サイレント・ウィッチ11巻
サイレント・ウィッチまとめ
サイレント・ウィッチ13巻
物語の概要
■ 作品概要
『サイレント・ウィッチ XII 沈黙の魔女の隠しごと』は、カドカワBOOKSから刊行されているファンタジーライトノベルである。 物語の舞台となるのは、竜などの魔法生物が存在し、最高峰の魔術師である「七賢人」を擁するリディル王国である。 本作のあらすじは、大きく二つの騒動から成り立っている。一つは、主人公である七賢人の一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットが恩人のケルベック伯爵家を訪れた際、近隣のセチェン村という温泉郷で自身の偽物が村おこしに利用されていることを知り、魔導具職人のヒューバード・ディーを巻き込んだ魔法戦に発展する事件である。もう一つは、同じく七賢人の一人〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトが、祖母によって勝手に決められた婚約話に翻弄され、恐怖と過去のトラウマから呪いを暴走させてしまう騒動である。
■ 主要キャラクター
- モニカ・エヴァレット:本作の主人公であり、七賢人の一人〈沈黙の魔女〉である。極度の人見知りで口下手だが、高度な無詠唱魔術を操る天才魔術師である。臆病な性格でありながらも、弟子のアイザックや友人のために勇気を振り絞り、事態の解決に奔走する。
- アイザック・ウォーカー(フェリクス・アーク・リディル):モニカの弟子として行動を共にする青年である。その正体はリディル王国の第二王子であるが、現在は身分を隠している。頭脳明晰で政治的な交渉術に長けており、師であるモニカを深く敬愛し、彼女を陰ながら支えている。
- レイ・オルブライト:七賢人の一人〈深淵の呪術師〉である。全身に呪印を宿しており、極度の「愛されたがり」である一方、過去のトラウマや呪術師という出自から他人に嫌われることを極端に恐れている。感情が高ぶると強力な呪いが暴走してしまう危うさを持つ。
- フリーダ・ブランケ:レイの婚約者であり、帝国のヴァルムベルク辺境伯の妹である。実家の財政難を救うため、オルブライト家からの破格の持参金を目当てに婚約を受け入れた。度胸があり、呪術師であるレイに対しても偏見を持たず、誠実かつ合理的に接する。
- イザベル・ノートン:ケルベック伯爵家の長女であり、モニカを「お姉様」と慕う令嬢である。「悪役令嬢」としての振る舞いに強いこだわりを持ち、知性的で政治的な交渉事にも長けている。
■物語の特徴
本作の最大の特徴は、コメディとシリアスなドラマが絶妙なバランスで融合している点である。極度の人見知りである主人公や、過剰に愛されたがる呪術師など、個性的でコミカルなキャラクターの掛け合いが読者を楽しませる一方で、彼らが抱える過去のトラウマや貴族社会における政治的駆け引きといったシリアスな要素が物語に深みを与えている。
また、単なる魔力のぶつかり合いに留まらない、緻密な「魔法戦」の描写も魅力の一つである。相手の結界の特性や綻びを突いたり、環境の魔力を利用した魔導具の裏をかいたりと、高度な頭脳戦や魔術の応用が展開され、読者の知的好奇心を大いに刺激する構成となっている。
さらに、主人公のモニカが「かっこいい師匠」を目指して奮闘する姿や、アイザックが圧倒的な魔術の才能を持つモニカの隣で自身の無力さに葛藤しながらも成長しようとする姿など、キャラクターたちの関係性の変化や内面的な成長が丁寧に描かれている点も、他作品と一線を画す興味深い要素である。
書籍情報
サイレント・ウィッチ XII沈黙の魔女の隠しごと
著者:依空 まつり 氏
イラスト:藤実 なんな 氏
出版社:KADOKAWA(カドカワBOOKSレーベル)
発売日:2026年6月10日
ISBN:9784040764382
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あらすじ・内容
〈沈黙の魔女〉の偽物出現!? 噂の出処は魔力汚染が進む温泉郷で――?
ケルベックを訪れたモニカは、〈沈黙の魔女〉お気に入りの温泉が近くにあるという身に覚えのない噂を耳にする。
偉大な魔女の名を騙る偽物を断罪すべく、弟子とイザベルは早速調査に向かうことに。暴走気味のファン達を宥めようとモニカも同行するが、噂の元凶は意外な人物で……?
一方、〈深淵の呪術師〉にも初耳の話が!
なんと祖母が勝手に婚約を決めていたのだ。「愛されたい」が口癖のレイも流石に困惑し、やがて七賢人を巻き込む騒動に――!?
感想
偽物騒動の解決と呪術師の不器用な恋の行方を、コミカルかつ温かい筆致で描いた魅力的なファンタジー作品だ。
本作を読んで最も心に残ったのは、七賢人の一人である〈深淵の呪術師〉レイと、その婚約者フリーダのユニークな人間関係である。
極度に「愛されたい」と願う気弱なレイに対し、度胸のあるフリーダが壁ドンをして迫る姿は、まるで男女の役割が逆転しているかのようで非常に微笑ましい。
出会ったばかりだから「まだ愛していない」と率直に告げるフリーダの言葉は一見冷たく聞こえるが、そこには彼女ならではの誠実さが表れていると言える。
また、彼女が実家の財政難を救うという極めて実利的な理由でレイを選んだ点も、合理性を重んじる彼女らしくて面白い。
その独特の合理的な思考回路は、服を着たまま平然と温泉に入る風霊の姿とどこか印象が重なる部分がある。
同様に、水霊ウィルディアヌがタライの底に水死体のように沈んでくつろぐシュールな日常描写も、人間とは決定的に異なる「精霊らしさ」を見事に表現しており、深く納得させられた。
一方で、物語の核となるセチェン村の偽物騒動も見応えがある。単なる観光目的の村おこしと思われた騒動の裏には、魔導具職人ヒューバードによる魔力炉設置の野望が隠されていた。
この事態に対し、モニカが旧時代の魔術式を起動してスケール大きく事態を収拾する魔法戦の描写は、圧倒的な説得力を持っている。
さらに、事態の収拾後にアイザックたちが優れた政治的手腕を発揮し、寂れた村を確かな救済へと導く展開は、単なる魔力による解決にとどまらない本作の多角的な魅力を示していると感じた。
そして物語の終盤、祖母に勝手に決められた婚約話から極度の恐怖に陥り、強力な呪術を暴走させてしまうレイの姿には胸が痛む。
しかし、そんな彼を救うためにモニカが強固な対呪術用の防御結界を張り、不器用ながらも必死に「悪役令嬢」を演じるシーンは、コミカルでありながらも仲間への温かい思いやりに溢れており、強く心を打たれた。
最終的に、フリーダが暴走したレイのすべてを優しく受け入れる結末によって、長年孤独と恐怖を抱えていた呪術師の心がようやく救済されたことに、読者としても大きな安堵を覚える。
激しい魔法戦や貴族社会の政治的駆け引きといったシリアスな要素と、キャラクターたちの不器用で愛らしい日常が見事に融合しており、読後に優しく温かな余韻を残してくれる傑作である。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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サイレント・ウィッチ11巻
サイレント・ウィッチまとめ
サイレント・ウィッチ13巻
考察・解説
ケルベックの雪祭り
「ケルベックの雪祭り」は、『サイレント・ウィッチ XII』において、主人公である〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットを歓迎するためにケルベック伯爵領で開催された催しである。作中では、領民たちの英雄に対する深い感謝と熱意が形になり、やがて土地の文化として根付いていく過程が描かれている。
開催の経緯と目的
ケルベック伯爵家では、長女イザベルがモニカを連れて帰省するにあたり、大恩ある彼女をどうもてなすかが家族会議の議題となった。
・息子のヘンリーは盛大な宴や神輿を提案した
・伯爵夫人シルヴィアは、モニカは派手な歓迎を望んでいないと指摘した
・大々的に喧伝せずとも領民の歓迎の意思と熱意が伝わる静かな歓迎の形として、雪像コンテストを兼ねた雪祭りが企画された
雪祭りの内容と領民の熱意
雪の少ない中央地方で育ち、小さな雪だるま程度しか見たことのなかったモニカは、街に並ぶ素人目に見ても非常に凝った雪像の数々に圧倒されることになる。
・並んでいる雪像のほとんどは、黒竜に立ち向かう〈沈黙の魔女〉をモチーフにしたものであった
・実際のモニカよりも背が高く、凛々しく美化されて作られていた
・お忍びでの滞在を秘匿するため、雪像に直接歓迎の言葉を記すことは禁じられていた
・代わりに現実離れした大仰な称賛の文言が添えられており、領民たちの尋常ではない熱意と恩義が込められていた
その後の影響と伝統化
モニカを歓迎するための企画として始まった、雪像を並べてコンテストを行うという催しは、後にケルベックを代表する伝統行事の一つとして定着することになる。
・後年のケルベック雪祭りにおいても、最も人気のあるモチーフは〈沈黙の魔女〉であり続けた
・冬になるたびに彼女の雪像が並び、その偉業が長く後世に語り継がれることとなった
最初は一人の英雄を密かにもてなすための企画であったが、それが領民たちの心を動かし、最終的に土地の歴史に刻まれる伝統的なお祭りへと発展していく様子が描かれている。
儚き灯りの卵殻宿
「儚き灯りの卵殻宿(はかなきあかりのらんかくやど)」は、『サイレント・ウィッチ XII』に登場する、卵の殻に細かな模様を描いて作られる伝統工芸品であり、冬を越すためのおまじないの品である。
由来と伝承
昔々、冬の寒さを凌げずに行き場をなくした小さな炎霊のために、人間が卵の殻で宿を作ったのが始まりとされている。
・炎霊はその殻で寒さを凌いで春を迎えた
・人間もまた炎霊の灯りのおかげで燃料を節約して冬を越せたという伝承がある
・転じて、安心して冬を越すためのおまじないとして親しまれている
作り方と特徴
卵の底に開けた小さな穴から竹串を差し込んで中身を掻き出した後、蜜蠟を使って模様を描き、染料で染めて作られる。
・元の白さを残したい部分を蠟で覆ってから染料に漬ける
・乾いた後に蠟を溶かすという作業を何度も繰り返すことで、多色で細かな模様を浮かび上がらせる
・卵の殻という性質上、非常に割れやすく搬送が難しいため、お土産として広く販売されることは少ない
・主に現地の室内装飾や冬の手仕事として作られている
地域ごとの違いと広がり
元々は雪が多く冬の室内作業が好まれた北部地方で発展し、次第に東部地方などへも伝わっていった。
・ケルベック領:ケルベック伯爵の紋章が鹿であることにちなみ、緑色をベースに森と鹿を描いた模様がよく見られる。作中ではモニカとアイザックが職人の家で実際に製作を体験している
・セチェン村:定番の動植物の模様のほかに、この村独自の白い線の模様が描かれたものが存在する
・村人にもルーツは不明で魔除けや宝の地図などと噂されていたが、その正体は旧時代の魔術師が施した魔力汚染に対処するための地中の仕掛け(魔力を遮断する岩の配置)を示す図面であった
・仕掛けを忘れないため、あるいは魔術師への感謝の証として、卵殻宿の模様という伝統の形で後世に残されたものである
物語における役割
作中では、この工芸品が物語の展開に深く関わっている。
・村おこしに奮闘する少年ノーマンが、古くなった卵殻宿を魔力汚染された温泉に漬けて淡く発光させ、夜の森に吊るして照明代わりに再利用する場面が描かれている
・卵殻宿に描かれた独自の模様の法則にモニカが気づき、旧時代の仕掛けの謎を解き明かしたことで、セチェン村の魔力濃度上昇事件が解決へと導かれる
このように「儚き灯りの卵殻宿」は、単なる背景や世界観を彩るアイテムにとどまらず、キャラクターの日常的な交流から事件解決の謎解きにいたるまで、物語の重要な鍵として機能している。
セチェン村の村興し
「セチェン村の村興し」は、『サイレント・ウィッチ XII』において、廃村の危機に直面したセチェン村の人々が観光客を呼び戻すために実施した企画である。作中では、村人たちの涙ぐましい努力と商魂たくましい工夫、そしてそれに巻き込まれる本物の〈沈黙の魔女〉たちの姿がコミカルに描かれている。
村興しが行われた背景
セチェン村は元々林業や木彫り細工などを主な産業とする小さな村であったが、若者の減少により衰退し、温泉が最も重要な観光資源となっていた。
・近隣の活火山周辺で急激な魔力濃度の上昇(魔力汚染)が発生し、森の奥の秘湯が利用できなくなった
・その結果、湯治客が激減し、村は深刻な経済難とあわや廃村という危機に直面することとなった
・村に滞在していた魔術師ヒューバード・ディーの助言を受け、彼の弟子となった村の少年ノーマンが中心となって新たな観光企画が考案された
村興しの内容とスタンプラリー
村興しの目玉は、国内で絶大な知名度を誇る英雄〈沈黙の魔女〉の名前を無断で利用した観光アピールとスタンプラリーであった。
・過去に〈沈黙の魔女〉と第二王子フェリクスが湯治に訪れて傷を癒やしたという、架空の伝説をでっち上げた
・村の中に6人の自称〈沈黙の魔女〉を配置し、彼らを巡ってスタンプを集めると記念品がもらえる企画を実施した
・自称〈沈黙の魔女〉の顔ぶれは、無詠唱魔術(ノーマンによる遠隔魔術の裏工作)を披露する鍛冶屋の大男、食堂の少女、特製のサブレや木彫り像を売る土産物屋の老婆、仕込みの悪漢を退治する寸劇を行う青年、色仕掛けで誘う宿の美女、そして暗号の謎解きの先にいる村長など、非常に個性的であった
騒動の結末と村の救済
このなりふり構わぬ村興しは、お忍びで村を訪れていた本物の〈沈黙の魔女〉モニカやエリン公爵(アイザック)、ケルベック伯爵令嬢イザベルたちを大いに困惑させることになった。
・実はこの村興し自体が、ヒューバードがモニカをおびき寄せて魔法戦を仕掛けるための罠でもあった
・魔法戦の過程でモニカが地中の旧時代の仕掛けを起動させたことで、村周辺の魔力濃度が低下し、温泉が再び営業できる見込みとなった
・モニカが破壊した魔力遮断の岩が魔導具の材料として非常に価値が高いことが判明し、それを資源として販売する道が開けた
まとめ
廃村の危機を救うための村興しは、結果として魔術師の罠に利用される形となったが、本物の〈沈黙の魔女〉が巻き込まれたことで事態は好転した。魔力汚染の解決と新たな資源の発見により、セチェン村は廃村の危機を完全に脱することができたのである。
呪術師の婚約騒動
『サイレント・ウィッチ XII』において描かれる「呪術師の婚約騒動」は、七賢人の一人である〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトの予期せぬ婚約に端を発する、コミカルかつ感動的なエピソードである。呪術師としての業とコンプレックスに苦しむレイが、周囲の仲間や風変わりな婚約者に支えられ、わずかな救済を得るまでの過程が描かれている。
騒動の発端
事の発端は、レイの実質的な保護者であり、オルブライト家を取り仕切る祖母の二代目〈深淵の呪術師〉アデラインが、孫に一切の相談もなく勝手に婚約を決めていたことである。
・新年の七賢人同士の魔法戦を終え、心身ともに疲弊していたレイは、その事実を事後報告という形で知らされ、激しく動揺することとなる
・極度の「愛されたがり」であるレイだが、同時に「呪術師である自分は誰からも愛されるはずがない」という強い自己否定と恐怖を抱えていた
・祖母の嫌がらせを恐れたレイは、婚約者と顔を合わせる前に実家から逃亡し、別邸に引きこもってしまった
婚約者フリーダ・ブランケの事情
レイの婚約者に選ばれたのは、シュヴァルガルト帝国西方のヴァルムベルク辺境伯の妹、フリーダ・ブランケであった。
・ヴァルムベルク家はかつて英雄を輩出した名家だが、現在は没落し深刻な財政難に陥っていた
・フリーダはオルブライト家から提示された破格の支度金を目当てに、兄と祖父の猛反対を押し切って即座に婚約を承諾した
・フリーダは単身でリディル王国のオルブライト家に乗り込むが、そこで待っていたのは現地解散のような放任状態であった
・しかし、度胸があり適応力の高いフリーダは動じず、姿を見せないレイから使い魔のコウモリを通じて届けられる手紙や手作りのお守りを微笑ましく受け取っていた
兄の乱入と呪術の暴走
事態が急変したのは、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが主催したパーティの場である。
・レイとフリーダを対面させるために設けられたこの場に、妹を連れ戻そうとフリーダの兄ヘンリックが乱入し、レイに決闘を申し込んだ
・これに対し、フリーダはレイを庇って自ら兄との決闘に応じた
・兄妹の激しい戦いの中、ヘンリックがレイに向けて放った本物の殺気に当てられ、戦いを知らないレイは極度の恐怖から感情の均衡を崩してしまった
・その結果、彼の体内に溜め込まれた呪いが暴走し、周囲の植物を異形の魔物へと変貌させ、周囲を無差別に攻撃し始めた
仲間たちの奔走と事態の収拾
暴走するレイの呪術を食い止めたのは、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットであった。
・モニカは自ら開発した対呪術用防御結界を展開し、魔物たちの攻撃からフリーダやヘンリックを守り抜いた
・さらに、レイが自分を責めて孤立しないよう、モニカと〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグは一計を案じた
・二人はそれぞれ「悪役令嬢」「悪役令息」を名乗り、自分たちこそが悪者であると演じることでレイの気を逸らしたのである
・モニカはラウルが操る茨の陰から飛行魔術でレイの眼前に急降下し、悪役令嬢らしく高笑いしながら、ラウルが鎮静と麻痺の効果を付与した薔薇をレイに嗅がせた
・これにより、レイの興奮は収まり、呪いの暴走は停止した
まとめ
