物語の概要
■ 作品概要
『ゲート外伝3<上> 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり<黄昏の竜騎士伝説編>』は、柳内たくみによる異世界×自衛隊ファンタジー『ゲート』シリーズの外伝第3弾(前編)である。 物語は、アルヌス大祭典の終盤に、テュカが亜神グランハムから「父・ホドリューがエルベ王国で生きている可能性」を知らされた直後から始まる。テュカの父探しを支援するため、主人公・伊丹耀司ら自衛隊の一部隊と、外交任務を帯びたピニャ皇女率いる「薔薇の騎士団」が北方のエルベ王国へと赴く。特地でも屈指の精強さを誇る「竜騎士団」を擁するエルベ王国を舞台に、空飛ぶ竜を駆る騎士たちの試練と、王国を巡る国家間の思惑が描かれる。
■ 主要キャラクター
- 伊丹耀司(いたみ ようじ): 陸上自衛隊の二等陸尉。テュカの父探しを助けるためにエルベ王国を訪れるが、その類まれな運命力から、エルベの伝統的な試練である「竜騎士」の適性試験に巻き込まれることになる。
- テュカ・ル・マルソー: エルフの少女。亜神グランハムから父の生存を示唆され、希望を胸にエルベ王国へ向かう。父ホドリューとの再会を願う彼女の旅路が、本エピソードの大きな推進力(エンジン)となっている。
- ピニャ・コ・ラーダ: 帝国の皇女。「薔薇の騎士団」を率いてエルベ王国との合同演習および外交交渉に臨む。自衛隊の組織運用や知識を学びつつ、帝国の軍事改革を進める指導者としての側面が強く描かれる。
- ミュイ: エルベ王国の若き君主。幼くして国を背負う重圧の中にあり、伊丹たち自衛隊という異質な存在との交流を通じて、王としての成長と自覚を深めていく。
■ 物語の特徴
本作の最大の特徴は、従来の陸上戦主体の展開から、特地の空を舞台とした「空中機動戦」や「ドラゴン騎乗」に焦点を当てている点である。 他作品との差別化要素として、ファンタジー的なドラゴン騎乗に対し、自衛官である伊丹が航空力学的な視点や現代的な戦術思想をどのように組み合わせ、旧来の竜騎士の戦い方を変革させていくのかというプロセスが非常に興味深く描かれている。また、エルベ王国の伝統的な騎士道と、自衛隊の現実的な組織力、そして背後に潜む「特地の神々」の意思が交錯する壮大なスケール感も大きな魅力である。
書籍情報
ゲート外伝 3<上> 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり<黄昏の竜騎士伝説編>
著者:柳内たくみ 氏
イラスト:黒獅子 氏
出版社:アルファポリス
発売日:2015年6月28日
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あらすじ・内容
2015年7月よりTOKYO MXほかにてアニメ放送開始!累計240万部突破、超人気の自衛隊×異世界ファンタジー、外伝文庫化第三弾・前編! 死んだはずの父の消息を知らされ、探索の旅に出ることを決意したエルフの娘テュカ。飛竜に乗って北の辺境に赴こうとするも、同行者の自衛官・伊丹耀司は極度の高所恐怖症だった……。その恐怖を禁断の魔霊の力で抑えどうにか出発した二人だったが、北方に着くや否や、今度は部族対立に巻き込まれてしまう。しかも、いつも逃げ腰の伊丹が何やらおかしくて――!?
感想
北方の空へ向かう、消息不明の父親をめぐる新たな旅
本作は、死んだはずの父親が生きているという確かな目撃情報を得たテュカが、その真偽を確かめるべく北方へと向かう「父親捜し」の物語である。自衛隊の機体を使えないという制約から、亜神ジゼルより貸しだされた二頭の飛竜で移動することになるのだが、この空の旅が物語の導入をにぎやかに彩っている。
感情を凍らせた飛行と、特攻野郎なマッチョガイへのオマージュ
極度の高所恐怖症である伊丹は、飛竜に乗るために精霊魔法で感情を強制的に抑えこむという手段をとる。
この、意識がある状態で感情だけを麻痺させて空をゆく姿は、薬物や打撃で失神させられている間に輸送機に乗せられていた「特攻野郎なマッチョガイ」を彷彿とさせ、非常にユーモラスな展開となっていた。
魔法の力で冷徹な別人へと変貌した伊丹のふるまいは、兜を被っている挿絵を見るとロボコップみたいと思った。
父親ホドリューとの再会と、意外なキャラクター性
物語の核心である父ホドリューとの再会は、衝撃的な瞬間であった。再会した父は、テュカの期待を裏切るほどの「ナンパな性格」であり、どこかつかみどころのない人物であった。
テュカがかつて伊丹に父の面影を重ねていた理由を考えると、二人の根底にある「危うい瞬間に見せる優しさと、とらえどころのない性質」が共通している点に、血縁や縁の不思議さを感じずにはいられない。
激化する部族対立と、裏でうごめく神々の影
テュカの私的な旅は、北方の政治情勢に深く巻きこまれていく。
三つの部族が一つになったヤルン・ヴィエット王国、強欲なケンタウロスの一族「アカバ」、そして知略をめぐらす遊牧民「パルミア」が織りなす対立劇は、物語に緊迫感をあたえている。
さらに、伊丹への女性陣のアプローチが積極性を増す一方で、姿を見せない神々が裏から手を回しているような不穏な気配もあり、一筋縄ではいかない展開が続いている。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
伊丹耀司
陸上自衛隊の自衛官である。
極度の高所恐怖症という弱点を持つ 。
任務に対しては逃げ腰な姿勢を見せることが多い 。
テュカの父親を探すために北方へと赴く 。
・所属組織、地位や役職
陸上自衛隊・二等陸尉 。
・物語内での具体的な行動や成果
黒妖犬に襲われていたシルヴィア王女を救出した。
テュカに同行するために飛竜の騎乗訓練を受けた 。
アカバの族長に対しテュカが自身の妻であると宣言した 。
パルミアの宿営地にてシルヴィアの処遇を巡り交渉を行った 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
精霊魔法によって一時的に感情を抑制された状態となる 。
特殊作戦群の礼文より改造された銃器二挺を譲り受けた 。
特地の神々からその資質を試される対象となっている 。
テュカ・ルナ・マルソー
コアンの森マルソー氏族のエルフである。
死んだと思っていた父ホドリューが生存している可能性を知る 。
伊丹に対して強い愛情と信頼を抱いている。
精霊魔法を使いこなす能力を持つ。
・所属組織、地位や役職
アルヌス協同生活組合の職員 。
・物語内での具体的な行動や成果
飛竜訓練において恐怖に陥った伊丹を魔法で補助した 。
飛竜墜落後に侍女ココモの救命処置を行った 。
アカバにて伊丹を信じきれず試練を失敗させた 。
バーレントにて記憶を失った父親と再会した 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
伊丹から公の場で自身の妻であると言及された 。
父親の冷淡な態度に失望し一度は別れを選んだ 。
物語の終盤にてある事実を確認するためパルミアへ引き返した 。
シルヴィア・ソル・シャルトリューズ
ヤルン・ヴィエット王国の第一王女である。
黒妖犬に襲われ逃げている最中に伊丹と出会う。
自身の国を守るために権謀術数を駆使しようとする 。
命の恩人である伊丹に好意を抱いている。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国・王女。
・物語内での具体的な行動や成果
自らを囮としてアカバとの同盟交渉へ向かった 。
伊丹に対し自身の国の内部事情や母の野心を明かした 。
アカバの族長スマグラーの側妾になる決断を下した 。
パルミアの宿営地にて母への反抗のためその場に残ることを選んだ 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
母親であるザンシアから実質的に追放・売却される処遇を受けた 。
伊丹から「シルヴィ」という愛称で呼ばれる関係となった 。
ホドリュー・レイ・マルソー
テュカ・ルナ・マルソーの父親である 。
炎龍の襲撃から生き延びたエルフとされる 。
パルミア族の首長であるゼノビアの相談役を務める 。
ナンパな性格を持ちどこかつかみどころがない 。
・所属組織、地位や役職
パルミア族・首長の相談役 。
・物語内での具体的な行動や成果
頭部の負傷により過去の記憶を完全に失っていた 。
娘であるテュカの存在を認識できず他人として接した 。
部族の利益のためにテュカをアカバへ差し出す提案を行った 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼノビアと男女の関係にあることが明かされた 。
別れ際にテュカの母親の話を持ち出し記憶喪失に疑念を抱かせた 。
ゼノビア
遊牧民パルミア族の首長である 。
銀髪翠瞳を持つルルドの女性とされる 。
占術によって部族の進むべき道を示す役割を担う 。
冷静な判断力を持ち戦争の回避を模索する 。
・所属組織、地位や役職
遊牧民族パルミア・首長 。占術師 。
・物語内での具体的な行動や成果
行き倒れたホドリューを救い介抱した 。
墜落した伊丹やテュカを保護し風呂(オリュ)を提供した 。
シルヴィアを人質ではなく客人として遇することを決めた 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ホドリューと愛し合っていることをテュカに打ち明けた 。
ヤルン・ヴィエットのザンシアとは過去の牛を巡る一件で対立している 。
スマグラー
ケンタウロス種アカバ族の族長である 。
強欲で戦いを好む野蛮な気質の持ち主とされる 。
多数の妻と奴隷を所有し部族を統治している 。
・所属組織、地位や役職
ケンタウロス種アカバ族・族長 。
・物語内での具体的な行動や成果
ヤルン・ヴィエットとの同盟条件としてシルヴィアを要求した 。
飛竜のエフリーと直接刃を交える圧倒的な武勇を示した 。
伊丹とテュカに対し夫婦の絆を示す試練を課した 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
既婚女性は奪わないという独自の倫理観を持っている 。
ザンシア
ヤルン・ヴィエット王国の女王である。
黒髪のソノート族の出身とされる。
部族を統合し国家を建国した手腕を持つ。
冷酷な政治的思考を持ち実の娘を交渉材料に使う 。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国・女王。
・物語内での具体的な行動や成果
三つの部族を再婚を通じて統合し王国を成立させた。
アカバの族長へシルヴィアを側妾として差し出す密約を交わした 。
対立するパルミア族を滅ぼすためにアカバとの軍事同盟を狙った 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王国の維持と後継者問題のためにシルヴィアを邪魔者と考えている 。
ウーゾ
ヤルン・ヴィエット王国の国王である。
フロート族の族長としてザンシアと結婚した。
穏やかな性格で継娘であるシルヴィアを気にかけている 。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国・国王。
・物語内での具体的な行動や成果
伊丹たちにシルヴィアを護衛しアカバへ届けるよう依頼した 。
