物語の概要
ジャンル:
異世界ファンタジー・スピンオフ外伝である。本編「ダンまち」の世界観を共有しつつ、神の眷属としてのアスフィの視点を中心に物語を紡ぐ作品である。
内容紹介:
如何にしてアスフィは《万能者(ペルセウス)》となったのかを描く物語である。アスフィのもとに「幽霊船」に関する冒険者の依頼が届き、用心棒のリューとともに幽霊船へ乗り込む。しかし、メリル・ネリーが幽霊にさらわれ、さらには疾風まで行方不明となる事件が発生。幽霊の群れ、仲間の消失、謎の霧――その先に待つのは在りし日の海底都市であり、アスフィの“故郷(海国/デイザーラ)”が関わる謎であった。
主要キャラクター
- アスフィ:本作の主人公。神の眷属としての立場を持ち、《万能者(ペルセウス)》を目指す存在である。幽霊船事件に巻き込まれ、己の過去と故郷に向き合う。
- リュー:アスフィと行動を共にする用心棒。彼女の護衛とともに、事件の核心へと足を踏み入れる相棒的存在である。
- メリル / ネリー:幽霊にさらわれた被害者たち。本事件の発端としてアスフィらの行動を動機付けるキャラクターである。
物語の特徴
本作の魅力は、「本編では語られなかったルーツと謎の掘り下げ」である。アスフィというキャラクターに焦点をあてることで、神の眷属としての出自、故郷との関係、過去の因縁などを深く描く構成となっている。また、「幽霊船」「海底都市」「霧の怪奇現象」といったダークなファンタジー要素も盛り込まれ、ミステリー・冒険色が強い物語である。アスフィの能力や役割が語られる過程は、本編の補完ともなり得る側面を持つ。
書籍情報
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか ファミリアクロニクル episodeアスフィ
(Is It Wrong to Try to Pick Up Girls in a Dungeon? Familia Chronicle)
著者:大森藤ノ 氏 /西島ふみかる 氏
イラスト: ニリツ 氏
発売日:10月15日
ISBN:978-4-8156-3297-7
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あらすじ・内容
如何にして彼女は《万能者(ペルセウス)》となったのか――
それは神の眷族が紡ぐ歴史の欠片――。
「『幽霊船』?」
多忙な日々を送るアスフィのもとに届いた冒険者依頼。港街沖に出没する謎の
『幽霊船』に、用心棒のリューとともに乗り込むヘルメス・ファミリアだったが、
「メリルとネリーが幽霊にさらわれた! それに……疾風まで!!」
数多の亡霊、消える仲間、相次ぐ怪奇現象。
船は魔境に誘うように海を進み、辿り着いた先は――在りし日の海底都市。
「私の故郷……海国(ディザーラ)!?」
混沌渦巻く霧と海の迷宮の中、究明の刃を【万能者】が突き立てる!
海国の王女が英雄の靴を履く前日譚も収録されたクロニクル・シリーズ第四弾!
感想
どこか掴みどころのないヘルメス・ファミリアに焦点を当てた物語。港街メレンで幽霊船《フォルケンバーグ号》を調査したアスフィは、仲間の裏切りと過去の幻影を乗り越え、アルテナ軍艦を撃破。故郷の象徴を自ら破壊し、苦労人として“英雄”の在り方を見出した【フォルケンバーグに 花束を】。ヘルメス・ファミリア誕生の原点譚。“鳥籠の王女”アスフィは外の世界に憧れ、救いを夢見ていた。白城でヘルメスと邂逅し、彼との出会いが彼女の運命を変えた【Damsel in distress ~Hello Perseus!!!~】
アスフィはヘルメスを蹴っても良いと思う。
フォルケンバーグに 花束を
オラリオの【旅人の宿】では、団長アスフィ・アル・アンドロメダが山積みの書類を前に徹夜で業務をこなしていた。援助報告、経費申請、魔道具発注、旅人支援など、ファミリアの仕事は際限がなかった。探索系の派閥でありながら、商業から外交まで首を突っ込むその方針に、アスフィは憤りを募らせていた。
そこへ主神ヘルメスが軽口を叩きながら帰還する。彼の放浪癖と気まぐれに振り回されつつも、アスフィは依頼書を抱え、ギルドへ提出に向かった。
提出先でギルド長ロイマン・マルディールに呼び止められ、ファミリアの虚偽報告と滞納税を追及される。徹夜明けの神経は限界を超え、アスフィは怒りを爆発させた。その結果、ギルド本部に怒鳴り込んだという噂が広まり、厳重注意を受ける羽目になる。
その直後、ギルドから新たな依頼が届く。内容は「港街メレン沖に出没する幽霊船《フォルケンバーグ号》の調査」であった。
アスフィ、ファルガー、ルルネ、メリル、ネリー、ローリエに加え、援軍としてリュー・リオンが合流。港街メレンでは漁師の行方不明事件が続発し、幽霊船の噂が広まっていた。潮風を嫌うアスフィの体調は優れず、海への嫌悪と故郷への複雑な記憶を覗かせる。
夜、調査に出た一行は濃霧の中で伝承の幽霊船と遭遇した。
船に突入したアスフィたちは、霧の中で仲間の姿を模した亡霊に襲われる。アスフィの前には、かつての団長リディス・カヴェルナの幻影が現れた。彼女は「まだ英雄になれていない」と諭すが、アスフィは過去と決別し「私は英雄ではなく、ただの苦労人です」と言い切った。
幻影の正体は“白夢花”を用いた魔道具による精神干渉であり、幽霊船自体がアルテナ勢力の超大型魔道具であると判明する。彼らは海底封印「リヴァイアサン・シール」のドロップアイテムを奪う陽動として、この船を利用していた。
戦闘の最中、仲間のローリエがアルテナの内通者であることが判明する。彼女は「故郷を教える」という甘言に騙され、スパイ行為に加担していたが、罪悪感に苛まれていた。アスフィは彼女を責めず、共に戦う意思を示した。
アルテナの軍艦二隻が出現し、幽霊船に砲撃を開始。リュー・リオンは星屑の魔法で砲弾を迎撃し、海上を駆けて敵艦に突入。続いてアスフィが飛翔靴で空から制圧し、爆炸薬で敵艦の魔導炉を破壊して二隻を轟沈させた。
この連携により戦局は逆転し、【ヘルメス・ファミリア】は完全勝利を収めた。
