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フィクション(Novel)尾道理子皇帝の薬膳妃読書感想

小説「皇帝の薬膳妃 赤椿と蒼き地の波瀾」感想・ネタバレ

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皇帝の薬膳妃5の表紙画像(レビュー記事導入用) フィクション(Novel)

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物語の概要

■ 作品概要

『皇帝の薬膳妃 赤椿と蒼き地の波瀾』は、薬膳師と后の二役を演じる董胡を主人公とした王宮アジアンファンタジー小説の第5弾である。 本作では、青龍の后を救った董胡が、ついに宿敵である玄武公の長男・尊武に正体を見破られてしまう。 尊武は秘密を黙認する代わりに、雲の失脚で混乱する青龍の医療制度を立て直す特使団の専属薬膳師として、董胡を無理やり同行させる。 黎司の引き止める声を振り切り、董胡は青龍へと旅立つこととなった。 そこで彼女は、現地の人々との衝突や、自身の医師としての致命的な弱点、さらには善意がもたらした悲劇に直面することとなる。

■ 主要キャラクター

  • 董胡(とうこ) / 鼓濤(ことう) 后と男装の医官という多重の身分を演じる主人公である。尊武に正体を握られ、彼の専属薬膳師として青龍に連れていかれることとなった。薬草の知識は豊富であるが、血や大きな傷を前にすると動けなくなる弱点を持つ。
  • 黎司(れいじ) 伍尭國の第十七代皇帝である。董胡が尊武に連れ去られる不吉なビジョンを視て、青龍行きを猛反対する。しかし最後は彼女の覚悟を認め、翠明の強力な式神を護衛に授けて送り出した。
  • 尊武(そんぶ) 玄武公の嫡男で、宮内局の局頭である。董胡 of の正体を知り、脅迫交じりに自分の専属薬膳師として青龍へ同行させる。極めて合理的かつ冷酷な性格であり、国家の発展には悪の働きも必要であると断言した。
  • 拓生(たくせい) 雲寮に所属する若い医生である。名誉師範である伯生の孫であり、王宮にいる康生の弟に該当する。董胡の薬膳料理や人柄に触れて深く信頼した。しかし董胡が減刑を望んだ医生に逆恨みされ、背中を深く斬られて重傷を負うこととなった。
  • 楊庵(ようあん) / 偵徳(ていとく) 黎司が密かに青龍に送り込んだ、黒装束をまとった密偵たちである。楊庵は董胡を影から守り続けた。偵徳は、自身に頬の傷をつけた幼少期の犯人が尊武であると気づき、強い復讐の刃を向けようとする。
  • 茶民(ちゃみん) / 壇々(だんだん) 董胡を心から慕う后宮の侍女たちである。董胡を旅先で守るため、自らの髪を差し出した。彼女たちは翠明が作る強力な式神の人柱となる。

■ 物語の特徴

  • 宿敵・尊武とのスリリングな同行と青龍での医療改革 多重の正体を知られた董胡が、目的の読めない尊武と牛車に同乗して旅をする緊迫感が描かれる。ここでは、雲の偽薬である『黄龍の鱗』や『蛟龍の卵』に依存していた青龍の劣悪な医療の闇を暴き出した。さらに、本来の正しい医学を一から現地の人々に講義するプロセスが展開される。
  • 「善意」と「偽善」の境界に揺れる倫理的な葛藤 董胡が若い医生たちのために願った減刑という『善意』が、最悪の結果として拓生の重傷を招いてしまう。尊武から『お前の偽善は害を生む害善だ』と冷酷に切り捨てられた。何が正しかったのか分からなくなる主人公の深い苦悩が描写される。
  • 明らかになる衝撃の過去と、予測不能なラストの急展開 董胡の母親である濤麗の死の真相や、偵徳と尊武の血塗られた因縁といった重大な真実が次々と明かされる。さらに、最後には董胡が雲寮の裏口で謎の男たちに連れ去られた。物語は最大の波瀾をはらんで次の巻へと繋がっていく。

書籍情報

皇帝の薬膳妃 赤椿と蒼き地の波瀾
著者:尾道 理子 氏
出版社:KADOKAWA角川文庫
発売日:2023年7月21日
ISBN:9784041138861

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あらすじ・内容

宿敵・尊武とともに青龍の医術を正す――! 壮大なアジアンファンタジー!

薬膳師と妃の二重生活を送りながら、皇帝・黎司を助けるべく日々奮闘する董胡。青龍の后を病から救い出した矢先、ついに、宿敵である玄武公の長男・尊武に正体を知られてしまう。得体の知れない不穏な空気をまとう尊武に弱みを握られてしまい、董胡は窮地に立たされる。

一方青龍の地では、力を持っていた医師が捕まったことで、医術の混乱が生じていた。黎司は事態を収めるために特使団の派遣を決め、その団長に尊武を任命する。尊武は快く引き受けるが、突如、自分の専属薬膳師として董胡を共に連れていくと告げるのだった。尊武に従うしかない董胡は、黎司の心配を振り切り、不安な気持ちを抱えて青龍の地へ旅立つ……!
腹の底が読めない尊武の思惑とは? そして青龍の地の混乱は、さらなる事態を呼び――!

正義とは、善意とは。自分の行いは正しかったのか――。
黎司のもとを離れ、董胡は医術の現実に直面する。
シリーズ続々重版! 勢いが加速するアジアンファンタジー、揺れる第5弾!

