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尾道理子皇帝の薬膳妃

小説「皇帝の薬膳妃 玄武の離宮と囚われの后」感想・ネタバレ

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皇帝の薬膳妃10の表紙画像(レビュー記事導入用) 尾道理子

薬膳妃 9巻レビュー
薬膳妃 まとめ
薬膳妃 11巻レビュー

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物語の概要

■ 作品概要

本作は、男装の薬膳師と皇帝の后「鼓濤」という一人二役の生活を送ってきた少女・董胡の運命が大きく揺れ動く、王宮アジアンファンタジーシリーズの第10弾である。 自身の不思議な力が周囲に執着を植え付ける「呪い」である可能性を知って動揺した董胡は、マゴイの一族に付け入られ、滝つぼへ転落してしまった。
彼女をかばって濁流へ飛び込んだ尊武に救われ、二人が辿り着いたのは玄武の外れにある尊武の堅牢な離宮であった。
自身の力に対する恐怖から料理を拒む董胡を、尊武は離宮に匿って自らの料理人として囲い込もうと画策する。
一方、王宮で行方を案じる黎司、董胡を救うために離宮へ忍び込む楊庵、彼女の警護のために軍を辞する覚悟を決める空丞など、それぞれの強い想いが不気味な離宮で交錯する。 嘘と真実、そして執着の呪いが絡み合う中で、終盤には尊武の髪から黒い粉が剥がれ落ち、マゴイの印である「銀髪」が露わになるという、衝撃の展開を描いた一冊である。

■ 主要キャラクター

  • 董胡(とうこ) / 鼓濤(ことう): 本作の主人公。自分が本物の鼓濤であることを知るが、同時に自分の力が人を狂わせる「呪い」かもしれないと恐れ、料理への自信を失う。マゴイに操られて滝つぼから落ちるが尊武に救われ、彼の離宮へ幽閉される。
  • 黎司(れいじ): 伍尭国の第十七代皇帝。董胡の正体が鼓濤であると知りながらも、彼女の無事な帰還を祈る。急死した愛馬・蒼天が天馬となって復活し、その背に乗って天術により離宮へ降り立つが、尊武の「董胡は流されて死んだ」という嘘に騙され、絶望のあまり姿を消してしまう。
  • 尊武(そんぶ): 玄武公の嫡男。命懸けで董胡を救い、自らの離宮へ連れていく。母から「鼓濤を殺せ」と命じられていたが、麒麟の呪いによる執着から彼女を失うことを恐れ、どうしても殺すことができない。最後には白龍の小物入れの磁力で髪の黒い塗料が剥がれ、隠していた「銀髪」が露わになる。
  • 空丞(くうじょう): 近衛軍・黄軍の将軍。尊武と董胡を濁流から救い出し、離宮まで同行する。董胡の正体が后・鼓濤であると知って驚愕するが、彼女を尊武の暴挙から守るため、黄軍を辞めて彼女の生涯の護衛兵になる決意を固める。
  • 楊庵(ようあん): 董胡の兄弟子であり皇帝の密偵。董胡の正体が后であると知って傷つきながらも、彼女を救うために離宮の周りを探っていたところを捕らえられる。董胡の無事を確認した後、再び彼女に会うため尊武に仕える道を選ぶ。
  • 朱璃(しゅり): 朱雀の一の后。白虎の大社で董胡が消えた後、身代わりを立てて后行列を王宮へ帰し、自身は王琳とともに董胡が囚われていると確信した尊武の離宮(壁宿)へと向かう。

■ 物語の特徴

  • 己の力を恐れる董胡の葛藤と、不気味な離宮での軟禁生活 これまでは人を癒すために振る舞われていた董胡の薬膳料理が、相手に狂気的な執着を抱かせる「麒麟の呪い」であることが、尊武が彼女を手放せず殺すこともできない葛藤を通じて証明される。
    自己否定に陥り、生き甲斐を奪われた董胡の痛切な心理描写が描かれている。
  • 復活した天馬と、黎司を襲う無慈悲な絶望 突然死したはずの愛馬「蒼天」が、生前より逞しく聡明な「天馬」として復活を遂げる。黎司は蒼天を駆り、天術によって董胡の居場所(尊武の離宮)を特定するが、そこでの尊武の「彼女は流されて死んだ」という冷酷な偽りの報告により、膝から崩れ落ちるほどの深い絶望を味合わされる。
  • 忠義と恋情が交錯する楊庵と空丞の決断 董胡が后であることに傷つきながらも、彼女のために命を投げ出そうとする兄弟子・楊庵の切ない献身。そして、誠実ゆえに秘密を抱えて皇帝に仕えることを拒み、后を守るために軍の地位を捨てて尊武に仕える空丞の忠義が、物語をさらに複雑で重厚な人間ドラマへと押し上げている。
  • シリーズ最大の謎に迫る、尊武の「正体」 物語の結末において、白龍の小物入れが落ちたことで、磁石の力により尊武の髪に塗られていた「自然鉄の黒い粉」が剥がれ落ちる。彼が隠し続けていた髪の色はマゴイと同じ金属的な「銀色」であり、尊武自身がマゴイの一族の血を引くという、天地を覆すような衝撃の事実が白日の下にさらされる。

書籍情報

皇帝の薬膳妃 玄武の離宮と囚われの后
著者:尾道 理子 氏
出版社:KADOKAWA角川文庫
発売日:2025年8月25日
ISBN:9784041165300

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あらすじ・内容

董胡と尊武の行方は――!? 大人気王宮アジアンファンタジー第10弾!
薬膳師と妃の二重生活を送っていた董胡は、母・濤麗と関係があった白龍に会い、ついにその秘められた過去を知った。同時に自身の不思議な力が呪いの力でもある可能性を知り動揺した董胡は、マゴイに付け入られ操られた挙句に滝つぼに呑まれてしまう。そのあとを衝動のまま追った尊武だったが、董胡をかばいながら柄にもなく必死に川を下っていた。ようやくたどり着いた先は玄武の外れにある尊武の離宮。どこか異質な雰囲気がただよう気味の悪い離宮の中で董胡は目覚めるも、自身の力に対する恐怖に気持ちが沈むばかり。そんな董胡を尊武はこの離宮で匿おうと画策していて……。
一方、董胡がいなくなったという知らせが朱璃たちのもとにも、さらには王宮にも届き、それぞれが董胡を捜すため動き出した。

董胡の正体を知ってもただその身を案じ、戻ってきてほしいと願い続ける黎司と、董胡に対してなぜか執着めいた気持ちになる尊武。その感情の正体は一体……。
アジアンファンタジー、すれ違いの第10弾!

