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フィクション(Novel)薬屋のひとりごと読書感想

小説「薬屋のひとりごと 14巻 華佗編 」感想・ネタバレ

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薬屋のひとりごと 14巻の表紙画像(レビュー記事導入用) フィクション(Novel)

薬屋 13巻レビュー
薬屋 全巻まとめ
薬屋 15巻レビュー

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  1. 簡単な感想
  2. どんな本?
  3. 読んだ本のタイトル
  4. あらすじ・内容
  5. 前巻からのあらすじ
  6. 感想
  7. 考察
    1. 名持ちの会合
      1. 名持ちの会合の概要
      2. 羅の一族の参加理由
      3. 辰と卯の因縁解決と家宝の真実
      4. 姚を巡る決闘と意外な結末
      5. 馬閃と里樹妃の縁談の仲介
      6. まとめ
    2. 辰の家宝
      1. 辰の家宝の由来と特徴
      2. 四十年前の火事と卯の一族との確執
      3. 火事の真相と家宝が持ち去られた理由
      4. 家宝の返還と変人軍師による強引な解決
      5. まとめ
    3. 羅半兄の決闘
      1. 決闘の発端と衝突
      2. 決闘の条件と羅半兄の覚悟
      3. 勝利の要因と農作業の成果
      4. 予想外の結末と新たな恋
      5. まとめ
    4. 華佗の末裔
      1. 禁忌の医官華佗
      2. 華佗の末裔たちの正体
      3. 二つに割れた翡翠牌の因縁
      4. 末裔への迫害と壬氏による庇護
      5. 隠された秘宝の発見
      6. まとめ
    5. 翡翠牌の謎
      1. 翡翠牌の持ち主と女華の商売
      2. 王芳の殺害と緑青館での盗難騒動
      3. 壬氏の調査と花押の発見
      4. 華佗の末裔と牌が割れた理由
      5. 翡翠牌の傷に隠された真の秘密
      6. まとめ
  8. キャラクター紹介
    1. 主要キャラクター
      1. 猫猫
      2. 壬氏
      3. 燕燕
      4. 羅半兄(俊杰)
      5. 羅漢
      6. 卯純(純)
      7. 女華
      8. 天祐
      9. 水蓮
  9. 展開まとめ
    1. 一話 名持ちの会合 前編
    2. 二話 名持ちの会合 後編
    3. 三話 辰の家宝
    4. 四話 兎と龍
    5. 五話 心に響く銅鑼
    6. 六話 馬と兎
    7. 七話 消えた盗人 前編
    8. 八話 消えた盗人 後編
    9. 九話 妓女の引き際
    10. 十話 花押
    11. 十一話 後輩たち
    12. 十二話 修練場医務室勤務
    13. 十三話 決闘とその代償
    14. 十四話 二人はなかよし
    15. 十五話 矛盾と目的
    16. 十六話 妤
    17. 十七話 禁猟区
    18. 十八話 華佗の末裔
    19. 十九話 残された秘宝 前編
    20. 二十話 残された秘宝 後編
    21. 二十一話 帰り道
    22. 終話 悪意をばらまく者
  10. 薬屋のひとりごと 一覧
    1. 小説
    2. 漫画
  11. 類似作品
    1. 虚構推理
    2. 後宮の烏
    3. 准教授・高槻彰良の推察
    4. 全裸刑事チャーリー
  12. その他フィクション
  13. アニメ
    1. PV
      1. 二期【2025年放送決定!】
    2. OP
    3. ED

簡単な感想

表紙は女華と天佑。
まさかこの2人が、、

そして天佑が何故に解体に興味津々だったのかも判明する。

いや、コレって皇族全員に言えるのか?
さらに里樹元妃と馬閃の仲も徐々に外堀を埋めて行かれる。

とは言え彼女は現在、出家の身、、

さらにエピローグでは里樹元妃の異母兄が登場して来て、雀さんと意気投合。

ヤバい!!
コイツ等混ぜるな危険だ!
あと姚、燕燕、羅半兄も関係が進展して行く。

残念な方向で、、

羅半兄ェェェ、、

どんな本?

薬屋のひとりごと』は、日向夏 氏による日本のライトノベル作品。
中世の後宮を舞台に、薬学の専門知識で事件の謎を解く少女・猫猫(マオマオ)の物語。
小説家になろうで連載されているほか、ヒーロー文庫からライトノベル版が刊行されている。
また、月刊ビッグガンガン月刊サンデーGXでコミカライズ版が連載されており、2023年にはテレビアニメ化も決定している。

月刊サンデーGXの方が、中華の雰囲気が強く、文化の小さい部分にも気をつけているように感じている。

シリーズ累計2400万部!!

グッズ販売だと?

さらにアニメ化も10月から放送・・・

楽しみだ。

読んだ本のタイトル

薬屋のひとりごと 14
(英語: The Apothecary Diaries、中国語: 药屋少女的呢喃)

著者: 日向夏 氏 
イラスト: しのとうこ

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(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。

あらすじ・内容

西都に残る人たちと別れ、一年ぶりに中央に帰ってきた猫猫たちは、また以前の仕事に戻る。
蝗害、西都のお家騒動からようやく離れることができて、平穏な日々が戻ってくるかに思えたが――。
猫猫が帰って来てもまだその友人たちに居候されて困る羅半。
上司のげんこつを食らいながら、毎日面白そうなものを探す天祐。
面倒くさい客の相手をしながら、どのように技女を引退するか考える女華。
弟の恋についてあれこれ画策する麻美。
お嬢さまの心境に不安しかない燕燕。
言動と心境にずれが生じ、ちぐはぐな行動ばかりしてしまう姚。
蝗害の災禍にたった一人立ち向かい、生きて西都に戻った羅半兄。
西都でも中央でもそれぞれ違う人生があり、皆が皆、自分なりの悩みを抱えて生きていた。
猫猫といえば、壬氏の思いに対して素直になる道を選ぶ。
ただ、そこに大きな問題が存在することも理解していた。
官僚の中には玉葉后の息子が東宮にふさわしくないからと、他の皇族を立てようと考える者たちがいた。
壬氏はもとより、梨花妃の皇子や、数代前の皇族の血筋までたどろうとしている様子。
国の頂きに近い者には平穏な日々など望むべくもない。
今巻は猫猫のゆかりの人々の視点からも、人生を見ていく。
彼ら、彼女らはどう考え、どう生きていくのか。
また、猫猫は壬氏をどう受け止めていくのか。
都の人々のそれぞれの思いが大きく動いていく。

薬屋のひとりごと 14
ヒーロー文庫

前巻からのあらすじ

西都から1年ぶりに帰還した皇弟一行。
船酔いが酷い羅漢は、本来なら皇帝に帰還の報告をしないといけないが、全く動けないのでサッサと屋敷に帰ってしまう。
ただし、羅半兄を西都に取り残して、、、

体調が戻った羅漢は自身の仕事場に行くと、、
裏切った武官の首吊り遺体があった。。

月の君と呼ばれる皇弟の壬氏の気持ちに応える事にした猫猫。

彼女は羅門の養子で、遺伝的には羅漢の実娘。
羅漢は中立派なので壬氏と猫猫が婚姻をすると新たな勢力が出来てしまう。

さらに雀からの案内で、阿多妃と面会する猫猫。
彼女から壬氏は実は現皇帝の子供で阿多妃の子供でもあると聞かされてしまう。
薄々気が付いていたが、阿多妃から真実を聞かされ。
壬氏の立場を危険視する猫猫は、、
2人が何の懸念も無く夫婦になれるように現皇帝と玉葉妃の地位を盤石にする事を決意する。

感想

急に猫猫は、姚に愚かなラブレターを送り続ける辰一族の末席にいる者に三行半を突きつけるために牛の一族が主催する、名持ちの会合に行くことになる。

猫猫は羅の一族の一員として参加。

そんな彼女への、ご褒美は植物図鑑。

変人軍師を会合に誘導する目的で呼ばれた猫猫は、最初は抵抗していたがこの植物図鑑で心が動く。

何だろう、猫猫がチョロインに見えて来た。。
それだけ彼女を理解している人が増えたからだと思おう。

この名持ちの会合は、名持ちの一族同士のお見合い、商談などを目的としたものらしい。

そこに羅半の暗躍で卯と辰の家の先代同士が40年前に揉めた話を聞かされる。

辰の先代の妻の話を聞いていたら、変人軍師が嘘を見抜き。
その点を猫猫が矛盾を指摘して、、
卯と辰のお互いの家の話を聞くと、、

先代の皇太后が、世代交代したばかり辰の家が叛意を持っていると疑い。
その証拠として、家宝にしている金の龍の置物を叛意の表れだと因縁をつけるかも知れないと思い。

その魔手が辰に伸ばされる前に、辰の先代の妻が卯の夫婦と共謀して宝物庫に火事を起こし。

卯の先代が消火作業をしてる最中に、火に熱された金の置物を素手で掴んで、掌を火傷しながら親友のために叛意の因縁を付けられる物証を事を持ち出した。

当時の時代が悪く、血気盛んな親友の事を考えての凶行。

今なら真実を知ればお互いに苦笑いしあいながら、また酒を酌み交わしながら話を出来ただろうに、、
辰の家の当主は既に亡くなっていた。

そして、辰に帰ってきた家宝の金の置物を変人軍師が、、
皇族のみに許された4本指を家臣が許されてる3本指にした。
折りおった・・・
他人の家の家宝を傷物にしおった!

うわぁ、、、
羅半の眼鏡が割れるという例えが実感こもっている。

羅半ってば苦労してるんだな。。
数字への変人だけど。

そんな騒動がひと段落したら、今度は姚にラブレターを送っていた辰の奴が羅半兄と決闘する事に、、

決闘の原因は姚。

姚は、羅半兄を何だかんだと認めているから決闘に出ただけでも本人の望む縁談の話になりそうなのに、、

やっぱり羅半兄。
自身の名前をしっかり呼んで、敬意を示してくれてるのに、、
彼の目は燕燕に向いていた。

姚第一主義者で同性愛者である燕燕が絶対に相手をする訳が無いのに。。
コレってば三角関係ってヤツ?w

さらに決闘に立ち会わされた馬の一族は、卯の一族の里樹元妃と馬閃の縁談を持ち掛けるが、、
まだまだ2人にも障害が多く残ってはいるが、確実に前進はしている。
でも、主上が関わる事でもあるので油断は出来ない。

なかなかに中身の濃い会合だったと思ったら、、

今度は壬氏の侍女、水蓮の立場がより鮮明になって来た。
まさか、水蓮と阿多妃と関係があったとわ、、

だから彼女は壬氏を可愛がるし、着せ替え人形のようにするのか。
そして、壬氏も。
彼にとって彼女は母側の祖母になるのか、、
事情が判れば彼等の距離感も納得。

そんな騒動があった直後、妓楼館に呼ばれた猫猫は、李白から強引に連れてこられる。

白鈴が盗賊に襲われて怪我したらしいとのことだったが、実際にはただ尻餅をついただけ。

盗賊が入ったのは女華の部屋で、彼女が風呂に入ってる間に部屋が荒らされていた。

どうやら女華の持っている翡翠の牌が原因だったらしい、、

それを盗まれそうになった。
どうも皇族関係の陰謀に巻き込まれたようだと判断し、女華はコレを機会に妓女を辞めると決める。

盗まれそうになった翡翠の牌を猫猫に託して処分をしてもらおうと依頼する。
その翡翠の牌を猫猫は夜伽を失敗したばかりの壬氏に託す。

ちなみに、女華の部屋に盗賊を誘導したのが、梓琳の姉だったのが、、
しかも、彼女の客の取り方が梅毒になりそうで何とも、、

梅梅は身請けされ、女華は辞める。
そして、白鈴は李白が身請けすれば一時代が終わる。
猫猫が知っている妓楼館も変わりつつあった。

そして、女華の翡翠の牌が華佗と呼ばれる伝説の医師。
実は数代前の皇族だったが、医学に夢中になりすぎて亡くなった皇子を解剖した罪で皇族を追放された人物の身内だと証明する物だった。

しかもそれは半分だったらしく、翡翠の牌のもう一つ持っていたのが天佑の父だと判明する。

つまるところ、天佑と女華は従兄妹?従姉弟?

その華佗の末裔を何故か誅殺しようと暗躍していたのが姚にラブレターを送った辰家の男と言うが、この巻はなかなかに祟る。

さらに天佑の家には華佗の書籍があったらしく、それを猫猫が欲しがり宝探しとなったのだが、、

牌を使って、その本のある場所の特定までは猫猫は役に立ったが、場所は都市育ちの女性には酷な場所。
最初は馬閃に運んでもらう気だった猫猫を壬氏が運ぶ事になる。

この時の2人に色気もヘッタクレも無いのは御約束w

そうして見つかった華佗の書はボロボロだった。
復元が必要になってたので帝都の修復を生業にしている人たちに託される。

猫猫はそれを読む権利を貰って。

エピローグで、西都で重傷を負って片腕が動かなくなった雀さんは、今回の騒動を裏で誘導した男”純”を弟子にする。

彼は卯の一族の生き残りで里樹の異母兄だった。
その里樹元妃と馬閃のために彼は暗躍するのか??

もしくは、兄いさんはそんな男を可愛い里樹のお婿になんて認めません!とか言うのか?

楽しみがまた増えたw

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考察

名持ちの会合

皇帝から一文字を賜った一族が集う名持ちの会合の概要と、当日の主な出来事について解説する。

名持ちの会合の概要

名持ちとは、皇帝から一文字を賜った由緒ある一族を指す。この会合は五年に一度、丑の一族の別邸で開催されている。

・表向きは一族同士の顔合わせであるが、実態は後継者の披露や縁談、政治的取引の場である
・会場には防音性に優れた休憩室が用意されており、重要な密談の場としても機能している
・傍系の優秀な者を他家に売り込むなどの縁故作りも盛んに行われる

羅の一族の参加理由

羅の一族としては15年ぶりの参加となった。参加には以下の明確な目的が存在していた。

・姚(ヤオ)にしつこく恋文を送る辰の一族の男を直接断り、求婚を諦めさせる
・羅半(ラハン)が辰と卯の両家間に存在する40年来の不仲を解決し、恩を売ることで商談を有利に進める

辰と卯の因縁解決と家宝の真実

40年前、辰の家宝である紫水晶の玉を持った金の龍が消失したことをきっかけに、辰と卯の両家は断絶状態にあった。猫猫(マオマオ)の推理により、長年の謎と隠された真実が明らかにされた。

・辰の大奥さまが、一族を守るために謀反の証拠となりうる書状を隠滅すべく自ら蔵に放火した

・火事の熱によって家宝の紫水晶が変色し、皇族の象徴に近い色に変化してしまった

・龍の指の数など、家宝が謀反の証拠と見なされるのを防ぐため、卯の当主が密かに持ち去り隠していたのが真相であった
・真実が明かされたことで、長年反目し合っていた両家はついに和解に至った

姚を巡る決闘と意外な結末

姚に強引な結婚を迫る辰の男に対し、羅半兄が木棒による決闘を挑んだ。

・辰の男は姚の意思を無視して家柄による婚姻を強要しようとした
・羅半兄は農作業と西都での実戦で鍛え上げた異常な体力を発揮し、恋文男を打ち負かした
・勝利の直後、羅半兄は自分を名前で呼んだ燕燕(エンエン)に対して一目惚れするという新たな事態を招いた

馬閃と里樹妃の縁談の仲介

馬の一族は猫猫を仲介役とし、卯の当主に対して里樹(リーシュ)と馬閃(バセン)の縁談を正式に持ちかけた。

・猫猫は里樹が過去に後宮や西都で受けた不当な扱いや、過酷な境遇を詳細に伝えた
・卯の当主は里樹への同情を示しつつ、現在の政治的派閥関係を理由に即答を避けた
・当主は将来的な縁談の可能性に含みを持たせ、一族の判断として保留の回答を示した

まとめ

名持ちの会合は、過去の因縁の清算や新たな縁談、そして複雑な政治的駆け引きが凝縮された重要な場であった。各一族の思惑が交錯する中で、猫猫の知恵と羅半兄の武勇がそれぞれの問題を解決に導き、一族間の関係性に新たな変化をもたらしたのである。

辰の家宝

辰の家宝の由来、四十年前の火事による喪失事件の真相、そして現在の予想外な結末について解説する。

辰の家宝の由来と特徴

辰の家宝は、玉(紫水晶)を持った四本指の金の龍の置物である。

・六代前、帝位を辞して臣籍降下した東宮が辰の一族へ婿入りした際、皇帝から贈られたものである
・辰の一族が皇族に準ずる血筋であることを示す非常に重要で名誉ある品であった
・材質は純金ではなく、銀を混ぜた金の合金で作られていた

四十年前の火事と卯の一族との確執

今から四十年前、辰の一族の蔵が大火事に遭い、家宝も焼失したとされていた。

・当時の辰の当主は、親友である卯(ウサギ)の当主が盗んだと思い込み、非難した
・この出来事が原因で両家は絶縁状態となり、長年にわたる深い確執が生まれた

火事の真相と家宝が持ち去られた理由

名持ちの会合での密談と猫猫(マオマオ)の推理により、真相が明らかになった。

・火事を起こしたのは辰の当主の妻である大奥さまであり、当時蔵に隠されていた反逆の証拠を隠滅するために自ら火を放った
・紫水晶は火事の高熱に晒されると黄色に変色する性質を持っている

・四本指の龍が黄丹(皇族の色)の玉を持つ状態は、謀反の証拠と見なされる極めて危険なものであった

・卯の当主は辰の一族を粛清から守るため、自ら火傷を負いながら家宝を持ち出し、四十年間も隠し持っていた

家宝の返還と変人軍師による強引な解決

名持ちの会合にて家宝が返還され、両家は和解した。しかし、品物自体が持つ危険性は依然として残っていた。

・変人軍師(羅漢)が突然乱入し、金属の串で龍の指を一本へし折るという暴挙に出た
・さらに危険な玉を取り外し、代わりに山査子の赤い実を持たせたことで、謀反の証拠となる要素を物理的に排除した
・この型破りな処置により、家宝は政治的な危険を伴わない品へと姿を変えた
・後に玉は別のものに交換され、指は正式に三本に作り替えられることで事態は収束した

まとめ

四十年にわたる一族間の確執は、一人の女性の覚悟と友人の献身、そして軍師の奇策によって終止符を打たれた。家宝はその形を変えたものの、両家の絆を取り戻す象徴として再び辰の一族へと戻ったのである。

羅半兄の決闘

名持ちの会合で行われた羅半兄と辰の一族の男による決闘の経緯と、その予想外の結末について解説する。

決闘の発端と衝突

事の発端は、名持ちの会合の宴会場において、姚(ヤオ)にしつこく恋文を送りつけていた辰の一族の男が、彼女に強引に迫ったことであった。

・男は姚の保護者が不在であることを狙い、家柄を盾に結婚を迫った
・羅半兄はその卑怯な態度を真っ向から批判したが、男は彼が農民であることを蔑み、名前を与えられていないと侮辱した
・姚への横暴な振る舞いと自分自身への侮辱を許せなかった羅半兄は、姚の進退を懸けた決闘を申し出た

決闘の条件と羅半兄の覚悟

決闘は中庭の修練場で行われ、刃物禁止のルールのもと木剣や木棒を使った立ち合いとなった。

・男が勝てば羅の家は姚の結婚に干渉しないが、羅半兄が勝てば男は姚を諦めるという条件であった
・羅半兄は武器として木棒を選択した
・彼は武官のような専門的な訓練は受けていなかったが、日々の労働で培った意地と強い覚悟を持って試合に臨んだ

勝利の要因と農作業の成果

試合が始まると、武官としての基礎がある男に対し、羅半兄は当初防戦一方に見えた。しかし、彼には日々の生活で得た特筆すべき強みがあった。

・農村での開墾作業や鍬の振り下ろしによって鍛え上げられた強靭な体力
・西都での蝗害や盗賊との遭遇といった過酷な実戦経験から得た、異常な状況下でも動じない精神力と胆力

・焦りと疲労で攻撃が雑になった男に対し、羅半兄は疲れを見せることなく的確な一撃を突き立てた
・息一つ乱さず平然と立つ羅半兄の姿に完全に気圧された男は、自ら武器を落とし、羅半兄の勝利が確定した

予想外の結末と新たな恋

決闘によって姚の危機は救われたが、事態は猫猫(マオマオ)の予想とは異なる方向へ進展した。

・怪我を心配して駆け寄った燕燕(エンエン)が、礼儀として彼の本名である俊杰(シュンケツ)と呼んだ
・生真面目な燕燕は恩人に対して名前で礼を言うべきだと考えたが、その名で呼ばれたことに羅半兄は深く感動した
・羅半兄の恋心は、守った対象である姚ではなく、名前を呼んでくれた燕燕へと向かうこととなった
・この予期せぬ展開に猫猫と羅半は呆然とし、新たな人間関係の火種が生まれる結果となった

まとめ

羅半兄の勝利は、単なる武勇ではなく、地道な農作業と西都での過酷な経験が裏打ちされたものであった。しかし、その勝利の代償として燕燕への恋心が芽生えるという結末は、非常に彼らしい皮肉でコミカルな幕切れといえるのである。

華佗の末裔

伝説の医官華佗(カダ)にまつわる禁忌の歴史と、その血を受け継ぐ末裔たちの正体、そして彼らが巻き込まれた事件について解説する。

禁忌の医官華佗

華佗は百年近く前に存在したとされる伝説の医者である。

・皇族の血筋でありながら医官として非常に優れた腕を持っていた
・当時の皇帝が最も可愛がっていた皇子が亡くなった際、死因を調べるために遺体を腑分け(解剖)した

・この行為が皇帝の逆鱗に触れて処刑され、その名は歴史から抹消されて禁忌の存在となった

華佗の末裔たちの正体

華佗は処刑される前、身ごもらせていた女性に皇族の証である翡翠牌(ひすいはい)を渡していた。この女性が密かに血筋を繋いだ結果、現代にその末裔たちが存在している。

・天祐(テンユウ):猫猫(マオマオ)の同僚である新人医官である。腑分けに対する異常な執着と手際の良さは、祖先から受け継がれた性質である。
・女華(ジョカ):花街の緑青館における三姫の一人である。彼女の父は天祐の父の実兄であり、皇族の秘宝を探すために実家を出奔し、証拠の品を残して姿を消していた。

