物語の概要
■ 作品概要
『ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。 4 ~魔導書の力で祖国を叩き潰します~』は、王道的な悪役令嬢・婚約破棄の要素に、国家規模の復讐劇とビジネスマネジメントを融合させた異世界ファンタジー小説である。 物語の舞台は、個人の武力や魔法だけでなく、経済や人脈、国家間の外交が複雑に絡み合う世界である。未来の国母として努力を重ねながらも、理不尽な婚約破棄と投獄によって祖国に裏切られた公爵令嬢が、隠し持っていた最強の「魔導書」の力と類稀なる才覚を武器に、かつての平穏を奪った者たちを文字通り叩き潰していく姿が描かれる。第4巻では、祖国への反撃を強める主人公が、王国との関係悪化が懸念される「獣王連合国」へと赴き、新たな商売を展開しながらさらなる動乱へと身を投じることになる。
■ 主要キャラクター
エリザベート(エリー): 本作の主人公であり、元オルセン王国公爵令嬢。王太子から婚約破棄を言い渡され不当に幽閉されたことをきっかけに、隠し持っていた神器「七つの魔導書」の力を解放して亡命した。非常に聡明かつ苛烈な性格であり、自らを裏切った祖国への報復を誓っている。第4巻では獣人用化粧品の商売を引っ提げて獣王連合国へ向かい、因縁深い実の父親と最悪の再会を果たす。
ルーカス: 隣国の子爵。行き場を失ったエリザベートの手を引き、彼女の亡命を助けた人物である。エリザベートが新たな地で新生活を始め、商売を展開するにあたって公私ともに彼女を支える重要な相棒としての立ち位置を確立している。
フリード: エリザベートを裏切った中心人物の一人。第4巻の時点では事実上の失脚へと追い込まれており、エリザベートによる報復の成果が着実に現れていることを示す存在である。
アデル: フリードの失脚と同時に、エリザベートの前に立ちはだかる新たな強敵。緊張感の増す物語において、今後の復讐劇の障壁となる重要人物である。
■ 物語の特徴
本作の最大の魅力は、単なる感情的な復讐に留まらず、「人脈・経済・武力」の三原則を徹底的に駆使して裏切者を追い詰めていく戦略的な爽快感にある。主人公が強力な魔導書による圧倒的な武力を持つ一方で、しっかりと「お仕事モノ」としての側面を併せ持ち、化粧品開発などの新しい商売を通じて経済的な基盤と他国とのネットワークを構築していくプロセスが精緻に描かれている。 他の悪役令嬢ものと差別化されているポイントは、復讐のスケールが個人間の諍いに留まらず、国家を巻き込む大規模な「大逆転成り上がり劇」へと発展する点である。第4巻においては、獣王連合国という新天地でのビジネス展開と同時に、実の父親との対峙というエモーショナルな復讐劇が描かれ、読者を飽きさせない緩急のある展開が大きな見所となっている。
書籍情報
ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。 4~魔導書の力で祖国を叩き潰します~
著者:はぐれメタボ 氏
イラスト:昌未 氏
出版社:ホビージャパン(HJノベルス)
発売日:2023年7月19日
ISBN:9784798632087
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あらすじ・内容
父と最悪の再会をした天才令嬢は、報復の刃を解き放つ!!
「さようなら、お父様。今更戻れと言われてももう遅いわ」 祖国に対しての反撃を強め、アリスたちの誘拐という事件を解決したエリー。 しかし、フリードが事実上失脚するのと同時に、アデルという強敵が立ちはだかってしまう。そんな緊張感が増す状況でエリーが次に向かったのは王国との関係悪化が危ぶまれる獣王連合国だった。 獣人用化粧品の商売という名目で向かった先でエリーを待つのは、新たな商人との出会いと復讐相手である父との再会で―― さらなる動乱の中心となる天才令嬢による大逆転復讐ざまぁファンタジー、第4弾!!
ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。 4
~魔導書の力で祖国を叩き潰します~
感想
これまでの復讐劇が一つの大きな節目を迎えたことに深い感慨を覚えた。
本作は、主人公エリザベートが知略と魔法を駆使して祖国を追い詰めていく痛快さだけでなく、人間関係の複雑さや商売の奥深さまで多角的に描かれており、非常に読み応えがある。
■ 父親との決別と凄絶な復讐の果て
今巻で最も心に残ったのは、ついに実の父親であるジークと直接対決し、自らの手で彼を討ち果たした場面だ。宰相としての能力だけでなく、魔法戦においてもジークが意外なほどの強敵であったことには驚かされた。しかし戦闘の最中、これまでのエリザベートへの扱いについて全く反省の色を見せず、ただ「王国に戻れ」と繰り返す彼の姿には、決定的な価値観の違いを感じざるを得ない。
このジークとの決別は、自分を犠牲にしてきた王国や家族に対する未練を完全に断ち切る決定的な出来事であった。かつて父から褒美として贈られた思い出の品を切り札として使い、相手を氷漬けにして討ち果たすという結末は、彼女の冷徹な覚悟と、ハルドリア王国への徹底した復讐劇の凄絶さを象徴するエピソードとなっている。
■ 理想的な経営者としての多角的なビジネス展開
一方で、商会経営における彼女の辣腕ぶりも健在だ。獣人族という新たなターゲット層を開拓し、商品の副産物を利用した画期的な新商品を開発していく手腕は見事というほかない。さらに、他国を拠点とするバーチ商会と代理店提携を結ぶなど、ビジネスを多角化かつ国際的に拡大させる経営能力が遺憾なく発揮されていた。
また、自身の采配だけでなく、弟子であるルノアの「セット販売」というアイデアを積極的に採用している点も印象深い。部下の自主的な成長をしっかりと後押しする姿は、理想的な経営者そのものであり、冷酷な復讐者とは異なる彼女のもう一つの魅力を強く感じさせた。
■ 魅力的なキャラクターたちの葛藤と人間味
本作は、周囲を固めるキャラクターたちも実に魅力的だ。例えば聖職者のティーダは、酒や金に目がない破天荒な振る舞いで場を和ませてくれるが、本質的には弱者を救い、迷える者を導く真の聖職者としての姿が浮き彫りになっており、とても惹かれる人物である。
また、ミレイやバアル、ミーシャといった従者たちが、単なる復讐の道具や手駒として描かれていない点も素晴らしい。彼らは主人に絶対の忠誠を誓いつつも、エリザベートが抱える精神的な危うさに葛藤し、彼女が復讐の果てに破滅してしまわないよう密かに支えようとしている。その人間味あふれる絆に、胸を打たれる場面も多かった。
■ 最大の壁となる強敵アデルの暗躍
そして、王国側で暗躍する第一王女アデルの存在感が、物語の緊張感を大いに高めている。彼女は無能な兄フリードをいずれ切り捨てるための準備を水面下で進めつつ、王国の最大の脅威であるエリザベートの影を正確に捉えていた。
王国の民を守るためならば、肉親すらも冷酷に排除する覚悟を持つアデルは、間違いなくエリザベートの復讐劇に対抗しうる王国側の最大の壁となるだろう。
父親という大きな過去を精算し、いよいよ最強の敵として立ちはだかる妹分との対決を予感させる第4巻。商会経営の目覚ましい発展や、心強い仲間たちとの深い絆を糧に、エリザベートがこの先どのような一手を打つのか、今後の展開から目が離せない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
エリーの商会経営
第4巻におけるエリザベート(エリー)の商会経営は、帝都での基盤固めや敵対組織の破壊から一歩進み、独自の強みを活かした「他国への本格的な市場拡大(グローバル展開)」と「新商品の開発」へと大きくシフトしている。主な展開と特徴は以下の通りである。
1. 獣人族向け化粧品の開発と獣王連合国市場の開拓
エリザベートは、匂いに敏感な獣人族には既存の化粧品が合わず市場の選択肢が少ないことに着目し、獣人族の体質に合わせた低刺激の新作化粧品を開発した。
・レブリック辺境伯領東部に新設した生産拠点を本格稼働させた
・自ら獣王連合国の有力商会《スルスラ商会》へ赴いて直接商談を行った
・実際に商品を試した商会長ドルッケンに品質と刺激の少なさを認めさせ、全商品の取り扱いを承諾させた
・この商談が決定打となり、後世においてトレートル商会は獣王連合国内の化粧品市場で90%という圧倒的なシェアを握ることになる
2. 新商品「魔法染料」の開発と付加価値ビジネス
アクアシルクの生産過程で生じる副産物(アクアクローラーの餌であるカエリアの枝や幹の炭)が持つ「魔力保持能力」を錬金術で加工し、「一定以上の魔力を加えなければ落ちない高性能な髪染め用染料」を開発した。
・これを貴族の白髪や薄毛対策として需要が高いと見込んだ
・弟子のルノアから「色を抜くための魔力水に髪のケア効果(魔法薬としての性質)を付与し、セットで販売する」というアイデアが出されると即座に採用した
・錬金術師たちとの共同研究を指示するなど、付加価値を高める柔軟な商品開発を行っている
3. 「アクアシルク」の輸出拡大と他国商会との提携
生産が軌道に乗り始めた幻の布「アクアシルク」を、国外へ売り込むための強力な協力者を獲得した。
・獣王連合国へ向かう船内で出会った、ハルドリア王国の属国であるナイル王国を拠点とするバーチ商会の三代目・イーグレットと結託した
・暑く乾燥した気候のナイル王国では「冷却魔法を付与したアクアシルク」が王侯貴族に爆発的に売れるという彼の提案に乗った
・アクアシルクや新商品の染料、チョコレートなどの高級品の優先取引契約を結んだ
・これにより、バーチ商会を王国側の窓口(代理店)として利用し、自商会の販路と情報網を一気に拡大させることに成功している
4. 従業員の自主性の尊重と人材育成
組織の拡大に伴い、従業員教育においても彼女の度量の広さが描かれている。
・腹心のルノアが「与えられた訓練だけでなく、自ら考えて行動する経験を積みたい」と冒険者登録を申し出た際、頭ごなしに否定しなかった
・「帝都から遠く離れる依頼は受けない」「細かく報告する」という安全面での条件をつけた上で快く許可した
・商会業務と並行して部下の自立心と成長を促す、懐の深いマネジメントを行っている
まとめ
第4巻の商会経営は、獣人族という新たなターゲット層の開拓、副産物を利用した画期的な新商品開発、そして他国商会(バーチ商会)との代理店提携と、ビジネスを多角化かつ国際的に拡大させる手腕が遺憾なく発揮されている。また、部下のアイデア(ルノアのセット販売案)を積極的に採用し、彼らの自主的な成長を後押しする理想的な経営者としての姿も強調されているのである。
アリスのはじめてのお使い
第4巻における「アリスのはじめてのお使い」は、アリスの自立心を尊重したいという思いと、彼女を溺愛するエリザベート(エリー)が商会を挙げて敷いた過剰なまでの警備体制が交差する、微笑ましいエピソードとして描かれている。
1. お使いのきっかけと徹底した事前準備
発端は、アリスがエリザベートの仕事を手伝いたいと言い出したことである。どのような仕事を任せるべきか悩むエリザベートに対し、冒険者のエルザが「商会の仕事ではなく、お使いのような適当な手伝いを作ればいい」と助言した。これを採用したエリザベートであるが、以前アリスが誘拐された事件の反省から、お使いの前に「危険の徹底排除」を行うことを決意する。
・バアルたちに一週間かけて市場周辺から危険人物を追い払わせるという念の入った計画を立てた
・お使い当日は、トレートル商会のスタッフやティーダ、信頼できる冒険者を市場の周囲に配置した
・アリスが買い物メモを失くした時に備えて周囲のスタッフに予備のメモまで持たせるという、極めて過保護で万全な警備体制が敷かれた
2. アリスの奮闘と周囲のサポート
お使い当日、アリスはお金が入った鞄と買い物メモを持ち、帽子を被って一人で市場へ向かった。しかし、途中で見覚えのない道に迷い込んでしまう。
・近くにいた金髪の女性(変装したティーダ)が、わざとらしく大きな声で衛兵に市場への道を尋ねる会話を始めた
・アリスはその会話を立ち聞きして案内を頼りにし、無事に市場へ辿り着くことができた
3. メモの紛失と仮面の男
市場で買い物を進めていたアリスであるが、ポケットに入れていたはずのメモを落としてしまう。焦るアリスに声を掛けたのは、仮面を着けた冒険者風の大柄な男(バアル)であった。彼はアリスに落としたメモ(スタッフに持たせていた予備のメモ)を差し出し、気をつけるよう声を掛けた。
・通りがかった柄の悪い男が仮面の男に正体を呼びそうになるが、仮面の男は素早く腹にパンチを入れて彼を黙らせた
・仮面の男は「友達がふざけていただけだ」とアリスを誤魔化して去っていった
・アリスはメモが最初と少し違うような気がしつつも、書かれている中身が同じだったので気にせず残りの買い物を済ませた
まとめ
無事に買い物を終えて屋敷に帰還したアリスは、一人でお使いをやり遂げたことを誇らしげに報告し、エリザベートの胸に飛び込んだ。このエピソードは、アリスの健気な成長を描くと同時に、彼女を過保護に見守り、街を巻き込んでまで裏から全力でサポートするエリザベートや仲間たちの絆の強さを表す心温まる場面となっているのである。
聖職者ティーダの放浪
作品における「聖職者ティーダの放浪」は、イブリス教の最高位の一人である枢機卿という正体を隠し、「歩き神官」として各地を巡る姿を通して、彼女の破天荒な性格と確固たる信念を描き出すエピソードとして展開されている。
1. 歩き神官としての名目と自由奔放な実態
表向きの彼女は、医者や治癒魔導師がいない田舎の村々を訪れて無償で治癒を施す「歩き神官」として修行の旅をしている。しかし、その実態は酒とギャンブルをこよなく愛する俗物的なものである。
・野盗の死体から金歯を回収して旅の資金(お布施)にしている
・帝都の酒場でカードゲームに興じてイカサマを疑われ、男たちと揉め事を起こしている
・聖職者らしからぬ自由奔放な放浪生活を満喫している
2. 俗物性と裏腹の圧倒的な慈愛(弱者救済)
一方で、彼女は単なる破戒僧ではない。苦しむ弱者には惜しみなく手を差し伸べる慈悲深い一面も持ち合わせている。
・ケレバンから帝都へ向かう道中では、スタンピードの被害に遭い、村人たちが治療を諦めていた重傷の少年に対し、中級治癒を施して命を救っている
・ダンジョンで窮地に陥った下位冒険者パーティである光の道を無償で治療している
3. 迷える者への導き手としての役割
放浪の途中で、ティーダは自身の強さや在り方に悩むミーシャの相談に乗っている。
・両親の仇に直面して無力感に苛まれるミーシャに対し、「一人で勝てないなら勝てる面子を揃えるのが手っ取り早い」「人は常に今の自分の手に有る力で出来る最善を為さねばならない」と極めて現実的で冷静な助言を与えている
・一人で抱え込まず人を頼ることを教え、彼女の心を救う様子は、まさに迷える仔羊を導く聖職者としての本来の役割を果たしている
4. 重責からの逃避と現実逃避
彼女が放浪を好む理由の一つには、教団内の面倒な職務やしがらみからの逃避がある。
・ケレバンの誘拐事件の後始末で、大量の書類処理に缶詰にされた際は、部下のリーウス助祭に無理やり長時間の瞑想を命じて天幕を抜け出した
・その後、歓楽街で東方の清酒と味噌煮込みを堪能して現実逃避をしている
・窮屈な立場から解放されるための手段として放浪を利用している側面も見られる
まとめ