皇帝の薬膳妃 玄武の離宮と囚われの后

感想

本作は、前巻の最後で濁流へ呑まれた董胡と尊武のその後から始まる。

命懸けの漂流、得体の知れない離宮での幽閉生活、久しぶりの料理、黎司とのすれ違い、そして尊武の出生に関わる新たな謎。

舞台の多くは尊武の離宮に限られているが、人間関係と秘密が大きく動くため、閉鎖的な空間でありながら息苦しいほどの緊張感が続く一冊であった。

董胡を手放せなかった尊武

冒頭の漂流場面で最も印象に残ったのは、尊武が何度も董胡を捨てようと考えながら、最後まで手を離せなかったことである。

増水した大河には流木が押し寄せ、董胡の濡れた医官服は重くなっていく。

自分一人なら岸へ泳ぎ着けたかもしれない。

それでも尊武は、意識を失った董胡を腕に抱き、自らの背中で流木の衝撃を受け続ける。

尊武は董胡へ優しい言葉をかけるわけではない。

むしろ「子猿」と罵り、捨ててしまおうかと何度も悪態をつく。

それなのに、実際の行動は言葉と正反対である。

董胡の衣服を脱がせれば身軽になると分かっていても、女性であり皇帝の后でもあることを思い出して手を止める。

空丞が岸辺で董胡へ触れようとした時にも、強い口調で制止する。

そして体力が尽きても、董胡を抱えたまま共に流され続ける。

尊武本人は、この行動を後に麒麟の呪いによるものだと考える。

しかし読んでいる側から見ると、本当に力だけが原因なのかはまだ分からない。

少なくとも、頭で考えるよりも先に董胡を守ろうとした事実は残る。

冷静で合理的な尊武の理屈が、董胡を前にすると崩れていくところが興味深かった。

不気味すぎる玄武の離宮

二人が流れ着いた先にあったのは、尊武が所有する玄武の離宮だった。

高い塀に囲まれた建物は、個人の屋敷というより軍事要塞に近い。

さらに不気味なのが、そこで働く従者たちである。

尊武から何の連絡も受けていないはずなのに、帰還に合わせて門を開け、湯殿や着替え、食事まで用意している。

空丞の体格に合った衣装や、好みに合った茶まで準備されている徹底ぶりには、驚きを通り越して恐ろしさを感じた。

従者たちは質問へ答えず、名前すら名乗らない。

主人の命令には完璧に従う一方で、それ以外のことには何の関心も示さない。

離れた場所にいながら会話を把握し、必要な時には呼ばれる前から現れる。

人間らしい感情や会話がほとんどないため、まるで屋敷全体が一つの意思によって動いているようだった。

尊武は口の堅い優秀な従者だと考えているようだが、董胡と空丞が不気味に感じるのも当然である。

尊武の母が暮らすという竹林の向こう側には、さらに重苦しい気配が漂っている。

董胡は助けられたはずなのに、別の檻へ閉じ込められたように見えた。

自分を失いかけている董胡

離宮で目を覚ました董胡は、以前の彼女とはまるで違っている。

尊武が命懸けで助けたと聞いても、死んだ方がよかったと答える。

空丞に正体を知られたことにも怯え、黎司に拒絶されたと思い込んでいる。

マゴイの香や薬による影響が残り、現実と悪夢の区別も曖昧になっていた。

さらに董胡を追い詰めているのが、自分の薬膳料理によって人へ執着を植え付けたかもしれないという疑いである。

董胡は白龍の言葉を、自分が黎司のそばにいることで国を滅ぼしてしまうという意味に受け取る。

自分の料理によって黎司が正常な判断を失い、伍尭國を崩壊へ導くのではないか。

そう考えた董胡は、黎司のために身を引き、尊武の離宮で死んだ者として暮らす道さえ受け入れようとする。

彼女はもともと、自分よりも他人を優先しやすい人物である。

その優しさがマゴイによって自己否定へ変えられ、自分が消えれば皆が幸せになると思い込んでいる。

自分を犠牲にすることを正しい選択のように考える姿が痛々しかった。

空丞の誠実さが生む救い

重苦しい離宮の中で、救いとなっているのが空丞の存在である。

空丞は董胡が皇帝の后だと知り、これまで抱き上げたり馬へ乗せたりしたことを思い出して、打ち首を願うほど動揺する。

女性が苦手で、姫君姿の董胡をまともに見ることもできない姿には思わず笑ってしまった。

しかし、董胡を守ろうとする気持ちは本物である。

尊武が董胡を離宮へ隠そうとしていると知ると、空丞は自分が王宮へ知らせを送ると申し出る。

それでも董胡が離宮に残ると決めるなら、黄軍を辞め、尊武の側近となって生涯守るとまで誓う。

帝への忠誠と董胡を守る責任の間で悩みながらも、目の前の人を見捨てない。

素直で誠実な空丞がいることで、董胡が完全な孤独へ落ちずに済んでいるように感じた。

一方で、空丞は尊武の行動をすべて善意に解釈する。

董胡を助けた尊武を、誰よりも優しい人物だと信じ込む姿も面白い。

当の尊武が迷惑そうにしているため、張り詰めた展開の中で数少ない和らぐ場面になっていた。

料理を封じた董胡を動かした梅の実

董胡は自分の料理を呪いだと恐れ、二度と料理をしないつもりでいた。

それでも離宮の厨房へ入ると、薬膳に適した器具や豊富な生薬へ自然と興味を示してしまう。

庭で捨てられようとしていた大量の完熟梅を見つけた時も、食材としての可能性を次々と思い浮かべる。

選別するだけ。

実を見に行くだけ。

そのように自分へ言い訳しながら、董胡は少しずつ厨房仕事へ戻っていく。

料理を封じようとしても、食材を見ると体が動いてしまう。

薬膳が董胡にとって技術や職業であるだけでなく、自分自身の一部なのだと改めて感じた。

最終的に董胡が料理を作る決意をしたのは、楊庵を守るためである。

離宮へ忍び込んだ楊庵は尊武に捕らえられ、董胡の料理を作ることが彼を傷つけない条件として示される。

卑怯な脅しではある。

しかし、久しぶりに包丁を握った董胡は、料理ができる喜びも思い出していく。

誰かに強制された形ではあっても、失いかけていた自分を少し取り戻す場面として印象に残った。

創意工夫が光る梅の実御膳

董胡が尊武のために作ったのは、完熟梅を使った梅の実御膳である。

山芋の梅和え、蒸し鶏の梅味噌、香辛料を加えた和え物、完熟梅の甘露煮。

余って捨てられるはずだった食材を使い、複数の料理へ展開していくところが董胡らしい。

尊武は梅干しが嫌いだと文句を言いながら、料理を次々と完食する。

粥をおかわりし、桂皮や丁香を使った味にも興味を示す。

素直に褒めることはないが、食べ方を見れば満足していることは明らかである。

また、離宮の料理を細かく指示していたのが尊武自身だったことも興味深い。

料理人は決められた分量と手順を忠実に再現できる。

しかし、新しい料理を考えることはできない。

尊武は薬膳の知識を持ち、体調に合わせた献立まで組み立てられるが、董胡のような発想力は持っていない。

だからこそ、限られた食材から新しい味を生み出す董胡の料理へ執着しているのだろう。

ただ美味しいからではなく、自分には作れないものを生み出す相手だからこそ、尊武は董胡を手元へ置きたがるのかもしれないと感じた。

空丞に食べさせなかった理由

梅の実御膳の場面で重要なのは、董胡が空丞へ自分の料理を食べさせようとしなかったことである。

空丞が甘露煮へ手を伸ばそうとするたび、董胡は自分で食べて阻止する。

空丞は嫌われたと思い込んで謝るが、董胡は彼を嫌っているわけではない。

むしろ麒麟の力によって空丞まで自分へ執着することを恐れたからこそ、食べさせなかったのである。

董胡は料理を再開しても、呪いへの恐怖を克服できたわけではない。

尊武にはすでに影響を与えているかもしれないから、今さら料理を食べさせても構わない。

そのように自分へ言い聞かせているだけである。

大好きな料理を作りながら、誰かに食べてもらうことを喜べない。

これまでとは正反対の状況が切なかった。

殺そうとしても殺せなかった尊武

物語後半では、尊武の母が濤麗と幼い鼓濤を襲った理由が語られる。

尊武によれば、母は濤麗の持つ麒麟の力を呪いと考え、その力が息子へ災いをもたらすことを恐れていた。

本当に狙っていたのは濤麗ではなく、生まれたばかりの鼓濤だったという。

母親として息子を守ろうとした行動だったとしても、赤子を殺そうとした事実が正当化されるわけではない。

それでも、単純な嫉妬だけではなかった可能性が示されたことで、過去の因縁はさらに複雑になった。

尊武は母の望みを果たすように、董胡の首へ手をかける。

しかし、どうしても最後まで力を込められない。

董胡を殺せない自分に愕然とした尊武は、それを麒麟の呪いの証拠だと考える。

濁流へ飛び込んだこと。

命懸けで守り続けたこと。

離宮へ匿おうとしたこと。

殺そうとしても手を止めたこと。

尊武はこれらすべてを、自分の意志ではなく董胡の力に操られた結果だと結論づける。

董胡もまた、その説明を信じ、自分が尊武へ呪いをかけたと罪悪感を深めてしまう。

しかし、この時点では本当に呪いだけが原因なのかは分からない。

自分の感情を認めたくない尊武が、すべてを董胡の力のせいにしているようにも見える。

呪いという説明は、董胡だけでなく尊武にとっても、自分の本心から目をそらすための逃げ道なのかもしれない。

天馬となった蒼天と黎司の来訪

離宮での出来事と並行して、黎司も董胡を捜し続けている。

董胡が鼓濤だと知った黎司は、彼女を処罰しようとは考えていない。

むしろ鼓濤の存在を消し、翠明の養女として薬膳師の道へ進ませることで守ろうとしていた。

自分の后としてそばに置くのではなく、会えなくなっても安全な道を選ぶ。

その決意には、黎司の深い愛情と皇帝としての苦しさを感じた。

しかし董胡、尊武、空丞、楊庵が同時に行方不明になったと知り、黎司は再び天術へ頼る。

そこで現れたのが、死んだはずの蒼天である。

青い光をまとった天馬となり、黎司を董胡のもとへ運ぶ展開には胸が熱くなった。

董胡が大切にしていた蒼天が、死後も二人をつなぐ存在となる。

幻想的でありながら、これまでの積み重ねを感じさせる再登場だった。

黎司と尊武の残酷なすれ違い

黎司は董胡へ渡した髪を道標にして、尊武の離宮へ辿り着く。

しかし、その髪を持っていたのは尊武だった。

尊武は董胡が離宮にいることを隠し、濁流の分岐で助けられず、そのまま流されて死んだと嘘をつく。

黎司はすぐには信じない。

それでも尊武が亡骸を捜しているとまで言い切ると、黎司は力を失って崩れ落ちる。

尊武の目的は、董胡を守ることだけではない。

董胡を失ったと思い込んだ黎司が、それでも皇帝として天術を使い続けられるのかを試そうとしている。

黎司が麒麟の呪いを乗り越えられれば、自分も救われるかもしれないと考えたのである。

しかし、その試し方はあまりにも残酷だ。

董胡を失った絶望を黎司へ与え、その反応によって自分の感情の正体を確かめようとする。

尊武は人の心を研究対象のように扱っている。

それでも、その根底には董胡を黎司へ返したくないという気持ちも混ざっているように見えた。

最後に明かされた尊武の銀髪

本作の最後では、尊武に関する驚くべき事実が示される。

尊武は黎司の髪を焼き捨てようとするが、董胡が飛びかかって奪い返す。

その際、白龍から渡された自然鉄の小物入れが落ち、周囲の黒い粉が引き寄せられる。

黒い色が剝がれた尊武の髪は、マゴイと同じ銀色だった。

尊武自身がマゴイの血を引いているのか。

なぜ髪を黒く隠していたのか。

離宮の従者たちの不自然な行動も、マゴイの力と関係しているのか。

それまで董胡の麒麟の力を恐れ、呪いにかけられたと責めていた尊武自身にも、重大な秘密が隠されていたことになる。

彼が董胡へ異常に執着する理由も、単なる料理や麒麟の力だけでは説明できないのかもしれない。

最後の数ページで、離宮全体の不気味さが一気につながったような感覚があった。

読後の感想

『皇帝の薬膳妃 玄武の離宮と囚われの后』は、董胡と尊武の関係が大きく変化する一冊だった。

尊武は命懸けで董胡を救いながら、その行動を呪いのせいだと考える。

董胡は料理によって周囲を狂わせたと恐れ、自分から黎司の前を去ろうとする。

黎司は董胡を守るために手放す覚悟を決めているが、その思いは本人へ届かない。

三人とも相手を守ろうとしながら、思い込みと秘密によって正反対の方向へ進んでいる。

そのすれ違いが非常にもどかしい。

特に印象に残ったのは、董胡が久しぶりに厨房へ立つ場面である。

料理は呪いかもしれない。

それでも董胡は、梅の香りや食材の可能性を前にすると心を動かされる。

完全に料理を捨てることはできない。

薬膳は人を操るための力ではなく、董胡が人と関わり、自分自身であるための方法でもある。

そのことに、いつか董胡自身が気付いてほしいと思った。

そして本作の最後には、尊武の銀髪という新たな謎が残された。

董胡を囚える離宮そのものが、誰の力によって動いているのか。

尊武はマゴイとどのような関係にあるのか。

彼が董胡を守りたいのか、利用したいのか、それとも自分でも分からない感情に囚われているのか。

愛と呪いの境界がますます曖昧になる中、次巻でどのような真実が明かされるのか気になる一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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薬膳妃 9巻レビュー
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考察・解説

董胡の出生

董胡の出生と明かされた真相の全貌

『皇帝の薬膳妃』の主人公・董胡の出生について、正真正銘の玄武の一の姫としての素性、母・濤麗から受け継いだ魅了の力、尊武の母が抱いた殺意と濤麗の死、および卜殷への委託と董胡の誕生の各点から解説する。

正真正銘の「玄武の一の姫(鼓濤)」

董胡は長年、自分が玄武公の替え玉として仕立て上げられただけの平民の娘なのか、あるいは玄武公に疎まれた不義の子なのかという疑念を抱き、葛藤していた。しかし、白龍との対面によって、彼女は替え玉などではなく、母方に麒麟(皇族)の血、父方に玄武公の血を引く、正真正銘の玄武の一の姫(本物の鼓濤)であることが証明された。

・母(濤麗):先々代皇帝(第十五代皇帝)が朱雀の一の后の侍女との間に儲けた、由緒正しき麒麟の皇女である。身分が低かったため、王宮内では三の后宮に隠されるようにして育った。
・父(樊武):若い頃の樊武は、周囲の猛烈な反対を押し切ってまで、心から濤麗を愛して妻として娶った。

母・濤麗から受け継いだ「魅了の力」

母・濤麗は、麒麟の血筋の中でも際立って強力な魅了の力(愛の波動)を有していた。

・彼女が庭を歩けば、小鳥や獣、虫、池の魚までが周りに集まり、出会った人間も一瞬で彼女に魅了されて心奪われてしまうという不思議な力である。
・しかし、この力は周囲の者に狂気的な執着や激しい嫉妬を植え付けてしまうという、呪いのような側面も孕んでいた。
・白龍が濤麗への嫉妬から心を病んで視力を失ったのも、そして玄武の后宮で凄惨な事件が起きたのも、この強力な力がもたらした闇が原因であった。

