物語の概要
『薬屋のひとりごと』は、架空の中華風帝国「茘(リー)」を舞台に、薬学の知識を持つ少女・猫猫(マオマオ)が後宮で起こる事件を解決していくミステリー&ラブコメディ作品である。第16巻では、感染力と致死率の高い「疱瘡(ほうそう)」が小さな村で発生し、猫猫がその謎に挑む姿が描かれる 。
主要キャラクター
• 猫猫(マオマオ):花街で薬師として育った17歳の少女。後宮に売られた後、毒味役から玉葉妃付きの侍女となり、薬学の知識と観察眼で事件を解決していく 。
• 壬氏(ジンシ):後宮を取り仕切る美貌の宦官。実は皇帝の弟であり、猫猫の才能に興味を持ち、彼女に特別な感情を抱くようになる 。
• 高順(ガオシュン):壬氏付きの武官で、猫猫に「小猫(シャオマオ)」と愛称で呼ばれる。礼儀正しく愛嬌があり、壬氏のワガママに振り回されながらも忠誠心を持つ 。
• 玉葉妃(ギョクヨウひ):翡翠宮に住む上級四妃の一人。猫猫を侍女として迎え入れ、信頼を寄せる。容姿端麗で聡明な人物 。
物語の特徴
本作の魅力は、薬学や毒に関する専門知識を駆使して事件を解決するミステリー要素と、後宮という閉鎖的な空間で繰り広げられる人間関係の描写にある。猫猫の冷静かつ好奇心旺盛な性格と、壬氏との微妙な関係性が物語に深みを与えている。また、架空の中華風世界観が独特の雰囲気を醸し出しており、読者を引き込む要素となっている。
書籍情報
薬屋のひとりごと 16
著者:日向夏 氏
イラスト:しのとうこ 氏
出版社:主婦の友社
レーベル:ヒーロー文庫
発売日:2025年5月30日
ISBN:978-4-07-461876-7
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あらすじ・内容
累計4000万部突破! TVアニメ大好評放送中! 原作最新刊は流行病の発生がテーマ。猫猫は感染拡大の秘密に迫れるのか?
皇帝の手術を無事に終えてから半月、季節も冬へと近づいていた。術後の治療を上級医官に替わってもらったおかげで、猫猫(マオマオ)の日常は忙しくも平常運転へと戻っていた。そんなある日、老医官に届いた文を読んだ妤(ヨ)の顔色が変わった。「怖いことになるかもしれない」。その文には水膨れができた患者が増えていると書かれていたのだ。嫌な予感がする猫猫だったが、その心配は当たってしまった。「疱瘡(ほうそう)の発生」。感染力、致死率が高く、顔や身体に痕が残りやすく恐れられている流行り病だ。特効薬はなく、猫猫でも今から見つけることは不可能だろう。感染が広まれば村一つが閉鎖することもあるという。そんな絶望的な状況に一筋の光を放ったのは——。
感想
疱瘡の流行と猫猫の戦力外通告
本巻の中心的な事件は、後宮から遠く離れた農村で発生した「疱瘡(ほうそう)」の流行であった。
感染力と致死率の高いこの病に対し、医官たちは自らの過去の罹患歴を基に動員される。
しかし、猫猫は罹患経験がないがゆえに、まさかの“戦力外通告”を受ける羽目となる。
この皮肉な状況に加え、もし猫猫が疱瘡に罹患したら「罹患経験のない羅門が看病にあたる」と羅門からの手紙で釘を刺されてしまい、動くに動けない猫猫の姿はなかなかに滑稽であり、さすが育ての親、よく分かってると感心してしまった。
皇太后の影と人の心の怖さ
流行病と同時に描かれるのが、皇太后の“政治的な重み”であった。
彼女が直接行動を起こすことは少ないが、その影響力は思いのほか大きく、時に後宮内外の判断を揺るがせている。
ただし、すべてを「悪意」と断ずることは難しい。
根底には彼女なりの優しさや理想が見え隠れし、それゆえに読者の中でも評価が分かれる存在である。
また、外戚の家で起きた毒殺未遂事件は、母が娘に食事制限を与え、毒を盛っていたという、愛と支配が交錯する陰惨な事例であった。
結局、娘は羅半に引き取られて養生されることになるが、人の心の恐ろしさと、それに対する“仕返し”の構図が鮮やかに描かれている。
ここで登場する克用の行動には、単なる勧善懲悪を超えた“人間の応報”の重みが感じられる。
停滞する関係性と静かな余韻
壬氏と猫猫、そして馬閃と里樹。いずれの関係も進展が鈍く、砂糖を吐きながらのもどかしさを誘う。
特に壬氏と猫猫の距離感は、相変わらず一歩踏み出しそうで踏み出さない絶妙なラインに留まり続けており、感情の押し引きが読む者の心を掻き立てる。
これは本シリーズ全体の“定番”とも言える流れだが、何度読んでも飽きることはない。
読後の印象と余韻
疱瘡という現実的かつ重たい題材を扱いつつも、猫猫の視点が加わることで緊張が和らぎ、読者にとっては「考えさせられるけれども読後感は重すぎない」絶妙なバランスが保たれている。
また、日常と政治の交錯、人の優しさと怖さが同居する描写が随所に光っており、シリーズ中でも特に読み応えのある一冊であった。
今後、猫猫が再び“戦力内”に戻る日は来るのか。
そして、壬氏との関係にほんの少しでも風向きが変わる瞬間は訪れるのか。静かな期待を胸に、次巻を待ちたい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
序話
左膳と趙迂の花街での生活
左膳は花街の薬屋で働きながら、趙迂と共に質素な暮らしを続けていた。趙迂は身体に麻痺を抱えるが、絵の才能で少しずつ収入を得ていた。二人は猫猫が所有していたあばら家で暮らし、猫猫の帰郷が少ないことに不満を抱えつつも、日々をやりくりしていた。
薬屋としての左膳の日常業務