力尽きたレイを抱き止めたのは、他でもないフリーダであった。彼女は呪術師であるレイを一切恐れることなく、「もう大丈夫」と優しく抱擁し、それに安堵したレイは呪いの黒い涙ではなく、澄んだ透明な涙を流して泣きじゃくった。
その後、フリーダは呪術師ゆえに「愛している」と言葉にできないレイに対し、言葉以外でも気持ちは伝えられると、彼の手の甲に口付けを落とす。現時点ではまだ愛してはいないと正直に告げつつも、「貴方を好きになれると思う」と誠実に向き合う姿勢を示した。
この一連の騒動を通して、長年孤独と恐怖に苛まれていた呪術師レイは、不器用ながらも自分を受け入れてくれる相手と出会い、前を向くための救済を得ることができたのである。
七賢人の新年代替戦
「七賢人の新年代替戦」は、作中において「新年の七賢人同士の魔法戦」として描かれている出来事である。この魔法戦の経緯と展開について、以下に解説する。
開催の経緯
新年の一週間、七賢人は城に滞在することが定められているが、何もせずに過ごすのは退屈だという理由から、急遽七賢人同士で魔法戦が行われることとなった。
・言い出しっぺは魔法戦を好む〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンである
・怪我の療養で体が鈍っていた〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーや、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイ、〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグがこれに賛同した
・一方で、引きこもり気質な〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットと〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトの反論は黙殺され、強制的に参加させられることになった
チーム分けとルイスの狙い
魔法戦は、若手三人衆(モニカ、ラウル、レイ)と年長者三人(メアリー、ブラッドフォード、ルイス)によるチーム戦で行われた。
・戦闘開始前、ルイスはモニカとレイについて、残しておくと厄介だが身体能力が劣るため落としやすいと分析していた
・そのため、初手でこの二人を狙う戦略を立てていた
戦闘の経過と結末
戦闘が始まると、メアリーが空に空の幻術を被せることで、飛行魔術で接近するルイスの姿を隠蔽した。
・若手組はこれに対し、モニカが防御結界を張り、ラウルが茨の蔓を展開して応戦しようとした
・しかし、この茨の蔓が逆に視界を遮ってしまい、敵を視認できなくなるという悪手となってしまった
・モニカが索敵と感知の魔術を発動して敵の位置を捕捉しようとした時にはすでに遅く、若手組の背後からブラッドフォードの超火力である六重強化魔術が炸裂した
・モニカは咄嗟に無詠唱で防御結界を二枚重ねにして防ごうとしたものの、盾型の結界では爆風を防ぎきれず、若手組はなすすべもなく吹き飛ばされて敗北した
まとめ
魔法戦では受けたダメージが大きいほど被術者の魔力が減少するルールのため、国内最高火力の直撃を受けたモニカとレイは魔力を大きく奪われ、重い魔力欠乏症に陥ってしまった(圧倒的な魔力量を誇るラウルだけは平然としていた)。
この直後、魔力欠乏症で円卓に突っ伏していたレイに対し、メアリーから祖母によって勝手に婚約が決められていたという事実が告げられ、レイの逃亡やその後の呪術暴走騒動へと繋がっていくことになる。
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登場キャラクター
王族
フェリクス・アーク・リディル(アイザック・ウォーカー)
リディル王国の第二王子であるが、現在はエリン公爵として隠居し、身分を偽ってモニカの弟子として行動している。頭脳明晰で交渉事に長けており、モニカを深く敬愛する。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・第二王子(表向きは療養中)。エリン公爵。
・物語内での具体的な行動や成果
ケルベック伯爵と密かに交渉を行い、北東部の街道整備事業を推進した。セチェン村ではヒューバードの魔法戦に巻き込まれ、短剣と魔力を帯びた卵殻を用いて時間稼ぎを行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
表舞台には出ないようにしているが、北東部開発事業を通じてアンダーソン商会の独占状態を崩そうと暗躍している。
アンブローズ・クレイドル・リディル
リディル王国の国王である。広い視野と深い思慮を持つ人物として描かれる。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・国王。
・物語内での具体的な行動や成果
翡翠の間でメアリーとモニカに対し、新年の星の並びについて意見を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
これ以上の凶事を避けるため、新たな七賢人の選出を急ぎ、七賢人たちの結束を強めるようモニカに指示した。
七賢人
モニカ・エヴァレット
人見知りであるが、無詠唱魔術を操る魔術師である。臆病な性格でありながらも、弟子のアイザックや仲間のために行動する強さを持つ。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・七賢人。〈沈黙の魔女〉。
・物語内での具体的な行動や成果
セチェン村でヒューバードが仕掛けた魔法戦に応じ、風の精霊王を召喚して地中の岩を破壊した。呪術を暴走させたレイを救うため、対呪術用結界を展開し、悪役令嬢を演じて彼を落ち着かせることに成功する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
黒竜や呪竜を退けた英雄として国内で広く知られており、ケルベック領では雪祭りの題材として扱われるなど強い影響力を有する。
ルイス・ミラー
魔法戦を好む武闘派の魔術師である。妻や家族を大切にしているが、同僚や弟子に対しては過激な行動を取ることが多い。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・七賢人。〈結界の魔術師〉。
・物語内での具体的な行動や成果
新年の魔法戦で幻術を利用してモニカたちを奇襲した。レイの呪術暴走時には庭園を魔法戦用の結界で覆い、周囲への被害を防ぐ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
足を負傷したことを理由に長期休暇を取得し、家族と湯治旅行を楽しんだ。
メアリー・ハーヴェイ
宴会や少年を好む魔術師である。常にたおやかな態度を崩さず、星詠みによって未来を見通す力を持つ。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・七賢人。〈星詠みの魔女〉。
・物語内での具体的な行動や成果
新年の魔法戦で幻術を展開し、ルイスの姿を隠した。アイザックに対し、彼が世界の半分を失うという予言を伝える。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
国王の相談役を務めており、星詠みの力は衰えたと噂されているが、実際には凶兆の片鱗を捉えている。
ブラッドフォード・ファイアストン
魔法戦を好む豪快な性格の大男である。国内最高火力の魔術を操る。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・七賢人。〈砲弾の魔術師〉。
・物語内での具体的な行動や成果
新年の魔法戦を提案し、六重強化魔術を放って若手組を吹き飛ばした。逃亡したレイをルイスと共に連れ戻そうと行動する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ヒューバードの伯父であり、性格は似ていないが魔法戦を好む点だけは共通している。
ラウル・ローズバーグ
植物を操る魔術師である。底抜けに明るく能天気な性格で、空気を読まない発言で周囲を困惑させることがある。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・七賢人。〈茨の魔女〉。
・物語内での具体的な行動や成果
レイと婚約者を結びつけるため、モニカに悪役令嬢を演じる作戦を提案した。レイの暴走時には蔓薔薇を展開して魔物を抑え込む。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
豊富な魔力量を誇り、新年の魔法戦で直撃を受けても魔力欠乏症にならなかった。
レイ・オルブライト
愛されたがりでありながら、他人に嫌われることを極端に恐れる呪術師である。全身に呪印を宿しており、感情が高ぶると呪術が暴走してしまう。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・七賢人。〈深淵の呪術師〉。オルブライト家当主。
・物語内での具体的な行動や成果
祖母によって勝手に婚約を決められ、屋敷から逃亡した。フリーダの兄の殺気にあてられて呪術を暴走させたが、モニカやフリーダの行動によって正気を取り戻す。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
第二王子の呪いを解いた功績から国王の覚えもめでたく、呪術師としての評価を高めている。
ケルベック伯爵家(ノートン家)
アズール・ノートン
重厚な造りの屋敷を構える東部地方の大貴族である。自領の利益と平穏を第一に考えている。
・所属組織、地位や役職
リディル王国・ケルベック伯爵。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカを歓迎するため、領民に雪像コンテストの開催を許可した。アイザックとの対話を通じて、第二王子の秘密を守る意思を示す。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
第一王子派でも第二王子派でもない中立派であり、戦争を回避する意向を持っている。
シルヴィア・ノートン
情報通であり、社交界でも影響力を持つ貴婦人である。交渉事においては隙を見せない強かさを持つ。
・所属組織、地位や役職
ケルベック伯爵夫人。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカが派手な歓迎を望まないことを見抜き、雪祭りの開催を提案した。ヴァネッサとの会合では、主導権を握って交渉を優位に進める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アンダーソン商会の投資を侵略になりうると警戒しており、子供たちにもその教えを伝えている。
イザベル・ノートン
淑女として振る舞う一方で、悪役令嬢に憧れを持つ令嬢である。モニカを深く慕っており、彼女のためなら策を巡らすことも辞さない。
・所属組織、地位や役職
ケルベック伯爵家・長女。セレンディア学園の生徒。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカをケルベック領へ案内し、雪像コンテストの意図を説明した。セチェン村ではヒューバードに対し、街道整備事業の計画を突きつけて交渉を優位に進める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
生徒会には所属していないが、生徒会長のアルバートに助言や協力を行っている。
ヘンリー・ノートン
父親似の黒髪で愛嬌のある少年である。悪の貴公子に憧れているが、まだ幼さが残る。
・所属組織、地位や役職
ケルベック伯爵家・長男。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカを歓迎するために宴や神輿を提案したが、母親に止められた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
卵殻宿の歴史やアンダーソン商会の馬車についてモニカに説明している。
アガサ
イザベルに仕える侍女である。護衛の心得があり、常に周囲を警戒する。
・所属組織、地位や役職
ケルベック伯爵家・侍女。
・物語内での具体的な行動や成果
イザベルと共にモニカのセチェン村での調査に同行した。ヒューバードとの話し合いの後、彼とノーマンの監視役を務める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アイザックがお忍びのエリン公爵であることを知っており、その対応を任されている。
ヴァルムベルク辺境伯家(ブランケ家)
フリーダ・ブランケ
度胸があり、適応力の高い女性である。実利を重んじる性格であり、呪術師であるレイに対しても偏見を持たずに向き合う。
・所属組織、地位や役職
ヴァルムベルク辺境伯家・令嬢。
・物語内での具体的な行動や成果
実家の財政難を救うため、オルブライト家からの婚約を受け入れた。レイの暴走時には逃げずに彼を抱きとめ、落ち着かせる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
レイの呪印に触れる口付けを行い、言葉以外で気持ちを伝える方法を示した。
ヘンリック・ブランケ
妹思いの青年であるが、剣を握ると気迫を見せる。普段は頼りない優男のように振る舞う。
・所属組織、地位や役職
ヴァルムベルク辺境伯家・当主。
・物語内での具体的な行動や成果
フリーダを連れ戻すためオルブライト邸に乗り込み、レイに決闘を申し込んだ。フリーダとスコップを使って激しく打ち合い、彼女の剣を叩き落とす。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アイザックから噂以上の実力者だと評価され、同盟相手として見込まれている。
テオドール・ブランケ
枯れ木のように痩せた老人であるが、眼光は鋭い。かつて戦狼と呼ばれた猛将である。
・所属組織、地位や役職
ヴァルムベルク辺境伯家・先々代当主。剣聖。
・物語内での具体的な行動や成果
過去に二代目〈深淵の呪術師〉から呪いを受けた経験があり、フリーダの婚約に強く反対した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
五十年以上前の戦争で帝国軍の勝利に貢献し、皇帝から剣聖の称号を与えられた。
オルブライト家
アデライン・オルブライト
紫色の髪とピンク色の目を持つ大柄な老婆である。他人の嫌がる顔を見るのが好きだと公言する。
・所属組織、地位や役職
オルブライト家・実質的支配者。二代目〈深淵の呪術師〉。
・物語内での具体的な行動や成果
レイに無断でフリーダとの婚約を決めた。フリーダと共に食事をすることを了承し、彼女の度胸を面白がる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
オルブライト家を経済的に潤わせた立役者であり、その呪術の腕前はレイを上回る。
ディー家
ヒューバード・ディー
魔導具の作成に執着する魔術師である。他人の迷惑を顧みず、自身の研究と愉悦のために行動する。
・所属組織、地位や役職
魔導具職人。
・物語内での具体的な行動や成果
セチェン村で魔力汚染を利用した簡易結界を張り、モニカに魔法戦を仕掛けた。その後、モニカによって指輪に魔力封印の術式を施される。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
旧時代の魔力回路の存在に気づき、古代魔導具の再現を試みていた。
ヴァネッサ・ディー
無駄を嫌い、他者を出し抜く機会を常にうかがう野心家である。服装について口出しされることを嫌う。
・所属組織、地位や役職
ディー家・夫人。
・物語内での具体的な行動や成果
ケルベック領内の会館でシルヴィアたちと会合を行い、事業の利益配分について交渉した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
交渉で主導権を握れず、ケルベックの事業に出資する立場に収まる。
ハイオーン侯爵家(アシュリー家)
シリル・アシュリー
生真面目で潔癖な性格の青年である。義父の期待に応えるべく、貴族社会に溶け込もうと努力している。
・所属組織、地位や役職
ハイオーン侯爵家・養子。次期当主。
・物語内での具体的な行動や成果
オーレリアとの縁談について、自分の未熟さを理由に断ってほしいと伝えた。ドレスの糸が切れたモニカに自身の上着を貸し与える。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
モニカに尊敬される先輩でありたいと強く願っている。
カーティス・アシュリー
笑顔で整った顔立ちの青年である。口数が多く、気さくに他人に話しかける。
・所属組織、地位や役職
アシュリー家・一族の青年。
・物語内での具体的な行動や成果
パーティ会場でラザフォードに挨拶し、モニカにシリルの縁談について話した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
シリルやクローディアの従兄にあたる。
ベルスティング侯爵家
オーレリア・ハーヴェイ
控えめで奥ゆかしい令嬢である。容姿端麗で魔術の才能も持ち合わせている。
・所属組織、地位や役職
ベルスティング侯爵家・令嬢。
・物語内での具体的な行動や成果
シリルから縁談の断りを受けた際、彼が爵位を継いだ後に結婚してくれるか問いかけた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
