物語の概要
■ 作品概要
本作は、后と男装の薬膳師というハラハラする一人二役生活を続ける董胡が、青龍の后宮を襲う謎の奇病に挑む王宮アジアンファンタジー第4弾である。 元日、青龍の第一后・翠蓮姫が謎の病に倒れたとの知らせが届き、董胡は正体露見の危険を承知で往診へと向かう。 そこで彼女は、「黒蝋妃の呪い」と恐れられる不条理な奇病と、利権のために歪められた不当な医療の闇に直面することとなった。 一方、皇帝・黎司は、董胡が玄武公の嫡男・尊武に連れ去られるという、極めて不吉な「先読み」のビジョンを視て焦燥を募らせる。 己の正義を信じて闇を暴く董胡の献身と、動き出した玄武一族の謀略が交錯し、伍尭國に新たなる嵐が吹き荒れる。
■ 主要キャラクター
- 董胡(とうこ) / 鼓濤(ことう) 后と男装の医官という多重生活をこなす主人公。医師としての強い責任感から、青龍の后・翠蓮の治療を志願した。
- 黎司(れいじ) / レイシ 伍尭國の第十七代皇帝。董胡が尊武に連れ去られる不吉な未来を「先読み」で視て、彼女を失う恐怖と戦いながら救援へと奔走する。
- 翠蓮(すいれん) 青龍の第一后。心優しく控えめな性格だが、長年の不眠と「黒蝋妃の呪い」と呼ばれる呼吸困難の発作に苦しめられている。
- 尊武(そんぶ) 玄武公の長男。外遊から帰還し、若々しい皇帝を巧みに称賛して宮内局の局頭に就任した。董胡の正体をすべて看破し、スリリングな取引を持ちかける。
- 朱璃(しゅり) 朱雀の一の后。董胡の正体を見抜いており、彼女が麒麟の皇女・濤麗の娘であると看破する。不器用な董胡を陰から全面的に支援する。
- 雲(うん) 青龍の后宮を支配する高慢な主治医。自作のまがい物薬「黄龍の鱗」を売りさばき、さらに名声を得るために有毒な「蛟龍の卵」を処方して翠蓮を瀕死に追いやった。
- 鱗々(りんりん) 翠蓮に仕える屈強で勇猛な侍女頭。衰弱していく姫を救うため、自らの命を懸けて玄武の后宮へ医師の派遣を懇願した。
- 康生(こうせい) 雲の医塾を出た若い医師。当初は未熟に見える董胡を拒絶したが、彼女の卓越した医術と高い志に触れ、やがて信頼を寄せるようになる。
■ 物語の特徴
- 医学の力で「呪い」の正体を暴くカタルシス 古くから恐れられてきた「黒蝋妃の呪い」の医学的原因を、董胡が「首の凝り」と「鉄製かんざしの重さ」から解き明かしていくプロセスが理路整然と描かれている。
- 利権に塗れた青龍医療の闇と、命をかけた攻防 名医を僭称する雲が犯した薬害(蝋梅の種の毒性)を、董胡が生甘草を用いた処方で中和する、手に汗握る本格的な王宮医療サスペンスが展開される。
- 異母兄・尊武とのスリリングな心理戦 本作最大の驚威である尊武が本格参戦し、董胡の「后・医官・平民」の三重の嘘を楽しみ、弄ぶかのように秘密の共有を迫するシーンは圧倒的な緊張感を誇っている。
- 黎司と董胡の「愛ゆえに隠す」切なき関係性 自分が仇(玄武公)の血を引くかもしれないという罪悪感から、女性の正体を黎司にどうしても明かせない董胡のもどかしくも美しいロマンスが掘り下げられる。
書籍情報
皇帝の薬膳妃 青龍の姫と蝋梅の呪い
著者:尾道 理子 氏
出版社:KADOKAWA(角川文庫)
発売日:2023年2月24日
ISBN:9784041135211
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あらすじ・内容
本当に大事なものを、見つけたい。壮大な王宮アジアンファンタジー!
相変わらず、薬膳師と妃の二重生活を送る董胡。周囲にばれないかとひやひやの毎日だ。
年明けて元日、友人である朱雀の后・朱璃と一緒に輿の中でくつろいでいたところ、ライバルである青龍の宮から使いが。聞けば青龍の第一后・翠蓮姫が病気を患っているのだという。
董胡は正体がばれることを恐れつつ、医師としての強い思いから診療のため青龍の宮へ赴いた。
そこで見たのは、喉に何かが詰まり息ができないと訴えながら、苦しそうに発作を起こす姫の姿。
董胡は医薬院での経験をもとに、まずは発作を抑えることに成功するが、原因はまったくわからない。
しかも、普段翠蓮姫が処方されて飲んでいるという薬は、董胡からすればあり得ないほどひどい処方だった。
侍女や侍医は、皆口々に「黒蝋妃の呪い」のせいだと恐れる。青龍の美姫ほど、この呪いにかかり、病みがちになるのだという。
しかし姫の身体からは、はっきりと臓腑の弱りを示す色が放たれていた。董胡は姫の病気の原因を探ろうと行動を起こすが――。
一方、皇帝・黎司は、新年を寿ぐ祈祷のさなか、「先読み」の神託を受ける。
道鏡にうつったのは、玄武公の長男・尊武によってどこかへ連れ去られる董胡の姿だった。
言いようのない不安を覚える黎司だったが――。
皇帝・黎司を追い落とそうとする玄武一族の動きも不穏になり、伍尭國に嵐が吹き始める!?
本当に大事なものを、この目でしっかりと見つけたい。
華麗にして壮大な王宮ファンタジー、波瀾の第4弾!
感想
本巻で特に印象に残ったのは、董胡が后という立場よりも、医師として苦しむ患者を救うことを選んだ点である。
董胡は玄武の一の后・鼓濤でありながら、男装した薬膳師・董胡として王宮内を動いている。正体が知られれば、これまで築いてきた生活を失うだけでなく、周囲の者まで巻き込む危険がある。
それでも、青龍の一の后・翠蓮が病に苦しんでいると知ると、見捨てることができない。
后として安全な場所に残るのではなく、医師として危険な青龍の后宮へ向かう。その姿から、董胡にとって薬膳師であることは職業ではなく、生き方そのものなのだと感じた。
「黒蝋妃の呪い」に苦しむ翠蓮
青龍の一の后・翠蓮は、喉に何かが詰まったように感じ、息ができないと訴える発作に苦しんでいた。
しかも青龍には、美しい女性が恐怖や怒りに支配され、最後には衰弱して死ぬ「黒蝋妃の呪い」という伝承が残っている。
翠蓮の母も似た症状を悪化させていたため、本人も自分が同じ運命をたどると思い込んでいた。
しかし、主治医の雲は翠蓮の苦しみを真剣に受け止めない。
喉や肺に異常が見つからないことを理由に、本人の甘えやわがままが病を作っていると決めつける。
この態度には強い憤りを覚えた。
目に見える異常がないからといって、患者の苦しみまで存在しないことにはならない。翠蓮が周囲へ迷惑をかけていることを気に病み、必死に耐えている姿を見れば、注目を集めるために騒いでいるわけではないことは明らかである。
それでも雲は、自分の診立てを疑うことなく、患者の性格へ責任を押しつける。
医師の権威が強すぎる環境では、患者の言葉よりも医師の面子が優先されてしまう。その歪みが翠蓮をさらに追い詰めていた。
呼吸を整える董胡の冷静な診察
翠蓮が董胡の前で発作を起こした場面は、非常に緊張感があった。
鱗々は息を吸わせようとするが、董胡は逆に、ゆっくりと息を吐き切るよう促す。
息を吸えないという恐怖から呼吸が速くなり、さらに苦しくなる。その悪循環を止めるため、まず吐くことへ意識を向けさせたのである。
董胡の指示によって翠蓮の呼吸が少しずつ整っていく場面には、派手さはない。
しかし、患者の状態を観察し、必要な言葉を選び、落ち着かせる姿に本物の医師らしさを感じた。
また、雲が処方した黄連解毒湯についても、董胡は翠蓮の体質に合っていないと判断する。
ただし患者の前で別の医師を激しく否定せず、今は飲ませない方がよいと慎重に伝える。
患者を守りながら、周囲との対立を必要以上に大きくしない。その判断にも、董胡がこれまで多くの現場を経験してきたことが表れていた。
呪いの正体は重い櫛かんざしだった
本巻で最も興味深かったのは、「黒蝋妃の呪い」の正体が明らかになる展開である。
翠蓮を苦しめていた原因の一つは、氏家の成人女性が身につける重い鉄製の櫛かんざしだった。
細い首で重い飾りを支え、御簾の中で同じ姿勢を続けることで、首や肩に負担がかかる。
その結果、気や血の巡りが悪くなり、不眠や喉の詰まり、呼吸の乱れにつながっていた。
さらに輿入れへの恐怖や、周囲へ迷惑をかけまいとする心労が重なり、発作を悪化させていたのである。
長く恐れられてきた呪いが、実際には生活習慣や装飾品、精神的な負担によって生まれた病だったという真相が面白かった。
美しい女性ほど大きな装飾品を身につけさせられる。
そして苦しみ始めると、本人の性格や呪いのせいにされる。
華やかな伝統の裏で、女性だけが痛みを背負わされてきた構図に考えさせられた。
董胡と楊庵が、重いかんざしを外し、指圧や鍼、薬湯によって治療へ導く展開には大きな安心を覚えた。
特に董胡が、翠蓮は甘えているのではなく、周囲を気遣う心の優しい姫君だと認める場面が印象的だった。
翠蓮が最も必要としていたのは、薬だけではなく、自分の苦しみを信じてくれる人だったのかもしれない。
ずさんな薬と医療を支配する雲
翠蓮が日常的に飲まされていた「黄龍の鱗」の正体にも驚かされた。
万能薬のように宣伝されていたが、実際には蝋梅の花と、ほとんど薬効のない草を混ぜただけのものだった。
風邪が自然に治れば薬の効果とされ、治らなければ患者の寿命だと片づけられる。
医師や薬が不足している青龍では、そのような薬であっても疑われずに広まっていた。
さらに雲は、新薬として「蛟龍の卵」を翠蓮へ飲ませる。
その材料は、毒を持つ黒い蝋梅の種だった。
翠蓮は激しい痙攣を起こし、命を落としかける。
雲は患者を救うためではなく、皇帝の后へ使った薬という実績を作り、商品価値を高めようとしていたように見える。
医療を独占し、薬の内容を明かさず、自分の弟子たちにも異論を許さない。
その結果、誤りが修正されないまま、患者だけが苦しみ続ける。
単純に雲一人が悪いだけではなく、玄武が医師免状や薬典を独占し、他領地へ十分な医療を届けてこなかったことも背景にある。
優秀な医師や正しい知識が不足すれば、権威だけを持つ人物が名医として扱われてしまう。
董胡が青龍で目にしたものは、個人の誤診ではなく、国全体の医療制度の歪みだった。
后である前に医師であるという覚悟
翠蓮が蛟龍の卵を飲んで倒れた時、董胡のもとには黎司が訪れる予定だった。
王琳は、まず鼓濤の姿に戻って帝を迎えるよう求める。
后として考えれば、それが正しい行動である。
しかし董胡は、自分は后である前に医師だと言い切り、青龍の后宮へ向かう。