戦闘ののち、アスフィは自身の故郷「海国ディザーラ」の残滓である白亜の尖塔を破壊した。かつて閉じ込められていた“鳥籠”の象徴を自ら壊すことで、過去を乗り越えたのである。
同時にローリエの孤独を癒すため、幻影魔道具で“家族”の幻を作り、帰る場所はここ――ファミリアであると伝えた。
港街にガネーシャ・ファミリアの船団が到着し、アルテナの関係者は拘束された。アスフィたちはオラリオへ帰還し、裏切りを償うローリエは雑務を一手に引き受けることとなる。仲間たちは彼女に敬語を禁じ、日常の中で再び絆を築いた。
アスフィはヘルメスに報告を終え、かつての恩義と今の苦労を語り合った。ヘルメスは芝居がかった口調で彼女を「迷える子を救った英雄」と称えたが、アスフィは「私は英雄ではなく、苦労人です」と微笑で返した。
それでも、彼女の中には確かな信念が芽生えていた。「世界は英雄を欲している。誰かがその鐘を鳴らすべきだ」と。
帰還後、アスフィは再び膨大な書類に埋もれていた。自らの魔道具事業の成功が、彼女を更なる過労に追い込んでいたのである。それでも仲間たちの笑い声と、主神の軽口が響く【旅人の宿】には、かつての孤独な少女の面影はなかった。
“空翔ぶ靴”を完成させた今、彼女は確かに空を歩む英雄――いや、万能なる苦労人として、オラリオに生きている。
Damsel in distress ~Hello Perseus!!!~
アスフィは夜空の下、海原に浮かぶ船と戦う人々を望遠鏡越しに見つめ、外の世界に憧れを募らせていた。彼女は人々の暮らす街を遠くから見つめるだけで、自らは触れることすら許されない“鳥籠の中の王女”であった。
城内では隠し通路を駆使して道具作りに没頭し、破壊された残骸を再利用して小さなオルゴールを完成させる。その行為は、孤独と恐怖から心を守るための唯一の救済であった。彼女は「一度でいい、ペルセウスのような誰かが私を救いに来てくれたなら」と密やかに祈るようになる。
同時期、ヘルメスと従者リディスは、アルテナ勢力の動向を探るため白城カシオペアへ潜入していた。やがて隠し通路の奥で彼らは一人の少女――アスフィと遭遇する。アスフィは二人を通路の創造者と誤解し、感謝を伝える。ヘルメスは芝居がかった口調でそれを肯定し、彼女を安心させた。
アスフィが自らを“カシオペアの鍵”として城を維持する存在だと語ると、ヘルメスはその非人間的な運命に胸を痛める。自由を奪われた少女と、自由を愛する神。二人の邂逅は後の運命を大きく変えるものとなった。
本編は“英雄を待つ者”としてのアスフィを描くことで、後に【万能者】として活躍する彼女の内面――閉ざされた世界から救済を求める希求――を明らかにしている。
タイトル「Damsel in distress(窮地の乙女)」と副題「Hello Perseus!!!」は、彼女の中にある“救われたい願い”と“救う者への呼びかけ”を象徴しており、ヘルメス=ペルセウスとの出会いがその祈りの成就であったことを示している。
この短編は、アスフィの孤独と知性、そしてヘルメス・ファミリア結成の原点を描く、ファミリアクロニクルの中でも特に重要な物語であった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
フォルケンバーグに 花束を
1
アスフィの疲弊と書類地獄
アスフィ・アル・アンドロメダは【ヘルメス・ファミリア】本拠『旅人の宿』の執務室で、山積みの書類を徹夜で処理していた。終わらないと嘆きつつ、援助先の報告や潜入同僚の経費申請、魔道具の大量発注、旅人支援など多岐の案件に的確な指示を書き入れ続けていた。美貌は隈と蒼白でやつれ、死ぬと零すほどに消耗していたのである。
節操なき業務拡張への鬱憤
派閥は探索系でありながら商業や運び屋、取次ぎや仲裁、旅人支援まで手を広げ、金にならずとも面白ければ首を突っ込む運営方針が続いていた。アスフィは節操なしと断じ、内勤と外勤の両立を強いられる現状に怒りを募らせていた。
徹夜明けの主神帰還
徹夜で片づけ切った直後、ヘルメスが軽口を叩きながら現れた。投資失敗の売れ残りであるレモンパイを渡そうとし、さらにオリンピア巡検やプロメテウス探索に誘ったため、アスフィは気まぐれな放浪癖と無責任さに苛立ちを強めた。都市外担当の面倒を見るよう一任されると、結局自分でやった方が早いと判断し、最後の提出のため本拠を出た。
ギルド長ロイマンの詰問
提出を終えた直後にロイマン・マルディールと鉢合わせし、執政室へ連行された。ロイマンは【ファミリア】全体のレベル虚偽報告と滞納税の支払いを迫り、創設神ウラノスの神意を持ち出して追及した。嫌味と威圧、飛び散る唾まで重なり、徹夜明けの神経は限界へ追い込まれていった。
臨界と大騒動
アスフィは胸倉を掴み、自由になりたいのに誰もかれも仕事を押し付けるなと怒号した。最上階から轟く怒声と悲鳴で上層部が駆け込み、事態は収束したが、厳重注意を受ける結果となった。噂は【万能者】がギルド本部にカチコミを入れたと広まり、アスフィはやってしまったと自省した。
新たな依頼と幽霊船
階下で受付嬢ミィシャ・フロットからウラノスの名で届けられた書状を受領した。内容を確認したアスフィは顔色を変え、依頼対象が幽霊船であることを把握したのである。
2
本拠での作戦会議と依頼の全容
【ヘルメス・ファミリア】はリビングに集い、アスフィが『幽霊船』調査依頼の内容を説明した。十日前から港街メレン沖で怪異が噂され、漁師や先遣の冒険者が消息不明となっていた。行方不明の漁師は【ニョルズ・ファミリア】所属で、冒険者側にもLV.2が含まれるため、事件性は濃厚と判断された。ウラノスの指名で事実上の強制任務となり、翌朝の現地調査が決定したのである。
メンバー編成と援軍要請
戦力・搬送要員の不足を踏まえ、アスフィは援軍の同行を決断した。到着したのは元【疾風】のリュー・リオン(冒険者資格剥奪中、実力LV.4)である。彼女はアスフィとの相互扶助の縁に報い、用心棒役として加わった。現地へ向かう主力は、アスフィ(LV.4)、ファルガー(前衛)、ルルネ(盗賊/斥候)、メリル(小人族の魔導士)、ネリー(サポーター)、ローリエ(魔法剣士)であった。公式等級Fは偽装であり、実態は中堅級の戦力であると示された。
