フィクション(Novel)幼女戦記読書感想

小説「幼女戦記 4 世界を敵にまわす」感想・ネタバレ

幼女戦記 4の表紙画像(レビュー記事導入用) フィクション(Novel)

幼女戦記 3巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 5巻レビュー

  1. 物語の概要
    1. ■ 作品概要
    2. ■ 主要キャラクター
    3. ■ 物語の特徴
  2. 書籍情報
  3. あらすじ・内容
  4. 感想
  5. 考察
    1. 連邦の帝国侵攻
      1. 開戦に至る背景と連邦の極秘準備
      2. 帝国軍の危機察知とターニャの強襲作戦
      3. 地上戦の推移と連邦軍の病理
      4. まとめ
    2. モスコーへの越境襲撃
      1. 襲撃の実行と心理的打撃
      2. 襲撃がもたらした多方面への影響
      3. まとめ
    3. ティゲンホーフ防衛戦
      1. ティゲンホーフの戦略的価値と救援作戦
      2. 連邦軍の大規模攻勢と機動防御
      3. まとめ
    4. ターニャの査問会議
      1. 査問の理由と容疑
      2. 会議の進行と茶番劇
      3. まとめ
    5. 合州国義勇軍の参戦
      1. 義勇軍派遣の背景と名目
      2. 帝国軍の対応とターニャの主張
      3. 初実戦での致命的な敗北
      4. まとめ
  6. 登場キャラクター
    1. 帝国
      1. ターニャ・フォン・デグレチャフ
      2. ヴァイス
      3. セレブリャコーフ
      4. グランツ
      5. レルゲン
      6. ウーガ
      7. ゼートゥーア
      8. ルーデルドルフ
      9. ロメール
      10. ホーフェン
      11. シューゲル
      12. 装備課の少佐
      13. 軍司法官
      14. 参謀本部の将校たち
      15. 東部方面軍の将兵
      16. 第四三七戦術特殊偵察小隊
      17. 第二〇三航空魔導大隊
      18. 第一〇三航空戦闘団
      19. 第一一四航空爆撃団
      20. 第三師団
      21. 第三十二師団
      22. 第二十三魔導大隊
      23. 第二親衛師団降下猟兵大隊
      24. 第三三二歩兵大隊
    2. 連邦
      1. ジュガシヴィリ(ヨセフ)
      2. ロリヤ
      3. エージョフ
      4. チョバルコフ
      5. 連邦軍将校たち
      6. 政治将校たち
      7. 内務人民委員部職員
      8. 連邦軍主攻集団
    3. 連合王国
      1. ハーバーグラム
      2. ドレイク
      3. 首相
      4. 第一海軍卿
      5. 陸軍参謀総長
      6. 外務卿
      7. 大蔵卿
      8. アンドリュー
      9. シャーロック
      10. 連合王国海兵魔導部隊
    4. 合州国・自由協商連合
      1. メアリー・スー
      2. アンソン・スー
      3. ジョンおじさん(ジョンソン)
      4. スカンク組合の技師
      5. 合州国義勇軍(ヤンキー大隊)
    5. 自由共和国
      1. ド・ルーゴ
    6. その他
      1. 存在X
  7. 展開まとめ
    1. 第一章 長距離偵察任務
      1. 統一暦一九二六年三月十五日 帝国軍東部国境地帯上空
      2. 統一曆一九二六年三月某日 南方戦線帝国軍仮設陣地 狐の寝床
      3. 統一暦一九八〇年五月九日 連邦首都
      4. 小国民の為の教科書 ~わが国の歴史~
      5. 統一暦一九二六年一月十七日 連邦首都モスコー
    2. 第二章 親善訪問
      1. 統一暦一九二六年三月十五日 帝国軍参謀本部 第一会議室
      2. 統一暦一九二六年三月十六日 連邦首都モスコー
      3. 統一暦一九二六年三月十六日 連邦首都モスコー上空
      4. 統一暦一九二六年三月十六日 連邦モスコー路上
      5. 統一暦一九二六年三月十七日 連合王国ロンディニウム
      6. 統一暦一九二六年三月十八日 帝国軍参謀本部
    3. 第三章 完璧な勝利
      1. 統一暦一九二六年三月二十五日 参謀本部作戦会議室
      2. 統一暦一九二六年三月二十六日 帝国軍東部方面軍第二十一仮設基地
      3. 統一曆一九二六年三月二十八日 帝国軍参謀本部作戦会議室
      4. 統一曆一九二六年三月二十八日 主攻集団司令部
      5. 同日 ティゲンホーフ市内
      6. 統一曆一九二六年三月二十九日 帝国軍参謀本部
    4. 第四章 再編
      1. 統一暦一九二六年四月十日 参謀本部
      2. 統一暦一九二六年四月三日 連邦首都モスコー 某所
      3. 統一暦一九二六年四月某日 某国某所
      4. 統一曆一九二六年四月十八日 連合王国ホートン・バード訓練基地
    5. 第五章 ドードーバード航空戦
      1. 統一曆一九二六年四月二十八日 海峡上空
      2. 統一暦一九二六年四月二十九日 ターニャ・フォン・デグレチャフ私室
      3. 統一曆一九二六年四月二十九日 連合王国
    6. 第六章 ドアノッカー作戦
      1. 統一暦一九二六年六月二十五日 帝都郊外参謀本部保養施設
      2. 統一暦一九八〇年十一月二十八日 ニューヤーク
      3. 統一曆一九二六年六月二十七日 参謀本部本舎
      4. 統一曆一九二六年六月二十八日 参謀本部戦務参謀次長執務室
      5. 統一曆一九二六年七月一日 参謀本部大会議室
      6. 統一暦一九二六年七月二日 参謀本部戦務参謀次長執務室
      7. 統一暦一九二六年七月八日 連邦首都モスコー 地下大会議室
      8. 統一曆一九二六年七月十八日 東部戦線
  8. 幼女戦記 一覧
  9. その他フィクション

物語の概要

■ 作品概要

本作は、現代日本の合理主義的なサラリーマンが、正体不明の存在「存在X」によって、魔導と銃火器が交錯する異世界の戦時下へと、金髪碧眼の幼女ターニャ・デグレチャフとして転生させられる物語である。ジャンルはミリタリー戦記ファンタジーに分類される。 第4巻では、大陸での戦争が帝国の勝利で終わるかに見えた矢先、共和国軍の残存勢力が南方大陸へ逃れ、抵抗を継続する局面が描かれる。ターニャ率いる第二〇三遊撃魔導大隊は、灼熱の砂漠が広がる南方大陸へと派遣され、終わりなき戦争の泥沼へと足を踏み入れることとなる。

■ 主要キャラクター

  • ターニャ・フォン・デグレチャフ:本作の主人公。帝国軍の航空魔導師士官。外見は愛くるしい幼女だが、その本質は徹底した効率主義とキャリアアップを第一に考える元サラリーマンである。安全な後方でのエリートコースを望んでいるが、本人の意図に反して常に最前線の激戦地へと投入され、「ラインの悪魔」と恐れられる英雄へと祭り上げられていく。
  • ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ(ヴィーシャ):ターニャの副官を務める女性魔導師。徴兵された新兵時代からターニャの部下として戦場を駆け抜け、彼女の冷酷かつ合理的な思考を最も近くで理解する存在へと成長した。部隊の良心的な役割を担いつつ、戦場では冷徹なプロの魔導師として機能する。
  • ハンス・フォン・ゼートゥーア:帝国軍参謀本部の重要人物。冷静沈着かつ論理的な思考を持つ戦略家であり、ターニャの異能と軍事的才能をいち早く見抜いた。組織の論理と大局的な視点から戦争を冷徹にコントロールしようとするが、徐々に制御不能となっていく戦況に苦慮することになる。

■ 物語の特徴

本作の最大の特徴は、徹底した軍事・歴史考証に基づいた重厚な世界観構築にある。単なる「異世界での無双」に留まらず、兵站、外交、国際法、そして国家間のプロパガンダといった「戦争のリアル」が詳細に描写されている点が、他のライトノベル作品との大きな差別化要素である。 また、主人公ターニャの「内心の平穏を願う合理的思考」と、周囲が抱く「狂信的な英雄像」との凄まじいギャップがもたらすアイロニーが、読者に独特の緊張感とカタルシスを与える。第4巻においては、一つの勝利がさらなる戦火を呼ぶ「奈落」の連鎖が描かれ、個人の知略では抗いがたい歴史の奔流が浮き彫りとなっている。

書籍情報

幼女戦記 (4) Dabit deus his quoque finem「神はこれらの苦難にもいずれ終わりを与えるだろう」
著者:カルロ・ゼン 氏
イラスト:篠月しのぶ  氏
出版社:KADOKAWA
発売日:2015年6月29日
ISBN:9784047304741

(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。

あらすじ・内容

世界を敵にまわして、幼女は戦う
愛くるしい幼女の外見をしながらも
『悪魔』と忌避されるは、
帝国軍の誇る魔導大隊指揮官、ターニャ・フォン・デグレチャフ魔導少佐。
砂塗れの南方戦線から帰還するや否や、
待構えていた参謀本部より彼女に発令されたのは、胡散臭い『演習命令』。
それは、連邦領への極秘裏に遂行される越境作戦。
そこで目の当たりにしたのは……誰もが、ありえないと信じて疑わなかった連邦の参戦。
その幻想は、放たれる列車砲の一弾と共にかき消される。
帝国は、戦うしかない。世界の全てを敵に回しても。
もはや勝ち続ける以外に道はない。
その先にあるのは不朽の栄光か、栄光の残照か。
答えは、ターニャ・フォン・デグレチャフだけが知っている。

幼女戦記 (4) Dabit deus his quoque finem

感想

拡大する戦火と断たれた平和への道

連邦の参戦により、帝国は、ついに世界を相手にする、はてしない戦争へと踏み込んだ。
東部国境での極秘偵察から始まったこの巻は、気づけば連邦首都モスコーへの強襲という、あまりにも鮮烈な展開を迎える。ターニャ率いる第二〇三航空魔導大隊が、敵の喉元で帝国国歌を響かせ、政治的象徴を次々と破壊していく様子は、痛快である。
しかし、この強襲によって両国の和平の道が完全に断たれてしまった点には、重い絶望を感じずにはいられない。一つの勝利が、さらなる巨大な災厄を呼び寄せる構成は、あまりにも残酷である。

ターニャの皮肉な活躍と新たな戦場

主人公であるターニャは、相変わらず、穏やかな後方勤務を熱望している。
だが、彼女自身が優秀な前線指揮官であることを、またしても証明してしまった皮肉が、物語の面白さを加速させる。
安全な椅子を求める彼女の願いとは裏腹に、参謀本部は彼女を「サラマンダー戦闘団」の指揮官へと祭り上げ、再び泥沼の最前線へと放り出すのだ。
どれほど優れた知略を持っていようとも、巨大な歴史の奔流からは逃れられないという、個人の無力さが際立っていた。

歪んだ執着と復讐の連鎖

新たに登場したキャラクターたちの存在感も、無視できないものがある。

  • ロリヤ:内務人民委員部のトップとして現れた彼は、その歪んだ執着心が不気味であり、物語に新たな種類の緊張感を与えている。
  • メアリー・スー:父を失った彼女の初陣は、ターニャへの純粋な憎悪に満ちていた。父の形見である銃を仇が使っているという事実は、彼女を復讐の権化へと変えていく予感を感じさせる。

読後の印象

本作を読み終えた後、心に残ったのは、すべてが、さらに深く、暗い場所へと沈んでいくような感覚である。
戦いの中にある高揚感だけでなく、そこにある冷徹な論理や、人間同士の拭い去れない憎しみが多角的に描かれていた。
次なる地獄がどのような形をしているのか、期待と不安が入り混じる一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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幼女戦記 3巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 5巻レビュー

考察

連邦の帝国侵攻

連邦による帝国への侵攻は、長らく「傍観」を保っていた両国の関係を根底から覆すものであった。本稿では、開戦に至る背景から、初期の軍事衝突、そして戦局の重要な転機となったティゲンホーフの戦いまでの経緯を詳述する。

開戦に至る背景と連邦の極秘準備

  • 開戦前、帝国と連邦は秘密裏に「ラッパロ条約」と呼ばれる軍事交流や不戦協定を結び、緊張を孕みつつも直接的な対立を避けていた。
  • しかし、連邦の指導者であるジュガシヴィリ(ヨセフ)人民委員会議議長は、「死は全てを解決する」と語りかける謎の声(存在X)や悪夢に苛まれ、西方で三正面作戦を勝ち抜く帝国の強大さに極度の恐怖を抱くようになった。
  • 近年の研究で「集団パラノイア」と結論付けられたこの強迫観念により、連邦首脳部は軍の不完全さを承知の上で、先に攻撃しなければやられるという妄想から侵攻を決断した。
  • 侵攻の準備は極秘裏に進められ、開戦のわずか1ヶ月前に定例の大演習を偽装して帝国国境付近へ軍を集結させた。連邦軍将校の大多数すら本当に演習だと信じ込まされていたため、帝国の情報部もこれを単なる示威行動と誤認した。
  • 連邦の国防委員会にすら開戦の真の目的が知らされたのは、行動開始のわずか72時間前という徹底した秘密主義であった。

帝国軍の危機察知とターニャの強襲作戦

  • 帝国軍参謀本部は、国境に配備していた監視網「カナリア(戦術特殊偵察小隊)」からの部隊活性化の報告と、その後の通信途絶を受けて危機を察知した。
  • 確認のため、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐率いる第二〇三航空魔導大隊に対し、演習を名目とした極秘の越境偵察任務が命じられた。
  • 連邦領へ降下したターニャらが大規模な物資集積と前進配置された戦車師団・列車砲を確認した直後、連邦軍の列車砲が帝国領へ向けて火を噴き、全戦線での一斉攻撃(宣戦布告)が開始された。
  • 開戦の事実を把握したターニャは、即座に任務を偵察から強襲へと切り替え、敵の列車砲陣地や物資集積場を爆裂術式で破壊して多大な混乱をもたらした。
  • さらに彼女は、防空網の脆弱さを突いて陽動として連邦首都モスコーの上空へ侵入した。
  • モスコーでは連邦人民宮殿の破壊、ヨセフの銅像の粉砕、秘密警察本部の焼却を行い、帝国国歌を響かせながら広場に帝国旗を掲げるという、連邦の面子を徹底的に潰すハラスメント攻撃を見事に完遂した。

地上戦の推移と連邦軍の病理

  • 地上戦においては、連邦軍は東部正面だけで約150個師団という、事前の想定をはるかに上回る圧倒的な物量で押し寄せてきた。
  • しかし、その実態は装備や訓練状況が劣悪な人海戦術であり、帝国軍は兵力不足に苦しみながらも、内線戦略に基づく各個撃破と遅滞戦闘によって防衛線を維持し続けた。
  • 連邦軍の「主攻集団」の将校たちは、帝国軍の秩序立った後退が自軍を誘い込む罠であることに気付き始めていたが、党の意向を体現する政治将校の目を恐れて進軍停止を具申できないという、硬直した指揮系統の病理に陥っていた。
  • これに対し、連邦の内務人民委員部長官ロリヤは、帝国軍を後退させて市街戦に引き込むことで数的優位を活かす戦略を立案した。
  • 彼は反体制派や民族主義者を督戦隊の下で弾除けとして消費しつつ、帝国軍に泥沼の消耗戦を強要する冷酷な策をヨセフに承認させた。

まとめ

戦局の重要な転機となったのがティゲンホーフの戦いである。帝国軍の第三・第三十二師団が連邦軍に包囲されて孤立したが、第二〇三航空魔導大隊が救援に駆けつけた。ターニャは連邦軍の重砲の進出が遅れていることと、敵航空・魔導戦力が不可解なほど不在であるという隙を突き、強襲によって包囲の一角をこじ開けて打通に成功した。このティゲンホーフの確保により、帝国軍は連邦軍の補給線を脅かす前進拠点を確保し、戦局は帝国側の反撃(機動防御と包囲殲滅)のフェーズへと移っていくこととなった。

モスコーへの越境襲撃

帝国軍の第二〇三航空魔導大隊(ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐指揮)による連邦首都モスコーへの越境襲撃は、連邦による帝国への奇襲攻撃に対する報復であると同時に、東部主戦線の圧力を軽減するための極めて計算された陽動作戦であった。

連邦の圧倒的な物量による攻勢を確認したターニャは、敵首都を直接脅かすことで、連邦軍に後方防衛のための戦力抽出を強要させ、主戦線の負担を減らすという目的でこの作戦を立案した。常識的に考えれば一個大隊での敵首都強襲は無謀であるが、参謀本部(特にレルゲン大佐やゼートゥーア中将)もその莫大なリターンとターニャの実績を評価して実行を承認した。

襲撃の実行と心理的打撃

襲撃は、ターニャの「連邦の防空網は機能不全に等しい」という読み通り、散発的で粗雑な対空砲火を容易にすり抜けて行われた。ターニャは部隊を4つに分け、連邦のプロパガンダと虚飾を徹底的に粉砕するため、政治的・象徴的施設を標的とした。

  • 第一中隊(ターニャ直率):連邦人民宮殿上部の赤い星を爆裂術式で破壊し、建物を崩壊させた。
  • 第二中隊:広場にあるヨセフ(連邦指導者)の醜悪な銅像を粉砕した。
  • 第三中隊:秘密警察本部を制圧し、内部の機密書類ごと焼き払った。
  • 第四中隊:クレムリンを狙ったが、外壁が異常に強固であったため、深追いを避けて転進した。

さらに物理的な破壊にとどまらず、拡声術式を用いてモスコー上空に帝国国歌を響かせ、映画撮影所から徴発した機材を用いて赤旗を燃やす様子を撮影し、首都の広場に帝国旗を掲揚するという、連邦の面子を完全に潰すハラスメントを完遂した。

襲撃がもたらした多方面への影響

この襲撃は、単なる陽動の枠を超えて各国の戦略や政治に甚大な影響を及ぼした。

  • 連邦への影響とロリヤの狂気:連邦の国家威信は完全に打ち砕かれ、軍幹部たちは粛清の恐怖に震え上がった。また、首都蹂躙を目の当たりにした内務人民委員部長官のロリヤは、部隊を率いるターニャの姿を目撃し、彼女に対して狂気じみた異常な執着と所有欲を抱くようになった。この執着は後の連邦の軍事行動にも歪んだ影響を与えることとなる。
  • 連合王国(同盟国)の防空方針転換:国際社会、特に連合王国はこの奇襲に強い衝撃を受けた。自国の防空網も連隊規模の魔導師の長距離浸透には対応できていないことに気づき、他国への支援よりも自国の本土防空強化へと方針を転換せざるを得なくなった。

まとめ

帝国国内ではこの快挙に世論が熱狂したが、参謀本部は頭を抱える事態となった。過剰な襲撃によって連邦の面子が徹底的に潰された結果、連邦との早期講和の可能性が完全に消滅してしまったからである。帝国は否応なく、泥沼の殲滅戦へと引きずり込まれることとなった。
ターニャ自身も、この件で「独断専行」や「過剰な市街地攻撃」の疑いで査問会議にかけられたが、作戦の軍事的合理性を支持するゼートゥーア中将ら参謀本部の擁護により、無罪裁定を受けている。

ティゲンホーフ防衛戦

ティゲンホーフ防衛戦は、帝国軍東部方面軍の第三、第三十二師団が連邦軍の波状攻撃に飲み込まれ、ティゲンホーフ市で包囲され孤立したことから始まる。本稿では、この防衛戦におけるターニャ・フォン・デグレチャフ少佐率いる第二〇三航空魔導大隊の活躍と、それが戦局に与えた影響について解説する。

ティゲンホーフの戦略的価値と救援作戦

  • ティゲンホーフは海に近く防御に適した川沿いに位置し、交通の要衝にも近いことから、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐はここを今後の機動遊撃戦における重要な前進拠点になり得ると着目した。
  • ターニャは航空写真などの分析から、連邦軍の足の遅い重砲が進出していないこと、そして間接射撃に不可欠な観測魔導師も不在であることを見抜いた。
  • 彼女の率いる第二〇三航空魔導大隊は参謀本部の承認を得て救援に向かい、完璧なタイミングで包囲中の連邦軍の側面を強襲した。
  • 光学狙撃術式で敵指揮官を排除して組織的抵抗能力を奪うと、包囲されていた友軍魔導部隊(ホーフェン少佐ら)も呼応して反撃に出たことで、見事に包囲網の打通に成功し、合流を果たした。
  • これによりティゲンホーフは確保され、逆に連邦軍の補給線を脅かす反攻の拠点となった。

連邦軍の大規模攻勢と機動防御

  • しかしその後、連邦軍はティゲンホーフに対して最低でも8個師団以上という大規模攻勢を仕掛けてきた。
  • これは、連邦軍の政治将校たちが、モスコー襲撃の実行犯である参謀本部直属部隊(ターニャの部隊)がティゲンホーフにいることを知り、自らの責任回避と軍事的実績作りのために攻撃を提案したことが原因であった。
  • 守備隊が二個師団しかいない状況で圧倒的多数の敵を迎撃するため、ターニャは大隊を前進させ、都市防衛を兼ねて郊外での遅滞戦闘を行う決断を下した。
  • ここでターニャは、敵の航空・魔導戦力がまったく感知されないという不可解な状況に気づく。
  • 伏撃を警戒しつつも、第二〇三航空魔導大隊は爆裂術式による対地襲撃を反復し、計8個師団もの敵地上軍を次々と粉砕し続けた。
  • 最終的に疲労と弾薬の限界に達したため部隊は撤収するが、最後まで敵の魔導部隊は現れず、ターニャたちは連邦軍の航空・魔導戦力がそもそもこの戦域に存在しなかったのだと結論づけた。

まとめ

この機動防御によって第二〇三航空魔導大隊が圧倒的多数の連邦軍を進軍不能なまでにかき乱し、足止めした結果、連邦軍の疲弊と脆弱性が露呈した。これを受けた帝国軍参謀本部のルーデルドルフ中将らは勝利を確信し、連邦軍に決定的打撃を与えるための大規模反撃へと兵力を流し込む準備を本格化させることとなる。

ターニャの査問会議

ターニャの査問会議は、第二〇三航空魔導大隊による連邦首都モスコーへの越境襲撃の直後に行われた。軍の作戦としては見事な成功を収めたものの、政治的な要素から最高統帥府(政府や外交部門)が問題視したことで開かれた異例の会議である。

査問の理由と容疑

  • ターニャに向けられた疑義は、「過剰な市街地での軍事作戦」および「独断専行じみた軍事行動」の2点であった。
  • 軍部(特に参謀本部)は彼女の行動を東部主戦線を援護するための「完璧な陽動」として高く評価していたが、後方の政治家や外交官たちはそう捉えなかった。
  • 敵国の首都や象徴的施設を徹底的に粉砕したことで連邦の面子を丸潰れにし、連邦との早期講和の可能性を完全に消滅させてしまったと考え、彼女の行動に激しい憤りを抱いたのである。
  • この「前線(軍)」と「銃後(政治・外交)」の深刻な認識の乖離が、査問会議を引き起こした根本的な原因である。

会議の進行と茶番劇

  • 参謀本部の将校たちの大半は、この査問を不当で時間の無駄だと考えており、会議はゼートゥーア中将が司会進行を務める「茶番劇」の様相を呈した。
  • ターニャ自身は「参謀本部の命令に従ったのみ」と宣誓して容疑を完全に否認し、弁護側も軍の判例を引用して、検事役の軍司法官を猛烈に追及した。
  • 多くの将校が冷笑や拍手で弁護側を支持する異様な空気の中、最終的にゼートゥーア中将が強引に議論を打ち切り、ターニャは「名誉は疑いを免れた」として無罪裁定を受けた。

まとめ

無罪となったものの、ターニャはこの一件で軍の上層部に対して強い不信感を抱くようになった。「命令に従って行動した結果として査問されるのであれば、自分には作戦行動に従事する適性が欠落している」という理屈を盾に、ターニャは最前線勤務の免除と後方勤務(非戦闘任務)への異動を強く志願し、副官のヴァイス大尉を後任に推挙した。