二つに割れた翡翠牌の因縁

華佗から託された翡翠牌は、一族に処刑の累が及ぶのを恐れた曾祖母によって、表面に無数の傷をつけられた。

・曾祖母は皇族を示す花押を読めなくしたが、華佗への情から牌を捨てることはできなかった
・天祐の父とその兄が牌を巡って揉み合いになった結果、翡翠牌は二つに割れた
・兄はその片割れを持って出奔し、それが後に女華の手に渡ることとなった
・この牌は宮廷の派閥争いや武官殺害事件の火種となるなど、多くの因縁を生み出した

末裔への迫害と壬氏による庇護

皇太后派の若手武官たちが、歪められた伝承を基に天祐の父の家を襲撃する事件が発生した。

・武官たちは華佗を皇子を毒殺した大悪人と信じ込み、その末裔を私刑にかけようとした
・猫猫は伝承の誤りを指摘して時間を稼ぎ、虐殺を阻止しようと奔走した
・壬氏(ジンシ)は自らの玉牌と割れた翡翠牌を合わせ、この一族が自分と祖を同じくする皇族の血を引く者であることを明言した
・この宣言により、天祐の父の命と一族の安全が公式に保証されることとなった

隠された秘宝の発見

天祐の父から秘宝の処分を頼まれた猫猫は、翡翠牌の傷に隠された真実に気づいた。

・翡翠牌の傷は、狩猟場周辺の地図の縮尺と一致する隠し場所の暗号であった
・暗号が示す大木の根元から、粘土で固められた壺が掘り出された
・壺の中から、医学の発展に身を捧げた華佗が残したとされる古い医学書が発見された
・これは権力ではなく、純粋な知識を次代へ託そうとした華佗の遺志であった

まとめ

華佗の歴史は長年禁忌として葬り去られていたが、猫猫や壬氏の尽力によってその真実と医学的遺産が日の目を見ることとなった。発見された医学書は、過去の因縁を清算するだけでなく、未来の医療を支える重要な糧となるのである。

翡翠牌の謎

物語の複数の事件を繋ぐ重要な鍵となる翡翠牌の謎について、その発端から真相までを解説する。この小さな牌には、失われた宮廷の歴史と禁忌の医学が刻まれていた。

翡翠牌の持ち主と女華の商売

割れた翡翠の牌は、花街の高級妓楼である緑青館の三姫の一人、女華が母親の形見として所持していた。

・女華は自身が皇族の血を引く落胤であるかもしれないという神秘性を演出し、商売道具として牌を利用していた
・彼女自身は本気で皇族だとは信じていなかったが、この噂が後の事件を引き起こす要因となった

王芳の殺害と緑青館での盗難騒動

変人軍師(羅漢)の執務室で遺体となって発見された武官の王芳が、生前に女華の翡翠牌を強引に買い取ろうとしていたことが判明した。

・事件後、緑青館に盗賊が侵入し、女華の部屋が荒らされる騒動が発生した
・盗人は翡翠牌が入っていたからくり箱を盗み出したが、女華が事前に牌を隠していたため難を逃れた
・身の危険を悟った女華は落胤商売を辞める決意を固め、牌の処分を猫猫へ託した

壬氏の調査と花押の発見

猫猫は最も信頼できる権力者として、預かった翡翠牌を壬氏へ届けた。

・壬氏が牌の側面を詳細に調べたところ、名前の代わりとなる記号である花押が彫られていることに気づいた
・その花押は壬氏自身の玉牌と似ており、間違いなく皇族のものであることが証明された

華佗の末裔と牌が割れた理由

壬氏の調査により、翡翠牌は数代前の皇族であり優れた医官でもあった華佗のものであると特定された。

・華佗は皇子の遺体を解剖したため、禁忌を犯したとして処刑された人物であった
・新人医官である天祐の父が華佗の曾孫であることが判明した
・華佗が身ごもった女性へ渡した牌であったが、一族への累を恐れた女性が表面に傷をつけて模様を隠した
・牌が二つに割れていたのは、天祐の伯父が秘宝を求めて牌を持ち出そうとし、弟と揉み合いになった末の結果であった

翡翠牌の傷に隠された真の秘密

天祐の父は、兄が探していた秘宝を処分してほしいと壬氏に願った。猫猫は翡翠牌の傷と地図を照らし合わせ、重大な秘密に気づいた。

・牌の表面の傷は単に模様を削ったものではなく、森にある複数の目印を結ぶための暗号であった
・牌を二つに割ったことで、片方だけでは手がかりが読めない巧妙な仕掛けになっていた
・猫猫が傷の形に沿って地図上の地点を線で結んだところ、最後に一つの場所が特定された
・その場所を掘り起こした結果、粘土に包まれた壺の中から禁忌の医学書である華佗の書が発見された

まとめ

翡翠牌を巡る謎は、かつて処刑された医官の遺志を現代へと繋ぐ物語であった。単なる身分の証明や商売の道具として扱われていた牌は、最終的に医学の発展という華佗の真の願いを猫猫へと届ける役割を果たしたのである。

薬屋 13巻レビュー
薬屋 全巻まとめ
薬屋 15巻レビュー

キャラクター紹介

主要キャラクター

猫猫

薬や毒に異常な執着を持つ少女である。鋭い観察眼と豊富な知識を武器に、宮廷内の難事件を次々と解明する。周囲の思惑に巻き込まれつつも、医療の道へ進む決意を固めている。

・所属組織、地位や役職
 医局、医官付官女。

・物語内での具体的な行動や成果
 辰の一族が失った家宝の行方について、紫水晶の熱変色を利用した推理で真相を暴いた。緑青館で起きた盗難事件において、睡眠薬入りの粥や香水の残り香から犯人を特定した。翡翠牌に刻まれた傷跡と地図を照合し、隠された秘宝の在処を特定した。燃える家から「華佗の書」を救い出そうとし、最終的に大木の根元から壺に入った本を発見した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 西都での長期任務を終え、医局内で外科処置の助手まで任されるほど成長した。壬氏から華佗の末裔である天祐との関係や、自らの立場について注意を促されている。壬氏との関係については、玉葉后の敵にならないという覚悟を持ちつつ、現実的な将来を考え始めている。

壬氏

皇弟の地位にある青年である。自らの立場を整理するために体に焼き印を刻み、国の将来を見据えた行動をとる。猫猫に対して深い愛情と独占欲に近い感情を抱き、彼女の安全を常に案じている。

・所属組織、地位や役職
 皇族、皇弟。

・物語内での具体的な行動や成果
 名持ちの会合を主催する一族と接触し、若手武官たちの不穏な動きを監視した。預かった翡翠牌の調査を行い、それが華佗と呼ばれた皇族の物であることを突き止めた。私刑を加えようとした若者たちを制止し、適切に処分を下す。猫猫と共に華佗の秘宝を掘り起こし、その復元と管理を引き受けた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 皇族の地位を降りることを真剣に検討し、主上に対してもその意思を伝えている。猫猫を自身の専属的な治療担当として重用し、彼女との距離を縮める一方で、自らの欲望を抑える葛藤を抱えている。

壬氏に仕える侍女であり、隠密や諜報を担う「巳の一族」の者である。明るく飄々とした性格の裏で、極めて高い戦闘能力と冷徹な判断力を備えている。猫猫を「ムスメさん」と呼び、護衛や指南役として行動を共にする。

・所属組織、地位や役職
 巳の一族、元壬氏付侍女、阿多の密偵。

・物語内での具体的な行動や成果
 宮廷内に流れる噂の出どころを調査し、軍部の派閥争いの裏側を探った。緑青館の警備強化や女華の身辺警護を影で支える。卯純の変則的な立ち回りを見抜き、自分の後継者として巳の一族へ勧誘した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 右腕が不自由になり、壬氏の固定勤務を離れたが、語学力を活かした諜報活動を続けている。真の主人は阿多であることが明かされ、より広範な情勢監視に従事している。

猫猫の同僚である官女である。名家の出身だが、自立した女性を目指して日々奮闘している。負けず嫌いな性格で、猫猫を良きライバルとして意識しながらも深く信頼している。

・所属組織、地位や役職
 医局、医官付官女。

・物語内での具体的な行動や成果
 名持ちの会合に参加し、自分に付きまとう恋文男との決着をつけようと奔走した。羅漢邸の離れを住居として借り、燕燕と共に生活を送る。燕燕が提案した羅半兄との縁談話に対し、複雑な反応を示した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 西都での経験を経て医療技術を向上させ、医局内で着実に地位を築いている。叔父である魯侍郎の留守中に持ち上がった縁談問題を、羅半兄の協力により解決した。

燕燕

姚に仕える侍女であり、官女としても有能である。姚を第一に考え、彼女の安全と幸せを全力で守ろうとする。料理や家事の能力が非常に高く、姚の生活を献身的に支えている。

・所属組織、地位や役職
 医局、医官付官女、姚の侍女。

・物語内での具体的な行動や成果
 猫猫を名持ちの会合へ連れ出すため、異国語の植物図録を用意して交渉した。姚のために羅半兄を婿候補として品定めし、彼を名前で呼ぶことで意識させた。猫猫の休日を管理し、彼女に姚の護衛や助言を求めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 姚を羅半の干渉から守るため、独自の判断で住居の変更などを検討している。羅半兄に対して一定の敬意を払い、彼を「俊杰さま」と呼ぶことで良好な関係を築き始めた。

羅半兄(俊杰)

羅半の実兄であり、農業に関する深い知識と技術を持つ青年である。真面目で誠実な性格だが、常に周囲の騒動に巻き込まれ、過酷な労働を強いられている。

・所属組織、地位や役職
 農業指導員。

・物語内での具体的な行動や成果
 西都での蝗害対策や灌漑施設の構想を完遂し、中央へ帰還した。名持ちの会合にて、姚に執着する恋文男と決闘し、日頃の開墾で鍛えた体力で勝利を収めた。燕燕から名前で呼ばれたことに激しく動揺し、彼女に好意を抱くようになる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 本名の「俊杰」がようやく周囲に認識され始めた。作者不明の農業書として編集されることになる、優れた農作業の記録を遺している。

羅漢

軍部を統べる高官であり、猫猫の実父である。変人軍師の異名を持ち、周囲を翻弄する奇行が目立つが、その知略は計り知れない。猫猫を異常なまでに溺愛しているが、当の本人からは激しく嫌われている。

・所属組織、地位や役職
 軍部、太尉、漢の一族の長。

・物語内での具体的な行動や成果
 名持ちの会合にて、辰の一族の家宝である金の龍の指を金属の串で折り、形状を変更させた。賭け碁で他家から多くの戦利品を剥ぎ取るなど、自由奔放に振る舞う。天祐の父が襲撃された際、壬氏と共に現場へ現れ、事件の事後処理に関与した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 西都から帰還後も、その圧倒的な存在感で軍部や各一族に影響を与え続けている。

卯純(純)

卯の一族の者にあり、里樹の異母兄である。自らを弱者と位置づけ、敵を作らない立ち回りで生き残ってきた。父や妹の不実を嫌悪し、里樹の幸福を願っている。

・所属組織、地位や役職
 武官(元文官)。

・物語内での具体的な行動や成果
 軍部の若手武官たちに対し、巧みな話術で噂を流し、彼らの行動を特定の方向へ誘導した。私刑騒動の引き金となる情報をばらまき、壬氏が火種を潰す機会を作った。雀からその性質を評価され、彼女の後継者候補として勧誘を受ける。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 雀の弟子となることを承諾し、悪意や流言を扱う技術を学び始めた。里樹のために、自身の家門を整理しようとする冷徹な一面を隠し持っている。

女華

緑青館の三姫と称される高名な妓女である。高い知性と冷静さを備え、妹分である猫猫を可愛がっている。自らの出生にまつわる秘密を商売に利用してきたが、限界を感じている。

・所属組織、地位や役職
 緑青館、妓女(三姫)。

・物語内での具体的な行動や成果
 自室に盗人が入った際、事前に察知して本物の翡翠牌を隠し通した。王芳という武官が自分の持つ牌を狙っていたことに気づき、危うさを感じていた。翡翠牌を猫猫に託し、皇族の落胤を名乗る商売を辞める決意を固めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 妓女としての第一線を退き、やり手婆の後継者として緑青館の経営側に回ることが示唆されている。

天祐

猫猫と同じ医局で働く青年である。外科的な技術において非常に高い能力を持つが、解剖や遺体に対して異常な興味を示す危うさがある。

・所属組織、地位や役職
 医官見習い。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家の狩猟場が私刑の場となった際、猫猫を案内して火元へ向かった。華佗が残した本の存在を猫猫に教え、彼女の向こう見ずな行動を引き出した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 華佗の末裔の一人であることが判明した。自らの性質を自覚しており、勘当された実家との関わりには消極的である。

水蓮

壬氏に仕える老齢の侍女である。壬氏の健康や生活を第一に考え、彼の幸せのために様々な工作を行う。実は阿多の母親であるという衝撃的な過去を持つ。

・所属組織、地位や役職
 壬氏付侍女、乳母。

・物語内での具体的な行動や成果
 猫猫と壬氏が二人きりになれるよう、特別な夕餉や寝所の準備を整えた。猫猫を狩猟場へ呼び寄せ、壬氏の調査を医療面からサポートさせた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 幼い皇太后を守り抜いた伝説の侍女としての顔を持つ。娘である阿多との関係を弁えつつ、孫にあたる壬氏を影から支え続けている。

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展開まとめ

一話 名持ちの会合 前編

燕燕に起こされ名持ちの会合へ向かうことになる

壬氏のもとから帰った翌朝、猫猫は燕燕に揺り起こされた。昨晩の出来事で疲れていた猫猫は寝落ちしており、食事も片付けないままだった。燕燕は一大事が起きたとして猫猫に同行を求め、予定を尋ねると明日が仕事であることを確認したうえで休みにしておいたと告げた。猫猫が拒否を示すと、燕燕は猫猫の好物として異国語で書かれた植物図録を差し出した。精密な挿絵が描かれた珍しい図録に猫猫は強く興味を示し、代価として同行することを了承した。こうして猫猫は図録を抱えたまま、燕燕に手首を掴まれ逃げられない状態で馬車へ向かった。

馬車の中で名持ちの会合と姚の事情を聞く

馬車にはよそ行きの服を着た姚が乗っており、猫猫はそこで目的地が名持ちの会合であると知らされた。名持ちとは皇帝から一文字を賜った一族であり、その一族同士が顔合わせを行う集まりだと説明される。姚自身は名持ちではないが、猫猫の随伴として参加するつもりであった。姚が会合に行きたがる理由は恋文の送り主にあった。西都へ行っている間に姚は名持ちの一族の男に見初められ、香の強い恋文をたびたび送られていた。文面は相手が自分の家柄や能力を誇示する内容ばかりで、しかも仕事中にも押しかけるうえ、家族に前向きな交際だと伝えると言い出したため問題になっていた。姚の叔父である魯侍郎が不在であることもあり、母親が相手の言葉を信じれば結婚が進められる可能性があった。そこで姚は名持ちの会合で相手の一族の長に直接会い、結婚の意思がないことと恋文をやめるよう伝えるつもりであった。

猫猫は変人軍師の存在を知り帰ろうとする

姚の計画を聞いた猫猫は無謀だと感じた。さらに会合に変人軍師が来ると知ると、猫猫は馬車から帰ろうと立ち上がった。しかし燕燕は図録を持つ猫猫の袖を掴み、図録を置いていくよう迫った。猫猫は図録を手放せず、結局席に戻ることになった。

丑の別邸へ到着し会合の会場を見る

馬車は都から少し離れた場所にある丑の別邸へ向かった。名持ちの会合は、昔丑の一族の長が茶を楽しむ集まりを提案したことが始まりであり、現在は五年に一度開かれていると燕燕が説明した。羅の一族が参加するのは十五年ぶりであった。屋敷は川や森に囲まれた場所にあり、古い建物ながら丁寧に管理されていた。庭は竹林や梨の花が調和よく植えられ、派手さはないが全体の趣を重視した造りであった。

屋敷で羅半兄や変人軍師と再会する

屋敷に到着すると変人軍師が猫猫に近づいた。猫猫は警戒して姚や燕燕の後ろに隠れたが、そこに羅半兄が現れた。猫猫は久しぶりに会えたことに安堵したが、羅半兄は怒った様子で顔をそむけた。変人軍師は機嫌よく食事の話をしており、羅半が猫猫を連れてきた理由の一端がうかがえた。

丑の一族の長である丑喜に迎えられる

玄関では恰幅のよい老人が出迎えた。丑喜と名乗る人物で、丑の一族の元当主であり、今回の会合の世話役であった。丑喜は羅の一族の参加が十五年ぶりであることを歓迎し、羅半と握手を交わした。羅漢はぼんやり屋敷を眺めて反応しなかったが、丑喜は気にせず挨拶を続けた。猫猫たちは使用人に案内され、中庭を通って客室へ向かった。

離れの客室に案内され準備を始める

猫猫たちは他の一族とは離れた離れの建物に案内された。居間と三つの個室があり、羅半は女性三人で一部屋を使うよう提案した。変人軍師は猫猫と同室を望んだが却下され、一人部屋となった。部屋には新しい寝台が用意されており、会合は泊まりを前提としたものであった。正午には宴会場で食事会が予定されているため、燕燕は姚の支度を始めた。簪や衣装を整えながら名家の人々に姚を披露すると意気込む燕燕に対し、姚は何度も着替えさせられたことに疲れていた。猫猫は着飾ればさらに求婚者が増えるのではないかと指摘し、燕燕は悩んだ末に簪を一本減らした。

猫猫も宴会に向けて着替えることになる

猫猫は普段着のままで十分だと考えていたが、燕燕は猫猫用の衣装も用意していた。宴を避けて部屋に籠もることは許さないと告げられ、猫猫は黙り込んだ。やがて燕燕は猫猫に服を押し付け、姚の着替えを手伝い始めた。猫猫は面倒だとぼやきながらも、会合のために着替えることになった。

二話 名持ちの会合 後編

宴会場の構造と会合の性質が明らかになる

宴会場は中央に大きな丸い舞台があり、その周囲を円卓が囲む風変わりな造りになっていた。姚たちは支度に手間取り、変人軍師は離れで寝ていたため、猫猫は羅半と羅半兄とともに先に会場へ入った。円形の配置は上座下座を意識させにくくするための工夫であり、前列に干支の字を持つ家、後列にそれ以外の字を持つ家が並ぶ構成だった。席に着いた猫猫は、老人と若者が組になり、若者の男女比も揃っていることから、この会合が単なる顔合わせではなく見合いの場としての性質も持つと察した。羅半はその見立てを認めたうえで、傍系の優秀な者や器量の良い者を他家に売り込む場であり、血族以外でも名家と縁を結びたい者が参加すると説明した。

会合が縁作りや密談の場でもあると語られる

羅半は、この会合には見合い以外にも、次期後継者の顔見せや縁故作り、商売の取引、政治的干渉といった側面があると語った。さらに、休憩室は音が漏れにくい造りになっており、密談のための場でもあると明かした。羅半兄は自分が嫁探しのために連れて来られたのではないかと疑い、猫猫も羅半に胡散臭さを感じて詐欺師のようだとからかった。三人は軽口を交わしつつ、果実酒や茶を受け取った。

羅半の狙いが卯と辰の一族にあると判明する

使用人を下がらせた後、羅半は自分がこの宴に参加した理由を話し始めた。狙いは右斜め前の卯の一族と左斜め前の辰の一族であった。卯の卓には高齢の老人と中年女性、若い男女、少年が座っており、辰の卓には年配の女性と補佐役らしき男性、若い男女がいた。羅半によれば、この二つの家は四十年ほど前から不仲であり、その原因は辰の家宝が盗まれ、卯が容疑をかけられたことにあった。卯の当主は婿養子の不始末により一度隠居したものの、再び当主に戻っていた。卯の一族は今弱っており、そこにつけこむ者が多いため、名持ちの家がさらに失われる事態を避けたいと羅半は考えていた。

首吊り事件とのつながりから猫猫に協力を求める

羅半は、もし辰の家宝を見つけられれば大きな恩を売れると語り、そのために動こうとしていた。さらに、以前に義父上の執務室で起きた首吊り事件の犯人である三人の官女の実家が、いずれも辰の一族とつながりのある家だと明かした。そのため羅半は、四十年前の事件を完全に解決することは難しくても、猫猫、羅半兄、変人軍師の力を借りれば何とかなるかもしれないと考えていた。猫猫は卯の一族が弱体化した事情を知っていたため、その話を聞きながら状況を受け止めていた。

姚と燕燕が着飾って到着する

そうしているうちに、ようやく姚たちが宴会場へやって来た。必要最低限にすると言っていたものの、姚はかなり着飾っていた。ただし燕燕の手による装いは過剰ではなく、細部に品とこだわりが感じられるものだった。猫猫の服もまた品の良い仕立てであり、燕燕の優秀さがうかがえた。変人軍師も護衛に見守られながら後からついて来た。姚は遅れたことを詫びたが、羅半は笑うだけで座るよう促さなかったため、燕燕は不満を募らせた。その空気を見かねた羅半兄が動き、姚と燕燕の椅子を引いて座らせた。

変人軍師が簪を差し出し猫猫が受け取る

席が整った後、馬の一族の席には馬閃と麻美の姿が見えた。そこへ変人軍師が羅半を押しのけて猫猫の隣に座り、猫猫の装いを褒めながら自分の簪を差し出した。その簪は銀製で剣を模し、龍が巻き付き、さらに紫水晶の髑髏が鎖で下がる派手な品であった。姚が不敬ではないかと真面目に指摘し、猫猫も不敬になるとして着用を断った。しかし受け取るだけは受け取り、変人軍師は喜んだ。猫猫は内心で地金として売ることを考え、次に欲しい簪として純金を挙げたため、羅半は借金を増やさないでほしいと切実に止めた。