王国の不安定な基盤と将来の分裂の危機を自覚している 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
シルヴィア襲撃事件において自らが疑われる立場にあることを明かした 。
ピムス・コ・サラン
遊牧民パルミア族の副首長である 。
白髪翠瞳のルルドの青年である 。
部族の掟を重んじ秩序を守るために行動する 。
・所属組織、地位や役職
遊牧民族パルミア・副首長 。
・物語内での具体的な行動や成果
行き倒れから弓を盗んだ少年を厳しく罰した 。
伊丹の装備品を調査しその素性を冷静に分析した 。
冬の到来を前に部族の移動ルート確保に頭を悩ませている 。
ジゼル
冥王ハーディの使徒(亜神)である 。
竜人族の女性で巨大な大鎌を武器とする 。
伊丹の資質を見極めるための試練を仕掛けた 。
・所属組織、地位や役職
冥王ハーディ・使徒(亜神) 。
・物語内での具体的な行動や成果
テュカの父探しの旅のために二頭の飛竜を貸し出した 。
伊丹に対して過酷な飛竜騎乗の特訓を課した 。
アルヌスにハーディ神殿を建設するための用地確保に奔走した 。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ハーディの意思を受け伊丹がロゥリィにふさわしいか試している 。
ココモ
シルヴィア王女に仕える侍女である 。
サムツァ種の血を引く小柄な少女である 。
驚きや恐怖で一時的に仮死状態になる体質を持つ 。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国・侍女 。
・物語内での具体的な行動や成果
飛竜の墜落時に仮死状態となるがテュカの救命により蘇生した 。
テュカに辺境の理不尽な風習や自身の素性を語った 。
最後はアカバの街に一人取り残されることとなった 。
ディタ・コ・エファン
帝国から亡命してきた貴族である 。
ヤルン・ヴィエット王国の政務顧問を務める 。
自尊心が高くこの国の技術力を誇示しようとする 。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国・政務顧問 。
・物語内での具体的な行動や成果
朝食の席で伊丹たちに自国のガラス技術を自慢した 。
シルヴィア襲撃の黒幕がパルミアのゼノビアであると主張した 。
礼文一等陸曹
特殊作戦群の自衛官である 。
武器に対する深い偏愛と知識を持つ人物である 。
・所属組織、地位や役職
特殊作戦群・武器係 。
・物語内での具体的な行動や成果
伊丹の旅立ちに際し改造を施した二挺の銃器を贈った 。
それぞれの銃に女性の名前を付け愛着を持って説明した 。
狭間陸将
自衛隊特地派遣部隊の最高責任者である 。
伊丹の行動力を一定の信頼を持って評価している 。
・所属組織、地位や役職
陸上自衛隊・陸将 。
・物語内での具体的な行動や成果
伊丹の海外渡航申請を北方地域の情報収集目的で許可した 。
現地の争いに関与しないことを条件として伊丹に課した 。
展開まとめ
序
草原を逃げる王女
ヤルン・ヴィエットの広大な草原を、寝間着姿の黒髪の娘が必死に走っていた。娘は高貴な身分の者であり、疲労に喘ぎながらも背後から迫る黒妖犬モーザ・ドゥーグの群れから逃れようとしていた。侍女ターニャとエイラが身を挺して獣の注意を引きつけたため、娘は裸足のまま逃げることになったのである。だが二人が稼いだ時間はわずかで、娘は孤独と恐怖に追われながら走り続けることになった。
転倒と絶望
走り続けた娘は泥濘に足を取られて転倒した。泥にまみれた直後、すぐ背後にはモーザ・ドゥーグが迫っており、鋭い牙を剥いて襲いかかろうとしていた。護衛や供の者たちはすでに全滅しており、娘は死を覚悟する。激痛を覚悟しながら瞳を閉じ、助けを求めて叫んだが、助けに来る者はいないと理解していた。
怪異による逆転
しかし予想していた痛みは訪れなかった。娘が恐る恐る目を開くと、モーザ・ドゥーグが巨大な怪異によって喰われている光景が広がっていた。モーザ・ドゥーグの身体は巨大な爪と顎により引き裂かれ、肉片と血飛沫が周囲に散った。その凄惨な光景の中で、娘は侍女エイラの指輪を見つけ、吐き気と絶望に襲われる。だが圧倒的な存在を前にしたモーザ・ドゥーグの群れは恐怖して逃げ散っていった。
飛竜と竜騎士の登場
怪異の正体は翼竜の上位種である飛竜であった。娘がその姿に絶望する中、飛竜の背には鎧をまとった竜騎士の男が騎乗していた。男は抑揚のない声で怪我の有無を尋ねる。助かったことを理解した娘は安堵し、その場で声を上げて泣き続けた。竜騎士は慰めることなく、ただ静かに泣き止むのを待った。
王女シルヴィアの名乗り
泣き終えた娘は自らをヤルン・ヴィエット王女シルヴィア・ソル・シャルトリューズと名乗った。恩人に礼を尽くそうとしたが、竜騎士は地位や報酬にも関心を示さず淡々と応じるだけであった。その態度に戸惑いながらも、シルヴィアは改めて感謝を述べた。
飛竜での帰還
竜騎士はシルヴィアを飛竜エフリーの鞍上へ引き上げ、帰路についた。初めての空の旅にシルヴィアは驚きと感嘆を覚えるが、侍女たちの死を思い出し複雑な心境となる。竜騎士は景色は心持ちで変わるものだと語り、再び飛竜に乗る機会があればよいと告げた。
同行するエルフ
飛行中、別の飛竜に乗った金髪のエルフが並走して声をかけてきた。彼女は竜騎士の同行者であり、地図を確認してシルヴィアの住むヤルン・ヴィエットへ向かう進路を決めた。シルヴィアはこのエルフの存在に動揺し、竜騎士に芽生えたばかりの感情が揺らぐのを感じた。
ヤルン・ヴィエットへの帰還
飛竜は高速で草原や農地の上空を飛び、やがてヤルン・ヴィエットの城市が見えてきた。シルヴィアは尖塔のバルコニーへの降下を求め、城兵に自分の姿を示して敵でないことを伝える。兵たちがシルヴィアに気付き武器を下ろすと、飛竜はゆっくりと尖塔のバルコニーへ降下していったのであった。
王女シルヴィアの帰還と報告
謁見の間へ入ったシルヴィアは、玉座に座る義父ウーゾと母ザンシアのもとへ駆け寄った。突然帰還した娘の姿に廷臣たちは驚き、特に泥と血にまみれた様子に異変を察する。シルヴィアは旅の途中でモーザ・ドゥーグの群れに襲われたことを報告し、侍女ターニャとエイラが自分を庇って命を落としたと語った。悲しみが込み上げたシルヴィアはその場に崩れ落ちるが、女王ザンシアは冷静さを保つよう命じ、王女としての務めを果たすよう促した。
救助者の紹介
ザンシアの問いに対し、シルヴィアは自分を救った者がいることを告げ、謁見の間の入口を指し示した。そこには美しいエルフの女性と竜騎士が立っていた。廷臣たちはエルフの美貌や竜騎士の装備に感嘆しながらも、その人物たちに注目する。女王ザンシアは彼らを前へ招き、娘を救ってくれたことに礼を述べた。
名乗るテュカと伊丹耀司
女王が名乗ると、エルフの女性はコアンの森マルソー氏族のテュカ・ルナであると自己紹介した。続いて竜騎士にも名乗るよう求められる。期待を集めた竜騎士は兜を外し、自らをヨウジ・イタミと名乗った。しかしその名乗りは廷臣たちの期待とは異なり、謁見の間には落胆混じりのざわめきが広がった。
歓迎の宴
その日の午後、シルヴィアを救った二人への感謝を示すため城では宴が催された。急遽用意された宴であったが、将軍や大臣など主要な人物が集まり、伊丹とテュカを歓迎した。宴の後、黒髪の女官が二人を迎賓館へ案内した。
ヤルン・ヴィエット建国の経緯
案内の途中、女官はヤルン・ヴィエット王国の成り立ちを語った。女王ザンシアは黒髪のソノート族の族長家に生まれ、夫を亡くした後も族長として統治を続けていた。その後コノート族長シノワと結婚し、両部族を共同統治することで二族をまとめた。しかしシノワも早世し、再び寡婦となったザンシアはフロート族長ウーゾと再婚する。三つの部族を統合したことで国家としての条件が整い、三年前にヤルン・ヴィエット王国が建国されたのであった。
迎賓館の客室
女官は二人を迎賓館の上等な客室へ案内した。本来なら中級の部屋で十分であったが、王女を救った功績により特別に上級の部屋が用意されたのである。広い室内には豪華な調度と絨毯が備えられ、中央には巨大な寝台が一つ置かれていた。
夜のやり取り
女官が去った後、テュカは寝台に横になり伊丹を誘ったが、伊丹は夫婦ではないとして床で眠ると告げた。テュカはそれをからかいながら伊丹に触れ、精霊魔法を用いて一時的に動きを止めるなどしてからかった。伊丹は精霊魔法の副作用で感受性が高まっていることに困惑しながらも抵抗し、二人の間では軽口を交えたやり取りが続いた。
衝動と抑制
やがて二人の距離は急速に縮まり、伊丹は衝動的にテュカを押し倒した。互いの感情が高まる中、テュカは最後の一線を越える前に精霊魔法で伊丹を眠らせた。眠り込んだ伊丹を見つめながら、テュカは自分の感情が次第に抑えきれなくなっていることを自覚する。
テュカの葛藤
テュカは伊丹への想いが強くなっていることを認めつつも、ロゥリィやレレイとの間で定めた約束を思い出した。それは薬物や魔法などを利用して関係を強引に進めることを禁じ、自然な気持ちで結ばれることを重視するというものであった。精霊魔法の反動を利用することは禁じられているため、テュカは理性によって踏みとどまろうとする。
揺れる感情
しかし伊丹と二人きりで過ごす時間はテュカにとって何よりの喜びとなっていた。彼から強く求められる瞬間は人生の幸福に等しく、その感情を完全に抑えることは難しくなっていた。こうしてテュカは葛藤を抱えながら、眠る伊丹の傍で夜を過ごすことになったのであった。
01
父ホドリュー生存の報せ
亜神グランハムから「ホドリュー・レイ・マルソーが生きている」という話を聞き、テュカは耳を疑った。父の死を受け入れるまでに長い時間を要したため、今さら覆すような話を簡単には信じられなかったのである。しかしグランハムは確かにエルフと会ったと語り、氏族名と名を刻むエルフの文化では同族同氏同名が偶然一致する可能性は極めて低かった。テュカは、父が本当に生きているのか確かめる必要があると考え始めた。
父を探す決意と葛藤
父を探しに行きたいという思いは次第に強くなっていった。しかしテュカにはアルヌス協同生活組合の仕事があり、長期間現場を離れることは難しい状況であった。そのためテュカは誰かに相談しようと考え、朝食を食堂でとりながら周囲に事情を打ち明けることにした。
食堂での相談
テュカはお気に入りの食堂「ペリエ」でパンケーキを食べながら料理人カホンとウェイトレスのマゥイーに事情を話した。二人は父を探しに行くべきだと勧めるが、問題は父がルルドの一支族であるパルミア族と行動しているという点であった。テュカはその理由を曖昧に濁しながらも悩み続けた。
レレイによる情報
そこへ学生たちと共に現れたレレイにテュカはパルミア族の居場所を尋ねた。レレイによれば、パルミア系ルルドは現在白海の畔のバーレント付近におり、冬になると南下して行方が分からなくなるという。アルヌスからバーレントまでは片道でも一か月ほどかかる距離であり、周囲の者たちはその遠さに驚いた。組合の重要業務を担うテュカが長期間離れることは難しく、結局結論は出ないまま朝食は終わった。
事務所での来客
昼過ぎ、アルヌス協同生活組合の事務所に冥王ハーディの使徒ジゼルが現れた。ジゼルはアルヌスに建設されるハーディ神殿の用地確保のため奔走しており、ロゥリィから丘の西側の土地を譲り受けることに成功したと語った。その土地は戦死者の墓地として管理されていた場所であった。