この露骨な軍務放棄スレスレの要請にゼートゥーア中将は激怒したが、その後の対話でターニャが「連邦との講和は絶望的であり、生き残るためには殲滅戦争(総力戦)になる」という冷徹な戦略眼を示したことを評価した。最終的に、ゼートゥーア中将は完全な後方勤務を却下する代わりに、ターニャを一時的に西方戦線へ配属し、二ヶ月間の戦技研究と戦訓調査を行わせるという妥協案を提示して決着した。

合州国義勇軍の参戦

合州国義勇軍の参戦は、長らく局外中立を保っていた超大国・合州国が、いよいよ今次大戦の国際情勢に直接踏み込んできたことを象徴する重大な出来事であった。本稿では、義勇軍派遣の背景から帝国軍の対応、そして初実戦での敗北までの経緯を整理する。

義勇軍派遣の背景と名目

  • 合州国は帝国に対して公式には宣戦布告を行っていなかったが、水面下では連合王国や共和国残党への物資支援を強めていた。
  • その一環として、連合王国へ「合州国義勇派兵部隊」を派遣した。彼らの公式な名目は「戦闘介入を行わず、航海の自由と市民の権利を守るための人道監視団」という極めて政治的なものであった。
  • この義勇軍には、協商連合などからの避難民も多数参加している。
  • 父親(アンソン・スー大佐)を帝国軍に殺されたメアリー・スーも、避難民を受け入れてくれた第二の故郷への恩義と、平和を守りたいという強い信念から志願し、合州国自由協商連合第一魔導連隊へと配属された。

帝国軍の対応とターニャの主張

  • 西方戦線において、合州国市民からなる義勇軍(一個連隊規模の魔導部隊)が緊急展開している事実を把握した帝国軍は、その対応に苦慮した。
  • ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、合州国がいずれ本格参戦してくることを見越し、「エスカレーションの行く先を強烈な事実として叩きつける」ために、早い段階で義勇軍を優先的に叩き、介入の出鼻をくじくべきだと主張した。
  • しかし、会議では「合州国の世論を硬化させ、本格参戦を招きかねない」という慎重論も根強く、最終的には政治問題化を避けるため、特段の区別はせず通常の「航空撃滅戦の継続」の中で対処することに決定した。

初実戦での致命的な敗北

  • 連合王国のホートン・バード訓練基地などで訓練を受けていた義勇軍であったが、実戦経験が乏しい彼らは、帝国軍の最精鋭である第二〇三航空魔導大隊の前に手痛い洗礼を受けることとなった。
  • 上空での初交戦時、合州国義勇軍(ヤンキー大隊)の指揮官は数の優位を過信していた。
  • 連合王国軍の連絡将校であるドレイク中佐が「ラインの悪魔」の恐るべき実力を警告し、散開や後退を強く進言したにもかかわらず、義勇軍指揮官はそれを無視して教本通りの密集した「統制射撃」に固執してしまった。
  • 結果として、密集して持ち場を保ったヤンキー大隊は、ターニャ率いる中隊による高高度からの急降下突入と爆裂術式の三連射をまともに浴び、初撃で指揮系統をずたずたに寸断されて大混乱に陥り、甚大な損害を被ることとなった。

まとめ

この初交戦の最中、ターニャと至近距離で刃を交えたメアリー・スーは、ターニャが手にしている短機関銃が、かつて自分が父アンソンに贈ったものであることに気付いた。父を殺した「悪魔」が目の前にいることを悟ったメアリーは、ターニャに対して深い憎悪を抱き、復讐の念を燃え上がらせることとなる。

幼女戦記 3巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 5巻レビュー

登場キャラクター

帝国

ターニャ・フォン・デグレチャフ

合理主義者であり、平和主義を自称する。戦場では極めて冷徹な判断を下す。第二〇三航空魔導大隊の指揮官を務める。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部直属、第二〇三航空魔導大隊大隊長。魔導少佐。のちに魔導中佐。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦の演習を偵察する任務を受け、開戦後は強襲任務へ切り替えた。連邦首都モスコーを襲撃し、重要施設を破壊した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魔導中佐へ昇進した。サラマンダー戦闘団の戦闘団長に任命され、東部戦線へ派遣されることとなる。

ヴァイス

常識的な軍人であり、指揮官を補佐する。上官から後任の指揮官として推薦されるほど信頼されている。

・所属組織、地位や役職
 第二〇三航空魔導大隊、次席指揮官。大尉。
・物語内での具体的な行動や成果
 上官の命を受け、部隊のブリーフィングや装具点検を指揮した。地上捜索任務では部隊を率いて墜落機の搭乗員捜索にあたった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 少佐への昇進を前提に、大隊指揮官を引き継ぐ見込みとなっている。

セレブリャコーフ

指揮官の副官を務める魔導師である。連邦出身であり、共産主義に対して含むところがある。

・所属組織、地位や役職
 第二〇三航空魔導大隊。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
 モスコー襲撃時に映画撮影所から国旗と撮影機材を徴発した。連合王国での捜索任務では、不時着した友軍搭乗員の確保を成功させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 指揮官の補佐として前線で実績を重ねている。

グランツ

生真面目な若者である。事務作業は苦手としている。アルコールを好む一面がある。

・所属組織、地位や役職
 第二〇三航空魔導大隊。中尉。
・物語内での具体的な行動や成果
 モスコー襲撃でクレムリンを攻撃したが、外壁が強固で突破できなかった。上官の指示で事務作業や書類手続きに奔走した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ライン戦線から補充され、部隊の一員として経験を積んでいる。

レルゲン

軍の良識派に属する参謀将校である。前線指揮官の極端な行動を危惧しつつも、軍事的な能力は高く評価している。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
 首都直撃計画を承認するよう上司に進言した。査問会議では、軍と政治の認識の乖離に頭を抱えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 戦務と作戦の両方に関わり、軍中枢で役割を担っている。

ウーガ

前線から帰還した部隊を迎えた参謀将校である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部。少佐。
・物語内での具体的な行動や成果
 帰還部隊に対し、輸送部門に関する説明を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 後方勤務組として参謀本部で実務を担う。

ゼートゥーア

冷静沈着な参謀本部の中心人物である。前線指揮官の戦略眼を高く評価している。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部、戦務参謀次長。中将。
・物語内での具体的な行動や成果
 モスコー襲撃計画を許可した。査問会議では司会進行を務め、無罪裁定を下した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 提案を採用し、サラマンダー戦闘団を編成して新たな戦闘団長を任命した。

ルーデルドルフ

行動力に富む作戦担当の参謀将校である。一撃での決着にこだわる傾向がある。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部、作戦参謀次長。中将。
・物語内での具体的な行動や成果
 東部戦線での兵力不足に悩みつつ、敵集団を各個撃破する作戦を立案した。ティゲンホーフでの機動防御の報告を受け、勝利を確信した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 東部戦線での反撃準備を本格化させた。

ロメール

機動戦術の専門家である。前線部隊の単独行動能力を高く評価し、使い勝手が良いと考えていた。

・所属組織、地位や役職
 南方大陸派遣軍団、軍団長。将軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 南方戦線で損耗を抑えるため、撤退を偽装して敵を釣り出す伏撃作戦を実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 補給の途絶に苦しみ、装甲車両よりも燃料を求めている。

ホーフェン

配慮と機知に富む将校である。救援に来た友軍部隊に感謝を示す。

・所属組織、地位や役職
 第三師団所属第二十三魔導大隊。少佐。
・物語内での具体的な行動や成果
 ティゲンホーフで連邦軍に包囲されていたが、友軍の襲撃に呼応して反撃に出た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 包囲網の突破に成功し、友軍と合流した。

シューゲル

神を称賛する悪癖を持つ。技術者としての腕は確実である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍技術廠。技師。
・物語内での具体的な行動や成果
 直接的な登場はない。鹵獲した装甲車の改修を依頼する候補として名前が挙がった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

装備課の少佐

前線の苦労を理解していない後方士官である。規則を盾に要求を拒もうとする。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部装備課。班長クラスの少佐。
・物語内での具体的な行動や成果
 サラマンダー戦闘団の編成において、劣悪な兵員と旧式装備を割り当てた。前線指揮官から激しい抗議と装備の融通を要求された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 強硬な要求に圧倒され、要求を飲まざるを得ない状況に追い込まれた。

軍司法官

最高統帥府の意向を汲んで査問会議の検事役を務める。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍。軍司法官。
・物語内での具体的な行動や成果
 モスコー襲撃に対し、独断専行と過剰な市街地攻撃の疑義を提示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 上層部や弁護側の反発に遭い、反論を封じられた。

参謀本部の将校たち

想定外の事態に臨機応変に対応する能力を持つ。軍と後方の認識の乖離に苛立ちを抱えている。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦の侵攻による情報飽和に対処し、部隊と物資の展開を処理した。査問会議では前線部隊を擁護し、検事役を冷笑した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 連邦の本格侵攻に直面し、対応に忙殺されている。

東部方面軍の将兵

連邦を仮想敵として警戒を続けてきた。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍東部方面軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦軍の物量に対して遅滞戦闘を行い、防衛線を維持し続けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 兵力不足に苦しみながらも、後退戦を展開している。

第四三七戦術特殊偵察小隊

不法越境して浸透偵察を行う非合法部隊である。

・所属組織、地位や役職
 帝国東部方面軍。戦術特殊偵察小隊。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦軍部隊の活性化を暗号無線で報告した後、通信を途絶した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 報告が越境偵察任務の引き金となった。

第二〇三航空魔導大隊

実戦経験が豊富で、高い練度と統制を誇る精鋭部隊である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍参謀本部直属の航空魔導大隊。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦首都モスコーを襲撃し、重要施設を破壊した。ティゲンホーフ防衛戦では連邦軍をかき乱し、友軍を救出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 サラマンダー戦闘団の中核部隊として東部戦線へ派遣される。

第一〇三航空戦闘団

高い練度を保ち、冒険精神に富んだ部隊である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍西方方面軍。航空戦闘団。
・物語内での具体的な行動や成果
 ドードーバード海峡上空で友軍部隊と合流した。墜落した友軍搭乗員を回収するため、敵地への強行着陸を快諾した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

第一一四航空爆撃団

爆撃任務を担う部隊である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍。航空爆撃団。
・物語内での具体的な行動や成果
 指揮官機が撃墜され、連合王国領内に不時着した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 搭乗員は連合王国の警察に確保されたが、友軍部隊によって救出された。

第三師団

東部戦線に配置された部隊である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍東部方面軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 ティゲンホーフ市で連邦軍の波状攻撃を受けて包囲された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 友軍部隊の救援により包囲網を突破した。

第三十二師団

東部戦線に配置された部隊である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍東部方面軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 友軍とともにティゲンホーフ市で連邦軍に包囲された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 友軍部隊の救援により救出された。

第二十三魔導大隊

第三師団に所属する魔導部隊である。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍第三師団所属。魔導大隊。
・物語内での具体的な行動や成果
 ティゲンホーフで包囲されていたが、友軍の襲撃に呼応して反撃に出た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 包囲網の突破に成功し、友軍と合流した。

第二親衛師団降下猟兵大隊

戦争を渇望する部隊である。前線指揮官に絶対的な敬意を払っている。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍第二親衛師団。降下猟兵大隊。
・物語内での具体的な行動や成果
 提案により、サラマンダー戦闘団の歩兵戦力として編入された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 帝都防衛の遊兵から最前線の戦闘団へ配属された。

第三三二歩兵大隊

独自のやり方を主張し、指揮系統に従わない士官たちで構成されている。

・所属組織、地位や役職
 帝国軍。新編歩兵大隊。
・物語内での具体的な行動や成果
 サラマンダー戦闘団に配属されたが、上官の指示を軽視して独自の判断権を求めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 上官に見限られ、戦闘団の編成から外される見込みとなった。

連邦

ジュガシヴィリ(ヨセフ)

狡猾で計算高く、連邦の指導者を自任する。謎の声と悪夢に苛まれ、帝国に恐怖を抱く。

・所属組織、地位や役職
 連邦、人民委員会議議長。書記長。
・物語内での具体的な行動や成果
 帝国への恐怖から、不完全な軍隊に奇襲攻撃を命じた。市街戦誘導策を承認した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 連邦の最高権力者として君臨し続けている。

ロリヤ

狡猾な内務人民委員である。敵指揮官に異常な執着と所有欲を抱く。

・所属組織、地位や役職
 連邦、内務人民委員部長官。
・物語内での具体的な行動や成果
 帝国軍を市街戦に引き込んで損耗させる戦略を提案した。魔導師や処分された将校の再登用を進言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 上層部の承認を得て、目当ての人物を捕らえるための権限を手に入れた。

エージョフ

ロリヤの前任者である。

・所属組織、地位や役職
 連邦。
・物語内での具体的な行動や成果
 人民の多様な個性を把握できず、仕事の割り当てに失敗したと説明されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

チョバルコフ

前線の厳しい状況を理解する政治将校である。

・所属組織、地位や役職
 連邦軍。政治将校。
・物語内での具体的な行動や成果
 魔導部隊を前線に回すよう申請した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 事情聴取の名目で内務人民委員部に連行された。

連邦軍将校たち

党の意向や粛清を極度に恐れている。

・所属組織、地位や役職
 連邦軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 演習を偽装した動員の真の目的を知らされないまま帝国国境へ集結した。帝国軍の後退を罠と疑いつつも、党の目を恐れて進軍停止を具申できなかった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 モスコー襲撃の責任を問われることを恐れ、責任回避に奔走している。

政治将校たち

党の意向を体現する存在である。前線の実情を理解しつつも保身を優先する。

・所属組織、地位や役職
 連邦軍。政治将校。
・物語内での具体的な行動や成果
 前線の危機的状況を把握しながらも、自ら敗勢を報告することを避けた。責任回避のため、ティゲンホーフへの攻撃を提案した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

内務人民委員部職員

勤勉な秘密警察である。連邦市民や党幹部から恐れられている。

・所属組織、地位や役職
 連邦、内務人民委員部。
・物語内での具体的な行動や成果
 市街戦において督戦隊として前線に派遣される予定となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

連邦軍主攻集団

物量で猪突猛進するが、指揮系統が硬直している。

・所属組織、地位や役職
 連邦軍。B集団。
・物語内での具体的な行動や成果
 帝国東部国境を突破し、数で帝国軍を押し込んだ。ティゲンホーフへ大規模攻勢を仕掛けたが、敵部隊に攪乱された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 帝国軍の反撃に直面し、壊滅的な損害を受けつつある。

連合王国

ハーバーグラム

連合王国軍の情報将校である。連邦の参戦報告に最初は懐疑的であった。

・所属組織、地位や役職
 連合王国軍対外戦略局。少将。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦参戦の第一報を三度追い返した。モスコー襲撃による被害状況を報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

ドレイク

帝国軍の魔導部隊の脅威を正しく認識している。

・所属組織、地位や役職
 連合王国海兵魔導部隊。中佐。連絡担当将校。
・物語内での具体的な行動や成果
 合州国義勇軍に対し、帝国軍魔導部隊への警戒と散開を強く進言した。指揮系統が崩壊した義勇軍に離脱を命じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

首相

責任者として決断を下すジェントリ精神を持つ。

・所属組織、地位や役職
 連合王国。首相。
・物語内での具体的な行動や成果
 防空網強化の対応策を求め、自由共和国への支援よりも本土防衛を最優先とする方針を決定した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

第一海軍卿

通商路防衛の負担で疲弊している。

・所属組織、地位や役職
 連合王国海軍。第一海軍卿。
・物語内での具体的な行動や成果
 モスコー襲撃の報告に疲労を滲ませた。帝国首都への報復襲撃案には難色を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

陸軍参謀総長

状況判断が早く、本土防衛を重視する。

・所属組織、地位や役職
 連合王国陸軍。参謀総長。
・物語内での具体的な行動や成果
 本国防衛軍団への戦闘機と魔導師部隊の追加配備を要求した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

外務卿

同盟国への配慮を重視する。

・所属組織、地位や役職
 連合王国。外務卿。
・物語内での具体的な行動や成果
 南方大陸で戦う自由共和国への支援を減らすことに抗議した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

大蔵卿

柔軟なアイデアを提示する。

・所属組織、地位や役職
 連合王国。大蔵卿。
・物語内での具体的な行動や成果
 帝国首都を連合王国側から襲撃する案を提案した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

アンドリュー

歴史の皮肉に興味を持ち、取材に熱心なジャーナリストである。

・所属組織、地位や役職
 WTN。特派員。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦の戦勝記念式典を取材し、連邦参戦の背景について識者と対談した。「サラマンダー伝説」をテレビ番組で紹介した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

シャーロック

連邦首脳陣の心理や意思決定を分析する専門家である。

・所属組織、地位や役職
 ロンディニウム大学政治学科。教授。
・物語内での具体的な行動や成果
 帝国軍の機密文書に基づき、連邦参戦の理由が首脳陣の集団パラノイアであると解説した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

連合王国海兵魔導部隊

独立兵科として扱われ、個々の戦闘力も高い。

・所属組織、地位や役職
 連合王国海軍。海兵魔導部隊。
・物語内での具体的な行動や成果
 潜水艦からの強襲や艦艇からの切り込みなど多様な任務に従事している。南方大陸で帝国軍の輸送船団を襲撃した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

合州国・自由協商連合

メアリー・スー

父親を殺した帝国軍に強い憎悪を抱く。平和を守りたいという信念を持つ。

・所属組織、地位や役職
 合州国自由協商連合第一魔導連隊。少尉、訓練兵。
・物語内での具体的な行動や成果
 射撃試験を合格し、訓練を積んだ。初陣で敵指揮官と交戦し、相手が父の銃を持っていることに気づき復讐を誓った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

アンソン・スー

メアリー・スーの父親である。

・所属組織、地位や役職
 協商連合。大佐。
・物語内での具体的な行動や成果
 過去の戦闘で帝国軍に殺害された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 死亡している。

ジョンおじさん(ジョンソン)

気前が良く、連合王国のための物資買い付けに奔走する紳士である。

・所属組織、地位や役職
 合州国。買い付け担当者。
・物語内での具体的な行動や成果
 スカンク組合から汎用精密懐中時計と試作型精密懐中時計を購入する契約を結んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

スカンク組合の技師

商売熱心で技術に詳しい。

・所属組織、地位や役職
 合州国スカンク組合。技師。
・物語内での具体的な行動や成果
 汎用精密懐中時計と試作型モデルを提案し、契約を成立させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

合州国義勇軍(ヤンキー大隊)

実戦経験が乏しく、数の優位を過信している。

・所属組織、地位や役職
 合州国市民による義勇軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 教本通りの密集陣形をとったため、敵部隊の強襲を受けて指揮系統を寸断され、大混乱に陥った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

自由共和国

ド・ルーゴ

経験豊富な指揮官である。帝国軍に対して粘り強い抵抗を続ける。

・所属組織、地位や役職
 自由共和国軍。将軍。
・物語内での具体的な行動や成果
 反帝国組織のレジスタンス活動を組織し、決戦を避けながら帝国軍の損耗を狙った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

その他

存在X

帝国軍魔導師に干渉し、信仰を強要しようとする存在である。

・所属組織、地位や役職
 謎の存在。
・物語内での具体的な行動や成果
 連邦指導者の夢に現れて神罰を宣告し、帝国侵攻を促した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 記載なし。

幼女戦記 3巻レビュー
幼女戦記 まとめ
幼女戦記 5巻レビュー

展開まとめ

第一章 長距離偵察任務

統一暦一九二六年三月十五日 帝国軍東部国境地帯上空

極秘飛行とターニャの不本意な任務

帝国東部国境上空では、国籍標識すら曖昧にされた特殊作戦用の双発輸送機が、夜の闇に紛れて飛行していた。その機体には、参謀本部直属の第二〇三航空魔導大隊が搭乗しており、指揮官であるターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、長距離浸透偵察任務という危険な任務を引き受けざるを得ない現状に内心で強い不満を抱いていた。精鋭として実績を積み重ねてきたがゆえに、便利な部隊として酷使され続ける状況から逃れられないことを、ターニャは改めて痛感していた。

本国帰還の歓喜と任務へのすり替え

数時間前、南方戦線から本国へ帰還した第二〇三航空魔導大隊は、帝都に戻れたことを素直に喜んでいた。ターニャもまた、休暇を兼ねた本国帰還命令を信じ、ようやく危険な前線勤務から解放されると期待していた。帰任先ではレルゲン大佐とウーガ少佐が待ち受け、叙勲や戦功を称える言葉までかけたため、参謀本部が本気で配慮してくれたのだと受け止めていた。しかしその後、戦略偵察部の将校が現れたことで空気は一変し、ターニャは自分たちが休暇ではなく、極秘の越境任務へと引き込まれたことを悟ったのである。

演習を装った越境命令と部隊の察知

参謀本部は今回の出動をあくまで急な演習命令として部隊に伝えさせていたが、第二〇三航空魔導大隊の将兵たちはその説明を誰一人本気で信じていなかった。夜間特殊作戦機仕様の輸送機に搭乗し、東部国境へ向かう針路を取り、武器弾薬や通信機材を慌ただしく積み込んだ時点で、ただの演習ではないことは明白だったからである。部下たちは軍人として表向き沈黙を守っていたものの、全員が只事ではない事態を理解していた。

封筒の開封と連邦攻勢の可能性

飛行中、指定時刻に参謀本部の封緘文書を開封したターニャとヴァイス大尉は、任務の背景を知ることになった。そこには、連邦が東部国境全域で大規模攻勢に向けた事前集積を進めているとの分析が記されていた。国境線の監視網であるカナリアが複数鳴いている以上、誤報の可能性は極めて低かった。帝国軍は建国以来ずっと連邦の脅威を最大級に警戒してきたため、この情報が事実ならば国家的危機であると判断されたのである。そのため参謀本部は、国際法違反すら覚悟して第二〇三航空魔導大隊に越境偵察を命じたのだった。

戦争の予感とターニャの覚悟

ヴァイス大尉は、現状で連邦が帝国に攻勢を仕掛ける合理的理由が見当たらないと疑問を呈したが、ターニャは、だからこそ参謀本部がここまで断定的に動いている事実自体が危機の現実味を高めていると見ていた。参謀本部ほどの組織が、単なる推測だけでこれほど危険な越境偵察を命じるはずがないからである。その認識から、ターニャはまだ戦争が始まっていなくとも、実戦を前提に行動する覚悟を固めた。

機内ブリーフィングと任務の共有

ターニャは機内で部隊全員に直接説明するには声量が足りないため、ヴァイス大尉に説明を任せた。ヴァイス大尉は、東部方面の不審な情勢と戦術特殊偵察小隊からの緊急報告、さらにその後の通信途絶を説明し、部隊に越境偵察任務の本質を理解させた。これにより将兵たちは、連邦との開戦が目前にある可能性を悟った。それでも大隊は動揺しつつも統制を失わず、精鋭部隊として見事な規律を保っていた。

緊張をほぐすターニャの鼓舞

緊迫した空気を和らげるため、ターニャは参謀本部の秘密主義を皮肉りつつ、軽口を交えて部下たちを鼓舞した。厳しい任務であることを認めながらも、秘密の冒険旅行になぞらえて士気を高め、いつも通り任務を果たすよう命じた。その姿勢は、無謀な任務に対する不満を抱えつつも、指揮官として部隊を不安に飲まれさせないための処置であった。

連邦領への降下と迅速な再集結

やがて輸送機は作戦地点へ到達し、第二〇三航空魔導大隊は夜陰の中で連邦領へ空挺降下を開始した。降下後、部隊は混乱なく再集結し、セレブリャコーフ中尉やグランツ中尉の指揮のもとで即応の防御態勢まで整えた。民間人や連邦関係者の存在は確認されず、周囲の光源は事前集積拠点と推定される地域に集中していた。精鋭部隊らしく、降下から集結までの流れは極めて円滑であった。

偵察行動と連邦軍集積の確認

開戦の確報がない中で、ターニャはまず離脱の可能性も考慮して装具や降下物資の再確認を命じた。その上で、自ら前線へ出て偵察を行うことを決め、ヴァイス大尉、セレブリャコーフ中尉、グランツ中尉ら将校とともに敵集積拠点へ接近した。するとそこでは、大量の兵員、物資、燃料、砲弾が集積され、条約上この地域に置かれないはずの戦車師団や列車砲まで前進配置されていた。夜間にもかかわらず砲口調整が続いていたことから、これが攻勢準備であることは疑いようがなかった。

