ウォルテニア戦記 31巻 レビュー
ウォルテニア戦記 まとめ
ウォルテニア戦記 33巻 レビュー
物語の概要
■ 作品概要
『ウォルテニア戦記 XXXII』は、異世界へと召喚された主人公・御子柴亮真が、己の武力と智謀を駆使して乱世を生き抜く本格ファンタジー戦記の第32巻である。 本巻では、オルトメア帝国によるザルーダ王国への侵攻が混迷を極める中、ミスト王国における権力闘争が主軸として描かれる。海軍の輸送力を活かして偽王オーウェンを討ち果たし、ミスト王国におけるイニシアティブを握った亮真であったが、国内は「北東派」と「南西派」という地理的・経済的な格差を背景にした派閥に分裂していた。南西派の首魁エルドール侯爵が甥の王太子アンドレアスを次期国王に据えて亮真に対抗しようと暗躍する中、亮真はミスト王国の正常化と事態の収拾を図るべく、単身で敵対派閥の懐へと乗り込んでいく。
■ 主要キャラクター
- 御子柴亮真(みこしば りょうま): 本作の主人公。異世界に召喚された地球人の高校生だが、卓越した武術と冷徹な戦術眼、そして現代の知識を併せ持つ。本巻ではミスト王国の内乱を鎮めるため、自ら敵陣へ乗り込み、圧倒的な戦闘力と政治的駆け引きで事態を動かす役割を担う。
- カサンドラ・ヘルナー: ミスト王国の北東派重鎮であり、交易都市フルザードを拠点とする海軍の提督。亮真と同盟を結び、偽王討伐に大きく貢献する。事態収束後の新体制においては、宰相として政務を司ることになる。
- エクレシア・マリネール: ミスト王国北東派の将軍であり、前国王フィリップの姪。「暴風」の異名を持つ猛将。亮真とは戦場を共にした戦友であり、新体制において軍の最高指揮官に就任する。
- アンドレアス: 南西派が次期国王候補として擁立した王太子(前国王フィリップの長子)。表向きは芸術や美食にうつつを抜かす「暗愚な道楽者」を演じていたが、その実、国の構造的欠陥や派閥対立の泥沼化を誰よりも正確に理解していた悲劇の有能者である。内戦を防ぐため、自ら毒を仰いで新体制への道を開く。
- リュシアン・エルドール侯爵: 南西派の重鎮であり、アンドレアスの伯父。北東派への長年の劣等感と屈辱から、甥を神輿にして実権を握ろうと目論む。亮真を排除しようと邸宅に招き入れるが、圧倒的な武力の前に命を落とす。
■ 物語の特徴
本作の最大の特徴は、単なる異世界での無双劇にとどまらず、国家間の地政学的な利害や、派閥間の経済格差に起因するリアルな権力闘争が緻密に描かれている点にある。 第32巻では、ミスト王国における「内陸部(陸上輸送)」と「沿岸部(海上輸送)」の経済格差という構造的な問題が内乱の根本原因として提示されており、戦術面だけでなく内政や経済の視点からも物語が深く掘り下げられている。敵対派閥が単なる悪ではなく、彼らなりの誇りや不満(ルサンチマン)を抱え、もがき苦しむ様子が描かれている点が、群像劇としての魅力を大いに高めている。 一方で、亮真が武装を解除された状態から素手のみで完全武装の騎士たちを制圧するというカタルシス溢れる見せ場も用意されており、重厚な政治劇と極限のバトルアクションが見事に融合しているのが、読者にとって最大の関心事となる。
書籍情報
ウォルテニア戦記XXXⅡ
著者:保利亮太 氏
イラスト:bob 氏
出版社:ホビージャパン(HJノベルス)
発売日:2026年2月18日
価格:1,430円(税込)
ISBN:9784798640662
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あらすじ・内容
海軍の輸送力を有効に使いアトルワン平原での決戦に勝利した亮真。 この勝利と仇敵オーウェン・シュピーゲルの死によりミスト王国の イニシアティブを握った亮真は、南西派・海軍派など複数の派閥に 分裂してしまったミストの貴族たちをまとめ上げようとする。 いっぽう南西派貴族の首魁エルドール侯爵は甥の王太子を次期国王 に据え、亮真に対抗しようとするが――。 王道ファンタジー戦記、一大決戦後の新たな動きを描く第32巻!
感想
まず強く感じたのは「人が集まれば問題が絶えない」という国家運営の生々しさである。オルトメア帝国の侵略に抵抗する各国が、外敵への対処だけでなく、帝国側の暗躍も絡んだお家騒動に振り回されている姿が非常に印象深かった。
ザルーダ戦線の絶望的な状況
戦場となっているザルーダ王国は、まさに首の皮一枚で繋がっているようなピンチに陥っている。オルトメア帝国の切り札たちの参戦や、斉藤英明の奇策と彼を囮とした戦術によって、主戦力となる二人の将軍が立て続けに討ち取られてしまった 。問題行動を起こしたはずの人物が結果的に戦果に繋がってしまう、帝国の不気味な底力が見て取れる。さらに、国王ユリアヌスが毒による体調不良に悩まされるなど、不運と不利が重なっており、御子柴軍の助力でどうにか踏みとどまっている「風前の灯火」のような状態にはハラハラさせられた 。
ミスト王国を蝕む経済格差と「経済音痴」な内乱
一方、御子柴亮真が滞在するミスト王国では、偽王オーウェンの討伐で一件落着かと思いきや、今度は「次の国王を誰にするか」という権力闘争が始まってしまう 。 この騒動の根本的な原因が、内陸部と海岸沿いの「輸送方法の違いによる経済格差」にあるという設定は、非常にリアルで面白い 。海岸沿いは船で大量輸送ができるため豊かになるが、内陸部は馬車などの陸上輸送に頼るため利益が薄い 。 本来であれば、街道整備などのインフラ投資を行って根本的な解決を目指すべき問題である。しかし、南西派の貴族たちはそうした努力を怠り、武力で海岸沿いの豊かな連中から略奪しようと目論んでいた 。権力や暴力だけで格差を解決しようとする彼らの態度は、まさに「経済音痴」と言わざるを得ず、人間の浅ましさを強く感じさせる部分であった。
「暗愚」を演じた王太子の悲劇
今回のミスト王国編において最大の問題の核となったのが、南西派が担ぎ上げようとした王太子アンドレアスである 。 彼は周囲から芸術にうつつを抜かす愚かな王子と評されていたが、実は誰よりも国の現状を理解している有能な人物であった 。野心家の伯父(エルドール侯爵)を牽制し、不要な権力闘争や泥沼の内戦を避けるために、あえて愚か者を演じていたという事実には胸を打たれる 。 よくある設定ではあるものの、彼が最終的に自国を救うため、自ら毒入りのワインを仰いで命を絶たねばならなかった結末は、あまりにも悲劇的である 。彼のような賢い人間が生き残れない乱世の残酷さが、痛烈に描写されていた。
圧倒的な「無双」を見せつける亮真
そして、本巻の最大の見どころは間違いなく、亮真がエルドール侯爵邸に乗り込むシーンであろう。 「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉の通り、亮真はあえて敵の懐に飛び込んでいく 。武器である刀を取り上げられただけでなく、着ていた服まで脱がされ、完全武装の騎士たちに囲まれるという絶体絶命の状況に置かれた 。 しかし、亮真は素手のみで彼らを圧倒し、次々と惨殺していく 。いささかやりすぎな感も否めないが、今の亮真がもはや常人には手の付けられない「ほぼ無双状態」にあることを読者に痛感させる、最高に爽快で恐ろしい見せ場であった。
総評
王太子の自己犠牲と亮真の介入により、ミスト王国はカサンドラとエクレシアという女将軍たちがトップに立つ新体制へと移行し、ひとまずは一件落着となった 。 各国の内情が複雑に絡み合う中、次は再びザルーダ戦線に焦点が当たるのか、それとも別の場所で新たな火種が爆発するのか。32巻という長丁場でありながら、一向に読者を飽きさせない展開の巧みさに、次巻への期待がますます高まる一冊であったと言える。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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ウォルテニア戦記 31巻 レビュー
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ウォルテニア戦記 33巻 レビュー
考察
ミスト王国の王位継承と派閥対立:構造的格差と若き王族の自己犠牲
ミスト王国の王位継承は、前国王フィリップの暗殺から始まり、国の根幹に関わる派閥対立を巻き込んで泥沼の様相を呈した。しかし最終的には、次代を担う若き王族の自己犠牲によって新体制へと移行することとなる。
1. 対立の根本原因:構造的な経済格差と感情的確執
ミスト王国の対立は、単なる政治的な権力闘争にとどまらず、国の地理的条件に起因する「構造的な経済格差」と、長年蓄積された「感情的な不満・屈辱感」が複雑に絡み合った深刻な問題であった。王国は大きく二つの勢力によって役割分担され、存続してきた。
- 北東派(経済と補給の要)
- 沿岸の港町を握り、海運の利を独占する勢力。交易都市フルザードの領主であるカサンドラ・ヘルナーなどを重鎮とし、交易で莫大な財を稼ぎ、国の軍資金や軍需物資を支えている。
- 南西派(国防の要)
- 内陸寄りに領地を持ち、他国と接する前線で国を守る役割を担う武闘派の勢力。重鎮はリュシアン・エルドール侯爵。
