物語の概要
本作は宮廷ミステリー×歴史ファンタジーの漫画作品である。後宮に売られた薬師の少女・猫猫(マオマオ)が、薬理知識と洞察力を武器に数々の謎を解き明かしながら、帝国内での立場と運命を切り拓いていく姿を描く。第21巻では、猫猫が後宮を離れて花街へ戻った後、蝗害(こうがい)という国家的危機を防ぐ方法を記した古い図録を求め、子一族の砦にあった最後の一冊を探し求める展開となる。国家の命運が懸かる大きな謎を前に、猫猫の知識と推理がより大きな役割を果たす。
主要キャラクター
猫猫(マオマオ):
本作の主人公である薬師の少女。後宮で薬や毒の知識を駆使して様々な事件を解決してきた。冷静な観察力と専門的な薬理知識を武器に、国家危機を解く鍵を見出す。
壬氏(ジンシ):
帝の側近にして有力な宦官。猫猫の能力を評価し、彼女と行動を共にすることが多い人物。猫猫に難事件の解決を依頼する役どころでもある。
物語の特徴
本作の最大の魅力は、宮廷内のミステリー解決と薬理学的知識の融合である。主人公・猫猫は単なる謎解き役ではなく、専門知識を駆使することで“人間と国家の危機”を解決する。後宮という閉ざされた空間での陰謀や政治的駆け引きに加え、疫病や蝗害といった国家的レベルの危機が絡むことで、物語は単なる恋愛や人間ドラマを超えたスケールへと拡大する。
書籍情報
薬屋のひとりごと~猫猫の後宮謎解き手帳~ 21
原作: 日向 夏 氏
作画: 倉田三ノ路 氏
キャラクター原案: しのとうこ 氏
出版社:小学館(サンデーGXコミックス)
発売日:2025年12月19日
ISBN:978-4091582089
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あらすじ・内容
超絶ヒットノベルコミカライズ第二十一弾!
後宮から花街へと戻ってきた猫猫。国を滅ぼす天災・蝗害を防ぐ方法を知るため、猫猫は子一族の砦にあった図録を手に入れようとする。最後の一冊が隠されていた場所とは…!?
感想
猫猫の素敵な笑顔が見れる21巻。
悪辣な事を考えると笑う癖はもう直せないだろう(面白いし)。
下町言葉とこの悪辣な顔、なかなかに居ないヒロイン像だと思う。
うん、嫌いじゃ無い。むしろ好きだ。
笑顔を見れるシーンは娘が病気で診断してくれと金を持って無さそうな男から証文に血判を捺印させた時。(笑顔1)
あと、左膳がヒントらしき事を呟いた時も笑顔であった。
瞳孔がガン開きだったが口は笑っていた。
さらに、壬氏にイナゴ料理を食べさせようと企み、壬氏に「お食事をして帰られてはいかがでしょうか?」と言ったシーン。
その後のコマで高順の表情が素晴らしい。
普通ならそうなる。
それを黙って受け入れる壬氏が…以下自粛。
物語の核となるのは、子翠の置き土産とも呼べる虫の本。
蝗害への対策となり得るのか、というのが戦略的なテーマとなった。
その可能性を確かめるため、壬氏たちが各所を奔走し、猫猫が一つひとつ謎を切り拓いていく流れが今後も続いて行くのだろう。
猫猫の知識と推理が前に出る構成であり、問題解決の過程が露呈して行く演出が良い。
同時に、背景には他国の影がちらつくのも不気味。単なる国内の出来事に収まらず、外からの影響が静かに差し込まれることで、世界の広がりが自然に感じられる点が巧妙だと思えた。
まだ全体像は見えないが、だからこそ想像が膨らむ。
もしかすると杞憂かも知れない事を含めて謎は多い。
さらに急に出てきた、白蛇仙女の正体は何者なのか。
麦角のクッキーをばら撒いた連中の意図はどこにあるのか。
どれも即答を与えず考える余白を残す構成も楽しい。
その余白が不安と期待を同時に育てる。
個人的に気になるのは、相変わらず掴みどころのない猫猫の好みの男である。匂わせはあるが、決定打はない。
だが、その曖昧さこそが猫猫らしく、物語の重心を恋愛に傾け過ぎない抑制として機能しているように思うというより、猫猫は他人に興味がないのだろうとも思っている。
総じて本巻は、謎が解けた爽快感よりも、「まだ先がある」と静かに告げる力を持つ一冊であった。
読み終えたあと、小説版五巻から続きを読み返したくなるのも自然な流れであろう。
いや、1巻から順に読むか?
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
薬屋と長屋周辺
猫猫
薬屋としての技能を持ち、金と現実を基準に動く実務家である。伝承や噂を疑い、物の性質を観察と実験で切り分ける立場にある。趙迂や緑青館の面々、さらに宮廷側の依頼とも関わり、状況に応じて距離感を調整する人物である。
・所属組織、地位や役職
薬屋。長屋住まい。
・物語内での具体的な行動や成果
火鼠の皮衣の布を炭で試し、燃えない性質と石綿の可能性を示した。貧民街の少女を診て原因を毒性のある麦と流産に整理し、環境改善と移送を選んだ。図録の欠落から翠苓へ接触し、診療所に残された飛蝗資料へ辿り着いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
噂や伝説を否定しつつも、結果として真相に近い解釈を組み立てる立ち位置を強めた。蝗害対策では、未然に潰すという発想を壬氏へ提示した。
趙迂
猫猫と同居し、日常の場面で強く反応する感情の動きを見せる人物である。猫猫の厳しさを目の当たりにしつつも、子どもへの気遣いを優先する面がある。
・所属組織、地位や役職
猫猫の同居人。
・物語内での具体的な行動や成果
古着屋で衣に惹かれつつ猫猫の実験を止めようとした。貧民の少女の件では同行し、猫猫の態度を「悪人みたいだ」と評した。飛蝗の場面では禿を連れて退場し、保護する側に回った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
蘇りの薬の影響として、半身不随と過去の記憶喪失が示唆された。
右叫
男衆頭として現場を回し、外の情報や裏の事情にも通じる立場である。猫猫に対しては、必要な場面で示唆を与え、動かす役割を担う。
・所属組織、地位や役職
緑青館の男衆頭。
・物語内での具体的な行動や成果
見世物が続く背景に錬丹術の可能性を挙げ、猫猫に警戒を促した。貧民街の件では、裏のじいさんの末路の話が右叫の語りとして共有された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
表向きの力仕事だけでなく、噂の危険性や筋の悪さを嗅ぎ分ける影響力が描かれた。
左膳
下働きとして掃除を任され、周囲から評価されにくい側にいる人物である。一方で、研究部屋の冊数や内情を知る証言者として機能する。
・所属組織、地位や役職
緑青館の下働き。門前掃除担当。
・物語内での具体的な行動や成果
図録が本来三冊あるはずの虫の分が一冊欠けていると断言した。じいさんの死と遺体処理が翠苓担当だった点を明かし、猫猫の行動を引き起こした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
右叫の方針の下で「試される立場」にあり、猫猫から叱咤され掃除へ戻された。
