物語の概要
ジャンル:
異世界召喚ファンタジー・戦記小説である。召喚された高校生が戦乱の異世界にて戦才を発揮し、覇道を歩む模様を描いた壮大な物語の第31巻である。
内容紹介:
ウォルテニア軍に続き初戦を制したオルトメア帝国軍は、悪辣な戦術ゆえに現地住民の信頼を失い、追撃を断念せざるを得なかった。これを好機と見たザルーダ王国軍が反撃に出る。グリードの戦死を知り、南部諸王国との決着を急ぎたい御子柴亮真は、数の優勢に乗じた決戦を目論むが――波乱の展開が待ち受ける第31巻である。
主要キャラクター
- 御子柴 亮真(みこしば・りょうま):召喚された日本の高校生で本作の主人公。武術に秀で、冷静かつ戦略的な判断を下す覇王として成長を遂げている。
物語の特徴
本作は異世界召喚ものにありがちな“俺TUEEE”描写を超えた「戦術的緻密さ」と「政治的駆け引き」が融合された戦記小説である。第31巻では帝国軍の戦略的誤算から生じた政治的動揺、そしてそれを見逃さないザルーダ王国の巧みな反撃が描かれ、戦術・政治・ドラマの融合が強く印象に残る。多勢をもって戦いを挑む亮真の冷静かつ計算された動きに読者は目が離せない。
書籍情報
ウォルテニア戦記 XXXI
著者:保利亮太 氏
イラスト:bob 氏
出版社:ホビージャパン(HJノベルス)
発売日:2025年8月19日
価格:1,430円(税込)
ISBN:9784798639284
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あらすじ・内容
オルトメア帝国軍の大攻勢! 亮真に挽回のチャンスはあるのか?
緒戦でウォルテニア軍を討ち破ったオルトメア帝国軍。 しかしその悪辣な作戦が侵略地領民の不信を買ってしまい、追撃を諦める。 シャルディナ、ギネヴィア、斎藤と同床異夢の将軍を抱えるオルトメア軍の矛先が鈍った隙に、ザルーダ王国軍は反撃に出る。 グリードの戦死を聞き、南部諸王国軍との戦いをさっさと打ち切りたい御子柴亮真は数の上では優勢な敵との決戦をもくろむが――。 一大ロングセラーの異世界召喚戦記、波乱の第31巻!
感想
読み終えて、まず感じたのはザルーダ王国の苦境である。じり貧という言葉がまさに当てはまり、読んでいて心が痛むほどだ。そんな状況を打破しようと、主人公の亮真が奔走する姿には、いつもながら心を揺さぶられる。
一方、敵であるオルトメア帝国も一枚岩ではない。特に、斎藤という人物の扱われ方が印象的だった。残酷な作戦を実行したにも関わらず、シャルディナの下を離れ、ギネヴィアの配下に置かれるという展開は、彼の複雑な心情を想像させる。恨みを抱えながら、彼はこれからどう動くのだろうか。物語の大きな鍵を握っているように感じられる。
ザルーダ王国では、親衛騎士団長オーサン・グリードの戦死が、さらに状況を悪化させている。彼の死は、国王の気落ちを招き、病状を悪化させるほどの影響を与えているようだ。英雄の死が、国全体に暗い影を落としている様子が伝わってくる。
そんな中、亮真はミストで偽王討伐を手伝うことになる。苦境を脱するために、彼はどのような戦略を立て、実行していくのだろうか。次巻への期待が高まるばかりである。
この巻では、戦いの描写だけでなく、登場人物たちの人間関係も深く描かれている。敵味方それぞれの思惑が絡み合い、物語に深みを与えている。特に、斎藤の立場や心情の変化は、今後の展開に大きな影響を与えそうだ。
『ウォルテニア戦記』シリーズは、戦記物としての面白さはもちろんのこと、登場人物たちの葛藤や成長を描く人間ドラマとしても魅力的である。今巻も、その魅力を存分に味わえる一冊だった。次巻が待ち遠しい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
ローゼリア王国
御子柴家・関係者
御子柴亮真
