物語の概要
ジャンル:
サイエンスファンタジー/異能系ライトノベルである。本シリーズは、魔法技術が高度に発展した近未来世界を舞台に、「魔法科高校」に通う若き魔法師たちの葛藤と成長を描いた作品群のスピンオフであり、本作では黒羽双子の活躍にスポットを当てる。
内容紹介:
2099年6月10日、19歳となった黒羽文弥と亜夜子は、達也や深雪、リーナらに祝福されつつ束の間の休息を得る。だが、東京における黒羽家の拠点を任された二人には新たな任務が待ち受けていた。人さらい事件の調査の中で、魔法大学に通うロシア系ハーフの学生・阿部ミラの誘拐現場に遭遇した文弥は、難なく事態を収束させる。彼女は旧ロシアの大富豪の愛人の子孫という出自ゆえに、さらなる狙撃の脅威に晒されており、文弥と亜夜子が護衛を担当することとなる。しかし、命を救われたミラの態度はどこかぎこちなく、文弥の心にも思わぬ変化が訪れようとしていた。
主要キャラクター
- 黒羽 文弥(くろば ふみや):黒羽家の双子の兄。物語の中心となる魔法師として冷静沈着であり、高度な魔法操作能力を持つ。今巻では護衛任務を通じて、外部からの脅威と自身の心の揺れに直面する。
- 黒羽 亜夜子(くろば あやこ):文弥の双子の妹。責任感が強く、兄とともに護衛や調査任務にあたることで、自らの役割や決意を再確認する役割を担う。
- 阿部 ミラ:ロシア系ハーフで魔法大学の学生。誘拐被害から救われた後、文弥への感謝と複雑な感情を抱え、彼女自身の出自と周囲の期待に揺れる存在。
物語の特徴
本巻の魅力は、スピンオフという立ち位置ながら、黒羽双子の内面と心理描写に深く迫り、「強さと責任」「救う側と救われる側」という二項対立を丁寧に描き出している点にある。また、護衛対象のミラとの関係性の構築や感情のすれ違いが、双子の成長と葛藤を映し出す鏡となっており、読者にとって新たな視点からシリーズ世界を再考させる内容である。加えて、誘拐事件の裏に潜む国際的な陰謀の影が徐々に明らかになる展開は、読了後にも余韻を残す構成となっている。
書籍情報
魔法科高校の劣等生 夜の帳に闇は閃く(3)
著者: 佐島 勤 氏
イラスト:石田 可奈 氏
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あらすじ・内容
闇を駆ける黒羽の双子だが、文弥に春の訪れが……?
2099年6月10日、文弥と亜夜子は19歳の誕生日を迎えた。達也や深雪、リーナにお祝いされ、束の間の休息を楽しむ文弥たち。
だが、黒羽家の東京拠点を任されるふたりに新たな任務が。人さらいが増加しているため、文弥が調査へ向かうと、魔法大学に通うロシア系ハーフの阿部ミラがさらわれている現場に遭遇する。文弥は難なくその場を対処する。
ミラは四葉家の遠い親戚で、旧ロシアの大富豪の愛人の子孫だったため、今後もロシア人に狙われる可能性が高い。
そのため、文弥と亜夜子が護衛につくのだが、命の危機を助けてもらったこともあり、ミラの文弥への態度がどこかぎこちなく……?
感想
黒羽の双子、特に文弥にスポットライトがあたっているのが印象的。
あらすじにもあるように、文弥が19歳の誕生日を迎え、束の間の休息を楽しむ様子が描かれている。しかし、彼らにとって休息はほんの一時。黒羽家の東京拠点を任される身として、すぐに新たな任務に就くことになる。
今回の事件は、かつて文弥たちが潰した外国組織の影響が色濃く出ている点が興味深い。過去の行いが、巡り巡って学友の誘拐事件に繋がるとは、因果応報という言葉が頭をよぎる。そして、その学友である阿部ミラを助けに入る文弥。ここから、文弥に春が訪れる…という展開らしいのだが、本人は思いっきり戸惑っている様子が面白い。
周囲の反応もまた興味深い。「達也の力になれるか」という基準で、文弥の恋愛(?)をジャッジしようとするあたり、少々笑ってしまう。確かに、魔法科高校の世界では、個人の感情よりも、戦略的な価値が優先される傾向があるのかもしれない。しかし、もう少し文弥自身の気持ちを尊重してあげても良いのではないかと、個人的には思う。
戦闘シーンは、文弥の冷静さと判断力が光る。彼は決して無鉄砲ではなく、状況を的確に把握し、最適な行動を選択する。その姿は、まさにプロフェッショナルと呼ぶにふさわしい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
黒羽文弥
黒羽家の後継候補であり、東京拠点を亜夜子と共に管掌する立場である。冷静な判断力と即応の実行力を持ち、行動では常に任務達成を最優先としていた。双子の亜夜子を補佐しつつ、前線での実務を担った。
・所属組織、地位や役職
黒羽家・東京拠点管掌者。四葉家の下部諜報組織の実地研修者。
・物語内での具体的な行動や成果
阿部ミラの誘拐未遂を阻止。荒川河川敷で空澤と橋本を救援。富山で四拠点を連続掃討し黒表紙帳簿を押収。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
本家真夜から独立任務を課され、将来の当主適性を試される立場となった。公安との限定協力を認め、情報線での存在感を強めた。
黒羽亜夜子
黒羽家東京拠点の管掌者であり、文弥の双子の姉である。社交や交渉に秀で、情報収集と対人操作を得意とした。常に冷静であり、裏の場面では容赦なく策を講じた。
・所属組織、地位や役職
黒羽家・東京拠点管掌者。四葉家の下部諜報組織の調整役。
・物語内での具体的な行動や成果
阿部ミラの保護と護衛を調整。公安との接触を利用し、情報を操作。囮作戦を企画して文弥とミラを動かし、襲撃を逆用して制圧に導いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