裏のじいさん
貧民街の裏手に関わる存在として語られ、焼き菓子の件で悪影響の中心にいた人物である。
・所属組織、地位や役職
貧民街の老人。
・物語内での具体的な行動や成果
焼き菓子を与え続けた結果、指が腐り落ちた過去が語られた。少女と母の症状と結びつく要因として扱われた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
末路の話が警告として機能し、菓子の危険性を裏付ける材料となった。
貧民街の父親
娘の危機で夜中に猫猫を叩き起こし、支払い不能のまま懇願する人物である。追い詰められた末に証文と血判を差し出す。
・所属組織、地位や役職
貧民街の父親。
・物語内での具体的な行動や成果
診察を求めるが金がなく、証文と血判で支払いを誓った。少女の移送を最終的に受け入れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
数日後も金を持参できず、現実として「売れるものを売る」選択が家族に迫った。
貧民街の姉
妹を守るために状況を理解し、自分が代わりに身を売る覚悟を口にする人物である。感情ではなく、沈む未来を避けるための選択として提示する。
・所属組織、地位や役職
貧民街の姉。妹の保護者。
・物語内での具体的な行動や成果
芋の入手や妹への食事の経緯を示し、原因究明の手掛かりとなった。金が用意できない現実を踏まえ、自分が働いて稼ぐ道を選ぶと明言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
妹との別れを選び、自分の責任で踏み出す姿勢が強調された。
貧民街の妹
衰弱し、手足の冷えや変色などの症状を示す少女である。原因は焼き菓子由来の毒性と流産に整理され、移送と静養で回復へ向かった。
・所属組織、地位や役職
貧民街の妹。
・物語内での具体的な行動や成果
症状の観察対象となり、焼き菓子の摂取が鍵として扱われた。猫猫の家で静養し、数日後に歩けるまで回復した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
母の死と同型の経過が示され、被害の連鎖を象徴する存在となった。
緑青館
やり手婆
緑青館を回す実務の中心におり、場を強引に動かす人物である。猫猫に対しても命令と暴力で従わせ、意図的に空気を作る。
・所属組織、地位や役職
緑青館のやり手。
・物語内での具体的な行動や成果
壬氏の宿泊や部屋の手配を主導し、猫猫を泊める流れを作った。猫猫に「好みの男」を語らせる場を仕切り、紙や墨まで用意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
猫猫が逆らいにくい圧を持ち、館内の人員を動員できる影響力が描かれた。
白鈴
緑青館の妓女であり、馬閃に過剰に接近して場を乱す人物である。興味を優先し、相手の反応を楽しむ側に立つ。
・所属組織、地位や役職
緑青館の妓女。
・物語内での具体的な行動や成果
馬閃へ親しげに接し、退散を招いた。猫猫の「好みの男」騒動にも加わり、空気を煽った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
馬閃を「初物」と捉える発言があり、館内の価値観を象徴した。
女華
緑青館の妓女であり、男嫌いの気配と冷静な現実観を持つ人物である。最後に猫猫と二人になり、立場と心変わりの現実を語る。
・所属組織、地位や役職
緑青館の妓女。
・物語内での具体的な行動や成果
猫猫の「好みの男」騒動の後に残り、男の移ろいやすさと、女郎とその子の立場を突きつけた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
猫猫の内面を言語化し、感情ではなく現実として整理する役割を担った。
梅梅
緑青館側の会話の起点となり、客足減少の原因として白蛇仙女の噂を共有する人物である。
・所属組織、地位や役職
緑青館の妓女。
・物語内での具体的な行動や成果
女華と碁を打ちながら、見世物が高官の関心を集めている状況を語った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
館の不調を「外の娯楽」に結びつけ、猫猫の警戒を誘発した。
禿
緑青館の子どもとして場に居合わせ、飛蝗の給餌の光景で強い動揺を見せる。
・所属組織、地位や役職
緑青館の禿。
・物語内での具体的な行動や成果
壬氏が飛蝗を食べる場面に耐えられず泣き崩れ、趙迂に連れ出された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
子どもに過剰な刺激である点を、猫猫に自覚させるきっかけとなった。
宮廷と周辺
壬氏
王氏として薬屋に滞在し、蝗害対策の相談相手となる人物である。嫌悪を示しながらも責務として受け止め、猫猫の提案に向き合う。
・所属組織、地位や役職
王氏として扱われる立場。
・物語内での具体的な行動や成果
被害地域を地図で示し、猫猫の見解を求めた。飛蝗料理の案に葛藤しつつも最終手段として受け入れ、実際に飛蝗を食べた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
診療所から押収された図録を猫猫へ渡し、飛蝗資料の発見に繋げた。
高順
壬氏の側近として同席し、場の衝撃に反応を示す人物である。
・所属組織、地位や役職
壬氏の側近。
・物語内での具体的な行動や成果
壬氏が飛蝗を食べた場面で手を震わせるなど、周囲の動揺を代表する反応を見せた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
馬閃が「高順の子」である点が示され、関係の背景として機能した。
馬閃
図録を持参して猫猫を訪ねるが、場の混乱で退散する人物である。期待していた内容が欠けている事実に直面する。
・所属組織、地位や役職
高順の子として扱われる立場。
・物語内での具体的な行動や成果
倉の図録を猫猫へ渡し、虫の図録欠落の疑いを強めた。白鈴の介入で動揺し、用件を果たせぬまま去った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
官名を避ける配慮が言及され、立場の繊細さが示された。
阿多
離宮に属する屋敷の家主として場に立ち会い、猫猫と翠苓の対話を静かに見守る人物である。男装で現れ、気配の強さが描かれる。
・所属組織、地位や役職
元四夫人。皇帝の離宮に属する屋敷の主。
・物語内での具体的な行動や成果
前置きを不要として対話に同席し、「あの子はとても聡い子だった」と言葉を残した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
隠居先に見えて実態はそれ以上の場所であると、猫猫に再認識させた。
翠苓
じいさんの助手であり、子翠の異母姉である。表に出られない立場を示し、師の現状や資料の処分を語る。
・所属組織、地位や役職
じいさんの助手。子翠の異母姉。阿多に従う立場。
