物語の概要
本作は異世界ファンタジーに分類されるライトノベルである。主人公のノールは、すべての職業(クラス)において「才能なし」と評価され、最低ランクの冒険者として日々雑用をこなしていた。だが、彼が鍛え続けた唯一のスキル「パリイ」によって圧倒的な強さを秘めており、物語が進むにつれてその真実が明らかになっていく。11巻では、〈魔導皇国〉の皇帝が開いた宴席で突如異変が発生。王都・クレイス王国の国王以下が意識を失う中、唯一難を逃れた “見えない剣士” 幽姫 レイ が王国最大の危機を救おうと動き出す展開が描かれている。
主要キャラクター
- ノール:12歳時に「全てにおいて才能なし」と判定された冒険者志望の少年。山籠りの修行でパリイを極め、最低ランクながら実は無自覚な最強の力を持つ。
- リンネブルグ・クレイス(リーン):クレイス王国の第一王女。14歳にしてあらゆる能力に秀でており、ノールに助けられたことを契機に彼を「先生」と呼び慕う。
- イネス・ハーネス:クレイス王国の騎士で、特殊な防御能力「神盾」を用いてリーンを護る。21歳。
- ロロ:魔族の少年。生い立ちが不明で弾圧の対象となった幼少期を経験しており、物語の中で重要な存在となる。
物語の特徴
本作の魅力は、「才能なし」と評された主人公が唯一鍛え続けた「パリイ」という防御技を極めることで“無自覚な最強”として立つという逆転構図にある。さらに、主人公のギャップ――能力を自覚せず雑用をこなす日常から強敵への対峙へ――が読者に強い魅力を与えている。王国・魔導皇国・魔族など多勢力が交錯する世界設定、加えて11巻では宴席を起点とした暗謀・危機が描かれ、王国バトル・宮廷サスペンス・能力発現ものが融合した物語となっている。
また、メディア展開としてアニメ化も果たしており、ライトノベル×コミカライズ×アニメというクロスメディア展開も差別化要素である。
書籍情報
俺は全てを【パリイ】する ~逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい~ 11
著者:鍋敷 氏
イラスト:カワグチ 氏
出版社:アース・スター エンターテイメント
発売日:2025年11月14日
ISBN:978-4-8030-2219-3
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
あらすじ・内容
見えない剣士
【幽姫】レイ、参上!
『魔導皇国』の皇帝ミルバを迎えた
宴の席で突如異変が…
国王以下全員が意識を失う中
現れたエルフの兄弟
唯一難を逃れた【幽姫】レイは
クレイス王国最大の危機を救えるのか!?
感想
今巻もまた、ノールの【パリイ】無双ぶりが存分に味わえる一冊であった。どんな理不尽な攻撃もひょいと受け流してしまう姿は、相変わらず読んでいて爽快である。その一方で、周囲の人物たちの心情や立場も丁寧に掘り下げられ、物語全体のスケールと厚みが一段と増した巻でもあった。
物語はまず、魔導皇国デリダスの皇都にそびえる黒鉄の塔で、幼い皇帝ミルバが退屈をこぼす場面から始まる。歴代皇帝のしがらみを背負いながらも、自らを「案山子」と認識したうえで国の礎になる覚悟を決めている姿には、年齢不相応の重みがあった。そのミルバが、再びの家出でクレイス王国領内へと姿を消し、ランデウスがクレイス王に協力を仰ぐ流れが、今巻全体の発火点になっている。
一方、クレイス王国側では、ノールが相変わらず工場の広場で「砂の巨人と俺」の武勇談を語り、子どもたちと大人たちを笑顔にしていた。その語りを見込んで、印刷ギルドが本として出版しようと持ちかけてくるくだりは、ノールが「話芸」としても王都の一部になりつつあることが感じられて楽しい。そんな日常の延長線上に、小柄な少女として現れたミルバが、祖父デリダスの暴走を詫び、同時に命を救ってくれたノールへ感謝を伝える場面は、前巻までを読んできた身として胸に来るものがあった。
今巻で何より印象的なのは、新たな護衛役として本格的に登場した【幽姫】レイである。誰からも存在を認識されにくい恩寵ゆえに、「壁のシミ」扱いされてきた過去を持ちながら、それでも黙々と任務を果たしてきた姿が描かれる。そんなレイが、初対面から当たり前のように自分を見て、声を聞いてくれるノールに出会った瞬間の喜びと戸惑いは、とても微笑ましく、同時に切なくもあった。剣の腕も確かで、【隠聖】カルーと【剣聖】シグに認められている実力派でありながら、本人は極度に自己評価が低いというギャップも魅力的である。
その裏では、イネスが「光の盾」の恩寵を失って自分の存在意義を見失い、ロロはロロで、魔鉄鋼を押し続ける過酷な鍛錬に身を投じていた。イネスに何も返せていないという負い目と、「ノールのように在りたい」という憧れが、ロロを前へ前へと押し出している。ララへの餌やりと、シレーヌとの穏やかな時間、竜から「さっさと子孫を作れ」と直球で言われて真っ赤になるくだりなど、シリアスと日常がうまく噛み合っていて、世界全体が生きている感覚が心地よい。