尊武の母が抱いた「殺意」と濤麗の死

玄武公(樊武)には、濤麗を娶る前から二人の妻がいた。

・そのうち、玄武の嫡男(尊武)の母は、夫の寵愛を奪った濤麗を激しく呪うと同時に、濤麗の娘(鼓濤)に受け継がれるであろう麒麟の力を極限まで恐れていた。
・この力が将来、自分の息子である尊武に災いをもたらすと信じ込んだ彼女は、生まれたばかりの乳飲み子だった鼓濤(董胡)の命を奪おうと画策した。
・結果として、母・濤麗は愛する我が子(鼓濤)を守るために殺され、裏山で遺体となって発見されるという悲劇的な結末を迎えた。

卜殷への委託と「董胡」の誕生

命を狙われた赤子の鼓濤を抱き、返り血を浴びながらも命がけで玄武の屋敷から連れ出したのが、盲目の専属医師・白龍(旻儒)であった。

・白龍は、自分の視力では守りきれないと悟り、信頼する平民医師の卜殷へ赤子を託した。
・卜殷は、彼女を董胡と名付け、女であることを周囲に隠すために男装させ、斗宿の村の治療院で大切に育てた。
・白龍から、この子が心の底からやりたいと決めた道(魂の声)を、大人の判断で遮ってはならないと強く念を押されていた卜殷は、董胡が男装して麒麟寮に入りたいと願い、医師免状を目指して血の滲むような勉強に励むのを、危険だと分かっていながらも最後まで温かく認め、守り続けていた。

まとめ

董胡の出生と明かされた真相を巡る一連の全貌は、替え玉の疑念を覆す高貴な血脈の証明から始まり、母・濤麗が帯びていた強力な魅了の力と負の影、尊武の母による殺意の矛先と母の犠牲、そして白龍による命がけの救出と卜殷のもとでの男装成長に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
血脈の呪いや周囲の嫉妬という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、宿命の開示と自己確立の記録である。
自らの正体の発掘から、惨劇の裏側の解露、他者の恩義の認識、そして真の意思による未来切り拓きへと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

麒麟の力

麒麟の力と血脈の宿命の全貌

『皇帝の薬膳妃』シリーズにおいて、皇帝一族およびその血脈が持つ麒麟の力(天術・神通力)について、血脈に発現する多様な個別の能力、光と影である人を狂わせる執着の呪い、および天術の不完全性と未来を改変する力の各点から解説する。

血脈に発現する多様な「個別の能力」

麒麟の血を引く者に宿る力は非常に多様であり、個々の性質によって異なる形で発現する。

・黎司(現皇帝):未来の災いを視通す先読みの力を持つ。さらに、神器の剣の魂名「風神」を唱えて暴風を起こす風神の天術や、自身の髪を道標にして、意識と実体を遠方へ飛ばす実体転送の力を覚醒させている。
・濤麗(皇女・董胡の母):人や動物を本人の意思に関わらず引き寄せる、極めて強力な魅了の力を有していた。彼女が庭を歩くだけで鳥や獣、虫、魚が集まり、出会った人間も一瞬で心奪われた。
・旻儒(白龍):患部に手をかざすだけで痛みを取り除き、難産の際には骨盤を開かせる驚異的な癒しの神通力を持っていた。
・翠明(神官):病気や怪我を癒す力を持ち、自身の髪などを人柱に用いることで、実体に近い強力な式神を操る。
・犀爬(産巫女):お産に特化した能力であり、妊婦を診察することで胎児の有無や性別まで正確に看破できる。
・董胡(鼓濤):相手の身体がその瞬間に欲している味覚が五色の光として視える特殊な能力を持つ。これも、母・濤麗から受け継いだ麒麟の力(お産や食、体調の不調を察知する力)の一部であると示唆されている。

光と影:人を狂わせる「執着の呪い」

麒麟の力、特に濤麗が持っていた魅了の力は、周囲の者に狂気的な愛憎や執着を植え付けてしまうという、恐ろしい影の側面を孕んでいた。

・かつて白龍が濤麗への激しい嫉妬から心を病んで視力を失ったのも、玄武公(樊武)が執着の鬼と化したのもこの力が原因である。
・尊武の母が生まれたばかりの鼓濤(董胡)を殺そうとしたのは、彼女に受け継がれる麒麟の力がいずれ我が子である尊武に災いをもたらすことを極限まで恐れたためであった。
・現在、董胡自身も、自身の作る料理を繰り返し食べた黎司、楊庵、尊武が異常な執着を示すようになったのは、知らず知らずのうちに自分の料理を通じて麒麟の呪いをかけていたからではないかという残酷な事実に直面し、深く苦悩して料理への自信を失っている。

天術の不完全性と「未来を改変する力」

黎司が操る先読みの天術は、固定された運命をただ予言するだけのものではない。

・皇帝が先読みの詔を民に発し、それを受け取った人々の意識や行動が変わることで、破滅的な未来が回避・縮小され、刻一刻と未来が変化していく性質を持っている。
・しかし、この強大な天術や実体転送は、自身の気力や体力を激しく消耗させ、使い手に命を削るほどの過酷な負担を強いる諸刃の剣でもある。
・初代・創司帝の時代に存在した三種の神器のうち一つが十代皇帝の頃に失われているため、現在の黎司の天術は未だ不完全なものとなっている。

まとめ

麒麟の力と血脈の宿命を巡る一連の全貌は、皇帝や皇族らに発現する多様な天術・神通力の様相から始まり、魅了の力が惹き起こす歪んだ執着と惨劇という影の側面、そして先読みによる未来改変の可能性と身体的負荷に伴う諸刃の剣の性質に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
血の呪縛や理不尽な運命という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、神秘の真実と宿命克服の記録である。
能力の覚醒から、呪縛の認識、未来の改変、負担の受容、そして真の調和追求へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

尊武の離宮

尊武の離宮の全貌と物語における役割

『皇帝の薬膳妃』第10巻『玄武の離宮と囚われの后』の主な舞台となる尊武の離宮について、要塞を思わせる外観とお化け屋敷の噂、感情を持たない機械的な従者たち、離宮の構造と隠された母の住まい、および物語を揺るがす離宮での重要な出来事の各点から解説する。

要塞を思わせる外観と「お化け屋敷」の噂

離宮は個人邸宅の枠を超えた、以下のような異様な特徴を備えている。

・軍事要塞のような頑強さ:見上げるほどに高く頑強な門塀に囲まれており、軍事要塞を思わせる重苦しい雰囲気を漂わせている。見張り台の設置や屋敷の構造など、防御機能が計算し尽くされている。
・怪しげな噂:壁宿の街の者の間では、この離宮について「お化け屋敷」などの不穏な噂が囁かれていた。ひと気もないのに大勢の話し声が聞こえる、壁に吸い込まれるように人が消える、離宮の上に黒い渦が見える、といった怪異の噂から、街の者は誰も近付こうとしない。

感情を持たない機械的な従者たち

離宮を管理する従者や侍女たちは、一様に青白い顔をしており、一切の感情を見せない不気味さをまとっている。

・超自然的な先回り:尊武が何の連絡も入れていないにもかかわらず、彼が戻ることを予知したように門を開け、人数分の着替えや湯殿、完璧な食事を用意していた。
・不自然な沈黙と高い身体能力:尊武がびしょ濡れの董胡を連れ帰っても、一切疑問を抱かず、淡々と主人の命令に従った。細腕の侍女が、水を含んで重くなった董胡の体を軽々と抱き上げて湯殿へと運ぶなど、異常な怪力を発揮する。
・完璧な監視体制:従者たちは、離れていても屋敷内の会話をすべて聞き取っているかのように行動し、以心伝心で連携して隙のない監視を行っている。

離宮の構造と「母の住まい」

広大な離宮の敷地内には、いくつかの特徴的なエリアが存在している。

・奥座敷(離れの部屋):董胡が幽閉された場所である。本来は妹の華蘭のために用意されていた絢爛豪華な姫君の衣装や御座所が整えられている。
・薬膳に適した厨房:最高級の調理器具が揃っているほか、診療所の薬棚のように生薬の名が書かれた引き出しが並ぶなど、薬膳に特化した食材管理がなされている。実は料理人に薬膳を指示していたのは尊武自身であった。
・太鼓橋と竹林の境界:離宮の池に架かる朱色の太鼓橋と、その先の竹林によって、尊武の住むエリアと尊武の母の居住区が区切られている。その奥からは禍々しく冷たい気配が漂っており、尊武の母が病に臥せっているが、徹底した立ち入り禁止区域となっている。

物語を揺るがす、離宮での重要な出来事

第10巻において、この離宮は登場人物たちの想いが交錯し、物語の最大の謎が暴かれる場となった。

・董胡の幽閉と空丞・楊庵の決断:尊武は、董胡が死んだことにしてこの離宮へ一生匿い、自らの専属料理人にしようと目論む。彼女を守るため、空丞は黄軍を辞してこの離宮に残り、尊武の側近になる決意を固める。また、董胡を追ってきた楊庵も捕らえられ、彼女に再び会うことを条件に、この離宮で尊武に仕える道を選んだ。
・黎司の来訪と尊武の偽り:黎司は董胡に渡していた髪束を頼りに、天馬を駆って天術で離宮へと現れるが、尊武は董胡は濁流に攫われ救えなかったと冷酷な嘘をつき、黎司を絶望の底へと突き落とした。
・尊武の正体の露見:董胡と尊武が揉み合った際、白龍の小物入れが落下したことで、磁石の力により尊武の髪から黒い粉が剥がれ落ち、彼がひた隠しにしてきたマゴイの一族の印である銀髪が白日の下にさらされる衝撃のラストを迎えた。

まとめ

尊武の離宮の全貌と物語における重要な役割を巡る一連の全貌は、要塞化した異様な外観と不穏な怪異の伝承から始まり、怪力と無感情さを併せ持つ従者たちの完璧な監視体制、尊武の母の隠された居住区を含む館内構造、そして幽閉劇から尊武の銀髪の暴露に至る決定的な事件の勃発に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
幽閉や不気味な隠蔽工作という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、秘密の暴露と決意の交心を描いた不朽の記録である。
監禁の試練から、偽りの対面、忠義の選択、そして真実の髪色の露見へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

黎司の天術

皇帝の天術と覚醒の全貌

『皇帝の薬膳妃』シリーズにおいて、現皇帝・黎司の代における天術の覚醒、具体的な能力、不完全性と限界について解説する。

衰退からの劇的な「覚醒」

本来、皇帝に代々受け継がれるべき先読みの力であったが、血を濃くするための近親婚を重ねた結果、皇族は世代を経るごとに病弱となり、その力は著しく衰退していた。

・先代皇帝(孝司帝)は生涯一度も天術を使えず、即位式の「的当ての儀式」も事前に的を射貫かせる捏造された茶番劇に頼る有様であった。
・黎司自身も即位当初は力が弱く、即位式の的当てを外してしまい、民や貴族の信頼を失いかけていた。
・この天術が劇的に覚醒した背景には、董胡が作る薬膳料理が存在する。
・暗殺の恐怖から極度の拒食症に陥っていた黎司は、通常の食事を体が拒絶して衰弱していた。
・しかし、董胡の作る滋養に満ちた薬膳(唐芋の饅頭など)だけは苦痛なく食べることができた。
・これによって黎司の「気血水」が整い生命力が劇的にみなぎった結果、眠っていた本来の強大な天術が急速に目覚め始めた。

