■ 作品概要
『[幼女戦記14 Dum spiro,spero ‐下‐]』は、カルロ・ゼンによる架空歴史戦記ファンタジー小説シリーズの第14巻であり、長きにわたる東部大戦の大きな転換点(クライマックス)を描いた作品である。 物語の舞台は、第一次世界大戦期の欧州を彷彿とさせる、魔導技術と近代兵器が混在する異世界。 本作のあらすじは、前巻から続く連邦軍の大規模戦略攻勢「黎明」の衝撃から始まる。完璧な奇襲と通信妨害、さらにはパルチザンの襲撃による前線司令官の戦死により、帝国軍の東部方面軍司令部は完全に崩壊寸前へと追い込まれる。この国家全滅の危機に、主人公のターニャ中佐は銃殺刑を覚悟で「ゼートゥーア大将名義の偽造命令(防衛計画第四号)」を発動する。既存の陣地死守を捨てた戦略的撤退と、大型輸送機を片道で使い捨てる常識外れの敵後方空挺襲撃(兵站攻撃)により、帝国は間一髪で野戦軍主力を救い出し、連邦の進撃を頓挫させる。
■ 主要キャラクター
- ターニャ・フォン・デグレチャフ: サラマンダー戦闘団および臨時航空魔導師団を率いる航空魔導中佐。現代日本から転生した徹底的な合理主義者であり、平和な後方勤務を熱望する一労働者。今巻では自身の生存とキャリアを守るため、独断専行による軍令の偽造という最大の賭けに出る。作戦成功後は、戦後を見据えたゼートゥーアの意図により、激戦の東部戦線から西方への転属を言い渡される。
- ハンス・フォン・ゼートゥーア: 帝国軍の戦務参謀次長であり、参謀本部の実質的な最高権力者。ターニャが放った偽造命令の意図を即座に見抜き、自身の正規命令として剛腕で事後承認(スクラップ・アンド・ビルド)する。帝国が敗北必至であることを悟りながら、自ら「世界の敵(諸悪の根源)」となる悪役を引き受け、国家をソフトランディングさせるための地政学的な詐欺を完成させていく。
- ハンス・フォン・レルゲン: 参謀本部の大佐。軍人としての高い倫理観を持ちながらも、崩壊していく軍組織を支えるために奔走する。本巻ではターニャの暴挙の片棒を(結果的に名義を悪用される形で)担ぐこととなり、組織の不条理と戦場の現実に胃を痛め続ける。
■ 物語の特徴
- ・「負け戦」をカードに変える壮大な政治・地政学サスペンス: 他作品のような「敵を倒して勝つ」カタルシスではなく、「壊滅を防ぐためにいかに退却し、その薄氷の防衛戦をいかに『余裕の大勝利』として世界に騙し分けるか」という、徹底した虚構の演出(プロパガンダ)が主軸となる。連合王国の情報部すら欺き、疑心暗鬼に陥れるゼートゥーアの怪物的な知略が最大の見どころである。
- ・極限の組織論とブラックユーモアの融合: 大隊規模のスタッフしかいない中で師団規模の事務処理を丸投げされるターニャの凄まじい「ブラック労働」の描写や、限界を迎えた兵士たちに「飲酒飛行」を正式許可するエピソード、さらには撤退戦を敵への蹂躙を交えた「凱旋ツアー」に仕立て上げる虚栄の演出など、ミリタリーリアリズムと強烈な皮肉(ブラックユーモア)が絶妙に同居している。
書籍情報
幼女戦記 14 Dum spiro,spero ―下―
著者:カルロ・ゼン 氏
イラスト:篠月しのぶ 氏
出版社:KADOKAWA
発売日:2023年9月29日
ISBN:9784047375956
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あらすじ・内容
我ら帝国軍航空魔導師。我に抗いうる敵はなし
東部戦線は、地獄である。迫りくる敵軍。破滅していく友軍。
まともに食えず飲めず眠れず。
それでも戦争は終わらない。
終わりの先延ばしに過ぎない勝利を求め、ターニャは魔導部隊を率いて戦場を疾駆し、吼える。
我ら帝国軍航空魔導師、と。我に抗いうる敵はなし、と。
そして、ゼートゥーアはついに成し遂げる。
世界の敵の面目躍如たるかな、と。
これは黄昏時に輝く魔導師と、世界の敵たるべく暗躍する老人の物語。
感想
東部戦線という終わりの見えない地獄の底で、狂気と合理性が限界を超えて火花を散らす凄まじい大逆転劇に圧倒された。国家の命脈が尽きかける極限の状況において、登場人物たちが退路を断って紡ぎ出すドラマには、ページをめくる手が止まらないほどの緊張感が満ちている。
今巻の冒頭で描かれた帝国軍の通信混乱は、連邦軍の戦略攻勢「黎明」がいかに完璧な奇襲であり、帝国の指揮系統を強かに打ちのめしたかを象徴する出来事であった。殺到する報告の濁流と悪辣な電波妨害により、司令部は完全に麻痺寸前へと追い込まれる。しかし、この鉄火場においてあえて余裕を演じ、部下たちの張り詰めた空気をほぐした現場の通信将校、クレーマー大佐の堅実な努力に深く胸を打たれた。彼が通信班の冷静さを取り戻させたからこそ、ターニャの発した専用暗号による「防衛計画第四号」という名の偽造命令が正確に拾い上げられたのだ。東部方面軍が全滅の危機から救われるという数奇な運命の裏には、こうした名もなき組織人の意地があった事実に深い感慨を覚える。
この「防衛計画第四号」の発動こそ、硬直化した帝国軍のドクトリンと官僚主義の壁を、現場であるターニャの狂気的な独断と、上層部であるゼートゥーア大将の冷徹な追認によって強引に突破した軍事的合理性の極致に他ならない。正規の手続きを踏んでいては到底間に合わない総力戦の破局に対し、書類の偽造という最大の軍律違反を犯してでも軍主力を後退させたこの対応は、帝国軍のしぶとさと異常性を世界に見せつける決定的な一手となった。圧倒的な物量の奔流に対し、帝国軍が大型輸送機や魔導師を全損覚悟で使い捨てるという、常識外れのエアランド・バトル(空陸一体戦)を展開して連邦軍の戦略的勝利を土壇場で打ち砕くカタルシスは、本作ならではの白眉と言える。
しかし、その輝かしい戦果の裏側に描かれる「委任」というシステムのブラックな実態には、組織論としての悍ましさと強い印象を植え付けられた。指揮系統の委任は現場の自律性を引き出す魔法の杖として機能する一方で、その実態は人手不足や組織的欠陥を現場の過重労働で補わせる「丸投げ」でもある。ターニャの独断専行がゼートゥーアによって有耶無耶にされた後に下された、大攻勢のボトルネックを狙う逆襲命令。そこで断行された兵站攻撃は、前線で蹂躙される戦友を見殺しにし、自らも全損覚悟の死地に飛び込むという、情や倫理を完全に排除した冷酷な算盤弾きの結果であった。局地的な戦闘を捨て、作戦次元で敵の「胃袋と動脈」を徹底して締め上げる純粋な軍事的合理性こそが帝国を繋ぐ唯一の希望だった事実に、総力戦の非情さが生々しく示されている。敵のヘイトがすべて自分たちに集中する中で、大隊規模のスタッフしかいないターニャが師団規模の過剰な事務や折衝を丸投げされ、疲弊していく様子には同情を禁じ得ない。
大局的な戦略の凄みに震える一方で、ミリタリーライクなディテールに目を向けると、読者として細かなツッコミどころや疑問が湧いてくるのも本作の面白いポイントだ。作戦のために片道で使い捨てられた大型輸送機のパイロットたちは、あの敵地の奥深くから果たして無事に回収されたのだろうか。また、敵の事前集積拠点を荒らし回った後、命からがら自陣へと帰還する退却戦において、急造の航空魔導師団がどこまで摩耗し、具体的にどれほどの被害を出したのかも気にかかる。
203大隊でジャガイモの食中毒で初の離脱者となり、今回復帰した彼や飲酒飛行を認めるために法務担当にされた彼とか…
生き残ってるのだろうか?
この急造された航空魔導師団は、突き詰めれば枯渇する帝国の人的・物的資源を強引にすり潰して作られた「残骸と残党の組み合わせ」にすぎない。引退した傷痍軍人や速成教育の訓練生までをも前線に投入した、ボロボロの部隊である。しかし、彼らの決死の反撃によって巨大な連邦軍の足を止め、世界に「帝国軍航空魔導師は無敵である」という恐るべき神話を刻み込んでみせた。その虚栄のプロパガンダを完璧に操るゼートゥーア大将の戦略には、ただただ圧倒されるばかりだ。極限の軍事的劣勢を大勝利の演出で覆い隠し、自らがすべての業を背負う最大の悪役となることで敗戦後の祖国を救おうとする。戦争を終わらせるために自らを生贄として捧げる彼の姿は、まさに世界を欺く「世界の敵」の完成形と言えるだろう。
希望なき戦場に安住する神話を否定し、冷酷な理性だけで世界のチェス盤をひっくり返した第14巻。ルビコン川を渡りきった彼らが、来たるべき戦後の構造改革へ向けてどのように歴史を欺き、ターニャがこのブラックな泥船からどうやって生き残りを図るのか、次なる展開への期待と興奮が止まらない。
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考察・解説
帝国軍の通信混乱
『幼女戦記 14』における帝国軍の通信混乱は、連邦軍による大規模な戦略攻勢「黎明」の開始と同時に東部方面軍司令部を襲った、絶望的な情報飽和と電子戦の様相を描いたものである。その実態と混乱の中で起きた決定的な出来事について、以下の要素に集約される。
報告の濁流と通信班の極限状態
・連邦軍の全面反攻が完全な奇襲として始まったことで、東部方面軍司令部には全戦域から緊急報告が殺到した。
・前線からは第三師団司令部との通信途絶や、航空艦隊からの緊急支援要請といった悲鳴のような報告が相次ぐこととなる。
・司令部の通信要員たちはこの情報の奔流に圧殺され、さながら鳩につき殺されるがごとき有様と表現されるほどの大混乱に陥った。
連邦軍による悪辣な電子戦・情報戦
・物理的な報告の多さに加え、連邦軍は強烈な電波妨害(ジャミング)を実行して通信回線を麻痺させた。
・全回線に連邦国歌を流して通信を阻害するだけでなく、狡猾な攪乱工作が展開される。
・下手な帝国語で偽情報に騙されるなと警告を発した直後に、流暢な帝国語で本命の偽情報を流し込むという、極めて高度な情報戦が行われていた。
クレーマー大佐の機転と余裕の演技
・この筆舌に尽くしがたい不条理と鉄火場の中にあって、通信部門の当直責任者であるクレーマー大佐は機転を利かせた。
・あえて呑気に葉巻をくわえ、諸君、今日は随分と静かだな、と大声を張り上げる。
・これは自らが救いがたい道化であることを承知の上で、部下たちの張り詰めた緊張と混乱を解きほぐすための演技であった。
・この堅実な指導手腕によって室内の空気が緩み、通信班がかろうじて冷静な機能を取り戻すことに成功する。
混乱の中で拾い上げられた奇妙な電信
・クレーマー大佐が部下を落ち着かせたからこそ、通信班はこの大混乱と妨害電波の渦中から、一つの不審な通信を正確に拾い上げることができた。
・それは、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐が正規のルートを無視して発信した電信である。
・その内容は、ゼートゥーア大将の専用使い捨て暗号を用いた、防衛計画第四号(全面後退)の発動命令という名の偽造命令であった。
まとめ
帝国軍の通信混乱は、連邦軍の黎明攻勢がいかに完璧な奇襲であり、帝国軍の指揮系統を強かに打ちのめしたかを示す象徴的な事象である。しかし同時に、この極限の混乱状態と、それを何とか統制しようとした現場の通信将校であるクレーマー大佐の努力があったからこそ、ターニャの放った偽造命令が本物の緊急命令として司令部に届くこととなった。結果として、東部方面軍が全滅の危機から救われるという数奇な運命をたどる契機となったのである。
連邦軍の全面攻勢
『幼女戦記 14』において、連邦軍が発動した全面攻勢(コードネーム「黎明」)は、圧倒的な物量と周到な欺瞞によって帝国軍を崩壊寸前まで追い詰めた。しかし、ゼートゥーア大将とターニャらによる非常識な航空魔導師の空挺作戦によって頓挫させられる。その実態と結末について、以下の要素に分けて解説する。
完璧な戦略的奇襲と帝国軍司令部の崩壊
・連邦軍は、首都での新編部隊のパレードやパルチザン活動の意図的な休止など、歴史的規模の偽装工作によって戦力集結を隠蔽した。
・これにより帝国軍は本格的な反攻は春以降と油断しており、完全な奇襲を受けることとなった。
・攻勢劈頭の猛烈な砲爆撃と、偽情報や妨害電波(ジャミング)により、帝国軍の通信網は大混乱に陥った。
・さらに、パルチザンの爆弾による東部方面軍司令官ラウドン大将の戦死や、列車砲による次席指揮官の喪失などにより、帝国軍の指揮系統はズタズタに引き裂かれた。
連合王国すら戦慄させた戦略的勝利の確信
・この攻勢は、同盟国である連合王国の武官団すら「連邦軍の止まらない一撃は世界を征服しうる」「戦後を考えるべきだ」と戦慄させるほど、圧倒的な鉄量と完成度を誇っていた。
・連邦軍司令部も、帝国軍野戦軍の主力は第一梯団の波状攻撃によって前線陣地に拘束され、いずれ兵站が尽きて包囲殲滅されるという洋々たる前途を確信していた。
防衛計画第四号による回避と兵站線への空挺強襲
・しかし、連邦軍の目論見は、ゼートゥーア大将名義の防衛計画第四号によって狂わされる。
・帝国軍は拠点を死守して迎撃するという従来のドクトリンを捨て、即座に全面後退を開始して連邦軍の第一撃を受け流した。
・さらに帝国軍は、希少な大型輸送機を片道で使い捨てにするという狂気の判断を下す。
・三個師団規模(実数は約千名弱)という前代未聞の航空魔導師団を敵後方のチョークポイント(第二方面軍司令部、バルク大橋、ノルク駅)へ空挺降下させた。
兵站破壊による攻勢の頓挫
・敵地後方に降り立ったターニャら帝国軍魔導師団は、連邦軍の輸送段列やパイプライン、操車場を徹底的に破壊した。
・これにより連邦軍は第一梯団への補給が極度に困難となり、後続の第二梯団も魔導師団の排除へ向かうため進撃を停止せざるを得なくなった。
・結果として帝国軍野戦軍の撃滅という黎明攻勢の主目的は達成されず、作戦は事実上の頓挫を余余儀なくされた。
・戦後の歴史書では、この結果をめぐり、西側諸国は連邦軍の作戦指揮の稚拙さと非難し、東側(連邦)は西側の不甲斐なさのせいで前倒ししたためと責任を押し付け合うことになる。
まとめ
連邦軍の全面攻勢「黎明」は、正攻法による圧倒的な暴力の奔流であり、本来であれば帝国軍に止めを刺すはずの完璧な一撃であった。しかし、帝国軍が大型輸送機や魔導師を全損覚悟で使い捨てるという、常識外れのエアランド・バトル(空陸一体戦)的対応を見せたことで、連邦軍の戦略的勝利は土壇場で打ち砕かれたのである。
防衛計画第四号
『幼女戦記 14』における防衛計画第四号は、連邦軍の巨大な戦略攻勢「黎明」による野戦軍全滅の危機を回避するため、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐がゼートゥーア大将の名と使い捨て暗号を騙って発動させた偽造命令である。後にゼートゥーア本人が追認したことで、帝国の命脈を繋ぐ正規命令へと昇華された。この極限の非常手段の実態と作戦がもたらした影響について、以下の通り整理する。
計画骨子:死守の禁止と戦略的後退
・連邦軍による全縦深同時攻撃を受けた際、帝国軍の各部隊は従来のドクトリンに従い陣地を死守しようとしていた。
