【ダンまち】「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか21」感想・ネタバレ

【ダンまち】「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか21」感想・ネタバレ

物語の概要

ジャンル
異世界ファンタジー/冒険・神話譚である。神々・モンスター・冒険者が交錯するオラリオ世界を舞台に、青年ベル・クラネルらの成長と戦いを描くシリーズである。
内容紹介
オラリオ最大派閥であるロキ・ファミリアが「全滅」したという報せが、北の最果てから帰還したベルを待ち受ける。都市最大の遠征が失敗に終わり、60階層のダンジョンにアイズらが取り残されたという状況に、神々すら動揺を隠せない。ベルは「オラリオの全軍」を動員して絶望に抗おうと宣言し、希望への抵抗が始まる。深紅と紺碧の眼差しが交錯する中、眷族の物語(ファミリア・ミィス)が紡がれるであろう。 

主要キャラクター

  • ベル・クラネル:本作の主人公である冒険者。ロキ・ファミリアの“英雄”として、絶望に抗い、仲間を救うために立ち上がる中心人物である。
  • アイズ・ヴァレンシュタイン:剣姫として高い実力を持ち、ベルとともに多くの戦いを共にしてきた存在である。60階層に取り残されたという報に関わる重要キャラクターである。

物語の特徴

本巻の最大の特徴は、「絶望」からの反撃と「全軍動員」というスケールの拡大にある。かつて支えていたロキ・ファミリアの消失という衝撃的な事実を背景に、ベルがどのように立ち上がるかが焦点となる。また、「60階層で取り残された仲間」という時間的・空間的危機、オラリオ全軍を動かす決断、神々の介入など、物語の要素が大きく膨らむ展開が予見される。友情、犠牲、英雄性、裏切りといったテーマが交錯し、シリーズ中でも転換点となる巻である。読者は、これまで培われたベルの信念と力が試される場面を見ることになるであろう。書籍情報

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 21
(Is It Wrong to Try to Pick Up Girls in a Dungeon?
著者:大森藤ノ 氏
イラスト:ヤスダスズヒト 氏
出版社:SBクリエイティブGA文庫
発売日:2025年10月15日
ISBN:978-4-8156-3293-9

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あらすじ・内容

【ロキ・ファミリア】全滅ーー。
北の最果てより帰還したベルを待ちうけていた最悪の報せ。
都市最大派閥の『遠征』失敗と、ダンジョン60階層にアイズたちが取り残されたという現実に神々さえもが衝撃を隠せずにいた。
だが、英雄の都は終末を拒む。
「使うのは『オラリオの全軍』だ」
喊声を上げよ。すべての手札を注ぎ込み、絶望に抗え。そして――
「私ができた。なら、貴方もできる」
深紅と紺碧の眼差しが交わる時、一筋の希望に手が届く。
これは、少年が歩み、女神が記す
――【眷族の物語】――

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか21

感想

アイズがベルをミノタウロスから助けて始まったこの物語。
今度はベルがアイズを助けに向かう21巻。
ベル、成長したな。

ロキ・ファミリアの遠征が失敗したという報せがオラリオに届いた。都市最大の派閥が六十階層で壊滅したという衝撃は街全体を震撼させ、血と鉄の匂いが立ち込める中、誰もが絶望の色を浮かべていた。ベルは必死にアイズの名を叫び探し続けるが、その姿はどこにもなかった。

ギルド職員エイナに制止され、涙を堪えるベルの前に、神ロキが現れる。彼女は「階層主を超える怪物が現れた」と語り、アイズたちが深層で未だ生きていることを明かした。ベルは救出を懇願し、神々の会議によりオラリオ全軍による救出作戦が発令される。

ヘディンが総指揮を執り、全ファミリアが動員される。ベルは昏倒中に治療を受けるが、回復後、月光の下で目を覚ます。そこに現れたのは、かつて幾度も衝突したエルフの少女レフィーヤ・ウィリディスであった。彼女はアイズたちを救うため、ベルの力を求めて来訪した。互いに過去の過ちと後悔を語り合い、ベルは「軽蔑などできない」と告げ、共闘を誓い合う。

翌夜、『救出作戦』が始動。地上では神々が連携し、ギルド本部ではリリが臨時指揮官として全戦線を統括する。地下では、ヘスティアの通信を受けながらベルたち本隊が進軍を開始した。疑似立坑を形成したオラリオ総軍の支援のもと、彼らは一日で六十階層を目指す前代未聞の突撃を敢行する。

ベルとレフィーヤは数々の激戦を突破し、協力して障壁を乗り越える。十八階層の安全地帯では僅かな休息を取り、再び進軍を再開。ヴェルフやリュー、春姫らが支援に加わり、地上ではリリが次々と戦線を再配置して全軍を動かす。

その後、階層主ウダイオスの再出現をレオンが一撃で葬り去り、神々はその光景に歓喜する。だが、ロキは「敵の触手が来る」と不吉な警告を発し、地上・地下双方で緊張が走る。

新種モンスター“精霊の分身”との戦闘では、ヴェルフの魔剣とベルたちの連携により撃破。戦線を立て直した本隊はさらに下層へと突入する。地上のリリは情報洪水の中、各層の指揮を掌握し、火線を維持するため“ポンプ式作戦”を展開。ベルたちの帰還路を確保しながら、全オラリオを挙げた戦いを続けた。

進撃の果てに、本隊は異端児ゼノスと合流し、飛竜の背で深層へと飛翔。四十階層を超えた先、オッタルが巨人バロールと死闘を繰り広げていた。ベルはその雄姿を胸に刻み、仲間たちとともにさらに深く、六十階層の地獄へと突き進む。

――ベル・クラネルがかつて憧れた英雄たちを、今度は自ら救うために。物語は最終局面へと歩みを進めていく。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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展開まとめ

プロローグ セカイ迷作劇 場

暗闇と幼き姿
アイズは暗闇の中で目を覚まし、自分がどこにいるのかも、なぜそこにいるのかもわからなかった。周囲を見渡すと、かつての幼い姿に戻っており、小さな手足と懐かしい衣服に包まれていた。記憶は曖昧であったが、ひとりきりの静寂に寂しさと恐れを覚えていた。

お友達との冒険
不意に足元から「お友達」たちが現れた。人形や縫い包み、小人や土偶、妖精たちがアイズの周囲に集い、共に冒険へ出ようと誘った。アイズは木製の剣と盾を手に取り、仲間たちと迷宮へと旅立った。怪物たちが現れても恐れはなく、仲間の力と魔法によって次々と道を切り開いていった。彼女は歌を口ずさみながら、皆と共に楽しく下へ下へと進んでいった。

血に染まる崩壊
六十層ほど潜ったところで、冷たい風が吹き抜けた。アイズが髪を押さえ目を閉じると、生温かい液体が飛び散った。目を開けると、歌声が消えており、振り返った先には仲間たちの無残な姿が広がっていた。手足はねじ曲がり、内臓が露出し、血に染まったお友達の残骸が転がっていた。アイズの剣先には彼らの血が付着しており、それが自らの仕業であるかのように彼女を責め立てた。

絶叫と氷の鳥籠
冷たい風が嵐となって吹き荒れ、仲間たちを吹き飛ばして血の雨を降らせた。全身を赤く染められたアイズは恐怖と絶望に支配され、悲鳴を上げて崩れ落ちた。周囲からは氷柱が立ち上がり、彼女を閉じ込める氷結の牢獄が形成された。それは彼女の壊れた心を守る殻でもあり、頭上からは禍々しい存在が愉悦に満ちた声で彼女を見下ろしていた。巨大な「何か」が氷の鳥籠を抱きしめ、長い舌を這わせながら恍惚の笑いを漏らしていたのである。

1章 アイズ SOS

遠征の失敗と惨状
オラリオに緊急の報せが届いた。「遠征は失敗、六十階層で派閥連合は壊滅」との叫びが広場に響き渡り、周囲は混乱に包まれた。血と鉄の臭いが漂う中、無数の冒険者たちが倒れ伏し、地面は赤く染まっていた。現場は現実離れした悲劇のようで、誰もがその光景を受け止められずにいた。

アイズの不在と絶望
それでも黒髪の青年が必死に叫び、現実を突き付けた。ロキ・ファミリアの壊滅――その衝撃は都市全体を揺るがせた。冒険者たちは信じられずに声を上げ、勇者たちの帰還を願った。しかし、黄金の髪の妖精アイズ・ヴァレンシュタインの姿はどこにも見えなかった。ベル・クラネルは何度も周囲を探し回ったが、彼女の姿はなく、胸を締めつけられるような不安に駆られた。

暴走する感情と制止
アイズを探しに飛び出そうとしたベルの背を、ギルド職員エイナが必死に抱きとめた。力では止められないはずの抱擁だったが、その腕から伝わる冷たさと震えが、ベルの足を止めた。エイナは涙声で、今は休むべきだと訴えた。彼女の顔は青ざめていたが、ロキ・ファミリアを責めることなく、ただ生還者たちを守ろうとしていた。ギルド職員たちも同様に混乱の中で奔走し、冒険者を支えていた。

教師と仲間の言葉
ベルは涙を堪えきれず、アイズやフィンの名を叫んでいた。そこへレオン先生が近づき、肩に手を置いた。その手の温もりと重みは、Lv.7の冒険者としての威厳を持ち、動揺するベルの心を静めた。先生は「第一級冒険者は取り乱してはならない」と諭した。隣ではニイナが青ざめた顔で立ち尽くし、ベルの愚かさと無力を映す鏡のように見つめていた。彼はようやく冷静さを取り戻し、震えるエイナの腕に触れて抱擁を解き、共に謝罪を交わした。

ロキ・ファミリアの救出と神の到着
周囲では治療師たちが到着し、負傷者を次々と担架で運び出していた。怒号に満ちた空気は次第に静まり、冒険者たちは血まみれの仲間を見つめながら、都市に迫る未曾有の危機を実感していた。その中で、ベルのもとへヘスティアと仲間たち――リリらが駆けつけたのである。

生還者の搬送と沈黙
遠征から帰還した冒険者たちは、重傷者が多かったため、治療を専門とする【ディアンケヒト・ファミリア】へと搬送された。ベルたちはヘスティアと共に摩天楼施設の二階に移され、かつてリューと共に治療を受けた部屋は静寂に包まれていた。そこには【ヘスティア・ファミリア】全員と、レオン、ニイナの姿があり、それぞれが深刻な表情を浮かべていた。ヘスティアが口を開こうとした瞬間、部屋にロキが現れた。

ロキの報告と深層の異変
朱色の髪の女神ロキは、六十階層に恐るべき化け物が出現したと告げた。その存在は階層主をも凌駕する強敵であり、精鋭部隊はほぼ壊滅したという。ロキの声には怒りと悔しさが滲み、ヘスティアもまた痛ましい表情を見せた。帰還者の治療を見守ることに意味はないと語り、ロキは「アイズたちはまだ深層にいる。助けねばならない」と宣言した。その言葉にベルの心は一気に熱を帯び、希望が灯った。

アイズの生存と希望の光
ベルはアイズの安否を確かめた。ロキは恩恵の数が減っていないと答え、彼女たちがまだ生きていると断言した。神々は眷族の恩恵を通じて生存を感知できるため、確証ある言葉だった。ベルは悲愴を振り払い、アイズを助けるために全力を尽くす決意を固めた。そしてロキに救助隊への参加を懇願した。

神々の対話と空気の緩和
ベルの申し出にロキは呆れながらも、救出のために来たことを認めた。ヘスティアが誇らしげに胸を張り、シルが穏やかに笑いかけると、ロキは怒鳴りつつもわずかに場の空気が和らいだ。そのやり取りにヴェルフや命も微笑みを見せ、レオンも静かにベルの肩に手を置いた。重苦しい空気の中に、一瞬だけ光が差した。

救出作戦の発令
直後、師匠が進み出て作戦の総指揮を執ると宣言した。オラリオの神々の総意に基づく「救出作戦」の開始である。ロキが不満げに睨みつける中、師匠は堂々と指揮を取る覚悟を示した。ベルはその末席に加わることを熱望し、師匠に次の指示を求めた。

強制休養と制裁
しかし師匠の返答は「お前は寝てろ」であった。意外な命令にベルは戸惑い、反論しかけた瞬間、師匠の蹴撃が炸裂した。抵抗を試みる間もなく、首を掴まれて電撃を浴び、意識を強制的に断ち切られた。ヘスティアの悲鳴を最後に、ベルの視界は暗闇に沈み、彼は深い無意識の闇へと落ちていったのである。

強制失神と看護の騒擾
ヘディンの電撃で意識を断たれたベルが床に崩れ落ち、ヘスティアとニイナが悲鳴を上げた。春姫が素早く顔を支え、シルが焼けた首筋へ軟膏を塗布し、リリとリューは寝台の準備と抗議の段取りに動いた。女神は怒りを堪え、命は場数の差を示すようにニイナを制した。ロキは嫉妬混じりに嘆息し、ヴェルフは既に面倒な相手ばかりだと苦笑した。ヘディンはレオンと視線を交わし、浄化で遮断したとはいえ汚染瘴気の吸入を看破した。

休養命令の意図と処置
ヘディンはベルの超人的な回復力が油断を招くと断じ、時が来るまで眠らせると宣言した。すぐにナァーザとミアハが呼ばれ、春姫の膝からベルを寝台へ運ぶと、天使草の香と自鳴葦笛ネムネムアルゴスで深い眠りへ誘導した。ヘスティアは遠い目で隣人の使役に嘆息し、ヘディンは目覚めていれば徒に騒ぎ、落ち込みと立ち直りを繰り返すだけだと切り捨て、作戦内容は直前に叩き込むとした。

浄化設備への退避と参戦の大義
レオンは自分とニイナが学区の浄化施設で休息を取ると告げ、竜の谷対策の装置で不安要素を除去すると約した。非常時でも対立を続けるのかと探りを入れると、ヘディンは黒竜討伐を前に戦力を手放す非効率は取らないと応じ、同行した強靭な勇士にも犠牲が出たことを示し、化生の殲滅こそ参戦の大義と怒気を滲ませた。

犠牲者の報せと沈痛
シルはメルーナ、レスタン、ターナの魂が天へ還ったと静かに告げた。ベルがかつて関わったエルフらの名が重く響き、ヴェルフは今は彼を眠らせて正解だと呟いた。他者の喪失に敏感なベルを守るための判断として、【ヘスティア・ファミリア】も沈黙の同意を示した。

六十階層の現実と情報格差
リリはロキ・ファミリアの敗走と第一級冒険者の取り残されを改めて口にし、その顔色はなお戻らなかった。彼女はフィン、リヴェリア、ガレス、ティオネ、ティオナ、ベート、アナキティ、そしてアイズの名を並べ、その編成が反則的な強度であった事実を確認した。さらに椿やアミッドの同行を勘案すれば、第一級冒険者の標準戦力をも上回る隊が帰還不能である現実が、玉砕の危険を示すと理解した。シルはオッタルが四十階層、ヘグニが六十階層に残置され生存はしているが未帰還だと共有し、ロキは眼晶オクルスによる常時通信で敵交戦までの状況を把握していたと明かした。都市に戻ったばかりのニイナと、事前通達を受けていたヘスティア側の間に情報格差があることが露わになった。

支度の完了と決意の共有
命は指示に従い支度を整えたと述べ、ヴェルフはヘファイストスに預けたクロッゾの魔剣の覚書を突き出した。ヘディンはそれを受け取り、室内には【ヘスティア・ファミリア】の戦う意思が満ちた。春姫は胸を握りしめ、リリは蒼白のまま覚悟を固め、リューは共闘相手の力量を静かに見定めた。ニイナは未知の六十階層への救助方法を問うた。

総力投入の作戦方針
ヘディンは遊ばせる戦力などないと断じ、限られているという認識を退けた。そして神々を除けば都市随一の頭脳として宣言した。使うのは、オラリオの全軍である、と。

ヘイズの悲鳴と決起
ヘイズは『剣』『盾』の指令書を受け取り、過労死を嘆くほどに取り乱したが、メルーナらの戦死を聞き、女神の所有物を奪った“汚物”への報復と【ロキ・ファミリア】の救出を誓ったのである。治療師・薬師ら(アンドフリームニル)は即応体制に入り、ヘイズは看護衣と金杖で出撃準備を整えた。

ヘルンの逡巡と“護衛”の約束
灰髪の侍従頭ヘルンは戦力不足を理由に苦悩するが、ヘイズは言外の願いを見抜き、ベルの身は護ると明言した。ヘルンは否定しつつも顔を紅潮させ、内心を露呈していた。

ガリバー四兄弟とアレンの火花
『豊穣の女主人』では小人族の四兄弟が装備整備に没頭。アレンは苛烈な物言いで急かす一方、妹アーニャが『盾』の指令書を携え参戦を表明し、クロエとルノアも続いた。家族を理由に食い下がる妹にアレンは激昂するが、四兄弟が“参戦の理由ができた”と煽り、店内は乱闘寸前の騒擾であった。

戦闘娼婦隊の先行投入と春姫への託言
中央広場ではアイシャ率いる三十名超の戦闘娼婦が『盾』として先行出撃。春姫は『剣』(本隊)に編入されるが、アイシャは深層の苛烈さを踏まえ“危険時は逃げろ”と忠告した。春姫はかつての弱さを捨て、「皆が勝利するまで逃げない」と応じ、姐達を「武運長久」で送り出したのである。

ヘルメス・ファミリアの参戦と“特別任務”
『旅人の宿』は大混乱。ヘルメスは【勇者】喪失=下界の詰みと断じ、参戦を決断。アスフィには【白妖の魔杖】から“特別任務”が下達され、渋面で受領した。ルルネの悲鳴が飛ぶ中でも準備は加速した。

学区の動員と学生達の自発行動
学術都市『学区』でも全学的動員が発令。イグリン、クリス、レギは情報を擦り合わせ、ニイナとレオンの浄化投下、さらには“ラピ用防具”の用意を確認した。第三小隊は“大役を任せられる仲間”としてベルを想起し、鍛冶・稽古・物資収集へ自律的に走り出したのである。

ギルド本部の蜂起と“夢の名簿”
ギルドは“全ファミリア強制任務”として作戦室を稼働。受付嬢ミィシャが持ち込んだ“本隊精鋭最終決定表”に職員一同は熱狂した。エイナは列挙された英傑群に震え、そこにベルの名を見つけて“最強の英雄一団”の実感を得た。

地下祭壇:神々の応酬と総力戦の骨子
地下ではディアンケヒトがロキに罵声と要求を浴びせ、ガネーシャが物理退場させる騒ぎとなる。ヘファイストスは“未到達領域をロキに押し付けたツケ”として責任を分有すべきと述べ、ロキは第二級帰還組の再投入も容認。作戦はヘディン案を是認し「拙速」を尊ぶ方針で一致した。補給猶予はあるが、アイズを勘案すれば悠長は不可とし、ロキは“刻限は三日”と明言した。

“変な反応”と脅威の正体
ロキは恩恵反応に“一つの異常”があると告げ、楽観を封じた。最後にウラノスが答える。英雄達をも屠る脅威の正体は、モンスターへ堕ちた奇跡の化身――『穢れた精霊』である。これが六十階層で派閥連合を壊滅させた原因であり、救出作戦が都市総力投入となる決定打であった。