父・貢の承認を得て公安の空澤を協力者に取り込み、庄司家とも接触して影響力を拡大した。
阿部ミラ
魔法大学の学生で、ロシア系ハーフの少女である。控えめで小柄だが、内面には強い意志を秘めていた。誘拐未遂の被害者となり、黒羽家に保護された。
・所属組織、地位や役職
国立魔法大学の学生。阿部家の一員。
・物語内での具体的な行動や成果
誘拐未遂後、黒羽姉弟と接触。自身が母系mtDNAを利用したスイス銀行口座の鍵であることを打ち明けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ロシア系テロ組織と内情双方から標的とされ、物語の衝突軸に置かれる存在となった。
空澤兆佐
警察省公安庁外事第一部の巡査部長である。実直で現場対応に優れるが、組織内では不遇な立場に置かれていた。任務に誠実で、黒羽家との接触後も現場的正義を優先した。
・所属組織、地位や役職
警察省公安庁外事第一部・巡査部長。
・物語内での具体的な行動や成果
橋本雅楽とコンビを組み、ロシア系テロ組織の調査を担当。荒川河川敷で銃撃戦に遭遇し、黒羽文弥に救援された。亜夜子と協力関係を築き、囮作戦にも参加した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
公安内で異動打診を受けつつ、内情との妥協に不満を抱き、私的に黒羽家と連携する道を選んだ。
橋本雅楽
警察省公安庁外事第一部の警視であり、非魔法師のキャリア警察官である。冷静で洗練された所作を持つが、実務経験には乏しかった。
・所属組織、地位や役職
警察省公安庁外事第一部・警視。
・物語内での具体的な行動や成果
空澤とペアを組み、情報収集に従事。荒川河川敷で銃撃戦に巻き込まれ負傷し、外勤不能となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
外勤からデスクワークに移行する見込みとなり、現場的影響力は低下した。
滝益次郎
黒羽家の配下であり、古式魔法を操る術者である。隠身や忍術に長け、潜入と捕縛に強みを発揮した。
・所属組織、地位や役職
黒羽家配下。国立魔法大学の同級生。
・物語内での具体的な行動や成果
文弥と共に阿部ミラ拉致未遂の現場で犯人を制圧。富山拠点踏査にも同行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黒羽家の行動班の一員として重用され、実地の即応要員となった。
黒羽貢
黒羽家の現当主であり、文弥と亜夜子の父である。厳格で実務的な人物で、後継者教育に一切の妥協を許さなかった。
・所属組織、地位や役職
黒羽家当主。四葉家に従属する。
・物語内での具体的な行動や成果
富山掃討作戦に際し、現地整備までを支援。その後は文弥に全責任を負わせ、試練として課した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
公安との連携に関して亜夜子の判断を承認し、空澤を協力者として利用する指示を与えた。
黒羽亜弥
文弥と亜夜子の母である。冷静に家の背景を把握し、助言を与える立場であった。
・所属組織、地位や役職
黒羽家の母。
・物語内での具体的な行動や成果
阿部家がロシアンマフィアと結びついた過去を文弥に伝え、警戒を促した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
情報面で家族を支え、潜在的な指導力を示した。
黒川白羽
黒羽家の幹部格であり、実務面を支える調整役である。冷静な視点を持ち、組織運営を裏から支えた。
・所属組織、地位や役職
黒羽家・東京拠点幹部。
・物語内での具体的な行動や成果
捕縛したロシア系の訊問を担当。富山作戦でも現場調整を行い、拠点情報を文弥に報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
組織の現場運営を担い、黒羽姉弟の行動を裏から支える立場を保った。
伴野涼
黒羽家の配下であり、影武者兼護衛である。軽口を交えつつも即応任務に従事した。
・所属組織、地位や役職
黒羽家配下。
・物語内での具体的な行動や成果
橋本雅楽の個人情報調査を亜夜子から命じられ、詳細な調書を提出した。護衛としても随行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
調査と護衛双方を担い、黒羽姉弟の即応支援役となった。
庄司ルナ
国立魔法大学の学生であり、阿部ミラと交流を持つ。裏社会に通じる家系の背景を持ち、友人としての立場から黒羽家に接触した。
・所属組織、地位や役職
国立魔法大学の学生。庄司家の一員。
・物語内での具体的な行動や成果
阿部ミラ支援を申し出て、引っ越し先確保を引き受けた。黒羽家の計画に協力した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
裏社会に影響力を残す庄司家の血筋を示し、亜夜子から協力関係に取り込まれた。
四葉真夜
四葉家の当主であり、黒羽家を含む一族全体を統率する存在である。冷徹で合理的な判断を下し、後継者候補たちに試練を課す立場を担った。
・所属組織、地位や役職
四葉家当主。
・物語内での具体的な行動や成果
黒羽文弥に富山新港のロシア系テロ組織掃討任務を命じ、成果を確認した。黒表紙帳簿を受け取り、内情との関係整理を本家裁定に委ねた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
四葉家の権威を背景に黒羽姉弟を試す立場を維持し、統率者としての存在感を示した。