この言葉が本巻の董胡を最もよく表していると感じた。
董胡は、皇帝の后という立場を望んで手に入れたわけではない。
自分で学び、努力し、選び取ったのは薬膳師としての道である。
命の危険がある患者を前にして、后としての体面を優先することはできない。
その選択によって正体が知られる危険が高まり、自分が処罰される可能性さえある。
それでも患者を見捨てなかった。
董胡の正義感は、きれいな理想論だけではない。自分が失うものを理解したうえで、それでも助けると決める覚悟に支えられている。
翠蓮の言葉を信じた黎司
雲は自分の失敗を隠すため、董胡が偽医官として翠蓮へ危険な薬を飲ませたことにしようとする。
さらに龍氏の私兵を使い、董胡や鱗々、康生を捕らえようとする。
董胡が斬られかけたところへ黎司が現れる展開には、胸が熱くなった。
黎司は雲や董胡の主張だけで判断せず、最も信頼すべき人物として翠蓮本人へ何が起きたのかを尋ねる。
発作を起こしかける翠蓮の手を取り、恐れる必要はないから思うままに話してよいと促す。
雲は翠蓮を正気ではないと決めつけるが、黎司は魂のこもった目を持つ后を侮辱するなと一喝する。
翠蓮はこれまで、病気も恐怖も、本人の甘えだと否定されてきた。
その彼女の言葉を皇帝が信じたことには、大きな意味がある。
黎司は翠蓮を寵愛していたわけではない。
それでも后として、そして一人の人間として、その命と尊厳を守ろうとする。
冷酷な皇帝という噂に怯えていた翠蓮が、本当の黎司の姿を知って涙を流す場面も印象的だった。
黎司へ正体を明かせない董胡の苦しさ
本巻では、黎司が自分こそ五年前に董胡と出会ったレイシであると明かす。
ようやく一つの秘密が解かれ、董胡は薬膳師として黎司と向き合えるようになる。
五年前に作ったものと同じ饅頭を食べた黎司が、王宮で何度再現させても満足できなかった味だと喜ぶ場面には、二人の原点を感じた。
さらに黎司は、董胡へ『麒麟寮医薬草典』の写本を贈る。
平民医師には所有を許されない貴重な辞書へ、董胡が自由に知識を書き足せるよう、皇帝の玉璽まで押している。
衣装や宝石ではなく、董胡が本当に欲しいものを考えて贈ったところに、黎司の理解と優しさが表れていた。
しかし董胡は、自分が鼓濤でもあることを明かせない。
黎司は鼓濤と董胡を別人だと思い、それぞれを大切にしている。
董胡は本当の自分で黎司と過ごせる喜びを感じながらも、同時に彼を騙し続けている罪悪感を深めていく。
二人の距離は近づいているのに、真実はさらに複雑になっている。
そのもどかしさが、本作の恋愛面における大きな魅力だった。
黎司の夢は董胡自身の願いでもあった
青龍の医療問題を知った黎司は、医師や薬が一つの領地に独占されている現状を変える必要があると考える。
身分や性別、出身地に関係なく、望む者が必要な技術を学べる国を目指したい。
その言葉は、五年前に董胡が黎司へ願った未来そのものである。
董胡は、自分が平等な国を望んだのは、女性でありながら薬膳師となり、レイシのそばへ行きたかったからだと告白する。
国のためという立派な願いではなく、自分の夢を叶えるための私欲だったと謝ろうとする。
しかし黎司は、夢の始まりが私欲であっても構わないと答える。
董胡の言葉が生きる希望となり、その後は自分の意思で同じ夢を追ってきたのだと語る。
この場面には強く心を動かされた。
誰かの何気ない言葉が、生きる理由になることがある。
始まりが小さな願いであっても、受け取った人が育て続ければ、多くの人を救う大きな理想へ変わっていく。
董胡と黎司は互いに秘密を抱えている。
それでも、二人が目指している未来だけは確かに同じだった。
不気味な魅力を持つ尊武
本巻で新たな脅威として存在感を強めたのが、玄武公の嫡男・尊武である。
尊武は異国から戻ると、玄武公とは異なり、自分は黎司へ忠誠を誓う臣下だと語る。
未知の国の文化を楽しそうに話し、父親の悪事を謝罪し、国にとって正しい方へ従うと宣言する。
言葉だけを聞けば、非常に優秀で魅力的な人物である。
黎司も完全には信じていないが、本当に味方であってほしいという期待を抱いてしまう。
一方、董胡は尊武が朱雀で極楽金丹を広めた若君と同一人物ではないかと疑う。
そして終盤、尊武の声や身のこなしから、若君本人であると確信する。
さらに尊武は、鼓濤が男装して医官として活動している可能性にまでたどり着いていた。
それを玄武公や黎司へ告げるのではなく、董胡が自分を楽しませ続けるなら秘密を守ると持ちかける。
「退屈させないでくれ」という条件は、あまりにも不気味である。
金や権力を求める相手であれば、まだ対処の方法を考えられる。
しかし尊武が求めているのは、自分を楽しませる面白い出来事である。
何をすれば満足するのか分からず、退屈した時にどのような行動へ出るのかも読めない。
玄武公とは異なる種類の危険さを持つ人物だと感じた。
読後の感想
『皇帝の薬膳妃 青龍の姫と蝋梅の呪い』は、伝説の呪いを医術によって解き明かす面白さと、医療を巡る権力の歪みが描かれた一冊だった。
黒蝋妃の呪いと恐れられていた病の裏には、重いかんざし、悪い姿勢、不眠、輿入れへの恐怖があった。
本人の性格や呪いのせいにされていた苦しみを、董胡は一つずつ観察し、現実的な原因へとつなげていく。
患者の言葉を信じること。
分からないことを分からないままにせず、調べること。
自分の診立てが間違っている可能性を考えること。
どれも当然のようでいて、権威を持つほど難しくなる姿勢なのかもしれない。
雲は自分の権威を守るため、患者の苦しみを否定した。
董胡は自分の立場を危険にさらしてでも、患者の命を守った。
二人の違いは知識の量だけではなく、医師として何を優先するかにあったのだと思う。
また、董胡が黎司へ自分の正体を明かせない苦しさも、ますます大きくなっている。
黎司は董胡を信頼し、そばにいてほしいと願う。
董胡も本心では、黎司のそばで薬膳師として生きたい。
それでも玄武公の娘かもしれないという罪悪感から、自分は黎司の隣にいる資格がないと思い込んでいる。
朱璃や王琳は、すべてを打ち明けても黎司なら受け止めると考えている。
読んでいる側としてもそう思うが、何度も裏切られ、毒を盛られてきた黎司の過去を知る董胡には、簡単に信じることができないのだろう。
そして尊武という、これまで以上に底の見えない人物が董胡の秘密を握った。
黎司の前では理想的な臣下を演じ、董胡の前では面白い余興を求める危険な兄として現れる。
敵なのか、味方なのか、それともどちらにも属さず自分の興味だけで動いているのか。
正体を見せない尊武との心理戦が、今後の物語を大きく動かしていきそうである。
病に苦しむ翠蓮を救い、青龍の医療制度を変えるきっかけを作った董胡。
しかし一つの命を救うたびに、彼女自身の秘密は暴かれる方向へ近づいている。
医師として人を救う道と、后として正体を隠す生活を、いつまで両立できるのか。
董胡と黎司が本当の姿で同じ夢を追える日は来るのか。
新たな希望と不穏な予感が同時に残る、続きが気になる一冊であった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
青龍后の病
黒蝋妃の呪いと治療の全貌
青龍の第一后・翠蓮姫が苦しんでいた黒蝋妃の呪い(煩躁驚)について、病の症状と主治医による誤診、肉体的および精神的な真の原因、董胡と楊庵による治療法、ならびに偽薬・蛟龍の卵による毒殺未遂と救済の各点から解説する。
病の症状と主治医による誤診
翠蓮姫は古くから青龍の后宮で恐れられてきた黒蝋妃の呪いと呼ばれる病に苦しんでいた。
・喉に何かが詰まって息が吸えないと訴え、激しい呼吸困難の発作を繰り返していた。
・周囲に心配をかけまいと不眠を隠していたが、実は三年前から深刻な睡眠不足に悩まされていた。
・主治医の雲は本人の甘えによる心の病と決めつけ、患者を低く見ていた。
・処方されたのは彼女の気血の不足に合わない黄連解毒湯や、効能のない雑草を混ぜただけの偽薬である黄龍の鱗であった。
肉体的および精神的な真の原因
往診に赴いた董胡は、翠蓮の身体から放たれる青い光から肝胆の弱りを見抜き、病の真の原因を解き明かした。
・肉体的な真の原因は、成人時に贈られた重すぎる鉄製のかんざしであった。
・首の細い彼女が重い鉄製のかんざしを着けたまま御簾の中で同じ姿勢を続けたため、首や肩に過度な負担がかかっていた。
・これにより気血水の巡りが首で完全に滞り、慢性的な不眠を引き起こしていた。
・精神的な要因としては、冷酷な暴君と噂される帝・黎司への強い恐怖心が重なったことが挙げられる。
・これらが複合し、パニックによる過換気や喉のつかえである梅核気の発作を誘発するに至った。
董胡と楊庵による治療法
原因を突き止めた董胡と楊庵は、的確で合理的な治療を施した。
・まず重いかんざしを外させた。
・楊庵が首や背に的確な指圧と鍼を施し、滞っていた気血の流れを劇的に改善させた。
・弱った胆気を補い心を安定させる生薬として酸棗仁と竜骨を処方した。
・食事療法としては、肝胆を助ける緑の食材や酢の物、柑橘類を食べるよう指導した。
偽薬「蛟龍の卵」による毒殺未遂と救済
治療が進む一方で、主治医の雲が自身の利益のために処方した蛟龍の卵が翠蓮を瀕死の重態に陥れた。
・蛟龍の卵の実態は、角宿に咲く黒い蝋梅の種子を安易に用いたものであった。
・蝋梅の種には附子に似た強い毒性があり、服用した翠蓮は体が弓なりに反り返る痙笑を伴う激しい痙攣を起こした。
・董胡は生の甘草を用いた芍薬甘草湯を煎じて飲ませ、毒を中和して彼女の命を救うことに成功した。
まとめ
黒蝋妃の呪いと治療を巡る一連の全貌は、呼吸困難や深刻な不眠といった症状に対する主治医の誤診と不当な処方から始まり、重いかんざしによる首の滞りと皇帝への恐怖心という真因の解明、鍼灸と薬膳を用いた的確な治療、そして毒性のある偽薬による急変と生薬を用いた救命に至るまで、その歩みを明瞭に示している。病の誤診や利権に絡む毒薬という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、正しい医療知識と誠実な救護の記録である。偽りの呪いという見立てから、身体的物理的要因の除去、気血の改善、中毒症状の的中した解毒、そして完全な健康回復へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
