物語の概要
■ 作品概要
本作は、佐島勤によるライトノベル『魔法科高校の劣等生』の公式スピンオフシリーズ第3弾であり、ジャンルはSFアクション・サスペンスである。魔法が高度な科学技術として位置づけられた近未来の日本を舞台に、本編主人公である司波達也の周辺で暗躍する「裏社会の暗殺者」たちの視点から物語が描かれている。 西暦2096年10月、黒羽文弥の直属として活動する殺し屋・榛有希は、国防軍の軍人たちをターゲットとする新たな暗殺任務に就く。しかし、潜入に成功した矢先、突如乱入してきた『鉄(くろがね)シリーズ』を名乗る謎の青年によって標的を横取りされてしまう。その青年の正体は、かつて国防軍によって生み出された調整体魔法師・若宮刃鉄であった。自身を非人道的な人体実験にさらし、後に廃棄処分にした軍への復讐を目論む若宮は、立ちふさがる有希たちにも牙を剥く。そして、彼が放つ魔法は、有希にとっての因縁の相手である司波達也の代名詞『術式解体(グラム・デモリッション)』であった。
■ 主要キャラクター
- 榛有希(はる ゆき): 黒羽文弥の直轄として、裏社会で暗殺を生業とする少女。コードネームは「ナッツ」(またはリッパー)。本作では国防軍の軍人たちの排除を依頼されるが、ターゲットが同一である若宮の出現によって「早い者勝ち」という奇妙な協定を結び、彼と暗殺を競い合う。
- 若宮刃鉄(わかみや はがね): 国防軍が過去に極秘裏に開発した調整体魔法師『鉄シリーズ』の生き残り。魔法師としての調整は成功していたにもかかわらず、データを改ざんされて廃棄処分とされた過酷な過去を持ち、軍への執念深い復讐を誓って暗躍する。司波達也と同じく、無系統魔法の極致である『術式解体』を使いこなす圧倒的な実力者である。
- 姉川妙子(あねがわ たえこ): 「アニー」の愛称を持つ妖艶な女性スナイパー。亜貿社の用意した中継拠点を活用し、自走車の運転や長距離狙撃を駆使して有希たちの作戦をサポートする。プロとして高い実力を持ちつつも、フランクで軽妙なやり取りを交わす気さくな一面がある。
- 桜崎奈穂(さくらざき なお): 四葉家より有希のもとへ派遣されている、独自の「フラッシュ・キャスト」を扱う暗殺者見習いの少女。有希との共同生活を送りながら、今作でも冒頭の潜入任務などでコンビを組んで行動を共にする。
- 黒羽文弥(くろば ふみや): 四葉家分家の次期当主であり、有希の雇い主。今回の国防軍軍人の暗殺指令を有希たちに下し、影から作戦をバックアップする。
■ 物語の特徴
- 因縁の能力『術式解体』を巡る死闘: 本編主人公である司波達也の最強の切り札『術式解体』を、今回の敵である若宮が使いこなす点が最大の驚きと見どころである。達也そのものは直接の出番が限られているものの、彼の持つ圧倒的な脅威の「影」が、若宮というキャラクターを通して作品全体に強烈な緊張感をもたらしている。
- ダークで重厚な「調整体」の復讐劇と本編への繋がり: 国家や軍の利権、非人道的な人体実験に利用され、都合よく廃棄された強化人間の復讐劇がサスペンスフルに描かれている。その哀愁漂う重い背景がありながらも、若宮が最終的に九重八雲の弟子となり、達也に毎朝投げられる日常へと着地する本編との緩やかなリンク(どこか救いのあるコメディ的な結末)は、ファンにとって非常に感慨深い。
- 「同じ敵を狙う者」同士の緊張感ある協定: ターゲットが国防軍の同じ軍人であることから、主人公の有希と復讐鬼の若宮が一時的に「早い者勝ち」の協定を結んで競い合う、プロの暗殺者同士ならではの駆け引きや一時的な協力関係が、一味違うバトルアクションを生み出している。
書籍情報
魔法科高校の劣等生司波達也暗殺計画(3)
著者:佐島 勤 氏
イラスト:石田 可奈 氏
出版社:KADOKAWA(電撃文庫)
発売日:2020年1月10日
ISBN:9784049130027
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あらすじ・内容
有希たちへ迫り来る新たな影――それは『術式解体』の使い手!
西暦二〇九六年一〇月。黒羽文弥の直下で殺し屋を生業とする榛有希。彼女に新たな依頼が舞い込んでくる。
今回の暗殺ターゲットは、国防軍の軍人たちだった。用心深く警戒を重ねる標的の懐になんとか潜り込んだ有希だが、『鉄シリーズ』を名乗る謎の乱入者に標的の命を奪われてしまう。その正体は、国防軍自らが過去に生み出した調整体の魔法師だった。
調整体の青年は、自らの手で国防軍への復讐を完遂すべく、立ちはだかる有希たちへもその牙を向ける――!
彼が放つ魔法は、有希の因縁の相手、司波達也が得意とする『術式解体』で――!
感想
殺伐とした闇に煌めく、復讐とささやかな救いのドラマ
高度な魔法技術が確立された華やかな新時代の裏で、これほどまでに暗く、殺伐とした社会が広がっているのかと、改めて本作の世界観に圧倒された。本編『魔法科高校の劣等生』の光り輝く舞台からは見えにくい国家や軍の歪みが、スピンオフならではの「裏社会」の視点から容赦なく描き出されている。
特に心に残ったのは、新たな影として登場する若宮刃鉄の壮絶な生き様だ。国家に騙される形で非人道的な人体実験にさらされ、望まぬ強化人間にされた挙句、せっかく調整が成功していたにもかかわらずデータを改ざんされて廃棄処分にされるという彼の過去は、あまりにも理不尽で胸が痛む。軍に都合のよい道具として弄ばれ、全てを奪われた彼が、凄まじい執念で国防軍への復讐へと突き進む姿には、ダークな悲哀が満ちていた。彼の行動は凶行のようでありながら、その根底にある絶望と怒りには深く共感せざるを得ない。
そんな若宮と、主人公の有希たちが「標的が同じ」という理由から「早い者勝ち」の協定を結び、暗殺の腕を競い合う戦闘シーンは非常に刺激的である。特に、有希の因縁の相手である司波達也の代名詞とも言える『術式解体』を若宮が使いこなす展開は、戦いに極限の緊張感をもたらしていた。乾いた裏社会の任務でありながら、プロとしての奇妙な信頼関係や駆け引きが垣間見える点も、本作ならではの大きな魅力だ。
しかし、これほど重く悲痛な復讐劇でありながら、読後にどこか晴れやかな温かさを感じられるのは、若宮の辿り着いた結末に救いがあるからに他ならない。作中の激闘を経て、彼が最終的に九重八雲の弟子になるという展開は非常にユニークである。本編の描写を思い返すと、彼は「毎朝のように道場で達也から手加減なしに投げ飛ばされている」はずであり、その光景を想像するだけで思わず笑みがこぼれてしまう。かつて復讐の鬼として牙を剥いていた青年が、お寺の居候として規格外の「大魔王」に転がされている姿は実に楽しそうで、失われた彼の平穏がそこにあるように思えて非常に感慨深い。
暗殺者たちのプロフェッショナルな戦いと、復讐の果てに用意されたささやかな救い。殺伐とした世界の中で、泥臭く足掻いた若宮が、本編へと繋がる新しい居場所を見出す結末は、このスピンオフだからこそ描けた極上の人間ドラマであり、深い満足感を与えてくれた。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
司波達也暗殺計画
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』第3巻では、国防軍内部の残党による達也暗殺計画、それに対する「魔人兵士開発研究会(魔兵研)」への復讐劇、そして新たな暗殺チームの結成と初任務が描かれる。本記事では、作中で発生した一連の事件の経緯や、新チームの特訓内容とその成果について、事実関係を整理して解説する。
国防軍強硬派残党による達也暗殺計画とナオミ・サミュエルの暗躍
国防陸軍の多中少佐、石猪少尉、米津大尉は、かつて権力闘争に敗れた酒井大佐派の残党である。彼らはUSNAの新興軍需企業サムウェイナームズのエージェントであるナオミ・サミュエルから情報を得る。その内容は、九校戦の新兵器実験を妨害した摩醯首羅の正体は司波達也であるというものであり、彼らは報復として達也の暗殺を企てる。
しかし、ナオミが属するサムウェイナームズの真の狙いは別にあった。彼女たちの目的は、飛行デバイス開発のキーマンであるトーラス・シルバーを暗殺してFLTの技術力を潰すことであり、摩醯首羅が司波達也であった事実は偶然の一致に過ぎなかったのである。
計画が進む中、石猪は暗殺結社である亜貿社のアニーこと姉川妙子に達也の暗殺を依頼する。だが、軍関係者を標的にしないという条件への契約違反を理由に、石猪は逆にアニーによって処刑された。情報を流したナオミもまた、違法カジノに潜入した榛有希ことナッツの手により、群衆の混乱に乗じて暗殺された。
強化実験体・若宮刃鉄の復讐と多中少佐の最期
多中や米津は、軍内部で違法人体実験を行っていた魔兵研のメンバーでもあった。その実験の犠牲者であり、廃棄処分を免れて脱走した鉄シリーズの生き残りである若宮刃鉄ことリッパーは、復讐のために魔兵研のメンバーを次々と狩っていた。
米津を殺害した若宮は有希と対峙するが、ここではどちらが先に多中を殺すかという不可侵協定を結ぶに至る。
追い詰められた多中は自身を見失い、自分に洗脳的な忠誠を誓う強化実験体である石化の魔女こと仲間杏奈を盾にして、軍の研究施設へと引きこもった。しかし、黒羽文弥の工作によって施設の警備システムがダウンさせられる。その隙を突き、若宮が正面から突入して杏奈と交戦している間に、有希が窓から侵入して多中の喉を掻き切り、暗殺を成功させた。
多中を殺された杏奈は怒り狂って有希に襲い掛かるが、有希から彼女の親友である山野ハナの最期を伝えられたことで精神に異常を来し、最終的に自らの胸を撃ち抜いて自決するという結末を迎えた。
新チームの結成と過酷な特訓内容
多中暗殺の後、有希に命を救われた若宮は黒羽家の配下となる。そして文弥の命令により、有希、鰐塚ことクロコ、奈穂ことシェル、若宮の4人による新たな暗殺チームが結成された。文弥は今後対峙する高位の魔法師や異能者に対抗するため、彼らに1ヶ月間の過酷な特訓を課した。