榛有希
四葉家に属する暗殺者チームの長である。冷静沈着に行動し、暗部の作戦を担う。
・所属組織、地位や役職
四葉家暗殺者チーム・リーダー。
・物語内での具体的な行動や成果
公安へのロシア人引き渡し後、公安の活動活発化によって行動に制約を受けたことが報告された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
直接の戦闘描写はないが、黒羽家の情報交換で名前が挙げられる存在である。
新ソ連系反政府テロ組織
新ソ連成立時に敗れ、国外へ逃れた勢力である。日本国内で暗躍し、阿部ミラを標的にした。
・所属組織、地位や役職
国家に属さない反政府テロ組織。
・物語内での具体的な行動や成果
阿部ミラの誘拐を試みるが、黒羽家に阻止された。複数の拠点を構えたが、富山掃討戦で壊滅した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黒羽文弥の作戦により、残党は全て殲滅され日本国内での影響力を失った。
内閣府情報管理局(内情)
日本政府の情報機関であり、公安庁と対立する傾向を持つ。裏では反新ソ連勢力や阿部ミラ関連資金を利用しようと企図した。
・所属組織、地位や役職
内閣府情報管理局。
・物語内での具体的な行動や成果
公安との対立が表面化と沈静化を繰り返した。阿部ミラを追跡し、みなとみらいのレストランでは偽警官や諜報員を配置した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
公安上層部との妥協により、テロ組織掃討の追及を打ち切らせる影響を与えた。
ロシアンマフィア
阿部家と過去に関係を持ち、一族からの絶縁を招いた勢力である。
・所属組織、地位や役職
旧ロシア系犯罪組織。
・物語内での具体的な行動や成果
かつて阿部家の後ろ盾となり、東京でのミラ保護を担ったが、達也暗殺動員によって壊滅した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
現時点では壊滅状態にあり、物語上は背景要素としてのみ関与する。
展開まとめ
【1】闇に蠢く者たち
黒羽家の役割と文弥・亜夜子の任務
黒羽文弥と黒羽亜夜子は黒羽家の東京拠点を管掌していた。これは将来家を継ぐための実地研修であり、黒羽家は四葉一族の諜報部門として外部人材を取り込み、強力な組織を築き上げていた。黒羽家の主な任務は四葉家を狙う者を退け、利益をもたらす者を支援することであり、達也暗殺阻止の行動もその一環であった。
誕生日の祝宴
六月十日、達也と深雪、リーナは文弥と亜夜子の誕生日を祝うため、四葉家東京本部の個室レストランに招いた。料理と二つのケーキが用意され、ケーキは深雪とリーナの手作りであった。亜夜子は人脈作りで多忙なため、お菓子作りの時間がないと語り、リーナの誘いを深雪が制止したことで場は和やかに収まった。席上で黒羽家の仕事やマフィアの話題は避けられた。
女子会と外国人の噂
翌日、亜夜子は同級生に誘われ女子会に参加した。カフェバーでは頻繁にナンパがあったが、雰囲気に守られ楽しい時間を過ごした。帰りのタクシー乗り場で、同級生が強引な外国人、特にロシア人が目立つと語り、亜夜子は耳を傾けた。その様子から犯罪者よりも工作員の可能性を感じ取った。
文弥の調査開始
亜夜子から話を聞いた文弥は確認を決意し、六月十二日夜に魔法大学の同級生で黒羽家の配下・滝益次郎と中野を訪れた。滝は隠身を得意とする古式魔法師であった。二人は街を歩くうちに少女拉致の現場に遭遇した。滝が忍術で犯人を制圧し、文弥も行動して誘拐を阻止した。被害者は魔法大学の同級生・阿部ミラであり、文弥は彼女を保護し退避した。
阿部ミラの背景と黒羽家の推測
帰宅した文弥は亜夜子に報告した。亜夜子はミラがロシア系のハーフであることを指摘し、誘拐未遂と関連がある可能性を示した。その後、黒羽家の黒川が訊問結果を伝え、犯人はマフィアでも新ソ連の諜報員でもなく、新ソ連成立時に敗れ国外へ逃れた反政府テロ組織の一派であると判明した。捕えた者は目的を知らされておらず、情報価値は低かった。
公安への引き渡し
文弥と亜夜子は処置を相談し、公安に引き渡すことを決定した。六月十三日夜、公安本庁に匿名の密告が届き、倉庫街を捜索した刑事たちは抵抗を受けつつもロシア人四名を拘束し、スパイ用の施設へ連行した。
【2】学友
公安庁の臨時会議と尋問結果
六月十四日、警察省公安庁外事第一部は前日拘束したロシア人と匿名密告状を議題に臨時会議を開いた。若い警部の進行で、拘束者は反新ソ連政府のテロリストであると報告され、出席者は諜報員との予想との差に意外性を覚えた。被拘束者にはマインドコントロールの痕跡があり、自発的思考が欠如していたため虚偽維持の能力は低いと判断された。軍の情報部が反新ソ連勢力を利用する可能性への指摘はあったが、国内での組織的犯行に対する怒りが共有され、当面の捜査着手が確認された。
捜査体制の編成と橋本・空澤のペア
会議の締め括りとして新案件への人員配置が示され、空澤兆佐巡査部長は橋本雅楽警視と組むことになった。橋本は非魔法師のキャリアで、洗練された所作の女性警官であった。両名は経歴を確認し合い、二年前の関空での密入国発見について橋本が空澤を評価したうえで、ICPO研修経験など互いの背景を共有した。捜査方針は都内で噂されるロシア系若者の誘拐標的化の実態解明であり、街路カメラのAI解析は条件の曖昧さから処理に時間を要すると確認された。
横浜・情報屋への当たりと捜査継続
