物語の概要
『ウォルテニア戦記』は、戦乱の続く異世界に召喚された高校生・御子柴亮真が、持ち前の武術と戦才を駆使して覇王への道を歩む異世界召喚ファンタジー戦記である。
亮真は、召喚したオルトメア帝国が人を使い潰す卑劣な勢力であることを知り、帝国の重要人物を殺害して脱出する。その後、盗賊に捕らえられていた双子の姉妹を救い、彼女たちを配下に加えることで、覇王としての道を進み始める。
主要キャラクター
• 御子柴亮真:本作の主人公。武道に長けた高校生で、異世界に召喚される。冷静かつ果断な性格で、戦術や戦略にも優れる。
• ローラ:金髪の双子姉妹の姉。法術の使い手で、亮真に忠誠を誓う。
• サーラ:銀髪の双子姉妹の妹。姉と同様に法術を操り、亮真の配下として行動する。
物語の特徴
本作は、異世界召喚ファンタジーの中でも、主人公が戦術や戦略を駆使して覇道を進む点が特徴的である。また、政治的な駆け引きや戦争描写がリアルに描かれており、読者を引き込む要素となっている。さらに、主人公の冷静かつ果断な性格や、配下となるキャラクターたちとの関係性も魅力の一つである。
書籍情報
ウォルテニア戦記 XXX
著者:保利亮太 氏
イラスト:bob 氏
出版社:ホビージャパン(HJノベルス)
発売日:2025年5月19日
価格:1,430円(税込)
ISBN:9784798638508
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あらすじ・内容
超大国オルトメアがついに動き出す。 因縁の軍事国家と対峙する亮真の決意とは……?
西方大陸屈指の軍事大国と呼ばれるオルトメア帝国。かつて御子柴亮真を現世から召喚した元凶であるこの国が、ウォルテニア大公・御子柴亮真を容易ならざる脅威と見なして、ついに動き出す。
いっぽう、オルトメア帝国の先遣部隊をなんとか退けることに成功したローゼリア王国とザルーダ王国の連合軍は、オルトメアの本格的な侵攻を予想して次の一手を考え始める。
四面楚歌の国情を一変させるために亮真が下した決断とは……?
感想
複数の陣営が水面下でぶつかり合い、静かな火種が各地で燃え上がっていく展開であった。
中でも、ついに明かされた「土蜘蛛」という組織の正体は待ち続けてきた謎の一端に触れる瞬間であり、ここで判明するのかと強い驚きと興奮を覚えた。
亮真が劉仲健の案内によって訪れたフルザードでの会談は、ただの情報開示では終わらなかった。
亮真の祖母が久世昭光の妹だと亮真との血縁が発覚した場面は、構図としても心理としても劇的であり、主犯である浩一郎に「ジィ様ェェェ…」と叫びたくなった。
亮真という主人公のルーツに、これまで語られてこなかった層が加わったことで、彼という人物の奥行きがさらに深まった印象を受けた。
また、須藤秋武という人物の得体の知れなさは、最大の焦点でもあった。彼は詐欺くさい新興宗教の教祖のような雰囲気を漂わせつつも、単なる欺瞞とは思えない説得力があり、判断を保留せざるを得なかった。
その一方で、この「土蜘蛛」という組織自体もまた、ひとつの思想でまとまった集団ではなく、利害や感情の交錯する多層構造であることが垣間見えた。
亮真に好意的な者もいれば、あからさまな敵意を向ける者もいる。
この不均一性が、今後の展開に不穏な予感を漂わせており、彼がこの組織に関与していくことで何が崩れ、何が生まれるのかが気になって仕方がない。
そして印象的だったのが、亮真が「不殺に弱い」という意外な側面を見せた点である。
相手を躊躇なく殺す事は得意だが、戦闘不能になるように抑え込むのが苦手だったとは。
まぁ、今までの物語では抑え込む必要が無いくらいに相手が殺しに来てたもんな。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
ローゼリア王国
御子柴家・関係者
御子柴亮真
慎重で警戒心が強く、交渉と戦闘の双方において冷静な判断を下す人物である。組織に対する不信感を持ちつつも、理性的な対話を試みる柔軟性を備える。
・所属:御子柴家、現当主
・ザルーダ王国支援と黒エルフ族派遣を主導
・龍幇との交渉を行い、戦略的提携を進めた
御子柴浩一郎
亮真の祖父であり、外交や戦略において重要な影響を持つ人物である。作中では直接の行動は少ないが、彼の人脈が亮真の交渉の端緒となった。
・所属:御子柴家
・劉仲健との旧友関係が、組織との交渉に繋がった
ローラ・マルフィスト
亮真の配下であり、冷静な観察力と戦術眼を持つ。亮真の実力を理解しつつも、今回の戦いではその制限を懸念していた。
・所属:御子柴家
・不殺ルール下での戦闘に不安を表明した
サーラ・マルフィスト
ローラの妹であり、姉と同様に亮真の側近として行動する。冷静でありながらも、姉に比べるとやや感情を表に出しやすい面がある。
・所属:御子柴家