発現した具体的な天術の能力

黎司の天術が覚醒したことで、主に以下の4つの超自然的な力が作中で描かれている。

・未来を視通す「先読み(先触れ)」と未来の改変:黎司が皇宮三階の祈禱殿で瞑想を重ねると、赤髪で右目を隠した黒衣の存在「魔毘」が暗がりに現れるようになる。黎司が魔毘の名(言霊)を唱えて祈ることで、神器である銅鏡に未来の破滅的な光景が映し出される。この先読みで視える未来は固定された運命ではない。皇帝が警告(詔)を発し、それを受けて民が備えたり行動を変えたりすることで、破滅的な未来が回避・縮小され、刻一刻と未来が変化(改変)していく性質を持つ。実際に、朱雀の大風への備えをさせたことで、次に視えた青龍の大火事が「小火」程度へと未来が変化した。
・風を操る力(風神):建国者である初代・創司帝が「剣で風を起こし千里先の敵をなぎ倒した」と語り継がれる天術である。黎司が白虎の百滝の大社で、董胡を襲おうとしたマゴイの一族の男ユラと対峙した際、神器の剣の魂名である「風神」を唱えることで発動した。剣から凄まじい螺旋の突風を巻き起こして敵を一瞬で建物の外の斜面へと吹き飛ばす驚異的な威力を示したが、非常に体力を消耗するため、現在の黎司にとっては一振りの行使が限度である。
・意識と実体を遠方に飛ばす「実体転送(転送術)」:これも創司帝が用いたとされる天術であり、皇宮にいながらにして、自身の意識と「実体(式神のような形態)」を遥か遠方の地へと瞬時に転送する能力である。黎司は、董胡に持たせていた自身の「髪束(仮魂)」と気を道標として、彼女の危機を先読みで察知した際、この術を発動して瞬時に彼女の目の前へ現れ、その命を救った。ただし、この術は極めて不安定かつ危険であり、長時間実体を保つことは命を削るほどの過酷な負担を強いることになる。
・天馬(蒼天)の使役:突然死した黎司の愛馬「蒼天」が、生前より一回り逞しく聡明な「天馬」として復活を遂げた。黎司は天馬となった蒼天の背に乗り、董胡に渡した髪を道標として、皇宮の銅鏡(この世とあの世の狭間の領域)を抜けて瞬時に彼女のいる「尊武の離宮(壁宿)」へと現れるなど、空間を飛び越える異能を見せている。

天術の不完全性と「三種の神器」の謎

黎司の天術は目覚ましい覚醒を遂げたものの、依然として「不完全なもの(途中で途切れる、完成に至らない)」として描かれている。

・その原因は、創司帝の時代に存在した「三種の神器」のうち、十代皇帝の時代に一つが失われ、現在は「剣」と「鏡(銅鏡)」の二種しか残されていないためである。
・黎司は、この失われた「三つ目の神器」を見つけ出さなければ完全な天術を取り戻すことはできず、いずれ五行の均衡が崩れて国が戦乱の時代に突入してしまうという強い焦燥感と危機感を抱いている。

まとめ

皇帝の天術と覚醒を巡る一連の全貌は、近親婚に伴う皇族の衰退と天術の消失から始まり、董胡の薬膳による身体機能の回復と劇的な覚醒、先読み・風神・実体転送・天馬使役といった超自然的な力の行使、そして三つ目の神器の喪失に起因する不完全性の克服に向けた課題に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
血脈の弱体化や政治的傀儡化という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、真実の君主権限の発揮と国家救済の記録である。
傀儡の脱却から、生命力の回復、奇跡の行使、不完全性の自覚、そして真の完全性追及へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

偽りの報告

作中における偽りの報告と情報の遮断の全貌

『皇帝の薬膳妃』シリーズにおいて、偽りの報告や情報の隠蔽・欺瞞について、尊武による董胡の死亡に関する偽りの報告、祭主泰全による不法移民の状況に関する情報の隠蔽、および玄武公一族による本物の一の姫の発見という国に対する偽りの報告の各点から解説する。

尊武による「董胡(鼓濤)の死亡」という偽りの報告

第10巻『玄武の離宮と囚われの后』において、皇帝・黎司を精神的に最も追い詰め、物語の最大のすれ違いを生んだのが、玄武公の嫡男・尊武が黎司に対して行った董胡の死亡に関する偽りの報告である。

・経緯と内容:白虎の百滝の大社でマゴイに操られた董胡は、崖から滝つぼに転落してしまう。尊武は激流に飛び込んで命がけで彼女を救い出し、自らの堅牢な離宮(壁宿)に連れ帰って匿った。しかし、董胡から預かっていた髪の束(護符)の気を頼りに、天馬に乗って離宮へ降り立った黎司に対し、尊武は董胡を助けようと濁流に飛び込んだが、分岐点で彼女だけが本流へ流されて救えなかったと冷酷な嘘をついた。さらに、同行していた空丞将軍も自分を優先したために董胡を追えなかったと、偽りを重ねた。
・もたらした影響:この報告を信じ込まされた黎司は、最愛の存在を失ったショックからすべての気力を失ってその場に膝をつき、光の粒子となって消え去ってしまうほどの深い絶望に沈んだ。一方で尊武は、董胡を死んだ存在とすることで、王宮や玄武公の追及から彼女を隠し通し、自らの離宮で一生専属の料理人として軟禁・囲い込もうという独自の計画を進めることに成功した。

祭主・泰全による「不法移民の状況」に関する情報の隠蔽

白虎の地でマゴイの一族が潜入し、暗躍を許してしまった背景には、百滝の大社の祭主・泰全による情報の遮断と偽りの報告があった。

・経緯と内容:隣国・其那国からマゴイの脅威から逃れるために渡ってきた若い女性(不法移民)の急増や、その少女たちの粥に薬を混ぜて意識を奪い、大社の外へ連れ出して妓楼へ売却していた凄惨な人身売買の実態について、祭主の泰全は皇帝や白虎公に知らせず、不審な情報を完全に遮断していた。彼はマゴイの一族に心を操られていたため、この裏切りに加担させられていたのである。
・もたらした影響:白虎の麒麟の社を統括する祭主が情報を止めていたため、王宮側への正しい報告が届かず、黎司や白虎公は隣国の不穏な情勢をいち早く正確に察知することができなかった。これが結果として、后行列の旅路で董胡たちがユラ・マゴイの急襲を受け、拉致されかけるという一触即発の危機を招くことになった。

玄武公一族による「本物の一の姫の発見」という国に対する偽りの報告

物語全体の諸悪の根源となっているのが、玄武公らが国や皇帝に対して行った行方知れずの一の姫・鼓濤が見つかったという巨大な偽りの報告(欺瞞)である。

・経緯と内容:玄武公は、男装して平民の醫生として育っていた董胡を女の身で医師になろうとした罪で脅迫し、本物の一の姫「鼓濤」に仕立て上げて王宮へと輿入れさせた。表向きは医師試験で素晴らしい成績を収めた者を調べるうちに、かつて攫われた一の姫だと判明したという奇跡の美談として王宮へ報告されたが、その実態は、皇帝を廃位に追い込むための都合の良い傀儡の送り込みであった。
・もたらした影響:この巨大な嘘により、董胡は男装の医官とお后様というあまりにも危うい二重生活を強いられ、心休まらない日々を送るようになる。また、皇帝を騙して后になった事実は、露見すれば即座に死罪となる大罪であり、この弱みにつけ込まれた董胡は、尊武に正体を握られて青龍への特使団に強制同行させられるなど、常に自らの命を人質にされた不条理な戦いへと身を投じることになった。

まとめ

作中における偽りの報告と情報の遮断を巡る一連の全貌は、尊武の嘘による死亡捏造と囲い込み工作から始まり、精神操作された泰全による不法移民と人身売買情報の遮断、そして玄武公らによる傀儡擁立を目的とした偽りの輿入れ報告に至るまで、その歩みを明瞭に示している。
虚構による支配や情報の遮断という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、真実の発露と逆境打破の記録である。
偽りの構築から、関係性の危機、真相の暴露、受容と対峙、そして真実の回復へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。

薬膳妃 9巻レビュー
薬膳妃 まとめ
薬膳妃 11巻レビュー

登場キャラクター

伍尭国朝廷・后宮

董胡(とうこ) / 鼓濤(ことう)

男装して医師免状を取得した平民育ちの少女である。
策略により皇帝の后・鼓濤として王宮へ輿入れした。
人の求める味を色として感知する力を持つ。

・所属組織、地位や役職
 玄武の一の后。男装の医官。

・物語内での具体的な行動や成果
 薬膳料理によって皇帝の拒食を改善させた。
 自身の生い立ちを探るため白虎の百滝の大社へ赴く。
 マゴイの香に操られた末に滝つぼに転落した。
 尊武に救出されて彼の離宮へ運ばれる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自身の能力が周囲に執着を植え付ける呪いではないかと恐れる。
 母の濤麗と玄武公の間に生まれた本物の鼓濤であると判明した。

黎司(れいじ)

伍尭国の第十七代皇帝である。
天術により未来の災厄を視通す力を持つ。
后となった董胡に対して深い信頼を寄せている。

・所属組織、地位や役職
 伍尭国皇帝。

・物語内での具体的な行動や成果
 董胡の作る薬膳料理により本来の天術を覚醒させた。
 式神を飛ばして董胡をマゴイの襲撃から救い出す。
 董胡の正体が后の鼓濤であると気付いた。
 天馬の蒼天を駆って尊武の離宮へ現れる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 女性の医師を育成する麒麟寮の設立を計画している。
 失われた三つ目の神器の捜索を決意した。

尊武(そんぶ)

玄武公の嫡男である。
冷徹な性格で論理的に行動する。
董胡に対しては強烈な執着を示している。

・所属組織、地位や役職
 宮内局長。玄武特使団の団長。

・物語内での具体的な行動や成果
 董胡の正体を見抜いて取引を持ちかけた。
 特使団を率いて青龍へ赴く。
 滝つぼに落ちた董胡を追って濁流に飛び込み彼女を救出した。
 黎司に対し董胡は溺死したと偽りの報告を伝える。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 自身の髪に自然鉄の粉を塗って黒髪に偽装していた。
 白龍の小物入れの磁力により本来の銀髪が露わになる。

空丞(くうじょう)

黄軍を率いる武骨な将軍である。
青龍の后・翠蓮の侍女頭である鱗々の兄に当たる。
女性に対して苦手意識を持っている。

・所属組織、地位や役職
 黄軍将軍。

・物語内での具体的な行動や成果
 尊武の乗る馬を追いかけて白滝川への分岐点を指示した。
 浅瀬に漂着した尊武と董胡を救助する。
 董胡の正体が后であると聞かされて激しく動揺した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 大柄で怪力な体格を持つ。
 董胡を守るため黄軍を辞して彼女の生涯の護衛兵になる決意をした。

