物語の概要
ジャンル:
異世界ファンタジー/外伝アドベンチャーである。本編「ダンまち」の世界観を共有しながら、ロキ・ファミリアやアイズらを中心とした“剣姫の物語”を描く作品である。
内容紹介:
地獄とも称される禁域 “氷園” から生還したレフィーヤは、残されたアイズを救出すべく奔走する。ロキ・ファミリアは遠征に失敗し、派閥連合は壊滅の危機に立たされている。アイズ自身もまた心の揺らぎを抱える中、剣を取り再び闘う決意を固める。氷園での戦いと、希望への復帰、そして仲間との絆が物語の核心となる。
主要キャラクター
- アイズ・ヴァレンシュタイン:本作の中心人物である剣姫。氷園での試練と内面の葛藤を抱えながらも、己の信念と戦う道を選ぶ。
- レフィーヤ:氷園から生還した者。アイズを救うために動き、物語における逆襲の起点となる役割を担う。
物語の特徴
本巻の魅力は、「絶望から希望への逆転」と「内面の葛藤と再起」の描写にある。遠征失敗・連合崩壊といった惨劇の中で、剣姫アイズが再び剣を握る姿は、ただの戦闘描写以上の重みを持つ。氷園という極限空間が舞台となることで、物理的な危機と精神的な試練とが共鳴し、キャラクターの成長や信念を強く描き出している。加えて、本巻は本編「ダンまち」とのリンクが強く意識されており、外伝としての独立性と世界観の重なりを巧みに扱っている点が差別化要素である。
書籍情報
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリア16
(Is It Wrong to Try to Pick Up Girls in a Dungeon? On the Side: Sword Oratoria)
著者:大森藤ノ 氏
イラスト:はいむらきよたか 氏
出版社:SBクリエイティブ(GA文庫)
発売日:2025年10月15日
ISBN:978-4-8156-3295-3
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あらすじ・内容
それは悪夢。
「『遠征』失敗、派閥連合は壊滅!」
それは破滅。
「まさか『氷園』に墜ちるとは……」
それは痛哭。
「行く。もう一度、あの地獄に」
そして、それは逆襲。
「……貴方の力が要る」
その『怒り』の名は『希望』。
白光の大火、妖精の咆哮。
破滅を打ち砕く不屈の意志
奇跡は未踏の先で待つ。
絶望のただ中でその名を呼べ。
これはもうひとつの眷族の物語、――【剣姫の神聖譚】――
感想
この物語は、英雄譚の裏で繰り広げられた“もう一つの物語(地獄)”であり、ロキ・ファミリアの真価を描き出した壮絶な記録。圧倒的な戦闘描写と心理の深掘り、そして限界を超えた団結力――その全てが、本作をシリーズ屈指の危機たらしめている。
六十階層――通称「氷園」。そこは死すら許されぬ地獄であった。ロキ・ファミリアを中心とする派閥連合は、未踏領域の踏破を目指し遠征を開始する。しかし、突如として発生した異常事態によって前衛・後衛の連携は崩壊。ダンジョンの環境そのものが狂気と化し、彼らは瞬く間に孤立無援の状況へと追い込まれた。
フィン・ディムナは冷徹な判断で全体の再編を試みるが、ダンジョンの意思とも言うべき「穢れた精霊」たちの猛攻が止まらない。仲間を救うための決断と犠牲の連続――その最前線で、彼の胆力と知略が試される。絶望的な戦況下でも、彼は一瞬の希望を見逃さず、生き残りの糸口を紡いでいった。
ラウル・ノールドは、地獄の中で“凡人”としての極限の勇気を示す。彼は自らを囮にして仲間を守り、ボロボロになりながらも再び立ち上がる。彼の奮闘がなければ、誰も生還できなかっただろう。
一方、レフィーヤ・ウィリディスはベルとはぐれ、単独で絶望の領域を進むことになる。恐怖と後悔の中、己の未熟さを呪いながらも、彼女は仲間を想い戦い続けた。その覚悟と成長の果てに見せた姿は、かつての少女ではなく、真の冒険者であった。彼女の戦いと決断は、読者の胸に深く刻まれる。
氷園の戦闘はまさに地獄絵図であった。アイズ・ヴァレンシュタイン、ティオナ、ベートら一流の冒険者でさえ満身創痍となり、フィンは最後の指揮を執りながら“勇者”の名に相応しい結末を迎える。誰もが死と隣り合わせの状況で、彼は希望を捨てず全員を導いた。
戦闘終結後、フィンたちは辛くも帰還を果たすが、その代償は計り知れなかった。死者・行方不明者を多く出し、遠征は事実上の失敗に終わる。しかし、その経験が後のベルたちの救出劇へと繋がる礎となる。
特典エピソードでは、小人族の若者たちが語る「フィンの影響力」が描かれており、彼の存在がどれほど多くの命を導いてきたかが浮き彫りとなる。彼の背を見て育つ者たちは、今もなお“勇者の系譜”として歩み続けているのだ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
プロローグ 私が最後に見る景色
約束の記憶の蘇り
遠い昔に交わした唇と唇の約束の記憶が蘇っていた。月夜の泉のように澄んだ唇と花のように綻ぶ唇が、全てが終わった後に共に行こうと誓っていた。当時は互いの葛藤や苦しみを知らず、ただ未来を信じていたが、今はその意味を理解していた。
再会と歩み
昏い木陰から『彼女』が現れ、二人は子供のように笑い合った。穏やかで幻想的な森の中を、麦が揺れる黄金の海や黄昏の空のような光に包まれながら進んでいく。山吹色の髪と濡れ羽色の長髪が揺れ、約束を交わした頃と変わらぬ姿を見せていた。
魂の帰郷
互いの手が触れ合い、照れながらも握り合った二人を木漏れ日が照らしていた。肩を並べ、約束の地を目指して歩み続ける中、森の奥に白い輝きが現れる。それは数多の思いが円環を成す魂の故郷であり、光冠が浮かび上がる場所であった。幾多の光の欠片が織りなす階段が『妖精の輪』となり、分かたれた二人を再び結んでいた。『彼女』の言葉に涙を湛えて頷き、旅の終わりに共に歩み出したのである。
一章 敗北者達 ~迷宮リベンジャーズ~
失敗観の対置と現在地
成功は視野狭窄を招くという立場と、真の失敗は誇りも絆も折るという立場が対置され、絶望の淵から立ち上がる者こそ強者であると神々の視点が重ねられていた。その基調が、今この瞬間のレフィーヤに重なり、現在の危機を照射していたのである。
バベル一階の報せと都市の動揺
満身創痍のラウルが遠征失敗と六十階層での壊滅を叫び、救援要請を連呼していた。都市最大派閥の敗北は冒険者・ギルド・市民に衝撃と糾弾を引き起こし、【ロキ・ファミリア】の帰還者は血に塗れたまま項垂れていた。第一級冒険者を置き去りにしたという事実が誇りと名誉を砕き、地上に地獄のような混乱をもたらしたのである。
レフィーヤの焦熱と限界
レフィーヤは羞恥や悔恨を呑み込み、視線の先にいるベル・クラネルを希望の源として再戦の糸口を見出していた。だが六十階層からの連続敗走の代償で片膝を折り、ロキに支えられて治療を優先するよう制されていた。頭を冷やしたレフィーヤは、救出へ奔走する他者の動きも受け止め、終わりにはさせないと内心で体勢を立て直していた。
治療院の修羅場と癒し手の矜持
【ディアンケヒト・ファミリア】治療院は収容能力を超え、悲鳴と血と涙が溢れていた。根拠地を守れなかったエルフィは崩れ落ち、格闘家の冒険者は痛哭していた。若い治療師が責めようとしたが、眼鏡の青年が制し、冒険に絶対はなく、都市の命運を担ってきた【ロキ・ファミリア】を癒し手が糾弾してはならないと諭していた。聖女アミッドの不在が重くのしかかる中、治療師達は献身に戻っていたのである。
再戦を誓う第二軍の面々
クルスは自責に歯を剥き、許さない対象を己に定めていた。アリシアは折れる心を蹴破るように身を起こし、古株として炎を絶やさなかった。年少のナルヴィも鼻血を流しながら立ち上がり、限界の警告を振り切ってなお再戦に意志を馳せていた。三者の双眼は、敗走のまま終われないという同じ火を宿していたのである。
ロキとラウルの懺悔と決意
控え室でラウルはロキにひれ伏し、救えなかった罪と懺悔を吐き出していた。ロキは責めずに抱き締め、よく帰ってきたとだけ囁いて受け止めていた。フィンの後任として選ばれた時点で想定していた光景であり、英雄に酔わない資質をロキは見抜いていたからである。涙に濡れたラウルはなお首を振り、もう一度団長達のもとへ行くと告げ、神はそれを止める術を持たなかった。ここに、敗北を受け止めた者たちの反転攻勢が始まろうとしていたのである。
学区での嘆願と教え子の動揺
レフィーヤは港街メレンの超大型船フリングホルニ内、学区最下層の治療施設で、光神バルドルと恩師レオンに協力を懇願した。覚醒直後から再戦準備を訴える姿に、第七小隊のナノ、コール、ルーク、ミリーリアは動揺したが、互いの失態を持ち出して励まし合い、レフィーヤは地上帰還後初めて微笑を取り戻していたのである。
学区の全面支援と浄化気密癒箱
バルドルは学区が既にオラリオ救援に動いていると説明し、妖精教師らがダンジョンで準備中であると告げた。レオンはレフィーヤに浄化気密癒箱リフェルベルクの使用を命じ、一日静養で精神的疲労をも含めた回復が見込めると示した。試作機のうち、レオンらの分を除く全てがロキ・ファミリアに提供される手筈であり、これにより第二軍の再投入が現実味を帯びたのである。
短期強化計画と同胞からの継承
レオンは学区の有力エルフの魔法情報を覚書で提示し、時間が許せば実演も行うと告げた。召喚魔法を扱える点から、短期間での強化の可能性がレフィーヤにのみあると示された。ミリーリアは自らの魔法の継承を申し出て、生きて帰還せよと訴え、レフィーヤは同胞の高潔に感謝し、必ずアイズ救出とファミリア再起に力を用いると誓っていた。