・物語内での具体的な行動や成果
師が蘇りの薬を試したことを認め、温泉郷の寝たきり老人が師だと明かした。図録は本来十五冊で一冊欠けると述べ、研究資料の処分と左膳の関与を説明した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
「いくら聡い子でも、もういない」と断じる態度が、猫猫の違和感と追跡を促した。
子翠
蝗の研究を担い、猫猫に手掛かりを残した存在として語られる。直接は不在だが、残した痕跡が事件を動かす。
・所属組織、地位や役職
蝗の研究を担った人物。翠苓の異母妹。
・物語内での具体的な行動や成果
診療所の本棚に図録を紛れ込ませ、猫猫が後から気付く形の手掛かりを残したと整理された。飛蝗に関する挿絵資料や書き込みが多い図録へ繋がった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
不在でありながら、最後の仕掛けが蝗害対策の核心資料の発見に直結した。
深緑
診療所閉鎖後の処遇として語られる女官である。後宮脱出を助けた側として重罪に問われた。
・所属組織、地位や役職
女官。
・物語内での具体的な行動や成果
自殺未遂の末に生き延び、罪人として捕らえられていると説明された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
診療所再開が「宦官の監視下」という形になった背景の一部となった。
羅門
右叫が「真似するな」と釘を刺された相手として言及され、錬丹術への距離を示す基準点となる。
・所属組織、地位や役職
右叫が警告を受けた相手として登場。
・物語内での具体的な行動や成果
錬丹術を危険として扱う文脈で名前が出た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
具体的行動は示されないが、禁忌の線引きとして機能した。
羅の一族と同行者
羅半
羅の一族の一員で、軍師の甥であり養子でもある。損得勘定で動き、美しいものに価値を見る性質を持つ。
・所属組織、地位や役職
羅の一族。軍師の甥で養子。
・物語内での具体的な行動や成果
白蛇仙女の見世物へ猫猫を誘い、劇場へ同行した。表向きの理由を述べるが、猫猫に虚偽と切り捨てられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
入場者の仮面や紗の意味を説明し、場の性質を言語化する役を担った。
陸孫
軍師の部下として行動し、軍師の「気になる」という一言を受けて見世物一団を調べていた人物である。猫猫の移動にも関わる。
・所属組織、地位や役職
軍師の部下。
・物語内での具体的な行動や成果
劇場の席選びや周囲の警戒を補足し、噂の存在を猫猫へ伝えた。別場面では馬車の扉を開けるなど、同行の補助役としても描かれた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
「根拠がないことが多い軍師の勘」でも無視しない姿勢を示し、調査の実務側に立った。
見世物と噂の中心
白娘々
白蛇仙女として見世物の中心に立つ存在である。白い衣と白い肌、白い髪に、紅い唇と目が強烈な印象を残す。
・所属組織、地位や役職
旅芸人一団の見世物の「仙女」。
・物語内での具体的な行動や成果
劇場で白い靄と銅鑼の演出とともに登場し、観客の視線を一瞬で奪った。仙術や人心掌握の噂がつきまとい、都の高官の関心を集めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
小さな見世物小屋から都の劇場へと規模が拡大し、花街の客足に影響する存在として扱われた。
展開まとめ
第八十八話 火鼠の皮衣
薬屋の閉店と帰宅の判断
夜になり、薬屋は灯りを落とした状態で閉店していた。客足はなく、灯油も無駄にできない状況であったため、営業を続ける理由はなかった。売上は管理役に預けられ、猫猫は帰宅を選択した。
あばら家での夕食と生活観
帰宅後、簡素な夕食が用意された。食事内容は質素で、肉類も最低限であった。趙迂は生活の厳しさに不満を示したが、猫猫は働いて稼げばよいという現実的な姿勢を崩さなかった。困窮時は手持ちの資源で凌ぐという価値観が示されていた。
寒さと住環境の問題
住居は隙間風が入り、暖を取るには不十分な状態であった。緑青館のような暖かさはなく、冬を越すには問題があることが明確であった。この環境を前提に、現状の改善が必要だと判断されていた。
衣類購入の提案
猫猫は翌日、着物を買いに行くことを提案した。寒さ対策として現実的な選択であり、住環境を即座に改善できない以上、身に着けるもので対応する方針であった。趙迂はその提案に即座に反応し、外出への意欲を見せた。
古着屋での衣探し
猫猫と趙迂は古着屋を訪れ、実用性重視で綿入れを探していた。店内には庶民向けの衣類が並び、贅沢とは程遠い品揃えであった。その中で、刺繍が施された上下揃いの白い衣装が目に留まった。
異質な衣装への違和感
その衣装は古着屋の品としては明らかに異質であり、上下ともに白く、装飾も過剰であった。趙迂は素直に美しさに惹かれたが、猫猫は用途や出自に疑問を抱き、現実的な視点で観察していた。
衣装に付随する伝承
店主はその衣装について、「天女が織った衣」であるという伝承を語った。西方の村に伝わる話として、泉に現れた美しい娘と、それを巡る出来事が説明された。話はあくまで昔話として語られており、事実かどうかは不明であった。
村娘と織物の逸話
語られた内容では、村人に助けられた娘が、不思議な文様の衣を織って恩返しをしたとされていた。その衣は非常に高値で売れ、村に富をもたらしたとされる。一方で、娘はやがて村を去り、村人はその行方を知ることができなかった。
婚姻と村人の選択
伝承の中で、村人は娘を村に留めようとし、最終的に嫁として迎え入れる判断をした。娘は拒否の意思を示したが、村人は聞き入れず、結果として婚姻が成立した形となった。
結末としての別れ
娘は婚姻後も涙を流し続け、やがて泉へ向かった。村人が後を追った時、娘の姿は消えており、泉には衣の一部だけが残されていた。村人は娘が元の場所へ帰ったのだと解釈した。
現実への引き戻し
話が終わり、店内に戻ると、その衣装が伝承の中で娘が織ったものだと説明された。趙迂は驚きを隠さなかったが、猫猫はあくまで「そういう話が付随している衣」であると受け止めていた。
天女伝説への懐疑
店主は天女伝説を信じるかと問いかけたが、猫猫は感情を交えず否定的な態度を示した。水に消えた天女という説明に対し、猫猫は一度人に裏切られた存在の行動として整理していた。
衣の異常性への着目
猫猫は衣に触れ、刺繍部分を含めた質感を注意深く確認した。見た目の豪華さだけでなく、布そのものが異様に丈夫である点に注目していた。
価格交渉と実験の提案
猫猫は「十倍の値で売れたらどうするか」と問い、今の価値は単なる古着であると位置づけた上で、炭を使った確認を提案した。趙迂が止める中、猫猫は実験を強行した。
燃えない布の実証
