第二部 神殿の巫女見習い1レビュー
第二部 神殿の巫女見習い
本好きの下剋上 全巻まとめ
第二部 神殿の巫女見習い3レビュー
中世ヨーロッパ風の世界が舞台。
異世界なのでファンタジー要素もある。
神殿と下町の常識の違いに何とか折り合いを付けて、神官長を困らせながらも、、
いや、強制的にお手伝いさせられてるからギブアンドテイクが出来てるな。
年齢一桁の少女を事務仕事をさせる神官長、、
何気に鬼畜。
それに疑問をほとんど持たずにお手伝いをするマイン。
このコンビが何気に面白いw
あと、アニメ化もしている。
話的には20話から27話くらいかな?
読んだ本のタイトル
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 第二部「神殿の巫女見習いⅡ」
著者: #香月美夜 氏 イラスト: #椎名優 氏
発売日:2015年12月25日
ISBN:9784864724470
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
青色巫女見習いとして、忙しい毎日を送るマインに朗報が届く。母親が妊娠したのだ。生まれてくる赤ん坊への贈り物として、絵本作りを開始する。一方、神殿内では慣れないことばかりで、自由に動けない。巫女としての教養を身につけさせられたり、新しい側仕えの管理に追われたり……。孤児院長としての仕事も山積みだ。相変わらずの虚弱な体も何のその、本への愛情を武器に全力疾走を続けるマインが、念願の一冊を手にする時、貴族世界への扉が開き、物語は急展開へ突入してゆく!
感想
アニメ版の最初のシーンはこの巻のエピローグだったか。
マインの過去がフェルディナンドにバレる。
それはもう赤裸々に。
というか、マイン自身が隠す気が皆無で、むしろ過去を振り返る事が出来て喜ぶ始末。
でも、過去の家族が出て来てマインの心がグチャグチャになる。
それをケアする、家族関係が壊滅的なフェルディナンド。
そして、彼がマインの貴族界での最大の理解者となる。
マインが後々に2年間も昏睡する原因になる、選民意識の塊のような騎士シキコーザもこの巻で登場する。
元青色神官のシキコーザは、神殿長の派閥に属しており神殿長からマインの事を聞いていた。
トロンベ討伐戦でマインの護衛をダームエルと受けるが、神殿長から色々と聞かされており反抗的な平民であるマインを制裁する気満々。
脅しにシュタープを剣に変えてマインに危害を加えた。
その傷から流れた血がトロンベに付着して、トロンベが再発生する。
やっと倒したトロンベ。
護衛対象に怪我を負わせて、トロンベを再発生させた。
しかも、最初は青色神官が灰色巫女に対する態度で任務失敗の責任も感じていない状態。
それにブチギレな神官長。
そしてシキコーザは命令違反で処刑される、、
コレが最後まで後を引くんだよな、、
本の方は、子供向けの絵本の完成する。
先行量産の絵本。
そのイラストを描く男性恐怖症の灰色巫女のヴィルマ。
紙を生産するルッツとギル。
みんなの協力があって初めて出来た紙の本。
紙の生産に孤児院の孤児が労働力になったのが凄くデカい。
その中心がギルというのも、、
あれだけ人の言う事を聞かなかったギルが、、
何とも感慨深い。
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第二部 神殿の巫女見習い1レビュー
第二部 神殿の巫女見習い
本好きの下剋上 全巻まとめ
第二部 神殿の巫女見習い3レビュー
考察・解説
弟妹への絵本作り
母エーファが妊娠し、春に弟妹が生まれると知ったマインは、お姉ちゃんになる喜びから「赤ちゃんのための絵本」を作ることを決意した。ルッツからは「生まれたばかりでは字が読めない」と指摘されたが、マインは読み聞かせが重要だと主張し、本作りへの情熱を燃やした。
絵師の確保と内容の決定
当初、マインは自分で絵を描くつもりであったが、ベンノに「子供の美的感覚が狂うから前の絵師を使え」と一蹴されてしまった。そこで、神殿で絵が得意な灰色巫女のヴィルマを側仕えにし、絵本作りを手伝ってもらうことにした。
しかし、神殿育ちのヴィルマには動物の擬人化という概念がなく、街の暮らしも知らないため、マインが知っている一般的な童話の絵を描くことができなかった。そのため、以下の対応をとった。
- ヴィルマが描けるのは神殿関係の絵に限られるため、マインは神々のお話を簡単な言葉に直した「子供用聖典」を絵本の題材にすることを決めた。
- (※この間、マインは自作の型を使った白黒の図形絵本も試作したが、周囲の反応は微妙なものであった。)
印刷方法の試行錯誤
絵本を量産するため、マインは印刷方法について以下の試行錯誤を行った。
- 木版画への挑戦:ヴィルマに下絵を描いてもらい、ルッツの兄であるラルフやジークに板を彫ってもらった。しかし、ヴィルマの繊細な絵は木版画には複雑すぎたうえ、黒背景に白文字となるため読みにくく、絵も怖い印象になってしまった。
- 孔版印刷(ステンシル)への移行:木版画が絵本に向かないと悟ったマインは、厚紙をカッターで切り抜いて版を作る手法へと切り替えた。
- 印刷台の完成:細工師に絹糸を網状に張った木枠を発注し、木工工房に印刷用の台を作ってもらうことで、インクで手が汚れたり紙がずれたりするのを防ぐ印刷台を完成させた。
- インクの使用:煤と亜麻仁油をひたすら練り合わせて作った油性絵具を使用した。
印刷と製本、そして完成
準備が整うと、マイン工房で印刷が開始された。ルッツが印刷台に紙と版紙をセットし、ローラーでインクを均等に塗って刷り上げると、掠れや滲みのない綺麗なページができあがった。
三十部を印刷した後、以下の作業を行った。
- 孤児院の食堂で灰色神官たちと協力してページを折り、順番に揃える。
- マインは自分の手元用の紙を家に持ち帰り、トゥーリに手伝ってもらいながら四つ目綴じ(和綴じ)で製本した。
- 表紙には、森で採ってきた花や葉を透かしに入れた植物紙を使用した。
ついに完成した本を手にしたマインは、体力もお金も道具もない状態から始まった長年の苦労を思い返し、ルッツに抱きついて涙を流して喜んだ。
まとめ
完成した絵本を見たベンノは、植物紙に新しいインク、孔版印刷という新しい技術で刷られ、糸だけで綴じられたかつてない本に驚きつつも、貴族向けの本より安価で富豪層に売れると評価した。しかしマインは、これを孤児院の教科書にするため売ることは断固として拒否した。
一方、神官長にも献本を行ったが、神官長は紙に花が挟まっていることや、紙を切り抜いて惜しげもなくインクを塗る印刷という量産手法に処理しきれないほどの衝撃を受けた。同時に、「本は一点物の芸術品であるべきだ」という価値観を持つ神官長からは、白黒の絵本は芸術的価値が低いと批判されたが、マインは「本は知識と知恵の結晶であり、皆が読めるよう安価に量産したい」と反論した。
孤児院の冬支度
マインが孤児院長に就任して初めて迎える「孤児院の冬支度」は、これまでの「神の恵みを待つだけ」の生活から脱却し、孤児たちが自らの手で冬を越す準備をする大きな転換点となった。その詳細な経緯や取り組みは以下の通りである。
資金の確保と自立への歩み
孤児院の本格的な冬支度には、多大な費用と準備が必要であった。マインは、冬を越すための食料や薪、日用品を揃える資金として「マイン工房」で孤児たちが紙作りなどで稼いだ利益を充てることを決定した。個人が全額を負担するのではなく、孤児たちが自らの手で生活を賄えるようになったことに、神官長も感嘆の声を漏らしている。
豚肉加工と周囲の協力
冬の重要な保存食確保のため、マインは孤児院での豚肉加工を計画した。しかし、初心者ばかりの孤児たちでは到底不可能な作業であったため、以下の対応と協力体制が取られた。
- ベンノの協力を仰ぎ、豚2匹と肉屋の職人、そして燻製小屋を手配してもらう
- ルッツの家族(父ディードや兄たち)が助っ人として動員される
- マインの父ギュンターと姉トゥーリも参加し、大掛かりな共同作業となる
一方、マイン自身は「外で一日作業を見たら確実に熱を出す」「初心者ばかりの現場では足手まといになる」という理由から、神殿での留守番を命じられた。マインは留守番の間、ロジーナやヴィルマと共に子供用聖典の絵本作りを進めたり、料理人助手(ニコラ、モニカ)に留守中の食事作りを練習させたりして過ごした。
悪臭を伴う作業(膠作りと蝋燭作り)と保存食作り
豚肉加工の翌日からは、豚の皮を利用した膠(にかわ)作りや、牛脂を用いた蝋燭作りが一気に進められた。これらは強い悪臭を伴うため、収穫祭で青色神官たちが神殿を不在にしている十日間ほどの間に全て終わらせる必要があったからである。各棟の地下室では以下のように作業が分担された。
- 男子棟の地下室(マイン工房):膠作りや蝋燭作り
- 女子棟の地下室:ナチュラルチーズ作り、果物や茸の乾燥、ジャム作り、スープ作り(甘い匂いが漂っていた)
防寒具の購入とマインの神殿籠り
孤児たちも冬の晴れ間にはパルゥ採りなどのために冬の森へ行く必要があり、以下のものがベンノの店などを通じて買い揃えられた。
- 帽子や手袋、コートなどの防寒具
- 荷物を運ぶそり
- パルゥケーキを焼く鉄板
同時に、マイン自身も冬に行われる重要な儀式である奉納式に確実に参加するため、神官長から「冬の間は神殿に籠るように」と命じられた。そのため、マインの部屋で生活するための冬服(部屋着、訪問着、下着類、厚手の靴下など)や寝具、カーペットなどを急遽揃える必要が生じ、想定外の多額の出費にマインは頭を抱えることとなった。
まとめ
最終的に、冬の間住み込みで料理を作るエラと助手たち(ニコラ、モニカ)の体制も整い、保存食や蝋燭、薪が地下室へ運び込まれた。また、膠や、冬の手仕事(本の印刷など)に向けた大量の紙・インク、道具類も揃えられ、マインの部屋の冬仕様への模様替えも完了した。こうして、孤児院は無事に厳しい冬を迎える準備を終えることができたのである。
ロジーナと教養
マインが青色巫女見習いとして神殿に入った後、貴族社会で生き抜くための「教養」を身につけることは、神官長から強く求められた課題であった。その教養の指南役として召し上げられたのが、音楽を得意とする側仕えのロジーナである。彼女がマインの側仕えとして馴染むまでの葛藤と経緯は以下の通りである。
教養の必要性とロジーナの召し上げ
マインは当初、絵本を作るために絵が得意なヴィルマのみを側仕えに望んでいた。しかし、神官長はマインの高い魔力がいずれ貴族に狙われ、子を産むための道具として扱われる危険性を指摘し、自衛のためには貴族としての教養が不可欠であると説いた。神官長からの強い勧めと、音楽を教える者が必要だという判断により、マインはヴィルマと共にフェシュピールが得意なロジーナを側仕えに加えることになった。
過去の常識との衝突
ロジーナは、かつて芸術をこよなく愛する特殊な青色巫女見習い・クリスティーネに仕えていた。クリスティーネの部屋では、側仕えの灰色巫女は下働きを免除され、音楽や詩、絵画などの芸術に専念し、優雅に過ごすことが常識とされていた。
そのため、マインの側仕えとなったロジーナは以下の行動をとり、他の側仕え達と激しく衝突した。
- 楽器を弾くばかりで、水運びや掃除などの下働きを「指を痛める」として拒否した
- 夜遅くまでフェシュピールを弾き、朝は定められた時間に起きず、筆頭側仕えであるフランの指示に従わなかった
- マインにも自分と同じように芸術に没頭する優雅な生活を求めた
マインの最後通告とヴィルマの説得
全員の意見を聞いたマインは、自分はクリスティーネにはなれず、音楽だけに専念させる余裕はないとロジーナに告げた。そして、手を痛める下働きを免除する代わりに、読み書きや計算を活かした書類仕事を担うよう命じ、「最初から仕事をしないと言い切る側仕えは必要ない」として、孤児院に戻るか新しい環境を受け入れるかを選択するよう最後通告を突きつけた。
孤児院に戻ることを恐れつつも納得できないロジーナはヴィルマに相談したが、ヴィルマから以下の事実を諭された。
- 豊富な資金と人員が揃っていたクリスティーネの環境こそが極めて例外的なものであったこと
- 仕えるべき主に合わせて自分を変えるのが側仕えの本来の姿であること
孤児院に戻れば再びフェシュピールのない生活に逆戻りすることを自覚したロジーナは、音楽のある生活を守るため、マインの側仕えとして実務を覚える決意を固めた。
相互理解と役割の確立
決意を改めたロジーナは、苦手な計算や書類仕事に懸命に取り組むようになった。その過程で以下の事実に気付き、芸術の邪魔だと思っていたマインの実務や下町との繋がりが持つ真の価値を理解し始めた。
- マインの優れた実務能力
- 孤児院の子供達がマインの働きによって飢えから救われている事実
一方でマインも、ロジーナの歩き方や衣装のさばき方といった洗練された立ち居振る舞いに圧倒され、教養や貴族の作法を彼女から積極的に学ぶようになった。
まとめ
ロジーナの召し上げは、マインが貴族社会の教養を身につけるための重要な第一歩であった。最初は過去の特殊な常識にとらわれていたロジーナであったが、現実を受け入れ実務に向き合うことでマインの美点に気付き、マインもまたロジーナから貴族らしい振る舞いを学ぶという、互いに足りない部分を補い合う良好な主従関係が築かれることとなった。
印刷技術の試行錯誤
マインが目指す「本に囲まれた生活」を実現するためには、手書きによる写本ではなく、本を安価に量産できる印刷技術の確立が不可欠であった。しかし、資金も技術も道具も不足している状況から始まった印刷技術の開発は、数多くの試行錯誤の連続であった。その経緯は以下の通りである。
木版画への挑戦と挫折
マインが本の量産に向けて最初に試みたのは木版画であった。神殿の灰色巫女ヴィルマに下絵を描いてもらい、ルッツの兄であるラルフやジークに板を彫るよう依頼した。
しかし、刷り上がったものを見たマインは、木版画が絵本には向かないと判断した。その理由は以下の通りである。
- ヴィルマの繊細な絵を木工職人が彫るのは難しく、細かい失敗が目立った
- 黒背景に白文字となるため読みにくく、絵も怖い印象になってしまった
- 鏡文字にする必要があり、間違えた際に文字だけを修正することができなかった
孔版印刷(ステンシル)の確立
木版画を諦めたマインは、厚紙を切り抜いて版を作る孔版印刷(ステンシル)へと手法を切り替えた。この印刷手法を確立するため、マインは様々な道具や材料を職人たちと協力して開発した。
- デザインカッター:細かい図形や文字を切り抜くため、鍛冶工房のヨハンに刃の付け替えが可能な小型の刃物を注文した
- インク(油性絵具):インク工房では没食子インクしか作られておらず、植物紙を腐食させる危険があったため、皆で集めた煤と亜麻仁油をひたすら練り合わせて、版画用の油性絵具を自作した
- 印刷台とローラー:紙がずれたり指がインクで汚れたりするのを防ぐため、細工師に絹糸を網状に張った木枠を発注し、ルッツの兄たちに印刷用の木の台を作ってもらった。また、インクを均等に塗るためのローラーもヨハンに依頼した
- 影絵風の絵:繊細な絵をそのまま切り抜くのは難しいため、ヴィルマには影絵のように白黒をシンプルに分けた絵を描いてもらうよう提案した
これらの準備を整え、厚手の紙で作った版紙を網の枠の下に敷き、上からローラーでインクを塗ることで、掠れや滲みのない綺麗なページを量産することに成功した。
ガリ版印刷と活版印刷の構想
マインは孔版印刷による子供用聖典の制作と並行して、さらなる効率化と大量生産を目指し、ガリ版印刷と活版印刷も視野に入れていた。
しかし、ガリ版印刷は薄く均一な紙に蝋などを塗る原紙作りが難しく、活版印刷は金属活字を作る細工の技術に加えて、圧搾機を扱うような力仕事が必要になるため、孤児院の子供たちにはきついという課題があり、どちらを先に進めるか思案している状態であった。
まとめ
孔版印刷によって三十部の子供用聖典を作り上げ、和綴じで製本したマインは、その一冊を神官長へ献本した。
本は革張りで宝石が施された一点物の芸術品であるべきだという価値観を持つ神官長に対し、マインは印刷の仕組みを説明した。紙を切り刻み、惜しげもなくインクを塗って全く同じ本を量産するという規格外の発想は、神官長に処理しきれないほどの衝撃を与えたのである。
神官長との交流
マインと神官長フェルディナンドの交流は、マインが神殿に入って以降の物語において非常に重要な要素である。神官長はマインの上司であり、指導者であり、そして彼女を貴族社会の脅威から守る最大の保護者となっていく。その交流の主な経緯と出来事は以下の通りである。
出会いと神殿入りの交渉
マインが洗礼式で図書室を見つけ、巫女見習いを直訴した際に二人は初めて言葉を交わした。その後、両親を交えた神殿長との面談で神殿長が激昂し、マインが怒りで魔力による威圧を放った際、神官長は身を挺してマインの魔力暴走を止め、事態を収拾した。
神官長はマインの強大な魔力と計算能力などの実務能力を高く評価し、彼女に以下の破格の条件を引き出して神殿へ迎え入れた。
- 「青の衣」を与える
- 図書室の利用を認める
- 自宅からの通いを認める
執務のお手伝いと貴族教育
神殿入りしたマインは、午前中に神官長の部屋で帳簿計算などの書類仕事を手伝うようになった。有能なマインの働きは、人手不足に悩む神官長を大いに助けた。
一方で神官長は、マインがその膨大な魔力ゆえにいずれ貴族から子を産むための道具として狙われることを危惧し、自衛の手段として以下の貴族の教養を身につけさせようとした。
- 立ち居振る舞い
- 言葉遣い
- フェシュピール(楽器)の演奏や歌
自ら手本を見せ、マインに日々の練習を命じたのである。
騎士団の要請と徹底した庇護
トロンベ討伐のため騎士団からの要請があった際、神官長は魔力要員としてマインを同行させた。神官長自身もかつて騎士団に所属しており、討伐では凄まじい戦闘能力を見せつけた。
この討伐中、マインが護衛のシキコーザに傷つけられ、血に反応したトロンベに巻き込まれる事件が発生した。激怒した神官長はマインを救出し、命令に背いたシキコーザらを厳しく処断した。さらに騎士団全員の前で、マインが領主の許可を得た青色巫女見習いであり、自分の庇護下にあると宣言することで、貴族の悪意からマインを明確に守り抜いた。
記憶の同調と「囲い込み」の決意
マインがもたらす子供用聖典の要約や絵本、新しい料理のレシピなどに不審を抱いた神官長は、隠し部屋で魔術具を使い、マインの記憶を覗き見る(意識を同調する)ことを決行した。
これにより、マインに関する以下の事実を知ることとなる。
- 夢の世界(異世界である日本の現代社会)の知識を持っていること
- 本に対する異常な執着
- 前世の母親への深い後悔
同調によってマインの激しい感情が流れ込み、神官長も思わず涙を流したが、マインにぎゅーと抱きしめられて慰められるという奇妙な出来事があった。
この結果、神官長はマインが有害な人物ではないと判断しつつも、その膨大な魔力と高度な知識はエーレンフェストに莫大な利益をもたらすため、絶対に他領に奪われてはならないと確信した。危機感のないマインの監視と手綱を握るため、彼女の一番の餌である本を与えながら、本格的に自らの手元へ囲い込む決意を固めたのである。
まとめ
神官長はマインの非常識な行動に頭を抱え、厳しいお小言や極悪な味の回復薬を与えることもあるが、平民であるマインを貴族の理不尽から守り、彼女の能力を正当に評価して導く、マインにとって最も頼りになる存在となっていくのである。
第二部 神殿の巫女見習い1レビュー
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キャラクター紹介
マインとその家族
マイン
本を読むことに強い執着を持つ少女である。虚弱な身食いという病を抱えている。家族や弟妹の誕生を楽しみにしている。
・所属組織、地位や役職
神殿・青色巫女見習い。マイン工房・工房長。孤児院長。
・物語内での具体的な行動や成果
弟妹のための絵本作りや孤児院の冬支度を進めた。神殿の図書室の整理に着手した。トロンベ討伐の要請で騎士団に同行し、癒しの儀式を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
神官長に記憶を覗かれ、異世界の知識を持つ存在として囲い込みの対象となった。
エーファ
マインとトゥーリの母である。マインの身体を常に気遣っている。
・所属組織、地位や役職
平民の主婦。染色工房の働き手。
・物語内での具体的な行動や成果
妊娠した事実をマインとトゥーリに伝えた。冬の神殿に籠るマインのために部屋の様子を見に行くことを決意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
流産の危険な時期を越え、悪阻が落ち着きつつある。
トゥーリ
マインの姉である。裁縫の技術を持ち、妹を心配して世話を焼く。
・所属組織、地位や役職
平民の子供。針子見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
生まれてくる赤子のために服やおむつを作ると意欲を見せた。マインが作った本を和綴じで製本する作業を手伝った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
孤児院の子供たちに裁縫を教える先生の役目を引き受けた。
ギュンター
マインとトゥーリの父である。マインを大事に思っており、娘が神殿に籠ることに強く反対した。
・所属組織、地位や役職
平民の男性。門の兵士。
・物語内での具体的な行動や成果
マインの依頼でインク確認用の判子を木で制作した。孤児院の冬の手仕事である木工教室を手伝うことを承諾した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ルッツとその家族
カルラ
ルッツ、ラルフ、ジークの母である。息子のルッツの成長を誇りに思っている。
・所属組織、地位や役職
平民の主婦。
・物語内での具体的な行動や成果
エーファの家を訪れ、家出していたルッツが戻ったことや商業ギルドでの成長を語った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
家出中は別人のように無口になっていたが、安心から口数やふくよかさを取り戻した。
ルッツ
マインの幼馴染である。マインの行動を支え、暴走を警戒する役割を担う。
・所属組織、地位や役職
ギルベルタ商会・ダプラ見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
マインと共にインク作りや木版画の試作を行った。子供用聖典の印刷と製本作業を手伝った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
初期投資の半額をマインに返し、彼女の冬服の購入資金を援助した。
ジーク
ルッツの兄である。木工の技術を持つ。
・所属組織、地位や役職
