どんな本?
元々は小説の投稿サイトArcadiaで読んでいた小説だった。
大賞を取れたと書かれた後に消されて、書籍化されたら買おうと思い出版されたのが10年前。
もう10年経つんだ、、
その後、コミック化され遂にアニメ化された。
この作品への感情移入感はハンパない。
3巻まで紙の本、Kindle、BOOK⭐︎WALKERでそれぞれ買って保存してる。
それ以降は電子書籍のみのだがKindle、BOOK⭐︎WALKERで購入している。
もちろん、外伝の方も買っている。
読んだ本のタイトル
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 15
(Is It Wrong to Try to Pick Up Girls in a Dungeon?)
著者:大森藤ノ 氏
イラスト:ヤスダスズヒト 氏
出版社:SBクリエイティブ(GA文庫)
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あらすじ・内容
深層の決死行を乗り越え、地上の帰還を果たしたベル達。それぞれが果たした冒険の成果は『成長』の証。確かな前進に喜ぶ傍ら、ふと彼等彼女等はこれまで歩んできた道のりを振り返る。
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか15
少年は始まりの日に還り。
女神は追憶を映す炉の光に目を細め。
小さき少女は灰の過去を乗り越え。
鍛冶師は遠き日を重ねた空を仰ぎ。
受付嬢は昔日の傷を。
妖精は正義の誓いを。
黒烏は金狐との今昔の物語を想う。
今と過去が織りなす日常編。『英雄』が生まれる地に束の間の安らぎを。
これは少年が歩み、女神が記す、
──【眷族の物語】──
感想
それぞれのキャラクターの過去の短編集。
ベルくんと、ヘスティア、リリは1、2巻を読んだ直後に読むと余計にのめり込めた。
ヴォルフは4巻を読んでから読んだら面白いかもしれない。
いや、これを読んでから1、2巻、4巻を読んだら方が面白いかもしれない。
エイナの話も1巻を読む前に読むと面白いかも?
エイナがベルくんの担当になりその裏で彼がどのくらい冒険者を続けられるか賭けをしていたとか思うと、、
また別の視線で物語を楽しめるかもしれない。
ヴォルフ、リュー、命&春姫の話も現在の彼等の話から過去の話になる。
リューの話は外伝アストレア・レコードの前の話だから、この巻を読んでからアストレア・レコードを読んだら面白いかもしれない。
話的には。
オラリオに来たばかりのベルくんは、冒険者になるためにファミリアに入りたいと色々なファミリアの扉を叩くが、全てから門前払いを喰らう。
貯めていた金も底を尽き、泊まる宿すら追い出され。
無一文になり野宿をするしかないと落ち込んでいたベルくん。
そんな彼を眷属にしたヘスティア。
だがヘスティアも、下界に降臨したばかりでへファイストの所で堕落した生活をしており、、
あまりにも堕落したので、呆れたへファイストがヘスティアをファミリアのハウスからを追い出だしてしまった。
それでも下界に慣れないヘスティアを文句を言いながらも補助。
住む場所が無いと言われて、教会の隠れ家を手配してするとか、ヘスティアにかなり甘いへファイスト。
そんな神友の援助もあり、眷属を探したら孤独になってるベルくんを見つけて眷属にする。
でも、この時のヘスティアも寂しかったようだ。1巻のプロローグへ続く
2巻に出てくる前のリリの話。
ソーマ・ファミリアの構成員だった両親の娘だったリリ。
宗教2世の悲哀で、親はリリを金稼ぎの道具くらいとしか認識しておらず。
幼い彼女に物乞いをさせていた。
そんな酷い仕打ちをする両親は、ダンジョンで呆気なく亡くなり。
自力で生きていかないといけなくなったリリだったが、ソーマ・ファミリアは孤児を使って色々と搾取して行った。
そんなリリを不憫に思ったのか、たまにソーマが気を遣って食事を与えていたが、、、
そんな主神の暖かい支援も、ソーマの神酒を騙し討ちに飲まされて、リリは狂ってしまいお金を稼ぐ事しか考えていなかった。
それでも、弱い小人族だったリリは冒険者としての戦力ほぼ皆無。
そのせいで補助要員のポーターをやっていたがほとんどの金を冒険者やソーマ・ファミリアの連中が搾取する。
一度は逃げ出して普通の小人族の娘として生活をしようとしたら、ソーマ・ファミリアの連中がリリが隠れていた老夫婦の店に危害を加えられ。
老夫婦は、リリを疫病神と言って追い出してしまう。
それでもリリは毎月彼等老夫婦に仕送りをしていたらしい。
さらに、自身の環境に絶望したリリは自身を虐げる冒険者から金を巻き上げる事を始める。
そして、リリは新たな獲物。
ベルくんを見付けて声をかける。
そして、2巻へ続く。
エイナの話は1巻では一線級のギルド職員になっていたエイナの新人時代の話。
学園から卒業してギルド職員になったエイナ。
彼女が初めて担当した冒険者は上層部で亡くなってしまった。
最近は影が薄いから頑張って欲しいかな、、
4巻に出てくる前のヴォルフの話。
軍神アレスが君臨するラキア王国。
そのアレスの眷神のフォボスの眷属のグロッソ一家。
その一家のあだ名は「出来損ないのグロッソ」。
精霊と同化した先祖を持ち魔剣を打てた一族だったが、あまりにも自然破壊をしまくったので精霊に嫌われて魔剣が打てなくなった。
そんな一族でも鍛治が好きなヴォルフは普通の鍛治師で自身の手で魔剣を作りたい。
そう思ってたら、ヴォルフに魔剣作成のスキルが現れた。
魔剣を作ろうと思えば作れる。
御家再興を考えている家族は王国のために魔剣を作れと言ってくる。
それに嫌気が刺したヴォルフは家を飛び出すが、こんな有能な人材流出を国が赦す訳もなく、、
でも、主神のフォボスはヴォルフを国外に逃してくれた。
その後、フォボスは神界に送られてしまったようだ、、
そして、前回のダンジョン攻略時に打った魔剣を鍛治神へファイストに見聞してもらい。
「まあまあ」とコメントをもらえた。
完全なるヴォルフの魔剣。
遂に目標である、自力で魔剣を作れる鍛治師になれた。
これからは研鑽あるのみ。
そして次はリューの話。
彼女の過去の話はアストレア・レコードの前の話。
エルフの里から出て行き、オラリオに来て。
周辺の色々な目線に戸惑いイラつく。
そして、保守的だった里の連中を疎んでいたリュー自身がオラリオでは保守的で愕然としていた。
そんなギリギリな精神状態になっていたリューにアストレアが現れ。
その後、団長のアリーゼに誘われてアストレア・ファミリアに入団する話だった。
14巻終了時のリューは色々と拗らせてるな、、
その後は命と春姫の過去の話。
此方は本編しか出てこないキャラだからか、外伝とかにはあまり関わっていない。
ただ、春姫の思い込みって凄いな、、
あと、命は一年経ったら元のファミリアに戻るのだろうか?
弱小ファミリア同士の横の連携を見るとアイシャの件もあるから改宗しても、あまり変わらないかもしれないな、、
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
プロローグ 冒険者達の休歌
ベルの負傷と治療院での叱責
ベルは左腕を金属装甲で包まれた固定具により吊られた姿で仲間の前に現れた。その姿を見たヴェルフやリリ、春姫や命は衝撃を受け、言葉を失った。ベルは二週間前、派閥連合による遠征で強化種との遭遇や調教師の悪事、深層での死闘を経験し、その戦いの中でジャガーノートとの戦闘により左腕に重傷を負っていた。治療魔道具によって保護されていたものの、その後も動き回ってしまったため、本日の診察でディアンケヒト・ファミリアの治療師アミッドから激しく叱責されたのである。
治療師アミッドの怒りと厳重な固定
ベルの腕には固定包帯と呼ばれる装具が装着されていたが、実際には焼石膏ではなく加工超硬金属による固定具であった。軽量のヒーラー用精製金属とはいえ、絶対に腕を動かさせないというアミッドの強い意志が感じられる処置であった。アミッドは次に無茶をすれば治療院の寝具に縛り付けるとまで警告しており、普段は冷静沈着な【戦場の聖女】の怒りはベルに強い恐怖を与えていた。
ミアハ・ファミリアの軽口と仲間たちの反応
その場にはヘスティア・ファミリアだけでなく、ミアハ・ファミリアやタケミカヅチ・ファミリアの面々も集まっていた。犬人のナァーザはディアンケヒト・ファミリアをやぶ医者とからかい、自分たちの薬と食事療法で治療することを提案するが、その費用の高さを察したベルは遠慮した。ナァーザはさらにカサンドラがベルと話したがっているとからかい、突然名前を出されたカサンドラは慌てて弁解し、ダフネに助けを求めながら取り乱した。
カサンドラの動揺とベルとの約束
カサンドラは遠征後にベルと話す約束をしていたことを思い出し、ベルが店を訪れると聞いて感極まった。ベルの言葉に頬を紅潮させたカサンドラは混乱しながらダフネに抱きつき、周囲はその騒ぎを見守る形となった。ベル自身は事態をよく理解できず困惑していた。
リューの不在とリリの沈黙
その中でヴェルフは酒場で働くエルフのリューが来ていないことに気づいた。ベルは店が忙しいため来られないのだろうと考えつつ、最近は自分を避けているように感じていると語った。この場に集まっているのは遠征を共に乗り越えた派閥連合の仲間たちであり、最も重傷を負ったベルの経過を見守るためであった。リリはその理由に何か気づいた様子を見せたが、決して口にしようとはしなかった。
遠征後の束の間の休息
カサンドラはベルの腕の状態でダンジョン探索が可能なのかを心配した。ベルは遠征も終わったため、しばらくは休養するつもりだと答えた。冒険者も羽を休めることが仕事の一つであると神に言われたと語り、晴れ渡る空の下、過酷な戦いを終えた冒険者たちに束の間の休息が訪れていた。
間章 成長と現在と黒パン
ステイタス更新と異常な成長
遠征後、竈火の館の一室でベルのステイタス更新が行われた。結果はレベル4のままながら、力・耐久・器用・敏捷・魔力の各能力が大きく上昇し、熟練度の合計は三千四百を超える数値となった。更新結果を見たヘスティアは思わず呆然とし、ベルに何をしたのか問いかけた。ベルは遠征中に何度も死にかけたことを思い出しながら、八回ほど死線をくぐったと語った。強化種やジャガーノートとの戦闘、さらには深層での死闘が能力値の上昇として裏付けられ、ヘスティアは疲労を覚えながら更新作業を中断することを決めた。
ヘスティアの感慨とベルの成長
更新を終えたヘスティアは、ベルがここまで成長したことに強い感慨を抱いた。初めて出会った頃から比べると、ベルは大きく成長していた。ヘスティアはその変化を誇らしく思いながら、眷族であるベルに笑いかけた。
街への散歩と遠征後の状況
ステイタス更新を終えたベルは、本拠を出て街を散歩することにした。深層をさまよい続けた反動から地上の空気を感じたいという思いがあったためである。左腕は固定包帯で動かせない状態だったが、付き添いとしてヴェルフが同行した。リリは遠征の報告のためギルドへ向かっており、深層到達を伏せるべきだと主張していた。ファミリアの等級が上がれば税や遠征任務の負担が増えるためであり、さらに遠征は赤字で終わったためである。
遠征の影響とダンジョン病
街を歩く中で、ヴェルフはベルが夜中に飛び起きることに気づいていたと語った。ベルは深層で常に襲撃を警戒していたため、地上に戻っても体が過敏になっているのだと説明した。春姫はその様子に気づき、ベルが眠れるまで手を繋いだり英雄譚を読んだりして助けてくれていた。ベルはそれを嬉しく感じていたが、ヴェルフはヘスティアやリリに話さないよう忠告した。