夢の回廊――ベル・クラネルの誓い
ベル・クラネルは昏睡の内側で、第一級冒険者たちとの記憶を辿る。
フィン・ディムナの温厚と機略、リヴェリア・リヨス・アールヴの潔癖と高潔、ガレス・ランドロックの包容と眼力。ティオネ・ヒリュテの実力と面倒見、ティオナ・ヒリュテの太陽のような快活。ベート・ローガの嘲りと、それでも彼を走らせた悔しさ。そして、アイズ・ヴァレンシュタイン――憧憬の頂。
恩を受けた者たちを今度は自分が助ける、とベルは暗闇の中で誓いを新たにする。

最後に思い当たる“もう一人”――ベルに厳しくも礼節をもって接し、同じくアイズを敬慕していたエルフの面影が差し込む。山吹色の光とともに響く声――「いつまで寝ているんですか?」。その呼びかけに意識は浮上を始め、ベルは現実へ戻る準備を整えるのである。

月光の目覚め

ベルは深い眠りから意識を取り戻した。
見知らぬ天井、甘い花の香り、静寂の中に微かに鳴る自鳴琴。
柔らかな寝台に包まれながら、現実と夢の狭間で朦朧としていたが、月明かりだけが差し込む部屋の薄闇の中で、次第に状況を思い出した。
そして突如、救出作戦の刻限を思い出し、反射的に飛び起きた。

再会と名乗り
その慌ただしさを制するように、鈴のような声が響いた。
「まだ刻限じゃない。落ち着いてください」
その声に導かれるように振り返ったベルの目に映ったのは、月光を受けて立つ一人のエルフだった。
山吹色の髪、白と赤を基調とした魔導衣、腰には杖。
森の妖精のように美しく、凛としたその姿に、ベルは息を呑んだ。

魔導士の来訪
「寝惚けているなら、自己紹介でもした方がいいですか?」
そう言って彼女は髪を揺らし、紺碧の瞳でまっすぐにベルを見つめた。
親しみでも蔑みでもなく、ただ同じ冒険者として――。
そして静かに名を告げた。
「私はレフィーヤ・ウィリディス。貴方の力を借りたい、【ロキ・ファミリア】の魔導士です」
月光が照らす静寂の部屋で、彼女は胸に手を置き、失われた英雄を待ち続ける者のように、真摯な眼差しでベルに向き合っていた。

第2章 EKIDEN EXPRESS

最初の出会い
ベルとレフィーヤの出会いは八ヶ月前の早朝に遡る。
路地裏の曲がり角で出会い頭に頭をぶつけ、二人して尻もちをついた。
その時、山吹色の髪を朝の光に揺らす彼女の姿に、ベルは見惚れた。
長い髪、尖った耳、清楚で裏表のない微笑み――まるで物語に出てくる妖精のようだった。
しかし、その幻想は一分と経たずに崩壊する。
「あなたっ、アイズさんのことを何か知っているんですか!」
アイズ・ヴァレンシュタインへの狂信的な情熱を露わにしたレフィーヤは、一瞬で可憐な妖精から怒れる森の番人へと豹変したのである。

追走と遭遇の記憶
この出会いを皮切りに、ベルは幾度もレフィーヤに追われる運命となった。
アイズの秘密特訓初日、心配して駆けつけた彼女に追い回される第一幕。
ダンジョン帰還時にばったり出会い、「負けませんから!」と宣言される第二幕。
さらに十八階層でアイズらの水浴びを覗いた直後には、怒号と悲鳴の“無限追走劇Ⅱ”が勃発した。
極めつけは、春姫を救出した帰りにヘルメスからもらった精力剤を誤ってレフィーヤの頭にぶちまけてしまった“無限追走劇Ⅲ”。
その度に彼女は烈火のごとく怒り、ベルは命懸けで逃げる羽目になった。

誤解と印象の転落
レフィーヤから見れば、他派閥の下級冒険者が幹部に無遠慮に接近し、挙げ句の果てに不祥事を連発する非常識な男。
ベル自身もそれを自覚し、思い出すだけで頭を抱える。
それでも、彼女は単なる敵意だけで接していたわけではなかった。
【ロキ・ファミリア】の中でアイズやティオナに次ぐほど、彼女はベルと関わりを持ってきた。
互いに積み重ねた騒動と軋轢の中で、理解や感情が少しずつ芽生えていたのかもしれない。

再会と変化の実感
ベルは過去の記憶を思い返しながら、月明かりのもとでレフィーヤと向き合っていた。彼女はかつての柔らかい雰囲気を脱ぎ捨て、冷静で凛とした姿へと変わっていた。ベル自身もまた、異端児ゼノスとの邂逅や深層での経験を経て成長していた。互いに変化した二人の再会は、単なる再会ではなく「邂逅」と呼ぶにふさわしいものだった。

精霊の護布の授与
レフィーヤはベルに、光を帯びた赤い肌着と刻印入りの戦闘衣を手渡した。それは火・水・風など全ての精霊の魔力を編み込んだ特注品「全精霊の護布」であり、学区のレオンから託されたものであった。ベルは驚きつつも装備の重要性を理解し、指示に従うことを誓った。レフィーヤは三年前まで学区の生徒であったと明かし、レオンとの関わりを示した。

贖罪の決意と真実の告白
ベルが彼女の来訪理由を尋ねると、レフィーヤは真剣な面持ちで、アイズたちを救うためベルの力を借りたいと語った。彼女は六十階層で目にした惨状と、自らの過ちを静かに語り、過去を変えることはできないが、後悔を焼き払い奪われたものを取り戻すと誓った。その言葉には深い懊悩と覚悟が滲んでいた。

共闘の誓い
語り終えたレフィーヤは、寝台に腰かけるベルの前で片膝をつき、月光に照らされながら力を貸してほしいと懇願した。その姿はまるで騎士のように高潔であり、ベルはその真摯な願いに心を打たれた。彼女から差し出された剣の指令証を受け取ったベルは、迷うことなく頷き返し、共にアイズたちを救うことを約束したのである。

沈黙と気まずさの中で
ベルはレフィーヤから神や師匠が用意した装備を受け取り、「全精霊の護布」の上に身につけて治療室を後にした。二人は無言のまま高い天井の階段を下りていく。会話が途切れた静寂の中で、ベルは気まずさに耐えられず、どうにかして空気を変えようと必死に話題を探した。師匠の言葉を思い出し、勇気を出してレフィーヤの髪を褒めるが、返ってきたのは冷ややかな「気持ち悪い」の一言だった。

不器用な会話と謝罪
あまりに直球な拒絶に打ちのめされるベルだったが、レフィーヤは階段を下りながら小さく謝罪した。思い詰めた自分が空気を悪くしてしまったと述べ、慣れない気遣いを見せたベルに「無理はしないで」と諭した。その姿に、ベルは彼女の大人びた落ち着きを感じ取った。

レフィーヤの葛藤とベルの応答
レフィーヤは突然立ち止まり、アイズたちを置いて逃げた自分を軽蔑するかと問いかけた。ベルはその意図を測りかねながらも、彼女の心に巣くう後悔と苦しみを悟った。十段ほど離れた位置で互いに見つめ合い、ベルは静かに答えを探す。そして、彼は思わず「軽蔑されたいのですか」と尋ね、レフィーヤを面食らわせた。自らの失敗を思い出しながら、ベルは人に責められることで楽になろうとする自分を語り、同じように苦しむ彼女の心を理解した。

敬意と共闘の誓い
ベルは階段を降り、レフィーヤを見上げる位置に立った。彼は、彼女たちが仲間を救うために再び地獄へ赴く覚悟を称え、「そんな人を軽蔑できない」と告げた。その言葉にレフィーヤは呆れながらも微笑み、涙をこらえるように笑顔を見せた。そして再び、力を貸してほしいと頼む。ベルは力強く頷き、「一緒にアイズさんたちを助けましょう」と応えた。二人の間に漂っていた沈黙は、確かな信頼へと変わっていたのである。

出発前の静けさ
冬の夜、冷たい空気が『バベル』の大広間に満ちていた。ランクアップを重ねた冒険者であっても、寒さだけは身に染みる。だが、胸の高鳴りを抑えるにはちょうどよい冷気だった。『救出作戦』を目前にした、嵐の前の静けさ――ベルは月光に照らされた広間で、静かに息を整えていた。

集結する仲間たち
リューが現れ、白い戦闘衣に深緑のケープを纏い、完全武装で臨んでいた。ベルもレフィーヤと共に準備を整え、緊張の面持ちで仲間たちの姿を見渡した。広間にはレオン、アレン、ドヴァリン、アルフリッグらが集い、口論混じりの喧噪を見せていたが、それも緊張を紛らわすためのものだった。門の前ではヘスティアが春姫を心配して騒ぎ、アスフィは疲労の色を浮かべていた。
参加者はわずか二十名に満たず、ベルはその規模の小ささに疑問を抱く。

少数精鋭の本隊
リューは指令証を確認し、ベルが持つ『剣』の印を見て頷いた。ここに集った者たちは皆『剣』の指令証を持つ選ばれし者であり、これが『本隊』であると告げた。レオンを筆頭に、全員がLV.4以上の実力者。春姫を除けば全員が戦闘特化の冒険者であり、少数精鋭による深層突入作戦であった。オッタルやヘグニはすでに深層に残されており、今回の遠征はまさに英雄級の布陣であった。

師の指令と出発
やがて師匠が現れ、説明を省いて「走れ。それだけだ」と短く告げた。ベルが質問を発する間もなく、師は痛烈な蹴りで促し、全員に地下への進軍を命じた。戸惑いながらも立ち上がるベルの前に、ヘスティアが現れ、ヴェルフが改造した眼晶《オクルス》を渡した。神自身が同じ色の水晶を手にし、通信を通して地上から見守ると告げる。地上と地下を繋ぐ神託の支援――それは神と眷族が一体となる初の試みだった。

決意と出立
ヘスティアの励ましに、ベルは強く頷いた。救出の旅は、神と共に挑む未知の冒険。仲間たちと、そして自らの憧憬を取り戻すため、ベルは新たな戦いへと歩み出した。冷たい空気の中、凛とした決意が胸に燃え上がっていたのである。

作戦開始――跳躍と落下
『バベル』地下一階から大穴の中心へ飛び込み、着地と同時に発走した。師匠は五十階層まで交戦禁止と命じ、隊は螺旋階段を無視して正規ルートを最短で突き進む方針であった。

目標走者に合わせた最大戦速
先頭は都市最速の戦車で、その背を白銀の鎧を纏うレオンが目標走者として速度配分した。速度は容赦なく、気を抜けばLV.4級でも脱落しかねない最大戦速であり、ベルとレフィーヤは気合を入れ直して追随した。

異変の察知と正体の露見
疾走にもかかわらずモンスターと遭遇せず、代わりに下級冒険者の群れが本隊の到来を告げて退避していた。曲がり角の先では冒険者たちが二列で沿道を固め、正規ルート中央を走る本隊を守るように群敵を払い続けていた。

疑似立坑の運用
ヘスティアの通信により、これは冒険者総動員で構築した疑似立坑であると判明した。盾役や打撃手、魔導士、弓兵が横道から溢れる魔物を抑え、本隊は中央の“道路”を無傷で通過する構図であった。肩鎧や胸元には指令証が貼られ、剣は本隊、盾は防衛隊を示していた。

人工立坑作戦の全容
師匠は一日で六十階層に到達する目標を示し、往路のみならず復路も立坑維持の時間内に完遂しなければ全軍が迷宮に呑まれると告げた。疑似立坑はオラリオ総軍による突貫の“人工立坑”であり、ベルが昏倒中に準備された猶予が、その構築と最短経路の確保に充てられていたのである。

往復を要する地獄の超長距離闘走
本隊は救出後に速やかに地上へ戻らねばならず、防衛隊もまた持久戦を強いられる構図であった。沿道の冒険者たちは急げ、必ず戻れと罵声まじりの激励を送っており、人工立坑の維持には明確な制限時間が存在していた。

覚悟の共有と進軍の継続
レフィーヤはアイズの救出を理由に躊躇いを捨てるべきと示し、ベルも応じて雑念を断った。二人は支えてくれる総軍のためにも最速で到達し最速で帰還する決意を固め、レオンの背に食らいつきながら、疑似立坑を貫く走りを続けたのである。

神々の奔走
ベルたちの疾走に遅れまいと、ヘスティアは馬車でギルド本部へ乗りつけ、転げ落ちるように地下祭壇へ向かった。神制官として通信を担う予定であったが、本隊の速度があまりに速く、息を切らしながら必死に駆け込む姿はもはや神の威厳とは程遠かった。

地下祭壇の神々
祭壇では、ウラノス、ロキ、ヘファイストス、ヘルメス、バルドルが待機しており、遅れて到着したヘスティアをロキが怒鳴りつけた。さらにそこには、“街娘シル”ではなく本来の姿に戻った美の女神フレイヤがいた。彼女は若葉色のワンピースを纏い、女王の風格と庶民的な格好が奇妙に混ざった姿であった。ヘスティアが呆れながら指摘しても、フレイヤは意に介さず、士気高揚のためあえてこの姿で臨むと語った。

女神の指揮と干渉
フレイヤは青い眼晶を通じて前線のアレンに指示を出し、中層での合流を命じた。アレンは反発するが、彼女が“女神”として命じると渋々従う。ヘスティアはそのやり取りを見て、フレイヤがこの姿に戻った理由を理解した。神々の多くは地上で混乱する民衆の鎮静にあたっており、この場に残る神々が実質的な作戦指揮を担っていた。

神制官としての参戦
気を取り直したヘスティアは、眼晶《オクルス》を通じてベルへ通信を再開し、走りながら聞けと作戦内容の説明を開始した。彼女の通信はリリの役割を代行するような形となり、地上の神々もまた“サポーター”として全力を尽くす体制が整った。神々の奔走と支援のもと、『救出作戦』は本格的に始動したのである。

進攻継続と沿道の共闘
ベルは下級冒険者たちの奮闘を横目に、疑似立坑の中央を本隊とともに疾走し続けた。沿道では各派閥の冒険者が横並びでモンスターを払い、鯨波のような声で進軍を押し出していた。ベルは神からの通信で必要情報を受け取りつつ、最短進攻の凄烈さに驚嘆していた。

学区と二つ名の声援
学区の生徒や二つ名持ちが上層域で共闘し、レフィーヤに向けて激励を送った。ベルは胸を熱くしながらも前進を優先し、十二階層の霧の迷宮ではモルドらが給水係さながらに並走し、万能薬を託して本隊を送り出した。本隊は速度をさらに上げ、中層へ突入した。

中層の守り漏らしと落下突破
中層では遠距離攻撃の守り漏らしが増え、アルミラージやホールハウンドの攻撃が本隊を掠めた。師匠は正規ルート上の縦穴を見抜いては連続落下で階層を飛び越え、上層以上の勢いで踏破を重ねた。

十七階層の乱戦と援護要求
十七階層最奥の広間では、学区第三小隊やタケミカヅチ・ファミリアがゴライアスと大型級に対峙していた。宿場町の熟練は見当たらず混成の若手中心で、戦線は逼迫していた。ベルは支援を乞うが、師匠は走破を優先し、本隊の目的遂行と沿道の底力を信じ切る判断を示した。

重圧魔法と一斉射で階層主撃破
命が神武闘征を展開し、重圧の艦がゴライアスを膝から沈めた。学区の魔導士と前衛が魔剣と砲撃を重ね、重力結界内に雷炎風の火力を凝縮。ゴライアスは断末魔ののち爆散し、灰の嵐の中で本隊は歓声に押されて前進した。

十八階層の休憩拠点と即時補給
安全階層である十八階層中央樹前にて、本隊は初の停止命令を受け、二分間の回復・給水を徹底した。治療師はディアンケヒト・ファミリアと学区生が中心で、師匠の采配により六十階層まで四箇所の休憩拠点が設けられていた。ここは防衛隊の後送・治療の拠点としても機能していた。

ニイナの回復と約束
学区の後輩ニイナが合流し、マギア・クリスでベルの体力を万全へ引き上げた。ベルは後方支援も共闘であると感謝を伝え、ニイナは微笑で見送った。彼女はすぐさま負傷者の治療へ戻り、本隊の出立準備は加速した。

小さな諍いと再発進の気配
別れ際、レフィーヤは学区の後輩への言葉を巡ってベルを牽制し、ヘスティアの通信が冗談交じりに加勢して場を和ませた。休憩時間は瞬く間に尽き、厳格な時間管理の下、本隊は再び深層へ向けて走り出そうとしていたのである。

地下祭壇の観戦と称賛
ヘスティアは眼晶越しにベルの絶叫を聞きつつ、処女神の派閥としての皮肉を呟き、黙祷を捧げていた。地下祭壇では大型の水晶球を囲み、ヘファイストスやヘルメスらが遠隔の参観さながらに本隊の進行を見守り、拍手と称賛を送っていた。

驚異的な進行と士気高揚
本隊は十八階層までの到達時間を一時間未満とし、補給も二分で完遂して即時再出発した。十五階層以降の大樹の迷宮でも破竹の勢いで踏破を重ね、ヘスティアは一日で六十階層到達の現実味を感じ、最強の英雄一団としての勝利を確信しかけていた。

楽観への制動
しかし、ロキは沈黙を保ち、浮かれた空気に釘を刺した。六十階層の地獄を知る者として、彼女は予断を許さず、場の熱気を冷ます役割を担っていた。ヘスティアを含む神々はその気配に気づき、ぬか喜びを収めて状況判断に意識を戻した。

迫る脅威の予兆
ロキは細い朱の瞳をわずかに開き、敵の触手が来ると告げた。快進撃の最中に差し込んだ不吉な宣告は、救出作戦が次段階の脅威と対峙する局面へ移行しつつあることを予感させたのである。

新種の乱入と現場指揮
大樹の迷宮で、触手を振るう新種の食人花『ヴィオラス』が疑似立坑を破砕。混乱の最中、ダフネが弱点(斬撃・魔法、強い魔力への誘引)を即時共有して囮配置を指示、ボールスは斬撃中心で隊列を立て直す。迷宮の宿場街勢と学区勢が要所の「核」となって各層を支えるという師匠の布陣意図が、ベルにも見えてくる。

立坑の限界と警告
ダフネは「ここから先は立坑維持が厳しい」と告げ、「下層」へ向かう本隊に警鐘。『大樹の迷宮』を駆け抜け、24階層を突破して水の迷都へ。

下層の階層主と“直滑降”
25〜27階層の大空洞では、討伐済みのはずの『アンフィス・バエナ』が再出現。常道の誘導戦が不可能な中、アレン、レオン、師匠らは迷わず断崖を“直滑降”。リューの導きでベルもレオンの足跡をトレースして降下する。滝壺で奮戦するアイシャ率いるアマゾネスが氷の足場で支援するが、竜の蒼炎が本隊へ迫る。

盾の献身と前進
『マグニ・ファミリア』のドルムルらドワーフが大盾で蒼炎を受け止め、本隊を連絡路へ押し通す。ベルは感謝を叫びつつも、「剣」と「盾」の役目を全うして前進。

