物語の概要
■ 作品概要
『皇帝の薬膳妃 緑の高原と運命の導き』は、后と男装の医官という二重生活を送る少女・董胡を主人公とした王宮アジアンファンタジー小説の第6弾である。 前作で青龍での医療混乱を収めた董胡は、任務直後に何者かによって国境を越えた東の高原へと連れ去られてしまう。 誘拐を実行したのは高原の民であるロー族であり、彼らは後継者である少年ロサリが患う、原因不明の奇病を治療させるために董胡を拉致した。 極寒の地で董胡は、病の根本原因が海産物の欠乏から生じた「沃(ヨード)」の不足であると突き止め、現地で手に入る限られた食材を駆使して治療に奮闘する。 さらに、失踪していた養父・卜殷とも奇跡的な再会を果たし、自身の出生や亡き母の秘密に触れていくこととなる。
■ 主要キャラクター
- 董胡(とうこ) / 鼓濤(ことう): 本作の主人公であり、玄武の一の后と男装の医官という二役の生活を送る少女である。青龍からロー族に誘拐されるが、高原の劣悪な環境でも医師としての使命感を忘れず、ロサリの奇病治療に挑んだ。
- 黎司(れいじ): 伍尭國の第十七代皇帝である。董胡をかけがえのない特別な存在として想っている。彼女の誘拐を知るや、命を削る危険を顧みず創司帝の天術を試して自身の意識と実体を高原へ飛ばし、董胡を危機から救い出した。
- 尊武(そんぶ): 玄武公の嫡男であり、宮内局長を務める。董胡を見捨てることの政治的不利益を考慮し、最終的に全軍を率いて高原へと救出に向かった。手に入れた貴重な青馬を黎司に献上し、世間から大きな名声を獲得する。
- サーヤ: ロー族の15歳の少女である。両親は先代エジドの付き人だったが五年前に殺害された。部族の後継者であるロサリの命を救い、自分たちの追放を防ぐために、独断で董胡を誘拐する計画を立てた。
- カザル: サーヤの8歳の弟である。時折ローの神(龍神)の声を聞く聡明な目を見せ、董胡を卜殷の住む仙人窟へ導いた。のちに二頭のアズラガ(青鬣馬)の誕生を予言し、次代のシャーマンとして認められる。
- ロサリ: 族長ロジンの14歳の息子で後継者である。五年前から脱毛、成長の停止、物忘れなどの奇病(気癧)に苦しんでいたが、董胡の薬膳料理によって歩けるまで快復した。
- 卜殷(ぼくいん): 董胡の養父である医師である。玄武公の追手を逃れて高原の仙人窟に潜伏し、酒と引き換えに薬を渡す「酒呑先生」として暮らしていた。再会した董胡に、出生の秘密や白龍の予言を伝える。
- エジド: 先代エジドの魂を引き継いだと称するロー族の二代目シャーマンである。カザル姉弟を追放しようと企み、董胡を排除しようとしたが、先代エジドを殺害した犯人であるとカザルに告発され逃亡した。
■ 物語の特徴
- 国境を越えた高原(ハウルジャ)の文化と食の描写 舞台は伍尭國を越えた極寒の東の高原へと移り、ゲル(天幕)での過酷な暮らしや馬乳酒、ウルム(バターのようなもの)、ツァンパ(大麦の練り物)といった独自の食文化が詳細に描かれる。
- 「沃」の欠乏という風土病に立ち向かう医療プロセス ロサリや子供たちの異変が、海産物を食べないことによる「沃」の不足(甲状腺機能不全である気癧)だと突き止めるプロセスが描かれる。鹿尾菜(ひじき)の薬膳や羊の甲状腺(羊靨)を用いて治療する、論理的かつ実際的な医療再建が見どころである。
- 明かされる董胡の出生と「望む道」への葛藤 卜殷との再会により、董胡の実の父親が盲目の名医「白龍」である可能性が示され、母・濤麗が殺された夜の出来事が明かされる。また、他人の犠牲にならず「自分の魂が本当に望む道」を進むよう諭される場面は、本作の大きな転換点となる。
- 天術を用いた緊迫の再会と、后宮での新たな火種 黎司が自らの意識と実体を遠方へと飛ばす「天術」を用いて董胡を救い出すシーンは緊迫感に満ちている。王宮に帰還したのちは、黎司の侍女頭・奏優や雪白による、后の鼓濤を巡る新たな陰謀の予兆が描かれ、次巻への期待を抱かせる。
書籍情報
皇帝の薬膳妃 緑の高原と運命の導き
著者:尾道 理子 氏
出版社:KADOKAWA(角川文庫)
発売日:2023年12月22日
ISBN:9784041145388
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あらすじ・内容
何者かにさらわれた董胡、その運命は――!? 王宮アジアンファンタジー!
孤軍奮闘する皇帝・黎司を助けるため、薬膳師と妃の二重生活を送る董胡。宿敵・尊武とともに派遣された青龍の地で、医術の混乱をなんとか収めた矢先、董胡は何者かに連れ去られてしまう。姿を消した董胡に周囲が心配を寄せる中、董胡が目覚めた場所は壮大な高原が広がる、国境を越えたはるか異国の地だった。
この地を春営地とするのはロー族の民。彼らは後継者・ロサリが患う原因不明の病を治してもらうため、董胡をさらってきたのだった。
董胡はなんとか治療しようと対症療法で手当てするも、その根本はわからない。調べていくうち、彼ら一族に伝わる「神の実」が関係していることが判明し――。
そのさなか、卜殷が編み出した特製の軟膏をこの地で目にした董胡は、それを持ち込んだ「酒呑先生」が遠い仙人窟に住んでいることを知る。
卜殷である可能性に懸け、董胡は彼の無事と自身の生まれを探るため、危険な旅路を踏み出した……!
この地にたどり着いたのは偶然か、必然か。いま運命が動き出す――。
董胡の生い立ちの秘密に迫る、アジアンファンタジー第6弾!
感想
本巻で特に印象に残ったのは、物語の舞台が王宮や青龍の町から、国境を越えた高原へ大きく移ったことである。
董胡は前巻の最後で、木彫りの面をつけた者たちに突然さらわれた。
ようやく青龍での役目を終え、黎司のもとへ帰れると思った直後の出来事である。あまりにも理不尽な展開だが、その誘拐が新しい病との出会いだけでなく、董胡自身の出生や運命へつながっていく構成が興味深かった。
高原の広大な自然には開放感がある。
しかし、部族の信仰や掟に逆らえば命を奪われかねない閉鎖的な空気も強い。
美しい場所でありながら、董胡にとっては常に死と隣り合わせの土地だった。
名医と呼ばれても病名が分からない董胡
董胡をさらったロー族の少女・サーヤは、雲寮の医生から「最も優秀な医師」だと聞き、彼女を連れ去った。
しかし実際の董胡は、医師免状を取ったばかりである。
薬膳や薬草の知識は豊富だが、どのような病でも治せるわけではない。
病人であるロサリを診察しても、最初は何の病か分からなかった。
ロサリには首の腫れ、遅い脈、倦怠感、むくみ、脱毛、物忘れ、成長の遅れなど、いくつもの症状が現れている。
董胡は気虚を補う薬湯を作り、楊庵は鍼によって一時的に状態を改善する。
それでも根本的な原因は見つからない。
病を治せなければ殺されるかもしれない状況でありながら、董胡は分からないものを分かったふりで押し通さない。
以前、拓生の大怪我を前に動けなかった経験もあり、自分の未熟さに苦しみ続けている。
それでも患者を観察し、周囲の生活や食事まで調べて答えを探そうとする。
完璧な名医ではないからこそ、悩みながらも諦めずに進む姿が印象的だった。
病人一人ではなく、部族全体に広がる異変
董胡が気付いたのは、病に苦しんでいるのがロサリだけではないという事実である。
サーヤや弟のカザルにも倦怠感や首の腫れが見られる。
ロー族の子供たちは、先代のシャーマンが亡くなった五年前頃から、背が伸びにくくなっていた。
さらに、ロー族が神の化身として大切にしている青鬣馬も、同じ時期から生まれなくなっている。
一人の奇病ではなく、土地や食生活に関係する部族全体の病なのではないか。
董胡はそこから原因を探り始める。
やがて、先代のシャーマンが配っていた黒い食べ物が海藻であり、それが現在は米や砂糖、果物へ変えられていたことが判明する。
海産物を食べられない高原では、体に必要な「沃」が不足していた。
ロー族は肉や乳製品を豊富に食べているため、一見すると栄養状態は悪くない。
しかし、その土地では手に入らない一つの栄養が欠けただけで、部族全体へ深刻な症状が広がっていた。
豊かな食生活に見えても、その土地だけでは補えないものがある。
食べ物と体のつながりを、身近な問題として感じさせる展開だった。
鹿尾菜と乳製品を組み合わせた薬膳
病の原因へ近づくきっかけとなったのが、董胡の薬籠に入っていた鹿尾菜である。
カザルは黒い鹿尾菜へ強い興味を示し、食べたいと訴える。
董胡は高原に豊富な乳製品と鹿尾菜を組み合わせ、乾姜を加えた汁物を作る。
海藻と乳製品という組み合わせは意外だったが、土地にある食材を利用しながら、不足しているものを補う薬膳になっている。
董胡は自分が持ってきた薬だけに頼らない。
ロー族が日常的に食べている羊肉や乳製品、蕁麻、大根などを調べ、現地の人が続けられる料理へ変えていく。
一度だけ特別な薬を飲ませても、董胡が帰れば治療は続かない。
だからこそ、サーヤへ料理を教え、角宿との交易によって海産物を手に入れる道まで考える。
患者を一時的に救うだけではなく、病が再び広がらない仕組みを残そうとする。
その姿勢に、薬膳師としての董胡らしさが表れていた。
サーヤとカザルが背負っていた理不尽
サーヤが董胡をさらった行動は、もちろん許されるものではない。
しかし事情を知ると、単純に悪人として責めることも難しくなる。
サーヤとカザルの両親は、先代のシャーマンを守れなかったという理由で責任を負わされていた。
現在のエジドは、両親の罪を子供へまで押しつけ、姉弟を部族から追放しようとしている。
幼い姉弟を庇ったのが、病に苦しむロサリだった。
サーヤにとってロサリを救うことは、恩人を助けるだけではない。
自分と弟が部族で生きる場所を守るためでもあった。
追い詰められた末に董胡をさらうという手段を選んだことには、危うさと必死さの両方を感じた。
また、幼いカザルが時折見せる大人びた表情も印象に残る。
普段は普通の子供に見えるのに、董胡を導き、薬草や食べ物の場所を示し、青鬣馬の誕生まで予言する。
ロー族の神に導かれているのか、本人に特別な力があるのか。
最後には次代のシャーマンとして認められ、サーヤとカザルはようやく部族の中で居場所を得る。
董胡が病を治したことで、体だけでなく二人の立場まで救われたことに安心した。
董胡がいないだけで不機嫌になる尊武
董胡がさらわれた後の尊武の反応は、思わず笑ってしまう部分も多かった。
最初の尊武は、平民医官一人のために軍を動かす必要はないと冷たく言い切る。
危険な雪山へ向かえば兵を失う可能性があり、董胡一人を見捨てる方が合理的だと考えていた。
尊武らしい判断である。
しかし董胡がいないため、食事は毎日同じような芽花椰菜と鶏肉ばかりになる。
饅頭も薬膳も食べられない。
薬膳料理を作る使部がいないだけで、尊武の機嫌は日に日に悪くなっていく。
本人はあくまで料理や損得の問題だと言い張っている。
それでも、董胡がいない日常を「つまらない」と感じている時点で、以前とは明らかに変化している。
さらに月丞と空丞が、董胡を見捨てるくらいなら黄軍を辞めるとまで訴える。
医生や拓生、伯生も、次々に董胡を助けてほしいと願い出る。
わずかな期間で、董胡が多くの人から慕われていることを、尊武は思い知らされる。
最終的には損得を計算した結果だとしても、自ら大軍を率いて雪山へ向かう。
助けに行く理由を素直に認めず、「見つけたら蹴り飛ばす」と怒り続けるところが尊武らしくて面白かった。
冷酷な尊武に生まれた執着
尊武が董胡へ抱く感情は、まだ恋愛と呼べるものではないように感じる。