街の人々からの声援
ベルとヴェルフが街を歩くと、多くの人々が声をかけてきた。冒険者や店の主人、子供たちなどが応援の言葉を送り、レベル4となったベルは街でも知られる存在となっていた。かつて異端児事件の後に悪意を向けられたこともあったが、今は多くの人から好意を向けられていた。
黒パンの男との再会
その途中でベルは一人の中年の男と出会った。男はベルに気づくと気まずそうに立ち去ろうとしたが、ベルは咄嗟に呼び止めて礼を述べた。かつてオラリオに来たばかりの頃、男から黒パンをもらったことがあったのである。男はベルが上級冒険者になったことを認め、照れくさそうに励ましの言葉をかけた。ベルはそれを聞いて強い喜びを感じた。
過去と現在をつなぐ思い
ヴェルフに男のことを尋ねられたベルは、オラリオに来たばかりの頃に世話になった人物だと説明した。まだ何も知らなかった頃から、多くの出会いと冒険を重ね、今の自分があるのだとベルは思い返した。街の空を見上げながら、ベルは始まりの日の記憶へと意識を向けていった。
一章 旅立ちの日に、始まりの日に
祖父の言葉とオラリオへの憧れ
ベルは幼い頃、祖父から迷宮都市オラリオには何でもあり、富も名声も運命の出会いも存在すると聞かされていた。同時に、そこは時代のうねりに否応なく巻き込まれる場所であり、覚悟があれば英雄にもなれるのだと教えられていた。祖父は他人に意志を委ねず、自分で決めろと語り、それがベル自身の物語になるのだと言い残していた。祖父を失った後も、ベルはその言葉と眼差しを忘れずにいた。
初めて見た迷宮都市オラリオ
祖父を失って一年が経とうとする頃、ベルは故郷の村を飛び出し、行商人の荷馬車に乗ってオラリオへ向かった。小高い丘から初めて都市の全景を目にしたベルは、巨大な壁と白亜の巨塔に圧倒され、心を震わせた。運んでくれた行商人に礼を告げると、ベルは興奮のまま街道を走り、迷宮都市を目指した。
都市門での検問と冒険者の助言
巨大な石壁の前で順番を待った末、ベルは都市門で検問を受けた。通行許可証の有無を問われて焦るが、冒険者志望なら問題ないと説明され、神の恩恵の有無を確認するための検査を受けた。そこで門衛を務めるギルド職員と冒険者に出会い、冒険者登録には神の恩恵を受けてファミリアに所属する必要があると教えられた。さらにベルが冒険者にとって一番大切なことを尋ねると、相手は良い神と巡り会えることと運だと答え、ベルを励ました。
街に足を踏み入れた感動
門をくぐったベルの前には、想像を超える美しい街並みが広がっていた。石畳の大通り、立ち並ぶ店々、行き交う馬車、多種族の人々、そして武装した冒険者たちの姿があり、ベルはすべてに新鮮な感動を覚えた。田舎の村では見られなかった華やかな光景に触れ、迷宮都市へ来た実感を強めていった。
ロキ・ファミリアの凱旋と剣姫との邂逅
通りを南下していたベルは、大勢の人だかりに出会い、その理由がロキ・ファミリアの遠征帰還だと知った。ロキ・ファミリアは都市最大級の派閥であり、第一級冒険者を擁する超実力派だと説明される。人垣の向こうに見えたのは、傷だらけの鎧と大荷物を抱えた歴戦の冒険者たちであり、ベルにはまるで英雄譚の凱旋のように映った。その中で一瞬だけ目にした金髪金眼の少女、剣姫の姿は強く印象に残った。
宿の確保と英雄の墓への訪問
街に入ったベルはまず宿を探し、東部の寂れた木造宿に泊まることを決めた。想像以上に高い宿代に驚きながらも三日分を前払いし、拠点を確保した。その後ベルは、迷宮都市に来たら必ず行こうと決めていた第一墓地を訪れた。そこにはダンジョンで命を落とした冒険者たちの墓と、古代の英雄たちを記念する巨大な碑があった。幼い頃から憧れてきた英雄たちの名を前にしたベルは胸を熱くし、自分も少しでも彼らに近づけるよう願いを込めて黙祷を捧げた。
ファミリア探しの始まりと連続の拒絶
翌日、ベルは神の恩恵を得るため、自分を迎えてくれるファミリア探しを始めた。しかし訪ねた先ではことごとく断られ、昼過ぎの時点で十連敗を喫した。田舎者丸出しの身なり、農民という経歴、武器も持たない姿では第一印象が悪く、門前払いも少なくなかった。さらにエルフなどの種族が歓迎される場面を目にし、自分の平凡さと不利さを痛感した。
諦めず探し続けた末の行き詰まり
ベルは落ち込んでも立ち止まらず、安価なジャガ丸くんで空腹をしのぎながら、少しでも人手を欲していそうな派閥を探し続けた。しかし二日後になっても結果は出ず、張り紙を見て応募したファミリアにも比較の末に落とされてしまった。都市を歩き回った疲労と連続の拒絶により、ベルは心身ともに消耗していった。
所持金の減少と深まる孤独
三日目の夕方、ベルは宿に戻り、さらに三日泊まるための料金として二千五百ヴァリスを支払った。これにより所持金はほとんど尽き、残された猶予はあと三日となった。もしその間にファミリアへ入れなければ野宿するしかない状況であった。神本人に直接頼むことも考えたが、畏れ多さや護衛の視線、過去に奇妙な条件を出された体験が足を止めていた。
希望と不安の狭間で迎える夜
宿の寝具に横たわったベルは、都市門で出会った冒険者の言葉を思い出した。良い神と巡り会えるかどうか、それは運でもあるという助言である。オラリオに来た時には希望と期待に満ちていたはずだったが、今は不安と孤独、そして祖父を失った喪失感に似た寂しさが胸を満たしていた。巨大な石壁に囲まれた都市を鳥籠のように感じながらも、ベルは明日こそはと自分に言い聞かせた。
宿屋を去る朝と黒パンの餞別
ベルはファミリア探しに失敗し続け、とうとう宿代も尽きて宿を出ることになった。これまで断られ続けた言葉は冷たく、冒険者になるどころか荷物持ちを用意しろ、金を持ってこいと嘲られるばかりであった。惨めさを抱えたまま宿屋の店主に別れを告げたベルだったが、店主は突然立ち上がると黒パンの入った袋を押し付けた。人を疑うことを覚えなければ生きていけないと無愛想に言いながらも食べ物を渡してくれたその行為に、ベルは理由もわからぬまま涙が込み上げ、深く頭を下げて宿を後にした。
居場所のない街での彷徨
宿を出た後もベルは断られていないファミリアを探して歩き続けた。途中で黒パンを食べ、なおも街を巡ったが、春の穏やかな空の下で目にするのは、装備を整えダンジョンへ向かう冒険者たちや、誰かと笑い合う人々ばかりであった。その賑わいの中でベルだけが取り残されているように感じられた。十六度目の門前払いを受けた末、ベルはついに街路の隅にへたり込み、自分の居場所も、自分を見てくれる者も、この都市にはいないのではないかと感じるまでに追い詰められていた。
憧れの裏にあった本当の願い
独りで座り込みながら、ベルは自分がオラリオに来た理由を見つめ直していた。出会いを求めてきたこと、英雄への憧れを抱いてきたこと、祖父との思い出を絶やさないためにこの街を選んだこと、それらは確かに本心であった。だが、その奥底にはもっと切実な願いがあることを、ベルは孤独の中で思い知らされていた。賑やかな通りから逃げるように裏通りへ向かおうとしたのは、その不安と寂しさに耐えきれなくなっていたからであった。
ヘスティアとの出会い
その時、ベルは声をかけられた。裏通りは危ないから行かない方がいいと告げてきた相手こそ、ヘスティアであった。彼女はベルの迷子のような様子を見抜き、自分も今ファミリアの勧誘をしていて、ちょうど冒険者の構成員が欲しいと思っていたのだと不器用に伝えた。ベルは迷うことなく入団を願い出て、ヘスティアもまた、自分のファミリアで本当にいいのかと戸惑いながらも、その申し出を受け止めた。互いに自分のような者で大丈夫なのかと確かめ合いながら交わした言葉の中で、ベルは差し伸べられた手を取り返した。
物語の始まり
ヘスティアに名を問われ、ベルは自分の名を告げた。その瞬間、ベルは救われたような喜びを覚えた。多くの出会いがあり、多くの冒険譚が生まれる迷宮都市オラリオで、ベルは一柱の女神と出会ったのである。祖父の言った、これはお前の物語だという言葉の通り、ベルの物語はこの日に始まった。そしてヘスティア・ファミリアもまた、この出会いによって始まりを迎えたのであった。
間章 マイホーム・マイファミリア
夜の迷宮都市と賑わう人々
夏から秋へと季節が移り変わる頃、迷宮都市オラリオの夜は相変わらず賑わっていた。ダンジョンから戻った冒険者、仕事を終えた労働者や商人、歓待を受ける神々、さらに鍛冶師や薬師、吟遊詩人や娼婦まで、多種多様な人々が都市の熱気を作り出していた。多くの冒険者が酒場へ向かう中、街へ出ずに家で団欒の時間を過ごす者たちもいた。
竈火の館での団欒
竈火の館では、夕食を終えたヘスティア・ファミリアの面々が思い思いにくつろいでいた。長椅子に座るヘスティアは春姫と談笑し、ダンジョンで再会したウィーネの話題で盛り上がっていた。神であるヘスティアはダンジョンに入れないため会えないことを残念がるが、以前に無断で入ったことでギルドから厳しい罰則を受けた経験を思い出し、苦笑していた。
仲間たちの穏やかな時間
部屋の中央ではベル、命、リリが将棋に興じていた。極東の盤遊戯である将棋は、命が交易所で見つけた品であり、リリが珍しく自腹で購入したものであった。三人は真剣に駒を指し合い、ベルも固定包帯をつけたまま夢中になっていた。紅茶を淹れる春姫や苦笑するヴェルフの様子を眺めながら、ヘスティアはファミリアが賑やかになったことをしみじみと感じていた。
かつての貧しい日々との対比
ヘスティアは結成当初の生活を思い出していた。あの頃は食料を確保するだけで精一杯で、嗜好品など買える余裕はなかった。だが今は盤遊戯や紅茶を楽しめるほど生活に余裕が生まれ、戦争遊戯の結果得たこの館を含め、ファミリアの資産も増えていた。そして何より、仲間が増えたことで家の中が賑やかになっていた。
暖炉に灯す火
ヘスティアは居室の暖炉に近づき、薪を組んで火を起こし始めた。そこへベルがやってきて声をかける。かつてヘスティアが暖炉のある家を望んでいたことを思い出したベルの言葉に、ヘスティアは微笑んだ。昔はロキ・ファミリアより大きな派閥を作ることを目標にしていたが、今は自分たちのファミリアが着実に前へ進んでいると感じていた。
過去への懐かしさ
暖炉の火を眺めながら、ベルは教会の地下室でヘスティアと二人きりで暮らしていた頃を思い出すことがあると語った。今の大きな本拠や仲間たちに囲まれた生活は嬉しいが、あの頃の小さな暮らしも懐かしいと感じるという。ヘスティアも同じ思いを抱いており、かつての生活を振り返りながら感慨を覚えていた。
ベルの労りとヘスティアの願い
ベルはファミリアのために努力してきたヘスティアへ感謝を示したいと思い、肩を揉もうかと申し出た。ヘスティアはその言葉に胸を温かくし、自分の願いを一つ聞いてほしいとベルに伝えた。そしてベルの胸にもたれるように座り、これからも一緒にいてほしいと頼んだ。
家族としての温もり
ベルは驚きながらも笑顔でそれに応え、ヘスティアの体を支えた。二人は暖炉の前で並んで座り、静かな温もりに包まれて炎を見つめ続けた。ヘスティアはベルが最初の眷族として自分のもとに来てくれたことを幸せに思いながら、穏やかに揺れる炎を見つめていた。
二章 HEY WORLD
祖父を失った少年と流星の目撃
山奥の小さな村の外れで、ベルは祖父の墓標の前に立ち尽くしていた。遺体のない形だけの墓は、大切な者の死と別れを静かに突きつける存在であり、ベルはその前で迷いと自問を繰り返していた。そんな夜、ベルは夜空を横切る蒼い流星を目撃した。それはただの流れ星ではなく、一柱の神が地上へ降臨したのだと直感させるものであった。