ヘディンの強制任命と即応展開
ロキ・ファミリア全滅の報が走るや、フレイヤ・ファミリアのヘディン・セルランドが総指揮官として強制任命を発令し、都市全軍の指揮下編制と救出作戦開始を宣言した。ガネーシャ・ファミリアはシャクティ率いて最速で出撃し、十八階層のボールス達も動員された。フレイヤ・ファミリアの主力や豊穣の酒場の治療師・薬師らも後方支援として編成され、指令証(剣と盾)に基づく総攻撃と撤退支援の二軸で準備が進んだのである。
先手の理屈と五日前からの下準備
この即応は、六十階層戦闘を眼晶で観測したロキ達が通信断直後にヘディンへ情報共有し、救出作戦の立案と動員命令が前倒しで発せられていたためである。主要上級戦力は、撤退者が地上に至る五日前からすでに救出行動へ移行していたのである。
ギルド長の崩壊と叱咤、そして転進
ギルド長ロイマン・マルディールは自責と保身の間で発作的に錯乱したが、受付嬢エイナ・チュールに責務を果たせと叱咤され、英雄を死なせぬと翻意した。ロイマンは地下祭壇で神ウラノスに救出支援を嘆願し、千蒼の氷園の情報開示を含む奔走へ転じたのである。
神々の分担と人造迷宮の封鎖
地下祭壇ではデメテル、タケミカヅチ、ミアハらが市中鎮静・治安維持・調剤支援へと役割分担を開始した。フレイヤは人造迷宮の利用可否を問うたが、穢れた精霊の活性と魔城の緑肉再形成により最短経路は封鎖され、通常経路からの突入が最適と判明した。フレイヤは眷族を奪われた報復を誓い、ロキ・ファミリア救出と穢れた精霊討伐に全力を投じる構えを示していた。
救出と討伐への都市一体化
戦える者は続々と前線へ、戦えぬ者は後方で支援へと走り、神意も一点に収斂した。目標はロキ・ファミリア救出と穢れた精霊討伐であり、都市の激動は止まらず、絶望の只中から反攻の頁が綴られ始めていたのである。
控室の緊張と恐怖の告白
敗走から二十四時間後、【ディアンケヒト・ファミリア】治療院の控室で、ナルヴィは恐怖を認めつつも出撃の場に立つ覚悟を固めていた。クルスも恐怖は同じだが団長達に背を向けたままの方が苦しいと述べ、愛槍を肩に預けて覚悟を示していたのである。
浄化気密癒箱による復帰と志願者の群れ
学区の浄化気密癒箱によってレフィーヤの経由支援が行き渡り、アリシア・クルス・ナルヴィは戦闘可能まで回復していた。一方、装置から漏れた団員達も痛苦と恐怖を抱えつつ再出撃を志願し、年長のアリシアは皆に後を託して自ら先行を決めた。ナルヴィは震える手で愛剣を握り、選ばれた責任を背負って出立を宣言していた。
ラウルの静かな昇華
別室でロキの最終ステイタス更新を受けたラウルはLV.5に到達した。新規魔法やスキルは得られず、発展アビリティも変化は乏しかったが、生還と撤退の決断そのものが試練となり昇華をもたらした事実を受け止めていた。歓喜はなく、これは六十階層行きの片道切符であると自嘲しつつ、武具を帯びて無言で出立していた。
レフィーヤの訪室と依頼
出撃三時間前、レフィーヤは『バベル』上階の治療室で眠るベル・クラネルを訪ね、六十階層での魔界的状況、穢れた精霊の存在、アイズの取り込まれ、第一級との離散と犠牲、地上帰還までの顛末を事務的に伝達した。レオンらの伝言役として胸中に痛みを抱えつつ、レフィーヤは力を貸してほしいと懇願し、ベルは即座に同盟を受諾していた。
装備受領と階段でのすれ違い
ベルは学区製の全精霊の護布とヘスティア側の武装を受領し即応装備を完了した。『バベル』の階段を並走する途上、気まずい沈黙の末にベルが髪型に触れたため、思い詰めたレフィーヤは辛辣に反応し空気を悪くしたが、すぐに自身の不器用さを詫び、互いに歩調を整えたのである。
罪責の吐露と鏡像の共感
レフィーヤはアイズ達を置いて逃げた自分を軽蔑するかと問うた。ベルは鏡を見るようだと返し、自身も失敗後に責められたくなる衝動を知っていると述べた上で、今ここで責めるのは違うと断言した。レフィーヤ達は仲間のために帰還し、今また地獄へ向かうのだから惨めにはしない、と彼は敬意をもって言い切った。
相互の誓いと再出撃へ
ベルは軽蔑できないと締めくくり、レフィーヤは花のように表情を綻ばせて再度協力を求めた。ベルも力強く応じ、二人は不安を払拭して歩を合わせた。こうして、第二軍の覚悟、ラウルの昇華、そしてレフィーヤとベルの相互承認が一つに結び、六十階層救出へ向けた反転の矢が番えられたのである。
バベル一階・最強編成の集結
バベル一階にベル・クラネルとレフィーヤ・ウィリディスが降り立ち、そこに第一級冒険者と最強の騎士、そして各派閥の精鋭が集結した。ヘディン・セルランド、アレン・フローメル、ガリバー四兄弟、レオン・ヴァーデンベルク、リュー・アストレア、サンジョウノ・春姫、アスフィ・アル・アンドロメダに、ラウル・ノールド、アリシア、クルス、ナルヴィが合流——フィン不在ながら「最強の顔ぶれ」と呼べる本隊が編成された。
祈禱の間・神々の監督と虚しさ
ロキはウラノスから譲らせた眼晶で本隊を遠隔監督。ヘルメス、バルドル、フレイヤ、ヘファイストスらも祈禱の間に並び、必要時の助言体制を整えた。ロキは勇者達がいないまま救出のために最強戦力が揃う皮肉に一瞬の虚しさを覚えるが、すぐに感傷を拭い去り、眷族へ「行ってこい、絶対に一緒に帰ってこい」と静かにエールを送った。
総指揮の号令と発進
刻限、総指揮官ヘディンが「時間だ。出撃する」と宣言。月が蒼く輝く深夜、『穢れた精霊』が座す迷宮深層へ向けて「最強の英雄一団」は地上を発った。神々は神託の祭壇から見守り、地上と地下のすべてが救出と逆襲の一手へと動き出したのである。
二章 IRREGULAR FESTIVAL
ラウルとアナキティの出会い
ラウルは十三歳で【ロキ・ファミリア】に入団し、同い年で唯一の同期アナキティ・オータムと邂逅した。寡黙で自尊心の高い彼女は、頼り先として自分を利用するなと釘を刺したが、互いに孤立していた事情を明かし、情報交換という形で関係を始動させたのである。
暗黒期の修練と相互理解
闇派閥が最盛期のオラリオで、二人は主に探索で力を磨いた。ラウルはアナキティを気にかけて無茶をし、身を挺して庇った結果、彼女から叱責と同時に自らの手で治療を受けた。表向きは冷たいが内に公正と優しさを備える彼女の人柄を、ラウルは体験を通じて理解していったのである。
身の上話と欲するものの告白
一年後、ラウルは田舎を出て大志を抱いた動機を語り、アナキティは帝国の貧民街出身として追われる身から逃れるため、欲しいものを見つけて手に入れてから死ぬと決めた過去を明かした。十四歳になった彼女は笑顔を見せるようになり、ラウルの戦う理由はその笑顔を守ることへと広がっていった。
救出作戦『疑似立坑』の開幕
現在、ラウルはアレンやレオンらと組む『本隊』として、60階層へ至る正規ルートを冒険者の長大な帯で貫く『疑似立坑』作戦に参加していた。都市総軍を盾と壁に変える非常識な大規模進攻であり、『本隊』は攻撃を禁じられたまま全速で通過し、往復で救出を完遂することが要請されたのである。
ヘディンの叱責と強靭な勇士の矜持
『バベル』出発前、ラウルは60階層撤退で【フレイヤ・ファミリア】を見捨てたと自責し、ヘディン・セルランドに断罪を覚悟して打ち明けた。だがヘディンは懺悔に自分を利用するなとうつむきを退け、メルーナ達は強靭な勇士としてお前の選択を生かしたのだと示した。責任を誰にも譲らぬ指揮者の背が、ラウルに前進のみを命じたのである。
疾走する本隊と三者の現在地
走行中、ラウルはLV.5へのランクアップ直後の調整を最小戦闘で行いながら、特製給水を配って後衛を支え、アナキティ不在の穴を埋める如才なさと、フィンを想起させる合理性を見せた。レフィーヤはアレン先頭の苛烈な速度に必死で食らいつき、同じく息を乱さないベルに対抗心を燃やした。ラウルの冷徹さと貫禄は以前と一線を画しており、レフィーヤは彼が遠くへ行ってしまう予感を抱くが、神の声がレフィーヤ、ラウルのことは気にするなと告げ、彼女は走ることに集中したのである。
神々の観戦と評価
ギルド本部地下『祈禱の間』で、ウラノスら神々が水晶球越しに『本隊』の進軍を観戦した。ヘファイストスとヘルメスは20階層以降も落ちない速度を新記録級と評し、フレイヤとバルドルはレオンらの働きを語り合った。ロキとヘスティアも加わり、神託で現場を支援する体制が敷かれていたのである。
食人花の異常分布と『最悪の連戦』
食人花が短期間で20階層まで進出し、『穢れた精霊』の触手が広域に及ぶ異常が確認された。さらに各階層主が次産間隔を無視して出現し、『精霊の分身』まで連続登場。地上戦の既視感を覚えたヘスティアの叫びで、ロキは状況を「最悪の連戦」と断じたのである。
20階層『密林の峡谷』の危機
『防衛隊』前方に『精霊の分身』が出現し、次層連絡路を塞いだ。レフィーヤとラウルは警戒を強めたが、最前の『防衛隊』は即応困難。『本隊』の対処が避けられない局面となった。
アリシアの決断と先行遮断
アリシアが並行詠唱から『グレイス・サギタリウス』を発射し、敵の詠唱を中断。これにクルスとナルヴィが続き、バックパックを投棄して機動を優先、『本隊』の通過窓を自力でこじ開けた。これは『勇者』の鍛錬で培った小隊運用の妙であり、献身の一手であった。
指令系統と運用最適化
指令室ではリリルカが多階層の情報を束ね、ヘディンは雑音を切り捨ててアリシアらの残留を承認。『炎金の四戦士』らが投棄物資を即時回収して補給線を整え、『本隊』は『連絡路』へ電光石火で侵入した。損耗と労力を最小化した突破であった。
残留三名の戦闘継続