尊武自身も、董胡の女性としての部分には興味がなく、料理の上手な薬膳師がたまたま女性だっただけだと考えている。
しかし最初は、華蘭に頼まれて董胡を追い詰め、飽きれば殺すつもりだった。
それが今では、料理を食べ、言い争い、善意をからかう日常を楽しむようになっている。
董胡を助けるために大軍を動かし、雪山を登り、再会すると怒りを爆発させる。
冷酷な尊武にとっては、自分の計算を狂わせるほど気になる存在ができたこと自体が大きな変化なのだと思う。
敵でも味方でもなく、守るとも言わない。
それでもいなくなると困る。
その不器用で認めたくない執着が、二人の関係をますます複雑にしていた。
黎司が天術で現れる場面の安心感
董胡が偽エジドに殺されそうになった時、遠く離れた王宮から黎司が現れる。
剣と人の姿が光の粒子によって形作られ、董胡を守るように立つ。
本巻で最も胸が熱くなった場面である。
黎司は董胡がさらわれたと知ると、自分を式神にして飛ばすよう翠明へ求めていた。
それが不可能だと分かると、未完成の天術へ再び挑戦する。
皇帝として国を動かすのではなく、今この瞬間に董胡を助けるため、自分の命を削るかもしれない術を使う。
董胡は高原で、黎司が助けに来ることはないと考えていた。
尊武も自分を見捨てるだろうと思っている。
だからこそ、黎司が目の前に現れた瞬間、胸へ飛び込む場面が印象に残った。
董胡はいつも自分の正体を隠し、黎司から距離を取ろうとしている。
それでも本当に怖い時や苦しい時、求めているのは黎司なのだと分かる。
二人が短い時間しか一緒にいられず、董胡がまだ危険な状況を隠して黎司を王宮へ帰すところも切なかった。
尊武と黎司が剣を交える衝撃
黎司が董胡を守った直後、今度は尊武が背後から剣を振り下ろす。
尊武は敵に襲われている董胡を助けようとしただけだと弁解する。
しかし後になって、最初から黎司だと気付いていたのに、理由もなく斬りたくなったと認めている。
この場面には、尊武の危険さが凝縮されていた。
黎司を皇帝として必要な存在だと評価し、忠臣として仕えると語りながら、衝動的に剣を向ける。
単なる敵意なのか、董胡と黎司の親密さを見て苛立ったのか、本人にも分かっていないのかもしれない。
尊武の中に生まれた感情が、彼自身の合理性では処理できなくなっているように感じた。
卜殷との再会と董胡の出生
高原での出来事が単なる誘拐事件で終わらず、董胡の過去へつながったことにも驚かされた。
董胡は食料庫で、卜殷から教わった紫雲膏を見つける。
その軟膏を作った「酒呑先生」を訪ねた先で、行方不明だった卜殷と再会する。
卜殷は董胡を捨てたわけではない。
董胡が皇帝の后となり、国の崩壊を防ぐ鍵になるという予言から逃がすため、高原へ姿を消していた。
董胡には皇帝の后となる道だけでなく、楊庵と治療院を営む穏やかな未来もあった。
卜殷は養父として、後者の人生を歩ませたいと考えていた。
しかし董胡は幼い頃に黎司と出会い、薬膳師となって彼を支える道を自ら選んだ。
卜殷は最終的に、董胡の選択を否定しない。
誰かのために自分を犠牲にするのではなく、心から望む道を選ぶよう伝える。
董胡はこれまで、黎司のため、患者のため、周囲の人のために動いてきた。
一方で、自分が何を望んでいるのかは後回しにしてきたように思う。
后として生きたいのか。
薬膳師として黎司のそばにいたいのか。
正体を打ち明けたいのか。
王宮から逃げたいのか。
卜殷との再会によって、これからは董胡自身の望みが問われることになるのだと感じた。
白龍と先代エジドの謎
卜殷の話から、董胡の出生には白龍という医師が深く関わっていることも分かる。
白龍はほとんど目が見えないながら、触れるだけで人の痛みや病を癒やす力を持っていた。
董胡の母・濤麗が殺された後、白龍は返り血を浴びながら幼い董胡を卜殷へ託した。
そして自分が囮となって姿を消している。
さらに仙人窟には、先代エジドが百年以上にわたって残した医術の記録があった。
ロー族で本物の奇跡を起こしていた先代エジドと、特殊な治療能力を持つ白龍。
二人が同一人物なのか、何らかのつながりがあるのかは、まだはっきりしていない。
白龍の友人が白虎の麒麟の社にいるという手掛かりも残されている。
高原で一つの謎が解けたと思った直後に、さらに大きな謎が現れる。
董胡の出生を巡る物語が、王宮の陰謀だけでなく国の外側へまで広がり始めたことに期待が高まった。
偽エジドと信仰の危うさ
現在のエジドは、先代の魂を受け継いだシャーマンを名乗っている。
しかし実際には、ローの神の声を聞いたことは一度もない。
元青龍の武官であり、青鬣馬を奪って出世するため、先代エジドを殺してロー族へ入り込んだ人物だった。
病を治せない理由を、神の罰やサーヤ姉弟のせいにする。
海藻を使った「神の実」を独占し、人々が病に苦しむ状態を利用して、自分の立場を守り続ける。
分からないことを神の怒りとして説明し、恐怖によって従わせる姿は不気味だった。
一方の董胡は、原因が分からないことを認め、食事や生活を調べ、小さな手掛かりを積み重ねる。
偽エジドが信仰を使って人を縛ったのに対し、董胡は知識を共有し、サーヤでも続けられる料理として残す。
二人の違いが鮮明だった。
新たに動き始める王宮の陰謀
董胡が高原で命懸けの治療をしている間、王宮では別の危険が動き始めている。
皇太后や華蘭は、黎司の廃位や鼓濤の排除を考えている。
さらに黎司の侍女頭・奏優は、鼓濤が怪しい術で黎司を惑わせていると疑い、雪白こそ皇后にふさわしいと考える。
しかし雪白自身は、表向きは控えめで無垢な姫を装いながら、奏優の忠誠を利用しようとしている。
董胡は高原から無事に戻れた。
黎司とのわだかまりも、高原の料理を囲むことで少し解けている。
それでも王宮で鼓濤として暮らす危険は、以前より大きくなっている。
董胡の正体を知る者が増え、敵も味方も複雑に入り乱れている。
高原では病の原因を突き止めることができたが、王宮の人間関係には薬膳のような分かりやすい治療法がない。
董胡の二重生活がいつまで続けられるのか、ますます不安になった。
読後の感想
『皇帝の薬膳妃 緑の高原と運命の導き』は、異国の風土病を解き明かす医療の面白さと、董胡の出生へ迫る物語が結びついた一冊だった。
ロサリの奇病をきっかけに、ロー族全体へ広がる栄養不足が明らかになる。
鹿尾菜や乳製品、羊の内臓など、土地にある食材を組み合わせ、部族の人々が続けられる料理へ変える。
病人を治して終わるのではなく、交易や料理の伝承まで考える董胡の姿に、薬膳師としての成長を感じた。
一方で、董胡はまだ万能な医師ではない。
病名が分からず焦り、拓生を救えなかった記憶に苦しみ、卜殷や楊庵の助けを借りながら答えへたどり着く。
その弱さがあるからこそ、治療が成功した時の安心感も大きかった。
また、尊武が董胡の不在に苛立ち、大軍を率いて助けに来る展開も面白い。
本人は損得や料理の問題だと言い張っている。
しかし以前の尊武であれば、一人の平民医官のためにここまで動くことはなかったはずである。
董胡という存在が、冷酷な尊武の価値観を少しずつ変え始めている。
そして何より、卜殷との再会によって、董胡が自分の生き方を選ぶ時が近づいているように感じた。
運命に従って皇帝の后になるのか。
薬膳師として黎司の隣に立つのか。
あるいは、誰にも縛られない別の道を選ぶのか。
董胡はこれまで、正体を隠すことによって多くの人を守ってきた。
しかし秘密を抱え続けることが、黎司や自分自身を苦しめ始めている。
高原で得た答えは病の治療法だけではない。
自分の望む道を、自分で選んでもよいという卜殷の言葉こそ、董胡にとって最も大きな「運命の導き」だったのだと思う。
董胡がいつか本当の姿で黎司と向き合い、自分の望む未来を選べるのか。
白龍の正体や雪白の企みも含め、続きがますます気になる一冊であった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
皇帝の薬膳師
皇帝の専属薬膳師と国家改革の全貌
『皇帝の薬膳妃』シリーズにおいて、皇帝の専属薬膳師という存在について、夢の始まりと月下の誓い、王宮での再会と后付き薬膳師の二重生活、一人二役がもたらす罪悪感と真の皇帝への目覚め、および理想の国家改革への道の各点から解説する。
夢の始まりと月下の誓い
伍尭國において、病の予防を目的とする薬膳師は貴人の間で流行しつつあったものの、基本的には一握りの大家が世襲で独占する職であり、平民が大成することは極めて困難な道であった。
・女性が医師や薬師、薬膳師になることは制度上許されていなかった。
・当時12歳の董胡は、治療院の前に倒れていた謎の麗人・レイシを薬膳饅頭で救った。
・レイシが毒殺未遂の恐怖から深刻な拒食症に陥っていることを知った彼女は、命ある限り生き抜いてほしいと乞うた。
・レイシもまた、いつかそなたを私の専属薬膳師として迎えに行こうと月に誓いを立てた。
・董胡はこの約束を胸に、生涯男として生きる覚悟を決め、男装して皇帝直属の麒麟寮へ入って猛勉強を重ねた。
王宮での再会と「后付き薬膳師」の二重生活
医師試験に首席合格した直後、董胡は玄武公の陰謀によって玄武の一の后・鼓濤として、第十七代皇帝となった黎司のもとへ輿入れさせられた。
・王宮での退屈な生活に耐えかねた彼女は、自らを一の后付きの専属医官・董胡として登録し、男装での二重生活を開始した。
・皇帝・黎司は極度の拒食によって衰弱しきっていたが、董胡が作る薬膳饅頭だけは喉を通り、血肉となる唯一の食事であった。
・黎司は、この料理を作る后付きの薬膳師こそが5年前に約束を交わしたあの董胡であると確信し、深く喜んだ。
・権力をかさに彼女を強引に引き抜くのではなく、身分に関わらず夢を叶えられる世を作ったうえで、最高の形で彼女を皇帝付きの専属薬膳師として迎えるべく決意を新たにした。
一人二役がもたらす罪悪感と「真の皇帝」への目覚め
黎司は、后の鼓濤と男装の薬膳師・董胡が同一人物であることに一切気付いていなかった。
・董胡は、レイシが母を殺した仇の娘である鼓濤を警戒していること、そして自分自身がレイシを騙し続けていることに深い罪悪感を抱き葛藤した。
・正体がばれてレイシを失望させる前に、せめて彼の拒食を治してから王宮を去ろうと残された時間のすべてを薬膳に注ぎ込むようになった。
・董胡の薬膳料理とひたむきな励ましは、四公の傀儡として失意の底にいた黎司を力強く奮い立たせた。
・彼は、自分の立場の弱さを嘆くのをやめ、民の安寧のために祈る真の皇帝としての使命を思い出すこととなった。
理想の国家改革への道
董胡が皇帝の専属薬膳師になるという私的な夢は、やがて伍尭國全体のあり方を変える大改革へと昇華されていった。
・黎司は、董胡が薬膳の知恵によって朱雀の麻薬中毒を救い、青龍の后・翠蓮を毒から救った実績を経て、古い国家制度の限界を痛感した。
・医療や学問などの知識は、身分や性別、領地の壁を越えて共有されるべきだと考え、他領地にも麒麟寮を新設していく技術交流を推進した。
・誰もが平等に自らの望む夢を叶えられる一つの伍尭國を目指して歩み始めることとなった。
まとめ
皇帝の専属薬膳師と国家改革を巡る一連の全貌は、月下で交わされた約束と男装での奮闘から始まり、王宮での再会と一人二役の二重生活、偽りの身分がもたらす葛藤と皇帝の精神的覚醒、そして身分や領地の壁を越える広域な技術交流と国家再編に至るまで、その歩みを明瞭に示している。旧弊な身分制度や閉鎖的な独占という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、愛と誓いがもたらした国家変革の記録である。私的な約束から、偽装生活、皇帝への支援、知識の共有、そして新たな国家像の確立へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
