物語の概要
ジャンル:
異世界ファンタジー/冒険譚である。本作は、神々と冒険者が共存するオラリオ世界を舞台に、青年ベル・クラネルとその仲間たちが成長し、絶望と戦い、信念を試される物語である。
内容紹介:
十八階層の宿場街にて殺人事件が発生し、その犯人として“黒表の賞金首・疾風”の名が囁かれる。ベルたちは、少女剣姫リューに疑いがかけられたことに衝撃を受け、彼女の容疑を晴らすべく奔走する。やがて、予知夢を視るカサンドラは「十七節の予言」を告げ、最悪の結末――大切な者の“死”を示す。リューの過去と因縁が明らかになり、ベルは窮地に立たされる。絶望と復讐、裏切りと贖罪が交錯する中、物語は深層37階層への転換点を迎える。
主要キャラクター
- ベル・クラネル:物語の主人公である。仲間を信じ、力を磨いてきたが、13巻ではリューの無実を証明しようと奔走する役割を担う。物語の特徴
物語の特徴
13巻の魅力は、「信頼の揺らぎ」と「予言との対峙」というテーマが濃厚に描かれることである。リューという大切な存在が疑われ、ベルがそれを守ろうとする姿には強い緊迫感が伴う。また、カサンドラの予知能力と“死”の予言という要素が物語に重さを与える。これまでの探索冒険だけでなく、心理戦・裏切り・贖罪といった人間ドラマが前面に出る巻である。さらに、最終的な舞台が深層37階層へと移ることで、物語は次の山場へと突入する構図となる。
書籍情報
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 13
(Is It Wrong to Try to Pick Up Girls in a Dungeon?)
著者:大森藤ノ 氏
イラスト:ヤスダスズヒト 氏
出版社:SBクリエイティブ(GA文庫)
発売日:2018年2月15日
ISBN:978-4-7973-9356-9
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あらすじ・内容
ダンまち5周年!
新規プロジェクト始動!
「【破滅の導き手】……【約束されし妖精】……エルフ? 【疾風】のこと?」
18階層の宿場街にもたらされる殺人の凶報。犯人は黒表の賞金首――【疾風】。
耳を疑うベル達がリューの容疑を晴らすべく、彼女の行方を追い始める中、カサンドラは『最悪』の予知夢を見る。
告げられし十七節の予言。
予言の成就は大切な者達の『死』。
絶望に打ちひしがれる悲劇の予言者は、破滅に抗う孤独の戦いを始める。
そして真相を追う少年が、黒き復讐の炎に焼かれる妖精と邂逅を果たす時、かつてない【厄災】が産声を上げる!
これは少年が歩み、女神が記す、
──【眷族物語<ファミリア・ミィス>】──
感想
読み進めていくうちに、まず心を奪われたのは、これまでとは一線を画す敵の存在だ。前巻に登場した知略に長けた敵とは異なり、今巻の敵は純粋な殺戮に特化した、まさに「化物」と呼ぶにふさわしい存在だった。レベル4の冒険者たちが8人もいたアストレア・ファミリアを壊滅させたという事実に、その尋常ならざる強さがうかがえる。ベルの手が吹き飛ばされるという衝撃的な展開には、思わず息をのんだ。しかし、そこからの反撃劇は、大森先生の本領発揮とも言える、胸を熱くする展開だった。まさに、英雄になるためには、これほどの試練を乗り越えなければならないのだと痛感させられる。
今巻は、ついにリューがメインとなる巻だと期待していたのだが、物語は良い意味でその予想を裏切ってくれた。怒涛のように押し寄せる「厄災」の数々。ベルは、いったいどれだけの試練を与えられれば気が済むのだろうか。
リュー・リオンが姿を消したことから物語は始まる。『豊穣の女主人』の仲間たちは不安を募らせ、彼女の部屋に残された手紙から、何らかの決意を察した。店主ミアはシルに「お前が一番、あの子をわかっている」と言い残し、リューの安否を託した。
一方、ダンジョン18階層で冒険者ジャンの刺殺体が発見され、狼人の証言により犯人は【疾風】リューと断定される。街の住民と冒険者たちは賞金に目が眩み、討伐隊が結成された。しかしベル・クラネルはリューの無実を信じ、仲間たちとともに真相を探る決意を固めた。
同時期、【ヘルメス・ファミリア】は極秘任務として『人造迷宮クノッソス』に潜入しており、リューも独断でその内部へ踏み込む。彼女は五年前に壊滅した【アストレア・ファミリア】への復讐心を抑えきれず、“悪”の残党を追って姿を消したのであった。
その頃、ベルたちはカサンドラの「血と骸の夢」による不吉な予知を抱えながら討伐隊に参加。カサンドラは破滅を避けるため行動を共にすることを決めた。リューを探しながら彼らは迷宮を進み、ヴェルフは仲間を守るため《ゴライアスのマフラー》を鍛造し、ベルに託す。
27階層「水の迷都」でベルはリューと再会するが、彼女は冷たく突き放した。直後、闇派閥【ルドラ・ファミリア】の残党ジュラが現れ、リューを嵌めた真犯人であることが判明。しかし彼らの背後には、禁断の魔道具でモンスターを操る調教師たちの存在があった。
召喚された大蛇《ラムトン》との戦闘が勃発し、ベルとリューは共闘してこれを討伐。だが敵の爆破工作により迷宮そのものが崩壊を始め、リューの心傷を抉る言葉とともに、“厄災”が呼び覚まされる。五年前の惨劇を再現するように、【ジャガーノート】が出現し、討伐隊を瞬く間に蹂躙した。
ベルは右腕を失いながらも再び立ち上がり、リューを守るため戦う。人魚マリィの命がけの癒しによって彼は蘇生し、再戦の末に【ジャガーノート】を撃破する。しかしその直後、死んだはずの《ラムトン》が再び現れ、ベルとリューは共に飲み込まれて地中へと消えた。