・試合中の亮真の苦戦に強い不安を感じていた
リオネ
元傭兵であり、現在は御子柴家の将。ジョシュアとは旧知の仲であり、戦場での信頼を築いている。文官業務に嫌悪を持つが、必要性を理解している。
・所属:御子柴家、将
・林業政策や書類業務にも従事し、内政に貢献している
ロベルト・ベルトラン
御子柴家に仕える将であり、防衛戦において冷静な判断を示す。グリードの判断を支持し、戦況分析に優れる。
・所属:御子柴家、将
・ウシャス盆地防衛戦において、守勢を選択した
シグニス・ガルベイラ
御子柴家の配下であり、用心深さと堅実な思考を持つ。警戒の重要性を重視し、斥候部隊の増強を主導した。
・所属:御子柴家、将
・戦場での警戒体制を強化し、奇襲への備えを整えた
黒エルフ族
ネルシオス
黒エルフ族の族長。高い治癒能力を有し、ユリアヌス王の病を治癒することで王国の再建に貢献した。寡黙だが実務に優れた人物である。
・所属:黒エルフ族、族長
・ユリアヌスの治療を施し、病からの復帰を可能にした
・ザルーダ王国の国家再建に間接的ながら大きく貢献した
オルトメア帝国
ライオネル
オルトメア帝国皇帝。絶対的な軍事力を背景に広大な領土を支配する存在であり、【獅子帝の爪牙】に戦略的自由を与える強硬な統治を行う。
・所属:オルトメア帝国、皇帝
・【爪牙】に対し、戦略レベルの全権委任を行っている
リヒャルド・ドルネスト
帝国宰相として政務を担う文官の筆頭。軍閥化する将軍たちに対して無力感を抱きつつも、国家の均衡を保つため静かに抵抗を続ける。
・所属:オルトメア帝国、宰相
・帝国軍招集を行うが、出席率の低さに苦悩した
・ギネヴィアの暴言を抑えられず、権力の限界を痛感した
シャルディナ
皇女であり、帝国軍の象徴的存在。敗北したロルフと共に侮辱を受ける立場に置かれ、会議では言及されるのみであった。
・所属:オルトメア帝国
・ギネヴィアに公然と侮辱され、影響力の低下が示唆された
ロルフ・エステルケント
帝国軍の将。御子柴亮真に敗北し、帝国の威信を大きく損なった存在として扱われている。
・所属:オルトメア帝国軍
・敗北によって帝国の対外的評価を著しく低下させた
ジュリアス・ローゼンウォルド
【獅子帝の爪牙】の一人であり、知略と政治的駆け引きに長けた将。ギネヴィアと行動を共にし、宰相への謝罪を通じて言外の圧力を示した。
・所属:オルトメア帝国、軍幹部
・ギネヴィアの暴言を抑えつつ、謝罪で場を和らげた
・皇太子の策謀に加担する姿勢を見せていた
ギネヴィア・エデルシュタイン
【獅子帝の爪牙】に名を連ねる女将。傲岸不遜で挑発的な性格を持ち、軍事力と皇帝の信任により宰相すら無視する言動を取る。
・所属:オルトメア帝国、軍幹部
・シャルディナやロルフを公然と侮辱し、会議を支配した
・ザルーダ王国への出陣を命じられた
皇太子
名は明かされていないが、会議の裏でローゼンウォルドらを通じて策謀を張り巡らせる存在として描写される。
・所属:オルトメア帝国、王族
・ギネヴィアおよびジュリアスを通じて、政治的布石を打っていた
斉藤英明
夢魔騎士団副団長。オルトメア帝国に個人的な恨みを抱き、組織に潜入し内部からの破壊を目論む異質な人物。冷静さと妄執を併せ持つ。
・所属:オルトメア帝国軍(実質的には土蜘蛛の潜入者)
・難民を利用した作戦でグリードを戦死に追い込んだ
・亮真に対して敵意と嫉妬を抱いていた
楠田
斉藤の部下。元警察官であり、制圧術と格闘技を得意とする。模擬戦で亮真と戦うが、最終的には敗北した。
・所属:オルトメア帝国軍(夢魔騎士団)
・不殺ルール下の模擬戦において優位に立つも、明打によって意識を失った
ザルーダ王国
ユリアヌス
長年にわたりザルーダ王国を統治してきた国王。病に伏しながらも政務を続け、王国の士気と安定を保っていた。復帰後は反逆者の粛清を行い、国民と軍の信頼を回復した。
・所属:ザルーダ王国、国王
・黒エルフの治療で病から回復し、復帰を果たした
・アルムホルト侯爵を処断し、王都の統治権を取り戻した
・戦争の終結と国家の存続に強い執念を見せた
ジョシュア・ベルハレス
若き将軍であり、ユリアヌスの側近。病弱な国王に代わって政務を補佐し、戦時内政や前線管理を一手に担っていた。
・所属:ザルーダ王国、将軍
・王都防衛と林業政策の管理を担当した
・主君ユリアヌスに忠誠を尽くし、書類業務を代行した
・御子柴家の将リオネとは戦場での信頼関係を築いた
アルムホルト侯爵
ユリアヌスの血縁であったが、オルトメア帝国に内通し処断された貴族。王国の内部崩壊を招く要因となった。
・所属:ザルーダ王国、元侯爵
・帝国への内通が発覚し、王命により処刑された
・処断により王権は回復されたが、ユリアヌスに心理的負担を残した
オーサン・グリード
親衛騎士団長。ウシャス盆地にてザルーダ軍の防衛を指揮し、難民を保護するため命を賭して戦った。将としての信義と誇りを重んじた。