左膳は薬屋の管理を任され、足りない薬草の調達や調合を慎重に行っていた。緑青館との交渉や薬代の扱いに悩まされる一方で、克用から薬草を仕入れて支えられていた。克用は左膳の様子を見守る役割も果たしていた。
絵を通じた趙迂の成長
趙迂は妓女の姿絵を描くことでわずかだが報酬を得ていた。やり手婆は絵を販促に利用し、趙迂の技術を搾取していた。趙迂の将来に希望を見出しながらも、左膳はその道の厳しさを理解していた。
克用との交流と支え合い
左膳は克用と協力しながら薬屋を支えていた。克用は泊まり込みもいとわず、左膳と趙迂の生活に溶け込んでいた。左膳は不安を抱きつつも、花街での生活にある種の満足を見出していた。
一話 嵐の前の静けさ
猫猫の職務と診療所での日常
猫猫は診療所での仕事をこなしつつ、宮廷との兼任勤務を続けていた。皇帝の術後管理からは外れ、投薬実験と日常業務が彼女の主な仕事となっていた。投薬実験は縮小されたが、猫猫は依然として薬学研究に携わっていた。
わんわん先輩とのやり取りと天祐への煽り
猫猫は仕入れの相談のため、わんわん先輩と会話を交わす。その過程で、天祐を煽るよう依頼される。かつて手術で問題を起こした天祐は、減給処分を受けながらも全く反省していない様子であり、医官たちの間では煽りが恒例行事と化していた。
天祐への“餌”と仕事の分担
猫猫は鶏の解体を餌に、天祐に水汲みや洗濯などの雑務を押し付けた。天祐は大好きな解体作業を餌に喜んで働き、その様子は異様な興奮を帯びていた。猫猫はその様子に注意を払いつつも、彼の扱いに慣れていた。
鶏料理の準備と医官たちの協力
鶏を用いた蛋花湯を中心とした夕食の準備が進み、妤も作業を手伝った。老医官が香味用の生薬を提供するなど、医務室の人々は協力し合っていた。料理は職場内の潤滑油として機能していた。
畑づくりの提案と過去の事件の影
猫猫は医務室の敷地内での畑作りを提案するが、過去に翠苓が引き起こした反逆事件を理由に却下される。過去の事件が、いまだに組織内に影を落としていることが示された。
疱瘡に関する報せの到来
老医官が読んだ文には、水膨れの症状が見られる患者の情報が記されていた。妤と猫猫はその記述から疱瘡の可能性を察し、不穏な気配を感じ取っていた。
二話 羅半の系譜
妤の出張と疱瘡疑惑の浮上
老医官は、疱瘡疑惑のある患者の報せを受けて、罹患経験のある妤を連れて出張した。猫猫は李医官と王医官にその背景を説明し、感染防止と実務性を兼ねた人選であると推察した。
芋と羅半家の系譜
羅半兄が生産した甘藷が医務室に届き、その出処が羅半父であると明かされた。猫猫は羅半一族の農業的な実直さに希望を託しつつ、食料としての芋の処理に苦慮した。
天祐の鞭打ち刑と医官たちの雑談
天祐が過去の失態により鞭打ち刑を受けていることが明らかとなり、猫猫たちはその処遇の軽重や処刑方法の工夫について語り合った。天祐は処刑の記録までも研究対象としており、その執念深さが話題となった。
負傷兵の搬送と卯純の登場
武官の負傷者が診療に訪れ、付き添いとして卯純が現れた。卯純はかつて上級妃だった里樹の異母兄であり、相変わらず下位の役職で立ち回っていた。猫猫は彼の変わらぬ姿勢に懐かしさと無関心を交えた感情を抱いた。
三話 紅梅館
雀の登場と猫猫の連れ出し
猫猫の休日に雀が現れ、馬閃と里樹の様子を探るための外出に同行を求めた。猫猫は渋々ながらも提案を受け入れ、紅梅館という施設へと向かった。
紅梅館の実態と道士の集まり
紅梅館は外見こそ寺であったが、実質は金持ちたちが集い「長寿と健康」を研究する施設であった。猫猫はその環境の清潔さと家畜・作物の充実ぶりから、衛生と食に基づいた理にかなった生活に感心した。
里樹と馬閃の再会
猫猫と雀は隠れながら、里樹と馬閃の会話を観察した。二人の会話は当たり障りのない内容に終始しており、雀は勝手に台詞を脚色して遊び始めた。猫猫はこの煮え切らない展開に辟易し、冷静な視点で彼らの進展を見守った。
馬閃の性格と求婚への障壁
馬閃の自己評価の低さや壬氏という上官の優秀さが、彼の成長と自信の形成を妨げていると猫猫は分析した。周囲は手柄を立てさせることで彼を後押ししようとしていたが、本人にその自覚は薄かった。
見守る側の限界と撤退
猫猫は雀の趣味的な観察行為に嫌気が差し、紅梅館からの撤退を宣言した。雀もこれを認め、馬での帰路についた。帰り際、雀はお土産として皮蛋を猫猫に押し付け、猫猫はそれを口止め料として受け取った。
紅梅館でのささやかな収穫
施設内で馬を管理する厩の男は寡黙ながら誠実であり、里樹への接触に遠慮を見せていた。猫猫と雀はその対応に安心しつつ帰路に就いた。最終的に猫猫の収穫は皮蛋のみであり、結果的には無意味な外出であったとも感じていた。
四話 薬草粥
猫猫の朝と宿舎の現状
猫猫は寒さで目覚め、自室の布団が他人に貸されたまま戻らなかったことを思い出していた。花街とは異なり、誰も起こしてくれないため自己管理が求められ、遅番のため少し余裕のある朝を迎えていた。
薬草粥の朝食と調理の工夫
猫猫は後輩の長紗と共に自作の粥を食べた。粥には根菜、どくだみ、茶、葛粉などが使われ、風味の強さは他者からのつまみ食い防止の意図も含まれていた。猫猫は皮蛋を長紗に分け与え、ささやかな交流を楽しんでいた。
妤の出張と姚たちの近況確認
猫猫は妤の帰還状況を長紗に尋ね、依然戻っていないことを確認した。続いて姚と燕燕の様子を聞き、姚に求婚する武官が現れたことで燕燕が神経を尖らせていたことを知った。猫猫は職場でのそうした私事にやや呆れていた。