対立の根本は、北東派が豊かである一方で、南西派は利益が薄く、時間が経つほど格差が広がる構造にあったことだ。陸路交易で挽回しようにも労力や不確実性が大きく、現実的にこの差は埋まらないため、南西派には「未来への展望が無い」という絶望感が根付いていた。
南西派の重鎮であるエルドール侯爵は、北東派からの軍資金や物資を「援助」として素直に受け取ることができず、「門番に賃金を払ってきただけ」と捉えていた。援助がなければ国境を守れない惨めさを認めたくない虚勢と、豊かな北東派に対する長年の不満や屈辱感が、強い憎悪へと変わっていったのである。
【御子柴亮真の冷徹な分析】
この対立に対し、外部の人間である御子柴亮真は非常に客観的な分析を行っている。亮真は、南西派が豊かさを求める欲求自体は自然だと認めつつも、そのために**「豊かな北東派を妬み、奪い取る」発想は正当化できない**と批判した。北東派の豊かさも努力や犠牲(血の滲むような交渉や防衛など)の上に成り立っているにもかかわらず、南西派は「結果(豊かさ)」だけを見て不満を募らせていると切り捨てている。
2. 玉座の空白と擁立候補の激突
事の発端は、フィリップ国王が異母弟オーウェン・シュピーゲル(後の偽王)と、南西派のアレクシス・デュラン将軍らによって暗殺されたことである。オーウェンは王位を簒奪するが、御子柴亮真、北東派の将軍エクレシア・マリネール、海軍を率いるカサンドラの連携による反撃を受け、追い詰められた末に自裁した。
これによりミスト王国の玉座は空白となり、国内を二分する両派閥による王位継承争いが一気に表面化する。
- 王太子アンドレアス(南西派候補)
- フィリップの長子であり、エルドール侯爵の甥。エルドール侯爵は彼を玉座に据え、自身が宰相として実権を握ることで、南西派の地位を逆転させようと目論んだ。
- エクレシア・マリネール / アストリッド(北東派候補)
- 武勲に優れるエクレシア(フィリップの姪)を推す声もあったが、対オルトメア帝国戦を控える中、彼女を前線から外す損失は大きいと判断された。そこで、フィリップの妹でありエクレシアの母である「アストリッド」を一時的な王として擁立し、後にエクレシアへ譲位させる策が立てられた。
3. 一触即発の危機と「暗愚を装った王太子」の真実
両派閥の対立は激化し、王都滞在中の南西派貴族が自領から兵を呼び寄せ、北東派もそれに呼応したため、王都周辺に数万規模の私兵が集結した。さらに、アンドレアスと親しい王族エラザスが、北東派の放った流れ矢が原因で事故死したことで、これを「暗殺」と見なした南西派が激昂し、内乱寸前の事態に陥る。
エルドール侯爵が神輿として担ごうとした王太子アンドレアスは、表向きは芸術や美食に没頭する「軟弱で暗愚な道楽者」として知られていた。しかし、アンドレアス本人は全く暗愚ではなかった。
彼は、南西派の重鎮である伯父エルドール侯爵の野心を制御し、内戦を防ぐため、あえて「操れる愚か者」を演じていたのである。もし賢さを見せていれば、父フィリップや自分が始末され、国が内戦に陥る可能性が高かったためだ。また、国内の争いの根本原因が、両派閥間の「未来への展望のない経済格差」にあることも正確に見抜いていた。
4. 対立の結末と新体制の誕生
泥沼化した王位継承を巡る対立は、御子柴亮真の介入と、南西派が擁立しようとした王太子アンドレアス自身の決断によって幕を下ろす。
- エルドール侯爵の死
- 事態を有利に運ぼうと亮真を屋敷に招き、暗殺(または取り込み)を図ったエルドール侯爵であったが、亮真の圧倒的な武力によって見抜かれ返り討ちに遭う。単身で侯爵と配下の騎士たちが討ち取られたことで、南西派の柱が失われた。
- アンドレアスの自死
- カサンドラとエクレシアが宮殿に強行入城した際、アンドレアスはすでに自らの死を覚悟していた。王族の不審死が派閥間の疑心暗鬼を煽り、すでに国が二分される手遅れの状態だと悟った彼は、自分が生きている限り内戦は避けられないと判断した。己の芸術作品を亮真に託し、自らを支えた家臣たちを御子柴大公家へ仕官させるよう頼んだ後、自ら毒入りのワインを煽って命を絶った。
南西派の重鎮と王太子が共に消えた(表向きは病死として布告された)ことで、国を二分した王位継承争いは強制的に終結する。
その後、新たな国王が即位し、カサンドラが宰相として政務を司り、エクレシアが軍の最高指揮官となる新体制が発足した。この新体制の確立により、ミスト王国は国内の混乱を収め、オルトメア帝国との決戦へ向けて御子柴亮真と共闘する準備を整えることとなったのである。
リュシアン・エルドール侯爵の野心:ミスト王国を揺るがした執念と結末
ミスト王国の南西派の重鎮であるリュシアン・エルドール侯爵の野心は、**「甥を玉座に据え、自らが宰相として国の実権を握ること」**であった 。そして、その根底には国内の派閥間における長年の経済格差と、そこから生じた深い屈辱感が存在していた 。
本稿では、提供された資料に基づき、彼の野心の背景とその顛末について解説する。
1. 野心の正体:甥の擁立と実権の掌握
エルドール侯爵の妹は前国王フィリップに嫁いでおり、王太子アンドレアスは彼にとって実の甥にあたる 。フィリップの死と偽王オーウェンの自死によって玉座が空白になると、侯爵はこれを「南西派にとって一世一代、千載一遇の勝負どころ」と捉えた 。
彼の目的は、甥であるアンドレアスを神輿として王座に就け、自身が宰相として権力を握ることで、エルドール侯爵家と南西派一門を繁栄させることであった 。
2. 野心の背景:北東派への憎悪と屈辱
この野心の裏には、ミスト王国内の構造的な格差に対する強烈な不満がある。
- 埋まらない経済格差: 沿岸港町を握り海運の利益を独占する北東派に対し、内陸寄りで国防を担う南西派は利益が薄く、時間が経つほど格差が広がる状況にあった 。+1
- 屈辱感と虚勢: 侯爵は、豊かな北東派からの軍資金や物資の援助を受けなければ防人の役目を果たせない現実に対し、「門番に賃金を払ってきただけ」と虚勢を張っていた 。その惨めさから北東派の重鎮であるカサンドラ・ヘルナーを「叩き潰すべき相手」として激しく憎悪していたのである 。彼はこの王位継承の機に乗じて、北東派と南西派の上下関係を根本からひっくり返そうと目論んでいた 。
3. 御子柴亮真への警戒と排除計画
侯爵の野心にとって最大の障害となったのが、北東派(カサンドラやエクレシア)と結びついていた御子柴亮真の存在であった 。
- 侯爵は、他国の人間である亮真がミスト王国の軍事や政治の中枢に干渉し過ぎていることに強い警戒感を抱き、彼を「邪魔な存在」と断じた 。
- 野心を実現するため、侯爵は亮真を公式に自邸へ招き、武装解除や護衛の引き離しを行った上で、密室で彼を暗殺(または脅迫して取り込むこと)を企てた 。
4. 野心の結末:返り討ちと甥の真意
しかし、侯爵の野心は亮真の圧倒的な武力の前に脆くも崩れ去る。
- 圧倒的な力の差: 丸腰にさせたはずの亮真であったが、体術や暗器、さらには手元に呼び寄せた妖刀「鬼哭」を用いた神速の抜き打ちによって、侯爵が用意した騎士たちは瞬く間に惨殺される 。恐怖に駆られ命乞いをする侯爵自身も、亮真の手によって討ち取られた 。
- 甥に見透かされていた野心: さらに皮肉なことに、侯爵が「軟弱な道楽者」と見下し、操り人形にしようとしていた王太子アンドレアスは、実は全くの暗愚ではなかった 。アンドレアスは、伯父であるエルドール侯爵の野心を制御し、国が泥沼の内戦に陥るのを防ぐために、あえて「操れる愚か者」を演じていたのである 。
まとめ
エルドール侯爵の野心は、長年の劣等感を晴らすための執念から生まれたものであった。しかし、他者の実力(亮真の武力)や真意(甥の聡明さ)を正確に見抜くことができず、結果として自らの命と派閥の未来を共に滅ぼすこととなったのである 。
登場キャラクター
御子柴亮真
ミスト王国に介入した他国の人間である。カサンドラやエクレシアと協力関係にある。ザルーダ王国救援を最終目的としている。マルフィスト姉妹を腹心として重用する。
・所属組織、地位や役職
御子柴大公家・大公。
ローゼリア王国の臣下。
・物語内での具体的な行動や成果
海路を用いた奇襲で王都エンデシア攻略を狙う。
アトルワン平原で南部貴族の連合軍を引きつけた。
エルドール侯爵邸で武装解除された状態で襲撃を受ける。
素手と刀を用いて侯爵と騎士たちを討ち取った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ミスト王国内で海軍派と結びついた。
強い影響力を持つことが貴族から懸念されている。
他国の臣下でありながら巨大な功績を立てる。
恩賞の扱いが国政問題となった。
カサンドラ・ヘルナー
ミスト王国北東派の重鎮である。海軍を率いる提督の立場にある。御子柴亮真の説得に応じ、共に偽王討伐に動いた。エクレシアを本心では王にしたいと考えている。
・所属組織、地位や役職
ミスト王国北東派・海軍提督。
交易都市フルザードの領主。
・物語内での具体的な行動や成果
二万の軍勢を率いて王都へ進軍する。
無血開城に近い形で王都を占拠した。
王城に踏み込み、自死したオーウェンの亡骸を発見する。
王太子アンドレアスの宮殿に強行入城し、彼の最期を見届けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アンドレアスの死後に新体制を立ち上げる。