クルス、アリシア、ナルヴィは『精霊の分身』が過去個体より弱いと即時評価し、近在勢力(【ラートリー】【ハトホル】)との合流を要請した。彼らの奮戦は周辺上級冒険者の復帰を促し、寄せ集めの隊を「今ここで英雄になる」集団へと変貌させたのである。
託された願いと前進
三名は「団長達を頼む」と願いを『本隊』に託し、ラウルとレフィーヤはそれを背負って前進した。ラウルは情に流されず速度維持を選択し、「待っていてください、団長」と決意を新たに次層へ飛び込んだ。救出作戦は無茶の上に成立するがゆえ、躊躇は一切許されないという認識で統一されていたのである。
氷園の出現と環境描写
極寒の吹雪が荒れ狂う未踏の領域『千蒼の氷園』にて、雪と氷が意思を持つかのように侵襲し、生命活動そのものを凍結させる環境が広がっていた。周囲には凍り付いた深層種の巨大な死骸が点在し、通常の層域を超える“瞬凍の連続”が確認されたのである。
椿の遭難と救出
椿は重傷と精神汚染に晒され、外界・記憶・自我の境界が崩壊しかけていた。ガレスの接触と呼びかけ、フィンの統率、リヴェリアの治療により辛うじて回収に成功した。氷雪を応急処置に用いた行為が“氷園”の侵蝕を招いた可能性が示唆されたのである。
フィン隊の再集結と状況把握
床崩落後の“階層の空隙”に落下した一団は、フィン・リヴェリア・ガレスを中核に合流し、ベート、アナキティ、椿の回収を完了した。リヴェリアの大規模探知術が視界喪失下での捜索を可能にし、次の救助目標の反応を捕捉したのである。
『千蒼の氷園』の正体と対処軸
フィンは当領域を“男神と女神すら解けなかった封印領域”と断じ、ダンジョン本来の『氷河の領域』とは異質と説明した。ここではリヴェリアの“魔力発散”が氷雪の奔流を鎮めうる特異な共鳴を示し、隊形は彼女を中心とした防衛配置へ移行した。しかしその代償としてリヴェリアの精神力消耗は深刻であり、【妖精王印】とポーションによる延命で辛うじて行軍を維持していた。
穢れた精霊の干渉不全と一縷の利
『穢れた精霊』は氷園への直接干渉に失敗し、斥候として氷結した食人花・巨蟲を落下させるも、位置補足には至らなかった。フィンは“運の偏り”を認めつつ、はぐれ隊員の回収と脱出、あるいは“鍵”の発見を打開条件に据え、前進を選択したのである。
アミッドの発見と解氷
探知が示した“十一時方向”にて、蒼氷の“巨大な氷の棺”に封じられたアミッドを発見した。彼女は肉体と精神を蝕む氷結に対し、自己付与魔法で仮死的凍結を受け入れて生存を選択していた。リヴェリアの魔力接触により氷は亀裂・崩落し、アナキティが抱き留めて救出を完了した。これにより治療面の負荷分散が見込まれ、部隊の持久性回復に道が開かれたのである。
前進方針
氷園はリヴェリアの血統と魔力に反応し鎮静する一方、彼女の疲弊は限界に近い。フィンは回収を継続しつつ“鍵”探索と脱出の二択を保持し、隊の秩序を崩さずに行軍を続行した。九年前の記憶に重なる風景を前に、ハイエルフは氷園そのものを険しく見据え、次なる突破口を求める局面であった。
氷園・仮拠点でのブリーフィング
フィン達は凍結した深層種の巨体で風除けを組み、リヴェリアの魔力で“雪の家”を形成して初の休憩と情報共有を実施。回収済みは椿とアミッド、未確認はティオネ・ティオナ・ヘグニ。ラウル達は氷園外へ流出したとフィンが断言する。
戦力・物資状況
武装・回復薬は概ね健在、食料と水は第一級冒険者の飢餓耐性も踏まえ六日程度の見積り。アミッドは解氷直後で要静養、椿も治療中。最大のボトルネックはリヴェリアの精神力で、氷園の“鎮静”維持により著しく消耗している。
方針決定
当面は氷園に籠り、救助兆候が見えた瞬間に“再戦”へ移行――フィンはラウルが救助隊を率いて戻ると確信し、到来に合わせて『穢れた精霊』討伐とアイズ奪還を決行すると宣言。ベートは即時突撃を主張するも撤回。全員が“挟撃”こそ最も生還確度が高いと一致する。並行してティオネ捜索と出入口探索を進める。
各人の心境
アナキティはラウルへの不安を叱咤して信へ転ずる。リヴェリアは苛烈な消耗に耐えつつも意志を燃やし、ベートは怒りを呑み込む。フィンは「切り捨てない英雄」である決意を新たにし、隊を鼓舞する。
幼いアイズの“内”
“氷の鳥籠”に閉じ込められた幼いアイズは、血の泉に沈むティオナとティオネの“人形”を前に、上から叩き割ろうとする“大きな何か”と対峙する。さらに足下の闇底から母のような声が甘言を囁き、本性を現す“三つ眼”の存在が出現。同質の“輝き”を帯びたそれは、この世界で最も恐ろしいもの――出会えば全てが終わると本能で悟ったアイズは悲鳴を上げる。
三章 舞い戻る者達
疑似立坑の方針とリリの苦心
リリは正規ルート上の構造物を点的かつ断続的に破壊してダンジョンの再生を優先させ、モンスター産出の抑止を図っていた。人員と時間の制約下で最小労力の防衛線を築いていたが、新たな報が舞い込み、状況は緊迫化したのである。
作戦室の混乱と『精霊の分身』出現
ギルド本部の作戦室では各階層から報が殺到し、ミィシャとエイナが記録と集約に奔走した。四階層で『精霊の分身』が複数出現し、リリは人造迷宮での心傷を呼び起こされつつも的確に指示を飛ばし続けたのである。
ヴァンへの強権指揮と火力配置
リリはK地点断崖に魔導士を集結させ一斉詠唱で注意を引く策を命じ、強靭な勇士ヴァンの反発を押し切って布陣を動かした。口は悪くとも戦力として極めて有効な彼らを前提に、押し止めの火力線を成立させたのである。
連戦の予兆と戦力限界の認識
『精霊の分身』の複数出現は最悪の連戦を示唆し、リリは50階層以降が『本隊』頼みとなる現実を見据えた。防衛隊の人員は限界に近く、『本隊』の復路確保まで見据えたやりくりが続いていたのである。
飛竜移動による時間短縮と40階層通過
ラウルら『本隊』は異端児の飛竜に騎乗して高速移動し、疑似立坑の人員と時間を節約した。到達した40階層『大荒野』では階層主バロールとオッタルの死闘が展開され、ラウルは畏怖と羨望を抱きつつ通過したのである。
50階層拠点との再会と戦力の顔ぶれ
長い連絡路を越え50階層に不時着した本隊は、ミアやアーニャ、【ガネーシャ】の精鋭、【フレイヤ】治療部隊、学区関係者らによる拠点防衛と合流した。豊富な役職が揃う一方で鍛冶師が欠け、武器摩耗が最大の制約であった。
遺体不在がもたらす違和感
ラウルは道中で遠征隊二十一名の亡骸を探したが見つからず、シャクティの先遣でも報告はなかった。屍肉食獣による消失は現実的であるものの、早期到達の先遣が一体も発見していない事実に違和感を覚え、弔いの未練を押し殺したのである。
本隊の臨戦化と治療師の再編
ヘディンの判断でアミッドら治療の最強格が本隊に合流し、防衛隊の人員を入れ替えて突入体制を整えた。ヘイズは過酷な兼務に悲鳴を上げつつ飛竜を強制的に蘇生させ、再び空路での機動を確保したのである。
アレンへの言葉とラウルの覚悟
出発前、ラウルはアレンに死ぬなと伝え、透徹した視線で応答を受けた。劣等感を脱ぎ捨てたラウルは、自身に課された道案内と要所での出しゃばりを弁別し、地獄へ向かう覚悟を固めていたのである。
50階層直後の異常事態と紅の砲文
再突入直後、地面に紅の砲文が浮かび上がり、リューの星の正域も破砕される大規模砲撃が炸裂した。散弾と爆炎が飛竜を直撃し、ベルが後方へ吹き飛ばされ、本隊は次弾回避のために分断を余儀なくされたのである。
ベル分断下の即応と指揮系統の維持
ヘディンは全体に離脱を命じ、レオンはベルに走れと促した。本隊は最高速で離脱しつつ、女体型の出現を防衛隊が長文詠唱で撃破し、突入の号砲として本隊を再び前へ押し出したのである。
レフィーヤの決断と単独逆襲の発進
分断の最中、レフィーヤはラウルと視線を交わして役割を確認し、ベル救援に単身で跳躍した。白き大火を欠けば逆襲は成り立たないと理解する彼女は、アイズはまだ先だと告げ、たった一人の冒険へ踏み出したのである。
決断と離脱
レフィーヤ・ウィリディスは紅の砲撃で分断された状況下、自身の判断で『本隊』から離脱し、別ルートでベル・クラネルの救出に向かったのである。八ヶ月前なら萎縮して動けなかった彼女が、いまや臆さず単独で階層を駆けるに至った。
神託と単独突破
ロキとヘスティアの眼晶支援を受け、レフィーヤは並行詠唱と【二重追奏】を総動員。『ブラック・ライノス』らを【アルクス・レイ】で瞬滅しつつ突進した。超砲撃がモンスターの発生を抑える“間隙”を好機と見なし、前進を継続したのである。
救出の一手
『食人花』に足止めされ、砲文に呑まれかけたベルを視認すると、レフィーヤは学区で受け取った新緑魔法【シルヴァー・ヴァイン】で右手を捕捉し、砲撃範囲外へ一本釣りの要領で救い出した。両神の歓声をよそに、即座に離脱走へ移行した。
再会と方針転換
ベルと並走しながら、レフィーヤは「誰かを置いて進むことは二度としない」と明言。『本隊』との通常合流を捨て、二人だけで先行して38階層を目指すと宣言した。ベルは驚愕しつつ同行を承諾したのである。
縦穴降下という裏技
砲撃で穿たれた“大穴”を利用し、『竜の壺』を一気に短縮する“縦穴降下”を選択。危険極まりないが、ヘディンやレオン、【フレイヤ・ファミリア】が異常の元凶へ向かったと推測し、砲撃間隔の伸長を根拠に勝算を見いだした。
準備と計算
【ヴェール・ブレス】などの防護を互いに施し、怪しい箇所は浄化。さらに手首へ小型魔法円を付与し、精神力回復薬でリソースを整えた。レフィーヤはダンジョンの再生優先を狙って走り回り、“遭遇ゼロ”の間隙を作り出していたのである。
弱気の吐露と肯定