ヘスティアの降臨と下界への感動
蒼い流星の正体は、地上へ降り立った女神ヘスティアであった。ヘスティアは草原に着地すると、夜の風景や草の匂い、梟の声といった下界の感覚すべてに興奮し、天界とは異なる世界に心を弾ませた。神の力を抑えられた無力な体さえも新鮮に感じながら、ようやく始まる下界生活に大きな期待を寄せていた。
迷宮都市オラリオへの到着
ヘスティアは近くを通りかかった商人の馬車に乗せてもらい、目的地である迷宮都市オラリオへ向かった。夜明け頃に都市の外壁へ到着した彼女は、門衛から新たに住む神は容易に都市外へ出られなくなると警告されつつ、煩雑な手続きを経て街へ入った。不便で不自由なことすら天界にはない醍醐味と捉えたヘスティアは、石畳の街並みと人々の活気に満足し、オラリオを良い場所だと感じた。
神友ヘファイストスを探す途中でのロキとの遭遇
ヘスティアは、先に下界へ降りていた神友ヘファイストスを頼ろうとしたが、その途中でロキと遭遇した。天界でも因縁の深かったロキは、下界に来たばかりのヘスティアをからかい、自分が率いるロキ・ファミリアの眷族たちを見せつけた。しかもロキ・ファミリアはオラリオ最大派閥であると聞かされ、ヘスティアは大きな衝撃を受けた。言い争いはいつものように取っ組み合いに発展し、最終的にロキの眷族たちに止められる形となった。
ロキへの対抗心とヘファイストスの援助
ロキに見下されたヘスティアは、必ず見返してやると強く決意した。その後たどり着いたヘファイストスのもとで、ロキとの一件を興奮気味に語り、自分もロキに負けないすごいファミリアを作ると宣言した。ヘファイストスはその熱意を受け止め、下界に不慣れなヘスティアが独り立ちするまで面倒を見ると申し出た。こうしてヘスティアは、神友の助けを得ながらファミリア結成を目指すことになった。
ジャガ丸くんとの出会いと下界の魅力への傾倒
その場にいたヘファイストスの眷族椿から勧められ、ヘスティアはジャガ丸くんを初めて口にした。一口食べた瞬間、その美味しさに強く感動し、下界の食文化の魅力に取り込まれた。この出会いは、彼女にとって下界の楽しみを象徴するものとなり、後の堕落の始まりでもあった。
三ヶ月の怠惰な生活
ヘファイストスに客室を貸し与えられたヘスティアは、本来ならファミリアの勧誘を始めるべき立場でありながら、下界の本や食べ物に夢中になっていった。ジャガ丸くんを食べ、本を読み、笑い転げる毎日を送り、何度注意されても明日から本気を出すと言うばかりで行動しなかった。天界でも引きこもりがちだった性質が、下界の娯楽によってさらに強化されてしまったのである。
ヘファイストスの怒りと追放
そんな生活が三ヶ月も続いたことで、ついにヘファイストスの堪忍袋の緒が切れた。ヘスティアは客室から引きずり出され、玄関口から蹴り飛ばされる形で追い出された。ヘファイストスは、善意で住まわせてやったのに何もせず怠け続けたことを厳しく責め、もう二度と敷居をまたがせないと宣告した。ヘスティアは不満を漏らしながらも、ここが天界ではなく下界であることの厳しさをようやく実感し始めた。
初めての勧誘活動と下界の厳しさ
追い出されたヘスティアは、改めてロキを見返すためにもファミリアを作ろうと決意し、大通りで無所属の子供たちを探し始めた。神として相手の本質を感じ取りつつ、自分に合いそうな人材を選んで勧誘しようとしたが、最初に声をかけたエルフの少女から、本拠、団員数、資金、運営方針といった当然の質問を浴びせられ、何一つ答えられなかった。結果として信用を得ることはできず、相手は冷淡に去っていった。以後も勧誘はことごとく失敗し、日が暮れるまでの活動は全敗に終わった。ヘスティアはそこで初めて、下界で信頼を得て生きていくことの厳しさを思い知ったのであった。
野宿の末に得た地下室の住まい
下界で初めて野宿を経験した翌日、ヘスティアはヘファイストスに泣きついた。金がないこと、仕事が見つからないこと、雨をしのぐ場所すらないことを訴え続けた結果、ヘファイストスはこれきりだと念を押したうえで、忘れられた路地裏の奥にある教会地下の隠し部屋を住まいとして与えた。さらにバイト先まで世話され、ヘスティアはようやく拠点を得た。
荒れた地下室と一人きりの夜
教会の地下室は古びて荒れており、壁は剥がれ、設備も乏しかったが、ヘスティアは贅沢を言っていられないと自分に言い聞かせて掃除と整理を進めた。住める形に整えた後、広くもないはずの地下室がひどく広く感じられた。ロキやヘファイストスが眷族に囲まれていた姿を思い出したヘスティアは、自分だけが一人きりである現実を意識し、寂しさを強く覚えた。それでも将来どんな眷族が自分の手を取ってくれるのかを思い描き、不安と期待を抱きながら眠りについた。
本格的に始まった下界での苦労
そこからヘスティアの本当の下界生活が始まった。自分で食い扶持を得なければならず、眷族を得ようとしても勧誘は失敗続きであった。神の力を使えないまま苦難にさらされる日々の中で、ヘスティアは下界が娯楽や刺激に満ちている一方で、神にとっては非常に世知辛い場所であると痛感した。ジャガ丸くんの露店で発火装置の扱いを誤って店ごと爆発させ、多額の借金を背負った時には涙を流すほど追い詰められていた。
貧しい神々との支え合い
苦しい生活の中でも、ヘスティアには恵まれた出会いがあった。心優しい男神ミアハとその眷族ナァーザは、貧乏同盟のような関係でたびたびヘスティアを助け、回復薬まで与えてくれた。また、天界で面識のあったタケミカヅチともオラリオで再会し、彼もまたジャガ丸くんの労働者として働いていたことが、ヘスティアの励みとなった。バイト先の仲間たちも、幼い見た目のヘスティアを親しみを込めて受け入れていた。
半年後の停滞と白髪の少年との遭遇
オラリオで暮らし始めて半年、ヘファイストスのもとを追い出されてから三ヶ月が経ったある日、ヘスティアはその日五十人目の勧誘に失敗し、肩を落としていた。通算でどれほど断られたかわからないほど成果のない日々を重ね、ロキに笑われても言い返せない状況が続いていた。そんな中でヘスティアは、一人の白髪のヒューマンの少年を見かけた。少年もまた肩を落とし、行き場のないような様子で街を歩いていた。
ベルへの関心と見捨てられない思い
ヘスティアはその少年の後を追い、彼がファミリアへの入団を求めて各派閥を回りながら、次々と門前払いを受けていることを知った。田舎臭い外見だけで見込みなしと判断され、主神に会う機会すら与えられていなかったのである。遠目に見ても少年は素朴で内気で純粋そうに見え、ヘスティアの目にかなう存在であった。それ以上に、賑わう街の中で迷子のようにさまようその背中がひどく寂しげに見えたため、ヘスティアは見捨てておけないと感じた。
声をかけた瞬間の始まり
ヘスティアは、自らが司る炎が居場所を守る光であり、迷い子を迎え入れる炉の火であることを思い起こした。そして迷子のような少年へ、おーい、そこの君と声をかけた。その何気ない一声こそが、すべての始まりであった。ヘスティアはこの時まだ、その出会いが自分に何をもたらすのかを知らなかった。
間章 シンデレラは幸福の夢を見るか
リリのランクアップ発表
ベルのステイタス更新を終えた翌日、ヘスティアはリリ本人には事前に告げず、皆の前でリリのランクアップを発表した。突然の知らせにリリは最初こそ理解が追いつかなかったが、事実を把握した瞬間、普段は見せないほど大きな歓喜を爆発させた。ヘスティアから渡された更新用紙には、魔力がD評価に達し、新たなスキルも発現していたことが記されていた。異端児を巡る事件や遠征での死線、過去の苦難を含めた積み重ねが、リリの人生そのものを評価するかのようにランクアップへ結びついていた。
発展アビリティの選択
ヘスティアはリリに、発現可能な発展アビリティとして耐異常と調合の二つを提示した。調合は回復薬などを自作できる可能性があり、経費削減や商売にもつながる魅力的な能力であった。一方で耐異常は、ダンジョン探索において極めて有用な技能であった。リリは悩み抜いた末、自分の役目はベルのサポーターであり続けることだと考え、耐異常を選択した。自分がベルの足を引っ張らず、側で支え続けることを優先したのである。
仲間たちの祝福とリリの誓い
命、春姫、ヴェルフ、そしてベルに祝福されたリリは、自分が認められたように感じていた。かつて恨みと憎しみを抱いていた現実も、今では仲間たちのおかげで輝いて見えていた。何よりベルの存在が、灰被りのようであった自分を変えたのだとリリは実感していた。最初は利用して酷い目に遭わせようとすら考えていた相手に救われた過去を思い返しながら、リリはこれからもずっとベルを支え続けると、改めて誓った。
ランクアップ後の高揚
ランクアップを終えたリリは、街中を浮き立つ気分で進んでいた。遠征自体は失敗し、ファミリアの財政も厳しいままであったが、それでもお金に代えられない成果があったと感じていた。身体能力の向上を実感しつつ、普段なら気にするような税やファミリア等級の問題すら今はどうでもよいと思えるほど、リリは浮かれていた。
ルアンとの再会と嫉妬の視線
街でリリは、元アポロン・ファミリアの団員であるルアンと再会した。リリがランクアップしたと聞かされたルアンは激しく動揺し、自分より弱そうだったリリが先に昇格したことに劣等感を露わにした。その嫉妬と羨望に満ちた目は、かつての自分を思い出させるものであった。リリは、自分も死にかけるほどの努力を重ねてきたのだと正面から言い返しつつ、安易な慰めはしなかった。弱者にとってそれが最も苦しいことだと知っていたからである。
老夫婦との遭遇と変身
ルアンと話している最中、リリは懐かしい声を聞いた。振り向けば、かつて一緒に暮らしていた老夫婦がこちらへ駆け寄ろうとしていた。リリは即座に変身魔法を使い、自分によく似た服装のエルフの少女へと姿を変えた。老夫婦は人違いだと思い込みながらも、その少女に話しかけた。すると彼らは、かつて一緒に暮らしていた娘に酷いことをしたこと、自分たちのことしか考えず追い払ってしまったことを懺悔のように語った。そして店の前に置かれ続けている金や花が、その娘からの謝罪であることにも気づいていた。
花束に託した想い
老夫婦は、会いに行こうにもどんな顔をして会えばよいのかわからず、何を言えばよいのかもわからないと苦しんでいた。そんな彼らに対し、エルフの少女に変身したリリは、持っていた金で花束を買いたいと申し出た。今日、自分にはとても良いことがあり、その想いで花を買いたいのだと優しく告げた。それは姿こそ偽っていても、リリ自身の本心であった。老夫婦はその言葉を受け入れ、リリの名を呼ばず、ただ優しく接し、頭を撫でた。リリは彼らに自分の存在が苦しみを与えてしまうと考えており、迷惑をかけた分の金を払い終えたらこれも終わりにするとルアンに語った。
ルアンの言葉とリリの強さ
老夫婦が去った後、ルアンはそんなことはないと口にした。そして、リリは自分よりずっと強いのだと、視線を合わせぬまま告げた。リリはその言葉に感謝するように微笑み、腕の中の花束を抱きしめた。花薄雪草がその胸の内を映すように揺れていた。
ソーマの祝福
その頃、ソーマ・ファミリアの本拠では、男神ソーマがふと顔を上げていた。リリが階段を上った、すなわち神々に一歩近づいたように感じ取ったのである。団長チャンドラは、気になるならヘスティア・ファミリアを訪ねればよいのではないかと勧めたが、ソーマは首を横に振った。自分は一度リリを見限っており、今さら彼女に歩み寄る資格はないのだと語った。そして一人になると、オラリオの街並みを眺めながら、どこかにいるであろうリリへ向けて祝福の言葉を呟いた。小さかった娘は大きくなったのだと、後ろめたさと贖罪、そして祝福を込めて静かに認めたのであった。