AI結果待ちの間、両名は横浜・山手の喫茶店ロッテルバルトで情報屋と接触し、手順を踏んだ取引で有用情報の入手に努めた。戻りの車内で橋本は取得情報を翌日以降に活用するとし、本庁へ帰庁してAI出力を受け取る段取りを整えた。
亜夜子と阿部ミラの接触と礼の申し出
月曜日、魔法大学で黒羽亜夜子は学友と学食へ向かう途中、小柄な同級生の阿部ミラに呼び止められた。亜夜子はランチを共にして距離を縮め、ミラは先日の拉致未遂で黒羽文弥に助けられた礼を伝えるため所在を尋ねた。亜夜子は当日は不在と伝えつつ、状況を静かに聞き取った。
文弥の現地調査報告と家系・資産情報
夜、亜夜子の問いに対し文弥は黒川白羽と函館へ飛び、阿部家と母方の出自を調べた結果を報告した。父は古式魔法師の阿部家傍流で四葉家の遠縁、母は幼少期に新ソ連から亡命したロシア人であった。さらに母方の祖母が旧ロシアの大富豪の愛人で、遺産がスイスの銀行に預けられている事実を確認したと述べ、ミラが狙われる理由として当該資金の存在を示した。亜夜子は推理の単純化を戒め、結論は材料不足として保留にした。
大学での三者面談的再会と安全配慮
翌日、文弥は登校し、亜夜子はランチタイムにミラを呼び出した。ミラは改めて感謝を表し、東京の恐怖を吐露した。亜夜子は中野の住環境と夜間外出の危険に触れ、引っ越しの難しさがあるなら当面は一人で夜外出しないよう助言した。文弥は亜夜子の同伴を提案し、亜夜子は駅までの同行を約した。ミラは同意し、以後は夜間外出を控えると答えた。
中野での学生グループ外出と公安とのすれ違い
講義後、亜夜子は学友らと中野へ向かい、リーズナブルな店探しで街を歩いた。その際、以前から面識のある空澤兆佐の姿を認め、女性同伴であることに気付いた。一方で空澤と橋本は、AIが抽出した街路映像から拉致未遂現場周辺を観察中であり、阿部ミラが学友と同行しているのを視認したが、今夜の事情聴取は見送り、情報屋リストの精査へと作業を切り替えた。
伴野涼への人物調査指示
調布のマンションに戻った亜夜子は、黒羽家支部で影武者兼護衛の伴野涼を呼び出した。亜夜子は中野で見かけた空澤の同行者について、公安の刑事である前提で勤務実績から私生活までのパーソナルデータ収集を命じた。涼は軽口を交えつつも即応を約し、亜夜子は接触の可能性に備えた事前対処として調査を進める方針を固めた。
【3】介入
校門での接触と移動
翌夕、阿部ミラは校門手前で黒羽亜夜子を待っていたが、橋本雅楽警視(公安)が身分を示して声を掛けた。直後に到着した亜夜子が介入し、空澤兆佐巡査部長も現れ、四人は場所を改めるため覆面パトカーで移動し、阿部の自宅まで送る道中で事情聴取を行ったのである。
車内での事情聴取
橋本は拉致未遂当夜の状況確認を進め、阿部は犯人が三人(車内含め四人以上)で、街路カメラは直後に妨害され、犯人らが次々倒れたため難を逃れたと述べた。阿部は「透明人間がスタンガンを使ったようだった」と表現し、空澤は完全透明化よりも錯覚誘導の可能性を示した。亜夜子は被害届未提出の意図を補足し、外国人組織犯罪の疑いを確認した。聴取は成果に乏しいまま終わり、車は阿部を自宅前で降ろし、亜夜子は駅で下車した。
黒羽姉弟の情報交換
帰宅後の食事時、亜夜子は捜査に来たのが警察省公安で、空澤と橋本であったことを文弥に伝えた。橋本は非魔法師のキャリアであり、黒羽家としての「活用」適性は低いとの所感を示した一方、「利用はできないが邪魔にはなり得る」と整理した。
黒羽家・東京拠点の情勢確認会合
文弥は上階の指令所で黒川白羽らと会合し、昨年表面化した公安と内情(内閣府情報管理局)の対立が沈静後に再燃の兆しであることを共有した。当面、黒羽家の活動への直接的支障は小さいと結論した。あわせて、先日の“プレゼント”(拘束ロシア人の引き渡し)が契機となり公安の動きが活発化し、榛有希率いる暗殺者チームの行動に制約が出ているとの報告があった。
対立再燃の火種と内情の企図
滝益次郎は、対立の火種がロシア系テロ組織であること、内情が反新ソ連工作にテロ組織や阿部ミラの関係資金(スイス銀行の匿名口座)を利用しようとしているとの情報を伝えた。これに対し文弥は、暴力組織に資金を持たせる危険性を指摘し、懐疑的姿勢を示した。
今後の方針
黒羽家は本家承認なしに内情へ直接工作は行わず、まず首都圏のテロ組織の掃討を優先し、具体行動は「正体不明の密告者」として公安に情報提供する形で介入する方針を決定した。異論は出ず、全員がこれに同意して解散したのである。
駅での再会と自宅での応対
この日も黒羽亜夜子は阿部ミラを最寄り駅まで送り、そこで別れた後に帰宅した。駅頭で空澤兆佐が待っており、亜夜子は覆面パトカーではなく自邸の来客用ダミー部屋で話を聞く段取りに誘導した。紅茶を前に空澤は室内を観察しつつ本題に入り、阿部襲撃の夜に介入した「透明人間」は黒羽家の術者ではないかと質した。亜夜子は可能性を否定せずに話題をずらし、透明化や錯覚の実例に触れて受け流した。
“ヤラセ密告”の示唆と協力要請
空澤は倉庫街でのロシア系反政府テロリスト一斉拘束が密告者の仕込みだと推測を述べ、たとえヤラセでも犯罪の可視化に資するとの本音を吐露し、同一案件を追うなら匿名でも情報提供してほしいと要請した。亜夜子は密告の件は知らないとしつつ、関連情報が入れば伝えると柔らかく応じた。
伴野涼の報告と亜夜子の内省
亜夜子は駐車場で空澤を見送り、本宅の扉前で伴野涼から橋本雅楽に関する詳細な個人調書のデータカードを受領した。入浴で気分転換したのち閲覧し、橋本が典型的なキャリア経歴で実務経験に乏しく、今回の同行は実績作りの性格が強いと判断した。公安上層部が空澤・橋本のペアに大きな成果を期待していないとの見立てに至り、空澤が不利な任を引いていると独白した。
両国界隈の踏査と銃声