董胡の出生
董胡の出生と隠された血脈の全貌
『皇帝の薬膳妃』の主人公である董胡の出生について、母親・濤麗の真の身分である麒麟の皇女、父親を巡る二つの説と不義の子の疑念、董胡に受け継がれた麒麟の力、および出生の真実がもたらす黎司との間の最大の葛藤の各点から解説する。
母親「濤麗(とうれい)」の真の身分:麒麟の皇女
董胡の母親は、玄武公のもとにいたとされる濤麗である。
・当初、濤麗は玄武の宮に仕えた下級医師のト殷と駆け落ちして早逝した女性と伝えられていた。
・朱璃の調査と黎司の確認した系譜により、彼女の衝撃的な真の身分が明かされた。
・濤麗は先々帝の娘であり、由緒正しき麒麟の皇女であった。
・かつて朱雀の后宮で黎司の母やその後見人たちが謎の流行り病で全滅した際、濤麗の暮らす三の宮だけが不自然に難を逃れていた。
・朱璃は、当時の玄武公が濤麗に深く執着した結果、彼女だけを生き残らせて強引に玄武へ嫁がせたのではないかと推測している。
・濤麗は玄武に嫁いだのち、娘を一人産んですぐに亡くなった。
父親を巡る二つの説と「不義の子」の疑念
董胡の父親が誰であるのかについては、作中で二つの可能性が示されており、董胡のアイデンティティを大きく揺らしている。
・玄武公の実子説:玄武公は医師試験で首席となった董胡の顔が濤麗に生き写しであることから、彼女が幼少期に攫われた実娘の鼓濤であると主張した。彼は董胡を華蘭の身代わりとして后宮へ輿入れさせるために、この血筋を利用した。
・下級医師ト殷の実子説:異母妹である華蘭は、濤麗が黒水晶の宮に仕えていた下級医師のト殷と駆け落ちして逃げたというスキャンダルを暴露している。黎司も系譜の不自然さから、濤麗が玄武公以外の相手との子を産んだ不義の子ではないかと推測している。
・董胡自身は、悪逆非道な玄武公の血を引くくらいであれば、自分を実の娘のように育ててくれたト殷が父親であってほしいと切に願っている。
董胡に受け継がれた「麒麟の力」
母親の濤麗には、人や動物を本人の意思に関わらず引き寄せ、心を奪ってしまう不思議な魅了の力があった。
・朱璃は、董胡が持つ「他人の食の好みや体調の乱れが五色の光として視える特殊な能力」もまた、麒麟の血特有の力が現れた証拠であると確信している。
・かつて養父のト殷が、子供心にこの五色の光の能力を誰にも話すなと厳しく命じた。
・これは、ト殷が董胡の本当の出生と、彼女に流れる麒麟皇家の血筋を事前に悟っていたからである可能性が極めて高い。
出生の真実がもたらす黎司との間の「最大の葛藤」
董胡が麒麟の皇女・濤麗の娘であるという真実は、黎司とのロマンスに切ない影を落としている。
・もし董胡が玄武公の実の娘であるならば、彼女は黎司の母や後見人を死に追いやった仇の血を引く娘ということになる。
・董胡はこの事実に深く絶望した。
・黎司がどれほど自分を信頼し心惹かれようとも、董胡は仇の娘としての罪悪感から、自分が黎司の真の后になる資格はないと思い詰めている。
・この出生に起因する重い葛藤があるからこそ、彼女は黎司に后の鼓濤と男装の董胡が同一人物であるという真実を打ち明けることができない。
・黎司の重度な拒食を自らの薬膳で完全に治療したあかつきには、彼の前から静かに姿を消して王宮を去るという過酷な覚悟を決めている。
まとめ
董胡の出生と隠された血脈を巡る一連の全貌は、母・濤麗が秘めていた皇女という高貴な出自から始まり、二人の父親を巡る血縁の疑惑と葛藤、食を可視化する麒麟の力の開花、そして宿敵の血を引く罪悪感と皇帝への献身の狭間で揺れる去就の決意に至るまで、その歩みを明瞭に示している。血の呪縛や錯綜する宮廷の闇という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、宿命の真実と高潔な愛の記録である。偽りの出自から、血脈の証明、異能の真価、罪悪感の超越、そして未来への意思決定へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
黎司の拒食
皇帝・黎司の拒食症と薬膳による救済の全貌
『皇帝の薬膳妃』において、皇帝・黎司が患う重度の拒食症について、拒食症の原因と食べ物への恐怖、5年前の逃亡と董胡の薬膳による奇跡、王宮での拒食の再発とやぶ医者の薬害、および董胡の薬膳による味覚の再生と天術の覚醒の各点から解説する。
拒食症の原因と食べ物への恐怖
黎司の拒食症の最大の原因は、幼少期から執拗に繰り返された毒殺未遂であった。
・朝餉、飲茶菓子、さらには薬と偽られたものなど、あらゆる場面で毒を盛られて育った。
・実際に死にかけたことが二度あり、彼の代わりに犠牲になった毒見の女官は数知れない。
・凄惨な経験から、黎司にとって食べることは恐怖の対象となり、摂らねば死ぬが摂っても死ぬという極限の心理的ジレンマに陥った。
・身体は食物を異物として激しく拒絶するようになり、食事をすることは土を食らうような不快なものと感じられ、口にするだけで激しい吐き気と不快感に襲われるようになった。
5年前の逃亡と董胡の薬膳による奇跡
5年前、玄武の離宮へ送られる途中で逃亡した皇太子時代の黎司は、行き倒れた末に平民の董胡が暮らす斗宿の治療院に救われた。
・当初は頑なに飲食や治療を拒否していたが、董胡が無理やり口に流し込んだ冬虫夏茸入りの重湯により、かろうじて命を繋ぎ止めた。
・董胡は、黎司の身体から放たれる青い光から体内に毒が残っていることを見抜いた。
・董胡が作った酸味のある梅の饅頭を、黎司は苦もなく飲み込めると実感した。
・毒が抜けた後、董胡は黄色と白色の光を捉え、出来立ての温かい唐芋の甘辛い饅頭を提供した。
・一口かじった黎司は、長年失われていた美味いという生きる喜びを思い出し、涙を流しながら完食した。
王宮での拒食の再発と「やぶ医者」の薬害
皇帝に即位して王宮に戻った後、黎司の拒食症は再び悪化していた。
・王宮の食事は豪華であるが、厳重な毒見を経てから配膳されるため、配膳される頃には冷めて美味しくなくなっていた。
・大膳寮が作る料理は上品さを重んじるあまり、極端に薄味で味気ないものばかりであった。
・内医頭の頑兼は、黎司が薬湯を拒否することに対抗し、内膳寮に指示して食事の中に不快な薬を混ぜ込ませていた。
・これにより、王宮での食事は黎司にとってさらに苦痛でしかないひどい味の泥へと成り下がっていた。
董胡の薬膳:味覚の再生と天術の覚醒
黎司が再び食べられるようになったのは、后宮の后・鼓濤が御膳所で手作りする出来立ての温かい薬膳のおかげであった。
・董胡の能力によれば、長年の拒食によって黎司の味覚は幼子のように未発達な味覚であり、薄味であっても極めて敏感に感じ取ってしまう状態であった。
・董胡はこれに合わせ、素材の旨味を活かした干しエビと松の実の饅頭や唐芋の饅頭、雑穀粥、寒菊の花湯豆腐などを工夫して提供した。
・これらは黎司の舌に優しく馴染み、喉越し良く臓腑に収まり、生命力を劇的に回復させた。
・董胡の薬膳によって身体が内側から整えられたことが、黎司に眠っていた本来の先読みの天術を目覚めさせ、国を救う大いなる力の源となった。
まとめ
皇帝・黎司の拒食症と薬膳による救済を巡る一連の全貌は、幼少期の毒殺未遂に起因する心身のトラウマから始まり、5年前の逃亡先での董胡による手厚い救護、王宮帰護後の冷えた食事と薬害による拒食の再発、そして心身を整える薬膳を通じた味覚の再生と天術の完全覚醒に至るまで、その歩みを明瞭に示している。凄惨な過去や宮廷の毒害という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、食による生命の再生と救済の記録である。トラウマの記憶から、食の受け入れ、薬害の克服、生命力の回復、そして天術の覚醒へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
尊武の正体
尊武の正体と不気味な謀略の全貌
『皇帝の薬膳妃』において、尊武(そんぶ)は最も鮮やかで予測不能な危険な敵対者として浮上する。玄武公の長男であり、董胡や華蘭、雄武の異母兄にあたる彼は、極めて鋭い知恵と卓越した手腕、人をひれ伏させる天性のカリスマ性を備えている。
海外での長い旅から帰還し、宮内局長として恭順な姿勢を見せる彼だが、その真の顔はきわめて冷酷である。尊武の二重の正体、内に秘めた動機、そして董胡との死の心理戦について解説する。
真の正体:朱雀を騒がせた「若君」
董胡と楊庵は、尊武こそが朱雀の妓楼街で濃縮された阿芙蓉(アヘン)の煙「極楽金丹」を蔓延させていた謎の扇の男・若君その人であると確信するに至る。
・薬物による支配:高依存性の阿芙蓉を用いて夕霧などの妓女を恐怖で支配し、客に家財や店を売り払わせ、家族を捨てさせるほどの深い中毒へと追い込んだ。
・朱雀弱体化の政治的陰謀:薬物の蔓延は単なる金儲けではなく、皇帝・黎司を強く支持する神官や民の多い朱雀領全体を阿芙蓉漬けにして弱体化させ、皇帝を失脚させるための冷酷な政治的陰謀であった。
・致命的な鍼術の遣い手:謀略家であるだけでなく、禁鍼穴である神庭などを的確に突き、相手を即座に麻痺・痙攣・死亡させる特殊な鍼術を駆使する恐ろしい武芸者でもある。
・鉄の紀律を誇る隠密集団:口封じのために自害をも辞さない、極めて訓練された黒装束の密偵集団を率いている。
宮廷における完璧な「偽りの恭順」
強硬で直情的な父・玄武公とは異なり、尊武は洗練された優雅さと巧みな心理操作を用いる。王宮へ戻った彼は、完璧な謙遜と忠誠心をもって皇帝・黎司へ接近した。
・父の無礼を詫び、自身は旅に出ていたため内医官の殉死制度などの闇を知らなかったと主張し、黎司の気高き理想を心から尊敬していると語った。
・有能な味方を求めていた黎司は、尊武の進歩的な姿勢に深い印象を受けることとなる。
・黎司から青龍の腐敗した医療体制の改革を命じられた際も、尊武は一切の迷いなく快諾してみせた。
・尊武の見せかける服従は、若い皇帝の警戒心を解くために計算し尽くされた完璧な仮面に過ぎなかった。
董胡の秘密の看破と「退屈しのぎ」の戯れ