「足を引っ張るかもしれない」と漏らすベルに対し、レフィーヤは「私ができた、なら貴方もできる」と断言。紺碧の眼差しで他者としてではなく“好敵手”として信を示し、ベルの闘志を点火させた。
並び立つ決意と跳躍
減らず口を交わしつつも、二人の笑みは重なった。ナイフと杖を握り、火口のような竜の巣を見下ろして歩を合わせる。こうして、レフィーヤとベルの「二人だけの冒険」が、縦穴への同時ダイブによって始まったのである。
回想の発端と分断
ベルが砲撃で分断され、レフィーヤが単独救出に向かった直後、リューは追従を禁じられ葛藤した。ラウルは慰めず、「レフィーヤを信じてほしい」とだけ告げ、後輩の資質を根拠に信頼を促したのである。
本隊の再編と強攻策
ヘディンは即時に小隊分散を命じ、誰かが標的になっている隙に38階層へ抜ける強攻策を採用した。アレンらガリバー四兄弟は別動、ヘディンは単独機動、ヘイズ隊は後追いという“相互利用”型の布陣である。
ラウルの“寄り道”提案
ラウルはリューとレオンを呼び止め、北西への寄り道を要請した。確たる証拠はなくとも、これまでの遭遇(階層主・精霊の分身・苗花)から“必然”を嗅ぎ取り、神々の眼晶もその勘を是としたのである。
454階層・食料庫の戦場
“竜の壺”中間の食料庫にて、重傷の異端児(ゼノス)が黒主柱に寄生する『精霊の分身』を食い止めていた。ラウルは魔剣投擲で時間を稼ぎ、リューの【ルミノス・ウィンド】、レオンの【ブレイズ・オブ・ラウンド】が決定打となり、分身を撃滅したのである。
異端児との融和と補給
フィアとレットらは状況を共有し、深傷ゆえ一度『カドモスの泉』での回復を選択。ラウルは回復薬を供与し、恩義への応答と今後の協力を取り付けた。別れ際に小さな“証”を託され、ラウルは先を急いだ。
58階層・多頭竜型の終幕
発生源の『多頭竜型』分身は、春姫の妖術【ウチデノコヅチ】とヘディンの大雷撃で弱体化。『破壊者』の威容すら、リューが黒マフラーで爪撃をいなし、反射対策を織り込んだ星屑の運用で封じ、【炎華】の一撃で中枢を貫いて粉砕したのである。
戦後処置と安全化
リューは骨折を含む損傷、アレンらも消耗が大きく、アスフィと春姫が道具で処置。ラウルは精神力薬などを配り補給線を加速させた。階層は砲撃で地形が改変され、モンスター産出が止まり、疑似的な安全階層と化していた。
苗花・術式の痕跡と“願望器”
50階層では赤黒い胞子と巨大術式の残骸、焼却された緑肉の柱が“発射台”のように残存。ラウルが眼晶で質すと返る語は「願望器」。点と点が線となり、異常事態の背後にある仕掛けの輪郭が浮かんだのである。
再出発と60階層到達
レフィーヤとベルは先行して38階層を突破、レオンとヘイズが合流済みとの報を受け、本隊は連絡路の裂け目へ。魅了対策を全員に施し、預けていた飛竜を再配備して侵入。ラウルは静かな鼓動の高鳴りとともに、約束の地・60階層へ到達したのである。
60階層の変貌と“風”
到達直後、ラウル達が味わったのは強烈な魔力を孕む生温い“風”。景観は蒼白の肉の世界から黄褐色の鍾乳洞めいた空間へ変貌し、柱や床には巨大な“竜の化石”と“肉の剣”が突き立つ“竜の墓場”。吹き抜ける“風”はアイズの気配で、吸収が進んでいることが示唆される。
極彩色の大群と雷の掃討
ヴィオラスやヴァラサイらが津波のように押し寄せるが、ヘディンの【カウルス・ヒルド】が広範囲・高精度の雷撃で秒殺し、飛竜隊は一気に前進。進軍の速さは先遣隊(レフィーヤ達)が収集した攻略情報の恩恵でもあった。
アイズの“複製体”との交戦
金髪へ精度を増した【剣姫】の複製体が多数出現し、“風の乱流”で迎撃。だがアレンが“最速”の一撃で懐へ入り八つ裂きにし、アルフリッグ達も容赦なく粉砕。ヘディンの射線も復活し、脅威は想定より短時間で処理された。
神々の提案:二分作戦
ここでロキとヘルメスが“分隊”を提案。
- 【剣姫奪還ルート】:レフィーヤ&ベルの後を追い、アイズ救出へ。
- 【英雄集結ルート】:隠し経路からフィン達(遠征隊)と合流し、【穢れた精霊】を挟撃。
ヘディンの一撃で肉壁を焼き破ると“裏面”への大穴が露出し、冷気が吹き込む。「千蒼の氷園」へ続く旧“未開拓領域”の裏口で、【穢れた精霊】が厚く隠蔽していた通路だと判明。
部隊再編と進発
- 【剣姫奪還】:ヘディン、リュー、アスフィ、春姫、グロス(+飛竜)
- 【英雄集結】:アレン、アルフリッグ、ドヴァリン、ベーリング、グレール、ラウル
ラウルは「団長達(フィン達)の方へ」と志願し受理。両隊は同時進発し、奪還組はレフィーヤ達の“風跡”を、集結組は閉じ始める肉壁の奥、“60階層と下層の狭間”へ突入。
ラウルは「何に代えても全てを取り戻す」と誓い、裏面へ駆けた。
四章 氷獄かの問い
ティオネの問いとフィンの応答
ティオネは執務中のフィンに、愛する人と世界の平和のどちらを取るかという極端な二択を突き付けた。フィンは苦笑しつつも、愛する人を除外した平和は真の平和ではないと論じ、偽りの平和よりも真実の平和を選ぶと答えた。ティオネは世界より自分を選んでほしいという乙女心を訴えたが、フィンは応じず、理性を貫いた。彼女は続けて女と野望の選択を問うが、フィンは自らの信念を曲げず、遠い目標を取ると答えた。ティオネは不満を露わにしつつも、フィンはその日常をどこか誇らしく思っていた。
勇者としての選択と回想の意味
ティオネが口にした問いは、のちにフィンの心に深く残るものとなった。彼は勇者として、多くのものを切り捨ててきた小人族であり、恋や幸福より使命を優先してきた。『愛と世界』『女と野望』という二者択一は、彼の宿命であった。現在、過酷な「氷園」での探索中、フィンはその昔日の記憶をふと思い出し、自身が「二者択一の呪い」に囚われていることを痛感する。
氷園での探索とフィン隊の奮闘
フィンらは極寒の地「氷園」で、失われた仲間の装備や物資を探索していた。アナキティが道具を発見し、ガレスが不壊武器《スピア・ローラン》を運んだ。フィンは心の迷いを断ち切り、勇者としての顔に戻る。彼らは厳しい環境にも屈せず、各々の役割を果たしていた。
ベートの離脱と双翼の魔道具
ベートは仲間救出のため単独で「氷園」を離脱し、ティオナを探すと暗に誓っていた。フィンは彼を止めず、代わりに双翼の魔道具を持たせ、緊急時に光の信号を送れるようにした。やがてその魔道具が輝き、ベートが何かを発見したことを知らせた。これを受け、フィンは援軍の到着を察知し、救出作戦が前倒しで進んでいると判断する。
ティオネとの再会
リヴェリアの魔法陣によって、ティオナの位置と推定される異常魔力の源が特定された。フィンは即座に決断し、隊を率いて猛吹雪の中を進んだ。中心部に到達した一行は、氷塊の環状列石に磔のように凍り付けられたティオネの姿を発見する。彼女の瞳は蒼く乱反射し、理性を失っていた。
六円環の痕跡と違和感
ラウルはアレンらと別動で60階層深部へ到達し、紫肉に覆われた空間一面に幾何学的な光の線条を確認した。それは魔城人造迷宮に施された都市崩壊術式と同等であり、精霊の六円環と同質の回路であると断じた。ラウルは20・2・4・44・66階層で確認された精霊の分身の分布に強い違和感を覚え、単なる連戦の布石ではないと直感していた。
ラウルの推理――縦列配置と願望器
ラウルは穢れた精霊の望みが空を見ることであるとの観測情報を踏まえ、地上へ貫通するために六円環を同一平面ではなく縦方向に配置したと推理した。50階層の巨大魔法円は発射台すなわち願望器であり、60階層から上方へ貫通力を集中させ大穴を再臨させる構図だと述べた。この仮説は眼晶越しのフレイヤとヘルメスに肯定され、荒唐無稽ではないことが示された。
時間制約の顕在化と危機の更新
ラウル隊は50階層の発射台を破壊し各階層の精霊の分身にも打撃を与えていたが、発動だけなら可能で、貫通不全でも60階層半分を吹き飛ばす危険が残ると示された。アイズ吸収の刻限に加え、六円環詠唱完了という新たな絶滅の秒読が発生し、隊内に明確な焦燥が生じた。
凡庸の自己評価と裏方の決意
アレンや四兄弟が追及する中、ラウルは自分の予感は信じられないと判断していたゆえに沈黙していたと明かし、最強の英雄一団の行軍速度は既に限界で、足並みを乱す情報提示は無益と結論していたと述懐した。彼は54階層で分身撃滅、補給統率、死神の鎌の排除、後衛支援や給水など地味な介入で進行効率を底上げしていた。フレイヤは英雄一団の潤滑油と評し、英雄を支える存在としての価値が静かに認められた。
隊列の再編と突進
ラウルの推理が神々に裏付けられると、アレンと四兄弟は沈黙で応答し、以後はラウルを中心とする陣形で速度を一段と上げた。食人花や寄生蜘蛛の襲撃を斬り払いながら、闇奥の邪悪な詠唱の座標へ突進した。アレンは走り続ける意思だけを背で示し、全員が到達最優先の態勢に移行した。
死相への直問と未回答
走行中、アルフリッグはラウルの横顔に張り付く死相に触れ、死ぬのかと単刀直入に問うた。ラウルの冴えは一生分の閃きを前借りした状態であり、代償の予感が漂っていたが、彼は応答しなかった。隊は言葉を重ねず、ただ詠唱の源へ向けて速度をさらに上げていったのである。
氷の番人と化したティオネの出現
環状の氷塊群の中心で、ティオネは氷柱に磔の状態から落下し、異形の水腕と氷脚を生成して覚醒した。瞳には無数の光片が宿り、抑揚の欠けた声で暴力の宣言を行い、ガレスを狙って高速の初撃を放った。ガレスの防御とフィンの阻害で致命打は避けたが、接触点から凍結が伝播したのである。
凍結の呪縛と領域の正体
リヴェリアの鎮めで凍結は一旦剝落したが、ガレスの両腕は凍傷で痙攣していた。ティオネは氷装の機動で跳躍・急襲を繰り返し、周囲の石柱を蹴って旋回した。リヴェリアは氷園が侵入者の生前記憶を流し込み眷族化=番人化を生む特殊術式で守られていると断じ、椿にも精神汚染の既視感が確認された。