中盤では、ミルバの希望で王立魔導具研究所を見学し、【魔聖】オーケンと対面する流れが、物語の「世界設定」側を大きく押し広げていく。『生体言語論序』という古い著作を軸に、「血に刻まれた言葉」の仮説や、戦争の裏にいた行商人ルードの存在が語られ、長耳族と世界の空白地帯にまつわる謎が一気に深まる。単純な勧善懲悪ではなく、「知られたくない情報」を徹底して消しに来る存在としての長耳族の姿は、不気味さとスケールの大きさを兼ね備えていた。
そして宴の夜、ミルバやノールたちが顔を揃えた小さな店での気楽な食事会が、一転して大事件の舞台となる。『精霊王の香炉』から立ちのぼる霧が王都全体を包み込み、人も獣もすべて眠りに落ちていく描写は、静かであるがゆえに恐ろしい。その中で、幽霊のような存在であるレイだけが眠りを免れ、ただ一人、長耳族の兄弟に立ち向かう展開が本当に熱い。見えない女としての利点と弱点を併せ持つレイが、「しのびあし」で自分自身すら見失いかけながらも、命を賭けて香炉を狙い続ける姿には、今巻一番の見せ場が用意されていたと感じる。
そこへ、まるで英雄のようなタイミングでノールが現れる。頭上から迫る、触れたものを微塵に分解する黒い球体を、黒い剣の切っ先でそっとなぞりながら「【パリイ】」して消し飛ばす場面は、本当に反則級のかっこよさであった。長耳族の兄弟が「理念物質」の力に戦慄し、読者側も「これはもう反則では?」と思いつつ、それでも笑ってしまう。ここでもノールは「ただ出来ることをやっただけ」という顔をしており、その飄々とした在り方も含めて、やはり魅力の核はぶれていない。
精霊王の香炉が破壊され、兄エルフが戒律違反の代償として結晶のように崩れ去り、弟がノールへの復讐に生涯を捧げると宣言して姿を消す結末は、今後の長耳族編への不穏な予告編のようである。王都は奇跡的に人的被害を免れたものの、四カ国首脳会議が招集され、「長命者の里」が雲の上に浮かぶ楽園であるという真実が明かされる流れは、物語全体がいよいよ「世界規模の決戦」へ向けて動き始めた印象を強く残した。
そんな大事件の合間合間に、イネスやリーンがそれぞれの場所で不安と向き合い、レインが妹を守るために厳しい決断を下し、長命者の里ではルードやレメクたちの事情も描かれる。敵側にも長い時間を共に過ごしてきた兄弟の情があり、それが読者にとって「完全な悪」として割り切れない重さを与えている点も、今巻の印象深いところである。
そして電子書籍特典の「【幽姫】レイの読書日和」が、戦いの裏側にあるレイの日常をそっと見せてくれる。古びた書店で「本好きの幽霊」と噂されながら、誰にも気づかれずに本を買い、喫茶店のテラス席で静かに読書を楽しむ姿は、とても愛おしい。宝飾店での「怪盗騒ぎ」以来、気軽に買い物もできないレイにとって、本屋と喫茶店だけが、ささやかな居場所になっていることがよく伝わってくる。誰にも見えないがゆえに、代金だけを置いて消えてしまう不器用さも含めて、「ああ、この人は本当に幽姫なのだな」と納得させられる一編であった。
なお、宴の席で料理に顔を埋めて寝ていた人々が、結局無事だったのかどうかは、読者として少し心配である。だが、彼らの頭上で見えない女と長耳族、そしてノールの【パリイ】が飛び交っていたことを思うと、気づかないまま日常に戻れたのは、ある意味で一番の幸運かもしれない。
今巻全体を通して、ノールの安定した【パリイ】の爽快感に加え、【幽姫】レイの魅力、皇帝ミルバの存在感、長耳族という新たな脅威と世界の広がりが、見事に噛み合っていたと感じる。誰にも見えないはずの影の薄い人が、誰よりも世界の命運を左右する戦いの中心にいたことも含めて、面白さは今巻も太鼓判である。長耳族の里編がどう展開し、ノールの【パリイ】がどこまで通用していくのか、次巻が待ち遠しい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
(PR)よろしければ上のサイトから購入して頂けると幸いです。
登場キャラクター
クレイス王国・魔導皇国側
ノール
【パリイ】の恩寵を持つ旅の男であり、戦いでも日常でも他者を守る行動を取り続ける語り部である。褒賞や名誉に関心は薄いが、人々の生活と平穏を重んじる姿勢が一貫している。
・砂の巨人撃破やサレンツァ家の体制崩壊、商業自治区との国交回復など、多数の事件で中心的な役割を果たす。
・王都では舞台で『砂の巨人と俺』を語り、印刷ギルドから出版依頼を受けるほどの人気語り手となる。
・長耳族兄弟との戦闘では黒い剣で迷宮遺物級の黒球や言霊を【パリイ】し、理念物質を無効化できる存在として認識される。
リンネブルグ
クレイス王国王女であり、理想の母レオーネの姿を追い求めながら、自分の弱さと向き合っている若い女性である。表向きは明るく振る舞うが、内心では恐怖と罪悪感を墓前で吐露している。