木工職人見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
マインの依頼を受け、ガリ版印刷用の木の台と網をはめるための枠を製作した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ルッツとの間にあった険悪さが消え、協力し合う関係へと変化した。
ラルフ
ルッツの兄である。ジークと同じく木工の技術を持つ。
・所属組織、地位や役職
木工職人見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
ジークと共に、ガリ版印刷用の木の台と枠の製作に携わった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
以前のようなルッツとの険悪な雰囲気がなくなり、自然に協力するようになった。
ギルベルタ商会・ベンノ関係者
ベンノ
ギルベルタ商会の店主である。マインの発想を商売に繋げるため、彼女の保護と支援を行う。
・所属組織、地位や役職
ギルベルタ商会・店主。
・物語内での具体的な行動や成果
イタリアンレストランの設立に向けた内装の準備を進めた。孤児院の豚肉加工に必要な道具や職人を手配した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マインが持ち込む規格外の発想や商品に振り回され、頭を悩ませることが多い。
マルク
ギルベルタ商会で働く店員である。ベンノの補佐を務めている。
・所属組織、地位や役職
ギルベルタ商会・店員。
・物語内での具体的な行動や成果
イタリアンレストランの厨房で調理道具や食材について話し合った。細工師の工房へ同行し、マインが依頼した木枠の注文をまとめた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
コリンナ
ベンノの妹である。服飾の工房を持ち、裁縫の技術に優れる。
・所属組織、地位や役職
ギルベルタ商会関係者。服飾職人。
・物語内での具体的な行動や成果
マインの儀式用衣装の仮縫いと本縫いを担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
妊娠中であり、ゆったりとした服を着て生活している。
神殿
神官長フェルディナンド
神殿の実務を担う青色神官である。マインの保護者兼責任者として彼女を指導し、警戒も怠らない。
・所属組織、地位や役職
神殿・神官長。
・物語内での具体的な行動や成果
マインにフェシュピールの練習を課し、貴族の作法を教えた。トロンベ討伐に参加し、魔術具を用いてマインの記憶を覗いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マインの異世界の知識と莫大な魔力を見て、彼女を囲い込む決意を固めた。
フラン
マインの筆頭側仕えを務める灰色神官である。真面目な性格で、主であるマインを補佐する。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色神官。マインの側仕え。
・物語内での具体的な行動や成果
図書室が荒らされた際、激怒したマインを止めて神官長へ報告に連れて行った。騎士団からの要請に同行し、シキコーザに突き飛ばされながらもマインを庇った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マインの体調を管理できるようになり、彼女からの信頼を得ている。
デリア
マインの側仕えを務める灰色巫女見習いである。部屋の美化や模様替えに熱心な性格だ。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色巫女見習い。マインの側仕え。
・物語内での具体的な行動や成果
マインの部屋の清掃や着替えの手伝いを行った。豚肉加工の際には孤児院の子供たちと共に農村で作業をした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
他の側仕えが新しい仕事を得る中、自分だけ目立った仕事がないことに焦りを感じて字の練習を始めた。
アルノー
神官長の側仕えを務める灰色神官である。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色神官。神官長の側仕え。
・物語内での具体的な行動や成果
神官長の指示で、マインの部屋へ寝具や楽器などの贈り物を運んだ。騎士団の要請の際、貴族門の前で神具を持って待機した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ヴィルマ
孤児院の子供たちの面倒を見る灰色巫女である。絵を描くことを得意とし、男性を苦手としている。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色巫女。マインの側仕え。
・物語内での具体的な行動や成果
マインの依頼で絵本のための版紙となる下絵を描いた。新しい手法である切り絵に挑戦し、完成させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マインの側仕えとなり、孤児院の女子棟に留まりながら絵の仕事と子供たちの世話を任されることになった。
ギル
マインの側仕えを務める灰色神官見習いである。マイン工房の仕事を任されている。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色神官見習い。マインの側仕え。
・物語内での具体的な行動や成果
マイン工房で紙作りやインク作りの作業に携わった。ギルベルタ商会から届いた荷物を工房や孤児院へ運び込んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
孤児院の子供たちに仕事を教える立場となり、労働の重要性が定着している。
フーゴ
ギルベルタ商会に雇われた料理人である。新しいレシピを学ぶことに意欲的だ。
・所属組織、地位や役職
料理人。
・物語内での具体的な行動や成果
イタリアンレストランの厨房でマルクと道具について話し合った。神殿の厨房でマイン独自のレシピを学び、料理を作っている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マインの特殊なレシピを知り、それを習得することに面白さと挑戦的な意欲を見せている。
エラ
フーゴの助手として雇われた料理人見習いである。女給になる未来から逃れるため、神殿の料理人見習いとなった。
・所属組織、地位や役職
料理人見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
ニコラとモニカに料理の仕方を教えた。神殿で求められる厳しい衛生管理や新しい調理法を学んでいる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
冬の間に神殿へ泊まり込み、新しいレシピを覚えてフーゴに追いつくという目標を持った。
トッド
新しく入った料理人である。貴族の秘密を知ることを恐れる性格だ。
・所属組織、地位や役職
料理人。
・物語内での具体的な行動や成果
フーゴとエラと共に神殿の厨房で料理を作った。マインの特殊なレシピについて知り、秘密を知りたくなかったと怯えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ロジーナ
マインの側仕えとして召し上げられた灰色巫女見習いである。フェシュピールの演奏が得意で、貴族らしい立ち居振る舞いを持つ。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色巫女見習い。マインの側仕え。
・物語内での具体的な行動や成果
マインにフェシュピールと貴族の作法を教えた。イタリアンレストランの内装について芸術的な視点から意見を出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
当初は下働きを拒否していたが、ヴィルマの助言を経てマインの側仕えとして実務を覚える道を選んだ。
ニコラ
孤児院の灰色巫女見習いである。オレンジに近い赤毛の三つ編みが特徴で、おいしい料理が好きだ。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色巫女見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
冬の間の助手として、エラから料理を教わった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マインの側仕えに召し上げられることを目標として努力している。
モニカ
孤児院の灰色巫女見習いである。深緑の髪を一つにまとめた寡黙で真面目な少女だ。
・所属組織、地位や役職
神殿の灰色巫女見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
ニコラと共にエラから料理の指導を受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ニコラと同様に、マインの側仕えとなるために努力を続けている。
リジー
孤児院の少女である。
・所属組織、地位や役職
神殿の孤児院の少女。
・物語内での具体的な行動や成果
孤児院を訪れたロジーナに対し、ヴィルマが子供たちの食事を見ていることを伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
騎士団
カルステッド
騎士団を率いる立場にある騎士である。
・所属組織、地位や役職
騎士団の団長。
・物語内での具体的な行動や成果
トロンベ討伐において騎士団の指揮を執った。マインの護衛にシキコーザとダームエルを指名した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
護衛の不始末について神官長から責任を問われ、マインの新しい儀式用衣装を誂えることを約束した。
ダームエル
茶色の髪と灰色の目を持つ騎士である。平民を見下すシキコーザを止めようとするなど、比較的良識がある。
・所属組織、地位や役職
騎士団の騎士。
・物語内での具体的な行動や成果
マインの護衛を任され、彼女に騎士団の戦い方を解説した。トロンベに巻き込まれたマインを救うため、闇の神の加護を得ようと祈りを捧げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
護衛任務の不始末により、神官長から処分の宣告を受けた。
シキコーザ
黄緑色の髪と深緑の目を持つ騎士である。平民であるマインに強い敵意と侮蔑を抱いている。
・所属組織、地位や役職
騎士団の騎士。元青色神官見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
神官長の命令に背き、マインに刃物を突きつけて怪我を負わせた。マインの血によりトロンベを活性化させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
神官長から命令違反と任務放棄を糾弾され、重い罪に問われることとなった。
料理人・職人・その他の人々
インゴ
最近独立したばかりの若い木工工房の親方である。
・所属組織、地位や役職
木工工房の親方。
・物語内での具体的な行動や成果
マインからリバーシ、将棋の駒、トランプを作るための板の注文を受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マインから前金を支払われ、仕事を引き受けた。
ヨハン
鍛冶工房の職人である。細かい仕事を得意とし、新しい注文に対して職人魂を燃やす。
・所属組織、地位や役職
鍛冶工房の職人。
・物語内での具体的な行動や成果
マインの設計図を元に、刃の付け替えが可能なデザインカッターを製作した。追加で版画用のローラーの注文も受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
第二部 神殿の巫女見習い1レビュー
第二部 神殿の巫女見習い
本好きの下剋上 全巻まとめ
第二部 神殿の巫女見習い3レビュー
展開まとめ
第二部 神殿の巫女見習いⅡ
プロローグ
ルッツ帰還後の家族の変化
エーファは食器を洗いながらカルラの話を聞き、家出していたルッツが戻ったことで彼女が安心している様子を感じ取っていた。口数や表情の変化からもそれは明らかであり、家出中とは別人のようであった。さらにカルラは、口下手だったディードが息子のことを深く考えていたことや、商業ギルドでのルッツの成長ぶりを語り、息子への誇りを隠しきれない様子であった。
神殿騒動の収束とエーファの体調
カルラは神殿に関する出来事を伏せつつも、問題が無事に収まったことに安堵していた。エーファもまた、自身の体調を気遣われる中で、悪阻が落ち着きつつあり、流産の危険な時期を越えたことに安心していた。そして、そろそろ子供たちにある事実を伝えようと決意していた。
マインへの妊娠の告知
帰宅したエーファは手伝いをするマインに対し、自分の妊娠を伝えた。突然の知らせにマインは驚き、戸惑いながらも知識を思い出そうとして混乱した様子を見せた。理解が追いつかず取り乱す姿に、エーファは対応に悩んだ。
トゥーリの喜びと姉としての意識
そこへ現れたトゥーリは、妊娠の知らせを聞いて素直に喜び、生まれてくる赤子のために服やおむつを作ると意欲を見せた。その姿に影響され、マインも自分にできることを模索し始めた。
マインの発想と暴走の兆し
考え込んだ末、マインは赤子のために絵本を作ると宣言した。その発想は家族にとって新鮮であり、彼女らしいものであった。さらに知育玩具にも力を入れると意気込み、良い姉になろうと強く決意した。しかし、その熱意は過剰であり、エーファとトゥーリは体調を崩すことを危惧して制止した。それでもマインは理解しているとは言い難く、頭の中はすでに絵本のことで満たされていた。
ヴィルマをください
絵本作りに浮かれるマイン
マインは弟妹が生まれることに強く心を躍らせ、朝から上機嫌でルッツを迎えた。頭の中は赤ちゃんのための絵本作りでいっぱいであり、いないいないばぁのような本を思い浮かべたものの、この世界で使う言葉や習慣の違いに気づき、最終的には母から聞いた物語を絵本にしようと考えた。
絵本の形を巡る試行錯誤
ギルベルタ商会へ向かう道中でも、マインはルッツに絵本計画を語り続けた。読み聞かせの大切さを説きつつ、赤ちゃんが紙を破ったり口に入れたりする危険を考え、板や布など素材の違いにも考えを巡らせた。しかし、どの方法にも問題があり、完璧なものを作ろうとして思考を加速させていった。ルッツは生まれるまでまだ時間があるのだから落ち着くよう諭した。
ベンノに否定された自作の絵
ギルベルタ商会ではカルタ用の板を再発注し、その流れでマインは赤ちゃんのために絵本を作るつもりだとベンノたちに語った。だが、子供は字を読めないと当然の疑問を向けられた上、絵を自分で描くつもりだと告げると、前に使った絵師を使えと強く勧められた。子供の美的感覚が狂うと言われたことで、マインは不満を抱きながらも、絵本作りにはヴィルマのような絵師が必要だと改めて認識した。
神殿で知らされた弱点の危険
神殿に着くと、ルッツはフランに対し、マインが興奮しすぎていて倒れてもおかしくない状態だと伝えた。さらにフランは、妊婦である母や生まれてくる赤子の存在が、神殿長に知られれば大きな弱点になり得ると警告した。神殿では子ができること自体が歓迎されない事情もあり、マインは浮かれた気持ちを急速に冷まされた。
ヴィルマを側仕えに求める願い
絵の多い本を作るにはヴィルマが必要だと考えたマインは、神官長に面談を求めた。そして、できるだけ手短に願いを伝えようとして、ヴィルマをくださいと直接願い出た。だが、その言い方では意図が伝わらず、神官長には全く理解されなかったため、フランがヴィルマは絵を得意とする灰色巫女であり、側仕えにしたいのだと補足説明した。
ロジーナを巡るすれ違い
神官長はヴィルマの必要性を完全には否定しなかったものの、マインに必要なのは絵師よりも教養であるとして、音楽が得意なロジーナを側仕えにするよう勧めた。マインは、自分に必要なのはヴィルマであってロジーナではなく、音楽では絵本は作れないと反論した。絵本という概念自体も神官長には存在しなかったため、子供向けの絵の多い本であることを説明し、この世界に絵本が存在しない理由も明らかになった。
ヴィルマ本人の本音
ヴィルマを側仕えにする許可を得た後、マインは孤児院で本人の意思を確認した。するとヴィルマは、かつて青色神官に騙されて花捧げへ連れ出されかけた経験があり、それ以来男性が苦手になったのだと明かした。そのため、命令であれば従うが、できることなら孤児院の女子棟で女性や子供たちと過ごし続けたいと望んでいた。
孤児院に残したまま仕えさせる発想
ヴィルマの事情を知ったマインは、孤児院から出ることなく、身分だけを自分の側仕えにできないかと考えた。絵の上手なヴィルマが絵本作りには必要であり、同時に孤児院には洗礼前の子供たちの世話をする灰色巫女がいないという事情もあった。孤児院長としてヴィルマをそこに置いたまま働かせる案を示すと、ヴィルマは孤児院を出ずに済むなら喜んで役に立ちたいと答えた。フランも、慣例を破ることにはなるが、神官長とよく話し合えば実現不可能ではないと見た。
絵本作りでぶつかった常識の壁
神官長との再面談までの間、マインは絵本作りの準備を精力的に進めた。厚めの紙を工房で漉かせ、孤児院では母の物語を朗読して、どの話が絵本に向いているかを探った。だが、子供たちは物語の単語自体を理解できず、ヴィルマも街の暮らしを知らないため絵にできないと答えた。さらに、神殿には動物の擬人化という概念もなく、マインの知る童話はそのままでは通用しなかったため、初めて弟妹に贈る絵本は自分で描くしかないという結論に傾いていった。
神官長から届いた予想外の贈り物
再面談の日、神官長は面会前に大量の荷物を届けさせた。中身は寝具一式と大人用・子供用の楽器、それに手入れ道具であり、マインはあまりの量と高価さに困惑した。反省室で倒れた時に寝具のない寝台へ寝かされていたことに神官長が憤慨していたらしく、その対処として寝具が贈られたのであった。マインがその内容に触れて礼を言うと、神官長は寝具を贈ったことは他言無用だと注意した。寝具は本来、家族や婚約者や愛人に用意するものであり、周囲に誤解を招くからであった。
ヴィルマの処遇と教養の必要性
再面談でマインは、ヴィルマを側仕えにした後も孤児院で生活させたいと願い出た。孤児たちの世話役が必要であり、ヴィルマ本人もそれを望んでいるからである。フランもその事情を補足したが、神官長はなおもロジーナを側仕えに加えるよう求めた。そして盗聴防止の魔術具を用いて、マインは高い魔力を持つ以上、将来的には貴族に狙われ、子を産むための道具として扱われる可能性があると告げた。その時、貴族としての教養があれば立場を守る助けになるため、自衛のためにも教養が必要なのだと説いた。これを受け、マインはロジーナも側仕えにして学ぶ決意を固めた。
神官長の演奏と始まった音楽教育
必要とされる教養の程度を知るため、マインは神官長に手本を求めた。神官長はフェシュピールを取り上げ、美しい演奏と歌を披露した。その腕前は見事であり、低く響く声も非常に美しく、マインは強く聞き惚れた。だが、その感想の中で思わず余計な本音を漏らして睨まれた上、教養は日々の練習で身につくものだとして、その場で音楽教室が始まることになった。
フェシュピールとロジーナ
フェシュピールの初練習と神官長の評価
マインはフランから子供向けの小さなフェシュピールを渡され、神官長に構え方と基礎の音を教えられた。弦の並びを音階として理解したマインは、麗乃時代に習っていたピアノの記憶を頼りに、たどたどしく花の歌を弾いてみせた。それを聞いた神官長は音楽の才能があるのではないかと評価したが、マイン本人は才能を強く否定した。しかし神官長は見込みありと判断し、読書時間を削ってでも本格的に練習させる方針を固めた。
読書時間を守るための交渉
神官長が練習計画を立て始めると、マインは読書の時間だけは譲れないと明言した。神殿での生活は当初想像していたより自由な読書時間が少なく、図書室整理と魔力提供に加え、執務の手伝いまで抱えていたためである。マインは執務の手伝いは善意によるものであると主張し、その時間を練習に回すよう求めた。神官長はしばらく考えた末、三の鐘までの時間をフェシュピールの練習に充てるよう決め、ヴィルマとロジーナにも通達するよう命じた。
ヴィルマの正式な側仕え就任
神官長を見送った後、マインはフランと共に孤児院へ向かい、ヴィルマとロジーナを呼び出した。子供達はヴィルマが連れていかれるのではないかと不安を抱いていたが、マインはヴィルマを側仕えにする一方で、孤児院長として孤児院内で仕事を続けてもらうと説明した。これにより、ヴィルマは孤児院の女子棟で暮らしながら、孤児院の管理と絵を描く役目を担うことになった。子供達はそれを知って大いに喜び、ヴィルマも感謝しながら忠実に仕えることを誓った。
ロジーナの召し上げと新たな役目
続いて現れたロジーナに対し、マインは神官長の意向で側仕えにすると告げた。ロジーナはその言葉を受けて喜びを隠せず、フェシュピールを教える役目も快く引き受けた。彼女はフェシュピールを最も得意とする楽器だと述べ、三の鐘までの練習時間を担当することとなった。こうして、マインの側仕えは二人増えた。
新しい側仕えたちとの部屋での時間
部屋へ戻ると、側仕え同士の紹介や連絡は主の目に触れさせない形で進められ、マインは二階で待機することになった。その間、神官長が残していった楽譜を眺めていたが、耳慣れない曲を覚える難しさを感じていた。やがてロジーナが部屋に案内されると、フェシュピールを見つけて強く心を動かされた。先に部屋を整えるよう促された後、ようやく演奏を許されたロジーナは、喜びに満ちた表情でフェシュピールを奏で始めた。その音色は神官長の演奏とはまた異なる繊細で儚いものであり、歌にも楽器を奏でる喜びが溢れていた。マインはその演奏を称え、ロジーナも心を込めて仕えることを改めて誓った。
森への同行と冬支度への意識
翌日、マインは父と共に門へ向かい、ルッツが連れてくる孤児達と合流して森へ向かった。神殿に通うようになってから森へ行く機会は減っていたが、今回は体格の良い見習いがマインを背負うことで同行が可能になっていた。森では冬の薪や食料の確保が重要な課題となっており、孤児院の冬支度には大きな費用がかかることをマインは改めて意識していた。孤児院の子供達にとっても、冬は外へ出られず閉じこもる季節であるため、室内でできる仕事を用意する必要があると考えた。
タウの実の採集と冬の手仕事の着想