翠明(すいめい)

皇帝の側近を務める神官である。
神官の家系に生まれ病や怪生を癒す力を持つ。
黎司から深い信頼を得ている。

・所属組織、地位や役職
 皇宮の神官。

・物語内での具体的な行動や成果
 実体に近い強力な式神を操る。
 董胡が王宮の医官となるよう手配を整えた。
 黎司に董胡の正体が鼓濤であることを知らされる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 養子として引き取られた経緯を持つ。
 祖父は麒麟寮の元寮長であった。

楊庵(ようあん)

董胡の兄弟子である。
鍼の技術において優れた才能を持つ。
董胡に対して密かに恋情を抱いている。

・所属組織、地位や役職
 内医司の使部。皇帝の密偵。

・物語内での具体的な行動や成果
 探りを入れる使部として王宮へ入り董胡を捜し出した。
 董胡を守るために密偵の任務を請け負う。
 尊武の離宮の周りを探っていたところを捕らえられた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 幼少期に瀕死の状態でト殷に救われた過去を持つ。
 董胡に再び会うために尊武に仕える道を選んだ。

優(ゆう) / 奏優(そうゆう)

皇帝の后宮に仕える侍女頭である。
黎司の身を深く案じている。
后宮の后に対しては批判的な態度を示す。

・所属組織、地位や役職
 皇帝の侍女頭。

・物語内での具体的な行動や成果
 后たちが独断で子宝祈願を進めたことを批判した。
 后の鼓濤について顔を見ずに醜女だと思い込む。
 雪白から相談を受けて宝物庫から簪を手配した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 白虎公の姉君の末の姫である。
 三年前の社への参拝で見た黎司に一目惚れした。
 謹慎を経て出自による贔屓をせず公平に務めると誓う。

月丞(げつじょう)

黄軍を率いる年配の将軍である。
空丞の父親に当たる。
皇帝に対して忠誠を尽くしている。

・所属組織、地位や役職
 黄軍将軍。

・物語内での具体的な行動や成果
 尊武の特使団の護衛として空丞と共に紹介された。
 尊武が馬を駆って虎威大山へ向かったことを黎司に急報する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 青龍の氏家を守護する家系である。

朱璃(しゅり)

朱雀の一の后である。
直感と観察力に優れている。
后宮の窮屈な暮らしに不満を抱く。

・所属組織、地位や役職
 朱雀の一の后。

・物語内での具体的な行動や成果
 后と医官と侍女頭代理が同一人物であることを見抜いた。
 能面をつけて舞台に立ち自ら領地の異変を確かめる。
 白虎への后行列を計画した。
 壁宿へ向かう尊武の離宮を追跡する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 妓楼で育った元紅拍子の舞団員である。
 いずれ后宮を出て紅拍子に戻るつもりでいる。

王琳(おうりん)

玄武公から派遣された后宮の侍女頭である。
非常に有能で厳格な性格を持つ。
お后様を玄武公の言いなりにするため送り込まれた。

・所属組織、地位や役職
 玄武の一の后宮の侍女頭。

・物語内での具体的な行動や成果
 最初はお后様を監視する間者として動いていた。
 董胡の境遇や人柄を知って彼女の協力者となる。
 茶民を鼓濤の身代わりに仕立てて白虎での捜索に協力した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 夫は先帝の内医助を務めた吐伯であった。
 夫が内医司の殉死制度で死亡したため制度を憎んでいる。

茶民(ちゃみん)

董胡付きの侍女である。
少し色黒で痩せている。
お金を貯めることを好む。

・所属組織、地位や役職
 玄武の一の后宮の侍女。

・物語内での具体的な行動や成果
 董胡が后に成り代わる大朝会の留守番を務めた。
 白虎への旅路では鼓濤の身代わりとして輿に乗る。
 自身の髪を翠明の式神の人柱として提供した。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 元々は華蘭の侍女であった。
 最初は董胡を見下していたが彼女の料理を食べて態度を和らげる。

壇々(だんだん)

董胡付きの侍女である。
色白でふくよかな容姿を持つ。
おっとりとした性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 玄武の一の后宮の侍女。

・物語内での具体的な行動や成果
 董胡の作る饅頭を好んだ。
 一度知恵熱を出して寝込む。
 身代わりの人柱になることを快諾し式神の基となった。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 元々は華蘭の侍女であった。
 食べることを何より好む。

禰古(ねこ)

朱雀の一の后である朱璃の侍女頭である。
おしゃべりで規律に厳しい性格を持つ。
朱璃のことを深く慕っている。

・所属組織、地位や役職
 朱雀の后宮の侍女頭。

・物語内での具体的な行動や成果
 大朝会で集めた噂話を朱璃に報告した。
 后行列の旅路では規律を正そうとする。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 朱璃のわがままな行動に日々手を焼いている

其那国

ユラ・マゴイ

其那国から侵入した冷酷な男である。
銀の長い髪と紺碧の瞳を持つ。
人心を操る特別な能力を宿している。

・所属組織、地位や役職
 マゴイの一族。

・物語内での具体的な行動や成果
 其那国の政変を主導した。
 百滝の大社の祭主・泰全を操って少女を誘拐させる。
 大社に侵入して董胡の精神支配を試みた。
 黎司の天術である突風を受けて崖下へ吹き飛ばされた。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 高貴な麒麟の血とマゴイの血を掛け合わせて世界の覇者となる子を得ようと画策する。

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薬膳妃 9巻レビュー
薬膳妃 まとめ
薬膳妃 11巻レビュー

展開まとめ

鼓濤としての輿入れ

男装して医師免状を取得した平民育ちの董胡は、策略によって伍尭國の皇帝の后・鼓濤として王宮へ輿入れした。皇帝が幼い頃に出会った黎司だと知ると、正体を隠したまま彼の拒食を治すために奮闘した。

白龍が明かした出生

董胡は自分が本物の鼓濤である可能性を知り、過去の真相を求めて白虎の百滝の大社を訪れた。そこで白龍と再会し、濤麗と玄武公の間に生まれた本物の鼓濤であると知らされた。

麒麟の力への恐怖

董胡は、人の求める味を色として感じ取る力が、母から受け継いだ麒麟の力ではないかと考えた。濤麗が自らの力を呪いと呼んでいたため、董胡も料理を通じて周囲へ執着を植え付けていたのではないかと恐れ、生き甲斐である料理への自信を失った。

マゴイの襲撃

不安定になった董胡へマゴイの一族が近付き、ユラは香と人心を操る力を使って彼女を連れ去ろうとした。董胡は黎司の天術によって救われたが、その際に董胡と鼓濤が同一人物であることを黎司に知られた。

虎威大山への誘導

正体を知られた動揺と料理への恐怖に付け込まれ、董胡は再びマゴイに操られた。彼女は大社を抜け出し、ユラの呼びかけに従って虎威大山を登った。

濁流へ飛び込んだ尊武

董胡を見つけた尊武は引き留めようとしたが、マゴイへの恐怖に支配された彼女は逃げようとして崖から滝壺へ落ちた。尊武は腹を立てながらも反射的に濁流へ飛び込み、流される董胡を追った。

帰還を願う黎司

董胡と尊武が濁流に巻き込まれたことを知らない黎司は、鼓濤の正体を受け入れ、彼女が無事に王宮へ戻ることだけを願っていた。

一、偽りの后

祈禱殿での焦燥

黎司は祈禱殿に籠り、魔毘へ董胡の姿を銅鏡に映すよう呼びかけ続けた。前夜、式神となって董胡を救った際、鼓濤の正体が董胡であると知ったものの、その後の無事を確かめられずにいた。

天術で気力を使い果たしたため魔毘は現れず、黎司は白虎へ向かえない自分の立場に焦りを募らせた。

鼓濤と董胡の符合

黎司はこれまでの出来事を振り返り、鼓濤と董胡が同一人物だったことで多くの疑問が解けると気付いた。

董胡が王宮へ現れた時期、青龍行きの間に鼓濤へ会えなかったこと、銅鏡に玄武の装束を着た董胡が映っていたことも、すべて真実を示していた。

尊武への疑念

黎司は、玄武公が男と偽って医師免状を取った董胡の弱みに付け込み、鼓濤の替え玉に仕立てたと考えた。

さらに尊武が正体を暴くと脅して董胡を青龍へ連れていった可能性を疑い、彼を白虎へ派遣したことを後悔した。

衰弱した黎司

祈禱殿に一昼夜籠っていた黎司のもとへ、翠明の式神が現れた。食事も取らず天術を使い切った黎司は立ち上がることも難しく、式神に支えられて御座所へ戻った。

奏優たちは、民や后のために自分の命を削る黎司を涙ながらに諫めた。

奏優の不満

奏優は、朱璃と鼓濤が独断で子宝祈願を進め、其那国の騒動に巻き込まれたことを軽率だと批判した。

朱璃については皇帝の隣に立つにふさわしいと認めたが、鼓濤については顔も見ずに醜女だと思い込み、皇后にすることへ反対していた。

黎司は、董胡が奏優も認めるほど美しい姫君であることを知りながら、それを明かせないことにもどかしさを感じた。

翠明への告白

奏優たちが退室した後、黎司は翠明へ、董胡が玄武の一の后・鼓濤であると伝えた。

翠明も、玄武公が董胡の弱みに付け込み、平民の娘を一の后へ仕立てたと考え、帝への冒瀆として玄武公を弾劾すべきだと怒った。

董胡を守る道

黎司は、玄武公を追及すればすべての罪を董胡へ押し付けるだろうと指摘した。貴族社会では平民の董胡の証言は信じられず、彼女だけが処罰される可能性が高かった。

翠明も董胡を皇后にはできないと告げた。玄武公と尊武が正体を知る限り、董胡を后として残せば黎司は脅され続けることになるためであった。

二人は鼓濤の存在を消し、董胡を麒麟の社へ匿った後、翠明の養女として名を変え、薬膳師の道へ進ませるしかないと結論づけた。

蒼天の急死

黎司と翠明が董胡の帰還を待つ方針を決めた時、月丞から急報が届いた。

厩舎にいた蒼天が、突然雷に打たれたように死んだと知らされた。

二、 流れゆく二人

濁流の中の尊武

尊武は増水した大河に流されながら、意識を失った董胡を左腕で支え続けた。自分一人なら岸へ泳ぎ着ける可能性があったが、重い医官服を着た董胡をどうしても手放せなかった。

董胡を流木へ乗せて衣装を脱がせようとしたものの、女性であり皇帝の后でもあることを思い出して断念した。代わりに懐を探り、螺鈿の小物入れや薬包、薬草を濁流へ捨てたが、黎司の髪と思われる束だけは自分の懐へしまった。

流木からの防御

上流から大木の群れが迫ると、尊武は董胡を腕の中へ抱え込み、自らの背で衝撃を受けた。何度も水中へ沈み、全身へ傷を負いながらも、董胡の呼吸を確かめて守り続けた。

尊武は何度も董胡を捨てようと考えたが、掴んだ手を離せなかった。日が傾く頃には腕の感覚を失い、衣装は破れ、骨も折れている可能性があるほど追い詰められていた。

心中の覚悟

尊武は自分の命が尽きることを悟り、董胡と共に死ぬ運命だったのかと笑った。正体を黎司に知られた董胡にも良い未来はないと考え、このまま連れていくのも悪くないと思いながら目を閉じた。