〈星詠みの魔女〉メアリーの姪にあたる。
その他魔術師・関係者
グレン・ダドリー
明るく人懐っこい性格の青年である。細かい事情を気にせず、自分の目的に向かって直進する。
・所属組織、地位や役職
〈結界の魔術師〉の弟子。
・物語内での具体的な行動や成果
竜を探している最中にヘンリックと出会い、彼をオルブライト邸へ案内した。ラウルの指示で薔薇の花弁を毟る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
下級魔術師試験に合格し、ルイスから竜の素材を持ち帰るよう命じられていた。
ギディオン・ラザフォード
煙管を愛用する偏屈な老魔術師である。口は悪いが、教え子たちの成長を密かに見守る。
・所属組織、地位や役職
魔術師養成機関ミネルヴァの教授。〈紫煙の魔術師〉。
・物語内での具体的な行動や成果
パーティ会場でモニカの成長を認め、ドレス姿を褒めた。ルイスに対してカーラの不在について言葉を濁す。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔術師業界の重鎮として広く顔が知られている。
ウィリアム・マクレガン
魔術師の集まりに参加している人物である。
・所属組織、地位や役職
〈水咬の魔術師〉。
・物語内での具体的な行動や成果
メアリーが主催するパーティに出席していた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
先月、クレスバーン魔法大学の事件でモニカ達と関わりがあった。
ブレンダン・オートレッド
好々爺とした雰囲気を持つが、頭が切れ腕も立つ人物である。
・所属組織、地位や役職
エリン公爵家・家令。
・物語内での具体的な行動や成果
ディー夫人との会合に参加し、作業者の安全性を理由に計画の修正を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
かつてクロックフォード公爵に仕えていた経験を持つ。
ニール・クレイ・メイウッド
童顔で温和な雰囲気の若者である。法務に精通しており、交渉事を円滑に進める能力がある。
・所属組織、地位や役職
調停者の家系。
・物語内での具体的な行動や成果
ディー夫人との会合に参加し、利益配分に関する提案書を提示して交渉をまとめた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
敏腕調停者の息子であり、学生時代にイザベルと親交があった。
ラナ・コレット
流行に敏感で行動力のある若い女性である。新しいデザインのローブを世に広めようと奮闘する。
・所属組織、地位や役職
コレット商会・商会長。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカの家を訪ね、そこで出会ったバーソロミューの衣装から新作ローブのアイデアを思いついた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
モニカのドレスを見立てるなど、彼女の生活を気にかけている。
リック
元気で愛想の良い青年である。商会の仕事に従事している。
・所属組織、地位や役職
コレット商会・従業員。
・物語内での具体的な行動や成果
ラナの指示を受け、馬車の運転を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
商会の制服が板についてきている。
バーソロミュー・アレクサンダー
黒髪と金色の目を持つ長身の男である。古風なローブを身にまとい、独特な口調で話す。
・所属組織、地位や役職
モニカの知人。
・物語内での具体的な行動や成果
留守番中にラナと出会い、彼女が持参した食べ物を受け取った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ラナから新作ローブのモデルとして目をつけられ、食事に誘われる。
セチェン村
ノーマン
村を救おうと奮闘する賢く健気な少年である。ヒューバードから魔術を学び、村興しの中心として活動する。
・所属組織、地位や役職
セチェン村の少年。ヒューバードの弟子。
・物語内での具体的な行動や成果
村でスタンプラリーを企画し、遠隔魔術を使って村人の小芝居を演出した。魔法戦ではヒューバードの指示でアイザックを狙撃した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
モニカからミネルヴァの特待生としての推薦状を贈られた。
ゴードン
筋骨隆々としたスキンヘッドの大男である。大声で無詠唱魔術の掛け声を上げる。
・所属組織、地位や役職
セチェン村・鍛冶屋。
・物語内での具体的な行動や成果
第一の〈沈黙の魔女〉を演じ、モニカのスタンプカードにスタンプを押した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ノーマンの遠隔魔術に合わせて杖を振り、魔術を使っているように見せかけていた。
ジェフリー
少し鷲鼻の若い男である。芝居がかった振る舞いで正義の味方を演じる。
・所属組織、地位や役職
セチェン村の青年。
・物語内での具体的な行動や成果
第四の〈沈黙の魔女〉を演じ、仕込みの悪漢を退散させる芝居を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ライラに好意を寄せているが、全く相手にされていない。
グレッグ
悪人顔であるが、子ども好きで心優しい青年である。
・所属組織、地位や役職
セチェン村の青年。
・物語内での具体的な行動や成果
ジェフリーの芝居で悪漢役を演じたが、モニカを怯えさせてしまったことを酒場で泣いて悔やんだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ジェフリーとは幼馴染であり、息の合った演技を見せる。
ライラ
村一番の美女である。観光客慣れしており、色香を使って客を勧誘する。
・所属組織、地位や役職
セチェン村の住人。
・物語内での具体的な行動や成果
第五の〈沈黙の魔女〉を演じ、アイザックに店へ来るよう誘いをかけた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
運命の相手を探しているが、アイザックには本命がいると見抜いて諦める。
サイモン
小柄で気の弱い老人である。村の衰退と温泉の魔力汚染に頭を悩ませている。
・所属組織、地位や役職
セチェン村・村長。木彫り細工職人。
・物語内での具体的な行動や成果
ヒューバードの魔力調査に感謝しつつ、話し合いの席では事業が始まるまで村がもつか不安を訴えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
持ち回り制でたまたま村長を務めている年に魔力汚染が発生した。
精霊
ウィルディアヌ
白いトカゲの姿を持つ水霊である。自己主張が少なく、謙虚で真面目な性格である。
・所属組織、地位や役職
アイザックの契約精霊。
・物語内での具体的な行動や成果
北の森で温泉の魔力濃度を調査し、炎霊カヤン消滅に伴う魔力濃度上昇の情報をアイザックに伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アイザックからタライを用意され、水底に沈んで寛いでいた。
風霊
金髪を束ねたメイドの姿をした上位精霊である。人間の文化に興味を持ち、真似を試みる。
・所属組織、地位や役職
通りすがりの風霊。
・物語内での具体的な行動や成果
セチェン村の温泉でウィルディアヌと遭遇し、炎霊カヤンの追悼集会について語った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
温泉に入った人間の喜びの声をウィルディアヌに教えた。
シェフィールド
春を感じさせる風を操る精霊王である。
・所属組織、地位や役職
風の精霊王。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカの召喚に応じ、風の刃で地中の岩を破壊した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
モニカの魔術によって一部の力が顕現した。
炎霊カヤン
褐色の肌を持つ女戦士の姿をした大精霊である。かつて儚き灯りの卵殻宿で冬を越した伝承の主として知られる。
・所属組織、地位や役職
暦に名を残す炎霊。
・物語内での具体的な行動や成果
謁見の門を開こうとする氷霊を止めるため、三日三晩の戦いを繰り広げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔力を燃やし尽くして消滅し、その追悼のために集まった精霊が魔力汚染を引き起こした。
氷霊
白いドレスを着た娘の姿の精霊である。精霊の時代を取り戻すという歪んだ願望を抱く。
・所属組織、地位や役職
氷霊。
・物語内での具体的な行動や成果
炎霊カヤンと戦い、四肢を失いながらも同族喰らいを行って力を得た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔力を吸収して若返った姿となった。
集団
ケルベックの民
領主への忠誠心と英雄への感謝を強く抱く人々である。
・所属組織、地位や役職
ケルベック伯爵領の領民。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカを歓迎するため、彼女の偉業を称える雪像を多数制作した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
雪祭りを通じて、土地の文化を形成するほどの熱意を見せる。
孤児院の子ども達
無邪気で心優しい子ども達である。イザベルを慕っている。
・所属組織、地位や役職
ケルベック領内の孤児。
・物語内での具体的な行動や成果
客人を連れたイザベルに配慮して声をかけるのを我慢した。モニカの氷鐘を見て歓声を上げる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
イザベルからお土産の菓子を届けられることになった。
卵殻宿作りの老婦人達と子ども達
温和で世話焼きな人々である。
・所属組織、地位や役職
ケルベック領内の住民。
・物語内での具体的な行動や成果
モニカとイザベルを歓迎し、お茶と菓子を振る舞いながら卵殻宿作りの体験を提供した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アイザックの手品を見て大いに喜んだ。
セチェン村の村人達
村の危機に直面しながらも、活気を取り戻そうと協力し合う人々である。
・所属組織、地位や役職
セチェン村の住民。
・物語内での具体的な行動や成果
観光客を呼び戻すため、〈沈黙の魔女〉の名を利用したスタンプラリーや小芝居を実施した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
精霊王召喚の音に驚き、騒ぎを聞きつけて森へ集まる。
湯治客を装ったケルベックの人間
任務に忠実で訓練された人員である。
・所属組織、地位や役職
ケルベック伯爵家の関係者。
・物語内での具体的な行動や成果
湯治客としてセチェン村に滞在し、騒動時には村人への説明や周辺警備を迅速に行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
モニカには正体を気づかせないよう自然に振る舞った。
星詠みの魔女に仕える少年達
美しい容姿を持ち、主人の好みに合わせた服装をしている。
・所属組織、地位や役職
メアリー・ハーヴェイの従者。
・物語内での具体的な行動や成果
パーティ会場で膝小僧を出した服装で給仕などの作業を行っていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔術を学んでいる者も含まれる。
サイレント・ウィッチ11巻
サイレント・ウィッチまとめ
サイレント・ウィッチ13巻
展開まとめ
プロローグ ケルベックへようこそ! ~沈黙の大歓迎〜
歓迎される〈沈黙の魔女〉
ケルベック伯爵アズール・ノートンは、長女イザベルから〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットを連れて帰省するとの手紙を受け取り、家族会議を開いた。議題はモニカをどのようにもてなすかであった。
息子ヘンリーは盛大な歓迎と宴を提案し、モニカを乗せるための神輿まで準備していた。しかし伯爵夫人シルヴィアは、モニカが派手な歓迎を望まないことを指摘し、大々的な宣伝を避けながら歓迎の気持ちを伝える方法を提案した。伯爵はその案を認め、領民たちはそれぞれの想いを形にすることとなった。
雪祭りに込められた領民の想い
ケルベックに到着したモニカを迎えたのは、街中に並ぶ数多くの雪像であった。
雪祭りとして開催された催しだったが、並んでいた雪像のほとんどは黒竜に立ち向かう〈沈黙の魔女〉を題材にしたものであった。さらに雪像には、〈沈黙の魔女〉の偉業を称賛する大仰な言葉まで添えられていた。
呆然とするモニカに対し、イザベルは歓迎のためであってもモニカの滞在を示す文言は禁止していると説明した。これは静かに歓迎の意を伝えるための配慮であり、アガサもまた、伯爵夫人の考えによってこの形が選ばれたと語った。
モニカは雪像に込められた領民たちの熱意を感じ取り、その気持ちに感謝しながら礼を述べた。
子ども達とのささやかな交流
その時、モニカは離れた場所から様子を窺う子ども達の存在に気づいた。
子ども達は〈沈黙の魔女〉の来訪を秘密にしながら、自分たちが作った雪像を見てもらえたかを気にしていた。その会話を聞いたモニカは、不思議な温かさを覚えた。
イザベルは、彼らが自身の読み聞かせ先である孤児院の子ども達だと説明した。さらに後で菓子を届けるよう侍女に指示し、子ども達への気遣いを見せた。
その様子を見たモニカは、自分も何かしたいと考えた。
冬精霊の氷鐘の披露
モニカはアイザックに少し離れるよう頼み、魔法を発動した。
周囲に現れた氷の筒は成長しながら揺れ動き、互いに触れ合うことで澄んだ鐘の音を響かせた。それは冬精霊の氷鐘であった。
子ども達は歓声を上げ、モニカは口元に指を当てて静かにするよう合図した。喜ぶ子ども達を見て、モニカはケルベックに来て良かったと感じた。
人々の感動と雪祭りの伝統化
氷鐘の音色を聴いたアイザックは、自らを幸福な弟子だと語りながら深く感動していた。
イザベルもまた、新年の式典で聞いた話以来その音色を直接聞きたいと願っていたことを明かし、感激のあまり涙を浮かべた。
二人の反応に気恥ずかしさを覚えたモニカは、喜んでもらえたなら良かったと答えた。
その後、ケルベック発祥の雪祭りは領地を代表する伝統行事として定着した。そして冬になるたびに〈沈黙の魔女〉を模した雪像が並び、その偉業は後世まで語り継がれていった。
一章 儚き灯りの卵殻宿
ケルベック伯爵との対面
モニカはケルベック伯爵邸を訪れた。東部地方の建物は森との調和を重視した造りが多く、伯爵邸も堅牢さと美しい庭園を兼ね備えていた。屋敷の玄関ホールには黒竜に立ち向かう〈沈黙の魔女〉の絵画が飾られており、アイザックはその出来栄えを称賛していた。
アイザックは使用人に案内されて別室へ向かい、モニカは一人でケルベック伯爵アズール・ノートンと対面した。伯爵は武人としての風格と知性を兼ね備えた人物であり、モニカは礼を尽くして黒竜討伐への協力に感謝を述べた。イザベルもまた完璧な淑女として応対した。
悪役への憧れという誤解
モニカがアイザックの件を切り出そうとした時、ケルベック伯爵は逆光が足りなかったことを謝罪した。
困惑するモニカに対し、伯爵は悪役らしい演出には逆光が欠かせないと説明した。さらに〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーから、モニカが悪役に憧れ、自ら苛められ役を望んでいると聞かされていたことを明かした。
セレンディア学園潜入時の設定もモニカ自身が監修したと誤解していた伯爵とイザベルは、悪役らしい振る舞いを研究していた。二人は邪悪な笑みと共に歓迎の言葉を述べたが、モニカは圧倒されて本来の用件を忘れかけてしまった。
アイザックの秘密への配慮
ようやくアイザックについて切り出したモニカに対し、ケルベック伯爵は事情を全て把握していると告げた。
伯爵は使用人達にもエリン公爵のお忍び訪問として伝えており、対応はアガサに任せていると説明した。さらに沈黙がもたらす平穏を乱すつもりはないと語り、第二王子フェリクスの秘密を守る意思を示した。
その言葉を受けたモニカは深く感謝し、伯爵に頭を下げた。
ノートン家との穏やかな茶会
挨拶を終えたモニカは、イザベル、シルヴィア、ヘンリーと共にティールームで過ごした。
雪像コンテストの話題やセレンディア学園の近況が語られ、イザベルは生徒会長となったアルバートや従者パトリックの奮闘について説明した。自身は生徒会には所属していないものの、助言や協力を行っていることも明かした。
和やかな雰囲気の中で、モニカは室内に飾られていた卵の置物について興味を示した。
儚き灯りの卵殻宿の由来
イザベルは、その置物が儚き灯りの卵殻宿と呼ばれる伝統工芸品であると説明した。
冬の寒さに困る小さな炎霊のため、人々が卵の殻で宿を作ったという伝承に由来しており、安心して冬を越すためのおまじないでもあった。
さらに卵殻宿は蠟で模様を描き、何度も染色を重ねて作られる非常に手間のかかる工芸品であることや、元々は雪の多い北部地方で発展した文化であることをヘンリーが説明した。
モニカはその美しさに惹かれ、ネロやラナへの土産にできないかと考えた。
アンダーソン商会と投資の危険性
