どんな本?
本作は、架空の東洋風王朝を舞台としたアジアンファンタジー小説である。主人公・董胡は、皇帝・黎司を支える薬膳師であり妃でもある。彼女は宿敵・尊武と共に青龍の地で医術の混乱を収めた直後、何者かに連れ去られる。目覚めた先は、国境を越えた高原地帯で、ロー族の民が暮らす春営地であった。ロー族の後継者・ロサリが患う原因不明の病を治すため、董胡はさらわれたのだった。治療を試みる中で、彼らの一族に伝わる「神の実」が病の原因であることが判明する。さらに、董胡はこの地で、かつての師・卜殷が編み出した特製の軟膏を目にし、それを持ち込んだ「酒呑先生」が仙人窟に住んでいることを知る。卜殷である可能性に懸け、董胡は彼の無事と自身の出生の秘密を探るため、危険な旅に出る。
主要キャラクター
• 董胡(とうこ):皇帝・黎司の妃であり、優れた薬膳師。医術と薬膳の知識を駆使し、様々な困難に立ち向かう。
• 黎司(れいし):若き皇帝。董胡を深く信頼し、彼女の助けを得て国政を行う。
• 尊武(そんぶ):董胡の宿敵であり、共に青龍の地で医術の混乱を収めた人物。複雑な過去を持つ。
• ロサリ:ロー族の後継者。原因不明の病に苦しんでおり、董胡の治療を受ける。
• 卜殷(ぼくいん):董胡のかつての師。特製の軟膏を編み出した人物で、現在は仙人窟に住んでいるとされる。
物語の特徴
本作は、薬膳と医術をテーマにしたアジアンファンタジーであり、主人公・董胡の成長と冒険を描いている。異国の地での医療ミステリーや、師との再会、出生の秘密など、多彩な要素が絡み合う。シリーズ第6弾となる本作では、これまでの物語で張られた伏線が回収され、物語が大きく動き出す。
出版情報
• 著者:尾道理子
• イラスト:名司生
• 出版社:KADOKAWA(角川文庫)
• 発売日:2023年12月22日
• ISBN:978-4-04-114538-8
• 定価:726円(税込)
• ページ数:272ページ
• 関連メディア展開:コミカライズあり(かなたろう氏によるスペシャル紹介漫画)
読んだ本のタイトル
皇帝の薬膳妃 緑の高原と運命の導き
著者:尾道理子 氏
イラスト:名司生 氏
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あらすじ・内容
何者かにさらわれた董胡、その運命は――!? 王宮アジアンファンタジー!
孤軍奮闘する皇帝・黎司を助けるため、薬膳師と妃の二重生活を送る董胡。宿敵・尊武とともに派遣された青龍の地で、医術の混乱をなんとか収めた矢先、董胡は何者かに連れ去られてしまう。姿を消した董胡に周囲が心配を寄せる中、董胡が目覚めた場所は壮大な高原が広がる、国境を越えたはるか異国の地だった。
この地を春営地とするのはロー族の民。彼らは後継者・ロサリが患う原因不明の病を治してもらうため、董胡をさらってきたのだった。
董胡はなんとか治療しようと対症療法で手当てするも、その根本はわからない。調べていくうち、彼ら一族に伝わる「神の実」が関係していることが判明し――。
そのさなか、卜殷が編み出した特製の軟膏をこの地で目にした董胡は、それを持ち込んだ「酒呑先生」が遠い仙人窟に住んでいることを知る。
卜殷である可能性に懸け、董胡は彼の無事と自身の生まれを探るため、危険な旅路を踏み出した……!
この地にたどり着いたのは偶然か、必然か。いま運命が動き出す――。
董胡の生い立ちの秘密に迫る、アジアンファンタジー第6弾!