・王女としてノールやイネスと共に前線に立ってきたが、長耳族襲撃後は兄から討伐への参加を禁じられる。
・イネスの危機を思い返して胸を痛め、自分だけが弱さを見せてしまうことへの後ろめたさを抱える。
・王妃レオーネの墓前で、母のように強くありたいという願いと、成長できていない自覚の間で揺れ動く。
レイ
隠密兵団副団長であり、【幽姫】の二つ名を持つ女性である。恩寵の影響で他者からほとんど認識されず、長年「見えない女」として孤立してきた。
・【隠聖】カルーと【剣聖】シグに才を認められ、隠密と剣技の双方で高い技量を持つ。
・ノールの護衛役として任命され、王都襲撃時にはただ一人眠りから免れ、長耳族兄弟に単身で挑む。
・「しのびあし」を用いて自分の存在を極限まで薄め、精霊王の香炉破壊の決定打を担うことで、自身の恩寵を受け入れ直す。
イネス
【神盾】の称号を持つ女性であり、これまで恩寵「光の盾」で国と民を守ってきた守護者である。忘却の巨人との戦いで恩寵を失い、自身の存在意義を見失っている。
・幼少から「呪い」と感じながらも恩寵を扱う訓練を続け、ようやく誇りとして受け入れた経歴を持つ。
・忘却の巨人に力を奪われた後、クレイス王から静養を命じられ、【神盾】の称号と待遇は維持されたまま長期休養に入る。
・ノールやレイとの再会を通じて、生きて戻った事実や他者の支えに目を向けようとするが、喪失感と虚無はなお強く残る。
ロロ
レピ族の少年であり、魔導具研究所の助手としても『戦士兵団』の鍛錬でも頭角を現しつつある存在である。共感力の高い心と強い向上心を併せ持つ。
・超重量金属『魔鉄鋼』を自ら付与した塊に押し続ける過酷な鍛錬を日課とし、剣技でも【剣士兵団】随一の実力に達する。
・ララの給餌やララ用食器の相談など、魔竜との実務的な付き合いをこなしつつ、王都の好景気にも関わる。
・恩寵を失ったイネスを支えられなかった悔しさから、「ノールのように揺らがない在り方」を目標に成長を続ける。
シレーヌ
【雷迅】の異名を持つ女性であり、雷撃の弓と機動力を武器とする戦士である。ロロと共に過ごす時間を通じて、彼への好意と信頼を深めている。
・砂の巨人戦では飛空艇からの戦闘に参加し、その後もララの給餌や王都での実務に関わる。
・サレンツァ遠征中にロロと料理や水遊びを共にし、そのひたむきさと優しさに惹かれていると自覚する。
・ララとの会話では、竜から「子孫を作れ」と唐突な助言を受けて動揺しつつも、ロロとの現在の関係を大事にしようとする。
ララ
【厄災の魔竜】と呼ばれる巨大な竜であり、ノールを「愛しい主人」と呼ぶ存在である。尊大な価値観を持つが、約束や礼を重んじる面もある。
・王都北方の『竜の餌場』で、ロロとライオスの作るコース料理を前菜からデザートまで順番に味わう習慣を身につける。
・王都の上空から流れてくる匂いでノールの所在を感じ取り、そこに混じる「嫌いな匂い」から危機の接近を察知する。
・人間を「弱く寿命が短い種」と見なしつつ、ロロとシレーヌには好意的であり、二人の子孫には特別な便宜を図ると宣言する。
メリジェーヌ
【司書】の二つ名を持つ魔導具技師であり、研究所の案内役や神託の玉の運用を担う女性である。冷静な分析と好奇心を併せ持つ。
・神託の玉を調整してクレイス王とランデウスらの会談を支え、四カ国間の連絡手段としても活用する。
・王立魔導具研究所では技師として勤務し、ロロの才能やオーケンの研究を近くで見守る。
・私生活ではロロとシレーヌの関係を観察しつつ、自身とマリーベールには当分縁がなさそうだと冷静に自己評価する。
マリーベール
聖女としての立場を持つ女性であり、セインの過剰な診療に悩まされている人物である。甘い物で心身の負担を解消しようとする傾向がある。
・王都の好景気の中で、新店が増えた菓子店や喫茶店を巡り、ケーキを楽しむ時間を確保する。
・貸切レストランではメリジェーヌと共にシレーヌを問い詰め、ロロとの関係をからかい混じりに確認する。
・四カ国や長耳族の大きな動きからは一歩引いた位置で、医療と日常の維持に関わる。
オーケン
【魔聖】と呼ばれる高名な魔導具技師であり、王立魔導具研究所の創設者である老人である。若き日の冒険と研究が、現在の長耳族問題にもつながっている。
・「生体言語論序」を著し、血に刻まれた言葉という仮説を提示するとともに、長命者の里に関する冒険譚を残す。
・長耳族の里を実際に訪れ、帰還後にその存在を吹聴した結果、関わった国や街が跡形もなく消える事態を経験する。
・四カ国会議では、長耳族を「触れてはならぬ災い」と位置づけ、なおその情報を共有することで連合の進路を決めさせる。
カルー
【隠聖】の二つ名を持つ隠密兵団の長であり、影から王都防衛を支える人物である。冷静な自己評価と、厳しい現実認識を持つ。
・王都中心部への長耳族侵入を許した件を「隠密兵団の失態」と認め、責任を引き受ける姿勢を示す。
・六聖がそれぞれ長耳族と接触経験を持つ事実を明かし、襲撃が必然的な帰結であると分析する。