連邦軍の砲撃と宣戦布告

ターニャたちが監視する中、ついに連邦軍の列車砲が帝国領へ向けて砲撃を開始した。一発ではなく連続した射撃準備が確認されたことで、誤射ではなく明確な攻撃であることが判明した。同時にヴァイス大尉は、連邦が全戦線で攻撃を開始し、帝国へ宣戦布告したことを無線で把握した。さらに本国からは、所属を問わず全部隊が戦闘を開始せよとの命令が届いたため、第二〇三航空魔導大隊もついに戦時即応へ移行することとなった。

偵察から強襲への任務転換

開戦が確定すると、ターニャは直ちに撤収計画を放棄し、敵後方への遊撃戦に切り替えた。まずは敵の物資集積場を吹き飛ばして混乱を拡大し、自らの退路も確保する方針を打ち出した。列車砲や弾薬、燃料が集中している状況は、爆裂術式による誘爆を狙うには好都合であり、ターニャはそれを絶好の標的と見なした。偵察任務として潜入した部隊は、この瞬間、敵後方をかき乱す強襲部隊へと姿を変えたのである。

連邦軍集積拠点への襲撃成功

第二〇三航空魔導大隊は爆裂術式によって列車砲陣地や物資集積場を攻撃し、大規模な誘爆を引き起こした。敵は歩兵による反撃こそ試みたが、魔導師や航空戦力による有効な迎撃は見られず、部隊は優位に襲撃を進めた。セレブリャコーフ中尉は地上部隊を蹴散らし、グランツ中尉はまとまった敵部隊を的確に攻撃し、各中隊は実戦経験を積んだ精鋭として高い練度を示した。敵側の不手際もあり、第二〇三航空魔導大隊は想定以上に戦果を拡大していった。

東部軍支援命令と新たな方針

その最中、司令部との通信が回復し、第二〇三航空魔導大隊には東部軍支援命令が下された。前線は持ちこたえているものの戦力不足であり、遅延戦闘の支援が必要とされていた。これを受けてターニャは、主戦線へ正面から戻るよりも、広大な連邦領内で機動しつつ遊撃戦を展開する方が安全かつ有効と判断した。東部軍援護という大義名分を得つつ、自部隊の利点を活かせる行動方針へと切り替えたのである。

首都強襲を視野に入れた陽動構想

さらにターニャは、陽動として敵首都方面を目標にする構想まで口にした。ヴァイス大尉は防空能力や情報不足を理由に懸念を示したが、ターニャは連邦の防空体制を信用しておらず、示威行動としては十分に効果があると考えた。ただし、敵国首都への行動は政治的影響が大きいため、最終的には本国へ照会をかけるよう命じた。こうしてターニャは、危険な越境偵察から始まった任務を、敵後方への遊撃戦とさらなる陽動作戦へ発展させる構えを見せたのである。

統一曆一九二六年三月某日 南方戦線帝国軍仮設陣地 狐の寝床

消耗戦を見極めたロメールの撤収判断

南方戦線の戦況を見ていたロメール将軍は、帝国軍がやや優勢ではあるものの、実態としては消耗戦に近いと判断した。たとえ勝てる見込みがあっても、水をはじめとする兵站が限界に近づき、自軍の損耗だけが増える状況では長く戦えないため、突破を断念して撤収を決めた。南方大陸では勝利そのものよりも損耗を抑えながら戦力を保つことが最優先であり、引き際を誤れば撤退すら不可能になるとロメールは見ていた。

敵への打撃を評価しつつ次の一手を考える

ロメールは、自由共和国軍に一定の打撃を与えられたことを成果として受け止めつつも、ド・ルーゴを中心とする反帝国勢力のしぶとさを警戒していた。敵は決戦を避けながら帝国軍の損耗拡大を狙っており、そのうえ占領地ではレジスタンス活動まで見られるようになっていたため、戦線の長期化は帝国にとって不利であった。とはいえ、共和国軍全体にその意図が徹底しているかは別であり、現場には隙があるかもしれないとロメールは考えた。

撤退を装った伏撃作戦の立案

その隙を突くため、ロメールは単なる撤収ではなく、伏撃を仕込んだうえで後退する策を選んだ。帝国軍が慌てて退いているように見せかければ、勢いづいた共和国軍の一部が防衛陣地から飛び出してくる可能性があると見込んだからである。もし敵が釣れれば包囲殲滅でき、警戒されればそのまま安全に後退できるため、損の少ない策であった。参謀たちは撤退の方針と攻撃準備の併用に戸惑ったが、ロメールは構わず実行を命じた。

偽装撤退にかかった共和国軍

帝国軍は後退を開始し、最後尾の部隊には意図的に混乱しているような演技まで施された。遺棄車両にも罠を仕掛けず、敵に本当に余裕なく退いていると思わせるよう準備されていた。その結果、共和国軍は警戒を強めることなく前進し、ついには防衛陣地から姿を現した。帝国軍を撃退したと思い込んだことで士気が高まり、前進に勢いがついたのである。

敵の突出を利用した包囲準備

共和国軍が前へ出てきたのを確認すると、ロメールは中央部隊で時間を稼ぎつつ、主力部隊の再編と迂回機動を進めた。あえて撤退しているように見せながら距離を取らせ、視野狭窄に陥った敵の側面や背後に回り込むことで包囲を完成させようとしたのである。頭に血が上った敵に正面からぶつかるのではなく、動揺と混乱を引き起こしてから締め上げる方が効率的だとロメールは判断していた。ド・ルーゴほどの経験豊富な指揮官が直率していない部隊であれば、この程度の小手先でも十分に釣り出せると見ていたのである。

魔導師運用とターニャ不在への惜別

ロメールは、魔導師部隊については中央部隊が崩れかけた時の補強と、敵が潰走に転じた際の追撃に使うよう命じた。その過程で、以前なら指示を細かく出さずとも意図を汲んで最善の行動を取ったターニャ・フォン・デグレチャフ少佐の不在を改めて惜しんだ。ようやく呼吸が合い始めたところで本国に召還されてしまったことを残念に思いつつも、連邦情勢の悪化を踏まえれば、第二〇三航空魔導大隊のような遊撃戦に長けた部隊が本国へ引き抜かれたのは妥当でもあった。ロメールは、あの大隊を相手にする立場にならずに済んだことを半ば冗談めかして語りつつ、連邦には同情すると同時に、ターニャの武運を信頼していた。

共和国軍への止めを見据えるロメール

最後にロメールは、気持ちを切り替えて目の前の戦いへ意識を戻した。南方戦線ではまだ共和国軍に完全な止めを刺せておらず、自分にはその仕事が残されていると認識していた。撤退と伏撃を組み合わせた策で敵を削り、なおかつ損耗を抑えるという自らの役目を果たすべく、ロメールは次の行動へ移ろうとしていた。

統一暦一九八〇年五月九日 連邦首都

記念式典と東部戦線の歴史的重み

WTN特派員アンドリューは、連邦の大祖国戦争記念日に合わせてモスコーで開かれた式典を取材していた。会場では、かつて東部戦線で戦った老兵士たちがパレードを行っており、アンドリューはその献身に敬意を示したうえで、東部戦線がライン戦線と並ぶ大戦最大級の激戦地であり、とりわけ甚大な死者を生んだ戦場であったと説明していた。

開戦前の帝国と連邦の微妙な関係

アンドリューは、帝国と連邦の関係が開戦まで極めて微妙なものであったと振り返った。ライン方面で激戦が続いていた時期にも、連邦は表向き中立を維持していたため、共和国が期待した多方面からの飽和攻撃は実現しなかった。連合王国の情報機関は連邦が帝国に対して好意的中立を保つと判断し、ド・ルーゴ将軍ですら、連邦は義勇軍程度なら帝国へ貸し出す前提で状況を見ていた。さらに、連邦と帝国は秘密裏に軍事交流と不戦協定を結んでおり、両国関係は対立一辺倒ではなかったのである。

連邦参戦報の衝撃と各国の反応

そのような状況下で連邦参戦の第一報がもたらされたことは、各国に大きな衝撃を与えた。連合王国外務省は、当初その報告を、連邦が帝国側に立って参戦したものと誤解したほどであった。ハーバーグラム少将は報告者を三度追い返し、ド・ルーゴ将軍でさえ二度確認してようやく信じたと語られていた。一方、帝国側でもゼートゥーア将軍とルーデルドルフ将軍は参戦の理由を理解できず、連邦軍に参戦の兆候ありとの報告に対して、ゼートゥーア将軍は思わず、ばかなと漏らしたと記録されていた。

連邦首脳部による極秘決定と帝国軍の誤算

アンドリューは、連邦参戦が唐突であった理由として、開戦決定が実行のわずか一か月前に、連邦中枢のごく少数によって下されたと説明した。定例の大演習に手を加え、帝国寄りの地点への集結と実弾演習を装うことで、戦争準備は秘匿されたのである。帝国軍参謀本部も不穏な動き自体は察知していたが、総力を挙げて情報収集した結果、連邦の行動は示威に留まると結論づけていた。これは、連邦軍の大多数の将校たち自身が本当に演習だと信じ込んでいたためであり、帝国側の判断もまたその偽装に引きずられた結果であった。

七十二時間前まで隠された真意

この偽装は極めて徹底しており、連邦側でも国防委員会ですら、集結の目的が帝国との戦争であると知らされたのは開戦の七十二時間前だったとされた。そのため、帝国軍は一応の防衛線こそ築けたものの、理想的な増援展開には失敗し、警戒していたにもかかわらず出し抜かれた形になったのである。アンドリューは、ゼートゥーア将軍が、ばかなと漏らした背景には、この想定外の秘密主義と欺瞞があったと位置づけていた。

クレムリノロジー研究者の登場

その後、番組はロンディニウム大学政治学科のシャーロック教授を迎え、近年の研究成果に話題を移した。教授は、連邦首脳陣の思考や意思決定を分析するクレムリノロジーの専門家であり、これまで連邦の極端な秘密主義のため推測に頼らざるを得なかったものの、最近は帝国軍側の機密文書が発見されたことで状況が変わったと説明した。アンドリューもまた、自らの取材経験を踏まえ、連邦の徹底した官僚的秘密主義の異常さを強調していた。

帝国軍機密文書が示した連邦首脳部の異常性

教授は、戦後に同盟軍へ押収されていた帝国軍参謀本部の資料が機密解除されたことで、連邦参戦の動機に関する重要な手掛かりが得られたと述べた。その資料では、ジュガシヴィリ人民委員会議議長を神懸かり、ロリヤ内務人民委員部長官を偏執狂と結論づけており、当時の帝国側分析は交戦国ゆえの偏見ではなく、かなり真面目かつ中立的な観点からなされた専門家の仕事であると教授は評価していた。

参戦理由を集団パラノイアとする結論

そして教授は、連邦首脳部が帝国との開戦を決断した理由を、集団パラノイアと断言した。すなわち、自分たちは隣国に狙われており、先に攻撃しなければやられるという妄想に、指導層全体が組織的に囚われていたという見立てである。教授によれば、この仮説は歴史的文脈の分析から出発し、やがて連邦指導層の精神状態そのものに注目する研究へ発展した結果であった。情報統制の厳しさから長く立証が難しかったが、帝国軍資料の発見によって、この仮説は大きく補強されたのである。

歴史を動かした狂気という結末

最終的にアンドリューは、連邦が大戦に加わった原因が国家的理性ではなく、首脳部の集団パラノイアにあったという見解を、歴史を変えた狂気として受け止めた。そして、国家間の巨大な戦争すら、極めて不安定で歪んだ心理に左右されていた可能性を示すこの結論に、歴史の皮肉さと奇妙さを感じさせられるとして、教授との対談を締めくくった。

小国民の為の教科書 ~わが国の歴史~

ヨセフおじさんの悩みと人民の堕落

物語は、連邦の指導者であるヨセフおじさんが人民の幸福を願い、国内開発に尽力していた時期から始まった。しかし人民はその優しさに甘え、勤労心を失い堕落しつつあったとされていた。これを憂えたヨセフおじさんは、信頼する同志ロリヤに人民を導く方法を相談することにした。

ロリヤ同志による人民指導

ロリヤ同志はただちに行動を開始し、人民に仕事の重要さを理解させるための見回りを始めた。彼は人々を威圧するのではなく、より適した仕事を探すよう助言し、それぞれの能力に合った労働を与えることを目標とした。また困難な仕事に挑む者には支援のための人員も派遣し、人民の能力に応じた配置を進めた。

人民の適性を探す大規模調査

人民の個性は多様であり、適した仕事を見つけることは容易ではなかった。そのためロリヤ同志は国内全域の調査を命じ、農村の隅々に至るまで調べさせた。農民とともに収穫を運びながら調査が続けられた末、東の果てで誰でも従事できる簡単な仕事が発見された。

シルドベリアで木を数える仕事

その仕事とは、シルドベリアで木の数を数えるというものであった。この仕事は環境保護にも役立ち、自然の中で働きながら心身を癒せる理想的な労働と説明された。しかも、すべての人民が従事してもなお人手が足りないほどの需要があるとされ、ロリヤ同志はこの成果をヨセフおじさんに報告した。

ヨセフおじさんの賞賛

報告を聞いたヨセフおじさんは大いに喜び、ロリヤ同志の働きを称賛した。二人は互いの信頼を確認し、ロリヤ同志はこれまで以上に献身的に働くことを誓った。その後、人民の間ではロリヤ同志の働きぶりが広く語られるようになった。

二人を悩ませた不思議な夢

しかしある日、ロリヤ同志は未来を暗示するような夢を見るようになった。合理主義者である彼は迷信を信じなかったが、同じ夢が何度も続いたため疲労を疑い、ヨセフおじさんに相談した。すると驚くべきことに、ヨセフおじさんも同じ夢を見ていたことが判明した。

国の未来への不安

二人は夢の原因を、国の未来を背負う責任から生まれた不安ではないかと考えた。しかし国内を調査しても問題は見つからず、経済は順調に成長し、人民も勤労精神を取り戻しつつあった。過ちを犯した者でさえ国家の運河建設に参加するなど、社会は安定していると報告されていた。

世界の戦争と連邦の決断

やがてヨセフおじさんは外国の新聞を読み、世界が戦火に包まれていることを知った。自国は平和であっても、世界の人民が苦しんでいる以上、何らかの行動が必要だと考えたのである。ロリヤ同志もまた躊躇する者たちを説得し、世界人民のための行動を決断する方向へと導いた。

対話の失敗と戦争の開始

当初、ヨセフおじさんたちは帝国に対して対話による解決を試みたが、その試みは失敗したと説明された。その結果、連合王国や共和国、そして帝国の圧政に苦しむ人民を救うために戦う決断が下された。

人民の軍隊の誕生

こうして連邦軍は世界人民のために戦う軍隊として戦争に参加した。しかし平和な国家であった連邦の軍隊は戦争経験が乏しく、兵士の中には本来の仕事であるシルドベリアでの木の数え役に回る者も少なくなかった。それでも多くの人民が自発的に軍へ加わり、連邦軍は人民の名のもとに戦うことになったと教科書は結論づけていた。

統一暦一九二六年一月十七日 連邦首都モスコー

軽視されていた男の台頭

ヨセフという男は、かつて仲間たちから取るに足らない存在と見なされていた。軍事的栄光とは無縁であり、過去には失敗によって味方の勝利を妨げたとも言われ、軍人の間では彼がいなければ勝てたはずだとまで評された。だが、その軽視こそが彼にとって好都合であった。彼は誰も望まない事務方の役職に就き、そこで人事権を掌握していった。目立たぬ形で自分の息のかかった人間を重要な位置へ送り込み、周囲には便利な属僚と見せかけながら、誰にも阻まれずに勢力を拡大していったのである。

実務支配による政権掌握

やがて政権の実務を握る人間の多くが彼の送り込んだ者となり、名目上は別の人物が上位に立っていても、実際の権力は彼の手に集まることになった。前任者が死の直前になってその危険性に気付いた時にはすでに手遅れであり、警告は真剣に取り合われなかった。その結果、ヨセフは連邦という大国の権力を掌握するに至った。彼は自らを連邦の正統な指導者と信じ、強大な国家を復活させる使命を担っていると確信していた。

帝国を利用した戦略的思考

ヨセフにとって帝国は、打倒すべき存在であると同時に戦略的に利用できる障害でもあった。連邦が単独で存在すれば、共産主義を憎む諸国が同盟を結ぶ恐れがあるが、帝国という存在があれば彼らは互いの対立に囚われると考えたのである。この計算は連邦軍内部でも一定の理解を得ていた。しかし、その状況にもかかわらず、連邦は突如として帝国との戦争へ踏み込むことになる。

ヨセフを苦しめた奇妙な声

開戦の数ヶ月前から、ヨセフは奇妙な夢に悩まされていた。ある夜、うたた寝から目覚めた彼は、誰かが語りかける声を聞いた。優しげでありながらも不気味さを伴う声は、彼に考えを改めよと訴えかけるように響いていた。ヨセフはそれを粛清への後悔などではないと笑い飛ばした。彼に残っていた人間性は妻の死とともに失われており、政治闘争は殺すか殺されるかの世界であると理解していたからである。

受話器から響いた神罰の宣告

しかしある夜、警備主任を呼ぼうとして受話器を取った瞬間、これまで曖昧だった声がはっきりと聞こえた。声は、問題の原因はヨセフたち自身にあると断じ、死こそが全てを解決すると告げたうえで、ジュガシヴィリに神罰を宣告した。そして西方から使徒が来て東方の蛮族を一掃するという言葉を残したのである。この声は、彼に冷たい恐怖を与えた。

帝国への恐怖と疑念

ヨセフは神など存在しないと自らに言い聞かせたが、同時に西方にある帝国の存在を思い浮かべた。三方向から攻められながら勝利した帝国軍を放置すれば、やがて連邦は単独でその強大な軍事力に対峙することになるかもしれないという考えが頭をよぎった。やがて彼は、誰かが自分を惑わせるための策だと結論づけ、怒りとともにそれを否定した。

続く悪夢と追い詰められる独裁者

その夜、彼は受話器を叩きつけたつもりであったが、実際にはグルジョアワインのグラスを床に落として割っていた。部下には何事もないと取り繕ったが、その後も同じような夢が何度も続くことになった。鋼の神経を持つと自負するヨセフでさえ、この悪夢に次第に追い詰められていった。

恐怖が導いた戦争決断

やがてヨセフは、この脅威を排除しなければならないと考えるようになった。将校の粛清によって軍の指揮層は不足し、農業政策による集団化で農民の不満は高まり、さらに魔導師の粛清を終えたばかりの軍隊は決して万全ではなかった。それでも彼は、自らの不安と恐怖に耐えきれず、不完全な軍隊を帝国という巨大な戦争機械へ向けて動かす決断を下したのである。

解説

フォニーウォー

フォニーウォーとは、公式には戦争状態にあるにもかかわらず、実際には両軍が国境で睨み合うだけで大きな戦闘が起きない状態を指す言葉である。第二次世界大戦初期、ドイツと英仏が戦争状態にありながら地上戦がほとんど発生しなかった状況を表す用語として知られている。極端な例としては、戦争状態が宣言されながら戦闘が起きないまま長期間続いた事例もあり、三百三十五年戦争と呼ばれる戦争では銃弾が一発も撃たれなかったとされている。

リカードの比較優位

リカードの比較優位とは、経済学者デヴィッド・リカードが提示した貿易理論であり、比較生産費説とも呼ばれる。国家や地域がそれぞれ得意な生産分野に特化し、その成果を互いに交換することで、全体として最も効率的な経済活動が実現するという考え方である。貿易理論の基本的概念として広く知られている。

大戦末期のドイツ軍捕虜

第二次世界大戦末期には、多くのドイツ軍将兵が西側へ向かって降伏したとされる。これは、ソビエト軍に降伏した場合に厳しい待遇を受ける可能性が高いと認識されていたためであり、捕虜となる際の選択が兵士の行動に大きく影響していた。

ヒューミントの観点

ヒューミントとは、人間を通じた情報収集、すなわち人的情報収集を意味する言葉である。人との対話やメディアなどを通して情報を得る方法であり、情報機関の基本的な活動の一つである。共産主義思想が魅力的な理想として広く語られていた時代には、共産主義者が各地に存在していたため、思想や人間関係を通じた情報収集や人材勧誘が比較的容易であったとされる。

ヒトは石垣である

戦国武将武田信玄の言葉として知られる思想であり、人こそが城や防御の本質であるという考え方を示している。いかに堅固な城や防壁を築いても、最後にそれを守るのは人であるため、人の結束や信頼こそが防衛の根本であるとされる。対照的に、スターリン型の統治では人材を消耗品のように扱い、政治的忠誠を基準として人を選別する体制が形成されたと皮肉的に説明されている。

無茶口

無茶口将軍とは、日本軍将校牟田口廉也を指した皮肉的な呼称である。彼は第二次世界大戦中のインパール作戦を指揮した人物であり、その作戦は補給軽視や無謀な計画によって日本軍に大きな損害をもたらしたとされる。結果としてインパール戦線は崩壊し、日本軍内部でも強い批判の対象となった。

ジョンブル魂

ジョンブル魂とは、英国人の精神性を象徴する表現であり、戦争やスポーツにおいても冷静で怯まない姿勢を指す言葉として用いられる。英国的な紳士的態度を示す概念として語られることが多いが、同時に食文化などについてはしばしば皮肉交じりに語られることもある。

修正主義者

修正主義者とは、共産主義理論を修正しようとする思想や人物を指す言葉である。正統派の共産主義者からは、理論を改変する反動的行為として批判される場合が多い。しかし科学的な議論では、誤りを修正すること自体が進歩の過程であるとも考えられており、この言葉には政治的な対立を背景とした皮肉が含まれている。

第二章 親善訪問

統一暦一九二六年三月十五日 帝国軍参謀本部 第一会議室

東部戦線の凶報に揺れる参謀本部

帝国軍参謀本部第一会議室は、東部方面で連邦軍との本格的な軍事衝突が発生したという報せによって、怒号と喧騒に包まれていた。かつてライン戦線で共和国軍の奇襲を許した失態を繰り返すまいという決意のもと、参謀本部は前兆の段階から警戒と備えを進めており、今回は無為無策に情勢悪化を見過ごすことはなかった。非番の将校まで総動員され、東部防衛戦闘の統制や兵站維持には一定の成果が出ていたが、それでも流入する情報量は膨大で、参謀本部の処理能力を圧迫していた。

優先順位を徹底した帝国軍の対応

戦場の霧の中で矛盾する報告や問い合わせが殺到する状況に対し、参謀本部は優先順位の低い案件を切り捨てることで対応した。待機中の大陸軍部隊を東部へ急行させるため、戦務と鉄道課は不眠不休で輸送計画を組み替え、兵站担当官らもその場で配送計画を修正した。鉄道課は土壇場での無理な要求にも応じ、内線戦略の要となる迅速な部隊展開を実現してみせた。事前に整備されていたデポや航空便も活用され、参謀本部は想定を超える戦況変化の中でも、全力で前線支援を続けていた。

ターニャから届いた首都襲撃提案

そうした混乱の最中、ゼートゥーア中将は、自ら議事を取り仕切って第二〇三航空魔導大隊のターニャ・フォン・デグレチャフ少佐から送られてきた提案を審議にかけた。その内容は、連邦首都への襲撃計画であった。たかが一個大隊規模の部隊が、現地方面軍を飛び越えて参謀本部に直接指示を仰ぐこと自体が異例であったが、その提案はそれほど重大なものと見なされていた。

レルゲン大佐の支持と戦略的効果の評価

意見を求められたレルゲン大佐は、成功の公算があるならば実行させる価値があると明言した。東部戦線で遅延戦闘を支援するはずの一個大隊が、敵首都直撃によって後方へ衝撃を与えるという発想は常識から外れていたが、リターンは莫大であり、陽動としても完璧に近いと判断したのである。首都防衛のために連邦軍の兵力を抽出させることができれば、主戦線である東部の圧力緩和が期待できるからであった。

実績に裏打ちされた異常な提案

首都襲撃の難易度を疑問視する声も上がったが、レルゲン大佐は、ターニャと第二〇三航空魔導大隊にはダキアでの首都襲撃、ライン戦線での共和国軍司令部襲撃、南方戦線での敵司令部襲撃といった実績があると指摘した。仮に襲撃そのものが失敗しても、敵後方に対応を強いれば陽動として十分であり、むしろ成算よりも政治的に許されるかどうかをターニャが確認してきたのだと見ていた。レルゲン大佐にとって、この提案は無謀な空論ではなく、あの少佐なら実行可能だと感じさせる内容であった。