聖職者ティーダの放浪は、酒と金に目がない破天荒なキャラクターとしての役割を担いつつも、本質的には弱者を救い、迷える者を導く真の聖職者としての姿を浮き彫りにしている。型破りでありながらも深い慈愛を持つ彼女の旅路は、物語に明るさと人間味をもたらす魅力的なものとなっているのである。
従者たちの忠誠と葛藤
物語において、エリザベート(エリー)に仕える従者や配下たちは、彼女に対して深い恩義と絶対の忠誠を誓っている。しかし彼らはただ盲従するだけでなく、エリザベートの精神的な危うさに対する懸念や、主人のために自分ができることへの無力感など、様々な葛藤を抱えながら行動している。
ミレイとバアルの忠誠と、主人の心への危惧
エリザベートの最も信頼する腹心である侍女ミレイと裏社会の凄腕バアルは、それぞれ過去の窮地を救われた恩義から絶対の忠誠を誓っている。
・ミレイはスラムで物乞いをするか身売りするかの窮地に陥っていたところを救われ、エリザベートが不当に投獄された際には激しい怒りを爆発させて報復の決意を呼び覚まさせた
・バアルは大罪人として地下牢にいた際に拾われ、エリザベートの命であれば非情な暗殺や反乱煽動も躊躇いなく実行する
しかし、この二人はエリザベートの抱える「矛盾」に強い懸念を抱いていた。
・バアルは、身内には慈悲深いが敵には無関係な民衆を巻き込むことも厭わない冷酷な復讐を行うエリザベートの心が、復讐を終えた後に燃え尽きたり罪悪感で壊れたりしないかと危惧していた
・相談を受けたミレイも不安を共有し、利害関係のない友人と遊ぶことを勧めるなど、復讐者の仮面の裏にある人間性を繋ぎ止めようと密かに心を砕いている
ミーシャの無力感と自らの役割への葛藤
奴隷として購入された猫人族の少女ミーシャもまた、家族のように扱ってくれるエリザベートたちに深い恩義を感じ、自分が役に立ちたいと強く願っていた。
・歓楽街ケレバンでアリスとルノアが誘拐された事件の際、自らが重傷を負いながらも二人を守りきれなかったことに強い無力感と自責の念に苛まれた
・バアルから「何があっても確実に仲間を守れる絶対の強さなど存在しない」と諭され、それぞれの役割を全うすることが大切だと説かれた
・歩き神官のティーダからは「一人で勝てないなら人を頼るべきであり、今できる最善を為せばいい」と助言を受けた
・すべてを一人で背負おうとするのではなく、人に頼り、自分にしかできない役割を見つけることの大切さを学び、心の迷いを乗り越えていく
ロベルトの迷走する忠誠(対比として)
彼らと対照的なのが、ハルドリア王国の近衛騎士ロベルト・アーティの葛藤である。
・かつて王太子フリードへの忠誠からエリザベートを公衆の面前で断罪し組み伏せたが、後にフリードが民間人を巻き込む略奪や戦争を指示したことで忠誠に疑問を抱いた
・フリードを裏切ってエリザベートの義勇軍に加わり、過去の非礼を許されたと思い込んでいた
・しかしエリザベートは彼を一切許しておらず、「主の暴走も止められず裏切りまでした自分を騎士だと思っているのか」とその都合の良い騎士道を一蹴した
・結果として色欲の魔導書による報復を受け、自らの手で家族や民衆を惨殺する悲惨な末路を辿った
まとめ
本作において、ミレイやバアル、ミーシャといった従者たちは、単なる復讐の道具や手駒ではない。彼らは絶対の忠誠を誓いながらも、主人が抱える精神的な危うさに葛藤し、彼女を破滅させないために支えようとしている。この従者たちの人間味あふれる忠誠と葛藤が、冷徹な大逆転復讐劇の裏側に深い人間ドラマを与えているのである。
王国王子アデルの暗躍
第4巻における第一王女アデル(一人称が「ボク」であるため王子と誤解されがちであるが、ハルドリア王国の王女である)の暗躍は、王国の崩壊を防ぐため、内憂(フリード派閥)と外患(エリザベートの復讐)の両方に対して冷徹かつ果断な手を打つ姿として描かれている。
反乱の真相調査とエリザベートの影
アデルは、ロックイート男爵領で起きた反乱について、武器の流れや扇動の痕跡から偶発的なものではなく、何者かによる工作であると見抜いていた。彼女はその黒幕が、祖国に強い恨みを持つ姉・エリザベートである可能性を疑う。ロゼリアは慈悲深いエリザベートが民衆に被害が出るような反乱を起こすのか疑問視するが、アデルは以下のように分析し警戒を強めていた。
・彼女が国を動かすために育てられた貴族である
・必要とあらば十人を生かす為なら迷いなく一人を切り捨てる事ができる冷徹さを併せ持っている
フリードからの暗殺未遂と冷酷な牽制
アデルは王城内の自身の区画に、平民や下位貴族出身の忠誠心の高い者だけを配置して守りを固めている。兄フリードの派閥から6度目となる暗殺者を差し向けられたが、アデルは自ら無詠唱魔法の風刃で襲撃者を撃退し、瞬く間に制圧するという圧倒的な実力を見せつけた。
・騒ぎに乗じてフリードが白々しく現れ、暗殺者を引き取ろうとしたが、アデルは口封じされることを見越してこれを拒否した
・フリードの婚約者シルビアがエリザベートを貶めるために行った虚偽証言や捏造工作の証拠を既に確保していると告げ、フリードを強く牽制した
・国が混乱している現状ではまだフリードを直接排除する時期ではないと判断し、いずれ汚名や恨みと共に退場してもらうためにあえて泳がせるという冷徹な計算を見せている
エイワスの登用とエリザベートの特定
王国を救うための戦力として、アデルは軽薄な態度を装う極めて有能な男・エイワスを極秘に呼び出した。アデルは彼に対し、民を護る為なら父や兄を廃する事になっても構わないと王国の守護者としての強い覚悟を突きつけ、エイワスを自らの陣営に引き入れる。
そしてエイワスから、ユーティア帝国で新興のトレートル商会を率いるエリー・レイスこそがエリザベート本人であるという決定的な情報を得た。最悪の予想が的中したアデルは、復讐のために力を蓄えるエリザベートと本気で抗わなければ王国が滅亡することを悟り、決意を固めたのである。
まとめ
第4巻におけるアデルは、無能な兄フリードをいずれ切り捨てるための準備を水面下で進めつつ、王国の最大の脅威となったエリザベートの影を正確に捉えている。王国の民を守るためならば肉親すらも冷酷に排除する覚悟を持つアデルは、エリザベートの復讐劇に対抗しうる王国側の最大の壁として暗躍しているのである。
ジークとの決別
第4巻における「ジークとの決別」は、獣王連合国で発生したダンジョンスタンピードを舞台に、エリザベートが実の父であるハルドリア王国宰相ジーク・レイストンを討ち果たす重要なエピソードとして描かれている。
スタンピードの混乱と父娘の対峙
ジークは仮設前線基地で指揮を執っていたが、エリザベートはバアルと共にダンジョン内部で工作し、魔物を一気に溢れ出させて前線基地を混乱させた。
・混戦の中、エリザベートはジークを救出する形で現れるが、直後に氷魔法で不意打ちを仕掛けた
・ジークは驚愕し、王族のために尽くすのが貴族の責務だと説くが、エリザベートは自分を使い潰し、不当な扱いを黙認した王家とジークを完全に拒絶した
神器を巡る死闘と知略の応酬
父娘の戦いは、互いの神器の真の能力をぶつけ合う激しい魔法戦へと発展した。
・ジークは神器【白地戦略図】を用いて【水騎士】や【水竜】を創り出し、さらにエリザベートの魔法や身体強化を強制的に霧散させる強力な能力を見せた
・身体強化を封じられ苦戦するエリザベートだが、黒髪への変装に使っていた魔力吸収成分を含む染料を利用して【水人形】の囮を作り出した
・さらに、物質に込められた魔力までは無効化できないことを見抜き、衝撃球やポーションを駆使してジークの能力の限界を突いて対抗した
相容れない思想の衝突
戦闘の合間、ジークは自分たちがエリザベートに多くを背負わせ過ぎたと非を認め、懸賞金の取り下げを約束して王国に戻るよう再三説得を試みた。
・エリザベートは、真に国を思うのであれば無能な王太子フリードこそ排除すべきだと指摘した
・ジークがフリードの勝手を咎めず、エリザベートを国家反逆罪で手配したのは、単に王家の体面を守るためであったと断言した
・国ではなく王家を守ろうとするジークの姿勢を鋭く突き、彼の説得を「甘言」と切り捨てて決別への意志を揺るぎないものとした
思い出の品による決着と最後の別れ
最後の決着をつけるため、エリザベートは幼少期に父ジークとのボードゲームで勝利した際に褒美として贈られた魔力蓄積用の髪留めを使用した。
・髪留めを解放して得た膨大な魔力により、魔法の極致とも言える短剣【氷結の断罪剣】を作り出した
・この短剣は、刺さった者の魔力を利用して内部から全身を凍結させる呪いのような魔法であり、ジークの胸に突き刺さって彼を氷像へと変えた
・氷像となったジークの身体は崩れ、激流へと落下していった
・エリザベートは壊れた髪留めを川へ投げ捨て、「さようなら、お父様」と静かに別れを告げた
まとめ
このジークとの決別は、自分を犠牲にしてきた王国や家族に対するエリザベートの未練を完全に断ち切る決定的な出来事である。かつて父から贈られた思い出の品を切り札として使い、自らの手で父親を討ち果たすという結末は、彼女の冷徹な覚悟とハルドリア王国への徹底した復讐劇の凄絶さを象徴するエピソードとなっているのである。
バアルの過去
ショートストーリー「三つの転機」において、エリザベートに絶対の忠誠を誓う裏社会の凄腕・バアルの壮絶な過去が、彼自身の視点から「三つの転機」として詳細に描かれている。
スラムの浮浪児から《剣王》へ(一つ目の転機)
バアルは元々、親の顔も知らず名前も持たない、ハルドリア王国王都のスラムで生きる浮浪児であった。
・盗みや強盗で日々の糧を得ていた彼は、自分が襲った相手の財布を漁っていたところを武装した冒険者たちに声を掛けられ、冒険者として生きる道に誘われた
・周囲の劇場の看板から適当に「アル」という名を名乗り、彼らと共に行動するようになった
・その後十年以上の時を経て、アルはAランク昇格目前の《剣王》と呼ばれるほどの凄腕冒険者へと成長を遂げた
貴族の罠と「貴族殺し」への転落(二つ目の転機)
Aランク昇格の懸かった護衛依頼を受けたアルであるが、それは優秀な冒険者を違法奴隷として売り捌く貴族の罠であった。
・かつて自分を拾ってくれた恩人である元冒険者とその家族を人質に取られた上、毒を盛られ、見せしめとして恩人の妻子が目の前で殺されてしまった
・しかし毒への強い耐性を持っていたアルは反撃に転じ、貴族と従者たちを皆殺しにした
・縄を解かれた恩人であったが、妻子を失った絶望からアルの剣を借りて自害してしまった
・恩人一家を埋葬したアルは、復讐のために貴族の屋敷を襲撃し、門番や家族、使用人に至るまで全員を惨殺し、「貴族殺し」の大罪人として国を追われる身となった
エリザベートとの出会いと「バアル」の誕生(最後にして最大の転機)
大罪人となった彼は、人攫い組織の用心棒へと身を落とし、地下牢の番人として荒んだ日々を送っていた。そこへ、新たに人攫いたちに誘拐されてきた銀髪青眼の少女――幼いエリザベートが連れてこられる。
・彼女は牢の中でありながら全く怯えることなく、アルが《剣王》であると見抜くと、「王国の裏社会を掌握してくれる人材が欲しかった」と自身の配下になるよう勧誘した
・さらに彼女は、アルが手にしていた安酒のラベルを見て、適当に「今日から『バアル』よ」と新しい名前を与えた
・この異様な才能と肝の据わった少女に興味を抱いた彼は、牢を破壊して人攫いたちを皆殺しにし、エリザベートを送り届けて彼女の配下となった
まとめ
バアルの過去は、理不尽な悪意によって大切なものを奪われ、復讐の鬼と化した悲惨な物語である。本編において彼がエリザベートの「矛盾(身内には慈悲深いが、復讐のためには無関係な民衆も巻き込む冷酷さ)」に強い懸念を抱いていたのは、彼自身が過去に「罪のない使用人まで惨殺した」経験を持ち、復讐の果ての虚無を知っているからだと言える。バアルの絶対の忠誠の裏には、同じ復讐者として主人を破滅から守りたいという深い共感が隠されていることがわかるのである。
登場キャラクター
トレートル商会(エリザベート陣営)
エリザベート・レイストン
ハルドリア王国の元公爵令嬢であり、王太子フリードの元婚約者である。不当な婚約破棄と投獄を受けたことから祖国への報復を誓った。
・所属組織、地位や役職
トレートル商会・商会長。帝国特別認可商人。
・物語内での具体的な行動や成果
ユーティア帝国へ亡命し、トレートル商会を設立して多角的な事業を展開した。獣人族向け化粧品やチョコレートなどの新商品を開発し、経済的基盤を固めている。偽造金貨事件ではダミー商会を利用して敵対勢力を破滅に追い込んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
帝国特別認可商人となり、強大な経済力と影響力を獲得した。七冊の魔導書を操る規格外の魔力を持ち、自ら義勇兵を率いて戦闘にも参加している。
ミレイ・カタリア
エリザベートに絶対の忠誠を誓う侍女である。没落した家から救われた過去を持つ。
・所属組織、地位や役職
トレートル商会・エリザベートの腹心。
・物語内での具体的な行動や成果
エリザベートの亡命に同行し、商会運営や身辺警護、諜報活動をこなした。アリスのお使いの際には警備体制を整え、主人の護衛として常に傍で活動している。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
光属性魔法や幻影魔法の使い手である。主人の精神的な危うさを危惧し、彼女を支えようと密かに心を砕いている。
ミーシャ
猫人族の少女であり、エリザベートに深く恩義を感じている。行商人だった両親を野盗に殺害され、借金返済のために自ら奴隷となった過去を持つ。
・所属組織、地位や役職
トレートル商会・侍女見習い兼秘書。奴隷。
・物語内での具体的な行動や成果
誘拐事件の際には重傷を負いながらもアリスとルノアを守ろうと奮闘した。エリザベートやミレイから戦闘訓練を受け、護衛として十分に通用する実力を身につけた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
身体強化スキルと短剣術を駆使して戦う。将来的に奴隷身分から解放される予定となっている。
ルノア・カールトン
固有魔法である物品鑑定を使える商人見習いである。事故で重傷を負っていたところをエリザベートの治癒魔法によって救われた。
・所属組織、地位や役職
トレートル商会・商人見習い。Fランク冒険者。
・物語内での具体的な行動や成果
冒険者登録を行い、近郊の森で薬草採取を行った際にレスたちと共闘してゴブリンを討伐した。偽金貨の鑑定や商会の予算計算など、実務面でも活躍している。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
風属性魔法を習得している。商人としての才能をエリザベートから高く評価されている。
アリス
エリザベートがダンジョンで発見し、養女として引き取った少女である。エリザベートをママと呼び慕っている。
・所属組織、地位や役職
エリザベートの養女。
・物語内での具体的な行動や成果
市場へのお使いを一人でやり遂げた。誘拐事件に巻き込まれたが、無事に救出された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
水属性と火属性の適性を併せ持つ複合属性である。魔力が多いため、エリザベートから魔力制御の訓練を受けている。
ハウエル
トレートル商会の支店を任されている人物である。
・所属組織、地位や役職
トレートル商会・ハーミット伯爵領支店長。
・物語内での具体的な行動や成果