皇帝の薬膳妃 赤椿と蒼き地の波瀾

感想

本巻で最も印象に残ったのは、董胡と尊武の関係が、単純な敵味方では説明できないものへ変わっていく点である。

尊武は董胡が玄武の后・鼓濤でありながら、男装した薬膳師として王宮を歩いていることを見抜いている。

その秘密を黎司へ明かさない代わりに、董胡へ料理を作らせ、青龍への特使団にも同行させる。

董胡にとって尊武は、秘密を握る危険な相手である。

しかし尊武は、青龍で董胡の男装が露見しそうな場面では、結果的に彼女を守るような行動も取る。

冷酷で信用できないのに、完全な敵とも言い切れない。

この不安定な関係が、最後まで物語へ強い緊張感を与えていた。

料理を完食する尊武が妙に面白い

尊武は董胡の料理を庶民的で安っぽいと馬鹿にする。

ところが、毒見もせずに次々と口へ運び、結局はすべて完食してしまう。

美味しいとは素直に認めないのに、出された料理は残さない。

この姿には思わず笑ってしまった。

尊武は他人をほとんど信用していない。

外遊先では、料理に毒が入っているかどうかを直感で判断し、信用できなければ食べたふりをしてきたという。

それほど疑い深い尊武が、董胡の料理だけは平然と食べる。

董胡が自分を嫌っていたとしても、保身のために毒を盛れる人間ではないと見抜いているからである。

尊武はその善良さを、扱いやすい愚かさだと嘲る。

言い方は腹立たしいが、董胡の本質をかなり正確に理解しているようにも感じた。

董胡の料理を信用しながら、本人の善意は容赦なく利用する。

この距離感が、尊武という人物の不気味さと面白さを強めている。

青龍行きを止めたい黎司の必死さ

尊武は、青龍の医療を立て直す皇帝の特使団長となり、董胡を専属薬膳師として同行させる。

もちろん、董胡が望んで決めたことではない。

秘密を握られているため、断れば鼓濤と董胡が同一人物であることを暴かれる可能性がある。

董胡に残された選択肢は、青龍へ行くか、黎司の前から姿を消すかの二つだった。

この事情を知らない黎司は、董胡の青龍行きへ激しく反対する。

尊武が朱雀で極楽金丹を広めた若君である可能性を知っている以上、当然の反応である。

黎司は董胡へ尊武に近づくなと何度も伝えていた。

それなのに、鼓濤から董胡本人が青龍行きを希望していると聞かされる。

董胡と鼓濤が同一人物だと知らない黎司は、鼓濤が董胡を大切にしていないのではないかと怒ってしまう。

自分を守ろうとする黎司に、鼓濤として責められ、董胡として心配される。

董胡の多重生活が、ここまで苦しい形で自分へ返ってくるとは思わなかった。

黎司は董胡を皇宮へ呼び、青龍へ行くなと直接命じる。

それでも董胡は、青龍へ行けないなら黎司の前から消えるしかないと答える。

事情を明かせないため、何も聞かずに行かせてほしいと頼むしかない。

黎司は最後まで納得できないながらも、董胡を失うよりはよいと同行を認める。

そして、必ず自分のもとへ帰ってくるよう求める。

黎司の言葉は命令というより、董胡を失いたくないという願いに近かった。

董胡もまた、黎司のそばに残るために青龍へ行く。

すれ違っているようで、二人とも相手のそばにいることを最優先にしている点が切なかった。

茶民と壇々の式神に感じた温かさ

黎司と翠明は、青龍へ向かう董胡を守るため、強力な式神を用意する。

その人柱となったのが、茶民と壇々である。

普段の二人は騒がしく、少し頼りないところもある。

しかし式神となった姿は無口で勇ましく、尊武が董胡へ近づけば即座に間へ割り込む。

本人たちとは別人のように頼もしい姿でありながら、その力の源は董胡を守りたいという二人の気持ちである。

遠く離れた王宮では、王琳が眠り続ける茶民と壇々を世話している。

董胡は一人で青龍へ向かっているように見えて、実際には多くの人の思いに守られている。

朱璃や王琳、茶民、壇々、黎司、翠明、楊庵。

董胡がこれまで助けてきた人々とのつながりが、今度は彼女を助ける力になっていることに温かさを感じた。

尊武が董胡を自分の近くへ置いた理由

青龍へ到着した董胡は、尊武の使部として扱われる。

医官として他の医師たちと宿泊することも許されず、尊武と同じ離れの従者部屋を使うことになる。

本人にとっては迷惑な話でしかない。

しかし後になって、尊武が董胡を自分のそばへ置いた理由が明らかになる。

青龍公は特使団を懐柔するため、酒や料理だけでなく、女性まで宿泊先へ送り込んでいた。

董胡が男性医官として医師の宿泊棟へ入っていれば、女性を送り込まれたことで正体が露見した可能性がある。

尊武はその危険を見抜き、董胡を自分の使部として近くへ置いていた。

尊武は董胡を大切にしているわけではない。

秘密が暴かれて自分の管理責任を問われるのが面倒だっただけかもしれない。

それでも結果として、董胡は彼の判断に救われている。

感情を顧みず、損得だけで動く尊武だからこそ、危険を冷静に見抜ける部分もある。

嫌な相手なのに、能力だけは認めざるを得ない。

董胡と同じように、読んでいる側も複雑な気持ちにさせられた。

雲寮に広がっていた医療の歪み

青龍にある雲寮では、多くの医生が学んでいた。

しかし正式な医師免状を持つ者はほとんどいない。

薬庫の管理もずさんで、生薬が違う引き出しへ入れられ、黄龍の鱗や葛根湯など限られた薬だけが安易に使われていた。

それでも雲寮の者たちは、自分たちなりに青龍の人々を救おうとしてきた。

玄武が医術を独占し、青龍へ十分な医師や薬を送らなかったため、雲の医塾に頼るしかなかった事情もある。

その一方で、雲の偽薬によって利益を得ていた者や、正式な試験では医師になれないと分かっていた者も存在する。

どこまでが被害者で、どこからが加害者なのか。

単純に雲だけを悪人として処罰すれば終わる問題ではないことが見えてくる。

尊武は、雲の不正を知っていたと自ら名乗り出た者を容赦なく捕らえる。

正直に名乗ったのだから救うべきだと考える董胡に対し、尊武は、自分で罪を認めた以上は同じ罰を受ける覚悟もあるはずだと切り捨てる。

冷酷ではあるが、尊武の判断には一貫性がある。

董胡は一人でも多く救おうとする。

尊武は将来の危険を減らすため、問題となる者を早めに排除する。

二人が理解し合えないのは、善悪の基準そのものが違うからなのだと感じた。

料理が頑なな医生たちを変えていく

董胡が雲寮で行った薬膳料理の講義は、本巻の中でも特に好きな場面である。

医生たちは当初、玄武から来た董胡へ強い敵意を向けていた。

雲の罪を暴き、自分たちの医師免状を奪った人物として恨んでいたからである。

そこで董胡は、まず黄龍の鱗や蛟龍の卵の危険性を説明する。

万能薬として使われていた黄龍の鱗は、わずかな薬効を持つ蝋梅と雑草を混ぜたものにすぎない。

蛟龍の卵には毒を持つ蝋梅の種が使われており、正しい処理や分量を知らなければ患者の命を奪う。

患者の体力や症状に合わせて薬を選ぶ必要があることを、董胡は一から教えていく。

ただし、知識の差を見せつけて終わらない。

董胡は、青龍で手に入る食材を使い、椿油と鶏肉の炊き込み飯、芽花椰菜を添えた油淋鶏、長葱の汁物、椿餅などを振る舞う。

医生たちは薬臭い料理を想像していたが、実際に食べるとその美味しさに驚く。

敵意を向けていた者たちが、食事を通して少しずつ心を開いていく。

董胡の料理は、単に空腹を満たすだけではない。

警戒心を解き、相手の話を聞く余裕を作る。

正しい知識を押しつけるのではなく、美味しいという共通の感覚から信頼を築いていくところが、本作らしい医療改革だと感じた。

董胡が強いのは、知識があるからだけではない。

相手を見下さず、学び直せばまだ医師になれると信じられるところにある。

尊武にはできない方法で、人を変えていく姿が印象的だった。

拓生を救えなかった董胡の弱さ

物語後半では、董胡の善意が予想外の結果を生む。

董胡は、反乱へ加わった若い医生たちを死罪にせず、やり直す機会を与えてほしいと尊武へ頼む。

その願いは聞き入れられ、医生たちは百叩きの刑で解放される。

ところが、その一人が拓生を斬りつける。

医師として生きられないなら死んだ方がよいと考え、死罪になるために拓生を道連れにしようとしたのである。

拓生の傷は深く、出血が止まらない。

董胡は薬草や薬膳には詳しいが、大きく開いた傷や大量の血を前にすると、体が震えて動けなくなる。

医師でありながら、目の前の患者へ触れることすらできない。

これまで多くの人を救ってきた董胡にも、明確な弱点があった。

何でもできる主人公ではなく、知識だけでは越えられない恐怖を抱えている姿に現実味を感じた。

一方、尊武は西方で見た切開術を応用し、初めての縫合を迷わず実行する。

成功する保証はない。

しかし何もしなければ拓生は死ぬ。

そう判断すると、すぐに針と糸を取り、傷を縫い始める。

董胡が善意を持ちながら動けず、尊武が冷酷でありながら命を救う。

この対比は非常に強烈だった。

善人だから人を救えるとは限らない。

悪人だから人を救わないとも限らない。

本巻が投げかける善悪の難しさが、最もよく表れた場面だったと思う。

善意は結果が悪ければ偽善なのか

拓生が傷ついたことで、董胡は自分が减刑を願ったせいだと苦しむ。

尊武は、董胡の善意を「害善」と呼ぶ。

結果を考えず、自分が残酷な人間と思われたくないという気持ちから向けた慈悲は、他人へ害を与える善意でしかないというのである。

非常に厳しい言葉だが、董胡には完全に否定することができない。

解放された医生が再び誰かを傷つける可能性まで、董胡は深く考えていなかった。

目の前で処刑される人を救いたいという気持ちはあった。

しかし、その後に起こることへの責任までは負っていなかった。

尊武は自分を善人だとは思っていない。

侵略や処罰、搾取のような悪であっても、国家の発展に必要なら行う。

自分は必要悪であり、偽善者ではないと言い切る。

人間らしい優しさを失った危険な考え方である。

一方で、将来の被害まで考えて判断するという点では、董胡よりも現実を見ている。

ただし、だからといって董胡の善意が無価値だとは思わない。

董胡が減刑を願ったからこそ、やり直そうとする者も出てくるかもしれない。

一人が再び罪を犯したからといって、全員を最初から処刑することが正しかったとも言い切れない。

何が正しかったのか、簡単な答えは出ない。

善意の中に自己満足が少しでも混ざっていれば、それは偽善なのか。

結果が悪ければ、最初の思いまで間違いだったことになるのか。

董胡が答えを出せなかったように、読んでいる側も考え込んでしまう問いだった。

黎司の天術と離れていても続く絆

青龍で董胡が襲われ、茶民と壇々の式神が斬られた時、王宮にいる二人の本体にも異変が現れる。

同時に黎司の銅鏡へ、刀を持つ医生たちに囲まれた董胡の姿が映し出される。

董胡が生きているのかさえ分からない。

青龍から報告が届くには時間がかかり、黎司はただ待つしかない。

しかし黎司は、何もせずにいることを拒む。

体へどのような負担がかかるか分からない未完成の天術を使い、董胡を助けようとする。

黎司は皇帝でありながら、遠くにいる大切な人を今すぐ助ける力を持っていない。

その無力感と焦りが伝わってきた。

董胡は青龍で孤独に戦っている。

しかし王宮では、黎司や翠明、王琳たちが彼女の無事を願って動いている。

離れた場所でも互いを思い続ける絆が、本巻の重い展開に温かさを残していた。

謎の集団に連れ去られる衝撃の結末

青龍の医療再建は進み、拓生も意識を取り戻す。

尊武との対立は残るものの、董胡はもうすぐ黎司のもとへ帰れると考えていた。

ところが物語の最後、董胡は雲寮の裏口で謎の集団に襲われる。

獣皮をまとい、木彫りの面をつけた男たちは、董胡を「玄武の名医」と確認して連れ去る。

さらに「酔っ払いの偽医師よりはましだ」という不可解な言葉まで残している。

せっかく黎司へ必ず帰ると約束したのに、その直前で攫われてしまう。

尊武に利用され、医生に襲われ、ようやく問題が収まりそうになったところで、さらに大きな事件が始まる。

本巻の題名にある「波瀾」は、青龍の医療問題だけではなかった。

すべてが終わったように見えた瞬間から、本当の波瀾が始まったように感じられる結末だった。

読後の感想

『皇帝の薬膳妃 赤椿と蒼き地の波瀾』は、董胡の優しさと尊武の冷酷さを対比させながら、善意だけでは人を救えない現実を描いた一冊だった。

董胡は料理を通して、敵意を持つ医生たちと信頼を築く。

相手を処罰して排除するのではなく、もう一度学び直せると信じる。

その姿勢は確かに多くの人の心を動かした。

しかし、慈悲によって救われた者が、別の人間を傷つけることもある。

善意が必ず良い結果を生むわけではない。

一方の尊武は、問題となる人物を排除し、反乱の芽を摘み、拓生の傷を縫って命を救う。

結果だけを見れば、董胡より正しいことをしているようにさえ見える。

それでも、人を目的のための道具として扱う尊武の考え方を肯定することはできない。

董胡と尊武のどちらかだけが正しいのではなく、二人の足りない部分が互いを映し出しているように感じた。

董胡には、結果まで考える厳しさが必要なのかもしれない。

尊武には、人の痛みを想像する優しさが欠けている。

正反対の二人が、料理や医療を通して奇妙な関係を築いていくところが、本巻最大の魅力だった。

そして董胡自身も、万能な医師ではないことを思い知らされる。

血を前に動けず、拓生を救えなかった悔しさは、今後の成長につながるのだろうか。

董胡が傷の治療や縫合術を学び、弱点を乗り越えていく展開にも期待したくなる。

何より気になるのは、最後に董胡を攫った者たちの正体である。

彼らが探している玄武の名医とは、董胡なのか。

それとも「酔っ払いの偽医師」という言葉が示す別の人物なのか。

行方不明になっている卜殷と関係があるのではないかという可能性も感じられる。

黎司との約束を果たし、董胡は無事に王宮へ帰ることができるのか。

青龍での医療改革が一段落した直後に、さらに大きな謎が始まり、次巻をすぐに読みたくなる終わり方だった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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薬膳妃 4巻レビュー
薬膳妃 まとめ
薬膳妃 6巻レビュー

考察・解説

尊武の青龍特使団

青龍への特使団派遣と医療再建の全貌

『皇帝の薬膳妃』第4巻において、青龍の地で発生した医療体制の崩壊と、それを収拾するために派遣された皇帝の特使団の動向について、特使団派遣の背景と政治的合意、特使団の構成員とそれぞれの思惑、青龍での冷徹な改革と襲撃事件、および拓生の重傷と必要悪の思想の各点から解説する。

特使団派遣の背景と政治的合意

青龍の后宮を支配していた医師・雲の偽薬調合や無許可の医塾運営が暴かれて彼が失脚したことにより、青龍の地では深刻な医師および医薬品不足が発生し、医療体制が崩壊した。

・この事態を重く見た皇帝・黎司は、青龍の医療制度を立て直すために皇帝の特使団の派遣を決定した。

・特使団長には、宮内局長である玄武公の嫡男・尊武が任命された。

・医術を独占したい玄武側との合意形成のため、青龍に麒麟寮を建設する代わりに、玄武には青龍の武術を導入する麒麟武道場を設けるという政治的な妥協案が尊武によって提示され、合意に至った。