慎重で警戒心が強く、戦闘と交渉の両面で冷静な判断を下す。組織に不信を抱きつつも合理的な行動を選ぶ柔軟性を持つ。
・所属:御子柴家、現当主
・久世昭光との交渉に勝利し、帝国支援打ち切りの約束を取り付けた
・フルザードでカサンドラと同盟を結び、海路を活用した奇策を実行した
・アトルワン平原で少数の軍を率いて六万の連合軍を破った
ローラ・マルフィスト
冷静な観察力と戦術眼を持ち、亮真の側近として戦場を支える。
・所属:御子柴家、側近
・アトルワン平原で騎兵隊を率い、敵の側面攻撃に貢献した
サーラ・マルフィスト
ローラの妹であり、感情をやや表に出しやすい。姉と共に亮真を支える。
・所属:御子柴家、側近
・アトルワン平原で騎兵を率い、突撃によって戦局を支援した
リオネ
元傭兵であり、現在は御子柴家の将。戦場での経験を持ち、情報操作にも関与する。
・所属:御子柴家、将
・伊賀崎衆を活用し、帝国の悪逆を広める情報操作を行った
・戦時に民衆を結集させる策を主導した
ロベルト・ベルトラン
御子柴家の将であり、戦友たちと共に戦略を練る立場を担った。
・所属:御子柴家、将
・グラハルトやシグニスと共にウシャス盆地の戦略会議に参加した
シグニス・ガルベイラ
用心深い性格を持ち、御子柴家の将として戦場に臨んだ。
・所属:御子柴家、将
・戦友たちと共に戦略を議論し、グリードの仇討ちを誓った
黒エルフ族
ネルシオス
黒エルフ族の族長であり、高い治癒能力を持つ。
・所属:黒エルフ族、族長
・ユリアヌス王の治療を行い、復帰を可能にした
オルトメア帝国
ライオネル・アイゼンハイト
オルトメア帝国の皇帝。冷徹な統治者であるが、娘を案じる父としての一面も見せる。
・所属:オルトメア帝国、皇帝
・援軍の進軍を気に掛け、宰相に繰り返し確認した
・娘シャルディナの安否を祈る姿を見せた
リヒャルド・ドルネスト
帝国宰相であり、冷静な判断力を持つ忠臣。
・所属:オルトメア帝国、宰相
・援軍の行軍や構成を報告し、皇帝の不安を和らげた
・最悪の事態に備えて暗殺を含む策を用意した
シャルディナ・アイゼンハイト
皇女であり、第二次ザルーダ侵攻軍の総大将。
・所属:オルトメア帝国、皇女
・幹部会議で斉藤を後方勤務に回した
・戦功を示せず、ギネヴィアの派遣によって立場を脅かされた
セリア・ウォークランド
帝国軍の軍師であり、感情を隠さず斉藤を糾弾した。
・所属:オルトメア帝国、軍師
・戦後統治への悪影響を理由に斉藤を追及したが、反撃を受けた
・皇女シャルディナに庇われ、立場を保った
ギネヴィア・エデルシュタイン
【獅子帝の爪牙】に名を連ねる女将。戦歴百を超える武勇を誇り、【龍姫】と呼ばれる。
・所属:オルトメア帝国、軍幹部
・五万の軍を率いてザルーダ戦線に到着した
・アトルワン平原で圧倒的な戦果を挙げた
・シャルディナを嘲笑し、斉藤の引き抜きを試みた
斉藤英明
夢魔騎士団副団長であり、異質な策を弄する存在。
・所属:オルトメア帝国軍(夢魔騎士団副団長/土蜘蛛の潜入者)
・奇策でオーサン・グリードを討ち取り、戦局を振り出しに戻した
・幹部会議で反撃し、後方勤務に回されたが、ギネヴィアに貸与される形となった
ザルーダ王国
ユリアヌス
ザルーダ王国の国王であり、病に苦しみながらも国を支えた。
・所属:ザルーダ王国、国王
・オーサン・グリード戦死の報を受け、深い悲嘆に沈んだ
・ジョシュアに全軍の指揮権を委ねた
ジョシュア・ベルハレス
若き将であり、王国軍の指揮官。
・所属:ザルーダ王国、将軍
・防衛策を断念し、攻勢への転換を決断した
・大将軍に任じられ、全軍を率いた
オーサン・グリード
親衛騎士団長であり、民を守るため戦死した忠臣。
・所属:ザルーダ王国、親衛騎士団長
・難民十万を守るため防衛を捨て、戦死した
・死は国を団結させる原動力となった
グラハルト・ヘンシェル
近衛騎士団長であり、戦友と共に戦った武人。
・所属:ザルーダ王国、近衛騎士団長
・突出した親衛騎士団を鎮めようと先陣に立ち、ギネヴィアに討たれた
