物語の概要
■ 作品概要
『ゲート外伝3<下> 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり<黄昏の竜騎士伝説編>』は、現代の自衛隊が異世界(特地)で活躍する姿を描いた超人気ファンタジー小説の外伝第三弾・後編である。
本作では、主人公のオタク自衛官・伊丹耀司とエルフの娘テュカが、北の地の部族間の争いに巻き込まれる姿を描く。ヤルン・ヴィエット王国、遊牧民パルミア、ケンタウロス族のアカバといった勢力が対立する中、伊丹は飛竜エフリーを駆り、テュカを救出するために圧倒的な戦力を誇るケンタウロス軍の前に一人で立ちはだかる。精霊魔法と魔薬の影響で恐怖を失った伊丹の超人的な活躍が、のちに『黄昏の竜騎士伝説』として語り継がれていくという物語である。
■ 主要キャラクター
伊丹耀司:自衛隊のレンジャー資格を持つオタク自衛官。テュカを救出するために高所恐怖症を押して飛竜に乗り込み、魔薬と精霊魔法の影響によって恐怖や痛覚を失う「英雄病」に罹患し、狂戦士としてケンタウロスの大軍と真っ向から対峙する。
テュカ・ルナ・マルソー:金髪碧眼のハイエルフの娘。パルミアの部族間抗争の中でスマグラーに捕らえられ絶望的な状況に陥るが、伊丹に救出される。伊丹に深く依存し愛しており、彼を戦いで失うことを何よりも恐れている。
ホドリュー・レイ・マルソー:テュカの父親であり、かつて「十二英傑」と呼ばれた伝説的エルフ。無類の女たらしで、「女性には幻想を信じさせ続けることが誠意」という独自の極端な恋愛哲学を持つ。裏ではヤルン・ヴィエットの陰謀を暴くために暗躍し、後に一連の出来事を美化した『黄昏の竜騎士伝説』の著者となる。
シルヴィア・ソル・シャルトリューズ:ヤルン・ヴィエット王国の王女。母親ザンシアの野望の道具としてスマグラーに差し出されるが、身代わりの犠牲によって解放される。他者を道具として扱う権謀術数に嫌悪感を抱き、ホドリューと共に自国の内乱の黒幕を突き止めるべく奔走する。
スマグラー:半人半馬のケンタウロス族「アカバ」の族長。テュカの美貌に執着して彼女を捕縛し、精神的に追い詰める残虐さを持つ。一方で戦闘を愛する誇り高い戦士でもあり、単身で立ち塞がった伊丹の実力を認めて一騎打ちの決闘を申し入れる。
ゼノビア:遊牧民パルミアの首長であり、凄まじい的中率を誇る占術(ツスカ)の使い手。自軍が絶体絶命の危機に陥った際、部族の財産である家畜を暴走(スタンピード)させて敵軍にぶつけるという冷徹かつ大胆な決断を下す。
ウーゾ:ザンシアの現在の夫であり、シルヴィアの義父。周囲から「優しく穏やかな男」と評価されることを嫌悪し、英傑として歴史に名を残すために前妻メイブを地下牢に幽閉し、妻を操って特地を巻き込む戦争を引き起こした真の黒幕である。
ザンシア:ヤルン・ヴィエット王国の女王で、シルヴィアの母。帝国式戦術を信奉し、権力基盤を固めるために戦争を利用しようとする野心家だが、実際には夫ウーゾの思惑によって裏から操られていた。
■ 物語の特徴
本作の最大の魅力は、普段は「逃げ」を優先する主人公の伊丹が、精霊魔法と魔薬の危険な組み合わせによる「英雄病」に陥り、理不尽な状況に対して自信満々な熱血漢(ヒーロー)として無双するギャップにある。この圧倒的な強さは本来の実力ではなく、魔法が解けた後に本人が激しい自己嫌悪に陥るという点も、他作品の無敵主人公とは異なる人間味あふれる差別化要素となっている。
また、ホドリューの特異な恋愛哲学や、ウーゾの「英傑として名を残したい」という歪んだ承認欲求、貴族たちの見栄や体面など、キャラクターたちの人間臭いエゴが複雑に絡み合い、それが部族間の大規模な戦争へと発展していく緻密な群像劇も読者を引き込むポイントである。
ヒロイック・ファンタジーのような劇的な戦闘や救出劇を描きつつも、結末において伊丹が強敵との決闘をすっぽかして泥臭く逃亡(ルパン逃げ)を選び、それをホドリューが自身の筆によって見事な英雄譚として後世に語り継がせるという、本作ならではの痛快かつコミカルな大団円が非常に興味深い特徴となっている。
書籍情報
ゲート外伝 3<下> 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり<黄昏の竜騎士伝説編>
著者:柳内たくみ 氏
イラスト:黒獅子 氏
出版社:アルファポリス
発売日:2015年6月28日
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あらすじ・内容
累計240万部突破、超人気の自衛隊×異世界ファンタジー、外伝文庫化第三弾・後編! 幾多の困難を乗り越え、テュカはついに父と感動(?)の再会を果たした。後は帰還するのみ……と思いきや、部族間の争いが激化し、伊丹やテュカの滞留する遊牧民の集落が他部族の連合軍に襲撃される事態に発展する。この動乱を治めるべく、圧倒的戦力を誇るケンタウロス軍の前に、一人立ちはだかる伊丹。オタク自衛官が飛竜を駆り、今、伝説の竜騎士となる!
感想
本巻を読んでまず感じたのは、伊丹耀司という主人公の独特な魅力である。
自衛官という立場でありながら、組織の論理だけでは割り切れない場面で自分なりの判断を下し、人を救うために動いていく。その行動は時に規律から外れているようにも見えるが、だからこそ彼らしい人間味が感じられた。
本巻で特に印象に残ったのは、パルミアの裏切りによって窮地に追い込まれたテュカを救出する場面である。
高所恐怖症でありながら、飛竜エフリーに身体を吊り下げて救出へ向かう伊丹の姿には思わず驚かされた。決して格好良く決まっているわけではない。それでも仲間を助けるために危険な行動へ踏み出す姿には胸を熱くさせられた。
救出作戦そのものもスリルに満ちており、最後まで緊張感を持って楽しむことができた。
一方で、本巻で最も笑ってしまったのは「英雄病」のエピソードである。
精霊魔法と魔薬の影響で恐怖心を失った伊丹は、普段からは想像もできないような熱血ヒーローへと変貌してしまう。大言壮語を並べながら敵軍の前に立ちはだかる姿は格好良いというよりも面白く、思わず笑ってしまった。
しかし、その状態が決して強くなったわけではなく、むしろ危険極まりないという点も伊丹らしい。
そして薬の効果が切れた途端、自分の言動を思い出して逃げ出す展開にはさらに笑わされた。こうした格好良さと情けなさが同居しているところこそ、伊丹という主人公の魅力なのだと改めて感じた。
また、本巻では部族同士の対立や権力争いも丁寧に描かれていた。
特に印象的だったのはゼノビアである。一度は実権を失いながらも、その存在感によって再び人々をまとめ上げていく姿には強いリーダーシップを感じた。
宿営地襲撃の際に実行した家畜作戦も非常に印象深い。遊牧民にとって財産とも言える家畜を利用する決断は簡単なものではなかったはずだ。それでも部族を守るために決断を下す姿からは、首長としての覚悟が伝わってきた。
さらに、ザンシアとゼノビアの長年の対立が解消へ向かう過程も興味深かった。
もともとは小さな諍いだったものが、多くの人々を巻き込む戦争へと発展してしまう。その背景には黒幕ウーゾの存在があったが、真実が明らかになることで長く続いた争いに終止符が打たれていく展開には大きな達成感があった。
読んでいて感じたのは、戦争そのものよりも、人間同士の誤解や感情のすれ違いがいかに大きな悲劇を生むかということである。
そして物語の最後を飾る「黄昏の竜騎士伝説」が実に面白かった。
実際には伊丹の情けない部分まで含まれていた出来事が、ホドリューの手によって立派な英雄譚へと語り継がれていく。そのギャップには思わず笑ってしまった。
真実を知りながらもあえて語らない周囲の人々の優しさも心地よく、読後には温かい余韻が残った。
シリアスな戦争と人間ドラマ、そして伊丹らしいユーモアが絶妙なバランスで描かれた一冊だった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
ホドリューの女性関係
テュカの父親であり、かつて十二英傑の一人としても名を馳せたホドリュー・レイ・マルソー。しかし、その英雄としての華々しい名声の裏で、彼の私生活は筋金入りの女たらしである。ここでは、彼の驚くべき女性関係と、独自の極端な恋愛哲学について詳しく解説する。
1. 桁外れな女性関係の規模
ホドリューの女性関係は常軌を逸している。パルミアの首長ゼノビアの証言によれば、パルミアの宿営地内だけでも以下のような凄まじい実態が明らかになっている。
- 妻を自称する女性が5人存在する
- 恋人を自称する者が8人存在する
- 火遊びや愛人の関係を含めればその数は無数に上る
娘であるテュカは、彼がゼノビア一筋になったのかと思っていた。しかし、記憶喪失のふりをしてヤルン・ヴィエットの王女シルヴィアを寝台に押し倒し、口説いている現場をテュカ本人に目撃されている。
さらに、テュカと同年代であるパルミアの少女セナンとの間に、銀髪碧眼のハーフエルフの赤ん坊(セラン)をもうけていることまで発覚する。このような奔放な振る舞いのため、パルミアの若い男性たちからは女たらしとして激しく恨まれている。
2. ホドリューの独自の恋愛哲学
ホドリューがこれほどまでに多くの女性と関係を持つのには、彼なりの強固な恋愛哲学(あるいは巧妙な自己正当化の言い訳)が存在する。主な主張は以下の通りである。
- 真実より幻想を与えるのが男の誠意:女性とは常に騙されたがっている存在であり、自分だけが愛されているという幻想を満たしてやることこそが男の役割だという考えである。
- 浮気は絶対に認めない:女性を死ぬまで騙し、信じさせ続けることこそが誠意であるとする。そのため、たとえ他の女性との行為中に現場を踏み込まれても、決して浮気だと認めてはならず、頑として真実に屈服するなと伊丹耀司に熱弁している。
- 花の命は短い:美しく咲いている花(女性)を放置せず、愛でて摘んであげるのが男の務めであり、子孫を繁栄させることこそ生命ある者の務めだと信じている。
3. 伊丹耀司への対抗心
ホドリューは、自分が女性にモテるのは、日々必死に努力を重ねて女性を喜ばせている結果であると自負している。
そのため、伊丹耀司のように自分から口説こうとする努力を一切していないにもかかわらず、テュカやロゥリィ、レレイといった最上級の魅力を持つ女性たちを自然と引き寄せてしまう無自覚なモテ方を許せないと感じている。この伊丹の存在を忌々しくて憎いと評し、彼に対して激しい嫉妬をぶつけている。
4. 主な関係者たち
ホドリューを取り巻く主な女性関係者は以下の通りである。
- 亡き妻リュカ:テュカの母親。ホドリューの浮気癖には生前から相当苦労させられていたようである。
- ゼノビア:パルミアの首長。ホドリューの数え切れない女性関係に呆れてため息をつきつつも、決して彼を責めきれずに愛し続ける、典型的なだめんず好きである。
- シルヴィア:ヤルン・ヴィエットの王女。最初はホドリューに口説かれて戸惑っていたが、行動を共にするうちにすっかり籠絡される。最終的には、ホドリュー様は悪い人、いいえ、大好きです、と彼の手を取るほどの関係に発展する。
まとめ
テュカからは、どうして女の子たちがこんな男に引っかかってしまうのかと呆れられている。しかし、ホドリューの女性を喜ばせるための努力や、嘘を真実に変えようとする徹底ぶりは真剣そのものである。この女性に対するどこまでも真摯な執念こそが、結果として多くの女性を惹きつけ続ける最大の理由であると言える。
伊丹とテュカの救出
アカバ族の首長スマグラーに捕らえられたテュカとシルヴィアの顛末と、伊丹による決死の救出劇について解説する。パルミアの裏切りから、ココモの自己犠牲、そして伊丹による破天荒な空中脱出に至るまでの一連の流れを整理した。
1. パルミアの裏切りと引き渡し
パルミアの副首長ピムスは、部族が冬を越えるための交渉材料としてテュカとシルヴィアを拘束し、麻袋に入れてアカバ族のスマグラーへ手土産として差し出した。
引き渡し時の状況は以下の通りである。
- スマグラーは、テュカが飛竜を使う危険人物であると奴隷頭のボッチから忠告を受けた
- しかし、彼女の美貌に対する強い執着から、袋に入れたまま自身の館へ運び込むよう命じた
2. ココモの自己犠牲とシルヴィアの解放
スマグラーはパルミアとの同盟を拒絶するが、それは既にソノート族と同盟を結んでいたからであった。その背後には、スマグラーの側妾第一位となったココモの存在があった。
ココモは以下のような条件をスマグラーに約束させていた。
- 自身がスマグラーの異常な欲望をすべて受け止める身代わりとなる
- その代償として、ソノートとの同盟締結とシルヴィアの解放を認めさせる
この取引により、ピムスたちは手土産だけを奪われて追い返される結果となった。
3. スマグラーの館での絶体絶命
館に運ばれたテュカは、ココモにも目を逸らされ、完全に孤立してしまう。スマグラーは彼女を精神的・肉体的に追い詰めていった。
- 力ずくで押さえつけるのではなく、わざと逃げ道を与えては先回りしてテュカを執拗に追い回した
- 精霊魔法の詠唱を妨害しながら衣服を引き裂いていった
限界まで削られたテュカはついに力尽きて倒れ込み、絶望の中で伊丹のことを思いながら、舌を噛んでの自害を覚悟するまで追い詰められた。
4. 伊丹の「頭上から」の乱入
テュカが覚悟を決めたその瞬間、凄まじい轟音と共に天井の大穴が開き、伊丹がテュカの背中にのしかかる形で上空から突入した。
- 激怒したスマグラーは伊丹の襟首を掴んで強烈な平手打ちで吹き飛ばした
- しかし、伊丹は腰に飛竜と繋がるロープをくくりつけていたため、空中で停止して落下を防ぎ、致命傷を免れた
5. エフリーに吊り下げられての空中脱出
伊丹はテュカを抱き寄せると、スマグラーに向けて短機関銃を構え「これは俺んだ!」と言い放った。この常識外れな空中突入の真相は以下の通りである。
- 実は高所恐怖症である伊丹は、飛竜エフリーの背中に乗ることができなかった
- そのため、自らをロープで縛り付け、エフリーに吊り下げられるという強引な手段を選んだ
伊丹が引き上げの合図を送ると、エフリーが大空へと舞い上がり、伊丹とテュカの体は一気に引っ張り上げられた。二人は、阻止しようと迫り来るスマグラーの頭を踏み台にして屋根の穴をくぐり抜け、見事にアカバからの空中脱出(ルパン逃げ)を果たした。
まとめ:
パルミアの裏切りにより絶体絶命の窮地に陥ったテュカであったが、伊丹の奇想天外な救出作戦によって救い出された。高所恐怖症という弱点を抱えながらも、吊り下げられた状態で突入するという執念の行動が、見事な空中脱出劇を成功させる鍵となったと言える。
パルミアの内部対立
パルミアの内部対立は、迫り来る冬の脅威と部族の存亡をかけた焦りが引き金となり、首長ゼノビアと副首長ピムスを筆頭とする若者たちの間で引き起こされたクーデター劇である。ここでは、内部対立が生じた背景からピムスによる実権掌握、そしてゼノビアが再び実権を取り戻すまでの経緯を解説する。
1. 内部対立の背景:飢餓の危機とゼノビアの不調
厳しい冬の到来を前に、パルミアは以下の深刻な問題に直面していた。
- ヤルン・ヴィエットの女王ザンシアとの関係悪化により、同領内への接近を避けていた
- 例年より早い冬が迫る中、ヤルン・ヴィエットを突破して南下しなければ、家畜が凍死して部族全体が飢え死にする危機にあった
- 本来、パルミアの進路はゼノビアの占術(ツスカ)によって示され、民はそれに希望を託していた
- しかし、ゼノビアはメイブ失踪の真相が占えないことから自信を喪失し、占いを行わなくなっていた
進路を決定できない閉塞感が、パルミア内部で若い世代を中心に不満を募らせる要因となった。
2. ピムスによる実権掌握:クーデターの発生
現状を打破するため、副首長のピムスやラグをはじめとする「醜男衆」と呼ばれる若者たちが動き出した。
- ゼノビアに代わって宿営地の実権を力ずくで掌握した
- パルミアが生き残るためには、アカバ族の首長スマグラーと交渉して味方につけるしかないと判断した
- 交渉の強力な手土産として、パルミアに滞在していたテュカとヤルン・ヴィエット王女シルヴィアを不当に拘束した
ゼノビアは客人に乱暴を働くのを止めようとしたが、すでに実権を奪われており、彼らを止める力は残されていなかった。
3. 交渉の失敗と絶望的な状況
ピムスらはテュカとシルヴィアを麻袋に入れてアカバへ運び、スマグラーに同盟を求めた。しかし、交渉は最悪の結果に終わった。
- スマグラーはすでにソノート族と同盟を結んでいたため、パルミアとの同盟を冷酷に拒否した
- ピムスらは手土産である二人の身柄だけを奪い取られ、無残に追い返された
- 宿営地に逃げ帰ったことで、パルミアの民は、ヤルン・ヴィエット軍だけでなくアカバ軍をも同時に敵に回すという最も絶望的な状況に陥ったことを知った