特使団の構成員とそれぞれの思惑

特使団は、表向きの役職と水面下の思惑が複雑に交錯する集団となった。

・団長・尊武:非常に合理的で冷酷な知略家であり、青龍の医療再建を自らの権力基盤強化や玄武と青龍間の利害交渉に利用しようとした。

・董胡(鼓濤):后であると同時に男装の医官であるという二重の正体を尊武に見破られ、秘密の黙認と引き換えに専属薬膳師としての同行を強要された。

・護衛・月丞と空丞:翠蓮の侍女頭である鱗々の父と兄であり、黎司によって特使団の護衛に任じられたが、同時に尊武の不審な動きを監視する役割も担っていた。

・式神(茶民・壇々):董胡を守るために后宮の侍女である茶民と壇々が自らの髪を提供し、神官の翠明が作り上げた強力な護衛である。

・密偵(楊庵・偵徳):黎司が董胡を守るために密かに送り込んだ密偵たちであり、不測の事態に備えて影から一行を追跡していた。

青龍(雲寮)での冷徹な改革と襲撃事件

一行が角宿の雲寮に到着すると、尊武は雲の偽薬で不正な利益を得ていた医師たちを青龍医療の病巣と見なし、一切の妥協なく死罪に処した。

・董胡の必死の懇願により、扇動された若い医生たちの処分は百叩きの刑へと減刑された。

・しかし、尊武は反乱分子を一網打尽にするため、雲の罪を告発したのが董胡であるという情報を意図的に漏らし、彼女を囮として利用した。

・この結果、絶望した医生たちが董胡を襲撃し、彼女を庇った茶民と壇々の式神が斬られて消滅する事態となったが、楊庵たち密偵の介入によって董胡は救出された。

拓生の重傷と「必要悪」の思想

減刑されて解放された医生の一人が逆恨みから拓生を背後から切りつけるという悲劇が発生した。

・血への恐怖から治療を前に立ちすくむ董胡に代わり、尊武が躊躇なく初めての縫合術を施し、拓生の命を繋ぎとめた。

・尊武はこの悲劇を通じ、結果の危険性を考慮せずに中途半端な慈悲を施した董胡の善意を、害を生む害善であると冷酷に批判した。

・国家の発展や秩序の維持には時に合理的な排除が必要不可欠であると説く尊武の底知れない冷徹さは、董胡の倫理観を深く揺さぶることとなった。

まとめ

青龍への特使団派遣と医療再建を巡る一連の全貌は、医療崩壊に伴う妥協的な特使団の結成から始まり、各自の思惑が錯綜する潜入体制、不正医師に対する冷徹な処罰と囮工作、そして外科的処置の完遂と必要悪を巡る倫理的対立に至るまで、その歩みを明瞭に示している。単なる善意の空転や権威の過酷な行使という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確確たる意志によって完璧に確立するに至る、国家統治の冷酷な現実と人間的倫理がぶつかり合う試練の記録である。偽薬問題の発覚から、特使の派遣、不当な襲撃の克服、生命の縫合、そして真の救済と医療制度改革への覚悟へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

董胡の男装医官

董胡の男装医官の背景と葛藤の全貌

『皇帝の薬膳妃』において、主人公の董胡が男装して医官となった背景について、男性社会への挑戦と専属薬膳師への夢、身代わり立后と専属医官登録の奇策、男装がもたらした行動の自由と運命の再会、正体露見の危険と諸刃の剣の各点から解説する。

男性社会への挑戦と「専属薬膳師」への夢

董胡が男装を始めたのには、当時の社会的背景と強い目的が存在した。

・女性が医師や薬膳師になることが許されない伍尭國の制度が原因であった。

・かつて命を救い生き抜くと約束を交わした謎の麗人・レイシの専属薬膳師になるという強い夢を抱いていた。

・生涯を男性として生きる覚悟を決め、周囲を欺いて皇帝直属の麒麟寮に入った。

・血の滲むような猛勉強の結果、17歳という若さで医師試験に首席合格を果たした。

身代わり立后と専属医官登録の奇策

医師免状を手にした直後、彼女の運命は激変した。

・玄武公によって行方不明の娘・鼓濤であると強引に決めつけられ、后として王宮へ輿入れさせられた。

・医師としての未来を理不尽に奪われ、后宮の狭い御簾の中に閉じ込められる日々に耐えかねていた。

・后に与えられた署名用の木札を使い、自分自身を「玄武の一の后付き専属医官・董胡」として王宮に登録する行動に出た。

男装がもたらした行動の自由と運命の再会

男装の医官服をまとうことで、彼女は数々の利点と再会を得ることとなった。

・后宮から外の宮内局へ自由に行き来する移動の自由を手に入れた。

・化粧を落とし髪を両耳の横で結う角髪の姿に戻ることで、大人の女性から幼い男童のような風貌へと劇的に変化した。

・周囲は后の鼓濤が男装して出歩いているとは夢にも思わなかった。

・王宮の薬庫で翠明と再会し、レイシが実は皇帝・黎司であるという事実へ近づいていった。

・自分を捜すために王宮へ潜り込んでいた兄弟子の楊庵や、かつての師である偵徳とも合流することができた。

正体露見の危険と「諸刃の剣」

男装医官の身分は、常に危険と隣り合わせであった。

・青龍の一の后・翠蓮の奇病を救うために医官として往診を重ねたことが、優れた医術と特異な行動を際立たせる結果となった。

・不自然な動きは、鋭い洞察力を持つ朱雀の后・朱璃や、冷酷で聡明な玄武嫡男・尊武に正体を看破される原因となった。

・男装医官としての立場は、夢と正義を貫くための自由の翼であったと同時に、危険な陰謀の渦中へ引きずり込む諸刃の剣であった。

まとめ

董胡の男装医官の背景と葛藤を巡る一連の全貌は、制度上の制約を乗り越える男装での猛勉強から始まり、身代わり立后による不自由からの専属医官登録という突破口、医官服着用に伴う移動自由の獲得と協力者との再会、そして医術の発揮に伴う正体の看破と宮廷陰謀への巻き込まれに至るまで、その歩みを明瞭に示している。封建的な制約や身分の強制という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、夢への執念と知性がもたらした自由の記録である。制度の壁から、男装の決意、資格の偽装活用、行動半径の拡大、そして正体看破の危機へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

雲寮の医療再建

雲寮の再建と青龍における医療体制改革の全貌

『皇帝の薬膳妃』において、主治医・雲の失脚に伴い崩壊した青龍の医療体制と雲寮の再建について、制度の変革である領地を越えた技術交流、医療体制の膿の排除と医生の減刑、雲寮の深刻な医療レベルの低さという課題、および董胡の薬膳講義と料理の力による意識改革の各点から解説する。

制度の変革:領地を越えた技術交流

青龍の医療体制を立て直すため、黎司は皇帝の特使団を現地に派遣した。

・尊武が提示した政治的合意により、青龍に玄武の医術を伝える麒麟寮を新設することが決定した。

・代わりに、玄武には青龍の武術を学ぶ麒麟武道場が建設されることとなった。

・各領地が専門技術を独占していた従来の古い国家体制を改める、極めて画期的な国家改革の試みであった。

医療体制の「膿」の排除と医生の減刑

特使団長として雲寮に乗り込んだ尊武は、厳格な処分を行った。

・雲の偽薬販売や不正な利益に加担していた医師たちを青龍医療の病巣と見なし、一切の妥協なく死罪に処した。

・雲に扇動されて反乱を起こしただけの若い医生たちについては、董胡の必死の懇願を容れ、百叩きの刑での釈放へと減刑した。

・これにより、私欲にまみれた部類だけを排除することに成功した。

雲寮の深刻な医療レベルの低さという課題

再建にあたり董胡が雲寮の薬庫や実態を調査したところ、驚くべき惨状が明らかになった。

・生薬の管理状態は極めて悪く、引き出しには関係のない別の生薬が雑多に入り混じっていた。

・雲が万能薬として処方していた薬の実態は、少しの蝋梅の花に薬効のない雑草を混ぜ合わせたでたらめなものであった。

・医生たちの医学知識は極めて浅く、玄武の正式な医師試験に合格できる者は一人もいないほど、基礎から崩壊していた。

董胡の薬膳講義と「料理の力」による意識改革

反発や絶望を抱く医生たちに対し、董胡は論理的な説明と食事を提供した。

・雲の薬のでたらめな正体や、有毒な蝋梅の種を用いた蛟龍の卵の危険性を論理的に解説した。

・個人の体質や病の証に応じた正しい医術の重要性を説いた。

・追放されていた老名医・伯生の提案により、現地で採れる椿油や鶏肉、ブロッコリーを用いた美味しい薬膳料理を医生たちへ振る舞った。

・薬臭いものを想像していた医生たちは、その素晴らしい美味しさに衝撃を受け、董胡の実力と薬膳の知識を心から認めるようになった。

・不信を抱いていた雲派の医生たちも正しい医術を学び直す強い意欲を取り戻し、伯生と特使団の医師たちを中心に青龍の医療再建へと一歩を踏み出すに至った。

まとめ

雲寮の再建と青龍における医療体制改革を巡る一連の全貌は、領地間での技術交流という新制度の創設から始まり、悪質医師の排除と若い医生への妥当な処分、基礎から崩壊していた医療実態の把握、そして薬膳講義と料理を通じた意識改革と再出発に至るまで、その歩みを明瞭に示している。専門技術の独占や粗悪な医療という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、制度改革と誠実な医術指導の記録である。旧弊の解体から、厳正な処分、惨状の是正、知識の共有、そして新たな医療体制の発足へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

善意と偽善の対立

善意と偽善(害善)を巡る倫理的対立の全貌

本作の第5巻において、主人公の董胡と宿敵である尊武との間で交わされる「善意と偽善(害善)」を巡る対立について、対立の表面化と若い医生たちの減刑、善意が招いた悲劇と尊武の冷酷な批判、被害者・拓生の葛藤と絶対的な善意への問い、および尊武の強固な合理主義と必要悪の思想の各点から解説する。

対立の表面化と若い医生たちの減刑

対立は、雲の失脚後に発生した雲寮の若い医生たちの処分をきっかけに表面化した。

・尊武は雲の不正に加担し反乱を起こした医師や医生たちを青龍医療の病巣と見なし、将来の害を取り除くために一切の妥協なく死罪に処そうとした。

・非情になりきれない董胡は、彼らを哀れに思う純粋な優しさから若い医生たちの減刑を尊武に必死に懇願した。

・尊武は一度不正の味を占めた者が簡単に改心するわけがないと一蹴した。

・最終的には董胡の願いを容れ、彼らを死罪から百叩きの刑へと減刑して釈放した。

善意が招いた悲劇と尊武の冷酷な批判

董胡の善意は、最悪の悲劇を招く結果となった。

・解放された医生の一人が、自身が医師になれない未来に絶望し、逆恨みから若い医生の拓生を背後から切りつけて瀕死の重傷を負わせた。

・この残酷な現実を前に、尊武は董胡の甘さを冷酷に批判した。

・尊武によれば、董胡が減刑を求めたのは自分が残酷な人間だと思われたくないという自己保身や私心が混ざった独りよがりの慈悲に過ぎない。

・結果としての危険性を顧みず目の前の者に情けをかけただけの行為は、無関係な拓生に害を与えたという事実において、偽善どころか害を生む「害善」であると断じた。

被害者・拓生の葛藤と絶対的な善意への問い

被害者となった拓生自身の葛藤が、この対立をより複雑にしている。

・拓生は自暴自棄になっていた犯人に対し、純粋な親切心から薬膳の粥を届けようとしていた。

・その親切は犯人にとって憐れみや侮辱、優位に立った者からの傲慢と受け取られ、凶行を引き起こす引き金となった。

・拓生は自分の行動に相手より優位に立ったような優越感が少しでも混ざっていたならそれは偽善なのか、一点の曇りもない絶対的な善意など存在するのかと董胡に問いかけた。

・結果が他者への害を招いたとき、動機がいかに純粋であっても偽善や自己満足の烙印を免れないのかという問いに、董胡は言葉を失い答えることができなかった。

尊武の強固な合理主義と「必要悪」の思想

尊武は強固な合理主義を貫き、董胡の概念を深く揺さぶることとなった。

・尊武は自らを善人を装ったことのない本物の悪と規定した。

・国家の成立や発展、秩序の維持には時として冷酷な排除である必要悪が不可欠であるという考えを貫いた。

・結果を考慮しない中途半端な慈悲こそが最も無責任な害悪であると主張した。

・悪を自覚して必要な排除を行うことこそが世界を繁栄させるのだという尊武の冷徹な主張は、董胡自身の医師としてのあり方や正義の概念を深く揺さぶる結果となった。

まとめ

「善意と偽善(害善)」を巡る倫理的対立の一連の全貌は、処罰を巡る感情と合理性の衝突から始まり、善意の減刑が招いた刃傷沙汰、被害者自身の動機に対する深刻な自問、そして必要悪を肯定する強固な合理主義による正義の揺らぎに至るまで、その歩みを明瞭に示している。安易な自己満足や甘い慈悲という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、真の善性と責任の所在を突きつける倫理的葛藤の記録である。免罪の請願から、裏切られた慈悲、自己への疑惑、冷徹な現実の示唆、そして真の救済と医師としての覚悟の再構築へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

