幼女戦記 11巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 13巻レビュー
物語の概要
■ 作品概要
本作は、カルロ・ゼン氏による架空歴史戦記ファンタジー小説シリーズの第12巻である。 魔導技術と近代兵器が混在し、第一次世界大戦期を彷彿とさせる異世界を舞台に、現代日本から転生した合理主義者ターニャ・フォン・デグレチャフが、帝国の崩壊を防ぐため、そして何より自身の安寧のために凄惨な総力戦を生き抜く姿を描く。 第12巻のあらすじは、副題の「Mundus vult decipi, ergo decipiatur(世界は欺かれたがっている、それゆえ世界は欺かれよ)」が示す通り、巨大な欺瞞に満ちた敗戦処理のシナリオが主軸となる。 戦場で勝利を重ねつつも、国力の枯渇により敗北を避けられない帝国。参謀本部の全権を掌握したゼートゥーア大将は、帝国をソフトランディングさせる「最良の敗北」を実現するため、自ら「世界の敵」となる壮大な舞台を作り上げていく。イルドア王国へ進撃しつつ、戦後のパワーバランスを見据えて連合王国や合州国、さらには連邦をも巻き込む地政学的な謀略を展開し、世界をその掌の上で転がしていく。
■ 主要キャラクター
- ターニャ・フォン・デグレチャフ: サラマンダー戦闘団を率いる航空魔導中佐。冷徹な合理主義者・資本主義者。帝国という名の沈みゆく泥船から、自身の「人的資本」を最も高く売り込める形で転職(亡命)するチャンスを狙い続けている。しかし、ゼートゥーア大将が設計する「最良の敗北」という巨大なチェス盤の上で、最前線での超過酷労働を余儀なくされ、転職活動が全く進まないことに深い愚痴を抱いている。
- ハンス・フォン・ゼートゥーア: 帝国軍参謀本部の実質的な支配者であり、本作のもう一人の主人公とも言える大将。理性の極致に達した彼は、敗北を拒絶する「勝利の呪縛」から帝国を解放し、国を延命させるための軟着陸を試みる。そのために、自ら「諸悪の根源(世界の敵)」という役回りを演じ、合州国の参戦さえも計算に入れた世界的詐欺師として暗躍する。
- ハンス・フォン・レルゲン: 参謀本部の大佐であり、第8機甲師団の指揮を執る。軍人が本分を超えて政治や外交に介入することに倫理的な痛痒を感じつつも、課された任務を実直に遂行する。本作では、ゼートゥーアが企図する一見すると不条理な命令の数々に、その真意を推し量りながらも付き合わされる。
■ 物語の特徴
- ・敗戦処理を巡る地政学的・外交的エンターテインメント: 本作の最大の魅力は、他作品にあるような「勝つための戦い」ではなく、「いかに負けるか(最良の敗北)」という極めて逆説的な目的のために軍事と外交が展開される点である。 特に合州国の参戦を戦後構造の調整のために意図的に誘発させ、かつ避難民を北から南に送ることで物資を逼迫させるといった、兵站と人道を絡めたゼートゥーアの冷酷で超人的な戦略眼は、読者を驚嘆させる重厚さを持っている。
- ・主人公の悲哀とブラックユーモア: 世界規模の壮大な謀略が進行するシリアスな大局観の一方で、その歯車として最前線でこき使われるターニャの「一労働者」としての視点が対比される。過酷な労働環境に喘ぎ、安全な後方勤務への未練を捨てきれない彼女のモノローグは、泥沼の戦況に独特の軽妙さとブラックユーモアをもたらしている。
書籍情報
幼女戦記 12 Mundus vult decipi, ergo decipiatur
「世界は欺かれたがっている、それゆえに欺かれよ」
著者:カルロ・ゼン 氏
イラスト:篠月しのぶ 氏
出版社:KADOKAWA
発売日:2020年2月20日
ISBN:9784047357341
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
幼女、「最良の敗北」を求める。
戦場で勝利し、戦場で勝利し続け、しかし帝国は破滅へ一直線。
爛れ切った愛国心と、残酷な現実の抱擁を経て
ゼートゥーアは「世界の敵」たるべく舞台を作り上げていく。
死に逃げることも出来ない参謀本部の責任者として
ゼートゥーアが求めるのは『最良の敗北』なのだ。
言葉よりも、理性よりも、ただ、衝撃を世界に。
世界よ、刮目せよ、恐怖せよ、そして神話に安住せよ。
我こそは、諸悪の根源なり。
なお。付き合わされる幼女曰く、大変辛い。
幼女戦記 12 Mundus vult decipi, ergo decipiatur
感想
これまでにない奇妙で壮大な敗北へのプロセスに圧倒された。本書の副題が示す通り、戦場での局地的な連戦連勝とは裏腹に、国家そのものが破滅へ向けて一直線に転がり落ちていく。その光景には、背筋が凍るような緊張感と、底知れない絶望感が漂っている。
何よりも印象的なのは、覚悟がガンギマリになっているゼートゥーア大将と、その底知れぬ狂気に振り回される参謀将校たちの姿だ。もはや理性を捨てて感情と郷愁のために世界の敵となることを選んだゼートゥーアは、誰の目から見ても怪物そのものである。そのチェス盤の上で、レルゲン大佐や主人公のターニャは、上官のあまりにも過酷な無茶振りに付き合わされていく。最前線で戦術的な大勝利を収めながらも、政治の不条理な制約に縛られて泥沼の超過酷労働を強いられる彼らの悲哀には、同情を禁じ得ない。
本作の戦闘シーンは相変わらず凄まじいカタルシスを誇り、ターニャ率いる第二〇三航空魔導大隊が合州国軍の精鋭コリント連隊を「新大陸産のチキンをターキーシュート」と言いながら蹂躙する姿には、ゾクゾクするような高揚感を覚えた。このように、戦術レベルでは完璧に勝っていると言える。しかし、戦略レベルで見れば、帝国はすでに引き返せないレッドラインを超えており、外交的な譲歩の余地など残されていない。この圧倒的なギャップこそが、本作を単なる無双ものとは一線を画す傑作戦記たらしめているのだろう。
特に驚愕したのは、イルドア戦線でゼートゥーア大将が仕掛けた、常軌を逸した政治的詐欺である。北部イルドアの工業地帯を荒らすだけ荒らした挙句、停戦協定を利用して民間人避難を名目に住民を北部から首都へと大量に送り込み、自身は物資を汽車に詰め込んでトンズラをかます徹底ぶりは、まさに悪魔の所業に他ならない。この非道な兵站操作の結果、敵地での食糧物価は高騰し、人々のルサンチマンは極限まで高まってしまう。ここまで世界中からの怨嗟とルサンチマンを煽り立てておいて、本当に最良の敗北という軟着陸を成功させることができるのだろうか。そのあまりにも危険な綱渡りに、読んでいるこちらも冷や汗が流れる。
また、忘れてはならないのが、連邦の怪人ロリヤの不気味極まる存在感だ。ターニャを「食べごろの妖精さん」と呼び、自身の理想が失われる前に手に入れようとするその異様な執念には、悍ましさを通り越して呆れてしまう。世界がこれほどの危機に直面している最中に、一人の幼女への欲情のために国家を動かそうとするその姿には、「誰か彼の背後から力いっぱいハリセンを食らわせてくれ」と突っ込まずにはいられなかった。
帝国が積み上げてきた勝利という名の阿片は、世界をさらに過酷な戦火へと巻き込んでいく。ゼートゥーアが作り上げた壮大な舞台の上で、世界はどのように欺かれ、そして破滅へと向かうのだろうか。世界中を敵に回し、逃げ場のない戦場に縛り付けられたターニャが、このルサンチマンの渦の中からいかにして生存への転職活動を果たすのか、今後の展開から目が離せない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
幼女戦記 11巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 13巻レビュー
考察・解説
ゼートゥーアの策略
『幼女戦記 12』において、ゼートゥーア大将が仕掛けた策略は、もはや純軍事的な勝利が不可能となった帝国が、自国の破局を最小限に抑え、戦後の国際秩序を見据えて構築した壮大かつ悪辣な「政治的・戦略的詐欺」である。
その恐るべき全容と真の狙いは、以下の3つの側面に集約される。
合州国の引き込みと連邦の単独覇権の阻止
・帝国軍は、イルドアと合州国が「武装中立同盟」を宣言した瞬間に、あえてイルドアへの電撃的な侵攻を開始した。
・これは表面上は帝国による暴走や愚行に見えるが、真の目的は合州国を意図的に参戦させ、イルドア戦線に縛り付けることであった。
・ゼートゥーアは、このままでは対帝国戦の主役である連邦が、戦後世界において唯一の勝者(単独の覇権国)になってしまうことを見抜いていた。
・それを防ぐため、合州国という超大国をイルドアに引きずり込み、西側陣営(合州国・連合王国)と東側陣営(連邦)の間に戦功を巡る対立構造を作り出すことが最大の狙いであった。
王都という毒餌と避難民を利用した兵站攻撃
・ゼートゥーアはイルドア王都の攻略において、敵に「首都防衛に成功した」という幻想(手放せない名誉=白い象)を抱かせ、そこに敵野戦軍を拘束した上で徹底的に叩き潰した。
・占領後の施策として、北部から大量のイルドア避難民を自発的避難という名目で王都へ誘導し、王都を物流の途絶えた「巨大な消費地」へと変貌させた。
・この王都をあえて敵に明け渡すことで、合州国軍の強大な輸送力と人道主義的良心を逆手に取った。
・結果として、アライアンス側の食糧不足と補給船腹のパンクを意図的に引き起こすという、極めて卑劣な「胃袋を攻める兵站攻撃」を実行した。
世界の敵を演じ、陣営を分断する心理戦
・ゼートゥーアは、世界が「邪悪な帝国を正義が打ち倒す」という分かりやすい物語を求めている(騙されたがっている)ことを正確に理解していた。
・そのため、彼は自ら進んで「世界の敵」という最悪の悪役を演じ切り、最後にはイルドア王都をあっさりと放棄して撤退した。