感想
物語の舞台が異国の高原に移ったことで、本作はこれまでの王宮中心の展開とは異なる開放感と、閉ざされた部族社会特有の緊張感を同時に漂わせていた。董胡がさらわれた時点では、理不尽な展開に胸がざわついたが、その後の彼女の奮闘ぶりには、やはりただ者ではない芯の強さを感じさせられた。
ロー族の病を前にして名医と称えられたものの、原因不明の症状に直面してからの焦りや誠実な対応が、彼女の人物像をより立体的に浮き彫りにしていた。とりわけ、鹿尾菜(ヒジキ)を用いた栄養改善というシンプルながら効果的な対応には、医術と薬膳の融合を感じさせられ、読みながら納得と感嘆を覚えた。
また、本作の中で静かに深まっていく人間関係が印象的であった。宿敵だった尊武との関係も、あくまで一筋縄ではいかないが、確実に何かが変わりつつある。その変化は、彼が彼女の不在に苛立ちを覚える描写や、怒りと混乱のなかで彼女を追う選択に現れていた。冷酷さの裏にある不器用な感情の揺れが、彼の人物像に厚みを与えていた。
さらに、旅先で見つけた軟膏の香りから、かつての師・卜殷の痕跡をたどり始める展開には、思わぬ伏線の回収と新たな謎の提示が織り交ぜられ、ページをめくる手が止まらなかった。あくまで「寄り道」と思われた異国の騒動が、董胡自身のルーツと直結する鍵を孕んでいたことが明らかになる流れには、良い意味で裏切られた気持ちがあった。
ただ、その奔走ぶりには読者としての心配も募る。后と薬膳師の二重生活というだけでも綱渡りである中、敵も味方も錯綜する状況で、董胡が抱える負担はもはや限界に近いように感じられる。彼女に向けられる眼差しは、尊武だけでなく、王宮内の嫉妬や陰謀にも及び始めており、どこかで「崩れてしまうのでは」と胸が痛む場面も少なくなかった。
全体として、本作は冒険、医術、陰謀、そして人間の情の複雑さが交錯する濃密な一冊であった。高原という新天地の描写と、その中で育まれた絆や真実のかけらが、今後の物語にどう影響していくのか、続刊への期待がますます高まった。董胡という主人公の「芯の強さ」と「心の揺れ」が、多面的に描かれたことこそが、この巻の最大の魅力である。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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備忘録
序
幼き日の約束と皇帝との再会
伍尭國の北部・玄武で男装の平民医生として育った董胡は、自らの出生の秘密を知り、皇帝の后として王宮で暮らすこととなった。皇帝・黎司は、董胡が幼少の頃に薬膳師を志すきっかけとなった少年であったが、彼女が女性であり后である事実には気付かぬまま、彼女を一介の薬膳師として受け入れていた。
正体を隠しての奮闘と孤独
黎司に真実を打ち明けられぬまま、董胡は自らを専属薬膳師と偽り、孤軍奮闘しながら皇帝を支えた。しかし、周囲の人々は徐々に董胡の一人二役の正体に気付き始め、彼女の立場は危ういものとなっていった。
宿敵との同行と苦悩
ついには玄武公の嫡男であり、董胡の宿敵ともいえる尊武に秘密を知られてしまい、彼女は青龍での任務に同行することを余儀なくされた。冷酷な尊武に反発しながらも、董胡は医師としての実力不足を痛感し、自らの信念に揺らぎを覚えた。
誘拐と新たな出会い
任務が終盤を迎え、黎司のもとに戻れる日を目前にした董胡は、木彫りの面を被った者たちに突如として誘拐されてしまった。目覚めた先は国境を越えた東の高原であり、彼女を待ち受けていたのは新たな出会いと運命であった。
一、王宮の黎司
后・朱璃への訪問と董胡の話題
皇帝・黎司は祈禱殿から久しぶりに私室を出て、后の一人である朱璃を訪ねた。朱璃からは、特使団に董胡が同行しているという情報が寄せられた。黎司は命じて止めたにもかかわらず、董胡自身の意志によって参加したことを説明した。朱璃は董胡の行動に疑念を抱き、黎司もまた董胡の真意を図りかねていた。
尊武の関与と疑念の深化
黎司は、董胡の行動の背景には玄武の嫡男・尊武が関係していることを明かした。特使団の団長が尊武であり、董胡の同行も彼の提案であったことを語った。朱璃は驚きと共に動揺を見せたが、詳細は明かさなかった。董胡が行かねば自ら姿を消すとまで言ったことに、黎司は深い懸念を抱いた。