港街メレン到着と状況整理
一行はロログ湖畔の港街メレンに入った。ここは海上交易の要衝であり、湖最深部には『海竜の封印(リヴァイアサン・シール)』が存在していた。市中聞き込みの結果、幽霊船は「深夜・湖峡の外側の沖」に出没し、同時期に汽水湖のモンスター活性化が指摘された。情報収集中、酔客風の船乗りが「あれは『フォルケンバーグ号』だ、近付くな」と忠告したが、確証は得られず尾行は見送られた。
アスフィの体調不良と出自の示唆
潮の匂いと波音に、アスフィは一時的な不調を訴え、ローリエに伴われて休息を取った。会話の中で、アスフィが海洋国の出身であり、海や潮騒を煩わしく感じて故郷を離れた過去がほのめかされた。彼女は「望郷の情は持たない」と述懐し、心情を語ったことで幾分か気分を持ち直した。
出航準備とリューの合流
日没後、小舟を借りて沖合調査へ。準備の最中、アスフィとリューは軽口を交わし、緊張をほぐした。ファルガーが櫂を取り、闇の海へと漕ぎ出した。
濃霧の来襲と異臭
湖峡を越える頃、海面を滑るように濃霧が発生し、視界は乳白に閉ざされた。風がないのに霧は船縁を舐めて這い上がり、鉄錆のような匂いが立ち込めた。音も吸われるように消え、緊張の中で全員が前方を注視した。
幽霊船《フォルケンバーグ号》の顕現
霧の白壁を割って、大型帆船が姿を現した。裂けた帆、軋む鎖、崩れかけた女神像、朽ちた砲列――全長およそ六十メドル、四層構造と見て取れた。主帆柱には黒地に一つ目髑髏の旗。アスフィはそれを確認し、一行は目の前の存在が伝承の『フォルケンバーグ号』に連なる怪船であると理解したのである。
3
幽霊船への突入と班分け
アスフィ達は縄梯子で上甲板へ。足跡や残り香から「最近、人がいた」形跡を確認し、三班に分かれて下甲板の捜索を開始。編成は〈アスフィ&ルルネ〉、〈リュー&ローリエ〉、〈ファルガー&ネリー&メリル〉。
船が“目覚める”異変
船体が吠えるように揺れ、直後に不自然な静寂。ローリエが血相を変えて戻り、リューが「亡霊」に攫われ消えたことを告げ、リューの小太刀を差し出す。
航海室の惨状と初遭遇
悲鳴の方角(前部区画)の航海室では、ファルガーの大剣とネリーのバックパックのみ残存。天井には無数の半透明の腕が伸び、ネリーとメリルが操り人形のように拘束されていた。
アスフィの剣もローリエの水魔法も亡霊をすり抜け無効。アスフィは爆炸薬で霧と亡霊の追撃を一時的に散らし、いったん撤退を決断。
団長としての立て直し
ルルネとローリエが取り乱す中、アスフィは「恩恵数が減っていない=行方不明者は生存」という理で鎮静。「生還こそ成功への鍵」を掲げ、再探索を指示。
後部区画の探索と手掛かり
リューが消えた船倉へ。ローリエの証言では、リューは亡霊出現後に混乱し空振りの連撃、群れに取り込まれて消失。床には白い粉末や結晶(塩らしきもの)を確認し、アスフィは内心で手がかりを得る。
“亡霊”の正体が揺さぶる心
再び霧が満ち、亡霊の群れが出現。ルルネとローリエの前に現れたのは、過去に散った【ヘルメス・ファミリア】の同胞たちの顔——シリル、エリオン、ヴェルト、ティセル、ロアナ……。二人は罪責と動揺で硬直。
そしてアスフィの前にも“彼女”が現れる。天井から見下ろす美声の亡霊は、前団長リディス・カヴェルナ。アスフィはその名を震えながら呼ぶ——。
4
リディスの幻影と自己対峙
リディス・カヴェルナは、生前のままの美しさで現れた。淡い金髪を編み、静かな気品を湛えたその姿は、アスフィが最も尊敬し、同時に苦手とした前団長であった。しかしその幻影は、悲しげな眼差しでアスフィを見つめ、彼女の未熟を責めた。「まだ【英雄】になれていない」との言葉に、アスフィは静かに受け止め、自身が“英雄”ではなく“苦労人”であることを肯定した。彼女は「英雄になりたいとは思わない」と断じ、亡霊を斬り捨て、過去との決別を果たしたのである。
亡霊の正体と幻の構造
アスフィは短剣に“火散灰(エヴァン・パウダー)”を振りかけ、幻影を切り裂いた。その結果、亡霊たちは“白夢花”の花粉と魔力で構成された幻であることが判明した。霧そのものが呪詛のように作用し、心の隙を読み取って幻を生み出す仕組みであった。ルルネとローリエが見た仲間の亡霊も、実際は各自の記憶と後悔から作られた幻影であったのである。さらに、天井に吊るされていたネリーとメリルは、ロープと幻影を重ねた偽装であった。
偽ファルガーの暴露と捕縛
途中で合流した“ファルガー”は偽物であり、ルルネが「朝の食事はレモンパイだった」と指摘して即座に見破った。ヘルメス派の流儀どおり無駄話を利用した罠であり、アスフィと連携して敵を制圧。捕縛後、自白剤によってこの船が“アルテナ”関係者の工作であることを突き止めた。
アルテナの陰謀とアスフィの推理
アスフィは、この幽霊船そのものが“超大型魔道具”であり、霧を撒いて幻影を生み出す装置であると断定した。アルテナの魔術師たちは、ロログ湖最深部の“海竜の封印(リヴァイアサン・シール)”からドロップアイテムを奪取するため、幽霊船騒ぎを囮に使っていたのである。オラリオの注意を引く陽動として船を漂わせ、実働部隊は別の偽装船で封印破壊を進めていた。アスフィはこの計画をすべて読み解き、船長フォルケンバーグに詰問した。
疾風の乱入と船長の制圧
リュー・リオンが外壁を木刀で破壊し、怒りの疾風となって突入。メリルとネリーを救出し、船長と部下を瞬く間に鎮圧した。本物のファルガーも海面から再侵入してリューと合流。アスフィが“吹き込み貝(ヴォイル・シェル)”で事前に録音した指示が彼に届いており、敵の攪乱と救出作戦は完璧に遂行された。
幽霊船の動力と新たな異変
船底では、水晶球群が並び、行方不明の漁師と冒険者たちが魔力吸引のため磔のように拘束されていた。アスフィとファルガーが解放作業を進める中、伝声管を通じてネリーから「船が勝手に動いている」と報告が入る。幽霊船は自動航行を始め、港街を離れ沖へ進み出した。
沈んだ都とアスフィの原点
