小説「サイレント・ウィッチ IX(9) 沈黙の魔女の隠しごと」感想・ネタバレ

小説「サイレント・ウィッチ IX(9) 沈黙の魔女の隠しごと」感想・ネタバレ

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どんな本?

本作は、ファンタジーライトノベルシリーズ『サイレント・ウィッチ』の第九巻である。主人公モニカ・エヴァレットは、無詠唱魔術を操る唯一無二の魔術師でありながら、極度の人見知りという一面を持つ。彼女は、生徒会長の救出と帝国との戦争回避のため、最高審議会に出席し、王国随一の権力者であるクロックフォード公爵と対峙することを決意する。  

主要キャラクター
• モニカ・エヴァレット:無詠唱魔術を使える世界唯一の魔術師であり、伝説の黒竜を一人で退けた若き英雄。しかし、実際は超がつく人見知りであり、その才能に無自覚なまま“七賢人”に選ばれてしまった。  
• クロックフォード公爵:王国随一の権力者であり、最高審議会の重鎮。モニカの前に立ちはだかる強大な敵。

物語の特徴

本作の魅力は、最強でありながら内向的な主人公モニカが、自身の殻を破り成長していく過程にある。彼女の人間的な弱さと圧倒的な魔術の才能とのギャップが、読者に共感と驚きを与える。また、陰謀渦巻く王国の中で、モニカがどのように困難を乗り越えていくのか、その緻密なストーリーテリングも本作の大きな魅力である。

出版情報
• 出版社:KADOKAWA
• 発売日:2025年2月10日
• 判型:四六判
• ページ数:292ページ
• ISBN:9784040758138

また、歴代の美麗カバーイラストを使用したポストカードセットが付属するグッズ付き特装版も同時発売される。  

さらに、シリーズ累計発行部数が60万部を超える人気作であり、2025年にはTVアニメの放送も決定している。  

読んだ本のタイトル

サイレント・ウィッチ IX 沈黙の魔女の隠しごと
著者:依空 まつり 氏
イラスト:藤実 なんな  氏

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あらすじ・内容

重鎮達が集う最高審議会。王国随一の権力者を相手に、今こそ沈黙を破る時!
連行された生徒会長を助け、帝国との戦争も回避する。そのためにモニカは最高審議会へ出席し、失敗すれば己が処刑される危険な賭けに打って出ることを決意する。

対峙すべきは王国随一の権力者、クロックフォード公爵。学園の皆の協力もあり準備は入念に進められていく。だが、モニカにはもう一人、看過できない最凶の敵がいて――?

長きにわたる陰謀も決着の刻。集大成の第九幕、表舞台に姿を現した沈黙の魔女が、ついにその沈黙を破る!!

サイレント・ウィッチ IX 沈黙の魔女の隠しごと

感想

モニカが覚醒して真価を発揮する第九巻。
学園生活の終焉とともに、彼女の挑戦は新たな局面を迎えた。

魔女の決意と生徒会の団結

昔、フェリクス王子とすり替わり完璧な王子様を演じていたアイザックを救うため、モニカは生徒会の仲間たちとともに周到な計画を立てる。
血縁を証明する魔導具〈黒い聖杯〉を創り、審議会の場で王国屈指の権力者クロックフォード公爵と対峙する。
彼女の言葉と行動により、多くの者が動かされ、学園の仲間だけでなく、かつて関わった人々も彼女のために力を尽くした。

彼女が〈沈黙の魔女〉としての覚悟を決め、堂々と立ち向かう姿は見事であった。
感情的な説得ではなく証拠と戦略でフェリクスを守り抜く。
その過程で、モニカがこれまで築いてきた信頼がいかに強固なものであったかが明らかになったのは胸熱だった。

最高審議会での決戦

審議会では、フェリクス王子(アイザック)が本物であることを証明するため、モニカは大胆な策を講じる。
だが、クロックフォード公爵の妨害は熾烈を極めた。
彼の策略を打ち破るため、モニカは周囲を巻き込み、次々と状況を覆していく。
結果として、王国と帝国の戦争を回避し、フェリクスの名誉を守ることに成功した。

この巻では、モニカが単なる天才魔術師ではなく、知略と交渉の才を持つ一流の人物へと成長していることが強調された。
彼女が最後に見せた冷静な判断と、人々を動かす力は、まさに七賢人〈沈黙の魔女〉の名にふさわしいものであった。

学園を超えて続く物語

学園生活が終わりを迎え、モニカの物語は新たな章へと進む。
彼女はかつての仲間たちと再会し、新たな道を歩み始める。
サザンドールでの生活、押しかけ弟子となったアイザックとの関係、そして新たな研究への挑戦が描かれ、これまでとは異なる展開が待っている。

この巻は、モニカの成長を示すだけでなく、彼女が関わった人々との絆が続いていくことを明確にした。
そのため、物語がここで終わりではなく、新たな展開への期待を抱かせる結末となっている。

総評

モニカが持ち前の頭脳と魔術で運命を切り開く姿は圧巻であった。
最高審議会での緊張感あふれる攻防、フェリクスを救うための策略、そして彼女を支える仲間たちの絆。
どの場面も見応えがあり、最後まで目が離せなかった。

特に、彼女が自身の過去と向き合い、学園を離れてもなお大切な人々と関わり続ける姿が描かれたことが印象的である。
新章が控えていることもあり、今後の展開に期待せずにはいられない。

学園編の完結として、そして新たな物語の序章として、非常に満足度の高い一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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サイレント・ウィッチ8巻
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備忘録

プロローグ  噓でもいいから悲しめよ

牢の窓からの風景

青年は、窓のある牢に立ち、鉄格子越しに空を見上げていた。空は濃い灰色の雲に覆われ、微かに湿った風が吹いていた。彼は、今夜は星が見えないだろうと考えていた。

迫る審議会と処刑の予感

二週間後に最高審議会が開かれ、彼の罪が裁かれる予定であった。有罪となれば、クロックフォード公爵の働きかけで、処刑は早まると確信していた。

公爵への憤りと友への思い

彼は、クロックフォード公爵が孫の死を悲しむ演技をするのかと考え、無意識に奥歯を嚙みしめていた。そして、嘘でもいいから悲しんでほしい、そうでなければ、アークが報われないと思っていた。

最期の望み

フェリクスの死は隠せない。せめて、祖父であるクロックフォード公爵がその死を嘆き悲しんだという事実が欲しかった。優しい王子様の死を国中に悲しんでほしい。その死を汚した大罪人を国中に憎んでほしい。それが、大罪人アイザック・ウォーカーの最期の望みであった。

一章  それぞれの答え

生徒会室での沈黙

セレンディア学園の生徒会室は、重い沈黙に包まれていた。現役の生徒会役員、次期役員、そして生徒会長補佐官のクローディアや第三王子アルバートを含む十一名が揃う中、モニカは前に進み出た。〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットとして、皆に助力を求めたのである。視線が集まる中、モニカは必死に震えを堪えながら頭を下げた。

イザベルの証言

モニカの告白に、沈黙が続いた。誰もが驚きのあまり言葉を失う中、イザベル・ノートンが前に進み出た。彼女は皆の困惑を受け止めつつ、〈沈黙の魔女〉がウォーガンの黒竜を討伐した英雄であることを証言した。それでも疑念は拭えず、場内の空気は凍りついていた。

ヒューバードの試験

この状況を打破するため、ヒューバードが動いた。彼は指を鳴らし、魔導具を使って十本の炎の矢をモニカに向けて放った。詠唱の隙を与えぬ速さの攻撃だったが、モニカは無詠唱の氷の矢でそれらを迎撃した。炎と氷の矢が空中でぶつかり、すべて相殺されたその瞬間、魔術の心得のある者たちは息を吞んだ。

更なる試練

ヒューバードは続けざまに、炎の矢を集束させて槍とし、他の生徒たちに向けて放った。迎撃の術を準備する生徒たちをよそに、モニカは杖を床に突き、水の大蛇を召喚し、槍を絡め取った。その様子を見ていたラナやクローディアは、信じられないものを見る目をしていた。

モニカの正体の証明

ヒューバードの狙いは、言葉ではなく魔術の実力を示すことであった。無詠唱魔術の使用が、モニカが〈沈黙の魔女〉であることの何よりの証明だった。その技術が常軌を逸していることを理解したシリルは、モニカに向かって跪き、敬意を込めて謝罪した。その言葉にモニカは動揺し、涙が溢れ出した。

友人たちの支え

モニカの涙に、ラナが苛立ちながらもハンカチで顔を拭い、友人として怒りをぶつけた。彼女は騙されていたことに憤りながらも、モニカを嫌いになったわけではないと伝えた。その言葉に、モニカは涙ながらに「友達がいい」と訴えた。

フェリクス王子の日記

モニカは皆に一冊の日記を差し出した。それはフェリクス・アーク・リディル王子本人が書いたものであり、十年前の真実が記されていた。エリオットとブリジットが日記を読み、その内容に驚愕した。日記が示していたのは、フェリクス王子と従者アイザックの入れ替わり、そしてクロックフォード公爵の陰謀であった。

作戦の提案

モニカは、フェリクスの名誉を守りつつ、戦争を回避するための作戦を提案した。クローディアは、その計画が極めて危険であることを指摘し、失敗すればモニカも処刑されると警告した。しかしモニカは、覚悟を決めていた。