それぞれのメンバーが習得した技術は以下の通りである。
- 桜崎奈穂:姉川妙子の指導を受け、音波遮断と慣性増幅の魔法を組み込んだ武装デバイスにより、衝撃波すら発生させない無音狙撃を習得する。
- 若宮刃鉄:九重八雲の弟子である巻雲に師事し、対抗魔法である術式解体の射程延長や急所への撃ち込みをマスターする。さらに、相手の運動機能や感覚を麻痺させる遠当てを会得した。
- 榛有希:文弥の側近である黒川から忍術の指導を受け、超高速移動による残像を身代わりに用いる新次元の体術である空蟬を習得する。
特訓の成果と人身売買組織の壊滅
特訓を終えた新チームの初任務として、鹿島港における人身売買の取引現場の襲撃が命じられる。この取引にはフィリピンマフィアと根来衆が関与していた。
作戦は鰐塚の指揮のもとで実行され、各々が特訓の成果を存分に発揮することとなった。
- 奈穂が無音狙撃を駆使し、敵のスナイパー部隊を気づかれることなく全滅させる。
- 若宮は遠当てと高周波ブレードを用い、売り手側である根来衆を圧倒して戦闘不能にする。
- 有希は新しく習得した空蟬を駆使し、マフィアが放つ銃弾をすり抜けながら敵を殲滅した。
彼らは圧倒的な力で組織を壊滅させたが、文弥からはこれは小手調べであり、明日からが本番であると告げられ、次なる任務への準備を余余儀なくされる。
まとめ
本作第3巻における一連の事件は、司波達也を巡る国防軍残党の暗躍から始まり、強化実験体である若宮刃鉄の復讐劇へと繋がった。最終的に若宮が黒羽家の配下となり、有希らと共に新チームを結成して特訓を経て任務を遂行するまでの流れは、今後の戦いに向けた組織的な基盤が整えられたことを示している。
調整体と人体実験
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』の世界においては、魔法が発見された初期段階から、人類の潜在能力開発を名目とした過酷な人体実験が行われてきた。国家にとって強力な魔法師は貴重な戦力となるため、その能力を人為的に引き出して安定量産するための非人道的な研究が繰り返されている。本記事では、作中で描かれる「調整体」や「人体実験」を巡る実態について、事実関係を整理して解説する。
「調整体魔法師」の製造と廃棄のリスク
通常の魔法師が受精卵の段階で遺伝病の原因を取り除く程度の遺伝子操作を受けているのに対し、調整体は受精前の段階から、魔法師としての能力獲得を目的に遺伝子を人為的に設計されて生み出された存在である。その製造と実態における特徴は以下の通りである。
- 調整体は同じ遺伝子設計に基づくシリーズとして量産され、通常は同じ体質や魔法特性を持つ。
- 要求された仕様を満たせない個体は、失敗作や不良品として廃棄処分されるリスクを常に抱えている。一例として、防壁魔法に特化した桜シリーズでありながらその適性が低かった桜崎奈穂は、暗殺要員として再訓練されることで処分を免れた。
- 魔法を発現できず失敗作とされた調整体であっても潜在的な魔法因子を保持しているため、自前の調整体施設を持たない海外マフィアなどから、魔法師を産ませるための繁殖用素材として人身売買の標的にされる事例も発生している。
違法人体実験組織「魔兵研」と鉄(クロガネ)シリーズの惨劇
国防軍の内部には、さらに非人道的な違法人体実験を行う魔人兵士開発研究会(通称:魔兵研)と呼ばれるグループが存在していた。この組織が関与した事件の詳細は以下の通りである。
- 鉄(クロガネ)シリーズは、長時間の戦闘継続能力をコンセプトに、高い心肺機能やミトコンドリア活性度、そして膨大な想子保有量を持つように設計された調整体である。
- その最高傑作であった若宮刃鉄は、多中少佐ら軍の技術者の独断により、薬物とウイルスによる生化学的な人体強化実験の被験者として扱われた。
- 若宮が15歳で施設から脱走した際、多中たちは自らの違法実験と失態を隠蔽するため、若宮のデータを改竄した。その上で、残りの鉄シリーズ全員に失敗作の烙印を押し、事実上の皆殺し(全個体廃棄処分)を実行した。これが、若宮が多中や魔兵研のメンバーに対して激しい復讐心を抱く直接の要因となっている。
「強化実験体」とマインドコントロールによる隷属
遺伝子から設計される調整体とは異なり、誕生した後に後天的な改造を施される強化実験体も存在する。その実態は以下の通りである。
- 「石化の魔女」と呼ばれる仲間杏奈は調整体ではなく、フィリピンからの密入国者であった弱みを多中少佐に付け込まれ、軍の魔法師強化施設に送られた強化実験体である。
- 軍は過去に、遺伝子操作で先天的な忠誠心を植え付けようとした魔法師の開発に失敗した経緯があり、杏奈には後天的なマインドコントロールによる上官への絶対服従措置が施された。
- 杏奈は強化措置の代償として感情表現が乏しくなり、魔法の対象が視認した物体のみに限定される仕様となった。さらに、魔法演算領域のオーバーヒートを防ぐため、戦闘継続可能時間がわずか10分という制限を抱えさせられている。
まとめ
本作における人体実験や調整体技術は、国家の戦力拡充という都合や一部の技術者の思惑によって、被験者となった者たちから尊厳や命を奪う結果をもたらしている。その結果、組織への復讐に生きる若宮刃鉄や、不完全な強化とマインドコントロールに縛られる仲間杏奈といった存在を生み出しており、魔法科シリーズにおける社会の暗部として描写されている。
殺し屋チームの活動
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』第3巻では、黒羽文弥の配下となった実力者たちによる新たな暗殺チームの結成と、過酷な特訓を経て挑んだ初任務の様子が描かれている。本記事では、チーム結成の経緯、メンバーそれぞれが習得した新技術、そして初任務となった人身売買組織壊滅作戦の全貌について解説する。
高位魔法師に対抗するためのチーム結成
国防陸軍の多中少佐らを標的とした暗殺作戦が終結した後、黒羽文弥はホテルに有希(ナッツ)、鰐塚(クロコ)、奈穂(シェル)、そして新たに配下に加えたフリーの殺し屋・若宮(リッパー)を呼び出した。
文弥は、今後高レベルの魔法師や異能者を相手にするにあたり、個人の力だけでは限界があるとして、彼ら4人によるチーム結成を命じる。鰐塚には作戦立案と現場指揮が任され、有希、奈穂、若宮の3人はそれぞれ弱点を克服し戦力を向上させるため、1ヶ月間の特訓を命じられた。
一ヶ月の過酷な特訓と新技術の習得
文弥の指示により、実働メンバーの3人はそれぞれの教官の下で新たな技術を習得した。その具体的な特訓内容と習得技術は以下の通りである。
- 桜崎奈穂(シェル):近接戦闘型の有希と若宮を遠距離からサポートするため、スナイパーである姉川妙子(アニー)の指導を受けた。魔法の音波遮断で発射音を消し、慣性増幅で亜音速弾に超音速弾並みの弾道性能を持たせることで、衝撃波すら発生させない無音狙撃の技術を確立した。
- 若宮(リッパー):九重八雲の高弟である巻雲に師事し、対抗魔法である術式解体の射程距離を伸ばすとともに、急所へ想子を撃ち込む訓練を受けた。その結果、相手の視覚や触覚を狂わせ、運動機能を麻痺させる遠当てを会得した。
- 榛有希(ナッツ):甲賀流忍者である黒川白羽から、奇術としての空蟬を学んだ。持ち前の身体強化の異能と組み合わせることで、超高速移動による残像を身代わりにし、敵の虚を突く新次元の分身術を完成させた。
初任務:鹿島港での人身売買組織壊滅
一ヶ月の特訓を終えた彼らの初任務は、鹿島港で行われるフィリピンマフィアと根来衆による、魔法因子を持つ少女たちの密輸取引現場の襲撃であった。
鰐塚の指揮のもと、チームは密接に連携して作戦を展開した。各メンバーの活躍は以下の通りである。
- 奈穂は遠方のメガクレーン上から無音狙撃を行い、銃撃の存在すら悟らせないまま敵スナイパー6人を全滅させた。
- 若宮は売り手である根来衆に強襲を掛け、遠当てで敵の視覚を奪い、触覚に幻の痛みを叩き込んで無力化した上で、高周波ブレードで圧倒した。
- 有希は隠形と新たな空蟬を駆使して買い手のフィリピンマフィアに突撃した。至近距離からの銃撃も残像でやり過ごし、銃弾の雨をすり抜けながらマフィアを全滅させた。
任務の成功と本番への突入
各々が特訓の成果を存分に発揮し、かつて苦戦したレベルの敵を容易く制圧したことで、任務は大成功に終わった。
翌日の祝賀ディナーで、有希たちは成長を実感していたが、鰐塚から今回の任務はあくまで小手調べであり、次は年内という指定で本番の仕事が来ていると告げられる。息つく暇もなく次の過酷な任務へ投入されると知り、有希、若宮、奈穂の3人は肩を落とす結果となった。
まとめ
本作第3巻では、黒羽文弥のもとに集った暗殺者たちが、組織的なチームとして再編されるプロセスが描かれた。1ヶ月の特訓によって各メンバーが新たな技術を身につけ、初任務である人身売買組織の襲撃を成功させた。しかし、この任務は文弥にとって小手調べに過ぎず、チームは休む間もなく次の本番任務へと投入されることになり、物語は次なる展開へと移行する。
国防陸軍内部の抗争
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』第3巻における物語の背景には、国防陸軍内部における熾烈な派閥抗争が存在する。対大亜連合強硬派と他派閥による権力闘争、そして敗れた派閥の残党が辿る末路は、本編の裏で進行する暗殺計画と深く結びついている。本記事では、この国防陸軍内部の抗争劇について、各ポイントを整理して解説する。
対大亜連合強硬派・酒井大佐の失脚
国防陸軍内では、主導権を巡る激しい権力闘争が繰り広げられていた。その中で対大亜連合強硬派グループを率いていた酒井大佐は、最終的に闘争に敗れて失脚することとなる。
- 失脚の大きな契機となったのは、高校生の競技会である九校戦の場において、秘密裏に実行された新兵器実験が失敗に終わったことである。
- この失敗が決定打となり、強硬派グループは軍内での主導権を完全に失う結果となった。
派閥残党の動向と司波達也暗殺計画