同時に迷宮は異常な反応を示し、階層主《アンフィス・バエナ》が上層へ出現。仲間たちは逃げ場を失い、カサンドラが信じた「回避されたはずの未来」は完全に崩れ去る。物語は、地獄のような迷宮の底で再び始まるのであった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
プロローグ You’ll be back
リューの失踪と残された手紙
酒場『豊穣の女主人』では、エルフのリューが忽然と姿を消したことが発覚した。従業員ルノアの報告により店内は動揺し、猫人のアーニャとクロエが冗談めかして心配を語るも、皆が不安を隠せなかった。リューの部屋には丁寧な筆致の手紙が残され、そこにはしばらく店を空ける旨と謝罪が記されていた。これまでにも時折姿を消すことはあったが、今回は様子が違うと感じた店員たちは、彼女の行方を探しに奔走していたのである。
仲間たちの動揺と推測
ルノア、アーニャ、クロエらはそれぞれの持ち場から推測を交わし、特にクロエは軽口の裏に不穏な予感を滲ませていた。彼女はリューの過去を知る者として、その行動の裏に決意めいたものを感じ取っていたのである。店の一角では、薄鈍色の髪を持つ少女シルが沈黙を守っていた。生真面目なエルフであるリューの不在が、彼女の心に重くのしかかっていた。
ミアとシルの対話
そこへ店主のドワーフ、ミアが現れ、店員たちを叱咤して店を出て行かせた。残ったのはミアとシルの二人だけであった。シルはミアに何か知っているのかと問いかけたが、ミアは知らないと答え、リューと最も深い絆を持つのはお前だと告げた。そのまま背を向けたミアは、世話のかかるエルフだと呟きながら立ち去った。静寂の中でシルはリューの名を呼び、彼女の無事を祈るように俯いていた。
リューの決意
一方、リューは心の奥で「お前はまた戻ってくる」と誰かの声を思い出していた。自らの過去と向き合い、それを越えるために動き出す決意を固めていたのである。【疾風】は再び歩みを始めたのだった。
一章 クラネル少年の事件簿
18階層で発見された刺殺体と騒擾の発端
ダンジョン18階層の『リヴィラの街』麓で、冒険者ジャンの滅多刺し死体が発見された。致命傷は頸部貫通で、全身に武器による刃創と鈍器痕が残っていた。宿場街の大頭ボールスは人為による殺害と断じ、第一発見者の狼人がフード姿のエルフを目撃したと主張したことで、周囲は【疾風】が犯人であるとの空気に傾いていった。
【疾風】犯行説の拡散と賞金目当ての討伐機運
狼人は過去に【アストレア・ファミリア】の一員だったエルフを見たと述懐し、空色の瞳の一致を根拠に断言した。さらに複数の冒険者が草原を駆け中央樹の下層へ潜った人物を目撃したと証言し、【疾風】犯行説は加速した。ボールスは賞金の存在を引き合いに討伐隊の結成を宣言し、住人たちの怒りと私欲が一体化して熱を帯びていった。
ベル・クラネルの異議と目撃証言への矛盾指摘
ベル・クラネルは早計な断定に異を唱え、狼人にいつから街にいるのかを質した。『漆黒のゴライアス』騒動(約三か月半前)でリューが住人と共闘し大魔法まで放っていた事実を踏まえれば、当時を知る者が今さら【疾風】を特定できるのは不自然であると矛盾を指摘した。人々は同胞の証言を優先してベルに懐疑の視線を向けたが、彼はなおリューの無実を信じ続けた。
一時退避と仲間内協議、傷痕から浮かぶ尋問と偽装の可能性
アイシャが場を収め、ベルらは『ヴィリーの宿』に戻って作戦会議を開いた。リリとダフネは現場で密かに遺体を調べ、雑多な刀傷の中に四肢の腱を正確に断つ鋭い斬り痕を確認した。アイシャは過去に見た小太刀の癖と一致すると述べ、逃走封じによる尋問の可能性を示唆した。ダフネは、その後に第三者が滅多刺しを加えて憤怒を装い、【疾風】へ嫌疑を被せた偽装の線を指摘した。
真相究明の方針と討伐隊活用の捜索計画
街では討伐隊編成が既定路線である以上、先んじてリューに接触して真相を確かめることが最優先とリリが総括した。迷宮は広大で単独探索は非効率であるため、彼らは討伐隊の動きを逆手に取り、情報網と動員力を利用しつつ捜索で出し抜く方針を固めた。ヴェルフ、命、春姫、桜花、千草、リリ、ダフネ、カサンドラは、これまでの恩に報いるべく行動開始を一致させた。
アイシャの釘差しとベルの覚悟
準備の最中、アイシャは今の推理があくまで都合のよい解釈であり、リューが殺害に及んだ可能性も十二分にあると釘を刺した。ベルはその現実を受け止めつつも、まず会って確かめ、もし陰謀に巻き込まれているなら救い出すと心を定めた。こうして一行は【疾風】嫌疑の渦中で、真犯人と真相に向けて踏み出す決意を固めたのである。
極秘作戦下のクノッソス侵入
アスフィ・アル・アンドロメダは【ヘルメス・ファミリア】を率い、『人造迷宮クノッソス』の調査に当たっていた。これは『異端児』事件後に露見した人工迷宮へ『ギルド』が極秘でメスを入れる作戦の一環であり、外部に悟られぬよう限られた勢力のみが参加していたのである。彼女は当初、【ロキ・ファミリア】の後塵を拝して安全な道を検める程度と見積もっていた。
想定外のモンスター散放と進軍の負荷
通路には討伐直後の亡骸が折り重なり、遭遇は連続していた。『人造迷宮』ではモンスターが放し飼いにされ、侵入を見越した迎撃配置と考えるのが妥当であった。アスフィは冷気漂う石壁の回廊で何度も溜息を漏らし、想定を上回る戦闘密度に行軍計画の修正を余儀なくされていた。
事前合意と反して起きた単独離脱