式神と護衛任務

式神と護衛任務の全貌

『皇帝の薬膳妃』第5巻において、神官の翠明が作り上げた式神と、董胡を青龍の地で守るための護衛任務について、式神の誕生と人柱の契約、護衛としての能力と特徴、青龍での激闘と式神の消滅、后宮の本体と黎司への反響、および三つ目の髪の束の謎の各点から解説する。

式神の誕生と「人柱」の契約

皇帝・黎司と神官の翠明は、董胡が宿敵・尊武に伴われて青龍の地へ赴くにあたり、彼女の身を守るために強力な式神を用意した。

・単なる紙札の式神とは異なり長期間活動できる人間に近い式神を作るため、董胡を守りたいと強く願う人物を人柱にする必要があった。

・董胡を姉のように慕う后宮の侍女、茶民と壇々が自ら髪の束を提供し、人柱となることを快諾した。

・式神が外で活動している間、人柱となった本人の肉体は后宮の寝所でほとんど眠り続けることとなった。

・時折起こして食事を摂らせるなどの世話が必要であり、本人が起きている間は式神は休眠状態となった。

・留守中の二人の看病と后宮の維持は、侍女頭の王琳が一人で引き受けた。

・翠明が術を施した後、髪の束の半分が董胡に返され、この髪の束を持つ者が式神の主人として常にこれを懐に入れた。

護衛としての能力と特徴

式神は茶民と壇々の姿にそっくりに作られているが、本人たちとは異なる特殊な戦闘能力を備えていた。

・式神の二人は無表情で言葉を発することはないが非常に敏捷であり、董胡に危険が迫ると風のように素早く現れて守った。

・普段は存在感が極めて薄く、いることを忘れてしまうほどであった。

・特使団の道中、尊武が乗る豪華な牛車に同乗させられた董胡に対し、尊武が距離を詰めたり手を伸ばしたりしようとするたび、二人の式神は瞬時に現れて扇や体で尊武を遮り、無言で睨みつけて董胡を守り抜いた。

青龍(雲寮)での激闘と「式神の消滅」

角宿の雲寮において、雲の不正を暴いた張本人が董胡であるという情報を尊武が意図的に漏らしたため、絶望した医生たちが董胡を襲撃する暴動が発生した。

・刀剣を持った医生たちに董胡と若い医生の拓生が囲まれた際、茶民と壇々の式神が立ちはだかり、懐剣を構えて勇敢に戦った。

・数で圧倒する医生たちの刃により、まず壇々の式神が、次いで茶民の式神が斬り捨てられた。

・式神たちは血を流すこともなく、景色に溶け込むように黒髪に戻って消滅した。

・董胡は地面に散った二人の黒髪を必死にかき集め、激しい悲しみと悔しさに涙を流した。

后宮の本体と黎司への反響

式神の消滅は、遠く離れた王宮の面々にも多大な衝撃と異変をもたらした。

・青龍で式神が斬られた瞬間、后宮で眠っていた茶民と壇々は突然叫び声を上げ、胸や腹を押さえて苦しみながら目を覚ました。

・式神としての明確な記憶は失われていたものの、王琳は翠明の術が突如解けたことから、青龍の董胡に甚大な危機が迫ったことを察知した。

・皇宮の祈禱殿で瞑想していた皇帝・黎司のもとには魔毘が現れ、銅鏡に董胡が襲撃されて二人の式神が消滅するビジョンを視せた。

・董胡を失う恐怖と強い焦燥に駆られた黎司は、身体への負担を顧みず、未完成である危険な天術を用いて董胡を自ら救いに行く覚悟を決めた。

「三つ目の髪の束」の謎

青龍の滞在中、董胡が懐の髪の束を確認した際、本来は茶民と壇々の二人分のはずが、なぜか三つの髪の束が入っていることに気づいた。

・三つ目の髪の束は、もう一人董胡を守りたいと強く願う人物の存在を示唆していた。

・この存在は、のちに黎司自身の天術が董胡の気を辿って彼女を危機から救う、重大な奇跡の伏線となった。

まとめ

式神と護衛任務を巡る一連の全貌は、献身的な人柱の契約と術の創出から始まり、無言の守護者としての俊敏な護衛活動、青龍暴動での死闘と式神の消滅、本体の覚醒と皇帝・黎司への危機伝達、そして三つ目の髪の束に秘められた救済の伏線に至るまで、その歩みを明瞭に示している。刺客の刃や宮廷の陰謀という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、深い情愛と誓いが紡ぎ出した守護の記録である。髪の契約から、道中の警護、悲痛な消滅、帝権の覚醒、そして奇跡の介入へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

薬膳妃 4巻レビュー
薬膳妃 まとめ
薬膳妃 6巻レビュー

登場キャラクター

皇家(麒麟)

黎司

伍尭國を治める天術を司る麒麟の皇帝である。幼少期に董胡と出会った経緯を持つ。敵勢力に囲まれつつ国を統治している。董胡の安全を最優先に考えて行動する人物である。

・所属組織、地位や役職
伍尭國の皇帝を務める。天術を司る麒麟の支配者である。

・物語内での具体的な行動や成果
青龍の医療混乱を解消するため特使団の派遣を決定した。尊武を特使団長に任命している。特使団の護衛として黄軍の月丞と空丞を付けた。董胡の青龍行きには最初反対の立場をとっている。帰還の約束を条件として董胡の青龍同行を承諾した。董胡を守る目的で密偵の楊庵と偵徳を現地へ派遣している。銅鏡で董胡の危機を察知し未完成の天術を試す決意を固めた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
四領地の技術交流を進める方針を表明した。領地を越えて技術を共有する国家を目指している。拒食の症状を持っていたが董胡の薬膳により改善した。

翔司

黎司の弟宮に当たる親王である。玄武公や皇太后からの圧力を受ける立場にある。秋に咲く竜胆の花を好む傾向が見られる。

・所属組織、地位や役職
皇家の親王である。黎司の弟宮を務める。

・物語内での具体的な行動や成果
皇帝の殉死制度廃止に対して賛同の意を示した。玄武の后宮近くの庭で過去に会った侍女を思い出していた。黎司からの助けの申し出に対して反発した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
殉死制度の廃止に賛同したことで肩身の狭い思いをしている。黎司からどのような状況でも味方であると伝えられた。

翠明

黎司に仕える側近の神官である。天術や式神の術に長けている。黎司の相談役として信頼を得ている。

・所属組織、地位や役職
皇家の神官を務める。黎司の側近である。

・物語内での具体的な行動や成果
董胡を守るため人柱を用いた強力な式神を作成した。髪の束に術を施して董胡へ手渡している。式神が消滅した際、術の解損を黎司に報告した。天術を試そうとする黎司への協力を表明した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黎司を術や智謀の面で支える存在である。式神の使役による負担を引き受けている。

孔曹

殿上会議の進行を務める重臣である。黎司の大叔父に当たる間柄である。

・所属組織、地位や役職
太政大臣の職にある。

・物語内での具体的な行動や成果
臨時の殿上会議で青龍の医療問題を説明した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
七十歳を超えても達者な口調で会議を進行する役割を担う。

玄武(医術・亀氏)

董胡

玄武の治療院で育った薬膳師である。玄武公の一の姫・鼓濤として皇帝の后となった。男装の医官としての正体も有している。黎司を助けるため王宮へ残る決意をした。

・所属組織、地位や役職
玄武の一の后を務める。宮内局の医官および后宮専属薬膳師である。

・物語内での具体的な行動や成果
尊武の要求に応じて青龍の特使団へ同行した。雲寮の医生たちに偽薬の危険性を説いた。青龍の食材を使った薬膳料理により医生たちの信頼を得ている。重傷を負った拓生の治療と看病に尽力した。角宿の雲寮前で何者かに連れ去られる事態に見舞われている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
尊武に二重生活の秘密を把握された。大きな傷や出血に対する恐怖という苦手意識を持つ。

尊武

玄武公の嫡男である。冷酷かつ合理的な思考を備えている。他者を目的に応じた駒として扱う傾向がある。

・所属組織、地位や役職
宮内局の局頭を務める。青龍特使団の特使団長である。

・物語内での具体的な行動や成果
董胡の二重の正体を見抜き青龍への同行を強制した。雲の悪事を暴いて関係者を裁いている。反発する医生たちの暴動を一網打尽に制圧している。西洋の切開術と裁縫の針糸を用いて拓生の傷口を縫合した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
玄武公の権意を冷ややかに捉えている。必要悪を掲げて国家や世界の発展を第一に追求する。

玄武公

玄武領の最高指導者である。独裁的な態度で他領地を圧迫する。息子の尊武の動きに対しては反対できない。

・所属組織、地位や役職
玄武公の位置にある。亀氏一族の当主を務める。

・物語内での具体的な行動や成果
殿上会議にて青龍公の管理責任を追及した。玄武の医術が他領地へ流出することを嫌がっている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
尊武に実権を握られ覇気を失いつつある。過去に濤麗へ執着していた事実が言及された。

青龍(武術・龍氏)

龍氏

青龍領の最高指導者である。武術を重んじる人物に見えるが腹黒い側面を持つ。

・所属組織、地位や役職
青龍公を務める。龍氏一族の当主である。

・物語内での具体的な行動や成果
雲の不正について自身は無関係であると主張した。蒼玉の宮で特使団を歓迎する宴を主催している。尊武に対して自領地の姫との縁談を持ちかけた。酒や女性を用意して特使団の懐柔を図っている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
青龍の武術力を背景に強固な影響力を有する。雲の罪が自分に及ばないよう立ち回った。

伯生

角宿の雲寮で名誉師範を務める老医師である。若い頃は雲と共に青龍の医療向上を目指していた。拓生の祖父に当たる。

・所属組織、地位や役職
雲寮の名誉師範である。正式な玄武の医師免状を所持している。

・物語内での具体的な行動や成果
特使団を出迎えて医生たちへの寛大な処分を求めた。雲寮の不正を回避し密かに正しい医術を教えていた。董胡に対して医生たちへの講義を依頼している。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
雲の暴走に伴い隠居へ追いやられていた。青龍の医療再建に向けて医生を取りまとめる中心となった。

拓生

雲寮で医術を学ぶ若い医生である。十七歳で雲の医師試験に合格していた。伯生の孫であり王宮の医師・康生の弟に当たる。

・所属組織、地位や役職
雲寮の寮生を務める。

・物語内での具体的な行動や成果
董胡へ厨房の利用を許可した。董胡と共に薬庫を調査し偽薬の実態を確認している。暴動を起こした医生たちから董胡を庇った。減刑された医生に斬られ重傷を負うも尊武と董胡の処置により回復を果たしている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
雲の免状が無効となり医生へ戻された。董胡の医術と人柄に触れ再勉強の意欲を固めている。