同時刻、黒羽文弥は滝益次郎を伴い、ロシア人の多い地域の実地確認を続けていた。十文字家の警戒網を意識しつつ撤収を決めた矢先、対岸の河川敷から銃声と強化魔法の気配を感知し、現場へ急行した。
荒川河川敷の交戦と介入
荒川と中川を結ぶ橋の袂で、ロシア人五名と空澤・橋本が交戦していた。橋本は右腕を撃たれて戦闘不能、空澤は掩体に籠もり反撃しつつも弾薬が枯渇寸前で、挟撃を受け致命的局面に追い込まれた。トリガーを引いた瞬間、銃声は一発だけ響き、残る敵は相次いで倒れた。空澤が周囲を確認すると、倒れたロシア人は五名中三名が自身の射撃と直前の交戦で、残る二名は河川敷に沈黙していた。土手上には女子大生風の若者とその連れが立っており、若者は男子学生であると空澤は認識していた。彼は意味ありげに微笑み、軽く手を振って去り、空澤は敵沈黙の理由を悟った。
橋本の容体と人事の見通し
橋本雅楽は大量出血こそあったが命に別状はなく、処置後すぐ退院可能と診断された。ただし当面は外勤が難しく、復帰後はデスク勤務の見込みであった。上司は新たな相棒が決まるまで空澤兆佐もロシア人反政府組織の捜査から外れる可能性を示し、空澤はそれを妥当と受け止めた。
有楽町の酒場での邂逅
本庁で橋本の銃を返却後、空澤は有楽町の酒場で独り酒を試みたが酔えず、席を立とうとしたところ文弥が現れて同席した。双方は店を出て日比谷公園へ移動した。
日比谷公園での応酬と協力の条件
公園で空澤は荒川河川敷での救援に対し礼を述べ、文弥は「交渉窓口は亜夜子であり、自分は資格の確認に来た」と前置きしたうえで、警察への協力は犯罪行為を伴わない範囲に限ると明言した。空澤は先の要請が違法収集を唆す性質になり得ると悟って撤回し、黒羽家が犯罪者として手配されることはないと応じた。文弥はそれを了とし、改めて亜夜子と会うよう促した。
帰宅後の本家からの召喚
深夜、帰宅した文弥は亜夜子から「翌日、本家に来るように」という当主の命を伝えられ、詳細は不明ながら出向くことで一致した。
荒川での銃撃戦の共有と反省
文弥は荒川河川敷で空澤と橋本がロシア人と銃撃戦になっていたこと、橋本が負傷し空澤が動けなくなっていたため介入して救ったことを伝えた。二人は、相手が当初の想定以上に過激であること、これまでの見積もりが甘かったことを認めた。
再会の予告と姉弟のやり取り
文弥は空澤が近く再び亜夜子を訪ねるだろうと述べ、黒羽家の流儀を理解させたと説明した。亜夜子は文弥の言い回しに不快感を示したが、会談の可能性自体は否定しなかった。
【4】ミッション
真夜からの任務と緊張
翌日、文弥は大学を休んで本家を訪れ、真夜から直接の命令を受けた。内容は富山新港付近に拠点を持つロシア人テロ組織の掃討であった。これは四葉家のスポンサーからの要請であり、背後にある権力の重さを知る文弥は緊張を覚えた。単なる討伐ではなく、一条家の縄張りで痕跡を残さず遂行するという条件付きであり、極めて難度の高い任務であった。
貢の説明と試練の意味
黒羽家の屋敷では父・貢が待ち構えていた。彼は現地拠点整備までは支援するが、それ以降は一切関与せず、文弥が全責任を負うと明言した。これは黒羽家の東京拠点を任されているのとは異なり、明確な成果が求められる試験であり、文弥が将来当主に相応しいかを測る実地試験であることが告げられた。文弥は悲壮感を滲ませつつも必ず遂行すると誓い、四葉の村を後にした。
豊橋での準備と母・亜弥の忠告
東京には戻らず、文弥は豊橋の実家へ赴いた。暗殺用装備を整えるためである。そこでは母・亜弥が珍しく待っており、函館の阿部家が一族から絶縁されていた事実を告げた。理由はロシアンマフィアとの関係であり、ミラの背後には危険な勢力がある可能性があると忠告した。文弥は自らの調査不足を恥じ、感謝を込めて母に頭を下げた。
亜夜子の防衛計画とミラの告白
その頃、東京では亜夜子がミラをダミーのマンションへ泊める計画を立てていた。ロシア人の動きが再び活発化していたためであり、護衛の名目を「お泊まり会」として監視下に置く策であった。招かれたミラは緊張を解いた後、祖母が旧ロシアの大富豪の愛人であり、スイス銀行の巨額口座の鍵をミトコンドリアDNAに設定されていることを打ち明けた。自分や母が狙われる理由はそこにあると語り、亜夜子は改めて彼女が標的であることを確信した。
富山での作戦会議と決断
文弥は富山の拠点に入り、黒川ら配下と合流した。組織の拠点は四箇所に絞り込まれていたが、中枢は不明であった。警戒は驚くほど緩く、公安と内情が一条家の武闘派性向を恐れて膠着していることが背景にあると報告された。文弥は警戒心が高まる前に一気に制圧すべきと判断し、「一夜で四拠点を連続掃討する」という苛烈な作戦を指示した。戦力を分散せず短時間で攻略する方針に、配下たちは熱を帯びた声で応じた。文弥は自らも自転車での市街偵察に向かい、決戦への準備を整えたのである。
亜夜子とミラの別れ
土曜の講義後、亜夜子はミラに再度の宿泊を勧めたが、強く遠慮されて断られた。亜夜子は配下にミラの警護を命じ、自身は一人で帰宅した。
空澤との会談
帰宅直後、空澤から緊急の電話があり、亜夜子はマンションのカフェで会談した。空澤は盗聴防止装置を用い、さらに亜夜子が遮音フィールドを展開して会話を始めた。空澤は公安内部に内情に同調して犯罪者を利用しようとする一派が存在し、組織分裂の危機にあると明かした。彼はテロ組織の潜伏場所の情報提供のみを依頼し、新ソ連工作員との接触は避けるよう求めた。亜夜子はこれに同意し、四葉家が達也を介入させる意図はないと笑みを含んで断言した。
姉弟の連絡
その後、亜夜子は文弥に連絡し、空澤との会談内容を伝えた。文弥は当局と争うつもりはないと述べ、亜夜子も同意したが、空澤が達也を恐れていることを語り、笑いを抑えきれなかった。文弥は呆れつつ、情報提供以上の介入は避けるべきと考えた。