ミスト王国
オーウェン・シュピーゲル
宰相から王へと即位したが、国を束ね切れなかった人物。
・所属:ミスト王国、国王(前宰相)
・御子柴軍との決戦に敗れ、最後は毒酒をあおり自死した
・南部領主の戦死と裏切りにより孤立し、動乱の終焉を招いた
エクレシア・マリネール
三将軍の一人であり、暴風と称される武勇を誇る。
・所属:ミスト王国、将軍
・御子柴と合流し、アトルワン平原で奇襲を成功させた
・暴風の如き猛攻で敵本陣を壊滅させた
カサンドラ・ヘルナー
交易都市フルザードの支配者であり、ミスト海軍を束ねる。
・所属:ミスト王国(フルザード領主)、ミスト海軍全権
・御子柴と同盟を結び、モリステア港を陥落させた
・オーウェンの忠誠要請を拒絶し続けた
アトルワン侯爵
南部領主の盟主であり、アトルワン平原を領した。
・所属:ミスト王国、侯爵
・三万の兵を率いて参戦したが、戦場経験不足で戦死した
イーサン・ゴルドワン
タルージャ王国の将軍であり、戦友の仇を討つため参戦した。
・所属:タルージャ王国、将軍
・ジェルムク駐留の兵二万を率いて戦に参加したが敗北し、消息不明となった
アレクシス・デュラン
本来は最強の将軍と評されたが、病に伏して戦場に立てなかった。
・所属:ミスト王国、将軍
・病に倒れた不在が、王国の敗北を招いた
展開まとめ
前回までのあらすじ
ザルーダ王国軍の停滞と国王の苦悩
ザルーダ王国軍はユリアヌスの復帰とアルムホルト爵らの処断により士気を高めていた。だが総指揮官ジョシュア・ベルハレスは、国土奪還の好機と理解しながらも全軍攻勢に踏み切れなかった。ユリアヌスがアルムホルト侯爵を謀殺した事実に苦悩し、さらに老体を血蟲の影響で蝕まれていたためである。その逡巡は戦局の好機を逃す結果となった。
戦局の均衡とオルトメア帝国軍の奇策
オルトメア帝国軍副官で夢魔騎士団副団長の斎藤英明は奇策を用い、ザルーダ王国の武人オーサン・グリードを討ち取った。これによりザルーダ側へ傾きかけた戦局は再び均衡へと引き戻された。
御子柴亮真と久世昭光の交渉
一方、御子柴亮真は土蜘蛛の長老部大人の仲介により、オルトメア帝国を支援する久世昭光と会談した。亮真は、久世の妹明美が自身の祖母である事実と、ウォルテニア半島を開放する提案を示し、帝国への支援打ち切りを求めた。久世は亮真に対し、楠田との試合に勝利すれば要求を受け入れると賭けを提示し、敗北時には組織への加入を求めた。
楠田との試合と勝利
試合は殺害と回復不能な障害の禁止を条件に行われた。御子柴流を身に付けた亮真は不殺の制約により技を制限され劣勢に陥ったが、覚悟を固めた一撃で楠田を昏倒させ辛勝した。これにより状況はわずかに亮真の側へと好転した。
新たな脅威の出現
しかしその頃、帝都オルトメアではザルーダ王国を襲う新たな脅威が解き放たれようとしていたのである。
プロローグ
皇帝ライオネルの不安
燦々と輝く太陽の下で、オルトメア帝国皇帝ライオネル・アイゼンハイトは玉座にありながら憂慮を隠せず、宰相リヒャルド・ドルネストに援軍の進軍状況を何度も問うていた。形式上は冷静を装っていたが、愛娘シャルディナを戦場に送り出した不安が彼の胸を占めていた。ドルネストは忠臣として答えを繰り返すしかなく、その裏にある皇帝の焦燥を理解していた。
援軍の構成と行軍の見積もり
ギネヴィア・エデルシュタインが率いる五万の軍は、精強な直属兵一万を核としながらも、残り四万は急造の部隊であった。歩兵と騎兵の混成に加え、補給部隊の存在が行軍速度を制約していた。ドルネストは一日の行軍を二十キロ弱と見積もったが、それも希望的観測を含むものであった。戦況の均衡により強行軍の必要は低く、時間的猶予が与えられている点が救いであった。
ギネヴィアの力量と懸念