・所属:ザルーダ王国、親衛騎士団長
・ウシャス盆地の防衛戦を指揮し、民を守るために陣を開放した
・難民と共に戦い戦死し、王国に深い悲しみと怒りを残した
・死後、王都にその忠義が報告された
龍幇(土蜘蛛)
劉仲健
元商人であり、久世昭光や御子柴浩一郎の旧友。表向きは柔和で人当たりが良いが、組織内では冷静な計算に基づく発言と行動を取る調整役である。
・所属:龍幇(土蜘蛛)、幹部格
・御子柴亮真をフルザードの屋敷へ誘導し、久世昭光と引き合わせた
・経済的損得に敏感で、オルトメアとの関係継続にも一定の価値を見出していた
・亮真と須藤との交渉を裏から支え、両者の間を取り持った
久世昭光
土蜘蛛の長老格。病を抱える老齢の人物であるが、組織内では依然として大きな影響力を持つ。亮真との血縁関係を知り、交渉に柔軟な姿勢を示した。
・所属:龍幇(土蜘蛛)、長老
・亮真との血縁を受け入れ、オルトメア帝国への支援停止に前向きな姿勢を示した
・須藤の提案に対し仲介を担い、模擬戦の交渉を主導した
・土蜘蛛における忠誠儀式に従い、須藤に服従を誓った
須藤秋武
龍幇を率いる「天外の君」こと甕星(みかぼし)。静かに支配する冷徹な人物であり、交渉においても相手の思考と手の内を読み切る策略家である。
・所属:龍幇(土蜘蛛)、首魁
・亮真の提案を受け入れる代わりに模擬戦を提案した
・久世に対して忠誠を儀礼として要求し、天外の君としての地位を明示した
・二階堂雅と親密な関係を持ち、裏の政治戦略を共有していた
二階堂雅
須藤秋武の側近であり、親密な関係にある女性。戦略思考に優れ、須藤の意図を深く理解した上で言動を合わせる配慮を持つ。
・所属:龍幇(土蜘蛛)
・交渉の裏で須藤の意図を読み取り、動向を観察していた
・私的な関係を通じて、土蜘蛛内部の動きにも影響を与えていた
アレクシス・デュラン
土蜘蛛の工作員であり、ミスト王国に潜伏していた。作戦失敗後に失脚の危機に瀕するが、須藤の提案により仮病や病死での幕引きが示唆されていた。
・所属:龍幇(土蜘蛛)、現地工作員
・ミスト王国の政治工作に関与したが、オーウェン擁立後に撤退を余儀なくされた
・須藤からの庇護により、表向きの処分を免れる可能性が示された
ミスト王国
オーウェン・シュピーゲル
ミスト王国の宰相から国王へと即位した人物。アレクシス・デュランの策によって擁立されたが、組織との連携を失い孤立を深めていた。
・所属:ミスト王国、国王(前宰相)
・先王を殺害して即位したが、組織からは切り捨てられた
・即位後はミスト王国内部の支持を得られず、政治的に困難な立場に立たされていた
展開まとめ
前回までのあらすじ
ミスト王国の情勢悪化と作戦中止
御子柴亮真は、ミスト王国およびザルーダ王国の救援という二方面作戦を展開していた。しかし、ミスト王国に潜伏していた組織の工作員アレクシス・デュランの策により、王国宰相オーウェン・シュピーゲルが新国王として即位し、状況は一変した。これにより、南部諸王国軍との戦争は半ばで切り上げざるを得ず、亮真は全軍の撤退を決断した。
ザルーダ王国への支援と黒エルフ族の介入
撤退の最中にもザルーダ王国はオルトメア帝国からの侵略を受け続けていた。亮真は秘策として、黒エルフ族の援軍を派遣する決断を下した。族長ネルシオスの処置により、ザルーダ国王ユリアヌスの病の原因は除去され、王国は回復の兆しを見せた。
国王の復活と内部粛清
病床からの復活を果たしたユリアヌス国王は、自らの死を偽装することで王国内部に巣食う反逆者たちの一掃に乗り出した。これにより、王国軍は活力を取り戻したが、亮真はそれが一時的な延命措置に過ぎないことを認識していた。
苦悩する亮真と祖父への書簡
戦局と情勢の不安定さに悩む亮真の元に、祖父である御子柴浩一郎宛てに旧友の劉仲健から手紙が届いた。そこには、劉仲健がミスト王国の交易都市フルザードに向かうという旨が記されていた。
フルザードでの会談と組織の目的
亮真は因縁の地フルザードにて劉仲健と再会し、そこで組織の存在理由について明かされた。亮真は、組織の目的は「生存と発展」ではないかと問いかけたが、逆に劉から亮真自身の望む未来について問われた。亮真が「共存」という答えを示すと、劉仲健は組織の長老であり、須藤秋武の上司にあたる久世昭光を紹介することを提案したのである。
プロローグ
雷鳴と獅子帝
嵐と共に高まる不穏の空気
帝都オルトメアに雷雨が轟く中、農民たちはそれを神の怒りと信じていた。一方、宮中においても雷光は象徴的存在として映り、【鉄血宰相】リヒャルド・ドルネストは、主である皇帝ライオネルの怒気を敏感に察していた。彼は現実から思考を逸らそうとしつつ、皇帝の支配力と畏怖の対象としての絶対性を再認識していた。
天候と術の限界