その時、遠くから尊武を呼ぶ空丞の声と馬の蹄の音が聞こえた。

空丞の追跡

空丞は尊武が滝壺へ落ちた姿を見て、近くにいた尊武の馬で下流へ先回りしていた。尊武が董胡を助けるために飛び込んだと知ると、その行動へ強く感動した。

空丞は、この先で大河が二手に分かれ、左の白滝川へ入れば流れが緩やかになると伝えた。尊武は最後の力を振り絞り、董胡を引き寄せながら左側へ進んだ。

白滝川への分岐

分岐点で董胡の体が本流へ引かれたが、尊武は渾身の力で引き戻し、二人で白滝川へ入った。

流れは急に穏やかになり、川幅も狭まった。やがて二人は浅瀬へ乗り上げ、白虎から遠く流されて玄武領へ辿り着いた。

岸辺での救出

空丞は尊武と董胡を岸へ引き上げ、自分の乾いた衣装を尊武へ差し出した。董胡の濡れた医官服も脱がせようとしたが、尊武は触れるなと制止した。

尊武は董胡を自分の前へ乗せて馬で運ぶと決めた。空丞に体を押し上げてもらい、董胡を包み込むように抱えて馬上へ乗せた。

空丞の敬意

空丞は、命懸けで董胡を守り、馬上でも大切に抱える尊武を見て、本当は誰よりも優しい人物だと確信した。

尊武は反論する気力もなく、その評価を放置した。董胡が目覚めない理由については、マゴイに何かを飲まされた可能性があるとだけ説明し、詳しい事情は後で話すことにした。

尊武の離宮

尊武は流された先が自分の離宮に近いと気付き、悪運の強さを呟いた。

空丞が馬を引いて進むと、やがて高い塀に囲まれた尊武の大きな宮が姿を現した。

三、 消えた薬膳師

消えた董胡

茶民を鼓濤の身代わりに仕立てた王琳が部屋へ戻ると、眠っていたはずの董胡が消えていた。朱璃や侍女たちは一行の居室を捜したが見つけられず、玄関の衛兵から、董胡が一人で地階へ下りたと知らされた。

厨房や神官棟でも姿は確認されず、大宮司や赤軍、麒麟の密偵まで加わる大規模な捜索が始まった。朱璃は董胡がまだマゴイに操られていたのだと考え、自責する茶民と壇々を慰めた。

尊武と空丞の失踪

虎威大山を歩く紫の衣装の人物が目撃される一方、軍からは尊武と空丞も行方不明になったと報告された。

尊武が下着姿で馬を走らせ、空丞が後を追ったという証言を聞いた朱璃は、尊武が董胡を連れ去った可能性を疑った。しかし軍は消えた董胡を平民の薬膳師としか認識しておらず、将二人の捜索を優先して后行列を王宮へ戻そうとした。

后不在の帰還計画

朱璃は董胡を置いて帰ることを拒んだが、赤軍の将軍から后たちだけでも出立するよう強く求められた。

そこで朱璃は帰還を受け入れる代わりに、自身の薬膳師を捜索のため残すと告げた。朱璃自身と王琳が百滝に残り、茶民たちが身代わりとなって、后二人のいない行列を王宮へ戻す計画であった。

途切れたユラの支配

洞窟で董胡を待っていたユラは、突然彼女との精神的なつながりが切れたことに苛立った。

日光の中では目が見えなくなるため自ら捜しに行けず、操っている祭主へ董胡を連れてくるよう命じた。邪魔する者は殺しても構わないと告げ、罪は祭主へ押し付けるつもりでいた。

消えた楊庵

百滝では楊庵も姿を消していた。密偵たちは、護衛対象である董胡と共に逃げた可能性を考えた。

密偵の頭は、董胡に危険が迫った場合は共に逃げるよう黎司が楊庵へ命じていたことを知っていた。そのため一部の密偵へ二人の捜索を命じ、共に逃げる意思があるなら傷つけず、そのまま逃がすよう指示した。

交錯する捜索

朱璃たちは董胡を捜し、軍は尊武と空丞を追い、祭主はユラの命令で鼓濤を求め、密偵は楊庵と董胡の行方を追い始めた。

しかし誰も、董胡と尊武がすでに濁流へ流され、百滝から遠く離れていることを知らなかった。

四、尊武の離宮

尊武の離宮

空丞が辿り着いた尊武の離宮は、個人の邸宅とは思えないほど堅牢で、軍事要塞のような重苦しさを帯びていた。

連絡を送っていないにもかかわらず、青白い顔の従者たちは尊武の帰還を予知したように門を開け、湯殿や着替え、食事まで整えていた。胡も無表情な侍女に軽々と抱き上げられ、離れの湯殿へ運ばれた。

不可解な従者たち

空丞は従者へ事情を尋ねたが、誰も疑問を示さず、必要な物を先回りして用意し続けた。空丞の体格に合う衣装や好みに合う茶と食事まで準備されており、宮全体に得体の知れない不気味さを感じた。

疲労していた空丞は食事後に眠り込み、翌朝まで目を覚まさなかった。

連絡を拒む尊武

目覚めた空丞は、白虎の軍と黎司へ急便を送ろうとした。しかし尊武は、まだ自分たちの無事を知らせるつもりはないと告げた。

尊武は董胡がマゴイに操られて虎威大山へ向かったことを明かし、これから見聞きすることが黎司のためになるなら、誰にも話さないよう空丞へ誓わせた。

女性を恐れる空丞

尊武に連れられ、空丞は姫君の御座所がある離れへ向かった。空丞は幼い頃から怪力で女性を傷つけた経験があり、自分が女性へ近付くことを恐れていた。

御簾の奥に姫君がいると知ると入室を拒んだが、尊武に襟首を掴まれて無理やり中へ連れ込まれた。

姫君姿の董胡

御簾が上がると、華やかな姫君装束をまとった董胡が現れた。空丞はその美しさに圧倒され、董胡だと説明されても信じられず、部屋の端まで逃げてひれ伏した。

尊武も董胡が姫君装束をこれほど自然に着こなすことに驚き、以前にも似た感情を抱いた記憶を感じたが、思い出すことはできなかった。

失われた生気

董胡は意識を取り戻していたが、以前のような活力を失い、尊武へ感謝も示さなかった。

尊武が命懸けで助けたと責めると、董胡は助けられず死んでもよかったと答えた。尊武は激怒して掴みかかろうとしたが、空丞が慌てて止めた。

鼓濤の正体

董胡が死を受け入れるような言葉を重ねると、尊武は空丞へ彼女の正体を明かした。

董胡は女性であり、薬膳師の姿は仮のものだった。さらに尊武は、董胡が自分の妹であり、皇帝の一の后・鼓濤であると告げた。

空丞の動揺

空丞は、これまで董胡を抱き上げたり馬へ乗せたりした無礼を思い出し、打ち首を願うほど動揺した。

董胡は空丞を責めず、正体を隠していた自分が悪いと答えた。その心は依然として強い自己否定に閉ざされ、すべての罪を自分一人で背負おうとしていた。

五、天術の使えぬ皇帝

蒼天の死

黎司は翠明と共に厩舎へ向かい、息絶えた蒼天を目の当たりにした。世話を任されていた月丞は責任を取って命を差し出そうとしたが、黎司は青馬が短命であることや環境の変化を理由に、月丞を責めなかった。

黎司は蒼天を丁重に葬ることを償いとし、命を粗末にしないよう月丞へ命じた。さらに蒼天の死を知れば董胡が深く悲しむと考え、彼女が落ち着くまで知らせないことにした。

女性のための麒麟寮

黎司は董胡へ少しでも明るい知らせを伝えるため、女性専用の麒麟寮の進捗を翠明へ尋ねた。

翠明は実家近くにある使われていない麒麟の社を改装し、董胡を自らの養女として通わせる案を示した。神官の家系では麒麟の力を持つ子を養子に迎えることが珍しくないため、董胡の素性を隠すにも都合が良かった。

董胡との別れ

黎司と翠明は、董胡が戻り次第、玄武公に気付かれる前に王宮から出し、麒麟の社へ匿うことを決めた。

董胡を翠明の養女として薬膳師の道へ進ませれば、黎司は長く会えなくなる可能性があった。それでも彼女の安全を優先し、次の面会を最後とする覚悟を固めた。

白虎からの急報

その夜、翠明は白虎から届いた火急の知らせを黎司へ伝えた。

玄武の薬膳師である董胡が行方不明となり、さらに尊武と空丞まで姿を消していた。加えて楊庵も見つからず、董胡に関わる者ばかりが同時に消えていた。

尊武への疑念

密偵側は、楊庵が以前の命令に従って董胡を連れて逃げた可能性を考えていた。

しかし黎司は、董胡が玄武の一の后である以上、玄武公が口封じのため執拗に追うと考えた。さらに尊武が自ら白虎行きを志願した理由も、逃げる董胡を始末するためだったのではないかと疑った。

繰り返された悪夢

黎司の脳裏には、尊武が董胡を連れ去る夢が蘇った。今回は楊庵と空丞も行方不明となっており、その二人の存在が董胡を救うのか、さらに危険へ導くのか判断できなかった。

赤軍は后たちを先に帰還させ、残った者たちは虎威大山で捜索を続けていたが、豪雨後の悪路によって難航していた。

天術への決意

董胡と二度と会えないかもしれない恐怖に打ちのめされながらも、黎司は彼女が自分の髪を持っていることを思い出した。

まだ体力が回復していないという翠明の制止を振り切り、黎司は天術で董胡の居場所を探すため祈禱殿へ向かった。

六、離宮の三人

空丞への説明

空丞は董胡が皇帝の后である事情を尊武に問いただした。尊武は、幼い頃に攫われた玄武の一の姫が男装して治療院で育ち、後に本物の鼓濤だと判明したのだと説明した。

尊武自身はあり得ない偶然だと思っていたが、董胡を偽姫として送り込んだという玄武公側の認識を隠し、空丞には本物の姫が帰還した話として伝えた。

黎司の拒絶という誤解

空丞が黎司も正体を知っているのか尋ねると、尊武は白虎でつい先日知られたばかりだと答えた。

尊武は董胡の自暴自棄な様子から、黎司に拒絶されたのだと誤解していた。王宮へ戻れば死罪や拷問を受ける可能性もあると話し、空丞を動揺させた。

董胡を隠す計画

尊武は、董胡を守るために自分たちの無事をまだ知らせないのだと説明した。王宮へ連絡すれば、身分と性別を偽った董胡を捕らえる兵が送られ、自分と空丞も共犯として扱われる可能性があると告げた。

そして鼓濤は滝壺へ落ちて死亡し、薬膳師の董胡も姿を消したことにして、名を変えた彼女を離宮へ匿う案を示した。

離宮での料理

尊武は、口の堅い従者と堅牢な設備を備えた離宮なら秘密を守れると考えていた。その一方で、董胡には今後ずっと自分のために料理を作らせるつもりだった。

離宮の料理は尊武の好みに忠実だったが、献立の種類が少なく、董胡の創意ある料理を求めていた。尊武は空丞にも食べさせると言い出し、夜にもかかわらず董胡へ饅頭を作らせようと部屋へ向かった。