衣の上に炭を置いても、布は燃えず、焦げ跡すら残らなかった。周囲の人間は驚愕し、店主自身も想定外の結果に動揺した。炭で焼いても燃えないという事実が、衣の特異性を明確に示した。
素材の正体の指摘
猫猫はその布が「石で織られた布」である可能性を示した。草や木、虫由来ではなく、繊維状の石から作られた布であると説明し、古い時代の特殊な製法であることを補足した。
火鼠の皮衣という名称
東の島国では、このような石綿の布を「火鼠の皮衣」と呼ぶことがあると猫猫は語った。燃えない特性そのものが、天女伝説の根拠として語り継がれた可能性が示された。
価値の再定義
猫猫は、この衣は十倍の値で売れる可能性があるとしつつも、売却ではなく古着として譲り受ける選択をした。多くの人間がその正体を知らないため、価値が理解されていないことも指摘された。
伝説の否定と整理
一連の説明を終えた後、猫猫は天女の話を改めて否定的に扱い、衣の正体は伝説ではなく物質的特性によるものだと結論づけた。趙迂は話の落差に戸惑いを見せていた。
刺繍文様への着目
猫猫は衣の刺繍を改めて観察し、文様に文字のような規則性があることに気付いた。それは西方の文字が崩れた形であり、装飾ではなく意味を持つ記述である可能性が示された。
天女と呼ばれた娘の意図
猫猫は、天女と呼ばれた娘が故郷へ帰りたいと考え、その思いを刺繍によって衣に残したのではないかと整理した。村人に理解されない文字で記すことで、意図を隠したまま形にした可能性が示されていた。
伝説の成り立ちの整理
娘が婚礼の日に身を清め、泉で衣を濡らしたという話は、火に弱い状況を避けるための合理的な行動として説明された。木の器に水を満たし、乾くまで燃えない性質と同じ原理であると猫猫は捉えていた。
逃走計画としての衣
衣は燃えにくい素材で作られており、万一火を向けられても即座に危険に至らない構造であった。猫猫は、刺繍・素材・行動が一体となった周到な計画が存在していたと判断した。
なぜ店主に語らなかったのか
趙迂が疑問を口にする中、猫猫は伝説を否定する必要はないと結論づけた。浪漫が大事である以上、現実的な推論をわざわざ明かす意味はなく、結果として計画が成功した事実だけが残れば十分だと考えていた。
西方出身者への疑念
猫猫は、普通の村娘が石綿の知識や文字を扱える点に違和感を覚えた。西方は他国との争いが多い土地であり、知識と技術を持つ人物が流れ着く可能性は否定できないと考えた。
二人の特使の存在
猫猫の思考は、西方から来た二人の特使へと及んだ。行動や雰囲気が似通っている点から、天女と呼ばれた娘もまた、何らかの役割を持つ存在だった可能性が浮かび上がった。
結論としての距離感
猫猫は、それ以上の推測を「くだらない妄想」と切り捨てた。確証のない話を広げることはせず、衣と伝説をそのまま受け止める形で思考を終えていた。
第八十九話 麺麭がなければ
深夜の叩き起こし
夜更け、猫猫の家の戸が激しく叩かれた。現れたのは中年の男で、「薬屋」と呼びながら今すぐ来てほしいと懇願した。猫猫は布団から顔だけ出し、露骨に不機嫌な様子を見せた。
診察要求と即時の拒否
男は娘を診てほしいと訴えたが、猫猫はまず金の有無を確認した。男は支払いができないと認め、薬屋なのだから見捨てる気かと食い下がったが、猫猫は店ではない以上金はもらうと突き放した。
生活事情の突き付け
猫猫は、自分も長屋に住む貧乏人であり、無償で働く余裕はないと明言した。金がないなら帰れと告げ、戸を閉めようとしたことで男は追い詰められた。
血判による懇願
男は地面に膝をつき、子どもが病気であることを明かした。金は必ず払うと繰り返し、証文を書くことを申し出た。猫猫は墨と筆を持ってくるよう指示した。
証文の作成
男は証文に署名し、親指で血判を押した。内容は薬代を必ず支払うという約束であり、親指がない場合は別の指でも構わないと猫猫は淡々と確認した。
条件付きの承諾
証文を受け取った猫猫は、それでよいと判断し、診察を引き受けることを決めた。その際、仕方がないと小さく呟き、完全な善意ではないことを隠さなかった。
後味の悪さ
去り際、同行していた趙迂は猫猫の態度を「悪人みたいだ」と評したが、猫猫は否定も弁解もしなかった。必要な条件を満たしただけだという立場を崩さず、静かに準備を始めた。
路地裏への案内
男は猫猫を連れ、町外れの路地裏へと向かった。人通りは少なく、建物も荒れており、生活に余裕のない者が集まる場所であった。男は迷いなく進み、そこが目的地であることを示した。
あばら家と家族の状況
辿り着いたのは石と土に囲まれた簡素な住まいであった。中には衰弱した少女が横たわり、その傍らに姉が付き添っていた。父親は猫猫に診察を求め、切迫した様子を見せた。
少女の異変と初期確認
猫猫は少女の様子を観察し、呼びかけや触診を行った。意識はあるものの反応は鈍く、手足の冷えや変色が確認された。単なる寒さによる凍傷ではない可能性が示唆された。
生活環境と衛生状態
室内には排泄物の臭気が残り、清潔とは言い難い環境であった。猫猫は状況を冷静に受け止めつつ、ここで長期間生活してきたこと自体が体調悪化の一因であると判断した。
症状の整理
少女には手先の冷えと変色、痺れ、瞳孔の異常、反応の鈍さが見られた。発症は最近ではなく、数日前から徐々に悪化していたことが父親の証言から明らかになった。
母親の死と家族の不安
父親は、母親も同様の症状で亡くなった過去を語った。家族はその再来を恐れており、姉は妹を守ろうと必死であった。その言葉により、病状が一過性ではないことが強調された。
流産という判断
猫猫は原因を「流産」であると断じた。病ではなく、妊娠とその失敗による体内変化が、現在の衰弱を引き起こしていると説明した。父親はその言葉に動揺を見せた。
食事内容への疑念
猫猫は少女が口にしていた食事に注目した。ほとんど米も入らない粥であり、量を増やそうとして与えた食材が問題であると見抜いた。
隠されていた食べ物
姉が差し出したのは、芋であった。それは家族が密かに手に入れ、妹に食べさせていたものである。猫猫はそれを確認し、現在の症状と強く結びついていると判断した。
焼き菓子の味と違和感
猫猫は少女が口にしていた焼き菓子を舐め取り、砂糖の甘さとは異なる不自然な甘味を感じ取った。それは菓子としては過剰であり、日常的に与えるには不釣り合いなものであった。
入手経路の特定
猫猫は焼き菓子を「誰からもらったのか」を問い、同じものを口にして同様の症状が出た人物がいないかを確認した。その結果、裏のじいさんが関与していたことが判明した。
環境改善の必要性
猫猫は、あばら家の不衛生で悪臭のこもる環境では治療しても意味がないと断じた。原因を断たなければ回復は望めず、この場に少女を置く判断はできないと結論づけた。
少女の移送
猫猫は少女を連れて帰る決断を下した。右叫が運搬役を引き受け、父親はそれを見守る形となった。父親は当初反発したが、状況を理解し、最終的に娘を託した。
裏のじいさんの末路
右叫は、裏のじいさんの指が腐り落ちた過去を語った。最初は小銭を渡すだけの関係であったが、菓子を与え続けた結果、取り返しのつかない状態になったことが示唆された。