ミスト王国の宰相として政務を司る立場となった。
エクレシア・マリネール
ミスト王国北東派の将軍である。前国王フィリップの姪にあたる。「暴風」と謳われる猛将の顔を持つ。御子柴亮真と強い絆を築いている。
・所属組織、地位や役職
ミスト王国北東派・将軍。
アストリッドの娘。
・物語内での具体的な行動や成果
アーリントス港から上陸する。
火竜の息吹と騎射を組み合わせた新戦術でアトルワン侯爵軍の背後を突いた。
アトルワン侯爵軍を壊滅させる。
カサンドラと共にアンドレアスの宮殿へ入り、彼から己の作品を亮真へ渡すよう託された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新体制が発足する。
軍の最高指揮官となった。
オーウェン・シュピーゲル
ミスト王国の前国王フィリップの異母弟である。王位を簒奪した偽王として君臨した。
・所属組織、地位や役職
ミスト王国・偽王。
元宰相。
・物語内での具体的な行動や成果
南西派のアレクシス・デュラン将軍らと結託する。
フィリップを暗殺して王位を奪った。
御子柴軍やカサンドラ率いる軍勢の反撃を受ける。
迎撃戦力を欠いたことで敗北を悟り自裁した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼の死によってミスト王国の玉座が空白となる。
北東派と南西派による王位継承争いが勃発した。
リュシアン・エルドール侯爵
ミスト王国南西派の重鎮である。前国王フィリップの妹を妻に迎えていた武人にあたる。甥である王太子アンドレアスを玉座に据え、実権を握ろうと目論む。北東派に対して長年の不満と憎悪を抱いている。
・所属組織、地位や役職
ミスト王国南西派・侯爵。
・物語内での具体的な行動や成果
アンドレアスを擁立するため彼と密会する。
御子柴亮真を自邸に招く。
武装解除させた上で暗殺を企てた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
暗殺計画が失敗する。
御子柴亮真によって討ち取られた。
彼の死により南西派の柱が失われる結果となった。
アンドレアス
ミスト王国の前国王フィリップの長子である。リュシアン・エルドール侯爵の甥にあたる。表向きは芸術や美食に没頭する暗愚な道楽者を装う。実は国の経済格差や派閥対立の構造を正確に理解している。
・所属組織、地位や役職
ミスト王国・王太子。
南西派の王位候補。
・物語内での具体的な行動や成果
南西派の野心を制御し、内戦を防ぐために愚か者を演じていた。
泥沼の内戦が避けられないと悟る。
家臣たちの行く末をカサンドラらに託した。
自ら毒入りのワインを煽って命を絶つ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
対立候補であった彼が自死したことで、王位継承争いが終結した。
表向きは病死として布告される。
ジョシュア・ベルハレス
ザルーダ王国の軍人である。失地を奪還すべきと判断し、反撃を決意する。
・所属組織、地位や役職
ザルーダ王国軍・指揮官。
・物語内での具体的な行動や成果
王都ペリフェリアに十万超の兵を集結させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
国王ユリアヌスから全軍の指揮権を正式に委ねられる。
父と同じ地位に立つこととなった。
ギネヴィア・エデルシュタイン
オルトメア帝国の切り札の一人である。ザルーダ戦線で猛威を振るう。
・所属組織、地位や役職
オルトメア帝国・【獅子帝の爪牙】の一人。
【屠龍姫】。
・物語内での具体的な行動や成果
斉藤英明を囮として王国軍を誘き出す。
救援に向かったグラハルト・ヘンシェルを討ち取った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼女の参戦により、ザルーダ王国は支柱となる将を連続して失う。
ザルーダ王国は再び苦境に立たされた。
斉藤英明
オルトメア帝国に所属する人物である。シャルディナ・アイゼンハイトの配下にあたる。
・所属組織、地位や役職
オルトメア帝国・シャルディナ・アイゼンハイト配下。
・物語内での具体的な行動や成果
奇策を用いて、ザルーダ王国の親衛騎士団長オーサン・グリードを討ち取る事態を引き起こした。
ギネヴィアの作戦において囮として利用される。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼の行動によりザルーダ王国軍の将が失われた。
アストリッド
ミスト王国の前国王フィリップの妹である。エクレシアの母にあたる。政治や軍事の経験が薄く、家庭的で控えめな人物とされる。
・所属組織、地位や役職
ミスト王国・王族。
北東派の王位候補。
・物語内での具体的な行動や成果
状況を理解し、有力貴族家を回る。
支持取り付けに動いていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
一時的な王として擁立される策の対象として推された。
後にエクレシアへ譲位する計画が立てられている。
バスチアン
王太子アンドレアスに仕える初老の執事である。主の真意を理解し、忠実に行動する。
・所属組織、地位や役職
ミスト王国・王太子宮殿の執事。
・物語内での具体的な行動や成果
隠し通路から現れ、エルドール侯爵の来訪意図について見立てを述べた。
カサンドラの擁立候補についてアンドレアスに伝達する。
宮殿門前でカサンドラらを迎え入れ、会談室へと導いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アンドレアスから殉死を禁じられる。
今後は御子柴大公を主として仕えるよう命じられた。
ダニオ・レアーレ
ミスト王国の首都エンデシアで商会を営む商人である。妻子を抱え、国の動揺に苛立ちと焦りを覚える。
・所属組織、地位や役職
レアーレ商会・商会主。
・物語内での具体的な行動や成果
王都の不景気と売上減少に苦しむ。
決断材料となる情報を得るために酒場でウーゴから真相を聞き出した。
王への怨嗟を吐き出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王都に見切りをつけるべきか悩んでいる。
ウーゴ
ミスト王国の首都エンデシアに住む鍛冶職人である。ダニオの友人として助言を行う。
・所属組織、地位や役職
王都有数の鍛冶職人。
・物語内での具体的な行動や成果
酒場でダニオに対し、偽王オーウェンが自裁した噂が事実であると伝えた。
友人の人生を左右する言葉を避ける。
ダニオが自力で立ち直ることを願って酒を注いだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新たな国王が決まらなければ混乱が拡大する可能性を危惧している。
ローラ・マルフィスト / サーラ・マルフィスト
御子柴亮真の腹心である銀髪のメイド服の少女たちである。亮真と最初期から行動を共にしている。
・所属組織、地位や役職
御子柴大公家・副官(メイド)。
・物語内での具体的な行動や成果
カサンドラらとの協議に副官名目で同席する。
エルドール侯爵邸では、主への侮辱に対して強烈な怒気と殺気を放った。
亮真の指示に従い、屋敷の各所で一斉に火を放つ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
亮真にとって互いに命を賭けうる関係性として位置付けられている。
ブリジット・ヘイワード
リュシアン・エルドール侯爵に仕える家宰である。礼法に則った完璧な所作を見せる。
・所属組織、地位や役職
エルドール侯爵家・家宰。
・物語内での具体的な行動や成果
公式訪問した御子柴亮真を出迎える。
武器の預け入れと服装の変更を要求した。
亮真の暗器を見抜く。
マルフィスト姉妹の同行を阻んで亮真を分断した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項は記載されていない。
ウォルテニア戦記 31巻 レビュー
ウォルテニア戦記 まとめ
ウォルテニア戦記 33巻 レビュー
展開まとめ
前回までのあらすじ
ザルーダ王国の反撃決断と新たな脅威
オルトメア帝国による第二次ザルーダ王国侵攻は混迷を極めていた。当初は国王ユリアヌスの急病により劣勢を強いられていたが、ネルシオスの処置によって国王は回復し、王国軍は士気を取り戻した。しかしその最中、シャルディナ・アイゼンハイト配下の斉藤英明の奇策により、親衛騎士団長オーサン・グリードが討ち取られる事態が発生した。
それでもジョシュア・ベルハレスは、今こそ失地を奪還すべきと判断し、王都ペリフェリアに十万超の兵を集結させ反撃を決意した。国王ユリアヌスは彼に全軍の指揮権を正式に委ね、ジョシュアは父と同じ地位に立つこととなった。だがその矢先、帝国の切り札である【獅子帝の爪牙】の一人、ギネヴィア・エデルシュタインが参戦する。ギネヴィアは斉藤英明を囮として王国軍を誘き出し、救援に向かったグラハルト・ヘンシェルを一刀の下に討ち取った。支柱たる将を連続して失い、ザルーダ王国は再び苦境に立たされた。