モニカが卵殻宿の販売について尋ねると、シルヴィアは割れやすいため輸送が難しいと説明した。
話題は自然とアンダーソン商会へ移り、冷却馬車や振動抑制馬車などの技術、そして街道整備への投資によって勢力を拡大したことが語られた。
シルヴィアは、投資は発展をもたらす一方で侵略にもなり得ると説明し、領地経営において警戒すべき存在であることを子供達に教えた。イザベルとヘンリーは真剣に頷き、モニカもその教えに耳を傾けた。
アイザックとケルベック伯爵の政治的対話
一方その頃、別室ではアイザックとケルベック伯爵が向かい合っていた。
伯爵は第二王子の真実や最高審議会の裏事情を知りながらも、それらを暴けば国の平穏が損なわれるため沈黙を選ぶと明言した。東部地方を預かる大貴族として戦争を望まない意思もそこに込められていた。
アイザックはその姿勢に感謝しながらも、公的な立場上それを率直に表現できず、個人的に〈沈黙の魔女〉の大ファンであり、彼女を支えたノートン家と良い関係を築きたいと伝えた。
伯爵もそれを受け入れ、両者は固い握手を交わした。
脱獄囚と違法薬物の脅威
その後は情報交換へと移った。
話題は〈風の手の魔術師〉アドルフ・ファロンの逮捕やオルブライト家の動向、そして最後の脱獄囚リュド・クラーセンへと及んだ。
ケルベック伯爵は、リュドと旧知の仲であるランドール王国出身のサミュエル・スロースが、水霊の至高を利用した商売を企んでいるという情報を伝えた。
これを受けたアイザックは、西部地方でも違法薬物の流通を警戒し、取り締まりを強化する必要があると判断した。
新たな情報交換の始まり
違法薬物の問題について意見を交わした後、話題は北東部貴族や帝国情勢へと広がった。
アイザックは必要な情報を共有する意思を示し、その具体例として勢力を拡大するアンダーソン商会の話題を持ち出した。
ケルベック伯爵も興味を示し、両者はさらなる情報交換と交渉へ進もうとしていた。
アイザックとモニカの再会
ケルベック伯爵との対話を終えたアイザックは、アガサに案内されて談話室へ向かった。ケルベック伯爵は事情を知るアガサ以外の使用人が近づかないよう配慮しており、アイザックはその気遣いに感心しつつも、伯爵の真意を測りかねていた。
談話室ではモニカが室内の装飾品を眺めていた。アイザックが声をかけると、モニカは茶会でシルヴィアから政治や流通について多くを学び、少し賢くなった気がすると嬉しそうに語った。
アイザックはそんなモニカに微笑み、彼女の頭脳は国の至宝だと称賛した。
儚き灯りの卵殻宿への興味
モニカは飾られていた卵殻宿を指差し、その美しさについて話し始めた。
アイザックはそれが儚き灯りの卵殻宿であると説明し、卵の殻に蠟で模様を描いて染色する工芸品であることや、小さな炎霊が冬を越すための宿にしたという伝承を語った。
呼び出されたウィルディアヌは卵殻宿を見つめた後、自分なら水を張ったタライの方がありがたいと述べた。アイザックはその反応に苦笑した。
その後、モニカは翌日に卵殻宿を作る職人のもとへイザベルが案内してくれると話し、アイザックも同行することになった。
ケルベック伯爵夫妻によるアイザック評
一方その頃、執務室ではケルベック伯爵とシルヴィアが晩餐の準備について確認を行っていた。
話題がアイザックに及ぶと、伯爵は若さに似合わぬ胆力と優れた頭脳を持ち、クロックフォード公爵によって徹底的に鍛えられた人物だと評価した。また、話術に優れ、人を動かす術も理解していると語った。
シルヴィアは、それほど王族として育てられたこと自体が生きづらさに繋がっているのではないかと指摘した。伯爵もその意見に同意し、本物のフェリクス王子が生きていれば優れた側近になっていただろうと考えた。
伯爵夫妻の結論
ケルベック伯爵は、アイザックが〈沈黙の魔女〉への恩義を忘れていない限り、あえて事を荒立てる必要はないとの結論に至った。
さらに冗談めかして、もしアイザックが悪役王子への転向を望むのであれば、自分たちが手ほどきしてやろうと語った。
シルヴィアもそれを面白そうだと受け止め、夫妻はケルベック流の悪役作法を教える未来を楽しげに想像していた。
二章 沈黙の魔女の村
儚き灯りの卵殻宿作り
ケルベック伯爵領に到着した翌日、モニカはアイザックと共にイザベルの案内で、儚き灯りの卵殻宿を作る職人の家を訪れた。
そこは工房ではなく老婦人の屋敷のリビングであり、老婦人達が孫と一緒に卵殻宿作りを楽しんでいた。モニカは歓迎を受けて席に着き、アイザックは地味な服装の付き人として自然に振る舞った。
子ども達に囲まれたアイザックは手品で飴を出して見せ、たちまち人気者になった。さらに子ども達の作品を一つひとつ褒め、その様子を見たモニカは彼が子ども好きであることを改めて感じていた。
卵殻宿作りへの挑戦
モニカは卵殻宿作りに参加し、卵の中身の取り出し方に興味を示した。
イザベルから卵の底に開けた小さな穴について説明を受けたが、モニカはその方法を魔術と結びつけて考えていた。そこへアイザックが現れ、竹串で中身を掻き出すのだと教えた。
その後、モニカは蜜蠟を使って模様を描き始めた。絵は苦手だったが図形を写すことは得意であり、慣れてくると作業を楽しめるようになった。模様を描いた卵を染料に浸した後、一同は休憩を取ることになった。
モニカを巡る情報交換
休憩中、イザベルとアイザックはモニカについて語り合った。
イザベルは〈沈黙の魔女〉を知るために基礎魔術学の授業を選択したことや、日々情報収集を続けていることを明かした。学会での〈黒い聖杯〉の発表や、〈茨の魔女〉との共同研究についても詳しく把握していた。
共同研究中にハイオーン侯爵邸へ滞在した話になると、アイザックは意外そうな反応を見せた。モニカは詳しい事情を伏せつつ、侯爵邸の蔵書が充実しており、再び訪れたいと語った。
その話を聞いたアイザックは低い声で反応したが、モニカは彼も本を借りたかったのだろうと考えていた。
セチェン村への関心
その後、老婦人の一人がモニカはセチェンの温泉を気に入っていると聞いたと話した。
しかしモニカには全く心当たりがなく、セチェンという地名すら知らなかった。話を聞いた結果、モニカはセチェン村へ行ってみたいと希望し、一行は翌日に湯治を兼ねて現地を訪れることになった。
魔力汚染された温泉の調査
一方、セチェン村近くの温泉地帯では、ノーマンという少年が調査を続けていた。
この地域では原因不明の魔力汚染によって温泉の魔力濃度が急激に上昇し、湯治客が激減していた。ノーマンは魔力汚染された温泉水に様々な物を浸し、付与魔術を使わずに魔力を付与できないか実験していた。
石や木片は一時的に魔力を帯びるものの長続きせず、成果は思わしくなかった。さらにノーマンは高価な魔力量測定器の構造にも興味を抱き、将来的に村で魔導具の部品を製造できないかと考えていた。
その時、湯治客が到着したとの知らせを受け、ノーマンは村の入り口へ向かった。
セチェン村と〈沈黙の魔女〉
村に到着したのはイザベル達であった。
ノーマンは彼女達を温泉と〈沈黙の魔女〉のセチェン村へようこそと歓迎した。モニカは自分の名前が温泉と並べられていることに困惑したが、周囲の三人は平然としていた。
イザベルが理由を尋ねると、ノーマンは〈沈黙の魔女〉の村へようこそと書かれたスタンプカードを渡した。六つのスタンプを集めると記念品がもらえる仕組みであった。
自称〈沈黙の魔女〉との遭遇
スタンプカードを受け取った直後、鍛冶屋から筋骨隆々の大男が現れた。
男は自らをリディル王国七賢人の一人〈沈黙の魔女〉だと名乗り、気合いの掛け声と共に無詠唱魔術を披露した。実際には別の誰かが魔術を使っているようだったが、男は得意げに振る舞っていた。
そしてモニカのカードに第一の魔女と書かれたスタンプを押し、この村には六人の〈沈黙の魔女〉がいて、全員からスタンプを集めると記念品がもらえると説明した。
困惑するモニカに対し、アイザックは村興しの一環だろうと説明した。
第二の〈沈黙の魔女〉の登場
続いて近くの食堂から十歳ほどの少女が飛び出してきた。
少女は第二の〈沈黙の魔女〉を名乗り、スタンプカードを持つ客への割引を案内した後、モニカ達のカードに二つ目のスタンプを押した。
本物の〈沈黙の魔女〉であるモニカは状況を理解しきれないまま、言われるがままにスタンプを受け取っていた。
〈沈黙の魔女〉サブレと村興しの実態
三番目の〈沈黙の魔女〉を名乗る老婆は、モニカ達に〈沈黙の魔女〉サブレを振る舞い、土産として購入するよう勧めた。
モニカは素朴で美味しいサブレを味わいながらも、村全体が〈沈黙の魔女〉を観光資源として利用している状況に困惑していた。店内には〈沈黙の魔女〉の木彫り像や儚き灯りの卵殻宿が並び、老婆は手際よく三つ目のスタンプを押してくれた。
一方でイザベルは、この村がなぜ〈沈黙の魔女〉の村を名乗っているのかを老婆に尋ねた。
作られた伝説と温泉地の事情
老婆は、この村にはかつて本物の〈沈黙の魔女〉が訪れたことがあると語った。
二年前、レーンブルグ公爵領で呪竜を討伐した〈沈黙の魔女〉とフェリクス王子がセチェン村で湯治を行い、傷を癒やしたという話であった。しかしモニカもアイザックもそのような事実を知らず、作り話であることは明白であった。
さらに老婆は、村の北にある森で魔力汚染が進み、危険な状態になっていると説明した。森の奥の温泉は利用できなくなり、湯治客も減少していたため、村は苦しい状況に置かれていた。
モニカは、村人達が困難な状況の中で村を盛り上げようとしていることを理解した。
有名人となった〈沈黙の魔女〉
村を歩きながらモニカは、なぜ自分が観光の題材に選ばれたのかと漏らした。
するとイザベルとアガサは、モニカは黒竜や呪竜を退けた英雄であり、国内で知らない者がいないほど有名な存在だと力説した。
モニカ自身は黒竜の件も呪竜の件も自分だけの功績ではないと考えていたため、その評価に複雑な思いを抱いた。
アイザックは、〈沈黙の魔女〉は顔を知られていないため観光資源として扱いやすく、様々な噂まで広まっていると説明した。男説や老婆説まで存在すると聞かされ、モニカは大きな衝撃を受けた。
仕込みの悪漢騒動
その時、一人の若者がモニカにぶつかり、因縁をつけ始めた。
モニカは慌てて謝罪し、さらに男がイザベルに目を向けると、彼女を守ろうとして必死に懇願した。防御結界や風の魔術まで考え始めていたが、背後から現れた若い男が状況を止めた。
その男は紺色のローブをまとい、自らを〈沈黙の魔女〉と名乗った。そして平和と正義のために立ち上がると宣言し、無詠唱魔術を披露した。
第四の〈沈黙の魔女〉
四人目の〈沈黙の魔女〉は派手な演技と共に悪漢を退散させた。
その様子を見ていたアイザックとイザベルは、これは観光客向けの村興しイベントなのだと理解していたが、モニカだけは最後まで本気で心配していた。
やがて悪漢も仕込みだったことに気づいたモニカは、自分だけ騙されていたことに赤面した。
その後、四人目の〈沈黙の魔女〉は握手を求めたが、アイザックが割って入り、代わりにスタンプを要求した。男は快く四つ目のスタンプを押し、酒場の宣伝までして立ち去った。
本物の〈沈黙の魔女〉への励まし
四人目の〈沈黙の魔女〉が去った後、モニカはあまりにも堂々としていたため、本物は彼の方なのではないかと思えてきたと漏らした。
するとイザベルは慌ててモニカの肩を揺さぶり、アイザックもモニカの手を握りながら、自分が敬愛する〈沈黙の魔女〉はモニカだけだと断言した。
可憐なイザベルと美しいアイザックに至近距離から励まされたモニカは、虚ろな笑みを浮かべるしかなかった。
三章 知らない感情
スタンプ集めと最後の謎解き
セチェン村を一通り見て回ったモニカ達は、残るスタンプが二つであることを確認していた。
宿へ向かおうとしたところ、村の入り口で出会った黒髪の少年が再び現れた。少年は五つ目のスタンプは宿で押してもらえると説明し、最後の一つは真の〈沈黙の魔女〉に会うための謎解きが必要だと教えた。
モニカはスタンプカード裏面の暗号を見ながら、セレンディア学園時代にラナと秘密の暗号をやり取りした思い出を振り返った。当時は合理的ではないと思いながらも、暗号を解くことに胸を躍らせていたことを思い出し、自分で暗号を解いてみたいと考えた。
村の現状を語る少年
アイザックは少年に、村興しの工夫について話を聞いた。
少年は、村では林業や炭焼き、木彫り細工が主な産業だったが、若者の減少によって担い手が少なくなったことを説明した。そして温泉が大切な観光資源だったものの、魔力汚染によって森の秘湯が利用できなくなり、客足が遠のいていると語った。
村を思う気持ちを真っ直ぐに語る少年の姿に、モニカは心を打たれた。しかし同時に、〈沈黙の魔女〉を村興しの題材にされていることには複雑な思いを抱いていた。
五番目の〈沈黙の魔女〉
宿へ到着した一行を迎えたのは、紺色のローブをまとった美女だった。
彼女は五番目の〈沈黙の魔女〉を名乗り、色香を振りまきながらアイザックに近づいた。しかしアイザックは動じることなくスタンプカードを差し出し、五つ目のスタンプを受け取った。
美女は全員のカードにスタンプを押した後、アイザックに夜に店へ来るよう誘い、頬にキスを残して去っていった。
その様子を見ていたモニカは、彼女の堂々とした振る舞いに感心していた。
アイザックの小さな落胆
美女が去った後、アイザックはモニカの反応を確かめるように見つめた。
しかしモニカは意味を理解できず、ただ首を傾げるだけだった。アイザックは少しだけ悔しそうな表情を見せたものの、それ以上は何も言わず客室へ向かった。
宿ではモニカ、イザベル、アガサが同室となり、アイザックは一人部屋を与えられた。
ウィルディアヌへの気遣い
部屋に戻ったアイザックは、宿から借りたタライに水を張り、ウィルディアヌを呼び出した。
契約石の中で過ごすことの多いウィルディアヌに旅行気分を味わってもらおうと考えたのである。ウィルディアヌは感謝を述べて水の中へ入り、そのまま静かに沈んでいた。
しかしアイザックにはその姿が水底に沈む死体のように見え、落ち着かない気持ちになった。
温泉調査への出発
気まずさを感じたアイザックは、村を散策してみてはどうかと提案した。
するとウィルディアヌは、自分は水霊であるため、北部の温泉の魔力濃度について調査できるかもしれないと申し出た。
アイザックはその提案を受け入れ、ウィルディアヌは翌日までの調査を約束して窓から出発した。
アイザックは旅行気分を味わわせるつもりが結果的に仕事を任せてしまったことを反省した。
故郷への郷愁
その後、アイザックは部屋の点検を行いながら、棚に飾られた儚き灯りの卵殻宿に目を留めた。
村のあちこちで見かけた白い線の模様は由来不明であり、魔除けや宝の地図など様々な説が語られていた。
それを眺めているうちに、故郷で過ごした幼少期の記憶が蘇った。近所の少年と卵殻宿作りを巡って喧嘩したことも思い出したが、その顔はもう曖昧になっていた。
失われつつある記憶に寂しさを覚えながら、アイザックは温泉へ向かうことにした。
モニカへの想い
温泉へ向かう途中、アイザックはモニカが長湯をしていないことを願っていた。
かつてモニカが風呂で考え事に没頭し、のぼせて危険な目に遭ったことがあったからである。
そして同時に、自分の想いがモニカに意識されていないことを改めて感じ、苦笑を浮かべた。
ここにいるのは第二王子ではなく、〈沈黙の魔女〉の弟子であるアイザック・ウォーカーであった。
温泉でくつろぐモニカ
宿の裏手にある温泉に浸かったモニカは、久しぶりの広い風呂を満喫していた。
他に利用客はおらず、一人で温泉を使える贅沢さを味わいながら、ネロへの土産について考えた。しかし〈沈黙の魔女〉サブレを持ち帰れば笑われそうだと思い、迷っていた。
体が十分温まると、過去にのぼせてアイザックに助けられたことを思い出し、長湯を避けて風呂を後にした。
風呂上がりの再会
廊下でアイザックと出会ったモニカは、のぼせなかったかと尋ねられた。
アイザックは濡れたモニカの髪を見て、自ら布で丁寧に拭き始めた。モニカがされるがままになっていると、アイザックは近い距離から彼女を見つめ、拒絶されなくて良かったと安堵を口にした。
意味が分からず戸惑うモニカに対し、アイザックは彼女が背の高い男性を苦手としていることを指摘した。
モニカの苦手意識の告白
アイザックは、セレンディア学園でダンスの練習をした頃からそのことに気づいていたと説明した。
モニカは叔父から折檻を受けていた過去があり、背が高く声の大きい男性に恐怖心を抱いていた。そのため当時はアイザックやグレンの近くでも緊張していたのである。
しかし今では二人が優しい人間だと知っているため、恐怖は薄れているとモニカは伝えた。
距離を縮めるアイザック
モニカの言葉を聞いたアイザックは、彼女の頬に手を添えながら、そんなことを言われると酷いことができなくなると冗談めかして語った。
頬をつねるなどと言ってモニカを慌てさせた後も距離を縮め続け、やがてモニカの手首を掴んで壁際へ追い詰めた。
戸惑うモニカの前にアイザックが身を寄せたその時、近くの扉が開く音が響いた。
イザベルとアガサの誤解
扉の隙間から覗いていたのはイザベルとアガサだった。
二人は慌てて扉を閉めると、勝手に恋愛小説のような展開だと盛り上がった。モニカは理解できず困惑したが、その隙にアイザックから離れて部屋へ逃げ込んだ。
部屋の中ではイザベルとアガサがさらに興奮して語り合っていたが、モニカには何を喜んでいるのか分からなかった。
村への対応を巡る相談
その後、アイザックも部屋に入り、アガサが見張り役を務める中で話し合いが始まった。
議題は、〈沈黙の魔女〉の名を利用しているセチェン村をどう扱うかというものだった。
モニカは村の代表者にやめてほしいとお願いする程度で済ませたいと提案した。しかしイザベルは、偽物が現れた際の定番の筋書きとして、村が危機に陥ったところを本物の〈沈黙の魔女〉が救い、改心させるべきだと熱弁した。
暴走しかねない二人
モニカがそんな都合よく危機は起きないのではと疑問を呈すると、アイザックは必要なら盗賊役を手配できると穏やかな笑顔で言い放った。