ドルネストは、荒れ狂う雷雨が文法術によるものではないかという考えを巡らせた。だが、雷雨を一人の術者が操ることは不可能であり、オルトメア帝国においてもそれを実現できる術師は極めて限られていた。文法術は生気を外部に放出する素質と学識を必要とし、大多数の者には修得が困難な技術であった。
覇者の威圧と忠誠の感情
ライオネルのもとを訪れた夢魔騎士団の騎士の震える姿を見て、ドルネストは皇帝の放つ威圧感の強さを再確認した。若き日のライオネルが掲げた「西方大陸統一」の夢は当初嘲笑されたが、数十年を経て現実のものとなった。ドルネストは、その理想を実現した主君の非凡さを認めていた。
書状に記された戦況悪化
騎士から届けられたシャルディナの書状を読んだライオネルとドルネストは、ザルーダ王国への侵攻が停滞している事実に直面した。戦線は王都すら陥落させられず、支配地域の放棄すら視野に入れる状況であった。これは帝国の戦略的失敗を意味し、財政や内政にも影を落とす重大な問題であった。
内部崩壊の危機
戦費の増加と内通者の喪失により、ドルネストは帝国内の不満の高まりを懸念した。内通者の排除により統治計画にも支障が出ており、帝国の基盤すら揺らぎかねない事態であった。征服後の統治には被占領民の協力が不可欠であり、支配には強制と懐柔の両方が必要であるとドルネストは理解していた。
占領政策と内通者の意義
敗戦国の国民の愛国心と消極的反抗は、支配体制に深刻な悪影響を与える。内通者はその緩衝材となり得た存在であったが、それを失った今、帝国は一から統治体制を練り直さねばならなかった。支配と安定のバランスを保つためには、住民の情報収集と懐柔が重要であった。
最強戦力の出動決断
ドルネストは、戦局の打開には【獅子帝の爪牙】と呼ばれる最強部隊を投入するしかないと認識した。彼らはロルフをも凌駕する猛者であるが、元敵国の出身者が多く、忠誠心の懸念が残る存在であった。それでも今は、選択肢が他になく、ライオネルは派遣を決断した。
静かなる覚悟と動員命令
ドルネストは迷いを抱きながらもライオネルの命に従い、最良の選択として頭を下げた。雷鳴が轟く中、彼はその決断が帝国の未来を切り開くことを祈った。そして翌日、帝都オルトメアとその周辺地域において、大規模な動員令が発令された。
第一章 心に刺さった棘
ザルーダ王国の苦境と忠臣の支え
国王の病と将軍の補佐
ザルーダ王国の王都ペリフェリアでは、国王ユリアヌスが未だに体調不良のまま政務に励んでいた。その傍には、若き将軍ジョシュア・ベルハレスが付き従い、国政の補佐に当たっていた。本来、国防を一手に担う立場のジョシュアが書類仕事に時間を費やすのは非効率であったが、ユリアヌスへの深い忠誠心ゆえにその任を引き受けていた。
発作と献身的な看護
ユリアヌスは書類に目を通す最中に激しく咳き込み、血を吐いた。ジョシュアは素早く薬を調合し、看護に努めた。薬の効果で症状は軽減し、ユリアヌスの容体は一時的に安定したものの、肉体的には依然として厳しい状態が続いていた。ジョシュアは療養の必要性を感じながらも、国王自身が職務を放棄する意志を持たぬことを理解していた。
病後の国王と政治的評価
ユリアヌスはかつて黒エルフ族ネルシオスの処置によって血蟲を除去されたが、年齢と体質の問題から回復には時間を要していた。若い頃に戦場経験を持たなかったため、武威に乏しいと評価されがちだったが、王都で半世紀以上にわたり国家を安定的に統治してきた実績があった。ジョシュアはユリアヌスの治世を高く評価しつつも、決断力と派手さに欠けることが侮られる原因であると分析していた。
アルムホルト侯爵排除と心の棘
ユリアヌスが苦悩を深めていたのは、かつての身内であるアルムホルト侯爵を排除したという罪悪感によるものでもあった。彼は王族の血縁として助命を求めたが、オルトメア帝国に内通していたことから謀略により排除された。ジョシュアはその決断を正当と認識していたが、ユリアヌスにはその行動が心の負担として残っていた。
主君の死期を悟る忠臣
ユリアヌスは己の命がそう長くないことを悟っており、戦の決着を生きて見届けたいという望みを語った。ジョシュアは主の精神的支えとなるべく言葉を選び、その姿勢にユリアヌスは微笑みを返した。忠臣としての配慮は、王の心を一時でも和らげる効果を持っていた。
書類処理と忠臣の葛藤
ジョシュアは国王の体調を気遣い、残された書類の処理を自ら引き受けた。しかし、それは国政の越権行為と見なされる可能性があり、後の誹謗や糾弾の火種となることも懸念されていた。それでも、今の王にこれ以上の負担をかけるわけにはいかず、忠臣として全責任を背負う覚悟を決めて行動に移した。
主従の絆と夜の帳
ジョシュアは大量の書類を抱えて執務室を後にし、ユリアヌスはその背を見送りながら小さく呟いた。己の無力を悔やみつつ、忠義深き将の支えに心を寄せていた。外はすでに夜の帳に包まれており、静かな王城には老王の苦悩と将の決意が静かに漂っていた。