尊武は、董胡が張り巡らせた複雑な嘘の網の目を完全に解き明かした最初の人物である。王宮の記録や彼女の過去を調べ上げることで、后・鼓濤、男装の医官・董胡、そして侍女頭代理・華麗という一人三役の正体を暴き出した。
・彼は玄武公や黎司に正体を暴露して董胡を破滅させるのではなく、彼女の寝所へ私的に押し入って追い詰める道を選んだ。
・宮廷の型にはまった政治闘争を退屈しきっていた尊武は、后が男装して皇帝の医官を務めるという破天荒な事態に激しい興奮を覚えた。
・董胡に対し、自分を退屈させない限り正体を黙認するが、退屈した瞬間に破滅させるという不気味な取引を持ちかけた。
・これにより董胡は、彼の気まぐれで残忍な嗜好の支配下に置かれることとなった。
「先読みのビジョン」が示す最大の脅威
尊武が皇帝夫妻にもたらす決定的な危機は、黎司の先読みの天術によって予言される。正月の予言において、黎司は銅鏡の中に恐ろしいビジョンをはっきりと視ることとなった。
・銅鏡に映し出されたのは、悲しげな表情で謝罪する董胡が、尊武の腕に抱きかかえられて連れ去られていく光景であった。
・黎司は未だに董胡と鼓濤が同一人物であることを知らないが、このビジョンにより、尊武が皇帝の側近へ潜り込みながら董胡の命を人質に取る最悪の敵であることを確信する。
まとめ
尊武の正体と不気味な謀略を巡る一連の全貌は、朱雀を脅かした若君としての阿芙蓉蔓延工作から始まり、宮廷における完璧な偽りの恭順、董胡の多重身分の看破と退屈しのぎの脅迫、そして黎司の先読みのビジョンが示す連れ去りの脅威に至るまで、その歩みを明瞭に示している。冷酷な野心や不条理な脅迫という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、知性と不気味な悪意が交錯する緊迫の記録である。偽りの恭順から、裏の工作、正体の看破、精神的支配、そして帝権を揺るがす予言の顕現へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
黄龍の鱗
黄龍の鱗の実態と青龍における薬害の全貌
『皇帝の薬膳妃』第4巻において、青龍の地で広く出回っていた薬である黄龍の鱗の実態について、概要と普及、でたらめな成分と正体、主治医・雲の卑劣な目的、および結末と流通の停止の各点から解説する。
「黄龍の鱗」の概要と青龍での普及
黄龍の鱗は、青龍の地で万能薬として広く普及していた独自の調合薬である。
・青龍の后宮を支配する高慢な主治医・雲が自らの屋敷で密かに調合し、彼の一族だけが製造および販売を行っていた。
・玄武から卸される薬が高価であるのに対し、この薬は平民でも買えるほど安価に設定されていた。
・医師や薬が著しく不足している青龍の各地の治療院で飛ぶように売れ、最も普及している薬となっていた。
・薬包紙を開くと黄色がかった茶葉のようなものが入っており、野苺のような甘い香りが漂う特徴を持つ。
・呼吸困難を伴う謎の病に苦しむ青龍の后・翠蓮も、普段からこの薬を服用していた。
明かされた「でたらめな成分」と正体
この薬を不審に思った董胡が持ち帰って分析した結果、そのでたらめな実態が暴かれた。
・まともに薬効がある成分は、青龍でよく見られる黄色い花である蝋梅の蕾程度であった。
・薬に含まれる残りの葉は、薬効も何もない道端の雑草を混ぜ合わせただけの代物であった。
・蝋梅の蕾自体、咳を鎮めたり熱を下げたりする程度の弱い効能しかなく、万能薬と呼べるような作用は備わっていなかった。
・安価で有難い薬として売られていたため、風邪が自然に治ればこの薬のおかげと信じられ、治らなければ寿命として民が納得していたに過ぎなかった。
主治医・雲の卑劣な目的
董胡の分析により、雲が黄龍の鱗を販売していた真の目的が明らかになった。
・雲には最初から患者を真面目に治療する意思はなく、患者一人一人の体質や症状を無視して一律に売りさばいていた。
・青龍公にちなんだ有難い名前をつけることで素晴らしい薬だと思わせる工作を行っていた。
・皇帝の一の后である翠蓮も飲んでいる薬という実績を作ることを狙っていた。
・后が愛用していると宣伝することで薬のハクを付け、貴族たちにも高値で売ることで自身の利益と権威を拡大していた。
結末と流通の停止
雲が悪事を暴かれて失脚したことに伴い、黄龍の鱗も終焉を迎えた。
・雲が自作の猛毒薬である蛟龍の卵を翠蓮に服用させて瀕死の重態に陥らせたことで、彼の不正と罪が白日の下に晒された。
・青龍公は雲が主宰していた医塾を解散させ、彼が出した独自の医師免状を無効にした。
・黄龍の鱗などの粗悪な薬もすべて流通を止める方針が決定された。
まとめ
黄龍の鱗の実態と青龍における薬害を巡る一連の全貌は、安価な万能薬としての偽りの普及から始まり、雑草と弱い生薬を混ぜたでたらめな成分の発覚、主治医の権益拡大と名誉欲のための不正、そして事件の発覚に伴う医塾の解散と流通停止に至るまで、その歩みを明瞭に示している。権威の威光や医療の独占という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、真実の薬学知識と不正告発の記録である。偽りの万能薬から、成分の露出、利益誘導の暴露、そして粗悪薬の完全排除へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
登場キャラクター
皇家(麒麟)
黎司(れいじ)
黎司は伍尭國の第十七代皇帝である。彼は幼少期の経験から重度の拒食症を患う。后の鼓濤こと董胡に深い信頼を寄せている。董胡を失うことを恐れている。
・所属組織、地位や役職
皇家、伍尭國皇帝。
・物語内での具体的な行動や成果
新年最初の神事で四方拝礼の儀を行った。神事の際に董胡が尊武に連れ去られる不吉な先読みのビジョンを視る。董胡に『麒麟寮医薬草典』を贈った。青龍の后宮で雲に捕らえられそうになった董胡を救い出す。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
災害の先読みにより民衆から強い支持を得ている。青龍の一族を味方にする足がかりを得た。
翠明(すいめい)
翠明は皇帝に仕える神官である。彼は黎司から絶大な信頼を寄せられている。玄武嫡男である尊武を警戒している。
・所属組織、地位や役職
神祇院、神官。
・物語内での具体的な行動や成果
尊武の謁見の場に同席した。黎司に対して尊武を信用しすぎないよう忠告する。青龍の后宮へ黎司を案内した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黎司を側近として支え続けている。彼の祖父はかつて麒麟寮の寮長を務めていた。
青龍(武術・龍氏)
龍氏(りゅうし)
龍氏は青龍の地を治める領主である。彼は自らの地位の維持を重視している。新皇帝である黎司に恭順な態度を示す。
・所属組織、地位や役職
青龍の領主。兵部局長。
・物語内での具体的な行動や成果
翠蓮を自分の養女として后宮へ送り込んだ。雲にそそのかされて董胡を捕らえるための捕縛状を出す。事件の後に黎司を訪ねて謝罪した。雲に死罪を命じたと告げる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
雲を失脚後にすぐ切り捨てた。黎司と親しく話す尊武を見て焦りを抱く。
翠蓮(すいれん)
翠蓮は青龍から嫁いだ一の后である。彼女は温厚で周囲への配慮を怠らない。自らの病気が周りの迷惑になっていると気に病む。皇帝を強く恐れていた。
・所属組織、地位や役職
青龍の一の后。
・物語内での具体的な行動や成果
喉が詰まり息ができなくなる発作に長年苦しんでいた。雲から処方された「蛟龍の卵」を飲んで激しい痙攣を起こす。黎司の前で董胡に救われた事実を証言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
当初は黎司を恐れていた。黎司の優しさに触れた彼女は涙を流す。董胡の治療により命の危機を脱した。
鱗々(りんりん)
鱗々は翠蓮に仕える大柄な侍女頭である。彼女は翠蓮に対して強い忠誠心を持つ。翠蓮を救うために自らの地位を顧みず行動する。
・所属組織、地位や役職
青龍の一の后宮、侍女頭。
・物語内での具体的な行動や成果
翠蓮の発作を和らげるために付き添っていた。国民参賀の儀の際に朱璃の輿を訪ねて医師の派遣を求める。董胡を翠蓮の寝所へ案内した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼女の一族は近衛軍である黄軍の長を代々務める。翠蓮を救われた恩から黎司への忠誠を誓う。
雲(うん)
雲は青龍の后宮を支配する主治医である。彼は極めて傲慢で、患者を見下している。自らの利権と名声を何よりも優先する。
・所属組織、地位や役職
宮内局、青龍の一の后の主治医。医塾の主催者。
・物語内での具体的な行動や成果
「黄龍の鱗」を万能薬として売りさばいていた。翠蓮に「蛟龍の卵」を飲ませて瀕死の痙攣を引き起こす。自身の責任を董胡へなすりつけようと画策した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
かつて麒麟寮で医術を学んだ。陰謀が暴かれて失脚し、龍氏から死罪を言い渡される。
康生(こうせい)
康生は雲の弟子である若き医師である。彼は翠蓮の治療に心を痛めている。当初は若い董胡を疑うが、のちに深く信頼する。
・所属組織、地位や役職
雲の医塾、医師。
・物語内での具体的な行動や成果
最初は董胡による翠蓮の診察を拒否した。しかし、董胡の優れた医術を目の当たりにして協力を申し出る。痙攣を起こした翠蓮に舌を噛ませないよう口を開け、自身の手を負傷した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
正式な医師免状を持っていない。今後は董胡から引き継いだ処方と指圧で翠蓮の治療にあたる。
玄武(医術・亀氏)
董胡(とうこ)
董胡は本作の主人公である。彼女は人の体調や味覚の好みを「五色の光」として視ることができる。自身の出生や二重生活に深く葛藤している。
・所属組織、地位や役職
玄武の一の后(鼓濤)。后付き専属医官(董胡、別名:董麗)。
・物語内での具体的な行動や成果