・しかし、これは自ら包囲殲滅される自殺行為に等しい。
・ターニャが偽造した防衛計画第四号の核心は、既存の防御陣地に拘泥せず、空間を犠牲にして直ちに全戦線を戦略次元で後退させ、敵の衝撃力を受け流して野戦軍を温存することにあった。
・同時に、死守命令を厳禁し、東部方面の全航空魔導師をサラマンダー戦闘団の指揮下に集約させ、敵後方への兵站破壊(航空阻止攻撃)に全力を注ぐよう命じている。
司令部の混乱と金庫の封緘文書
・ラウドン大将が戦死し大混乱に陥っていた東部方面軍司令部において、通信部門のクレーマー大佐がこの暗号通信を受信した。
・留守を預かるハーゼンクレファー中将は、常識的に考えて偽命令だと疑うが、ゼートゥーア大将専用の使い捨て暗号が用いられていたため無視できなかった。
・さらに、ゼートゥーア大将が残した厳封された金庫を開けると、実際に防衛計画第四号と記された備忘録的な封緘文書が存在していた。
・そのため、司令部はこの不審な命令を正規のものとして扱わざるを得なくなる。
ゼートゥーア大将の剛腕な事後承認
・ターニャは自身の独断専行による軍律違反をカバーするため、グランツ中尉を将校伝令として帝都の参謀本部へ飛ばし、事後報告を行った。
・報告を受けたゼートゥーア大将は、ターニャが軍主力を救うために命令を捏造した意図を即座に理解し、東部方面軍から来ていた命令の真偽を問う照会電報を直ちに握り潰させた。
・そして、あの命令は私が確かに命じていたものだ、と宣言し、ターニャの独断専行を完全に自身の正規命令として追認した。
・これにより、軍組織を崩壊させかねない暴挙を偉大な作戦指導へとすり替えたのである。
結末:連邦軍攻勢の頓挫とエアランド・バトル
・防衛計画第四号が断行された結果、帝国軍は連邦軍 of 第一撃を受け流して後退に成功し、連邦軍が目論んでいた帝国主力野戦軍の包囲殲滅は空振りに終わった。
・同時に、命令によってかき集められ三個師団規模となった航空魔導師団が、輸送機を片道で使い捨てる大規模空挺によって敵後方へ投射された。
・彼らは連邦軍のチョークポイントである第二方面軍司令部、バルク大橋、ノルク駅を強襲して兵站線を徹底的に破壊した。
・これにより連邦軍は無停止進撃を阻害され、事実上「黎明」攻勢は頓挫することになる。
まとめ
防衛計画第四号とは、硬直化した帝国軍のドクトリンと官僚主義の壁を、現場であるターニャの狂気的な独断と、上層部であるゼートゥーアの冷徹な追認によって強引に突破した軍事的合理性の極致である。正規の手続きでは間に合わない総力戦の破局に対し、書類の偽造という最大の軍律違反を犯してでも軍の全滅を防いだこの対応は、帝国軍のしぶとさと異常性を世界に見せつける決定的な一手となった。
指揮系統の委任
『幼女戦記 14』における「指揮系統の委任」は、極限状態の総力戦において、硬直化した軍事官僚制の壁を突破し組織の崩壊を防ぐための必須の手段であると同時に、現場の指揮官に過酷な負担を強いる両刃の剣として描かれている。その実態と機能は、主に以下の側面に集約される。
「死守」の禁止と進退の自由の委任(防衛計画第四号)
連邦軍の「黎明」攻勢による全縦深同時攻撃を受けた際、帝国軍のドクトリンに従えば、現場は陣地の死守を選んで自ら包囲殲滅される運命にあった。
・ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐がゼートゥーア大将名義で偽造した防衛計画第四号では、死守命令の禁止と、諸部隊への戦術的判断に基づく進退の自由の委任が明記された。
・これにより現場指揮官に強制的に後退の裁量(委任)を与え、軍主力の崩壊を間一髪で防ぐ結果となった。
師団規模の即席編成と大隊指揮官への指揮権委譲
ターニャは東部の魔導部隊をかき集めて臨時航空魔導師団を編成したが、それを統括するための専門の司令部要員は存在しなかった。
・副長のヴァイス少佐は、各大隊指揮官がそれぞれ任意に指揮を執ることを前提とし、簡便な管制のみ当戦闘団司令部が提供すると部下たちに宣言した。
・これは現場の裁量に多くを委ねる帝国軍らしい委任戦術の極致である。
・しかし裏を返せば、細部の統制を現場に丸投げせざるを得ない無茶な運用でもあった。
中間管理職への過剰な負担と委任の限界
指揮を各部隊に委任したとはいえ、作戦全体を維持するための最終的な事務処理や折衝はターニャたちに集中した。
・大隊規模のスタッフしかいない状態で師団規模の事務を処理することは物理的に不可能であった。
・優先順位の問題として師団に組み込んだ各級指揮官へ大半の事務を委任したにもかかわらず、ターニャ自身は疲労傾憊で限界寸前となるほどの過負荷に苦しめられる。
・属人的な能力と現場の自己犠牲に依存する委任システムの構造的欠陥が露呈している。
司令部の指揮権継承問題とゼートゥーアの剛腕
一方で、委任のプロセスがうまく機能しないケースも描かれている。
・東部方面軍司令部ではラウドン大将らが戦死し、留守番役のハーゼンクレファー中将が指揮権を握ったが、彼には決裁者としての権限や確信がなく、意思決定が空回りしてしまった。
・対照的に、ゼートゥーア大将はターニャの偽造命令を事後承認する際、高級副官のウーガ大佐に対し、改めて必要な措置を講じる権限を付与することを明言した。
・トップダウンで絶大な権限を委任し、通信室の規則の壁を強引に突破させた。
まとめ
『幼女戦記 14』において、指揮系統の委任は、現場の自律性を引き出して軍を救う魔法の杖として機能する一方で、その実態は人手不足や組織的欠陥を現場の過重労働で補わせる丸投げでもある。平時の手続きや官僚主義が通用しない総力戦において、誰にどこまで権限を委任し、誰が責任を負うのかという問題が、帝国軍のしぶとさと破綻寸前の限界を浮き彫りにしている。
兵站攻撃の断行
『幼女戦記 14』における兵站攻撃の断行は、連邦軍の巨大な戦略攻勢「黎明」による野戦軍の包囲殲滅を防ぐため、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐率いる臨時航空魔導師団が極限の軍事的な合理性に基づいて実行した、冷徹かつ狂気的な作戦行動として描かれている。その実態と戦局に与えた影響を、以下の要素に分けて整理する。
前線支援の完全放棄と見殺しの決断
・兵站攻撃を成功させるための大前提として、ターニャは前線で連邦軍に蹂躙される友軍からの悲鳴のような救援要請(近接航空支援の要請)を、必要の名の下にすべて黙殺した。
・不足する戦力をわずかでも前線に分散させれば、大延焼する火事の元を絶つこと、すなわち敵の無停止進撃の阻害は不可能であると判断したためである。
・現場の戦友を見捨てるという非情な決断を下し、敵後方への攻撃のみに全力を集中させた。
師団規模魔導師による輸送段列への反復襲撃
・東部中の魔導師をかき集めた師団規模の部隊は、連邦軍第一梯団の背後へ侵入し、敵の補給段列を執拗に襲撃した。
・連邦軍はトラックにまで対空火器を搭載し、装甲車両を伴う分厚い防空網を敷いていた。
・しかし、ターニャは指揮官先頭で突入を反復し、敵の燃料や弾薬を次々と焼き払った。
大型輸送機を使い捨てたチョークポイントへの空挺降下
・さらに事態を決定づけたのは、ゼートゥーア大将の策に基づく空挺降下である。
・帝国軍は貴重な戦略資産である大型輸送機を片道で乗り捨てる(使い捨てる)という常識外れの決断を下した。
・三個師団規模(実数は約千名弱)の航空魔導師団を敵後方の急所である第二方面軍司令部、バルク大橋、ノルク駅へ直接投射した。
・救援の見込みがない死地に等しい作戦であったが、敵の連絡線を物理的に遮断するための乾坤一擲の手段となった。
兵站遮断による連邦軍黎明攻勢の頓挫
・この常軌を逸した兵站攻撃が断行された結果、連邦軍の巨大な梯団は身動きが取れなくなる。
・補給線や事前集積拠点を荒らされた第一梯団は補給困難に陥った。
・後続の第二梯団もバルク大橋などに降下した魔導師団を排除するために足を止め、反転せざるを得なくなった。
・結果として、帝国軍野戦軍の撃滅という黎明攻勢の主目的は達成されず、作戦は事実上の頓挫を余余儀なくされた。
・帝国軍は間一髪で軍主力の後退と温存に成功した。
まとめ
ターニャたちが断行した兵站攻撃は、味方を見殺しにし、自らも全損覚悟の死地に飛び込むという、情や倫理を完全に排除した冷酷な算盤弾きの結果である。しかし、局地的な戦闘を捨てて作戦次元で敵の胃袋と動脈を徹底して締め上げるというこの純粋な軍事的合理性こそが、圧倒的な暴力を前にした帝国軍の命脈を繋ぐ唯一の希望であったことが生々しく示されている。
航空魔導師団
『幼女戦記 14』における航空魔導師団は、連邦軍の戦略攻勢「黎明」による帝国軍崩壊の危機を回避するため、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐の独断専行とゼートゥーア大将の冷徹な追認によって生み出された、狂気と合理性の極致とも言える急造の大大規模部隊である。その実態と戦局に与えた影響は、主に以下の側面に集約される。
独断専行による臨時編成と非情な戦力集中
連邦軍の全縦深同時攻撃による軍主力の全滅を防ぐため、ターニャはゼートゥーア大将名義の防衛計画第四号を偽造し、東部の魔導師をかき集めて臨時航空魔導師団を編成した。
・この部隊の最大の目的は、連邦軍の無停止進撃を阻害するための敵兵站(輸送段列や操車場など)の徹底破壊である。
・これを成し遂げるため、ターニャは前線で連邦軍に蹂躙される友軍からの悲鳴のような近接支援要請をすべて黙殺した。
・現場の戦友を見捨てるという非情な決断を下し、敵後方への攻撃のみに全力を集中させた。
司令部の限界を超えたブラック運用
この師団は、本来「増強魔導大隊」を運用する前提のサラマンダー戦闘団の司令部要員(ターニャやヴァイス少佐など)だけで、3個連隊規模を統制するという無茶な構造であった。
・専任の参謀や管制官がいない中、ターニャらは睡眠時間を削って作戦指導に当たった。
・前線での戦闘と膨大な事務処理を同時並行でこなすという、極限の過労(ブラック労働)を強いられることとなる Lights。
・部隊の運用は常に破綻寸前の綱渡り状態であった。
根こそぎ動員と大型輸送機の使い捨て
ターニャの独断を事後承認したゼートゥーア大将は、さらに本国から2個師団規模の魔導師を増援として送り込み、合計3個師団規模(約1,000名弱)へと戦力を拡大させた。
・その増援の実態は、引退した傷痍軍人や、連邦式の速成教育しか受けていない訓練生までをも前線に投入する根こそぎ動員であった。
・さらに帝国軍は、この大部隊を敵後方のチョークポイントである第二方面軍司令部、バルク大橋、ノルク駅へ投射する。
・そのために、貴重な戦略資産である大型輸送機を片道で乗り捨てる(使い捨てる)という常識外れの決断を実行した。
疲弊の極地と凱旋という虚構(神話)
空挺降下した航空魔導師団は、連邦軍の補給網を寸断し、進撃を頓挫させるという戦略的成功を収めた。
・しかし、絶え間ない戦闘と防衛戦により部隊の疲労は限界に達した。
・ターニャが軍令の例外規定を盾に、飲酒飛行を正式に許可せざるを得ないほどの極限状態に陥る。
・最終的に泥濘期の兆候を理由に撤退を命じられるが、ターニャは帝国の余力不足を世界に悟られないための策を講じた。
・あえて連邦軍を襲撃・蹂躙しながら威風堂々と退却する凱旋ツアーを演出した。
まとめ
航空魔導師団は、枯渇する帝国の人的・物的資源を強引にすり潰して作られた、残骸と残党の組み合わせにすぎない。しかし、その決死の兵站攻撃と大規模空挺作戦(エアランド・バトル)によって巨大な連邦軍の足を止め、世界に「帝国軍航空魔導師は無敵である」という恐るべき神話(虚栄)を刻み込むことに成功したのである。
ゼートゥーアの戦略
『幼女戦記 14』におけるゼートゥーア大将の戦略は、単なる軍事的な反撃や勝利の追求を越えている。敗戦が避けられない帝国(ライヒ)を終わらせ、故郷(ハイマート)を存続させるために仕掛けられた壮大な政治的・歴史的詐欺として描かれている。その戦略の全容は、以下の4つの側面に集約される。
狂気のコストを払う鉄槌作戦の再現
連邦軍の大規模な戦略攻勢「黎明」に対し、ゼートゥーアはターニャの独断専行を事後承認し、それを自らの「防衛計画第四号」として軍全体に徹底させた。
・敵後方のチョークポイントである第二方面軍司令部、バルク大橋、ノルク駅へ三個師団規模の航空魔導師を投射した。
・連邦軍の兵站を寸断する作戦を強行した。
これはかつて帝国が成功させた「鉄槌作戦」の焼き直しである。しかし、今回は航空優勢も機甲師団もないため、貴重な大型輸送機を片道で使い捨てにするという常識外れのコストを払ってでも強引に成立させ、連邦軍の進撃を停止させた。
大勝利の演出による政治的詐欺
軍事的には薄氷を踏むような窮余の策であったにもかかわらず、ゼートゥーアはこれを余裕綽々の大勝利として宮中に上奏した。
・嘘はつかず事実を巧妙に並べ替えるだけで、皇帝や帝室を大いに喜ばせる。
・その勝利の幻想を利用して、独立を望む自治評議会を帝国側へ引き込もうと画策した。
連合王国の情報部ですら、彼の意図が事前の計算なのか即興の天才なのか測りかね、暗号が解読されていることすら悟られているのではないかと深い疑心暗鬼に陥るほどであった。
世界の敵の引き受けと帝室との無理心中
ゼートゥーアは、帝国の敗戦が不可避であることを完全に悟っている。
・開戦時から戦務参謀次長という肩書に留まり続けながら実権を握る。
・あえて帝室と親しく付き合うことで、戦争を始めた諸悪の根源という分かりやすい悪役(世界の敵)のアイコンを自らと帝室へ集中させようとしている。
帝国が滅びてものちに故郷を残すためならば、自ら進んで泥を被り、ピエロ(道化)を演じ切るという壮絶な自己犠牲の覚悟を持っている。
戦後を見据えた人材の保護(西方転属)
すべての業を背負う覚悟を決めたゼートゥーアは、ターニャに対して戦後も含めてこき使うと明言した。
・世界に強大な帝国軍の幻影を見せつける役割を彼女に命じる。
・同時に、激戦の東部戦線から西方への転属を言い渡す。
これは、軍事的なプロパガンダであると同時に、来るべき戦後に備えてターニャのような有能な人材を生き延びさせるための、冷徹かつ思いやりのある戦略的配置であった。
まとめ
ゼートゥーアの戦略とは、極限の軍事的な劣勢を大勝利の演出で覆い隠し、自らが最大の悪役となることで敗戦後の祖国を救おうとする、狂気と合理性が入り交じった悲壮な決断である。その姿は、戦争を終わらせるために自らを生贄として捧げる世界の敵の完成形と言える。
登場キャラクター
帝国
ターニャ・フォン・デグレチャフ
合理的な判断を下す航空魔導師である。ゼートゥーア大将の意図を汲み取り、冷徹に部隊を指揮する。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部直属第二〇三航空魔導大隊指揮官。サラマンダー戦闘団の指揮官。中佐。
・物語内での具体的な行動や成果