青龍への特使
青龍への特使団派遣と事件の全貌
『皇帝の薬膳妃』第5巻において派遣された青龍への特使(皇帝の特使団)について、特使団派遣の背景と目的、複雑に交錯する特使団の構成、雲寮での冷徹な改革と対立、董胡による「料理の力」を用いた医療再建、および突如訪れた破局(誘拐)の各点から解説する。
特使団派遣の背景と目的
特使団が組織された直接の契機は、青龍の第一后・翠蓮を苦しめていた主治医・雲の陰謀が暴かれ、彼が失脚したことにある。
・雲の失脚に伴い、彼が青龍で発行していた独自の医師免状はすべて無効化され、万能薬として流通していた偽薬「黄龍の鱗」の流通も停止された。
・これにより青龍は深刻な医師不足に陥り、医療体制が完全に崩壊する事態となった。
・この医療混乱を重く見た皇帝・黎司は、青龍の医療制度を中央で一括管理し、技術を均等に共有する「国家改革」の第一歩として特使団の派遣を決定した。
複雑に交錯する特使団の構成
特使団は、表向きの役職と水面下の思惑が絡み合う極めて変則的な集団となった。
・団長・尊武:宮内局局頭として、医療の再建と、青龍に「麒麟寮」を新設する代わりに玄武に「麒麟武道場」を建設するという高度な交渉(技術交流)を担う。
・専属薬膳師・董胡:后(鼓濤)と男装医官の二重生活という最大の秘密を尊武に看破され、その黙認と引き換えに特使団への同行を強要された。
・護衛(監視役)・月丞と空丞:黎司が護衛として推薦した近衛軍(黄軍)の将軍親子。表向きは尊武を守るためだが、実際は尊武の不審な動きを監視する役割を与えられていた。
・式神(護衛):董胡を尊武から守るため、后宮の侍女である茶民と壇々を人柱(髪の束)にして、神官・翠明が作り上げた強力な護衛である。
・密偵・杨庵と偵徳:黎司が董胡の安全を確保するために、密かに一行を影から追跡させた内医司の使部たちである。
雲寮での冷徹な改革と対立
特使団が青龍の「雲寮」に乗り込むと、尊武は一切の妥協を排した冷徹な裁可を下した。
・病巣の排除と反乱:尊武は、雲の不正に加担して利益を得ながら再試験を拒む医師たちを「青龍医療の病巣」と見なし、死罪を言い渡した。
・善意と偽善(害善)の対立:董胡の必死の懇願により、扇動されただけの若い医生たちの処分は「百叩きの刑」での釈放へ減刑されたが、この中途半端な慈悲がのちに拓生を襲う逆恨みの悲劇(重傷)を招いた。この事件を通じて、尊武は董胡の甘さを「害を生む『害善』」であると激しく糾弾した。
董胡による「料理の力」を用いた医療再建
でたらめな医術と劣悪な薬草管理によって崩壊していた雲寮に対し、董胡は実践的な講義と「料理の力」で医生たちの意識改革に挑んだ。
・董胡は、有毒な蝋梅の種子を配合した「蛟龍の卵」の危険性を論理的に解説し、それまで雲に騙されていた医生たちを震撼させた。
・その上で、名誉師範・伯生の助力を得て、青龍の特産品である椿油や芽花椰菜を用いた滋味あふれる薬膳料理を振る舞った。
・この「料理の力」によって、不信感を募らせていた雲派の若い医生たちも、真に人命を救うための正しい医術を学び直す意欲を強く取り戻した。
突如訪れた破局(誘拐)
医療再建に希望の光が見え、特使団としての任務が収束を迎えつつあったその矢先、凄惨な事件が起こる。
・夜の薬草園に出ていた董胡は、突如現れた木彫りの面をつけた屈強な男たちに口を塞がれ、背後から急襲された。
・彼らは、後継者であるロサリの奇病を治させるため、董胡を「玄武の名医」と信じてさらってきた東の高原の民・ロー族であった。
・こうして特使団の青龍任務は、董胡が国境を越えたハウルジャ(東の高原)へと拉致されるという、新たなる運命の嵐を巻き起こす結末を迎えた。
まとめ
青龍への特使団派遣と事件を巡る一連の全貌は、医療崩壊に伴う国家改革としての特使結成から始まり、各自の思惑が交錯する潜入体制、不正医師に対する厳罰と害善を巡る理念的葛藤、薬膳料理を通じた医生たちの意識改革、そしてロー族による董胡拉致という予期せぬ破局に至るまで、その歩みを明瞭に示している。旧来の医療独占や突発的な悲劇という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、国家改革の現実と新たな波乱の幕開けを記した動乱の記録である。医療崩壊の危機から、特使の派遣、思想の激突、医術の伝播、そして異国への拉致へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
ロー族の誘拐
ロー族の誘拐とハウルジャでの試練の全貌
『皇帝の薬膳妃』第5巻の終幕から第6巻にかけて展開されるロー族の誘拐について、誘拐の発生と動機、極寒の高原ハウルジャでの治療と風土病の解明、事件がもたらした運命的な再会と出生の秘密、黎司の天術による救助、および尊武による全軍救出と冷徹な打算の各点から解説する。
誘拐の発生と動機
青龍の雲寮における医療混乱の収拾に奔走していた董胡は、任務が収束を迎えつつあった夜、薬草園の裏口付近で突如として何者かに急襲された。
・誘拐を実行したのは、獣の皮をまとい木彫りの面をつけたウリとウレ、および編み笠を被ったロー族の少女サーヤであった。
・彼らは国境を越えた東の高原ハウルジャに暮らす遊牧民・ロー族の民である。
・ロー族の族長ロジンの息子であり、一族の後継者である少年ロサリが、5年前から脱毛、成長の停止、物忘れなどの奇病に苦しんでおり、彼らは病を治せる玄武の名医を切望していた。
・サーヤたちは、若い医生である拓生から一番の名医は董胡であると吹き込まれており、男装して幼い風貌の董胡を名医と信じ込んで拉致した。
極寒の高原「ハウルジャ」での治療と風土病の解明
目隠しをされ、険しい雪山を強引に連行された董胡は、急激な標高の変化から激しい頭痛、吐き気、息苦しさを伴う山酔いを発症し、一時的に意識を失うほど衰弱した。
・お頭のロジンや、部族を支配する傲慢なシャーマンのエジドから病を治せなければ始末すると脅された董胡は、自身の命と兄弟子・楊庵の命を救うため、5日間の猶予を得て治療を試みた。
・診察を重ねる中で、董胡はロサリや部族の子供たちの首の腫れや成長の停止が、海産物を全く口にしない高原環境特有のヨード欠乏症である気癧(きれき)であることを見抜いた。
・董胡は、薬籠に隠し持っていたヒジキや、ロー族が屠った羊の甲状腺および肝臓などの内臓、高原の乳製品を巧みに組み合わせた極上の薬膳料理をロサリに提供した。
・ヨードを補う画期的な薬膳治療により、それまで何年祈っても治らなかったロサリの気力と体力は見事に回復し、歩けるまでに快復した。
事件がもたらした運命的な再会と出生の秘密
この誘拐事件は、董胡にとって長年失踪していた養父・ト殷との再会を果たす最大の奇跡をもたらした。
・董胡はロー族の天幕で、ト殷が考案した秘伝の傷薬である紫雲膏が酒呑先生と呼ばれる医師によって持ち込まれていることに気付いた。
・カザルの導きにより仙人窟へ命がけで赴いた董胡は、隠れ住んでいたト殷と涙の再会を果たした。
・ト殷との対話により、董胡は自身の母親である濤麗が殺された夜の真相や、自らの実の父親が盲目の名医である白龍である可能性を告げられた。
・誰の犠牲にもならずお前の魂が本当に望む道を生き抜けという、自身のルーツと未来に関わる極めて重大な託言を受け取ることとなった。
黎司の「天術」による救助
董胡が誘拐されたことを、后宮に残した式神の突然の消滅によって察知した皇帝・黎司は、身体への深刻な負担やリスクを顧みず未完成の天術に挑戦した。
・自分の悪事が暴かれて部族から孤立し、青馬アズラガを奪って董胡を殺害しようと暴走した偽エジドに対し、黎司は天術によって実体を遠方へと飛ばし、光の粒子をまとって董胡の前に出現した。
・黎司は圧倒的な剣技で偽エジドを退け、命がけで董胡の窮地を救い出し、二人は固く抱き合って互いの無事を確認した。
尊武による「全軍救出」と冷徹な打算
当初、尊武は平民の医官一人を救うための雪山越えを損失が大きく不利益として一蹴し、見捨てるつもりであった。
・董胡に恩義を感じる護衛の月丞と空丞が黄軍を辞してでも救出に向かうと断固たる決意を示したことで、尊武は軍の精鋭を失うことは自らの利益を大きく損なうと判断し、一転して全軍を率いてハウルジャへの進軍を決意した。
・尊武は圧倒的な武力をもってロー族を全滅させようとしたが、董胡がロー族から詫びとして贈られた伝説の馬である青鬣馬を尊武に譲ったことで交渉が成立し、無血開城に至った。
・王宮への帰還後、尊武はこの救出劇を皇帝のために命をかけて后を救い伝説の馬を献上した私欲なき英雄としての美談にすり替え、自らの政治的名声を大きく高める打算を見せた。
まとめ
ロー族の誘拐とハウルジャでの試練を巡る一連の全貌は、過酷な雪山への拉致と風土病の解明から始まり、養父・ト殷との奇跡的な再会と出生の真実の覚醒、皇帝・黎司の命がけの天術による救援、そして尊武の冷徹な全軍救出工作と政治的利用に至るまで、その歩みを明瞭に示している。異国での風土病や政治的思惑という不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、知識と愛が生み出した救済の記録である。拉致の危機から、薬膳による治療、命の救出、そして名声の確立へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
奇病の診察
董胡による奇病の診察と治療の全貌
『皇帝の薬膳妃』において、主人公の董胡が行う奇病の診察について、朱雀領における阿芙蓉中毒の診察、青龍領の后・翠蓮の黒蝋妃の呪いの診察、および東の高原のロー族後継者・ロサリの気癧の診察の各点から解説する。
一、朱雀領における「阿芙蓉中毒」の診察
朱雀領では阿芙蓉(極楽金丹)の蔓延による奇病が大きな問題となっていた。
・症状の把握:阿芙蓉の煙を吸い込んだ者は一時的に気分が異様に高揚し万能感や恍惚感を抱くが、薬効が切れると激しい倦怠感や無力感、食欲減退を伴う深い絶望や気落ち(離脱症状)に襲われる。
・診察のプロセス:董胡は自身の五色の光を視る能力を用いて中毒者を見分けた。阿芙蓉が効いている間は五色が均等に強く放たれるが、薬が切れると一転して拒食状態のように色が抜け落ちる特徴を突き止め、多くの隠れた中毒者を特定した。
・治療の施策:体内の毒を排出するために十薬のお茶を処方し、阿芙蓉を二度と吸わないように説得を試みた。
二、青龍領の后・翠蓮の「黒蝋妃の呪い(梅核気・過換気)」の診察
青龍領の后・翠蓮は、古くから恐れられてきた黒蝋妃の呪いと呼ばれる症状に苦しんでいた。
・症状の把握:翠蓮は喉に何かが詰まって息ができないと訴えて発作を起こし、また夜間の眠りが浅く朝起きられない慢性的な不眠に苦しんでいた。
・発作への即時対応:息を吸わせようとする周囲の逆効果な介抱に対し、董胡はゆっくりと息を吐き切らせる誘導を行い、反射的に息を吸い込ませることで速やかに呼吸を整えさせた。
・病因の診立て(診察):脈診・舌診・腹診を行い、脈を測って短脈であること、舌の両側に白い舌苔があること、みぞおちと右脇腹に痛みがあることを確認し、病の本質を胆気虚と見抜いた。