正体がばれる危険を冒して青龍の翠蓮を診察した。重すぎるかんざしが「黒蝋妃の呪い」の原因であると見抜く。激しい痙攣を起こした翠蓮に芍薬甘草湯を飲ませて命を救った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
平民の薬膳師から玄武の一の后へ据えられた。尊武に全ての正体を見破られ、不気味な取引を迫られる。
尊武(そんぶ)
尊武は玄武公の長男である。彼は極めて聡明で要領が良い。董胡の全ての秘密を握り、それを楽しんでいる。
・所属組織、地位や役職
玄武公の長男。宮内局長。
・物語内での具体的な行動や成果
異国への外遊から戻り、黎司へ数々の土産を献上した。かつて朱雀で「若君」として極楽金丹を広めた。董胡が后、医官、侍女を兼ねている事実を突き止める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黎司から青龍の医術制度を立て整える計画を任された。董胡に秘密の黙認と引き換えに不気味な取引を突きつける。
朱雀(芸術・鳳氏)
朱璃(しゅり)
朱璃は朱雀から輿入れした一の后である。彼女は董胡の正体を知る良き理解者だ。董胡に王宮を去らずに黎司を支え続けるよう勧める。
・所属組織、地位や役職
朱雀の一の后。
・物語内での具体的な行動や成果
大正月の大晦日に董胡を朱雀の后宮へ招き、春餅を絶賛した。国民参賀の儀で、翠蓮を助けたいという鱗々の願いを勝手に引き受ける。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
董胡が麒麟の皇女・濤麗の娘であると確信している。董胡が消えた場合は彼女の侍女たちを保護すると約束した。
斗宿の村・内医司
楊庵(ようあん)
楊庵は董胡の兄弟子である医師である。彼は鍼の天才的な才能を持つ。董胡に同行して翠蓮の治療を陰から支える。
・所属組織、地位や役職
医師。内医司の使部。
・物語内での具体的な行動や成果
万寿から「黄龍の鱗」のでたらめな成分について聞いた。翠蓮の細い首に的確な指圧と鍼を施し、呼吸を劇的に楽にさせる。尊武の姿を見て、彼が朱雀の「若君」と同一人物であると確信した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
医師免状は持っていない。董胡が女性であることを知る数少ない人物である。
宮内局・薬庫
万寿(まんじゅ)
万寿は王宮の薬庫で働く平民の役人である。彼は薬草や地域の医療事情に非常に詳しい。董胡に有益な情報を提供する。
・所属組織、地位や役職
宮内局、薬庫の平民医官。
・物語内での具体的な行動や成果
「黄龍の鱗」の成分が、ただの雑草と蝋梅の花であることを董胡に教えた。蝋梅の種子が強い毒性を持つ事実を伝える。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
薬庫の管理を一手に引き受けている。愛妻家であり、国民参賀では大階段から妻へ手を振る。
后宮・女官
茶民(ちゃみん)
茶民は鼓濤(董胡)の付き侍女である。彼女は少し色黒で、小銭を貯めるのが好きだ。鼓濤を強く慕っている。
・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮、侍女。
・物語内での具体的な行動や成果
朱璃からの追及に対して、鼓濤を必死にかばった。正月の祝い餅の際には、王琳へ早く食べるよう勧める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
以前は董胡に不満を抱いていた。しかし、今では華蘭のもとへ戻されるのを極度に嫌がっている。
壇々(だんだん)
壇々は鼓濤(董胡)のもう一人の付き侍女である。彼女は色白でふっくらしており、非常な食いしん坊だ。
・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮、侍女。
・物語内での具体的な行動や成果
朱璃から好意を疑われた董胡に対し、帝を心から愛していると答えた。正月の祝い餅を喜んで完食する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
お后様がいなくなるのを恐れている。董胡の専属薬膳師へ前例のない侍女としてついていきたいと願う。
禰古(ねこ)
禰古は朱璃姫に仕える侍女頭である。彼女は朱璃を深く愛し、皇后になることを望んでいる。おしゃべりな性格だ。
・所属組織、地位や役職
朱雀の一の后宮、侍女頭。
・物語内での具体的な行動や成果
玄武の一の后(鼓濤)が朱雀の后宮を訪れた自慢話を周囲に話していた。国民参賀の儀の際、青龍の侍女頭である鱗々を朱璃の輿へ案内する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
朱雀の后宮を取り仕切っている。朱璃から「困ったおしゃべり」と評されるものの、深く愛されている。
王琳(おうりん)
王琳は后宮を取り仕切る冷徹な侍女頭である。彼女は董胡の正体を知る密偵だ。最初は董胡の男装に卒倒しそうになる。のちに良き相談相手となった。
・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮、侍女頭。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡が男装医官の姿を明かした際、すべての事情を聞いて衝撃で寝込んだ。しかし、のちに帝にすべてを白状するよう説得する。青龍での異変を察知し、お渡り直前の黎司へ救援を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
亡き夫・吐伯との思い出を少しずつ語れるようになった。董胡のために命を救われた恩を返そうと尽力する。
異界
魔毘(まび)
魔毘は異界の存在である黒衣の男である。彼は無言で黎司に未来を映し出す媒介を果たす。
・所属組織、地位や役職
異界の存在。
・物語内での具体的な行動や成果
新年最初の神事の際、黎司が呼んでもいないのに祈禱殿に現れた。銅鏡を真っ直ぐ指し示し、董胡が尊武に連れ去られる不吉な先読みを視せる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
長い赤髪で右目を隠し、不思議な文様のついた黒衣をまとう。
展開まとめ
一、黒蝋妃の呪い
青龍の后宮
武術を重んじる青龍の后宮は、屈強な衛兵と精鋭の侍女に守られていた。その堅固な寝所で、青龍の后・翠蓮は喉が詰まって息ができないと訴え、黒蝋妃の呪いに殺されると怯えながら意識を失った。
翠蓮の発作
侍女の鱗々は翠蓮の呼吸を整えようとしたが、発作は以前より悪化していた。主治医の雲は驚悸の発作だと診断し、薬の量を増やすと告げたものの、喉や肺に異常はなく、翠蓮が注目を求めて病を作っているのだと決めつけた。
鱗々は、翠蓮が本来は穏やかで思いやり深く、発作で周囲へ迷惑をかけることを気に病んでいると反論した。しかし雲は心の甘えが原因だとして、侍女たちが甘やかさないことが治療になると言い放った。
煩躁驚への恐れ
雲は翠蓮の母も同様の発作から症状を悪化させ、やがて正気を失ったと語った。青龍の一部の家系では、些細なことに怯えて暴れ、最後には食事を拒んで衰弱する煩躁驚が伝わっていた。
その病は美しい女性に多いため、黒蝋妃の呪いとも噂されていた。氏家もその血筋であり、鱗々は翠蓮が同じ経過をたどるのではないかと恐れた。
蛟龍の卵
鱗々が治療法を求めると、雲は角宿で採れる希少な生薬・蛟龍の卵を提案した。黒龍の宿る木に生るとされる高価な薬で、まだ治験の途中であったが、翠蓮の養父である龍氏へ使用を申し出ると語った。
鱗々は翠蓮が治るなら自分の財産を差し出してもよいと願った。しかし患者を見下す雲の態度を信用できず、このまま任せて本当に治るのか不安を抱きながらも、他に頼れる医師を持たなかった。
二、 鼓禱と朱璃
正体を知る朱璃
玄武の后宮で、朱璃と董胡は互いに睨み合った。朱璃は鼓濤、男装医官の董胡、侍女頭代理が同一人物だと見抜いていたが、帝へ害を為す意図がないなら正体を明かさないと約束した。
董胡は斗宿の治療院で育った平民の女性であり、医師免状を得るため男装していたと告白した。黒水晶の宮で突然、行方不明だった玄武公の娘だと決めつけられ、拒んでも一の后として輿入れさせられた経緯も明かした。
帝への想い
朱璃は、董胡が望まぬ輿入れをしたにもかかわらず、帝のために命懸けで尽力する理由を追及した。茶民と壇々は、董胡が黎司を愛しているからだと答え、董胡は動揺して否定した。
董胡は皇帝だからではなく、五年前から慕っていたレイシだから支えたいと思っていた。朱璃は軽口を交えながら三人の本音を引き出し、董胡に帝を害する意図がないと確信した。
皇女・濤麗
朱璃は、幼い頃に朱雀の三の后宮で出会った濤麗が、先々帝の娘である麒麟の皇女だったと明かした。濤麗は後に現在の玄武公へ嫁ぎ、行方不明となった娘を一人産んでいた。
董胡の顔は、朱璃の記憶に残る濤麗と瓜二つであった。朱璃はその記憶を証拠として、董胡が濤麗の娘であり、麒麟の血を引く姫君だと断言した。
濤麗の魅了
濤麗には、人や動物を引き寄せる不思議な魅了の力があった。庭を歩けば鳥や獣、虫や魚が集まり、人々も本人の意思にかかわらず強く心を惹かれていた。
朱璃も幼い頃から濤麗を忘れられず、その執着が麒麟の力によるものだと考えた。当時、朱璃以上に濤麗へ魅入られた人物が、玄武嫡男であった現在の玄武公だと推測していた。
朱雀を襲った流行り病
濤麗がいた頃、朱雀の后宮では流行り病によって黎司の母・凰葉をはじめ、その父や兄など、黎司の後見となるはずの者たちが相次いで亡くなった。ほかの后宮には被害がなく、濤麗の暮らす三の宮だけが無事だった。
朱璃は、黎司を目障りに思う者が朱雀の血筋を滅ぼしながら、濤麗だけは死なせず玄武へ嫁がせたのではないかと疑った。その人物が玄武公であり、濤麗への執着から不自然な縁談を実現させたと考えていた。
仇の娘という恐れ
董胡は、自分が濤麗と玄武公の娘ならば、黎司の母や後見人を奪った仇の血を引いていることになると絶望した。玄武公の娘であるくらいなら、不義の子や無関係な平民であってほしいと願った。