連邦軍の黎明攻勢に対し、防衛計画第四号を偽造して全軍を後退させた。敵の兵站線を破壊するため、師団規模の魔導師を率いて空挺降下作戦を実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼートゥーア大将から戦後までこき使うと告げられ、西方への転属を命じられた。
ハンス・フォン・ゼートゥーア
帝国の作戦指導を担う戦略家である。軍事的合理性を追求し、必要であれば自ら世界の敵となる覚悟を持つ。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部、戦務参謀次長。大将。
・物語内での具体的な行動や成果
ターニャの命令偽造を事後追認し、正式な命令として東部方面軍へ発令した。皇帝へ戦況を上奏し、事実を操作して勝利の幻想を演出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
事実上、参謀本部の全権を掌握し、帝国軍を采配している。
ヨハン・フォン・ラウドン
厳格で現場主義を徹底する老練な軍人である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍東部方面軍司令官。大将。
・物語内での具体的な行動や成果
連邦軍の攻勢開始直後に、パルチザンの爆破攻撃へ巻き込まれて死亡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼の死によって、東部方面軍の指揮系統は深刻な混乱へ陥った。
クレーマー
冷静な判断力を持つ通信将校である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍東部方面軍司令部、通信部門の当直責任者。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
混乱する通信室を落ち着かせ、ターニャからの偽造命令を拾い上げて上官へ報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
レルゲン
参謀本部のエリート軍人である。ターニャの能力を高く評価しつつも、彼女の独断専行に葛藤を抱く。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
東部前線へ赴き、ターニャへ軍功が公式には抹消されることを伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼートゥーア大将と皇帝が東部を視察することをターニャへ知らせた。
ハーゼンクレファー
規則と手続きを重んじる軍人である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍東部方面軍、留守司令部要員。中将。
・物語内での具体的な行動や成果
ゼートゥーア大将の金庫を開封し、防衛計画第四号の存在を確認した。参謀本部からの正式命令を受領し、全軍へ後退命令を発令した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
ヴァイス
真面目で規則を重んじる軍人である。上官の指示へ忠実に従い、部下の指導も適切に行う。
・所属組織、地位や役職
帝国軍第二〇三航空魔導大隊、副長。少佐。
・物語内での具体的な行動や成果
集結した魔導将校たちへ東部戦線の実情と全面後退の必要性を説明した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ターニャ不在時には戦闘団の指揮を任されている。
セレブリャコーフ
事務処理能力に優れ、上官と深い信頼関係を築いている副官である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍第二〇三航空魔導大隊、副官。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ターニャとペアを組み、敵兵站線への襲撃任務へ参加した。ターニャから休息を命じられ、個人壕で睡眠をとった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
ヴォーレン・グランツ
任務に忠実な若手将校である。ゼートゥーア大将の冷徹さに畏怖を抱いている。
・所属組織、地位や役職
帝国軍第二〇三航空魔導大隊。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ターニャの命令により将校伝令として帝都へ飛び、ゼートゥーア大将へ状況を報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼートゥーア大将からの伝言と封緘命令書を託され、東部へ帰還した。
ウーガ
真面目で誠実な組織人である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部、ゼートゥーア大将の高級副官。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
参謀本部へ到着したグランツからメモを受け取り、ゼートゥーア大将へ取り次いだ。ゼートゥーアの指示により、通信室で暗号化済み電文の差し止めを強行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
ルーデルドルフ
かつてゼートゥーア大将の良き友人であった軍人である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部、作戦参謀次長。元帥。
・物語内での具体的な行動や成果
故人であり、直接は登場しない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
彼が遺した葉巻をゼートゥーアが愛用している。
アーレンス
積極果敢な機甲将校である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍サラマンダー戦闘団、機甲部隊指揮官。大尉。
・物語内での具体的な行動や成果
東部方面軍の整備工廠から戦車を借り受け、連邦軍空挺部隊の迎撃へ向かった。司令部救援戦でメーベルト大尉の部隊と合流し、諸兵科連合戦闘を実施した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
メーベルト
防御戦の経験が豊富な砲兵将校である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍サラマンダー戦闘団、砲兵部隊指揮官。大尉。
・物語内での具体的な行動や成果
留守司令部を率いて、東部方面軍司令部を襲撃した連邦軍空挺部隊と交戦した。アーレンス大尉が持ち込んだ突撃砲を運用し、連邦軍を撃退した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
トスパン
指示を正確に実行する歩兵指揮官である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍サラマンダー戦闘団、歩兵部隊指揮官。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
メーベルト大尉の救援部隊の先鋒として、アーレンス大尉の戦車隊と合流した。アーレンス大尉とともに歩車協同戦闘を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
ヴュステマン
上官からの指示に従い行動する将校である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍第二〇三航空魔導大隊、中隊長。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
ターニャの分遣隊に組み込まれ、敵の燃料輸送車列の襲撃任務に参加した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ターニャから一人前の指揮官として評価されている。
ドクトル・シューゲル
魔導宝珠の主任設計技師である。
・所属組織、地位や役職
エレニウム工廠、主任技師。
・物語内での具体的な行動や成果
グランツが帝都防空網で足止めされた際、通信で身元を証明し通行を許可させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
タクシー代を立て替えたとして、ターニャへ電話で連絡を入れた。
ハンス・シュルツ
自分の機体へ強い愛着を持つ操縦士である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍第四七二輸送航空団。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
空挺作戦へ向かう大型輸送機を操縦し、目的地付近で機体を魔導師へ引き渡してパラシュート降下した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
愛機を使い捨てにされる命令へ不満を漏らした。
ツイーテ・ナイカ・タイヤネン
かつてターニャの部下であった魔導師である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍航空魔導師。准尉。
・物語内での具体的な行動や成果
訓練生を率いて空挺作戦に参加したが、搭乗機の機関故障により途中離脱した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
食中毒で退役していたが、教官として復帰し、さらに実戦へ投入された。
コリアー
通信記録の処理について許可を出す権限を持つ人物である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍参謀本部。准将。
・物語内での具体的な行動や成果
直接の登場はない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
アレクサンドラ
前線視察を希望していた皇女である。
・所属組織、地位や役職
帝国軍皇女。
・物語内での具体的な行動や成果
直接の登場はない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
皇帝に代わって東部視察へ向かう予定であったが、変更された。
皇帝
帝国の象徴的な存在である。
・所属組織、地位や役職
帝国、皇帝。
・物語内での具体的な行動や成果
直接の登場はない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ゼートゥーア大将の東部視察に同行して前線を訪問する予定である。
連邦
クトゥズ
慎重な判断を下す連邦軍の軍人である。
・所属組織、地位や役職
連邦軍。大将。
・物語内での具体的な行動や成果
帝国軍の空挺作戦を警戒し、輸送機を完全に撃墜できない前提で備えを指示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
セルゲイ
優秀で柔軟な対応力を持つ指揮官である。
・所属組織、地位や役職
連邦軍第一五三航空魔導連隊、連隊長。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
帝国軍の空挺強襲を察知し、部隊を率いてバルク大橋の友軍救援へ向かった。ターニャの部隊と交戦した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
ミケル
故郷と家族を大切にする軍人である。
・所属組織、地位や役職
連邦軍。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
ガスマン大将からイルドアへの亡命を提案されたが、これを拒否した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
イルドア
ガスマン
軍政家として優れ、冷静な情勢分析を行う老軍人である。
・所属組織、地位や役職
イルドア軍、アライアンス司令部。大将。
・物語内での具体的な行動や成果
帝国軍の撤退と避難民の押し付けに対し、政治的な対応を迫られた。アライアンスの将校たちへ、世界の敵を取り除く提案を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
カランドロ
アライアンス司令部でガスマン大将の提案を聞く将校である。
・所属組織、地位や役職
イルドア軍。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
ガスマン大将の亡命提案に対し、困惑した様子を見せた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
連合王国
ミスター・ジョンソン
冷徹な判断力を持つ情報機関員である。
・所属組織、地位や役職
連合王国外務省所属。
・物語内での具体的な行動や成果
連邦軍の陣地で戦闘を観察していたが、帝国軍の反撃を察知して即座に撤収した。対魔導誘導砲弾の効果を確認したが、砲弾を放棄して戦場を離脱した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特筆すべき事項はない。
ハーバーグラム
帝国の戦略を警戒する情報部員である。
・所属組織、地位や役職
連合王国情報部。少将。
・物語内での具体的な行動や成果
帝国軍の暗号通信を分析し、ゼートゥーア大将が暗号解読を察知している可能性へ恐怖を抱いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
帝国の逆転劇に対し、深い疑心暗鬼に陥った。
ドレイク
現場の将校たちから信頼されている軍人である。
・所属組織、地位や役職
アライアンス軍。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
ガスマン大将の提案を聞いて血相を変えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
中佐から大佐へ昇進し、イルドア方面へ派遣されている。
展開まとめ
第壱章 義務の名のもとに
統一暦一九二八年一月十四日 東部方面
東部方面軍司令部の混乱
連邦軍による全面攻勢が始まると、東部方面軍司令部は通信の混乱に陥っていた。各地から緊急報告や支援要請が殺到し、通信回線は妨害電波や誤情報で麻痺状態となっていた。通信責任者クレーマー大佐は、混乱を抑えるため敢えて余裕を装い、部下たちの緊張を和らげた。その結果、通信班は異常な暗号通信を発見するに至った。