近衛軍(黄軍)

月丞

黄軍の将軍を務める大柄な武官である。翠蓮の侍女頭・鱗々の父に当たる。

・所属組織、地位や役職
黄軍の将軍職にある。

・物語内での具体的な行動や成果
黎司の命により青龍特使団の護衛を担当した。尊武の動向を監視する役割を務めている。角宿での暴動時に兵を率いて反乱分子を拘束した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
蒼家親子の精鋭部隊として警護にあたった。鱗々から董胡の保護を頼まれている。

空丞

黄軍の武官である。月丞の息子であり鱗々の兄に当たる。黎司や尊武と同年代の若者である。

・所属組織、地位や役職
黄軍の武官を務める。

・物語内での具体的な行動や成果
父と共に青龍特使団の護衛任務についた。角宿の混乱時に軍を展開して襲撃者を制圧している。救援の遅れについて董胡に謝罪した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黄軍の精鋭として父を補佐した。

斗宿の村・内医司(密偵)

楊庵

黎司が送り込んだ密偵である。斗宿の治療院で董胡や偵徳と共に過ごした経験を持つ。

・所属組織、地位や役職
皇帝直属の密偵を務める。

・物語内での具体的な行動や成果
黒装束姿で特使団を密かに追跡した。角宿で暴動を起こした医生たちから董胡を救出している。古傷に苦しむ偵徳のため董胡へ薬の煎出を依頼した。連れ去られた董胡を目撃して後を追っている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
董胡の安全を確保するため周辺で警戒を続けた。

偵徳

黎司の配下として活動する密偵である。十七年前に尊武により顔や胸に傷を負わされた過去を持つ。

・所属組織、地位や役職
皇帝直属の密偵である。

・物語内での具体的な行動や成果
楊庵と共に青龍へ潜入して董胡を見守った。角宿の乱闘で木刀を用いて暴徒を制圧している。尊武への復讐を試みたが董胡の説得により思いとどまった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
殉死制度で恩人を失い皇帝を恨んでいた。古傷の痛みに苦しみつつ尊武への憎しみを保持している。

后宮・女官

王琳

玄武の一の后宮を取り仕切る侍女頭である。故・吐伯の妻を務めた経歴を持つ。聡明で警戒心が強い性質を持つ。

・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮の侍女頭を務める。

・物語内での具体的な行動や成果
尊武を迎える飲茶の準備を指揮した。尊武の冷酷さを警戒し侍女たちへ注意を促している。茶民と壇々が式神の人柱となることを認め后宮で世話を担当した。式神の術が解けた際に二人の異変を察知している。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
董胡の正体を知る理解者として后宮を支える。

茶民

玄武の一の后宮に仕える侍女である。おしゃべりで賑やかな性格を示す。

・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮の侍女を務める。

・物語内での具体的な行動や成果
尊武の接待で給仕を行おうとして遠ざけられた。董胡の保護のため髪を提供し式神の人柱となっている。式神として角宿で襲撃者と戦い斬られて消滅した。術の終了後に后宮で目を覚ましている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
尊武に期待を寄せていたが冷遇された。式神稼働時の記憶は保持していない。

壇々

玄武の一の后宮に仕える侍女である。茶民と共に明るく振る舞う。

・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮の侍女である。

・物語内での具体的な行動や成果
尊武の接待を試みたが邪険に扱われた。董胡を守るため進んで髪を差し出し人柱となっている。式神として角宿の戦闘で斬られ消滅している。術が解けて后宮で意識を取り戻した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
人柱の間は后宮で眠り続けていた。目覚めた直後に強い空腹を訴えた。

異界

魔毘

黎司の前に現れる夢幻の者である。黒ずくめの姿をしている。

・所属組織、地位や役職
異界の夢幻の者である。

・物語内での具体的な行動や成果
祈禱殿で修練を行う黎司の前に出現した。銅鏡に青龍で包囲される董胡の光景を映し出している。映像が途切れると共に姿を消した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黎司へ遠方の危険を伝える役割を果たした。

薬膳妃 4巻レビュー
薬膳妃 まとめ
薬膳妃 6巻レビュー

展開まとめ

序 

玄武の一の姫

玄武の治療院で育った董胡は、薬膳師を目指して麒麟寮で学び、医師試験に合格した。しかし直後に行方不明だった玄武公の一の姫とされ、皇帝の后として王宮へ輿入れさせられた。

皇帝レイシとの再会

董胡は男装医官として王宮から逃げる機会を探していたが、うつけと噂される皇帝が、幼い頃に憧れたレイシだと気付いた。敵に囲まれながら国を治める黎司を助けるため、正体を隠したまま王宮へ残ることを決めた。

王宮での活躍

董胡は朱雀の流行り病を収束させ、玄武の殉死制度の闇を暴き、青龍の后の病を快方へ向かわせた。しかし活躍を重ねるにつれて、男装医官と玄武の后という二つの正体を周囲に知られていった。

王宮を去る覚悟

董胡は黎司に真実を知られることを恐れながらも、彼の拒食を治すまでは王宮に残ろうとしていた。すべてを知った朱璃は理解者となったが、玄武公の嫡男・尊武にも秘密を見抜かれてしまった。

尊武に握られた秘密

尊武は董胡の二重生活を面白がり、皇帝には黙っておくと告げた。弱みを握られた董胡は、尊武の思惑によって新たな騒動へ巻き込まれようとしていた。

一、尊武の飲茶料理 

尊武を迎える準備

玄武の后宮では、尊武を招く飲茶の準備が進められた。茶民と壇々は将来の玄武公となる尊武に見初められることを期待して浮き立っていたが、王琳は亡き吐伯から尊武の冷酷さを聞いていたため、二人へ警戒を促した。

董胡は医官姿で料理を作りながら、秘密を握って接待を強要した尊武への不満を募らせていた。朱雀の若君と尊武が同一人物であることを知る王琳も、その企みを警戒し、妓女姿の董胡だと悟られないよう注意を求めた。

冷遇された茶民と壇々

尊武が訪れると、着飾った茶民と壇々が料理と茶を運んだ。しかし尊武は二人をほとんど見ず、邪魔だと言って冷たく追い払った。

董胡は、朱雀でも女性を物のように扱っていた尊武の態度を思い出し、期待を裏切られた二人を控えの間へ戻した。

庶民料理の完食

董胡は鶏肉と乾姜の蒸し饅頭、春雨や茸を包んだ揚げ物、もち麦と干し海老の粽子を用意した。尊武は庶民料理を見下すような態度を取ったものの、毒見もせずに料理を口にした。

尊武は美味しいとは言わず、安っぽいが食べられなくはないと評しながら、すべての料理を完食した。董胡は失礼な言葉に腹を立てたが、尊武は帰ろうとしなかった。

尊武の直感

尊武は外遊先で身分を隠すため、毒見を連れずに食事をすることが多かったと語った。その際は、相手が毒を盛る人間かどうかを直感で見極め、信用できなければ食べたふりをしていた。

尊武は董胡が自分を嫌っていても、己を守るために他人へ毒を盛れない人間だと見抜いていた。その善良さを扱いやすい愚かさと嘲りながらも、董胡の料理は信用していた。

青龍への同行命令

尊武は、雲の失脚で混乱した青龍の医療を立て直す特使団の団長に任じられる予定だと明かした。そして信頼できる料理人として、董胡を専属薬膳師にして青龍へ連れていくと宣言した。

董胡は皇帝の一の后であるため不可能だと拒んだが、尊武は鼓濤を一月ほど病で伏せたことにすればよいと答えた。さらに翠蓮を診察して青龍の問題を表面化させた責任を持ち、自分と共に後始末をするよう迫った。

拒めない取引

尊武は董胡の二重の正体を握っている立場を改めて示し、同行を断る選択肢はないと脅した。その代わり、自分の役に立つ限り董胡が不利になる行動はしないと約束した。

董胡は納得できないまま、青龍への同行を受け入れた。尊武は満足して立ち上がったが、帰り際に薬膳師の顔を見ておくと言い、突然御簾を持ち上げた。

医官姿の董胡

御簾の中にいた董胡は、朱雀で会った紫竜胆だと悟られないよう、鼓濤ではなく医官姿で待っていた。尊武は扇で董胡の顔を上げさせ、睨み返す姿を面白そうに眺めた。

尊武は医官姿が似合うと笑い、青龍行きが楽しみになったと言い残した。董胡は薬膳師として尊武に連れ出されることになり、その背中を見送るしかなかった。

二、皇帝の特使団 

臨時の殿上会議

青龍で雲の偽薬と無許可の医塾が問題となり、黎司は臨時の殿上会議を開いた。玄武公は青龍公・龍氏の管理責任を追及したが、龍氏は雲が独断で行ったことだと主張した。

黎司は青龍で正式な医師と薬が不足し、多くの病人や怪我人が治療を受けられない状況を重く見た。そのため、皇帝の特使団を派遣して医療制度を立て直すと宣言した。

尊武への特使団長任命

黎司は特使団の団長に宮内局局頭の尊武を任命した。尊武は迷わず命令を受け、青龍にある雲の医塾を解散させ、新たな麒麟寮を設立する役目を担うことになった。

玄武の医術を青龍へ提供する代わりに、玄武には青龍の武術を教える麒麟武道場を建てることで、両者の合意が成立していた。黎司は青龍での試みが成功すれば、朱雀や白虎にも麒麟寮を広げる考えを示した。

四領地の技術交流

朱雀公と白虎公も、自領地への麒麟寮と武道場の設置を求めた。黎司はまず青龍で成果を確かめてから、他領地へ広げると答えた。

黎司は、四領地がそれぞれの術を独占する仕組みが時代に合わなくなっていると考えた。青龍の混乱を、領地を越えて技術を共有する国へ変える契機にしようとしていた。

玄武公と尊武

玄武公は不満を隠せなかったものの、尊武の方針には反対しなかった。黎司は、普段は独裁的な玄武公が息子の顔色を窺い、尊武へすべてを任せるような態度を見せたことに違和感を抱いた。

特使団は三日後に出発することとなり、尊武は出立の準備を任された。

月丞と空丞の護衛

黎司は特使団の護衛として、黄軍の将軍である月丞と空丞の親子を尊武へ紹介した。二人は翠蓮の侍女頭・鱗々の父と兄であり、尊武を守ると誓った。

表向きは護衛であったが、黎司は尊武が怪しい行動を取らないか監視させる意図も持っていた。

董胡の同行

尊武は、玄武の医師団とは別に、鼓濤付きの薬膳師・董胡を特使団へ加えると告げた。鼓濤から兄の旅を案じて申し出があり、董胡の料理と医術を役立てるのだと説明した。

黎司は、尊武を警戒していた董胡や鼓濤が自ら同行を勧めるはずはないと疑った。しかし尊武は、董胡は元々宮内局の医官で自分の配下に当たると主張し、疑うなら鼓濤本人へ確認するよう求めた。

黎司は強い動揺を覚えながらも、その場ではそれ以上追及できなかった。

三、不機嫌な黎司 

翔司への気遣い

董胡の青龍行きを止めようと玄武の后宮へ向かう途中、黎司は荒れた庭を眺める翔司に出会った。翔司は秋に咲く竜胆と、そこで会った后の侍女を思い出していたが、深い意味はないと慌てて否定した。