五話 医官会議
妤の帰還と会議の開始
猫猫が医務室に向かうと、突如会議が開かれており、老医官と妤の姿が確認された。二人は感染防止のため厚着と布で顔を覆い、異例の状況であることを示していた。
疱瘡発生の報告と今後の対応
老医官は、地方で疱瘡の感染が確認されたことを報告し、村を封鎖して対応中であると明かした。感染者の隔離と医官・武官の追加派遣が求められ、特に疱瘡経験者の動員が急務とされた。
医官間の意見と猫猫の提案
劉医官や老医官は人員確保の難しさに悩んでいたが、猫猫は民間の医者でもよいかと申し出た。妤は自身の疱瘡痕を見せ、その医者によって命を救われたと証言したことで、提案は正式に受理された。
六話 面接
克用の招集と左膳からの反応
猫猫は克用に連絡を取り、即座に快諾の返事を得た。一方、左膳からは涙混じりの引き止めの文が届いたが、猫猫と妤はそれを黙殺し、克用の招聘を進めた。
面接における克用の過去と経歴
克用は面接にて、自らに強毒の膿を用いた師匠の人体実験により疱瘡を発症した過去を語った。その過程で弟と師匠を失い、自らも顔に痘痕を残した経験が述べられた。
資料の提出と医官たちの評価
克用は自身が作成した疫病に関する資料を提出し、老医官を中心に高く評価された。猫猫は内容を確認したがっていたが、その場では叶わなかった。
終生免疫の説明と説得力のある答弁
克用は一度疱瘡にかかった者が再発しない現象を「終生免疫」と表現し、一定の根拠をもって説明した。医官たちはその冷静な分析と実地経験に説得力を感じた。
報酬交渉と最終契約の成立
劉医官との間で日給銀五枚まで交渉が進んだが、克用は銀三枚と待遇面の整備を条件に受諾した。感染症対応のため、隔離生活や勤務制限にも同意し、契約は円滑に締結された。
七話 資料
克用と妤の配属前の準備
克用と妤は面接を終え、それぞれの配属に向けて医官服や道具の準備を行っていた。妤の赴任先は疱瘡が出た農村であり、老医官の補佐として派遣されることが判明した。
妤の決意と克用の評価
妤は、自身の痘痕を見せながら医療現場に立つことへの覚悟を語り、猫猫もその姿勢を認めた。一方、克用は自らの報酬や処遇について軽口を交えつつも、医師としての評価を重視していた。
資料のやり取りと猫猫の出費
猫猫は克用から疱瘡に関する貴重な資料を銀十枚で譲り受けた。資料の価値は上級医官が銀五十枚で購入するほどであり、猫猫は金額の高さに苦笑しつつも即決した。
猫猫と長紗の情報共有
猫猫は食堂で資料を読み込んでいたが、後輩の長紗に声をかけられ、共に資料を確認することにした。長紗は素直な性格で、猫猫もその違いを感じ取っていた。
姚と羅半の恋愛事情の推察
長紗は、姚の不器用な恋心が羅半に向けられていることを指摘した。燕燕と姚の口論の背景には、引っ越し問題や恋愛感情が関係していると考えられた。
恋愛の行方と第三者の介入可能性
猫猫と長紗は、姚の想いが報われる可能性や、第三者の助言の必要性について語り合った。燕燕は姚に対して深い関心を持ちすぎており、関係性の複雑さが浮き彫りとなった。
雀からの呼び出しと新たな事件
食堂を後にしようとする猫猫の元に、雀が現れた。壬氏の元で起きた「呪いの壺」事件の調査協力を依頼され、猫猫は断ることができず了承した。
八話 呪いの壺
壬氏の倉庫での調査開始
猫猫は壬氏の宮ではなく、倉庫に案内された。そこでは壬氏、馬閃、麻美らが待っており、壺の調査を依頼された。壺は封印された札付きの呪物であり、厳重な環境下に置かれていた。
壺の中身と壬氏の懸念
猫猫は壺の蓋に貼られた札や中身の液体に注目し、これが毒物である可能性を示唆した。壬氏は危険を懸念していたが、猫猫は調査を強行した。
馬閃の失敗と壺の破損
麻美の勧めで壺の調査を任された馬閃が壺を割ってしまい、周囲は騒然となった。壬氏は頭を抱え、猫猫は液体の正体を探ることになった。
茶から作られた毒の発見
壺の中身は熟成途中の毒であり、濃い茶を用いた毒物と判明した。作成者は毒の知識に乏しいと見られ、呪いの札は偽装か信仰によるものであると猫猫は分析した。
娘の窮地の意味の誤解
当初は娘が毒を盛られて苦しんでいると解釈されたが、実際はその娘が妃への呪いをかけたと誤解され、家から追い出されようとしていることが発覚した。
皇太后の依頼と真意
事件は皇太后の実家に関係しており、壬氏は皇太后の依頼で娘の無実を証明するために動いていた。娘は妾腹であり、家中で不遇な立場にあった。
側室への懸念と壬氏の迷い
猫猫は、最終的にその娘が壬氏の側室として迎えられる可能性があると推測し、壬氏に忠告した。壬氏はそれを否定したが、動揺を隠せなかった。
真の目的の確認
壬氏が重視していたのは毒の有無よりも、娘の無実を証明してその命を救うことであった。猫猫は現地での調査の必要性を訴え、壬氏もこれを受け入れた。
九話 当主の娘 前編
皇太后の実家の背景と目的の整理
壬氏は猫猫とともに皇太后の実家を訪れた。道中、壬氏は皇太后の出自や当主・豪との関係、家の成り上がりの歴史を説明し、猫猫は依頼の任務が「呪いの否定」「毒の確認と除去」「娘の保護」「側室化の回避」という多難なものであると理解した。
屋敷での出迎えと当主の印象
猫猫たちは豪邸に到着し、当主・豪をはじめ、正妻と妾らに迎えられた。豪は童顔で威厳に欠け、屋敷の統率も不十分であった。壬氏の到着に戸惑いながらも表面上は丁重に対応していた。
呪いの壺の発見現場の視察