三章 灰被りの少女
混乱の時代に生まれたリリ
リリルカ・アーデが生まれた頃のオラリオは、長い歴史の中でも最悪とされる治安の時代にあった。原因は三大冒険者依頼の失敗であり、ゼウスとヘラの両派閥が竜の王との戦いに敗れて壊滅したことで、都市の秩序は大きく揺らいだ。強大な二大派閥の弱体化を機に闇派閥をはじめとする無法者が台頭し、正義と悪、秩序と混沌がせめぎ合う激動の時代が幕を開けた。リリは、そうした罪と無法が溢れる時代のただ中で生を受けた。
物乞いを強いられた幼少期
リリが物心ついた三歳の頃、最初に覚えたのは物乞いの仕方であった。ぼろ布同然の服をまとい、薄汚れた通りに立って金を乞うことが、両親から与えられた役目であった。両親は小人族で、同じソーマ・ファミリアに属していたが、親らしいことをした記憶はリリにはなかった。彼らにとってリリは、神酒を得るための金を集める手段に過ぎなかったのである。
神酒に歪められたソーマ・ファミリア
ソーマ・ファミリアは、主神ソーマが酒造りのために築いた派閥であった。主神の作る神酒は構成員たちを強く惹きつけ、派閥内ではその酒を報酬として争う歪んだ制度が成立していた。リリの両親もまた神酒に取りつかれ、生まれたばかりの娘すら利用して金集めに奔走した。そしてやがて、神酒を求めてダンジョン奥深くへ潜った末に命を落とした。団員たちはそれを馬鹿な死だと笑い、幼いリリの孤立だけが確かなものとなった。
孤独の中で抱いた疑問
両親を失った後も、リリを気にかける者はいなかった。物乞いを続け、時には塵をあさりながら日々をしのぐ中で、リリは一つの疑問を抱くようになった。自分が一人で動けるようになるまで、いったい誰が世話をしてくれていたのかという疑問である。育児を放棄していた両親がその役目を果たしていたとは思えず、リリは幼いながらも、その空白に気づいていた。
ソーマから与えられた最初で最後の温もり
ある日、空腹に耐えかねて本拠をさまよっていたリリは、廊下で主神ソーマと出会った。茫洋とした男神は何も語らなかったが、紙袋に入っていたジャガ丸くんを一つ差し出した。リリはそれを受け取り、久しぶりのまともな食事に全身で喜んだ。その後、ソーマの神室までついていくと、彼はさらにジャガ丸くんを与え、植物を混ぜ合わせる作業を始めた。その規則的な音に包まれながら、リリは床で眠りに落ちた。やがて大きな手に抱え上げられ、寝具に寝かされ、毛布をかけられた時、リリは涙を流した。父でも母でもない他者からの愛情を、彼女はその時初めて知ったのである。そしてそれは、主神ソーマから受けた最初で最後の温もりでもあった。
ザニスによる支配の始まり
リリが六歳の誕生日を迎えた直後、ソーマ・ファミリアの全団員に召集がかかった。そこでザニスが新たな団長として名乗りを上げ、主神に代わって派閥を指揮すると宣言した。彼は団員たちに杯を配り、それが主神から振る舞われた酒だと語った。多くの構成員はそれが盗み出された神酒だと知りながらも、その芳香に抗えず口にした。リリもまた例外ではなく、その瞬間、神酒の魔力に囚われた。
神酒に支配された転落
神酒を飲んだことで、リリは再びあの酒を求めるようになった。ソーマの部屋に通うことはなくなり、代わりに両親の死に場所でもあったダンジョンへと潜るようになった。金を稼ぎ、神酒を得るためである。ザニスは酒を使って派閥を支配し、資金集めを激化させた。団員たちはその歪みに気づくことなく、神酒を飲ませてやるという言葉に従い続けた。リリもまた、両親と同じように金と神酒を求める側へと落ちていった。
冒険者としての限界とサポーターへの転落
小人族で非力なリリは、ダンジョンで低級モンスターを相手に必死に戦ったが、正面から戦う力はなく、息を潜めて奇襲するしかなかった。幼いリリなりの精一杯の戦い方ではあったが、武器や道具の消耗、傷つく体、赤字続きの探索により、冒険者としての限界はすぐに訪れた。ステイタスを更新しても結果は変わらず、リリには冒険者の素質がないことが明らかとなった。こうして彼女は、サポーターへの転換を余儀なくされた。
搾取される荷物持ちとしての日々
サポーターとなった後のリリを待っていたのは、さらに苛烈な搾取であった。自派閥の団員との共同探索を避け、他派閥の荷物持ちを務めるたびに、報酬を減らされ、濡れ衣を着せられ、ただ働きを強要された。自衛用の武器や回復薬すら奪われることもあり、酒場では報酬ではなくわずかな鳥肉を投げつけられ、這いつくばって食えと嘲笑された。リリはそこで、サポーターという立場が蔑視の対象であり、自分が代えの利く消耗品としか見なされていない現実を思い知らされた。
神酒の魔力が薄れた後の虚しさ
神酒の魔力が薄れていくと、リリの中には凄まじい虚しさが残った。自分をここまで狂わせた神酒と主神そのものに、恐怖すら覚えるようになった。しかし、もはや引き返すことはできなかった。下級冒険者たちにとってリリは都合のよい金蔓となっており、ソーマ・ファミリアにも彼女を庇護する者はいなかった。かつて食べ物を与え、眠らせてくれた神の記憶さえ、神酒への飢えと苦痛の日々の中で風化してしまっていた。
逃亡とささやかな願いの破綻
痛みと苦しみ、孤独に満ちた日々の中で、リリは何度も死を考えた。だがモンスターに引き裂かれる痛みや冒険者に蹴られる苦しみを知っていたため、死に踏み切ることはできなかった。やがて耐えきれなくなったリリは、冒険者たちからもソーマ・ファミリアからも逃げ出した。神の眷族の肩書きを捨て、無所属の一般人になりすまし、ただささやかな幸せだけを願ったのである。だが、その小さな願いすら、冒険者たちは許さなかった。
花屋の崩壊と見捨てられた瞬間
リリがソーマ・ファミリアから逃げられないと理解したのは、自分の身を寄せていた老夫婦の花屋が襲撃され、無残に壊された光景を目にした時であった。事件を起こしたのはソーマ・ファミリアの冒険者たちであり、リリの居場所を徹底的に壊すことで、お前のいるべき場所はこちら側だと示そうとしていた。金品を奪われ、暴行を受けた老夫婦にリリは駆け寄ったが、二人はその手を払いのけ、非難と嫌悪の眼差しを向けた。そして老夫は、お前なんかと会わなければよかったと告げた。その言葉によって、リリの中の何かは完全に壊れた。
孤独の自覚と心の荒廃
老夫婦に追い出されたリリは、雨の降る夜の街を生きる亡者のようにさまよった。優しくしてくれた人々からも見放されたことで、自分にはもう誰も手を差し伸べてくれないのだと悟った。背中に刻まれたソーマ・ファミリアの恩恵こそが、自分から安息と自由を奪っている呪いであると理解したリリは、嗚咽を押し殺しながら笑い続けた。この日を境に、リリの瞳は荒みきっていった。
耐え忍ぶ日々と盗みへの転落
その後のリリは、サポーター業を続けながら、ソーマ・ファミリアにも他の冒険者にも従順な下僕を装い続けた。搾取され、こき使われながらも、脱退金に見合うだけの金を貯めるために耐え忍んだ。二度と他人を頼らず、誰かを巻き込まずに済むよう、自分一人で解決しようとしたのである。その中でリリは、すりなどの盗みにも手を染めるようになり、盗賊としての技を磨いていった。
ザニスへの憎悪と復讐心の芽生え
それでもソーマ・ファミリアの搾取は続き、リリは奪った金をまた奪われる日々を繰り返した。ある時、獣人のカヌゥに金を奪われ、ザニスに見下ろされながら、娼館に売る案まで持ち出された。そこへ現れたチャンドラがそれを止めたことで最悪の事態は避けられたが、ザニスはむしろ、リリの冷え切った瞳を面白がり、今のまま尽くさせる方がよいと判断した。そのやり取りの中で、リリの胸にはこれまでの仕打ちすべてを燃料とした黒い怒りが灯り、復讐心がはっきりと形を取った。
変身魔法による初めての反撃
月日が流れ、十三歳になる頃、リリは復讐を実行に移した。半年前に発現した変身魔法シンダー・エラを用い、美しく無害なエルフの少女に化けて冒険者たちに近づき、ダンジョン内で金品を奪ったのである。追手から完全に逃げ切った後、変身を解いたリリは、盗んだ装身具や稀少種の戦利品、さらには魔剣まで抱えながら、ついにやってやったと笑い声を上げた。虐げてきた冒険者たちから奪い返すことで、初めて報復を果たしたのであった。
復讐の継続と深まる虚しさ
その日以降、リリは何度も盗賊紛いの行為を繰り返した。冒険者たちを罠に嵌め、金目のものを奪い、変身魔法で姿を変えながら逃げ切った。ソーマ・ファミリアの構成員から金品を巻き上げた時には、少しは溜飲が下がる思いもあった。だが、その喜びの裏で感じる虚しさには気づかないふりをし、これまで受けた仕打ちを思い返しては怒りで自分を支え続けた。復讐の繰り返しは、リリの心を救うものではなかった。
童話と自分を重ねた疑問
復讐を重ねて二年が経った頃、安宿の桶に映る濁った自分の瞳を見つめながら、リリはかつて読んだ童話を思い出した。精霊の魔法で美しい姿に変わった灰被りの少女が、最後には王子に見つけ出されて幸せになる物語である。偽りの変身魔法を使う自分とその物語を重ねたリリは、魔法を解いた本当の自分に手を差し伸べてくれる者などいるのだろうかと疑問を抱いた。しかし、それをすぐに馬鹿馬鹿しい幻想だと嘲笑した。自分を救い出す英雄など存在しないと、リリは信じきっていた。
ベルを次の獲物に定めた理由
だからこそリリは、また仮面を被り、無邪気な子供を装って次の獲物を狙うことにした。その相手として選んだのが、自分を庇った白髪の駆け出し冒険者ベルであった。見ず知らずの小人族を助けた理由が女の子だからという愚かなものであったことに、リリは呆れ、同時に強い反感を抱いていた。底抜けのお人好しで、まだこの都市の汚さを知らない田舎者のベルを、自分のように汚してやろうと考えたのである。そして彼の持つ漆黒のナイフを奪えば、ファミリアの呪縛から解放されるだけの金額に届くかもしれないとも見込んでいた。そうしてリリは、欺きの先に希望があると信じながら、白い髪のお兄さんとベルに声をかけたのであった。
間章 カレの私はアドバイザー
深層到達の報告に倒れるエイナ
ベルの遠征内容を改めて聞いたエイナは、彼が大蛇の井戸に呑み込まれた末に深層を四日間も彷徨っていたと知り、衝撃のあまりテーブルに突っ伏した。強化種や調教師、さらにはジャガーノートとの死闘まで含まれる内容は、エイナの想像を遥かに超えていた。しかもベルはリューに助けられながら未開拓領域まで発見しており、その事実はあまりにも異常であった。到達階層を秘匿する方針についても、リリの判断を踏まえたものと理解しつつ、エイナはこれを黙認することにした。
報告書断念と座学強化の決意
さらに、更新したベルのステイタスの最高評価がBに達していると聞いたエイナは、二度目の衝撃を受けた。遠征内容も能力上昇も常識外れであり、書きかけていた報告書は到底提出できるものではないと判断した。ヘスティア・ファミリア初の遠征は失敗の一言で処理し、余計な報告はしないと決めたのである。同時に、ベルにはこれからもっと座学を叩き込まなければならないと決意し、超集中講義を行うつもりでいた。
無事の帰還への感謝
しかし、エイナがベルに本当に伝えたかったのは別の感情であった。彼女は立ち上がらせたベルを自ら抱きしめ、帰ってきてくれてありがとうと告げた。これまで多くの冒険者を担当してきた中で、帰ってこなかった者たちを数え切れないほど見てきたからこそ、死んでもおかしくない深層からベルが生還したことがたまらなく嬉しかったのである。かつて自分が担当していた冒険者も帰らなかった過去を持つエイナにとって、ベルの無事は強い安堵と喜びをもたらしていた。