安全階層の急襲—精霊の分身
26階層の中継点目前、『迷宮の花園』に“モンスターによる魔法”が降る。黒光の隕石群【メテオ・スウォーム】で花園は蹂躙され、上半身が女体、下半身が食人花群の異形——『精霊の分身(デミ・スピリット)』が出現。ロキの警告どおりの超高速詠唱で次弾を構える。

嗅ぎ取られた“鉄”と切り札の起爆
アレンが“鉄の臭い”を嗅ぎ分け、「奴がいる」と吐き捨てた刹那、隠密していた影が射程に躍り出て【ウィル・オ・ウィスプ】を叩き込み、敵魔法陣ごと魔力暴発を誘発。続いてヴェルフが魔剣を振り下ろし、炎上する『精霊の分身』へ反撃の狼煙が上がる。

花園の急襲と“魔法殺し”の一撃
『精霊の分身』はヴェルフの【ウィル・オ・ウィスプ】で魔力暴発に追い込まれ、上級陣の一斉突撃で討伐完了。対魔力魔法が“モンスターの魔法”に刺さる切り札となり、アレンや師匠が平然としていた理由――この階層にヴェルフがいる読み――が明らかになった。

回復と“白布の長物”
ベル、ヴェルフ、リューはカサンドラの高出力回復【ソールライト】で即座に戦闘続行状態へ。カサンドラは“酷い予知夢”を理由に、白布で包んだ長物をリューへ託す。ベルの後押しで受領が決まり、彼女の備えが再び救いとなる布石が置かれた。

拠点の小隊長と再編成
ルヴィス率いるモージ・ファミリアが治療師守護の指揮を執り、周囲の応急と警戒を統括。さきほど盾となったドルムルらの穴も、エルフ陣の差配で素早く補われる。師匠の「各層に核を置く」設計が、ここでも機能していた。

ヴェルフの嘆きと“地上の指揮官”
息を整えたヴェルフは「俺の持ち場は上のはずだ」とぼやきつつ、配置替えの無茶を吐露。ベルがリリの所在を問うと、ヴェルフは「地上に残ってる。今度も“指揮官”だ」と明かす。
――疑似立坑の背後には、地上から作戦全体を操るリリの采配があった。

地上のもう一つの戦場—臨時指揮官リリ
ギルド本部一階の大広間は臨時の「作戦室」と化し、受付嬢たちが管制官として奔走。ヘディンの“指名”により、リリが臨時指揮官として全立坑・各小隊長の眼晶報告を一手に捌くことに。望まぬ大抜擢に悪態をつきつつも、エイナらの懇願に腹を括り、地上からの総合指揮を開始する。

情報洪水の中での即断
先行する防衛隊からの「新種多発」「補給要請」「穴埋め依頼」が濁流のように到着。リリは“階層主は迂回、立坑構築最優先”の原則を徹底し、伝達の詰まりを強権で解消。各層の小隊長に即応配備と再配置を矢継ぎ早に指示する。

帰路の設計変更—18階層をゴールに
往路で使えない人造迷宮も、復路なら活用可と見切り、17階層までの立坑を解除。帰還目標を1階層から18階層へ変更して上層の人員を中・下層へ“前倒し投入”。これにより命や桜花らの戦力を下部階層支援へ回し、全体火力を底上げする。

“ポンプ式作戦”と大胆な配置換え
15階層以降、戦力を押し出しては次層へ送り込む“ポンプ式”で火線を維持。新種とイレギュラー連発の地獄に対し、ヴェルフの持ち場変更のような大胆配置も辞さず、三十手先までの保険を九重に用意して進軍速度を落とさない。

鬼畜眼鏡への悪態と、覚悟の号令
内心でヘディンに毒づきつつも、「全部ベル達のため」と割り切り、地上のもう一つの戦場を力で回すリリ。血走る視線で「死ぬ気でやりますから、皆さんも死ぬ気で」と檄を飛ばし、作戦室の士気を一点に束ねた。こうして、地上の采配と地下の疾走は噛み合い、救出作戦は次段階へ加速していく。

紅の魔剣と再出発
ヴェルフはベルに短剣型の紅の魔剣(クロッゾ製)を「肌身離さず持て」と託す。合図とともに本隊は再始動し、20階層の密林峡谷を講義なしの“樹上直行”で突破。樹冠に潜む有翼種は防衛隊の魔法が一掃した。

砂漠の迷園と“氷の大橋”
33階層の砂漠地帯は蜃気楼と地雷的湧出が支配する魔境。だが【ガネーシャ・ファミリア】の“氷結一斉射”で南北一直線の氷橋が敷設され、本隊は破断個所を飛び継ぎながら驀進。24・35階層も同様に貫通し、休憩を捨てて下層を駆け抜けた。

深層・白宮殿へ――“蒼の道”の抜け道
白宮殿ではリューの案内で石英を砕き、25階層決死行で発見した“蒼の道”へ。先行の【ガネーシャ】が物資を置いた“隠し拠点”で最小休憩。ここでマリィが現れ、ベルへ稀少な「マーメイドの生き血」を手渡し頬に口付けして去る。リューは無言のため息で手を差し伸べ、行軍再開。

玉座の間――次産の狂いと黒骸王
到達した玉座の間で、再出現のはずがない階層主『ウダイオス』が咆哮。逆杭が退路を封殺し、【ガネーシャ】の前線が薙がれる。次産間隔の破綻により戦闘回避は不可。

“十二の剣”――獅子の残光
レオンが一歩前へ。「強化魔法」で逆杭四十四本を光の武装(片手剣→双剣→戦斧)で切断し、【三の試剣】を解放。「丘を断ち、城を斬り、竜を討つ――階層主を屠る」と誓い、斧から奔る一閃“残光”が上半身と魔石、さらに塞がれた逆杭までもろとも両断。玉座の間は灰の嵐に変わり、進路が開かれた。

士気の飽和
リューは呆然、レフィーヤは胸を震わせ、ベルは全身で歓声。『ナイト・オブ・ナイト』の一撃が本隊に確信を灯す――この隊なら、必ずアイズ達へ届く。

神々の観戦と昂ぶる士気
地下祭壇の水晶に『ウダイオス』瞬殺が映り、ヘスティアはベルそっくりに叫び、場内は喝采。フレイヤは微笑で拍手、ヘファイストスも高ぶり、バルドルは静かに見守る。ロキは対抗心を隠さず、ヘルメスは「ゼウス派・ヘラ派の背中が見えてきた」と今代の英雄躍進を断言。バルドルだけが威張らず、レオンへ静かな祝詞を贈った。

フレイヤの追及とウラノスの答え
新種多発・階層主連発の“反則”に、フレイヤがウラノスへ鋭く問い質す。ウラノスは「底意地の悪さではなく“動揺”だ」と説明。千年でも例のない大規模一斉侵入に、ダンジョンが『約束の刻』を早まった侵攻と誤解し、強力個体を無理産みしている――それが“最悪の連戦”の正体だと明かす。

祈りと後方支援、そして前進
迷宮の機微を捉えるウラノスは祈祷を続けつつ、倒れた【ガネーシャ・ファミリア】へ余剰の道具を回し、後方の立て直しを促す。水晶の向こうでは、ベルたち本隊が進路を再び確保し、次の地獄へと歩を速めていた。

異端児との再会と飛翔の準備
77階層を突破した本隊は、自己到達階層を更新し38階層へ進出した。そこで待ち構えていたのは、【ヘルメス・ファミリア】のルルネ達と、翼を広げた飛竜群であった。冒険者とモンスターが並び立つ光景に、ベルは言葉を失う。彼らの正体は【ゼノス】――意思を持つ異端児達であった。ルルネは「調教済みの飛竜」と強弁するが、芝居はすぐ破綻し、レフィーヤやアレンらは既にその存在を知っていた。レオンは「聞かなかったことにしよう」と応じ、穏やかに場を収めた。飛竜は二人乗りが限界であり、リューとレフィーヤ、アルフリッグ兄弟、アレンと師匠がそれぞれ搭乗。ベルは石竜グロスの背に跨り、感謝の言葉を告げた。

空の立坑と深層への突入
グロスの飛翔により、本隊は地を離れた。彼の報告で、ウィーネ達がさらに深層へ向かったことを知る。ベルは焦燥を押し隠し、速度を上げるよう頼む。空を行く異端児飛行隊の下では、【ガネーシャ・ファミリア】と教師陣が節ごとに防衛線を構築し、空中を援護射撃で守った。30階層の灰橋、40階層の巨人墓場、そして紅蓮の山岳――幾多の危険地帯を高速で通過。紅蓮の爆炎では『ヴァーミリオン』に襲われたが、【フレイヤ・ファミリア】の勇士ヴァンが斬り伏せ、ベルを叱咤しながら道を切り開いた。ラスクやエミリアらも援護し、勇士達は“偽りの絆”を超えて共闘の誓いを新たにした。

大荒野の地平と異形の巨人
45階層に到達した先は、広大な『大荒野』であった。灰と砂に覆われた荒涼たる大地の最奥で暴れるのは、単眼の巨人『バロール』。虫のような節足を持ち、灰色の巨体から紅の光を放つその姿は、まさに災厄の象徴であった。しかし、その巨体に立ち向かう影が一つ――【猛者】オッタルであった。彼は既に一体目のバロールを討伐し、新たに産まれた二体目と連戦を続けていたのである。死闘の果てに肉体は裂け、なお剣を握る姿にベル達は息を呑む。

終わらぬ戦いと紅の閃光
バロールの単眼から放たれた大光閃が荒野を薙ぎ、空を飛ぶ異端児達を呑み込まんとした。その瞬間、黄金の毛皮を纏う大猪――オッタルが黒剣を振るい、巨人の腹部を断ち斬った。轟音とともに天井が崩落し、岩盤の滝が荒野を覆う。全力で飛翔するグロス達の背で、ベルは傷だらけのオッタルが静かに「行け」と呟いたのを聞く。
その一瞥を胸に刻み、本隊は光と灰の荒野を後にし、ついに50階層へと突入した。

緊急着陸と根拠地の確認
一行は連絡路口を抜けて飛竜で急行し、階層中央の巨大な一枚岩へ不時着した。レフィーヤとリュー、そしてベルは投げ出されつつも態勢を立て直し、過速度で運んだ異端児の飛竜達とグロスに礼を述べた。周囲は【ロキ・ファミリア】が用いた根拠地の残骸であり、天幕や物資カーゴが破損したまま放置されていた。ここが安全階層に設けられた前線の要地であった事実は、今の敗勢を物語っていた。

ガネーシャ防衛線の危機とミアの乱入
東から西へ回り込むと、防塞線で【ガネーシャ・ファミリア】が極彩色の芋虫型モンスターの大群と交戦していた。溶解液によって盾や陣形が崩れ、北東の守りが破られて侵入を許したが、頭上から突入したミアが地形ごと叩き落として潮流を変えた。彼女を囮に魔導士隊の砲撃が決まり、辛くも攻勢を断ち切った。

治療班の合流と前線基地の形成
ミアの腕に溶解の被害が出るも、ヘイズと満たす煤者達の広範囲回復魔法が戦線を包み、被害の拡大を止めた。さらに『豊穣の女主人』の店員ら有志も戦闘衣で参集し、根拠地跡は北南からの人員を吸収する前線基地となった。シャクティが総合指揮として守りを担い、レオンとマリクが合流して連携を固めた。

戦力の充実と激戦地の自覚
イルタが不壊武装の持久を報告するなど、第一級冒険者が多数揃い、他派閥からも最強格が集結していた。だがそれは維持にそれだけの力を要する激戦地である証左でもあった。立坑の延伸は限界に達し、ヘディンは要求を下回っていないとして現状に満足を示し、師匠は成果のみを評価して先へ備えた。

本隊編成とヘイズの強制復帰
師匠は防衛隊に編入せざるを得なかったミアへ退路確保を命じ、本隊の先鋒を整えた。リューの合図でアルフリッグらが大型武器を担ぎ、ベルとレフィーヤ、レオン、アレンがそれぞれ出撃準備に入った。渋るヘイズも師匠に名指しされ、本隊と防衛の両指令証を携える兼務で招集された。

飛竜の再稼働と突入準備
疲弊して倒れていた飛竜とグロスに対し、ヘイズが強制復活で竜車化を宣言し、六十階層への高速移動手段を確保した。アレンは自力機動を選び、ベルは余剰の飛竜に搭乗した。階層下から続く地震が戦機を促し、一同は救出と帰還の決意を各々の胸に固めた。

女体型の出現と本隊発進
西から女体型三体の接近が報告され、ここは防衛隊が受け持つと宣言。マリクと黒妖精の魔導士が凄烈な魔法で足止めし、それを合図にアレンが一枚岩から飛び降り、続いて飛竜隊が矢のように発進した。本隊は西端の大穴へ突入し、次層の戦場へ向けて出撃したのである。

迷路層への突入と『無制限』指示
部隊は連絡路の大穴を抜け、黒鉛色の迷路構造へ突入した。師匠が初めて「無制限」を言い渡し、合図と同時にアレンが先陣を切って突撃したのである。

アレンの突破と師匠の殲滅支援
アレンは『ブラックライノス』の群れを超加速で解体し、通路に轍を刻んで道を拓いた。続いて師匠が雷弾の雨で交差路の敵影を即時焼却し、レオンやアルフリッグらは戦力を温存した。アレンと師匠は強化種の発生を避けるべく魔石を正確に破壊しており、その精密さは常識外れであった。

『竜の壺』の脅威把握
神々の支援により、52階層から始まる『竜の壺』の情報が再確認された。68階層の『ヴァルガング・ドラゴン』が階層を貫通する大火球で狙撃し、2階層先まで被害が及ぶ「階層無視」の理不尽な環境であると理解された。

異常な早期砲撃と紅の砲文
しかし50階層で予告外の高周波が響き、紅の砲文が地面に展開。規格外の大火力が着弾し、部隊の時間感覚が凍り付く中、リューが『星の正域』を結界運用して直撃を殺いだが、余波の紅蓮破片が散弾となって襲来した。

ベルの被弾・墜落と分断
回避が遅れたベルの搭乗飛竜が貫通破壊され、ベルは後方へ吹き飛ばされて部隊から分断された。追撃の砲文が連続し、ベルは本能のまま離脱しつつも錯乱状態に陥った。

神託による退避誘導
ヘスティアとロキの眼晶が経路を指示し、ベルは理性を取り戻して砲文の縫い目を走破。砲撃は地形を破壊して連鎖的な大穴を生み、階層崩壊の危機さえ漂った。

砲弾の正体の解明
頭上に突き刺さる「大火球」の正体は、爆炎を纏った『砲弾』であり、中から『女体型』の成り損ないが孵化する仕組みであった。つまり下階から怪物そのものが撃ち出され、50階層の地中に着弾・出現していたのである。

レフィーヤの救出と離脱
再び砲文が咲く中、レフィーヤの『シルヴァー・ヴァイン』がベルを強引に射程外へ救出。二人は合流して疾走し、ベルは礼を述べた。独断で飛び出したレフィーヤは「誰かを置いて進むことはもうしない」と誓いを明言し、二人で538階層を目指す決断を示した。神々は眼晶越しに複雑な心情を覗かせつつも、二人の進路を見守ったのである。

リューの葛藤と抑制
ベルの分断後、レフィーヤが即座に離脱したことを受け、リューは自らが行くべきだったと悔いた。飛竜の手綱という事情は言い訳にならず、引き返したい衝動に駆られたが、ヘディンは強力な結界保持者が同所に固まるのは下策と断じ、許可しなかった。リューは熟練者として理性と責務を優先し、レフィーヤの「我儘」を選べなかったのである。

地下からの“何か”とヘディンの即断
レオンが「下に何かいる」と警告し、ヘディンは「やかましい精霊」と吐き捨てて事態の本質を看破した。紅の砲撃が間断なく本隊の直後を焼くなか、ヘディンは即座に作戦を提示した。

本隊の分散と三個小隊運用
ヘディンは命令で異議を封じ、「散開、三個小隊」による前進を指示した。愚兎および千の妖精も各隊に分散させ、いずれか一隊が囮となっている間に「58階層」へ直行するプランである。小人族四兄弟は平時の延長のように武器を回して応じ、迅速に布陣が切り替わった。

愚猫の突破と“元凶”討伐方針
「先に愚猫が38階層へ到達し、砲撃が緩む隙を逃すな。焼かれる前に元凶を根絶せよ」とヘディンは鉄の口調で言い切った。これはリューに対しても「迷うなら元凶を討て、その方が愚兎の生存率は上がる」という無言の勧告であった。

リューの決意
同胞として好感は抱けないと感じつつも、リューは作戦に従う決心を固め、双眸を吊り上げて前進に移った。目的はただ一つ、砲撃を生む“元凶”の速やかな断滅である。

並行詠唱と二人一組の戦闘
レフィーヤは短杖と短剣を携え、常時『並行詠唱』を回し続けた。ベルは前衛、レフィーヤは後衛に分担し、互いの背中を預けて深層を突破する体制を整えたのである。

深層種との連戦と役割最適化
『ブラックライノス』『デフォルミス・スパイダー』『イル・ワイヴァーン』ら深層種が連続出現した。ベルは機動と誘導で前線を捌きつつ、『魔石』処理の精度不足を認め、殲滅と仕上げはレフィーヤに委ねる判断を下した。

巨蟲(芋虫型)対策と武装選択
腐食液を撒く巨蟲は前衛の天敵であった。ベルは《白幻》の損耗を避け、《神様のナイフ》で最小限に切断、致命は魔法へ回す方針に切り替えた。ロキの眼晶助言により、主武装ロストの回避を最優先とした。

砲撃圏での機動と制圧火力
紅の砲文が頻発する中、ベルの『ファイアボルト』は制圧力に欠けたが、レフィーヤの『アルクス・レイ』が射線上の敵と未処理の魔石を一掃した。さらに『ディオ・グレイル』でワイヴァーンの飽和射撃を遮断し、『追奏解放』からの『ヒュゼレイド・ファラーリカ』で大群を撃滅した。

【千の妖精】の真価とスキル運用
レフィーヤは二つ名【千の妖精】として、エルフ魔法を召喚運用する特異体質を発揮した。スキルにより詠唱を先行“待機”させ、状況に応じて時間差発動することで、擬似的な同時行使を実現していた。ベルの無詠唱と張り合う形で、後衛火力と防御の両立に成功したのである。

迷宮環境の崩壊と落下作戦の立案
砲撃で通路は吊り橋状の断片に変わり、修復優先の性質により周囲の産出が一時鈍化した。レフィーヤは走破で“湧き”を抑えつつ準備を整え、『ヴェール・ブレス』の防護、精神力回復、天井の球根破壊を済ませ、38階層への直行“落下”を提案した。

動揺の克服と相互信頼
未知の長距離落下に逡巡するベルに対し、レフィーヤは「私ができた。なら、貴方もできる」と断言した。それは同情ではなく、対等な競争者としての承認であり、ベルは「負けたくない」という感情を自覚して動揺を克服した。