ミスト王国での逆転劇と偽王の最期
一方、ミスト王国では御子柴亮真がカサンドラ・ヘルナーの説得に成功し、海路を用いた奇襲で王都エンデシア攻略を狙っていた。交易都市フルザードを南下した御子柴大公軍は、偽王オーウェン・シュピーゲルに与する南部貴族とタルージャ・ブリタニアの援軍とアトルワン平原で激突した。数で劣る御子柴大公軍は防御に徹し、敵を引きつけた。
その裏で、アンバスチアから出航した船団とカサンドラ率いる艦隊が大陸東岸を南下していた。アーリントス港から上陸したエクレシア・マリネールは、火竜の息吹と騎射を組み合わせた新戦術でアトルワン侯爵軍の背後を突き、連合軍を壊滅させた。アトルワン侯爵は戦死し、ゴルドワン将軍も行方不明となった。
さらにモリステア港が陥落し、二万の軍勢を率いるカサンドラが王都へ進軍するとの報が届く。兵を平原に割いていたオーウェンは迎撃戦力を欠き、自らの敗北を悟った。そして王城に踏み込んだカサンドラは、玉座の間で自死した偽王の亡骸を発見したのであった。
プロローグ
王都エンデシアを覆う停滞と不安
夕刻、ミスト王国の首都エンデシアは重苦しい空気に包まれていた。喧騒に満ちるはずの大通りは人影が疎らで、住民は周囲を警戒しながら足早に通り過ぎていた。ここ数か月に続いた不幸と戦の影響が、暮らしと商いを直撃していたのである。
商会主ダニオの逡巡と情報収集
恰幅の良い商人ダニオ・レアーレは、国の動揺が自分達の生活を揺さぶる現実を理解しつつも、波が小さく済むのか大波になるのかを見極められずにいた。妻子を抱える以上、王都を捨てる判断は軽々しく下せなかったが、座して待てば苦境が長引くとも分かっていた。そのためダニオは、決断材料となる情報を得るべく行動していた。
十日後の静寂と酒場で交わされた真相
御子柴亮真の勝利から十日が過ぎ、王都は不気味な静寂に沈んでいた。カサンドラ・ヘルナーによる急襲は流血が少なく、王都守備兵も薄かったため、市街戦すらほとんど起きなかった。しかし、強者の掲げる大義が浸透しきらず、民は裏通りの酒場でも声を潜めていた。ダニオは王都有数の鍛冶職人ウーゴに真相を問うと、偽王オーウェン・シュピーゲルが自裁した噂は事実だと確認した。
不景気の実態と商人としての焦燥
ダニオは北部から品が入らず、入っても高値で、客は生活必需品以外を買わないと嘆いた。嗜好品を主に扱うレアーレ商会は売上が落ち込み、保存食や護身用短剣の需要増とは対照的に苦境が深まっていた。流通の階層構造を崩して直接販売を築いた成功が、購買の冷え込みの前では逆に首を絞める形となり、ダニオの苛立ちは募っていた。
王への怨嗟と見切りの問い
ダニオはオーウェンを疫病神と罵り、貴族の誇りや税への不満を吐き出した。ウーゴは、フィリップの死にオーウェンが関与したという話がある以上、カサンドラが許さず処刑が見えるため自裁も不思議ではないと宥めた。だがダニオは、生活を顧みぬ為政への怒りを収められず、やがて王都に見切りをつけるべきかと問い掛けた。
ウーゴの逡巡と答えの不在
ウーゴは、新たな国王が円滑に決まれば景気は回復すると見つつも、決まらなければ混乱が拡大する可能性を捨てきれなかった。友人の人生を左右しかねない言葉を避け、誰にも答えられないと率直に告げたうえで、ダニオが求めていたのは情報ではなく代わりの決断者であると示唆した。ダニオは羞恥と落胆を滲ませて問いを引っ込め、ウーゴは酒を注ぎながら、友が自力で立ち直ることを願った。
第一章 空白の玉座
王都エンデシアの構造と会談の舞台
ミスト王国の首都エンデシアは、王城を中心に円形に広がり、城壁で階層ごとに区画化された都市であった。第一城郭は王城周辺、第二城郭は貴族の屋敷、第三城郭は下級貴族と富裕層、第四城郭は一般庶民、そして城壁外に貧民街が形成されていた。第二城郭北東部のヘルナー家邸宅では、カサンドラ・ヘルナー、エクレシア・マリネール、御子柴亮真が表向きは祝勝の茶会として談笑していたが、実態は戦後処理の協議であった。
亮真の警戒と同盟の距離感
亮真は、占領が完了しても問題が山積みであり、会談が平穏に終わらないことを見越していた。カサンドラが現時点で亮真を排除する理由は薄いと判断しつつも、相手が自分を真の仲間と見なしているとは限らないと認識していた。亮真にとってカサンドラとエクレシアは協力者である一方、信頼の度合いは一様ではなく、付き合いの長さからエクレシアをより重く見る構図があった。国家が異なる以上、脅威が去った後の関係が保証されない可能性も踏まえ、信じ過ぎる危険も織り込んでいた。
マルフィスト姉妹の同席と亮真の覚悟
本来、協議に参加する資格を持つのは三人のみであったが、亮真は副官名目でローラ・マルフィストとサーラ・マルフィストを同席させていた。対外的地位は限定的でも、二人は最初期から行動を共にした腹心であり、亮真は互いに命を賭けうる関係として位置付けていた。亮真は二人との関係性の重さを自覚しつつも、立場上いずれ答えを出す必要があるという含みを抱えていた。
カサンドラの謝意表明と亮真の建前
クッキーと紅茶の後、カサンドラは神妙に口を開き、ミスト王国を代表して迷惑をかけたことを陳謝し、事態収束への尽力に感謝すると述べ、エクレシアも追随して頭を下げた。亮真は先手を取られたと感じつつ、形式的な返礼として、ミスト王国はローゼリア王国の友邦であり協力は当然だと応じた。亮真の本音はザルーダ王国救援が最終目的であり、ミスト王国安定はその前提条件に過ぎなかったが、場の空気を損なわぬよう言葉を選んだ。
内乱の遠因認識と発言抑制
亮真は、ミスト王国の構造的問題が戦禍の遠因であり、長年放置されてきた歪みが今回の混乱を招いたと捉えていた。オーウェンが異母兄フィリップを暗殺して王位を求めた背景として、母アルヴィア妃が受けた不遇の噂も把握し、伊賀崎衆に命じた裏取りにより情報の確度も高いと見ていた。しかし、フィリップを善なる被害者とする立場を崩せばカサンドラ側の感情的反発を招くと判断し、その論点は封印した。
正義の回復としての言語化
亮真は、偽王オーウェンを討ち、正統な継承者へ王冠を戻すのは当然であり、隣国の友を助け正義回復に協力できたことを誇りに思うと述べた。これは相手に引け目を抱かせず、尊大にも卑屈にもならない玉虫色の表現として選ばれた発言であった。
謝意の重ね掛けと「報いる必要」の提示
カサンドラは、四ヶ国連合として本来ミスト王国が負うべき献身を御子柴亮真が肩代わりしている事実を認め、感謝だけでは足りず何らかの形で報いる必要があると明言した。エクレシアも同調し、このまま何もしない訳にはいかないと釘を刺した。亮真自身も、対オルトメア帝国戦で最も働いた人物として自分の名が挙がる状況を理解しつつ、称賛を無批判に受け取るのは危ういと見て、発言の意図を探り始めた。
亮真の受け流しと、カサンドラの本題への誘導
亮真は「先行投資」に過ぎないとして気にする必要はないと返し、過度な感謝の流れを遮った。だがカサンドラは、王都急襲と城の占拠がほぼ無傷で成立したのは、亮真が南部貴族の兵を誘引した功績が大きいと重ね、さらに本来なら相応の進呈をすべきだが国情的に難しいと含みを持たせた。ここで亮真は、これは賞賛ではなく「この後の話」の前振りだと確信する。
「影響力」への懸念と、貴族社会の牽制
カサンドラは、貴族の一部から「御子柴大公がミスト王国内で影響力を持つのでは」という懸念が出ていると持ち出した。亮真は、懸念が本当に貴族発か、カサンドラ側の警戒の言い換えかは別として、問題視され得る行動が一つしかないと察した。偽王オーウェン排除までは戦況上の最善手だった動きも、統治を具体化する段階では政治的な火種になり得る、という戦後局面への転換が示された。
海軍派との取引が生んだ「誤解の芽」
亮真が取っていたのは、東岸部に所領と港を持ち、独自海軍と交易網で富と軍備を蓄える北東派の有力層――いわゆる海軍派――への事前交渉であった。彼らに経済的援助を提示し、水先案内や港での補給を容易にする協力を取り付けたことが、無血開城に近い王都攻略を後押しした。一方で、国内の他貴族から見れば「外国の大公と海軍派が結びつく」構図は、権力均衡を揺るがす不安材料となる。カサンドラが「大陸東岸部の貴族」とわざわざ限定したのは、その核心を示す言い回しであった。
提示した報酬の重さと、追及の継続
カサンドラが問題として明確化したのは、亮真が海軍派へ提示した条件の破格さである。航海中の船の損害を全額保証し、さらにセイリオスとの交易で便宜を図る約束までしていた。これは海軍派にとって利益が大きく、亮真への好意と依存を生みやすい。亮真は「協力を請う礼儀」として誠意を示したに過ぎないと弁明するが、カサンドラはそのまま追及を緩めなかった。
新兵器の噂と、味方側に生じる猜疑
次に俎上に載せられたのは、アトルワン平原の戦いでエクレシアが使用した兵器に関する噂であった。新兵器は敵への戦果と引き換えに、味方側に恐怖や猜疑を生みやすい。亮真は「最善を尽くした結果」と述べ、エクレシアも申し訳なさを見せたが、理解できない者がいる以上、カサンドラとエクレシアは政治的に取り上げざるを得ない、という理屈が確認された。
他国援軍の功績が抱える封建制の矛盾