料理への恐怖

董胡のもとには、解毒作用を考えた緑豆の混ぜご飯などが運ばれていた。董胡は料理の知識に興味を示したものの、自分にはもう料理ができないと思い、箸を置いた。

マゴイの薬による眠気と不安は残り、身近な誰かが情報を漏らしたのではないかという疑念や、正体を知った空丞から軽蔑されているのではないかという恐怖に苦しんでいた。

崩壊を招く力

董胡は黎司に拒絶された悪夢と現実を混同し、もう会えないと思い込んでいた。

さらに白龍の啓示を逆に受け取り、自分が黎司のそばで料理を作り続ければ、麒麟の力による執着が彼を狂わせ、伍尭國を崩壊へ導くのではないかと恐れた。

夜半の要求

尊武は董胡の部屋へ押しかけ、空丞が食べたがっているという口実で饅頭を作るよう命じた。空丞は自分をだしに使わないよう訴えたが、尊武は聞かなかった。

董胡は皇帝の后であるため炊事はできないと断り、姫君として尊武へ冷たく応じた。

戻り始めた気力

御簾を上げられた董胡は、無作法だと尊武を睨みつけた。尊武は彼女の目に力が戻ったことへ気付き、姫君装束を着ると傲慢になるとからかった。

董胡は装束に合わせて振る舞っているだけだと反論し、医官服を返すよう求めた。尊武は料理をする時だけ医官服を許すと条件を出し、董胡は返してもらうため表面上は応じたものの、料理を作るつもりはなかった。

七、闇に堕ちる者

料理を拒む董胡

董胡の医官服は傷みが激しく、修繕に時間がかかっていたため、尊武は饅頭を諦めて空丞と部屋を出た。尊武は、料理を命じても頑なに拒む董胡の様子に違和感を抱いた。

空丞は董胡をいじめないよう頼んだが、尊武は中庭に何者かの気配を感じ、一人で外へ向かった。

離宮を探る楊庵

楊庵は虎威大山で董胡が滝壺へ落ちる姿を目撃し、空丞の馬の跡を追って尊武の離宮へ辿り着いていた。

董胡に正体を隠され、面会まで拒まれたことで傷ついていたが、死んでほしくはなかった。真実を直接聞き、今後もそばにいるのか離れるのかを決めるため、堅牢な離宮へ忍び込む方法を探していた。

衛兵による拘束

突然門が開くと、待ち構えていた衛兵たちが楊庵を取り囲み、離宮の中へ引きずり込んだ。

楊庵は皇帝から与えられた木札を使おうとしたが、その前に尊武が現れた。尊武は楊庵を王宮の薬庫で見た董胡の兄弟子だと思い出し、皇帝の密偵であることも見抜いた。

董胡への想い

楊庵は黎司の命で董胡を守っていると主張し、彼女を返すよう求めた。

尊武は楊庵が董胡へ恋情を抱いていると見抜き、董胡にはすでに夫がいると告げた。さらに董胡と黎司が楊庵の想いを利用し、危険な密偵の任務をさせていたのだと揺さぶった。

死を覚悟した願い

尊武は、董胡が離宮にいると知った以上、楊庵を生きて外へ出せないと告げた。

楊庵は死を覚悟し、せめて最後に董胡の無事な姿を見せてほしいと願った。尊武はその申し出を受け入れ、衛兵に囲ませたまま離宮の裏庭へ連れていった。

姫君姿の董胡

尊武の合図で離れの蔀が開き、侍女に手を引かれた姫君姿の董胡が庭へ姿を見せた。

楊庵は董胡が本当に皇帝の后だったことを悟り、無事な姿に涙を流した。自分の分まで幸せになってほしいと願ったが、董胡は暗闇にいる楊庵へ気付かないまま部屋へ戻った。

尊武への服従

尊武は楊庵を殺すには惜しい人材だと考え、離宮から出さない代わりに自分のもとで働く道を示した。

働き次第では再び董胡に会わせると持ちかけられた楊庵は、彼女に会えるなら何でもすると受け入れた。尊武は満足し、楊庵を離宮の奥へ連れていった。

八、離宮の厨房

戻った医官服

翌日の昼、修繕を終えた医官服が董胡のもとへ戻った。董胡は姫君装束を脱いで着替えたが、世話をする侍女たちは必要最低限の返答しかせず、名前すら明かさなかった。

董胡はにぎやかな王琳たちを懐かしく思いながら、尊武が本当に命懸けで自分を助けたのか尋ねた。しかし侍女たちは答えず、宮全体に不自然な無言と統制が行き渡っていた。

薬膳の厨房

董胡が厨房を見たいと告げると、侍女たちはすぐに案内した。厨房には最高級の器具と豊富な生薬が揃い、薬膳に適した環境が整えられていた。

現れた料理人も名を明かさず、器具や食材を自由に使うよう告げた。董胡は尊武の宮の従者たちが、命じられたことには忠実だが、それ以外には一切関心を示さないことへ違和感を深めた。

豊作の完熟梅

厨房の隅には、庭から落ちた大量の完熟梅が捨てるために集められていた。尊武が梅干しや梅酒を好まないため、使い切れない実は処分されていたのである。

董胡は保存調味料など多くの使い道を思いついたが、料理をしないと決めたことを思い出して手を引いた。しかし料理人と侍女たちが梅を洗い始めたため、選別だけならよいと自分に言い聞かせ、久しぶりの厨房仕事に加わった。

梅林への誘い

董胡は甘酸っぱく香りのよい完熟梅に心を奪われ、まだ木に残る実を見に行くことにした。

梅林には枝が垂れるほど大量の実がなっており、董胡が選んだものを侍女たちが次々と収穫した。料理をしないという決意は残っていたが、食材への興味と喜びは少しずつ戻っていた。

竹林の向こう側

庭園を散策した董胡は、太鼓橋と竹林の先に別の居住区があることへ気付いた。近付くにつれて空気は冷え、禍々しく重苦しい気配が漂ってきた。

董胡はそこが尊武の母の住まいであり、濤麗を殺した人物がいる場所だと確信した。恨みよりも真相を確かめたい気持ちから竹林へ進もうとしたが、侍女と衛兵に阻まれ、強引に連れ戻された。

異様な離宮

そこへ現れた空丞も、竹林の先へ入ろうとして衛兵に止められていた。さらに離宮の従者たちは、互いに言葉を交わさずとも状況を把握し、必要な場所へ現れているようだった。

董胡と空丞は、誰かが常に見張っているのか、特殊な連絡手段があるのではないかと疑った。しかし侍女たちは何も答えず、尊武も前夜から姿を消していた。

空丞の密談

空丞は人払いを求め、董胡を離宮に匿うという尊武の計画を明かした。尊武は鼓濤が死んだことにし、董胡を宮に隠したまま白虎にも王宮にも知らせないつもりだった。

董胡は、王琳や朱璃たちが今も自分を捜していると知り、初めて現状の深刻さを理解した。

尊武の救助

董胡は尊武が自分を助けた話を誇張だと思っていたが、空丞は滝壺へ飛び込む姿を直接見ていた。

尊武は濁流の中で疲弊しながらも董胡を離さず、岸へ上がった後も馬上で抱えて離宮まで運んだ。さらに空丞が董胡へ触れることも止めていたと聞き、董胡は尊武の意図が分からず混乱した。

王宮へ戻る選択

空丞は、自分が離宮を抜け出して黎司へ密使を送り、董胡の居場所を知らせると申し出た。

しかし董胡は、黎司が正体を知って怒っているのかすら、マゴイの悪夢と現実が混ざって思い出せなかった。王宮へ戻って裁きを受けるべきか、死んだことにして身を引くべきか決められずにいた。

身を引く未来

董胡は、自分が戻れば黎司が自ら裁かねばならず、料理による呪いで彼を狂わせる可能性もあると考えた。

そのため鼓濤が死んだことにして、尊武の離宮で一生を過ごす方が黎司を苦しめずに済むのではないかと傾き始めた。しかしその道は、王琳たちや朱璃と二度と会えず、濤麗を殺した尊武の母と同じ宮で幽閉される人生でもあった。

空丞の決意

空丞は、董胡が離宮に残るなら黄軍を辞め、尊武の側近となって生涯彼女を守ると宣言した。

大きな秘密を抱えたまま黎司へ仕えることはできず、董胡を尊武の暴挙から守れるのは自分だけだと考えたのである。董胡が逃げる道を選んだ時も、命懸けでどこまでも同行すると誓った。

九、久しぶりの料理

尊武の帰還

夕方、尊武は何事もなかったように董胡の部屋へ現れた。董胡が医官服を着ているのを見て料理を作ったのかと尋ねたが、董胡は空丞から聞いた離宮で匿う計画について問いただした。

尊武は、董胡が黎司に会えないと訴え、マゴイに操られたまま崖から落ちたため助けたのだと説明した。しかし董胡には価値がないと言い切りながら命懸けで救った理由は明かさなかった。

紫竜胆の正体

尊武は姫君姿の董胡を見て、朱雀で出会った妓女・紫竜胆の正体に気付いた。

董胡は否定したが、尊武は当時同行していた楊庵が皇帝の密偵だったことまで見抜き、昨夜彼を離宮で捕らえたと告げた。

楊庵への揺さぶり

董胡は楊庵の無事を問い、ひどい尋問をしたのではないかと尊武へ掴みかかった。

尊武は、楊庵が董胡の正体を知って傷つき、黎司と董胡に利用されていたと思っていると告げた。董胡は、尊武が意図的に誤解させたのだと激しく非難した。

握られた命運

尊武は董胡を畳へ押さえつけ、身分を偽って后となった罪をすべて彼女へ負わせれば、玄武公側は処罰を免れられると脅した。

董胡が死を選ぶと答えると、尊武は楊庵を盾にして従わせようとした。董胡が卑怯者と罵ると、尊武は一瞬傷ついたような表情を見せたが、何を望んでいるのかは答えなかった。

空丞の制止

そこへ空丞が駆け込み、董胡を押さえつける尊武を引き離した。

尊武は反論せず、董胡へ命じるのは料理だけだと告げた。料理を作れば楊庵へ危害を加えないと約束し、そのまま部屋を去った。

離宮に残る理由

董胡は、楊庵が捕らえられた以上、自分だけ逃げることはできないと空丞へ伝えた。

空丞は楊庵を捜し出すと申し出たが、尊武が二人の行動をすべて把握している様子から、董胡は離宮全体で監視されていると考えた。

見えない監視

董胡が侍女を呼ぶと、姿の見えない場所で待機していたかのように二人がすぐ現れた。

従者たちは離れていても会話を聞き取っているらしく、主人の命令以外では動かなかった。空丞が董胡を守らなかったことを責めても、侍女たちは無表情のまま会釈するだけだった。