〈黒い聖杯〉の製作計画

モニカの計画の要となるのは、血液を分析して血縁関係を判別する魔導具〈黒い聖杯〉であった。その製作には、莫大な資金と設備が必要であり、ラナ、ヒューバード、アンバード伯爵の協力が不可欠だった。モニカはそれぞれに役割を割り振り、準備を整えた。

ヒューバードの協力

ヒューバードは、見返りとしてとある人物との魔法戦を要求した。モニカは、その相手が間違いなく彼の興味を引く強敵であることを保証した。その提案にヒューバードは笑い、協力を決めた。

作戦への参加表明

シリルは作戦の重大さを皆に伝え、参加は強制しないと述べた。ラナ、アルバート、ニール、クローディア、ロベルトが次々に協力を表明した。グレンは、自身の思いを語り、生徒会長を助けたいと決意を固めた。エリアーヌも裏方としての協力を申し出た。

エリオットの決断

エリオットは、アイザックを指さして「ザマァ見ろ」と言うために協力すると宣言した。彼の発言には皮肉が込められていたが、確かに彼は本気だった。

シリルの決断

シリルは冷静に、作戦の成功率を高めることに集中すべきだと述べた。彼の言葉によって場の空気が変わり、参加者たちは本格的に作戦の準備に取り掛かることとなった。

作戦の開始

モニカは覚悟を決め、「絶対、成功させます」と力強く誓った。シリルはその言葉を受け、「当然だ」と笑い、作戦の実行を宣言した。

二章  作戦準備と勇気の出るおまじない

アンバード伯爵の視察

アンバード伯爵バーニー・ジョーンズは、自領の視察のため馬車に乗り、街を巡っていた。彼が治めるアンバード伯爵領は、リディル王国の魔導具産業の中核を担い、特に工業用や医療用の大型魔導具を扱う工房が集中していた。バーニーの目的地も、そのような工房の一つであった。

モニカからの依頼

一週間前、バーニーの屋敷に七賢人の一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットが訪れた。彼女は極秘で特定の魔導具を作るため、アンバードの工房を借りたいと申し出た。通常、魔導具は装飾品程度の小型のものが多いが、モニカが作ろうとしているのは高度かつ複雑な代物であり、相応の設備が必要だった。ミネルヴァや王立魔法研究所ではなく、彼女がバーニーを頼ったことに、バーニーは密かに高揚していた。

工房での再会

工房に到着したバーニーは、持参した焼き菓子を手に、最奥の作業室を訪れた。そこではモニカが羽根ペンを走らせ、向かいには赤毛の男ヒューバード・ディーがいた。バーニーはその姿に驚き、モニカを廊下へ引っ張り出した。「なぜディー先輩がここにいるのか」と詰め寄ると、モニカは「魔導具作りを手伝ってもらっている」と答えた。バーニーはヒューバードの魔導具作りの才能を認めつつも、彼がミネルヴァの悪童として名高く、過去に何度も巻き込まれたことを思い出し、顔をしかめた。

バーニーへの予想外のお願い

バーニーがヒューバードの存在に戸惑う中、モニカはモジモジとしながら「バーニーの血が欲しい」と口にした。魔力量が多いほど検査がしやすいため、サンプルが必要だというのだ。バーニーは驚愕し、傾いた眼鏡を直そうとした瞬間、背後からヒューバードに拘束された。目の前ではモニカが瀉血用のナイフを火で炙っていた。「動かないで」と言われ、バーニーは悲鳴を上げた。

魔導具の試作と新たな協力者

血液を採取されたバーニーは不貞腐れながらも、モニカとヒューバードの研究に目を向けた。そこへ木箱を抱えた職人バルトロメウスが現れ、魔導具の部品を持ち込んだ。彼は作業工程の全体管理を担う重要な存在だった。バーニーは彼の適応力の高さを評価しつつも、「やはりアンバードの職人の方が優れている」と内心で誇りを抱いた。

魔導具の目的とバーニーの違和感

モニカが作ろうとしている魔導具は、本来は遺伝病の早期発見を目的とした医療用のものだった。しかし、今回は血縁関係を証明する装置として急ぎ開発されていた。バーニーは「検査結果は数値で示すべきでは」と指摘したが、ヒューバードは「馬鹿でも分かるように演出することが大事だ」と述べた。モニカも「学会ではなく審議会で使うものだから」と説明し、ハッタリの必要性を語った。その言葉に、バーニーはモニカの変化を感じ、どこか面白くない気持ちを覚えた。

生徒会の準備

セレンディア学園では、生徒会副会長シリル・アシュリーが中心となり、作戦の準備を進めていた。最高審議会まであと二日。嘆願書の収集は進んでいたが、クロックフォード公爵を敵に回す恐れがあるため、多くの生徒は慎重だった。シリルは作業を進める一方で、学園側に気づかれぬよう注意を払っていた。

グレンの帰還と仕込みの完了

飛行魔術を練習していたグレンが、窓から生徒会室に戻ってきた。彼は仕込みが完了したことを報告し、ロベルトは魔法戦クラブで稽古を受けていると伝えた。シリルは魔法戦用の結界の維持に必要な人員について頭を悩ませたが、エリアーヌが名乗りを上げたことで解決した。

嘆願書の増加とイザベルの貢献

イザベル・ノートンが現れ、魔法史研究クラブの協力を得て、多くの嘆願書を集めたことを報告した。彼女の働きにより、審議会で無視できないほどの数が集まった。エリオットが「イザベル嬢のおかげだ」と感謝すると、イザベルは「〈沈黙の魔女〉様の素晴らしさを語っただけですわ」と微笑んだ。

モニカの特訓と決意

一方、モニカはブリジットの指導を受け、審議会で堂々と振る舞うための立ち居振る舞いや発声を学んでいた。最高審議会は政治闘争の場であり、侮られぬようにする必要があった。ブリジットは「自分がこの場に相応しい人間だと信じなさい」と厳しく指導し、モニカも必死で応えた。

花飾りの願い

モニカはシリルに「審議会当日に堂々と振る舞えるよう、おまじないをくれませんか」と頼んだ。彼女が望んだのは、学園祭で貰った白薔薇の花飾りの新しいものだった。シリルは少し驚いたが、了承し「当日の朝までに用意する」と約束した。モニカは、学園を去る前にもう一度花飾りを貰えることを喜んだ。

ブリジットの想い

シリルとモニカのやりとりを見ながら、エリオットがブリジットに「まじないなんて気休めだと笑うかと思った」と言った。ブリジットは「作戦の成功のためなら手段は問わない」と答えた後、瞼を閉じた。彼女の脳裏には、幼い頃に青薔薇の花飾りを差し出した王子の姿が蘇っていた。それは、彼女が初恋を自覚した瞬間だった。

モニカはまだその感情に気づいていない。しかし、恋が叶わなくとも、その思い出はかけがえのない宝物となることをブリジットは知っていた。

三章  決戦の朝

最高審議会の朝

モニカは夜明け前に目を覚まし、ラナの部屋へ向かった。静寂の廊下を抜けると、ラナはすでに支度を整え、モニカを待っていた。ドレッサーには化粧品が並び、壁には黒いドレスがかけられている。これはラナが用意した、最高審議会に臨むモニカのための装いであった。

黒いドレスは七賢人のローブに合わせたもので、光沢のある生地に段フリルとレースが施されていた。さらに、ヒール部分に装飾が施された靴も用意されていた。華やかでありながら、威厳を持つこの装いに、モニカは不安を覚えつつも、ラナの励ましに背を押されるようにして着替えを進めた。

別れの時

化粧を施しながら、モニカはふと呟いた。「これが最後になるかもしれない」と。卒業式には出られない可能性が高かった。そんなモニカに、ラナは微笑みながら「卒業後、商会を立ち上げる際には化粧品を取り扱うから、その時は私が教えてあげる」と語りかけた。未来の約束を語るラナの言葉に、モニカは胸を打たれた。

支度を終えたモニカは、ペンダントを取り出し、これを身につけたいと申し出た。ペンダントにはペリドットが輝いており、かつて親しい友人から贈られたものだった。「今なら、この瞬間のためにあったのだと分かる」と語るモニカに、ラナは優しく微笑み、アクセサリーを選び直した。

決意の出発

準備が整うと、モニカは七賢人のローブを羽織り、杖を手に取った。窓を開けると、夜明け前の冷たい風が頬を撫でる。モニカはラナと向き合い、力強く「いってきます」と告げた。「いってらっしゃい」と送り出すラナの言葉を背に、モニカは杖にまたがり飛行魔術を発動した。

女子寮の屋根の上では黒猫のネロが待っていた。モニカの杖に飛び乗ると、彼は肉球を押しつけて激励した。「肉球以外にも褒めろ」とぼやくネロに、モニカは笑いながら「そういえば……」と呟いた。彼女の脳裏には、別の人物に頬を押された記憶が蘇る。「あの人は、どこに肉球を隠しているのだろう」と。ネロは呆れながらも、「元気が出たか」と尋ねる。モニカは笑顔で「うん」と答え、飛行速度を上げた。夜明け前の空を、魔女と黒猫が駆け抜けた。

ルイス・ミラーの足止め

七賢人〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは、自宅で泣き叫ぶ愛娘レオノーラを抱きかかえ、困惑していた。どんなに抱き方を工夫しても、彼が抱くと泣き出すのだ。妻ロザリーは疲れ果てて仮眠を取っていたため、ルイスは泣き止まない娘に手を焼いていた。仕方なく、リンに娘を預けると、レオノーラは即座に泣き止んだ。