酒井大佐の失脚後も、同派閥に属していた多中少佐、石猪少尉、米津大尉らの残党は、軍内での巻き返しを画策していた。しかし彼らは、失脚後の残党狩りの一環として、軍の非合法な監視下に置かれることとなる。
- 彼らは、USNAの新興軍需企業のエージェントであるナミ・サミュエルから、秘密裏に情報の提供を受ける。
- その情報をもとに、九校戦での新兵器実験を妨害した魔法師である摩醯首羅の正体が司波達也であることを特定する。
- 己の失脚の原因を作った達也への報復として、残党たちは暗殺計画を企てるに至る。
違法人体実験と多中少佐の恐怖
多中少佐は、これまで軍内部で違法人体実験を行っていた魔人兵士開発研究会(魔兵研)の成果を手土産にすることで、戦力を欲する野心家の庇護を獲得し、権力闘争を泳ぎ渡ってきた経歴を持つ。
- 酒井大佐が失脚したことにより、多中少佐は自らの身を守る盾を失うこととなった。
- これまで自身の地位を守るための道具であった違法実験の記録は、一転して自らの首を絞める致命的な弱みへと変化する。
- 多中少佐は、もし自分が罪に問われる事態になれば、実験に関与した軍高官の名をすべて暴露する構えを見せていた。そのため、今度は軍内部からの口封じによる暗殺を常に恐れるようになる。
- その後、同じ派閥の米津大尉や石猪少尉が相次いで不審な死を遂げたことで、多中少佐は自身が次の標的であるという激しい恐怖と疑心暗鬼に取り憑かれることとなる。
まとめ
このように、国防軍内部の派閥争いとそれに伴う失脚および残党狩りの構図は、司波達也暗殺計画や若宮による魔兵研への復讐劇と密接にリンクしている。単なる能力者同士の戦いにとどまらず、国家組織の暗部や利権を巡る人間模様が絡み合うことで、本作のストーリーはより重厚なサスペンスとして展開されている。
違法カジノ潜入調査
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』第3巻において、榛有希が行った違法カジノへの潜入調査について解説する。ターゲットの行動調査から違法施設の発見、そしてその情報を利用した暗殺作戦の実行に至るまでの経緯を、事実に基づいて整理する。
潜入調査の目的とターゲット
調査のターゲットは、USNAの新興軍需企業サムウェイナームズのエージェントであるナオミ・サミュエルである。
- ターゲットは普段、厳重な警備を伴って行動していたが、仕事帰りにボディガードを同伴せず、六本木のプールバーへ立ち寄る習慣を有していた。
- 榛有希の目的は、ナオミの行動を直接目視で確認し、暗殺を実行するのに適した死角を見つけ出すための下見を行うことであった。
プールバーでの監視
木曜日の夜、有希は夜遊び風のメイクとセクシーなファッションを身にまとい、プールバーに先回りしてナオミを待ち伏せた。
- 来店したナオミは、通常の飲食物の注文を行うのではなく、店員に何かを囁いた。
- その後、ナオミは特別扱いを受けて奥の扉の先へと姿を消した。
- 有希はこの一連の挙動に強い違和感を抱き、扉の先を調査することを決定した。
閉店後の潜入と違法カジノの発見
翌金曜日の午前5時、有希は閉店した後のプールバーに再度赴いた。
- 有希は裏口の鍵を潤滑油とノコギリを用いて破壊し、音を立てずに店内へと侵入した。
- 自身の持つ忍びの技術と、異能である身体強化を駆使して暗闇の中を進み、ナオミが消えた扉の電子錠を解除して地下へと下りた。
- その地下空間には、ルーレット台やポーカーテーブルが並ぶ本格的な違法カジノが存在していた。
調査結果と暗殺計画への活用
有希は、大規模な設備を備えた違法カジノが摘発されずに営業を続けている点から、警察とカジノ運営の間に黙認関係(裏のつながり)があると推測した。
- 有希はこの状況を弱みとして利用できると考え、地下カジノの内部を赤外線カメラで撮影し、調査を完了した。
- この調査結果に基づき、有希と相棒の鰐塚は、所轄警察と密かに協力関係にあるヤクザを利用する作戦を立案した。
- 同日の夜、ヤクザを偽警官としてカジノに踏み込ませて客をパニックに陥らせ、その逃走の混乱に乗じてナオミを暗殺する計画を実行し、成功を収めた。
まとめ
本作第3巻における榛有希の潜入調査は、単なるターゲットの尾行に留まらず、違法カジノという相手の盲点や社会的弱みを発見する契機となった。カジノと警察の裏のつながりを見抜き、偽のガサ入れによって意図的に大混乱を引き起こすという巧妙な作戦を組み立てた。これにより、厳重な警戒下にある標的を確実かつ不自然さを残さずに排除することに成功した。
魔法師の戦闘技術
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』の世界では、魔法師や異能者たちが暗殺や対人戦闘において高度な技術を駆使している。作中で描かれる主な戦闘技術について、その原理や具体的な魔法、そしてそれらを用いるキャラクターたちの特徴を交えて解説する。
現代魔法の基本原理と発動の高速化
現代魔法の基本と、それを応用した発動の高速化技術については以下の通りである。
- 現代魔法の原理:事象に付随する想子の情報体であるエイドスを、魔法式によって一時的に上書きすることで物理現象を改変する技術である。
- フラッシュ・キャスト:CAD(演算デバイス)を用いずに記憶領域から直接起動式を読み出す四葉の秘匿技術である。四葉家の暗殺者見習いである桜崎奈穂がこれを使用する。
- 奈穂の起動法:歴史上の武人の辞世の句をキーワードにして魔法を起動することにより、魔法師であることを隠蔽しつつ高速で魔法を発動させている。
空間移動と特殊な攻撃魔法
作中では、空間移動の応用や特殊な効果を持つ攻撃魔法が多数登場する。
- 疑似瞬間移動:空間を直接跳躍するのではなく、空気の繭に入って慣性を中和し、空中に作り出した真空のチューブを高速飛行する魔法である。黒羽亜夜子や黒羽文弥が使用し、その速度は最大で音速の3倍から4倍に達する。
- フェザー・ラッシュ:黒羽亜夜子が使用する迎撃魔法である。疑似瞬間移動の応用であり、慣性中和した黒い羽根の群れを高速で撃ち出し、着弾直前に慣性増幅に反転させて重い打撃を与える。
- ダイレクト・ペイン:黒羽文弥が使用する精神干渉系魔法である。肉体を物理的に傷つけることなく、相手の精神に直接激痛を与えて無力化する。
- 高周波ブレード:若宮刃鉄が使用する魔法である。超高速振動する刃を作り出し、防刃装甲ごと敵を両断する圧倒的な切断力を発揮する。
暗殺・狙撃を支援する魔法技術
暗殺や隠密狙撃を成功させるため、複数の魔法を組み合わせた高度な技術も確立されている。
- 無音狙撃:桜崎奈穂が、武装デバイスと呼ばれるCAD内蔵の狙撃銃を用い、音波遮断と慣性増幅の二つの魔法を組み合わせて確立した技術である。
- 無音狙撃の効果:音波遮断によって発射音を完全に消去し、慣性増幅によって亜音速弾に超音速弾並みの弾道性能を付与する。これにより、超音速弾のデメリットである衝撃波の発生を防ぎ、敵に気づかれることなく標的を狙撃できる。
対魔法師戦の技術
対魔法師戦においては、相手の魔法を無効化したり、感覚を麻痺させたりする妨害・対抗技術が極めて重要となる。
- 術式解体(グラム・デモリッション):高圧の想子流を放ち、相手の魔法式を吹き飛ばして魔法を無効化する対抗魔法である。調整体である鉄シリーズの若宮刃鉄は、自身の持つ膨大な想子量を活かしてこの魔法を操る。また、圧縮した想子流を心臓などの急所に撃ち込むことで、相手の運動神経を一時的に麻痺させる白兵戦技術としても応用される。
- 遠当て:若宮が九重八雲の高弟である巻雲から学んだ技術である。相手の視覚を眩ませたり、触覚に幻の痛覚を与える幻衝を叩き込んだりして、運動機能を麻痺させる。
- 減速領域(ディーセラレイション・ゾーン):強化実験体の仲間杏奈が使用する魔法である。視認した物体の運動速度を一定の割合で低下させる。彼女はループ・キャストによって常に魔法式を維持しており、目視した瞬間に相手の動きを制限できる。
異能(BS魔法)と体術の融合
魔法としての技術化やシステム化が困難な、筋力や知覚速度、反応速度、肉体の耐久性などを総合的に引き上げる能力は、身体強化(フィジカルブースト)の異能と呼ばれる。
- 身体強化の応用:この異能を持つ殺し屋の榛有希は、黒川白羽の指導により、身体強化による超高速移動と忍術の歩法を組み合わせた新次元の空蟬(うつせみ)を完成させた。
- 戦闘での効果:超高速移動によって生み出した残像を実体と誤認させることで敵の銃弾をすり抜け、相手を翻弄しながら近接暗殺を遂行する驚異的な戦闘力を実現している。
まとめ
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』に登場する戦闘技術は、現代魔法の基本原理を応用したものから、血統や調整によって獲得した異能、さらには伝統的な体術や忍術との融合に至るまで多岐にわたる。それぞれのキャラクターが自身の特性や弱点を理解し、技術を磨き上げることで、裏社会での過酷な任務を遂行するための実戦的な戦闘力を獲得している。
組織間の権力闘争
『魔法科高校の劣等生 司波達也暗殺計画』第3巻では、司波達也を標的とした暗殺計画の背景に、国防軍内部の派閥抗争や軍需企業間の技術覇権争いなど、多層的な組織間の権力闘争が存在する。本記事では、これら組織間の対立関係や、その裏で糸を引く各勢力の動向、そして裏社会をコントロールする四葉家(黒羽家)の動きについて、事実関係を整理して解説する。
国防陸軍内部の派閥争いと残党狩り
国防陸軍の内部では、主導権を巡る激しい権力闘争が繰り広げられていた。その中で発生した事態は以下の通りである。
- 対大亜連合強硬派を率いていた酒井大佐が権力闘争に敗れて失脚した。この失脚の直接的な引き金は、高校生の競技会である九校戦において秘密裏に実施された新兵器実験が失敗に終わったことである。
- 多中少佐、石猪少尉、米津大尉らはこの酒井派の残党であり、失脚後も巻き返しを狙っていたが、軍による非合法な監視下(残党狩りの一環)に置かれていた。
