物語の概要
■ 作品概要
本作は、婚約破棄から始まった天才令嬢エリザベートによる徹底的な国家崩壊復讐劇の第3巻である。ジャンルは商会経営、魔法、そして緻密な頭脳戦を交えた「ざまぁ」ファンタジー小説に分類される。 亡命先のユーティア帝国で「トレートル商会」の本店を正式に帝都へと移転させ、さらなる事業拡大に乗り出したエリザベート。しかし、かつて自ら設立し、現在は王太子フリードらに乗っ取られた「ファンネル商会」が、帝国経済を脅かす「偽造金貨事件」の実行拠点となっている事実が判明する。エリザベートは、自らの生み出したビジネスを汚す者たちを葬り去り、祖国ハルドリア王国へ致命的な打撃を与えるため、経済的、外交的な罠を複合させた、容赦のない「報復作戦」を開始する。アリスとの温かな生活や教育を大切にしながらも、裏切り者に対しては徹底的な破滅をもたらす、シリーズの大きな節目となる物語である。
■ 主要キャラクター
- エリザベート・レイストン(エリー・レイス): 本作の主人公。元公爵令嬢であり、「トレートル商会」の会長。圧倒的な魔力と「七つの魔導書」を操る。今巻では帝都に拠点を移し、従業員の雇用環境を整えるなどホワイトな商会経営を推進。また、引き取った少女アリスを養女とし、「ママ」として愛情を注ぎつつ、彼女の魔法の才能を隠すための指導を行う。その一方で、自身から商会を奪った者たちや、裏切り者に対しては冷酷極まりない謀略で報復を遂行する。
- アリス: エリザベートがダンジョンで発見し、養女として引き取った少女。エリーを「ママ」と慕う。水属性と火属性の適性を併せ持つ希少な「複合属性」の持ち主であることが判明。その才能が悪意にさらされないよう、エリーから厳しい魔力制御の特訓や生きた金銭教育を受ける。
- ミレイ: エリザベートに絶対の忠誠を誓う侍女。エリーの右腕として、商会本部の運営や安全管理、諜報活動を完璧にこなす。仕事のみならず、エリーとアリスのためにカラシラ湖へのピクニックを提案するなど、プライベートでも温かな家族関係を支える有能なパートナーである。
- ルーカス・レブリック: ユーティア帝国の若き伯爵(今巻にて昇爵)。帝国大使としても活動。今巻ではエリーと結託し、相手国での捜査権・逮捕権を行使可能にする「通商条約」をハルドリア王国側に結ばせ、合法的な逮捕劇の舞台を整える外交工作に協力する。
- コルト・ランプトン: ハルドリア王国の財務大臣ランプトン侯爵の息子。乗っ取られた「ファンネル商会」の現代表。実力や経営能力が伴わないにもかかわらず、フリードの権威を笠に着て悪辣な商売を重ね、挙句に帝国金貨の偽造に手を染める。エリーのダミー商会の罠に嵌められ、最終的に破滅を迎える。
- アデル(彩暁): ハルドリア王国の第一王女。フリードの失政(偽金貨事件による莫大な賠償)に業を煮やした国王ブラートにより呼び戻される。王太子と同等の実質的な統治権を得ると、即座に黒幕のランプトン侯爵を粛清。無能な兄フリードに負の遺産をすべて押し付け、自らが王位を簒奪する冷徹な覚悟を持つ。
- バアル: エリザベートの配下である、裏社会の凄腕。コルトの護衛(二重スパイ)として立ち回ったほか、ロックイート男爵領に潜入して武器を流し、重税に苦しむ領民の反乱を煽動して男爵一家を惨殺するなど、エリーの陰の刃として冷酷に任務を完遂する。
■ 物語の特徴
- 多角化する商会経営と新商材の魅力: 商会本部の移転や雇用環境のホワイト化、そして前世の知識(古文書の知識)を結びつけて再現した「チョコレート」による喫茶店《グリモワール》の成功など、ビジネス描写の厚みが増している。新素材「アクアシルク」を巡る歓楽街の支配者ヒルデとの大口取引など、本格的な経営戦略が見どころである。
- 外交と法律を罠にする緻密な報復戦: 単なる武力や魔法による「ざまぁ」に留まらず、外交条約の「偽造硬貨発覚時の自国と同様の捜査・逮捕権」という条項を罠として事前にフリードに調印させ、王国内での捜査・逮捕を合法的に行うという、極めて知的で冷徹な仕組みが他作品との大きな差別化要素となっている。
- 母としての顔と、復讐者の仮面の対比: アリスに対する情操教育や安全への配慮を怠らない「優しい母親としての温かさ」と、自身のビジネスを汚したコルトへの「一切の妥協を許さない冷酷な復讐者としての厳しさ」のギャップが、エリザベートという主人公の魅力をより一層際立たせている。
- 王国内の勢力交代と、その裏に潜むエリーの掌の上感: フリードの自滅により有能な第一王女アデルが実権を握り、王国内の政争がスリリングに展開する。しかし、貴族同士の不和や、反乱煽動によるロックイート家の崩壊など、すべてはエリーが王国崩壊に向けて用意した布石であり、敵が自らの手のひらで踊っているカタルシスが得られる。
書籍情報
ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。 3~魔導書の力で祖国を叩き潰します~
著者:はぐれメタボ 氏
イラスト:昌未 氏
出版社:ホビージャパン(HJノベルス)
発売日:2023年1月19日
ISBN:9784798630519
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あらすじ・内容
最強の魔導書を携えた天才令嬢は、愛する家族を守るためにその力を解放する!!
「アリスに手を出すのなら容赦はしないわ」 ダンジョンで見つけた不思議な少女・アリス。 自らを母のように慕うアリスを引き取ったエリーは、彼女の正体を探りつつも本物の家族のようにその仲を深めていた。 しかし、それでも復讐の刃を研ぎ続けることをエリーはやめない。ダンジョン産の新商品・チョコレートの存在もあってさらに商会を拡大していくエリーだが、そこに贋金問題が発生してしまう。しかもどうやら、公爵令嬢時代にエリーが経営していた祖国の商会が関係しているらしい。 さらに、アリスを標的にした事件も起きてしまって…… 母親代わりも暗躍も一人でこなす天才令嬢による大逆転復讐ざまぁファンタジー、第3弾!!
感想
主人公エリザベートが歩む復讐の旅路がさらなる高みへと達した、実に読み応えのある第3巻である。今作の面白さは、冷徹な復讐者としての容赦なき謀略と、大切な存在を守る母親としての温かな眼差しが絶妙に交錯し、物語の深みをより一層引き立てている点に尽きる。
アリスへの愛情と、未来を見据えた実践的教育
本作における最も新鮮な変化は、エリザベート(エリー)がダンジョンで引き取った少女アリスとの親子関係だ。「なぜか娘が……」という状況から始まったものの、エリーのアリスに対する姿勢には本物の母親のような深い愛情が溢れている。自らが生まれた時から厳しい王妃教育に縛られ、窮屈な過去を送ってきたからこそ、アリスには自由で子供らしい、愛情豊かな生活を第一に送らせたいと願うのだろう。だが、ただ甘やかすだけではない。アリスが秘める規格外の魔力(複合属性)という危険な才能に対しては、社会の悪意から身を守るために魔力制御を自らコントロールさせ、社会から身を守らせる。この情操教育と極めて実践的で理にかなった魔法訓練のバランスは、エリーの親としての強い責任感を感じさせ、胸が温かくなった。
偽造金貨事件にみる、卓越した危機管理と復讐者の魅力
物語を大きく動かす「偽造金貨の調査」のエピソードも極めて秀逸に描かれている。エリーは表社会での経済の歪みを鋭く察知し、即座にギルドや帝国貴族と連携する卓越した危機管理能力を発揮した。商売人としてのクリーンな迅速さを見せる一方で、その裏では自らの手を汚してでも裏切り者に鉄槌を下す冷徹さを失わない。この「知性あふれる経営者」と「妥協のない復讐者」としての魅力が見事に融合しており、彼女のダークヒーロー的なカッコよさに改めて惚れ直してしまった。
手のひらの上で踊らされる、ハルドリア王国の政争
また、ハルドリア王国内部のドロドロとした権力闘争の推移も非常に興味深い。エリーを追放した張本人であるフリード派の自滅と、冷徹なアデル派の台頭へと移行していく。しかし、どれほど王国内で勢力図が塗り替えられようとも、そのすべての動きが最終的にはエリーが仕掛ける王国崩壊への布石の中で踊らされている状態にすぎない。敵たちが必死に権力を奪い合っている姿そのものが、彼女の描いたシナリオ通りに進んでいると知ったときのゾクゾクするような快感は、本作ならではの醍醐味だ。
単なる潰し合いを超えた、ファンネル商会への合理的報復
そして、復讐劇の極みとも言える「ファンネル商会への報復」は圧巻の一言であった。この報復は、単なる商会同士の潰し合いにとどまらない。外交や法律の裏をかいて裏切り者を合法的に粛清し、同時にハルドリア王国へ莫大な賠償金や領土割譲という甚大なダメージを同時に引き起こす。エリーの恐るべき知略が遺憾なく発揮された、合理的かつ冷徹な大逆転劇には、ただただ圧倒されるばかりだった。
エリーをママと嗜むアリスとの温かな日常の裏で、着実に祖国の息の根を止めていく圧倒的なカタルシス。第3巻は、優しさと冷酷さが交錯するエリーの魅力が最大限に引き出された傑作であり、ハルドリア王国の完全崩壊の瞬間が今から待ち遠しくてたまらない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
エリザベートの商会経営
第3巻におけるエリザベート(エリー)の商会経営は、帝都での基盤をさらに強固なものとし、組織の巨大化に伴う管理体制の構築や、敵対勢力を経済的に追い詰める冷徹な戦略など、多角的な発展を遂げている。主な展開と特徴は以下の通りである。
帝都への本店移転と組織体制の強化
エリザベートは、帝都の貴族街にある男爵家の別邸を買い取り、トレートル商会の本部(本店)を正式に帝都へ移転した。商会の規模拡大に伴う具体的な施策は以下の通りである。
- 規模拡大によって自身の目が届かない部分が増えたため、帝国をエリア分けし、吸収した商会の元管理職などを統括者として配置する組織再編を実施
- 奴隷であるミーシャを将来的に解放するための資金を密かに貯蓄
- 屋敷内にメイドたちの休息室を設けるなど、使用人の働く環境を大切にするホワイトな経営姿勢の徹底
喫茶部門の大成功と市場の拡大
帝都にオープンした喫茶店《グリモワール》は、裕福な商家の娘や貴族の子女で賑わう人気店となった。喫茶部門における主な展開は以下の通りである。
- チョコレートの加工のしやすさを活かし、貴族の茶会用に各家の紋章を象った特注のチョコレート菓子を開発し社交界のトレンドを創出
- 喫茶部門を単なる飲食店としてだけでなく、各地の特産品を使ったメニュー開発の場として活用
- 店舗を情報収集および情報発信の拠点と位置づけ、各領地への支店展開を積極的に推進
裏社会との協定によるリスク管理
事業を拡大する上で、エリザベートは帝国商業ギルド評議会の評議員であり裏社会を牛耳る《頭目》ダルク・ホーキンスと直接交渉を行った。協定の詳細は以下の通りである。
- 今後他領へ進出する際のトラブルを防ぐため、帝都でまとめて交渉を行う口約束の締結
- 裏社会の組織から商会への手出しの禁止
- 情報流出を制限させる庇護の約束の獲得
ダミー商会と買収を駆使した敵対組織の破壊
ハルドリア王国による偽金貨事件が発覚した際、その実行犯がかつて自身が設立し、王太子フリードに乗っ取られたファンネル商会であることを知る。これに対する報復措置は以下の通りである。
- 属国にダミーの「エリザベス商会」を立ち上げ
- 老舗の「ビオート商会」を歴史ごと買収する大掛かりな罠の設置
- 大口取引を餌にしてファンネル商会から資金を吸い上げ
- 偽金偽造の証拠と共に、現在の経営陣であるコルト・ランプトンを破滅に追い込む経済戦の展開
新素材アクアシルクの大口取引
