが、貢は後継者を変えるつもりはなく、亜夜子は本家で次期当主の補佐役として力を振るえばよいと見ていた。その流れの中で、文弥は伊豆要塞へ詰め、元文正の管理と訊問に当たっていた。
元文正から自白剤を抜く処置
文弥は元文正と対面し、側近の黒川白羽から、国防軍がかなり強い自白剤を投与していると聞かされた。廃人同然では使いものにならないと文弥は不満を示したが、伊豆要塞の医師は訊問可能と判断していた。そこで文弥はまず、自分の魔法で体内の薬物を排出させることにした。彼が用いたのは医療魔法に分類される吸収系生体干渉魔法であり、その効果は有害物質の体外排出であった。元文正は激しく嘔吐し、大量の汗を流して自白剤という毒を吐き出した。続いて冷水を浴びせられたことで、毒を含む汗も洗い流され、意識にも多少の明瞭さが戻った。文弥は、どうせすぐに汚物を垂れ流すことになるとして衣服を乾かす処置を止め、洗浄用ホースを用意させた。これから始まるのが苛烈な訊問であることを、彼は既に見据えていた。
亜夜子による空澤への再勧誘
その頃、大学の講義を終えた亜夜子も伊豆要塞を訪れていたが、目的は元文正ではなく空澤であった。空澤はなお自由を許されておらず、ギャラルホルンはゲートキーパーのチョーカーで無力化されていたものの、道具である以上破損や停止の危険があるため、本格的な無力化を目指した治療が続けられていた。ギャラルホルンの分離や破壊、変質などの試みが行われていたが、空澤自身はその治療に協力的であった。亜夜子は頻繁に見舞いに訪れ、空澤の様子を気に掛けていた。
空澤の警察断念と黒羽家入り
亜夜子が病室を訪ねると、空澤は快適な環境の中でニュースを見ていた。待遇は官舎よりよいと語る一方で、警察がまだ自分の手配を解いていないことも認めた。かつて空澤は、亜夜子の黒羽家への誘いを自分は警察官だからという理由で断っていた。しかしこの頃には、自分が大量殺人犯として、たとえ懲戒免職にならなくとも現場で再び使われることはないと理解し始めていた。警察に残っても、書類やデータに埋もれるだけの日々が待つだろうと悟った空澤は、それよりも秩序を脅かす悪と最前線で戦えるなら、たとえ法に触れる活動であっても価値があると考えるようになっていた。そこで彼は、以前の誘いがまだ有効かを亜夜子に確認し、犯罪組織や外国の工作組織と戦う実戦部門に置いてほしいと願い出た。亜夜子はそれを即座に受け入れ、空澤は黒羽家の世話になると頭を下げた。
黒羽家の訊問法
一方で元文正への訊問は進められていた。薬物が抜けて譫妄から解放された元文正に対し、文弥はダイレクト・ペインで激痛を与え続けた。精神的抵抗力を失った元文正に、訊問役が質問を投げかけ、支配系精神干渉魔法で回答を強制し、精神感応のサイキックがその思考内容を読み取り、助手が書き取っていくという方法で情報が集められた。肉体的拷問よりも、文弥の魔法による直接的な痛みの方が効率的であり、黒羽家の訊問法はまさに情報を搾り取るものだった。もっとも、ダイレクト・ペインを連続して受け続けると精神が壊れて廃人になる危険があり、その加減は文弥にとってなお難しいものであった。それでも元文正は相当にしぶとく、何度痛めつけられても一度は抗ってみせた。しかし最終的には、元文正の命が尽きるまで訊問は続けられ、米国洪門幹部・朱元允の手の内は四葉家に知られることとなった。
朱元允人脈の深い汚染
訊問結果をまとめた紙は貢から真夜へ届けられ、同時に文弥は同内容のレポートを達也の自宅へ持参した。達也は、そこにサンフランシスコ市長やカリフォルニア州副知事、下院議員まで含まれているのを見て驚きを隠せなかった。朱元允に買収されている政治家の中には、新大統領スペンサー陣営とされる議員まで含まれており、汚染は広範囲に及んでいた。香港三合会のように力で押し潰せる相手ではなく、米国洪門への対処はより厄介な政治的問題であることが明らかになった。
リーナの怒りと正攻法の限界