・王妃レオーネに関する情報開示を提案しつつも、王の強い拒否を受けて以後は口を閉ざす。
ラシード
商業自治区サレンツァの新領主であり、現場感覚と打算を併せ持つ若い統治者である。メリッサとの結婚を経て、新体制を動かしている。
・レインとの再会では短刀を抜いて喉元を狙い、護衛なしで動く危険性を実地で示す。
・リゲルとミィナを秘書と護衛として同行させ、若い人材に機会を与えることを自らの方針とする。
・長耳族にかつて政治中枢を乗っ取られた経験から、クレイスとノールに全力投資することが商業自治区の延命策と判断する。
アスティラ
ミスラ教国の教皇であり、ハーフエルフとして生まれながら、自身の出自について何も覚えていない女性である。素直な物言いと高い信仰心を持つ。
・幼少期の記憶が完全に抜け落ちており、森に一人で放り出されていた時点から人生が始まっている。
・長耳族という語をオーケンから初めて聞き、自分の見た目が似ていると指摘されたことで「ハーフエルフ」と呼ばれるようになる。
・四カ国会議では、ノールやリーンへの恩義から、クレイスを見捨てず共に進む判断をティレンスと共に表明する。
ティレンス
ミスラ教国側でアスティラを支える立場にある人物であり、教皇の側近として行動する男性である。
・アスティラと共に飛空挺でクレイス王都を訪れ、四カ国会議に出席する。
・クレイス王国やノールとの関係を踏まえ、ミスラ教国として連合に加わる判断を支持する。
・アスティラの出自と長耳族の情報を受け止めつつ、彼女の精神的な支え役を務める。
ミルバ
魔導皇国デリダスの幼い皇帝であり、高い才覚と強い責任感を持ちながら、自分を「案山子」として利用される象徴だと冷静に理解している存在である。先帝デリダス三世の暴走を身内の責として受け止めつつ、ノールやクレイス王国に対しては礼を尽くし、国の未来を自らの犠牲と引き換えに支える覚悟を固めている。
・魔導皇国デリダス第四代皇帝として、十機衆やランデウスに支えられながら国政の中心に立つ。
・市井での労働や空からの視察など、何度も塔を抜け出して民の生活を自分の目で確かめようと行動する。
・クレイス王国との技術交流や四国会議への参加を通じて、戦争後の国交回復と協力関係の構築に大きな影響を及ぼす。
ランデウス
魔導皇国十機衆の長であり、先帝打倒を企てた過去を悔いながら、現在はミルバの後見人として皇国を支える重責を担う武人である。自らの罪と責任を直視しつつ、ミルバの資質を高く評価し、その身を守ることを第一に行動する。
・魔導皇国の軍事と政治の実務を統括する立場として、対外折衝や議会工作を引き受ける。
・ミルバのたび重なる「家出」に振り回されながらも、騒ぎを外部に漏らさぬよう秘密裏に捜索を指揮する。
・クレイス王国との技術交流や四国会議では、魔導皇国をクレイスと運命共同体と位置づけ、協調路線を明言する。
クレイス王
クレイス王国の王であり、豪放な人柄と同時に、家族と臣下を深く案じる一面を持つ統治者である。酒席での失態を認め、王都襲撃に何も対処できなかった自分を厳しく省みている。
・王都と周辺諸国を治める君主として、長耳族襲撃後に四カ国首脳会議を招集し、連合対応を主導する。
・イネスやリーンを危険な任務に送り出したことを悔やみつつ、彼女たちを娘のように思っていると打ち明ける。
・王妃レオーネの秘密を子どもたちに伝えるかどうかで葛藤しながらも、長耳族との関わりから守ろうと決意する。
レイン
クレイス王国の王子であり、実務と外交を担う冷静な調整役である。妹リンネブルグやイネスを気遣いながらも、国益と安全を優先する厳しい判断を下す。
・四カ国会議の召集や各国首脳との連絡を取りまとめ、連合結成の実務を進める。
・イネスとリーンに対しては、長耳族との戦いから距離を取らせ、避難と生存を最優先とする役目を命じる。
・ラシードやノールとの関係を通じて、戦場だけでなく外交と内政の現場でも信頼を得ている。
レオーネ
クレイス王国の元王妃であり、リンネブルグにとって理想の母として記憶されている女性である。現在は故人であり、その行き先と過去には長耳族と関わる秘密があると示唆されている。
・王妃として王と子どもたちの中心にいたが、物語の時点では王宮を去り、墓標だけが残されている。
・リーンとよく似た姿で肖像画に描かれ、王がその前で過去の約束を反芻する対象となる。
・長耳族と関わる「避けて通れない話題」としてカルーから言及されるが、詳細はなお伏せられている。
長耳族・長命者の里関係者
ルード
長命者の里に属する行商人を名乗る男であり、人の記憶や認識を操作する働きかけを行う存在である。議会からの信任と叱責を繰り返し受ける立場にある。
・デリダス三世のもとを訪れた後、皇帝の軍事傾倒が急速に進んだことから、魔導皇国戦争の裏に関わっていると推測される。
・忘却の巨人の損失と理念物質未回収の責任を問われ、メトスとレメク派遣後も、再度の回収任務とレメク捜索を命じられる。