豪の息子・來の案内で、呪いの壺が見つかった庭の北側の湿地帯へ案内された。壺は棚の下に埋められており、偶然、猫が掘り返したことで発見されたという。猫は妾の娘が後宮入りする際に譲られたものだった。
病弱な娘・梔子との対面
來の了承のもと、猫猫は妾の娘・梔子の診察を行った。梔子は14歳であるが極端に発育が悪く、生気に欠けていた。付き添っていた妾はかつての妓女であり、客への立ち居振る舞いが洗練されていた。
薬湯の確認と異変の察知
猫猫は妾が用意した薬湯の匂いと味から、眠りを誘う薬草に加え、毒物を隠すための成分が混ざっている可能性を感じ取った。翌日に再訪する旨を來に伝え、壬氏らとともに屋敷を後にした。
十話 当主の娘 後編
母親による毒の投与の推測
帰路の馬車内で猫猫は、妾が梔子に毒を盛っていた可能性が高いと説明した。妾は猫猫に新しい茶を淹れたが、梔子には異なる茶を出していたと見られ、毒の特徴や症状からの一致が確認された。
茶に含まれた成分と壺発見の理由
猫猫は茶に含まれていた荊芥という生薬に着目し、これが猫に好まれる匂いを持つため、壺を発見するきっかけになったと考察した。荊芥は毒の渋みを隠す成分としても用いられたと見られた。
正妻側の関与否定と母子関係の分析
猫猫は正妻が梔子母子をいじめていた形跡はなく、むしろ妾が哀れな母親像を演出し、周囲の同情を得ようとしていたと推測した。妾は花街出身の妓女であり、同情を買うために娘を病弱に見せる技術を持っていた。
妓女としての技術と毒の動機
妾は妓女として培った技巧で哀れな母親を演じ、実の娘を小道具のように扱っていたと推察された。梔子が入内できない現状、妾は自らの立場を保持するために娘を病弱に留めている可能性が高いと分析された。
父・豪の立場と妾の思惑
豪が妾とその娘を養っている背景には、妾が豪に対して同情と献身を演出する策略があった。梔子が後宮に入れないと知れた段階で、妾は見捨てられることを恐れ、自らの保身を図ったと考えられた。
明日以降の調査と指示
猫猫は証拠を集める必要性を提起し、雀には緑青館のやり手婆から情報を得るよう依頼した。さらに、猫猫は牛小屋の調査を求め、調査の鍵がそこにある可能性を示唆した。
十一話 梔子と末摘花
呪いの壺の正体と犯人の判明
猫猫は医官手伝いの仕事後、豪の屋敷を訪れた。壬氏が不在のため当主は現れず、正妻である末摘花が迎えた。猫猫は麻美と雀と共に客間に案内され、呪いの壺について説明した。それは呪いではなく毒であり、壺に仕込まれた毒は梔子を狙ったもので、作ったのは妾であった。末摘花はその事実を知っており、猫猫の指摘を受けて淡々と認めた。
末摘花の背景と梔子への思い
末摘花は紅花の別名である「末摘花」と揶揄されることに劣等感を抱きつつも、梔子に対して母性に似た感情を抱いていた。かつて、梔子が飢えた末に蛙を捕まえて食べようとした姿に心を痛め、牛乳を与えるようになったことを語った。体裁上、使用人に任せていたが、それは彼女の優しさの表れであった。
正妻と妾の確執、そして豪の無理解
末摘花は、自身を醜く嫉妬深い女と認識していた。夫である豪は、弱々しく振る舞う妾の言葉に耳を傾け、正妻の意見には耳を貸さなかった。梔子への虐待を訴えても、末摘花の嫉妬による妄言としか受け取られず、妾を問い詰めることもできなかった。末摘花の沈黙は、梔子の命をつなぐ手段でもあった。
梔子の生い立ちと命の危機
妾は元花街の妓女であり、過去にも病弱な禿に毒を盛っていたという前歴があった。梔子も同じく毒を盛られており、命に関わる状態であったが、末摘花が与えていた牛乳のおかげで命拾いしていた。牛乳は毒と中和し、致死量を下回らせていたためである。
末摘花の提案と猫猫たちの反応
末摘花は猫猫たちに梔子を壬氏のもとへ引き取ってほしいと願い出た。それは事実上の婚姻要請であり、不敬に当たるものであった。だが、末摘花は梔子が子を産めない身体であることを明かし、政略結婚の対象にもなり得ないことを説明した。猫猫と麻美、雀はその申し出に困惑するが、末摘花の真意と覚悟を受け取る。
復讐と未来への布石
末摘花は、家の再興や子どもたちの未来のために、そして豪への復讐の一環としてこの提案を行った。彼女は豪の凡庸さと無理解を深く憎んでおり、梔子を守ることはその一環でもあった。猫猫はその復讐の始まりに気づきつつも、深くは聞かず、その場を後にした。末摘花の言葉からは、一年以内に何かが起こるという暗示が込められていた。
十二話 厄介払い
猫猫の宿舎への送迎と月の君への報告相談
麻美と雀は、猫猫を宿舎に送り届けた後、月の君の宮へ向かった。豪の娘・梔子の引き取り要請に関する対応については、自分たちでは決定できず、月の君への報告が必要とされた。道中、雀は豪の奥方や妾の思惑について麻美に語り、毒や薬を使った「おまじない」の可能性を示唆した。
雀の推測と過去の出来事の提示
雀は、かつて妓女が禿を利用して客を囲った逸話を持ち出し、それを妾の行動と重ねて見せた。その中には、遅効性の毒や麻薬を用いて客を自分に依存させる手法も含まれていた。雀は、猫猫が憶測を避けて曖昧なままで対処しようとしていると指摘し、猫猫の心理を読み解いた。
月の君との対話と怒る麻美
月の君に報告した麻美は、彼が豪の娘の受け入れを前向きに検討していることに憤りを示した。豪の奥方が皇太后であるにもかかわらず、自身の立場を使わず弟である月の君に任せていることへの不満も口にした。月の君は、皇太后がかつて慈悲深い行動で結果的に問題を引き起こした事例を挙げ、今回の件もその延長線上であると冷静に説明した。