料理への復帰

楊庵を守るため、董胡は尊武の命令に従って料理を作ることにした。

麒麟の力による呪いを恐れて料理を封じるつもりだったが、尊武だけに食べさせるならよいと自分へ言い聞かせた。久しぶりに包丁を握ると、料理ができる喜びが少しずつ戻ってきた。

梅の保存料理

董胡は傷み始めた完熟梅を優先して使い、料理人、侍女、空丞と共に下処理を進めた。

梅を砂糖で煮詰めた保存食や、蜂蜜、桂皮、丁香へ漬け込む調味料を作り、尊武の夕餉へ加える準備を整えた。

尊武の薬膳知識

董胡は料理人が分量を厳密に測り、決まった調理法を忠実に再現していることへ気付いた。

空丞から、料理や生薬の使い方を指示しているのは尊武だと聞き、実際に薬膳師の役割を果たしていたのは尊武自身だと理解した。尊武は創作のできない料理人に飽き、董胡の料理を求めていたのである。

尊武だけの膳

董胡は、尊武が自分にだけ無礼な態度を取ることへ改めて気付いた。

大河で命懸けに守ったという空丞の証言は信じられないままだったが、尊武のためだけに梅料理を加えた夕餉を完成させ、部屋へ運ぶことにした。

十、梅の実御膳

梅の実御膳

董胡が夕餉膳を運ぶと、尊武は本当に料理を作ったことへ驚いた。董胡は大量に余っていた梅を使い、山芋の梅和え、蒸し鶏の梅味噌、香辛料を加えた和え物、完熟梅の甘露煮を用意していた。

尊武は梅干しが嫌いだと不満を口にしたものの、料理を食べ始めると次々に完食した。決して褒めようとはしなかったが、粥をおかわりし、桂皮や丁香を使った味にも興味を示した。

空丞への拒絶

空丞は董胡の料理を食べたがったが、董胡は麒麟の力が及ぼす影響を恐れ、毒見を申し出た彼へ甘露煮を渡さなかった。

尊武が空丞へ梅を渡そうとするたびに、董胡は自分で食べて阻止した。空丞は嫌われたのだと誤解して謝ったが、董胡は毒がないことを証明しただけだと取り繕った。

尊武は董胡の不自然な態度へ疑念を抱きながら、残った甘露煮をすべて自分で食べた。

離宮での覚悟

夜、董胡は楊庵や王琳たちを案じながら、自分の選択を振り返った。真実を明かす時期を迷った結果、黎司に正体を知られ、マゴイに操られ、尊武の離宮へ囚われたと考えていた。

董胡は自分が伍尭國を破滅へ導く存在なら、黎司の前から消えて離宮で生きることが正しいのかもしれないと思い始めた。それでも楊庵だけは救い出し、王琳たちが玄武公に罰せられないよう願っていた。

夜更けの尊武

夜着姿の尊武が突然寝所へ現れたため、董胡は夜這いを疑って警戒した。しかし尊武は、空丞へ梅を食べさせなかった理由を尋ねに来ただけだと告げた。

董胡は毒見をさせるのが失礼だったと答えたが、尊武は料理を素直に作ったことも含め、まだ何かを隠していると疑った。

鼓濤への疑惑

尊武は、マゴイが朱璃ではなく董胡を執拗に狙った理由を指摘した。麒麟の姫君を求めるマゴイが平民の替え玉を狙うはずがないため、董胡が本物の鼓濤ではないかと迫った。

董胡が明言を避けると、尊武は本物なら殺すと答えた。

濤麗を殺した理由

尊武は、母から濤麗へ決して近付くなと命じられていたことを明かした。母は濤麗の麒麟の力を呪いと呼び、魅入られた男たちが執着によって狂うと恐れていた。

さらに尊武は、母が本当に殺そうとしたのは濤麗ではなく、生まれたばかりの鼓濤だったと告げた。鼓濤へ受け継がれる麒麟の力が、将来尊武へ災いをもたらすと考えたためであった。

濤麗は鼓濤を守ったことで殺され、尊武の母は息子を守るために罪を犯したのだと尊武は語った。

殺せなかった尊武

尊武は母の望みを果たすため、董胡の首を絞めた。董胡は死を覚悟したが、尊武は突然手を緩め、自分には彼女を殺せないことへ愕然とした。

尊武は、董胡の麒麟の力が自分の行動を変えているのではないかと疑った。空丞へ料理を食べさせなかった理由にも気付き、董胡の料理に呪いが宿っていると確信した。

麒麟の呪い

董胡も、尊武が命懸けで滝壺へ飛び込み、離宮へ匿い、殺そうとしても手を止めた事実から、自分の力が本当に人の執着を生むと悟った。

尊武は、黎司も董胡の料理によって強い執着を植え付けられたのだと理解した。母が恐れた呪いに自分もかかったことを嘲笑し、董胡の力によって愚かな行動を取らされたのだと責めた。

離宮からの幽閉

尊武は董胡を帝のもとへ帰さず、離宮から逃がさないと宣告した。

董胡は自分の麒麟の力が尊武さえ変えてしまった事実を目の当たりにし、彼へ呪いをかけたという罪悪感に苛まれた。

十一、復活の天馬

董胡との再会の夢

黎司は、白虎から戻った董胡が饅頭を持って現れる夢を見た。董胡の無事に安堵した黎司は彼女を抱き締め、正体を知っても騙され続けるから側にいてほしいと懇願した。

しかし董胡は自分は偽物であり、想い人は尊武だと告げた。尊武に守られた董胡は黎司を拒み、そのまま彼と共に去っていった。

繰り返される不安

目覚めた黎司は、董胡が尊武に連れ去られる夢を繰り返し見ていることに不安を募らせた。董胡だけでなく、尊武や空丞の消息も依然として分からなかった。

黎司が魔毘を呼ぶと、久しぶりに現れた魔毘は銅鏡を指し示した。

天馬となった蒼天

銅鏡から、死んだはずの蒼天が青い光をまとって現れた。蒼天は生前より逞しく、人の言葉を理解する天馬となっていた。

黎司は蒼天の背に乗り、董胡へ渡した髪を道標として彼女のもとへ向かうよう頼んだ。蒼天は黎司を乗せ、銅鏡を抜けて空へ飛び立った。

尊武の恐怖

一方、尊武は董胡が本物の鼓濤であり、麒麟の呪いを受け継いでいると知ったことに苦悩していた。

母の望みを果たすため董胡を殺そうとしたものの、彼女を失う恐怖に阻まれて実行できなかった。尊武は自分も黎司も、すでに董胡の呪いへ深く囚われていると考えた。

黎司の来訪

尊武が董胡の懐から取り出した黎司の髪を見つめていると、天馬に乗った黎司が離宮へ現れた。

黎司は尊武が髪を持っていることから、董胡が離宮にいると確信し、すぐに会わせるよう迫った。尊武は董胡を守るため、真実を隠すことを決めた。

濁流での偽り

尊武は、董胡を助けるため滝壺へ飛び込み、濁流の中で髪の束を見つけたところまでは事実を話した。

しかし分岐点で董胡だけが本流へ流され、救えなかったと嘘をついた。黎司は信じず、董胡を匿っているはずだと尊武を問い詰めた。

崩れ落ちた黎司

尊武は、空丞も自分を優先し、董胡を追うことができなかったと偽りを重ねた。さらに亡骸を捜していると告げ、董胡が死んだと思わせた。

黎司はすべての気力を失ったように膝をつき、光の粒子となって蒼天と共に消えた。

呪いへの試練

尊武は、董胡を失ったと思い込んだ黎司が天術の力を保てるのか見極めようとした。

そして黎司が麒麟の呪いを乗り越えられれば、それが自分を救う道にもなると考えた。

十二、白龍の手紙

壁宿への追跡

朱璃と王琳は、空丞らしき将軍が大河沿いを下流へ向かったという情報から、董胡が濁流に流されたと推測した。祭主が再び董胡を攫おうとして捕らえられたため、マゴイはまだ彼女を確保していないと判断し、尊武の離宮がある壁宿へ向かった。

尊武の離宮

王琳は、尊武の離宮が高い塀に囲まれた要塞のような宮であり、働く者の素性も知られていないと語った。さらに人が壁へ消える、黒い渦が見えるなどの怪異が噂され、街の者は誰も近付かなかった。

朱璃は、尊武まで行方不明であり、白滝川が壁宿へ続いていることから、董胡は離宮に囚われていると確信した。

董胡の異変

朱璃と王琳は、董胡が白龍と会ってから沈み込み、本物の鼓濤と判明しても喜ばなかったことを振り返った。董胡は白龍と二人だけで話すことを望み、大雨の中でも再会を求めていた。

朱璃は、董胡がマゴイに容易く操られた原因も、その悩みにあるのではないかと考えた。

白龍からの文

朱璃は、董胡が読まないまま残した白龍からの返書を開いた。董胡を救う手がかりになるなら、後で嫌われても構わないと判断したためである。

しかし文には、他人には意味を悟られないよう、あなたが求める答えなら私が持っているとだけ記されていた。

十三、想像もしなかった事実

梅林での思索

董胡は料理を口実に医官服へ着替え、梅の実を摘みながら楊庵を救う方法を考えていた。麒麟の呪いが実在すると知ったことで、黎司のもとへ戻る希望も失いかけていた。

池のほとりでは、濁流で失った白龍の小物入れを見つけた。中の自然鉄はほとんど流されていたが、董胡は残された唯一の拠り所として懐へしまった。

尊武の母

現れた尊武に尋ねると、竹林の向こうでは母が病に臥せっており、董胡が離宮にいることも知らされていなかった。

董胡は楊庵を解放するよう求めたが、尊武は逆に殺す可能性を口にした。そこで董胡は、楊庵を殺せば自分も必ず自害すると宣言し、彼が生きている限りは死なないと約束した。

王宮への報告

尊武は翌日に王宮へ戻り、今回の出来事を報告すると告げた。空丞は黄軍を辞めて離宮に残り、董胡を守る決意を固めていた。

尊武は董胡を王宮へ帰さず、鼓濤としての存在を消す方針をすでに決めていた。

黎司の拒絶

尊武は、天馬に乗った黎司が離宮へ現れたと話した。さらに董胡が本物の鼓濤であることを伝えたが、黎司は会いたくないと答え、二度と胡にも鼓濤にも会わないと告げたという。

董胡は絶望したものの、黎司が麒麟の呪いに囚われていなかったことだけを救いと感じた。尊武は、董胡を死んだことにして離宮で密かに暮らさせることが黎司の裁可だと説明した。

尊武への疑念

尊武は董胡を一生養い、楊庵にも会わせると優しく語った。しかし董胡は、尊武が自分を見ようとせず、黎司の髪を持っていることから、話のどこかに嘘があると気付いた。

尊武は真実を明かさず、黎司の髪を焼き捨てようとしたため、董胡は飛びかかって奪い返した。

銀髪の尊武

もみ合ううちに白龍の小物入れが落ちると、周囲から黒い粉が磁石へ引き寄せられた。

黒い色が剝がれ落ちた尊武の髪は、マゴイと同じ銀色へ変わった。董胡は、尊武自身がマゴイである可能性を知り、呆然とした。

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