幻の布「アクアシルク」の本格的な生産準備が整った。取引の詳細は以下の通りである。
- 引き抜いた錬金術師たちにより、魔法効果の付与や色・手触りのバリエーション展開に成功
- 帝国最大級の歓楽街ケレバンを実質的に支配する《銀蝶》ヒルデ・カラードと直接商談を実施
- 新素材の大口取引を穏やかに成立
まとめ
第3巻でのエリザベートの商会経営は、革新的な商品(チョコレートやアクアシルク)による表社会での大成功と従業員への手厚い待遇というクリーンな面を持つ一方で、裏社会の支配者との協定や、ダミー商会・買収を駆使して自国を裏切った者たちを徹底的に叩き潰すという、非常に合理的かつ冷徹な手腕が際立っている。
養女アリスの教育
第3巻において、エリザベートが養女として引き取った少女アリスに対する教育は、エリザベート自身の過去の経験からの反省と、アリスの特異な才能を守るための切実な対策という二つの側面から描かれている。
エリザベートの教育方針と情操・金銭教育
エリザベート自身は、生まれた時から王妃候補の筆頭として、マナーや勉学、魔法、武術などの厳しい教育を四六時中受けて育った。そのため、アリスには自分のような窮屈な思いはさせず、母親としての愛情を注いで育てたいと考えている。具体的な取り組みは以下の通りである。
- 情操教育と愛情
忙しい仕事の合間を縫って、アリスに寂しい思いをさせないよう、侍女のミレイたちの助言も受け入れてカラシラ湖へピクニックに出かけるなど、家族として子供らしい経験と思い出作りを大切にしている。また、アリスが気性の荒い騎獣である走竜に乗りたいと言った際は、まずは温厚な亀の魔物ラウンドタートルから練習しようと諭すなど、子供の好奇心を否定せず段階を踏ませて安全に配慮した指導を行っている。 - 金銭感覚の育成
ケレバンの街を訪れた際、アリスにはまだお金の使い方が身についていないことを踏まえ、ルノアやミーシャと共に少し高額なお小遣いである小銀貨10枚を渡し、実際に買い物を経験させることで生きた金銭教育を行っている。
特異な才能を守るための魔法教育
アリスの教育において最も重要かつ急務となったのが、魔法と魔力制御の訓練である。その具体的なプロセスと指導内容は以下の通りである。
- 複合属性の隠蔽
ある日、アリスがくしゃみをした際に火属性の魔法が暴発したことで、彼女が水属性だけでなく火属性の適性も併せ持つ極めて希少な複合属性であることが判明する。この特異な才能が広く知られれば、悪意ある者に狙われる危険性があるため、エリザベートは早急に魔力制御を教え、人前では比較的安全な水属性の魔法のみを使うように方針を固めた。 - 魔力操作の基礎特訓
エリザベートはアリス本人と相談した上で水属性を中心に教えることを決めた。魔法の形はできても威力が伴っていないため、右手に集めた魔力を左手にゆっくり移動させるといった魔力操作の基礎訓練を徹底的に行わせ、自力を上げるための指導をしている。 - 才能の開花
アリスは非常に物覚えが良く、エリザベートの特訓の甲斐もあって短期間で自らの魔力を制御できるようになり、周囲からも将来は大魔導士と評されるほどの成長を見せている。
まとめ
エリザベートによるアリスの教育は、国に縛り付けられた自身の過去への反発から自由で子供らしい愛情豊かな生活を第一としつつも、アリスが持つ危険なほどの才能(魔力)を自らコントロールさせ、社会から身を守らせるための極めて実践的で理にかなったものとなっている。
偽造金貨の調査
第3巻における「偽造金貨の調査」は、ハルドリア王国(王太子フリード)が仕掛けてきた帝国経済への攻撃を察知し、それを逆手にとって敵を破滅へと追いやる重要なプロセスとして描かれている。その経緯とエリザベートの対応は以下の通りである。
偽金貨の発見と異常性の看破
発端は、ミレイが持ってきた金貨袋の音に対するエリザベートの些細な違和感であった。
- ルノアに「物品鑑定」の魔法を使わせた結果、通常の帝国金貨とは鉱物比率が異なっていることが発覚した
- エリザベートが金貨を両断すると、中から「廃鉄(錬金術の廃棄物で重く硬いゴミ)」の芯材が見つかった
- この偽金が「偽造防止細工を完璧に模倣しており、金の比率も高い」という点から、小銭稼ぎの犯罪ではなく、帝国通貨の信用を落とし、王国金貨を大陸経済の中心に据えるための国家規模の経済工作であると即座に見抜いた
商業ギルドへの報告と連携
エリザベートは、ただちに以下の対策を講じた。
- 商会が保有する金貨の抜き打ち検査と、流入ルートの調査をミレイに命じた
- 帝都の商業ギルドマスターであるカルバンの元へ向かい、情報を共有した
- 金貨を確認したカルバンも、芯材が廃鉄であることを看破し、他国からの攻撃である可能性を疑った
- ギルドの調査員を動かして協力する姿勢を明確にした
出所の特定とルーカスの気づき
調査開始から程なくして、以下の事実が明らかになった。
- 王国に潜伏させていた間者からの報告により、偽金貨の製造元が判明した。それはかつてエリザベート自身が創設し、現在は王太子フリードに乗っ取られ、彼の取り巻きであるコルト・ランプトンが支配しているファンネル商会であった
- 同時期に、帝国のルーカス・レブリック伯爵も、ハルドリア王国から帝国へ流入する商人の数が不自然に増加していることに気づいた
- ルーカスは人為的な意図を感じ、背後関係の調査を部下に命じた
エリザベートの冷徹な対策(報復)
出所が自らの手から奪われたファンネル商会であると知ったエリザベートは、商業ギルドの公的な捜査を待たず、自らの手で彼らを叩き潰すことを決意した。
- 属国に「エリザベス商会」というダミー商会を立ち上げた
- 大口取引を餌にしてファンネル商会から資金(偽金)を吸い上げるという罠を仕掛けた
- ルーカスと接触して偽金の件と自身の計画を打ち明け、彼と共謀した
- フリードや王国の中枢に大打撃を与えるため、緻密で容赦のない報復作戦へと移行した
まとめ
第3巻で描かれる「偽造金貨の調査」は、単なる事件解決のプロセスに留まらない。表社会での経済の歪みを鋭く察知し、即座にギルドや帝国貴族と連携する卓越した危機管理能力と、自らの手を汚してでも裏切り者に鉄槌を下す冷徹な復讐者としての魅力が、見事に融合したエピソードとなっている。
王国側の政争
第3巻におけるハルドリア王国側の政争は、王太子フリードの度重なる失政と暴走を契機に、王家内部の権力闘争や劇的な派閥交代へと発展し、国の中枢が大きく揺れ動く様子が描かれている。主な展開と特徴は以下の通りである。
ロゼリアの孤軍奮闘と軍部過激派の暴走
フリードの補佐として政務を代行するロゼリア・ファドガルは、大量の書類処理に追われながら属国との関係修復に尽力していた。しかし、以下の状況により自身の補佐官としての権限に限界を感じていた。
- 帝国への軍事侵攻や属国への武力弾圧を主張する軍派閥の過激派が暴走
- フリードが過激派の主張に裏で賛同し、出所不明の資金や物資を融通
偽造金貨事件とフリードの野望
フリードは、父である国王ブラートを退けて自らが王になる野望を抱き、大きな賭けに出た。
- 財務大臣ランプトン侯爵の息子コルトを使い、帝国金貨の偽造という経済攻撃を画策
- この策はエリー(エリザベート)に完全に見破られ、逆に利用される結果となる
- 最終的に王国は、帝国へ多額の賠償金支払いと領土の割譲を強いられる大失態を招く
第一王女アデルの帰還とフリードの失脚
フリードの失政を見限った国王ブラートは、南大陸(レキ帝国)に留学していた第一王女の彩暁(アデル)を呼び戻した。
- 国王はアデルに王太子と同等の準一級命令権を与え、実質的な統治権限を委譲
- フリードからはすべての権限が剥奪され、監視付きの謹慎処分が下される
アデルによる冷酷な粛清と王位簒奪への覚悟
実権を握ったアデルは、偽金事件の後始末として国内の無駄を整理し、不正を働く貴族から罰金を徴収するなど迅速な対応を見せた。
- 偽金事件を黙認していた財務大臣ランプトン侯爵(かつてエリーを失脚させた黒幕)を容赦なく切り捨て、財産没収と御家取り潰し、および投獄を宣告する冷酷な粛清を断行
- 自身に王位継承権があることをロゼリアに明言
- 無能な兄フリードにすべての負の遺産を抱えさせて沈ませ、自らが王位を奪い取るという覚悟を提示
- ロゼリアもアデルの未来の王としての器を認め、忠誠を誓う
エリーの謀略による王国内部崩壊の加速
王国側の政権交代が進む裏で、エリーはこの混乱をさらに煽る。
- 偽金事件において、フリードが罪を免れた一方で一部の貴族だけが帝国に引き渡され、降爵などの不名誉を受けたことで、王族と貴族の間に強い不和が生まれるよう誘導
- フリードの婚約者シルビアの実家であるロックイート男爵領に配下のバアルを潜入させ、武器の横流しや増税の噂を流布
- 領民の反乱を煽動し、男爵一家を惨殺に追い込む
まとめ
このように、ハルドリア王国の政争はエリーを追放したフリード派の自滅と、冷徹なアデル派の台頭へと移行している。しかし、そのいずれの動きも、最終的にはエリーが仕掛ける王国崩壊への布石の中で踊らされている状態にすぎない。
ファンネル商会への報復
第3巻における「ファンネル商会への報復」は、エリザベートが自身から商会を奪った者たちを完膚なきまでに叩き潰し、同時に祖国であるハルドリア王国の国力や王太子の権威に致命的な打撃を与える、極めて冷徹かつ周到な作戦として描かれている。その報復の経緯と展開は以下の通りである。
報復の動機とファンネル商会の現状
ファンネル商会は、もともとエリザベートが個人の予算を確保するために設立した商会であった。しかし彼女の亡命後、商会は王太子フリードに乗っ取られ、財務大臣ランプトン侯爵の息子コルト・ランプトンが代表に据えられていた。
当時のファンネル商会の悪辣な実態と、報復の動機は以下の通りである。
- コルトの運営下において、品質の悪い原材料を使った化粧品による健康被害が発生した
- フリードの権威を笠に着て借金を踏み倒すなど、悪辣な経営で評判を著しく落としていた
- フリードの命令により、国家規模の経済工作である「帝国金貨の偽造」の実行拠点となっていたことが潜伏させていた間者の報告で判明した
これを知ったエリザベートは、自らが生み出した商会を食い物にする者たちと、裏切り者であるランプトン侯爵を同時に処分することを決意する。
ダミー商会による資金吸収と買収工作
エリザベートは属国メリーナ王国に「エリザベス商会」というダミー商会を設立し、大口取引を餌にしてファンネル商会に接触した。その際の具体的な工作は以下の通りである。
- メリーナ王国の老舗である「ビオート商会」を歴史ごと買収して味方に引き入れた
- ダミー商会を通じて意図的にファンネル商会に有利な取引を持ちかけ、代金として偽金貨を受け取り続けた
- 買収した鑑定士に偽金を本物と鑑定させることで、コルトに疑念を抱かせず取引を継続させた
一時的に経営を持ち直したと誤認したコルトは、これにより完全に油断することとなった。
外交を利用した「合法的な逮捕権」の確保
この報復における最も巧妙な点は、外交条約を罠として利用したことである。
- エリザベートは帝国大使のルーカス・レブリックと結託し、フリードに新しい通商条約を結ばせた
- 条約に「偽造硬貨が発見された場合、被害国は相手国内でも自国と同様の捜査権・逮捕権を行使できる」という、中央大陸で広く適用されている条項を組み込んだ
- 関税優遇などの目先の利益に目が眩んだフリードは、自ら帝国に王国での捜査権を与える条約に調印した
倉庫での直接対決と絶望のネタ晴らし
取引が最終段階に入ると、コルトはエリザベス商会を罠にかけようとランプトン侯爵領の倉庫に呼び出した。コルトはビオート商会のベリットと手を組み、さらに裏社会の凄腕バアルを護衛につけて優位に立ったと確信していたが、真実は以下の通りであった。