黎司は、殉死制度の廃止に賛同した翔司が玄武公や皇太后から責められているのではないかと案じた。助けを申し出ると翔司は反発したが、黎司は去り際に、どのような状況でも味方であると伝えた。

椿の祝い膳

玄武の后宮では、久しぶりに鼓濤が御簾の中から黎司を迎えた。顔を見せないことは問い詰めず、黎司は風邪が治ったならよいと受け入れた。

鼓濤は椿の花の酢漬けや、蕪を白椿に見立てた煮物、椿油の和え物、椿餅などを振る舞った。黎司は料理と椿の薬効についての説明を楽しみ、董胡の話を聞きながら食べる料理が最も美味しいと喜んだ。

青龍行きの確認

黎司は尊武から、董胡を青龍の特使団へ連れていくと聞いたことを鼓濤へ確認した。鼓濤は董胡がすでに尊武と会い、朱雀での女装には気付かれなかったと説明したため、黎司は危険な相手へ近付けたことに声を荒らげた。

尊武から鼓濤自身が同行を申し出たと聞いていた黎司は、その真偽を問いただした。しかし鼓濤は事情を明かせず、董胡本人が青龍の医療混乱に責任を感じ、医師として同行を望んでいると答えた。

董胡を失う恐れ

黎司は、翠蓮を救った結果として問題が明らかになっただけであり、董胡が責任を負う必要はないと反対した。尊武に正体を見抜かれる危険を訴えたが、鼓濤は董胡が注意して行くつもりだと繰り返した。

不吉な先読みを思い出した黎司は、董胡を失う恐怖から鼓濤を責めた。大切に守ると信じて董胡を預けたのに、なぜ押さえつけてでも止めなかったのかと迫った。

董胡との直接対話

鼓濤が謝るだけで同行を撤回しなかったため、黎司は失望して料理を残したまま立ち上がった。そして翌日、董胡を皇宮へ必ず来させるよう命じ、自分が直接話して青龍行きを止めると告げた。

鼓濤は逃げ場を失い、観念して董胡を皇宮へ向かわせることを承諾した。

四、皇帝の御座所 

皇宮への呼び出し

董胡は、黎司に青龍行きを止められると分かりながら皇宮へ向かった。尊武に秘密を握られた董胡に残された選択肢は、青龍へ行くか、王宮から逃げて黎司の前から消えるかの二つしかなかった。

董胡は危険を承知で、なお黎司のそばに残れる青龍行きを選んでいた。皇宮の私室へ通されると、髪を下ろして寛いだ姿の黎司と翠明が待っていた。

尊武への接近禁止

黎司は尊武が朱雀の若君と同一人物であることを確認し、董胡へ青龍行きを断るよう命じた。董胡が医術を立て直す責任と尊武を探る密偵の役目を理由にすると、黎司は未熟な董胡が勝手に動けば足手まといになると激しく叱った。

黎司はすでに尊武を監視する密偵を配置しており、董胡へ危険な役目を求めてはいなかった。董胡は自分の浅い言い訳では説得できないと悟ったが、それでも青龍へ行く意思を変えなかった。

消えるか青龍へ行くか

黎司から行かないと答えるよう迫られた董胡は、青龍へ行けなければ黎司の前から消えることになると告げた。脅されているのかと問われても事情は明かせず、何も聞かずに行かせてほしいと頼んだ。

黎司は追及すれば董胡が本当に消えると感じ、青龍行きを受け入れた。怒鳴ったことを詫び、董胡の能力を認めながらも、危険な目に遭わせたくなかったのだと本心を明かした。

帰還の約束

黎司は董胡へ、必ず自分のもとへ帰ると約束するよう求めた。董胡も黎司のそばに残るために青龍へ行くのだと決意し、必ず帰ると誓った。

黎司は危険を感じたらすぐ逃げ、自分の身を守ることを最優先にするよう命じた。董胡は黎司のもとへ戻ることだけを考えて行動すると答えた。

護衛の式神

黎司と翠明は、董胡の護衛として長期間活動できる強力な式神を付ける策を用意していた。その式神には、董胡を守りたいと強く願う人物を人柱とし、髪の束を使う必要があった。

人柱となった者は式神の活動中ほとんど眠り続けるため、世話をする者も必要だった。董胡は人柱となってくれる人物と、その世話役を探すことになった。

楊庵と偵徳の密偵任務

黎司は楊庵と偵徳を人柱にはせず、実際の密偵として青龍へ送り込むと明かした。董胡は一人で青龍へ向かうと思っていたため、二人が近くにいることに安堵した。

黎司は危険が迫った際には二人のもとへ逃げるよう指示し、董胡を守るために可能な限りの備えを整えた。

鼓濤の秘密への疑念

董胡が去った後、黎司と翠明は、董胡と鼓濤が青龍行きについて何か隠していると話し合った。黎司は鼓濤が玄武公の正妻と別の男との間に生まれた娘であり、玄武公の血を引いていない可能性を考えた。

その事実が明らかになれば、玄武公よりも鼓濤本人が重い罰を受ける恐れがあった。そのため黎司は以前から鼓濤の素性を調べることをやめ、真実を暴かない道を選んでいた。

失いたくない二人

黎司は、鼓濤が突然黒水晶の宮に現れ、顔を見せようとしないことにも秘密が関係していると考えた。しかし真実を知れば鼓濤と董胡の両方を失うような不安があり、これ以上探る気にはなれなかった。

黎司は董胡を守ろうとするあまり鼓濤へ冷たく接したことを悔やみ、すべてが終わったら謝って話し合おうと決めた。当面は董胡の安全を最優先とし、翠明へ式神で守り抜くよう頼んだ。

五、董胡の式神 

青龍特使団の出発

青龍への特使団は、青軍や黄軍の護衛、神官、医官、荷車を連ねた大規模な行列で王宮を出発した。董胡は医官服に頭巾と覆布を着け、万寿から借りた薬籠を背負って参加した。

出立式では、黎司が皇帝として尊武へ詔書を授けた。董胡は遠くから黎司を見つめ、必ず彼のもとへ帰ると心に誓った。

尊武の牛車

董胡は尊武の命令で、豪華な牛車へ同乗させられた。董胡が薬籠を抱えて警戒していると、尊武はからかうように距離を詰めた。

その瞬間、董胡の前へ二人の侍女姿の式神が現れ、扇で尊武を遮った。式神は茶民と壇々を人柱として翠明が作ったもので、董胡に危険が迫ると素早く守るようになっていた。

茶民と壇々の式神

董胡は王琳の提案により、茶民と壇々の二人を人柱に選んでいた。二人は董胡を守るため快く髪を差し出し、王琳が后宮で眠る二人の世話を担っていた。

式神は本人たちに似た姿ながら、無口で敏捷な護衛となっていた。董胡は二人の思いから生まれた力に感謝し、翠明から返された髪の束を懐にしまっていた。

董胡の出自への疑念

尊武は式神が翠明の術だと見抜き、黎司が董胡を護衛する理由を尋ねた。董胡は后宮の薬膳師として料理を気に入られているためだと答え、黎司との本当の関係を隠した。

続いて尊武は、董胡が本当に濤麗の娘なのかと疑問を示した。董胡は濤麗に似ていたことと、卜殷に育てられていたため玄武公が勘違いし、鼓濤の身代わりにされたのだと説明した。

濤麗の最期

董胡が濤麗の死について尋ねると、尊武は濤麗が殺されたと明かした。尊武が七歳の頃、濤麗と娘、さらに専属の麒麟医官が同時に姿を消し、後に濤麗だけが裏山で遺体となって発見されていた。

犯人は分からず、娘と麒麟医官も見つからなかった。その医官は濤麗と恋仲だったと噂され、娘を連れ去ったと考えられていた。

消えた麒麟医官

董胡は、濤麗の娘の父親が卜殷ではなく、共に消えた麒麟医官なのではないかと考えた。しかし、それならなぜ自分が卜殷に育てられたのかは分からなかった。

尊武は娘と医官はすでにどこかで死んだと考えており、目の前の董胡がその娘だとは気付いていなかった。董胡は真実を知るため、ますます卜殷を捜したいと願った。

尊武の悪趣味な誘い

尊武は濤麗の不義の恋を面白がり、董胡にも異母兄との道ならぬ関係を真似てみるかと迫った。

尊武が再び顔を近付けると、茶民と壇々の式神が間へ割り込み、無言で睨みつけた。尊武は翠明の護衛を煩わしがって離れ、二人の式神は董胡を守る役目を果たした。

六、蒼玉の宮 

蒼玉の宮への到着

特使団は夕方、青龍領の蒼玉の宮へ到着した。青龍公は尊武たちを歓迎の宴でもてなすため、尊武へ離宮のような豪華な部屋を用意した。

董胡は玄武の医師たちと宿泊棟へ向かおうとしたが、尊武から使部として自分の近くに置くと決められ、同じ離れの従者部屋を使うことになった。

青龍の歓迎宴

宴では青龍の武官と特使団の医師たちが向かい合い、大杯の酒や塩気の強い料理を振る舞われた。董胡には膳がなく、尊武の後ろに使部として控えさせられた。

尊武は料理を董胡へ分け与えるふりをし、先に食べさせて毒見に利用した。董胡は尊武が自分を犠牲にしても構わないと考えていると感じ、警戒を強めた。

青龍の豪快料理

宴の目玉として豚の丸焼きや猪鍋、大魚の揚げ物が運ばれた。尊武は好みに合わない料理を董胡へ押し付けようとしたが、青龍公がさらに料理を追加したため、自分でも食べることになった。

尊武は青龍公の前では料理を褒めるように振る舞ったものの、実際にはほとんど口に合っていなかった。

青龍公の縁談

青龍公は尊武へ、十二歳の娘か、許嫁を戦で失った二十五歳の妹との縁談を持ちかけた。尊武は父へ相談すると答えたが、姫君本人と会うことは断った。

尊武は容姿で妻を決めるつもりはなく、話が破談になった際に姫君を傷つけるだけだと説明した。董胡は、尊武が酒にも女性にも惑わされず、政略的な利益だけを見極めようとしていると感じた。

尊武の夜食

宴を終えた尊武は料理を野蛮でまずいと吐き捨て、董胡へ胃にもたれない夜食を作るよう命じた。董胡は厨房から豚肉や野菜を分けてもらい、粥、白菜と豚肉の汁物、青菜と豚肉の炒め物を用意した。

尊武は貧相だと文句を言いながらも、料理をすべて食べ切った。董胡は青龍で見慣れない芽花椰菜も見つけ、研究用に一株持ち帰った。

夜の客人

董胡が休もうとした時、尊武と茶民、壇々の式神が廊下の人影に気付いた。青龍公から夜の相手として送られた女性が現れたが、尊武は受け入れず、満足させたと報告して帰るよう命じた。

尊武は龍氏の差し向けた女性を抱けば弱みを握られると見抜いていた。酒や縁談だけでなく、女性による懐柔にも乗らない慎重さを見せた。

宴の真の目的

尊武は、歓迎の宴の目的が縁談だけではなく、特使団を懐柔して雲の不正と龍氏の関係を隠すことだと説明した。医師たちの部屋にも女性が送られ、龍氏に有利な証言を引き出そうとしている可能性が高かった。