夜明けの海原にて、船が辿り着いたのは海中に沈む巨大な白亜の都市であった。建造物群は珊瑚と海藻に覆われ、中央には崩れかけた城が聳えていた。その光景を見下ろしたアスフィは愕然とし、震える声で呟いた。「私の故郷……海国」と。物語は、彼女の過去と出自の核心へと踏み込んでいったのである。
5
海底の都と尖塔
団員たちは甲板に集結し、海中に沈んだ白亜の都と海面上に突き出た尖塔を確認した。幽霊船は自動航行で沖へ出ており、アルテナ勢が尖塔に「海竜の封印の欠片」を保管しているとの自白情報が共有されたのである。
編成と潜入
アスフィは自身の出自ゆえ城内地理に精通しているとして、ローリエと二名で尖塔へ潜入すると決定した。残留組は尋問・対艦警戒・魔道具補給を分担し、幽霊船は城上部に横付けされた。
荒廃した城内
尖塔上階は海鳥や海生生物に侵食され、虚無感のみが残る廃墟であった。水没階を避けて上階を進みつつ、アスフィはアルテナの真意が「封印奪取」だけではないと推理を展開したのである。
“餌”としての欠片と結界装置
最上階手前で「封印の欠片」を発見。アスフィは飛針で床下機構を誘爆させ、埋設の結界発生装置を破壊。欠片は“囮”であり、制圧時に第二標的――【万能者】アスフィ自身――を拘束・引渡す罠であったと断じた。
ローリエの露見
アスフィは論拠(リューの閃光被弾、隊列と死角管理、行動誘導、結界発動条件)を積み上げ、ローリエがアルテナの内通者であると指摘。同時に、隠し通路経由でファルガー・リュー・ルルネが尖塔上層の武装隊を先行制圧し、援軍の芽を摘んだのである。
内通の動機
ローリエは故郷喪失の過去と強烈な帰属渇望を吐露。アルテナの主神に「協力すれば故郷の在処を教える」と唆され、白夢花由来の“白の夢幻”に希望を託したが、実効は“過去五年”程度と判明して絶望し、内心では途中で断念していたと告白した。
アルテナの狙い
アルテナは「海竜の封印」だけでなく、稀代の魔道具作製者であるアスフィの身柄と技術をも狙っていたと推定される。選民思想の延長として、他勢力の“最強魔導士/発明者”を許容しない執着が背景にあると整理された。
戦況の急変と標識破壊
外海にアルテナの軍艦二隻が接近・砲撃。ローリエのブローチが発信器兼盗聴具であったと判明し、ルルネが即破壊。アスフィは交戦準備と同時に「やるべき作業」へ移行し、対処の指揮を切ったのである。
配置と交戦開始
リューは「暴れ足りない」と宣し尖塔から飛出し迎撃へ。ファルガーは失神した魔術師を担いで幽霊船へ後送(非常時の人質・交渉資源化)。ルルネはローリエの身柄確保と同行を担当し、「使える者として戻れ」と暗に復帰を促した。
アスフィの統制
全行動はヘルメス流の“無駄会話なし・布石多層”の原則に則り、隠し通路の地図配布、吹き込み貝による秘匿指示、結界破壊、陣形管理で一貫していた。尖塔制圧と同時に対艦戦へ移行する段取りが完成し、次段の反撃が始動したのである。
海上戦の開始と幽霊船の危機
塔外で海上戦が始まり、アルテナの軍艦二隻が幽霊船に舷側砲撃を集中させようとしていた。魔力砲弾と後衛魔導士級に匹敵する威力の砲撃が着弾修正を重ね、ネリーとメリルは魔法や魔道具の射程不足から為す術もなく、幽霊船は万事休すの状況に追い込まれていたのである。
リューの迎撃と強襲上陸の決断
砲弾が殺到する直前、尖塔上からリューが星屑の魔法を放ち、飛来弾を撃ち落として着弾を阻止した。リューは落下を制して幽霊船に着地すると、氷の魔剣で海面に足場を作らせ、敵艦に殴り込みをかける方針を示した。ネリーが覚悟を決めて氷の島を連続生成し、リューは足場を跳び渡って敵艦へ突入したのである。
後衛偏重の敵編成を突いたリューの電撃戦
敵は魔導士主体で後衛偏重の編成であり、近接戦への対応が遅れた。リューは詠唱を許さない速度で甲板上の魔導士を次々に無力化し、敵の動揺を誘った。しかし、数の優位と魔道具の支援で上級層が対処し始め、リューの行動範囲は次第に後方へ押し込まれていった。ファルガーは時間稼ぎの参戦を決めかけたが、その必要はなくなったのである。
アスフィの飛来と制空権の掌握
飛翔靴を操るアスフィが尖塔から飛び立ち、上空から戦況を制した。アスフィは急降下からの薙ぎ払いで甲板の魔導士を一掃し、燕のような連続機動で二隻間を縦横に移動して牽制した。続いて自作の爆炸薬を艦橋や開口部へ精密投下し、指揮系統と移動動線を破壊して敵艦の機能を奪ったのである。
魔導炉への致命打と二隻の轟沈
アスフィは通気口に爆薬を送り込み、時限的に魔導炉へ到達させる工程を完遂した。内圧破壊と誘爆が連鎖し、舷側が吹き飛ぶほどの損壊を引き起こして二隻とも内部から爆散した。船体は真っ二つに折れて渦を巻きつつ沈下し、アルテナ軍艦二隻は一方的な蹂躙の末に轟沈したのである。
アスフィとリューの救出場面と心情の緩和
アスフィは戦場からリューを抱えて離脱し、最適解としての艦沈め戦術を示して彼女の昂ぶりを鎮めた。リューはお姫様抱っこに頬を染め、友誼に支えられつつ緊張を解いた。ファルガーは自らの参戦が時間稼ぎ以上の意味を持たなかったことを理解し、空を制する戦略の決定力を認めたのである。
ローリエの罪責感とアスフィの選択
ローリエは仲間に戻ることを拒み、自責から自らの処断を望むまでに追い詰められていた。アスフィはネリーから魔剣、ファルガーから大剣を預かり、飛翔靴で浮上すると、生まれ故郷の塔へ攻撃を開始した。アスフィは自らの手で故郷を破壊し、根無し草として同じ地点に立つことで、ローリエの孤独と対峙する覚悟を示したのである。
霧の巨人の出現と空の英雄譚の再演
沈没艦から流出した霧の魔道具の力が記憶と恐怖を寄せ集め、霧の巨人のような幻が現出した。アスフィは両手の剣で幻影を払い、尖塔を粉砕して都の残滓を海底へ沈めた。その戦いぶりは海の怪物と戦い生贄を救う英雄譚を想起させ、荘厳かつ気高い光景としてローリエの目に宿ったのである。
幻の家族の創出とローリエの再起
アスフィは白夢花に細工を施し、改造した魔道具で【ヘルメス・ファミリア】の幻影を生成してローリエの傍らに常在させた。孤独を否定し、帰る場所はここだと明言することで、ローリエは涙を流して感謝を示し、彷徨いをやめる微笑を取り戻したのである。アスフィは自身の故郷を棄てた事実をもって同胞性を提示し、ローリエに新たな家を指し示した。