アルヌスの土地制度
アルヌスの土地の多くは講和後に日本国の所有となったが、講和以前からの所有権は尊重されるという方針が取られていた。帝国の墾地私財化法では無主の土地を開発した者が所有できるため、アルヌス協同生活組合は自ら整備した施設や土地をそのまま所有することになった。ロゥリィが管理していた墓地もその例外ではなく、その一部を神殿用地としてジゼルに分け与えることが可能であった。
墓地整理と資金問題
しかし神殿建設には墓地の整理が必要であり、多くの棺や墓標を用意しなければならないため費用が問題となっていた。テュカは、日本兵の遺体が装備品や所持品とともに埋葬されているという話を伝える。ジゼルは埋葬された物品を再整理すれば資金の足しになる可能性に気付き、問題解決の糸口を見出した。
飛竜貸与の提案
雑談の中でジゼルは、テュカが父を探しに行きたいという話を聞いたことを切り出した。そして突然、飛竜を貸すという提案をする。飛竜なら一日に二百五十リーグ飛ぶことができ、アルヌスからバーレントまででも四日ほどで到着できる計算であった。往復や探索を含めても十八日ほどの休みで済むとジゼルは説明した。
同行者一名の条件
ただしジゼルが用意できる飛竜は二頭だけであった。そのためテュカは同行者を一人に絞る必要があると告げられる。速度と航続距離を確保するためには人数と荷物を減らす必要があるからである。こうしてテュカは、誰を連れて行くべきか考え始めたのであった。
飛竜訓練の提案
その日の夜、課業を終えた伊丹耀司は街の食堂に呼び出された。席にはテュカ、ロゥリィ、レレイ、さらに背後にはヤオが立ち、伊丹は四人に囲まれる形となった。テュカは父ホドリューを探しに行くため飛竜を借りることになったと説明し、そのため伊丹に飛竜に乗る特訓を受けてほしいと告げた。
同行者として伊丹を選ぶ理由
伊丹はなぜ自分が選ばれるのかと反発した。テュカはロゥリィは神殿建設の手伝いで忙しく、レレイは門の研究で手が離せないため同行できないと説明する。さらにヤオはテュカの代役として組合の業務を支える必要があると述べた。伊丹は以前飛竜に乗った際の恐怖を理由に拒否しようとした。
伊丹の抵抗
伊丹は自衛隊が多忙な状況にあることを理由に断ろうとした。食堂では幹部自衛官たちが書類を読みながら食事を取り、会議へ向かうなど忙しく働いている様子が見られた。しかしロゥリィは伊丹自身は現在特別図書館の運営や大祭典が終わったため比較的暇であると指摘する。伊丹は二十日もの休暇を取れば周囲の反感を買うのではないかと主張した。
レレイの説得
レレイはそれに対し、忙しく働く人々の前で暇そうにしている方が反感を買うと説明した。人は目に見える格差に不満を抱きやすく、休むべき時には休み、戻ってから全力で働くのが大人の働き方であると説いた。この理屈に伊丹は言葉を失った。
渡航手続きの問題
伊丹はさらに帝国領を通る外国への渡航には申請が必要であると述べた。テュカたちは爵位による特権で帝国領を自由に往来できるが、自衛隊には海外渡航許可申請の規定がある。しかしテュカは、それなら許可を得れば同行してくれるのかと問い詰めた。伊丹は曖昧ながら了承してしまい、周囲はその約束を確認した。
渡航許可の取得
後日、伊丹は狭間陸将に海外渡航申請書を提出した。狭間は内容を確認すると意外にもすぐに許可を与えた。理由を問われると、門の研究を進めるレレイの機嫌を損ねて再開通が遅れる事態を避けたいという事情があると語った。また北方地域は自衛隊にとって未知の土地であり、伊丹が現地の情報を持ち帰ることにも価値があると説明した。
狭間陸将の条件
狭間はただし条件として、現地の争いに関与せず問題を起こさないことを強く求めた。伊丹は敬礼してこれに応え、無事に帰還するよう命じられた。狭間は伊丹の逃げ足の良さを評価しており、それが渡航許可の理由でもあると告げた。こうして伊丹は、テュカの父を探す旅に同行することになったのであった。
02
飛竜訓練の開始
伊丹耀司は有給休暇と海外渡航の許可を取得し、テュカとの約束を守るため飛竜に乗る特訓を受けることになった。訓練を担当するジゼルは、エフリーとイフリーという二頭の飛竜を連れてきて紹介する。飛竜は非常に知能が高く人の言葉を理解するため、重要なのは操縦技術ではなく背に乗っていられるかどうかだとジゼルは説明した。
突然の飛行訓練
ジゼルの合図でエフリーは突然伊丹の襟首をくわえ、そのまま背に乗せて空へ舞い上がった。伊丹は恐怖の悲鳴を上げて暴れ、飛行は大きく乱れた。一方でテュカを乗せたイフリーは安定した飛行を見せ、伊丹の高所への弱さが明らかになった。ジゼルは伊丹の弱点を克服させるため、高さに慣れる訓練を始めることにした。
高所訓練と奇妙な反応
ジゼルは伊丹の胴にロープを巻きつけ、立木から吊るして高さに慣れさせようとした。しかし伊丹は高所に吊るされた状態では平然として景色を眺めていた。ところがロープが緩み、支えが人の手に移った瞬間に恐怖を感じて叫び出した。この不可解な反応に周囲は首を傾げた。
レレイの実験
この現象に興味を持ったレレイは、伊丹がどのような状況で恐怖を感じるのかを調べるため様々な実験を行った。視力検査をしながらの高所ジャンプや崖からの吊り下げ、目隠しした状態での飛竜乗騎など過酷な試験が繰り返された。その結果、伊丹は恐怖と疲労の末に幼児退行を起こし、立木にしがみついて実験を拒否するまで追い詰められた。訓練は失敗に終わり、伊丹の高所恐怖症はむしろ悪化してしまった。
居酒屋での検証
夜になるとロゥリィ、レレイ、ヤオ、ジゼルの四人は居酒屋に集まり、後からテュカも合流した。伊丹は疲労と不満で事務所に寝かされているという。レレイはやり過ぎたことを自覚して落ち込んでいたが、ロゥリィは伊丹は根に持つ性格ではないと慰めた。
恐怖の原因の分析
テュカが訓練の成果を問うと、レレイは結論として伊丹は高さそのものを怖がっているわけではないと説明した。伊丹が恐怖を感じるのは、自分の命をつなぐロープの一端を他人が握っている状況であるという。つまり意思を持つ存在に命を預けることに強い不安を抱くのであり、飛竜にしがみついて落とさないでと叫んだのもそのためだと分析した。レレイはこの恐怖は過去の体験に由来する可能性が高いと推測した。
過去の記憶を探る提案
しかし原因が分かっても克服方法は不明であった。そこでロゥリィは伊丹の過去の体験を思い出させることで恐怖の原因を明らかにする方法を提案した。もし苦手意識が過去の出来事に由来するなら、それを意識化することで克服の糸口になるという考えであった。
夢魔アルプの案
記憶を探る方法として夢魔アルプを用いる案が出た。夢魔を使えば過去の体験を夢として見せることができる。しかし精神精霊である夢魔は扱いが難しく、術者に危険が及ぶ可能性もある。さらに他人の心の奥を暴くことはプライバシーの問題でもあり、テュカは迷いを見せた。
テュカの決意
ヤオが代わりに行うと申し出たが、テュカはそれを拒んだ。伊丹を父探しに巻き込もうとしているのは自分であり、その責任は自分が負うべきだと考えたのである。良いことでも嫌なことでも自分が引き受けるべきだと決意し、テュカは夢魔を使う覚悟を示した。こうして一同は伊丹の過去を探るため、行動を起こすことになった。
夜の事務所への潜入
職員が帰宅して無人となった組合事務所へ、ロゥリィ、テュカ、レレイ、ヤオ、ジゼルの五人が忍び込んだ。伊丹耀司は応接間のソファーで眠らされており、疲労のためか深く寝入っていた。月明かりに照らされた寝顔には深い皺が刻まれ、苦しげな唸り声も漏れていたため、何か悪い夢を見ている様子であった。
夢魔を呼ぶ準備
伊丹の無防備な寝姿を前に、レレイは懐に潜り込もうとし、ヤオは服を脱ごうとするなど場が乱れかけたが、ロゥリィが二人を引き離して本題へ戻した。テュカは咳払いして呼吸を整えると、歌のような詠唱によって精霊を呼び出した。薄緑色の光が伊丹の頭上に現れ、やがてその身体を包み込むと、寝苦しそうだった表情は次第に和らいでいった。
ジゼルの爆弾質問
テュカが問いを発しようとした矢先、横からジゼルが伊丹に一番愛している相手は誰かと尋ねた。この問いはその場にいた四人が聞きたくても聞けなかった内容であり、一同に緊張が走った。伊丹はうわごとのようにエミュリナと答えたが、それは現実の女性ではなく絵双紙の登場人物であったため、四人はひとまず安堵した。
幼少期の事故の記憶
その後の問いかけによって、伊丹の心に刻まれた傷が幼少期の体験に由来することが明らかになった。幼稚園時代、伊丹は二階ほどの高さがある滑り台を下から上へ登る遊びに挑戦していた。何度も失敗した末、滑り台の縁をつかんで少しずつ頂上へ近づいたが、頂上で待っていた友人コーちゃんが手を差し伸べた瞬間、おやつの合図が鳴った。コーちゃんはそのまま遊戯室へ駆け出し、伊丹は手を取られないまま高所から後ろ向きに転落した。
転落と重傷
伊丹は砂場を越えてスプリング遊具に叩きつけられ、さらに弾き飛ばされてブランコ柵へ落下した。その衝撃を股間で受けたため負傷は深刻であり、局部が腫れ上がって二日ほど入院する事態となった。高所からの落下だけでなく、その後の病院での体験も幼い伊丹には大きな恐怖となった。医師や看護師が怪我の箇所を知って笑いをこらえていたことも、本人には深刻な空気として受け取られ、不安と恐怖が強く刻み込まれた。
恐怖症の正体と限界
五人は、これほどの体験を経て高所恐怖に近い反応が残るのも当然だと理解した。だが、その心の傷を短期間で癒やすことは不可能であった。恐怖症の克服には、本来なら長い時間をかけて刺激と恐怖反応の結びつきを弱める必要がある。しかしテュカには父を探しに行くまでの時間的余裕がなく、伊丹の自然回復を待つことはできなかった。
感情抑制魔法を巡る議論
ロゥリィは、こうなれば姑息療法に頼るしかないと述べた。その内容は、精霊魔法で伊丹の恐怖感を一時的に抑え込むというものであった。しかしテュカは、感情操作は禁忌であり、人格そのものを損なう危険があると反対した。ヤオもまた、感情を押さえつけ続ければ心が荒れ果て、伊丹らしさが失われると説明した。恐怖心は危険を避けるための大切な情緒であり、それを麻痺させることには明確な危険が伴っていた。
テュカの決断と伊丹の覚悟
その話を聞いたテュカは、自分一人で父を探しに行くと叫んで立ち上がった。だがその手を、いつの間にか目を覚ましていた伊丹がつかんで止めた。伊丹は、父が生きていたとしても健全な状態とは限らず、記憶喪失や人格崩壊、重い障害などによりテュカが大きな衝撃を受ける可能性がある以上、一人で行かせるわけにはいかないと語った。そして飛んでいる間だけ感情抑制の魔法をかけ、夜には解けるよう条件を弱める案を受け入れた。
魔法の効果と飛竜騎乗の成功
テュカは皆の前で魔霊ベン・ゾジアを呼び出し、伊丹に感情抑制の魔法をかけた。すると伊丹の表情はたちまち鋭く冷たいものとなり、普段とは異なる落ち着きを見せた。ジゼルがその変化に妙な興奮を示して場を乱しかけたが、ロゥリィが制止し、本来の目的に戻された。伊丹は指示に従ってエフリーに近づき、ためらいなく鐙に足をかけて跨がった。飛竜が振り落とそうとしても落ち着いて対処し、そのまま夜空へ舞い上がることに成功した。こうして感情抑制魔法が飛竜騎乗に有効であることが確認され、その後魔法は短時間で解かれた。
出発の日の広場
伊丹耀司とテュカが出発する日、街の広場にはエフリーとイフリーの二頭の飛竜が待機していた。ジゼルの手で鞍や頭絡など旅装の準備はすでに整えられており、周囲には街の住民や倉田、栗林ら自衛官たちが見送りのために集まっていた。そこへまず現れた伊丹は、翼竜の鱗で作られた鎧を着込み、着慣れない装備にぎこちない様子を見せていた。