董胡が医師の宿泊棟にいれば、同じように女性を送り込まれ、男装が露見する危険があった。尊武はそれを見越して董胡を使部扱いで自分の部屋へ置いていた。

董胡は尊武の判断力に救われたことを認めざるを得なかったが、翌朝の食事まで命じられ、結局は嫌な男だという印象だけを強めた。

七、角宿へ 

蒼玉の宮の出立

董胡は青龍公の宴で出された料理を作り直して尊武の朝食にし、旅の途中で食べるむすびも用意した。蒼玉の宮を出る際、青龍公は前夜の接待が成功したと思い込み、尊武と医師団へ雲の不正を深く追及しないよう暗に求めた。

尊武は青龍公に不都合がないよう尽力すると応じた。董胡が罪を隠すのかと問うと、尊武は死罪となる雲へ罪を集めれば、龍氏を処罰して青龍全体を混乱させずに済むと答えた。

尊武の利害

尊武は青龍を混乱させるより、武術に優れた青龍を玄武の味方にする方が利益になると考えていた。青龍に麒麟寮を建てる代わりに、玄武へ麒麟武道場を設ける取引を進め、必要なら龍氏の妹との縁組も受け入れるつもりだった。

董胡が伍尭國を乗っ取るつもりかと問うと、尊武は玄武公とは目指すものが違うと明かした。玄武公が黎司に勝てるはずはなく、濤麗への執着で器を失った父の望みに興味はないと語ったが、自分の目的は明かさなかった。

青龍の冬料理

角宿までの宿では、芽花椰菜と骨付き鶏肉が山盛りで出された。董胡は味の薄い芽花椰菜と塩辛い肉を交互に食べれば美味しいと気付き、豪快に頬張った。

尊武は手掴みの料理を嫌がったため、董胡は肉を骨から外し、芽花椰菜と小さく混ぜて食べやすくした。尊武は何度もお代わりを求め、董胡は空腹になると不機嫌になることが数少ない弱点だと気付いた。

雲寮への到着

三日後、特使団は角宿の雲寮へ到着した。約百人の医生が集まっていたが、正式な医師免状を持つ者は名誉師範の伯生を含む三人だけであった。

伯生は、集まった者たちは純粋に医術を学び、青龍の民を救おうとしただけだとして、寛大な処分を求めた。尊武はすべてを雲一人の企みと認めるよう迫り、伯生も他の者は何も知らなかったと答えた。

雲を擁護する医師たち

雲だけに罪を負わせる筋書きに対し、壮年の男が立ち上がり、雲寮の者たちは不正を知っていたと叫んだ。周囲の十人ほども同調し、玄武が医術を独占したため、雲が青龍独自の医塾と免状を作ったのだと訴えた。

尊武は、青龍の麒麟武道場も他領地の者を受け入れておらず、玄武はそれに合わせただけだと反論した。男たちは言い返せなくなったが、雲の企みを知っていたという主張は撤回しなかった。

尊武の冷酷な裁可

尊武は雲の企みを共有した者として、声を上げた男たちを捕らえるよう命じた。青龍の武官たちは抵抗する間も与えず、彼らを縄で縛った。

尊武は雲への忠誠を貫いた正直者として、彼らにも雲と同じ罪罰を与えると告げた。それが死罪を意味すると分かり、中庭は恐怖で静まり返った。

董胡は、人の命を顧みず冷酷な裁きを下す尊武を見て、やはり黎司のそばに置くには危険な悪人だと感じた。尊武が再び雲の仲間を名乗るよう促しても、名乗り出る者は誰もいなかった。

八、雲寮の拓生 

雲の処罰を巡る対立

雲寮で尊武に与えられた部屋には、医術に関する書物や証拠が残されていなかった。董胡は雲を擁護した者まで死罪にすることへ反発したが、尊武は雲と同じ罪を自ら認めた以上、その覚悟を負うべきだと答えた。

董胡は雲が青龍の医療に貢献した面もあると訴えた。しかし尊武は、過去の善行が罪を消すことはなく、用意した逃げ道を捨てて忠義を示した者だけを救う理由もないと切り捨てた。

雲寮の医生たち

尊武に食事を命じられた董胡は、雲寮の厨房を訪れた。そこで若い医生・拓生と出会い、斗宿の麒麟寮を出て十七歳で医師免状を取ったと明かした。

雲寮の医生たちは、雲の免状を無効にされ、医師から医生へ戻されたことに不満を抱いていた。雲を捕らえた者を恨んでいると知った董胡は、自分こそ罪を暴いた張本人であるため、何も言えなくなった。

拓生は董胡が尊武の使部であることを理由に周囲を黙らせた。董胡が告げ口しないと約束すると、拓生は厨房と食材を使うことを認めた。

尊武の味覚

董胡が簡単な料理を作って戻ると、尊武は見た目が貧相だと不満を述べながらも完食した。董胡は、尊武の味覚自体は平凡だが、料理の見栄えに強くこだわることへ気付いた。

豆板辣醤を使った鶏肉と芽花椰菜、特製沙茶醬で炒めた蓮根を尊武は気に入り、白飯を何度も求めた。普段は冷静な尊武も、食事の時だけは食い意地の張った子供のようになった。

董胡に向けられる恨み

董胡が雲の事件の伝わり方を尋ねると、尊武は雲が誰かに陥れられたという噂へ変わっている可能性を認めた。真相が知られれば、董胡は袋叩きや刺殺の危険にさらされると告げた。

尊武は青龍の后に関する事情を伏せているため、董胡が張本人だと知られる可能性は低いと考えた。しかし念のため偽名を使うよう勧めた時には、董胡はすでに拓生へ本名を名乗っていた。尊武は董胡を大馬鹿正直だと呆れた。

三つ目の髪束

董胡が控えの間へ戻ると、茶民と壇々の式神は本体が起きているためか、姿が薄くなっていた。董胡は翠明から返された髪束を確認し、本来二人分のはずが三つあることを不思議に思った。

無言の式神を見て、董胡は騒がしく話す本物の茶民と壇々を恋しく思った。任務が早く終わり、黎司や王琳たちのもとへ帰れることを願いながら眠りについた。

拓生の疑念

翌日、董胡は厨房で蒸し饅頭を作り、拓生へ振る舞った。料理を絶賛した拓生は心を開き、雲寮で学んだ医術が本当に正しいのか以前から疑っていたと明かした。

拓生には別の師がおり、その教えと雲の知識には食い違いがあった。しかし雲は青龍で神のように崇められ、異論を唱えれば医術の道を閉ざされるため、誰も逆らえなかった。

雲を擁護して捕らえられた者たちは、雲の偽薬を売ることで地位と利益を得ており、正式な試験には受からないと分かっていた。そのため、自分たちの立場を守るためにも雲を救おうとしていたのである。

雲寮の薬庫

董胡は雲の教えを確かめるため、拓生と薬庫を調べた。棚にある生薬は保存状態が悪く、桂皮の引き出しに厚朴が入るなど、基本的な管理すらできていなかった。

雲は玄武の生薬が高価であることを理由に、青龍で採れる薬草を代用品としていた。診療では主に蝋梅花を万能薬とした黄龍の鱗を使い、効かなければ黄連解毒湯か葛根湯を与えるだけであった。

遠い医術の再建

董胡は、その程度の知識では玄武の医師試験に合格する者はいないと判断した。拓生は落胆したが、特使団の医師から生薬と病の証を一から学び直すしかなかった。

董胡は、麒麟寮を建てるだけで青龍の医療がすぐに立て直せるわけではなく、長い時間が必要だと悟った。また、豪快さを重んじる青龍と繊細な医術を発展させた玄武の違いから、伍尭國が四術に分かれて発展した理由を理解した。

九、医生の反乱 

雲寮の抵抗勢力

尊武は雲寮の医師免状を持つ者たちの知識不足や、金で免状を得た疑いに呆れていた。彼らは正式な再試験を拒み、これまで医師として働いてきた実績を理由に免状の維持を求めていた。

尊武は、雲一人へ罪を負わせる筋書きをあえて強調し、雲の恩恵を失いたくない者を自ら名乗り出させていた。反発する者を青龍医療の再建を妨げる病巣と見なし、将来黎司へ害をなす前に排除しようとしていた。

尊武の冷酷な合理性

董胡は、雲を擁護した者にも改心の可能性があると訴えた。しかし尊武は、今まで不正で利益を得た者が本当に悔い改めたなら、特使団へ反発せず試験勉強を始めているはずだと退けた。

二人は人の罪や救済を巡って最後まで分かり合えなかった。一方で尊武は董胡の蒸し饅頭を次々と平らげ、翌日も多く作るよう命じた。

雲寮で広がる憎悪

数日後、拓生が厨房の董胡を訪ね、雲の罪を暴いた人物が董胡だと医生たちに知られたと告げた。正式な免状を失った医師たちは、玄武が青龍の医術を潰すために雲を陥れたと吹き込み、医生たちの怒りを董胡へ向けていた。

拓生は董胡を逃がそうとし、自分が伯生の孫で、翠蓮の医師・康生の弟だと明かした。兄から王宮での真相を聞いていた伯生と、董胡を信じると決めた拓生は、雲寮の者たちに背いて董胡を守ろうとした。

医生たちの襲撃

董胡と拓生は刀剣を持った医生たちに囲まれた。彼らは雲の免状で医師になる未来を奪われ、玄武の難しい試験には合格できないと絶望し、董胡を道連れにしようとしていた。

拓生は董胡を庇ったが、多勢に抗うことはできなかった。そこへ茶民と壇々の式神が現れて戦ったものの、次々に斬られて黒髪へ戻り、消滅した。

楊庵と偵徳の救援

董胡が斬られようとした瞬間、黒装束の男たちが木刀で刀剣を受け止めた。彼らは黎司が密かに送り込んでいた密偵であり、その中には楊庵と偵徳もいた。

密偵たちは医生たちを素早く武装解除し、駆けつけた青軍と黄軍へ引き渡した。楊庵は王宮を出てから董胡を監視していたと明かし、危険な時は近くの麒麟の社へ逃げるよう告げた。

偵徳は董胡よりも尊武へ激しい敵意を向けていたが、楊庵に連れられて密偵たちと撤収した。

尊武の罠

月丞と空丞は、鱗々から董胡を守るよう頼まれていたと謝罪した。二人は董胡が狙われると事前に知らされ、厨房へ兵を配置していたが、董胡が移動したため救援が遅れていた。

董胡は、尊武が自分の正体を故意に医生たちへ漏らし、反乱分子を一か所へ集めたのだと悟った。尊武は董胡を囮として利用したことを認め、死亡しても運が悪かっただけだと言い放った。

尊武は反抗する医生を一網打尽にできた成果を喜び、次は彼らを扇動した医師たちを捕らえると告げた。そして董胡へ、何事もなかったように夕食と多めの饅頭を作るよう命じた。