- 残党たちは、自分たちの実験を妨害した魔法師である摩醯首羅の正体が司波達也であるという情報を得て、報復と派閥の復権を目的として達也の暗殺を企てるに至る。
軍需企業サムウェイナームズとFLTの技術覇権闘争
多中少佐らに摩醯首羅が司波達也であるという情報を提供し、暗殺を唆したのは、USNAの新興軍需企業サムウェイナームズのエージェントであるナオミ・サミュエルであった。その背景と真の狙いは以下の通りである。
- サムウェイナームズは軍用兵器市場への参入を目指し、歩兵用高機動装甲服を開発していたが、日本のFLTが開発した飛行デバイスや魔法師用飛行装甲服(スラストスーツ)の登場により、連邦軍の関心を奪われていた。
- この状況を打開するため、サムウェイナームズはFLTの技術力を潰して対米輸出を妨害することを目的に、日本に工作拠点を設置した。
- ナオミたちが得ていた真の情報は、飛行デバイス開発のキーマンであるトーラス・シルバーが司波達也であるというものであった。したがって、彼女たちの真の目的はトーラス・シルバーを暗殺してFLTの開発能力を根絶やしにすることであり、摩醯首羅が達也であった事実は偶然のまぐれ当たりに過ぎなかった。
四葉家(黒羽家)による裏社会のコントロール
様々な勢力による権力闘争や陰謀が司波達也に向けられる中、四葉家の分家であり諜報・工作を担う黒羽家(特に次期当主の黒羽文弥)は、裏社会の組織をコントロールしてこれに対抗している。
- 多中少佐や石猪少尉が新たな暗殺を依頼した政治的暗殺結社である亜貿社は、表向きは独立した組織であるが、実態は黒羽家の傘下に置かれていた。
- 黒羽家は、亜貿社の窓口を通じて依頼を受けたふりをしながら、逆に依頼人である石猪や多中、そして工作を行っていたナオミを排除するよう裏で手を引いた。
- この排除工作には、黒羽家の配下である暗殺者チーム(有希、鰐塚、奈穂、若宮)が投入され、任務を遂行した。
まとめ
本作第3巻における一連の事件は、軍内部の派閥争いや企業間の技術覇権争いといった多層的な組織間の権力闘争が複雑に絡み合い、それが司波達也への暗殺計画へと収束していく過程を示している。しかし、その脅威は達也自身が動くまでもなく、裏社会を掌握する四葉家(黒羽家)が傘下の組織や専属の暗殺者チームを駆使することにより、人知れず排除される構図となっている。
登場キャラクター
展開まとめ
[プロローグ]
K市の夜と少女たち
首都近郊の中規模都市K市には、副都心ほどではないものの「夜の街」と呼べる区域が存在していた。二〇九六年十月最初の金曜日、薄暗い路地には十代前半から半ばほどの少女たちが立ち、小遣い稼ぎ感覚で客を待っていた。彼女たちは悲壮感を抱いておらず、売れ残った三人は、客を選びながら帰るかどうかを話し合っていた。
桜崎奈穂の接触
そこへ、見慣れないツインテールの少女が現れた。少女は桜崎奈穂と名乗り、この縄張りを仕切る顔役へ挨拶したいと申し出た。既存の少女たちは、奈穂が縄張り荒らしを避けようとしていると理解し、警戒を解いた。ミニスカート姿の少女ミカは、奈穂を小さなナイトクラブへ案内した。
潜入先の異常性
奈穂は裏口に設置された虹彩認証システムを見て、単なる少女売春組織にしては警備が厳重すぎると感じた。店内へ入った奈穂は、須々木という男と対面する。その場には、今回のターゲットである国防陸軍の米津大尉も同席していた。奈穂は、愛人生活をしていたが支援者が破産したという偽の経歴を語り、潜入を成功させた。しかし米津は奈穂を気に入り、その夜の相手に指名した。須々木も縄張り内での仕事を断るなと脅しを交えつつ、奈穂へ米津の接待を命じた。
殺し屋チームの目的
奈穂の正体は、コードネーム「シェル」を持つ殺し屋見習いだった。彼女を見守っていた「ナッツ」こと榛有希と、「クロコ」こと鰐塚単馬は、米津暗殺の依頼を受けていた。しかし米津は軍内部の権力闘争に敗れ、監視対象となっていたため、暗殺難度が大きく上昇していた。二人は、米津が秘密裏に利用しているこのナイトクラブを狙い目と判断し、奈穂を潜入させていたのである。
榛有希の潜入
有希も客を装って店へ入り、内部の様子を探っていた。店で提供された酒には薬物が混入されていたが、有希には通用しなかった。有希はダンスフロアで目立つことで自然に振る舞いながらも、奈穂からのSOSに備えていた。やがて奈穂の発信器が作動し、有希は即座に店の奥へ侵入した。彼女は忍びの技術で気配を消しながら地下へ向かい、途中で血の臭いを察知した。
地下座敷牢での惨劇
奈穂は地下二階の座敷牢へ連れて行かれ、米津の異常な性癖の対象にされかけていた。しかし突然現れた若い男が、黒服二人の喉を切り裂き、場を制圧した。男は「クロガネ」と名乗り、米津から「鉄シリーズの脱走兵」「若宮一等兵」と呼ばれた。若宮は、自分が軍の実験台にされたことへの復讐として米津を追っていた。米津が言い訳を並べる中、若宮は迷いなく米津の喉を刺し殺害した。奈穂はその異様な殺気に圧倒され、自分も殺されると覚悟した。
若宮と有希の対峙
そこへ駆けつけた有希は、若宮の放つ危険な気配を察知した。若宮は奈穂にも有希にも敵意を向けず、そのまま地下室を去っていった。有希は米津の遺体を調べ、傷口が通常のナイフではなく「高周波ブレード」という魔法によるものだと見抜いた。奈穂も、若宮が軍の調整体である可能性に気付いた。二人は状況の異常さを理解しながら、急いで現場を離脱した。
依頼失敗と若宮の正体
脱出後、有希と奈穂は鰐塚と合流した。有希は、ターゲットが別の人物に殺されたことで今回の依頼は失敗に終わったと報告した。奈穂は、若宮が軍の実験体だったこと、米津への怨恨から犯行に及んだことを説明した。鰐塚は、それならば社長も復讐による犯行として納得するかもしれないと語り、有希も同意した。
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説教疲れの朝
二〇九六年十月最初の土曜日、有希は前夜の報告と弁明で疲れ果て、自宅でだらけ切っていた。奈穂はそんな有希にコンレーチェを差し出しつつ、食事を取るよう促した。前夜、有希と鰐塚は社長と専務へ、米津暗殺失敗の経緯を説明していた。社長は事情を理解したものの、専務は「リッパー」と呼ばれる悪名高いフリーランスに標的を奪われたことを簡単には許容せず、二人は長時間にわたり弁明を強いられていた。最終的には社長の裁定で責任は問われなかったが、二人は精神的に疲弊していた。奈穂は亜貿社の社員ではないため叱責を受けず、その分、有希を気遣っていた。
文弥からの直接依頼
食事を終えた直後、有希のもとへ文弥からヴィジホンが入った。文弥は司波達也絡みの案件であると告げ、国防陸軍の多中少佐、石猪少尉、そしてUSNA軍需企業「サムウェイナームズ」のエージェント、ナオミ・サミュエルの排除を依頼した。有希は達也に対して本能的な恐怖を抱いており、この依頼に強い嫌悪感を示したが、文弥は拒否権など存在しないと断言した。また、この依頼は有希個人だけでなく亜貿社全体への正式依頼でもあった。
米津との関連発覚
文弥から送られたデータを確認した有希は、今回の標的が先日殺害された米津の関係者であることを知り驚愕した。奈穂は偶然ではないかと冷静に受け止めたが、有希は一時的に陰謀を疑った。しかし文弥にそのような面倒な工作をする動機はないと奈穂に指摘され、有希も納得した。一方で、米津と同様に監視対象となっている可能性を考え、有希は今回の任務が難航すると予感した。
酒井派残党と司波達也暗殺計画
鰐塚を呼び寄せた有希は、受け取った情報を共有した。資料によれば、多中や石猪、米津は酒井大佐率いる対大亜連合強硬派グループに属していたが、酒井は国防軍内の権力闘争に敗北していた。米津が監視されていたのも、その残党狩りの一環だったのである。
さらに彼らは、九校戦で行われた新兵器実験を妨害した「摩醯首羅」の正体を司波達也だと特定し、その報復として達也暗殺を計画していた。しかし、その動機や理屈は有希にも鰐塚にも理解し難いものだった。有希は「摩醯首羅」がシヴァ神の別名であり、破壊神を意味すると聞き、達也に相応しい異名だと皮肉を漏らした。最終的に有希たちは、理由はともかく、多中たち三人を始末することが自分たちの任務であると確認し合った。
多中とナオミの密談
その頃、多中少佐はK市基地でUSNA軍需企業「サムウェイナームズ」のエージェント、ナオミ・サミュエルと接触していた。表向きは営業活動だったが、実際は米津殺害を受けた秘密会談だった。多中は、米津の死因が「高周波ブレード」によるものであり、魔法師の犯行だと説明した上で、自分たちの司波達也暗殺計画が漏れて先手を打たれた可能性を疑っていた。
しかしナオミは、それは考え過ぎであり、具体的な行動すら起こしていない段階で情報漏洩はあり得ないと否定した。さらに彼女は、「七賢人」からもたらされた情報はこれまで全て正確だったと説明し、司波達也が横浜華僑・周公瑾を追っていることも、その情報通りだと語った。多中は完全には安心できなかったものの、最終的にはナオミの説明を受け入れた。
仲間杏奈の投入計画
不安を抱え続ける多中に対し、ナオミは護衛強化を提案した。そこで彼女は、かつて多中が目を掛けていた実験体「仲間杏奈一等兵」の存在を持ち出した。杏奈はフィリピンから密入国した少女であり、多中によって帰化させられた後、国防軍へ引き込まれ、魔法師強化施設で人体実験を受けていた。
現在の杏奈はマインドコントロール下にあり、命令へ無条件に従う状態だった。ナオミは、対人戦闘能力の高い「石化の魔女」である杏奈を従卒兼護衛として配置するよう勧め、多中もその案に飛びついた。彼は、自分の安全が確保できる可能性に安堵していた。
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有希の停滞と奈穂の苛立ち
十月七日の日曜日になっても、有希は自宅でだらだらと過ごしていた。奈穂は仕事を進めるべきだと注意したが、有希は情報収集は鰐塚の役目であり、自分が動いても成果は出ないと主張した。さらに、下手に動いて顔を覚えられる方が危険だと反論し、相変わらずテーブルから動こうとしなかった。奈穂は呆れながらも食事の準備を進めていた。