- エリザベス商会のオーナーとして現れたのは、エリザベート本人であった
- コルトが配置した伏兵はミーシャによって全滅させられた
- コルトが頼みにしていたベリットも、実際にはエリザベートの配下であった
- 最強の切り札と信じていたバアルは、エリザベートが王都監視のために残していた間者であり、逆にコルトの護衛たちを瞬殺した
すべてが掌の上であったと理解したコルトに対し、エリザベートは、帝国の騎士たちがすでに偽金工場を制圧したこと、そして条約に基づき帝国に正式な逮捕権があることを突きつけた。
報復の結末と王国への大打撃
周到に計画された復讐劇の結末と、ハルドリア王国に与えたダメージは以下の通りである。
- コルトは帝国金貨偽造および帝室侮辱の罪で帝国の騎士に拘束され、拷問と処刑の運命を辿ることとなった
- 偽金事件の全責任を問われる形で、財務大臣ランプトン侯爵は第一王女アデルによって失脚させられ、財産没収・御家取り潰し・投獄に処された
- 帝国に「フリードの指示書」を押収されたハルドリア王国は、多額の賠償金支払いと領土の割譲を強いられ、国力を大きく削られた
- 王太子フリードは、この失態によって王太子としての実権を完全に剥奪された
まとめ
第3巻におけるファンネル商会への報復は、単なる商会同士の潰し合いにとどまらない。裏切り者の粛清と祖国への甚大なダメージを同時に引き起こす、エリザベートの恐るべき知略が遺憾なく発揮された、合理的かつ冷徹な大逆転劇である。
登場キャラクター
展開まとめ
序章
エリザベートの現在とアリスとの生活
ユーティア帝国の帝都に拠点を構えたエリザベート・レイストンは、商会本部となった屋敷で執務を行っていた。そこへ、アリスと名付けた少女が訪れ、エリザベートを「ママ」と呼びながら甘えてきた。
エリザベートはかつてハルドリア王国の公爵令嬢であり、王太子フリードから婚約破棄された末に無実の罪で幽閉されていた。王族や貴族、民衆までもが自分を見捨てたことへ怒りを抱き、報復を誓っていた。亡命後はルーカス・レブリックの助力を受け、資金と影響力を集めるため商会を経営しながら、裏から王国の勢力を削っていた。
アリスはダンジョンで倒したファイアドレイクの体内から、水晶に包まれた状態で発見された少女だった。事件の裏で暗躍する勢力との関係を疑われたが、調査しても普通の幼い少女としか分からなかった。エリザベートはアリスを養女として引き取り、共に暮らしていた。
侍女たちとの日常
エリザベートは仕事を続けながら、侍女のミーシャにアリスの世話を任せていた。ミーシャは帝都で購入した猫人族の奴隷だったが、今では侍女兼秘書として重要な役割を担っていた。
やがて王国から共に亡命した侍女ミレイと商会員ルノアが現れ、仕事の引き継ぎが行われた。その間にアリスは眠ってしまい、エリザベートはブランケットを掛けながら静かに抱き上げた。アリスは頻繁にエリザベートの元を訪れており、本当の親については記憶が曖昧で、自分がなぜ「ママ」と呼ぶのかも説明できなかった。
その後、友人であるシスターのティーダから手紙が届いた。ティーダは歩き神官として各地を巡り治癒を施しており、近く帝都へ戻る予定であることが伝えられていた。
ダルク・ホーキンスとの会談
夜になると、エリザベートはミレイとミーシャを伴い、高級レストラン《銀の弓》を訪れた。そこで待っていたのは帝国商業ギルド評議会の評議員《頭目》ダルク・ホーキンスだった。彼は金融業を表向きの顔としながら、裏社会を束ねる支配者でもあった。
会談直後、ダルクは突然銃を抜きエリザベートへ発砲した。しかしエリザベートは身体強化を用いて銃弾を掴み取り、同時にミレイはダルクへナイフを突き付け、護衛たちも即座に動き出していた。
エリザベートはミーシャへ銃の仕組みを説明した。銃は火薬で弾を飛ばす武器だが、弾に魔力を乗せられないため、一定以上の実力者には通用しない骨董品扱いとなっていた。
その後、双方は平静を装いながら食事を進め、本題へ移った。ダルクは、ハーミット伯爵領でエリザベート側が自身の配下と接触した件について、今後は帝都経由で調整するよう求めた。エリザベートもこれを了承し、裏社会におけるトレートル商会への庇護が約束された。
暗躍する謎の男たち
一方その頃、別の場所では「サソリ」と呼ばれる女が謎の男へ謝罪していた。サソリは任務失敗に加え、同行していたシスターに敗北したことを悔いていたが、男はそれを咎めず、むしろエリザベートに強い興味を示していた。
そこへ帝国商業ギルド評議会の評議員《千里眼》ロットン・フライウォークが現れ、男へ抗議した。キングポイズンスライムによる被害で帝国経済にも影響が出たため、契約破棄を宣言したのである。
しかしその直後、ロットンの部下が突然彼を襲撃した。部下の正体は「ナナフシ」と呼ばれる別人であり、本物の部下は既に殺害されていた。さらにナナフシはロットン本人にも成り代わることを宣言し、そのまま帝国へ戻っていった。
男はその様子を楽しげに眺めながら、黒いベールを纏う女「カラス」と会話を交わしていた。彼らはファイアドレイクを実験体と呼び、アリス発見の裏側にも関わっていることが示唆された。
最後に男は、エリザベート・レイストンへ強い興味を抱きながら、その動向を見守ることを決めていた。
一章《母子の休日》
王国への報復計画とロゼリアへの警戒
夜更け、エリザベートはミレイと共にワインを飲みながら、王国に潜ませた間者たちからの報告書へ目を通していた。
その中には、婚約破棄の際にフリードへ協力していた貴族として、財務大臣ランプトン侯爵の名が記されていた。ランプトンはかつてエリザベートが信頼していた人物だったが、裏ではフリードを利用して私腹を肥やしていたことが判明した。
さらに属国の状況についても報告を受けていた。エリザベートは属国に反王国感情を植え付けていたが、ロゼリアが短期間で関係修復を進めていた。エリザベートはロゼリアを高く評価しつつも、軍部の過激派を煽り、属国侵攻や帝国との開戦機運を高めることで、ロゼリアの負担を増やそうとしていた。
雷神ブラートへの対抗策
エリザベートは棚から「雷精結晶」を取り出し、王国との戦いにおける切り札だと説明した。
王国最大の脅威は国王ブラート・ハルドリアだった。神器【雷神の剣】によって身体能力と雷属性魔法を強化し、自身を雷へ変える「雷精化」という奥義まで使う存在だった。
雷精結晶はその対抗策となる希少なアイテムだったが、製作難度が極めて高く、素材も高価であった。エリザベートは商会で得た資金とアクアシルクを利用して錬金術師を集め、ようやく一つ完成させていた。
母親としての葛藤
王国の話題を終えた後、エリザベートは隣室で眠るアリスについて語り始めた。
忙しさのせいで、アリスへ寂しい思いをさせているのではないかと感じていたのである。エリザベート自身は幼少期から王妃候補として育てられ、勉強と訓練だけの日々を送っていたため、家族愛というものを理解できずにいた。
母親は自分を産んですぐ亡くなっており、父も娘としてではなく、王国のための「王妃」という存在として接していた。だからこそ、自分がアリスへどう接すれば良いのか分からずにいた。
ミレイは没落前の家族との思い出として、オペラ鑑賞や遠乗り、家族でのピクニックについて語った。その話を聞いたエリザベートは、アリスにもそうした経験をさせるべきだと考え、皆でピクニックへ行くことを決めた。
皆で作る弁当
二週間後、仕事が一段落したことで、エリザベートたちは予定通りピクニックの準備を始めた。
厨房ではミーシャがソースを作り、ルノアが野菜を切り、アリスも楽しそうに手伝っていた。エリザベートは踏み台を用意し、アリスへサンドイッチ作りを教えた。
アリスはフルーツとチョコレートクリームを使った甘いサンドイッチを完成させ、嬉しそうにエリザベートへ見せていた。エリザベートは頬についたクリームを拭いながら、その出来栄えを褒めていた。
その後も皆で料理を作り終え、弁当や敷物を馬車へ積み込み、ピクニックへ出発した。
カラシラ湖への到着
一行は帝都から一時間ほど離れたカラシラ湖へ向かった。
この湖は帝都近郊にあり、騎士団の巡回も行われているため比較的安全な場所だった。採取に訪れる初級冒険者や、景観を楽しむ人々も多かった。
アリスは出発直後こそ景色に目を輝かせていたが、やがてエリザベートの膝の上で眠ってしまった。皆で出かけることが嬉しく、前日から興奮していたのである。
湖へ到着すると、エリザベートはアリスへ危険な場所へ一人で行かないよう言い聞かせた。その後、一行は湖畔を散策した。
アリスの無邪気な姿
アリスは草花を覗き込み、ドングリを拾い、釣り人の魚に驚きながら、見るもの全てへ好奇心を向けていた。
その様子を見ながら、エリザベートは自分の幼少期を思い返していた。かつての自分なら、ウサギを見ても価値や利用法を考えていただろうと自嘲していた。
散策を終えた一行は湖畔へ戻り、ミレイが準備していた昼食を囲んだ。サンドイッチやサラダ、卵焼きや香草焼きなどが並べられ、穏やかな時間が流れていた。
エリザベートは、形の歪なサンドイッチがアリスの作ったものだと気づき、それを口にした。アリスは不安そうに味を尋ねたが、エリザベートは美味しいと答えた。
その言葉を聞いたアリスは、心から嬉しそうに笑っていた。
ロゼリアの奮闘と王国の限界
ロゼリア・ファドガルは、王太子補佐として大量の書類処理に追われていた。王太子フリードが本来担うべき仕事を実質的に肩代わりしており、側近であるリズベットとステイルも補佐に奔走していた。
三人は、以前までこれらの業務をエリザベートが処理していたのだろうと推測していた。ロゼリア自身も、かつてはエリザベートへ対抗意識を燃やしていたものの、今では婚約者に選ばれなかったことを幸運だったと考えていた。
ブラート王も一時はロゼリアを王妃へ据える考えを持っていたが、ロゼリアの婚約やファドガル公爵家の立場を考慮し、強引な介入は行わなかった。
軍部過激派とフリードの失策
王国内では、属国への武力弾圧や帝国侵攻を主張する軍派閥の過激派が勢力を強めていた。
ロゼリアは属国との関係修復へ尽力していたが、フリードが過激派へ賛同したことで事態はさらに悪化していた。しかも過激派には出所不明の資金や物資まで流れており、背後に何者かの介入がある可能性も浮上していた。
ロゼリアはリズベットへ実家との連携を指示し、ステイルには資金源の調査を命じた。しかし、自身の立場では軍派閥を完全には抑えきれず、フリードの王太子としての権威も既に失墜している現実に限界を感じていた。
フリードとシルビアの歪な関係
王城の中庭では、フリードと婚約者シルビアが会話していた。
シルビアは教育係への不満を訴え、フリードは軽率に解任を約束した。フリードは、自分こそが国を支えていると思い込み、ロゼリアや文官たちを無能呼ばわりしていた。
しかしフリードが去った後、シルビアは深いため息を漏らした。かつて憧れた王太子の姿は既に失われており、現在のフリードがエリザベートによって支えられていた存在だったことを、シルビアも理解していたのである。
シルビアの過去と成り上がり
シルビアは貧民街育ちの少女だった。母は元貴族だったが没落し、酒場で客を取って生計を立てていた。母の死後、自分も同じように身体を売って生きるしかないと考えていた。
そんな時、ロックイート男爵家の執事が現れ、シルビアは男爵の庶子だと知らされた。男爵家へ迎え入れられたものの、そこでは父や異母兄妹から露骨な侮蔑を受けた。
やがてシルビアは学園へ通わされ、借金まみれの男爵家が、自分を裕福な商人へ売り払おうとしていることを知った。しかしシルビアは現実を冷静に受け止め、利用されるなら逆に利用し返そうと考えていた。