・これにより、メアリー・スーらアライアンス軍には「自分たちの手で王都を奪還・解放した」という分かりやすい成功体験が与えられた。
・この結果、西側陣営には「自分たちの介入が勝敗を決した」という自負が生まれ、同時に連邦(ロリヤら)には「自分たちの成果が西側に横取りされる」という強烈な嫉妬と焦燥が生まれた。
・ゼートゥーアの仕掛けた罠は、アライアンス内部に修復不可能な楔を打ち込むことに成功したのである。
まとめ
ゼートゥーアの策略とは、戦争のルールを単なる戦場での勝敗から「総力戦と戦後構想」の次元へと引き上げた知性の結晶である。自らが歴史上の「悪役」として泥を被ってでも、連邦による単独支配を回避し、両陣営が睨み合う天秤の均衡(バランス・オブ・パワー)を残すという、彼の冷徹な狂気と祖国への愛がもたらした結末と言える。
イルドア戦役
『幼女戦記 12』において描かれる「イルドア戦役」は、単なる領土の奪い合いや純軍事的な決戦ではなく、帝国軍のゼートゥーア大将が立案した戦後秩序の構築とアライアンス(同盟軍)の兵站・連携の破壊を目的とした壮大な戦略的詐欺である。
その戦役の全体像と本質は以下の通りである。
発端と帝国軍の圧倒的な軍事展開
・イルドアと合州国が武装中立同盟を宣言した直後、帝国軍は電撃的にイルドアへ侵攻を開始した。
・帝国軍は貴重な戦略予備を含む22個師団を投入し、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐率いる第二〇三航空魔導大隊などが先陣を切った。
・実戦経験に乏しいイルドア軍や合州国軍の防衛線を次々と突破し、蹂躙した。
・さらに、北部の重工業地帯を制圧した帝国軍は、イルドア軍の重装備や生産施設を組織的に徴発(略奪)して本国へ輸送し、イルドア軍が自力で再武装することを不可能にした。
避難民を利用した兵站攻撃と同盟の亀裂
・軍事的な猛攻以上にアライアンス軍を苦しめたのは、ゼートゥーア大将による胃袋を攻める兵站攻撃であった。
・帝国軍は北部から大量のイルドア避難民を王都などの南部へ自発的避難という名目で誘導した。
・これにより物流が寸断された南部では食糧価格が暴騰し、合州国は大量の物資・食糧を輸送せざるを得なくなり、輸送船舶の需要が極度に逼迫した。
・合州国の支援がイルドアに集中した結果、連邦や連合王国など他国への援助割当が削減された。
・物資を巡ってアライアンス内部に醜悪な利害対立と亀裂が生じることとなった。
王都の放棄と偽りの解放
・帝国軍は王都を陥落させたものの、初めから恒久的な占領は目指していなかった。
・ターニャの部隊を殿軍(陽動)として残し、主力は早々に北部へ撤退を開始した。
・ターニャの部隊がハラスメント攻撃を終えて撤退する際、メアリー・スー中尉ら多国籍義勇軍が突入した。
・もぬけの殻となった王都に合州国の国旗を掲げ、自分たちの正義が王都を解放したと錯覚した。
結末と戦後秩序(冷戦)への布石
・この分かりやすい正義の勝利こそが、ゼートゥーア大将が意図的に用意した舞台であった。
・西側諸国(合州国・連合王国)に、自分たちこそが帝国を打ち倒した主役であるという強力な自負を植え付けた。
・主戦場を担っていた東側(連邦)との間に修復不可能な対立構造を生み出すことが真の目的であった。
まとめ
イルドア戦役は、帝国が戦術的に勝利しながらも戦略的に敗北へ向かう中で、戦後世界における連邦の単独覇権を阻止するためにゼートゥーア大将が仕組んだ総力戦の極致であった。アライアンス軍は決戦に勝利したと信じ込みながら、実際には帝国軍の脚本通りに踊らされ、巨大な兵站の泥沼と戦後の東西対立の火種を押し付けられたのである。
世界の敵
『幼女戦記 12』における「世界の敵」とは、単なる狂気や破壊衝動に基づく悪ではなく、帝国軍のゼートゥーア大将が祖国(ハイマート)の「最良の敗北」を勝ち取るために、冷徹な計算のもとで自ら引き受けた究極の「悪役」という役割として描かれている。
その背景と具体的な振る舞いは、以下の側面に集約される。
連邦の単独覇権阻止と世界の敵への志願
・ゼートゥーア大将は、帝国が戦略的に敗北必至である現状を冷静に認識していたが、最大の脅威である「連邦」だけが唯一の勝者となる未来を断固として拒絶していた。
・そのため、あえて中立国イルドアへ侵攻して合州国を戦争に引き込むという暴挙に出た。
・イルドア側の窓口であるカランドロ大佐に対し、ゼートゥーアは「連邦風情が私を倒すなどあってはならない。私は世界の敵として死んでやる」と宣言した。
・祖国の未来を残すためならば神や悪魔すら敵に回し、世界に毒を撒き散らす覚悟を突きつけたのである。
世界が求める物語の利用
・ゼートゥーアは、アライアンス(同盟諸国)や世界中の人々が「邪悪な帝国を正義が打ち倒す」という、単純で分かりやすい構図(物語)を欲していることを正確に理解していた。
・世界が騙されたがっていると見抜いた彼は、自ら進んでその「邪悪な帝国」という幻想を演じきった。
・イルドア王都を占領した後にあっさりと放棄したのも、メアリー・スーらアライアンス軍に「自分たちの正義が王都を解放した」という分かりやすい成功体験を与えるためであった。
・歴史的な勝利の感覚を意図的に植え付けるための策略であった。
悪役としての非道な戦術と兵站攻撃
・世界の敵としてのゼートゥーアの戦術は、倫理や道徳を完全に度外視したものであった。
・その最たるものが、イルドア北部の避難民を自発的避難という名目で意図的に王都や南部へと誘導し、アライアンス側の食糧・物流をパンクさせるという兵站攻撃である。
・自らを「胃袋を攻める下劣な策」「邪悪な人海戦術」と自嘲しながらも、敵の人道主義や理性の弱点に付け込む極めて卑劣な策を白昼堂々と実行に移したのである。
現場部隊への恐るべき帝国軍の演出強要
・この「世界の敵」という虚像を世界に刻み込むため、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐率いる前線部隊も手足として酷使された。
・ターニャは、合州国のメディアや世論に衝撃を与えるため、敵の砲兵陣地を奪取し、敵の血税で作られた大砲と砲弾で合州国軍自身を砲撃するという、派手なハラスメント作戦(PR活動)を強いられた。
・また、ゼートゥーアは市街地を散策する際、護衛のグランツ中尉に対して「笑え」「圧倒的な強者だと自分に言い聞かせろ」と命じた。
・逼迫した帝国の内情を決して表に出さず、「世界に我々の軍靴を突き付ける」ための大根役者であることを強要したのである。
まとめ
ゼートゥーアの演じた「世界の敵」とは、祖国への狂気的なまでの愛情と、総力戦という時代における究極の自己犠牲の形である。彼が意図的に悪役としてヘイトを一身に集め、アライアンス内部に戦功を巡る嫉妬と亀裂(連邦と西側諸国の対立)を植え付けたことで、戦後の世界には彼の狙い通り、東西陣営の分裂と天秤の拮抗(冷戦構造への布石)がもたらされることとなる。
ロリヤの執念
『幼女戦記 12』におけるロリヤの執念は、国家への忠誠や共産主義というイデオロギーに基づくものではなく、ターニャ(デグレチャフ中佐)に対する異常で歪んだ「恋心」という極めて個人的な情動として描かれている。
そのおぞましくも強烈な執念は、以下の4つの側面に表れ、ついには連邦の国家戦略すら動かす原動力となっていく。
歪んだ純愛と食べごろへの異常な焦燥
・ロリヤは自らを「清く正しい恋の狩人」と称し、ターニャを「小生意気で、悪戯好きで、少しの棘があるあの妖精さん」と呼んで異常な執着を向けている。
・彼にとって最大の敵は「時間」であり、戦争が長引くことでターニャが成長し、自分の理想とする「食べごろ」が過ぎてしまうことに身を焦がすような焦燥感を抱いている。
・客観的に見れば邪悪な変態にして捕食者であるにもかかわらず、本人は自分の恋路が邪魔されている「被害者」だと本気で信じ込み、嘆き悲しんでいる。
恋路を邪魔するゼートゥーアへの激怒
・ロリヤは、合州国を引き込むためにイルドアへ侵攻し、戦局をかき回す帝国軍のゼートゥーア大将を「ヒトの恋路を、私たちの幸せを邪魔するゴミ」「聳え立つ糞」と認識し、激しい憎悪と激怒を燃やしている。
・以前、連合王国がルーデルドルフを暗殺した報告を受けた際、ロリヤは「恋の邪魔をする詐欺師」であるゼートゥーアのほうを優先して殺すべきだったと、今更ながらに激しく後悔している。
西側に寝取られることへの強烈な嫉妬
・さらにロリヤの執念を狂い咲かせたのは、イルドア戦線への合州国や連合王国といった西側諸国(アライアンス)の介入である。
・彼らの活躍によって帝国の敗北が早まり、ターニャという獲物や帝国打倒の成果を西側に奪われることを恐れている。
・ロリヤはそれを「我々の用意したベッドで、連中が我々の恋人を寝取るようなもの」だと表現し、強烈な嫉妬と敵意をむき出しにしている。
執念がもたらした冬季攻勢の立案
・恐ろしいのは、ロリヤが燃え盛る情動を抱えながらも「熱い心に負けぬ冷徹な頭脳」を保ち続けている点である。
・彼はターニャを手に入れるという狂気的な目的のためだけに連邦内部で政治力を発揮した。
・党の最高会議で「このままでは合州国に戦果を横取りされ、連邦が帝国を倒した主役になれない」と、極めて論理的かつ戦略的な視点から警鐘を鳴らした。
・そして、連邦こそが主戦場の主役であることを世界に示すためとして、「冬季攻勢」の発動を提案するに至る。
まとめ
ロリヤの執念は、根本的には自己中心的で狂気じみた小児性愛の欲望にすぎない。しかし、その底知れぬ「純情さ」と執着が、結果的にゼートゥーアの仕掛けた高度な政治的・戦略的詐欺を正確に嗅ぎつけ、連邦の巨大な軍事行動(冬季攻勢)を引き起こす決定的な要因となっている点が、彼の極めて異質で恐るべきところだと言える。
帝国軍の再編.
