物語の概要
ジャンル:
異世界ファンタジー/冒険譚である。本作は、神と人間・モンスターの共存する世界オラリオを舞台に、冒険者ベル・クラネルとその仲間たちの成長と試練を描くシリーズである。
内容紹介:
第14巻では、ベル不在の冒険者パーティが主導する探索と戦闘が中心となる。彼が離れている間、仲間たちは自らの力を試される困難と直面し、各々の立ち位置や信念が揺さぶられる。ヴェルフが鍛冶師としての真価を示し、リューのヒロイン性が強調される展開も含まれる。ベルを探すための動き、敵との戦い、仲間たちの奮闘と絆が描かれる。
主要キャラクター
- ベル・クラネル:通常は主人公として中心にあるが、本巻では不在の時間帯が生まれ、仲間たちの視点から物語が語られる場面も多い。
- ヴェルフ:鍛冶師技能を活かし、武器作成・強化面でパーティを支える役割を担う。第14巻では彼の技能が重要な役割を果たす。
- リュー:剣姫としての実力とヒロイン性を帯びた存在。本巻で彼女の役割が強調される展開が描かれる。
物語の特徴
第14巻の最大の特徴は、「主人公不在下での他キャラクターたちの動き」に焦点が当てられる構成である。ベルが不在の中でも物語が停滞せず、仲間たちそれぞれが力を試され、成長を見せる点が魅力である。また、鍛冶やアイテム強化といった戦力補強系要素がより目立つ巻であり、戦いだけでなく支援行動や準備の重要性も強調される。さらに、仲間同士の信頼と葛藤が/絆が試される場面が増えるため、人間ドラマとしての厚みも加わる。
書籍情報
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 14
(Is It Wrong to Try to Pick Up Girls in a Dungeon?)
著者:大森藤ノ 氏
イラスト:ヤスダスズヒト 氏
出版社:SBクリエイティブ(GA文庫)
発売日:2018年12月15日
ISBN:978-4-7973-9620-1
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
リューと二人、深淵でベルが見たものは――!?
“「迷宮の孤王――アンフィス・バエナ!」
絶望の『予言』は終わらない。
惨禍の宴が繰り広げられた27階層で巻き起こる新たな異常事態。退路を断たれたリリ達は、ベル不在の中で『冒険』を余儀なくされる。
「深層……」
一方でベルとリューを待ち受ける過酷の名は『37階層』。孤独、孤立、孤絶、最凶の舞台で幕を開ける最悪の決死行。
そして迫りくる【厄災】の影。かつてない過酷に翻弄される中、リューは生と死の狭間で過去の情景を見る。
「私には、もう……『正義』はない」
これは少年が歩み、女神が記す、 ──【眷族の物語】──”
感想
ネット小説から始まり、アニメ化まで果たした本作もついに第14巻へと到達した。連載の長期化を感じさせず、依然として勢いのある展開が続くことに感慨を覚える。
今巻では、鍛冶師ヴェルフが理想の武具を完成させ、ベルは幾度も死線をくぐり抜ける。追い詰められながらも決して諦めず、前進し続ける姿はまさに王道の英雄譚である。これほどまでに主人公が極限状態に置かれる作品も珍しい。
物語前半は、ベル不在のまま【ヘスティア・ファミリア】の仲間たちの奮闘が描かれる。ヴェルフの覚醒と成長は特筆すべき点であり、仲間たちの進化がチーム全体の底上げにつながっている。後半では、ベルとリューの極限サバイバルが展開。飢え、寒さ、絶望の中で互いを支え合いながら進む姿は、涙を誘うほどの緊張感と感動をもたらす。
リューが「クラネルさん」から「ベル」と呼び方を変える場面、乙女らしい一面を見せる描写など、彼女の心の変化が丁寧に描かれている。長らく孤独を抱えていた彼女がベルと心を通わせる姿には、ヒロインとしての新たな輝きがあった。
全編を通して張り詰めた空気が支配し、読後には心地よい疲労感が残る。死と希望の狭間を行き来する600頁超の大作でありながら、一気に読み切らせる力を持っている。リューの過去と贖罪、そしてベルの成長が見事に交差し、彼女がヒロインとして物語を締めくくる構成は完璧であった。
ベルが言葉でも行動でも支えとなる姿は、まさしく理想の冒険者像である。これまでのヒロインたちとは異なり、彼と“並び立つ”存在として描かれたリューは、まさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい。
怒涛の展開を終えた今、読者としては一息つきたい気分でもある。次巻では、束の間の“日常”を描いた穏やかな物語を期待したい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
展開まとめ
幕間 動き出す者達
ウラノスの察知と警戒
暗闇の中、老神ウラノスは地下迷宮に異変を察知した。五年前に【疾風】を含む【アストレア・ファミリア】を虐殺した厄災『ジャガーノート』が再び動き出し、出現層から階層を下へと移動していたのである。通常ならあり得ぬ行動にフェルズは困惑し、ウラノスも事態を「異常」と判断した。さらに『水の迷都』で『迷宮の孤王』が出現していることも確認され、老神は重大な危機を悟った。
援軍派遣の決断
フェルズは【ヘスティア・ファミリア】の危機を案じ、ウラノスに進言した。人造迷宮攻略戦の最中で戦力が不足していたが、ウラノスは「無駄に終わろうとも手を尽くす」と語り、『水の迷都』へ援軍派遣を決断した。その神意は祈禱の間の松明に吸い込まれ、地上からも動きが始まろうとしていた。
シルの異変と出立
一方、酒場『豊穣の女主人』では、シルが手を切り、砕けたカップを見つめていた。それは今、店にいないリューの愛用の品であった。胸騒ぎを覚えたシルは仲間に謝り、店を飛び出した。残されたアーニャやルノア、クロエたちは彼女の不安を察しつつも行方を案じた。
ヘスティアの来訪と知らせ
その直後、ヘスティアが店に駆け込んだ。彼女は息を切らしながらリューの行方を尋ね、手紙を差し出した。それは18階層から届いた【疾風】の援軍要請であり、三人の表情は一変した。かつての仲間としての感覚が蘇り、彼女たちはただの店員ではない顔を覗かせた。
ツバキへの依頼
同じ頃、『竈火の館』の裏庭では、鍛冶師ツバキ・コルブランドが作業中に鏡の罅を見つけ、不吉を察していた。そこへミアハとナァーザが訪れ、状況を伝える。ナァーザはヘスティア不在の館で「面倒な依頼」を口にし、ツバキは事態の重大さを理解した眼差しを向けた。こうして、地下と地上でそれぞれの者たちが動き出したのである。
七章 絶望の詩 超克の詩
カサンドラの諦観と心折れ
カサンドラは幾度も予言を嘲笑う世界に突き落とされてきた自らの歩みを回想し、誰も信じず誰にも信じられない諦観に侵されていた。かつて声を信じた少年の出現で一歩を踏み出したものの、再び理不尽が覆い、無駄だったという自罰的な絶望に沈んでいたのである。
階層主アンフィス・バエナの出現
『水の迷都』に双頭の白竜アンフィス・バエナが現れ、三層を震わせる咆哮を放った。二十メートルを超える威容と蒼眼・赤眼の双頭が敵意を解き放ち、【ヘスティア・ファミリア】を中心とする『派閥連合』はその異常事態に直面した。カサンドラは握った拳の解ける音を聴き、象徴的な【絶望】を前に免罪符が砕けたことを悟っていた。
蒼炎の脅威と桜花の受け流し
アンフィス・バエナの蒼い息吹は水面すら燃やす焼夷蒼炎であり、竜肝由来の体液と混合され水への耐性を帯びていた。ダフネがカサンドラを引いたが間に合わず、桜花が大盾を斜めに構えて受け流して仲間を退避させた。しかし白剛石の盾は蝋のように溶解し、岸や水晶柱も抉れて崩落した。階層温度は急上昇し、焼ける熱気が一帯を満たしていたのである。
天井崩落と「絶望の檻」形成
天井から青い水晶の雨が降り、直後に大樹の根が崩落した。根は滝裏の『イグアス』を巻き込みながら滝壺へ落下し、湖を中心に巨大な円蓋を形成した。連絡路は根に貫かれて破壊され、退路は完全に遮断された。こうして大空洞全域は潰れた鳥籠のような大樹の檻に変貌し、カサンドラはそれを【絶望の檻】と悟ったのである。
退路断絶と強制戦闘の到来
檻に閉じ込められた一行は『水の迷都』からの脱出を断たれ、階層主との対峙のみを強制された。アンフィス・バエナは蒼炎をまき散らして追い打ちをかけ、アイシャは即時撤退を模索しつつも状況の不可能性を認めた。予定外の出現により情報計画は崩れ、戦力・火力・士気のすべてが不足し、ベル・クラネル不在が『柱』喪失として露呈したのである。
アイシャの自戒と指揮の立て直し
アイシャはベルへの依存を一瞬でも想起した自らを叱咤し、女戦士として弱音を斬り捨てた。しかし隊の面々は戦意の灯が消えかけ、絶望に呑まれつつあった。『強化種』や『深層種』に続く異常の連鎖は、経験差のある彼女をもってしても厄日と断じるほどであり、隊列は揺らいでいた。
ヴェルフの檄と炎の継承
沈みかけた士気を断ち切ったのはヴェルフの一打であった。彼は大刀を地に突き立て、ベルがいない冒険を初めてだろと問い、英雄不在でも戦えるはずだと断言した。リリはお荷物ではないと吠え、春姫は置いていかれないと決意し、命と桜花、千草も応じた。ダフネも最後は冒険者として戦うと覚悟を固め、アイシャは長兄としてのヴェルフを讃えた。鍛冶師が灯した火は武器から心へと継承され、視線は怪物へ向き直ったのである。
反撃開始と超克への一歩
ヴェルフの咆哮に命達が追従し、一同は円蓋の檻の中でアンフィス・バエナへ立ち向かう態勢を整えた。退路なき強制戦闘において、彼等は英雄不在の欠落を炎で埋め、【絶望】へ抗う『冒険』をここに開始したのである。
春姫の先手と全体強化の準備
最初に動いたのは春姫であり、長詠唱の妖術【ココノエ】による全体の階位昇華を優先した。戦場経験から、対階層主では強化の即時発動が要となると理解していたためである。
ヴェルフの氷原化と地形の最適化
ヴェルフは深蒼の魔剣で滝壺の水面を凍結させ、一面の氷原を創出した。これにより接近戦の足場が確保され、氷が割れて島状に変化すると、双頭竜討伐に適した多島地形が形成された。アイシャはこの展開を好機と判断し、囮として前進した。
アンフィス・バエナの双息と遠隔対策の破綻
階層主アンフィス・バエナは蒼炎【ブルーナパーム】と紅霧の二種の息吹を行使した。蒼炎は水上でも燃える焼夷性で、紅霧は飛来する魔法を減衰させる盾として機能したため、遠隔からの決定打は望みにくく、近接打撃が必須となった。