その後、フリードと恋仲になったことで状況は一変した。男爵家の人間たちは態度を変え、シルビアへ擦り寄るようになった。シルビアも彼らの弱みや不正を握り、自分の安全を確保していた。
だが現在、フリードは無能さを露呈し、臣下からも軽蔑される存在となっていた。シルビアは、この結末が本当に正しかったのか、自分自身へ問いかけていた。
花畑での穏やかな時間
一方その頃、カラシラ湖近くの花畑では、アリスがルノアに教わりながら花冠を作っていた。
完成した花冠をアリスはエリザベートへ贈り、エリザベートも優しく礼を述べた。アリスは、エリザベートが花冠を作ったことがないと知り、不思議そうにしていた。
エリザベートは、自分が幼少期から勉強や訓練ばかりの日々を送っていたことを思い返していた。王家と国のためだけに生きてきた過去を振り返りながらも、アリスへ花冠の作り方を教わるため、共に花畑へ入っていった。
アリスの特異な魔法適性
帰り際、アリスがくしゃみをした瞬間、小さな火花が散った。
エリザベートは魔力暴発だと説明したが、本来、水属性適性しかないはずのアリスが火花を出したことへ違和感を覚えた。帰宅後に再検査を行った結果、アリスには水属性だけでなく火属性の適性もあることが判明した。
複数属性を扱う存在は極めて希少であり、伝説級の人物にしか例が存在しなかった。エリザベートは、この事実が広まれば危険だと判断し、アリスへ早急に魔力制御を教える必要性を感じていた。
彩暁の航海と海竜討伐
その頃、彩暁は大型交易船で海を渡っていた。
彩暁は帝室の末端に連なる人物だったが、帝位継承権は持たず、近く宮を離れる予定だった。船長の阮や猫蘭と会話していた最中、見張りから海竜襲来の報告が入る。
彩暁は神器【優雅さ】を発動し、風を操って海上を高速移動した。そして海竜の放つ【水息吹】を風の刃で切り裂き、そのまま首を斬り落として討伐した。
こうして彩暁の航海は続いていった。
未来のカラシラ湖
時代が流れた後、映像水晶では帝国と公国を結ぶ大陸横断鉄道の特集番組が放送されていた。
番組では、カラシラ湖がかつて白銀の魔女も訪れた名所であり、現在では観光地として整備されていることが紹介されていた。
湖畔には遊歩道やロッジが整備され、多くの観光客が訪れる自然公園へと発展していたのである。
二章《偽りの金貨》
喫茶店《グリモワール》の成功
エリザベートが経営する喫茶店《グリモワール》は、帝都でも人気店となっていた。
特にチョコレート菓子が社交界で流行しており、各家の紋章を模した特注菓子まで作られていた。各領地から支店展開の打診も相次ぎ、エリザベートは喫茶部門を帝国全土へ広げる構想を進めていた。
ミレイは帝国をエリアごとに分け、それぞれを統括する管理者を置く案を提案し、エリザベートもそれを採用した。しかし商会の拡大により、エリザベートの目が届かない部分も増え始めており、内部管理の必要性を強く意識していた。
偽金貨の発見
ある日、ミレイが運んできた金貨袋の音に違和感を覚えたエリザベートは、中の金貨を調べ始めた。
ルノアに【物品鑑定】を行わせた結果、金貨の鉱物比率が通常の帝国金貨と異なることが判明した。さらにエリザベートが魔力を込めた刃で金貨を両断すると、内部には黒い芯材が埋め込まれていた。
その芯材はボロボロに崩れる異質な鉱物であり、通常の帝国金貨に存在するはずのないものだった。エリザベートは、これが高度に偽造された偽金貨であると断定した。
偽金貨の異常性
エリザベートは、この偽金貨が通常の偽造貨幣とは異なる点を説明した。
一般的な偽金貨は安価な素材で粗悪に作られる。しかし今回の偽金貨は、帝国金貨の偽造防止細工まで精密に再現されており、使用されている金の割合も高かった。
そのため、単純な利益目的では割に合わなかった。大量流通させれば必ず発覚し、大規模取引では鑑定士によって見抜かれてしまうからである。
エリザベートは、この偽金貨の真の目的は帝国経済への攻撃だと推測した。帝国金貨の信用を失墜させることで、王国金貨を大陸経済の中心へ押し上げる狙いだと考えたのである。
商業ギルドへの報告
エリザベートはミレイへ商会内の金貨調査を命じ、ミーシャには商業ギルドへの先触れを指示した。
商業ギルドで応対したのは、ギルドマスターのカルバンだった。カルバンも偽金貨を鑑定し、その芯材が「廃鉄」だと見抜いた。
廃鉄とは、錬金術による魔力合金生成の際に生じる廃棄物であり、本来は一般流通しない素材だった。カルバンもエリザベートと同様、これは国家規模の経済工作である可能性を疑っていた。
さらに、先日のキングポイズンスライム事件との関連性も示唆され、双方は独自調査を進めることで合意した。
偽金貨の出所判明
屋敷へ戻ったエリザベートへ、ミレイが新たな報告を持ち込んだ。
偽金貨の出所は、かつてエリザベート自身が創設した「ファンネル商会」だったのである。
現在のファンネル商会は、フリードによって経営陣を入れ替えられており、ランプトン侯爵家の子息コルト・ランプトンが実権を握っていた。
商会では原材料の質を落とし、従業員を削減したことで商品の品質は大きく低下していた。化粧品では炎症被害まで発生していたが、王太子の権力によって揉み消されていた。
さらに商会は多額の借金を抱え、収支報告も偽装されていた。犯罪組織との繋がりまで確認されており、エリザベートが築いた商会は完全に腐敗していた。
ファンネル商会への処分決定
エリザベートは、ファンネル商会の現状へ強い失望を抱いていた。
既に内部の間者も大半が離脱しており、偽金貨生産はコルトによって慎重に進められていた。エリザベートは短く思案した後、商会そのものを処分する決断を下した。
属国へダミー商会を設立し、大口取引を餌にファンネル商会へ接触する計画が立てられた。そしてエリザベート自身も、レブリック伯爵領へ向かうことを決めた。
コルト・ランプトンの野望
一方、ファンネル商会ではコルト・ランプトンが成功を確信していた。
ランプトン家は長年、王国中枢への浸透を進めてきたが、最大の障害はエリザベートだった。そこで父はフリードを利用し、エリザベートを失脚させたのである。
しかしコルトは、父のやり方を生ぬるいと考えていた。自分ならもっと効率よく王国を掌握できると信じていたのである。
現在コルトは、帝国金貨偽造計画を成功させたことで、自らの手腕に絶対的な自信を抱いていた。その傍らには、護衛として雇った粗暴な男バアルが控えていた。
バアルは政治や経済には興味を示さず、金さえ払われれば誰でも殺すと豪語していた。
王国商人の異常流入
ルーカスは執務室で、ハルドリア王国から帝国へ流入する商人の数に違和感を覚えていた。
一日単位では誤差に見えるものの、累計では明らかに異常な増加だった。停戦後に経済交流が活発化すること自体は自然だったが、この増加には人為的な意図を感じていた。
ルーカスは部下へ、最近帝国へ入った商人たちの目的や背後関係を徹底的に調査するよう命じた。しかし、自分の考えすぎであって欲しいという不安も抱えていた。
エリザベートの独自行動
一方、エリザベートたちはレブリック伯爵領へ向かっていた。
ファンネル商会の件について、エリザベートは商業ギルドへ正式報告していなかった。間者からの情報しか証拠がなく、仮に調査が入っても末端を切り捨てて終わると考えていたからである。
さらに、自分が育てた商会を悪用している者たちを、自らの手で叩き潰したいという感情も抱いていた。
野盗との遭遇
移動中、一行は治安の悪い領地で野盗に襲撃された。
街道には丸太が置かれ、茂みから武装した男たちが現れた。エリザベートは、野盗の装備や馬の質から、単なる食い詰め者ではなく、領主側との繋がりすら疑っていた。
戦闘は一方的だった。エリザベートとミーシャは次々に野盗を殺し、逃亡しようとした者もミレイの投擲で仕留められた。
最後に残った一人だけを生かしたエリザベートは、ルノアを呼び寄せた。
ルノアへの試練
エリザベートは、ルノアを一人前の商人として認めるためには、自分の身を守れる必要があると考えていた。
そこで生き残った野盗へ武器を渡し、ルノアとの戦いを命じた。ルノアが敗北するか戦闘不能になれば野盗を逃がすが、それ以外は認めないという条件だった。
ルノアは緊張しながらも杖を構え、戦闘を開始した。
ルノアの初めての殺人
ルノアは短文詠唱による【風弾】や【風刃】を用いて野盗を追い詰めていった。
さらに無詠唱の【風掌】で野盗を吹き飛ばし、大木へ叩きつけた。致命傷を負った野盗は命乞いを始めたが、ルノアは迷いながらも丁寧に詠唱した【風刃】で野盗を両断した。
初めて人を殺したルノアは激しく動揺していた。しかしエリザベートは、野盗をゴミ同然だと言い切り、ルノアの行為を正しいと認めた。
その後、エリザベートはルノアを休ませ、精神的なケアをミーシャへ任せた。
レブリック伯爵領への到着
一行は通常より時間をかけてレブリック伯爵領へ到着した。
商会ではルノアの父グランツが迎え、ルノアが落ち着きを取り戻していることを報告した。エリザベートは安堵しつつも、引き続き気にかけるよう伝えた。
その後、エリザベートは商会幹部たちを集め、偽金貨対策の資料を受け取った。さらに午後には、ルーカスとの会食も予定されていた。
ルーカスとの再会
夕方、エリザベートはミレイを伴ってレブリック伯爵邸を訪れた。
ルーカスは、亡命直後のエリザベートに比べ、現在はかなり雰囲気が柔らかくなったと感じていた。エリザベート自身も、ルノアやミーシャ、アリスとの生活によって、以前ほど張り詰めた状態ではなくなっていることを自覚していた。
しかし、王国への復讐心が消えたわけではなかった。
偽金貨計画の共有
食後、エリザベートは本題へ切り込んだ。
ハルドリア王国、正確にはフリード王太子が、帝国金貨偽造による経済戦争を仕掛けていることを説明した。既に帝国内へ偽金貨が流入しており、王国商人の増加もその一環だと推測していた。
さらに、偽金貨を製造している実行犯が、かつて自分が作ったファンネル商会であることも明かした。
エリザベートは、この機会にファンネル商会そのものを潰すつもりだと語った。そして、その計画へルーカスの協力を求めた。
ルーカスは危険な計画だと理解しつつも、元々エリザベートを支援する約束をしていたこともあり、最終的に協力を承諾した。
二人は互いに利益を共有する関係として、静かに握手を交わした。
偽金計画に酔うフリード
フリードはコルトから偽金流通の報告を受け、大きな満足感を抱いていた。
帝国内へ流した偽金による利益は、まだ設備投資額には届いていなかった。しかし半年も続ければ帝国経済へ深刻な打撃を与えられると確信していた。
フリードは、この功績によって父ブラートを退け、自らが王になる未来を思い描いていた。さらに王になれば、現在の官僚やロゼリアを排除し、若い世代による新体制を築くと豪語していた。
コルトもまた、自分こそが父以上の人材だと考え、財務大臣就任を夢見ていた。
イブリス教との繋がり
コルトは、現在のフリードが国庫を自由に使えないことを心配した。
しかしフリードは、資金源としてイブリス教の大司教との繋がりを持っていることを明かした。フリードは金の心配は不要だと断言し、今後は計画立案へ集中すると語った。
その頃、王国では帝国との停戦と不可侵条約締結を記念するパーティが開かれていた。
ルーカスの通商条約提案
パーティ会場で、帝国大使として参加していたルーカス・レブリックがフリードへ接触した。
ルーカスは、両国の関係を次の段階へ進めるべきだと提案し、交易制限の緩和や関税引き下げを含む新たな通商条約案を提示した。
内容は既存条約の延長線上にあるもので、一見すると王国側へやや有利な条件だった。フリードは警戒しつつも、帝国との交易が拡大すれば偽金の流通をさらに加速できると考えていた。