森に着いた後、マインは集合場所で待機しつつ、集められたタウの実に魔力を流して木を育てる役目を果たした。その間に、孤児院の冬の手仕事について思案を巡らせた。そして、森へ行けない冬の間こそ、子供達に読み書き計算を教える好機ではないかと考えついた。どうせ側仕えになれば必要になる知識であり、小さいうちから覚えても損はないと判断したのである。
子供向け聖典と印刷方法の構想
さらにマインは、ヴィルマに描いてもらう絵本として、子供向けにわかりやすく書き直した聖典が適しているのではないかと考えた。孤児院の子供達には、一般の物語よりも聖典の方が受け入れやすいと判断したためである。しかし、教科書として使うなら量産が必要であり、一冊ごとに挿絵を描かせるのは現実的ではなかった。印刷方法として凸版やガリ版も思い浮かべたが、冬までに道具を一から揃えるのは難しいと考えた結果、まずは版画による簡易な量産を試し、同時にガリ版印刷の準備も進める方針を立てた。
暴走を見抜くルッツの釘刺し
本作りの構想に熱中したマインは、版画による絵本作りへの意欲を高めて拳を握った。その姿を見たルッツは、行動する前に報告・連絡・相談を忘れるなと釘を刺した。マインはすでに翌日ベンノに相談するつもりでいたが、その視線からは過去の暴走を強く警戒していることがうかがえた。
側仕えという仕事
版画による絵本作りと原価の壁
マインは木版画で絵本を作るため、ベンノに板を十枚注文したいと報告した。版木にインクを塗って紙に刷る方法まで説明したものの、ベンノからインクの値段を問われ、原価計算を全くしていなかったことに気づかされた。本作りへの熱意だけで突っ走っていた自分を反省しつつ、印刷に適したインクの有無を確かめるため、インク工房の紹介や場合によってはインク作りそのものも必要になると考えた。
神殿で発覚した側仕え同士の衝突
神殿へ戻ったマインは、門で待っていたギルから、デリアが激しく怒っており、原因は新しく入ったロジーナにあると聞かされた。部屋へ入ると、穏やかなフェシュピールの音が響いていたが、デリアはロジーナが楽器を弾く以外何もしないと訴えた。一方のロジーナは、フェシュピールの練習こそ自分の仕事であり、巫女の仕事もわからない者の話は聞くに値しないという態度を見せたため、両者の対立は明白であった。
練習時間を優先した一時保留
三の鐘までは練習時間と決まっていたため、マインはその場で即断せず、まずはロジーナにフェシュピールを教える仕事を優先させた。そして、それ以外の問題については後できちんと話を聞くと告げ、デリアをいったん引かせた。ロジーナは不満そうであったが、マインは神官長から、意見が食い違う時は全員の話を聞くよう教わっていたため、その方針を崩さなかった。
ロジーナの常識とマインの違和感
三の鐘が鳴った後、マインはロジーナにデリアと一緒に水運びなどの仕事をするよう命じた。するとロジーナは、それは灰色神官の仕事であり、自分のような者がすることではないと驚きを示した。力仕事や雑用は男の仕事であり、自分の役目は芸事を極めることだと考えていたのである。さらに、下働きなどすれば指を痛めると主張し、芸術を解さない環境を見下すような言動まで見せたため、マインは自分の部屋の側仕えとしては受け入れがたい考え方だと判断した。
フランから聞かされたクリスティーネ時代の特殊性
神官長の部屋へ向かう途中、マインはフランからロジーナの前の主であるクリスティーネの事情を聞いた。クリスティーネは愛妾の娘でありながら魔力が高く、いずれ貴族社会へ戻す前提で教育されていた特殊な青色巫女見習いであった。そのため、彼女のもとに仕える灰色巫女達も芸事を重視され、貴族の令嬢のように優雅な生活を送っていた。ロジーナはそうした環境で育ったため、下働きをせず芸術に専念するのが当然だと考えていたのであった。
神官長に問うた側仕えの本質
神官長の部屋に着いたマインは、不躾を承知で側仕えの仕事とは何かと尋ねた。事情を聞いた神官長は、ロジーナ達が品や教養のある理由に納得しつつも、それは極めて特殊な環境で育った結果だと説明した。その上で、主によって側仕えに求めるものが違うのは当然であり、フランの命令に従えない側仕えは役に立たないと判断した。フランも、ロジーナが自分の指示を聞かず、夜遅くまで楽器を鳴らし続けることに強い困惑を示していたため、マインは神官長にロジーナを孤児院へ戻してもよいかとまで申し出た。
ヴィルマから聞いたロジーナの背景
神官長から、全員の意見を聞くことは重要だと許可を得たマインは、孤児院でヴィルマの話も聞くことにした。ヴィルマによれば、ロジーナは洗礼式を終えるとすぐにクリスティーネに見出されて側仕え見習いとなったため、下働きをほとんど経験せずに育ったという。クリスティーネのもとでは芸事に秀でた順に優遇されるのが当然であり、ロジーナは音楽のある生活に戻ることを強く望んでいた。そのため、青色巫女見習いであるマインの側仕えになれば、以前と同じような生活に戻れると思い込んでいたのであった。
側仕え全員での話し合い
昼食後、マインは側仕え全員を集め、それぞれの意見を聞いた。デリアは、ロジーナが夜遅くまで楽器を弾いてうるさいこと、朝きちんと起きないこと、仕事をしないこと、フランの指示に従わないことを次々と訴えた。ギルも、働かないのに食べていることが気に入らないと不満を示した。フランもまた、夜の騒音と起床時間を守らないこと、指示を出しても動かず音楽ばかり奏でることに困っていたと語った。
ロジーナへの譲歩と最後通告
全員の意見を聞いた上で、マインはロジーナに対して、夜の演奏は七の鐘までにすること、朝は皆と同じ時間に起きることを命じた。そして、音楽だけに専念する以前と同じ生活は自分には与えられないと明言した。その代わり、手を痛める下働きが嫌ならば、読み書きや計算を活かした書類仕事を担うよう求めた。フランの仕事を減らすためにも、成人が近く字を書けるロジーナには実務が必要だったのである。マインは、最初から仕事をしないと言い切る側仕えは必要ないと告げ、孤児院へ戻るか、この新しい環境を受け入れるかを明日までに考えるよう最後通告した。
ロジーナの決意と役割の変化
翌日、少し目を腫らしたロジーナは、マインの側仕えとして努力したいと申し出た。そして苦手な計算や書類仕事に取り組み始め、フランの負担を減らす役割を担うようになった。デリアは一人で二階の仕事をすることにやや不満を見せたものの、ロジーナが実務をこなすこと自体には反対しなかった。さらにロジーナはフェシュピールを弾く時間もきちんと守るようになり、デリアが密かにその演奏を楽しみにし始めている様子も見られた。
立ち居振る舞いの差と互いの学び
その後、マインはロジーナの洗練された立ち居振る舞いを見ては、自分の品の無さに落ち込む日々を送った。歩き方や衣装のさばき方、首の傾げ方に至るまで、ロジーナの動作は自然で上品であり、見ているだけで格の違いを感じさせた。一方でロジーナは計算や書類仕事を苦手としており、マインにその能力をどう身につけたのか尋ねた。こうして二人は、それぞれ自分に足りない部分を相手から学ぶ関係となり、デリアもまた立ち居振る舞いの練習に励むようになった。
神官長の招待状とご褒美
そんな中、神官長から十日後の昼食への招待状が届いた。そこには、練習の成果を見るので楽器を持参するよう書かれており、マインとロジーナは血の気が引きながらも猛特訓に励んだ。その結果、神官長から課された第一の課題曲は三日で問題なく弾けるようになった。マインは、その成長を支えてくれたロジーナへの初めてのご褒美として外出用の服を贈り、カルタを仕上げてくれたヴィルマにはスケッチ用の紙の束を贈った。
イタリアンレストランの内装
インク工房見学の延期と内装確認への変更
マインは冬が来る前にインクを作ってみたいと考え、神殿へ向かう前にベンノへインク工房へ連れて行ってもらえる時期を尋ねた。だが、ベンノはそれよりもレストランの工事が進み、内装について話し合う方が先だと判断していた。食事処の外側が完成し、次は内装に取りかかる段階に入っており、神殿の貴族区域を参考にして飾りや美術品の意見が欲しいと言われたため、マインはインク工房の件を後回しにされながらも、レストラン見学へ向かうことになった。
ロジーナ同行の提案と役割分担
ベンノがフランを必ず連れてくるよう求めたことで、マインはもう一人、芸術や内装に詳しいロジーナの存在を思い出した。ロジーナは芸術好きな貴族に可愛がられて育ったため、女性貴族の視点からも有益な意見が出せると考え、同行を提案した。ベンノはこれを歓迎し、翌日の午後に神殿へ馬車を差し向けることを決めた。また、フーゴも現地へ向かわせ、厨房の確認も同時に進める段取りが整えられた。
外出準備とお貴族様仕様への切り替え
翌日、昼食後にマインはフランとロジーナに外出着へ着替えさせ、自身も青い衣を脱いで貴族らしい服装に整えた。現場ではフーゴと顔を合わせるため、神殿内とは違い、貴族らしい装いと立ち居振る舞いが必要だったのである。留守番となったデリアは不満を漏らしたが、今回はロジーナの意見を重視していることが理由であり、マインは留守番の労に報いるご褒美の可能性を示して宥めた。
馬車内での指示と沈黙の制約
馬車の中で、マインはロジーナにイタリアンレストランの狙いと本日の役割を説明した。富豪層を相手に、貴族の食堂のような雰囲気を目指すため、内装も貴族向けの感覚で整えたいのである。ロジーナにはクリスティーネの部屋を整えるつもりで意見を出してほしいと頼み、フランにも神官長や神殿長の部屋を想定して意見を求めた。だが同時に、現場ではマイン自身があまり発言せず、必ず二人の従者を通して意見を言うよう釘を刺され、お嬢様として振る舞わなければならない窮屈さを味わうことになった。
完成した外装と殺風景な食堂
レストランへ着くと、入り口ではルッツが商人見習いらしく姿勢を正して出迎えた。受付と勘定をする待合室、小さなホール、厨房、そして食堂へと案内される中で、マイン達は装飾的な木の扉や整えられた構造を確認した。しかし、食堂内部は白い壁が目立ち、あまりにも殺風景であった。ベンノは、彫刻入りの腰壁を巡らせる予定だが、納品が遅れているのだと説明した。
内装検討で主導権を握った側仕え達
飾り棚やタペストリー、絵画、彫刻、植物などの配置について意見を求められると、ロジーナが芸術面で次々に意見を出し、フランが金額や華美になりすぎる点を抑えながら現実的な代案を提示した。美術品や飾りの感覚ではロジーナが主導し、フランがそれを実務的に補正する形となり、二人の役割分担がはっきりと表れた。マインはそれを見守りつつ、書字板に細かくメモを取っていた。
本棚案の却下と貴族仕様の現実
意見を求められたマインは、片隅に本棚があれば素敵だと口にした。だが、飾りとして本を揃えるには金がかかりすぎる上、食堂では匂いが移るという理由で、ベンノにもフランにもロジーナにも却下された。無理だと理解していたマインは素直に引き下がり、再び二人の意見を聞く側に戻った。
カーペットとナプキンの導入案
内装の話し合いの中で、ロジーナは春以降の開店を考えるならタペストリーよりもカーペットを重視すべきだと述べた。貴族の部屋では足音やワゴンの音を消すためにカーペットが欠かせないからである。さらにフランは、テーブルクロスではなくナプキンを使う案を示した。食卓で使う布が汚れやすく不衛生になりがちな現状を踏まえると、個別に使うナプキンの方が清潔であり、高級感の維持にもつながると判断された。マインはこの意見に強く賛同し、飲食店では清潔感が第一だとして、テーブルクロスを外しナプキンを採用する方針を支持した。
厨房確認と実務面での助言
食堂の打ち合わせが終わると、一行は厨房へ向かい、フーゴとマルクが調理道具や食材、薪について話し合っている場に加わった。フーゴは使い慣れた道具を揃える予定だと答え、マインは忙しくて洗えない時のために複数用意した方がよい物もあると助言した。また、ロジーナは食材について、新鮮で味の良い物を提供できる店を三つほど確保すること、オーブン用の薪は大量に必要になるため、他所の街から仕入れることも視野に入れて早めに準備を始めるべきだと述べた。
商会に戻って解いたお嬢様の仮面
現地での確認を終えると、一行はギルベルタ商会へ戻り、今度は忌憚なく意見交換する場が設けられた。マインはお嬢様の仮面を外し、書字板を使いながら率直に質問を始めた。まず気になったのは、内装の要である腰壁の納品が遅れている点であり、それがなければ絵や棚も置けないと指摘した。
一工房任せへの疑問と分業の提案
ベンノは、腰壁だけでなく扉や窓枠まで同じ工房に依頼しているため、完成は冬を越えるだろうと説明した。専属の工房に一括して任せるのが普通だという商人の常識に対し、マインは複雑な彫刻を一つの工房へ集中させるのは明らかな過負荷だと感じた。そして、腰壁、扉、窓枠、飾り棚、家具などを複数の木工工房に分けて発注すればよいのではないかと提案した。ベンノはそれが一般的でないことを理由に慎重な姿勢を崩さなかったが、木の素材やデザインを細かく指定すれば十分仕上がるはずだというマインの意見を、一応考えておくと受け止めた。
食器準備の難しさと新しい提案
次に話題は食器へ移り、ベンノは貴族向けを想定してピューターの皿を注文しているものの、同じ物を人数分揃えるには時間がかかると説明した。貴族は使い回しをしないため、必要数を整えるだけでも大変なのである。これに対しマインは、テーブルごとに工房を変える案や、料理の値段によって食器を変える案を出したが、ベンノは急ぎすぎだと見た。そこでマインはさらに、ピューターだけでなく銀食器や陶器も一部に取り入れ、普段は飾っておいて特別な客にのみ使うことで特別感を演出する案を示した。
貴族の習慣を利用した持参制の発想
この提案に対し、フランとロジーナは、貴族には主賓とそれ以外で皿を変える習慣があるとしつつ、そもそも貴族は自分のカトラリーやコップを持参することも多いと説明した。食器は財産であり、品質を誇示する対象でもあり、毒殺への警戒から自前の物を使うことも当然だというのである。マインはこれを聞き、最初の試食会では貴族の習慣にならって、招待状にカトラリーとコップの持参を求めればよいと考えた。富豪層ならば自慢の食器を持っている可能性が高く、見栄の張り合いも誘発できる上、店側で用意すべき食器の数を減らし、高価な食器の盗難リスクも下げられると判断した。ベンノ自身も、自慢したくなる食器を持っていると認め、この案に一定の可能性を見出した。
盗難対策としての一見さんお断り
ベンノはさらに、内装を貴族の館のように整える上で最も心配なのは、客による盗難や略奪、破壊だと打ち明けた。それに対してマインは、以前から考えていた対策をここで示した。それが一見さんお断りであり、店に入れる客を限定することで、支払いの踏み倒しや盗難を防ぐ仕組みを作ろうとしていたのである。
レストランのシステム作り
一見さんお断りの仕組みの提案
マインは、一見さんお断りの仕組みについて、単なる紹介制とは違う点をベンノに説明した。紹介された客が盗難や騒動などの問題を起こした場合、紹介者に支払いや解決の責任を負わせることで、厄介事への強い抑止力になると考えたのである。紹介する側も責任を負う以上、信用できる相手しか連れて来なくなるため、店の雰囲気を守りやすくなると説いた。ベンノは紹介者への負担の大きさに衝撃を受けたが、初めての高級レストランだからこそ、最初から規則として定めておけば大きな問題にはなりにくいのではないかとマインは見ていた。
開店前に必要な備品への着目
一見さんお断りの話を切り上げた後、マインは開店までに店で準備すべき物がまだ多く残っていると指摘した。ベンノは内装の話がまとまったことで十分だと考えていたが、マインは各テーブルに置くメニュー表やベルなど、貴族らしさを保ちながら利便性も備えた備品が不可欠だと考えていた。料理や酒の内容が複数ある以上、客がゆっくり選べるようにするためにも、給仕が毎回口頭で説明するだけでは不十分だと判断したのである。
メニュー表と植物紙の活用
この世界ではメニューを給仕が口頭で伝えるのが普通であったが、マインは高級レストランには紙のメニュー表が必要だと主張した。最初の客層として想定しているのは大店の旦那衆であり、字が読めることは前提と考えられたため、大きな問題にはならないと見ていた。さらに、少し厚めの植物紙を使い、以前作ったような植物の透かしを入れた洒落たメニュー表にすれば、料理案内と同時に植物紙の宣伝にもなると考えた。ベンノは必要性を完全には理解できなかったが、最終的にはマインに任せることにしたため、マインは新たな仕事を得て満足した。
給仕の質と人材確保の難しさ
続いて、マインは給仕の問題を取り上げた。平民の店の給仕と貴族の給仕とでは求められる所作や丁寧さが大きく異なるため、その辺りで雇った平民に貴族風の給仕を任せるのは難しいと考えたのである。ベンノもその点は理解しており、神殿の側仕え達で何とかならないかと頼ってきた。しかし、料理人ならともかく、給仕役を神殿の外へ働きに出すことは神殿の仕組みに関わるため、神官長に相談しなければならない問題であった。マインは翌日の昼食の機会に神官長へ尋ねると約束したが、期待はしないよう釘を刺した。
最初の試食会に神官長を招く構想
マインはさらに、最初の試食会に神官長を招いてはどうかと提案した。平民の店に本物の貴族が来ること自体が異例であり、それだけで店に特別な箔がつくと考えたのである。マインは、自分が考案した料理や菓子に神官長が興味を持っていることから、誘い方次第では来てもらえる可能性があると見ていた。そして、大勢を一度に招くのではなく、信用できる少人数だけを順番に招待する形にすれば、料理人の負担を抑えながら、高級感と選ばれた者だけが入れる特別感を演出できると考えた。ベンノも、神官長の協力が得られるなら実現可能だと判断し、期待を示した。
音楽の必要性とロジーナの扱い
話し合いの最中、ロジーナは貴族の食事会ならば奏者が複数呼ばれて演奏するものだとして、レストランで音楽をどうするのかを尋ねた。ベンノにはそうした奏者への伝手がなかったため、マインはロジーナ本人に演奏したいかどうかを確かめた。ロジーナは楽器に触れられる時間が増えるなら歓迎する意向を見せたため、昼食営業で予約時に要望があり、別料金を支払う客に限って、ロジーナを貸し出す案が浮上した。ただし、夜は酒が入る可能性があり、ロジーナのような若い女性を酔客の前に出すつもりは一切ないと、マインは明確に拒絶した。夜の演奏が必要なら、別の奏者を探すべきだと線引きした。
神官長の昼食会への備え
その日の話し合いを終えると、ベンノは神官長の昼食会で色々見てくるようマインに頼んだ。マインもそれを引き受け、翌日に備えて三の鐘まで最後の追い込みの練習に励んだ。フェシュピールそのものは弾けるようになっていたが、歌をつけると弦の位置を見失いやすくなるため、その点を意識して調整を重ねた。昼食会はマインにとっては神官長相手のため比較的気楽なものであったが、対貴族という意味ではフランとロジーナの方が神経を尖らせていた。
昼食会への出陣と貴族の挨拶
四の鐘の後、執務の手伝いを終えたマインは一度部屋へ戻り、デリアに身だしなみを整えさせた上で、フランとロジーナを伴って神官長の部屋へ向かった。ロジーナは大きなフェシュピールを持ち、フランはカトラリーや小さなフェシュピールの入った箱を持っていた。部屋では神官長の側仕え達によって家具の配置が変えられ、昼食の準備が進められていた。マインはフランとロジーナに叩き込まれた長い貴族の挨拶を、片膝を立てて跪く体勢のまま言い切り、衣装の裾を踏みながらも転ばずに済んだことで、自分の成長を感じた。
フェシュピールの披露と新たな課題
挨拶を終えると、神官長はまずフェシュピールの練習成果を見ようとした。ロジーナはマインに音楽の才能があると過大な評価を口にし、マインは内心で強く否定したものの、狼狽を見せまいと笑顔を保った。演奏した練習曲は秋の実りであり、歌いながらも一応間違えずに弾き終えることができた。神官長からはよくできていると評価されたが、さらにロジーナが以前マインが作っていた歌の存在を口にしたため、神官長は次回それも披露するよう期待を示した。結果として、マインは次の課題曲に加え、自作の歌まで用意しなければならなくなった。
貴族の食事作法と料理観察
食事の席では、神官長の前には銀の食器が並び、マインの前にはフランが持参した食器が整えられた。貴族は壊されたり盗まれたり、あるいは毒を盛られたりする危険を避けるため、自分の従者に自前の食器を扱わせるのが普通であった。料理は前菜、スープ、メイン、果物、デザート、食後のお茶と続く流れで、マインが知るコース料理に近かったが、品数は非常に多かった。前菜だけで八種類も並ぶ豪華さであり、フランはその中からマインが食べやすい物だけを選んで取り分けてくれた。マインは食事をしながら、自分達の料理と比べて盛り付けや飾り切りにもっと工夫が必要だと感じた一方で、スープに関しては自分達の方が上だとも考えた。
食事中の観察と音楽の効果
食事中には、フェシュピールの練習や執務内容、孤児院や工房の状況について話が交わされたが、神官長は基本的に相槌を打つ程度であった。ロジーナのフェシュピールを聞きながらの食事は、マインにとって非常に豊かな時間であり、店に音楽があることの価値を改めて実感させるものであった。ここでは音楽を聴く機会自体が希少であるため、それだけで心が満たされると感じたのである。
相談の持ち越しと隠し部屋への移動
食後のお茶の時間になると、神官長はこの食事が参考になったかとマインに問いかけた。マインは大いに参考になったと答え、相談事を切り出そうとしたが、神官長はその話を隠し部屋で聞くと言って遮った。こうしてマインは、いつものように隠し部屋へ案内され、神官長と改めて向き合うことになった。
外に出るということ
灰色神官を外で働かせる提案
マインは神官長に対し、余っているとされる灰色神官を神殿の外で働かせられないかと相談した。具体的には、貴族が食べるような料理を出すレストランで給仕をさせたいと考えていた。側仕え経験のある灰色神官ならば物腰や姿勢の面で最も適しているが、経験者でなくても教育すれば十分に務まると説明した。
平民の給仕では埋められない差
神官長は、教育が簡単なら下町の平民を使えばよいのではないかと問うたが、マインは貴族を身近に知っているかどうかの違いが大きいと答えた。下町の給仕は売春婦を兼ねる女給が多く、仕事の格も低く見られているため、高級な雰囲気を持つ店にはそぐわないと考えたのである。また、ギルベルタ商会の従者達は質が高いものの、本来の仕事が別にあり、給仕に回せば大きな反発を招くと見ていた。
後見人と孤児院内の格差という問題
神官長は、たとえ側仕え経験者が給仕に向いていても、後見人もなく外で働かせることができるのかと指摘した。さらに、その者だけが外で給与を得ることになれば、孤児院内に格差が生じるが、それをどう考えるのかと問いかけた。マインはその点まで考えが及んでおらず、すぐには答えられないと認めた。
神殿の外で働くことの厳しさ