4. ピムスへの吊るし上げと指導力の崩壊
事態を致命的に悪化させたピムスに対し、パルミアの民は激しく怒り、大天幕で彼を激しく吊るし上げた。
- 生真面目なピムスは民の怒声を正面から受け止めたが、有効な打開策を示せなかった
- 状況を整理して対策を考える時間が必要だと答えることしかできなかった
- さらに、アカバ軍が目と鼻の先まで迫ってきた際、逃亡か抗戦かで民がパニックに陥った
完全に追い詰められたピムスは、「僕だけが皆の将来を考え苦労しているのに、誰も僕を敬わず、いざとなったら責任を取れと言う!」と感情を爆発させて叫び散らし、指導者としての器の限界を露呈した。
5. ゼノビアの復権と秩序の回復
ピムスが精神的に崩壊しかけたその瞬間、ゼノビアが凛とした姿で人々の前に現れた。
- 必勝の策があると嘘(方便)を毅然と言い放ち、民に希望を与えた
- 混乱していた民を一瞬で落ち着かせ、即座に迎撃態勢を整えさせた
この圧倒的なカリスマ性と、たった一言で民を統率する指導力を目の当たりにしたピムスは、自分がゼノビアに到底及ばないことを痛感した。敗北感に打ちひしがれたピムスは再びゼノビアの配下として働くことを受け入れ、パルミアのクーデター劇は収束することとなった。
まとめ:
部族の滅亡という極限状態において引き起こされたパルミアの内部対立は、副首長ピムスの指導力不足と、首長ゼノビアの絶対的なカリスマ性の違いを浮き彫りにした。一時は実権を奪われたゼノビアであったが、その圧倒的な存在感によって復権を果たし、分裂しかけたパルミアは再び彼女の指導のもとで結束を取り戻すこととなった。
ザンシアとゼノビアの因縁
ヤルン・ヴィエットの女王ザンシアとパルミアの首長ゼノビアの因縁は、些細な見栄や意地から始まった財産比べの騒動が、第三者の陰謀によって修復不可能な対立へと発展したものである。かつては親密だった二人が、なぜ深刻な戦争を引き起こすまでに至ったのか、その詳細な経緯を解説する。
1. 発端となった財産比べと雄牛
事の発端は、ザンシアと、当時の夫ウーゾの前妻であるメイブとの間で行われた財産比べの裁判である。この騒動の背景には以下の事実が存在する。
- 争点となったザンシアが出品した雄牛は、ザンシアが結婚した際にゼノビアから祝いとして贈られたものであった
- パルミアの風習において、優れた子牛を生み出す種牛となる雄牛は非常に価値が高く、それを贈ったということは当時の二人がかなり親密であったことを示している
- 本来ならば、ゼノビアが真実を証言すれば、ザンシアの勝利で円満に決着するはずであった
2. メイブの賄賂と疑心暗鬼
しかし、この裁判に勝つため、メイブがゼノビアに賄賂を贈ったことで事態がこじれることとなる。
- メイブからの贈り物は、ゼノビアが以前から欲しがっていた高級な黒貂の毛皮であり、誘惑に負けたゼノビアは受け取ってしまった
- ただしゼノビアは、公序良俗に反する賄賂は返却する義務はないという論理を掲げ、法廷では真実を語るつもりであった
- 狡猾なメイブは、ゼノビアが賄賂を受け取ったという噂を流してザンシアの疑念を煽った
- 焦ったザンシアも贈り物攻勢をかけるが、自分が損得で動く人間だと思われたことに憤慨したゼノビアは受け取りを拒絶し、法廷では真実しか語らないと一方的に宣言した
結果としてゼノビアの態度は頑なになり、ザンシアは裁判において一気に追い詰められることとなった。
3. メイブの失踪と決定的な決裂
そのような膠着状態の中、突如としてメイブが行方不明になる事件が発生する。
- ゼノビアは、裁判で不利になっていたザンシアが、利益のためにメイブを暗殺したのだと確信した
- 次に狙われるのは自分であると恐れたゼノビアは、ヤルン・ヴィエットに一切近づかなくなり、交渉も完全に断絶した
- 一方のザンシアも、メイブ失踪の犯人はゼノビアだと信じ込み、両者は互いを犯人視するようになった
このようにして、二人の関係は決定的な決裂を迎えた。
4. 真の黒幕と因縁がもたらした影響
メイブ失踪事件の真の黒幕は、ザンシアでもゼノビアでもなく、ザンシアの現在の夫であるウーゾであった。ウーゾの企みと、それによってもたらされた影響は以下の通りである。
- ウーゾは、メイブを密かに城の地下に幽閉して行方不明を装うことで裁判を有耶無耶にし、未亡人であったザンシアと再婚して国の実権を握ろうと目論んでいた
- このウーゾの野心と陰謀によって、ザンシアとゼノビアは互いに疑心暗鬼に陥らされていた
- 二人の決裂によりパルミアはヤルン・ヴィエット領を通過できず、冬を越すための移動ルートを絶たれて部族全体が飢餓の危機に陥った
- 周辺のコノート族の住民もパルミアが運んでくる安価な塩を買えなくなり、ウーゾの領地であるフロートから高価な塩を買わざるを得なくなるなど、多大な被害が生じた
結果として、この因縁は周辺地域に深刻な打撃を与え、パルミアとヤルン・ヴィエットとの間の戦争を引き起こす大きな要因となった。
まとめ:
些細な財産比べから始まったザンシアとゼノビアの対立は、ウーゾという真の黒幕の陰謀によって決定的な決裂へと導かれた。かつての親密な関係は完全に崩壊し、部族や周辺地域を巻き込む悲劇的な戦争へと発展することとなった。
メイブの行方不明事件
ヤルン・ヴィエットの族長ウーゾの元妻であるメイブの行方不明事件は、ザンシアとゼノビアの長年にわたる対立と、特地を巻き込む戦争の引き金となった重大な事件である。この事件の真相と劇的な顛末について詳細に解説する。
1. 発端となった財産比べと賄賂
事の発端は、ザンシアと当時の夫ウーゾの前妻・メイブとの間で行われた財産比べの裁判である。この騒動の背景には以下の経緯が存在する。
- ザンシアが出品した雄牛は、実はゼノビアから贈られたものであり、真実が証言されればザンシアの勝利となるはずであった
- しかし、メイブは裁判を有利に進めるため、ゼノビアが欲しがっていた高級な黒貂の毛皮を賄賂として贈った
- ゼノビアはそれを受け取りつつも「法廷では真実しか語らない」と宣言したため、メイブは「ゼノビアが賄賂を受け取った」という噂を流してザンシアを疑心暗鬼に陥らせた
2. メイブの失踪と両者の決裂
裁判でザンシアが不利な状況に追い詰められていた矢先、突如としてメイブが行方不明になる事件が発生する。
- ゼノビアは、利益のためにザンシアがメイブを暗殺したと確信し、次に自分が狙われると恐れてヤルン・ヴィエットに近づかなくなった
- 一方でザンシアは、メイブ失踪はゼノビアの仕業だと思い込み、互いを犯人視したことで両者は完全に決裂した
3. 「狼の巣」での探索とメイブの発見
神殿の神託ではメイブの死亡は確認されておらず、彼女は生きている可能性があった。
- ゼノビアが行った占術(ツスカ)によって「女狐は狼の巣にて冬眠す」という託宣が下る
- シルヴィアは、狼の巣とはヤルン・ヴィエット城の建つ土地の古名「イアールン・ヴィエット(フェンリル狼の子狼達が棲む地)」を指していると推測した
- 彼女が城の旧館区画を秘密裏に調べた結果、現在は使われていない旧兵舎跡の地下牢に、メイブが長年監禁されているのを発見した
4. 真の黒幕・ウーゾの歪んだ野心
地下牢に現れた真の黒幕は、メイブの当時の夫であるウーゾであった。彼の歪んだ野心と計画は以下の通りである。
- 彼は周囲から「優しく穏やかな男」と評価されることを嫌悪し、英傑として歴史に名を残したいという強い野心を抱いていた
- 裁判が不利だと悟った際、サムツァ族の血を引くメイブが精神的衝撃で昏倒(仮死状態)したのを利用し、彼女をそのまま地下に幽閉した
- ウーゾの真の目的は、メイブを行方不明として裁判を有耶無耶にし、未亡人となったザンシアと再婚してソノート族とコノート族を取り込むことであった
- 自らのフロート族を国家へ昇格させて権力を握るために、ザンシアの野心すらも裏から操っていた
5. 救出と戦争の終結
真相を知ったシルヴィアたちを口封じするために、ウーゾは武装女官に射殺を命じたが、事態は急展開を迎える。
- 光の精霊魔法で密かに後を追っていたホドリューによって、ウーゾたちは瞬く間に取り押さえられた
- 救出されたメイブとシルヴィアが戦場に姿を現し、兵士たちにウーゾの陰謀を暴露した
- これにより、三部族の寄せ集めだったヤルン・ヴィエット軍は完全に分解した
- メイブの行方不明事件の真相が明らかになったことで、ヤルン・ヴィエットとパルミアの不毛な戦争は終結へ向かうこととなった
まとめ
ザンシアとゼノビアの長年にわたる対立を引き起こしたメイブ行方不明事件は、ウーゾの歪んだ野心による陰謀がすべての原因であった。メイブが無事に救出され、ウーゾの悪行が白日の下に晒されたことで、長きにわたる不毛な戦争はようやく終結を迎えることとなった。一人の男の野心に翻弄された部族間の絆は、真実の解明によって再び本来の姿を取り戻したのである。
伊丹の英雄病
『ゲート外伝3』において、主人公である伊丹耀司が一時的に陥った異常な精神状態「英雄病」。これは精霊魔法と魔薬という、極めて危険な組み合わせによって引き起こされたものであった。普段は怠け者で保身を第一とする伊丹が、なぜ無謀な熱血ヒーローのようになってしまったのか。その原因や具体的な症状、そして伊丹が引き起こした異常な行動について詳しく解説する。
1. 「英雄病」の原因
伊丹が「英雄病」と呼ばれる異常な精神状態に陥った原因は、以下の要素が重なったことによるものである。
- 恐怖心と痛覚の抑制:極度の高所恐怖症である伊丹を飛竜に跨がらせるため、あるいは傷の治療を受けさせるため、テュカは伊丹の特定の感情を抑制する精霊「ベン・ゾジア」を彼に宿らせていた。
- 魔薬の混入:パルミアの首長ゼノビアは、迫り来るアカバ軍やヤルン・ヴィエット軍に対抗するため、伊丹の圧倒的な戦闘力を必要としていた。そこで、彼を戦いに駆り立てる目的で、出陣前に振る舞った乳酒の中に密かに魔薬を混入させた。
- 精霊の暴走:精霊ベン・ゾジアが宿っている最中に魔薬を摂取すると、精霊自身もその影響を受けて暴走してしまう。この結果として引き起こされた異常な精神状態を、ホドリューは「英雄病」と名付けた。
2. 「英雄病」の症状と危険性
ホドリューの解説によると、「英雄病」を発症すると以下のような深刻な症状が現れる。
- 万能感と直情的な行動:恐れや苦痛を一切感じなくなり、精神が全能感と万能感で満たされる。そのため、常に自信に満ち溢れた態度を取り、理不尽な状況を目の当たりにすると「自分が解決してやる」と直情的に戦いへ身を投じてしまう。
- 実力以上の無茶:恐怖や苦痛を忘れても、本人の実際の戦闘力が向上するわけではない。傷を負い血を流せば肉体は普通に消耗し、大勢に囲まれれば容易に殺されてしまうため、客観的には極めて危険な狂戦士状態と言える。
3. 英雄病による伊丹の異常行動
この影響を受けた伊丹は、普段の逃げを優先する性格とは打って変わり、無謀で好戦的な行動を次々と引き起こした。
- アカバ軍への単身立ち塞がり:数千のアカバ軍が迫る中、伊丹は単身で立ちはだかり、「その槍を越えて、進もうとする者は死ぬ!」「さあ、誰から死にたい?」と自信満々に敵を挑発し、アカバの部将を圧倒して時間を稼いだ。
- スマグラーへの決闘申し込みと弱点暴露:日没により本来ならば魔法が解けるはずであったが、体内に残る魔薬の影響で再び精神が暴走し、熱血漢のように変貌した。そして、強敵スマグラーに対して自ら決闘を申し込んだばかりか、「自分は亜神の眷属であり、倒すには首を断つか頭を潰すしかない」という自らの致命的な弱点まで相手に教えてしまった。
4. 正気に戻った伊丹の後悔と逃亡
魔法と魔薬の効果が完全に切れ、本来の性格(正気)に戻った伊丹は、自らが犯した無謀な行動の数々に気づいて絶望した。
- 激しい自己嫌悪:毛布にくるまりながら「どうして俺、あんなこと言っちゃったの?」「俺、どうしちゃったの!?」と頭を抱えて激しく悔やんだ。
- 夜明け前の敵前逃亡:まともに戦えばスマグラーに到底敵わないことを誰よりも理解していた。そのため、最終的には決闘の場に愛用の竜槍だけを置き手紙(伝言)と共に残し、夜明け前にテュカと連れ立ってこっそりと逃げ出すという、彼らしい結末を選んだ。
まとめ
精霊魔法と魔薬の相乗効果によって引き起こされた「英雄病」は、伊丹耀司を一時的に無敵のヒーローへと変貌させた。しかし、それは恐怖や苦痛を感じないだけの張り子の虎であり、命を落としかねない極めて危険な状態であった。正気に戻った彼が、自らの大言壮語を恥じて一目散に逃走を選ぶという結末は、ある意味で非常に伊丹らしい、人間味に溢れた幕引きであると言える。
パルミア軍の家畜作戦
パルミア軍とヤルン・ヴィエット軍との激戦の最終局面において、パルミアの首長ゼノビアが決断した家畜作戦(家畜の暴走・スタンピード)は、絶体絶命の窮地からパルミアを勝利(停戦)へと導く決定的な一手となった。その詳細な経緯は以下の通りである。
1. 作戦実行の背景(戦況の悪化)
ヤルン・ヴィエット軍とパルミア軍の戦いはほぼ互角の状態を保っていたが、陽が西に傾き始めた頃、戦況は急変した。
- 迂回していたアカバ軍がパルミアの宿営地を襲撃した
- 宿営地の天幕が焼かれて黒煙が上がったのを見たパルミアの戦士たちは、家族が危険に晒されたと思い込んで激しく動揺した
- この動揺により戦況は一気にヤルン・ヴィエット側に傾き、パルミア軍は押し込まれ始めた
2. ゼノビアの苦渋の決断
指揮を執っていた副首長ピムスも打開策を見失い、敗北を覚悟しかけたその時、これまで戦闘指揮に口を挟まなかったゼノビアが動いた。
- ゼノビアは最後の手段として、家畜を暴走させてヤルン・ヴィエット軍にぶつける作戦を命じた
- 遊牧民であるパルミアにとって家畜は財産であり生存のための命そのものであるため、ピムスは強く躊躇した
- しかしゼノビアは、今は生き残ることが優先であると断言し、即座の実行を命じた
3. 家畜の暴走(スタンピード)の実行
ゼノビアの命令を受けた醜男衆たちは家畜の柵へと走った。
- パルミアの人口よりも多い羊や牛、馬の大群を囃し立て、脅して戦場へと走らせた
- 一頭一頭は温厚な動物であっても、大群となれば災害そのものである
- 地を埋め尽くす家畜の群れは、津波のような勢いで両軍へと襲いかかった
4. ヤルン・ヴィエット軍の対応ミスと崩壊
押し寄せる家畜の大群に対し、両軍の対応は明暗を分けた。
- パルミア兵:動物が群れで暴走する恐ろしさを熟知していたため、群れが押し寄せてくると即座に退避して道を譲った
- ヤルン・ヴィエット軍:陣形を固守しようとし、楯を密集させた亀甲隊形をとって耐えようとした
このヤルン・ヴィエット軍の判断は致命的であった。密集陣形を組んだ兵士たちは家畜の大海原に浮かぶ孤島のような状態となり、そこに牛の群れが激突した。兵士たちは踏み潰され、角で突き上げられ、地獄絵図のような大混乱が瞬く間に全軍へ広がった。
5. 本営の沈黙と撤退命令
さらにヤルン・ヴィエット軍にとって不幸だったのは、女王ザンシアや将軍たちがいる本営が機能しなかったことである。
- 本営の幹部たちは伊丹とスマグラーの戦いに見入ってしまい、前線への注意を完全に失っていた
- そのため、本営から前線に対して何の警告も発されなかった
その結果、前線指揮官たちは現場の判断のみで対応せざるを得なくなり、全滅を避けるために厳罰を覚悟で独断による撤退命令を出した。
6. 作戦の結果と停戦の成立
この家畜の暴走によって、ヤルン・ヴィエット軍は軍隊としての統一行動がほぼとれなくなり、完全に統制を失った。
パルミアは多大な財産を犠牲にしたものの、この作戦によって事実上の勝利を得た。そして、直後にヤルン・ヴィエット側からの講和(停戦)の申し出を引き出すことに成功したのである。
まとめ
絶体絶命の窮地において首長ゼノビアが下した家畜作戦は、パルミアの全財産を失うリスクを孕んだ決死の選択であった。しかし、この一瞬の果断な決意と、遊牧民としての動物の習性に対する深い知識が、大軍を誇るヤルン・ヴィエット軍の統制を完全に崩壊させた。結果として、この作戦は最小限の兵の損害で部族を存亡の危機から救い、不毛な戦いに終止符を打つ決定的な一手となったのである。
黄昏の竜騎士伝説
ゲート外伝3の物語を締めくくる要素である「黄昏の竜騎士伝説」について、その正体と作中での描かれ方、そして数年後の後日談について解説する。
1. 『黄昏の竜騎士伝説』の正体と著者
「黄昏の竜騎士伝説」とは、ヤルン・ヴィエット王国やパルミアを巻き込んだ一連の戦乱の後に執筆された書物のタイトルである。この書物には以下のような背景がある。
- 著者は、かつて十二英傑の一人として名を馳せたテュカの父親、ホドリュー・レイ・マルソーである
- ホドリューは自身が見聞きした伊丹やテュカの活躍を冒険譚としてまとめ上げた