・アーティアの記憶処理にも関わる立場にあり、彼女との私的な関係と職務との間で距離を取っている。
メトス
長耳族の兄であり、弟レメクを導いてきた落ち着いた性格の男性である。自然の摂理や歴史に通じ、冷静な視点を持つ。
・レメクと共に故郷の湖畔で釣りをしながら、人類の歴史や長耳族の起源について語る。
・精霊王の香炉を携えて王都襲撃に参加し、レイの攻撃から香炉を守る盾となる。
・ノールの黒い剣の破片で同族を傷つけたと判定され、戒律の発動により塩の結晶のように変質して崩壊する。
レメク
長耳族の弟であり、人類を「愚かで短命な種」と見なす苛烈な価値観を持つ青年である。兄への信頼は深いが、行動は激情的である。
・理念物質と光の盾の使い手を回収する任務の主力として、王都襲撃に参加する初仕事を任される。
・精霊王の香炉と言霊の力で王都全体を眠らせ、「凍れ」「潰れろ」などの言葉だけで大規模な現象を引き起こす。
・兄の崩壊をノールのせいだと受け取り、戒律と務めを捨てて個人的な復讐者となることを誓い、姿を消す。
アーティア
長耳族の女性であり、ルードの実家に住む親族である。長く働くことができず、家で趣味に没頭して暮らしている。
・最近「娘がいる夢」を見るようになり、家庭を持つ幸せな情景を語るが、周囲からは妄想と受け取られている。
・ルードからメトスの死とレメク失踪の報告を受け、悲しみを抱えながらも彼の出立を受け入れる。
・議会から、記憶が完全には消えていない存在として認識されており、処理対象としてルードに託されている。
ザドゥ
長命者の里に属する隠密の男であり、ルードと行動を共にする実務担当である。感情を表に出さず、任務遂行を優先する。
・里の外でルードと再合流し、理念物質の所有者の始末と諸任務に同行する。
・表舞台には出ず、情報収集や潜入など、裏方としての役割を担う。
・議会の方針に従って動き、個人的な感情や意見をほとんど語らない。
長命者の里議会
長耳族の里を統治する集団であり、長老たちによる合議で方針を決める統治機構である。地上の歴史に対して長い時間軸で介入してきた。
・理念物質回収の失敗と忘却の巨人の損失を重く受け止め、メトスとレメクを派遣した経緯を再検証する。
・失踪者の発生が過去に大規模な地上浄化を招いた歴史を踏まえ、即時浄化ではなく慎重な手作業対応を選択する。
・ルードに再任務を与え、理念物質の回収とレメク捜索、アーティアの記憶処理を通じて、里への脅威の芽を摘もうとする。
展開まとめ
211 黒鉄の塔
退屈する皇帝ミルバとランデウスの懺悔
魔導皇国デリダスの皇都中央にそびえる黒鉄の塔の最上階で、幼い皇帝ミルバは退屈さを漏らしていた。十機衆の長ランデウスは、民の目を気にして軽率な発言を慎むよう諫め、自らが先帝打倒を企てた過去を悔いたが、ミルバは祖父の失脚は祖父自身の愚かさの結果であり、ランデウスの責任ではないと断じて感謝を述べた。
ミルバの才覚と「案山子」の自覚
ランデウスは、学者たちを論破する知性と社交性を備えたミルバを、国を導くにふさわしい皇帝と評価していた。ミルバは一方で、自分が生まれと血統ゆえに象徴として利用される案山子にすぎないと理解しつつ、国の礎となる覚悟を受け入れていた。その諦念と責任感こそが、ランデウスにとって「王たる資質」であった。
皇帝失踪騒動の前歴
ミルバは過去に何度も塔から姿を消していた。最初は市井の子供たちと路地で遊びながら、民の生活を知るのが為政者の務めだと説いた。次はパン工房で見習いとして働き、小麦一粒の重みを知らねば良い政治はできぬと主張した。さらに自作の飛行魔導具で皇都上空を滑空し、民の生きた表情を見てこそ血の通った政治ができると語ったが、いずれも行き先を告げぬ「脱走」となり、ランデウスたちを混乱させてきた。
衣装替え部屋からの再脱走
公務が一段落した後、ミルバは窮屈な衣装に疲れたと告げ、侍女を断って一人で衣装替え部屋へ入った。様子に不信を覚えたランデウスが禁を破って扉を蹴破ると、室内にはミルバの姿はなく、隠し扉と縄梯子が設けられていた。そこには、急用で外出するが捜すなと念を押し、用意した食事は侍女たちに無駄なく食べさせよと書かれた花柄の置き手紙が残されていた。ランデウスはまたもや出し抜かれたことを悟って頭を抱えつつ、外部には秘密にしたままミルバ捜索に向かう決意を固めた。
212 謁見の間にて
ミルバ失踪とクレイス王の協力表明
クレイス王国の謁見の間で、【司書】メリジェーヌが神託の玉を調整し、クレイス王とレイン王子が魔導皇国のランデウスと会談した。ランデウスはミルバの再度の失踪と、今回はクレイス領内に入った形跡があると報告し、協力を要請した。クレイス王はこれを家出と受け止めつつ協力を約束し、ただし過度に叱責しないよう求めた。
レピ族の子供たちとイネスの休養方針
会談終了後、王とレイン王子はサレンツァで保護したレピ族の子供たちが記憶を失っている件を確認した。【癒聖】セインの治療で会話は可能になったが過去の記憶は戻らず、イネスの恩寵も回復していないと報告された。王はイネスが責任を抱え込み過ぎていることを案じ、【神盾】の称号は維持したまま手厚い休養と支援を与えるよう命じた。