鼓濤との軋轢と後悔
黎司は、董胡を止めるために后である鼓濤に冷たい言葉をかけたことを朱璃に打ち明けた。その結果、鼓濤は流行り病を理由に黎司との面会を三度も断っていた。黎司はそれが怒りによるものではないかと悩んでいた。朱璃は、董胡が戻れば鼓濤も心を解くであろうと慰めた。
侍女頭・奏優との会話
皇宮に戻った黎司は、侍女頭・奏優と朱璃について語り合った。奏優は朱璃に対して否定的であり、他の后たちの問題点についても不満を述べた。黎司はそんな奏優の言動に苦笑しつつも、后たちへの理解を示していた。
董胡誘拐の報せ
翠明からの報告により、董胡が何者かに攫われたとの知らせがもたらされた。黎司は二日前に祈禱殿の銅鏡で彼女の姿を確認していたため、驚きと動揺を隠せなかった。式神の術が届かず、密偵一人のみが董胡の後を追っているという状況に焦りを募らせた。
自らの身体を式神とする提案と葛藤
黎司は、自らを人柱として董胡のもとに飛ばすよう翠明に懇願した。以前よりそのために自身の髪を董胡に預けていたが、翠明は術の不安定さと黎司への忠義から強く拒絶した。黎司はそれでも董胡を救う手立てを模索し、自ら天術を試す決意を新たにして祈禱殿へと向かった。
二、消えた使部
朝の不機嫌と董胡への苛立ち
尊武は朝から使部の不在に苛立ち、食事の不味さに機嫌を損ねていた。董胡が拓生の看病にかかりきりであることを知っていたが、料理の不備を怠慢と決めつけ、彼女への不満を募らせていた。
董胡への複雑な感情と思考
当初は妹・華蘭の依頼で董胡をいたぶる目的で接近した尊武であったが、董胡の聡明さや料理の腕、そして善性に触れるにつれて興味を持つようになっていた。恋愛感情とは別と自身に言い聞かせつつも、彼女の存在が気になるようになっていた。
董胡誘拐の報告と動揺
密偵からの報告により、董胡が東の遊牧民・ロー族に攫われたことが明らかになった。尊武は当初その報告を信じられず、戸惑いながらも事実を受け入れていった。
無関心を装う尊武の態度
尊武は、平民である董胡を助ける必要はないと冷たく言い放ち、黄軍の出動も拒否した。月丞や空丞からの訴えや、恩義を感じる者たちの懇願にも耳を貸さず、徹底して冷淡な姿勢を貫いた。
次々と訪れる懇願者たち
董胡を案じる医生や伯生が訪れ、それぞれに救助のための情報や交渉の糸口を持ち込んできたが、尊武は煩わしさを感じるばかりで真剣に取り合おうとしなかった。
拓生の治療と董胡の存在感
拓生の回復の早さと董胡の秘伝の軟膏により、董胡の医術の卓越さが再確認された。尊武はその効能に興味を持ちながらも、董胡の不在による苛立ちを強めていった。
周囲の信頼と尊武の苦悩
董胡を慕う人々の厚意と忠誠により、尊武のもとに支援要請が殺到した。黄軍を辞してまで救出に向かおうとする月丞・空丞親子の決意に、尊武はついに追い詰められた。
出兵の決意と尊武の爆発
尊武は怒りと苛立ちを抑えきれず、王宮への帰還を断念して自ら出陣を決意した。董胡を攫ったロー族への怒りは頂点に達し、黄軍と青軍を率いて討伐に乗り出すと宣言した。
董胡への執着と行動の変化
単なる薬膳師として見ていた董胡への関心は、無自覚の執着へと変わっていた。尊武は彼女の救出と報復を目的に、自ら山を越えて行動を開始することとなった。
三、ロー族の春営地
目覚めと体調不良
董胡は見知らぬ天幕で目を覚まし、体の重さと激しい頭痛に襲われた。毒を盛られた可能性を疑うが、拘束や暴力の痕跡はなかった。周囲には囲炉裏があり薬籠も置かれていたが、どこか高山のような環境にあると察した。
サーヤとの邂逅と誘拐の理由
天幕に現れた少女・サーヤは、自分が董胡を攫った張本人であると明かした。彼女は董胡を玄武の名医だと信じ、部族の病人を救うために連れてきたと説明した。実際は青龍の医生が董胡を「一番の名医」と誤って紹介したことによる勘違いだった。
逃げ場のない状況と偽りの肩書
サーヤは自らの立場を守るため、董胡に「名医」として振る舞うよう命じた。董胡は抵抗するが、拒めば殺されると脅され、否応なく天幕の外に出てお頭のもとへと連行された。
ロー族の居住地と文化