- この書き記された冒険譚が、後に北の地で語り継がれる伝説となった
2. 伝説のモデルとなった伊丹とテュカ의活躍
この物語のベースとなっているのは、竜騎士である伊丹耀司とエルフの娘テュカが北の地で残した数々の軌跡である。作中では彼らがもたらした数々の戦功が以下のように描かれている。
- アカバ族の首長スマグラーに捕らえられたテュカの空中救出劇
- 伊丹が英雄病に罹患して単身でアカバ軍の前に立ちはだかったエピソード
- 飛竜エフリーを駆ってヤルン・ヴィエット軍の本営を強襲したこと
3. 美化された結末と実際の「ルパン逃げ」
物語の結末は、「こうして竜騎士イタミとテュカは、南の国に帰って行ったのでした。めでたし、めでたし」と、ヒロイック・ファンタジーのごとく美しく締めくくられている。
しかし、実際の顛末は以下のように非常に泥臭いものであった。
- 英雄病の影響でスマグラーに決闘を申し込んでしまった伊丹が、正気に戻った後に絶望し、決闘をすっぽかして夜明け前にこっそりと逃げ出す(ルパン逃げする)という彼らしいものであった
- 「祖国で災いが起きたため、主君の元へ何をおいても帰らねばならない。必ず戻ってきて約束を果たす」というもっともらしい伝言を残した
- 愛用の竜槍を担保として現場に残すことで、結果的にスマグラーの機嫌を損ねずに逃亡を成功させている
4. 数年後の読み聞かせ(後日談)
数年後を描いた後日談では、物語がどのように受け継がれているかが描かれている。
- 一人前の占い師へと成長した少女ポーラーが、ホドリューの娘であるハーフエルフの幼女(テュカの歳の離れた妹セラン)をはじめとする子供たちに、この『黄昏の竜騎士伝説』の読み聞かせを行っている
- 物語を聞いた少年から「竜騎士様はスマグラーとの戦いに戻ってきたんですか?」という無邪気な質問が飛び出す
- 伊丹の逃亡劇の真相を知っているポーラーは、にんまりと微笑みながら「その話は、また別の機会にするわね」とはぐらかしている
まとめ:
このように「黄昏の竜騎士伝説」は、実際の人間味あふれる逃走劇が、ホドリューの筆によって見事な冒険譚として北の地で語り継がれていくという、本作の痛快な大団円を象徴する存在となっている。実際の泥臭い現実を英雄譚へと昇華させるホドリューの手腕と、それを取り巻く人々の温かい沈黙が、物語に深い余韻を残している。
登場キャラクター
自衛隊
伊丹耀司
自衛隊の隊員であり、ロゥリィの眷属である。テュカを救うために高所恐怖症を抱えながらも行動する。普段は危険を避けるが、魔法の影響で性格が変化する。
・所属組織、地位や役職
自衛隊。竜騎士。ロゥリィの眷属。
・物語内での具体的な行動や成果
アカバ族のスマグラーの館の天井から突入し、エフリーに吊り下げられる形でテュカを救出した。魔薬と精霊魔法の影響で狂戦士状態となり、アカバ軍の前に単身立ちはだかって部将を倒した。エフリーに乗ってヤルン・ヴィエット軍の本営を襲撃し、スマグラーと銃と槍を用いた一騎打ちの決闘を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
魔法の効果が切れた後、スマグラーとの決闘の約束をすっぽかして逃亡した。
エルフ
テュカ・ルナ・マルソー
金髪碧眼のハイエルフであり、ホドリューの娘である。伊丹を強く慕っており、伊丹の命を何よりも優先する。精霊魔法を扱うことができる。
・所属組織、地位や役職
エルフ。
・物語内での具体的な行動や成果
パルミアのピムスらに捕らえられ、スマグラーへ差し出された。スマグラーの館で追い詰められたところを伊丹に救出された。ヤルン・ヴィエット軍との戦闘ではエフリーの上から弓を射てディタ・コ・エファンを討ち取った。その後、敵本営に対して雷撃魔法を放った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
伊丹に感情抑制の精霊魔法をかけていた。
ホドリュー・レイ・マルソー
テュカの父親であり、かつて十二英傑と呼ばれた伝説のエルフである。女性に幻想を信じさせ続けることが誠意であるという恋愛哲学を持つ。シルヴィアと共に事件の真相を探る。
・所属組織、地位や役職
エルフ。元・十二英傑。
・物語内での具体的な行動や成果
テュカを危険から遠ざけるため、記憶喪失のふりをして突き放した。パルミアの危機に際して精霊魔法で闇を作り、伊丹と共に脱出した。ヤルン・ヴィエット城へ潜入してウーゾを気絶させ、地下牢からメイブを解放した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
セナンとの間に娘セランをもうけた。後に一連の出来事を美化した『黄昏の竜騎士伝説』を執筆した。
パルミア
ゼノビア
遊牧民パルミアの首長であり、高い的中率を誇る占術の使い手である。ホドリューを愛している。過去の出来事からザンシアと対立している。
・所属組織、地位や役職
パルミア・首長。
・物語内での具体的な行動や成果
ピムスのクーデターで実権を奪われたが、アカバ軍襲来時に民を統率して復権した。伊丹を戦闘に駆り立てるため、乳酒に魔薬を混ぜて提供した。ヤルン・ヴィエット軍に対し、家畜を暴走させてぶつける作戦を決行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ツスカの儀式を行い、勝利の託宣を下した。
ピムス
パルミアの副首長であり、生真面目な若者である。部族の危機を乗り越えるため、ゼノビアから実権を奪った。
・所属組織、地位や役職
パルミア・副首長。
・物語内での具体的な行動や成果
テュカとシルヴィアを拘束し、スマグラーへ交渉材料として差し出した。アカバ軍襲来時に打開策を出せず、民衆から吊るし上げられた。ゼノビアの復権後は、彼女の指示に従って宿営地の防衛準備を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
自らの指導力の限界を悟り、ゼノビアの下で働くことを受け入れた。
ラグ
パルミアの醜男衆の一員である。ピムスを支持し、行動を共にする。
・所属組織、地位や役職
パルミア・醜男衆。
・物語内での具体的な行動や成果
ピムスと共にテュカとシルヴィアを拘束した。アカバ軍の襲来時にはピムスに決断を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
歩兵を主体とするピムスの防衛策に疑問を抱きながらも従った。
コム
パルミアの少年戦士である。テュカの弓に執着を見せる。
・所属組織、地位や役職
パルミア・戦士。
・物語内での具体的な行動や成果
ピムス達がスマグラーの館へ向かう際、城外で馬番を引き受けた。ヤルン・ヴィエット軍との戦闘では、怒りに耐えきれず敵陣へ駆け出そうとした。テュカに弓を返却し、援軍を依頼した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ポーラー
ゼノビアの弟子である見習い占術師。テュカや伊丹の世話を担当する。
・所属組織、地位や役職
パルミア・占術師見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
ツスカの儀式の準備を行った。ゼノビアの指示により、伊丹へ魔薬入りの乳酒を提供した。伊丹とテュカに産院の場所を教えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
数年後には一人前の占い師に成長し、子供たちに『黄昏の竜騎士伝説』の読み聞かせを行った。
セナン・レイ・モト
ルルド族の女性であり、ポーラーの友人である。ホドリューとの間に子供をもうけた。
・所属組織、地位や役職
パルミア。
・物語内での具体的な行動や成果
産院で赤ん坊に授乳していた。テュカに赤ん坊を抱かせた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
セラン
ホドリューとセナンの間に生まれた赤ん坊である。銀髪碧眼で笹穂耳を持つ。
・所属組織、地位や役職
パルミア。
・物語内での具体的な行動や成果
テュカに抱かれた際、テュカの髪を握った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
テュカの年の離れた妹に当たる。
フラウ
パルミアの少女であり、ホドリューの知り合いである。
・所属組織、地位や役職
パルミア。
・物語内での具体的な行動や成果
宿営地に戻ったホドリューに対し、ピムス達が帰還してアカバが敵になったことを伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
醜男衆
ピムスを支持するパルミアの若者たちの集団である。
・所属組織、地位や役職
パルミア。
・物語内での具体的な行動や成果
クーデターに参加し、テュカとシルヴィアを拘束した。アカバ軍襲来時には防衛準備を進め、家畜の暴走作戦を実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
六肢族の男
パルミア軍の戦士である。
・所属組織、地位や役職
パルミア軍・戦士。
・物語内での具体的な行動や成果
小剣を操り、ヤルン・ヴィエット兵を幻惑しながら攻撃した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ワーウルフ
パルミア軍の戦士である。
・所属組織、地位や役職
パルミア軍・戦士。
・物語内での具体的な行動や成果
鋭い蹴りでヤルン・ヴィエット兵の足を払い、転倒させてとどめを刺した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
コムノーコ
パルミア軍の戦士である。小人族の一種。
・所属組織、地位や役職
パルミア軍・戦士。
・物語内での具体的な行動や成果
槍を突き出してヤルン・ヴィエットの戦列を攻撃した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ヤルン・ヴィエット(ソノート、コノート、フロート)
ザンシア
ヤルン・ヴィエット王国の女王であり、シルヴィアの母である。戦争を利用して権力基盤を固めようとするが、裏では夫ウーゾに操られていた。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国・女王。ソノート族出身。
・物語内での具体的な行動や成果
パルミア討伐のために軍を率い、漸進戦術による攻撃を指示した。ディタに繞回部隊の指揮を任せた。飛竜が墜落した際、近衛兵に伊丹とテュカの捕縛を命じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
メイブが帰還し、ウーゾの陰謀が暴露されたことで実権を失った。
シルヴィア・ソル・シャルトリューズ
ヤルン・ヴィエット王国の王女である。権謀術数を用いる母に反発し、戦争を止めるために行動する。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国・王女。ソノート族。
・物語内での具体的な行動や成果
ピムスに捕らえられてスマグラーに差し出されたが、ココモの身代わりによって解放された。ホドリューと共にヤルン・ヴィエット城へ潜入し、旧館区画の地下牢でメイブを発見した。戦場に戻り、ソノート族の独立を宣言して軍を解体させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ソノート族の将軍から新たな族長として支持された。
ウーゾ
ザンシアの夫であり、シルヴィアの義父である。優しい男という評価を嫌い、英傑として名を残す野心を抱く事件の真の黒幕である。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット王国。フロート族長。
・物語内での具体的な行動や成果
前妻メイブをヤルン・ヴィエット城の地下に幽閉し、行方不明を装ってザンシアと再婚した。対立を煽り、自らの権力拡大を図った。地下牢でシルヴィア達を始末しようとした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ホドリューによって気絶させられ、捕縛された。
メイブ
ウーゾの元妻である。ウーゾによって長年地下牢に監禁されていた。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット。前族長夫人。
・物語内での具体的な行動や成果
過去に財産比べの裁判でゼノビアに賄賂を贈った。シルヴィアとホドリューによって地下牢から救出された。戦場に姿を現し、ザンシアから軍権を奪って講和を指示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
生還したことでザンシアの立場を崩壊させた。
ディタ・コ・エファン
ヤルン・ヴィエット軍の指揮官である。帝国からの亡命貴族であり、大将軍の地位を狙う。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット軍・指揮官。伯爵公子。
・物語内での具体的な行動や成果
ザンシアの命令で後段の部隊を率い、繞回攻撃を仕掛けた。長槍兵を集めて飛竜の襲撃に備えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
テュカの矢を受けて戦死した。
ウーゾの母
ウーゾの母親である。認知症を患っている。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット。
・物語内での具体的な行動や成果
旧館区画にある隠居所で生活し、歌を口ずさんでいた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ザンシアの意向により隠遁生活を送らされていた。
料理長
ヤルン・ヴィエット城の料理長である。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・料理長。
・物語内での具体的な行動や成果
ウーゾと同じ料理をもう一皿余分に作っていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ヤルン・ヴィエットの三将軍
各部族から選出された将軍たちである。ディタを重用するザンシアに不満を抱いている。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット軍・将軍。
・物語内での具体的な行動や成果
ザンシアの作戦に反対意見を述べた。メイブの生還とシルヴィアの独立宣言を受け、講和を受け入れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ザンシアを見限り、シルヴィアとメイブの指示に従った。
首席百人隊長
ディタ・コ・エファンの参謀格を務める兵士である。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット軍・首席百人隊長。
・物語内での具体的な行動や成果
ディタに対して状況の悪化を報告し、助言を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ソノート族の女官A
ヤルン・ヴィエット城で働く女官である。シルヴィアの調査に協力する。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・女官。ソノート族。
・物語内での具体的な行動や成果
新人教育を装ってシルヴィアを調理場へ案内した。旧兵舎跡の地下牢へ同行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ソノート族の女官B
ヤルン・ヴィエット城で働く女官である。シルヴィアに協力する。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・女官。ソノート族。
・物語内での具体的な行動や成果
フロート族の女官を追跡して行き先を確認した。旧兵舎跡の地下牢へ同行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ソノート族の女官C
ヤルン・ヴィエット城で働く女官である。勘が鋭くシルヴィアに協力する。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・女官。ソノート族。
・物語内での具体的な行動や成果
老女官長が残り物を旧兵舎跡へ運んでいることを発見した。地下牢へ同行し、ウーゾの口封じの意図に気付いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ソノート族の女官D