狂犬のような資質への信頼

ゼートゥーア中将が首都だぞと確認すると、レルゲン大佐は、首輪を嵌めて飼い殺すより噛みつかせた方がよいと答えた。ターニャの攻撃的資質は猟犬どころか狂犬に近いが、野に放てば自ら戦機を嗅ぎつけて獲物に食らいつく能力を持っていると見ていたのである。ド・ルーゴを取り逃がした経験からも、あの少佐の嗅覚を信じる方が結果として有益であると判断していた。

戦果報告への疑念とレルゲン大佐の反論

しかし東部方面軍の連絡官である中佐は、第二〇三航空魔導大隊の戦果報告が現実離れしており、英雄を必要とする本国に都合よく誇張されているのではないかと疑義を呈した。これに対し、レルゲン大佐は、疑うなら東部方面軍から査察官を派遣すればよいと応じたうえで、その役には長距離偵察部隊経験があり、一週間以上敵地浸透任務に従事したことのある魔導将校を充てるべきだと忠告した。実際には、過去に戦果の真偽を確認しようと同道した査察官が、長距離行軍と敵地浸透、そこからの緊急出撃に耐えられず失神し、悲惨な目に遭って帰還した事例があったためである。

常識外れの本物の戦果

レルゲン大佐は、ターニャの戦果報告が派手で比喩的に見えても、実際には水増しではなく本物なのだと理解していた。一歩間違えば全滅するような敵地浸透襲撃を一週間単位で平然とやり遂げ、南方会戦ではほとんど理論上ぎりぎり可能というレベルの完璧な機動で敵司令部を襲撃してみせたのである。その戦いぶりは、まるで全体を俯瞰し尽くしていたかのような正確さであり、優秀というより、どこか箍の外れた狂人じみたものとしてレルゲン大佐に映っていた。

ゼートゥーア中将の最終判断

議論が感情論に傾き始めたところで、ゼートゥーア中将はこれ以上の反論は時間の無駄だとして打ち切り、自身も許可してよいと判断を下した。周囲の将校たちは驚いたが、ゼートゥーア中将は、ターニャが成算もなくこうした提案をしてくるはずがないと見ていた。彼は秘蔵の酒瓶を賭けてもよいとまで言い切り、首都襲撃作戦の実行を認めたのである。

許可電報と連邦への災厄

こうして審議は終わり、レルゲン大佐は敬礼して退室した。そして、今か今かと許可を待っているであろうターニャへ電報を打つため、通信室へ向かった。その胸中には、第二〇三航空魔導大隊が解き放たれることで、連邦に災いが降りかかるだろうという確信があった。

統一暦一九二六年三月十六日 連邦首都モスコー

恐怖の象徴たる内務人民委員部

内務人民委員部は、連邦市民にとって名前を聞くだけで次は自分かと覚悟させる存在であった。党幹部や軍幹部すら例外ではなく、彼らに睨まれて長生きできた者はいないと恐れられていた。集団農業化、粛清、サボタージュ摘発、対外通敵の取り締まりまで、内務人民委員部は怠ることなく任務を遂行し続けており、冤罪を大量に生んでも真犯人を逃がさないという最悪の信条を公然と掲げていた。

ロリヤの平時と変わらぬ執務

その頂点に立つ同志ロリヤは、平凡で冴えない小男にしか見えなかったが、軍人ですら怯える人物であった。彼自身はあくまで職務に励む有能な官僚にすぎないと定義し、シルドベリアの収容所に関する事務手続きを淡々と処理していた。戦争が始まろうとしている状況でも、彼の執務態度は平時と何一つ変わらず、人間を数字として扱い、役割に応じて処理することだけに徹していた。

対帝国開戦による重圧からの解放

もっとも、ロリヤにとって対帝国宣戦布告の決定は、長く自分を苦しめてきた悪夢を晴らす慶事でもあった。いつ帝国に横合いから殴られるか分からないという警戒感は、彼自身が思っていた以上に大きな重圧だったらしく、奇襲攻撃を計画して以来、気分は非常に良好になっていた。その結果、書類決裁も捗り、普段以上に多くの案件を処理できていた。粛清対象の半数をすでに片付けていたこともあり、戦時体制に移行したところで、国内の反動分子には動く余地を与えないという自信を抱いていた。

戦争の最中に求めた私的な息抜き

前線からの報告を待つしかない状況になると、ロリヤは自分の内に高ぶる衝動を自覚した。待つことに耐えられず、息抜きとして市内へ出ることを決めたのである。残務は部下に任せ、帝国関係者と接触のあった人民を徹底的に洗うよう命じたうえで、自分用の車両に乗り込み、市内視察と称して出発した。それは実際には、彼自身の性的嗜好を満たす対象を探す行動であった。

市内巡回と歪んだ視線

モスコー中心部へ進んだロリヤは、検問所や対空防御陣地に多少の煩わしさを覚えながらも、特権的立場ゆえに大きな妨げなく通過した。やがて学生の多い市街地に差しかかると、行き交う女学生たちを獲物を漁るような目で眺め始めた。しかし彼の好みに完全に合う相手は見つからず、後ろ姿に惹かれても実際には成熟しすぎているとして興を削がれていた。理想に近いからこそ不満も大きく、彼は思うような獲物を得られないことに苛立ちを覚えていた。

西方の空に現れた異変

そうして街を流していた最中、ロリヤは西の空に浮かぶ奇妙な影に気付いた。最初は規則違反の飛行物体だと考え、空軍か魔導師の愚か者どもがまた勝手をしているのだろうと怒りを覚えた。モスコー上空は飛行禁止区域であり、軍事パレードなど特別な事情がない限り飛行体の侵入は認められていなかったからである。

連邦軍ではありえない整然たる動き

しかしロリヤはすぐに、その影が連邦軍魔導師であるはずがないことに思い至った。自分自身が魔導師狩りを徹底し、連邦軍の魔導師部隊をガタガタにしていたため、あれほど秩序立った機動ができる部隊など国内には残っていないと知っていたからである。現れた魔導師たちは、一糸乱れぬ見事な対地襲撃隊形を悠然と組み上げていた。その光景は、ロリヤにとって連邦軍では絶対にありえないものだった。

帝国軍襲来の認識

その瞬間、ロリヤは眼前の魔導師たちが連邦軍ではなく、連邦に敵対する外敵の部隊であると理解した。そして消去法の末に、その正体が帝国軍であることに気付いた。連邦首都モスコーの上空に、ありえないはずの帝国軍魔導師部隊が現れたという現実を前に、ロリヤは取り繕う余裕すら失い、帝国軍だ、馬鹿な、ありえんと絶叫するほかなかった。

統一暦一九二六年三月十六日 連邦首都モスコー上空

首都上空侵入成功とターニャの確信

モスコー上空に到達した瞬間、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、自らの賭けが完全に当たったことを悟った。連邦の防空網はほとんど機能しておらず、第二〇三航空魔導大隊は長距離浸透襲撃を成功させたうえ、敵首都上空まで迎撃らしい迎撃も受けずに侵入できていた。ターニャはそれを連邦防空体制の無力さの証明と受け止め、帝国軍を代表しての挨拶と称しながら、愉快げにモスコー市街を見下ろしていた。

防空の脆弱さを嘲る部隊の軽口

ターニャは、かつて大学生でも突破できる防空網だと語った自分の見立てが正しかったことを、副長のヴァイス大尉に改めて示した。ヴァイス大尉もその事実を認めざるを得ず、そこから部隊内では帰還後の酒を巡る軽口が交わされた。グランツ中尉やセレブリャコーフ中尉も加わり、敵地上空とは思えぬほど和やかなやり取りが続いたが、それは部隊が余裕を保ったまま首都上空まで進出できていることの表れでもあった。

対地襲撃隊形への移行

ターニャはレクリエーションの前に仕事を済ませるべきだと告げ、直ちに対地襲撃隊形への移行を命じた。部隊はすぐにコンバットボックスを形成し、整然とモスコー中心部上空へ侵入を開始した。ここまでの進出で遭遇した障害は鳥や雨雲程度であり、魔導師たちの消耗も少なかったため、ターニャは当初の示威飛行だけでなく、より大きな破壊工作まで可能だと判断した。

襲撃目標の拡大と各中隊への命令

当初の計画では首都上空での示威飛行程度を想定していたが、防空の脆弱さを確認したことで、ターニャはより踏み込んだ破壊を決断した。第一中隊には自らが直率して連邦人民宮殿上部の赤い星を爆砕する任務を与えた。第二中隊には広場の醜悪な銅像の破壊と、可能ならミイラの処理を命じた。第三中隊には秘密警察本部が入る高層建物の制圧と破壊を任せ、第四中隊にはクレムリン襲撃を命じた。こうして各中隊は、首都の政治的象徴と権力中枢を狙う形で散開していった。

対空砲火とその無力さ

部隊が散開を始めると、ようやく地上から散発的な対空砲火が上がり始めた。高角砲そのものは脅威であるため警戒は必要だったが、照準は粗雑で、ただ闇雲に撃ち上げているだけに過ぎなかった。セレブリャコーフ中尉は防空陣地そのものを叩く提案をしたが、ターニャは無駄な損害を避けるため、それを却下した。そのうえで、連邦出身であるセレブリャコーフ中尉に対し、コミーへの憎悪を無理に隠す必要はないが、交戦規定に忠実である限り自分が責任を負うと告げ、土地勘を活かして行動するよう期待を示した。

連邦の面子を踏みにじる作戦目的

ターニャは部隊に対し、本作戦の目的は連邦の面子を徹底的に蹴り飛ばすことだと改めて周知した。連邦という国家は虚飾とプロパガンダで成り立っており、その象徴を叩き壊して威信を傷つけることが最も効果的だと考えていたのである。モスコー上空への侵入と首都中心部での破壊は、連邦側に隠蔽や責任転嫁のための無駄な労力を強いることにもつながり、結果として前線への支援を妨げる陽動としても大きな意味を持っていた。

帝国国歌を響かせる挑発

第一中隊が中心部上空を旋回する中、ターニャは帝国国歌を歌わせるという新たな挑発を思いついた。部下たちもそれを歓迎し、音量を増幅する術式まで展開したことで、帝国国歌はモスコー上空に響き渡ることになった。敵首都の頭上で帝国軍が隊列を組み、歌いながら飛行する光景は、連邦の威信を踏みにじる象徴的な行動となっていた。

秘密警察本部炎上の報告

その最中、第三中隊からは秘密警察本部の書類が盛大に燃えているとの報告が入った。シルドベリアがよく見える建物と表現された目標は、書類ごと焼かれており、秘密警察に対する嫌がらせとしてはこれ以上ない戦果であった。ターニャはその報告を聞き、大きな満足を覚えていた。

人民宮殿の崩壊

ターニャは第一中隊を率いて連邦人民宮殿へ接近し、目標を糞の塊と呼びながら爆裂術式を発動した。固定目標相手に外すはずもなく、直撃を受けた高層建築は大きく傾き、そのまま崩壊を始めた。数度の斉射が必要だろうと考えていたターニャにとって、それが一撃で崩れたのは拍子抜けですらあり、共産主義者自慢のコンクリート建築の脆さを嘲笑する結果となった。

クレムリンの異常な堅牢さ

一方で第四中隊からは、クレムリン攻略に手こずっているとの報告が入った。爆裂術式だけでなく、対拠点貫通用の鉄鋼術弾ですら外壁に弾かれており、クレムリンが異常に堅固な防御を持っていることが判明した。ターニャは、これは人民よりもクレムリンにコンクリートを優先配分した結果だと皮肉りつつ、突破に固執する価値は低いと判断し、第四中隊に転進を命じた。

ヨセフ像破壊の達成

その直後、第二中隊からヨセフの銅像を粉砕したとの報告が届いた。部隊員たちは気分爽快だとまで述べており、ターニャもそれを大いに称賛した。クレムリン攻略に多少の難があっても、人民宮殿、秘密警察本部、個人崇拝の銅像といった象徴を次々破壊したことで、首都襲撃としては十分以上の政治的打撃を与えていた。

広場への帝国旗掲揚構想

これらの戦果を踏まえ、ターニャはさらに嫌がらせを徹底するべく、広場に帝国旗を掲げて帰るという構想を打ち出した。連邦首都の中心に帝国の旗が翻れば、その政治的インパクトは絶大であり、首都防衛強化のために連邦が前線から人員と物資を引き抜かざるを得なくなると見込んだからである。これは主戦線援護としても理想的な陽動であり、ゼートゥーア中将も満足するに違いないと確信していた。

映画撮影所への現地徴発命令

しかし部隊は帝国旗を携行していなかったため、ターニャは連邦の映画撮影所から調達する腹案を明かした。反帝国プロパガンダ映画を制作している以上、撮影用の帝国旗や赤旗、さらには撮影機材まで揃っているはずだと考えたのである。セレブリャコーフ中尉はその場所に心当たりがあると答え、ターニャは現地徴発を命じた。もちろん冗談めかして略奪ではなく正規の徴発であると確認させつつ、セレブリャコーフ中尉は数名を率いてモスコー市内へ降下していった。

さらなる破壊と文化交流への意欲

ターニャは、旗と撮影機材が届くまでの間、部隊には適当に廟でも壊しておくよう命じた。そして自らも映画撮影所での文化交流と称しつつ、コミーの機材を使ってコミー自身を辱める映像を作る構想に心を躍らせていた。こうしてモスコー上空での襲撃は、単なる爆撃に留まらず、連邦の象徴と威信を徹底的に踏みにじる心理戦へと発展していった。

統一暦一九二六年三月十六日 連邦モスコー路上

祈りの声と首都の惨状

モスコーの街には、鈴のように響く祈りの声が流れていた。長らく弾圧されてきた信徒が歌うように、天の王を讃え魂の救済を願う祈りが、連邦公用語で響いていた。その声とは対照的に、市街地では帝国軍の襲撃によって惨劇が広がっていた。憲兵や秘密警察の反撃は魔導師大隊の前ではほとんど意味をなさず、連邦という大国の威信は瞬く間に打ち砕かれていた。

首都の象徴が崩れゆく状況

広場には帝国軍の軍靴が踏み込まれ、革命指導者たちの眠る廟は爆破され、クレムリンも陥落寸前の状態に追い込まれていた。子飼いの軍人たちが反撃を試みていたものの、すべて押し潰されていた。対空防御陣地も無秩序に砲弾を撃ち上げるだけで、ほとんど効果を示せていなかった。敵は五十にも満たない魔導師部隊に過ぎなかったが、その少数に首都が翻弄されている現実は、連邦の統治機構にとって致命的な失態であった。

粛清を恐れる連邦軍幹部

この失態が連邦という国家においてどれほど重大な意味を持つかは明らかであった。通常の国家であれば責任問題にとどまるところだが、連邦では粛清が待っている。軍幹部たちは、この事態が知られれば自分たちの首がいくつも飛ぶことを覚悟していた。前線の戦況以上に後方の政治状況を恐れるという反応は、連邦社会に根付いた恐怖の深さを示していた。

ロリヤの視線の先に現れた敵指揮官

ロリヤは空を見上げながら、ゆっくり降下してくる帝国軍を見つめていた。帝国軍の兵士たちは国旗を掲げながら地上へ降り立ち、その先頭には敵指揮官がいた。その姿は遠目には子供にしか見えないほど幼いものだったが、その人物こそが首都を蹂躙している存在であった。ロリヤの眼前で繰り広げられるこの失態は、ヨセフの支配する連邦にとって極めて重大な事件であった。

怒りではなく歓喜を覚えるロリヤ

しかしロリヤの胸に湧き上がった感情は怒りではなかった。彼は空を見上げながら、震える声でその姿を称賛していた。普段は共産主義的な微笑を仮面のように浮かべていた彼の表情は、その瞬間、恍惚に満ちた本心を露わにしていた。彼の視線の先には、凛とした表情を浮かべる幼い敵指揮官の姿があった。

歪んだ恋慕の感情

その姿を見つめるほどに、ロリヤの心は激しく揺さぶられていた。彼はその幼い敵指揮官に強烈な執着を抱き、あれを屈服させたいという欲望に支配されていった。凛とした表情や澄んだ声、戦場の中でも際立つ美しさが、彼の感情をさらに刺激していた。帝国国歌を歌うその声さえも、彼には魅力的なものとして響いていた。

狂気じみた所有欲の誕生

やがてロリヤは、自分が一目惚れをしたのだと理解した。彼にとっては、もはや他の存在は意味を持たなくなっていた。あの幼い敵指揮官こそが理想の対象であり、何としてでも手に入れたいと確信していた。権力への欲望さえも、この衝動に比べれば取るに足らないものに思えた。

手段を選ばぬ決意

ロリヤは、その願望を実現するためには手段を選ばないと決意した。どのような政敵とも妥協し、どのような不穏分子であっても利用し、さらにはシルドベリアに収容した魔導師たちを助命してでも、その幼い敵指揮官を捕らえると考えた。イデオロギーの敵であっても構わないとさえ思い、ただその存在を手に入れることだけを望んでいた。

狂気の恋慕

こうしてロリヤの心は、首都襲撃という国家的危機の中にありながら、ただ一人の存在への執着に完全に支配されていた。彼は胸を高鳴らせながら、必ずあの花を手折ってみせると誓い、その機会を待ち望んでいた。

統一暦一九二六年三月十七日 連合王国ロンディニウム

連邦首都襲撃報に揺れる連合王国首脳部

連合王国の首脳陣は、帝国軍魔導師部隊によるモスコー襲撃の報を受け、他国の不幸を素直に喜ぶことができずにいた。第一海軍卿は通商路防衛の負担ですでに疲弊しており、そこへさらに悪い報せが重なったことで深い消耗を滲ませた。対外戦略局のハーバーグラム少将は、大使館経由で届いた最新記録をもとに、帝国軍魔導師がモスコー上空を旋回し、その後主要政府機関を徹底的に襲撃したと報告した。

示威行動では済まなかった帝国軍襲撃

第一報の段階では、帝国軍の行動は戦果誇示のための示威飛行と見なされていた。しかし情報が集まるにつれ、それが本格的な浸透襲撃であることが明らかになった。秘密警察や革命記念広場は壊滅的被害を受け、広場には帝国の国旗まで立てられたと伝えられた。クレムリンに対しても大規模な攻勢が行われ、陥落寸前に追い込まれたとの未確認情報まで入っていた。市内は混乱状態にあり、詳細な被害状況すら把握できなかったが、少数の帝国軍魔導部隊が首都に甚大な打撃を与えたことだけは確実であった。

連合王国が直面した自国防空への不安

この事件が連合王国首脳部に与えた最大の衝撃は、連邦の失態そのものではなく、自国でも同じことが起こりうるという認識であった。海路からの侵略は艦隊が防げるとしても、空から首都へ侵入されれば意味がない。現行の防空体制は主として爆撃機を想定したものであり、大隊や連隊規模の魔導師部隊が長距離浸透してくるという事態には対応できていなかった。そのため、万が一帝国軍が同規模の襲撃をロンディニウムに対して行った場合、侵入阻止は極めて困難になりかねないと陸軍側は認めざるを得なかった。

防空強化を求める軍と南方戦線を重視する外務省

首相が必要なのは嘆きではなく対策だと促すと、陸軍参謀総長は直ちに本国防衛軍団への戦闘機部隊と魔導師部隊の追加配備を最優先とするべきだと提案した。これに対し外務卿は、南方大陸で戦う自由共和国や内海艦隊から増援要請が来ていると反発したが、陸軍はアレクまで戦略的緩衝地帯がある以上、本土防衛を犠牲にして共和国を守る義理はないと冷淡に応じた。海軍も共和国を完全には見捨てたくない立場ではあったが、本土防衛強化の必要性自体は否定できなかった。

帝国首都への報復襲撃案の検討と断念

議論の流れを変えるため、大蔵卿は逆に連合王国側から帝国首都を同様に襲撃する案を提示した。しかし軍はこれを即座に難しいと退けた。帝国首都には三個大隊規模の魔導部隊が配置されているうえ、教導隊の質も極めて高いと推定されていた。さらに、ライン戦線にはすでに強固な対空警戒線が構築されており、奇襲によって突破することも困難であった。海軍と海兵魔導師を使った案も考えられたが、敵航空優勢下で艦隊を長時間晒す危険が大きく、実行可能性は低いと結論づけられた。

再発の可能性と連邦への長期的打撃

報告によれば、モスコーを襲撃した帝国軍部隊はすでに無事に離脱しており、連邦側の追撃部隊は振り切られるか撃墜された可能性が高かった。この事実は、帝国軍が再び同様の襲撃を行える可能性を意味していた。連邦にとっては、首都再襲撃の危険を防ぐために首都防衛へ忠誠心と能力のある部隊を張り付けざるを得ず、そのぶん主戦線への戦力投入が制限されることになる。さらに、帝国側では首都襲撃成功が大きな戦意高揚につながる一方、連邦側は権威の失墜によって大きく動揺することが予想された。

情報統制の失敗と帝国軍の宣伝効果

情報統制について問われると、ハーバーグラム少将は、もはや隠すだけ無駄だと答えた。モスコーが帝国軍に蹂躙されたという話は、すでにあらゆるパブで話題になっていたからである。帝国軍が首都上空で国歌を歌い、国旗を掲げ、赤旗を焼き、革命の象徴や秘密警察を破壊し、さらには文化交流と称して記録映画まで用意したという噂話が、多彩な形で広まっていた。こうした話は連邦の面子を強烈に損ねるだけでなく、連合王国国民に対しても、自分たちが同じ目に遭うことへの恐怖を喚起していた。

本土防衛優先への方針転換

こうした状況を受け、首相は自由共和国に連絡を取り、事態変化に応じた対応を検討する必要があると判断した。ド・ルーゴ将軍には申し訳ないが、本土防衛が最優先であるのは自明であり、運河防衛さえ維持できるならば、本国へ戦力を転用するのもやむを得ないという結論であった。これは自由共和国の強い反発を招くことが確実であり、その説明に赴く外交官の心労は大きいと見込まれたが、それでも本土を帝国軍の直撃から守ることの方が優先されるべきだと連合王国首脳部は判断したのである。

統一暦一九二六年三月十八日 帝国軍参謀本部

勝利に沸く世論と参謀本部の苦悩

帝国臣民は「モスコーを帝国軍特殊部隊が直撃した」という報に熱狂していた。極右勢力は軍の行動を絶賛し、軍に批判的だった極左さえ沈黙するほどの快挙として称賛された。しかし帝国軍参謀本部の空気はそれとは正反対であり、参謀たちは拳を握りしめ苦渋の表情で頭を抱えていた。国民にとっては歴史的偉業であったが、参謀本部にとっては深刻な問題を引き起こす事態であった。

参謀本部の想定とデグレチャフの行動の乖離

参謀本部がデグレチャフ少佐の攻撃許可申請を承認した際、彼らが想定していたのは首都周辺への示威行動や威圧的な陽動であった。首都侵入すら成功するか疑問視する参謀も多く、せいぜい示威飛行程度だろうという認識であった。しかし実際のデグレチャフ少佐は首都へ侵入し、政治中枢や秘密警察本部、革命の象徴施設を破壊し、帝国旗を掲げ国歌を斉唱するという徹底的な襲撃を敢行していた。さらに赤旗を燃やす場面を映像に収めるため、わざわざ撮影用に燃やし直すなど、宣伝効果まで計算した行動を取っていた。

戦術的成功と戦略的失敗

ゼートゥーア中将は、この作戦が軍事的には間違いなく大功であると認めた。敵国首都を直撃し帝国旗を掲げた以上、参加部隊には最高級の勲功が与えられるべきであった。しかし同時に第二〇三航空魔導大隊は明らかにやりすぎたと評価されていた。彼らは極めて有能である一方、深刻な政治的問題を引き起こす存在でもあった。

講和交渉の完全な破綻

この襲撃によって、参謀本部が密かに模索していた連邦との講和の可能性は完全に消滅した。中立国を通じた接触すら困難となり、外務省も交渉の見込みがほとんどないと判断していた。帝国臣民は喝采を送っていたが、参謀たちにとってその歓声は講和の道を閉ざす騒音に過ぎなかった。連邦の面子を踏みにじった以上、交渉は事実上不可能となっていた。