調査前、アスフィはリュー・リオンに対し、事件収束後にクノッソスで彼女の欲する情報を集めると約したところ、リュー自身が同行を申し出ていた。しかし現場でリューは突如として進路を変え、援軍を置き去りにする形で単独行動へ移った。アイシャは主神の指示で別動として【ヘスティア・ファミリア】側に回っており、アスフィは有力な助力を失ったまま対処に当たっていた。
残存する『悪』と【アストレア・ファミリア】の因縁
クノッソスには暴悪な狩猟者のみならず、五年前に殲滅されたはずの『悪』の残党が潜伏していた。逃走する冒険者の一団を視認した瞬間、リューは空色の眼を剥いて追撃へ転じ、殺気とも呼べる圧で前進した。アスフィはその変化を、【アストレア・ファミリア】として背負った過去と因縁が呼び覚ましたものと見立てた。
復讐への危惧と静かな独白
アスフィは、恐怖から逃げる者たちの中にリューの仇が紛れていた可能性を想起し、彼女の内に燻る『悪』への執念を甘く見ていたと自省した。やがて復讐の炎に再び身を灼かれるのかと独白しつつ、薄闇の回廊で哀れみを帯びた眼差しを向け、単独で闇へ消えた【疾風】の行方を追う必要を痛感していたのである。
二章 悲劇の予言者
悪夢として告げられた予言
カサンドラは出発前の仮眠で、血河と骸が溢れる凶兆の詩を伴う予知夢を見た。夢は仲間たちの死を含む惨禍の行路と、白き炎を巻き込んで過酷を紡ぐ妖精、棺へ変わる絶望の艦などの象徴で満ち、間近に迫る破滅を暗示していたのである。
覚醒直後の拒絶反応と恐慌
彼女は喉を震わせて飛び起き、吐瀉と冷水でどうにか意識を繋いだが、映像の鮮烈さが恐怖を増幅した。宿主ヴィリーに心配されるほど顔色は蒼白で、これは単なる殺人事件ではなく更なる災禍の前触れであるとの直観に苛まれていた。
討伐隊参加の制止とベルの決意
宿前で最終確認を行う一行に駆け寄ったカサンドラは、討伐隊参加の中止を懇願した。しかしベル・クラネルはリューに会い助けると明言し、優しさに基づく確固たる意志を示した。彼の決意は運命の推進力に等しいと悟った彼女は、説得の不可能を痛感して崩れ落ちたのである。
残留案の否定と予言回避の論理
ダフネが体調を案じて残留を申し出た際、カサンドラは激しく否定した。彼女は自らだけが予言の経路を把握しており、隊から離れれば詩に沿った道程が確定して破滅が近づくと結論した。すなわち、回避可能な分岐へ導く役割は自分にしか果たせないという論理であった。
同行の表明と密かな反逆
仲間それぞれの人柄と恩義を思い返したカサンドラは、最後にベルへ視線を向け、我がままと前置きして同行を宣言した。士気は復し、一行は街を発った。彼女は悲壮な決意を胸に、誰にも理解されない予言者として、破滅の予定調和に抗うたった一人の反逆を開始したのである。
討伐隊の編成と出発
【疾風】討伐決定から約三時間後、討伐隊は16階層を発ち、住人の半数と流れの冒険者で構成された。動機は正義よりも賞金と名声が大勢であり、ボールスは同格戦力として【白兎の脚】と【麗傑】を前提に編成を押し切った。ベル達にとっては先んじてリューに接触するための便宜でもあり、長期滞在で疲弊した【モージ】と【マグニ】は街に残留した。
人海戦術と行軍の実態
ボールスは15階層からの逐次掃討と出入口監視で網を敷き、第二級冒険者を多く混ぜた本隊で下層へ進出した。21階層の広間での休憩では、隊内の連携不足や物資の物々交換、泉水を巡る小競り合いが露呈し、分隊捜索の前に内部崩壊の兆しすら漂っていた。
予言の読み解きと厄災の像
カサンドラは『予知夢』の詩から、母=迷宮、産声=新たな怪物の出現と解し、多数の犠牲を含む惨禍を想定した。『迷宮の孤王』級の殺戮を疑うも、出現周期情報と戦力比較から特定に至らず、厄災の正体は不明のままであった。一方で【蘇りし太陽】と【破片を集め、火を捧げ、日輪の灯火を請え】という警告節は解読に難渋し、まずは発生地点から外れる判断軸を携えるにとどまった。
ベルの気遣いと変化
思索に沈むカサンドラへ、ベルは水を手渡して悩みの共有を促し、遠征を経てリーダーとしての自覚を示した。カサンドラはその変化と温情に揺れつつも、自らの役割を見失わないよう気を引き締めた。
大型級の襲来と先鋒
広間に『マンモス・フール』の群れが出現し、ベルは号令と同時に先鋒となって突入した。アイシャ、桜花、千草も加勢し、ベルは大剣と炎の魔法で巨体の脚を断って戦線を切り開いた。カサンドラは詩に明確な死の暗示がなかった白髪の少年が、厄災に抗う鍵たりうると見做した。
カサンドラの依頼とヴェルフの決断
護衛に残ったヴェルフへ、カサンドラはベルを助けたい一心である“依頼”を打診した。職人気質の矜持から逡巡したヴェルフは、仲間を秤にかけないと定め、きな臭さへの同意とともに承諾した。カサンドラは初めて自らの行為で未来に干渉できた手応えを得た。
即席工房の立ち上げ
ヴェルフは携行炉床と道具を展開し、迷宮の片隅に小さな工房を設えた。リリから装備を受け、周囲が怪訝に見る中で“作業”を開始し、カサンドラは助手として並び立った。戦場の喧噪を背に、彼女は胸の高鳴りを自覚しつつ、厄災への反撃の端緒をともに築き始めたのである。
竜火の館の静寂と報せ
【ヘスティア・ファミリア】の本拠『竜火の館』では、ヘスティアがミアハとナァーザと共に留守を守っていた。遠征中の団員に代わり、他派閥が交代で警備を担っている最中である。そこにリリルカから飛脚が届けられた。手紙には、18階層で【疾風】討伐隊が結成されたこと、そしてリューを救うための援軍を求める旨が記されていた。内容は直接的な表現を避けつつも切迫しており、ヘスティアは事態の異常さを悟ったのである。