問題の根は、亮真が「他国の臣下」でありながら、ミスト王国で巨大な功績を立てている点にある。偽王討伐という大義の間は問題化しにくかったが、討伐後は「どう報いるか」が国政問題になる。土地や爵位の恩賞は本来、主君ラディーネ・ローゼリアヌスの権限に属し、ミスト王国が直接与えるのは越権となる。封建制的な御恩と奉公の論理が強い世界ほど、この手の扱いは厄介であり、働けば働くほど疎まれ得る状況が露呈した。
「自重した」という事実の提供と、次の論点への接続
亮真は不満を抑え、「自重するしかない」と言葉にして譲歩の形を作った。カサンドラとエクレシアが深々と頭を下げたのは、実際に亮真の行動を縛りたいというより、「亮真がそう言った」という建前が欲しかったためである。これにより、貴族への説明材料が整い、当面の火消しが可能になる。とはいえ情勢はさらに難局へ向かっており、最大の課題である次期国王を誰にするか、という争点へ会談は進む流れとなった。
王位継承の再検討と、エクレシアの「戦力価値」
御子柴亮真が王位継承の方針を問うと、カサンドラとエクレシアは即答できず、迷いが表情に出た。カサンドラは、フィリップの意思も踏まえ本心ではエクレシアに継がせたいが、ザルーダ王国の戦況を考えると微妙だと吐露する。原因として、ザルーダ戦線で猛威を振るうギネヴィア・エデルシュタイン【屠龍姫】の存在が挙がり、エクレシアの才能を玉座の上で腐らせてよいのかが論点となった。亮真も、ミスト王国軍の軍事力低下と増援要請の切迫を踏まえ、エクレシアを戦場から外す選択は最善手ではないと判断する。
カサンドラの自己評価と、陸戦の適性差
カサンドラは、海戦なら対抗できても陸戦でギネヴィアとぶつかれば自分は敵わないと率直に認めた。亮真は、それは能力の優劣というより経験値の差だと分析し、海戦と陸戦で勝負の条件が反転する点を整理する。加えて、エクレシアは【暴風】と謳われる猛将であり、戦場でこそ真価が輝く人材であるため、国王に据えることで盤上から外すのは損失が大きいという認識が固まる。
代替候補の必要性と、傀儡王の危険
亮真は、エクレシア以外の候補としてフィリップの子の中から選ぶ可能性を問い、傀儡で済ませるなら候補は作れるが、愚者を戴けば代理人統治が不可欠となり、枷が外れた際に暴君化する危険もあると見立てた。少なくとも「それなりの器量」か「絶対に裏切らない信頼できる人物」が望ましいという整理に至り、カサンドラが口にした“意外な名前”によって、ミスト王国に更なる嵐が来る予感だけが強まった(この箇所では、名前そのものは本文上ここで明示されていない)。
会談後の馬車内:譲歩の合理性と本音の怒り
会談を終えた亮真はカサンドラ邸を後にし、馬車の中でローラとサーラから「宜しかったのか」と問われる。亮真は不満は多いと認めつつ、ここは一歩引くべきだと結論づけた。貴族たちの不満は本気の危機感ではなく、取り分(パイ)を増やすための揺さぶりに過ぎないと見抜いており、本心では見せしめに族滅したいほど腹立たしい。だが、ミスト王国の政情安定がザルーダ救援の前提である以上、理性的計算として怒りを表に出さず飲み込む必要がある、という政治判断を優先した。
次の焦点:王太子とエルドール侯爵の動向
亮真は、平穏無事に王が決まる可能性は低いと見て、鍵は「王太子」と、その後ろ盾である「エルドール侯爵」がどう動くかだと位置づけた。彼らが自制して協力に回れば救援は早まるが、王座を狙って勝負に出れば内乱・混乱が加速し得る。亮真はこの分岐を最大のリスクとして警戒する。
同盟盟主エルネスグーラ王国の扱いと、援軍が悪手になり得る逆説
さらに亮真は、四ヶ国同盟盟主エルネスグーラ王国がザルーダへ軍を出していない不自然さを問題視する。土蜘蛛の妨害は久世昭光との賭けで解消し、砂嵐の季節も終わりつつあるのに、派遣がないのは説明がつかない。だが亮真は、援軍派遣が必ずしもザルーダ救援に繋がらず、場合によっては戦況を悪化させかねないという難問に直面する。そこで当面は、伊賀崎衆を通じてグリンディエナへ手紙を送り、援軍派遣の見合わせを促すという方針を立て、最優先はミスト王国の安定化だと再確認して思考を深めていった。
双子の随伴
思索に沈む亮真を、ローラとサーラはただ見つめ続ける。それが自分たちの天命であると信じているがゆえであった。
第二章 玉座を欲する者達
嵐の夜の来訪者:リュシアン・エルドール侯爵
雲に覆われ星のない夜、ランプと蝋燭の光だけを頼りに、巨躯の男が赤絨毯の廊下を進んだ。男は老境に差し掛かる年齢でありながら衰えを感じさせず、肉食獣のような覇気と圧力を放っていた。その正体は、南西派貴族の重鎮にして武人、リュシアン・エルドール侯爵である。国防の要として長年戦場に身を置き、国内では知らぬ者がいないほどの重要人物として描かれた。
暗雲と稲妻:混迷を「好機」と見る視線
稲光と風の音を、侯爵は国の行く末を暗示するものとして受け止めた。オーウェンによる簒奪以降の混迷は、未来予測すら困難な情勢である一方で、これまでとは違う「新しい未来」を掴める可能性でもある。侯爵に迷いはなく、むしろ嵐の到来こそが飛躍の時だと捉え、長年の準備が報われる局面だという確信を強めた。
制御できぬ状況への苛立ちと、勝者の条件
ただし、侯爵にとって不満があるとすれば、この状況が自分の意思で作られたものではなく、偶然の産物として生じた点である。戦場で「自分が制御する」のと「相手に制御される」の違いを知るがゆえに、状況に流されてきた自分を冷静に認める。それでも動かない選択肢はなく、人の意思を読み操り望む状況を作れる者だけが、戦でも政治でも全てを手に入れるという信条が、侯爵の行動原理として示された。
甥を玉座へ:宰相として実権を握る野望
侯爵の妹が産んだ甥が王冠を被れる可能性が生じたことで、侯爵の内側から野望が噴き上がる。甥を利用して王座に就ければ、エルドール侯爵家と一門は繁栄し、自分は宰相として権力を握れるという構図である。これは南西派にとって一世一代、千載一遇の勝負どころであり、この機会を逃せば次はないという危機感が、侯爵の決意をより硬くした。
宿敵としてのカサンドラ:恩恵と敵対の二面性
侯爵の視界に浮かぶ最大の障害はカサンドラ・ヘルナーである。交易都市フルザードの莫大な経済力は南西派の軍維持を可能にしており、侯爵自身もその恩恵を受けている。北東派と南西派は持ちつ持たれつに見えるが、それはカサンドラを「海軍提督」として見た場合に限られる。実際には、カサンドラは北東派貴族の重鎮でもあり、南西派の重鎮である侯爵とは利害が正面衝突する。侯爵はカサンドラを「叩き潰すべき相手」として憎悪を燃やし、彼女に屈すれば南西派は鎖に繋がれた飼い犬のままになるという危機感を抱いた。
北東派と南西派の「両輪」と、南西派側の屈辱感
ミスト王国は、前線で国を守る南西派と、交易で財を稼ぎ軍資金・軍需物資を支える北東派の役割分担で存続してきた。しかしエルドール侯爵は、その関係を「援助」ではなく「門番に賃金を払ってきただけ」と捉える。そこには、援助がなければ防人の役目を果たせない惨めさを認めたくない虚勢と、長年の不満が混ざっていた。だが侯爵は、今なら動き次第で上下関係をひっくり返せる、とも見ていた。
御子柴亮真への評価と、論拠なき警戒
理性的には、亮真が偽王オーウェンを排除し、政敵アトルワン侯爵まで始末した事実は、侯爵にとって利益であり感謝すらできる。アトルワン侯爵は南西派内部の政敵であり、甥の命を狙った存在でもあったため、彼の失脚はむしろ痛快であった。一方で、亮真への恐怖は論拠を並べて説明できない「根源的なもの」として残る。異端の戦略と実行力、強烈な才気は人を惹きつける半面、同じ強さで警戒心も生む。
軍事中枢への干渉:エクレシアとカサンドラへの接近
亮真はエクレシアと戦場で長く行動を共にし、強い絆を築いた。さらに海路強襲のため、カサンドラや海軍派貴族にも接触し、頑迷で偏屈とされる海軍派すら取り込んだ。海軍派は港と航路・通行税を軸に生きる異端の勢力で、陸の貴族社会と感覚が違い、北東派内部からも隔意を持たれている。その海軍派が亮真を迎え入れたことが、侯爵の「この国の軍事を担う人間に他国の人間が干渉し過ぎている」という懸念を強めた。
王冠を巡る対立の必然:容認か抗うか
カサンドラ達は王都を占領し偽王討伐を成し遂げ、次は自分達が選んだ候補に王冠を被せようとしている。南西派の重鎮であり王太子の伯父である侯爵は、それを黙って容認できない。対抗する手段は、自分達が選ぶ国王を擁立することだ、という結論に至る。
宮殿最奥の部屋:王太子との再会
嵐の雨が窓を打つ中、侯爵は宮殿最奥の部屋へ通される。執事バスチアンが「殿下」に来客を告げ、若い男は入室を許可し茶の準備を命じた。扉を開けた先で侯爵を迎えたのは油絵具の匂いであり、部屋の主は侯爵に背を向けたままキャンバスに没頭していた。口調は歓迎を装うが、視線すら向けない態度に侯爵は一瞬怒りを覚える。それでも侯爵は片膝をついて敬意を示し、甥が芸術に執着する性分を「相変わらず」と受け止める。血縁の近さゆえに理解はあるが、言いたいことが多い状況であることも示された。
王太子アンドレアスへの嫌悪と、血縁ゆえの抑制
エルドール侯爵は、国政が乱れている最中でも絵に没頭する甥アンドレアスを「軟弱」と見なし、根本的に相性が悪いと感じていた。妹の子であり、妹が早逝している事情もあって父親に似た情はあるが、それがあるからこそ不満を飲み込み続けている。甥が五分近く客に背を向け続けても、王族と臣下という立場の差から強硬手段に出られず、結局は「待つ」以外に選択肢がないと割り切った。