・身体的・環境的原因の特定:主治医の雲は本人の甘えと片付けていたが、董胡は翠蓮が常に着用していた鉄製の重い櫛かんざしに着目した。細い首の女性が重いかんざしを着けたまま御簾内でうつむき加減の姿勢を続けることで、首回りにおける気血水の巡りが滞ることが物理的原因であると特定した。
・治療の施策:重いかんざしを外させ、姿勢を正させ、楊庵による首から背への指圧と鍼治療を行い、弱った胆気を補うために酸棗仁などの生薬を処方した。
三、東の高原(ロー族)の後継者・ロサリの「気癧」の診察
東の高原では、ロー族の族長の息子・ロサリが長年治らない奇病に伏せっていた。
・症状の把握:ロサリは脱毛、成長の停止、体重増加、声の掠れ、極度の疲労、物忘れ、首元の痛みのない腫れなど多様な症状を併発していた。
・診察のプロセス:触診・脈診により手先が極度に冷たく脈が極めて遅いこと、首元に熱感のない腫脹があることを確認した。カザルを含む部族の他の子供たちにも軽度の首の腫れや成長の停止が見られることから、一人の病気ではなく部族全体の風土病と判断した。
・医薬草典の解読:『麒麟寮医薬草典』を調べ、これらが気癧と呼ばれる病であり、ヨードの不足により甲状腺の機能不全が起こり肥大することが原因であると特定した。海産物を一切口にしない極寒の高原環境が根本原因であった。
・治療の施策:ヒジキや、屠った羊の甲状腺、レバー、乳製品を適切に組み合わせた薬膳料理を処方し、ヨードを効果的に補うことでロサリの気力と体力を劇的に回復させた。
まとめ
董胡による奇病の診察と治療を巡る一連の全貌は、朱雀領における阿芙蓉中毒の異能を用いた特定から始まり、青龍領での物理的原因と病理の解明による黒蝋妃の呪いの克服、そして東の高原での風土病・気癧に対する食養生を用いた治療に至るまで、その歩みを明瞭に示している。未知の奇病や誤った見立てという不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、鋭い観察眼と医術知識がもたらした臨床成果の記録である。症状の観察から、本質的な病因の特定、環境要因の排除、薬膳による体質改善、そして完全な平癒へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
海産物の欠乏
海産物の欠乏とハウルジャにおける風土病克服の全貌
本作の第6巻『緑の高原と運命の導き』において、海産物の欠乏は東の高原ハウルジャに暮らす遊牧民・ロー族を脅かしていた謎の風土病の根本原因であり、医療ミステリーの核心となる要素である。その詳細なメカニズム、歴史的な背景、および解決に至るプロセスについて、奇病・気癧と海産物の関係、神の実の変化が招いた5年間のブランク、董胡による沃の補給と劇的な治療、ならびに交易による海産物の欠乏の永続的解決の各点から解説する。
奇病「気癧(きれき)」と海産物の関係
族長ロジンの息子である少年ロサリや部族の子供たちは、首元の痛みのない腫れ、成長の停止、脱毛、極度の倦怠感、物忘れといった多様な症状に苦しめられていた。
・董胡が診察を重ねて『麒麟寮医薬草典』を紐解いた結果、病の本質が判明した。
・海から遠く離れた極寒の高原環境において、海産物の摂取が完全に絶たれたことによる、栄養素である沃(ヨード)の著しい欠乏が原因であった。
・この欠乏が甲状腺機能低下症を引き起こしていた。
「神の実」の変化が招いた5年間のブランク
ロー族は元々、海産物を口にする習慣がない閉鎖的な部族であったが、なぜこの5年間で急激に子供たちの成長が止まり、病が顕在化したのかという謎が存在した。その鍵は、彼らが崇める神の実の変化にあった。
・先代エジドの時代:先代のシャーマンが存命だった頃は、祈禱の帰りに神の実と称する乾燥した海藻を持ち帰り、部族民に分け与えていた。これによって人々は無意識のうちに必要最低限の沃を摂取し、病を予防できていた。
・二代目エジドの時代:先代が殺害されて二代目エジドが実権を握ってからは、持ち帰る神の実が白い米や塩、黒糖、甘い果物といった青龍の街から密かに調達した世俗的な食べ物へと変わってしまった。
・これによりロー族の食卓から海藻が完全に消失し、5年間で一族に深刻な沃の欠乏が発生することとなった。
董胡による「沃」の補給と劇的な治療
病因を特定した董胡は、自身の薬籠に保管されていた乾燥食材である鹿尾菜(ヒジキ)に着目した。
・海産物である鹿尾菜を水で戻し、高原の豊かな乳製品であるピャスラグや塩、乾姜と合わせてまろやかな汁物に調理し、ロサリに与えた。
・医薬草典に羊や鹿の甲状腺を食べることで改善されるとの記述を見つけ、ロー族が解体した羊の甲状腺や肝臓をロサリやカザル、サーヤたち病の兆候がある子供たちに食べさせた。
・沃を豊富に含む食材を用いた的確な薬膳治療により、寝たきりだったロサリの体力と気力は劇的に回復し、自力で歩けるまでに快復を遂げた。
交易による「海産物の欠乏」の永続的解決
董胡は一時的な治療にとどまらず、ロー族が今後二度と海産物の欠乏に苦しまないための恒久的な仕組みを提案した。
・高原で採れる極上の羊肉や乳製品と、青龍の角宿で採れる豊富な海産物や野菜を相互に取引する交易を族長ロジンに提案し、これを取り付けた。
・この画期的な領地間および部族間の交易ルートが確立されたことで、ロー族の民は海産物を安定して口にできるようになり、部族を脅かしていた風土病の脅威から永遠に解放されることとなった。
まとめ
海産物の欠乏とハウルジャにおける風土病克服を巡る一連の全貌は、極寒の地におけるヨード欠乏という病理の特定から始まり、宗教的儀式の変質に伴う5年間の食材途絶の解明、身近な海藻や獣の内臓を用いた劇的な薬膳治療、そして部族間の交易ルート開拓による根本的解決に至るまで、その歩みを明瞭に示している。地理的閉塞や食文化の偏りという不条理な檻を打ち破り、自分たちの尊厳と平穏な生の主権を自らの選択と確固たる意志によって完璧に確立するに至る、知識と経済活動がもたらした完全救済の記録である。栄養素の途絶から、病因の看破、緊急の食養生、そして交易の確立へと繋がったプロセスは、どれほど不条理な事態の混迷や過酷な環境の激変によって状況が脅かされようとも、本質を突いた人間の知性と確固たる意志の果断によって打破され、新しい生き方を切り拓く輝かしい未来の道が厳密に証明されている。
登場キャラクター
伍尭国皇宮・后宮
董胡 / 鼓濤
玄武で男装の平民医生として育ち、皇帝の后・鼓濤として王宮に入った人物である。薬膳師としての優れた技術を持ち、一人二役の秘密を抱えながら黎司を支える。
・所属組織、地位や役職
伍尭国皇宮・后(玄武の一の后)。鼓濤の専属薬膳師。
・物語内での具体的な行動や成果
尊武に密告されたことで青龍特使団へ同行させられた。東の高原のロー族に攫われた際、気癧の原因が海産物の欠乏(沃の不足)であることを突き止め、鹿尾菜を用いた料理で病状を改善させた。仙人窟で養父の卜殷と再会を果たし、自身の出生や運命についての話を聞いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ロー族のカザルから感謝の証として伝説の青鬣馬(アズラガ)を贈られた。王宮への帰還後、高原の食材を用いた料理を黎司へ振る舞い和解を果たした。
黎司
伍尭国の皇帝を務める指導者である。孤立しながら国の改革を進めており、幼少期に出会った董胡を大切に想っている。
・所属組織、地位や役職
伍尭国・皇帝。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡が誘拐された報を受け、未完成の天術を試みた。祈禱殿の銅鏡に現れた龍に導かれて実体を東の高原へ飛ばし、危険に晒されていた董胡を救出した。尊武から青鬣馬の献上を受け入れている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
創司帝の伝承にあった実体を飛ばす天術を発動させた。鼓濤(董胡)の宮を訪れて心を通わせたが、名声を高めた尊武への警戒を深めている。
朱璃
朱雀の血を引く后である。聡明で情報網が広く、黎司に対して遠慮のない態度で接する。
・所属組織、地位や役職
伍尭国皇宮・后(朱雀の后)。
・物語内での具体的な行動や成果
青龍特使団に董胡が同行した経緯について黎司を追及した。鼓濤(董胡)の理解者として、黎司との不仲や対応について助言を与えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黎司が色事や董胡への感情に鈍感であることを見抜いている。
奏優
白虎の大貴族の娘であり、仕事熱心だが思い込みが激しい性格である。黎司を強く信奉している。
・所属組織、地位や役職
皇宮・侍女頭。
・物語内での具体的な行動や成果
黎司を訪問した朱璃の振る舞いや、面会を断り続ける鼓濤の態度を非難した。雪白の宮を訪れ、鼓濤の正体を暴いて雪白を皇后に据えると誓った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
家柄を加味されて若い身空で侍女頭に抜擢された。鼓濤を暗殺しようと企む裏の動きに利用されつつある。
翠明
神官であり、黎司の側近を務める人物である。式神の術や天術に精通している。
・所属組織、地位や役職
皇宮・側近神官。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡が攫われた知らせを黎司に届けた。解けてしまった茶民と壇々の式神を遠方から再構築し、王宮への帰路で董胡を守らせた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
祖父が残した『麒麟寮医薬草典』は董胡の診療に大きく貢献している。
皇太后
黎司の祖母であり、宮中で強大な影響力を保持する人物である。冷酷な策謀を巡らせる。
・所属組織、地位や役職
伍尭国・皇太后。
・物語内での具体的な行動や成果
玄武公や翔司、華蘭を集めて会議を開いた。鼓濤を追い出すよりも先に黎司を廃位させる計画を推進している。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
甥である尊武を幼少期から可愛がっている。
翔司
黎司の弟宮である皇子である。真面目だが周囲の策謀に振り回されやすい性質を持つ。
・所属組織、地位や役職
伍尭国・皇子(黎司の弟宮)。
・物語内での具体的な行動や成果
殉死制度廃止に賛同したことで母や玄武公から非難された。華蘭の嘘の涙に騙され、彼女を守るために鼓濤を警戒すると誓った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
皇太后たちの暗殺・廃位計画に過度に関与させられ、正義への迷いを抱いている。
華蘭
玄武公の娘で、最上級の美貌の内に身震いするほどの悪意と傲慢さを秘めた姫である。
・所属組織、地位や役職
玄武公の娘。
・物語内での具体的な行動や成果
兄の尊武へ鼓濤の処絶を依頼していた。翔司の前で涙を流して鼓濤から酷い仕打ちを受けたと嘘を吐き、翔司を味方に引き入れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
尊武が唯一身近に置いて大事にしている存在である。
玄武公
玄武領の最高指導者であり、激しい気性と執着心を持つ人物である。
・所属組織、地位や役職
玄武公。
・物語内での具体的な行動や成果
皇太后の宮で鼓濤の出生や過去の妻・濤麗について問われ、裏切られた怒りをあらわにした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