長い挨拶と料理が宴を始める

やがて銅鑼が鳴り、会合が始まった。中央の舞台には丑の好々爺が上がり、どの席にも偏らないよう回りながら挨拶をした。猫猫は玉の席に玉葉后や玉袁がいないことを確認し、代わりに三十代ほどの男女二人が座っているのを見て、玉袁の子どもたちだろうと考えた。丑の好々爺の話は長く続いたが、その間にも料理が次々と運ばれてきた。円卓には家鴨の丸焼き、海月の和え物、皮蛋、筍の炒め物などが並び、猫猫は馬の一族の席にいる馬閃が複雑な表情をしているのを見た。猫猫が黄酒を取ろうとすると、羅半は猫猫には仕事があるとして酒を取り上げ、果実酒だけを残した。その後も別の一族の隠居が荔の歴史を語り、長い挨拶がようやく終わった時には、猫猫の腹は料理で満たされていた。

歓談が始まるが羅の席には誰も近づかない

自由歓談の時間になると、舞台には踊り子が現れ、若者たちは席を立って挨拶や紹介、密談に動き始めた。しかし猫猫たちの席には誰も来なかった。羅半兄ははぶられているようで落ち着かなさを覚えたが、姚と燕燕は誰も来ないことを見越していたため、料理を楽しみながら落ち着いていた。猫猫も本題を忘れず、姚に恋文を送ってきた相手の一族を尋ねた。すると相手は辰の一族であり、本人は来ていないが家は参加しているとわかった。

姚が辰の一族に向かおうとし羅半が制止する

辰の一族と聞いた姚は、これから話をしに行きたいと言って席を立とうとした。だが卯と辰の不仲の事情を知る羅半、猫猫、羅半兄は慌てて止めた。猫猫は姚に伝手がないまま一族の重鎮へ直談判するのは礼を欠く行為だと諭した。姚もそれは理解していたが、迷惑な問題を早く解決したい思いがあった。そこで羅半は、自分がこれから辰の一族に商談を持ちかけ、まず自分たちが先に話をつけておくと提案した。そのうえで、姚たちは本来部外者であり、下手に動いて羅家に損害をもたらすなら家から出て行ってもらうことになると辛辣に告げた。姚は唇を噛み、燕燕は怒りをあらわにしたが、羅半の言い分は筋が通っていた。

羅半兄が姚と燕燕の見守り役を任される

羅半は、自分たちが辰の一族と話をしている間、姚たちには席に残っていてもらいたいと伝えた。話が済めば二人を紹介するとも約束した。燕燕は自分たちだけ残されて面倒ごとにならないかと問うたが、羅半は代わりに羅半兄が残ると答えた。突然その役目を振られた羅半兄は驚いて立ち上がったが、羅半は義父上が交渉には必要不可欠であり、男たちが全員いなくなるのは問題だと耳打ちして説得した。結局、羅半兄は人の良さからその役目を引き受け、猫猫は西都でも同じように頼み込まれて動かされたのだろうと察した。

三話 辰の家宝

辰の一族との密談が始まる

時刻を知らせる鐘が鳴ると、羅半は猫猫と変人軍師を連れて辰の一族との密談に向かった。姚たちは羅半兄に任され、護衛は二人を残して一人だけ同行した。密談部屋には辰の大奥さまと補佐役の男、若い男が入り、羅半たちと向かい合う形で座った。羅半は営業用の顔で丁寧に話を進め、四十年前に辰の一族が失った家宝を探し出すと切り出した。これに対し大奥さまは、今さら探し出すのは無理だと応じたが、羅半は先代当主が三年前に亡くなる寸前まで家宝を探し続けていたことを持ち出し、話を掘り下げていった。

辰の孫の執着から家宝への未練が明らかになる

大奥さまは、夫が自分の代で家宝を失ったことを深く恥じ、親友だった卯の一族の長を盗人扱いして喧嘩別れするほど悩んでいたと語った。すると若い男が立ち上がり、なぜ卯の一族を庇うのかと大奥さまに食ってかかった。若者は家宝を諦めきれずにおり、羅の一族が手を貸すなら最後まであがきたいと望んでいた。羅半はそこを利用し、この場が辰の孫からの依頼によって設けられたことを明かしたうえで、せめて事情だけでも聞かせてほしいと話を運んだ。大奥さまは折れ、家宝が見つからなくても問題ないと前置きしたうえで、家宝と火事の経緯を語り始めた。

家宝の由来と火事による喪失が語られる

大奥さまによれば、家宝は玉を持った金の龍の置物であり、辰の一族が皇族の傍系として名を賜った由来と関係していた。六代前、帝位を辞して臣籍降下した東宮が辰の一族へ婿入りし、その証として皇帝から玉を持つ龍の置物を贈られたのだという。龍の置物は皇族に準ずる血筋の証でもあった。だが四十年前、辰の一族の蔵が大火事に遭い、蔵の中の多くの物とともに家宝も焼けたとされた。ところが先代当主である夫は、家宝は消失していないとして、火事の時に屋敷を訪れていた卯の一族が持ち去ったと決めつけた。卯の一族は火事の延焼を防いだ恩人であったにもかかわらず、夫はその顔に泥を塗るような非難を続け、その確執が今に残っているのだと大奥さまは語った。

猫猫が証言の中の不審点を見つける

話を聞いた猫猫は、変人軍師に大奥さまの話に嘘がないかを耳打ちで確かめた。大奥さまの説明そのものには嘘がないらしかったが、猫猫には引っかかる点が多かった。羅半に促されて猫猫は質問を始め、まず家宝の具体的な形状を尋ねた。大奥さまは紙に龍の絵を描き、龍は四本指で紫水晶の玉を持っていたと示した。さらに、置物の材料は純金ではなく銀を混ぜたものだと説明した。猫猫は火事の様子についても確認し、蔵は崩れ落ちるほどではなく、書物はほとんど燃えたが、火元から遠い嫁入り道具は燃え残っていたと聞き出した。

卯の一族の訪問と火事の関係が浮かび上がる

猫猫は続けて、卯の一族が火事を消したのは元々の訪問予定によるものかを尋ねた。大奥さまは、卯の一族はもともと辰の屋敷を訪問する予定だったと答えたうえで、その訪問は辰の一族にとって突然のものだったと語った。さらに、その訪問は女帝の命によるものであり、当時、皇族に準ずる地位を誇っていた先代当主が反女帝派に担ぎ上げられていたため、卯の一族は謀反の証拠を押さえるために来たのだろうと説明した。大奥さまは、火事で多くが失われたことでかえって一族は女帝の逆鱗を避けられたのであり、残念なのは夫が親友と最後まで仲直りできなかったことだと涙ながらに語った。

猫猫と羅半が家宝消失の不自然さを指摘する

猫猫は説明を聞いたうえで、まだ怪しい点があると告げた。特に引っかかったのは、書物は燃えたが、嫁入り道具に含まれる銅鏡は残っていたという証言だった。羅半はそこを引き取り、金と銅はおおよそ同じ温度で溶けるため、銅鏡が溶けていないなら金の合金でできた龍の置物も溶けていない可能性が高いと説明した。たとえ金が溶けて塊になったとしても、地金のままでも価値がある以上、そのまま放置されるとは考えにくい。つまり家宝は火事で完全に失われたのではなく、どこかへ持ち去られた可能性が高いのだと示した。

紫水晶の色変化から家宝の危険性が明らかになる

さらに猫猫は、卯の一族が火事の後に蔵を調べ、謀反の証拠を探したはずだと指摘した。そのうえで、変人軍師から受け取った簪についていた紫水晶の髑髏を取り外し、火鉢の炭の上で熱して見せた。すると深い紫色だった髑髏は黄色へと変色した。猫猫は、宝石も高温で色が変わることがあり、紫水晶は特に変色しやすいと説明した。そして、家宝の龍が持っていた玉も同じ紫水晶であったなら、火事の熱で黄色味を帯び、高貴な色である黄丹を思わせる色になった可能性があると示した。正式な皇族でもない一族が四本指の龍に黄丹を思わせる玉を持っていれば、謀反の証拠と見なされてもおかしくなかった。

大奥さまが火を放った真相に猫猫が辿り着く

ここまで整理した猫猫は、家宝が燃え残っていれば、辰の一族はとうに女帝に処分されていたはずだと考えた。にもかかわらずそうならなかったのは、誰かが家宝をあらかじめ隠したからである。猫猫は、大奥さまが卯の一族の訪問を前もって知っていたこと、そして夫が日頃から女帝を罵る様子を見て怯えていたことから、証拠隠滅のために蔵へ火を放ったのではないかと問いかけた。孫は強く否定したが、大奥さまはそれをまっすぐ受け止め、その通りだと認めた。こうして、四十年前に蔵へ火をつけたのは大奥さま自身であったことが明らかになった。

四話 兎と龍

大奥さまが四十年前の真相を語り始める

大奥さまの告白に、辰の若者と補佐役は激しく動揺した。補佐役は母に説明を求め、孫も冗談ではないのかと問いかけたが、大奥さまは首を横に振った。猫猫が四十年前に何があったのか本当のことを尋ねると、大奥さまは頷き、羅半に促されて補佐役と孫も席に座り直した。大奥さまは、先代の辰の当主と卯の当主が親友だったように、自分もまた卯の当主の妻と親友であったと打ち明けた。二人は名持ちの良家に嫁いだ者同士として悩みを相談し合う仲だったが、夫たちがそれぞれ異なる派閥に属したことで、次第に疎遠になっていった。

女帝派と反女帝派の対立が辰の一族を追い詰める

大奥さまは、夫が皇族に強い忠誠心を抱いていたため、女帝を受け入れられなかったと語った。一方で、女帝の政治的手腕が高く評価されていたことも理解していたため、卯の一族が女帝に肩入れする理由もわかっていた。女帝は即位後も従わぬ者たちを処罰し続けており、皇族の傍系から始まった辰の一族は処罰しにくい立場であった。そのため反女帝派は夫を旗頭にしようとし、辰の男たちは躍起になり、女たちは怯える状況になっていた。大奥さまは不安を吐露したくなり、卯の当主の妻に相談したが、最初は返事が来なかった。しかし後になって、卯の当主の妻は秘密裏に大奥さまに会いに来て、女帝の命で卯の一族が辰の一族の監査に入り、謀反を疑わせる証拠が見つかれば辰の一族が滅ぼされるかもしれないと告げた。

大奥さまが蔵に火を放った理由が明かされる

その知らせを受けて、大奥さまは蔵に火をつけた理由を語った。先代当主は蔵の書庫に大切な文を隠しており、たとえ謀反の意思がなくとも、反女帝派から送られた誘いの文が見つかれば家門は滅ぼされる危険があった。大奥さまは文の隠し場所までは知らなかったため、確実に証拠を消す手段として蔵を焼くことを選んだのである。だが家宝を盗んだのは大奥さまではなかった。猫猫は、大奥さまが家宝は火事で溶けてなくなったと思っていたと補足し、変人軍師もそれが嘘ではないと見ていた。

卯の当主が辰の一族を守るため家宝を持ち去ったと推測される

猫猫は、大奥さまの説明とこれまでの経緯から、卯の当主が女帝派になったふりをして辰の一族を守っていたのではないかと推測した。もし本当に女帝派であれば、四本指の龍と高貴な色の玉を持つ危険な家宝をそのまま女帝に差し出していたはずである。だが実際にはそうせず、密命まで大奥さまに伝え、家宝も持ち去って隠した。大奥さまはその推測に沿うように語り、卯の当主が家宝を盗んだのではなく、辰の一族を守るために持ち去ったのだと理解していたことを示した。猫猫は、一族の長でありながら国の絶対的権力者を裏切るような真似をした卯の当主に感嘆した。

辰の先代当主が真実を知ってなお和解できなかった事情が語られる

孫は、大奥さまが真相を知っていたのなら、なぜ祖父に伝えなかったのかと問いかけた。大奥さまは、先代当主が頑固であり、下手に口にすれば女帝に漏れる危険があったため、真実を話せたのは女帝の死後、先代当主が寝たきりになってからだったと答えた。先代当主は、卯の当主が女帝の腰巾着に成り下がったと思い込み、裏切りを悲しんでいたが、本当は一度大喧嘩をしてでも言いたいことを言い合いたかったのだと大奥さまは語った。家宝を盗まれたと騒いだのも、喧嘩のきっかけを作りたかったからかもしれないと振り返った。だが卯の一族は応じず、辰の先代当主は親友と再び語り合うことができないまま終わった。猫猫は、辰の一族が本来感謝すべき相手に唾を吐く行為を繰り返していたことになると指摘した。ただしこれはあくまで推測であり、真実とは限らないとも言い添えた。

卯の一族が密談を聞いていたことが明かされる

話がまとまりかけたところで、変人軍師が確認すればいいと呟き、部屋の壁に掛けられた防音用の布を指した。猫猫が布をめくると、その奥には小部屋があり、何人かが座っていた。補佐役は話が丸聞こえだったことに驚き、羅半を睨んだが、羅半はわざとらしく卯の一族とも面会の約束をしていたと思い出したように振る舞った。猫猫は、同じ部屋で話を聞かせるつもりだったのかと呆れた。やがて小部屋から卯の当主たちが現れた。卯の当主は病弱と聞いていた通り、痩せた体で車輪付きの椅子に座っており、中年の女性がそれを押していた。羅半は長年のわだかまりを解くための荒療治だったと頭を下げ、大奥さまもそれに倣って頭を下げた。

卯の当主が家宝を返し火傷の痕を見せる

卯の当主は、四十年前のことをとぼけつつも、預かり物があったと言って返却を申し出た。介助役の女性が椅子の下から重そうな包みを取り出して卓の上に置き、包みを開くと、中には黄金の龍の置物が入っていた。龍は四本指で、赤みがかった黄色の玉を握っていた。卯の当主は、自分は家宝の詳しい姿を知らず、火事の日に初めて見て、辰の一族が本当に謀反を企てているのかと動揺したと語った。そして両手を見せ、そこには熱い物を掴んだような古い火傷の痕があった。猫猫は、その時まだ熱を持っていた龍の置物を卯の当主が持ち出して隠したのだと理解した。卯の当主は、先代当主が生きているうちに返したかったが、返せば再び謀反を疑われるかもしれないと不安でもあったと打ち明けた。大奥さまは、先代当主なら早とちりを悔いて土下座して謝ったかもしれないと応じ、自分もまた家宝ごと蔵を焼いたことを認めて涙をこぼした。

家宝の扱いに困る中で変人軍師が台無しにする

辰の孫と補佐役は初めて見る家宝に感動しつつも、これでは謀反を疑われても仕方ないと青ざめた。大奥さまも、家宝が戻って来ても到底公開できないと認めた。龍だけならともかく、四本指と玉だけはどうにかしなければならないと話していたところへ、変人軍師が割って入り、指と玉がなければいいのだろうと言い出した。そして手に持っていた金属の串を龍の指の間に差し込み、そのまま力をかけて一本を折ってしまった。さらに黄丹色の玉も転がり落ちると、変人軍師は串に刺さっていた山査子の赤い実を玉の代わりに龍に持たせた。あまりに突然の行為に部屋の全員が言葉を失い、感動的だった空気は一瞬で消え去った。

猫猫が変人軍師を蹴り飛ばして場が収まる

最後に動いたのは猫猫だった。猫猫は人目も憚らず変人軍師に蹴りを入れ、変人軍師は見事に吹き飛んだ。本来ならあり得ないほど無作法な行為だったが、この場では誰も猫猫を咎めなかった。羅半がどれほど綿密に計算していても、変人軍師だけは計算に入れてはならない存在であり、必ず全てをぶち壊す男なのだと示される結末であった。

五話 心に響く銅鑼

変人軍師の失態で交渉の流れが崩れる

変人軍師が家宝を壊したことで、羅半の思惑は大きく狂った。猫猫は羅半の自業自得だと思いつつも、感動的な場面を壊された辰と卯の一族には同情した。もっとも、不幸中の幸いとして、壊された家宝の扱い自体は辰の大奥さまの判断で収まりがついた。玉は交換し、龍の指は三本に作り替えることになり、羅半は詫びとして技術が高く口の堅い細工師を紹介する役目を負った。だが、辰の大奥さまと卯の当主はよそよそしく、一度宴会場へ戻ると告げたため、羅半が恩を売って今後の交渉につなげる目論見は崩れた。

宴会場で恋文男が姚に迫っている場面に出くわす

猫猫たちが宴会場へ戻ると、『羅』の卓が騒がしくなっていた。羅半兄が見知らぬ男と言い争っており、その後ろには姚と燕燕がいた。男は姚に用があると言い、羅半兄を押しのけて姚の手を掴もうとしていた。残っていた護衛たちが睨んでも怯まず、猫猫はその様子から、これが姚に恋文を送りつけていた男だとすぐに察した。羅半が止めに入っても男は相手にせず、変人軍師も別の場所で水菓子を奪っていて役に立たなかった。

辰の大奥さまの介入で恋文男の非常識さが露わになる

そこへ辰の大奥さまが現れ、騒ぎの理由を問いただした。恋文男は大伯母さまと呼んで挨拶し、自分が遅れて来たのは志を同じくする友人たちと語っていたからだと弁明したうえで、姚を大奥さまに紹介した。姚は実家こそ名持ちではないが叔父は魯侍郎であり、自分の嫁にするには十分な家柄だと男は当然のように言った。大奥さまが姚本人の意思を確認すると、姚は結婚する気はないとはっきり拒絶した。しかし恋文男は、本人の意見など関係なく、家柄が釣り合うのだから親と話をつければいいと言い放った。羅半兄は、保護者である叔父がいない時を狙って話を進めようとするのは卑怯だと正面から批判した。

羅半と羅半兄が恋文男を追い詰める

恋文男はなおも開き直り、姚の父が他界していることまで持ち出して、自分の妻になることに何の不満があるのかと語った。その態度に羅半も蔑むような視線を向けたうえで、もてない男の言うことだと笑った。さらに、家柄に強い自信を見せるなら、魯侍郎の姪を嫁に望むほどの人物として相当名が知られているはずだが、自分は名前を知らないと嫌味を込めて尋ねた。そこへ羅半兄が、この男は名持ちの家の者なのに自分は名前を貰っていないらしいと口を挟んだため、恋文男は女にもてないと言われたこと以上に、その点を侮辱と受け取って激昂した。怒りの矛先は完全に羅半兄へ向き、殴りかかろうとしたが、護衛が間に入った。大奥さまも本当のことだと容赦なく言い放ち、恋文男を叱りつけた。

馬閃の一言で決闘の流れになる

そこへ馬閃と麻美が現れ、騒動に加わった。恋文男は馬閃に同意を求め、同じ武人の一族ならこういう場合どうするか分かるだろうと問うた。馬閃は至極真面目に決闘だと答え、姚はさすがに狼狽えた。立ち合いを求めるなら合法であり、ちょうど修練場もあるという馬閃の言葉で、話は決闘へ進んでいった。姚が羅半兄は関係ないただの農家だと庇ったものの、それはかえって逆効果になった。恋文男は農民であることを見下し、羅の一族らしい変わり者だと侮辱した。補佐役は、名前を与えられないのはおまえ自身に問題があるのだと恋文男を叱りつけ、後継者になれると思うなと告げたが、今度は羅半兄が、自分が侮辱された以上このままでは収まらないと前へ出た。

羅半兄が姚を巡る決闘を申し出る

羅半兄は、恋文男が自分に勝てば羅の家の者は姚の結婚話に口を出さないが、自分が勝てば姚のことをきっぱり諦めてもらいたいと条件を示した。恋文男はそれでこそ男だと笑い、補佐役は大奥さまに目配せしたが、羅半は辰の一族でも持て余している相手らしいし、勝っても負けても羅の一族には特に問題はないとして止めなかった。宴会場から中庭の修練場へ場が移され、観客も集まった。猫猫は、他家同士がぶつかることは珍しくないらしいと感じた。

決闘前に羅半兄の事情と覚悟が語られる

修練場では、木剣や木棒が用意され、刃物は禁止、相手が戦闘不能になるか待ったをかけるか武器を落とせば試合終了という規範が説明された。羅半兄は鍬ではなく木棒を選び、祖父にひたすら叩かれた経験はあるが、修練というより折檻だったと語った。猫猫が負けたらどうするのかと問うと、羅半兄は元々自分たちには関係ない案件だとさっぱり答えたうえで、姚と燕燕に向けて、自分は二人のことをよく知らないが、恋文男の言うことが気に食わず間違っていると思うから戦うのだと告げた。自分の意地であり、武官でも剣豪でもないが負けるつもりはないと率直に話した。さらに、もし自分たちが守れなくても、馬閃の家なら助けてくれるはずだとも言い、羅半もそれに同意した。

防戦一方に見えた羅半兄が恋文男を追い詰める

立会人の合図で試合が始まると、先に斬りかかったのは恋文男だった。羅半兄は木棒で木剣を受け、滑らせるように受け流しながら後ろへ下がった。見た目には一方的に押されているようで、姚も心配したが、羅半は素人目ながら兄には武術への適性があり、無駄な動きには見えないと語った。一方で相手は基礎がしっかりしている武家の動きだとも見ていた。やがて羅半兄は腹に一撃を受けて横へ飛ばされたが、それでもすぐに構え直し、生き汚いから簡単には倒れないと平然とした声で言った。変人軍師はその様子を見て意外と面白いと呟いた。

羅半兄の異常な粘りが勝敗をひっくり返す

試合が続く中、恋文男は野次を飛ばす周囲に笑いかけながら攻撃を続けたが、羅半と変人軍師は別のものを見ていた。羅半は、兄の動きの数値が変わらないのに対し、相手の数値だけがどんどん下がっていると感じていた。実際、羅半兄には疲れが見えず、恋文男のほうが焦りと疲労から攻撃が雑になっていった。そこを羅半兄は逃さず、相手の攻撃を弾き飛ばして木棒を脇腹へ突き立てた。恋文男の体は折れ、そのまま地面へ倒れ込んだ。それでも武器を手放していないため、立会人は続行の意思を確認した。恋文男はまだ負けていないと強がったが、羅半兄は平然と続きをやるかと構え直した。