石猪とスナイパー「アニー」の接触
一方、石猪少尉は副都心近郊の喫茶店で暗殺者との接触を行っていた。現れたのは「アニー」と名乗る若い美女であり、石猪はその華やかな外見に驚かされた。アニーは周囲に聞かれないよう「ヘッドハンティング」という隠語を使いながら、暗殺依頼であることを確認した。
石猪は標的として第一高校二年生の司波達也の名を挙げた。アニーは高校生という点に大げさに驚いたものの、仕事自体を断ることはなかった。ただし、国防軍関係者は標的にしないという条件だけを確認し、問題ないと判断すると、前金半額の支払いを求めた。石猪は依頼成立に安堵し、その場を後にした。
多中への報告と亜貿社への信頼
その夜、石猪は多中少佐のマンションを訪れ、暗殺依頼が成立したことを報告した。多中の背後には、護衛兼実験体である仲間杏奈一等兵が控えていた。石猪は、相手が若い女性だったため第一印象こそ頼りなく感じたが、射撃経験を示す指の特徴と、仲介役の実績から技術面は信用できると説明した。
さらに石猪は、相手が暗殺結社「亜貿社」所属のスナイパーであると突き止めていた。亜貿社は政治暗殺で実績のある組織であり、多中もその名を知っていた。多中は、暗殺成功そのものよりも、裏切りの心配がないことに安心感を抱き、石猪を労った。石猪も、多中の疑念が和らいだことに胸を撫で下ろしていた。
監視体制の強化と行き詰まり
火曜日の夜、鰐塚は有希のマンションを訪れ、調査結果を報告した。石猪少尉にはまだ隙があるものの、多中少佐は米津以上に厳重な監視を受けていることが判明した。さらに、多中には若い女性軍人と思われる専属護衛が付き添っており、魔法師である可能性も高かった。
鰐塚は、遠距離狙撃か強襲以外に手段はないと分析したが、奈穂の魔法でも射程不足であり、現状では決定打に欠けていた。有希と鰐塚は、自分たちだけでは手詰まりだと痛感した。
奈穂の指摘と新たな方針
そこで奈穂は、文弥が亜貿社全体へ依頼を出していたことを思い出し、会社側へスナイパー派遣を要請してはどうかと提案した。しかし有希は、それは社長が決めることであり、自分に口出しする権限はないと却下した。
その後、有希は多中攻略を後回しにし、まず石猪を始末する方向へ方針転換した。石猪は監視の目を振り切って若い女と接触しており、司波達也暗殺依頼を進めていると推測されたためである。鰐塚は、暗殺者斡旋ルートを監視して石猪を誘導すると提案し、有希もそれを了承した。
ナオミの存在を思い出す
しかし奈穂は、処理対象が多中と石猪だけではなく、ナオミ・サミュエルも含まれていたことを指摘した。有希は完全に失念しており、慌てて鰐塚へ調査状況を確認した。鰐塚はまだナオミの調査には着手していないと説明し、有希は石猪対策の合間にナオミの居場所も探るよう命じた。
サムウェイナームズの真意
その頃、ナオミ・サミュエルは日本駐在員事務所で本国からの催促メールを確認していた。サムウェイナームズは元々狩猟銃メーカーだったが、近年は軍用兵器へ進出し、「歩兵用高機動装甲服」を開発していた。しかし、FLT製飛行デバイスとスラストスーツの登場により、連邦軍の関心はそちらへ移っていた。
そのためサムウェイナームズは、FLTの弱点を探り、可能なら対米輸出を妨害する目的で日本に工作拠点を設けていた。ナオミ自身も、オーナー一族として送り込まれた重要人物だった。
実際には、「七賢人」から得た情報は「トーラス・シルバー=司波達也」というものであり、「摩醯首羅=司波達也」という話は偶然一致しただけだった。ナオミたちの本来の目的は、飛行デバイス開発の中心人物である「トーラス・シルバー」を暗殺し、FLTの技術力そのものを潰すことにあった。ナオミは本国へ、計画は順調に進行中であると報告していた。
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六本木での張り込み
木曜日の夜、有希は六本木の繁華街へ赴いていた。目的は、ターゲットであるナオミ・サミュエルの行動確認だった。有希は年齢相応以上に見える濃いメイクと露出度の高い服装で夜遊び風に装っていたが、その結果、普段は寄り付かない男たちから執拗にナンパされる羽目になっていた。有希は苛立ちながらも、ナオミが通うプールバーへ向かった。
ナオミの監視と潜入方針
鰐塚の調査によれば、ナオミは普段、厳重な警備付きで行動していた。勤務先も高級マンションも警備が万全であり、有希でも容易には侵入できなかった。しかしナオミには、仕事帰りに外国人客の多いプールバーへ立ち寄る習慣があり、その時だけはボディガードを伴わなかった。有希は、この時間帯が唯一の隙だと判断し、まずは現地確認を行うことにした。
バー内部での違和感
有希は店内で隠形を使いながら、ターゲットを待ち伏せしていた。やがて現れたナオミは、派手な化粧と強調された体型を持つ、いかにも目立つ美女だった。有希は、その外見が過剰に作り込まれていると感じ、不快感と軽い嫉妬を覚えていた。
ナオミは普通に飲み物を注文するのではなく、店員へ何事か耳打ちし、その態度を一変させていた。店員は特別な客を扱うような態度でナオミを奥へ案内し、有希はその様子に強い違和感を抱いた。
閉店後の侵入工作
日付が変わった金曜早朝、有希は鰐塚の運転する車で再び店へ戻ってきた。閉店後の店へ忍び込むためである。有希は裏口の鍵を潤滑油と金属用ノコギリで破壊し、音もなく侵入した。彼女は忍者由来の潜入技術と異能「身体強化」を駆使し、完全な暗闇の中を進んでいった。
隠し地下室の発見
有希は以前ナオミが消えた扉へ到達し、電子錠を解除した。その先には地下へ続く階段があり、彼女は慎重に下っていった。地下室に広がっていたのは、本格的なルーレット台やポーカーテーブルが並ぶ違法賭博場だった。
有希は、外国人が多く出入りする店であることから、警察との裏のつながりや黙認関係を推測した。そして、この違法カジノの存在が今後利用できる弱みになるかもしれないと考え、地下室内部を赤外線カメラで撮影した後、静かにその場を離れた。
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石猪の尾行開始
十月十四日の日曜日、有希は石猪少尉の尾行を行っていた。予想どおり石猪は監視を振り切って都心方面へ移動し、有希は自動二輪で個型電車を追跡した。ナオミ・サミュエルへの工作は準備段階にあり、例のプールバーは現在休業中だった。裏口の破壊が発覚したにもかかわらず警察への通報が無かったことから、有希たちはバー側が後ろ暗い事情を抱えていると判断していた。
廃工場での待ち合わせ
石猪は新宿近郊の駅で下車し、ロボットタクシーで町外れの廃工場へ向かった。石猪がそこへ向かった理由は、有希たちの想定とは異なっていた。暗殺を依頼した「アニー」から、重大な契約違反があるとして呼び出されていたのである。暗殺中止と前金没収をちらつかされた石猪は、多中少佐の不興を恐れ、危険を承知で指定場所へ赴いていた。
アニーによる処刑
廃工場へ入った石猪は、姿を見せないアニーから問い詰められた。アニーは、軍関係者を標的にしないという条件に反し、「摩醯首羅」の正体が軍関係者であることを石猪が隠していたと指摘した。石猪はとぼけようとしたが、その瞬間、サプレッサー付き拳銃の銃声が響き、胸を撃ち抜かれた。さらに額へ二発目を受け、石猪は即死した。
姿を現したアニーは、自分が石猪を殺した理由は嘘への制裁ではなく、別の事情によるものだと説明した。そして扉の方へ視線を向け、そこにいた有希へ向かって、自分が亜貿社から派遣されたスナイパー「アニー」であると名乗った。
有希とアニーの接触
有希は石猪を尾行しながら、建物の外で会話を盗み聞きしていた。交渉決裂と同時に銃声を聞き、状況確認のため突入したのである。有希は、依頼人を殺害したアニーを危険人物と判断し、即座に戦闘態勢へ入った。しかしアニーは敵意を見せず、社長命令で有希のサポートに来たことを説明した。
有希は警戒を緩め、互いの役割を確認し合った。アニーは、今回の任務の主役はあくまで有希であり、自分は補助役だと明言した。
若宮の乱入
その直後、突如として若宮が現れた。若宮は、多中少佐を自分へ譲れと要求し、魔人兵士開発研究会――通称「魔兵研」のメンバーは自分の獲物だと宣言した。多中や米津は、軍内部で人体実験を行っていた「魔兵研」の関係者であり、若宮はその被験者だったのである。
有希は、自分たちも仕事として多中を狙っている以上、簡単には譲れないと答えた。若宮はそれを決裂と受け取り、即座に有希へ襲い掛かった。
有希と若宮の死闘
若宮の戦闘能力は異常だった。彼は「高周波ブレード」を使用し、有希のナイフを一撃で切断した。有希は身体強化による超人的な速度で応戦し、ブレード同士の接触を避けながらヒットアンドアウェイで若宮を追い詰めていった。
しかし若宮は、さらに「術式解体」を使用した。これは大量の想子を叩きつけて魔法や異能を一時的に解除する対抗魔法であり、有希の身体強化にも干渉した。有希は一瞬動きを止められ、その隙に致命的な一撃を受けかけた。
アニーの援護
危機的状況を救ったのはアニーだった。彼女はサプレッサー付き拳銃で若宮を狙撃し、直撃こそ外したものの、回避を強制して攻撃を中断させた。その隙に有希は態勢を立て直した。アニーは若宮へ銃口を向けたまま、ナイフを捨てるよう命じた。若宮は観念したように武器を手放した。
奇妙な協定
有希は若宮に対し、「早い者勝ち」という条件を提案した。若宮は復讐のために魔兵研関係者を殺したい。一方、有希たちは依頼を放棄できない。しかし互いに信頼関係は無い。そこで、有希は「どちらが先に多中を殺しても恨みっこ無し」「互いに邪魔をしない」という条件で妥協を持ち掛けた。
若宮は、自分が先に襲い掛かったにもかかわらず命を取られず、復讐の機会を残されたことに驚きつつ、その提案を受け入れた。そして若宮は廃工場を去っていった。
姉川妙子との顔合わせ