戦友たちの再会と戦後政治の現実
書類運びを手伝うリオネの登場
執務室へと書類の山を運ぶジョシュアに、御子柴家の将であるリオネが声を掛けた。彼女は雑用を手伝う代わりに酒と干し肉を要求し、親しげなやりとりの中で、戦場を共にした者同士の信頼関係をにじませていた。リオネは元傭兵であり、現在は御子柴家の懐刀として知られている。
戦友としての絆と信頼
ジョシュアとリオネは第一次ザルーダ侵攻時からの戦友であり、第二次侵攻ではリオネが御子柴軍の総大将としてザルーダ王国に駐在し、両者はさらに深い信頼を築いた。互いに異国の将でありながらも、戦場での経験を通して築かれた絆は揺るぎないものとなっていた。
内政文書と林業の重要性
ジョシュアは、林業に関する書類を前に内政の難しさにため息をついた。リオネもまた文官的業務に嫌悪感を抱いていたが、御子柴亮真に仕える者としてその必要性を理解しつつあった。ザルーダ王国における林業は重要な産業であり、戦争中であっても経済基盤を維持するために不可欠であった。
領主の責務と国家の統制
本来は各地の貴族が管理すべき林業であるが、戦時中の混乱と欲望に駆られる者たちの存在から、国家として介入せざるを得ない状況となっていた。ジョシュアはその歯止め役として、調整に努めざるを得なかった。
文官不足の構造的問題
ザルーダ王国では軍事偏重の国家体制により、優秀な人材が文官ではなく武官に集中していた。平民が文官として身を立てるには高額な教育費が必要であり、それを賄える者は限られていた。このため、文官の多くは二流の人材で占められ、国王自らが政務を担う歪な構造が続いていた。
喫煙のひとときと戦士たちの本音
業務の合間、ジョシュアは久しぶりに葉巻を楽しみ、リオネと苦笑を交わした。武人である彼らにとって、書類との格闘は本来の職務ではなく、戦場こそが生の実感を得られる場であった。だが、地位と責任がそれを許さず、将たる者の義務として政務を担う必要があった。
国を背負う者としての覚悟
ベルハレス家の三男として生まれ、偶然と戦禍により家督を継ぐこととなったジョシュアは、今や国の命運を左右する立場にある。かつては愛国心を意識したことすらなかったが、父アリオスの死を機に、自らの責務を強く自覚するようになった。
陛下の回復と潮目の変化
国王ユリアヌスの病床からの復帰は、貴族たちに再び希望を与え、ザルーダ王国にとって戦局を好転させる大きな転機となった。リオネはネルシオスの治療と陛下の回復による士気の上昇を評価し、ジョシュアも同意していた。
アルムホルト侯爵処断と国王の苦悩
オルトメア帝国に内通したアルムホルト侯爵の処断は、正当な判断であったが、ユリアヌスはそれを重く受け止めていた。血縁関係にあったことが一層の罪悪感をもたらし、王の心身を蝕んでいた。ジョシュアとリオネは、それでも国のためには断じて必要な決断だったと理解していた。
反攻の好機と国王の体調不安
現在は反攻の好機でありながら、肝心の国王が覇気を失い、将兵を鼓舞する力を欠いていた。ジョシュアはその状態に不安を抱きつつ、陛下の体調が国家の命運を左右する現実に直面していた。だが、彼はまだ知らなかった。すでに新たな潮目が、静かに動き出していることを。
第二章 燃え盛る悪意
ウシャス盆地の戦略的価値と戦況
ウシャス盆地はザルーダ王国の食料供給の要であり、国内流通する食料の半数近くを担っていた。そのため、同地を巡る戦いは国家の存亡を懸けたものとなっていた。第二次ザルーダ侵攻では、当初オルトメア帝国が一方的に支配領域を拡大していたが、状況は転じつつあった。
将たちの再会と現状分析
防衛指揮官オーサン・グリードは、ロベルト・ベルトランおよびシグニス・ガルベイラと再会し、現在の戦況を語り合った。両軍は大規模な衝突を避け、兵たちは戦いたくて仕方がない中で緊張と弛緩の混在する雰囲気にあった。
守備に徹する判断と今後の展望
グリードは無理な攻勢を避け、王都からの援軍を待つ判断を下していた。ロベルトとシグニスはこれを正当と認め、援軍到着まで防衛に徹すること、また貴族らにも兵を出させて兵力を整える方針を確認した。
宴の準備と警戒の維持
グリードの提案で久々の宴が催されることになったが、シグニスは油断を戒め、斥候部隊を普段の三倍に増員するよう指示した。戦場での束の間の平穏と慎重な警戒体制が両立されていた。
斉藤英明の視点と戦局の分析
一方、オルトメア帝国側では夢魔騎士団副団長の斉藤英明が撤退戦の準備を進めていた。王都強襲作戦が失敗し、精鋭部隊の損耗や司令官の戦線離脱により、帝国軍は戦力的にも士気的にも追い詰められていた。
士気の回復と王の復帰効果
ザルーダ王国では、ユリアヌス王の劇的な回復と売国貴族の処刑が、兵や貴族の士気を大いに高めた。これにより、各地から軍勢が集まり始め、王都には勝利への希望が満ちていた。
戦局の変化とオルトメア帝国軍の苦境