ギネヴィアは【獅子帝の爪牙】の一員であり、若くして百を超える戦歴を積んだ将であった。その武勇と知略は群を抜き、部下からは神格化されるほどであった。しかし、彼女が併呑された祖国エデルシュタイン公国の復興を密かに望んでいるのではないかという疑念は拭えなかった。ドルネストは最悪の事態に備え、暗殺を含む保険を用意していたが、果たしてその怪物の如き女を制御できるか確信は持てなかった。
ギネヴィアとシャルディナの因縁
ギネヴィアとシャルディナの関係には深い確執があった。エデルシュタイン公国を帝国に下らせたのは、シャルディナと故ガイエスの謀略に端を発していたためである。火と氷、水と油と評されるほど性格も正反対であり、両者を同じ戦線に置くことは危険を孕んでいた。だが他に適任者は存在せず、窮余の一策としてギネヴィアの派遣が決定された。
父としての皇帝の姿
ライオネルは帝国の覇者でありながら、一人の父として愛娘を案じる姿を隠せなかった。宰相の冷徹な言葉に頷きつつも、心の底ではシャルディナの無事を祈るしかなかった。その願いは光神メネオースに届いたかのように、数日後、ギネヴィア率いる五万の援軍がザルーダ王国の要衝ゴルテイアへと到着した。だがそれは、第二次ザルーダ侵攻戦に新たな波紋を広げる幕開けとなるものであった。
第一章 敵か味方か
嵐の会議と斉藤英明の立場
嵐の中、オルトメア帝国軍の幹部会議が開かれ、夢魔騎士団副団長の斉藤英明は立たされたまま審問を受ける状況にあった。皇女シャルディナ・アイゼンハイトは裁判官の如く沈黙を守り、軍師セリア・ウォークランドは検事の如く敵意を剥き出しにして斉藤を責め立てた。援軍を率いるギネヴィア・エデルシュタインは沈黙を保ちながら成り行きを観察していた。
セリアの糾弾と斉藤の反撃
セリアは斉藤の用いた戦術が戦後統治に悪影響を及ぼすと厳しく追及した。確かにオーサン・グリードの死はザルーダ王国軍の士気を高揚させ、民衆の憎悪を煽る結果となった。だが斉藤は、それでも戦線の整理と時間稼ぎを成し遂げたと反論し、最低限の成果は上げたと主張した。さらに彼は、戦略に不満があるならセリア自身が前線で指揮を執ればよいと挑発し、亡きガイエスの名を引き合いに出して侮辱した。これにより場の空気は一層険悪となった。
シャルディナの裁定
セリアが窮地に立たされると、ついにシャルディナが介入し、これ以上の言い争いを打ち切った。彼女は斉藤に対し、今後は後方支援に回るよう命じた。表向きは感情を抑えた判断に見えたが、その瞳は葛藤を隠し切れていなかった。斉藤は、シャルディナの決定が援軍を率いるギネヴィアの存在を意識した結果であることを悟った。
戦況の停滞と焦燥
斉藤の策は確かに戦術的勝利をもたらしたが、結果として戦局は振り出しに戻り、戦の長期化は避けられなくなった。これは侵攻軍総大将シャルディナにとって大きな負担であり、焦燥の原因となっていた。さらに、援軍の将として呼ばれたギネヴィアはシャルディナと深い因縁を持ち、両者の不和は戦局に新たな不安をもたらすものとなっていた。
姫将軍の立場と責任転嫁
シャルディナ・アイゼンハイトは「姫将軍」と呼ばれ数々の戦功を挙げてきたが、それは主に謀略を駆使しての成果であり、前線で武勇を誇ったものではなかった。皇族として戦死の危険を避けるのは当然であるが、戦場経験が必要とされるため戦略面での功績が重視されてきた。しかし第二次ザルーダ侵攻では成果を出せず、代わりに派遣されたギネヴィア・エデルシュタインの存在によってその立場は一層不安定となった。そのため、斉藤英明の策を非難し、責任を押し付けることで自らの保身を図った。
斉藤の誤算と心境
斉藤は当初、セリアの私怨を晴らす場と誤解し、強硬に反撃してしまった。しかし会議の本質はシャルディナの立場を守るためのものであり、対応を誤ったことに気付く。処分が後方支援への配置転換に留まったことから、シャルディナが完全には切り捨てるつもりがないと理解したが、同時にその態度に逆鱗を刺激され、憎悪を新たにする。斉藤にとって忠誠はあくまでも手段であり、目的は大地世界に混乱と破壊をもたらすことであった。