朱璃は推測にすぎず、濤麗も董胡も玄武公に翻弄された被害者だとなだめた。しかし董胡は、黎司が同じように受け止められるとは思えず、正体が露見すれば王宮を去る覚悟だったと明かした。
尊武への疑惑
董胡は、二の后宮へ向かう玄武嫡男・尊武を遠目に見て、朱雀の妓楼街で極楽金丹を広めようとした若君に似ていたと告げた。もし同一人物なら、尊武は董胡の異母兄であり、朱雀を陥れようとした者となる。
董胡は真偽を確かめ、黎司へ報告して罪を明らかにする必要があると考えた。玄武の娘として玄武を裁く危険を承知しながらも、逃げる前に果たすべき責務だと決意した。
拒食を治す使命
董胡は五年前、斗宿で皇太子時代の黎司と出会い、自分の料理によって拒食を一度改善させていた。王宮で再会した黎司は再び拒食に苦しんでおり、現在も鼓濤の薬膳師として料理を食べさせていた。
黎司は董胡を五年前の少年だと思い、鼓濤とは別人だと信じていた。董胡は騙すつもりはなかったと説明し、ただ黎司が健やかであってほしいという願いだけが残っていると語った。
王宮を去る覚悟
董胡は黎司の拒食が治るまで秘密を守ってほしいと朱璃へ頼み、その後は正体を明かされても構わないと答えた。ただし真実が露見した時には、后として残らず密かに王宮を去るつもりであった。
朱璃は黎司なら真実を受け止め、さらに深い絆を結ぼうとすると考えた。しかし董胡は、黎司を苦しめた玄武公の血を引く自分を許せず、本当の后にはなれないと主張した。
后宮の者たちの保護
董胡は自分が消えた後、茶民や壇々を含む后宮の者たちを朱雀の宮で匿ってほしいと頼んだ。朱璃は董胡が消える必要はないと反対したが、今は説得できないと悟った。
朱璃は、何か行動を起こす前には必ず相談することを条件に、侍女たちを守ると約束した。董胡も勝手に姿を消さないと誓った。
董胡に宿る力
帰り際、朱璃は董胡にも麒麟の血筋特有の力がないかと尋ねた。董胡は否定したものの、他人の味覚や食の好みが色として見える自分だけの力を思い出した。
養父の卜殷がその力を口外しないよう命じていたことから、董胡は卜殷が自分の出生と麒麟の血筋を知っていた可能性に気付いた。信じていた養父が何かを隠していた恐怖とともに、自分が濤麗の娘であるという確信を深めた。
三、黎司と尊武
尊武の帰還
異国への外遊から戻った玄武嫡男・尊武は、即位祝いの挨拶が遅れたことを黎司へ詫び、多くの土産を献上した。尊武は西方の高層建築や石造りの家、獣皮を加工した写本などを語り、黎司は未知の文化に強い興味を示した。
玄武公への謝罪
尊武は留守中に玄武公が黎司へ重ねた無礼を詫び、先帝の崩御によって父が変わってしまったと説明した。自分は皇太子時代から黎司の志を尊敬しており、玄武公とは異なる考えを持つ忠臣だと主張した。
黎司が内医司の殉死制度について問いただすと、尊武は宮内局の仕事を玄武公や章景へ任せ、外遊を続けていたため何も知らなかったと謝罪した。任務を怠った責任を認め、処分を受ける覚悟も示した。
尊武の忠誠
黎司は、玄武公と争った場合にどちらへ味方するのかと尊武を試した。尊武は黎司が正しければ迷わず従うが、間違っていれば死罪を覚悟して意見すると答えた。
迎合せず国にとって正しい方を選ぶという尊武の態度に、黎司は理想的な臣下の姿を見いだした。今後は宮内局の局頭として働くよう告げ、尊武も黎司と国のために尽力すると誓った。
尊武への警戒
謁見後、翠明は尊武が聡明である一方、過去に悪辣な行いをしたとの噂もあるため、信用しすぎないよう忠告した。黎司は風聞だけで判断せず、本人の行動を見て見極めると答えた。
黎司も尊武を完全には信じておらず、愚かな皇帝が簡単に懐柔されたと思わせるつもりであった。ただし、本当に正義感のある臣下であってほしいという期待も抱いていた。
信じる者を選ぶ自由
黎司は、皇帝には嫌いな者を排除する自由はなく、命を狙う相手でも重臣として用いなければならないと語った。その中で僅かに残された自由は、誰の言葉を信じ、どのような信念を持つかを選ぶことだと考えていた。
先帝は玄武公を信じ、その力に従うことで表面的に穏やかな治世を保った。黎司は以前、その弱さを嫌悪していたが、自ら皇帝となって重圧を知り、父も自分の力量に応じた道を選んだのだと受け入れ始めていた。
黎司の信念
黎司は、慎重になりすぎて信頼すべき者を失わないようにしながら、自分が信じたものを周囲の圧力で見失わないと決意した。玄武の者という理由だけで鼓濤を疑った過去を悔い、尊武も血筋だけで遠ざけず、本人を見て判断するつもりだった。
誰かの言いなりになって信念を失えば、自分自身ではなくなると黎司は考えていた。自ら選んだ信念を裏切るくらいなら命を失う方がよいという覚悟を聞き、翠明は黎司がさらに皇帝らしく成長したと感じた。
四、黎司の贈り物
王琳への告白
年の瀬、董胡は王琳へ男装医官の姿を明かした。帝から鼓濤と董胡の二人に贈り物を渡し、御簾内で対面したいとの文が届いたため、これ以上秘密にできなくなったのである。
董胡は黎司が自分を鼓濤付きの男性薬膳師だと思っており、鼓濤としては顔を見せず、寝所を共にしたこともないと説明した。五年前からの経緯まで聞いた王琳は衝撃で寝込み、すべてを正直に打ち明けるよう勧めた。
董胡としての対面
翌夜、黎司が訪れると、董胡は鼓濤が風邪で伏せていると偽り、医官姿で御簾内に一人ひれ伏した。黎司は自分の顔を見るよう許し、董胡がすでに正体に気付いていたと知った。
黎司は身分を隠していたことを詫びる董胡を許し、二人きりの時はこれまで通りレイシと呼ぶよう求めた。董胡は鼓濤との同一人物であることを明かさず、残された時間を本来の自分で黎司と過ごす道を選んだ。
五年前の饅頭
董胡は五年前に斗宿で黎司へ作ったものと同じ饅頭を差し出した。黎司は王宮の料理人に何度作らせても再現できなかった味だと喜び、懐かしみながら次々に食べた。
董胡も、薬膳で人を救い、黎司の専属薬膳師になろうと決意した当時を思い出した。望んだ形とは違っても、再び黎司のそばで料理を作れる日々を大切にしようと考えた。
牡蠣の雪白椀
董胡は牡蠣と白菜を昆布だしで煮込み、大根おろしと春菊を添えた雪白椀を振る舞った。牡蠣の効能や、殻が鎮静作用を持つ生薬になることを説明すると、黎司は久しぶりに董胡の薬膳の話を楽しんだ。
黎司は柔らかな牡蠣と旨味を含んだ大根を気に入り、董胡は食べたい物があればいつでも用意すると告げた。黎司は鼓濤が自分のために董胡を尽くさせていると思い、その優しさに感謝した。
鼓濤への表着
黎司は鼓濤への贈り物として、黒地に色鮮やかな菊を配した最高級の表着を用意していた。年始の国民参賀で着ることを願い、その姿を直接見られなかったことを残念がった。
董胡は鼓濤として受け取れないことに罪悪感を抱きながら、代わりに渡すと約束した。
麒麟寮医薬草典
董胡への贈り物は、翠明の祖父が各地の知識を書き加えた医薬辞書の写本であった。黎司は神官たちに書き写させ、董胡が自由に所有し、情報を書き足せるよう玉璽を押していた。
平民医師には決して手に入らない貴重な辞書を前に、董胡は涙を浮かべて喜んだ。黎司を騙している罪悪感を抱きながらも受け取り、この恩を自分のすべてで返そうと誓った。
尊武への疑惑
董胡は朱雀の妓楼で極楽金丹を広めようとした若君に似た人物を、王宮で見かけたと黎司へ伝えた。その人物は鼓濤の兄である玄武嫡男・尊武ではないかと告げた。
黎司は先日会った尊武の名に驚いたが、董胡の証言を信じ、真偽が明らかになるまで警戒すると答えた。尊武が若君と同一人物なら玄武公以上に危険な相手だと考え、自分でも調べるため、董胡には無理に近付かないよう求めた。
董胡は慎重に行動すると答えたものの、尊武が自分の兄であるなら、自ら罪を明らかにしなければならないと決意していた。
五、 過年祓の儀
大晦日の神事
年の暮れ、黎司は過年祓の儀に追われ、董胡の料理を食べに玄武の后宮へ通えないまま大晦日を迎えた。皇帝は神官たちと夜を徹し、国中の村々の名と祓詞を唱えることになっていた。
朱璃との年越し
董胡は朱璃に呼ばれ、医官姿で朱雀の后宮を訪れた。朱璃は帝から鼓濤と董胡へ贈り物があったことを聞き、二人同時の対面を董胡がどのように切り抜けたのか尋ねた。
董胡は鼓濤が風邪で伏せたことにし、董胡として黎司と会ったと説明した。黎司は自分が皇帝であると明かしたものの、董胡と鼓濤が同一人物であることには気付いていなかった。
鼓濤の顔を隠す案
董胡は、黎司が鼓濤の顔を見たがっているため、秘密を隠し続けるのは難しいと悩んだ。朱璃は、幼い頃の疱瘡で痘痕が残り、顔を見せることを恐れていると説明すればよいと提案した。
朱璃は黎司が美醜を確かめたいのではなく、信頼を深めるために顔を見たいのだと考え、自分から無理強いしないよう話すと約束した。
年夜飯の春餅
董胡は朱璃へ、斗宿で食べていた年夜飯の春餅を届けた。苦い野菜や豆板辣醤で味付けした鶏肉を巻いたものと、唐芋を甘辛く仕上げた甘味春餅を用意していた。
朱璃は董胡の料理を絶賛し、黎司が玄武の后宮へ通う理由を理解した。董胡も料理を褒められたことを喜び、朱璃の好みに合わせて作ったと説明した。
黎司のそばにいる道
朱璃は、これほどの料理を食べさせておきながら黎司の前から消えるのは残酷だと告げた。后になることを望まないなら、別の形で黎司のそばに残る方法を一緒に考えようと説得した。
董胡は朱璃の言葉に希望を感じ、王宮を去る以外の道も考えてみると答えた。
騒がしい年明け
董胡は朱璃の后宮に長居し、年越し直前に玄武の后宮へ戻った。朱璃から生きた蟹を土産として持たされたため、王琳から小言を受けている間に包みを開けた茶民と壇々が悲鳴を上げ、騒がしい新年を迎えた。
六、国民参賀の儀
四方拝礼と不吉な初夢
新年最初の神事で、黎司は四方の輝石を神器の剣で結び、伍尭國を守る結界を張ろうとした。しかし天術が発動した実感はなく、創司帝との力の差を痛感した。
祈禱殿では、呼んでいない魔毘が現れ、銅鏡に尊武の姿が映った。尊武は董胡を腕に抱き、董胡は悲しげに謝ってから連れ去られていった。黎司は目覚めた後も、先読みか夢か判断できず、不吉な予感を抱いた。
国民参賀の儀
翌日の国民参賀では、皇帝と四后の輿が殿上広場に並び、多くの民が新年を祝った。しかし鼓濤と青龍の后は欠席しており、四后は誰も御簾を上げなかった。