対処案としての羅漢邸案
月の君は、梔子の病状を考慮し、医療知識のある人物がいて栄養豊富な環境に送る必要があると結論づけた。そして、羅漢邸をその候補とした。雀も同意し、羅漢邸には医療に詳しい人物と新鮮な作物があること、さらに元の家からも近い利点を挙げた。
羅漢邸に向けた準備
最終的に、麻美は月の君が責任を放棄していないこと、そして事態に対して現実的な解決策を用意していたことに安堵した。
十三話 赤茄子
羅漢邸の畑と新居候の準備
王都の一等地にある羅漢邸では、羅半兄が屋敷の庭を畑として活用していた。孤児の四番らが新しい居候の受け入れに備え、離れの掃除を行っていた。その離れは姚たちの部屋の近くであり、今後の関係性への影響も懸念されていた。
赤い実と羅半兄の農業活動
掃除中、俊杰は干していた赤い果実を発見し、羅半兄の農業への熱意を再認識した。この赤い実は、元々観賞用であったが、今では食用として研究されていた。
燕燕とのすれ違いと羅半兄の気遣い
羅半兄は燕燕と会話を交わしたが、彼女の身につけた新しい髪飾りに気づかず、会話は農産物の話題に終始した。燕燕は彼の態度に落胆しながらも許容範囲内と捉えていた。
病人受け入れの準備と姚の不安
羅半兄と燕燕は、まもなくやってくる病人が十四歳の少女であることを共有し、羅半には近づかせないと確認した。姚は頼りにされることを嬉しく思う反面、気負いすぎて空回りする様子も見せていた。
俊杰の観察と四番の言葉
俊杰は屋敷内の人間関係を読み取りながら、姚の行動に理解を示していた。四番は、人間関係がもう少しうまく噛み合えば全てが円滑に進むのにと嘆き、現状のもどかしさを表現した。
十四話 姚の成長
梔子の暴食と対応
猫猫は羅漢邸を訪れ、病人である梔子の様子を見に行った。病室では梔子が食事を求めて燕燕にしがみつき、大声を上げていた。粥で口元を汚し、鍋を奪おうとする様子は、令嬢というより野生児のようであった。猫猫と姚が取り押さえ、猫猫はするめを与えて食欲を落ち着かせた。飢餓状態の者が急に大量の栄養を摂ると命に関わるため、慎重な対応が必要とされた。
姚と猫猫の対話
病人を監視しながら、猫猫は姚に現在の気持ちを尋ねた。姚は羅半との関係において、引くことも出ることもできない葛藤を抱えていた。また、梔子の存在が自分の価値を感じさせてくれると述べ、その依存を自覚していた。猫猫は姚の内面の変化と成長を感じつつも、過去の巫女事件に対する彼女の罪悪感を理解し、真実を伝えずにいた。
姚の決意と猫猫の評価
姚は梔子の回復後に屋敷を出るつもりだと語り、それを燕燕には当面秘密にするよう猫猫に求めた。猫猫は姚の柔軟性と意志の強さを評価し、彼女が医官手伝いとして順調に成長していることを肯定した。さらに、姚が他部署で評価される可能性を指摘し、もっと多様な経験を積むことを勧めた。
妤や克用の動向と感染症の現場
会話は妤や克用の現場にも及び、猫猫は疱瘡の感染リスクを懸念した。姚は妤の過去の罹患を知り、自らの感染経験がないことを悔やんだが、猫猫は安全な感染手段が存在しないことを説明し、彼女の願望を諌めた。
十五話 書簡
燕燕からの近況報告
猫猫宛の書簡にて、燕燕は梔子の食欲と従順さが戻ってきたこと、姚が引っ越しを考え始めたことを報告した。新居は羅漢邸から離れすぎない場所を想定しており、年明け以降の移動を予定していると述べた。
克用からの現場報告と要望
克用からの手紙では、疱瘡の現場の過酷さ、妤の精神状態、老医官の信頼性について触れられていた。また、猫猫に牛と馬の飼育地についての情報提供を求める一文が添えられていた。
雀と羅半からの一風変わった連絡
雀からは、旦那を射止めるための道具を紹介する案内文が送られた。羅半からは、梔子の回復状況や三男の頻繁な訪問、乳酪作りなどの報告とともに、小麦農家の紹介を依頼する内容が届いた。猫猫はこの依頼に対し、即答で「否」と返答した。
羅門からの忠告と気遣い
羅門の文には、猫猫が疱瘡にかかっていないことを理由に、現場に向かわないよう強く諭す内容が書かれていた。また、自身の後宮からの出仕頻度が減った理由として、妃同士の牽制の存在を仄めかした。
壬氏と小蘭からの文と猫猫の反応
壬氏からは本文なしの文と高級な茶葉が送られた。猫猫は検閲対策と解釈し、肉球印を押した返書を用意した。左膳からは克用不在への不安を吐露する文が届き、さらに小蘭からは近況と感謝が綴られた素朴な手紙が同封されていた。猫猫はその手紙に返事が出せないことを悔やみながらも、文箱に大切に収めた。
十六話 長紗無双
克用と妤の帰還
克用と妤が一時帰宅として都に戻り、猫猫は痩せ細った妤の様子に驚愕した。妤はまだ働けると主張したが、続ければ再起不能になると判断され、休養を勧められた。克用は牛や馬の件で猫猫に助力を求め、妤に息抜きをさせてほしいと依頼した。
妤の息抜きとしての会食
妤の息抜きとして、猫猫、妤、長紗、姚、燕燕、雀の六人で飯屋に集まり食事会が開かれた。妤は最初、気が引けて食が進まなかったが、燕燕や姚、長紗の説得により徐々に気持ちを切り替え、箸を伸ばすようになった。
閉鎖された村の感染情報
猫猫は妤に隔離村の感染状況を尋ね、六割が隔離中で死者も出ていること、そして感染源が不明であることが語られた。感染源と疑われた子どもは既に死亡しており、猫猫は「牛の疱瘡」の存在とその予防効果に注目したが、妤はその効果が不確実であると警告した。
姚と燕燕への長紗の諫言