神官長は、外に出して働かせることには厳しい見方をしていると明かした。神殿の中しか知らない灰色神官達が、いきなり外の世界に馴染めるとは思えないからである。マインも、レストランの中だけなら何とかなるかもしれないが、一歩外へ出れば神殿の常識が通じない世界になるため難しいと認めた。
外の生活を望んだ後の保証のなさ
さらに神官長は、外で働くことで外の生活を知った神官達が、神殿ではなく外で暮らすことを望んだ場合、マインにその生活を保証できるのかと問うた。マインは、自分は子供で後見人にはなれず、たとえベンノに頼んでも住み込み見習い程度の扱いが限界だと理解していた。何もかも神の恵みとして与えられる生活に慣れた神官達が、金銭感覚も乏しいまま外で一人で生きていくのは厳しいと判断した。
偏見と孤児院内の混乱への懸念
神官長はまた、孤児だった者を雇うことに対する世間の目が好意的ではないことも重要な問題だと述べた。神殿や孤児に対する偏見は根強く、仕事内容で評価される前に厳しい視線にさらされる可能性が高いからである。さらに、外へ出て働く者と神殿内に残る者との格差が、孤児院内の不満や混乱を招く危険も指摘した。マインは、急激な変化によって起こる混乱の責任を自分が負うことになると考え、その重さに怯えた。
マイン工房との違い
神官長は、マイン工房で働くこと自体には問題がないと考えていた。収益が出ており、孤児院の環境も整い、商人の出入りや森との往復によって子供達が元気になっていることも把握していたからである。ただし、神殿内で神殿の規則に従いながら少しずつ外と触れるのと、外へ出て外の規則に従って働くのとでは大きな違いがあると強調した。
神官長による却下と今後への布石
加えて神官長は、たとえベンノが後見人になると言っても、自分はまだベンノをよく知らず、信用できる対象かどうか判断できないとも述べた。レストランという場自体が神官達にとって働ける環境かも不明である以上、神官が外へ働きに出ることは却下すると結論づけた。マインは試食会に来て自分の目で判断してもらえればと誘導しようとしたが、神官長には顔に企みが出ていると見抜かれ、許可は得られなかった。それでもマインは、少しずつ状況を変えていけばよいと考え、ベンノのことを神官長に理解してもらえるよう努める方針を取った。
給仕教育を工房の仕事に組み込む案
翌日、マインはベンノに神官長の判断を報告した。神官が外で働くことは却下されたものの、ベンノは工房への立ち入りが許されているなら、工房の仕事の一環として給仕教育を入れてはどうかと提案した。マインは、冬の間の外貨稼ぎとしては悪くないと考えつつも、孤児院では手仕事もさせる予定があると伝えた。
冬の手仕事としての玩具作り
孤児院での冬の仕事について問われたマインは、玩具作りを予定していると答えた。そのためには木工工房から大量の板を仕入れたいが、ベンノの知る工房はレストラン準備で忙しく、納期が遅れることを嫌ったマインは、別の工房を紹介してほしいと求めた。フリーダに頼む案もあったが、ベンノはそれを却下し、自分の方で親方に話を通した上で別の工房を紹介すると折れた。
ようやく実現したインク工房訪問
その流れで、マインは先にインク工房へ連れて行くよう強く求めた。板だけあってもインクがなければ意味がないからである。何度も言い募られたベンノは、ついにマルクとルッツを連れてインク工房と木工工房を回ることを決めた。まずはインクを売る店に寄ったが、その値段の高さにマインは目眩を覚えた。
インク工房で知った現状
店では他の種類のインクは扱っていないと言われたため、一行は職人通りのインク工房を訪れた。工房には薬品のような強い臭いが漂い、親方は、客が直接来るのは珍しいと訝しんだ。マインは製法そのものではなく、どの種類のインクを作っているのかを知りたいと尋ねたが、最初は話が通じなかった。そこで自分の知る没食子インクの作り方をわかりやすく説明すると、親方はそれだと驚き、現状ではその一種類しか作っていないことが判明した。
望むインクがなく、自作へ傾く思考
マインは、ここで作られているのが没食子インクだけだと知って落胆した。没食子インクは耐久性や耐水性に優れる一方で、植物紙には腐食を起こしやすく、長期保存用の本や赤ちゃん向けの絵本には向かないと考えていたからである。そのため、他に選択肢がないなら、自分で別のインクを作るしかないのではないかと思い至った。墨や油性絵具、岩絵具などを頭の中で比較しながら、版画用に使えそうなものを試作し、一番良いものを絵本に使おうと考えた。
絵本作りへの執着とルッツの覚悟
ベンノは、インク協会に正面から喧嘩を売るつもりかと呆れたが、マイン自身は争うつもりはなく、欲しいものがないから作るしかないと考えているだけであった。試作品を作らなければ、どんなインクが欲しいか説明もできないと判断し、版画用になりそうなインクを片っ端から試す方針を固めた。ルッツは、まだ絵本を諦めていなかったのかと呆れつつも、それが生まれてくる赤ちゃんへのプレゼントであると聞くと、工房がまた忙しくなりそうだと苦笑しながらも、やりがいを見出したように笑った。
インク作りの下準備
別の木工工房の確保
インク作りを決意しても、すぐに制作へ入れる状況ではなかったため、マインはまずジークの木工工房を訪れ、別の木工工房を紹介してもらうことにした。レストラン関連の大きな仕事を抱えるジークの工房では他の注文を引き受けきれないため、親方は最近独立した若い親方インゴの工房へ自ら案内した。これは単なる紹介ではなく、元の客筋を明確に示す意味もあり、工房間の力関係が働いていた。
冬の手仕事用の板の発注
インゴの工房では、マインは冬の手仕事に使う大量の板を注文した。用途はリバーシ、将棋の駒、トランプ作りであり、リバーシの台や駒、将棋の駒、トランプを板で作る構想であった。チェスの駒は造形が複雑すぎるため却下し、将棋の駒で代用することにした。トランプも紙ではなく板で作る方がコスト面でも耐久性でも有利だと判断し、納期を絶対に守るよう念を押した上で前金を支払った。仕事の質と納期を見て、今後どの工房と付き合うか判断するつもりであった。
取り調べのような今後の確認
注文を終えて店へ戻ると、ベンノとルッツから今後の予定を詳しく問いただされた。マインは書字板を使って頭の中を整理し、冬の手仕事として作るのはリバーシ、将棋の駒、トランプであり、そのために必要なのは板とインクだと説明した。これらは字を覚えるためのカルタとは異なり、大人も遊べる冬の暇潰しとして使える玩具であると考えていた。
既存のインクとは別系統で作る方針
インクについては、工房で作られている既存のインクとは全く違う製法で作るつもりだとマインは説明した。既存の製法は秘密にされており、勝手に真似をすれば契約魔術や規則に抵触する危険があるためである。新しい製法のインクなら許可を得る必要はなく、少々の文句は受けても大きな問題にはならないと考えていた。一方でベンノは、インク工房の親方に余計な情報を与えたせいで、今後こちらに探りが入る可能性を懸念していた。
製法の売却というマインの発想
マインは、試作品ができた後はインク協会に製法を売って量産してもらえばよいと考えていた。植物紙協会で既得権益とぶつかり、人手不足に苦労しているベンノの現状を見て、新しいインク協会まで自前で抱えるのは無理だと判断したのである。自分達の工房で少量作るだけならともかく、本格的な量産は既存の仕組みに任せた方が効率的だという発想であった。しかし、利益を重視するベンノにとっては理解しがたい考え方であり、両者の感覚の違いが改めて浮き彫りになった。
作る候補となるインクの種類
話を本筋へ戻したルッツに対し、マインは思いつく候補として墨、油性絵具、グーテンベルクインク、クレヨンを挙げた。ただし、クレヨンは版画用インクには向かないため後回しにするつもりであった。まずは黒い色を作るための顔料として煤を集める必要があり、どの種類のインクでも原料として使えるため、最初の作業は煤集めになると説明した。
煤集めと各家庭の協力
煤を集める方法として、各家庭の竈や煙突を掃除して回る案が出た。これは以前に煤鉛筆を作る時にも行った作業であり、母親達にとっても冬前の掃除が進むため歓迎される仕事であった。ルッツは自宅分に加え、ベンノの家の煤も集めることになり、さらにベンノが話を盛ってコリンナに伝えた結果、オットーまで協力して煤集めに動いた。加えて、神殿でも灰色神官達が青色神官の暖炉や厨房の窯、煙突を掃除して煤を集めてくれたため、マイン工房にはかなりの量の煤が集まることになった。
膠の原料と豚肉加工の準備
墨を作るには煤に加えて膠が必要であり、これは動物の皮や骨髄から採れる強力な糊であるとマインは説明した。本の背表紙を固めるにも使えるため、何としても成功させたい材料でもあった。ルッツは、もうすぐ冬支度の季節なので、孤児院でも豚肉加工をすれば材料が手に入るのではないかと提案した。しかし孤児院の子供達にその経験はないため、ベンノが自分のところの冬支度に合わせて孤児院の分もまとめて注文することになった。これにより、マインは肉屋や燻製小屋への伝手がなくても材料確保の目処を立てることができた。
石灰と亜麻仁油の確保
膠を作るには石灰も必要であり、マインは建築に使う白い壁材として思い出しつつ、ディードなら購入先を知っているはずだと考えた。ルッツは父に頼んで石灰を買う役目を引き受けた。また、油性絵具や印刷インクに必要な乾性油として亜麻仁油が候補に挙がった。麻布や麻糸がこの街で扱われている以上、麻の種から取れる亜麻仁油も手に入るだろうとマインは考えた。ベンノはそれを知っていたが、油は安くないと指摘したため、今年は購入し、来年以降に自前で圧搾するかを考える方針となった。
器材の準備と工房への手配
インク作りに必要な道具として、マインは練り板、練り棒、保管用の密閉容器、パテヘラなどを挙げた。これはそれほど特殊なものではなく、絵を描く工房に尋ねれば扱っている工房がわかるだろうと考えた。実際にルッツは絵の工房に聞いて、扱う工房へ注文を出しており、マインが熱を出して寝込んでいる間にも、必要な材料や道具は着々と揃えられていった。
寝込んでいる間に進んだ準備
煤集めでマインが熱を出して倒れている間に、周囲は一斉に動いていた。ルッツがマイン工房やベンノの家の煤を集め、オットーまで協力し、神殿の灰色神官達も掃除を進めたことで、工房には大量の煤が集まった。さらに、ベンノが亜麻仁油を購入し、ルッツが石灰を手配し、必要な器材も工房へ届く見込みとなった。工房ではすでに煤を細かく擦り潰す作業が始まっており、人海戦術によって準備は大きく前進していた。
最初の試作を油性絵具に定める
状況を聞いたマインは、冬支度の本番が来る前に膠を使う墨は後回しにし、まず油で作れるインクから試してみようと決めた。油性絵具を先に作り、それで版画、あるいは小さな判子のような形から試す方がよいと考えたのである。しかし、ルッツはまず熱を下げなければ何もできないとたしなめた。マインはそれを認めつつ、熱が下がったら最初に油性絵具から作ると心に決めた。
油性絵具 黒
父への判子作りの依頼
熱が下がらず寝込んでいたマインは、父に対してインクの確認に使うための木の判子を作ってほしいと頼んだ。煤鉛筆で鏡文字を書いた木を彫ってもらい、判子として使えるように準備を進めた。父は熱が引くまでは仕上がっても見せないと釘を刺しつつ、その依頼を引き受けた。
熱の回復待ちと版画道具の準備
熱が下がった後も、工房へ行かせるべきかどうかについてルッツと家族の間で議論が行われた。マイン自身は意見を言わせてもらえず、その間に物置を漁って薄い板を探し、ぼろ布と竹の皮を巻いて馬連のような道具を作った。版画を刷る際に必要になると考えての準備であった。最終的にその日は様子見となり、翌日から神殿に行ってよいことになった。
工房へ向かう前の手順確認
父が作った判子や石鹸、汚れてもよい服を持って神殿へ向かう途中、マインはルッツに油性絵具の作り方を説明した。煤を大理石の台に置いて真ん中をくぼませ、そこに亜麻仁油を少しずつ加えながら混ぜ、最後は艶が出るまでひたすら練るという手順であった。かつて麗乃の時代に油性絵具を作った経験を頼りに説明したが、ルッツはその手間と時間の長さに驚いていた。
神殿での足止めと練習の再開
神殿に着くと、マインはすぐ工房へ向かおうとしたが、まずロジーナにフェシュピールの練習を優先させられた。五日も休んでいたため勘を取り戻す必要があるとされ、いつもの倍どころか五倍でもよいほどだと冗談めかしつつ本気で言われ、マインは慌てて通常通りの練習で勘弁してもらった。その後も三の鐘まで真面目に練習し、次に工房へ向かおうとすると、今度はフランに神官長の執務が滞っていることを理由に連れ出された。
神官長への報告と神殿長への警戒
神官長の部屋では、盗聴防止の魔術具を握らされた上で、孤児院の灰色神官達が暖炉や煙突の掃除をして大量の煤を集めた件について問い質された。マインが植物紙に合うインクを作るための原料だと説明すると、神官長はその必要性自体は理解した。しかし、あまり派手に動いて神殿長の怒りを買わないよう注意を与えたため、マインは久しく意識していなかった神殿長の存在を思い出すことになった。
工房での油性絵具作り開始
昼食後、ようやく工房へ向かうことができたマインは、集まった煤、亜麻仁油、石灰、道具類がきちんと揃っているのを確認した。煤集めに協力してくれた皆へ感謝を伝えた後、力仕事になるため成人の灰色神官だけをインク作りに回し、それ以外は通常通り紙作りに専念するよう指示した。最初の作業はルッツが担当し、説明通りに煤に少量の油を加えて混ぜ、さらに練り棒でひたすら練り続けた。
ルッツの奮闘と試作品の成功
絵具作りはかなりの力仕事であり、交代要員も用意されていたが、ルッツは弱音を吐かず最後まで一人でやりきった。十分な艶と粘りが出たところで、マインは父が作った判子にその絵具をつけ、失敗作のフォリン紙に押してみた。するとマインの字がきちんと現れ、周囲から驚きの声が上がった。こうして、煤と油から作る油性絵具の試作品は成功した。
量産と版画用インクとしての手応え
その後は成人の灰色神官達も同じ作業を始め、できあがった絵具を陶器の器へ蓄えていった。マインは完成した油性絵具で木を削ったペン先を使って紙や板に字や線を書き、使い勝手を確かめた。その結果、普通のインク代わりとしては粘度が高すぎて扱いにくいが、版画用インクとしては問題ないと判断した。ただし、均一にインクを乗せるためのローラーや刷毛のような道具がないため、綺麗な版画を作るにはその点が課題として残った。
他の色への関心と顔料の壁
黒の油性絵具ができたことで、マインは他の色も欲しいと考えるようになった。ルッツに尋ねられ、顔料さえあれば同じ作り方で色のついた絵具も作れると説明したが、その顔料をどう手に入れるかが問題であった。知っている限りでは鉱物を粉砕したものが主体であり、黄土や弁柄、辰砂などが候補に挙がったものの、どこにあるのかも、どうやって砕くのかも不明であった。母からは染色工房に影響が出るから揉め事を起こさないよう釘を刺されており、絵の工房に聞く案も門外不出で断られる可能性が高かった。
絵具作りの一区切りと絵本への移行
ルッツはインク作り自体が力仕事であることから、その日の作業はそこで打ち切りにした。マインも油性絵具がひとまず完成したことで、次は木版画で絵本を作る段階に進みたいと考え、厚めの紙を多めに漉いてもらうよう頼んだ。そして工房の子供達を励ました後、部屋へ戻った。
子供向け聖典の文章作り
部屋へ戻ると、マインはベンノからもらった紙を使い、聖典の内容を子供向けに書き直し始めた。絵本にするため、内容を簡潔にし、言葉もなるべく易しく整えた。一通り書き終えて読み直した結果、大きな問題はなさそうだと判断し、これを絵本にしてよいか神官長に許可を求めるつもりになった。
ヴィルマとの相談と女子棟の実務
絵本を作るには挿絵の相談が必要だと気づいたマインは、ロジーナを連れて孤児院へ向かった。ヴィルマは完全に孤児院のお母さんのような役割を果たしており、二人を穏やかな笑顔で迎えた。ロジーナは、子供用の聖典絵本の挿絵依頼を伝えると同時に、フランから預かった女子棟関連の木札も渡した。ヴィルマは計算仕事に青ざめたが、ロジーナは計算も芸術も同じで、練習と慣れが大切だと励ましつつ、自身も苦手を克服した立場から諭した。
絵本の内容調整と下絵の依頼
マインは子供向けにまとめた文章をヴィルマとロジーナに読んでもらい、削りすぎた箇所や不自然な点を指摘してもらった。さらにヴィルマから、字を覚えやすくするため、カルタで使った言葉を入れられないかと提案され、マインは四苦八苦しながら文章を修正した。その間にヴィルマには、板の半分ほどを目安に版画用の下絵を描いてもらった。仕上がりを見てから続きの内容を書く方針も決まり、絵本作りは具体的な段階へと進んだ。
部屋に戻って受けた叱責
下絵が描かれた板を抱えて上機嫌で部屋へ戻ったマインを待っていたのは、鬼の形相をしたルッツであった。ルッツは、部屋で休憩していろと言ったはずだと怒り、言いつけを守らず孤児院へ行っていたことを厳しく咎めた。マインは、絵本のことを考えろと言われたと勘違いしていたつもりであったが、その言い訳は通らず、結局こってりと叱られることになった。
木版画による絵本作り
版木の準備と聖典絵本の許可申請
マインはヴィルマに描いてもらった版木に、絵本の本文となる鏡文字を書き加え、完成した版木をルッツに持ち帰らせて彫ってもらうことにした。絵が細かいため不安もあったが、ルッツは代金を払えばラルフやジークが率先してやってくれるだろうと見ていた。その一方で、マインは聖典を子供向けに改めた絵本を作る以上、事前に神官長の許可を得るべきだと考え、面会を申し込んだ。
神官長に見抜かれた文章力の違和感
隠し部屋で神官長に子供向けに直した文章を見せると、神官長は内容自体には理解を示し、孤児達に字を覚えさせる意図にも納得した。しかし同時に、その文章があまりにも整いすぎていることに気づき、マインが一体どこでどのような教育を受けたのかと問いただした。古く難しい聖典の要点をつかみ、子供にもわかる簡潔な言葉へ直す作業は、以前のマインには到底できないはずだと見抜いたのである。
夢の中の知識という答え
神官長の鋭い追及に対し、マインは嘘を重ねることを避け、料理の時にも同じことを問われたと前置きした上で、夢の中の、ここではない二度と行けない場所で知ったと答えた。その返答は荒唐無稽でありながらも、神官長の中では完全に辻褄が合わないわけではなかった。別の場所で教育を受けたという神官長の推測にもある程度沿うものだったため、神官長は即座に否定せず、自分にも考える時間が必要だとして、その日の話を打ち切った。マインは疑いの目が完全には消えていないことを感じながら隠し部屋を後にした。
木版画のための道具探し
翌日、マインは木版画に必要な道具を揃えるため、ベンノとルッツと共に買い物に出かけた。版画にはローラーや刷毛が欲しいと考えていたが、ローラーという道具の説明はうまく伝わらず、絵画道具を扱う店でも見つからなかった。そのため、今回は幅広の刷毛だけを購入し、どうしても必要ならば後で鍛冶工房のヨハンに作ってもらう方針に切り替えた。
彫り上がった版木と職人の限界
帰宅後、ルッツは兄達に頼んでいた版木が彫り上がったことを知らせた。受け取った版木には、線のはみ出しや削りすぎた箇所がいくつもあり、細かい絵を正確に彫る難しさがはっきりと表れていた。ルッツは、兄達からこの仕事は細かすぎてきついという伝言も受け取っており、今後は小遣い稼ぎ感覚ではなく、工房を通した正式な仕事として頼むべきだと判断した。マインも、原価は上がるものの、その必要性を感じていた。
木版画の刷り方の説明
マインはルッツに対し、買ってきた刷毛と自作の馬連を使った木版画の刷り方を説明した。まず失敗作の紙を下に敷き、その上に版木を置いて刷毛でインクを均等に塗る。その後、上から紙をそっと置き、あて紙をした上で馬連をくるくると回すように擦り、インクをしっかり移すという手順であった。ローラーがないため刷毛で代用するしかなかったが、ひとまず試してみることになった。
神官長との再会と工房への到着
翌日、マインは神殿で神官長と顔を合わせたが、神官長は前日の件について何も触れず、いつも通り無表情に執務の指示を出した。その態度にマインは胸を撫で下ろし、最大の難関を越えた気分で工房へ向かった。昼食後、マイン工房に着く頃には木版画への期待でかなり上機嫌になっていた。
初めての木版画の完成
工房ではすでにルッツが刷りの準備を整えており、子供達も興味深そうに周囲を取り囲んでいた。ルッツが刷毛で版木を真っ黒に塗ると、子供達は何も見えなくなったと驚いたが、その上に紙を置き、馬連で擦ってから紙を剥がすと、絵と文字が浮かび上がった。真っ黒な版木から白い線が現れたことに子供達は歓声を上げ、木版画そのものは確かに成功した。
絵本には向かないという結論
しかし、刷り上がった紙を見たマインの感想は微妙であった。木版画として見れば失敗ではないものの、黒背景に白文字は読みにくく、鏡文字の失敗も目立っていた。さらに、絵と文字を一枚の板で処理したため、文字だけ直すことができず、絵も黒い部分が多くて怖い印象になっていた。木工工房の職人達が彫り慣れていないこともあり、ヴィルマの繊細な絵柄は木版画には合っていないと感じられた。
絵本作りの方針転換への迷い
ルッツは、文字を判子にした方がよいのではないかと提案したが、全文を判子状態で彫るのはあまりにも手間がかかり、現実的ではなかった。マインは、木版画は少なくとも絵本には向かないと認めつつ、いっそ子供用聖典から絵をなくして普通の本にしてしまう案も考えた。しかしそれでは絵本ではなくなってしまう。もともと弟妹への初めてのプレゼントとして素敵な絵本を作るつもりだったことをルッツに指摘されると、マインは妥協してはならないと気持ちを立て直した。
新たな方法を探す決意
木版画が期待した仕上がりにならなかったことで、マインは大きく落ち込みかけたが、そこで諦める気にはならなかった。ヴィルマに絵を描いてもらい、職人にも彫ってもらった以上、この失敗を無駄にしたくなかったのである。木版画以外の方法を考えなければならないと気持ちを切り替え、一度や二度の失敗ではへこたれず、弟妹のための素敵な絵本を作る道を探し続ける決意を固めた。
白黒絵本
木版画の失敗要因の整理
木版画が絵本に向かないのではないかという結論に達した後も、マインは諦めず、帰り道でルッツと反省会を行った。失敗の原因としてまず挙げたのは、ヴィルマの繊細な絵が木版画には複雑すぎたことである。さらに、自分が書いた鏡文字にも誤りがあり、そこは確認を重ねれば防げたと考えた。加えてルッツは、文字と絵を最初から別の板にしておけば、どちらかの失敗が全体に及ばずに済むと提案し、マインはそれを有効な改善策だと受け止めた。
彫刻道具不足という問題の発覚
彫りの失敗について話が及ぶと、ルッツは職人の腕ではなく道具の問題だと説明した。ルッツの家には建築用の大きな道具は揃っていたが、細工用の繊細な道具はなく、今回のような細かい絵を彫るには不向きであった。実際にはナイフで彫っていたと知り、マインはその条件でここまで仕上げたことをむしろ評価した。そして次に同じ仕事を頼む時は、彫るための専用道具も一緒に用意しなければならないと考え、お礼と謝罪を兄達に伝えるようルッツに頼んだ。