ゼートゥーアからの極秘命令
司令部へ届いた通信には、ゼートゥーア大将名義による防衛計画第四号の発動命令が記されていた。内容は全戦線の後退、防御線再構築、航空戦力集中、サラマンダー戦闘団の最優先運用など、従来方針を覆すものだった。通信は使い捨て暗号によって正規性が証明されており、司令部内では偽命令ではないかという疑念と、本物である可能性との間で混乱が広がった。
ラウドン大将の戦死
東部方面軍司令官ラウドン大将は、前線視察中にパルチザンによる爆破攻撃へ巻き込まれ死亡した。彼は着任直後から現場主義を徹底し、防衛体制の再編や参謀陣の引き締めを進めていた。しかし連邦軍は同時多発的な破壊工作によって司令部機能を狙っており、ラウドン大将の死によって東部方面軍の指揮系統は深刻な混乱へ陥った。さらに次席指揮官も列車砲攻撃によって消息不明となり、司令部は指揮権継承すら定まらない状態となった。
防衛計画第四号の発見
留守司令部を任されていたハーゼンクレファー中将は、ゼートゥーア大将が封印していた金庫を開封し、防衛計画第四号の存在を確認した。そこには、戦線全面崩壊を前提とした後退戦略が簡潔に記されていた。現場への裁量委任を前提とする大雑把な計画であったが、現状認識自体は極めて的確だった。ハーゼンクレファー中将は命令の真偽に苦悩しながらも、完全には否定できず判断を迫られていた。
第二〇三航空魔導大隊の独自行動
司令部が判断を迷う中、第二〇三航空魔導大隊を中心とするサラマンダー戦闘団は既に行動を開始していた。彼らは命令を正規のものとして受領し、周辺魔導部隊を統合しながら臨時航空魔導師団を編成していた。司令部側は独断専行ではないかと疑念を抱いたが、デグレチャフ中佐率いる第二〇三が叛乱を起こすとは考え難く、判断はさらに混迷した。
ヴァイス少佐による状況説明
ヴァイス少佐は集結した魔導将校たちへ、東部戦線の実情を説明した。連邦軍の攻勢は単一突破ではなく、複数の主攻による波状攻撃であり、既存防衛線は既に瓦解寸前であると分析した。従来の局地防衛では軍主力が包囲殲滅されると判断し、防衛計画第四号に基づき全面後退を支援する航空阻止攻撃へ戦力を集中すると宣言した。魔導師たちは友軍支援放棄への葛藤を抱きながらも、軍全体を救うため必要な決断であることを理解していった。
ターニャの決断
ターニャはレルゲン大佐名義を用いて大量の命令書を作成し、航空魔導師団の即時編成を進めていた。人員不足の中で師団規模運用を成立させる無理を承知しながらも、敵第二梯団と兵站線への大規模阻止攻撃こそ唯一の活路であると考えていた。前線拠点の救援を求める声に対しても、軍全体を救うためには局地支援を切り捨てざるを得ないと冷徹に判断した。ターニャは、現場に義務以上を求める状況そのものが上層部の失策であると割り切り、任務遂行だけへ集中していた。
連邦軍『黎明』攻勢
連邦軍は長期間にわたり攻勢準備を秘匿し、偽装部隊やパルチザン統制を駆使して帝国軍を欺いていた。航空優勢と大規模砲撃によって東部戦線を制圧し、第一梯団と第二梯団による縦深突破で帝国軍主力を包囲殲滅する計画だった。連合王国の武官団ですら、その規模と完成度に戦慄し、帝国軍敗北を予測していた。しかしゼートゥーア大将だけは、この攻勢構想を事前に察知していたため、帝国側には辛うじて対抗策が残されていた。
帝国軍前線の混乱と撤退
前線の帝国軍将兵は、突然下された後退命令に激しく反発していた。彼らは従来、防衛陣地へ籠り救援を待つ前提で準備していたため、敵攻勢最中の撤退命令は混乱そのものだった。それでも一部指揮官は命令を実行し、部隊を後退させ始めた。しかし空は完全に連邦軍が制圧しており、味方航空戦力の姿は見えなかった。撤退中の兵士たちは見捨てられたと感じ、怒りと恐怖を抱きながら雪原を後退していった。
航空魔導師団の出撃
その頃、東部各地から集められた航空魔導師たちは、三個航空魔導連隊として敵後方へ侵攻していた。彼らは地形追随飛行によって低高度を高速飛行し、敵兵站線襲撃を目指していた。しかし急造編成での大規模夜間飛行は危険極まりなく、既に墜落者も出始めていた。それでもターニャは、連邦軍の巨大兵站を叩き、後退する帝国軍へ時間を与えるしかないと覚悟を固めていた。
統一暦一九二八年一月十五日 帝都上空
帝都防空司令部との衝突
東部から帝都へ急行していたグランツ中尉は、帝都防空識別圏へ突入した直後、帝都防空司令部から停止命令を受けた。彼は参謀本部直属第二〇三航空魔導大隊所属であり、最優先伝令任務中であると説明したが、防空司令部は東部方面軍の識別信号が確認できないとして、武装解除と高度降下を繰り返し要求した。
グランツは参謀本部直属部隊に東部方面軍コードなど存在しないと叫び返したが、相手は官僚的な対応を崩さず、最終的には従わなければ要撃対象とすると警告した。さらに脱走兵の可能性まで示唆され、グランツは怒りを露わにした。
グランツの葛藤
グランツは時間を稼ぐため高度を上げながらも、突破するべきか、それとも従って説明するべきか苦悩していた。帝都で足止めされれば東部戦線が破滅的状況へ陥る可能性を理解していた一方、味方へ武力行使することにも強い抵抗を感じていたのである。
彼は帝都防空司令部に事情を理解できる士官が存在する可能性へ賭けようとしたが、状況判断に必要な時間すら得られず追い詰められていた。
帝都防空部隊の実態
高度八〇〇〇まで上昇したグランツは、追随してくる要撃部隊の動きを見て愕然とした。帝都防空司令部所属の魔導師たちは、高度も速度も満足に維持できず、不格好な飛行をしていたのである。
グランツは、彼らが実戦経験に乏しい未熟な部隊であることを即座に見抜いた。連邦軍相手なら撃墜されるだけの存在だと理解しつつも、そのような部隊が帝都防空を担っている現実へ寒気を覚えた。
人間性を残した軍人としての苦悩
グランツは、合理だけを優先する軍人であれば、任務遂行のため要撃部隊を排除して突破する選択も可能だと理解していた。しかし彼には、同じ帝国軍人へ攻撃を加える決断を割り切れるほどの冷酷さは残されていなかった。
任務への責任と、人間としての良識。その狭間で苦悩する中、彼が神へ祈るような心境へ追い込まれた瞬間、不意に通信が割り込んできた。
歴史書において
東西で分かれる大戦史観
大戦後の歴史書には、西側と東側で異なる二つの歴史観が存在していた。どちらも、邪悪な帝国に対して同盟諸国が団結し、最終的に善が勝利したという大枠では一致していた。しかし、その過程の解釈は大きく異なっていた。証言や資料には主観や錯誤が混じるため、歴史研究では誠実な証言であっても完全に正しいとは限らないとされていた。
イルドア戦線をめぐる共通認識
一九二七年十月十六日、イルドアと合州国は武装中立同盟を結んだ。これに対し、帝国軍は十一月十一日にイルドア方面へ南進を開始し、イルドア軍を大きく崩した。その後、一時停戦を挟みながら戦闘は再開され、十二月にはゼートゥーアによるイルドア王都の暫定占領へ至った。しかしクリスマスには同盟諸軍の反撃により王都が解放され、帝国軍は北部イルドアへ後退した。ここまでの経緯については、西側と東側の史観は概ね一致していた。
黎明攻勢への評価の相違
見解が分かれたのは、連邦軍による一九二八年一月攻勢、すなわち黎明の位置づけであった。西側史観では、連邦が求めた第二戦線形成に対して西側諸国は忠実に応じ、イルドア方面で帝国軍の主力を拘束したとされた。そのため、黎明が失敗したのは連邦軍の作戦指揮の稚拙さによるものだと語られた。
一方、東側史観では、イルドア方面は第二戦線ではなく、西側諸国が帝国軍に追い詰められたため、連邦軍が不利を承知で黎明を前倒ししたとされた。つまり東側では、連邦軍は西側を救うために行動したのであり、失敗の原因は西側の窮地にあったと説明された。
イルドア方面への帝国軍戦力をめぐる論争
双方の史観には、帝国軍がイルドア方面へ有力部隊を投入したという共通点があった。西側は、帝国軍が機甲師団を含むほぼ全ての戦略予備をイルドアへ転用したと主張した。東側は、抽出されたのは少数の機甲部隊に過ぎないと主張した。
近年の公文書では、帝国軍がイルドア方面に投入した師団数は三十個を下回る可能性が指摘されていた。しかし、最大百四十個師団を動員できるイルドアと、合州国軍や連合王国、自由共和国の増援に対し、帝国軍が二十五から三十個師団程度で北部イルドアを掌握したとは考えにくいという疑念も残っていた。
東部方面軍の脆弱性を示す記録
仮に帝国軍のイルドア投入戦力が二十五個師団以下だった場合、帝国軍は一対六という不利な戦力比でイルドア戦線を維持したことになる。同時に、西側が主張するような大規模な東部戦力転用は存在しなかった可能性も生じていた。
しかしその一方で、帝国軍東部方面軍司令部が参謀本部に対し、戦略予備を返してほしいと再三懇請していた記録も残されていた。東部方面軍は、現有防衛線があまりにも脆弱であると訴えており、この記録が戦力転用の実態をめぐる議論をさらに複雑にしていた。
第弐章 早すぎたエアランド・バトル・ドクトリン
統一暦一九二八年一月十四日 東部上空
東部戦線の崩壊とターニャの決意
ターニャは東部上空を飛行しながら、燃え上がる防衛線の残骸を見下ろしていた。ゼートゥーアとラウドンが構築した防衛線は既に崩壊寸前であり、帝国軍は深刻な劣勢へ追い込まれていた。しかしターニャは、それを運命として受け入れる気はなかった。未来は人間の意思と行動によって変えられると考え、自らの率いる航空魔導部隊を「世界を動かす支点」と見なしていた。
航空魔導師という万能兵科
ターニャは航空魔導師という兵科の万能性を改めて認識していた。近接航空支援、長距離阻止攻撃、空挺降下、斬首戦術など、あらゆる役割を果たせる兵科であった。しかし万能であるがゆえに、全てを同時には実行できないという制約も理解していた。そのためターニャは、今回の作戦で最優先すべきは「敵兵站線の破壊」であると断定した。
兵站攻撃への徹底集中
ターニャは前線救援や防空支援などを切り捨て、敵後方への兵站攻撃へ全戦力を集中投入した。敵前線部隊を直接止めるのではなく、燃料と補給を断つことで無停止進撃を阻害する方針であった。そのためには、友軍前線部隊を見捨てることすら必要とされた。東部で戦い続けたベテラン将校たちは、この冷徹な合理性を理解し、命令へ従っていた。
連邦軍補給段列への襲撃
ターニャ率いる魔導連隊は、夜間飛行の末に連邦軍の巨大な補給段列を発見した。輸送トラック群を確認したターニャは歓喜し、全隊へ対地襲撃を命令した。帝国軍航空魔導師たちは突撃隊形へ再編し、高速突入による一斉攻撃を開始した。
重武装化された連邦軍後方部隊
しかし連邦軍後方部隊は、ターニャの予想を超える重武装状態であった。大量の対空火器や装甲車両が配置され、輸送部隊とは思えない防空網を形成していた。トラックにまで対空機関砲が搭載されており、帝国軍魔導師たちは濃密な弾幕へ突入することになった。
指揮官先頭による士気維持
激しい対空砲火によって部隊の動きが鈍る中、ターニャは自ら先頭へ立って再突入を繰り返した。危険地帯へ真っ先に飛び込むことで、部下たちへ「安全に突破できる」と示そうとしたのである。さらに挑発的な演説を繰り返し、魔導師たちへ暴力装置としての誇りを植え付け、士気を維持した。
輸送段列撃破と戦果判定
執拗な反復攻撃の結果、帝国軍魔導師たちは連邦軍輸送段列を大打撃へ追い込んだ。大量の車両が炎上し、補給線へ深刻な損害が与えられた。しかしターニャは追撃を行わず、即座に離脱命令を下した。重要なのは敵補給網の破壊であり、残敵掃討ではないと判断したのである。
第二連隊の迎撃戦
一方、別行動中だった第二連隊は、連邦軍の有力航空魔導部隊と遭遇していた。連邦軍は帝国軍の兵站攻撃を予測していた可能性があり、後方へ二個連隊規模の迎撃部隊を配置していた。ターニャは兵站攻撃を優先するべきか迷った末、第二連隊には敵航空魔導部隊との交戦を優先するよう命じた。
第三連隊による操車場襲撃
第三連隊は迎撃を受けることなく敵後方へ侵入し、操車場と補給デポへの襲撃に成功した。これによりターニャは、兵站攻撃作戦が一定以上の成果を挙げつつあることを確信し、戦略的成功の可能性を見出した。
長時間作戦による疲弊
しかし連続作戦による疲労は深刻であった。ターニャ自身も注意力低下を自覚しており、部隊全体にも疲弊が広がっていた。それでも時間的猶予はなく、ターニャは休養を最小限に抑えながら作戦続行を命じた。夜間の優位を利用できる間に、敵兵站を可能な限り叩く必要があったのである。
敵航空機との遭遇
索敵中、帝国軍魔導師たちは夜間飛行中の単発戦闘機編隊と遭遇した。連邦軍は夜間でも単発戦闘機を編隊運用できるほどの練度を有しており、ターニャはその技量へ驚愕した。敵機は一撃離脱戦法を繰り返し、帝国軍の行動を妨害した。
巨大野戦航空基地の発見
敵戦闘機を追跡したターニャたちは、巨大な野戦航空基地を発見した。数日前の偵察には存在していなかった規模の基地であり、ターニャは連邦軍の異常な戦意と構築能力へ戦慄した。基地は防空砲火も重厚で、さらに空挺降下対策まで施されていた。
航空基地への降下襲撃
ターニャは基地を単に爆撃するのではなく、降下襲撃による破壊を決断した。爆裂術式で可燃物を吹き飛ばした後、魔導師たちは地上へ降下して施設破壊を開始した。しかし敵は地下壕や陣地を整備しており、激しい抵抗を見せた。ターニャは長期制圧を断念し、焼き討ちによる破壊へ切り替えて離脱を命じた。
部隊疲弊と分遣隊編成
襲撃後、ターニャは部隊全体の疲弊が限界へ近づいていることを認識した。連隊規模での継続行動は困難と判断し、大部分の部隊を帰投させることにした。しかし自身は少数精鋭を率い、引き続き燃料輸送車列の襲撃を継続する決断を下した。
燃料輸送車列への徹底攻撃
ターニャの予測通り、連邦軍は前線へ大量の燃料を輸送していた。帝国軍には鹵獲可能な燃料がほとんど残っていなかったため、連邦軍は自前で補給し続ける必要があったのである。ターニャたちは燃料車列を次々と発見し、大量の燃料を炎上させた。しかしその一方で、帝国軍前線は依然として崩壊し続けており、戦況の悪化自体は止まっていなかった。
解説
【MANPADS】
MANPADSとは、「携帯式地対空防衛システム(Man-Portable Air-Defense Systems)」の略称であり、兵士個人が携行・運用できる小型の地対空ミサイルを指していた。
肩に担いで発射する形式が一般的であり、一人でも航空機やヘリコプターを攻撃可能である。主に赤外線誘導によって航空機のエンジン熱源を追尾し、低高度を飛行する目標へ大きな脅威を与える兵器として発展した。
作中でターニャが語っていたのは、現代戦における防空環境の苛烈さであった。彼女の知る世界では、前線や補給部隊ですらMANPADSを大量配備しており、航空戦力は常に撃墜の危険へ晒されていた。そのため、連邦軍の対空砲火を見ても、誘導ミサイルや自走式防空システムが存在しないだけ「まだマシ」と判断していたのである。