連邦の本格参戦という新たな危機

戦術的には主戦線の圧力を軽減する効果が期待できたが、戦略的には連邦の本格的参戦を招く危険があった。面子を重んじる連邦は、この屈辱を受けて徹底抗戦に踏み切る可能性が高い。帝国は共和国残党や連合王国と戦っている状況に加え、連邦との第二戦線を抱える危険性すら生じていた。

情報網の崩壊

さらに深刻だったのは、連邦国内で築いてきた親帝国派の影響力が今回の襲撃によって壊滅したことであった。融和派は一掃され、情報収集活動にも重大な支障が出始めていた。これにより帝国は連邦内部の情勢を把握する手段すら失いつつあった。

連邦侵攻の不可能性

参謀たちは、仮に連邦を軍事的に叩くとしても現実的な方法が存在しないことを理解していた。連邦の広大な国土は兵站上の悪夢であり、反帝国感情に満ちた住民が各地に存在している。侵攻すれば補給線の維持だけで帝国軍が壊滅しかねなかった。参謀本部はこれまで連邦を刺激しないよう各方面軍に自制を求めてきたが、その努力はすべて無意味となった。

後戻りできない戦争

参謀たちは、もはや状況が取り返しのつかない段階に進んだことを認めざるを得なかった。帝国は小さな勝利の代償として巨大な戦争を招いたのである。結局、東部戦線で包囲殲滅戦を繰り返し敵を消耗させる以外に現実的な戦略は存在しないと判断された。

大戦争の拡大

レルゲン大佐は、デグレチャフ少佐が帰還したら厳しく責任を追及すると心に誓いながら、自らの作戦案が採択されるのを見守っていた。しかしその決断は、戦争をさらに拡大させるものでもあった。帝国は自らの手で大戦争の第二幕を開いてしまったのである。

解説

ドゥーリットル

ドゥーリットルとは、第二次世界大戦中にアメリカ軍が実行した「ドゥーリットル空襲」を指す言葉である。1942年、アメリカ軍は空母から発艦した陸上爆撃機によって日本本土、特に東京を爆撃した。この作戦はジェームズ・ドゥーリットル中佐が指揮したことから、その名で呼ばれている。

この作戦の最大の特徴は、本来は陸上基地から運用される中型爆撃機(B-25ミッチェル)を空母から発艦させた点である。通常、空母から運用されるのは艦上機であり、陸上爆撃機を発艦させることは極めて異例であった。そのため、この作戦は大胆な発想と高い操縦技術を要する試みとして知られている。

軍事的な被害そのものは限定的であったが、日本本土が直接攻撃されたという心理的衝撃は大きく、アメリカ側の士気を大きく高める効果をもたらした。また、日本側にも本土防衛の強化を迫る要因となり、戦略的にも一定の影響を与えた作戦であった。

『幼女戦記』の文脈では、敵国首都を少数部隊で奇襲する象徴的な例として、このドゥーリットル空襲が引き合いに出されている。すなわち、実際の破壊よりも心理的・政治的な衝撃を与える目的の奇襲作戦という意味合いで用いられている。

第三章 完璧な勝利

統一暦一九二六年三月二十五日 参謀本部作戦会議室

東部戦線で露呈した連邦軍の圧倒的物量

連邦との戦闘開始から十日が経過し、帝国軍参謀本部作戦会議室では東部戦線の地図に書き込まれた修正線が、帝国軍の防衛線が徐々に押し下げられている現実を示していた。参謀本部も連邦軍の第一撃による後退自体は織り込み済みであり、対応策も用意していたが、実際に現れた敵兵力は想定を大きく上回っていた。ルーデルドルフ中将は、やはり東部へさらに兵力を集中させるべきだったと認めざるを得ず、東部方面軍もすでに戦略予備を吐き出したうえで悲鳴を上げていた。

予想を超えた連邦軍戦力の判明

ゼートゥーア中将が軍事情報部門の最新分析を示したことで、連邦軍の規模はさらに深刻なものとして共有された。東部正面にはおよそ百五十個師団、さらにダキアへ向かう別働隊として二十五個師団程度が確認されており、事前想定の最大百二十個師団を大きく超えていた。しかもこれは本格動員前の数字であり、連邦がなお兵力拡張の余地を残している可能性すらあった。帝国軍が警戒していた「膨大な国力を背景にした物量」が、現実に眼前へ押し寄せていることが明らかになったのである。

帝国軍の動員限界と兵力不足

これに対し帝国軍側は、東部方面軍六十個師団に加え、旧協商連合方面から五個師団、本国即応予備から三個機甲師団と三個歩兵師団を投入していたが、それでも数では半分にも届かなかった。さらに悪いことに、ルーデルドルフ中将が百個師団規模の大陸軍動員を見込んでいた一方で、ゼートゥーア中将は現実には六十個師団程度しか実働として動かせないと告げた。追加三十個師団は二週間ほどで用意できる見込みがあったものの、それ以上は将校・下士官の不足と装備不足のため不可能であり、火砲や機関銃の装備率も貧弱で、額面通りの戦闘力には到底ならなかった。

ダキア方面戦力転用案の浮上

この兵力不足を受け、ゼートゥーア中将はダキア方面への増援部隊から重装備の二、三個師団を東部へ転用する案を提示した。ルーデルドルフ中将も、進駐中の十四個師団でダキアを何とかしのがせるなら本土防衛上の損失は限定的だとして基本的に同意した。ただし問題は、ダキアでいかなる戦い方を取るかに移っていった。

A・B・C三集団への認識と各個撃破方針

参謀本部は、連邦軍の侵攻を大きく三つの集団として整理していた。北部ノルデンへ向かうA集団、東部国境を突破して本国中枢を狙うB集団、そしてダキア方面へ進むC集団である。中でもB集団は約百個師団規模であり、他二集団を合わせたよりも多い主力であった。ルーデルドルフ中将は、この三集団を内線戦略に基づいて順次各個撃破する方針を示し、まずA集団、続いてB集団を大陸軍で叩き、C集団も可能ならばダキア方面で処理したいと考えていた。

戦務と作戦の対立

しかしゼートゥーア中将は、ダキア方面では鉄道や輸送網が未整備であり、機動戦を行うだけの兵站的基盤が存在しないと指摘した。ライン戦線や共和国攻略で馬匹を酷使した結果、ダキアで機動戦を支える輸送力は著しく不足していたのである。そのため彼は、ダキアでは無理に攻勢へ転じず、塹壕戦と焦土化を前提にした遅滞戦闘、消耗抑制、戦線保持を現実的な唯一の選択肢と位置付けた。これに対しルーデルドルフ中将は、内線戦略の肝は戦力を柔軟に移動させることにあり、ダキアへ兵力を拘束し続けるのは無駄であるとして強く反対した。

航空戦力運用をめぐる平行線

両者の対立は、航空戦力をどう使うかという問題でも鮮明になった。ゼートゥーア中将は、ダキア方面で焦土戦を実施するには爆撃機とその護衛戦力が必要であり、航空戦力は敵進撃を妨害するためにも有効だと主張した。一方、ルーデルドルフ中将は、航空戦力は東部正面へ集中し、防空と制空権確保、B集団拘束に用いるべきだと考えた。両者ともそれぞれ合理的な根拠を持っていたため、議論は平行線をたどった。

本土防衛と政治的制約

さらにルーデルドルフ中将は、軍事的合理性だけではなく政治的事情も無視できないと語った。ライン戦線での失態以来、帝国では「再び先に殴られる」ことを政治的に許容できない空気が形成されており、東部から逃れてきた避難民の悲惨な噂が宮中や政府高官にも届いていた。その結果、軍は民草を守れない無能と見なされかねず、政治介入を招く前に軍事的に成果を示す必要があるとルーデルドルフ中将は判断していた。ゼートゥーア中将は、本来軍人が政治判断をすべきではないと返したが、政治が軍事を縛りつつある現実そのものは否定できなかった。

第二〇三航空魔導大隊への風当たり

その流れの中で、ルーデルドルフ中将はゼートゥーア中将に対し、第二〇三航空魔導大隊はモスコーでやりすぎたという評価が政府内部で出始めていると伝えた。ゼートゥーア中将は当初それを、過激な行動を取る有能な魔導将校に対する当然の誤解程度に受け止めていた。しかし彼は同時に、デグレチャフ少佐を本質的に極めて有能な魔導将校であり、政治を理解したうえで合理的に軍事力を行使できる、参謀将校の理想形に近い存在だと高く評価していた。あと十歳年を取っていれば、今すぐ戦務で課長職を用意したいほどだと本気で考えていたのである。

第二〇三航空魔導大隊の再投入

ルーデルドルフ中将はその評価を踏まえつつ、東部方面で機動遊撃任務の先鋒として第二〇三航空魔導大隊を用いたいと提案した。東部方面軍には現地に詳しい部隊がいるものの、突発事態への対応力や実戦経験に不安が残るため、全方面での実戦経験を積んだ第二〇三航空魔導大隊の方が使い勝手が良いと判断したのである。ゼートゥーア中将もそれを受け入れ、結局この大隊は再び戦力として引き抜かれることになった。

兵站の限界を踏まえた最終確認

もっともゼートゥーア中将は最後まで兵站上の制約を警告し続けた。ダキア方面では航空優勢を失えば兵站デポが脆弱な目標となり、第二〇三航空魔導大隊がモスコーで示したように、敵もまた兵站線の急所を突いてくる可能性があるからである。帝国軍の兵站は国内の鉄道網に過度に依存しており、ダキアではその基盤が存在しない以上、無理には限界があった。それでもルーデルドルフ中将は、もはや政治的にも帝国には殴られ続ける余裕がないとし、前線で敵を叩き返すことを優先せざるを得ないと断言した。

決着と次の作戦準備

激しい応酬の末、ゼートゥーア中将も最終的には協力を約束し、ルーデルドルフ中将もA集団とB集団を順次叩く作戦案をすでに用意済みだと明かした。両者は立場の違いから鋭く対立しながらも、最終的には互いの力量と責任感を信頼していた。こうして東部戦線の大規模迎撃作戦は、兵站の限界と政治的圧力を抱えたまま、それでも実行へ向けて本格的に動き出すことになった。最後にゼートゥーア中将は、無理を強いられる鉄道課への菓子折りを忘れるなと皮肉交じりに付け加え、次なる戦いの準備へと意識を向けた。

統一暦一九二六年三月二十六日 帝国軍東部方面軍第二十一仮設基地

凱旋直後の祝勝と束の間の休息

モスコー襲撃以来、約十日間にわたり遊撃戦をそつなくこなした第二〇三航空魔導大隊は、友軍支配地域へ意気揚々と帰還した。基地では後方要員や基地司令官まで加わって盛大な祝勝会が開かれ、将兵たちは秘蔵の酒を差し入れられて狂喜した。さらに、普段は厳格に軍規を守らせるターニャが、今日は羽目を外してよいと黙認したことで、部隊全体は大いに気勢を上げた。

ターニャ退室後の放埒と突然の叩き起こし

乾杯の音頭を取ったターニャは、急な不予と称して早々に退室し、軍務以外で起こすなと言い残して姿を消した。そのため将兵たちは、指揮官の健康まで祝して次々と酒瓶を空け、幸せな眠りにつくはずだった。しかしその平穏は半日も続かなかった。可愛らしくも恐ろしいターニャの声とラッパによって総員が叩き起こされ、第二〇三航空魔導大隊は一転して戦闘態勢へ移行することとなった。

祝勝会明けの混乱と厳格な再編成

ヴァイス大尉とセレブリャコーフ中尉が真っ先に飛び起きて司令部へ駆け付ける一方、グランツ中尉はまだ酒気の残る状態で現れたため、ターニャに激しく叱責された。ターニャは十五分後にブリーフィングを行うと告げ、グランツ中尉には総員の叩き起こしを命じた。同時にセレブリャコーフ中尉には東部方面軍から関係資料を受け取るよう指示し、急速に部隊の再編を進めた。

東部戦線の悪化と連邦軍物量への認識

司令部では、ターニャとヴァイス大尉が東部方面の戦況資料をもとに状況を確認していた。東部戦線は遅滞防御からの反撃を前提に後退戦へ移っていたが、問題はその後退速度と規模であった。帝国と連邦の師団比は一対二に開いており、連邦軍は想像以上の物量をもって押し寄せていた。ヴァイス大尉は、連邦軍の整備状況が想定よりも良好であると危惧したが、ターニャは、戦争に国内政治を持ち込んだ軍に勝ち目はないとして、連邦軍を両手両足を縛られた巨人に喩え、その構造的欠陥を突けばよいと喝破した。

ティゲンホーフ救援要請と参謀本部命令の板挟み

そこへセレブリャコーフ中尉が血相を変えて戻り、東部方面軍第三師団と第三十二師団がティゲンホーフ市で包囲され、解囲のための打通を求めていると報告した。さらに同時に、参謀本部からは第二〇三航空魔導大隊に対し、直ちに長距離進発態勢を整え機動遊撃戦に備えよとの命令が届いた。ターニャは、友軍救援を口実に機動遊撃任務を回避できるかと一瞬考えたが、参謀本部が全軍的利益を優先している以上、それは通用しないと見切った。

ティゲンホーフの戦略的重要性への着目

それでもターニャは、ティゲンホーフの位置が面白いと判断した。海に近く、防御に適した川沿いの都市であり、交通の要衝にも近いその立地は、単なる孤立都市ではなく、今後の機動遊撃戦における前進拠点たり得ると見たのである。ヴァイス大尉は重囲下にある以上救援は困難と指摘したが、ターニャは、なお陥落していないこと自体に意味があると捉えた。

航空写真から導いた敵重砲不在の判断

セレブリャコーフ中尉が東部軍から受け取ってきた航空写真と詳報をもとに、ターニャはティゲンホーフ周辺の状況を精査した。そこで彼女は、敵重砲が進出していないと判断した。根拠は、航空偵察で重砲の存在が確認されておらず、友軍が重砲射撃を受けた報告もなかったことである。セレブリャコーフ中尉は列車砲の脅威を指摘したが、ターニャは、間接射撃には観測要員との緊密な連携が不可欠であり、その観測魔導師の存在が前線で確認されていない以上、敵重砲は深刻な脅威たり得ないと論じた。ライン戦線での経験から、砲兵は観測なくして効力射を出せないことを踏まえた判断であった。

救援と機動遊撃任務の両立という決断

こうしてターニャは、ティゲンホーフ救援は参謀本部の意図する機動遊撃戦にも資すると判断し、本国へ申請を出すことを決めた。孤立した二個師団は、敵後方線を襲うための飛び石にもなりうるため、救援と今後の作戦は矛盾しないという結論であった。ヴァイス大尉とセレブリャコーフ中尉もこの判断に賛同し、部隊としての意思統一も保たれていた。ターニャは救援を自由主義陣営の義務と位置づけ、自らが助けられる位置にいる以上、手を貸すのは当然だと腹を括った。

医療物資の手配と人助けという意識

ターニャはセレブリャコーフ中尉に対し、医療物資を可能な限り部隊に持たせ、必要なら空中投下できるよう落下傘まで付けるよう命じた。最前線で本当に必要なのは酒や煙草ではなく医薬品だろうと考えたためである。その一方で、ヴァイス大尉は大隊公庫に南方土産の酒があることを明かし、さらにそれがセレブリャコーフ中尉のポーカーの戦利品であることが判明した。ターニャはその件を棚上げしつつも、いずれ話をつけねばならないと内心で記した。

参謀本部の承認と出撃準備

ティゲンホーフ救援案は速やかに参謀本部の承認を受けた。東部方面軍も武器弾薬の手配に協力し、セレブリャコーフ中尉が準備を整え、グランツ中尉らは現地資料を東部軍参謀から学んだ。ターニャは、希望の宅配に赴くのだと一言で作戦説明を終えたが、その言葉に部隊は大いに奮起し、誰一人として補給物資輸送に不満を漏らさなかった。さらに東部方面軍の参謀たちは、非公式な私物扱いとして酒瓶や煙草も前線の友軍に届けてほしいと持ち込み、第二〇三航空魔導大隊は医薬品とともにそれらも担いで出撃することとなった。

ティゲンホーフへの進発と奇襲成功

第二〇三航空魔導大隊は、遭遇戦を前提とした戦闘隊形を維持したまま全速で敵支配地域へ侵攻した。これはライン戦線や南方大陸で鍛えた捜索撃滅戦の本領を発揮する場であり、部隊はその力を遺憾なく示した。結果として、彼らは完璧な時宜で包囲中の連邦軍部隊の側面を強襲することに成功した。ターニャの号令のもと爆裂術式と光学狙撃術式が容赦なく降り注ぎ、連邦軍の指揮官と思しき将校が次々に排除され、敵は組織的抵抗能力を失って瓦解していった。

友軍との打通と合流

その隙を突いて、包囲されていた友軍魔導師たちも即応して飛び出し、連邦軍の頭上へ術式を降らせた。ターニャはこれを好機と見て、友軍に呼応しつつ突破口へ火力を集中し、打通を果たした。第二〇三航空魔導大隊と包囲下の友軍部隊は容易に合流し、作戦は見事に成功した。これは双方が熟練した帝国軍将校として機敏に意図を汲み取り合えたからこそ可能となったものであった。

ホーフェン少佐との邂逅と敬意の交換

合流後、ターニャは第三師団所属第二十三魔導大隊のホーフェン少佐と挨拶を交わした。ホーフェン少佐は、よくぞ来てくれたと心から感謝し、九死に一生を得た思いだと述べた。ターニャもまた、遅参を詫びつつ、重囲下でなお持ちこたえた友軍の健闘を称えた。ホーフェン少佐は、作戦が一段落したら部下に酒を奢ると約し、ターニャは参謀らに託されていた酒瓶と煙草を差し出して応えた。二人は互いに機知と配慮に富む相手だと認め合い、敬礼を交わして別れた。

戦場伝説の実在に驚くホーフェン少佐

ターニャが部隊を率いてさらに戦場奥へ去った後、ホーフェン少佐は苦笑しながら、参謀本部に年齢不詳の将校がいるという戦場伝説が本当だったのかと呟いた。部下は冗談だと思ったが、ホーフェン少佐は、先ほど会ったデグレチャフ少佐が自分の娘と同じくらいに見えたと真顔で語った。常識ではあり得ない話だが、彼はそれを自分の目で確かに見たのだと認めるしかなかった。そしてその驚きも束の間、敵が体勢を立て直す前に蹴散らすべきだとして、再び仕事へと戻っていった。

統一曆一九二六年三月二十八日 帝国軍参謀本部作戦会議室

ティゲンホーフ打通成功の報告

帝国軍参謀本部には、第二〇三航空魔導大隊からなる先遣部隊がティゲンホーフに到達し、第三師団と第三十二師団への打通に成功したとの報がもたらされた。全滅も覚悟されていた両師団が救われる見込みとなったことで、参謀たちは深く安堵した。さらに敵重砲が確認されておらず、接敵した敵戦力も少数の機械化部隊を除けば標準的な歩兵装備にとどまっていたため、ルーデルドルフ中将は勝機が明確になったと判断した。

ティゲンホーフ救援がもたらした戦局の転換

ルーデルドルフ中将は、ティゲンホーフ救援の成功によって、連邦軍の補給線に対する脅威が生まれたことを高く評価した。包囲された都市も他部隊との連結さえ果たせば反攻の拠点となり得るため、戦域の広い東部においては極めて重要な意味を持っていた。第二〇三航空魔導大隊の行動は、単なる救援ではなく、今後の作戦全体を有利に進める一手として参謀本部に受け止められていた。

勝ち戦を前にした参謀本部の余裕と重圧

敵重砲が不在であり、砲弾もゼートゥーア中将の手配によって潤沢に確保され、鉄道線も帝国側が自由に使える状況にあったため、ルーデルドルフ中将はむしろ勝利後の処理の方が面倒になると語った。帝国軍参謀本部は、事前に用意していた内線機動による防衛戦計画を現実に移す段階へ入っており、戦局は優位に傾きつつあった。しかし、参謀将校として机上で結果を待つ立場には独特の重圧があり、ルーデルドルフ中将は前線の将兵と共にある方が気楽だと漏らした。

火力と航空優勢を活かした反撃構想

参謀たちは、ティゲンホーフ方面では友軍が重砲支援を受けられるうえ、航空優勢も帝国側にあることから、必要ならば同方面から増援を借りて敵を挟撃する選択肢もあると指摘した。彼我の火力差は明瞭であり、空と砲兵を押さえたうえで敵を各個に叩けば、圧倒的な物量差にも対抗できると見ていた。ただし、連邦軍が分散進撃しつつあることや、一部に偽装の可能性を感じさせる奇妙な動きがあることから、油断は許されなかった。

連邦軍作戦計画の手堅さと不自然さ

ルーデルドルフ中将は、連邦軍の進軍ルート自体は精緻で手堅く、奇襲と大規模侵攻の組み合わせとして厄介なものだと認めた。その一方で、連邦軍の錬度や実情を考慮していないかのようなちぐはぐさも感じ取っていた。計画そのものは一流の知性によって立案されたように見えるのに、自軍の現実に即していない印象があり、それが奇妙だったのである。もっとも、その背景を突き詰めるのは自分の役割ではないと考え、ルーデルドルフ中将は再び作戦面へ思考を戻した。

都市が持つ抵抗拠点としての価値

ルーデルドルフ中将は、都市が抵抗拠点として予想以上に有効であることを改めて認識していた。帝国軍はアレーヌを除けば本格的な市街戦経験に乏しく、敵も同様ではあったが、連邦軍が国際条約を無視して最初から市街地を攻撃対象に含めてきたことは厄介であった。都市戦の現実が、東部戦線の難しさを一段と増していたのである。

国際法の不在が意味するもの

さらに参謀の一人が、連邦軍は陸戦法規に調印していないと伝えると、ルーデルドルフ中将はそれが極めて厄介だと受け止めた。帝国と連邦の戦いには、国際法上明確に適用される共通の制限がなく、戦務からは念のため国際法を準用せよと通達されているものの、相互主義が通じる相手かどうかは疑わしかった。捕虜の扱いを含め、この戦争には守るべき共通ルールが存在しないに等しく、連邦の共産党に進歩的な振る舞いを期待するのは愚かだとルーデルドルフ中将は見なしていた。連邦を相手にした東部戦争は、最初から極めて苛烈で無制限な性質を帯びていると参謀本部は理解していた。

統一曆一九二六年三月二十八日 主攻集団司令部

主攻集団司令部に広がる緊張

連邦軍が主攻集団と呼ぶB集団は、開戦以来ひたすら帝国領内へ前進を続けていた。帝国軍の遅滞戦闘を物量で押し切り、損害を厭わず進撃しているにもかかわらず、司令部に集う将軍や参謀たちの表情には高揚がなかった。むしろ、彼らは進めば進むほど渋面を深めており、作戦会議の場にも奇妙な緊張が漂っていた。

戦局報告をめぐる探り合い

会議では、前進は継続しており、必要ならば将兵は革命のために挺身できるといった体裁の良い報告が続けられた。だが、それが現状を正確に語っていないことを、軍人も政治将校も互いに理解していた。誰も露骨には言わないまま、遠回しな言葉で相手に現実を先に口にさせようと探り合い、気まずい空気が広がった。休憩を提案する声が出ると、全員が救われたように立ち上がり、ようやく本音混じりの小声の会話を交わし始めた。

前線の実態と誇張された報告

連邦側の後方へ送られている報告は、帝国軍の士気が瓦解し、連邦軍が頑強な抵抗を排除しながら順調に前進しているという趣旨に変質していた。しかし前線の実態はそれとは大きく異なっていた。帝国軍は予想以上に動きが速く、すでに大陸軍増援到着の兆候まで見え始めていた。将校たちは、帝国軍が敗走しているのではなく、後退によってこちらを誘い込んでいるのではないかという疑念を強めていた。

航空戦と魔導戦力不足への不満

連邦軍将校たちは、航空戦で優位を取れないことも深刻に受け止めていた。限られた魔導部隊は別方面へ転用され、前線での支援は不足していた。政治将校たちは、魔導部隊は砲兵より火力に劣り、航空機より遅く、歩兵より少ないから恐れるに足らないといった理屈を以前に語っていたが、実際には帝国軍魔導部隊が後方で暴れ回り、補給事情を崩壊寸前まで追い込んでいた。その現実を前に、前線指揮官たちは強い苛立ちを抱いていた。

