物語の概要
ジャンルおよび内容
本作は、異世界召喚されたサラリーマンが女王からの求婚を受け「ヒモ生活」を送るラブコメ・ファンタジーである。平凡な日常が一変し、王都での“王の側のヒモ”として暮らし始めた主人公が、女王・騎士・貴族らと織りなす人間関係と成長を描いている。本巻第24巻では、王都での外交・内政・騎士団との邂逅という舞台が拡大し、主人公のヒモ生活に新たな波乱が訪れた。
主要キャラクター
- 山井善治郎:本作の主人公。ブラック企業勤めのサラリーマンだったが、女王の即決求婚により異世界転移。女王にヒモとして甘えつつも、意外と有能なサポート役として振る舞う。
- アンナ=クレイトン女王:主人公を「ヒモ」として召喚した女王。王国を率いる統治者でありながら、善治郎に対して甘やかしつつも真剣な信頼を寄せる存在。
- フレア:王国の騎士団に所属する美貌と実力を兼ね備えた騎士。善治郎との生活を通じて互いに影響を及ぼし合うポジションにある。
物語の特徴
本作の魅力は、「異世界転移×ラブコメ×政治/内政」という一風変わった組み合わせにある。通常、異世界召喚モノでは「英雄」や「最強」が主人公となるが、善治郎は「ヒモ」という、甘え・無職的ポジションから物語を開始する点で異彩を放つ。また、王都政治・貴族間の駆け引き・異文化交流などがラブコメの枠を越えて描かれており、読者にとって“甘さ”と“緊張”のバランスが巧みに取れている。他作品と差別化されるポイントとして、「ヒモ」という立場の逆転性、「女王とヒモ」の主従関係から始まるラブ関係、「ラブコメ+内政&騎士団」の複合構図が挙げられる。加えて、巻を重ねるごとにヒモ生活が単なる日常甘々から王都の政治的波及へと展開していく点も注目される。
書籍情報
理想のヒモ生活 (24)
漫画 日月 ネコ 氏
原作 渡辺 恒彦 氏
キャラクター原案 文倉 十 氏
出版社:KADOKAWA(角川コミックス・エース)
発売日:2025年11月4日
ISBN:9784041166840
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あらすじ・内容
善治郎とフレア姫、ゴールインなるか!?
『成人の証』に挑む善治郎だったが、一時離脱し、カープァ王国へ。
アウラとの久々の再会を喜ぶのも束の間、フレア姫の側室入りに関する情報交換をした後、再び雪山へと戻る。
そしてついに、善治郎の目前に獲物が現れる――!!
善治郎とフレア姫の婚姻の行方は――!?
【銀髪の姫君と成人の証篇】クライマックス!
感想
本巻は結婚という祝祭を核に、護衛の無力感、産業転換の痛み、戦争の気配、個々の矜持といった多層のドラマを並走させた一冊であった。
とりわけ「理不尽な魔法」を前に揺れる戦士たちの心理、裏で動く技術・宗教・外交の連鎖、そして“侍女”が孕む火種が強く印象に残る。
第97話:護衛の動揺と「理不尽な魔法」の実感
野営地での休息中、護衛たちは善治郎の振る舞いに救われつつも、その能力差に打ちのめされる。ヴィクトルの叱責と説明を通じ、彼らは「瞬間移動」を含む非常識な力を現実として受け止め、「帰りてぇ」という本音を吐露するほど任務の苛烈さを痛感した。ここで描かれる無力感と価値観の揺らぎが、巻全体の“人間側の限界と魔法の理不尽”という主題を強く支えている。
帰国と内政・外交の共有:アウラとの再会
善治郎は一時的に帰国してアウラと再会し、北大陸の政治事情を共有する。エリク王子の立場、フレア側室入りの経緯、北方諸国の制度差は、南北間の文化的ギャップを鮮明にし、以後の外交判断に慎重さを求める布石となった。
第98話:老鍛冶師ヴェルンドの決断と産業転換の影
ヴェルンドは水車送風式高炉の到来がもたらす“量の時代”を認めつつ、自身の職人技が制度上「邪魔」となり得る現実を直視し、南大陸行きを志願する。これは政治的配慮の面もあり、同時に「竜殺しの武具を鍛える」という老職人の矜持に裏打ちされた夢の選択でもある。産業転換に伴う既存職人の行き場という社会問題を、個の物語に落とし込んだ点が印象的である。
第99話:成人の証—裏技ではなく“覚悟”で通す
狩猟方針は「おびき寄せ」に決まり、結果としてより危険な大イノシシと対峙する。善治郎は恐怖と向き合い、魔道具《一風の鉄槌》で突破口を開き、自らの手で決着をつける。ここは「どんな抜け道で終えるか」ではなく、「命を賭けて責任を引き受けるか」という問いへの回答であり、読後に残るのは“裏技”の痛快さではなく“覚悟”の重みである。護衛たちは目の当たりにした力に震撼し、同時に善治郎の在り方に敬意を深める。
情勢報告と火種:戦争の気配と教会の影
タンネンヴァルトでの小規模交戦、魔道具技術への教会勢力の警戒など、戦火の種は着実に積み上がる。ウップサーラの政局や産業政策(高炉導入)も絡み、物語は私的な通過儀礼から、公的な大局へ視点を引き上げる。
第100話:二度目の誓いと婚儀の開幕
成人の証の正式確認を経て、フレアの側室入りが許可される。善治郎は「カープァに不利益を与えない限り彼女の自由を肯定する」と誓い、フレアもそれを受け止める。精霊への直誓形式の婚儀は荘厳で、北と南をつなぐ象徴的な場面として機能する。エリク王子の小槌の儀はわだかまりを残しつつも、形式上の和解と前進を印象づけた。
祝宴:外交の最前線と“侍女”を巡る違和
祝宴では各国使節と応対が続き、オフス王国の初老戦士ケヴィンが侍女マルグレーテに異様な反応を示す。ここに“北大陸と侍女の来歴”という新たな謎が投げ込まれ、私的祝祭の裏で物語の緊張が静かに再燃する。
本巻は、善治郎とフレア姫の結婚という大きな節目を中心に、北大陸情勢、産業転換、護衛たちの心情変化を重層的に描いた巻である。原作小説13巻の第3~5章要素が24巻に凝縮され、戦い・日常・外交が均衡よく配置されていると評価できる。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
善治郎・ビルボ・カープァ(ゼンジロウ)