その後、有希とアニーは有希のマンションへ移動した。アニーの本名は姉川妙子。二十二歳で、以前は民間軍事会社で射撃教官を務めていたスナイパーだった。有希は事前にプロフィールだけは把握していたが、外見が想像以上に華奢だったことに驚いていた。
会話の流れで、妙子は社内で「有希は黒羽文弥のお気に入りであり、男女の仲なのではないか」という噂が流れていると口にした。有希は全力で否定し、文弥は自分より美少女じみた外見をしているだけだと反論した。しかし奈穂の追撃も加わり、妙子が「文弥は男の娘なのか」と誤解する騒ぎに発展した。有希は、その誤解を解くため長時間苦労する羽目になった。
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石猪の死による恐怖
十月十四日の夜、多中少佐は石猪少尉暗殺の報告を受け、不眠に陥っていた。米津に続き、最後の部下とも言える石猪まで失ったことで、多中は「摩醯首羅」に先手を打たれたと思い込み、自分も次に殺されるという恐怖に取り憑かれていた。
実際には米津殺害と司波達也暗殺計画に直接の関係は無かったが、石猪は達也暗殺を阻止する側によって始末されていた。さらに多中自身も暗殺対象となっていたため、その恐怖は完全な見当違いではなかった。
多中はこれまで、国防軍内部の権力闘争を利用しながら違法人体実験の成果を武器に生き延びてきた。しかし、庇護者だった酒井大佐の失脚により立場を失い、違法実験の記録は今や自分の命を脅かす弱みへ変わっていた。多中は、いずれ関係者に口封じされると怯えていた。
違法カジノへの再潜入
十月十九日の金曜日、有希と鰐塚は、営業再開したプールバーを監視していた。ナオミ・サミュエルは警戒心を強める様子もなく、再び地下カジノへ通っていた。有希たちは、その慢心を呆れながら観察していた。
有希はチャイナドレス風の衣装と厚化粧による変装で店へ潜入した。店側は有希を華僑の放蕩娘と勘違いし、地下カジノへの入場を許可した。地下にはルーレットやポーカーが並び、客たちは熱狂していた。有希はルーレットからポーカーへ移動しながら、ナオミの動向を監視した。
想定外の勝利
有希はゲームを長引かせるため少額ずつ賭けていたが、偶然にも勝ち続け、大量のチップを積み上げてしまった。その結果、周囲の注目を集め、ナオミ本人からも興味を持たれてしまった。
本来は目立たず近付く予定だったため、有希は計画が狂ったことに内心焦っていた。しかしナオミは逆に刺激され、さらにゲームへ熱中するようになったため、店内へ長く留まる結果となった。
偽警察による急襲
有希が入店して約四十分後、黒服が「警察が来た」と英語で叫び、客たちは隠し通路へ殺到した。実際には警察ではなく、鰐塚が裏社会の人脈を利用して動かした偽警官たちだった。
有希はナオミと同じタイミングで逃げるつもりだったが、突然ナオミ本人に腕を掴まれ、一緒に避難させられることになった。ナオミは周囲の男たちへ怒鳴り散らしながら、有希を庇うように進んでいった。有希は、その態度からナオミが利己的ではあるものの、本質的には弱者を守ろうとする性格だと感じ取っていた。
ナオミ暗殺
避難通路の途中で、有希はわざと転倒した。ナオミも巻き込まれて倒れ、その上に他の客たちが雪崩れ込む形となった。混乱が収まった後、有希はナオミを背負うように見せかけながら、既に首を折って殺害していた。
他の客たちは警察から逃げることしか考えておらず、誰もナオミの異変に気付かなかった。有希はナオミの死体を通路脇へ座らせ、他の客を先へ逃がした。
地下カジノ従業員の始末
しかし仕事はそれで終わらなかった。戻ってきた店員に見つかった有希は、即座にナイフで喉を貫いて殺害した。実際には偽警官たちが店を制圧し、違法カジノ関係者を皆殺しにする計画が進行していた。有希は、その流れに乗って店員たちを次々と始末していった。
有希は地下カジノ内で七人を無言のまま殺害したが、その過程で返り血を浴び、自分の姿が目立ちすぎることに気付いた。そこで女子トイレへ移動し、身支度を整えようとした。
マネージャーの殺害と証拠隠滅
トイレには、隠れていたカジノのマネージャーが潜んでいた。男は小型拳銃で有希を狙おうとしたが、有希は先にダガーを投げて無力化した。
有希は、避難通路が本当に安全な出口へ繋がっていたのか問い質したが、途中で興味を失い、男を殺害した。その後、有希は血まみれになったウィッグと衣装を脱ぎ、本来の姿へ戻った。
最後に、有希はウィッグや衣装をマネージャーの死体へ被せて焼却し、証拠隠滅を行った。スプリンクラーが作動した後には、手掛かりとなる物はほとんど残されていなかった。
[6]
大量殺人事件の報道
十月二十日の昼前、有希は奈穂に起こされ、六本木で起きた大量殺人事件のニュースを見せられた。ニュースでは死者十八人と報じられており、奈穂は半ば面白がるように有希をからかった。有希は、自分が殺したのは半分程度だと不機嫌そうに訂正した。
そこへ妙子も現れ、ナオミ・サミュエルが「避難中の将棋倒し事故による圧死」として処理されていることを確認した。妙子と奈穂は、有希が目撃者封じとはいえ殺し過ぎたのではないかと懸念を示したが、有希は、もともと違法カジノ関係者は皆殺しになる予定だったと淡々と返した。
多中暗殺の難航
ナオミと石猪を始末したことで、残る標的は多中少佐だけとなった。しかし有希たちは、まだ有効な攻略法を見出せていなかった。妙子は狙撃を提案したが、有希は多中のマンション周辺に安全な狙撃地点が存在しないことを理由に却下した。
一方、多中は、自宅だけが安全地帯だと信じ込み、仕事を放り出して急いで帰宅しようとしていた。彼の護衛兼運転手は、強化実験体「石化の魔女」こと仲間杏奈だった。
若宮による襲撃
帰宅途中、多中の車の前へ若宮が飛び出し、サブマシンガンによる襲撃を開始した。若宮は防弾ガラスを撃ち抜き、多中を車内へ追い込んだ。しかし杏奈が即座に迎撃へ動き、若宮と対峙した。
若宮は杏奈が「石化の魔女」であることを見抜き、同じ実験体ではないかと問い掛けた。しかし杏奈は応じず、ナイフで攻撃を仕掛けた。若宮は「高周波ブレード」で杏奈の武器を切断し、そのまま多中へ迫った。
多中の反撃と若宮の負傷
若宮は車内の多中を引きずり出そうとしたが、多中が隠し持っていた拳銃で反撃し、若宮の脇腹を撃ち抜いた。若宮も投げナイフで多中の腕を負傷させたものの、杏奈が再び立ちはだかった。
杏奈の魔法は対象の速度を奪う「減速領域」であり、若宮は一時的に動きを封じられた。しかし若宮は「術式解体」を発動し、魔法干渉を強引に打ち破った。それでも出血と警察接近により、若宮は多中暗殺を断念し撤退を選択した。
有希による救出
逃走しようとした若宮へ杏奈が追撃を仕掛けた瞬間、一台のバイクが二人の間へ突入した。運転していたのは有希だった。有希は若宮を後部座席へ乗せ、そのまま現場から離脱した。
有希は若宮を自宅ではなく、亜貿社と繋がりのある病院へ搬送した。鰐塚は、若宮を助ける必要は無かったのではないかと問い質したが、有希は、自分の勘が「助けた方が得になる」と告げたからだと答えた。若宮自身も、有希が自分を救った理由を理解できず困惑していた。
両角来馬の登場
その後、妙子に伴われて亜貿社社長・両角来馬が病院へ姿を現した。有希と鰐塚は、社長自ら現場へ出てきたことに強い驚きを覚えた。両角は若宮に対し、亜貿社は「忍び」の技術を受け継ぐ者たちで構成された暗殺組織であり、魔法師ではない忍者のための組織だと説明した。
若宮は、自分が魔法師である以上、亜貿社には入れないと告げられた。しかし両角は、別の組織が若宮へ興味を示していると語った。その組織は、多中暗殺後に若宮へ接触する予定であり、統合幕僚長暗殺や政権転覆すら可能な力を持つと示唆された。若宮は、その組織が「アンタッチャブル」ではないかと推測し、強く動揺した。
鉄シリーズの真実
両角はさらに、若宮が軍の調整体「鉄シリーズ」の生き残りかどうかを確認した。若宮は激しく動揺しながらも、自分が鉄シリーズの一員であり、「術式解体」を使えた唯一の実験体だったと認めた。
鉄シリーズは既に全滅扱いされており、生存者はいないことになっていた。若宮は、実験体たちが処分されていた事実に激しい憎悪を露わにした。両角は必要な情報を得ると、その場を去っていった。
仲間杏奈の正体
両角が去った後、有希は若宮へ「石化の魔女」の詳細を尋ねた。若宮は、杏奈の魔法が「減速領域」であり、通常の術式とは異なる不完全な強化版だったと説明した。そして彼女の本名が「仲間杏奈」であることも明かした。
その名前を聞いた有希は強く反応した。仲間杏奈とは、以前の任務で戦った山野ハナが、フィリピンから一緒に亡命してきた親友として語っていた少女の名前だったのである。
[7]
若宮への恐怖と絶望
若宮に襲撃された多中少佐は、自宅へ戻ると完全に憔悴し切っていた。若宮が「鉄シリーズ」の生き残りであり、自分たちが処分したはずの実験体だったことに、多中は強い恐怖を抱いていた。
かつて多中は、十二歳だった若宮刃鉄を強化兵士実験へ引き抜き、その後、若宮が脱走すると、責任隠蔽のため「鉄シリーズ」のデータを改竄し、全個体を失敗作として処分へ追い込んでいた。もし若宮の存在が軍へ知られれば、データ改竄と実験隠蔽が露見し、自分が軍に処分されると多中は怯えていた。
杏奈の歪んだ忠誠
護衛の仲間杏奈は、恐慌状態の多中へ忠誠を誓った。しかし多中は平静を失っており、杏奈へ暴力的に欲望をぶつけ始めた。杏奈は一切抵抗せず、多中を慰めることだけを優先した。
杏奈の忠誠は自然なものではなかった。彼女は強化実験の副作用として、上官へ絶対服従する精神操作を施されていたのである。帰化手続きで多中に助けられた恩義と、人工的に植え付けられた忠誠心が混ざり合い、杏奈はそれを「愛情」だと錯覚していた。
軍による保護措置
翌二十三日、多中は基地司令部へ呼び出され、軍施設へ寝泊まりするよう命じられた。表向きは暗殺者から守るためだったが、実際には軟禁に近い措置だった。