赤ちゃん向け絵本への原点回帰
その話の流れで、ルッツはなぜ子供用の聖典を作ることになったのかを問い返した。マインは、ヴィルマが描ける絵が神殿関係に限られていたため、それに合わせて話も聖典になったのだと気づいた。そして、そのままでは本来の目的であった赤ちゃん向け絵本とはずれていることにも思い至った。そこでマインは、まず弟妹のための白黒絵本を先に作り、子供用の聖典は後回しにする方針へ切り替えた。
白黒絵本に必要な要素の再確認
マインは児童図書館論や児童サービス論の知識を思い出しながら、一歳未満の赤ちゃんには、くっきりしたコントラストと単純でわかりやすい形が重要だと整理した。視力が未発達な赤ちゃんには、白と黒や赤のような強い色の対比と、丸や三角形、四角形などの明快な図形が認識しやすいからである。そのため、今の自分に描ける範囲でも十分意味のある絵本が作れると判断し、白黒の図形絵本を作ることを決めた。
テンプレート作りへの発想転換
翌日、マインは神殿を休んで家で赤ちゃん向け絵本作りに取り組むことにした。石板や煤鉛筆を使って図形を描きながら、綺麗な丸や同じ形を何度も描くにはステンシル定規のようなものが必要だと考えた。家にコンパスがないため、糸と釘と煤鉛筆で円を描く工夫もしたが、やはり効率が悪かった。そこで、厚紙を使って図形の穴を開けた型そのものを作る方法へ発想を進めた。
細かい切り抜きに必要な新しい道具
しかし、厚紙に描いた小さな丸や細かい図形をナイフで切り抜こうとすると、またしても道具不足が明らかになった。大きな円や直線ならともかく、小さな丸を綺麗に抜くのは難しく、木版画の時と同じ失敗を繰り返すと判断した。そこでマインは、わたしでも扱える小さくて薄い刃物が必要だと考え、ルッツと共に見習い服に着替えて鍛冶工房のヨハンを訪ねた。
デザインカッターの注文
鍛冶工房でマインは、フォリン紙に描いた設計図を見せながら、紙を切るための小型の刃物を注文した。刃の付け替えが可能で、細かい部分まで安定して切れる構造にしたいと細かく説明すると、ヨハンはその発想に強く興味を示した。さらに安全のための蓋や専用ケース、交換用の刃も用意した方が良いという話になり、細部まで打ち合わせた上で前金を支払った。
型紙の完成と白黒絵本の図案作成
十日ほどして受け取ったデザインカッターは切れ味が良く、マインはそれを使って厚紙のステンシル定規を容易に作ることができた。その成功に気を良くしたマインは、絵本用の型も同じ方式で作れば、わざわざ板を彫らなくてもよいのではないかと気づいた。そして、大きな三角形を組み合わせた木のような形や、丸と三角と半円を組み合わせた顔、花のような幾何学模様など、白黒で映える図形を次々と考え、夢中になって型紙を作っていった。
工房での白黒絵本作り
翌日、マインは完成した型をルッツに見せ、午後から工房で白黒絵本作りを始めた。ルッツはその図形が本当に赤ちゃん向けとして喜ばれるのか半信半疑であったが、マインが納得しているならと付き合った。工房では、ステンシルの要領で刷毛を使って黒インクを塗り、細かい線の部分は細い棒の先にぼろ布を巻いたもので軽く押しつけながらインクをのせていった。こうして白黒のページが次々と仕上がっていった。
周囲の微妙な反応と絵本完成への次の課題
完成したページを見た子供達や灰色神官達は、それが何なのかよくわからないという微妙な反応を示した。赤ちゃんのための絵本だと説明しても、首を傾げたり視線を逸らしたりする者が多く、マインはやはり理解されないと感じた。それでも、白黒絵本のページそのものは完成したため、次はそれを屏風のように広げて立てられる形にするため、紙を板に貼り付け、穴を開けて紐で繋ぐ工程へ進まなければならないと考えた。また、そのためには糊として使う膠も作らなければならないと、新たな課題を見据えていた。
子供用聖典の準備
子供用聖典作りへの方針転換
白黒絵本のページが完成したことでひとまず満足したマインは、次の作業として子供向け聖典作りに戻ろうと考えた。帰り道にルッツへそう話すと、ルッツは木版画ではなく、厚紙を切って版を作る方が簡単ではないかと提案した。マインも、厚紙なら鏡文字にする必要がなく、自分でも扱えることから、その案に可能性を見いだした。そして、活版印刷のような本格的な方法にはまだ届かないものの、今できる範囲で改良を重ねていくしかないと考えた。
印刷枠の必要性への気付き
印刷作業の改善点を尋ねられたルッツは、紙を押さえる道具がないため、紙がずれたり指がインクで汚れたりするのが困ると訴えた。これを受けてマインは、ガリ版印刷の枠のようなものがあれば状況はかなり改善すると説明した。木の台と蝶番付きの木枠、さらに網を張った枠を組み合わせる構造を図に描いて示し、木と網で作れるなら実現できるかもしれないと二人は考えた。
細工師への注文準備
その案を実現するため、二人はギルベルタ商会へ立ち寄り、以前簀桁を作ってくれた細工師が手が空いているかをマルクとベンノに確認した。翌日の午後、マルクも同行して細工師の工房を訪れると、細工師はまた簀かと露骨に嫌な顔をした。しかし今回は木枠に絹糸を網状に張った枠を依頼する内容であり、手間はかかるが不可能ではないと判断され、注文を受けてもらえた。
デザインカッターとローラーの追加注文
細工師への注文を終えた後、マインは鍛冶工房にも立ち寄り、デザインカッターを二つ追加注文した。子供用聖典の版紙を作るには、マインとルッツだけでなく、ヴィルマの分も必要だと考えたためである。さらに、均一にインクを塗るためのローラーについても相談した。素材の指定はできなかったものの、表面に布を巻くなどして使えるように作ってほしいと依頼し、ヨハンはそれほど難しくないと引き受けた。
影絵風の表現への着想
帰り道、マインは子供用聖典の絵をどうするかを改めて考えた。厚紙を切って版を作る方式では、刷り上がりは影絵のような表現になるはずであり、それがヴィルマの絵に合うかが問題となった。ルッツからは、何か手本になるものがあればやりやすいと言われたため、マインはヴィルマの木版画を参考に、自分で影絵のような白黒の見本を描いてみることにした。繊細で写実的な絵を好むこの世界で受け入れられるかは不安だったが、木版画より見やすいと感じられるものができあがった。
ヴィルマへの新手法の提案
翌日、マインは微妙な仕上がりだった木版画と、自分で描いた影絵風の見本、さらにデザインカッターと煤鉛筆を持って孤児院へ向かった。食堂でヴィルマに木版画を見せると、ヴィルマは困惑した表情を浮かべた。そこでマインは、繊細な絵を木版画で再現するのは難しく、別の方法を考えてみたのだと説明し、自作の影絵を差し出した。ヴィルマはしばらく無言で見つめた後、その方法で挑戦してみたいと茶色の瞳を輝かせ、新しい手法に前向きな姿勢を示した。
ヴィルマへの道具の下賜と版紙作り
マインはヴィルマに、デザインカッターと煤鉛筆、試作用の紙、本番用の厚紙を渡し、まず一枚作って刷ってみようと提案した。ヴィルマが新しい手法に試行錯誤する間、マインは自分で厚紙に文字を書いて版紙を作り始めた。ヨハンから届いたデザインカッターは扱いやすく、ルッツと二人で書いた文字を丁寧に切り抜いていく作業は細かかったが、本を作っているという実感があったため苦にはならなかった。
印刷台の完成と兄弟関係の和らぎ
やがて細工師に頼んでいた網の枠が完成し、マインとルッツはそれを持ってルッツの家へ向かった。ラルフとジークに頼み、ガリ版印刷用の木の台と、網の枠をはめるための枠を作ってもらうためである。設計図を見せると二人はすぐに理解し、あっという間にぴったり合う木枠と台を作り上げた。さらに、網を固定するための金属製の留め具や蝶番も取り付けられ、予想以上に短時間で印刷用の台が仕上がった。その過程で、ルッツと兄達の間に以前のような険悪さはなくなっており、軽口を叩き合いながらも自然に協力し合う様子に、マインはひそかに安堵した。
表紙用の紙と読書時間の回復
印刷のための道具がほぼ揃ったことで、マインは残る課題はヴィルマの絵だけだと考えるようになった。その上で、表紙が白紙では寂しいため、余裕があれば押し花を挟んだ紙を表紙用に作りたいとルッツに頼んだ。ルッツは綺麗だと即座に賛成し、翌日は子供達を連れて森へ行くと答えた。こうして準備が整ったことで、マインは午後の時間を図書室で読書に使えるようになり、久しぶりに本にどっぷり浸かれる状態を取り戻した。
ヴィルマの版紙完成と工房行きへの期待
その読書時間の最中、ギルが孤児院の子供から伝言を受け、ヴィルマの版紙が完成したことと、頼みたいことがあるので取りに来てほしいと知らせに来た。マインは版紙ができたという報告に大いに喜び、昼食後には工房で印刷を始められるよう準備を頼んだ。しかし、孤児院にはまだ神の恵みが届いていない時間だったため、ロジーナにたしなめられて一度落ち着き、神官長から課されている祈りの言葉の暗記をしながら待つことになった。
ヴィルマの不安と同行の願い
子供達の食事が終わった後、マインはロジーナと共に孤児院へ向かい、食堂で待っていたヴィルマから完成した版紙を見せられた。切り抜かれた版紙は、闇の神と光の女神の場面を繊細さを残しつつもシンプルに整理した見事な出来栄えであり、ロジーナも感嘆した。マインはすぐにでも工房で印刷したいと立ち上がったが、その時ヴィルマは、印刷したらどうなるのか気になって仕方がないので、自分も工房へ一緒に行ってよいかと震える声で願い出た。男性が苦手で孤児院の女子棟から出たがらなかったヴィルマにとって、それは大きな決意であった。
ヴィルマを守ろうとしたマインの空回り
ヴィルマが、マインと一緒なら心強いと口にしたことで、マインの中には彼女を守りたいという使命感が強く湧き上がった。ロジーナから、本来は側仕えが主に殿方を近づけないようにするものだと呆れられたが、マインにとってはヴィルマが孤児院の女子棟から出ようとしたこと、そして自分を頼りにしてくれたことが何より重要であった。そうして張り切ってヴィルマの手を引き、食堂奥の階段を下りようとしたが、勢い余って足を踏み外し、結局はヴィルマに抱き上げられて助けられることになった。ロジーナの落ち着きを失ってはならないという小言が、その空回りを的確に突いていた。
子供用聖典の製本
ヴィルマの来訪と印刷開始
ヴィルマが工房に姿を見せると、子供達は歓声を上げて駆け寄り、自分達の仕事ぶりを次々と語り始めた。子供達に囲まれたことでヴィルマには自然と守りができ、マインが気負っていた役目は不要になった。気を取り直したマインは印刷作業に移り、まずは扉と奥付の印刷から始めるようルッツに指示した。ルッツは印刷台に紙と版紙を重ね、油を少し加えて調整したインクをローラーで均一に伸ばし、慎重に刷り上げた。できあがった紙には文字が掠れも滲みもなく鮮明に印刷されており、印刷の仕組みが十分に機能することが確認された。
本文と挿絵の印刷
扉と奥付の成功を受けて、次は本文と絵の印刷へと進んだ。今回の絵本は三十部刷る予定であり、献本用や孤児院での教科書用も含めて必要数が決められていた。見開きで左に文章、右に絵が来るよう版紙を置き、製本時に縫いやすいよう中央には余白を広めに取った。ヴィルマは自分の絵がどのように刷り上がるかを強く気にしており、その仕上がりを見届けたい気持ちから工房への同行を願い出ていた。マインはヴィルマの不安を受け止め、自分が守ると意気込んだが、階段で足を踏み外して逆にヴィルマに助けられることになった。
製本作業への準備
印刷作業が順調に進むと、次は製本の段階に入った。マインは印刷した紙を乾かした後、紙を丁寧に二つ折りにし、見開きの向きが揃うように整える必要があると説明した。午前中に扉と奥付のページを半分に切っておくことも指示し、孤児院の食堂で作業を行うことに決めた。製本のために必要な折りや綴じの手順はルッツに書字板へ記録させ、紙の順序や上下左右を間違えないよう強く注意を与えた。
孤児院での紙折り作業
次の日の午後、印刷された紙が孤児院の食堂へ次々と運び込まれた。食堂のテーブルは紙を汚さないよう綺麗に磨き上げられており、班ごとに紙を折る作業が始まった。灰色神官が班長として見習い達をまとめ、幼い子供達は作業から外されてヴィルマと共にスープ作りに回された。マインは各テーブルを回って紙の折り方を教えたが、紙そのものに慣れていないため、成人の灰色神官でさえ端を綺麗に揃えて折ることができず、仕上がりの悪さに頭を抱えた。それでも、あまりにひどいものはやり直しにしながら、何とか必要なページを整えていった。
ページ順の整理と本の中身の完成
全てのページが折り終わると、今度は順番通りに一冊分ずつ揃える作業に入った。マインは紙を一枚ずつ順に重ねるやり方を実演し、ページをひっくり返したり二枚取ったりしないように指示した。そして、自分の手元用に確保した一部については、丁寧に折り直して折り目を整えた。こうして三十部の本の中身が揃えられ、十冊分ずつでまとめて工房へ運ばれることになった。
自宅での和綴じ製本
その日のうちにマインは自宅へ一部を持ち帰り、製本作業の続きを始めた。まだ膠が完成していなかったため、今回は糊を使わずに四つ目綴じで本を作る方針を取った。ちょうど帰宅していたトゥーリに手伝いを頼むと、トゥーリは喜んで応じた上、自分も字を覚えたいので本が欲しいと願い出た。マインはそれを快く受け入れ、冬の間に孤児院の子供達と一緒に学べばよいと提案した。
本の綴じ方の実践
マインは道具箱から物差し、千枚通し、トンカチ、板を取り出し、まず紙の端をきっちり揃えて折り山を整えるところから始めた。その後、綴じ穴の位置を測って印を付け、ルッツに千枚通しとトンカチで真っ直ぐ穴を開けてもらった。糸通しに慣れたトゥーリが針に糸を通し、マインの指示通りに真ん中の穴から順に糸を通しながら、上下の穴と背を回して本綴じを進めていった。最後には結び目を穴の中へ落とし込む形で糸を処理し、簡単には解けないように仕上げた。
表紙の取り付けと完成の瞬間
本綴じが終わると、次は森で採ってきた花や葉を透かしに使った綺麗な紙を表紙として取り付けた。表紙にも綴じ穴を開け、先ほどと同じように糸を通して縫い合わせていく。全ての工程が終わり、最後に糸を切れば完成という段階で、マインの胸にはこれまでの苦労が一気に押し寄せた。震える手で糸切りばさみを入れた瞬間、本はついに完成し、それと同時にマインの涙も溢れ出した。
初めての本の完成と次の約束
完成したのは、粘土板でも木簡でもなく、白黒絵本でもない、はっきりと本と呼べる一冊であった。自分で本を作ると決めてから約二年、体力も腕力も金も紙もインクも道具もない状態から始まった挑戦が、ようやく形になったのである。マインはルッツに抱きつき、共に作り上げた喜びを分かち合った。だがルッツは、これで終わりではなく、これからもっともっと本を作るのだと笑い、読んでも読み切れないほどの本を目指すよう促した。マインも涙を拭いながら応じ、いずれ図書館が必要になるほどたくさん本を作るという約束を改めて胸に刻んだ。
収穫祭のお留守番
工房に行けず図書室へ向かった日
この日はトゥーリが工房で製本のやり方を教えており、マインも行って応援したかったが、応援だけでは邪魔になるとルッツに止められた。そのため、マインはフランに確認した上で図書室へ向かうことにした。フランとロジーナは、孤児院で使われた食材の種類や量を書き出し、冬支度に必要な分量を計算していた。孤児院にとって本格的な冬支度は初めてであり、その準備は急を要していた。
収穫祭と青色神官達の出発
図書室へ向かう途中、マインは何台もの馬車が並び、青色神官達が出発の準備をしている様子を目にした。フランの説明によって、それが収穫祭へ向かう青色神官達の馬車であることを知った。平民の生活圏では聞かない祭りであったため、マインは神殿特有の行事なのかと疑問を抱いたが、そこへ現れた旅支度姿の青色神官らしき男に、平民は収穫祭を知らないのかと見下すように言われた。マインは即座に跪いて敬意を示し、余計な面倒を避けたが、フランはそれでは侮られると不満を示した。それでもマインは、孤児院へ目を向けられる危険を思えば、へりくだる方が得策だと判断していた。
荒らされた図書室への激怒
図書室へ入った瞬間、マインは中が滅茶苦茶になっている光景を目にした。本棚二つが空になり、羊皮紙や木札が床一面に撒き散らされ、足の踏み場もない有様であった。資料の貴重さを知るマインは激しく怒り、犯人を即座に捕らえたい衝動に駆られた。だが、フランはまず神官長へ報告し、最後に図書室を使った者がわかるかもしれないと諭したため、マインは怒りを抑えて神官長のもとへ向かった。
犯人への疑念と神官長のもとへの連行
神官長への面会申請を待つ間、マインは先ほど出会った青色神官の言葉を思い出した。わざわざ手を回すこともなかったと言い残したその男こそ、図書室を荒らした犯人だと確信したマインは、逃げられる前に捕まえようとして待合室を飛び出そうとした。しかし、ちょうど戻ってきたフランに止められ、そのまま抱え上げられて神官長の部屋へ連れて行かれた。神官長はフランの判断を評価し、マインを隠し部屋へ通した。
図書室荒らしの報告と犯人への執着
隠し部屋で神官長に事情を説明したマインは、本棚二つが空になり資料が撒き散らされた現状を伝え、死刑級の犯罪だと激しく訴えた。神官長は当然それを却下したが、犯人がわかったという話には耳を傾けた。マインは、旅支度をした青色神官がわざわざ手を回すこともなかったと口にしたことから、その男が犯人だと断言した。しかし、その日に収穫祭へ向かった青色神官は五人おり、名前までは知らなかった。それでもマインは、本に仇なす相手の顔は忘れないと強く言い切った。
収穫祭の実態と春の祈念式への不安
話題が収穫祭へ移ると、神官長はそれが農村で行われる祭りであり、徴税と神への供物の徴収、さらには農村の神事も兼ねた行事だと説明した。星結びの承認や冬用の家の扱いなど、農村にとっては重要な意味を持つ祭りであったが、マインには収穫物を持っていかれる嫌な祭りにしか思えなかった。さらに神官長は、収穫祭には行かなくてよいが、春の祈念式ではマインも農村へ行くことになるだろうと告げた。マインは自分に馬車での長旅は無理だと反発したが、神殿に入る条件として魔力を使う儀式への参加は避けられないと指摘され、受け入れざるを得なかった。
犯人への報復から図書室改革への転換
再び図書室の件に話が戻ると、マインは犯人を血祭りに上げるブラッディーカーニバルを開催すると宣言した。神官長は、図書室を荒らす側も、それに対して血祭りなどと言い出す側も極端すぎると咎めた上で、犯人の目的は資料を破壊することではなく、マインに片付けさせないための嫌がらせだろうと推測した。その言葉を聞いた瞬間、マインの中で発想が切り替わった。これは自分に図書室を片付けられないと思っている相手からの挑戦状であり、逆に言えば自分の好きなように図書室を整理する絶好の機会でもあった。
自分のための図書室を作る決意
マインは、図書室の整理を自分のやり方で行うと宣言した。入手順で並んでいた資料を、自分にとって使いやすい分類法に改め、書誌事項も整理し、目録まで作るつもりであった。それは、わたしの、わたしによる、わたしのための図書室に作り変える構想であった。神官長はその機嫌の良さを不気味がりつつも、本を粗末に扱うことはないだろうとして整理を任せることにした。さらに、フラン一人では本棚に届かず大変だと考えたマインは、孤児院の灰色神官達にも手伝わせてよいかを願い出た。神官長はそれも認め、自分が持ち込んだ本についての蔵書目録も貸し出した。
図書室整理への高揚
隠し部屋を出た後、フランはマインが異様に上機嫌なことに戸惑った。マインは、犯人には感謝したいくらいだとまで言い、自分の好きに図書室を片付けられるのだから、これほど楽しいことはないと答えた。鎖に繋がれた本はすでに読み終えており、ちょうど次は本棚の資料へ手を伸ばそうとしていたところであったため、この混乱はむしろ都合が良かったのである。こうしてマインは、自分好みの図書室を作れる喜びに胸を躍らせ、司書らしい仕事ができることに高揚していた。
マイン十進分類法
図書室整理の準備と分類法の着想
マインはフランに工房から灰色神官三人とヴィルマ以外の側仕えを呼ぶよう頼み、自身は神官長から借りた目録を見ながら図書室の分類を考え始めた。木札二枚にびっしり書かれた神官長の私物一覧を確認した結果、鎖に繋がれた本の半分と本棚一段分以上が神官長の持ち込みであることを知り、その蔵書量と財力に驚かされた。特に高価な本を五冊も公開していることから、神官長への好感を強めた一方で、日本十進分類法を元にした分類を当てはめようとすると、魔術関係の資料をどこに置くべきかで手が止まった。神殿特有の常識が絡むため簡単には決められず、実際の資料を見て判断しようと考えた。
図書室の惨状を前にした側仕え達の反応
側仕え達と灰色神官達が到着すると、デリアは図書室の有様に激怒し、他の者達も唖然とした。ギルは犯人の命知らずぶりに呆れ、フランはその末路を思って胃を痛めるほどであった。マインは見せしめと味方の士気向上のために血祭りが必要ではないかと考えたが、フランに必死で止められたため、今回は中止して図書室の片付けを優先することにした。そして、資料を踏まないよう注意しつつ紙と木札に分けて机に積み上げ、本棚へ向かう道を作るよう指示した。
第一次区分による図書室の整理
マインは自作の分類表をフランに渡し、資料を第一次区分の番号で振り分ける役目を担わせた。神殿の資料であるため哲学や歴史、社会科学が多く、特に各農村の収穫量や供物の統計資料が目立った。一方で、言語や文学に相当する資料は見当たらなかった。側仕え達と灰色神官達は、番号を確認しながら本棚へ資料を戻していき、巻物や羊皮紙の扱いに苦労しつつも、予想以上に早く片付けを進めた。資料は見た目ほど多くはなく、巻物を片付けたことで床の広さも取り戻された。マインは今後さらに第二次区分、第三次区分まで細分化して、この図書室に合う分類番号を整備するつもりであった。
見当たらない魔術資料への違和感
整理が終わった後、マインは神官長の目録に載っていた魔術関係の資料が一つも見当たらないことに気づいた。神官長の資料を入れるはずの棚が空のままであったため、別保管なら問題ないが、紛失や盗難なら大事だと考えた。そこで、図書室の鍵を返しに行くフランと共に神官長の部屋へ向かい、目録を返却すると同時にその件を報告することにした。
神官長への報告と分類法への関心
神官長は図書室の整理が終わったことに驚きつつ、目録に載っていた資料が見当たらないと聞くと、それらは自室に置いてあるため問題ないと答えた。そして、マインがなぜ膨大な資料の中から欠けているものに気づけたのか問うた。マインは分類番号を振るために魔術資料を待ち構えていたからだと説明し、自分が考えた分類法を示した。神官長はそれに興味を示したが、自作かと疑わしげに尋ねたため、マインはメルヴィル・デューイの分類法を元にさらに改造したものだと答えた。神官長は名前を知らず訝しんだが、話を続けた。
魔術資料を巡る貴族社会の理屈