焼き菓子の正体
焼き菓子の原因は麦であった。薬にも使われる一方で、粗悪な麦には毒性があり、摂取すれば中毒症状を引き起こす。症状が進めば血行障害や麻痺、幻覚に至り、最悪の場合は死に至ると説明された。
母親の死との一致
少女の母親も同じ焼き菓子を口にしていたことが明らかになった。その結果、流産を起こし、命を落とした可能性が高いと示された。少女の症状は、その再現であった。
治療方針の確定
猫猫は、毒の摂取を即座に止め、あとは適度に体を動かすことが重要だと告げた。特別な薬ではなく、原因の排除と回復力に委ねる方針であった。
帰還後の対応
猫猫は礼として白米を受け取り、すぐに湯を沸かすよう指示した。少女は猫猫の家で静養することになり、徐々に回復へ向かう兆しを見せた。
証文への所感
猫猫は、男が書いた証文について考えを巡らせた。男が本当に取り立てに来るとは思えず、あの場の切迫した感情が生んだ行為であったと受け止めた。
数日後の回復と現実の確認
数日が経過し、保護されていた妹は歩けるところまで回復していた。姉は妹の状態を見て安堵する一方、父親が金を持ってこない事実を冷静に受け止めていた。金がない以上、現状を変えるためには何かを売るしかないという現実が突きつけられていた。
姉の申し出と覚悟の表明
姉は、自分が代わりに働けば高く売れると口にし、妹を守るために自ら身を差し出す意思を示した。それは衝動ではなく、状況を理解した上での選択であった。妹を泣き落としに使うつもりはなく、あくまで自分が前に出るという強い覚悟が語られた。
逃げ場のない現実と選択の重さ
このまま何もしなければ、二人は確実に泥沼に沈むと姉は理解していた。助けを待つだけでは何も変わらず、逃げても先はないという判断に至っていた。その選択は誰に強いられたものでもなく、自分で選び取るしかない道であった。
猫猫の静かな問いかけ
猫猫は姉の覚悟を否定も肯定もせず、感情を挟まずに問いを投げかけた。その選択が本当に自分の意思なのか、後戻りできない道であることを理解しているのかを確認するように向き合った。
姉の決断と責任の受容
姉は、自分で選び、進む道だと明確に答えた。妹を守るためであっても、最終的に選んだのは自分自身であり、その責任を負う覚悟があると示した。その言葉には迷いよりも決意が勝っていた。
妹との別れと踏み出す一歩
姉は妹を抱きしめ、先のことは分からないが前に進むと告げた。妹は状況を完全には理解できずとも、姉の気持ちを感じ取り、黙って見送るしかなかった。
準備としての助言
猫猫は、これから先に備え、まず身なりを整えるよう姉に告げた。髪を切り、汚れを落とし、商品として扱われる前提で最低限の準備をするよう淡々と指示した。それは冷酷ではなく、現実を直視した上での実務的な助言であった。
別れ際の沈黙
姉妹は玄関先で別れ、姉は自分で選んだ道へと歩き出した。猫猫はその背中を追わず、止めることもしなかった。選択の結果を引き受けるのは当人であり、他人が肩代わりできるものではないと理解していたからである。
二人で沈んだ街の記憶
猫猫は、この街で花開く者もいれば、二人一緒に泥沼へ沈む者もいることを思い起こした。姉妹がどちらになるのかは分からない。ただ、自分で選び、進んだ道であることだけは確かであった。
第九十話 最後の一冊
馬閃の来訪と図録の持参
薬屋に馬閃が訪れ、猫猫に対して持参した書物を差し出した。それは倉に保管されていた図録であり、虫や植物に関する記録が集められたものであった。猫猫は応対しつつ、彼が高順の子であることを踏まえ、表立った官名を使わない配慮がなされている点にも注意を向けた。
図録の内容確認と違和感
猫猫は図録を確認し、鳥魚や植物に関する記述は揃っているものの、本来あるはずの項目が欠けていることに気づいた。特に、馬閃が期待していた内容に該当する記述が見当たらず、誰かが意図的に持ち出した可能性が示唆された。保管中に抜き取られたという事実は、単なる管理不備では済まない問題であった。
欠落した一冊の正体
話を進める中で、欠けているのは「虫」に関する図録である可能性が浮上した。猫猫は、保管されていたはずの書物が誰かの興味によって持ち去られたと推測し、その行為自体が異常であると判断した。虫の研究は一般的に敬遠される分野であり、動機の存在が強く疑われた。
白鈴の介入と場の混乱
その場に緑青館の妓女・白鈴が現れ、馬閃に親しげに接近した。白鈴は肩に手を回すなど過剰な距離感で応対し、馬閃を動揺させる様子を見せた。周囲がざわつく中、猫猫は一歩引いた立場で状況を眺め、茶菓子を口にしながら事態を静観していた。
馬閃の退散と残された課題
白鈴の振る舞いに耐えきれなくなった馬閃は、図録を置いたまま薬屋を後にした。彼は用件を果たせぬまま退散する形となり、白鈴は「初物」を逃したことに不満を漏らした。一方、猫猫は欠けた一冊の存在を強く意識し、誰が、何のために持ち出したのかという新たな疑問を胸に刻んだ。
左膳の立場と男衆の序列
左膳は門前の掃除を任される下働きであり、男衆頭である右叫の方針によって半ば試される立場にあった。力も向上心も示さなければ解雇されるが、反発して仕事を覚えようとする者は引き立てられる。その中で左膳は鼻歌交じりに箒を持ち、どう見ても評価されていない側の男であった。
本の到着と冊数の違和感
猫猫は馬閃が持参した本を左膳に見せ、左膳が以前保管していた分と合わせて冊数を確認した。合計十四冊であり、数そのものは猫猫の記憶と一致していた。しかし内容を精査すると、蝗に関する記述が一切存在しなかった。
欠落した虫の図録
左膳は虫の図録が本来三冊あるはずだと断言した。現存していたのは二冊で、いずれも蝗に触れていない。つまり、猫猫が研究部屋を訪れた時点ですでに一冊は誰かに持ち出されていたことになる。この事実は、研究資料が意図的に抜き取られた可能性を示していた。
じいさんの死と研究の失敗
話題は後宮を追放された元医官、通称「じいさん」に及んだ。左膳の証言によれば、じいさんは不老不死の薬の研究中、実験の失敗によって死亡したという。不死の薬を作るには段階的な実験が必要であり、その過程で危険な試行を重ねていた可能性が高かった。
人体実験への連想
猫猫は、趙迂に使われた蘇りの薬の不完全さを思い出し、成功率を高めるには動物実験だけでは足りないという現実に思い至った。鼠を使った実験の次に必要となるのは、人間での検証である。その考えに至った瞬間、猫猫は不自然なほど歪んだ笑みを浮かべていた。
遺体処理と翠苓の名
猫猫は左膳に、じいさんの遺体がどこで処理されたのかを問い詰めた。左膳はそれを翠苓が担当していたと明かす。翠苓はじいさんの助手であり、無表情な女として知られ、子翠の異母姉にあたる人物であった。その名を聞いた瞬間、猫猫は重要な点を見落としていたことに気づく。
気づきと行動
翠苓の正体と立場を理解した猫猫は、即座に行動を決めた。左膳を叱咤して掃除に戻らせると、本を布に包み直し、急ぎ薬屋へ戻って文をしたためる準備に入った。事件はすでに、単なる資料不足の段階を越えていた。
離宮への招集と出立