『幼女戦記 12』における「帝国軍の再編」は、イルドア戦役の最中に成立した一週間の暫定停戦期間を利用して、次なる攻勢(再進撃)に向けて狂気的な速度で進められた軍事態勢の立て直しと、敵を破滅へ導く罠の仕込み作業として描かれている。
その実態と背景にある戦略的意図は、以下の要素に集約される。
兵站機構の狂気的な物資集積と魔導師の酷使
・一週間の停戦というかりそめの平和の裏側で、帝国軍の兵站機構は無茶苦茶な速度と間に合わせの手腕で、物資の徴発と配分に明け暮れていた。
・特に機甲師団を動かすための燃料不足は深刻であった。
・カロリーだけで飛べる航空魔導師たちを輸送任務に酷使し、空から燃料を運ばせるという苛烈でえげつない手法まで採用されていた。
意図的に演出された無秩序な戦線配置
・再編の過程で、帝国軍の配置は進撃の衝撃力を喪失し、戦線が延びすぎて表面的には無秩序と混乱状態に陥っているように見えた。
・通常の士官学校の基準であれば落第とされるような配置であった。
・しかし、ターニャやレルゲン大佐は東部戦線での経験から、この帝国軍らしからぬ醜態はゼートゥーア大将が意図的に作り出した手品(詐欺)であると看破していた。
・凶悪な牙を研ぐための下準備(偽装)であると理解していたのである。
王都攻略の禁止と敵野戦軍撃滅への布石
・再編と並行して、ターニャらには「停戦明けと同時に敵野戦軍を撃滅せよ」という命令が下された。
・同時に「イルドア王都への攻撃・近接は固く禁ずる」という厳重な制約が課されていた。
・これは、敵に「王都防衛に成功した」という幻想(手放せない名誉=白い象)を抱かせるためであった。
・敵野戦軍を王都前面に拘束した上で、停戦明けに一気に包囲撃滅するための政治的・戦略的な布石であった。
まとめ
イルドア戦役における帝国軍の再編は、単なる部隊の休息や弾薬の補給期間ではなく、ゼートゥーア大将が仕掛ける壮大な戦略的詐欺の準備期間であった。兵站の限界を魔導師の酷使という力技で乗り越え、あえて陣形を乱して敵を油断させ、王都という餌の前に敵を釘付けにするというこの一連のプロセスは、総力戦の極致に至った帝国軍の異常な適応力と狂気を示している。
アライアンスの補給地獄
『幼女戦記 12』において、合州国をはじめとするアライアンス(同盟軍)を苦しめた「補給地獄」は、帝国軍のゼートゥーア大将が意図的に引き起こした「胃袋を攻める兵站攻撃」の成果である。圧倒的な物量と兵站基盤を誇る合州国軍でさえ、この悪辣な策略によってのたうち回るような兵站の泥沼に引きずり込まれた。
その補給地獄の実態とメカニズムは、主に以下の要素から構成されている。
イルドア軍の装備喪失と再武装の負担
・ゼートゥーア大将による電撃的なイルドア侵攻により、帝国の手に落ちたのはイルドア北部の重工業地帯と軍需備蓄であった。
・これにより、イルドア軍は自力での再武装が不可能となり、数十個師団分の武器・弾薬をすべて合州国からの援助に依存せざるを得なくなった。
・この想定外の需要は、合州国の生産力と輸送力を圧迫する第一の要因となった。
避難民の誘導による食糧価格の暴騰(真の悪夢)
・再武装以上にアライアンスを苦しめたのは、食糧の問題であった。
・帝国軍は、占領した北部から大量のイルドア避難民を自発的避難という名目で南部や王都へ誘導した。
・イルドアは農業輸出国であるが、北部で主食穀物、南部で商品作物(果物やワインなど)を生産する分業体制をとっていた。
・主食の生産地帯を帝国に奪われた上に、南部へ避難民が殺到し、さらにアライアンス軍の展開が重なったことで、南部の食糧需要は爆発した。
・結果として食糧価格は天文学的に暴騰し、合州国軍が食糧を根こそぎ奪ったという悪評まで広がる事態となった。
絶望的な船腹不足とアライアンス内部の亀裂
・飢餓を防ぐため、合州国は海を越えて膨大な食糧をイルドアへ輸送せざるを得なくなった。
・軍隊や兵器に加え、大量の小麦まで運ぶとなれば、いくら合州国といえども輸送船舶(船腹)が致命的に不足する。
・その結果、合州国はイルドアへの支援を優先し、連邦や連合王国、自由共和国といった他国向けの援助割当を削減せざるを得なくなった。
・これに対し、支援を減らされた各国は自国の取り分を確保しようと、懇願や接待、贈賄、果ては脅迫にまで走り、アライアンス内部に醜悪な利害対立と亀裂が生じることとなった。
まとめ
ゼートゥーア大将が仕掛けたこの「兵站攻撃」は、古代の攻城戦における「住民を城に追い込んで兵糧攻めにする」という古典的戦術を、現代の総力戦に適応させた極めて洗練された策略であった。単なる軍事力の衝突ではなく、民需・物流・人道主義の弱点を利用することで、ゼートゥーアは世界最強の国力を持つ合州国軍の進撃を物理的・政治的に封じ込めることに成功したのである。
幼女戦記 11巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 13巻レビュー
登場キャラクター
帝国
ターニャ・フォン・デグレチャフ
平和で文化的な市民生活を望む転生者である。合理性と市場経済を信奉し、軍人としての義務を果たす立場にある。ゼートゥーア大将の意図を正確に読み取る能力を持つ。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部直属、第二〇三航空魔導大隊指揮官。サラマンダー戦闘団の指揮官。中佐。
・物語内での具体的な行動や成果
イルドア戦線で陽動作戦を実施し、合州国軍の砲兵陣地を奪取した。敵の対空砲火を逆利用して港湾施設を破壊し、敵魔導部隊と交戦した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
連隊長職を辞退し、前線での義務を優先した。ゼートゥーアからはその知性と部隊運用能力を高く評価されている。
ハンス・フォン・ゼートゥーア
帝国軍の作戦指導を担う冷徹な戦略家である。祖国を愛し、最悪の敗北を避けるために世界の敵となる道を選んだ。世界を欺くことにためらいを持たない。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部、戦務参謀次長。大将。
・物語内での具体的な行動や成果
イルドア侵攻を主導し、合州国を戦線に引きずり込んだ。王都を占領し、避難民を利用して敵の兵站を圧迫する作戦を実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ルーデルドルフの死後、帝国軍の全権を掌握した。戦後の冷戦構造まで見据えた戦略を描き、アライアンス軍を翻弄している。
ルーデルドルフ
ゼートゥーアの良き友人であり、作戦次長を務めていた。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部、作戦参謀次長。大将。
・物語内での具体的な行動や成果
連合王国情報部の工作によって暗殺された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼の死によってゼートゥーアが全権を握ることになった。
レルゲン
ターニャの作戦能力を評価しつつも、ゼートゥーアの真意を測りかねている。軍人として命令に忠実であり、政治的な配慮にも理解を示す。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、第八機甲師団師団長代理。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
カランドロ大佐と停戦交渉を行い、七日間の暫定停戦を成立させた。ターニャと連携し、イルドア王都周辺で包囲作戦を成功させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼートゥーアの作戦に従い、イルドア王都占領後は治安維持のため指揮所を前進させた。
ウーガ
鉄道輸送を専門とする優秀な軍事官僚である。人間としての良心を保とうと葛藤している。ゼートゥーアの冷酷な命令に対して苦悩を抱える。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、第一〇三鉄道輸送連隊の連隊長。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
イルドア王都で貨車や機関車の徴発計画を立案した。王都から資源などを北方へ輸送する任務を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼートゥーアの指名により中佐から大佐へ昇進した。次のポストとして戦務課長が予定されている。
コンラート
帝国外務省の官僚である。ゼートゥーアの知性と決断に敬意を表しつつも、軍人の狂気には距離を置いている。長生きして孫の結婚式に出ることを望む。
・所属組織、地位や役職
帝国外務省、参事官。
・物語内での具体的な行動や成果
ゼートゥーアと会談し、外交暗号が解読されている事実と外務省の工作活動の失敗を共有した。イルドア王都奪還の急報をゼートゥーアと共に聞いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼートゥーアから共犯者としての交友を求められたが、身の安全のために丁重に断った。
ヴァイス
ターニャを補佐する副長である。かつてはマニュアルを重視していたが、実戦を経て柔軟な思考を身につけた。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、第二〇三航空魔導大隊副長。少佐。
・物語内での具体的な行動や成果
イルドア街道での陽動作戦でターニャを補佐した。港湾施設への攻撃では、連合王国軍のドレイク大佐と交戦した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
戦闘団の演習で裁定役を務めるなど、部隊内で重要な役割を担っている。
セレブリャコーフ
ターニャの副官である。上官の指示に忠実に従い、戦闘時でも冷静さを保つ。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、第二〇三航空魔導大隊副官。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ターニャとペアを組み、敵の激しい対空砲火を回避して上官を援護した。合州国軍魔導部隊に降伏勧告を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ターニャから事務処理の代行を命じられるなど、上官からの信頼が厚い。