后宮の異変

王宮では、眠っていた茶民と壇々が突然斬られたと叫び、苦しみながら目を覚ました。直後に普段の状態へ戻ったものの、式神としての記憶は残っていなかった。

王琳は翠明の術が解けたと察し、董胡に危険が迫った可能性を案じた。

銅鏡に映った董胡

祈禱殿で天術の修練をしていた黎司の前に魔毘が現れ、銅鏡へ青龍の光景を映した。そこには刀剣を持つ男たちに囲まれた董胡と、斬られて消える二人の式神が映っていた。

映像は董胡の安否を示さないまま途切れ、同時に翠明が式神の術が突然解けたと報告した。連絡が届くには二日かかるため、黎司は今すぐ董胡の状況を知ることができなかった。

危険な天術への決意

翠明は董胡の持つ髪束と気を辿り、式神を再構築すると申し出た。しかし董胡の気を辿れなければ、すでに命を失っている可能性があった。

黎司は董胡を行かせたことを悔やみ、危機を前に何もできないまま待つことを拒んだ。そして体への負担も分からない未完成の天術を試すと決意し、翠明も協力を受け入れた。

十、董胡の薬膳料理講義 

式神を失った悲しみ

董胡は自分を守って斬られた茶民と壇々の式神を思い、残された髪を握って泣いた。尊武は式神の死を軽んじ、董胡を襲わせた責任も意に介さず、夕餉を出すよう命じた。

反乱者への処罰

雲寮では董胡を襲った医生だけでなく、彼らを扇動した医師たちも捕らえられていた。尊武は、雲の偽薬で利益を得ながら自分だけ助かろうとした者を放置すれば、玄武や黎司を恨んで再び害をなすと考え、死罪にする方針を変えなかった。

董胡は若い医生たちだけでもやり直す機会を与えるよう頼んだ。尊武はその願いを受け入れ、襲撃に加わった医生は百叩きの刑にとどめ、刑を終えた者から解放すると決めた。

伯生と雲の過去

董胡は拓生に案内され、伯生の住まいを訪れた。伯生は若い頃、雲と共に麒麟寮で学び、青龍の誰もが医師に診てもらえる国を作ろうと誓っていた。

二人は治療院を各地へ広げたが、若くして成功した雲は龍氏と結びつき、医術より利益を重視するようになった。正しい医術を訴えた伯生は名誉師範の肩書だけを与えられて追放され、密かに拓生たちへ本来の医術を教えていた。

董胡への感謝

伯生は、雲の罪を暴いた董胡のおかげで青龍の医術が救われたと礼を述べた。医師の処罰や混乱は必要な痛みであり、今後多くの人を救う医療を築くための通過点だと語った。

雲を陥れた悪人のように責められていた董胡は、その言葉によって自分の行動が間違いではなかったと少し救われた。

薬膳料理の提案

伯生は、董胡の薬膳料理を医生たちへ振る舞い、玄武の医術と董胡の実力を知ってもらうよう頼んだ。拓生も、美味しい料理には人の警戒心を解く力があると賛成した。

董胡は料理を通して医生たちの誤解を解き、再び医師を目指す意欲を持たせようと引き受けた。

黄龍の鱗の正体

集められた医生たちは雲派と伯生派に分かれ、董胡へ強い敵意を向けていた。董胡はまず黄龍の鱗を示し、成分も知らず万能薬として処方していた彼らの知識を問いただした。

董胡は、主成分の蝋梅には咳や熱への効能があるものの、他に混ぜられていたのは雑草であり、何にでも効く薬ではなかったと説明した。さらに病状に応じて麻黄や杏仁などを使い分ける処方を示し、医生たちとの知識の差を明らかにした。

蛟龍の卵の危険性

董胡は蛟龍の卵も取り出し、主成分が有毒な蝋梅の種子であると説明した。それは附子に似た作用を持ち、適切な減毒処理や体格に合わせた用量調整を怠れば命を奪う危険な薬だった。

董胡は患者の体力や症状、陰陽や虚実を見極めて処方することが医師には必要だと説いた。医生たちは、自分たちが雲寮で学んだ内容の浅さを思い知った。

青龍食材の薬膳

董胡は失望する医生たちへ、正しい医術を学び直せば立派な医師になれると励ました。そして椿油と鶏肉の炊き込み飯、鶏肉と長葱の汁物、芽花椰菜を添えた油淋鶏、椿餅を振る舞った。

董胡は椿や長葱、乾姜、大蒜、小豆などの効能を説明した。薬臭い料理を想像していた医生たちは、その美味しさに驚き、夢中で食べ進めた。

料理が生んだ信頼

料理を食べ終えた医生たちは薬膳師の技術を認め、董胡のような医師を目指したいと口にした。雲派の中にも再び勉強する意欲を取り戻す者が現れ、あからさまな敵意は消えていった。

後日、雲派だった医生が診療所を訪ねた女性へ、董胡を玄武から来た最も腕の良い医師だと紹介した。医生たちは伯生を中心にまとまり始め、青龍の医術再建に希望が見え始めた。

十一、董胡の弱点 

拓生の重傷

雲寮の再建が進み、董胡は間もなく王宮へ戻れると期待していた。しかし、百叩きの刑を終えて解放された医生が拓生を斬ったと知らされた。減刑を求めた自分の責任だと感じた董胡は、薬籠を持って診療所へ駆けつけた。

拓生は背中を深く斬られ、医師団が止血しても出血が止まらない状態だった。董胡は卜殷秘伝の軟膏を使おうとしたが、開いた傷口と大量の血を前に動けなくなった。

董胡の弱点

董胡は薬草や薬膳の知識には自信があったが、鍼や大きな傷の処置を苦手としていた。目の前で拓生の命が失われようとしても、血への恐怖から傷口に触れることすらできなかった。

董胡は自分の無力さに打ちのめされ、助けを求める医生へ応えることができなかった。

尊武の縫合術

そこへ尊武が現れ、西方で学んだ切開術を応用し、針と糸で傷口を縫うと告げた。実際に行うのは初めてだったが、このままでは死ぬだけだとして迷わず処置を始めた。

董胡は傷口を押さえるよう命じられたものの、震えて何もできず、役立たずとして下がらされた。尊武は別の医師に補助させ、初めてとは思えない手際で拓生の傷を縫い合わせた。

拓生の回復

尊武は助かるかどうかは拓生の体力次第だとし、滋養の薬湯と消毒を続けるよう指示した。董胡は何もできなかった自分を恥じながら、二日間眠らず看病を続けた。

董胡は虚血に効く食材で薬膳汁を作り、傷を消毒して卜殷の軟膏を塗った。三日目、拓生はようやく意識を取り戻した。

減刑の代償

董胡は、医生の減刑を頼んだために拓生が斬られたと謝った。しかし拓生は、自分も減刑を喜び、同じ立場なら助命を願ったはずだとして董胡を責めなかった。

拓生を斬った医生は、医師になれないなら死んだ方がよいと考え、死罪になるために拓生を道連れにしようとしていた。拓生は善意で粥を作っていたが、その親切さえ相手には憐れみや侮辱と受け取られていた。

善意への迷い

拓生は、自分の行動に優越感が少しでも混じっていたなら、それは偽善なのかと悩んだ。董胡も、自分の慈悲が拓生を危険にさらした結果を前に、何が正しかったのか分からなくなった。

一点の曇りもない善意が存在するのか、少しでも私心があれば他人へ善意を向けるべきではないのかという拓生の問いに、董胡は答えられなかった。

尊武への恩義

董胡は拓生を救った礼として、尊武へ見栄えにも味にも力を入れた料理を作った。尊武は機嫌を直しながら食べ、拓生を斬った医生は死罪を望んで犯行に及んだと明かした。

さらに尊武は、最も事件を起こしそうな者から解放し、董胡へ甘い判断の結果を見せるつもりだったと認めた。董胡はそれを善意とは呼べないと反発した。

尊武の必要悪

董胡が尊武自身も社会の害悪ではないかと問うと、尊武は若い頃に多くの人間を斬ったことを平然と認めた。そのうえで、自分は善人を装ったことがなく、間違いなく悪であると断言した。

尊武は悪には害悪と必要悪があり、国家の成立や発展には侵略、処罰、搾取といった悪の働きが欠かせなかったと語った。自分は私欲ではなく世界の繁栄と発展のために障害を排除しており、それが人々から悪と呼ばれているだけだと主張した。

偽善への批判

尊武は、董胡が医生の減刑を願ったのも、自分が残酷な人間と思われたくない気持ちが混じっていたと指摘した。その善意は解放後の危険を考えず、結果として拓生へ害を与えたため、偽善ではなく害を生む害善だったと断じた。

董胡は反発したものの、結果を否定できず、尊武の考えを覆す言葉を見つけられなかった。

黎司への評価

董胡が黎司も邪魔になれば排除するのかと尋ねると、尊武は必要なら皇帝であっても迷わないと答えた。

ただし現時点では黎司を必要な存在と認め、忠臣として仕えるつもりだと語った。董胡は危険な尊武を敵に回したくないと感じる一方、黎司にとって心強い味方にもなり得ると考え、その判断が正しいのか分からなくなっていた。

十二、攫われた董胡 

月夜の思索

董胡は尊武との議論で何が正しいのか分からなくなり、一人で雲寮の薬草園へ出た。拓生の軟膏に必要な紫根を探したが見つからず、黎司なら尊武へ何と答えるのかと思いを巡らせた。

董胡は、今や黎司のいる場所こそ自分の帰る場所だと感じ、強く会いたいと願った。

偵徳の異変

薬草園に現れた楊庵は、偵徳が古傷の痛みで眠れず、尊武を斬りに行くとうわ言を繰り返していると相談した。董胡は薬籠を持ったまま、密偵たちが潜む近くの麒麟の社へ向かった。

偵徳は尊武を見て、十七年前に自分の顔と胸を斬った子供だと気付いていた。当時十二歳だった偵徳を斬った尊武は、まだ七、八歳であった。

尊武への復讐

偵徳は長年の苦しみを返すため、尊武を殺すと訴えた。董胡は、尊武が朱雀で大勢の剣士を退けた若君であり、今の偵徳では返り討ちになるだけだと止めた。

さらに董胡は、尊武の使部である自分も責任を問われると告げた。偵徳は董胡を巻き込めないと考え、ひとまず襲撃を思いとどまった。

偵徳の皇帝嫌い

偵徳は、親友で恩人だった仲秋を先帝の殉死制度で失ったため、皇帝そのものを憎んでいた。董胡は、黎司が殉死制度を変え、悪習と戦っていると伝えた。

しかし偵徳は、復讐だけを支えに生きてきたため、すぐに黎司へ従うことはできないと答えた。それでも董胡と楊庵の願いを受け、特使団の任務中は尊武へ手を出さないと約束した。

偵徳への薬湯

董胡は雲寮の粗悪な黄連解毒湯に代わる薬湯を煎じ、偵徳へ飲ませた。偵徳は間もなく眠りにつき、董胡は今後の薬草を残して楊庵と雲寮へ戻った。

楊庵は危険な尊武のもとへ戻ることを心配したが、董胡は尊武が任務を果たしており、偵徳を止めるためにも逃げられないと答えた。

卜殷の行方

帰り道、董胡は卜殷の消息を尋ねた。楊庵にも情報はなかったが、卜殷ならどこかで酒を飲みながら生きているだろうと励ました。

董胡は鼓濤の素性と自分の進む道を知るためにも、卜殷と再会したいと願った。

雲寮前の誘拐

雲寮の裏口で楊庵と別れた直後、董胡は獣皮をまとい木彫りの面をつけた二人の男に襲われた。編み笠の女性は、角髪頭で幼く見える董胡が探していた玄武の名医に間違いないと確認した。

男たちは酔っ払いの偽医師よりはましだと話し、董胡を抱えて連れ去った。董胡の叫びを聞いて戻った楊庵は、その姿を見つけて追跡を始めた。

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