伊丹の装備と礼文の贈り物
伊丹の鎧は、組合の子供たちが彼のために取っておいた鱗を使って仕立てたものであった。伊丹が荷物を鞍へ取り付けていると、特殊作戦群の武器係である礼文一等陸曹が現れ、出雲の預かり物だとして紙袋を手渡した。その中にはPDWのMP7A1と散弾銃が入っており、それぞれ礼文によってシャーリーン、セレッサと名付けられていた。礼文は細かな改造内容や弾薬の用意について熱心に説明し、伊丹は彼が武器を偏愛する人物であることを察しつつ、その贈り物をありがたく受け取った。
テュカの旅装
続いてテュカがロゥリィとレレイを伴って現れた。髪をお下げにしてバンダナを巻き、ホットパンツにジーンズ、長いブーツという軽装であり、伊丹のような重装備ではなかった。テュカは精霊魔法を使いやすくするため、身体を覆う鎧を避け、翼竜の皮膜と鱗で作られた柔らかな胴着のみを身につけていた。武器はコンパウンドボウ、自作の矢、そして腰の後ろの短いナイフであった。
モーターの餞別
出発直前、アルヌスに住み着いた亜神モーターが姿を見せた。モーターはテュカの眷属や友人を手ぶらで旅立たせるわけにはいかないとして、伊丹には青く塗装された竜槍と兜を、テュカには鏑矢の鏃を贈った。竜槍は二つに分解できる構造で、見た目に反して異様に軽く、穂先は鋭かった。兜もまた伊丹にぴったり合う仕上がりであり、二人はその厚意に礼を述べて受け取った。
感情抑制魔法と旅立ち
出発に際し、伊丹はテュカへ感情抑制の魔法をかけるよう求めた。テュカが掌を伊丹の額に当て、ベン・ゾジアの魔霊を呼び出して感情を抑えると、伊丹はためらいなくエフリーに跨がった。テュカもイフリーに乗り込み、二人はアルヌスの人々に見送られながら旅立っていった。
ジゼルへの追及
二人を見送った後も、ジゼルはしばらく空を見上げていた。そこへロゥリィとレレイが近づき、なぜ飛竜を二頭しか用意しなかったのか問い詰めた。ジゼルは観念したように、自分の判断の背後にはハーディの意思があると明かした。ハーディはロゥリィに執着しており、伊丹が彼女にふさわしい存在かどうかを確かめるため、あえてロゥリィたちをアルヌスに残し、伊丹をテュカと二人きりの旅へ送り出したのだという。
神々による伊丹への試し
さらにモーターも、自分のところのダンカンが伊丹を試すつもりであると語った。先の大祭典でユエルが伊丹に絡んで決闘騒ぎとなった件も、実は太陽神フレアの差し金だったらしいという。つまり複数の神々が、伊丹が眷属になったことで増長するのか、それとも変わらずロゥリィの見立て通りの男であり続けるのかを見極めようとしていたのである。
不穏な予感
モーターは、人が良くも悪くも周囲の環境で変わることを示す言葉を引き合いに出し、伊丹を試すには悪い環境へ置くのが最も手早いと示唆した。その意味を理解したロゥリィは、またユエルのような存在が現れるのではないかと不安を覚えた。こうして伊丹とテュカの旅立ちは、単なる父探しにとどまらず、神々の思惑を背負った試練の始まりでもあった。
03
迎賓館での朝
旅に出て五日目の朝、伊丹耀司とテュカはヤルン・ヴィエット城の迎賓館で目を覚ました。伊丹は魔法で眠らされた翌朝特有の軽い頭痛を感じていた。目を開けると、すぐ目の前にテュカの顔があり、互いの鼻先が触れそうな距離で眠るという状況にも、伊丹はすでに慣れていた。テュカは甘えたがりで、眠るときには腕や身体を絡めて密着することを好むためである。
魔法の副作用と伊丹の疑念
恐怖心を抑制する精霊魔法を長時間使った場合、反動として感受性が高まることが初日の夜に判明していた。その時、伊丹は衝動を抑えきれずテュカに襲いかかってしまったため、二日目以降は夜になると魔法で眠らせてもらうことになっていた。しかし魔法による睡眠では、眠る直前の約二十分間の記憶が曖昧になる。伊丹はその時間に何か問題を起こしているのではないかという不安を抱いていた。
残された痕跡
テュカにそのことを尋ねようとした伊丹は、テュカが裸のまま隣に寝ていたことに気づき驚いた。さらにテュカが隣室へ向かう背中には鬱血斑が残っていた。それがどこかにぶつけたものではなく、自分が原因ではないかという疑念が伊丹の頭をよぎった。だが確かな記憶はなく、追及すれば自分が窮地に陥る可能性もあると判断し、伊丹はこの件について深く考えないことに決めた。
迎賓館の浴室
隣室の浴室から水音が聞こえ、テュカが温かい湯に驚く声を上げた。迎賓館では頼まなくても風呂に湯が用意されていたためである。伊丹もその後入浴し、湯を供給する仕組みを調べた。別室で沸かした湯が管を通って浴槽に注がれる構造になっており、利用者側で湯を追加する仕組みはないようであった。伊丹は壁の裏で係員が監視している可能性まで考えたが、さすがに考え過ぎだと結論づけた。
女王からの朝食の招待
入浴を終えると、テュカは帝国風の衣装に着替えていた。テュカによると、伊丹が風呂に入っている間に女王から朝食への招待が届いたという。武装したままでは場にふさわしくないため、二人には宮廷用の衣装が用意されていた。伊丹はトゥガという帝国風の衣装の着方に戸惑ったが、テュカに手伝われて急いで着替えることになった。
支度と女官の訪問
伊丹の支度が終わった後も、テュカは装飾や髪の手入れに時間をかけていた。やがて黒髪の女官が現れ、二人の着付けを確認すると食堂へ案内した。伊丹はタイミングの良さから、やはりどこかで監視されているのではないかと疑念を抱いた。
宮廷文化の説明
廊下を進む途中、テュカはこの国の衣装が帝国風である理由を女官に尋ねた。女官は、この国ソノートはこの地で生まれた民族であり、本来ならソノート文化を宮廷で採用するべきだが、首都がフロートの地に置かれているため土着文化が強くなることを避けるため帝国風を採用していると説明した。またコノートやフロートといった他民族を侮蔑する言い方も見せた。
伊丹の不安
女官の発言には他民族への強い軽蔑が含まれており、伊丹はこの国が内部に対立を抱えているのではないかと感じた。都市文化と地方文化の対立以上の問題が潜んでいるように思えたのである。女官は女王が帝国文化に慣れていることを付け加えながら、食堂へ通じる扉を開いた。こうして伊丹とテュカは女王との朝食の席へ向かうことになった。
水晶宮での朝食
伊丹耀司とテュカが案内された食堂「水晶宮」は、壁一面が半透明の煉瓦、すなわちガラスブロックで構成された華美な空間であった。伊丹はその素材に驚き、この地でもガラスが作られていることに感嘆した。そこへ身なりの良い青年ディタ・コ・エファンが現れ、自分は帝国から亡命してきた貴族であり、今はヤルン・ヴィエットの政務顧問を務めていると名乗った。ディタはこの国の火の技術の高さを誇り、ガラス生産を自慢したが、伊丹が自国ではそれを窓に使うと語ったことで、女王ザンシアの機嫌が危うくなりかけたため、テュカが慌てて話を収めた。
王族一家の登場と女王の見栄
やがてシルヴィアとウーゾが現れ、ザンシアがガラスを自慢していたことを笑った。ザンシアはヤルン・ヴィエットの女王として自国の産物を誇って何が悪いと反論したが、ウーゾはその技術が本来フロート由来であることを指摘した。ザンシアはフロートもまた自分の統治下にあると主張したが、夫妻のやりとりからは、この国を構成する諸部族の微妙な力関係がすでに滲み出ていた。
帝国料理をめぐる価値観の違い
食卓には薄いパン、豆と肉の煮込み、干し果物など、伝統的な帝国料理が並べられた。料理は素朴ながら美味であったが、帝国で進行している料理革命の影響は及んでいないようであった。シルヴィアは新しい料理にも関心を示したが、ディタとザンシアは伝統的な帝国料理こそ正統であり、外来文化の影響を受ける風潮を好ましく思っていなかった。ザンシアは伊丹にも同意を求めたが、伊丹は美味いものであれば何でも良いと答え、女王の自尊心を刺激せずに話をかわした。
庭園で語られる王国の成り立ち
朝食後、ウーゾは場所を庭園へ移そうと提案した。芝生や花壇の整った美しい庭で香茶が供される中、ウーゾはヤルン・ヴィエットの成り立ちを説明した。ザンシアはソノートとコノートの統治権を持つが、フロート族長であるウーゾ自身はソノートやコノートの共同統治者にはなれない。これは先代の血筋を引く相続人が存在するためであり、相続制度のために王国の統合は不安定な基盤の上に成り立っていた。テュカはこの国が将来的に分裂する危険を秘めていると見抜き、ウーゾもそれを認めた。
シルヴィア襲撃が招いた疑念
話題はシルヴィアがモーザ・ドゥーグに襲われた件へ移った。ウーゾは、あの襲撃が自分の仕業だと疑われかねない状況にあると打ち明けた。ソノート側から見れば、シルヴィアがいなくなればウーゾが共同統治の障害を取り除けるように見えるためである。シルヴィア自身は義父ウーゾとの親しさを隠さず、フロートの女官に香茶のおかわりを頼み、黒髪の女官たちを退けた。その姿から、シルヴィアが実母ザンシアよりも継父ウーゾに親近感を抱いていることがうかがえた。
アカバ行きの依頼
ウーゾは本題として、バーレントへ向かう伊丹とテュカにシルヴィアをアカバまで連れていってほしいと頼んだ。テュカはシルヴィアの旅そのものを中止する案を出したが、ディタはそれを否定した。ヤルン・ヴィエットは現在危機に瀕しており、アカバとの軍事同盟を結ぶ必要があるため、シルヴィアの訪問は外交上不可欠だというのである。さらにディタは、シルヴィアにモーザ・ドゥーグを嗾けたのはおそらくゼノビアであると語り、新たな脅威の存在を示唆した。
出発準備と誤解された夫婦関係
朝食からしばらく後、伊丹とテュカは鎧を着けて城のバルコニーへ向かった。飛竜エフリーとイフリーの支度はすでに整っており、馬丁は二人を夫婦と思い込んで親しげに声をかけた。テュカはそれを訂正せず、イフリーの手綱を受け取った。伊丹は感情を抑える魔法を受けていたため、冗談にも淡々と反応するだけであった。
シルヴィアと侍女ココモの同行
やがて旅装を整えたシルヴィアとその侍女が現れ、女王ザンシアやウーゾ、大臣たちも見送りに並んだ。ザンシアはシルヴィアに、この旅がヤルン・ヴィエットの運命を左右することを忘れるなと厳しく言い聞かせた。シルヴィアは以前の約束を持ち出し、伊丹の飛竜に乗せてもらうことを求めた。伊丹は彼女をエフリーの鞍へと引き上げたが、シルヴィアは伊丹に寄りかかるように座り、甘えるような態度を見せた。その様子にテュカは苛立ちを覚えたが、礼儀正しい侍女ココモを自分の飛竜へ乗せることで気持ちを抑えた。
飛竜による再出発
支度を終えた伊丹はシルヴィアを乗せたままエフリーを飛び立たせた。見送りの声を背に受けながら、エフリーは上昇気流を捉えて空高く舞い上がった。続いてテュカもココモを前に乗せ、イフリーとともに飛び立った。こうして伊丹とテュカの旅は、父探しに加えてシルヴィアをアカバへ送り届けるという新たな役目を背負って続いていくことになった。
シルヴィアが明かしたアカバ行きの真意
飛竜で移動する中、シルヴィアは自分がアカバへ向かう理由は、単に同盟を請うためではないと伊丹耀司に明かした。ザンシアの説明には事実が含まれているが、自分に都合の悪い部分が伏せられているのだと語る。伊丹は、自分たちに求められる役割を正しく理解するためにも、話を聞く必要があると判断した。
五年前の財産比べ騒動