冗談とは思えない発言にモニカは震え上がった。イザベルもアイザックも有能で行動力があり、本気になれば実行しかねないと感じたのである。
二人の暴走を止めなければならないと考えたモニカは、師匠として責任を果たす決意を固め、自ら解決策を模索し始めた。
四章 解けぬ方程式、子リスの反撃
温泉を調査するウィルディアヌ
夜の森を進んでいたウィルディアヌは、手入れの行き届いた森の様子から、人と自然が長く共存してきた土地であることを感じ取っていた。
温泉地へ到着したウィルディアヌは、人間がなぜ温泉を好むのかを理解しようと考え、人の姿に変身して温泉へ入った。温泉水の成分や魔力の流れを調べる中で、水道水との違いや、火山へ近づくほど魔力濃度が高くなることを確認した。また、森の地表に魔力の偏りがあることにも気づき、モニカに調査を依頼した方が良いかもしれないと考えた。
風霊との出会い
温泉には金髪のメイド姿をした風霊も現れた。
二人は服を着たまま温泉に浸かり、人間の温泉文化について話を交わした。風霊は、人間は温泉に入ると喜びの声として「あー」や「かー」と発すると教え、ウィルディアヌもそれを真似した。
その後、風霊は高名な上位精霊が消滅したため追悼の集まりが開かれていることを語り、ウィルディアヌはその話を聞いた。
酒場で語られる村の事情
一方、酒場では第四の〈沈黙の魔女〉を演じていたジェフリーや悪漢役のグレッグ、鍛冶屋のゴードンらが酒を飲んでいた。
グレッグは昼間にモニカを怯えさせてしまったことを気に病んでおり、ジェフリーやゴードンは昼間の芝居について語り合った。
そこへ五番目の〈沈黙の魔女〉を演じたライラも加わり、アイザックを誘ったが脈がなかったと話した。
旅の魔術師への感謝
酒場にいた村長サイモンは、村を助けている旅の魔術師への感謝を語った。
魔力濃度上昇によって温泉が使えなくなり、客足が激減した村に対し、その魔術師は魔力濃度の調査や温泉の安全確認を行い、道具も貸し与えていた。また、流行病で両親を失ったノーマンにも勉強を教えていた。
村人達は魔術師の善意に感謝しつつも、村の将来への不安を抱えていた。それでも〈沈黙の魔女〉を利用した村興しによって久しぶりに客が増えたことを喜び、賑やかに夜を過ごしていた。
村長への直談判を決意するモニカ
その頃モニカは、アイザックやイザベルが行動を起こす前に問題を穏便に解決しようと考え、夜中に一人で宿を抜け出した。
村長に直接会い、〈沈黙の魔女〉の名を使った村興しについて話をつけるつもりだったのである。
しかし宿の外では、すでにアイザックが待ち構えていた。
アイザックの本音
アイザックはモニカが自分に行き先を隠していたことに不満を抱いていた。
モニカがライラの店へ行くのではないかと話したことで、アイザックは傷ついた様子を見せ、自分がどれほどモニカを想っているか分かってほしいと口にした。
だがモニカにはその感情が理解できず、アイザックが悩む理由も結び付かなかった。アイザックは自分の胸に触れさせ、モニカといると心臓が高鳴ることを伝えたが、モニカは検証のために計測器を用意しようと考えるばかりだった。
師匠と弟子の攻防
アイザックがなおもモニカを引き留めようとすると、モニカは過去に教わったアイザックの弱点を思い出した。
モニカは突然アイザックに抱きつき、右脇腹をくすぐった。古傷のある場所を刺激されたアイザックは思わず動きを止め、その隙にモニカは手を振り払って結界でアイザックを閉じ込めた。
そして自分が村長に話をつけてくるので留守番していてほしいと言い残し、その場を走り去った。
失敗と和解
しかし村長の家を訪ねたモニカは、肝心の村長が留守であることを知り、しょんぼりと戻ってきた。
一方のアイザックも、自分が勝手に嫉妬し、モニカを疑っていたことを反省していた。
再会した二人は互いに気まずさを抱えながらも、アイザックは今後この村への対応をモニカに任せ、自分は必要以上に口出ししないと約束した。
夜遊びへの誘い
アイザックはその代わりに、今夜は一緒に夜遊びをしようと提案した。
温かい夜食を食べながら村を散歩しようという誘いに、モニカも応じた。
二人は手を取り合い、気まずい出来事を胸に残したままではなく、新たな思い出で上書きするように夜の村を並んで歩き始めた。
五章 デコボコ師弟の戦い
夜遊びとスタンプカードの謎
アイザックにとって夜遊びは特別な時間であり、静かなセチェン村をモニカと歩きながら他愛のない会話を楽しんでいた。
モニカにスタンプカードの謎について尋ねられたアイザックは、集めたスタンプの傾きに着目した。スタンプの向きが進行方向を示していると見抜き、看板を辿ることで最終地点が村長の家になると推理した。
一方でモニカは、カードの裏面に書かれた暗号を既に解読していた。暗号は風属性魔術の属性変換術式を鍵にしたものであり、答えは北の森だった。アイザックは自分のカードには暗号がなく、モニカのカードだけに記されていることから、この暗号が最初からモニカへ向けられたものだと考えた。
北の森への探索
暗号の答えである北の森の方角には不自然な灯りが見えていたため、二人は調査へ向かうことにした。
森の中には古い整地の痕跡が残されており、モニカは旧時代の魔術師達が土地を整備していたのではないかと考えた。足元を気遣うアイザックに導かれながら進んだ先で、二人は木々に吊るされた儚き灯りの卵殻宿を発見した。
魔力汚染された温泉に浸した卵殻宿が淡く発光し、幻想的な景色を作り出していた。
ヒューバードとの再会
その時、森の奥から聞き覚えのある声が響いた。
姿を現したのはヒューバード・ディーだった。アイザックは暗号を書いた人物が〈沈黙の魔女〉に秘密裏の接触を求めている可能性を考えていたが、その正体がヒューバードであったことを悟った。
モニカは暗号を用意した人物を好意的に想像していたため、その正体がヒューバードだったことに大きな衝撃を受けた。
ヒューバードは暗号がモニカ専用の招待状であったことを認め、魔法戦の開始を宣言した。
魔導具による魔法戦
ヒューバードが指を鳴らすと同時に戦闘が始まり、森の中から雷の矢が放たれた。
モニカは防御結界で攻撃を防ぎながら周囲を観察し、この場が魔法戦用の簡易結界で覆われていることを見抜いた。ヒューバードは魔力濃度の高い土地の魔力を利用することで、本来の簡易結界を大幅に強化していた。
さらに地中へ設置された攻撃用魔導具も強化されており、雷の矢が次々と放たれていた。モニカは感知魔術で位置を割り出し、無詠唱魔術で魔導具を破壊していった。
新たな魔導具の脅威
ヒューバードは次に魔力操作を阻害する特殊なナイフを投入した。
ナイフが接近するとモニカは魔力をうまく制御できなくなり、防御結界の展開すら困難になった。その隙を突いて放たれた炎の矢からモニカを守るため、アイザックは自らの身を盾にして攻撃を受けた。
移動によってナイフの有効範囲から離れるとモニカの魔力操作は回復したため、二人はこの魔導具の性質を把握した。アイザックはナイフの有効距離を測定したモニカの情報を基に、飛来したナイフを投げ返した。
潜むもう一人の協力者
投げ返したナイフの先から誰かの声が上がり、アイザックは戦場にヒューバード以外の人物がいることを察知した。
モニカも、この村で見た遠隔魔術の発動者が別に存在していたことを思い出した。
ヒューバードはその正体を明かし、自分の弟子であるノーマンが協力していると語った。これにより、村で案内役を務めていた少年ノーマンがヒューバードの弟子であり、今回の一連の仕掛けにも関わっていたことが判明した。
ノーマンの役割と魔法戦への参加
ノーマンは自分のすぐ近くをナイフが通過したことで尻餅をつき、恐怖を覚えていた。ヒューバードからは、薄茶色の髪の少女が魔導具管理部の人間であり、自身の魔導具の性能確認のために招待した相手だと聞かされていた。
ヒューバードの予想通り、少女は暗号を解いてこの場に現れていた。ノーマンは結界内で繰り広げられる激しい戦いを見守りながら、自分も魔力を乱す魔導具のナイフを使う機会を窺っていた。
ノーマンの生い立ちと魔術の才能
ノーマンの父はかつてミネルヴァに通っていた貴族出身者であり、平民の母と駆け落ちした過去を持っていた。両親が残した魔術の教本を読みながら育ったノーマンは、独学で遠隔魔術を習得していた。
両親を流行病で亡くした後も勉強を続け、村で行われていた〈沈黙の魔女〉の演出にもその技術を活用していた。鍛冶屋が杖を振るタイミングに合わせて遠隔魔術を発動させるなど、陰から村の催しを支えていたのである。
さらにヒューバードから指導を受けたことで、魔術の精度や飛距離も向上していた。
ヒューバードの作戦
ノーマンが攻撃の機会を見極めていると、ヒューバードが駆け寄ってきた。ヒューバードは防御結界を展開して攻撃を防ぎながら、ノーマンを安全な場所へ移動させた。
その後、ヒューバードはアイザックを先に戦闘不能にすると決め、ノーマンに顔面を狙うよう指示した。顔への攻撃は相手が反射的に防御するため足止めに有効だと考えていたのである。
ノーマンはやや気が進まなかったが、師匠の指示に従うことにした。
身を潜めるモニカとアイザック
一方、アイザックとモニカは茂みに隠れて態勢を立て直していた。
モニカはノーマンが高精度の遠隔魔術を使えることを評価し、ヒューバードの魔導具と組み合わさることで厄介な相手になっていると分析した。
その言葉を聞いたアイザックは、自分が実戦で使える魔術を持たないことに悔しさを覚えた。〈沈黙の魔女〉の弟子でありながら魔術師として戦えない現状に劣等感を抱いていたのである。
モニカの解決策
モニカは周囲の地面を調べながら、力任せに高威力の魔術で決着をつける方法を選ばなかった。ヒューバードが村の子どもであるノーマンを味方につけている以上、その方法は適切ではないと考えたからである。
そこでモニカは、この魔法戦の結界が簡易結界である点に着目した。簡易結界では木々以外の物は保護されておらず、破壊することが可能であると説明した。
そして、森に吊るされている儚き灯りの卵殻宿の蜜蠟を利用するという作戦を立てた。
師弟の信頼
モニカは作戦実行のため、アイザックに時間稼ぎを頼んだ。
アイザックはモニカの考えの全容を理解できなかったものの、自分を頼ってくれたことに強く心を動かされた。魔術を使えない未熟な弟子であっても、師が信じてくれるなら力になれると決意し、マイマスターと呼びながら依頼を引き受けた。
六章 悪役令嬢式謝罪法「ごめんあそばせ」の美学
アイザックの時間稼ぎ
アイザックはウィルディアヌがいれば魔法剣を再現できたかもしれないと考えたが、調査中の相棒を呼び戻さず、自分の力で役目を果たすことを選んだ。魔力を帯びていない短剣では相手にダメージを与えられないものの、時間稼ぎなら可能だと判断し、儚き灯りの卵殻宿が吊るされた場所へ向かった。
ヒューバードと対峙したアイザックは、彼の挑発を受け流しながら攻撃を回避し続けた。魔導具の罠や遠隔魔術の攻撃を観察するうちに、攻撃が一貫して顔を狙っていることに気づき、ヒューバードの意図を見抜いた。
ヒューバードへの反撃
顔を狙われ続けたことで怒りを覚えたアイザックは、近くの儚き灯りの卵殻宿を握り潰し、その殻に宿った魔力を利用して反撃した。
短剣による攻撃に見せかけて魔力を帯びた卵殻の破片をヒューバードの目に突き刺し、痛みを与えることに成功した。さらに地中に埋められていた魔導具を引き抜いて武器代わりに構え、次は顔の皮膚が抉れる痛みを再現すると告げた。
その姿を見ていたノーマンは、ヒューバードが押されていることに動揺していた。
ノーマンの狙撃と恐怖
ノーマンは木々に吊るした儚き灯りの卵殻宿を目印にしながら、遠隔魔術でアイザックを狙っていた。ヒューバードを逃がす時間を作ろうと頭部を狙ったものの、アイザックは容易く攻撃を回避した。
さらにアイザックが正確に自分の位置を見抜いたように振り向いたことで、ノーマンは強い敵意を感じて恐怖した。彼はアイザックを魔導具管理部の人間ではなく、荒事専門の危険な人物だと思い込んだ。
モニカによる精霊王召喚
その直後、森の奥で強烈な光が発生した。モニカは地中に埋められた岩の配置を調べ、村に残る儚き灯りの卵殻宿の模様が、地中の構造を示す手掛かりであることを見抜いていた。
モニカは風の精霊王シェフィールドを召喚し、二重強化した風の刃で地中の岩を破壊した。岩は高威力の攻撃で砕けるようになっており、次々と崩れていった。
旧時代の仕掛けの解明
岩を取り除くと、その下から魔術式が刻まれた白い石のプレートが現れた。モニカはそれを旧時代後期の魔力回路の一種だと判断した。
このプレートは周囲の魔力を吸収して山へ流す仕組みであり、魔力汚染が発生した際に対処するために設置されていた。岩はその回路を覆う安全装置であり、村に伝わる儚き灯りの卵殻宿の模様は、この仕掛けを忘れないための名残であった。
プレートが機能し始めると周囲の魔力が吸収され、森の魔力濃度は低下した。土地の魔力に依存していたヒューバードの魔導具も使用不能となり、モニカはこれで決着だと告げた。
ノーマンへの真実の説明
魔法戦の継続を問うモニカに対し、ノーマンは恐怖を覚えた。その後、自分が魔術師組合魔導具管理部の人間だと聞かされていたことを打ち明けるが、モニカはそのような部署は存在しないと説明した。
ヒューバードはそれを笑い飛ばし、モニカこそ七賢人の一人である〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットだとノーマンに教えた。さらに、村興しの企画やスタンプラリー、小芝居を考えたのは全てノーマン自身であることも明かされた。
ヒューバードの目的の発覚
そこへイザベルとアガサが現れ、ヒューバードの真の目的が魔力炉にあることを指摘した。
ディー家は魔導具産業への参入を目指しており、効率向上のため魔力炉を求めていた。しかし魔力炉は竜害を招く危険もあるため、魔力濃度の高いこの土地に目をつけていたのである。
ヒューバードとイザベルは互いに探り合うような会話を交わし、アイザックも交渉に加わった。話し合いは宿で続けることとなり、アガサがヒューバードとノーマンの監視役を務めることになった。
湯治客の正体とモニカの落胆
村人への説明や警備について心配するモニカに、イザベルは湯治客は全員ケルベックから連れてきた人員であり、既に対応を進めていると説明した。
モニカは全く気づいていなかったが、アイザックは最初からその事実を把握していた。自分だけが気づけなかったことに、モニカは落ち込んだ。
ウィルディアヌの調査結果
その後アイザックは森の奥の温泉へ向かい、調査を終えたウィルディアヌと合流した。
ウィルディアヌは、近くの火山で高名な炎霊カヤンが消滅し、その追悼のために多くの精霊が集まった結果、火山周辺と温泉地帯の魔力濃度が上昇したと報告した。精霊たちは既に解散しており、魔力濃度もいずれ自然に収まる見込みであった。
師弟の認識のすれ違い
調査結果を聞いた後、モニカはアイザックに謝罪した。ヒューバードとの戦いでアイザックに時間稼ぎを任せたのは、アイザック自身を信頼していたからではなく、契約精霊であるウィルディアヌが同行していると思っていたからだと明かしたのである。
その言葉にアイザックは衝撃を受けた。モニカが信頼していたのは自分ではなくウィルディアヌであり、自分は戦力として見なされていなかったのだと悟った。
しかしアイザックは落胆を胸に秘め、自分の未熟さこそが原因だと受け止めた。そして攻撃手段を身につけ、次こそモニカの役に立てる弟子になることを決意した。
七章 事業と商売
村長宅での話し合い
セチェン村の村長宅では急遽話し合いの場が設けられた。村側は村長のサイモン、ノーマン、ヒューバードが出席し、対する側にはイザベルとモニカが着席した。
イザベルが自身をケルベック伯爵家の長女と名乗り、隣にいるのが〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット本人だと紹介すると、サイモンとノーマンは青ざめた。ノーマンは〈沈黙の魔女〉を題材に村興しを行ったうえ、魔法戦で本人を攻撃してしまったことから、自分たちの処遇を恐れていた。
魔力炉計画の危険性
イザベルはヒューバードがこの土地で魔力濃度を調査していたのは、魔力炉設置を考えていたためではないかと切り出した。
魔力炉は魔導具産業を発展させる強力な設備だが、魔力濃度の高い土地にしか設置できず、魔法生物や竜を引き寄せる危険があると説明された。ケルベックが長年竜害と戦ってきた土地であることから、その危険性には重みがあった。
ノーマンは森で発見された白いプレートを利用できないか提案したが、モニカはそれが恒久的な設備ではなく、いずれ停止すると説明した。
村の将来への不安
モニカは魔力濃度上昇の原因を解明し、一時的に魔力も散らしたため、温泉営業は元通りになる見込みだと伝えた。
しかしノーマンは、一度離れた客足は簡単には戻らず、村の衰退そのものは解決していないと考えていた。セチェン村は元々余裕のない村であり、温泉客の減少は深刻な問題だった。
北東部開発計画の提案
イザベルは新たな事業計画として、東部から北東部へ街道整備を進める構想を説明した。
北部は寒さのため竜が少なく、魔力炉の設置に適している。しかし街道が未整備で輸送に不向きだったため実現していなかった。街道を整備すれば北東部での魔力炉運用も可能になるという。
ノーマンはその計画が実現すれば、街道工事や資材供給、宿泊施設の提供などで村にも新たな収入源が生まれることに気づいた。
ヒューバードによる試問
ヒューバードはノーマンに、なぜ北西ではなく北東に魔力炉を設置するのかを問いかけた。
ノーマンは、ケルベックが利益を得やすいこと、白竜が棲む北西部を避ける必要があることを挙げた。さらにヒューバードの助言から、北東部はアンダーソン商会の影響が及んでいない未開拓地域であり、新たな勢力が参入する価値があることを見抜いた。
ヒューバードはさらに、この計画を推進する人物が北東部貴族との繋がりを求めている可能性にも言及し、イザベルと探り合いを続けた。
