物語の概要
■ 作品概要
本作のジャンルはファンタジー小説である 。かつて人類を滅亡から救うために、仲間を作らずただ一人で魔王を倒したとされていた大賢者ソロンの隠された旅路を描く物語である 。物語の基本的な世界観として、そこには「世界編纂」と呼ばれる世界が何度も繰り返される仕組みが存在し、預言者が演算によって勇者を選び出すシステムが構築されている 。魔法使いでありながら不条理に勇者として祭り上げられたソロンは、人間不信から単独での魔王討伐を計画するが、旅の途中でエルフの女性エーヴと出会う 。二人が織りなす奇妙な旅を通じて、絶対的な善悪では測れない人間と魔物の戦争の真相や、孤独な賢者が本当の「光」を見出していく軌跡が綴られる 。
■ 主要キャラクター
- ソロン: 物語の主人公であり、王国の若き天才魔法使い 。「大賢者」と称されるが、非常に偏屈で協調性に欠け、人間関係を築くことを嫌う性格である 。預言者によって突然勇者に指名され、周囲から重責を押し付けられたことに強い反発と嫌悪感を抱いている 。嘘を嫌い、本や魔法だけを誠実なものとして信頼しているが、本心では誰かに理解されることや温かい「光」を求めている 。
- エーヴ: 人間離れした美しい容姿と尖った長い耳を持つエルフの女性 。極めて強力な精霊魔法の使い手であり、自由気ままで飄々とした性格をしている 。飢え死にしかけていたソロンを興味本位で助け、そのまま旅の道連れとなる 。理屈や効率ばかりに頼るソロンの傲慢さや不器用さを厳しく指摘しつつも、彼の葛藤や脆さを「人間らしい混沌」として愛おしみ、陰ながら支え続ける立ち位置にある 。
- 預言者: フードを深く被り、実体を伴わない輪郭がぼやけた姿で現れる謎の存在 。魔王が出現するたびにそれを打倒できる勇者を指名し、人類を勝利へ導く役割を担っている 。ソロンからは「未来を予測しているだけで本質は何も見えていないのではないか」と強い疑念を抱かれているが、その実体は世界編纂の記憶を保持し、何度も世界をやり直している王国の王妃である 。
- レオン: 「剣聖」と称される、金髪碧眼の理想的な貴族の青年 。王国一の剣の腕と誠実な人格を兼ね備え、誰もが次代の勇者になると信じて疑わなかった人物である 。ソロンが勇者に選ばれた後、嫉妬や恨みを抱くことなく潔く別動隊としての陽動役を引き受け、世界のために戦う気概を持つ 。周囲の無責任な期待という名の孤独を背負っていた点において、ソロンと共通する背景を持つ 。
- マリア: ソロンの幼馴染であり、神秘的な黒髪と黒い瞳を持つ絶世の美女の聖女 。表向きは人格者として振る舞うが、内面には鬱屈したものを抱えており、ソロンの前でだけ辛辣な本音をのぞかせる 。人除けの魔法を無効化してソロンに接触し、彼が一人で魔王に挑もうとすることの無謀さや、彼が心の底で抱く「他者に理解されたい」という願望を見抜く鋭さを持っている 。
■ 物語の特徴
勇者ソロンと謎のエルフ・エーヴを軸に、「勇者とは何か」「人は何のために戦うのか」「世界が繰り返される中で何が残るのか」を描く長編物語である。
1. 王都で広がる噂と依頼
王国では“近づけない不思議なエルフの女性”の噂が広まり、同時期に大賢者ソロンが幼馴染の聖女マリアではなく平民の菓子屋の娘エミリーと結婚することでも騒ぎになる。王妃は噂のエルフが、かつてソロンと共に旅した「エーヴ」ではないかと疑い、勇者ザックに調査を依頼する。王妃は、エーヴが強力な暗示で自分の記憶を封じていたこと、さらに“世界編纂(世界のやり直し)”を越えて記憶を保持している可能性を語る。
2. 勇者ソロンの誕生と孤独
ソロンは勇者制度を「人々が責任を押し付ける仕組み」と冷笑し、預言者の存在と選定の仕組みに強い疑念を抱く。にもかかわらず預言者に一方的に勇者認定され、国王からは討伐後に王女アレクシアと結婚し次期国王になるよう条件付けられる。ソロンは仲間を拒み、姿を隠す護符・ローブや特注の杖、対魔王用の新魔法などを三年かけて準備し、単独で魔王討伐へ向かう。
3. 旅で突きつけられる現実と、エーヴとの出会い
戦火の現実、食料調達の難しさ、村に拒絶される経験を経て、ソロンは飢えと失敗で限界に追い込まれる。そこで森で現れたのがエルフのエーヴだった。エーヴはソロンの隠密手段が通じない存在で、果実採取・狩猟・森で生きる技術を教え、必要に応じて同行する。価値観の違いから衝突しつつも、ソロンは孤独を自覚し、人との関わりや「理解できないものを受け入れる」態度を学んでいく。
4. 難民との同行と“救う”ことへの葛藤
途中で難民の若者アレックスとマヤ、少年マルクが加わり、ソロンは本来避けたい他者との関係を抱えることになる。村を見捨てるか救うかで葛藤した末、ソロンは魔王軍を奇襲して村を守り、エーヴも危機で介入する。村での交流を通して、ソロンは「期待を否定することは自分の旅の意味を否定すること」だと理解し始める一方、エーヴは精霊の力ではなく心の交流を重んじる姿勢を示す。
5. 魔王領で揺らぐ善悪観と、預言者の正体
魔王領は単なる“邪悪な土地”ではなく、未開の自然と魔人たちの生活が存在し、戦争の単純な善悪が崩れていく。預言者は、レオンとマリアが失敗した末に消極的理由でソロンを選んだこと、そして自分が未来予知ではなく“世界を繰り返している”存在であることを匂わせる。エーヴはその仕組みを見抜き、ただのエルフではないことが示されていく。
6. 魔王城での敗北、ソロンの最期、エーヴの覚醒
ソロンは神殿のような魔王城へ潜入し、秘宝も用いて最上階で魔王と対峙する。切り札の「彗星の魔法」すら魔王に砕かれ敗北を悟り、撤退するが、最終的にソロンはエーヴを守るため戻る。ソロンはエーヴこそ自分の“光”だったと告白し、禁断の自己犠牲魔法で神殿ごと戦場を崩壊させるが、魔王は無傷で勝利する。
その後、エーヴは神性を帯びた本来の姿を現し、自分がエルフの始祖にして神であることを示唆する。怒りの一撃で魔王を重傷にしつつも討伐はせず、預言者(王妃)に世界のやり直しを強制する。エーヴはソロンに関する記憶を“自分だけのもの”として抱え、今回の世界だけは忘れないと決める。
7. 風が導く“別の世界”と後日談
終盤では別の可能性として、アレス・レオン・マリア・ソロンが仲間として魔王城目前まで辿り着く未来が描かれ、ソロンが求めた“光”が仲間との信頼の中にあったと示される。さらに後日談ではソロンがエミリーとの結婚を控え、心のどこかに「招くべき誰かを忘れている」喪失感を抱える。
エピローグでは、王都へ現れたエーヴが結婚式を見守り、風に導かれてソロンが“見えないはずの彼女”へ辿り着く。記憶は戻らずとも、かつての旅の残響が風となって二人を再会させる。
書籍情報
誰が勇者を殺したか 賢者の章
著者:駄犬 氏
イラスト:toi8 氏
出版社:KADOKAWA(角川スニーカー文庫)
発売日:2026年5月29日
ISBN:9784041174593
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あらすじ・内容
すべてが終わったあと会いに行くぞ、わたしの勇者よ
物心ついた頃から人を避けて生きてきた魔法使いソロン。ある日、預言者に「ソロン、おまえを勇者と認める」と告げられ、さらに王国からも勇者認定を受けたソロンは嫌々ながらも一人で魔王討伐を決意する。その道中、不慣れな旅で力尽きて倒れているところをエーヴと名乗るエルフに助けてもらい、一緒に旅をすることに。共に旅をする中でソロンはエーヴの人柄に惹かれ、少しずつ心を開き始めると同時に、自分自身が本当に心から求めていたものに気づき始めるのだが……。これは勇者ソロンとエルフの、世界を超えた小さな奇跡。
感想
「勇者とは何か」「人は何のために戦うのか」、そして「世界が繰り返される中で何が残るのか」という根源的な問いを、不器用な魔法使いと永遠を生きるエルフの交流を軸に描き出した傑作である。
物語は、主人公ソロンが平民の菓子屋の娘エミリーと結婚する準備を進めているという、穏やかな日常から幕を開ける。その裏で、王妃から勇者ザックへ「ソロンに執着しているエルフが王都に来ている」という調査依頼が下される構成が、非常に興味を惹きつける。噂のエルフ・エーヴが、世界がやり直される「世界編纂」を越えて記憶を保持しているのではないかという王妃の疑念から、かつての世界で彼らがどのような旅をしたのかが明かされていく展開は見事としか言いようがない。
印象的だったのは、ソロンの極端なまでの人間不信と孤独への固執だ。勇者制度を「人に責任を押し付ける仕組み」と冷笑し、預言者に勇者認定されながらも仲間を完全に拒絶する姿には、彼の偏屈さがよく表れている。誰にも頼らず、姿を隠す護符やローブ、特注の杖、対魔王用の新魔法の開発に3年もの歳月を費やして単独で旅立つくだりは、魔法使いらしい合理性に満ちていて面白い。
しかし、いざ旅に出ると、過酷なサバイバル環境に全く対応できず、食料調達に失敗して餓死寸前になるという現実的な挫折が描かれるのが良い。そこでエーヴに命を救われ、果実の採取や狩猟といった生きる術を教わりながら同行する日常パートは、二人の価値観が衝突しつつもどこか微笑ましく、読んでいて安心感を覚えた。この旅を通じて、ソロンが他者との関わり方や「理解できないものを受け入れる」姿勢を学んでいく過程が、本作の大きな魅力となっている。難民のアレックスやマヤ、少年マルクと出会い、本来なら避けたかった人間関係を抱え込んでしまう展開も心に残る。見捨てるはずだった村の危機を前に葛藤し、最終的に魔王軍を奇襲して人々を救ったソロンが、「期待を否定することは自分の旅の意味を否定すること」だと気付く場面は、彼の内面的な成長がはっきりと感じられて胸が熱くなった。
また、世界観の深さにも驚かされた。エルフとオーク、ゴブリンが同じ「妖精」というカテゴリーに属しているという設定には意表を突かれたし、魔王領が単なる邪悪な土地ではなく、魔人たちの素朴な生活が存在する未開の自然として描かれている点も秀逸だ。それにより、人間側の正義や単純な善悪の価値観が揺さぶられ、戦争の意味を深く考えさせられる。さらに、預言者の正体が未来予知ではなく、消極的な理由でソロンを選び、勝つまで「世界を繰り返している」存在だったという真実には圧倒された。
戦闘シーンの描写も、派手さの中に深い感情が込められていて素晴らしい。魔王城の最上階での決戦において、ソロンの最大の切り札である「彗星の魔法」すら魔王に砕かれる絶望感は真に迫るものがあった。敗北を悟って撤退できる状況でありながら、エーヴを守るために死地へ戻るソロンの選択には涙を禁じ得ない。彼が、エーヴこそが自分の求めていた「光」だったと告白し、禁断の自己犠牲魔法を放つ瞬間は、この物語の最高潮だろう。その直後、魔王が無傷で残るという過酷な現実の裏で、エーヴが神性を帯びた本来の姿(エルフの始祖たる神)を現す展開も圧巻だ。魔王に怒りの一撃を見舞って重傷を負わせ、預言者(王妃)に世界のやり直しを強制する彼女の姿には、ソロンへの底知れぬ愛と執着が感じられた。ソロンの記憶を「自分だけのもの」として抱え込むエーヴの決断は、美しくも切ない。
そして何より、風が導く結末と後日談の余韻がたまらない。別の世界線として、アレスたちと仲間になって魔王城へ辿り着き、仲間との信頼の中に「光」を見出す未来が描かれる点も救いとなっている。やり直された世界でエミリーと結婚するソロンが、記憶がないはずなのに「招くべき誰かを忘れている」という喪失感を抱えている描写は切胸を締め付ける。しかし最後、王都に現れて結婚式をそっと見守るエーヴの元へ、ソロンが「風」に導かれて見えないはずの彼女を見つけ出すエピローグは、まさに世界を超えた小さな奇跡であった。記憶は失われても、かつての旅の残響が風となって二人を再び繋いだという事実に、温かく爽やかな感動を覚える名作である。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
賢者ソロンの旅
賢者ソロンの魔王討伐の旅は、彼自身の人間的な成長と、他者との繋がり(光)を見出す過程として描かれている。その旅の軌跡は以下の通りである。
旅の始まりと周到な準備
- ソロンは元々、勇者という存在を「人に責任を押し付ける仕組み」だと嫌悪しており、預言者から勇者に選ばれたことに強く反発していた。
- 彼は魔法使いであったため、仲間を作らず単独で魔王を討伐する道を選んだ。
- そのために屋敷の地下に籠もり、自身の姿を景色と同化させるローブや精神干渉の護符、接近戦用の短い杖、そして対魔王用の独自の魔法を3年かけて開発・準備した。
過酷な現実とエーヴとの出会い
- 準備万端で出発したソロンであるが、彼には野営や狩猟、採集といった実生活の知識が欠けていた。
- やがて食料が尽き、毒の果実を食べて餓死寸前で行き倒れていたところを、エルフの女性エーヴに助けられる。
- エーヴはソロンの未熟さに呆れながらも同行を申し出、彼に森での食料調達の方法や精霊魔法の概念、そして自然や他者との向き合い方を教えていく。
他者との関わりと心境の変化
- ソロンは人間不信であり、孤独を好むと自称していたが、エーヴとの旅を通じて次第にその心が変化していく。
- 道中、魔王軍に故郷を追われた難民のアレックス、マヤ、少年のマルクと出会い、彼らを魔法で隠しながら同行することになる。
- また、魔王軍に狙われていた村を当初は見捨てようとしたものの、エーヴから「理屈だけで割り切れば心を蝕まれる」と諭され、単身で魔王軍を撃退する。
- 村人たちから直接感謝の言葉を受けたソロンは、他者からの期待を受け入れるようになり、人との関わりを拒絶していた自身の殻を少しずつ破っていった。
魔王城での決戦と真の勇者としての覚悟
- 半年をかけて魔の山にある魔王の神殿に辿り着いたソロンは、姿を隠しながら最上階へと潜入する。
- そこで赤黒いオーラを纏った巨大な魔王と対峙し、彼が開発した最大の切り札である「彗星の魔法」を放つ。
- しかし、神の加護を受けた魔王にはその魔法すら打ち砕かれ、ソロンは敗北を悟る。
- 絶体絶命の窮地の中、エーヴは自らが囮となってソロンを逃がそうとするが、ソロンは逃げることを選ばなかった。
- 彼は、自分が他者の繋がりという「光」を求めていたこと、そして自分には手に入らないその光を守るために勇者になろうとしていたことを自覚する。
- ソロンはエーヴを逃がし、自らの命を代償とする禁断の魔法を放って神殿ごと魔人たちを吹き飛ばし、その命を散らした。
結果として彼自身は魔王を倒すことはできず、世界は預言者によってやり直されることになる。しかし、彼が最後まで見せた「不器用ながらも他者を守ろうとする人間らしさ」は、永遠を生きるエーヴの心に深く刻み込まれることとなった。
エルフのエーヴ
エルフのエーヴは、賢者ソロンの魔王討伐の旅において最も重要な役割を果たす同行者であり、物語の核心に関わる存在である。彼女の正体やソロンとの関係性、そして心情の変化について解説する。
エーヴの正体と基本設定
- エーヴは、絹糸のような金髪と翡翠色の瞳を持つ、幻想的な美しさを備えたエルフの女性である。
- 永遠の時を生きる高慢な森の妖精として振る舞っているが、その真の正体はエルフの始祖であり、エルフという種族の名の由来となった「神」そのものである。
- 彼女は人間や魔人の争いには興味がなく、本来はどちらの味方でもない中立的な存在であった。
ソロンとの出会いと同行
- 魔王討伐の旅に出たものの食料調達の知識がなく、毒の果実を食べて餓死寸前になっていたソロンを偶然発見して助ける。
- 人間の勇者が行き倒れているという意表を突かれた状態を面白がり、「頼りなくて放っておけない」という理由で同行を申し出た。
- 旅の道中、エーヴはソロンに森での食料調達(狩猟や採集)の方法や精霊魔法の概念を教えるだけでなく、人との接し方や自然との向き合い方を諭し、彼の人間的な成長を促す師のような役割を果たす。
ソロンへの「執着」と心情の変化
- エーヴは永遠を生きるが故に、何かに目的を持ったり執着したりすることはなかった。
- しかし、ソロンと旅をする中で、彼の「混沌」とした人間性に強く惹かれていく。
- ソロンは理屈で感情を切り捨てようとしながらも情に厚く、人を嫌いながらも人との繋がり(光)を強く求めていた。
- エーヴは、賢者ではないのに賢者たろうとし、勇者ではないのに勇者たろうとする彼の不器用で矛盾した姿を「愛おしい」と感じるようになる。
魔王城での決戦と「八つ当たり」
- 魔王城での決戦において、ソロンの魔法が魔王に通用しないと悟ったエーヴは、精霊の王を召喚して自らが囮となり、彼を逃がそうとする。
- しかし、ソロンはエーヴを見捨てて逃げることを拒み、彼女こそが自分の求めていた「光」であったと告げ、自らの命を代償とする禁断の魔法を放った。