冷静で現実的な判断を下す王配。家族と臣下への配慮を忘れないが、要所では強い意志を示す。
- 所属組織、地位や役職
カープァ王国・国王。アルカト公爵。 - 物語内での具体的な行動や成果
北大陸から帰還し、アウラと再会。政治情勢を共有。魔道具《一風の鉄槌》で巨大イノシシを撃退し「成人の証」を達成。フレアとの婚姻を宣誓。各国使節と応接。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
フレアの側室入り承認により北・南の結節点としての影響が増大。護衛団の評価が一変。
アウラ・アルカト・カープァ
現実的で用心深い統治者。夫との連携で国家運営を進める。
- 所属組織、地位や役職
カープァ王国・女王。 - 物語内での具体的な行動や成果
北大陸情勢を善治郎と整理。退避時の瞬間移動を指示。外交案件の整理を命じる。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
フレア受け入れ体制を主導。王権の安定を維持。
フレア・アルカト・カープァ(旧名:フレア・ウップサーラ)
胆力と行動力を持つ王女。常識にとらわれず目的を遂行する。
- 所属組織、地位や役職
カープァ王国・側妃。アルカト公爵夫人。 - 物語内での具体的な行動や成果
側室入りを公の場で申し出。善治郎の成人達成を祝辞。結婚式で誓約を行う。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ウップサーラ王女からカープァ側妃へ転籍。両国の象徴的架け橋となる。
エリク・エストリゼン・ウップサーラ
誇り高くも柔軟性を示す第一王子。私情と公務の均衡を取る。
- 所属組織、地位や役職
ウップサーラ王国・第一王子。 - 物語内での具体的な行動や成果
結婚式で黄金の槌による加護の儀を代行。善治郎に形式的な和解の言葉を述べる。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
次期国王ではない制度的立場が明示。外交上の存在感を維持。
グスタフ・ウップサーラ王
国家全体を見渡す慎重な統治者。産業と外交の転換に備える。
- 所属組織、地位や役職
ウップサーラ王国・国王。 - 物語内での具体的な行動や成果
善治郎の成人達成を正式承認。情勢偵察を指示。新型高炉導入や王位継承時期を検討。ヴェルンドの国外行きを審理。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
教会介入を警戒し政策一体化を模索。
スカジ
寡黙で実務的なフレア姫の護衛役。場面に応じて節度ある支援を行う。
- 所属組織、地位や役職
ウップサーラ王国・戦士。 - 物語内での具体的な行動や成果
フレアとともに善治郎を祝賀。式典に列席。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王家内の調整役として存在感を保つ。
ヴィクトル
規律と現実感覚に優れた護衛のまとめ役。部下教育と現場判断に長ける。
- 所属組織、地位や役職
ウップサーラ王国・護衛隊指揮。猟師。 - 物語内での具体的な行動や成果
不満を漏らす若手を戒める。狩猟方針を立案。成人の証の観察と認定を実施。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
善治郎の力量を認め態度を改める契機を作る。
ヴェルンド
伝統技を極めた老鍛冶師。時代の転換を理解しつつ自ら退く覚悟を示す。
- 所属組織、地位や役職
ウップサーラ王国・王宮筆頭鍛冶師。 - 物語内での具体的な行動や成果
国外同行を直訴。新型高炉の長短を分析。王に人事の大転換を進言。南大陸で“竜殺し”の武具を鍛える決意を表明。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
国外移動を事実上許可され、政治経済にも影響する人材流出の焦点となる。
ユングヴィ第二王子
温厚で誠実な印象の王族である。婚姻外交に前向きである。
- 所属組織、地位や役職
ウップサーラ王国・第二王子。 - 物語内での具体的な行動や成果
カープァから側室を迎える意向を表明。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
将来の王位継承議論と外交網に関与。
プジョル元帥
実務家として評価される軍人。対外関係の潤滑油となる。
- 所属組織、地位や役職
ウップサーラ王国・元帥。 - 物語内での具体的な行動や成果
エリク王子と良好な関係を構築。婚姻候補人事の文脈で言及。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王家人事と外交に間接影響を持つ。
アンナ殿下
冷静な軍略観を持つ王族。情報統制に長ける。
- 所属組織、地位や役職
北方共和国・王族。 - 物語内での具体的な行動や成果
騎士団の動向を通報。タンネンヴァルト戦で共和国勝利を主導と伝えられる。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
西部情勢の鍵人材として評価が上がる。
エウゲニウシュ
礼節を重んじる外交代表。戦況報告でも簡潔に成果を示す。
- 所属組織、地位や役職
北方共和国・代表使節。 - 物語内での具体的な行動や成果
祝宴で善治郎と挨拶。共和国の勝利を報告。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
共和国の国威発揚に寄与。
ケヴィン
誠実だが激情を抱える戦士。特定人物に強い関心を示す。
- 所属組織、地位や役職
オフス王国・戦士。 - 物語内での具体的な行動や成果
祝宴で善治郎を祝福後、マルグレーテの出自に過敏な反応を示し制止される。後日の面談に同意。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