董胡が連れて行かれたのは、高原に位置するロー族の春営地であった。雄大な山々と緑に囲まれ、家畜が穏やかに草を食む風景が広がっていた。天幕は整然と並び、その中でも最大のものへと案内された。
お頭・ロジンとの対面
董胡は、ロー族のお頭・ロジンとその側近たちの前に座らされた。彼らは董胡の若さや風貌に疑念を抱いたが、サーヤは「神に導かれた奇跡の名医」として彼を押し通そうとした。
神官・エジドの登場と断罪の予兆
そこに現れた神官・エジドは、董胡を「災いの種」と断じ、始末すべきと主張した。彼の言葉には、董胡に逃亡や帰還の可能性を与えぬ重みがあった。
サーヤの嘆願と治療猶予の獲得
サーヤはエジドに反論し、せめて董胡に治療の機会を与えるよう訴えた。ロジンもまた長年治癒しないロサリの病に苦悩しており、医術への希望を捨てきれなかった。こうして董胡は五日の猶予を得て、ロサリの治療にあたることが許された。
交渉と条件提示
董胡は治療に成功した暁には青龍への無事な帰還を約束するよう求め、ロジンはこれを承諾した。一方で、エジドは敵意を隠そうとせず、董胡に対する疑念を強めていた。
四、ロサリの奇病
サーヤの天幕での休息と高原の生活事情
ロジンの天幕を退出した董胡は、サーヤの天幕に戻り、山酔いの影響で再び横になった。天幕は高原民の家である「ゲル」と呼ばれ、囲炉裏に似た「タプラ」で暖が取られていた。サーヤはゲルの生活や春営地「ハウルジャ」、そして青い鬣を持つ伝説の馬「アズラガ」の存在を語った。
ロー族の信仰とエジドへの疑念
ロー族では、かつて青龍から来た先代のシャーマン・エジドが神の使いとして敬われていた。しかし、現エジドは突然現れた自称・後継者であり、奇跡を起こせず病も治せなかった。そのため、サーヤは彼に強い不信感を抱いていた。
ロサリへの思いと誘拐の動機
サーヤは、現お頭ロジンの後継者であるロサリの病を治すために、部族の掟を破ってまで董胡を連れてきたと明かした。ロサリの病が治らなければ、自身と弟のカザルが罰を受けると危惧していた。弟カザルもまた、神に見放されたと絶望しており、姉弟の不安は募っていた。
体調の回復とロサリの初診察
翌日、体調をある程度回復させた董胡はサーヤの案内でロサリのもとを訪れた。ゲル内部は整っていたが生活感は薄く、ロサリは寝台に横たわったまま、うつろな様子であった。
病状の観察と初期処置
ロサリは十四歳にしては小柄で、体力も気力も著しく衰えていた。董胡は脈や喉の腫れ、皮膚の状態を確認し、気虚の兆候を認めた。原因は不明であったが、初期対応として補中益気湯に類似した薬湯を調合し、服用させた。
病状の深刻さと医師としての責任
ロサリは食欲も記憶も失っており、外見こそ穏やかだが命の灯火が消えかけているような状態であった。董胡は『麒麟寮医薬草典』を頼りに類似の症例を調べる決意を固め、この日の診察を終えた。
五、楊庵合流
ロー族の暮らしとアズラガの存在
董胡は山酔いから回復し始め、サーヤから「アールツ」という冬の飲み物をもらった。ロー族は春営地「ハウルジャ」で出産期を過ごし、神の化身とされる青鬣馬アズラガを隠れ里「ローゾスラン」で守っていた。アズラガは他部族に狙われやすく、中には青龍の貴族へ献上する目的で盗みに来る者もいたという。
救出の可能性と絶望
董胡は尊武が自分を助けに来ることはないと悟り、絶望的な状況に気付かされた。青軍や黄軍が動くことは期待できず、自力での脱出しか道はないと感じた。サーヤは病を治せば帰還を助けると約束したが、失敗すれば命の保証はないと告げた。
密偵・楊庵の登場と救援の望み
翌朝、董胡はロジンの天幕に呼ばれ、密偵の楊庵が罠にかかって捕らえられたことを知った。楊庵は董胡の誘拐を目撃して後を追い、危険を冒してこの地にたどり着いたと明かした。董胡は楊庵を医師として擁護し、ロサリの治療に必要な存在であると説得した。ロジンは五日間の猶予のうち、残り三日間だけ診療を許可した。
楊庵との再会と逃走の計画
サーヤの天幕で楊庵の傷を手当てしつつ、董胡は彼にロサリの病状を共有した。楊庵は密偵仲間がすでに麒麟の社に知らせていると語り、いずれ救援が来ると慰めた。二人は脱出の計画を立てつつ、ロサリの診察を再開することを決意した。
薬籠と海藻の知識の披露