帝国軍は支配地域を放棄しながら戦線の再編を図るも、ザルーダ軍の勢いに押される形となった。数の上ではなお優勢なものの、勢いと士気の面では不利を強く実感させられる状況となっていた。
戦線縮小と撤退戦略の困難
撤退戦は前進よりも遥かに困難であり、斉藤は慎重に戦線縮小のタイミングと方法を検討していた。無理な退却は背後を突かれる恐れがあり、ザルーダ軍の動向を見極める必要があった。
斉藤の復讐心と個人的な妄執
斉藤はオルトメア帝国の滅亡を悲願とする復讐者であった。過去に受けた屈辱と理不尽な運命により、国家そのものを焼き尽くしたいという強烈な憎悪を心に宿していた。
御子柴亮真への嫉妬と感情の交錯
御子柴亮真は斉藤にとって妬みの対象であり、同じ召喚者でありながら英雄として扱われている存在だった。組織的には敵対する理由がなかったが、斉藤は感情的に亮真の存在を許容できずにいた。
撤退の難しさと打開策の発見
苦悩の末、斉藤は戦局打開の妙策を地図の中に見出した。その瞬間、彼の表情には冷酷な笑みが浮かび、数日後、その悪意により膠着していた戦局は大きく動き出すこととなった。
ウシャス盆地の悲劇と将の覚悟
難民の出現と非道な戦術への疑念
オーサン・グリードは、陣営の外に広がる民の大群を目にし、絶句した。それは万単位を超える規模であり、東の王都ペリフェリアへ向けて歩を進める難民たちであった。ウシャス盆地の人口を考えれば不思議な規模ではなかったが、彼の脳裏には敵軍が意図的に村を焼き払い、難民を盾として利用している可能性が浮かんでいた。
伝令の報告と敵軍の進軍
グリードの元に伝令が駆けつけ、難民の背後からオルトメア帝国軍二万が迫っていることを報告した。この情報により、難民を盾にしての撤退ではなく、敵が難民を利用してザルーダ軍の行動を制限しつつ強襲を仕掛けようとしている意図が明らかとなった。
命令を巡る苦悩と倫理的選択
部下たちは迎撃の構えを見せたが、グリードはそれを一喝した。難民に矢を射かければ自国民を自らの手で殺すことになり、それは民の信頼を失い、軍の士気を損なう行為であった。彼は親衛騎士団長として、ザルーダ王国の民を守ることを選び、陣営を開いて難民を受け入れるよう命じた。
無謀な決断と将の信念
この命令は兵士たちにとって死を意味するものであったが、グリードの断固たる姿勢に部下たちは黙って従った。彼は民の信頼と軍の士気を守るため、あえて困難な道を選んだのである。そして、彼は戦場における最後の覚悟を決めた。
斉藤の冷笑と作戦の成功
敵将・斉藤は、この作戦がグリードを追い詰め、勝利をもたらすと確信していた。進むも退くも難しい状況に置かれたザルーダ軍に対し、斉藤は容赦なく蹂躙を命じ、二万の軍勢が突撃を開始した。
指揮官の最期と軍の損失
その日、ウシャス盆地の大地は血に染まり、グリードは壮絶な最期を遂げた。彼の戦死は防衛部隊の将兵によって王都に伝えられ、ザルーダ王国に深い悲しみと激しい怒りをもたらした。グリードの決断と死は、民と軍に忘れがたい傷跡を刻むものとなった。
第三章 土蜘蛛を名乗る者達
龍幇との接触と“土蜘蛛”の名
馬車の旅と劉仲健の誘導
御子柴亮真は、劉仲健および金銀の双子姉妹と共に馬車で北へと向かっていた。車内では、目的地を明かさぬまま進む劉の態度に対し、亮真は不満を押し殺しつつも状況を受け入れるしかなかった。慎重を旨とする彼にとって、行き先の不明な旅は本来好まぬものであったが、相手との交渉機会を得るためには危険を冒す必要があると理解していた。
組織への不信と劉仲健の人柄
亮真は過去の出来事から、組織――特にアレクシス・デュランの一件により、組織の動きには警戒心を抱いていた。一方で、劉仲健に対しては、浩一郎の親友としての信頼と独特な人物像に戸惑いを抱きつつも、その誠意を感じ取っていた。劉の行動からは浩一郎への変わらぬ友情が見て取れ、亮真もまた、彼の本心を探る姿勢を崩さなかった。
組織“土蜘蛛”の名称と意図の探求
劉との問答の末、亮真は交渉相手としての礼節として、組織の正式名称を求めた。その問いに対し、劉は「土蜘蛛」という名を明かした。亮真はその名称に、単なる妖怪や伝説の象徴以上の意味があると感じつつも、詳しく問いただす前に目的地へと到着した。
フルザード郊外の館と久世昭光との対面
到着した先は、フルザード郊外に構える壮麗な邸宅であった。赤絨毯が敷かれ、儀礼的な歓迎を受ける中、劉はかつての戦友・久世昭光と再会を果たした。久世は老いと病に蝕まれていたが、なお鋭い眼光を失っておらず、亮真に対してもその視線を注いだ。
初対面の挨拶と緊張の余韻
久世は亮真の面影に浩一郎を重ね、亮真もまた丁重な挨拶で応じた。その後、劉と久世は屋敷内へと消え、亮真と同行の双子姉妹は案内役のメイドと共に控室へと向かうこととなった。龍幇の核心に迫るための交渉は、静かに幕を開けようとしていた。
久世との会見準備と心理描写