発言が火種となり、情報調査の対象となる。
ルクレツィア
穏やかな所作で場を整える随員。来賓応対に徹する。
- 所属組織、地位や役職
シャロワ・ジルベール双王国・随員。 - 物語内での具体的な行動や成果
祝宴に出席しカープァ側と交流。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
双王国と南大陸の接点を担う。
マルグレーテ
素性に謎を残す侍女。外見的特徴が議論を生む。
- 所属組織、地位や役職
カープァ王国・侍女。 - 物語内での具体的な行動や成果
祝宴でオフス側から出自を問われる契機となる。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
身元確認が今後の課題として浮上。
ミレーラ・マルケス
候補者として名が挙がる人物。適性と安全性が評価点である。
- 所属組織、地位や役職
カープァ王国・貴族。 - 物語内での具体的な行動や成果
ユングヴィ王子側室候補として検討される。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
最終判断は能力と意思を重視。
ファティマ
血統上の理由で候補から外れた人物。安全保障上の判断が優先された。
- 所属組織、地位や役職
カープァ王国・プジョル元帥の妹。 - 物語内での具体的な行動や成果
側室候補として名が出るも見送り。 - 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王家血統の管理方針が確認された。
展開まとめ
第97話 再会の抱擁
野営地での休息と不満
ゼンジロウが帰国した後、護衛の五人は野営準備を行っていた。若い兵士はゼンジロウへの不満を漏らし、「自分たちばかり苦労している」と愚痴をこぼした。まとめ役のヴィクトルはその発言を叱責し、軽率な言葉が上官であるエリク殿下への不敬につながると注意した。
ゼンジロウの温情と護衛の立場
ヴィクトルは、ゼンジロウの寛大さにより自分たちは面目を保てているのだと説明した。ゼンジロウが護衛の不手際を咎めず、むしろ穏やかに対応していることに対して、感謝を忘れるなと諭した。彼はさらに、ゼンジロウは既に「成人の証」を立てる必要もなく、自分たちの不甲斐なさを理由に契約不履行を責めることもできる立場であると説いた。
ゼンジロウの行動と護衛の理解不足
ヴィクトルはゼンジロウが「明日は三日目に通った辺りから始めよう」と言えば、それだけで大きな意味を持つことを指摘した。護衛たちはその意図を理解できずに戸惑うが、ヴィクトルはゼンジロウの能力「瞬間移動」を思い出させることで説明した。ゼンジロウは一度行った場所ならどこにでも移動できるため、翌日の行動を護衛たちの都合に合わせる必要がないのである。
圧倒的な力の実感と護衛の狼狽
説明を受けた護衛たちは、ゼンジロウが自分たちの常識を超えた力を持つことを改めて理解した。若い兵士は動揺しながらも、ゼンジロウの意図をようやく把握し、その力の前に自分たちの立場を思い知る結果となった。
野営地での休息と不満
ゼンジロウが帰国した後、護衛の五人は野営準備を行っていた。若い兵士はゼンジロウへの不満を漏らし、「自分たちばかり苦労している」と愚痴をこぼした。まとめ役のヴィクトルはその発言を叱責し、軽率な言葉が上官であるエリク殿下への不敬につながると注意した。
ゼンジロウの温情と護衛の立場
ヴィクトルは、ゼンジロウの寛大さにより自分たちは面目を保てているのだと説明した。ゼンジロウが護衛の不手際を咎めず、むしろ穏やかに対応していることに対して、感謝を忘れるなと諭した。彼はさらに、ゼンジロウは既に「成人の証」を立てる必要もなく、自分たちの不甲斐なさを理由に契約不履行を責めることもできる立場であると説いた。
ゼンジロウの行動と護衛の理解不足
ヴィクトルはゼンジロウが「明日は三日目に通った辺りから始めよう」と言えば、それだけで大きな意味を持つことを指摘した。護衛たちはその意図を理解できずに戸惑うが、ヴィクトルはゼンジロウの能力「瞬間移動」を思い出させることで説明した。ゼンジロウは一度行った場所ならどこにでも移動できるため、翌日の行動を護衛たちの都合に合わせる必要がないのである。
圧倒的な力の実感と護衛の狼狽
説明を受けた護衛たちは、ゼンジロウが自分たちの常識を超えた力を持つことを改めて理解した。若い兵士は動揺しながらも、ゼンジロウの意図をようやく把握し、その力の前に自分たちの立場を思い知る結果となった。
前提の確認と覚悟の問答
護衛たちは、エリク王子とゼンジロウが交わした会話を思い出していた。ゼンジロウが「護衛の都合で足を止めることは考慮しない」と確認し、エリク王子も「その場合は此度の一件が前提から覆る」と承諾していた。つまり、ゼンジロウの発言一つで護衛たちの任務そのものが破綻する可能性があることを意味していた。
理解と恐怖の共有
この事実を理解した護衛たちは青ざめ、事態の重さをようやく認識した。ヴィクトルはゼンジロウの温情を理解し、その恩に報いるよう促した。彼は「借りを返さない戦士など信頼されない」と諭し、全力で応えるよう命じた。若い戦士は緊張の面持ちで返答し、即座に行動へ移った。
自覚の芽生えと指揮官の観察
ヴィクトルは、若い戦士の行動が感謝ではなく恐怖によるものだと察しつつも、結果的に任務への意識が高まったことを肯定した。その後、彼はゼンジロウの行動意図について部下と語り合い、「武器を使えない彼が何を考えているのかは読めない」と述べた。護衛として二十日以上行動を共にしても、ゼンジロウの本心は依然として掴めず、彼の真意を測りかねていた。
帰還と再会
ゼンジロウはカープァ王国へ戻った。部屋に入ると、妻アウラが駆け寄り、二人は言葉を交わすより先に抱き合って再会を喜んだ。久しぶりのぬくもりを確かめ合い、ゼンジロウは「ただいま」、アウラは「おかえり」と答えた。短い滞在ながらも、互いの存在を確かめ合う静かな時間が流れた。