神官長は盗聴防止の魔術具を取り出し、魔術は貴族のみが扱うものであり、貴族院を卒業していない青色神官の目に触れさせるべきではないため、図書室には置かないのだと告げた。マインは青色神官は貴族ではないのかと疑問を抱いたが、神官長は、青色神官は貴族の血と魔力を持つ者ではあっても、貴族院を卒業しなければ正式な貴族とは認められないのだと説明した。政変の際には例外的に神殿から貴族社会へ戻った者もいたが、基本は変わらないという。そのため、魔術関係の資料を見せてほしいという願いには応じられないと、神官長は最後に強く釘を刺した。マインは魔術資料を見られなかったことに落胆しつつ部屋を後にした。
完成した本と側仕え達の反応
部屋へ戻ると、工房の仕事を終えたトゥーリとルッツが待っており、製本の進捗を尋ねられた。ルッツは、孤児院の子供達が針に触るのも初めてだったため、完成した本は半分ほどだと報告した。トゥーリは、料理だけでなく裁縫も教えた方が良いのではないかと提案し、裾のほつれも直せない孤児達の現状を問題視した。マインはトゥーリが教えてくれるなら裁縫道具を準備すると答えた。また、トゥーリ自身も文字を覚えたいと言い出し、マインは冬の間に孤児院の子供達と一緒に学べばよいと勧めた。そこへルッツが献本用に整えた四冊の本を取り出し、マインはベンノ達へ渡す予定を立てた。神官長宛ての手紙はロジーナに代筆させることにし、新しい仕事を任されたロジーナに対し、デリアは羨ましそうな様子を見せた。
デリアへの労いと完成品の共有
ギルには工房の仕事、フランには日々の管理、ロジーナには書類仕事と役目が増えていく一方で、デリアだけが目立った新しい仕事を持たず、焦りを感じている様子であった。マインはその気持ちを察し、神官長に渡す本とは別に、完成した本を一番に読んで感想を聞かせてほしいとデリアへ託した。自分の部屋を維持してくれた功績を認めてのことだと伝えられたデリアは、最初は戸惑ったものの、やがて胸を張って本を抱え、足早に階段を上がっていった。その背を、側仕え達は柔らかな目で見送っていた。
ベンノへの献本と仮縫い
冬服の必要とトゥーリへの贈り物
マインはギルベルタ商会へ行くため見習い服を着ていたが、薄手の長袖では季節に合わず、冬用の服が必要な時期になっていた。トゥーリとの会話の中で、次に休みが重なった時に北向けの冬服を買いに行こうという話になり、さらに孤児院で裁縫教室の先生をしてもらう礼として、トゥーリの分の服も用意する考えを明かした。トゥーリは驚きつつも嬉しさを隠しきれず、マインはその反応に満足していた。
ギルベルタ商会での献本
ギルベルタ商会に着いたマインは、ルッツと共に奥の部屋へ通され、ベンノに完成した子供向けの聖典絵本を見せた。ベンノは糸だけで綴じられた製本や、花の透かしを入れた表紙を確認しながら、本の出来を眺めた。中でもヴィルマの影絵のような挿絵には強く目を引かれ、新しい手法で作られたことを知って呆れながらも、その完成度を認めた。マインは、この本が植物紙、新しい製法のインク、新しい絵の手法、印刷、和綴じという、既存の部分がほとんどない本であることを誇らしげに語った。
絵本の価値と教科書としての用途
ベンノが値段を問うと、マインは初期投資込みで小金貨一枚と大銀貨五枚ほど、量産が進めば大銀貨八枚ほどまで下げられる見込みだと説明した。貴族が買う本よりは大幅に安く、富豪層なら手を出せる価格だとベンノは見た。しかし、マインはこの絵本を売るつもりはなく、孤児院で使う教科書にするつもりだと明言した。ベンノは売れる物を売らない発想に激怒したが、マインは識字率を上げることこそ未来への投資であり、教科書を失うわけにはいかないと譲らなかった。
次の絵本構想と今後の印刷計画
子供用聖典は神殿の外では受けが悪そうだという話になると、マインは街向けには別の新しい絵本を作るつもりだと語った。ヴィルマが描ける絵に合わせて、神話以外にもお姫様系の話なら可能ではないかと考えていた。また、今後はガリ版印刷用の原紙や活版印刷も視野に入れており、それぞれの難しさについても説明した。ガリ版印刷は原紙作りが難しく、活版印刷は圧搾機を扱うほどの力仕事になるため、どちらを先に進めるべきか思案中であった。
冬支度と孤児院の豚肉加工の相談
献本を終えたマインは、冬支度に向けた孤児院の豚肉加工についても相談した。塩や香辛料、必要な道具類など、初めての豚肉加工に必要なものを一式揃えなければならないと考えていた。ベンノは費用がかかることを確認した上で、それでも必要な物は揃えると約束した。ただし、人手が足りないため男達はこき使うことになると釘を刺し、マインもそれを受け入れた。
儀式用衣装の仮縫いへ
続いてマインは、自分の儀式用衣装の進捗について尋ねた。ちょうどコリンナが仮縫いをしたがっていることがわかり、ベンノはその場で確認を取った上で、マインをコリンナのもとへ向かわせた。ルッツに案内されて上階へ行くと、コリンナは少しお腹が大きくなったゆったりした服を着ており、順調な様子を見せていた。広げられた青い生地には水の流れと四季の花の刺繍が施されており、儀式用衣装として非常に美しい仕上がりになっていた。
成長を見越した仕立てへの提案
仮縫い用の衣装に袖を通したマインは、ほぼぴったりの寸法であることに満足しつつも、このままでは成長した時にすぐ着られなくなることを懸念した。そこで、腰や肩、袖口などに余裕を持たせて折り込んで縫い、成長しても着続けられるようにしてほしいと提案した。コリンナは当初、服は身体に合わせて美しく仕立て、着られなくなったら次を作ればよいという貴族的な感覚でいたが、マインが高価な布を何度も仕立て直す余裕はないと説明すると、自分の感覚が麻痺していたことを認めた。
仮縫いの調整と今後への不安
その後、どの程度余裕を持たせるか、どのように折り込めば外から見ても綺麗かを話し合いながら、仮縫いの調整が進められた。こうして儀式用衣装の形は整っていったが、マインはふと、仮縫いが終わったことをトゥーリに伝えたら泣かれるかもしれないと気づいた。トゥーリがその衣装に強い思い入れを持っていることを思い出し、少しばかり不安を覚えるのであった。
神官長への献本とシンデレラ
デリアの感想と神官長面会の準備
神殿の自室に戻ったマインは、いつものようにデリアに手伝われながら青の衣へと着替えた。以前よりも着替えの呼吸が合うようになり、自分も少しはお嬢様らしくなってきたのではないかと感じていたところ、デリアが子供用聖典について予想以上に素敵だったと感想を漏らした。さらに、デリアはギルに教わりながらカルタも見せてもらい、絵本を最後まで読めるほど字を覚えていたことがわかった。マインはその成長を喜んだが、そこへロジーナが割って入り、神官長との面会で第二課題を披露するよう返事が来ているため、すぐにフェシュピールの練習を始めるよう促した。
急な披露に向けた猛練習
面会はその日の昼食後に予定されており、神官長が収穫祭へ向かう前に済ませたいという事情から、心の準備をする余裕はなかった。マインはロジーナに言われるまま三の鐘まで必死に練習し、その後は平然を装いながら神官長の手伝いをこなし、昼食後の面会直前まで特訓を続けた。課題曲だけでなく、自作曲として披露する歌も用意しなければならなかったため、元は映画の主題歌だった案を捨て、学校唱歌をもとにした無難な歌へと差し替えていた。
神官長の前での演奏披露
神官長の部屋に呼ばれたマインは、小さなフェシュピールを構え、緊張に震えながらも課題曲を弾き、その続きとして胡桃のような木の実に置き換えた大きな栗の木の下でを歌った。神官長はどちらも満足そうに聞き、大変結構だと褒めた上で、次の課題曲の楽譜を渡した。また、マインが作る曲に興味を示し、今後も何か作ってくるよう求めた。マインは課題がさらに増えたことに内心げんなりしながらも、無事に切り抜けられたことに安堵した。
子供用聖典の献本と表紙への疑問
演奏の後、マインはフランに合図して、完成した子供用聖典の絵本を神官長へ差し出した。神官長はそれを手に取った瞬間、表紙に対して強い違和感を示した。紙の間に花が漉き込まれていることが理解できず、なぜそんなことが可能なのかを執拗に問いただした。マインは、紙を漉く過程で花をぱらぱらと入れればできると答えたが、羊皮紙しか知らない神官長には想像がつかず、結局は工房を見学しなければ理解できないという話になった。
本に対する価値観の衝突
表紙の疑問が解けても、神官長は子供用聖典そのものに満足したわけではなかった。神官長にとって本とは、革張りで宝石や金が施され、色鮮やかな挿絵を持つ芸術品であり、一点物でなければならなかった。したがって、この白黒の本は芸術的価値が低く、せっかく良い絵があるのだから色を付けるべきだと主張した。これに対してマインは、本は芸術品ではなく知識と知恵の結晶であり、孤児院の子供達に字を教えるためには、一冊に金をかけるよりも複数用意する方が大事だと反論した。
印刷による量産の説明
神官長が本を量産すると言っても大勢に書かせるくらいしか思いついていない様子だったため、マインは印刷の仕組みを一から説明した。厚めの植物紙で版紙を作り、文字や絵の黒い部分をカッターで切り抜き、それを本に使う紙の上に重ねてインクを塗れば、切り抜いた部分だけにインクが移るという仕組みである。同じことを何度も繰り返せば、全く同じ本を何冊でも作ることができると聞かされ、神官長は処理しきれないほどの衝撃を受けた。紙を切り刻み、さらに惜しげもなくインクを塗るという発想自体が、神官長にとっては常識外れだったのである。
神官長の驚愕とベンノへの同情
マインが、すでに同じ絵本を三十冊作っていると告げると、神官長はさらに驚き、印刷というものの詳細を何度も確認した。煤から作ったインクのことまで含めて聞かされるうちに、神官長は、規格外の発想と行動を次々に現実へ変えていくマインに振り回されているベンノは、相当な苦労人なのではないかと同情を漏らした。マインは、植物紙協会やイタリアンレストランなどはベンノ自身も自ら首を突っ込んでいるのだから、自分だけの責任ではないと弁明したが、神官長は結果を見れば苦労しているのは明らかだという顔を崩さなかった。
次作絵本シンデレラへの修正指示
続いてマインは、次に作る予定の絵本としてシンデレラの粗筋を書いた紙を神官長に見せた。ところが神官長は、富豪の娘が王子と結婚するなどあり得ないと即座に否定し、身分差を乗り越える話としては非現実的すぎると断じた。マインは妥協点を探るため、どの程度の身分差ならば許容できるかを尋ね、神官長と相談しながら、王子ではなく領主の息子、中級貴族の娘という形に修正していった。さらに、魔法使いが妙な呪文で魔術を使うくだりについても、魔術知識がないにもほどがあるとして全て却下され、亡き母に連なる貴族の援助によって社交界へ出るという現実寄りの話へと変えられてしまった。
夢のない後日談と創作の難しさ
神官長は物語の結末にまで現実的な目を向け、たとえ領主の息子と結婚できたとしても、父親である領主に追放されるか、次期領主の座を弟に譲って補佐役になるかしかないため、二人は幸せに暮らしましたという終わり方は成り立たないとまで指摘した。そこまで先の現実を聞かされたマインは、これから作るシンデレラが自分にとってもハッピーエンドでなくなってしまったことに気づく。こうして今回のやり取りを通じて、ここは魔力と魔術が存在する世界ではあっても、自分の知る都合のよいファンタジーはそのまま通用しないのだと痛感し、今後のお話作りの難しさを思い知らされることになった。
冬支度についての話し合い
孤児院の冬支度と神の恵みの見通し
マインは神官長に、孤児院の冬支度について相談した。神官長は、収穫祭から青色神官が戻らなければ正確な数字は出せないものの、天候に大きな乱れもなく、農村で深刻な疫病も起きていないため、神の恵みは去年と同程度になる見込みだと答えた。神殿からほとんど出ないはずの神官長が農村の状況まで把握していることにマインは驚いたが、神官長には貴族街を通じた独自の伝手があると知り、情報源の違いを理解した。
孤児院総出で進める冬支度の計画
マインは、ベンノを通して道具や材料を準備してもらうことになっており、灰色神官だけでなく子供達にも自分達のための冬支度を手伝わせるつもりだと説明した。神官長は洗礼前の幼い子供達まで働かせるのかと驚いたが、マインは下町では幼くても手伝いをするのは当然であり、孤児院でも働かざる者食うべからずの意識が浸透しているため、皆が競って働いていると語った。自分自身は毎年寝込んで戦力になれないと付け加えたことで、神官長もそれ以上は否定しなかった。
豚肉加工と膠作りの悪臭への懸念
続いてマインは、豚肉加工の後に膠や牛脂の蝋燭を作る予定であり、強い臭いが神殿内に漂うことを気にしていると打ち明けた。神官長も、孤児院から悪臭が流れれば青色神官達が騒ぐだろうと認めたが、今後十日ほどは収穫祭で青色神官の多くが不在となるため、その期間中なら多少の臭いは問題にならないだろうと判断した。ただし、それ以降は神殿内での作業は無理だと釘を刺した。マインはそのわずかな猶予に希望を見出し、ベンノに相談して段取りを急ぐことを決めた。
孤児院の自立に対する神官長の評価
神官長は、あれだけの人数を抱える孤児院の冬支度が金銭面で成り立つのかを確認した。マインは、マイン工房で孤児達が稼いだ金を使うので問題ないと答えた。個人が全額を負担するのでなければよいと神官長は安堵し、本当に孤児達が自分達の手で生活を賄えるようになるとは思わなかったと感嘆した。マインは、神の恵みがあるからこそ成り立っているに過ぎず、工房だけでは全員を支えきれないと冷静に答えたが、それでも神官長にとっては孤児院の冬が厳しいものになるだろうという予想を覆す朗報であった。
奉納式のため神殿に籠る必要
だが神官長が本当に問題視していたのは、孤児院ではなくマイン自身の冬支度であった。奉納式は大量の魔力を要する重要な儀式であり、吹雪で神殿に来られなくなる事態を避けるため、冬の間は神殿に籠るよう命じられた。マインは家族が心配すると訴えたが、神官長は家族が様子を見に来ることまでは許可すると譲歩した上で、それ以上は認めず、神殿の部屋の冬支度を怠らぬよう命じた。予想外の出費と準備の必要を知ったマインは、孤児院よりも自分の冬支度の方が大変ではないかと青ざめた。
側仕え達との冬支度の再計算
自室に戻ったマインは、ロジーナに動揺を見抜かれつつも、神官長の命令を伝えた。フランは奉納式の重要性からして神殿に籠るのは当然だと受け止め、薪や食料は自分達の分に上乗せする形で対応できると説明した。それでもマインは、生活用品や手仕事の道具、冬のパルゥ採りに必要な物まで一つ一つ書字板に書き出し始めた。エラには冬の間住み込みで料理を任せ、孤児院の子供の中から助手を付ける話もまとまり、冬支度の体制が少しずつ整えられていった。
豚肉加工の日程を巡る焦り
そこへロジーナに呼ばれてルッツが工房から戻ってきた。マインが、豚肉加工を十日以内に終えられるか尋ねると、ルッツは燻製小屋が借りられるかどうかもわからず、あまりに急すぎると渋い顔をした。もし間に合わなければ、膠作りだけでも以前の倉庫でやるつもりだとマインは言ったが、狭い倉庫に道具を運び込む苦労を思うと現実的ではなかった。ルッツは、とにかくベンノに農村への打診を頼むと決めて駆け出していった。マインは残された書字板を前に、自分一人分の冬支度が加わることで出費が大きく膨らむ現実を痛感し、急いで新しい絵本を作って資金を作らなければならないと焦り始めた。
側仕え達の冬服と買い物の計画
冬支度の話を進める中で、デリアは買い物や新しい服の話に目を輝かせた。マインは、自分の冬服だけでなく、側仕え達の冬物や、冬の森に行く孤児達の防寒具も必要だと考えていた。神の恵みだけで凌げる孤児達も、パルゥ採りに行くには帽子や手袋が不可欠であり、そりや鉄板なども必要になる。こうして必要品を書き連ねるほど、出費は増していった。明日は側仕え達も連れて冬物を買いに行くと宣言すると、デリアは興奮しきった様子で、今夜は眠れないかもしれないとまで口にした。
絵本販売を決めた苦しい事情
ギルベルタ商会へ向かう途中、マインはフランに、工房にある子供用聖典を五冊持って来させてほしいと頼んだ。教科書にするつもりだった本をなぜ動かすのかと問われ、マインは率直に、金が足りないから売るしかないのだと打ち明けた。神殿に籠るための冬支度は完全に想定外であり、第二弾の絵本を作る時間もなく、今の手持ちでは心許ない状況になっていた。デリア達にはその事情を隠し、絵本が良い出来だったのでベンノにぜひ売ってほしいと言われたと伝えてほしいと頼んだ。買い物を純粋に楽しませてやりたいという思いがあったからである。
ルッツとの帰路と家族会議への不安
店の前で合流したルッツからは、ベンノが農村との交渉はしてくれるが、燻製小屋の予定次第だという返事をもらったと聞かされた。ただしルッツは、膠作りよりも、経験者の少ない初心者だらけで豚肉加工を行う方を心配するべきだと指摘した。マインも父とトゥーリに手伝ってもらいたいと思っていたが、まだ日程が決まらない以上頼みようがなかった。さらに、冬の間ずっと神殿に籠る話を家族がすんなり受け入れるはずもなく、これから待っている家族会議を思うと胃がきりきりすると感じていた。
家族への説明とそれぞれの受け止め方
夕食後、マインが冬の間は神殿に籠るよう神官長に言われたと切り出した途端、家族の空気は緊張した。ギュンターは、通いのはずだったと机を叩いて激昂し、エーファとトゥーリも動揺した。マインは、奉納式で神具に魔力を満たさなければ翌年の収穫に影響が出ること、自分が神殿入りを許されたのは魔力が必要とされているからであり、その代わりに青の衣を纏って辛い肉体労働を免除されていることを説明した。奉納が自分自身の身食いを抑えるためにも必要であることまで話すと、家族も神殿に籠る必要そのものは理解せざるを得なかった。
家族による支援体制の確立
最終的に、エーファは体調が落ち着いたら神殿の部屋を見に行き、側仕え達に挨拶すると決めた。トゥーリは裁縫教室の先生や字の勉強のために孤児院へ通うついでに、マインの様子を見に行くと申し出た。それに対し、ギュンターはトゥーリばかりを頼るなと拗ねたため、マインは父に孤児院の冬の手仕事である木工教室を手伝ってほしいと頼み、さらに豚肉加工の日が決まったら仕事を調整して協力してほしいとお願いした。こうして家族はそれぞれ、自分にできる形で冬の間のマインを支える役割を引き受けることになった。
冬支度の現実を前にした決意
話し合いの最後には、家族全員が冬支度に必要な物や点検すべきことを次々と挙げ始めた。その多くはマインの体を気遣う内容であり、マインは苦笑しつつも、一つ一つを書き留めた。神殿に籠る生活は避けられず、孤児院の冬支度も、自分自身の冬支度も、どちらも現実に進めていかなければならない。こうしてマインは、家族の不安と支えを受け止めながら、目前に迫った厳しい冬に備える決意を固めていった。
冬服を買いに
冬支度の相談と豚肉加工の段取り
マインは三の鐘にギルベルタ商会へ集合して冬服を買いに行く予定だったが、その前にルッツとともにベンノから呼び出され、冬支度について話し合うことになった。トゥーリはその間コリンナと冬の手仕事の話をするよう勧められ、嬉しそうに奥へ向かった。
ベンノは、すでに豚二匹と肉屋の職人二人を手配しており、初心者ばかりでは豚肉加工ができないため経験者を確保したのだと告げた。さらに燻製小屋もこの十日ほどなら空いているとわかっており、マインは家族の都合も踏まえて三日後に豚肉加工を行うことを決めた。道具も合同で注文していた分がある程度揃っていると聞き、冬支度が現実的に進み始めた。
必要物資の多さとマイン個人の想定外の出費
マインは薪と食料以外に孤児院の冬支度で必要となる物を木札にまとめてベンノに見せたが、その量の多さにベンノは顔をしかめた。孤児院だけでも不足品が多い上、マインが冬の間神殿に籠ることになったため、自身の部屋の冬支度まで新たに必要となっていた。
ルッツは金を貸そうかと申し出たが、マインは友達との金の貸し借りは友情を壊しかねないと断った。ベンノはそれを聞きつつ、神殿で暮らすなら貧相な格好ではまずく、部屋着、訪問着、外出着、寝巻、下着類、厚手の靴下まである程度きちんと揃えなければならないと指摘した。見えるところだけ取り繕えばよいというマインの考えは一蹴され、体調を崩しやすいのだから着込めるだけの服を持てと諭された。
神殿での生活を見越した服選びの重要性
三の鐘が鳴る頃、フランが側仕え達を連れて店へ現れた。全員が灰色の上着を着ており、同じ色と同じ形のためかなり目立っていた。マインはコートさえあれば中の神官服が見えにくくなるのではないかと考えたが、ベンノはそれでは駄目だと強く否定し、神殿で他人を訪ねる際に恥ずかしくない一式を買うよう命じた。
トゥーリとデリアは楽しそうに子供用の服を選び始め、ルッツとギルは似たような体格ゆえに張り合いながら服を探した。ロジーナは一人で静かに自分の服を見ており、フランは何を基準に自分の服を選べばよいのかわからず立ち尽くしていた。マインは、体格に合い、冬に暖かいことを基準にすればよいと伝え、自分に似合う服はその後で見立てると助言した。
トゥーリ、デリア、ロジーナたちの服選び
トゥーリは可愛さと暖かさの間で迷っていたが、マインは冬はコートで隠れることもあり、好きな服を選んでよいと背中を押した。その結果、トゥーリは可愛い方を選ぶ決心をした。一方でデリアは最初から華やかな服を選び、満面の笑顔で喜びを露わにしていた。マインはその様子を見て、多少高くても喜んでもらえるならよいと思うようになった。
ロジーナは落ち着いた色合いの服を選び、ヴィルマについては外に出ることを嫌がるため新しい服よりも工房に下りる時用の汚れてもよい中古服の方が喜ぶだろうと説明した。ヴィルマが工房へ顔を出せるようになっただけでも大きな進歩だとロジーナは語り、マインもそれを受け入れた。
ルッツとギルの服選びへの助言
ルッツとギルは一着の水色の上着を巡って言い争っていたが、マインは二人ともその色は似合わないとはっきり告げた。冬服には温かく見える色が相応しく、水色では寒々しく見えるからである。ギルには赤茶の上着と茶のズボンを勧め、ルッツには焦げ茶のズボンに黄土色や緑の上着を合わせるよう助言した。
結果として、ルッツは黄土色の上着を選んだ。少し大きめではあったが、重ね着や来年も着られることを考えれば問題なく、裏起毛の暖かさにも満足した。マインの助言は、服を見た目だけではなく、季節や生活環境に合わせて選ぶという視点を皆に示すものになっていた。
フランへの配慮と神殿への家族の訪問問題
服を選ぶ合間に、マインはフランへ母親が一度神殿の部屋を見て挨拶したいと言っていることを伝えた。しかしフランは、神殿には妊娠した女性や家族という存在に複雑な感情を抱く者も多く、デリアのように孤児院そのものを苦手とする者もいると説明した。加えて神殿長へ余計な情報が渡る危険もあるため、家族を神殿へ呼ぶより、自分が家へ足を運ぶ方が安全だと判断した。
マインはその言葉を受け入れ、母にはそう伝えることにした。神殿での生活を守るためには、家族の気持ちだけでは押し通せない事情があることを改めて理解したのである。