ルイスはため息をつき、迎えの馬車へと向かった。飛行魔術を使えばすぐに到着するが、今日のような正式な場では馬車を使わざるを得ない。馬車に乗り込み、審議会について思考を巡らせていると、窓の外の景色がいつもと違うことに気づいた。「道が違うのでは?」と御者に尋ねると、「牛が道を塞いでいたため遠回りしている」との返答だった。しかし、馬車は次第に森の中へと進んでいく。

ルイスが「馬車を止めろ」と命じるも、御者は応じない。杖を首元に突きつけると、しぶしぶ馬車が止まった。しかし、その瞬間、周囲に魔法戦用の結界が張られた。突如、木陰から雷の矢が飛来する。ルイスは素早く馬車から飛び降り、次に飛んできた火球を盾型の防御結界で防いだ。攻撃を仕掛けてきたのはグレンとヒューバード・ディーだった。

戦いの幕開け

グレンとヒューバードは、ルイスを足止めするため本気で攻撃を仕掛けた。ルイスの結界が砕けると、グレンの火球とヒューバードの雷の矢が容赦なく襲いかかる。しかし、ルイスは彼らの狙いに気づいた。高度追尾術式を利用した雷の矢でルイスを誘導し、最も攻撃しやすい場所へ追い込もうとしていたのだ。

直感的に危険を察知したルイスは、最高強度の防御結界を展開した。その瞬間、空に門が開き、風の槍がルイスを襲った。精霊王召喚による攻撃だった。ルイスはギリギリで相殺し、すぐに周囲の動きを確認する。(これは〈沈黙の魔女〉の仕掛けか……)ルイスは怒りを覚えながら、目の前の二人を睨みつけた。

最高審議会の準備

モニカは事前の作戦会議で、「ルイスを最高審議会に出席させないようにするべき」と提案していた。ルイスは第一王子派で、クロックフォード公爵と敵対しているが、敵の敵が必ずしも味方になるわけではない。ルイスが一〇年前の真実を知れば、迷わず公表するだろう。しかし、それはモニカたちにとって都合が悪かった。

また、ルイスは弁が立ち、魔術戦でも圧倒的な強さを誇る。最高審議会の場にいれば、モニカの主張を論破する可能性が高い。グレンは「師匠は味方でも怖いが、敵にすると一〇〇倍は怖い」と呟き、モニカも深く頷いた。シリルが「なぜ魔法戦にする必要があるのか?」と尋ねると、モニカとグレンは「物理攻撃を封じないと勝ち目がない」と即答した。ルイスは「魔術を使うより、殴った方が早い」と言うような人物で、素手のまま相手を圧倒することができるため、魔法戦用の結界を必須としたのだった。

ルイスの反撃

戦場を見守るシリルとモニカは、ルイスが反射結界を使った瞬間に戦況の変化を悟った。攻撃をすべて跳ね返し、グレンとヒューバードを爆炎に巻き込もうとするルイス。しかし、モニカは瞬時に風の壁を展開し、二人を守った。その技術にシリルは驚嘆し、改めて彼女が七賢人であることを実感した。

しかし、時間は尽きようとしていた。モニカは確信を持って言った。「ルイスさんには増援がない」契約精霊を召喚していないことが、その証拠であった。これ以上の戦いは不要と判断し、モニカは最高審議会へ向かうため飛び立った。

折檻の時間

モニカの姿を見送ったルイスは、ようやく状況を理解した。彼を足止めするための策であり、モニカはすでに審議会へ向かったのだ。立ちはだかるグレンとヒューバードを見下ろし、ルイスは不敵に笑った。「さて……お前たちをぶちのめして、私も向かうとしましょうか」

ローブの留め布を外し、ポケットに突っ込むと、彼は獰猛な笑みを浮かべた。「折檻の時間だ、クソガキども」

四章   VS初代ミネルヴァの悪童

七賢人の実力

モニカ・エヴァレットは作戦会議の場で、ルイス・ミラーの実力について冷静に評した。彼は単なる結界の専門家ではなく、攻撃魔術や飛行魔術、付与魔術、索敵、感知と多様な魔術を操り、上位精霊とも契約している。かつて魔法兵団の団長を務めた経歴もあり、実戦経験が豊富で身体能力も高い。モニカは硬い声で断言した。「まともに戦ったら、絶対に勝てません」

戦闘開始とルイスの防御

ヒューバード・ディーは、森に仕掛けた魔導具を駆使してルイスを攻撃していた。しかし、彼の防御結界は極めて強固であり、身体能力の高さも相まって容易にはダメージを与えられなかった。ルイスは回避しつつ、確実に魔導具を破壊していった。グレンが放った火球も、ルイスの防御結界に阻まれる。ヒューバードの速射性に優れた攻撃も、威力不足のため十分な打撃を与えられなかった。さらに、ルイスの攻撃は短縮詠唱によるもので、速度と威力の両面で隙がない。ルイスは盾型防御結界を巧みに使い分け、飛行魔術を駆使して戦場を自在に移動した。戦闘経験に裏打ちされた、圧倒的な実力がそこにあった。

ルイスの反撃と魔導具の破壊

ヒューバードとグレンは、森の奥へルイスを誘導し、仕掛けた罠で囲い込んだ。ヒューバードの合図と共に魔導具が発動し、四方八方から炎の矢が襲いかかった。しかし、ルイスは水の槍を利用して全ての矢を蒸発させると、飛行魔術を解除し、風の矢を放って魔導具を一掃した。「セレンディア学園で行われた決闘……私はお前たちの魔法戦を見ていた」とルイスは冷静に語り、片眼鏡を持ち上げながら微笑んだ。「狩りがお好きだそうですね? 私も竜狩りを嗜んでおりまして」彼は杖を振るい、ヒューバードとグレンを囲む半球体型の特殊結界〈鏡の牢獄〉を展開した。

捕らわれた二人とロベルトの奇襲

〈鏡の牢獄〉は内部からの攻撃をすべて反射する特性を持っていた。閉じ込められたヒューバードは、遠隔魔術で外部から攻撃しない限り、脱出は不可能であることを悟った。その時、ロベルト・ヴィンケルが潜伏場所から飛び出し、魔法剣でルイスの背中を狙った。しかし、ルイスは杖を背後に回し、一撃を受け止めると、すぐさまロベルトの剣を弾き飛ばした。剣を拾おうとしたロベルトに、ルイスは迷いなく拳を叩き込んだ。彼の拳には極小の防御結界が展開されており、それを利用して攻撃していたのである。「お前たちの魔法戦を私は見ていた。潜伏していた者がいることくらい、当然分かっていましたよ」ルイスはそう言い放ち、杖を握り直した。

シリルの救援と氷の檻

ルイスは〈鏡の牢獄〉に向けて高威力の攻撃魔術を放とうとしていた。しかし、突如として彼の周囲に氷の壁が立ち上がり、頭上を塞いで脱出を阻んだ。さらに、氷の槍が結界を破壊し、ヒューバードとグレンは解放された。「全員、一度引け! 態勢を立て直すぞ!」シリル・アシュリーが駆けつけ、ロベルトを助け起こしながら指示を出した。ヒューバードとグレンは即座に飛行魔術を発動し、その場を離脱した。氷の檻の中で、ルイスは軽く嘆息しながら氷の壁を叩いた。「私は寒いのが嫌いなのですよ」壁を観察し、上部がやや薄いことに気づくと、杖に強固な結界を張り、それで氷を叩き割った。「おらぁ!!」氷の破片が飛び散る中、ルイスはすぐさま敵の逃走方向を確認し、再び追跡を開始した。

ルイスの追跡とシリルの決意

シリルたちは木々の多い場所を選びながら逃走していたが、グレンは「師匠は絶対に追ってくる」と確信していた。そして、その言葉通り、ルイスは飛行魔術で素早く追いついた。「よく分かっているではありませんか」と、空中から冷静に見下ろしていた。シリルは決意を固め、仲間を先に行かせ、自らが囮となることを選んだ。「私が時間を稼ぎつつ、例の場所まで誘導する」危険な役割にグレンは戸惑ったが、シリルの意思は固かった。彼は氷の矢を放ち、ルイスの注意を引いた。ルイスは防御結界で矢を弾きながら、静かに言った。「仲間想いは結構ですが、それで勝てるほど、七賢人は甘くありませんよ」シリルはそれでも構わないというように、ルイスを誘導するため前へ進んだ。

シリルの作戦と魔力暴走

シリルはルイスの攻撃を避けながら、氷の壁を次々と展開して視界を遮った。しかし、ルイスは広範囲の炎の魔術で氷壁を一瞬にして溶かした。「降伏する気はおありですか?」と問いながら、杖を突き出してきた。シリルは逃走を試みたが、ルイスは飛行魔術で先回りし、杖で足元を払った。転倒し、地面に手をついたシリルは、その痛みに歯を食いしばった。ルイスはさらに首を掴み、シリルの詠唱を封じようとした。しかし、シリルは事前に計算していた。彼は自らのブローチを外し、魔力を暴走させることで反撃に出た。ルイスの腕がシリルの魔力に凍らされていく。「魔力暴走……魔力過剰吸収体質か」とルイスは驚き、距離を取ろうとしたが、既に右手は氷に覆われ、動けなくなっていた。

最後の託し

ルイスは短縮詠唱で火を起こしたが、シリルの魔力の暴走がそれをかき消した。シリルの視界は白く霞み、意識が薄れていく。だが、彼は自分の役割を果たしたことに満足していた。「あとは頼んだぞ、ノートン会計、ダドリー……それと……」彼の脳裏には、鮮やかな金髪と碧い瞳の人物が浮かんでいた。敬愛するその人の無事を願いながら、シリルの意識は闇に沈んでいった。