貢への相談
亜夜子は次に父の貢へ連絡し、警察省に協力者を得るため空澤に貸しを与えたいと相談した。貢はこれを承認し、亜夜子に貸しで縛るよう指示した。また新ソ連工作員とは競合を避けるべきだと助言した。亜夜子は了承し、この時期に更なる対立を避けた。
富山での殲滅戦
日付が変わる頃、文弥は富山で黒羽家の配下を率いてロシア人の隠れ家を急襲した。四つの拠点の一つ目は外れ、二つ目と三つ目を制圧した時、三つ目が本拠地であると判明した。文弥は資料を回収させ、工場を破壊するよう指示した上で、自ら四つ目の拠点へ向かった。彼は単独でこれを殲滅し、無傷で拠点に帰還した。
【5】新方針
文弥、戦果報告と帳簿提出
富山任務を終えた文弥は四葉本邸で真夜に面会し、拠点で押収した黒表紙の帳簿を引き渡した。帳簿にはテロ組織支援に関与した内情職員の氏名が含まれると説明し、真夜は文弥のロシア語読解を評価したうえで資料を預かると述べ、必要時には別件の処理を依頼する意向を示した。さらに真夜は命令の執行者に過ぎぬ文弥が余計な負担を背負う必要はないと諭し、労いとともに下がらせた。
亜夜子、情報収集と内勤指揮
亜夜子は学内外の交友拡張で疲労しつつも、最上階拠点で涼から状況報告を受けた。ミラの周辺にはロシア人らしき二勢力が牽制し合う気配があり、涼は一名拘束を提案したが、亜夜子は不介入を維持する方針で却下した。その一方で人員逼迫を承知で拠点探査の追加投入を命じ、並行処理を求める厳命で場を締めた。
姉弟の作戦摺り合わせ
帰宅した文弥は任務の顛末を亜夜子に伝え、富山の本拠地殲滅と帳簿提出を報告した。亜夜子はミラ被害の終息を問うたが、文弥はスポンサーがいれば代替組織は生えると慎重姿勢を示し、帳簿は病巣切除か取引材料として本家が裁断すると述べた。続けて亜夜子はミラの口から得た情報として、スイス銀行の預金引出し鍵が母系mtDNAでありミラか母でしか開けない事実を開示した。文弥はこれを踏まえ、新ソ連工作員や内情の資金欲が動機となり得ると警戒を共有した。さらに文弥は実家で母・亜弥から得た阿部家の内情――阿部家が過去にロシアンマフィアと手を結び一族から絶縁された経緯――を明かし、東京でのミラ周辺保護も本来はそのマフィア筋だったが達也暗殺動員で壊滅したため手薄になったと推測した。二人は責の所在を脇に置き、当面は新ソ連工作員を放置しつつテロ組織の一掃を優先、内情対応は本家裁定に委ねる方針で一致した。
亜夜子の新運用と仕込み
翌朝、亜夜子は珍しく文弥を起こし、通学継続の確認に取り繕いながら内心の計画を進めた。自らの社交任務と人員不足を勘案し、大学からの帰路だけでも文弥にミラの護衛兼伴走を担わせて負担分担を図る算段であった。
学内誘導と関係構築
午前の講義後、亜夜子は文弥を女子グループの昼食に同席させ、ミラの隣に座らせた。文弥は中性的な所作で場に自然に馴染み、ミラの緊張は次第に解けた。午後の講義後は自然な流れで文弥がミラのアパートまで送ることとなり、別れ際にまた明日と告げると、ミラは動揺と高揚の極で応じた。文弥は好意を察しきれず、結果として関係構築と帰路護衛の体制が滑らかに確立したのである。
亜夜子の新方針
亜夜子はミラを文弥に託して自らの時間を確保し、大学での交流と同時にテロ組織残党を一網打尽にする策を練った。戦闘以外の任務を得意とする彼女は、今回の件では主体的に動く決意を固めた。
涼との情報共有
亜夜子は護衛の涼から、標的が出入りする武器商人の存在を報告され、黒羽家の車で行動を共にした。地図データを共有し、配下にも伝達するよう命じた。
空澤との再会
中央の商業施設前で空澤と橋本雅楽を目撃した亜夜子は、冷ややかな視線を向けつつ接触を避けた。涼は不満を示したが、亜夜子は空澤を役立つ人物と評価しながらも身内には不足と断じた。
双子の会話
帰宅後、文弥は亜夜子の微妙な変化を察したが追及はせず、ミラを狙った誘拐犯を捕らえたことを報告した。二人は互いの情報を確認し合い、協力を継続する姿勢を見せた。
囮としてのミラ
翌日、亜夜子はミラを囮として利用する方針に転換し、監視体制を強化した。文弥にはこの方針を知らせていなかった。
再びの空澤との接触
外出の際、空澤と偶然を装って再会した亜夜子は、彼の車に同乗した。前夜の件を話題にし、橋本との関係を詰問したが、最終的に理解を示した。彼女は武器商人の情報を名刺型ストレージで渡し、空澤は深く感謝した。
空澤の潜入捜査
翌夜、空澤は亜夜子から得た情報を基に武器商人の倉庫に潜入した。公安の特殊ツールを駆使し、秘密帳簿や記録媒体を痕跡を残さずに入手し、武器の証拠も撮影した。潜入は成功裏に終わった。
【6】仕掛け
停滞する捜査と亜夜子の判断
木曜日まで決め手は得られず、公安も進展が無い状況であった。亜夜子は長期化が他の業務へ支障を来すことを懸念し、早期決着の必要性を認識した。彼女はミラの心身負担を考慮しつつも、黒羽家と四葉家に必要なのは資金ではなく力であると整理し、達也の恒星炉が将来莫大な富をもたらす見通しを踏まえても、ミラは文弥の相手として不適当であり、人材としては空澤の方が有望であると結論していた。
囮作戦としてのデート提案
朝食の席で文弥と亜夜子は、誘いを掛けて敵を誘き出す罠を張る方針で一致した。亜夜子は日中よりも夜の方が襲撃の可能性が高いと読み、日曜日に文弥がミラと夜まで行動を共にする案を提示した。文弥は弱く見せる路線を維持し、ユニセックスな装いがミラの男性恐怖に配慮した選択であると示唆された。また作戦成立のため、当面は尾行者を見付けても手を出さず油断を誘う方針を確認した。
庄司ルナの素性と協力申し出