異議申し立ての危険と沈黙の連鎖

数少ない魔導部隊を前線に戻すよう進言した政治将校チョバルコフは、本国へ事情聴取の名目で連行されていた。その事実は、現実を口にした者が潰されるという連邦軍の構造を、軍人にも政治将校にも改めて思い知らせていた。誰もが、進軍停止や態勢立て直しが必要だと感じながら、それを最初に言い出せば党から反逆者と見なされることを恐れていた。将軍たちは政治将校に先に言わせたいと思い、政治将校たちは今度は軍人に責任を負わせたいと思っていた。

帝国軍の後退に潜む意図への認識

軍人も政治将校も、地図を見れば帝国軍の意図が透けて見えると理解していた。連邦軍が殺到している中央部はあえて空けられ、左右端の帝国軍防衛線は異様に強固に抵抗していた。一時は包囲したはずのティゲンホーフにも新手の魔導部隊が到着しており、今ではむしろこちらが帝国軍の包囲網へ突っ込んでいるような悪寒さえあった。軍人たちは今すぐ停止して防備を立て直したいと考えていたが、モスコーに睨まれることを恐れ、その判断を口に出せなかった。

政治将校側の焦りと保身

政治将校らもまた現状を正確に把握していた。前線を視察すれば、帝国軍が瓦解しているのではなく、こちらを誘い込むために秩序立って退いていることは一目瞭然だった。だが、モスコーが帝国軍魔導部隊に蹂躙された直後であり、党幹部たちは責任を負わせる生贄を求めているはずだと彼らも理解していた。そのため、政治将校たちもまた自分から敗勢を報告したくはなく、将軍たちに先に口火を切らせようとしていた。

ティゲンホーフに見出した打開策

追い詰められた彼らが見つけた唯一の活路は、ティゲンホーフに展開している帝国軍部隊の所属であった。そこにいるのは、モスコーを直撃して連邦と党の面子を徹底的に粉砕した、あの参謀本部直属の帝国軍魔導部隊だという報告が上がっていたのである。この情報を得た政治将校たちは、ティゲンホーフへの攻撃を提案することで、包囲の危機を遠ざけると同時に、自分たちが軍に必要な行動を取っているという言い訳に使えると判断した。こうして主攻集団司令部は、戦局の立て直しではなく、まず責任回避のための行動方針を見出したのであった。

同日 ティゲンホーフ市内

夜半の急報とターニャの覚醒

ティゲンホーフで民家を宿舎としていたターニャは、同じ家で寝起きしていたセレブリャコーフ中尉に叩き起こされた。連邦軍に大きな動きがあり、航空偵察によれば最低でも八個師団以上が攻勢に出ているという報告であった。四倍規模の敵が二個師団しかないティゲンホーフへ押し寄せる状況に、ターニャは敵の機動が想定以上に迅速であることを悟り、情報漏洩か、あるいは帝国側の意図を読んだ対応かと考えた。

友軍防衛と即応準備の指示

事態の重大さを理解したターニャは、冷めた珈琲を飲み下しつつ即座に行動へ移った。ヴァイス大尉には大隊の指揮を委ね、即時出撃の準備を整えたうえで、都市防衛を念頭に防空戦闘へ備えるよう命じた。必要と判断すれば自分の指示を待たずに迎撃してよいが、進出は邀撃にとどめ、大隊の無駄な損耗は避けるよう厳命した。自らは第三師団と第三十二師団の合同司令部へ赴き、師団長たちの方針を確認することにした。

ティゲンホーフ防衛の厳しい現実

合同司令部でターニャが目にしたのは、敵歩兵師団による大規模攻勢の兆候であった。連邦軍は重装備の進出を待たず、軽装備中心の部隊で市街地へ殴り込む構えを見せていた。一方、防衛側は後退中だった二個師団しかおらず、しかもそれらは医薬品の補給すらターニャたちの搬送に依存するほど疲弊していた。市街地と残留市民を守りながら、国際法すら当てにならない連邦軍を相手に防衛戦を行うという、極めて過酷な状況であった。

都市防衛を兼ねた前進遅滞戦闘の決定

帰還したターニャは、ヴァイス大尉、セレブリャコーフ中尉、グランツ中尉に対し、都市防衛のため大隊を前進させ、ティゲンホーフ郊外で遅滞戦闘を行う方針を説明した。参謀本部からは機動遊撃戦の前衛を命じられていたが、拠点そのものが失われる寸前である以上、迎撃せざるを得ないと判断したのである。また、敵の予備兵力がここに出てきたとも解釈できる以上、しのぎ切れば後のない連邦軍を料理するだけだと語り、部下たちの士気を保とうとした。

冗談交じりの鼓舞と出撃

グランツ中尉が厳しい局面を憂え、ヴァイス大尉とセレブリャコーフ中尉がそれをからかうようにやり取りする中、ターニャは適度な笑いが部隊の緊張を和らげていることを歓迎した。そして、いつものように敵の嫌がることを積極的にやろうと呼びかけ、自分は良い子だから人の嫌がることを率先してやると冗談めかしながら、第二〇三航空魔導大隊を率いて前進した。

敵前衛との接触と不可解な静けさ

やがて大隊は前進中の連邦軍前衛らしき部隊を視認したが、ターニャはここで大きな違和感に直面した。敵航空戦力や魔導部隊の反応が一切感知されなかったのである。敵正面に威力偵察として出てきている以上、本来なら航空・魔導戦力による迎撃があって当然であり、連邦軍のような列強の軍がそれを欠くとは考えにくかった。伏撃を疑いつつも、ターニャは中隊相互の支援と対空警戒を徹底したまま、対地襲撃を行う方針を維持した。

第一次対地襲撃と慎重な離脱

ターニャは自ら中隊を率いて降下し、統制を保つ敵部隊の中心に爆裂術式を叩き込んだ。続く部隊の術式も模範的な密度で地上へ降り注ぎ、連邦軍はあっさり粉砕された。だが、部下たちが再攻撃による戦果拡張を求めたにもかかわらず、ターニャはこれを却下した。目的は敵地上軍の殲滅ではなく、敵航空・魔導戦力の誘引と撃滅であり、共産主義者が囮部隊でこちらを引きつけている可能性もあると判断したためである。

連続する地上襲撃と不在の敵航空戦力

その後も第二〇三航空魔導大隊は、連邦軍の進撃路に沿って何度も対地襲撃を繰り返した。新たな敵師団を発見しては叩き、これを合計八個師団に達するまで続けたが、それでもなお敵航空・魔導戦力との接触はなかった。地上には雲霞のごとき敵兵があふれていたが、空は異様なまでに静かであり、ターニャは連邦軍が何を考えているのか理解できず、むしろその不気味さに頭を悩ませた。

疲労の限界と撤収判断

八度目の襲撃を終えた時点で、セレブリャコーフ中尉は珍しく素直に疲労を認めた。大隊は長時間にわたり対地襲撃と再集結を繰り返し、術弾や宝珠による攻撃手段を騙し騙し使いながら戦闘を継続してきたが、弾薬も体力も危険域に達していた。ターニャは敵戦力が八個師団以上であることを再確認しつつも、これ以上の無理は精鋭を無意味に消耗させるだけだと判断し、ティゲンホーフへ戻って補給と休養を受ける方針を決めた。

敵航空戦力不在の理由への気付き

離脱を決める直前、セレブリャコーフ中尉は、ここまで徹底して放置されている以上、ひょっとすると連邦軍の航空・魔導戦力はこの戦域に存在しないのではないかと述べた。ターニャは当初、攻勢に出ている連邦軍が航空戦力を欠くなどあり得ないと退けかけたが、友軍航空艦隊が東部方面で連邦軍航空戦力と交戦中であることを思い返し、セレブリャコーフ中尉の推論を認めざるを得なかった。もしそうであれば、自分たちは敵戦力不在のまま、最適な好機を十分に活かし切れなかったことになる。

撤収命令と内心の動揺

ターニャは大隊の離脱を命じ、ティゲンホーフに補給と休養を要請するとともに、地上襲撃任務を友軍魔導部隊へ一任するよう指示した。その際、ホーフェン少佐からの奢り酒は辞退すると伝えるよう求めた。そこでアルコールを惜しむグランツ中尉の様子を見て、ターニャは一瞬、他人の飲酒習慣に対し、健康や道徳の観点から干渉しかけた自分に気付く。自由を重んじるはずの自分が、道徳という曖昧な基準で他人の自由へ口を挟もうとしたことに、ターニャはひどく驚愕していた。

統一曆一九二六年三月二十九日 帝国軍参謀本部

ティゲンホーフ方面の急報とルーデルドルフの反応

ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐がティゲンホーフへ部隊を戻したのとほぼ同じ頃、帝国軍参謀本部では、連邦軍がティゲンホーフへ迫っているという急報によってルーデルドルフ中将が叩き起こされた。だが続報として、第二〇三航空魔導大隊がその敵戦力を存分に迎撃したとの報告が届くと、ルーデルドルフ中将は状況を一転して好意的に受け止めた。

第二〇三航空魔導大隊の迎撃成果

第二〇三航空魔導大隊が叩いた連邦軍師団は、優に八個に達していた。もともとティゲンホーフに籠っていたのは二個師団にすぎず、そのままであれば陥落すら危ぶまれる兵力差であった。しかし結果として、デグレチャフ少佐は機動防御の本質を見事に実践し、圧倒的多数の敵を進軍不能なまでにかき乱していた。

不在だった敵魔導戦力の確認

デグレチャフ少佐は報告書の中で、敵魔導戦力を釣り出す意図で行動したものの、その不在に気付くのが遅れたことを謝罪していた。だがルーデルドルフ中将にとって、その謝罪はむしろ完璧主義の表れに過ぎなかった。実際には、第二〇三航空魔導大隊は敵魔導戦力が存在しないことまで証明しつつ、連邦軍の大規模戦力をその場に釘付けにする成果を挙げていたのである。

勝利の確信と次の一手

この報告を受けたルーデルドルフ中将は、その瞬間に勝利を確信した。連邦軍はすでに疲弊し、その弱点が露わになっていると判断したのである。あとは、その脆弱化した部分へ帝国軍の動かし得る兵力を一気に流し込み、決定的打撃を与えるだけだと結論づけていた。

解説

【緊要地形】
軍事地理学において、戦局を左右するほど重要な地形を指す。そこを確保すれば戦場の主導権を握れるが、敵に奪われれば作戦全体が崩壊する危険があるため、双方が必死に奪い合う地点である。例として、日本史では山崎の戦いの「天王山」、日露戦争では旅順要塞戦の「二〇三高地」が挙げられる。これらは高地を制圧すれば周囲の戦場を見渡せるため、砲撃や観測で圧倒的優位を得られる場所であった。ただし戦史には、このような重要地形をあえて放棄し、敵を誘い出して撃破した例もある。ナポレオンがアウステルリッツの戦いで「プラッツェン高地」をわざと空け、敵がそこを占領して前進した瞬間に中央突破して包囲した戦術がその代表例である。

【イデオロギー教育】
軍隊内で行われる政治思想教育を指す。特に共産主義国家では、兵士や将校に党の政治理論や革命思想を学ばせ、軍を政治体制と一体化させることを目的として行われた。軍事訓練とは直接関係ない内容も多く、授業の形で行われることが多い。作中の皮肉としては、「軍隊なのに政治思想を勉強させられる」という矛盾を指している。ただし兵士の側から見ると、激しい訓練よりは座って講義を聞くだけで済むため、案外不評ではないという側面もあった。

【ウォーモンガー(Warmonger)】
直訳すると「戦争を好む者」「戦争を煽る者」であり、一般的には戦闘を好む戦闘狂や好戦的な人物を指す。作中では、敵を見ると迷わず突撃し、戦闘そのものを楽しむような兵士気質を指して使われている。日本史で例えるなら、勇猛さで知られる島津軍のような気風を持つ兵士を連想させる言葉である。

第四章 再編

統一暦一九二六年四月十日 参謀本部

査問会議への暗い失望

レルゲン大佐は軍人としての職務に誇りを抱いていたが、この日ばかりは暗澹たる思いを抑えられなかった。連邦首都直撃という本来なら功績として扱うべき軍事行動が、政治の要請によって査問会議にかけられることになったからである。会場に集まった高級将官や参謀将校たちも皆、不承不承ながら席についており、誰もがこの会議そのものを時間の浪費と感じていた。

独断専行の疑義に対する反駁

査問会議では、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐に対し、過剰な市街地での軍事作戦と独断専行じみた軍事行動という二つの疑義が提示された。ターニャは、それらを事実無根であると宣誓し、自身は参謀本部の命令に従っただけだと明言した。参謀本部の将校たちも、彼女の行動は命令の範囲内であり、与えられた目的を達成するための現場判断にすぎないと捉えていたため、独断専行という批判は成立しないとみなしていた。

軍司法官の追及と参謀本部の反発

検事役の軍司法官が疑義を一つ一つ列挙して追及を試みたが、司会役のゼートゥーア中将は冒頭から検事側に強い圧力をかけ、傍聴者の退席も認めず、必要なら記録の公示すら辞さないと宣言した。これは、参謀本部がこの査問会議自体に強く反発していることを示すものだった。さらに弁護側は、軍関連施設への限定攻撃に抑えた点をむしろ評価すべきだと軍の通知や判例を引きながら反論し、会場の将校たちも冷笑や同意でこれを後押しした。そのため会議は次第に査問というより、検事側を袋叩きにする茶番の様相を帯びていった。

無罪裁定と残った不協和音

最終的にゼートゥーア中将は、提示された疑義には十分反論が成立したと結論づけ、ターニャの名誉は疑いを免れたと正式に宣言した。こうして査問会議は終了したが、レルゲン大佐の気分は軽くならなかった。むしろ、モスコー襲撃をめぐる軍と後方、特に最高統帥府や外交・内閣との感覚の乖離がこれほど深刻であったことを突きつけられ、彼は自分たちが状況を見誤っていたと痛感した。

モスコー襲撃をめぐる認識のずれ

レルゲン大佐にとって、モスコー襲撃は東部主戦線を援護するための合理的な軍事行動であり、実際に連邦軍の兵力を首都方面へ引きつける成果も上げていた。軍人の視点から見れば大手柄であり、問題視すべき点はなかった。しかし銃後や政治家たちは、戦前の論理のまま、敵の面子を蹴り飛ばしすぎた結果として連邦を刺激したと受け止めていた。そこにある認識の差は、今後いずれより大きな厄介事を招くだろうとレルゲン大佐は危惧した。

後方勤務志望という意外な希望

査問会議後、レルゲン大佐はターニャを別室に呼び、次の配属先について希望を尋ねた。そこでターニャは、最前線勤務以外を志望すると明言し、第二〇三航空魔導大隊の後任指揮官としてヴァイス大尉を推薦した。この返答にレルゲン大佐は大きく驚いた。あれほどの戦功を重ね、銀翼突撃章を柏葉付きで持つような将校が、よりにもよって最前線を厭うとは理解しがたかったからである。

戦闘任務への不信感の吐露

レルゲン大佐が理由を問うと、ターニャは自分が参謀本部の命令に従ってモスコーを直撃した結果、査問会議にかけられた事実そのものが、自分の作戦行動適性に疑義を呈されたも同然だと受け止めていると答えた。つまり、命令に忠実に従ったにもかかわらず、その結果によって査問されるのであれば、今後も戦闘任務に服する資質が自分にはないのだと理解せざるを得ない、という理屈であった。ゼートゥーア中将はこれに激怒したが、ターニャは問いの意図を理解できないと真顔で応じ続けた。

ゼートゥーア中将の激怒と困惑

レルゲン大佐は、そのやり取りを見ながら、ゼートゥーア中将がここまで露骨に怒りを表したのを初めて見た。報告書を床に叩きつけるほどの激怒であったが、それでも中将は暴発を抑え込み、なぜ最前線勤務を拒むのかを重ねて問いただした。だがターニャは、自分は軍務を放棄するつもりはなく、むしろ軍人としての行動規範に従っているだけだと繰り返した。その姿は、軍務に関しては極めて優秀でありながら、自らが怒られたから前線には行きたくないと頑なに拗ねている子供のようにも見え、レルゲン大佐に強い困惑を与えた。

講和の可能性をめぐる戦略対話

そこでゼートゥーア中将は話題を変え、連邦との早期講和の可能性についてターニャに意見を求めた。ターニャは、それは論外であり、検討すること自体が無意味だと断言した。連邦には帝国へ開戦する合理的理由が見当たらず、その行動原理を既存の枠組みで把握できない以上、交渉の糸口すら存在しないと見ていたのである。さらに連邦の政治制度では、失敗を統治機構が認めることができないため、停戦は連邦にとって死に等しいとも指摘した。

恐怖を原理とする連邦理解

ターニャは、連邦の行動原理を一言でいえば恐怖だと説明した。彼らは帝国そのものを生存を脅かす存在と認識しており、攻撃されることへの恐怖から、先制攻撃に踏み切ったと考えれば一定の合理性があると分析した。ゼートゥーア中将が、そこまで帝国を恐れていたならなぜ共和国との戦争中に背後から刺さなかったのかと問い返すと、ターニャは、連邦は強大な帝国が共和国すら倒す過程を見ていたからこそ、単独で対峙する事態を恐れ、その恐怖に耐え切れなくなって今になって動いたのだと推測した。

殲滅戦争という結論

レルゲン大佐が、それでは連邦は帝国と戦うこと自体が怖くて共和国を見殺しにし、最後には単独対峙に耐えられなくなったというのかと叫ぶと、ターニャはそれも仮説ではあるが、彼らは生存のために必死であり、我々か彼らのどちらかが滅ぶまで戦う覚悟を決めているのだろうと淡々と答えた。したがって、穏便な講和はあり得ず、総力戦とは本来そういうものだと結論づけた。この回答は、レルゲン大佐に狂気じみた合理性を感じさせ、ゼートゥーア中将にも一定の納得を与えた。

二か月の猶予と西方戦線配属

最後にゼートゥーア中将は、ターニャの戦略眼をなお高く評価していることを示しつつ、完全な後方勤務は認めず、西方戦線に二か月配属すると告げた。そこで戦技研究と戦訓調査に従事し、その存念をレポートにまとめて戦略研究室へ提出せよと命じたのである。その内容を見たうえで、今後の配属を改めて裁決するとされた。レルゲン大佐は、この措置がターニャの狂気じみた戦略眼を見極め、それをどう使うか判断するためのものであると理解し、戦争が新たな段階へ進もうとしていることを改めて実感した。

統一暦一九二六年四月三日 連邦首都モスコー 某所

モスコー地下会議に漂う恐怖

統一暦一九二六年四月三日、連邦首都モスコーの地下壕に設けられた会議場には、党中枢の面々が集められていた。だが、その場を支配していたのは権威ではなく恐怖であった。モスコー直撃という屈辱に加え、西方で主攻集団が帝国軍の反撃により壊滅しつつある状況の中で、誰かが責任を取らされることは明白だったためである。とりわけ、ヨセフ書記長の怒りと、粛清執行者たるロリヤの笑みが、列席者たちに死の予感すら抱かせていた。

責任追及ではなく団結を持ち出したロリヤ

列席者の一人が、帝国に対して人民の怒りを見せつけるべきだと発言すると、その流れからは通常なら責任者の処断が始まるはずであった。しかしロリヤは意外にも、今必要なのは人民の団結であると主張した。モスコー襲撃と西方大攻勢の頓挫によって、祖国も党も危機にある以上、一つの党、一つの勝利を目指して結束すべきだと訴えたのである。この発言は、列席者全員にとって予想外であり、ヨセフ書記長にとってすら意表を突くものであった。

粛清対象の再利用という提案

さらにロリヤは、これまで反革命分子として収容・粛清してきた魔導師や将校たちに贖罪の機会を与えるべきだと提案した。具体的には、収監されている魔導師を解放して戦わせ、さらに処分された将校たちにも指揮権を回復させるべきだと述べたのである。これまで魔導師の大半を収容所送りか銃殺へ追い込んできた張本人が、よりにもよって建設的な再登用策を持ち出したことは、会議の空気を一変させるほどの衝撃であった。

政治将校への責任転嫁を伴う論理

反対の声もすぐに上がった。反革命分子を再武装させるのは危険すぎるという当然の異論である。だがロリヤは、反革命分子同士で帝国軍と殺し合わせればよいだけであり、それを監督するのが政治将校の役目ではないかと切り返した。つまり、再登用の危険性を押さえ込む責任まで政治将校側へ押し付ける形で、この提案を正当化したのである。ここに至って、列席者たちはロリヤの本意を探る余裕すら失い、自分がどちらの立場に立つべきかで追い詰められていった。

現有戦力肯定は自己破滅に直結する構図

ロリヤはさらに、もし現有戦力だけで十分だと言うなら、今回モスコー襲撃を防げなかった責任を問わねばならないと脅すように発言した。つまり、現有戦力で足りると認めれば、今度はその戦力で防げなかった者の怠慢が問題化し、自分たちが責任を負わされることになる。反対すれば危険分子扱い、賛成しなければ現体制の失敗責任を問われるという構図が成立し、列席者たちは完全に追い込まれた。

ヨセフ書記長の承認と全会一致の決定

ヨセフ書記長は、帝国に勝つためなら手段は選ばなくてよいと述べ、ロリヤの提案を後押しした。この一言によって、もはや異論を唱える余地は消えた。こうして政治局は全会一致という形で、国家の敵とされていた魔導士官や軍人の釈放と軍部への再編入を決定した。表向きは帝国に対抗するための合理的措置であったが、その実態は、粛清されるか従うかという連邦特有の政治的強制の産物であった。連邦の原理原則ですら、生き残りのためにはねじ曲げられることが、この場でははっきりと示されたのである。

統一暦一九二六年四月某日 某国某所

ジョンおじさんの買い付け

とある国の工場で、ジョンおじさんは連合王国のための買い付けに励んでいた。支払いは自分ではなくフィラデル持ちであるため、必要な物資は積極的に確保する方針であった。彼がまず求めたのは、新型トラクターであった。五百馬力を備え、防御重視の運用に向く堅牢な機種であり、連合王国の需要にも合致していた。しかし、工場側は新型ゆえに国内需要すら満たせておらず、機密面の事情もあって輸出には難色を示した。

旧型トラクターの提案と拒否

新型の輸出が難しいと見るや、工場側は在庫の豊富な旧型トラクターを代案として提示した。生産体制も整っており、商売としては都合の良い提案であった。しかしジョンおじさんは、旧型が砂漠や高温多湿の地域で使いにくく、性能面でも評価が低いことを承知していたため、その提案を受け入れなかった。防御力と信頼性だけでは足りず、求める性能に届いていないと判断したのである。

精密懐中時計への関心

トラクターの購入が難航する中で、ジョンおじさんは別の重要案件へ目を向けた。それが精密懐中時計であった。特に海軍関係者が強く求めていたのは6F型耐水精密懐中時計であり、耐塩性と高い信頼性によって現場での評価は高かった。だが、これもまだ生産ラインに乗ったばかりで、当面は供給できないと告げられたため、ジョンおじさんは再び代替案を探ることになった。

4U型の購入決定

そこでスカンク組合の技師が提案したのが、4U型汎用精密懐中時計であった。これは特定環境への適性では6F型に劣るものの、汎用性が高く、在庫も豊富で即納可能であった。ジョンおじさんの手持ちの評価表でも、この機種は緊急輸入用として高く位置づけられていたため、彼は迷うことなく購入を決めた。スカンク組合にとっても、在庫を動かせるうえに実績づくりになる取引であった。

試作型G-538モデルとの出会い

さらにスカンク組合は、コンペに敗れた試作型G-538モデル試作精密懐中時計も紹介した。この機種は本採用品に劣らぬ性能を持ちながら、安定性重視ゆえに拡張性が低く、製造コストも高かったため正式採用されなかったものであった。だが、スカンク組合の側には、その性能を証明したいという思いが残っていた。ジョンおじさんにとっては、思いがけず優秀な代物を提示された形となり、非常に好都合な展開であった。