港町に到着したエリザベートたちを出迎え、商館の用意やハーミット伯爵との折衝を行った。獣王連合国行きの船の手配も担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
エリザベートが不在の間、ハーミット伯爵領の店舗運営を全面的に任されている。
バアル
裏社会の凄腕であり、エリザベートに絶対の忠誠を誓っている。大罪人として追われていた過去を持つ。
・所属組織、地位や役職
トレートル商会・護衛部門担当。
・物語内での具体的な行動や成果
コルトの護衛として潜入し、ファンネル商会への報復に加担した。ロックイート男爵領では武器を横流しして反乱を煽動し、男爵一家を殺害した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
異常なまでの身体強化と神速の剣技を誇る元Aランク冒険者である。
アルノー
ハルドリア王国からエリザベートが引き抜いた初老の執事である。
・所属組織、地位や役職
トレートル商会・執事長兼施設管理者。
・物語内での具体的な行動や成果
帝都における拠点や商館候補の物件を選定し、屋敷の維持管理を取り仕切った。ミレイ不在時には商会の事務仕事の取り纏めも行っている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
長年貴族に仕えてきた経験を持ち、エリザベートからの信頼も厚い。
カールトン商会
ルイス・カールトン
レブリック伯爵領でカールトン商会を営む商人である。ルノアの父親である。
・所属組織、地位や役職
カールトン商会・商会長。トレートル商会顧問。
・物語内での具体的な行動や成果
娘のルノアの治療と引き換えにエリザベートの商会を手伝った。ガザル商会を罠にはめるための工作にも協力した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
後世の時代において、獣王連合国へ向かう魔導船の最上級客室に乗船している姿が描かれている。
ミーレ・カタリア
カールトン商会でルイスの専属秘書を務める人物である。
・所属組織、地位や役職
カールトン商会・専属秘書。
・物語内での具体的な行動や成果
後世の時代にルイスと共に魔導船に乗船し、アクアシルクの取引量増加に関する要望を報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
ハルドリア王国
ロゼリア・ファドガル
ファドガル公爵家の令嬢であり、フリードの元婚約者候補である。責任感が強く、実務能力に優れている。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・特例王太子補佐官。
・物語内での具体的な行動や成果
エリザベート追放後にフリードの補佐として政務を代行した。属国との関係修復に奔走する一方で、フリードの度重なる失策の尻拭いに追われた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アデルが実権を握った後は彼女の臣下となり、未来の王としての器に忠誠を誓った。
マオラン
アデルに仕える従者である。下級貴族や平民の出身であるが、アデルに対する忠誠心は高い。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・アデルの従者。
・物語内での具体的な行動や成果
アデルの執務を補佐し、王国各地に放った間諜からの報告を取りまとめた。暗殺者の襲撃時には長針を投擲してアデルを援護した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
アデル
ハルドリア王国の第一王女である。冷徹な判断力と高い魔法の技量を持つ。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・第一王女。
・物語内での具体的な行動や成果
レキ帝国への留学から帰還し、フリードに代わって実質的な統治権限を委譲された。国内の無駄を整理し、ランプトン侯爵を失脚させるなどの冷酷な粛清を断行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
準一級命令権を与えられ、無能な兄を沈めて自らが王位を奪い取る覚悟を示している。無詠唱の風属性魔法を操る。
フリード・ハルドリア
ハルドリア王国の王太子である。エリザベートの元婚約者で、彼女に劣等感を抱いていた。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・王太子。
・物語内での具体的な行動や成果
シルビアの証言を真に受けてエリザベートを断罪し、投獄した。その後、偽金貨事件やサージャス王国の紛争を引き起こし、国に多大な損害を与えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
数々の失政により国王からすべての権限を剥奪され、監視付きの謹慎処分となった。
シルビア・ロックイート
ロックイート男爵の庶子である。権力欲が強く、フリードに取り入ってエリザベートから婚約者の座を奪った。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・王太子の婚約者。
・物語内での具体的な行動や成果
虚偽の証言でエリザベートを陥れた。フリードの失脚に伴い、自身もアデルから冷遇され窮地に陥った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
実家の男爵家はエリザベートの策により反乱で滅亡している。
エイワス・レイストン
レイストン公爵家の後継者であり、エリザベートの実兄である。軽薄な態度を装っているが、有能な人物である。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・領主代行。
・物語内での具体的な行動や成果
アデルの陣営に加わり、トレートル商会のエリーがエリザベート本人であるという情報をもたらした。帝国へ向かう道中でジークの遺体を発見し、首を持ち帰った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アデルの覇道に協力しつつ、彼女の器を見極めようとしている。
ブラート・ハルドリア
ハルドリア王国の国王である。かつて雷神と呼ばれた武人であるが、政治には疎い。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・国王。
・物語内での具体的な行動や成果
フリードの度重なる失策に頭を抱え、留学先からアデルを呼び戻して統治権限を委譲した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
神器である雷神の剣を用い、雷精化という奥義を使うことができる。
ジーク・レイストン
ハルドリア王国の宰相であり、エリザベートの父親である。国と王家を守ることを第一としている。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・宰相。レイストン公爵。
・物語内での具体的な行動や成果
エリザベートを国家反逆者に仕立て上げ、フリードの失態を揉み消そうとした。獣王連合国でのダンジョンスタンピードにおいて前線指揮を執ったが、エリザベートとの死闘の末に敗れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
広域探知能力を持つ神器である白地戦略図の使い手であった。
アレックス・ザントブフ
ハルドリア王国の第三騎士団長である。高い剣の技量を持つ騎士である。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・第三騎士団長。
・物語内での具体的な行動や成果
仮設前線基地を襲撃したバアルを迎撃し、部下たちに隊列を組み直すよう指示を飛ばした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
大盾の神器を所持していたが、バアルの神速の剣技により一瞬で斬り殺された。
コルト・ランプトン
財務大臣ランプトン侯爵の息子である。フリードの権威を笠に着て商会を支配していた。
・所属組織、地位や役職
ハルドリア王国・ファンネル商会代表。
・物語内での具体的な行動や成果
ファンネル商会を乗っ取り、帝国金貨の偽造の実行拠点として機能させた。エリザベス商会の罠にはまり、帝国騎士に拘束された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
帝国金貨偽造および帝室侮辱の罪により、拷問と処刑の運命を辿った。
ユーティア帝国・冒険者ギルド
エルザ
異名持ちの実力派冒険者である。サッパリとした性格で、エリザベートと親交を深めている。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Aランク冒険者。パーティ鋭き切先リーダー。
・物語内での具体的な行動や成果
サージャス王国の紛争に義勇軍として参加し、ブロッケン砦の奪還作戦に貢献した。帝都の地下水路の毒浄化のためにダンジョン探索へも同行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
神器である不死鳥の剣を所持しており、窮地に陥るほど身体能力が上昇する能力を持つ。
サラサ
冒険者ギルドの受付嬢である。狐人族の若い娘である。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・受付。
・物語内での具体的な行動や成果
ルノアの冒険者登録手続きを行い、エルザたちに東部の紛争に関する指名依頼を打診した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
マルティを妹のように可愛がっている。
リサ
エルザのパーティメンバーである。紛争地近くの村の出身である。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Bランク冒険者。治癒魔導師。
・物語内での具体的な行動や成果
サージャス王国の紛争に参加し、襲撃された村人の治療を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
マルティ
エルザのパーティメンバーである見習い冒険者。狐人族の少女である。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Cランク冒険者。斥候。
・物語内での具体的な行動や成果
サージャス王国軍に占拠された村の偵察を行い、村長宅の制圧時に村人たちを保護した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
レス
駆け出しの冒険者である。ルノアに命を救われた。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Fランク冒険者。剣士。
・物語内での具体的な行動や成果
ゴブリンの群れに襲われていたところをルノアと共闘して討伐し、ルノアをパーティに勧誘した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
リオ
レスとパーティを組む駆け出しの冒険者である。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Fランク冒険者。槍使い。
・物語内での具体的な行動や成果
ゴブリンの群れとの戦闘において、レスたちと連携して敵を討伐した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
イーア
レスとパーティを組む駆け出しの冒険者である。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Fランク冒険者。弓使い。
・物語内での具体的な行動や成果
ゴブリンの群れとの戦闘において、風属性付与を受けた矢で魔法使いのゴブリンを射抜いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
ユウカ・クスノキ
東の島国出身の小柄な少女である。帝国最高の薬師であり、高い戦闘能力を持つ。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Aランク冒険者。帝国商業ギルド評議員。
・物語内での具体的な行動や成果
サンダーバードのオリオンを使役し、エリザベートと共にエマヤ鉱石を採取するためダンジョンを探索した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
身の丈以上の巨大な戦斧を操る。英雄の領域に到達したSランク冒険者候補と称されている。
リリ・アマリス
雷鳥の止まり木で店番をしている少女である。ユウカの弟子である。
・所属組織、地位や役職
雷鳥の止まり木・薬師見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
ルノアの紹介で訪れたレスたちに、自身が制作した高品質な低級ポーションを安価で販売した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
ルーカス・レブリック
ユーティア帝国の若き貴族であり、エリザベートの亡命を受け入れた人物である。
・所属組織、地位や役職
ユーティア帝国・辺境伯。帝国大使。
・物語内での具体的な行動や成果
偽金貨事件に対処するためエリザベートと結託し、王国に捜査権を与える通商条約を結ばせた。サージャス王国との紛争ではレブリック子爵領軍を率いて進軍した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
偽金事件での功績とサージャス王国併合により、子爵から辺境伯へと陞爵した。
帝国商業ギルド評議会
ロットン・フライウォーク
千里眼の異名を持つエルフ族の男である。広大な情報網を持つ。
・所属組織、地位や役職
帝国商業ギルド評議会・評議員。
・物語内での具体的な行動や成果
エリザベートの特別認可商人認定に反対票を投じた。獣王連合国の宿でエリザベートにナイル王国の政変の情報を伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
キングポイズンスライムの事件を理由に謎の男との契約を破棄しようとしたが、部下のナナフシに殺害され成り代わられた。
獣王連合国
ドルッケン・スルスラ
スルスラ商会の商会長である。巨体に似合わず丁寧な物腰である。
・所属組織、地位や役職
スルスラ商会・商会長。
・物語内での具体的な行動や成果
エリザベートから提示された獣人族向けの新作化粧品を試し、品質を認めて全商品の取り扱いを承諾した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
メリー
ドルッケンに仕える羊人族の女性である。
・所属組織、地位や役職
スルスラ商会・秘書。
・物語内での具体的な行動や成果
ドルッケンと共にエリザベートの持ち込んだ化粧品を吟味し、取り扱いの決定に関与した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