強化の連鎖とダフネの防護
春姫の【ココノエ】がヴェルフ、桜花、命、千草、ダフネへ順次付与され、ダフネは唯一の魔法【ラウミュール】で耐久と敏捷を高めた。春姫は一本の尾を温存して精神力枯渇を避け、継戦支援の体制を整えていた。
包囲突撃と双頭の迎撃
ヴェルフ、命、桜花が氷島を伝って三方向から突撃し、背後のアイシャと合わせて包囲を試みた。しかし二本の首は独立して機敏に迎撃し、死角を許さず、初撃は竜鱗に阻まれて効果が薄かった。致命の反撃を受けかけた命は、ダフネの機動救助で難を逃れた。
蒸気と視界阻害による消耗
蒼炎が水面を燃やして蒸気を生み、戦場は蒸し風呂のような過酷環境に変貌した。紅霧は視界も遮り、前衛の集中力を削いだ。水中潜行からの突撃は威力範囲ともに桁外れで、氷島を砕いて一行を翻弄した。
リリの動揺と指揮官覚醒
地形と情報量の多さにリリは一時的に迷ったが、ダフネの叱咤と信任を受けて平常心を取り戻した。指揮に復帰したリリは配置換えと詠唱指示を即断し、状況をどう動かすかに舵を切った。
命の索敵で潜攻を看破
リリの指示で命が【八咫黒鳥】を起動し、潜行する階層主の位置を探知した。アイシャらは即座に退避し、水中強襲を完全回避して反撃の糸口を掴んだ。
重圧魔法と大樹落下の連携奇襲
続いてリリは射程最大・高度最大の指定で命の【フツノミタマ】を天蓋の大樹根へ重ね、超重力で根塊を階層主の直上に落下させた。紅霧では落下物を防げず、アンフィス・バエナは瞬間的に気絶状態となり、水面上で静止した。
総攻撃と増援出現
好機にヴェルフ、桜花、ダフネ、アイシャが連撃を浴びせ、鱗を削り首を抉って有効打を積み重ねた。回復を終えた命の刃と千草の矢も加わったが、階層主は雄叫びで『アクア・サーペント』と『ハーピィ』を召喚した。リリは即座に役割を再配分し、ヴェルフ、桜花、命、千草に雑兵掃討、アイシャとダフネに階層主の引きつけを命じた。
継戦体制の確立と主戦への移行
春姫は汗を流しつつも次の【ココノエ】詠唱へ移行し、千草への追加強化も完了した。こうして支援と索敵、前衛の攻勢、指揮の機動が噛み合い、前哨の混乱は整理された。一行は氷島と天蓋を活用する戦術下で、絶望に抗う本格的な主戦へと踏み込んだのである。
カサンドラの絶望と沈黙
戦場を見つめるカサンドラは、仲間たちが傷だらけになりながらも立ち向かう姿を前に、ただ圧倒されていた。彼らが恐怖にも屈せず戦い続ける光景に心を震わせながらも、己には到底できぬと悟っていたのである。かつての悲劇と罪悪感が彼女を縛り、心の奥で「どうせまた」と囁く諦めが支配していた。手も足も動かず、意識と肉体が断絶したまま、彼女はただ無力に絶望の檻の中で凍りついていた。
ダフネの鉄槌と叱咤
その沈黙を破ったのは、拳骨と怒声だった。ダフネが怒りに任せて殴りつけ、治療を放棄するカサンドラを叱責したのである。
「治療師が突っ立ってどうするの!」という一喝に、カサンドラは呆然と立ち尽くした。彼女の全身は傷だらけであり、それでも仲間を守るため戦場に戻ろうとしていた。恐怖を問うカサンドラに対し、ダフネは震える腕を見せつけ、「怖いけど戦うんだ」と叫んだ。絶望は逃げの言葉であり、生きたいという想いを捨てる言い訳だと断じたその言葉が、カサンドラの心を撃った。
再起の決意と祈りの魔法
ダフネの背中に信頼を見て、カサンドラは水晶の杖を握りしめ、己の無力を乗り越える決意を固めた。
「―――【一度は拒みし天の光。浅ましき我が身を救う慈悲の腕】」
彼女の祈りにも似た詠唱が大空洞に響き、光の魔法【ソールライト】が展開された。温かな陽光が戦場を包み、冒険者たちの傷を癒していく。春姫は微笑み、ヴェルフや命たちは快癒した体で再び剣を握り、戦場に希望の光が戻ったのである。
再編される戦列と後衛の復帰
カサンドラは涙ながらに「もう一度戦います」と叫び、リリと春姫とともに後衛として行動を再開した。リリは戦況を掌握し、怒りを込めて二人を叱咤しながらも、その声に仲間の信頼が宿っていた。こうして後衛・中衛・前衛の連携が完全に復帰し、戦場は再び最大戦力を取り戻したのである。
リヴィラの混乱と異常事態の報告
一方、安全階層『迷宮の楽園』では、ドルムルとルヴィスが25階層の異常を報告に来た冒険者たちを迎えていた。階層主『アンフィス・バエナ』の出現、爆発的崩壊、モンスター群の暴走――すべてが前例のない異常であった。宿場街全体が混乱に包まれ、援軍を出すか報告を優先するかで議論が続いた。
椿の登場と援軍の出立
そこに現れたのは【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブランドであった。彼女は事情を聞くや否や「25階層は任せろ」と宣言し、『豊穣の女主人』の店員アーニャ、クロエ、ルノアを伴って即座に出発した。アーニャは「リューも白髪頭も助けるニャ!」と叫び、クロエとルノアがその後を追う。椿は豪放に笑いながら彼女たちを導き、四人は人外の速度で中層を駆け抜けたのである。
援軍の疾走と希望の継承
彼女たちの目的はただ一つ、地底の戦場で戦う仲間たちを救うことだった。
【疾風】の冤罪も、階層主の異常も、もはや関係ない。
椿と酒場の仲間たちは風のように駆け、絶望の檻へと飛び込んでいった。
彼女たちの姿は、まさしく地上から届けられた“希望”そのものであった。
持久戦の性質と『派閥連合』の踏ん張り
階層主戦は耐久の勝負であり、少数の『派閥連合』は本来不利であった。それでもリリは全体を束ね、削り合いを強いられながらも勝敗の天秤を自分たちへ傾けようとしていたのである。
氷原戦術と支援体制の連鎖
ヴェルフが『魔剣・氷鷹』で湖面を再氷結し、足場を復活させた。春姫は【ココノエ】を三巡目まで回し、カサンドラの【ソールライト】が前線を維持した。アイシャは焼夷蒼炎の脅威を最警戒しつつ、春姫の持続と要間隔を見越して“疑似追加枠”を活かす腹積もりであった。
索敵と痛撃――命の『絶華』
潜った『アンフィス・バエナ』は命の【八咫黒鳥】で完全に追跡され、浮上点を読まれた。命は長刀《春霞》の一撃『絶華』で右首を深々と裂き、ヴェルフらの連携も噛み合い、戦況は優勢へ傾きつつあったのである。
滝登りからの“落下”――異常事態の反撃
しかし水竜は大瀑布『巨蒼の滝』を逆行して天頂へ躍り、巨体の“落下攻撃”を敢行した。湖心への激突は円蓋を砕き、大空洞と『水の迷都』を丸ごと揺らす津波と崩壊を生み、氷島は転覆、隊列は瓦解した。
壊滅の余波と個別の悲劇
命は衝撃と氷塊で沈み、『レイダーフィッシュ』に肩・腕・脚を噛まれ水底へ引きずり込まれた。岸ではリリとカサンドラに蒼炎が迫り、春姫が身を挺して二人を突き飛ばし、自ら炎の濁流に呑まれた。アイシャは呆然とし、ダフネ・桜花・ヴェルフ・千草も満身創痍であった。
炎の檻と玉砕の覚悟
蒼炎は円蓋残骸を伝い『炎の檻』を構成し、空気は薄く熱波が満ちた。リリは崩れ、カサンドラも座り込んだが、桜花は《皇剛》を握り、アイシャは涙を怒りで塗り潰し、二人は【絶望】を睨み返して命と春姫を想い、なおも首を獲らんと立ち上がったのである。
消えぬ火と、届いた詩
双頭竜の猛炎が荒れ狂う只中、桜花とアイシャだけが聞いた。
――「【天より降り、地を統べよ】」
――「【大きくなれ】」
業火の奥に届いた少女たちの『詩』は、断ち切られかけた戦意へ再び火を灯す“反撃の合図”であった。
光の兆しを捉えた桜花
桜花は蒼炎に紛れる水面の光帯を視認し、それが命の重圧魔法と連動する“合図”であると直感した。即座にヴェルフへ砲撃を要請し、自らは中心部へ突進したのである。
氷鷹と紅霧の激突
ヴェルフは『魔剣・氷鷹』を解き放ち、氷砲で蒼炎を割って突進させた。『アンフィス・バエナ』の右頭は紅霧を前面展開して迎撃したが、相殺のため鎧としての霧は一時的に剥がれたのである。
命の水中詠唱と重圧結界
水底で重傷を負った命は、喰らいつく『レイダーフィッシュ』に体を裂かれながらも【神武闘征】【フツノミタマ】を水中詠唱で強行した。深紫の光剣が天頂に顕現し、竜を中心に同心円の重力結界が発生、二首は水面へ圧し沈められたのである。
炎の迷路を突破する桜花
桜花は燃え落ちる根の回廊を一気に駆け、重力結界の直上へ跳躍した。『階位昇華』の加護と結界の圧を“自重”に転化し、自身を断頭刃とする決死の一撃を選択したのである。
『虎喰』の一閃
武神から授かった大技『虎喰』が《皇剛》に宿り、桜花は紅眼の右頭を一刀で断ち切った。血飛沫が咲き、二首のうち一方が墜落するや、重力結界は役目を終えて解除されたのである。
戦局転換の端緒
紅霧の盾を剝がした氷砲、命の重圧結界、桜花の必殺が三位一体で嚙み合い、『アンフィス・バエナ』は初めて決定的損傷を被った。左頭の叫喚が轟く中、戦いは劣勢から反撃局面へと移行し始めたのである。
春姫の炎中詠唱
春姫は焼夷蒼炎の中心に身を伏せ、『黒巨人の防衣』を纏いながら歌い続けていた。地獄の熱が全身を蝕み、意識が途切れようとも、彼女は詠唱を止めなかった。己の声を仲間へ届けるため、全精神力を注ぎ込んだのである。その詩は祈りであり、命を燃やす覚悟の証であった。
アイシャの突撃
春姫の歌が響く中、アイシャは立ち上がった。
「寄越せ、春姫――!」
彼女の叫びに応じ、金光の槌が落ちる。
【ウチデノコヅチ】の加護を得たアマゾネスは階位昇華の輝きを纏い、竜への一本道を駆け抜けた。『氷鷹』の砕片が作り上げた氷橋を踏み砕きながら、女戦士は燃え盛る竜首を一閃した。蒼炎が逆流し、竜の体内を焼き尽くす中、アイシャは最後の詠唱を重ねた。
「【ヘル・カイオス】!」
紅の斬撃波が竜の核を打ち砕き、階層主『アンフィス・バエナ』は蒼い閃光とともに崩れ落ちた。
勝利と再会
爆炎の中でアイシャは水面を破り、春姫のもとへ歩み寄った。消火剤を浴びて火を鎮めると、炎の轍を進み、黒衣の少女を抱き上げた。
「……やるようになったじゃないか、ヘッポコ狐め」
春姫はかすかに笑い、安心したように瞼を閉じた。二人の姿を見たリリとカサンドラは涙を流し、仲間の生還を喜んだ。
命の救出と崩壊の始まり
千草と桜花は重傷の命を救出し、全員が合流した。勝利の歓喜に包まれた一行だったが、その直後、階層全体が轟音を上げて崩れ始めた。爆破と竜の落下が引き金となり、『水の迷都』は崩壊を始めたのである。西側に逃げた爆破犯たちは瓦礫に呑まれ、悲鳴を上げながら消えた。
カサンドラの覚醒
混乱の中、カサンドラの脳裏に『予言』の詩が閃いた。