達也の許可を得てレポートを読んだリーナは、内容のあまりの酷さに途中で読むのをやめた。深雪も内容を確認し、放置できない問題だと受け止めた。文弥は達也にどう動くべきか意見を求め、リーナは少なくとも連邦軍内部だけでも掃除すべきだと主張した。特にエリオット・ミラー大佐が洪門と癒着していることに、かつて同じ使徒としてUSNA軍の象徴を担った立場から強い憤りを覚えていた。リーナは、内部監察局長となったバランス准将へこの情報を流したいと願ったが、達也は証拠がないと指摘した。元文正は既に死亡しており、物的裏付けも存在しないためであった。それでもリーナは、調べれば何か出るはずであり、使徒が国家の利益ではなく私的利益のために動くなど許せないと訴えた。
朱元允を消すという方針
深雪は、たとえバランスでも使徒を合法的に処罰することはできないのではないかと現実的な疑問を呈した。リーナは、自分が濡れ衣で暗殺されかけたように、非合法手段なら使徒にも手を出せると反発した。すると達也は、その考えを否定しなかった。正攻法では政治家や高級軍人に直接手を出せないが、彼らは朱元允の提供する便宜に惹かれているのであって、洪門そのものに忠誠を誓っているわけではない。ならば朱元允自身を消せばよいと、達也は結論づけた。深雪はそれが暗殺を意味するのかと懸念したが、達也は自分は今更暗殺を躊躇うほど清廉潔白な人間ではないと淡々と答えた。その言葉に深雪は痛ましげな反応を示した。
USNAの自浄作用を利用する策
達也ばかりに負担を押し付けていることに罪悪感を抱いていた文弥は、朱元允の暗殺を自分に任せてほしいと申し出た。しかし達也は焦るなと制し、自分が考えているのはUSNAへ赴いて朱元允を殺すことではないと説明した。まず期待すべきはUSNA自身の自浄作用であり、アメリカ政府に朱元允を始末させるのが先だと考えていた。文弥はその意図をすぐに理解したが、リーナにはすぐには呑み込めなかった。達也は、そのためには元文正から得た情報をUSNAへ流すことについて真夜の了解を得る必要があると考えた。
真夜との協議
翌朝、達也は日焼島へ飛び、真夜に面会して米国洪門対策を相談した。真夜もまた、この件について達也の意見を聞きたがっていたため、達也は前夜に深雪たちへ話した案をそのまま説明した。政治家や高級軍人に直接手を出せない以上、朱元允を暗殺するという方針そのものは正攻法であり、達也にしては平凡だが妥当だと真夜は評価した。そのうえで達也は、元文正から得た情報をスペンサー大統領の側近ジェフリー・ジェームズと、カーティス上院議員へリークする許可を求めた。朱元允の存在は、その二人にとってもスキャンダルの種となり、邪魔な存在であるはずだと達也は見ていた。真夜もその説明を面白がり、CIAあたりに朱元允を始末させるつもりかと笑みを浮かべた。達也は、朱元允が華僑でありながらUSNA国籍を持つアメリカ人である以上、アメリカ人のことはアメリカ政府に責任を持ってもらうのが筋だと応じた。
USNAが動かない場合の備え
真夜は笑いを収めると、もしUSNA政府が動かなかった場合はどうするのかと問うた。達也は、その場合は自宅も隠れ家も既に把握しているため、日本から狙撃すると答えた。真夜は、アメリカへ直接暗殺しに行くと言い出さなかったことを評価し、その方針なら構わないとした。ただし一つだけ、狙撃の前に九島光宣を使うよう求めた。光宣本人でも、近く合流する追放パラサイトでも構わず、働いてもらうにはちょうどよい案件だというのが真夜の考えであった。達也もそれを合理的なギブアンドテイクだと認めた。達也の超遠距離狙撃能力はUSNAに知られており、朱元允がその手で殺されれば、米国洪門の敵意が達也へ集中し、ひいてはUSNA政界や軍の一部まで敵に回る可能性がある。真夜はその不利益を避けさせようとしていた。
ミラー対策と国後島構想
さらに真夜は、朱元允を暗殺した後に高い確率で対立することになるエリオット・ミラーをどうするのかと尋ねた。ミラーのリヴァイアサンを、日焼島や三宅島、国後島で防ぐのは難しいという懸念であった。達也は、ミラーを直接消すのではなく、USNAにとっての軍事的価値を下げる方向で対応したいと答えた。その具体策として、国後島に名目上の米軍基地を置き、USNAの対新ソ連戦略の最前線とする構想を真夜へ明かした。達也は、日本政府から貸与される予定の国後島の軍事利用計画の腹案を説明し、一時間以上に及ぶ問答の末、真夜はその計画を了承した。
USNAへの情報提供