政治情勢の共有
再会後、二人は北大陸での出来事と政治情勢について情報を交換した。ゼンジロウは、エリク王子がプジョル元帥と良好な関係を築いたことを伝え、安堵の表情を見せた。アウラはフレア姫の側室入りが正式に承認された経緯を語り、そのきっかけが公の場でのフレア姫からの申し出であったと明かした。ゼンジロウは驚きつつも、自分が事前に伝えていなかった点を反省した。
エリク王子の真意と北大陸の文化差
アウラは、エリク王子が第一王子であっても次期国王ではなかったことに驚かされたと述懐した。ゼンジロウもフレア姫から聞かされた際は驚いたと同意し、南大陸では考えられない制度だと語った。二人は、北大陸の政治文化がカープァとは根本的に異なることを再確認し、文化差に潜む落とし穴を警戒する必要があると結論づけた。
北方諸国の王政制度
会話はさらに北方諸国の政治形態へと及んだ。ゼンジロウは、北方の諸国は精霊信仰を共有しており、体制もカープァに似ているため理解しやすいと説明した。アウラはズウォタ・ヴォルノシチ貴族制共和国を引き合いに出し、王政の実情を問う。ゼンジロウは「王はいるが象徴的存在であり、実権は立法府が握っている」と述べた。アウラはその違いに驚きながらも、文化の多様性と国政の複雑さを理解しようとしていた。
北大陸情勢の分析
アウラとゼンジロウは、共和国と「北方竜爪騎士修道会(騎士団)」の対立について話し合った。騎士団は宗教組織「教会」の爪派に属し、北大陸でも最強規模の軍事力を誇る勢力であった。両者の関係は長年の緊張状態にあり、近く大規模な戦争が発生すると予想されていた。ゼンジロウはアンナ殿下からの情報として、騎士団の大軍が国境へ移動していると伝えた。
戦火の及ぶ可能性と地理的条件
アウラはウップサーラ王国への戦火拡大を懸念するが、ゼンジロウはそれを否定した。両勢力の間には万年雪の残る山脈が存在し、海路も距離があるため、戦闘が波及する可能性は低いと説明した。女王は一応の安堵を見せつつも、万が一の場合は魔道具による「瞬間移動」で退避するよう命じた。
情報共有とデータ保存
ゼンジロウは北大陸で撮影した映像をパソコンに移してアウラに見せると約束した。これにより共和国の国力と潜在的な脅威を把握できると語った。アウラも納得し、話題は再びウップサーラ王国との外交案件に移る。
政略結婚と次期王候補の話題
ゼンジロウは、エリク王子失脚後の状況を説明し、ウップサーラ王国のユングヴィ第二王子がカープァから側室を迎えたいと打診してきたことを報告した。アウラは興味を示し、フレア姫の双子の弟である彼の誠実さに一定の安心感を抱いた。北大陸の貴族社会が南大陸を軽視する傾向を踏まえ、相手の人間性が最重要だと判断した。
候補者と条件の検討
アウラは王家の血を濃く引く者を国外に出すのは危険と判断し、プジョル元帥の妹ファティマを候補から除外した。代わりに血統的に安全なミレーラ・マルケスを候補として検討するが、最終的には本人の能力とやる気を重視する意向を示した。大陸を超える婚姻政策であるため、慎重な判断が求められていた。
フレア姫の胆力と行動力
会話の終わりに、ゼンジロウはフレア姫の行動力を称賛した。アウラも同意し、彼女の押しかけ側室としての行動は単なる気まぐれではなく、強い意志に基づいた外交的決断であると評価した。
外交報告と新たな話題
アウラはユングヴィ第二王子との婚姻計画について、外交官へ正式報告するよう指示した。そのうえで、他に報告すべき事項があるかゼンジロウへ確認する。考えた末、彼は一つの出来事を思い出す。
鍛冶師ヴェルンドの申し出
ゼンジロウは、鍛冶師の老人が自ら謁見を求めてきたことを報告する。その老人――“ヴェルンド”は、自分も南大陸へ同行したいと強く願い出たという。この名は北大陸でも特別な称号であり、最高級の鍛冶技術を持つ者に与えられる名だった。アウラは一見朗報に見えるこの話に慎重な反応を見せ、背後に政治的な意図がある可能性を考慮する。
王の驚愕と呼び出し
場面は北大陸へ移り、ウップサーラ王グスタフのもとに「ヴェルンドが南大陸行きを希望している」との報が届く。王は衝撃を受け、「ヴェルンドを呼べ!」と叫ぶ。彼にとってそれは、国家の至宝とも呼べる名工が国外に出るという前代未聞の事態だった。
老鍛冶師の決意
急ぎ宮殿に呼び出されたヴェルンドは、王の前に堂々と現れる。年老いてなお鍛え上げられた体を持つ彼は、王に問われるとこう答えた。
「希望などしておらん。儂はカープァ王国に行く。そう決めたのだ。」
老職人の言葉は確固たる決意に満ちており、王国の運命さえ揺るがす重みを帯びていた。
第98話「鍛冶師の矜持」
ヴェルンドの決意と王の困惑
ヴェルンドはグスタフ王の前で「カープァ王国に行く」と断言した。王はその言葉に頭を抱え、王国の重鎮が勝手に国外に出ることを簡単に許すわけにはいかないと諭す。しかし、ヴェルンドは「行きたいのではなく、行くと決めた」と意志を曲げない。
長年の功績と王への貸し
ヴェルンドは前王の代から王宮筆頭鍛冶師として仕え、数々の武具を作り上げてきた。その功績により王国は多くの戦果と名声を得ており、王も彼の恩を認めざるを得なかった。老鍛冶師は「貸しは溜まっているはずだ。その一括返済として行かせてくれ」と軽口を叩き、王を黙らせる。
王の拒否と平行線
グスタフ王は「確かに借りはあるが、それでもヴェルンドを国外に出すことはできぬ」と頑なに拒否する。ヴェルンドは「フレア姫を外に出すのに、老いぼれ一人くらいおまけでいいだろ」と食い下がるが、王は「いいわけがなかろう」と一蹴する。
真意を語るための退室要請
ヴェルンドは「我儘だけが理由ではない。ここでは話せねえ」と言い、王の側近たちに「邪魔だ」と視線を送る。王はため息をつき、「お前たちは下がっていろ」と命じた。臣下たちは老鍛冶師の性格を理解しており、素直に退室する。
二人きりの対話と老鍛冶師の本音
部屋に残ったのは王とヴェルンドのみ。老鍛冶師は「気を遣わせて悪いが、理由はちゃんとある。ただ、人の耳に入れたくない話だ」と前置きし、ゆっくりと顔を上げて言い放った。