【蘇りし太陽】――それは方角を示す言葉、『東』の比喩であった。
彼女は叫んだ。
「東へ! 二十階層へ!」
仲間は驚愕し、ダフネは一瞬ためらった。しかし、涙に濡れたカサンドラの瞳を見て、彼女は決断した。
「私は“夢”を信じない! ――でも、カサンドラ・イリオンを信じる!」
ダフネの叫びが全員を動かした。
脱出と絆の証明
ダフネとカサンドラの手が再び重なり、冒険者たちは東の連絡路へと走った。崩れ落ちる大空洞を背に、彼女たちは炎と瓦礫の中を突き抜け、二十階層へと飛び込んだ。直後、滝壺は瓦礫に埋まり、後方は完全に閉ざされた。彼女たちは、わずかな空隙から生還を果たしたのである。
再び迫る危機
息を整える間もなく、モンスター群が新たに襲来した。
「ごちゃごちゃ言うな、大男! ここまで来たらベルのところまで行く!」
アイシャが叫び、桜花が《皇剛》を構え、ヴェルフが魔剣を握る。カサンドラとダフネも立ち上がり、再び戦場へと身を投じた。
崩壊の果てに、なお彼女たちは前を向き、希望を手に取るために進み続けたのである。
八章 鎚の声
崩壊した大空洞の発見と降下決断
アーニャ一行は25階層連絡路前の崖上に到達し、蒼炎と瓦礫に埋まった大空洞を目撃した。自然現象ではない激戦の余波と判断し、アーニャは思案を打ち切って27階層へ急ぐ決断を下した。足場は脆弱であったが、有翼種の不在を確認し、絶壁を駆け下りる強行策に踏み切ったのである。
26階層での連戦と混乱
一方、ヴェルフら派閥連合は26階層で水棲モンスターの連戦に晒され、リリは消耗回避を指示した。ダフネは初見階層で安全策が取れない現状を憂慮し、撤退不能の中で探索継続の危険を強調した。
27階層からのモンスター大移動
迷宮は25階層崩落の余波で不安定となり、27階層のケルピーを筆頭に同階層のモンスター群が紅に染まった姿で26階層へ進出した。これは【疾風】討伐本隊の屍肉を貪った群れの凶暴化に起因しており、冒険者を新たな供物と見做した大移動であった。
ヴェルフの被弾と精製金属の発見
ケルピーの猛攻でヴェルフは壁へ叩きつけられたが、その際に水晶壁の内部から転がり出た歪な精製金属を発見した。鍛冶師の直感により超硬金属と見做し、入手した。
ボールスの救出と全滅の報
正規ルート先でモンスターにもみくちゃにされる巨漢を救出すると、相手はリヴィラの大頭ボールスであった。彼は討伐隊の全滅と、未知の新種=【大いなる厄災】の出現を告げ、ベル・クラネルの片腕欠損と致命打を述懐した。ただし【疾風】の回復魔法により生存の可能性も示唆された。
動揺の収束と退路喪失の自覚
リリは絶望に悲鳴し、隊は一時静止したが、新手の群れ接近でアイシャが即時離脱を号令した。退路は既に断たれており、安全階層へ前進しつつベルの救出機会を拾う方針に収束した。
交錯地点での強臭袋による突破
四方から群れが雪崩れ込む交錯地点で、アイシャはリリの強臭袋を爆臭の煙幕として用い、視覚を潰す陽動に転化した。群れは同士討ちを起こし、一行は無人の通路へ脱出した。ヴェルフの最後の魔剣はこの戦闘で罅割れ、崩壊寸前となった。
袋小路での停滞と情報整理
袋小路の広間で一行は一息つき、アイシャはボールスに事実のみの証言を求めた。ベルは致命打を受けたが回復で延命している可能性があるとの情報が共有され、方針は安全階層へ向かいながら救出機会を探ることに維持された。ボールスは再突入を拒んだが、アイシャは負い目があるなら男を見せろと迫り、彼の反論を封じた。
ヴェルフの天啓と決断
追撃が迫る中、ヴェルフはヘファイストスの言葉を想起し、鎚・炉床・炎・材料が揃う現状から、この場で魔剣を打つ天啓に至った。装備整備用の道具一式、壊れかけの炎の魔剣を火源に、先ほど拾得した超硬金属を素材とする計画であった。
命の預託と鍛錬開始の許可
リリは危険地帯での鍛錬を即座に否定したが、道具と火と材料は揃っている事実に言葉を失った。ヴェルフは鍛錬中の護衛を仲間に請い、命を預けられるかと問うた。アイシャと桜花が先に許可を与え、ダフネ、千草、カサンドラ、ボールスも各々の決意で追随した。桜花が代表して命を預けたと明言し、ヴェルフはここで魔剣を打つことで血路を開くと宣言したのである。
鍛錬開始の準備
ヴェルフは首の手拭を頭に巻き替え、砕けた紅の短剣の炎を炉へ移し替えて『竜肝』を燃料に炉を起こした。携行炉は怪物素材で補強済みであり、超硬金属を溶かす条件を満たしていた。彼は金属塊を炉へ投入し、鍛錬を開始したのである。
防衛陣形の構築
アイシャ、桜花、ダフネ、ボールスが前線、リリと千草が後方支援、負傷者とカサンドラを中央に置く半円防衛を敷き、広間唯一の出入り口で群れの突入規模を制限した。目的はただ一つ、鍛冶師を敵から隔てることであった。
超硬金属との格闘
過熱で飴色となった超硬金属は、打撃に反抗して歪な凹凸を生み、ヴェルフの制御を拒んだ。加工済み素材の経験はあれど純原金の鍛錬は別物であり、技量と時間の逼迫が彼の集中を蝕んでいった。
鎚の問いと動機の再定義
極限の集中の中で、ヴェルフは「鉄の声=鎚の問い」に向き合い、自身が武器を打つ理由を「友のため、仲間のため」と言語化した。その自答が打撃の旋律を変え、金属が意志に呼応して形を取り始めた。
設計思想の転換
ヴェルフは“砕ける宿命の魔剣”を超える構想に至り、「恒常的に使える魔剣」への転化を決断した。祖父や鍛冶神への誓いを更新し、「クロッゾの魔剣」ではなく「己の武器」を目指す方針を明確化したのである。
前線崩壊の瀬戸際
押し寄せる群れに盾列が破られ、円陣も圧壊寸前となった。鍛錬の鎚音が止み、絶望が広間を満たす中、桜花が倒れ群れが殺到した。
《始高—煌月》の完成と起動
ヴェルフは立ち上がり、紅く雄々しい長剣を掲げてカサンドラに柄を握らせた。刃を大地に突き立てると、広間に幾重もの紅蓮の火輪が噴出し、侵入したモンスター群を焼却した。これは鍛冶神作の理念を模した“至高の贋作”であり、連作の第一作として《始高—煌月》と銘打たれた。
予言の解読と回避
カサンドラは十六節の詩を「破片=四肢(鎚)」「火を捧げ=炉の点火」「日輪の灯火=火輪展開」と読み解き、自身の介入で四肢喪失と仲間の死を回避したと悟った。ここに『予言の成就』は逸脱されたのである。
新魔剣の機構と意義
《始高—煌月》は使用者の魔力量に依存して威力を引き出すため、従来の自己崩壊リミットを持たず、使い手の成長に追随する特性を備えた。この場ではカサンドラの魔力が併合され、火輪として広範殲滅を実現した。ヴェルフは“砕ける定め”を打ち破り、鍛冶師としての新たな起点に到達したのである。
士気回復と再出発
炎が鎮まるとヴェルフは「預かった命を返す」と告げ、仲間達は喝采した。一行は灰となった群れを後に、広間からの離脱を再開した。ヴェルフは『至高』への登攀をここから始める決意を固め、仲間はその背に信を託したのである。
椿隊、異常の気配を察知して26階層で大群と交戦
椿は通路を埋める大群に対応しつつ、得体の知れない不穏を感じ取った。アーニャ、ルノア、クロエも加勢し、下層域の群れを押し返したが、途切れない出現から迷宮の異常を確信したのである。
ヴェルフ隊、27階層へ到達し焼き払いつつ進軍
リリ、アイシャ、ヴェルフらは27階層に踏み込み、《始高・煌月》で進路を焼き切って前進した。討伐隊の血痕と巨大な穿孔跡が見つかり、【厄災】の痕跡が濃厚となったが、手掛かりは乏しかった。
宙泳ぐ化石種ヴォルティメリアの包囲
水流から次々と浮上するヴォルティメリアが三十体以上で包囲し、空と水の両面から同時攻勢を仕掛けた。円陣は圧迫され、リリの道具とカサンドラの精神力は限界に達し、ヴェルフも消耗が著しかった。
異端児の救援、同士討ちで戦況が反転
半人半蛇が後衛へ飛び込み敵を引き裂き、続いて武装したモンスターの群れがヴォルティメリアのみを選別して殲滅した。フィアとレットが姿を現し、かつて結ばれた恩義に報いるための救援であると告げた。
春姫とウィーネの再会
ローブ姿のウィーネが春姫を抱きとめ、互いの無事を確かめ合った。再会は後衛の動揺を鎮め、士気を押し上げる効果をもたらした。
アーニャ隊が合流、椿がヴェルフの“到達”を認定
アーニャ、ルノア、クロエが広間に到達し、戦場を目撃した。椿は紅の長剣を一目で見抜き、ヴェルフが“砕ける魔剣”の宿命を超えたと歓喜して称えたうえ、非武装の敵のみを斬ると宣言して掃討に参加した。
マリィの証言でベルとリューの降下が判明
人魚のマリィが、ベルとリューが『大蛇の井戸』に呑まれて下層へ運ばれ、強大な使徒も追ったと伝えた。リドは雄叫びで異端児へ展開を通達し、追跡体勢へ移行した。
リリの即時再編と深層進撃の決断
リリはアーニャらのLVと椿の戦力、異端児の帯同を織り込んで、安全階層を経由しつつ下層へ突入する作戦を即断した。ダフネの懸念はあったが、カサンドラやボールスを含む全員が覚悟を固め、春姫はウィーネと手を取り合った。
時間との戦いとして行軍開始
ベルの無事が保たれているうちに救出する必要が強調され、一行は最大速度で正規ルートを駆けた。異端児の咆哮が道行きを支え、冒険者と怪物の連合は深層へ向けて進撃を開始した。
九章 ハロー深層
深層への転落と恐慌の認識
ベル・クラネルはリュー・リオンを抱えたまま37階層に到達していることを悟り、耳鳴りと恐怖に支配されつつも周囲を確認した。巨大広間は白濁色の壁と高天井に覆われ、燐光だけが儚く漂っていた。二人は『深層』という真の死線に孤立無援で放り込まれた現実を受け入れざるを得なかったのである。
大蛇の井戸の死骸と“追ってくるもの”への戦慄
足もとには『ワーム・ウェール』の巨大な死骸が横たわっており、同体が27階層から巣の階層まで穿孔して戻った可能性が示唆された。天井から落ちる石片と迫る振動により、二人を狙う“何か”が井戸を伝って急速接近しているとベルは直感し、極度の焦燥に駆られた。
装甲の破壊者との再会と逃走の選択
紫紺の装甲殻と真紅の双眼をもつ破壊者が大穴から落下して出現し、ベルは重傷のリューを支えながら迷路状の通路へ逃走した。迎撃の選択肢も脳裏をよぎったが、毒酸と損傷で戦闘継続は不可能と判断し、全力の離脱に徹したのである。
蓄力【ファイアボルト】による崩落遮断
追撃が至近となる中、ベルは『ゴライアス・マフラー』に二十秒分の蓄力を施し【ファイアボルト】を放った。砲撃は通路天井を爆砕して大規模な崩落を誘発し、進路を瓦礫で完全閉塞させることに成功した。これは偶然の要素が大きい一時遮断に過ぎず、次はないとベルは自覚していた。