村への救済策
村長は事業が始まるまでの間、村が持ちこたえられるか不安を口にした。
するとモニカは、自分が破壊した岩が魔力を完全に遮断する特殊な素材であり、魔導具の材料として高い価値を持つと説明した。さらにアンバード伯爵への紹介状を書くことも提案した。
北の火山まで続く大量の岩を資源として販売できると知り、ノーマンは廃村の危機を脱したことに安堵した。
ヒューバードへの処遇
話し合いが進む中、アイザックはヒューバードの処遇について確認した。
モニカはどう対応すべきか悩みながらも、一晩考えると答え、とりあえずヒューバードの指輪を没収することにした。ヒューバードはそれを楽しそうに受け入れ、ノーマンは改めて師匠の問題児ぶりを実感した。
出発準備と事業計画の真相
翌朝、アイザックは帰路の準備を整えた。ウィルディアヌはブレンダンへの伝言のため既にエリン公爵領へ向かっていた。
馬車の中でモニカは、昨夜イザベルが語った事業計画を考えたのはアイザックなのかと尋ねた。アイザックは北東部の貴族から相談を受けており、以前からケルベック伯爵にも話を通していたことを明かした。
アンダーソン商会の独占状態を崩したいという思惑もあったが、根底には国を良くしたいという願いがあった。
師匠としての劣等感
モニカはアイザックが国の未来を考えて行動していることを称賛した。
一方で、自分は立派な師匠になろうと努力しているのに、そうした大きなことはできず、アイザックに助けられてばかりだと落ち込んでいた。
その言葉を聞いたアイザックは、モニカへの想いを抱きながらも、自分が受け入れられることを願わずにはいられなかった。
すれ違う恋心
モニカは昨夜からずっと、アイザックが自分といると心臓が高鳴ると言っていた理由を考えていたと打ち明けた。
アイザックはついに自分の気持ちが伝わるのではないかと期待したが、モニカが導き出した結論は、寒い夜に外へ出ていたためアイザックが風邪をひいたというものだった。
真剣な顔で薬湯を飲むべきだと勧めるモニカに対し、アイザックは思わず彼女の頬をつねり、そのあまりにも的外れな答えに呆れと苦笑を覚えるのだった。
ヒューバードへの贈り物
ヒューバード・ディーは、誰かが自分の指に指輪を嵌める感覚で目を覚ました。相手をモニカだと思い込み、手を掴んでベッドへ引きずり込んだが、そこにいたのはノーマンだった。
ヒューバードは指輪が全て元に戻されていることを確認し、その理由を探った。試しに魔力を流そうとしたが上手く扱えず、指輪に魔力封印の術式が施されていることを悟った。さらに術式は複雑に書き換えられており、簡単には解除できない状態になっていた。
モニカからの依頼と推薦状
ノーマンはモニカから預かった手紙をヒューバードに渡した。
手紙にはノーマンへ勉強を教えてほしいという依頼が記されており、さらにノーマンをミネルヴァの特待生として推薦する推薦状も同封されていた。
ノーマンは推薦を喜びながらも、自分の学力では名門校の授業についていけないのではないかと不安を抱いていた。ヒューバードは、モニカがその問題を見越し、自分を家庭教師役に据えたのだと理解した。また、自分の弟子だと名乗れば、ノーマンが貴族の子弟から軽んじられることもないと察した。
封印を受け入れるヒューバード
ヒューバードはモニカの処置を、自分への罰であり首輪のようなものだと受け止めた。
魔術を封じられた状態であっても不快には思わず、むしろモニカが自分を徹底的に利用しようとしていることを面白がっていた。そして封印が解けるまで、その罰を楽しもうと考えながら上機嫌に笑った。
ヒューバードの真の調査目的
ヒューバードは、モニカやイザベル、さらにはアイザックでさえ、自分がこの村を訪れた本当の理由に気づいていないと考えていた。
彼が注目していたのは、モニカが破壊した魔力を弾く岩の存在だった。その仕組みは現代の魔術師には不可能なものであり、旧時代の高度な土属性魔術師による仕事だと推測していた。
ヒューバードは古い記録を調査し、この土地で過去に何が行われていたかを探っていた。そして旧時代、この土地で古代魔導具が製作されていたのではないかという仮説に辿り着いていた。
古代魔導具への結論
ヒューバードは古代魔導具の再現方法を探るため、様々な角度から調査と検証を重ねていた。
しかし最終的に、古代魔導具の再現は不可能だと結論づけていた。その理由は資金や倫理の問題ではなく、必要な材料そのものが現代には存在しないためだった。
古代魔導具の正体に関する事実は禁書として扱われるほど危険な内容であり、ヒューバードはその秘密を胸に秘めていた。そして将来モニカがその真実を知った時の反応を想像しながら、一人愉悦に浸っていた。
八章 新年の前に
ディー夫人との会合
ヴァネッサ・ディーは外で仕事をするために装いを整え、ケルベック伯爵領内の会館へ向かった。
会合の場ではケルベック伯爵夫人シルヴィア・ノートンが出迎えた。室内にはケルベック側の事業管理者や商人に加え、エリン公の名代であるブレンダン・オートレッドと、調停者の家系であるニール・クレイ・メイウッドも同席していた。
ヴァネッサは、武力行使や交渉で優位に立つ余地を封じるために、シルヴィアがこの二人を配置したのだと理解した。
シルヴィア側の優位な交渉
会合では、東部から北東部にかけての街道整備と、北東部への魔力炉設置について話し合われた。
ヴァネッサは開拓ルートや利益配分で主導権を握ろうとしたが、ブレンダンは安全面から計画に口を挟み、ニールは法務や利益配分を的確に整理していた。
その結果、交渉はシルヴィア側の優位に進んだ。ディー家は出資者として事業に関わることはできたが、実質的にはケルベックに利用される立場に収まることとなった。
ケルベック伯爵邸での忙しい滞在
セチェン村の騒動後、モニカはケルベック伯爵邸で穏やかではあるが忙しい時間を過ごしていた。
魔力遮断効果を持つ石の買い取り手配、東部地方の魔力濃度上昇の原因報告、街道整備と魔力炉設置事業の確認など、処理すべきことが多かったのである。
その合間に、モニカはアイザックの論文を添削していた。
アイザックの論文添削
アイザックの論文は、以前の研究からさらに発展し、新しい魔術式の構想へ進んでいた。
モニカは先行研究との関連づけが改善されていることを評価した一方で、新術式の構想には問題があり、一六節以降が展開できないと指摘した。
アイザックは自分で原因を見つけ、七節の部分で次の術式へ十分な魔力を繋げられないことを理解した。モニカはその理解を認めつつ、実際に使ってみないと分かりづらい部分でもあると補足した。
新術式への挑戦
アイザックは水属性を得意としており、水や土、氷の魔術が火や雷、風に比べて重く、戦闘では扱いが難しいことを理解していた。
それでも彼は、自分で考えた術式を最初の実技魔術として使えるようになりたいと望んだ。
モニカはその挑戦を受け入れ、まずは術式を完成させ、誰よりも先にアイザック自身が使えるようにしようと励ました。アイザックは厳しい指導を願い、二人は冬至休み中に論文の見直しを進めることにした。
新年に向けたそれぞれの準備
アイザックは新年の宴会や茶会を最小限に抑え、街道整備と魔力炉の件で交渉が必要な場だけに出るつもりでいた。表向きは第二王子フェリクスが療養中であるため、目立ちすぎないよう配慮していたのである。
一方のモニカは、東部地方の魔力濃度上昇の原因報告に苦労していた。炎霊カヤンの消滅と精霊達の集まりが原因だとはそのまま報告しづらく、偶然上位精霊と遭遇したという形で辻褄を合わせようとしていた。
呼び名の変化
モニカは新年に城でアイザックと再会する予定を話しながら、うっかりアイクと呼ばないように殿下と繰り返していた。
それを見たアイザックは、初めて会った頃は殿下と呼ぶことさえおぼつかなかったモニカが、今ではアイクと呼ぶ方が自然になっていることに気づいた。
その変化を嬉しく思い、アイザックは笑みを隠しながら穏やかに応じていた。
冬至休みの恒例行事
〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは、契約精霊のリィンズベルフィードと共に、元七賢人〈星槍の魔女〉カーラ・マクスウェルの家へ向かっていた。
七賢人を退任したカーラは魔法地理学会に所属し、各地の魔力濃度を調査していた。冬至休みになると王都の家へ戻ることが多く、ルイスはその時期にカーラと酒を酌み交わしながら近況報告をするのを恒例としていた。
温泉旅行を満喫したルイス
ルイスはクレスバーン魔法大学での事件で負傷した足を理由に長期休暇を取得していた。
怪我を大袈裟に報告したことは妻のロザリーに見抜かれたが、ルイスは温泉旅行を治療の一環だと主張し、五日間の湯治旅行を実現させた。
旅行は外出制限を受けていたロザリーやレオノーラのためでもあり、家族と穏やかな時間を過ごしながら温泉や食事、酒を存分に楽しんで疲れを癒していた。
温泉談義とリンの行動
上機嫌なルイスは、温泉地で購入した酒を土産として持参していた。カーラも酒好きであり、ルイスは普段から酒やジャムをカーラの家に預けていたため、今回も同様に土産を持参していた。
リィンズベルフィードは温泉での行動について、通りすがりの精霊と共に入浴し、自ら温泉の作法を教えたと語った。ルイスはその話に不安を覚えつつも、カーラの家へ到着した。
留守のカーラの家
カーラの家は両親から受け継いだ中流階級の家であり、旅が多いカーラは主に荷物置き場として使用していた。
ルイスは呼びかけても返事がなかったため、預かっていた合鍵で家に入り、土産の酒を置こうとした。
その際、リィンズベルフィードはカーラが一度帰宅した痕跡があると指摘した。しかし、カーラがいつも残している伝言は見当たらなかった。
帰らないカーラ
ルイスは、カーラが一時帰宅した後に魔法地理学会から急な呼び出しを受けて出かけたのだろうと考えた。
そのため土産だけを置き、後日改めて訪れるつもりでいた。
しかし、冬至休みの期間中、カーラが王都の家へ戻ってくることはなかったのである。
幕間 炎霊カヤンの最期
炎霊カヤンと氷霊の対峙
初夏を迎え、月が春終月から夏呼月へと変わる頃、炎霊カヤンは一体の氷霊と対峙していた。
褐色の肌を持つ戦士の姿の炎霊カヤンは、白いドレスを纏う氷霊に対し、謁見の門を開こうとしているという話が本気なのか問い質した。氷霊は、人間を永遠の冬に埋め、精霊王もそれを望んでいると語ったが、カヤンはそれを氷霊自身の歪んだ願望だと否定した。
異なる過去への思い
カヤンは、かつて儚き灯りの卵殻宿で冬を越していた時代を懐かしみながらも、永遠の冬を望んではいなかった。
一方の氷霊は、世界を魔力で満たして精霊の時代を取り戻そうと主張した。両者とも失われた時代を愛しく思っていたが、その願いの形は大きく異なっていた。
カヤンは氷霊が人間のような感情を見せていることを指摘し、失われた同胞は戻らないと諭した。しかし氷霊は理解を求め、互いの考えは最後まで交わることがなかった。
三日三晩の戦い
氷霊が氷の鐘を取り出したことで戦いが始まり、その戦闘は三日三晩続いた。
最後の夜明け、四肢を失った氷霊が炎霊カヤンの喉に喰らいついた瞬間に決着がついた。周囲は焼け焦げた草と霜に覆われ、初夏とは思えない光景になっていた。
命を燃やし尽くしたカヤンの髪は火花を散らさなくなり、氷霊は喉から魔力を吸収していた。同族喰らいという禁忌によって力を得ていた氷霊は、カヤンの魔力を取り込み、失った四肢を再生させた。
大精霊の最期
カヤンは、自分を取り込めば魔力は増えても命を縮めると警告したが、氷霊はあと一冬生きられれば十分だと答えた。
若返った姿となった氷霊に対し、カヤンは旧時代の魔物たちが滅びた理由は人間に執着しすぎたからだと語った。そして氷霊もまた人への執着によって、いずれ同じ滅びの道を辿るだろうと告げた。
愚かで哀れな同胞が誰かに裁かれることを願いながら、暦に名を残す大精霊である炎霊カヤンは消滅した。
それは、ネイガル監獄爆発事件が起こる以前、夏の始まりに起きた出来事であった。
九章 呪術師の婚約
ヴァルムベルク家の窮状と婚約話
かつて戦狼と呼ばれた英雄を祖に持つヴァルムベルク辺境伯家は、戦乱のない時代と貧しい領地事情によって衰退し、今では田舎領主として扱われていた。
現当主ヘンリック・ブランケのもとへ妹フリーダが押しかけ、自分への婚約話を隠していたことを問い詰めた。ヘンリックは相手候補に問題があるとして話を伏せていたが、フリーダは家の窮状を考えれば相手を選べる立場ではないと主張した。
オルブライト家との縁談
ヘンリックは最後の候補として、リディル王国の呪術師の名家オルブライト家の当主を挙げた。
その話を聞いた祖父テオドールは、かつて呪術師に苦しめられた経験を語り、呪術師との縁談に強く反対した。一方でヘンリックは、現当主である三代目〈深淵の呪術師〉が二十三歳で高い評価を受けている人物だと説明した。
しかしフリーダが最も重視したのは相手の人物像ではなく家の財力だった。オルブライト家が提示した破格の支度金を知ったフリーダは、その資金で城や馬小屋の修繕、使用人の雇用、生活改善が可能になると計算し、その場で嫁ぐ決意を固めた。兄と祖父が慌てて制止したが、フリーダの決意は揺らがなかった。
七賢人たちの新年魔法戦
場面は変わり、〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトと〈沈黙の魔女〉モニカは、新年の催しとして行われる七賢人同士の魔法戦を前に気落ちしていた。
今回の対戦は、モニカ、ラウル、レイの若手組と、メアリー、ブラッドフォード、ルイスの年長組によるチーム戦だった。ルイスから以前、自分たちが真っ先に狙われると聞かされていたモニカとレイは、不安を募らせていた。
ルイスの奇襲と若手組の敗北
戦闘が始まると、〈星詠みの魔女〉の幻術によって姿を隠したルイスが上空から接近した。
ラウルは茨による攻撃と防御を展開し、モニカとレイも反撃したが、茨が視界を遮ったことで連携が乱れた。ルイスは攻撃を回避し続け、さらに幻術で姿を隠した。
モニカが感知魔術で敵を探知した時には既に遅く、背後から〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォードの六重強化魔術が放たれていた。モニカは無詠唱で防御結界を連続展開して抵抗したものの、爆風までは防ぎ切れず、三人は吹き飛ばされた。
結果として若手組は敗北し、モニカとレイは魔力欠乏症に陥った。一方でラウルだけは豊富な魔力量のおかげで平然としていた。
突然明かされた婚約話
戦いの後、レイは最近の不運を嘆いていた。そこへメアリーが、もうすぐ婚約するのだから前向きになりなさいと声をかけた。
モニカやブラッドフォードが驚き、ラウルは友人の婚約を盛大に祝おうと大喜びした。しかし当のレイは激しく動揺していた。
レイは婚約の話をまったく聞かされておらず、その事実を知って大声で聞いていないと叫んだのであった。
オルブライト家への帰還
新年の式典から一週間、城での滞在を義務づけられていたレイは、自分の婚約話を知った翌朝、王都にあるオルブライト家の本邸へ向かった。
オルブライト家は呪術をほぼ独占している一族であり、祖母である二代目〈深淵の呪術師〉アデラインの手腕もあって大きな財を築いていた。重い気分のまま帰宅したレイは、七ヶ月ぶりに祖母アデラインと再会した。
祖母との婚約騒動
アデラインはレイの動揺を面白がりながら、婚約話について語った。
第二王子の呪いを解いた功績によってオルブライト家の評価は高まり、残る課題は後継者問題だけだった。そのため、女性と縁のないレイのために婚約者を用意したのだと説明した。
しかしレイは嫌がらせだと反発した。アデラインは翌日には婚約者が到着すると告げ、レイが従わなければ婚約者に嫌がらせをすると脅したため、レイはさらに追い詰められた。
婚約者から拒絶されることを恐れたレイは覚悟を決められず、泣き叫びながら屋敷を飛び出した。
フリーダとのすれ違い
屋敷を飛び出したレイは、旅装の女性とぶつかった。
女性は転んだレイに手を差し伸べて気遣ったが、レイは祖母から逃げることしか考えられず、謝罪だけしてその場を去った。
一方、その女性はオルブライト家の門へ向かい、アデラインに挨拶した。彼女こそヴァルムベルク辺境伯家から来たフリーダ・ブランケであった。
フリーダの到着と意外な歓迎
フリーダは馬車を使わず、自ら馬に乗って到着したことを伝えた。アデラインはその行動に驚きながらも迎え入れた。
その後、アデラインはオルブライト家に嫁ぐ以上は家のルールに従うよう言いかけたが、考え直した末に家には特にルールが存在しないと告げた。そして好きにして構わないと言い放ち、その場を解散とした。
予想外の対応を受けたフリーダは確認を取ったうえで、その言葉を素直に受け入れた。逆境や変化への適応に慣れたフリーダは、新たな環境をあっさり受け入れたのであった。
十章 コウモリの君
レイの引きこもりと婚約者への気遣い
実家を飛び出したレイ・オルブライトは、王都外れの別邸に引きこもった。夜の自室で呪具作りをしていたレイは、自身の髪を用いて強力な「呪い返し」のお守りを作り、婚約者へ渡そうと考えた。
アデラインが婚約者に嫌がらせをすると信じていたため、少しでも守ろうとしたのである。しかし婚約者の名前すら知らないことに気づき、渡す方法に悩んだ。婚約者が自分や祖母のせいで苦しむ姿を想像し、同情と罪悪感を抱いていた。
普通への憧れと母の記憶
レイは代々受け継がれてきた初代〈深淵の呪術師〉の髑髏を見つめながら、自分の家系の異質さを改めて実感した。
生まれた時から呪術師として育ち、普通の家庭を知らずに生きてきたレイは、普通の家族や普通に愛される人生へ憧れを抱いていた。そして幼い頃に母から禁じられた言葉を思い出し、その言葉を胸の内で呟いた。
武闘派七賢人の襲来