抱擁の熱と気まずさ
エイナに抱きしめられたベルも、最初は緊張していたが、やがて力を抜いて笑い、安心させるように彼女の背中を軽く叩いた。その温もりに触れたエイナはさらに感情を募らせたが、密着した拍子に自分の胸がベルの体と固定包帯に強く当たってしまい、二人とも真っ赤になった。エイナは慌ててベルを引き離し、資料を取ってくるという苦しい言い訳をして一度部屋を出ようとした。
ベルからの感謝の言葉
そこでベルはエイナを呼び止め、以前一緒に勉強したおかげで帰ってこられたと頭を下げた。教わったモンスターの知識や深層の情報が自分の命を救ったのだと、照れながらも真っ直ぐに感謝を伝えたのである。その言葉にエイナは呆然とし、喜びと恥ずかしさが入り混じった表情でぎこちなく笑った。泣き笑いのような顔を浮かべながら、今度こそ面談室を後にした。
廊下での動揺と嬉しさ
面談室を出た後のエイナは、自分の行動を思い返して激しく動揺した。嬉しかったのは本心だったが、自分の抱擁が行き過ぎだったのではないかと赤面しながら歩いた。それでも、最後にベルが伝えてくれた感謝の言葉を思い出すと、どうしても頬が緩んでしまった。ベルもまた、深層から帰還した後に自分へ伝えようと考えてくれていたのだと知り、そのことがエイナをさらに喜ばせた。
受付嬢たちの賭けとエイナの押収
事務室へ戻ったエイナは、先輩受付嬢ローズから以前の賭け金について切り出された。半年前、ベルがどこまで冒険者として続くかを受付嬢たちが賭けていた件であり、最終的に残ったのはエイナだけだったため、瓶いっぱいに詰まった賭け金は彼女の総取りとなっていた。給金の五倍にもなる額を前に、他の受付嬢たちはうやむやにしたがっていたが、エイナはそれをきっぱり受け取った。
アドバイザーとしての決意
そしてエイナは、その金でベルと夕食に行くと宣言した。突然の発言に事務室は騒然となったが、エイナは賭博まがいの行為をしてしまった以上、その金はベルに還元されるべきだと正面から言い切った。実際には装備や道具を揃えることに使ってもよいと考えていたが、まずは夕食という形で誘うつもりであった。無事に帰ってきてくれる冒険者には、いくらでも力になりたい。その思いを胸に、エイナは自分が彼のアドバイザーであることを誇るように言い切った。
四章 ギルド・アローン
ギルド職員となったエイナの出発
十四歳の春、エイナ・チュールは迷宮都市オラリオの管理機関であるギルドに加わった。支給された高級な制服に身を包みながらも、自分には過分ではないかと恐縮しつつ、同じく新人である友人ミィシャとともに配属先へ向かった。廊下の先に広がる白大理石のホールと、そこでひしめく冒険者たちを見たエイナは、今日から彼らを支援する立場になるのだと実感した。
家族のために選んだ進路
エイナがギルドを就職先に選んだ理由は、家族へ仕送りをするためであった。母は病弱で、父は家族を養うために働き続けていた。そうした両親に育てられたエイナは、学区で学び、知識と経験を得て恩返しをしたいと考えるようになった。運動の適性に乏しかったこともあり、座学に励んだ結果、成績優秀者としてギルド本部への推薦を勝ち取ったのである。
新生活への不安と期待
ギルド職員用の集合住宅に住み始めたエイナは、家族への手紙に近況と不安を書き記した。新しい環境への戸惑いや寂しさは確かにあったが、それ以上に、世界の中心と呼ばれるオラリオで働けることへの期待が大きかった。多くの人々や冒険者、そして本でしか知らなかった偉業や出来事に触れられるこの都市は、自分に新しい発見と感動をもたらしてくれるはずだと信じ、エイナは前向きに歩み出した。
最初の担当冒険者マリスとの衝突
エイナの最初の仕事は探索アドバイザーであり、担当冒険者となったのはマリス・ハッカードという十五歳の少女だった。だが初対面から、マリスはエイナを半亜人と侮蔑し、ギルド側も新人職員を押し付けてきたと不満を露わにした。それに対し、エイナもまた相手を駆け出しの癖にと反発し、二人は激しい口論となった。こうして、エイナのアドバイザーとしての第一歩は最悪の印象から始まった。
ミィシャとの語らいと励まし
その夜、エイナは酒場で友人ミィシャにマリスへの不満をぶちまけた。ミィシャは年上の獣人の担当冒険者に好印象を抱いており、二人はそれぞれの担当について語り合った。ミィシャは自分がエイナのおまけでギルドに入れたのではないかと不安を漏らしたが、エイナは彼女の努力を認め、大丈夫だと励ました。互いに支え合いながら、新しい環境に慣れていこうとしていたのである。
オラリオでの日々と広がる視野
それからエイナは、ギルド職員として様々な業務を覚えていった。事務や受付嬢の仕事に加え、先任から冒険者対応も学び、都市で起こる抗争や騒動を目の当たりにした。怪物祭、イシュタル・ファミリアとの対立、戦争遊戯、複数の女神の送還など、オラリオでは事件が絶えなかった。ロキ・ファミリアの中に幼少時に世話になった王族の姿を見つけて驚きもしたが、ギルド職員としての立場から接触は控えた。こうした日々を経て、エイナの視野は少しずつ広がっていった。
マリスとの関係の変化
オラリオに来て二度目の春が近づく頃、エイナの担当冒険者は四人に増えていた。その中でもマリスの成長は著しく、十階層まで到達していた。危険を軽視するような振る舞いには相変わらずエイナが叱責したが、二人の関係は以前とは違っていた。マリスはエイナを酒場へ連れ出し、感謝を口にした。頭でっかちで小言は多いが、何度も諦めずに教えてくれたおかげで、自分はついていたのだと認めたのである。
冒険者の理由を知った夜
酒場での会話の中で、エイナは初めてマリスが冒険者になった理由を尋ねた。マリスは、自分を捨てた親や馬鹿にしてきた連中を見返したいからだと答えた。そして同時に、自分を拾ってくれた神のためでもあると照れくさそうに語った。その言葉に触れたエイナは、冒険者という存在を乱暴者やならず者という単純な像では捉えきれないことを改めて実感した。彼らを支援し、応援する仕事には確かなやりがいがあるのだと感じたのである。
上司の忠告
マリスとの距離が縮まって一か月後、エイナは上司であるレーメル班長から声をかけられた。エイナが冒険者たちを身近に感じ、これからも力になりたいと語ると、班長は静かに、冒険者には情を移さない方がいいと忠告した。個人的な見解だと前置きしながらも、多くのギルド職員が同じことを言うだろうとも告げた。その言葉の意味を、エイナはまだ十分に理解できていなかったが、数日後にはっきりと知ることになるのであった。
査察中に目にしたマリスの死
黄昏時、摩天楼施設で査察を終えたエイナは、地下から引き上げられてきた複数の遺体を目にした。全滅した冒険者パーティの遺骸が大広間に並べられる中、その中に担当していたマリス・ハッカードの姿があった。血塗れの体は腕を一本失っており、革鎧も剣も無残な最期を物語っていた。小竜にやられたのだろうという冒険者たちの無情な囁きを聞きながら、エイナは膝から崩れ落ちた。昨日まで言葉を交わしていた相手の死を前に、現実を受け止めきれなかったのである。
担当冒険者たちの連続した死
マリスの死をきっかけに、エイナが担当していた冒険者たちは次々に命を落としていった。後任として引き継いだ上級冒険者でさえ中層へ赴いたまま帰らなかった。以前、上司から告げられた冒険者には情を移さない方がいいという言葉の意味を、エイナは身をもって理解した。喪失感に打ちのめされる一方で、自分はもっと何かできたのではないか、迷宮探索アドバイザーとして彼らを死なせずに済む方法があったのではないかという後悔が、強く胸を苛んだ。
ローズの言葉とギルド職員の現実
そんなエイナに、古参の受付嬢ローズは、それは傲慢だと言い切った。冒険者たちは自らの意思で危険な道を選び、金や名声、未知への興奮のためにダンジョンへ向かうのだから、ギルド職員がどれほど呼びかけても救えるものではないと語った。苛立ったように見えるその言葉の奥にも、失った者たちへの哀惜が滲んでいた。エイナは、他の職員たちも同じような痛みを抱えながら日々を過ごしているのだと知っていった。
ミィシャと分かち合った悲しみ
やがてミィシャもまた、担当していた冒険者を失った。誰も帰ってこないと震えながら涙をこぼす友人を前に、エイナはその肩を抱き寄せた。ミィシャが泣いたことで、エイナ自身もようやくマリスたちの死を悼み、涙を流すことができた。二人は同じ喪失を抱え、支え合いながらその悲しみを受け止めた。
距離を取らず向き合う決意
それからも多くの冒険者が命を落としていく中で、エイナは冒険というものが一瞬の油断や慢心、あるいは勇気さえも死へ変えてしまうことを理解した。いったんは冒険者たちから距離を取ろうともしたが、最終的には踏みとどまった。見捨ててしまった方がもっとつらいと感じたからである。ギルドに入った当初の興味や興奮は、いつしか使命感へと変わっていた。エイナは自ら座学を開き、初心者にも上級冒険者にも容赦なく知識を叩き込み、準備や対策を徹底させた。時には危険を承知で依頼を発注し、自ら迷宮探索に同行することで、ダンジョンの脅威を肌で知ろうともした。
ミィシャの変化とエイナの支え
そんなエイナの姿を見て、最初は線を引いていた職員たちも口を挟まなくなった。ミィシャもまた、事務的に距離を置くのではなく、冒険者のために何ができるのかを考えるようになった。担当する初心者にどんな武器を薦めるべきかエイナに相談し、ともに考えるようになったのである。明るさを取り戻していく友人の姿を見て、エイナはそれを嬉しく感じていた。
五年後に現れた白髪の少年
歳月が流れ、ギルドに勤めて五年が経った春、エイナは窓口で一人の少年と出会った。白い髪と深紅の瞳を持つヒューマンの少年、ベル・クラネルである。冒険者になりたいと真っ直ぐに願うその姿を見ながら、エイナは彼が年若く、冒険者として大成する器には見えないと感じた。先輩受付嬢たちも同じ見立てであり、早死にする、長続きしないと半ば冗談交じりに賭けの話まで持ち出した。
ベルの担当を引き受けた理由
受付嬢たちの軽口と賭け事に、エイナは強く反発した。たとえ冗談であっても、冒険者の死を前提にしたような言葉を認めることはできなかったのである。そうしてエイナは、自らベルの担当アドバイザーになると宣言した。彼を死なせるものかという強い決意があった。翌日、少し冷静さを取り戻した後も、その決意を撤回するつもりはなかった。冒険者たちを支援し、応援し、生かしてみせるという誓いを胸に、エイナは教材を抱えて面談用ボックスを訪れた。そしてベルに向かって、自分が今日から担当アドバイザーになると告げたのであった。
間章 その鉄は冷めることなく
ヘファイストスへの魔剣披露
ヴェルフは、自らがダンジョンの死地で打ち上げた魔剣《始高・煌月》をヘファイストスへ披露した。鍛冶神による品評は鍛冶師にとって神託に等しい重みを持つが、ヴェルフの胸には不安よりも、自分の全てを注ぎ込めたという充足感があった。設備も整わぬ極限の状況で生み出した一振りに、自分の技術と魂のすべてを込めたという確信があったのである。
鍛冶神からの評価
椿がダンジョンで鍛えた事情も加味して見てほしいと口を添える中、ヘファイストスはその魔剣がもはやクロッゾの魔剣ではなく、ヴェルフ自身の魔剣であると見抜いた。超硬金属を素材としたその剣に込められた炎と魂を確かめた末、ヘファイストスはまぁまぁねと評した。その一言だけで、ヴェルフの胸には大きな高揚が満ちた。鍛冶神のその評価は、鍛冶師にとって計り知れない価値を持つものだったからである。
認められた先の約束