- ソロンの死を見届けたエーヴは、預言者(王妃)の前に神としての真の姿を現す。
- 彼女はソロンを「わたしだけの勇者」と呼び、彼を殺した魔王への「八つ当たり」として一撃で重傷を負わせた。
- そして、ソロンの死を自分だけのものにするため、預言者に自害を命じて世界をやり直させる。
やり直された世界での奇跡的な再会
- 世界がやり直された後、エーヴはソロンの記憶を持ち越したまま王都を訪れる。
- ソロンがエミリーという女性と結婚し、多くの仲間に囲まれて「光」を手に入れた姿を、精霊魔法で姿を隠して見守っていた。
- ソロンは前周回の記憶を失っているはずであったが、旅の途中でエーヴが何度も教えようとした「風(精霊魔法)」の感覚を奇跡的に掴んでおり、目に見えないエーヴの姿を風の導きによって見つけ出す。
エーヴは、ソロンにとってただの「旅の助っ人」に留まらず、彼が人間らしさを取り戻し、真の意味で救済されるための導き手であったと言える。
勇者の使命
『誰が勇者を殺したか』賢者の章において、「勇者の使命」は物語の根底に流れる重要なテーマであり、主人公ソロンの人間的な成長とともに、彼の中での「勇者」の捉え方が大きく変化していく過程が描かれている。
初期の認識:責任の押し付けと極端な合理性
- 当初、ソロンは勇者という存在を「人に責任を押し付けるクソみたいな仕組み」「災厄を鎮めるための人身御供(いけにえ)」だと強く嫌悪していた。
- 自分が預言者から勇者に選ばれたことにも反発し、「誰かのために犠牲になる馬鹿の仲間入りはまっぴらだ」と考えていた。
- 仕方なく魔王討伐の旅に出た後も、ソロンは勇者の使命を「魔王を倒すこと」だけに特化させて考えていた。
- そのため、魔王の元へ最短で辿り着くという合理的な目的のために、魔物に襲われている難民や村を前にしても「人を救うことは勇者の役目ではない」と理屈で割り切り、見捨てようとしていた。
他の人物たちの「勇者」観と真の資質
ソロン以外の人物たちも、勇者に対して様々な思いを抱えていた。
- レオンの虚無感と安堵:剣聖レオンは本気で勇者を目指していたが、彼以外に勇者になろうとする者がおらず、周囲が観客となって無責任に役割を押し付けてくることに恐れと虚無感を抱いていた。そのため、ソロンが選ばれたことで「自分以外にも候補がいた」と安堵する一面を見せている。
- ザックが持つ「真の資質」:後にソロンは、自身やレオン、マリアには勇者の資質がなかったと振り返っている。その理由は、弱者(難民のマルクたち)に自ら進んで手を差し伸べたのがザックだけだったからである。「他者を助ける」という優しさと在り方こそが真の勇者の資質であり、ザックが真の勇者たり得た理由だとソロンは認めている。
- エーヴの評価:永遠を生きるエーヴは、歴代の勇者たちを「人間の中でも一番光っている星のようなヤツら」と評し、それに比べてソロンは「一番弱い」「勇者ではない(資質がない)」と見抜いていた。
ソロンが見出した「使命」と結末
- エーヴとの旅を通じて、ソロンの心境は徐々に変化する。理屈だけで冷徹に振る舞おうとしながらも、エーヴから「理屈だけで割り切れば心を蝕まれる」と指摘され、結局は見捨てるはずだった村を単身で救ってしまう。
- 魔王城での決戦において、ソロンの最大の切り札は魔王に通用せず、敗北を悟る。
- 本来の合理的な彼であれば逃げるのが正解であったが、彼は逃げなかった。
- ソロンは、自分が勇者として戦い続けた本当の理由が「世界を救う」といった大義ではなく、自分には手に入らないと諦め、偽物だと蔑んでいた『他者同士の繋がり(光)』を守るためだったと自覚する。
- 最終的にソロンは「自分は結局勇者なんかじゃなかった」と認めつつも、エーヴにだけは勇者だったと思われたいと願い、彼女を逃がすために自らの命を代償とする禁断の魔法を放つ。
世界を救う普遍的な勇者にはなれなかったソロンであるが、彼が最後に見せた自己犠牲はエーヴの心を強く打ち、彼女にとっての「わたしだけの勇者」としての使命を全うすることになった。
魔王討伐の旅
『誰が勇者を殺したか』賢者の章における「魔王討伐の旅」は、天才魔法使いソロンが単独で魔王城の深部へ潜入する過酷な任務であると同時に、彼が人間性を回復していく自己変革の道程として描かれている。
その旅の全容と特徴は以下の通りである。
3年に及ぶ周到な準備と単独行
- ソロンの旅の最大の特徴は、「仲間を一切作らず、戦闘を極力避けて隠密裏に魔王を仕留める」という極めて合理的な戦略である。
- 彼は預言者に勇者として指名された後すぐには出発せず、屋敷の地下に3年間引き籠もり、万全の準備を整えた。
- 周囲の景色と同化するローブと存在感を消す護符を作成し、接近戦用の魔力の刃が出る短い杖や、魔王の強固な魔法耐性を突破するために物理的な星の概念を組み込んだ独自の「彗星の魔法」を開発した。
知識と現実のギャップ(サバイバルでの挫折)
- 完璧な計画で出発したソロンであるが、彼には野営や狩猟、採集といった実生活の知識が全くなかった。
- 魔法で鳥を丸焦げにしてしまったり、毒草を見分けられなかったりした結果、食料が尽きて毒の果実に手を出し、魔王と戦う前に餓死寸前となる。
- そこをエルフのエーヴに救われ、彼女から狩猟や森の知識を教わることで、ようやく旅を継続できるようになった。
「合理性」から「人間らしさ」への変化
- 当初のソロンは、最短で魔王を倒すことのみを目的とし、魔王軍に襲われる難民や村を見捨てようとする冷徹さを持っていた。
- しかし、旅の道連れとなったエーヴから「理屈だけで割り切れば心を蝕まれる」と諭されたことで、自らの心の痛みに向き合う。
- 結果的に難民のアレックスたちを匿い、村を襲う魔物たちを単身で撃退したことで、ソロンは人々の感謝と期待を受け入れ、冷たい賢者から人間らしい「勇者」へと少しずつ変化していった。
魔王領の探索と神殿への潜入
- 魔王領(魔の山)には、人間の方向感覚を狂わせる「魔物たちの神の加護(呪い)」がかかっており、過去の勇者たちも到達に苦労した場所であった。
- ソロンはここでも戦闘を避け、上空からの魔法の目で集落や地形をマッピングするという地道な作業を半年間続け、ついに岩山の頂上にある魔王の神殿(城)を突き止める。エーヴによれば、これは歴代勇者の中で最も短期間での到達であった。
- 神殿内部でも、姿隠しの魔法を駆使し、王国の秘宝である「爆発する宝石」を使って階段を崩落させ追手を断つなど、魔法使いらしい知略で最上階へ到達する。
決戦と旅の結末
- 最上階での魔王との対峙では、3年かけて生み出した最大の切り札「彗星の魔法」を放つが、今代の魔王が受けていた強大な神の加護の前に一撃で粉砕され、ソロンは敗北を悟る。
- 逃げることも可能であったが、彼は自分に欠けていた「光(他者との繋がり)」を守るため、そして同行者であるエーヴを逃がすために踏み止まる。
- 最終的にソロンは自らの命を代償とする禁断の魔法を発動し、神殿ごと魔人たちを吹き飛ばしてその命を散らした。
魔王を倒すという目的自体は達成できなかったが、人間嫌いで孤独だった魔法使いが、最後には自らの意志で他者を愛し守るために命を懸けたという意味において、この旅はソロンの心を救済する道程であったと言える。
世界編纂の真実
『誰が勇者を殺したか』賢者の章における「世界編纂」の真実は、人間と魔王の終わりのない戦いの裏に隠された、神々と預言者の秘密として描かれている。
「世界編纂」の実行者とその真の目的
- 預言者の正体は、王国の王妃である。
- 彼女は、最初の世界で自分と娘(アレクシア)を殺した魔王を打ち倒すため、自身が死ぬことで時間を巻き戻し、世界をやり直す「世界編纂」の能力を行使している。
- ソロンは、預言者が「未来予測」を行って勝てる勇者を選び出していると推測していたが、実際には王妃には誰が魔王を倒せるかは分かっていなかった。
- 彼女は魔王討伐が成功するまで、ただ何度も世界を繰り返しているだけであった。
- 今代の勇者選定においても、レオンやマリアで失敗を繰り返した結果、最後に残った天才魔法使いであるソロンの可能性に懸けたに過ぎなかった。
神々の掌で踊る虚しい戦い
- 人間と魔物の戦争の根本には、眷属である人間を放置する人間の神(王城の地下神殿に祀られる女神)と、それを不快に思う魔物の神との対立がある。
- 魔王は魔物の神の強大な加護を受けて圧倒的な力を得ているが、たとえ魔王が百回の戦いで九十九回人間を滅ぼして勝利したとしても、預言者(王妃)が「世界編纂」で世界をやり直せば、その勝利はすべて無かったことになる。
- 永遠を生きる神であるエルフのエーヴから見れば、魔王も預言者も神々の代理戦争の掌で踊らされているだけであり、勝つまでやり直しを繰り返すこの戦いは「虚しいもの」「退屈な通過儀礼」でしかなかった。
エーヴの介入と特別な「やり直し」
- 通常、「世界編纂」が行われると人々の記憶は失われるが、強力な力を持つエルフの始祖(神)であるエーヴは、望めばその記憶を次の世界へ保持することができる。
- 本来は世界の繰り返しに興味を持たなかったエーヴであるが、ソロンとの旅を通じて彼に強く執着するようになる。
- 魔王城の決戦でソロンが命と引き換えに放った禁断の魔法すら魔王に通じず彼が敗死した後、その光景を預言者として見ていた王妃は、再び自害して世界をやり直そうと思考する。
- しかしエーヴは、ソロンの死を「他の誰のものでもない、わたしひとりのもの」にするため、次回の世界でソロンが勇者に選ばれないよう、王妃の精神を操って自分やソロンの最期に関する記憶を封じた。
- さらに、魔王に「八つ当たり」の一撃を与えて重傷を負わせた後、王妃を意のままに操り、強制的に毒を仰がせて世界を終わらせる。
結果として、エーヴにとってソロンと共に歩んだこの周回の世界は「悪くない」ものであり、彼女はソロンの記憶を抱えたまま、やり直された後の世界で再び彼に会いに行くことを決意するのである。
登場キャラクター
バークレイ家
ソロン・バークレイ
王国一の天才魔法使いであり、極端に合理的な思考を持つ。勇者という存在を他者に責任を押し付ける仕組みだと考え、他人を信用せず孤独を好む。旅の同行者となったエーヴとの交流を通じて心境を変化させる。
・所属組織、地位や役職
バークレイ家。下級貴族。ファルム学院の生徒(過去)。勇者。大賢者。
・物語内での具体的な行動や成果
預言者に勇者として指名された後、屋敷の地下に引きこもって対魔王用の独自の魔法や道具を開発した。単独で魔王領へ向かい、魔王の神殿の最上階に到達する。彗星の魔法が破られた後、エーヴを逃がし、自らの命を代償とする禁断の魔法を発動した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
国王から勇者として認定され、魔王討伐後は次期国王になる条件を提示された。やり直された世界では大賢者として名を馳せ、エミリーと結婚した。
ソロンの父親
バークレイ家の当主であり、ソロンの父。息子が勇者に選ばれた際、栄達を喜ばず息子の身を案じる。
・所属組織、地位や役職
バークレイ家当主。下級貴族。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンが勇者に任命された玉座の間で、一人だけ険しい顔をして息子のことを案じていた。エミリーとその両親が屋敷を訪れた際、穏やかな態度で応対する。ソロンが取り出した契約書を見て、妻と共に彼を叱責した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
所持していた魔導書がソロンの魔法の原点となった。
ソロンの母親
ソロンの母。物事にけじめをつけるべきだと考える性格。
・所属組織、地位や役職
バークレイ家。下級貴族。
・物語内での具体的な行動や成果
レオンが屋敷を訪れた際、ソロンが在宅していることを伝えた。エミリーとその両親が訪問した際、玄関で迎え入れる。持参金としてエミリーの菓子作りの道具を要求し、場を和ませた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ソロンが取り出した契約書の内容に呆れ、夫と共に彼を叱責した。
王家・貴族
国王
王国の君主。預言者の指名を追認し、勇者に魔王討伐を命じる立場にある。
・所属組織、地位や役職
王国。国王。
・物語内での具体的な行動や成果
玉座の間でソロンを勇者として正式に認定した。魔王討伐の暁には娘のアレクシアの婿とし、次期国王にすると宣言する。ソロンの提案を受け入れ、レオンたちにも陽動として魔王討伐を命じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
王妃(預言者)
王国の妃であり、預言者の正体。魔王を倒すために自害して時間を巻き戻す能力を行使している。
・所属組織、地位や役職
王国。王妃。預言者。
・物語内での具体的な行動や成果
過去の失敗を踏まえてソロンを勇者に指名した。魔王城での決戦でソロンが敗死した後、エーヴに記憶を封じられ、精神を操られて自害を強制される。やり直された世界では、ザックにエーヴの調査を依頼した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
誰が魔王を倒せるかは把握しておらず、成功するまで世界を繰り返している。
アレクシア
王国の王女。ソロンに対しては気難しい人物として苦手意識を抱いている。
・所属組織、地位や役職
王国。王女。
・物語内での具体的な行動や成果
国王がソロンを勇者に任命した際、彼へ帰還を待つ言葉を述べた。王妃がザックにエーヴの調査を依頼した場に同席し、事情を知る者として会話に参加する。ザックと共に王都の菓子店でエーヴと面会した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
国王の宣言により、ソロンが魔王を倒した際には彼の妻となる予定であった。
ミュラー伯爵
レオンの父親。息子の身を案じる親心を持つ。
・所属組織、地位や役職
王国。伯爵。
・物語内での具体的な行動や成果
国王がソロンを勇者に認定した際、ソロンがレオンを陽動に使うと提案したことに激怒した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
貴族たち
王国の権力者たち。自分たちの安全を優先し、他者に役割を押し付ける傾向がある。
・所属組織、地位や役職
王国。貴族。
・物語内での具体的な行動や成果
玉座の間でソロンが勇者に任命された際、魔法使いが魔王を倒すことに興味を示し、その活躍に期待を寄せた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
勇者・学院関係者
ザック
他者を助ける性格を持ち、ソロンから真の勇者の資質を持つと評価されている青年。
・所属組織、地位や役職
勇者。
・物語内での具体的な行動や成果
過去の世界で難民のマルクたちに手を差し伸べた。王妃からエーヴの調査を依頼され、王都の菓子店でエーヴと会談する。ソロンとエミリーの結婚式に主賓として参列した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王妃が世界編纂を繰り返していることを知る数少ない人物である。
レオン
剣聖と呼ばれる青年。本気で勇者を目指していたが、周囲から無責任に役割を押し付けられることに虚無感を抱いていた。
・所属組織、地位や役職
ファルム学院の生徒(過去)。剣聖。伯爵。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンが勇者に選ばれた後、彼の屋敷を訪ねて陽動役を引き受けると告げた。やり直された世界ではソロンの結婚を祝うために屋敷を訪れる。結婚式ではソロン側の主賓を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔王討伐後は伯爵の地位に就いた。
マリア
他者に対して辛辣な言葉を投げかけることが多い聖女。誰も受け入れない態度をとる。
・所属組織、地位や役職
ファルム学院の生徒(過去)。聖女。
・物語内での具体的な行動や成果
学院の書庫でソロンに声をかけ、レオンには人を導く力がないと評した。やり直された世界でレオンと共にソロンの屋敷を訪れる。ソロンの結婚式では司式を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
アレス・シュミット
勇者を目指す平民の青年。諦めが悪い性格であり、ソロンに魔法の指導を求める。