自己犠牲の治癒と再起の誓い
気絶から覚めたリューは自らではなくベルに向けて【ノア・ヒール】を施し、わずかな精神力を使い切って彼の視力と外傷を回復させた。ベルはその選択に激昂しつつも、誰も死なせないという約束を思い出して立ち上がり、重傷のリューを抱えなおして行動継続を決意した。
崩落の向こうからの異音と“仮面”の正体
静寂の奥でカタカタという不気味な異音が生じ、闇から白い角付きの“仮面”が浮かび上がった。死神を思わせるその顔貌はやがてモンスターの骨面であると判明し、ベルは《神様のナイフ》を抜いてリューの前に立った。未知の脅威は嗤うように仮面を鳴らし、深層の更なる過酷が二人に迫っていたのである。
深層初戦と死の羊
ベル・クラネルとリュー・リオンは三十七階層の深層に転落し、初めての戦闘に臨んだ。出現したのは骸骨の羊「スカル・シープ」であり、全身を覆う暗色の皮套によって闇に同化する特性を持っていた。ベルは突進を避けきれず右腕を負傷し、骨の杭による遠距離攻撃にも追い詰められた。だが、左腕に巻かれた《ゴライアスのマフラー》を噛ませ、隙を突いて《神様のナイフ》で魔石を貫き撃破した。深層初戦は死闘の末に終わったが、消耗は極限に達していた。
袋小路の広間と絶望の遺骸
疲弊した二人は逃走の果てに、点滅する魔石灯の光を見つける。そこに人の気配を感じたベルは救いを求めて走ったが、広間にあったのは三体の白骨化した冒険者の遺体であった。崩壊しかけの魔石灯は彼らの最後の痕跡であり、希望と錯覚した灯が完全に途絶えた時、ベルの心もまた折れかけた。リューはその絶望を予期していたように黙して佇み、闇の奥では再びスカル・シープの群れが近付いていた。
死羊の再襲と精神の崩壊
広間の唯一の通路から三体のスカル・シープが侵入し、ベルは恐怖の叫びとともに【ファイアボルト】を放った。五条の炎雷が敵を撃退することに成功したが、代償として精神力が枯渇し、ベルは意識を失いかける。混濁する意識の中で彼はリューの叱咤によって現実に引き戻された。彼女は平手で彼の頬を打ち、冷静さを取り戻させたのである。
五分の休息と再起の誓い
リューは状況を分析し、崩壊した壁がモンスターの発生を抑制することに気づいた。わずかな猶予を得た彼女はベルに「五分だけ休め」と命じ、自らが見張りを引き受けた。絶望の底にいながらも、彼女の凛然たる声がベルの心を支えた。ベルは彼女の言葉に従い、冷たい壁に背を預けて目を閉じる。闇に沈む深層で、二人の小さな再起が始まっていた。
五分の賭けとリューの独闘
ベルが眠りに就いた直後、リューは平静の仮面を外し、広間防衛の現実的危険を認めた。ベルの【ファイアボルト】による破壊範囲は乏しく、安全基準を満たしていなかった。右脚骨折と疲弊により自壊した壁の追加破壊は不可能であり、彼女は《双葉》二振による投擲迎撃のみを戦力と定め、一か八かの「五分の休息」を命懸けで護る決断を下した。深層の闇はリューの精神すら蝕んだが、彼女は自己犠牲の覚悟を固め、最低限三十五階層の連絡路までベルだけでも導くという方針を胸中で確立した。
死羊の再侵入と瞬投
広間入口に三体のスカル・シープが出現した。リューは《双葉》を連続投擲して二体を即落とし、残る一体の突入を覚悟した。しかしその額を白刃《白幻》が貫き、骨体は崩落した。投じたのは隣で目覚めたベルであり、彼は無意識下で時間計測と警戒を維持していた事実を示した。
交代の休息と再備
ベルは「五分経過」を告げ、リューの動揺を受け止めた上で休息の交代を宣言した。わずかな仮眠で彼の声音と思考は明瞭さを取り戻し、リューは安堵と同時に極度の睡魔に襲われた。彼女は壁面破壊による産出抑止をベルに指示し、自身は警戒を委ねて意識を落とした。
夢――アストレア・ファミリアの記憶
眠りに沈んだリューは五年前の本拠を夢見た。団長アリーゼを中心に、輝夜、ライラら十一名の女傑が「正義」を軽妙かつ真摯に論じ、アリーゼは「正義は掲げず秘めるもの」と結語した。快活で直裁、しかし誰よりもまっすぐな彼女の気質が、当時のリューにとって初めての「友」と「居場所」であったことが明らかになった。
正義の談義から運命への行軍
議題はやがて闇派閥【ルドラ・ファミリア】の下層動向へ移り、即時調査出動が決定された。現在のリューはそれが厄災遭遇へ直結する「罠」であった事実を知るが、夢の中の時は巻き戻らず、仲間たちは光の向こうへ去っていく。彼女は叫びも届かぬままアリーゼの背を追い、振り向かぬ友の背中に手を伸ばし続けた。
死者の夢と現実の境界
ベルは壁の破壊作業と装備回収を終え、眠るリューの隣に腰を下ろした。リューは夢の中で「アリーゼ」と名を呼び、かつての仲間を追うようにうなされていた。ベルはその様子を黙って見守り、静かに入口を警戒した。闇の奥から現れたスカル・シープを威嚇するため右手に魔力を込め、虚勢を張って魔法を構える。死羊は魔力を察して後退し、広間の安全は辛うじて保たれた。彼はリューの眠りを妨げず、夢の中の彼女が誰かと語らう時間を守った。
再起の治癒と現状確認
目を覚ましたリューはすぐに平常の冷静さを取り戻し、【ノア・ヒール】で折れた右脚を治療した。ベルの説得によるものだった。彼女は頑なに自己治療を拒んでいたが、行動不能のままでは彼を支えられないと悟ったのである。右脚は完全ではないが歩行が可能になり、二人は現状の整理を開始した。位置は不明、体力・装備ともに限界。『深層』に留まることは死を意味する状況であり、救助の見込みも薄かった。リューは外部の助けを断念し、二人だけでの脱出を決意する。
選択と方針の決定
リューは冷静に状況を分析し、三十五階層への連絡路を目指すことを提案した。『下層』への避難は安全ではないが、生存率は格段に上がる。水と食料の確保も可能であり、モンスターの密度も低下する。ベルは異論を挟まず、彼女の判断を受け入れた。今後は戦闘回避と精神力の節約を最優先とし、魔法やスキルの乱用を禁じる方針が固まった。
死者からの継承
だが、補給という課題が残った。リューは短く息を吸い込み、ためらいの末に告げた。「死者の装備を剥ぐ」と。ベルは凍りつき、死者への冒涜を拒絶した。しかしリューの声音は決意に満ちていた。彼女は誇り高いエルフとして最も忌避する行為を、自らの手で実行する覚悟を示した。生き延びるため、そしてベルを生かすためだった。ベルも涙を堪え、拳を握りしめて彼女に続いた。
屍を越えて生きる覚悟
二人は震える手で遺体から装備を剥ぎ、道具を漁った。涙と吐き気を飲み込みながら、同業者の鎧と武器を回収した。リューは己の良心を押し殺し、ベルもまた生存者としての覚悟を噛み締めた。死者の手には未完成の地図が握られており、それが彼らにとっての唯一の希望となった。三人の無名の冒険者が描きかけた道筋を引き継ぎ、二人は新たな地図を完成させることを誓う。
祈りと出発
リューとベルは剥ぎ取った装備を纏い、遺体を並べて手を組ませた。彼らが奪った者への謝罪と感謝を胸に、短い黙祷を捧げた。名も知らぬ先人たちの亡骸の前で、二人は誓う。必ず生きて地上に戻り、この死を無駄にしないと。広間を後にした二人の背に、灯の消えた魔石が静かに光を落としていた。
十章 白の魔宮
白宮殿の構造と圧力
33階層ホワイトパレスは幅広で天井高の通路と広間が連続する巨大迷路であり、中心の階段を玉座に見立てる五重の大円壁が迷路密度を高めていた。未開拓領域が多く、迷い込めば帰還困難という圧力がベルとリュー・リオンにのしかかっていた。
リザードマン・エリートとの初戦
ベルは負傷で機動の落ちたリューを庇いながら、二体のリザードマン・エリートと交戦した。リューから体力温存と一撃必殺の指示を受け、魔石狙いの刺突で一体を灰にしたが、二体目は急所を外して反撃を受け、致命機をリューの投擲で救われた。ベルは白幻で魔石を貫き、辛くも両体を討った。
連戦と火炎石での突破
以後、遭遇が連鎖し、ルー・ガルーやスカル・シープら戦士系の群れに押され続けた。退路確保のため、リューは27階層で押収していた火炎石を使用し、ベルのファイアボルトで起爆して通路ごと群れを爆砕し、追撃を断った。
地図作成と自己効力の低下
静寂のうちにリューは血潮の筆でマップを補筆し、ベルに周辺警戒を任せた。ベルは連戦での拙さに苛立ちと失意をこぼし、リューを守れないと謝罪した。
リューの助言と小さな接触
リューは冒険者としての自罰的傾向を指摘し、知性の高い深層種には駆け引きが通じること、右腕が焦りで浮く癖の修正、後衛である自分をもっと頼ることを具体に示した。ベルは小指を握られる小さな接触に落ち着きを取り戻し、師弟にも似た関係を互いに認め合って再戦の意志を固めた。
不気味な回復薬の服用
回復手段として変色した古いポーションの服用を余儀なくされ、強烈な不快感に耐えつつも体力と外傷を回復した。装備は概ね健在で、焼けた短刃なども回収し再起動した。
白宮殿の脅威整理
ホワイトパレスは戦士系の白兵特化が多く、物量が最大の脅威であった。中でもスパルトイと毒針を操るペルーダは遭遇時の逃走優先対象として整理された。深層探索は通常三~四人以上で行うのが常道であり、二人で挑む現状の過酷さが再確認された。
大円壁の同定と現在地の特定
進行の果てに純白の第三円壁へ到達し、壁面の湾曲から第二円壁との間=戦士の間にいると同定した。正確な座標は不明ながら、地帯特定という前進を得て、最南端の第五円壁外側へ抜けるべく外周進路を志向した。
生還への決意
ベルはリューの導きで未熟を受け入れ、今からでも強くなれると自覚した。二人は地形活用と魔石狙いを徹底し、静けさが嵐の前であることを承知で再び歩み出し、必ず地上へ二人で帰還すると心に誓った。
意志の齟齬と覚悟の固着
リューはベルの横顔を見やりつつ、自身が不在となる未来を前提に行動計画を練ったのである。ともに生還するのが最善と認めつつも、『深層』では犠牲の選択が不可避になると悟り、ためらいが両者の共倒れを招くと結論していた。
装備不利と迫る選択
死者装備の回収で状況は幾分改善したが、依然として装備は脆弱であった。ダンジョンが傷ついた獲物を取り逃がすはずがないと見做し、いずれ犠牲を強いられる局面が到来すると予期していた。
生存技術の継承計画
その時までにベルへ生存術を叩き込み、一人でも『深層』を脱出し救助到来まで耐えられるよう、リューは自らの知識と経験を全て授ける方針であった。迷宮という実地環境が学習定着を加速させている点を好機と評価した。
ベルの成長と希望