猫猫が書いた文は男衆を介して届けられ、翌朝には返事が戻った。迎えの馬車が用意され、猫猫は翠苓が身を寄せている元四夫人・阿多のもとへ向かうことになった。出立に際し、猫猫は図録を従者に預け、薬屋の戸を閉めた。
趙迂との別れと子どもたちへの配慮
出かける猫猫を見て、趙迂は同行をせがんだが、仕事であるとして猫猫はこれを拒んだ。阿多のもとには子の一族の子どもたちが集められており、接触を避ける必要があったためである。猫猫は趙迂を右叫に託し、その様子を見送りながら、趙迂の将来について思案を巡らせた。
貧民の娘と妓楼の現実
薬屋の周囲には、禿として試用中の貧民の娘もいた。父親が連れ戻そうと何度も現れていたが、娘自身の意思と楼の事情により追い返されていた。猫猫はそれを冷静に見つめつつ、まだ支払われていない代金のことを思い出し、内心で皮算用をしていた。
離宮の格式と装いの変更
阿多の屋敷は皇帝の離宮に属するだけあり、壮麗な佇まいであった。猫猫は馬車を降りる前に礼儀として着替えを命じられ、長い裳を汚さぬよう慎重に歩いた。庭園は庭石と砂利、苔が計算され尽くした美しさを湛えており、場所の格を如実に示していた。
阿多と翠苓との再会
案内された部屋には、家主である阿多と、もう一人の人物がいた。阿多は男装の姿で現れ、以前にも増して凛とした気配を放っていた。その一歩後ろに控えていたのが翠苓であり、彼女もまた男装し、無表情のまま阿多に従っていた。猫猫は、二人の姿を前にして、ここがただの隠居先ではないことを改めて認識したのであった。
第九十一話 聡い子
阿多立ち会いのもとでの対面
阿多は前置きを不要とし、猫猫と翠苓の対話に同席する立場を取った。猫猫は持参した虫の図録を卓上に並べ、師の遺した資料について翠苓に確認を行った。翠苓は、それらがかつて師が使用していたものであると認めたが、冊数が一冊足りないと指摘した。
欠けた一冊と翠苓の沈黙
図録は本来十五冊あったはずだと翠苓は述べたが、失われた一冊の所在については分からないと答えた。その態度に虚偽の兆しはなく、猫猫は嘘をつく理由も見出せなかった。翠苓はすでに子の一族と無縁の立場にあり、表に出られない身であることも語られる。
師の生存への確信
猫猫が師の所在を尋ねると、翠苓は一瞬だけ反応を見せた。その様子から、猫猫は師がまだ生きていると推測し、「蘇りの薬」を自ら試したのではないかと問いただした。翠苓はそれを認め、師が実験を兼ねて薬を服用したからこそ砦を脱することができたのだと語った。
蘇りの代償と趙迂の姿
翠苓は、猫猫に趙迂の現在の姿を思い出すよう促した。趙迂は蘇生したものの、半身不随となり、過去の記憶を失っている。それは単なる記憶喪失ではなく、古い記憶が削がれた結果であり、知らぬまま過去とすれ違っている可能性があると示唆された。
温泉郷の老人の正体
翠苓は、かつて猫猫が訪れた温泉郷にいた寝たきりの老人の一人が自分の師であると明かした。療養地である温泉郷では珍しくない存在だったが、その老人はすでに自分が何者であるかすら忘れていたという。もし健在であれば、子翠が事件を起こすこともなかったはずだと翠苓は語った。
子翠の行動と姉への想い
翠苓は、子翠が事を起こした理由に自分が関係していることを自覚していた。子翠はこの国の膿を出すと同時に、姉である翠苓を母から解放しようとしていたのである。その事実を前に、猫猫は複雑な感情を抱いた。
蝗の研究への行き詰まり
猫猫は最後の望みとして、師が研究していた蝗について尋ねた。しかし翠苓は、自身はその研究に関与していないと答えた。虫が苦手であり、蝗の研究はすべて子翠の領分だったためである。すでに子翠がいない以上、情報は途絶えていた。
研究資料の処分と左膳の関与
不死の薬を作るよう命じられた際、それまでの研究資料の大半は処分された。持ち出されたのは、あの部屋に残っていた分のみであった。それでも研究を続けた師は、給仕係である左膳を使い、密かに調査を進めていたことが明らかになる。
阿多の一言
一連の話を静かに聞いていた阿多は、湯飲みを置き、「『あの子』はとても聡い子だったようだ」と述べた。その言葉は、子翠の才覚と、失われたものの大きさを静かに示していた。
翠苓の否定と違和感
翠苓は「いくら聡い子でも、もういない」と断じ、その存在自体を過去のものとして扱っていた。猫猫はその言葉に強い違和感を覚え、拳を握りしめる。聡い子が何も残さずに消えたという前提そのものが、不自然であると感じたためである。
阿多の態度と記憶の引っ掛かり
猫猫の追及に対し、翠苓は動揺して立ち上がり、阿多は場を和らげるように気楽でいいと語った。その言葉を受けた瞬間、猫猫の中で何かが引っ掛かる。謝罪すべき場面であるにもかかわらず、阿多の発言が思考を刺激し、過去の記憶を掘り起こすきっかけとなった。
診療所の記憶の想起
猫猫は記憶を辿る中で、後宮、医局ではなく「診療所」に行き着く。後宮から攫われる直前、診療所で見た光景を思い出し、本棚に紛れ込ませてあった図録の存在に思い当たった。それは虫の図録ではなく、意図的に隠されたものだった可能性が高かった。
子翠の意図と猫猫の確信
猫猫は、二度と会えないはずの子翠が、自身に気付かせるため、ぎりぎりの線を狙って図録を残したのだと理解する。その狡猾さと執念に、悔しさを超えて笑いがこみ上げる。子翠が悪戯めいて仕掛けた最後の手掛かりであると、猫猫は確信した。
診療所の現状と後宮の闇
診療所は一度閉鎖されていた。後宮脱出を助けた者たちは重罪に問われ、特に女官・深緑は自殺未遂の末に生き延び、罪人として捕らえられている。しかし診療所は後宮に不可欠な施設であり、現在は宦官の監視下で再開されていることが明らかとなった。
診療所から押収された図録の発見
猫猫がさらわれた際、診療所にあった資料はすべて押収されており、猫猫が目を留めていた図録もその中に含まれていた。壬氏は休みを取ってそれを猫猫に手渡し、猫猫は中身を確認した。図録には書き込みが異様に多い箇所があり、ページを開くと大量の挿絵資料が床に落ちた。それらはすべて飛蝗に関する詳細な図であった。
飛蝗の分類と変化の考察
猫猫は図録と書き込みを照らし合わせ、飛蝗を大きく二種、細かくは三段階に分類した。普段見られる緑色の飛蝗、昨年の小規模蝗害に関与した中間型、そして今年増える可能性が高い茶色の大型個体である。飛蝗は条件が揃うことで体色や翅の形を変え、世代を重ねるごとに数を増やしていくと記されていた。小規模な蝗害は、大規模被害の前触れであると判断された。
蝗害の危険性と社会的影響
蝗害は判断を誤れば餓死者を出すほど深刻な災害である。猫猫自身は都育ちで直接見たことはなかったが、花街に売られてきた妓女の中には、蝗害によって食い詰めた農村出身者が多くいた。さらに、子の一族滅亡の翌年に蝗害が重なれば、国情としても極めて不安定になることが示唆された。
防除方法と限界
図録には特効薬のような決定打は記されていなかったが、小規模被害の段階で対処する重要性が強調されていた。幼虫期に駆除することが最優先であり、そのための殺虫剤の製法が残されていた。材料は比較的入手しやすいものが使われており、大量消費を前提とした内容であった。また、成虫にはかがり火を用いる古来の方法も推奨されていた。