嫡男である尊武の独断専行には手を焼いている。
雪白
無垢で不遇な姫を演じているが、内心では強い野心を秘めている后である。
・所属組織、地位や役職
伍尭国皇宮・后。
・物語内での具体的な行動や成果
奏優へ悲しげな不満を打ち明け、自分を擁護させて鼓濤の排除へ動くよう誘導した。奏優が去った後に御簾の中で不敵な笑みを浮かべた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
虎氏の娘であり、皇帝の関心を買うために密かに策動している。
王琳
后宮を取り仕切る理知的で気丈な侍女頭である。鼓濤(董胡)の二重生活を支える。
・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮・侍女頭。
・物語内での具体的な行動や成果
鼓濤が不在の間、黎司からの面会要請を「流行り病」と偽って断り続けた。人柱となって眠り続ける茶民と壇々の世話を担当した。董胡の無事帰還を涙ぐんで出迎えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
后宮の留守を一人で完璧に防衛・維持した。
茶民
鼓濤に仕える明るい侍女である。
・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮・侍女。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡を護衛するため髪を差し出し式神の人柱となった。翠明の再構築によって式神として復活し、尊武の襲撃から董胡を守り抜いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
無事任務を終えて后宮で目を覚ました。
壇々
鼓濤に仕える侍女である。
・所属組織、地位や役職
玄武の一の后宮・侍女。
・物語内での具体的な行動や成果
茶民とともに人柱となって式神を動かした。牛車内で董胡を攻撃しようとする尊武を扇で制圧した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
人柱から解放された後、后宮で無事に目覚めた。
青龍特使団・雲寮
尊武
玄武公の嫡男であり、極めて冷酷かつ合理的な思考を持つ人物である。目的のためには手段を選ばない。
・所属組織、地位や役職
宮内局・局頭。青龍特使団・団長。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡誘拐の報告を受け、当初は救助を拒否したが損得感情から全軍を率いて追跡を行った。高原で黎司と不意に遭遇し剣を交えた。ロー族との交渉で全滅を回避し、伝説の青鬣馬を手に入れて黎司へ献上した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
董胡救出と青鬣馬献上の功績により、世間から「私欲のない英雄」として称賛される立場となった。
月丞
黄軍を率いる武将であり、義理人情に厚い格調高い大男である。
・所属組織、地位や役職
近衛軍(黄軍)・将軍。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡が攫われた際、職を辞してでも救出に向かう覚悟を示し、尊武に全軍出動を決断させた。山道で重い薬籠や仔馬を運んで護衛を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
蒼家一族の誇りを守り、軍を脱退してまで恩義を優先しようとした。
空丞
月丞の息子であり、父と共に警護を務める武官である。
・所属組織、地位や役職
近衛軍(黄軍)・武官。
・物語内での具体的な行動や成果
父とともに尊武へ董胡の救出を力説した。下山中に尊武が董胡を蹴り落とそうとした際、寸前で抱き止めて保護した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
尊武の殺気から終始董胡を庇い続けた。
楊庵
黎司から遣わされた密偵であり、董胡の幼馴染である。直情的な性格をしている。
・所属組織、地位や役職
麒麟の密偵。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡の誘拐を追って単身で雪山を進み、ロー族の春営地に侵入したが捕らえられた。放牧を手伝うことでロー族の男たちと打ち解けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
卜殷から「董胡を守る」という裏の役目を授かって育てられていた事実が明かされた。
拓生
角宿の雲寮で医術を学ぶ青年である。素直で誠実な人柄を持つ。
・所属組織、地位や役職
雲寮・医生(伯生の孫)。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡の秘伝の軟膏により背中の大傷が治癒した。尊武による痛烈な抜糸に耐え抜き回復した。角宿へ戻った董胡を出迎え、ロー族との交易を引き受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
伯生とともに、青龍へ海産物を送り届ける役割を果たすと誓った。
伯生
角宿の雲寮の名誉師範であり、拓生の祖父である。長年の経験と人脈を持つ老医師である。
・所属組織、地位や役職
雲寮・名誉師範。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡救出のため、ロー族と取引きのある知人を案内人として提供した。青龍の地に正しい医術を広めるため、特使団へ協力した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ロー族との海産物交易の窓口となり、地域の医療改善へ寄与した。
東の高原(ロー族・仙人窟)
サーヤ
ロー族の十四歳の少女であり、口達者で行動力にあふれている。
・所属組織、地位や役職
ロー族・ロサリの世話係。
・物語内での具体的な行動や成果
ロサリの病を治すため、青龍から董胡を攫ってくる計画を実行した。董胡へ高原の食文化や生活習慣を教え、調理法を習得した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
追放の危機を脱し、部族内で新しい料理を広める役割を得て認められた。
カザル
サーヤの八歳の弟である。普段はあどけないが、時折ローの神の託宣を預かる神秘的な表情を見せる。
・所属組織、地位や役職
ロー族・次代のシャーマン。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡を仙人窟へ案内し、壁画の医術記録や紫根、卜殷の居場所へ導いた。アズラガ(青鬣馬)の誕生を予言し、一頭を董胡へ与えた。現在のエジドが先代を殺害した犯人だと糾弾した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アズラガ誕生の予言を成功させ、部族の新しいシャーマンとして全会一致で認められた。
ロサリ
ロー族の族長・ロジンの十四歳の息子であり、部族の跡継ぎである。
・所属組織、地位や役職
ロー族・跡継ぎ。
・物語内での具体的な行動や成果
沃の不足(甲状腺機能低下)により寝たきりとなっていたが、董胡の薬湯と鹿尾菜の薬膳により急速に全快へ向かった。集会で董胡を庇い、カザルを次代のシャーマンとして支持した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
体力を取り戻し、聡明な指導者としての威厳を復活させた。
ロジン
ロー族の族長を務める大柄な熊のような男である。情に厚いが厳格な面を持つ。
・所属組織、地位や役職
ロー族・お頭(族長)。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡へ五日間の治療猶予を与えた。偽エジドの悪事を悟って彼を追い払い、董胡を無礼な処害から保護した。尊武率いる軍と和解し、交易の約束を結んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
シャーマンに依存しすぎた過去を反省し、部族の交易拡大を決意した。
卜殷 / 酒呑先生
董胡の養父であり、かつて玄武で名を馳せた腕利きの平民医師である。大の酒好きで「酒呑先生」と呼ばれている。
・所属組織、地位や役職
平民医師。仙人窟の医師。
・物語内での具体的な行動や成果
仙人窟で毛皮を着込んで隠れ住み、壁文の解読を行っていた。董胡へ本当の出生(白龍や濤麗との関係)と、「本心に従って生きろ」という遺訓の意図を明かした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
董胡へ自作の紫雲膏を託し、白龍の捜索を続けるため仙人窟に残った。
エジド(二代目エジド / 偽エジド)
先代の魂を継いだと嘘をつき、ロー族に入り込んだ元青龍の武官である。名誉や欲望のために行動する。
・所属組織、地位や役職
ロー族の偽シャーマン。元青龍武官。
・物語内での具体的な行動や成果
五年前、先代エジドとサーヤの両親を殺害して地位を奪った。青鬣馬を奪って青龍公へ献上し出世しようと企んだ。董胡を連れ出して殺そうとしたが、現れた黎司の姿に恐怖して逃亡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
カザルにより悪事を暴かれ、部族を追われた。
ウリ
ロー族の男であり、サーヤやカザルの幼馴染である。
・所属組織、地位や役職
ロー族の男。
・物語内での具体的な行動や成果
サーヤの頼みで董胡を角宿から連れ去る手助けをした。手際よく羊を解体し、生肉や内臓を楊庵に振る舞った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
楊庵と馬の乗り方等を通じて親しくなった。
ウレ
ウリの兄弟であり、豪快なロー族の男である。
・所属組織、地位や役職
ロー族の男。
・物語内での具体的な行動や成果
ウリと共に羊を手際よく解体した。董胡の薬膳料理の美味しさに驚き、完食した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
当初は低地の者を警戒していたが、料理を通じて心を開いた。
集団
麒麟の密偵
黎司の命令で動く陰の密偵組織である。
・所属組織、地位や役職
皇帝直属の隠密組織。
・物語内での具体的な行動や成果
角宿で董胡が連れ去られた際、烏笛で連携しながら雪山へ追跡を行った。一人が王宮へ早馬を飛ばし、一人が楊庵と合流して救出の機会を窺った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
表舞台には一切姿を現さず、影から皇帝と董胡を支援し続けた。
黄軍
皇帝直属の精鋭兵力である。月丞・空丞親子が率いる。
・所属組織、地位や役職
伍尭国皇帝直属親衛軍。
・物語内での具体的な行動や成果
特使団の護衛として青龍へ向かった。董胡救出のため尊武とともに雪山を進軍し、ロー族の天幕を包囲した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
将である蒼家親子の「恩義を重んじる」姿勢により、董胡見捨ての危機を回避させた。
青軍