リューはベルの成長を疑わず、未知を既知に変換し続ければ順応できると確信していた。『ジャガーノート』を単独で追い詰めかけた実績を偉業と位置づけ、絶望に抗う背中に希望――消してはならない白き炎――を見出した。
理想と現実の反照
ベルはなお理想を追っていたが、リューは自らがその道をすでに降りていると自覚していた。かつての真っ直ぐな眼差しを想起しつつ、今は理想を追えない立場にいると断じた。
輝夜への内的告白
リューは亡き戦友・輝夜に「自分もそちら側に在る」と自嘲を交え告げ、犠牲を引き受ける覚悟を明確化した。
回想への移行
白濁の迷宮を進む最中も警戒を解かぬまま、分離した意識は過去へと遡行し、追憶の光景へ移っていったのである。
間章 正義の追憶
星屑の庭の衝突
それは、オラリオの片隅にある【アストレア・ファミリア】本拠『星屑の庭』で起きた過去の出来事であった。若きリュー・リオンは激昂し、副団長ゴジョウノ・輝夜と激しく言い争っていた。大局のために少数を犠牲にするという輝夜の発言に、リューは「それがアストレア様の望む正義か」と憤ったのである。
輝夜の現実主義と辛辣な嘲笑
極東出身の黒髪の少女・輝夜は、柔和な外見に反して口調は荒く、気品を捨てた物言いでリューを「青二才」と断じた。彼女は犠牲を伴わず全てを救えるという考えを「浅薄」と切り捨て、「私達の力では全てを救えない」と冷徹に現実を突きつけた。かつてシャクティの妹アーディを救えなかった事実を例に、リューの理想を「都合の良い正義」と断じ、いつか誰もが選択を迫られると告げた。
アリーゼの介入と導き
そこへ団長アリーゼが現れ、口喧嘩の仲裁に入った。彼女は輝夜の勝利を茶化しつつ、憤るリューの小指をそっと握り、心を鎮めた。アリーゼは輝夜の主張を理解しながらも、「みんな助けられた方がいいに決まってる」とリューの理想を肯定した。その上で、「正しいかはわからない」「理想を追っても失敗することはある」と現実を認めつつも、「それでも理想を掲げることには意味がある」と語った。
理想と正義の相克
アリーゼは、輝夜が極東の政争を経験したゆえに厳しく現実を語るのだと諭した。彼女にとって重要なのは「何を成したか」ではなく、「何を信じ、何を残したか」であり、「綺麗事でも理想を掲げなければ人は弱くなる」と微笑みながら説いた。
リューはその言葉に心を打たれ、真っ直ぐな瞳の奥に揺るがぬ信念を見た。
英雄の定義
「もし理想を叶えてしまう者がいたら?」というリューの問いに、アリーゼは無邪気な笑みで答えた。
「知らないの? そういう人を――『英雄』って言うのよ」
この言葉は、リューの心に深く刻まれ、生涯を通じて彼女の正義と理想を支え続ける信条となったのである。
十一章 殺意の行方
階段上の迎撃と地形の優位
ベル・クラネルとリューは『深層』の階段頂上に陣取り、下から押し寄せるモンスター群を迎撃したのである。通路と階段が狭い構造であったため同時に相対する敵は最大二体に制限され、ベルは奪取した棍棒や《冒険者の遺剣》《白幻》を使い分けて『ルー・ガルー』や『スカル・シープ』を次々と灰に変えた。階段の高低差による死角と姿勢の不利を敵に強いたことが勝因であった。
誘導による戦場制御と成長の実感
ベルはリューの教えである動きを視て計ることを徹底し、敵の進路を制限して狙いを誘導した。狙い通りに射線へ飛び込んだ敵を同族の投擲で串刺しにさせるなど、敵全体への駆け引きへ発展させていた。アイズから学んだ止めの誘発の理と、リューの助言が結び付き、ベルは戦場そのものを動かす感覚を得たのである。
リューの評価と背後からの脅威
リューはベルの応用力を飛躍と評し、その成長を肯定していた。だが後衛側の通路奥から『リザードマン・エリート』の群れが接近し、リューはベルに前方の敵へ集中するよう命じ、自身は迎撃に回った。右脚の痛みを抱えつつも、二人一組の隊として後衛が責務を果たす局面であった。
居合による迎撃と『バーバリアン』の奇襲
リューは片膝をついて納刀の姿勢を取り、間合いに入った敵を居合で両断していった。極東の戦友から学んだ太刀の技は深層の通路で威力を発揮し、通路は斬撃の結界と化した。しかし壁面に亀裂が走り、『バーバリアン』が奇襲。長い舌撃によりリューは刀を落とし、群れが雪崩れ込む危機に陥った。
連携による逆転と血まみれの制圧
ベルは階段側の戦闘を切り上げて疾走し、『バーバリアン』へ飛び蹴りを叩き込んで体勢を崩した。続けて《白幻》とリューの拾い直した刀で畳み掛け、倒れた敵を起き上がらせぬまま滅多刺しにして制圧した。最後の一体が痙攣を止めるまで攻撃を緩めず、通路には二人の荒い呼吸だけが残ったのである。
小広間での休息と『ジャガーノート』の証言
二人は壁を破壊して出入口を一つにした小広間で休息を取った。リューは過去の出来事として、黒衣の魔術師からジャガーノートに関する一切の口外を禁ずる警告を受けたと語った。正義の派閥での功績を考慮して追及は行わないが、召喚の再発は許されないという通達であった。
疑念の噴出と未回答の問い
ベルは調教師ジュラの言葉を想起し、リューが仲間を犠牲にして化物を退けたという断罪の真偽を問うた。リューは沈黙で応じ、握った拳だけが震えていた。直後に通路奥から新手の啼き声が響き、二人は再び戦闘に向き直ったのである。
存在と外見の概略
ジャガーノートは迷宮二十三階層を徘徊する巨大な怪物であった。体は損傷が甚だしく、右脚の逆関節や右腕の欠損、尾の半ば欠落といった致命的な傷を負っていたが、その全身が一つの巨大な『魔石』のように機能しており、通常のモンスターとは異なる規格外の強度と敏捷性を呈していた。
寿命と性質の矛盾
ジャガーノートは強力であるが短命であるという特性を持っていた。個体は深層に出現すると非常に高い戦闘力を示し、頭部や胸部を欠損しても活動し続けるほど頑強であった。一方で時間経過とともに自然崩壊し、やがて粉砕されて消え去る宿命を帯びていた。
起源と目的の変容
当初は『母』のために生まれ、ダンジョン内の異物を殲滅する抹殺の使徒として設計されていた。しかし調教師ジュラの魔道具が副作用を生み、ジャガーノートには本来芽生えるはずのない“強い自我”と特異な欲望が発生した。結果として、個体は母の意志から逸脱し、単独の獲物を執拗に追う存在へと転じた。
執着の対象と憎悪の源
ジャガーノートが執着したのは「白い獲物」と呼ばれる存在であった。白の炎によって幾度も破壊されながらも再び立ち上がるその相手は、ジャガーノートに恐怖と怒りを教え、自己存在の意義を脅かした。ジャガーノートはその相手を許容できず、ただ一人、絶対に仕留めるという一念に凝り固まった。
進化と暴走
自我の顕在化はジャガーノートを与えられた能力の枠を超えた進化へと導いた。右腕を失っている現状では白い獲物を討つことが叶わないと判断し、新たな「爪」や腕を必要とするに至った。そのため同族を襲い、器を補うための暴力と咀嚼を行うなど、ダンジョン内で予期せぬ禍々しい変化を引き起こした。
迷宮と他生命への影響
周囲のモンスターはジャガーノートを畏れ、彼の前では静かに身を潜めるしかなかった。個体の暴走と進化は迷宮の内部に異常事象をもたらし、迂闊に接近した者は破壊と食害の音に直面した。ジャガーノートの存在は、もはや単なる破壊者ではなく、迷宮自体にとっての未知かつ危険な変異体であった。
間章 正義の追想
ライラとの対話と迷いの始まり
輝夜との衝突から数日後、リューは己の迷いを払拭できずにいた。彼女は【アストレア・ファミリア】の同僚である小人族のライラ・ルクムに相談を持ちかける。身長一二〇センチにも満たぬライラは、整備中の器具をいじりながら、軽薄な口調でリューの真剣な悩みを軽く受け流した。だが、表面的な軽口の裏には、リューの理想主義に対する現実的な洞察があった。
「本当」を決めるのは自分
ライラは「真実なんてそいつ次第で変わる」「何を『本当』にするかは自分次第だ」と語り、他人の意見に惑わされず、自らの納得で正義を築けと諭した。それは彼女にしては珍しく、真摯な響きを持つ言葉であり、リューの胸に深く刻まれることとなった。軽薄に見えるその発言は、むしろライラ自身の「本当」だったのかもしれない。
知識を力に、知恵に変えろ
ライラはさらに、自らの流儀を説いた。「知識は武器、情報はご馳走」「何でも覚えて何でも使え」と。モンスターの性質、即席武器の製造、仲間の心理を読む術など、全てが生存の糧であり、知識を積み重ねればそれはやがて知恵へと変わる。ライラは「時間をかけて知識を知恵に変えろ」とリューに告げ、その言葉を通じて、彼女の中に柔軟な生き方を植え付けた。
ずる賢さと現実の教訓
リューはその奔放な性格に呆れつつも、ライラから実用的な知恵を多く学んだ。嘘の見抜き方、強請り交渉術、さらには賭博の必勝法まで、正義の派閥に似つかわしくない小賢しい知識を得たのである。ライラは「綺麗事だけじゃ正義の味方は務まらない」と豪語し、リューの理想主義に現実を突き付けた。
ライラの強さと皮肉な未来像
小人族でありながらLv.3に到達したライラは、「狡さも力だ」と笑い、自身を誇った。冗談めかして「勇者フィンに婚約を申し込まれる頃」と言ってはリューを呆れさせたが、その言葉の端々に、種族の限界を越えて生きる意志が滲んでいた。ふざけながらも真剣に、リューに「生き抜く知恵」を刻みつけたのだった。
記憶としての教え、そして喪失
リューはこの日の会話を決して忘れなかった。ライラの口癖、教え、そして笑みの一つひとつが、今も心に生き続けている。しかし、【アストレア・ファミリア】の壊滅によって彼女たちは失われ、リューの胸に残るのは「言葉」だけとなった。仲間の意志を受け継いでいるのか、それとも失ってしまったのか。彼女にはもはや、その答えを見出すことはできなかった。
十二章 真・迷宮決死行
骸骨戦士の奇襲と包囲
薄闇の通路でベル・クラネルとリューは、地面から湧いた『スパルトイ』の群れに奇襲され、周囲のモンスターも吸い寄せられる形で包囲されたのである。『スパルトイ』は武器別連携が巧みで、ベルの一撃必殺を悉く潰し、幅広通路で地形利を奪った事実が不利を決定づけた。
魔力減殺という障害
突破のためベルは【ファイアボルト】を選択したが、『オブシディアン・ソルジャー』が炎雷の威力を減殺し、作戦は頓挫した。迷宮が力押しを封じる搦め手を投げてきた構図であり、戦術面の制約が一段と厳しさを増したのである。
『ペルーダ』の毒針と灼熱の吐息