会話は無礼講の雰囲気に転じ、長紗は姚と燕燕の関係や同居の甘えに厳しい指摘を入れた。姚が羅半への感情や今後の生き方に迷っていることを踏まえ、長紗は実家に戻って家の切り盛りを担うべきと助言し、燕燕にも依存的な態度を改めるよう諫めた。
恋愛観と立ち位置の整理
妤の関心もあり、姚と羅半の関係に話題が及び、長紗は感情の整理と明確化を提案した。話の流れは完全に妤の気晴らしも兼ねた恋愛話となったが、猫猫は自らがその矢面に立たぬよう慎重な姿勢を取っていた。
総括
食事会を通じ、妤の心身は回復の兆しを見せ、姚もまた自らの甘えと立場を再認識する機会を得た。一方で、猫猫は疱瘡の感染源とその予防法の探求に関心を強めており、今後の動きが注目される展開となった。
十七話 翡翠翁 前編
食事会の翌朝の混乱
猫猫は宴の翌朝、宿舎に宿泊していた雀と妤に囲まれながら目を覚ました。前夜の余韻が残るなか、長紗の部屋に泊まった姚と燕燕はそのまま出勤の支度をしていた。猫猫は宿舎の外で騒がしい気配を感じ、玄関に出てみると、変人軍師の部下・三番が訪れていた。
羅半の危機と猫猫の同行
三番は羅半が翡翠翁に連れ去られたと告げ、猫猫に同行を強要した。三番は燕燕と姚の外泊情報を楯に、猫猫が拒否すれば彼女たちに危機を知らせると脅す。猫猫はやむなく同行を決め、雀への伝言を小母さんに頼んだ。
翡翠翁の屋敷への訪問
猫猫と三番は、南方の貧民街近くにある翡翠翁の屋敷を訪れた。同行していた護衛の二番はかつて名持ちの会合で見かけた男であった。門番たちは猫猫らを拒絶したが、三番は声量を生かした大声で突破口を開き、強引に邸内へと通された。
羅半の監禁と賠償請求
邸内では羅半が青ざめた顔で座らされており、側近たちと翡翠翁が囲んでいた。側近は羅半に対し、翡翠翁所有の船の沈没に伴う莫大な賠償を要求していた。三番は羅半の身柄引き渡しと引き換えに銀錠を提示したが、現金全額での支払いでなければ受け取らないと拒否された。
不自然な状況への疑念
猫猫は、翡翠翁が全く口を開かず、側近が一方的に交渉を進める点に違和感を覚えた。また、羅半が異様に落ち着いている様子から、何か事情を把握していると察した。さらに、翡翠翁の身に着けた翡翠装飾品のくすみを見て、日常的に手入れされていないことを見抜いた。
翡翠の状態と翡翠翁の異変
猫猫は二番から過去の翡翠翁の様子を聞き、これまでの彼は翡翠を丁寧に手入れしていたことを知った。翡翠翁が前回現れたのは約二年前であり、今回は態度も装飾品の状態も以前と異なっていた。これにより、猫猫の中である確信が芽生えた。
猫猫の時間稼ぎと撤退の決断
猫猫は、三番が変人軍師の介入を誘発するために自分を連れてきたと見抜いた。だが翡翠翁側の対応は不可解であり、現金に固執する側近の姿勢には裏があると感じた。猫猫はその場を収めるため、翡翠の手入れを口実に会話の流れを変え、翡翠翁に油紙で装飾を磨かせた。
場の離脱と真相の予感
猫猫は、これ以上の滞在は危険と判断し、三番に「羅半を無事に返してもらいたいのなら今は引くべき」と耳打ちして撤退を促した。屋敷を出た後、三番は真相を問うたが、猫猫は「ここでは話せない」とし、屋敷に戻ってから説明することを選んだ。混乱のなかで羅半と翡翠翁の間にある異変を感じ取りつつ、猫猫は事態の核心に迫る姿勢を見せていた。
十八話 翡翠翁 後編
変人軍師の出動と猫猫の帰還
猫猫が屋敷に戻ると、変人軍師は「猫猫救出隊」を結成し、いかつい面々を率いて出動準備をしていた。猫猫は即座にこの騒動を鎮め、変人軍師らを解散させた。羅半の救出が目的であると説明したが、変人軍師は関心を示さず、猫猫に料理をねだる始末であった。
朝食と説明の場の確保
猫猫は遅い朝食として鶏粥を所望し、大広間にて変人軍師と食事を取ることとなった。三番は周囲の目を避けつつ猫猫に詳細を尋ね、二番は入口で警護を担当した。食事をとりながら、猫猫は翡翠翁と羅半の一件について語り始めた。
翡翠翁の正体と替え玉の推理
猫猫は、翡翠翁が実は替え玉であり、羅半がそれを見抜いたために拉致されたのだと説明した。翡翠翁は普段から部下に業務を任せ、装飾品の翡翠を常に身に着けていたため、喋らずとも本物に見せかけることが可能だった。だが、翡翠のくすみと翡翠翁の言動から、猫猫はその正体を見抜いた。
翡翠の変色と健康状態の関係
猫猫は、翡翠の色合いが持ち主の健康状態と密接に関わっていると説明した。翡翠翁ほどの体型であれば、手入れをせずとも脂が行き渡りくすまないはずだが、実際にはくすんでいたため、偽物と断定した。また、替え玉は急に翡翠を身に着けたことで、翡翠の色に不自然さが生じたと分析した。
羅半の気づきと商会側の意図
羅半は、翡翠翁の死を隠す意図に気づいたことで拉致されたが、状況を理解した後は協力に転じたと猫猫は推測した。大規模な商談を前に混乱を避けたい商会側が、時間稼ぎのために替え玉を用い、羅半の情報漏洩を防ごうとしたのである。
変人軍師の介入回避と妥協の選択
猫猫は、変人軍師が現れれば全てが破綻していたと述べ、商業上のバランスを重視する羅半の姿勢を代弁した。三番は自らの短慮を悔い、猫猫に謝意を表した。変人軍師の屋敷では、梔子が孤児たちと仲良く過ごしており、猫猫はその様子に安心していた。
今後への配慮と翡翠の最期
猫猫は翡翠翁の死が公表されても商会が混乱しなかったことを聞き、準備の徹底ぶりに感心した。翡翠翁の愛用の翡翠が棺に納められたと知り、もったいないと感じつつも、彼の死がついに明らかとなったことで、一連の騒動は静かに幕を閉じた。