亮真は久世邸での長い待機を経て、ようやく面会に呼ばれた。過剰なもてなしに居心地の悪さを覚えつつも、礼を尽くして振る舞い、交渉の機を窺っていた。警戒心と礼節を両立させる難しさに思案しながら、亮真は慎重に応対を進めていた。
家族関係の告白と久世の動揺
面会の冒頭、亮真は久世の姪が自分の祖母・明恵であることを明かした。血縁関係という切り札を用いたこの告白に、久世は深く動揺した。亮真は祖母との思い出や写真を根拠に語り、久世の内に眠っていた記憶と情を呼び起こした。
亮真の交渉提案と久世の説得
動揺冷めやらぬ久世に対し、亮真は交渉の本題を切り出した。ウォルテニア半島へのギルドと銀行支店の進出を認める代わりに、オルトメア帝国への支援を打ち切るよう求めた。久世はその利点と血縁関係を鑑み、前向きに須藤秋武への報告を決意した。
須藤との会談と結社の利益計算
久世は提案を須藤へ伝え、須藤はウォルテニア半島の商業的価値を評価し、提案自体を歓迎した。交易拠点としての重要性、素材や薬草の独占的価値から見て、提携は結社にとって利益が見込まれる内容であった。
賭けの提案と戦闘条件の設定
須藤は提案受諾の条件として、亮真と楠田との模擬戦を提示した。殺傷や秘薬必須の重傷を負わせた場合は敗北とするルールが設けられ、戦場向けの殺人術を主体とする御子柴流には不利な条件が課された。
久世の心境と提案受諾
久世はこの条件が亮真に不利であると理解しつつも、交渉成立のためには受け入れる他なく、須藤の提案を了承した。自らの立場を超えて、久世は亮真に可能性を託す覚悟を決めていた。
須藤の思惑と興味
須藤は亮真に対し、敵意ではなく強い興味と期待を抱いていた。予想外の行動力と胆力に知的好奇心を刺激されており、組織への招き入れさえ視野に入れていた。彼にとって、亮真は興味深い存在となっていた。
二階堂雅との関係と余韻
会談後、須藤は愛人の雅と共に過ごしつつ、未来の展開に思いを馳せた。雅は須藤の思惑を察しながらも、あえて甘く問いかけを交わし、関係の均衡を保っていた。須藤の期待は高まり、西方大陸の戦局が変動する兆しがそこにあった。
第四章 賭けられた未来
試合前の空気と観客の興味
屋敷の広場には護衛や観客が集まり、厳重な警備体制が敷かれていたが、実質的な危険は少なかった。多くの者が警備任務以上に、試合の行方に個人的な興味を抱いてその場に残っていた。
組織の思惑と劉仲健の本音
劉仲健は試合を娯楽として楽しむ一方で、オルトメア帝国との長年の経済的関係を断つことの難しさや損失を懸念していた。また、今回の試合を楽しめるのは、どちらが勝っても組織に利益があるという立場ゆえであった。
楠田と亮真の力量差の分析
楠田は元警官として制圧術や柔道に長けており、不殺を前提とした今回のルールは彼に有利に働いていた。対する亮真は殺人術である御子柴流の制約を受け、普段の力を十分に発揮できずにいた。
久世の決断とその違和感
久世昭光が他の長老と相談せず、早急に試合を決定したことに対し、劉仲健は強い違和感を覚えた。この一方的な進行には、賭けの結果を反故にする可能性すら想起させたが、立会人として劉自身が参加しているために、それはすぐに否定された。
マルフィスト姉妹の不安と亮真の制限
亮真の力を知るローラとサーラでさえ、今回の不殺ルールにより彼が本来の実力を発揮できないことに不安を覚えていた。彼の技の多くは敵を殺す、あるいは再起不能にすることを前提としていたためである。
試合開始と互角の攻防
試合は楠田の先制で始まり、近接戦とボクシングを交えた動きで優位に立った。一方で亮真も応戦し、御子柴流の技で対抗するが、互角の状態が続いた。決定打に欠ける展開に、両者は様子を窺いながら戦いを続けた。
御子柴流の制約と技の迷い
亮真が放った「流破」は本来ならば決定打となる技であったが、不殺を意識したことでわずかに威力が落ち、結果として決定打とはならなかった。技の迷いが、亮真の身体操作に微細な乱れをもたらしていた。
楠田の優勢と亮真の覚醒
楠田の攻撃が激化し、亮真は守勢に追い込まれる。しかしその中で、亮真は自らの迷いを振り払い、勝利を得るには全力を出すしかないと覚醒。渾身の明打に勝負を懸ける覚悟を決めた。
明打の構えと殺気の展開
亮真は「明打」の構えに入り、全身の関節と体重を乗せた一撃必殺の技を放つ準備を整えた。その技は殺気によって相手の動きを封じる術であり、完全な制御と覚悟が求められた。
勝負の決着と観衆の反応
楠田が間合いを詰めて放った右ストレートよりも早く、亮真の明打が炸裂。楠田は意識を失い、試合は決着を迎えた。久世が勝者として亮真の腕を掲げると、観客席から大歓声が巻き起こった。
感謝の言葉と賭けの成立背景
久世昭光は夜、須藤秋武の部屋を訪ね、交渉と試合の場を設けたことへの謝意を述べた。表向きは賭けに勝った亮真の側が有利な立場にあったが、須藤が提案を拒まず応じたからこそ交渉は成立したため、久世はその配慮に対して深い感謝を示していた。