恋文男が戦意を失い羅半兄の勝利で決着する

恋文男は、一撃当てただけで調子に乗るな、自分が二十も三十も打ち込んで倒してやると息巻いたが、羅半兄はその程度なら三十発くらいは耐えられ、その間に五回くらい打ち返せそうだとけろりと言った。羅半は、兄の数値は普通なのに普通ではない時に普通でいるのがありえないと混乱していた。猫猫は、西都で飛蝗や盗賊に追い回されてきた経験から、羅半兄は実戦で鍛えられた精神力と胆力がずば抜けているのだと理解した。再開を前にした羅半兄は息も上がっておらず、体力も日頃の開墾で鍛えられていた。恋文男はその普通すぎる様子に気圧され、ついに木剣を取り落とした。そこで立会人が勝負ありを宣言し、決着がついた。

勝利後に姚ではなく燕燕へ心が傾く

試合後、羅半たちが羅半兄に駆け寄り、姚も涙目で礼を述べた。猫猫は、後宮の小説ならここで姚と羅半兄の間に恋が芽生えるところだと思い、そのほうが羅半にとっても都合がよいと考えた。姚が羅半を諦め、羅半兄に良縁ができれば二つの問題が一度に片付くからである。だが現実は違った。猫猫が怪我を診るために上着を脱ぐよう言うと、羅半兄は姚たちの前で慌てた。そこへ燕燕が、お嬢さまのためにここまでしてくれたことへの礼を述べ、俊杰さまと名前で呼んだ。羅半兄はその名前を反芻して顔を真っ赤にし、もう一度呼んでくれと求めた。燕燕は、屋敷の少年と同じ名でややこしいと思いつつも、恩人に対して名を呼ばずに礼を言うのはおかしいと思っただけだと説明したが、羅半兄は自分は羅半兄ではなく俊杰だと強く言い切った。

猫猫と羅半が新たなややこしさを悟る

姚は、羅半兄と同姓同名だったのだと初めて知ったような顔をし、先ほどまでの涙もすっかり引いていた。姚と羅半兄の間に立ちかけていたものは崩れ、その代わりに羅半兄の中では別の大きな音が鳴り響いていた。猫猫は呆然として羅半を見て、またややこしいことになっていないかと確認した。羅半は、猫猫は他人の色恋にだけは妙に聡いと返しつつ、猫猫と同じものを見ていた。よりによって、羅半兄の心が向いたのは姚ではなく燕燕であった。

六話 馬と兎

馬姉弟に連れられ猫猫が新たな仲介役となる

猫猫は羅半兄の恋路について思うところを抱えつつも、すぐに片づかない問題は後回しにし、次の厄介ごとに意識を向けた。そこへ馬閃と麻美が現れ、立会人を務めたことへの礼を受けたあと、麻美は猫猫が先ほど卯の一族と一緒に部屋から出てきたことに触れた。猫猫は詳細は伏せつつ仲介のようなことをしたと答え、変人軍師も同席していたことを遠回しに伝えた。すると麻美は、それでもまったく知らない仲よりはよいはずだと見込みをつけ、猫猫の手を掴んで同行を求めた。羅半も馬の一族相手なら損はないと判断し、猫猫を送り出した。

馬の一族の目的が里樹と馬閃の縁談だと明かされる

麻美に案内された先は、花の少ない冬の庭であった。そこでは立会人を務めた壮年の男が麻美の夫として紹介され、猫猫はこの夫婦と馬閃に連れられている理由を察していった。麻美は卯の一族に用がある点について何も聞かないのかと確かめたが、猫猫は直球で、馬閃を里樹に紹介したいのだろうと見抜いた。馬閃は激しく動揺し、麻美はこの弟が昔から奥手で、好きになった相手が元上級妃であることまで打ち明けた。里樹の境遇について猫猫が知る範囲を語ると、麻美は、情に厚い祖父であれば里樹を寺に留め続けることを惜しむだろうと話を進めた。

里樹の将来を動かすための見立てが語られる

猫猫は、里樹の今後は主上の意向次第ではないかと指摘したが、麻美はその点に心配はいらないと断言した。主上は里樹を娘のように思っており、実の娘よりもかえって融通が利くはずだというのである。馬の一族としては卯の一族に直接話しかけたいが、同世代にはあまり親しい者がいないため困っていたらしく、猫猫を橋渡し役として使うつもりだった。卯の当主は娘が好んでいた冬の庭で静かに過ごすのを好むため、そこへ向かうことになった。

冬の庭で卯の当主に面会する

四阿には卯の当主、介助役の中年女性、青年、小さな子どもがいた。麻美は身だしなみを整えたうえで近づいたが、最初に口を開いたのは夫の馬琴であった。馬琴は麻美と馬閃、そして猫猫を紹介し、猫猫も先ほどは失礼したと当たり障りのない挨拶をした。卯の当主は猫猫に対して、先ほどはいろいろ思うところがあったような曖昧な返事をしつつも、ここへ来た用向きを問うた。そこで麻美は、猫猫が後宮に二年勤めており、その間に里樹と交友を持つ機会があったと説明したうえで、里樹がどのように過ごしていたのか聞いてほしいと持ちかけた。

猫猫が後宮での里樹の境遇を語る

猫猫は、園遊会で初めて里樹と会ったこと、空気の読めない衣装を着せられていたこと、食べられない青魚に料理を替えられていたこと、蕁麻疹が出た腕を自分が診たことなどを語った。さらに、蜂蜜入りの飲料をわざと飲ませようとされたこと、新しい侍女頭はまだましだったが、それ以前の侍女たちは里樹の物を奪い、母の形見の鏡まで狙っていたことも話した。卯の当主はそのたびに眉間に皺を寄せ、怒りを滲ませた。馬閃も横で歯ぎしりをし、怒りで今にも飛び出しかねない様子だったが、麻美が帯を掴んで制していた。

西都での獅子騒ぎと馬閃の救助が明かされる

猫猫は西都へ行った際のことにも触れ、宴席で里樹が獅子に襲われたと語った。卯の当主は、その件について問題があったとしか聞かされていなかったらしく、拳を握って怒りを露わにした。そこで猫猫は、その時里樹を助けたのが馬閃であると紹介した。馬閃は当然のことをしたまでだと謙遜したが、卯の当主は孫を助けてくれたのかと受け止めた。猫猫は、これ以上不幸話を重ねるのは当主の怒りを強めすぎると感じたが、馬閃はさらに、獅子が暴れた原因が異母姉のつけた香であったことまで言い放った。

卯の当主が里樹の父方の一族に怒りを向ける

馬閃の言葉を聞いた卯の当主は、純を呼べと命じた。やって来た青年は里樹の異母兄であり、妹が里樹に害を加えたことは反省しており、今後表舞台に出ないと弁明した。しかし、その言葉は当主の怒りを強めただけであった。里樹は出家しているのに、その原因を作った者たちが何を言うのかと責められ、純は父の卯柳、自分、妹が責任を負うべきだと淡々と認めた。卯の字を使うなとまで言われた純は謝罪し、下がるしかなかった。卯の当主は、里樹の文に父にはひどいことをしないでほしいとあったため、一族から追い出すだけでは済ませなかったのだと明かした。猫猫は、陰湿とも言える見せしめではあるが、里樹の受けた仕打ちを思えばまだましだと感じた。

里樹には未来があってよいと猫猫が伝える

話を続けるよう求められた猫猫は、これ以上不幸話を重ねる気はないとしつつ、ただ一つ、里樹が妃の座を剥奪され後宮を去ったのは里樹のせいではなく、主上もその身を案じてあえて遠ざけたのだと思うと述べた。里樹にはまだ未来があってよいはずだという猫猫の言葉に、卯の当主は、里樹の文には上級妃としてちゃんとやっていると書かれていたのにと悔やみ、自分が気づいてやれなかったことに怒りを向けた。猫猫は、ここまでで十分だと感じて麻美へ視線を送ったが、麻美はまだ先を望んでいた。

里樹が皇帝の夜伽をしていなかったことが明かされる

猫猫はさらに、里樹が文の中で上級妃として役目を果たしていると書いていた点に触れ、無理をしていたのだろうと小声で言った。卯の当主に理由を問われると、猫猫は後宮での妃の役目とは皇帝との子作りであることを匂わせた。馬閃はその意味に気づいて赤面しつつも聞き入っていた。猫猫は、主上にとっても里樹は娘のようなものであり、一度も寝所へ呼ばれることはなく、お手付きになることもなかったと告げた。だからこそ主上も里樹を後宮から出したのだと説明すると、卯の当主は納得し、主上のお手付きにならず後宮を出た妃が新たな縁談を得ることも珍しくないと話を受けた。里樹も出家という形でなければ引く手あまただったはずだという猫猫の言葉に、卯の当主は、老い先短い身でありながらひ孫を見たいと思うのはわがままだろうかと漏らした。

麻美が里樹と馬の一族の縁談を正式に持ちかける

十分に空気が整ったところで、麻美は質問があると切り出した。里樹の出家は終わりのないものではなく、しばらく療養するようにと言われているだけだと確認すると、それなら主上の命があれば帰ってこられると念を押した。さらに、里樹が卯の一族に戻って婿を取ることはあるのかと尋ねた。卯の当主は、里樹は娘が残した唯一の孫であり、直系であると認めつつも、娘と同じ不幸な結婚は二度とさせないため、次の後継者はその場にいた子どもに決めていると明かした。そこで麻美は、ならば馬の一族が里樹に縁談を持ち込んでも問題はないかと本題を出した。卯の当主は、かつて馬の一族と縁を結びたいと思っていたが、今の卯の一族は弱体化しており、馬の一族に得があるとは思えないため、手放しでは受け入れられないと慎重な姿勢を見せた。麻美は、家柄とは関係なく里樹自身を望んでいるのだと訴えたが、卯の当主は、里樹を今どこにも嫁に出せない事情があると明かした。

卯の一族が抱える軍の新派閥との問題が示される

卯の当主は、卯の一族が落ちぶれた理由は自分の見込み違いだけでは説明できず、まるで里樹を見殺しにしてきた罰を受けているかのようだと語った。そして、高順の娘なら勘が良いからわかるだろうと前置きしつつ、自分はどうやら軍の新派閥に嫌われているらしいと打ち明けた。卯の当主は、自分が生きているうちにそれを解決し、この子が跡を継ぐ頃までには整えてやりたいと述べ、そろそろ宴会場へ戻ると話を打ち切った。麻美はそれ以上深追いせず、頭を下げて見送った。

猫猫が疲労しつつも役目を果たしたと確認する

卯の一族が見えなくなると、猫猫はどっと疲れを感じた。麻美は猫猫の働きを理想的だったと褒め、今は保留でも何もしないより種を蒔いておくべきだと満足げに語った。猫猫はここまでで下りたいと告げ、麻美もそれ以上は求めなかった。やり取りの中で、猫猫は馬と卯の過去の婚約話についても知らされて疲れを増したが、麻美は年頃の男女ではよくある話だと軽く流した。

雀の仕事と水蓮・阿多の関係が新たに明かされる

帰り道、猫猫は雀が来ていないことを話題にした。麻美は、雀は別の仕事へ行っており、右手が不自由になっても語学が堪能だから使い道があると語った。捕虜たちが牢で何を話しているかを聞き取る仕事をしているという話に、猫猫は物騒さを感じた。さらに雀は月の君の侍女を辞めるつもりであり、その代わりに麻美の母が入る予定だと聞かされる。そこから話は水蓮へ移り、水蓮は後ろ盾のなかった幼い皇太后を守った伝説の侍女であるだけでなく、侍女であり乳母でもあり、主上に乳を与えた乳母でもあったと麻美は語った。猫猫は、高順が乳兄弟だと聞いていたため、高順の母が乳母だと思っていたが、水蓮の母も乳母であり、高順が主上のもとに配属されたのは乳離れする頃だったと知らされた。そこで猫猫は、水蓮には主上と年の近い子どもがいるはずだと気づき、もしかして水蓮は阿多の母ではないかと尋ねた。麻美はそれを肯定し、阿多は父親似であり、水蓮は阿多が妃になって以降、母であることを前に出さず、立場を弁えて接していたのだと説明した。

皇族と馬の一族の複雑なつながりが整理される

麻美はさらに、水蓮が妊娠中に夫を亡くし、家督争いが起こる前に実家へ戻ったこと、しかし実家の親は良い人たちではなく、阿多を産んですぐ後宮へ売るように出仕させたことまで語った。当時の後宮は何が何でも子を作れという空気で、出産経験のある娘が優遇された時期だったらしい。水蓮はそこで妊娠を隠していた安氏を見つけて侍女となり、伝説の侍女となる前にも波乱の道を歩んでいた。猫猫は、皇帝の妃の母を皇弟の乳母につけるのは特殊ではないかと疑問を口にしたが、麻美は、同母の兄弟に同じ乳母をつけるのは珍しくないが、主上と月の君は年齢差がありすぎること、そして主上が乳姉弟の阿多を妃にしたことが異例なのだと整理した。さらに、馬の一族は代々皇族の乳兄弟になることが多いため役職を持たず妃にもならないが、今の東宮である玉葉后の皇子には麻美の夫ともう一人馬の一族がついており、梨花妃の皇子にもいずれ馬の者がつくはずだと明かした。猫猫は、月の君が馬の一族をずいぶん独り占めしているように感じたが、麻美はそれは月の君が長く東宮の地位にいたからだと答えた。猫猫はなお何か引っかかりを覚えつつも、それ以上は考えず、宴会場でまた誰かが何かやらかしていないかのほうを気にすることにした。

七話 消えた盗人 前編

会合二日目を終えて帰路につく準備が進む

名持ちの会合の一日目は怒涛の騒ぎ続きで、猫猫は夜の宴会が終わるなり眠気に襲われ、燕燕に無理やり風呂へ入れられた。二日目は一日目ほどの騒ぎはなく、変人軍師が賭け碁で他家の偉い者から下穿き寸前まで剥ぎ取ろうとしたことと、羅半兄がしきりに燕燕について質問してきたことが目立った程度であった。猫猫としては、姚の恋文男の件が片づき、卯の一族と馬の一族も引き合わせられたため、成果は十分だと考えていた。二日目は午前中で終わり、交流したい家同士が話し合うだけで過ぎていった。羅半は辰の一族から、今後姚に余計なちょっかいを出さないという念書を取りつけたうえで、本命である商売のほうでも異国の名剣や鎧を売っていた。

帰宅直前に李白が現れ緑青館へ急行する

猫猫たちが帰宅の支度をしていると、羅半兄は燕燕に喜ばれそうな野菜づくりの相談を猫猫に持ちかけ、羅半は利益率の高い香辛料を作れと勧めていた。変人軍師は賭け碁の戦利品を二番に運ばせ、姚と猫猫は翌日からの仕事を思ってそろって気が重くなっていた。猫猫が宿舎の前で降ろしてくれと羅半に頼んだその時、激しい砂ぼこりを立てて李白が馬で駆けつけた。李白は猫猫を見るなり、今すぐ緑青館へ来てくれと告げた。理由を尋ねると、緑青館に強盗が入り、白鈴が怪我をしたという。白鈴は猫猫にとって世話になっている相手であり、猫猫はすぐに李白の後ろへ乗ろうとした。すると羅半兄が気を利かせて馬車の馬を外し、疲れた李白の馬と交換させた。猫猫は姚たちに先に帰ると告げ、李白とともに花街へ急行した。

緑青館で白鈴の無事と盗人騒ぎの実情を知る

往路では一時かかった道のりも、帰りは半時もかからず、猫猫たちは緑青館へ着いた。館内はざわついていたが、李白の言葉ほど深刻な様子ではなかった。やり手婆は李白が事を大げさにしていると呆れ、白鈴も盗人に驚いて尻もちをついただけだと笑っていた。間借りしている薬屋の左膳も薬の処方はしていないと言い、白鈴自身も李白は心配性だと軽くあしらった。李白は本当は羅門を連れて来たかったが後宮にいて、その辺の薬師では頼りないと思って猫猫を呼びに行ったと弁明した。猫猫は帰ってよいかとやり手婆に聞いたが、せっかく来たのだから逃げた盗人の手がかりくらい探せと言われた。役人を呼ばない理由も、妓楼が役人沙汰になれば噂が立つからだと説明され、猫猫も納得した。

盗人が狙ったのが女華の部屋だったと判明する

女華が、自分の部屋を見てくれと眠たげな声で頼んだため、猫猫は三階の女華の部屋へ向かった。荒らされたのは白鈴の部屋ではなく女華の部屋であり、部屋の中は本棚の本が床に落とされ、机の引き出しもひっくり返され、衣装や簪も踏み荒らされていた。女華は朝方、洗髪のため一番風呂に入っている最中に盗人に入られたらしく、戻ってきた時には部屋がひどい有様になっていたという。猫猫は散らばった簪の一つに違和感を覚え、それを懐に入れた。また、部屋には強い薔薇の香りが残っており、女華は盗人が客から貰った一点ものの香水瓶を落としていったのだと怒っていた。そして盗まれた品は、女華の商売道具である翡翠の牌が入った組木細工のからくり箱だった。大事な品にもかかわらず女華が妙に落ち着いていることを猫猫は不思議に思った。

白鈴の証言から盗人の逃走経路が語られる

女華の話では、白鈴の部屋は女華の隣であり、白鈴が物音を不審に思って様子を見に行ったところ盗人がいて、そのまま窓から逃げ出したという。李白はその時気づかなかったのかと猫猫が尋ねると、女華は寝ていたのだろうと答えたが、猫猫は李白がそこまでうかつな男ではないと知っていた。そこで猫猫は白鈴の部屋も確認することにした。白鈴の許可を得て入った部屋には、空の酒杯、朝餉の椀、脱ぎ捨てられた衣服、乱れた寝台が残っていた。猫猫は酒杯や粥の椀の匂いを嗅ぎ、二つの椀を比べたうえで、これだと確信した。

李白の朝餉に睡眠薬が盛られていたと見抜く

猫猫は椀を持って一階へ下り、李白と白鈴に朝前もここで食事をしたのか、朝餉の粥は美味しかったかと尋ねた。李白は具材も豊富で美味かったと答え、白鈴もあまりに美味しそうに食べるので自分の分まであげたと話した。猫猫はそれで納得し、李白に朝餉の後とても眠くならなかったかと問うた。白鈴は一晩たっぷり運動していれば眠いだろうと惚気たが、猫猫は西都で一年間護衛を務めた李白が、どれほど昼夜逆転していても非常時にはすぐ起きられる男だと知っていた。だから白鈴が隣室の物音に気づいたのに、李白が眠り込んでいたとは考えにくいと指摘した。そこへ女華も加わり、つまり何か盛られたと言いたいのかと問うた。猫猫は、朝餉の粥の椀が悪客用の粥だったと断じた。

睡眠薬入りの粥が偶然ではないことが浮かび上がる

悪客用の粥とは、妓女に暴力を振るったり体力を奪いすぎたりする客を眠らせるため、酒や肴に睡眠薬を混ぜる対処法である。李白は、自分は悪客だったのかと衝撃を受けたが、猫猫は、白鈴の相手なら李白くらい絶倫でなければ務まらないのだと説明した。問題は、李白の粥に抜き打ちで睡眠薬が入っていたことである。女華が風呂に入っていた時間に盗人が入り、白鈴のところには睡眠薬入りの粥が用意されていたことから、偶然にしてはできすぎていた。猫猫が白鈴に盗人の服装を尋ねると、茶色っぽい服で袴を穿き、無駄のない筋肉がついた身軽な体つきだったという。誰にでもいそうな格好ではあるが、白鈴らしく筋肉への観察だけは具体的だった。

朝餉を運んだ禿たちから粥の出所を探る

猫猫はさらに、朝餉の粥を持ってきたのは誰かと尋ねた。白鈴は禿の梓琳が持ってきており、一緒に趙迂も顔を出したと答えた。猫猫は久しくまともに顔を合わせていない趙迂を呼びつけた。趙迂は猫猫を見るなり身構えたが、猫猫は白鈴の部屋へ朝餉の粥を運んだのはお前だろうと問いただした。趙迂は持っていったことは認めたものの、自分は何もしていないと困惑した。すると梓琳に何かしたかと聞いた後、趙迂は粥は最初から用意されていたことを思い出した。やり手婆に朝餉を取りに行けと言われた時にはすでに粥があり、それを持っていっただけだというのである。梓琳もそれを肯定した。

粥を放置した妓女がいた可能性が示される

白鈴は、それなら他の妓女が用意していた居続け客の粥を趙迂たちがそのまま持って来たのではないかと推測した。やり手婆も現れ、梓琳に粥を運ばせたのは自分であり、趙迂たちは嘘を言っていないと認めた。粥が乾けばまずくなるし、無駄にしても叱られるから、先に持っていったという趙迂の行動にも矛盾はなかった。そこで猫猫は、無駄にしなかったのは偉いが、そもそも粥を放置していた駄目妓女は誰かという話になると指摘した。やり手婆は帳面を持ち出し、今朝の居続け客は李白のほかに五人いたが、悪客と呼べるほどの者はいなかったという。線香立ても六人分並んでいた。

部屋割りと現場を照らし合わせて次の調査先を定める

猫猫は帳面を見ても知らない名前ばかりだったが、やり手婆は妓女がいつまでも同じ顔ぶれではないと当然のように言った。猫猫はさらに二階の部屋割りを求め、それを確かめたうえで中庭へ出た。目的は、女華の部屋の真下を自分の目で見るためであった。盗人が本当に窓から飛び降りたのなら、このあたりに足跡が残っているはずだと考えたのである。一昨日は夕立があり、地面はまだ湿っていた。三階から降りたならはっきりと足跡がつきそうなのに、それらしい跡はどこにもなかった。白鈴以外に盗人の目撃者はいないうえ、男衆の誰も見ていないこともわかった。やり手婆は男衆には折檻が必要だと目を光らせたが、猫猫は、まだもう少し調べたいと言い、次は二階、女華の部屋の真下を調べるつもりだと告げた。やり手婆はそれを止めず、やるならちゃんと犯人を見つけろという目で猫猫を見ていた。