しかし多中にとって、その研究施設はむしろ安心できる場所だった。施設は強化兵士研究所であり、彼自身の古巣でもあったからである。さらに杏奈を強化した施設でもあり、必要なら戦力も期待できたため、多中はむしろ上機嫌で研究施設へ移った。
軍の意図への疑念
十月二十五日、有希たちは多中の所在を突き止めた。鰐塚と妙子は、軍の情報が異常なほど簡単に漏れてくることへ違和感を抱いていた。
二人は、軍が多中を本気で守ろうとしているのではなく、むしろ暗殺者へ居場所を流して始末させようとしているのではないかと推測した。有希も、その可能性を否定せず、罠だったとしても突破すればいいと割り切った。彼女たちは、多中暗殺を強行する方針を固めた。
研究施設襲撃計画
有希は、鰐塚へ施設内部の調査継続を命じ、妙子には狙撃地点の選定を依頼した。狙撃のみで仕留めるつもりは無かったが、別の用途に利用するつもりだった。
その直後、黒羽文弥から通信が入った。文弥は、二十八日日曜日の午後八時から一時間、研究施設の警備システムが「故障予定」であると告げた。有希は、その露骨な工作に呆れながらも、二十八日の夜に必ず多中を仕留めると断言した。
若宮の焦燥
一方、若宮もまた、多中を追っていた。だが襲撃事件が報道されていないことから、軍による情報統制を察知していた。さらに、多中が通勤路へ現れなくなったことで、新たな隠れ場所へ移されたと判断した。
若宮は、有希たちの方が先に多中へ辿り着く可能性を危惧していた。石猪や米津と違い、多中だけは絶対に自分の手で殺したかったからである。復讐こそが、若宮の生きる理由だった。
研究施設への潜入未遂
十月二十六日、若宮は単独で研究施設への侵入を試みた。しかし施設の警備は異常なほど厳重であり、彼自身も冷静さを欠いていた。
そこへ現れたのが妙子だった。妙子は若宮を強引にその場から連れ出し、写真スタジオへ避難させた。そして、あの施設へ単独潜入するのは自殺行為だと厳しく叱責した。若宮も、自分が半ば自暴自棄になっていたことを自覚していたため、反論できなかった。
妙子からの情報提供
妙子は最終的に、多中が研究施設内へ匿われていることを認めた。さらに、二十八日午後八時に協力者が警備システムを停止させる予定であることまで教えた。
ただし、それは協力ではなく、有希たちの作戦を邪魔される方が困るからという理由だった。妙子は、巡回警備兵は残るため雑な侵入はするなと忠告した。若宮は素直に礼を述べ、有希たちへの借りを認識しながらも、多中を自分の手で殺す意思だけは変えていなかった。
[8]
襲撃前夜の準備
十月二十八日午後七時半、有希と鰐塚はK市基地近くの写真スタジオを中継拠点として待機していた。この場所は亜貿社が架空名義で借り上げたものであり、妙子の狙撃支援のために用意された拠点だった。
妙子は既に狙撃位置へ到着しており、有希は予定時刻が近づいたことを確認すると単独行動へ移った。一方、若宮もまた研究施設正面で待機していた。彼は妙子の情報を完全には信用していなかったが、他に手掛かりが存在しないため、危険を承知で作戦へ参加していた。
有希の潜入
午後八時、研究施設が停電した。有希は隣接ビル屋上から研究施設へ跳躍し、身体強化によって十二メートル近い空間を飛び越えて侵入に成功した。
妙子は遠方の狙撃地点からその様子を観測していた。彼女は、有希が単なる異能頼りではなく、卓越した身体制御技術を持つことを改めて認識した。
若宮の迷走
若宮は正面玄関からの突破を試みたが、施設内部で完全に現在位置を見失っていた。警備兵の練度も予想以上に高く、彼は思うように進めなかった。
追い詰められながら最上階へ向かう途中、若宮は外部からの狙撃音を聞き取った。その銃撃が多中を狙ったものだと推測した若宮は、銃声を頼りに最上階へ駆け上がった。
有希による多中発見
有希は屋上から外壁へ降下し、「壁蜘蛛」を用いて外壁を移動しながら最上階の窓を調査した。そして多中と杏奈の会話を聞き取り、多中の居場所を特定した。
有希は窓の横へ赤外線発光器を設置して屋上へ戻った。妙子はその赤外線を照準に利用し、研究施設へ二発の狙撃を行った。狙撃によって防犯ガラスが砕かれ、有希が窓から侵入できる状況が整えられた。
停電による混乱
突然の停電に、多中は激しく狼狽した。杏奈は冷静に施設全体の停電であることを確認し、襲撃の可能性を進言した。
そこへ妙子の狙撃が直撃し、防犯ガラスに亀裂が走った。杏奈は即座に多中を伏せさせ、部屋からの退避を誘導した。しかし多中は恐怖に支配されており、正常な判断を失っていた。
若宮と杏奈の再戦
廊下へ出た杏奈と多中の前へ若宮が現れた。若宮は怒りを爆発させ、多中へ襲い掛かった。しかし多中は悲鳴を上げて部屋へ逃げ込み、杏奈だけを廊下へ残して扉へ鍵を掛けた。
若宮は杏奈へ、多中もまた彼女を利用した加害者だと説得した。しかし杏奈は、自分にとって多中は恩人であり、守るべき相手だと断言した。
杏奈は「減速領域」で若宮の動きを封じたが、若宮は「術式解体」によって魔法拘束を打ち破った。激しい接近戦の末、杏奈は拳銃で若宮の腹を撃ち抜き、さらに蹴りで意識を刈り取った。
有希による多中暗殺
若宮と杏奈が戦っている隙に、有希はザイルを利用して砕けた窓から室内へ侵入した。突然現れた有希に、多中は反射的に発砲したが、恐慌状態のため狙いは外れた。
有希は一気に距離を詰め、多中の喉へナイフを突き刺した。そのまま多中を床へ転がし、ナイフを回収すると即座に撤退を開始した。
杏奈の追撃
多中の死を確認した杏奈は、悲しむより先に仇討ちを選んだ。彼女は屋上まで駆け上がり、脱出寸前の有希へ追いついた。
杏奈は「減速領域」の射程へ有希を捉えようとしたが、有希は投擲したナイフで魔法の射程距離と持続時間を測定した。杏奈の能力は射程十メートル、持続五秒であることが暴かれた。
有希と杏奈の決着
有希は身体強化による超高速移動で残像を生み出し、杏奈の視覚認識を攪乱した。杏奈は幻惑され、有希の実体を捉えられなかった。
背後を取られた杏奈は、有希に喉元へナイフを突き付けられて制圧された。有希は、多中は既に死んでおり、もう戦う理由は無いと告げた。しかし杏奈は、恩人の仇を討たねばならないと執着を見せた。
その最中、有希が山野ハナの名前を出したことで、杏奈の精神に変化が生じた。有希は、ハナが死ぬ直前まで杏奈を気に掛けていたと伝えた。
杏奈は、自分がハナから奪ったものの存在を悟った。そして突然、自らの胸へ拳銃を押し当て、自決した。有希は、杏奈の死を前に「馬鹿野郎が」と吐き捨てることしかできなかった。
[9]
作戦終了後の帰還
多中暗殺を終えた有希は、強い吐き気を堪えながら中継基地の貸しスタジオへ戻った。そこには鰐塚と妙子だけでなく、腹部へ包帯を巻いた若宮、さらに美少女姿の文弥――「ヤミ」が待っていた。
文弥は有希へ任務成功を労った。有希は、忙しいはずの文弥が現場へ来ていたことに疑問を抱いたが、文弥は厄介な仕事が前日に片付いたため様子を見に来たと説明した。
若宮救出の真相
有希は、重傷を負った若宮を見て、また撃たれたのかと問い掛けた。文弥はそれを肯定し、実際に若宮を施設から運び出したのは自分の部下たちだと説明した。
有希は、それだけの人数を投入できるなら黒羽側だけで多中暗殺も可能だったのではないかと疑問を呈した。しかし文弥は、依頼済みの仕事を途中で取り上げるつもりは無かったと答えた。有希も、不満を抱きつつ納得した。
有希の動揺
その後、文弥は有希の顔色が悪いことを指摘した。有希は何でもないと誤魔化したが、問い詰められると感情を抑えきれず声を荒らげてしまった。
有希はすぐに謝罪した。文弥は何事も無かったようにそれを受け流し、鰐塚へ若宮をしばらく預かるよう依頼した。鰐塚は知り合いの病院へ運ぶことを提案し、文弥も了承した。
黒羽の正体
文弥が去った後、若宮は「あの小娘は『アンタッチャブル』の一族なのか」と問い掛けた。有希はその言葉に微妙な反応を見せた後、文弥が「黒羽」の人間であり、自分たち亜貿社の実質的な雇い主だと説明した。
若宮は、「姿を見た者は死ぬ」と噂される黒羽の存在を知っており、実際に対面したことへ衝撃を受けていた。有希は、誇張ではあるが、黒羽から逃れることはできないと語った。
地獄への歓迎
絶句する若宮へ、有希は悪戯っぽく語り掛けた。有希は若宮へ「リッパー」と呼び掛け、自分たちの世界は死だけが安息である逃れられない職場だと皮肉混じりに説明した。
そして、一緒に地獄へ落ちようと告げ、不器用なウインクを見せた。有希の言葉に、若宮は力なく肩を落とした。
ナッツ&リッパー [チーム結成指令]
[1]
ホテルへの招集
二〇九六年十一月十日夜、有希は文弥からの一方的な呼び出しを受け、都内ホテルを訪れていた。鰐塚は別件で黒羽家に拘束されており同行できず、代わりに奈穂も同席していた。
二人はホテルスタッフに案内され、通常存在しない十三階へ通された。そこで待っていたのは文弥と、その側近「黒川」だった。黒川は特徴の薄い容姿をしており、有希はどこかで会ったような感覚を覚えつつも思い出せなかった。
若宮の加入提案
その後、鰐塚と若宮も合流した。文弥は、有希たちへチームを組ませると一方的に告げた。
有希は若宮の実力自体には敬意を示したものの、現状のチームに不足は感じていないとして理由を求めた。文弥は、今後はこれまで以上に高レベルの魔法師や異能者を相手にする必要があり、有希の身体強化だけでは限界があると説明した。
若宮を組み込む理由は、「術式解体」による高位魔法師対策だった。有希と若宮は、その説明を受けて納得した。
奈穂への狙撃訓練指令
文弥はまず奈穂へ、狙撃技術を習得するよう命じた。有希と若宮が近接戦闘型である以上、遠距離支援役が必要だという判断だった。
奈穂は、自分の魔法師としての才能を見切られたのではないかと一瞬落ち込んだが、文弥は彼女の特殊技能自体は高く評価していると説明した。奈穂は安心し、狙撃訓練への参加を受け入れた。
若宮への新たな課題
続いて文弥は若宮へ、「術式解体」の強化を命じた。現在の射程距離は八メートル程度だが、まず一ヶ月で十メートルまで伸ばし、最終的には十五メートル級を目指せと指示した。