青龍領が誇る武術に長けた軍隊である。
・所属組織、地位や役職
青龍領主直属軍。
・物語内での具体的な行動や成果
特使団を警護し、尊武の命令に従って冬山を登りロー族の春営地へ侵攻した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
武術に秀でた精鋭であり、ロー族へ威圧感を与えた。
雲寮の医師団・医生たち
角宿の雲寮に所属する医療関係者である。
・所属組織、地位や役職
雲寮・医師および医生。
・物語内での具体的な行動や成果
董胡が名医であるとロー族へ告げたため、誘拐のきっかけを作ってしまった。董胡の不在中、拓生の怪我の抜糸ができず尊武の手を煩わせた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
過ちを反省し、伯生や拓生のもとで正当な医術の勉強とロー族との交易に励むこととなった。
展開まとめ
序
董胡の二重生活
玄武で男装の平民医生として育った董胡は、思いがけない出生を知らされ、皇帝の后・鼓濤として王宮で暮らすことになった。皇帝が幼い頃に憧れ、薬膳師になると約束した黎司だと気付いたものの、黎司は董胡を男性だと信じていたため、女性で后でもある事実を明かせなかった。
董胡は鼓濤の専属薬膳師を装い、孤立して改革に挑む黎司を支えた。しかし一人二役の秘密は次第に周囲へ知られ、ついには玄武公の嫡男・尊武にも見抜かれた。
尊武との青龍行き
秘密を握られた董胡は、尊武が率いる青龍への特使団に同行させられた。冷酷な悪人を自称する尊武へ反発しながらも、その医術や判断力を前に強烈な敗北感を味わい、善悪や正しさについて迷うようになった。
青龍での任務が終盤を迎え、黎司のもとへ戻れる日が近付いた頃、董胡は木彫りの面をつけた者たちに攫われた。
東の高原
董胡は国境を越えた東の高原へ連れ去られ、そこで新たな出会いを迎えることになった。
一、王宮の黎司
朱璃からの呼び出し
青龍への特使団出発後、祈禱殿に籠っていた黎司のもとへ、朱璃から脅迫めいた文が届いた。久しぶりに訪ねた黎司を朱璃は恨み言で迎えたが、本題は青龍へ派遣された特使団と董胡の同行についてであった。
黎司は自分が董胡の同行を命じたのではなく、行かなければ黎司の前から消えると言われたため、止めきれなかったと説明した。
尊武と董胡の同行
黎司は、特使団長が朱雀で極楽金丹を広めていた若君と同一人物と思われる尊武であり、董胡を同行させたのも尊武だと明かした。
朱璃は何かに気付いた様子を見せたが、黎司へは何も知らないと答えた。黎司は董胡と鼓濤が隠している事情を知りたいと頼んだものの、朱璃は口を閉ざした。
董胡への想い
黎司は董胡が医生の反乱に巻き込まれたものの、密偵に救われて無事であり、特使団も帰途についているはずだと朱璃へ伝えた。
董胡をかけがえのない特別な存在だと語る黎司に対し、朱璃は色事に鈍感だと呆れた。しかし黎司はその意味に気付かず、董胡を男の医官として大切に思っていた。
鼓濤との不仲
黎司は、董胡の同行を止めなかった鼓濤へ冷たい言葉を浴びせたことを悔やみ、謝罪しようとしていた。しかし鼓濤は流行り病を理由に三度も面会を断っていた。
朱璃は、鼓濤が董胡の不在で気落ちしているのだろうと説明し、董胡が戻るまで待つよう勧めた。黎司はその助言に従い、帰還後に改めて文を送ることにした。
奏優の后批判
皇宮へ戻った黎司は、侍女頭の奏優から朱璃や鼓濤の態度を非難された。奏優は黎司を信奉するあまり、問題の多い后ばかりだと憤り、新たな后を探すことまで提案した。
黎司は后たちに不満はないとして断ったが、奏優は納得せず、いつものように后への不平を続けた。
董胡誘拐の知らせ
そこへ翠明が駆け込み、董胡が何者かに攫われたという密偵からの報告を伝えた。黎司は二日前に銅鏡で元気な董胡を見たばかりであり、すでに帰路についていると思っていたため、大きな衝撃を受けた。
式神はまだ再構築できず、董胡を追っているのは密偵一人だけであった。黎司は青龍行きを止めなかったことを再び悔やんだ。
黎司の式神
黎司は、董胡に持たせた三つ目の髪束が自分のものだと明かし、自らを式神として董胡のもとへ飛ばすよう翠明へ求めた。
しかし翠明は、皇帝を人柱として使役する迷いがある以上、術を成功させることはできないと拒んだ。まず茶民と壇々の式神を再構築する必要があると訴えた。
天術への再挑戦
式神で董胡を助けられないと悟った黎司は、待っているだけではいられないと決意した。
黎司は未完成の天術へ再び挑み、董胡の居場所を自ら突き止めるため、祈禱殿へ向かった。
二、 消えた使部
消えた使部
尊武は朝食を用意するはずの董胡が戻らないことに腹を立て、拓生の看病に行ったのだと思い込んでいた。代わりに出された青龍の大味な料理を食べながら、董胡の饅頭や薬膳料理を思い出した。
尊武は当初、華蘭に頼まれて董胡を追い詰めるつもりだった。しかし共に過ごすうち、善人ぶる董胡をからかうことや料理を食べることに楽しさを感じ、そばに置いてもよいと思うようになっていた。
ロー族による誘拐
月丞と空丞は、董胡が東の遊牧民に攫われたと尊武へ報告した。密偵の一人が追跡を続け、別の者が援軍を呼びに戻っていた。
誘拐した者は、青鬣馬を守る謎の部族・ロー族と推測された。彼らは山を越えた春営地へ董胡を連れ去ったが、険しい雪山のため追跡は難航していた。
救助の拒絶
月丞と空丞は董胡を救うため黄軍を動かす許可を求めた。しかし尊武は、平民医官一人のために軍を危険へさらすことはできないとして、見捨てるよう命じた。
医生や伯生も救助を訴えた。伯生はロー族と取引する知人を案内役にできると申し出たが、尊武は戦闘や損失の危険を理由に拒み、王宮へ戻る判断を変えなかった。
董胡を慕う人々
雲寮の医生は、自分たちが董胡を玄武から来た名医だと女性へ教えたため、攫われたのかもしれないと泣いて謝った。さらに拓生も、董胡を助けてほしいと尊武へ懇願した。
尊武は、わずかな滞在で多くの者の心を掴んだ董胡を不思議に思いながらも、救助へ向かうことを拒み続けた。
秘伝の軟膏
拓生の傷は董胡の軟膏によって急速に塞がり、縫合した糸が皮膚へ埋まりかけていた。尊武は医師たちに抜糸を命じたが、誰も痛がる拓生へ処置できず、自ら糸を抜いた。
尊武は軟膏の効果に興味を持ったが、薬籠ごと董胡が攫われたため、材料や製法を知ることはできなかった。
救助を促す損得
尊武は董胡を助ける利益と損失を考え続けた。青鬣馬や秘伝の軟膏には興味があったが、救助のため山を越える危険には見合わないと判断していた。
一方、董胡を見捨てれば黎司の恨みを買い、皇帝の后を失った後始末も必要になるため、王宮へ戻ることも次第に損だと感じ始めた。
蒼家親子の決意
月丞と空丞は黄軍を辞し、個人として董胡の救助へ向かうと申し出た。蒼家は恩義を重んじる一族であり、翠蓮や黎司から董胡を守るよう頼まれながら見捨てることはできなかった。
尊武は二人を止めようとしたが、武力で排除しても自分の敗北になると悟った。蒼家親子を欠いた黄軍を黎司へ返せば、特使団の功績まで傷つくため、董胡を見捨てる選択は完全に不利益となった。
全軍での救出
尊武はついに董胡の救助を決め、黄軍と青軍の全軍を率いてロー族の春営地へ向かうと宣言した。
董胡を攫ったロー族を徹底的に叩き潰し、自ら最初に董胡を見つけて罰すると息巻いた。月丞と空丞は救助が決まったことに安堵しながらも、救出後の董胡の身を心配した。
三、ロー族の春営地
高原の天幕
董胡は高地の天幕で目を覚まし、頭痛や吐き気、息苦しさに苦しんだ。毒を盛られたのかと疑ったが、攫った少女サーヤから、急に山を登ったことで起きる山酔いだと教えられた。
周囲には雪の残る山々と家畜が広がり、董胡は青龍の国境を越えた高原の民の地へ連れて来られたと知った。
サーヤの誤算
サーヤは雲診療所で一番腕の良い医師を尋ね、董胡の名を聞いて攫ってきたと明かした。しかし董胡が免状を取ったばかりの未熟な医師だと答えると、サーヤは医生に騙されたと頭を抱えた。
それでもサーヤは、族長ロジンの前ではどんな病も治せる名医だと名乗るよう董胡へ命じた。役に立たないと判断されれば殺される可能性があるためであった。
ロー族の春営地
董胡はウリとウレに支えられ、ロー族の春営地を進んだ。谷には大小の天幕が並び、羊や馬が草を食み、伍尭國では見たことのない景色が広がっていた。
ひときわ大きな天幕では、熊のような大男である族長ロジンと二人の男が董胡を待っていた。身分差は伍尭國ほど厳格ではなく、董胡も同じ高さの椅子に座らされた。
ロサリの病
サーヤは董胡を奇跡の名医だと偽り、ロサリという人物の病を治せると断言した。董胡は否定しようとしたが、殺されたくなければ黙るよう脅された。
そこへ青い衣装をまとったエジドが現れた。ロジンたちは彼へ敬意を示し、エジドはローの神に仕える存在として扱われていた。
エジドの敵意
エジドは董胡を神が導いた医師ではなく、災いをもたらす悪しき者だと断じ、早く始末するよう求めた。サーヤは、何年祈っても治らないロサリへ医術を試すべきだと反論した。
ロジンも長年続く病に焦りを募らせており、エジドが繰り返す回復の兆しという言葉を信じ切れなくなっていた。
五日間の猶予
董胡は、神の力で治らない病を医師が治すのだと説明し、ロサリを診察させてほしいと申し出た。治療の成功に自信はなかったが、時間を稼いで逃げる機会を作るためであった。
サーヤは治らなければ董胡を始末すればよいと提案し、エジドも受け入れた。董胡は長患いには時間が必要だとして五日間の猶予を求め、治せた場合は青龍へ無事に帰すことを条件に加えた。
ロジンは条件を認めたが、エジドは董胡へ強い憎悪を向けていた。
四、ロサリの奇病
ロー族の暮らし
董胡はサーヤのゲルで休みながら、春営地をハウルジャ、竈をタプラと呼ぶロー族の生活を教えられた。ロー族は家畜の出産期だけ暖かな土地へ移り、ゲルを建てて暮らしていた。
ロー族が伍尭國と同じ言葉を話すのは、かつて青龍から現れた先代のシャーマンが教えたためだった。先代は百歳を超えて数々の奇跡を起こし、青い鬣の馬アズラガを育てるロー族を長年守ったと伝えられていた。
二代目エジドへの疑念
現在のエジドは先代の死後に現れ、その魂を受け継いだと名乗っていた。しかしサーヤは、先代のような奇跡を起こさず、ロサリの病も何年たっても治せないエジドを信用していなかった。
ロサリは族長ロジンの十四歳の息子であり、ロー族の後継者だった。サーヤは彼を救うため、禁じられていた春営地への同行を願い出て、独断で董胡を攫っていた。
サーヤとカザル
サーヤは両親を失い、五歳ほどの弟カザルと二人で暮らしていた。カザルは董胡を女性だと見抜きかけたが、サーヤが髭のない男性だと取り繕った。
カザルはロサリを治せなければ、勝手に行動したサーヤたちが処罰されると不安を訴えた。董胡はサーヤたちの立場も危ういと知ったが、山酔いがひどく、その日は診察へ向かえなかった。
ロサリの診察
翌日、董胡はサーヤに支えられてロサリのゲルを訪れた。ロサリは青白い顔で寝たきりとなり、物忘れが増え、気力も食欲も失っていた。
董胡が診察すると、手足は冷たく脈は遅く、むくみや皮膚の乾燥、便秘が見られた。さらに首元には痛みのない腫れがあり、息苦しさや食べ物の飲み込みにくさも疑われた。
正体不明の病
ロサリは風邪を患っておらず、首の腫れ、徐脈、物忘れ、強い倦怠感を伴う病は董胡にも診覚えがなかった。伍尭國にはない病である可能性もあり、すぐに病名を見極めることはできなかった。