「率直に言ってよ。儂、邪魔だろ?」
その一言に、グスタフ王は息を呑んだ。
ヴェルンドの警鐘と真意
ヴェルンドは、最新の「水車送風式高炉」がもたらす影響を冷静に分析していた。彼は政治にも経済にも疎いと語りつつも、鍛冶の情報だけは欠かさず収集しており、新技術によって製鉄量が爆発的に増えることを把握していた。しかし、それで作られる鉄は「大量生産の粗悪品」にすぎず、鍛冶師として受け入れられないと断言する。
伝統鍛冶への誇り
ヴェルンドは、鉄鉱石の選別から炉の構築まで自らの手で行う古風な鍛冶師であり、素材ごとに最適な鉄を見抜く熟練の技を誇りとしていた。彼は「剣も盾も鎧も同じ鉄で作るなど論外」と言い切り、大量生産炉による製鉄を拒絶する。「儂の鍛えた武具が大型高炉の鉄に劣ることは決してない」と自信をもって述べた。
王国の事情と新技術の必要性
グスタフ王は、ヴェルンドの誇りを認めつつも、国の未来を考えれば新型高炉の導入は避けられないと説明する。戦士用の武具だけでなく、農具や建設資材など、鉄の需要が急増しているためだ。新型炉による大量生産体制を構築しつつ、職人技を守るバランスが求められていた。
財政と人員の限界
ヴェルンドは、その理想が実現不可能であることを指摘する。ウップサーラ王国の財政は逼迫しており、造船事業や大陸間貿易で既に資金が限界に達している。新型炉の導入には莫大な金と人手が必要で、従来の鍛冶師を同時に維持することは不可能だと説く。
鍛冶師たちの誇りと対立
ヴェルンドは、若い鍛冶師を新型炉に配属すれば、伝統派の職人たちは格下扱いされると警告する。それは鍛冶師の誇りを傷つけ、内部分裂を生む。彼は「そんな軋轢を避けるためにも、古い鍛冶師は自ら退くべき」と言い、自分が身を引く理由を明かした。
王への助言と提案
ヴェルンドは、「王が取るべきは決断だ」と告げる。王家直属の鍛冶師はすべて新型炉に回し、それを拒む者は市井に降ろすべきだと提案する。たとえ“ヴェルンド”の名を持つ者でも例外ではないと断言し、王を驚かせた。
価値ある変革への信念
王が「それでは鍛冶師も戦士も反発する」と懸念を示すと、ヴェルンドは「だが、それを上回る価値が新型炉にはある」と答えた。
彼は新技術そのものを否定しているわけではなく、伝統を守るために退く覚悟を示したのだった。
グスタフ王はその真意に気付き、静かに呟く。
「……意外だな。お前は新型炉を嫌っているのだと思っていた」
ヴェルンドの自己認識と決意
ヴェルンドは、自らが新型高炉に関わることを「冗談じゃねえ」と嫌悪しながらも、その圧倒的な生産力に勝てないことを素直に認めた。鉄という素材が時代の流れの中で「質より量」を求められる現実を理解し、自身が時代の流れを妨げる存在になりつつあると悟っていた。
だからこそ、「自分のような鍛冶師は、この国の未来にとって邪魔だ」と静かに語り、自ら退く覚悟を示す。
王の理解と覚悟の確認
グスタフ王はヴェルンドの言葉に、彼の覚悟を見誤っていたことを悟る。老鍛冶師はただの職人気質ではなく、時代の転換を理解した上で退場を選ぶ知恵を持っていた。その笑顔は、かつて王の娘フレアが「黄金の木の葉号」の船長に就任したときと同じものであり、王はその面影を見て胸の奥に痛みと誇りを同時に抱く。
国外移動の条件と真意の追及
王はヴェルンドの国外行きを認めつつも、「ただし一つだけ、偽れば国外移動は認めぬ」と条件を突きつけ、「お前がカープァ王国へ行きたい“本当の理由”は何だ」と問う。ヴェルンドは一度は反発するが、王の圧に観念し、真の目的を語り出す。
“竜殺し”の夢
ヴェルンドは南大陸の存在を語る。そこには竜が無数に棲息し、国家の干渉を許さぬほど強大な個体が支配しているという。そして彼は拳を握りしめ、「竜がいて戦士がいるなら、鍛冶師がすべきことは一つ。“竜殺し”の武具をこの手で鍛える!」と笑う。それを「人生最後の目標」として掲げ、老鍛冶師の誇りを滲ませた。
王の反応と別れの言葉
グスタフ王はその言葉に呆れながらも、深い安堵を覚える。ヴェルンドは時代に抗うためではなく、夢を追うために旅立つのだと理解した。
そして最後に静かに告げる。
「お前なら、どこでも生きていけそうだな」
――その言葉は形式上の命令でも、儀礼的な挨拶でもなく、実質的な出国許可の宣言であった。
王はヴェルンドの笑顔に再びフレアの姿を重ね、「まったく……なぜあいつらは同じ顔で笑うのか」と呟きながら、静かにその背を見送る。
狩猟方法の選定
ゼンジロウは成人の証を立てるため、護衛の戦士達とともに狩りの作戦会議を行っていた。狩猟の方法として、追い込みよりも「おびき寄せ」が適していると助言を受ける。追い込みは時間と体力を要するうえ、発見の難易度が高いためである。一方でおびき寄せは、餌さえあれば待つだけで済む利点があった。
罠の提案と却下
ゼンジロウは餌と合わせて罠を仕掛ける案を出すが、猟師ヴィクトルはそれを制止する。罠を見破られれば獣が近寄らなくなるため、逆効果だと説明した。ゼンジロウも納得し、まずは慎重に餌で誘う方針を採用する。
狩猟対象の検討
ヴィクトルは獲物候補として熊・狼・イノシシ・鹿・トナカイを挙げ、それぞれの特性を解説した。鹿やトナカイは安全だが逃げ足が速く、熊やイノシシは危険だが逃げにくい。狼は群れで行動するため、一匹のみを仕留めるのは困難であり、護衛が加勢すれば「成人の証」の条件に抵触するため除外された。
獲物選びの逡巡
ゼンジロウは「鹿やトナカイは逃げられそうだし、熊やイノシシは怖い」と悩む。護衛達は真剣に助言し、餌を撒く位置や匂いを隠す工夫などを提案した。彼らもまた、ゼンジロウが成功することで森を離れられる立場にあり、協力的であった。
おびき寄せ作戦の準備
ゼンジロウは罠を諦め、餌となるドングリを崖近くに撒いて誘導する方法を採用する。失敗しても餌を再補充できる利点があり、何度でも挑戦可能であった。準備を整え、作戦開始は二日後と決定する。
獲物候補の最終判断