講義後、文弥は庄司ルナから接触を受け、彼女が多民族血統の交流会でミラと親しくしていた事実と、裏社会に通じる家系背景を明かした。庄司の先祖は江戸初期に語られる三甚内の一人・庄司甚内に比定され、浅草方面に影響力が残るという。ルナは黒羽家の実情を察した上で、友人としてミラ支援を申し出た。文弥はその提案を好機と捉え、表情を崩さず内心の油断を反省しつつ、手助けを受ける意向を固めた。
ミラの承諾と監視の継続
帰路の個型電車内で文弥は日曜日の外出を打診し、ミラは即答で承諾した。ミラのアパートは依然監視下にあり、情報屋は雨中でカメラ配置や建物セキュリティを偵察したが隙を見出せず、深夜に監視を切り上げて退いた。その行動自体は別の者に尾行されており、状況は水面下で動き続けていた。
通信手段の入手と餌情報の流布
就寝前、亜夜子は配下から情報屋とテロ組織の通信手段を入手した報告を受けた。彼女は情報屋になりすまして、日曜日のデート計画をテロ組織へ流す指示を出し、囮作戦を具体的な実行段階へ進めた。
作戦の補強と庄司家との関係構築
金曜朝、文弥は前日の経緯を亜夜子へ共有し、ルナの信用度を評価した上で監視は付けつつ口封じ不要と判断した。亜夜子は庄司家を協力関係に取り込む意図を示し、実務としての手配を引き受けた。あわせてルナの裏社会への影響力を活用し、ミラの引っ越し先確保による安全の恒常化を図る方針で合意した。
空澤の参画と当日の統制
亜夜子は空澤にも作戦参加を伝達し、当日の現場統制を強化する段取りを進めた。文弥は待ち合わせ時間のみを先に決め、具体的な行き先はミラの希望に合わせる運用としたが、亜夜子は主導権の確保を促しつつも、囮としての条件が整いつつある点を確認した。以上により、日曜日のデートを餌とする誘引と拘束の枠組みが整備され、決着へ向けた仕掛けが完成したのである。
緊張緩和と捜査打ち切りの通達
公安庁外事第一部では、反新ソ連政府ロシア人テロ組織の活動沈静化により一時的な緊張が緩んでいた。本拠壊滅の報告を根拠に上層部は収束と判断し、土曜昼、橋本警視が別室で空澤に捜査終結を告げた。通達はテロ組織と内情の癒着追及を止める趣旨であり、空澤は上層部が内情と手打ちしたと即座に理解した。
証拠没収の指示と政治的取引の示唆
橋本は「部長へ証拠一切を提出せよ」と命じ、課長筋を飛ばす異例の指示が政治的取引の結果であることを匂わせた。空澤は命に従う姿勢を示しつつ、確信を深めた。さらに橋本は私的な食事に誘ったが、空澤は他件捜査を理由に丁重に断り、冷ややかな敬礼で場を収めた。
尾行察知と離脱、痕跡消去の移動
提出を終えた空澤は「新ソ連工作員の不審動向調査」を名目に外出し、千葉の大学方面へ向かった。駅周辺で尾行を即時察知し、融和派の監視であると判断して本件の実働を打ち切った。彼は近畿州警出身の出向者という余所者の立場ゆえに庇護が薄く、事故や殉職を装った排除のリスクを冷徹に見積もったうえで、個型電車と無人タクシーの乗り継ぎ、街路カメラの死角活用により尾行を完封し、痕跡を徹底的に消去した。
魔法大学での接触と進路への逡巡
講義後に校門を出た亜夜子は、大学生風に装った空澤の視線に気付き、改札で自然合流して同じ車両に乗車した。会話の端緒で空澤は、魔法大学進学と警察就職の分岐で後者を選んだ過去に一瞬の悔いを覗かせ、理想と現実の齟齬に迷いを滲ませた。亜夜子は踏み込みすぎず傾聴し、関与の度合いを見極めた。
捜査終結の共有と「借り」の提案
空澤は捜査打ち切りと内情との妥協を率直に共有し、提供情報が中途で止まったことへの詫びとして何かできることはないかと申し出た。亜夜子は義理を汲みつつ、必要以上の対価交渉を避ける姿勢を取り、具体的協力機会へと話を接続した。
日曜襲撃予測と共同護衛の要請
亜夜子は、一昨日に通達した文弥とミラの外出予定に対し、テロ組織が襲撃に出ると予測していると明言した。空澤も同様の懸念を抱いていたが、方針転換で公安としての随伴が難しくなった事情を示した。そこで亜夜子は「自分の隣で見守ってほしい」と共同護衛を要請し、空澤は驚きつつも光栄と受け止めて承諾した。
作戦継続の意志と関係構築の兆し
この合意により、公式捜査の幕引きとは別に、日曜の囮運用を前提とする私的連携の枠組みが整った。空澤は組織内政治の制約下でなお現場的正義を維持し、亜夜子は戦術目的と人脈拡張を両立させつつ、決戦前夜の監視・護衛体制を強化したのである。
【7】デート
梅雨明けを思わせる朝と出発
二〇九九年六月最後の日曜日、雨は八時に上がり、雲の間から青空が覗く晴天となった。文弥は九時の約束に合わせ、調布のマンションを出てミラのアパートへ向かった。装いはユニセックス寄りの軽やかなコーディネートであり、彼は黒羽家のコンパクトカーを運転した。亜夜子は黒羽家のスポーツカーで空澤を運転席に据え、先回りして監視体制を整えていた。
装いの意図と監視者のやり取り
文弥の中性的な服装に空澤は首を傾げたが、亜夜子はミラに男性恐怖傾向があるため、男らしさを強調しない方が楽しめると説明した。空澤は価値観の差に戸惑いつつも、囮作戦としての妥当性を認めた。二人はステルスドローンで上空監視を行い、異常の兆しを探った。
湾岸ドライブの開始と距離の縮小
文弥は東京湾岸を南下し、三浦半島へ入った。車はフルサンルーフ仕様で、ミラは白のサマードレスとクロッシェハットという避暑地風の装いであった。強風を避けるために帽子を外し、文弥の勧めでサングラスを用い、車内は和やかな空気に包まれた。亜夜子はモニター越しにその様子を確認し、周辺警戒も並行して続けた。
飛行禁止空域接近と不審車の出現
横須賀基地に近付き、ドローンを下げようとした矢先、ガンメタの防弾仕様SUVが高速で追い抜いた。空澤は日本で許可されない仕様のレンタカーである点から危険性を即断し、自動運転を解除して追尾に入った。亜夜子は通話ユニットで文弥へ短い警告を送り、合図のみで意思疎通を図った。