事後処理と上位意思の影
その後、港街と連携した【ガネーシャ・ファミリア】の船団が現場に到着し、生存するアルテナの魔導士や密航船を拘束してオラリオへ連行した。海竜の封印略奪を含めた追及材料として用いる方針が示され、ルルネは全てがギルドの掌上にあると感じた。アスフィは神の掌上という含意を示し、上位の意図が働いていた可能性をほのめかしたのである。
贖罪の“洗礼”と日常復帰
依頼を終えた【ヘルメス・ファミリア】本拠『旅人の宿』で、ローリエは裏切りの償いとして雑務を一手に引き受けた。掃除、料理、肩揉み、余ったレモンパイの完食まで科され、仲間はあえて“こき使う”ことで罪悪感に沈ませない配慮を示したのである。
敬語禁止令と距離の再構築
ルルネとネリーは、形式張った敬語をやめるよう提案し、ファルガーは「それが罰だ」と後押しした。ローリエは動揺しつつも敬語を改め、関係の再構築に踏み出したのである。
“恋”という処方箋とエルフの反射
メリルとネリーは砕ける練習として“恋”を勧めたが、貞操観念の強いローリエは真っ赤になって一蹴した。軽口が飛び交う卓を前に、彼女の頬には照れを帯びた笑みが戻りつつあった。
アスフィの過労と“万能”の自己矛盾
アスフィは幽霊船任務帰還直後、山脈のような決裁書類に押し潰されかけた。魔道具事業を牽引するがゆえの自縄自縛であり、「万能者」が自分の首を絞める構図が露呈したのである。
ヘルメスの“符牒”と盗聴対策
廊下でヘルメスに遭遇したアスフィは、主神の発言が最初から“符牒”であったと看破した。アルテナの高性能通信・盗聴の噂を踏まえ、ヘルメスは「反逆」「オリンピア」などの比喩で間接的に警告していた。ローリエのブローチ型盗聴器の存在を鑑みれば、直接指示を避けた配慮は理に適っていたのである。
掌の上の段取りと落とし前
【ガネーシャ・ファミリア】の即応、ギルドの手配、ウラノスとの示し合わせ――事後の捕縛・交渉は周到であり、アルテナにはしかるべき賠償が課される見通しであった。ヘルメスの関心は、最終的にローリエが“後腐れなく”帰還できる道筋の確保にあったとアスフィは理解した。
故郷消失の事実と“家”の定義
アスフィはヘルメスにローリエの故郷を質し、谷の竜により滅んだ事実を確認した。軽やかな喧噪が満ちる居間の音を背に、アスフィは“帰る場所”の喪失を静かに受け止め、だからこそ今ここに“家”を築く意義を再確認したのである。
英雄観の再表明
白い霧の“幻”が映した内奥の願望を踏まえ、アスフィは“世界は英雄を欲している”という実感を新たにした。下界に英雄到来の鐘はまだ鳴らないが、誰かが鳴らすべきであるという決意を滲ませた。
労いの要求と軽妙な主従
疲労困憊のアスフィは、ヘルメスに高級スイーツでの労いを要求し、渋る主神を一喝して了承させた。やがてヘルメスは芝居がかった所作でアスフィを称え、「迷える我が子を救った英雄、可愛い王女」と持ち上げる。アスフィは軽口でいなしつつ歩を進め、二人は親でも主従でもありきたりに収まらない距離感のまま、英雄の都を肩を並べて歩いたのである。
Damsel in distress
~Hello Perseus!!!~
1
白亜の城と夜空の少女
島の中央には白い石で築かれた壮麗な城がそびえ、夜の星明かりに照らされて輝いていた。上階のバルコニーに立つ少女アスフィ・アル・アンドロメダは、水色の髪と白い寝衣を揺らしながら望遠鏡を覗いていた。彼女は水平線の彼方に船を見つけ、海の魔物に襲われるその船を必死に見守っていた。船員たちが炎の力で魔物を退けると、アスフィは喜びの声を上げて飛び跳ねたが、すぐに自らの行動を悔い、夜更けに抜け出していることが露見しないよう息を潜めた。
閉じられた世界と果てしない憧れ
静けさを取り戻した夜、アスフィは再び望遠鏡を覗き、広がる海原と賑やかな城下町を見渡した。街では人々が語らい、笑い合い、恋人たちが寄り添っていたが、彼女はその光景を眺めるだけで触れることはできなかった。自らの手で作った望遠鏡の向こうに見えるのは、決して踏み出せない世界であった。海に囲まれたこの島「セタス」は、アスフィにとって檻のような場所であり、外の世界へ出ることは許されていなかった。
夜空への願い
孤独と頭の奥に響く不快な音に耐えながら、アスフィは夜空を仰いだ。冷たい風に髪を揺らしながら、空から誰かが自分を助けに来てくれるようにと願った。その思いは、英雄ペルセウスのような存在への憧れであった。星々に手を伸ばすも届かず、指先を静かに下ろす彼女の瞳には、幼いながらも諦めと祈りが交錯していた。これは、ディザーラ王国第九王女アスフィが十歳の誕生日を迎える一週間前の出来事であった。
2
リディスの悪戯な朝
旅の最中、ヘルメスは硬い床でも熟睡できるほど逞しい体を持っていたが、今朝ばかりは安眠を邪魔された。愛らしくも危険な眷族リディスが猫撫で声で呼びかけ、彼の腹の上に跨っていたのである。甘い声で誘惑する彼女に、ヘルメスは降参の意を示して両手を上げた。だが、彼女は頬を掴んで容赦なく引っ張り、神の顔を前後左右に揺さぶる。ようやく機嫌を直したリディスは軽やかに立ち上がり、ヘルメスは痛みに呻きながらも起き上がった。二人は軽口を交わし、神と眷族の間に流れる親密で奇妙な信頼関係を覗かせた。
ヘルメスとリディスの関係
ヘルメスは長身でしなやか、橙色の髪を持つ端正な神であり、旅人の服を纏っていた。対するリディスは灰金色の髪を編み込み、無邪気さと色香を併せ持つ美しい女であった。彼らは実の兄妹ではなかったが、互いの軽妙なやり取りには信頼と親愛が込められていた。冗談を交えながら本心を語り合う二人の距離感は、他の誰にも真似できないものだった。それは【ヘルメス・ファミリア】の主神と団長として長年連れ添ってきた絆の証でもあった。
旅立ちと目的地の発見
身支度を整えたヘルメスは羽付きの鍔広帽子を被り、懐中時計を確認するとリディスに用件を尋ねた。彼女は呆れたように微笑み、兄さんが言った通り島が見えたから起こしたと答えた。その言葉を残して甲板へ向かうリディスの後を、ヘルメスは追った。潮風が吹き抜ける帆船の甲板に出ると、夜が明け始め、海の彼方に目的の島が姿を現していた。男神は目を細め、静かに呟いた。あれが「セタス」――海洋国が誇る「天秤の魔物」である、と。