ルーカスは関税優遇へ十年間の期限を設けることや、条約の抜け穴を塞ぐ細かな法整備も盛り込んでいた。フリードは、爵位を得たばかりのルーカスが功績を欲しているのだと判断し、最終的に条約締結を了承した。
しかし内心では、十年後には帝国経済が崩壊し、ルーカスが絶望する姿を楽しみにしていた。
ランプトン侯爵の警告
パーティ後、コルトは実家へ戻り、父コーダック・ランプトンから呼び出しを受けた。
コーダックは、ランプトン家の悲願である王国支配について語りつつ、余計な真似で失敗しないよう警告した。また、フリードは愚かな人物であり、利用はしても信用してはならないと忠告した。
しかしコルトは、父すらも愚か者だと内心で見下していた。
エリザベス商会との接触
数日後、ファンネル商会へ「エリザベス商会」のマーベリックが訪れた。
エリザベス商会は属国メリーナ王国を拠点とする商会であり、ハルドリア王国進出と帝国交易のため、ファンネル商会との大口取引を求めていた。
コルトは一旦返答を保留したものの、背後で控えていたバアルは、マーベリックが単なる商人ではなく裏稼業の人間だと見抜いていた。
さらに調査の結果、エリザベス商会は突然現れた正体不明の商会であり、資金力だけを武器に急成長していることも判明した。
バアルは、誰かがコルトを嵌めるために仕掛けた罠だと推測していた。
ブラートとジークの疑念
その頃、フリードは国王ブラートから厳しく叱責されていた。
ロゼリアへ相談せず勝手に条約を結んだことが問題視されたのである。しかし宰相ジークが条約内容を精査した結果、特に不自然な点は発見されなかった。
むしろ関税条件は王国へ有利であり、一般的な国家間条約とほぼ同じ内容だった。ブラートとジークは警戒しつつも、結局はルーカスが功績を求めていたのだろうと判断した。
二人は、何度も条約を読み返しながらも、そこに隠された真意を見抜くことはできなかった。
エリザベート側の策略進行
一方、レブリック伯爵領では、エリザベートがセイントバードによる連絡を受け取っていた。
マーベリックによるファンネル商会との接触は成功しており、現在は交渉段階へ入っていた。エリザベートは、多額の資金を使ってでも取引を成立させるよう指示した。
さらにルーカスからも連絡が届き、偽金対策として仕込んだ条約締結が成功したことが伝えられた。ミレイは、この仕掛けに気付ける者はまず存在しないだろうと語った。
エリザベートたちは、計画が思惑通り進んでいることを確認していた。
ビオート商会の接触
その後、ファンネル商会へ今度は「ビオート商会」のベリットが現れた。
ビオート商会はメリーナ王国で長く営業している老舗商会であり、バアルの調査でも特に怪しい点は確認されなかった。
しかしベリットは、エリザベス商会がファンネル商会を潰すために作られたダミー商会だという情報を持ち込んだ。
さらに、自分たちもエリザベス商会の市場荒らしに迷惑していると語り、逆にエリザベス商会を利用して資金を吸い上げようと提案した。
ベリットの計画を聞いたコルトは、傾き始めたファンネル商会を立て直せる可能性を感じ、彼と手を組むことを決めた。
計画最終段階への移行
ファンネル商会との取引成立から二ヶ月が経過し、エリザベートたちの計画は最終段階へ入っていた。
マーベリックは予定通り、しばらくファンネル商会へ利益を与え続けていた。エリザベートは、計画に関わる人員へ決行が二ヶ月後であることを通達し、自らも現地へ乗り込むつもりでいた。
また、王宮内部への浸透も進んでいた。下級使用人の一部には既にエリザベート側の人間が入り込んでいたものの、政治中枢に届くほどではなかった。
しかしエリザベートは、ランプトン侯爵ほどの人物なら、不自然な交易増加や帝国側の動きから、既にコルトによる偽金製造へ気付いていると推測していた。その上で、あえて情報を握り潰していると判断していた。
ファンネル商会側の油断
一方、コルトは大きな成功を確信していた。
マーベリックは信用を得ようとしているのか、ファンネル商会に極めて有利な条件ばかり提示していた。さらに支払いに使われる偽金貨も、メリーナ王国側で手を回した鑑定士によって本物と認定されていたため、マーベリック側は完全に騙されているように見えていた。
利益によってファンネル商会の経営も持ち直し、コルトは余裕を取り戻していた。
さらにエリザベス商会が活動拠点を求めていると聞いたコルトは、監視しやすいようランプトン侯爵領の土地を高額で売りつけていた。
その上でマーベリックから、さらに大規模な取引のため領地へ来て欲しいとの誘いを受け取っていた。
エリー・レイスへの警戒
バアルは、エリザベス商会の背後にいるのが帝国の特別認可商人エリー・レイスだという情報を掴んでいた。
エリー・レイスは武闘派の女商人として知られ、先の紛争では自ら私兵を率いて戦場へ出たという噂まで存在していた。
しかしコルトは、所詮は商人であり、戦争での活躍も金で凄腕の冒険者や傭兵を雇った結果に過ぎないと考えていた。
そのため、元Aランク冒険者すら容易く殺せるバアルがいれば問題ないと判断し、罠だと理解しながらも取引へ応じることを決めた。
倉庫での対面
数日後、コルトとバアルはランプトン侯爵領にあるエリザベス商会の倉庫へ案内された。
周囲は森と商会施設しか存在せず、人目のない場所だった。コルトたちは、この環境なら多少派手に暴れても問題ないと考えていた。
そこへ現れたマーベリックは、さらにベリットまで呼び込んだ。
ベリットは、エリザベス商会がファンネル商会を嵌めようとしていると告げ、周囲で武装集団を捕らえたことまで報告した。
コルトは優位を確信し、エリザベス商会の背後にいる帝国商人を引きずり出そうとした。
エリザベートとの再会
しかし、部屋へ現れたのは大勢の兵士ではなく、銀髪の美女とメイド姿の女だけだった。
その女を見た瞬間、コルトは凍り付いた。
現れた女は、フリード王太子の元婚約者にして、ファンネル商会を作り上げた張本人――エリザベート・レイストンだったのである。
現在は国家反逆者として指名手配されているはずの女が、自分の目の前へ堂々と姿を現したことに、コルトは激しく動揺した。
エリザベートは、自分の商会に害虫が湧いたから様子を見に来たのだと冷淡に語った。
圧倒されるコルト
コルトは必死に、自分はファンネル商会を守ってきたのだと弁明した。
しかしエリザベートは全く興味を示さなかった。その視線には、敵意よりも無関心が浮かんでいた。
コルトは、自分の父が財務大臣であり、王家への取り次ぎも可能だと取引を持ち掛けたが、エリザベートは即座に拒絶した。
そこへミーシャが現れ、周囲へ潜ませていたコルト側の伏兵を制圧したと報告した。降伏した者を除き、ほぼ全滅していた。
さらにベリットも、最初からエリザベート側だったことを明かした。エリザベートは、ビオート商会そのものを歴史ごと買収していたのである。
通商条約の真相
コルトは、なぜここまで大掛かりな罠を仕掛けたのか問い質した。
それに対しエリザベートは、今頃レブリック伯爵の騎士たちが偽金工場を制圧しているはずだと告げた。
驚愕するコルトへ、エリザベートは通商条約の真実を説明した。
数ヶ月前に締結された帝国と王国の新条約には、偽造貨幣に関する国際条約も組み込まれていたのである。
その条約では、偽造された国は相手国内でも自国同様の捜査権と逮捕権を行使できるようになっていた。
つまり、フリード自身が帝国へ捜査権を与える条約へ署名していたのである。
エリザベートの真意
コルトは、いつから自分を狙っていたのか問いかけた。
しかしエリザベートは、最初からコルトなど取るに足らない存在だったと切り捨てた。帝国で偽金が流通し始め、調査した結果として偶然コルトたちの存在を知ったに過ぎないと語った。
そして、ファンネル商会整理とランプトン侯爵失脚のため、コルトを引き金として利用すると宣言した。
コルトは恐怖に追い詰められながらも、自らを奮い立たせるようにバアルへ命じた。
エリザベートの実力など所詮は虚勢であり、裏社会最強クラスのバアルなら簡単に殺せるはずだと、自分自身へ言い聞かせていた。
バアルの正体
コルトがエリザベートを殺せと命じると、バアルが前へ出た。
しかし次の瞬間、バアルはコルト側の護衛たちを一方的に殴り殺し始めた。壁へ叩きつけられた護衛は即死し、他の護衛たちも抵抗する間もなく殺されていった。
驚愕するコルトへ、バアルは最初からエリザベートの命令で動いていたことを明かした。王都への情報網構築や王宮内部への工作も、全てエリザベート側の計画だったのである。
エリザベートは、裏社会で燻っていたバアルを拾い上げ、長年配下として重用していた。粗暴に見える一方で、思慮深く機転も利く有能な人材として高く評価していた。
コルトの拘束
その後、ミーシャが扉を開くと、レブリック伯爵配下の帝国文官と騎士たちが部屋へ入って来た。
騎士たちは即座にコルトを拘束し、地面へ組み伏せた。コルトは自分が貴族であると叫び抵抗したが、文官は正式な法に基づく拘束だと冷淡に告げた。
さらに帝国には優秀な尋問官と治癒魔法使いがいるため、コルトも必ず全てを話すことになるだろうと告げられた。
追い詰められたコルトは、全てフリードの命令だったとエリザベートへ縋ろうとした。しかしエリザベートは一切取り合わず、帝国でゆっくり話せばよいと切り捨てた。
コルトは帝国金貨偽造と帝室侮辱罪によって正式に拘束され、そのまま帝国へ連行されることとなった。
フリード関与の証拠
翌日、エリザベートたちは偽金工房へ到着した。
そこでは帝国兵たちが証拠品や資料を押収しており、ルーカスが待っていた。彼はフリードの指示を裏付ける決定的証拠となる書類を発見していた。
エリザベートは、その証拠を帝国側で利用するようルーカスへ譲渡した。王太子を直接引き渡させるのは現実的ではないが、その代わり国家規模の賠償請求によって王国を弱体化させる方が有効だと判断したのである。
ルーカスも、その使い方が最も効果的だと理解していた。
王国崩壊への布石
馬車で帝国へ戻る道中、ルーカスは今回の計画が想像以上に上手く進んだことへ感嘆していた。
エリザベートは、ファンネル商会が元々自分の作った組織であり、内部情報が筒抜けだったから当然だと語った。
さらに、今回の件は単なる偽金事件の解決ではなく、王国崩壊へ向けた下準備だと明かした。
フリードを庇うため、王国は関係貴族の一部を帝国へ差し出さなければならなくなる。そうなれば、王族と貴族の間に強い不和が生まれる。
加えて、属国問題やロベルト事件による平民感情悪化も存在していた。そこへさらに火種を投げ込み、対立を加速させることで、王国全体を内部崩壊へ導こうとしていたのである。
その計画を聞いたルーカスは、ロベルト事件以上の大量死が発生することを悟り、エリザベートの恐ろしさを改めて認識していた。
ブラートの苦悩
一方、王城ではブラート王が深刻な事態への対応に追われていた。
帝国は、偽金事件に関与した者たちの身柄引き渡しと巨額賠償を要求していた。さらに通商条約も見直され、今後は王国に不利な条件へ変更される可能性が高かった。
現在の王国は属国問題を抱えており、帝国と戦争する余力など存在しなかった。
そんな中、フリードが呼び出される。しかしフリードは最後まで事態の重大さを理解していなかった。
彩暁・ハルドリアの帰還
そこへ南大陸から呼び戻された第一王女、彩暁・ハルドリアが現れた。
彩暁は、エリザベート追放から現在までの経緯を聞き終えると、フリードへ呆れ果てた視線を向けた。
そして、シルビアの証言だけで婚約破棄を行ったことへ強い疑問を示した。シルビアは反論しようとしたが、彩暁は王女としての立場を利用し、発言を許さなかった。
彩暁は冷静かつ理知的に振る舞い、王族としての格の違いを周囲へ示していた。
フリードの権限剥奪
ブラートは、これ以上フリードへ王国運営を任せられないと判断した。