黄金の風亭の女将
港町にある宿の女将である。大柄な熊人族である。
・所属組織、地位や役職
黄金の風亭・女将。
・物語内での具体的な行動や成果
獣王連合国に到着したエリザベート一行を出迎え、新鮮な野菜を使ったシチューなどの料理を振る舞った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
レオン・ライオンハート
獣王連合国の国王である獅子人族の戦士である。豪快で戦闘を好む性格である。
・所属組織、地位や役職
獣王連合国・獣王。
・物語内での具体的な行動や成果
ダンジョンスタンピードが発生した際、自ら武器を手にして戦場へ向かった。最奥から現れたアースドラゴンを討伐し、事態を終結させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
十年に一度の武闘大会を三連覇しており、三十年にわたり王座に就いている。
オルト・ツバイス
背中に二本の槍を負った狼人族の冒険者である。
・所属組織、地位や役職
冒険者ギルド・Bランク冒険者。第五義勇兵団指揮官。
・物語内での具体的な行動や成果
ダンジョンスタンピードにおいて義勇兵団を指揮した。魔物との戦闘でエリザベートたちと共闘し、彼らの戦果を上層部に報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
Bランクであるが、実力はAランクと遜色ないと言われている。
バーチ商会(ナイル王国)
イーグレット・バーチ
ナイル王国を拠点とするバーチ商会の三代目である。角と狼の尾を持つ混合種である。
・所属組織、地位や役職
バーチ商会・商会長。
・物語内での具体的な行動や成果
交易船の中でエリザベートに接触し、アクアシルクなどの優先取引契約を結んだ。スタンピードの際にはエリザベートと共に義勇兵として戦った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
砂の魔法とシャムシールを用いた高い戦闘能力を持つ。
オウル・アイズ
バーチ商会でイーグレットの補佐を務める浅黒い肌の少女である。真面目でしっかりとした性格である。
・所属組織、地位や役職
バーチ商会・商会員。
・物語内での具体的な行動や成果
だらしないイーグレットを物理的に制裁して身だしなみを整えさせた。スタンピードの際にはミレイたちと共にアリスを護衛して港町へ避難した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ククリ刀を用いた追刃のスキルでゴブリンの群れを討伐する実力を持つ。
イブリス教
ティーダ
イブリス教の歩き神官を名乗る少女である。酒とギャンブルをこよなく愛する破天荒な性格である。
・所属組織、地位や役職
イブリス教・枢機卿。第四聖騎士団所属。
・物語内での具体的な行動や成果
帝都へ向かう道中でエリザベート一行に加わり、野盗を容赦なく撲殺した。ケレバンでは誘拐事件に巻き込まれた子供たちを救出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
本名はティルダニア。イブリス教の最高位の一人であり、聖銀製の聖印を持つ慈愛の聖女と呼ばれている。
リーウス助祭
イブリス教の聖騎士団に所属する助祭である。
・所属組織、地位や役職
イブリス教・第四聖騎士団第六分隊長。
・物語内での具体的な行動や成果
ケレバン近郊の遺跡でティーダに大量の書類処理を押し付けたが、逆に長時間の瞑想を命じられてしまった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
その他の人物・集団
ローザ
ブロンドの髪に羽を象った髪飾りを付けたエルフの女性である。
・所属組織、地位や役職
吟遊詩人。
・物語内での具体的な行動や成果
帝都の広場でエリザベートたちに声を掛け、彼女たちの冒険譚を聞き取った。代わりに美しい歌声で唄を披露した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
ハルト
公国の青年である。
・所属組織、地位や役職
公国の青年。
・物語内での具体的な行動や成果
恋人のイズと共にリースベールを観光し、駅前広場のベンチで休息していた。吟遊詩人のローゼから冒険者の歌を聴いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
イズ
ハルトの恋人である。
・所属組織、地位や役職
公国の青年。
・物語内での具体的な行動や成果
リースベールで伝統菓子フェクチを購入した。ハルトと共に吟遊詩人の歌を聴き、魔導列車で帰路についた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
ヒロシ・サイトー
異界から現れて魔王を倒したとされる伝説の勇者である。
・所属組織、地位や役職
日ノ本列島王国・初代国王。
・物語内での具体的な行動や成果
迫害されていた魔族や国を失った人々を集めて日ノ本列島王国を建国した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
すべての属性魔法を扱えたと伝わっている。すまほの書などの三宝を国宝として残した。
ヒロノブ・サイトー
ヒロシ・サイトーの子孫である。
・所属組織、地位や役職
日ノ本列島王国・現国王。
・物語内での具体的な行動や成果
物語内で直接的な行動は描かれていない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
ルイーシャ・テイル
猫耳を持つ冒険者である。
・所属組織、地位や役職
Aランク冒険者。
・物語内での具体的な行動や成果
商人のクラリスの護衛として獣王連合国の王都を訪れ、美味しいものを求めて市場へ向かった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
クラリス
筋骨隆々の大男である商人である。
・所属組織、地位や役職
商人。
・物語内での具体的な行動や成果
獣人族用の服や化粧品を購入するため、ルイーシャを護衛として雇いスルスラ商会へと向かった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
クラウド
商人である。
・所属組織、地位や役職
商人。
・物語内での具体的な行動や成果
ルイーシャからクラウドと呼ばれたが、本人はクラリスちゃんと呼ぶよう訂正した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項の記載はない。
ハヤテ・クスノキ
長い黒髪を背中で纏めた小柄な少年である。
・所属組織、地位や役職
ダンジョン研究者。
・物語内での具体的な行動や成果
獣王連合国近郊にある崩壊したダンジョンの洞窟を調査し、襲い掛かってきたオークを戦斧で討伐してメモを取った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
東の島国装束を身に纏っている。
展開まとめ
序章
獣人族向け化粧品事業の進展
エリザベートは帝都の屋敷の執務室で、レブリック辺境伯領東部に新設された化粧品生産拠点の決算書を確認していた。
そこへミレイが現れ、獣人族向け化粧品に関する新たな報告書を提出した。エリザベートは内容へ目を通し、問題がないことを確認すると、そのまま承認のサインを入れて返却した。
その後、ミレイへ完成した決算書も手渡し、後処理を任せた。
執務後の穏やかな時間
執務を終えたエリザベートは、資料整理をしていたミーシャへ予定を確認した。
ミーシャから本日の予定は終了していると聞き、残りの仕事を任せたエリザベートは執務室を後にする。
廊下ではルノアと遭遇し、ハーミット伯爵領支店を任されているハウエルから手紙が届いていることを知らされた。
内容は、来月予定している獣人連合国行きの船手配に関する報告だった。エリザベートは内容を確認すると、後でミーシャへ渡すようルノアへ頼み、そのまま中庭へ向かった。
アリスとの約束
中庭では、アリスが花壇の花を眺めながら遊んでいた。
エリザベートへ気付いたアリスは、笑顔で駆け寄り「ママ」と呼びながら甘えてきた。
エリザベートは、その日の仕事が終わったことを伝える。するとアリスは、本を読んで欲しいとお願いした。
エリザベートはそれを快く受け入れ、寒くなる前に部屋へ戻ろうと提案した。
アリスを抱き上げたエリザベートは、付き添っていたメイドを下がらせ、そのまま自室へ向かって歩き始めるのだった。
一章《帝都の日々》
獣人族向け事業とアリスの成長
エリザベートは、帝都の屋敷で獣人族向け化粧品事業の報告書や決算書を処理していた。
レブリック辺境伯領東部に設立された生産拠点は本格稼働を始めており、ミレイが持ち込んだ報告書にも問題は見られなかった。
執務を終えたエリザベートは、中庭で待っていたアリスと合流する。アリスはエリザベートを「ママ」と呼び、本を読んで欲しいと甘えていた。
また別の日には、アリスがエリザベートの役に立ちたいと言い出したことが話題となる。エリザベートは商会の仕事を幼いアリスへ任せることに悩んでいたが、エルザから「エリーの手伝いをしたいのであって商会の仕事ではない」と指摘され、お使いなど簡単な役割を作れば良いと助言された。
しかしエリザベートは、以前の誘拐事件を思い出し、まず危険を徹底排除する必要があると考え始めていた。
ティーダの後始末と酒場での息抜き
ケレバン近郊の遺跡では、誘拐事件後の大規模調査が続いていた。
ティーダは大量の報告書処理へ追われており、第四聖騎士団第六分隊長リーウス助祭から次々と書類を押し付けられていた。
面倒な仕事へ不満を漏らしつつも、ティーダはドンドルの引き起こした事件へ怒りを抱いていた。
その後、ティーダはリーウスへ強引に瞑想を命じ、その隙に天幕を抜け出してケレバンへ戻る。
偶然入った酒場では、東の島国由来の清酒や味噌煮込みを味わった。店主から唐辛子や味噌、焼酎など様々な東方料理を振る舞われ、ティーダは仕事の疲れを忘れるほど満喫していた。
村での治療活動
後日、ティーダは帝都へ向かう途中、小さな村へ立ち寄った。
村では、数日前のスタンピードによって重傷を負った少年が瀕死状態となっていた。村人たちは助からないと諦めていたが、ティーダは傷を確認すると、自分なら治療可能だと判断する。
【中級治癒】を施された少年は呼吸を安定させ、目を覚ました。
感謝した村長夫婦は、祝い用の果実酒を振る舞い、ティーダはそれを嬉しそうに味わっていた。
チョコレート菓子の新商品開発
帝都へ戻ったティーダは、《グリモワール》でエリザベートと新作チョコレート菓子の試食を行っていた。
それは砂糖の殻へウイスキーを閉じ込め、チョコレートで包んだ新作菓子だった。
ティーダは、チョコレートと蒸留酒が混ざり合う味わいを絶賛し、酒好き向けとして非常に完成度が高いと評価する。
エリザベートは、その菓子の商品名をティーダへ任せた。
ティーダは「ウイスキー」や「ボンボン菓子」を組み合わせた名前を考えていたが、発表直前に木の葉が鼻へ入り「ふぇクチ」とくしゃみをしてしまう。
エリザベートは即座に、その菓子の名前を「フェクチ」に決定してしまった。
ミレイの過去とミーシャへの助言
一方、誘拐事件後も落ち込んでいたミーシャは、ミレイから紅茶の淹れ方や礼儀作法を教わっていた。
その中でミレイは、自身もかつてエリザベートを守れなかった経験があると語り始める。
没落貴族出身だったミレイは、幼少期から才覚を発揮していたエリザベートへ拾われ、従者として育てられた。
しかしある日、二人は王都で襲撃され、ミレイは人質にされてしまう。その結果、エリザベートは誘拐犯へ連れ去られた。
自分が足を引っ張ったと絶望していたミレイだったが、エリザベートは誘拐犯を自力で叩きのめして帰還した。
そして泣いていたミレイへ、自分に出来ないことは出来る人へ任せれば良い、自分にしか出来ないことをすれば良いと語ったのである。
ミレイは、その言葉をミーシャへ伝え、いずれミーシャにも自分だけの役割が見つかるはずだと励ました。
バアルによる「強さ」の教え
その後も悩み続けていたミーシャは、郊外で短剣術の鍛錬を繰り返していた。
そこへ現れたのは、エリザベート配下のバアルだった。
バアルはミーシャを食堂へ連れて行き、食事をしながら悩みを聞き出す。
ミーシャは、アリスとルノアを守れなかったこと、自分がもっと強ければと後悔していることを語った。
それに対しバアルは、「何があっても仲間を守れる絶対の強さなど存在しない」と断言する。
冒険者パーティも、それぞれの役割を果たすことで力を発揮するものであり、ミレイの言う「ミーシャにしか出来ないこと」とは、そうした役割を見つけることなのだと説明した。
しかしその答えを見つけるのは、自分自身で乗り越えるべき問題だとも語った。
ティーダとの対話
数日後、ミーシャは街で偶然ティーダと再会した。
悩みを相談されたティーダは、もし自分なら誘拐犯相手には、人質に多少怪我を負わせても犯人を即座に始末するか、あるいは逃げて仲間を呼ぶと答えた。
相手は誘拐犯であり、すぐ殺される可能性は低いのだから、一人で勝てないなら勝てる仲間を頼るべきだという考えだった。
ティーダは、ミーシャの行動も間違いではないが、実力不足だったのだと指摘する。
しかし同時に、人は常に今ある力で最善を尽くすしかなく、焦る必要はないとも語った。
誰もが全てを一人で出来るわけではなく、人へ頼り、また誰かに頼られる存在になることが大切なのだと教えられたミーシャは、ようやく自分の迷いへ小さな答えを見出し始める。
その帰り道、ミーシャの足取りは以前よりも軽くなっていた。
ルノアの冒険者登録
ルノアは、エリザベートへ冒険者になりたいと申し出た。
誘拐事件の際、自分には経験が足りず、冷静に戦うことが出来なかったと痛感していたのである。与えられた訓練ではなく、自ら考え行動する経験を積むため、冒険者として活動したいと説明した。
エリザベートはその考えを認め、帝都から遠く離れる依頼は受けないこと、依頼内容は細かく報告することを条件に許可を与えた。
翌日、ルノアは魔杖や魔女帽子、革で補強されたローブを装備し、帝都の冒険者ギルドで正式に冒険者登録を行った。
薬草採取と冒険者たちとの遭遇
初依頼として、ルノアは帝都近郊の森で薬草採取を行った。
【物品鑑定】による知識を活かし、質の高い薬草や珍しいキノコを効率よく採取していたが、その途中で悲鳴と戦闘音を耳にする。
駆け付けると、同年代ほどの冒険者三人組――レス、リオ、イーアがゴブリンの群れへ追われていた。
ルノアは即座に【風刃】を放ち、ゴブリンを一撃で切断した。さらに【風連刃】や【強風】、【風壁】を駆使して三人を援護する。
三人も体勢を立て直し、剣、槍、弓による連携でゴブリンを討伐した。
こうしてルノアは、初めて実戦の中で自ら考えながら仲間と共闘する経験を得た。
新たな仲間との交流
戦闘後、ルノアたちは討伐証明としてゴブリンの耳を回収し、帝都へ帰還した。
レスたちはルノアへ深く感謝し、その場でパーティ加入を誘う。しかしルノアは商会の仕事もあるため、正式加入は断った。
それでも時間が合えば一緒に依頼を受けようと約束し、四人はギルド併設酒場で食事を共にした。
レスたちは、スタンピード経験者の冒険者から聞いた話や、駆け出し冒険者としての苦労を語っていた。
その中で、ポーション代が大きな負担になっていることを知ったルノアは、ある店を紹介することを思い出す。