・所属組織、地位や役職
ファルム学院の生徒(過去)。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンに何度も声をかけ、魔法を教えてほしいと懇願した。ソロンから魔導書を受け取り、魔法を学ぶ約束を取り付ける。別の世界線の描写では、ソロンらと共に魔王の城の前に到達した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
エミリーとその家族・関係者
エミリー
菓子屋の娘。ソロンに好意を抱いている。
・所属組織、地位や役職
平民。菓子屋の店員。
・物語内での具体的な行動や成果
若い菓子職人との縁談が持ち上がったことをソロンに伝えた。ソロンから求婚され、それを受け入れる。両親と共にソロンの屋敷を訪れ、大聖堂でソロンと結婚式を挙げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
大賢者ソロンの妻となる。
エミリーの父親
菓子屋を営む平民の男性。娘の将来を案じている。
・所属組織、地位や役職
平民。菓子屋の店主。
・物語内での具体的な行動や成果
娘を同業の若い菓子職人と結婚させようとした。ソロンからの求婚後、持参金や嫁入り道具の準備について頭を抱える。正式な話し合いのため、ソロンの屋敷を訪れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
エミリーの母親
エミリーの母。娘の結婚にあたり、相手の家族に粗相がないよう気遣う。
・所属組織、地位や役職
平民。菓子屋。
・物語内での具体的な行動や成果
持参金の問題で夫と共に悩み、ソロンの屋敷へ赴いて話し合いの場を持った。ソロンの母から菓子作りの道具を持参するよう求められ、安堵する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
難民
アレックス
実直で真面目な青年。マヤとマルクを安全な場所へ送り届ける使命感を持っている。
・所属組織、地位や役職
難民。元役人。
・物語内での具体的な行動や成果
魔王軍に故郷を襲われ、逃走中にマヤやマルクと行動を共にするようになった。ソロンに出会い、同行を申し出る。食料調達の際に肉の処理を自ら進んで行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔王討伐後、マヤと結婚しソロンに祝いの手紙を送った。
マヤ
おっとりした性格の女性。アレックスに好意を抱いており、マルクを弟のように可愛がっている。
・所属組織、地位や役職
難民。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンたちに同行し、果実や木の実の採集を手伝った。ソロンが無謀な旅に挑んでいることを評価する。魔王討伐後、アレックスと結婚した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
マルク
難民の少年。成長して少し生意気な口を利くようになるが、ソロンを尊敬している。
・所属組織、地位や役職
難民。ソロンの弟子。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンに魔法使いになる方法を尋ね、勉強することを決意した。魔王討伐後、ソロンの弟子として魔法を学ぶ。屋敷を訪れたレオンとマリアを案内した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ソロンの唯一の弟子となる。
村の住人
拒絶した村の村長
小さな村の長。村の生存を第一に考え、余所者を警戒する。
・所属組織、地位や役職
村長。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンが魔法を使おうとした際にそれを制止した。食料の提供を拒み、村が自分たちだけで生き延びる決意を伝える。ソロンにわずかな干し肉と木の実だけを渡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
拒絶した村の村人たち
外部との接触を絶ち、ひっそりと暮らしている人々。
・所属組織、地位や役職
村人。
・物語内での具体的な行動や成果
村の入り口でソロンの立ち入りを拒んだ。勇者だと名乗るソロンを嘲笑する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
助けられた村の村長
年老いた村長。
・所属組織、地位や役職
村長。
・物語内での具体的な行動や成果
文書内に直接的な行動の描写はないが、息子の発言から存在が言及されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
助けられた村の村長の息子
年老いた父親に代わり、実質的に村を取り仕切っている男性。
・所属組織、地位や役職
村長の息子。
・物語内での具体的な行動や成果
当初はソロンたちが魔物を引き寄せたのではないかと疑った。エーヴが呼び出した風の王を見ても逃げ出さずその場に留まる。その後、自らの非を認めてソロンに謝罪し、村へ歓待した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
助けられた村の村人たち
魔王軍の襲撃に怯えながら暮らしている人々。
・所属組織、地位や役職
村人。
・物語内での具体的な行動や成果
最初はソロンたちを警戒した。エーヴが呼び出した風の王を見て逃げ出す。後にソロンが勇者だと知ると称賛し、難民たちを受け入れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ソロンが去る際に結界を張られたことに感謝した。
神・精霊
エーヴ
エルフの始祖であり、エルフという名の由来となった神。人間や魔人の争いには中立の立場を取るが、ソロンに執着を抱く。
・所属組織、地位や役職
神。
・物語内での具体的な行動や成果
餓死寸前のソロンを助け、狩猟や採集の知識を教えた。魔王城での決戦で精霊を召喚して魔人と戦う。ソロンの死後、預言者の記憶を封じて自害を強制し、魔王に一撃を与えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王妃の記憶を操作できるほどの強大な力を持つ。
風の精霊シルフ(風の王)
風の精霊。エーヴによって使役される。
・所属組織、地位や役職
精霊。風の王。
・物語内での具体的な行動や成果
エーヴが精霊魔法を説明する際に一瞬だけ姿を現した。助けられた村でエーヴに召喚され、村人たちを威圧する。魔王城では暴風を放ち、魔人たちを吹き飛ばしてソロンを助けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
精霊の中でも最上級の存在である。魔人たちとの戦闘で力を削られ、姿を消した。
火の精霊(炎の王)
火の精霊。エーヴによって使役される。
・所属組織、地位や役職
精霊。炎の王。
・物語内での具体的な行動や成果
魔王城でエーヴに召喚された。業火を巻き起こし、魔人たちの包囲の一部を崩してソロンの退路を開く。魔人たちとの戦いで消滅した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
人間の神(女神)
人間を眷属とする神。眷属である人間を放置している。
・所属組織、地位や役職
神。女神。
・物語内での具体的な行動や成果
王城の地下神殿に祀られている。魔人たちが地下神殿の破壊を目的とする原因を作った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
自らの存在を隠しており、多くの人間には大神と混同されている。魔物の神と対立している。
大神
人間の神よりも上位の存在。
・所属組織、地位や役職
神。大神。
・物語内での具体的な行動や成果
直接の行動はないが、人間の神が自らの存在を隠すための隠れ蓑として利用されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
魔物の神
魔物を保護する存在。人間の神が無責任に人間を放置していることに腹を立てている。
・所属組織、地位や役職
神。魔物の神。
・物語内での具体的な行動や成果
魔王に対して強大な加護を与えている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
魔王軍・魔物
魔王
魔王軍の頂点に立つ存在。魔物の神から強力な加護を受けている。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔王。
・物語内での具体的な行動や成果
赤黒いオーラを纏い、巨大な剣を振るって神殿の壁や天井を破壊した。ソロンの彗星の魔法を巨大な朱い剣で粉砕する。ソロンの禁断の魔法を至近距離で受けても無傷であった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
エーヴの光の一撃を受け、右肩ごと腕を吹き飛ばされた。今代はかつてないほどの加護を受けて正気を失っている。
魔人たち
人間以上の力と魔力を持つ種族。魔王軍の主力として行動する。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔人。
・物語内での具体的な行動や成果
ゴブリンやオーガを率いて人間の村を襲撃しようとした。神殿内でソロンやエーヴと交戦する。魔法の加護を武器に付与し、連携を取りながら風の王と互角以上の戦いを繰り広げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ソロンの禁断の魔法によって多数が消滅した。
ゴブリンたち
人間の子供ほどの大きさの小鬼。繁殖力が高い。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔物。
・物語内での具体的な行動や成果
魔人の指揮下で人間の村へ向かっていた。ソロンの光の矢や雷撃魔法によって多数が倒された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
オーガたち
巨体に角を持つ魔物。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔物。
・物語内での具体的な行動や成果
魔王の神殿がある岩山をうろついていた。ソロンが蹴り飛ばした石の音に反応したが、姿を見破ることはできなかった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
巨人たち
巨大な体躯を持つ魔物。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔物。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンが隠密魔法の検証を行う際の対象となった。魔王の神殿の外を徘徊していた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ホブゴブリンたち
ゴブリンよりも上位の魔物。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔物。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンの近接戦闘訓練の対象となり、討伐された。魔人と共に人間の村を目指して行軍する。神殿の外をうろついていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
コボルトたち
犬の顔を持つ半獣人の魔物。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔物。
・物語内での具体的な行動や成果
魔王領の道を歩いていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
オークたち
猪の顔を持つ半獣人の魔物。繁殖力が強い。
・所属組織、地位や役職
魔王軍。魔物。
・物語内での具体的な行動や成果
ソロンの近接戦闘訓練の対象となり、討伐された。魔王領の道を歩いていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ドラゴン
魔王には及ばないものの、強力な魔法耐性を持つ魔物。人間へ害を与えない大人しい性質を持つ。
・所属組織、地位や役職
魔物。
・物語内での具体的な行動や成果
山奥に生息していたところをソロンに不意打ちされた。ソロンの対魔王用魔法の標的となり、一撃で討伐される。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
その他集団
僧侶たち
神に仕え、信仰を持つ人々。
・所属組織、地位や役職
僧侶。
・物語内での具体的な行動や成果
勇者の勝利を神の力によるものと解釈していた。大神を崇拝している。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
展開まとめ
プロローグ
エーヴの噂と王国への来訪
王国内では、一人のエルフの女性が大きな話題となっていた。彼女は美しい容姿と長い耳を持つ典型的なエルフでありながら、人々に対して比較的気さくに接していた。周囲の者は彼女へ近づこうとするものの、不思議な力によって阻まれているかのように接近できなかった。
それでも彼女は露店で買い物をしたり、自ら人々へ話しかけて世情を尋ねたりしていたため、高慢というエルフの一般的な印象とは異なり、好意的な評価を得ていた。その噂は瞬く間に王国中へ広がっていった。
ソロンの結婚騒動
同じ頃、王国では大賢者ソロンの結婚も大きな話題となっていた。
人々はソロンが幼馴染の聖女マリアと結ばれると思っていたが、実際の結婚相手は平民の菓子屋の娘だったため、大きな驚きを呼んでいた。
真相は、娘に菓子職人との縁談が持ち上がったことを知ったソロンが慌てて求婚したというものであった。娘が縁談を伝えると、ソロンは自分よりその相手を選ぶ理由が理解できず、自身の地位や財産を並べて結婚を思いとどまるよう説得した。
その言動によって娘はようやく求婚だと気付き、ソロン自身もそれを認めた。娘も元々ソロンへ好意を抱いていたため話は順調に進み、結婚式の準備が進められることになった。
王妃によるザックへの依頼
そんな中、王妃は勇者ザックを王城へ呼び出した。
王妃は、王国内で噂になっているエルフについて調べてほしいと依頼した。アレクシアはその程度の調査なら他の者でも可能ではないかと疑問を抱いたが、王妃にはザックでなければならない理由があった。
王妃はかつてソロンについて語った際、彼が仲間を作らず単独で魔王のもとへ辿り着いたと説明していた。しかし実際には一人だけ仲間がおり、それがエーヴというエルフだったことを思い出したのである。
失われた記憶の真相
王妃は、噂のエルフこそエーヴである可能性が高いと語った。
エーヴの噂を耳にしたことで、長らく失われていた記憶が少しずつ蘇ってきたのである。王妃によれば、エーヴは極めて優れた精霊魔法の使い手であり、預言者として活動していた王妃に対して強力な暗示を施し、自分の存在を忘れさせていたという。
その暗示は王妃が何度世界を繰り返しても解けず、今なお完全には思い出せていなかった。王妃はその魔法の強大さに警戒を示した。
世界編纂を越えて残った記憶の可能性
王妃は、エーヴが他の世界編纂の記憶を保持している可能性を示唆した。
通常は世界が繰り返されるたびに記憶は失われるが、例外が存在することを王妃は知っていた。そのため、古のエルフであるエーヴもまた記憶を持ち越している可能性があると考えたのである。
さらに王妃は、エーヴがソロンの結婚を知って王国へ現れたのではないかと推測した。
ソロンとエーヴの特別な関係
アレクシアは、エーヴがソロンを愛していたのではないかと尋ねた。
しかし王妃は、それを恋愛感情と断定できないと答えた。王妃の記憶では、二人の関係は非常に特殊であり、単純な恋や愛では説明できないものだった。
それでもエーヴはソロンへ強い執着を抱いていたように見え、ソロンもまたエーヴへ何らかの想いを抱いていたように感じられた。
さらに王妃は衝撃の事実を明かした。かつて自分がソロンを導いたと思っていたが、実際に彼を魔王のもとまで導いたのはエーヴであり、自分は記憶を封じられた結果、その役割を自分のものだと思い込んでいただけだったのである。