討伐隊の進行と不穏な兆候
討伐隊は行軍を続け、各階層をしらみ潰しに探索しつつ24階層へと進出した。だが、長時間の移動で冒険者達の士気は低下し、内部では罵声や諍いが絶えなかった。その最中、地面を揺るがす爆発音が響き、下層からの衝撃波が伝わる。冒険者達は騒然となり、ボールスは27階層への進出を決定した。灰色の煙と崩落する水晶柱が視認され、戦いの火蓋が切って落とされたと判断されたのである。
予知夢の解読と惨禍の舞台
カサンドラは『蒼き水流』『奈落の下流』という詩句から、惨劇が27階層「水の迷都」で起こると推察していた。彼女は全員の突入を避けるよう懇願し、ダフネも慎重論を唱えた。リリルカは二人の意見を受け入れ、行動を分割する方針を採る。これにより最悪の結末を回避できると信じたカサンドラは、胸の底から安堵の息を漏らした。
任務分担と監視の提案
ベルはアイシャに25階層残留を求めた。理由は春姫の護衛と連絡路の監視であったが、実際には狼人の冒険者ボールスを監視するためであった。彼は【疾風】の犯行を執拗に煽り、隊を早く進ませようとしていた。ベルはその不審を見抜き、アイシャにその動向を見張ってほしいと頼んだのである。アイシャは「今のリューはお前一人では手に負えない」と忠告しながらも、最終的に承諾した。
鍛冶師の意地と新たな防具
ヴェルフはカサンドラの頼みを受け、黒巨人《ゴライアス》の防衣から《ゴライアスのマフラー》を鍛造した。職人の矜持に反する行為であったが、仲間の命を守るために意地を捨てたのである。巨人の素材は圧倒的な防御力を持ち、ベルの単独行動を支える護りとなった。ヴェルフは「意地と仲間を秤にかけるのはやめた」と言い残し、ベルに襟巻を託した。
別れの約束と予言者の祈り
ベルはリューを信じる意志を示し、27階層へ向かう覚悟を固めた。カサンドラは彼を止められないと悟り、予知夢の内容を明かさぬまま「生きて帰ってください」とだけ告げた。ベルはその願いを笑顔で受け止め、「はい、約束します」と応じた。その瞬間、予言者の少女はわずかな希望を見いだし、破滅の未来に抗う灯火を胸に宿したのである。
三章 疾風のシンイ
瞋恚の覚醒と暴走
リューは後ろ姿と横顔、そして瞳を見た刹那に、生存の確信が胸中で反転し、瞋恚の炎へと変わったのである。木刀を握る手は震え、得物が呻くほどの怒りに駆られ、正義という衣を脱ぎ捨てて獣のごとく背を追い続けた。銀閃と血飛沫の記憶は曖昧で、義憤を口実に荒れ狂う激情をぶつけた可能性を自覚し切れないまま、彼女は風となって迷宮を駆けたのである。三人の知己の面影が脳裏をよぎり、握った手の疼きに気付かぬふりをしたことが、彼女の衝動をさらに深めていた。
ベル・クラネルの参戦と初戦闘
二十七階層への進行は上級かつ熟練の冒険者に限定され、ボールスの精鋭にベル・クラネルが加わった。アイシャの後押しもあり、ベルは《ゴライアスのマフラー》を装備して出発したのである。到達直後、群れる『マーマン』が襲来し、ベルは《白幻》で首級を刈り取りつつ武器を切断して隊の突破口を開いた。続く『マーマン・リーダー』には《神様のナイフ》を叩き込み、一撃で灰に帰したのである。
浮遊水晶への応用戦術と評価
上空に現れた『ライト・クオーツ』の熱線に対し、ベルは《ゴライアスのマフラー》を鞭のように振るい光条を弾き、結晶体を粉砕して撃墜した。重防具を攻撃へ転用する発想は奏功したが、慣れぬ動作で腕を痛めたため、回復薬で応急したのである。この一連の働きにより、ボールスはベルを前衛として明確に評価し、以後の殲滅を託した。
下層の知性と慢心の戒め
戦後の観察で、ベルは『ライト・クオーツ』の遠距離攻撃や『マーマン・リーダー』の統率から、下層モンスターの知性が中層までとは段違いであると認識した。急造パーティでは連携の緩急が合わず、独力での捌きが増えた事実も踏まえ、慢心を戒めるに至ったのである。
隊の分割とリュー探索の加速
二十六階層を経て二十七階層に踏み込み、ボールスは効率化のため隊を分割し、【疾風】すなわちリューの行方を追う方針を示した。ベルはボールスに同行し、正規ルートの一つへ進入したが、無策ではなくモンスターの動静を手掛かりに見つけ出す算段を胸中に置いていたのである。
縦穴の異変発見と警鐘
進行中、獣人の報せで横道を確認すると、上層へ貫通する不整形の大穴が出現していた。水流が小滝となって落下するその異変は、歴戦のボールスも知らぬ現象であり、ベルの内に静かな警鐘を鳴らしたのである。
二十五階層拠点の停滞と警戒
同時刻、二十五階層南端の崖では、ヴェルフ、リリ、命、桜花、春姫、ダフネ、カサンドラらが留守を預かった。士気は上がらず、見張りと休憩に二分される中、リリは狼人ターク・スレッドの素性と能力を整理し、ヴェルフは警戒を継続した。アイシャは強硬策を口にしたが、春姫や一同の制止で不首尾に終わり、場の空気は騒然としつつも実力行使には至らなかったのである。
離反の動きと追跡開始
やがてタークが少数の同調者とともに独断で出立し、賞金首討伐を掲げて二十五階層の迷路部へ向かった。拠点側は制止を断念し、リリの一声で追跡に移行した。カサンドラは予知夢の不安を抱えながらも、放置の危険を避けるため同行を選んだのである。
大穴の修復と不穏の兆し
ベル・クラネルは天井の『大穴』がダンジョンの自己修復で塞がり始めている事実に気付き、原因となった“何か”が近傍に残存していると推測した。ボールス率いる一行は退避か続行かで逡巡し、異常事態の重みを共有したのである。
迷宮に響く歌とマリィの導き