その結果、彩暁へ王太子補佐として実質的な統治権限を与え、フリードからは実権を剥奪することを決定した。
今後は彩暁が王太子同等の命令権を持ち、ロゼリアもその配下として働くこととなった。
フリードは激しく反発したが、これは正式な王命であり拒否権は存在しなかった。さらに監視付きでの謹慎まで命じられ、完全に権力を失った。
紙幣導入の始まり
その頃、ハルドリア公国の造幣局では新貨幣「紙幣」の準備が進められていた。
工員たちは、紙切れが金貨と同価値を持つことへ半信半疑だった。しかし紙幣には、公国が価値を保証しているという説明がなされていた。
紙幣の図案には初代大公ルーカス・レブリック・ハルドリアと、白銀の魔女を象徴する七冊の本、公妃を示す花が描かれていた。
こうして、新たな経済体制への移行も静かに始まっていた。
三章《歓楽街に潜む者》
偽金事件の褒賞授与
エリザベートは、帝国宮廷へ呼び出されていた。
今回は貴族としてではなく商人「エリー・レイス」として赴いていたため、男装に近い中性的な服装を選んでいた。ルノアが御者を務める馬車で宮廷へ向かい、控室ではルーカスと商業ギルドマスターのカルバンと合流した。
三人は偽金貨事件で功績を挙げた人物として招かれていたのである。
謁見の間では、皇帝から正式に功績が読み上げられた。エリザベートとカルバンには帝国名誉騎士勲章が授与され、ルーカスは新たな領地を与えられた上で辺境伯へ陞爵した。
王国は賠償金だけでなく、偽金貨回収費用まで請求された結果、支払いの一部を領土割譲によって補填していた。その領地の一部が、ルーカスへの褒賞として与えられたのである。
アリスの魔力制御訓練
その後、エリザベートは喫茶店《グリモワール》でティーダと再会していた。
アリスは魔力制御の訓練を受けており、既に短期間で扱えるようになっていた。ティーダは幼い年齢で魔力を制御できるアリスの才能に驚き、将来は大魔導士になるだろうと感心していた。
エリザベート自身も、アリスへ向ける視線には自然な愛情が滲んでいた。
ケレバン行きの決定
エリザベートは、今後しばらく帝都を離れる予定だとティーダへ伝えた。
目的地はコーバット侯爵領の歓楽街ケレバンだった。ケレバンは帝国最大級の歓楽街であり、実質的には商業ギルド評議員《銀蝶》ヒルデ・カラードが支配していた。
エリザベートは、新商品アクアシルクをヒルデへ売り込むため、直接ケレバンへ向かうつもりだった。
その話を聞いたティーダは、帝国最大の歓楽街という言葉に強く反応し、自分も同行すると強引に決めてしまった。
フリードとイブリス教
一方、王城ではフリードが追い詰められていた。
そこへ訪れたのは、イブリス教の巡回司教ドンドルだった。フリードは以前まで、ドンドルへ便宜を図る見返りとして金を受け取っていた。
しかし現在、権限を失ったフリードに対し、ドンドルは露骨に態度を変えた。さらに、これまでフリードへ渡した金銭の証拠も全て押さえていると明かし、逆に脅迫した。
もしフリードがイブリス教の密輸を告発すれば、自身も不正資金を受け取っていた罪を問われることになるのである。
フリードは、エリザベートを排除すれば自分が王国の頂点へ立ち、シルビアと贅沢な生活を送れると信じていた。しかし現実には、全てを失い始めていた。
アリスとの旅路
その頃、エリザベートたちはケレバンへ向かう馬車旅を続けていた。
アリスは外の景色に強い興味を示し、走竜が引く竜車へ目を輝かせていた。エリザベートは、自身が走竜へ騎乗した経験を語りつつ、アリスにはまず温厚なラウンドタートルから練習させようと考えていた。
アリスは新しいもの全てへ興味を示し、旅そのものを楽しんでいた。
ティーダの過去と聖騎士団
しかし旅の途中、ティーダは突然慌て始めた。
髪型を変え、帽子を深く被り、馬車の隅へ隠れたのである。理由を問い詰められたティーダは、過去に聖騎士団の倉庫からワインや干し肉を盗み食いしていたことを白状した。
既に謝罪済みではあったが、聖騎士団長から厳しく罰せられた過去があり、それ以来、聖騎士団へ苦手意識を抱いていた。
そんな中、実際に街道で聖騎士団によって馬車が停止させられることとなった。
聖騎士団による街道検問
街道で馬車を止めたのは、イブリス教第四聖騎士団第六分隊だった。
聖騎士たちは事件捜査への協力を求め、一行の身元や旅の目的を確認した。エリザベートは自らをトレートル商会会長エリー・レイスと名乗り、アリスやミレイたちについても説明した。
ティーダは帽子を深く被り、不自然なほど顔を隠していたが、馬車酔いだと誤魔化した。検査の結果、積み荷や馬車に問題は見つからず、一行はそのまま通行を許可された。
ティーダは安堵していたが、ミレイから、問題があったのはティーダだけだと呆れられていた。
ケレバン到着と宿での相談
数日後、一行は巨大な防壁に囲まれた歓楽街ケレバンへ到着した。
上等な宿を確保した後、食堂で今後の予定を確認する。ミレイはヒルデ・カラードへ面会を申し込むため書状を届ける役を担い、エリザベートたちは市場調査を兼ねて街を見て回る予定となった。
ティーダは自由行動となったが、エリザベートから羽目を外し過ぎないよう釘を刺されていた。
その夜、アリスは興奮してなかなか眠らなかったが、突然力尽きるように眠りへ落ちた。エリザベートはそんな様子を見ながら、自分が幼い頃には既に王太子妃教育を受けていたことを思い返していた。
市場巡りと少女たちの買い物
翌日、エリザベートはアリス、ルノア、ミーシャへ小銀貨十枚ずつを渡した。
これは滞在中の小遣いであり、金銭感覚を身に付けさせる教育も兼ねていた。一行は市場を見て回り、アリスたちは揃いのリボンを購入した。
ルノアは両親への土産選びに悩み、ミーシャは武具屋で短剣を真剣に選び、アリスは木彫り人形へ興味を示していた。
その後、ミレイも市場へ加わり、趣味である茶器収集を楽しんでいた。エリザベートは、王国脱出時にミレイが大切なコレクションを失ったことを申し訳なく感じていたが、ミレイ自身は少しずつ新たに集め直していることへ満足していた。
ミーシャの奴隷身分問題
夕食のため高級レストランへ入ろうとした際、ミーシャは奴隷の自分が入ることへ遠慮を見せた。
エリザベートは、いずれミーシャを奴隷身分から解放すべきかミレイへ相談した。既に解放資金は十分に貯まりつつあったが、獣人族特有の誇り高さを考えると、一方的な施しとして解放することは逆にミーシャを傷付ける可能性もあった。
そのため、帝都へ戻った後に詳しい人物へ相談する方針が決められた。
魔力訓練と泥酔ティーダ
宿へ戻った後、エリザベートはルノアへ身体強化魔法、アリスへ魔力操作を教えていた。
アリスは水属性魔法を中心に学び始めており、まだ威力は弱いものの、着実に成長していた。一方、ミーシャはミレイから従者として必要な紅茶の淹れ方などを学んでいた。
深夜前、宿へ戻ったティーダは完全に泥酔していた。最近、街では怪しい人物の噂も流れていたため、ミレイは女性が泥酔して歩く危険性を指摘した。
ティーダは結局、小川で吐かされた後、そのまま部屋へ放り込まれた。
ヒルデ・カラードとの商談
数日後、エリザベートとミレイはヒルデ・カラードの屋敷を訪れた。
ヒルデは元娼婦でありながら、高い知性と鋭い商才を備えた魔族の女だった。応接室ではチョコレート菓子を楽しみながら歓談が進み、その後、本題であるアクアシルクの商談へ入った。
エリザベートは、魔法加工によって性能や色彩に幅を持たせたアクアシルクを提示し、本格量産体制が整ったことを説明した。
ヒルデはその価値を即座に理解し、取引は大きな揉め事もなく成立した。さらにヒルデは、今夜の夕食へエリザベートたちを招待した。
アリスとルノアの誘拐
しかしその直後、応接室へミレイが飛び込んできた。
ミレイは、アリスとルノアが何者かに攫われ、犯人と交戦したミーシャが重傷を負ったと報告した。
エリザベートが駆け付けると、ミーシャは全身を切り刻まれ、右眼まで潰された瀕死状態だった。通常なら助からない傷だったが、エリザベートは神器【暴食の魔導書】を発動し、上級治癒魔法によって命を繋ぎ止めた。
ミーシャは、自分が守れなかったことを涙ながらに謝罪し、アリスの髪が絡まったリボンをエリザベートへ渡した。
エリザベートはミレイへミーシャを任せると、即座に犯人追跡へ向かった。
歓楽街全域への非常警戒
ヒルデもまた、自らの客人が襲われたことへ激怒していた。
彼女は屋敷中の使用人へ指示を飛ばし、街の門封鎖、従魔による連絡網展開、外出禁止令、怪人物の拘束命令まで一気に発令した。
ヒルデは馬車を用意させようとしたが、エリザベートは必要ないと断言した。
身体強化を発動したエリザベートは、石畳を砕きながら高速で街を駆け始めた。さらにその隣には、同等以上の速度で並走するヒルデの姿もあった。
ヒルデは魔族として極めて高い魔力を持っており、中央区を抜ける最短経路を案内しながら、夕暮れの歓楽街を共に疾走していった。
大道芸と自由市場
エリザベートたちがヒルデとの商談へ向かった後、ルノア、ミーシャ、アリスの三人は正門前広場を訪れていた。
広場では大道芸人たちが曲芸や火吹き、ジャグリングを披露しており、アリスは目を輝かせながら歓声を上げていた。その後、一行は自由市場へ向かい、多数の露店を見て回っていた。
自由市場は、一日単位で営業許可を受けた商人や個人が集まる場所であり、珍品や掘り出し物が並ぶ活気ある空間だった。
人払いの魔法による襲撃
しかし、自由市場の一角でミーシャが異変へ気付いた。
周囲から突然、人の気配が完全に消えていたのである。ミーシャは即座に「人払い」の魔法だと察知し、ルノアとアリスを連れて逃げようとした。
だが、その瞬間、男たちが現れた。
ミーシャは腹を蹴り飛ばされ、ルノアとアリスは捕らえられた。アリスには薬入りの布が押し当てられ、ルノアも魔法詠唱を妨害された上で薬を嗅がされて意識を失った。
ミーシャの抵抗
ミーシャは身体強化を発動し、短剣で反撃した。
男の腕へ傷を与えるなど奮戦したが、アリスを人質に取られたことで動きを封じられてしまう。その後、男たちはミーシャを一方的に痛めつけた。
何度も踏みつけられ、短剣で身体中を切り裂かれ、最後には右目まで斬り裂かれた。男たちは猫人族であるミーシャを価値なしと判断し、そのまま殺そうとしていた。
瀕死のミーシャは川へ落とされたものの、辛うじて岸へ這い上がった。そして地面へ落ちていたアリスのリボンを拾い、血まみれのままエリザベートの元へ向かって走り出した。
ヘル・ハウンドによる追跡
一方、自由市場へ到着したエリザベートとヒルデは、戦闘痕跡を調べていた。
ヒルデは現場に残されたスクロールの燃えカスを発見し、闇属性魔法が使われていたと見抜いた。エリザベートは、これが【人払い】のスクロールだと推測した。
その後、エリザベートは神器【怠惰の魔導書】を発動し、自らの血を触媒として冥界の魔物ヘル・ハウンドを召喚した。
アリスのリボンに残る匂いを嗅がせたヘル・ハウンドは、即座に追跡を開始した。途中には大量の血痕と戦闘の跡が残されており、ミーシャが命懸けで抵抗したことが明白だった。
民家への突入
ヘル・ハウンドが辿り着いたのは、一見すると普通の民家だった。
ヒルデはノッカーを叩き、現れた男へ誘拐事件への関与を告げた。男は代官の後ろ盾を持つ上級執政官だと主張したが、ヒルデは即座に魔法で意識を奪った。
エリザベートとヒルデは家へ侵入し、ヘル・ハウンドの反応から床下に隠し通路が存在すると突き止めた。
エリザベートは仕掛けを探す時間を惜しみ、剣で床ごと破壊した。現れた地下通路へ入る前に、巨大なヘル・ハウンドは冥界へ送還され、二人だけで追跡を続けることとなった。
代官と誘拐事件の繋がり
地下通路を進みながら、ヒルデは最近の代官ブルタスの異常な金回りについて語った。