ソロンとエーヴの旅への導入
アレクシアは、気難しいソロンがどのようにしてエルフと旅を共にするようになったのか疑問を抱いた。
王妃は、その理由を理解するためにはソロンとエーヴの旅そのものを語らなければならないと説明した。そしてそれは、ザック以外で唯一魔王のもとへ到達した勇者ソロンの物語でもあった。
勇者ソロン
ソロンの勇者観
ソロンは勇者という存在を、人々が責任を押し付けるための仕組みだと考えていた。
歴代の勇者が一度も魔王討伐に失敗していないことにも強い疑問を抱いており、その理由を預言者の力に求めていた。彼は預言者の能力を未来予知ではなく未来予測だと分析し、膨大な可能性を演算して勝利できる人物を選び出しているのだと結論づけていた。
また、預言者こそ人類勝利の要でありながら表舞台に出ないことや、その正体が謎に包まれていることにも疑念を抱いていた。しかし自分は魔法使いであり、勇者とは無縁の存在だと思っていた。
突然の勇者認定
ソロンがファルム学院に在籍していたある日、預言者が大勢の生徒や教師の前に姿を現した。
預言者はソロンを勇者と認めると一方的に告げ、そのまま姿を消した。ソロンは即座に拒否しようとしたが、多くの証人がいる状況ではもはや取り消しは不可能だった。
魔王軍の脅威が迫る中、人々は待望の勇者誕生として歓迎し、ソロンの意思など考慮されなかった。ソロンは自分が勇者に選ばれた現実を受け入れられず、強い反発を抱いた。
勇者への抵抗と周囲の期待
その後もソロンは、自分が魔法使いである以上、勇者に選ばれるはずがないと訴え続けた。
歴代の勇者は戦士ばかりであり、自分の選出は誤りだと主張したが、周囲は彼の魔法の才能を理由に納得しようとした。ソロンは、人々が誰でもいいから魔王を倒してくれる存在を求めているだけだと感じ、勇者制度への嫌悪を深めていった。
国王による正式な任命
王城の玉座の間で、国王は正式にソロンを勇者と認定した。
列席した貴族たちは魔法使いの勇者という前例のない存在に興味を示し、その活躍を期待していた。しかしソロンには、自分が見世物として扱われているようにしか思えなかった。
唯一、父親だけは栄達を喜ぶことなく、息子の身を案じる表情を浮かべていた。その姿にソロンはわずかな救いを感じていた。
王女アレクシアとの婚約条件
国王は慣例に従い、魔王討伐を成し遂げた暁には王女アレクシアを妻として迎え、次期国王にすると宣言した。
アレクシアも勇者としての成功を祈る言葉を述べたが、ソロンはそれを形式的なものと受け取っていた。王位にも王女にも関心はなく、美しささえ人を惑わせる魔法のようなものだと冷めた目で見ていた。
単独行動へのこだわり
国王から仲間を集めない理由を問われたソロンは、自分の魔法を最大限活かすには仲間は不要であり、むしろ足手まといになると答えた。
さらに、自分は魔法使いらしく目立たず魔王を討つつもりだと語った。その一方で、剣聖レオンたちにも別働隊として魔王討伐を命じるよう求め、彼らを陽動として利用する考えを示した。
その提案にレオンの父であるミュラー伯爵は激怒したが、ソロンは魔王討伐のためなら陽動も必要な作戦だと反論した。
魔王討伐への決意
最終的に国王はソロンの提案を受け入れ、レオンたちにも魔王討伐を命じることを決定した。
ソロン自身は人々を救いたいという理想を抱いていたわけではなかった。しかし、預言者が自分を勇者に選んだ以上、勝算はあるのだろうと考えていた。
こうしてソロンは仲間を作らず、自らの力だけで魔王を倒すことを決意した。そして必要ならば逃げる覚悟も持ちながら、自分なりのやり方で魔王討伐へ挑もうとしていた。
マリアとレオン
勇者となった後の孤立
正式に勇者へ任命されたソロンは、周囲との関わりを避けるようになっていた。自分へ近づいてくる者にろくな人間はいないと考え、人除けの魔法を使って行動していたのである。
そんな中、学院最後の日に書庫を訪れた聖女マリアだけは、その魔法をものともせず話しかけてきた。マリアはソロンが勇者に選ばれたことを不思議だと語り、レオンには勇者に必要な「人を導く力」がないと評した。
しかし同時に、ソロン自身も人を導くような人物ではないと断言し、勇者に選ばれた理由は分からないと述べた。さらに今回の勇者選定を時間の無駄だとまで言い放ち、ソロンに強い違和感を抱かせた。
マリアとの価値観の衝突
ソロンはマリアへ魔王討伐の旅への同行を半ば挑発的に提案したが、マリアは平然と受け入れる姿勢を見せた。
その反応に気圧されたソロンは話を打ち切ろうとするが、立ち去る直前、マリアは本当に一人で行くつもりなのかと問いかけた。友人がいないとしても、一人では魔王に勝てないと指摘したのである。
ソロンは誰にも理解されないのだから一人のほうが気楽だと答えた。しかしマリアは、ソロン自身が本当は理解されることを望んでいると見抜いていた。ソロンはその言葉を背に書庫を後にした。
レオンの訪問
学院を去ったソロンは屋敷へ引きこもり、魔王討伐の準備に没頭していた。
そこへ訪ねてきたのが剣聖レオンだった。ソロンは勇者を奪った形になった自分へ恨みを抱いているだろうと考えていたが、レオンは穏やかな態度を崩さなかった。
レオンは陽動役を引き受けると告げ、王国と世界のために戦う意思を示した。その姿は勇者になれなかった者の振る舞いとは思えないほど堂々としていた。
レオンが抱えていた不安
ソロンはレオンに、自分が勇者になったことをどう思っているのか尋ねた。
レオンは、自分が勇者になると信じていた一方で不安も抱えていたと語った。誰も勇者になろうとせず、自分だけがその役割を背負わされていたからである。
周囲は勇者という重責をレオンへ押し付け、自分たちは観客として眺めているだけだった。その状況はソロンが勇者制度へ抱いていた嫌悪感と本質的に同じものであった。
だからこそ、ソロンが勇者に選ばれた時、レオンは悔しさと怒りを覚えながらも、自分以外にも勇者候補が存在したことに安堵したのだった。
勇者に選ばれた理由への疑問
レオンは陽動だけで終わるつもりはなく、必要なら自分が魔王を倒すとまで宣言した。
その堂々たる姿を前にしても、ソロンにはレオンが勇者になれなかった理由が理解できなかった。剣の腕も人格も申し分なく、多くの人々が勇者として期待していた人物だったからである。
しかし同時に、もしレオンが勇者になっていたとしても、自分はその仲間にはならなかっただろうとも感じていた。その言葉にできない違和感こそが、レオンが選ばれなかった理由なのかもしれないと考えた。
人間への不信と孤独
レオンが去った後、ソロンは勇者という存在そのものについて考え続けた。
人類を救うことにどんな意味があるのか、本当に魔人だけが悪なのか、人間と魔人の争いの根本原因は何なのか。そんな疑問が次々と浮かんできた。
さらにソロンは、自分が他人を理解できず、他人もまた自分を理解しようとしなかった過去を思い返した。神童と呼ばれたことで周囲から距離を置かれ、迎合されることにも反発し、やがて誰にも期待しなくなっていたのである。
人々の上辺だけの会話や集団意識を信用できず、本音を隠しながら生きる人間たちに嫌悪感を抱いていた。だからこそ彼は人間よりも、本や魔法のほうを信頼していた。
勇者への拒絶感
ソロンにとって魔法は唯一誠実な存在だった。
魔法には嘘がなく、努力した分だけ応えてくれる。一方で人間は本心を隠し、建前を重ねて生きているように見えた。
そんな自分が勇者として世界を救う役目を負うことに、ソロンは最後まで納得できなかった。人間が嫌いで、勇者という制度も嫌いだった。
預言者によって勇者へ選ばれたあの日の青空を思い出しながら、ソロンは人生最悪の日だったと振り返るのであった。
賢者の準備
ソロンの周到な準備
勇者となったソロンは、誰にも頼らず単独で魔王討伐の準備を進めていた。
仲間を信用できなかったことに加え、人間側に魔人への内通者がいる可能性も考えていたためである。そのため屋敷の地下室へ籠もり、行動を他者へ悟られないよう細心の注意を払っていた。
まず取り組んだのは、自身の存在を隠すための道具の開発だった。精神へ干渉して存在を認識させなくする護符と、周囲の景色へ同化するローブを製作し、両者を組み合わせることで完全に近い隠密行動を実現しようとした。
ソロンは、この方法は単独行動だからこそ可能であり、仲間がいれば成立しなかったと確信していた。
勇者の特権を活かした装備開発
ソロンは勇者としての権限を利用し、王国が保有する貴重な素材や魔法道具へアクセスした。
神代の古代樹の枝と神の力を宿す魔石を用いた特注の杖を完成させ、その性能によって魔法の威力を飛躍的に向上させた。
さらに魔王を倒すための新たな魔法の研究にも没頭した。魔王は高い魔法耐性を持つため、単なる魔力攻撃では不十分と判断し、物理的要素を取り入れた独自の魔法を完成させた。
その魔法は魔法史に残るほどの成果だったが、切り札として誰にも明かさないつもりだった。
近接戦闘への備え
魔法使いである自分が接近戦へ追い込まれる可能性も考慮し、ソロンは近接武器の開発にも着手した。
完成したのは、先端の魔石から魔法の刃を形成する短い杖だった。軽量で扱いやすく、非力なソロンでも振るうことができる武器である。
また、長旅へ耐えられる体力を得るため、荷物を背負った走り込みや野営訓練、山や森での実践訓練も積み重ねた。身体を鍛えることを嫌っていたソロンだったが、生き残るために必要だと割り切っていた。
預言者への疑念
勇者となって数か月後、預言者が再びソロンの前へ姿を現した。
預言者は仲間を作らない理由を問いかけたが、ソロンは逆に勇者選定の基準について問い質した。
ソロンは、預言者が未来を予測しているなら自分の行動を把握しているはずであり、わざわざ助言する必要はないと指摘した。そして何故自分が勇者に選ばれたのか説明を求めた。
しかし預言者は、自分には勇者が分かるだけだと曖昧な答えを残して姿を消した。
その説明に納得できなかったソロンは、預言者への不信感をさらに強めたが、今さら勇者を辞退することもできず、魔王討伐へ向かうしかないと覚悟を固めた。
実地試験の開始
開発した道具の完成後、ソロンは実際の環境で性能を検証し始めた。
街中で護符とローブの効果を試し、人々の反応や効果の限界を調査した。その後は魔物の生息地へ足を運び、ゴブリンやオーガ、巨人など様々な魔物に対して隠密効果が通用するか確認した。
試験を重ねた結果、臭いに敏感な魔物には一定以上近付かない方が良いことなど、多くの知見を得ることができた。
魔力の剣による戦闘訓練
ソロンは短い杖の性能確認も兼ねて魔物討伐を行った。
単独のゴブリンやオークを相手に戦闘を繰り返し、魔力の剣が十分実戦で通用することを確認した。さらに相手を徐々に強くし、最終的にはホブゴブリンの討伐にも成功した。
それ以上の強敵との戦闘は危険だと判断して中止したが、魔法使いでありながら近接戦闘能力を獲得できたことに満足していた。
ドラゴンによる最終検証
最も重要だったのは、対魔王用魔法の実戦検証だった。
ソロンは検証対象としてドラゴンを選び、魔法によってその居場所を突き止めた。相手は人間へ害を及ぼしていない穏やかな存在だったが、ソロンは実験のため不意打ちを仕掛けた。
その結果、新たな魔法はドラゴンを一撃で倒すほどの威力を発揮した。
改善点も見つかったものの、魔王へ通用する可能性を確信できる成果だった。
三年間の準備と周囲の不満
こうした準備には三年もの歳月が費やされた。
ソロンは道具開発、新魔法の創造、体力強化まで成し遂げ、自らの成果を高く評価していた。しかし王国の人々はその長期間の準備を理解せず、出発の遅さを非難した。
レオンたちは既に出発準備を終えており、人々は勇者がいつ魔王討伐へ向かうのかと不満を募らせていた。
だがソロンは、成功率を高めるためには準備こそが重要だと考えていた。自分の命がかかっている以上、準備に妥協するつもりはなかった。
そして周囲の批判を無視しながら、ついに魔王へ挑むための準備を完成させた。
出発への決意
預言者は再び姿を現さなかった。
本来なら勇者へ助言する存在のはずだが、ソロンには何の導きも与えられなかった。それでも彼は気にしなかった。
三年を費やして積み上げたすべてを武器に、ソロンは魔王を倒す決意を固める。
誰の力も借りず、たった一人で魔王を討つために。
旅
旅立ちと慎重な行動
すべての準備を終えたソロンは、両親にだけ旅立ちを告げて家を出た。
父と母は息子を送り出したくない気持ちを抱えながらも、それを止めることはできなかった。ソロンは預言者が選んだ勇者なのだから失敗するはずがないと語り、むしろ両親を安心させようとした。
また、自身の出発日時や行き先が外部へ漏れないよう細心の注意を払い、陽動役であるレオンたちへ敵の目が向くことを期待しながら旅を始めた。
戦争の現実との遭遇
旅の序盤は比較的平穏だったが、魔王領へ近付くにつれて状況は悪化していった。
戦火が迫る国々では物価が高騰し、人々は緊張と不安を抱えて生活していた。さらに先へ進むと魔王軍との戦争によって国が疲弊し、街は閑散としていた。
ソロンは姿を隠しながら貴族の屋敷へ忍び込み、食料を確保して代金を置いて立ち去るなどして旅を続けた。しかし魔王軍の支配地域へ入ったことで、これまで想像もしなかった現実と向き合うことになる。
滅びた街で見た惨状
食料を探すために立ち寄った廃墟の街で、ソロンは大量の死体を目の当たりにした。
彼は戦争になれば住民は逃げ出しているものだと考えていたが、実際には腐敗した遺体が街中に溢れ、動物たちの餌となっていた。
戦場の現実を知らなかったソロンは大きな衝撃を受け、その場から逃げ出した。食欲も失せ、改めて自分の認識の甘さを痛感することになった。
狩猟への挑戦と失敗
食料調達のため、ソロンは狩猟へ挑戦した。
魔法があれば簡単だと考えていたが、実際には獣や鳥を見つけることすら困難だった。苦労の末に小さな鳥を仕留めることには成功したものの、解体の方法が分からなかった。
本で知識は得ていても、実際に羽をむしり内臓を取り出す作業には強い嫌悪感を覚えたのである。
結局、鳥を丸焼きにしようとした結果、異臭とともに失敗し、食べられる状態にはならなかった。ソロンは知識だけでは生きていけないことを思い知らされた。
採集生活の挫折
狩猟を諦めたソロンは、今度は採集へ切り替えた。
しかし本で読んだ知識と実物を結び付けることができず、食べられる植物と毒草の区別もつかなかった。果実や木の実を見つけても味は悪く、まともな食料にはならなかった。
半日以上森をさまよった末に、自分には採集も向いていないと認めざるを得なかった。
そこでソロンは、人が住む集落を探して食料を分けてもらう方針へ転換した。
集落での拒絶
数日後、ソロンは魔王軍の被害を免れた小さな村を発見した。
しかし村人たちは食料不足に苦しんでおり、余分な食料はないとして彼を拒絶した。ソロンは自分が勇者であり、魔王討伐のために食料が必要だと説明したが、村人たちは信じようとしなかった。
魔法を見せて証明しようとしたところ、村長が現れて制止した。彼らは魔物に見つからないよう静かに生き延びることを優先していたのである。
村長との対話
ソロンは村長に対し、勇者として魔王を倒さなければ人類は滅ぶと訴えた。
しかし村長は、既に自分たちの国は滅びたのだと静かに答えた。そして村人たちは他国や世界ではなく、自分たちの生存だけを考えているのだと語った。
その言葉をソロンは否定できなかった。なぜなら、自分自身も長年そうした価値観で生きてきたからである。
さらに金貨による取引も断られた。国家が崩壊した今、貨幣には価値がなくなっていたのである。
勇者への虚しさ
最終的に村長はわずかな干し肉と木の実だけをソロンへ渡した。
しかし村人たちの視線には感謝も期待もなく、ただ早く立ち去ってほしいという感情だけが込められていた。
ソロンは、自分が困窮した村から食料を脅し取ったような気分になり、強い自己嫌悪を覚えた。
そして村を後にしながら、自分は誰にも必要とされていないのではないか、何のために勇者として旅を続けているのかと深く苦悩するのであった。
エルフ
村を見捨てる決意
村を後にしたソロンは、自分が勇者として必要とされていない現実に打ちのめされていた。
勇者であることに誇りを持ったことはなかったが、面と向かって不要だと突き付けられると心に重くのしかかった。しかし同時に、村人たちの言い分も理解できた。国が滅び、生き残ることだけで精一杯の彼らにとって、勇者など遠い存在でしかなかったのである。
食料問題も解決できず、次の村では脅して食料を奪えばよいという自暴自棄な考えまで浮かんだが、結局は実行しなかった。それでも自分が勇者に向いていないことだけは改めて痛感していた。