ヘファイストスは、まだ未熟で粗い部分はあるものの、この短期間でここまで至ったことは神ですら予想できなかったと認め、少しだけ認めてやるという形で気持ちを伝えようとした。だがヴェルフはその真意を、自分はさらに高みを目指せという激励として受け取り、約束通り絶対に貴方が認める剣を作ってみせると力強く宣言した。ヘファイストスが言いかけていた別の意味の言葉は、その勢いに完全にかき消された。
すれ違う想い
ヘファイストスと椿が固まる中、ヴェルフは満面の笑みでその場を去った。彼にとって今は、認められた喜びと、さらに先を目指す決意がすべてであった。残されたヘファイストスは怒りと羞恥と歯がゆさを滲ませ、椿は武器が恋人になっている鍛冶馬鹿だと呆れた。ヴェルフの鈍感さが、彼女たちの思惑を完全に置き去りにしていた。
街を駆ける歓喜
建物を出たヴェルフは、抑えていた歓喜を爆発させるようにオラリオの街路を駆け抜けた。ヘファイストスのまぁまぁという一言が、それほどまでに得難い栄誉だったのである。至高の鍛冶神に欠片でも認められたという事実は、彼にとって何よりも大きかった。ヴェルフは、惹かれ、焦がれ続けてきた火の親方に、一矢報いたのだと実感していた。
魔剣への心境の変化
ヴェルフはこれまで、自分が打ててしまう魔剣を憎んでいた。だが今回、自らの意思と覚悟で打ち上げ、認められたことで、その存在を少しだけ受け入れられる気がしていた。魔剣そのものを否定するのではなく、自分の鍛冶の一部として向き合えるようになり始めていたのである。
空へ向けた報告
やがて中央広場で足を止めたヴェルフは、晴れ渡る空を見上げてフォボスへ語りかけた。今の自分を形作った過去の記憶や感情を胸に、俺はちゃんとやっていると告げたのである。悪童のように笑みを浮かべたその先に、同じように笑う女神の横顔が見えた気がした。
五章 蒼の焔
夜会での侮辱と激昂
ヴェルフは王城で開かれた夜会に強い嫌悪感を抱いていた。華美な装飾と優雅な音楽に包まれながらも、そこでは貴族たちが上辺だけの言葉で探り合い、他者を蹴落とそうとしていたからである。そんな場で、没落したクロッゾ家の子であるヴェルフは有力貴族の子息たちから出来損ないのクロッゾと嘲られた。当初は耐えていたが、自分たちの鍛冶を鉄遊びと侮辱された瞬間、怒りを抑えられず殴りかかり、乱闘騒ぎへ発展した。
第一王子マリウスの介入
騒ぎの最中に現れたのは、この国の第一王子マリウスであった。彼は表向きには子息たちをたしなめたが、実際にはヴェルフを止めようとはせず、その様子を面白がるように見守っていた。ヴェルフはその態度から、マリウスもまた夜会の空気そのものに嫌気
神の恩恵と魔剣血統の発現
ヴェルフが十歳の誕生日を迎えた日、クロッゾの館の一室でフォボスから神の恩恵を授かった。これは、ステイタスを得る前に職人としての苦労を知っておけというガロンの方針によるものであった。背中に刻まれた神聖文字には、一族の者たちと同じく魔剣血統が発現していた。フォボスはその直後、ヴェルフに魔剣を作ってみろと命じた。ヴェルフは怪訝に思いながらも従い、その一打がすべてを変えることになった。
蘇ったクロッゾの魔剣
ヴェルフが作り上げた短剣は、平原での試射によって本物の魔剣であることを証明した。放たれた火力は凄まじく、一帯を焦土へと変えたうえで剣身は砕け散った。その光景を目にしたヴィルや一族の者たちは歓喜し、失われたはずのクロッゾの魔剣が蘇ったのだと熱狂した。だがヴェルフだけは、砕けた剣の残骸を前に泣きそうな目をして立ち尽くしていた。
父と祖父との決別
館へ戻ると、一族郎党はヴェルフを取り囲み、魔剣を作れと口々に叫んだ。ヴィルはクロッゾの栄華を取り戻すのだと迫り、かつて語っていた魔剣に代わる武器を作るという理想を捨て去っていた。ヴェルフは、使い手を置いて砕ける魔剣を見たくないと訴えたが、その願いは踏みにじられた。最後の拠り所として見上げた祖父ガロンまでもが、無表情のまま魔剣を打てと命じたことで、ヴェルフは父と祖父、そしてクロッゾの一族すべてと決別した。
フォボスの謝罪と逃亡の手助け
その夜、国を出るために密かに旅支度をしていたヴェルフの前にフォボスが現れた。ヴェルフは、すべての発端を作った彼女へ荒んだ目を向けたが、フォボスは自分の行いを謝罪しつつも、その力を知り受け入れなければ、いずれ後悔すると思ったのだと語った。そしてヴェルフを止めるどころか、むしろ助けてやると言い、王都の外へ出られるよう手引きを申し出た。さらに、試射用とは別に作られていたもう一振りの魔剣も持っていけと勧めた。
王都での追跡と魔剣の解放
翌夜、フォボスの手回しで二つの外壁を越えたヴェルフは、三つ目の外壁門で兵士たちに見つかった。最後の外壁の前には、ラキア王国が誇る格上の騎士たちが待ち構えていた。追い詰められたヴェルフは腰の短剣型魔剣を抜き、焰華と叫んでその力を解放した。放たれた大炎流は騎士たちも門扉もまとめて呑み込み、外壁を崩壊させた。子供の自分が騎士を打ち倒してしまったのは、鍛冶師の技ではなく、ただ魔剣の力によるものであった。砕け散る魔剣の欠片を手に、ヴェルフはこんなものが本当に鍛冶師の生み出すべきものなのかと絶叫した。
魔剣を打たない誓い
崩壊した外壁から闇の外界へ飛び出したヴェルフは、追手を背後にしながら、自分はもう魔剣を打たないと誓った。使い手を置き去りにし、力だけで人を焼き尽くす外法の武器を、鍛冶師として認めることはできなかったのである。この逃亡の夜が、ヴェルフにとって鍛冶師としての誇りと意地を貫く原点となった。
フォボスとの別れ
王都から離れた雑木林で、待っていたフォボスは疲弊したヴェルフを迎えた。彼女は最後の餞別としてステイタスを更新し、自らとの契約を解除したうえで、どこへでも改宗できるようにしてやった。つまり、今後は好きな神のファミリアへ入れる状態に整えたのである。ヴェルフは、自分を逃がしたせいで彼女が責任を問われるのではないかと案じたが、フォボスはすべて女神の気まぐれとして片づけてやると笑い飛ばした。なぜそこまでしてくれるのかと問うヴェルフに対し、フォボスは神の酔狂だと、そして可愛い子供のためだと答えた。最後に、好きに生きろ、クロッゾも王国もお前の枷になるだけだと告げ、穏やかな笑みで送り出した。
光の柱と別れの実感
後日、王都バルアの方角から巨大な光の柱が天へ昇った。フォボスが送還されたのだと悟ったヴェルフは、王国領外の丘の上でその光を見上げながら、静かに涙を流した。ごめん、ありがとうという思いを胸に抱きながら、彼は悪友であり恩人でもあった女神との別れを受け入れた。
ヘファイストスとの出会い
やがてヴェルフは剣製都市ゾーリンゲンの鍛冶屋へ流れ着き、住み込みで働かせてくれと押しかけて鍛錬を続けていた。その様子を見た紅眼紅髪の女神は、彼の鍛冶の腕と気迫に興味を抱き、自分のファミリアへ入らないかと誘った。家名を名乗ることを拒み、ただヴェルフとだけ答えた少年は、こうしてフォボスに導かれた先でヘファイストスと出会いを果たしたのであった。
間章 エルフの動揺
固定包帯卒業を祝う宴会
ベルたちは『豊穣の女主人』で宴会を開いていた。参加していたのはヘスティア・ファミリア、ミアハ・ファミリア、タケミカヅチ・ファミリアの面々であり、今回はベルの固定包帯が外れたことを祝う場でもあった。以前に本拠で行われた遠征帰還祝いに続く二度目の宴会であり、ベルは少し照れながらも仲間たちと穏やかな時間を過ごしていた。
仲間たちそれぞれの盛り上がり
店内では、ダフネやヴェルフが料理を楽しみ、ナァーザとリリは回復薬の仕入れを巡って冗談交じりの商談を交わしていた。命、千草、春姫たちは昔話に花を咲かせ、桜花はそれを兄のように見守っていた。ベルはそんな光景に頬を緩めながらも、心のどこかでロキ・ファミリア、とりわけアイズの姿を探していた。成長した自分を見てほしいというより、自分が今どこにいるのかを確かめたい気持ちがあったのである。
遠征の成果と仲間たちの昇格
宴会では、ダフネとカサンドラのランクアップも話題となった。少人数で階層主を撃破した功績は大きく、二人の昇格は今回の遠征の苛烈さを物語っていた。さらにリリもまたランクアップしており、ダフネから祝福を受けていた。ベルは、自分が深層をさまよっていた間にも仲間たちが過酷な戦いを乗り越えていたことに感嘆し、同時に少しだけ寂しさも覚えていた。
ゴライアスマフラーへの感謝
ベルは遠征中に用意してもらったゴライアスのマフラーのことを思い出し、ヴェルフとカサンドラに礼を述べた。あの装備がなければジャガーノートとの戦いに耐えられず、自分はここにいなかったかもしれないと率直に伝えたのである。ヴェルフは軽く応じ、カサンドラは目を見開いた後、とても嬉しそうに笑った。その笑顔にベルは少し胸を打たれ、自分の反応に照れを覚えていた。
酒場の面々と救援の余波
アーニャやクロエも宴会に割り込み、自分たちの活躍を誇ろうとしたが、ルノアにたしなめられ、さらにミアから怒鳴られて仕事へ戻っていった。ベルは、自分たちを救うために彼女たちが店を抜け出したことを思い出し、申し訳なさを感じていた。そんなベルにシルは、皆が覚悟して助けに行ったのだから気にしなくてよいと告げ、自分も知り合いの冒険者に助けを求めたのだと明かした。ベルは改めて、多くの人を心配させたのだと実感した。
シルの問いと場の凍結
その流れの中で、シルはベルにリューと何かあったのかと尋ねた。その一言で場の空気は凍りつき、ベルも最近リューに避けられていることを否応なく意識することになった。ベルは豊穣の女主人に何度か足を運んでいたが、そのたびにリューは自然を装いながら彼を避け、厨房へ引っ込んでしまっていた。理由がまったくわからないベルは、困惑するしかなかった。
あからさまに避けるリュー
シルに促されてベルがリューの様子を見ると、彼女は確かに不自然なほどベルを見ないようにしていた。給仕の動きの中でどうしてもベルたちの方向を向く場面はあるものの、ベルが視界に入ろうとすると体ごと素早く向きを変えてしまう。その動きは周囲の客の視線を集めるほど露骨であり、ベルは汗を流しながらその異様さを目の当たりにした。
成立しない会話
やがてミアの指示で、リューがベルたちのテーブルに料理を運んできた。ベルは意を決して話しかけようとしたが、リューは肉塊になります、麦酒ですか、承りましたと必要最低限の言葉だけを返し、会話を成立させないまま立ち去ってしまった。ベルは何が起きているのか理解できず、ただ動揺するしかなかった。
ベルの困惑とシルの態度
リリに何があったのかと問い詰められても、ベルには理由がわからなかった。深層で裸で抱きしめたことを一瞬思い出したものの、帰還後には普通に会話もできていたため、それが原因とも思えなかった。あの高台で確かに通じ合えたと思っていたのは自分だけなのかもしれないと、不安がよぎった。そんなベルをじっと見つめていたシルは、突然お盆で軽く頭を叩き、つーんですと言い残してそっぽを向いた。ベルはますます混乱し、厨房へ戻っていくリューの背中を呆然と見つめることしかできなかった。
リューの混乱と自己嫌悪
リューはごみを捨てるために裏口から細い路地へ出ると、一人になった途端、それまで保っていた平静を崩した。ベルを避け続けている自分の態度が不自然で失礼であり、彼を傷つけてしまっていると自覚していたからである。本当はすぐに謝るべきだとわかっていながら、ベルの顔を直視できず、胸の高鳴りや熱に戸惑っていた。今まで普通にできていたことができなくなっている自分に、リューは強い自己嫌悪を覚えていた。
ベルとの遭遇と反射的な攻撃