グランツ
第二〇三航空魔導大隊の将校である。平穏な日々を望むが、上官の命令により困難な任務に巻き込まれる。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、第二〇三航空魔導大隊の中隊長。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
敵砲兵陣地への攻撃で観測支援を行った。ゼートゥーア大将の護衛に指名され、イルドア王都での危険な散策に付き従った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ターニャの抵抗も虚しく、ゼートゥーアの直属護衛に引き抜かれた。その際、叙勲や経歴面での配慮を約束された。
ヴュステマン
第二〇三航空魔導大隊の若手将校である。経験は浅いが、訓練と実戦を経て成長している。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、第二〇三航空魔導大隊。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
魔導反応を意図的に漏らす偽装任務を成功させた。イルドア王都郊外での殿軍任務に参加した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ターニャからネームドを目指すよう期待の言葉をかけられている。
アーレンス
サラマンダー戦闘団の機甲部隊を率いる指揮官である。現実的な戦術眼を持ち、無謀な正面攻撃には慎重な姿勢を示す。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、サラマンダー戦闘団の機甲部隊指揮官。大尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ターニャの指示で戦車部隊を師団規模に見せかける陽動を行った。演習で機甲部隊を率いて突進した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ターニャからの無茶な指示にも適応し、部隊内で確かな戦力として機能している。
メーベルト
サラマンダー戦闘団の砲兵部隊を率いる指揮官である。物資不足に苦労しながらも、専門職としての誇りを持つ。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、サラマンダー戦闘団の砲兵部隊指揮官。大尉。
・物語内での具体的な行動や成果
演習で砲兵を指揮し、魔導観測を利用した精密射撃を行った。合州国軍から鹵獲した砲を利用して砲撃を実施した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
物資不足の環境下でも、ターニャの作戦意図を理解して柔軟に対応している。
トスパン
サラマンダー戦闘団の歩兵部隊を率いる指揮官である。愚直で愛郷心が強く、死守命令に固執する傾向がある。
・所属組織、地位や役職
帝国軍、サラマンダー戦闘団の歩兵部隊指揮官。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
演習で東部式の単純な陣地を構築し、ターニャからやり直しを命じられた。機甲部隊を受け止める防衛戦闘を指揮した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ターニャから無駄死にを避け、柔軟な陣地防御を行うよう指導を受けた。
連邦
ロリヤ
連邦の高官であり、秘密警察を率いる。デグレチャフに対して強烈な執着を抱き、彼女を手に入れるために行動している。ゼートゥーアを激しく憎悪している。
・所属組織、地位や役職
連邦、内務人民委員部の長。
・物語内での具体的な行動や成果
多国籍義勇軍のイルドアへの出国に全面協力した。ゼートゥーアの策略を糾弾し、連邦による冬季攻勢を提案した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
個人的な恋愛感情と国家の戦略を混同しており、自らの欲求を満たすために権力を乱用している。
書記長
連邦の最高指導者である。冷静で現実的な視点を持ち、ロリヤの感情的な提言を観念的だと評価する。
・所属組織、地位や役職
連邦、共産党書記長。
・物語内での具体的な行動や成果
会議でロリヤの報告を聞き、発言の要旨が不明瞭だと指摘した。内務人民委員に意見を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
連邦の最終的な意思決定権を握っている。
ミケル
連邦軍の指揮官である。ドレイクと良好な関係を築いている。
・所属組織、地位や役職
連邦軍、多国籍義勇軍の指揮官。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
ドレイクとともにイルドア戦線に派遣された。ドレイクが帝国軍から受け取った皮肉な通信文を一緒に確認した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
多国籍軍においてドレイクと同格の立場として扱われている。
イルドア
カランドロ
イルドア軍の参謀将校である。祖国を愛し、軍事的成果を政治的成果に結びつけるバランス感覚を持つ。ゼートゥーアの狂気と知性に深い恐怖を抱いている。
・所属組織、地位や役職
イルドア王国軍、参謀本部。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
帝国軍のレルゲン大佐と交渉し、七日間の暫定停戦を成立させた。イルドア軍上層部の防衛計画に反対し、警告を発した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
悲劇を予見しながらも上層部に理解されず、自らをカッサンドラになぞらえている。
ガスマン
イルドア軍の首都防衛司令官である。軍政家としては優秀だが、作戦指揮には不向きだと自認している。帝国の意図を読み解けず苦悩する。
・所属組織、地位や役職
イルドア王国軍、首都防衛司令官。大将。
・物語内での具体的な行動や成果
帝国軍の進撃速度低下を受け、防御陣地による持久戦への転換を決定した。ゼートゥーアの真意や王室の退避問題について思案を重ねた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
政治家や世論からの信頼が厚く、危機の時代の安定の象徴として指揮権を押し付けられている。
連合王国
ドレイク
連合王国の海兵魔導士官である。政治的な思惑に振り回されることを嫌い、最前線での仲間との連帯を重んじる。
・所属組織、地位や役職
連合王国軍、多国籍義勇軍の指揮官。中佐から大佐へ昇進。アライアンス合同魔導軍第一戦闘グループ指揮官。
・物語内での具体的な行動や成果
イルドアの港湾防衛戦で帝国軍と交戦した。帝国軍から送られた皮肉な感謝状を受け取り、困惑した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
政治的理由により大佐に昇進し、実質一個大隊の戦力でアライアンス合同魔導軍の主力を担うことになった。
ジョンソン
連合王国の情報部員である。国家の利益を最優先し、現場の感情よりも政治的演出を重んじる。
・所属組織、地位や役職
連合王国、情報部員。
・物語内での具体的な行動や成果
ドレイクにイルドア方面への戦略的再配置を命じた。連邦の内務人民委員部と交渉し、出国に必要な最優先通行許可証を手配した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
多国籍義勇軍の運用に関して、裏で各国との政治的調整を行っている。
メアリー・スー
正義を盲信し、帝国を絶対悪と見なす魔導師である。仲間のためなら命令違反も辞さない直情的な性格。
・所属組織、地位や役職
連合王国軍、多国籍義勇軍の魔導師。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ドレイク大佐の制止を振り切り、合州国海兵隊の救援に向かった。撤退する帝国軍を追い、イルドア王都に合州国の国旗を掲げた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
自分の行動がイルドア王都を解放したと誤認し、解放者としての使命感を強めている。
合州国
ジャクソン
合州国軍の若き魔導師である。真面目な性格で、同僚のジェシカに良いところを見せたいと考えている。
・所属組織、地位や役職
合州国イルドア派遣軍第一軍団、第七航空魔導連隊・コリント。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ジェシカとペアで哨戒任務中に、帝国軍の微弱な魔導反応を発見した。連隊長からの敵深部への偵察要請に志願した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
旧大陸での実戦で成功を収め、部隊内で自信を深めていた。
ジェシカ
合州国軍の魔導師である。ジャクソンとペアを組み、哨戒任務にあたる。
・所属組織、地位や役職
合州国イルドア派遣軍第一軍団、第七航空魔導連隊・コリント。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ジャクソンとともに帝国軍魔導部隊を発見し、報告した。追加の偵察任務に志願した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ジャクソンとともに行動し、部隊の先行偵察を担った。
トルガー
合州国海兵隊の指揮官である。闘志に溢れるが、劣悪な補給状況に苦悩している。軍事と人道のジレンマに直面する。
・所属組織、地位や役職
合州国軍、イルドア方面派遣軍司令官。海兵隊中将。
・物語内での具体的な行動や成果
イルドア南部で部隊を展開し、臨時司令部を設置した。補給不足と船腹問題に頭を悩ませた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
帝国の意図を理解し、前進すればするほど補給負担が増加する状況に危機感を抱いている。
コリント連隊長
優秀な部隊を率いる指揮官である。用意周到で戦訓の研究に熱心であり、部下思いの性格。