八話 消えた盗人 後編

二階の部屋を順に調べて盗人の逃走経路を探る

猫猫は二階へ移動した。二階の個室は三階より狭く、部屋の大きさそのものが妓女の格付けを示していた。女華の部屋の真下には三部屋あり、猫猫はまず中央の部屋を調べた。そこは二胡を稽古していた妓女の部屋で、猫猫に対して好意的ではなかったが、やり手婆の許可を示されると渋々通した。猫猫は部屋を見て、窓から真上の女華の部屋へ身軽な男なら届きうることを確かめたうえで、昨夜から朝方にかけての行動を尋ねた。妓女は昨夜は二人の客を取り、朝方は両隣の居続け客のせいで眠れず、禿たちの寝る大部屋へ移っていたと答えた。

梓琳の姉の部屋で事情を聞き違和感を深める

次に猫猫は左側の部屋を訪ねた。そこは梓琳の姉の部屋であり、以前猫猫が口利きをして緑青館へ入れた娘であった。部屋の中は雑多で掃除も行き届かず、行李から服がはみ出し、床にはしみもあった。昨晩から今朝の行動を問われた梓琳の姉は、昨夜は五人の客を取り、最後の客は朝方で時間が短かったため居続けだったと答えた。数をこなして売り上げを上げるしかないと語る彼女に対し、猫猫は体を使いすぎればすぐがたが来ると忠告したが、梓琳の姉は字も芸もなく、妹の梓琳を養うためにも売り上げを上げなければ追い出されると逆上した。猫猫はそれ以上何も言わず、朝方盗人を見ていないことだけ確認して部屋を出た。

古参の妓女の部屋を調べて三部屋の状況を比較する

最後に右側の部屋へ入った猫猫は、顔なじみの古参妓女を訪ねた。この妓女は話術と丁寧な接客に定評があり、派手さはないが安定して客を取る存在であった。部屋は一見質素ながら趣味のよい装飾がされており、桔梗を挿した一輪挿しまで置かれていた。猫猫は他の部屋と同じく窓まわりを確認し、朝方何か見聞きしなかったか尋ねた。古参妓女は、客が帰ったあと朝餉を食べており、何も見ていないし聞いていないと簡潔に答えた。これで三部屋を見終えた猫猫は、何かが見えてきたと感じて一階へ下りた。

帳簿と男衆を使って客の足取りを追わせる

猫猫は内所へ向かい、やり手婆に帳簿を見せろと求めた。やり手婆は仕方なく帳面を渡し、猫猫は最後の頁を開いて、どの妓女にどの客がいつからいつまでついていたかを確認した。そのうえで古参の男衆頭である右叫を呼び、この客のあとを追えるかと帳簿の名前を指した。偽名の可能性は高いが、右叫は頑張ってみると答え、やり手婆からは失敗したら賃金を下げると脅された。やり手婆は同時に、猫猫が指した客と妓女の名前を確認し、折檻の準備をしておくと言った。猫猫は右叫を外へ出したあと、やり手婆とともに再び二階へ上がった。猫猫の中では、盗人を逃がした理由はすでに明らかになっていた。内通者がいたのである。

窓枠の血痕と簪の傷から梓琳の姉への疑いを固める

猫猫たちは梓琳の姉の部屋へ入った。梓琳の姉は不機嫌そうだったが、やり手婆の姿を見ると身構えた。猫猫は窓の下枠に付いた赤黒い点と、床の赤いしみを示し、これが血だと指摘した。盗人は女華の部屋で探し物をしている最中に簪を踏み、足を傷つけたのだと猫猫は説明した。実際、女華の部屋から拾った壊れた簪の折れた部分には、赤黒い血の跡がこびりついていた。盗人は履のままでは登りづらいため裸足になって女華の部屋へ侵入し、白鈴に気づかれて窓から再び逃げた。その際に傷を負った足で戻ってきたため、梓琳の姉の部屋の窓枠や床に血が残ったのである。

梓琳の姉が盗人を客として引き入れていたと指摘される

梓琳の姉は、窓枠が汚れることくらいあると強弁し、自分と盗人がどう関係するのかと反発した。だが猫猫は、おまえは盗人を客として部屋に入れ、協力したのだろうと断じた。最近売り上げが上位であること、梅梅が身請けされて三階の部屋が空いていることから、梓琳の姉はその部屋を狙っていたのではないかと猫猫は推測した。女華の商売道具である翡翠の牌が消えれば、女華の価値を落とせると考えたのではないかというのである。梓琳の姉は、自分だけを疑うのはおかしいと反論し、他の二人の妓女も怪しいではないかと指差した。しかし中央の妓女は今朝部屋におらず、右側の古参妓女の客は帰ったあとであり、しかも美食家の恰幅のよい男だったため、身軽な盗人の特徴とは合わなかった。白鈴も、盗人は痩せ型だったと補足した。

睡眠薬入りの粥を利用した共謀の手口が明かされる

猫猫はさらに、梓琳の姉が客と共謀していた手口を明かした。女華が風呂へ入る時刻を見計らい、ちょうど白鈴の部屋には居続け客の李白がいるため、物音に気づかれないよう朝餉の粥へ悪客用の睡眠薬を仕込んだのである。梓琳を養うために働いている以上、梓琳の仕事の流れを把握しているはずで、上級妓女の朝餉が禿によって運ばれる時刻も知っていた。だから直前に睡眠薬入りの粥を置いておけば、やり手婆の教育に従った禿たちはそれを優先して運ぶ。白鈴が自分の粥を李白に食べさせてしまったせいで白鈴本人は眠らずに済み、隣室の物音に気づいてしまったが、もしそうでなければ計画はもっと上手く進んでいたはずだと猫猫は語った。

香水の匂いが決定的な証拠となる

それでも梓琳の姉は、すべては憶測にすぎず証拠がないと食い下がった。猫猫は部屋の中をくんくんと嗅ぎ回り、一番匂いの強い行李の前に立った。盗人は目撃されてもよい格好で盗みに入ったはずで、白鈴の証言では茶色っぽい服に袴を穿いていたという。猫猫は行李をひっくり返し、梓琳の姉を押しのけて茶色い男物の上着を掴み出した。匂いを嗅いだ猫猫は、それを白鈴に見せて盗人の服に似ていないかと尋ねた。白鈴はそれっぽいと答えたが、梓琳の姉は似た服などいくらでもあると抗弁した。すると猫猫は、その上着にはただの体臭ではなく強い香の匂いがついていると指摘し、女華に匂いを嗅がせた。女華は、それが自分の客から貰った一点ものの舶来香水と同じ匂いだと見抜いた。猫猫は最初に梓琳の姉の部屋へ入った時から、高価な香水の匂いが強く漂っていることに気づいていたのである。

女華の平手打ちと梓琳の姉の開き直りが騒ぎを広げる

女華はもはや言い逃れはできないと梓琳の姉の前に立ち、次の瞬間、平手打ちを左右の頬へ続けざまに浴びせた。やり手婆はそれを止めず、妓女同士の喧嘩は平手打ちまでなら許されているため、しばらく女華に任せていた。そこへ騒ぎを聞きつけた趙迂と梓琳がやって来た。梓琳は姉が叩かれているのを見ると飛び出し、女華を叩いて姉を守ろうとした。女華が梓琳を押しのけようとすると、梓琳の姉は女華の腹を思い切り蹴り飛ばした。さすがのやり手婆もそこで梓琳の姉の髪を掴んで止めに入った。

梓琳の姉が犯行の動機をぶちまけて連行される

追い詰められた梓琳の姉は、梓琳に手を出すなと叫び、自分だってやりたくてやったわけではなく、稼ぐために必要だったのだと言い募った。女郎として生き残るには、上がらなければ下がるだけであり、きれいごとは言っていられないと開き直ったうえで、女華の客は金払いがよく、売り上げが増えればおかずが一品増えるのだとまで口にした。さらに、老舗妓楼の頂点に縋りつく古参どもが邪魔だとみんな思っているはずだと吐き捨てた。やり手婆は、ならその古参を実力で引き摺り落とせない二流は誰だと冷たく言い返し、男衆に梓琳の姉を連れ出せと命じた。性格の矯正が必要であり、処分はあとで決めるというのである。梓琳の姉は折檻部屋へ連行され、梓琳は泣きながらやり手婆の足にすがったが、他の妓女たちに引き剥がされた。趙迂が梓琳をなだめる中、猫猫はただ傍観した。やり手婆の折檻は商売に支障が出ないように行われるが、そのぶん拷問めいており、見せしめとして必要なものだった。妓女として生きるなら、それが当たり前の掟であった。

九話 妓女の引き際

女華が盗まれたはずの翡翠牌を猫猫に見せる

梓琳の姉が連行されたあと、腹を蹴られた女華はゆっくり起き上がり、猫猫に少し時間をくれと頼んだ。猫猫が女華の部屋へ行くと、部屋はまだ盗人に荒らされたままだったが、卓と椅子の周りだけは片づけられていた。女華は寝台の布団をひっくり返し、板を一枚ずらして布包みを取り出した。その中には、盗まれたはずの翡翠牌が入っていた。女華は、先日殺された武官の話を聞いて嫌な予感がしたため、組木細工の箱から翡翠牌だけを抜き出して布団の下へ隠し、空になった箱だけを衣装箪笥の奥に入れておいたのだと明かした。案の定、盗人が持ち去ったのはその細工箱だった。

翡翠牌が女華の商売の根幹であると明かされる

猫猫は、表面を削られた翡翠牌を見つめながら、その牌が換金目的の盗品ではないと考えた。女華は妓楼で生まれた娘であり、その父親とされた客が置いていったのがこの牌の欠片であった。女華という名が本来なら皇族しか使えない華の字を含んでいるのも、その客がやんごとなき血筋であり、その証として牌を残したという設定に基づいていた。女華自身は本気で自分が皇族の血を引くとは思っておらず、客を惹きつけるために、皇族の落胤かもしれないという物語を商売に利用していただけであった。しかし今になって、その話を本気で調べようとする者が現れたのである。

武官殺しと今回の盗みが同じ流れにあると気づく

女華は、変人軍師の執務室で殺された武官もこの牌を欲しがっていたと語った。そして今回もまた、牌が盗まれそうになったことで、世間知らずな自分でもただ事ではないとわかると言った。猫猫は、女華の客だったその武官の件と、皇族の血筋を探る動きとが繋がっているのではないかと考えた。組木細工の箱を壊して開けた盗人は、中に何も入っていなければ、翡翠牌そのものを探しに再び来る可能性が高い。次はもっと強引な手段が取られるかもしれなかった。

女華が落胤商売をやめる決意を固める

危険が現実のものになったことで、女華はもう潮時だと悟っていた。金は十分に貯めたし、命より高いものはないと考えたのである。皇族の落胤を匂わせる商売はもう終わりにし、もっと早くやめるべきだったと悔いた。客を煽ってきた謳い文句がすぐには消えないことはわかっているが、それでも今すぐ引くのが一番ましだと女華は判断した。禿時代に金がなくて写した本をめくりながら、妓女の寿命は短く、少しずつ削れて端から破れていくようなものだと、自分の生き方を本にたとえて語った。

妓女としての終わりを見据えた女華が猫猫に助けを求める

猫猫が妓女を引退するのかと尋ねると、女華は曖昧に首を傾げた。結果的にはそうなるかもしれないが、三十近い妓女に新しい客はつきにくく、科挙の学生が験担ぎに来ても常連にはならないと現実を語った。女華は翡翠牌を放棄すると決め、もう皇族の落胤など名乗らないから命だけは助けてほしいという形に持っていくしかないと考えていた。そして、猫猫が宮中の偉い者や変人軍師と接点を持っていることを知っているからこそ、自分には妓楼の外のことがわからず、頼れるのは猫猫しかいないのだと弱音を交えて頼み込んだ。

猫猫が翡翠牌を引き受け壬氏を思い浮かべる

猫猫は、その頼みを断るつもりはなかった。翡翠牌は自分が責任を持って片づけ、信用できる偉い者に伝えると約束した。そして翡翠牌を布に包んで懐へ入れた。小さな牌であるはずなのに、妙に重く感じられた。猫猫は、この種の処分を頼む相手として変人軍師は論外だと考えたうえで、最も適した人物として壬氏を思い浮かべた。王氏であれば皇族や名家の事情に詳しく、これまでも子の一族の子どもたちや翠苓、砂欧の元巫女を見逃したり匿ったりしてきたからである。もっとも、あまり負担をかけるのは良くないとも感じていた。女華の身の安全を守るためにも早く動く必要はあったが、一昨日会ったばかりであり、しかも夜伽を断られた直後でもあったため、猫猫は人並みに気まずさを覚えていた。

十話 花押

雀が迎えに現れ猫猫を壬氏のもとへ運ぶ

妓楼から宿舎へ戻るにあたり、猫猫は翡翠牌を預かっていることもあって馬車を頼んだ。すると迎えに来たのは馬車と共に現れた雀であった。麻美から別の仕事に行っていると聞いていた猫猫が不思議がると、雀はその仕事が今朝方ようやく終わったと答え、さらに李白に連れ去られたことや何かいろいろあったらしいことも察知して迎えに来たのだと説明した。猫猫はその言い訳を怪しみつつも、雀に押されるまま馬車へ乗り込んだ。月の君の侍女を解かれたため、今後は猫猫につくことが多くなると雀は告げ、猫猫は宿舎ではなく壬氏のもとへ行けるかどうかを尋ねた。

雀にからかわれながら壬氏への面会を待つ

猫猫が壬氏のもとへ行きたいと口にすると、雀はいやらしい笑みを浮かべ、以前自分が旦那を誘惑したすけすけの寝間着を貸そうかとふざけた。猫猫は無言で雀の頬を引っ張って制し、まじめに頼んだ。雀は、少し待たされるかもしれないがたぶん大丈夫だと言って馬車を進めた。だが許可を取りに行った雀はなかなか戻らず、猫猫は馬車の中で半時ほど待たされた。壬氏に会えれば助かる一方で、一昨日夜伽を断られた直後でもあり、気まずさも強かった。昔のように接すればよいだけだと考えながら待っていると、ようやく雀が戻ってきた。ところが雀はまたしても、すけすけの寝間着や数珠のような下着を持ち出して猫猫をからかった。猫猫はそれらをはたき落としつつ、雀が人をいらつかせるのに長けていると改めて感じた。

水蓮に迎えられ壬氏の部屋へ通される

やがて馬車は壬氏の宮へ着いた。雀は以前より好き勝手な口調で月の君に猫猫を連れてきたと声を張り上げたが、そこへ現れた水蓮に咎められ、さすがに少し汗を流した。猫猫は、水蓮が阿多の母であると麻美から聞いたばかりで、そのことを思い出して複雑な気持ちになったが、顔には出さなかった。水蓮に案内されて奥へ進むと、壬氏はいつものように椅子に座っていた。しかし猫猫を見るなり少し気まずそうに視線を逸らし、猫猫のほうも気まずさはあるものの、来てしまえば休み明けの職場へ行くような感覚に近いと感じていた。

翡翠牌を見せて壬氏に相談を持ちかける

壬氏は急用だと聞いたが何事かと緊張した声で尋ねた。猫猫はどこから話せばよいか迷った末、女華から預かった翡翠牌を見せた。壬氏はそれを受け取り、翡翠の牌であること、表面が削られ割られていることに気づいた。猫猫は、これは知人が持っていた牌であり、その知人を産んだ女は妓女で、客がこの牌を渡した際に自分は皇族の落胤だと言っていたと説明した。ただしその知人自身は皇族を名乗ったり誰かを脅したりしてはおらず、あらぬ疑いをかけられたくないため猫猫に託したのだと伝えた。壬氏は、よくある話だが皇族というのもまんざら嘘とは言い切れないと応じ、真剣な仕事の顔つきに戻っていった。

側面の花押から皇族ゆかりの牌である可能性が浮上する

壬氏は水蓮に紙と筆記用具を持ってこさせ、翡翠牌の側面を見ながらそこに刻まれた紋様を描き写した。猫猫には文字とも紋様ともつかないものだったが、壬氏はそれを花押に見えると言った。花押とは名前の代わりに使う記号のようなものであり、壬氏は日々多くの書類でそれを見ているため見分けられたのである。さらに壬氏は、自分の玉牌にも似たようなものが彫られていると言い、水蓮に持ってこさせた翡翠牌を猫猫へ見せた。壬氏の牌は一回り大きく細工も緻密で、四本指の龍が彫られていたが、側面の紋様は確かに割れた牌と似ていた。壬氏は、この花押は二文字を上下に組み合わせた二合体に見え、上の部分は草冠のようだと説明し、それは皇族によく使われる花押だと判断した。猫猫は、それを聞いて女華の商売上のほのめかしが現実味を帯びたことにひやりとした。

牌の持ち主をめぐり猫猫と壬氏が線引きを交わす

壬氏は、ではこの牌の持ち主は誰なのかと改めて問いかけた。猫猫は、持ち主が誰かわかったら罰するのかと逆に確認した。壬氏は、牌を盗んだわけではないだろうと返し、猫猫が話す皇族の落胤という噂も、本人が言いふらしたのではなく客が勝手に話を広げたのだろうと察した。そしてその結果、翡翠牌が邪魔になったのだろうと受け取った。猫猫は、最近この牌を買いたいという者が現れ、その翡翠牌を狙って盗人まで入ったため、手放したほうが安全という結論に至ったと説明した。さらにその買いたがった男が、変人軍師の執務室で殺された武官の王芳であると明かした。壬氏は、王芳が皇族の落胤を探していて、その結果殺されたのではと言いたいのかと推し量ったが、猫猫は断定はできないとしつつ、女たちに結託されて殺されたというよりは筋が通ると答えた。それでも壬氏はなお牌の持ち主を問うたため、猫猫は壬氏には壬氏の立場があり、身内を売るような真似はしたくないと線を引いた。壬氏は猫猫の悪いようにはしないし、それを託した知人にもそうするつもりはないと約束したが、猫猫はすぐには応じず、二人はしばし睨み合った。

雀が二人の関係に口を挟み場を和らげる

そこへ雀が間に入り、壬氏が何でも知りたがるのは信頼ではなく征服ではないかと指摘した。相手をむき出しにして無防備にし、自分の庇護のもとに置こうとするのは束縛であり、そこに猫猫の選択肢があるのかと問いかけたのである。一方で猫猫に対しても、壬氏の負担を減らしたい気持ちはわかるが、つんが過ぎると評した。言いたいことだけ言った雀は、それ以上は何も言わないと下がり、水蓮も部屋を出た。雀もそれに続いて去り、部屋には猫猫と壬氏だけが残った。

壬氏が翡翠牌を預かり由来を推測する

二人きりになったあと、壬氏は持ち主が罰されるようなことをしたわけではないのなら問題ないとし、必要であれば護衛の手配まで考えていたと打ち明けた。猫猫は、持ち主はそれを断るだろうと答えたが、壬氏は翡翠牌については頭に入れておき、花街周辺の警備を強化しておくと言ったうえで、これ以上追及しようとはしなかった。そのかわり牌そのものの特徴を改めて整理した。翡翠も硬玉で色が濃く、しかも切られ、削られ、割られていることから、表に出したくはないが捨てるに捨てられなかった葛藤が見えると述べた。そして、皇族の落胤ではあるが、お家騒動に巻き込まれないようにわざと牌を削って割った可能性を考えた。猫猫は、受け取った時点ですでに割られて削られていたと補足したうえで、代々受け継がれてきた牌かもしれないと述べた。壬氏は、一番近いのは先帝の時代で、出家させられる前の皇族がいくらか残っていた頃だろうと推測した。女帝統治の時代、先帝の異母兄弟たちが倒れたあとに残った男系皇族は排除されたと聞くため、その中の誰かが持ち主なら、お家騒動を避けるために牌を削ったという見立てもあり得た。さらに壬氏は、皇族の玉牌であれば使う職人が限られるため、この種の紋様なら図面が残っているはずで、時代の特定もできるかもしれないと述べ、この牌は自分が預かって調べると引き受けた。

会合の話題から二人がいつもの調子を取り戻す

話が一段落すると、壬氏は昨日今日と猫猫が名持ちの会合に出ていたらしいなと話題を変えた。猫猫は羅半に謀られて連れて行かれたと答え、壬氏もあいつならそういう会合へ猫猫を連れて行きたがるだろうと納得した。いろいろ強行軍で大変だったろうとねぎらわれた猫猫は、面倒も多かったがいろいろなものが見られてよい経験だったと返し、馬閃も来ていたと話した。壬氏は、自分も行きたかったのだがと少し不貞腐れたように言ったが、猫猫は壬氏が来ては駄目だと即座に否定した。部下たちが楽しく飲み会をやっているところへ、いきなり上司が来るようなものだと説明すると、壬氏は空気が読めないと思われるのかと考え込み、猫猫は、一番よいのは金だけ払って立ち去る上司だと続けた。壬氏は悲しいとむすっとした顔で猫猫を睨んだが、猫猫は軽く笑みを浮かべた。

雀と水蓮が二人の様子を見守っていた

そのやり取りを、部屋の外から雀と水蓮が覗き込んでいた。雀は全然進展しませんねぇと呟き、水蓮は二人とも仕事人間だからと応じた。だが当の壬氏と猫猫は、そんな視線にまったく気づいていなかった。

十一話 後輩たち

洗濯場で猫猫たちが雑務に追われる

忙しい日々のうちに季節は初夏へ移り、じめじめした空気の中で猫猫は大量の洗濯物に追われていた。血や膿で汚れたさらしや医官服が山のように積まれ、猫猫は大きな桶に洗い物を入れて裸足で踏み洗いしていた。隣では姚と燕燕も同じように悪戦苦闘しており、猫猫は手術着、姚はさらし、燕燕は細かな染み抜きを担当していた。猫猫が大根を使えば血落としが楽だと言うと、以前姚が使いすぎたせいで使用禁止になったとわかり、三人は結局地道に手作業で洗濯を続けるしかなかった。