第参章 嘘つきは泥棒の始まり
統一暦一九二八年一月十五日 仮指揮所
飽和する司令部業務
ターニャは対地襲撃任務を終えて帰還すると、白湯とチョコレートを口にしながら膨大な書類処理へ没頭していた。軍隊は戦闘を行うたびに事務処理が激増する組織であり、それを怠れば補給や命令系統が崩壊すると理解していたためである。
しかし現実には、司令部業務は既に飽和状態へ達していた。サラマンダー戦闘団は臨時編成であり、各兵科の士官は存在しても、統合作戦を運営する専門司令部要員は増員されていなかった。しかも主要士官の多くが各任務で離脱しており、ターニャは極端な人手不足の中で師団規模部隊を運用し続けていた。
無理の上に成り立つ戦闘団運営
ターニャは各級指揮官へ大量の権限委譲を行い、敵兵站への攻撃を継続させていた。しかし、それは破綻寸前の綱渡りでもあった。さらにゼートゥーア大将名義を用いて部隊を動かしていたため、事情を知らない士官へ無闇に業務を振ることもできなかった。
連邦軍の攻勢開始からわずか二十四時間しか経っていなかったが、ターニャ自身は既に限界寸前まで追い詰められていた。それでも彼女は、グランツ中尉が帝都へ到達し、ゼートゥーアへ状況説明を果たしてくれれば混乱収拾の道筋が立つと信じ、書類仕事を続けていた。
短時間の仮眠
疲労が限界を超えつつあることを悟ったターニャは、ヴァイス少佐とセレブリャコーフ中尉へ業務を引き継ぎ、自身は十五分だけ仮眠を取ることにした。
寝床は藁を乾燥させただけの粗末なものだったが、泥濘の戦場において乾いた寝床は十分すぎる贅沢だった。ターニャは倒れ込むように眠りへ落ちた。
突然の電話
しかし眠りへ落ちた直後、ターニャはセレブリャコーフ中尉に起こされた。重要な電話が入ったのである。
ターニャは無理やり意識を覚醒させて受話器を取ると、電話の相手がシューゲル博士であることに気付いた。ターニャにとって、爆発事故寸前の試作宝珠を押し付けてきた危険人物として忘れようのない相手だった。
シューゲル博士による暗号的連絡
シューゲル博士は雑談を装いながら、グランツ中尉が帝都で揉め事を起こしていることをそれとなく伝えてきた。表向きは、財布を落としたグランツへタクシー代を立て替えたという話だったが、実際には帝都防空網や官僚機構によって足止めされていたことを示唆していた。
ターニャも即座に意図を理解し、休暇中の若手士官が迷惑をかけたという形で話を合わせた。両者は軍用回線が傍受されている可能性を考慮し、最後まで暗号的な会話を崩さなかった。
グランツの安全確認
電話を終えたターニャは、グランツ中尉が無事に帝都へ到達し、少なくとも中央と接触可能な状態にあることを理解した。それだけでも大きな前進だった。
もし本国側がゼートゥーア名義の命令を完全な偽命令として否定していれば、ターニャたちの作戦行動は即座に崩壊しかねなかった。しかしグランツが事情説明できる状況ならば、最悪の破局は避けられる可能性が高まったのである。
シューゲル博士への評価
セレブリャコーフ中尉は、九十七式演算宝珠を開発した偉大な技術者としてシューゲル博士を尊敬していた。しかしターニャは、博士の人格評価については強く否定的だった。
彼女は、副官へ後でグランツ中尉にシューゲル博士の人物像を聞けば理解できると告げ、博士に対する複雑な感情を滲ませていた。
わずかな希望
それでもターニャにとって、今回の電話は久々の朗報だった。グランツがゼートゥーアへ状況報告できれば、少なくとも中央へ真実は伝わる。
終わりの見える無理は、終わりの見えない無理より遥かに耐えやすい。そう考えたターニャは、わずかに肩の力を抜きながら、再び膨大な業務へ戻っていった。
統一暦一九二八年一月十五日 帝国軍参謀本部
参謀本部への到達
グランツ中尉は帝都上空での混乱を突破し、ようやく参謀本部へ到達していた。正門ではシューゲル博士が事前に話を通していたおかげで無事に通行を許可される。グランツは、その手際の良さに改めてシューゲル博士への尊敬を深めていた。
しかしゼートゥーア大将の執務区画では、警護担当の少佐と曹長に立ち入りを拒否される。シューゲル博士の名前を出しても通用せず、グランツは機密保持のため事情を伏せていたことを後悔し始めていた。
ウーガ大佐との遭遇
追い詰められたグランツは、自らを「ゼートゥーア閣下の警護担当」と名乗って取り次ぎを懇願した。その騒ぎを偶然目撃したウーガ大佐が、グランツの存在に気付く。
グランツはターニャから託されたメモをウーガへ渡し、「現下の東部情勢について至急報告」と説明した。そこには「小官は独断専行いたしました。ですが、主力を救わねばなりません」という短い文面が記されていた。
ウーガ大佐は、その文章を書いた人物がターニャであると理解した瞬間、事態の重大さを悟る。合理主義の権化である彼女が「独断専行」と記している以上、通常では考えられない緊急事態が発生していると直感したのである。
ゼートゥーアの即断
メモを受け取ったゼートゥーア大将は、一瞬で状況を理解した。そして直前まで準備していた「東部方面で出回っているゼートゥーア名義の命令は偽物である」と確認する照会電報を、即座に差し止めるよう命じた。
もしその電報が発送されれば、ターニャが現地でゼートゥーア名義を用いて構築していた命令体系が完全崩壊し、東部方面軍の混乱は決定的となる危険があったのである。
ウーガ大佐は疑問を抱きつつも、上官の意図を汲み取り、通信室へ駆け込んで暗号化済み電文の差し止めと関連書類の回収を強行した。
命令の追認
グランツが東部の状況を説明すると、ゼートゥーア大将は全てを「自分が命じていた作戦」であると断言した。
本来、ターニャの行動は越権的独断であり、発覚すれば重大問題となるはずだった。しかしゼートゥーアは、自らが正式に追認することで、偽命令だったものを「最初から正規命令だった」という事実へ塗り替えたのである。
さらにゼートゥーアは、東部方面軍へ改めて「先の東部査閲官命令を速やかに実行せよ」という正式電文を送るよう命じ、ターニャの独断を完全に制度上の命令体系へ組み込んでしまった。
グランツの畏怖
一連のやり取りを目撃したグランツは、ゼートゥーア大将とターニャが常人とは異なる思考領域で動いていることを痛感していた。
違法性や責任問題よりも、「現状で必要な行動」を優先し、その場で制度や命令体系すら塗り替えてしまう上層部の判断力へ、グランツは恐怖すら覚えていた。
ゼートゥーアによる戦況分析
その後、ゼートゥーア大将はグランツを席へ座らせ、東部戦線の実情について直接聞き取りを始めた。
グランツは、通常規模の魔導大隊でも連邦軍歩兵連隊を圧倒可能であること、そしてターニャが航空魔導師団による敵兵站破壊を戦局打開の鍵と判断していることを報告した。
ゼートゥーアは、その情報を聞きながら長時間沈思し、やがて何かを掴んだように表情を変える。彼は、従来の「斬首戦術」の延長ではない、新たな運用可能性へ到達し始めていた。
東部戦線の惨状
一方その頃、東部ではターニャが休む間もなく兵站攻撃を継続していた。
彼女は友軍から届く無数の救援要請を切り捨てながら、敵第二梯団への補給妨害を優先していた。前線では帝国軍防衛線が各所で崩壊し、部隊は包囲・殲滅されつつあったが、それでも敵補給線を断たねば戦線全体が崩壊すると理解していたのである。
疲労と精神的圧迫に追い詰められたターニャは、一時は近視眼的な救援要求を行った士官を射殺する案すら理性的に検討していた。しかしヴァイス少佐が先にその士官を殴り倒して排除し、場を収めていた。
兵站攻撃の継続
ターニャは、敵補給線への攻撃こそが唯一の勝機であると信じ、再出撃を決断する。
連邦軍は航空優勢下にもかかわらず極端な対空防御を施しており、輸送車列には大量の対空砲火が随伴していた。それでもターニャは、兵站線の破壊を徹底するよう各中隊へ命令し、自ら先頭に立って敵輸送車列へ突撃した。
連邦軍による空挺強襲
その最中、留守司令部のメーベルト大尉から緊急通信が入る。連邦軍が東部方面軍司令部へ空挺強襲を開始したという報告だった。
帝国軍魔導師のお家芸であった「斬首戦術」を、連邦軍が模倣し始めたのである。
ターニャは即座に状況を理解し、サラマンダー戦闘団の全兵力を投入してでも司令部を守れと命じた。自軍全滅すら許容し、「東部方面軍司令部が落ちる方がまずい」と断言する。
しかし航空魔導師団本隊は敵後方深くへ侵攻しており、即時救援は不可能だった。ターニャは増援の期待を捨て、せめて敵後続部隊への妨害だけでも行おうと決断する。
戦争の進化
連邦軍は、帝国軍の戦術を学び、急速に戦争技術を進化させていた。
その事実を痛感したターニャは、苦々しく「連邦人どもめ、戦争だけは上手になっていきやがって」と吐き捨てるのだった。
第肆章 プロ意識
統一暦一九二八年一月前半 東部方面軍管轄後方管区/整備工廠
整備工廠に取り残されたアーレンス大尉
アーレンス大尉は、正月をわずかに帝都で過ごした直後、東部方面へ再投入されていた。サラマンダー戦闘団の機甲将校として前線復帰を望んでいたが、戦車整備の都合から機甲部隊のみ後方工廠へ留め置かれる。
彼は、戦闘団主力だけが前線へ進出した状況へ強い不満を抱き、自分たちも戦線へ投入するよう工廠側へ激しく要求した。しかし東部方面軍は極度の戦車不足に陥っており、工廠には修復待ちや部品取り用の車両が山積していた。二十四時間体制で工員が稼働していたものの、需要に対して供給は全く追いついていなかったのである。
アーレンス大尉は事情を理解しつつも、前線で戦闘が続いている中で後方待機を受け入れられなかった。そこで彼は、東部方面軍司令部付近で緊急整備中となっている車両群へ目を付け、自らそれを「借りる」計画を立て始める。
司令部保有戦車の強引な借用計画
連邦軍による「黎明攻勢」が始まると、アーレンス大尉は完全に我慢の限界へ達していた。
彼は、司令部近辺に存在する予備戦車群をどうにか使えないか模索し始める。通常の輸送手段が不足していたため、彼はサラマンダー戦闘団らしい発想として、魔導大隊へ戦車兵二十名ほどを無理やり搬送させた。
翌日、司令部近辺の整備拠点へ乗り込んだアーレンス大尉は、技術中尉へ戦車貸与を執拗に要求する。技術中尉は預かり物であるとして拒否したが、アーレンス大尉は「前線へ運搬するだけだ」と言い張り続けた。
技術中尉は、機甲将校の「慎重」や「自衛」を全く信用していなかったが、押し問答の最中に突如として空襲警報が鳴り響く。
空挺降下の察知
防空壕へ飛び込んだアーレンス大尉は、空を飛ぶ敵機の様子に違和感を覚えていた。
爆弾らしき物体が落下傘付きで投下されている光景を見た瞬間、彼はそれが空挺降下であると即座に理解する。帝国軍自身が多用してきた斬首戦術を、今度は連邦軍が仕掛けてきたのである。
アーレンス大尉は直ちに機甲要員へ戦車始動を命じる。燃料や砲弾不足を無視し、とにかく動く車両を優先して戦闘加入させる判断を下した。
さらに彼は、技術中尉へ「借りていくぞ」と一応の報告だけ残し、整備中車両を実戦投入していく。技術中尉は半ば悲鳴のように「壊さないでくれ」と懇願したが、アーレンス大尉は誠実に努力するとだけ答えていた。
急造戦車隊による迎撃
アーレンス大尉がかき集めた戦車は十両程度だった。しかし空挺歩兵にとっては十分脅威となる戦力であり、連邦軍側は軽対戦車火器で必死に対抗する羽目になる。
だが連邦軍空挺部隊は鹵獲した帝国軍重対戦車砲を運用しており、急造戦車隊は逆に苦戦を強いられた。しかも連邦軍歩兵の練度も高く、対戦車肉薄攻撃を積極的に仕掛けてくる。アーレンス大尉は、友軍歩兵支援を欠く状況では限界が近いことを理解していた。
サラマンダー戦闘団本隊との合流
そこへ突如、複数のトラック部隊が接近してくる。
最初は敵増援かと警戒したアーレンス大尉だったが、双眼鏡越しにトスパン中尉を発見し、それがサラマンダー戦闘団本隊であると理解した。
アーレンス大尉は歓喜し、トスパン中尉らと即座に戦況共有を行う。司令部はまだ抵抗中であるものの、敵空挺部隊は数的優位を維持していること、鹵獲火砲が極めて危険であることを説明した。
その後、歩兵・戦車・砲兵による諸兵科連合戦闘が開始される。アーレンス大尉やトスパン中尉らは、既に暴力装置として完成された集団であり、戦車と歩兵の連携を迷いなく実施していった。
メーベルト大尉の苦戦
救援部隊を率いていたメーベルト大尉は、司令部救援戦に苦戦していた。
彼は防御戦経験には長けていたものの、自ら攻勢をかける戦闘には不慣れだった。しかも兵力は明らかに不足しており、司令部を守り切れる保証もない。
敵空挺部隊は予想以上に精強であり、魔導師や鹵獲重火器まで運用していた。メーベルト大尉は、友軍戦車の損失や弾薬不足に悩まされながらも、何とか持久戦へ持ち込もうとしていた。
さらに彼は、戦闘団司令部要員までも戦闘加入させる決断を下す。兵力不足が極限に達していたため、留守司令部そのものを前線投入するしかなかったのである。
メーベルト大尉の白兵戦
前線では既に白兵戦が発生していた。
メーベルト大尉自身も敵空挺兵に襲われ、ナイフによる刺突を受けかける。しかし彼は携帯シャベルで敵兵の頭部を殴打して反撃し、周囲の味方が敵兵を射殺したことで辛うじて生還する。
彼は強がりながらも、状況が限界に近づいていることを内心で理解していた。
アーレンス大尉による増援再編
その直後、アーレンス大尉が新たな戦車群を率いて再登場する。
彼は工廠から追加車両や整備兵まで半ば強引に徴発し、再編成した戦車部隊を連れて戻ってきたのである。メーベルト大尉はそれを見て、戦況を立て直せると確信した。
さらにメーベルト大尉は、アーレンス大尉が持ち込んだ突撃砲へ目を付ける。突撃砲は「砲」である以上、砲兵の管轄だと主張し、自ら砲兵を率いて突撃砲運用へ参加した。
榴弾砲火は連邦軍歩兵や魔導師へ極めて有効であり、特に急造連邦魔導師は防殻が脆弱だったため、榴弾の至近弾で容易に撃破されていく。
連邦軍空挺部隊の崩壊
諸兵科連合による反撃は、連邦軍空挺旅団へ致命的打撃を与えた。
さらに連邦軍側は、後続の機甲部隊が航空魔導師団による兵站攻撃で足止めされ、救援不能になったことを知る。これによって空挺部隊は希望を失い、次第に撤退や投降へ追い込まれていった。
一方、東部方面軍司令部側は、生還できるという希望を取り戻していく。そしてその最中、ゼートゥーア大将からの正式電文が届く。
そこには、防衛計画第四号を即時実行せよと明記されていた。東部方面軍が「怪文書」ではないかと疑っていた命令は、本当に正規命令だったのである。
第四号作戦の真意
連邦軍司令部側もまた、状況の異変へ気付き始めていた。
帝国軍前線は異様に脆弱だった一方で、兵站線への航空魔導師団規模の攻撃が執拗に行われていたのである。連邦軍は、帝国軍が全面後退しつつ、こちらの兵站のみを重点的に破壊している可能性へ気付く。
そして彼らは、帝国軍が黎明攻勢の本命である野戦軍撃滅を避け、逆に連邦軍の補給線を崩壊させる方向へ動いていることを理解し始める。
連邦軍将校たちは、帝国軍が「こちらの最も嫌がる対応」を、迷いなく実施している現実へ戦慄していた。