・所属組織、地位や役職
合州国イルドア派遣軍第一軍団、第七航空魔導連隊・コリントの連隊長。
・物語内での具体的な行動や成果
ジャクソン中尉の報告を受け、部隊の即応出撃を決定した。帝国軍の奇襲に対して迅速に後退と再編を命じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
的確な命令を下したものの、部下の経験不足が原因で隊列が崩れ、部隊は壊滅状態に陥った。
幼女戦記 11巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 13巻レビュー
展開まとめ
第零章 プロローグ
ロリヤの激怒とゼートゥーアへの憎悪
ロリヤはゼートゥーアへの激しい怒りを爆発させ、必ず排除すると決意していた。恋愛を何よりも重視するロリヤにとって、ゼートゥーアは自身の幸福と恋路を妨害する邪悪そのものであった。
ロリヤは、自らを純粋な恋の狩人と認識しており、デグレチャフへの強烈な執着を抱いていた。そのため、恋の邪魔をする存在を断じて許せず、激情に身を焦がしながらも冷静さを保とうと努めていた。
帝国軍のイルドア侵攻への理解
ロリヤは帝国軍によるイルドア侵攻について、当初は理解できずにいた。合州国とイルドアが武装中立同盟を宣言した直後に帝国が侵攻したことで、世界は帝国の愚行に驚愕していた。
しかし、策略や陰謀に慣れたロリヤは、やがてゼートゥーアの意図を察知した。表面的には戦術的勝利に見える行動の裏に、さらに大きな目的が隠されていると見抜いたのである。
その結果、ロリヤはゼートゥーアを単なる軍人ではなく、極めて悪辣な詐欺師として認識し、怒りを一層強めていった。
ルーデルドルフ暗殺報告の回想
ロリヤは以前、連合王国情報部に潜入している工作員から、ルーデルドルフ暗殺成功の報告を受けていた。当時のロリヤは、ルーデルドルフだけでなくゼートゥーアも同時に始末されたのかを確認していた。
しかし、実際にはルーデルドルフのみが暗殺され、ゼートゥーアは生き残っていた。ロリヤはその結果に失望したものの、当時は恋愛への執着を優先し、深く追及しなかった。
だが現在になって、ロリヤはその判断を後悔していた。ゼートゥーアは仲間であるルーデルドルフの死を受けて即座に帰還し、帝国軍の全権を掌握した上でイルドア侵攻を主導していたのである。
ゼートゥーアの狙いへの確信
ロリヤは、この侵攻の真意を、自身の恋路への妨害だと確信していた。イルドア侵攻によって情勢が混乱すれば、デグレチャフを手に入れるための時間が失われるからである。
ロリヤは、自身が理想とする「食べごろ」の時期が過ぎ去ってしまうことを何より恐れていた。小生意気で悪戯好きなデグレチャフが成長し切ってしまえば、自身の理想は失われると考えていたのである。
そのためロリヤは、時間そのものを敵だと感じ、焦燥感に追い詰められていた。そして、自らを被害者だと信じながら、ゼートゥーアへの憎悪をさらに募らせていった。
第壱章 世界の敵
ゼートゥーアの出発準備と重圧
統一暦一九二七年十一月二十一日、帝都参謀本部にて、ゼートゥーア大将はイルドア方面への査察出発準備を進めていた。
戦時下による物資不足は参謀本部にも及び、かつての優雅な移動とは異なり、軍用機へ最低限の荷物だけを押し込む現実が広がっていた。ゼートゥーアは自ら荷物を整理しながら、迅速性と安全性を優先せざるを得ない帝国の現状を受け入れていた。
葉巻を燻らせる彼は、ルーデルドルフ亡き後に帝国軍全体の重責を背負う立場となったことを痛感していた。失敗すれば祖国そのものが崩壊するという危機感が、彼を絶えず苛んでいたのである。
勝利幻想の崩壊
ゼートゥーアは、決定的勝利によって望む結果を得るという従来の戦争観が、既に破綻していると理解していた。
帝国軍は戦術的には勝利を重ねていたが、戦略的には破滅へ向かっている。その現実を直視した彼は、帝国人全体が「勝利」そのものへ囚われ、達成可能性という現実から目を逸らしていると認識していた。
戦争を始めたこと自体が誤りであり、終戦の機会を逃し続けた結果、もはや完全勝利も完全敗北も避けられない段階へ至っている。だからこそ彼は、「勝利でも滅亡でもない第三の道」を模索していた。
敗北を前提としながらも、祖国へ最悪ではない未来を押し付けること。それこそが自らの使命であると決意していたのである。
デグレチャフの言葉
ゼートゥーアは、過去にデグレチャフ中佐から聞いた「敗北しないことこそ勝利である」という言葉を思い返していた。
かつては消極的な発想に思えたその考え方も、現在では現実的真理として理解できていた。戦線は依然として国境外に維持されていたが、それは帝国崩壊を先送りしているだけに過ぎなかった。
それでも彼は、残された戦力と時間を使い、わずかでも未来を改善する可能性へ賭け続けようとしていた。
また、後方勤務による重圧に疲弊しながらも、単純な責務だけを果たしていた前線時代を懐かしみ、時折見せるデグレチャフの不器用な気遣いへ微かな安堵を覚えていた。
コンラート参事官との会談
訪れたコンラート参事官を迎えたゼートゥーアは、葉巻を勧めながら会談を始めた。
二人は戦時下における余裕の喪失を語り合い、やがて話題はルーデルドルフ元帥の死へ移っていく。
ゼートゥーアは、自身もルーデルドルフ排除を考えていたことを認めつつ、実際には連合王国側が先に暗殺を成功させたと語った。
さらに彼は、帝国軍暗号だけでなく外交暗号すら既に解読されている可能性が高いと断言した。デグレチャフが抱いていた違和感も、その証左だったのである。
帝国の機密が既に筒抜けであるという現実を、ゼートゥーアは淡々と突きつけていた。
外務省への皮肉と共犯意識
ゼートゥーアは、在外公館向け機密電報に触れ、各国での破壊工作計画が結果として反帝国感情を強化したと皮肉った。
コンラートは反論せず、その失策を認める態度を見せる。ゼートゥーアは、その姿勢に奇妙な満足感を覚えていた。
彼らは共に帝国の失敗を理解しながら、それでも国家へ奉仕し続ける立場にあったのである。
コンラートは、ゼートゥーアとの親密な関係を避けたいと冗談交じりに語った。ルーデルドルフの最期を見れば、自分は孫の結婚式へ出席できる人生を選びたいというのである。
それに対しゼートゥーアは心から笑い、戦場で死ぬ覚悟を持つ軍人と、生存を望む文官との差異を愉快に感じていた。
世界の敵としての連帯
会談を通じ、ゼートゥーアとコンラートは互いを理解し合っていった。
コンラートは、ゼートゥーアやデグレチャフのような参謀将校を「どうかしている」と評し、軍大学教育の異常性に驚きを示した。
対するゼートゥーアは、参謀将校とは「人の嫌がることを率先して行う」存在だと真顔で語る。その歪んだ隣人愛に、コンラートは感嘆すら覚えていた。
戦争さえなければ、暖炉の前で酒を酌み交わしながら談笑していたはずの二人は、滅びへ向かう帝国の中で知性ある会話を楽しんでいたのである。
感情によって動く軍人
コンラートは、ゼートゥーアの行動を国家理性に基づくものだと評した。
しかしゼートゥーア自身は、それを否定する。
彼はもはや理性へ奉仕する参謀将校ではなく、感情によって動いているのだと語った。彼が愛しているのは国家そのものではなく、ハイマートで暮らす人々と生活だったのである。
だからこそ、ライヒが朽ちるなら軍人も共に滅びるべきだが、ハイマートの未来だけは守らねばならないと考えていた。
赤子たちの未来を守ることこそ老人の義務であり、文官たちは戦後社会を支えるべきだと彼は語った。
最良の敗北への執念
ゼートゥーアは、戦争とは相手へ意志を強制する行為である以上、帝国は「最良の敗北」を勝ち取るべきだと断言した。
完全勝利は既に不可能であり、最悪より多少ましな未来を無理矢理にでも引き出さねばならない。そのためならば、自分たちは大陸ごと道連れにする覚悟すらあると語った。
未来に祖国の居場所が存在しないなら、その未来そのものを否定する。それが愛国者としての意思だった。
彼は、自分の目を見ろとコンラートへ迫り、その瞳に宿る狂気と本気を突きつける。
そして「必要だから」という言葉を嫌悪すると語った。必要に従い続けた結果が現在の地獄であり、今度は逆に「必要」の方を屈服させる番なのだと宣言したのである。
カランドロ大佐の停戦交渉
十一月二十二日、イルドア戦線ではカランドロ大佐が最後衛を率い、祖国を焼き払いながら帝国軍へ遅滞戦闘を行っていた。
その軍事的成果を政治的成果へ変えるため、彼は帝国軍との限定停戦交渉へ臨む。
レルゲン大佐との交渉により、北部民間人避難のための七日間停戦が成立した。イルドア側にとっては望外の成功であり、カランドロは震える手で首都へ報告を打電した。
ゼートゥーアとの対面
交渉の場でカランドロを待っていたのは、侵攻の首謀者であるゼートゥーア大将だった。
さらに傍らにはデグレチャフ中佐が控えており、カランドロは自分がどれほど武装していても、この場でゼートゥーアを討つことは不可能だと悟る。
それでも彼は、一人のイルドア人として侵攻理由を問い質した。
しかしゼートゥーアは、その問い自体が愚かだと切り捨てる。武装中立同盟によって合州国をイルドアへ縛り付けたのはイルドア自身であり、それによって帝国は動かざるを得なくなったのだと語った。
彼は純軍事的にはイルドア侵攻を望んでいなかったが、「時刻表」を狂わせた以上、反応せざるを得なかったのである。
世界の敵としての宣言
ゼートゥーアは、帝国がいずれ敗北することを理解していた。
しかし、ただ滅びるつもりはなかった。
帝国を喰らおうとする世界へ毒を撒き散らしながら死ぬ。それこそが自分の役割であり、連邦だけを勝者にすることだけは絶対に許さないと語った。
彼は自らを「世界の敵」と呼び、ハイマートを守るためなら神や悪魔すら敵に回す覚悟を示す。
さらに、合州国参戦を引き起こすためにイルドア侵攻を利用したことを暗に認め、必要なら半島ごと焼き払うとも平然と告げた。
カランドロは、その男を怪物だと痛感すると同時に、狂気ではなく理性によって動く存在であることへ深い恐怖を抱いていた。
ターニャの理解
交渉後、ターニャはゼートゥーアの真意を理解していた。
彼は、戦後に連邦だけを勝者とさせないため、意図的に合州国を参戦へ引き込もうとしていたのである。
別世界の歴史知識を持つターニャですら、その戦後秩序を見据えた発想には感服していた。
しかし同時に、自分はそのような歴史的怪物として名を残したくはないとも考えていた。
それでもゼートゥーアは、自分たちは世界の敵として歴史へ刻まれるだろうと愉快そうに笑っていた。
イルドア軍分析