《雷鳥の止まり木》
ルノアが案内したのは、《雷鳥の止まり木》という薬屋だった。
そこは帝国一の薬師《漆黒》ユウカ・クスノキの店であり、通常は上級冒険者しか利用できない超高級店として知られていた。
しかしルノアは、店主の弟子リリ・アマリスと面識があった。
リリは、最近許可されたばかりの自作低級ポーションを銀貨一枚で販売していた。性能は通常の低級ポーションを大きく上回り、中級ポーション並みの品質だった。
さらにルノアは【物品鑑定】で出来の良いポーションを選び出し、リリも初めての客への記念として傷薬をおまけで渡した。
レスたちは感激し、いつかもっと稼いで再び訪れると約束する。
ルノアの初めての冒険
こうして、ルノアの初めての冒険は終わった。
彼女は、商会で働きながらも、レスたちと数々の冒険を重ねていくことになる。
そしてこの経験こそが、後にルノア自身の成長へ大きく繋がっていくのだった。
ミレイによる警備体制強化
エリザベートは、アリスの初めてのお使い計画に向け、信頼できる人員を集めていた。
配下のバアルやティーダ、ルノアの知人冒険者まで動員し、万全の警備体制を敷こうとしていたのである。ミレイは少々過剰ではないかと指摘したが、エリザベートは誘拐事件を経験した以上、一切妥協するつもりは無かった。
帝都の地図へ作戦内容を書き込みながら、アリスを危険へ晒さないための準備を進めていた。
ミレイの裏仕事
ミレイは毎朝、使用人頭や侍従頭とのミーティングを行い、屋敷全体の状況把握を行っていた。
しかしその後には、裏仕事担当者たちから秘密裏の報告も受けていた。
その日も、ラウリア商会が送り込んだ暗殺者たちを捕らえたという報告が届く。狙いはエリザベート本人ではなく、化粧品レシピだったため、ミレイは衛兵へ引き渡すよう指示した。
エリザベートを狙う者は依然多く、商売敵や既得権益を脅かされた貴族たちによる工作が続いていた。
ミレイの休息時間
僅かな空き時間、ミレイは自室で紅茶を楽しんでいた。
ケレバンで購入した華やかな茶器を使い、アールグレイを丁寧に淹れる。その後も商会業務、側仕え、ミーシャ教育と忙しく働き続け、夕方には上級使用人用休息室で執事長アルノーと紅茶を飲み交わしていた。
その最中、ミレイはロックイート男爵領襲撃後に行った、バアルとの会話を思い返していた。
バアルの危惧
ロックイート男爵領で反乱を誘発し、男爵を殺害した後、バアルはミレイへ本音を語っていた。
エリザベートは困っている者へ優しく手を差し伸べる一方、復讐のためなら多大な犠牲も気にしない矛盾を抱えている。そして本人は、その矛盾を自覚していないと指摘したのである。
さらに、王国への報復へ人生全てを注ぎ込み続ければ、復讐を終えた時に燃え尽きてしまうのではないかと危惧していた。
ミレイもその不安を否定できなかった。
アルノーとの相談
ミレイはアルノーへ、最近のエリザベートについて相談した。
アルノーも、現在のエリザベートは活力に満ちている反面、精神的には不安定だと感じていた。王国への残虐な報復と、弱者への慈愛を同時に抱え、それを矛盾として認識していない状態は危ういと分析する。
しかし現在は、アリスやルノア、ミーシャたちとの生活が支えになっているとも語った。
ミレイは、自分がエリザベートへ復讐心を自覚させてしまったことに責任を感じながらも、彼女には幸せになって欲しいと願っていた。
アリスのお使い作戦
その後、ミレイは執務室へ戻り、エリザベートと「アリスのお使い作戦」の詳細を詰めていった。
既にバアルたちが市場周辺から危険人物を排除しており、当日はトレートル商会スタッフや信頼できる冒険者たちを周囲へ配置する予定だった。
アリスがメモを失くした場合に備え、予備メモをスタッフへ持たせる案なども検討されていた。
報告後、ミーシャが新しい南部属国産コーヒーを淹れると、エリザベートは興味を示しつつ味を確認していた。
エリザベートの交友関係
ミレイは休暇を利用して帝都の店巡りを行い、趣味の茶器や茶葉を購入していた。
東の島国から輸入された魔法陣付きガラス製ティーセットに強く惹かれ、最終的に購入を決める。
その日の夜、屋敷へ戻ったミレイは、エリザベートが「友人との親睦」について真剣に悩んでいる姿を目撃した。
王国時代のエリザベートは、交友関係すら政治的意味を持っていたため、純粋な友人付き合いを理解していなかったのである。
夜会や情報交換を交友だと思い込んでいたエリザベートへ、ミレイはそれは社交であり、本当の友人関係ではないと指摘した。
ショッピングやランチなど、利害を考えず一緒に時間を過ごすことが友人関係なのだと説明され、エリザベートはようやく、自分はもう王国時代のように他人の顔色や政治的配慮を気にせず生きて良いのだと気付き始めていた。
アリスの初めてのお使い
エリザベートは中庭で遊んでいたアリスへ、お使いを頼んだ。
市場で必要な物を買ってきて欲しいと頼まれたアリスは、一人で任されたことを誇らしく思い、元気よく引き受けた。
帽子を被り、お金入りの鞄と買い物メモを受け取ったアリスは、治安の良い市場へ向かう。
しかし途中で見知らぬ道へ迷い込んでしまう。それでもアリスは慌てず、深呼吸して落ち着きを取り戻した。
近くで金髪の女性が衛兵へ市場への道を尋ねている会話を耳にし、その案内を頼りに市場へ辿り着くことに成功した。
仮面の男との出会い
市場で買い物を進めていたアリスだったが、途中で買い物メモを落としてしまう。
慌てるアリスへ声を掛けてきたのは、仮面を着けた大柄な冒険者風の男だった。
男は拾ったメモを返し、お使いへ気を付けるよう優しく声を掛ける。そこへ柄の悪そうな男たちが現れ、仮面の男へ「バア……」と呼びかけかけた瞬間、腹へ拳を叩き込まれて黙らされた。
仮面の男は、それを「友達がふざけていただけ」だと誤魔化し、その場を立ち去る。
アリスはどこか見覚えがある人物だと感じていたが、深く気にすることなく残りの買い物を終え、無事屋敷へ帰宅した。
エリザベートへ、お使いを一人でやり遂げたことを誇らしげに報告するのだった。
アデルによる反乱調査
一方、王城ではアデルがロックイート男爵領反乱事件の調査報告を受けていた。
武器流通や扇動の痕跡から、単なる偶発的反乱ではなく、何者かによる工作が行われていると判断していたのである。
さらにアデルは、エリザベートならばこれほどの工作も可能だと考えていた。
ロゼリアは、慈善活動へ尽力していたエリザベートが民を巻き込むような反乱を起こすとは思えないと反論する。
しかしアデルは、エリザベートは国を動かすために育てられた貴族であり、必要なら犠牲も容認できる人物だと説明した。
さらに、婚約破棄後に王家や宰相たちが彼女を見捨て、噂によって貶め続けたことが、完全な敵対へ繋がったのだと分析していた。
フリードによる暗殺未遂
その後、中庭で会話していたアデルたちは暗殺者の襲撃を受ける。
しかしアデルは飛来した矢を掴み取り、無詠唱魔法【風刃】で反撃した。ロゼリアやマオランも隠し武器で応戦し、襲撃者たちは瞬く間に制圧される。
アデルは、これが六度目の暗殺未遂であり、背後にはフリード派閥が存在していると見抜いていた。
そこへ現れたフリードは、わざとらしく暗殺者引き渡しを申し出る。しかしアデルは、フリード側へ渡せば口封じされると判断し、自らの配下へ連行を命じた。
さらに、シルビアによる虚偽証言や、エリザベートへの捏造工作も既に調査済みであると告げ、フリードへ厳しく警告した。
エイワスとの会談
その後、アデルはある貴族との極秘会談へ臨む。
呼び出した相手は、軽薄な態度を装いながらも極めて有能な男、エイワスだった。
アデルは回りくどいやり取りを嫌い、単刀直入にエリザベートの居場所を問う。
当初エイワスは話を逸らし続けていたが、アデルが「民を守るために父や兄すら排除する覚悟がある」と断言すると、ようやく態度を変えた。
そして、現在の王国混乱の背後にはエリザベートがいることを暗に認める。
さらにエイワスは、ユーティア帝国で活動する新興商会《トレートル商会》、その会長「エリー・レイス」こそがエリザベート本人だと明かした。
アデルは、最悪の予想が的中していたことを理解する。
エリザベートは既に完全に王国を敵視し、復讐のため力を蓄えていたのである。
その覚悟を見届けたエイワスは、アデルへ臣下の礼を取り、忠誠を誓った。
友人との休日
ミレイから「友人と遊ぶべきだ」と助言されたエリザベートは、友人との付き合い方そのものが分からず悩んでいた。
これまでの人生で、純粋に楽しむためだけに誰かと交流した経験が無かったのである。
しかしミレイと相談を重ねた結果、休日に友人たちと帝都を散策する計画を立てた。
待ち合わせ場所の中央広場には、エリザベート、ティーダ、ユウ、エルザの四人が集まった。ティーダは遅刻して現れたものの、四人は賑やかに帝都散策を始める。
市場では珍しい果実を試食し、露店の商品を眺め、酒屋へ向かおうとするティーダを止めながら、気ままな時間を楽しんでいた。
エリザベートは、気を許せる相手と目的もなく街を歩く楽しさを初めて実感していた。
ユウおすすめの食堂
昼食時、ユウが案内したのは一見普通の大衆食堂だった。
しかし料理には大量の香草や薬草が使われており、魔物肉特有の臭みを消しつつ、美容や健康にも配慮された内容となっていた。
実はその料理は、ユウ自身が監修していたものであり、彼女の故郷では「食事で健康を保つ」という考え方が根付いていた。
エリザベートたちは、薬効や食材の説明を受けながら料理を楽しみ、食後のハーブティーまで味わっていた。
食事中には、帝都での生活やミレイの話題など、取り留めのない雑談が続き、エリザベートはこうした時間の心地良さを感じ始めていた。
吟遊詩人ローザとの出会い
午後、四人は若いエルフの吟遊詩人ローザと出会う。
ローザは、冒険者らしく見える四人へ冒険譚を聞かせて欲しいと頼み込んだ。
そこで彼女たちは、共にダンジョンへ潜った時の話を語り、代わりにローザから歌を披露してもらう。
まだ駆け出しらしく緊張は見えたものの、その歌声は美しく、情景が浮かぶような魅力を持っていた。
エリザベートたちは、彼女がいずれ優れた吟遊詩人になるだろうと感じていた。
女子会と故郷の話
夕方以降はユウの店へ移動し、購入した食材や持ち寄った菓子、お茶を囲んで「女子会」が開かれた。
意外にも最も料理が上手だったのはティーダであり、修行時代によく料理を作らされていたと語る。
会話は自然と故郷の話へ移っていく。
ユウは、自身が東の島国《日ノ本列島王国》出身であると説明した。
その国は、千八百年前に異界から現れた勇者ヒロシ・サイトーが、迫害された魔族や国を失った人々を集めて築いた国家だった。
さらにユウは、勇者が異界から持ち込んだ「三宝」について語る。
一つ目は、異界の知識が記された《すまほの書》。
二つ目は、王族の正装にもなっている《がくらん》。
三つ目は、《宇宙狩人ギャラクシーもも、ファイナルハンティングVer.》という女性人形だった。
その奇妙な名前と内容に、エリザベートたちは困惑しつつも興味を示していた。
また、勇者が二十二人の妻へ贈った装束が王臣二十一家へ伝わっているという話題も語られる。
《せーらー服》《ちゃいなどれす》《みこ服》《すくみず》《なーす服》など、異界由来の服装が現在も家宝として継承されていた。
ユウ自身も、その王臣二十一家の分家筋にあたる人物だった。
友人との時間
その後も、エルザやティーダの故郷について語り合い、エリザベート自身も王国時代について多少ぼかしながら話していた。
互いの立場や事情を完全には明かさなくとも、気兼ねなく過ごせる空気は、エリザベートにとって初めて経験するものだった。
ミレイが「友人と遊べ」と言った意味を、エリザベートはようやく理解し始めていた。
そして、これからも時折こうした時間を過ごすのも悪くないと感じるのだった。
後世に語られる英雄たち
荒野の小国家群中心都市リースベールでは、旅行へ訪れていた青年ハルトが駅前広場のベンチで休憩していた。
恋人イズとの観光や買い物に付き合い疲れ切っていたハルトは、広場中央の噴水をぼんやり眺めていた。噴水には、かつて荒野へ巣食っていた竜種へ立ち向かう四人の英雄像が建てられていた。
剣と盾を構える青年、槍を持つ青年、弓を構える女性の三人は、Aランク冒険者パーティ《竜の番い》を象ったものだった。
そして、その後方から杖を向ける魔法使いの少女こそ、《荒野の商人》ルノア・カールトンだった。
ルノアは《白銀の魔女》エリザベートの弟子として知られており、公国でも歴史上の人物として有名になっていた。
フェクチと吟遊詩人ローゼ
その後、伝統菓子フェクチを購入してきたイズが戻って来た。
二人が会話していると、広場ではブロンドの髪に羽飾りを付けたエルフの吟遊詩人が歌を披露し始める。
彼女は有名な歴史歌や冒険譚を、美しい歌声で次々と歌い上げていった。
特に、病を治す薬の材料を求めて冒険者がダンジョンへ挑む歌は、ハルトたちにとって初めて聞く物語だったが、非常に引き込まれる内容だった。
歌い終えた吟遊詩人へ、ハルトとイズは感謝のコインを渡す。
吟遊詩人はローゼと名乗り、その歌は祖母が若い頃に冒険者から聞いた実話を元にしているのだと語った。
それは、かつて帝国で数百人の死者を出した病に関わる事件だったという。
しばらく談笑した後、ハルトとイズはローゼへ別れを告げ、魔導列車へ乗り込んで公国への帰路へ就いたのだった。
二章《獣王連合国への旅路》
獣王連合国行きの準備
エリザベートは、帝都にある商会倉庫で獣人族向け化粧品の積み込み確認を行っていた。
今回の商談は、獣人族向け新化粧品を本格展開する重要な取引だった。従来は選択肢が少なかった獣人族市場へ、新たな顧客層として参入する狙いがあった。
執務室へ戻ると、ミレイとミーシャが長期不在に備えた準備を進めていた。帝都での事業は既に安定しており、監査も終了していたため、エリザベート不在でも問題なく運営可能な状態となっていた。
しかし今回の旅には、商談以外の目的も存在していた。
エリザベートは、父でありハルドリア王国宰相でもあるジーク・レイストンへの復讐も視野に入れていたのである。
それでも今回は、ルノアやミーシャへ国外商談を経験させる意味も大きく、正式な王国使節であるジークを即座に排除するのは現実的ではないと判断していた。
港町への移動
一行は早朝に帝都を出発し、ハーミット伯爵領の港町へ向かった。
獣王連合国へは正式定期船が存在しないため、帝国商人たちは交易船を利用して海路から入国する必要があった。
道中、アリスは馬車の揺れに心地良さを覚えたのか、エリザベートの膝を枕にして眠っていた。
ルノアは獣王連合国について質問を重ね、エリザベートは、複数部族による連合国家であり、獣王が軍事権を持つ一方、政治は各部族長による士族会が主導していると説明した。
港町到着後、一行はトレートル商会支店へ入り、翌日の出航へ備えて休息を取ることとなった。
黒髪への変装
出航当日、エリザベートは鏡の前でミレイに髪を整えてもらっていた。
本来は銀髪であるエリザベートの髪は、特殊染料によって艶やかな黒髪へ変えられていた。さらに三つ編みと眼鏡によって印象を大きく変え、獣王連合国の要人へ正体を悟られないよう変装していた。
使用された染料は、アクアシルク開発過程で生まれた副産物だった。
アクアクローラーの餌となる植物カエリアには魔力蓄積性質があり、その枝や幹から作られた炭にも一時的な魔力保持能力が存在していた。
それを錬金術加工することで、一定以上の魔力を加えなければ落ちない高性能染料が完成したのである。
ルノアは、染料除去用の魔力水へ髪のケア効果を付与すれば、セット商品として売れるのではないかと提案した。