魔人軍との遭遇
気力を失いながら歩いていたソロンは、道の先に魔人と魔物の集団を発見した。
慌てて草むらへ身を隠し、その様子を観察する。先頭には赤い肌を持つ屈強な魔人がおり、その後ろをゴブリンやオーガなどの魔物たちが続いていた。
ソロンは初めて間近で魔人を見たが、その姿は恐ろしいだけでなく知性も感じさせるものだった。人間以上の力と魔力を持つ存在を前にして、人類がどうやってこれまで勝利を重ねてきたのか疑問を抱く。
さらに魔法で行軍先を確認した結果、その部隊が先ほど自分を追い返した村へ向かっていることを知った。
預言者との対立
その村を助けるつもりはなかった。
ソロンにとって勇者の役割は魔王討伐であり、人助けではなかったからである。ましてや、自分を拒絶した村人たちのために危険を冒す気にはなれなかった。
そんな彼の前へ突然預言者が現れた。
預言者は魔人たちの行き先を尋ねた後、村を助けないのかと問いかけた。しかしソロンは、人々の犠牲すべてに心を痛めることなど不可能だと激しく反論した。
近くの人間だけを助けろと言うのは偽善であり、助けたいなら預言者自身が助ければいいと怒りをぶつける。
預言者は何も言い返さず姿を消し、ソロンだけがやり場のない苛立ちを抱えたまま残された。
飢餓と失敗
それから数日が経ち、ソロンの食料は底を尽きかけていた。
果実や木の実を頼りに生き延びていたが、空腹に負けて安全かどうか分からない果実まで口にするようになっていた。その結果、毒のある果実を食べてしまい体調を崩してしまう。
木の根元へ倒れ込んだソロンは、勇者伝説には食料調達の苦労がまったく書かれていなかったことを恨んだ。
過去の勇者たちは仲間がいたからこそ生き延びられたのだろうと悟り、自分ひとりなら何でもできると思い込んでいた傲慢さをようやく認め始めた。
森で現れた謎の女性
意識が朦朧とする中、ソロンは森を吹き抜ける風の中に女性の姿を見た。
最初は幻覚だと思ったが、その存在は明確にソロンを認識し、話しかけてきた。護符とローブによって姿を隠しているはずなのに、まるで見えているかのようだった。
諦めたソロンは、自分が毒の果実を食べて倒れていると正直に答えた。
すると女性は、今代の勇者は飢え死にするつもりなのかと呆れたように問い返した。
その言葉でソロンは相手の正体に気付く。金色の髪の間から長い耳がのぞいていたのである。
目の前にいたのはエルフだった。後に王国で噂となるエーヴとの出会いであった。
旅の道連れ
エーヴとの出会い
倒れていたソロンへ、エーヴは見たこともない黄色い果実を差し出した。
半信半疑で口にしたソロンは、その果実の圧倒的な美味しさに驚愕した。爽やかな酸味と濃厚な甘味が身体へ染み渡り、衰弱していた体力までも回復していったのである。
エーヴによれば、その果実は精霊が住まう森にしか存在しない特別な果実だった。ソロンは改めて目の前のエルフが、人間とは異なる世界の住人であることを実感した。
エルフの力と勇者への評価
体力を取り戻したソロンは、エーヴが自分を発見できた理由を尋ねた。
エーヴは精霊魔法を使ったわけではなく、ただあるがままの姿が見えていただけだと答えた。その言葉を聞いたソロンは、自ら開発した隠密用の護符とローブが、エルフには通用しないことを知って落胆した。
さらにエーヴは、仲間も持たず行き倒れていたソロンを見て、人望がないのだろうと遠慮なく言い放った。ソロンは反発しながらも否定できなかった。
預言者の正体への手掛かり
ソロンは、何故エーヴが自分を勇者だと見抜いたのか疑問を抱いた。
するとエーヴは、勇者の影には常に何者かが憑依しており、それによって見分けられるのだと説明した。
その言葉を聞いたソロンは、すぐに預言者の存在を思い当たる。預言者は勇者へ付きまとっていたのである。
怒りに駆られたソロンは自分の影を何度も踏みつけたが、エーヴはそんな方法では追い払えないと告げた。預言者の力は特殊であり、彼女ですら干渉できない存在だった。
ソロンとエーヴの自己紹介
落ち着きを取り戻したソロンは、助けてもらった礼を述べて名乗った。
しかしエーヴは、人間なら森の糧となるのが理想的だと平然と言い放ち、ソロンを戸惑わせた。人間とエルフでは価値観そのものが異なることを示す言葉だった。
その後、エーヴも自らの名を明かした。ソロンはエルフという種族名に似た名前だと指摘したが、エーヴは気にした様子もなく受け流した。
勇者への興味
エーヴは、勇者を助けるために来たわけではなかった。
人間の勇者が現れたという噂を聞き、その実力を見極めようとして訪れただけだったのである。ところが実際に見つけた勇者は、魔王と戦う前に飢え死にしかけていた。
エーヴはそれを面白がりながらも、今回の勇者も魔王討伐まで時間がかかりそうだと評した。
ソロンは皮肉交じりに応じたが、エーヴが人間と魔人の戦争へ何の利害関係も持っていないことを知り、他種族にとってこの戦争は所詮他人事なのだと感じた。
同行の提案
ソロンが再び旅立とうとすると、エーヴは今後の食料の当てを尋ねた。
当然ながらソロンにその見込みはなかった。勇者が餓死によって旅を終える可能性すら口にする始末だった。
そんな彼を見て、エーヴは同行を申し出た。戦闘へ協力するつもりはないが、食料調達の方法なら教えられるというのである。
ソロンは、何故エルフが人間へ手を貸すのか理解できなかった。しかしエーヴは、やりたいからやるだけであり、行動に理由を求めるのは人間だけだと答えた。さらに、考え過ぎるソロンの生き方を見抜き、あるがままを受け入れろと諭した。
旅の始まり
ソロンはエーヴの言葉に反論できなかった。
長命なエルフだからこそ到達した境地なのだろうと感じたからである。
そしてエーヴは最後に、あまりにも頼りないので放っておけなかったのだと笑いながら本音を明かした。
ソロンは不満そうに悪態をつきながらも同行を拒まなかった。利用できるものは利用すると自分へ言い聞かせながら、こうしてソロンとエーヴの旅が始まったのであった。
好み
エーヴとの穏やかな旅
エーヴとの同行が始まってから、ソロンの旅路は意外なほど平穏だった。
魔王軍に滅ぼされた地域を進んでいたため人影はなく、魔物と遭遇する機会も少なかった。魔物と出会った際、ソロンは慌てて身を隠したが、エーヴは平然としていた。
エーヴは精霊の力によって、自分を害意のない存在だと魔物たちへ認識させているのだと説明した。魔物と敵対していないため成立する方法だったが、ソロンには理解し難いものだった。
ソロンの孤独を見抜くエーヴ
旅を続ける中で、ソロンはエーヴと話していると不思議な安心感を覚えることに気付いた。
あまりにも自然に会話ができるため、精霊の力で精神へ干渉されているのではないかと疑ったほどだった。しかしエーヴはそれを否定し、ソロンが心地良さを感じる理由は孤独だったからだと指摘した。
王国にいた頃は周囲に人間が存在する環境そのものが安心感を与えていたが、旅に出て完全に孤立したことで、初めて他者との会話の価値を実感しているだけだというのである。
さらにエーヴは、ソロンが人との関係を築く努力を怠り、自分を理解してもらうことだけを求めていたと断じた。それは傲慢であり、生きるのが下手なのだと遠慮なく言い切った。ソロンはその言葉に強く動揺した。
言葉にできない関係
ソロンは、自分が生きるのが下手だというなら、何故エーヴは自分と一緒にいるのかと問い返した。
しかしエーヴは明確な理由を語らず、何でも理屈で理解しようとすることこそソロンの悪い癖だと笑った。
もっと肩の力を抜き、あるがままを受け入れろと諭されるが、ソロンはその曖昧な答えを不思議と不快には感じなかった。
代わりに年寄り臭い説教だと悪態をついたが、エーヴは気分を害するどころか、自分は永遠を生きながらも美しいままだと誇らしげに語った。
美しさに対するソロンの考え
話題はやがて美しさへ移った。
ソロンは、美とは神性に近いものであり、人を惑わせる危険な力だと考えていた。歴史上でも美しい女性が争いや混乱を招いた例は多く、美しさは災いの種になり得ると主張した。
エーヴはそれを面白がり、自らの美貌を誇示するようにソロンの前へ立った。
確かにエーヴは人間離れした美しさを持っていたが、ソロンは見惚れるよりも畏れに近い感情を抱いていた。マリアやアレクシアに対しても感じていた感覚であり、美しさそのものに警戒心を抱いていたのである。
その反応を見たエーヴは、普通の人間とは違う感性だと感心していた。
理想の女性像
エーヴは今度はソロンへ、どのような女性が好みなのか尋ねた。
これまで考えたこともなかった質問に戸惑いながらも、ソロンは自分なりの理想を語り始めた。
外見は極端に優れていなくてもよく、一緒にいて落ち着けることが重要だという。そして何より、学問や剣術、魔法など何かに真剣に打ち込んでいる女性が良いと答えた。
地位や結婚相手ばかりを気にする貴族令嬢には魅力を感じず、努力を続ける人間に自然と目が向くのだと語った。
話す中でレオンやマリアのことも思い浮かべたが、それぞれ別の意味で理想からは外れていると考えていた。
エーヴの予感
ソロンの理想を聞いたエーヴは、それはなかなか贅沢な条件だと評した。
しかし同時に、そのうちそうした相手との巡り合わせがあるだろうと断言する。
ソロンが精霊の予言なのかと尋ねると、エーヴは首を横に振り、ただの自分の勘だと笑った。
その言葉には根拠こそなかったが、どこか確信に満ちた響きがあった。
肉
森の生き方を学ぶ
エーヴは旅の中で、食べられる果実や木の実の見分け方をソロンへ教えた。
さらに森を理解するためには、木々や草花、小動物の動きに意識を向け、森の息吹を感じることが大切だと説いた。ソロンは最初こそ戸惑ったものの、森への理解を深めるにつれて、どこに何があるのか自然と分かるようになっていった。
書物だけでは得られなかった知識を、ソロンはエーヴから直接学んでいった。
初めての獣の解体
エーヴは狩りの技術にも長けていた。
逃げる鹿へ放った一矢で首筋を射抜き、一瞬で仕留めてみせる。しかし狩った後の処理はソロンへ任せた。
ソロンは血抜きや内臓の摘出を教わりながら行ったが、生温かい血や内臓の感触、強烈な臭いに何度も吐き気を催した。それでもエーヴは手助けをせず、厳しい表情で最後までやり遂げるよう見守った。
汗だくになりながら作業を終えたソロンは、自分が生きるために必要なことを何も知らなかったと痛感した。
努力だけでは埋まらない未熟さ
焚き火の前で肉を焼きながら、エーヴは不器用なりによくやったとソロンを評価した。
しかし同時に、自分なら三分の一ほどの時間で終わらせられるとも語った。ソロンは、自分が魔法以外のことを軽視し続けてきた結果が今の未熟さなのだと理解する。
旅に出る前、自分は何でもできると思い込んでいたが、それは傲慢だったのかもしれないと考えるようになった。
初めて味わう本当の美味しさ
エーヴが焼いた鹿肉を口にしたソロンは、その美味しさに驚いた。
王国ではもっと豪華な料理を食べていたにもかかわらず、今食べている肉のほうが遥かに美味しく感じられたのである。
するとエーヴは、それはソロンが初めて美味いと口にしたからだと指摘した。言葉には力があり、美味いと言えば食べ物はより美味しくなるのだという。
ソロンはこれまで食事を効率化すべきものと考え、料理を素直に評価したことも、人と食事を楽しんだこともなかった。その生き方を改めて見つめ直すことになった。
精霊魔法との出会い
食事の最中、エーヴは精霊魔法について語った。
彼女によれば、精霊魔法は魔法とは少し異なり、精霊へ語りかけることで力を借りる技術だった。そして人間がマナと呼ぶ存在を、エルフは精霊と呼んでいるに過ぎないのだという。
その説明の後、エーヴは風の精霊シルフを呼び出してみせた。
ソロンは初めて目にする精霊の姿に強い感動を覚え、自分も使えるようになりたいと願った。
才能の限界を指摘される
しかしエーヴは、ソロンには精霊魔法の素質がないと断言した。
精霊魔法は理論や術式ではなく感覚の世界であり、自然を感じ取る力が必要だからである。ソロンは反発し、自分は王国一の魔法使いだと主張したが、エーヴは動じなかった。
魔法使いとしての才能は認めながらも、それだけが世界のすべてではないと語り、もっと多くのことを学ばなければ魔王は倒せないと諭した。
その言葉はソロンにとって耳の痛いものだった。
歴代勇者との比較
ソロンは以前から抱いていた不安を口にした。
自分は歴代の勇者たちと比べてどれほど強いのかと尋ねたのである。
エーヴは少しも迷わず、自分が知る勇者の中では間違いなく最弱だと答えた。
予想していたとはいえ、その評価はソロンの胸を深く傷付けた。勇者になりたくてなったわけではないという不満も思わず口を突いて出た。
しかしエーヴは、嫌なら逃げればよいと淡々と告げるだけだった。
ソロンの本音
エーヴの言葉に対し、ソロンは勝ち目がないと分かれば逃げるつもりだと答えた。
それは弱音でも強がりでもなく、本心だった。
魔王討伐への覚悟を持ちながらも、自らの限界や恐怖を否定できないソロンの姿がそこにあった。エーヴはそんな彼を否定することなく、静かに受け止めていた。
難民
新たな同行者たち
精霊魔法の習得に苦戦しながら旅を続けていたソロンは、街道で三人の人間と遭遇した。
若い男女のアレックスとマヤ、そして少年マルクである。ソロンは姿を隠したまま無視して通り過ぎようとしたが、エーヴはそれを見逃さなかった。
助けないのかと問われたソロンは、自分にできることはなく、彼らを守りながら魔王を倒すなど不可能だと断言した。しかしエーヴは納得せず、強引にソロンのローブと護符を奪い取って姿を晒してしまった。こうしてソロンは三人と関わらざるを得なくなった。
難民たちの事情
アレックスたちは、魔王軍の襲撃によって故郷を追われた難民だった。
住民たちと共に逃げる途中で魔物に襲われ、生き残った者たちも散り散りになり、今は三人だけで旅を続けているという。
行き先も決まっておらず、ただ安全な街や村を探していた。ソロンは早々に別れるつもりで話を聞いていたが、エーヴが勝手にソロンを勇者だと明かしてしまう。
その途端、三人は希望を見出したような表情を浮かべた。
同行の申し出
アレックスは、勇者と一緒なら安全ではないかと考え、同行を願い出た。
ソロンは自分の目的は魔王討伐であり、人助けではないと説明したが、アレックスは食料も尽きかけ、眠ることすらままならない現状を訴えた。
見捨てるべきだと理解しながらも、ソロンは完全には切り捨てられなかった。
そこでエーヴの精霊魔法を利用し、危険が迫った際には三人の姿を隠すという条件で同行を認める。そして街か村を見つけ次第、そこで別れることを約束させた。
三人はそれだけでも十分だと喜んだ。
生まれる距離感
こうして旅の仲間は四人から七人になった。
アレックスたちはエーヴの存在を自然に受け入れ、特にマルクは果実をもらったこともあって懐いていた。しかしソロンとの関係はぎこちないままだった。
ソロン自身も積極的に話そうとはせず、常に周囲を警戒することを理由に会話を避けていた。どうせ一時的な関係なのだから親しくなる必要はないと考えていたのである。
エーヴの指摘
そんなソロンに対し、エーヴは何故他の人間と話そうとしないのかと問いかけた。
ソロンは昔から余計なことを話さない性格だったと答える。しかしエーヴは、会話をして何かが減るわけではないだろうと反論した。
それに対しソロンは、人と関わることは期待することでもあり、その期待が裏切られるたびに心が削られてきたのだと語る。幼い頃からそうした経験を繰り返した結果、人との関わりを避けるようになっていたのである。
人を恐れる勇者
エーヴは、同族と交流すらできない者が魔王を倒せるはずがないと告げた。
そしてソロンの前に立ち、人を恐れるなと諭した。
しかしソロンは、自分が恐れているはずがないと強く否定する。世界最高の魔法使いである自分が人を恐れるなどあり得ないと反発し、エーヴを押しのけて先へ進んでいった。
だが、人との関わりを避け続ける姿そのものが、エーヴの指摘を裏付けているようでもあった。
子供
マルクとの交流
エーヴの指摘以降も、ソロンはアレックスたちとの距離を保っていた。
そんな中、最初に壁を破ったのはマルクだった。彼はソロンへ仲間がいない理由を尋ねる。
ソロンは、自分はひとりで魔王を倒すつもりであり、そのほうが効率的だと説明した。仲間が多いほうが良いというマルクの素朴な疑問に対しても、自分は魔法使いだから他の勇者とは事情が違うと答えた。
その説明を聞いたマルクは、ソロンがひとりで魔王を倒せるほど凄い魔法使いなのだと純粋に感心した。ソロンにとって、それはこれまでほとんど受けたことのない肯定だった。
才能と努力についての助言
マルクはさらに、どうすればソロンのような魔法使いになれるのかと尋ねた。