さらに文弥は、「術式解体」は魔法解除だけではなく、高圧想子流によって人体の運動神経を麻痺させる用途にも応用可能だと説明した。達也なら相手全身を飲み込む規模で行使できると聞き、若宮は化け物だと畏怖した。
若宮は、圧縮した想子を急所へ撃ち込む技術も一ヶ月以内に習得するよう命じられた。
黒川との対峙
最後に文弥は、有希へ黒川の下で忍術を再修行するよう命じた。有希は、黒川が魔法師であることから不安を示したが、教えるのは「魔法ではない忍術」だと説明された。
有希は半信半疑のまま黒川へ奇襲を仕掛けた。しかし次の瞬間、黒川は有希の攻撃を躱し、逆にジャケットだけを残して彼女の背後へ移動していた。有希は、自分が何をされたのか理解できず愕然とした。
『空蟬』の講義
黒川は、自分が使った技が「空蟬」だと説明した。それは単なる幻術ではなく、相手の認識を利用して一瞬の虚を生み出す体術系忍術だった。
有希は黒川との対話を通じて、「空蟬」の長所が敵の虚を誘う点であり、逆に警戒されると効果が薄いという短所を理解していった。黒川は、有希の理解力を評価しつつも、真に使いこなすには瞬間的な判断で発動できなければならないと教えた。
文弥はその場で、有希の最初の課題を「一ヶ月で空蟬を習得すること」に決定した。有希は、その無茶な要求に肩を落とした。
奈穂と妙子の北海道行き
翌十一月十一日、有希と奈穂は別々の場所へ向かった。奈穂は空港で妙子と合流し、狙撃訓練のため北海道へ向かうことを知らされた。
奈穂は四葉家の訓練施設で銃器訓練を受けた経験があったが、教官から才能無しと見限られていた過去があり、不安を抱えていた。妙子は空気を和ませようと冗談を飛ばしたが、奈穂には通じなかった。
黒羽家の地元
一方、有希は豊橋市へ到着し、文弥の姉・亜夜子と再会した。有希は以前、マインドコントロール下で亜夜子へ敵対した過去があり、謝罪した。
亜夜子は気にしていないと軽く受け流し、有希を迎えに来た理由を説明した。そして、この地域こそ黒羽家の地元であると明かした。有希は、自分が田舎だと内心で思っていたことまで見透かされ、気まずさを覚えていた。
若宮と九重寺
十一月十二日、若宮は文弥から、修行先が決まったと連絡を受けた。その場所は、当代最高の忍術使いとして知られる九重八雲の寺「九重寺」だった。
若宮は強く驚き、達也の紹介でその修行が実現したことを知る。実際の指導役は弟子の「巻雲」だったが、時には九重八雲本人からも教えを受けられる可能性があった。
ただし条件として、形式的な出家が求められた。若宮は、復讐を禁じられるわけではないと確認した上で、最終的にその条件を受け入れた。
[3]
再招集と若宮の変化
二〇九六年十二月十五日正午前、有希、鰐塚、奈穂、若宮の四人は、以前と同じホテルのレストランへ呼び出されていた。有希が最後に到着すると、既に他の三人は席に着いていた。
奈穂との軽口を交わした後、文弥が姿を現した。文弥は、スーツ姿となった若宮へ視線を向け、その変化を評価した。若宮は以前と異なり、粗暴さを抑えた落ち着いた態度を見せていた。特に、九重寺での修行を経たことで、謙虚さや礼節が身についていた。
奈穂は、若宮がまるで僧侶のようだと漏らした。有希も、以前とは別人のようだと感じていたが、若宮自身は自分が依然として殺し屋であり、復讐者でもあることを否定しなかった。
修行成果の確認
文弥は、三人がそれぞれ課題を達成したと修行先から報告を受けていると告げた。有希は、まだ何かやらされるのかと不満げに問い返したが、文弥は、これまでの修行は仕事のための準備に過ぎず、本番はこれからだと説明した。
鰐塚が確認すると、文弥は、これから四人の新チームへ正式な初任務を与えるつもりだと明言した。その瞬間、場の空気は一気に引き締まった。有希は即座に仕事人の顔へ戻り、ターゲットについて問い掛けた。
新たな人身売買組織
文弥は、以前有希が関わった魔法因子を持つ少女たちの人身売買事件を持ち出した。どうやら新たな密輸ルートが構築され、再び誘拐事件が頻発しているという。
輸出先は以前と同じであり、さらに取引には「根来衆」が関与していることも判明していた。有希は、根来衆が相手なら新チームの実戦訓練としては適切だと判断し、依頼へ前向きな姿勢を示した。
チームとしての役割分担
文弥は、若宮と奈穂へ意思確認を行った。若宮は命令に従うと即答し、奈穂も同様に任務受諾を表明した。
続いて鰐塚は、自分の役割を質問した。文弥は、鰐塚へ作戦立案と現場指揮を担当するよう命じた。鰐塚はそれを了承し、チームの司令塔として動くことになった。
初任務決定
文弥は最後に、具体的な作戦内容を説明した。任務日時は十二月十七日二十三時。場所は鹿島港であり、そこで行われる人身売買組織の取引現場を襲撃する計画だった。
こうして、有希たち新チームによる最初の実戦任務が決定した。
[4]
奈穂の狙撃配置
二〇九六年十二月十七日二十二時三十分、奈穂は鹿島港のガントリークレーン上へ配置についていた。北海道での特訓を経た奈穂は、重力制御魔法を利用して百メートル級の鉄骨を登り切っていたが、冬の海風の寒さには苦戦していた。
奈穂は双眼鏡をゴーグルへ接続し、隣接埠頭の監視を開始した。やがて、倉庫前を警備員姿で見張る二人組を発見し、そこが誘拐された少女たちの拘束場所だと推測した。さらに、前回と同じようにクレーンのコクピットへ配置された敵スナイパーも発見し、その位置情報を鰐塚へ送信した。
無音狙撃の準備
奈穂は妙子から訓練を受けた専用狙撃銃を組み立てた。この武装デバイスには、「音波遮断」と「慣性増幅」の二種類の魔法が組み込まれていた。
「音波遮断」により発射音を完全に消し、「慣性増幅」により亜音速弾でも超音速弾並みの弾道性能を維持できる。その結果、衝撃波すら発生しない「無音狙撃」が実現していた。
奈穂は照準を合わせ、敵スナイパーを確実に仕留められる感触を得ると、通信機で「準備完了」の合図を送った。
有希と若宮の待機
その頃、有希と若宮はペアを組み、倉庫脇から密輸船の到着を待っていた。今回はチーム戦闘能力の試験も兼ねていたため、有希は以前のような潜入工作ではなく、正面からの強襲を選択していた。
船影が港へ近付く中、有希は若宮が焦っていないか確認した。若宮は無言で作戦通り進める意思を示し、有希もそれ以上口を挟まなかった。二人は静かに開戦の時を待っていた。
鰐塚による指揮
鰐塚は隠しカメラ映像を通じて、誘拐された少女たち十人が倉庫から連れ出される様子を確認していた。密輸船には買い手側としてフィリピンマフィアが乗り込んでいたが、重火器の持ち込みは無いと分析した。
鰐塚は通信を開き、有希へ船の制圧、若宮へ売り手側の殲滅、奈穂へ狙撃開始を指示した。三人は即座に命令を受諾し、作戦が開始された。
有希の奇襲
有希は黒川との修行で磨き上げた隠形を発動し、気配を完全に消したまま外国人マフィアへ突撃した。
敵は何が起きているのか理解できないまま次々と喉を裂かれ、絶命していった。買い手側を率いるカスティーヨJr.が悲鳴混じりに叫んだ時には、既に三人が殺害されていた。売り手側の根来衆も異常事態に気付き、混乱へ陥っていった。
奈穂による敵狙撃手殲滅
一方、奈穂は静かに引き金を引き続けていた。敵狙撃手は六人存在していたが、奈穂は六発全てを命中させ、反撃すら受けずに殲滅した。
魔法を併用した無音狙撃により、敵は仲間が撃たれたことにすら気付いていなかった。奈穂は、自分の技量がここまで通用することに驚きつつも、妙子から受けた訓練の成果を実感していた。
若宮の『遠当て』
狙撃支援が無力化されたことを確認した若宮は、根来衆へ突撃した。若宮はまず「遠当て」を用いて敵の視覚を攪乱し、同時にダガー投擲で拳銃を無力化した。
さらに触覚へ幻の衝撃を叩き込む「幻衝」型の遠当てで内藤を膝をつかせると、高周波ブレード付きナイフで次々と敵の喉を切り裂いていった。装甲ごと両断する暴力的な斬撃により、若宮は「リッパー」の名に相応しい殺戮を見せた。
有希の新たな『空蟬』
有希はその頃、既に密輸船へ侵入していた。甲板上のフィリピンマフィアたちは高い練度を持っていたが、有希の動きを捉えられなかった。
有希は、黒川との修行で完成させた新たな『空蟬』を使用していた。それは超高速移動による残像を身代わりにする技であり、敵には分身のように見えていた。
至近距離からの銃撃すら残像だけを撃ち抜き、有希本人は瞬時に背後へ回り込んで急所を刺し貫いていく。敵が混乱し同士討ちを始める中、有希は最後まで油断することなく、一人ずつ確実に始末し、密輸船内のフィリピンマフィアを全滅させた。
[5]
任務成功後の祝賀会
二〇九六年十二月十八日午後七時、有希、鰐塚、奈穂、若宮の四人は、都内の有名レストランへ招待されていた。これは文弥から与えられた褒美であり、堅苦しい会食ではなく、気軽な大皿料理を囲む形式だった。
乾杯の後、鰐塚は、今回の任務結果について文弥から「満足できる結果だった」と高い評価を受けていることを伝えた。
実力向上の実感
食事を進めながら、有希は次回以降は今回ほど簡単な仕事では済まないだろうと漏らした。奈穂は縁起でもないと抗議したものの、その声には余裕があった。
若宮も今回の任務は難易度が低かったと同意し、奈穂も素直に賛成した。鰐塚は苦笑しながら、それは四人の実力が飛躍的に向上した証拠だと指摘した。一ヶ月に及ぶ特訓と実戦を経て、全員が以前とは比較にならないほど強くなっていたのである。
鰐塚から改めて労いの言葉を受け、有希、奈穂、若宮の三人は満更でもない表情を浮かべていた。
次なる任務
しかし、鰐塚は続けて、既に次のオーダーが届いていることを告げた。有希は嫌な予感を抱きながら問い返したが、鰐塚は当然のように肯定した。
文弥は今回の仕事をあくまで「小手調べ」と位置付けており、本番はこれからだと考えていたのである。さらに次の任務は「年内に」と指定されており、明日から早速準備へ取り掛かる予定だった。
その事実を聞かされた有希、若宮、奈穂の三人は、示し合わせたように肩を落とした。
魔法科高校の劣等生 シリーズ 一覧
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