島国ディザーラと孤島セタス
ディザーラは大陸最西端の迷宮都市オラリオから南の海域に広がる島嶼国家であり、起源を古代に遡る世界勢力の一つであった。四千以上の島々から成り、その北西端に位置する孤島セタスが今回の目的地である。ヘルメスは観光を装って入国したが、眷族も周囲もその表向きの意図を信じてはいなかった。
検問通過と偽装身分
港で検問官に止められたヘルメスは、帝国の署名が入ったアルベラ商会の通行証を示して通過した。賄賂は逆効果と見て退け、メルセスと名乗る若商人へ成りすました。リディスは有能秘書リンリンとして振る舞い、軽口を交わしながらも人混みでは冷ややかな秘書像を演じて周囲の警戒をやり過ごした。
白と青の都景観
城下に入ると白い石造建築と抜ける青空が強い対比を成し、列柱とアーチ、帆布の天幕が祭礼の装いのように風にはためいていた。水路には子どもが模型船を浮かべ、貝や珊瑚の飾りを身につけた住民が行き交っていた。ヘルメスは古代の気配を帯びた街並みに目を細めた。
リヴァイアサンの抜殻国家という正体
ディザーラの本性は海の覇王リヴァイアサンの抜殻上に築かれた国家であった。大いなる怪物に近付くモンスターはいないため、抜殻にはモンスター避けの特性が残り、古代の住民は半恒久的な平和を享受した。抜殻は堅固で、共同体はやがて都へ発展した。国土の多くは抜殻かその破片で構成され、海の楽園として長き泰平が続いたのである。
討伐作戦の余波と落洋の日
数年前、オラリオ主導のリヴァイアサン討伐が決行された。魔石が砕かれた瞬間、抜殻の大半は消滅し、ディザーラ領の多くの島が海に沈んだ。事前に学区や海の【ファミリア】の協力で大移動が行われ、王族は残存見込みの島へ遷都したが、国は未曾有の混乱に陥った。討伐成功は第二の偉業の日と称えられる一方、海竜の地盤を失った都が沈んだこの日は落洋の日として記憶された。
外交的孤立と派遣戦力
ディザーラは長らく世界の破滅抑止に非協力的で資金提供にも消極的だったため、討伐計画への抗議は下界中から退けられた。討伐後の防衛と治安維持のため、【ポセイドン・ファミリア】派遣が取り決められたが、国家は栄枯盛衰の表裏を突き付けられた形である。
セタスが保たれる理由
セタスが存続するか滅亡するかは天秤のごとく不安定だとヘルメスは語った。抜殻の消滅を防いでいるのは島中央の白城であり、その正体は城型の超特大魔道具カシオペアであった。これは討伐前にディザーラが死に物狂いで完成させた装置で、効力は抜殻の保持である。
ネレウスの方針と魔道具国家
ディザーラは神時代に国家系ファミリアとなり、海神ネレウスを主神に戴いた。運営の多くは眷族が担い、長期の平和は魔道具技術の向上に注がれた。結果、魔法大国に次ぐ魔道具生産国家として世界勢力に数えられる実力を備え、カシオペアによりセタス以外にもいくつかの島が消滅を免れたとされた。
屋上の臨時拠点と真の目的
尾行者を撒いたヘルメスとリディスは、城下西側の屋上に臨時の拠点を設営し、酒肴を並べて情報整理に移った。ヘルメスはセタスがオラリオ進攻の拠点化を画策しているという風聞を示し、魔法大国を背後にした動きの可能性を示唆した。さらに大神による第二の黒竜討伐計画が内々に進行し、成功しても下界の多くが焦土になり得ると述べ、救界を巡る神々の思惑が一枚岩でない現実を確認した。
英雄探しと外道の本音
リディスはセタスに英雄候補がいるのかと探りを入れたが、ヘルメスの主眼は将来的脅威となり得る拠点の実情把握と、場合によっては島を沈める策の模索であった。侵略者予備軍に遠慮は無用だと本音を漏らしつつ、哀れな王女を救うためという大義名分が欲しいと結んだ。カシオペアが守る白亜の城と王女の存在は、彼にとって介入の口実たり得る要点であった。
面会の予告と“お人形”の役割
アスフィ・アル・アンドロメダは最上階の居室で母ジエーヌから国王来訪を告げられ、模範的な返答を求められた。彼女は城外を知らず、与えられた学習と稽古のみを許される“お人形”として振る舞うことを強いられていたのである。
母の豹変と望遠鏡の破壊
ジエーヌは寝台下に隠されたアスフィの手製の望遠鏡を見つけ、激昂した。被害妄想に駆られた叱責は娘の創意そのものを否定し、望遠鏡は床で粉砕された。アスフィは怯えつつも、壊れた部品を抱きしめて涙を堪えるしかなかった。
王ウノームの来訪と“楽園”の詭弁
王は体裁を整えつつアスフィを諭し、白城カシオペアを「世界に二つとない楽園」と称した。外は危険、此処こそ安息――という論理で軟禁を正当化する言葉である。アスフィの問いかけ(共に暮らせるのか)に対し、王は責務を口実に退いた。
隠し通路と“秘密基地”
両親が去るや、アスフィは壁燭台の仕掛けで隠し扉を開け、隠していた“七代目”望遠鏡を取り出した。城内に張り巡らされた隠し通路と小部屋は、彼女だけの逃避と学習の場であり、道具作り(望遠鏡もどき、魔石灯の模造、奇妙な履物など)に没入する“秘密基地”であった。
断片から繋がる真相――“礎”としての王女
通路越しに聞いた兵と女中の会話から、カシオペアは「王家の血」を鍵に起動し、抜殻島セタスを維持する巨大魔道具であることが示唆された。正統名“ディザーラ”を与えられないアスフィは、正式な教育も【神の恩恵】も与えられず、ただ城を動かす“礎(かなめ石)”として閉じ込められている存在であった。末子かつ低序列の側妃ジエーヌとともに辺境へ押し込められた経緯も、彼女の推論を裏付けた。
道具作りという自己回復
母に壊された残骸を活かし、アスフィは小さな自鳴琴(オルゴール)を完成させた。薄闇での作業は視力を奪い始め、次は眼鏡を作ろうと独学の意欲を新たにする。創作は“嫌な音”に蝕まれる心を静める唯一の手段でもあった。
“鳥籠”の自覚と救済への希求