ヤルン・ヴィエット城で働く女官である。シルヴィアに協力する。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・女官。ソノート族。
・物語内での具体的な行動や成果
フロート族の女官に声をかけたが、コノート族の女官を叱りつけたため警戒された。旧兵舎跡の地下牢へ同行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
フロート族の老女官長
ヤルン・ヴィエット城の女官のトップである。ウーゾの陰謀に加担している。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・女官長。フロート族。
・物語内での具体的な行動や成果
自ら調理場で残り物を集め、旧兵舎跡の地下牢へ食事を運んだ。地下牢にウーゾと共に現れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
フロート族の女官
ヤルン・ヴィエット城で働く女官である。ウーゾの母への配膳を担当する。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・女官。フロート族。
・物語内での具体的な行動や成果
配膳室で料理を受け取り、隠居所へ運んだ。後をつけてきたシルヴィア達にウーゾの母について説明した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
コノート族の女官
ヤルン・ヴィエット城で働く女官である。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・女官。コノート族。
・物語内での具体的な行動や成果
兵舎へ食事を運ぶ際、女官Dに手伝いを求めたが断られた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
平の調理人
ヤルン・ヴィエット城の調理場で働く調理人である。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・調理人。
・物語内での具体的な行動や成果
巨大な鍋で兵卒向けの食事を調理していた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
調理人見習いの男
ヤルン・ヴィエット城の調理場で働く見習いである。
・所属組織、地位や役職
ヤルン・ヴィエット城・調理人見習い。
・物語内での具体的な行動や成果
新人を装ったシルヴィアに声をかけたが、女官Aに追い払われた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
アカバ
スマグラー
ケンタウロス族「アカバ」の族長である。残虐だが戦士としての誇りを持ち、テュカの美貌に執着する。
・所属組織、地位や役職
アカバ族・族長。
・物語内での具体的な行動や成果
ピムスからの同盟を拒絶し、テュカを自らの館へ運び込んで追い詰めた。伊丹の奇襲を受け、後日戦場での再戦を約束した。飛竜をボーラボーラで墜落させ、伊丹と一騎打ちを行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
伊丹から竜槍を預けられ、彼が戻るまで待つと宣言した。
ボッチ
スマグラーに仕えるヒト種の奴隷頭である。
・所属組織、地位や役職
アカバ族・奴隷頭。
・物語内での具体的な行動や成果
ピムス達をスマグラーの館へ案内した。テュカが飛竜を使う危険人物だと警告した。雷撃魔法からスマグラーを庇って身代わりとなった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
雷撃により消滅し、スマグラーはその名を胸に刻んだ。
ココモ
スマグラーの側妾となった黒髪の少女である。シルヴィアを解放させる。
・所属組織、地位や役職
アカバ族・側妾第一位。
・物語内での具体的な行動や成果
スマグラーの欲望を受け止め、ソノート族との同盟締結とシルヴィアの解放を約束させた。伊丹の逃亡に際し、スマグラーを納得させるために竜槍を譲り受けるよう提案した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アカバで生きていくことを選んだ。
アカバの部将
スマグラーの配下である。
・所属組織、地位や役職
アカバ軍・部将。
・物語内での具体的な行動や成果
伊丹を見下して一騎打ちを挑んだが、銃撃で後脚を撃ち抜かれて転倒した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
無能であると判断したスマグラーに処刑された。
アルヌス協同生活組合・ロゥリィ神殿
レレイ
アルヌス協同生活組合の中心的人物である。情報網を用いて相場を先読みし、莫大な富を築いた天才少女である。
・所属組織、地位や役職
アルヌス協同生活組合。
・物語内での具体的な行動や成果
組合の総会に出席し、帝国中央域での経営方針を示した。ミュイの縁談問題に対し、皇帝に内命を出させる正攻法を指示した。下品な冗談を言ったケイネスを魔法で放り出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
組合の経営方針を決定する強い影響力を持つ。
ロゥリィ・マーキュリー
死と断罪の神エムロイの使徒である。伊丹を眷属としている。
・所属組織、地位や役職
エムロイの使徒。
・物語内での具体的な行動や成果
組合の総会に出席していたが、突然苦痛を感じて退室した。神殿の自室に引き籠もり、遠隔地で戦う伊丹の無事を祈り続けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
伊丹がダメージを受けるたびに、彼女の身体に傷が浮かんだ。
ベルライン
帝国中央域を担当する地域支配人である。堅実な商売を行う。
・所属組織、地位や役職
アルヌス協同生活組合・地域支配人。
・物語内での具体的な行動や成果
総会で自らの売上成績を誇ったが、ケイネスと口論になった。レレイからミュイの縁談問題への対処を任された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ケイネス
大陸南方地区を担当する地域支配人である。冒険的な商売を好む。
・所属組織、地位や役職
アルヌス協同生活組合・地域支配人。
・物語内での具体的な行動や成果
総会でベルラインの成績を皮肉り、口論になった。退出するロゥリィの姿を見て下品な冗談を言った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
レレイの魔法によって建物の外へ放り出された。
リュドー
フォルマル伯爵領周辺を担当する地域支配人である。経験豊富な重鎮として支配人たちをまとめる。
・所属組織、地位や役職
アルヌス協同生活組合・地域支配人。
・物語内での具体的な行動や成果
レレイの経営方針を支持し、支配人たちの口論を仲裁した。ミュイの縁談問題について背景を説明した。ピニャが伊丹に思慕を寄せていることを他の支配人たちに伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
レレイの才能に心酔し、組合のご意見番として機能している。
フォルテ
レレイの秘書である。冷静沈着な性格を持つ。
・所属組織、地位や役職
アルヌス協同生活組合・秘書。
・物語内での具体的な行動や成果
ケイネスが放り出された後も、冷厳な態度で総会の進行を続けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ヤオ
ダークエルフの女性である。
・所属組織、地位や役職
アルヌス協同生活組合。
・物語内での具体的な行動や成果
組合の総会に同席しており、ピニャが伊丹に思いを寄せている話を聞いて深刻な表情を浮かべた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
ニーナ
ロゥリィ神殿の助祭である。ロゥリィを強く慕っている。
・所属組織、地位や役職
ロゥリィ神殿・助祭。
・物語内での具体的な行動や成果
自室に引き籠もったロゥリィを心配し、扉の前で叫びながら中へ入れてくれるよう懇願し続けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
フラム
ロゥリィ神殿の司祭である。
・所属組織、地位や役職
ロゥリィ神殿・司祭。
・物語内での具体的な行動や成果
ロゥリィから後のことを任され、ニーナを説得するのを諦めて晩の祈りを捧げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
モーイ
ロゥリィ神殿の神官である。
・所属組織、地位や役職
ロゥリィ神殿・神官。
・物語内での具体的な行動や成果
ロゥリィの部屋から聞こえる呻き声を聞いて心配した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
見習いから正規の神官位に昇進したばかりである。
飛竜
イフリー
テュカが乗る雌の飛竜である。ホドリューに懐いている。
・所属組織、地位や役職
飛竜。エフリーの番。
・物語内での具体的な行動や成果
温泉でホドリューに甘え、伊丹やテュカに対しては不機嫌な態度を見せた。ホドリューとシルヴィアを乗せて飛行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
エフリー
伊丹が乗る雄の飛竜である。イフリーの番。
・所属組織、地位や役職
飛竜。
・物語内での具体的な行動や成果
アカバの館から伊丹をロープで吊り下げて脱出させた。戦場では伊丹とテュカを乗せてヤルン・ヴィエット軍を襲撃したが、スマグラーの攻撃で墜落した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
展開まとめ
09
ホドリューとシルヴィアの密会
テュカと伊丹は、パルミアの宿営地の天幕から不穏な気配を察知し、中を確認した。
そこではホドリューがシルヴィアを寝台へ押し倒し、熱烈に口説いていた。ホドリューは愛を囁き、過去の恋を忘れて自分へ身を委ねるよう求めていた。一方のシルヴィアも、戸惑いながら完全には拒絶できずにいた。
テュカによる追及
天幕へ踏み込んだテュカは、ゼノビア一筋だと思っていた父ホドリューへ怒りをぶつけた。
しかしホドリューは、自分は好きになった相手へ一直線になる性格だと開き直った。さらに亡き妻リュカの名を不用意に口にしたことで、記憶喪失を装っていた疑惑まで浮上した。
テュカは、帰って来なかった理由や記憶を失ったふりをしていた理由を問い詰めたが、ホドリューは最近記憶が戻ったのだと曖昧に弁明した。
ゼノビアの苦悩
そこへ現れたゼノビアは、ホドリューの女性関係に長年悩まされてきたことを明かした。
ホドリューには妻を名乗る女性が五人、恋人や愛人を自称する女性はさらに多数存在していたのである。
ゼノビアは不満を漏らしながらも、ホドリュー本人を強く責めきれなかった。テュカは、どうして女性達がホドリューへ惹かれるのか理解できず呆れていた。
ホドリューの恋愛哲学
ホドリューは、伊丹にも複数の女性が好意を寄せていると指摘した。
テュカ、ロゥリィ、レレイ、ヤオ、ピニャらの存在を挙げ、自分と伊丹は同類だと語ったのである。
伊丹は必死に否定したが、ホドリューは女性へ夢を見せ続けることこそ男の責任だと持論を熱弁した。真実よりも幻想を信じさせ続けることが誠意なのだと語るその姿勢に、伊丹は困惑しながらも一種の迫力を感じていた。
テュカを守るための芝居
テュカは、なぜ記憶喪失を装ってまで自分を追い返そうとしたのかを改めて問いただした。
するとゼノビアが、全てはテュカを守るためだったと説明した。
追い詰められたパルミアでは、一部の者達がテュカを交渉材料として利用しようとしていた。ホドリューは、その危険から娘を遠ざけるため、とっさに記憶喪失の芝居を打ったのである。
醜男衆による拘束
その直後、武器を持った醜男衆が天幕へ踏み込み、テュカとシルヴィアを拘束した。
代表のピムスは、冬を越えるためにはヤルン・ヴィエット突破が必要であり、そのためにはスマグラーとの交渉材料が不可欠だと主張した。
ゼノビアは制止しようとしたが、既に実権はピムス達へ移っていた。
伊丹の葛藤
伊丹は短機関銃を抜き、二人を解放するよう要求した。
しかしピムス達は、自分達は生き残るために命を懸けているのだと語り、一歩も引かなかった。
伊丹は威嚇射撃も考えたが、彼らが単なる悪人ではなく、生き残るために行動していることを理解していたため、引き金を引けなかった。恩義もあり、完全に憎み切れなかったのである。
ホドリューの精霊魔法
説得が失敗に終わる中、若者達はホドリューへも罵声を浴びせた。
だが次の瞬間、ホドリューの身体は透過し、幻影のような姿となった。
ホドリューは精霊魔法で周囲一帯を深い闇に包み込み、混乱に乗じて伊丹の手を引き、宿営地から脱出したのである。
脱出後の状況確認
宿営地を脱出した後も、ホドリューと伊丹は追跡を警戒して走り続けていた。
ホドリューは、ピムス達は自分達を追うよりも、テュカとシルヴィアをアカバへ運ぶことを優先するはずだと説明した。
伊丹が、なぜ二人ではなく自分を助けたのか問いかけると、ホドリューは暗闇の精霊魔法では自分も視界を失うため、縛られた二人を助け出すのは困難だったと答えた。
さらに暗闇の中では、伊丹の銃のレーザー光だけが見えていたため、それを頼りに救出できたのだと語った。
テュカとの関係への誤解
岩陰へ身を隠した後、ホドリューは伊丹がテュカを口説き落としたのだと思い込み、感心した様子を見せた。
しかし伊丹は、自分は長い間テュカの父親代わりをしていただけだと説明した。テュカから父さんと呼ばれ続けたため、女性として接しづらくなってしまったのである。
その事情を聞いたホドリューは、自分の教育が悪かったと本気で謝罪した。さらに義父と呼んでよいと迫ったが、伊丹は必死に拒否した。
その後、伊丹は最近はテュカから父親扱いされることが減ってきたことも認め、ホドリューはそれなら伊丹を責めるのは酷だったと理解を示した。
飛竜捜索と温泉
空腹を訴えたホドリューは、伊丹と共に飛竜イフリーとエフリーを探しに向かった。
夜は冷え込むため、二頭は温泉地帯へ集まっているはずだと推測していたのである。
伊丹は、飛竜の鞍鞄に陸上自衛隊の戦闘糧食を積んでいると説明し、ホドリューはそれを楽しみにしていた。
丘を越えた先には温泉があり、二頭の飛竜は乳白色の湯へ浸かりながら巨大な蛇を食べていた。
ホドリューはその悪食ぶりへ顔をしかめたが、炎龍への恐怖ではないと分かり、伊丹は安堵した。
イフリーの不機嫌
エフリーは友好的だったが、イフリーは露骨に顔を背け、不機嫌な態度を見せた。
伊丹は理由が分からなかったが、ホドリューは女性は男には理解できない理屈で機嫌を損ねることがあると説明した。
飛行中の無理や予定変更など、様々な不満が積み重なっているのだろうと推測したのである。
その説明に、イフリーはわずかに反応を見せた。ホドリューは、機嫌を損ねた女性をなだめるのは男の役目だと語りながら近づいていった。
エフリーの失恋
ホドリューがイフリーを甘やかした結果、今度は番であるエフリーが拗ねてしまった。
エフリーは温泉から離れた場所で黄昏れ、哀愁を漂わせていた。一方のイフリーはホドリューへ完全に懐き、膝へ頭を乗せて甘えていた。
伊丹が困惑して助けを求めても、ホドリューは男の機嫌を取るのは自分の役目ではないと無責任に言い放った。
別行動の決断
食事を終えた後、伊丹はアカバへ連れて行かれたテュカとシルヴィアを救出しに行くと決意した。
一方ホドリューは、パルミアとヤルン・ヴィエットの戦争を回避する道を探すと宣言した。
伊丹は二人で救出後に逃げる案を提案したが、ホドリューは、自分はパルミアの女性達へ守ると誓った以上、最後まで嘘を貫き通さねばならないと語った。
ザンシアとゼノビア対立の真相
ホドリューは、ザンシアとゼノビアの関係悪化の真相を語った。
財産比べで問題となった牛は、本来ゼノビアからザンシアへ贈られた物であり、本当ならザンシアの勝利で終わる話だった。
しかしメイブがゼノビアへ賄賂を贈り、有利な証言を求めたことで状況が変化した。
ゼノビアは賄賂を受け取ったものの、法廷では真実を語るつもりだった。しかしメイブはその事実を利用し、ザンシアへ疑念を植え付けたのである。
その後、メイブが失踪したことで、ゼノビアはザンシアが暗殺したと確信した。