ギネヴィアの介入と挑発
緊張の中、ギネヴィアが笑い声を響かせて場を支配した。彼女はシャルディナを揶揄する言葉を投げかけ、皇女の誇りを刺激した。シャルディナは激昂しレイピアに手を掛けたが、セリアが割って入り事態の悪化を防いだ。ギネヴィアはその場を嘲笑しつつ、優秀な武人を左遷するのは愚策だと主張し、斉藤を自分の下へ引き抜こうと提案した。
斉藤の拒絶と忠誠の演出
ギネヴィアは斉藤に厚遇を約束し、さらには私的な関係をもちらつかせて誘惑した。しかし斉藤はそれを断り、あくまでもシャルディナへの忠誠を誓う姿を見せた。その態度にシャルディナとセリアは驚き、内心揺さぶられた。ギネヴィアは失笑しつつも、忠臣を後方に回すのは無駄だと再び主張した。
斉藤貸与の提案
ギネヴィアは妥協案として、戦が終わるまで斉藤を自らに貸し出すようシャルディナに提案した。斉藤は有能な駒であり、温存すべきだと説き、さらに冷却期間を置くことで人間関係の修復が容易になると耳打ちした。シャルディナは逡巡したが、表向きの処分と内部的な利益の両立を図れるこの案は悪くないと考え始めた。セリアとシャルディナの面子を保ちつつ、斉藤の武功機会を残せるこの提案は、ギネヴィアの掌の上で転がされていると感じさせるものでもあった。
提案の受諾と斉藤の嘲笑
ギネヴィアの提案は、難点を除けば満点に近い内容であった。シャルディナは深いため息をつきつつも受諾し、斉藤にも同意を求めた。斉藤は忠臣の如く深く頷きながら、内心では嘲笑を押し隠していた。こうして波乱の会議は終結し、ギネヴィアと斉藤は共に部屋を後にした。
残された者たちの悔恨
会議の後、シャルディナは悔恨を滲ませながら「小細工が過ぎた」と漏らした。セリアは自らの進言を悔い謝罪したが、シャルディナは決断は自分の責任だと告げ、彼女を庇った。その眼差しは部屋を出ていったギネヴィアの背中を追っていた。
皇女の覚悟
当初の計画は崩れたものの、最終的には形を保つ結果となった。シャルディナは、今後の展開をギネヴィア――【龍姫】の力量に委ねるしかないと覚悟し、深い溜息を吐いた。戦局は新たな局面へと移ろうとしていたのである。
第二章 屠龍姫の咆哮
忠臣の戦死と国王の衝撃
ザルーダ王国首都ペリフェリアに、親衛騎士団長オーサン・グリード戦死の報がもたらされた。国王ユリアヌスは深い悲嘆に打ちひしがれ、血蟲の後遺症で弱った身体は激しい咳に襲われた。報告を行ったジョシュア・ベルハレスは、国王の体調を慮って二日間報告を遅らせたが、結局その衝撃を和らげることは出来なかった。
斎藤英明の悪辣な策
ジョシュアは、敵将が難民十万を意図的に生み出し、その群衆を盾にして迫ったことを報告した。グリードは民を犠牲にすることを拒み、効率的な防衛を放棄して避難誘導を選び、最後は力尽きて戦死したのである。ユリアヌスは忠臣の決断に涙を流し、ジョシュアもまた、その犠牲が王国の命脈を繋いだ事実を認めざるを得なかった。
憎悪による団結と情報操作
グリードの死は民と貴族の怒りを掻き立て、国全体を一つにまとめる原動力となった。リオネの策によって、伊賀崎衆が噂を巧みに操り、オルトメア帝国の悪逆を誇張して流布したことで、民衆は憎悪を糧に立ち上がった。騎士団長グラハルトはその方法に不満を示したが、結局は有効な策がないまま受け入れざるを得なかった。
ジョシュアの決断と軍の転換
王国軍の士気はかつてなく高まったが、昂揚し過ぎれば統制不能に陥る危険もあった。ジョシュアは防衛策の継続を断念し、攻勢に転じる決意を固める。国王ユリアヌスは若き将に全軍の指揮権を委ね、大将軍に任じた。こうしてザルーダ王国軍は守勢から攻勢へと転じ、ウシャス盆地奪還を掲げて進軍を開始した。しかし、それはあまりにも遅きに失した決断であった。
戦友たちの再会と戦略会議