ヴィクトルは、熊やイノシシの危険性を再度説明する。特にイノシシは追い詰められると非常に攻撃的になるため、ゼンジロウは慎重に考える必要があった。狼を避けたうえで、彼は「自分でも仕留められる可能性」を重視して判断する。
決断と作戦開始
最終的にゼンジロウは「熊やイノシシなら逃げずに誘い出せる」と判断し、その危険を承知で挑戦を決意する。安全策を取るべきか、成功を狙うべきかの葛藤を抱えながらも、自らの成長を試す機会と受け止めた。
数日後の展開
準備期間を経て、ゼンジロウ達は毛皮を被り、森の中で待ち伏せに入る。やがて茂みの奥から巨体のイノシシが姿を現し、崖際の餌に近づくのを確認した。護衛のヴィクトルは小声で告げる。
「獲物が現れたようですね」
第99話「成人の証」
森では善治郎が護衛の戦士たちとともに、餌に誘われて現れた巨大なイノシシを確認する。彼の狙いは本来、鹿かトナカイだったが、結果としてより危険な獲物が現れてしまった。
イノシシとの遭遇と警戒
護衛のヴィクトルは「正直、厄介な相手です」と忠告する。イノシシは熊よりも攻撃的で、逃げる時は逃げるが、ひとたび戦意を持てば臆せず突進してくる。二本の牙による突撃は致命的であり、太ももの動脈を裂かれれば命はない。護衛たちは「今回は見送るのも一つの手」と進言するが、善治郎は逡巡しつつも挑む覚悟を固める。
護衛たちの葛藤と忠誠
若い護衛の一人は焦りと怒りをあらわにし、「俺はこの国の戦士として誇りを持ってアンタに仕えてきた。命を無駄に捨てるような真似はしてほしくねえ!」と訴える。彼の忠告は真情からのものであった。だがヴィクトルは手を上げて制し、「決めるのは陛下だ」と静かに告げた。責任も判断も、王としての彼自身に委ねられているのだ。
決意と準備
善治郎は冷静に考える。確かにイノシシは危険だが、鹿やトナカイよりもこちらに向かってくる分、逃げられる可能性は低い。成人の証に必要なのは、最終的に自分の手で仕留めることだけだと悟る。
彼は拳を握り、「一応この前の帰国で機能確認済みだし、必要なのは俺の勇気だけだ」と心を固める。護衛たちに見送られながら「行くぞ」と立ち上がり、慎重に距離を詰めていく。
狩りの開始と緊迫の瞬間
善治郎は草むらから身を乗り出し、イノシシとの間合いを狭めようとした。その動作に気づいた獣が鼻息を荒げ、鋭い目で彼を捉える。
「……もう気づかれた!」
次の瞬間、イノシシは咆哮を上げながら突進を開始する。善治郎の成人の証は、命懸けの戦いへと移っていく。
イノシシの突進と善治郎の恐怖
ヴィクトルの警告どおり、イノシシは唸り声を上げながら善治郎へ突進した。善治郎は震える手足を必死に抑え、「落ち着け」と自分に言い聞かせながら右手を構える。しかし恐怖が勝り、動きが一瞬遅れる。地面を蹴って逃げた善治郎の背後で、獣の牙が土を抉った。必死に転がってかわしたものの、速度と威力に圧倒され「本気で死ぬ」と悟る。
護衛たちの焦りとヴィクトルの判断
茂みの中から見守る護衛たちは助太刀を決意するが、ヴィクトルが「待て」と制止する。
「確かに助けるべき状況かもしれん。しかし“成人の証”が失敗に終わったとしても、大義は通る。だが陛下の目はまだ死んでいない」
ヴィクトルはそう言い、善治郎の覚悟を信じた。
崖際での決断と魔道具の発動
崖を背に追い詰められた善治郎は息を切らしながらも、迫りくる巨体を前に右手を掲げる。脳裏に浮かんだのは、王都での一幕だった。
──若き女魔道士が銀色の円環を差し出しながら微笑む。
「私が作りました。魔道具《一風の鉄槌》です」
彼女の言葉を思い出しながら、善治郎は握りしめた右手をイノシシへ向けて突き出した。
風の鉄槌の威力と決着
「退けぇぇぇ!!」
魔道具が反応し、凄まじい突風が放たれる。突進していたイノシシは真正面から風圧を受け、宙へと吹き上げられた。地に叩きつけられた巨体が呻く間もなく、善治郎は追撃に移る。
「退け!」
二度、三度と突風を放ち、イノシシの身体は崖際まで後退。最後の一撃で崖下へと吹き飛ばされた。
護衛たちはその瞬間を見届け、善治郎が自らの力で“成人の証”を成し遂げたことを確信した。
風の鉄槌による勝利と周囲の驚愕
善治郎が放った突風は突進するイノシシを宙に浮かせ、そのまま崖下へ吹き飛ばした。護衛たちは衝撃を受け、「突風で突進するイノシシを弾き飛ばすなどスカジ様でも無理だ」と評し、善治郎への認識を一変させた。
成人の証の確認と始末
崖下で倒れたイノシシを確認し、ヴィクトルは「良いものを見せて頂きました」と評する。善治郎は息絶えたことを確かめると、成人の証として解体に取りかかった。獲物を守り、加工して持ち帰ることも成人の証の一環と説明される。
初めての解体作業
善治郎は素人ながら指導を受けつつ、後脚の切断と牙の取り出しに挑む。血の臭いに顔をしかめながらも手を動かし、見事に必要部位を取り出すことに成功した。
成人の証の成立と感謝の言葉
ヴィクトルは「見事な大イノシシの牙ですね。これなら成人の証として認められるでしょう」と認定。善治郎は護衛たちへ礼を述べ、「残りの肉はそちらで好きにしてくれ」と分配を許した。護衛たちは歓声を上げ、久々の肉に喜びを爆発させた。
死の実感と内省
善治郎は倒れたイノシシを前に、あの瞬間に命のやり取りをしていたことを改めて実感する。これまでの事件では死が遠かったが、今回は違ったと振り返る。王族であっても常に死が隣り合わせであることを痛感し、アウラやフレア姫がその覚悟をもって生きている現実を思い出す。
新たな決意
「俺だって、二人に釣り合うような強い男にならないと」と心に誓い、場面はウップサーラ王国広輝宮へと移る。
戦況報告と情勢分析
ウップサーラ王国・広輝宮にて、グスタフ王は「騎士団」と「共和国」がタンネンヴァルトで交戦し、共和国が勝利したとの報告を受けた。両軍とも兵力が少なく、予想外の小規模戦であった。王は最悪の事態である騎士団の大勝を避けられたことに安堵するが、兵力配分の不自然さに疑念を抱き、フレアの行動が影響しているのではと推測する。
情報収集と王の判断