二人だけの冒険へ—決行
準備を完了した二人は、詠唱の旋律に包まれつつ、火口めいた大穴へ同時に身を躍らせた。目的はただ一つ、38階層で“元凶”に追いつき、戦況を反転させることである。

落下戦闘と氷の“足場”
ベルとレフィーヤは大穴へ同時落下。群れで迫る『イル・ワイヴァーン』に対し、レフィーヤが【エルフ・リング】から氷属性の連続魔――【ヘイル・ダスト】――を展開して全周射撃。氷の細片は空間に“橋”を刻み、二人は足場を繋いで空中機動しながら斬撃と【ファイアボルト】で間隙を埋めて進む。

砲竜突破と着地
終端で『ヴァルガング・ドラゴン』が大火球を放つも、ベルの【ファイアボルト】とレフィーヤの【ディオ・テュルソス】の純白二重奏がこれを貫通、竜を粉砕。爆風を制して強引に減速・着地する。

“元凶”の正体と六人の猛攻
視界に現れたのは九つの竜首を備えた巨大『精霊の分身』――砲竜を取り込み、三連の砲撃で階層を抉る多頭体。アレンとアルフリッグらが懐へ食い込み、ヘディン(師匠)が狙撃で詠唱を潰して優勢を確立。さらにアスフィの護衛下で春姫が【ウチデノコヅチ】を施し、前線が疑似高位へ跳ね上がって損傷を累積させる。

厄災“破壊者”の出現と分断
ダンジョンの痛哭を合図に『ジャガーノート』が産声。最初の“破爪”はリューの白銀の長剣――ヘファイストスが不壊属性で仕上げた【デュランダル】――に阻まれ、春姫の階位昇華が【疾風】へ付与される。リューは一騎打ちを請け負い、ベルはマフラーを託して戦域分担。ここでレオンが合流し、師匠の指示で先遣隊が前進する。

50階層の変貌と“門前”準備
到達した50階層は赤黒い胞子に満ちた密林へ変貌。直径四百メートル級の巨大魔法円をレフィーヤが焼却し、飛竜は避難・搬送任務へ残置。先遣隊(レオン、ベル、レフィーヤ、ヘイズ)は補給を済ませ、【リヴ・イルシオ】ら防護を重ねて最奥の裂け目へ――。

60階層へ、胸中の波紋
裂け目の向こうは“竜の墓場”めく冷たい風の迷宮。レオン先導で突入するも、ベルの裾は冷汗で濡れ、胸中には抑えきれない不安がざわめく。憧憬の行方を知ってしまったがゆえの動揺――それでも、あの日、城壁上で感じた“この風”が彼を前へ押し出す。

治療室での告白——“穢れた精霊”の正体と喪失
レフィーヤは月明かりの下、ベルに経緯を明かす。相対していた敵は、古代に神々から遣わされたはずがモンスターに捕食され、千年以上も迷宮で歪み続けた「穢れた精霊」。その術中と不運が重なり、部隊は分断——団長やリヴェリアら第一級は60階層深部へ落下、劣勢の一隊は敗走を余儀なくされた。
そして決定的な事実。アイズは、その「穢れた精霊」に取り込まれた。
レフィーヤの苦渋と怒りに満ちた証言は、60階層突入の唯一にして最大の目的――“アイズ奪還”と“穢れた精霊”討滅――を、はっきりとベルへ突きつけるのだった。

3章  Pandaemonium

氷の檻の中の涙
アイズは氷でできた鳥籠の中で泣き崩れていた。小さな体を丸め、顔を覆って嗚咽を漏らしていたのである。格子の向こうには血の海が広がり、赤い臓物を撒き散らした仲間のお人形たちが転がっていた。血の赤は闇の中で異様に鮮やかであり、アイズの心を深く抉った。彼女は全てが自分のせいだと感じていた。自分の中にあるもう一人の『アイズ』が、皆を壊してしまったのだと。

絶望と恐怖の中で
視界は涙で滲み、絶望が幼い四肢を蝕んでいた。手にしていた木の剣も消え、胸を貫くことすらできなかった。そのとき、上から何かが氷の鳥籠を叩く音が響いた。楽しむような音とともに、檻に罅が入り、破片がこぼれ落ちた。アイズは恐怖に震え、壊さないでと叫んだ。涙を散らしながら頭を抱え、無力な少女のように拒絶の言葉を繰り返した。

破滅への予感
この檻が壊れれば、全てが終わる。外にいる恐ろしい『何か』に食べられ、また真っ赤なお人形が増えてしまう。アイズから全てを奪った、内なる『アイズ』が再び現れてしまう。鋭い風のような力が全てを傷付けると知っていた。アイズは必死に願った。来ないでと、壊さないでと。

新たな来訪者
涙でぐしゃぐしゃになった顔で鳥籠の外を見つめると、血の海に新たな影が現れた。それはアイズの大切な兎の縫い包みであり、彼女の世界に再び恐怖と絶望を呼び戻す存在であった。

竜の骸が散在する階層への到達
ベル・クラネル、レフィーヤ、レオン、ヘイズは、鯨ほどの巨大な竜の化石や半ば生体の名残を留めた竜骨が埋まる異様な空間に到達した。そこは風が轟々と吹き抜ける巨大鍾乳洞のようであり、至るところで竜の額や胸が肉の剣に貫かれていた。レフィーヤの記憶と照合すると、当該階層は先行時からおぞましいほどに変質していたのである。

迷宮の正体とアイズの危機、刻限の提示
通信のロキは、迷宮そのものが穢れた精霊の肉体であり、アイズが取り込まれつつあると説明した。アイズに精霊の血が流れているため、化物は同胞の力として取り込みを狙うという理屈であった。ロキは終末の刻限を二十四時間後と示し、取り込みが完了すればオラリオは敗北すると断じた。ベルは衝撃を受けたが、レオンは淡々と受け止め、攻略に専心すると皆を鼓舞した。

体制の再構築と情報連携
ヘスティアとヘルメスが遠隔で地図作成を担当し、レフィーヤは先行時の生の情報を共有した。迷宮の壁や床が魔法陣を展開して直接攻撃してくるため、三秒以内の破壊が対処法とされた。また全域に散布される蒼い光粉が魅了を誘発すること、同格の第一級冒険者でも同士討ちが起きた前例が語られ、警戒が強まった。

寄生体“女体蜘蛛”の出現
前方の柱陰から童女の笑い声が響き、異様な人影が姿を現した。冒険者の亡骸の背に極彩色の蜘蛛が取り付き、そこから紅い複眼を持つ女体の上半身が開花する寄生体であった。六本の腕を蠢かせて凌辱者のごとく宿主を蹂躙する化物は、【ロキ・ファミリア】の紋章を付けた遠征の犠牲者に寄生していたのである。

開戦とレオンの救援、死者冒涜への一刀
女体蜘蛛が跳躍して乱撃を浴びせ、ベルは躊躇で反撃が鈍り武器を弾かれた。刹那、レオンが介入して複数の腕を斬り落とし、死者を冒涜するなと断じて女体のみを縦断した。寄生体は灰となって崩れ、宿主は前に倒れた。レフィーヤが魔石位置を確認し、女体ではなく蜘蛛の腹部と特定して戦闘は続行された。

レフィーヤの選択と雷撃、現実の受容
レフィーヤは己の葛藤を押し潰し、仲間の亡骸に寄生した女体蜘蛛へ短杖から白の雷撃を放って貫いた。ベルは生存の可能性に縋ったが、ヘイズは治療師の見地から肉体・精神の癒着が強すぎて除去不能だと結論し、現実の受容を迫った。

フレイヤ・ファミリアの勇士たちとの再会
続いて現れたのはメルーナ、レスタン、ターナら【フレイヤ・ファミリア】のエルフであり、彼女らも寄生されていた。フレイヤは恩恵の数から魂の不在を確認し、そこに残るのは囚われた肉体だけと告げた。ヘルンはフレイヤの眷族を穢した行為を許さないと怒りを燃やし、戦場はさらに非情さを増した。

ベルの覚悟と“解放”の決断
山吹色のエルフが涙なき決意で仲間に刃を向ける姿を見て、ベルはヘイズの手を制し、自分がやると覚悟を固めた。情けなさも迷いもここに置いていくと心に定め、神の刃を再び握り直す。酒場『豊穣の女主人』で共に過ごした面影に別れを告げ、寄生された三人のエルフと正面から向き合い、解放のための一太刀を担う意志を示したのである。

三体同時の解放
女体蜘蛛が嘲笑する中、ベル・クラネルは逆手の神の刃で跳躍し、メルーナらに寄生した三体の女体蜘蛛の首を同時に刎ねた。直後に放ったファイアボルトが蜘蛛本体の腹部の魔石を貫き、寄生体は灰となって散り、自由を得たエルフの肉体は崩れ落ちた。ベルはヘイズにメルーナ達の保護を託し、自らは増援の掃討に向かったのである。

別れの手向け
ヘイズはメルーナ、レスタン、ターナの身体を並べ、安らかであれと弔いの言葉を添えた。ベルが刃と炎雷で戦場を切り拓く姿は、彼女らが鍛えた成果として誇るに足るものであり、ヘイズは満足げにそれを見届けた。

暴走の兆候と制止
戦闘が加速するにつれ、ベルはナイフ一本で過剰な破壊を重ね、炎雷を十数連射して地形ごと吹き飛ばすなど、非効率なオーバーキルを繰り返した。レフィーヤは制止に走り、戦い方が非効率であると叱責したが、ベルの出力は制御を外れつつあった。

緋色の瞳と致命の罠
レフィーヤはベルの瞳が緋色に染まっている異変に気付き、当人は自覚のないまま確認しようとしていた。そこへ迷宮の罠が起動し、床・柱・天井の竜の骸が殺到してベルの体を串刺しにして圧殺を試みた。レオンの支援範囲外で起きた不意打ちであり、神々は一時死を確信したのである。

内側からの爆砕と不可解な復元
折り重なる骸は内側から紅蓮に爆砕し、ベルは自爆同然の多重連射で拘束を破壊して黒焦げの状態で落下した。次の瞬間、彼の肉体は時間を巻き戻すように復元し、息を吹き返した。鎧は全損であったが肉体は無傷であり、当人も状況を理解できずに狼狽した。

叱咤と残る緋光
血飛沫を浴びたレフィーヤは、死んだと思わせたことへの怒りと安堵を込めてベルの頬を打った。なおベルの瞳は緋色のままであり、ヘスティアが眼晶越しにやべつと呟く中、事態の異常性が明確となったのである。

神々の驚愕とスキルの真相
ギルド地下祭壇では、ベル・クラネルの異常な回復と暴走の理由が判明した。ヘスティアが思い出したように口にしたのは、ベルの第四のスキル【美惑炎抗(ヴァナディース・テヴェレ)】の存在であった。これは“対魅了特化”の能力であり、魅了状態を受けると全能力値が大幅に上昇し、体力・精神力の両方が自動的かつ永続的に回復するという異常な性能を持っていた。

発動条件と暴走の因果
魅了の光粉が蔓延する迷宮内という環境が、スキル発動条件を完全に満たしていた。そのため、ベルの能力は常時強化され、怒りや悲しみと相まって肉体が制御不能となっていたのである。レフィーヤやヘイズを驚愕させた異常な再生力も、このスキルの効果によるものであった。

神界の混乱と口論
ロキは「なんやそれを先に言わんかい!」と絶叫し、ヘスティアの頬を引き伸ばして罵倒した。ヘファイストスも呆れ顔で叱責し、フレイヤは「私との絆が彼を救った」とうっとり語り、ロキとヘスティアをさらに激昂させた。水晶球を通じてこの騒動を聞く眷族達は、状況理解よりも騒音の方に困惑する始末であった。

派閥大戦と絆の影響
ヘスティアによれば、このスキルが発現したのは“派閥大戦”直前の出来事であり、“魅了の箱庭”での過酷な経験が能力として反映されたものであると推測された。フレイヤはその因縁を誇らしげに受け止めたが、ロキとヘスティアは真っ向から否定し、神々の言い争いはますます激化した。

切り札の誕生
やがてロキとヘルメスは口論を収め、ベルがこの魔界において“無限強化”の超特攻状態にあると結論づけた。ヘルメスはフレイヤの推測を支持し、過去の試練が結果的にベルを救う形となったことを認める。こうして神々は、ベル・クラネルこそがこの迷宮攻略の切り札であると確信し、祭壇は一転して熱狂の渦に包まれたのである。

不死身カナリア作戦の提案と決断
ロキはベル・クラネルの【美惑炎抗】による強化と高回復を前提に、最前衛に据えて道を切り開く【炭坑の不死身カナリア】作戦を提示した。ヘスティアは強く反発したが、ベルは一刻も早くアイズ救出を優先し、レフィーヤの制止を遮って受諾したのである。

最前衛突撃と異常強化の顕在化
再進攻でベルは食人花や芋虫型を一撃・一射で圧倒し、【美惑炎抗】により視覚・機動・魔法出力が階位昇華級に高騰した。暴走は抑えつつも出力は維持され、既知化した竜の化石罠を斬り割って突破した。腐食液による損傷も緋光の自動回復で即時に修復された。

陣形再編と広域殲滅の遂行
隊列は「先行する単独のベル」と「中後衛のレフィーヤ・ヘイズをレオンが護る三人組」という二層で再編された。寄生蜘蛛の大群に対し、ベルは無詠唱【ファイアボルト】の超多連射で扇状に焼却し、広域殲滅を実現した。精神力の消耗は本来深刻であるはずだが、スキル効果で実質無尽蔵に近い状態であった。

迎撃魔法の一斉射と回復遅延の把握
迷宮そのものの魔法円が炎雷氷の火砲を連続噴射し、ベルは百二十秒蓄力の【ファイアボルト】でこれを破砕したが、被弾の累積で自動回復が追いつかない「回復遅延」を体感した。体力・傷・精神の同時再生には上限があり、無暗な被弾は致命になり得ると理解したのである。

ヘイズの揺さぶりと治療、そして忠告
小休止の間、ヘイズは温存余力の範囲で治療を施しつつ、唐突に頸動脈を圧して嫉妬と羨望を吐露し、直後に抱擁と治癒で「死なせない」と宣言した。彼女は治療師の要諦から寄生だけは避けるよう重ねて釘を刺した。ベルは戦力として御せるとレオンに明言し、進軍再開となった。

黄金宝玉の空間と風の衝撃
竜の骸が消え、金色の巨玉が壁柱に埋まる空間へ移行すると、濃密な魔力とともに不可視の衝撃波が発生し、部隊は吹き飛ばされた。通信は途絶し、ベルは柱を破壊しながら停止した。

偽りの再会とレフィーヤの一閃
ベルの前に全裸のアイズが現れて手を差し伸べたが、レフィーヤが短剣で胸を貫き、続けて【アルクス・レイ】で塵と化した。彼女は私達の憧れを汚すなと告げ、偽物は精霊が作った複製体であると断じた。直後、同型の金髪金眼の少女が多数出現し、ベルと隊は新たな脅威に対峙する局面へ移行したのである。

複製体の出現と神々の動揺
地下祭壇では、眼晶が破損して声を届けられないヘスティアが水晶球に釘付けとなり、神々も一斉にざわめいた。穢れた精霊がアイズの複製体を量産し、眷族の姿形を模して戦場を荒らす事実は、モンスターがダンジョンの産み手に近づく所業であると受け止められたのである。

戦場の混沌と『風』の蹂躙
出現した剣姫の複製群は瞬く間に隊列を分断し、放たれる風が人もモンスターも区別なく切り刻んだ。戦場は統制を失い、ベルの周囲でも風圧と斬撃が交錯し続け、状況は急速に悪化していった。

神界の評価と嘲り
フレイヤは同じ顔と美貌を持つ人形たちが無節操に破壊を尽くす様を見て、品性がないと冷ややかに評した。一方、ヘファイストスは呻き、バルドルは取り繕わず、ヘルメスは純粋に戦術的脅威として舌を巻き、複製体の本質がもたらす不気味さを共有していた。

ロキの憤激と過去の傷
ロキは煮え滾る怒りを露わにし、複製体がアイズの顔でティオナたちをズタズタにした過去を噛みしめていた。放心の隙を風で断った経緯が語られ、複製体への憎悪は頂点に達していたのである。

ベルの心の乱れとヘスティアの呼びかけ
水晶球に映るベルの横顔は平静から遠く、心が大きく揺らいでいた。ヘスティアは息を呑み、名を呼びかけたが、眼晶の断絶がもどかしく、ただ少年の動揺を見守るほかなかった。戦場はなおも複製体の風に支配され、次なる決断が迫られていたのである。

暴風の脅威と分断
閉鎖空間を支配する暴風が吹き荒れ、ベル・クラネルたちは全滅寸前の危機に陥った。レフィーヤの広域魔法【ヒュゼレイド・ファラーリカ】が風を掻き乱しつつも、敵の圧倒的な数と風圧により隊列は分断。ヘイズ、レオン、レフィーヤが辛うじて連携を保つ中、ベルのみが広間の奥へ吹き飛ばされた。

複製体の無限出現と戦況の悪化
壁や柱に埋め込まれた金色の宝玉が次々と光り、無数の「偽のアイズ」が次々と生成され、まるで天女が降りるように着地した。その光景は神聖を通り越して不気味であり、百を超えた複製体が同じ顔で笑いながら降り立つ異様な情景に、ベルの精神は揺らいだ。

錯乱と自爆地獄
ベルは【ファイアボルト】の無差別乱射で周囲を焼き払い、現実から逃げるように破壊を重ねたが、そこに現れた“アイズの姿をした存在”を前に心が崩壊しかけた。斬りかかろうとした刃は止まり、微笑む偽のアイズに抱きしめられた瞬間、自爆の風が炸裂。ベルは全身を裂かれ、血を吐いて吹き飛ばされた。

偽りの抱擁と終焉の連鎖
倒れたベルを別の複製体が抱きしめ、首筋に口づけ――そして噛み千切り、内部から風を送り込んで破壊する。自動回復すら追いつかず、痛みと崩壊が繰り返される。無数のアイズが「ベル」と連呼しながら次々と抱きつき、自爆の嵐が連鎖的に爆ぜた。天国のような温もりに偽装された地獄の光景の中で、ベルは再生の限界を超え、魂ごと砕けかけた。

救いの咆哮と覚醒
死の寸前、狼の遠吠えのような幻聴が響き、続く烈火の咆哮が暴風を切り裂いた。灰を孕む風が一掃され、光が差し込む。焼け焦げたベルは急速に回復し、声を振り絞って助けを呼ぶ。レオンたちの声が遠くから届く中、目前に立つ影が答えた。

灰の中の救援者
彼を救ったのは、琥珀の瞳と灰色の髪を持つ狼人――ベート・ローガであった。雷のような刺青を頬に刻み、戦闘痕の残る体で立つ彼は、倒れたベルを見下ろして冷たく言い放った。