緊張の最中、階層に『迷宮に響く歌』が流れ、ベルは単独で奔走した。泉の広間で『マーメイド』の異端児マリィと再会し、彼女が“水都にいてはならないもの”の存在を怯えながら示唆。マリィは同族魅了の『歌』で探索を支援し、進路を指し示したのである。
爆発現場と邂逅
再開した爆発の震動を追った先で、ベルは破砕された通路と負傷冒険者、そして木刀と血濡れの小太刀を携えたフードの女――リュー――を視認した。リューは「関わるな」「去れ」と冷徹に突き放し、負傷のドワーフを見捨てて去った。ベルは治療に着手しつつ、目の当たりにした殺意の気配に激しく動揺したのである。
惨状の拡大と討伐隊の合流
別の爆心地では焼損と斬創が混在する死傷者が散見され、阿鼻叫喚の様相を呈した。合流したボールスは「モンスターの所業ではない」と断じ、ベルが連れてきた重傷ドワーフを治療に回したが、現場の痕跡は“人為の破壊”を物語っていた。
生存者ジュラの証言
片腕と片耳を失った猫人の生存者が発見され、ボールスは彼を【ルドラ・ファミリア】のジュラ・ハルマーと看破した。証言は「【疾風】に魔法を撃ち込まれた」「人造迷宮に潜伏していたが見つかった」という内容であり、五年前に【アストレア・ファミリア】を嵌め殺した“闇派閥の残党”である素性が明確化したのである。
復讐連鎖という仮説
ボールスらは、【疾風】が【ルドラ・ファミリア】の残党を追討しているとの筋立てに合点した。ベルは“リヴィラの事件”までを結ぶ仮説が成立していくのを感じつつも、リューの真情と行為の間に齟齬があるのではないかと葛藤した。
ベルの動揺と決意未満
拒絶と惨状の二重の衝撃で、ベルの思考は空転と空白を往復した。だが治療と救助の手は止めず、爆発の方向へ尚も進む覚悟だけは保ち続けた。リューの“瞋恚”が真実か、或いは別の真相が潜むのか――その解を求める思いが、彼を次の現場へと駆り立てたのである。
追跡合流と胸中の葛藤
リリ一行は25階層で狼人タークの四人組に追いつき、隠密を捨てて並走する監視戦術に切り替えたのである。アイシャは正面から牽制し、ヴェルフと桜花は戦闘警戒を維持した。カサンドラは予知夢の内容を開示できず、【疾風】こそが凶事の根と化す恐れに怯えつつ、ベル・クラネルの決断に干渉できない自責を深めていた。
焼跡の現場とボールスの方針
27階層の爆心地では死傷者と破砕跡が散在し、ボールスは生存猫人ジュラをギルドへ突き出して賞金を得る方針を明言した。ベルは現場に違和感を覚えつつも、揺れる心で断を下せずにいた。
【疾風】の強襲と“横穴”の一撃
そこへリューが単身突入し、上級冒険者の壁を木刀で楔のように穿ってジュラへ直進した。ベルの制止は跳躍でかわされ、直後にリューの【ルミノス・ウィンド】が通路を貫通して横穴を開け、広間へ戦場が移ったのである。
広間での対峙と一問一答
ジュラは這い逃れ、リューは「今度こそ清算する」と宣告した。ベルは正面から問い、「リヴィラの殺しは貴女か」と詰めた。リューは即座に否定し、取り乱し気味の応酬となったが、その否定の眼差しは濁りがなかった。
破壊工作の露見と推理の収束
ベルはジュラの“片腕断絶”が新傷でない矛盾、爆発負傷と斬創の混在、そして現場に落ちていた紅緋の結晶――『火炎石』――を根拠に、爆発の連鎖がジュラらの自作自演であると断じた。追い詰められたジュラは紅の鞭を抜き「調教師」を名乗り、火炎石をばら撒いて破壊工作を自白。同時にリューはベルの信頼に礼を述べ、共闘の意思を固めたのである。
二正面化:25階層でも黒幕露出
一方25階層では、タークら四人が本性を現し紅の鞭で召喚を開始。アイシャ、ヴェルフ、桜花、命、春姫、ダフネ、リリは即応回避し、敵が同一系統の“調教”手段を持つと看破した。
召喚『ラムトン』の出現
天井を破って超大型の大蛇『ラムトン』が落着し、広間全体を震撼させた。リューは名を呟き、ベルは記憶の底から該当情報を掴み上げて息を呑んだのである。
現在地:共同戦線の成立と危機の極大化
ベルとリューは並び立ち、ジュラの“調教”と火炎石による攪乱に対し、討滅の同盟を結成した。だが同時刻に25階層でも同種の大蛇が呼応し、戦線は二面展開へ。状況は最悪に拡大しつつも、核心――【疾風】冤罪の筋道――は、ベルの推理によってついに形を得たのである。
モンスター保管庫の発見
フェルズは人造迷宮の内部に侵入し、球状の水晶《眼晶》を通じてウラノスへ報告していた。発見したのは、特定勢力が管理する「モンスターの保管庫」である。内部には大小の黒檻が並び、植物系や竜種など多種多様なモンスターが鎮静状態で収容されていた。フェルズ自身が近付いても反応を見せないことから、何らかの魔道具によって制御されていると推測された。
ゼノスの不在と敵の意図
フェルズはウラノスの問いに応じ、異端児(ゼノス)はこの保管庫にはいないと答えた。捕獲されていたのは通常のモンスターのみであり、ゼノスは別行動中であると報告した。敵の攻勢が激しく、囚われた者の姿を見せることがリド達に動揺を与えると判断し、接触を避けていたのである。
悪の残党による実験の痕跡
フェルズは文献を読みながら、この施設が【イケロス・ファミリア】など“悪”の残党による研究拠点であると見抜いた。中層から下層にかけての強力なモンスターが収集され、何らかの実験が繰り返されていた痕跡が残っていた。檻の中には、討伐対象として知られる高危険度個体までもが含まれていた。
深層種の存在と危険の拡大
フェルズが最奥部で発見したのは、内側から破壊された巨大な檻であった。その構造から、封じ込められていたモンスターが自力で脱出した形跡が明らかである。フェルズは「深層のモンスターまで運び出していた」と呟き、驚愕の念を禁じ得なかった。この事実は、迷宮攪乱の背後に深層級戦力の介入があることを示していた。