ソロンは幼い頃から本を読み、魔法を学んできたと語った。しかし同時に、何かを始めるのに遅すぎることはなく、まず挑戦することが大切だと教えた。
その言葉を口にした瞬間、ソロン自身が驚いた。
かつての自分なら、無理なものは無理だと言い切っていたはずだったからである。精霊魔法という自分に向かない分野へ挑戦し続けている経験が、少しずつ考え方を変え始めていた。
マルクはその言葉を真剣に受け止め、いつか魔法を学ぶと決意を語った。
勇者としての自覚
マルクとの会話を見ていたエーヴは、ソロンが意外とまともなことを言うのだと茶化した。
ソロンは不満を示しながらも、勇者は子供へ希望を語れなければならないと答えた。
その言葉は、半ば自分自身へ向けたものでもあった。
エーヴは、本当に世界を救うつもりなのかと問いかける。ソロンは魔王を倒すつもりだと答えたが、その瞬間、自分は本当にそれを信じているのだろうかと疑問を抱いた。
本気で嫌なら逃げることもできたはずなのに、自分は勇者という役割を引き受けている。その事実が少しずつ重みを持ち始めていた。
アレックスからの評価
マルクとの会話をきっかけに、ソロンはアレックスとも話すようになった。
アレックスは以前から、王国に若き天才魔法使いがいるという噂を聞いていたと語る。それが目の前のソロンだったのだ。
ソロンは幼い頃から魔法を使えたことや、本を読むことが好きだったことを話した。
するとアレックスは、才能だけでなく努力があったからこそ勇者になれたのだろうと述べた。
その言葉はソロンに大きな衝撃を与えた。
王都では誰もが才能ばかりを語り、自分の研鑽や努力を評価する者はほとんどいなかったからである。
初めて自分の積み重ねを認められたような気持ちになり、ソロンは人と話すことの意味を少しだけ考え始めた。
マヤとの対話
やがてソロンはマヤとも言葉を交わすようになった。
マヤは、ソロンが世界を救うために旅へ出た立派な人物だと思っていると語った。
しかしソロンは、勇者になったのは預言者に指名されたからであり、自ら望んだわけではないと本音を漏らす。
それでもマヤは評価を変えなかった。
自分たちは魔王軍から逃げることしかできなかったのに、ソロンは恐ろしい旅へ踏み出している。それだけでも普通の人間にはできないことだと語ったのである。
勇者を引き受けた理由
マヤとの会話を通じて、ソロンは改めて自分自身へ問いかけることになった。
王都では、自分が勇者になることは当然のように扱われていた。しかし本来、勇者になるかどうかは本人の意思とは別問題のはずだった。
本気で嫌なら逃げることもできた。
それでも自分は逃げなかった。
ソロンは、魔王を倒せそうな人間が他にいなかったからだと答えたが、それは完全な本音ではなかった。レオンという有力な候補が存在していたからである。
マヤは、力を持っていてもその役割を引き受けるかどうかは別の問題だと静かに告げた。
その言葉によってソロンは、自分が勇者になったのは単なる強制だけではなく、自ら選んだ結果でもあったのだと少しずつ理解し始めるのだった。
初めての戦い
村を救うかという葛藤
アレックスたちが加わった旅は予想以上に順調だった。
ソロンが遠距離から魔物の接近を察知し、エーヴが精霊魔法で全員の姿を隠して危険を回避する。食料調達もアレックスたちが担うようになり、ソロンの負担は大きく減っていた。
そんな中、ある日再び魔王軍の一団と遭遇する。
ソロンが魔法で進行方向を確認すると、その先には小さな村が存在していた。魔王軍の目的地がその村であることは明白だった。
しかしソロンは、自分の目的は魔王討伐であり、村を救うことではないと主張する。ここで戦えば潜入計画が崩れ、魔王討伐も遅れる。それは結果的にさらに多くの犠牲を生むことになると考えていた。
エーヴの指摘
その決断に対し、エーヴは理屈ではなく、ソロン自身が本当にそれで良いのかと問いかけた。
ソロンは世界を救うためには目の前の村を見捨てるしかないと反論する。しかしエーヴは、救われるべきものは世界だけではなく、ソロン自身の心でもあると告げた。
さらにエーヴは、以前ソロンが村を見捨てたことを後悔し、その傷が心に残り続けていると見抜く。
ソロンは否定しようとしたが、飢えによって生きる気力すら失っていた自分を思い返し、その指摘を完全には否定できなかった。
世界を救うために小さな村を救うのは馬鹿げていると語りながらも、その言葉は自分自身を納得させるためのものだった。
やがてソロンは、自分は賢者ではなく愚者なのかもしれないと認める。そして村を救うため、アレックスたちを待機させて単独で行動を開始した。
魔王軍への奇襲
ソロンは空から俯瞰する魔法で村へ向かう魔王軍を確認し、先回りして攻撃を仕掛けた。
最初に放ったのは十本同時の光の矢だった。追尾性能を持つ魔法は次々と魔物を射抜き、多数を撃破する。
さらに雷撃魔法を放ち、敵の数を大幅に減らした。
しかし魔法を結界で防いでいた赤い魔人だけは健在だった。
魔人は驚異的な速度でソロンへ迫り、接近戦へ持ち込もうとする。
窮地とエーヴの介入
ソロンは慌てて近接用の短い杖を取り出そうとしたが、緊張のあまり手から落としてしまう。
迫る大剣を前に身体は硬直し、自らの死を覚悟した。
その瞬間、魔人は突如として生き物のような炎に包まれる。
エーヴが精霊魔法で介入したのである。
炎によって動きを乱された魔人の攻撃は逸れ、ソロンは短い杖を拾い直すことに成功した。
赤い魔人の討伐
ソロンは残る全魔力を杖へ注ぎ込んだ。
すると魔法の刃は想定を超える巨大さとなり、振るわれた一撃は赤い魔人を肩口から真っ二つに切断した。
魔人は抵抗する間もなく絶命した。
主を失った魔物たちは恐怖し、そのまま逃走を始める。
村への襲撃は未然に防がれたのである。
戦いの代償
戦闘後、ソロンの魔力は完全に尽きていた。
今の自分ならゴブリンにすら負けると自覚するほど消耗していたが、エーヴは倒れそうな彼を支えながら、弱みを見せるなと忠告した。
ソロンは、人間にも魔人にも味方しないと言っていたはずのエーヴが助けた理由を尋ねる。
エーヴは、本来そのつもりだったが、杖を落とすというあまりにも情けない失敗を見て思わず手を出してしまったと答えた。そしてソロンは人の心を動かすのが上手いのだと告げる。
ソロンはそれも魔法の一種だと強がったものの、緊張が解けた瞬間に力尽き、その場へ崩れ落ちるのだった。
村
勇者への感謝と村人たちの誤解
魔王軍を撃退した後、ソロンは村へ立ち寄らずに去ろうとした。以前に村人から拒絶された経験があったため、自分が歓迎されるとは思えなかったのである。
しかしエーヴは感謝の言葉くらい受け取るべきだと言い、半ば強引に村へ向かった。
村人たちは警戒しながら二人を迎えたが、自分たちを救うために戦ったという話をすぐには信じなかった。魔王軍が現れた原因そのものがソロンたちではないかと疑っていたのである。
エーヴの怒りと風の王
村人たちがエーヴを魔物の仲間ではないかと疑うと、エーヴは淡々と自分が人間の味方ではないことを認めた。
そして精霊語を唱え、最上位の精霊である風の王を呼び出した。
巨大な風の精霊を目の当たりにした村人たちは恐怖し、多くが逃げ出した。
エーヴは自分にとって人間の生死など本来どうでもよいと語る。しかし、ソロンが命を懸けて人々を救ったにもかかわらず、その行為が報われないことは悲しいと告げた。
ソロンは、エーヴが自分のために怒ってくれていることを理解し、照れくささと嬉しさを覚えた。
村人たちの謝罪
ソロンがその場を離れようとすると、先頭に立っていた男が呼び止めた。
男は、村人たちが常に襲撃への恐怖を抱えながら暮らしていたこと、自分たちだけは襲われないと信じたかったことを打ち明けた。そして魔王軍の出現をソロンたちのせいにしたかっただけだと認め、正式に感謝と謝罪を伝えた。
その言葉に他の村人たちも続き、ソロンへ感謝を述べた。
ソロンは、自分にも助けるべきか迷いがあったことを正直に語ったが、村人たちはそれでも感謝した。
勇者として迎えられる
エーヴがソロンの正体を勇者だと明かすと、村人たちは大きく驚いた。
彼らは遠目に見た巨大な魔法の刃を聖剣だと思い込み、ソロンを勇者らしい英雄として賞賛した。
誤解も多かったが、ソロンはわざわざ訂正しなかった。
村人たちは二人を歓迎し、さらにアレックスたちも受け入れると申し出た。人手不足だったこともあり、避難民である三人を快く迎え入れることになった。
村での交流
村での歓待は質素なものだったが、温かみがあった。
村人たちはソロンを称賛し、魔王討伐への期待を寄せた。かつてのソロンであれば、自分勝手に勇者へ期待する人々を嫌悪していただろう。
しかし今のソロンは違っていた。
勇者である以上、人々の期待を否定することは、自分自身の旅の意味を否定することになると理解していたのである。
一方のエーヴは村人たちと自然に打ち解け、森の恵みについて教えることで大きな信頼を得ていた。
精霊の力ではない心の交流
その様子を見たソロンは、また精霊魔法を使って人々の心を掴んでいるのではないかと尋ねた。
しかしエーヴは、村へ来てからは一切精霊の力を使っていないと答えた。
さらに、人の心を力で手に入れても何の価値もないと語った。
その言葉は、魔法さえ極めれば欲しいものを得られると思い込んでいたソロンの心に深く刺さった。
ソロンは、人との繋がりや信頼は魔法では得られないことを、少しずつ理解し始めていたのである。
魔物
村との別れと結界の贈り物
村で一夜を過ごした後、ソロンは再び魔王討伐の旅へ出発することを決めた。
村長の息子や村人たちは名残惜しそうに見送ったが、ソロンは勇者として魔王を倒す使命があると告げた。
アレックスやマヤとも別れを交わし、マルクからは力強い激励を受けた。しかしソロンは、この村が既に魔王軍に発見されていることを危惧していた。
そこで村を離れる直前、村全体を覆う結界魔法を展開した。完全な防御ではないものの、魔王軍の発見を遅らせる時間稼ぎにはなると説明し、村人たちへ森へ逃げる備えを怠らないよう忠告した。
村人たちは深く感謝し、ソロンはその反応に悪くない気分を覚えながら村を後にした。
人との関わりへの考え方
旅を再開した後、エーヴは村へ立ち寄って良かっただろうと問いかけた。
ソロンは食料を得られたことを理由に挙げたが、エーヴは気持ちの面での変化を指摘した。
しかしソロンは、アレックスたちが自分との別れを惜しんでいたのも護衛を失う不安があったからだと考え、人の好意を素直に受け取ろうとしなかった。
その態度にエーヴは呆れ、人の感情を悪い方向へ解釈しすぎだと指摘した。
ソロンは幼い頃から本ばかり読んで育ち、人間を理解することの難しさから、人よりも本を信じるようになったと語る。人間は複雑すぎて理解できず、だからこそ距離を置いてきたのである。
理解できないことの価値
ソロンの話を聞いたエーヴは、人間も魔物も妖精も神ですら完全には理解できないと語った。
もし全てを理解できるなら争いも悲しみも喜びも存在しなくなる。それでは何も起こらない世界になるだけだと説明する。
ソロンは自分が本当に望んでいたものが何だったのか考え込むが、エーヴはそれを遮るように背中を叩き、あるがままを受け入れれば良いと笑った。
さらにエーヴは、ソロンを非常に人間らしい存在だと評した。
ソロンは理性では情を不要だと切り捨てようとしながら、実際には人一倍情に厚い。その矛盾と葛藤こそが人間らしさであり、見ていて面白いのだと語った。
また、歴代勇者たちが光り輝く星のような存在だったのに対し、ソロンは光でも闇でもない灰色だと評した。
ソロンは自分の灰色の髪を嫌っていたが、エーヴはその色を味わい深いと褒めた。その言葉はソロンにとって初めて受ける種類の評価だった。
魔王領への接近
その後の旅は大きな事件もなく続いた。
人里は完全に姿を消し、その代わりにゴブリンやコボルト、オークなどの魔物や魔人たちと遭遇する機会が増えていく。
ソロンも次第に慣れ、以前のように隠れることなく、魔物たちとすれ違うだけで進めるようになっていた。
エーヴはそんなソロンの成長をからかいながらも認めていた。
魔物への新たな視点
旅の途中、エーヴはゴブリンやオークが本来は繁殖力の強い種族であり、人間が勢力を拡大したことで数を減らしていったと語った。
さらに、人間は自分たちを侵略される被害者だと思っているが、実際には先に魔物たちの領域へ侵出した側でもあると指摘する。
ソロンはこれまで魔物を当然のように悪だと思っていたが、その考えが一方的なものだったことに気付かされた。
エーヴは、人間が魔物と呼ぶ種族の多くはエルフと同じ妖精の一種であり、人間に近いか遠いかだけで区別されているに過ぎないと説明した。
その話を聞いたソロンは、自分だけは客観的に物事を見られると思い込んでいたこと自体が傲慢だったと悟る。
エーヴもそれを認め、ソロンは馬鹿だったのではなく、神のような視点を持てると信じた傲慢で愚かな人間だったのだと告げた。
その言葉を受け入れたソロンは、自分の限界を少しずつ理解し始める。
そして数か月後、二人はかつて人間の国だった土地を抜け、ついに魔王領へ足を踏み入れようとしていた。
魔王領
魔王領の実態と自然観の違い
ソロンは魔王領へ足を踏み入れると、想像していたような不気味な土地ではなく、未開の自然が広がる地域であることに驚いた。
道は整備されておらず歩きにくかったが、エーヴはそれこそが本来の自然の姿だと語った。人間だけが自分たちの都合で自然を大規模に改変しており、他の種族は必要最低限しか環境を変えないというのである。
ソロンが人間こそ悪なのではないかと漏らすと、エーヴは善悪は立場による主観でしかないと否定した。そして人間と魔物の争いも、単純な善悪では説明できないものだと語った。
神々と戦争の真相
エーヴは、人間と魔物の争いの根本には人間の神と魔物の神の対立があると説明した。
人間の神は眷属である人間たちを放置し、その結果として人間は無秩序に領土を拡大して魔物たちの生息域を脅かしているという。その脅威から魔物たちを守ろうとして魔物の神が介入し、戦争が続いているのだと語った。
さらに王国の地下神殿に祀られている女神こそが本来の人間の神であり、その神は自らの存在を隠しているため、多くの人間は大神と混同しているとも明かした。
ソロンは自分たちの神の実態に失望を覚えながらも、神々も決して全能ではないというエーヴの考えを知る。
また、エーヴ自身はエルフの神の存在を認めながらも信仰はしておらず、その神がエルフと同じ姿をしていることを理由に、ありがたみを感じないと語った。
魔人の集落の観察
魔王の居場所を知らないソロンは、大規模な魔人の集落を探しながら旅を続けた。
多くの集落はゴブリンやオークなどのものであり、ようやく発見した魔人の集落は人間の村と大差ないものだった。
黒い石造りの住居が並び、農耕ではなく狩猟を中心とした生活を営んでいた。そこでソロンは、集落に女性と子供ばかりがいることに気付く。
戦場で魔人の女性を見た記録がほとんど存在しないことから、男たちが戦争へ出ている間、女性が集落を守る体制なのだと理解した。
女子供ばかりの集落を襲う気にはなれず、ソロンはそのまま立ち去った。
魔人への認識の変化
魔王領を進む中で、ソロンは魔人たちが常に戦っているわけではなく、普通に生活している姿を数多く目にした。
その光景はソロンの抱いていた魔人像とは大きく異なっていた。
エーヴは、人間こそが種族内で大規模な戦争を繰り返す特殊な存在であり、他種族は争いが起きても基本的には一対一で決着をつけると語った。
ソロンは、人間側に絶対的な正義があるわけではなく、人間と魔物の戦争も単なる大規模な争いに過ぎないのかもしれないと考えるようになる。
そして自分たちが被害者であり、魔物たちが加害者であるという単純な見方が崩れ始めていた。
エーヴとの軽口
旅の途中、ソロンはエーヴのおかげで随分助けられていると素直に認めた。
しかしエーヴは、助けているのではなく興味を持っているだけだと答えた。
ソロンがそれを口説き文句だとからかわれると、自分は年下の女性が好みだからエーヴは対象外だと返した。
エーヴはその言葉を楽しそうに受け流し、二人は軽口を交わしながら旅を続けた。
こうしてソロンは、人間の領域を離れた世界で新たな価値観を学びながら、少しずつ魔王へ近づいていった。
預言者
預言者が語る勇者選定の経緯
預言者は、ソロンを勇者に選んだ理由が消極的なものであったと明かした。
王国の三人の天才であるレオン、マリア、ソロンのうち、レオンもマリアも失敗した結果、最後に残ったのがソロンだったのである。
ソロンは卓越した魔法の才能を持ちながらも偏屈で協調性に欠けていた。レオンが勇者に選ばれた際には仲間入りを断り、マリアからも扱いが難しいとして敬遠されていた。