エリザベートは、その発想を高く評価し、錬金術師やユウとの共同研究を進める方針を決めた。
アリスの興味
そこへアリスが部屋へ飛び込んできた。
普段と違う黒髪姿のエリザベートを見て驚いたアリスは、自分も黒髪にしたいとねだった。
しかし今は出航直前だったため、エリザベートは帝都へ戻ったらお揃いにしてあげると約束し、アリスを宥めていた。
交易船コールフラン号
朝食後、一行は港へ向かい、交易船コールフラン号へ乗り込んだ。
船はハーミット伯爵所有の中型交易船であり、商材だけでなく少数の商人も運んでいた。
客室数は少なく、女性陣は一室を使用し、バアルは船員たちと雑魚寝することとなる。
船内探検をしたがるアリスを、ルノアとミーシャへ任せた後、エリザベートは船長へ挨拶へ向かった。
そこで帝都から持参した高級ブランデーを贈り、船員たちへの心遣いも見せる。
その対応によって、当初警戒していた船長も態度を和らげていた。
イーグレット・バーチとの出会い
その後、船尾でアリスたちを見守っていたエリザベートへ、一人の男が声を掛けてきた。
男は、角、獣耳、狼の尾を持つ混合種だった。
混合種とは、複数種族の特徴を併せ持つ極めて稀な存在であり、高い身体能力や魔力を持つことで知られていた。
男は、ナイル王国を拠点とするバーチ商会三代目商会長イーグレット・バーチと名乗る。
彼は、帝国で急成長中のトレートル商会会長エリー・レイスの名を既に知っており、積極的に接触してきた。
イーグレットは軽妙な会話と商人らしい交渉術で、獣王連合国の商会紹介と引き換えに、帝都の織物系商会や染料販売ルートの情報を求める。
さらに冗談交じりにエリザベートの好みの男性像まで尋ね、彼女も笑みを浮かべながら応じていた。
互いに商人としての価値を見極め合いながら、二人は夜の情報交換を約束する。
イーグレットは、掴み所のない不思議な雰囲気を持つ男だった。
イーグレットへの警戒
エリザベートは、バーチ商会三代目商会長イーグレット・バーチについてミレイたちと情報整理を行っていた。
立ち振る舞いから高度な教育を受けていることは明白であり、最近国外展開を始めた商会なら帝都で無名でも不自然ではないと判断する。
しかし同時に、エリザベートは完全には信用していなかった。
【怠惰の魔導書】でセイントバードを召喚し、アルノーへバーチ商会調査を命じる連絡を送らせる。
その後、一行は船旅用の夕食準備を始めた。
船旅の夕食
交易船には食事提供が無いため、ルノアが中心となって料理を作っていた。
初日は新鮮な野菜や肉が使えたため、野菜と鳥肉のスープが作られる。エリザベートとミレイは硬パンを焼き直し、飲み物を準備していた。
食事中、バアルはイーグレットとの酒席へ護衛が必要か尋ねる。しかしエリザベートは不要だと答え、バアルは船員たちとの酒盛りへ向かっていった。
食後、アリスは波の揺れに眠気を誘われ、毛布へ包まれてミレイへ預けられた。
月夜の商談
夜、エリザベートは甲板後方でイーグレットと落ち合った。
イーグレットは高級王国産ワインを持参し、エリザベートも上質なチーズやクラッカーを用意していた。
二人はワインを交わしながら、商談と情報交換を始める。
ワインの産地について会話する中で、エリザベートは旧ワイナリーの歴史まで把握していることを口にしてしまう。
イーグレットは、その知識が年齢に対して不自然であることを暗に指摘した。
エリザベートは警戒を強め、魔力による威圧を放つ。
するとイーグレットは降参を示し、自分はエリザベートの王国との繋がりをある程度把握しているが、敵対目的ではなく純粋に有益な取引相手として接触しただけだと明かした。
新商品の商談
その後、エリザベートは新型染料について説明した。
黒髪へ変装していたのは、その染料の宣伝も兼ねていたのである。イーグレットは、貴族たちが白髪や薄毛を気にすることから、大きな需要が見込めると即座に理解した。
さらに、王国市場向け独占販売へ近い優先権を求め、その代わり研究資金を出資すると提案した。
続いてエリザベートは、アクアシルク製ハンカチを取り出す。
イーグレットは即座にその価値を見抜き、暑く乾燥したナイル王国なら、冷却魔法付与だけで王侯貴族へ爆発的に売れると断言した。
王室御用達商会への販路も持っていると語り、アクアシルク輸出取引も求める。
エリザベートも、ナイル王国への販路確保は以前から課題だったため、イーグレットの提案を有益だと判断した。
こうして二人は、ワインを飲み交わしながら複数の商談をまとめていった。
海上の朝
翌朝、エリザベートは二日酔いもなく目覚めた。
アリスと共に甲板へ出ると、イーグレットが釣竿を持って現れる。アリスは興味を示し、自分も釣りをやりたいとせがんだ。
その後、アリスは見張り台の船員へ興味を持つ。
エリザベートは、海賊や魔物を警戒する役目だと説明した上で、自らマストへ登る許可を得た。
魔力強化を使い、ロープや金具を足場にして見張り台まで跳躍すると、アリスへ海から昇る朝日を見せる。
海面へ伸びる光景は宝石のように輝き、アリスは言葉を失うほど感動していた。
釣りと穏やかな時間
朝食後、一行は船尾で釣りを始めた。
アリスはエリザベートに抱えられながら釣竿を握り、大きな魚を釣り上げて大喜びする。
バアルは大物狙いで巨大な餌を使い、ミレイは飲み物を配りながらアリスへ帽子を被せていた。
バアルがタバコへ火を付けようとすると、エリザベートは氷魔法で火を消し、アリスの前では禁煙だと叱っていた。
穏やかな船旅は、その後もしばらく続いていた。
クラーケン襲来
しかし船旅半ば、突如として船が激しく揺れた。
船尾へ巨大な白い触腕が絡み付き、交易船を海中へ引き込もうとしていたのである。
現れたのは巨大海魔クラーケンだった。
さらにクラーケンには、お零れ狙いのギルマンまで付随していた。
エリザベートは即座にルノアとミーシャへアリスとマスト防衛を命じ、自身はイーグレットと共に船尾へ向かう。
船員たちは槍や剣で応戦していたが、巨大な触腕相手では決定打になっていなかった。
エリザベートはフリューゲルで触腕を切断し、イーグレットもシャムシールで同等の戦闘力を見せる。
しかし切断した触腕は即座に再生し、クラーケン本体へ放った氷槍も驚異的な治癒力によって無効化されてしまう。
船尾では巨大海魔との死闘が始まろうとしていた。
ギルマン襲撃と船上防衛
エリザベートとイーグレットが船尾へ向かった後、ミレイとバアルはマスト付近でアリスたちの護衛に当たっていた。
クラーケン出現に伴い、海ゴブリンと呼ばれるギルマンの襲撃も予想されていたのである。
船長も水中に大量の影を確認しており、船員たちは警戒態勢へ移行していた。
やがて海面が弾けるように盛り上がり、武器を持ったギルマンたちが甲板へ飛び上がってくる。
バアルは先頭の重武装ギルマンへ拳を叩き込み、亀型魔物の甲羅盾ごと粉砕した。
ミレイは短剣で鱗の隙間を正確に突き、ルノアは【風枷】でギルマンを拘束する。その隙にミーシャが跳び込み、目を貫いて仕留めていた。
船長も巨大な錨を振り回し、ギルマンを次々と叩き潰していく。
こうして甲板側では、マスト防衛戦が激化していた。
クラーケンへの対抗策
一方、船尾ではエリザベートとイーグレットが巨大クラーケンと戦っていた。
触腕を切断しても再生され、氷槍も完全な決定打にならない状況だった。
そこでエリザベートは、船から十メートルほど引き離せれば大規模氷結魔法を使えると説明する。
イーグレットはそれを聞くと、自分が引き剥がす役目を担うと宣言した。
触腕の嵐を掻い潜りながらクラーケン本体へ接近したイーグレットは、自らの神器【飢え乾く砂丘】を発動する。
両手のシャムシールへ凝縮された魔力が流れ込み、続けて放たれた【侵食砂漠】によって、クラーケンの触腕から急激に水分が奪われていった。
異変を察知したクラーケンは、船から離れ海中へ退こうとする。
その瞬間、エリザベートは最大級氷結魔法【銀世界】を発動した。
海ごと凍結した魔法は、巨大クラーケンの半身以上を氷漬けにし、その動きを完全に封じ込める。
クラーケン討伐
凍結した海へ降り立ったエリザベートとイーグレットは、もがくクラーケン本体へ止めを刺し、内部の魔石を破壊した。
そこへ駆け付けた船長は、海そのものを凍らせた光景を見て絶句していた。
こうして交易船コールフラン号は、クラーケン襲撃を生き延びることに成功した。
獣王連合国への王国使節団
その頃、ハルドリア王国では、ロックイート男爵領反乱事件への対応として、宰相ジーク・レイストン率いる使節団が獣王連合国へ向かおうとしていた。
王国側は、反乱へ獣王連合国製武器が使われていたことを重く見ており、真相確認のため直接交渉へ赴くことになったのである。
出発直前、アデル王女はジークへ声を掛ける。
ジークは、今回の反乱へ獣王連合国そのものは関与していないと考えていた。王太子婚約者シルビアの実家を狙ったような反乱構図は、あまりにも出来過ぎていると感じていたのである。
アデルも同意し、この一件の背後には別の意図が存在すると考えていた。
そしてアデルは、もし全てがエリザベートによる策謀だったなら、と不穏な可能性を口にしていた。
後世の獣王連合国交易
時代が流れた後、ユーティア帝国から獣王連合国へ向かう最新型魔導船では、ルイス・カールトンと秘書ミーレ・カタリアが海を眺めていた。
この海域は、かつて《白銀の魔女》エリザベートがクラーケンを討伐した場所として伝説化していた。
現在の魔導船は魔物忌避機能を備えており、クラーケンのような海魔に襲われる危険はほぼ無くなっていた。
また、獣王連合国内ではトレートル商会製化粧品が九十パーセントもの市場占有率を誇っており、アクアシルク需要も急増していた。
こうしてエリザベートたちが築いた交易網と商会事業は、後世まで大きな影響を残していくことになるのだった。
三章《獣王連合国》
獣王連合国への上陸
交易船は獣王連合国の港沖に停泊した。
港は遠浅で大型船の接岸が難しかったため、エリザベートたちはイーグレットと共に小舟へ移り、桟橋から上陸した。
港町には香辛料特有の匂いが漂っていた。ミーシャが不思議そうに反応すると、エリザベートは、この地域でよく栽培される香辛料の匂いだと説明した。
ルノアも、獣王連合国の主要農産物の一つとして学んだ知識を口にし、エリザベートは気候や栽培条件を補足していた。
イーグレットとの別れ
港町を歩く中で、イーグレットは魚介スープと海苔入りパンが名物の食堂を教えた。
エリザベートたちは翌朝に訪れることを決めるが、イーグレットは商会員が迎えに来ているため、隣町の支店へ向かうことになった。
同乗の誘いもあったが、エリザベートは港町で休んでから王都へ向かう予定だったため断った。
イーグレットは王都で再会する可能性を匂わせ、バーチ商会の馬車へ向かって去っていった。
港町の宿と夕食
エリザベートたちは、イーグレットに紹介された宿《黄金の風亭》へ入った。
熊人族の女将に迎えられ、二人部屋二つと一人部屋一つを確保する。アリスはエリザベートと同室となり、ルノアとミーシャも同室に決まった。
夕食では、船旅で魚を多く食べていた一行への配慮から、新鮮な野菜や肉を使った料理が用意されていた。
山羊のミルクを使ったシチューや、帝国とは異なる小麦のパン、見慣れない野菜のサラダなど、獣王連合国らしい食材が並んでいた。
ルノアとミーシャは、帝国との食材や味の違いを興味深そうに確認していた。
周辺確認と休息
夕食後、アリスは船旅の疲れからすぐ眠ってしまった。
外に出ていたミレイは、周囲に一行を探る者はいないこと、イーグレットとバーチ商会の者たちも確かに街を離れたことを報告した。
エリザベートはひとまず問題なしと判断し、翌日は遅めに食堂で食事をしてから王都へ向かう予定を立てた。
眠りに落ちる直前、エリザベートはなぜかイーグレットの顔を思い浮かべていた。
獣王連合国の港町散策
翌朝、エリザベートはアリスたちを連れて港町を散策した。
港では獣人族たちが大声で談笑しながら、船から積荷を運んでいた。ルノアとミーシャは、帝国との貿易拠点でありながら港の整備が粗いことに気付く。
エリザベートは、それが獣王連合国の気風と関係していると説明した。
獣王連合国は複数の部族による連合国家であり、王族は存在しなかった。有力十二氏族から代表を出し、十年に一度の武闘大会で獣王を決める仕組みだった。
現在の獣王レオン・ライオンハートは三連覇を果たし、三十年にわたり王座に就いていた。
また、獣王連合国がハルドリア王国の属国となったのは、武闘大会で優勝したレオンへ、当時王太子だったブラートが決闘を申し込み、三日間戦った末に勝利したことがきっかけだった。
その逸話はいまも獣王連合国で人気のある話として語られていた。
地引網と名物料理
散策中、アリスは砂浜で大勢が網を引いている光景へ興味を示した。
エリザベートは、それが地引網であり、皆で大きな網を引いて魚を捕まえる漁法だと教えた。アリスは跳ねる魚と水飛沫を嬉しそうに眺めていた。
その後、一行はイーグレットに教えられた食堂へ向かう。
注文した海鮮スープは透明な汁に魚や貝、甲殻類、根菜とハーブが入った上品な味だった。海苔入りパンも磯の香りがあり、アリスたちにも好評だった。
エリザベートは王都までの道中用にパンを購入し、食堂を後にした。
王都への道
港町の外では、ミレイとバアルが手配した馬車が待っていた。
兎人族の御者へ料金と多めのチップを渡し、一行は王都へ向かう。
道中の街道は平原と森に囲まれ、視界が広く、戦士団の巡回や冒険者による魔物討伐も行われているため治安が良かった。
また、獣人族は身体能力に優れ、農民や飼育員もある程度戦える者が多いため、野盗が手を出しにくい環境でもあった。
エリザベートは、街道沿いの畑や放牧場、獣王連合国の作物や生活習慣について説明しながら、アリスたちと共に王都へ向かっていった。
追い詰められるフリード
王城ではフリードが苛立ちを募らせていた。
自ら手配した暗殺者たちはアデルたちへ返り討ちにされ、既に身柄を押さえられていたのである。さらに口封じのため、別の暗殺者を送り込まねばならない状況となっていた。
フリードは部屋中を歩き回りながら怒声を上げ、書類やワイングラスを叩き散らしていた。
現在、フリードは実質的な軟禁状態となっており、周囲にはアデル側の監視が付いていた。加えて、アデルはシルビアがエリザベートを貶めた証拠まで集め始めているらしく、フリードは自分から王太子位を奪うための工作だと考えていた。
シルビアの取り入り
怯えながら声を掛けたシルビアへ、フリードは一度怒鳴り付ける。
しかし直後には態度を軟化させ、家族を失ったシルビアも辛いだろうと慰め始めた。
シルビアは涙を浮かべながら、アデルと仲良くしたいのに嫌われていると訴える。
その言葉に、フリードはアデルを「異国の血が混ざった不出来な妹」と蔑み、自分こそが雷属性魔力を継ぐ正統な王だと語った。
しかしシルビアは、今はアデルとの関係改善を優先すべきではないかと提案する。
フリードは一瞬不満を見せたものの、妹を殺して王位を得るのは外聞が悪いと納得し、アデルについては話し合う方針へ切り替えていた。
ナナフシとダンジョン核
一方、獣王連合国王都近郊のダンジョン最深部では、ロットン・フライウォークへ擬態した男ナナフシが巨大なダンジョン核を前にしていた。
ナナフシは、ダンジョン核から放たれる莫大な魔力を観察していたが、突如出現した獅子型魔物へ襲われる。
しかしナナフシは慌てることなく【精霊召喚】を発動し、大楯、大剣、杖を持つ三体の精霊を呼び出した。
精霊たちは連携して獅子の魔物を迎撃し、斬り裂き、焼き尽くしていく。