王都ペリフェリアから三万の兵を率いて到着したグラハルト・ヘンシェルは、ロベルト・ベルトラン、シグニス・ガルベイラと再会した。三人は戦友としての絆を確認し合い、ウシャス盆地の戦略を練るため陣中に集まった。リオネの情報操作によって十万の兵を集める計画には不満もあったが、グリードの仇を討つためには受け入れるしかなかった。
仇敵の名と親衛騎士団の暴走
協議の最中、斉藤英明率いる三万のオルトメア帝国軍が迫っているとの急報が届いた。しかも、親衛騎士団を中心とした一万が命令を無視して迎撃に出陣したという。復讐に駆られた部隊を処罰すれば士気が崩壊しかねず、ヘンシェルは自ら先陣に立つ決断を下した。
斉藤英明とギネヴィアの策
戦場に姿を現した斉藤は、ギネヴィア・エデルシュタインと共に罠を仕掛けていた。斉藤は先鋒としてザルーダ軍を挑発し、突出した部隊を誘い込んだ。その後、ギネヴィアが軍旗を掲げて進軍すると、戦場の空気は一変し、圧倒的な力で戦況を支配した。
屠龍姫の咆哮とヘンシェルの最期
金髪の大柄な女、ギネヴィアが前線に躍り出ると、その咆哮は龍の如く響き渡った。グレイブを振るうたびに血煙が舞い、兵たちは恐怖に震えた。ヘンシェルは彼女が噂に名高い【龍姫】であると悟り、最後の一撃を放ったが届かず、首を刎ねられて戦死した。
勝利と撤退の判断
ギネヴィアは圧倒的な戦果を挙げ、斉藤と共に撤退を選んだ。彼女は戦場を支配しながらも引き際を弁えていた。ザルーダ王国近衛騎士団長の戦死という衝撃的な報は瞬く間に全土へ伝わり、その影響は東のミスト王国で奮戦する御子柴亮真のもとへも届くこととなった。
第三章カサンドラの問い
フルザードへの進軍とエクレシアの驚き
黒一色で統一された鎧兜に身を包んだ二万の軍勢を率い、御子柴亮真は交易都市フルザードへ進軍した。その練度の高さは御子柴大公軍が奴隷解放によって形成した強固な忠誠心と訓練の成果であり、エクレシアをして「異常」と言わしめるものだった。そこで彼女を待っていたのは、直々に出迎えた御子柴亮真の姿であり、エクレシアは驚きと誇らしさを同時に覚えた。
危機的状況にあるザルーダ王国
亮真はエクレシアにリオネの書状を見せ、ユリアヌス王の体調悪化、さらにオーサン・グリードとグラハルト・ヘンシェルの戦死という深刻な報を共有した。若き将ジョシュアが奮闘しているものの、【龍姫】ギネヴィアの参戦で情勢は絶望的であると語り、ミスト王国の混乱を早急に収束させる必要を説いた。
カサンドラ・ヘルナーとの会談
亮真は交易都市フルザードの支配者カサンドラ・ヘルナーに協力を求めていたが、彼女は直接の面会を拒んでいた。だが「エクレシアを同席させるなら応じる」という条件が提示され、三人は邸宅で相まみえる。豪奢な応接間で交わされた茶会の後、カサンドラは核心を突く問いを放った。
「オーウェンを討った後、この国をどうするつもりか?」
エクレシアの答えとカサンドラの評価
エクレシアは玉座に就く覚悟を示せず逡巡したが、最終的に「王になるべきかは分からない。ただ、為王オーウェンを討たねばならない」と答えた。その言葉にカサンドラは一笑し、「今日のところは合格」と評した。彼女もまたオーウェンを正統な王と認めておらず、南西派偏重の施策に不満を抱いていたのだった。
御子柴亮真の策と協力の約定
亮真は秘策を披露し、海路を活用して王都エンデシアを奇襲する作戦を説明した。カサンドラはその大胆さに「イラクリオンの悪魔」と称しつつも協力を承諾し、エクレシアも決意を固めた。準備期間を十日と定め、三者は同盟を結んだのである。
決戦への進軍
十日後、御子柴亮真が率いる二万の軍勢は交易都市フルザードを後にし、ミスト王国の王都エンデシアへ向けて南進を開始した。これはミスト王国の未来を左右する決戦の幕開けであった。
第四章アトルワン平原の戦い
御子柴軍南下の報
王都エンデシアの潤見の間にて、新国王オーウェン・シュピーゲルは報告を受けた。御子柴亮真とエクレシアが率いる軍二万が交易都市フルザードを発ち、南下を開始したという。しかし、その兵数の少なさにオーウェンは訝しむ。密偵の報告によれば、確かに双頭蛇の軍旗を掲げた軍勢であり、誤りではないらしい。