代官程度の収入では到底不可能な豪遊を繰り返しており、裏金の存在を疑っていたのである。さらに、ケレバン周辺では以前から孤児や旅人の失踪事件が起きていたが、代官が揉み消していた可能性も浮上した。
やがて二人は、地上へ繋がる出口へ辿り着く。
旧ケレリア神殿跡への到達
出口を抜けた先には、石造りの古い通路が広がっていた。
周囲にはイブリス教の法衣を着た男たちが倒れており、彼らが聖職者であることが判明する。さらにヒルデは、その場所がイブリス教の聖地「旧ケレリア神殿跡」だと気付いた。
つまり、誘拐事件の背後にはイブリス教が関与している可能性が極めて高かったのである。
牢獄で目覚めたルノア
ルノアが目を覚ますと、口を塞がれ、両手両足を縄で拘束された状態で男に担がれていた。
男たちは、抵抗すればアリスを殺すと脅迫し、石造りの遺跡内部にある牢へ二人を閉じ込めた。さらにルノアには、ハルドリア王国製の「魔封じの枷」が装着された。
その首輪は、魔法発動時の魔力を強制吸収することで魔法を封じる魔道具だった。
捕らわれた少年少女たち
男たちが去った後、牢の奥からナナキと名乗る少年が現れ、ルノアの縄を解いた。
牢の中には他にも数人の子供たちが鎖に繋がれていた。ナナキによれば、皆ケレバン周辺や他国から攫われてきた子供たちであり、定期的に誰かが連れ出されているという。
ルノアは、ミーシャが自分たちを逃がそうとしていたことを思い返しながら、今やるべきことはアリスを守り抜くことだと決意していた。
魔封じの枷の欠陥発見
やがてアリスも目を覚ました。
ルノアは牢から脱出する方法を探る中で、他の少女にも同じ魔封じの枷が装着されていることに気付く。そして【物品鑑定】によって、その首輪が正規品ではなく、欠陥品であることを見抜いた。
本来、魔封じの枷には厳重な管理番号が存在する。しかし目の前の枷にはそれがなく、魔法陣にも微細な歪みがあった。
ルノアは、これは耐久魔力量が不足した不良品だと判断した。
アリスによる首輪破壊
ルノアは、アリスへ自分の首輪へ魔力を流し込むよう指示した。
アリスの魔力量は非常に高く、欠陥品の処理能力を超えるほどの魔力が流し込まれた結果、首輪は限界を迎えて破壊された。
ルノアは首に傷を負いながらも、風属性治癒魔法【癒しの風】で応急処置を施した。
その後、ルノアは他の子供たちの鎖を風魔法で切断し、全員を解放した。
牢からの脱出
最後にルノアは、最上級風属性魔法【万物を粉砕せし斬風】を不完全ながら発動し、牢の鍵部分を内側から破壊した。
大量の魔力消費によって消耗したものの、牢の扉は開き、子供たちは脱出に成功する。
ナナキを先頭に、一行は見張りの少ない地下通路を進み始めた。しかし途中で広間へ辿り着き、そこにいた誘拐犯たちの儀式を目撃してしまう。
少女を使った邪悪な儀式
広間では、イブリス教の司祭が一人の少女マルカへ儀式を行っていた。
水晶玉を用いた古代語の詠唱によって、マルカは激しく痙攣し、全身から血を噴き出しながら死亡した。
司祭は変色した水晶玉を満足そうに回収し、死体には一切関心を示さなかった。
ルノアたちは、その光景に恐怖しながら隠れていたが、別の子供の悲鳴によって存在が露見してしまう。
ルノアたちの反撃
誘拐犯たちは即座に襲い掛かってきた。
ルノアはアリスへ【水壁】を使わせ、通路を遮断する。その間にナナキが燭台を武器に突撃し、ルノアも【風弾】や【風刃】で敵を吹き飛ばしていった。
さらにルノアは、エリザベートが見せていた立体機動を模倣し、風属性技能【羽歩】によって敵の頭上へ跳躍した。
ナナキもまた、孤児として生き抜いた執念をぶつけるように、薪や燭台で男たちを殴り倒していく。
最後の一人には、ミレイから教わっていた即席打撃武器を使用した。布で包んだ石片を振り回し、男の顎を砕いて戦闘不能に追い込んだ。
こうして広間にいた誘拐犯たちは全滅した。
ティーダの乱入
しかし安堵した直後、先程の司祭が戻ってきた。
既にルノアの魔力は尽きかけており、ナナキも限界寸前だった。司祭は子供たちへ牢へ戻るよう命じる。
その瞬間、司祭の顔面が横から飛んできた拳によって砕き飛ばされた。
現れたのは、酒臭さを漂わせたティーダだった。
ティーダは、なぜルノアたちがこんな場所にいるのか不思議そうにしながらも、いつもの調子で子供たちへ説教を始めていた。
ティーダによる情報収集
早朝、ティーダは宿を出ると歓楽街へ向かった。
裏路地にある小さな酒場へ入り、常連客ロブの紹介だと語りながら店主と接触した。ティーダは酒を飲み続けながら、歓楽街に潜む人間関係や裏事情について情報を集めていた。
昼を過ぎても酒場を渡り歩き、半ば泥酔した状態で街を歩いていたが、それは全て演技だった。
待ち伏せする男たち
やがてティーダは人気のない路地へ入り込み、そこで複数の男たちに囲まれた。
男たちは、最近自分たちを嗅ぎ回っているだろうとティーダへ問い詰める。ティーダは酔ったふりを続けていたが、突然【解毒】を発動し、体内のアルコールを分解した。
ティーダは、わざと情報屋へ金を払い、自分が調査しているという情報を流させていたのである。
それによって相手側を釣り出していた。
ティーダの圧倒的戦闘力
男たちは武器を抜き襲い掛かった。
しかしティーダは、一瞬でリーダー格の腕を捻り上げ、そのまま男たちを制圧していった。数分後には路地裏に血の臭いが充満し、生き残った者たちは恐怖に震えていた。
男たちは、自分たちは上から命令されただけだと命乞いを始める。さらに背後にはイブリス教の高位聖職者がいるため、ティーダも手出しできないはずだと脅した。
だがティーダは、懐からある物を取り出して見せた。それを見た男たちは顔色を変え、完全に怯え切っていた。
ティーダは、そのまま誘拐された子供たちの居場所について吐かせ始めた。
遺跡内部の探索
一方その頃、エリザベートとヒルデは、誘拐犯のアジトと思われる遺跡内部を探索していた。
内部にはイブリス教の聖職者や粗暴な男たちが多数存在しており、単なる誘拐組織ではないことが明白だった。
ヒルデは、この遺跡がイブリス教の聖地であり、奥に聖堂が存在すると説明した。かつては壮麗な神殿だったらしいが、現在は荒廃し、旧神の像だけが残されていた。
地下から響く衝撃
聖堂を調査していた二人だったが、突如として地下から巨大な衝撃音が響き渡った。
遺跡全体が揺れるほどの衝撃に、エリザベートはアリスたちが巻き込まれている可能性を危惧した。
そこでヒルデは、神器【泡沫の蝶】を発動する。
銀色の煙管から放たれた白煙は、薄い霧となって聖堂全体へ広がり、隠された構造を探査し始めた。
その結果、男神像の足元に隠し階段が存在することが判明した。
隠し通路の先
二人は隠し階段を下り、後から増築された痕跡のある地下通路を進んだ。
やがてその先には、上層の荒廃した聖堂とは対照的な、豪奢な地下空間が存在していた。
そこには複数の聖職者と、豪華な椅子へ座る肥満体の男がいた。その男こそ、中央大陸におけるイブリス教最高責任者、巡回神官ドンドル大司教だった。
さらに、その場にはハルドリア王国貴族コロンゾン伯爵まで同席していた。
禁忌の治療儀式
コロンゾン伯爵は重傷を負った右足の治療を求めていた。
ドンドルは赤黒く濁った水晶玉を祭壇へ置き、古代語による儀式を開始する。エリザベートは、その内容が「生贄を捧げ、身体をあるべき姿へ戻す」という意味を持つことを読み取った。
ヒルデは、通常なら上級治癒魔法でも困難な重傷であり、本来ドンドル程度の実力では治療不可能なはずだと指摘した。
つまり、この儀式は通常の治癒魔法ではなく、別種の禁忌技術によるものだったのである。
エリザベートは、これ以上調査を続けるよりも、目の前の連中を拘束してアリスたちの居場所を吐かせるべきだと判断した。
エリザベートとドンドルの対峙
エリザベートは、アリスとルノア救出を優先しながらも、コロンゾン伯爵への怒りを抑え込んでいた。
かつてコロンゾンはフリードを唆し、シルビアを利用してエリザベート排除へ関与していた形跡があったのである。
広間へ姿を現したエリザベートは、自分たちは誘拐された子供の保護者だと名乗り、子供たちの居場所を吐くよう要求した。コロンゾンは取り繕おうとしたが、エリザベートは氷の矢で四肢を貫き、そのまま氷漬けにして無力化した。
続いてヒルデも動き、神器【泡沫の蝶】による【催眠】を発動した。白煙の蝶が聖職者たちへ取り付き、彼らは自害や同士討ちを始めた。
エリザベートは、ヒルデの神器が通常の催眠魔法を遥かに超える危険な能力であることを察していた。
ティーダの合流と正体判明
そこへ通路側から、人間を吹き飛ばしながらティーダが現れた。
背後にはアリスとルノア、そして救出された子供たちの姿もあった。エリザベートはアリスとルノアが無事だったことへ安堵し、ティーダへ礼を述べた。
しかしドンドルは、自分がイブリス教中央大陸最高位の大司教であることを盾に抵抗を続ける。
それに対しティーダは、自分の権限によってドンドルの大司教位を剥奪すると宣言した。
ティーダが取り出した聖銀製の聖印を見た瞬間、ドンドルは蒼白となった。聖銀製の聖印を持つのは、イブリス教でも最高位の五人のみだったのである。
ティーダの正体は、枢機卿ティルダニアだった。
普段の軽薄な態度とは正反対に、ティーダは冷徹な口調で、ドンドルが誘拐した子供たちから魔力を搾取し、禁術治療へ利用していた罪を断罪した。
コロンゾンの変異
追い詰められたドンドルは、儀式用らしき短剣を取り出し、氷漬けになっていたコロンゾン伯爵の胸へ突き刺した。
するとコロンゾンの肉体は膨張を始め、骨や肉を裂きながら巨大な肉塊へ変貌した。
その異形は三メートルを超える巨体となり、昆虫のような六本脚と巨大な右腕を備えていた。さらに中央には巨大な眼球が形成され、不気味な咆哮を上げた。
直後、肉塊はドンドルを掴み、そのまま生きたまま喰らい始めた。
神器使いたちによる戦闘
エリザベート、ヒルデ、ティーダの三人は、それぞれ神器を発動して迎撃を開始した。
エリザベートは【暴食の魔導書】を、ティーダは白い大鎌【神の恵みを刈り取る刃】を使用し、ヒルデは煙による拘束で支援した。
しかし化け物は驚異的な再生能力を持っており、中級魔法程度ではほとんど効果が無かった。
ヒルデの白煙拘束やティーダの斬撃によって脚や腕を切断しても、黒い液体を蠢かせながら再生を続けた。
さらに化け物は地面を叩き割り、地下空間全体を崩壊させ始める。
崩落からの脱出
エリザベートは即座に大量の水を生成し、アリスやルノア、子供たちを水流で包み込んだ。
そのまま崩落する地下を強引に突破し、全員を連れて地上へ脱出する。
地上では、ティーダが呼び寄せていた第四聖騎士団が遺跡を包囲していた。しかし肉塊の化け物も崩落を耐え抜き、瓦礫を破壊しながら地上へ現れた。
エリザベートの幻覚
戦闘中、化け物の眼を見た瞬間、エリザベートの意識は異空間へ引き込まれた。
そこはレイストン公爵邸であり、フリードとの婚約も破綻していない偽りの世界だった。
優しい両親、婚約者として振る舞うフリード、友人として接するロゼリアとシルビア。誰もエリザベートを裏切っておらず、全てが幸福な未来として続いていた。
しかしエリザベートは、その世界へ強烈な違和感を抱いていた。
やがて脳裏へアリスの姿が浮かび、エリザベートは現実を思い出す。そしてフリードを斬り捨て、偽りの幻想を破壊した。
アリス救出と神器再生
現実へ戻った直後、肉塊の化け物は触手でアリスを捕らえ、そのまま喰らおうとしていた。
激昂したエリザベートは、切り札である神器【嫉妬の魔導書】を発動した。
この神器は、他者の神器を記録・再現する能力を持っていた。
エリザベートはハルドリア国王ブラートの神器【雷神の剣】を再現し、自らへ【雷精化】を発動した。
雷光そのものとなったエリザベートは、一瞬でアリスを救出する。
さらに最奥義【雷神の鉄槌】を放ち、化け物を雷撃で完全焼却した。