その後、ゼートゥーアはイルドア方面へ二十二個師団を投入すると明かした。
表面的には百四十個師団を有するイルドア軍に対し圧倒的不利であったが、彼はその大半が高級士官用ポスト確保のための張子の虎に過ぎないと見抜いていた。
ターニャは、防衛戦において急造部隊でも十分脅威となり得ると反論する。故郷を守る兵士は容易には崩れないからである。
しかしゼートゥーアは、イルドア軍の実態を冷静に分析しつつ、弱い者いじめを始めようと愉快そうに語った。
ターニャもまた、軍人としてその命令へ従う覚悟を示していた。
第弐章 舞台
ジョンソンによる転属命令
統一暦一九二七年十一月下旬、多国籍軍司令部にて、ドレイク中佐の前へジョンソンが訪れた。
ジョンソンは、帝国軍によるイルドア侵攻によって情勢が一変したと説明し、ドレイクへイルドア方面への転属を通達した。ドレイクは、主戦場は依然として連邦戦線であると考え、魔導部隊を引き抜く判断へ強い違和感を抱いていた。
しかしジョンソンは、それは撤退ではなく戦略的再配置であり、多国籍義勇軍全体がイルドアへ移送されると断言した。さらに連邦側との調整も既に完了済みであると明かし、ドレイクを驚かせた。
政治によって動く義勇軍
ジョンソンは、多国籍義勇軍とは元来政治的象徴として編成された存在だと説明した。
現場の兵士たちが築いてきた信頼関係よりも、各国が「帝国へ団結して立ち向かっている」という政治的演出の方が優先されていたのである。
ドレイクは、イルドア戦線は軍事的には側面に過ぎないと主張したが、ジョンソンは「軍事的には正しいが、政治的には誤りだ」と切り捨てた。
現在、世界にとってイルドアこそが象徴的戦場となっており、多国籍義勇軍もまた、その舞台装置として投入される運命にあった。
内務人民委員部との協力
ジョンソンは、連邦側との調整に内務人民委員部が深く関与していることも明かした。
秘密警察たる彼らは、多国籍義勇軍の移送へ全面協力しており、最優先通行許可証まで発行していた。その命令書には輸送手段徴用権限すら与えられており、協力拒否者は査問対象になると明記されていた。
連邦側が、政治的理由から本気でイルドア派遣を推進している現実を、ドレイクは思い知らされることとなった。
連邦側の政治的事情
ジョンソンは、連邦が積極的に動く理由について説明した。
現在の連邦は合州国からレンドリース支援を受け、連合王国からも軍事援助を受ける「援助される側」に立たされていた。しかし社会主義国家としての威信を維持するためには、自分たちも「援助する側」である必要があった。
そのためイルドアへの象徴的派兵が必要となり、政治宣伝効果の高い魔導部隊は極めて都合の良い存在だったのである。
合同司令部構想への不安
ドレイクは、複数国家による混成軍運用が現場で混乱を招くと危惧していた。
しかしジョンソンは、名目上は合同司令部を設置しつつも、実際には各軍が従来通り自由に行動できるよう調整済みだと説明した。
その妥協案をまとめたイルドア側政治家たちの手腕を、ジョンソンは高く評価していた。
停戦下で進む帝国軍再編
統一暦一九二七年十一月二十七日、イルドア方面では停戦期間を利用した帝国軍再編が急速に進められていた。
ターニャはゼートゥーアを送り届けた後、第八機甲師団支援と再進撃準備へ投入されていた。兵站部隊は狂気的速度で補給を集積し、航空魔導師たちも燃料空輸へ酷使されていた。
輸送任務終了後、ターニャはレルゲン大佐率いる第八機甲師団へ合流し、停戦明けの作戦会議へ参加した。
混乱する戦線とゼートゥーアの策略
ターニャは、地図上に広がる帝国軍配置を見て、戦線が過度に伸び切り、通常ならば落第ものの配置になっていると分析した。
停戦によって敵には再編時間が与えられ、合州国軍先遣隊も確認され始めていた。一方、帝国軍は進撃の勢いを失いつつあるように見えた。
しかしターニャとレルゲンは、その混乱自体がゼートゥーアによる策略の一部だと察知していた。特に王都前進撃停止命令には、軍事ではなく政治的意図が強く含まれていると理解していたのである。
王都攻略禁止命令
ターニャは、王都攻略禁止命令が最初から計画されていた可能性を指摘した。
もし単純な戦果拡大を狙うなら、攻略命令が出るはずだった。しかし実際には、攻略可能性が見えた瞬間に停止命令が下されていた。
そこへ届いた新命令では、敵野戦軍撃滅と合州国軍への攻撃が命じられる一方で、「イルドア首都への接近禁止」まで明記されていた。
その徹底ぶりから、ターニャとレルゲンはゼートゥーアが王都を「政治舞台」として利用する意図を確信する。
政治へ変貌する戦争
レルゲンは、今後の戦争が純粋軍事ではなく政治的配慮に縛られるものへ変化すると理解していた。
ターニャもまた、その現実を認識していたが、本音では王都直撃による大戦果を望んでいた。転職用履歴書に書ける派手な戦功を求めていたためである。
レルゲンが警戒すると、ターニャは即座に善良な軍人であると弁明した。しかしレルゲンは、彼女が首都攻撃へ異常な執着を見せ続けている事実を指摘していた。
ターニャの新たな策
作戦会議終盤、ターニャは鹵獲車両を貸してほしいと要求した。
その裏では、旧大陸へ憧れてやって来る合州国軍へ、新たな罠を仕掛ける計画が進められていた。
長年の総力戦によって鍛え上げられた帝国軍は、既に「戦争芸術」の怪物へ変貌していたのである。
第二〇三航空魔導大隊の陽動
十一月二十九日、第二〇三航空魔導大隊は鹵獲したイルドア軍車両を利用し、陽動作戦を開始した。
彼らはわざと魔導反応を漏らしながら、まるで行楽旅行のような無防備な隊列を演出していた。ターニャ自身も珈琲を楽しみ、部下たちも菓子を齧りながら進軍していた。
しかし、その真意は敵魔導部隊を誘い出し、撃滅することにあった。
陽動作戦に苦戦する古参兵
作戦最大の問題は、魔導反応を「漏らす」演技だった。
第二〇三航空魔導大隊の古参兵たちは、長年徹底的に封鎖訓練を叩き込まれていたため、逆に自然な魔導漏洩を再現できなかったのである。
ターニャは、自分の教育が完璧すぎたせいで、逆方向の演技能力が育っていなかったことを痛感していた。
合州国軍との遭遇
やがて第二〇三航空魔導大隊は、哨戒中の合州国軍魔導部隊を発見した。
ターニャは攻撃禁止を命じ、敵へ「油断した帝国軍」という印象を与えることを優先した。
合州国軍の整然とした編隊飛行を見ながら、ターニャは「綺麗だ」と評する。しかし同時に、実戦を潜り抜けた帝国軍では既にそのような教範通りの飛行は不可能だとも理解していた。
コリント連隊の誤認
一方、合州国航空魔導連隊コリントは、第二〇三航空魔導大隊を「高度な封鎖を行う帝国軍精鋭浸透部隊」だと誤認していた。
若い魔導師たちは成功体験によって自信を深めており、帝国軍への恐怖を薄れさせていた。
彼らは詳細な報告を送り、本隊もまた帝国軍大攻勢の前兆と判断する。コリント連隊長は、敵先遣隊阻止のため追加偵察を命じた。
第二〇三航空魔導大隊の奇襲
しかし、その相手は総力戦を生き抜いた怪物だった。
地上から突然爆裂術式が放たれ、コリント連隊は奇襲を受ける。それでも彼らは即座に防殻展開と高度確保を実施し、模範的対応を見せていた。
だが、それは本命ではなかった。
ターニャは術式停止を命じると同時に、大隊へ突撃命令を下す。第二〇三航空魔導大隊は九十七式突撃演算宝珠による高速突撃で乱戦へ持ち込み、数的優位を無効化した。
合州国軍の崩壊
コリント連隊長は即座に再編命令を下したが、実戦経験不足が致命傷となった。
隊列は乱れ、各個撃破しやすい状態へ変貌してしまう。
そこへ第二〇三航空魔導大隊が襲い掛かり、高速突撃と近接戦闘によって合州国軍を次々と粉砕していった。ターニャは「蹂躙せよ」と命じ、敵をまとめて狩るよう指示していた。
戦場で笑う帝国軍
第二〇三航空魔導大隊は、戦闘中にも冗談を飛ばしていた。
ターニャは「感謝祭だ」「ターキーシュートしてやれ」と笑いながら命令し、部下たちも軽口を返していた。
戦場で笑いながら敵を虐殺する彼らの姿は、コリント連隊にとって理解不能な恐怖そのものであった。
逆落としによる壊滅
それでもコリント連隊長は統制維持へ尽力し、辛うじて戦闘を維持していた。
しかしターニャは、その存在こそ再編の要だと判断する。
彼女は「そろそろ用済みだ」と呟き、逆落としを命令した。九十七式突撃演算宝珠による急降下突撃が炸裂し、合州国航空魔導連隊コリントは徹底的に蹂躙されていった。
ゼートゥーアの真意
戦闘後、第八機甲師団司令部へ戻ったターニャは、レルゲンと共にゼートゥーアの狙いを理解していく。
王都攻略を禁じた理由は、「首都防衛成功」という幻想を敵へ与えるためだった。
合州国軍増援によって帝国軍進撃が止まったという構図は、イルドア側へ「守り切れた」という政治的勝利を与える。しかしその結果、敵野戦軍は首都防衛のため現在地へ拘束される。
その直後、帝国軍は全面攻勢によって敵を叩き潰すつもりだったのである。
勝利から破滅への転落
ゼートゥーアの作戦を理解したターニャは、「酷い詐欺です」と苦笑した。
レルゲンもまた、勝利を掴んだと思わせた直後に破滅へ叩き落とす作戦へ複雑な感情を抱いていた。
そして彼は、その構図が現在の帝国そのものではないかと気付く。しかし、その考えだけは決して口に出さなかった。
第参章 アポイントメント
ゼートゥーアによる予告電話
ゼートゥーアは連合王国大使館へ電話をかけ、イルドア宮殿での会食予約を依頼するという形で、王都攻略を予告していた。
応対した職員は悪戯電話と疑ったが、ゼートゥーアが帝国軍参謀本部の大将だと名乗ったことで愕然とした。彼は大使を生死問わず招待すると告げ、捕虜生活の準備まで皮肉りながら、一方的に通話を終えた。
前線視察という演出
十二月五日、ゼートゥーアは前線視察を名目にイルドア戦線を巡回していた。
彼は帝国軍の優勢を将官たちへ示し、イルドア王都攻略が本質的には土地の占領ではなく、敵野戦軍を王都防衛へ縛り付けるための罠であると説明した。王都は敵にとって放棄しがたい「白い象」であり、敵が執着するほど帝国軍に有利となる舞台であった。
一方でゼートゥーア自身は、イルドア方面の勝利が帝国全体の危機を覆すものではないと理解していた。彼は帝国軍の希望を維持するため、自信ある参謀次長を演じ続けていた。
サラマンダー戦闘団への無茶振り
ゼートゥーアは最前線のサラマンダー戦闘団にも現れた。
ターニャたちは参謀次長自らが危険地帯へ来ることに驚愕し、上司接待という厄介事へ巻き込まれた。ゼートゥーアは敵撃滅を命じ、さらに護衛としてグランツ中尉の魔導中隊を指名した。