統一暦一九二八年一月十七日 帝都/参謀本部
ゼートゥーア大将の歓喜
帝都参謀本部において、ゼートゥーア大将は深い満足感と共に葉巻をくゆらせていた。
東部戦線の危機的状況に対し、自らが思い描いていた戦略構想が現実に機能し始めていることを理解していたのである。絶望的状況から戦局をひっくり返し得る可能性を掴んだ彼は、自分こそ世界で最も幸福な男かもしれないと感じていた。
ゼートゥーア大将にとって、それは単なる軍事的成功ではなかった。戦争という巨大な機械仕掛けの中で、人間の意思と創意工夫によって運命そのものをねじ曲げられるという実感こそが、彼を強く高揚させていたのである。
グランツ中尉への伝令依頼
ゼートゥーア大将は、帝都へ帰還していたグランツ中尉を呼び出していた。
彼は、短い休暇を与えられた若い中尉へ穏やかに声をかけつつ、新たな伝令任務を依頼する。グランツはその態度に礼を示しながらも、ゼートゥーア大将の異様な高揚感に困惑と恐怖を覚えていた。
しかしゼートゥーア大将にとっては、現在進行中の戦局そのものが極上の美酒だった。歴史を動かす逆転劇の渦中にいるという感覚が、彼の思考を強烈に昂揚させていたのである。
ターニャへの確信
ゼートゥーア大将は、グランツへデグレチャフ中佐へよろしく伝えてくれと告げる。
彼は、ターニャであれば自分の意図を即座に理解すると確信していた。だからこそ詳細説明すら不要であり、必要最低限の伝言だけで十分だったのである。
ゼートゥーア大将は便箋へ自ら筆を走らせながら、この一手だけで全てをひっくり返せるかもしれないという確信に満ちていた。問題の本質を理解できれば、後は解決策を押し通すだけである。たとえそれが運命を踏み越える暴挙だったとしても、もはや恐れる理由はなかった。
運命への前借り
ゼートゥーア大将は、自分を「無責任な借り手」と評していた。
未来の代償など気にしている余裕はなく、今この瞬間に帝国を生き延びさせることこそが全てだったのである。来年の植え付けを気にするより、まず飢え死にを避けねばならないという切迫した認識が、彼の覚悟を支えていた。
かつて灰色に見えていた世界は、今や鮮烈な色彩を帯びていた。進むべき道は明確であり、迷う必要はない。ゼートゥーア大将は、自らが掴んだ可能性へ強い確信を抱きながら、新たな一手を打とうとしていた。
第伍章 魔導師の墓場
第四号作戦の発動
ゼートゥーア大将による正式命令を受領した東部方面軍司令部は、迷走を即座に打ち切った。
ハーゼンクレファー中将名義で全軍へ大胆な後退命令が発令され、防衛計画第四号が全面的に実行される。帝国軍は事前構築していた防衛線を放棄し、敵後方への航空魔導師団による兵站攻撃を継続しながら、全力で後退を開始した。
その結果、帝国軍は広大な空間を連邦軍へ明け渡したものの、野戦軍主力の温存には成功していた。連邦軍が期待していた包囲殲滅は成立せず、帝国軍は極限状態にありながらも軍事機構としての統制を維持していた。
連邦軍の想定と帝国軍の狙い
連邦軍は、帝国軍がいずれ後退からの反撃を試みること自体は想定済みだった。
過去の「鉄槌作戦」と同様、帝国軍が後退によって敵を誘引し、機動反撃を狙うだろうと予測していたのである。そのため連邦軍は、帝国軍反撃部隊を迎撃・粉砕する準備まで整えていた。
ターニャ自身も、ゼートゥーア大将が考える戦略の延長線上として、その程度が妥当な構想だと判断していた。しかし、それはゼートゥーアという人物を「常識的軍人」として捉えた誤算でもあった。
ゼートゥーアからの封緘命令
帝都から帰還したグランツ中尉は、ゼートゥーア大将からの封緘命令書と手紙をターニャへ手渡した。
ターニャは、その内容を読んだ瞬間、理性が理解を拒絶しかけるほどの衝撃を受ける。そこに記されていたのは、師団規模の航空魔導師による敵補給線遮断、そして大規模空挺作戦だった。
ゼートゥーア大将は、敵後方のチョークポイントを占拠し、補給線を遮断した状態で連邦軍主力を兵站切れへ追い込み、帝国軍野戦軍による反撃で包囲殲滅する構想を打ち出していたのである。
ターニャの戦慄
理屈そのものは理解できた。だがターニャにとって問題だったのは、その作戦が成立するための条件が、現実にはほぼ全て欠落していることだった。
過去の鉄槌作戦では、帝国軍には機甲師団と航空優勢が存在していた。しかし現在、戦車戦力の大半はイルドア方面で消耗し、航空艦隊も酷使され尽くしていた。さらに輸送機戦力すら不足している。
その上、今回の空挺作戦では後続救援すら期待できない。敵地へ降下した航空魔導師団は、補給線を遮断した後、四方八方から連邦軍主力に包囲されながら耐え続ける必要があった。
ターニャは、それを「死んでこい」と同義の命令だと理解していた。
ヴァイス少佐とセレブリャコーフ中尉の覚悟
ターニャはヴァイス少佐とセレブリャコーフ中尉を呼び出し、改めて覚悟を問う。
しかし二人は迷わなかった。ヴァイス少佐は、サラマンダー戦闘団へ所属した時点で、いかなる任務にも志願する覚悟だったと語る。セレブリャコーフ中尉も、ライン戦線以来ずっとターニャへ同行すると決めていたと答えた。
ターニャは、自分の周囲には戦争好きしかいないのかと呆れつつも、彼らの覚悟を受け止める。そしてレルゲン大佐だけは常識人だという冗談で笑い合った後、空気を切り替え、「鉄槌の更に先へ進む」と宣言した。
睡眠許可という異常事態
作戦準備のため、東部の航空魔導師たちへ異例の睡眠許可が与えられた。
これまで連続出撃を強いられていた魔導師たちは、「食って寝ろ」「起こされるまで寝ていい」という命令を受け、逆に異常事態を察知する。長時間睡眠が許可されるなど、それほど重大な作戦が始まる前兆でしかなかったのである。
指揮官たちも、一時間だけ仮眠を許された後、緊急会議へ召集される。そしてそこで、空挺作戦の内容を知らされることとなった。
指揮官たちの反発
会議に集められた魔導将校たちは、作戦内容を聞いた瞬間に強く反発した。
現有戦力でチョークポイントを占領するのは不可能だ、地上防空砲火が厚すぎる、補給が持たない、人数が足りないと、極めて常識的な反論が次々に飛び出す。
しかしターニャは、それら全てを理解した上で、「命令だ」と断言した。
さらに本国から二個師団規模の魔導師増援が送られると説明し、空挺作戦準備を進めるよう命じる。もっとも、グランツ中尉は帝都防空部隊の惨状を目撃しており、増援がまともな練度を持つか強く疑っていた。
輸送機使い捨てという発想
魔導将校たちは、そもそも輸送機の航続距離では目標地点へ到達できないと指摘した。
だがターニャは、ゼートゥーア大将の真意を理解していた。輸送機を往復させる前提を捨て、「片道だけ飛ばして使い捨てる」のである。
大型輸送機という戦略資産を消耗品扱いする発想へ、将校たちは戦慄した。しかしターニャは、国家存亡を賭けた局面ならば、輸送機も魔導師も全て消費可能な駒に過ぎないと説明する。
それは、輸送機部隊も、降下する魔導師団も、全損覚悟で投入される作戦だった。
三個航空魔導師団の編成
ターニャは、東部に集結する残存魔導師と、新たに送られてくる増援を用い、三個航空魔導師団を編成すると宣言した。
残骸と残党を組み合わせた即席編成でしかなかったが、それでも連邦軍兵站を遮断できれば勝機はある。ターニャは愛国心、名誉、職業意識を煽りながら、「我々だけが帝国を救える」と訴えた。
同時に彼女は、作戦準備中も現行の兵站攻撃を継続すると命じる。指揮官たちは出撃禁止とされたが、部下だけは引き続き出撃させ続けねばならなかった。
そしてターニャは、疲弊しきった将校たちへ冷徹に命じる。
死ぬほど働け。だが死ぬな。空挺作戦の準備と兵站攻撃を、同時並行で完遂しろ、と。
統一暦一九二八年一月二十日 東部
帝国軍による総力空挺作戦
ゼートゥーア大将は、連邦軍の兵站線遮断を目的として、帝国中から航空魔導師をかき集めていた。集結した戦力は三個航空魔導師団規模に達しており、帝国が保有する魔導戦力をほぼ限界まで投入した異常な規模だった。
しかし、その実態は極めて無理のある編成だった。教官だけでなく訓練生までも前線へ投入され、さらに退役済みの傷痍軍人まで呼び戻されていた。ターニャは、国家が最後の最後まで人材を搾り尽くしている現状へ苦々しさを覚えていた。
促成訓練による魔導師の量産
ターニャは旧部下のタイヤネン准尉と再会し、現在の訓練実態を知る。
新兵たちは、帝国式ではなく連邦式を簡略化した速成教育を受けていた。飛行と防殻に特化した教育によって短期間で空へ上げられていたが、本来の帝国式航空魔導戦術に必要な高度な技術は省略されていた。
その結果、彼らは最低限飛行できるだけの未熟な戦力へ変質していた。タイヤネン准尉は、飛べずに死ぬのと飛んで死ぬののどちらが良いのかと苦悩を漏らし、ターニャも人的資源の浪費だと理解していた。
ターニャの現実主義
ターニャは、新兵たちに同情しつつも、戦場では自分が生き残ることを優先するしかないと割り切っていた。
彼女は後方勤務への強い憧れを隠さず、後方で軍を支える人間を高く評価していると語る。しかし現実には、自らも再び最前線へ投入されていた。
そして彼女は、博物館級の旧式装備まで動員される現状を見ながら、結局は生き残るために嫌でも戦うしかないと覚悟を固めていた。
輸送機使い捨ての片道飛行
帝国軍は輸送機を使い捨てにする前提で空挺作戦を実行した。
夜間離陸した大型輸送機群には、航空魔導師たちが搭乗していた。輸送機を目的地付近まで飛ばした後、操縦士たちはパラシュートで脱出し、残りの操縦を魔導師自身が行うという無茶な計画だった。
ターニャは、愛機を失うことへ苦悩するシュルツ中尉へ同情しつつも、熟練操縦士を無駄死にさせるわけにはいかないと説明する。機長側もまた、最後まで機体を操縦したいという強い責任感を抱いていた。
グランツ中尉とゼートゥーア評
輸送機内では、グランツ中尉とシュルツ中尉がゼートゥーア大将について語り合う場面もあった。
二人は、ゼートゥーアを世界の敵と評しつつも、その異常な戦略眼と強引さを認めていた。ターニャも部下たちの本音を止めることなく聞き流し、ゼートゥーアの大戦略を実行する役割を改めて認識していた。
降下加俸問題への怒り
空挺作戦直前、ターニャは降下加俸が支払われない事実を知る。
魔導師による地上戦参加が増えた結果、軍上層部は魔導資格保持者を降下加俸対象外とする解釈へ変更していたのである。
ターニャは、一方的な待遇変更に激怒し、権利は主張しなければ失われると改めて痛感する。戦場の最中ですら、彼女は将来的に異議申し立てを行う決意を固めていた。
未熟な操縦による危機
輸送機操縦は予想以上に困難だった。
航空魔導師たちは飛行技術を持っていても、輸送機操縦の専門家ではない。編隊は乱れ、針路逸脱や通信混乱が頻発する。六号機では機関故障まで発生し、タイヤネン准尉たちは途中離脱を余儀なくされた。
ターニャは、無理に合流を強制せず、各自の生存を優先させる判断を下す。そして改めて、航空魔導師に輸送機操縦を任せるべきではないと痛感していた。
降下直前の演説
目的地上空へ到達したターニャは、部隊へ演説を行う。
橋を奪い、敵補給線を断ち、包囲された連邦軍へ絶望を与える。それが今回の任務であり、自分たちはいつも通り仕事をするだけだと語った。
その言葉に部隊は熱狂し、ターニャ自身も輸送機から降下する瞬間には高揚を隠せなくなっていた。
帝国軍航空魔導師の宣言
降下開始と同時に、ターニャは無線を最大出力で開放し、全軍へ叫ぶ。
我ら帝国軍航空魔導師。我に抗いうる敵はなし。
その言葉は単なる強がりでもあり、同時に極限状態で戦う魔導師たちの覚悟そのものでもあった。部隊全体も唱和し、帝国軍航空魔導師たちは東部の夜空へ舞い降りていく。
連邦軍の迎撃準備
一方、連邦軍第一五三航空魔導連隊では、当直将校が敵襲を察知していた。
彼らは帝国軍による空挺強襲を警戒しており、指揮官セルゲイ大佐も即応体制を整える。しかし、実際に確認された敵規模は想定を遥かに超えていた。
第二方面軍司令部、バルク大橋、ノルク駅の三地点へ同時に師団規模の帝国軍航空魔導師が降下している事実を知ったセルゲイ大佐は、帝国軍がかつての鉄槌作戦と同様の大規模兵站遮断を再び実行していると悟る。
ラインの悪魔との再会
セルゲイ大佐は、敵指揮官の魔導反応を確認し、そこにラインの悪魔ことターニャの存在を察知する。
彼は内務人民委員部からイルドア方面へ転属済みと聞かされていたため、その出現に戦慄した。しかし、それでも味方救援のため戦うしかなかった。
連邦軍第一五三航空魔導連隊は、仲間を救うため全力出撃を決断する。
帝国軍による圧倒
帝国軍航空魔導師団は、数的優勢とライン戦線で培った大規模航空魔導戦経験を武器に、連邦軍を圧倒していく。
欺瞞術式、近接魔導戦、組織的統制射撃など、帝国軍は経験に裏打ちされた戦術を駆使して連邦軍を追い詰めた。
ターニャは、連邦軍がまだ本当の大規模航空魔導戦を知らないと断じ、自らがなぜ「ラインの悪魔」と呼ばれたのかを再び世界へ示そうとしていた。
東部へ降り立つ帝国軍
かくして帝国軍航空魔導師団は、連邦軍の三つのチョークポイント全てへ同時降下を成功させる。
彼らは兵站線を断ち切り、連邦軍へ致命的打撃を与えるため、東部の空へ舞い降りていた。
第陸章 薄氷の『勝利』
帝都/帝国軍参謀本部
ゼートゥーアの安堵と恐怖
帝都の参謀本部で、ゼートゥーア大将は勝利の仮面を被りながらも、胸中では深い安堵を覚えていた。
彼は、デグレチャフ中佐による独断専行の内容を改めて振り返り、その異常さへ戦慄していた。デグレチャフは上官命令を捏造し、東部各部隊へ防衛拠点放棄を命じ、独断で主力撤退を実行していたのである。本来ならば軍組織を崩壊させかねない暴挙だったが、軍事合理性だけを見れば、それは東部軍主力を救う最善手だった。
ゼートゥーアは、デグレチャフが過去の失敗から「独断専行を正当化する方法」まで学び取っていたことに感嘆する。同時に、東部方面軍司令官ラウドン大将が戦死していたことで、責任の所在を曖昧にできる状況まで整っている現実に、自らの冷酷さを痛感していた。
死人に支えられる帝国軍
ゼートゥーアは、かつて世話になったラウドン大将を、生前だけでなく死後も利用している事実へ嫌悪感を抱いていた。
しかし同時に、帝国軍も、自分自身も、デグレチャフ中佐の行動によって救われたことを理解していた。だからこそ彼は私人としての感情を捨て、再び「帝国軍参謀本部の顔」として仮面を被り直す。
宮廷への“事実”の報告
ゼートゥーアは宮廷へ赴き、皇帝へ戦況を上奏した。
彼は、帝国軍が敵補給線遮断に成功し、鉄槌作戦と同様の大規模反撃を準備中であると説明する。しかし、その報告は事実だけを並べながらも、実態以上に状況が好転しているよう意図的に誘導された内容だった。
泥濘期による進撃困難を理由として付け加えることで、反撃規模が限定的でも「自然条件の問題」と解釈されるよう巧妙に演出していたのである。ゼートゥーアは、人間は信じたいものを信じると理解しており、帝国全体が勝利の幻想を必要としている現状を冷静に見抜いていた。