董胡は、弟カザルが薬籠を開けて『麒麟寮医薬草典』を読んでいたことに驚いた。カザルは海藻「鹿尾菜」に強く興味を示し、食べたいと告げた。董胡は説明を通じて、カザルの中に潜む聡明さを感じ取った。
ロサリの診察の再開
手当てを終えた董胡は、サーヤと共に再びロサリの診察に向かった。残された時間の中で治療の糸口を見出さなければならず、緊張と焦燥を抱えながらゲルを後にした。
六、奇病の原因
ロサリの症状と診断の行き詰まり
董胡と楊庵はロサリの診察を続けていたが、過去に卜殷が治療を諦めた高齢患者の例を思い出し、不治の腫瘍である可能性を懸念した。薬湯によって一時的に気虚の症状は改善されたが、根本的な治療には至らなかった。
ロサリの過去とサーヤの証言
サーヤは、ロサリがかつては勇敢で聡明な後継者であったことや、異常の始まりは髪の脱毛からであったことを語った。他にも成長不良、体重の増加、声のかすれ、慢性疲労、物忘れなど複合的な症状が確認された。
高原の子どもたちに共通する異変
董胡はサーヤやカザルの首元にもロサリと同様の腫れを発見し、これが個別の疾患ではなく、部族全体に広がる風土病である可能性を示唆した。疲れやすさや成長停止、視覚異常など、他の子供たちにも共通する症状が確認された。
五年前の事件とロー族の信仰の変化
サーヤの証言から、五年前に先代のシャーマン・エジドが殺害された事件以降、子供たちの成長に異常が現れ始めたことが判明した。後継となった現エジドの到来により、信仰や生活に変化が生じ、ロー族の信頼は揺らぎ始めていた。
神の実の変化と食生活の異常
五年前の先代エジドが与えていた「神の実」は、海藻のような黒い塊であったが、現エジドは米や塩、果物などの豪華な食材を「神の実」として与えるようになった。これにより海産物の摂取が途絶え、栄養バランスが崩れた。
沃という栄養素の欠乏と原因の特定
董胡は、鹿尾菜に含まれる「沃(よう)」という栄養素が不足していることが、病の主因であると突き止めた。この沃は海産物にしか含まれず、高原では摂取困難であった。先代エジドはそれを補っていたが、現エジドはその知識を持たなかった。
ロー族の食生活と栄養の知見
董胡はロー族の食生活を観察し、家畜の乳から作られる各種乳製品(アールツ、アーロール、ビャスラグなど)や干し肉、ツァンパなどにより一定の栄養は補われていると理解した。だが、沃だけは補えず、それが長年にわたって蓄積された。
鹿尾菜の調理と高原の食文化への対応
限られた食材を用い、董胡は鹿尾菜を主成分とする薬膳スープを調理した。ビャスラグや乾姜を加え、ウルムの風味で食べやすく仕上げたこの料理は、サーヤとカザルに好評であり、ロサリにも希望が持てる成果となった。
病の核心と希望の兆し
董胡は、病の原因が「有害な食材の摂取」ではなく、「必要な栄養素の欠乏」であったことを突き止めた。これにより、病の克服に向けた実践的な第一歩を踏み出したのである。サーヤはこの薬膳スープを持って、ロサリのもとへと駆けていった。
ロサリの快方とサーヤの喜び
ロサリが董胡の作った薬膳を完食したことにより、サーヤは喜びの報告を行った。董胡は劇的な快癒は難しいと釘を刺したが、サーヤは奇跡を信じて疑わなかった。
ロー族全体への栄養不足の波及
董胡は、病の原因が沃の不足であるならば、大人にも影響があると指摘し、ロー族全体への治療の必要性を説いた。これに対し楊庵は反対しつつも、董胡の意志を尊重して協力を誓った。
カザルの導きとローの神の示唆
カザルは董胡をゲルの外へ導き、ローの神の存在を語った。空に浮かぶ雲を「龍神」と重ね、高原の信仰と青龍の神話との関連を示唆した。
蕁麻の発見と高原の食文化
カザルは毒性のある草「蕁麻(ハルガイ)」の若芽を摘み、調理可能なことを示した。これは過酷な高原の春の貴重な食材であり、地元の知恵を象徴していた。
チャツァルガンの果実と自然との共生
二人はチャツァルガンの木を訪れ、そこに実る果実を鳥と馬で分け合うという高原の民の文化を垣間見た。さらにカザルは希少な青い実を見つけ、それを「ローの神の祝福」として董胡に授けた。
仔馬への贈り物と未来の予兆
青い実を仔馬に食べさせたカザルは、それぞれの仔馬を董胡と自分に対応する存在として選んだ。董胡はその仔馬を通じて未来の繋がりを予感した。
仙人窟の医者と紫雲膏の発見