四章 COUNTDOWN
ラムトン出現と「凶兆」
広間に巨蛇ラムトンが現れ、ベル・クラネルとリュー・リオンを威圧した。ラムトンは深層由来の稀少種で、九つの孔と人工の首輪を備え、調教師の命で動いていた。猫人の男は人造迷宮から連れ出したと明かし、イケロスの件に通じると示したのである。
階層移動する怪物
リュー・リオンはラムトンの正式名が大蛇の井戸であること、地中穿孔で階層間を移動する習性を指摘した。上位階層へ突如出現するその特性は凶兆と恐れられ、ギルドの潜在能力評価はLV.4に達していた。ベルは先に見つけた大穴の正体がラムトンの軌跡であると合点した。
圧倒的な機動と初撃回避
タークの号令でラムトンが突進し、広間の床を抉って潜航と跳躍を繰り返した。ベルはリューに突き飛ばされて辛くも直撃を回避し、リューも空中回避で牙を躱した。巨体の落下と穿孔で地形が激変し、二人は常時震動に備えて武器を構え続けた。
囮と槍の作戦、調教師狙いの挫折
ベルはファイアボルトで注意を引きつけ、自身を餌、リューを調教師を貫く槍とする方針を共有した。だがジュラ・ハルマーは鞭で複雑な命令を刷り込み、ラムトンに自衛の旋回を行わせて調教師への接近を阻んだ。調教は本来隷属の技術に留まるはずだが、彼はモンスターを手足同然に操ってみせたのである。
ジュラの恐怖と動機の露呈
ジュラは五年前のホーム襲撃でリューに右腕を奪われ、血の海と爆炎の記憶に苛まれてきたと吐露した。恐怖のため正面から戦えず、代わりに下僕となった怪物に復讐を委ねると宣言した。引きつった笑みは演技ではなく、心傷の表れであった。
紅の鞭と首輪の正体
ベルは精密な挙動の源がジュラの才能ではなく、ラムトンの首輪と紅の鞭という魔道具にあると看破した。これはイケロス残党が異端児などの密輸用に開発した禁断品で、調教師の力が乏しくとも隷属を可能にする代物であった。ジュラは事件に乗じて在庫を持ち出し、タークはその効力に酔って服従していた。
25階層側の窮地と退避判断
同時刻、25階層でタークの指揮するラムトンが通路を破壊してリリルカ・アーデらを追撃した。命の感知とアイシャの号令で一行は袋小路の広間、通称畑へ退避し、地中からの奇襲に備えて横方向の穿孔にも対応した。春姫は恐怖で青ざめ、荷を捨てて機動を確保した。
迎撃体制と階位昇華
アイシャは深層経験に基づき指揮を一任し、春姫に二本のみの階位昇華を命じ、ヴェルフ・クロッゾと桜花の戦闘能力を底上げした。前衛三名が大朴刀・大刀・斧と盾を構えて並び立ち、ダフネや命・千草が射撃で減速を狙う体制を整えた。予言を抱くカサンドラが呆然とする中、首輪が光を放ち、ラムトンが再び震動して戦闘が再開したのである。
計画の告白と二体のラムトン
ジュラ・ハルマーは、人造迷宮からの搬出と移送のため冒険者を丸呑みにして口封じしてきた過程を自白した。ディックスの失態で隠れ家が露見すると見て早期に「計画」を始動し、当該階層に二体のラムトンを水流中へ秘匿したと明かした。さらにタークらにも紅の鞭を持たせ、リヴィラの街で【疾風】討伐世論を扇動するよう手下を使って誘導したと述べ、冷酷な犠牲を厭わぬ手口を示したのである。
強化個体と時間稼ぎの疑念
広間では尾撃と穿孔で地形が破壊される中、リュー・リオンはラムトンが魔石を摂取して強化されていると看破した。ベル・クラネルは長期戦を覚悟したが、リュー・リオンは鞭の所作と連動する攻撃類型をすでに解析済みと宣言し、首輪破壊は暴走の虞があるとして力押しでの無力化を選択した。ジュラの饒舌は心乱しと時間稼ぎの両意図が濃厚であった。
囮と撃墜—疾風の五芒星
ベル・クラネルは陽動役としてファイアボルトで潜航を阻害し、機動で撹乱。リュー・リオンは見切りに基づく超高速の一撃離脱を連鎖させ、五芒星の軌跡で巨体を翻弄した。速度上昇に伴う打撃の増幅で装甲を砕き、袈裟の一撃でラムトンを壁面へ叩きつけて戦闘不能に追い込んだ。ベルは回復薬を補給して並走し、リュー・リオンは「次はジュラだ」と詰め寄ったが、男はなおも不穏な笑みを浮かべた。
25階層側—孔(ピット)封殺の戦術
同時刻、アイシャ一行は袋小路の「水晶の畑」で迎撃。ヴェルフ・クロッゾと桜花が盾と体術で突撃軌道をずらし、命・千草・ダフネ・リリルカ・アーデの射撃で口上左右に並ぶ熱感知孔を一点破壊していった。地形障害で機動を鈍らせ、地中逃亡と魔法察知を支える感覚器官を順次潰すことで、ラムトンの強みを剥奪したのである。
階位昇華と必殺の断頭台
春姫の階位昇華で前衛二名を強化。残る孔は一つとなり、千草が「必殺必中」の矢で最後の孔を貫通。もぐり封じに成功した刹那、アイシャが高密度の並行詠唱から【ヘル・カイオス】を発動し、斬撃波の断頭台で紅石の首輪ごと頭部を輪切りにして討伐を果たした。前衛は満身創痍ながら勝利し、リリルカは魔石・鋭牙・頭殻のドロップを回収した。
予言の照合—カサンドラの否定
歓声の背で、カサンドラは灰と化した死骸を見つめ、「これが【厄災】ではない」と断じた。彼女の予知夢が示した破滅には、なお不足する脅威・恐怖・絶望があると悟り、真の成就はこれから訪れると直感したのである。
狂笑と「儀式」の種明かし
ジュラ・ハルマーは追い詰められながらも狂笑し、「儀式」にこの場所を選んだ理由を暴露した。25〜27階層を貫く「巨蒼の滝」により『水の迷都』は迷宮側から一つの階層と“錯覚”され、損傷が共有されると断言したのである。
囮と連動破壊の起動