戦術的苦境と圧迫される守勢
ティオネの攻撃は凍結侵蝕を伴い、フィンが氷腕脚を砕いても氷雪が再生した。リヴェリアは自身の血に反応され狙撃困難で、詠唱の代償として精神力を急速に消耗した。ティオネは隊の周囲を円運動で囲み、四方から氷雪と冷波を押し寄せさせ、守勢のままではリヴェリアが先に限界を迎える情勢となった。
錯綜する声とフィンの内的動揺
ティオネの口からは意味の断片が連なり、光片のきらめきがフィンに過去の問い――愛か世界か――を想起させた。二者択一の秤が眼前に再出現し、ティオネ救済か隊保全かの計算が冷酷に弾き出され、フィンは決断を迫られた。
同時刻のティオナの惨状
一方でレフィーヤとベルの前では、寄生に蝕まれたティオナが怪物を素手で殴殺し続け、背には管状器官、腹には異形の花が咲き、瞳は大輪の花で覆われていた。ティオナはなおアイズの名を呼び、姉妹はそれぞれ氷と怪物に囚われる最悪の様相を呈していた。
フィンの賭けと凶猛の槍
フィンは守りの円から離脱し、単独でティオネに対峙した。交戦で氷腕を砕くも、逆に褐色の腕に捕縛され頸部を噛まれて急速凍結に陥った。発動寸前のアミッドをリヴェリアが制止する中、フィンは紅き魔槍の戦意高揚魔法ヘル・フィネガスを起動し、流入する記憶片を衝動で押し返した。加えてスキル勇猛勇心の高い精神汚染抵抗が作用し、凍結の内側から【ステイタス】が激昂して亀裂を刻んだ。
二者択一の破壊と救済の接吻
フィンは愛も世界も捨てないと宣言し、氷を破砕してティオネの顎を掴み口付けを与えた。慕情の衝撃が汚染の回路を断線させ、蒼光が爆ぜて氷装が崩落した。フィンの呼びかけに応じ、リヴェリアが即座に鎮めを投射し、残余の凍結と記憶汚染を完全遮断してティオネを取り戻した。
余波と小休止
吹雪は木枯らしめいて遠のき、隊は安堵と動揺の入り混じる沈黙に包まれた。ガレスは皮肉を投げ、アミッドは羞恥に頬を染め、椿とアナキティは呆気に取られながらも駆け寄った。フィンは気絶するティオネの髪をすくい上げ、全てを救う英雄像を選ぶと囁き、次なる戦いに備える体勢を整えたのである。
ベルの決断と寄生の焼却
フィンがティオネを奪還した同時刻、ベルはティオナを救うため自らに寄生蟲を受け入れ、全身を炎で焼く選択を下した。魅了特攻により魅了侵犯中は体力と精神力が回復し続ける性質を逆手に取り、体内を聖なる炉と化して寄生体とその根を焼却し、魔石をも灰とともに消し去ったのである。
極限の焦熱と復活
ベルは炭化した焼死体同然となったが、魅了特攻の効果下で急速に再生し、肌と躯体が蘇生していった。レフィーヤは治療を躊躇しつつもその過程を見届け、ベートやヘイズも驚愕の中で対応に追われた。
手が触れる再会と笑み
意識の底にあるベルはまずティオナの無事を確かめようと手を伸ばし、レフィーヤが導いたティオナの指と触れ合った。ティオナは血に塗れながらも微笑み、ベルも不器用に応えた。レフィーヤは涙をこぼし、少年の行為が打ち砕いた天秤の意味を深く理解した。
諦念の撤回と白い光への確信
レフィーヤは一度はティオナの解放を名目とした断念に傾いたが、ベルは自己犠牲を代償に救済の道を現実にした。彼女はこの白い光に随えばアイズ達の救出に至れると直感し、胸中に希望を灯した。
異端の英雄という評価
フレイヤは眼晶越しに事の一部始終を見届け、天秤を破壊する異端の英雄の出現を微笑で受け止めた。天界は氷獄を超えた勇者フィンと炎獄を超えた少年ベルという対なる超克に称賛を降らせた。
迫る刻限と指令
ティオナの危機は去ったが、六円環の詠唱が進む中で猶予は僅少であった。ロキは眼晶に映るラウルへ急行を促し、絶滅の秒読が続く状況を明確に伝えた。救済は果たされたが、戦場の帰趨はなおも刻一刻と迫っていたのである。
五章 絶なる望み
ティオネ救出後の治療とフィンの予感
ティオネの応急処置はリヴェリアの庇護下でアナキティとアミッドが主導して進んでいた。アミッドはフィンの接吻による救命行為に触発され無理を押して治療を続け、アナキティは暴走気味の彼女を諭していた。ガレスとリヴェリアが状況を問う中、フィンは上空に意識を向け、治療の切り上げと行動転換を即断したのである。
ラウル隊の突入と鬱金香型分身の防御
ラウルらは紫肉に覆われた洞窟を強行突破し、縦長の広間に到達した。中央の巨大魔法円上には花弁を閉ざした鬱金香然の精霊の分身が展開し、アレンの嵐槍をも耐える絶対防御であった。ガリバー四兄弟は萼の弱点を見抜いて連携攻撃を叩き込み、アレンの切り裂きと合わさって花盾を剝がし本体を露出させた。
六円環の起動と光柱の進路
本体は満身創痍でなお詠唱を完遂し、精霊の六円環が発動した。大光柱は頭上ではなく奈落へ向けて放たれ、広間のモンスター群を薙ぎ払い、衝撃波でラウルやアレンらを吹き飛ばした。光は階層崩壊級の出力であり、神々と地上の観測者をも沈黙させる威力であった。
各隊の混乱と指揮の維持
ティオネの処置班、先遣隊を追う春姫やアスフィの隊は激震に翻弄され、アイズ複製体の風が無秩序に乱れ飛んだ。リューは正域で味方を護持し、ヘディンは隙を射抜き続け、レオンも動じず任務続行を選択した。神々の采配を信じ、当初計画通り剣姫奪還に専念すべきだと判断したのである。
術式の狙いの判明と屈辱
光柱が向かった先は階層そのものではなく遠く下方――千蒼の氷園と推察された。すなわち狙いはロキ・ファミリア本隊の抹消であり、精霊の分身は新設の立坑を利用して上方から本隊を撃滅しようとしていた。アレンは自分達が優先度で劣後した事実に怒気を噛み殺した。
ラウルの焦燥とロキの報告
術式阻止に間に合わなかったと悟ったラウルは眼晶でロキに確認し、生存反応があるとの報を受けて脱力した。神々は各階層で分身が討たれた結果、六円環の威力と規模が減衰し、本隊が辛うじて逃れ得たと説明した。ラウルの回り道は出力低下と遅延を生み、救済に寄与していたのである。
神々の分析と都市の破壊者の置き土産
ギルド本部地下祭壇では、ヘルメスとヘファイストスが変容した術式の由来を解析した。五十階層の願望器は発射台ではなく加速器へ転用され、六十階層の鬱金香型分身が防御偏重で詠唱を担っていた。これは都市の破壊者が予め迷宮壁内に眠らせた装置を、穢れた精霊が流用した結果であり、人造迷宮決戦時の計画の置き土産であると結論づけられた。
装置再配置の時系列と憤り
各階層の分身は冬眠状態から起動され、五十五階層は多頭竜型で迎撃、六十階層は防御特化で砲滅の確実発動に充てられていた。ロキは天界へ送還済みの都市の破壊者がなお盤面を歪め続けていることに憤激し、周到さと狡猾さを最も厄介な敵と認めざるをえなかった。
ラウルへの労い
ロキはラウルに自責を禁じ、彼らの討伐行動が術式の出力を確かに削ぎ、フィン達の生還を可能にしたと伝えた。戦術的選択は結果として本隊救済に繋がり、その意義は揺るがないと総括されたのである。
生還と状況確認
フィン達は『千蒼の氷園』から辛くも脱出し、湿熱に満ちた肉の迷宮へ退避した。砲撃の効果範囲が僅かに広ければ全滅していたと推測され、減衰はラウル達の戦果によるものとフィンとアナキティは確信したのである。
氷園の行方と思考の封印
『精霊の六円環』に呑まれた氷園は消滅か下層落下と見立てられ、リヴェリアは「後者の可能性が高い」と判断した。しかし禁断領域の検証手段はなく、一行は思考から排除して前進を選んだ。
ティオネの治療と回復環境の確保
アミッドは領域魔法『ティアードウェール』下で本格治療を再開し、リヴェリアの精癒も重ねてティオネの四肢を正常域まで回復させた。椿とリヴェリアも泉に浸して体力・精神力を補填したが、長期潜行による精神的疲弊はなお深刻であった。
再進攻と挟撃方針の決定
退路の消滅を受け、フィンは統率者として再進攻を宣言。既に侵入中のラウル隊と歩調を合わせ、『穢れた精霊』本体への挟撃で勝負を懸ける方針を示した。アナキティ、ガレス、椿らは軽口を交わして士気を立て直し、隊は行動を再開した。
行軍再開と覚醒
進軍途上でティオネが覚醒。アナキティが状況整理を支援しつつ、隊列を崩さず前進を継続した。周囲は紅の血肉に覆われた最終迷宮域であり、環境は明確に『化物の胎内』へと変質していた。
不自然な静寂と導線
フィンは斥候役を兼ねつつ、敵襲が皆無という“異変の不在”に最大警戒を敷いた。『穢れた精霊』の知覚下にあるはずの通路は一本道で、誘導の色が濃い。処刑場の準備を直感した一行は、それでも前進し、ついに目的地へ到達したのである。
黒の乙女の出現と蹂躙
迷宮最深域で『風』の搾取が増大し、レフィーヤはアイズの苦悶を直感した。突入直後、天井の巨大宝玉から“黒の乙女”が顕現し、漆黒の暴風で半径三百メートル規模を消し飛ばした。ベルの「ファイアボルト」は一息で軌道を捻じ曲げられ、ベルは黒閃の雨で粉砕寸前に追い込まれた。レフィーヤの「アルクス・レイ」も追尾で炸裂させて一矢報いたが、乙女には傷一つ付かなかったのである。
レオンの単騎介入と希望の再点火
レオン・ヴァーデンベルクが乱流を裂いて割って入り、「ブレイズ・オブ・ラウンド」で超至近の白兵戦を開始した。破壊されるたびに武装が昇華する“強化円卓”の理で圧を積み上げ、乙女に初めて真っ当な防御を強いた。彼は「責任は大人が負う」と断じ、ベルとレフィーヤの選択を肯定して士気を立て直したのである。
退避の決断と分断作戦