十九話 劉医官の懸念
天祐の無遠慮な好奇心と妤への配慮
猫猫は新人の妤とともに日誌作業を行っていたが、減給中の天祐が場の空気を読まず疱瘡患者の遺体解剖について妤に質問し、猫猫は李医官を呼んで天祐に制裁を加えさせた。妤は冷静に対応し、過去に後宮勤務経験もあるため精神的に強いと猫猫は判断した。
克用への疑念と猫猫の反論
劉医官は、猫猫に克用を信用できるかを問いかけた。最初の疱瘡感染者の子どもには刃物でつけられた傷があり、近隣では同様の通り魔被害が発生していた。劉医官は、その行為が克用による意図的な感染実験である可能性を疑っていたが、猫猫は克用の住まいや資金面、行動可能距離などを根拠に否定した。
前提変更と“悪意”の可能性
劉医官は前提を変えて「処置でも実験でもなく、悪意による行動だったとしたら」と仮定した。猫猫は克用が対等に接してくる人物であり、悪意ある人物とは考えにくいと述べたが、それは主観であると認識した上で断言は避けた。妤への配慮から腑分けの事実は伏せられたままとなった。
紅梅館への派遣と壬氏の診察任命
劉医官は、克用とともに猫猫を紅梅館へ派遣することを即決し、さらに月の君(壬氏)の体調確認を猫猫に依頼した。猫猫は医官ではないことに戸惑いを見せたが、壬氏が他の医師を受け入れないため致し方ないと納得した。命令の出所は壬氏の上位にある人物であると猫猫は推察した。
二十話 世間話
壬氏邸訪問と夕餉の準備
猫猫は壬氏の宮を訪れ、水蓮の用意した夕餉に迎えられた。皇弟である壬氏と共に食卓を囲む状況に緊張しつつも、猫猫は鶏粥や小籠包に舌鼓を打ち、壬氏の健康状態を確認した。
疱瘡の感染源と克用に関する推理
壬氏との会話で、猫猫は疱瘡の感染源に関する情報を共有し、克用が犯人ではないとする理由を丁寧に説明した。克用の行動は医学的な意図があり、通り魔的な行為とは異なる点を強調し、犯人は処置の真似事をした無知な人物ではないかと推理した。
克用の人柄と壬氏の反応
猫猫は克用の特徴を「顔の半分に痘痕が残る医術に長けた男」と説明し、その人柄や金銭感覚についても語った。壬氏はそのたびに反応を見せ、猫猫との会話の節々に感情が垣間見えた。
小蘭からの手紙と猫猫の本音
猫猫は小蘭からの手紙の話題を持ち出し、返事ができない理由を語った。小蘭と接することで監視や検閲の対象となる可能性を避けるため、手紙への返答を控えていた。猫猫は小蘭の平穏な生活を守るため、文通の終焉を待つ覚悟を秘めていた。
皇弟の素朴な願望と猫猫の気遣い
刀削麺の話題では、壬氏が屋台で食べることの叶わぬ身であることに猫猫が気づき、水蓮に無理をさせないよう配慮を示した。猫猫は壬氏の体調が良好であることを確認し、報告書には簡潔に「皇弟、体調良し」と記すつもりであった。
二十一話 通り魔 前編
壬氏の変装と同行の目的
猫猫は壬氏と共に紅梅館へ向かう馬車に乗った。壬氏は顔を変装しており、同行の目的は里樹の件で責任を感じての視察であった。猫猫は当時の後宮事情を質問し、壬氏が上級妃選出に関与していたことや、当時の妃たちの危険性を知る。
疱瘡の通り魔に関する情報共有
壬氏は猫猫に、疱瘡をばら撒く通り魔の情報が記された地図を提示した。都周辺で痕跡が途絶えていることが示され、猫猫はよく通う村の近辺であったことに不安を覚えた。
紅梅館の視察団との合流
紅梅館に到着すると、克用や馬閃、わんわん先輩と合流した。わんわん先輩は疱瘡関連の視察のため同行しており、猫猫は安心感を覚える。克用の研究内容や、猫猫の虫垂炎に関する研究も語られ、視察団の雰囲気は和やかであった。
疱瘡研究の背景と克用の過去
克用は牛や馬の疱瘡が人間に影響する可能性を語り、牛の疱瘡から人間の免疫効果が得られることを説明した。彼の師は北亜連出身の人物であり、克用自身が奴隷として実験に使われた過去も明かされた。わんわん先輩と猫猫は、克用の境遇に心を寄せた。
里樹の現在の姿と馬閃の心情
視察中、猫猫たちは家鴨の世話をする里樹を目にする。粗末な服装で健康的な姿を見た壬氏は、会うことをためらう。猫猫は壬氏の変装が里樹に恐怖を与える可能性を指摘し、馬閃一人が挨拶に向かうこととなった。馬閃と里樹の再会は初々しいものであり、猫猫は背中を押すように里樹を厩の案内に誘った。
二十二話 通り魔 後編
牛の健康状態と研究の空振り
牛小屋では克用が牛を確認したが、全頭健康で疱瘡の痕跡はなかった。厩の管理体制が徹底されており、疫病の兆候があれば即座に対応されていることが明かされた。視察団は馬にも同様の調査を行うこととした。
馬と疱瘡の関係と克用の出自
克用は、疱瘡に有効だった牛が馬と共に飼育されていた過去を語る。その牛は北亜連にいたものであり、克用と弟は奴隷として取引されていたと告白した。都の人々に親切にされる克用は、都に住みたいという意志も語った。
里樹との交流と紅梅館の薬事情
厩に向かう途中、猫猫は里樹と再会し、その健康状態に感心した。指のあかぎれ対策に使っている薬に興味を持ち、紅梅館内での製薬活動についても質問を重ねたが、見学は叶わなかった。
突如現れた暴漢と混乱の発生
厩の門前に現れた不審者が視察団を襲撃し、猫猫たちは即座に対応を迫られた。暴漢は小刀を持ち壬氏に向かって突進したが、馬閃が迅速に対応し、暴漢を制圧した。暴漢は克用を狙っていた村長であり、かつて疱瘡の村で克用を追い出した人物であった。
村長の動機と感染の可能性