マイン自身の服選びと予算の危機
その後、ベンノはマインの服選びについて、神殿で他人を訪ねる時や春の祈念式で神官長と外に出る時の格好を考え、相応の服が必要だと判断した。フランとロジーナもそれぞれの立場から、神殿内での部屋着、訪問着、外出着などを選び始めた。マインは必要性を理解しつつも、そのたびに財布への打撃の大きさに頭を抱えた。
さらにベンノは、神殿で籠る以上、質の悪い下着や最低限の寝具では体調を崩すだけだと断言した。マインは、自分の冬支度こそが最も金のかかる出費になっていると実感し、絵本を売らなければ本当に足りなくなると追い詰められていた。
ルッツからの贈り物と初期投資の精算
そんな中、ルッツは突然、マインの服は自分が買うと言い出した。ベンノに耳打ちされて思いついた提案であり、これは貸し借りではなく贈り物だから問題ないだろうと胸を張った。周囲の前で男からの贈り物を拒むのは無粋だとベンノにも言われ、デリアからも笑って受け取ればよいと背中を押され、マインは戸惑いながらも断りきれなかった。
その後ルッツは、これまで新商品の利益を半分ずつ分けてきたのに、初期投資については半分ずつにしていなかったとベンノに指摘されていたことを明かした。マインが行き詰まった今が返すべき時だと判断し、初期投資の半額を渡したのである。マインはそれを受け取り、その金で自分の下着用の布、替えのシーツ、冬用の敷物を揃えることになった。
冬のための買い物の完了
服の精算を終えた後、側仕え達は順番に試着室で新しい服へ着替え、神殿に持ち帰る荷物をまとめた。マインはルッツに改めて礼を言い、その助けがどれほど大きかったかを実感した。
その後は孤児院の子供達の冬服や、細かな日用品まで買い足し、神殿に籠る生活と孤児院の冬支度のために必要な買い物を一通り終えた。こうしてマインは、周囲の助けを受けながら、目前に迫る冬を越えるための準備を着実に進めていった。
豚肉加工のお留守番
豚肉加工に向けた準備の進行
買い物の翌日から、ベンノに注文した品々が次々と神殿へ運び込まれた。厚手の服に着替えたマイン工房の子供達は、新しく購入した荷車に荷物を積み、ギルベルタ商会と孤児院の間を往復していた。フランは荷物を検品しながら、孤児院長室へ運ぶ物、女子棟の地下室に置く薪と食料、男子棟の地下室に置く薪と道具を細かく振り分けていた。
女子棟の地下室は調理場、男子棟の地下室は工房として使われるため、保存食はヴィルマが管理し、他の子供達が勝手に出入りできないよう鍵も取り付けられた。冬を越すための食料が途中で失われれば全員が困るため、その管理は極めて重要だった。
ルッツの家族の協力と豚肉加工への期待
荷物の搬入を見守る中、ルッツは自分の家族も孤児院の豚肉加工を手伝うことになったと打ち明けた。頑固で無口なディードは、以前に話し合いの場を設けてくれた神官長に恩を感じており、その礼の代わりとして孤児院を手伝うつもりらしかった。その結果、ルッツの家族全員が動員されることになった。
マインはその話を聞き、ルッツの家族が加わることで作業が何とかなりそうだと期待を膨らませた。しかし、ルッツはそこで、マイン自身は留守番に決まっていると釘を刺した。毎年この時期に熱を出して倒れていること、初心者ばかりを率いる現場では働けないこと、さらにその後に予定している膠作りに支障が出ることを理由に挙げ、適材適所だと諭した。マインは反論できず、留守番を受け入れるしかなかった。
豚肉加工当日の役割分担
豚肉加工当日の朝、マインの家族とルッツの家族は井戸の広場に集まり、段取りを確認した。マインは父とトゥーリとともに孤児院へ向かい、自身は留守番役となった。父とトゥーリは、荷物運びや孤児院の皆の引率のために同行することになった。
一方で、ルッツはギルベルタ商会の見習いとして肉屋へ行き、職人とともに農村へ向かった。ルッツの家族と母は先に農村へ入り、燻製小屋の準備や水汲みなどを担当することになった。フランは孤児院の者達を豚肉加工班と留守番班に分け、力仕事に向いた灰色神官は監督役以外全員が豚肉加工班へ組み込まれた。こうして、作業は明確な分担のもとで開始された。
出発前のやり取りとデリアへの配慮
マインは父に対し、膠作りに使うため豚の皮だけは必ず持ち帰ってほしいと念を押した。骨や内臓は残らなくても構わないが、皮だけは死守してほしいと強く頼み、父もそれを引き受けた。その一方で父は、マインに対し熱を出さないようおとなしく留守番していろと念を押した。
また、トゥーリにはデリアを頼むように言い含めた。デリアは自分がどうして豚肉加工に行かなければならないのかと不満を露わにしたが、マインはデリアに神殿以外の世界も見てほしいのだと答えた。ロジーナとヴィルマは留守番で、他の側仕え達は全員豚肉加工へ向かうことになっていた。デリアは嫌がっていたが、孤児院とは違う外の世界で他の子供達と関わることが、彼女にとっても必要な経験だとマインは考えていた。
留守番組の役割と収穫祭中の神殿事情
皆を見送った後、マインはロジーナとともに部屋へ戻った。フェシュピールの練習をしていると、ヴィルマが料理上手な女の子二人を連れてやって来た。収穫祭の間は青色神官の多くが不在となり、神の恵みである食事が非常に雑なものになるため、自分達で料理ができなければこの十日ほどは苦しい時間になるとヴィルマは説明した。
以前は青色神官の人数が多く、半数が出払っても残り半分から神の恵みがあったが、今はそうではない。マインのおかげで孤児院の者達は自分達で料理を作れるようになり、幼い子供達が飢えずに済んでいるのだとヴィルマは感謝を述べた。そして、自分にできることは何でも言ってほしいと申し出た。この言葉に支えられながら、マインは留守番中の時間を絵本作りに充てることを決めた。
ヴィルマの演奏と絵本作りの方針転換
フェシュピールの練習中、マインはヴィルマにも演奏を頼んだ。ヴィルマは嗜み程度だと謙遜したが、その音色は柔らかく穏やかで、子守唄のように心地よいものだった。ロジーナの高度な技術に比べれば控えめではあったが、貴族の教養として身につけさせられた水準の高さがうかがえた。
三の鐘が鳴った後は、シンデレラの絵本についてヴィルマとロジーナを交えて話し合った。しかし、シンデレラのような物語は二人にとって普通の話ではなく、貴族社会で受け入れられるものではないと指摘された。貴族の世界では建国物語や神々の話、騎士の物語こそが一般的であり、身分差を越えた恋愛譚は異質だったのである。そのためマインはシンデレラを断念し、確実に受け入れられる子供用聖典を作り直す方針へ切り替えた。
絵本作りの再開と料理人助手の帰還
方針が決まると、ロジーナとヴィルマは子供用聖典のページを解いて、絵の部分を再び厚紙から切り抜く作業に取り掛かった。ロジーナは細かい絵の切り抜きを担当し、マインには字のページを切る役目が割り振られた。自分が細密な作業に向いていないと判断されたことにマインは少し不満を抱いたが、二人の方がずっと器用であることは認めざるを得なかった。
六の鐘が鳴る前には、ロジーナが指導していた料理人助手のニコラとモニカが疲れ切った様子で厨房から出てきた。初めての助手仕事は相当大変だったようだが、留守番中の食事作りの練習としては意味のあるものだった。こうして部屋の中では、音楽、料理、絵本作りが並行して進み、マインは留守番でありながらも多くの準備を進めていた。
豚肉加工組の帰還とデリアの変化
夕暮れが深まり、日が落ちかけた頃、デリアが頬を赤くしながら先に戻ってきた。デリアは上機嫌で、これだけ加工品があれば冬の間も大丈夫だと思うと話した。彼女はマインを着替えさせながら、肉屋の鮮やかな捌き方や、大きな塩漬け肉が吊り下げられて燻されていた様子などを興奮気味に語った。
マインは、デリアが外の世界で他の者達と一緒に作業したことが良い刺激になったのだと感じた。孤児院の子供達と今すぐ打ち解けるところまでは行かなくとも、こうした経験を重ねることで、少しずつ視野が広がっていくのではないかと期待した。
膠作りに向けた確認と新たな課題
着替えを終えた後、マインは工房へ向かい、ルッツから持ち帰った豚の皮をどう処理すべきか相談された。マインはひとまず鍋に入れておき、後日石灰水に浸して毛を取り除くつもりだと説明した。さらに、皮を剥離して内皮を膠の原料にし、洗浄や煮込み、不純物の除去を経て膠液を作り、最後は寒さを利用して凝固させる工程まで順に説明した。
ただし、具体的な加減や不純物の扱い方などはまだ実際に試したことがなく、完全に手探りだった。ルッツはそれを聞いて、小さめの鍋に分けて試す方が良いと判断した。また、漬けたり煮たりと長時間を要する工程が多いため、その間に蝋燭作りも並行して進められそうだと結論づけた。マインもわくわくしながら頷き、明日は膠作りと蝋燭作りを一気に片付けることになった。
冬支度の終わり
臭いの出る作業の追い込み
青色神官が戻る前に臭いの強い作業を終わらせるため、豚肉加工の翌日は膠作りと蝋燭作りが中心となり、さらにチーズ作りも並行して進められた。ルッツの家では保存に向くナチュラルチーズを作っており、孤児院にもそちらの方が適していると判断されていた。マインが三の鐘までフェシュピールの練習を終えて工房に着くと、工房内では灰色神官や見習い達が作業を分担し、順調に冬支度を進めていた。
膠作りと蝋燭作りの確認
マインが進み具合を尋ねると、豚の皮は石灰水に浸けられ、蝋燭作りでは溶かした牛脂を濾過して肉のかすを取り除いている最中であった。皮はまだ膨れておらず、もう少し放置が必要だった。マインは蝋燭の臭いを抑えるために使える薬草と、逆に臭いを強めてしまう薬草を教え、自分の失敗談を交えながら成功に繋がる試行錯誤の大切さを語った。ギルはその言葉に素直に感心し、ルッツは経験談として受け止めていた。
さらに、塩析によって牛脂の臭いを抑え質を高める方法や、濾過した布の中に残った小さな肉片をスープに活用できることも教えた。その助言により、作業の副産物まで食料として無駄なく使われる見通しが立った。
工房全体の冬支度と絵本用紙の確保
工房内では、紙漉きの主作業が端に寄せられる一方、木の実から油を絞る作業も進められていた。ランプ用にも使え、料理にも転用できる油の確保は冬支度に欠かせないものだった。その中でマインは、子供用聖典の第二弾を一気に印刷するため、大量の絵本用紙が必要だと考えた。版紙が反って使えなくなる前に印刷を終える必要があるためであった。
現在の在庫では足りないとわかると、マインはルッツにできるだけ多くの紙を準備してほしいと頼んだ。ルッツは材木屋への確認を約束し、必要な量を確保する方向で動くことになった。これにより、冬支度と並行して絵本作りの準備も着実に進められていった。
女子棟で進む保存食作り
工房の様子を確認した後、マインはルッツとともに女子棟の地階へ向かった。そこではチーズ作りのほか、森で採ってきた果物や茸を干す作業、スープ作り、果物を煮詰めたジャム作りなどが行われていた。男子棟の獣臭さとは対照的に、女子棟には甘い匂いが漂っていた。
収穫祭の間は青色神官の不在により神の恵みが雑になり、普段以上に自分達でスープを作らなければならないため、料理係の少女達は大忙しであった。マインが姿を見せると、少女達は一斉に緊張して動きがぎこちなくなったが、作業自体は順調に進んでいた。ルッツは子供達を連れて荷物を取りに行くために離れ、マインも自分がいると周囲が緊張すると言われ、部屋へ戻ることにした。
部屋での復習と騎士団への備え
部屋に戻ると、厨房では普段の食事作りに加え、燻製にしなかった豚肉を塩漬けやコンフィにする作業が続いており、料理人達は非常に忙しそうであった。二階ではデリアが子供用聖典を見ながら字の練習をし、ロジーナはフランが残した課題に取り組んでいた。
マインが版紙作りの続きをしようとすると、フランはそれより先に騎士団の要請に備えた祈りの言葉の復習を優先させた。騎士団からの要請は冬に入る前に毎年一、二度あり、青色神官の不足によって本来なら見習いが担わないはずの役目をマインが果たさねばならなくなっていた。神官長は貴族として他の役目も負わねばならず、儀式にはマインがきっちり対応する必要があったのである。この説明を受けたマインは、自分の責任の重さに改めて冷や汗をかきながら祈りを復習した。
神殿の冬支度と模様替え
復習の途中で、ギルがギルベルタ商会から届いた大きな荷物を抱えて戻ってきた。フランとロジーナ、デリアは荷物を開封し、届いた敷物を見たデリアは部屋の模様替えに強く意欲を見せた。昼食後には模様替えが始まることが決まり、マインは部屋にいては邪魔になるとして工房へ追い出された。
工房では豚の皮が十分に膨れてきており、洗浄後に煮込みの工程へ進める状態になっていた。そこへ戻ってきたルッツは、ベンノから儀式用の衣装が完成したのでコリンナのところへ行くよう伝言を受けていた。外で待つよりもそちらに行った方がよいと勧められたマインは、ロジーナを伴ってギルベルタ商会へ向かうことになった。
コリンナのもとで完成した儀式用衣装
ギルベルタ商会に着くと、ベンノは商談中であったため、マルクの案内でマインとロジーナはコリンナのもとへ向かった。応接室には完成した儀式用の衣装が大きく広げられており、窓から差し込む光の中で、同色の糸で施された流水紋と四季の花の刺繍が浮かび上がって見えた。その美しさにマインもロジーナも感嘆し、コリンナの見事な仕事ぶりに礼を述べた。
実際に着付けをしてみると、青一色の衣装に同色の刺繍、袖と裾の銀糸、首元の金糸、さらに正面にはマイン工房の紋章まで金糸で施されていた。しかも、成長に合わせて大きくできるよう布が折り込まれた工夫も加えられており、合理性と美しさを兼ね備えた仕立てになっていた。ロジーナは、その衣装は動きに合わせて水と花の刺繍が浮かび上がり、人の視線を引きつけるだろうと高く評価した。
冬支度の完了
こうして、儀式用の衣装は完成し、マインの部屋は冬仕様に模様替えされた。保存食や蝋燭は作られて薪とともに地下室へ運び込まれ、膠は涼しい風の通る場所に置かれた。工房では二回目の印刷に向けて大量の紙とインクが用意され、冬の手仕事に必要な道具の数も確認され、不足分は買い足された。こうして孤児院の冬支度は、ほとんど終わりを迎えたのであった。
騎士団からの要請
白い鳥による急報
収穫祭が終わって青色神官達が神殿へ戻り、神官長も比較的早く帰還したため、マインは再び三の鐘の後に神官長の部屋で手伝いをしていた。計算を終えて顔を上げた時、白い鳥が窓をすり抜けて部屋に入り、神官長の机に降り立った。神官長が鳥に触れると、騎士団からの要請があったのでただちに出立の準備をするよう告げる声が響き、三度同じ言葉を繰り返した後、鳥は黄色の石へと戻った。神官長はその石を再び白い鳥に変えて了承の返事を送り、騎士団の召集に応じることを決めた。
儀式用衣装への着替えと出発準備
神官長はマインに騎士団からの要請だと告げ、すぐに儀式用の衣装へ着替えて貴族門へ急ぐよう命じた。貴族門の場所を知らないマインは、フランに抱えられて自室へと急ぎ戻った。部屋ではフラン、デリア、ロジーナが驚くほど息の合った連携でマインを着替えさせ、髪を整え、洗礼式でも使った豪華な簪を挿して準備を整えた。ロジーナは騎士団が相手である以上、不愉快なことがあっても決して表情に出さぬよう注意を促した。準備を終えたマインは再びフランに抱えられ、神官長とアルノーの待つ貴族門へと向かった。
貴族門と初めて見る貴族街
貴族門の前では白銀の鎧に身を包んだ神官長と、水の女神フリュートレーネの神具を持つアルノーが待っていた。神官長は儀式用の衣装を確認し、問題ないと認めた上で、季節に対応するための青い石のついた指輪を貸し与えた。その指輪はマインの指にはめた瞬間に大きさを変え、ぴたりと合うようになった。
神官長が巨大な門に手をかざすと魔法陣が浮かび上がり、門は自動で開いた。門をくぐった先には、下町とはまるで別世界のような白い石畳の広場と整えられた公園が広がっていた。そこには白銀の鎧と黄土色の揃いのマントを身につけた騎士達が整列しており、神官長の到着に合わせて跪いた。団を率いるカルステッドに対し、神官長は今回の儀式を執り行う巫女見習いとしてマインを紹介し、マインも跪いて挨拶をした。
騎獣による空路移動
神官長の出立の命令とともに、騎士達は手甲の石を光らせ、それぞれの好みに応じた騎獣を出現させた。神官長は羽のついた白いライオンのような騎獣にマインを乗せ、自らも後ろに跨った。騎獣が動き出した瞬間、マインは予想外の揺れに驚いて神官長の胸元に頭をぶつけたが、神官長に黙って舌を噛まぬよう注意され、必死に平静を装った。
騎獣は空へと駆け上がり、マインは馬車よりも揺れが少ないことに気づきつつも、空を飛ぶという状況に強い緊張を覚えた。周囲には天馬や狼、虎、兎など様々な姿の騎獣が飛んでおり、それらが魔石を変化させたものであり、魔力が尽きぬ限り自在に動くと神官長から説明された。空から見下ろす下町、街道、森、農地の光景はマインにとって非日常そのものであった。
巨大化したトロンベとの遭遇
神官長達が向かった先は、森の奥にぽっかりと開いた巨大なクレーターであった。その中央では大木のように巨大化したトロンベが暴れており、枝を振り回すたびにクレーターは広がっていた。さらに倒れた木に根を絡ませて生気を吸い尽くし、土の中へ戻っていく様子まで見たマインは、自分の知っていたにょきにょき生える程度のトロンベとのあまりの違いに戦慄した。かつてルッツ達がトロンベを危険視していた理由を、ここで初めて本当の意味で理解したのである。
護衛の配置と祝福の発動
トロンベの討伐後に土地へ魔力を満たすのが神官の役目であり、それまでは危険なため森の陰で待機するよう神官長は命じた。神官長はカルステッドに護衛役を二人選ばせ、ダームエルとシキコーザがマイン達の護衛に任じられた。騎士達が戦いに赴こうとする中、マインはその場に跪き、神官長と騎士団へ武勇の神アングリーフの加護があるよう祈りを捧げた。
その瞬間、神官長から借りた指輪が青く輝き、騎士団へ光が降り注いだ。マインは指輪が自分の魔力を吸い上げていることに気づいて慌てて制御したが、その祈りは結果として騎士団への祝福となった。カルステッドはそれを巫女見習いの祝福だと受け取り、騎士団を率いて出撃した。神官長も出番まで決して動くなと念を押してから騎獣に乗り、騎士達と共に巨大トロンベとの戦いへ向かったのであった。
トロンベの討伐
祝福を巡る騎士達の反応
騎士団が飛び去った後、シキコーザはマインの祝福を無意味だと嘲笑し、魔力が足りない状況で騎士団への祝福に力を使うのは愚かだと蔑んだ。ダームエルは人数が少ない今回は祝福による魔力の上乗せが有益だと擁護したが、マインは偶然指輪が反応しただけであり、自分でも予想していなかったため、表立って反論せず謝罪してその場を収めようとした。
騎士団の戦いの見学
ダームエルはマインを気遣い、シキコーザの言葉は気にしなくてよいと伝えた上で、騎士団の戦いを見せた。上空では神官長が青いマントを翻しながら弓を引き、放たれた黒い矢が空中で分裂して巨大トロンベへ降り注いだ。矢が命中した箇所では小さな爆発が起こり、そこから黒い斑点が広がっていった。やがて枝が腐るように折れ落ち、騎士達は黒いハルバードで枝を払って弱らせていった。ダームエルは、闇の神の加護を受けた武器が魔力を奪うためトロンベ討伐には必須であり、さらに神官長の遠距離攻撃があることで戦いが大いに楽になっていると説明した。
神官長の過去と騎士団への憧憬
戦いを見守る中で、ダームエルは神官長が本来騎士団に戻るべき人であるかのように漏らし、それを口外法度だと念押しした。マインは神官長が神殿の事務仕事だけでなく、騎士としても優れた力を持つことを知り、改めてその万能さに驚嘆した。神官長の矢によってトロンベは次第に弱り、クレーターの拡大も止まったため、戦いは優勢に進んでいるように見えた。
平民であることへの敵意
トロンベ討伐が終わりに近づいた頃、シキコーザは再びマインに敵意を向けた。神殿長から、平民であるマインが青の衣を纏っていることで神殿の秩序が乱されていると聞かされていたらしく、マインを思い上がった平民だと断じた。ダームエルは役目を終えるまで身分は関係ないとして庇おうとしたが、シキコーザはそれを振り払い、平民は貴族に怯えて小さくしているのが似合いだと侮辱した。マインは余計な刺激を避けるため何も言えず、ただ恐怖に耐えるしかなかった。
フランへの暴力と謝罪の強要
シキコーザがマインに迫る中、フランは庇おうとして間に入ったが、突き飛ばされてしまった。さらにシキコーザはマインの髪を掴んで乱暴に引き、側仕えの非礼は主であるマインが詫びるべきだと教えるように言い放った。マインは貴族に逆らえない立場を理解していたため、フランを庇うためにも謝罪したが、それすらシキコーザの怒りを鎮めることはできなかった。
刃を向けられる恐怖
謝罪の後もシキコーザの怒りは収まらず、マインを突き飛ばして尻餅をつかせると、今度はタクトをナイフへ変化させて振り上げた。目を抉ると言い放ち、儀式に支障はないと吐き捨てるその姿に、マインは完全に恐怖で動けなくなった。ダームエルは必死に止めようとしたが、シキコーザは聞き入れず、マインは頭を抱えてうずくまるしかなかった。
神官長の帰還と負傷
その時、上空に青いマントの姿が現れ、マインは神官長の帰還に気付いて助けを求めた。シキコーザは慌ててナイフを引いたが、マインが立ち上がった拍子に左手の甲を深く切り裂いてしまった。マインは痛みに耐えながらも、儀式用の衣装を汚さぬよう急いで袖を捲り上げ、フランはすぐに手当ての準備に入った。
マインの血が呼んだ新たなトロンベ
しかし、マインの血が地面に落ちた瞬間、地面が泡立つように動き出し、次々とトロンベの芽が吹き出した。芽は通常よりはるかに速い速度で成長し、足に巻きつき始めた。マインは慌てて振り払おうとしたが、一本を退ける間にさらに何本もの蔓が伸び、足首から膝、やがて太腿へと絡みついていった。血が落ちるたびにトロンベは増え続け、恐怖は一気に増していった。
逃れられぬ恐怖と助けを求める叫び
フランは素手でトロンベを引き剥がそうとしたが歯が立たず、ダームエルはナイフを出して救出のための祈りを始めた。しかし、その祈りが終わるまでにもトロンベはさらに成長し、マインの腰や腹へと巻きついていった。巨大トロンベに倒された大木の末路が脳裏をよぎり、マインは自分も生気を吸われるのではないかという恐怖に襲われた。歯が鳴るほど震えながら、マインはただひたすらルッツの名を呼び、助けを求め続けた。
救済と叱責
神官長による救出と応急処置
マインが血を落とさないよう手を上げたまま助けを求めると、指輪が青く光って空へ合図を放ち、その直後に神官長が駆けつけた。神官長は黒い矢で足元のトロンベを一時的に鎮めながら接近したが、マインの血によってすぐに再活性化する状況を知ると、事態を最悪だと断じた。さらに、護衛を付けた意味を問いながら騎士達の無能を激しく叱責した。
傷口の封鎖と状況の悪化