続いて竜種『ペルーダ』が出現し、猛毒の弾幕を撒いた。ベルはリューを抱えて『スパルトイ』の大盾へ退避し、針を盾で受け続けた。やがて『ペルーダ』は灼熱のブレスに切り替え、広間一帯が炎海と化した。
火炎石の逆用と四匹目の死角
リューは『火炎石』を炎海へ投じ、爆発で『スパルトイ』『オブシディアン・ソルジャー』、さらには三匹の『ペルーダ』を粉砕した。だが壁面に張り付いていた四匹目が死角から毒針を命中させ、ベルの左肩を貫いたのである。リューの投擲で四匹目は即座に灰と化した。
《白幻》による解毒と再起
致死の毒が全身を蹂躙する中、ベルは《白幻》(ユニコーン角由来)を創傷へ突き立て、刀身が毒を吸着・浄化した。ヴェルフの鍛造が命を繋ぎ、止血と最後の回復薬で辛うじて戦闘継続可能な状態へ戻したのである。
地図再検討と「引き返し」の違和感
休息中、リューは遺骸から得た地図を検分し、先行冒険者が途中で撤退した理由に「猛毒以外の要因」があると推理した。やがて上り一辺倒の階段が連続する異様な地形に突入し、重大な既視を得た。
危険領域『闘技場』の認識
大空洞の中心に巨塊が浮かぶ特大広間へ出て、リューはここが37階層の危険領域『闘技場』であると断定した。そこはモンスター数が上限を割れば即補充される“無限の盃”であり、第一級冒険者も近寄らぬ死地であった。ここを越えれば正規ルートに出られるが、正面突破は不可能である。
方位特定と隠密突破計画
『闘技場』の形状(北西の歪柱群)から方位を割り出し、現在地が北口、目標が南口であると確定した。戦闘は全面回避とし、『スカル・シープの皮套』二枚を縫い合わせた即席の“隠蔽布”で視覚を欺き、さらに『バーバリアン』らの臓器で臭いを相殺する偽装を施す方針を定めた。リューは「知識を知恵へ」と諭し、ベルに地図作成法と正規ルートの勘所を再確認させた。
装備分担と胸中の翳り
リューは『火炎石』の一部と『闘技場〜南口』の地図をベルへ託し、有事に備えたリスク分散を図った。ベルは助言の的確さに賛嘆したが、リューは一瞬だけ後ろめたさを滲ませた。いずれにせよ、退路はない。二人は隠密装備を整え、無限湧きの殺戮空間を抜ける決死行へ踏み出したのである。
隠密横断と“無限の盃”の正体
ベル・クラネルとリューは『スカル・シープの皮套』で身を覆い、臓器で匂いを消して北橋へ。眼下には『ペルーダ』が張り付き、橋下迂回は不可能。外縁に入ると『闘技場』は六層の段差と円形『アリーナ』をもつ擬似コロシアムで、内部ではモンスター同士が常時殺し合い、死ねばその場で補充される“無限湧き”であることを目視で確認する。
東回りの潜行と露見
北から東外縁を伝い南口を目指す。臭気が強烈で嗅覚は誤魔化せるが、視覚・聴覚の緊張は極限。間近の『ルー・ガルー』をやり過ごした直後、足元段差に亀裂――新生した『スパルトイ』がベルの足を掴み、“隠蔽布”が剥がれて露見。『闘技場』全域のモンスターが一斉に標的をベル達へ切り替える。
強行突破と終わらない追撃
リューの「戦うな、道だけこじ開けろ」を合図に疾走。ベルは《白幻》と《ゴライアスのマフラー》、そして【ファイアボルト】で道をこじ開ける。背後にはリューの『火炎石』投擲→起爆で一帯を崩落させ時間を稼ぐが、撃破と同時に新手が補充され、追撃は止まらない。
南口での挟撃、分担の決断
南橋目前、外側(正規ルート側)からも群れが流入し挟撃。リューは即座に詠唱を開始し「前はベル、後ろは自分」と役割を切る。ベルは橋上で迎撃しつつ戻ろうとするが、詠唱は“威力より迅速”に振られた高速仕様――リューの狙いは殲滅ではなく“切断”だった。
リューの選択――橋を落とし、ベルを吹き飛ばす
完成詠唱「【ルミノス・ウィンド】」。最初の光弾はベルに命中して風で『闘技場』外の通路口へと吹き飛ばす。続く光弾群が南橋を連続破砕し、橋上のモンスターごと落下させて進路を断つ。対岸に取り残されたリューは微笑み、「いきなさい(生きなさい)」と唇で告げ、迫る群れへ背を向けないまま消えていく。
余韻
ベルは慟哭しながら背を向けて走る。リューは“共倒れを避け、ベルだけでも正規ルートへ”という冷酷な現実判断を選んだ。信頼と別離、そして“知識を知恵へ”という教えが、最も残酷な形で実践された瞬間であった。
リューの決断と罪悪感
ベルを救うため、リューは己を犠牲にする選択を下した。彼女は少年の信頼を逆手に取り、南の橋を破壊してベルを吹き飛ばす。地図と道具を託し、教えられる限りの知識を残したうえで、自らを“荷物”として切り捨てたのである。騙した罪悪感を抱えながらも、リューはその決断を迷わなかった。
最期の抵抗と墜落
モンスターの波に包まれ、右足を負傷しながらもリューは最後まで戦い抜いた。『スパルトイ』『ルー・ガルー』『バーバリアン』らの群れに追い詰められ、三層目へと落下。折れた刀を手放し、最底部の円形空間――『闘技場』の中心に叩きつけられた。そこで彼女は己の死を悟り、アストレアと仲間への懺悔を胸に、静かに瞼を閉じた。
白炎の出現と再会
しかし、炎雷が『闘技場』に轟く。白髪の少年が白き炎を纏い、無数の敵を蹴散らして現れた。ベル・クラネルである。彼はリューの犠牲を拒み、西側の橋を経由して再び『闘技場』へ戻ってきた。授けられた知識を逆手に用い、地形構造を理解して最短で到達したのだ。
ベルの知恵と決死の突入
ベルの右手には、リューから託された『火炎石』が握られていた。彼は【英雄願望(アルゴノゥト)】で四分間の最大蓄力を施し、爆弾を“武器”として変えた。紅玉に満ちる光粒は臨界を迎え、渾身の走破でリューのもとへ到達する。彼は傷だらけの体でリューを抱き寄せ、炎の導火線を放った。
白光の爆発と救出
放たれた【ファイアボルト】が紅玉に着弾し、『ホワイト・フレア』が炸裂。純白の閃光が『闘技場』を包み込み、段差を崩壊させ、モンスターの群れを吹き飛ばす。リューは少年の胸の中で白光に包まれ、全ての音が消えた。
犠牲と絶望を拒絶したその一撃は、リューの選択を覆し、“愚者”の勇気が死地を希望へと変えた瞬間であった。
十三章 千の闇をこえて
爆撃の罠と追い詰められた【ルドラ・ファミリア】
【アストレア・ファミリア】は下層で大量の火炎石による爆撃を受けたが、ライラの警告で生き埋めを回避し、瓦礫の中から態勢を立て直した。アリーゼはジュラらを前に闇派閥の終わりを告げ、正義の制裁に踏み出そうとしていたのである。
迷宮の痛哭と厄災の出現
異常な高音ののち、壁面に大亀裂が走り紫の漿液が溢れ、真紅の眼光を放つ存在が顕現した。現れたのは迷宮の抹殺の使徒たる『ジャガーノート』であり、出現と同時に戦場の様相は一変したのである。
初撃の惨劇とリューの動揺
『破爪』が閃き、ノインらが瞬時に斃れ、アスタは跳躍圧殺で潰えた。友の血を浴びたリューは怒りに任せて斬りかかったが、超高速移動の前に一撃は空を切り、尾の一打で全身に深刻な損傷を負ったのである。
反撃の試みと魔力反射
輝夜は身を挺して爪撃を遮り片腕を失い、続いてリャーナとセルティが砲撃を放ったが、ジャガーノートの魔力反射により炎上した。『破爪』と機動力、装甲殻という三要素が明確となり、少女達の心は劣勢から絶望へ傾いたのである。
蹂躙の拡大と心の崩落
戦意の綻びた者から虐殺と捕食が進み、アリーゼの悲痛な呼びかけが響く中、リューは仲間が八裂きや喰殺される光景を連続して目撃した。初めて無力と喪失に直面したリューの自尊は砕け、恐怖が心に刻印されたのである。
標的転移と四人の生残
蹂躙の矛先は【ルドラ・ファミリア】へも向き、幹部と団員が機械的に殲滅された。アリーゼ、輝夜、ライラ、リューの四人のみが満身創痍で生き残り、ライラは魔法反射の返り火で両眼を焼かれていたのである。
三人の決断とリューへの託し
アリーゼはリューを救うと宣し、輝夜は団長が生きるべきだと進言したが、アリーゼは正しさを選び続けるのはリューだと断じた。リューは内心でアリーゼが生きるべきだと否定しつつも、歌で殻を剥がす作戦を託され、小太刀を受け取ったのである。
ライラの特攻と機会創出
リューの詠唱が始まる中、ライラはとっておきの爆弾を起動して視界なきまま特攻し、ジャガーノートの右手を破壊した。生じた隙に輝夜が脚部を斬り、機動力を削いで決戦の布石を打ったのである。
輝夜の捨身とアリーゼの最終突撃
輝夜は左手の薙ぎ払いで体を解体されながらも膝を折らせ、アリーゼは炎の付与を極致まで高めて肉薄した。アリーゼは敢えて『破爪』に貫かれて腕を封じ、剣を体内へ突き入れて爆散鍵を起動し、装甲殻を内側から弾き飛ばしたのである。
リューの砲撃と厄災の撤退
アリーゼが名を呼ぶ中、リューは大光玉の嵐を放ち、盾を失ったジャガーノートは被弾を重ねつつ撤退を選んだ。広間に残ったのは破壊された地面と屍のみであり、アリーゼの姿は砲撃の光の彼方へ消えたのである。
喪失の慟哭と退避
撃退の安堵は無く、リューは自らの無能を責める慟哭を上げた。ジュラは既に逃げ去っており、迫る気配にリューは仲間の遺体を回収できないまま撤退した。これは生きろというアリーゼ達の誓いの呪いに従う選択であった。
罪の自覚
リューは自らの生存と引き換えに仲間を犠牲へ追いやり、砲撃でアリーゼを光の彼方へ消し去った事実を「罪」として抱え続けたのである。事件後、女神アストレアのもとに戻らず、地上で傷を癒すや否や下層へ再突入したが、広間に遺体はなく、血濡れの武器だけが惨禍を物語っていた。復讐と自己断罪を兼ねた探索は、紫紺の灰――ジャガーノートの残滓らしきもの――の発見によって徒労に終わり、リューは希望と憤怒の行き場を失ったのである。
喪失と墓標
リューは18階層の楽園に、アリーゼ達が愛した場所を選んで形見を立て、涙のまま墓を築いた。生き残った意味と死への渇望が衝突するなか、「許さない」という黒い火花が胸中で弾け、仇としてジュラと【ルドラ・ファミリア】への憎悪が一点へ収斂したのである。
復讐の決意
それは都市や他者のためではなく、己のための報復であった。アリーゼ達の代償を支払わせるという大義名分を纏い、リューは「最も醜悪な『正義』」を自らの手で執行すると定めた。ここに、かつて掲げた公明正大な理念は退けられ、黒い炎に焼かれた剣と翼だけが残ったのである。
正義の断絶と神別れ
リューは激情に溺れる自分を女神に見せまいとアストレアを遠ざけ、止められることを恐れて祈願だけを捧げた。去り際に女神は「『正義』を捨てなさい」と告げ、信と理の絆は断たれた。ここでリューは、信仰の監督を離れた独断の報復者へと変じたのである。
報復の連鎖