董胡は鼓濤が風邪で休んでいることにして、朱璃の輿へ医官姿で潜んでいた。朱璃は董胡の春餅を褒め、次は蒸し饅頭を作るよう頼み、董胡を上機嫌にさせた。
鱗々の訪問
式典中、青龍の侍女頭・鱗々が朱璃の輿を訪れた。鱗々は玄武の后へ相談しようとしたものの不在だったため、朱璃に取り次ぎを求めていた。
鱗々は青龍の后の病状が悪化し、主治医の雲が出す薬を飲んでも治らないと打ち明けた。名医でも処方を誤ることがあるのかと尋ね、玄武の医官に別の診立てを頼みたいと訴えた。
青龍の后の病
青龍の后は国民参賀に出られないほど衰弱し、輿だけが置かれていた。鱗々は姫君が壊れてしまうのではないかと恐れ、龍氏に知られれば罰を受ける覚悟で助けを求めていた。
主治医の雲は休暇で不在になる予定だったが、弟子の医師にはまだ別の医官を呼ぶ話を通していなかった。董胡は揉め事や正体の露見を恐れ、関わることに消極的だった。
青龍への往診
朱璃は鱗々の覚悟を見て、董胡が青龍の后を診ると勝手に引き受けた。董胡は反発したが、苦しむ者を見捨てるのか、黎司のためでもあると迫られた。
董胡は診ても何も分からない可能性を伝えたうえで承諾し、翌日の昼過ぎに青龍の后宮を訪れることになった。
七、翠蓮姫の病
青龍の后宮への往診
年明け三日、董胡は医官姿で青龍の后宮を訪れた。侍女頭の鱗々のそばには、主治医・雲の弟子である康生が待っていたが、幼く見える董胡を医師とは認めず、診察を拒もうとした。
翠蓮の発作
二人が言い争う声に怯えた青龍の后・翠蓮は、喉に何かが詰まって息が吸えないと訴えて発作を起こした。董胡は梅核気と過換気を疑い、息を吸わせようとする鱗々に代わって、ゆっくり吐き切るよう翠蓮を誘導した。
翠蓮は吐いた後に自然と息を吸い込み、繰り返すうちに呼吸を整えた。董胡は、息が吸えないという恐怖が過換気を悪化させるため、吸うことへ意識を向けるのは逆効果だと説明した。
黄連解毒湯の処方
康生が発作時の薬として持ってきたのは黄連解毒湯だった。董胡は、体力があり気の高ぶった者に用いる薬を、血も気も不足した翠蓮へ飲ませるのは適切ではないと判断した。
しかし他の医師の処方を患者の前で否定することは避け、薬を飲ませない方がよいとだけ告げた。康生は雲の処方に逆らうことを恐れたが、董胡から師の顔と翠蓮の治療のどちらを優先するのか問われ、黙り込んだ。
輿入れへの恐怖
翠蓮の最初の発作は、龍氏の養女として皇帝へ嫁ぐ候補に挙げられた頃に始まっていた。黎司が無慈悲な帝だという噂を恐れる翠蓮を、許嫁のいる姉たちが自分の代わりに行くよう執拗に追い詰めたためであった。
その後、母と同じ煩躁驚の兆候を疑われた翠蓮は、本来の一の姫君の代わりとして龍氏の養女となった。董胡は、黎司の治世が短いと見込んだ龍氏が本当の姫君を温存し、病を抱える翠蓮を后にしたのだと察した。
黒蝋妃の呪い
氏家や游家では、美しい女性が恐怖や怒りに支配され、衰弱して亡くなる病が多いとされていた。その原因は、かつて二人の妃を傷つけて幽閉され、呪いを残して死んだ黒蝋妃にあると伝えられていた。
翠蓮も自分が呪われ、甘えた性格のせいで周囲へ迷惑をかけていると思い込んでいた。鱗々と康生は雲の診立てに疑問を抱き、董胡も翠蓮が単なるわがままで苦しんでいるとは考えなかった。
黄龍の鱗
翠蓮が普段飲んでいたのは、雲が独自に作った万能薬・黄龍の鱗だった。薬の中身は弟子にも明かされず、雲の一族だけが製造し、青龍各地の治療院で安価に売っていた。
董胡が薬を調べると、野苺のような甘い香りがしたものの、知っている生薬ではなかった。成分が分からないまま断薬や別の薬を重ねるのは危険だと考え、康生から一包を預かって持ち帰ることにした。
弱った肝胆
董胡には、翠蓮の体から肝や胆の不調を示す青い光が見えていた。毒ほど強い色ではなかったため原因は断定できなかったが、臓腑が弱っていると判断した。
董胡は緑の食材や酢の物、柑橘類を食べさせるよう鱗々へ指示した。発作の原因と黄龍の鱗の正体を確かめるため、薬を持って一旦青龍の后宮を後にした。
八、年菜祝い膳
鼓濤への配慮
年始の神事を終えた黎司は、久しぶりに玄武の后宮を訪れた。董胡は鼓濤がまだ風邪で伏せていると説明したが、黎司は顔を無理に見ようとはせず、不安が消えるまで待つと伝えた。
朱璃から鼓濤が痘痕を気にしていると聞いた黎司は、今まで通り安心して話してほしいと董胡へ託した。董胡は欺き続ける罪悪感を抱きながらも、せめて料理で応えようと考えた。
年菜祝い膳
董胡は金目鯛の姿煮や冬鮑の酒蒸し、甘くない八宝飯、鶏肉の陳皮煮を揃えた祝い膳を用意した。黎司は甘い八宝飯を苦手としていたが、出汁で炊いたもち米に干し果物や貝柱を加えた料理を気に入り、食を進めた。
陳皮煮も爽やかな香りが食欲を高め、黎司は美味しそうに食べた。董胡は、自分の料理だけは食べたいという黎司の言葉に喜びを感じた。
青龍の后の治療
黎司は朱璃から、董胡が青龍の后・翠蓮を診察したと聞いていた。初見えの頃から翠蓮の怯えや呼吸の乱れに気付いており、治せる病なら力を貸してほしいと頼んだ。
董胡は翠蓮が飲んでいる万能薬・黄龍の鱗について説明した。未知の薬草が含まれていたため、黎司から贈られた医薬草典を調べ、黄色い花を付ける蝋梅が使われている可能性に気付いていた。
蝋梅の薬効
蝋梅は青龍に多く咲き、咳や熱を鎮め、火傷にも用いられる薬草であった。しかし効能は強くなく、黄龍の鱗が万能薬とされることに董胡は疑問を抱いた。
ほかにも複数の葉が混ぜられていたが、強い作用を持つものには見えなかった。董胡は断薬して適切な処方へ切り替えることを検討した。
楊庵の同行
董胡は、翠蓮の治療へ楊庵を同行させる許可を求めた。楊庵は医師免状を持たないものの鍼の才能があり、卜殷と共に似た症状の患者を治療した経験があった。
黎司は例外的な処置を認め、主治医の処方に問題があれば皇帝の権力で董胡たちを守ると約束した。
尊武への接近禁止
黎司は董胡へ無茶をしないよう強く念を押し、尊武についてはもう調べず、近付かないよう命じた。董胡が自分で確かめるべきだと反論すると、黎司はその腕を掴み、失いたくないのだと告げた。
さらに黎司は、董胡が何かを隠していても謝る必要はないから、そばにいてほしいと願った。董胡は正体も罪悪感も打ち明けられず、ずっとそばにいると約束した。
その約束が嘘になると分かりながら、董胡は秘密が暴かれる前に黎司の拒食を治さなければならないと、さらに焦りを募らせた。
九、薬庫の会合
黄龍の鱗の正体
董胡は薬庫で万寿と楊庵に会い、青龍で流通する黄龍の鱗について尋ねた。万寿によれば、薬売りが調べた結果、薬効のある成分は蝋梅花程度で、ほかは効能のない雑草を混ぜただけの薬であった。
安価なため広く使われ、風邪が自然に治れば薬の効果と信じられ、治らなければ寿命だと諦められていた。医師や薬が不足する青龍では、怪しい薬でも疑われず受け入れられていたのである。
蝋梅の種子
万寿は青龍の后宮から入手した蝋梅の蕾を董胡に見せた。生薬には花より効能の高い蕾が使われていたが、種子には附子に似た毒性があり、誤食すれば激しい痙攣を起こして死に至ることもあった。
董胡は黄龍の鱗に種子は含まれていないと考えたものの、でたらめな薬で利益を得る雲を信用できず、翠蓮の主治医として問題があると感じた。
楊庵への依頼
董胡は黄龍の鱗を飲んでいるのが青龍の后だと明かし、楊庵へ治療の補助を頼んだ。翠蓮には薬湯だけでなく、楊庵の鍼と卜殷が行っていた指圧が有効だと考えたためであった。
楊庵は医師免状を持たないことを心配したが、董胡は自分の補助として黎司の許可を得ていると説明した。楊庵は翌日、青龍の后宮へ同行することを承諾した。
内医官たちの変化
楊庵は、殉死制度の廃止によって内医官たちが希望を取り戻し、黎司のために真剣に働くようになったと語った。しかし偵徳だけは依然として黎司への不信を解いておらず、董胡は落胆した。
尊武の視察
董胡と楊庵が薬庫を出ると、宮内局を視察する尊武の一行が現れた。二人は離れた木陰で拝座しながら、その姿を密かに確認した。
遠目で顔は判然としなかったが、楊庵は尊武の歩き方や雰囲気が、朱雀で遭遇した若君に似ていると認めた。董胡も均整の取れた姿や雅な動きから、同一人物である可能性を強く感じた。
若君との再会への警戒
尊武が一瞬こちらを向いたため、二人は顔を伏せた。楊庵は朱雀で顔を見られていたため、正体に気付かれれば消されると恐れたが、尊武は何も気付かず宮内局へ入っていった。
董胡と楊庵は、尊武と若君が同一人物である可能性を確かめつつ、今後は偶然出会わないよう互いに注意し、何か分かれば知らせ合うと約束した。
十、病の原因
翠蓮の再診
董胡は楊庵を伴って青龍の后宮を再訪した。前回の処置で翠蓮の発作が緩和されたため、康生は董胡を医師として認め、診察への協力を申し出た。
董胡が脈や舌、腹部を診ると、胆の気が弱っている兆候が見られた。翠蓮はよく眠っていると周囲に話していたが、実際には三年ほど前から眠りが浅く、朝になっても起きられない状態が続いていた。
隠されていた不眠
翠蓮は、周囲へ心配をかけたくないため不眠を隠していた。大人の姫君として御簾内で暮らすようになった頃から眠れなくなり、輿入れへの恐怖や心労によって発作まで起こすようになっていた。
董胡は、気が夜になっても体の内側へ巡らないことが不眠の原因だと考えた。翠蓮は自分の甘えた性格が悪いと責めたが、董胡は別の身体的な原因もあると疑った。
楊庵の指圧
楊庵は卜殷の教えを思い出し、細い首で重い頭を支える女性は前屈みになり、首で気や血、水の流れが滞ることがあると指摘した。
楊庵が翠蓮の首から背を指圧し、負担の少ない範囲で鍼を施すと、喉の詰まりが消え、久しぶりに深く息を吸えるようになった。董胡は呼吸が整えば発作も起こりにくくなると説明した。
鉄の櫛かんざし
董胡は翠蓮が常に身につけていた鉄製の櫛かんざしに注目した。それは氏家の成人女性へ贈られる習わしの品で、美しい姫ほど大きな輝石付きのものを与えられていた。
氏家と游家は細い首の女性が多く、重いかんざしを着けたまま御簾内で同じ姿勢を続けることで首へ負担がかかり、気の巡りを悪化させていた。董胡は、それこそが黒蝋妃の呪いと呼ばれてきた病の根本原因だと推測した。
煩躁驚への進行
董胡は、重いかんざしと姿勢の悪化から不眠が始まり、それを放置したため発作へ進行したと説明した。さらに適切な治療を受けられなければ、深刻な発作を経て煩躁驚へ至る可能性があった。