隠し部屋の書物――英雄譚を前に、アスフィは自らが鳥籠の中の“道具”である自覚に到達しながらも、なお微かな夢を抱いた。「一度だけでいい、誰か――ペルセウスのような誰かが、ここから連れ出してくれたなら」。その祈りは、白城を支える“鍵”にされた王女の、静かな決意と救済への希求であった。
岬の彫像と“知の英雄”
ヘルメスは夕映えの岬で、魔物の首を掲げる英雄ペルセウス像に金貨を捧げ、静かに敬意を表す。リディスは“道具使いの英雄”という伝承を軽口でいじるが、ヘルメスは古代の精霊の加護と知恵を駆使した「大いなる道具使い」としての偉業を擁護する。ディザーラが魔道具国家として歩んだ背景に、この英雄の偶像化が与えた追い風を示唆した。
王の動きと“今日”という火種
ヘルメスは、普段は王都にいるウノーム王が本日お忍びでセタス来訪との情報を掴んでおり、「何かが起きるなら今日だ」と判断。オラリオ侵攻の足掛かりになり得る動きの有無を探るべく、白城カシオペアへの潜入を決める。
軽業の侵入と城内探索
正門の衛備を避け、リディスが城壁に登ってロープを下ろし、二人は中庭から二階東翼のテラスへ侵入。ヘルメスは“大型荷の搬入なら地下、小型なら上階”と踏み、直感で上層を選択。行政棟・兵舎をかいくぐりつつ、目的の痕跡を探す。
検知と追跡――そして“もう一つの城”
侵入者検知の魔道具が作動し、兵が網を狭める。逃走経路が塞がる中、ヘルメスは壁厚と部屋配置の“辻褄の合わなさ”から隠し構造を看破。石材を押すと回転壁が開き、精巧な隠し通路が現れる。ヘルメスは“神秘持ち”の技師が関与した匠の仕事だと賞賛し、掠れた古代海国語の署名を読みかける(「生贄の…婚約…アー…ゲ―」)が、その時――。
灯りと足音、そして邂逅
通路奥から小さな足音と魔石灯の光。怯えながらも近づく年若い足取りの主が階段を下り、青いドレスの少女の姿が光の中に現れる。ヘルメスとアスフィは互いを見つめ、息を呑んで立ち尽くす――白城の“鳥籠”で、英雄を待ち続けた王女と、英雄を探す神が、ついに同じ闇路で出会った。
3
少女の出現と誤解
リディスと共に隠し通路を進んでいたヘルメスの前に、一人の少女が現れた。少女は自らをこの「カシオペア」に閉じ込められた者と称し、二人を通路の創造者と誤解した。意味が分からず戸惑うリディスをよそに、ヘルメスは芝居がかった態度でそれを肯定した。少女は歓喜に満ちた表情を浮かべ、感謝の言葉を述べた。
アスフィの自己紹介と偽名の応酬
少女は自らをアスフィ・アル・アンドロメダと名乗り、ヘルメスに名を尋ねた。ヘルメスは咄嗟に「ダイダロス」と偽名を名乗り、名工の三十代目を装った。アスフィはそれを信じ、目を輝かせて称賛した。リディスは呆れながらも従者として紹介される形となり、三人は会話を続けた。
神と眷族のやり取り
アスフィを案内する途中、リディスはヘルメスの行動を咎めた。ヘルメスは嘘を重ねた理由を「一目惚れ」と語り、アスフィを自らの眷族に加えたいと明かした。リディスは軽蔑を示しつつも、嫉妬を隠すように主神を殴って憂さを晴らした。アスフィは二人のやり取りを不思議そうに見つめたが、やがて案内を続けた。
少女の身の上と神の感慨
会話の中でアスフィは自分が「カシオペアの鍵」として城に住んでいると語った。リディスはその境遇に眉をひそめ、自由を愛する自分には理解しがたいと感じた。ヘルメスは「礎の計画」という名を聞き、自らの子の名付けを思わせる皮肉に似た感慨を覚えた。彼は超越者として状況を受け入れながらも、鳥を籠に閉じ込めるような王家の行いに興味を失った。
秘密基地での問いと願い
アスフィは二人を自分の秘密基地に案内した。部屋は雑然としていながらも整頓されており、彼女は恥ずかしそうに机を片付けた。そしてヘルメスに、自分のためにこの場所を用意した理由を尋ねた。ヘルメスは彼女の願いを知りたいと返し、アスフィは逡巡の末に顔を上げ、島の外へ連れ出してほしいと訴えた。彼女は御伽噺の「ペルセウス」に救われる姫のように、自らも自由を求めていたのである。
アスフィの願望の吐露
アスフィは抑え込んできた本心を溢れさせ、島の外、少なくともカシオペアの外へ出たいと訴えた。彼女はいつか現れる救い手に備えて自鳴琴や望遠鏡、容量拡張の袋などの発明を代価として用意していたのである。
発明の提示と神々の動揺
アスフィが発明品を差し出すと、リディスとヘルメスは、恩恵や魔法を持たぬ少女が空翔ぶサンダルのような代物まで作った事実に衝撃を受けた。ヘルメスは直感が正しかったと確信し、彼女を連れ出す決意を固めた。
王城の騒擾と家族の圧力
階上から母ジエーヌの悲鳴とウノーム王の怒号が響き、城とセタス全域の封鎖、接続準備の指示が下された。アスフィは隠し扉越しにそれを聞き、部屋へ戻れば叱責を受けるだけだと理解しつつも、罪悪感に苛まれた。
脱出提案と矛盾の露呈
リディスは今すぐ脱出できると提案したが、アスフィは王女として両親に迷惑はかけられないと逡巡した。リディスは外へ出たいのに鳥籠へ戻る矛盾を指摘し、英雄に救われて元の檻へ帰る選択は誰であれ落胆させると断じた。
正体開示と“鏡の英雄”
ヘルメスは偽装を解いて神であることを明かし、英雄はすぐ近くにいると告げた。目隠しを解かれたアスフィの前に置かれていたのは姿見であり、ヘルメスは君自身が英雄になればよいと神託した。アスフィは混乱し、理解を拒絶したが、言葉の意味は届いていた。
才能の証明と神の誓言
ヘルメスは望遠鏡を示し、十歳の独学で到達し得ぬ発明は唯一無二の素質の証左であると断言した。神名に懸けての誓いにより、アスフィは自分が運命を変え得る存在である現実から目を背けられなくなった。
リディスの自由論と選択の軸
リディスは英雄に救われることも不自由の鎖であり、代償を求められ可能性を手放す危険があると説いた。彼女は甘えるなとだけ目で告げ、自分で選び取る自由は大変だが見返りがあると示した。ヘルメスもまた、助け待つ姫より自ら英雄になるレディを好むと神意を示した。
現実直視と心の断裂
アスフィは両親に酷いことをされたわけではないと自分を縛る理屈を並べたが、港と城下の非常態勢を望遠鏡で目にし、鳥籠の正体を悟った。頭の奥で嫌な音が鳴り続け、従来の自己正当化が剥がれ落ちていったのである。
“頭痛の種”を暴く提案