カザルの導きで董胡は食料庫に案内され、そこで紫雲膏の匂いを感知した。それは卜殷のみが調合可能な特製軟膏であり、彼の存在がこの地にあることを示唆していた。
卜殷の手がかりと仙人窟への決意
医者の名は不明ながら、「酒吞先生」と呼ばれ、医術の腕と引き換えに酒を求めるその人物が卜殷である可能性が高まった。董胡は彼に会うことを決意した。
お頭・ロジンの召喚とエジドの陰謀
ロジンのもとに召された董胡は、ロサリの病状について説明を求められた。だが、エジドはそれを偽りと断じ、ローの神の怒りを盾に董胡の排除を要求した。
ロサリの証言とカザルの告発
ロサリが自ら姿を現し、董胡の治療により快方へ向かっていると証言したことで、状況は一変した。さらにカザルがエジドの正体を暴露し、先代エジドの死の真相が語られた。
ロジンの動揺とシャーマンの脅迫
エジドは部族を去ると脅し、ロジンに董胡たちの処刑を求めた。ロジンは動揺しつつも決断を保留し、董胡は医師としての職務の継続と仙人窟訪問を申し出た。
仙人窟訪問への許可と同行者の決定
董胡は卜殷と見られる人物に会うべく、仙人窟への同行を願い出た。サーヤや楊庵は同行を望んだが却下され、最終的に案内役はカザルに決定された。
エジドの思惑と旅立ちの決意
エジドは二人が仙人窟で消息を絶つことを望み、皮肉交じりに許可を与えた。ロジンも同意し、こうして董胡はカザルと共に、真実を探る旅へと向かうこととなった。
七、皇太后の宮にて
皇太后の私室に集う策謀の者たち
董胡が卜殷と見られる人物のもとを訪ねていた頃、王宮では皇太后の私室に翔司皇子、玄武公、そしてその娘・華蘭が集っていた。尊武が青龍に出向いた件について、玄武公はその独断専行ぶりに手を焼いていると述べ、皇太后はそれを気に入った甥として寛容に受け止めていた。
鼓濤に対する不信と陰謀の芽生え
会話はやがて、黎司の寵妃である鼓濤へと移った。皇太后はすでに侍女頭を使って監視させていたが、今は動けない状況であると述べた。一方、華蘭は鼓濤が平民育ちであることへの警戒をあらわにし、増長を防ぐべく早急な対応を訴えた。
血筋の真偽と玄武公の怒り
鼓濤の出自に疑いを抱いた華蘭は、鼓濤の父が本当に平民の卜殷であるのかと問い詰めた。皇太后もまたその点に言及しかけたが、玄武公は激昂してその話題を打ち切り、妻・濤麗の裏切りこそが問題であると主張した。
翔司の動揺と華蘭の懸念
一連の会話を傍で見守っていた翔司は、母や玄武公の冷徹な策略に恐怖と戸惑いを感じ、自らの正義感との間で葛藤していた。華蘭は翔司の変化に気付き、后・鼓濤に対する危機感を強調し続けた。
翔司と華蘭の二人きりの会話
その後、二人は二の間へ移動し、咲き誇る紅梅の庭を眺めながら会話を続けた。翔司は鼓濤に対して一定の同情を示したが、華蘭はその感情に激しく反発し、幼い頃に鼓濤から侮辱された過去を涙ながらに語った。
華蘭の警告と尊武への期待
華蘭は鼓濤が帝に取り入っていることを危惧し、下品で危険な存在であると断じた。さらに、自らの兄・尊武が必ず鼓濤を排除すると信じており、その力を借りて事態を収束させるべきと語った。
翔司の動揺と疑念の芽生え
華蘭の語る言葉の裏にある暗い意図を翔司は感じ取り、不穏な空気に恐怖を覚えた。中庭の梅の赤は、彼にとって毒々しいまでに不吉な色合いを帯びて見えた。翔司の胸には、華蘭の純真に隠れた闇と、取り返しのつかない何かが芽吹きつつあるという感覚が静かに広がっていた。
八、仙人窟の医師
仙人窟行きを決断する董胡と案内役カザル
董胡は、卜殷が生きている可能性を信じて仙人窟に向かう決意を固めた。道案内を申し出たのは幼いカザルであった。彼は一度訪れたことがあると自信を見せ、董胡も不思議な確信に導かれ同行を承諾した 。
不安と希望の高原の旅路
出発当日、カザルは記憶を曖昧にしながらも、水場や目印の大木を手掛かりに進んだ。董胡はその頼りなさに不安を感じつつも歩みを進め、花や植物に見られる高原の生命力に癒されながら、徐々に目的地へと近付いていった 。
断崖を越えて仙人窟に辿り着く
仙人窟は山を登るのではなく、断崖絶壁を下る場所であった。足幅しかない危険な道を、カザルの導きで慎重に進みながら、董胡はようやく中腹の洞窟に辿り着いた 。
卜殷との再会と明かされる過去