ターニャは戦力低下と人選の不適切さを理由に抵抗したが、大将命令には逆らえなかった。結果としてグランツは、半ば強制的にゼートゥーア護衛任務へ組み込まれた。
カランドロの警告と孤立
イルドア軍参謀本部へ戻ったカランドロ大佐は、平時の余裕が完全に消えた祖国の姿を見ていた。
主力部隊は帝国軍の猛攻で瓦解し、残存戦力も寄せ集めに近かった。合州国軍という希望はあったが、彼はゼートゥーア率いる帝国軍を相手に「守るだけ」の防衛計画では危険だと警告した。
しかしイルドア軍上層部は、戦線維持を優先する常識的判断を崩さなかった。カランドロは、自分が正しい凶報を告げても受け入れられない悲劇の預言者になったと感じていた。
ターニャによる心理突破作戦
十二月六日、ターニャは敵陣地攻略のため、イルドア軍の心理的弱点を突く作戦を立てた。
彼女は、イルドア軍が優秀ではあっても実戦経験が不足し、敗北の恐怖を克服できていないと見抜いていた。そのため、アーレンス大尉には戦車部隊を師団規模に見せかける陽動を命じ、メーベルト大尉には師団砲兵並みの火力演出を求めた。
敵陣地そのものではなく、そこに籠もる兵士の心を崩すことが狙いであった。
ガスマン大将の迷い
イルドア王都では、防衛司令官ガスマン大将が敵の真意を読めず苦悩していた。
彼は軍政家としては優秀だったが、作戦指揮官としての即断には不向きだった。王都攻略が本命なのか、野戦軍包囲が狙いなのか、北部占領を目的とした政治的圧力なのか、結論を出せずにいた。
さらに王室を退避させるべきか、王都へ留めるべきかという政治的問題も重なり、彼は戦場の霧の中で判断を迷い続けていた。
イルドア防衛線の崩壊
帝国軍最前線で、ターニャは敵が陽動へ反応しないことを確認し、防御側が恐怖で主導権を失っていると判断した。
彼女は第二〇三航空魔導大隊へ低空突撃を命じ、三個中隊だけでイルドア軍第一防衛線を突破した。敵は勇敢に抵抗したものの、歴戦の帝国軍魔導師に圧倒された。
ターニャは、イルドア軍が都市を戦場にすることを避けている点を「文明人らしさ」と認めつつ、その正常さこそ帝国軍が突くべき弱点だと判断した。
第八機甲師団の突破と王都陥落
ターニャから「好きな地点で突破し包囲せよ」と連絡を受けたゼートゥーアは、即座に第八機甲師団へ進撃を命じた。
レルゲン大佐率いる第八機甲師団は一気に戦闘機動へ移行し、イルドア・合州国合同防衛軍の陣地を崩壊させた。救援に来た合州国軍までも包囲内へ誘い込み、再包囲する悪辣な機動戦術も成功していた。
王都は無防備となり、帝国軍先遣隊が中心部へ突入した。
王都を歩くゼートゥーア
ゼートゥーアは、政治的演出として自らイルドア王都へ入った。
護衛役のグランツは狙撃を恐れて警戒したが、ゼートゥーアは帝国軍参謀次長が怯えて見える方が害悪だと断言した。彼は大将階級章を晒し、葉巻を燻らせながら王都を歩き、征服者として振る舞った。
さらにグランツへ、士官は笑顔すら演じねばならず、帝国軍が逼迫している事実を世界へ見せてはならないと教えた。彼にとって、それは総力戦時代の心理戦そのものであった。
第肆章 短期滞在者
訓練重視のターニャ
統一暦一九二七年十二月十一日、イルドア王都郊外の帝国軍前衛陣地で、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は戦闘団の査閲と演習を実施していた。
ターニャは、実戦経験だけへ依存する危険性を強く警戒していた。経験は有益だが、過去の成功体験へ拘泥すれば思考停止へ陥るため、訓練によって経験の幅を広げ、批判的思考を維持する必要があると考えていたのである。
劣化していた塹壕戦技能
しかし演習結果は深刻だった。
東部戦線で機動戦ばかり経験してきたサラマンダー戦闘団は、本格的な塹壕戦技能を著しく劣化させていた。複線塹壕や縦深防御への理解は浅く、場当たり的な陣地構築しか行えていなかった。
ターニャは、精鋭を自称するなら過去戦訓を忘れるなと激怒し、塹壕を掘るだけならモグラでもできると将兵を叱責した。
各部隊への修正指導
ターニャは、トスパン中尉へ複線塹壕と弾性防御を前提にした陣地構築を命じた。
無駄死には許されず、最後まで戦力を維持して戦うことこそ重要だと戒めたのである。またアーレンス大尉へは、イルドア半島では迂回機動が難しい以上、正面突破を前提に工夫を続けろと指示した。
一方、メーベルト大尉率いる砲兵隊は比較的高く評価されていたが、深刻な砲弾不足が問題となっていた。そのためターニャは、魔導師観測支援による精密砲撃を提案し、限られた砲弾を最大限活用しようとしていた。
実弾演習と戦力不足
サラマンダー戦闘団は前線付近で実弾対抗演習を開始した。
機甲部隊による突撃と複線陣地による迎撃は理想的な対装甲戦闘に近かったが、戦闘団規模では師団級防御の厚みを持てず、兵力不足が露呈していた。
演習中、司令部から魔導急使が飛来し、ターニャは即座に全部隊を実戦配置へ戻した。
王都周辺防衛命令
届けられた命令は、「王都周辺の安全確保」であった。
本来、イルドア王都攻略は一時的威力偵察に近い性格だった。しかし実際に王都占領へ成功した結果、帝国側は外向けに「占領維持」を演出する必要へ迫られていたのである。
だがサラマンダー戦闘団には、その任務を支えるだけの兵力も火力も不足していた。ターニャは、限界状態の部隊へ更なる無理難題が押し付けられた現実に頭を抱えていた。
命令文の裏を読むターニャ
思案を重ねる中で、ターニャは命令文に違和感を覚えた。
そこには「王都周辺の安全確保」としか書かれておらず、「王都保持」は明記されていなかったのである。さらに発令者がゼートゥーア大将であることから、彼女は本命が別にあると推測した。
ライン戦線で経験した回転ドア作戦を思い出したターニャは、今回の任務が「数日間だけ派手に王都防衛を演出する宣伝戦」なのだと理解した。
敵砲兵陣地急襲計画
しかし演出には火力が不足していた。
そこでターニャは、敵火力をそのまま利用する発想へ辿り着く。合州国軍の砲兵陣地を奪い、その大砲と砲弾で合州国軍自身を砲撃すればよいのである。
ちょうどその頃、ゼートゥーア護衛任務から帰還したグランツ中隊も合流した。疲弊した彼らに最低限の配慮を与えつつ、ターニャは即座に作戦投入を決断した。
ハラスメント作戦の実行
ターニャは作戦を「ハイキング」と称した。
実態は、サラマンダー戦闘団総力による敵砲兵陣地急襲であった。第二〇三航空魔導大隊は飛行能力を活かして防御線を飛び越え、合州国軍砲兵陣地へ肉薄した。
防御は散発的であり、砲兵陣地は短時間で制圧された。その後、帝国軍砲兵隊が現地へ入り、鹵獲砲による砲撃を開始する。
ターニャは、敵の血税で作られた砲と砲弾で敵を攻撃できる状況を愉快そうに受け止めていた。
合州国魔導部隊との交戦
砲撃を受けた合州国軍は即応魔導部隊を投入した。
しかし接近してきた敵部隊は未熟であり、ヴァイス少佐率いる魔導中隊によって容易く崩されていった。ターニャ自身も光学狙撃術式で援護を行い、敵へ損害を与えた。
それでもターニャは、時間と経験を積めば合州国軍は化けると警戒を解かなかった。
降伏勧告と時間稼ぎ
優勢を確信したターニャは降伏勧告を送らせた。
しかし返答は拒絶であり、敵はなお戦意を維持していた。そのためターニャは、敵へ苦手意識を植え付ける方向へ方針を切り替えた。
こうしてサラマンダー戦闘団は敵砲兵陣地を荒らし、砲撃を浴びせ、敵魔導部隊を撃退した上で帰還した。戦局を変えるほどではなかったが、帝国軍参謀本部が必要としていた「時間」を稼ぐには十分な成果だった。
だがその直後、ターニャの元へ東部戦線再展開命令が届き、彼女は終わらぬ酷使に絶望していた。
ドレイク大佐への無理難題
十二月十三日、アライアンス司令部ではドレイク大佐が新たな任務を命じられていた。
合州国内世論への配慮から、連邦軍と連合王国軍は分離運用されることになり、連合王国軍だけで独自行動を担わされることとなったのである。
さらに政治的事情からドレイクは大佐へ昇進させられ、「アライアンス合同魔導軍司令部」の主力を担うよう求められた。
しかし現実には、合州国魔導部隊は壊滅状態であり、実戦可能な西側魔導戦力はドレイク率いる一個大隊にも満たない部隊しか存在しなかった。
ドレイクは命令を受け入れつつも、政治都合だけで作られた無責任な命令体系へ静かな皮肉を返していた。
ウーガ中佐の転属命令
十二月九日、遣イルドア査察司令部ではウーガ中佐へ突然の転属命令が下された。
連隊長勤務と大佐昇進という栄転だったが、ウーガは当初、自分が用済みになった左遷だと疑っていた。しかしゼートゥーアは、優秀だからこそ酷使すると断言し、今後さらに重責を背負わせるための経歴作りだと説明した。
さらにゼートゥーアは、イルドア王都制圧後に「ありったけを持っていく」と宣言する。それは大規模徴発を意味していた。
ウーガには、徴発物資と戦利品を北方へ輸送する鉄道輸送計画が託されたのである。
占領下のイルドア王都
十二月十六日、イルドア王都では帝国軍による占領統治が急速に進んでいた。
ターニャはゼートゥーアとの面会を求めたが、彼は既に去った後であり、代わりに東部戦線帰還命令だけが残されていた。
その後、彼女はウーガ大佐と再会し、イルドア王都を巡る。
徴発都市という毒餌
ウーガは、中央駅へ並ぶ貨物列車を見せながら、帝国軍がイルドアの資源や工作機械を組織的に徴発していると説明した。
さらに帝国軍は、北部から大量の避難民を王都へ誘導していた。王都へ人口を集中させることで、アライアンス側へ莫大な食糧供給負担を押し付けるつもりだったのである。
帝国軍は、市民を見捨てられない敵の理性と人道性そのものを兵站攻撃へ転化していた。
向上心を失わないという信念
会話の中で、ウーガはターニャを「立派な正義感」と評した。
しかしターニャは、自分はただ向上心を捨てたくないだけだと否定した。人は努力を続け、より賢く、より正しく、より有能であるべきだと信じているのである。
その言葉に感銘を受けながらも、ウーガは自身が「人間」を兵站兵器として利用している現実を理解していた。
それでも彼は、人間の心だけは失うまいと決意し、紺碧の空へ静かに敬礼を捧げていた。
第伍章 労働
帰還への期待
統一暦一九二七年十二月十七日、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は、任務を終えて帰還するまでが仕事であるという現実を改めて噛み締めていた。
かつて学校教師から聞かされた「帰るまでが遠足」という言葉を思い返しながら、ターニャは平和な社会に存在する教育や労働法へ強い感謝を抱いていた。戦場と無縁の文化的生活こそ本来あるべき姿であり、だからこそゼートゥーアから下された帰還命令を心の支えとして、新年だけでも帝都で過ごせることを期待していた。