新入りの官女たちが洗濯仕事に加わる

そこへ煮沸を終えたさらしを持って、新入りの娘が二人やって来た。年の頃は十五、六ほどで、まだすれていない目をした後輩たちであった。姚は洗い終えたさらしを渡し、妙にお姉さんぶった態度で指示を出した。猫猫はその様子を見て、ずいぶん従順な子たちが入ってきたと思った。姚によれば、他にも何人かいたが初日に自分が他の部署へ押し付け、残ったのがこの二人だという。地方出身らしい雰囲気を持つ二人のうち、背の高い方が好、小さい方が長紗であり、好は元後宮女官だった。

好の経歴から後宮の教育の成果が語られる

姚は、後宮では女官に学問を教える仕組みがあり、好は優秀だったため官女にならないかと誘われたのだと説明した。好は家族思いで、都へ移ったのも後宮で稼ぐためだったが、できるだけ家族と一緒にいたいので官女試験を受けたのだという。猫猫はそれを親孝行だと受け止めた。一方で好は袖まできっちり隠した服装を崩さず、洗濯には不向きに見えた。姚も肌の露出は禁じられていると言われてしまえば何も言えないと話し、地方ごとの風習の違いに過ぎない以上、仕事をきちんとしているなら問題ないと猫猫は考えた。

猫猫が薬棚管理の仕事に意欲を見せる

西都から戻って以降、猫猫は薬棚の管理を任されることが増えていた。薬の種類も数も膨大で、生薬の使用期限の確認、古くなった薬の廃棄、不足分の注文、常備薬の補充や調薬まで行わねばならず、忙しさは増していた。それでも猫猫にとっては嬉しい仕事であり、他の医官に任せきりにすると外されかねないため、自分でもこまめにこなしていた。洗濯で時間を取られたぶん、薬棚の部屋ではてきぱきと動き、足りない丸薬を作ろうとしていた。

長紗に薬草の扱いを教え始める

そこへ、小柄で名前の長い後輩の長紗が、枯れ草の入った籠を抱えて現れた。注文していた薬草を受け取ったはよいが、どう扱えばよいのかわからなかったのである。猫猫は籠を受け取り、よく乾いていることを確かめると、見ながら覚えて手伝えと指示した。葉と茎を分けさせ、葉は薬棚の引き出しに入れるよう教えたうえで、その葉が薄荷であること、実家では咳止めや頭痛薬に使っていたと長紗が答えるのを聞いた。祖母が呪い師をしていたため生薬の知識が身についたのだと知り、猫猫は同業ではないことに少しがっかりしつつも、集落では呪い師が医者代わりになることもあると理解した。知識のある長紗には多少教え甲斐があると感じ、常備薬づくりまで手伝わせることにした。

天祐が現れ長紗の前で軽口を叩く

猫猫が長紗とともに薬草をすり潰し、煉蜜を使った丸薬作りに取りかかっていると、天祐がふらふらと現れた。長紗の名前をきちんと覚えているくせに猫猫の名は覚えていないような態度を取りつつ、猫猫が新人を教えているのかとからかった。猫猫も言い返し、長紗は二人のやり取りに戸惑った。猫猫は新人が混乱するから邪魔するなと天祐をあしらいながらも、薬草は一度すべて細かくすり潰してから混ぜること、煉蜜は蜂蜜を煮詰めて水分を飛ばしたものだと長紗へ教え続けた。途中で木型を棚から取らせる時だけ天祐を使い、用が済むとすぐどこかへ行けと追い払おうとした。

長紗が天祐を褒めて危うく秘密に触れかける

長紗は天祐に礼を言ったうえで、若手なのにすでに中級医官並みの仕事をしており、特に外科処置が飛び抜けていると聞いていると素直に褒めた。天祐は褒められて不気味に笑い、どうすれば的確な処置ができるのかと問われると、うっかり遺体を解いたことを言いかけた。猫猫は即座に天祐の脛を蹴り、余計なことを口にさせなかった。医官たちが腑分けをしていることは秘密だからである。天祐はようやく察し、話を猟師の家で獣の解体に慣れているからだとすり替えた。血に慣れているかどうかで外科処置はだいぶ違うのだと説明し、長紗もそれを信じた。

天祐の実家を探ろうとするが勘当の話で終わる

猫猫は、西都で聞いた華佗の子孫という話や王芳との関係を思い出しつつ、天祐の実家について探ろうとした。猟師の家なら一度実家へ伺ってもよいかと尋ねたが、天祐はそれを親公認の仲にと勝手に受け取り、猫猫に即座に否定された。猫猫は新鮮な肉が欲しいからだと誤魔化し、本心では天祐の実家を知りたかったのだが、天祐は自分は勘当されているから無理だと軽く答えた。猫猫はそれ以上踏み込めず、残念だと言うにとどめた。

猫猫が李医官を引き合いに天祐を追い払う

丸薬の塊を木型に詰めながら、猫猫はもう用は済んだのだから出て行けと天祐に告げた。天祐はまだ手伝うと言い張ったが、猫猫は最近さらに筋肉を鍛え、庭の木に砂袋をぶら下げて拳打と蹴りを繰り返し、休み時間には武官と手合わせしている李医官に言いつけると脅した。さすがの天祐も李医官は怖いらしく、そそくさと帰っていった。長紗は天祐を変わった人だと言ったが、猫猫は関わらないほうがいいとだけ答え、そのまま丸薬作りを続けた。

十二話 修練場医務室勤務

猫猫が修練場近くの医務室へ配属される

宮廷内にはいくつもの医務室があったが、その中でも最も忙しいのが武官の修練場近くの医務室であった。頭を割った者、肩を外した者、新人が倒れたから気付け薬を寄越せと騒ぐ者までおり、荒っぽい怪我が日常茶飯事の場所だった。劉医官は西都から帰った猫猫をそこへ配属し、李医官に何かあれば頼れと告げた。変人軍師が以前の医務室へ入り浸るのを防ぐ意図もあったらしい。李医官もまた、問題が起きたら自分に言えと猫猫へ告げた。猫猫は、頭が固いところはあっても李医官が真面目で折れない心を持つ善人であると改めて感じていた。

朝から重傷の若い武官が運び込まれる

その日も朝から医務室は騒がしかった。上級医官の老医官が朝餉を寝台に腰掛けて食べている最中、腹に木剣が突き刺さったという若い武官が運び込まれた。患者本人は脂汗を流してうめいており、詳しい説明を求めても、連れてきた武官たちは訓練中に怪我をしたとだけ言ってさっさと立ち去ってしまった。李医官はその態度に不快感を示したが、今は手当が先であった。着替え終えた老医官も合流し、三人は処置に取りかかった。

折れた木剣の傷から不自然さが見えてくる

猫猫は傷口を見て、木剣が刺さって折れたのではなく、もともと折れた木剣が腹へ突き刺さっていたのだと指摘した。李医官と老医官もその意味を理解して頷いた。訓練中に偶然そうなるとは考えにくく、むしろ誰かが突き刺したような傷であった。老医官は外科手術の準備を命じ、李医官と猫猫は若い武官の上着を剥ぎ、傷口を露出させた。猫猫は手で大きな木片を抜き取り、さらに毛抜きを使って細かい木片まで丁寧に取り除いた。李医官はさらしを重ねて傷口を圧迫し、止血を行った。

麻酔なしの縫合手術が進められる

傷口は皮膚がずたずたで、そのまま縫い合わせると無理が出る状態だった。老医官は内臓の無事を確認し、縫合は自分と李医官で行うことにし、猫猫には止血や化膿止めに必要な薬を取ってくるよう指示した。猫猫が麻酔の要否を尋ねると、老医官はこれくらいならいらないと即答した。武官相手では、痛みに慣れさせるため麻酔を使わないことも珍しくなかった。猫猫は季節的に手に入りやすい杉菜、蓬、蒲黄、阿膠などの止血作用のある生薬を思い浮かべつつ、必要な薬を集めに向かった。

猫猫が薬と着替えを整え医官たちの働きを支える

隣室では、別の医官が戻ってきて縫合の補助に加わっていた。患者が暴れないよう手足を固定し、猿ぐつわまで噛ませて手術は進められた。猫猫は止血剤のほか、化膿止め、痛み止め、解熱剤を持って戻り、さらに着替えも棚から出して置いておいた。若い武官は失禁までしており、医務室にはそのための替えの下着と裤子も用意されていた。老医官は猫猫が持ってきた薬を上出来だと評価し、止血剤を傷口へ塗ってさらしを巻いた。その後、李医官たちに患者を寝台へ移すよう命じ、猫猫には血で汚れたさらしの片付けと器具の煮沸消毒を頼んだ。老医官は指示が丁寧で的確であり、勝手に考えろと言いながら勝手なことをするなと怒る類の者ではなかったため、猫猫はこの職場を悪くないと感じていた。

軍部の怪我人の増え方に不穏な変化が見える

その後も怪我人は次々と運ばれ、太陽が傾く頃になってようやく猫猫は休憩をもらえた。休憩に入る頃には、いつの間にか背後に片眼鏡の変人軍師の気配までちらついていた。猫猫は茶を用意し、老医官も温かい茶で一息ついていた。老医官は、最近軍部の様子がおかしいと切り出した。猫猫も、故意に怪我をさせたように見える患者が多いことから、妙な怪我人が増えていると感じていた。今日の折れた木剣の傷も、誰かがわざと刺したようにしか見えなかった。李医官も同じ印象を持っていた。

老医官が軍部の派閥争いを動物の生態になぞらえて語る

猫猫が陰湿ないじめでも横行しているのかと尋ねると、老医官はそれは派閥争いだと答えた。そして具体名を出さず、大きな捕食者が頂点に立つことで下の被食者の力関係が保たれる自然界の話にたとえた。この一年、その捕食者がいなくなったことで被食者たちが餌場を奪い合い、その中でも力をつけた者たちが他を食らう側へ回って好き勝手しているのだという。変人軍師が戻れば元に戻るのではと猫猫は思ったが、老医官はそう簡単ではない様子だった。卯の当主が軍の新派閥に嫌われていると言っていたことを、猫猫はここで思い出した。

軍部が皇太后派と皇后派に割れていると明かされる

李医官がさらに気になることを問うと、老医官はどうせ耳にするだろうからと前置きし、今の軍部を大きく二分しているのは皇太后の実家と皇后の実家の派閥だと明かした。さらに、どちらにも属さない中立派閥まで含めれば三つになるとも補足した。猫猫は思わず変な声を漏らした。玉の一族が皇后の実家であることを思えば、卯の当主が口にした新派閥とは皇后派のことだとわかった。

老医官が猫猫に変人軍師の扱いを託す

最後に老医官は、猫猫と背後でこちらをうかがう変人軍師を見比べながら、自分が何を言いたいかわかるかと問うた。そして、捕食者を上手い具合に扱って、今の混乱を少しでも抑えてくれと猫猫に頼んだ。猫猫はその言葉に、思わず露骨に嫌な顔をした。

十三話 決闘とその代償

軍部の派閥争いの構図が猫猫にも見えてくる

軍部の派閥争いは連日続いていた。修練場近くで働くうちに、猫猫も嫌でもその話を耳にするようになった。皇后派とは玉葉后ではなく、その父である玉袁を中心とする勢力であり、西都から来た縁者や地方出身の成り上がりの文官武官、比較的新しい名持ちの一族がそこに加わっていた。対する皇太后派は安氏の実家を中心とするが、実際には魯大将軍の存在が大きく、古い家柄の者たちが新派閥を嫌ってそちらに寄ることが多かった。表立った大物同士は慎重に動いているが、若い者たちは修練場で小競り合いを繰り返していた。

東宮を巡る思惑が対立の背景にある

両派閥は次代の皇帝として推す相手が異なっていた。皇后派は当然ながら玉葉后の皇子である現在の東宮を支持していたが、皇太后派は西方の血が濃い東宮を快く思っていなかった。同い年の梨花妃の皇子もおり、さらに長年皇弟が東宮の地位にいたこともあって、その交代を面白く思わない者が多かった。皇弟の真実を知る猫猫は、そこに関しては虚無の顔になるしかなかった。政治の細かな理屈はわからなくとも、目の前の仕事にしわ寄せが来ていることだけははっきりしていた。

決闘で肋骨を痛めた恋文男が運び込まれる

そんな中、猫猫が薬棚の在庫確認をしていると急患が運び込まれた。患者は胸と腹の間に大きな打撲痕を作った二十代半ばほどの青年であった。見覚えのある顔だと感じた猫猫は、付き添いの男を見て卯純だと気づいたことで、怪我人が姚に付きまとっていた恋文男だとわかった。恋文男は強い痛みにうめいており、卯純の説明では肋骨にひびが入っているかもしれず、かなり吹き飛ばされたらしかった。素手でやられたと聞いた李医官は、熊にでもやられたのかと真顔で言うほどの傷であった。

卯純が決闘の経緯を説明する

李医官が内臓損傷の有無を確かめる間に、猫猫は固定用のさらしや冷却用の手ぬぐい、鎮痛剤を用意した。処置の途中で、李医官は怪我の経緯を確認した。卯純は、訓練中の事故とも言えるが、正確には言い争いの末の打ち合いだったと曖昧に説明した。恋文男は、相手は化け物で、素手で木剣を砕いたのだと怒鳴った。李医官がさらに理由を問うと、恋文男は卯純に向かって、自分の妹を莫迦にされてなぜ平気でいられるのかと怒った。ところが卯純は、自分の異母妹を恋文男が愚弄し、それを通りがかった別の武官が見て怒って打ち合いになったのだと訂正した。

馬閃が相手だと知れて猫猫が納得する

猫猫と李医官は、愚弄した側とされた側、さらにそれとは無関係の第三者が怒って決闘まがいの打ち合いになり、大怪我をしたうえに、愚弄された側が付き添って来たという歪な状況を整理した。猫猫は卯純に、人が良すぎるのではないかと率直に言ったが、卯純は、辰の一族と卯の一族が和解している以上、自分の行動が一族に反してはならないと答えた。そうしてようやく、怪我をさせた相手が馬閃であることが恋文男の口から明かされた。猫猫はそれを聞いて納得し、むしろ内臓破裂しなくてよかったとしみじみ思った。西都での馬閃の規格外ぶりを知っている猫猫にとって、肋骨数本で済んだのは僥倖に思えた。

恋文男の敗北が自業自得として受け止められる

卯純はさらに、馬閃は他の武官と決闘する際、よほどの相手でない限り素手で戦うことが多いと説明した。先日は農民に負け、今度は素手の相手に負けたことで、恋文男の矜持はずたずたになっていたが、猫猫はまったく同情しなかった。恋文男は木剣で受け身を取ってこれだったのだと悔しがったが、李医官は喋るなと言わんばかりに固定したさらしをさらにきつく締めた。処置が終わると、卯純は丁寧に恋文男へ肩を貸し、そのまま帰っていった。

李医官が馬閃への聞き取りを嫌がっていることが露わになる

恋文男たちが去ったあと、李医官は面倒くさいことになったとため息をついた。最近は武官同士の小競り合いが激しくなっているため、上からは怪我人だけでなく怪我をさせた側からも話を聞いて報告書にまとめるよう命じられていたのである。猫猫は、今回の件なら馬閃が里樹を愚弄されて黙っていられなかったのだろうと推測し、理由としては十分だと見た。だが李医官は、馬閃本人から事情を聞かねばならないことに気が重そうであった。猫猫にとっての馬閃は、可愛いものが好きで家族に頭が上がらない人の皮を被った熊でしかなかったが、李医官にとっては皇弟直属の精鋭であり、気軽に接する相手ではなかった。

馬閃の立場と李医官の遠慮が語られる

李医官は、卯純や恋文男には医療の現場で自分のほうが上だから堂々と対応できるが、馬閃はまた別だと考えていた。馬の一族は皇族直属の護衛であり、位を持たずに常に主人へ付き従うが、それを無能だと勘違いして喧嘩を売る莫迦がいるのだと説明した。猫猫は、その場合は肋骨どころか首も危ないと淡々と返した。李医官は道具を片づけながらもどこか落ち着かず、猫猫がその様子を見ていると、さりげなく報告書用紙を近づけようとしていた。小細工に向かない李医官の意図は見え見えであった。

猫猫が馬閃への聞き取り役を引き受ける

猫猫は、もしかして馬閃のところへ行くのが億劫なのではないかと率直に尋ねた。李医官は、仕事だと言われれば行くがと歯切れの悪い返事をした。そこで猫猫は、李医官の命令という形なら自分が代わりに行こうかと申し出た。すると李医官は待ってましたと言わんばかりの反応を見せた。猫猫は、普段世話になっている李医官相手だからこそ、たまには素直に言うことを聞くことにした。

十四話 二人はなかよし

猫猫が修練場で馬閃を探す

馬閃は本来、壬氏の護衛として執務室にいることが多いが、この日は訓練の日で修練場にいた。猫猫は李医官から同行を申し出られたものの断り、一人で修練場へ向かった。医務室を留守にできないことに加え、変人軍師の身内と思われているおかげで武官たちも猫猫には強く出ないと見込んでいたからである。修練場では汗臭い武官たちが休憩していたが、その中で李白と馬閃だけは激しく打ち合っていた。李白は大柄で、馬閃はそれより小柄だったが、体格差を感じさせないほど互角の勝負をしていた。

李白と馬閃の打ち合いから二人の実力が見える

猫猫は日陰に座って二人の勝負を見守った。李白は体格だけでなく技術も備えた武官であり、木剣と小盾を巧みに使っていた。一方の馬閃は、それを真正面から力で押し返すような戦い方をしていた。通常なら小柄な者が技巧派になるところだが、馬閃は筋力と体幹で体格差を覆しており、まるで化け物のようだった。猫猫は二人がのぼせないか心配して、持参していた茶と煎餅を準備しながら観戦していた。

若い武官に絡まれるが李白が場を収める

そこへ若い武官三人組が近づき、猫猫に何の用で来たのか、男漁りに来たわけではあるまいなと無礼な言葉を投げかけた。周囲の武官たちは慌てていたが、その若い武官は位が高いらしく強気だった。猫猫が面倒を避けて立ち去ろうとすると肩を掴まれたが、その直後に李白と馬閃の打ち合いが終わった。李白が猫猫に気づいて手を振り、二人が近づいてくると、李白はわざと変人軍師の正式名称を口にして猫猫の背後を若い武官へ示した。若い武官たちはそれで事情を察し、あっさりと退いていった。

猫猫が決闘の聞き取りを始める

李白は、こんなむさくるしい場所へ何の用だと困ったように尋ねた。猫猫は、今朝の怪我人について馬閃に聞き取りをしに来たのだと説明した。最近、武官の間では派閥争いの延長で決闘まがいの騒動が増えており、医務室としては怪我人と怪我をさせた側の双方に事情を確認するようになったのだと一息に話した。李白はそれを面倒くさいと顔に出したが、猫猫が差し出した煎餅はしっかり食べた。馬閃は、家柄を笠に着て位だけ貰った官へ稽古をつけただけであり、大義名分を振りかざして群れる狐のような連中が多くて腹が立つと語った。

馬閃が里樹への侮辱に怒った理由を明かす

猫猫が里樹を侮辱されたから打ち合いになったと聞いていると切り出すと、馬閃は動揺しつつもそれを認めた。相手は里樹を不貞のため後宮から追い出されたあばずれなどと口にしたという。馬閃は、里樹の罪は本人の罪ではなく、ただ周囲に翻弄されただけなのに、なぜあらぬことを言われねばならないのかと激しく憤った。そしてその怒りから口論となり、打ち合いになったのだと説明した。自分に非があるとすれば、相手に鉄鎧ではなく皮鎧を着せたことくらいだとまで言い、猫猫はやはり化け物だとしみじみ思った。

卯純への評価をめぐって馬閃と李白が食い違う

四阿へ移って話を続ける中で、馬閃はさらに、卯純が里樹の身内でありながら笑って受け流していたことに腹を立てていた。そういう日和見の人間がいるからこそ、他の者たちが増長するのだと考えていたのである。李白はそんな馬閃の口に煎餅を放り込み、卯純は弱いなりに生き抜くため、あの場では何も言えなかったのだと庇った。李白によれば、卯純は本来文官だったが、家のごたごたのため武官の中へ飛ばされてきた人物であり、下手をすれば追い詰められて自殺しかねない立場だった。そのため李白の部下として置かれていたのである。

卯純の立場と卯の一族の事情が語られる

李白は、卯純は卯の字を持っていても本家には認められておらず、入り婿だった父の卯柳が妾を本家へ連れ込んだうえ、本家の娘を虐げて出家同然に追い込んだことが一族の名を落としたのだと説明した。卯純自身に非があるわけではないが、父のせいでやっかみを買いやすい存在になっていた。さらに、卯の当主は老体に鞭打ちながら親戚の男児を養子として育てており、それほどまでに娘婿へこれ以上一族を任せられないと考えているのだとも語った。猫猫は、名持ちの会合で見かけた十にも満たない男児を思い出し、話がつながった。

李白が里樹の縁談の動きまで把握していることが明かされる

李白はさらに、卯の一族としては今までかわいそうだった孫娘を何とか幸せにしたいらしく、よい家柄へ嫁入りさせられるよう話を進めているとも口にした。猫猫はそれも知っていたが黙って聞いた。馬閃はその話にあからさまに動揺し、李白に本当に知らないのかと詰められると、嘘の苦手な様子を隠せずごまかした。猫猫はその様子を見て、まだまだ先は長いと思った。

猫猫が卯純への見方を述べ馬閃と対立する

話を聞きながら猫猫は報告書を書いていたが、李白が卯純には同情すべき点があると言うと、馬閃は強く反発した。正統な血筋である異母妹を蔑ろにし、出家まで追い詰めた挙句、今もその侮辱を聞いて平然としている男など一発殴ってやればよかったと憤った。李白は、卯純は事を曖昧にするが自分から何かを仕掛けるわけではないと庇ったものの、猫猫はそういう曖昧さこそが一番質が悪いのではないかと口を挟んだ。曖昧であるがゆえに相手へ勝手な拡大解釈を許し、問題が起きても自分の手は汚れないからである。