董胡はひとまず人参や当帰、蒼朮、柴胡、甘草などを使い、気虚を補う薬湯を煎じた。薬を飲ませた後、黎司から受け取った医薬草典に似た症例がないか調べることにした。
五、楊庵合流
高原の飲み物
山酔いが和らぎ始めた董胡は、サーヤから馬乳酒の残りを加工したアールツを勧められた。温かく甘い飲み物で体を温めながら、ロー族が青鬣馬アズラガを守るため、女性や子供を秘境ローゾスランに残していると聞いた。
ロー族は青龍を襲わず自給して暮らしていたが、青龍の武人は出世のためにアズラガを奪おうと山へ侵入していた。董胡は、自分が助けを待てる立場ではなく、自力で逃げるしかないと考えた。
救援への諦め
董胡は、尊武が平民医官一人のために軍を動かすはずはなく、皇帝の后である正体も責任を避けるため隠すだろうと予想した。
黎司が送った楊庵たちなら気付くかもしれないと期待したものの、尊武が誤魔化す可能性を考えて希望を失った。さらに春営地の周囲には侵入者を捕らえる罠があるため、救助者が来ても捕まるとサーヤから聞かされた。
捕らえられた楊庵
翌朝、董胡はロジンのゲルへ呼び出され、罠にかかって捕らえられた楊庵と再会した。楊庵は董胡が攫われるのを目撃し、険しい山中を追跡して春営地まで辿り着いていた。
ロジンは春営地の場所が外部へ知られたことに激怒し、移動を余儀なくされた責任をサーヤへ問うた。エジドも董胡と楊庵を災いの元として、二人とも始末するよう主張した。
三日間の猶予
董胡は楊庵を護衛の医師だと偽り、その鍼の技術もあればロサリを治せると訴えた。さらに五日間の猶予を与えるという約束を違えれば、ローの神の加護を失うとロジンへ迫った。
ロジンは約束を守り、この日を含めて残り三日でロサリを治すよう命じた。治らなければ、董胡と楊庵をエジドの判断に従って処分すると決めた。
密偵からの救援
サーヤのゲルへ戻った董胡は、楊庵の傷を手当てした。楊庵は追跡中に別の密偵と合流し、一人が援軍を呼ぶため麒麟の社へ戻ったと明かした。
董胡は救助が来る可能性に安堵したが、患者を放置して逃げることには迷いを感じた。楊庵は病人を適当に診て、脱出の準備を優先するよう促した。
鹿尾菜への関心
董胡が薬籠を片付けようとすると、カザルが黎司から贈られた医薬草典を開いていた。董胡は本に載っていた鹿尾菜について、海藻を乾燥させた食材であり、戻して煮物や炒め物にすると説明した。
カザルは食べたいと訴え、急に聡明で大人びた表情を見せた。董胡はその変化と空腹を気にかけながらも、楊庵の手当てを終え、サーヤと共にロサリの診察へ向かった。
六、奇病の原因
ロサリの症状
董胡と楊庵は、ロサリの首の腫れが瘰病や腫瘤に似ていると考えたが、脈が遅く覇気のない症状には既知の処方が合わなかった。薬湯と鍼で一時的に元気を取り戻していたものの、根本的な病因は分からなかった。
サーヤから、ロサリは五年前から脱毛、成長の停止、体重増加、声のかすれ、強い疲労、物忘れに苦しんでいたと聞いた。さらにロー族の子供たちにも成長の遅れや倦怠感が広がり、青鬣馬も同じ時期から生まれなくなっていた。
サーヤ姉弟への迫害
サーヤの両親は先代エジドの付き人であり、五年前に彼と共に殺されていた。現在のエジドは先代の魂を継いだと名乗り、両親が先代を守れなかった責任を理由に、幼いサーヤとカザルの追放を求めていた。
ロサリがサーヤを世話係に迎えて姉弟を庇ったため追放は免れたが、ロサリの病と子供たちの異変を神託に逆らった罰だと主張する者が増えていた。サーヤはロサリを救い、自分たちの立場を守るために董胡を攫っていた。
沃の欠乏
カザルにも首の腫れがあり、サーヤにも脱毛や倦怠感が現れていた。董胡はロサリだけの病ではなく、ロー族全体に広がる風土病だと考えた。
先代エジドの死後、それまで神の実として配られていた黒い食べ物が、米や砂糖、果物へ変わっていた。董胡は医薬草典の記述から、黒い食べ物が海藻であり、ロー族は海産物に含まれる沃を摂れなくなったため病になったと突き止めた。
鹿尾菜の薬膳
董胡は鹿尾菜と高原の乳製品を使い、乾姜を加えた汁物を作った。サーヤとカザル、楊庵は初めての味を気に入り、食欲を失っていたロサリもすべて平らげた。
董胡は乳製品と肉を中心とする高原の食生活が多くの栄養を補っている一方、海産物から得る沃だけが不足していたと理解した。ロサリだけでなく部族全体へ料理を振る舞おうと決め、楊庵も二日だけ滞在を延ばすことを受け入れた。
カザルの導き
カザルは時折、幼い子供とは思えない聡明な目を見せ、ローの神が董胡を導いていると語った。空の雲を龍神として示し、食用となる蕁麻や雪の下に隠れた青いチャツァルガンの実へ董胡を案内した。
カザルは二つの青い実を仔馬へ食べさせ、一頭が将来董胡の馬になると告げた。そして董胡がロー族へ来たのは偶然ではなく、別の答えを得るためでもあると語った。
紫雲膏の発見
カザルに案内された食料庫で、董胡は紫根と見覚えのある軟膏を見つけた。それは卜殷が作り出し、董胡と楊庵しか製法を知らない紫雲膏であった。
軟膏を作った医師は仙人窟に住み、酒と引き換えに薬を渡すため、酒呑先生と呼ばれていた。董胡と楊庵は、その人物が行方不明だった卜殷に間違いないと確信した。
エジドの神託
エジドは、外部の者が春営地の気を乱しているという神託を下し、董胡の処分を求めた。董胡はロサリが回復し始めたと説明したが、エジドは自分の祈りの成果だと主張し、董胡を偽医師として捕らえさせようとした。
そこへ歩けるまで回復したロサリが現れ、董胡の薬湯、鍼、薬膳で倦怠感が和らいだと証言した。カザルもローの神は董胡を祝福していると告げ、先代エジドを殺したのは現在のエジドだと断言した。
先代殺害の告発
現在のエジドはカザルの両親こそ先代を殺したと反論し、自分を信じなければ部族を去るとロジンを脅した。シャーマンを失うことを恐れるロジンは判断に迷い、姉弟の追放と董胡の処分を決められなかった。
董胡は約束の日まで治療を続ける権利を訴え、結論を先延ばしにした。
仙人窟への出立
董胡はロサリの治療を確実にするため、仙人窟の医師に会わせてほしいと願い出た。卜殷なら病への助言を得られるうえ、自身の出生や過去についても話を聞けると考えた。
サーヤと楊庵は役目や人質を理由に同行を許されず、カザルだけが道案内を申し出た。董胡は不思議な確信からカザルを信じ、翌日二人で仙人窟へ向かうことを決めた。
七、皇太后の宮にて
皇太后の思惑
皇太后の宮には翔司、玄武公、華蘭が集まり、青龍へ向かった尊武の話題となった。皇太后は尊武を幼い頃から気に入っており、独断で動いても必ず利益を持ち帰る聡明な甥として評価していた。
一方、玄武公は尊武の母や濤麗の話を持ち出されると激しく動揺した。鼓濤の父親について問われても、濤麗に裏切られた事実だけで十分だとして、それ以上の追及を拒んだ。
黎司廃位の計画
華蘭は黎司の寵愛を受ける鼓濤を危険視し、早急に排除するよう皇太后へ求めた。しかし皇太后は、鼓濤を失えば華蘭が黎司へ嫁ぐことになるため、先に黎司を廃位させるべきだと判断した。
皇太后は鼓濤の侍女頭を内通者として潜入させていたが、一度失敗したため、現在は信頼を回復するまで監視に徹していると明かした。暗殺や廃位の計画を平然と進める二人を前に、翔司は自分が信じてきた正義へ疑問を抱いた。
翔司の迷い
翔司は殉死制度廃止に賛同して以来、皇太后と玄武公の計画を詳しく知らされるようになった。しかし事情を知るほど、自分が何に巻き込まれているのか分からなくなっていた。
皇太后は若い二人を別室へ下がらせ、翔司に華蘭の相手を命じた。翔司は赤い梅が散る庭を眺めながら、華蘭が鼓濤を憎む理由を尋ねた。
華蘭の虚言
華蘭は、鼓濤へ善意で着物や簪を贈ったのに侮辱されたと涙ながらに訴えた。さらに鼓濤は平民育ちの粗野で下品な女であり、黎司を怪しい手段で取り込んでいると語った。
翔司は竜胆の姫君を案じていたため鼓濤にも同情していたが、華蘭の涙と巧みな言葉に惑わされた。華蘭の残酷さも自分を守るためだと受け取り、鼓濤を警戒すると約束した。
尊武への期待
華蘭は鼓濤へ直接手を出さないよう翔司へ求め、尊武がすべてを片付けると告げた。尊武は下品な者を嫌うため、玄武の恥となる鼓濤を許さないはずだと語った。
翔司は華蘭を信じると誓いながらも、片付けるという言葉に不穏なものを感じた。庭を染める梅の赤は、先ほどよりも毒々しく見えていた。
八、仙人窟の医師
仙人窟への道
董胡はロー族の防寒具を借り、カザルと仙人窟へ向かった。サーヤから熊や狼、鷲、砂嵐への注意を何度も聞かされ、カザルも道をよく覚えていないと明かしたため、董胡は不安を募らせた。
二人は水場や大木、白樺を目印に進んだ。途中からカザルは再び大人びた様子となり、ローの神に導かれているとして迷いなく道を示した。
断崖の洞窟
仙人窟は山頂ではなく、深い断崖に連なる洞窟であった。董胡は足幅ほどしかない危険な道を、カザルに手を引かれながら下った。
鷲に見つかっても襲われることはなく、二人は断崖の途中にある酒呑先生の洞窟へ辿り着いた。
卜殷との再会
洞窟から現れた熊のような男は、行方不明になっていた卜殷であった。卜殷は薬と交換した毛皮を着て、高原の民を治療しながら暮らしていた。
董胡を案内し終えたカザルは突然眠り込み、董胡は卜殷と二人でこれまでの事情を話すことになった。
白龍の予言
卜殷は、董胡が皇帝の后となり、伍尭園の崩壊を防ぐ鍵になると予言されていたと明かした。穏やかな人生を送る別の道もあったが、卜殷は董胡個人の幸せを願い、王宮から遠ざけて育てていた。
しかし斗宿で黎司と出会ったことで、董胡が皇帝の后となる運命から逃れられないと悟っていた。
濤麗と白龍
卜殷は玄武公の診療所で働いていた頃、濤麗の専属医師である白龍に呼ばれ、生まれたばかりの董胡の世話を任された。
白龍はほとんど盲目でありながら、患部へ手を触れるだけで痛みや病を癒す力を持つ名医であった。卜殷は、白龍こそ本物のシャーマンと呼べる存在だったと語った。
濤麗の死
濤麗は体の痛む場所が日ごとに変わる奇妙な症状に苦しみ、白龍から治療を受けていた。董胡は白龍との不義を悩んでいたのではないかと考えたが、卜殷は真相を知らなかった。
濤麗が殺された後、返り血を浴びた白龍は董胡を抱いて卜殷のもとへ現れた。白龍は自らが囮となり、董胡を生き延びさせる役目を卜殷へ託した。
董胡の望む道
白龍は、董胡が心から望む道を大人の判断で遮ってはならないと卜殷へ伝えていた。董胡が進む道を塞げば、生き残れる可能性そのものが閉ざされるためであった。
卜殷は、男装して医師を目指すことも、黎司へ正体を明かさないことも、董胡の内なる声が選んだ正しい道かもしれないと語った。董胡は誰かのために自分を犠牲にせず、本心に従って進むよう諭された。
楊庵に託した役目
卜殷は、董胡の存在を隠すために幼い楊庵を引き取り、董胡を守ることが役目だと言い聞かせて育てていた。
さらに卜殷は、董胡が皇帝の后にならない道を選んだ場合、楊庵と夫婦になって治療院を営む未来を望んでいた。しかしそれも董胡の意思を縛る行為だったと悔やんだ。
先代エジドの洞窟
卜殷は白龍の手掛かりを求め、高原のシャーマンを捜して仙人窟へ辿り着いていた。洞窟の壁には伍尭園の文字で、高原の薬草や家畜、鉱物を使った医術の研究が百年以上にわたって刻まれていた。
記録が五年前に途切れていたことから、董胡はこの洞窟が百歳を超えて生きたロー族の先代エジドの研究場所だったと考えた。
気癧の治療法
目覚めたカザルは洞窟の壁の一部を示した。そこには首が腫れ、徐脈、倦怠感、むくみ、脱毛、物忘れが起こる気癧について記されていた。