自分も次に狙われると恐れたゼノビアは、パルミアをヤルン・ヴィエットから遠ざけたのである。
それぞれの役目
伊丹はテュカとシルヴィアの救出を引き受け、ホドリューは争いの真相究明へ向かった。
ホドリューは伊丹を婿殿と呼び、娘を頼むと告げる。そしてイフリーへ協力を求めると、イフリーは喜んで応じた。
そのままホドリューは飛び去り、伊丹も救出へ向かおうとした。
しかしその時、伊丹は飛竜へ乗る際に必要な恐怖感抑制の精霊魔法をかけてもらうのを忘れていたことに気付く。
エフリーの巨体を前に、伊丹は改めて飛竜への恐怖を思い出し、途方に暮れるのだった。
10
コノートへの潜入
ホドリューはイフリーへ乗り、コノート近郊へ到着した。
飛竜は目立ちすぎるため、村から離れた森へ降下したのである。
そこでホドリューは、テュカの荷物から予備の矢や弦を取り出した。現代素材製の弦の強靭さへ感嘆しながら自作の弓へ取り付け、呪符付きの矢を試射した結果、矢は倒木へ深々と突き刺さった。
ホドリューは、テュカが立派に成長したことを喜びつつ、男を見る目だけは育たなかったと冗談めかして語った。
コノートの不満
その後ホドリューは、旅のエルフを装ってコノートの住民達へ接触し、情報収集を始めた。
コノートでは、ザンシアとゼノビアの対立によってパルミアが来なくなったことへの不満が広がっていた。特に問題視されていたのは塩不足である。
西方砂漠から大量の安価な塩を運んでいたパルミアとの交易が途絶えた結果、住民達は高価なフロート産の塩へ頼らざるを得なくなっていたのである。
ホドリューは、住民達の愚痴や噂話を丁寧に拾い集めながら、ヤルン・ヴィエット方面へ向かった。
ソノートでの騒動
やがてソノートへ到着したホドリューは、街中で騒ぎが起きていることに気付いた。
その中心にはシルヴィアがおり、長老達が彼女を必死に引き止めていた。シルヴィアはヤルン・ヴィエットへ戻り、母ザンシアを止めようとしていたのである。
ホドリューはシルヴィアへ声を掛け、アカバで起きた出来事を聞き出した。シルヴィアは、ココモが身代わりとなったことや、ソノートとアカバの同盟成立について説明した。
長老達は、ココモの策を高く評価していた。もしシルヴィアが独立勢力を率いるなら、ココモの存在はザンシアへ向けた大きな脅威となり得たからである。
シルヴィアの決意
シルヴィアは、母ザンシアの暴走を止めたいと訴えた。
自身が政治の道具として扱われた経験から、他人を手段として利用する行為そのものへ強い嫌悪感を抱いていたのである。
さらに、スマグラーへ売り渡された怒りもあり、ザンシアの計画を阻止したいと考えていた。
しかしホドリューやソノートの長老達は、ザンシアへ直接会いに行くことへ強く反対した。
ザンシアへの評価
ホドリューは、ザンシアを権謀術数家を気取る人物だと評した。
そしてアカバとの同盟を利用してパルミアを滅ぼし、その戦勝によって国内支配を強化しようとしているのだろうと推測した。
そのため、シルヴィアが涙ながらに頼んだ程度で戦争を止めるような人物ではないと断言したのである。
またソノートの人々も、建国へ大きく貢献したにもかかわらず他部族と同列扱いされ、利益を得ているのはフロートばかりだと不満を募らせていた。
彼らはシルヴィアへ、自分達の代表となることを期待していた。
ホドリューの提案
ホドリューは、ザンシアのような人物を止めるには感情論ではなく損得勘定で動かさねばならないと語った。
戦争を続けるより不利益が大きい状況、あるいは戦争どころではない状況を作り出す必要があると説明したのである。
シルヴィアは、自分一人では対処できないと悟り、ホドリューへ協力を求めた。
するとホドリューは、まずシルヴィアの義父へ内密に会わせて欲しいと頼み込んだ。
シルヴィアとウーゾの再会
ウーゾはヤルン・ヴィエット城で政務に追われていたが、そこへ突然シルヴィアが現れた。
死んだと思っていたシルヴィアの姿を見たウーゾは、幽霊でも見たかのように驚愕した。
シルヴィアは、アカバとの同盟は成立したが、自分自身はココモの犠牲によって帰還できたのだと説明した。そしてザンシアは娘の安否より同盟成立しか気にしていなかったのではないかと問い詰めた。
ウーゾは否定し切れず、最終的にはザンシアの計画を知っていたことを認めた。ただし知ったのはシルヴィア出発後であり、自分は反対していたと弁明した。
その言葉を聞いたシルヴィアは、ウーゾだけは信頼できると感じ、抱きついて安堵した。
ホドリューの正体
その後シルヴィアは、会わせたい人物がいると告げた。
すると光の精霊魔法による隠れ蓑が解除され、ホドリューが姿を現した。
ウーゾは彼の名を聞いた瞬間、十二英傑として語り継がれる伝説的人物その人だと気付き、激しく感激した。
幼い頃から冒険譚を読み続けていたウーゾにとって、ホドリューは憧れそのものだったのである。
戦争の原因への疑問
ホドリューは、ザンシア、ゼノビア、メイブの間に何があったのかを知りたいと切り出した。
ウーゾは、過去を蒸し返しても意味はないと考えていた。裁判は終わり、自分もザンシアと新たな家庭を築いていたからである。
しかしホドリューは、ザンシアとゼノビアはかつて親しかったのではないかと推測した。
雄牛に込められた意味
ホドリューは、問題となった雄牛へ注目していた。
パルミアでは、優れた子牛を生み出す種牛となる雄牛は極めて価値が高い。形式的な贈り物なら雌牛を渡すが、本当に大切な相手へは将来の富をもたらす雄牛を贈る風習があった。
そのため、ゼノビアが本当に雄牛を贈っていたなら、当時の二人はかなり親密だったはずだと推測したのである。
ウーゾはその洞察力を認め、当時の事情を語り始めた。
メイブ生存の可能性
ウーゾから話を聞いた後、ホドリューとシルヴィアは夫婦を装って宿へ泊まった。
そこで二人は、メイブは死亡したわけではなく、単に行方不明になっただけだという事実を改めて整理した。
神殿でも死亡確認はされておらず、生存している可能性が高かったのである。
ただしホドリューは、メイブ失踪当時に最も近くにいたウーゾ自身も完全には信用していなかった。何らかの不都合な情報を隠している可能性を考慮していたからである。
互いを犯人視する構図
シルヴィアは、ゼノビアがメイブを消した可能性について仮説を語った。
賄賂問題や脅迫などで追い詰められた結果、ゼノビアがメイブを拘束したのではないかと推測したのである。
一方ホドリューは、ゼノビア本人はザンシアこそ犯人だと信じていると説明した。
ザンシアには裁判で追い詰められていたという動機があり、メイブ失踪によって利益を得ていたからである。
こうして両者は互いを犯人視し、歩み寄れなくなっていた。
戦争を止めるための方策
ホドリューは、戦争を止める方法が見えたと語った。
それは行方不明のメイブを見つけ出すことである。
メイブが戻れば、族長の妻の座を巡ってザンシアの立場は大きく揺らぐ。さらにシルヴィアがソノートを率いて独立の動きを見せれば、ヤルン・ヴィエットは内乱対応へ追われ、戦争どころではなくなるはずだった。
そのためホドリューは、まずパルミアへ戻り、ゼノビアの占いでメイブの居場所を探ることを提案した。
シルヴィアもそれへ同意し、テュカと伊丹の無事も確かめたいと考えた。
宿での一夜
話し合いを終えた後、ホドリューは今夜は休もうと提案した。
そして夫婦を装っている以上、その状況も楽しむべきだと軽口を叩いた。
シルヴィアはホドリューを悪い人だと笑いながらも、その誘いを受け入れた。
ホドリューが差し出した手を、シルヴィアは嬉しそうに取ったのである。
イフリーとの再会
翌日、ホドリューとシルヴィアは森へ戻り、イフリーと再会した。
イフリーはホドリューを見るなり勢いよく飛びつき、鱗だらけの身体で頬ずりし、血まみれの舌で舐め回した。
ホドリューは最終的に本気で叱るしかなくなり、イフリーは傷ついたように拗ねてしまった。
その後ホドリューは、機嫌を取り直すためさらに時間を費やすこととなった。
不穏な宿営地
二人がバーレントへ戻った頃には、宿営地は重苦しい空気に包まれていた。
ピムス達が戻り、アカバが完全に敵側へ回ったことが伝わっていたのである。
人々は絶望していた。ヤルン・ヴィエットだけでなくアカバまで敵となり、勝ち目がないと理解していたからである。
さらに冬も迫っており、家畜が凍死すれば飢餓が待っていた。
吊し上げられるピムス
宿営地中央では、ピムスが人々から激しく糾弾されていた。
ゼノビアを引きずり下ろしたのは、ピムスなら状況を改善できると思われていたからである。しかし結果として事態はさらに悪化していた。
生真面目なピムスは怒声を正面から受け止めていたが、現実には何の打開策もなく、時間を求めることしかできなかった。
ホドリューは、こういう時こそ嘘でも希望を語ればいいのにと呆れていた。
ゼノビア監禁場所の発見
シルヴィアの聞き込みによって、ゼノビアが姿を見せていないことが判明した。
ホドリューは、ピムスならゼノビアを監禁しているはずだと推測し、見張り付きの大天幕へ目を付けた。
実際、周囲では醜男衆が今後の状況について弱音を吐いており、その会話からテュカと伊丹が既に戻っていること、さらに伊丹が負傷していることも判明した。
二人は天幕の裏手から侵入した。
再会
天幕内で最初に姿を見せたのはテュカだった。
テュカとホドリューは互いの無事を喜び合い、抱き合った。
その奥では、伊丹が俯せになり、ゼノビアから治療を受けていた。
シルヴィアは伊丹の負傷姿を見て悲鳴を上げたが、その臀部へ刺さった矢が揺れている様子を見て、思わず笑いも漏らしてしまった。
伊丹負傷の経緯
テュカは、アカバ脱出時の状況を説明した。
伊丹がテュカを抱えたまま飛び立った直後、スマグラー配下の兵達が矢を放っていたのである。
しかも竜騎士用装備は飛竜へ跨がる前提で作られていたため、ロープで吊り下げられていた伊丹の臀部は無防備だった。
さらにテュカが不用意に矢を抜こうとした結果、鏃だけが体内へ残ってしまっていた。
ゼノビアによる治療
医学知識のないテュカでは対処できず、伊丹達は危険を承知でパルミアへ戻り、ゼノビアへ治療を依頼していた。
ゼノビアは、テュカへ傷口を押し広げさせながら、やっとこで体内に残った鏃を慎重に摘出した。
ホドリューは男の尻など見たくないと言って隅へ避難したが、一方で必死に伊丹を支えるテュカへ複雑そうな視線を向けていた。
最後の鏃が取り出されると、伊丹の傷口は驚異的な速度で再生し始め、ゆっくりと塞がっていった。
組合総会と支配人達の対立
その頃、アルヌス協同生活組合では、地域支配人達を集めた総会が開かれていた。
帝国中央域担当のベルラインは売上増加を誇ったが、南方担当のケイネスはアルヌス本店の方が大きく利益を伸ばしていると皮肉った。
両者の口論は次第に激化していった。
リュドーによる調停
その場を収めたのは、フォルマル伯爵領周辺担当のリュドーだった。
リュドーは、レレイの判断として帝国中央域では慎重経営が正しいと説明した。
既存商人と正面衝突するより、新商品による市場開拓へ注力した方が利益になるからである。
さらにレレイは情報網を利用して物価変動を先読みし、莫大な利益を築いていた。リュドーはその才覚へ心酔し、自身の商会ごと組合へ加わっていたのである。
ミュイへの縁談問題
休憩中、フォルマル伯爵家当主ミュイへ縁談が持ち込まれている話題が出た。
アイリやルイの関係者達が、自分達に都合の良い男を婿入りさせ、フォルマル家へ介入しようとしていたのである。
フォルマル家と組合は深い相互依存関係にあり、その関係を外部勢力へ乱されることは避けねばならなかった。
レレイの決断
支配人達は、ピニャへ頼んで縁談を止めさせるべきだと考えていた。
しかしレレイは、それを拒否した。
ピニャへ借りを作りたくなかったのである。レレイは、ピニャが伊丹へ本気で想いを寄せ始めていると見抜いていたからだった。
そのためレレイは、皇帝から直接内命を出してもらう正攻法を選択した。
ピニャの恋心
事情を知らない支配人達へ向け、リュドーは説明を行った。
ピニャが想いを寄せている相手とは、ロゥリィやレレイ、テュカにとっても特別な存在であり、その人物こそ伊丹だったのである。
イタリカ救援や遭難事件を経て、ピニャの感情は完全に恋愛感情へ変化していた。
支配人達は、ようやくロゥリィ達が神経質になっている理由を理解した。
ロゥリィの異変
その時、ロゥリィが突然悲鳴を上げた。
彼女は腰を押さえ、汗を浮かべながら会議室を退出していった。
ケイネスは下品な冗談を口にしたが、レレイはそんな男は不要だと冷たく言い放ち、空間隙の魔法で建物の外へ放り出した。
突然消えたケイネスへ支配人達は騒然となったが、フォルテは冷静に会議続行を宣言した。
ロゥリィ神殿の騒動
一方ロゥリィは、自室へ閉じこもっていた。
神官達は心配して呼びかけたが、ロゥリィは気分が悪いので放っておいて欲しいと告げた。
助祭ニーナは必死に世話を焼こうとしたものの、ロゥリィは扉を閉ざしたまま応じなかった。
その後もニーナだけが扉の前で叫び続け、ロゥリィ神殿には虚しい声だけが響き続けるのだった。
11
伊丹の異常な治癒力
治療を終えた伊丹は、感情を抑え込まれた無表情のまま服を整えていた。ベン・ゾジアによる感情抑制は、まだ解けていなかったのである。
シルヴィアは、伊丹の傷が驚異的な速度で塞がっていく様子へ驚きを隠せなかった。ホドリューも、その治癒力は亜神との契約者に見られる特徴に似ていると指摘した。
そこで伊丹は、自分がロゥリィの眷属であると淡々と認めた。
ホドリューの疑念
しかし伊丹の感情の乏しさに違和感を覚えたホドリューは、すぐに原因へ気付いた。
テュカが伊丹へ、精神へ作用する精霊「ベン・ゾジア」を宿らせていると見抜いたのである。
ホドリューは強い口調でテュカを責めた。ベン・ゾジアは怒喜思憂悲驚恐慕といった感情を抑制する精霊であり、悪用すれば人間の意思や感情そのものを操ることすら可能だからである。
そのため、この種の精霊魔法は強く忌避され、使用者は周囲から疑念を向けられる存在となっていた。
シルヴィアの誤解
シルヴィアは、その説明を聞いて大きな衝撃を受けた。
もし感情を操れるなら、伊丹がテュカを好きになったことすら魔法による可能性があるのではないかと疑ったのである。
ホドリューは、それこそが問題だと語った。たとえ実際には使っていなくとも、「できる」というだけで周囲は疑い始めるのだという。
ホドリュー自身も、過去に同じ疑惑を向けられ続けた経験を持っていた。
テュカの弁明
しかしテュカは、今日は必要だったと反論した。
伊丹の治療を行うためには、感情を落ち着かせる必要があったのである。さらに、伊丹は高所恐怖症のため、飛竜へ乗せる際にもベン・ゾジアが必要だったと明かした。
ホドリューは愕然とした。アルヌスからここまで、伊丹は長期間にわたりベン・ゾジアの影響下に置かれていたことになるからである。
テュカ自身は、日暮れには解除するよう気を付けていたと弁解した。
嵐の夜の真相
シルヴィアは、嵐の夜に伊丹の人格が急変した理由を思い出した。
あの時の異常な積極性や感情の昂りは、精霊魔法の副作用だったのではないかと理解したのである。
だがホドリューは、それは副作用ではなく「代償」だと訂正した。
ベン・ゾジアは人間の感情を抑え込む代わりに、後でその感情を意図的に爆発させる性質を持っていたのである。彼らは、人間の感情の高まりそのものを好む存在だった。
魔薬との危険な組み合わせ
さらにホドリューは、最も危険な点を語ろうとした。
ベン・ゾジアが宿った状態で魔薬を使用すると、精霊そのものが魔薬の影響を受けてしまうのである。
テュカは、その結果何が起こるのかを慌てて尋ねた。
しかしその説明は最後まで語られなかった。
アカバ襲来
突如として天幕の幕が勢いよく開かれ、見張り達が飛び込んできた。
ホドリューは即座に弓へ手を伸ばし、伊丹も短機関銃を抜いた。しかし見張り達の目的は二人ではなかった。
彼らはゼノビアの前へ跪くと、緊迫した声で告げた。
アカバの軍勢が攻め込んできたのである。
迫るアカバ軍
夕闇の地平線には、炎の帯のような光が現れていた。
それは松明を掲げたアカバ軍の進軍であり、地を這う炎の大蛇のように見えていた。ピムスは、その接近速度が想定より早すぎることに歯噛みした。
戦いになること自体は理解していたにもかかわらず、具体的な防衛指示を出していなかったため、宿営地はたちまち混乱へ陥った。
逃げ支度を始める者、武器を取る者、家畜を集めようと走り回る者が入り乱れ、全く統制が取れなくなってしまったのである。
崩壊するピムス
詰め寄る醜男衆に対し、ピムスは逃げるしかないと告げた。
しかし、冬を目前にして荷物も天幕も捨てれば、生き延びること自体が困難になる。人々が当然の疑問を投げかけると、追い詰められていたピムスはついに感情を爆発させた。
自分ばかりが皆の将来を考え、苦労しているのに、誰も自分を敬わず、最後だけ責任を押し付けてくると叫び散らしたのである。