ナナフシは、現在使用しているフライウォークの肉体性能へ満足しつつ、最後に精霊へ命じてダンジョン核を破壊した。
スタンピードの誘発
ダンジョン核が砕かれた瞬間、ダンジョン内部の空気が一変した。
これまで存在していた秩序のような感覚が消え去り、内部は完全な無法状態へ変貌する。
ナナフシは、最深部へ来る途中で多少魔物を減らしてしまったものの、スタンピード発生には問題ないと判断していた。
破壊された核から漏れ出す魔力によって、新たな魔物が次々と生み出され始める。
任務完了を確認したナナフシは、もしかすると彼女にも会えるかもしれないと呟きながら、ダンジョンを後にしたのだった。
獣王連合国王都への到着
エリザベートたちは数時間の馬車移動を経て、無事に獣王連合国の王都へ到着した。
堅牢な防壁を抜けた先には、無骨な王城と、それに匹敵する巨大建造物が並び立っていた。
アリスが興味を示したその建物は闘技場であり、十年に一度の武闘大会によって国王を決める場所だった。
普段は冒険者や剣闘士の模擬戦、魔物討伐ショーなどが行われているという。
剣闘士制度と獣王レオン
ミーシャは、獣王連合国では奴隷が強制的に戦わされていると聞いたことがあると語る。
しかしバアルは、現在の獣王レオン・ライオンハートの治世では、本人の意思を無視した戦闘奴隷は禁止されていると説明した。
現在の剣闘士たちは、自ら志願した者ばかりであり、戦績次第では奴隷身分から解放される制度も存在していた。
中には自由を得た後も剣闘士として戦い続ける者もいるという。
《輝く鬣亭》への宿泊
その後、一行は高級宿《輝く鬣亭》へ入った。
国外商人向けの大型宿であり、厩舎や商談室、従者用控室なども備えられていた。
宿のロビーで休んでいたエリザベートへ声を掛けたのは、帝国商業ギルド評議会の一人、ロットン・フライウォークだった。
彼は、エリザベートの黒髪姿へ軽く触れつつ、獣王連合国内で活動している理由を理解した様子を見せる。
さらにロットンは、最近ナイル王国で政変が起きたという情報を語った。
第二王子が王と王太子を暗殺して王位を狙ったが、その第二王子を第三王子が討伐し、結果として第三王子が急遽即位したという。
周辺国では大きな動揺が広がっており、ロットンは今は不用意に勢力を広げ過ぎない方が良いと忠告した。
エリザベートは礼を述べつつも、《千里眼》と呼ばれるロットンの情報網について、裏取りが必要だと判断していた。
アデル陣営の動き
一方、ハルドリア王国では、アデルの執務室にエイワス専用の机が追加されていた。
エイワスは平然と仕事をこなしながら、給仕メイドを口説こうとしてアデルに止められていた。
その後、アデルはロゼリアへ、現在進めている仕事が終われば長期休暇を与えると約束する。
婚約者の元へ戻りたい気持ちを理解しつつも、もう少しだけ協力して欲しいと頼んでいた。
獣人族向け化粧品の商談
後日、エリザベートたちは獣王連合国有力商会《スルスラ商会》を訪れた。
商会長ドルッケン・スルスラは巨体ながら非常に丁寧な人物であり、エリザベートたちを丁重に迎える。
しかし当初は、獣人族へ化粧品を売るのは難しいと否定的だった。
そこでエリザベートは、刺激を抑え獣人族体質へ合わせた新作化粧品を提示する。
ルノアが瓶を並べ、ドルッケン自身が試したところ、刺激の少なさと品質へ驚きを見せた。
さらに秘書メリーも交えて確認した結果、ドルッケンは全商品の取り扱いに加え、アクアシルク輸入まで決定した。
こうして獣王連合国内での本格販路が開かれることとなった。
ジーク・レイストンとの遭遇
商談後、エリザベートたちが商会を出ようとした時、一台の上等な馬車が到着した。
そこから降りてきたのは、ハルドリア王国宰相ジーク・レイストンだった。
エリザベートは即座に反応し、ミレイへ視線で指示を送る。ミレイは自然にフードを被り、一行は商人らしく道端へ寄って頭を下げた。
しかしジークは足を止め、エリザベートへ何処かで会ったことがあるかと尋ねる。
エリザベートは帝都で活動する商人だと答え、王国貴族と関わる機会はないと誤魔化した。
ジークは一瞬違和感を抱いたものの、黒髪へ変装したエリザベートを実の娘だとは気付かなかった。
そのままスルスラ商会へ入っていくジークを見送った後、ミレイは抑えきれない怒りで魔力を漏らしていた。
馬車へ戻った後、エリザベートはルノアたちへ、先程の男が自分の父であるハルドリア王国宰相ジーク・レイストンだと明かす。
ルノアたちは驚愕するが、ミレイは髪を染めただけで娘と気付かない父親へ強い憤りを見せていた。
エリザベート自身も、まさか獣王連合国で父と遭遇するとは予想していなかったのである。
ジークの違和感
獣王連合国へ入国したジーク・レイストンは、獣王との謁見前に国内情勢を探るため、懇意にしているスルスラ商会を訪れていた。
商会前では、一団の商人たちが道を譲って頭を下げていた。その中にいた黒髪の女性商人へ、ジークは理由の分からない既視感を抱く。
女性商人はトレートル商会を名乗り、帝都で活動しているため王国貴族とは関わりがないと説明した。
ジークは、彼女の洗練された所作や教養から高位貴族並みの教育を受けていると判断し、有力商会関係者なのだろうと納得する。
それでも違和感は残ったままだった。
エリザベートの判断
宿へ戻ったエリザベートは、ミレイとバアルへ今後の方針を伝えていた。
本来の目的は、獣王連合国とハルドリア王国の関係悪化を防ごうとするジークの行動を妨害することだった。
しかし今回、直接名乗りを交わしてしまった以上、下手に動けば気付かれる危険があると判断する。
そのため、今回は情報収集と監視を優先し、大人しく商談を進める方針へ変更した。
父との記憶
その夜、エリザベートは幼少期の夢を見ていた。
父ジークとボードゲームをしていた日の記憶である。
少女時代のエリザベートは、ジーク相手に追い詰められながらも新たな一手を見つけ出し、勝利していた。
その褒美として、ジークは魔力を蓄積できる髪留めを与え、エリザベートの頭を撫でて「強くなったな」と言葉を掛けていた。
目覚めたエリザベートは、その髪留めが今では切り札の一つになっていることを確認しながら、父との最初で最後の穏やかな記憶を思い返していた。
イーグレットとオウル
翌朝、宿の食堂ではイーグレットと再会した。
しかし彼は、浅黒い肌の少女オウル・アイズから、言葉遣いが乱暴だと腹へ裏拳を叩き込まれていた。
オウルはバーチ商会所属であり、放浪癖のあるイーグレットの監督役でもあった。
イーグレットは自由奔放に動いて商談をまとめてくる一方、オウルは商会全体の計画を重視しており、二人は口論しながらも良い関係を築いていた。
その後、エリザベートたちは正式に契約書を交わし、複数商会との商談も進めていく。
獣王連合国の食文化
夕食では、イーグレットたちと共に獣王連合国の伝統料理を囲んでいた。
料理は肉や魚の豪快な丸焼きが中心だったが、香辛料が効いており味自体は好評だった。
特にサラダは彩り豊かで評判が良く、食後には「チャーイ」と呼ばれる甘い山羊乳ミルクティーが出される。
ミレイは珍しく饒舌に、獣王連合国独特の茶文化について説明していた。
緊急招集の鐘
翌朝、食堂で朝食を取っていた一行は、王都中へ響き渡る鐘の音を耳にする。
バアルは即座に、それが冒険者ギルドによる緊急招集の鐘だと看破した。
街壊滅級の危機でしか鳴らされない鐘だった。
エリザベートはすぐにミレイとバアルへ情報収集を命じ、ルノアとミーシャへ避難準備を指示する。
不安がるアリスを抱き寄せながら待っていると、戻ってきたバアルが緊迫した表情で告げた。
王都へスタンピードが迫っているのだった。
ルイーシャの到着
その頃、Aランク冒険者ルイーシャ・テイルもまた、商人クラリスの護衛として獣王連合国王都を訪れていた。
クラリスは獣人族向け衣類や化粧品の商談へ向かい、ルイーシャへ買い物も楽しむよう勧める。
しかしルイーシャ自身は、お洒落よりも食事へ興味を向けながら、賑やかな王都を歩き始めていた。
四章《父との決別》
スタンピード発生の報
ミレイとバアルは冒険者ギルドで得た情報をエリザベートたちへ伝えた。
王都近郊ダンジョンのコアが崩壊し、数日以内にスタンピードが発生するという。
近年、ハルドリア王国周辺ではダンジョン崩壊や魔物異常発生が増えており、ブラート王主導で各国が調査しているものの、原因は判明していなかった。
獣王レオンは既に冒険者や義勇兵を集め、防衛準備を進めていた。
エリザベートの決断
ミレイは、帝国ならともかく他国防衛のために危険を冒す必要はないと進言する。
しかしエリザベートは、現在の状況なら客将としてジーク・レイストンが前線指揮を執る可能性が高いと見抜いていた。
戦場に出るなら、普段よりも隙が生まれる。
エリザベートは、アリスやルノアたちを危険へ巻き込めないと理解しつつも、ジークを討つ好機でもあると判断した。
最終的に、ミレイへアリスたちを連れて港町へ避難するよう命じ、自身はバアルと共に義勇兵として参戦することを決める。
イーグレットの参戦
そこへ、話を聞いていたイーグレットが姿を現した。
エリザベートが王都防衛へ参加すると聞いたイーグレットは、自分も義勇兵として参戦すると言い出す。
エリザベートは呆れながら理由を問うが、イーグレットは「男は多少馬鹿な方がモテる」と軽口を叩きながら笑っていた。
彼はオウルだけでも避難させて欲しいと頼み、自らはエリザベートたちと共に戦場へ向かう意思を見せる。
獣王レオンとジークの布陣
一方、王宮では獣王レオンが戦士団や騎獣兵団へ出撃命令を出していた。
そこへジークも現れ、自ら率いてきた王国兵と獣王連合国予備兵を率いて前線へ向かうと告げる。
レオンは、自身も前線へ立つ意思を示した。
彼は国王である前に、獣王連合国最強の戦士として戦うことを当然だと考えていたのである。
ジークは王都とダンジョンの中間地点となる森へ進軍し、周辺地形を確認する。
ダンジョンは丘状地形に存在しており、半月形包囲陣によって魔物を封じ込められる構造だった。
さらに冒険者や狩人から階層構造や魔物流出速度を聞き出し、スタンピードの波状攻撃間隔まで予測し始める。
その上で、第一包囲陣へ精鋭を配置し、討ち漏らしを第二包囲陣と義勇兵が処理する作戦を立案していた。
義勇兵登録
エリザベートたちは冒険者ギルド前広場で義勇兵登録を行った。
広場には多くの市民や冒険者が集まり、役人たちが慌ただしく指示を飛ばしていた。
エリザベートは商人として登録を済ませ、イーグレットも別商会所属として登録される。
その後、一行は第五義勇兵団へ編入されることになった。
指揮を任されたのは、Bランク冒険者オルト・ツバイスだった。
彼は実力的にはAランク相当と評される狼人族冒険者であり、第五義勇兵団は仮設前線基地右翼側へ配置される。
それは、ジークが指揮を執る前線基地近辺でもあった。
戦い前夜
スタンピード開始は翌朝と予測され、義勇兵たちは焚き火を囲みながら待機していた。
エリザベート、バアル、イーグレットも乾パンと干し肉を食べながら交代で休息を取る。
眠りに入ったイーグレットは、シャムシールを抱えたまま即応できる姿勢を維持していた。
一方バアルは、使うことの少ない剣を黙々と研いでいた。
バアルへ今後の動きを問われたエリザベートは、しばらく義勇兵として戦果を挙げ、ジークへ接近すると告げる。
その言葉を聞いたバアルは、凶暴な笑みを浮かべていた。
アリスたちの避難
エリザベートとバアルが王都防衛へ残ると決まった後、アリスたちはミレイに率いられて避難準備を進めていた。
アリスは一瞬だけ不安そうな表情を見せたものの、エリザベートの覚悟を察したのか、すぐに笑顔で送り出す。
ミレイはルノアとミーシャへ、混乱時にはアリスを最優先で守るよう命じていた。
避難にはバーチ商会の馬車が使われ、オウルも同行することになる。
エリザベートは、イーグレットを止めるのではないかとオウルへ尋ねるが、オウルは彼が言い出したら止まらないと半ば諦めた様子を見せていた。
さらに今回のスタンピード規模なら、防衛戦へ参加して商会名を売る利益もあると冷静に分析していた。
街道でのゴブリン襲撃
ミレイたちは王都を離れ、港町へ向かっていた。
しかし道中、ミーシャが異変を察知する。
現れたのは三十体以上のゴブリン集団だった。
本格的スタンピードではなく、ダンジョン異変を察知して逃げ出してきた群れと判断される。
ミレイの指示でミーシャとオウルが前衛へ飛び出し、ルノアは補助魔法【風の祝福】で二人を強化した。
ミーシャは短剣と【空牙】で次々とゴブリンを仕留め、オウルも【追刃】によって盾ごと敵を斬り裂いていく。
ミレイは投擲ナイフでゴブリンシャーマンや弓兵を優先排除し、ルノアは【風枷】でホブゴブリンを拘束した。
連携によって群れは短時間で殲滅され、ミレイたちは無事に港町へ辿り着く。
港町での待機
港町では、王都から避難してきた者たちによって宿は混雑していたが、オウルの尽力で何とか部屋を確保できた。
アリスは窓の外を見ながら、エリザベートを心配していた。
ルノアとミーシャは、エリザベートは非常に強いから大丈夫だと励ます。
オウルは、今回のスタンピード発生原因について疑問を口にする。
本来、街に近いダンジョンでは核破壊は禁止されているはずだった。
しかしミレイも原因は不明だと答えつつ、国軍まで動いている以上、最終的には鎮圧可能だろうと分析していた。
前線での戦闘
その頃、前線ではスタンピード戦が始まっていた。
エリザベートはアーマークラブをフリューゲルで両断し、襲い掛かってきた虎型魔物はバアルが膝蹴りと踵落としで撃破する。
さらにイーグレットも大蛇型魔物を討伐しており、三人は短い休息を取りながら戦況を確認していた。
スタンピードでは、全魔物を前線で止めるのではなく、一定数を後方へ流して義勇兵が処理する構造となっていた。
そこへ救援を求める笛が鳴り響く。
駆け付けた先では、第五義勇兵団指揮官オルト・ツバイスが、ダブルヘッドスネーク、ボルケーノベア、ロックリザードという高ランク魔物三体へ包囲されていた。
高ランク魔物討伐
エリザベートは即座に役割分担を指示する。
自らはボルケーノベアを担当し、バアルはロックリザード、イーグレットは遊撃と周囲警戒へ回った。
オルトも双頭蛇へ猛攻を加えていた。
ボルケーノベアは高熱を纏う危険な魔物だったが、エリザベートは水蒸気で視界を奪い、神器【暴食の魔導書】を展開する。
拘束魔法【岩枷】で一瞬動きを止めた直後、雷槍魔法【瑞墨】を叩き込み、ボルケーノベアを感電死させた。
念のため首を落として完全撃破する。
バアルとオルトもそれぞれ魔物を討伐し、イーグレットも乱入しようとしていた魔物を処理していた。
オルトは、高ランク魔物討伐功績を上へ報告すると約束し、一行は再び次の戦場へ向かうのだった。
ジークによる戦場指揮
スタンピード開始から一日が経過し、ジークはダンジョン近くの仮設前線基地で指揮を執っていた。
神器【白地戦略図】によって、戦場全体の地形や兵の動きをリアルタイムで把握しながら、各戦士団へ的確な指示を飛ばしていく。
押され始めた戦線には即座に増援を送り、高ランク魔物出現地点へ冒険者を配置するなど、冷静な采配を続けていた。
その傍らでは、獣王レオンが前線へ出たがっていたが、ジークは深部の強力な魔物が出現するまでは待機するよう説得していた。
第五義勇兵団への注目
戦況確認中、三体のAランク相当魔物が第五義勇兵団方面へ突破したことが判明する。
しかし援軍を出そうとした瞬間、三人の義勇兵が現れて魔物を迎撃し始めた。
その魔力量はAランク冒険者並みであり、短時間で魔物討伐に成功する。
ジークは援軍不要と判断しつつ、その戦力へ興味を抱いていた。