原因は沃の不足による闇の機能不全であり、海産物を食べるほか、羊や鹿などの闇を摂取することで改善するとあった。董胡はロサリやロー族の子供たちの病因と治療法を確信した。
白龍の手掛かり
卜殷は白龍が高原にいる証拠を見つけられなかったが、白龍には白虎の麒麟の社で神官をしている友人がいたと明かした。その人物が白龍を匿っている可能性が残されていた。
卜殷は董胡へ無理に捜しに行くよう勧めず、皇帝の后でも薬膳師でも、楊庵の妻でもよいから、幸せに生き延びてほしいと願った。
養父への感謝
董胡は卜殷へ生薬や紙を渡し、代わりに紫雲膏を受け取った。卜殷は仙人窟に残り、先代エジドの記録と白龍の手掛かりをさらに調べることを選んだ。
董胡は血の繋がりがなくとも、自分を自由に育てて守ってくれた卜殷へ感謝を伝えた。二人は再会を約束して別れ、董胡はカザルと共に日暮れ前にロー族の春営地へ戻った。
九、高原の薬膳料理
羊の解体
ロサリの治療に羊の甲状腺が必要となり、ロー族の男たちは大切な羊を一頭屠った。羊は苦しませず、血や内臓まで無駄にしない方法で解体され、楊庵も男たちにからかわれながらすっかり打ち解けていた。
董胡は甲状腺と肝臓をロサリ、サーヤ、カザルへ分け、残りも沃の不足を防ぐため部族全員で食べるよう頼んだ。
ロー族に広がる病
董胡は男たちへ、沃の不足によって成長の遅れ、倦怠感、脱毛、むくみ、声のかすれ、物忘れなどが起こると説明した。
男たちは自分たちの子供にも同じ症状があると気付き、ロサリだけでなく部族全体へ病が広がっていたことを知った。
エジドの妨害
エジドは董胡の説明を嘘と決めつけ、薬膳料理に毒を入れていると主張した。楊庵が反発しても、以前のように命令へ従う男はいなかった。
そこへ自力で歩けるまで回復したロサリが現れ、董胡の治療によって体と頭が軽くなったと証言した。ロサリはエジドが去っても問題はなく、次代のシャーマンがすでに育っていると告げた。
カザルと二頭のアズラガ
ロサリは次代のシャーマンがカザルであると明かした。カザルは前夜、二頭のアズラガが誕生すると予言しており、実際に二頭の仔馬の鬣が青く染まり始めていた。
ロジンたちは、アズラガの誕生を予言する力こそロー族のシャーマンの証だと認め、カザルへ礼を捧げた。サーヤとカザルの追放を望む者はいなくなり、姉弟は部族の中に確かな居場所を得た。
董胡への青鬣馬
カザルは二頭のアズラガのうち一頭を董胡へ与えるよう告げた。董胡は馬に乗れず、ロー族にとって大切な存在であるため辞退しようとした。
しかしカザルは近いうちに必要になると語り、ロジンたちもローの神の祝福として受け取るよう勧めた。董胡は困惑しながらも、青鬣馬を譲り受けた。
偽エジドの逃亡
エジドはアズラガを自分の祈りで授かったものだと言い張り、董胡の馬を奪おうとした。しかしロジンはその手を払い、もう誰もエジドを信じないと断言した。
男たちも先代エジド殺害への疑念や、神の実を独占していた事実を口にし、エジドを追及した。追い詰められたエジドは呪いの言葉を残し、春営地から逃げ去った。
高原の薬膳料理
董胡は羊肉と牛乳の汁物、蕁麻の若芽のお浸し、乳汁で煮た大根、鹿尾菜と乳製品の煮物、羊肉と唐芋のホルホグを振る舞った。
薬膳は苦くてまずいと思っていた男たちは、その美味しさに驚いた。生で食べていた大根や、仕方なく食べていた蕁麻も、調理によって御馳走へ変わった。
サーヤの新たな役割
ロー族の男たちは董胡に部族へ残るよう頼んだが、楊庵は伍尭國へ帰るべきだと反対した。
董胡は料理の作り方をサーヤへ教えており、ローゾスランへ戻った後は他の者にも伝えられると説明した。サーヤは料理を広める役目を得て、部族の一員として受け入れられた。
青龍との交易
董胡は、羊肉や乳製品と、角宿の海産物や野菜を交換する交易を提案した。海産物を得られれば沃の不足を防げ、青龍側も珍しい高原の食材を手に入れられると考えた。
閉鎖的だったロジンも、董胡の仲間なら取引してもよいと認めた。ロー族の男たちは、再び大根や唐芋、鹿尾菜を食べられると喜んだ。
角宿への帰還
ロジンたちは董胡を攫い、偽エジドの言葉を信じて危険な目に遭わせたことを謝罪した。サーヤと護衛の男二人が同行し、翌日に董胡と楊庵を安全に角宿へ送ることが決まった。
董胡は黎司に余計な心配をかけず戻れると安堵した。しかしその直後、見張りの男たちが、大軍勢が山を登ってきていると報告した。
十、青龍軍の襲撃
青龍軍の接近
見張り役は、無数の松明を掲げた大軍勢が冬山を登っていると報告した。戻ってきた偽エジドは、自分を追放したためローの神の天罰が下ったのだと主張し、不安に陥ったロー族へ再び取り入ろうとした。
偽エジドは董胡と一頭の青鬣馬を軍へ差し出せば助かるという神託を告げた。楊庵は反対したが人質として取り押さえられ、董胡はロー族と楊庵を守るため、偽エジドと軍のもとへ向かった。
偽エジドの本性
偽エジドは董胡を軍とは反対方向の高台へ連れ出し、短刀を向けた。彼は元青龍の武官であり、出世のために生まれたばかりの青鬣馬を龍氏へ献上しようとして、五年前からロー族へ潜入していた。
ローの神の声は一度も聞こえておらず、先代エジドの魂を継いだという話も偽りであった。偽エジドは自分を追放したロー族を軍に滅ぼさせ、董胡を殺して青鬣馬を奪おうとした。
黎司の出現
偽エジドが短刀を振り下ろした瞬間、光の粒子が剣と人影を形作り、黎司が董胡を守るように現れた。神の化身だと思い込んだ偽エジドは恐怖に屈し、危害を加えないと誓って逃げ去った。
董胡は会いたいと願い続けていた黎司との再会に涙を流し、その胸へ飛び込んだ。黎司も董胡を強く抱き締め、無事を確かめた。
龍に導かれた天術
黎司は翠明の式神ではなく、創司帝の天術を再現しようとしていた。祈禱殿の銅鏡に董胡が襲われる姿が映った瞬間、現れた龍が黎司へ巻き付き、その意識と実体を遠く離れた高原へ運んでいた。
創司帝が千里先の敵を倒したという伝承も、皇宮から実体を戦地へ飛ばしたものだと黎司は推測していた。しかし長く留まれば命を削る危険があり、龍から帰還を促されていた。
黎司との別れ
董胡は自分がまだ危険な状況にあることを隠し、黎司へ王宮へ戻るよう求めた。黎司は何かを隠していると察しながらも、王宮で待っていると言い残した。
龍が黎司へ巻き付き、その体は光の粒子となって空へ消えた。董胡は共に帰りたい気持ちを抑え、再会の約束を胸に見送った。
尊武の襲撃
黎司が戻る直前、尊武が背後から剣を振り下ろした。黎司は寸前で受け止め、二人は剣を重ねて睨み合った。
董胡が皇帝だと叫ぶと、尊武は剣を引いて謝罪した。敵に襲われている董胡を助けようとして、黎司とは気付かなかったと弁解したが、後に尊武は最初から気付いており、理由もなく斬りたくなったと認めた。
董胡救出の理由
尊武は、玄武の后から預かった薬膳師を救うため、自ら軍を率いて冬山へ来たと黎司へ説明した。黎司は董胡を必ず無事に王宮へ戻すよう命じ、尊武も忠実な臣下のように承諾した。
黎司と董胡の親密さを疑う尊武に、董胡は皇帝が自分の饅頭を求めて来たのだと苦しい言い訳をした。尊武は意外にも納得し、薄汚れた董胡を見ても后だとは気付かないだろうと評した。
尊武の怒り
黎司が消えると、尊武は董胡が攫われたため過酷な冬山を登る羽目になったと怒鳴った。道中の怒りを晴らすため、董胡を蹴り飛ばすことだけを支えにしていたと告げ、尻を差し出すよう迫った。
董胡が追い詰められたところへ月丞と空丞が現れ、尊武の制裁は中断された。
ロー族への襲撃計画
月丞と空丞は董胡を保護できたため、軍を待機させていたと説明した。しかし尊武は、ここまで来て手ぶらでは帰れないとして、予定通りロー族を全滅させると宣言した。
董胡はロー族にも事情があり、すでに謝罪を受けたと訴えたが、尊武たちは誘拐した時点で討伐に値すると考えていた。
青鬣馬による交渉
董胡はロー族から詫びとして譲られた青鬣馬の仔馬を見せた。尊武は伝説の馬へ強い興味を示したが、仔馬は危険を感じたように董胡の後ろへ隠れた。
董胡は、ロー族を滅ぼせば青鬣馬を生み出す者がいなくなると説得した。尊武は利益を認め、全滅させる方針を改めて、ロー族との話し合いに応じることを決めた。
十一、一件落着?
ロー族との和解
青軍と黄軍に囲まれた広場で、ロジンは董胡を攫ったことを深く謝罪した。尊武は全滅させるために冬山を登ったと威圧したが、董胡にも容易に攫われた落ち度があると皮肉を述べた。
ロジンは董胡がロサリを救い、料理まで振る舞った恩に報いるため、ロー族の命ともいえる青鬣馬を差し出したと説明した。尊武は謝罪を受け入れ、ロー族への襲撃を取りやめた。
高原での別れ
董胡はサーヤへ卜殷の世話と角宿との交易を頼み、ロサリから治療への感謝を受けた。尊武は今後青鬣馬が二頭生まれた際、一頭を献上させる約束まで取り付けていた。
カザルは帰路もローの神が守ると告げた。董胡はロー族の人々と別れ、青軍と黄軍に守られて角宿へ向かった。
尊武の蹴撃
険しい下山中、空丞は足元の危うい董胡を支え、月丞は青鬣馬の仔馬を抱えて運んだ。
尊武は背後から董胡を山道へ蹴り落とそうとしたが、空丞が寸前で抱き止めた。その後も尊武は何度も隙を狙ったため、空丞は董胡の背後を守りながら下山した。
角宿との交易
角宿へ戻った董胡は、回復した拓生へロー族との交易を頼んだ。伯生の知人が偽エジドへ食料を渡していたことや、軍を春営地へ案内したことも判明した。
伯生と拓生は、ロー族へ鹿尾菜などの海産物を届けると約束した。これにより、沃の不足を防ぐための交易が進められることになった。
尊武の牛車
王宮への出発時、董胡は従者に紛れようとしたが、尊武に捕まり同じ牛車へ押し込まれた。
尊武は冬山で振り回された恨みを晴らそうと董胡へ迫ったが、再構築された茶民と壇々の式神が現れ、扇で尊武を防いだ。二人の護衛によって、董胡は何度も蹴られそうになりながらも無事に王宮へ戻った。
鼓濤との再会
帰還から五日後、黎司は鼓濤の宮を訪れた。青龍行きの前に冷たい言葉を向け、その後も面会を断られたため、もう会ってもらえないのではないかと不安を抱いていた。
鼓濤は体調不良だったと取り繕い、黎司も事情を話せないことを無理に追及しなかった。董胡が無事戻ったことへの礼を伝え、帰ろうとした黎司を、鼓濤は高原の食材を使った膳へ招いた。
高原の料理
鼓濤はアーロール、ピャスラグ、ウルムなどの乳製品や、羊肉を使った蒸し饅頭を黎司へ振る舞った。
黎司は身分にこだわらず珍しい食文化に興味を示し、料理を楽しんだ。鼓濤も高原での出来事を夢中で語り、二人の間に残っていたわだかまりは消えていった。
尊武の名声
黎司は、尊武から青鬣馬を献上されたと明かした。尊武は雲寮の改革を成功させ、攫われた董胡を救い、貴重な青鬣馬まで皇帝へ差し出した英雄として貴族たちから称賛されていた。
実際には董胡を当初見捨てようとし、青鬣馬も董胡がロー族を守るために渡したものであった。しかし世間では尊武の功績として広まり、黎司も今後は彼を軽んじれば世論の反発を受けると警戒した。
雪白と奏優
別の宮では、黎司の侍女頭・奏優が雪白へ、黎司が鼓濤の宮で明け方まで過ごしたと報告した。
奏優は鼓濤が怪しい術で黎司を虜にし、亀氏が送り込んだ刺客かもしれないと疑っていた。雪白は表向き慎ましく奏優を窘めながら、自分は黎司に顔すら見てもらえないと悲しげに訴えた。
新たな企み
奏優は、鼓濤の正体を暴き、雪白こそ皇后にふさわしいと黎司へ認めさせると誓った。
雪白は奏優の忠誠を喜ぶ無垢な姫を装いながら、御簾の中で密かに笑みを浮かべた。王宮では鼓濤を巡る新たな企みが動き始めていた。
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