人々は怒りを通り越して呆然とし、失望し始めていた。
ゼノビアの帰還
その時、凛とした声が響いた。
ゼノビアが姿を現し、人々へ即座に迎撃態勢を整えるよう命じたのである。
彼女は必勝の策があると断言し、必要なのは時間だけだと語った。その言葉を聞いた人々は、一斉に武器を取りに走り始めた。
ゼノビアの言葉には、それだけで人々を動かす力があったのである。
一方でピムスは、自分が到底敵わない存在であることを痛感し、敗北感に打ちひしがれていた。
ゼノビアの方便
ピムスは、本当に勝てるのかと恐る恐る尋ねた。
するとゼノビアは、そんなことは自分にも分からないと軽く舌を出して笑った。彼女が語った「必勝の策」は、人々を動かすための方便だったのである。
それでもゼノビアは、民を安心させる嘘は悪ではないと語った。
ホドリューもまた、男ならば女性を安心させる嘘を語り、それを現実にするため無茶を通せとピムスへ告げた。
しかし堅実主義のピムスには、その考え方が理解できなかった。
伊丹の登場
アカバ軍が目前まで迫ったその時、先頭のケンタウロス達の前へ一本の竜槍が突き刺さった。
さらに、その槍を越えれば死ぬと堂々宣言しながら、一人の男が進み出る。
伊丹だった。
恐怖も羞恥も失った伊丹は、異様なまでの自信に満ちた態度でアカバ軍へ立ちはだかった。その姿に、ケンタウロス達ですら圧倒されて後退したのである。
英雄病の正体
その異様な変貌に、テュカはホドリューへ説明を求めた。
ホドリューによれば、ベン・ゾジアが宿った状態で魔薬を使用すると、恐怖や苦痛を感じなくなり、全能感と万能感に満たされるのだという。
さらに感情が極端に高ぶるため、自分こそが理不尽を打ち破る英雄だと錯覚し、無謀な行動を取るようになる。
ホドリューはそれを「英雄病」と呼んだ。
ただし本当に強くなるわけではなく、傷を負えば普通に弱っていく危険な状態だった。
アカバの部将との戦い
アカバ軍の部将は、伊丹をただの臆病者だと侮って挑みかかった。
しかし伊丹は、恐怖心の消失によって相手の動きを冷静に見切り、槍術で互角以上に渡り合った。
さらに最後には短機関銃を抜き、部将の後脚を撃ち抜いて転倒させたのである。
伊丹は銃口を眉間へ突きつけ、降伏を要求した。
この間に、ピムス達は時間を稼ぎ、宿営地周囲へ長槍歩兵による方陣を完成させていた。
スマグラーの撤退
そこへスマグラー本人が前へ出てきた。
彼は、伊丹との戦いへこだわった部将を無能と断じ、見せしめのように投槍で処刑した。
その理由は、伊丹が稼いだ時間によってパルミア側が迎撃態勢を整え終えていたからである。
完成した方陣は、ケンタウロス騎兵にとって厄介極まりない陣形だった。被害を覚悟せずに突破することはできない。
スマグラーは、明日ザンシア軍が到着した時に改めて決着をつけると告げ、撤退していった。
メイブ生存の判明
危機を乗り越えた後、シルヴィアはメイブが生存していると明かした。
ベルナーゴ神殿への確認によって、メイブの死亡は確認されていなかったのである。
ゼノビアは、自分の占術が失敗していた理由を理解した。死体の場所や犯人を問い続けても、そもそもメイブが死んでいなかったため答えが得られなかったのである。
こうしてゼノビアは、改めて占術「ツスカ」を行うことを決断した。
ツスカの儀式
夜の宿営地では、巨大な護摩壇が築かれ、人々が静かに輪を作った。
火柱が燃え上がり、太鼓や鐘、スキャットのような歌声が響き渡る中、ゼノビアは全裸に宝飾だけをまとった姿で舞い始めた。
伊丹は思わずストリップのようだと呟いて叱られたが、日本神話における天宇受賣命の岩戸神話を例に出し、神聖な儀式だと弁明した。
やがてゼノビアは神憑りの状態へ入り、精霊達と交感を始めた。
託宣と戦意
儀式の末、ゼノビアは気絶しながらも託宣を残した。
苦戦し、多くの血と涙が流れる。しかし果敢に戦う者へ戦神の加護が与えられ、敵の足を払えば勝利するという内容だった。
人々は勝利の言葉に希望を見出したが、同時に大きな犠牲を覚悟することとなった。
ピムスは、敵の足を払うとはケンタウロスの足を狙う戦術だと解釈し、宿営地周囲へ綱を張り巡らせる準備を始めた。
ホドリュー達の出発
しかしホドリューは、託宣の真意は別にあると理解していた。
ザンシアの足を払うとは、メイブを見つけ出してヤルン・ヴィエット内部を崩壊させることだと考えたのである。
さらに占術では、「女狐は狼の巣で冬眠する」という新たな手掛かりも示されていた。
シルヴィアは、その「狼の巣」に心当たりがあると語り、ホドリューと共に調査へ向かうこととなった。
伊丹を巡る対立
一方ゼノビアは、改めて伊丹へ助力を求めた。
しかし伊丹は、他所の争いへこれ以上関わるつもりはないと断言した。死ぬ危険を冒してまで戦う理由はなく、上司からも介入を禁じられているのである。
テュカもまた、伊丹を失うことを恐れていた。
炎龍やスマグラーとの戦いへ挑んだのは、自分が大切な存在になったからであり、それ以上を求めれば本当に伊丹を失ってしまうかもしれないと理解していたのである。
そのためテュカは、伊丹を抱きしめながら、彼を戦へ引き込もうとするゼノビアを強く睨みつけた。
ゼノビアは誠意を示して対価を払うと申し出たが、テュカは伊丹一人の命の方が、パルミア全体より重いと断言した。
その言葉に、ゼノビアは返す言葉を失うのだった。
12
ヤルン・ヴィエットへの再潜入
ホドリューとシルヴィアは、イフリーへ騎乗して再びヤルン・ヴィエット城へ向かっていた。
シルヴィアは、メイブがヤルン・ヴィエット城内にいると断言した。根拠は、城が建つ土地の古名にあった。かつてその地は「イアールン・ヴィエット」と呼ばれ、フェンリル狼の子狼達が棲む森とされていたのである。シルヴィアは、ツスカの託宣にあった「狼の巣」とはこの土地を指すのだと推測した。
新たな黒幕の可能性
ホドリューは、その推理が正しければ厄介な問題が生じると指摘した。
メイブは元々ヤルン・ヴィエット城の女主人であり、その城へ閉じ込められているなら、誰がそれを可能にしたのかという問題が浮上するからである。
シルヴィアはザンシアの仕業ではないかと考えたが、ホドリューは時系列的に不可能だと否定した。ザンシアがウーゾと再婚し女王位についたのは、メイブ失踪後だったためである。
そのためホドリューは、ゼノビア、ザンシア、メイブ以外に、もう一人事件へ関わった人物がいる可能性を示した。
捜索範囲の絞り込み
ホドリューは、犯人探しよりもメイブの居場所を突き止めることを優先した。
シルヴィアは、城の増改築の経緯を思い返し、メイブ失踪後に造られた新館や迎賓館を除外できると説明した。古い旧館部分は設備も不便で、今では人の出入りも少ないため、捜索対象を城全体の三分の一程度まで絞り込めるというのである。
ホドリューはその推理を評価し、シルヴィアは安堵した。
食事を運ぶ者の存在
しかしホドリューは、城内を片端から調べるには時間がかかり過ぎると考えた。
メイブが生きているなら、必ず食料や水を届けている者がいるはずだった。その人物を見つける方が早いと判断したのである。
ホドリューはその調査をシルヴィアへ任せ、自分は建物内部の探索を進める役割を担うことにした。
秘密裏の調査
ホドリューは、調査を秘密裏に行う必要があると強調した。
黒幕が存在するなら、捜索の動きを察知された瞬間に妨害される危険があったからである。誰彼構わず聞き込みをしないよう念押しされたシルヴィアは、危うくその通りの行動を取るところだったらしく、慌てて笑って誤魔化した。
ホドリューは、これから城内を片端から調べなければならないことを思い、うんざりした表情を浮かべていた。
戦支度の宿営地
ゼノビアの依頼を断った伊丹は、テュカと共にゲスト用天幕へ案内された。
外は厳しい冷気に包まれていたが、宿営地全体は戦支度の熱気で満ちていた。醜男衆は人々を率い、綱や障害物による防衛準備を進めていた。
木材不足の中、ピムスは古い荷車を解体して杭代わりに使うと決めた。さらに老婆達が差し出した細紐を、洗濯物を吊るして旗に見せかける偽装工作へ活用し、戦力不足を補おうとしていた。
醜男衆の謝罪
コムは、テュカへコンパウンドボウを返却した。
醜男衆は、かつてテュカ達を捕らえてスマグラーへ差し出したこともあり、決まり悪そうに頭を下げた。そして翌日の援軍を頼むと懇願した。
伊丹は軽く頭を下げ、任せておいてほしいと答えた。しかしそれは本当に戦う決意ではなく、ゼノビアとの約束に従って皆を安心させるための方便だった。
逃げたいテュカ
ゲスト天幕に入った後、テュカは本音を吐き出した。
まだイフリーは戻っておらず、ホドリューも不在だったが、今のうちにアルヌスへ帰ってしまわないかと伊丹へ提案したのである。
テュカは、自分達には帰る場所があり、ここにいる人々とは違うと語った。戦いが始まれば、見捨てて帰ることなどできなくなる。そのことが怖かったのである。
しかし伊丹は、イフリーを置いて帰ればホドリュー達の移動手段を奪い、結果としてパルミアの滅亡を後押しすることになると指摘した。
絶対安全な戦いへの願望
テュカは、パルミアの人々を見捨てるのは辛いが、伊丹へ戦ってほしいとも言えなかった。伊丹が死ねば自分は生きていけないと本気で思っていたからである。
そのためテュカは、絶対に安全な戦い方はないのかと縋るように尋ねた。
伊丹は、戦争に絶対安全など存在しないと説明した。戦いは命の奪い合いであり、一方だけが完全に安全などあり得ないからである。
それでも伊丹は、高高度からの攻撃など比較的安全な方法を挙げ、テュカの不安を受け止めようとした。最終的にテュカは、自分が無理を言っていることを理解して涙を流し、弱音を吐いても聞き入れず、無理矢理アルヌスへ連れて帰ってほしいと頼んだ。
重苦しい食事
やがてポーラーが大量の料理を運んできた。
パルミアの人々は、伊丹が自分達を助けてくれると信じており、その感謝が豪勢な食事となって現れていた。
しかし伊丹もテュカも、自分達がいずれ去るつもりであることを知っていた。そのため食事の場は、通夜のような空気になってしまった。
ホドリューの娘
気まずい空気を変えようと、ポーラーはホドリューの話題を持ち出した。
テュカは、父が昔からああいう人物だったと苦笑し、母リュカも苦労していたと語った。するとポーラーは、自分の友人がホドリューの子供を産んだと打ち明けた。
テュカは衝撃を受け、その子に会いたいと即座に求めた。
産院の光景
パルミアには、出産した女性達をまとめて世話する産院制度があった。
伊丹は授乳中の女性達を見て慌てて外へ出たが、周囲の女性達はまるで気にしていなかった。
産院の外には、戦いを前に我が子の顔を見に来た多くの父親達が集まっていた。その姿を見た伊丹は、ますます居たたまれない気持ちになった。
テュカの妹
ポーラーは、友人セナンとその赤子を連れてきた。
赤ん坊は銀髪碧眼で、エルフ特有の耳を持っており、間違いなくホドリューの娘だった。
テュカは、自分に妹ができた事実へ衝撃を受けつつも、赤子を抱いて喜んだ。その小さな手が自分の髪を掴んだ瞬間、テュカはこの子達を見捨ててはいけないと強く感じた。
伊丹の決意
テュカが伊丹へ視線を向けると、伊丹は何も言われる前に理解したように頷いた。
ホドリューの娘なら、もはや見ず知らずの他人ではなかった。その母親も、その友人達も同じだった。
伊丹は、ホドリューが戻るまで自分が皆を守ると宣言した。ポーラーは感極まり、伊丹へ抱きついて喜んだ。
ホドリューと伊丹の違い
その様子を見たテュカは、ホドリューが伊丹を自分と似ていると言った意味を考えた。
確かに二人とも、人を助けようとする点では似ていた。しかしホドリューは女性の歓心を得るために嘘をつき、それを本当にする努力を続ける男だった。
一方の伊丹は、不器用なほど正直者だった。テュカは、二人は表裏のような関係なのかもしれないと感じた。
雪の朝と総動員
翌朝、パルミアの宿営地には小雪が舞っていた。
狼煙が上がり、アカバ軍とヤルン・ヴィエット軍の接近が知らされると、人々は一斉に戦闘準備へ動き出した。
男も女も老いも若きも武器を取り、醜男衆は混乱する人々を剣兵、槍兵、弓兵へ割り振っていった。宿営地は緊迫感に包まれていた。
ピムスの防衛策
ラグは、遊牧民である騎兵を大量に歩兵へ回すピムスの判断へ疑問を呈した。
しかしピムスは、宿営地周囲に張り巡らせた綱や落とし穴へ味方が引っかからないようにするためだと説明した。さらにゼノビアの指示により、馬や家畜は一ヶ所へ集められていた。
人々は、ゼノビアの占術が本当に当たることを願っていた。
飛竜の出現
その時、飛竜が大空を舞う姿が見えた。
それはエフリーであり、伊丹が竜騎士だと知った人々は驚愕した。尻へ矢を受けても平然としていた話と合わせ、人々はゼノビアの語った戦神の加護とは伊丹のことではないかと噂し始めた。
ピムスも、それを否定しなかった。
ヤルン・ヴィエット軍到着
やがて南方の地平線に、ヤルン・ヴィエット軍四千が姿を現した。
彼らは帝国式改革によって統制された軍隊へ変貌していた。統一された武器と装備、規律ある隊列は、部族集団だった頃とは比較にならない威圧感を放っていた。
その先頭には、サイズの合わない鎧をまとい白馬に跨る女王ザンシアがいた。本人は、ピニャのような戦う女王を目指していたのである。
一方、三将軍達は、新参者のディタだけが女王から重用されることへ不満を抱いていた。
スマグラーとの再会
そこへスマグラーが供を連れて現れた。
ザンシアとスマグラーは旧知の仲だったらしく、スマグラーは若き日の関係を思わせる言葉を口にした。将軍達は、その含みある会話へざわついた。
ザンシアはシルヴィアの名を伏せたまま、贈り物を喜んでもらえて何よりだと返した。スマグラーも、その良いものへの礼として援軍を出したと語った。
作戦への否定
ザンシアは、自軍が正面攻撃を行い、スマグラー軍が側背を衝く作戦を提案した。
しかしスマグラーは、それでは負けると断言した。パルミアだけが相手なら問題ないが、竜騎士伊丹が存在するからである。
飛竜による偵察能力は圧倒的であり、迂回行動も奇襲も見抜かれてしまう。さらに竜騎士は高速機動で本陣へ直接襲撃を仕掛けることも可能だった。
その危険性を聞いた三将軍達は顔色を変えた。
スマグラーの自信
ザンシアは動揺し、どう対処するのかと尋ねた。
するとスマグラーは、自分へ全て任せろと豪語した。
彼は既に竜騎士対策を考えており、絶対的な自信を見せつけた。
シルヴィアの潜入調査
その頃、ヤルン・ヴィエット城ではシルヴィアが独自に調査を進めていた。
早朝、人々が本格的に動き出す前を狙い、シルヴィアは城へ忍び込んだ。そしてソノート族の女官達が寝起きしている大部屋を訪ねた。
突然現れたシルヴィアに、女官達は驚きながら駆け寄った。シルヴィアは、自分が戻ったことを内緒にしてほしいと頼み、調べたいことがあると切り出した。
旧館への食事運搬
シルヴィアは、現在ほとんど使われていない旧館区画へ、誰かが食事や飲み物を運んでいないか尋ねた。
メイブが監禁されているなら、必ず食事を届ける者が存在するはずだったからである。
女官達は互いに記憶を探り、一人の女官が旧館に関する怪談話を思い出した。
旧館の怪談
その怪談は、旧館の奥まった路地から女性の呻き声が聞こえるという内容だった。
声を辿って暗がりを歩くと恐ろしい男に襲われるという話であり、城内では血塗れの斧を持つ怪人、白い仮面の男、美男子の吸血鬼など、様々な尾ひれが付いて広まっていた。
しかし噂の元を辿ると、実際には旧館奥に住む管理人へ毎日食事を届けているというだけの話だった。シルヴィアは、メイブ監禁へ繋がる情報ではなかったことに落胆した。
協力者達
それでもシルヴィアは諦めず、旧館へ閉じ込められている人物について他に噂はないか尋ねた。
すると勘の鋭い女官が、シルヴィアが重大なことを探っていると察した。そして、自分達ソノート族はシルヴィアの味方であり、必要なら協力すると申し出た。
シルヴィアは、メイブ捜索を秘密にしろというホドリューの忠告を思い返して迷った。しかし一人で探しても限界があること、さらに成果を出してホドリューへ認められたいという思いから、事情を打ち明けた。
女官達は即座に協力を申し出た。
密かな監視者
だが、その会話を密かに盗み聞きしている存在があった。
女官達の部屋に飾られたレリーフの目に開いた小さな穴の奥で、本物の瞳が静かに光っていたのである。
13
ヤルン・ヴィエット軍の停滞
ヤルン・ヴィエット軍は地平線の向こうで戦闘陣形を展開したものの、そのまま動かず静止を続けていた。昼が近づいても進軍しない敵に、パルミア側の戦士達は次第に焦燥を募らせていった。
長時間の緊張で疲弊する中、伊丹もエフリーを一度地上へ降ろして休ませた。飛竜であっても飛び続ければ疲労するためである。そんな中、ピムスはテュカへ空からの偵察を依頼した。アカバ軍の位置を把握しなければ、戦力配分を決められないからであった。