「猪野郎どもに勝っても、雑魚は雑魚のままか?」

騎士に代わり現れた一匹の狼が、地獄を生き延びた少年の前に立ちはだかったのである。

4章 奇跡の代償

血の海の惨劇
アイズは氷の鳥籠の中で、幼い自分と同じ顔をした少女たちが『兎の縫い包み』を虐げる光景を目撃した。少女たちは無邪気に笑いながら、兎の手足を引き裂き、綿を散らして遊んでいた。アイズは泣き叫び、格子の隙間から止めようと手を伸ばしたが、その声は届かなかった。『兎の縫い包み』は真っ赤に染まり、動かなくなってしまった。

狼の咆哮
やがて遠くから狼の遠吠えが響いた。風の流れが止まり、少女たちは次々と倒れた。血の海に潜んでいた『狼の縫い包み』が反撃したのである。彼は傷だらけの体で少女たちを倒し、雄叫びを上げた。しかし、アイズの胸に喜びはなかった。壊れた『兎の縫い包み』は戻らず、彼女の悲嘆は深まるばかりであった。

兎の復活
アイズがすすり泣く中、倒れていた『兎の縫い包み』が突如身を起こした。アイズは驚きに体を震わせた。兎はふらつきながら散らばった綿を拾い、自分の体に押し込んで修復を始めた。その必死な姿にアイズは言葉を失い、青ざめた表情で見つめた。

再会の予兆
修復を終えた『兎の縫い包み』は振り返り、『妖精』『魔女』『獅子』『狼』たちと共にアイズを見つめた。涙が乾かぬまま立ち尽くすアイズに、兎のボタンの目が語りかけるようであった。待っていてください――そう言っているかのように感じたのである。

ベートの生還と飢えた狼
『穢れた精霊』との戦いを終えた後、ベートはヘイズの携行食と水をむさぼるように食べ続けていた。遭難者のような勢いで食べるその姿に、ヘイズは呆れながらも精神力回復薬を渡した。周囲の眼晶越しにロキたちが騒ぐ中、ベートは怒鳴り返しながらも生存の喜びを露わにしていた。十日近くも六十階層で孤立していたとは思えぬほど、彼の気力は旺盛であった。

不器用な励まし
レフィーヤが涙をこらえる姿を見て、ベートは挑発的な言葉で彼女を叱咤した。それは不器用な励ましであり、馴れ合いを嫌う彼なりの優しさであった。怯えながらも感謝を伝えられずにいた少年に向かって舌打ちをする彼の姿には、苛立ちと照れが入り混じっていた。

レオンとの対話と昔日の影
ヴァナルガンドが情報整理を求めると、ベートは反発した。粗暴な態度に周囲は圧倒されるが、レオンはむしろ過去の自分を重ねて顔を赤らめた。かつての「不良時代」を思い出して羞恥に沈むレオンと、それに激昂するベート。師弟のようなやり取りに場が微妙な空気に包まれた。

生存の理由と千蒼の氷園
ロキの仲裁を受け、ベートは六十階層での経緯を語った。精霊との戦闘で床が崩壊した後、彼はフィンの指示で潜伏し、救援を待っていたという。仲間たちと離れ、独力で生き延びていたのだ。生存の理由を問われたベートは「千蒼の氷園」という言葉を口にした。聞き慣れぬ名に、仲間たちは首を傾げ、レオンだけが意味深に目を細めた。

照れ隠しの感謝
話を終えると、ベートはアイズ救出を急ぐべく立ち上がった。ロキの茶化す声が眼晶越しに響く中、彼は怒鳴りながらも立ち止まり、背を向けたまま叫んだ。「あンがとよっ!!!」その叫びには、仲間への感謝と照れくささが滲んでいた。

狼の突撃と前衛の加速
灰狼ベートは怪物の津波を物ともせず、極彩色の群れを蹴散らして進軍速度を押し上げた。両手の最硬金属製の双剣と金属靴を駆使し、『寄生蜘蛛』をまとめて粉砕し、打撃に強いとされた食人花も一撃で無力化していった。ベルは前衛二枚の連携で突破力が格段に増したことを実感し、被弾を抑えつつ速度を維持できる利点を理解した。ベートは討ち漏らしなく後衛の負担を減らし、速度と鋭さを極めた動きで隊を牽引していた。

偽りの憧憬の再出現
勢いに乗る一行の前に、アイズの複製体が七体出現した。先の地獄の記憶がよみがえり、ベルの突撃は鈍った。対照的に、仲間を弄ばれる光景に怒りを募らせたベートは殺意を露わにし、さらに加速して前へ躍り出た。

風を纏う蹴撃と七体同時撃破
複製体が激流のごとき風を放つ中、ベートは跳躍して正面から挑み、金属靴の宝玉へ風を吸収させた。風を味方に転じると、風蹴りの大回転を叩き込み、七体を一挙に細切れへと変えた。灰が舞う中、ベートに与えられた【凶狼】の二つ名の由来が、その強靭な両脚の破壊力から明白となった。

侮蔑の視線と劣等感の揺れ
転倒し遅れを取ったベルに、ベートはLV.5になっても情けないと吐き捨てて先行した。ベルは置き去りにされ、劣等感に沈みかけたが、レフィーヤが手を取って立たせ、派閥大戦まで見てベルを認めていると並走しながら励ました。

超実力主義への理解と距離感
レフィーヤは近時の稽古で、ベートが自他に弱さを許さぬ超実力主義であるがゆえに信頼できると語った。ベルは遥か先を行く背中に距離の大きさを感じつつ、憧憬を目指す自分の軌道を外さずに強さと言動の意味を知りたいと思うに至った。

追随の決意と共闘の加速
ベルは付いていくと宣し、速度を上げるベートに食らいついた。被弾しても即座に立て直し、足手まといにならぬ戦いを重ねる。レフィーヤら後衛とも連携を深めつつ、一行はさらに先へと進み、遭難者の発見がそのまま戦力増強へつながるという師の意図を現実の推進力へ変えていった。

神々の観測と議論
地下祭壇では、ヘスティア、ロキ、ヘファイストス、ヘルメス、フレイヤら神々が、地上からベル達の進行を見守っていた。イズンの言葉を借りたバルドルが「青春ですね」と微笑む中、ヘスティアとロキは難しい顔をして首をひねっていた。ヘファイストスが進行の状況を問うと、ヘルメスはメルーナ達の亡骸が三十階層から六十階層へと運ばれている理由を説明し、『穢れた精霊』が触手を使い、屍を戦力として利用していると推測した。フレイヤはその戦法を忌々しげに評し、ヘルメスはそれが精神的揺さぶりでもあると補足した。

穢れた精霊の動向と戦局の分析
神々は、穢れた精霊の供給源が想定内の範囲にあること、そしてロキ・ファミリアが事前に進攻して敵の勢力を削いでいたことを見抜いていた。ロキは、フィン達の時の方が罠や強敵が多く危険だったと回想し、五人の小隊でこれほど順調に進んでいること自体が異常だと語った。ウラノスは穢れた精霊が剣姫アイズの吸収を優先している点に着目し、それが吉凶どちらに転ぶかは未だ不明と述べた。

終末の刻限をめぐる予測
ヘスティアがロキの言う「終末の刻限」までの残り時間について意見を求めると、神々はそれぞれの勘を口にした。ヘルメスは十六時間、バルドルは二十四時間、ロキは反論し、ヘファイストスは十時間と述べた。沈黙を保っていたフレイヤは「三時間」と告げ、迷宮内の『魂』の濃度が急速に増していると感じ取っていた。魔界がアイズの魂の輝きと連動するかのように、眩く凶悪な色へと変じつつあるという。その言葉に場は静まり返り、神々の視線が彼女に集まった。フレイヤは肩を竦め、最近は直感が外れると冗談めかしたが、その場の誰もが彼女の言葉を真に受けずとも、胸中に不穏な予感を抱いていたのである。

向かい風の兆し
何の前触れもなく、魔界の空気が変わった。ベルは正面から吹きつける風に、アイズの魔力が一層強まったことを感じ取った。その風は泣いているようであり、同時に何かがおぞましく嗤っているようでもあった。ヘイズとレオンも同様の異変を察知し、複製体やモンスターの力が増していると判断した。パーティは焦燥を覚えながらも、足を止めず前進した。

異変の音と未知の戦闘
先を行くベートが通路の奥に反応し、仲間を制止した。人間の耳にも届く衝撃音と怪物の悲鳴が響き、他にも戦っている者の存在を知らせていた。ベルの号令で一行は走り出し、迷宮のように分かれ道の多い地帯を抜けて、鍾乳洞のような広間へたどり着いた。

狂気の女戦士
その場には、既に息絶えた怪物の死骸をなおも殴り続ける一人の影があった。ベートが警戒の声を発し、全員が足を止める。薄闇の中で立つその人物の背に、異様な気配が漂っていた。レフィーヤが言葉を失い、声にならない音を漏らす。褐色の肌、露出の多い衣装、短い黒髪――誰もが知るアマゾネスの冒険者、ティオナであった。

寄生されたティオナ
しかし、その姿はもはや人ではなかった。素手の拳は肉が裂け、粘膜と異形の爪が右腕に這い、腹部には花が咲き、背中からは管のようなものが伸びていた。恩恵を冒すかのように身体を侵食するその光景に、ベルの理性が悲鳴を上げる。
そして、ティオナの顔には瞳を覆う二輪の大輪が咲き誇っていた。彼女は崩れ落ちそうな声で、アイズの名を呼び続けていた。モンスターに寄生されたティオナは、かつての仲間への想いだけを残し、完全に異形の存在へと堕していたのである。

神々の沈黙とロキの悟り
地下祭壇に映し出されたティオナの姿を前に、ロキは静かにその名を呟いた。怒りも悲しみもなく、ただ乾いた達観だけが彼女の顔に浮かんでいた。寄生型のモンスターが存在すると知った時点で、眷族の誰かが最悪の形で利用される可能性を、ロキは既に理解していた。救出作戦の開始前から、彼女は「反応が一つある」と語っており、心の奥ではこの結末を予期していたのである。

寄生された大切断の真実
ヘファイストスやバルドル、フレイヤ、ヘルメス、そしてウラノスも沈黙を守る中、ヘスティアが問いを発した。最初のロキ遠征で穢れた精霊に敗れた眷族――それがティオナたち【大切断】であったのかと。ウラノスは頷き、彼女たちは致命傷を負い、生存は絶望的だったと述べた。放置されれば死体となる肉体が、恩恵の残滓を利用されてモンスターに寄生されたのだと明かした。

選択の時と神々の葛藤
ヘファイストスは時間の切迫を訴え、ティオナを無視して最深部へ向かうべきだと進言した。しかし、ヘルメスはそれを即座に否定した。彼らが仲間を見捨てることなどできないと。彼の言葉は、背後の脅威を懸念してのものではなく、英雄としての「心」を問うものであった。ティオナを見過ごして進めば、ベルたちは過酷から逃げた者としてアイズを救う資格を失うと断言した。

異質なる寄生とフレイヤの洞察
沈黙が戻る中、フレイヤは水晶球に映るティオナの姿を見つめ、冷ややかに言葉を漏らした。「『蜘蛛』じゃない」。彼女の身体を侵食する花と管は、他の寄生蟲とは明らかに異なる性質を持っていた。フレイヤは銀の瞳を細め、嫌悪とともに新たな不安を感じ取る。ティオナを蝕むそれは、単なる寄生ではなく、魔界そのものに根ざす未知の「災厄」の一端であると、神々の誰もが悟り始めていたのである。

涙の対面
ベルたちの前に現れたティオナは、もはや人ではなかった。褐色の肌を侵す管と花、そして瞳を覆う異形の大輪――その姿は、仲間だった面影を完全に失っていた。レフィーヤは涙ながらに名を呼び、駆け寄ろうとするが、レオンがその腕を掴んで制止した。彼女は泣き叫び、レオンは悲しみを浮かべつつも、教え子を押さえ続けた。ヘイズは既に敵としてティオナを警戒しており、ベルはただ震える膝を押さえ、崩れ落ちるのを必死に堪えていた。

凶狼の決意
静かに前へ進み出たベートは、ティオナに呼びかけた。だがその返答は、嗄れた声でアイズの名を呼ぶだけだった。次の瞬間、ティオナは獣のように飛びかかり、ベートと衝突した。かつて仲間として拳を交えた者同士の激突。ベートは既に感情を封じ、戦闘者の顔に戻っていた。破壊された肘当てを投げ捨て、双剣を抜き、全身でティオナに挑んだ。

寄生の再生と絶望
ベートは寄生の本体が背中の管にあると見抜き、斬り払っていく。だが斬られた管は即座に再生し、ティオナの体を養分源のように脈打たせた。吐血しながらも立ち上がるティオナ。戦闘の合間に、彼女の額が裂けて血が流れ、顔を覆う花がそれを吸い上げて輝く。さらに耳元から目玉を持つ管が這い出し、ティオナを完全な怪物へと変えていった。ベートの怒りは頂点に達し、ティオナを「馬鹿女」と罵りながら、かつての彼女を呼び覚まそうと拳を振るい続けた。

英雄たちの苦渋
戦いを見守る者たちは、ただ息を呑んでいた。レフィーヤは泣きながらも叫びを失い、レオンは冷徹な現実を見据えた。ヘイズは静かに告げる。ティオナを救う術はなく、これ以上辱められる前に止めるべきだと。彼女の声は冷たいが、最も深い慈悲が込められていた。ベルとレフィーヤはなおも希望を捨てきれず、レオンへと縋った。

決断の三分間
レオンは「私と【凶狼】なら十秒で葬れる」と断言した。その言葉は死刑宣告に等しかった。だが続けて彼は、ベルとレフィーヤに三分の猶予を与えた。「現実に抗うというのなら、君たちは今、何を選択するのか」と。ティオナを救うか、アイズを救うか、あるいはどちらも失うか――その三分は短く、果てしなく長かった。吹き抜ける冷たい風が、残された猶予の少なさを告げる中、二人は涙と汗にまみれながら、己の決断を迫られていた。

作戦室の阿鼻叫喚
ギルド本部の作戦室では、各地からの緊急報告が飛び交い、救出作戦は崩壊の瀬戸際に立たされていた。リリは受付嬢ミィシャの泣き声と、下層域から上がる精霊の分身出現の知らせに息を詰め、許容を超えた戦況に眼晶を掴んで慟哭した。部隊の多くが孤立し、立坑の維持や中継点の防衛が不能になりつつあるという報が、現場の絶望を直視させていた。

リリの懇願と神々の葛藤
リリはヘスティアへ助力を求めて懇願したが、ヘスティアは呻くしかできなかった。地下祭壇に立つ神々ですら、眷族たちの苦悩を感じ取り、いかなる正答を導くべきか判断を迫られていた。時間と戦力の限界が顕在化する中で、神々は単純な命令や救済を下すことの是非に揺れていたのである。

試練としての放任を巡る論争
その瞬間、ヘルメスが口を開き、神々の介入を否定する立場を提示した。彼は何も導かず、眷族たち自身に選択を委ねることを約束せよと諭した。それはこの事態を彼ら自身の物語として尊重する決意であり、全知の立場からあえて手を下さないという苛酷な試練の提示であった。

沈黙と承認
ヘルメスの宣言に対し、ロキを含む他の神々は否を唱えなかった。やがて地下祭壇に静寂が戻り、男神の視線は一人の少年に向けられた。神々は眷族の選択を見守り、導くことを放棄する代わりに、その選択と運命を共に受け止めるという誓いを、暗黙のうちに確認したのである。

三分の猶予と揺れる秤
レオンの提示した三分が過ぎつつある中、ベルは加速する思考の狭間で決断を迫られていた。ベートと寄生されたティオナの激闘は続き、ティオナは侵蝕されながらもアイズを探し続けていた。ベートは怒声と拳で目を覚ませと叱咤し、ベルは右の秤にティオナ、左の秤にアイズを思い浮かべながら、ただ時間を溶かしていたのである。

偽りの憧憬の介入と微かな応答
通路奥から現れた偽物のアイズに対し、ティオナは裏拳で撃墜し、灰へと変えた。その直後、血に濡れながらもティオナは確かにベートの名を呼び、アイズを助けてと願った。彼女は背から伸びる管を自ら掴み、己の腹へ突き刺して支配に抗い、四肢から血霧を噴かせながら処刑台に身を委ねた。この姿にベートの怒気は静まり、獣は仲間を手にかける覚悟へと変質した。

狼の決断と少年の拒絶
絶対の殺意を纏い歩み出るベートの手首を、ベルは掴んで止めた。脅しも怒号も退け、誰も死なせたくないと告げる。英雄ごっこを捨てろというベートの現実論に対し、ベルはティオナがまだ生きているかをロキに確認し、恩恵が残ると知るや、レオンの「行け」という一言に背を押されて前へ出た。

狡猾なる寄生体の正体
ヘルメス、バルドル、フレイヤから寄生体は蜘蛛系から派生した自我持つ亜種、冬虫夏草の性質を持つ存在で、魔石を宿主の心臓近くに潜ませると示唆が返った。宿主だけでなく寄生そのものを断つ必要があると悟ったベルは、愚行と偽善を自覚しつつも、自分にしかできない手を選んだのである。

体内焼却という賭け
ベルは零距離の炎雷でティオナの右腕と背の管を焼き、神様のナイフと白幻で両掌を床へ縫い留めて動きを封じ、首に手をかけた上で寄生体を挑発した。狙いどおり耳裏の目玉付きの管が飛び出し、ベルの肩傷へ侵入した瞬間、ベルは自分の体内へファイアボルトを流し込み続けた。スキルが自身だけを癒やす特性を逆用し、異物だけを焼き切るという逆説の作戦であった。灼熱が内外を苛む中でも注入をやめず、魔石は燃え、根は神経ごと焼滅した。

救いの手と笑み
大の字に倒れ痙攣するベルは、かろうじて手を伸ばし、微かな握り返しを受けた。咳き込み、泣きながらも笑う声が返り、ベルも拙い笑みを返した。犠牲の天秤を叩き壊すという一手は、奇跡という言葉よりも確かな、生者同士の触れ合いへと結実していたのである。

神々の驚愕と賛辞
地下祭壇は静まり返り、最初に声を漏らしたのはヘルメスであった。「お見事」。神意や加護の導きではなく、ベルが自力で編み出し、自身のスキルの特性を逆用して寄生体を体内焼却した事実は、神々の想定を越えていたのである。誰もが一度は「思い付けた」方策であったが、そこへ至る覚悟――焼死のリスクを抱えたまま自分を炉に変える決断――を眷族に強いることはできなかった、というのが神の限界であった。

奇跡と英雄譚の成立
起きぬことを奇跡と呼ぶのなら、起こした者は英雄である――神々はその定義に従い、ベルの所業を紛れもない英雄譚として認めた。未知に刮目し、驚天する物語を神々は渇望するが、いま目の前で紡がれたのは、神の采配ではなく人の意志で切り拓かれた一章であった。

主神たちの反応
ヘスティアは膝から崩れ落ち、フレイヤは平静を装って席へ戻り、ヘファイストスは苦笑しつつ神友を支え、バルドルは小さく微笑を刻んだ。いずれも賛嘆と安堵を隠し切れず、しかし過度な介入を慎む誓いを破ることはなかったのである。