五章  ポーンの奮闘

ルイスの脱出と新たな罠

氷に閉じ込められていたルイス・ミラーは、魔術と腕力で氷を剝がし、ようやく自由になった。足元には氷の魔術を使い果たしたシリル・アシュリーが倒れていた。ルイスは手をこすりながら、不機嫌そうに呟く。「寒いのは嫌いだというのに……」シリルが時間稼ぎを目的とした戦い方をしていたことから、ルイスは残る三人が別の罠を用意していると直感した。周囲を見回すと、森の奥深くに誘導されていたことに気づく。飛行魔術で上空へ飛び、現在地を確認しようとしたが、その瞬間、木々の密集した場所から雷の矢が放たれた。狭い空間では飛行魔術の自由度が低いが、ルイスはそれを承知で、盾型結界を展開し、敵の方角へ突撃することを決めた。

決死の体当たり

ルイスが雷の矢の発射地点へ向かうと、背後に気配を感じた。振り向くと、グレンが火球を抱えたまま飛行魔術で接近していた。通常なら火球を撃ってくるはずのグレンは、そのまま自らを弾丸にしてルイスへと突っ込んだ。「だりゃあああああ!」叫びと共に火球が炸裂し、二人の身体は地面へと落下した。グレンは無様に地面へ叩きつけられたが、ルイスは足から着地し、すぐに体勢を整えた。爆発の直前に防御結界を展開したため、大ダメージには至らなかったようだ。しかし、その様子を見ていたロベルト・ヴィンケルは思った。(それでも、相当なダメージのはず)

剣士ロベルトの挑戦

ルイスはロベルトを一瞥し、「次の相手はお前ですか」と余裕の態度を見せた。ロベルトは剣を握り直し、魔力を込めて雷の刃を生じさせた。戦場は森の奥の花畑。可憐な花が咲く場所で、血なまぐさい戦いが始まる。ルイスは詠唱し、防御結界を張った杖でロベルトに打ちかかった。その一撃は重く、速い。ロベルトは剣で受け流しながら、慎重に距離を取った。さらに、木陰からヒューバードの雷の矢が援護射撃として飛んでくる。しかし、ルイスはそれを簡単に防御結界で弾き、攻撃の手を緩めなかった。

戦闘の激化とルイスの怒り

ルイスは杖を使い、巧みに攻撃を繰り出した。杖の先端が喉元を狙う鋭い突きとなり、ロベルトは転がるようにして回避した。直後、ヒューバードの雷の矢が飛んできたが、ルイスは防御結界で容易く防ぎ、その勢いのままロベルトに杖を振り下ろした。さらに、飛行魔術も使わず、脚力だけで跳躍し、ブーツに展開した防御結界を使いロベルトのこめかみを蹴りつけた。「ぐぅ……!」ロベルトは吹き飛び、地面を転がった。その間にもヒューバードは援護射撃を試みたが、遠距離攻撃は効果が薄い。

戦いの最中、ロベルトはルイスの戦闘スタイルを見て、ある言葉を口にした。「まるで、クイーンのようだ」すると、ルイスの頬が引きつり、表情が消えた。「……今、なんと?」ロベルトが繰り返すと、ルイスの殺気が一気に増した。「私は、女みたいと言われるのが、死ぬほど嫌いなのです」ルイスは激昂し、強力な風の魔術を発動。花畑に風の刃が降り注ぎ、ロベルトの身体を浅く切り刻んだ。

チェックメイト

ロベルトは風の刃を受けつつも、徐々にルイスを誘導していた。(あと五歩……)ルイスは強力な魔術を連続で放ち、ロベルトを圧倒しようとするが、ロベルトは耐えながら狙い通りの場所へ進んでいた。(あと三歩……)ルイスが攻撃を回避するため後ろへ跳んだその瞬間、彼の足元が紫色に輝いた。「チェックメイトです」ロベルトが言い放つ。地面には魔術式のような紋様が刻まれていたが、実際には呪術の罠であった。ルイスの右手にじわりと熱が走り、手袋を外すと、紫色の呪印が浮かび上がっていた。

呪術の正体は虫寄せの呪い。瞬く間に黒い虫の群れがルイスを包囲した。ルイスは咄嗟に半球体型防御結界を展開し、虫の侵入を防いだが、その直後、違和感に気づいた。(魔力の消費が異常に早い……?)周囲を見回すと、青く発光する「精霊の宿」と呼ばれる花が咲いていた。これは魔力を吸収する特性を持つ植物であり、何者かが意図的にこの場所へ植えたのだと気づいた。(やりやがった、あいつら……!)

さらに問題があった。防御結界は上部を覆っていたが、地面までは覆っていなかった。ルイスが足元を見ると、虫たちがブーツを這い上がってきていた。飛行魔術を使えば逃れられるが、防御結界を張っている間は飛行魔術は使えない。ルイスは、虫の大群に囲まれながら、声なき悲鳴をあげた。

最高審議会の開幕

一方、最高審議会の会場では、リディル王国の名だたる貴族たちが集い、第二王子暗殺事件の審議が始まろうとしていた。王国の重鎮であるクロックフォード公爵と第一王子ライオネルが席につき、会場は緊迫した空気に包まれていた。そこへ〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイに付き添われた国王アンブローズが現れた。病床にあった国王の登場に、会場はざわめいたが、メアリーの一声で静寂が戻った。そして、罪人として連行されたのは、フェリクス・アーク・リディルを騙っていた青年──アイザック・ウォーカーであった。

アイザックは議長の問いに「全ての罪を認めます」と穏やかに答えた。彼の罪はフェリクスを殺害し、成り代わったこと。そして、多くの人々を欺いたことであった。だが、その時、会場の扉が開き、凛とした声が響いた。「お待ちください」

現れたのは、黒いドレスを纏い、ペリドットのペンダントを首にかけた〈沈黙の魔女〉。彼女は堂々と歩を進めると、はっきりと告げた。「こちらにおわす方は、本物のフェリクス・アーク・リディル殿下にございます」そして、彼女はフードを取り払った。そこにいたのは、モニカ・エヴァレット。彼女は七賢人の名にかけ、真実を証明すると宣言した。

六章  沈黙を破る魔女

〈沈黙の魔女〉の正体

モニカ・エヴァレットがフードを外した瞬間、会場はどよめいた。社交界にほとんど顔を出さず、常にフードを深く被っていた〈沈黙の魔女〉の素顔を知る者は少なかった。化粧を施し、上品な黒いドレスに身を包んだ彼女は、黄金の杖を手にし、堂々とした姿勢でクロックフォード公爵を見据えていた。

その姿を目にしたアイザック・ウォーカーは、自問した。(なぜ、気づかなかったのだろう)知っていたはずの彼女が、まさか〈沈黙の魔女〉その人だったとは想像もしなかった。呆然とするアイザックを見つめながら、人の姿をした黒竜が笑みを浮かべていた。

国王への証言

国王が静かに問いかけた。「その者が本物の第二王子であると申したな」モニカは一歩も引かず、「はい」とはっきりと答えた。そして、昨年の秋からフェリクス・アーク・リディルの護衛としてセレンディア学園に潜入していたことを明かした。

その発言に場がざわめく中、クロックフォード公爵派の大臣が激昂する。「セレンディア学園は公爵閣下の管轄! 身分を偽り潜入するとは、閣下への侮辱だ!」しかし、モニカは冷ややかに言い放った。「その発言に、わたくしの説明を遮るほどの価値がございますか?」

言葉を詰まらせた大臣に視線を向け、モニカは続けた。「この護衛任務は陛下直々の命です。陛下の采配に不満が?」大臣は口ごもるしかなかった。そして、モニカは確信に満ちた声で言い切った。「この方こそが本物のフェリクス殿下です」

証拠となる嘆願書

モニカは杖を傾けると、背後に控えていた黒竜が分厚い書類の束を掲げた。その束は風に乗って会場を巡り、各貴族の席に舞い降りた。モニカは一枚を摘み上げ、読み上げる。「『セレンディア学園中等科二年アルバート・フラウ・ロベリア・リディルが証言する。我が兄フェリクス・アーク・リディルとは、新年の式典後に学園で数度会話を交わした。その発言には一貫性があり、疑問点はなかった』」

突然現れた第三王子の証言に、会場の貴族たちは目を丸くした。さらに、モニカは続ける。「『エリアーヌ・ハイアットが証言いたします。フェリクス殿下は冬休みに我が家に滞在しており、その際の出来事を細かく覚えていました。もし偽物ならば、公爵邸での食事の味まで再現するのは不可能です』」

次々と読み上げられる証言に、会場の雰囲気が変わっていく。さらに、セレンディア学園の生徒会役員からの嘆願書も提出された。それを読んだアイザックは動揺を隠せなかった。(なぜ、彼らが……)

モニカが杖を振ると、会場中の嘆願書が美しく宙を舞い、国王の前に整然と積み上げられた。圧倒的な魔力操作に、貴族たちは息を呑んだ。

〈黒い聖杯〉による証明

「それでは、誰もが分かるように、真実をご覧にいれましょう」モニカはそう告げると、従者から小ぶりな杯を受け取った。黒曜石のような美しい杯、それが〈黒い聖杯〉であった。「これは血液の魔力を解析し、親族関係を証明する魔導具です」