試作型の一括購入と相互利益

ジョンおじさんはG-538モデルにも関心を示し、在庫の全てを購入したいと申し出た。スカンク組合側は、先行試作ロット二十点を原価で提供する代わりに、実際の運用データを返してほしいと提案した。これは、開発費の一部回収と性能実証を兼ねた判断であり、ジョンおじさんにとっても経費削減につながる好条件であった。こうして両者は互いに利益を得る形で契約に至った。

満足のうちに成立した契約

最終的にジョンおじさんは、4U型と試作型G-538モデルの購入契約を結んだ。スカンク組合の対応は親切かつ実務的であり、技術者としての熱意も感じられるものであったため、ジョンおじさんは本国への報告で高く評価するつもりを固めた。契約書に自らジョンソンと署名した彼は、この取引を極めて満足のいくものと受け止めていた。後に彼がこの買い物を素晴らしい友情の成果として語ったとされるのも、そのためであった。

統一曆一九二六年四月十八日 連合王国ホートン・バード訓練基地

自由時間に手紙を書くメアリー

連合王国ホートン・バード訓練基地で、久々の自由時間を与えられた訓練兵たちは、それぞれ家族宛ての手紙を書いていた。メアリー・スーも兵舎の隅の机を確保し、母と祖母へ便りを書き始めた。軍での生活は充実していると伝えつつも、食事だけはどうしても口に合わず、祖母と一緒に作ったアップルパイを恋しく思っていた。軍隊生活の辛さは訓練そのものより、むしろ毎日似たような味気ない食事にあると感じており、自分で料理できないことも不満に思っていた。

連合王国の食事への戸惑い

メアリーは、訓練の疲労そのものは充実感を伴うものだったが、食事だけはどうしても慣れきれずにいた。甘味や紅茶を楽しみたいと思いながらも、派遣義勇軍である彼女たちには合州国や協商連合圏出身者向けという理由で珈琲が支給されており、期待していた連合王国らしい紅茶文化にも触れられていなかった。気を使ってもらっていることは理解しつつも、どこか微妙にずれていると感じていた。

射撃訓練への苦手意識

自由時間の後、メアリーたちは引き続き厳しい訓練に戻っていた。特に射撃訓練では、銃の扱いと距離感を体に叩き込まれていた。銃は見た目以上に重く、標的までの距離を正確に把握しないと狙いを外してしまうため、彼女は何度も失敗を重ねていた。待機時間の長さや、天候に左右される訓練環境にも戸惑っていたが、それでも軍隊とはそういうものだと受け入れつつあった。

射撃試験での気づき

やがてメアリーの番が来ると、彼女は教本通りに手順を踏んで射撃ブースに入った。そして標的と銃を確認する中で、誤差の修正とは距離だけでなく銃自体の状態も関係するのではないかと気づいた。そこで彼女は、分解清掃の道具を借りたいと教官に申し出た。教官はその発想自体は評価しつつも、実際には既に自分のライフルが用意されていると明かし、視野の狭さを戒めた。メアリーはその教示を受け、自分が目の前にあるものより思い込みに引きずられていたことを知った。

射撃試験の合格

その後、メアリーは自分のライフルでいつも通りに狙いを定め、まずまずの結果を出して試験を通過した。大きな成功ではなかったが、軍隊生活を続けていけるだけの手応えを得られたことに、彼女は安堵した。仲間たちからは、ぼんやりした雰囲気のわりに射撃は悪くないとからかわれたが、それも含めて訓練生同士の親しさを感じさせるやり取りであった。

仲間たちとの束の間の談笑

半休を与えられた訓練生たちは、宿舎で雑談を交わしながら束の間の休息を楽しんでいた。厳しい訓練ばかりの日々の中で、このような時間は貴重であり、皆が外の話題に飢えていた。メアリーも仲間たちと共に、訓練や試験を振り返りながら、少しだけ気の緩んだ時間を過ごしていた。

戦場伝説の噂とメアリーの本音

そこへ、近隣の連合王国軍魔導中隊が手ひどくやられたという噂が持ち込まれた。さらに、その相手がラインの悪魔と呼ばれる戦場伝説じみた存在らしいと語られると、訓練生たちは一気に色めき立った。敵のネームドを倒せば英雄になれると前向きに騒ぐ者もいたが、メアリーはそうした話についていけず、自分は飛ぶだけでも精一杯なのだから、そんな恐ろしい相手には出会いたくないと率直に漏らした。仲間たちは彼女の慎重さを良い子らしいと笑いながらも、皆で生き残る方法を考えるべきだという彼女の言葉を受け止めていた。

嵐の前の穏やかな時間

訓練生たちは、まだ実戦の洗礼を受けていなかった。だからこそ、この時間だけは異郷の地にありながらも日常に近い穏やかさを保っていた。若者たちは、将来への不安や戦場の現実をまだ遠いものとして、夢や冗談を語ることができていた。だが、その平穏はあくまで束の間のものであり、嵐はすでにすぐそこまで迫っていた。

解説

【ノーメンクラトゥーラ(Nomenklatura)】

ソ連などの共産主義国家で使われた、共産党が管理する重要ポストの人事名簿と、その名簿に登録されたエリート層を指す言葉。

1. 本来の意味

ノーメンクラトゥーラとは元々

  • 「党が任命権を持つ重要ポストの一覧」
  • そしてそのポストに就く 特権階級の党幹部

の両方を指す言葉。

つまり
国家の重要な役職はすべて党が決めるという制度である。

対象になるのは例えば

  • 軍の将官
  • 省庁の幹部
  • 国営企業の社長
  • 大学学長
  • 地方政府トップ

など。

これらは能力ではなく党の信頼によって決まる。

2. 実際の特権

理論上は「階級のない社会」だが、
ノーメンクラトゥーラには多くの特権があった。

代表例:

  • 一般人が買えない 外貨ショップ(特権店) の利用
  • 高級住宅
  • 専用病院
  • 特別配給の食料
  • 専用車
  • 政治的安全

つまり実態としては

共産党エリート階級

だった。

3. なぜ存在したか

理由はシンプルで

  • 一党独裁国家では
  • 国家=党
  • 党の忠実な人間で要職を固める必要がある

から。

その結果

党幹部による支配階級が形成された。

4. 作品内での意味

この場面で「ノーメンクラトゥーラ」が出てくるのは

  • モスコー地下会議に集まった政治局メンバー
  • 共産党の最高権力層

つまり

粛清する側だった超エリートたち

を示している。

しかし皮肉なことに

  • 彼ら自身も
  • 書記長の機嫌一つで
  • 粛清される立場

という恐怖の中にいる。

第五章 ドードーバード航空戦

統一曆一九二六年四月二十八日 海峡上空

帰投中の警戒と友軍との合流

旧共和国軍基地を発った第二〇三航空魔導大隊は、交戦後の空域掃討を終えて集結し、損害が軽微であることを確認したうえで帰投を開始した。ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、海峡上空では墜落が即死や捕縛に直結することを踏まえ、送り狼の追撃を厳重に警戒するよう命じた。帰路の安全を重視した隊形を整える中、後方から多数の機影が接近したため一時は敵戦闘機と判断して緊急回避を図ろうとしたが、確認の結果、それは帰投中の友軍航空艦隊であった。これにより大隊は装備投棄を回避し、友軍と合流しながら安全に帰還することができた。

存在Xへの嫌悪と戦場への引き戻し

帰路の最中、ターニャは自身の内面に神を讃えかねない感情が芽生えかけたことに強い嫌悪を覚えていた。存在Xによる精神への干渉を、自我そのものを侵す不条理として拒絶し、自分の心だけは自分のものでなければならないと改めて意識していた。だが、その葛藤は後方からの敵接近報告によって中断され、彼女は即座に現実の戦術判断へと思考を切り替えた。結果的に相手が友軍だと判明したことで危機は去ったが、ターニャにとっては精神の自由すら脅かされる現状が改めて確認される出来事であった。

帰還後の事務処理と部下への役割分担

帰還後、第二〇三航空魔導大隊では戦闘後の書類処理が進められた。ヴァイス大尉とセレブリャコーフ中尉が手際よく担当分を終える一方、グランツ中尉は事務作業に苦戦していた。ターニャはヴァイス大尉とセレブリャコーフ中尉に、同行した第一〇三航空戦闘団への礼と聞き取りを兼ねた訪問を命じ、自身は指揮官会合へ出席することにした。西方戦線へ派遣された以上、横の連携と現場からの情報収集が重要であると考えたためである。そのうえで彼女は、グランツ中尉にはあえて補助を付けず、苦労を通じて成長させる方針を示した。余裕のある時期に失敗と負担を経験させることが、将来的な対応力の向上につながると判断していた。

現場感覚を重視した調査方針

ターニャは、戦技研究を任務とする自分たちが単なる御用的な調査部隊に堕してはならないと考えていた。後方の人間が現場を理解せずに都合の良い結論だけを引き出すことを嫌い、現実に即したデータ収集こそ必要であると部下に言い含めた。第一〇三航空戦闘団との接触についても、系列の異なる部隊との連携を深めつつ、実戦経験に基づく情報を得ることが目的であった。西方戦線での戦技研究と将来の配属判断に関わる重要な機会である以上、彼女はこの役割を真剣に位置づけていた。

合州国系魔導部隊の確認と法的整理

指揮官会合では、連合王国側に合州国系の魔導部隊が確認されたことが議題となった。法務士官の説明によれば、それらは合州国市民ではあるが、連合王国軍の指揮下にある以上、軍事上は連合王国軍として扱いうると整理された。一方で、合州国とは帝国が正式な交戦状態にないため、捕虜や負傷者の扱いには政治的な微妙さが伴うことも示された。合州国側が人道監視団の派遣を口実に介入の余地を広げようとしていると受け取れる状況に、会議参加者たちは中立を装った実質的介入の兆候を読み取っていた。

合州国義勇軍への先制的対応を巡る論争

この状況を受け、ターニャは合州国系義勇軍を優先的に叩くことを提案した。彼女は、相手のドクトリンを把握していない以上、一度交戦して実情を探る必要があると考えていた。また、合州国が将来的に介入する可能性を踏まえれば、早い段階でその出鼻をくじくことも戦略上有効だと判断していた。これに対して会議では、航空優勢確保という本来任務から逸脱する危険や、逆に合州国世論を硬化させる恐れがあるとの反対意見が出された一方で、先んじて圧力をかける意義を認める賛成意見も示された。議論は政治問題と軍事問題が絡み合う形で白熱したが、最終的には参謀本部の判断を待つべきとされ、現場の任務は引き続き航空撃滅戦の継続に据え置かれた。

本務への回帰

議論の末、ターニャも現場指揮官として命令系統を逸脱すべきでないことを受け入れ、自ら提案を引っ込めた。そのうえで、以後は参謀本部の見解が示されるまで既定通り航空撃滅戦を継続し、合州国系義勇軍の存在を織り込んで敵戦力を上方修正する方針に従うことになった。ターニャは不満を残しつつも、物分かりの良い将校として会議の流れに従い、本題である戦技と航空戦の検討へと議論を戻していった。

統一暦一九二六年四月二十九日 ターニャ・フォン・デグレチャフ私室

単独行動への葛藤と現実的な抑制

指揮官会合を終えて私室に戻ったターニャ・フォン・デグレチャフは、連合王国に展開する自称義勇軍を独断で叩くべきかどうかについて葛藤していた。合州国の介入は避け難い以上、早めに打撃を与えて牽制すべきだという考えがある一方で、合州国世論を刺激しすぎれば逆効果になりかねない現実も理解していた。冷めた珈琲で頭を冷やしながら思索を重ねた末、彼女は自分が参謀本部中枢に伝手を持つとはいえ、結局は組織の一部品に過ぎないことを再確認し、独断専行の危うさを受け入れていた。

帝国の戦略的苦境の再確認

ターニャは、東方戦線に連邦という巨大な圧力が存在する限り、帝国が西方で連合王国を屈服させるだけの戦力を確保できないと分析していた。東部戦線でやっと数的拮抗を得たにすぎず、対連邦戦は泥沼化する公算が大きかった。さらに、史実のドイツ帝国のように東方を崩して戦線離脱を引き起こす道筋も、この世界では共産党が既に権力を掌握している以上、同じ形では望めなかった。加えて、西方では連合王国海軍があまりにも強大であり、帝国海軍に期待できるのは勝利ではなく、どのように敗れるかという次元にすら思えた。こうした現実を前に、帝国が生き残るには連合王国の妨害を抑え、連邦を屠り、合州国の本格介入前に戦争を終わらせるしかないとターニャは見ていた。

運命への反抗と部隊への視線

絶望的な戦略状況を前にしながらも、ターニャは運命論に屈することを拒んでいた。どれほど不利な手札であっても、それをどう活用するかは自分次第であり、人間には未来を掴み取る権利があると考え直したのである。そして、自分は一人ではなく、第二〇三航空魔導大隊という優秀な仲間たちを率いていることに思い至った。泥舟ではあるが、まだ逃げ出すほどではないという判断の下、彼女は帝国そのものに殉じるのではなく、自分たちが生き残るために戦う決意を固めた。

新任務の通達と対地襲撃評価試験への移行

翌朝、ターニャは第二〇三航空魔導大隊を前にし、新手の部隊が西方戦線に割り込んできたことを告げたうえで、引き続き航空撃滅戦の遂行と航空優勢の奪取が求められていると説明した。その一方で、大隊に新たに割り当てられた任務は、戦技研究の一環としての対地襲撃評価試験であった。単純な地上攻撃ではなく、制空権確保に付随する対地攻撃の可能性を検証することが目的とされ、今後は連合王国本土に対する対地襲撃任務も含まれることになった。グランツ中尉が西方での戦闘激化にもかかわらず対地襲撃へ任務変更される理由を問うと、ターニャは制空権の確保には地上設備の破壊も含まれうると説明し、部隊に新たな任務の意味を納得させた。

ヴァイス大尉への情報共有と生存重視の姿勢

ターニャはヴァイス大尉に対し、合州国系義勇軍に関する資料を内密に手渡し、彼らが今後も第二〇三航空魔導大隊の前に立ちはだかる敵になると告げた。そのうえで、もはや悠長に航空優勢を誇示して連合王国を威圧する段階ではなく、叩き潰す意志と方策が必要だと認識していることを共有した。ただし、彼女が最優先すべきと考えていたのは勝利そのものではなく、大隊の生存であった。最後に立っていた者が勝者であり、勝利よりも自分たちが生き残ることの方が重要だという考えを、ターニャはヴァイス大尉に示していた。

評価試験装備への不満と現実的受容

出撃準備の中で、ターニャは自分の身長をはるかに超える対装甲狙撃ライフルをはじめとする大量の評価試験装備を割り当てられ、その使い勝手の悪さに辟易していた。十四・五ミリ弾を用いる単発の長物は、防殻貫通能力こそ期待できるものの、高機動戦の最中に扱うには不向きであり、在庫処分を押し付けられたような気分すら抱いていた。それでも、敵地で弾薬不足に陥るよりは遥かにましであり、使えないなら別の用途を上申すればよいと割り切り、目先の任務を優先した。戦技研究部隊として新装備の実戦評価を行うことも任務の一部である以上、彼女は不満を抱えながらもそれを受け入れていた。

悪天候下での出撃と無線封鎖の決断

第二〇三航空魔導大隊は、連合王国本土に対する地上襲撃任務評価試験を実施すべく出撃した。しかし、出撃後まもなくドードーバード海峡上空の気象は予報以上に悪化し、雲量、風速、湿度のいずれも作戦行動に不利なものとなった。ターニャは地上管制に気象情報を求めたが、空電のためか長距離通信は成立せず、状況把握も困難となった。ヴァイス大尉は作戦中止の可能性を示唆したものの、ターニャは中止命令が確認されていない以上、自隊だけが離脱すれば友軍に混乱を招くと判断した。無線状態の悪化に対しては、密集して統制を高める案も検討されたが、それでは奇襲を受けた際の被害が増大すると考え、隊列維持と索敵警戒の強化を優先した。さらに、無線傍受能力に優れる連合王国への対策として、会敵まで部隊は無線封鎖を行い、ノイズ交じりの空域を慎重に進む方針が採られた。

統一曆一九二六年四月二十九日 連合王国

迎撃前の緊張と敵襲の告知

初期訓練を終えたメアリー・スーたちは、部隊単位の訓練を重ねる中で、実戦が近づいていることをぼんやりと感じていた。そんな中、南方レーダーサイト群と防空ラインが帝国軍航空魔導部隊および大規模航空編隊の接近を感知したという急報が入り、メアリーはその日が唐突に訪れたことを思い知らされた。迎撃に間に合うのは後方待機中の自分たちしかいないと理解したことで、部隊全体に緊張が走っていた。

ラインの悪魔への警戒

ブリーフィングでは、接近中の帝国軍魔導部隊の中に、連合王国側がラインの悪魔と呼ぶ極めて危険なネームドが含まれている可能性が示された。そこへ連合王国海兵魔導部隊のドレイク中佐が連絡将校として紹介され、彼はその敵が単なる戦場伝説ではなく、指揮能力と個人戦闘力の両面で卓越した本物の脅威であると断言した。メアリーが逃げられない場合にどうすべきかを問うと、ドレイク中佐は本土防衛戦である以上、生き残ることを最優先し、必要なら墜ちてもよいと答えた。連合王国領内であれば回収と再起が可能であり、それが防衛側の利であると示したのである。

合州国部隊の楽観と指揮の食い違い

一方で、帝国軍側では悪天候の中で地上管制との通信が回復したターニャ・フォン・デグレチャフに対し、既定の対地襲撃作戦中止と、新たな戦闘捜索救難任務が命じられていた。撃墜された第一一四航空爆撃団指揮官機の搭乗員を敵地内で救出する任務であり、ターニャは本来の任務外で装備も不十分であると反論したが、参謀本部許可済みの正式軍令であると告げられ、従うほかなかった。彼女は部隊を二分し、ヴァイス大尉とグランツ中尉に地上捜索を、セレブリャコーフ中尉にはパッケージ確保のための中隊指揮を命じ、自身は残る戦力で空中掩護を担う体制を整えた。

救難任務の進展と友軍戦闘機の協力

捜索の結果、墜落機の残骸は発見されたものの搭乗員は見当たらず、地上捜索の継続は危険が増していた。そこへ警察無線の傍受によって、連合王国側が墜落機搭乗員を既に確保し、移送しようとしている事実が判明した。ターニャはこれを好機と判断し、セレブリャコーフ中尉に一個中隊を預けて捕虜の奪還を命じた。また、負傷した搭乗員を生身で運ぶのは危険すぎるため、第一〇三航空戦闘団に協力を要請し、敵地着陸して回収する戦闘機四機を手配した。友軍戦闘機側はその危険な任務を快諾し、帝国軍内部の連携が円滑に機能していた。

ターニャの遅滞戦闘と敵部隊の迎撃

その間、ターニャはヴァイス大尉とともに接近してくる敵航空魔導部隊二個大隊の迎撃に当たった。彼女は自ら直上から突入し、混戦を仕掛けて敵の指揮系統を崩すことで時間を稼ごうとした。連合王国側のドレイク中佐は、合州国側ヤンキー大隊に対し高度上昇と慎重な対応を再三求めたが、相手指揮官は数の優位を過信してこれを容れず、教本通りの統制射撃に固執した。その結果、隊形を固定したままのヤンキー大隊はターニャ率いる帝国軍中隊の高高度突入と爆裂術式に翻弄され、初撃で指揮系統を寸断されて混乱に陥った。ドレイク中佐はそこから必死に離脱命令を出し、損害の最小化を図らざるを得なかった。

メアリーの怒りと父の仇の認識

空戦の最中、ターニャは敵魔導師と至近距離で交戦し、短機関銃と銃床を使って相手を撃退した。その相手こそメアリーであり、彼女はターニャの手に握られていた銃が、自分が父に贈ったものであることに気づいた。父の形見ともいえる銃を、父を死に追いやった敵の悪魔が使っている現実は、メアリーに耐え難い衝撃を与えた。撃墜され、地に墜ちる痛み以上に、父の仇が目の前にいるという事実が彼女の心を激しく傷つけ、彼女は初めて本気でターニャを憎悪した。神に力を求め、あの悪魔だけは絶対に許さないと強く誓っていた。

解説

スターリンの位置づけ

スターリンは鋼鉄の男、同志スターリンとして紹介されていた。ソビエトの指導者でありながら、皮肉を込めてソビエト人民とソビエトの将軍を最も多く倒した人物であるかのように語られていた。

ビスマルクの外交手腕

ビスマルクは、ドイツを作り上げたプロイセンの外交家として描かれていた。まずデンマークとの戦いにオーストリアを巻き込み、同時にイギリスの介入を排除した上で、奪取した領地の管理権をめぐってオーストリアと対立を生じさせた。続いてその対立を利用してオーストリアを攻撃しつつ、フランスとロシアには中立を保たせた。さらに最後は、オーストリアの好意的中立を確保した状態でフランスを打ち破り、フランス王宮でドイツ皇帝の即位式を行うに至った。その一連の過程を通じて、常軌を逸するほど巧妙な外交手腕が強調されていた。

フーシェの異常な生存力

フーシェはフランス革命の始まりから終わりまで関わり続け、それでも生き残った秘密警察長官として説明されていた。革命の激動の中で勝ち馬に乗り続けた風見鶏と評され、その異常な生存力と立ち回りの巧妙さが際立っていた。最後には、なぜそこまで生き延びられたのか分からない人物として、半ば呆れを交えて語られていた。

第六章 ドアノッカー作戦

統一暦一九二六年六月二十五日 帝都郊外参謀本部保養施設

後方勤務への期待と帝国の危機認識

帝都郊外の参謀本部保養施設で、ターニャ・フォン・デグレチャフ中佐は西方航空戦を踏まえた戦技研究報告書の整理に従事していた。後方での分析業務こそ自らにふさわしい役割だと考え、実績を積み上げることで後方要員としての地位を確立しようとしていた。しかし、資料を読み進める中で、帝国軍が戦線を維持している事実と戦争に勝てる見通しとは別物であると改めて認識していた。特に西方における合州国の存在感の増大は深刻であり、珈琲豆の質の低下すら戦局悪化の象徴として受け止めていた。

戦果と昇進の喜びと不安

ターニャは南方や東部、西方での実績と、自ら執筆した今次大戦における部隊運用と作戦機動が受理されたことで中佐へ昇進していた。また、参謀本部戦略研究室への参画も期待されており、後方で調査研究に専念できる道が開けつつあることに安堵していた。一方で、第二〇三航空魔導大隊の後任指揮官としてヴァイス大尉を推していたものの、昇進の都合で正式な引き継ぎには時間が必要だと理解していた。そのため名目上は自分が大隊長のまま留まりつつ、実質的な権限をヴァイスに委ねる体制を整えていた。

保養施設での研究業務と戦況分析

保養施設では休養を取りながらも、ターニャは参謀本部から送られる機密資料の整理と分析に励んでいた。連邦の対外行動の源泉という小冊子も好評を博し、自らの分析能力が参謀本部内で評価されていることを実感していた。東部戦線では帝国軍が損耗比七対一という優勢を維持していることから、即座の敗北は避けられると判断していたが、合州国が本格参戦すれば情勢は一変すると考えていた。そのため、合州国を刺激せず、戦時工業体制への移行を防ぐ外交的努力こそ急務であると見ていた。

ヴァイス大尉の願いと戦闘団構想の発覚

休養中のヴァイス大尉がターニャを訪ね、第二〇三航空魔導大隊を引き続きターニャの指揮下に置いてほしいと願い出た。ヴァイスは、ターニャが率いる戦闘団に大隊ごと加わりたいと真剣に訴えたが、ターニャ自身にはそのような戦闘団配属の話に心当たりがなく、困惑した。自分は戦略研究室で後方勤務に入るはずであり、ヴァイスの話は誤解だと考えていたが、その最中にゼートゥーア中将からの電話が入ったことで事態が一変した。

戦略研究の承認と東部転属命令

電話の中でゼートゥーア中将は、ターニャの報告書が高く評価され、参謀本部戦略研究室としてその提言を全面採用する方針だと伝えた。ターニャは後方勤務への道が開けたと喜んだが、続く命令でその期待は裏切られた。戦技研究は東部戦線で実戦的に検証すべきと判断され、ターニャは東部へ戻されることになったのである。しかも、自ら提唱した戦闘団ドクトリンを発案者自身に現場で試行させるという名目で、第二〇三航空魔導大隊を中核とした新編戦闘団の指揮を命じられた。