レオンの時間稼ぎに合わせ、ベルはティオナを抱えて撤退路へ。レフィーヤは並行詠唱を継続しながら随行したが、行く手には首と両腕を欠き花翼を持つ『精霊の残骸』が多数出現し、各属性の衝撃波を絨毯爆撃のごとく降らせた。魔導士殺しの高耐性相手に、ベルの弾幕で間隙をこじ開けつつ、レフィーヤは大詠唱に賭けるしかなかった。
喪失と越境――左腕断裁からの臨界突破
砲撃の中でレフィーヤは片腕を撃ち抜かれて失い、過去のトラウマが脳裏をよぎるも、「守ろうとした歪な優しさ」を真義として再解釈し、詠唱を完遂した。「レア・ラーヴァテイン」により大紅炎の柱群で残骸を焼き払い、ベルとティオナ側との間に巨大な炎壁を築いて分断に成功した。自らは断面を焼灼して止血し、なお戦闘継続の意思を固めたのである。
眼晶越しの“喧嘩”――前へ進ませる言葉
レフィーヤはロキ、ヘスティア経由でベルに通話を繋ぎ、「アイズを助けるのは私」と挑発的に告げた。これはベルを無理やり前進させるための“嘘”であり、少年は「僕が助ける」と即答した。両者は「競争」として目標を共有し、ベルはティオナを連れ先へ、レフィーヤは殿として敵群の足止めに回る構図が確立した。
殿の覚悟と宣言
炎壁のこちら側には依然『精霊の残骸』の大群が残存していた。隻腕となったレフィーヤは、アイズが喰い尽くされれば残骸へと堕す未来を看破し、それを断固として拒絶した。吟遊詩など似合わぬと自嘲しつつも、自身は“導く歌”で勝機を手繰ると誓い、「あのヒューマンには負けない」と赤熱する魔界を前に独り立ったのである。
地下空洞=揺籠に到達
フィン達が踏み込んだのは、赤黒い血肉が脈打つ未完成の空洞。頭上からアイズ由来の風の魔力が葉脈を走り、奥には魔力を吸い上げる赤黒い球体が鎮座。フィンは直感する――ここは『穢れた精霊』が六円環の次善策として用意した、【自分達を絶対に殺すためだけの器官】だと。
“アイズを写す”白き怪物の誕生
ガレスの【アースレイド】が球体を叩いた瞬間、内部から“産声”。姿を消す速さでガレスが吹き飛ばされ、空洞中心に降臨したのは、金髪・第三の瞳・枝角・長尾を持つ白い乙女型の怪物。声色や仕草はアイズを模し、しかも流暢に喋る。出入口は肉壁で塞がれ、退路は断たれた。
初撃—第一級総がかりでも通らない
フィンの防御をリヴェリアの石突、ティオネの怒拳、椿の居合、アナキティの魔剣爆炎で連携支援。だが“彼女”は無傷で笑う。さらにフィンの名を呼び、「もう一度【槍】で貫いて」と挑発。フィンは牽制を捨て本気採用を決断、ガレスの回復合流を合図に挟撃から零距離で【ティル・ナ・ノーグ】を叩き込む。
零距離『一槍』を“完全修復”が踏み越える
至上の槍は空間を揺さぶり怪物の肉体をズタボロにする――が、心臓の鼓動と共に全身が逆再生のように復元。『供物(アイズ)を読み、お前の槍でも大丈夫なようにした』と嘲笑。以後、いかなる“必殺”も一撃では落とせないと判明。
一方的な蹂躙と必死の立て直し
怪物はガレスの装備を粉砕し、フィンを触手で拘束→魔力爆砕。ティオネと椿も撫でられただけで吹き飛び、リヴェリアも衝撃で壁に叩き付けられる。アミッドへ致死波動――をアナキティが体当たりで救い、即座に【ディア・フラーテル】で広域超回復。辛うじて“前哨戦”を終え、全員が再起動。
敵の再定義と戦場理解
フィンは紅い唇の血を拭いながら宣言する。「標的名は『殺戮精帝』」。冒険者達は武器を構え直し、怪物は玩具を見る目で嗤う。フィンの推察は確信へ――球体は『胎盤』、空洞全体は『子宮』。ここは【怪物を産み、育て、こちらを根絶やしにするための揺籠】。挟撃に来た彼らを終わらせるための、最悪の舞台だった。
裏と表の地獄が噛み合う
頭上の「表」ではベル/ベート/ティオナ+ゼノスが『脳』と『穢れた精霊』本体、さらに新設の『心臓』に蹂躙され、直下の「裏」ではフィン達が『子宮=揺籠』で孵った白い怪物と激突。三大器官(脳・心臓・子宮)が連動し、アイズの風を全土へ供給しながら胎児=殺戮の女帝を祝福する最悪の盤面だった。
殺戮精帝の本性――“模倣+風+再生”
アイズの記憶と技、さらに赤髪の怪人の立ち回りまで猿真似しつつ、圧倒的な膂力と“黒風級”の気流盾でリヴェリアの砲撃すら霧散。触手剣・回転蹴り・衝撃波で前衛を面で潰し、アミッドの広域回復がなければ十数回は全滅、という殺戮を平然と繰り返す。極めつけにフィンの零距離【ティル・ナ・ノーグ】さえ“完全修復”で踏み越え、「槍対策済み」を嘲笑した。
極限の均衡を断ち切る震動と、刃の寸前
天井上方の激震(表側の厄災連鎖)が伝播し、一瞬の隙を突かれリヴェリアに死刑宣告――そこへ肉壁を戦車のごとく破砕して銀槍が割り込み、致命を奪う。
援軍来着――戦車と四兄弟、そして補給
アレンが額の第三眼を貫き、続いてガリバー四兄弟が雪崩れ込む。ラウルは飛竜で旋回しながら武器・高等精神力回復薬を空投、ティオネ・椿・アミッド・リヴェリアに補給が行き渡る。フィンは即座に指揮統合を試みるも、“強靭な勇士”達は各自の判断で前へ。
個の蹂躙 vs.怪物の学習
戦車の一撃離脱で“個”が白い肢体を刻む——だが殺戮精帝は風で高機動を会得、アレンの車輪を一瞬で破壊。四兄弟の四点同時集中で両腕をもぎ取るも、即座に延伸・再接合して逆襲。風の一振りで飛竜は墜落、ラウルも転落・流血。揺籠の舞台で“女帝”はなお無邪気に笑い、獲物(玩具)を数える。
現在地の総括
- 三大器官が同期したまま、表(ベル達)と裏(フィン達)が同時多発の極限戦。
- 殺戮精帝は〈模倣の技〉+〈アイズの風〉+〈瞬時再生〉で“必殺を一撃で通さない”段階へ到達。
- アミッドの広域回復とラウルの補給で戦線は辛うじて維持。
- 打開の鍵は「一撃必殺を超える累積破壊」か、「風と再生の同時封殺」。だが資源も時間も薄氷――それでもフィンは“勝ち筋はある”と信じ、到来した勇士達と共に次の一手へ踏み込む。
絶望の両戦場
フィン達が戦う「裏」では、『殺戮精帝』が魔界の子宮より誕生し、世界そのものと一体化した存在として暴虐を振るっていた。同時に、ベル達が挑む「表」では、脳と心臓に支配された『穢れた精霊』本体との激闘が続き、地上をも巻き込む崩壊が進行していた。神々は両戦場を見守りながらも、裏の脅威の方がより絶望的であると結論していた。
神々の策とロキの嘘
ロキはベル達の士気を保つため、「裏の戦場は救援が到着し無事である」と虚偽を伝えた。フレイヤの命令により、アレンと四兄弟はフィンの指揮下に入り、『殺戮精帝』への総攻撃を開始した。しかし、相手は風と再生を併せ持ち、アイズの力と魔界の供給を無限に受けるため、決定打を与えることができなかった。
隻腕の妖精の戦い
一方、レフィーヤは隻腕のまま精霊の残骸と戦い続けた。神々の声を神託として受け、並行詠唱による砲撃で群れを同士討ちに追い込むも、限界は近かった。最後には無数の残骸に囲まれ、死を覚悟するが、その直前に肉壁を破って現れたのは、漆黒のミノタウロス、アステリオスであった。彼は暴風のごとき力で敵を殲滅し、レフィーヤの命を救った。
殺戮精帝の真の姿
地下空洞では、フィン達が『殺戮精帝』と交戦を続けていた。その力はアイズの風とレヴィスの技を併せ持つ「レギナス・レヴィス」と呼ぶべき存在であり、六十階層の胎盤と臍の緒で直接接続していた。供給源を断っても再接続する再生能力を持ち、まさに魔界そのものの権化であった。
勇者の犠牲
死地の中、ラウルは風の星爆が放たれた瞬間、仲間を守るために射線へ飛び込み、大盾で滅光を受け止めた。盾が融解し、肉体が焼け落ちながらも、彼は最後まで光を押し留め、仲間達を救った。残されたのは焼け焦げた不壊の短剣だけであった。アナキティは涙でその消失を見届け、誰も哭かせたくないと誓った彼の最期に崩れ落ちた。
新たなる暴風の襲来
仲間の命を賭して防いだ砲滅の直後、『殺戮精帝』が再び星爆を生み出そうとした瞬間、漆黒の暴風が突如激突した。爆光を打ち消しながら白濁の巨体を壁に叩きつけたそれは、再び現れたアステリオスであった。彼は怒りの咆哮を上げ、『最後の妖精』レフィーヤと共に、破滅の女帝へと挑むのであった。
六章 約束の場所へ
もう一人の自分への恐れ
レフィーヤは、ずっと心の奥底で「もう一人の自分」の存在を恐れていた。どれほど立ち直っても、前へ進んでも、その存在だけは切り離せず、暗く儚い影として自身の中に残っていた。笑顔を取り戻した今も、心のどこかでは過去に囚われ、失った彼女を求め続けていたのである。
夢に現れるもう一人の自分
夢の中でレフィーヤは、幼い日のように髪の長い自分と再び出会う。その姿は純粋で無垢であり、森の中で「彼女」と歩く光景が続いていた。森は麦の海のように黄金色に揺れ、黄昏の空のような幻想的な輝きを放っていた。そこには穢れのない笑顔と、二人だけの約束があった。
夢の記憶と光冠の予感
目覚めるとその夢はいつも途中で途切れ、詳細は思い出せなかった。それでも、森の奥には続きがあると感じていた。そこに見えるのは宙に浮かぶ光冠、無数の光の欠片が織りなす白い階段、そして妖精の輪のように巡る絆であった。レフィーヤはその光景を心に刻みつつも、そこへ至ることを自ら禁じていた。
約束と誓いの狭間で
彼女は「もう一人の自分」になりたいと願いながらも、それを認めることはできなかった。なぜなら、それは少年との約束、憧憬への誓いを破ることになるからである。黄昏の森に踏み入ることは、すなわち過去との境界を越えることを意味していた。
赦しの可能性
それでもレフィーヤは思う。もし青年ラウルのように、大切なものを護り、務めを果たした後であれば。もし少年との約束を果たし、憧憬への誓いを成し遂げた後ならば。全てを燃やし尽くして灰となり、彼女と同じ場所に還ることができたならば、「光冠」を見に行くことが許されるかもしれないと。
魂の帰郷と約束の終着