騎士の微笑
視線の先で、レオンは口角をわずかに上げていた。老成した眼差しに、若き日の光が一瞬だけ戻る。極限で己を賭した戦い方――理と胆力を併せ持つ選択――は、かつての自分が追い求めたものと響き合うからである。こうして、ベルが叩き壊した天秤の残骸の上に、次の戦いへと続く「英雄の定義」が静かに置かれたのである。

5章 The Noob is Gone

兎の縫い包みの奮闘
『兎の縫い包み』は恐怖に怯えながらも前進を止めなかった。『狼の縫い包み』に吠えられても、傷付き、溶け、痛みに泣きながら進み続けた。血の跡を残しながら歩むその姿を見て、アイズは悲しみに胸を締め付けられ、もう頑張らないでと叫んだが、その声は届かなかった。『兎の縫い包み』は妖精たちと共に突き進み、ついに奇跡を起こした。

友を救い出す奇跡
『兎の縫い包み』は血の海の中で壊れていた『大切なお人形の友達』を抱き起こした。アイズは氷の柵にすがり、悲しみとは異なる涙を流した。彼女はその姿を見つめ、名前を知りたいと願ったが思い出せなかった。その時、鳥籠に罅が入り、上方から恐ろしい声が響いた。

襲い来る存在と絶望
崩れた天井の隙間から蠢く巨大な目玉が現れ、アイズを捕食しようとした。激しい苦痛に襲われ、力が抜け、体が冷えていく中で、アイズは自らの消滅を悟った。だが、友が助かったことで満足し、静かに終わりを受け入れようとした。

希望の声
しかし、アイズの耳に声が届いた。終わりを拒むような眼差しを感じ、視線を向けると、朦朧とした意識の中に『兎の縫い包み』の姿を見た。『兎の縫い包み』は『大切なお友達』を背負い、妖精や狼と共に走りながら助けに行くと叫んでいた。その姿に、アイズの胸には言葉にできない感情が芽生えつつあったのである。

回復の限界と『根』の正体
ヘイズがゼオ・グルヴェイグを発動し、ティオナの致命傷は塞がったが、神経と一体化した根は除去できなかった。外傷を癒やすほど宿り木が活性化する現象は千草の時と同様であり、右腕は冬虫夏草の菌糸で再接合された異形として残存していた。極彩色の群れを生む大元である穢れた精霊を倒さぬ限り、根は消えないという推察に至ったのである。

置いていくか、連れていくか
アミッド合流での治療可能性は示されたが、戦力と機動の観点から後方回収案が浮上した。これに対しベートが次は守る番だと叱咤し、ティオナは気力で立ち上がって随伴を宣言した。レフィーヤは金の腕輪を託し、隊は進行速度を落とさず前進した。

穢れた精霊の由来を巡る示唆
走りながらベル・クラネルが穢れた精霊の正体を質すと、ティオナはアイズをアリアと呼び妹とも言っていたこと、空を見たいという声を聞いたことを明かした。ベル・クラネルは過去の英雄譚を想起しつつも、レフィーヤの釘刺しに応じて情に流されぬ決意を固め、救出を最優先とした。

魔界の鼓動と胎内の景色
アイズの風を貪る魔力風が強まり、迷宮は紫の肉壁へと一変した。景観の一致から穢れた精霊本体の至近と判断し、全員が終着点へ速度を上げた。

『黒の乙女』の出現と蹂躙
天井の金色宝玉が爆ぜ、黒髪の乙女が出現すると、漆黒の暴風が半径三百メドルを消失させた。レオンは身を挺してレフィーヤとティオナを庇い重傷を負い、ベル・クラネルも放った大火力を一吹きで逸らされ、黒閃で全身を穿たれた。レフィーヤの追尾砲撃は起動鍵で強引に命中させたが、乙女は黒風の障壁で無傷を保ち、逆に全員を吹き飛ばした。

教師の奮戦と退路の確保
瀕死の局面でレオンが大長剣投擲とブレイズ・オブ・ラウンドで介入し、光の武具を次々と展開して乙女を押しとどめた。八の試剣による光の大剣が風壁と拮抗する中、レオンは子供の決意を背に大人が責を負うと語り、背中を守ると誓った。ベル・クラネルとレフィーヤはその言葉に応え、ティオナを抱えて救出へ向けて走り出したのである。

退路への殺意と遮る光剣
黒の乙女が走り去る少年達に殺意の風を向けたが、レオンの光の大剣がそれを打ち上げて遮った。瀕死で鎧が砕けつつあるにもかかわらず、修羅の騎士の出力は上がり続けていたのである。

動揺の芽生えと教師の宣言
黒の乙女は生誕以来初めての動揺を覚えた。レオンは現実は失せろと吠え、子供達の決断を守れずして大人でも教師でもないと宣し、邪魔するものは全て自分が打ち砕くと豪語した。光の大剣には亀裂が走り、覇者の剣は黒風の前に沈みつつあったが、その姿勢は揺らがなかった。

残光の昇華と『九の試剣』
黒の乙女が確かな恐怖を知る中、英雄達の残光はさらに昇華した。かつての悪童を思わせる笑みを浮かべたレオンは、八の試剣の突破を宣言し、九の試剣の解放へと踏み込んだのである。

撤退と追撃の脅威
ベル・クラネルはティオナを抱えてレフィーヤと共に走り、背後の激戦から逃れようとした。レオンが食い止めているとはいえ、黒の乙女の力は圧倒的であり、立ち止まれば風に呑まれて死ぬとレフィーヤが警告した。彼女は並行詠唱に入り、ベル・クラネルは回復薬を探るが、その矢先に新たな異形が出現した。

精霊の残骸との遭遇
両腕と首を失い花弁状の翼を持つ女体――サモス・トラキア、『精霊の残骸』が多数出現した。彼らは各属性の衝撃波を一斉に放ち、空間そのものを破壊する。圧倒的な魔法耐性を備えた異形群は空中砲台のように暴れ、ティオナが投げ出され、レフィーヤは砲撃魔法で応戦するも効果が薄かった。

絶望と寄生
敵の猛攻の中、ベル・クラネルはファイアボルトの乱射で援護を続けたが、背後から寄生蜘蛛に襲われる。鋏角が打ち込まれ、体内に根が伸びる。絶望の瞬間、彼は既視感に導かれるように自らの腹を撃ち抜き、体ごと焼き払って寄生を阻止した。その激痛に耐えながらも、仲間を守るための決断だった。

妖精の覚悟と炎壁
同時にレフィーヤは超長文詠唱を完遂し、紅蓮の魔法【レア・ラーヴァテイン】を発動した。幾十もの紅炎の柱が天井まで打ち上がり、『精霊の残骸』を焼き尽くしただけでなく、ベル・クラネルたちのいる場所と自身のいる区域を隔てる巨大な炎壁を築いた。

炎の境界と叫び
ベル・クラネルは体を癒しながら炎の海の前で叫んだ。レフィーヤは敵の侵入を防ぐため、命を賭して自らを隔てたのである。燃え盛る紅の光がティオナとベル・クラネルの顔を照らす中、彼は炎の向こうの妖精に必死に呼びかけ続けた。

炎壁の内側で
紫肉の柱に背を預け、レフィーヤは荒い息を吐きながら座り込んでいた。周囲の柱からは怪物やアイズの偽物が飛び出すかもしれないが、警戒する余力も残っていなかった。燃え盛る炎壁の向こうからは、ベル・クラネルの必死な叫びが届いていた。

決意と静かな微笑
それが錯覚でないと知りながらも、レフィーヤは力なく微笑んだ。自ら放った殲滅魔法の外側にも異形が溢れ続けており、誰かが死地に残らねばならないと悟っていた。その役を自ら選ぶことに、迷いはなかった。憧憬を救うために、自分がここで終わることを受け入れたのである。

主神への呼びかけ
手にした眼晶からオクルス越しにロキの声が響く。息を呑む気配を感じつつも、レフィーヤは静かに問うた。彼に、自分の言葉を届けてほしいと。燃え尽きる紅蓮の光の中、妖精は最後の願いを託そうとしていたのである。

紅蓮の通信
血を吐きながら叫び続けるベル・クラネルの耳に、神々の通信が届いた。燃え盛る炎壁の向こうには、共に戦い、アイズを救うと誓ったレフィーヤがいる。突入しようとした彼を止めたのは、通信を介して届いたレフィーヤ本人の声であった。彼女はロキの眼晶を通じ、ベル・クラネルと直接言葉を交わしたのである。

妖精の嘘と誓い
レフィーヤは息を詰まらせながらも、自分がアイズを助けに行くと告げた。彼女の言葉は優しい嘘であり、ベル・クラネルを前へ進ませるための挑発だった。ベル・クラネルはそれを悟りながらも、彼女の覚悟を受け止めた。炎の中に消えゆく声に、彼は強く応じる。

別れと競争の約束
互いに命を懸けた誓いを胸に、レフィーヤは「競争ですね」と微笑み、ベル・クラネルも笑みで応えた。紅蓮の火の粉が雪のように舞う中、彼はその背中を炎から遠ざけ、ティオナを背負って駆け出した。喉の叫びの代わりに、ティオナの手が服越しに胸を掴み、彼の決意を確かに繋ぎ止めていたのである。

失われた腕と静かな微笑
通信を終えたレフィーヤは、手から滑り落ちた眼晶を見つめ、自身の体を見下ろした。左腕は肘から先が失われ、血が止まらない。並行詠唱の最中、衝撃波の二重の力場に捕まり、果実のようにもぎ取られたのだった。ロキの吐息を感じながらも、彼女は血の滴る断面を撫で、薄く微笑んだ。

痛みの中の決意
満身創痍でありながら、レフィーヤは炎の柱へと歩み寄った。断面を焼いて止血し、悲鳴を噛み殺して顔を上げる。その瞳は、横穴から現れる無数の異形――穢れた精霊に魂を喰われたアイズの末路を映していた。首も腕も持たぬ精霊の残骸を見据え、彼女は気炎を吐いた。

憧憬を救うために
限界など拒み、レフィーヤは犠牲になるつもりなど一片もなかった。憧憬を救うとベル・クラネルと誓ったのだから。血に濡れた唇を引き結び、片腕の妖精は炎の熱に包まれながら再び詠唱を始めた。

「あのヒューマンには――負けない」

その声は震えながらも凛として、紅蓮の海に響き渡ったのである。

走行と侵蝕の兆候
ベル・クラネルはモルドから受け取った万能薬でティオナを治療したが、彼女は自力では動けず、背負ったまま進み続けた。離散した仲間と送り出してくれた者たちのため、アイズの許へ急いだ。しかし寄生蜘蛛を焼き払った後も、左腰から流し込まれた根が体内に残存し、血と痛みに襲われた。自動回復が追いつかず、左半身が痙攣する中、ここで自己焼灼するか、合流後に行うかの判断を迫られたのである。

士気の再点火
ティオナが自責の念に沈むと、ベル・クラネルは太陽の笑顔を求め、意図的に会話で不安を払った。英雄譚と喜劇の好みを交わし、ティオナが喜劇を愛してきた理由を語ることで、二人は笑みを取り戻した。ベル・クラネルは戦えなくなる自己焼灼を退け、彼女と肩を並べて進む決意を固めた。

英雄願望の起動と精霊の残骸
ベル・クラネルは【英雄願望】を起動し、鐘楼の響きを合図に迫る精霊の残骸へ突撃した。ティオナと並び、《白幻》と《神のナイフ》を携えて反撃に移ったが、無尽蔵の敵が増援として現れた。

猛牛の乱入と竜女の再会
天井近くを突き破り、漆黒の巨軀アステリオスが乱入して精霊の残骸を蹂躙した。両刃斧の一撃と咆哮で空中砲台を次々と粉砕する中、暴走しかけた必殺は竜女ウィーネが身を挺して制止した。ベル・クラネルとウィーネは抱擁し、続いて蜥蜴人のリド、黒妖精ヘグニとも合流した。フレイヤの通信がヘグニを励まし、短い安堵が場に満ちた。

役割分担と斧の託宣
新手の精霊の残骸が大量出現すると、アステリオスはベル・クラネルと同行せず殲滅役を買って出た。再戦欲を理性で抑え、両刃斧をベル・クラネルへ託していつかの再戦を誓い、怪物として戦場へ躍り込んだ。ベル・クラネル一行はロキの指示に従い、最奥への進撃を再開した。

導き手ウィーネの成長
ウィーネは研ぎ澄まされた聴覚で危機を察知し、討ち漏らしの残骸を体当たりで粉砕してみせた。リドは彼女が魔石摂取で鍛え上げてきた経緯を明かし、ベル・クラネルは頼もしさと危うさを同時に受け止めつつ前進した。

最奥突入前の選択
決戦を前に、ベル・クラネルは体内に残る根を焼き切るため、自身へ魔法を撃ち込む許可を求めた。仲間の制止と驚愕が走る中、彼は一刻も早い攻略と自壊のリスクの狭間で、最後の判断に手をかけたのである。

因果の収束を見届ける視座
ロキは眼晶越しの喧噪と燃焼音、兎の悲鳴を聞きながら、水晶球に映る光景に釘付けとなっていた。フレイヤは、ベル・クラネル達の歩みが今日に結実したと評し、失敗に終わった遠征も救出作戦も、異端児と手を結ぶ決断も、さらには自らが織った箱庭と大戦に至るまで、全ての出会いが巡り巡ってこの局面へ収斂したと示したのである。

終末への試金石
バルドルは微笑し、ヘファイストスは期待の眼差しを送り、ヘルメスは口端を上げて振り返った。ウラノスは瞑目しつつ希望に賭けると沈思し、この決戦が最果てに眠る本当の終末を退け得るかどうかの試金石であると神々は位置づけていた。

女神の祈りと集結
ヘスティアは拳を握り、ベル・クラネルの勝利を切に願った。立坑維持の苦難、異常事態に満ちた迷宮、不気味に蠢動する魔界など問題は山積であったが、女神の祈りに押されるように、眷族たちは決戦の間へと集い、英雄神話への扉を開くべく歩を進めたのである。

穢れた精霊の望みと魔界の心臓
『穢れた精霊』は「空が見たい」と呟き、アイズの風を完全取り込み、六十層の封印ごと天へ穴を穿つ計画を進めていた。最深部は紫肉に覆われ、天井の巨大な『脳』と無数の『肉の大樹』、そして最奥には『心臓』が埋め込まれ、管を通じて風の魔力が全域に供給されている。大樹は喰われた大精霊の“食歴”で、そこにアイズの顔はまだない――完全取り込み前であるとベートは見抜く。

狼の単独突入と嘲弄
ベートは単身で踏み込み、状況を即座に解析。だが『穢れた精霊』は掌にアイズの顔を作って「もう要らない」と嘲弄し、ベートの怒りに火をつける。無詠唱・無動作の魔法陣で焔壁と雷瀑を連打し、さらに多属性の砲撃と触手で圧倒。広域魔法と回復で空間ごと弄ぶ“世界規模の暴力”に、ベートは焼かれながらもなお立ち上がる。

人形化の危機と救援到着
止めとして触手の雨が降り注ぐ刹那、【ファイアボルト】が燃やし払い、長剣と曲刀が斬り払う。アマゾネス、リザードマン、ヴィーヴル、ダークエルフ、そして両刃斧を担ぐベル・クラネルが合流。ベートの孤立は終わり、雑多にして強靭な仲間たちが一丸となって『穢れた精霊』と対峙する。

戦局の要点

  • 『穢れた精霊』=空間そのものを掌握する“迷宮の女王”。無尽蔵の魔法陣と再生でオーバーキルを繰り返す。
  • 『心臓』『脳』『肉の大樹』がコア構造。風魔力の循環を断てば弱体化の糸口となり得る。
  • アイズは未同化で救出可能性あり。時間との勝負。
  • ベートは単独突破不能と判断、ベル・クラネルらの合流で多角攻撃の体制が整った。

次の一手
コア(心臓—管—脳)いずれかの破壊、もしくは風の供給断絶が鍵。触手・広域魔法の制圧には前衛の分散突入と対魔法障壁、遠距離の狙撃魔法/追尾で“無詠唱の隙”を作る必要がある。ベル・クラネルの機動と斧、ベートの機敏、ティオナの近接、リドとウィーネの援護、ヘグニのサポートを噛み合わせ、アイズ救出と心臓破壊の同時遂行が望ましい——決戦はここからだ。

魔界最深部の構造と穢れた精霊の目的
穢れた精霊は空を見たいという執着から、アイズの風を完全取り込み六十層の封印を吹き飛ばして大穴を開ける企図を示した。空間は紫肉で満ち、天井の巨大な脳と無数の肉の大樹、最奥の大心臓が風の魔力を循環させていた。大樹は喰われた大精霊の“食歴”であり、アイズは未同化のまま大心臓に囚われていた。

ベートの単独突入と嘲弄
ベートは穢れた精霊の前に単身突入したが、無詠唱・無動作の炎壁と雷瀑、多重砲撃により撃墜され、触手と超広域魔法で翻弄された。穢れた精霊は掌にアイズの顔を生み嘲弄し、ベートの殺意を煽った。

救援合流と布陣変更
ベル・クラネル、ティオナ、リド、ウィーネ、ヘグニが到着しベートを救出した。神々の助言に従い、隊は大心臓を背に布陣して穢れた精霊の誤射を抑制しつつ散開、脳と本体への圧力を強めた。ウィーネは翼を交差させて怪光線を受け止める移動型の壁役として機能した。

ティオナの反撃と初手の連携
穢れた精霊が指先一つでティオナ体内の根を暴発させるも、ティオナは折った根を投擲して動揺を作り、ベート・リド・ヘグニが三方から斬撃で畳みかけた。穢れた精霊は全身放電で反撃し、戦場は拮抗した。

英雄の一撃――聖火の残光
後衛火力不足の中で勝機は英雄の一撃のみと定まり、ベル・クラネルは両刃斧に二重集束で蓄力した。穢れた精霊の雷矛と嵐を突いて、台風の目に滑り込んだベル・クラネルが聖火の残光を放ち、穢れた精霊本体と天井の脳を同時に断ち切って焼き尽くした。

崩れない心臓と切り札の顕現
撃破直後も大心臓は鼓動を止めず、番人たる六体の残骸も健在であった。天井の肉殻が剥落し、右眼を欠いた巨大な黒い精霊竜が露わとなった。

精霊竜の咆哮と蹂躙
精霊竜の咆哮が大嵐となり、隊は壁へ叩きつけられ武具が弾けた。精霊竜は大心臓から吸い上げた風魔力でアイズの魔法を擬し、精霊の残骸を杭へと変じさせてテンペスト/リル・ラファーガを放ち、隊を貫通・攪拌・圧砕した。

女王の再出現と第二幕
無感動の竜に代わり、右眼窩から肉花が咲いて穢れた精霊の上半身が露出した。女王は隻眼の竜に寄生する形で邪悪な哄笑を響かせ、決戦の第二幕へとなだれ込んだ。

通信断絶と精霊竜の威容
ヘスティアは水晶を握り締め、ひたすらベル・クラネルの名を呼び続けた。しかし応答はなく、映像は荒野と化した肉の大地を映すのみで、雑音が混じる不鮮明なものとなっていた。地下祭壇の神々は声を失い、ただ最後に映った『精霊竜』の姿に息を呑んでいた。