ベン・ゾジアと魔薬
伊丹はテュカの精霊魔法によって再び感情を抑え込まれた。その直後、ポーラーがゼノビアから託された乳酒を持って現れる。伊丹とテュカは疑いなく飲み干したが、実際にはその中へ魔薬が混入されていた。
ポーラーに問い詰められたゼノビアは、生き残るためには非常手段も必要だと言い切った。伊丹が再び異常な戦闘力を発揮することを期待していたのである。
漸進戦術による精神消耗
昼過ぎになると、ヤルン・ヴィエット軍は奇妙な前進を始めた。一定距離進んでは停止し、隊列を整え、楯を叩きながら罵声を浴びせる。そして再び前進するという行動を繰り返したのである。
この漸進戦術は、規律ある正規軍であるヤルン・ヴィエット軍だからこそ可能なものであり、寄せ集めのパルミア軍の精神を徐々に削っていった。
ついには少年戦士コムが怒りに耐えきれず飛び出し、それにつられて次々と戦士達が前進を始めてしまう。統制が崩壊しかけたその瞬間、飛竜エフリーが両軍の間を駆け抜け、さらに鏑矢の音が頭上を通過したことで、パルミア軍は辛うじて正気を取り戻した。
ピムスは即座に隊列再編を命じ、崩壊寸前だった戦線を立て直したのである。
ザンシアの戦術とディタの野心
ヤルン・ヴィエット軍本営では、ザンシアが自らの作戦に強い自信を抱いていた。彼女はアカバ軍による迂回挟撃と、漸進戦術による敵軍瓦解を同時に狙っていたのである。
しかし飛竜による介入で計画が完全成功しなかったため、ザンシアは次の手として軍後段一千を左翼へ繞回させる作戦を命じた。その指揮はディタ・コ・エファンへ委ねられ、成功すれば大将軍へ任命すると約束した。
三将軍達はこの策を危険視した。予備兵力を抜けば戦線が崩れた時に立て直せなくなるからである。しかしザンシアは帝国式戦術への信奉を崩さず、ディタもまた女王の権威確立を優先して進軍を開始した。
アカバ軍と宿営地の危機
上空から戦場を俯瞰していたテュカと伊丹は、アカバ軍が大きく迂回して宿営地背後へ向かっていることを確認した。伊丹はスマグラーの真の狙いが女子供のいる宿営地だと見抜いていた。
ピムスも状況を理解していたが、繞回してくるヤルン・ヴィエット軍へ対応するため、宿営地防衛用に残していた騎馬隊を前線へ回す決断を下す。女子供を守る戦力を削る判断に、テュカは強く反発した。
だが感情を抑えられた伊丹は、負ければ全てが終わる以上、指揮官は非戦闘員すら切り捨てる覚悟を持つものだと冷徹に説明した。その言葉にテュカは傷つきながらも、これが精霊魔法の影響下にある伊丹の思考だと理解し、怒りを飲み込んだ。
飛竜による繞回部隊襲撃
テュカは繞回部隊の指揮官を討ち取ることを提案した。伊丹も合理的だと認め、エフリーで敵部隊へ急降下を開始する。
飛竜が正面から突撃すると、ヤルン・ヴィエット兵は恐慌状態となった。エフリーは兵士達をなぎ払い、伊丹は竜槍で敵を串刺しにして突破する。テュカも弓で次々と敵兵を射抜いた。
その後、長槍隊を周囲へ集める神経質な指揮を見せたディタをテュカが発見する。伊丹は真上からの急降下攻撃を敢行し、テュカが放った矢はディタへ命中した。
指揮官を失った繞回部隊は四散し、パルミア軍の逆襲によって崩壊したのである。
ザンシア本営への突撃決意
テュカは敵本営の守備が手薄になっていることに気づいた。そして今こそ総司令官を拘束すれば戦争を終わらせられると考えた。
彼女は雷撃魔法で本営を混乱させ、その隙に飛竜で突入する作戦を提案する。伊丹もそれを承諾し、エフリーをヤルン・ヴィエット軍本営へ向けて急降下させ始めた。
一方、本営では近衛兵達が長槍を林立させて防衛態勢を整えていた。ザンシアは飛竜への対抗に自信を見せたが、スマグラーはそれを見ながら不敵に笑っていたのである。
調理場への潜入
シルヴィアはソノート族の女官A・B・C・Dを伴い、女官のお仕着せ姿で城の調理場へ潜入した。
巨大な調理場では大量の料理が作られており、平の兵士向けの食事は大鍋で豪快に調理され、大臣や高官向けの料理は別室の配膳室で丁寧に盛り付けられていた。女官Aは、新人教育を装いながらシルヴィアへ説明を続けることで、周囲の不審を避けようとしていた。
シルヴィアは、もしメイブが監禁されているならば、必ず食事が運ばれているはずだと考え、配膳の流れを調べ始めた。
フロート族女官への接触失敗
シルヴィア達は、フロート族の女官が配膳を担当している様子を見つけ、その行き先を探ろうとした。
女官Dが協力的な態度を装って近づいたものの、コノート族の女官へ露骨な差別的態度を見せてしまい、結果としてフロート族女官から警戒されてしまう。
フロート族女官は、互いに干渉しないのが平和だと言い残し、そのまま立ち去った。シルヴィアは女官達の日頃の態度を知って呆れつつ、改めて別の追跡役を付けることにした。
余分な一食への疑念
その最中、シルヴィアは料理長が作る料理に違和感を覚えた。
ザンシアは不在であり、自分の帰還も秘密にされているにもかかわらず、ウーゾ用の料理と同じものがもう一人分用意されていたのである。
メイブは元々ウーゾの妻だった。そのためシルヴィア達は、この余分な料理こそメイブへ運ばれるものではないかと推測した。
しかし、それが事実なら料理を用意させている黒幕はウーゾ自身ということになる。シルヴィアは事態の重さに動揺しながらも、料理の行き先を確かめる決意を固めた。
ウーゾの母の隠居所
シルヴィア達は料理を運ぶフロート族女官の後を追い、旧館区画深部へ進んだ。
複雑に入り組んだ旧館は迷路のようになっており、やがて小さな庭園と瀟洒な館へ辿り着く。そこで彼女達は、料理の届け先がウーゾの母親であることを知った。
ウーゾの母は認知症を患っており、ザンシアの意向によって人目につかない場所で隠居生活を送っていたのである。
シルヴィアは義父への疑いが晴れたことに安堵した一方、祖母の存在を長年隠されていたことへ怒りを覚えた。
女官長への疑念
配膳室へ戻った後も有力な手掛かりは得られなかった。
しかしその時、女官Cが重要な情報を持ち帰る。フロート族の老女官長が、残り物を集めて旧館区画のある建物へ運び込んでいたのである。
女官長ほどの地位にある人物が、自ら食べ物を運ぶのは不自然だった。
シルヴィアは、その建物を調べることを決断する。そこは怪談話で語られていた旧兵舎跡であった。
地下牢の発見
旧兵舎の扉を開けると、内部には地下へ続く螺旋階段が存在していた。
五人は薄暗い地下を慎重に下り、やがて鉄格子の牢が並ぶ空間へ到達する。そこで最奥の牢から、威厳ある老婆の声が響いた。
シルヴィアが問いかけると、その人物は自らをメイブだと名乗った。
シルヴィアは牢を開けようとしたが、頑丈な錠前に阻まれてしまう。そして名乗りを聞いたメイブは、ザンシアの娘であるシルヴィアがなぜ女官姿なのかと訝しんだ。
黒幕の正体
その時、背後から声が響いた。
振り返ると、そこにはウーゾと女官長、さらに武装したフロート族女官達が立っていた。
ウーゾは、良くないものを見つけてしまったと静かに告げる。
シルヴィアが、メイブを監禁していた黒幕はやはり義父なのかと問うと、ウーゾは悪びれる様子もなく、その通りだと認めたのである。
本営への突撃
エフリーは猛烈な速度でヤルン・ヴィエット軍本営へ突進した。
伊丹は高度を下げ過ぎないようエフリーへ指示し、自らは竜槍を抱えて本営を守る近衛兵達へ迫った。近衛兵達は槍の切っ先を恐れて左右へ散り、弓箭兵の放った矢も飛竜の速度を捉え切れなかった。
一方テュカは、最大級の雷撃魔法を放つため呪文詠唱へ集中していた。
スマグラーの迎撃
本営では、飛竜接近を聞いたスマグラーが巨大なボーラボーラを取り出した。
極太の鎖と巨大鉄球で構成された武器を、スマグラーは怪力で振り回し始める。その膂力に近衛兵達は驚嘆し、従者ボッチは主の力を誇らしげに眺めていた。
やがて近衛兵達が左右へ割れ、その先に飛竜が現れる。
スマグラーは渾身の力でボーラボーラを投擲した。
雷撃魔法の炸裂
同時にテュカも魔法を発動した。
青白い球電が本営へ降下し、スマグラーは不思議そうにそれへ手を伸ばしかける。しかしボッチが咄嗟に割って入り、抱えていた鉄製投げ槍へ雷撃が直撃した。
凄まじい爆発が発生し、本営周辺の近衛兵達は吹き飛ばされた。
ボッチはその場で消滅し、スマグラーだけが立ち続けていた。スマグラーは忠臣の死を理解すると、その名を胸へ刻むように自らの胸を爪で傷付けた。
エフリー墜落
しかしスマグラーのボーラボーラもまた、見事にエフリーへ命中していた。
鎖は翼へ幾重にも絡みつき、羽ばたきを封じてしまう。エフリーは制御不能となり、本営上空を通過した後、砂塵を巻き上げながら墜落した。
ザンシアは即座に近衛兵達へ命令を飛ばし、竜騎士とエルフを捕縛するよう叫んだ。
伊丹の防衛戦
砂塵の中へ突入した近衛兵達を待っていたのは、短機関銃の銃撃だった。
伊丹は倒れたエフリーとテュカを守る位置へ立ち、迫る近衛兵達の脚や腕を次々と撃ち抜いていく。負傷兵達の悲鳴が広がり、近衛兵達は次第に恐怖を募らせた。
四方から同時攻撃を受けた際には、伊丹は前方の二人を連射で無力化したものの、背後からの斬撃は受けてしまう。
しかし近衛兵達は、その直後に異様な光景を見ることになった。
斬り裂かれたはずの傷が、瞬く間に再生していったのである。
恐慌状態に陥った近衛兵達は何度も伊丹へ斬りつけたが、伊丹は動じることなく応戦し、最終的に彼らの膝を撃ち抜いて無力化した。
スマグラーとの対峙
ザンシアは、兵達が重装甲相手との戦い方を知らないため苦戦していると分析した。
その時、スマグラーが前へ歩み出た。
彼は、伊丹が実力を隠して臆病者を演じていたこと、そして敵兵を殺さず負傷させて戦力を削る戦い方をしていることへ感心を示した。
伊丹は、それが全て勝利のためだと淡々と答える。
スマグラーは、その覚悟を認めた上で、自分を倒さねば戦争は終わらないと告げた。
伊丹も、それが必要なら戦うと応じた。
槍と銃の近接戦
スマグラーは楯と槍を構え、伊丹との距離を詰めた。
槍が小刻みに繰り出され、伊丹はそれを鎧で弾きながら短機関銃を向ける。スマグラーはレーザー照準の赤い光を見切り、射線を躱していく。
槍と銃による異様な近接戦闘が始まった。
スマグラーは楯による打撃で伊丹を崩そうとし、伊丹は地面へ伏せて回避する。さらにスマグラーは前足による踏み付けや刺突を繰り返し、伊丹は転がりながら辛うじて回避した。
しかし連続攻撃の末、ついにスマグラーの槍が伊丹の鎧裾を地面へ縫い付ける。
その瞬間、巨大な蹄が伊丹へ振り下ろされた。
ロゥリィの祈り
その頃、ロゥリィは神殿で伊丹の無事を祈り続けていた。
彼女の身体には、見えない何かに叩かれたような痣が次々と浮かんでは消えていく。
ロゥリィは苦痛へ耐えながらも、伊丹へ呼びかけ続けた。
伊丹は決して強者ではなく、自分の弱さを理解しているからこそ認めたのだと。そして力や戦いへ酔ってはならないと、必死に祈り続けるのだった。
14
黒幕の正体
地下牢へ姿を現したウーゾを見て、シルヴィアは絶望した。
武装女官を率いて現れた以上、メイブ監禁の黒幕は義父本人に違いなかったからである。優しく穏やかな人物だと思っていたウーゾの裏切りに、シルヴィアは悪夢を見ているような気分になった。
一方メイブは、ウーゾが助けに来てくれたのだと勘違いして喜んでいた。
しかしウーゾは、その期待を冷たく否定した。
優しい男への嫌悪
ウーゾは、自分が「優しい男」と評価されることを昔から嫌悪していたと語った。
彼にも欲望や野心は存在していた。歴史へ名を刻み、英傑として語り継がれたいという願望があったのである。
しかし周囲は誰もそれを認めず、ただ「優しく穏やかな男」としてしか扱わなかった。
ウーゾは、優しいという評価は他に取り柄がないという意味だと激しく叫び、ホドリューのような存在になりたかったと本音を吐露した。
その怒気に満ちた姿へ、シルヴィアは恐怖を覚えた。
メイブ幽閉の経緯
ウーゾは、全ての始まりを財産裁判の時だと語った。
ゼノビアへ賄賂を贈っても有利な証言が得られないと知った際、メイブが昏倒したのである。
実はメイブにはサムツァ族の血が混ざっており、強い精神的衝撃を受けると仮死状態のようになる体質を持っていた。
その時ウーゾは、ザンシアが未亡人であることへ着目した。
メイブさえ消えればザンシアと再婚できる。そしてソノートとコノートを取り込み、フロートを国家へ昇格させることが可能になると考えたのである。
そのためウーゾはメイブを密かに幽閉し、行方不明として事件を有耶無耶にした。
殺害しなかったのは、仮にも妻だった女を手にかける勇気がなかったからだった。
三族対立の誘導
メイブ失踪によって、ザンシアとゼノビアは互いを疑うようになった。
ザンシアはゼノビアを疑い、ゼノビアはザンシアを疑った。その結果パルミアはヤルン・ヴィエットへ近づかなくなり、コノートはフロートから塩を買わざるを得なくなった。
その恩恵によって、ウーゾはますます富を蓄えていったのである。
さらにウーゾは、ザンシアの野心すら利用していた。
帝国のピニャを引き合いに出して煽れば、ザンシアは自ら軍を率いて危険な戦場へ赴く。その隙に幼いビルバヤニスを王位へ就け、自分が摂政となれば国を支配できると考えていたのである。
義父の本心
シルヴィアは、ザンシアまで死なせようとしているのかと問い詰めた。
だがウーゾは、そこまでの度胸はないと笑った。ただ戦場で死んでくれれば良いとは思っていると平然と語った。
自分は既にザンシアへ贅沢と女王の地位を与えてやったのだから、それくらい望んでも良いだろうという身勝手な理屈だった。
シルヴィアは、その醜悪な本心に強い嫌悪を覚えた。
口封じ
その時、女官Cが異変に気付いた。
ここまで裏事情を詳細に語るということは、自分達を生かして帰す気がないという意味だと察したのである。
ウーゾは、その勘の良さを褒めながら肯定した。
そしてシルヴィアへ、自分は父親になったつもりなど一度もないと冷たく告げる。シルヴィアは赤の他人であり、可愛いと思ったことなどないと言い放ったのである。
そのままウーゾは武装女官達へ射殺命令を下した。
ホドリューの救援
矢が一斉に放たれ、悲鳴が響く。
ウーゾはその光景に耐え切れず目を閉じていたが、やがて目を開いて愕然とした。
倒れていたのはシルヴィア達ではなく、武装女官達だったのである。
異変を察したウーゾが逃げ出そうとした瞬間、その視界を埋め尽くしたのはホドリューの姿だった。
シルヴィアが歓喜の声を上げた直後、ウーゾの意識は闇へ沈んでいった。
踏み潰される伊丹
スマグラーは地へ倒れた伊丹へ容赦なく追撃を加えた。
巨大な蹄が伊丹の頭部を踏み潰そうと迫る。伊丹は短機関銃を振り上げて防御しようとしたものの、蹄は弾倉を粉砕し、そのまま右肩を押し潰した。
スマグラーはさらに頭部へ止めを刺そうとしたが、二撃目も兜を砕くに留まった。
その隙に伊丹は、自分を地面へ縫い付けていた槍を引き抜き、スマグラーの後脚へ斬りつけた。
足を攻撃されたスマグラーは即座に飛び退き、伊丹も後転して距離を取る。
魔薬の発覚
伊丹は右肩へ違和感を覚えていた。
本来なら激痛を感じる傷にもかかわらず、苦痛がほとんど存在しなかったのである。その感覚は、以前麻酔代わりに魔薬を使われた時と酷似していた。
そこで伊丹は、ポーラーから渡された乳酒へ魔薬が混入されていたことに気付いた。
伊丹は傷口へ指を突っ込み、食い込んでいた鎧の破片を引き抜いた。すると肉は瞬く間に盛り上がり、傷口を塞いでいく。
しかし短機関銃は壊れていた。歪んだ弾倉が内部へ噛み込み、交換できなくなっていたのである。
伊丹は銃を諦め、落ちていた剣と楯を拾い上げた。
戦士として認めるスマグラー
スマグラーは、伊丹の異常な生命力と戦意へ感嘆していた。
普通の人間なら、自分の攻撃で骨が砕け、腕ごと千切れているはずだというのである。
それでも戦い続ける伊丹へ、スマグラーは純粋な賞賛を向けていた。
一方伊丹は、致命傷さえ避け続ければ自分は負けないと冷静に理解していた。ロゥリィの加護と魔薬による再生能力がある限り、簡単には倒れないのである。
しかしその事情を知らないスマグラーは、この戦いを完全に対等なものだと思い込んでいた。
戦いへ酔うスマグラー
スマグラーは、今の戦いを心から楽しんでいた。
命を懸けて真正面からぶつかり合う戦士同士の戦いこそ誉れだと語り、伊丹との激突へ歓喜していたのである。
彼は槍を拾い、楯を構え直すと、勢いそのものを武器とした突撃を敢行した。
スマグラーの一撃を受けた伊丹の楯は、一瞬で粉砕された。
それでも伊丹は立ち続ける。
スマグラーは、全力の突撃を受けても壊れない相手など初めてだと笑い、ますます高揚していった。
決着への提案
やがてスマグラーは、このままでは終わらないと判断した。
そこで彼は楯を捨て、攻撃だけで決着を付けようと提案した。伊丹もそれへ応じ、楯を放り捨てる。
こうして両者は、防御を捨てた真っ向勝負へ移行した。
最後の突撃