失われた片腕が語りかけ、もう一人の自分が涙を湛えて微笑んだ。彼女は悟る。「光冠」を見に行こうと。その想いと共に結んだ彼女との約束は、決して間違いではなかったのだと。すべての魂が円環を描き、想いが還るその場所へ、レフィーヤは静かに歩み出そうとしていたのである。
ラウルの消失と勇者の号令
レフィーヤは紺碧の瞳でラウルの消失を見届けた。青年は臆病者と卑怯者の仮面を背負いながらも務めを果たし、去っていったのである。直後、フィンは悲嘆渦巻く肉の空間を号令で断ち、血に塗れた身で先陣を切って駆け出した。仲間たちはその意志に応じ、ラウルが護り抜いた命へ報いようと戦線に復帰した。
総力の連携とティオネの憤怒
アステリオスを主軸に、フィンの槍、ガレスの戦斧、四戦士の連携、戦車の突撃、鍛冶師の抜刀が畳み掛け、『殺戮精帝』の守りに傷を刻んだ。ハイエルフの防護も射線をずらして前衛を支え、ティオネはラウルの死に憤激してスキル【憤化招乱】を最大発動し、枝角を粉砕した。冒険者の底力が昂ぶる中、『殺戮精帝』は動じず歓喜を示したのである。
『分身』の出現と乱戦の激化
『殺戮精帝』は尾の信号で胎盤を作動させ、自身と瓜二つの『精帝の分身』を多数産み落とした。分身は声色まで模倣し、風を操る力と高い潜在能力を示した。リヴェリアは即座に【ヴェール・ブレス】で全員に防護を再付与したが、乱戦は避けられず、前後衛の負担は急速に増した。
後衛崩壊の危機とアステリオスの被断
女王たる本体は黒き風で出力を上げ、アステリオスの片腕を切断し、背後のガレスを巻き上げた。分身は後衛へも殺到し、椿は挟撃で沈み、アミッドは風の杭で壁に縫い付けられて戦線離脱寸前となった。治療の要が折れたことで敗色が濃くなり、リヴェリアにも致命の刃が迫った。
レフィーヤの介入と反撃の糸口
背後から飛び込んだレフィーヤが分身を斬殺し、リヴェリアの治療再開を辛うじて支えた。レフィーヤは【ラーミナス・トルメンテ】【ルナ・アルディス】で自動追尾の風刃を展開し、分身を穿ち、僅かながら戦線の呼吸を繋いだ。しかし胎盤は新たな分身を四十四体も産み増やし、戦況は再び瓦解へ傾いた。
勇者の看破と『表』『裏』の同時戦
崩落の只中、フィンは『殺戮精帝』の右膝の脱力を機と捉え、眼球を穿って後退させたうえで真相を喝破した。六十階層に構築された『魔界』は寄生的な箱庭に過ぎず、今まさに『表』の戦場へ魔力を集中させているため『裏』が供給不足に陥っているのである。神々の解析もこれを裏付け、戦略の失敗を断じた。
士気の再点火と反攻の開始
フィンは挑発混じりの鼓舞で二大派閥を叩き起こし、怒号とともに前衛が再出撃した。『殺戮精帝』は出力低下に動揺し、分身は風を喪って群体の圧で押し潰しに転じたが、なお拮抗に持ち込むのが精一杯となった。決め手を欠く中、リヴェリアは精神疲弊で膝をつき、再び崩壊の影が迫った。
最後の治療師フェルズの到着
老神の手配でフェルズが歌人鳥に運ばれて到着し、極大魔法円から【ディア・パナケイア】を発動した。全癒魔法は体力再生と解毒を一挙に果たし、アステリオスも隻腕のまま復活、椿も復帰して後衛防衛が機能を取り戻した。英雄一団はなお拡充され、戦場の温度は再び上がったのである。
レフィーヤの叫びと猫人の再起
レフィーヤはアキに向けて、ラウルが臆病者になったのは今の彼を見るためだと叫んだ。猫人は涙を散らして顔を上げ、デュランダルの双剣を握り直し、フェルズへ迫る分身を斬り伏せた。ラウルを愛した【ロキ・ファミリア】の一員として、アキは雄叫びとともに前へ出た。
決戦への収束
『表』への魔力集中で『裏』の優位が崩れた今、勇者の看破と全癒の投入により、冒険者たちは全滅の縁から再起した。胎盤が産み続ける分身を圧し返しつつ、奪われた均衡を押し広げるべく、総力の猛攻が『殺戮精帝』へと再び収束していったのである。
遠征隊の再起と戦線復帰
【ロキ・ファミリア】の咆哮は六十階層を越えて迷宮全域に轟き、中層で窮地にあったボールス達は驚愕した。敗走した遠征隊はなお死地から立ち、【ヘファイストス・ファミリア】や【ディアンケヒト・ファミリア】をはじめとする有力派閥の上級冒険者と合流し、『疑似立坑』を守る防衛隊へ雪崩れ込んだ。寝台に留まれば全てが終わると知る者たちは、痛みと恐怖を抱えながらも再び武を執り、レフィーヤ達だけに戦いを委ねぬ決意を示したのである。
先行三名と前線の押し上げ
アリシア、クルス、ナルヴィは道具の尽きた疲労を笑い飛ばし、モンスター掃討に再起した。敗北の記憶は消えずとも、戦わぬことこそ最大の苦痛であると若き団員たちも理解しており、【人造迷宮】の犠牲を胸に前へ出た。シャロンは血に濡れた包帯を引き剥がして叫び、再戦の場に身を投じ、前線の士気を押し上げたのである。
闘国テルスキュラの乱入
クルスは背後から迫る別戦力を察知し、直後に闘争心むき出しの女戦士隊が突入した。闘国テルスキュラのアルガナ姉妹が率いる一団は多数のLV.3〜4を含み、団長副団長はLV.6であった。エルフィが港街での縁を頼りに泣きついた結果の援軍であり、『疑似立坑』の存在もあって初見の階層を破竹の勢いで突破し、深層へまで進軍した。クルスは半ば呆然と叱咤したが、戦線は確かに厚みを得たのである。
作戦室の動転と即応
ギルド本部の作戦室ではリリが報告を受け、闘国の参戦に驚愕しつつ即断で四十階層までの援軍充当を命じた。さらに、アスフィの新開発魔道具が次々と報告され、『回復結界』の球体や金属系の人型兵装が冒険者を避けて立坑構築を支援していることが判明した。受付嬢たちの喝采の中、リリは戦力の総動員を加速させ、全戦線の押し上げという一か八かの賭けを博打の域まで引き下げて押し進めたのである。
フェルズの暗躍と到達
フェルズが六十階層到着に遅れた理由は、各階層の正規ルートに大量の魔道具を運搬・設置していたためであった。『隠れ里』の異端児の手を借りつつ暗躍し、交戦を避けるため透明化を用い、撤退を強いられていたレイと合流して飛翔、老神と繋がる眼晶の導きでフィン達に合流した。黒衣の魔術師は『剣』と『盾』の指令証を兼ね、往復の布石と最後の援軍を担う八面六臂の働きを示したのである。
全線の咆哮と押し切りの決意
リリは眼晶を握り、矢継ぎ早の指示で戦力を配分しつつ、戦う者達の咆哮を魔界にまで届けた。欠けていた下層への戦力供給は闘国の介入と魔道具群により補完され、六十階層を含む全戦線に追い風が生じた。ここで流れを掴めねば終わるという認識のもと、彼女は押し切って勝ち切る決意を全軍に叩き込んだのである。
魔界の動揺と資源争奪
『殺戮精帝』は『穢れた精霊』本体の知覚を共有しつつ、六十階層のみならず上層へ拡がる反撃の息吹を察知した。『子宮』の魔力は早鐘のように乱れ、危機が明白となる中、怪物は供給源たる『氷の鳥籠』へ魔力確保の意識を向けたのである。
復讐姫の覚醒
氷の鳥籠で苦悶する金髪金眼の少女に群がる最中、怪物はもう一人の「金髪金眼」に出会った。奥が真黒に染まる双眸を持つ『復讐姫』であり、少女の魂の深淵を掘り起こした果ての顕現であった。『復讐姫』は「竜を殺せないお前には渡さない」と断じ、風のみならず諸属性の力を貪り返し、怪物の魔脈接続を断たせた。錯乱した『殺戮精帝』の出力は急落し、戦場は一気に揺れたのである。
勇者の好機と小人族の五重奏
好機を掴んだフィンは小人族四戦士と並走して包囲を形成し、渾身の五連撃で『殺戮精帝』の両腕を切断した。再生は止まり、無敵を誇った自己再生の途絶が明らかとなる。追い詰められた怪物は残魔力を注ぎ込んだ颶風で戦場を一掃し、多数を再起不能に追い込んだが、猟犬と化した五人の笑みは折れなかった。
戦車の突貫と限界の露呈
アレンの【グラリネーゼ・フローメル】が蒼銀の閃光と化して怪物を穿ち、空洞内を縦横に轢走して破壊の軌跡を刻んだ。『風』の再使用は叶わず、欠損部の再生も進まず、触手の増設さえ腐り落ちるのみ。最強の名は保ったまま、しかし肉体の限界は露呈していったのである。
レフィーヤの策と広間破砕
隻腕のレフィーヤは《双杖のフェアリーダスト》を連結し、【ヒュゼレイド・ファラーリカ】の炎雨で『胎盤』と『子宮』そのものを焼き崩しにかかった。怪物を狙わず箱庭を破壊することで、魔界の魔力を枯渇させる暴論にして直球の策であった。ガレスとアステリオスが身を挺して時間を稼ぐ中、広間は炎に沈み、魔界の遮断が進んだ。
死期と『分身魔法』の選択
逆襲に転じた『精帝の分身』四体がレフィーヤへ殺到し、回避不能の四手目が迫った。死を前に、彼女は『光冠』の幻を見て、封じ続けた遺言の呪文へと手を伸ばした。自らの分身ではない、『もう一人の私』を呼ぶ歌――【エインセル】である。
白き巫女の帰還
斬撃音が死を止めた。白衣の巫女『フィルヴィス』が現出し、分身を薙ぎ払い、【ディオ・グレイル】の聖盾で本体の剛腕を受け止めた。レフィーヤは【レア・ラーヴァテイン】を解き放ち、焰の大剣で『胎盤』ごと魔界を焼き砕く。白と紅の共演は、過去の決戦の再演にして更新であった。
憧憬の奪還と二条の光
上空からの鳴動に呼応し、レフィーヤは最後の矢を番えた。【アルクス・レイ】の閃光が天井を穿ち、彼女と並ぶ白の雷――【ディオ・テュルソス】が追撃する。二条の光は『穢れ』と呼ばれた精霊を貫き、魂は導かれるように天へ還った。穴の上からは英雄達の歓声が降り注ぎ、眼晶越しに神々の祝声が響いたのである。
奇跡の抱擁と左腕の還帰
戦火の静寂、振り返ったレフィーヤの前に『フィルヴィス・シャリア』は確かにいた。白い薄光の温もりは手を取り、頬へ添え、解呪の詩を歌う。散る光は輪郭を結び、失われた左腕を形作った。肩に宿る『光の座』が囁く。「ずっと、一緒だ」。灰となっても寄り添い続けた魂は、『光冠』を見に行こうと、今度こそ生の地平を指し示したのである。