圧倒的な雷光によって肉塊は再生する暇もなく消滅し、戦闘は決着した。
しかし神器再生による代償は極めて大きく、戦闘終了直後、エリザベートは魔力枯渇によって倒れ、そのまま意識を失った。
事件後のケレバン
エリザベートは、ヒルデの屋敷でヒルデと共に珈琲を飲みながら、事件後の状況整理を行っていた。
誘拐組織壊滅によってケレバンでは大騒ぎとなっており、ヒルデは代官やイブリス教関係者の捕縛、領主コーバット侯爵への連絡など後始末に追われていた。
誘拐された子供たちは順次保護され、親族のいる者は送り届けられることとなった。行き場のない子供たちは、ヒルデが支援する孤児院へ引き取られることになった。
その中でも、ルノアと共に戦った少年ナナキと、魔法適性を持つ少女ドロシーの二人については、エリザベートが引き取ることを決めていた。
ティーダの現在とミーシャの葛藤
ティーダは現在、枢機卿ティルダニアとして聖騎士団の指揮を執るため、崩落した遺跡の調査へ向かっていた。
本人は面倒だと嫌がっていたものの、聖騎士団によって強制的に連れ出されていた。
一方、ミーシャは一命を取り留めていたが、自分がアリスとルノアを守れなかったことを強く悔やんでいた。
エリザベートは、ミーシャは本来護衛ではなく従者として側へ置いているだけだと説明したが、ミーシャ本人はもっと強ければ守れたと考えていた。
ヒルデは、理想と現実の狭間で葛藤するのは若者特有の悩みだと語り、時間と対話によって乗り越えるしかないと助言した。
神器使用の代償
エリザベートは、ヒルデへ自らの切り札について打ち明けた。
最後に使用した神器【嫉妬の魔導書】には重大な代償があり、一度使うと数日間、一切の魔力が使用できなくなるのである。
現在のエリザベートは、神器だけでなく魔法やスキルも完全に封じられていた。そのため、しばらくケレバンへ滞在し、回復を待つ必要があった。
ヒルデは、その危険な情報を自分へ明かしてよいのかと問い掛けたが、エリザベートは笑みを浮かべながら秘密にして欲しいと頼んだ。
追い詰められるフリード
その頃、王城ではフリードが酒に溺れていた。
ロゼリアやブラート王、さらに南大陸から帰還した第一王女アデルによって権限を奪われ、自らの立場が崩壊していることへ激怒していた。
シルビアは必死に機嫌を取っていたが、フリードはアデルを「異国の売女の娘」と罵倒し、暴力的に荒れ狂った。
その姿を見たシルビアは、このままフリードと共に沈むのは危険だと判断し、実家ロックイート男爵家を利用して逃亡準備を始めるべきだと考え始めていた。
しかしその直後、侍女から届けられた緊急報告を読んだシルビアは顔面蒼白となり、その場へ崩れ落ちた。
アデルによる王国改革
一方、王城ではアデルとロゼリアが膨大な政務処理に追われていた。
アデルは偽金問題への対応を最優先課題とし、不正貴族の摘発、罰金徴収、領地没収を断行していた。
さらに没収した領地を整理し、帝国へ割譲する土地を確保することで、ようやく帝国との和解を成立させた。
結果として王国は領土を失ったものの、腐敗貴族の排除によって、実際の国力低下は最小限に抑えられていた。
そこへ元財務大臣ランプトン侯爵が怒鳴り込んでくる。
しかしアデルは、偽金事件を黙認していた証拠が既に帝国から提示されていると告げ、今後は財産没収だけでなく取り潰しと投獄まで行われるだろうと通告した。
ランプトン侯爵は激怒したが、既に監視下に置かれており、逃亡すら不可能な状況だった。
アデルの覚悟
その後、ロゼリアはアデルへ問い掛けた。
現在の状況は、かつて王国がエリザベートを使い潰そうとした構図と同じではないかと危惧したのである。
しかしアデルは、エリザベートと自分には決定的な違いがあると答えた。
アデルには王位継承権が存在していたのである。
アデルは、自分が王位を奪い、フリードには負の遺産を抱えたまま沈んでもらうと明言した。
民を思う理想と、必要なら冷酷な手段も選ぶ覚悟を持つアデルの姿に、ロゼリアは未来の王としての器を感じ取り、忠誠を誓った。
獣王連合国との繋がり
その直後、マオランが新たな報告書を持ち込んだ。
そこには、今回の事件で使われた武器が、獣王連合国製であると記されていた。
アデルは、エリザベートが獣王連合国と手を組んでいる、もしくは利用している可能性を指摘した。
しかし外交問題へ発展する危険もあるため、この件はレイストン公爵へ任せる方針を決めた。
ロゼリアは、エリザベートが再び王国へ大きな影を落とし始めていることを痛感していた。
帝都での新たな日常
ケレバンから帝都へ戻った後、エリザベートは誘拐事件の後始末と、子供たちの精神的ケアに追われていた。
引き取ったナナキには警備部門での訓練を、魔法適性を持つドロシーには錬金術師の助手として学ばせていた。
ようやく生活が落ち着き始め、アリスとの時間も取れるようになった頃、ミレイがバアルからの報告書を持ち込んだ。
ロックイート男爵領への工作
一方その頃、バアルはハルドリア王国のロックイート男爵領へ潜入していた。
ロックイート男爵家は、シルビアの実家であり、偽金事件賠償による領土割譲で帝国と接する立場となっていた。
現在の領主ダイン・ロックイートは、シルビアが王太子婚約者となったことで贅沢な生活を送っており、重税や過酷な賦役によって領民の不満を募らせていた。
バアルたちは、商人や冒険者を装って大量の武器を領内へ流し込み、さらに盗賊団を利用して武装を拡散させていた。
また、増税や横領の噂も事前に流布しており、領民感情は既に限界へ達していた。
レジスタンス襲撃
数日後、バアルは配下を率いてレジスタンスの集会所となっていた酒場へ踏み込んだ。
現在のバアルたちは、ロックイート男爵家の兵士を装っており、反乱分子弾圧を演出していた。
彼らはわざと領主の名前を叫びながらレジスタンスを虐殺し、一部だけを逃がした。これにより領民たちは、領主による見せしめ弾圧だと認識し、ついに大規模反乱へ発展した。
街では各所へ火が放たれ、武器を手にした民衆が衛兵詰所を占拠し始めていた。
バアルの本音
配下と合流したバアルは、エリザベートの精神状態について語っていた。
エリザベートは、幼少期から自分を殺して国へ尽くすよう教育されてきた結果、元々精神的に歪な状態だったと分析していたのである。
そして婚約破棄によって抑圧が崩壊した結果、王国貴族への苛烈な報復へ振り切れてしまったと考えていた。
バアルは、王国への復讐を早く終わらせなければ、エリザベートの心そのものが壊れてしまうかもしれないと危惧していた。
無差別虐殺
その後、バアルたちは街中で一般市民を無差別に殺害し始めた。
逃げ惑う家族連れすら例外ではなく、父親、母親、子供を順番に惨殺していった。
これは単なる暴力ではなく、目撃者を消し、反乱と虐殺をより大規模なものへ発展させるための工作だった。
バアルは、遭遇した者は例外なく殺せと命令しながら、混乱する街を進んでいった。
ロックイート男爵邸襲撃
反乱によって混乱する中、バアルたちはロックイート男爵邸へ侵入した。
民衆による包囲で警備は機能不全に陥っており、屋敷内部でも連携は完全に崩壊していた。
バアルは見張り兵を瞬時に皆殺しにし、そのまま男爵が籠もる部屋へ到達する。
護衛として雇われていた傭兵や冒険者もいたが、バアルは圧倒的な実力差で全員を数秒のうちに殺害した。
ロックイート男爵の最期
追い詰められたロックイート男爵は、金や忠誠を条件に命乞いを始めた。
しかしバアルは、自分はただエリザベートから男爵を殺せと命じられただけだと告げた。
エリザベートの名を聞いた瞬間、ロックイート男爵は完全に恐怖し、必死に助命を求めた。
だがバアルは一切取り合わず、肋骨を砕き、内臓を潰しながら男爵を殺害した。
さらに配下たちは、男爵の妻や息子、娘たちまで殺害し、屋敷へ火を放った。
こうしてロックイート男爵家は事実上崩壊した。
王国側の誤認誘導
帝都へ戻ったバアルの報告を聞きながら、エリザベートは計画通り進んでいることを確認していた。
王国側は、今回の襲撃を獣王連合国による工作ではないかと疑い始めていたのである。
獣王連合国は名誉と武威を重んじる国家であり、真実を確認しないまま疑惑だけが広がれば、王国との関係悪化は避けられなかった。
さらにレイストン宰相が調査のため獣王連合国へ向かうという情報も入っていた。
エリザベートは、計画通り相手を釣り上げられたことへ満足していた。
獣王連合国への準備
エリザベートは、獣人族向けに調整した香水や新型化粧品を用意していた。
そしてミレイへ、次は獣王連合国へ向かうと告げる。
こうして、エリザベートの次なる工作が動き始めた。
後世に残る誘拐事件
時代が流れた後、ケレバンの小さな酒場《隠れ穴》では、かつての誘拐事件について語られていた。
店主マイケル・ホフマンは、《白銀の魔女》と《銀蝶》が事件を解決したという噂を語る。
さらに、イブリス教の《慈愛の聖女》ティルダニア・ノーチラスも関わっていたという話まで残されていた。
酒場では、かつてティルダニアが好んだとされる蒸留酒が静かに注がれていた。
電子書籍版特典ショートストーリー『アリス探検隊』
アリスの探検心
最近のアリスは、エリザベートが時間を作って遊んでくれるようになったことで上機嫌だった。
エリザベートの仕事が忙しいことも理解しており、一人で静かに遊ぶことも多かったが、その日はミーシャが付き添い、屋敷の庭を散歩していた。
アリスは庭の花や虫、鳥へ興味津々で、庭の端にある物置にも関心を示した。ミーシャは庭師へ許可を取り、アリスへ中を見せる。
物置には園芸道具や見慣れない器具が並んでおり、アリスは目を輝かせながら観察していた。
その後、アリスは屋敷にはまだ知らない場所が沢山あることに気付き、「探検」を始めることになった。
図書室と資料室
最初に訪れたのは図書室だった。
室内には大量の本が並んでいたが、アリスにはまだ内容を理解できなかった。ミーシャは、今度エリザベートへ絵本を用意してもらおうと提案し、アリスも嬉しそうに頷いた。
続いて資料室へ向かう。
そこには化粧品や香水、アクアシルクなど、トレートル商会の商品サンプルや資料が保管されていた。ミーシャは、勝手に触ると警報魔法が発動すると説明し、アリスへ注意していた。
屋敷内の様々な部屋
探検はさらに続いた。
ワインセラーでは、まだ子供には早いと説明され、ミレイのお茶室については勝手に入れば怒られると教えられた。
メイドたちの休息室では、エリザベートが使用人の働く環境を大切にしていることが語られ、執事アルノーの私室についても説明された。
アリスは未知の部屋を見つけるたびに興味を示し、ミーシャもその度に丁寧に答えていた。
謎の部屋と怪物画
やがて二人は、屋敷の端にある見知らぬ部屋へ辿り着いた。
特に立入禁止でもなかったため、ミーシャが扉を開けると、中には大量の絵画が飾られていた。アリスは近くの絵へ掛けられていた布を外してしまう。
そこに描かれていたのは、恐ろしい怪物の絵だった。
驚いた二人が悲鳴を上げると、家令アルノーが慌てて駆け付けてきた。
アルノーは、その部屋が自分の趣味で使っているアトリエだと説明した。先程の絵は有名な怪物画の模写であり、普段は風景画を描いているのだという。
アルノーが花畑や滝の絵を見せると、アリスは綺麗な風景へ目を輝かせていた。
アリスへ贈られた風景画
アリスが風景画を気に入った様子を見たアルノーは、小さな風景画を一枚プレゼントした。
ミーシャはその絵をアリスの部屋へ飾り、アリスは未知の景色が描かれたその絵を嬉しそうに眺めていた。
こうして贈られた風景画は、これから先もアリスの冒険心を刺激し続ける存在となっていくのだった。
ブチ切れ令嬢は報復を誓いました。一覧





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