ノールへの評価と長耳族の不穏な動き
王は、旅の途上で人々を救いサレンツァ家の体制崩壊と砂の巨人撃破、商業自治区との国交回復まで成し遂げたノールの功績を「英雄の伝記」と評し、褒賞を拒む相手にどう報いるか思案していた。レイン王子は、砂の巨人事件の背後にいた長耳族の黒衣の男と、黒い剣のみを狙った行動を報告し、現在その剣はノールが常時携行していると説明した。王は恩人が狙われている状況を放置できぬとし、護衛の必要性を確認した。
【幽姫】レイの登場と護衛任務の付与
王子が護衛役として【幽姫】レイを呼ぶと、彼女は既に謁見の間にいたが、生来の恩寵により誰からも存在を認識されず、王と王子はしばらく気づかなかった。レイが【存在強化】の首飾りを稼働させてようやくその姿が朧げに認識され、王と王子はその異常な隠密性に舌を巻いた。レイは【隠聖】カルーに諜報の才を、【剣聖】シグに剣技を認められた人物であり、王は正式にノールの身辺警護を命じた。レイは命を受けつつ、自分と勘違いされていた壁や風については何も言わず、そのまま誰にも気づかれぬまま退出した。
213 出版依頼
ノールの新作『砂の巨人と俺』と広がる人気
ノールは工場の資材の山を即席の舞台にして、新作の土産話『砂の巨人と俺』を語り、黒い剣で砂の巨人の腕を砕き、飛空艇に乗る【星穿ち】リゲルや【雷迅】シレーヌの活躍を織り込みながら実際の戦いを脚色して説明した。子供たちは身振り手振りに歓声を上げ、大人たちもヤジを飛ばしつつ聞き入り、星形の砂糖菓子までよく売れるなど、ノールの話芸は王都の娯楽として定着しつつあった。
印刷ギルド企画室長アカリの出版提案
話の後、同僚の紹介で印刷ギルド企画室長アカリが現れ、広場での語りを書き起こした原稿と、ギルドが手掛けた挿絵入り冒険活劇本をノールに見せた。アカリは「これは実際に先生が見聞きした話だ」という定番の書き出しまで忠実に再現したと説明し、ノールの物語を子供から大人まで楽しめる本として出版したいと申し出た。ノールは金銭には無頓着ながら提案自体を面白がり、条件の詳細は後日に詰める形で出版を承諾した。
皇帝ミルバの来訪と謝罪・感謝の言葉
人々が散った後、小柄な少女が現れ、黒い剣と魔竜の噂とノール本人を見比べて物足りなさそうに評価した。そこへリーンが現れ、その少女が魔導皇国の第四代皇帝ミルバであり、先帝デリダス三世の孫であると明かした。ミルバは祖父の暴走でクレイス王国に与えた迷惑について、身内としての責と血筋に連なる者の義務を口にしながら深々と頭を下げ、同時にノールが祖父の命を救ってくれたことへの個人的な感謝も述べた。ノールがデリダス三世の近況を案じると、ミルバは塔で空を眺めて過ごす弱り切った姿を伝え、二度と愚かな過ちには至らぬだろうと語った。
【幽姫】レイの合流と不可視の護衛
その最中、ノールは白髪の女性からの視線を感じ、幽霊の類を疑うが、相手は生身の人間であり、自分だけに姿も声も認識できると知って安堵した。女性は感極まって涙を流し、自分が隠密兵団副団長レイであり、上からの命でノールの身辺警護を任されたと名乗った。レイは生来の恩寵により他者からほとんど認識されず、行き交う人々やミルバ、リーンにも姿が見えない存在であったが、ノールだけははっきりと認識できたため、彼女は強い喜びと戸惑いを覚えた。リーンは王都にはイネスと似た恩寵を持つ人物がいると聞いていたことからレイの素性に合点し、レイは自分を壁のシミ同然とみなしてよいと卑屈に言いつつも、陰からノールを守る役目を受け入れた。
イネスの不調と見舞いへの同行
リーンはもともと、恩寵と力を失ったことに責任を感じ塞ぎ込んでいるイネスのために、ロロに栄養のつく料理を作ってもらおうと市場へ向かう途中であったことを説明した。ミルバは自分の用件は急ぎではないとして配慮を促し、リーンは王都案内を兼ねてミルバを市場へ誘い、ノールもロロとイネスの様子を見に行きたいと同行を申し出た。こうしてノール、ミルバ、リーン、目に見えにくい護衛役レイという構成で一行は市場での買い物を済ませ、リーンの家へと向かうことになった。
214 消えた恩寵
失われた恩寵とイネスの喪失感
イネスは自室の窓際で何度も恩寵の再発現を試みていたが、掌が淡く光るだけで、かつての「光の盾」は二度と現れなかった。商業自治区で「忘却の巨人」に呑まれた際、その力は巨人へ移し替えられ、巨人が討たれた時に共に消失したとオーケンやメリジェーヌは推測していた。幼少から「呪い」とまで感じつつも、自らを縛ってきた力を扱うべく努力を重ね、その力を国と民のために使う存在としてようやく誇りを抱くに至っていたイネスは、その根幹が突然失われたことで、安堵と罪悪感と虚無が入り混じった感情に囚われていた。守護者として寄せられていた信頼も、自身の存在意義も同時に失われたのではないかという思いが、彼女を屋敷の中に閉じこもらせていた。