カサンドラと北東派の動向
オーウェンは、御子柴の少数兵力に裏があると疑う。最大の懸念はフルザードを支配する女傑カサンドラ・ヘルナーの動向であったが、彼女は中立を崩さず、明確にオーウェンを支持することも拒絶することもしていないという。北東派貴族も同様に動かず、内乱の火種はくすぶり続けていた。オーウェンは「狙いが読めぬならば、力で叩くしかない」と腹を決める。
アトルワン侯爵の進言
敵を迎え撃つ地はアトルワン平原――領主アトルワン侯爵が自ら指揮を願い出る。彼の兵力は三万強に及び、地の利もある。しかし、侯爵は武勲に乏しく、戦場経験に欠けていた。オーウェンはその実力に疑念を抱きつつも、面前での申し出を退ければ不興を買うため、決断を渋っていた。
タルージャの介入
その時、進み出たのはタルージャ王国から派遣されていたイーサン・ゴルドワン将軍であった。彼は「ルブア平原で討たれた戦友ラウルの無念を晴らす」として、ジェルムク駐留の兵二万を率いて戦に参加することを申し出る。背後にタルージャ王国の思惑を感じつつも、戦力増強は喉から手が出るほど欲しい状況であり、オーウェンはこれを受け入れた。
決戦の布告
かくして、アトルワン侯爵の三万、ゴルドワン将軍の二万、そして王都からの二万を加え、総勢六万の軍勢が編制される。オーウェンは高らかに命じた。
「アトルワン平原を敵軍の屍で埋め尽くせ!」
その決断は、ミスト王国が御子柴亮真との決戦に踏み切った瞬間であり、オーウェン・シュピーゲルという王の将来を決定づける運命の選択となった。
決戦の地・アトルワン平原
王都エンデシア北方に広がる豊穣の地、アトルワン平原。幾度も血に染まったこの地に、今また六万の大軍と二万の軍勢が相対した。御子柴亮真は双眼に敵陣を収め、その中に潜む勝機を見据えていた。
劣勢を装う御子柴軍
タルージャ王国の重装歩兵五千を先鋒としたゴルドワン将軍の猛攻により、御子柴軍の前線はじわじわと押される。堅牢なファランクスを以てしても、数の圧力には抗し難く、後退する兵が現れるほどだった。ゴルドワンは「奇策もなく、ただ押し潰されるだけか」と勝利を確信しかける。
突如現れた黒き嵐
その時、東の地平から土煙が上がり、突撃の轟音と共に黒炎が爆ぜた。炸裂する火矢が兵を吹き飛ばし、混乱に陥った本陣へ槍を構えた女騎士が突入する。
「王に従う者など不要!皆殺しにしなさい!」
それは【暴風】エクレシア・マリネール。彼女が率いる精鋭一万が、まるで嵐のようにアトルワン侯爵の本陣を切り裂いた。侯爵は討ち死にし、南部貴族軍は瞬く間に崩壊する。
暴風の猛威と裏切り者への鉄槌
恐慌した兵たちは「化け物だ!逃げろ!」と叫び散り、指揮系統は完全に崩壊。エクレシアは退路を与えず追撃を命じ、裏切りの芽を根こそぎ断とうとする。その姿はまさに暴風そのものであり、カサンドラとの誓い通り、無慈悲に王党派を血に沈めていった。
秘策の正体
一方で亮真は満足げに頷く。エクレシアをあらかじめ海路でアンバスチアへ送り込み、替え玉を本陣に置いて敵を欺いた奇策は見事に成功した。火竜の息吹を矢に括り付けた新兵器による爆撃は、文法術師の所業と錯覚させ、敵を混乱に陥れたのだ。
反撃の号令
「よし、反撃に出るぞ! 一人でも多くの兵を殺せ!」
亮真の十文字槍が掲げられると同時に、御子柴軍は解き放たれた獣の如く雄叫びを上げた。双子の姉妹ローラとサーラは騎馬を率い、敵の側面へ突撃する。抑え込まれていた兵たちの殺気が一斉に爆発し、タルージャ軍を押し返していく。
壊滅の前兆
六万の大軍を擁してなお、連合軍は瓦解の兆しを見せ始めていた。アトルワン平原は血と炎に覆われ、敗北の運命が刻一刻と迫る。亮真は静かに呟く。
「この勝利を、オーサン・グリードとグラハルト・ヘンシェル、二人の魂に捧げよう」