黒竜の正体と剣姫の記憶
ロキは重々しい声で語った。穢れた精霊はアイズの記憶を食い尽くす過程で、少女の心の奥底に封じられていた「最も恐ろしい存在」を見つけ出し、それを具現化したのだと。それが“疑似的な黒竜”、すなわち“黒の乙女”の象徴である。
本来の黒竜とは異なり、現界した精霊竜は少女の心象風景が形を取ったもの――怒り、憎悪、絶望が凝縮された靄の竜であり、黒い瘴気を漂わせる幻影のような存在であった。

神々の分析と黙祷
バルドルとヘルメスはそれを“終末の予行練習”と評し、ヘファイストスも眉をひそめて沈黙した。ウラノスは淡々と、「これは現実の黒竜ではなく、少女が恐怖した記憶そのものの投影」と断じた。神々の言葉には重苦しい確信があった。

ヘスティアの問いと祈り
沈痛な面持ちで眼晶を見つめるヘスティアは問いかけた。
「どうしてベル君が“黒竜”を知っているんだ……? 終末の竜は古代に封印されたままのはず。どこで、あんな力を見たっていうの……?」
しかし誰も答えない。ウラノスもロキも沈黙し、ヘスティアは唇を噛み締め、神でありながら祈るように囁いた。
「ベル君……どうか、生きていて……」

神々の眼前に映るのは、通信の途絶えた荒野と、黒い霧に包まれた大空間――終末の化身が再び動き出そうとする、沈黙の瞬間であった。

穢れた精霊の拷問と再起動
ヘスティアの声と憧憬の涙を感じ取ったベルは、全身から血を吐きながら立ち上がろうとした。しかし両脚は膝下から失われ、右脚も半壊していた。そこへ『穢れた精霊』の触手が襲いかかり、彼の体を吊り上げて無残に破壊した。
肋骨、内臓、腕、顔、首のすべてが砕かれる中でも、【美惑炎抗】が自動で再生を繰り返す。死すら許されぬ不滅の呪いに、怪物は興奮し、狂気の歓喜で笑い続けた。

精霊王朝の名と真実への到達
ベルはなおも右腕に炎を宿し、触手を焼き払って反撃した。彼の口から発せられたのは、「精霊王朝スフィア」という言葉であった。その名は古代の英雄と精霊の盟約を象徴するものにして、『穢れた精霊』の本質を暴く鍵であった。
その瞬間、怪物の笑みが凍り付き、過去の記憶が暴発する。ベルはかつて英雄と共にあった精霊が堕落し、怪物となった事実を悟り、「精霊の王国を築くことなどできない」と叫んだ。その声に、ウラノスとフレイヤは沈痛な表情で目を閉じた。

暴走する穢れた精霊と神々の祈り
理性を喪った『穢れた精霊』は激情に駆られ、膨大な魔力で暴走する。無詠唱で構築した魔法陣を次々に展開し、辺りを焼き尽くす【ファイアーストーム】を放とうとした。
だが、そこに雷光が走る。突如現れたヘディンが詠唱を潰し、魔力を暴発させて精霊を吹き飛ばしたのである。地下で見守る神々は息を呑み、ヘスティアは祈るように手を合わせた。

黄金の魔女の治癒と再結集
続いてヘディンは金色の魔法陣を展開し、戦場全域に治癒の光を満たした。ヘイズの詠唱【ゼオ・グルヴェイグ】が放たれ、重傷者や異端児たちの傷が瞬時に癒える。ティオナ、ベート、ウィーネらが次々と立ち上がり、再び戦線に戻った。
さらに春姫、リュー、アスフィ、グロスら後続組も到着。リューの“魔炎”による魔力低下、春姫の昇華付与、ヘディンの精密雷撃、ヘイズの全体回復――すべてが揃い、戦場は再び息を吹き返した。

英雄の再起と最終決戦の幕開け
ベルは欠損した脚をマーメイドの血で再接合し、立ち上がった。憧憬を救うという誓いを胸に、最後の武器に炎を宿して大鐘楼を鳴らす。鐘の音は神々の声と共鳴し、戦場全体を震わせた。
その時、精霊竜の風撃が放たれ、少年を飲み込もうとする。しかしその一撃を遮るように、光の奔流が逆巻く。
「……残光」
その名を聞いた瞬間、ベルが振り返る先に、一人の騎士――レオンが立っていた。そして、さらなる増援がその背後に現れたのである。

ベルの再生と捕縛
ベルは女神の声と憧憬の涙を感じつつ致命傷から再生したが、両脚の大半を失っていた。『穢れた精霊』の血管から伸びた触手により腕を脱臼させられ、頭上の血管へ縫い付けられて拘束されたのである。

穢れた精霊の嗜虐とベルの洞察
『穢れた精霊』は再生するベルを玩具視し、肋骨粉砕や内臓破裂などの拷問を反復した。ベルは炎雷で捕食手を爆散させると、精霊王朝スフィアの名を口にして正体へ迫った。それにより怪物の笑みは消え、激情が露わになった。

逆上と大規模魔法の暴発
『穢れた精霊』は感情の奔流に呑まれ、過剰詠唱でファイアーストームを放とうとしたが、雷撃により魔法陣を射抜かれて魔力が暴発し、自身が爆炎に巻かれた。戦場はなお精霊と精霊竜の脅威下にあった。

黄金の治癒領域の展開
白妖精ヘディンが現れ、金色の魔法陣で広域治癒結界を展開した。ヘイズも合流して治療の暴力ともいえる回復を全域に及ぼし、重傷者たちは戦線復帰した。これにより戦闘継続の土台が整備された。

援軍の到着と反攻の起点
春姫とアスフィ、リュー、グロスら後続が到着し、春姫の上昇付与とリューの魔炎により敵勢の魔力を下降させる手札が加わった。ヘディンは九十九の雷弾で精霊の超砲撃魔法陣を悉く迎撃し、反撃の機会を創出した。

ベルの脚の再接合と復帰
ティオナとウィーネは散逸したベルの脚を回収し、マーメイドの生き血で接合した。完全ではないものの稼働可能となり、ベルは憧憬を救う決意を保ったまま再び戦場に向かった。

精霊竜の圧力と時間切迫
精霊竜の咆哮と風の衝撃波は前衛を薙ぎ払い、下降付与下でも無慈悲な防御と攻撃が続いた。嵐の出力は時とともに増し、アイズの完全吸収まで残り十分という刻限が迫る中、ベルは約束を果たすため大鐘楼の蓄力を開始した。

致死の一撃の相殺と騎士の来援
精霊竜の狙撃的な風の奔流がベルを呑み込まんとした瞬間、背後から放たれた破断の奔流が相殺した。視線の先には騎士レオンが立ち、増援がなお続いていた。戦場は第二ラウンドとして最終決戦の様相を強めた。

中層の鯨波と増援の到来
『深層』とは遠い『中層』の立坑で防衛隊が崩壊寸前となる中、【ロキ・ファミリア】を中核とする増援が突入した。道化師の紋章を掲げる上級冒険者らは食人花や極彩色の群れを力押しで粉砕し、疲弊した桜花・千草・命らを救出して戦線を立て直したのである。

連合の復帰と闘志の連鎖
総勢五十二名が参戦し、【ヘファイストス】の鍛冶師、【ディアンケヒト】の治療師、派閥連合の有力者が負傷を抱えたまま復帰した。誇りを折られたエルフも再び弓を取り、少女魔導士は涙を拭って詠唱に立ち、連鎖的に下層の戦闘娼婦隊も奮起した。ヴェルフは目の光を取り戻し魔剣を解放し、アイシャの号令で押し返しが全層へ伝播した。

作戦室の再計算と押し上げ決断
ギルド本部に増援情報が届くと、リリは【ロキ・ファミリア】の対応力を戦略中核と見做し、長期維持不能な“魔法の時間”であると見抜いた。階層主撃破済み・異常種の殲滅を優先と判断し、「全戦線の押し上げ」「下部階層への戦力供給」「50階層守備隊の派遣」を即断した。これが「約三時間前」の大博打である。

現在:50階層を捨てて60階層へ
現在、クロエ・アーニャ・ミアら『豊穣の女主人』勢は【ガネーシャ】や『学区』と協同し、50階層の拠点を捨てて60階層の魔界へ突入した。迷宮は破壊者の被害と組成復旧で罠や敵配置が薄く、彼らは極彩色の群れと触手を捌きつつ進撃した。ミアは前衛で触手と芋虫型を粉砕し、アスフィの魅了止めの服用を徹底させつつ隊を統率した。

治療線の支えと陰の助勢
【フレイヤ・ファミリア】の煤者(ヴァン隊)を含む治療師・薬師部隊が支援を継続し、シャクティは異端児の暗躍を黙認した。ミアは眼晶越しに街娘からの助言(女神化した“馬鹿娘”)を受け、奥で「穢れた精霊」との決戦が進むがゆえに前線の負荷が軽減していると看破した。

戦況の含意
上層から深層まで連鎖した鯨波は戦意と士気を劇的に押し上げ、リリの押し上げ作戦が全軍機動を加速させた。60階層では『穢れた精霊』本体側の余裕喪失が兆しており、前衛の突破と後衛の治療線維持が噛み合えば、深層決戦への合流条件が整う局面であった。ミアは「護送対象」の“猪坊主”が戦の匂いに惹かれて先行したことに悪態をつきつつ、なお進撃を選択したのである。

最強の到来と階位昇華
レオンとオッタルが戦場に到着し、傷だらけの姿ながらも圧倒的な威圧を示した。ロキ、ヘルメス、ヘスティアらが歓喜し、ヘディンと春姫が即断で階位昇華を付与した。春姫は既存付与を維持しつつ最強格へも金光を重ね、レオンとオッタルは疑似的にLV.8相当の出力を得たのである。

精霊竜への強襲
オッタルは金光の加護を纏って一挙に精霊竜の頭上へ跳躍し、黒大剣で風鎧ごと切り裂いた。続いてレオンが大地から肉薄し、『九の試剣(光の手袋)』で覇竜の大壊剣を増幅、精霊竜の腹部に初の痛撃を刻んだ。二人は風刃・竜巻を意に介さず連撃を叩き込み、周囲の血管を破砕して高度を下げさせた。

全軍の奮起と役割分担
最強二名の猛攻に触発され、ベート、リュー、ヘグニらが立ち上がり、ヘグニは【ダインスレイヴ】を起動して突進した。ヘディンは迎撃と指揮、春姫は昇華維持、ヘイズは広域治癒、アスフィは魔道具で精霊の動きを乱し、リド・グロス・ウィーネは遊撃支援に回った。ベルは大鐘楼の蓄力を続け、最後の「詰め」を担う意思を明確にした。

穢れた精霊の必殺準備と大規模魔法円
追い詰められた穢れた精霊は『大心臓』前へ退き、六体の精霊残骸を円周起点とする巨大な大規模魔法円を展開した。蜂巣構造の円蓋障壁で大心臓と精霊竜を覆い、八つの竜巻で視界を遮蔽したうえ、天界柱の召喚術式に類する絶滅級の長文詠唱に入った。ヘディンとリューの砲撃は魔法円そのものに弾かれた。

テンペストの猛威と致命局面の回避
穢れた精霊は【テンペスト】【リル・ラファーガ】の螺旋矢を多数招来し、ヘディンの雷弾飽和でさえ相殺し切れなかった。ベートやリューが負傷し、オッタルですら後退を強いられる。ベルには致命の矢が迫ったが、ティオナが《マギウス・バングル》を起動して身を挺し、直撃を遮った。代わりに爆風が二人を吹き飛ばした。

作戦の再定義:突撃
アスフィの問いに対し、レオンは中央集結部で「一斉突撃で嵐と魔法円を破砕する」と明言した。玉砕ではなく黒竜討伐の前提として突破必須と断じ、ヘディンも無言で同意した。動ける者は少ないが、ベルの大鐘楼は鳴り続け、春姫は「ベルへの階位昇華付与と、来るな(詰めを担え)の伝達」を了承した。

最後の攻防への布陣
精霊残骸の大群が中央へ殺到する中、オッタル、レオン、ヘグニ、ベート、リューら前衛は突撃準備に入り、春姫・ヘイズの最強支援線をアスフィ、ウィーネ、グロスが護衛した。全員が持てる全てを費やし、『大心臓』に囚われたアイズ救出と絶滅級魔法の阻止に向け、最後の攻防戦が開始されたのである。

灰狼の再起と責任の告白
戦場の轟音の中、ベートは膝を折り、限界に達していた。肉体の傷は癒えても、気力と魂の摩耗が重くのしかかっていた。倒れたティオナの姿を前に、己の無力を噛み締めていたその時、眼晶を通じてヘスティアの声が届く。彼女は、かつて酒場でベルを罵倒し、走らせた責任を取れと迫った。反発と怒りを露わにしたベートは、それでも立ち上がった。「誰が謝るかよ」と叫び、己の誇りを保ちながらも、燃え上がる責任の炎に駆られて歩み出した。

灰狼と白兎の再会
倒れていたベルの前に立つと、ベートはかつて少年を叩き出した夜と同じ言葉を吐いた。「雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」と。だが続けて、「もう今のお前は雑魚じゃねえ」と言い放ち、かつて否定した少年を認めた。ベルはその一言に震え、長く抱いていた劣等の枷を断ち切った。ベートは咆哮し、「雑魚じゃねえならアイズを救ってみせろ」と命じ、二人の雄の声が戦場に響いた。

灰狼の詠唱と戒めの解放
戦線に復帰したベートは、誰も知らなかった自身の魔法【ヴァナルガンド】を詠唱した。それは己の怒りと喪失を象徴する呪文であり、強者としての矜持を捨ててまで仲間を救うために解き放たれるものだった。忌み嫌っていた力を用いることは、彼が真に「守る者」として目覚めた証であった。

女戦士の決意と英雄への信仰
同時に、ティオナもまた『根』に蝕まれながら立ち上がっていた。半ば怪物と化しかけた体で、それでも前を向き、ベルの背中を見つめた。彼女は涙と笑みを浮かべ、「あたしは英雄に出会えた」と呟き、囚われのアイズへ「助けに行く」と誓った。死を目前にしてもなお、その瞳は光を宿し続けていた。

共闘への始動
ベートの咆哮とベルの鐘の音が重なり、灰狼と白兎の初めての共闘が始まった。レオン、オッタル、リューらが精霊の残骸を討ち払い、春姫とヘイズが支援を続ける中、戦場は再び動き出した。全員がそれぞれの誇りを背負い、アイズを救うための最終決戦へと突き進んでいったのである。

最強の共闘と天刑の相殺
レオンとオッタルは、絶滅級の大術式【ヘブンズ・カタストロフ】に対し、最後の力を振り絞った。
レオンは『残光』を連発して竜巻を吹き飛ばし、オッタルは『獣化』と『強化円卓』を併用して膂力を極限まで高めた。両者は黄金の閃光と黒紫の光流を衝突させ、魔界を貫く光柱を真っ向から相殺したのである。その衝撃は世界を震わせたが、二人は立ったまま戦場にその爪痕を刻んだ。
この瞬間、『穢れた精霊』の放った天刑は無に帰し、全滅は免れた。しかし英雄たちの消耗も限界に達し、肉体は損壊しながらも次の動きを止めなかった。

灰狼の禁断魔法【ハティ】
戦線を引き継いだベートは、自らの禁断に手を掛けた。炎狼の如く紅蓮に包まれた彼は、烈炎の魔法【ハティ】を発動した。
この魔法は、受けた損傷と魔力を喰らい尽くして力に変える吸収系の秘術であり、ベートの命を代償とする極限の魔法であった。無数の砲撃と触手を喰らいながらも炎は勢いを増し、蜂巣構造の障壁を次々と破壊していった。リューやヘディンが届かなかった絶対防御を、炎狼は力で穿ち、焔の顎が敵陣へと突き進んだ。

ティオナの反撃と雷の拳
ベルを襲う撃滅の雷光を前に、ティオナは【大熱闘】を発動し、燃える息吹で神速の跳躍を見せた。
彼女の右手には、ベートが残した宝玉《フロスヴィルト》が握られていた。それは雷を吸収し、同属性の力として放つことのできる魔具である。
ティオナは異形化した右腕で雷光を受け止め、轟雷を力へ転化させた。寄生していた『根』の肉が皮肉にも耐性を生み、少女を守る鎧と化した。
「痛いけど――アイズの方がもっと痛い」と叫び、彼女は雷拳を叩き込んだ。
炎狼の咆哮と雷拳が共鳴し、残る精霊の残骸を爆砕。大障壁は轟音とともに粉砕された。

英雄の一撃と捕食の罠
障壁が崩壊した瞬間、ベルは全蓄力をもって跳躍した。白光と炎の中を突き抜け、『聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)』を放った。
『精霊竜』は消滅し、『穢れた精霊』の上半身は『大心臓』に叩きつけられた。歓声が上がる中、ベルは血管を伝って最奥へ進み、蒼光の中に囚われたアイズへと手を伸ばした。
しかしその瞬間、『穢れた精霊』の第三の眼が輝き、『大心臓』が巨大な顎のように開いた。
反応する間もなく、ベルは肉のうねりに呑まれた。捕食された英雄の姿に、ティオナの悲鳴が響いた。

戦場の静寂と次なる絶望
炎狼は力尽き、ティオナも膝を折った。リューたちは動けず、神々も言葉を失った。
英雄の鐘はなお鳴り続けていたが、光が消えた戦場に残ったのは、捕食の音と絶望の静寂だけであった。
それでも、彼らの心に宿る意志は消えてはいなかった。ベルを取り戻す戦いは、ここからが真の終幕であることを、誰もが悟っていたのである。

肉の牢獄と絶望の胎内
ベルは『穢れた精霊』の大心臓に呑み込まれ、全身を粘膜のような肉に封じ込められていた。温く、湿り気を帯びた感触が全身を包み込み、生命を奪う不快な圧迫が続いていた。肉の檻は胎内のようでありながら、慈愛ではなく破壊の欲望を孕んだ牢獄であった。自動回復の効果は失われ、回復したそばから体力も精神も吸い上げられていく。すでに肉と肌は癒着し、ベルの体は蛹のように溶け、意識までもが肉に侵食されていた。自らの無力を痛感しながら、ベルは思考すら朦朧としていった。

絶望の中の光と魔剣の覚醒
何もできずに溶け落ちていく中で、ベルは最後に残された手段へと手を伸ばした。腹に抱えていたのは、ヴェルフから託された『クロッゾの魔剣』であった。魔力を供給することも、腕を振るうこともできない状況で、ベルはただ一言、魂の底から名を呼んだ。「ヴェルフッ!!」と。彼の叫びは空間を貫き、絆が魔剣を輝かせた。瞬間、紅蓮の炎が胎内を焼き破り、肉の檻を爆ぜさせた。紅の光はベルの瞳と同じ色であり、炎は『穢れた精霊』の内部から逆流するように広がっていった。