迷いで身動きの取れないアスフィに、ヘルメスは最後の判断材料を見に行こうと促した。長く彼女を苛んできた頭痛の種を暴くという提案は、選択を先送りにせず、己の力で一歩を踏み出すための導きであった。
地下祭壇と接続器の露見
ウノーム王は地下広間でアスフィの捜索を急がせ、アルテナから搬入された接続器シェダルでアスフィをカシオペアに接続する計画を口走った。そこはリヴァイアサンの抜殻上に据えられた祭壇であり、セタス維持の心臓部であった。祭壇に現れたリディスは、王家が生贄を装置に繋いで島を存続させる算段を暴露し、王とジエーヌの本心を引き出したのである。
王と妃の本性の顕在
リディスの挑発に、王はアスフィを生贄かつ道具と断じ、ジエーヌも出世の礎と吐露した。そこへヘルメスに導かれたアスフィが姿を見せ、真偽を質すも、王は兵に捕縛を命じた。リディスは冒険者の肩書をブラフに混ぜて兵を躱し、場を制した。
鏡で得た自覚から怒涛の告発へ
ヘルメスは判断材料は出揃ったと告げ、選択を委ねた。ジエーヌの愛を装う叫びでアスフィの内の綱が切れ、少女は檻と海と波への憎悪を露わにし、この国を嫌悪している真情を放出した。続けてアスフィは国とは民の集合であると定義し、セタスにディザーラの民が存在するかを王に問うた。彼女は望遠鏡による観察から城下の住人がアルテナの魔術師に入れ替わっていた事実を列挙し、島が対オラリオ侵攻の砦へと化している論理を明示したのである。
選択と契約の成立
王が反駁できず狼狽する中、アスフィはこの国を出ると宣言し、ヘルメスの眷族となる契約を受諾した。海を越えて空に羽ばたきたいという決意が響き、王女としての過去が終わり、新たな眷族としての歩みが始まった。
脱出の開幕
激昂する王の再捕縛命令に対し、リディスは煙幕と魔力攪乱で場を封じ、ヘルメスがアスフィを抱えた。アスフィはなお母に向ける言葉を飲み込み、未練を断って退路を選び、地下祭壇からの離脱へ踏み出したのである。
恩恵の刻印
王達の知らぬ隠し通路を通り、ヘルメス達は地下祭壇から脱出した。だが情勢は未だ危険であった。港も封鎖され、魔導士達が包囲を固めている以上、多勢に無勢であった。リディスの力だけでは突破は困難であり、ヘルメスは戦力強化を提案した。
彼は神血の滲む針を取り出し、アスフィに恩恵を刻む準備を整えた。少女は緊張を覚えつつも覚悟を決め、背を晒した。神血が落ちた瞬間、白い肌に光の紋様が走り、神聖文字が刻まれていく。刻印が完成すると、杖に絡む蛇の象徴が浮かび、アスフィは正式に【ヘルメス・ファミリア】の一員となった。
その背に刻まれたスキルは《トリスメギストス》。道具使用の効果増幅、作製時の多重付与、そして発展アビリティの一時発現を伴う特異な能力であった。これを目にしたリディスは息を呑み、ヘルメスは満足げに頷いた。
新たな計画
ヘルメスは船の奪還を最優先とし、港での行動分担を定めた。リディスが潜入を担い、アスフィには囮となる役目が課された。神は彼女のスキルを信じ、セタス中の注目を引く道具の作製を命じたのである。
その報酬として、ヘルメスは自身の銀縁眼鏡を贈った。変装用の道具であったが、掛けた瞬間、アスフィの視界は鮮明に変わり、世界が生まれ変わったかのように映った。
創造と対話
ヘルメスが準備のため席を外すと、アスフィとリディスは秘密基地に残り、魔道具の製作を始めた。ガラクタを分解し、部品を繋ぎ合わせながら、二人は次第に打ち解けていく。リディスは自身の発展アビリティが生産系であることを語り、アスフィに手際を教えた。
作業の最中、アスフィは自らの行いに迷いを見せた。リディスはそれを見抜き、親や国との決別を恐れる必要はないと諭した。元盗賊として人を殺めた過去を語りつつ、罪の重さより生き方の方が重要だと笑い飛ばした。アスフィはその率直さに戸惑いながらも心を和らげ、次第に笑みを取り戻した。
リディスの過去と姉妹の絆
作業の合間、アスフィはヘルメスとの出会いを尋ねた。リディスは牢獄での邂逅を語り、神が自らを「妹」と呼んで救い出したことを懐かしげに明かした。その回想の中で、彼女はアスフィへの嫉妬も口にした。ヘルメスが自分ではなくアスフィに一目惚れしたと笑いながらも、そこに微かな誇りを滲ませた。
リディスはアスフィの手製の靴を見て、その中に宿る力を指摘した。恩恵を受ける前に魔力を扱えるほどの異常な才を称賛し、アスフィこそ道具使いの英雄になれると告げた。アスフィはそれを否定したが、リディスは笑い、彼女の可能性を信じた。
英雄の靴の完成
二人の手で仕上げられたのは、かつてアスフィが作った“空翔ぶサンダル”を改良した一足の魔法の靴であった。リディスはそれを差し出し、穏やかな声で言った。
「なっちゃいなよ。君自身が、王女を救うペルセウスに。」
アスフィは言葉を返せず、ただその靴を胸に抱いた。
それは彼女が初めて、自らの手で掴み取った自由の証であった。
4
セタス崩壊
生贄を失った『セタス』では、アルテナ勢力がウノーム王の接続を勧告したが、王は拒否した。
妃ジエーヌと僅かな兵を伴い脱出した結果、島は機能を喪失し、『カシオペア』は停止。
リヴァイアサンの抜殻ごと海に沈み、都市は一夜にして滅亡した。
新たな旅立ち
この報告を聞いたアスフィ・アル・アンドロメダは、「そうですか」「せいせいします」とだけ答えた。
彼女は【ヘルメス・ファミリア】に迎え入れられ、冒険者として活動を始めた。
銀の眼鏡を掛けた少女は、十年以内に空飛ぶ靴を完成させると宣言した。
道具使いの成長
以後、アスフィは神と団長に振り回されながらも、努力を重ね続けた。
海を嫌い、空に焦がれた少女は、やがて自らの手で『飛翔靴(タラリア)』を完成させた。
万能者の誕生
神々と人々は彼女を稀代の魔道具作製者として讃えた。
ヘルメスは「アスフィの二つ名は【万能者】に決まっている」と述べ、神会もこれを承認した。
その後、多くの吟遊詩人が彼女を英雄として称えたが、アスフィ本人は苦笑しながら語った。
「英雄なんかじゃありませんよ。自分を助けることで精一杯な、ただの苦労人です」
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