マインが左手の傷を示すと、神官長は黒い弓をタクトに戻し、救援信号を出したうえで傷の応急処置に取りかかった。涙も血も魔力を含むため泣くなと忠告し、タクトで傷口を塞いだが、それは完治ではなく魔力で無理やり閉じただけの処置であった。その結果、血は止まったものの、トロンベに対抗する闇の加護を打ち切ることになり、神官長は救援を急がせた。
騎士団の再集結とトロンベからの救出
救援に駆けつけた騎士達は、第二のトロンベとその中心に囚われたマインを見て驚愕した。神官長はカルステッドに、枝が首まで伸びる前にマインを救い出すよう命じ、自分は対抗手段を失ったことを告げた。騎士達は黒いハルバードやナイフで慎重にトロンベを切り払い、傷を付けぬよう細心の注意を払いながら救出を進めた。血が止まったことでトロンベの活性は弱まり、ようやく加護の効果が現れ始めたため、マインは首を絞められる危険から脱した。
カルステッドへの告白
救出に時間がかかる中、カルステッドはマインとダームエルに事情を問い質した。ダームエルは身分差を理由にシキコーザを止めきれなかったと曖昧に濁したが、マインは自分の身の安全が保証されるかを確認したうえで、髪を掴まれ、目を抉ると脅され、フランが突き飛ばされたことまで正確に語った。カルステッドはそれを聞いて激怒し、シキコーザの行いを看過できないものだと認識した。
回復薬と神官長の怒り
トロンベから救い出されたマインは衰弱しきっており、フランに支えられて休ませられた。神官長の薬を飲まされると、その強烈な苦味に苦しみながらも熱と倦怠感は急速に引いていった。その間にトロンベは完全に討伐され、神官長は場を整えたうえで、護衛を務めた二人と騎士団全体に対する処断の場を設けた。
シキコーザとダームエルへの追及
神官長の前に跪かされたシキコーザは、相手は平民なのだから申し開きするようなことはないと開き直った。ダームエルは、身分差を弁えよと命じられて抗えなかったことを謝罪した。神官長は、確かに身分差は弁えるべきだと前置きしつつ、この場で最も身分が高いのは自分であり、その自分が巫女見習いを傷一つ付けず守れと命じたのだと告げた。そのうえで、命令に背いたシキコーザこそ身分差を弁えていないと断じた。
マインの立場の明確化
神官長は、マインが単なる平民ではなく、神殿が望み、領主の許可を得て青の衣を与えられた青色巫女見習いであることを明言した。神殿や領主の決定に不満を持つことに等しい行いをしたのだと騎士達に理解させ、今の神殿では儀式を執り行えるのが自分とマインしかいない以上、マインがこの場にいるのは必要不可欠なことであると説明した。これにより、マインへの危害は平民への私刑ではなく、巫女見習いへの加害として扱われることになった。
騎士団への処分の宣告
神官長は、シキコーザとダームエルが命令違反と任務放棄を犯し、護衛対象に危害を加え、不要なトロンベを出現させ、騎士団に混乱と余計な仕事をもたらしたと糾弾した。さらに、護衛対象を害したことで騎士団の誇りそのものを傷つけたと断じ、軽い罪では済まないと宣告した。そして、護衛としてこの二人を選び、教育も不十分だったことについて、騎士団長カルステッドにも責任があると告げ、追って処分を言い渡すとした。カルステッドはそれを受け入れ、自らの不徳として深く詫び、騎士達も一斉に頭を下げた。
癒しの儀式
騎士団への必要性を示す決意
騎士団への叱責を終えた神官長は、薬が効いているうちに儀式を終わらせると告げ、マインを再び騎獣に乗せて巨大トロンベの跡地へ向かった。移動の途中、神官長は今回の一件について、自分の判断の甘さでマインを悪意に晒し、傷まで負わせたことを悔いていた。しかし同時に、騎士団に対してマインが青色巫女見習いとして必要な存在であることを見せつけなければならないとも語った。神官長は、自分が庇うからこそ、マイン自身の力で必要性を示し、それを今後の身を守る力に変えるよう求めた。
シキコーザへの見せしめ
跡地に到着すると、神官長はまずシキコーザに神具の杖を握らせ、癒しの儀式を行わせた。これは本来なら神官長が手本を示す予定だったが、余計な仕事を増やしたシキコーザにやらせるという意図があった。シキコーザが祈りの言葉を唱えると、杖の魔石が輝き、周囲の土が黒く変わって新芽が芽吹いたが、その範囲は半径十メートルほどで止まった。神官長はそれを全く足りないと切り捨て、杖から手を離すことを許さず、魔力を吸われて膝をついたシキコーザを見下しながら、騎士団の人材不足を嘆いた。
マインによる癒しの儀式の成功
続いて神官長は残りをマインの仕事だと告げ、杖を渡した。マインは気合を入れて杖を握り、自分の内に閉じ込めていた魔力を開放しながら祈りの言葉を唱えた。すると杖の大きな緑の魔石が強く光り、魔力が渦巻き、風が起こって髪と衣装が舞い上がった。流し込まれた魔力は地面へと浸透し、黒い土の範囲が一気に広がり、草が足首ほどの丈まで生え揃った。神官長はそれを見て十分だと制止し、内心ではやりすぎだと感じていた。
騎士団の認識の変化
儀式を終えた後、騎士達は一様に呆然とした表情でマインを見つめていた。マインはその反応に居心地の悪さを覚えたが、神官長はすぐに前へ出て、これが神殿と領主の承認を得た青色巫女見習いであると宣言した。そして異論のある者はいるかと問うたが、騎士団は沈黙をもって従意を示した。さらに神官長が、マインは自分の庇護下にあると付け加えると、騎士達の獲物を見るような視線は収まり、神官長の威圧と共にマインの立場が明確に守られる形となった。
儀式用衣装の要求
帰還前、神官長はマインに今回の騒動について何か要求があるかと尋ねた。神官長としては何も言わないことを望んでいる様子だったが、マインは儀式用の衣装を要求した。新調したばかりの特注品が、今回の騒動で大きく破れ、平民の自分には同じものを改めて仕立てる余裕がないと訴えたのである。カルステッドはその要求を妥当なものとして受け入れ、ギルベルタ商会に同じ衣装を注文する形で、冬までに新しい儀式用衣装を用意することを約束した。マインはそれ以外の処罰については騎士団の規則に従うとし、余計な恨みを買わぬよう配慮した。
帰還後の安堵とルッツへの弱音
神殿へ戻ると、ボロボロになった儀式用の衣装を見たデリアとロジーナは強く動揺したが、フランは騎士団に関わる件として詳しい説明を避けた。その後ルッツが迎えに来ると、マインの危機を不思議な形で感じ取っていたことが明かされた。ルッツは頭の中に助けを求める声が響き、マインの様子が見えているように感じたため、どうすることもできず焦り続けていたのである。無事を確認したルッツに抱き締められたことで、張り詰めていたマインの緊張は解け、貴族社会の怖さを素直に打ち明けた。
神官長の呼び出しと新たな魔術具
騎士団からの要請の後、マインは数日寝込んだ。ようやく動けるようになった頃には秋がさらに深まり、紙作りにも厳しい寒さとなっていた。神殿へ戻ったマインは、フランから神官長に呼び出されていることを知らされ、神官長の部屋へ向かった。隠し部屋に通されたマインに、神官長は自ら調合した赤い薬を飲ませた。前回の苦い回復薬を思い出して警戒したマインだったが、その薬はほんのり甘く、苦味もまずさもなかった。神官長は意外そうに、マインには甘く感じたのかと確認した後、今度は赤い石のついた魔術具を渡した。
眠りへの誘導と夢の世界への接触
神官長に言われるまま、マインがその魔術具を額に当てると、環はサークレットのように頭にはまった。直後から強烈な眠気が襲い、マインは抗うことができず、そのまま長椅子に横たわって眠りに落ちていった。意識が沈んでいく中、神官長はその魔術具が重大事件の犯人や証人の記憶を探り、嘘がないかを確かめるためのものだと説明した。そして、かつてマインが語った夢の世界を見せてもらうと告げ、マインの眠りの中へ踏み込もうとしていた。
エピローグ
フェルディナンドが抱いた違和感と警戒
フェルディナンドは、薬と魔術具によって深い眠りに落ちたマインを見下ろしながら、簪を拾い上げた。簪で髪をまとめる習慣一つ取っても、マインは周囲の平民とも異なっていた。高度な教育を受けた者のような思考を持ちながら、注意深さや危機感には欠け、存在しないはずの知識や分類法を知り、次々と新しい物を生み出していく。その異質さを改めて整理したフェルディナンドは、特に癒しの儀式で見せた常識外れの魔力量を重く見ていた。魔力も発想力も財力も備えた平民の娘は、貴族社会にとって争いの火種でしかなく、その価値と危険性を見極める必要があると判断していた。
記憶を覗く決断とためらい
領主から貸し与えられた魔術具は、記憶を探って対象の価値や有害無害を見定めるためのものであった。フェルディナンドは、これを使えば今後マインに警戒され、今までのような気安さは失われるだろうと理解していた。それでも、余所の領地に存在が知れ渡る前に判断を下さねばならず、無害であることだけでも確認できればよいと考えた。そうして自らも同じ環を額にはめ、マインの額の魔石と重ねて魔力を流し込み、意識の同調を始めた。
呑気すぎるマインとの同調開始
フェルディナンドは、意識を同調させた上で夢の世界の記憶を覗くと告げたが、マインは怯えるどころか、あっさり了承した。記憶を覗かれること自体への抵抗感が薄く、むしろ見てもらえるなら手っ取り早いとさえ考えていたため、フェルディナンドはその無防備さに呆れた。さらに、どこへでも行けるのかとわくわくし始めたマインは、まず自分の愛する図書館へ案内すると宣言し、フェルディナンドを見知らぬ世界へ連れて行った。
図書館で明かされる知識の源泉
二人が最初に立ったのは、日本の市立総合図書館であった。自動扉や大量の蔵書に囲まれた空間は、フェルディナンドにとって未知と驚異の連続であり、マインにとっては本の楽園そのものだった。図書館の蔵書量は貴族院の図書館すら上回るほどで、貧しそうな者まで自由に本に触れている光景に、フェルディナンドは強い衝撃を受けた。マインは、この世界では本が豊富であり、誰でも読むことができることを当たり前のように受け入れていた。ここでフェルディナンドは、マインの本への執着が現世での欠落ではなく、かつて当然のように与えられていた環境を失ったことに由来するのだと理解した。
教育環境から判明した異常さの理由
フェルディナンドが次に見せるよう求めたのは、マインが教育を受けた場所であった。そこで映し出されたのは、学校という制度の中で幼い頃から成人まで一貫して学び続ける日本の教育環境であった。整然と机が並ぶ教室、年齢ごとに分かれた授業、国民全体に読み書きや計算を教える制度を見て、フェルディナンドはマインの理解力や文字習得の速さが、特別な才能だけでなく学び慣れた記憶によるものだと知った。さらに、孤児院で子供達に教育を施したいというマインの願いも、本を読む人を増やしたいという極めて単純で一貫した動機に基づいていたことが明らかになった。
異世界の道具と生活文化への驚き
教育の記憶の後、マインは外の世界や家庭の中の道具を次々と見せた。電気で動く照明や乗り物、ガスコンロ、冷蔵庫など、魔力ではない別の法則で動く技術にフェルディナンドは驚かされた。一方でマインは、魔石が形を変えて動く騎獣の方が自分にはよほど不思議だと感じていた。互いの常識の違いが露わになりながらも、フェルディナンドは、マインが発明してきた品々の多くが、この異世界の生活知識を元にしていることを理解した。
母の影響と手仕事の原点
マインの記憶の中では、黒髪の母親が何度も現れた。好奇心旺盛で飽きっぽく、次々と手芸や絵、工芸や生活技術に手を出しては途中で止めてしまう母に、マインは振り回されて育っていた。だがその過程で、髪飾り、籠、布小物、絵具や手作りの品々に触れ、現世で役立つ多くの技術の原点を得ていた。マインは口では母の不器用さや飽きっぽさをこぼしつつも、その記憶を愛おしそうに辿っており、フェルディナンドはそこに深い家族愛を感じ取った。
母の食卓と後悔の告白
やがて記憶は実家の食卓へと移り、母が用意した和食の食事風景が映し出された。マインは、懐かしい母の味を一口食べた瞬間に涙を流し、そのおいしさを噛み締めた。そして食事を終えた後、母に向かって、逆縁の親不孝をしてしまったこと、大事に育ててもらったのに何も返せないまま死んでしまったことを泣きながら謝罪した。その感情は後悔と愛情と懐かしさが絡み合った強いものであり、同調していたフェルディナンドはそれに耐えきれず、意識の同調を切った。
同調終了後の動揺と感謝
同調を切ったフェルディナンドは、自分まで涙を流していたことに気付き、最悪の気分だと吐き捨てた。一方で目を覚ましたマインは、夢の中とはいえ母の食事をもう一度味わい、きちんと謝ることができたことに心から感謝していた。フェルディナンドはその真っ直ぐな謝意にすぐには言葉を返せず、なおもマインの感情の余韻に揺さぶられていた。
ぎゅーによる慰めと囲い込みの決意
同調によって自分の感情まで流れ込んでしまったのではないかと察したマインは、落ち込んだ時にはトゥーリにしてもらうのだと言って、フェルディナンドに抱きついた。突然の行動にフェルディナンドは戸惑ったが、拒絶する気にもなれず、そのまま受け止めた。やがて落ち着いたマインは、またこの魔術具を使って本を読んだり和食を食べたりしたいとねだったが、フェルディナンドはきっぱり断った。その上で彼は、マインは危機感も羞恥心もなく厄介だが、膨大な魔力と異世界の知識を持つ以上、絶対に余所に奪われてはならないと結論づけた。監視しつつ手綱を取る人物が必要であり、囲い込みは必須だと判断したフェルディナンドは、餌は本だろうと静かに見定めていた。
青色巫女見習いの側仕え
クリスティーネの側仕えとしての記憶
ロジーナは、感情を顔に出さず、美しく微笑みながら芸術へと昇華するよう教えられていた。それは、第一夫人に疎まれて神殿に避難していた青色巫女見習いクリスティーネの教えであった。クリスティーネのもとでは、朝はゆるやかに始まり、ロジーナ達は主の気分に合わせて楽器を奏で、側仕えの灰色巫女達がその間に着替えを整えていた。日中は家庭教師による学びや貴族街での時間があり、側仕え達は部屋の整頓や画材の補充、書類の受け渡しを担っていた。夕方には風呂を済ませ、夜は詩や絵や音楽に浸る優雅な時間が続き、雑務は灰色神官が担うものとされていた。ロジーナにとって、青色巫女見習いの側仕えとは、美しいものの中で感性を磨きながら芸術に仕える存在だったのである。
マインへの違和感と不満
その記憶を基準にしていたロジーナには、新たに仕えることになったマインの在り方が理解できなかった。マインは容姿こそ整っていたが、礼儀作法や言葉遣いは未熟で、動きに品もなく、読書は好んでも芸術への理解は乏しかった。ロジーナは神官長の命令で、マインに教養をつけるため召し上げられたはずだったのに、実際には下働きを求められ、フェシュピールを弾けば文句を言われた。青色巫女見習いとして当然の生活を送ろうとしているだけなのに、それを理解しない側仕え達や、クリスティーネのようになれないと告げたマインに、ロジーナは強い戸惑いと不満を抱いていた。
ヴィルマへの訴え
孤児院へ戻るか、新しい環境を受け入れるかを明日までに決めるよう告げられたロジーナは、動揺を隠しながらヴィルマのもとを訪ねた。そして、芸術に理解のないデリアやギル、灰色神官でありながら自分に命令するフランへの不満を訴え、かつてのような芸術に満ちた生活こそが青色巫女見習いにふさわしいと力説した。しかしヴィルマは、夜遅くの楽器は子供達の迷惑になること、マインの部屋は朝が早く、クリスティーネの生活とは根本的に違うことを静かに指摘した。さらにフランが筆頭側仕えであり、ロジーナは新入りの見習いなのだから命令されるのは当然だと告げ、マインとクリスティーネは違うのだと諭した。
クリスティーネを基準にしていた誤り
ヴィルマは、クリスティーネが特別だったのだと明言した。実家から派遣された側仕えや多くの灰色巫女・灰色神官、家庭教師まで揃えられたクリスティーネの環境は例外であり、平民であるマインに同じことを求めるのは無理があった。神殿の他の青色神官に仕えていたなら、楽器すらなく、花捧げのような仕事をする可能性も十分にあったと告げられ、ロジーナはようやく、自分がマインではなくクリスティーネの時代を取り戻そうとしていただけだと気付かされた。仕えるべき主に合わせて自分を変えるべきだったのに、ロジーナは頑なに主を変えようとしていたのである。
音楽を捨てたくないという決意
孤児院へ戻れば、フェシュピールのない生活に逆戻りすることは明らかだった。クリスティーネが去った後、ロジーナは楽器のない孤児院で不満を抱え、音楽のない日々に耐えてきた。だからこそ、再びフェシュピールを弾けた喜びを思い出したロジーナは、マインの側仕えとして実務を覚える道を選んだ。ヴィルマに励まされ、クリスティーネの側仕えではなく、マインの側仕えになることを決意したのである。
実務の中で知ったマインの力
ロジーナは苦手な計算や文書仕事に向き合い始めたが、その過程で、幼いはずのマインの実務能力の高さを知ることになった。計算力は自分より優れており、実務でも大いに役立っていた。だが、マインは神事や青色巫女見習いとしての教養を身につけなければならないため、その時間を確保するためにもロジーナが実務を引き受ける必要があった。フランはロジーナの負担を見ながら適宜孤児院や工房への使いを任せ、少しずつ仕事に慣れさせていた。
孤児院で見直したマインの価値
ヴィルマへの礼を伝えるため孤児院を訪れたロジーナは、そこで改めてマインのしてきたことの大きさを実感した。子供達は食堂で食事を与えられ、スープを囲みながら楽しげに過ごしていた。その光景は、マインが孤児院を立て直し、工房を整え、神の恵みの少ない日にも食を支え続けた結果だった。クリスティーネならば見向きもしなかったであろう孤児院を、マインは実際に救っていたのである。ロジーナは、自分が芸術の邪魔だと思っていた工房や下町との繋がりこそが、孤児院の者達を救っていたことに気付き、マインの美点をようやく正しく理解し始めた。
新しい側仕えとしての歩み
ロジーナは、苦手な仕事に努力して向き合う自分も悪くないと思えるようになっていた。さらに、マインの部屋で知らない歌や曲に触れ、フェシュピールへの興味を持ち始めたデリアと過ごす時間にも、小さな楽しみを見出していた。ヴィルマから、努力する姿はそれ自体が美しいと励まされ、ロジーナは心から納得した。こうして彼女は、クリスティーネの側仕えとしてではなく、マインの側仕えとして生きていく覚悟を固め、少しずつ新しい役目に馴染んでいったのであった。
神殿の料理人見習い
料理人を目指した理由
エラは、孤児院で冬の間の助手となるニコラとモニカに料理を教えながら、自分が神殿の料理人になった経緯を語った。ニコラとモニカは、下町では神殿が忌避されているのに、なぜエラが嫌がらず神殿に来て料理を教えてくれるのか不思議に思っていたのである。そこでエラは、飲食店協会で税の納入延期を頼みに来ていた時、富豪然としたベンノを見かけ、料理人の助手を探していると知った時のことを思い出した。叔父の店で料理人見習いとして働いていたものの、成人すれば女給の仕事もさせられる立場にあり、その将来から逃れたいと強く願っていたエラにとって、神殿で貴族料理を学べる料理人見習いの話は、別の人生へ踏み出す絶好の機会だったのである。
神殿行きを決めた覚悟
協会の者から、神殿に行けば女は嫁の貰い手がなくなると止められても、エラは考えを変えなかった。叔父の店で女給として働かされる未来と比べれば、神殿で貴族料理を学ぶ方がはるかに望ましかったからである。青色巫女見習いの専属料理人であれば、女給のような仕事は必要ないと聞き、エラは即座に志願した。協会の者がなおも反対する中でも、自分は貴族の料理人を目指しており、そのためなら神殿くらい平気だと覚悟を示した結果、ベンノに雇われることが決まったのであった。
母の後押しと神殿入り
神殿行きに際して叔父は嫌な顔をして反対したが、母は背中を押してくれた。父を亡くした後、自身も女給として働くしかなかった母は、エラが別の道を見つけたなら進みなさいと言ってくれたのである。こうして母の許可のもと、エラはギルベルタ商会と契約し、神殿で料理人見習いとして働くことになった。神殿に来てからは、自分と同じように別の道を求めているニコラとモニカの事情にも共感を覚えるようになっていった。
神殿の料理人として求められたもの
神殿での仕事は、エラが想像していた以上に街の食堂とは異なるものだった。料理の腕以前に、手洗いや清潔さ、身なりを整えることが徹底して求められたのである。フランに案内され、顔や手の洗い方まで細かく指導され、前夜や当日の水浴びまで必須だと告げられた時、エラもフーゴも大いに驚いた。神殿で仕える以上、清められていない者が食材や調理道具に触れることは許されず、その基準に達しなければ雇い主であるマインに紹介することさえできなかったのである。
神殿の厨房と新しい世界
厨房へ案内されたエラは、その広さと整えられた設備に圧倒された。大きな窯のようなオーブンや、磨き上げられた調理器具の数々は、叔父の店とは比べものにならないほど立派であり、この場所に相応しい働きが求められるのだと実感した。フランから衛生管理を最優先に教え込まれ、器具や厨房を常に清潔に保つよう命じられたことで、エラは神殿での料理が単なる調理ではなく、生活全体の在り方まで問われる仕事であることを知ったのである。
マインの料理との出会い
最も衝撃的だったのは、マインの考えた料理の作り方だった。スープの茹で汁を捨てず、そのまま煮込むように言われた時、エラは今まで教えられてきた常識と真逆のやり方に戸惑った。けれど、その方法で出来上がったスープを口にした瞬間、野菜の香りと甘味が塩味によって引き立てられた、今まで食べたことのない優しい味に驚愕した。気味が悪いと思っていた手順が、新しい料理の世界を開く鍵だったのだと知り、エラは料理人としての新たな可能性に強く心を揺さぶられたのである。
マインのレシピが持つ価値
ニコラとモニカから、孤児院へ下げ渡される食事の中でも、孤児院長室のスープだけが特別においしいと聞かされ、エラ達は驚いた。神殿の貴族料理だと思っていたものが、実際にはマイン独自のレシピだった可能性が高まったのである。その時初めて、ギルベルタ商会と結んだ、ここで知ったレシピを勝手に使ってはならないという契約の意味が、単なる形式ではなく大きな価値を持つものだと理解した。トッドは貴族絡みの秘密を知りたくなかったと震えたが、フーゴは面白いと挑戦的な表情を見せ、エラもまた、この未知の料理を自分の力で学び取りたいという意欲を一層強めたのであった。
新しい目標への奮起
冬の間、神殿に泊まり込んで料理を作るのはエラであり、フーゴよりも先に新しいレシピを知る機会が多いことを、エラははっきり自覚していた。ニコラとモニカがマインの側仕えになるために努力しているのと同じように、エラは自分が新しい料理を覚え、春になったらフーゴに教えてやってもいいと挑発した。皆で笑い合いながらも、エラの胸には、冬の間に数多くの料理を覚え、フーゴに追いつきたいという新しい目標が芽生えていた。秋の終わり、神殿での料理人見習いとしての暮らしの中で、エラは自分の進むべき道をさらに明確に見出していたのである。
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