江戸切子と異世界の肴
須藤は青い江戸切子の御猪口と徳利で酒を嗜みながら、用意されたイカの塩辛や梅水晶など日本風の肴を楽しんでいた。異世界では極めて貴重な品々でありながら、それを居酒屋風の贅沢として消費している様子は、異界での贅沢な日常を象徴していた。
デュランの処遇と策の提示
久世は旧友であるアレクシス・デュランの今後を懸念し、立場が危うくなるのではと危惧を示した。これに対し、須藤は病を装って屋敷に引きこもればよいと軽く受け流し、必要とあらば病死として処理する道もあると冷徹な選択肢を示した。
新国王の切り捨てと久世の納得
久世は新たに即位したミスト王国の国王、オーウェン・シュピーゲルが孤立する事実を確認し、須藤の冷静な分析に苦笑を浮かべた。オーウェンは兄王を暗殺して即位した人物であり、その末路に同情の余地はないと判断された。
忠誠の儀と“甕星”の名
久世は膝をつき、天外の君・甕星(みかぼし)としての須藤に忠誠と服従を誓った。その姿は臣下が王に仕える様相を超え、神に仕える礼拝の如く厳かであった。だが、それは土蜘蛛においては当然の儀式であり、須藤もそれを自然に受け止めていた。
儀礼への照れと制度への皮肉
須藤は礼に対して感謝を述べながらも、こうした形式が時代に合わなくなってきたことを自嘲気味に語った。自らが作った組織と礼儀作法に対して、変革の必要性を感じつつも、実際に改革を行うのは億劫であるという本音をこぼした。
雅への酒の使いと静かな服従
酒が切れた須藤は、久世に雅へ追加の酒を取りに行くよう命じた。久世は黙してこれに従い、忠誠を貫く姿勢を崩さなかった。主の望みを叶えるため、土蜘蛛の長老として、静かにその場を後にしたのである。
エピローグ
出席率の低さとドルネストの苦悩
オルトメア帝国宰相リヒャルド・ドルネストは、招集に応じた将が極少数に留まったことに失望し、自身の能力と威信の限界を痛感していた。皇帝の代理としての役割を任された彼にとって、それは屈辱としか言いようがなく、組織内の力関係や不信感が浮き彫りとなる状況であった。
【獅子帝の爪牙】の特異性と文官との確執
招集された【獅子帝の爪牙】は、全員が一軍を率いるだけでなく、戦略レベルで活躍できる人材であったが、癖の強い個性と独立心が強く、従属させるには難儀な存在であった。特に武官と文官の対立構造が根深く、両者の不信は対話を拒む壁となっていた。
帝都の地理的制約と遷都の困難
帝都オルトメアは国土の東寄りに位置し、領土拡大に伴い中央統治の拠点として非効率となっていた。遷都の必要性は理解されつつも、地形的・経済的・軍事的制約が多く、現実には移転が困難な状態が続いていた。
軍閥化の懸念と特権への警戒
【爪牙】たちは皇帝ライオネルから軍事分野における絶対的な裁量権を与えられており、命令拒否すら可能な特権を持っていた。ドルネストは将来的に彼らが軍閥化し、皇帝の制御が利かなくなる危険性を危惧していた。
ローゼンウォルドとギネヴィアの登場
会議では、副長ローゼンウォルドと女将ギネヴィアが圧倒的な存在感を示し、ドルネストの権威を形骸化させるかのように振る舞った。ローゼンウォルドの冷徹な言動とギネヴィアの暴言が会議の空気を支配していた。
シャルディナとロルフに対する暴言
ギネヴィアは皇女シャルディナと敗軍の将ロルフ・エステルケントを公然と侮辱し、ドルネストは怒りを押し殺しながらも沈黙せざるを得なかった。彼女の言動は皇室への冒涜であり、帝国の礼節を大きく損なうものであった。
ドルネストの怒りと沈黙の抵抗
ドルネストは理不尽な言動に耐えつつ、暴力によって裏付けられた権力の前に屈するしかなかった。その場での暴発を避けるために沈黙を選び、視線によって抗議の意志を示すに留まった。
ローゼンウォルドの介入と宰相への謝辞
ローゼンウォルドはギネヴィアの暴言を窘め、ドルネストに謝罪の意を示した。しかしその口調には皮肉と軽蔑がにじみ、宰相の権威は更に揺らぐ結果となった。
ロルフの敗北と御子柴家の勢力
ロルフの敗北は帝国の威信を傷つけたが、その相手である御子柴家の真の実力は未だ広く理解されておらず、情報封鎖により世間はその脅威を正確に認識していなかった。
ギネヴィアの出陣決定と仮面の対話
会議の終盤、ギネヴィアがザルーダ王国への派兵を命じられ、ジュリアスと共に皇太子の計画に沿って行動する意思を固めた。彼らは宰相ドルネストを欺く仮面の芝居を続けながら、帝国の新たな一手を打とうとしていた。
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ウォルテニア戦記シリーズ






























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