シルヴィアによれば、ザンシアとゼノビアの対立の発端は五年前にあった。当時コノート族とパルミアの関係は良好で、遊牧民の来訪は収穫祭の賑わいとして歓迎されていた。その折、ザンシアとフロート族長ウーゾの妻メイブが市場で言い争いとなり、互いの裕福さを競う財産比べに発展した。競い合いは宝石や衣装、美術品などに及び、最後は家畜比べでザンシア側の雄牛が勝敗を決した。
雄牛をめぐる疑惑
ところが後になって、その雄牛は本来パルミアの首長ゼノビアの所有物であり、焼き印もあるという噂が流れた。メイブは勝負は無効だと主張し、帝国総督に提訴した。ザンシアはそれに対し、雄牛は結婚祝いとして譲られたものであり、勝負の時点では自分の所有物であったと反論した。裁きの行方はゼノビアの証言にかかることになったが、パルミアが南方へ移動していたため、証言は初夏まで待たねばならなかった。
メイブ失踪と関係悪化
その間に様々な駆け引きがあったはずだとシルヴィアは語ったが、事態は急転した。提訴したメイブが裁きの場に現れず、そのまま行方不明となったのである。結果として裁判は成立せず、財産比べはザンシアの勝利として終わった。さらにその後、ザンシアはウーゾの妻となって女王の地位に就いたため、シルヴィアはこの一連の流れを偶然では片づけられないと見ていた。
ゼノビアとの対立構造
シルヴィアは、ゼノビアから見ればメイブの失踪はザンシアの策謀に映ったはずだと推測した。もし裁判が開かれていれば、ゼノビアはどちらに有利な証言をしても利益を得られたはずだが、それが消えたことで損をした形になったからである。さらにザンシアが牛を返さなかった可能性まで挙げ、話し合いで解決できる問題も解決できないほど両者の関係が悪化した原因はそこにあると説明した。今回シルヴィアがモーザ・ドゥーグに襲われた件も、ゼノビアが先手を打った結果だとヤルン・ヴィエット城では信じられているのだと伊丹は理解した。
シルヴィアの政治的狙い
こうした状況を踏まえ、シルヴィアは自分も権謀術数の真似事をしてみたいと語った。だがその中身は、アカバ族長にザンシアとゼノビアの間を取り持ってもらい、事態を平和裏に収めるよう働きかけることだった。権力者同士は策を弄してもよいが、市井の民に被害が及ぶ以上は正義や道理が必要だとシルヴィアは考えていた。また、自分自身も政治的に使える駒であることを母に示したいと望んでいた。伊丹はその企てを見守ってほしいと頼まれ、見守るだけならと了承した。
アカバ目前の空の変化
ヤルン・ヴィエットからアカバまでは徒歩なら三日だが、飛竜なら一時間で到達できた。侍女ココモはその速さに感嘆したが、テュカは前方の伊丹とシルヴィアの様子ばかり気にしていた。シルヴィアが何度も楽しそうに振り返って伊丹に話しかける様子が見えるたびに、テュカは気が気でなかった。
嵐による視界喪失
やがて周囲には黒い雲が広がり、冷たい風と湿った空気がぶつかって天候が急変した。稲光も見え始め、テュカはどこかへ降りて天候の回復を待つべきだと伊丹に呼びかけた。伊丹が合図を返した直後、二頭の飛竜の間に濃い雲が割り込み、たちまち互いの姿が見えなくなった。視界は灰色の濃霧に包まれ、テュカは上下感覚すら失いかけた。
イフリーの墜落
イフリーは本能的に降下して雲の下へ出ようとし、ようやく薄暗い視界を得た。横殴りの雨と突風の中、テュカは雨を避けるため針葉樹の森へ降りようと決めた。だがココモがその言葉を自分に向けられたものと勘違いして身を起こしたことで、イフリーの首を捻る形となり、飛行の均衡が崩れた。必死に体勢を立て直そうとしていたイフリーはそのまま森へ墜落していったのであった。
墜落後の救命と避難
墜落の瞬間、テュカはとっさに手綱を放したことで、イフリーの巨体に引きずられたり下敷きになったりせずに済んだ。枝葉が落下の勢いを吸収し、長袖の衣服とボディースーツ状の鎧も擦り傷を軽減したが、地面に激突した衝撃は大きく、しばらくは身体の感覚すら失っていた。痛みによってようやく生存を実感したテュカは、周囲を見回してイフリーを見つけたものの、ココモの姿が見当たらず慌てて捜した。するとイフリーは、動かないココモを雨から庇うように伏せていた。ココモは呼吸も心拍も止まっているように見え、テュカは気道確保と人工呼吸、さらに心臓マッサージまで行って救命処置に入った。
ココモの仮死体質
やがてココモは息を吹き返した。実はココモの母はサムツァ種であり、サムツァは驚きや怪我によって仮死状態になって危険をやり過ごす習性を持つという。ココモもその血を引いていたため、一時的に仮死状態に陥っていただけであった。命の危機を脱した二人は、今度は低体温を防ぐため、即席の避難所作りに取りかかった。テュカは蔦を切り、丸太と枝葉で屋根を作り、イフリーの力も借りて大きな簡易シェルターを完成させた。ココモはその下で石を積んで竈を作り、火を熾す準備を進めた。
雨宿りの支度とココモの素性
ココモは、自分の小柄な体格はサムツァの血によるものかもしれないと語った。ただし血筋と身体の大きさは必ずしも一致せず、この土地にはサムツァの血を引く者が多いとも説明した。さらにサムツァの仮死習性は略奪婚に悪用されることもあり、女の子が気づいたら知らない男の家にいたという話も珍しくないと、自嘲気味に語った。テュカはその辺境の理不尽さに顔を引きつらせたが、ココモはどんな境遇でも受け入れて生きるのがサムツァだと静かに述べた。
生存のための夜支度
避難所が整うと、テュカはイフリーの荷から食料を取り出し、ココモは雨水を溜めて湯を沸かす準備をした。テュカは濡れた衣服とボディースーツを脱ぎ、乾いた布で自分とイフリーの身体を拭いた。竜種は寒さに弱いため、水滴を残さないことが重要だった。ココモはそんなテュカの身体を思わず見てしまい、助けてもらった時の唇の感触まで思い出して顔を赤らめた。二人は食事をとり、火で衣服を乾かしながらなんとか一息ついた。
テュカの嫉妬と焦燥
だが、落ち着いた途端にテュカは伊丹耀司のことを思い出した。空は依然として荒れており、飛竜で飛ぶことは不可能だった。しかも伊丹にかけられていた感情抑制の魔法は、日が落ちると解けてしまう。感受性が高まり、感情の起伏が激しくなる夜に、シルヴィアと二人きりで雨宿りしている可能性を考えると、テュカは強烈な嫉妬に襲われた。濡れた衣服を脱いだ女と焚き火のある避難状況という、自分たちが今まさに置かれている状況そのものが、男女の距離を縮めかねない環境であることにも気づき、シルヴィアだけがそれを我慢せずに済むのではないかと考えて苦悶した。ココモはそんなテュカの様子を見て、大人の女にはいろいろあるのだとイフリーに説明しながら、そっと放っておくことにした。
翌朝の捜索開始
翌朝になると空は見事に晴れ渡った。テュカは朝食すら後回しにして、すぐに出発の準備を整えた。寝ぼけたココモをイフリーに乗せて飛び立ち、伊丹とはぐれた付近を中心に捜索を始めた。だが数時間飛び続けても見つからず、空腹を訴えるココモに対して、テュカは苛立ちを隠せなかった。
伊丹との再会
捜索の最中、ココモは山あいの森から狼煙が上がっているのを見つけた。さらに誰かが手を振っているのを確認し、テュカに知らせた。テュカはそれが伊丹だと気づき、急いでその場所へ向かった。こうしてテュカは、ようやく伊丹との再会を果たしたのであった。
05
アカバの実情
伊丹耀司たちがアカバの領域に入った頃、地上では野牛を追うケンタウロスの狩人たちの姿が見えていた。シルヴィアは、アカバが長毛ケンタウロス種の一支族であり、総人口は八千余、さらに多数の奴隷を抱える集団であると説明した。生業は狩猟や盗賊、時に傭兵業であり、農業や牧畜のような生産労働は軽蔑され、必要なら奴隷にやらせるだけであるという。伊丹は盗賊を産業とする在り方に驚いたが、シルヴィアは厳しい自然の中では他者から奪うこともまた生存の手段であり、人間の本性が露わになりやすい環境なのだと述べた。
アカバとの交渉の難しさ
シルヴィアは、アカバがパルミアと縄張りを接しているため、家畜をめぐる争いが絶えないことを説明した。伊丹は、敵対関係にあるならヤルン・ヴィエットへの協力も得やすいのではないかと考えたが、シルヴィアはそれを否定した。族長スマグラーは欲深く、自分の利益になることでも対価なしには決して応じない性格であり、だからこそ自分のような使節が必要なのだと語った。
アカバの街の外で降りる判断
やがて遠くに、丸太を幾重にも巡らせた囲いが見え、それがアカバの街であると知らされた。伊丹には野戦築城の陣地のように見えたが、シルヴィアはそれが機動力を重視するケンタウロス種らしい防御の形であり、アカバ軍の素早い進退は周辺部族から恐れられていると説明した。伊丹は、いきなり街へ飛び込めば敵と誤認される危険があると判断し、少し離れた場所へ降りて斥候の到着を待つことにした。
テュカの不機嫌とシルヴィアの挑発
地上へ降りた後、伊丹はテュカに感情抑制の魔法を解くよう小声で頼んだ。テュカは黙ったままそれに応じたが、不機嫌さを隠そうともせず、その気配は魔法が解けた伊丹にもはっきり伝わった。そんな中、シルヴィアは自分と伊丹の間には疚しいことは何もなかったと笑いながら告げたが、その言い方はテュカの不信を逆に煽るものであった。テュカは、疚しくないことなら何かは起きたのではないかと問い詰めることになった。
「シルヴィ」という呼び方の意味
さらにテュカは、なぜ伊丹がシルヴィアを「シルヴィ」と呼ぶようになったのかを問いただした。するとシルヴィアは頬と耳を赤らめ、意味深な反応を見せたため、テュカの疑念はさらに深まった。伊丹はその場から逃げるようにエフリーの陰へ隠れ、シルヴィアに話さないでくれと両手を合わせて懇願したが、シルヴィアはむしろ覚悟を決めるよう伊丹を突き放した。
洞窟での怪談話
シルヴィアが明かした昨夜の出来事は、テュカの予想していた色恋沙汰ではなかった。嵐のために洞窟で雨宿りしていた際、シルヴィアは伊丹に怪談話を聞かせて楽しんでいたのである。感情抑制の魔法が解けた後の伊丹は感受性が高まっており、暗い洞窟と揺れる焚き火の光という状況も相まって、怪談話の効果は抜群であった。何を言われても平然としていた伊丹はたちまち子供のように怖がり始め、ついにはシルヴィアに縋りついて泣き出したのだという。
誤解の解消と新たな企み
その話を聞いたテュカは、伊丹とシルヴィアの間に色っぽいことが何も起きていなかったと分かり、ようやく安心した。縮こまっている伊丹を見て、むしろ可愛らしく思えるほどであった。さらにシルヴィアから、男のプライドにはもう少し配慮した方がよいと指摘され、テュカはそれを受け入れた。その一方で、帰りの旅では自分も伊丹に怪談話をしてみようと決め、密かに新たな企みを抱くことになった。
アカバの斥候との対面
伊丹耀司たちが話しているうちに、アカバの斥候であるケンタウロス種の男が三騎現れた。二騎は弓、 一騎は槍を持ち、防具はほとんど身につけず、獣皮を羽織り、全身に刺青を施していた。一定の距離を保ったまま何者かと問いかけてきたため、伊丹は短機関銃に手を添えて備え、テュカはあからさまに弓を構えて応じた。場は一触即発となったが、エフリーとイフリーが身じろぎしたことで、斥候たちの警戒は飛竜へと向かった。
シルヴィアの名乗りとアカバ入城
その緊張を解いたのはシルヴィアであった。シルヴィアは自らをヤルン・ヴィエットの王女と名乗り、スマグラーに目通りを願うために来たと告げた。斥候たちはその名に反応し、シルヴィアの来訪があらかじめ知られていたことがうかがえた。案内役の男は一行を族長のもとへ連れて行くと告げたが、飛竜を街へ連れてくることには明らかに怯えを見せた。伊丹は騒動を避けるため、エフリーとイフリーに街の外で待機するよう命じ、一行だけでアカバの街へ入った。