その日の夜、USNAが日中になるのを待って、達也はジェフリー・ジェームズとカーティス議員へ朱元允の人脈情報を提供した。ジェームズは深刻な声音で達也に礼を述べ、カーティスは怒りを隠さず示した。ジェームズは明言を避けたものの、カーティスは朱元允を処理すると約束した。こうして達也は、黒幕そのものを叩くための布石をアメリカ側へ打ち込んだ。
【9】情勢悪化
深雪への尾行と危険の顕在化
十一月十八日、朱元允への対応方針が定まり一連の事件がひとまず落ち着いた直後、達也にとって看過できない情勢悪化の兆しが現れた。魔法大学から帰宅する深雪を乗せた自走車が何者かに尾行されたのである。千代が途中で異変に気付き、機転を利かせて尾行は振り切ったが、その意図が健全なものでないことは明らかであった。今のところ魔法大学を直接標的とするデモは起きていなかったものの、魔法師や四葉家に対する恐怖と猜疑は日ごとに強まっていた。既にSNSで四葉家を中傷した者たちの身元は突き止められ、素性や背景まで晒されたことで社会的制裁が下っていたが、それでも不安を煽る声は止まらなかった。このままでは深雪が犯罪の標的になる日も遠くなく、四葉家東京本部ですら安全とは言い切れない状況になっていた。
達也による学長への申し入れ
翌十九日、達也は魔法大学の学長に面談を申し込んだ。普通の学生であれば学長がすぐに応じることはないが、四葉家の名と達也本人の存在は、それを可能にするだけの重みを持っていた。達也は二限目の講義中に学長室へ招かれ、善後策について話し合いを行った。その後、結果を知りたがって自然に集まっていた深雪、リーナ、文弥、亜夜子の待つ未確認魔法研究会のサークル室を訪れ、学長との面談結果を伝えた。
遠隔受講制度の導入
達也が持ち帰った結論は、一月から遠隔受講を認めるというものであった。実技科目についても、映像レポートによって単位認定を受けられることになった。リーナはその内容に驚きを隠せなかったが、達也はこれは自分たちだけに適用される特例ではなく、必要な施設と機材が整っていればすべての学生が利用できる制度だと説明した。深雪は、それを整えられる学生は十師族や一部ナンバーズなどごく限られた者に偏るのではないかと懸念したが、達也は魔工院ならその条件を満たせると述べ、分校を各地に建てれば魔法教育の首都一極集中を解消するきっかけにもなると語った。亜夜子は、それをカンパニーの事業拡大にもつなげるつもりかと軽く揶揄したが、首都一極集中の問題を持ち出したのは学長自身だと達也は答えた。文弥も、東京まで進学できない地方の学生が少なくない現状を考えれば、学長や大学職員がその問題意識を共有しているのは自然だと理解した。
一月からの新しい生活方針
話題が自分たちの生活へ戻ると、リーナは一月から大学へ通わずに講義を受けることになるのかと確認した。達也は、それがよいだろうと答えた。年内には日焼島の本家移転工事も完了する見込みであり、生活拠点も東京から日焼島へ移す方が安全であると考えていた。深雪は迷いなく達也の判断に従うと述べた。既に自由な外出も難しい現状では、四葉家関係者ばかりの環境である日焼島の方が気兼ねなく暮らせる面もあった。一方で文弥と亜夜子は、それぞれの役目を考えて東京に残る意向を示した。リーナは東京にこだわりがなく、深雪たちについていくと即答した。こうして彼らは魔法大学卒業を待たずに、新たな生活への準備に入ることになった。
宇宙で進む別の準備
その頃、東京を離れる相談が進む一方で、宇宙では別の動きも進んでいた。光宣のもとに、約一か月ぶりにレイモンドから意図的な連絡が入った。光宣が送ったデータのおかげで無事に軌道変更ができ、予定どおり五か月後にはランデブーできそうだという報告であった。光宣もまた、こちらの準備は進んでおり、彼らが降り立つ土地も確保できたと伝えた。パラサイトを受け入れる土地については、既に達也と光宣の間で話がまとまっており、恒星炉事業によって達也が自由に扱える土地が増えたことが背景にあった。レイモンドの反応には安堵がにじんでおり、宇宙に憧れていた彼にも、あるいは精神を共有する仲間にも、大地への郷愁が残っているようであった。今後はもっと頻繁に連絡すると告げるレイモンドに、光宣も再会を楽しみにしていると応じた。人でなくなった二人は、それでもなお人間らしい挨拶を交わし、交信を終えた。
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