ジュラ・ハルマーは自分が囮であると宣言し、27階層での破壊の後、25階層でタークたちが紅玉=火炎石を通路に撒き、魔剣で点火する“導火線式”の連鎖爆破を開始した。通路と水晶柱は爆砕・溶解し、落盤と水流の氾濫が多層に波及した。
各隊への衝撃と混乱
爆発の衝撃は25階層のアイシャ隊にも、27階層のベル・クラネルたちにも到達した。ヴェルフ・クロッゾと桜花は崩落を避けて退避、ボールスらも異変に翻弄された。ベルは意図を図りかねるが、ジュラ・ハルマーは「嵌めた」と嗤い続けた。
リュー・リオンの動揺と抑止
挑発に激昂したリュー・リオンは一瞬で間合いを詰めて小太刀を振り下ろしかけるが、ベル・クラネルが必死に制止した。ジュラ・ハルマーは五年を費やし「絶望」を呼び出す条件を調べたと語り、リュー・リオンの心傷を抉る言葉を重ねた。
迷宮の『哭声』と予言の成就
連鎖爆破の極点で、迷宮そのものが甲高い「哭声」を上げた。リュー・リオンは過去の惨劇を想起して蒼白となり、ベルに「逃げろ」と叫ぶ。時を同じくしてカサンドラは膝をつき、「【厄災】が来る」と宣言した。
亀裂の出産と絶望の眼
27階層の大空洞に縦の大裂罅が走り、紫の高熱漿が血潮のように噴出して水流を汚した。水晶破片を弾きながら罅は拡大し、その奥で真紅の眼光が瞬いた。こうして【絶望】は産声を上げ、真の厄災が顕現し始めたのである。
五章 厄災、来たりて
異変の兆候と退避の進言
25階層の連続爆発と迷宮の悲鳴により、上級冒険者達は離脱を主張しつつも動揺した。ボールスが異音の停止を察知し、状況は一層不穏となったのである。
マリィの恐怖と決起
水底で迷宮の「哭声」に怯えたマリィは、五年前に同質の痛哭を一度だけ聞いた記憶を思い出しつつ、ベル・クラネルを案じて浮上を決意した。
25階層の崩落と混乱
爆発の余波で通路・水晶柱が崩れ、氾濫した水流が探索を阻害した。リリルカ・アーデらは辛くも退避したが、27階層からの甲高い「哭声」によりベル隊の危機を直感した。
厄災の顕現
27階層大空洞の亀裂から紫の高熱漿が噴出し、真紅の眼光を宿す存在が滝壺に落着した。二脚・長尾の異形は無音のまま迷宮部へ侵入し、以後の虐殺が始まったのである。
冒険者の壊滅
散開していた小隊群は次々と急襲され、斬砕・咀嚼・叩打で瞬時に全滅した。逃走も追撃により阻まれ、27階層の上級冒険者五十名超が為すすべなく屍となった。
紅に染まる巨蒼の滝
リリらが大空洞を見下ろすと、滝壺は血潮で赤く染まり、手足や武具の残骸が流下した。アイシャは壁面の深い亀裂に「何かが産まれた」と認識し、リリは27階層救援を即断した。
カサンドラの懺悔
出立直前、カサンドラはリリの手を握り締めて嗚咽し、信じられなかった者達とベル・クラネルに対して謝罪の言葉を繰り返した。予言者は惨禍の成就を悟っていたのである。
迷宮が告げる地獄絵図
水晶は血に汚れ、迷宮は黙して惨劇を受け入れた。遠吠えと衝撃、断末魔が混じる不協和音が階層全体を満たし、誰一人として無事の帰還を許さない気配が濃度を増した。
儀式の正体と名指された怪物
ベル・クラネルが糾弾すると、ジュラ・ハルマーは「悪夢から醒めるための儀式」と称し、27階層に“それ”を喚んだと嘲笑した。心傷に揺れるリュー・リオンの制止も空しく、男は叫んだ――「【アストレア・ファミリア】をブッ殺した怪物をなぁ」と。これにより、顕現した厄災が過去の惨劇と同一である事実が明らかとなったのである。
破滅の顕現と討伐隊の壊走
広間に現れたのは、五年前に【アストレア・ファミリア】を壊滅させた怪物――【ジャガーノート】。逆関節の細長い四肢と紫紺の殻、六本の“破爪”を持つ“破壊者”は、討伐隊本隊を瞬時に蹂躙し、広間は地獄と化す。
超機動×破爪×魔力反射
【ジャガーノート】は大型級とは思えぬ弾丸機動と“絶対防御不可能”の破爪で近接を粉砕。さらに殻の“魔力反射”で砲撃や自動追尾の魔法さえ返すため、冒険者の切り札が無効化される。
ベル・クラネルの特攻と右腕喪失
怒りで飛び込んだベル・クラネルは大剣で初めて動きを止めるも、【ファイアボルト】を反射され動揺。続く一撃で《ヘスティア・ナイフ》ごと右腕を肘から切断され、装備も破砕。尾撃で頸部を打たれ意識を失うが、《ゴライアスのマフラー》が致命を防いだ。
リュー・リオンの救護と単独抗戦
リュー・リオンは【ノア・ヒール】でベルの頸部を治療・止血しつつ、なお続く虐殺に対し単身で時間を稼ぐ。だが《アルヴス・ルミナ》は破爪に砕かれ、足も尾で骨折。恐怖と五年前の記憶がよみがえる中、それでも背を向けるボールスを庇って戦い続ける。
一斉砲撃の自滅とさらなる絶望
ボールスらが放った一斉砲撃は殻の“魔力反射”で逆流し、仲間を黒焦げに。ボールスは錯乱し、リューは負傷しながらも彼を逃がすため前に立ちふさがる。
死の誘いと、なお折れぬ視線
満身創痍のリューは、罪と悔恨に「このまま終わる」安寧へ傾きかける。だがその刹那、彼女は“何か”を見て、心の天秤が揺り戻りかける――物語は次の瞬間へ。
マリィの献身とベルの復活
水晶の大地が崩落し、瀕死となったベルは水底へ沈んでいた。マリィは右腕を抱えて接合し、自身の手首を噛み切って生き血を注ぎ続け、癒しの泡沫でベルの肉体を修復させた。ベルは感謝と謝意、そして戦場へ戻る意志を示し、マリィは涙で引き留めかけたが、彼の頑固さと冒険者としての性分を理解して送り出したのである。
反撃の狼煙と初撃の交錯
水面を破って浮上したベルは、右腕を取り戻し《ヘスティア・ナイフ》を構えて突進した。ジャガーノートの破爪を、左手に巻いたゴライアス・マフラーで受け流して懐へ潜り、胸部を斬ったが核たる魔石は確認できなかった。互いの必殺が空を切り、ここから命を賭す死闘が始まったのである。