闇討ち・奇襲・罠――エルフの矜持をも踏みにじる手段で、敵とその協力筋を片端から葬った。疑わしきも斬り捨て、商人やギルド人脈にも刃を及ぼす暴走は、己をも罰する断罪行為であった。やがて【ルドラ・ファミリア】の巣へ踏み込み、震えるジュラを幾度も切り刻み、死体と拠点を炎と光で焼き尽くした。神ルドラは「今の顔をしたお前を眷族にしたかった」と嘲笑い、復讐鬼の貌を鏡のように映したのである。
終焉と虚無
潰した敵組織は二十七、天へ送り返した神柱は四つ。皮肉にもそれは都市の暗黒期を終わらせる引鉄となったが、リューに残ったのは虚無のみであった。涙も慟哭も枯れ、暗がりに身を横たえ、死を受け容れようとしたその時、シルの手が差し伸べられたのである。
救済と未消の闇
雨の路地裏でシルに拾われ、「私達のために戦ってくれてありがとう」と言葉を与えられ、リューは生へと引き戻された。だが胸奥の闇は消えず、断罪への渇望は燻り続け、己の罪は誰にも打ち明けられなかった。喪失の疼痛は折に触れて蘇り、選び取った生の道そのものが、終わらぬ自己糾弾の舞台となったのである。
現在という罰
記憶の森を抜けた先にあるのは、光の対岸で振り返らぬ仲間達の背だけであった。辿り着けぬ彼岸こそが科せられた罰であり、いつか迎え入れられる日を信じつつも、今回も届かぬまま、リューは白い光に包まれていったのである。
覚醒と救出
リューは瓦礫に埋没したまま意識を取り戻し、ベル・クラネルに掘り起こされ背負われていた。闘技場の床崩落によって下層通路へ落下したと把握しつつ、瀕死のベルがなお歩を進める状況を認識したのである。
罪の吐露と自己否定
リューはベルの献身を拒もうとし、自身が仲間を見殺しにしアリーゼを光の奥へ消し去った「罪」を耳許で告白した。自らを「正義を語る資格を失った汚れた者」と位置付け、救済に値しないと断じたのである。
少年の反駁と『正義』の再点火
ベルは「正義はある」と明言し、リューが過去に救った者達と自分自身の変化を根拠として提示した。リューの行いが自分と多くの者の道標であったと証し、リューの内部に残る「正義の灰」を映す鏡となったのである。リューは否定しきれず、胸奥の空洞に温度が戻り始めた。
バーバリアンの出現と瀕死の策
細い一本道で大型級『バーバリアン』が出現し、ベルは紙一重でリューを庇って吹き飛ばされた。モンスターは昏倒する少年を捕食しようとしたが、ベルは死に体を装い懐へ誘い込む「魔石一点刺突」の最後の策を敢行、《白幻》で胸部の魔石を貫き撃破したのである。
羞恥と安堵の交錯
策のための装いを明かしたベルに、リューは泣き崩れるように抱きつき再発を禁じた。生きている鼓動と言葉が、リューに確かな安堵をもたらしたのである。
水源の発見と崩れ落ちる体
二人は通路の折れ先で青い清流を発見した。だが限界のベルは川辺で膝を折り、水中に崩れ落ちた。血で染まる浅瀬の中で、リューは負傷を押してベルを抱え上げたのである.
命懸けの治癒と蘇生
リューは精神力の枯渇を厭わず回復魔法【ノア・ヒール】を施し、なお自失しつつ清流を手杓で口元へ運び続けた。慈悲の彫像のごとき祈りの反復は実を結び、ベルは喉を鳴らして瞼を開いたのである。
現在地の意味
ベルの言葉は、リューが失ったと信じていた『正義』の残滓を可視化し、再び「生きて帰る」というただ一つの正義を二人に与えた。リューは涙のまま肯い、過酷な深層でなお前へ進む意志を取り戻したのである。
蒼の清流と一時の静寂
23階層の唯一の水源に辿り着いたリューとベル・クラネルは、燐光のない通路で清流だけが発する蒼い光に照らされて休息を得たのである。水分補給と小一時間の無戦闘が、瀕死だったベルの体力を辛うじて回復させた。
濡衣の処置と羞恥の応酬
装備と衣服がずぶ濡れで体温を奪われるため、二人は上半身を脱ぎ、最低限の衣類だけで乾燥に努めた。潔癖なエルフと初心な人間という取り合わせが相互に動揺を招き、沈黙と赤面が交互に訪れたのである。
闘技場からの帰還理由
リューは闘技場での“帰還”の動機を質し、ベルは「もう誰も死なせたくない」という一点で応答した。打算なき決意が、選択を強いる天秤を壊し、結果的に二人を生へ繋いだと理解された。
過去の告白と生存への命題
リューは【アストレア・ファミリア】壊滅の顛末を語り、自責と罪科を曝け出した。ベルはそれでも「生きなければならない」と言い、アリーゼらの願いを根拠に、ここでの死を否定したのである。
体温共有という合理
体温低下の危機を前に、リューは「肌を寄せ合う」ことを提案。羞恥と矜持を越えて、背後から抱擁する体勢で互いの体温を交換し、鼓動の律動が二人の緊張を解いていった。ケープで二人をまとめて覆い、保温を最適化した。
言葉が灯す温度
ベルはリューの身体的脆さに触れて「守りたい気持ち」を言語化し、リューはそれを「ずるい」と受け止めつつも身を委ねた。二人は地上へ戻った後の願い――ミアの食事、【ファミリア】への「ただいま」――を語り合い、生の方向を一致させたのである。
儚い安息
清流のせせらぎだけが響く蒼光の空間で、二人は抱き締め合ったまま眠りに落ちた。過酷な深層における短い休戦は、羞恥と自責を越えて「生きて帰る」という唯一の正義を確かめ直す時間となったのである。
回復と火起こし
数時間の泥眠により、ベルとリューは精神力を大きく取り戻した。リューが素材を集め、ベルが炎雷を撃ち込んで焚き火を熾したことで体温と余力を回復できたのである。清流の一帯は安全地帯と見做せたが、食糧が尽きれば籠城は緩慢な死に等しい――そう判断したリューは出立を決めた。
応急治療と出発の決断
リューは【ノア・ヒール】でベルを肉体面ほぼ全快まで引き上げ、同時に自らの右足骨折も矯正した(後遺の調整は地上の治療師に委ねる決断である)。衣服と装備を乾かし直し、名残を振り切って清流の道を進み始めた。
『蒼の道』の踏破
燐光のない白濁の岩間を、清流が蒼い光源として貫く一本道。川沿いには百合に似た小花が揺れ、わずかな蜜がベルの体を支えた。やがて道の果てに小さな泉――底へ吸い込まれる循環の終点――が現れ、純白の鉱石を《ヘスティア・ナイフ》で砕くと、上へ伸びる階段が口を開いた。
77階層への復帰と大円壁
階段の先は77階層の広間、そこから大通路へ。前方百メートルに屹立する灰色の巨壁――第四円壁――を目にしたリューは正規ルートであると断じた。第三円壁内側の闘技場直下から伸びていた『蒼の道』は、第四円壁直前へ繋がっていたのである。第五円壁を越えれば連絡路は一直線――初めて本物の希望が差した。
『獣の間』への侵入と待伏せ
第四円壁の穴をくぐり、薄闇の燐光へ踏み入れた刹那、頭上から石片が落ちた。真紅の眼が静かに刺す。大円壁に爪を突き刺して潜んでいた『ジャガーノート』が、獲物が境界を越える瞬間を待ち構えていたのである。無音の落下、直下への『破爪』。ベルはリューの手を掴んで跳躍し、直撃を紙一重で回避した。
異形の右腕――“喰らった”証
対峙してベルは凍りつく。「右腕がある」。薄闇を払った右半身には、無数の骨の仮面――『スカル・シープ』の頭蓋をはじめ、骨の戦士の肢、蜥蜴人の鱗、黒曜石の兵士の体石、果ては大型級の筋繊維に至るまで――が歪に組み合わされた“骨と肉の右腕”が生えていた。『ジャガーノート』は同族を喰らい、肉体そのものを取り込んでいたのである。
機動の損耗と戦術の進化
逆関節の膝と半身の致命損耗で跳躍力は落ち、ベルの目でも追える。しかし右腕は“弾”を得た。骨の死羊由来の『杭突』を連射し、壁面移動からの射撃→肉薄→離脱という一撃離脱を繰り返す。『破爪』の必殺圧と『杭突』の槍衾が交錯し、魔力反射ゆえ魔法の撃ち合いも封じられる中、ベルとリューは防戦一方へ追い込まれた。
再燃するトラウマ、始まる死闘
紫紺の殻が薄く光り、真紅の眼光が闇を裂くたび、リューの心傷が疼く。ベルは《ヘスティア・ナイフ》と巨人の襟巻で辛うじて爪を受け流しつつ、敵の進化に戦慄する。『深層』が生んだ最悪の“合成獣”と化した厄災は、最後の戦場『獣の間』で二人の希望を正面から噛み砕こうとしていたのである。
三次元の蹂躙
広幅の正規大通路で『ジャガーノート』は縦横無尽に跳躍し、頭上を含む全方位から『杭突』を浴びせた。殻片と取り込んだ部位を剝落させながらも攻勢は緩まず、波状の射撃と『破爪』でベル・クラネルとリューを翻弄したのである。
逆杭の罠
尾撃で体勢を崩した好機に、右腕を叩きつけて地面へ衝撃を流し、足もとから無数の『逆杭』を噴出。上方警戒に慣らされた二人の盲点を突き、片胸鎧・腕・頬、そしてリューのマント・右足・耳を抉り、ついにはベルの腹部を貫いたのである。
自焼と離脱
致命の穿孔に対し、ベルは即断で【ファイアボルト】を創傷へ押し当て熱凝固(自焼止血)を敢行。その反動を利用した乱射で爆煙の“煙幕”を張り、リューの手を掴んで後方へ吹き飛びつつ側道へ退避した。『魔力反射』を逆手に取った無差別射で一瞬の空白を得たのである。
細道の攻防と血の路地
体高の大きさゆえ細道へ侵入できない『ジャガーノート』は、白骨の右腕を側壁に叩き込み、通路側面から『逆杭』を乱発。突入してきた『リザードマン・エリート』『ルー・ガルー』『スパルトイ』ごと二人を蜂の巣にし、壁と床を血で染め上げた。だが死体の山が盾となり、二人は薄氷で生き繋いだのである。
去る厄災、潜む執念
射程限界を悟った破壊者はひとまず攻撃を収束し、薄闇へ退いた。リューには“終わりではなく機を窺う退き”と読めたが、ベルは穏やかな嘘で「帰れる」と微笑み、恐怖に凍るリューの心を温めたのである。
抱擁と小さな夢
血の泉の中、リューは「抱きしめて」と素直に願い、二人は最期の温もりを確かめ合った。失われた日々と光の対岸を想いながら、リューは赤子のように眠りへ落ち、ベルは「すぐ起こします」と囁いた。希望と絶望の狭間で交わされた、儚くも確かな約束であった。
決別の嘘と、獣への宣戦
ベル・クラネルは眠りについたリュー・リオンを見届け、ほのかな笑みを浮かべた。彼は「帰れる」という優しい嘘を残し、彼女を安らかな夢の中に縛り留めた。だがその嘘は優しさだけではなく、独断と執念に満ちたものであった。腹を焼いて塞いだ痛みに耐えながら、ベルはなお生還を諦めていなかったのである。
広間の出口に回り込んだ『ジャガーノート』を迎え撃つため、ベルは【ファイアボルト】を放ち、炎の道を描いた。立ち上がる白髪の少年の姿を見て、怪物は歓喜を覚える。ベルは構えを取り、「お前を倒す」と静かに宣言した。『ジャガーノート』はそれに応じ、天を震わせる咆哮を上げた。両者の意志が衝突し、死闘の幕が再び上がったのである。