胎内の爆炎と精霊の絶叫
大空間では、外にいたリューたちがその光景を目撃した。『大心臓』が臍の中心から裂け、内部から恒星の如き炎流が噴出したのである。『穢れた精霊』は腹を押さえてのたうち回り、地獄の絶叫を上げた。神々の眼晶にも紅炎が映り、爆音が轟き渡った。精霊は、取り込んだ白兎を“餌”と誤解していた。だが、彼を喰らった時点で、それは最悪の選択であった。ベル・クラネルは、燃える意志と仲間の絆を体内に宿す、真の「火薬」そのものであった。

業炎の反撃と英雄の突進
胎内の炎が全てを焼き崩す中、ベルは自らも焼かれながら進んだ。肉が崩れ、炎が吹き荒ぶ空間を、全身の力を振り絞って泳ぎ、潜り、掻き分ける。十メートルを超える極厚の肉壁を突破するまで、ただ前へと突き進んだ。皮膚は焼け、肉は裂け、それでもベルは止まらなかった。彼の行動はもはや本能であり、英雄としての矜持であった。

蒼光への到達
焼け崩れる肉の壁の奥、ベルはかすかな光を見た。炎の赤に対して、透き通るような蒼の輝き。
それは、囚われたアイズのもとから漏れる微光であった。
紅炎の中で手を伸ばし、全てを喰らう業火の奔流を背に、ベル・クラネルの指先がついにその光へ届いたのである。

氷の鳥籠と失われた意識
アイズは冷たい氷の床に頬を押し当て、崩れかけた鳥籠の中で動けずにいた。
もはや籠は保たず、壊れた瞬間に意識は闇へと沈むと理解していたが、恐怖すら感じる余力はなかった。
すべてが静かに終わる。そう思いかけた時、手に何かが触れた。
それは一冊の本であった。幼い頃、母が読み聞かせてくれた精霊の物語、勇ましい父のような英雄譚――そのすべてが記憶の形をとって現れていた。震える手で頁をめくると、そこには真っ白な白紙があった。
「あなたに英雄はいない」――そんな言葉を告げるかのような白さに、アイズの目に涙が滲んだ。

首吊り兎と絶望の炎
しかし、その時である。鳥籠の外から、ぼろぼろの兎の縫い包みが歩み寄ってきた。
腕も脚も千切れ、感電に焼かれ、氷片が背に突き刺さっても、縫い包みは何度も立ち上がった。
それは音を立て、這うように真っ直ぐアイズへと進んだ。
だが次の瞬間、頭上から垂れた赤い肉の紐が兎の首を絡め取り、宙に吊り上げた。闇の奥から笑い声が響き、「渡さない」と嗤った。
アイズの心に再び絶望が広がった。自らの罪を思い出し、風が友を傷つけた記憶が胸を刺した。
だがその兎は、自ら火を放った。
燐寸の火が縫い包みを包み、瞬く間に紅炎が燃え上がる。燃え盛る炎は肉の紐を焼き切り、悲鳴を上げた闇の声とともに兎は地に落ちた。

白兎の正体と再会の誓い
燃え落ちた兎の縫い包みを見上げたアイズの前で、それは形を変えた。
頭から被っていた兎の被り物を脱ぎ、現れたのは、白い髪と深紅の瞳を持つ一人の少年――ベルであった。
ボロボロに傷付きながらも、少年は微笑んで膝をつき、「迎えにきました」と告げた。
その声は穏やかで、優しかった。
アイズの瞳から透明な滴が流れ落ち、「あなたはだれなの」と問う。
少年は静かに答えた。
「僕は、冒険者です。貴方に――英雄に憧れた、ただの冒険者です」

英雄の誕生と鳥籠の崩壊
アイズは首を振った。「私は英雄じゃない」と。
それでも彼女はもう一度尋ねた。「あなたは、わたしの英雄になってくれる?」
ベルは目を見開き、金の瞳をまっすぐに見返した。
「英雄に、なりたい。――貴方の英雄に」
その言葉にアイズは震える手を伸ばし、氷の格子越しに小さな手を重ねた。
瞬間、鳥籠が弾け、闇が砕け散った。
光が奔り、氷と絶望を覆い尽くす。
白光の中、青空の下で、アイズは倒れるようにベルの胸に身を預けた。
英雄譚はここで始まり、悪夢は完全に終わりを告げたのである。

再会の抱擁と崩壊の始まり
幻想の闇を抜け出したベルは、燃え盛る肉塊の中から落下していた。
その腕には、気を失ったアイズをしっかりと抱き締めていた。
『穢れた精霊』は絶叫とともに暴走し、肉の奔流を生み出してベル達を再び呑み込もうとした。
触手の群れが迫り、鐘の音が鳴り響く。しかし、間に合わない。ティオナたちの援護も届かない。
それでもベルは動じなかった。
かつて仲間が示したように、信じることを選んだ。
――自分ができたなら、彼女にもできる。ならば、レフィーヤもきっと。

妖精の光と英雄の炎
ベルは渾身の声で名を呼んだ。「レフィーヤさああああああん!!」
その叫びが届いた瞬間、地の底から天へと突き上がる光が走った。
妖精の魔法【アルクス・レイ】が大地を貫き、ベルの傍らを通過して肉塊を撃ち抜く。
『穢れた精霊』の身体が灼かれ、千切れ、空中で悲鳴を上げた。
ベルはアイズを胸に抱きながら右手を掲げ、三つの瞳を見据えた。
この迷宮に千年囚われ続けた哀れな魂を、ようやく解放するために。
「――【ファイアボルト】」
紅炎の閃光が奔り、レフィーヤの光と交わって『穢れた精霊』を貫いた。
白光が全てを包み込み、昏い世界が浄化されていく。
その中で『穢れた精霊』の表情は、悲しみと羨望、そして微かな微笑みを湛え、光の粒となって天へ還った。

救いの手と終わりの静寂
崩壊する『大心臓』の中、ベルとアイズは落下した。
しかしその二人を受け止めたのは、ベートとティオナの腕であった。
ベルは荒い息を吐きながらも、アイズの名を呼び、彼女は小さく応えた。
地上からは冒険者達と異端児達が駆け寄り、神々の歓声が響き渡る。
涙が二人の頬に降り注ぐ中、ベルとアイズの指先が触れ合い、薬指と小指が固く絡まった。
互いの温もりを確かめるように、どちらも決して離そうとしなかった。

英雄の言葉と約束の終着
崩壊していく魔界の中で、ベルは思い出していた。
遠い日の朝焼け、市壁の上で交わした言葉の続きを。
長く伝えられなかった願いを、今こそ届けるために。
「おかえりなさい……アイズさん」
静かに、優しく告げられた言葉に、アイズの唇が微かに綻び、穏やかな笑みが浮かんだ。
その瞬間、すべての戦いが終わり、英雄と少女は再び一つの光の下で抱き合っていたのである。

終焉の静寂と勝利の刻
白光が収まり、焼け崩れた大心臓の残骸の中には、もう何も残っていなかった。
『穢れた精霊』――その名のもとに永劫の苦しみを背負っていた存在は、今、完全に消滅した。
浄化の炎と妖精の光に包まれ、魂は長き束縛から解き放たれたのである。

奪還と帰還の証明
ベルの腕に抱かれた少女は、ゆっくりとまぶたを開いた。
金色の瞳が再び光を宿し、冷たい氷の檻から解き放たれたアイズ・ヴァレンシュタインは、確かに現世へ帰還した。
その姿を見届けた仲間たちは歓声を上げ、神々の祈りが地上と迷宮を隔てて届く。
ティオナ、ベート、リュー、ヘディン――皆の視線が、戦いを終えた英雄へと注がれていた。

神々の祝福と物語の継承
『穢れた精霊』、討伐完了。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン奪還、完全達成。
それは冥府の闇を貫く希望の灯火であり、絶望の底から立ち上がった冒険者たちの勝利の証であった。

時計の針はなおも止まり、世界は静止したように見えた。
だが、その静寂の中で確かに――下界は希望を繋いでいた。
一つ目の終末を退けた眷族たちの物語を、神々は遥か遠くの祭壇より見守り、祝福の祈りを捧げる。

エピローグ Beautiful World II

『穢れた精霊』討伐と地獄の復路
ベルたちは死力を尽くし『穢れた精霊』を討伐したが、冒険は終わらなかった。崩壊する魔界から脱出した彼らは、救出された【ロキ・ファミリア】と合流し、地上への過酷な帰還を開始した。魔界の崩壊やモンスターの群れが行く手を阻み、撤退戦は混乱を極めたが、ミアやヴァンらの援護により進軍は維持された。特にリリルカは指揮を執り続け、『影の最優秀選手』と称されるほどの活躍を見せ、知恵熱で倒れるまで奮闘していた。

疲弊する冒険者たちと無情な神意
撤退の途中、ヘルメスが「劇的な凱旋を」と命じ、冒険者たちは人造迷宮を使わず徒歩での帰還を強いられた。疲労困憊の一行は怒りを覚えつつも、完走を望む者たちの意志に支えられ、地上を目指した。ガレスらの激励のもと、各派閥が順に地上を目指していく中、ベルたち【ヘスティア・ファミリア】は最後にリヴィラを出発した。

地上への帰還と青空の下の歓喜
階層を一つずつ上がる彼らの姿に異常はなく、ついに地上へと辿り着いた。光に包まれ、歓声と涙に迎えられる【ロキ・ファミリア】と冒険者たち。ベルは気を失ったアイズの無事を願い、感謝の声を幻の妖精たちに捧げた。民衆は英雄たちを称え、フィンは下界の悲願を北の地で果たすと誓った。その言葉に歓声が響き渡り、誰もが達成された偉業を讃えたのである。

英雄たちの帰還と終わりの笑み
五日半に及ぶ『救出作戦』はついに終結した。冷たい風が春のように心地よく、ベルは地上の光を浴びながら深く息を吸い、微笑んだ。ヘスティアたち神々の見守る中、歓声に包まれたその笑顔は、長い冒険の終わりを静かに告げていたのである。

再会と誓いの時
救出作戦の余韻が残る中、【ロキ・ファミリア】の本拠では静かな時間が流れていた。
神室で羊皮紙を前にしていたロキのもとに、小人族のフィンが現れた。リヴェリアは【ヘスティア・ファミリア】の本拠へ感謝を伝えに出向いており、ロキはその律儀さに苦笑していた。
『救出作戦』後も彼らには多忙な日々が続いていた。アイズをはじめとする重傷者は療養中で、他の者は協力した各派閥へ謝意を示すために奔走していた。犠牲者を出した今回の作戦は、都市の創設神が勅令した最重要任務であり、その責務を担った【ロキ・ファミリア】には糾弾や怨嗟も向けられたが、彼らはそれを正面から受け止めていたのである。

世界の異変と新たな予兆
ロキが手にしていた羊皮紙には、オラリオ外で起こる異変――ある『谷』の動乱――が記されていた。
それは「世界は英雄を欲している」という神々の言葉を裏付けるものであり、ロキもその意味を悟っていた。
フィンは静かに告げた。『黒竜』討伐の最後の鍵を握るのはベル・クラネルであると。彼の力こそが、次なる世界の試練を超えるための証であると認めたのである。

新たな提案と決断
フィンは主神ロキに向かい、はっきりとした言葉で直訴した。
ベル・クラネルを【ロキ・ファミリア】に迎え入れたい――と。
その瞳には確信と決意が宿っていた。
ロキは沈黙のままその言葉を受け止めたが、その沈黙こそが否定ではなく、理解と同意の証であった。
こうして、英雄譚の幕が閉じた地で、新たな運命の扉が静かに開かれようとしていたのである。

続・学園天地獄 ~豊穣の転入生編~

イズンとの再会と地獄の開幕
街のメインストリートで、女神イズンがシルに声をかけた。
明るく無邪気な態度で近寄るイズンに対し、シルは無言で首を絞めるという暴挙に出た。周囲が悲鳴を上げ、クロエとルノアが慌てて止めに入るほどの修羅場であった。両者の仲は天界時代から最悪であり、イズンの恋愛至上主義的な性格がシルの神経を逆撫でするのは日常茶飯事だった。天界での過去から、シルはすでに彼女を一度絞殺しかけた経験を持つほどである。

アオハル発言と禁句の再来
息も絶え絶えのイズンは、シルの失恋を察して「アオ☆ハルぅ!」と叫びながら話を聞こうと迫った。
それが禁句であることも知らずに懲りずに煽る彼女に、シルの殺意は再燃し、再び絞め落とそうとする。
クロエとルノアが必死に止める中、イズンは瀕死の状態になりながらも、なお笑顔を見せ、驚くべき一言を口にした。
「シルちゃんも『学区』に来てみない?」と。

転入生の誘いと新たな計画
イズンは学院同盟【学区】の責任者であり、彼女の裁量でシルを「特別転入生」として迎えることができた。
その提案は純粋な善意から出たものだったが、シルにとっては別の意味を持っていた。
イズンは「シルちゃんが気になる男の子と似たラピ君と、この冬限りのアオハル☆ができるかも!」と無邪気に笑う。
その瞬間、シルは一秒もかけずにその意図を悟り、薄鈍色の瞳を細めて笑った。
その笑みを見たクロエとルノアが、同時に背筋を凍らせるほどの、凶兆の微笑みであった。

登校の挨拶とささやかな動揺
朝、ラピ・フレミッシュと名乗って変装していたベルは、半妖精の級友ニイナから髪型を褒められ、自然体で返した賛辞が却って疑念を招いた。女性への気付きが鋭いという指摘に慌てて否定し、素性隠匿のための設定が増えることを恐れて狼狽していたのである。

学園生活六日目と残る課題
学園生活は六日目に入り、ニイナの助力で授業には慣れ始めていた。一方で、連携不全の第三小隊の改善が当面の課題として残り、ベルは一つずつ解いていく方針で臨んでいた。登校風景の中で、冒険者では味わえない日常を噛みしめていたのである。

転入生シルの登場と爆弾宣言
一限目、レオンが紹介した転入生はシル・フローヴァであった。短期留学という体裁で壇上に立ったシルは、出身地を語ったのち、ラピの幼馴染で婚約者と宣言した。教室は瞬時に騒然となり、ベルとニイナは動揺、レオンも頭痛を深める展開となった。

婚約発言の二段構えと教室の混沌
シルは親同士が決めた婚約と断りつつ、私はラピさんのことが大好きですと畳みかけ、恋愛話を好む生徒たちの歓声を誘発した。ベルは否定と体裁の両立を迫られ白目を剥きかけ、ニイナは困惑と対抗心を募らせたのである。

至近距離の甘酸っぱさとニイナの警鐘
授業に入ってもシルは隣席で教科書を共有し、肩が触れ合う距離でアオハルを連呼するかのように振る舞った。筆記具が触れ合う小事件や内緒の筆談、さらには夜に二人だけでお泊まりと記した紙片が回覧され、再び女生徒の悲鳴を巻き起こした。ニイナは授業中にもかかわらず風紀違反として注意勧告を求めたのである。

レオンの黙認を引き出した囁き
レオンが諭そうとした矢先、シルが小声でボルチェノフ一家爆砕事件と呟くと、レオンは即座にお咎めなしで授業続行を宣言した。過去の弱みを握られているかのような振る舞いに生徒たちは衝撃を受け、ベルも動揺を深めた。戦技学科にいるシルの意図も含め、教室は困惑の色を濃くしたのである。

嫉心と確信の笑み
授業は形式上進行したが、シルは終始ベルの隣で楽しげに過ごし、ニイナは兎を奪われた子どものように睨み続けた。こうして、転入初日の三十分でシルは教室の主導権を握り、学園の均衡を揺さぶることに成功していたのである。

シルの案内依頼とニイナの割込み
授業後、質問攻めをさばいたシルがベル(ラピ)に学内案内を求めた。ベルは自習の予定を抱えつつも承諾しようとしたが、同行を予定していたニイナが割って入り、自分が案内役を申し出た。シルは即座にラピを指名し、教室の空気は一気に緊張したのである。

アオハル宣言と「みっつ目の恋」
シルは胸に手を当て、女神イズンに騙されてあげようと思った、アオハルをしてみようと思ったと明かした。さらに、みっつ目の恋を知れるかもしれないと述べ、フルランド大精堂や宿で本心を言葉にしようとした時と同質の静かな決意を滲ませた。ベルはその雰囲気を覚えており、場は一層ざわついたのである。

ニイナへの直球の問いと挑発
シルはニイナに対し、ラピさんの何なのかと問いかけた。動揺したニイナは級友だと答えるにとどまり、シルはまだその程度と意地悪く笑った。ニイナはただのではないと反論し、同じ小隊の仲間でラピの最初の友達だと主張したが、女の争いの火蓋は切られていた。

教室の煽りと逃走劇の開始
周囲の生徒が面白がって殺到する中、シルは案内イベントの不発を避けるため逃げようと提案した。ベルはニイナを置けないと逡巡したが、世界最速兎の誰かさんという弱みをほのめかされ、覚悟を決めてシルの後を追った。ニイナは即座に状況を推理し義憤に燃えて追跡を開始したのである。

四つ子護衛の遮断
しかし、シルの護衛として同伴していた小人族アルフリッグら四つ子が学区制服姿で立ち塞がり、高速の連携でニイナの進路を封じた。危害は加えないが通さないという堅い布陣に、ニイナはクリスより速いと驚愕しつつも突破を試み、逃走した二人を追う緊迫の展開に突入していたのである。

一日の終わりと穏やかな時間
夕暮れの学園層。シルはベルを連れ回して学区の各施設を巡り、商業学科の売店で食べ歩き、授業に飛び入りするなど、一日を全力で楽しんでいた。巨大船の船尾にある公園で大きく伸びをしながら、彼女は心から楽しかったと笑った。対してベルは苦笑を浮かべながらも、彼女に一言だけ釘を刺した。ニイナをいじめないでほしいと。シルは謝りながらも、ニイナがどこかエイナに似ていると口にした。

三つ目の恋の意味
ベルはふと気になっていたことを尋ねた。シルがニイナに言った“みっつ目の恋”とは何か、と。夕陽に染まる船尾で足を止めたシルは、初恋と失恋、すでに二つの恋を知ったと静かに告げた。その言葉はベルにも胸の痛みを伴わせた。彼女は続けて、順番は違ってしまったけれど別の恋に触れてみたいと語った。それは「好きな人と教室で過ごすだけで楽しい」「目が合うだけで嬉しい」――そんな普通の片想いの時間を意味していた。

すれ違いの想いと静かな誓い
シルはこの学園での時間を通して、ベルと学生として過ごせたことに感謝を述べた。ベルは彼女に優しい言葉をかけ、深紅の瞳で見つめ返した。彼はもう答えを出していた。彼女の伴侶にはなれない。だがその代わりに、「貴方の騎士でいたい」と告げた。その一言に、シルは涙がこぼれそうなほどの笑顔で応えた。
「嬉しい。じゃあ、私はずっと貴方に片想いをしてる」と。

再会の約束と新たな決意
学園を後にしたシルは、待ち構えていた女神イズンの前に現れた。イズンは青春の達成度を問うが、シルは首を守りながら即答した。あんな短い時間でできるはずがないと。残念がるイズンを前に、シルは柔らかな微笑を浮かべた。三つ目の恋に触れた彼女は、ただの街娘のような表情で言葉を残した。
「だから、また来ますね。――大好きな人の隣で、『青春』の授業を受けるために。」

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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