実験のため、バーレル伯爵とその息子の血を使い、杯が赤く染まる様子を見せた。すると、貴族たちは驚きの声をあげた。モニカは国王の許可を得て、その血を聖杯に落とし、続いてアイザックの血を注いだ。

そして、杯が赤く染まり始めた。「この赤く染まった聖杯こそ、こちらにおわす方がフェリクス・アーク・リディル殿下である証拠なのです!」

クロックフォード公爵の反論

「その罪人は既に『全ての罪を認める』と発言している。一度口にした言葉は翻せぬ」クロックフォード公爵が冷ややかに言い放った。貴族たちはその言葉に頷き、確かにその通りだと囁き合った。

しかし、モニカは冷静に言った。「今から申し上げることは衝撃的かもしれませんが、お聞きください」

呪いという虚構

「フェリクス殿下は、呪術によって洗脳されているのです」モニカは宣言した。呪竜騒動の裏で暗躍していた呪術師ピーター・サムズが、フェリクスに呪いをかけたと説明した。彼の目的は第二王子を操り、国の支配を目論むことだった。

さらに、フェリクスが〈宝玉の魔術師〉エマニュエル・ダーウィンに相談したが、ピーターによって殺害されたとも語った。

「既にその者は呪いから解放されているのか?」国王が問い、〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトが前に出た。ピンク色の瞳を光らせ、「あぁ、こんな強い呪いは見たことがない」と呟きながら、アイザックの額に手をかざした。

紫色の紋様が浮かび上がり、光を放った後、消えた。「……これで、解呪は完了した。王子はもう正気だ」レイがそう宣言すると、国王は即座に命じた。「呪いより解放されし我が息子を、今すぐ医師に見せよ!」

静かな決着

貴族たちは歓声を上げた。第一王子ライオネルは目を潤ませ、感激の面持ちを見せた。しかし、クロックフォード公爵だけは鋭い目でモニカを睨みつけていた。

モニカは無表情のまま、人差し指を口元に添えた。──破滅したくなければ、沈黙を。彼女は視線でそう伝えた。公爵がフェリクスを利用し、真実を隠蔽してきたことを、モニカはすべて知っていたのだから。

七賢人の席では〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグが笑いをこらえていた。「レイは、いつも美味しいところを持っていくなぁ!」隣の〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォードが怪訝そうに見つめる中、ラウルは楽しげにそう呟いた。

七章  王様のチェス

魔法戦の終結と狼煙の確認

ニールは魔法戦用の結界を維持しながら戦況を見守っていた。その時、森の上に黄色い煙が三本立ち上るのを確認した。それは、ヒューバードが持つ狼煙であり、作戦終了の合図であった。共に結界を維持していたエリアーヌは安堵の息をつき、ニールと共に結界を解除した。「グレン様達……大丈夫でしょうか」エリアーヌが不安げに呟くと、ニールは結界維持用の魔導具を片付けながら、「大丈夫ですよ。グレンは、ここぞというところで強いので」と答えた。

二人は道具を片付けた後、グレン達と合流するため森へと向かった。狼煙の方角へ進むには道なき道を行く必要があった。「ハイアット嬢、少し休みますか?」とニールが尋ねると、エリアーヌは微笑みながら答えた。「大丈夫ですわ。わたくし、子どもの頃は森でよく遊んでいましたのよ」しかし、彼女はスカートを小枝に引っ掛けたり、虫に驚いたりしており、森に慣れている様子ではなかった。

倒れていたシリルの発見

エリアーヌの視線が遠くで止まり、彼女は「あっ」と声を上げた。ニールが視線の先を見ると、銀の髪が地面に流れるように倒れているのが見えた。「アシュリー副会長!」二人は駆け寄ったが、シリルは意識を失っていた。傍らには彼のブローチが落ちており、それを見たニールはシリルが魔力暴走による捨て身の策を実行したことを悟った。

ニールはブローチを拾い、シリルの襟元に留めてから軽く揺さぶった。「副会長、大丈夫ですか?」シリルは微かに呻き、薄く目を開けた。「メイウッド庶務、か……作戦は、どうなった……?」ニールは落ち着いた声で答えた。「時間は十分経過しました。足止めは成功したと思います」シリルは「……良かった」と呟き、ゆっくりと体を起こした。

謎の白い煙と逆さ吊りのグレン

シリルは合流すべき仲間の名前を挙げたが、エリアーヌが控えめに口を挟んだ。「あちらに見える煙はなんでしょう?狼煙とは違うようなのですが……」エリアーヌが指さす方向は花畑の方角だった。そこからは真っ白な煙が立ち上っていた。シリルが眉をひそめ、「ダドリーが狼煙の扱いを誤ったのではないか?」と推測する。しかし、狼煙係はヒューバードである。

嫌な予感を抱えながら、三人は花畑へ向かった。そして、そこにあったのは──木から逆さ吊りにされ、下から焚き火の煙で燻されるグレンとロベルトの姿だった。「グレン様ぁ!?」エリアーヌが驚愕の声を上げると、燻されるグレンが身を捩ってこちらを見た。「ゲホッ、ゲホゲホゲホッ!あっ、副会長ぉー!助けてほしいっす──!ゲホッ!」

焚き火のそばには〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーが、ローブをバサバサと振りながら火を煽っていた。「これは一体……?」ニールが恐る恐る尋ねると、ルイスはゆっくりと振り返る。「虫が嫌う煙を焚いて、上着についた虫を払っているのですよ。そのついでに、悪ガキどもにお仕置きを」そう言いながら、ルイスは煙をグレン達に念入りに浴びせていた。

ルイスの警告とニールの調停

ルイスはシリルに目を向け、「他にもいましたね、七賢人に喧嘩を売ったクソガキが……蔓が足りなくて良かったですね?」と冷ややかに告げた。シリルは強張った顔をし、ニールもルイスの異常な体力に驚愕した。

「さて、メイウッド男爵、ハイオーン侯爵の御子息、レーンブルグ公爵の御令嬢とお見受けしますが……」ルイスは三人を鋭く睨み、「この件について、お父上達はご存知で?」と暗に脅した。シリルは反論しようとしたが、ニールが「待ってください」と小声で制した。この場の調停は〈調停者の家系〉であるニールの役目だった。

ニールは一歩前へ進み、ルイスを見上げた。「〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット魔法伯は、フェリクス・アーク・リディル殿下の解放のために動かれています」ルイスは細い眉をピクリと動かし、「貴方方が救おうとしている、あの王子は偽物です。それは変えようのない真実ですよ」と言った。ニールは穏やかに、「えぇ、知っています」と答えた。

ルイスは不快そうに片眼鏡を押さえた。「……あの小娘が?」ニールは落ち着いた態度を崩さず、「エヴァレット魔法伯は全てを打ち明けた上で、僕達に協力を望みました。僕達は全てを承知で、ここに立っています」と告げた。

ニールの話を聞いていたルイスは鼻の頭に皺を寄せ、「なるほど、全て有耶無耶にしてしまおうと。あの小娘、随分とずる賢くなったではありませんか……」と呟いた。そして、「だが、クロックフォード公爵が強引に押し切れば、どうとでもなる」と指摘する。

ニールはきっぱりと断言した。「いいえ、絶対にこちらが勝ちます」ルイスは胡散臭そうな顔をした。「『僕は友達を信じていますから』とでも、言うおつもりで?」ニールは微笑み、「それもありますが……モニカ・ノートン嬢からの伝言です」と言い、作戦会議でモニカが提案した言葉を伝えた。「『勝負はテーブルに着く前から始まっているのですよ、同期殿』」

その言葉を聞いたルイスは目を見開き、低く呟いた。「まさか……」それは、クロックフォード公爵もアイザック・ウォーカーも錯覚していたことを示唆する言葉だった。彼らは駒を動かす側のつもりでいた。しかし、彼らこそが駒だったのだ。

この戦いで本当に勝者となったのは──〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットであった。

八章  優しい王子様が望んだこと

復讐の選択とモニカの決意

アイザックに手を添えられたまま、モニカは彼の囁いた言葉を反芻した。「復讐」──それは恐ろしくもあり、甘美な響きを持つ言葉であった。モニカにも怒りや恨みはあったが、それに身を委ねることを恐れ、数字の世界へと逃げ込んだ。「君なら、僕とクロックフォード公爵の罪を暴き、父親の無実を証明することもできたはずだ」アイザックの言葉に、モニカは震えながら「……できません」と答えた。

全てを公表すれば父の冤罪を晴らすことができたかもしれない。しかし、それではアイザックの命を守ることはできない。モニカは何度も葛藤しながらも、アイザックの命を選んだ。「……わたしは、今を生きてるあなたを、助けたかったんです」そう言って、モニカは涙をこぼしながら彼の上から降りた。

フェリクスの日記と隠された真実

モニカはソファ横に置いていた鞄から、一冊の革表紙の日記を取り出した。それはリシャーウッド修道院で手に入れた、本物のフェリクス・アーク・リディルの日記であった。アイザックはそれを見た途端、目を見開いた。「それは……アークの……」

彼は強張った顔で日記を受け取り、表紙を指で撫でる。そして、ページを捲りながら、過去の記憶を呼び起こしていった。日記の後半には、フェリクスが描いた理想の王子様の絵があり、彼自身が「みんなに優しい」という項目に花丸をつけたことを思い出した。「……僕は、優しい王子様にはなれなかったよ。アーク」アイザックは掠れた声で呟き、自嘲するように目を伏せた。