洞窟の奥で再会した卜殷は、董胡の過去や白龍様にまつわる情報を語った。濤麗の死や白龍の行方、そして自らが隠遁していた理由が明かされ、董胡は己の出自と運命の重みに直面した。卜殷もまた、濤麗に対する深い敬愛と過去の約束を抱え続けていた 。
仮住まいの洞窟と記された文字の意味
卜殷は、この洞窟がかつてシャーマンたちの仮住まいであったと推察し、壁に刻まれた伍尭國の文字から白龍様がこの地にいた可能性に言及した。だが、有力な手掛かりは得られず、確信には至らなかった 。
別れと新たな示唆──白虎の地へ
董胡とカザルが仙人窟を後にする際、卜殷はもう一つの候補地として「白虎」の名を挙げた。そこには麒麟の社があり、白龍様がかつて持っていた帯飾りの出所と関係があるという。董胡は新たな希望を胸に、再び旅を続ける覚悟を固めた 。
養父としての情と別れ
卜殷は父親としての情を見せながら、董胡と楊庵の幸福を願った。別れ際には湿っぽさを嫌い、背中で手を振りつつも本心では深い愛情を抱いていた。その思いを受け止めた董胡は、涙をぬぐいながら再び歩き出した 。
九、高原の薬膳料理
羊の屠殺と高原のもてなし
董胡は、ロサリの治療に必要な部位「靨(よう)」を得るため、ロー族の男たちに羊を屠る許可を得た。放牧を終えた男たちは家畜への感謝の祈祷を行い、儀礼に則って静かに屠殺を行った。楊庵も現地の人々と打ち解けており、儀式に参加しながらも命への敬意を抱いていた。
高原の食文化と命の循環
屠殺された羊は見事な手際で解体され、内臓は無駄にせず腸詰などに加工された。楊庵は肝の臓を試食し、意外な美味に驚いた。董胡は、靨と肝臓をロサリ、サーヤ、カザルに分け与えた。靨は沃を豊富に含む栄養源であり、鹿尾菜よりも効果が高いと信じられていた。
薬膳の夕餉とロー族への啓発
董胡は羊肉を使った薬膳料理を振る舞い、男たちは半信半疑ながらもその効能に期待した。董胡は沃の欠乏が病の原因であると説き、子どもたちの症状と一致することを示した。説明を受けた男たちは驚きと同時に、自分たちの子に現れた異変を思い出して動揺した。
エジドの妨害とロサリの証言
エジドは董胡の薬膳に毒が入っていると非難し、人々に食べさせまいとしたが、楊庵の反論とロサリの登場により形勢が逆転した。ロサリは自らの回復を証明し、董胡の治療が確かであることを力強く証言した。
新たなシャーマンの出現とアズラガの予言
ロサリは次代のシャーマンがすでに存在すると告げ、それがカザルであると宣言した。エジドは嘲笑したが、カザルと共に青鬣馬・アズラガの仔馬が現れ、予言が的中していたことが判明した。ロジンはこれを正式なシャーマンの証と認め、部族はカザルを新たな指導者として受け入れた。
エジドの追放と部族の覚醒
エジドはシャーマンの座を奪われたことに激昂し、自らを正当化しようとしたが、先代の殺害の疑惑が浮上し、ついにロー族全体から追放された。人々は偽りを信じてきたことを悔い、信じるべきは神そのものであると悟った。
薬膳料理の成功と融和の兆し
料理の場面では、董胡が用意した汁物、蕁麻のお浸し、ふろふき大根、鹿尾菜と大根皮の煮物、ホルホグといった薬膳料理が振る舞われた。調味料の乏しい中でも工夫を凝らした料理は、ロー族の男たちに驚きをもって受け入れられ、食文化の交流が生まれた。
部族との融和と交易への提案
董胡は、角宿との交易を提案し、羊肉や乳製品と沃を含む海産物の交換によって食生活の改善が期待できると説いた。ロジンは慎重ながらも交易に前向きな姿勢を見せ、ロー族にも変化の兆しが芽生えた。
別れの準備と新たな旅立ち
サーヤは董胡を送り届ける決意を固め、ロジンも護衛を付けると約束した。董胡は角宿への帰還に安堵するも、その直後、大軍が山を登ってくるという急報がもたらされ、物語は新たな展開を迎えることとなった。
十、青龍軍の襲撃
偽エジドの謀略と大軍の接近
見張り役からの報告により、冬山を登る大軍の存在が明らかとなった。偽エジドはそれをローの神の怒りによる天罰と主張し、ロー族の動揺を煽った。さらに彼は、自らの追放が災厄を招いたと語り、董胡とアズラガの引き渡しを要求した。
疑心暗鬼と信頼の崩壊
董胡と楊庵は弁明したが、大軍の到来によって部族の人々は疑念に囚われ、築かれた信頼が一瞬で崩壊した。偽エジドは、董胡を軍に送り出す代わりに楊庵を人質に取り、巧妙に支配権を奪い返した。