被害地域の分布と違和感
壬氏は被害報告のあった農村を地図上に示し、猫猫に見解を求めた。被害地はいずれも平原近くであり、飛蝗の生育環境としては妥当であった。しかし、この地域では数十年にわたり深刻な蝗害が起きていなかった点が問題視された。
森林破壊と蝗害発生の因果関係
問題の地域は、かつて子北州の豊かな森林地帯であったが、現在は禿山と化していた。女帝の時代には禁じられていた無秩序な伐採が、子の一族によって密かに行われていたのである。木材は国内外に売却され、自然環境は著しく破壊されていた。その結果、虫を捕食する鳥が減少し、飛蝗が異常繁殖した可能性が高いと推測された。
壬氏の落胆と事態の深刻さ
壬氏は森林資源を用いた食糧不足の補填を見込んでいたが、その前提が崩れたことに強い落胆を見せた。自然破壊がもたらした影響は、単なる農業被害に留まらず、国全体の安定を揺るがす要因となっていた。猫猫と壬氏は、蝗害が人為的な愚行の積み重ねによって引き起こされた可能性を、重く受け止めることとなった。
診療所の本と薬の不足
猫猫は診療所に残されていた図録を確認し、現在想定されている殺虫剤の調合だけでは薬量が明らかに不足すると判断した。効果が多少落ちる可能性を承知のうえで、別の調合も並行して準備する必要があると壬氏に進言し、状況の深刻さを共有した。
害虫対策としての現実的手段
猫猫は幼虫の発生源を野焼きする案を挙げ、即効性のある対処法として検討に値すると述べた。ただし、場所によっては実施が難しい点もあり、万能ではないことも理解していた。続いて、害虫を捕食する雀を保護するため、禁猟措置を取る案にも言及したが、生業として雀を扱う者たちからの反発が避けられない点が問題として残った。
被害を未然に潰すという発想
これらの対策をすべて講じても、被害が本当に出るかどうかは分からない。しかし猫猫は、何も起きなければそれは幸運であり問題ではないと考えていた。起こり得る負の可能性を事前に潰していくことこそが、政を担う者の仕事であり、正当な評価を得られなくとも必要な行為だと認識していた。
飛蝗料理という最終案
雀禁猟への反発を避ける代替案として、猫猫は飛蝗料理を宮廷料理として定着させる案を提示した。帝や官僚が食すれば、民も追随し、結果として飛蝗を捕る者が増えるという現実的な狙いであった。この提案に壬氏は強い動揺を見せ、食への嫌悪感と責務の間で葛藤する様子を露わにした。
壬氏の葛藤と猫猫の微笑
壬氏は飛蝗料理を最終手段とすることで折り合いをつけ、事態への意欲を新たにした。猫猫はその様子を見て薄く笑みを浮かべ、壬氏が本気で嫌がっていることを理解したうえで、丁寧な口調で食事を勧めた。その表情には、からかいと確信が入り混じっていた。
第九十二話 いたずら
飛蝗料理という悪戯の始まり
王氏は夕餉を食べて帰ることとなり、薬屋では手狭なため空いている客室が用意された。猫猫はまだ残っていた飛蝗の煮つけを出したが、最初から本気で食べさせるつもりはなく、軽い悪戯のつもりであった。王氏の機嫌が悪くなればすぐに下げる算段であり、やり手婆の視線もその警戒を裏付けていた。
冗談が現実になる瞬間
猫猫は箸で飛蝗をつまみ、「あーん」と食べさせる真似をしただけのつもりだった。しかし壬氏は一瞬の逡巡の後、それを口にしてしまう。猫猫自身すら顔を歪めるほど、その光景は強烈で、壬氏の女装とは別の意味で「見てはいけないもの」を見た感覚を覚えた。
周囲に走る衝撃
その場にいた者たちは一様に硬直した。高順は手を震わせ、禿は大切なものを汚されたかのように泣きそうになり、趙迂ややり手婆までもが顔を引きつらせた。壬氏本人は嫌そうな表情のまま咀嚼し、何事もなかったかのように飲み込んだ。
粥と飛蝗の往復
壬氏は無言で粥を要求し、猫猫が蓮華で差し出すと、それを受け取らず猫猫の手元を見続けた。意図を察した猫猫が口元へ運ぶと、壬氏は粥を食べ、続けて差し出された飛蝗にも再び食らいついた。周囲の悲鳴と動揺をよそに、その奇妙な給餌は繰り返された。
禿と趙迂の退場
あまりの光景に耐えかねた禿は泣き崩れ、趙迂がそれを連れて席を外した。猫猫は子どもには刺激が強すぎたのだろうと内心で反省する。趙迂は気弱な禿を庇うことが多く、実際に面倒を見ている存在であった。
壬氏の素顔と猫猫の自覚
壬氏は最後まで飛蝗を嫌そうに食べ続け、猫猫はその様子を見て「悪いことをした」と思いながらも、差し出せば食べるという事実を確認していた。美貌ゆえに緑青館でも人前に出されない壬氏が、最も無防備な姿をさらしていることに、猫猫自身も複雑な感覚を覚えていた。
趙迂の紙と不穏な気配
壬氏が帰った後、趙迂が筆と紙を持って現れる。やり手婆が高価な紙を渡すこと自体が不自然であり、猫猫は強い胡散臭さを感じた。帰ろうとする猫猫に対し、やり手婆は泊まっていくよう指示し、風呂や寝間着まで用意していた。
やり手婆の異様な親切
親切すぎる態度に警戒する猫猫だったが、逆らうと容赦なく拳が飛んできた。半ば強引に部屋へ通され、趙迂が紙を広げ、やり手婆が墨の準備を始める。事態は完全に猫猫の想定外へと進んでいった。
野次馬の集結
そこへ白鈴小姐と女華小姐まで現れ、状況はさらに不可解さを増す。客を取らない夜の妓女たちが集まり、猫猫は「胡散臭すぎる」と確信しつつ、この場から逃れられないことを悟った。
好みの男を言わされる猫猫
やり手婆の発案で、猫猫は突然「好みの男」を答える羽目になる。仕事中にもかかわらず、趙迂や白鈴まで加わり、半ば強制的な話題として進められた。猫猫は面倒に感じつつも、逆らうより従う方が早いと判断し、条件を淡々と口にしていく。
現実的すぎる好みの条件
猫猫は背が高すぎないこと、痩せすぎていないこと、髭はあってもよいが濃すぎないこと、顔立ちは鋭さより柔らかさを重視することなど、実用性と世間体を基準にした好みを述べた。それは恋情よりも生活感覚に根差したものであり、聞き手の期待する色気とは程遠い内容であった。
描かれた男と冷ややかな評価
趙迂が猫猫の条件をもとに男の似顔絵を描き上げるが、その出来は地味で冴えないものだった。白鈴ややり手婆からは辛口の評価が飛び、女華に至っては一言で却下する。三姫の一人でありながら男嫌いの女華は、大抵の男を容赦なく切り捨てる性格であった。
猫猫が感じた既視感
騒ぎの中で猫猫はその似顔絵を見つめ、言葉を失う。それはあまりにも見覚えのある顔であり、好み以前の問題として強い既視感を覚えたためであった。問い詰められた猫猫は、ついにその理由を明かす。
後宮の医官にそっくりな男
猫猫は、その男は「後宮の医官にそっくりだ」と答える。宦官であり、恋愛対象と呼ぶ以前の存在であるその人物の名は出されないが、場の空気は一気に冷めた。恋話を期待していた白鈴は興味を失い、他の者たちも拍子抜けした様子で次々と部屋を後にする。
女華と猫猫だけの時間
最後に部屋に残ったのは女華と猫猫だけであった。女華は窓を開け、夜の娼館の景色を眺めながら煙管をくゆらせる。恋が生まれては消えていく光景を前に、女華は猫猫の気持ちを完全ではないにせよ理解していると語る。