弱者の生き方をめぐるやり取りが続く

それでも李白は、卯純は強い者に敵になり得ないと思わせる立ち回りに長けていると評価した。半分は正解で半分は違うが、弱い者には弱い者なりの生き方があるというのである。馬閃は、生き残るためには仕方ないというのかとなお不満を示した。猫猫は、人間の大半は馬閃ほど強くはなく、里樹のような者に武器を持たせても野良犬一匹倒せるかどうかも怪しいと返した。弱くても怪我をしても死んでも立ち向かえというのかと問われ、馬閃は言葉に詰まった。猫猫はさらに、卯純は成分としては桃美よりもなお里樹に近い存在なのだと例えたが、李白には原料などと言うなと呆れられた。

報告書を書きながら猫猫が李白と馬閃の距離感を見る

李白は卯純を完全には擁護せず、八方美人になりすぎないよう言い聞かせておくと述べた。猫猫も、処世術としては理解できるが、その塩梅は難しいと応じた。馬閃はまだ納得しきれない様子だったが、李白は敵を作らないように見せかけて、実際には相手に敵ではないと思わせるのが卯純のやり方であり、そういうことを猫猫もよくやっていると笑った。猫猫は否定したが、馬閃は逆にそういう者ほど危険視すべきだと真面目に言った。猫猫はその言葉に憤慨しつつも報告書を書き続けたが、話を聞きながらだったせいで文字を間違えてしまっていた。

十五話 矛盾と目的

変人軍師が戻っても医務室の混乱は収まらない

猫猫の悩みは、次々に運び込まれる怪我人だけではなかった。変人軍師は仕事へ戻るのを嫌がり、蝉のように柱へ張り付いては副官の音操に引き剥がされていた。猫猫は老医官から、捕食者をうまく扱って軍部の混乱を少しでも抑えてくれと頼まれていたが、当の捕食者はそんな有様で、仕事をする気配がなかった。それでも医務室には毎日のように重傷者が運ばれ、そのうち一、二件は訓練中の怪我とは思えないものばかりであった。怪我の詳細を問うと大抵は口を濁すため、事情があることは明らかだった。

傷を放置した若い武官が再び医務室へ連れてこられる

変人軍師が姿を消した頃、李医官が汗だくで医務室へ戻り、先日腹に折れた木剣が刺さった若い武官を連れてきた。今日は本来非番だが修練場で訓練していたらしく、その途中で見つけて連れてきたのだという。李医官は、毎日腹の具合を診せに来るよう言っていたのに来なかっただろうと若い武官を責めた。武官は、傷を縫ってもらったからそのうち治ると思っていたようだったが、李医官は問答無用で羽交い絞めにし、猫猫に帯とさらしを解かせた。

傷の管理不足が露見し再縫合が必要になる

さらしを外した瞬間、猫猫は強い臭いに顔をしかめた。さらしを交換していないどころか風呂にも入っていない臭いであり、李医官も無駄に代謝の良い若い男の体臭を怒鳴りつけた。応援に呼ばれた無精髭の医官も加わり、診ると傷口は少し化膿しており、しかも激しく動いたせいで糸まで切れていた。化膿部分を切除して傷口を消毒し、針を用意して再び縫い直すことになった。猫猫は道具を揃え、若い武官にはさらしを噛ませて処置を見守った。外廷の医官たちは効率重視で動きに無駄がなく、その仕事ぶりは見ていて気持ちの良いものだった。

若い武官が中央出身者との対立をほのめかす

縫い直しが終わると、李医官と無精髭の医官は、さらしをきちんと交換し、薬もきちんと飲めと若い武官へ言い聞かせた。さらに、この間は途中でいなくなったが、誰にやられたのかを今度こそ教えろと詰め寄った。若い武官は訓練中の事故だと言い張ったが、李医官は訛りから戌西州出身だと見抜き、相手は中央出身の武官だろうと推測した。若い武官は、報告しても握りつぶされるだけで、武官は弱いほうが悪いのだと吐き捨てた。猫猫は、本人たちの問題に見えても医官の仕事が増える以上、放っておかれては困ると感じた。

雀が派閥争いの構図を猫猫へ語る

その後、猫猫は雀の右腕を診ながら、軍部の派閥争いについて改めて話を聞くことになった。雀によれば、これまでは皇太后派が強かった軍部だが、玉葉后の出現以降、戌西州出身の者たちが大きな顔をするようになり、玉袁を中心とする皇后派が勢力を増してきたという。とはいえ、実際には新派閥である皇后派の出る杭も打たれており、単純にどちらが攻めているとも言い切れなかった。猫猫は、皇后派や皇太后派という呼び方自体に違和感を覚えていた。玉葉后も皇太后も、積極的に誰かを攻撃するような性格ではないからである。雀は、どうしても実家が前面に出てくるのでそう呼ばれるだけであり、皇太后の実家はかなり欲深いのだと、幼い皇太后が後宮へ入れられた経緯を踏まえて語った。

王芳の調査対象が辰の家宝だったと明かされる

猫猫が、玉袁は高齢で後継者問題も抱えているのではないかと問うと、雀は、だからこそそこを狙って皇后派へ殴りかかっている者たちがいるのだと説明した。さらに話は、変人軍師の執務室で殺された王芳へと及んだ。雀は、王芳を殺した三人の官女はいずれも辰の一族と縁のある家の出であり、王芳自身はかつて消えた辰の家宝について調べていたのだと耳打ちした。三人の官女の身内に辰の先代当主と親しかった者がいて、家宝の具体的な形について聞き回っていたらしい。猫猫は女華の翡翠牌のことを思い出し、王芳は系図に載っていない皇族を探していたのではないかと考えたが、皇后派に属する王芳がなぜそんなことをするのか、そこには矛盾も感じていた。

新人官女が左膳を探していると判明する

雀の診察を終えた猫猫が部屋を出ると、長身で名前の短い新人官女が籠を抱えて待っていた。注文していた大黄、川骨、桂皮といった打ち身の薬の材料を届けに来たのである。猫猫が帳面と照らし合わせて問題ないと確認すると、その新人官女は帰ろうとせず、真剣な顔で猫猫を見つめた。そして姚たちから、猫猫が市井で薬屋をやっていたと聞いたのだが、ここ数年で都近くに薬屋か医者を始めた男を知らないかと尋ねた。猫猫は、左膳という男が花街で薬屋をやっていると答えた。すると新人官女は激しく食いつき、左膳は偽名ではないか、いかにも訳ありの姿ではないかと畳みかけた。

猫猫が余計なことを言ったと後悔する

猫猫は、新人官女の様子がただならぬものだと感じて口を閉ざした。左膳は子の一族の乱から逃げ出した過去があり、余計なことを話したのは失敗だったかもしれないと思った。せっかく薬屋として育ってきたのに、ここで問題を起こされては面倒だったからである。だが新人官女は止まらず、その左膳という男に会わせてほしいと猫猫の衿を掴んで激しく揺さぶった。会わせてくれないなら自分で花街の薬屋を探すとまで言い出し、猫猫はますますまずいことを言ってしまったと後悔した。そこへ雀が楽しげに、おとなしく案内したらどうか、自分も同行しようかと口を挟んできた。猫猫は衿を掴まれたまま、どうしたものかと唸るしかなかった。

十六話 妤

好が左膳ではなく別の男を探していたことが明かされる

長身の新人官女はしつこく、猫猫は根負けして非番の日を合わせ、一緒に会いに行くことになった。相手は好であり、雀も同行した。宿舎で待ち合わせて花街まで歩くあいだ、好は無口で、猫猫も受け身な性格のため会話はほとんどなかった。花街の門をくぐると、門番や右叫に好はひどく怯えたが、猫猫は気にせず緑青館の裏手へ向かった。右叫からは、以前女華の部屋に忍び込んだ盗人は軽業師であり、誰かに依頼されて盗みに入っただけの尻尾役だったと聞かされた。

猫猫が左膳を訪ね、探していた相手が別人だと判明する

猫猫は畑で大蒜を収穫していた左膳に声をかけ、客人を連れてきたと告げた。ところが好は左膳を見るなり、この人ではないと否定した。求めていたのは、もっとひょろっとしていて何を考えているのかわからず、顔を半分隠した怪しい美形の男だと言う。猫猫はそれでようやく左膳ではなく克用を指しているのだと気づき、あばら家にいるかと尋ねた。ちょうど克用は中からだらしない格好で現れた。

好が克用を見るなり殴りかかる

克用の姿を見た瞬間、好はお医者さんと叫んで駆け寄り、いきなり拳で顔を殴りつけた。さらに倒れた克用へ馬乗りになってぼこぼこに殴り続けたため、猫猫と左膳が慌てて引き剥がした。克用は鼻血を流しながらも、もしかして好かと穏やかに声をかけた。めくれた布の下には醜い疱瘡の痕があり、好の袖にも同じ痘痕が残っていた。そして好は涙を浮かべながら、村は滅びたと克用へ告げた。

克用が好との関係と村を去った事情を語る

猫猫たちはあばら家へ入り、壺や桶を椅子代わりにして話し合うことにした。克用は、自分が呪い師にやっかまれて村を追い出されたと以前猫猫に話したが、その村こそ好と家族が住んでいた北西の開拓村だったと説明した。村は森を切り開いて作られた新しい集落で、畑だけでは食糧が足りず、材木を売って外から食糧を買っていた。食糧難に弱く、流行病にも脆い土地であった。克用は村に来る前から疱瘡にかかっており、近隣で疱瘡患者が出た話も聞いていたが、その前に村長から追い出されたのだという。食糧不足の中で、克用は呪いの贄にされかねず、医療行為までも呪いだと非難されていたため、出て行かざるを得なかった。

好が村の滅亡と自分の怒りをぶつける

好は、克用が残ってくれてさえいれば、自分たちは医者も呼べずにどんどん死んでいくことはなかったと涙ながらに訴えた。克用に非がないことは好自身もわかっていたが、村人が倒れていく中で何もできなかった苦しみを、医者であった克用にぶつけずにはいられなかったのである。克用はただ、ごめんねと謝りながら、泣きじゃくる好の頭を抱いた。猫猫は、それが言いがかりだと理解しつつも、理屈では割り切れない感情の爆発なのだと見ていた。

好の家族が生き残った理由が明かされる

そこで雀が、村が滅びたのに好の家族はなぜ都まで来られたのかと問いかけた。好は、自分の場合は流行の前に克用から処置を受けていたと答えた。克用は、それは昔からある方法で、疱瘡に一度かかった者は二度かかりにくいことを利用し、健康なうちに弱くした疱瘡の種を体へ入れておくのだと説明した。猫猫は、毒を弱めた膿を体内へ移す方法かと反応し、かさぶたでも一年近く病の原因が残ることを初めて知る。好は高熱に苦しみ、一生残る痘痕もできたが、そのおかげで家族は生き延びたのだった。克用は好の父に拾われて助けられていたため、父だけは疱瘡の恐ろしさを理解し、処置を受け入れたのである。

克用の過去と弱毒化の研究が語られる

好は、都へ出て後宮勤めを始めたのも家族を養うためであり、読み書きや薬の知識を教えてくれた克用のおかげで学びについていけたのだと話した。さらに好は、また疱瘡が流行した時どうすればよいのか、それを聞きたくて克用を探していたのだと本心を明かした。すると克用は、自分の師匠が疱瘡のような流行病を研究していたが、死んでしまったため今はわからないと言った。かつて自分と双子の弟が実験の比較対象にされ、自分は疱瘡の痕が残ったが、弟の方は弱毒化した種を植え付けられたおかげか平気だったらしい。しかしその弟も死に、師匠も死んだため、研究の詳細は失われたという。克用は、もっと安全に毒性を弱める方法が見つかればよいのだがと遠い目をした。

華佗の書の話が出て猫猫が反応する

疱瘡をなくす方法はないのかと好が問いかけると、克用は難しいだろうが、華佗の書でもあれば違うのかもしれないと口にした。左膳はそれを眉唾だと切り捨てたが、克用は師匠から、百年近く前に華佗と呼ばれた医者がおり、その秘術を子孫が隠し持っているという話を聞いたことがあると語った。猫猫はその話に強く反応したが、克用の腹の鳴る音でひとまず話は中断され、一行は露店で串焼きを買って食べることになった。

薬屋で好に仕事を見せつつ左膳の問題も確認する

食事のあと、猫猫は左膳の薬屋へ移動し、好の勉強も兼ねて在庫と帳簿の確認を始めた。左膳は、湿地の薬草を克用から高く買わされているとぼやき、猫猫も仕入れ値の高さに眉をひそめた。薬草の値上がりには、宮廷による買い占めや、西都へ大量の物資を送った昨年の影響もあるのではないかと猫猫は考えた。好には、生薬の相場を覚えておいたほうがよいと教え、悪い業者が値切りづらい新人を狙うこともあると注意した。左膳の調薬した薬は及第点ではあるが工夫が足りず、猫猫はついでに調薬も教えることにした。

好が克用から教わった知識を見せる

猫猫は好に、店にある材料で知っている薬を作ってみろと命じた。好は熱冷ましと切り傷用の軟膏なら作れると答え、ぎこちないながらも正しい手順で作り始めた。克用から教わったのかと問われると、村の子どもたちへ読み書きや薬の作り方を教えていたのが克用だったと答えた。開拓村では怪我が絶えず、医療知識は必要だったのである。さらに、疱瘡の処置を受けたのは好の家族だけではなく、克用は数人の子どもにもこっそり施しており、その子どもたちが今都で一緒に暮らしているとも明かした。

女華の引退後の立場が示され、猫猫が時代の終わりを感じる

薬屋の外へ目を向けると、緑青館の玄関広間には見慣れない男衆が増えていた。猫猫は、それが壬氏が手配した護衛かもしれないと察した。そこへ女華が現れ、やり手婆と帳面を広げて話していた。趙迂は、それを見て女華小姐がやり手婆のあとを継ぐのだと教えた。つまり女華は妓女としての仕事を減らし、いずれ緑青館をまとめる立場へ移るのである。猫猫は、白鈴、梅梅、女華が揃っていた三姫の華やかな時代を思い出し、もうあの光景は見られないのだと寂しさを覚えた。ひとつの時代が終わろうとしていた。

十七話 禁猟区

猫猫が医官として再び研修に駆り出される

忙しい部署に回されてから時が過ぎ、季節は蝉が鳴く頃になっていた。猫猫は日々の業務に加え、医官たちと同じ教育も受けていた。西都行きで卒業したつもりでいたが、劉医官から医者は生涯勉強であり、西都組は今後も新人医官たちと同じ研修を受けろと命じられたのである。その研修として、猫猫は李医官と天祐と共に馬車へ揺られ、解体の復習に向かっていた。

禁猟区へ向かう理由に不穏な事情が見える

猫猫は当初、今回も牧場へ向かうのだろうと思っていたが、李医官は今日は牧場ではなく狩猟場だと答えた。天祐は、この近辺は今の時期禁猟のはずだと指摘し、しかもそこが自分の地元だと明かした。李医官はその指摘に黙り込み、禁猟でも金持ちや高官は別扱いなのだと認めるしかなかった。さらに天祐は、この狩猟場を仕切っているのは自分の父であり、宮廷関係の仕事を嫌っていたはずだと事情を推測した。そこから、解体役として呼ばれたのは単なる医療研修ではなく、高官のための狩りに付き合わされているのだと猫猫たちは理解した。

医官たちが指名された理由が明かされる

李医官は、今回の解体役として呼ばれた医官は指名であり、条件は何事にも動じない人間だったと説明した。解体は専用の小屋で覆面をして行う予定であり、暑さが厳しい中での作業になるらしかった。猫猫は、その条件からして何か面倒事が起こる予感しかしないと感じた。さらに李医官は、ここへ呼ばれたこと自体も劉医官の意向ではなく、劉医官ならくだらないことに医官を使うなと断ったはずだと打ち明けた。つまり李医官たちは、上の事情によって勝手に駆り出されたのだった。

鳩の噂と猫猫の役目が示される

行き先にこの狩猟場が選ばれた理由について、李医官はここに鳩がいるという話があるのだと漏らした。鳩とは猛毒を持つ伝説の鳥であり、その名を聞いた猫猫は目を輝かせた。猫猫は捕まえるなら生け捕りにしてほしい、事前に知っていれば毒への備えもしてきたのにと本気で悔しがったが、李医官はあくまで噂にすぎないとたしなめた。そして猫猫には、解体作業ではなく得意の毒見役を任せると言い渡した。そこで猫猫は、ようやく今回の狩りに別の意図が仕込まれていることに気づいた。

虎狼が迎えに現れ、猫猫は壬氏に呼ばれたと知る

狩猟場へ到着すると、猫猫は李医官たちと別行動となった。迎えに来たのは雀ではなく虎狼だった。表向きは西都の長である場梟の弟であり、玉袁の孫として振る舞うが、実際には実兄の抹殺を試みた危険人物である。虎狼は、月の君の命で迎えに来たと柔和な笑みで告げた。猫猫は医官として呼ばれたのではなく、自分をここへ連れてくるために医官まで巻き込んだのだと察した。さらに鳩の話が嘘ではないかと疑ったが、虎狼はそれは狩りに誘った者が持ち込んだ噂であり、少なくとも自分たちの作り話ではないと説明した。

壬氏が天幕で待っており、今回の集まりの正体が語られる

虎狼に案内された先には、大きな天幕といくつかの小天幕、それに別荘があった。本来なら壬氏は別荘へ入れるはずだったが、虎狼が安全のため入口の一つしかない天幕を選ばせたのだという。別荘では何が潜んでいるかわからないからである。壬氏のいる天幕へ入ると、水蓮、桃美、馬閃も同席していた。天幕の中は氷柱を入れたたらいと団扇で涼しく保たれており、壬氏は猫猫を見るなり慌てたが、水蓮は自分の判断で猫猫を呼んだのだと笑っていた。猫猫は毒見役として参りましたと頭を下げ、壬氏の前へ座った。

狩りの参加者に皇太后派の若者たちが集められていた

壬氏は、最近武官たちの小競り合いが増えていることを前置きしつつ、今回の狩りには特に暴れている皇太后派の若者たちが集まっていると説明した。名持ちの会合で意気投合した連中が狩りをしようという話になったらしいが、どうもきな臭く、何か計画があるかもしれないと睨んでいた。だからこそ、自ら参加して目論見を探り、事が起こる前に火種を潰すつもりだという。壬氏自身に危害を加えることはないだろうが、妙な計画へ巻き込まれる可能性は十分にあった。

猫猫が狩りへの参加を求めるが留守番を命じられる

壬氏が狩りは半時後に始まり、昼餉も挟まないので猫猫は天幕で待っていろと告げると、猫猫は自分も参加したいと食い下がった。弓矢は使えないが、誰かが毒にあたったときに危険だからと主張したのである。実際には伝説の毒鳥を見たいという下心が大きかったが、壬氏はその魂胆を見抜いていた。猫猫は夢と浪漫が必要だと真顔で言い張り、鳩が見つからなくても地面を這ってでも羽根を探すつもりでいた。壬氏は呆れつつも、水蓮が出した煮た桃を猫猫にも勧めた。

翡翠牌の調査結果から華佗の正体が語られる

そこで壬氏は、以前猫猫から預かった翡翠牌について調べがついたと切り出した。虎狼と馬閃を外へ出した後、壬氏はその牌に実名こそ残っていないが、華佗と呼ばれていた皇族の物だと考えられると明かした。猫猫は華佗が伝説の医者の名であること、皇族でありながら医官として優れ、当時の皇帝が最も可愛がっていた皇子の遺体を腑分けしたため処刑され、その名も抹消された禁忌の人物であることを説明した。壬氏はその理解を認めたうえで、翡翠牌がここに残っているということは、華佗が生前に誰かへ渡したのだろうと述べた。猫猫も、それは子を孕んだ女に渡したと考えるのが自然だと答えた。

女華と天祐が華佗の末裔である可能性がつながる

壬氏は、華佗は数代前の皇族の血筋であり、今さらその子孫を罰するつもりはないと断言した。ただし、翡翠牌を手に入れようとする者がいること自体は危険だとも付け加えた。猫猫は、牌の持ち主はすでに放棄したとはっきり伝えた。壬氏はそれが女であることまで調べていた。さらに猫猫は、もう一人華佗の末裔を知っていると打ち明けた。それが天祐であり、猟師の家系で、祖先に華佗のお手付きになった女がいたという話だった。壬氏は桃を噴き出すほど驚いたが、腑分けに異常な執着を見せる天祐の性質を思えば納得もしていた。

王芳の目的と派閥争いへの違和感が語られる

猫猫は、王芳という男は女華の翡翠牌を欲しがっていたうえ、辰の一族の家宝まで調べていたのだから、皇族のご落胤を探していたのではないかと推測を述べた。壬氏は、王芳を殺した官女たちの関係を洗うと辰の一族へつながっており、奴は余計なものへ首を突っ込みすぎたのだろうと答えた。そのうえで猫猫は、王芳が皇后派であったのなら、すでに玉葉后の皇子という立派な世継ぎがいるのに、なぜ新たな皇族を探す必要があるのかと疑問を口にした。また、軍部の派閥争いも、大物は静かなまま若い者ばかりが信念もなく騒いでいるように見え、本当に派閥争いなのかと首を傾げた。壬氏もその違和感には思い当たるところがあるようだった。

狩りの参加家門が明かされ猫猫は辰を気にする

壬氏が今回の狩りには辰、丑、申の者が来ていると答えると、猫猫は辰の一族と聞いて恋文男の顔を思い浮かべた。そこへ桃美が準備の時間だと告げ、壬氏も気を引き締めて立ち上がった。猫猫も思わず同行する気で立ち上がったが、壬氏は猫猫には留守番を命じた。毒鳥のことを気にして食い下がる猫猫に対し、壬氏はもし見つけたら捕まえてくると言ってさっさと天幕を出て行った。猫猫は追いかけようとしたが、水蓮にがっちり掴まれて動けなかった。