レイン王子の訪問と「静養せよ」という勅命
レイン王子がイネスの部屋を訪れ、クレイス王からの伝言として「しばらく静養に徹せよ」との勅命を伝えた。恩寵が戻らなくとも【神盾】の称号と待遇は据え置きであり、今回の件をイネスの失敗ではなく、派遣を決めた側の責任と認めた上で、「誰にでも充足期間は必要だ」として長期休養を命じたのである。イネスは力を失った自分が称号を持ち続けることに戸惑いを示したが、王子は自責を戒め、国として回復を支える意志を示した。しかし、恩寵の回復見込みは薄いと知らされているイネスには、もはや国に必要とされていないのではないかという思いが消えず、今後の自分の姿を想像することもできないまま、屋敷の中を彷徨う日々が続いていた。
ミルバの訪問とノールの見舞い
そこへリンネブルグが「遠方から会いたいと言う客人」を伴って訪れ、忍びで王都に来ていた魔導皇国皇帝ミルバを紹介した。ミルバは噂に聞く【神盾】イネスを興味深げに観察し、イネスは皇帝の突然の来訪に驚きながらも、儀礼を避けたいというミルバの意向を受け入れた。続いてノールも現れ、イネスの体調を案じて市場で買い求めた「マンドラゴラもどき」の根を土産として差し出した。イネスが恩寵喪失を詫びると、ノールは「身体が無事ならよかった」と素直に答え、イネスが思っていたほど重く受け止めていない様子を見せた。その軽さに一瞬戸惑いながらも、イネスは死地から生還できた事実に目を向けるべきだと自分を納得させ、互いの助力を「お互い様」として受け入れた。
レイとの共感と恩寵への複雑な感情
イネスが部屋の隅に視線を向けると、隠密兵団副団長レイの存在を感じ取り、彼女の名を呼んだ。レイは驚きつつ、自身が持つ「誰にも認識されない」恩寵のせいで、これまでほとんど誰とも普通に会話できなかったことを思い出し、イネスにも姿と声を感じてもらえることを喜んだ。イネスは同じ恩寵持ちであった経験から、以前よりレイの存在を捉えやすくなったと説明し、現在の自分に代わってノールの護衛を託した。レイは恩寵を半ば「呪い」と感じてきた一方で、必ずしも悪い面ばかりではないと語り、イネスの力も戻ることを願っていると静かに伝えた。イネスは短く同意を返しながらも、消えた力を前に複雑な思いを募らせた。
ロロの変化と皆での食事の約束
ノールは屋敷にいるはずのロロの姿が見えないことを不思議に思い、イネスに所在を尋ねた。イネスは、サレンツァから戻って以来ロロが訓練場での鍛錬、魔導具研究所の助手、レストランの手伝いと多忙な毎日を送っていることを説明し、夕方には戻るはずだと答えた。リンネブルグは、ミルバの来訪を機に皆で一緒に食事を取ろうと提案し、イネスにも参加を呼びかけた。ミルバも賑やかな食事を楽しみにし、ひとまず父との面会などの用事を済ませた後、再びここに戻る段取りが決まる。来訪者たちが部屋を後にすると、イネスは再び静かな部屋に一人残され、整えられた庭園を眺めた後、何をするでもなく天井を仰ぎ目を閉じた。恩寵を失い、役割を見失ったままの空白が、なお彼女の中に重く横たわっていた。
215 戦士の訓練場
魔鉄鋼を押し続けるロロの過酷な鍛錬
王都の『戦士兵団』訓練場において、ロロは家一軒ほどもある黒い金属塊に両腕と額を押し当て、早朝から一瞬も休まず押し続けていた。周囲の団員たちはその様子を呆れと畏怖を込めて見守り、試しに手を貸した者は数秒で青ざめて崩れ落ちた。この金属はオーケン特注の超重量金属『魔鉄鋼』であり、ロロ自身が「触れただけで死ぬほど辛い負荷」がかかる付与を施した代物であった。日が昇り切る頃には団員たちは各自の持ち場へ戻り、訓練場にはロロと『戦士兵団』団長【盾聖】ダンダルグ、そこへ現れた【剣聖】シグのみが残った。
背負わされた重荷と周囲の懸念
ダンダルグとシグは、滝のような汗と血の混じる水溜まりの中でなお魔鉄鋼を押し続けるロロを見つめ、その切迫ぶりに不安を覚えていた。ロロは『聖ミスラ』の記憶を唯一受け継ぎ、レピ族の子どもたちの問題も抱えているとシグは指摘し、その重圧は計り知れないと語った。ダンダルグは、サレンツァから帰還して以来、ロロの鍛錬が自分を痛めつけているようにしか見えないとこぼし、見ていられない思いを吐露した。
ロロの本心と「ノールのように在りたい」という夢
二人の会話を聞いたロロは訓練を中断し、「自分は重荷を背負い込むタイプではない」と否定した上で、恥ずかしそうに鍛錬の動機を語った。表向きの目標は「ノールのようになりたい」というものだが、それは単に腕力を求めるのではなく、「どれほど理不尽や天変地異のただ中にあっても態度が揺らがず、いつも変わらず人に優しくできる存在」への憧れであった。自分の共感能力は「都合の良い時に寄り添える程度」のお手軽な優しさに過ぎず、ノールの在り方とは質が違うとロロは自己評価していた。
イネスへの想いと甘え方を覚えた少年