光の彼岸と呼び声
リュー・リオンは暗闇の中にいた。それは五年間、彼女を苦しめ続けた闇であり、死と生の境界であった。前方には白い光が差し、【アストレア・ファミリア】の仲間達が背を向けて立っていた。アリーゼ、輝夜、ライラ、そしてかつての友たち。呼びかけても彼女達は振り向かない。リューはそれでも光を目指し、一歩ずつ歩み出した。
だがその時、赤い髪の少女――アリーゼが振り返り、「来ちゃ駄目」と声を放った。リューの足は止まり、耳に響く咆哮が闇の奥から迫った。アリーゼの声が再び響く。「逃げちゃ駄目」。それは、まだ闘志を捨てるなという叫びであった。
蘇る正義と希望
「もう戦えない」と漏らすリューに、アリーゼは短く告げた。「嘘」。その言葉は鋭く、リューの胸を突き刺した。アリーゼは続けて語る。「あんたの『正義』は、まだ生きてる」。その言葉は、ベルが語った「正義はある」という信念と重なり合った。
リューは悟る。自らが追い求めてきた『正義』とは、過去の贖罪ではなく未来を照らす『希望』であったと。アストレアの教えも、少年の言葉も、すべてはその一点に収束していた。希望を繋ぎ、誰かの明日を救うことこそが、彼女の正義であった。
未来への帰還
リューは涙を流しながら叫んだ。「彼を助けたい。彼と一緒に、あの酒場へ帰りたい」。それは過去の亡霊ではなく、今を生きる仲間への願いであった。アリーゼは微笑み、「行け」と告げた。輝夜は手を振り、ライラは意地悪く笑い、仲間達が次々と声をかける。「負けるな」「頑張って」と。
リューは泣きながら笑い、「いってきます」と呟いた。仲間達の「いってらっしゃい」を背に、彼女は光の彼岸を離れ、再び闇の戦場へ歩き出した。
交わる意志
現実では、ベルが立っていた。満身創痍の体で『ジャガーノート』に立ち向かう姿。リューはその背を思い浮かべながら、己の足で歩き出す。二人の意志が闇の中で重なり合い、正義と希望を宿した戦いが、いま再び始まろうとしていたのである。
リューの覚醒
リューは意識を取り戻した。
最初に感じたのは焼けるような全身の痛みと、心を折るほどの倦怠感であった。
抱き締めてくれていた温もりは消え、ベルの姿もなかった。
暗闇の奥では戦いの轟音が響いていた。
ベルは生きており、諦めてはいなかった。
彼はリューの希望を叶えるため、なお戦っていたのである。
リューはその事実を悟り、震える手を握り締めて立ち上がった。
光の幻影も消え、仲間たちの姿もない。
しかし、アリーゼたちが伝えてくれた正義と希望は心の内に残っていた。
リューは血に濡れた床を踏みしめ、過去と向き合う決意を固めた。
決戦の開始
通路を抜けた先で、ベルとジャガーノートの死闘が繰り広げられていた。
ベルは満身創痍のまま、白幻を振るい、怪物の杭突を切り払っていた。
敵は跳躍を重ね、執拗に襲いかかる。
しかし、少年は恐怖を超えて応戦していた。
その戦いにリューが加わる。
彼女は骨の刀を手に取り、疾風のごとく駆け出した。
かつての怯えを乗り越え、仲間の死を背負い、リューは再び剣を取った。
ベルとリューは肩を並べ、過去の象徴たる怪物へと挑んだ。
共闘と戦術
ベルとリューは息を合わせ、攻防を繰り返した。
ベルは火炎を纏わせた刃で囮となり、リューは後方から魔力を高めた。
ジャガーノートは苛烈な跳躍で反撃するが、リューは魔法詠唱を途切れさせず、己の限界を超えていた。
やがてベルの炎が地を割り、衝撃で怪物の右腕が砕けた。
その一瞬の隙を、リューは見逃さなかった。
彼女は魔法の制御を維持し、己の精神を削りながら詠唱を続けた。
その姿にベルも応え、力を振り絞って突撃した。
希望の飛翔
リューは仲間たちの幻影を胸に抱き、十の光弾を呼び出した。
それは失われた戦友の数と同じであった。
光を纏う身体は風となり、彼女は宙を翔けた。
焼け爛れた足を気にも留めず、魔力の爆発を推進力に変えて、怪物へ迫った。
過去と痛みを力へと変換し、疾風のごとく軌道を描いた。
ベルはその光景を見上げ、妖精が天を翔ける姿を見た。
その背には、正義の女神の名を刻む翼が輝いていた。
星華の一撃
ジャガーノートは両腕を失いながらも抵抗を試みた。
しかし、リューは最後の光を手にして降下した。
彼女は友の面影を思い浮かべながら、過去に別れを告げた。
輝く光弾が放たれ、怪物の胸部に直撃した。
光と風の旋律が広間を満たし、ジャガーノートは静かに崩れ去った。
灰となった残骸を見届け、リューの身体も限界を迎えた。
彼女は涙を流しながら倒れ、闘争は終わりを告げた。
帰還と救い
広間に残されたのは、倒れ伏すベルとリューの二人であった。
二人は互いに手を伸ばし、微笑を交わす。
息は弱く、血に濡れた床に体を預けるしかなかった。
しかし、その瞳には確かな安堵が宿っていた。
静寂の中、闇が再び蠢き、遠くから咆哮が近づいてくる。
その時、かすかな声が二人のもとに届いた。
仲間たちが彼らを見つけ出したのである。
少女の琥珀の瞳が涙をこぼし、ベルを抱き上げた。
リューもまたその腕の中で目を開け、微笑んだ。
絶望に挑んだ冒険は終わったが、彼らの希望は失われてはいなかった。
二人はついに、生還の光を取り戻したのである。
エピローグ You’ll be back II
目覚めと再会の安堵
リューはギルド運営の治療施設で意識を取り戻し、シル、アーニャ、クロエ、ルノアに囲まれて歓待を受けた。迷宮に慣れた視覚に地上の光が厳しく、言葉も掠れていたが、友の姿を確認して安堵し感謝を述べたのである。
ベルの安否確認と騒動
ベルの無事を知った瞬間、リューは治療直後の体を押して専用治療室へ急行した。肌着姿であることに気付かずに飛び込んだため、衣服が外れて取り乱し、ヘスティアとリリの制止が入り、アミッドの叱責を受けて個室へ戻される騒動となった。
救出経緯の伝達と異端児の支援
リューは見舞いに訪れた仲間達から救出の経緯を聞いた。ヴェルフの説明によれば、ゼノスは『眼晶』を通じた老神の指示で異常反応を捕捉し、正規ルート上の戦闘音を頼りに捜索を進め、ベルとリューの発見に至ったのである。応急処置には回復薬に加え人魚マリィの生き血が用いられ、二人の命を繋いだ事実が共有された。
深層での四日間と帰還の判断
ベルとリューが『大蛇の井戸』から連れ去られて以後、救助側は階層主戦闘と合流を経て七十三階層を目指し、休みなく地上を目指した。食料に乏しく広大で危険な領域であったが、正規ルート上に出現したことと戦闘音の発生が探索を可能にし、生還の道筋を作ったのである。
ボールスの証言と容疑の解消
ギルド本部ではボールスが事件の顛末を公言し、疾風は冒険者を守ろうとして死亡したという認識が広まった。これによりリューへ向けられていた冤罪は解消され、宿場街でも疾風は悪の企みを防ごうとした正義の眷族として語られる流れが形成された。
情報統制と後日の公式対応
ジャガーノートおよび次産間隔を無視して出現したアンフィス・バエナに関しては厳しい箝口令が敷かれ、惨劇は階層主要因として処理された。ギルド上層部は疾風死亡を受け入れ、後日公式発表を予定する方針が示されたのである。
仲間からの感謝と約束
ヘスティア・ファミリアの面々は、ベルを守った行為を称えリューに感謝を伝えた。ヴェルフはウィーネに再会を約し、その際はリューも護衛として同行させる意志を示した。これらの謝意は、ベルが語ったリューの正義を裏付ける形となった。
豊穣の女主人の日常へ
シルは店の激務とミアの怒りを伝えつつ、作り過ぎた米料理が待っているという伝言を届けた。リューは労をねぎらう言葉を胸に、帰る場所がある現実を噛みしめ、わずかに涙をこぼしながら日常への回帰を思い描いたのである。
青空の下の帰還実感
リューは治療を終えて『バベル』を出る許可を得て、ベルと並んで街を歩いた。陽光と風に触れるだけの行為を、深層からの帰還者としてこの上ない贅沢と受け止め、地上の空気の温かさを全身で噛みしめたのである。
装いと快復の確認
リューはシルが用意した白のワンピースを着用し、地上の散策に臨んだ。ベルの左腕は包帯が外れ、関節部に治療魔道具由来の補助装具が装着されていた。欠損を免れた組成をもとに「ほぼ作り直す」高度治療が実施され、機能と長さは旧来どおりに回復していた。費用はギルドとウラノス勢の手当、さらにヘルメス勢の資材手配によって賄われたため、当人への負担は生じていない。
高台にての回想と再定義
西区画を一望できる高台に至り、リューはアリーゼと過ごした往時を想起した。五年前にアストレアから受けた「正義を捨てよ」という言葉を、かつては破門と解釈していたが、今は保護の意志と理解し直した。復讐の連鎖を断つために、女神は自らの理念に背いてでも眷族を守ったのだと結論したのである。
絆の連続性と感謝の表明
リューは、アリーゼが導き、シルが救い、ベルが過去と向き合わせてくれたという因果の連続性を見出した。アストレアとの絆は自身の内に残存し、ベルの言葉によって可視化されたと確信し、改めて深い謝意を示した。
微笑の回復と相互承認
リューは過酷を経た自覚とともに穏やかな笑みを取り戻し、ベルはその変化を率直に受け止め、快復の本質が外傷治癒を超えて心的回復に及んだことを確認した。リューはベルの人間性を高く評価し、敬意を明確に言語化した。
動揺としての自覚なき変化
リューはベルの表情を直視できず、頬の火照りと心拍の高鳴りを抑えられなくなった。走り去ることで動揺を紛らわせようとしたが、胸中のざわめきは収まらず、自身の感情変化を明確に定義できない段階に留まった。
内的呼応と未来への示唆
助言を求めるようにアリーゼの面影を心中に呼び、背を押す声を幻聴のごとく受け取った。これは復讐から正義へ、孤独から関係へと軌道を移す過程における、主体的再出発の徴である。リューは過去の断絶を越えつつあり、地上の青空の下で新たな歩みを始めたのである。
同シリーズ
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか




















ダンジジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリア





アストレア・レコード




ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか オラリオ・ストーリーズ



その他フィクション

Share this content:

コメントを残す