奴隷に支えられたアカバの街
アカバの街は不潔で、あちこちから厩舎の臭いが漂い、窓から汚水が道へ捨てられていた。建物の造りはケンタウロスの体格に合わせたもので、街全体が巨大な厩舎のような印象を与えた。そこにはケンタウロスだけでなく、ヒト種や様々な亜人種の姿もあったが、彼らはいずれもみすぼらしい服をまとい、精気のない表情で労働に従事していた。シルヴィアは、彼らが奴隷であり、ケンタウロスたちは家事や生産労働を奴隷に押しつけているのだと説明した。
ルルドの美童と奴隷制度の歪み
奴隷の中には銀髪翠眼の美しい少年もおり、伊丹は一瞬レレイと見間違えた。シルヴィアは、ルルドの少年は容姿の良さゆえに高値で売買され、男娼として需要があると説明した。さらにケンタウロス種は一夫多妻制であり、妻が妊娠や育児に入る間は男たちが奴隷を相手にするため、男女問わず奴隷に需要があるのだという。族長スマグラーは十八人の妻と十人の妾奴、さらに多数の労働奴隷を所有していると明かされ、伊丹はその規模に呆然とした。
族長の館と奴隷の恐怖
案内された族長の館は、伊丹の感覚では豪邸というより巨大な厩舎であった。斥候の男は一行を玄関前で待たせ、自分だけが中へ入って説明に向かった。シルヴィアは使者としてこの扱いを受けることに強く不満を示したが、斥候たちは慣れた様子で受け流した。窓越しに見えた館の内部では、族長スマグラーが槍投げの練習をしていた。しかも的のすぐ脇には裸同然の奴隷女性が立たされ、手元が狂えば命を落としかねない状況であった。片方の黒髪の女奴隷は恐怖で泣き叫んでいたが、もう片方の褐色の奴隷は主への忠誠を誇るように振る舞っていた。伊丹はそこに、囚われた者が主に依存し献身を競うという奴隷の幸福感を見た。
モーザ・ドゥーグ出現への狂喜
やがて斥候から報告を受けたスマグラーは、シルヴィアの来訪よりもモーザ・ドゥーグの群れが出たことに激しく反応した。怒声を上げたのち、政治の話は後回しにすると言い放ち、街中へ狩りの触れを出させた。モーザ・ドゥーグ狩りは若者たちの成人の儀式であり、これを仕留めて初めて一人前の男と認められるのだとスマグラーは宣言した。館の前にはたちまち百騎を超える若者たちが集まり、その集結の速さは異様なものだった。
使者としての屈辱
武装を整えたスマグラーは、館の前で待たされていたシルヴィアに歩み寄り、モーザ・ドゥーグをどこで見たのかだけを尋ねた。シルヴィアがペネンターニュ平原だと答えると、スマグラーはその情報だけで満足し、成人の儀式のために出陣しようとした。これにシルヴィアはついに怒り、一国の王女であり使者である自分を玄関前に立たせたまま放置するなど野蛮で礼儀知らずだと非難した。だが傍らのケンタウロス戦士は、それはよく言われることだと肩を竦めるだけであった。
黒髪の奴隷の懇願
スマグラーを待つうちに夜になり、ココモは木片を集めて焚き火を起こし、香茶を淹れて簡易の休憩場所を整えた。そこへ、先ほど槍投げの的の傍に立たされていた黒髪の女性が近づき、同族であるシルヴィアに助けを求めた。彼女はスマグラーの妾奴としての生活がいかに過酷であるかを語り、このままでは死んでしまうと訴えた。だがシルヴィアは、ヤルン・ヴィエットの使者としてここに来ている以上、族長の機嫌を損ねる行動は取れないと告げ、女性を助けることを拒んだ。
伊丹の判断とテュカの葛藤
そのやり取りを見たテュカは、伊丹ならどうするかと考えた。しかし伊丹は動かず、シルヴィアの判断を尊重した。伊丹は無条件に誰にでも手を差し伸べる人間ではなく、個人の力には限界があることを理解していた。ここでこの女性を救えば争いが起こり、より多くの犠牲を生む可能性があるからである。テュカはその考え方を思い出し、自分も感情を抑えなければならないと理解した。それでもなお、胸の奥には伊丹が何とかしてくれるのではないかという期待が消えずに残っていた。
モーザ・ドゥーグ狩りの帰還
夜半になり、モーザ・ドゥーグの首を槍に掲げたスマグラーが若者たちを率いて帰還した。狩りでは四十騎近い若者が獲物を仕留め、一人前の戦士として認められることになった。広場では祈祷師がその証として刺青を入れており、スマグラーはその光景を見て満足げに笑った。祝宴が始まり、戦士たちは酒と肉を囲んで騒ぎ始めた。伊丹たちも客人として席を与えられたが、焼いた塩肉を投げ与えられ酒を甕から直接飲むよう促されるという粗雑な待遇であった。
祝宴と死の光景
宴の傍らには、モーザ・ドゥーグに殺された若者たちの遺体が並べられていた。今回の狩りでは参加者の三分の一が命を落としており、その惨状は伊丹たちには耐え難いものだった。だがスマグラーはそれを当然のこととして受け止めていた。弱い者は死ぬべきであり、生き残った強者だけが女を得て子を残すことで部族は強くなるのだと語り、戦士たちはその言葉に歓声を上げた。
同盟の真意
やがてスマグラーはシルヴィアに視線を向け、同盟を受け入れると告げた。だがその理由は、ザンシアが約束通り娘を差し出したからだというものだった。シルヴィアは意味が分からず戸惑ったが、スマグラーは彼女が自分の側妾になるのだと当然のように説明した。驚くシルヴィアに対し、スマグラーは証拠として一通の書簡を投げ渡した。そこにはザンシアの署名と封印があり、娘を差し出す代わりに同盟を結び、パルミアを共に滅ぼしてほしいと記されていた。
母による裏切り
書簡を読んだシルヴィアは、それが確かに母ザンシアの筆跡であると認めざるを得なかった。アカバへ向かう前に母が語った言葉の意味も、ここでようやく理解したのである。国の運命がかかっているという言葉は、つまり自分を差し出す覚悟を持てという意味だったのだ。母から裏切られたような思いに、シルヴィアはその場に崩れ落ちた。
ココモが語る宮廷の事情
ココモは、この展開をある程度予想していたと語った。ザンシアは以前からシルヴィアを疎ましく思っており、王位継承を巡る問題が背景にあった。ソノート族は血統を重視し、次の女王はシルヴィアであるべきだと考えている。しかしザンシアは王国の体制維持のため、ビルバヤニスを後継に据えたいと考えていた。そのため、この機会を利用してシルヴィアを国外へ追い出すつもりだったのではないかという噂が宮廷で広まっていたのである。
シルヴィアの選択
ココモは伊丹に助力を求め、ここから逃げることも可能ではないかと問いかけた。だが伊丹は、自分から答えを出すことはできないと告げた。シルヴィアはヤルン・ヴィエットの使者であり、彼女の決断は国の命運を左右する。外部の人間が軽々しく口を挟める問題ではないからである。最終的な判断はシルヴィア自身が下さなければならないと伊丹は語った。
王女の苦悩
ココモは逃亡を勧めたが、シルヴィアは俯いたまま考え込んだ。自分の身を守るか、それとも民のために犠牲になるかという選択である。ケンタウロスとヒト種の間に子は生まれないため、ここでの彼女の生活は妾奴とほとんど変わらないものになる。シルヴィアは伊丹とテュカを見つめ、何かを諦めるように唇を噛みながら、深く思案を続けたのであった。
06
シルヴィアの決断
宴が盛り上がる中、シルヴィアは涙を拭って顔を上げ、母ザンシアの言いなりにはならないが、スマグラーの側妾にはなると宣言した。その上で、アカバの力を借りてヤルン・ヴィエットとパルミアの問題を解決し、自ら北辺を平和へ導くと語った。さらにアカバを少しでも文明化してみせるとまで言い切り、その決断を伊丹耀司に認めてもらおうとした。
側妾となる条件
スマグラーが話は決まったかと近づくと、シルヴィアは従う意思を示しつつも、自分には自分の意思があり、側妾になる条件があると告げた。その条件とは、ヤルン・ヴィエットとパルミアが矛を収めるための仲立ちをスマグラーにさせることであった。スマグラーはそれを聞いて大笑いしたが、同盟して共に戦えではなく、中立して講和の仲立ちをしろという条件を面白がり、その場で受け入れた。
テュカへの横槍
しかしスマグラーは、条件を受け入れた直後に、さっそくシルヴィアの乗り心地を試すと言って館へ連れて行こうとした。その途中で、金髪のエルフであるテュカも従者だと誤認していたことに気づき、テュカまで自分の側妾にしようと手招いた。シルヴィアが慌ててテュカたちはヤルン・ヴィエットと無関係だと説明したものの、スマグラーはむしろそれなら力尽くで奪っても苦情を言う者はいないと解釈した。
伊丹の牽制
アカバの戦士たちがテュカを取り囲み、空気は一気に険悪になった。テュカは弓を構え、伊丹は腰のホルスターから4・6ミリ短機関銃を抜いてスマグラーへ向けた。さらにレーザーポインターで胸元を照らし、酒甕を撃ち砕いてその威力を示した。武器として理解できない者が多い中でも、赤い光点が当たった場所を吹き飛ばせることだけは伝わり、スマグラーもその危険性を認識した。
緊迫した取引
スマグラーはなおも一歩ずつ距離を詰め、ここから無事に逃げられると思っているのかと伊丹を威圧した。伊丹は少なくとも族長だけは倒せると返し、膠着状態に持ち込んだ。するとスマグラーは態度を変え、テュカを差し出せば伊丹を無事に帰し、財宝まで与えると持ちかけた。奴隷に金銀銅貨の箱を運ばせて伊丹の足元へばら撒いたが、伊丹はこんなものとテュカは替えられないと拒絶した。
夫婦宣言による決着
スマグラーは、なぜそこまで拒むのかと問い、テュカは伊丹の妻なのかと確認した。伊丹は覚悟を決めて、そうだ、自分の妻だと答えた。その言葉を聞いた瞬間、テュカは弓を放り出して伊丹に抱きつき、その一言を待っていたと歓喜した。伊丹は慌てて方便だと囁いたが、テュカはまったく意に介さなかった。これを受けてスマグラーは毒気を抜かれたように態度を変え、どれほど佳い女でも他人の妻は奪わないという自分なりの倫理観を示し、宴会を再開させた。
アカバの婚姻観
宴が再開すると、スマグラーは女は熟した果実のようなもので、夫のいない女は誰かに取られるのを待っている存在だと語った。女にも相手を選ぶ権利があるというシルヴィアの反論にも、自ら選べないのは軟弱者の証だと切り捨てた。一方で、スマグラーには彼なりの家族観もあり、自分の娘ライムについては求婚者たちの中から娘が選ぶか、あるいは男同士が戦って勝者が娶るのだと説明した。夫婦は命を賭けて選び合うことで強く結びつくのだというのが、スマグラーの考えであった。
夫婦の証明要求
酒が進んだ後、スマグラーは伊丹とテュカが本当に夫婦なら、その証拠を見せろと言い出した。きっかけは、酔ったシルヴィアが二人の関係は形式に欠けており、あやふやに見えると吹き込んだことであった。八つ当たりだと自認しつつも、シルヴィアは自分の傷ついた感情の行き場をテュカたちに向けてしまったのである。スマグラーは、夫婦ならば信頼関係があるはずだとして、伊丹に標的を持たせ、それをテュカに射抜かせる試練を提案した。
試練の失敗
広場に五十メートルほどの空間が作られ、伊丹はその端に立たされた。テュカは自作の矢に精霊を宿らせた特別な一矢を用意し、自分を信じてほしいと祈るような気持ちで弦を引いた。だが伊丹は、テュカの腕前自体は信頼していても、人間は完璧ではない以上、自分の命を完全に他人へ預けることには耐えられなかった。しかも矢を放つ瞬間にテュカの表情が揺らいだのを見て不安が増し、咄嗟に標的を放してしゃがみ込んでしまった。矢は見事に標的の中央を射抜いたものの、伊丹が逃げた事実だけが残り、周囲からは臆病者という侮蔑の視線が向けられた。
戦闘の開始