変わり続ける男という存在
女華は、男はいつ心変わりするかわからず、力を持つ男であればなおさらだと静かに告げる。白鈴のような魔性の女ならともかく、猫猫は自分と似た側の人間だと指摘し、信じることの脆さと、この場所にいれば嫌というほど思い知らされる現実を突きつけた。
女郎と女郎の子という現実
女華は、所詮自分は女郎であり、猫猫は女郎の子であると断言する。それが現実であり、変えられない立場であると。猫猫はその言葉を否定せず、煙管の灰を見つめながら静かに受け止める。
煙の向こうに残るもの
煙管を吸い続ける女華を猫猫がたしなめると、女華は客の前では嫌われるからこそ、今は好きにするのだと笑う。白い煙が夜空に溶ける中、猫猫は何も言わず、その背中を見送った。
第九十三話 白蛇仙女
珍客の噂と緑青館の不調
緑青館では、最近客足が落ちている原因として「白蛇仙女」と呼ばれる見世物の噂が話題になっていた。梅梅と女華は碁を打ちながら、その仙女が高官たちの関心を集めていることを語った。猫猫は二人の灸の準備をしつつ話を聞き、珍しい存在が客を奪っている現状を把握していた。
白髪赤眼の正体についての説明
仙女は髪が真っ白で、目が赤いとされていた。猫猫はその特徴から、生まれつき色素を持たない「白子」の可能性を示した。白子は人では稀であるが、動物では白い蛇や狐として神聖視されることもあると説明した。一方で、異国では白い肌の子どもが万能薬になるという迷信もあるが、それは眉唾であり、体の本質が変わるわけではないと語った。
仙女信仰と見世物の拡大
その白子の娘は凶兆ではなく吉兆として扱われ、「仙女」として崇められていた。最初は小さな見世物小屋で披露されていたが、次第に評判を呼び、都の劇場を借りるほどに規模が拡大していた。夜に一度だけ開かれる見世物には、財力のある客が集まり、花街の妓女たちの不満の原因となっていた。
仙術の噂と人心掌握
梅梅は、その仙女が本当に仙術を使うという話を伝えた。人の心を読み、金を生み出す力があるとされ、その話に猫猫は強い警戒を示した。荒唐無稽な話であっても、権力者が信じれば信仰へと変わり、不老不死の力が実在すると錯覚させる危険があると考えた。
右叫の補足と錬丹術への連想
男衆頭の右叫は、この見世物が一度きりで終わらない理由として「錬丹術」の存在を挙げた。不老不死を目指す怪しげな術であり、かつて羅門から決して真似するなと釘を刺されていたものだった。珍しい容姿と人心を読む力が結びつけば、疑っていた者ほど強く信じ込む可能性があると語られた。
猫猫の否定と疑念の深化
猫猫は、不老不死や仙術の実在を強く否定した。そんな都合の良い話があるはずがないと内心で断じつつも、なぜそのような見世物がここまで信仰を集めているのか、その仕組みには強い疑問を抱いた。白蛇仙女の正体と、人々が惑わされる理由を見極める必要性を感じていた。
不老不死の薬への疑念
猫猫は、不老不死の薬を研究した末に「蘇りの薬」を作り出した人物の存在を思い出していた。その人物は、かつて医官として優秀であったが、薬の副作用により今では見る影もない状態である。もしその知識が残されていれば、蝗害への対策もより適切なものになった可能性があり、猫猫はやりきれなさを抱いていた。ただし災害はまだ途中段階であり、今後の対応次第で被害は変わり得るとも考えていた。
仙女の噂と見世物の実態
都で話題となっている「仙女」は、不老不死の薬を餌に人を集めている存在ではないかと噂されていた。猫猫自身はその真偽を掴みきれずにいたが、右叫から断片的な話を聞き、興味を抱く。見世物の料金は高額で、猫猫自身が気軽に足を運べるものではなかったが、右叫は誰かに頼めばよいと示唆し、その場を去った。
意外な来訪者
数日後、猫猫のもとを訪れたのは予想外の人物であった。現れたのは羅の一族の羅半であり、変人軍師の甥であり養子でもある男であった。羅半は、仙女の見世物に猫猫を誘う目的で現れ、さらに同行者として一人の男を連れていた。その人物は、軍師の部下である陸孫であった。
羅半の思惑
羅半は、美しいものに価値を見出す性質を持ち、その「白子の仙女」が相当な美女であるという話に興味を示していた。猫猫は誘われた理由に疑念を抱き、損得勘定で動く羅半が無償で誘うはずがないと見抜く。羅半は、西方との取引に向けた出し物として見世物一団を検討しており、女性の視点からの意見が欲しいと説明したが、猫猫は即座に虚偽であると切り捨てた。
陸孫の補足
そこで口を開いたのが陸孫であった。彼は、軍師自身がその見世物について「気になる」と漏らしていたことを明かす。陸孫はその一言を受け、旅芸人一団を独自に調べていたという。軍師の勘には根拠がないことが多いが、それでも無視できないものがあるため、陸孫は慎重に情報を集めていた。
不穏な噂の始まり
陸孫は、調査の過程で耳にした「気になる噂」の存在を猫猫に伝えようとする。仙女を巡る話は、単なる珍奇な見世物では済まされない可能性を帯び始めており、猫猫もまた、その裏に潜む真実を無視できなくなっていくのであった。
劇場への同行と違和感の予感
猫猫は面倒事でなければよいと考えつつ、羅半と陸孫に同行して夜の都へ向かった。劇場は都の中央部に位置し、商業と富裕層が集まる一等地にあった。旅芸人の独演会としては不釣り合いな場所であり、その時点で猫猫は白娘々という仙女の存在に俗っぽさと胡散臭さを感じ取っていた。
仮面と紗が作る閉じた空間
劇場に集まった観客の多くは顔を隠しており、素顔の者はほとんどいなかった。羅半はこれは互いの立場や身分を曖昧にするための小道具だと説明した。猫猫も紗を被せられ、この見世物が公には語れない性質のものであることを理解した。入場料の高さや劇場の規模から、背後に出資者が存在することも察せられた。
席配置と客層の観察
猫猫たちは舞台に近い席に案内されたが、中央最前の席には成金然とした男が若い娘を従えて陣取っていた。陸孫は、あえて目立つ席を避けるのも一つの判断だと述べ、猫猫もまた、座る位置によって権力や財力が透けて見える場であると認識した。
酒と菓子、そして警戒
卓には酒と焼き菓子が供されたが、猫猫はすぐに口をつけなかった。白娘々を観察するためには、感覚を鈍らせたくなかったからである。羅半や陸孫、護衛もまた酒を控え、場の雰囲気とは裏腹に、彼らが慎重に状況を見極めようとしていることが示された。
白娘々の登場
薄暗い劇場に白い靄が立ちこめ、銅鑼の音とともに白娘々が舞台に現れた。白い衣、白い肌、白い髪という徹底した色彩の中で、紅い唇と双眸だけが強烈な存在感を放っていた。その姿は観客の視線を一瞬で奪い、仙女という呼び名が単なる誇張ではないことを印象づけた。
異様な魅了と静かな注視
観客が熱気を帯びる中、猫猫は感情を抑え、白娘々を冷静に観察し続けた。その美しさが演出によるものなのか、あるいは別の要因によるものなのかを見極めるためである。白娘々の出現は、この見世物が単なる芸では終わらない可能性を、猫猫に強く意識させるものであった。
同シリーズ
漫画

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