無礼が罰されない「例外」と、処分の境界線
侯爵は、武力的には甥を一瞬で叩き伏せられると理解しつつも、咎めても反省も謝罪もなく、自分が不敬で処罰されるだけだと冷徹に計算する。甥が本当に害悪で、処分を腹に括る段階に至らない限り、意味のない暴発は避けるべきだと結論していた。こうして侯爵は溜息を抑え、甥がようやく筆を置くまで耐え続ける。
形だけの謝罪と、美食家としての才覚
アンドレアスは筆を置いて振り向き、遠慮無用だと言いながら謝罪の感情が籠らない言葉を投げる。気まずい空気は執事の入室で途切れ、中央大陸(シャドーラ王国)産の珈琲が用意される。アンドレアスは焙煎や酸味・コクのバランスまで評価し、道楽者として陰口を叩かれていても、美食に打ち込んできた分だけ味覚は確かだと示す。
単刀直入の提案と、冗談が露呈する駆け引き
執事が退室すると、侯爵は用件を最短で伝えるため「王冠を被ってもらいたい」と直球で切り出す。アンドレアスは前向きな反応を見せ、国王になれば後宮を十倍に拡張し他大陸から美女を集めたい、と豪語して笑う。侯爵は一度は現実的に「国庫的に不可能ではない」「無能が政務に口を出すよりマシ」とまで計算して話に乗りかけるが、これはアンドレアスの悪趣味な冗談だった。
暗愚ではない王太子と、内戦への釘刺し
アンドレアスは、北東派(カサンドラら)の承認が不可欠であり、北東派と南西派が王都で決戦する覚悟があるのか、と逆に侯爵へ問い返す。侯爵は肝を冷やし、質の悪い冗談だと睨みつける一方、甥が「必要以上の馬鹿ではない」点には安堵する。素行は改善不能だが、最低限の理屈は通る相手として、担ぐ価値は残ると判断する。
玉座の空白と、カサンドラの後継者予測
侯爵は、フィリップ死亡と偽王オーウェン自死で玉座が空白になった以上、北東派も南西派も国王を立てねばならないと整理する。カサンドラがアンドレアスに接触した情報がないため、北東派が独自候補を擁立する可能性を最有力と見なし、その筆頭としてエクレシア擁立を疑う。エクレシアは継承順位こそ高くないが、フィリップの評価と実績が突出しており、乱世では継承順位より「力」が優先され得る。
王太子の正統性の揺らぎと、勝算への不安
アンドレアスは一度オーウェンに王座を奪われ、しかも偽王討伐を成したのはカサンドラ側であるため、正統性に疑義が生じている。平時の法は乱世で無力になり得る以上、北東派が強い候補を立てれば、甥を神輿にして勝てるかは不透明である。侯爵は冷めかけた珈琲を飲み、亡き妹の加護で甥が守られることを祈りつつ、次の局面を見据える。
独りの王太子と、隠し部屋から現れる執事
アンドレアスはソファーに座り、天井を見上げながら独り言のようにバスチアンへ問いかけた。すると壁際の本棚が回転して隠し通路が開き、初老の執事バスチアンが姿を現す。アンドレアスは、エルドール侯爵の来訪意図について意見を求め、バスチアンは「殿下を擁立して実権を握るつもりだろう」と見立てを述べた。
愚鈍の仮面を脱いだアンドレアスの本音
アンドレアスはため息をつきつつその見立てを肯定し、先ほど侯爵に見せていた道楽者の顔を消す。そこには、祖国の行く末を冷静に案じ、相手の狙いを正確に読み取る思考があった。
カサンドラの次手の読み違いと、意外な擁立候補
アンドレアスは、カサンドラが従兄妹(エクレシア)に王位を継がせたいのかと問うが、バスチアンは否定する。次にアンドレアスは、弟妹の誰かを担ぐ可能性を挙げる。フィリップは子沢山で候補者は多く、傀儡として据えるだけなら成り立つ余地があるからである。だがバスチアンは再度否定し、早馬が頻繁にアンバスチアへ派遣されている状況から、アストリッド擁立の噂が強いと告げる。
「一時の王」と「戦時の切り札」を両立させる策
アストリッドの名を聞いたアンドレアスは驚き、即座にカサンドラの狙いを組み立てる。まず叔母アストリッドに王位を継がせて玉座を安定させ、情勢と時機を見てエクレシアへ譲位させる――王位継承の体裁と、戦争に必要な実働戦力(エクレシア)を両立させる算段だと見抜いた。アンドレアスはその手腕を「上手い」と評価し、再び天井を見上げて思考を深める。
執事の退出と、不穏な予告
バスチアンは主の思考を妨げないため沈黙し、一礼して隠し通路へ戻る。こうしてアンドレアスは独りで次の展開を見据え、数週間後に事態が「思わぬ形」で動き出すことが示される。
第三章 偶然か必然か
王位候補の二択化と、世論の分裂
エルドール侯爵が王太子アンドレアスと密会してから約十日で、次期国王を誰が担うかは実質「アンドレアス」か「アストリッド」の二択へ収束しつつあった。前者はフィリップの長子で、南西派重鎮リュシアン・エルドール侯爵が推す王太子である。後者はフィリップの妹で、【暴風】エクレシア・マリネールの母にあたるアストリッドである。王冠を誰に被せるかを巡り、世論は二分されていた。
御子柴亮真、エクレシア私邸での重い会談
御子柴亮真は王都エンデシア郊外にあるエクレシア私邸を訪ね、来客室で向かい合って会談した。エクレシアはフルザードの茶会で亮真が気に入った「シャドーラ王国産の幻の茶葉」を用意し、紅茶を注いで歓待する。しかし場の空気は終始重く、状況の緊迫さが漂っていた。
異常な警戒態勢と、暗殺リスクの現実
亮真はローラとサーラのマルフィスト姉妹を控えさせ、さらに伊賀崎衆と【黒蛇】も周辺に待機させるなど、客の立場を超えた鉄壁の備えを敷いていた。無礼になりかねない過剰警戒だと一瞬自覚しつつも、王都近郊が危険地帯である以上、用心を緩められないと判断している。亮真は坂本龍馬の近江屋事件を引き合いに出し、危険地帯での油断が致命傷になり得ることを内心で確認した。
貴族の私兵集結と、内乱寸前の誤算
二日前、南西派と北東派の軍勢が武力衝突寸前まで発展していた。発端は王都滞在中の南西派貴族が領地から兵を呼び寄せたことにあり、これに北東派も呼応して兵を派遣した。カサンドラは北東派に「百人前後」の条件を通告して状況悪化を抑えようとしたが、多くの貴族が協力要請を無視した。結果、王都周辺には一万二万では収まらない規模の兵が集結し、情勢は鼎沸状態となった。死傷者は出ていないが、きっかけ一つで内乱が開幕し得る危険な均衡である。
カサンドラの統治スタイルと、強制力不在の限界
亮真は、今回「協力」ではなく「強制」すべき局面だったと分析する。カサンドラは北東派の中心人物ではあるが盟主ではなく、貴族の行動を完全には制御できない。制裁を伴わない要請は強制力を欠き、従うかどうかが各人の都合次第になる。カサンドラが独裁的手段を避けてきた背景には、フィリップへの特別な思い入れと、盟主化すれば国王を凌ぐ権力を持ちかねず、最終的に「処刑されるか、王になるために殺すか」の二択へ追い込まれる危険を回避したい意図があったと亮真は見ている。しかしその抑制が、今回は裏目に出た。
南西派の一本化と、交渉の平行線
亮真が確認すると、南西派はエルドール侯爵が推すアンドレアス擁立でまとまっているという。派閥内で割れれば北東派に対抗できないため、個々の感情を切り捨てて統一した判断であり、今後の交渉も難航が予想される。
アストリッドの負担と、心身の揺らぎ
亮真は、アンバスチアから王都へ移ったアストリッドの体調を案じる。エクレシアは、母は状況を理解して有力貴族家を回り支持取り付けに動いているが、時折ふさぎ込むと告げる。年齢や環境変化に加え、短期間に兄を二人相次いで失った心理的負荷が大きいという。しかもアストリッドは家庭的で控えめな人物で、政治や軍事の経験が薄いとされ、王位候補として担がれる重圧は計り知れない。
亮真の贈り物と、自己満足の慰め
亮真はローラに合図し、小箱を受け取って差し出す。中身は黒エルフ族の付与法術師が作った疲労回復薬で、飲んで眠れば翌朝までよく眠れ、爽快に目覚められるという。エクレシアはその気遣いに目を潤ませ、頭を下げる。亮真はそれが自己満足に過ぎないと分かりつつも、今の自分にできることはそれしかないとして受け止めた。
会談後の独白と、対立構造への距離感
エクレシアとの会談を終えた御子柴亮真は、馬車の中でミスト王国に内在する北東派と南西派の対立構造を反芻していた。亮真個人としては「ミスト王国が安定してくれればそれでよい」という立場であり、国内の経済格差そのものには強い関心がない。ただし、南西派が長年抱える不満の感情自体は理解できる、と整理している。
南西派の不満は理解できるが、手段は容認しない
貧しさから抜け出したい、豊かに暮らしたい、誇りを持って生きたいという欲求は自然だと亮真は認める。しかし、それを理由に「豊かな側を妬み、奪い取る」発想は正当化できないと断じる。北東派を敵視しても生産性はなく、結局は自分たちの首を絞めるだけだという認識である。
豊かになる道の提示と、努力不足への批判
亮真は、南西派が豊かになる方法は本来いくつも考えられるとする。たとえば領地の特産品を開発し、北東派の交易網を通じて他大陸へ輸出する道もある。成功が保証されないとしても、諦めなければ芽が出る可能性はあるはずだ。しかし現実には、南西派の多くがそうした努力をしてこなかったように見え、ただ北東派を妬み羨む方向へ感情が固定されてきた、と亮真は分析する。
強者と弱者の差は、努力と犠牲の有無にあるという見立て