任務延長という絶望
しかし、その希望はレルゲン大佐との遭遇によって打ち砕かれる。
レルゲンは、帰還命令が取り消されたことを告げた。第二〇三航空魔導大隊のみがイルドア戦線へ残留し、撤退する帝国軍本隊を援護する陽動任務を担わされることになったのである。
他部隊は後退する一方、魔導大隊だけが最前線へ残される現実に、ターニャは激しい衝撃を受けた。それでも命令である以上、拒否することはできなかった。
港湾破壊作戦の立案
状況を受け入れたターニャは、独自裁量権と航空戦力の増強を要求した。
彼女はウーガ大佐との会話から着想を得て、合州国の海上輸送そのものではなく、港湾施設を破壊することで補給網を麻痺させる作戦を提案した。
港湾は固定目標であり、荷揚げ能力を失えば大量輸送は成立しない。レルゲン大佐はこの発想を高く評価し、航空艦隊や大型輸送機を含めた全面支援を承認した。
空挺奇襲の開始
ターニャ率いる第二〇三航空魔導大隊は、イルドア南部港湾施設への奇襲作戦を開始した。
大型輸送機による空挺侵攻という大胆な作戦だったが、飛行中は平穏であり、隊員たちは機内で珈琲や軽食を楽しむ余裕すら見せていた。
セレブリャコーフ中尉から、戦争がなければ何をしていたかと問われたターニャは、善良な市民として平和に生きたかったと答えていた。
対空砲火地獄
だが目標上空へ到達した直後、状況は激変する。
ターニャは本能的危機感から非魔導降下を中止し、防殻展開を命じた。その直後、空は膨大な高射砲火と機関砲弾で埋め尽くされた。
合州国軍とイルドア軍は港湾防衛を徹底しており、空域全体が巨大な殺傷空間と化していた。砲撃密度は異常な水準に達しており、ターニャですら未来戦争を先取りしたような光景だと認識していた。
低空突入による攪乱
正面突破では消耗戦になると判断したターニャは、地表すれすれへの急降下を命じた。
イルドア軍は対魔導師戦訓を忠実に学習しており、低空へ侵入した魔導師へ水平射撃を集中させた。しかし、多国籍軍ゆえに統制は不完全であり、その砲火は味方部隊や港湾施設へ大量の誤射を引き起こす。
ターニャはその混乱を利用し、敵自身の火力によって港湾機能を破壊させることに成功した。
ドレイク大佐との交戦
港湾が混乱へ陥る中、敵魔導部隊が出現した。
そこには連合王国軍のドレイク大佐と、ターニャへ異常な執着を抱くスー中尉の姿もあった。
ターニャは、ドレイクを「変態」、一直線に突撃してくるスー中尉を「猪武者」と評しながら迎撃へ移行する。ヴァイス少佐へドレイク対応を命じ、自身はスー中尉との戦闘へ集中した。
怪物と化したスー中尉
第二〇三航空魔導大隊は集中砲火によってスー中尉を排除しようと試みた。
しかしスー中尉は異常な耐久力を見せ、貫通術式や中隊規模の十字砲火を浴びてもなお健在だった。
ターニャは、もはや相手は人間ではなく怪物だと認識し、複数中隊による集中攻撃へ移行する。それでも決定打を与えられず、戦闘は長期化していった。
海兵隊の参戦
そこへ洋上から合州国海兵隊の魔導師部隊が到着した。
援軍の出現にアライアンス側は歓喜し、海兵隊は即座に白兵突撃を敢行する。近距離火力による猛攻が展開されたが、それでも第二〇三航空魔導大隊は統制を崩さず、整然とした後退戦を維持していた。
ドレイク大佐は、その規律と練度へ強い戦慄を覚えていた。
戦時国際法への抗議
撤退中、帝国軍から突然通信が送られてくる。
内容は、合州国海兵隊が使用した散弾兵器は戦時国際法違反であり、人道に反するという抗議だった。
激戦の最中に人道問題を持ち出す帝国軍へ、ドレイク大佐は本気なのか冗談なのかすら判断できず、帝国軍への理解そのものに混乱し始めていた。
皮肉な感謝状
さらに後日、ドレイク大佐は帝国軍から届いた通信文を見て絶句する。
そこには、港湾破壊へ「多大なる貢献」をした連合王国軍魔導師へ叙勲申請を行いたいので、関係者名簿を送れと記されていた。
帝国軍は、敵軍による誤射で破壊された港湾すら、自分たちへの「支援」と解釈していたのである。
その異常な発想を前に、ドレイク大佐は帝国軍という組織そのものが狂気へ近づいているのではないかと本気で疑い始めていた。
第陸章 兵站攻撃
イルドア戦役の本質
語り手は、イルドア戦役におけるアライアンス側敗北の本質を、「決戦」を前提に帝国軍と戦ってしまったことにあると断じていた。
アライアンス側は、正々堂々とした正面決戦を想定していた。しかしゼートゥーア率いる帝国軍には、そのような発想自体が存在しなかった。帝国軍は、自軍の強みを活かし、敵の弱点を突くという総力戦の原則へ徹底的に忠実だったのである。
戦場の舞台設定から主導権に至るまで、全てを帝国側が掌握していた。アライアンス側は、自分たちが主役のつもりで戦場へ飛び込んでいたが、実際には帝国軍の脚本通りに踊らされていたに過ぎなかった。
総力戦への適応不足
世間では「帝国は戦術で勝ち、戦略で負けた」と語られていたが、語り手はその理解を不十分だと切り捨てていた。
イルドア戦役でアライアンス側が敗北した原因は、個々の戦闘や戦術ではなく、「総力戦への適応」という根本部分で後れを取ったことにあると指摘していた。
帝国軍は、変化した戦争のルールへ適応していた。一方でアライアンス側は、旧来の決戦思想へ囚われ続けていた。その差が、戦場全体の主導権を帝国側へ完全に握らせる結果となったのである。
ゼートゥーアの兵站戦略
語り手は、ゼートゥーアを現代史上最悪にして最高の戦略家だと評していた。
特に問題視されていたのは、避難民を利用した兵站攻撃である。ゼートゥーアは、大量の避難民によってアライアンス側の補給能力を圧迫し、人道支援そのものを兵器として利用した。
それは単なる残虐行為ではなく、「人道」を掲げながら敵を疲弊させる極めて合理的な戦略だった。語り手は、そのやり口を詐欺師的だと強く嫌悪していた。
古典戦術の現代的応用
ゼートゥーアの戦術は奇抜に見えながら、その本質は古典戦術の応用に過ぎなかった。
避難民による兵糧攻めは、中世攻城戦において住民を城へ追い込み補給を枯渇させる発想と同質であった。ライン戦線での回転ドア作戦も、坑道戦術や包囲殲滅といった古典的発想を近代戦へ適用したものだった。
斬首戦術ですら、指揮官暗殺による軍崩壊という歴史上の事例を現代化しただけである。
ゼートゥーアの恐ろしさは、古典を理解した上で、それを現代戦へ極めて洗練された形で適用していた点にあった。
合理性の獣としての帝国軍
語り手は、帝国軍を「合理性の獣」と評していた。
帝国軍は感情や名誉ではなく、徹底して算盤勘定で戦争を遂行していた。敵と真正面から戦うこと自体に価値を置かず、目的達成のため最も効率的な手段のみを選択していたのである。
イルドア戦役においても、ゼートゥーアはアライアンス軍との決戦を望んでいなかった。彼にとってイルドアは、時間稼ぎと混乱工作のための「おもちゃ箱」に過ぎなかった。
帝国軍は戦場を徹底的にかき回した後、混乱だけを残して北部へ帰還していった。残されたアライアンス側は、その後始末を押し付けられる形となったのである。
補給軽視への批判
語り手は、歴史が「決戦」や「英雄譚」ばかりを重視し、補給線の重要性を軽視していることを批判していた。
華々しい戦闘は人々の記憶へ残る。しかし現実の戦争では、水・食料・弾薬といった補給こそが軍を支えていた。
兵士一人へ水を届けるだけでも、後方には膨大な人員と組織が必要となる。戦場での勝利とは、前線兵士だけでなく、その背後を支える組織全体の成果であると語っていた。
人道支援という物流戦争
イルドア半島では、合州国が大規模な人道支援活動を行っていた。
しかし、それすらも物流と補給の戦争だった。避難民支援、物資輸送、港湾管理の全てが兵站と結び付いていたのである。
語り手は、イルドア戦役とは単なる軍事衝突ではなく、「総力戦と物流の戦争」であったと総括していた。
避難民政策の成功
統一暦一九二七年十二月二十日、帝都参謀本部では、イルドア当局が大量避難民の受け入れを正式表明し、さらに合州国を中心とした同盟諸国が組織的支援を開始したことで、大規模混乱が概ね回避されたという報告が届いていた。
その報告を受けたゼートゥーア大将は、ようやく張り詰めていた肩の力を抜く。
彼は、イルドア避難民を南部へ集中流入させることで、敵側へ膨大な兵站負担を押し付ける作戦を実行していた。避難民という「人間」を利用し、敵の理性と人道主義へ付け込む極めて卑劣な策であった。
だが、その賭けは成功したのである。
自己嫌悪と安堵
ゼートゥーアは、自らの行為を「邪悪」だと完全に理解していた。
避難民を兵器として利用したことが、人道的にも道義的にも許されざる行為であることを、彼自身が最もよく知っていたのである。
だからこそ、彼は「ゼートゥーアという悪名がまた一つ世界史へ刻まれる」と自嘲する。他人を欺けても、自分自身の冷徹な本質だけは誤魔化せなかった。
しかし、その一方で、彼の内心にはどうしようもない安堵感も存在していた。もし避難民政策が破綻していれば、イルドア南部は飢餓と混乱によって崩壊していた可能性が高かったのである。
そのためゼートゥーアは、「彼らの理性」を信じて良かったと感じていた。だが、その感情が人間としての良心なのか、単なる戦略成功への安堵なのか、自分でも判別できなくなっていた。
国家と個人の境界崩壊
ゼートゥーアは、自分がもはや単なる個人ではなくなりつつあることにも気づいていた。
帝国軍内部で巨大な権限を持ち、国家内国家の首魁のような立場へ近づいている。しかし、それでも本人は「ただの職業軍人」に過ぎないとも理解していた。
世界から怪物や軍閥の親玉として見られようとも、その内面には、一個人としての弱さと疲弊が残っていたのである。
敗北を見据える軍人
ゼートゥーアは、帝国の最終的敗北すら既に視野へ入れていた。
今後の世界では、帝国そのものの存在基盤が揺らぎ続ける。綱渡りのような状況の中で、彼は祖国の未来を少しでも延命させようとしていた。
だが、その重圧は限界へ近づいていた。彼は腰の拳銃へ意識を向け、一瞬だけ、自死によって全責任から解放される可能性すら考える。
しかしゼートゥーアは、その誘惑を振り払った。まだ自分には弱さが残っている。だからこそ、最後まで責任を背負い続けるしかないと苦笑していたのである。
幼女戦記 11巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 13巻レビュー
幼女戦記 一覧














その他フィクション

Share this content:


コメント