至近距離の殴り合いと防御の成立
ジャガーノートの攪乱機動に付き合わず、ベルは至近距離の打撃戦を選択した。襟巻を籠手のように使って破爪を滑らせ、《ヘスティア・ナイフ》で軌道をずらしながら斬り結び続けた。数多の出血と損傷を抱えつつも、ヴェルフが鍛え、カサンドラが託した防具が破綻しない限り、対峙は継続可能であった。
劣勢の分析と膝への狙撃
速度も力も怪物が上回ると見切ったベルは、技と駆け引きに活路を求め、逆関節の膝を斬って跳躍力を削いだ。リューは無謀と悲鳴を上げ、マリィは青ざめたが、ベルはなお前進し続けた。ここで初めてジャガーノートは後退し、ベルは勝機を見いだしたのである。
二重蓄力の布石と接近の罠
ベルはファイアボルト十七連射で魔力反射を誘発し、反射された炎雷の弾幕を隠れ蓑に自ら突入した。一条だけをナイフで受けて集束し、二重蓄力の布石を完成させる。硬直の一瞬に肉薄しようとするベルに対し、怪物は回避を選び、その判断の遅れが決定的な隙となった。
尾の牽引と聖火の英斬
ベルは襟巻を鞭のように投じて尾を絡め取り、巨体を引き戻して至近に固定した。九秒分の蓄力を解放したアルゴ・ウェスタが直撃し、破爪ごと右腕を爆砕した。耐久性の低さを抱えるジャガーノートは右半身に深刻な損傷を受け、水晶の広間へと叩き落とされた。ベルは左腕と精神力の消耗に苦しみながらも、止めを刺すべく前進しようとした。
ジュラの介入とあっけない最期
この隙を衝き、隠れていた調教師ジュラが紅の首輪でジャガーノートを支配しようと飛び出した。だが怪物は煩わしげに尾を薙ぎ、ジュラは一撃で上下に両断されて水流へ沈んだ。首輪の光はなお止まず、怨念のように怪物を突き動かしたのである。
ラムトンの再出現と二人の消失
瓦礫の奥から、かつて仕留めたはずのラムトンが這い出し、首輪に共鳴して最後の命令を遂行しようとした。リューの背後へ迫る咆哮に、ベルは走って彼女を抱き寄せ、そのまま二人とも大蛇の口に呑み込まれ、地中へと穿孔して消えた。残されたジャガーノートも大穴へ飛び込み、広間の戦闘は終息した。
静寂と悲嘆の余韻
戦場に静寂が戻り、マリィの悲痛な叫びが響き渡った。彼女の献身がベルの再起を生み、死闘の引き金となり、そして二人が地中へ消える結末へと連なったのである。
滝口での制止と葛藤
25階層の滝口付近で、カサンドラは涙ながらにリリの腕を掴み、27階層行きを必死に制止した。予知夢が現実化しつつあるとの確信と、過去に救えなかった命への罪悪感に苛まれつつも、ここに留めれば仲間は助かると信じて行動していたのである。
迷宮の“揺れ”と非常手段の発動
議論の最中、大空洞全域を震わせる迷宮由来の揺れが発生した。抹殺の使徒を差し向けても脅威が残存していると判断した迷宮は、例外的な選択を実施し、新たな存在を産み落としたのである。
巨瀑の爆裂と“滝登り”
『巨蒼の滝』が爆ぜ、白煙と豪雨が25階層まで吹き上がった。やがて水底へ潜った巨大な影は、凄烈な水流を逆行して滝を“登攀”し、20階層から25階層へと迫った。アイシャの過去の警句がこの異常事態を示唆していたとカサンドラは悟った。
アンフィス・バエナの出現
滝口の崩落と津波を経て、冒険者達の視界に双頭の白き竜が現れた。これは27階層の階層主『アンフィス・バエナ』であり、“地域固定”という迷宮の孤王の規則に反する“移動型”の例外個体であった。仲間達は武器を構え、リリはその名を確認し、アイシャは冷厳に宣言したのである。
希望の回避から絶望の到来へ
カサンドラが信じた【破滅】回避は、迷宮の例外措置によって反転した。双頭竜の咆哮が大空洞に響く中、彼女はここが怪物の坩堝たる迷宮である現実を痛感し、次に訪れるのは【絶望】であると理解したのである。
六章 そして彼等は過酷を紡ぐ
ワーム・ウェールからの脱出
地鳴りとともに巨大なモンスター『ワーム・ウェール』が墜落し、階層を震わせた。体内で燃え上がる炎雷が外へと噴き出し、モンスターの体を内部から焼き貫く。やがてその腹部を縦に切り裂きながら漆黒の刃《ヘスティア・ナイフ》が姿を現し、続いて全身を焼かれたベルが絶叫とともに脱出した。胃酸に侵されながらも、彼はリューを探し求め、炎のような痛みに耐えながらモンスターの体内に戻った。
二人の生還と重傷
ベルは灼熱の体内からリューを抱きかかえ、ようやく外へと這い出した。二人の体は溶け、皮膚は焼け爛れていたが、それでも命は保たれていた。地面に倒れ込んだリューは反応を失い、ベルは涙を流して名を呼び続ける。指の皮が溶けるほどに肩を掴み、懸命に呼びかけると、リューの睫毛が微かに震え、希望の光が差した。
深層への墜落と孤立
しかしその希望を嘲笑うかのように、周囲には怪物の遠吠えが響いた。ベルはふらつきながら立ち上がり、周囲を確認する。そこはあまりにも広大で、薄闇に包まれた大広間。地面も壁も白濁色で構成され、天井すら見えない。彼の知る上層・中層・下層とは明らかに異なる光景であった。
絶望の認識――77階層
冷気が吹き抜け、耳もとで誰かが嘲るような幻聴が響く。理性は否定しようとしたが、冒険者として蓄えた知識が現実を告げた。これほどの広さと深度、構造――それらが示す場所は一つしかない。ベルは震える唇で言葉を絞り出した。
「……『深層』」
彼とリューが墜ちたのは、迷宮の最下層に近い【77階層】。それは人類が到達してはならぬ、過酷の極致であった。
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