その言葉と共に、アトルワン平原の戦いは、連合軍の壊滅へと加速していったのだった。
エピローグ
報告を携えた騎士の到来
ミスト王国の首都エンデシア。王城の門前に、疲労困憊の騎士が瀕死の馬と共に倒れ込んだ。背に矢を受け血に染まりながらも、彼は戦袋を指差し、書状を託すと意識を失った。その書状は、諸王国連合軍がアトルワン平原で全滅に近い大敗を喫したことを伝える凶報であった。
オーウェンの動揺と絶望
報告を受けたオーウェン・シュピーゲルは耳を疑った。六万の大軍が、二万の御子柴軍に敗れたという報せは到底信じ難いものであった。さらに南部領主の盟主アトルワン侯爵が戦死し、タルージャのゴルドワン将軍も消息不明。残存兵は数千に過ぎず、王都目前のエウリアで防戦しているという。南部貴族を束ねる要の存在を失ったことは、オーウェンにとって致命的な打撃であった。
病に伏すアレクシス・デュランの不在
本来なら最強の将軍アレクシス・デュランが采配を振るうはずだったが、病に倒れ不在であった。オーウェンは「もしデュランが戦場に立っていれば」と悔恨を抱く。御子柴亮真とエクレシア・マリネールという怪物を相手に、凡将では到底太刀打ちできなかったのだ。オーウェンは自らの選択が裏目に出たことを悟りながらも、なお疑念を拭えず、誰かに嵌められたのではと妄執に囚われていった。
モリステア陥落の急報
さらに追い打ちをかけるように、交易の要衝モリステアの港が陥落したとの急報が届く。港を守る海兵が一斉に反乱し、カサンドラ・ヘルナー率いる艦隊と呼応して内外から攻撃を仕掛けたのだ。港は数時間で落ち、カサンドラ軍は王都目前に迫る。従順を装っていた海兵達の裏切りにより、オーウェンの最後の拠り所は崩れ去った。
王の最期と動乱の終焉
すべてを失ったオーウェンは王城で絶望のうちに毒酒をあおり、自ら命を絶った。数時間後、カサンドラは抵抗なく王城へ進軍し、玉座にて絶命する新王の姿を発見する。こうしてミスト王国の動乱は終息し、西方大陸の戦局は新たな段階へと移ることとなった。
ショートストーリー『カサンドラの祈り』
手紙の炎
交易都市フルザードの領主にして、ミスト海軍を束ねるカサンドラ・ヘルナーは、再び届けられた手紙を暖炉へと投げ入れた。差出人は新王オーウェン・シュピーゲル。幾度も繰り返される忠誠要請に、彼女は読む価値すら見出さない。燃え上がる封筒を見つめながら、彼女の胸に去来するのは怒りと冷笑であった。
偽王への憤怒
敬愛する先王フィリップを討った逆臣に仕えるなど有り得ない。誰が陰で糸を引いたかは定かでなくとも、玉座に座った者こそが最大の受益者である以上、疑う余地はなかった。だが、証拠なきまま旗を掲げることはできず、彼女の怒りは胸奥で燻り続ける。
選択の逡巡
オーウェンを討つことは容易い。だが、その後の国を誰が導くのか――それが答えの出ぬ問いであった。王位継承権を持つ王族は数多くとも、いずれも凡庸で国を束ねる器ではない。唯一の例外は、共に三将軍の名を連ねるエクレシア・マリネール。しかし、王族の序列を飛び越えて王座を得るには、血を啜るような覚悟が要る。
御子柴亮真からの書状
副官テリオが差し出した新たな封書。その封蝋に刻まれた双頭蛇の紋章は、御子柴亮真のものだった。中身を読んだカサンドラは長く沈思する。これまで彼女はオーウェンと御子柴を天秤にかけ続けてきた。だが、もはや選択を先延ばしにはできない。
女傑の祈り
窓の外に広がる青空を見上げながら、カサンドラは心中で決意を固める。これは祖国を救うための戦いであり、敬愛する先王への弔いでもある。彼女は静かに祈った――これから下す決断こそが、ミスト王国を覆う闇を切り裂く光となることを。
同シリーズ
ウォルテニア戦記シリーズ































その他フィクション

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