北東派が豊かなのは「努力なし」ではなく、維持のための努力と犠牲があるという前提で亮真は考える。そこを見ずに結果(豊かさ)だけを見るから議論が歪み、対立が根本化したのだという。現代的には冷淡に見える可能性を自覚しつつも、亮真はその理解が核心だとみなしている。
努力は万能ではないが、協力を求める道はある
一方で亮真は、努力しても望みをすべて実現できるわけではなく、人には適性があり、体力・知識・資金など欠けた条件がある不平等も事実だと認める。だからこそ、困難に直面したときに他者へ慈悲や協力を請う選択肢は誰にでもある、と整理する。亮真自身も他者の力に支えられてきた自覚があり、協力を求めること自体を否定しない。
助力を請う「態度」と「返礼」が欠けると、怒りが生まれる
ただし、助力を請うならば相応の態度と配慮が必要で、最低限の感謝と恩返しの意志が不可欠だと亮真は考える。弱さを盾に「不平等を改善しろ」と居直れば、最初は配慮されても、度重なれば配慮が義務化し、支える側には怒りと憎悪が生まれる。努力もせず尊厳だけを守ったまま豊かさを求める発想は誤りであり、犠牲なく理想が叶う確率は極端に低い、という結論に至る。
今さら戻らない断絶と、亮真の覚悟
北東派が南西派の苦境に関心を寄せ、南西派が苦境を素直に伝えて共に改善を図れていれば、国を二分するほどの対立には至らなかった可能性はある。だが、その機会は過ぎ去ったと亮真は見切る。結局、亮真が取るべきは自分と自分を信じる仲間が生き残るための最善を尽くすことだけであり、思考の海に沈むように目を閉じる。
不穏な予告
そして半月後、事態は亮真の予想を超える展開を見せることになる。
王族の外出と、不運な事故死
王都エンデシアの北西へ向かう一団の先頭には、護衛の制止を振り切って馬を飛ばす「殿下」がいた。軟禁同然の自粛生活から解放された反動で、晴天の下で自由を味わいたいという衝動が勝っていた。だが森から飛び立った野鳥に驚いた馬が棹立ちになり、殿下は落馬して動けないまま、混乱した馬の蹄鉄を顔面に受けて死亡する。状況は「偶然の積み重ね」による不運として描かれる一方、出来過ぎた結末として「必然」を匂わせる語りも挿入される。
緊急招集と、名前の告知
御子柴亮真はエクレシアから呼び出され、応接間で沈痛な面持ちのカサンドラ・ヘルナーとエクレシア・マリネールに面会する。そこで告げられたのは「王位継承権第六位のエラザスの死」であった。亮真は当初、表舞台に出ない王子の死がなぜ緊急事態なのか掴めない。
“事故”が“暗殺”に変質する理由
エクレシアは、エラザスが単なる事故ではなく「暗殺された」という噂が貴族社会で広まっていると説明する。さらに噂の実行犯はカサンドラとエクレシア、黒幕は亮真だという構図になっていると告げられ、亮真は苦笑しつつ事態の悪質さを理解する。
事件の経緯 矢、誤認、流血、派閥介入
カサンドラらの説明で、事件は離宮へ向かったエラザスの外出から始まった。小川近くに駐留していた北東派兵が野鳥を狩ろうとして放った矢が逸れ、エラザスの馬に当たり落馬、荒れた馬に踏まれて死亡する。護衛は襲撃と誤認して北東派兵に斬りかかり、当事者兵を殺害する。さらに周囲の兵が護衛を取り押さえる過程で「王族が暗殺された」と護衛が叫び、その声を南西派兵が聞きつけて介入する。南西派は生き残り護衛の身柄引き渡しを求めるが、北東派側は仲間を殺された直後で譲れず、火種が派閥対立へ直結する形となった。
疑惑がカサンドラに集中する二つの条件
亮真が「不幸な事故がなぜお二人の暗殺話になるのか」と問うと、カサンドラは理由を二つ挙げる。エラザスがアンドレアスと親しい間柄だったこと、そして矢を放つ原因となった兵がカサンドラの伯父にあたるハルトマン男爵家の所属だったことである。この条件が揃ったことで、状況証拠だけでカサンドラが疑われやすい構図が成立した。
亮真の判断 “正義”の立場を逆用する発想
亮真は、世論が疑わしきは有罪で動く世界では無実の証明が困難で、むしろ無実を訴えて奔走するほど怪しまれると整理する。最善策としてエルドール侯爵の声明で「偶発事故」を確定させる案を考えるが、交渉には譲歩が必要になる可能性が高い。一方で、あまりに出来過ぎた不利が「作為の臭い」を生む点を利用し、噂を逆手にとってエルドール侯爵側を糾弾する方向も視野に入れる。ただしその場合、最終的には武力衝突・全面戦争の覚悟が要る。
エルドール侯爵の招請と、離間工作の露呈
カサンドラは亮真に書状を渡し、エルドール侯爵が亮真と会いたいと求めていることが判明する。しかも同伴指定がなく、亮真は「三人の間に楔を打つ離間工作」だと見抜く。カサンドラが手紙を見せなければ疑心暗鬼を煽り、亮真が単独で行けば取り込み、難しければ始末する――そうした狙いを説明する。
亮真の決断 “隙”として利用する
それでも亮真は会談を受け、三日後にエルドール侯爵邸へ行くと決める。カサンドラは不満と疑念を隠さないが、亮真は「千載一遇の好機」「隙を利用する」と述べ、自分に従うよう促す。二人には別途任せたい仕事があるとして計画の一端を示し、混迷する情勢を打開する一手になると締める。
次への引き
三日後、馬車がエルドール侯爵邸へ向かって石畳を進む。ミスト王国の混乱に終止符を打つための会談が始まろうとしている。
第四章 虎穴に入らずんば虎子を得ず
エルドール侯爵邸への公式訪問
御子柴大公家の紋章を掲げた四頭立ての馬車が、南西派の重鎮リュシアン・エルドール侯爵の広大な屋敷へ到着した。門衛隊長イグナートは、事前連絡があったとはいえ「本当に来た」ことに動揺しつつ、封蝋と紋章を慎重に確認する。訪問者が北東派のカサンドラと近い御子柴亮真であるため、来訪の意図は「先日の悲劇と一触即発の情勢の相談」以外に考えにくい一方、南西派が亮真を取り込むか、あるいは始末するかという不穏な可能性も脳裏をよぎる。
門前の緊張と、双子の圧力
確認が長引く中、御者台の銀髪の少女が穏やかに理由を問う。イグナートは、メイド服の少女二人(マルフィスト姉妹)から「強者」の圧を直感するが、門衛として礼を崩さず通行を許可する。時間稼ぎの合図も行い、屋敷側は受け入れ準備を整える。
鬼哭を携えた亮真の登場
玄関前の赤絨毯で馬車が停まり、亮真が大柄な姿で降り立つ。手には愛刀・鬼哭を携え、黒を基調に金装飾を配した高位貴族としての正装で、髪も整えられている。訪問が私的ではなく「御子柴大公家としての公式」であることが強調される。
家宰ブリジットの出迎えと、武装解除要求
家宰ブリジット・ヘイワードが完全武装の兵を背に出迎え、礼法に則った完璧な所作で賓客として迎える。ブリジットは亮真に武器の預け入れを求め、亮真は情勢を理由に素直に鬼哭を差し出す。しかしブリジットは道を開かず、次に「服装を改めよ」と要求する。
侮辱としての要求と、殺気の制御
刀を預けた上での更衣要求は、随行するマルフィスト姉妹にとって主君への侮辱であり、強烈な怒気と殺気が放たれる。ブリジットは呼吸が乱れるほど圧を受けるが撤回しない。亮真は姉妹を制して殺気を消し、あえて「聞き逃したからもう一度言え」と言って明確に圧をかける。それでもブリジットは同じ要求を繰り返し、亮真は理由の説明を求める。
暗器の見抜きと、譲歩
ブリジットは、更衣に加えて「ボタンや飾り鎖を外せ」と具体的に指摘する。亮真は装飾だと惚けるが、ブリジットは首を振り、亮真は手の内が把握されていると悟る。袖口のボタンは指弾、鎖は万力鎖として使える暗器であり、貴族院での一件などから情報が漏れている可能性を亮真は認める。押し問答は無益と判断し、亮真は「替えの服を用意してほしい」と譲歩する。
分断の実行と、亮真の覚悟
さらに屋敷側は、マルフィスト姉妹の同行すら阻む。兵士が割って入り、双子を亮真から引き離そうとする。ブリジットは主君の安全確保を理由に無礼を詫びつつ、要求撤回はしない。亮真は、この強引さが「交渉が纏まらねば亮真を始末する」という腹積もりを示すと読み取るが、引き返す選択は取らない。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という覚悟で危険を受け入れる。
双子の待機指示と、第一段階の完了
亮真は会談終了まで双子に別室待機を求め、馬車の扱いも含めて厩への案内を要求する。ブリジットは受け入れ、兵の誘導でマルフィスト姉妹は馬車を屋敷奥へ進め、屋敷の影へ消える。亮真は、相手が双子の戦闘力と亮真にとっての重要性を把握しており、分断を最優先したと確信する。一方で、双子を敷地外へ追い出されずに済ませたことを「第一段階の成功」と位置づけ、計画を当初通り進める意思を固める。
更衣へ誘導され、会談前夜の幕が上がる
ブリジットは更衣の準備があるとして亮真を屋敷内へ案内し、亮真はそれに従ってエルドール侯爵邸へ足を踏み入れる。会談の前段として、相手の用意した条件の中で動かざるを得ない局面が確定した。
豪奢な応接室での放置と観察
亮真はブリジットに先導されて着替えを済ませた後、広く天井の高い応接室に通されるが、約三十分放置される。水晶シャンデリアと絨毯、中央大陸由来と思しき調度品が並び、半ば美術館のような空間であった。南西派が「経済格差に喘いでいる」とされる評判と、侯爵邸の豪勢さの齟齬に亮真は疑念を抱き、自分の屋敷が質素である事情(新興の大公家であること)も踏まえて自嘲気味に整理する。
エルドール侯爵との初対面と握手の小競り合い