グスタフ王は偵察を湾岸部に派遣するよう命じ、騎士団の戦力分散を確認しようとする。勝敗の程度次第で北大陸西部の情勢が動くと見て、情報収集を最優先とした。
魔道具と外交上の懸念
次に王は、テーブル上の二つの魔道具――「不動火球」と「真水化」――を見つめる。これらは付与魔法によって作られたものであり、フレアとスカジの証言から、〈黄金の木の葉号〉にはさらに「凪の海」という魔道具が搭載されていることを知る。グスタフはこれらの魔道具が“白の帝国”の血統魔法と共通する特性を持つことから危険視し、教会勢力がこの件に介入する可能性を強く懸念した。
双王国との関係と教会の影
シャロワ・ジルベール双王国が付与・治癒魔法を扱う南大陸の国であり、「白の帝国」の系譜を引く可能性が高いと分析。フレアは「教会がこの件を口実に介入する」と警戒しつつも、交易相手としての価値は大きいと判断していた。グスタフも「魅力的だ」と認めつつ、両国間の取引は避けがたいと結論づける。
王位継承と国の転換
教会との摩擦を避けられぬ状況を踏まえ、グスタフは第二王子ユングヴィへの王位継承を早める可能性を考慮する。外交方針や産業転換(水車式高炉への更新など)を新王の代でまとめれば、混乱を最小限に抑えられると判断した。
第100話「二度目の誓い」
成人の証の成功と感謝の訪問
善治郎が「成人の証」を成し遂げた知らせが広まり、王女フレアと護衛のスカジが広輝宮を訪れる。フレアは「成人の証の成功おめでとうございます」と祝いの言葉を述べ、自身のために長く尽力してくれたことに深く感謝を示した。スカジも珍しく礼を述べ、善治郎は「自分の意思で行ったことです」と返しながらも、二人の謝意を素直に受け取った。
ウップサーラ王国からの正式報告
フレアは父グスタフ王からの報告を伝える。善治郎の「成人の証」を正式に確認した上で、「これをもってフレア・ウップサーラのカープア王家への側室入りを許す」との勅命が下った。これにより、善治郎とフレアの婚姻は正式に承認された。善治郎はまだ実感が湧かないとしつつも「よろしくお願いします」と応じ、フレアも「こちらこそ」と笑みを返した。
結婚後の覚悟と率直な本音
フレアは「私はすでにご存じの通りのお転婆です」と自嘲しながら、結婚しても落ち着くまでには時間がかかると告げた。スカジは思わずたしなめようとするが、善治郎はそれを制し、「無理をして抑える必要はない」と答える。そして、「フレア殿下のそうした常識に縛られないところが人間的な魅力だ」と語った。
善治郎の誓いとフレアの受諾
善治郎は、フレアの言動がカープア王国、カープア王家、そしてアウラ女王の不利益にならない限り、そのすべてを肯定すると誓う。これは単なる外交辞令ではなく、フレアという個人への敬意と信頼を込めた言葉であった。
それを聞いたフレアは静かに頷き、「私はその全てを肯定します」と応じ、氷のように澄んだ瞳で「ありがとうございます、ゼンジロウ陛下」と感謝を告げた。
王都ウップサーラの祝賀と人々の反応
フレアと善治郎の結婚式の日、王都ウップサーラは祝賀の空気に包まれていた。街の通りには豪華な馬車が並び、市民たちは口々に「フレア殿下の結婚式だ」と噂し合っていた。王女の婚儀は一大行事であり、人々は驚きと好奇心を隠せなかった。
結婚式を前にした善治郎の心境
一ヶ月という短期間で準備が進められた式当日、善治郎は控室で緊張していた。形式こそ経験済みではあるが、北大陸の儀礼は慣れない点が多く、胸の内は落ち着かない。彼は式の段取りを復唱しながら深呼吸を繰り返していた。
花嫁フレアの登場と変化
そこへ、ウェディングドレス姿のフレアが現れる。純白のドレスとヴェールに包まれた姿は普段とは異なり、善治郎は思わず見惚れる。フレアは自身の長い髪について「これは付け毛です。〈黄金の木の葉号〉の船長になった時に切った自分の髪です」と説明し、少し照れた笑みを見せた。その誇りと柔らかさを感じ取った善治郎は、「よく似合っています」と素直に褒めた。
互いの敬意と信頼
フレアは「ありがとうございます。陛下も今日はいつもより強く見えます」と返し、二人は軽く笑い合う。善治郎は重い儀礼鎧に身を包みながらも、相手の言葉に励まされる。フレアの無邪気さと誇り高い姿に、善治郎は改めて敬意を抱いた。
入場の時と新たな誓い
やがて式の準備完了が告げられ、扉の向こうから呼びかけが届く。善治郎は「殿下、お手を」と差し出し、フレアは静かにその手を取った。二人は視線を交わし、互いに微笑みながら歩み出す。
こうして〈南の王〉と〈北の姫〉は、共に歩む新たな一歩を踏み出した。
結婚式の開幕と会場の様子
ウップサーラ王都の王宮中庭では、善治郎とフレアの結婚式が盛大に開催された。
屋外の祭壇前には王族・貴族・将官・外交官らが整列し、拍手が響く中、両名は堂々と登場する。参列者の中にはウップサーラ王グスタフや王妃スカジの姿もあり、王国全体を挙げた儀式であることがうかがえた。
新郎新婦の入場と善治郎の心境
善治郎は鎧姿のまま、花嫁フレアをエスコートしてゆっくりと進む。観衆の拍手を受けながら歩く中、彼は前回のアウラとの結婚式を思い出し、自身の成長を自覚した。当時は緊張のあまり倒れそうだったが、今は落ち着いて式を進められるだけの余裕を持っていることを感じ取っていた。
誓いの剣と善治郎の宣言
壇上に上がった善治郎は、腰の剣を抜き掲げる。晴天の光に剣が輝く中、善治郎は大声で誓いを述べた。
「我が名は善治郎・ビルボ・カープァ。フレア・ウップサーラと婚姻を結び、以後彼女を幸福と豊かさと愛情で満たすことを誓う。風・大地・水・火の精霊の御前に。」
フレアの応答と新たな名の誓約
続いてフレアが剣を握り重ね、明瞭に宣言した。
「我が名はフレア・ウップサーラ。善治郎・ビルボ・カープァと婚姻を結び、フレア・アルカト・カープァとして、以後彼を敬い愛することを誓う。」
これによりフレアは正式に“アルカト公爵夫人”となり、ウップサーラとカープアの両国を結ぶ象徴として新たな名を得た。
祝福の光と精霊の加護