翠蓮の母も早い段階で原因に合った治療を受けていれば、助かった可能性があった。鱗々と康生は翠蓮が同じ道をたどらずに済むと知り、安堵した。
胆気を補う治療
董胡は重いかんざしを外し、姿勢を正し、楊庵の指圧を毎日続けるよう指示した。さらに長い不眠で弱った胆気を補い、心を安定させるため、酸棗仁などの生薬を処方することにした。
翠蓮の発作は甘えやわがままによるものではなく、周囲を気遣い過ぎた心労と身体の不調が重なった結果であった。董胡が翠蓮を心温かく思慮深い姫君だと認めると、翠蓮と鱗々は涙を流した。
康生への引き継ぎ
董胡は完治には長い治療が必要だと告げ、康生へ指圧の位置と薬湯の処方を覚えるよう求めた。康生は診立てや処方を惜しまず教える董胡に感謝し、今後の治療を担うことになった。
しかし康生は雲の医塾を出ただけで正式な医師免状を持たず、宮内局の薬庫から薬草を受け取れなかった。青龍では雲の一族が医塾と薬を支配し、正式な免状を持つ若い医師が育たない状態になっていたため、董胡が必要な薬剤を届けることにした。
帝への恐怖
診察を終える前に、董胡は翠蓮の最大の心労となっている黎司への恐怖にも向き合うよう促した。翠蓮は帝の訪問が決まるたびに発作を悪化させていた。
董胡は黎司が噂のような恐ろしい人物ではないと伝え、まず鱗々が直接話して人柄を確かめるよう勧めた。鱗々は翠蓮のため、覚悟を決めて黎司と向き合うことを受け入れた。
十一、蛟龍の卵
青龍の后宮への急行
玄武の后宮では、董胡が医官姿のまま料理を作っていた。間もなく黎司が訪れる予定だったため、王琳は鼓濤の姿に戻るよう急かしていた。
そこへ青龍の侍女が駆け込み、翠蓮が蛟龍の卵を飲んだ後に激しい痙攣を起こしたと知らせた。雲は董胡の処方を取り上げ、鱗々と康生を守ろうとした翠蓮へ自作の薬を飲ませたものの、容態が悪化すると逃げ出していた。
王琳は帝の訪問を優先するよう懇願したが、董胡は自分は后である前に医師であり、苦しむ患者を見捨てられないと告げ、青龍の后宮へ向かった。
蛟龍の卵の中毒
董胡が到着すると、翠蓮は意識を保ったまま体を弓なりに反らし、笑ったような表情で痙攣していた。康生は舌を噛ませまいとして口を開こうとし、手を深く噛まれて血まみれになっていた。
董胡は無理に口を開ける方が危険だと止め、翠蓮の顔を横へ向けて衣服を緩めさせた。さらに解毒と痙攣の緩和を目的に、生甘草を用いた芍薬甘草湯を煎じさせた。
黒い蝋梅の種
蛟龍の卵が角宿にだけある黒龍の宿る木から作られたと聞き、董胡は黒い花を咲かせる蝋梅を思い出した。万寿から、蝋梅の種には附子に似た毒性があり、体を反らす痙攣を起こすと聞いていたためである。
董胡は、雲が黒い蝋梅の種を安易に薬へ利用したと見抜いた。雲は効能よりも、皇帝の后が飲む薬という実績を作り、高値で売ることを狙っていたと考えられた。
翠蓮の回復
芍薬甘草湯を少しずつ飲ませると、翠蓮の痙攣と引きつった表情は徐々に和らいだ。毒の量が致死量には達していなかったため、一刻ほどで発作は治まり、翠蓮は眠りについた。
苦しい中でも翠蓮は、負傷した康生を治療するよう董胡へ頼んだ。董胡はその思いやりを称え、命の危険を脱したと判断した。
雲の捕縛命令
董胡が帰ろうとすると、龍氏の私兵を伴った雲が現れた。雲は董胡を偽医官と決めつけ、鱗々や康生と共に捕らえるよう命じた。
雲は蛟龍の卵による中毒を董胡の薬のせいにし、龍氏から捕縛状まで得ていた。さらに侍女たちを殺し、翠蓮を煩躁驚として幽閉すれば、真相を隠せると脅した。
董胡の覚悟
董胡は自分たちが殺される可能性を悟り、翠蓮だけでも生き残らせようとした。雲の言葉に従うふりをし、後に黎司へ真実を話すよう翠蓮へ囁いた。
董胡は苦しむ患者を救ったことに後悔はなく、黎司の拒食を治せなかったことだけを心残りにしながら、振り下ろされる剣を受け入れようとした。
黎司の救援
董胡が斬られようとした瞬間、黎司が翠明や神官たちを伴って現れた。黎司は衛兵に董胡を放させ、怪我がないことを確かめた。
雲は董胡が偽医官として翠蓮へ薬を飲ませたと訴えたが、鱗々は董胡が翠蓮を快方へ向かわせ、雲の薬で死にかけたのだと反論した。
翠蓮の証言
黎司は最も信頼すべき者として翠蓮本人へ真実を尋ねた。恐怖で呼吸を乱す翠蓮の手を取り、思うまま話してよいと穏やかに促した。
翠蓮は董胡に救われ、雲の薬を無理に飲まされて死にかけたと証言した。雲は翠蓮が正気ではないと否定したが、黎司は魂のこもった目を持つ后を侮辱するなと一喝した。
董胡の身分
雲は董胡が医師免状を持たない子供だと主張した。董胡は斗宿の麒麟寮で学び、最年少で医師試験に合格したと明言した。
黎司も、董胡ほど優秀な医師だからこそ、自分が直接翠蓮の診察を頼んだのだと告げた。翠蓮は黎司が自分の病を案じていたと知り、噂とは異なる優しさに涙を流した。
雲の失脚
黎司は雲を捕らえるよう青龍の衛兵へ命じ、龍氏には翌日説明に来るよう伝えた。後ろ盾を誇って抵抗する雲は縄で拘束され、連行された。
毒が抜けたばかりの翠蓮は気を失ったが、康生と侍女たちに介抱された。黎司は信頼できる医官を新たに派遣し、青龍の深刻な医師不足にも対処すると約束した。
鱗々の忠誠
鱗々は、父と兄が皇帝の近衛軍である黄軍の将軍・月丞と空丞だと明かした。蒼家は代々氏家の姫を守っており、翠蓮と黎司のためなら一族で力を尽くすと誓った。
黎司は黄軍の有力な将軍親子を味方にできる可能性を得て、いずれ力を借りると答えた。
王琳の救援要請
夜更けに青龍の后宮を出た董胡は、黎司が来た理由を尋ねた。王琳が玄武の后宮を訪れた黎司へ、青龍で異変が起きており、董胡を助けてほしいと懇願していたのである。
黎司は皇宮へ戻って翠明に調べさせ、龍氏の私兵が動いたと知って駆けつけていた。董胡は忠告を無視して出てきた自分を、それでも心配してくれた王琳に感謝した。
医術を巡る歪み
董胡は、玄武が薬典や医師免状を独占し、他領地への医師派遣や薬剤を高値にしていることが、雲のような者を生んだと指摘した。
黎司は四領地すべてが自分たちの技術で利益を得ているとしたうえで、命に関わる医術には価格の上限と医師派遣の制度が必要だと考えた。さらに五行の民が領地を越えて交わり、身分や性別に関係なく望む道へ進める国を目指した。
受け継がれた夢
董胡は五年前、黎司へ平等な世を作ってほしいと願ったのは、自分が薬膳師となって彼のそばに行きたかっただけだと告白した。自分の勝手な夢が黎司を縛っていることを謝ろうとしたのである。
黎司は夢の始まりが私欲でも構わず、その言葉が生きる希望となり、自らの意志で受け継いだ夢だと答えた。そしてこれからも董胡と共に、その夢を追い続けたいと願った。
董胡も本心では黎司のそばにいたいと願いながら、いつか去る覚悟を変えられなかった。再び料理を作る約束を交わし、黎司と別れて玄武の后宮へ戻った。
十二、 若君の来訪
雲の処罰
黎司のもとを訪れた青龍公・龍氏は、翠蓮を危険にさらした雲の失態を謝罪した。黎司が捕縛状を軽々しく出した責任を追及すると、龍氏は娘を案じるあまり判断を誤ったと弁解し、雲には死罪を命じたと告げた。
龍氏は雲との親密な関係を否定し、医塾を解散して独自の医師免状を無効にし、黄龍の鱗などの薬も流通を止める方針を示した。しかし、それによって青龍の医療が混乱しても仕方がないと考え、医師を十分に派遣しなかった玄武へ責任を転嫁した。
尊武への試練
黎司は青龍の医療問題の解決役として、あらかじめ尊武を呼んでいた。尊武と親しく話す黎司を見た龍氏は、玄武嫡男が皇帝の信頼を得ていることに焦りを見せた。
黎司は尊武へ、青龍の医術を立て直し、必要なら青龍に麒麟寮を設ける計画を考えるよう命じた。玄武公が認めるはずがないと龍氏は嘲ったが、尊武は父を説得することも含めて自分に託された役目だとして、迷わず引き受けた。
黎司は前回の忠誠が本物か確かめるために命じていたが、あまりにも素直に応じた尊武へ、期待と同時に得体の知れない警戒を抱いた。
祝い餅の団欒
玄武の后宮では、董胡が茶民、壇々、王琳と正月の祝い餅を囲んだ。大勢での食事をためらう王琳も輪に加わり、かつて吐伯が取り寄せてくれた味に似た芋餡をつけた餅を食べた。
王琳は吐伯との思い出を穏やかに語り、甘い物も少しずつ口にできるようになっていた。董胡が青龍から無事戻ったことを皆で喜び、王琳はもう危険な行動をしないよう求めた。
薬膳師としての道
王琳は、董胡が后として生きられないなら、すべてを黎司へ打ち明けて専属薬膳師になればよいと提案した。茶民と壇々は鼓濤がいなくなれば自分たちが華蘭の侍女へ戻されると恐れ、董胡の侍女として残りたいと訴えた。
董胡も薬膳師へ戻る道を望んだが、自分が濤麗と玄武公の娘なら、黎司の仇の血を引く立場から逃れられなかった。父親が卜殷であれば玄武公と無関係になれると考え、行方を捜す方法を思案した。
尊武の訪問
そこへ玄武嫡男・尊武が鼓濤へ挨拶に訪れた。董胡は朱雀で戦った若君と同一人物か確かめるため、顔を見せず御簾の中で応対した。
尊武の身のこなしと特徴的な声は、朱雀の若君そのものであった。董胡は同一人物だと確信し、声を変えて短く返答した。
暴かれた医官姿
尊武は鼓濤が平民の治療院で育ち、男装して医師免状を取得したことや、料理を作って黎司へ振る舞っていることを知っていた。さらに宮内局の記録から、鼓濤の平民時代の名と同じ董胡という医官が登録されていることを突き止めていた。
尊武は鼓濤自身が医官姿で王宮を歩き回っているのではないかと迫った。董胡は黎司にも秘密を知られると恐れ、自らその弱みを悟らせてしまった。
尊武との取引
尊武は玄武公や皇太后、黎司にはまだ何も話していないと告げた。董胡が料理を作るなら秘密を守るという条件を出したが、それは取引を成立させるための口実にすぎなかった。
尊武は玄武の后を不利にする理由はなく、自分の管理責任を問われるのも面倒だと説明した。何より、后が男装して医官をしている状況を面白がり、その余興を失いたくないと笑った。
尊武は董胡が自分を楽しませ続ける限り医官姿を黙認するが、退屈すれば秘密をどう扱うか分からないと脅した。董胡は新たな弱みを握られ、尊武の気まぐれに翻弄されることになった。
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