スマグラーは二人が自分を謀ったとみなし、テュカを自分のものとすると宣言した。伊丹はすぐに短機関銃を構え、テュカも矢を番えて背中合わせになった。アカバの戦士たちが一斉に襲いかかると、伊丹は地面を薙ぐように銃弾をばら撒いて足止めし、テュカは鏑矢で高周波音を響かせて敵陣を混乱させた。弓矢を使えばテュカが傷つくとスマグラーが一度は止めたものの、自らの投槍で伊丹の胸を直撃し、伊丹は数メートル吹き飛ばされた。鎧が衝撃を受け止めたものの、伊丹は強い痛みに襲われた。
飛竜の介入
伊丹は非殺傷弾入りの散弾銃で迫る敵を撃退し、ここに長居は無用だと退却を決意した。テュカが口笛で合図すると、待機していたイフリーとエフリーがすぐに降下してきた。アカバの戦士たちは飛竜の姿にたじろいだが、スマグラーはついに弓矢の使用を許可した。矢の雨が降ると、飛竜たちはその鱗でことごとく弾き返した。しかしエフリーは攻撃されたことで激昂し、弓箭隊へ襲いかかって次々とケンタウロスを殺し始めた。伊丹は手加減しろと叫んだが、エフリーは血に酔ったように暴れ続けた。
スマグラーとエフリーの激突
スマグラーは飛竜の凶暴さを前にしても怯まず、自ら槍を握ってエフリーに立ち向かった。エフリーの牙と爪、鱗と怪力に対し、スマグラーは驚異的な腕力と素早さで応戦し、両者は互角に渡り合った。最後にはスマグラーの槍が砕け、エフリーの尾撃も決まり、双方相打ちとなって地面を転がった。スマグラーは血と泥を吐きながら再び立ち上がり、槍を取ってなお戦おうとした。アカバの住民たちは恐慌から立ち直り、自分たちの長が飛竜と戦う姿を見守り始めていた。
離脱とシルヴィアの飛び乗り
このままではエフリーも戦いをやめられず、事態はさらに悪化すると判断したテュカは、イフリーに伊丹の襟首をくわえさせて離陸させようとした。伊丹は乱暴に扱われて抗議したが、テュカは逃げることを優先した。その時、シルヴィアが突然テュカに飛びつき、自分も連れて行ってほしいと懇願した。シルヴィアは本当はスマグラーの側妾になるのが嫌であり、伊丹とテュカが本物の夫婦ではないなら自分にもまだ機会があると叫びながら、強引にイフリーの鞍へよじ登った。テュカは仕方なくそれを受け入れ、鏑矢でエフリーの注意を戦いから引き剥がした。
アカバからの脱出
テュカの合図でエフリーも戦いを切り上げ、イフリーを追って離陸した。こうして二頭の飛竜はアカバの街を後にした。地上では取り残されたココモが、呆然としながらお嬢さまと叫んでいたのであった。
ロゥリィに走った痛み
その頃アルヌスでは、ロゥリィ・マーキュリーが突然脇腹を押さえてしゃがみ込んでいた。場所はかつて門が存在した丘の頂上の半壊したドーム内であり、そこでは薪の明かりの下で測量作業が進められていた。標桿を支えるメイアや、計器を覗くレレイ、その助手フォルテはロゥリィの異変に気づいて心配したが、ロゥリィは大したことはないと装った。
亜神の身体と否定された不調
メイアは月のものではないかと口にしたが、ロゥリィは亜神化した肉体にはそのような生理現象は起こらないと否定した。亜神の身体は亜神化した瞬間の状態で保たれるため、卵巣や子宮に関わる周期的な変化も存在しないからである。食あたりの可能性も問われたが、ロゥリィはそれも否定し、それ以上の追及を避けた。
伊丹への直感
ロゥリィは内心で、この痛みは伊丹耀司に何かが起きた兆候だと察していた。この痛み方なら肋骨が一、二本折れていてもおかしくなく、内臓を傷めている可能性すらあると判断していたのである。すぐに治るとは思いつつも、無事でいてほしいという思いと、いったい何をしているのかという苛立ちが胸中に浮かんでいた。
ジゼルの察知
その様子を見ていたジゼルは、ロゥリィが伊丹の異変を感じ取っていることに気づいた。ロゥリィはそれを大したことではないと流しつつ、今は神殿建設予定地の測量を優先するようジゼルに告げた。ジゼルもまた門に関わる工事の進捗を気にしており、二人は話題を神殿と門の再建準備へ移した。
門再建の技術的課題
レレイの研究により、門を頻繁な開閉や振動に耐えさせるには、大理石の門柱に呪を刻むだけでは不十分であり、門柱を特殊な素材で覆う必要があると判明していた。その素材として求められているのがガラスであった。だが必要なのは透明度の高い大量のガラスであり、日本から以前持ち込まれた窓ガラスや瓶類を溶かして再利用するだけでは到底足りなかった。
特地でのガラス調達問題
そのため、門の再建には特地の技術だけで高品質なガラスを製造できる体制を整えなければならなかった。ロゥリィはその調達先をどう確保するかが今後の大きな課題であると認識していた。こうしてアルヌスでは、伊丹の異変を胸の奥で感じ取りながらも、門再建という別の重大な問題が静かに進行していたのであった。
07
アカバからの逃走と墜落
アカバの街から飛び立ったテュカは、ただ街から離れることだけを考えて北へ向かった。伊丹耀司が落ちると騒ぎ続けていたため、テュカはそれをなだめるだけで手一杯であり、進路を気にする余裕はなかった。三人を乗せたイフリーは重さに耐えながら飛んでいたが、疲労は急速に限界へ近づき、夜間飛行の中でわずかな向かい風にも体勢を崩すようになった。やがて翼を地面に擦ったことで完全に均衡を失い、伊丹、テュカ、シルヴィアを地上へ投げ出した。イフリーは三人の無事を確認すると、怒ったような様子でエフリーを追って飛び去ってしまった。
草原での放置と弓の窃取
投げ出された三人はそのまま気を失い、夜が明けてもなお草原に横たわっていた。そこへ山羊に乗った少年が通りかかり、死人かどうかを確かめるため近づいてきた。伊丹に触れると生きていることが分かったが、少年は助けるかどうかで迷った末、テュカの持つ精巧な弓に目を奪われた。その弓は見たこともないほど軽く精密で、矢もまた上質な品だったため、少年は欲に負けて弓と矢を持ち去ることにした。ただし他の品まで奪おうとはせず、欲をかき過ぎて目を覚まされたら困ると判断し、そのまま山羊に乗って立ち去った。
バーレントの状況
場面はバーレントへ移る。白海とメイボー山脈の隙間に広がる草原地帯に、漂泊の民ルルドの支族パルミアの宿営地が置かれていた。副首長ピムス・コ・サランは、冬の気配を感じさせる雲を見上げながらため息をついていた。今年は例年より寒波の到来が早く、五年前から使っていた東側ルートが雪で閉ざされてしまったためである。そのため昔使っていたバーレントからコノートへ続く道を使うしかなかったが、この経路は政治的にも外交的にも問題を抱えており、ピムスの悩みの種となっていた。
副首長ピムスへの不満と期待
宿営地では、誰も彼もがピムスにいつ出立できるのかと問いかけてきた。醜男衆のラグは、ゼノビアは占術に頼り過ぎて慎重すぎる、いっそピムスが首長になればよいと囁いた。だがピムスは、その種の不満分子に担ぎ上げられることの危うさを理解しており、簡単には乗らなかった。若い娘たちもまた、寒くなってきたことへの不安を訴えるだけ訴えて去っていき、彼の言葉には耳も貸さなかった。さらに老婆からは、二十五にもなってまだ独り身でいることを責められ、ホドューのようなお気楽さを見習えと言われてしまう。ピムスは、自分は一人の女性だけを愛するつもりだからこそまだ一人なのだと胸中で言い聞かせていた。
子供たちの騒動
そんな中、宿営地の子供たちが騒いでいるのを見つけたピムスは、秩序維持のためにその場へ割って入った。騒動の中心にいた少年コムは、他の子供たちに弓を奪われそうになっていた。事情を聞くと、コムは行き倒れからこの立派な弓を盗ってきたのだと認めた。他の子供たちは、まだ正式に自分の物になっていないのだから独占は許されないと騒いでいた。ピムス自身もその弓の見事さに目を奪われたが、草原の掟では、行旅死亡人の財産を受け継ぐにはまずその者を埋葬し、さらに遺族へ死を伝える努力をしなければならない。
草原の掟とコムの罪
ピムスが、きちんと埋葬を済ませたのかと問うと、コムは急にしどろもどろになった。そこでピムスは嫌な予感を覚え、行き倒れはまだ死んでいなかったのではないかと問い詰めた。コムはおずおずとそれを認めたため、ピムスは怒りのあまり思わず少年を殴った。生きている者から財を奪うのは、草原の掟に反する卑劣な行為であり、アカバのケンタウロスですらしないことだと考えたからである。こうしてピムスは、コムの不正を正すために動き出すことになった。
伊丹の目覚めとピムスとの対面
意識を取り戻した伊丹耀司は、灰色の天井を見上げ、自分が大型の天幕の中に運び込まれていることを理解した。最後の記憶は墜落の衝撃で途切れていたため、その後に何者かの手で救助されたのだと察した。傍らでは白髪翠瞳の青年が伊丹の荷物を机の上に並べて調べており、自らをピムス・コ・サランと名乗った。ピムスは鎧や貨幣から伊丹の出身地を推測し、その知識の鋭さを見せた。さらに短機関銃にも興味を示したが、危険な扱いをしそうになったため、伊丹は不用意に触るなと警告した。
テュカとシルヴィアの所在
伊丹が怪我の有無を確かめると、スマグラーの投槍による痛みはすでに消えていた。ロゥリィの加護で治癒したのだと伊丹は理解したが、その説明は省いた。代わりにテュカとシルヴィアの所在を尋ねると、ピムスは二人は今頃オリュにいると答えた。しかも黒髪の娘はヤルン・ヴィエットとの交渉に使うにはちょうどよい人質になるとも言ったため、伊丹はそれを聞いて跳ね起きた。さらに檻や人質という言葉が飛び出したことで、伊丹はただならぬ扱いを受けていると早合点し、荷物を取り返すより先に二人を助けに向かおうとした。
パルミア宿営地の光景
天幕を飛び出した伊丹の前には、遊牧民の宿営地が広がっていた。無数の家畜が草原に放たれ、人々は羊を解体し、血を煮て、毛を刈り、フェルトを作っていた。ピムスは、ここがパルミアの宿営地であり、住民の半分ほどはルルドではなく、流浪の中で混ざった様々な種族で構成されていると説明した。伊丹はルルドが銀髪翠瞳ばかりではないことを知り、ワータイガーやハーピィ、ハリョと呼ばれる混血の者たちまで含めた多様な集団であることを理解した。
誤解からの暴走
しかし伊丹にとって重要なのはテュカとシルヴィアの安否であり、パルミアの社会構成ではなかった。ピムスは、今は行かない方がよいと忠告したが、その理由を二人とも服を着ていないからだと口にしたため、伊丹の想像は完全に悪い方向へ暴走した。檻に入れられた女性、服を着ていない、人質という言葉が結びつき、伊丹は二人がひどい目に遭っていると決めつけた。もはや説明を聞く余裕はなく、天幕の位置を聞き出すと全力で走り出した。
オリュの正体
伊丹は勢いのまま目的の天幕へ突入し、間仕切りの奥まで踏み込んだ。そこには地面に掘られた穴へ乳白色の湯が張られ、そこにテュカとシルヴィア、さらにもう一人のルルド女性が浸かっている光景が広がっていた。テュカは助けを求めるどころか呆然と伊丹を見返し、シルヴィアは驚いて湯に沈み込み、三人目の女性は挑戦的な視線を伊丹へ向けた。そこで伊丹はようやく、自分が見ていたのは拷問でも檻でもなく、風呂のようなものであると理解し始めたのであった。
オリュでの誤解と謝罪
伊丹耀司は、オリュを檻と聞き違えたことをゼノビアに笑われながら謝罪した。帝国から離れれば言葉も習慣も異なるのだから注意した方がよいと諭され、伊丹は再び平伏した。テュカとシルヴィアはすでに更衣室へ退避していたが、伊丹だけはその場から出ることを許されず、風呂に浸かっていた女性たちを見てしまった非礼に対する罰を受ける形となった。
ゼノビアの正体