扉のノックの後、初老のエルドール侯爵が現れ、亮真と握手を交わす。表面上は友好的だが、侯爵は握力で圧し潰す意図を匂わせ、亮真は動じず受け流す。亮真は「訪問着を誂えてくれた」ことを皮肉として突き、侯爵側が強制的に着替えさせた非礼を明確に示す。
更衣の真意と、亮真への警戒の露呈
侯爵は平然と、亮真の元の服の裏地がブラッディパイソン革であること、付与術式が施されており刀剣程度なら防げることまで見抜いていたと語る。亮真は「待たせた理由」と「着替えさせた目的」が、服の検分だったと理解し、最初から疑われていた事実を確定させる。両者は「常在戦場」を巡る言葉遊びで一度笑い合うが、侯爵は核心として「なぜこの国に干渉する」と切り込む。
亮真の目的説明と“両手”の提案
亮真は、ザルーダ侵攻のオルトメア帝国を撃退するためミスト王国の力が要ること、交易国家ミストの発展が自分にも利する計算があることを隠さず説明する。侯爵が「南西派とは縁がないのか」と迫ると、亮真はカサンドラと手は切れないが「二本の手がある」として、北東派と南西派の両立(少なくとも接点の構築)を示唆する。
事故の収束策と、ハルトマン男爵の“詰め腹”案
侯爵はエラザス暗殺の噂を引き合いに「今の状況でそれが可能か」と追及する。亮真は噂より事実を優先し、南西派と北東派が協力して「事故」と告知すべきだと提案する。ただし収束は望み薄とも認め、次善策として「死亡した兵士の雇い主が健在」である点に触れ、ハルトマン男爵に管理責任を負わせてケジメを付ける案を示す。侯爵はそれを「全責任を被せて詰め腹」と受け取り、血縁を重んじる価値観から強い違和感と反発を露わにする。
侯爵の決断と、亮真抹殺の露骨化
侯爵は「大公は邪魔」と断じ、呼び鈴で騎士を呼び込み、抜刀した十人がなだれ込む。侯爵は敬語を捨て、剣を亮真の喉元へ突きつける。亮真は「誤解が二つある」と述べ、まず“ハルトマン処断案”は派閥融和を前提とした策であり、南西派が北東派と手を結ぶ気がないなら不要だと切り分ける。さらに、侯爵が最初から交渉ではなく始末を目的に招いたと指摘し、侯爵は動揺(剣先の震え)を見せる。
素手での虐殺と、戦場の現実化
侯爵が「武器も取り上げた」と踏み込むと、亮真は剣を払って致命を外し、鬼哭がなくても問題ないと宣言する。亮真の歩法と体術により、板金鎧の上から“軽い一撃”に見える拳打で騎士が吐血し崩れ落ちる。続く騎士の斬撃も、わずかな歩みのズレで躱し、肝臓付近への打撃で再び吐血させる。恐怖に駆られた侯爵は囲めと叫ぶが、突きは躱され頸椎を砕かれ、後方からの斬撃は腕を取られて投げられ腹を破裂させられ、逃走者は投擲された剣で鎧ごと貫通される。侯爵は亮真を「化け物」と認識する。
屋敷の鳴動と放火の連動
亮真は「そろそろ時間」と呟き、屋敷が鳴動した直後、各所で一斉に火の手が上がる。亮真はローラ達(マルフィスト姉妹)が予定通り動いたと察し、屋敷からの脱出と仕上げへ意識を切り替える。侯爵が問い詰めても、亮真は既に相手を死人同然とみなし、時間超過を嫌って決着を急ぐ。
鬼哭の回帰と不可視の抜き打ち
亮真が「来い、鬼哭」と呼ぶと、右手に日本刀が現れる。次の瞬間、微かな金属音と同時に、侯爵側の騎士達の首が宙を舞い、鬼哭の刀身は赤く染まっていた。亮真は鬼哭の生気を流用し、サハスラーラ(第七のチャクラ)を一瞬だけ回すことで“感知不能領域”の神速抜き打ちを成立させたと内心で整理し、完成には至らないが到達しつつあると捉える。亮真は火の構え(必殺の構え)を取り、最後の敵である侯爵へ刃を向ける。侯爵は命乞いを始める。
場面転換:アンドレアス宮殿への強行入城
同時刻、カサンドラとエクレシアは騎士を率い、政敵アンドレアスの宮殿門前に立つ。衛兵二名は不敬と叫び槍を向けるが、カサンドラは職務に忠実な姿勢を称賛しつつ「道を開けるべき」と促す。精鋭が衛兵を包囲し最後通告を突きつけ、衛兵は槍の震えを止めて覚悟を示す。カサンドラが処断命令を出す直前、宮殿側の執事が駆けつけ、衛兵に囁いた後に門を開けさせる。執事はアンドレアスが会談を望み、護衛ごと入れてよいと伝え謝罪する。カサンドラは罠の可能性を一度考えるが、所作の真摯さと執事の力量を見て可能性は低いと判断しつつも、万一に備えて部隊を半分残して後詰にし、残りを率いて宮殿内へ入る。
エピローグ
宮殿の荘厳さと、アンドレアスへの再評価
カサンドラは王太子宮殿の設計美に圧倒され、暗愚と噂されるアンドレアス本人が設計者だという点に違和感を抱く。赤絨毯の廊下を五十名規模の武装騎士と進んでも宮殿内が静謐で、すれ違ったメイドも怯えつつ平然と礼を尽くす姿から、宮殿が強固な統制と忠誠で回っていると直感する。門衛兵の「死を受け入れた目」も含め、カサンドラとエクレシアは、自分たちが抱いてきた“愚鈍な王太子像”が誤りだった可能性を意識しつつも、既に賽は投げられていると覚悟を固める。
会談室への入室と、絵筆を握る王太子
執事バスチアンに導かれ、二人は護衛を外で待機させて部屋に入る。武法術で気配を探り、室内に基本的に一人しかいないことを確認した上で踏み込む。そこにいたアンドレアスは油絵具の匂いの中、宮殿外観の絵を仕上げてから二人に向き直り、王族としての礼を受ける。二人は討つ相手だからこそ礼を尽くし、アンドレアスもそれを理解した態度で応じる。
エルドール侯爵の死と、アンドレアスの情報網
アンドレアスは「伯父上(エルドール侯爵)は死んだか」と問い、エクレシアは御子柴亮真が討ち取ったと報告する。アンドレアスは結果を予想していた様子を見せ、自分には目と耳となる者がいると明かす。エクレシアが「なぜ暴発を放置したのか」と迫ると、アンドレアスは、エラザスの死が起点となり「亮真・カサンドラ・エクレシアの誰かが裏で手を引いた」と考えるのが世論として自然であり、たとえ事故死と分かっていても大半は信じない、と冷静に言い切る。二人は、その言葉の棘と叡智から、王太子が“愚かなふり”をしていた現実を確信する。
愚鈍の仮面の理由と、父子二人三脚の芝居
エクレシアは「なぜ愚かなふりを」と非難を含めて問う。アンドレアスは、南西派の重鎮エルドール侯爵の野心を制御するため、操れる愚か者を演じなければ、父フィリップと自分が始末され、国が泥沼内戦に落ちた可能性が高いと語る。カサンドラは、フィリップが廃嫡しなかった理由が“親子の情”ではなく、父子で世間を欺く戦略だったと理解し、疑問が氷解する。
南西派と北東派の格差構造、そして王国の火種
アンドレアスは、沿岸港町を握る北東派が海運の利を独占し、内陸寄りの南西派は利益が薄く、時間が経つほど格差が広がる構造を説明する。陸路交易による挽回は労力・輸送量・販路開拓の不確実性が大きく、現実的に差は埋まらないと見通す。だからこそエルドール侯爵は妹をフィリップに嫁がせ、フィリップもガス抜きとしてそれを受け入れたのだと整理される。また、宰相オーウェンが玉座を求め父を殺した背景にも、こうした「未来への展望の無さ」が根にあるとアンドレアスは推断する。
手遅れの認識と、静かな最期の準備
エクレシアは「他に打つ手はなかったのか」とか細い声で問うが、アンドレアスは「仮にあっても手遅れ」と断じる。未練が募る前に終えるべきだとして、机の引き出しから紙包みを取り出し、ワインに白い粉を溶かし、赤紫の酒を注ぐ。自らの死を前提に、二つの願いを託す段へ進む。
第一の願い:作品を亮真へ託す
アンドレアスは、己の作品を御子柴亮真に贈りたいとエクレシアに頼む。新しい時代では自作が持て余され、最悪燃やされるかもしれない、自分の生きた証が誰の目にも映らないのは虚しいと語る。エクレシアは必ず伝えると即答し、亮真なら無下にしないだろうと請け負う。
第二の願い:宮殿の人々の行く末
続いてアンドレアスは、自分を支え続けた宮殿の使用人・家臣たちの仕官先確保をカサンドラに頼む。カサンドラは、彼らの忠誠心の強さが逆に危険(怨恨の芽、獅子身中の虫)にもなり得る点、さらに北東派は勝者側で波風を立てたくない一方、南西派は敗者側で新規雇用どころではない点から、安請け合いできない現実に直面する。しかしエクレシアが決意し、御子柴大公家への受け入れという筋を提示する。新参の勢力でしがらみが薄く、拡大中で人材が馴染みやすいという利点に、アンドレアスもカサンドラも納得する。人材流出の問題は残るが、国内で活用できない以上割り切るしかないという判断へ収束する。
バスチアンの登場と、殉死の禁止命令
アンドレアスが「バスチアン」と呼ぶと、壁際の書棚が回転して隠し部屋から執事が現れる。バスチアンは会談中の様子を窺っており、主の意向を把握していた。アンドレアスは「今後は御子柴大公を主として仕えよ。殉死は許さん」と命じ、皆にも伝えるよう指示する。バスチアンは嗚咽を漏らしつつも、ハンカチで整えて最後の礼を尽くし、主命に従う姿勢を示す。
アンドレアスの服毒と、新体制の始動
アンドレアスは「後の事は頼む」と告げ、毒入りのグラスを一息に飲み、窓際の椅子に腰を下ろす。カサンドラ、エクレシア、バスチアンは深々と頭を下げ、静かに部屋を辞す。数日後、アンドレアスの病死と新国王即位が布告され、カサンドラが宰相として政務を司り、エクレシアが軍の最高指揮官となる新体制が整う。これは、混乱の収拾と同時に、来るべきオルトメア帝国との戦へミスト王国が本格参戦する狼煙となった。
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