モニカは静かに、「最後まで、読んでください」と促した。その日記の最後には、フェリクスがアイザックとの未来を夢見ていたことが記されていた。「大人になったら、アイクに会いに行くんだ。彼とお酒を飲みながら、色んな話をしたい」彼の本当の願いは、名を残すことではなく、大切な友と再会することだったのだ。

フェリクスの死の真相

アイザックの脳裏に、あの夜の記憶が蘇った。星を見に行った帰り道、強い風が吹き、フェリクスの髪を揺らした。屋敷のバルコニーに梯子がかけられ、彼は屋根の上にいた。そして、輝く星に手を伸ばした瞬間──片手を放し、落下した。

「……あれは、事故、だった?」震える声で問いかけるアイザックに、モニカは静かに頷いた。フェリクスは自ら死を選んだのではなく、単なる事故で命を落としたのだ。「フェリクス殿下は、あなたに自由に生きてほしかったんです……そして、いつか、会いに行きたいと……」モニカの言葉とともに、アイザックの頬に雫が落ちる。彼は初めて、友の死と真正面から向き合った。

アイザックへの願い

モニカは強く拳を握り、「フェリクス殿下の願いを叶えるために、今からでもできることはあるんです」と告げた。「いっぱい楽しいことや好きなものを見つけるんです。他の誰でもない、あなたのために。それが……フェリクス殿下が本当に望んだことだから」

アイザックは困惑しながらも、どこか安堵したようにモニカを見つめた。「だから、生きて、ください。あなたが死んだら……フェリクス殿下の願いは、叶いません」アイザックの心を縛り続けていた呪縛は、ようやく解け始めた。

友情の証明

モニカはソファから立ち上がり、アイザックに手を差し伸べた。「友達を助けるのに、理由なんていらないんですよ、アイク!」彼女の言葉に、アイザックは目を見開いた。その瞬間、長く続いた妄執の炎が静かに消えていった。「……こんなの、好きになるに決まってる」

アイザックはモニカを抱き寄せ、そっと頬に口づける。「ありがとう、モニカ」彼の腕の中で、モニカはガチガチに固まり、やがて「に、にに、に、に……」と震え出した。「……肉球じゃないぃぃぃぃぃ!」その叫びを聞き、アイザックは久しぶりに声を上げて笑った。

帝国の動向と〈沈黙の魔女〉の影響

一方、帝国では黒獅子皇が今回の騒動を総括していた。「この件でクロックフォード公爵は権力を削がれ、第一王子が王になる……〈沈黙の魔女〉は、約束を果たしたというわけか」彼は興味を失ったように呟きながらも、〈黒い聖杯〉という魔導具に強い関心を示した。

帝国とリディル王国の戦争は回避され、黒獅子皇は新たな条約を結ぶことを決定した。「魔導具職人の技術交流、あるいは魔術師養成機関の交換留学制度を充実させれば、いずれ大きな利益となる」そうして、帝国とリディル王国の関係は新たな段階へと移行することとなった。

生徒会室での再会

リディル王国では、フェリクス・アーク・リディル──アイザックが生徒会室へと戻ってきた。「ただいま」その一言に、シリルが涙を流しながら「お帰りなさいませ、殿下」と迎えた。エリオットやニールもそれぞれの形で彼の帰還を受け入れ、ブリジットは大量の書類を差し出しながら、「殿下に相応しい仕事を」と告げた。

アイザックは生徒会長席に腰を下ろし、目の前の書類に手を伸ばす。モニカ・ノートンの姿はそこにはなかったが、彼女が残したものは確かにあった。「シリル、留守中の報告を。まずは卒業式関係から」そうして、モニカ・ノートンのいない、最後の学園生活が始まった。

九章  貴女がひらいてくれた道

七賢人の選考と議論

リディル王国の最高審議会から二週間が経過したが、王国の上層部は依然として混乱の余波に追われていた。七賢人の一角であった〈宝玉の魔術師〉が失われたため、その後任を選出する作業が始まった。〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー、〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグ、〈深淵の呪術師〉レイ・オルブライトの三名が、候補者のリストを精査していた。

ルイスは候補者を「論外」「凡人」「かろうじて見どころあり」の三つに分類し、辛辣な評価を下していた。その中には、ルイスの弟子であるグレン・ダドリーの名も含まれていた。ラウルは彼の才能を評価し推薦したが、ルイスは「まだ成長の余地が大きすぎる」として却下した。また、問題児として知られるヒューバード・ディーについても、ルイスは断固として「論外」とした。その理由は、彼のせいで帰宅時に虫除けの臭いが染み付き、生まれたばかりの娘に「臭い」と言われたことを根に持っていたからである。

一方、レイは候補者を「若い女性」と「それ以外」に分け、露骨に個人的な基準で選考していた。そのリストを見たラウルは呆れつつも、再仕分けを試みた。そんな中、ラウルはふと疑問を口にした。「ルイスはモニカに対して怒りをぶつけないのか?」 ルイスは「負け犬の遠吠えは趣味ではない」とし、「あの小娘に負けたのは二度目だ」と認めた。そして彼女の才能を前にすると、他の候補者が霞んで見えるとまで述べた。

会話の途中、ラウルはモニカが城を急ぎ足で飛び出していくのを見たことを思い出した。ルイスはその理由を「今日はセレンディア学園の卒業式だ」と静かに告げた。

セレンディア学園の卒業式
セレンディア学園の卒業式は、春の青空の下で執り行われた。生徒会長のニールは堂々とした態度で挨拶を述べ、在校生たちの信頼を集めた。そして卒業生代表としてアイザックが壇上に上がった。

アイザックは、かつて王位を狙う者たちから支持されていたが、今や王都を離れ療養する身となった。それに落胆する者たちもいたが、彼はそれを当然の報いと受け止めていた。卒業生の席にはシリルが真っ直ぐな尊敬の眼差しで彼を見つめ、エリオットは挑発的な笑みを浮かべていた。

アイザックは王族としての完璧な答辞を述べつつ、最後にアイザック・ウォーカーとしての言葉を口にした。「この学園で過ごした日々は、なによりも得難いものだった」そして、「自分自身のために、好きなものを見つけてほしい」と語りかけた。これは、かつて幼きフェリクスが願っていた言葉と同じであった。

締めくくりにアイザックは「私がこの学園生活で得た、素晴らしい友人達に感謝を!」と宣言した。その瞬間、エリオットが鼻に皺を寄せたが、アイザックは痛快な気分で壇を降りた。

卒業パーティと再会
卒業式の後、華やかなパーティが催された。アイザックは次々と女子生徒に声をかけられたが、やがて人の輪を離れ、壁際で静かに佇むブリジットに近づいた。彼女に「君の前では、庭園の薔薇も霞む」と軽口を叩くも、ブリジットは扇子で口元を隠し、冷たく見つめた。「その美辞麗句を聞くたびに、どれだけ薄ら寒い思いをしたか、ご存知?」

彼女は卒業後、女官として出仕し、将来的には外交の仕事に携わる予定だった。ブリジットは「諸外国には殿下のファンが大勢いる」と述べ、彼が隠居するつもりでいても外交の場に引きずり出すつもりであることを示唆した。「散々あたくしを騙したのだから、それぐらい協力なさい」アイザックは「貴女には一生勝てる気がしないな」と苦笑した。

その時、彼の目に窓の外で小さな光が瞬くのが映った。ペリドットの輝き──モニカがそこにいる証だった。

モニカとの再会と約束
パーティを抜け出し、植木の陰へ向かったアイザックは、そっと呼びかけた。「モニカ」小さく震える声が返ってきた。「へぅっ!?」

茂みの中には、セレンディア学園の制服を着たモニカがいた。彼女は恥ずかしそうに指をこねながら、バスケットに詰められた小さなブーケを手に取った。「皆さんに、卒業のお祝いをしたくて……」そう言って、アイザックに花を差し出した。

「卒業、おめでとうござい、まひゅっ!」案の定噛んでしまい、顔を真っ赤にして震えるモニカを見て、アイザックは微笑んだ。「嬉しいな。その言葉を、君に言ってほしいと思ってたんだ」

モニカは招待状を受け取りながらも、七賢人として目立ちすぎることを避け、こっそりと花を渡しに来たのだという。「お忍びで来たのかい?」と尋ねると、モニカは小さく頷いた。

アイザックはモニカに学園祭の花飾りのような黄色い薔薇を手渡し、「ずっと身につけてくれるかい?」と頼んだ。モニカは「おまじないですか?」と問いかけたが、アイザックは微笑んで「そんなところかな」と答えた。それは彼女に好かれるための「おまじない」だった。

二人だけのダンス
アイザックはモニカの手を取った。「レディ、僕と一曲踊りませんか?」モニカは「会場に戻らなくていいんですか?」と戸惑いながらも、彼の誘いを受け入れた。「君は僕の夜遊び仲間だろう? もう少しだけ、僕の夜遊びに付き合っておくれ」

夜の風が心地よく吹く中、二人はパーティ会場の音楽に合わせて踊った。アイザックのエスコートは完璧だったが、モニカのステップはぎこちなく、チグハグなダンスとなった。それでも、彼は心の底から楽しそうに笑った。

「僕はもう、楽しいことや好きなものを諦めるのは、やめたんだ」そう告げるアイザックの言葉に、モニカは小さく微笑んだ。「そういうことなら……はい、えっと、アイクの楽しいこと探しのお手伝い、します」