“騙された”と叫ぶ未来
ゼートゥーアは、自分が嘘をついているわけではないと理解していた。
彼は事実だけを並べ、ただその配置と解釈を操作しているに過ぎなかった。しかし将来、人々は必ず「ゼートゥーアに騙された」と叫ぶだろうとも確信していた。
それでも彼は、世界全体が帝国という「悪」に対して一致団結する未来を望んでいた。帝国を世界共通の敵として演出し、そのために自らが奇跡的勝利を作り上げねばならないと考えていたのである。
現場任せの戦争指導
ゼートゥーア自身は、後方で燃料調整や気象確認など、実際には意味の薄い業務を「仕事をしているふり」としてこなしていた。
実態としては、現場任せだった。レルゲンや各部署の実務担当が血反吐を吐きながら動き回り、前線ではデグレチャフたちが命懸けで戦っている。その中でゼートゥーアだけが、余裕ある総司令官を演じ続けていたのである。
葉巻とルーデルドルフへの想い
自室へ戻ったゼートゥーアは、故ルーデルドルフが残した葉巻を吸いながら一息つく。
彼は、既に半分以上消費してしまった葉巻を眺めつつ、死後のルーデルドルフが自分を呆れているか怒っているか想像していた。そして、最後まで戦争をやり抜くしかないと改めて決意する。
“我に抗いうる敵はなし”
そこへウーガ大佐が訪れ、バルク大橋方面で傍受した通信を持ち込む。
その内容は、帝国軍航空魔導師たちが繰り返し叫んでいた一文だった。
我ら帝国軍航空魔導師。我に抗いうる敵はなし。
ゼートゥーアは、その文面を読んだ瞬間、腹を抱えて笑い出す。
それは単なる虚勢でありながら、同時に絶望的状況でなお戦い続ける若者たちの覚悟そのものでもあった。彼は、その無茶苦茶な陽動と精神力を「見事」と評し、強烈な感動を覚える。
帝国全土への宣伝
ゼートゥーアは、その通信文を広報部門へ回し、帝国全土へ宣伝するよう命じる。
それは、帝国軍が未だ健在であり、航空魔導師たちが無敵であるという幻想を国民へ植え付けるためだった。
統一暦一九二八年一月二十日 世界
三個航空魔導師団による補給網遮断
帝国軍の作戦目的は、三個航空魔導師団を敵戦線後方の要衝三カ所へ空挺投射し、連邦軍の補給網を遮断・破壊することだった。後方地域へ師団規模の空挺部隊を送り込み、重要な連絡線を断つという発想自体は教科書的であり、実行できれば極めて有効な一手であった。
しかし帝国には、通常の空挺師団や十分な輸送機、制空権は存在しなかった。それでも補給線遮断は絶対に必要であったため、ゼートゥーア大将は航空魔導師団に空挺部隊の役割を割り振った。
航空魔導師の少数精鋭性
航空魔導部隊は、通常の歩兵師団とは異なり、一個大隊が三十六名で構成されていた。三個大隊で一個連隊、三個連隊で一個師団となるため、一個航空魔導師団は三百二十四名に過ぎなかった。
三個師団を集めても千名に満たず、通常歩兵でいえば増強大隊規模に収まる人数だった。つまり帝国軍は、比較的小さな輸送コストで、師団規模の航空魔導戦力を敵後方へ投射できる可能性を持っていた。
連邦軍の警戒と想定の限界
連邦軍は、帝国軍が破れかぶれの反撃として空挺作戦を仕掛ける可能性を検討していた。過去の鉄槌作戦の経験から、兵站線への空挺攻撃を警戒し、クトゥズ大将も大型輸送機を完全には撃墜できない以上、空挺はあるものとして備えるべきだと判断していた。
しかし連邦軍が想定していたのは、せいぜい連隊規模の空挺魔導部隊だった。千人規模の航空魔導師が三個師団として降下してくる事態までは、さすがに想定しきれなかった。
ゼートゥーア大将の詐術
航空魔導大隊は、単独でも一個機械化連隊ないし旅団を蹂躙し得る戦力と見なされていた。その計算に従えば、三個航空魔導師団は二十七個機械化連隊ないし旅団に相当し、実質的には十三個機械化師団に匹敵する怪物的戦力となった。
ゼートゥーア大将は、その戦力を破綻しかけた前線の補強ではなく、連邦軍後方への集中投入に使った。歩兵なら一個増強大隊程度の輸送リソースで、戦略級の打撃力を敵後方へ投げ込んだのである。
帝国軍の払暁
連邦軍は世界初の全縦深打通を試み、帝国軍は世界初のエアランド・バトルを実践した。航空攻撃と空挺戦闘を同時に担える航空魔導師だからこそ、帝国軍は機敏かつ大胆な反撃を実行できた。
その結果、連邦軍の黎明攻勢は傾き、帝国軍には払暁が訪れるかのような局面が生まれた。世界は、この薄氷の反撃を成立させたゼートゥーア大将に畏怖することとなった。
同日 帝国軍航空魔導師団バルク大橋臨時現地司令部外周部
航空魔導師団の限界
バルク大橋周辺では、空挺降下した航空魔導師団が早くも限界へ直面していた。
帝国軍は三個師団規模の航空魔導師を投入したが、それでも実数は千人未満であり、歩兵師団とは比較にならないほど少数だった。破壊工作こそ可能でも、占領や防衛には結局歩兵が必要であり、魔導師だけで広大な陣地を維持するには無理があった。
ターニャは、新人魔導師たちがまともに塹壕すら掘れない現実に頭を抱える。魔導師は空戦の専門家であり、歩兵の陣地構築は不得手だった。砲撃下での塹壕戦経験を持たない者も多く、防御態勢構築は粗だらけだった。
ヴァイス少佐の不安
ヴァイス少佐は、連邦軍が残した防御陣地を活用できるか不安を抱えていた。
バルク大橋には大規模な塹壕群が存在していたが、それは歩兵部隊向けであり、人数の少ない魔導師だけでは広すぎて管理しきれなかった。経験不足の魔導師たちで守るには無理があるとヴァイスは危惧していたのである。
しかしターニャは、今回の作戦は帝国にとって乾坤一擲であり、引退すべき老兵や新人まで投入しなければならないほど追い詰められていると説明する。現状では必要性以外の全てが切り捨てられているのだと語った。
補給線遮断による戦略的成功
ヴァイスは、本当に作戦が成立するのかと問いかける。
それに対しターニャは、既に補給線遮断そのものは成功していると断言した。連邦軍第一梯団は補給困難に陥り、第二梯団も後方遮断を無視できなくなっていた。つまり帝国軍の目的は既に達成されていたのである。
直後、航空艦隊から連邦軍第二梯団が反転し、バルク大橋方面へ向かっているとの報告が届く。帝国軍主力撃滅を狙っていた敵軍は矛先を変え、補給線遮断部隊である魔導師団へ襲い掛かろうとしていた。
ヴァイスは背筋を凍らせるが、ターニャはむしろ愉快そうに笑い、歓迎会をしてやろうと豪胆に振る舞った。
ライン・コントロールの参戦
出撃準備中、ターニャたちは突如として航空管制支援を受ける。
通信相手は、西方戦線時代の「ライン・コントロール」だった。連邦軍第二方面軍司令部跡地へ突入した部隊に、ベテラン管制官たちが自発的に随伴していたのである。
彼らは旧戦線時代の符丁を交えながら陽気に通信を続け、死地へ赴く覚悟を笑い飛ばしていた。ターニャは、その職業意識と覚悟へ敬意を抱きつつも、片道任務に自ら同行した彼らを「大した勇者だ」と評した。
連邦軍の奇襲戦術の看破
管制官たちは、敵魔導師部隊に不自然な反応を検知する。
調査の結果、高高度の囮部隊とは別に、低高度を匍匐飛行する本命部隊が存在することが判明した。連邦軍は囮へ帝国軍を引き付け、その隙に低空侵入した精鋭部隊で拠点を襲撃するつもりだったのである。
しかしターニャたちは、その策を逆利用する。
高高度の囮部隊へ突撃するふりをしつつ突破し、高度差を利用して低空飛行中の本命部隊へ爆裂術式を集中投下した。敵魔導師は地形追随飛行や魔導反応抑制で余裕を失っており、不意打ちに対応できなかった。
結果、連邦軍精鋭部隊は大損害を受け、帝国軍は制空権を維持した。
終わらない酷使
その後も航空魔導師たちは終日出撃を繰り返した。
鉄道や道路、パイプラインの破壊、交通遮断、鹵獲物資活用など、敵後方を徹底的に荒らし回る。出撃、迎撃、襲撃、再編成を繰り返し、魔導師たちは極限まで疲弊していった。
帰還したターニャも、椅子へ座り込むほど消耗していた。カフェインと糖分で無理やり意識を保ちつつ、再出撃準備を進めるしかなかった。
飲酒飛行の正式許可
疲労が限界へ達する中、魔導師たちには覚醒剤やアルコール使用の話まで持ち上がる。
ターニャは覚醒剤使用を拒否したが、アルコールについては現実的判断を下す。飲酒飛行を正式な軍命令として限定的に許可するため、法学部出身の予備士官を探し出し、法務担当として書類作成を命じたのである。
その士官は虐殺命令か何かだと怯えるが、実際の内容が「飲酒飛行許可」だと知って呆然とする。ターニャは、戦闘継続のための極限措置であり、必要性に基づく例外措置だと強弁しつつ、正式な手続きを踏むことに固執した。
結果として、この日、帝国軍航空魔導師団の一部には飲酒飛行が正式に許可された。
疲弊しきった戦場
連続戦闘によって、魔導師たちは睡眠中に蹴り起こされなければ目覚めないほど疲弊していた。
それでも敵は夜間砲撃を続け、休息すら許さない。ターニャは、効率的かつ合理的に戦う連邦軍を「羊の皮を被ったライオン」と評し、その厄介さを痛感する。
文明人である自分たちが、なぜこんな非文化的な戦争へ巻き込まれているのかとぼやきながらも、ターニャは次の戦闘へ備えて短い眠りへ落ちていった。
統一暦一九二八年一月二十六日 バルク大橋攻囲陣
ジョンおじさんの戦場観察
バルク大橋攻囲陣では、連邦軍による激烈な砲撃が続いていた。
その様子を観察していたのは、連合王国外務省所属を名目とする情報機関員たちであった。ジョンおじさんことミスター・ジョンソンは、戦場の揺れに怯えながらも、観戦任務へ従事していた。彼にとって、砲撃によって地面が揺れる感覚は耐え難い恐怖であり、震度一程度の揺れですら忌々しいものだった。
急変する戦局への困惑
連合王国は当初、連邦軍が勝ちすぎることを警戒していた。
そのため、帝国軍がどこまで耐えられるのか観察する目的で情報部員を派遣していたのである。しかし実際には、帝国軍は機敏に後退し、さらに空挺降下によって連邦軍の補給線を遮断した。
十四日時点では連邦軍優勢を恐れていた連合王国本国も、二十日には帝国軍反撃の成功を危惧し始め、二十六日には「連邦軍はまだ空挺部隊を排除できないのか」と不安を募らせていた。
ジョンおじさん自身も、師団規模の航空魔導師による補給線遮断が、巨大な連邦軍自身を蝕む結果を生んでいることを認めざるを得なかった。
対魔導砲弾の実戦投入
連邦軍は、奪われた補給拠点を取り戻すため、猛烈な砲撃を加えていた。
通常砲撃に加え、連合王国が試験目的で持ち込んだ対魔導誘導砲弾まで投入され、帝国軍魔導師たちは休息すら許されていなかった。
ジョンおじさんは、その新型砲弾が帝国軍魔導師を爆轟へ巻き込み、極めて有効に機能していることを確認する。塹壕へ籠る魔導師を狩り出す手段として、対魔導砲弾は大きな可能性を示していた。
しかし試験弾薬は十数発程度しか持ち込まれておらず、戦局全体を左右するには到底足りなかった。さらに、その投入には連邦へ技術的優越を誇示したい連合王国側の政治的意図も存在していた。
帝国軍の異変察知
砲撃下で、帝国軍魔導部隊の一部が移動を始めていることにジョンおじさんは気付く。
普通であれば撤退と考えるところだったが、彼は帝国軍が徹底的に戦争へ適応した集団であることを熟知していた。そのため、彼の直感は「前方への突破攻撃」を警告していた。
ラインの悪魔――ターニャ・デグレチャフを知る彼は、希望的観測を一切信用しない。即座に護衛へ撤収を命じ、新型砲弾も放棄したまま、後方への脱出を開始した。
情報部員としての本能
ジョンおじさんは、帝国軍へ情報が漏れる危険性を何より恐れていた。
対魔導砲弾の存在や性能、連合王国側の技術情報が帝国軍へ渡ることは、絶対に避けねばならなかったのである。そのため、連邦軍や共産党関係者を半ば見捨てる形となっても、自身と情報部員たちの離脱を優先した。
彼は、かつて共に戦ったドレイク大佐の不在を惜しみながらも、自分自身で危険な判断を下さねばならない現実へ疲労を滲ませていた。
同日 バルク大橋の塒
フィールドキッチン喪失
ターニャにとって、列車砲による砲撃以上に深刻な問題が発生していた。
鹵獲して使用していた最後のフィールドキッチンが、列車砲弾によって完全破壊されたのである。わずか一週間の付き合いだったが、温かく消化の良い食事を提供してくれる貴重な設備であり、ターニャはその喪失へ本気で衝撃を受けていた。
バルク大橋には大量の食糧物資自体は残っていた。しかし問題は調理手段だった。調理設備を失ったことで、魔導師たちは硬い乾パンと不味い缶詰を流し込むしかなくなり、豊富な肉や野菜を活用できなくなる。
ターニャは、食事の質低下が戦意だけでなく体力そのものを削ると理解していた。高カロリーで衛生的な温食を維持できなければ、消化不良や栄養不足が戦力低下へ直結するのである。
副官ヴィーシャの申し出
セレブリャコーフ中尉は、志願者を募って調理を担当すると申し出た。
しかしターニャはそれを却下する。魔導師たちは既に限界まで疲弊しており、調理当番を追加すれば睡眠時間まで削られることになるからだった。
ターニャはヴィーシャを物理的に寝床へ押し込み、無理やり休ませる。疲労困憊した人間は投げ込まれてもそのまま眠れると理解しているほど、戦場の疲弊は深刻だった。
列車砲への反撃準備
そこへ再び列車砲弾が降り注ぎ、指揮壕全体が揺れる。
ターニャは、一方的に撃たれ続ける状況を許容できず、列車砲への反撃を決断する。濃密な防空網に守られていることは理解していたが、それでも温食の仇を討つ必要があった。
彼女は管制チーム「ライン・コントロール」へ連絡し、敵列車砲の座標提供を求める。しかし、いつも即座に返答する管制官たちから応答がない。
管制チームの沈黙
ターニャは、連邦軍による砲撃で管制チームが壊滅した可能性を察する。
旧連邦軍司令部を転用していた彼らの位置は、当然連邦軍側も把握済みだった。列車砲の直撃を受ければ、設備も人員も無事では済まない。
フィールドキッチン喪失に続き、管制支援まで消えたことで、航空魔導師団の戦闘継続能力は急激に低下し始めていた。ターニャは、自分たちが徐々に限界へ近づいていることを痛感する。
総力戦への嫌悪
ターニャは、自分が帝国のために尊い犠牲になりたいわけではないと改めて自覚していた。
彼女は、共産主義国家の支配下で生きる悪夢を拒絶するため、合理的自己保全として戦っているに過ぎない。しかし今回の任務は、短期決戦ではなく、敵補給線を長期間遮断し続ける消耗戦だった。
十四日から二十六日まで、航空魔導師団は限界を超えて働き続けていた。携行物資が通常三日分程度であることを考えれば、既に十二分以上の時間を稼いでいるとターニャは認識していた。
泥濘期到来という“救い”
そこへヴァイス少佐が、参謀本部からの暗号通信を持ち込む。
内容は、暖冬による泥濘期到来の兆候だった。本国では路面状況悪化による機甲部隊停止を懸念しているという形式だったが、実際には帝国軍側に既に反撃継続能力が存在しないことを意味していた。
泥濘期は本来二月末頃のはずだったが、それを理由に反撃停止と転進を正当化できる。つまり帝国軍は、「機甲部隊が進めないため反撃終了」という建前を得たのである。