しかし過去の世界編纂で王国滅亡時の戦いを見ていた預言者は、ソロンが誰よりも強力な魔法で活躍していたことを知っており、その可能性に賭けることを決めたのであった。
勇者となった後のソロン
勇者に選ばれたソロンは仲間を集めるどころか、自宅へ引きこもって研究に没頭した。
姿を隠す護符やローブ、杖の開発、対魔王用の魔法の研究など、準備には三年もの歳月を費やした。
預言者は仲間を作らせようとしたが、周囲が勧めれば勧めるほどソロンは頑なになった。
やむなく預言者は命令しようとしたが、ソロンは預言者の存在意義や能力の原理を鋭く追及し、その推論は本質を突いていた。
預言者は自らが未来を見ているわけではなく、世界を何度もやり直しているだけである事実を隠すしかなくなり、以後は距離を置きながら見守ることになった。
旅路とエーヴとの出会い
旅に出たソロンは戦闘や争いを避けながら順調に魔王領へ向かった。
しかし旅の知識が不足していたため食料確保に苦戦し、飢え死に寸前まで追い込まれた。
そこで現れたのがエーヴだった。
預言者にとってもエルフの存在は初めてであり、その登場は予想外だった。
エーヴは果実採取や狩猟、人との関わり方までソロンへ教え、旅を支え続けた。その影響でソロンは人間的な成長を見せ始める。
しかし預言者には、誇り高いエルフであるエーヴがなぜそこまでソロンへ肩入れするのか理解できなかった。
預言者とエーヴの対話
預言者は夜中にエーヴの前へ姿を現し、その真意を問いただした。
だがエーヴは協力しているつもりはなく、すべては自分の戯れに過ぎないと答えた。
さらに永遠を生きるエルフは、人間のように何かの目的のために生きる必要がないとも語った。
預言者がソロンは魔王を倒せるのかと尋ねると、エーヴは不可能だと断言した。
その理由は、魔王を倒せるのは勇者だけであり、ソロンには勇者の資質がないからだった。
預言者自身もソロンに勇者らしさを感じておらず、その言葉に反論できなかった。
世界編纂を見抜くエーヴ
預言者は怒りを込めて、勇者ではないソロンを死地へ導くのかと問い詰めた。
しかしエーヴは、人はいずれ死ぬものであり、生死そのものは大した問題ではないと平然と答えた。
そして決定的な言葉を口にする。
ソロンが死んでも、どうせ預言者は世界をやり直すのだろう、と。
その発言に預言者は衝撃を受けた。
世界編纂の存在を知る者など本来いるはずがないからである。
預言者が正体を問いただしても、エーヴは自分は自分であるとだけ答えた。
そして再び目を閉じ、それ以上何も語ろうとはしなかった。
預言者は、エーヴがただのエルフではないことだけを確信しながら、その正体も目的も理解できないまま対話を終えるのだった。
戦う理由
勇者になった理由への問い
魔王城へ近づく旅の途中、エーヴはソロンに、なぜ勇者になったのかと改めて問いかけた。
ソロンは預言者と国王に選ばれたから仕方なく従っただけだと答えたが、エーヴはそれを否定した。ソロンには逃げる機会が何度もあり、それでも魔王城へ向かい続けている以上、それは自らの意思だと指摘した。
その言葉を受けたソロンは、自分が求めていたものについて語り始める。
ソロンが求めた「光」
ソロンは、自分が求めていたのは人の心を温めるような「光」だったと打ち明けた。
しかし周囲にある光は偽物にしか見えず、自分が認められる本物の光を見つけることができなかった。
それでも今になって振り返れば、自分が偽物だと決めつけていたものも本物だったのかもしれないと思うようになっていた。
そして魔王討伐の旅を続けている理由も、自分自身では完全に理解できていなかった。人々を守りたいからなのか、自分の正しさを認めてほしいからなのか、その答えは分からないままだった。
エーヴの励まし
ソロンが光を得られなかった理由を語ると、エーヴはソロンが人に理想を求めすぎただけだと指摘した。
それでもソロンは妥協できず、自分の認める光を追い求め続けてきたと認めた。
そんなソロンに対し、エーヴはいつか必ず光を手に入れられると断言した。
そして風がその光へ導くだろうと告げる。
ソロンはその言葉の意味を理解できなかったが、エーヴの言葉には不思議な確信と悲しみが込められていた。
二人はいつものように軽口を交わしながら歩き続けたが、魔王城はすでに目前まで迫っていた。
エーヴが見つめるソロンの運命
その後、視点はエーヴへ移った。
エーヴは、ソロンが魔王との戦いに敗れるだろうと確信していた。
魔王には魔人の神の加護があり、ソロンの魔法だけで打ち破れる相手ではないと理解していたからである。
一方で預言者は世界を何度でもやり直せるため、魔王の勝利も勇者の敗北も最終的には無意味になる。
エーヴは神々によって繰り返されるこの争いを虚しいものだと感じていた。
変化したエーヴの感情
本来なら人間の運命など気にしないはずだった。
しかしエーヴは、自分がソロンに強く執着していることを自覚していた。
精霊魔法を教えてもなお諦めず挑戦し続ける姿、賢者ではないのに賢者たろうとし、勇者ではないのに勇者たろうとする姿が、愚かで無様でありながら愛おしく思えたのである。
ソロンは光を求め続けながらも、それを得られない運命にあるように見えた。
それでもエーヴは、その運命を変えたいと思い始めていた。
迫る決戦への願い
エーヴは、ソロンが心血を注いで完成させた魔法が魔王に届いてほしいと願った。
努力が必ず報われるわけではないことも理解していたが、それでも願わずにはいられなかった。
そしてソロンが敗れたとき、自分がどう振る舞うのかすら分からないまま、その未知の未来を受け入れていた。
意味や理由を求めるのではなく、自分の感じるままに行動する。
それこそがエーヴにとって唯一正しい生き方であり、だからこそ彼女は最後までソロンを見届けようとしていた。
魔の山
魔王城探索の手がかり
ソロンは魔王城の正確な場所が文献に記されていない理由をエーヴに尋ねた。
エーヴは、魔王領には人間の方向感覚を狂わせる神の加護が存在し、それによって勇者たちは何度も道に迷わされていたと説明した。これは魔王討伐後に人間軍が侵攻し、魔物たちを根絶やしにすることを防ぐための仕組みだった。
そのため歴代勇者も城の位置を正確に記録できず、ソロンは自力で探索するしかなかった。
半年に及ぶ探索
ソロンは魔法の目を用いて地形と集落の位置を記録しながら、魔王領を調査した。
集落の密集する方向へ進み、少なければ引き返すという地道な探索を続けた結果、半年もの歳月を費やして魔王城と思われる場所へ辿り着いた。
それは恐ろしい城ではなく、巨大な岩山の頂上に築かれた神殿だった。
エーヴは、自分の知る勇者たちの中で最も短期間で到達したとソロンを評価した。
決戦前の別れ
神殿を前にしたソロンは、ここまで戦闘を避け続けたことで生き延びられたと振り返った。
魔王討伐後には精霊魔法を学び直し、老後の楽しみにするつもりだと冗談めかして語ったが、その言葉には生還への願いが込められていた。
エーヴは神殿へ同行せず、遠くから見届けると告げた。
ソロンは不満を口にしながらも、エーヴがこれまで支えてくれたことへの感謝を胸に、ひとり神殿へ向かった。
魔王城への潜入
岩山には多数の魔物が配置されていた。
ソロンは姿隠しの魔法を頼りに進み、オーガや強力な魔物たちの間をすり抜けながら慎重に登っていった。
その途中、何度も危険な場面に遭遇したが、魔物たちは勇者の接近を予想しておらず、警戒も緩かったため発見されずに済んだ。
孤独と不安に襲われるたび、どこからともなく心地よい風が吹き、ソロンはそれがエーヴの励ましだと感じていた。
風に背中を押されて
疲労困憊の中で何度も立ち止まりそうになったが、ソロンは風に背中を押されるように歩き続けた。
エーヴは中立を名乗っていたが、その風は明らかにソロンを支えていた。
ソロンはそんなエーヴを嘘つきだと心の中で呟きながらも、その優しさを感じ取り、再び前へ進んだ。
神殿への到達
半日かけて山頂へ辿り着いた頃には、辺りはすっかり夜になっていた。
目の前には魔人のために造られた巨大な黒い神殿がそびえ立っていた。
入口には鎧を纏った二人の魔人が立っていたが、姿隠しの魔法は依然として有効だった。
ソロンは見つかることなく神殿へ足を踏み入れ、ついに魔王との決戦の舞台へ到達した。
魔王の城
神殿内部への侵入
ソロンは漆黒の大理石で造られた神殿へ足を踏み入れた。
内部は薄暗く、広い通路が闇の奥へ続いていた。魔人たちが警備に立っていたが、姿隠しの効果によって発見されずに進んでいく。
しかし途中、一人の魔人が異常を察知し、勘だけで剣を振り下ろした。ソロンは間一髪で回避したものの、魔人の鋭い感覚に戦慄した。
異様な二階への到達
長く険しい階段を登り切った先には、青白い松明が灯る不気味な空間が広がっていた。
無数の魔人が幽鬼のように立ち並び、ソロンは強い危機感を覚えながら前進した。
だが魔人と完全に目が合ったことで潜入は破綻した。
ソロンは即座に短杖から魔力の刃を展開して魔人を貫き、同時に長杖の魔法で階段を破壊して下階からの増援を封じた。
魔人たちとの戦闘
腹を貫かれながらも魔人は倒れず、反撃を仕掛けてきた。
ソロンは炎の魔法で魔人の顔を焼き、続けて喉を貫いて仕留めた。
しかし既に周囲の魔人たちが集結しており、十体以上の敵が迫っていた。
ソロンは正面から戦うことを避け、魔人たちが防御魔法を展開するのを見越して、攻撃ではなく強烈な発光魔法を発動した。
予想通り魔人たちは目を潰され、ソロンはその隙に最上階を目指して走り出した。
エーヴの介入
最上階へ続く階段を発見したソロンだったが、背後から凄まじい速度で何者かが迫ってきた。
迎撃を覚悟した瞬間、その正体がエーヴであることが判明した。
エーヴは手を貸していないと言い張りながらも、魔人たちが追いつく前に階段を登れと急かした。
ソロンは文句を言いながらも指示に従い、必死に階段を駆け上がった。
秘宝による大爆発
追撃する魔人たちを完全に足止めするため、ソロンは王国に伝わる秘宝の宝石を取り出した。
その宝石は魔力を込めると爆発する性質を持っており、かつて試した際には山を削り取るほどの威力を発揮していた。
ソロンは宝石を階段へ投げ込み、そのまま上階へ退避した。
直後、神殿全体を揺るがす閃光と轟音が発生し、階段と床は大きく崩壊した。
爆発によって下階は瓦礫で埋まり、追っていた魔人たちは完全に足止めされた。
魔王の間へ
爆発を見届けたソロンは作戦成功を確信した。
エーヴから切り札を使ったのかと問われたが、ソロンは否定した。
秘宝はあくまで障害を排除するための手段に過ぎず、本当の切り札はまだ残していたのである。
二人の前には赤い光が輝いていた。
その先には、ついに魔王が待つ最上階が存在していた。
魔王
魔王との対峙
最上階は無数の穴から降り注ぐ青白い光によって照らされ、神殿にふさわしい荘厳な空間となっていた。
その最奥には巨大な女神像が鎮座していたが、その前には圧倒的な存在感を放つ魔王が立っていた。
魔王は赤黒いオーラに包まれ、輪郭すら判然としない異様な姿をしていた。歴代勇者の記録にある魔王とは大きく異なり、今まで見たどの魔人よりも巨大だった。
ソロンが呼びかけると、姿を現した預言者が相手こそ魔王だと断言した。
預言者の正体への確信
ソロンは預言者に対し、王妃こそが預言者なのではないかと問いかけた。
魔王軍の真の目的が地下神殿であり、王家が女神に近い存在であること、さらには王家の秘宝が不自然なほど容易に貸与されたことなどから、その推測へ辿り着いていたのである。
預言者は否定も肯定もできなかった。
ソロンは生きて帰れたら真実を聞かせてもらうと告げ、魔王討伐のための切り札を発動し始めた。
彗星の魔法
ソロンは王国の秘宝である黒い石を取り出し、天井の彼方へ打ち上げた。
魔法によって空間は歪められ、神殿の天井の先には無限の宇宙が広がっていた。
そして黒い石は星となり、ソロンが完成させた究極の魔法の核となった。
星を物理現象として術式へ組み込み、魔法耐性を持つ魔王すら打ち砕くために生み出された必殺技である。
蒼い流星となった星は魔王へ襲い掛かった。
必殺の一撃の破壊
しかし魔王は巨大な朱色の剣を抜き放ち、流星を正面から迎え撃った。
蒼い流星と朱い斬撃が衝突し、神殿全体を揺るがす衝撃波が発生する。
そして信じ難いことに、ソロンの彗星の魔法は魔王の剣によって粉砕された。
ドラゴンすら容易に葬った必殺の術式が、魔王にはまったく通用しなかったのである。
その瞬間、ソロンは敗北を悟った。
死の一撃と犠牲の宝珠
逃走を決断できずにいたソロンへ、エーヴが叫んだ。
魔王の斬撃が放たれたのである。
赤黒いオーラを纏ったその一撃は圧倒的で、短杖による防御など意味をなさなかった。
ソロンは自らが両断される未来を幻視した。
だが実際にはローブの中に隠していた犠牲の宝珠が砕け散り、一度だけ死を肩代わりしていた。
その宝珠は王国の秘宝であり、本来は国王が所有するものだったが、ソロンは出発前に偽物とすり替えて持ち出していたのである。
撤退の決断
エーヴはソロンを引きずるようにして退避させた。
ソロンも魔王へ勝てないことを認め、撤退を開始する。
逃走しながら炎の上位魔法を放ち、魔王を紅蓮の竜巻で包み込んだ。
倒すことはできなくとも、視界を遮り時間を稼ぐためだった。
しかし退路の階段は自ら破壊している。
残された選択肢はただ一つだった。
風の王の顕現
ソロンは神殿の穴から下階へ飛び降りた。
だがその先には待ち構えていた魔人たちがおり、武器を振り上げていた。
魔力も時間も残されておらず、反撃は不可能だった。
そのときエーヴが後を追って飛び降り、美しい精霊語による詠唱を響かせた。
すると巨大な竜巻が発生し、かつて村で見せたものよりも強大な青い人型の存在が現れる。
風の王である。
エーヴの命令と共に風の王は暴風を解き放ち、魔人たちをまとめて吹き飛ばした。
こうしてソロンとエーヴは、魔王との絶望的な戦いから辛うじて生還への道を切り開いたのであった。
逃走
ソロンの帰還
魔人たちに包囲され絶体絶命となったエーヴの前へ、一人の男が現れた。
その声の主は逃げ去ったはずのソロンだった。
エーヴは自らが囮となって時間を稼ぎ、ソロンを逃がしたはずだった。しかしソロンは戻ってきたのである。
魔王にも魔人たちにも勝てないことを理解していながら、それでも再びこの戦場へ姿を現した。
エーヴの驚き
エーヴはソロンが戻ってきたことに驚きを隠せなかった。
合理性だけを重んじる賢者であれば、この場から逃げ延びることこそ正解だったからである。
実際にソロン自身も、魔王には勝てないと理解していた。
それにもかかわらず戻ってきた行動は、これまで彼が語ってきた理屈や合理性とは相容れないものだった。
エーヴは、その矛盾した選択こそがソロンらしいと感じていた。
理屈では説明できない決断
ソロンは旅の中で何度も合理性を口にしてきた。
村を見捨てるべきだと考え、他人を信用せず、自らの感情すら理屈で押さえ込もうとしていた。
しかし実際の彼は違った。
見捨てた村を救い、アレックスたちを助け、そして今はエーヴを見捨てることができなかった。
頭では逃げるべきだと理解していても、心がそれを拒んだのである。
その姿は勇者らしくなく、むしろ賢者らしくもなかった。
だが同時に、人間らしかった。
混沌そのものの存在
エーヴは以前からソロンを混沌だと評していた。
善でも悪でもなく、賢くも愚かでもなく、そのすべてが混ざり合った存在。
理屈と感情が一致せず、自分自身すら理解できない男。
それがソロンだった。
だからこそ彼は予測できず、面白かった。
そして今、エーヴの前に現れたソロンの姿は、その混沌を何よりも象徴していた。
勝てない戦いと理解しながら戻ってきたその行動は、合理性では説明できないものだったのである。
決戦への再突入
魔王と多数の魔人に包囲された神殿の中で、ソロンは再び戦場へ足を踏み入れた。
逃げ延びる機会を自ら捨て、エーヴの前へ現れたのである。
その姿を見たエーヴは、自分が何故この人間に惹かれているのかを改めて理解し始めていた。
賢者でありながら賢者になりきれず、勇者ではないのに勇者のように振る舞う。
そんな矛盾だらけの男が、今まさに魔王との最終決戦へ挑もうとしていた。
ソロン
ソロンの帰還と本心の告白
神殿へ戻ったソロンは、護符とローブで姿を隠したままエーヴの前に現れた。そして自分は勇者らしく見えるかと問いかけた。
エーヴがなぜ逃げなかったのかと責めると、ソロンは当初こそ魔王に勝てなければ逃げて生き延びるつもりだったと明かした。しかしそれは理屈に過ぎず、本心ではエーヴを見捨てたくなかったのだと語った。
ソロンはこれまで自分が光を求めながらも、人との繋がりを拒み続けてきたことを認めた。そして誰かに選ばれることばかり望み、自分から誰かを求めようとしなかった弱さを告白した。