夜空の星々が、二人を優しく照らしていた。

十章  魔女の旅立ち

新たな研究と再会
セレンディア学園の卒業式から半年後、秋終月の初週四日、モニカは七賢人のローブを纏い、城の会議室へと向かった。目的は、新たに始まる研究の打ち合わせであった。会議室の扉を前に、彼女の胸は高鳴っていた。それは恐れではなく、再会への喜びによるものだった。

扉を開けると、机に向かって資料を読んでいたシリル・アシュリーが顔を上げた。モニカは嬉しそうに挨拶をし、シリルも穏やかに応じた。彼は卒業後、義父ハイオーン侯爵の仕事を手伝い、その一環で植物への魔力付与研究の調整役を務めていた。この研究には、〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグが関与しており、モニカも秋から加わることになっていた。

モニカがシリルと話していると、ラウルが遅れて現れた。彼は庭仕事に夢中になり、時間を忘れてしまったという。そんな彼の軽い態度に、シリルは眉をひそめつつも、予定の確認を進めた。

打ち合わせの最中、モニカは突然「引っ越しを考えている」と告げた。シリルとラウルは驚いたが、モニカはこれまでの引きこもり生活から抜け出し、新しい場所で生きる決意を固めていた。「会いたい人に、会いに行って良いんだと気づいた」と微笑む彼女の姿に、シリルは静かに「そうか」と頷いた。

山小屋との別れ
季節は巡り、夏呼月の末日。モニカは引っ越しのために山小屋を離れる準備を整えた。この小屋は、彼女が長年住んできた場所であり、孤独の象徴でもあった。しかし、ここに戻ってきた際、変わらぬ姿を保っていたことに気づいた。それは、村の人々が定期的に手入れをしてくれていたからだった。

村娘のアニーから「村の大人たちが気にしていた」と聞かされ、モニカは自分が知らぬ間に支えられていたことを実感した。そこで彼女は村を回り、感謝を伝えた。村人たちは温かく迎え入れ、逆にお裾分けまでしてくれた。モニカは、見えないところで助けられていたことを知り、心からの感謝を抱いた。

引っ越しの日、モニカはアニーに別れを告げた。アニーは「モニカ、変わったね。明るくなった」と言い、モニカもそれを誇らしく思った。「いってらっしゃい」と見送られ、モニカはネロと共に新たな地へと旅立った。

サザンドールへの到着
潮風が吹く夏の港町サザンドール。モニカは新たな住まいへ向かいながら、この町の活気を感じていた。商業の中心として発展したこの町には、多国籍の人々が行き交い、屋台には異国の果物やスパイスが並んでいた。王都とは異なる文化が息づく場所だった。

荷解きを終えたモニカは、早速向かうべき場所があった。辿り着いたのは「フラックス商会」。洒落た看板を掲げるその建物は、彼女の親友ラナ・コレットが立ち上げた商会であった。

扉を開けると、カウンターでレイアウトを考えていたラナが振り向き、モニカを見た瞬間、満面の笑みを浮かべた。「モニカ!」と駆け寄るラナに、モニカも「ラナ!」と手を取り合った。

ラナはセレンディア学園を卒業後、念願の商会を設立していた。モニカはその成功を祝福し、ラナもまた、モニカの訪問を心から喜んだ。「着いたばかりじゃない! 長旅で疲れてるでしょう?」と気遣うラナに、モニカは「でも、早くラナに会いたくて」と小さく呟いた。その言葉に、ラナは呆れながらも嬉しそうに微笑んだ。

新しい生活の始まり
再会の喜びを噛みしめながら、ラナは「まずはショッピングよ!」と宣言した。「サザンドールは流行の最先端になるのだから、相応しい服を見立ててあげるわ!」モニカはその提案に頷き、「うん……楽しみっ」と笑った。

これから始まる新しい生活。楽しいことがたくさん待っている予感が、モニカの胸を満たしていた。

十一章  同じ夏の空の下

天才音楽家の演奏と複雑な想い
リディル王国城の大ホールでは、天才音楽家ベンジャミン・モールディングの「ピアノ協奏曲第五番」が演奏されていた。ピアノとオーケストラが互いに競い合う第一楽章、緩やかで情緒的な第二楽章、そして華やかに高まり一体となる第三楽章。その旋律は観衆の心を大きく揺さぶり、国王やシュヴァルガルト帝国の皇帝も満足そうに拍手を送っていた。

しかし、客席のエリオット・ハワードは複雑な表情で拍手をしていた。この楽曲は、かつて彼とシリルの諍いをベンジャミンが目撃し、創作の着想を得たものだった。『身分の違いから生まれる対立、それを乗り越えて生まれる友情のハーモニー』──そう熱く語るベンジャミンの姿を思い出し、苦笑を浮かべるしかなかった。

再会と秘書官の手腕
演奏会の後、エリオットは廊下でかつての同級生ブリジット・グレイアムと再会した。彼女は卒業後、反対を押し切って女官試験を受け、見事合格。そして半年足らずで第三王子付き秘書官という異例の抜擢を受けていた。

ブリジットは今回の演奏会の手配を担当していた。シュヴァルガルト帝国の皇帝、黒獅子皇がリディル王国の音楽家に興味を持っていたため、彼女が選んだのがベンジャミンだった。エリオットは、その気まぐれな音楽家をよく捕まえられたものだと感心する。

ブリジットは微笑みながら、ある計略を明かした。ベンジャミンは新曲のアイデアに悩んでいたが、偶然、魔法兵団の訓練に特別講師として招かれた〈沈黙の魔女〉モニカの魔術を目撃し、その精緻な無詠唱魔術に強い衝撃を受けたのだ。彼は「もっと実戦で彼女の魔術を見たい」と熱望し、ブリジットはその願いを叶える形で、ヒューバード・ディーを相手にモニカとの魔法戦をセッティングした。

結果として、ベンジャミンは大満足し、新たな楽曲「組曲『沈黙の魔女』」の構想を得た。そしてその恩を返すため、今回の演奏会の開催に応じたのだった。エリオットは「モニカがこの話を知ったら、泡を吹いて倒れるのでは」と呆れた。

黒獅子皇の求婚と巧みな返答
その時、黒獅子皇と第三王子アルバートが歩いてくるのが見えた。エリオットとブリジットが頭を下げると、黒獅子皇はブリジットに関心を示し、「妃になるが良い」と突然求婚した。あまりにも唐突な展開に、アルバートは目を見開き、エリオットも驚きを隠せなかった。

ブリジットは動じることなく、優雅に微笑んで言った。「陛下、お言葉は嬉しいのですが、わたくし……青い薔薇を贈ってくださる殿方と決めておりますの」

黒獅子皇は一瞬驚いたものの、次の瞬間、大きく笑い声をあげた。「余を試すか……悪くない。我儘な女は好みだ」そして「次は青い薔薇の花束を用意して求婚しよう」と言い残し、その場を去った。

それを聞いていたアルバートは「〈茨の魔女〉殿に頼めば作れるだろうか……」と呟いており、エリオットはその必死な様子に密かに笑っていた。ブリジットは「青い薔薇なんて、スカーフ一枚あれば作れるのに……可愛らしいこと」と、黒獅子皇を見送った。

偶然の訪問と誤解
一方、セレンディア学園の長期休暇が終わりに近づいた頃、エリアーヌ・ハイアットはお忍びで王都の下町を訪れていた。目的地はダドリー精肉店、つまりグレン・ダドリーの実家であった。

エリアーヌは「偶然通りかかっただけ」と自分に言い聞かせながら店に近づく。しかし、店から出てきたグレンの両腕には、それぞれ可愛らしい少女がしがみついていた。彼女らは親しげに彼と話し、エリアーヌは驚愕する。しかしすぐに「妹たち」だと気づき、安堵した。

ところが、その直後、グレンに話しかけたのは美しい金髪のメイドであった。さらに、子連れの女性が現れ、グレンと親しげに会話を交わす。エリアーヌは次々と現れる女性たちに翻弄され、結局、グレンに話しかけることもできぬまま、物陰で怒りに震えていた。

新たな商会とモニカの変化
一方、ラナ・コレットは新たに立ち上げた「フラックス商会」の運営に励んでいた。商会では衣類や装飾品のほか、魔導具の開発にも着手していた。そこにはかつて〈黒い聖杯〉作りに関わった職人、バルトロメウス・バールが工房長として協力していた。

そこへ、新婚旅行中のニールとクローディアが訪れ、会話が弾んだ。そして偶然にも、グレンが訪問し、ハムの塊を持参した。ラナは「これをモニカに届けよう」と提案し、一同はサザンドールのモニカの家へ向かった。

モニカの家は以前と比べて見違えるほど整理整頓されており、ラナは驚いた。「誰かが掃除したのか?」と考えていると、キッチンからエプロン姿の青年が現れた。その人物は、かつて第二王子フェリクス・アーク・リディルを名乗っていた──アイザック・ウォーカーであった。

十二章  彼の挑戦

エリン公爵の領主としての務め
リディル王国南西部に位置するエリン公爵領は、レモン畑が広がる美しい沿岸地域である。温暖な気候のもと、エリン公爵フェリクス・アーク・リディルは執務室で書類に目を通していた。彼はそれらを三つの封筒に分け、白いトカゲの姿をした水霊ウィルディアヌにお使いを頼んだ。

一つは公的事業に関するもの、もう一つは領主が表立って関与しない方が良い案件、そして最後の一つはアイザック・ウォーカー名義の封筒であった。その封筒だけは自ら届けるつもりでいた。アイザックは一年かけて準備を進め、ある決意を固めていたのだ。