ゼノビアは、同性が汚れた姿のままでいることに耐えられないから風呂に入れたのだと説明した上で、自らがパルミアンの首長ゼノビアであると名乗った。伊丹はようやく、目の前にいるルルド女性こそがゼノビア本人であると理解した。ゼノビアは、テュカから伊丹たちが人捜しのためにこの地へ来たと聞いており、二人については客人として遇するつもりだと告げた。
シルヴィアの扱いを巡る対立
ただしシルヴィアについては別であった。ヤルン・ヴィエットの王女である以上、人質として交渉材料にすべきだという意見がパルミア内にあるため、扱いを決めかねているという。シルヴィアはそれに抗議したが、ゼノビアはザンシアがアカバと手を組んで戦を仕掛けようとしている以上、自分たちも対抗手段を取らざるを得ないと冷静に返した。
対立の根本原因
ゼノビアは、そもそもの問題はパルミアが例年より早く通過を求めたことではないと語った。以前、コノートとパルミアの関係が良好だった頃は、時季外れの通過でも土地の者たちは収穫を前倒しし、必要ならパルミア側も収穫を手伝うことで上手くやっていたのだという。問題が生じるようになったのは、コノートやソノートがヤルン・ヴィエットとして統合されて以降のことであり、大きな国家になったことで部族間の不公平感が強まったのだとシルヴィアも理解した。
戦争回避とシルヴィアの立場
ゼノビアは、力尽くで通過することになれば戦争になるが、それは最後の手段であり、自分としてはまず交渉で事態を収めたいと考えていると述べた。さらにシルヴィアを人質として拘束すれば、ザンシアはむしろそれを利用してソノート族の怒りをパルミアへ向け、自らに都合の良い状況を作るだろうと分析した。そのため、シルヴィアを拘禁するのではなく客人として扱う方針を示した。ただしそれは安全を保証するものではなく、パルミアの存亡が危うくなればシルヴィアもまた無傷ではいられないと釘を刺した。
ゼノビアの天幕へ移動
話を続けるため、ゼノビアは伊丹たちを自らの大型天幕へ招いた。そこはゲルに似た構造で、多くの幕で仕切られ、二十人ほどの弟子たちが働いていた。床には絨毯が敷かれ、乳茶が供された。伊丹は、温泉が湧く土地柄ゆえにこの地では乳白色のオリュが暖を取る手段として重要であることを知った。
占術師ゼノビア
乳茶を運んできた少女ポーラーは、自分たちは侍女ではなく、ゼノビアの占術を学ぶ弟子だと説明した。ルルドには本来王や族長という支配者は存在せず、ゼノビアも権力で支配しているのではなく、占術によって流浪の道を示しているに過ぎないという。ただその占術が外交や内部調整にまで及ぶため、結果として首長のように見なされているのであった。
荷物の返還と謝罪
やがてピムスが呼ばれ、伊丹とテュカの荷物が運び込まれた。ゼノビアは、パルミアの者が草原の掟にも従わず荷に手をかけたことを詫び、失せ物があれば必ず返すと約束した。伊丹とテュカは、その誠意に感謝して小銭用の財布を差し出し、礼として受け取ってほしいと申し出た。ゼノビアはそれを受け入れ、場は一応の和解に至った。
ホドリューとの再会
その直後、天幕の外からゼノビアを呼ぶ声が響いた。呼ばれて入ってきたのは金髪のエルフ男性であった。その顔を見た瞬間、テュカは驚きの声を上げた。現れたのはホドリュー・レイ・マルソー、すなわちテュカの父本人であった。
08
テュカとホドリューの再会
ホドリュー・レイ・マルソーの姿を見た瞬間、テュカは両手で顔を覆って涙を流した。炎龍の襲撃で父は死んだと思っていたため、こうして生きている姿を目の前にして感情が溢れ出したのである。期待はしていたものの、もし違っていた場合の衝撃を恐れ、テュカは同名の別人や偽物の可能性も考えて自分を守ろうとしていた。しかし声も姿も紛れもなく父そのものであった。テュカは恐る恐る近づき、触れて確かめた後に抱きついた。確かな温もりと感触が現実であることを告げ、テュカは父の名を何度も呼んだ。
記憶を失った父
しかしホドリューは困惑した表情を浮かべ、テュカを知らないと言った。自分には娘はいないと告げられたテュカは愕然とした。ホドリューは自分は結婚すらしていないと言い、テュカが語るコアンの森での生活や炎龍襲撃の記憶も持っていなかった。炎龍の話を聞いた瞬間、ホドリューは頭を抱えて苦しみ始め、見習いの少女たちに支えられて座らされた。父を追おうとするテュカを伊丹耀司が止めたが、興奮したテュカは取り乱したままであった。
伊丹による制止
父へ駆け寄ろうとするテュカを伊丹は平手で叩き、落ち着くよう強く諭した。突然叩かれたテュカは呆然としたが、伊丹の言葉を受けて次第に冷静さを取り戻していった。伊丹は乳茶を飲ませながら時間をかけて気持ちを落ち着かせた。三杯の乳茶を飲み終えた頃、テュカはようやく平静を取り戻し、事情を聞く姿勢を見せた。
記憶喪失の真相
ゼノビアは、ホドリューをパルミアの民が拾った時、彼は自分の名前すら思い出せない状態だったと説明した。最近になってようやく断片的な記憶が戻り始めたものの完全ではないという。伊丹はその症状を記憶喪失と呼ばれるものだろうと説明した。頭部の怪我が原因ではないかと考えられ、ホドリューは実際に頭に深い傷痕を見せた。
コアンの森の結末
ゼノビアの問いに対し、テュカはコアンの森の村が炎龍によって滅ぼされたことを語った。テュカが助かったのは、ホドリューが井戸へ放り込み命を救ってくれたためであった。その記憶を思い出したテュカは再び涙を流し、伊丹にすがりながら泣き崩れた。伊丹は調査で村の遺体数が合わなかったことを思い出し、ホドリューのように生き延びた者が他にもいる可能性を口にした。テュカは父と共に生存者を探し、村を再建しようと提案した。
パルミアの事情
しかしゼノビアはそれを止めた。ホドリューはパルミアにとって必要な存在であり、今この地を離れることはできないと述べた。ホドリュー自身もパルミアの苦境を理由にテュカにここへ残るよう勧めた。さらにホドリューは、アカバのスマグラーがテュカに執着していることを利用し、彼女を差し出せばパルミアとアカバの同盟が成立する可能性があると提案した。
父の提案とテュカの拒絶
パルミア八千人の命のためなら一人の犠牲は検討に値するとホドリューは語ったが、テュカは激しく拒絶した。テュカには好きな人がいると告げ、その相手が伊丹であることを暗に示した。暗闇に落ち込んでいた自分を救い上げ、間違った時には叱ってくれる大切な人だと語った。ホドリューは伊丹に感謝を伝え、これまで娘を見守ってくれた礼を述べたが、これからは自分が引き受けると言った。
テュカの失望
しかしその言葉は、テュカにとって耐え難いものであった。苦しい時にそばにいなかった父が突然現れ、自分を取引材料として扱おうとしている現実に強い失望を抱いたのである。テュカは父の変化を受け入れられず、ゼノビアの天幕から飛び出してしまった。
ゼノビアの告白
外で座り込むテュカのもとへゼノビアが現れた。ゼノビアはホドリューを拾った当時の状況を語った。ホドリューは荒野を彷徨い瀕死の状態で発見され、ゼノビアが看病して回復させた。その後彼はパルミアで暮らすようになり、ゼノビアの相談役として力を貸してきたという。そしてゼノビアは、ホドリューと自分が愛し合っている関係であることを明かした。
父との別れの決意
ゼノビアは、記憶を失ったホドリューにとってテュカとの関係は存在しないのと同じだと語った。記憶を失えば愛情もまた失われるため、かつての父とは別人と考えるべきだと諭した。そして争いに巻き込まれる前にこの地を去るよう勧めた。テュカもその言葉を受け、父に対する思いがすでに冷めつつあることを自覚した。
シルヴィアの決断
そこへ伊丹とシルヴィアが追いついた。伊丹はアルヌスへ帰ろうと提案したが、シルヴィアはここに残ると言った。ヤルン・ヴィエットへ戻れば母ザンシアに再びスマグラーへ差し出されるか、あるいは邪魔者として殺される可能性があるためであった。敵地であるパルミアにいる方が、かえって安全であり、争いを収める道を探ることもできると考えたのである。
伊丹との別れ
伊丹がなおも引き止めようとすると、シルヴィアは怒りを露わにした。中途半端な優しさはかえって自分を惨めにするだけだと言い、伊丹が自分のそばに居続けることはできないのだろうと責めた。伊丹がそれを否定できないと知ると、シルヴィアはテュカと共に遠くで幸せになればよいと突き放し、もう関わらないでほしいと告げた。
飛竜の帰還
テュカが口笛を吹くと、しばらくしてイフリーとエフリーがゆっくり姿を現した。二頭の飛竜を見ても、パルミアの民はアカバのケンタウロスたちのように怯えはしなかった。南方まで移動することのあるパルミアにとって、飛竜は必ずしも未知の存在ではなかったからである。経験のない者には、見知った者たちが指差して説明していた。
別れ際の父娘
イフリーとエフリーが降り立つと、伊丹耀司とテュカはそれぞれ飛竜に跨った。伊丹には再びテュカの手で感情抑制の精霊魔法がかけられた。そこへホドリューが近づき、テュカを傷つけたことを詫びた上で、記憶が戻ればもっと違う接し方ができるはずだと語った。だがテュカは、記憶が戻ったら連絡してほしいとだけ冷たく返し、イフリーを蹴って飛び立った。父に対する失望がまだ癒えていないことは、その態度にはっきり表れていた。
ホドリューの違和感ある言葉
残された伊丹に対し、ホドリューは娘を頼むと笑いかけた。そしてテュカは母親に似て、怒らせるとなかなか許してくれないのだと昔を知っているような口ぶりで語った。伊丹は、記憶を失っているはずのホドリューがなぜそのような言い方をするのかと首を傾げた。さらにホドリューは、シルヴィアのことは自分に任せてほしい、自分が幸せにすると手を振ったが、伊丹はその真意を深く考える暇もなく飛び立つことになった。
南への帰路
バーレントの宿営地を後にした伊丹とテュカは、そのまま南へ向かった。二頭の飛竜は十分な高度を取ると、北から吹く冷たい追い風に乗って滑空を始めた。季節は晩秋から冬への境目であり、羽ばたかずとも速度が出る空模様であった。
テュカの疑念
しかし飛行の最中、ずっと何かを考え込んでいたテュカが突然、やはり引き返すべきだと言い出した。伊丹は、旅の目的はすでに果たしており、他人の争いに巻き込まれるのは得策ではないと理をもって反対した。だがテュカは、パルミアの人々をもはや無関係の他人とは思えないと答えた。父ホドリューが世話になっていること、そしてゼノビアが義理の母になる可能性まで口にし、自分の中で完全には切り離せなくなっていたのである。
帰路の反転
さらにテュカは、もし自分の睨んでいることが正しければ事情はもっと複雑であり、それを確かめるためにももう一度戻りたいのだと語った。そしてイフリーの手綱を引き、飛竜はそのまま大きく機動を変えて北へ進路を反転させた。こうして伊丹とテュカは、帰路を捨てて再びパルミアへ向かうことになったのであった。
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ゲート外伝 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり

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ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

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本編

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