スマグラーは雄叫びを上げながら大地を駆けた。
伊丹はその場を動かず、静かに待ち構えていた。スマグラーは、伊丹が自分の速度を見誤っていると確信していた。
実際には、これまで見せていた速度すら本気ではなかったのである。
スマグラーはさらに加速した。
槍の穂先が真っ直ぐ伊丹の心臓へ迫る。
その瞬間、伊丹は左股のホルスターから散弾銃を抜いた。
放たれたお手玉弾は、スマグラーの右頬を深々と抉ったのである。
戦況の均衡
戦場では、ヤルン・ヴィエット軍とパルミア軍が激しく衝突していた。
双方とも全力で戦っており、戦況はほぼ互角の状態を保っていた。
しかし、陽が西へ傾き始めた頃、大きな変化が訪れる。
迂回していたアカバ軍が、パルミア宿営地への襲撃を開始したのである。
宿営地襲撃による動揺
宿営地には守備隊が残されており、さらに周囲には多数の罠も仕掛けられていたため、アカバ軍は好き放題には動けなかった。
それでも天幕の一部は焼き払われ、黒煙が立ち上る。
その光景を見たパルミア軍の戦士達は激しく動揺した。
家族や仲間が危険に晒されたと思い込み、兵士達の士気は大きく揺らいだのである。
これによって均衡していた戦況は一気にヤルン・ヴィエット側へ傾き、パルミア軍は押し込まれ始めた。
ピムスの苦境
ピムスと醜男衆は必死に兵士達を鼓舞した。
女子供は無事であり、燃えたのは無人の天幕だけだと叫び続けたものの、一度崩れた流れは簡単には戻らなかった。
ピムス自身も、既に有効な打開策を見失っていた。
敗北を覚悟しかけたその時、これまで戦闘指揮へ口を挟まなかったゼノビアが動いた。
ゼノビアの決断
ゼノビアは、最後の手段として家畜を暴走させるよう命じた。
羊や牛、馬などを戦場へ突入させ、敵軍へぶつけるというのである。
遊牧民にとって家畜は財産であり、生存そのものだった。そのためピムスは強く躊躇した。
しかしゼノビアは、今は生き残ることが最優先だと断言し、即座の実行を命じた。
その迫力に押されたピムスは、ついに従う。
家畜の暴走
醜男衆は家畜の柵へ走り、大群を脅して戦場へ追い立てた。
一頭一頭は温厚な動物でも、大群となれば災害そのものだった。
地を埋め尽くす羊や牛の群れは津波のような勢いで両軍へ襲い掛かる。
動物の恐ろしさを知るパルミア兵は、即座に退避した。
しかしヤルン・ヴィエット軍は隊列を維持しようとした。
楯を密集させた亀甲隊形で耐えようとしたのである。
ヤルン・ヴィエット軍の崩壊
その判断は致命的だった。
密集陣形を組んだ兵士達は、家畜の大群の中で孤島のような状態となり、そこへ牛の群れが激突したのである。
兵士達は踏み潰され、角で突き上げられ、混乱は瞬く間に全軍へ広がった。
さらに悲劇だったのは、本営から何の警告も来ていなかったことだった。
ザンシアや将軍達は伊丹とスマグラーの戦いへ意識を奪われており、前線への注意を完全に失っていたのである。
その結果、前線指揮官達は現場判断のみで対応せざるを得なくなった。
撤退命令
現場の指揮官達は、厳罰を覚悟しながら撤退命令を出した。
女王から正式な許可は出ていなかったが、このままでは全滅すると判断したのである。
彼らは、可能な限り味方を見捨てず救出するよう命じながら後退を開始した。
もし現場へ十分な裁量権が与えられていれば、この混乱を利用した反撃も可能だったかも知れない。
しかし実際には、その余裕すら残されていなかったのである。
崩壊した戦場
シルヴィアはイフリーに乗って戦場上空へ戻ると、夕日に染まった大地を見下ろして悲鳴を上げた。
地上では既に戦線が崩壊しており、暴走した家畜達が戦場を支配していた。ヤルン・ヴィエット兵達は牛や羊に追い回され、統制を完全に失っていたのである。
メイブは、その光景を見てゼノビアが家畜を兵器として使用したのだろうと分析した。
ホドリューはヤルン・ヴィエット城へ残り、シルヴィアとメイブへ戦争を止める役目を託していた。彼は光の精霊魔法で姿を隠し、最初からシルヴィアの後を追っていたのである。
シルヴィアは、自分が隠密行動に向かないと見抜かれていたことへ複雑な感情を抱いたものの、ホドリューから「大きな仕事をする器だ」と慰められ、戦争を止める使命を与えられた。
ヤルン・ヴィエット軍の分裂
戦場が落ち着き始めた頃、シルヴィアとメイブはヤルン・ヴィエット軍本営へ降下した。
兵士達は、死んだと思われていたメイブの帰還に大きく動揺した。フロート族兵士達はメイブの無事を喜び、ザンシアへの疑念を口にし始める。
将軍達も事情説明を受けると、部族ごとに軍を分離する決断を受け入れた。
さらにシルヴィアは、自分がスマグラーへ差し出されていた事実を暴露した。これに激怒したソノート族将軍は、シルヴィアを新たな族長として支持することを宣言したのである。
シルヴィアは、その場でソノート族の独立を宣言した。
メイブの帰還と真実
そこへメイブも前へ出て、ザンシアに女王を名乗る資格はないと告げた。
死んだはずのメイブを見たザンシアは恐怖に震えた。メイブは、自分が長年ヤルン・ヴィエット城地下へ幽閉されていたこと、その黒幕がウーゾだったことを説明する。
将軍達は講和交渉を提案されると、一度は困惑した。
しかしシルヴィアは、パルミア側の目的は南下ルートの確保であり、それを認めた上で、被害補償としてヤルン・ヴィエット軍総出で収穫支援を行えば良いと提案した。
その現実的かつ公平な裁定に、将軍達は深く感服した。
シルヴィアの演説
シルヴィアは三族の兵士達へ向けて演説を行った。
彼女は、兵士達の犠牲と奮戦によって真実へ辿り着けたこと、そしてメイブ救出と黒幕ウーゾの捕縛に成功したことを告げた。さらに、この戦争自体がウーゾの野心によって引き起こされたものだったと暴露する。
シルヴィアは、これからヤルン・ヴィエットへ戻り、ウーゾへ裁きを下し、歪な国の形を正す必要があると訴えた。
兵士達はその言葉を受け入れ、一斉に歓声を上げる。
メイブは、全責任をウーゾへ集約することで兵士達の不満をまとめ上げたシルヴィアの手腕へ感心した。ザンシアもまた、悔しさを滲ませながら娘の才覚を認めざるを得なかった。
スマグラーの不満
しかし、この決着へ納得していない男がいた。
スマグラーである。
彼は意識を取り戻すなり、自分だけ置き去りにされたような結末を拒絶し、なおも戦うと宣言した。
シルヴィアは、ソノートの同盟者として講和を受け入れて欲しいと頼んだものの、スマグラーは拒否した。
そこへ立ちはだかったのが伊丹だった。
暴走した伊丹
しかし、その伊丹の様子は明らかに異常だった。
先ほどまでの無機質で感情の乏しい状態とは異なり、今度は異様な熱血漢のような雰囲気を漂わせていたのである。
日没によってベン・ゾジアの感情抑制魔法は解除された。
本来なら感受性が高まるだけで済むはずだったが、乳酒へ混ぜられていた魔薬の影響によって、ベン・ゾジアが暴走してしまったのである。
その結果、伊丹は極端に好戦的な精神状態へ変貌していた。
伊丹はスマグラーへ、部下達の戦いを止める代わりに、自分との決闘で決着を付けようと提案した。
さらに散弾銃を見せつけながら、飛び道具なしの条件まで与えて挑発する。
困惑したスマグラーが、本当に伊丹なのかと問うと、伊丹は笑みを浮かべながら、これもまた自分の一面なのだと言い放つのだった。
目覚めたテュカ
テュカは頬を叩かれる感触で目を覚ました。
目を開けると、そこはゼノビアの天幕であり、傍にはポーラーがいた。テュカは、エフリーがボーラボーラに絡め取られて墜落した直前までの記憶を思い出す。身体中を打ちつけたらしく、節々に痛みが残っていた。
ポーラーによれば、戦争はどうにか停戦へ持ち込まれたという。家畜の暴走によってヤルン・ヴィエット軍は統制を失い、その直後に講和の申し出が届いたのである。
停戦成立の裏側
ピムスは、戦争継続を主張していた。
失った家畜の代わりにヤルン・ヴィエットを征服し、作物を奪って冬を越そうと考えたのである。しかしゼノビアはそれへ反対した。
もしここで攻撃を続ければ、分裂しかけている三部族が再び結束してしまう。さらに、もう南下を始めなければならない時期でもあったため、交渉で有利な条件を引き出すべきだと判断したのである。
その結果、停戦交渉は進められることになった。
伊丹の決闘宣言
しかし、問題は別に残っていた。
ポーラーは浮かない顔で、伊丹とスマグラーが決闘することになったと告げる。
テュカは愕然とした。戦いを求めるのはいつも相手側であり、伊丹自ら決闘を申し込むなど考えられなかったからである。
ポーラーが示した先には、毛布に包まって頭を抱える伊丹の姿があった。
伊丹は、自分がどうしてあんなことを言ってしまったのかと激しく後悔していた。
その様子を見たテュカは、昨晩の異常な伊丹の姿を思い出した。
魔薬の影響
テュカの視線を受けたポーラーは、土下座して謝罪した。
ゼノビアが伊丹の乳酒へ魔薬を混入していたのである。
伊丹は激怒したものの、必死に謝罪する少女へ怒り続けることができず、再び毛布へ潜り込んだ。
さらにシルヴィアも現れ、スマグラーが決闘を完全に受け入れてしまった以上、今さら中止は難しいと説明する。
決闘を避けたいテュカは強く反発したが、現実は既に動き出していた。
弱点の暴露
シルヴィアは、伊丹が亜神ロゥリィの眷属であることまでスマグラーへ自ら話してしまったと明かした。
しかも伊丹は、自分を倒すには首を落とすか頭を潰せば良いという弱点まで説明していたのである。
テュカは愕然とした。
伊丹自身も、自分が何故そんなことを話してしまったのか理解できていなかった。ただ、戦いと血への高揚感に酔っていたのは確かだった。
ロゥリィの加護による再生能力と、魔薬による痛覚麻痺。その状態で現代兵器を振るって敵を圧倒する感覚は、強烈な万能感を与えていたのである。
伊丹の自己嫌悪
伊丹は、自分の中に危険な変化を感じていた。
大祭典で遭遇したグランハムの眷属ユエルを、かつて伊丹は軽蔑していた。与えられた力を振り回し、戦いへ酔っている男だと思っていたのである。
しかし今、自分自身も同じ道へ踏み込みつつあるのではないかと気付いてしまった。
だからこそ伊丹は、スマグラーへ自分の弱点を明かしたのだった。
まともに戦えば到底勝てない相手だと、自分自身が一番理解していたからである。
伊丹は、決闘になれば自分はきっと殺されると確信していた。
以心伝心
そんな伊丹を、テュカ達は責めなかった。
情けない姿を晒していても、テュカの妹を守るため命懸けで戦った事実は変わらないからである。
むしろ、勇気を振り絞った後に弱音を吐く姿を愛おしく感じていた。
やがて伊丹は覚悟を決めたようにテュカを見つめた。
テュカもまた、その視線だけで意図を理解し、静かに頷く。
二人の間には、長い時間を超えたような以心伝心が成立していたのである。
その様子を見たポーラーとシルヴィアは、何が始まるのか分からず首を傾げるのだった。
決闘からの逃亡
夜が明ける前、伊丹とテュカは荷物をまとめ、誰にも見つからないよう密かに宿営地を抜け出した。
伊丹は、スマグラーとの決闘から逃げることを選んだのである。
二人はエフリーとイフリーが待つ温泉へ向かった。しかしそこには飛竜達だけでなく、シルヴィア、ココモ、ゼノビア、ポーラー、さらにピムスまで待ち構えていた。
ポーラーは落胆し、シルヴィアは自分の予想が当たったと勝ち誇った。
シルヴィアは、伊丹が必ず逃げ出すと見抜いていたのである。
シルヴィアの感謝
シルヴィアは伊丹へ歩み寄り、その手を握って礼を述べた。
後の問題は自分達で処理すると告げ、スマグラー対策も任せて欲しいと語った。
さらにココモは、スマグラーへの対抗策には伊丹の竜槍が必要だと申し出る。
伊丹はその槍へ特別な執着を持っていなかったため、決闘を回避できるなら構わないと快く譲り渡した。
シルヴィアの口づけ
出発の準備を終え、テュカはイフリーへ、伊丹はエフリーへ跨がった。
その直後、シルヴィアが駆け出して伊丹へ飛びつき、貴方との一夜の想い出は忘れないと言って口づけしたのである。
テュカは即座に動揺した。
荒天で離れ離れになっていた時に何かあったのではないかと疑い始めたのである。
伊丹は必死に否定したが、シルヴィアは意味深な態度を崩さない。
ホドリューの教え
疑念を深めたテュカは、以前ホドリューから聞いた言葉を思い出した。
浮気をした男は、たとえ現場を押さえられても最後まで否定し続けるべきだという話である。
伊丹は全力で否定したものの、シルヴィアはさらに思わせぶりな態度を取り続けた。
その姿には、二人の仲を引っかき回して楽しもうという悪戯心が満ちていた。
別れの飛翔
シルヴィアに急かされたテュカは、不機嫌そうに伊丹へ精霊魔法をかける。
そしてイフリーを蹴って空へ舞い上がった。
伊丹も慌ててエフリーで後を追う。
それが、シルヴィアと二人との別れとなった。
秘密の余韻
二人を見送った後、ゼノビアはシルヴィアへ本当のところはどうだったのかと尋ねた。
シルヴィアは照れるように微笑みながら、もちろん内緒ですわと答えたのである。
ヤルン・ヴィエットへの帰路
テュカは、三つ編みの髪を風になびかせながら頬を膨らませていた。
伊丹とシルヴィアのやり取りを思い返しながら、それもこれも父ホドリューのせいだと独りごちていたのである。
イフリーの背に乗り、大地を見下ろしながら飛び続けていたテュカだったが、イフリーが不意に振り返って鼻先を向けた。
その先にはヤルン・ヴィエット城があった。
北風に乗った飛行の速さと、自分が怒りに夢中になって時間感覚を失っていたこと、その両方が理由だろうとテュカは考えた。
尖塔のホドリュー
イフリーはテュカの指示を待たず、高度を下げていく。
その理由はすぐに分かった。
城の尖塔にホドリューが立っていたのである。
テュカが呼びかけると、ホドリューは手を振って応えた。
イフリーは尖塔の周囲を旋回し始める。
父の無事な姿を見た瞬間、テュカの胸には様々な感情が込み上げた。
戦いの終結確認
ホドリューは、全て終わったのかと問いかけた。
テュカは、女達は皆無事であり、どうにか片付いたと答える。
それを聞いたホドリューは安心した様子を見せ、もう旅立つのかと尋ねた。
テュカもまた、もう行くと軽やかに返した。
生きてさえいればまた会えるという思いが、父への不満や文句を吹き飛ばしていたのである。
親離れの言葉
ホドリューは、もう親離れするには良い時期だろうと語った。
それに対してテュカは、父のことはセランに譲ると冗談めかして返す。
ホドリューは、娘の親離れを見るのは寂しいものだと漏らした。
その言葉と共に、振っていた手を静かに下ろす。
イフリーはゆっくりと尖塔から離れていった。
別れの叫び
遠ざかっていく父へ向かって、テュカはまた来るわねと叫んだ。
ホドリューも何かを返していたが、その声は既に届かない距離になっていたのである。
スマグラーへの伝言
決闘の場へ姿を現したスマグラーは、指定された場所に一本の竜槍が突き立てられているのを見つけた。
その傍らにはココモが立っていた。
ココモは、竜騎士伊丹からの伝言を告げる。
伊丹は、祖国で災いが起きたため、主君に仕える者として何よりも優先して帰還しなければならないと語っていた。
そして族長であるスマグラーなら、その忠誠の意味を理解できるはずだと伝えたのである。
さらに伊丹は、必ずこの地へ戻り、スマグラーとの約束を果たすと誓った。
その証として、愛用の竜槍を預けていったのであった。
名槍を受け取ったスマグラー
当初スマグラーは、決闘を反故にされたことへ憤りを見せた。
しかし置き去りにされた竜槍が、名工モーターによる逸品だと知ると態度を変える。
スマグラーは機嫌を良くし、伊丹が戻って来るまで、この竜槍を自分が預かっておくと宣言したのである。
黄昏の竜騎士伝説
数年後。
一人前の占い師へと成長したポーラーは、子供達へ本の読み聞かせをしていた。
その中には、銀髪のハーフエルフの幼女の姿もあった。
ポーラーは、竜騎士伊丹とテュカが南の国へ帰っていった物語を読み聞かせ、めでたしめでたしと締めくくる。
すると少年の一人が、竜騎士はその後スマグラーとの戦いに戻って来たのかと質問した。
ポーラーは意味ありげに微笑み、その話はまた別の機会にすると答える。
そして彼女が閉じた本の表紙には、『黄昏の竜騎士伝説』著ホドリュー・レイ・マルソーと記されていたのであった。
一覧
ゲート外伝 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり

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ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

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本編

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