墓地での誓い
アイザックが向かったのはクロックフォード公爵邸近くの墓地だった。そこには、本物のフェリクスの墓があった。今まで一度も訪れることが許されなかったこの場所に、彼は密かに足を運んだ。

墓石には一輪の薔薇が供えられており、それを見たアイザックは贈り主に心当たりがあった。第三王子付き秘書官として多忙なはずの彼女も、ここを訪れていたのだろう。

アイザックは帽子を脱ぎ、墓前で膝を折った。そして、小さな野の花を添えながら静かに誓いを立てた。「僕は一つ、挑戦をしてみようと思う。分不相応な望みだと分かっているけれど、それでも捨てられなかったんだ。」

自らの罪と過去を背負いながら、彼は歩き出した。

サザンドールでの再会
サザンドールの住宅街にある赤い屋根の家の前で、アイザックは扉を叩いた。中から聞こえたのは、か細いながらも確かに彼の知る声だった。

扉が開き、現れたのは〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットだった。驚きに目を丸くし、言葉を詰まらせるモニカの足元には、黒猫姿のネロもいた。「なんでお前がここにいんだ?」とネロが問いかける。

アイザックは静かに微笑み、「まずは中に入れてもらっても?」と頼んだ。モニカは慌てながらも彼をリビングへ案内した。しかし、部屋は書類の山に埋もれ、まともに座る場所もない状態だった。

モニカは書類の整理について「対数螺旋を意識した」と説明したが、アイザックにはそれが散らかっているようにしか見えなかった。

弟子入りの申し出
アイザックは静かに立ち上がり、モニカの前で片膝をついて最上位の敬礼をした。「僕を、貴女の弟子にしてほしいのです。」

モニカは口を半開きにして驚愕した。「で、弟子?  アイクが、わたしの?」

アイザックは一年かけて書いた論文を差し出し、「貴女の試験を受ける用意はできています」と述べた。そこへネロが横から口を挟み、「まずは飯を作れ!」と要求した。

モニカの食生活は悲惨で、三日前に作ったというスープも、干物を湯に放り込んだだけの代物だった。アイザックはネロに銀貨を渡し、食材の買い出しを頼んだ。そして、ネロが出かけている間に部屋の掃除を始めた。

部屋の整理と食事の準備
アイザックは対数螺旋を描くように積まれた書類を整理し、床の埃を払い、散らかっていた道具を片付けた。キッチンにはしっかりとした設備が整っていたが、食材は貧弱で、オーブンの中には書類がぎっしり詰まっていた。

「これは随分とやり甲斐がありそうだ。」

彼は厨房の経験を思い出しながら、調理に取りかかった。ネロが戻ると、食卓にはポークソテーやスープ、パン、木の実のケーキが並んでいた。ネロは感嘆しながら食べ、「すげーうめーぞ!」と絶賛した。

モニカも恐る恐る食事を口に運び、その美味しさに目を見開いた。「美味しい?」と問うアイザックに、モニカは頷いた。

魔術討論と新たな関係
食事が終わると、二人は論文の内容について語り合った。アイザックは魔術の専門知識を独学で学び、モニカの早口の説明にも即座に理解を示した。議論は夜通し続き、モニカは机に突っ伏して眠ってしまった。

翌朝、彼女はベッドで目を覚まし、アイザックが当たり前のように朝食を用意しているのを見た。その後も討論を続け、焼き菓子を楽しみ、また討論をし……気がつけば、アイザックを追い返すことを忘れていた。

こうしてアイザック・ウォーカーは〈沈黙の魔女〉の信頼を得て、さらにはネロの胃袋も掴み、押しかけ弟子の座を勝ち取ったのである。執念の勝利であった。

エピローグ  静かなる魔女に捧ぐ

押しかけ弟子との朝
モニカは誰かに肩を揺すられ、ゆっくりと目を覚ました。耳元で囁かれた声と、頬に触れる柔らかな感触に、彼女は驚き目を開けた。そこには、黒猫姿のネロを抱えたアイザックが、楽しげに笑っていた。

アイザックが弟子になってから五日が経っていたが、モニカはまだ彼への接し方に戸惑っていた。ネロから「もっとビシッと言ってやれ」と助言を受けるも、厳しくすることは難しかった。

アイザックはモニカに届いた手紙を渡し、城の執務室から転送されたものを机に置いてあると告げた。その中には、チェスクラブの部長であるロベルトからの招待状も含まれていた。ロベルトの誘いに迷うモニカを見て、アイザックは少し頑なな口調で「チェスがしたいなら、僕が相手をしてあげる」と言った。

彼は手際よくモニカの寝癖を直し、髪を三つ編みにして留めた。その器用さに感心しつつ、モニカは昔の彼の言葉を思い出した。かつて「王子様は、なんでも完璧にできないといけないからね」と言っていたアイザックが、今は自分の弟子として目の前にいることを不思議に感じた。

来客との再会
アイザックが「下でお友達が待っているよ」と告げると、モニカは慌てて部屋を飛び出した。リビングにはラナ、グレン、ニール、クローディアの四人が集まり、お茶をしていた。ラナはプラムケーキを食べながら、モニカに詰め寄った。「一体、何がどうなってるの? なんであの人が貴女の弟子になってるの?」

モニカは言葉に詰まりながら、「深い事情が……」と答えたが、実際はネロが餌付けされたことが大きな理由であった。もちろん、アイザックの魔術師としての素質も考慮してのことだったが、彼の熱心な姿勢と料理の腕前が決定打となったことは否めなかった。

アイザックは紅茶の減り具合を確認し、モニカに「コーヒー派だったね」と微笑みかけた。自ら淹れに行こうとするモニカを制し、「お友達とゆっくり話してて」と言ってキッチンへ向かった。その動きは一流の従者のそれであり、クローディアは「この国の第二王子が給仕をしているなんて、知ったら何人が卒倒するかしら」と呟いた。

シリルの訪問と新たな研究
玄関のノックが響き、魔力を含んだ涼やかな風が流れ込んだ。モニカはそれを感じ、予想通りの人物が訪れたことを確信した。「いらっしゃいませ、シリル様」

青い目のシリル・アシュリーは、モニカが自分の訪問を察知していたことに驚きつつ、中に入った。リビングの賑やかさを見て、「クローディア達も来ていたのか」と問いかけたが、彼の妹は「暇なのね」と微笑みながら皮肉を言った。

シリルは仕事の報告として、〈茨の魔女〉との共同研究について語った。現在、ハイオーン侯爵領では植物の改良が進められており、その成長具合と肥料の相談のために訪れたのだ。モニカは事前に準備していた資料を渡しつつ、少し言いにくそうに「〈茨の魔女〉様が帝国の魔法技術に興味を持たれていて……」と口を開いた。

そして、慎重に言葉を選びながら伝えた。「来年、ちょっと正体隠して留学してくるぜ! ……だそうです」

シリルは絶句し、頭を抱えた。以前、モニカがセレンディア学園に潜入していた話をラウルにしたところ、彼は「オレも学生やりたい!」と目を輝かせていた。そして本当に留学の手続きを終えてしまったのだった。

七賢人会議ではルイスが烈火の如く怒り、ブラッドフォードが必死に彼を止めるという混乱が生じた。ルイスは「いっそもう、五賢人に改名しません?」と冗談めかして言ったが、その目は全く笑っていなかった。

アイザックの新たな立場
シリルが憔悴している中、扉が音もなく開き、アイザックが現れた。「やぁ」

シリルは驚愕し、「何故貴方がここにいるのですか!? それに、その格好は……!?」と声を上げた。アイザックはにっこりと微笑み、「僕は〈沈黙の魔女〉の弟子だからね。師の客人をもてなすのは当然のことだろう?」とさらりと言い放った。

シリルは「モニカからそんな話は聞いていない」と疑問を投げかけたが、アイザックが弟子入りしたのは五日前であり、当然のことながら三週間前の共同研究の打ち合わせではその話は出ていなかった。

「〈茨の魔女〉との共同研究か……」と呟いたアイザックは、ほんの少しだけ表情を引き締めた。そして、シリルに向かって「もしかして、頻繁に会っているのかい?」と問いかけた。

「月に一度程度です。農繁期は連日泊まり込みになることもありますが」と真面目に答えるシリルを見て、アイザックは「ふぅん?」と短く呟いた。その声に微かな苛立ちを感じ、モニカは慌てて「アイク、お仕事はちゃんとしてますか? メッ、です」と師匠らしく釘を刺そうとした。

アイザックはじっとモニカを見つめ、柔らかく微笑んだ。「大丈夫だよ。仕事は全部終わらせてきたから」

しかし、それを待っていたかのように、シリルは分厚い書類の束を差し出した。「追加の仕事です」

師匠と弟子の新たな日常
モニカはアイザックが持つ書類の束を見つめながら、「アイク、お仕事は大事ですよっ」と改めて忠告した。アイザックは少し困ったように微笑み、「じゃあ月に一度は自領に戻るよ。それでいい?」と提案した。モニカはその条件に満足し、「はいっ」と頷いた。

しかし、彼女は気づいていなかった。月に一度自領に戻るということは、それ以外の時はここに居てもいいという大義名分を与えたことに。

アイザックはモニカの前にコーヒーカップとケーキの皿を置き、穏やかに言った。「さぁ、どうぞ召し上がれ。マイマスター?」

モニカは頷きながらケーキを口に運び、コーヒーを飲んでほぅっと息を吐いた。今の彼女は、もう昔のように一人ではなかった。欲張りになった自分を自覚しながら、温かな時間を噛みしめるのだった。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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