後継の宣言と涙の終章
フィンは『未知』と『奇跡』を見届け、レフィーヤこそリヴェリアの後継者だと歓喜を以て断じた。前衛と後衛を自ら成立させる『妖精達の円環』は、魔導士の宿命を書き換える完成形となった。現実と幻想が重なり合い、短い髪の今と長い髪のかつてが並び立つ中、レフィーヤは左腕を抱きしめ、嗚咽と共に光の中へ泣き崩れた。旅の終わりに再び『彼女』と出会えたことを胸に、温かな白がどこまでも満ちていったのである。
終焉の震動と安堵
崩壊の震動が満ちる中、フェルズは立ち上がり、レフィーヤを見守るフィンとリヴェリア、そしてガレスとアステリオスの無事を確認した。アレンはアルフリッグ達と舌戦寸前であり、戦場の空気は確かな終息へ傾いていたのである。
アナキティの慟哭と遅すぎた救い
星爆の窪地前で座り込むアナキティは、ラウル不在の現実に涙し、フェルズへ蘇生の無理難題をぶつけた。だが次の瞬間、頭上から落下したのは生身のラウルであり、彼は「死ぬつもりだった」と苦笑しつつ彼女を案じた。救いは遅れたが、決して失われてはいなかったのである。
生還の種明かし
ラウルの胸元から現れた秘晶獣カーバンクルのカールは、強力な『魔力壁』で星爆の直撃を斜めに受け流し、反動で彼らを天井へ弾き上げて生存をもたらした。レイの通訳で毒舌を交えつつ恩義が明かされ、偶然と尽力の重なりが奇跡の条件を満たしていたと判った。
再会の抱擁と『欲しいもの』
放心するアナキティは、駆け出そうとするラウルを抱きとめ、そのまま子供のように泣きじゃくった。ラウルはぎこちなくも背を抱き、「遅れてごめん」と告げ、彼女の問いに代わる抱擁で双方の「欲しいもの」を確かめ合ったのである。
戦士たちの労いと小さな茶目っ気
フィンはティオネに労いの言葉をかけたが、彼女は半ば冗談めかして抱きつき、動けぬ団長を押し倒して笑いに変えた。死地を渡り切った一党に、ささやかな温度が戻ってきた瞬間であった。
神々の歓喜と祈り
地下祭壇では、ロキが万感の思いで勝利を噛み締め、ヘスティアは男泣きに似た歓喜を溢れさせた。老神は目を閉じて祈りを捧げ、神座から冒険者達の無事を祝したのである。
勝利の確定と無犠牲の帰還
最強の怪物『殺戮精帝』は完全討伐となり、【ロキ・ファミリア】は再進攻において犠牲者なしを達成した。崩れゆく『魔界』の胎動が遠ざかる中、戦士たちは互いの体温と声で生還を確かめ、終章の静けさへ歩み出したのである。
エピローグ 凍れる時の秘法
治療院の喧噪と余波
『殺戮精帝』討伐から約七日後、【ディアンケヒト・ファミリア】治療院は重軽傷者で溢れ返り、治療師達の悲鳴が絶えなかった。地上帰還から三日半の【ロキ・ファミリア】は感動の再会を味わう暇もなく厳重入院となり、自己回復に秀でる上級冒険者でさえ今回の救出作戦の苛烈さに体を蝕まれていたのである。
都市の反応と情報統制
オラリオでは救出劇が市井の話題を独占し、ギルド職員の歓声が続いていた。一方、外界への「壊滅」報は神々の画策により広がらず、電撃的解決として処理されつつあった。各派閥からの糾弾は想定より少なく、『精霊の分身』の脅威が周知となった今、【ロキ・ファミリア】には同情と、次なる【黒竜】討伐への期待が寄せられていたのである。
入院区画の現況
重症者と軽症者、男女を分けた病室で、ティオネは女性大部屋に移されていた。ティオナは個室で経過観察中、ガレスは相変わらず健勝、フィンも入院下。アイズは奪還後も未だ目覚めず、しかしロキの「大丈夫や」の一言が不安を支えた。暖炉の灯に包まれた病室には、ナルヴィの寝息と日常の気配が戻りつつあった。
ティオネの空白と手掛かり
寝台で天を仰ぐティオネは「美味しい思い」をしたはずの六十階層での記憶が霧散していることに苛立ち、アリシアに問いただした。『千蒼の氷園』という語にアリシアは故郷の白氷の呪いを想起し、二人はその異質領域の正体へ思案を深めた。ロキは『裏面』であり攻略不能の領域と示唆し、リヴェリアの存在が突破の要であったと語っていたのである。
凍土に刺さる杖と白影
ティオネの記憶は断片のままであった。銀世界の中心にこの世ならざる一振りの杖が突き立ち、その傍らに幻影が浮かんでいたという。吹雪の蒼と白の只中、その人影はどこかリヴェリアに似ており、かすかな呟き――「ヴァルトシュテイン」と呼びかける声だけが耳の底に残っていた。氷園に刻まれたその秘法の残滓は、なお凍れる時の奥底で静かに脈打っているのである。
展開まとめ
(ダンまち21、ソード・オラトリア16の統合版)
六十階層崩壊 ― ロキ・ファミリアの地獄(ソード・オラトリア16)
ロキ・ファミリアを中心とした派閥連合は、未踏の「千蒼の氷園」への遠征を敢行した。
しかし、ダンジョンが突如“穢れた精霊”に侵蝕され、環境が一変。階層そのものが氷と死に覆われ、通信・補給ともに途絶する。
フィン、リヴェリア、ガレスら第一級冒険者は、凍りつく仲間たちを救うため再集結を試みた。リヴェリアの魔力が氷園の“封印構造”を抑制する唯一の鍵であり、彼女は限界を超えて魔力を放ち続けた。
やがてアミッドが氷の棺の中から発見され、辛うじて救出されるが、フィンたちはすでに半壊状態。
ラウルら第二軍は壊滅し、都市との連絡も絶たれた。
――この瞬間、オラリオ最大の派閥が“敗北”を喫したのである。
地上への報せと混乱(ダンまち21)
満身創痍のラウルが地上に帰還し、「六十階層壊滅」の報せを届けた。
都市は騒然となり、ギルド長ロイマンは錯乱。だが受付嬢エイナの叱咤により、ウラノスを中心とした救出作戦が動き出す。
治療院は負傷者で溢れ、レフィーヤは羞恥と後悔に苛まれながらも再戦を誓った。
ロキはラウルを抱きしめ、「よく帰った」と言葉を贈る。
その瞬間から、敗北を受け止めた者たちの反攻が始まった。
学区と神々の連携(ダンまち21)
港街メレンの学区では、光神バルドルとレオンが救出支援を決定。
“浄化気密癒箱リフェルベルク”が投入され、レフィーヤら第二軍が短期間で回復する。
さらに学区のエルフたちが魔法技術を共有し、レフィーヤは同胞の魔法を継承。彼女は「必ずアイズを救う」と誓う。
一方、フレイヤ・ファミリアのヘディンが都市総軍を指揮下に置き、“全オラリオ総力戦”を宣言した。
ロキ、フレイヤ、ウラノスら神々がそれぞれ治安維持・祈祷・後方支援に分担し、地上と地下のすべてが救出戦へと動く。
ベルとレフィーヤの共闘(ダンまち21)
レフィーヤは『バベル』で眠るベル・クラネルを訪ね、アイズらの窮状を伝えた。
罪悪感に苛まれる彼女に対し、ベルは「軽蔑できない」と告げる。
同じ失敗を背負う者同士として、二人は互いを認め合い、共に六十階層へ向かうことを誓った。
これまで助けられてきたベルが、今度は救う側となる――
英雄譚はここから反転し始める。
総力戦 ― 疑似立坑作戦(両巻共通)
ヘディン・セルランドの号令のもと、バベル一階に“最強の本隊”が集結する。
ベル、レフィーヤ、ラウル、リュー、春姫、アスフィ、レオン、アレン、ガリバー兄弟――
かつてない規模の救出部隊が結成された。
作戦名は「疑似立坑」。
オラリオ全軍を階層ごとに配置し、“人の壁”で六十階層までの通路を強行突破する前代未聞の計画である。
地上ではリリルカが全指揮を統括し、地下ではベルたち本隊が突撃する。
前線ではクルス、アリシア、ナルヴィが殿を務め、道を切り開く。
彼らの献身が、“英雄”たちの通路を作り上げた。
氷園の死闘と再会(ソード・オラトリア16 → ダンまち21)
氷園内部では、リヴェリアの魔力によって辛うじて行軍が維持されていた。
フィンは“封印の鍵”を探しながら脱出の機を伺うが、穢れた精霊の干渉が再び強まる。
限界寸前の中、彼らは凍土の奥で「巨大な心臓」――穢れた精霊の核を発見。
その頃、地上からの救出部隊がついに氷園へ到達。
ベルとレフィーヤが力を合わせ、魔界の結界を突破する。
ベルは全身を焼かれながらも“穢れた精霊”を討ち倒し、アイズを救出。
レフィーヤは涙しながら、己の過去を乗り越えた。
帰還と再生(ダンまち21 終盤)
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン奪還――完全達成。
【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】、そして全オラリオの戦いは終結を迎える。
地上に戻った治療院では、アミッドが再び治療を指揮し、レフィーヤは静かに微笑む。
ラウルは昇格を果たすも、英雄の歓喜よりも仲間の無事を喜んだ。
ロキは天を仰ぎ、「ようやったな」と呟く。
――かくして、神々は“二つ目の終末”を退けたのである。
両巻を通じて描かれるのは、「英雄譚の裏側」と「英雄譚の継承」。
『ソード・オラトリア16』は“地獄を見た者たち”の物語。
『ダンまち21』は“彼らを救いに行く者たち”の物語。
視点は違えど、両者は一本の線で結ばれている。
同シリーズ
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリア





ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか














アストレア・レコード




ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか オラリオ・ストーリーズ


その他フィクション

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