その直後、大きな爆音と振動が屋敷を揺らした。驚くレイの前に現れたのは〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーと〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストンだった。
二人は城から逃げ出したレイを連れ戻すためにやって来ていた。レイは傷心を理由に抵抗したが、ルイスは認めず、ブラッドフォードも強引に連れ帰ろうとした。
逃亡の失敗と捕獲
レイは痒みを与える呪術でブラッドフォードを足止めし、その隙に逃げようとした。しかし出口はルイスに塞がれていた。
窓から逃げようとすると、屋敷の周囲はラウル・ローズバーグの操る蔓薔薇で完全に包囲されていた。逃げ場を失ったレイは絶望し、最終的にルイスに確保されて城へ連れ戻されることになった。
翡翠の間での国王との対話
その頃、モニカは〈翡翠の間〉でメアリー・ハーヴェイとアンブローズ・クレイドル・リディル国王に同席していた。
宴会を避けて読書をしていたところへ国王が現れ、星の凶兆について意見を求められたのである。モニカは星詠みができないと答えた一方、メアリーは星々の中に凶兆が見えていると語った。
凶兆と七賢人への期待
メアリーは、ネイガル監獄爆発事件以前から凶兆が見えており、それが事件だけで終わるものではないと示唆した。しかし運命を左右しかねないため、詳細な断定は避けた。
話を聞いたアンブローズは、これ以上の災厄を防ぐため、新たな七賢人の選出を急ぎ、七賢人同士の結束を強めてほしいとモニカに求めた。
その言葉を聞きながらモニカは、現在進行形でルイスやブラッドフォード、ラウルによってレイが強引に連れ戻されている光景を思い浮かべ、複雑な気持ちを抱いていた。
フリーダと〈コウモリの君〉の手紙
オルブライト家に滞在して数日が過ぎた頃、フリーダは毎朝、コウモリが運んでくる手紙を受け取っていた。
手紙の差出人も宛名も記されていなかったが、フリーダは差出人に心当たりがあり、〈コウモリの君〉と呼んでいた。手紙には屋敷内の隠れ場所や呪いへの対策が記され、ときには薬やお守りも同封されていた。
実際にはアデラインから嫌がらせを受けていなかったが、その少しずれた気遣いをフリーダは微笑ましく感じ、毎回大切に保管していた。
オルブライト家での暮らし
婚約生活は前途多難に思われたものの、フリーダは予想以上に良い待遇を受けていた。
部屋や衣類は用意されており、食事も豪華だった。使用人たちも丁寧に接し、オルブライト家について尋ねても、金払いが良いので不満はないという答えばかりだった。
フリーダは使用人への待遇まで含めて、実家よりも恵まれた環境だと感じていた。
物置部屋で見つけた詩集
朝食後、フリーダは手紙で教えられた二階の物置部屋を訪れた。
そこには呪具や古い品々が並んでおり、本棚の陰には隠れ場所に適した空間があった。そこでフリーダは一冊の薄い本を見つける。
それは研究ノートではなく詩集だった。内容は繊細で感傷的な恋慕の詩であり、その筆跡は毎日届く手紙の文字と同じだった。
フリーダは無言で読み進めたが、その最中にアデラインが姿を現した。
アデラインとの会話
フリーダは以前から気になっていた、なぜ自分が婚約者に選ばれたのかをアデラインに尋ねた。
アデラインは嫌がらせ以外の理由はないと笑い、さらにフリーダの祖父であるテオドールとの因縁を示唆した。テオドールが呪術師を恐れていると聞くと、アデラインは愉快そうに笑った。
さらにアデラインはフリーダの目がテオドールに似ていると語り、不気味な言葉でからかったが、フリーダは動じなかった。
共に食事をしたいという願い
現状への不満を問われたフリーダは、食事を一人で取ることが寂しいと率直に答えた。
ヴァルムベルクでは家族全員で賑やかに食卓を囲んでいたため、一人の食事に物足りなさを感じていたのである。そしてアデラインに一緒に食事をしてほしいと頼んだ。
アデラインは意外そうにしながらも了承し、フリーダは祖父との食事で鍛えられているので平気だと返した。その返答にアデラインは大笑いした。
レイの新たな手紙
その頃、城の〈翡翠の間〉ではレイが婚約者宛ての手紙を書いていた。
今回の内容は、アデラインの機嫌が悪い時は干し葡萄のケーキを与えると機嫌が直るという助言だった。
そこへラウルが現れ、婚約者との関係を進展させるための計画を嬉々として語り始めた。
パーティ計画に追い詰められるレイ
ラウルは、メアリーが主催するパーティにレイの婚約者を招待したことを明かした。
さらにレイ自身も参加することになっており、礼服の準備までメアリーが引き受けているという。レイは社交の場も初対面の婚約者との対面も苦手であり、絶望した。
しかも計画にはメアリーも協力していたため、逃げ切ることは不可能だと悟ったレイは、頭を抱えて苦悩した。一方のラウルは終始楽しそうに笑っていた。
十一章 キシキシ
旅の青年との出会い
リディル王国王都南東部の森で竜を探していたグレン・ダドリーは、道に迷い水を求めていた旅の青年と出会った。
青年は帝国風の服を着ており、竜に水袋を切り裂かれたと語った。竜が逃げたと聞いて落胆するグレンに、青年は不思議そうな反応を見せた。
竜討伐試験の事情
グレンは最近下級魔術師試験に合格したこと、師であるルイスから竜を狩って牙か鱗を持ち帰るよう命じられたことを説明した。
青年はその話に困惑しながらも耳を傾け、リディル王国の魔術師が皆そのような試練を受けているのかと驚いていた。
地竜の鱗と道案内の依頼
青年は水の礼として地竜の鱗を差し出したが、グレンは水だけで受け取れないと断った。
そこで青年は鱗を譲る代わりに道案内を頼みたいと提案し、目的地としてオルブライト邸を挙げた。グレンは承諾し、オルブライト家について説明し始めた。
レイの評判を聞いた青年
グレンはオルブライト家の当主である〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトを思い出し、ルイスから聞いた話として、若い女性を見ると愛しているかと尋ねる人物だと語った。
その話を聞いた青年の表情は一変し、険しいものとなった。急いでオルブライト邸へ向かう必要があると判断した青年は、グレンに案内を急ぐよう依頼した。
その後、青年は自らをヴァルムベルク辺境伯ヘンリック・ブランケと名乗った。彼の背後には、眉間を剣で貫かれた三体の地竜の亡骸が横たわっていた。
パーティに参加したモニカ
その日、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイの屋敷では小規模なパーティが開かれていた。
レイと婚約者の顔合わせのために協力を求められたモニカは、ラナが選んでくれた水色のドレスを着て参加した。人の多い場所は苦手だったが、自分を励ましながら会場を見て回った。
恩師ラザフォードとの再会
会場でモニカは、ミネルヴァ時代の恩師である〈紫煙の魔術師〉ギディオン・ラザフォードと再会した。
ラザフォードは、学会に顔を出すようになったことや友人が選んだドレス姿を褒め、以前より成長したモニカを温かく見守った。モニカもまた、その言葉を素直に喜んだ。
カーティスとの会話
やがてハイオーン侯爵家の親族であるカーティス・アシュリーが現れた。
モニカがシリルについて尋ねると、カーティスはシリルも会場に来ており、ベルスティング侯爵令嬢との縁談が進んでいると語った。
その言葉を聞いたモニカは強い衝撃を受けた。貴族として当然の話だと理解していても、胸に大きな動揺が生じていた。
動揺するモニカ
モニカは会場を離れ、シリルが誰かと婚約することを考えたことがなかった自分に気づいた。
頭をぶつけて涙が出そうになったのだと言い聞かせながらも、胸の痛みは消えなかった。
その時、ラウルが現れ、レイと婚約者を結びつける作戦の準備を手伝ってほしいと頼んだ。
モニカは自分の感情を押し隠し、レイと婚約者の仲を取り持つことを優先すると決め、ラウルと共に控え室へ向かった。
シリルの縁談への葛藤
シリル・アシュリーは貴族社会に溶け込む努力をしていたが、社交界特有の見栄や駆け引きを苦手としていた。
パーティ会場でモニカの姿を探しながら、彼女が失敗して傷ついていないかを気に掛けていた。やがて縁談相手であるベルスティング侯爵令嬢オーレリア・ハーヴェイとの会話に戻ったが、この縁談に実感を持てずにいた。
オーレリアとの対話
オーレリアは家柄、容姿、才能のいずれも申し分ない相手であり、周囲も理想的な縁談と考えていた。
しかしシリルは、ハイオーン侯爵から添い遂げたいと思う女性を選ぶよう言われていたこともあり、この縁談に前向きになれなかった。家のためには成功させるべきだと理解しながらも気持ちが伴わず、自分の未熟さを理由に縁談を断ってほしいとオーレリアに頼んだ。
するとオーレリアは、正式に爵位を継いだ後なら結婚してくれるのかと問いかけた。シリルは答えられず、オーレリアはもう一度考えてほしいと告げて去っていった。
自分の心に戸惑うシリル
オーレリアを見送ったシリルは、自分が誠実であろうとしながらも不誠実な振る舞いをしてしまったと感じていた。
何が胸に引っかかっているのか理解できないまま、まずは補佐官としての職務を全うしようと考えた。そして共同研究や大学事件の報告などを確認するため、モニカとラウルを探しに会場を後にした。
控え室のレイ
一方、控え室ではレイがカーテンに包まって落ち込んでいた。
メアリーが用意した白い礼服に不満を抱き、呪術師に白は似合わないと愚痴をこぼしていたが、ラウルは気にせず似合っていると励ました。
ラウルの作戦会議
ラウルはレイと婚約者を仲良くさせるための作戦会議を始めた。
最初の案は、自分が婚約者に近づいてレイの長所を百個語るというものだった。しかしレイは、ラウルのような美男子が近づけば婚約者がラウルを好きになると反対した。
それでもラウルはレイの長所を挙げ始めたが、内容は紫の髪や愚痴を早口で話しても舌を噛まないことなどで、レイはすぐに期待を失った。
悪役令嬢作戦の提案
続いてラウルは、姉のドレスを持ち出し、モニカが悪役令嬢役となって婚約者をいじめ、それをレイが助けることで好感を得るという作戦を提案した。
モニカは自分には無理だと必死に拒否し、ラウルが代わりにドレスを着る案も、レイとモニカは全力で止めた。
シリルの登場とモニカの決意
そこへシリルが現れたが、ラウルは早速シリルにも悪役令嬢役を勧めたため、シリルは怒りを露わにした。
その様子を見たモニカは、縁談相手のいるシリルに女装をさせるわけにはいかないと考えた。そして胸の痛みを押し隠しながら、ラウルからドレスを借り、自分が悪役令嬢役を務めると宣言した。
十二章 新人悪役令嬢モニカ・エヴァレットの奮闘
パーティ前のアイザックへの予言
パーティの主催者であるメアリー・ハーヴェイは個室にアイザック・ウォーカーを呼び出し、彼の運命を星詠みしたと告げた。
メアリーはアイザックを喪失の星の下に生まれた者と評し、才能に恵まれながらも大切なものを失い続ける運命にあると語った。両親や弟、忠誠を誓った主人、さらには自らの名前や顔までも失ってきたアイザックは、その言葉を否定できなかった。
そしてメアリーは、彼の喪失はまだ終わらず、いずれその眼に映る世界の半分を失うだろうと予言した。
モニカを案じるアイザック
予言を聞いたアイザックは重い気持ちのまま個室を後にした。
脳裏には自分を救ってくれたモニカの姿が浮かび、距離を置くべきか、それとも今まで以上に守るべきか思い悩んだ。しかし答えは出ないまま、パーティ会場へ向かった。
会場入口で怪しい三人組を発見
会場に戻ったアイザックは、入口付近でラウル、レイ、シリルの三人が会場の様子を窺っているのを見つけた。
事情を尋ねると、レイは容姿の整った男がまた増えたと絶望し、シリルは説明をためらった。代わりにラウルが、今モニカが頑張っている最中だから邪魔しないでほしいと話した。
その言葉を聞いたアイザックは会場内に視線を向け、サイズの合っていない深紅のドレスを着たモニカの姿を見つけた。
モニカの悪役令嬢作戦開始
モニカはレイの婚約者であるフリーダ・ブランケを見つけると、悪役令嬢役を演じるため勇気を振り絞った。
意地悪な振る舞いをしようと考えながら近づいたものの、慣れないドレスの裾を踏んで転びそうになってしまう。するとフリーダが咄嗟に支え、モニカを助けた。
ぎこちない悪役令嬢の挑戦
モニカは気を取り直してフリーダに挨拶し、イザベルから学んだ悪役令嬢の振る舞いを思い出した。
扇子で口元を隠し、意地悪そうに笑おうとしたが、実際には不自然でぎこちない笑みになってしまった。それでも本人は悪役令嬢らしく振る舞えたと達成感を覚えていた。
しかしフリーダはその様子を見て、意地悪ではなく体調不良だと判断した。
フリーダによる救護
フリーダは震えているモニカを心配し、具合が悪いのではないかと声をかけた。
返答に困って狼狽するモニカを見たフリーダは、迷うことなく彼女を横抱きにし、使用人へ休める場所へ案内するよう頼んだ。
こうして悪役令嬢作戦は開始早々失敗に終わり、モニカはフリーダに抱えられたまま、レイへの謝罪を心の中で叫ぶことしかできなかった。
モニカの失敗と仲間たちの反応
モニカが運び込まれた部屋にはアイザック、シリル、ラウル、レイが集まった。モニカは失敗を悔いて泣きながら謝罪を繰り返した。
アイザックは彼女を責めず、無謀な計画を立てた者と止めなかった者に責任があると告げた。シリルは罪悪感に苦しみ、ラウルは惜しかったと呑気な感想を口にした。一方のレイは婚約者の背の高さを気にし、自分の短足を笑われるのではないかと卑屈になっていた。
レイの恋愛観とラウルの提案
ラウルは諦めずに次の作戦を提案したが、レイは婚約など上手くいくはずがないと投げやりになっていた。
誰でもいいから愛していると言ってほしいと口にするレイに対し、シリルはそれは不誠実だと指摘した。さらにラウルは、自分から愛していると言ってみればいいと勧めた。
その言葉を聞いたレイは激しく反発した。呪術師である自分が愛していると言えば、それは呪いとなり、父親のように相手を縛り続けてしまうと叫んだ。怒りと嫉妬を露わにしたレイは、最後に女の子以外は呪われてしまえと言い残し、部屋を飛び出していった。
フリーダの登場と婚約者への理解
レイを追いかけようとしたラウルを止めたアイザックは、窓辺のカーテンに隠れていたフリーダへ声をかけた。
フリーダは姿を現し、事情を知りたかったためモニカに協力を頼み、自分が隠れていたことを明かした。これまでの会話や騒動の経緯も全て聞いていたのである。
レイの失言にも腹を立てる様子はなく、フリーダは婚約者には友人が多いのだと感想を述べた。そしてレイの両親の死について尋ねると、ラウルは何も知らないと答え、アイザックは呪術の暴走で亡くなったという話と、父親が妻の呪いで傀儡になっていたという噂を伝えた。
ルイスとラザフォードの会話
会場ではルイスがワインを楽しんでいたが、妻の父である〈治水の魔術師〉が参加しているため、大人しく振る舞っていた。
そこへ師匠のギディオン・ラザフォードが現れ、学生時代の悪行をからかいながら会話を交わした。ルイスは姉弟子カーラが来ていないことを気にしていたが、ラザフォードは明確な説明を避けた。
会話の中でカーラが何らかの個人的事情を抱えていることが示唆されたが、ラザフォードはそれ以上語らなかった。
グレンの意外な姿
話題はルイスの弟子グレンへ移った。ラザフォードは下級魔術師試験に合格したことを聞き、監督なしで術を使えるようになった結果、随分元気に飛び回っていると語った。
不思議に思ったルイスが窓の外を見ると、そこには誰かを背負いながら空を飛び回るグレンの姿があった。
竜退治へ向かったはずの弟子の予想外の行動に、ルイスは思わず呆然とするのであった。
愛を恐れる呪術師
ラウル達から逃げるように庭へ出たレイは、人目を避けて木のそばにうずくまった。感情の高ぶりによって全身の呪印が濃く浮かび上がり、呪術の暴走を抑えようと必死に自分を落ち着かせていた。
レイは紫色の髪を見つめながら、自身が完璧な呪術師であることの象徴でもあるその色を嫌悪していた。そして祖母アデライン、父、母と暮らしていた幼少期を思い出していた。
母との約束と別れ
幼い頃のレイは母に呪術を教えてほしいと頼んだが、母は自分にはその資格がないと泣き崩れた。何も事情を知らなかったレイは、自分の言葉で母を傷つけてしまったのだと深く傷ついた。
翌日、父は母を連れて家を出ることを決めたが、レイだけは本邸に残された。旅立つ前に母は、呪術師は愛していると口にしてはいけないこと、そして何も失わずに生きてほしいことをレイに言い聞かせた。
その意味を理解できないまま取り残されたレイは、自分のせいで両親が去ったのだと思い泣き続けたが、アデラインは繰り返しレイを慰めた。
両親の悲劇の真実
その半年後、両親は呪術の暴走によって命を落とした。
さらに数年後、レイは真相を知った。呪術師だった母は、別の想い人がいた父を愛しながらも恋心を捨てきれず、愛情と嫉妬から呪いを暴走させて父に愛しているという呪いをかけてしまったのである。
父の優しさは呪いによるものであり、母はその呪いを解こうとして危険な術に手を出した末、暴走によって父と共に命を落とした。愛によって人の心を歪めた母の末路は、レイに愛情への強い恐怖を刻み込んだ。
愛されたいという願い
両親の悲劇を知りながらも、レイは誰かに愛されたいという願いを捨てられなかった。
自分は愛していると言えないのに、誰かから愛していると言われたい。それが身勝手な願いであることも理解していた。それでも心を込めて愛していると言ってほしいと強く望んでいた。
呪術師を忌避する人々の中で、誰も自分を愛してくれないと思い込みながら、レイは雪の降る庭で愛されたいという本心を吐き出した。
フリーダとの対面
愛されたいと切実な願いを口にした直後、背後から静かな声が響いた。
振り返ったレイの前には、雪が舞う庭園で上着も着ずに立つ婚約者フリーダ・ブランケの姿があった。
フリーダは、なぜその願いを婚約者である自分に伝えず逃げ回っているのかと問いかけたのであった。
十三章やめて、俺のために争わないで!