ターニャとヴァイス少佐は、その方便を理解した上で、互いに建前を口にし合う。実際には、泥濘期で救われるのは帝国側だった。
凱旋という虚構
しかしターニャは、単なる撤退だけは許されないと判断する。
もし航空魔導師団が力尽きて逃げ帰るように見えれば、帝国軍の余力不足が世界へ露見してしまう。だからこそ、彼女たちは「凱旋者」として前方突破しながら帰還しなければならなかった。
ヴァイス少佐は、それにはさらなる犠牲が必要だと指摘する。しかしターニャは、必要性が全てを正当化すると断言する。総力戦とは、そういう物語の戦いなのだと理解していた。
帝国軍魔導師団の“凱旋”
こうして航空魔導師団は、「帝国軍の凱旋ツアー」と称して撤退を開始する。
実態は撤退だったが、形式上は威風堂々たる転進だった。連邦軍部隊を襲撃し、敗残兵を回収し、敵飛行場を接収し、さらには鹵獲ワインの品評会まで無線で行いながら進軍していく。
彼らは、帝国軍航空魔導師こそ未だ脅威であると世界へ誇示し続けた。手当たり次第に連邦軍魔導師を撃墜し、鉄道を爆破し、「我ら健在なり」と宣伝しながら飛び続ける。
それは、疲弊し切った航空魔導師団による最後の虚栄だった。しかし世界は、その虚構をまだ見抜けていなかった。だからこそ、その姿は神話として語られていくこととなる。
統一暦一九二八年一月三十日 東部方面軍司令部将校会館
航空魔導師団の帰還
東部戦線で神話的活躍を演じた航空魔導師団は、帝国で英雄として迎えられていた。
凱旋式典や祝賀を終えた魔導将校たちは、ようやく休息を許される。しかし彼らがまず行ったのは、ひたすら眠ることだった。
将校会館と呼ばれる建物の中で、彼らは寝て、起きて食事を摂り、また眠るという生活を繰り返していた。極限状態で戦い続けた疲労は、それほど深刻だったのである。
ターニャとヴィーシャの疲労
寝藁から顔を上げたターニャとセレブリャコーフ中尉も、心底疲弊していた。
ヴィーシャは、これまで何度も空挺降下を経験してきたが、今回の作戦はあまりにも強烈であり、空挺アレルギーになりそうだと弱音を漏らす。
それに対しターニャは、アレルギーなら軍医へ申告しろと軽口を返し、処方箋として「予備のパラシュート」を渡されるだろうと冗談を飛ばした。さらに、航空魔導師であるヴィーシャへ「空挺とはパラシュートで降下するものだ」とわざとらしく説明し、疲弊した中でも笑い合う。
終わらない軍務
しかし二人とも、休んでいる間にも仕事が積み上がっていることを理解していた。
だからこそ、疲労困憊しながらも立ち上がり、再び職務へ戻ろうとする。英雄として称えられていても、彼女たちの日常は終わらない軍務の連続だった。
終章 ゆめうつつ
統一暦一九二八年二月二日 東部上空
東部戦線への違和感
東部上空を飛行する輸送機内で、レルゲン大佐は眼下の惨状を見下ろしていた。
橋は破壊され、街道には車両残骸と死体が散乱し、戦線全体が異様な消耗の痕跡に覆われていた。イルドア戦線で先進的機動戦を経験した彼ですら、東部の戦争は理解し難かった。そこには戦術や機動を競う戦争ではなく、巨大な工業機械のようにシステム化された異質な戦争が広がっていたのである。
レルゲンは、それを総力戦と呼ぶだけでは足りない何かだと感じていた。戦争そのものが、生物的嫌悪感を催させる異常な存在へ変質しつつあることを、本能的に察知していたのである。
前線への強行着陸
輸送機は、そのまま東部前線の仮設滑走路へ直接降下しようとしていた。
レルゲンは、過積載の大型輸送機を前線滑走路へ着陸させる危険性に戦慄する。しかし輸送機部隊側は、自分たちの熟練技量を誇示するように強行着陸を敢行しようとしており、参謀本部として大量の輸送機を徴発した手前、レルゲンも強く反対できなかった。
さらに彼を重苦しくしていたのは、前線で待つターニャ・デグレチャフ中佐との面談だった。今回の東部防衛成功による功績は極めて大きいにもかかわらず、その軍功は正式記録上抹消される予定だったのである。
ターニャとの再会
前線指揮所で対面したターニャは、驚くほど飄々としていた。
レルゲンは、彼女なら自分の訪問理由を理解しているだろうと切り出す。それに対しターニャは、自分が褒賞を受けるために呼ばれたのかと思っていたと、半ば本気とも冗談ともつかない態度で返答する。
レルゲンは、彼女の独断専行が結果として帝国軍と東部戦線を救ったことを認めざるを得なかった。しかし同時に、その手法は命令と権限の事実上の詐称であり、軍組織として到底許容できるものではなかった。
“首席作戦参謀”という方便
ターニャは、東部査閲官首席作戦参謀として行動したと説明する。
それはゼートゥーア大将とルーデルドルフ元帥の口頭指示だったと淡々と述べ、官報未掲載は官僚側の不手際だったとまで言い切った。レルゲン自身、その理屈が方便であることを理解していたが、同時に、その方便なしでは軍の統制維持が不可能だったことも理解していた。
だからこそ彼は、ターニャの知性と判断力を高く評価しながらも、「ほかにやりようはなかったのか」と感情的に問いかけてしまう。
必要性による正当化
ターニャは、全ては必要だったと断言する。
命令や権限の詐称という最悪の手段であっても、東部戦線を救うには必要だったのだと揺るがぬ態度で言い切った。
レルゲンは、その行為が結果によってのみ正当化されている危険な行為だと指摘する。しかしターニャは、祖国が残らなければ軍歴にも意味はないと返答した。
その瞬間、レルゲンは絶句する。帝国と軍を救った人物だからこそ、軍は規則違反を理由に彼女の功績を抹消できるというねじれた現実を、彼は痛感していた。
レルゲンの謝罪
最終的にレルゲンは、ターニャへ小さく頭を下げる。
助かった、と。
それは問責担当者として口にすべきではない本音だった。しかしレルゲンには、それ以外の言葉を見つけられなかった。
ターニャは、それほど大したことではないと軽く返す。その姿に、レルゲンは改めて深い敬意を抱いていた。
ゼートゥーア大将の来訪
その後、レルゲンはゼートゥーア大将本人が前線視察へ来ることを伝える。
さらに、本来予定されていたアレクサンドラ皇女の代わりに、皇帝陛下その人まで同行予定だと説明した。
しかしターニャは、レルゲンが「皇帝が来る」ではなく「ゼートゥーア大将に合わせて皇帝が来る」と口にしたことへ注目する。本来の帝国儀礼では逆であるはずだった。
それは、帝国そのものの価値観が変質し始めている証でもあった。ターニャは、帝国がいよいよ終焉へ向かいつつあることを予感しながら、苦笑を浮かべるしかなかった。
統一暦一九二八年二月上旬 イルドア半島アライアンス司令部
ガスマン大将の思索
イルドア半島アライアンス司令部で、ガスマン大将は戦争の終わらせ方について思索を巡らせていた。
彼が執務室として使っている邸宅は、元は貿易商の所有物であり、異国趣味に満ちた文化的空間だった。しかし現在は軍需物資や地図、軍属たちによって占拠され、戦争によって文化が踏みにじられている現実を痛感していた。
ガスマンは、帝国軍も合州国軍も実利ばかりを優先し、戦争によって文明や文化を荒廃させていることへ嫌悪感を抱いていた。
ゼートゥーアへの畏怖
地図を見つめながら、ガスマンはゼートゥーア大将の手腕へ改めて畏怖を抱く。
連邦軍による戦略攻勢「黎明」は、本来ならば帝国軍東部方面を崩壊へ追い込むはずだった。しかしゼートゥーアは、そこから逆転し、一時的に連邦軍へ逆包囲の構えすら作り出していた。
ガスマンは、自分には到底真似できない芸当だと認める。戦術家としての才能ではゼートゥーアに到底及ばず、彼は即興で戦争を芸術へ変えてしまう天才だったのである。
しかし同時に、ガスマンはその「勝利」が窮余の末に成立した危ういものだとも見抜いていた。帝国軍は主導権を握っていたわけではなく、連邦軍側に押し込まれた状況下で、戦術的天才によって辛うじて覆したに過ぎなかったのである。
イルドア王都奪還の代償
イルドア王都を奪還したことは、政治的には大勝利だった。
しかし実態は、帝国軍が大量の避難民と消費人口を南へ押し付けたうえで撤退した結果だった。しかも帝国軍は、避難民へ食糧や医療を提供する善意の軍隊を装い、その資源にはイルドア側の備蓄が使われていた。
結果として、解放軍であるはずのアライアンス軍が、占領軍だった帝国軍より冷たく見えてしまう皮肉な状況が生まれていた。
ガスマンは、ゼートゥーアが人道支援すら政治的・戦略的に利用していることを理解し、その狡猾さへ強い嫌悪と感嘆を抱いていた。
イルドアの苦悩
イルドアとしては、帝国軍と真正面から戦うこと自体が大問題だった。
本格的な北部奪還戦を行えば、仮に勝利しても国土は焼け野原となる。さらに最前線で最も多く血を流すのはイルドア軍になる可能性が高かった。
しかし戦わなければ、戦後に「血を流さなかった国」として軽視される危険がある。同盟とは血を共に流すことで成立する側面があり、イルドアも対等な参戦国として振る舞わなければならなかった。
その矛盾の中で、ガスマンは正面衝突を避けつつ、政治的手段によって帝国を追い詰める道を模索していた。
“悪だくみ”の開始
ガスマンは、ミケル大佐、ドレイク大佐、カランドロ大佐を呼び出し、「世界の敵を取り除く悪だくみ」を始めようと提案する。
その第一声として、連邦軍魔導部隊ごとイルドアへ亡命しないかとミケル大佐へ持ちかけるが、ミケルは故郷と家族を理由に断った。
そこでガスマンは、これからは戦争の終わらせ方を考えるべき時期だと語る。
連合王国の危機感
一方、連合王国情報部のハーバーグラム少将は、帝国軍の異常な対応力に強い危機感を抱いていた。
彼は、帝国人が軍事戦略と国家戦略を混同する「戦争屋」だと見下していたが、それでも今回のゼートゥーアによる逆転劇には戦慄していた。
さらに、帝国側が自治評議会へ主権容認と自治権移譲を示唆している暗号通信を解読し、ゼートゥーアが外交・戦略・戦争全てを同時に操っていることへ恐怖を覚える。
“マジック”への疑念
ハーバーグラムは、連合王国が帝国暗号「マジック」を解読できているにもかかわらず、ゼートゥーアが黎明へ完璧に近い対応を行った事実を説明できずにいた。
帝国軍は本来、春まで連邦軍の大攻勢を想定していなかった。それにもかかわらず、戦略攻勢開始直後に即応し、用意周到な後退計画と防衛計画を実施している。
その過程で、使い捨て暗号や封緘命令書が使用されていたことも判明する。
ハーバーグラムは、ゼートゥーアが単なる天才ではなく、暗号解読すら察知していたのではないかという最悪の可能性へ辿り着き、深い疑心暗鬼へ陥っていった。
統一暦一九二八年二月七日 東部
ゼートゥーア大将の来訪
一九二八年二月七日、ゼートゥーア大将は皇帝陛下の東部巡幸へ随行する形で、前触れもなくターニャの司令部を訪れた。
突然の来訪にターニャは一瞬固まるが、ゼートゥーアは即座に会話の主導権を握り、帝室への忠誠心を忘れたのかと冗談交じりに問い詰める。ターニャもまた、宮中儀礼など戦場で失ったと切り返し、両者は互いの本音を探り合うような会話を始めていった。
帝室の空洞化
会話の中でゼートゥーアは、帝室が本来持つべき存在感が、戦時体制の中で失われつつある現実へ言及する。
帝国軍は名目上こそ皇帝陛下の軍隊である。しかし現実には、軍が軍として完結し、参謀本部が独自に国家を動かしている状態だった。ターニャですら、戦争指導における皇帝の意思をほとんど意識したことがなかったのである。
その状況を前に、ターニャはゼートゥーアへ、帝室への尊崇の念を本当に抱いているのかと問いかける。
ゼートゥーアの立場
ゼートゥーアは、自分は忠実な帝国軍人であり、君主制論者でもあると答える。
しかしその言葉には、帝国軍人としての忠誠と、一個人としての本心を意図的に分離した含みがあった。ターニャは、その裏にある意図を察知し、ゼートゥーアが帝国そのものより「ハイマート」を残そうとしているのではないかと理解し始める。
さらにゼートゥーアは、自分と故ルーデルドルフ元帥が、もともと参謀本部の本流ではなく「外様」に近い存在だったことを語り始める。
参謀本部の変質
ゼートゥーアは、かつて自分が「学者向き」と評価される程度の便利な実務家に過ぎなかったと振り返る。
しかしノルデン、ライン、ダキアなどの戦争によって、参謀本部上層部は次々に脱落し、結果としてゼートゥーアが帝国軍中枢の実務を担う存在となっていた。
表向きの肩書は「戦務参謀次長」のままだが、実態としては帝国軍を事実上統括する立場へ変貌していたのである。だが外部から見れば、単に同じ役職に留まり続けている人物にしか映らない。そこに、戦後責任を集中させるための構図も形成されつつあった。
帝室との“無理心中”
ゼートゥーアは、だからこそ帝室と親しく付き合うのだと語る。
それは帝室と運命共同体になることで、「戦争を始めた張本人」という分かりやすい悪役像を自分へ集中させるためだった。帝政ライヒが滅んでも、ハイマートそのものを残すため、自ら世界の敵役になる覚悟を固めていたのである。
しかも皇帝本人は、まだ帝国が勝てると本気で信じていた。ゼートゥーアは、その「勝利の幻想」を利用しながら自治評議会へ夢を見せ、帝国側へ引き込もうとしていた。
ターニャは、そのやり口を節度のない詐欺だと感じつつも、同時に、この老人が本当の意味で確信犯なのだと悟る。
感謝と謝罪
その後、ゼートゥーアは本題として、ターニャへ深く頭を下げる。
東部戦線での独断専行によって帝国軍を救ったことへ、心から感謝していたのである。彼は、黎明攻勢を知った瞬間、全てが終わったと覚悟していたと率直に認める。そんな絶望の中で未来をもたらしたのが、ターニャの越権行為だった。
ターニャは、破綻を回避できたのは首の皮一枚に過ぎないと返す。しかしゼートゥーアは、その「一枚」が決定的なのだと語った。
文化と戦争
会話の中で、ターニャは平和ならばルーデルドルフ元帥と約束していた絵本を出版できたはずだと漏らす。
それを聞いたゼートゥーアは、自分も戦後に絵本を書いてみようかと語り出す。戦争と暴力の中心にいる二人が、最終的に語り合っているのが文化や絵本の話題であることへ、ゼートゥーア自身が奇妙な感慨を抱いていた。
ターニャは、文化と暴力が結び付くことで恐るべき力になると返答する。その発想にゼートゥーアは強い興味を示しながらも、今は論文を書く時代ではないと苦笑した。
西方への転属
ゼートゥーアは最後に、これからも世界へ「強大な帝国軍」の幻影を見せ続けてほしいと依頼する。
その役目として、ターニャを西方へ配置すると告げた。東部ではなく西方への転属。それはターニャにとって、帝国崩壊時に生存する可能性が高まることも意味していた。
さらにゼートゥーアは、戦後も含めてターニャを使い続けるつもりだと明言する。ターニャにとって、それは「戦後にも自分の居場所がある」という確約に等しかった。
ターニャは、心から安堵し、全力で応えると敬礼する。
戦後まで含めて自分を必要としてくれる上司がいる。その事実こそが、彼女にとって何よりの希望だったのである。
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