秘匿魔法の一撃と追撃の分断
文弥はミラに不安を与えぬよう会話を保ちながら、シグネットリングの単機能CADで[ダイレクト・ペイン]を運転手に放ち、SUVを自動運転復帰へ追い込んだ。車線は整序され、混乱は避けられた。ミラは魔法の気配を曖昧に感じつつも確信には至らず、文弥は平静を装ってやり過ごした。
パーキングエリアでの武力事案と制圧
旧十六号終端近くのパーキングに入ったSUVからテロリストが出て救急隊員に銃を向けた。空澤は初動で自走車を突進させ、亜夜子は不可視の障壁と干渉で弾道と運動量を散逸させ、車体損傷を装いつつ敵を弾き飛ばした。空澤は降車直後から的確に射撃し、数的不利を技量で覆して制圧した。地元警官の到着後、現場処理を委ね、亜夜子を乗せて離脱した。
作戦終息の合図とデート継続
一つ先のサービスエリアにいた文弥の端末に、亜夜子から終息の短報が届いた。ミラは相手のプライバシーを尊重して内容を問わず、二人は再び走り出した。空はさらに晴れ、行程は当初よりわずかに遅延していた。
鎌倉到着と手作りサンドイッチの提案
鎌倉に入り、江ノ島でのランチ予定を再確認する局面で、ミラは緊張しながら手作りのサンドイッチを用意してきたと明かした。現代では稀少な手作り弁当であり、文弥は完全な辞退を避けて少量から受け取り、車内で風を避けるため一時的にルーフを閉じて味わった。ミラは恥じらいと喜びを見せ、文弥も内心の照れを隠しつつ応じた。
監視者の複雑な感情と無自覚の微笑
亜夜子はドローン映像を見ながら、戦術判断としてはミラが黒羽家に適わないと再確認しつつも、二人の微笑ましいやり取りに思わず口元が緩んだ。空澤に楽しそうだと指摘されて初めて、自身が微笑んでいた事実に気付き、その理由を自覚できぬまま監視を続けた。以上により、囮としてのデートは想定外の実戦を挟みつつも成功裏に進行し、次段の展開へと繋がったのである。
江ノ島の散策と監視対象の見極め
ミラは気合を入れた装いで江ノ島を訪れ、高いヒールゆえに起伏の少ない庭園をゆっくり巡った。亜夜子と空澤は追尾しつつ、周囲の張り付きがテロリストではなく日本人であり、その一人は内閣府で見かけた人物だと空澤が特定した。内情がなぜミラを追うのかを検討し、ミラがスイス銀行預金の鍵であるとの文弥の推理が妥当と亜夜子は認め、もう一波乱を予感した。
みなとみらいでの潜入偽装と監視網の配置
夕刻、二人は横浜の高層街へ移動し、襲撃の最有力地点だと判断した。亜夜子は家人を周囲に配置したうえ、空澤に腕を組ませてカップルを装い、文弥とミラと同じレストランに入店して観察体制を整えた。
諜報員の察知と場内対処の布石
配膳に現れたウエイターの所作に亜夜子は微かな違和感を抱き、空澤は姿勢矯正の徹底や隙の無さから諜報員と断じた。内情と見做して監視を強め、亜夜子は化粧室へ向かって即応の準備に入った。
睡眠薬の混入と偽警官による連行工作
ミラはデザートの前に船を漕ぎ始め、最初のドリンクへの薬物混入が発覚した。文弥は自らの解毒と吸収系魔法で無害化しつつ警戒を継続した。食後、駐車場で偽警官が飲酒検問を装って拘束を試みるが、アルコール検知は陰性に終わり、口実は破綻した。偽警官が強行に転じて拳銃を抜いた瞬間、文弥はダイレクト・ペインで右腕の機能を奪い、銃を無力化した。
現場介入と収束、役割の整理
空澤が身分を示して介入し、偽警官の拘束を主導した。周辺では短い格闘と沈黙が連鎖し、亜夜子の掩護魔法で銃撃は無効化された。事後、亜夜子は現場を空澤に委ねて離脱し、身分詐称の摘発という形で今日の働きの対価を彼に残した。高層ビルの灯の下で、空澤の視界に亜夜子の所作は舞踏会の残像のように映っていた。
【8】後始末
黒羽家の殲滅作戦の発動
文弥はミラを送り届けた後、黒羽家拠点で黒川と合流し、城東と旧千葉西部の三拠点に散開した戦闘魔法師へ違法無線で作戦開始を下令した。公安が内情と和解して見逃しに転じたため、黒羽家はロシア人テロ残党を捕縛ではなく殲滅する方針を採った。
新ソ連工作員の動向と十文字家の標的情報
黒川は新規潜入は多くないが拠点不明と報告し、十文字家のロシア系ハーフの長女が工作員の標的との未確認情報を提示した。文弥は一高の後輩である点に逡巡しつつ、十文字家は自衛可能と判断して当面の不介入を決定した。
殲滅の完遂とルナへの依頼
夜明け前までに阿部ミラ誘拐未遂に関わる残党は消滅した。翌朝、亜夜子は魔法大学で庄司ルナと再会し、避けられていた理由が達也への畏怖にあると理解しつつ、ミラの引っ越し支援を正式に依頼した。ルナは強制はしないと断って快諾し、亜夜子は割り切って任せることにした。
余波と再編、そして間合い
数日後、文弥はミラが酔い潰れた件を気にして距離を取っていると見做し、亜夜子と帰路を共にした。空澤からは礼の電話が入り、公安の混乱と配置転換のさなかで自身に公安異動が打診されていると明かされた。亜夜子は落ち着いてからの再会を提案し、文弥は当局の防諜が静まることが自分たちの活動の前提だと皮肉を述べた。これにより、内情との暗闘は一段落しつつも、再編の余波が各人の立場と関係に新たな間合いを生んだのである。
同シリーズ
魔法科高校の劣等生 夜の帳に闇は閃く



小説版
魔法科高校の劣等生


























続・魔法科高校の劣等生 メイジアン・カンパニー










新魔法科高校の劣等生 キグナスの乙女たち







漫画版
四葉継承編



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