宣誓を終えた瞬間、会場は拍手と歓声に包まれ、花びらが舞い散る。四大精霊を象徴する風と光が壇上を包み、二人の婚姻を祝福するかのように輝いた。
善治郎とフレアは互いに見つめ合い、静かに剣を下ろす。その光景は、北と南をつなぐ新たな歴史の幕開けを示していた。
結婚式の進行と意外な展開
式の進行役となる聖職者は存在せず、ウップサーラ王国の結婚式では新郎新婦が自ら精霊へ誓う形式が取られる。そのため、善治郎とフレアの宣誓をもって式は一応の完結を迎えていた。だが、慣例に従い新郎新婦が壇上の席に腰を下ろすと、新婦側の席から一人の人物が立ち上がる。
エリク王子の登場と場の緊張
立ち上がったのは、ウップサーラ第一王子エリク・エストリゼン・ウップサーラであった。予定では王グスタフが務めるはずの役目を、黄金の小槌を手にしたエリクが代行する形で壇上に上がる。フレアも善治郎も知らされていなかったこの展開に驚きを隠せず、特に善治郎は未だわだかまりの残る義兄の行動に警戒を強めた。
黄金の槌による加護の儀式
エリク王子はまずフレアの前に立ち、黄金の槌を軽く肩に触れさせながら「この者の以後の人生から、災いよ、消え失せよ」と祈願する。
続いて善治郎の前に立つと、わずかに笑みを浮かべながら同じ言葉を唱え、今度はやや強めに槌を振り下ろした。鈍い音とともに善治郎の肩に痛みが走るが、怪我には至らない絶妙な加減であった。彼はこれをエリクの小さな意趣返しと理解する。
義兄弟の和解と形式的な言葉
その後、エリクは「フレアをよろしく頼みます、義弟殿」と述べ、苦笑しながら続けた。「結局、陛下が仰った通り義弟と呼ぶことになりましたね」と冗談めかして言い、場を和ませる。善治郎もまた「ウップサーラ王家の皆様のご理解の賜物です」と応じ、胸を張って言葉を返した。
善治郎の成長と外交の自覚
こうして一連の儀式を無難に乗り切った善治郎は、内心で自身の立場と成長を再確認する。かつての緊張と不慣れな異国での苦労を経て、今や外交の場でも臆せず応対できるまでになっていた。彼の視線は自然と、先ほどまでエリクが座っていた王族席へと向けられた。
祝宴の開幕とエウゲニウシュ夫妻との会話
結婚式後、王宮の庭で祝宴が始まり、各国からの賓客が円卓に集った。善治郎とフレアは新郎新婦として各席を回り、まず共和国代表エウゲニウシュ夫妻に挨拶する。善治郎は「騎士団との大戦で共和国が勝利した」と祝意を述べ、エウゲニウシュは「アンナ殿下の指揮のもと無事撃退できた」と誇らしげに答えた。善治郎はその功績を称え、「祝いの品を贈る機会を設けよう」と提案し、後日の再会を約束する。
各国来賓の紹介と外交的観察
フレアは善治郎に、出席している北大陸諸国の来賓を紹介する。ウップサーラは北大陸でも数少ない精霊信仰国であり、同じ信仰を持つ国々との結びつきが強いという。会場にはトゥールック王国、ベルツゲン王国、ウトガルズ王国、そしてオフス王国の席が設けられていた。善治郎はウトガルズの席が空席であることに気づき、来賓の不在を気にかける。
外交関係の整理とフレアの説明
フレアは「王族間で婚姻関係を結ぶ国が多く、信仰を同じくする国々とは人的交流が絶えない」と説明する。善治郎はその言葉にうなずき、北大陸におけるウップサーラの宗教的・政治的影響力を改めて実感する。
オフス王国との接触
最後に二人はオフス王国の使節団と挨拶を交わす。オフス王国は今回の出席国の中でも最大規模の使節団を派遣しており、フレアの義兄エリク王子との関係が深い国であると説明される。善治郎はその事実に少し驚きつつも、外交儀礼に則って丁寧に応対した。
オフス王国使節団との対面
祝宴の最中、善治郎とフレアはオフス王国の席を訪れる。オフス王国は今回の使節団の中でも最大規模を誇り、フレアの義兄エリク王子との関係が深い国であった。席には初老の戦士ケヴィンが座っており、善治郎に深く礼をして「オフス王国の戦士ケヴィン」と名乗り、まずは結婚を祝福する。善治郎が感謝を返すと、ケヴィンは意を決したように質問を切り出す。
善治郎への奇妙な問いかけ
ケヴィンは「あちらの席はゼンジロウ陛下の故国カープア王国の方々か」と尋ね、「金髪の女性がいるが、彼女は陛下と違う民族に見える」と指摘する。善治郎は落ち着いて「ああ、彼女はカープア人ではなく、同じ南大陸にあるシャロワ・ジルベール双王国出身だ」と説明した。ケヴィンは納得した様子を見せるが、「お二人とも双王国の方ですか」と意味深に尋ね、善治郎は「二人?」と違和感を抱く。視線の先には、金髪のルクレツィアと侍女マルグレーテの姿があった。
マルグレーテへの異常な反応
善治郎が「マルグレーテは我が国の人間だ」と訂正すると、ケヴィンの表情が一変する。「マルグレーテ!? 真の名なのですか? その名は貴国でも一般的なのですか?」「彼女のような金髪碧眼は珍しくないのですか?」「両親は健在なのですか? 本当に実の両親なのですか!?」と詰め寄り、場の空気が凍りつく。善治郎が警戒を強める中、周囲のオフス王国使節たちが「ケヴィン卿!」「めでたい席だぞ!」と止めに入り、彼を制止する。
騒動の収束と善治郎の警戒
取り押さえられたケヴィンは我に返り、深く頭を下げて謝罪する。善治郎は「祝いの席だから不問にするが、興味深い話でもある。後日改めて話を聞かせてほしい」と静かに告げ、ケヴィンも了承する。だが彼の瞳には再び強い光が宿り、周囲の同僚たちは苦い表情を見せた。善治郎とフレアはその場を離れるが、善治郎の心には不穏な疑念が残る。
残された謎と善治郎の内省
祝宴が終盤に差しかかる中、善治郎は「言われてみれば、自分はマルグレーテのことを侍女以上には知らない」と気づく。彼女の出自に何らかの秘密があるのではないか――あるいはケヴィンが何かを誤解しているのか。どちらにせよ、後日改めて確認すべきだと考えながら、善治郎は宴の喧騒の中で静かに思索を深める。
同シリーズ
理想のヒモ生活
漫画版








小説版















その他フィクション

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