呪術の暴走と沈黙の魔女
フリーダとの対面と感情の暴走
ラウル達から逃げ出したレイは庭でうずくまり、感情の高ぶりによって全身に浮かぶ呪印を抑えようとしていた。紫色の髪を見つめながら、呪術師として生きてきた自身の境遇や、両親の悲劇を思い返していた。
母はかつて愛する相手に呪いをかけ、その呪いを解こうとして父と共に命を落としていた。その過去を知るレイは、愛という感情を恐れながらも、誰かに愛されたいという願いを捨てられずにいた。
そんなレイの前に婚約者フリーダが現れた。レイは逃げ続けていた理由を問われ、嫌われることが怖かったのだと打ち明けた。フリーダはレイを嫌う理由はないと断言し、手紙や薬、お守りを送ってくれた〈コウモリの君〉こそレイであると気づいていたことを明かした。
見守る仲間達とグレンの来訪
物陰から二人の様子を見守っていたモニカとシリルは、フリーダがレイを受け入れたことに驚いていた。ラウルは祝福の花吹雪を用意しようと薔薇を育て始め、アイザックやグレンにも協力を求めた。
そこへグレンが姿を現した。グレンは〈深淵の呪術師〉に会わせたい人物を連れてきたと説明し、その人物が庭園へ向かっていることを知らせた。
ヘンリックの決闘宣言
レイはフリーダに嫌われていない事実に喜び、期待を抱き始めた。しかしそこへフリーダの兄ヘンリック・ブランケが現れた。
ヘンリックはレイに決闘を申し込み、これまで何人もの女性を誑かしてきたのではないかと非難した。レイが困惑する中、フリーダはレイを庇い、自ら決闘を引き受けた。
ヘンリックは剣をフリーダに渡し、自身はスコップを武器として構えた。兄妹は激しい応酬を繰り広げながらも、婚約や故郷への帰還を巡って本音をぶつけ合った。
兄妹の激しい戦い
フリーダとヘンリックは容赦なく打ち合った。会話の内容は家族や領地の事情を巡るものだったが、剣とスコップによる攻防は真剣そのものであった。
観戦していたアイザックは、ヘンリックが噂以上の実力者であることを見抜いた。戦いは徐々にヘンリックが優勢となり、ついにフリーダの剣は弾き飛ばされた。
それでもフリーダは帰国を拒否したため、ヘンリックは気絶させてでも連れ帰ると宣言した。
レイの恐怖と呪術の暴走
フリーダを守ろうとしたレイは、ヘンリックから軟弱者と罵られ、スコップを喉元に突きつけられた。本物の殺意を向けられた経験のないレイは極度の恐怖に襲われる。
積み重なった不安や混乱、そして死の恐怖によって感情の均衡が崩れた結果、レイの呪術は暴走した。全身の呪印が蠢き、黒い涙が溢れ出す。
その涙に触れた花や草木は異形の姿へと変貌し、魔物へと変わっていった。黒く染まった植物は意思を持つように動き出し、周囲を侵食していった。
モニカの介入
暴走した呪いによってフリーダまで傷つけてしまうことを恐れたレイは絶望した。だがフリーダへ伸びた黒い蔦は、彼女の手前で見えない壁に弾かれた。
そこには呪術を防ぐ特殊な防御結界が張られていた。
結界を展開していたのは、二年前にレーンブルグの呪竜を倒した〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットであった。
モニカはレイに向かって、まだ誰も傷つけてはいないこと、自分が誰も傷つけさせないことを告げた。
対呪術結界と悪役令嬢作戦
モニカの防御結界と危機感
モニカは二年前に呪竜との戦いで即興で作った対呪術用防御結界を改良し続けており、その結界によってフリーダやヘンリックへ襲いかかる魔物達を防いでいた。
しかし、レイの呪術は呪竜を上回るほど強力であり、結界だけでは長く持ちこたえられないと理解していた。レイが他人を傷つければ、自分自身を責めて孤立してしまうと考えたモニカは、彼を救いたいと願った。
ルイスによる支援と作戦立案
庭園の異変に気づいた人々が集まり始める中、ルイスは庭園全体を魔法戦用の結界で覆い、騒動を七賢人同士の魔法戦として観客に見せることにした。
モニカはルイスの結界に対呪術用の術式まで組み込まれていることに気づき感心した。一方で、魔物化した植物を風の刃で切断すると増殖してしまうことが判明し、単純な攻撃では解決できないと理解した。
そこでラウルは鎮静と麻痺の効果を付与した薔薇を用意し、レイを落ち着かせる方法を提案した。モニカはレイが自分を責めているはずだと考え、ある作戦を思いついた。
悪役令嬢と悪役令息の演技
モニカは深紅のドレスと扇子を使い、自らを悪役令嬢だと宣言した。ラウルも悪役令息を名乗り、二人は自分達こそ悪者であると強調した。
その目的は、暴走したレイが自分だけを悪者だと思い込まないようにすることだった。シリルやグレンは困惑したが、アイザックは二人の意図を理解して見守った。
一方、自責の念に囚われたレイは、自分が嫌われていると思い込み続けていた。
モニカの接近とレイの沈静化
ラウルは茨で魔物達を拘束し、モニカはその陰を利用して飛行魔術でレイの目前まで移動した。慣れない飛行で苦戦しながらも、モニカは悪役令嬢として振る舞い続けた。
突然目の前に現れたモニカに驚いたレイは動きを止め、その隙を逃さずモニカはイザベルを真似た微笑みと共に薔薇を差し出した。
風によって運ばれた薔薇の花弁と香りには、ラウルが付与した鎮静と麻痺の効果が込められていた。その香りを吸ったレイの興奮は次第に収まり、膝をついた。暴走していた呪いは彼のもとへ戻り、魔物化した植物も全て枯れて消えた。
フリーダの抱擁とレイの涙
力尽きたレイを支えたのはフリーダだった。彼女はレイが友人達に恵まれていることを認め、モニカから全て終わったら抱きしめてあげてほしいと言われていたことを伝えた。
フリーダは恐れることなくレイを抱きしめ、もう大丈夫だと優しく告げた。その言葉にレイは堪えきれなくなり、子どものように泣きじゃくった。
彼の瞳から流れる涙は、もはや呪いに染まった黒ではなく、澄んだ透明な涙であった。
メアリーとアデラインの語らい
騒動を見下ろしていたメアリーとアデラインは、庭園での出来事を見守っていた。観客達はモニカの活躍に拍手を送り、平和な時代になったことを二人は語り合った。
やがて話題はレイの両親へ移る。世間ではレイの母が恋した男を呪い傀儡にしたと言われていたが、真実は違っていた。
レイの母は、自分が愛されるはずがないと思い込み、自分自身を呪っていたのである。夫が本当に自分を愛していた事実を信じられず、夫を呪ったと思い込んだまま心を病み、呪いを解こうとして暴走し、夫と共に命を落としていた。
その話をしながら、メアリーはアデラインがレイに婚約者を用意したことをからかった。アデラインは孫や昔の想い人への嫌がらせだと言い張ったが、その言葉にメアリーは楽しそうに笑っていた。
エピローグ 羞恥心の理由
レイとフリーダの歩み寄り
フリーダの誠実な受容
レイは涙を流しながら、自分を抱き止めるフリーダを見つめていた。フリーダはレイを嫌悪も侮蔑もせずに接し、その態度だけでレイは大きな喜びを感じていた。
レイが迷惑をかけたことを謝罪すると、フリーダは今回の騒動の原因は主に兄のヘンリックにあると告げたうえで、レイの無事を喜んだ。さらに、レイが贈った呪術除けのお守りを今も持っていることを示し、彼の気遣いを認めた。
愛を伝える別の方法
レイは呪術師であるため愛していると言えないことを打ち明けたが、フリーダは言葉以外にも気持ちを伝える方法はあると答えた。
そして彼女はレイの呪印が浮かぶ手の甲に口付けを落とした。その行動にレイは激しく動揺し、顔を真っ赤にして取り乱した。
祝福と現実
二人の様子を見守っていたラウル達は薔薇の花弁を撒き、まるで祝福するような光景を作り上げた。
レイは自分が愛され祝福されていると思い感激したが、フリーダはまだ愛しているわけではないと率直に告げた。知り合ったばかりであり、まずは相手を知ることが先だと説明したため、レイは現実を突きつけられて落胆する。
しかしフリーダは、自分はレイを好きになれると思うと続けた。さらにレイが過去に書いた詩の一節を引用し、その言葉選びを褒めたため、レイは羞恥のあまり悲鳴を上げてうずくまった。
ヘンリックとアイザックの対話
騒動が収束すると、ヘンリックは自身の行動を謝罪した。
その前に現れたアイザックは、ヘンリックの行動が妹を想ってのものであると理解を示した。ヘンリックはアイザックの正体を尋ね、アイザックはエリン公爵フェリクス・アーク・リディルと名乗った。
ヘンリックは彼の名声を知っており、その知性と功績を称えた。
シリルの自己反省
その様子を離れた場所から見ていたシリルは、自分だけが何も成し遂げられなかったように感じていた。
モニカは七賢人としてレイの暴走を止め、アイザックは第二王子として場を収めていた。一方、自分はオーレリアとの縁談にも向き合えず、レイの暴走にも何もできなかったと反省する。
そこでシリルは、自分の目標を改めて考えた。義父の期待に応え、実母を喜ばせること。そして何より、かつて自分を尊敬していると真っ直ぐ伝えてくれたモニカの力になれる存在でありたいと再確認した。
モニカの祝福とハプニング
その時、モニカがシリルを追いかけてきた。深紅のドレスを引きずりながら駆け寄ったモニカは、縁談について祝いの言葉を伝えようとした。
しかし言葉を言い終える前に、サイズの合わないドレスを留めていた糸が切れ、胸元が大きく開いてしまった。
シリルは即座に自分の上着を脱いでモニカに羽織らせ、近くの部屋へ隠れるよう指示した。そして使用人に着替えを届けさせるため、その場を離れた。
モニカもまた羞恥に顔を赤くし、上着を握りしめながらその場にしゃがみ込んだ。
アイザックの動揺
一連のやり取りを物陰から見ていたのはアイザックだった。
モニカが何かを決意した様子で去ったことを気にして後を追ってきたのだが、シリルとモニカのやり取りを目の当たりにして足を止めた。
二人に声をかけることもできず、そのまま静かに立ち去ったアイザックの脳裏には、星詠みの魔女メアリーの予言が蘇っていた。
やがて何を失うのかという不安を抱えながら、アイザックは亡き友アークの名を震える声で呟いた。
【シークレット・エピソード】ガール・ミーツ・ドラゴン
ラナの新作ローブへの悩み
新作ローブ開発の壁
冬招月上旬、商会長ラナ・コレットは新作ローブの企画に悩んでいた。
彼女の商会では服飾品や魔導具を扱っていたが、近年は特に魔術師用ローブの開発に力を入れていた。しかし、若い魔術師からの反応は良好である一方、権威ある年配の魔術師達には受け入れられず、営業の成果は思わしくなかった。
年明けには新作ローブのお披露目イベントを控えていたが、年配者の心を掴む決定的な要素が見つからず、ラナは頭を悩ませていた。
モニカを訪ねる決意
考えがまとまらないラナは気分転換に市場へ出かけることにした。
ついでに、しばらく留守にすると聞いていたモニカの家へ顔を出そうと考えた。モニカの弟子が不在になると食生活が乱れがちなことを心配し、市場でパンやリンゴ、魚の揚げ団子を買い込んで向かった。
移動中も新作ローブのモデルについて考えていたが、理想に合う人物は見つからないままだった。
謎の黒髪の男との出会い
モニカの家に到着したラナだったが、モニカは留守だった。
代わりに現れたのは、見覚えのない黒髪の長身の男だった。男はラナの名前を知っており、学園時代からモニカがよく話していたと語った。
男によれば、モニカは共同研究や東方への用事で年明けまで帰宅しないという。
ラナが持参した食べ物を差し出すと、男は喜んで受け取り、機嫌よく食べ始めた。
古風なローブがもたらした着想
ラナは男が身につけている古風なローブに興味を抱き、その理由を尋ねた。
男は昔自分に会いに来た人物の服を再現したものだと説明した。そのローブには精緻な模様が施されており、それを見たラナは新作ローブのアイデアを思いついた。
古典的な意匠と現代的なデザインを融合させれば、年配者にも受け入れられる魅力的なローブになると確信したのである。
さらに男の容姿や雰囲気が、自分の考えていた新作ローブのモデル像にぴったりだと気づき、悩みが一気に解決へ向かった。
バーソロミュー・アレクサンダーとの約束
ラナは男に名前を尋ねると、男はバーソロミュー・アレクサンダーと名乗った。
壮大な名前と古風な装いから、ラナは彼を役者だと思い込み、改めて食事に誘った。アレクサンダーは鶏肉があるなら行くと快諾した。
ラナは新たなデザイン案への期待に胸を躍らせながらその場を後にした。そして次にモニカと会った時には、アレクサンダーとモニカの関係を尋ねてみようと考えながら、新作ローブの構想を膨らませていた。
サイレント・ウィッチ11巻
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