村長は克用に対する強い嫉妬と劣等感から犯行に及んだことが明かされ、小刀の刃先には疱瘡の種が擦り付けられていた可能性が示唆された。馬閃はその刃で頬を傷つけられており、感染の懸念から隔離措置が取られた。
里樹の変化と猫猫の助言
里樹は馬閃を案じて動揺していたが、猫猫はその思いを見抜き、率直に行動するよう促した。里樹は家鴨の世話や職務への責任感を語りつつも、馬閃への気持ちを隠しきれなかった。猫猫は彼女に対し、周囲の支援と理解があることを伝え、背中を押した。
二十三話 隔離
馬閃の隔離と妤の献身
馬閃は疱瘡の感染懸念から、猫猫の提案で診療所に隔離された。世話役は妤が務め、彼女は猫猫や他の医官の仕事まで引き受けるほど献身的であった。猫猫は時間を持て余し、読書に没頭しつつも克用の資料や『華佗の書』から疱瘡知識の復習を行った。
村長に対する妤の証言
妤はかつての村長について語り、克用の正しさを知りながらも医術を否定していた矛盾に疑問を抱いていた。猫猫は、村長の生存理由として栄養状態の良さや既往感染を推察し、また彼が呪いによる無病を主張していたことに詐欺性を感じ取った。
馬閃の反復行動と猫猫の観察
隔離生活に不満を覚えた馬閃は、再三部屋を出ようとし、妤と小競り合いを繰り返した。室内では筋力維持のための訓練をしており、猫猫は呆れつつも彼の行動を理解していた。
村長の性格と「彭侯」の意味
猫猫は村長の性格を問われた妤の返答から、かつては普通の指導者だったことを知る。また村長が克用を「彭侯(ほうこう)」と呼んだ理由を問うと、妤はそれが木霊のような存在を指す妖怪名であり、応答する医者の比喩であることを説明した。
雀の登場と村長の死の報告
隔離期間終了時、雀が現れ、馬閃の退所を迎えに来た。茶を共にしながら、雀は村長が牢内で自殺したことを報告した。村長は克用を追って都に来て、通り魔事件の加害者として拘束されていた。彼が克用の所在を知った経緯には、妤の家族が関与していた可能性があり、雀はそのことを妤に伏せた。
村長に対する多面的評価
雀と猫猫は、村長が克用には悪意のある加害者でありながら、村人たちにとってはそれほど悪い印象を持たれていなかったかもしれないという可能性についても語り合った。村長の善意が災いし、疱瘡を再流行させてしまった皮肉が強調された。
二十四話 彭侯
克用への訪問と「彭侯」の意味の確認
猫猫は雀に連れられ、克用が滞在する老医官の屋敷を訪れた。克用に対し、村長が「彭侯」と呼んだ意味を説明し、それが木霊のような応答を返す存在であることを伝えた。克用は自覚がない様子であったが、猫猫は彼の在り方に確かな理解を深めていった。
克用の過去と鏡のような性質
克用は猫猫に対し、自身が「相手にされたことをそのまま返す存在」であることを語った。善意には善意を、悪意には悪意を返すという鏡のような応対が、彼の根本的な姿勢であった。村での経験を通じて、彼は悪意を向けられた人々に対しても、自らは手を汚さず、必要な支援をしなかったことで結果的に「仕返し」を行ったと述懐した。
実験体としての過去と弟への想い
克用は幼い頃、双子の弟と共に種痘の実験台にされ、兄は重症化し、弟は生き延びた過去を語った。その後、弟は師匠を楽にさせるために殺し、自身も自死したという。克用はその経緯を語る中で、自らが師匠に仕返しとして膿を入れ替えた事実を打ち明けた。
克用の行動の是非と猫猫の葛藤
克用の語る仕返しは理不尽な暴力に対する当然の報復にも見えたが、猫猫はそのやり方に制限がないことに恐怖を覚えた。克用は悪意を持ってはいないと断言したが、相手の行動に応じて過剰なまでに返す姿勢は、非情さすら含んでいた。
猫猫の選択と克用の今後
猫猫は克用の行動に正義を感じられず、また彼を断罪する資格も自分にないと自覚した。克用の存在が役に立つこと、無害であれば問題にならないことを踏まえ、猫猫はあえて真実を雀にも口外しなかった。彼の周囲に善意だけが集まるよう願いながら、猫猫はもやもやした心を抱えつつその場を後にした。
終話
食欲の喪失と心の疲弊
猫猫は壬氏の宮を訪れたが、普段通りに整えられた部屋の空気や美味しそうな夕餉にも関わらず、食欲がわかなかった。水蓮はそんな猫猫に気を配り、負担にならない菜を用意し、壬氏も体調を案じて声をかけた。猫猫は表向き平静を装っていたが、克用に関する事情を話せば壬氏の立場に重い責任を背負わせることになると考え、口をつぐんだ。
壬氏との静かな慰めのひととき
猫猫は壬氏に対し、精神的な補充が必要だと訴え、そっと肩に頭を預けた。壬氏はその行為を咎めず、静かに猫猫の背を撫でた。ふたりは言葉少なに寄り添い、猫猫は少しだけ気持ちを和らげることができた。
平民としての自由への幻想と現実
猫猫は突如、壬氏に「平民になってみてはどうか」と問いかけた。壬氏は戸惑いながらもその提案に一定の理解を示し、責任から解放される生活への魅力を語った。猫猫は現実的な生活の苦労に触れつつも、その対話を通して壬氏の人間らしい一面に触れた。
日常への回帰と気持ちの整理
会話を終えた猫猫は水蓮が用意した食事に箸をつけた。食欲はわずかに戻り、料理の温かさが彼女の胃と心を優しく満たしていった。猫猫は思考を切り替え、未来に問題が生じたときの対処を考えることが自分らしいと結論づけた。
観察を続ける壬氏の静かな想い
猫猫は箸を動かしながら、壬氏にも食事を勧めた。壬氏は応じる素振りを見せつつも、終始猫猫を見守り続けていた。そこには、静かな気遣いと深い信頼が込められていた。
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