その後、波状攻撃は十五時間ほどで一旦落ち着きを見せる。
ジークは兵へ休息を命じ、自身もコーヒーを飲みながらオルトから第五義勇兵団についての報告を受けていた。
エリザベートの配置変更
二日目、オルトの報告を受けた戦力再配置により、エリザベートとバアルは仮設前線基地正面の最前線へ移動した。
そこはジーク率いるハルドリア王国精鋭部隊に近い位置だった。
エリザベートは、今はまだ獣王レオンがジークの近くにいるため動かず、高ランク魔物が出現してレオンが前線へ出た瞬間を狙うと判断していた。
それまでは義勇兵として戦果を積み上げ続ける方針だった。
ダンジョン内部工作
三日目、魔物の強さが平均Bランク前後まで上昇していた。
休息中、エリザベートはバアルへ、今夜ダンジョン内部へ侵入して魔物を足止めすると告げる。
狙いは、一時的に魔物を溜め込み、翌日に大量出現を誘発して前線を混乱させることだった。
二人は【氷人形】で就寝偽装を行い、ミレイの光属性魔法を利用して姿を隠しながらダンジョンへ侵入する。
第二階層へ続く広間で、エリザベートは【氷結】によって階段を半ば塞ぎ、魔物を詰まらせる罠を完成させた。
これにより翌日の魔物流出タイミングを操作する準備が整う。
大量出現と奇襲開始
翌朝、魔物出現が遅れていることに冒険者たちが違和感を抱き始めた頃、ダンジョン内部で爆音が響いた。
直後、大量の魔物が一斉に外へ溢れ出す。
その混乱に紛れ、エリザベートとバアルは魔物群れへ身を隠しながら前線基地へ接近した。
先に飛び出したバアルは、ハルドリア王国精鋭兵を横合いから急襲する。
拳で鎧を砕き、蹴りで剣を叩き折り、手刀で首を飛ばしていく。
その結果崩れた防衛陣へ、魔物群れが雪崩れ込んだ。
エリザベートは【威圧】を用いて魔物の進行方向を調整し、仮設前線基地へ誘導していた。
ジークの異変察知
一方ジークは、神器【白地戦略図】で第二階層広場に魔物が異常滞留していることを確認し、不自然さを感じていた。
そこへ獣王レオンが、自ら前線へ出て敵を殲滅すると宣言する。
その直後、堰を切ったように大量魔物がダンジョンから飛び出した。
ジークは後方部隊へ撤退命令を出しつつ、今回のスタンピードは人為的なテロである可能性へ思い至る。
しかしその思考の最中、前線基地正面が突破され、さらにハルドリア精鋭部隊が何者かに襲撃されている事実を確認する。
直後、仮設前線基地自体が魔物群れに襲撃される。
ジークは咄嗟に上級水魔法【逆巻く大瀑布】を放ち、魔物を押し流して迎撃していた。
父娘の対峙
混戦の中、ジークを救出したのは黒髪の女商人エリー・レイスだった。
彼女は巧みな剣捌きで魔物包囲を突破し、ジークを安全圏へ導く。
しかし次の瞬間、エリザベートは氷魔法でジークへ不意打ちを仕掛けた。
ジークは反射的に回避し、エリザベートの魔力から彼女の正体に気付く。
エリザベートは、自分を便利な駒として扱い、責務だけを押し付けてきた王家とジークへの怒りをぶつける。
ジークは、自分たちはエリザベートを信頼していたのだと弁明し、懸賞金取り下げや謝罪も口にしながら王国へ戻るよう説得する。
しかしエリザベートは、それを甘言に過ぎないと断じ、ジークへの不信を明確にする。
氷と水の激突
二人は激しい魔法戦へ突入する。
エリザベートは【氷結の大樹】や【氷柱】で攻撃を繰り出し、フリューゲルによる斬撃も交える。
対するジークは水魔法と王宮剣術で迎撃していく。
やがて両者は同時に上級魔法を発動した。
エリザベートの【白銀の息吹】と、ジークの【厄災の水撃】が正面衝突し、吹雪と激流が激しく拮抗する。
互いの魔力と実力が完全に釣り合ったまま、父娘の戦いは続いていくのだった。
バアルとアレックスの死闘
エリザベートがジークと対峙していた頃、バアルは仮設前線基地でハルドリア王国兵を相手に暴れ続けていた。
異常な身体強化によって素手で刃を弾き、ミスリル鎧すら砕くその姿に、多くの兵士たちは恐怖していた。
そこへ割って入ったのが、ハルドリア王国第三騎士団長アレックス・ザントブフだった。
アレックスは、部下を殺した事実だけは変わらないと告げ、王宮剣術の構えを取る。
雷のように鋭い初撃を放ち、さらに二撃目まで繋げる卓越した剣技を見せたが、バアルは剣の柄で受け止める。
バアルはアレックスの実力を認め、ついに自身の剣を抜いた。
傷だらけの剣だったが、その刃だけは異様な輝きを放っていた。
次の瞬間、バアルの姿は消え、後方にいた騎士や兵士たちが音もなく斬り伏せられる。
アレックスは辛うじて致命傷を避けたものの、左腕を斬り落とされていた。
さらに神器【守護者の盾】を発動するが、具現化した大楯は瞬時に細切れとなる。
その剣技から、アレックスはかつて名を馳せた冒険者の存在を思い出しかける。
しかし言葉を最後まで口にする前に、バアルの斬撃によって身体を切り裂かれ、崩れ落ちていった。
その後、到着した獣王連合国戦士団へ、バアルは「自分が来た時には既にこうなっていた」と偽り、自然に魔物討伐へ合流していた。
崖際での最終決戦
一方、エリザベートは逃げるジークを追い、激流が流れる崖へ追い詰めていた。
最後にもう一度、王国へ戻る意思を確認するジークだったが、エリザベートは即座に拒絶する。
そこでジークは神器【白地戦略図】を発動した。
周囲へ霧状の水滴が広がり、半径二十メートル四方の地形情報が地図上へ再現される。
直後、水で作られた騎士【水騎士】が現れ、エリザベートへ襲い掛かった。
さらに濃霧によって視界を封じ、水騎士たちが正確に急所を狙ってくる。
エリザベートは、【白地戦略図】が感知しているのは魔力だと見抜き、黒髪染料へ含まれていた魔力吸収成分を利用する。
銀髪へ戻った彼女は、染料入りの黒い水を用いて【水人形】を作り出し、自身の囮として配置した。
その隙に神器【暴食の魔導書】を発動し、風魔法と火魔法によって霧と水騎士を吹き飛ばしていく。
ジークは、エリザベートが【英知の魔導書】ではなく別の神器を隠していた事実へ驚愕していた。
神器能力の暴露
ジークはさらに【水竜】を創り出し、巨大な水蛇でエリザベートを呑み込もうとする。
エリザベートは逆にその口内へ飛び込み、内部を凍結破壊して脱出した。
しかし直後、ジークは懐から取り出したペンを神器へ走らせ、エリザベートの魔法を掻き消す。
さらに神器【怠惰の魔導書】すら発動できなくなったことで、エリザベートはジークの新たな能力を理解する。
【白地戦略図】には、特定個人の魔力を強制霧散させ、魔法や身体強化を阻害する能力も備わっていたのである。
身体強化を封じられたエリザベートは、水騎士や高圧水流によって徐々に傷を増やしていった。
しかし戦闘の中で、物体へ既に込められた魔力までは無効化できないことを見抜く。
衝撃球やポーションが有効だったことで、ジークの能力の限界を把握していった。
思想の衝突
戦闘の合間、ジークは改めて王国へ戻るよう説得する。
自分たちはエリザベートへ多くを背負わせ過ぎたと認め、やり直す機会を求めていた。
しかしエリザベートは、それでもフリードを王位へ据えようとする王家そのものが間違っていると断じる。
ジークは王家への侮辱だと怒るが、エリザベートは、ジークが守っているのは国ではなく王家なのだと指摘した。
国家反逆罪による指名手配も、王家の体面維持のためだったと断言する。
その言葉へ、ジークは反論を飲み込むしかなかった。
氷結の断罪剣
最後の決着をつけるため、エリザベートは残っていた衝撃球で水騎士を吹き飛ばし、一瞬だけジークの視界を遮る。
その隙に、父からかつて贈られた魔力蓄積用の髪留めを解放した。
空間が歪むほどの膨大な魔力が周囲を満たす。
エリザベートは、その魔力を凝縮し、魔法による極致とも言える短剣【氷結の断罪剣】を作り出した。
ジークは大量の水騎士や水球で迎撃しようとするが、短剣は近づいただけでそれらを砕いていく。
さらに呼吸を通じて体内から凍結が始まり、ジークは回避すらできなくなった。
氷の短剣はジークの胸へ突き刺さり、その魔力を利用して内部から全身を凍結していく。
やがて氷像となったジークの身体は崩れ、激流へ落下していった。
エリザベートは壊れた髪留めを川へ投げ捨てる。
そして、激流へ飲まれていく父へ向けて静かに別れを告げるのだった。
スタンピード終結
ジークが死亡してから二日後、獣王レオンがダンジョン最奥から現れたアースドラゴンを討伐したことで、今回のスタンピードは終結した。
仮設前線基地崩壊による混乱で一定の犠牲は出たものの、王都や周辺都市への被害は防がれていた。
レオンは戦士団、冒険者、義勇兵たちへ感謝を述べ、特別報酬を約束する。
その場では大きな歓声が上がり、各勢力は王都へ戻り始めた。
イーグレットとの再会
帰還中、エリザベートたちはイーグレットと再会する。
イーグレットは数体の大物魔物を討伐したことで追加報酬を得ており、かなり上機嫌だった。
エリザベート側も十分な戦果を挙げており、竜種討伐による報酬を期待していた。
その後、イーグレットは本来ならナイル王国へ戻る予定だったと語る。
しかしエリザベートは、ナイル王国で政変が起きた情報を既に掴んでいた。
第三王子即位の話を聞いたイーグレットは驚きつつも、極端に悪い事態にはならないだろうと判断していた。
さらに、第三王子は孤児院支援や貧民救済を行っている人物として噂されていた。
エイワスの寄り道
一方その頃、エイワスとロゼリアは帝国への帰路についていた。
エイワスは、旧贋金事件で帝国へ割譲された地域の現状確認を理由に、大回りの街道を選んでいた。
しかしロゼリアは、その説明へ疑いを抱いていた。
道中、村人によって馬車が呼び止められる。
話を聞いたエイワスは、ロゼリアたちを先行させ、自身だけ村へ向かうことを決める。
そこで彼を待っていたのは、川辺で発見された一体の凍死体だった。
ジークの死体発見
遺体は手足を欠損しており、胸には氷の短剣が突き刺さっていた。
エイワスは即座に、それがジーク・レイストン公爵であると見抜く。
さらに短剣を見て、エリザベートの魔法【氷結の断罪剣】による殺害だと断定した。
この短剣は、刺さった者の魔力を利用して周囲を凍結させ続ける危険な魔法だった。
護衛へ触れるなと警告したエイワスは、ジークの首を切断して回収する。
身体は街道脇へ埋め、遺体発見そのものを秘匿するよう命じた。
騎士たちは動揺していたが、最終的には口外しないことを誓う。
フリードへの接触
その頃、王城ではフリードが苛立ちを爆発させていた。
アデルとの関係改善を試みても全く相手にされず、さらにシルビアとも思うように会えない状況だった。
そんな彼の前へ、突如として黒いドレスとベールを纏った女が現れる。
衛兵を呼ぼうとしても誰も現れず、女は一瞬でフリードの背後へ移動した。
肩へ触れられたフリードは身体を動かせなくなる。
女は耳元で、今の状況から抜け出したくないかと囁いていた。
帝国への帰還
エリザベートたちは平穏な船旅を経て帝国へ帰還した。
帝都では、特別認可商人の資格によってエリザベートの入国審査は簡略化される。
イーグレットたちは外国商人として厳重な検査を受けていたが、その後は共に帝都へ入った。
エリザベートは、ナイル王国との今後の取引を見据え、アクアシルクや化粧品の販路拡大について話し合っていた。
またジーク死亡後の王国情勢監視や、ナイル王国への密偵派遣もミレイとバアルへ指示する。
エイワスとの再会
屋敷へ戻ったエリザベートを待っていたのは、ハルドリア王国貴族の来客だった。
応接室へ踏み込むと、そこには軽薄そうな笑みを浮かべた青年が座っていた。
その人物こそ、レイストン公爵家後継者にして、エリザベートの実兄エイワス・レイストンだった。
エリザベートは強い警戒を隠さず、エイワスへ用件を問いただすのだった。
ハヤテの調査
場面は変わり、獣王連合国近郊の崩壊済みダンジョン跡地へ、一人の少年が訪れていた。
東方風の装束を纏うその少年は、ダンジョン研究者ハヤテ・クスノキだった。
内部には既にオークなどの魔物が住み着いていたが、ダンジョン特有の気配は完全に消失していた。
ハヤテは観察内容をノートへ記録しながら、崩壊後のダンジョン調査を進めていくのだった。
特典ショートストーリー 《三つの転機》
バアルの原点
バアルは、自身の最も古い記憶について語り始めた。
ハルドリア王国王都のスラムで生まれ育った彼は、親の顔も知らず、名前すら持たなかった。
盗みや強盗で生き延び、路地裏で他の浮浪児を殴り倒して食べ物を奪うことが日常だったのである。
そんなある日、盗人を半殺しにして奪ったパンを食べていた時、武装した冒険者たちから声を掛けられる。
彼らは、スラムで燻るには惜しいとして、バアルを冒険者へ誘った。
バアルは、騙されたならその時に殺せばいいと考え、迷わず同行を決める。
こうして彼は冒険者となった。
《剣王》アルの誕生
冒険者たちは、王都の大通りで串焼きを奢り、自分たちの夢を語って聞かせた。
ドラゴンを倒し、貴族の姫を嫁にもらうという荒唐無稽な夢だった。
その時、名前を聞かれた彼は、近くの劇場看板に書かれていた役者名から適当に「アル」と名乗る。
スラムで施し目当てに読み書きを学んでいたため、文字だけは読めたのである。
その後、アルは十年以上冒険者として活動し、《剣王》と呼ばれるまでになった。
Aランク昇格目前となった彼は、ある護衛依頼を受ける。
しかしそれは、優秀な冒険者を違法奴隷として売り飛ばす貴族による罠だった。
さらに貴族側は、かつてアルを拾ってくれた元冒険者とその家族を人質に取っていた。
貴族殺しへの転落
アルは即座に皆殺しにしようとしたが、事前に毒を盛られており動けなくなる。
その結果、見せしめとして元冒険者の妻と娘が殺害された。
隷属魔法を使う従者が近付いた瞬間、毒耐性によって回復していたアルは反撃を開始する。
貴族と従者、その護衛たちを全員斬り殺した。
しかし、助け出した元冒険者は、妻子を失った絶望からアルへ剣を返させ、自害してしまう。
アルは彼らだけを埋葬した後、王都へ戻り、貴族屋敷へ襲撃を掛ける。
門番、家族、使用人まで全員斬り殺したことで、彼は貴族殺しの大罪人として追われる存在となった。
これが二つ目の転機だった。
地下牢での出会い
その後のアルは、人攫い組織の用心棒へ身を落としていた。
地下牢で攫われた子供たちを監視しながら、彼は荒んだ日々を送っていたのである。
そこへ、新たに銀髪青眼の少女が連れて来られる。
少女は怯えるどころか周囲を観察し、不敵に笑っていた。
やがて彼女は、牢越しにアルへ話しかける。
その少女こそ、幼いエリザベートだった。
彼女は、アルが《剣王》アル本人だと見抜き、突然「自分の配下になれ」と持ち掛ける。
さらに【威圧】によって、周囲へ悟られずアルだけを圧迫してみせた。
幼いながら既に異常な才能を持っていたのである。
『バアル』という名
エリザベートは、自分には王国裏社会を掌握する人材が必要だと語った。
さらに、アルが貴族殺しであっても、新しい名前を与えて誤魔化せばいいと平然と言い放つ。
アルは、その異様な少女へ興味を抱く。
やがてエリザベートは、アルの持っていた安酒のラベルを見て、新しい名前を決めた。
「今日から『バアル』よ」
あまりに適当な命名に呆れながらも、バアルは牢を破壊し、人攫いたちを皆殺しにする。
そして銀髪青眼の生意気な少女を屋敷近くまで送り届けることになった。
それが、バアルにとって最後にして最大の転機だったのである。
ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。一覧






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