その上で、エーヴとの出会いによって救われたのだと打ち明けた。
エーヴへの想い
ソロンはエーヴこそが自分の光だったと告げた。
勇者ではなかった自分でも、エーヴにだけは勇者だったと思われたいと願い、自分が時間を稼ぐ間に逃げるよう求めた。
さらに、自分が死ぬのは魔王のせいではなく、自分をここまで導いたエーヴのせいだと冗談めかして語りながらも、優しい笑みを浮かべた。
その言葉を受けたエーヴは姿を消すための精霊魔法を唱え始めた。
最後の戦い
エーヴが姿を消していく間、ソロンはありったけの力を振るった。
炎、氷、雷、風とあらゆる魔法を放ち、王国から持ち出した秘宝までも惜しみなく投入した。魔人たちは次々に倒れたが、それでもなお仲間の死体を踏み越えて前進し続けた。
やがてエーヴの姿が完全に消えると、ソロンの魔力も限界に達した。
それでも彼は最後の手段を選ぶ決意を固めた。
勇者になろうとした理由
魔王へ向かって走りながら、ソロンは自らの人生を振り返った。
これまで他人の輪を軽蔑し、人々の光を偽物だと否定してきた。しかし本当は自分自身もその光を求めていたのだと悟った。
他者の光には価値があり、自分はそれを羨みながら認めたくなかっただけだった。
だからこそ、その光を守りたいと思っていたのである。
自分には手に入らないものを守ろうとした。その思いこそが、彼が勇者になろうとした理由だった。
禁断の魔法
魔王の剣が迫る中、ソロンは禁断の魔法を発動した。
それは術者自身を代償として発動する究極の魔法だった。
エーヴの顔を思い浮かべながら、生きろ、永遠にだと願いを込めたソロンは、魔王の一撃を受ける瞬間に術式を完成させた。
凄まじい閃光と破壊の波動が発生し、神殿と魔人たちを巻き込みながら崩壊させていった。
魔王の勝利
少し離れた場所で結界に守られていたエーヴは、その光景を見届けていた。
やがて波動が収まると、神殿は半壊し、多くの魔人たちは消滅していた。
しかし瓦礫の中から現れた魔王は無傷だった。
赤黒いオーラも変わらず、その身体にも心にも何の変化も見られなかった。
エーヴは、今回の魔王がかつてないほど強大な加護を受けているのだと理解した。
エーヴの決意
エーヴは魔王に対し、今回もまた勝利したことを告げた。
しかし、たとえ百回の戦いで九十九回勝利しても、たった一度の敗北ですべてを失う運命にあると語った。
それは繰り返される世界の歴史そのものだった。
本来であれば、それもまた退屈な繰り返しに過ぎなかった。
だが今回は違った。
ソロンの死を目の当たりにしたエーヴの中には、これまでになかった感情が芽生えていた。
そして白い光を放ちながら、エーヴは静かに告げた。
それでは自分の気が収まらない、と。
エーヴ
崩壊した神殿と預言者
ソロンが命と引き換えに放った禁断の魔法によって神殿は半壊したが、魔王はなお生き残っていた。
依り代であったソロンを失ったことで、預言者の姿も露わになった。王妃は崩れた神殿の中で、露出した邪神像を見上げながら、その姿が王国地下神殿の女神像と酷似していることに気付いた。
しかし、今はそれを考える余裕はなく、世界をやり直すために再び自害するしかないと理解していた。
その時、エーヴの身体から眩い光が放たれ始めた。
エーヴの正体
エーヴの光は魔法でも神聖術でもない、圧倒的な神性を帯びた輝きだった。
その光の中で、エーヴは直接王妃の意識へ語りかけた。
そして自分は最初から王妃の正体も、人間の神の存在も、『世界編纂』による繰り返しも知っていたと明かした。
さらに、自分こそがエルフたちの始祖であり、エルフという種族の名の由来となった神であることを示唆した。
王妃はようやく、目の前の存在が単なるエルフではなく、神そのものであることを理解した。
ソロンへの執着
エーヴは王妃に、自分に関する記憶とソロンの最期に関する記憶を封じると告げた。
そして次の世界では、ソロンは勇者として失格し、二度と選ばれなくなるべきだと命じた。
王妃が理由を問うと、エーヴはそれを執着だと答えた。
これまで数多の勇者や人間を見てきたが、誰にも興味を抱かなかった。しかしソロンだけは違った。
合理的でありながら矛盾だらけで、人を嫌いながら人を求め、愛を欲し続けたその姿を愛おしく思っていたのである。
ソロンは自分のために死んだ。その死は誰にも渡したくない、自分だけのものだとエーヴは語った。
神の一撃
エーヴは弓を構えた。
矢は存在しなかったが、放たれたのは純粋な光だった。
その一撃は魔王を守る赤黒いオーラを切り裂き、右肩ごと腕を吹き飛ばした。
ソロンの命を懸けた魔法でも傷一つ負わなかった魔王が、神としての力を解放したエーヴの前では一撃で重傷を負ったのである。
だがエーヴは魔王を殺さなかった。
今ここで魔王を倒せば、ソロンの死だけが残ってしまうからだった。
これは討伐ではなく、自分の怒りによる八つ当たりだと告げた。
王妃への強制
エーヴは預言者の前に立つと、世界をやり直すため王妃へ死を命じた。
王妃は抵抗しようとしたが、身体は動かなかった。
精霊を司る神であるエーヴは、人間の精神に宿る精霊すら操ることができたのである。
地下神殿で目覚めた王妃は、自らの意思に反して毒酒を手に取り、それを飲み干した。
しかし王妃は、ソロンは勇者に向かなかったのだと納得していた。
優しく、愚かで、人間的すぎたからである。
その思いと共に、エーヴに関する記憶は忘却の中へ沈んでいった。
世界の終焉
王妃の死によって世界は再び終わりへ向かった。
エーヴは『世界編纂』の詳細を完全に覚えているわけではなかったが、望めば記憶を保持できる存在だった。
そして彼女は今回の世界だけは忘れないと決めた。
ソロンとの旅路は面白く、価値あるものだったからである。
消えゆく世界の中で、エーヴは静かに語りかけた。
すべてが終わった後にまた会いに行く、自分を守ろうとした傲慢な男はソロンだけだった、と。
こうして世界は終わりを迎えたが、エーヴだけはソロンとの記憶を抱えたまま次の世界へ進もうとしていた。
風の導き
アレスとの出会い
ソロンは学院時代、勇者を目指していたアレス・シュミットを嫌っていた。
アレスは何度断られても諦めず、魔法を教えてほしいと頼み続けた。ソロンはその図々しさを嫌悪し、自分の時間を奪う愚かな凡人だと切り捨てていた。
しかしアレスは罵倒されても怯まず、何度もソロンへ手を差し伸べ続けた。
心の変化
ある日、アレスを追い払った後、ソロンは暖かな風を感じた。
振り返ると、アレスがいつものように手を振っていた。
その姿を見た瞬間、ソロンの中で何かが変わった。
周囲が嘲笑う中でも夢を諦めず、自分を信じ続けるアレスを、ソロンは初めて真正面から見つめた。
そして、自分こそが他人を見下していた者たちと同じになっていたのではないかと気付いた。
差し伸べられた手を自ら拒み続ければ、求めていた光には永遠に届かないのではないかと思ったのである。
最初の一歩
その日、ソロンは学院から支給された魔導書をアレスへ渡した。
一週間で内容を覚えてこいという条件付きだったが、それはソロンが初めてアレスを受け入れた瞬間だった。
アレスは迷うことなくその条件を受け入れ、魔法を教えてくれと改めて頼んだ。
ソロンは呆れながらも、その姿に勇者らしさを感じていた。
新たな未来
場面は魔王領の入り口へ移る。
そこにはアレス、レオン、マリア、そしてソロンの四人がいた。
彼らは仲間として魔王討伐の旅を続けており、ついに魔王の城の目前まで辿り着いていた。
ソロンは魔王の城を見た瞬間、不思議な既視感を覚えた。
まるで以前にもこの場所へ来たことがあるような感覚だったが、その理由は思い出せなかった。
仲間たちとの作戦会議
魔王の城を前にして、四人は侵入方法を相談した。
ソロンは潜入、陽動、正面突破の三案を提示し、それぞれの利点と欠点を説明した。
レオンは正面突破を好み、マリアは潜入案を提案し、アレスは双方を組み合わせた折衷案を示した。
それぞれが意見を交わしながらも、最終的にはソロンの知識と判断を頼りにしていた。
かつて誰も信じられなかったソロンは、今や仲間たちから当然のように信頼されていたのである。
手に入れた光
作戦が決まると、レオンは頼りにしていると告げた。
マリアは肩に手を置き、アレスはいつも頼ってばかりだと謝った。
その言葉を受けたソロンは、自分もまた彼らを頼っているのだと実感した。
かつて求め続けた光は、特別なものではなかった。
仲間と信頼し合い、支え合う、その関係の中にこそ存在していたのである。
ソロンはようやく、自分が探し続けていたものを手に入れていた。
見守るエーヴ
その様子を遠く離れた木の上から見守る者がいた。
それはエーヴだった。
誰にも気付かれず、彼女は四人の姿を静かに見つめていた。
ソロンが求めていた光を手に入れたことを喜びながらも、自分がその場所にはいないことへ少しだけ寂しさを感じていた。
そして、わずかな嫉妬を滲ませながら微笑んだ。
その表情は、成長した子供を見守る母親のような優しいものだった。
その後
結婚を控えたソロン
魔王討伐から長い年月が流れ、ソロンは結婚を控えていた。
魔法研究に没頭する日々を送っていたが、弟子のマルクは相変わらず遠慮なく接していた。かつて純粋だった少年は成長し、生意気な口を利くようになっていたが、それでもソロンへの尊敬は変わっていなかった。
ソロンもまた、そんなマルクを唯一の弟子として大切にしていた。
旧友たちの訪問
その日、レオンとマリアが祝いのために屋敷を訪れていた。
伯爵となったレオンは以前にも増して風格を備えていたが、その人柄は変わっていなかった。マリアもまた聖女としての立場を保ちながら、昔と変わらぬ態度でソロンに接していた。
二人はソロンの結婚を祝福し、平民との結婚という選択についても、彼ららしい言葉で語った。
ソロンは身分ではなく人間の本質で相手を選んだのだと答えた。
勇者ザックへの評価
会話は自然と勇者ザックの話題へ移った。
ソロンは、自分やレオン、マリアが勇者になれなかった理由を語った。
マルクたちを助けるべきだと主張したのはザックであり、他人へ手を差し伸べるその在り方こそが勇者の資質だったのである。
ソロンは、自分たちが見抜いたから勇者になったのではなく、ザック自身が勇者だったのだと認めていた。
広がった人との繋がり
かつて勇者一行に助けられたマルクやアレックス、マヤたちは、その後もソロンとの縁を大切にしていた。
結婚式にも多くの人々が集まる予定であり、それはかつて孤立していたソロンからは想像できない光景だった。
レオンとマリアは、ソロンが人との関わりを避けていた昔とは明らかに変わったと語った。
ソロン自身は否定したものの、その変化を完全には否定できなかった。
拭えない違和感
談笑の最中、ソロンはふと奇妙な感覚に襲われた。
結婚式へ招くべき誰かを忘れているような気がしたのである。
招待客の一覧に漏れはなく、その人物が誰なのかも思い出せなかった。
しかし心の奥には、どうしても消えない喪失感だけが残っていた。
王都に現れたエルフ
話題は王都に現れたエルフへ移った。
レオンは、そのエルフについて何か知らないかと尋ねたが、ソロンは特に心当たりはないと答えた。
マリアは、ソロンは美しいものや永遠に近い存在を本能的に敬遠するため、エルフとは気が合わないだろうと評した。
ソロンも理屈ではその通りだと思っていた。
永遠を生き、執着を持たないエルフとは、自分が最も反発する種類の存在のはずだった。
忘れられない想い
やがてレオンとマリアは帰っていった。
見送った後、ソロンは窓の外へ視線を向けた。
空には雲ひとつなく、穏やかな風が吹いていた。
そして、自分でも理由のわからない言葉を静かに漏らした。
エルフは好きではないはずだった。
それなのに、なぜか嫌いになれなかったのである。
ソロン自身も知らぬまま、その心の奥底には、世界を超えてなお消えることのない一人のエルフへの記憶の残滓だけが残されていた。
エピローグ
ザックとエーヴの会談
王都へ入ったエーヴの前にザックが現れた。ザックはアレクシアと共に菓子店へエーヴを招き、個室で話し合いの場を設けた。
ザックはエーヴが王都へ来た理由を尋ねた。エーヴは、ソロンが結婚すると聞き、その相手を見に来ただけだと答えた。また、『世界編纂』の記憶について問われると、すべてではないがソロンのことは覚えていると明かした。
奇跡への期待
ザックは、エーヴほどの存在なら人目を避けて王都へ来ることもできたはずだと指摘した。
その問いによってエーヴは、自分が無意識のうちに奇跡を期待していたことへ気付いた。自分の噂を耳にしたソロンが何らかの反応を示すのではないかという、起こり得ないはずの期待を抱いていたのである。
ザックは、消えた世界にも積み重なったものは残るのではないかと語り、エーヴはそんな勇者らしからぬ考え方に苦笑しながらも、どこか納得していた。
結婚式の始まり
翌日、大聖堂でソロンとエミリーの結婚式が盛大に執り行われた。
マリアが司式を務め、レオンとザックがそれぞれ主賓として参列した。ソロンとエミリーは緊張しながらも誓いの言葉を交わし、王都の人々の祝福を受けながら新たな門出を迎えた。
見守るエーヴ
エーヴは精霊魔法で姿を隠し、人混みの中から式を見守っていた。
光を求め続けたソロンが、多くの人々に囲まれ、理想としていた女性と結ばれた姿を見て、嬉しさと寂しさを同時に感じていた。
かつて自分だけを光として見ていた男が、今では数多くの光に囲まれている。その事実を受け入れながら、エーヴは静かにその場を去ろうとした。
風が導いた再会
そのとき、不意に風が吹いた。
ソロンは花嫁に何かを告げると、真っ直ぐエーヴのいる方向へ歩き始めた。エーヴは驚きながらも姿隠しを解き、恐る恐る自分を知っているのかと尋ねた。
しかしソロンは、目の前の相手をただ噂のエルフだとしか認識していなかった。
それでも彼は、長年研究を続けた結果、わずかながら精霊魔法を習得していた。そして見えないはずのエーヴの存在へ辿り着いた理由を尋ねられると、静かに答えた。
懐かしい風
エーヴは、自分が見えていたのかと問い掛けた。
ソロンは首を横に振り、自分には何も見えていなかったと答えた。
それでも彼は確信を持ってエーヴの元へ辿り着いていた。
理由はただ一つだった。
ソロンは見えない何かへ視線を向けながら、この懐かしい風に導かれたのだと語った。失われた記憶は戻らずとも、かつて共に歩いた旅路の残響だけは、風となって二人を再び引き合わせていたのである。
書き下ろし短編『エミリー』
持参金を巡る悩み
ソロンからプロポーズを受けたエミリーは喜んでいたが、両親は頭を悩ませていた。
平民であるエミリーが貴族のソロンへ嫁ぐ場合、持参金や嫁入り道具をどう用意すべきか前例がほとんど存在しなかったからである。両親は、何も持たせなければ娘の価値が低いと見なされかねないと考え、真剣に対応を模索していた。
しかし平民の家財道具や衣服は貴族には不要であり、何を準備すれば良いのか誰にもわからなかった。そこでエミリーの提案により、ソロン本人へ直接確認することになった。
ソロンの勘違い
翌日、菓子を買いに来たソロンへエミリーは話を切り出した。
しかしソロンは婚約破棄の相談だと早合点し、口約束でも契約は契約であり、自分には国王や勇者ザックたちという強力な後ろ盾があるため裁判になっても負けないなどと力説した。
呆れたエミリーが本題を説明すると、ソロンは持参金も嫁入り道具も不要であり、エミリー本人だけ来てくれれば十分だと断言した。
それでも正式な場で両家の話し合いが必要だと聞くと納得し、両親を交えた面会の日程を決めた。
両家の顔合わせ
約束の日、エミリー一家はソロンの屋敷を訪れた。
ソロンの母は温かく迎え入れ、父も穏やかな態度で応対した。緊張しながら持参金の話を切り出したエミリーの両親に対し、ソロンの母は真剣な表情で、どうしても持ってきてほしいものがあると告げた。
その言葉に一同は緊張したが、求められたのはエミリーの菓子作りの道具だった。
ソロンの母は、結婚後もエミリーに菓子作りを続けてほしいと語り、場の空気は一気に和やかなものとなった。
契約書騒動
穏やかな雰囲気の中、ソロンは突然、自ら用意した婚姻契約書を取り出した。
それは古代文字で記された魔法の契約書であり、血判によって古の血の制約を結ぶ仕組みになっていた。さらに契約違反をした場合には全身から血を噴き出して死亡する呪いが発動すると説明し始めた。
不気味な魔力を放つ契約書に一同が呆然とする中、非常識な内容にさすがの両親も看過できず、この後ソロンは父母から徹底的に叱責されることになった。
同シリーズ
誰が勇者を殺したか誰が勇者を殺したか




同著者の作品




死霊魔術の容疑者

悪の令嬢と十二の瞳

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