そこへベルが声をかけると、リューは背後からの呼びかけに極度に動揺し、振り向きざまに手刀を放った。ベルはとっさにその一撃を受け止め、成長した身のこなしを見せたが、それがかえってリューをさらに混乱させた。握られた手首を起点に熱が全身へ駆け巡ったリューは、反射的にベルの腕を絡め取り、そのまま地面へ投げ飛ばしてしまった。
ベルを抱えての逃走
ベルを石畳に叩きつけてしまったリューは、自分のやり過ぎを即座に自覚した。そこへアーニャたちが探しに来る気配が近づくと、この状況を見られてはならないと判断し、咄嗟に気絶したベルを抱き上げた。しかもそれはお姫様抱っこの形であり、そのまま路地をいくつも曲がりながら人気のない場所へと疾走した。
膝枕の中で募る自責と戸惑い
辿り着いた人目のない路地で、リューはベルを長椅子に寝かせて怪我の有無を調べた。大きな異常はなかったものの、動転していた彼女は必要以上に回復魔法までかけた。その流れのまま、ベルが目を覚ますまで首が痛まないようにとの理屈で、自分の膝にベルの頭を乗せる形となった。酔客の獣人たちに囃し立てられると、リューは強い圧をもって追い払ったが、二人きりに戻った後も、自分の異常な動揺は収まらなかった。
ベルへの感情の自覚の手前
静かな路地でベルを膝の上に寝かせたまま、リューは自分が昔と同じように面倒で嫌なエルフのままだと自己嫌悪に沈んだ。しかし同時に、アストレアやアリーゼと出会った頃と同じような感情が胸に蘇っていることにも気づいていた。ベルの前髪に触れながら、自分は彼を嫌っているわけではないと心の内を漏らし、むしろその逆だと続けかけたところで、ベルがすでに目覚めていることを察した。
ベルの狸寝入りと頬をつねるリュー
リューに見抜かれたベルは、ばつの悪そうに目を開けた。実はベルは、リューが逆にと言いかけたところで目を覚ましていたが、状況があまりにも特殊で言い出せず、狸寝入りを続けていたのである。これに羞恥を刺激されたリューは、頬をつねって抗議しつつ、深層で瀕死を装った時にも同じように自分の情けない声を聞かれていたことを思い出し、さらに顔を赤くした。
誤解の解消とすれ違う言葉
ベルは、自分がリューを怒らせるようなことをしたのではないかと心配していたと打ち明けた。リューはそれを強く否定し、ベルは何も悪くなく、自分も彼を嫌っているわけではないと伝えた。ただ、ベルの顔を直視することに耐えられないだけだと言ってしまったため、かえってベルを微妙に傷つける形になった。それでもベルは、嫌われていないとわかっただけで嬉しいと答え、リューもまた謝罪を口にした。
少しだけ許された二人の時間
互いに店へ戻るべきかを確認しつつも、リューは今すぐ戻っても大差ないと判断し、もう少しここに留まることを選んだ。二人は深層から帰還した後の近況について語り合い、ベルは左腕の具合を、リューは右脚の回復や酒場での仕事ぶりを伝えた。そうした他愛もない会話そのものが、今のリューには嬉しいものとなっていた。
アストレア・ファミリアの話
やがてベルは、ダンジョンにいた時には深く聞けなかったアリーゼたちやアストレア・ファミリアのことを知りたいと頼んだ。リューはその願いを受け入れ、夜空を見上げながら、自分がこの都市に来た経緯や、そこで誰と出会ったのかを静かに語り始めた。ベルはその話に耳を傾け、時折笑みを見せ、リューもまた自然に微笑んだ。こうして二人は、夜空に見守られながら、もう少しだけ二人きりの時間を過ごしたのであった。
六章 出会いと誓い
里に生まれた守り人の少女
リュー・リオンは、聖樹を守護する一族の娘としてエルフの里に生まれ育った。幼い頃から戦士として教育を受け、外敵が現れれば大人たちとともに弓や剣を手に迎え撃つ立場にあった。だが、他種族を見下し嘲る同胞たちの言葉を聞くうちに、リューは見目麗しいはずのエルフこそが最も醜いのではないかという疑念を抱くようになった。その疑念はやがて嫌悪へと変わり、里の者たちだけでなく、自分自身がエルフであることにも羞恥と嫌悪を覚えるようになっていった。
故郷を捨てた旅立ち
十一歳となったリューは、ついに里を捨てる決意をした。わずかな白聖石を持ち出し、真夜中の森を後にしたのである。愛着のあった故郷の星空と聖樹に別れを告げ、エルフという軛から解放されることを願いながら、外の世界へ歩み出した。向かった先は、神も人も種族を越えて集うと聞いていた迷宮都市オラリオであった。
外の世界で味わった失望
オラリオに辿り着いたリューは、この都市なら里では得られなかった友や仲間と出会えるかもしれないと期待していた。だが、その期待はすぐに崩れた。ファミリアへ勧誘しようとする人間や、酔った獣人、商人や娼婦、冒険者たちの接触を、リューはことごとく拒絶してしまった。認めた者以外との接触を許さないエルフの性質と、他者の視線への恐怖が彼女を強く縛っていたからである。里を嫌って飛び出したはずなのに、結局は自分自身が里の価値観に囚われていることを思い知らされ、リューは自嘲を深めていった。
アストレアとの出会いと八つ当たり
雨の降る路地裏で立ち尽くしていたリューに、ひとりの女神が声をかけた。胡桃色の髪を持つその女神はアストレアであり、風邪を引いてしまうと優しく案じ、迷子のような顔をしていると語りかけた。その言葉にリューは感情を爆発させ、神々がエルフを生み出したせいで自分たちはこのような存在になったのだと、激しい八つ当たりをぶつけた。だがアストレアは怒ることなく、今のリューに必要なのは神の声ではなく、迷いを笑い飛ばしてくれる対等の友人だと告げたうえで、地図と食べ物を手渡し、必要なら訪ねてくるようにとだけ言い残して去っていった。リューにとってそれは、オラリオで初めて受け取った純粋な優しさであった。
悪漢に囲まれた路地裏
それから二日後、リューは地図の場所へ行くべきか迷っていた最中、人攫いのような亜人たちに囲まれた。彼らはリューがどの神の庇護も受けていないエルフであることを調べ上げ、歓楽街へ売り飛ばそうとしていた。武器を抜いて抵抗しようとしたものの、多勢に無勢であり、相手は神の恩恵を受けた冒険者でもあったため、リューは追い詰められていた。
アリーゼの介入
そこへ現れたのが、赤い髪を高く結った少女アリーゼ・ローヴェルであった。アリーゼは悪漢たちを真っ向から叱責し、抜剣して彼らを退けた。彼女の快活さと真っ直ぐさは、リューがこれまで出会った誰とも異なっていた。しかし助けられたリューは素直になれず、感謝もせずに背を向けようとした。するとアリーゼは、そんな態度を偏屈だと断じた。
エルフを言い訳にしていた自分への気付き
その言葉にリューは激しく反発し、自分だってなりたくてエルフになったわけではないと叫んだ。だがアリーゼは、偏屈で意地っ張りなのはリュー自身の性分であり、種族のせいにするなと真っ向から言い返した。ドワーフにも紳士はおり、エルフにも乱暴者はいるのだから、種族など関係ないと断言されたリューは、自分が里の外で味わった戸惑いや失敗を、すべてエルフという種族のせいにしていたことを思い知らされた。自分の過ちを認めたリューに対し、アリーゼは偏屈だが素直だと笑い、そういう人は好きだと告げた。
初めて繋がれた手
アリーゼは、接触を拒絶してしまうなら訓練すればよいと軽やかに言い、リューの手を握った。リューは抵抗しようとしながらも、その手を振り払うことができなかった。温もりが手のひらから伝わり、これまで拒絶し続けてきた他者との接触が、必ずしも恐怖や嫌悪だけではないことをリューは初めて知った。そこでアリーゼは、リューを自分たちのファミリアに誘った。無理強いはしないが見学だけでも来てほしいと手を引き、リューを導いた。
アストレア・ファミリアとの再会
アリーゼに連れられて辿り着いた一軒家は、かつてアストレアから渡された地図に記されていた場所と同じであった。そこにはアストレアが待っており、リューは再び彼女と向き合うことになった。広間にはアリーゼの仲間たちがくつろいでおり、アストレア・ファミリアの本拠であることが明かされた。アリーゼは自分たちが正義と秩序を司るアストレアの眷族であり、混乱と悪が蔓延るオラリオに安寧をもたらすために戦っているのだと誇らしげに語った。
正義に惹かれた決意
アリーゼの語る正義は、盲目的な信仰にも聞こえ得るものであったが、リューにはそうは思えなかった。アストレアが団員たちを見守る慈愛に満ちた眼差しと、アリーゼの真っ直ぐな信念は、たしかなものに見えたからである。里で得られなかった対等の友人や、尊敬し合える仲間を求めて外へ出た自分の本心を見つめ返したリューは、自分も彼女たちの正義を担えるだろうかと問いかけた。アリーゼはもちろんだと即答し、アストレアも団員たちも彼女を歓迎した。
正義の剣と翼への誓い
別室でアストレアから神の恩恵を刻まれたリューは、アストレア・ファミリアの眷族となった。徽章は正義の剣と翼であった。広間に集まった団員たちは手を重ね合わせ、アリーゼの先導で、自分たちはアストレアの眷族として必ずオラリオに安寧をもたらすと誓った。リューもまた笑みを浮かべ、その誓いに倣った。その誓いは、五年後に訪れる別離の日まで、決して破られることはなかった。
間章 努める姫と見守る忍
命と春姫の更新結果
命と春姫のステイタスは、今回の遠征を経て大きく上昇していた。春姫は特に魔力の伸びが著しく、新たなスキルまで発現していた。長文詠唱や超長文詠唱を主とする彼女にとって、この結果は極めて価値の高いものであった。一方の命も新たな魔法やスキルこそ得なかったが、能力値の上昇幅は大きく、多能型冒険者として着実に力を伸ばしていた。二人はその成果を喜びながらも浮かれることなく、すでに次を見据えていた。
春姫の訓練と不器用な戦い
ダンジョン三階層では、春姫の訓練が行われていた。彼女はゴブリンを相手に長杖を振るって戦おうとしたが、攻撃は盛大に空振りし、転倒した挙句にモンスターたちから袋叩きに遭った。そこへリリが飛び込み、Lv.2となった力を誇示するように飛び蹴りでゴブリンたちをまとめて吹き飛ばした。春姫は落ち込みながらも、リリの励ましを受けて再び前に出ようとしていた。
見守るベルとヴェルフ
少し離れた位置では、ベルとヴェルフが訓練の様子を見守っていた。今回の探索は、ヘスティア・ファミリアの本来の攻略階層よりはるかに浅い上層で行われており、春姫の経験値稼ぎと自衛能力の習得が目的であった。致命傷を防ぐための防具も用意され、万一に備えてベルたちが同行していた。ベルは春姫の努力を応援していたが、ヴェルフは春姫の武器適性のなさに頭を抱えていた。
アイシャの見解
そこへアイシャも加わり、春姫の戦い方について率直な意見を述べた。春姫は詠うことに関しては認められるが、戦場で自律して動く術をまだ持っていないため、今の段階でランクアップさせるのは危険だと断じた。これは以前からアイシャが進言していたことであり、春姫のランクアップは可能な状態にありながら、あえて保留されていた。戦い方や妖術師としての立ち回りを身につけてからでなければ、強大な魔法を扱うには危う過ぎるという判断であった。
春姫の変化を信じる命
ベルやヴェルフが苦笑し、アイシャが肩を竦める中で、命だけは春姫の成長を強く信じていた。直接戦闘の技量は未熟でも、今の春姫ならば必ず自衛の術を身につけられると確信していたのである。命の祈るような視線が向けられる中、春姫はコボルトの攻撃をすれすれでかわし、横薙ぎの杖の一撃で相手を昏倒させた。その動きは命や武神の武術に通じるものであり、周囲を驚かせた。
ただのお姫様ではない少女
春姫は勝利に感極まり、恥ずかしそうに笑いながら二本指を立てた。リリは咳払いの後に拍手し、ベルやヴェルフもその成長を認めた。命はその光景を微笑みながら見つめていた。かつての春姫は、守られるだけのか弱い姫君であった。だが今は違っていた。オラリオで再会した彼女は、確かに変わり、少年たちにも負けないほど成長していたのである。