極端に短い準備期間と絶望

ターニャは戦闘団編成の準備期間について確認したが、与えられた猶予はわずか五日だった。さらに十日以内に東部戦区へ着任し、三週間後には実戦投入される見込みだと告げられた。新設部隊の編成と移動、戦力統合をその日数で行うことはほとんど不可能であり、ターニャは強い衝撃を受けた。それでも軍人として命令を拒否する余地はなく、表向きは冷静に受諾した。参謀本部はこの無理な条件そのものを試験と見なしており、戦時における戦闘団の即応編成能力を実証する任務として押し付けてきたのだった。

サラマンダー戦闘団の発足

ゼートゥーア中将は、新たな部隊の正式名称を参謀本部直属試験戦闘団、通称をサラマンダー戦闘団と定めた。基幹戦力には第二〇三航空魔導大隊が充てられ、さらに歩兵大隊や砲兵中隊などが追加される予定だと伝えられた。ただし、実際には練度の低い新兵同然の部隊が多く含まれており、ターニャにはそれらを短期間で統制し、成果を出すことが期待されていた。電話を切られた後、ターニャは自らの後方勤務の夢が潰えたことを悟りながらも、すぐに切り替えてヴァイス大尉へ状況を伝えた。

再び前線へ向かう覚悟

ヴァイス大尉は、戦闘団への参加が認められたことを喜び、ターニャに従う意思を迷いなく示した。ターニャは、こうしてまた前線へ引き戻される現実に絶望しつつも、もはや命令に従って動くしかないと腹を括った。自分が望んだ後方勤務は短く終わり、第二〇三航空魔導大隊を核とするサラマンダー戦闘団を率いて東部戦線へ向かうことになったのである。善なる神の不在を嘆きつつも、ターニャは次なる地獄に備えて行動を開始した。

統一暦一九八〇年十一月二十八日 ニューヤーク

ブラック・フライデー中継の導入

統一暦一九八〇年十一月二十八日、ニューヤークでクリスマス商戦の熱気を伝えるWTN特派員アンドリューは、ブラック・フライデーの賑わいを背景に放送を始めた。自らも家族への贈り物を買いたいと語りつつ、仕事としていつもの謎ときを続ける姿勢を示し、視聴者に向けてクリスマス前にふさわしい変わった小話を紹介しようとした。

サラマンダー伝説の紹介

アンドリューは、WTN特別取材班のおすすめとしてサラマンダーの伝説を取り上げた。それは、良い子にしていないと妖精が悪戯をするという程度では驚かなくなった子供にも通じるほど、軍人すら怯えるインパクトを持つ話として語られた。ミドルイーストで護衛を務めたPMC要員たちの怖いものリストの筆頭に挙げられるほどであり、その由来に興味を持たせる導入となっていた。

愛される存在から手に負えない存在への変化

サラマンダーは賢く愛くるしい外見を持ち、可愛がればよく懐き、家族の一員のように信頼される存在として描かれた。多少のおねだりや悪戯はあっても、周囲はそれを大目に見てしまい、しっかり者のレーゲンおばさんだけが叱る役目を担っていた。しかし、そのレーゲンおばさんが疎まれ、誰もサラマンダーを止めなくなったことで、サラマンダーは自分が嫌われ始めていることにも気付かず、度を越した振る舞いを続けるようになっていた。

物語が示す教訓

アンドリューは、この話の結末は語り手によって異なるとしつつも、親が子供に対してサラマンダーのようになっていないかと問いかける教訓を引き出していた。元軍人から聞いたところによれば、サラマンダーは子供を指したものであり、家族を持つ軍人たちが自分の子供をつい甘やかしてしまう悩みと重ねて語られていた。そのため、この伝説の教訓は子供を甘やかしすぎないことにあるとまとめられていた。

戦場物語としての由来

さらにアンドリューは、この伝説が実は大戦中に兵士たちの間で広がった戦場物語であったと明かした。出征した兵士たちが会えない家族や子供を思って贈り物を重ね、過度に甘やかした結果、帰国後には我がままになった子供に衝撃を受けるという話が元になっていた。そして、戦争から帰った後の最初のクリスマスに、サラマンダーとなった我が子をしつけるという逸話へ発展したのだと説明された。

締めくくりとしての放送意図

アンドリューは、このサラマンダー伝説を通じて、戦争が現代に残した物語を少し変わった形で視聴者に届けようとしていた。クリスマス商戦の明るい雰囲気の中で、家族や子供との関係を見直す教訓を交えつつ放送を締めくくり、視聴者に別れを告げた。

統一曆一九二六年六月二十七日 参謀本部本舎

新編戦闘団の実情に直面する

統一暦一九二六年六月二十七日、参謀本部本舎へ転居したターニャは、新設されるサラマンダー戦闘団に関する書類の処理に追われていた。ゼートゥーア中将から告げられていた新兵に毛が生えた連中という表現を恐れていたターニャは、実務に没頭することで不安から目を背けていたが、グランツ中尉が届けた封緘された封筒によって、ついに現実と向き合わざるを得なくなった。

劣悪な兵員と装備への憤激

封筒の中身を確認したターニャは、戦闘団に配属される歩兵大隊と砲兵中隊の質が想像以上に劣悪であることを知った。歩兵大隊は実戦経験のない後備兵と新兵が中心で、砲兵中隊の火砲も旧式であり、機甲戦力として与えられるⅣ号戦車も前線では力不足の型であった。工兵任務に対応可能な歩兵と支援火力を期待していたにもかかわらず、実態は弾除けにもなるか怪しい兵力であり、ターニャはこの編成では実戦に耐えられないと強く憤った。

装備課への直接交渉

与えられた部隊では戦えないと判断したターニャは、グランツ中尉を伴って参謀本部装備課へ向かい、装備課の班長である少佐に直接抗議を行った。少佐が最大限努力していると官僚的に弁明したことで、ターニャの怒りはさらに激しくなった。歩兵にはベテランが欠け、砲兵は射程で劣る旧式砲、機甲部隊も旧式車両ばかりである現状を前に、これを努力の成果と呼ぶ装備課の姿勢を、ターニャは到底受け入れられなかった。

南方大陸向け装備の転用要求

ターニャは南方大陸方面に割り当てられていたⅣ号G型戦車に目を付けた。ロメール将軍との私信で、南方大陸では車両より燃料と弾薬の補充が必要であることを把握していたため、余剰となるG型戦車を自分の戦闘団へ回し、その代わりに南方大陸へ燃料を送るよう装備課へ提案した。装備課の少佐は規則違反を理由に抵抗したが、ターニャはゼートゥーア中将から認められた裁量権と、ロメール将軍の同意を根拠に押し切り、南方大陸向け装備の転用が合理的であることを示した。

鹵獲装甲車の自走砲転用構想

さらにターニャは、西方大進撃で鹵獲した共和国軍の装甲車にも目を向けた。歩兵戦力としては不要でも、旧式火砲を搭載して自走砲へ改修すれば戦力化できると考え、装備課に装甲車の供出を求めた。装備課側は規則違反になると反発したが、ターニャは兵器の現地改修は部隊指揮官の認可で可能であることを根拠に挙げ、自分たちで改修するので車両だけ渡せと迫った。こうしてターニャは、与えられた不十分な装備をそのまま受け入れるのではなく、利用可能な資源をかき集めて実戦に耐える戦闘団へ再構成しようとしていた。

強硬な要求で装備課を追い詰める

それでも装備課の少佐は、できないの一点張りで供出を拒み続けた。そこでターニャは穏便な説得を打ち切り、単刀直入にイエスかノーかを問う強硬な姿勢へ切り替えた。与えられた粗悪な兵力と旧式装備をそのまま受け入れれば戦闘団は無駄死にするだけであり、だからこそ彼女は参謀本部の制度や規則の隙を突きながら、必要な装備を引き出すための圧力をかけ始めたのである。

統一曆一九二六年六月二十八日 参謀本部戦務参謀次長執務室

補充魔導中隊の増派要請

統一暦一九二六年六月二十八日、参謀本部戦務参謀次長執務室において、ゼートゥーア中将はデグレチャフ中佐から提出された要望書を前に困惑していた。要望書にはサラマンダー戦闘団への補充魔導中隊の増派が明記されており、既に第二〇三航空魔導大隊という強力な魔導戦力を有しているにもかかわらず、さらに魔導中隊を要求してきたことが理解し難かったのである。これに対してデグレチャフ中佐は、第二〇三航空魔導大隊という強力な金槌を十分に振るうには、それを支える盾が必要であり、四個中隊編成を前提に鍛え上げた大隊の中隊を引き抜くのは戦力の発揮を損なうと説明した。

不完全な魔導兵力の受領

ゼートゥーア中将は前線の魔導戦力不足を理由に難色を示したが、それでもわずかに余っているのは、訓練未了の新兵同然の魔導師候補生たちだけであると明かした。機動戦どころか魔導師としての訓練も不十分で、教官たちからも歩兵としての運用が妥当と評価されている程度の兵力であったが、デグレチャフ中佐はそれでも構わないと即答した。彼女は、銃殺の経験があるならば十分であり、必要なのは敵を殺せることだと判断し、現地で再教育しながら使う方針を示した。こうしてゼートゥーア中将は、歩兵の直掩にしか使えないような新兵魔導師たちを補充魔導中隊として回すことを約束した。

戦闘団駐屯地に戻る怒れる中佐

その後、デグレチャフ中佐はセレブリャコーフ中尉とともにサラマンダー戦闘団の仮駐屯地へ戻った。あらかじめセレブリャコーフ中尉が中佐の機嫌の悪化を伝えていたため、大隊の将兵たちは慌てて装具点検や訓練に逃げ込み、少しでも咎められる口実をなくそうとしていた。ヴァイス大尉は残って事情を問うたが、デグレチャフ中佐は第三三二歩兵大隊の士官たちが、自分の指揮に従わず我々には我々のやり方があると主張したことを激怒しながら告げた。彼らは新編歩兵大隊の士官でありながら、中佐の指示を軽視し、独自の判断権を求めたのである。

第三三二歩兵大隊への失望

セレブリャコーフ中尉の説明によって、第三三二歩兵大隊の全士官が揃ってデグレチャフ中佐の指揮を軽んじていたことが明らかとなった。これによりデグレチャフ中佐は、後方部隊の士官たちは戦争の現実を理解しておらず、あのような連中では話にならないと断じた。前線投入を前提とする戦闘団の歩兵大隊が、統一指揮に従う意識すら欠いている以上、部隊そのものを使い物にすることは不可能だと判断したのである。

降下猟兵大隊への差し替え構想

そこでデグレチャフ中佐は、第三三二歩兵大隊を親衛師団所属の新鋭降下猟兵大隊に差し替える方針を打ち出した。第二親衛師団は当面休養再編中であり、飾りの防衛任務には後方の無能な士官でも足りる一方、本当に戦える歩兵は戦闘団に回すべきだと考えたのである。ヴァイス大尉がそれを参謀本部に申し入れるのかと恐る恐る確認すると、デグレチャフ中佐は既に第二親衛師団側の大隊長の同意を取り付けていると明かした。相手は戦争を渇望する戦争フリークスであり、実戦投入の提案に即座に応じたのである。

編成替えへの目処

さらにデグレチャフ中佐は、編成主任のレルゲン大佐も話のわかる人物であるため、問題はないと述べた。こうして、使い物にならない歩兵大隊と旧式装備に悩まされていたサラマンダー戦闘団は、少なくとも歩兵戦力については実戦的な部隊へ差し替える目処が立った。デグレチャフ中佐にとっては、危険な前線に送られる以上、少しでも生き残る公算を高めるために必要な措置であり、そのためには頭を下げることも、強引に話を通すことも厭わなかったのである。

統一曆一九二六年七月一日 参謀本部大会議室

異様な結成式の光景

統一暦一九二六年七月一日、参謀本部大会議室において、新設される戦闘団の結成式が執り行われた。参謀本部肝いりの部隊であることを示すように、高官たちも列席し、場そのものは新部隊の創設儀礼として整えられていた。だが、その中心に立つ戦闘団長の姿は、列席者にとってあまりにも異様であった。特注の演説台に乗らねば部下を見渡せないほど小柄なターニャ・フォン・デグレチャフ中佐が、能面のような表情と戦地帰りの殺気をまといながら、百戦錬磨の魔導師たちを完全に統率していたのである。

第二〇三航空魔導大隊の絶対的服従

壇上のデグレチャフ中佐に対し、第二〇三航空魔導大隊の将兵たちは中佐殿、戦闘団長殿、指揮官殿と一斉に唱和し、全身全霊で敬意を示していた。その姿は、上官への形式的な礼遇ではなく、地獄の底まで共に進む覚悟を含んだ絶対的な信頼そのものであった。ライン戦線をくぐり抜けた精鋭たちが、ただ一人の幼い指揮官に従っているという現実は、同席していた第二親衛師団降下猟兵大隊の者たちにとっても理解し難いものであった。

歓迎の言葉に潜む威圧

デグレチャフ中佐は、新たに加わった部隊を大隊戦友諸君、新兵諸君と呼び、共に戦場へようこそと歓迎の言葉を与えた。その口調自体は穏やかであったが、そこに浮かぶ微笑みは訓練将校のそれのように凶悪であり、柔らかな容姿とはまるで噛み合わなかった。まるで人形のような外見をしながら、その実態は殺人人形か戦闘妖精のような異質な存在として立ち現れていたのである。高官たちがそれを当然のように受け入れ、ベテランの魔導師たちが何の疑いもなく服従している光景は、見る者に強い違和感を与えた。

戦争狂すら従わせる存在

列席していた者は、なぜ戦争を愛するような大隊長がこのような存在に従っているのかと疑うべきではなく、むしろ惚れ込んでいるという事実そのものを重く受け取るべきであったと痛感した。デグレチャフ中佐の異様さは、単なる年齢や体格の問題ではなく、実戦を通じて形づくられた指揮官としての圧倒的な何かに由来していたのである。その場にいた者は、彼女が人間の形をした別種の何かであるかのような感覚を抱かざるを得なかった。

新兵への苛烈な要求

結成式の最後に、デグレチャフ中佐は新たに加わった兵たちに対して、自らが期待することは二つだけだと告げた。そして、我が大隊の足を引っ張るな、追いついてみせたまえと命じた。歓迎の言葉で包みながらも、その本質は容赦のない通告であり、彼女の微笑みもまた威嚇以外の何物でもなかった。こうしてサラマンダー戦闘団の新兵たちは、ただ部隊に迎え入れられたのではなく、最前線の規律と覚悟を即座に突きつけられる形で、その戦列に組み込まれたのであった。

統一暦一九二六年七月二日 参謀本部戦務参謀次長執務室

レルゲン大佐の抗議

統一暦一九二六年七月二日、参謀本部戦務参謀次長執務室で、ゼートゥーア中将は前線報告を読みながら遅い食事を取っていた。そこへ血相を変えたレルゲン大佐が飛び込み、デグレチャフ中佐に戦闘団を任せる判断は本気なのかと強く問い質した。レルゲン大佐は、デグレチャフ中佐がすでに参謀本部直属の調査研究活動を口実に、帝都駐在の第二親衛師団から大隊を引き抜いたと報告し、その越権を問題視したのである。

ゼートゥーア中将の判断

これに対しゼートゥーア中将は、第二親衛師団は帝都防衛のために遊兵化しており、装備だけは良好である以上、前線で有効活用する方が合理的だと退けた。軍に残された余裕は乏しく、前線に投じるべき時期に来ている以上、実用性のある戦闘団構想を試すには、発案者であるデグレチャフ中佐に任せるしかないと断じた。レルゲン大佐が南方大陸への投入を提案しても、ゼートゥーア中将は南方は既に持ちこたえられず、東部で結果を出すしかないと判断していた。

南方大陸と合州国支援への危機感

ゼートゥーア中将は、南方大陸では連合王国側に未確認の供給源から大量の物資が流れ込んでおり、その出所は合州国である可能性が高いと説明した。しかも、その情報は帝国側へ意図的に漏らされており、帝国軍に合州国船舶を襲わせて参戦の口実を作らせようとしている形跡すらあった。帝国は連邦と連合王国だけで手一杯であり、これ以上敵を増やすわけにはいかなかったため、合州国を刺激せず、東部で勝機を掴むしかないという結論に至っていた。

東方派と西方派の対立

大戦中期の帝国軍参謀本部では、戦争指導を巡って西方派と東方派の対立が深まっていた。西方派は出血を強制して敵を衰弱させる瀉血戦略を重視し、東方派は包囲殲滅による速戦即決を主張した。東方派は、タンネーン・ニ・ベイク会戦で、わずか十五万の兵力で四十万の連邦軍を包囲し、大量の損害と捕虜を与えた戦果を根拠に、自らの理論の有効性を証明した。この戦果は、ライン戦線で膨大な損害を出した西方派に対する強い対抗材料となり、内閣や帝室が早期終戦の可能性に期待を寄せる流れとも結びついていった。

湖畔作戦の準備

こうして参謀本部は、連邦軍の残存戦力を徹底的に殲滅し、東部戦線の主導権を奪取するための大規模攻勢を立案した。それが帝国軍参謀本部命令第四十一号、通称湖畔作戦であった。命令では、主要兵力を東部へ集中し、機動軍団を編成して前面の敵を掃討しつつ、旧東部最前線の道路と兵站拠点を奪取することが定められた。ただし最優先目標は、連邦軍残存戦力の撃滅に置かれていた。こうして帝国軍は、反撃の時が近いと将兵に告げながら、東部戦線での決戦へ踏み出そうとしていた。

統一暦一九二六年七月八日 連邦首都モスコー 地下大会議室

ロリヤの危機感と会議への失望

統一暦一九二六年七月八日、連邦首都モスコーの地下大会議室で、列席者たちは同志ヨセフ書記長の意向ばかりを気にして沈黙していた。人民と祖国と党のために働いていると自負するロリヤは、建設的な提案を出そうとしない幹部たちを無能と見なし、連邦の機構が官僚主義に侵されて非効率化している現状を嘆いていた。彼にとっては、夢を実現するために努力しない者たちは、ラーゲリにいる者たちと大差ない存在であった。

帝国軍反攻への対処策の提示

報告では、帝国軍が東部国境地帯に大規模兵力を集結させており、近く反攻作戦に出る可能性が高いとされた。同志ヨセフ書記長が意見を求めても誰も口を開かなかったため、ロリヤは自ら発言し、連邦軍は後退によって帝国軍をより深く引き込み、下がれない状況に追い込むべきだと提案した。数で勝る連邦軍にとって、縦深を確保し再編の時間を稼げる後退は有利であり、帝国軍は前進するほど消耗戦に引きずり込まれると見ていた。

市街戦への誘導と損耗比率の逆転構想

ロリヤは、帝国軍の得意とする機動戦で戦う必要はなく、市街地の近接戦闘に持ち込めば連邦軍の数的優位を活かせると説明した。訓練不足の新兵でも、市街戦であれば戦える余地があり、損耗比率をわずかに改善するだけで、兵力規模で勝る連邦軍が有利になると考えたのである。帝国軍は勝利を重ねるほど土地の重要性を高め、自ら戦線を広げて後退しにくくなるため、最終的には要衝を奪還する形で帝国軍を逆に包囲できると見込んでいた。

体制維持のための犠牲の活用

ロリヤは、市街戦に際して督戦隊を内務人民委員部から派遣し、徹底抗戦を強制する方針も示した。加えて、反連邦的言説を唱える者や民族主義者、反動主義者を帝国軍にぶつけて消耗させることで、潜在的な危険分子を排除しつつ、体制に忠実な戦力を温存しようとしていた。党が直接手を汚すのではなく、帝国軍に彼らを始末させる形にすることで、連邦市民全体が反帝国主義のパルチザンとして立ち上がる構図を作ろうとしていたのである。

同志ヨセフ書記長の承認

ロリヤの提案は、善悪や道徳の観点から咎められることなく、実効性を認められた。同志ヨセフ書記長はロリヤに一任する代わりに、失敗は許されないと厳命した。ロリヤはこれを受け入れ、自分の構想を実現するための権限を得たことで、夢に近づいたと確信した。

サラマンダー戦闘団への執着

そのうえでロリヤは、代わりに一つ願いを述べた。モスコー襲撃を行った帝国軍の実行者、とりわけあの幼女だけは自分の手で裁きたいと申し出たのである。彼は、あの存在こそが自分の理想に近いものだと考え、ぜひ自らの下で屈服させたいと望んでいた。同志ヨセフ書記長は、憂いを除けるならばとこれを認め、ロリヤは帝国軍のサラマンダー戦闘団を連邦の内奥へ引きずり込み、そのうえで目当ての存在を手に入れる算段を固めた。

夢の実現へ向けた実務の開始

会議後、ロリヤは直ちに本部へ戻って準備に取りかかった。帝国軍が罠にかかりつつあり、サラマンダー戦闘団もやがて連邦の奥深くまで誘導できると確信していたからである。そのために軍の士気低下や脱走増加に対処するべく、督戦隊を予定より多めに送り込み、さらに収容所の待遇改善を命じた。長く収容するよりも、短期間だけ待遇を良くして帝国軍との戦闘に投入する方が有意義だと考えたのである。必要とあれば看守を処罰してでも実行させる姿勢を示しながら、ロリヤは自らの夢をかなえるため、あらゆる準備を着実に進めていった。

統一曆一九二六年七月十八日 東部戦線

サラマンダー戦闘団の任務と皮肉な導入

統一暦一九二六年七月十八日、東部戦線において、ターニャ・デグレチャフ中佐は、穏やかな自然を賛美するような調子で自らの任務を語っていた。美しい空気や夜空、大地を歩くことの価値を持ち出しながら、過度に機械化された都市生活とは対照的な野外の行軍を、まるで気楽な散策であるかのように表現していた。

武装した行軍としての現実

しかし、実際の任務は武装したハイキングに他ならなかった。サラマンダー戦闘団の将兵は、泥にまみれた大地を、オートバイや装甲車に揺られながら進み続けていたのである。のどかな語り口とは裏腹に、その行動は戦場における移動そのものであった。

戦闘団に与えられた作戦目的

サラマンダー戦闘団に与えられた本来任務は、作戦発動に伴って進軍する帝国東部方面軍北部集団の側面援護であった。参謀本部が新設したこの戦闘団は、北部集団の進撃を支えるため、側面警戒を担う立場に置かれていた。つまり、主力の進軍を支えつつ、敵の不意の出現に備える役割を負っていたのである。

東部派の戦果を踏まえた楽観的想定

タンネーン・ニ・ベイクの戦いで東部派が敵予備戦力を撃破したこともあり、参謀本部は敵がこの方面に出てこないという想定を立てていた。そのため、ターニャは表向きには、まったり進めばよいという姿勢を示していた。敵が出現しないのであれば、戦闘団の任務も比較的穏やかに遂行できるはずだという建前であった。

深入りを避ける慎重な本音

だが、その言葉の締めくくりで、ターニャは本心を滲ませていた。進撃はあくまで深入りせず、いつでも逃げられるようにしておくべきだと考えていたのである。彼女にとってこの任務は、側面援護という名目のもとに進むものであっても、無用な危険に踏み込むべきものではなかった。ピンポンダッシュのように素早く接近し、必要なら即座に離脱できる態勢を保つことこそ、サラマンダー戦闘団の行動原理であった。

解説

戦果誤認(台湾沖航空戦)

台湾沖航空戦は、戦果誤認の代表例として知られている出来事である。現場部隊からの報告を集計した大本営は、空母一隻、戦艦四隻、巡洋艦七隻、艦種不明十五隻を撃沈または撃破したと発表し、大勝利として喧伝した。しかし実際には巡洋艦二隻を大破させた程度であり、報告された戦果とは大きく乖離していた。現場を知る者の多くは現実的でない数字だと疑っていたが、戦局が厳しくなるほど、人は信じたい報告を受け入れてしまうという心理が働いた事例であった。

ラーゲリ送り

ラーゲリ送りとは、強制収容所に送られて労働を強制される処分を指す言葉である。ソビエト体制下では政治犯や反体制分子、あるいは当局に不都合と判断された人々が収容され、過酷な労働に従事させられた。一方で建前としては奴隷労働には反対するという理念が掲げられており、その矛盾を含む制度として語られることが多かった。

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