十八話 華佗の末裔

退屈な留守番の最中に異変が持ち込まれる

狩りには二時ほどかかると聞かされ、猫猫は天幕の中で退屈していた。水蓮と桃美は碁を打っていたが、猫猫は盤遊戯に興味がなく、ただ虚無の目で眺めているしかなかった。そこへ護衛が現れ、猫猫に会いたい者が来ていると告げた。相手は天祐であり、水蓮と桃美の許しを得て天幕へ入れると、天祐は暇つぶしに来たような口ぶりで、実家のある方角から火の手が上がっているようだと気軽に話した。猫猫はその一言で天幕を飛び出し、森の向こうに立ち上る煙を確認した。

猫猫が馬閃と天祐を伴って火元へ向かう

そこへ途中経過を報告しに戻ってきた馬閃が現れた。猫猫は事情を説明しきる前に、桃美が馬閃へ猫猫を護衛するよう命じたため、天祐の案内で火元へ向かうことになった。水蓮は猫猫の袖を紐でくくって動きやすくし、桃美は自分が代わろうかと申し出たが、猫猫は事情を一番知っているのは自分だとしてそれを断った。森へ入ると、猟師であった天祐は迷いなく先へ進み、猫猫はついていけず遅れたため、馬閃に米や麦の袋のように担がれて運ばれることになった。

燃える家と若者たちによる私刑が明らかになる

やがて一行は、煙の上がる家の前へたどり着いた。そこでは、猟師らしい中年男が地面へ這いつくばらされ、小ぎれいな格好をした若者たちが剣の切っ先を向けていた。天祐はそれが自分の父だと気づいて飛び出そうとしたが、猫猫はそれでは話がこじれると判断して制止し、代わりに馬閃を前へ出した。馬閃が何をしているのかと問いただすと、若者たちは賊を排除しているだけだと答えた。だが猫猫は、ここが猟師の家であると見抜いていた。

若者たちが翡翠牌を罪人の証として振りかざす

若者の一人は地面に半分に割れた翡翠牌を投げ出し、これこそ禁忌を犯して皇子に手をかけた罪人の証であると語った。さらに、かつてその罪人は鳩毒で皇子を殺し、八つ裂きにして皮を剥ぎ、皇子になり替わって帝に謁見しようとした大悪人であり、その子孫もまた妖怪めいた危険な存在だから今のうちに排除すべきだと主張した。猫猫は、その話が壬氏から聞かされた華佗の実像とあまりに違うことに気づき、人づての伝承が大きく歪められているのだと悟った。

猫猫が伝承の誤りを指摘し若者たちの理屈を崩す

猫猫は若者たちの前に進み出て、その伝承は間違っていると断言した。皇子は毒殺ではなく病死であり、八つ裂きにして皮を剥いだのでもなく、遺体を腑分けしたのだと説明した。そこで猫猫は、名持ちの会合で会ったことを匂わせて相手を揺さぶると、若者の一人が猫猫を思い出した。しかもその中には辰の恋文男もいた。猫猫はさらに、たとえその罪人に問題があったとしても、その罪は本当に子や孫だけに及ぶのかと問いを重ね、相手から祖先にまで問題があるだろうという言質を引き出した。

壬氏が現れて華佗が皇族の血筋であることを明かす

その直後、森の反対側から壬氏が現れた。後ろには虎狼や護衛たち、さらに気まずそうな他の名持ちの若者たちも従っていた。壬氏は猫猫の持つ翡翠牌と、自ら懐から取り出したもう半分の翡翠牌を合わせ、ぴたりと合うことを示したうえで、若者たちへ問いかけた。若者たちはなおも、その罪人の子孫は国を傾けるかもしれないから手打ちにすべきだと主張し、壬氏ならできるはずだと迫った。だが壬氏は、すでに罪人本人は罰を受けており、その子々孫々まで罰する必要はないと断じた。そしてその罪人もまたかつては皇族であり、自分と祖を同じくする者であると明言した。

天祐の父が命乞いし、天祐が前に出る

若者たちが震え上がる中、壬氏は天祐の父の肩に手を置き、配下が勝手な真似をしたことを詫びた。だが天祐の父は、何も望まない、自分が最後の一人だから自分だけを処分して他に何も及ばせないでほしいと頭を下げ続けた。そこへ天祐が割って入り、自分と父の命を保障してくれるのかと壬氏に問いただした。壬氏は当然だと答え、さらに燃えている家をどうにかしてほしいという天祐の要求にも応じた。壬氏は視線だけで虎狼へ指示を出し、虎狼は笑顔で若者たちへ、自分たちで火を消せと命じた。

猫猫が天祐の父を診ようとする中で新事実が告げられる

火の始末は若者たちに任され、猫猫は天祐の父の容体を診るため移動しようとした。そこでふと、結局伝説の毒鳥はいないのだなと力なく漏らした。すると天祐が、毒鳥は知らないが、家には華佗が残した本があるらしいと口にした。その瞬間、猫猫は燃えている家を見た。天祐は、猫猫がこういうものを好きだろうと言うが早いか、猫猫は近くの若者から桶を奪い、水を頭からかぶって燃える家へ突進しようとした。

華佗の本を救おうとする猫猫が壬氏に止められる

壬氏は慌てて猫猫を止めたが、猫猫はあの中に宝がある、宝物があるのだと叫びながら、ずぶ濡れのまま燃える家へ手を伸ばした。だが壬氏は、もう燃え尽きているから諦めろと押しとどめた。猫猫は鼻水を垂らしながらも本を惜しみ続け、その姿を見た周囲からは、あれが漢太尉の娘か、やはり血は争えないといった声まで漏れた。猫猫はそれを否定する気力すらなく、ただ燃える家を見つめていた。

十九話 残された秘宝 前編

天祐の父の手当てと猫猫の悔恨

天祐の父は李医官の手当てを受けていた。怪我は地面に跪いた際の擦り傷と首筋の切り傷程度で、大事には至っていなかった。むしろ華佗の書を失ったと思い込み、煤と鼻水と涙で顔を汚した猫猫のほうがひどい有様であり、天幕に戻るなり水蓮に着替えさせられてようやく人心地ついた。猫猫はなおも華佗の書が実在していたことを惜しみ続けていた。

天祐父への謝罪と天幕での対面

壬氏、馬閃、虎狼が天幕に入り、天祐の父と向き合った。李医官は部外者として外で待機することになり、天幕の中には猫猫、天祐、天祐の父、壬氏、馬閃、虎狼だけが残った。猫猫は虎狼を追い出したいと露骨に言ったが、壬氏に我慢するよう言われて引き下がった。壬氏はまず、自分の配下が勝手なことをしたと謝罪した。天祐の父は逆に深く頭を下げ、自分のような罪人の子孫に心をかけてもらうこと自体がもったいないと恐縮した。

華佗の末裔であることの経緯

壬氏が天祐の父へ、華佗の子孫で間違いないかと問うと、天祐の父は曾祖母が医官と親しくなって身ごもった際に翡翠牌を渡されたと語った。しかしその医官は当時の皇帝の怒りに触れて処刑され、もし曾祖母の懐妊が知られれば一族まで処刑されかねなかったため、曾祖母は翡翠牌の模様を読めなくするために傷をつけたという。捨てればよかったはずの翡翠牌を捨てなかったのは、曾祖母がその医官に情を残していたからだと説明した。

翡翠牌が二つに割れた理由

壬氏が翡翠牌が割れている理由を問うと、天祐の父は兄の存在を語った。曾祖母は誰にも知られぬよう翡翠牌を隠していたが、兄はそこに皇族の宝があると信じて持ち出そうとした。父はそれを止め、弟の自分にも権利があると言ったため、兄は翡翠牌を二つに割って片方を持ち去り、そのまま姿を消したという。そこで猫猫は、もう片方が都の妓女のもとへ渡り、その娘が持っていたものを壬氏へ託した経緯を説明した。天祐の父は翡翠牌がここにあることに感慨を覚えたが、その娘とは会わないほうがよいと判断した。天祐は従妹に会いたいと軽く口にしたが、父にすぐげんこつを落とされた。

壬氏の補償の申し出と新たな願い

壬氏は怪我の治療代と焼かれた家の補償を約束し、さらに騒ぎを起こした若者たちから迷惑料も取ると告げた。だが天祐の父は、そこまでしてもらうのは申し訳ないとして別の願いを口にした。それは兄が探していた秘宝を探し出し、処分してほしいというものであった。猫猫はその言葉に強く反応し、その秘宝とは華佗の書ではないかと身を乗り出した。天祐の父はそれを認めた。

華佗の書の所在に関する手がかり

猫猫は火事で華佗の書が焼けたのではないかと焦ったが、天祐の父は秘宝がどこにあるのかまではわからないと答えた。ただし曾祖母は、生前にそれをどこかへ隠しており、理解のない者の手に渡るくらいなら焼いてしまえと、翡翠牌と共に遺言を残していたという。兄はその秘宝を探して家を出たが見つけられなかったらしく、曾祖母も遠出をほとんどしなかったため、隠し場所は生活圏内にあるはずだと考えられた。

虎狼の地図と猫猫の着想

虎狼はすぐに周辺の地図を持って戻ってきた。天祐の父は曾祖母の行動範囲として、森一帯と近くの村、狩った動物の毛皮や肉の卸先、買い出しの範囲を示した。猫猫は翡翠牌を見て違和感の正体に気づき、地図の上に牌を置いた。牌は長方形で、森の南北と東西の比率に近かった。さらに牌の表面の傷は、ただ削っただけではなく、横線や斜線が複数刻まれていた。

大木の位置と翡翠牌の傷の一致

猫猫は筆を取り、森の中にある大きな木の位置を天祐の父に指し示してもらった。天祐が狩りの目印にしていた大木は樹齢数百年を超えるものばかりであり、位置はある程度特定できた。猫猫はその場所を地図上に丸で記し、翡翠牌の縦横比と角度を照らし合わせながら、傷の形に沿って丸と丸を線で結んでいった。すると、翡翠牌についた傷と地図上の線が見事に一致し、最後に一つだけ残る地点が現れた。

秘宝の在処の特定と出発

猫猫は、翡翠牌を二つに割ったことで手がかりが読めなくなる仕掛けだったのだと悟った。つまり、秘宝の在処は翡翠牌そのものに隠されていたのである。猫猫は地図を掴み、その残された一点こそが華佗の書の隠し場所だと確信した。そして迷うことなく、その場所へ向かおうと天幕を飛び出した。

二十話 残された秘宝 後編

壬氏に運ばれて現場へ向かう猫猫

猫猫は秘宝の隠し場所へ一刻も早く向かうため、誰かに運んでもらおうと考えた。馬閃に頼もうとしたが、最終的には壬氏が自ら運ぶことになり、猫猫は米袋のように担がれて現場へ向かった。猫猫はその運び方に不満を漏らしたが、壬氏は接触を最小限にしようとしてその持ち方を選んでいた。壬氏は不機嫌そうでありながらも、猫猫が揺れないよう気を配っていたため、猫猫はおとなしくそのまま運ばれることにした。

秘宝の隠し場所を掘り起こす作業

一行は樹齢数百年の大木の根元に到着した。翡翠牌の傷と地図から導かれた場所であり、猫猫はそこに秘宝があると確信していた。馬閃が円匙で地面を掘り進め、他の者たちが半信半疑で見守る中、根元の周囲を一周掘り起こしてもすぐには見つからなかった。やがて馬閃は異物に気づき、道具を置いて素手で土を掘り始めた。

粘土に包まれた壺と秘宝の発見

馬閃が地中から取り出したのは、一見すると岩か土の塊のような物だった。しかし振ると中が空洞らしく、猫猫は粘土で固められているのだと見抜いた。猫猫は中身を壊さぬよう木槌で慎重に表面を砕いていき、やがて封をされた壺を見つけた。その壺の中には本が一冊収められており、ついに秘宝が発見された。

劣化した本と壬氏の判断

猫猫は本を見つけてすぐに触れようとしたが、壬氏に壺ごと取り上げられた。壬氏は、本が湿気で頁同士くっついており、ここで無理に触れば破損すると指摘した。猫猫はその言葉で危うさを理解し、顔を青くした。秘宝は確かに現存していたが、慎重に扱わなければ読めなくなる状態であった。

天祐父が秘宝を手放す決意

天祐の父は、見つかった本を感慨深げに見つめながらも、自分の物ではないと明言した。兄が探していた物が本当に存在したとわかっただけで十分だと述べ、それ以上執着を見せなかった。皇族との関わりを避け、先祖が犯した大罪を繰り返さぬために生きてきた彼にとって、この発見は一つの区切りであった。天祐が家を出て医官となったことも含め、その一族の歩みの皮肉さがにじむ場面であった。

猫猫に与えられた新たな希望

猫猫は劣化した本から目を離せず、壬氏にその本をどうするのか尋ねた。壬氏は、口の堅い技術者に復元させるつもりだと答えたうえで、医学関係の書であれば一度は猫猫にも見せると約束した。その言葉に猫猫は強く心を動かされ、今後の楽しみができたことを喜んだ。そして秘宝が失われずに済んだ安堵と期待を胸に、弾むような気持ちで帰路についた。

二十一話 帰り道

狩りの一日の終わりとそれぞれの結果

盛りだくさんの一日が終わった。李医官は天祐の父の怪我の手当てをしただけで終わり、自分は何のために来たのかとこぼしたが、それでも仕事があっただけましであった。猟師に私刑を加えようとした若者たちは皇弟の言葉によって反省を命じられ、当面出世の道を閉ざされることになった。辰の恋文男も処分を受ける可能性があった。他の参加者たちは何が起こったのか理解しきれないまま狩りが終わり、不完全燃焼であったが、猫猫だけは秘宝の書のことを思い浮かべて満足していた。

帰りの馬車で壬氏と二人きりになる猫猫

帰路につく際、水蓮に言われて猫猫は別の馬車へ乗り込んだ。そこには壬氏が座っており、他には誰もいなかったため二人きりになった。猫猫は勧められた果実水を飲みながら座席に腰掛けた。水蓮は飲み物を用意すると馬車から降り、猫猫はくつろいだ姿勢になったが、壬氏に指摘されて姿勢を正した。壬氏は楽にしていろと告げ、二人の間に静かな空気が流れた。

若者たちの行動と壬氏の思惑の確認

猫猫は今回の騒動について、壬氏の目論見通り若者たちが問題を起こしていたと話した。壬氏は、なぜ自分が私刑を喜ぶと思われたのかとため息をついた。猫猫は壬氏が長く宦官の立場で表に出ず、人となりを知られていないことが原因だろうと推測した。西都での出来事を知らない若者たちは、壬氏を苛烈な人物だと誤解していた可能性があると猫猫は考えた。

華佗の子孫の話の出所と軍部の状況

猫猫は、若者たちがどこから華佗の子孫の話を聞いたのか調べる必要があると述べた。壬氏も同意し、部下に調査させるつもりだと答えた。また猫猫は、軍部の小競り合いが本当に派閥争いなのか疑問を抱いていた。若者たちの行動は信念によるものではなく感情に流されたものに見えたからである。今回の騒動が公になれば、軍部で調子に乗っていた若者たちの争いも収まるだろうと猫猫は考えた。

猫猫の行動に対する壬氏の注意

壬氏は、猫猫が自分の戻りを待たずに天祐の父の家へ向かったことについて、先走った行動だったと指摘した。猫猫は、水蓮の許可を得ており、馬閃が護衛につけば相手が手出しできない状況になると判断していたと説明した。壬氏はその理屈を理解しながらも、猫猫に注意するよう促した。変人軍師の威光が以前より弱まっている状況もあり、猫猫の立場も気をつける必要があると考えていた。

壬氏の距離と猫猫の挑発

猫猫は壬氏に、もっと周囲に自分の姿を見せたほうがよいのではないかと提案したが、壬氏は余計な面倒を避けるため今のままでよいと答えた。やがて壬氏は猫猫の手に触れそうで触れない距離まで手を伸ばしたが、そこで止めた。猫猫がなぜ触れないのかと問うと、壬氏は触れれば我慢できなくなるからだと答え、抱きしめるだけでは済まず噛んだり舐めたりしてしまうと冗談めかして言った。猫猫はそれを聞いて気味悪がり、半眼で返した。

猫猫のいたずらと気まずい空気

猫猫は果実水を飲み干したあと、結露で濡れた指先を壬氏の手首に触れさせ、ゆっくりと手の甲から指先へとなぞって離した。その行動に壬氏は体を強張らせ、猫猫を咎めた。壬氏は猫猫に妓女の適性があるのではないかと冗談を言い、猫猫はそれを褒め言葉なのかと不満を示した。壬氏は居心地悪そうに視線をそらし、猫猫も少し早く仕掛けすぎたと感じた。馬車が出発して間もない状態で、二人の間には気まずい空気が残ったまま、都に着くまで時間が過ぎていった。

終話 悪意をばらまく者

雀が追う噂の火種

雀は月の君の侍女という固定勤務を離れたあと、宮廷内に流れる怪しげな噂の出どころを探る仕事をしていた。大きな陰謀の裏には些細な流言が火種になることが多く、人が不安に追い詰められるほど小さな噂に振り回されるものだと雀は理解していた。周囲が慌てるほど冷静に物事を見渡せる自分の性質を、雀は生きるうえでの強みと捉えていた。

修練場で卯純を見つける

雀が向かったのは武官たちの修練場であった。そこで雀は、痩せた体で武官たちに冷えた水や食事を配って回る卯純を見つけた。卯純は武官たちにとって便利な存在であり、弱く敵にならない存在だからこそ、完全には排除されずにそこに居続けていた。雀は、そうした弱い生き物ほど生き残ることがあると知っていたため、卯純に強い関心を抱いた。

王芳と龍の置物の話を引き出す

雀は井戸へ向かった卯純に声をかけ、作業を続けさせたまま話を始めた。王芳のことを知っているかと尋ねると、卯純は干し肉好きで侍女たちと話していた武官だと答え、その死も知っていると述べた。さらに、卯の家にあった龍の置物について尋ねられると、当主が見ていたのをちらりと見たことがあると語り、その話を王芳にしたことがあったようななかったようなと曖昧に答えた。雀は、卯純が自ら積極的に語るのではなく、聞かれた範囲で曖昧に情報を出す性質を確認した。

若手武官を煽った噂の出どころ

雀は、最近騒ぎを起こしている若手武官たちが、卯純がよく世話をしている者ばかりであることを指摘した。そして、月の君に気に入られようと若者たちが罪なき猟師に私刑を加えようとした件について、その発端となった噂を流したのは卯純ではないかと問うた。卯純は直接は認めなかったものの、医官たちが禁忌の話をしていたのを聞き、それに元からあった噂が混ざったのではないかと答えた。また、罪人の一族なら皇族を恐れるはずであり、狩猟地の使用伝達に色よい返事がなければ怪しいといったような気がすると述べ、自分が若者たちの思考を誘導していたことを隠そうとしなかった。

悪意の正体と卯純の本心

雀がなぜ噂をばらまいたのかと問うと、卯純は大した他意はなく、自分の弱さを知っている人間なら何をしてよく何をしてはいけないか理解できるはずだと答えた。卯純が嫌っているのは権力や政治そのものではなく、自分を強者だと思い込んでいる人間たちであった。さらに、月の君に近づこうとする者たちは今後もあの手この手を使うだろうと語り、月の君が健康で成人した優秀な皇族である以上、もし主上に何かあれば幼い東宮が帝位に就き、外戚が喜ぶだろうとも述べた。雀は、卯純が不安と願望を煽る形で噂を操作していることを見抜いた。

卯の一族への感情と歪んだ願い

雀が卯の一族についても噂を流しているのかと問うと、卯純は何もしていないとしつつ、養子に入った可愛い少年の話をしただけだと答えた。しかしそれだけで、病弱な当主のあとを幼い子どもが継ぐ不安が強調され、卯の一族が攻撃される理由として十分であった。卯純は卯の一族そのものを憎んでいるのではなく、父と妹を嫌っていた。父は弱いのに弱さを認めず、商売も妻の力に頼り、本家に入り婿したあとも欲を出して役人となり、結果として母に重荷を背負わせた。妹もまた、自分の弱さを知らぬまま本家の娘を虐げた。卯純はそんな二人が家から追い出されればいいと、へらへら笑いながら語った。

雀が見出した価値

雀は卯純の歪んだ性根を理解しつつも、その弱さとしぶとさを惜しいと感じた。年齢はやや上だが、その天然とも言える弱さは強みであり、半端な強者よりも生き残りそうだと評価した。そして雀は、卯純に自分の後継者にならないかと持ちかけた。卯純は意味がわからないと戸惑ったが、雀は今まで通り噂を流せばよく、そこに偉い人の意図を乗せるだけだと説明した。忠誠心が薄くても構わず、嫌いな家族を無一文で追い出せるなら十分魅力的な条件であるとも示した。

新たな師弟関係の成立

卯純は、里樹に今まで奪われてきた幸せを与えたいという願いも認められるのかと確認した。雀はそれも問題ないと答えた。こうして卯純は雀の誘いに心を動かされ、雀は今後いろいろ教えてやると告げた。卯純は人妻は面倒だからあまり好きではないと返したが、それでも雀の申し出を拒まなかった。こうして、悪意と噂を扱うろくでもない師弟関係が新たに生まれたのである。

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虚構推理

お薦め度:★★★★☆

afea601d9f1243d263ec66438959acb1 小説感想(⚠️ネタバレあり)「薬屋のひとりごと 11巻 西都編」
虚構推理短編集 岩永琴子の密室

後宮の烏

お薦め度:★★★★★

3f2dbdcfa71477001cc771df27b4b7e7 小説感想(⚠️ネタバレあり)「薬屋のひとりごと 11巻 西都編」
後宮の烏

准教授・高槻彰良の推察

お薦め度:★★★★☆

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准教授・高槻彰良の推察

全裸刑事チャーリー

お薦め度:★★★★★

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全裸刑事チャーリー

その他フィクション

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