七章 今昔物語~黒鳥と金狐~
社での初対面と春姫の気後れ
命達が迷宮都市へ向かう十年も前、極東の社に春姫が訪れた。春姫は役人の娘として恵まれた身の上にありながら、困窮している社のために父へ食料の分与を願い出た少女であり、タケミカヅチ達はその礼を伝えるために彼女を招いていた。春姫はあまりに可憐で、社の子供達は見惚れていたが、当の春姫はおどおどしており、命はその様子を不思議に思った。
命が知った春姫の優しさと弱さ
命がツクヨミに春姫の元気のなさを尋ねると、ツクヨミは、春姫は自分だけが恵まれていることに罪悪感を抱き、居心地の悪さを感じているのだと教えた。そして、それは春姫の優しさであり同時に弱さでもあるため、命達が包んで守ってやるべきだと告げた。さらに、負い目を忘れるほど振り回してこいと背中を押された命は、その言葉を受けて行動に移した。
命の行動と春姫の笑顔
命は春姫に群がる男児達を拙い武神の技で追い払い、春姫を庇いながら、この社には御殿にはないものがたくさんあるので、どうかくつろいでほしいと伝えた。その言葉に神々は感心し、春姫もくすりと笑って礼を述べた。命にとって春姫の笑顔は何より嬉しいものであり、それ以来、命は春姫を守り見守り続けようと心に決めた。
社で育まれた絆
その後、春姫は命達に連れ出される形で社へ足しげく通うようになった。子供達と遊び、社の仕事を手伝おうとして失敗しながらも、純粋無垢で心優しい姿を見せ続けた。命は春姫に敬愛と幼馴染のような親しみを抱き、彼女を見守りながらともに歩むことを誓った。
メイド志願と命の驚き
時は流れ、【イシュタル・ファミリア】との抗争後に春姫が【ヘスティア・ファミリア】へ入団すると、春姫は自らメイドを務めたいと申し出た。これまで他人に世話をされるばかりだった自分を変え、ベルや命達の役に立ちたいという強い意志からであった。命はその決意に感慨を覚え、春姫が自分の意思で変わろうとしていることを実感し、応援を約束した。
空回りするメイド修行
しかし、命の楽観はすぐに打ち砕かれた。春姫は皿を割り、茶をこぼし、掃除でも失敗を重ね、緊張のあまり空回りし続けた。厨房ではリリに蹴り飛ばされることもあり、その姿は深窓の姫君からおっちょこちょいの家政婦へと変わっていた。さらに、遊郭で教え込まれた房中術を取り柄として口にしたことで、ヴェルフや命、リリ、ヘスティアを巻き込む騒動まで起こし、春姫の天然さは【ファミリア】の大きな波乱の種となっていった。
挫けずに克服していく春姫
それでも春姫は挫けなかった。落ち込みながらも西へ東へと奔走し、不器用なまま家政婦の仕事を一つずつ克服していった。命はその姿に、それまで見たことのない春姫の強さを見出した。危なっかしさは変わらなかったが、上から手を貸し過ぎることは彼女のためにならないと考えた命は、見守る立場を選ぶようになった。
ベルへの協力要請と春姫の想い
命は考えた末に、ベルへ春姫にメイドとは何たるかを教えてほしいと頼んだ。ベルは戸惑いながらも快諾し、祖父との田舎暮らしの経験をもとに親身に手伝った。春姫は恥ずかしがりながらも嬉しそうにベルと作業をこなした。命の目から見ても、春姫の想い人はベルであり、彼とともにいることが春姫を前向きにさせていることは明らかであった。命はかつて春姫の英雄が桜花達と自分であったことを思い出しつつ、今の春姫を支えるのはベルなのだと実感していた。
命にとっての春姫の変わらぬ存在
それでも春姫にとって命は無二の友であり、自分を助けてくれた英雄でもあった。春姫がそう思っていることを命は次第に理解し、胸に喜びを覚えた。遊郭という檻に囚われていた少女が、今なお心優しいままであることが、命には何より嬉しかった。
ウィーネとの出会いがもたらした変化
その後の春姫はさらに変わっていった。母性的な雰囲気をまとい、メイドとしての手際も以前より良くなり、失敗しても前を向くようになった。ときおり切なそうに空を見上げながらも笑みを浮かべるようになったのは、ウィーネとの出会いと別れを経た後のことであった。春姫は精力的に様々なことへ取り組むようになり、特にダンジョン探索のための下準備には熱心であった。
リリから学ぶ後衛としての役目
春姫は同じサポーターであるリリから、魔石の管理、地図の読み方、回復薬や解毒薬など道具の種類と扱い方を細かく教わっていた。リリは、サポーターとはただ戦利品を拾う者ではなく、冒険者の戦場を整え、負荷を減らす最後の後衛でもあると説いた。春姫に知識と考えを丁寧に教えるその姿は、春姫への信頼の表れでもあった。
妖術の訓練と武術への志願
春姫はアイシャのもとで妖術の訓練にも励んでいた。書庫では黄金の光や魔力暴発らしき爆音が響き、制御と運用がいかに過酷であるかがうかがえた。さらに春姫は、魔法だけでなく体捌きも学びたいとタケミカヅチへ願い出た。期待していないと言われても、自分でできないと諦めるのは違うと思い、強くなりたいと願ったのである。
タケミカヅチから学んだ自衛の術
その願いを受けたタケミカヅチは、春姫に己を守る術を教えた。命達と土台が違うことを理解させた上で、華やかな技ではなく、頑丈な防具を活かし、咄嗟に致命傷を避けるための駆け引きと機転を叩き込んだ。この教えは後に、階層主との戦いの中で春姫自身の命だけでなく、パーティ全体の危機を救うことになった。
約束に支えられた成長
命が春姫に何があったのかと尋ねた時、春姫は約束をしたのだと答えた。また会おう、また暮らそうという約束があるから、そのために頑張っているのだと語り、小指を愛おしそうに抱いた。命は、弱かった少女も絶望に塗り潰されていた娼婦も、数々の出会いを経て変わっていくのだと実感した。そして、自分が守るだけではなく、これからは誰かを救う春姫を支えられるようになりたいと願った。
ベルの悪夢と春姫の気遣い
ある夜、ベルは悪夢にうなされて飛び起きた。『深層』での決死行に比べれば軽いものの、『破壊者』の殺戮や怪物達の叫喚が眠りの底から蘇り、熟睡できない状態が続いていた。誰にも迷惑をかけたくないと黙って耐えていたベルのもとへ、春姫が訪れた。春姫は英雄譚を聞かないかと優しく申し出て、ベルを寝台へ寝かせ、自ら読み聞かせを始めた。ベルはその心遣いに気付き、今夜はきっと安らかに眠れると感じた。
影から見守る命の決意
春姫がベルのために読み聞かせをする姿を、命は扉の外から静かに見守っていた。そこへ様子を見に来たヘスティアも現れたが、命はベルの部屋とは別方向へ案内し、主神を神室へ送り届けた。武士のように忠義を尽くし、忍のように影から支える。これからもそのように春姫を支えていきたいと、命はあらためて思うのであった。
エピローグ 英雄挽歌
冒険者の死と仇討ちの依頼
ベル達がダンジョン二十階層を探索していた際、傷だらけの冒険者達と遭遇した。彼らは下層から上がってきた大型級モンスターに襲われ、敗走の末に仲間の獣人女性シーリアを失っていた。治療も間に合わず、彼女は仲間の腕の中で息を引き取った。仲間の一人であるエドガーは、自分達が冒険者という危険な生業を選んだことを理解しながらも、それでも抑えきれない私怨を吐露し、ベルに仇を討ってほしいと涙ながらに懇願した。ベルはその涙を見て雑念を失い、ただこれ以上の悲しみを止めるためにモンスターへと駆け出した。
オラリオに積み重なる死
オラリオは古代より今日に至るまで、数え切れぬ死を積み重ねてきた都市であった。英雄達の壮絶な最期も、名もなき冒険者のあっけない死も、数多くがダンジョンと怪物との闘争の中で生まれてきた。人とモンスターは互いを殺し合う構図から逃れられず、それがこの迷宮都市の本質となっていた。だが、その悲劇の積み重ねの上に、オラリオは人類の砦であり、英雄が生まれる始まりの地でもあり続けていた。
アイズの夢と背負わされた使命
一方でアイズは、暗闇の中で数多の死者の声と願いを聞く夢を見ていた。仇を討ってくれ、あの子を守ってくれ、人類の悲願を果たしてくれという慟哭と怨嗟の声の中で、幼い彼女は剣を執ることを受け入れていた。夢から覚めた後、彼女は街の灯りが普段と違うことに気付き、その日が『挽歌祭』であることを思い出した。人々が英雄や死者を悼み、祈りを捧げるその夜に、アイズは自室に留まれず外へ出た。
挽歌祭の始まり
ベル達がシーリアの亡骸を運び出して地上へ戻ると、中央広場にはいつもと異なる静けさが広がっていた。魔石灯は消され、代わりに無数の蝋燭が灯され、白や青の花で飾られた柱が立ち並んでいた。ヴェルフやリリ、命や春姫の説明によれば、『挽歌祭』とは古代の英雄達を哀悼し、その偉業に感謝を捧げる祭事であると同時に、現代にダンジョンで命を落とした冒険者達を弔う夜でもあった。オラリオの住民達は白い衣装に身を包み、花束と蝋燭を持って記念碑や墓地へ向かっていた。華やかな都市は一夜だけ古代の夜へと姿を変え、神々でさえ沈黙し、死者への敬意を示していた。
アイズに向けられる人々の祈り
街を歩くアイズは、記念碑へ向かう人々の中で数多くの別れの気配を感じていた。親しい者を失った者達が花を手向け、悲しみを抱えながら列に加わっていた。そこへ遊んでいた子供達が彼女を見つけ、【剣姫】として歓声を上げた。中でも一人のハーフエルフの少女は、世界の彼方にいる恐ろしい竜をやっつけてほしいと真っ直ぐに願いをぶつけた。アイズはその願いを受け止め、必ず倒すと答えたが、その言葉の裏には人類の悲願である黒竜討伐という重い使命があった。彼女は、世界が求める英雄として戦わねばならない現実と、自分自身の私的な願望との間に引き裂かれながら、誰の英雄にもなれないと胸中で呟いた。
ベルが知った英雄の歌
ベルは挽歌祭の歌の中に、人間だけでなく神々の声音が混じっていることに気付いた。祖父からかつて聞いた、オラリオには何でもあり、だからこそ英雄にもなれるという言葉の意味が、この夜になってようやく胸に落ちた。迷宮都市とは、多くの命を代償に一握りの英雄が生まれる約束の地であり、その物語は望むと望まざるとにかかわらず受け継がれていく場所だった。ベルは英雄になりたいという幼い頃からの願いを思い返しながらも、その先にある悲しさを感じ取っていた。
墓地での弔いと再会
夜が明けた後、ベルは第一墓地を訪れ、シーリアの墓に花を手向けた。そこは冒険者墓地とも呼ばれる広大な共同墓地であり、数え切れない白い墓標が並んでいた。弔いを終えた後、ベルは自然と墓地の奥へ進み、古代の英雄達の名が刻まれた巨大な記念碑の前に立った。そこで彼は、以前この地を訪れたオラリオへ来たばかりの頃の自分と、今の自分とを重ねていた。すると、そこへアイズが現れた。彼女もまた墓前に花を捧げ、短い言葉を残して去っていった。
英雄アルバートとアイズの名
アイズが花を供えた先には、『英雄アルバート』の名が刻まれていた。その名を見た瞬間、ベルの中で記憶が結びついた。幼い頃に読んだ『迷宮神聖譚』で、最強の英雄として語られていた大英雄アルバートには、『傭兵王ヴァルトシュテイン』という二つ名があったのである。そしてアイズの名はヴァレンシュタイン。最強の英雄の名と、現代最強の一角たる剣姫の名。その符合と、アイズがその墓に花を捧げた事実が、ベルの胸に強い衝撃を与えた。憧れの少女の背中は、朝日の中へ霞むように遠ざかっていき、ベルは言葉を失ったまま、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。
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