董胡の孤独な決意と裏切りの誘導
董胡は単身、青龍軍との対話を決意し、偽エジドの案内で山道を進んだ。しかし、その道程は軍から意図的に遠ざけるものであり、偽エジドの真の目的は董胡とアズラガの独占にあった。彼は青龍の元武官であり、青鬣馬を献上して出世を狙っていたのである。
襲撃と神の顕現
董胡が絶体絶命の危機に陥ったその瞬間、光の粒子が空間を満たし、剣を携えた光の麗人――黎司が現れた。黎司は神の力に導かれ、実体を伴って董胡を守護した。偽エジドはその神々しい姿に恐れをなし、逃げ去った。
再会の感動と黎司の告白
黎司は董胡を抱き締め、彼女の恐怖と孤独を受け止めた。黎司が自身の髪を使って人柱の原理で式神のように現れたことを明かし、龍の力によって奇跡的に実体化した経緯を語った。董胡はその思いに涙し、再会の余韻に浸った。
尊武の出現と緊迫する剣戟
突如現れた尊武が黎司を敵と誤認し剣を交えたが、董胡の声で真相を知ると、すぐに拝座し謝罪した。尊武は董胡救出のために軍を率いていたと説明したが、黎司と董胡の親密さに疑念を抱いていた。
尊武の激情と毒舌
尊武は自らの苦労を口実に董胡への怒りを爆発させた。怒りのままに彼女に「尻を出せ」とまで言い放ち、蹴り飛ばそうとする場面では、暴君さながらの理不尽さが露呈された。
月丞・空丞の登場と軍の撤退危機
尊武の暴走を食い止めたのは、月丞と空丞親子であった。彼らの到着により董胡は命拾いし、ゲルへの襲撃を免れるかに見えたが、尊武は全滅を指示しようとした。
青鬣馬の存在が争いを止める鍵となる
董胡は機転を利かせ、ロー族から贈られた青鬣馬の存在を提示した。それがロー族との交渉材料となり得ることに尊武は気付き、ようやく話し合いの場を設けることに同意した。
十一、一件落着?
謝罪と交渉の場
青軍と黄軍の兵に囲まれる中、ゲルの広場でロー族と青龍側との話し合いが行われた。族長ロジンは董胡を攫ったことについて深く謝罪し、董胡がロサリを救ったことへの感謝として、伝説の青鬣馬・アズラガの献上を申し出た。尊武は当初強硬な姿勢を見せつつも、この謝罪と献上を受け入れることで対立を収めた。
別れの挨拶と旅立ちの準備
董胡たちはロー族のもてなしを受け、日の出とともに青龍へ戻ることとなった。サーヤやロサリ、カザルらと別れを交わし、角宿での再会を約束した。カザルはシャーマンとしての成長を示しながら、董胡に加護を告げて見送った。
険しい下山と尊武の暴走
下山の道中、険しい山道と雪に足を取られながら、董胡は空丞の支えで進んだ。だが、尊武は再び怒りを再燃させ、隙を見て董胡を蹴飛ばそうとした。空丞が救出に入ったことで大事には至らなかったが、尊武の苛立ちは収まらなかった。
角宿での再会とロー族への支援体制
角宿に戻った董胡は雲埆寮の仲間たちと再会し、ロー族への食料支援について話を交わした。偽エジドが密かに行っていた食材交換の事実も判明し、伯生と拓生がロー族に海産物を届けることを約束した。
牛車での帰還と式神の帰還
尊武の牛車に無理矢理乗せられた董胡は、車内で責められ、再び命の危険を感じていた。だが、式神の茶民と壇々が戻ってきて董胡を守り、尊武の攻撃を阻止した。こうして王宮までの帰路も無事に終えた。
王宮での再会と黎司との和解
王宮では王琳が董胡の帰還を喜び迎えた。鼓濤としての董胡は黎司と久々に再会し、高原で得た食材を使った薬膳でもてなした。黎司は食文化に興味を示し、和やかな会話が交わされた。
尊武の名声と世間の誤解
黎司は、尊武の功績を高く評価していた。尊武が董胡を救出し、青鬣馬を献上したことで名声を得たが、実際には彼の行動には計算と私欲が潜んでいた。董胡は、その事実を表立って否定できず、複雑な思いを抱えていた。
雪白姫の陰謀と王宮の新たな火種
一方、王宮の一角では、雪白姫とその侍女奏優が暗躍していた。黎司が鼓濤を訪れたことに嫉妬した彼女たちは、鼓濤が陛下を惑わす術を使っているのではと疑い、玄武家を排除しようと企てていた。奏優は雪白を正当な皇后に据えるための行動を開始する意志を固め、王宮に新たな陰謀の火種が灯った。
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