ロロにはもう一つの理由もあった。大切な人、すなわち恩寵を失い落ち込むイネスが辛そうにしている時に、何も力になれなかった自分が悔しく、そのために強くなりたいと考えていたのである。イネスから多くを与えられながら、まだ何も返せていないという負い目もロロを突き動かしていた。ダンダルグは、イネスは見返りを求めていないだろうと諭しつつも、ロロが「自分がそうしたいからそうする」と頑固に言い切る姿を見て、子どもが大人に甘えて成長するものだと認め、甘えを受け止める立場に回ることを受容した。
急成長するロロと、教えられる側に回る大人たち
ロロが再び魔鉄鋼に向き合うと、金属塊はわずかに初期位置からずれており、その成果が目に見えて現れ始めていた。シグは、ロロの剣術が今や【剣士兵団】でも並ぶ者のない水準に達し、毎日ギルバートとの模擬戦をこなしていることを明かした。当初は才能面で劣るように見えたが、王都六兵団を見渡しても比肩する者がいないほどの意志と努力の質が、ようやく結果として追いついてきたと評価した。ダンダルグは、ノールが魔族たちを王都に住まわせると宣言した頃には想像もつかなかった展開だと振り返り、今やノールもロロも自分たちが「教官」であるはずの側に教えを与えてくる存在だと苦笑した。
魔鉄鋼を押し込む力と制御不能な成長
シグが視線を向ける先では、ロロが魔鉄鋼の塊を一歩また一歩と押し進めていた。その光景にダンダルグは目を剥き、あの重量は自分でもきついと叫びながら、勢い余って訓練場の壁を突き破りかねない危険に気づく。ロロは重すぎて急停止できないと答え、ダンダルグは慌てて反対側から飛び込んで両手で金属塊を押さえつけた。必死に踏ん張る団長の苦悶を横目に、シグはかつての少年ノールと重なるロロの姿に既視感を覚えながら、静かに笑いを漏らした。
216 好きな匂いと嫌いな匂い 1
貸切レストランと王都の好景気
メリジェーヌとマリーベールは、貸切表示のある行きつけの店に予約客として案内された。王都は謎の篤志家の出現と諸国との交流拡大で空前の好景気となり、新店が急増していた。マリーベールは過剰な診療を押し付けるセインへの愚痴をこぼしつつ、ケーキでストレスを発散していた。
ロロとシレーヌの関係を巡る詰問
遅れて合流したシレーヌに対し、メリジェーヌはサレンツァ遠征中の「進展」を執拗に尋ねる。シレーヌは否定しつつも、ロロと一緒に料理をしたことやプールで庇われたことを思い出し、彼の「優しさ」「ひたむきさ」に惹かれていると赤面しながら告白する。その反応から、メリジェーヌは二人の関係がすでに深く固まっていると悟る。
客観的に見たロロという“超優良物件”
メリジェーヌは冷静に、ロロが美少年で成長中の体格、魔導具研究所のエースとしての腕前と収入、誠実で気が利き料理も上手という高スペックであり、王からの信任も厚い存在だと整理する。『レピ族』への偏見も薄れつつある今、ロロは客観的に見て非常に魅力的な相手だと戦慄混じりに再認識する。
ララの餌と“竜用食器”という無茶振り依頼
そこへロロが現れ、ララへの餌やりのために大量の木箱を荷車に積み始める。ライオスはララの好みに合わせた「前菜」「メイン」「デザート」付きのコース料理を大量に用意しており、今後は竜用の頑丈な食器を魔導具研究所に依頼したいと申し出る。メリジェーヌは軽率に了承したものの、【厄災の魔竜】の牙と爪に耐える食器の要求が常識外れであることに気づき、内心で悲鳴を上げる。
ロロとシレーヌの距離と残された二人の自嘲
ロロはララのもとへ向かうため、荷車の安定を頼んでシレーヌと共に店を出ていく。窓越しに、荷車を挟んで並んで歩く二人の背中が自然に馴染んで見え、メリジェーヌは今後は外野が余計に干渉せず二人のペースに任せようと判断する。一方で店内に残ったのはケーキを貪る聖女と研究話に戻る司書だけであり、自分たちには当分ああした眩しい関係は訪れそうにないと苦笑しつつ、メリジェーヌは竜用食器という新たな難題へ思考を切り替えた。
217 好きな匂いと嫌いな匂い 2
竜の餌場と優雅な食事
王都北方の森を切り開いて造られた『竜の餌場』で、ロロは魔竜ララのために大量の料理を丁寧に並べていた。ララはかつて木箱ごと噛み砕いていたが、ライオスの根気強い指導により、前菜から順に一品ずつ味わって食べるようになっていた。色とりどりの料理を数十人分ほどおやつのように平らげ、最後に巨大なイチゴタルトのデザートを堪能したララは、満足げに喉を鳴らして横たわった。
記憶を失った子どもたちと、今の幸福
給餌を終えたロロとシレーヌは岩に腰掛け、竜を眺めながら近況を語り合った。シレーヌがサレンツァの子どもたちのことを問うと、ロロは「身体は回復したが、過去の記憶は何も戻っていない」と説明した。自分のことも覚えていないと告げつつ、ロロは「あの頃の記憶は辛いことばかりだったから、忘れたままでいい」と受け止めていた。その一方で、今はララの餌やりやシレーヌと一緒に過ごす時間など、決して忘れたくない現在の幸福があると穏やかに語った。
ララとの対話とノールへの揺るぎない愛情
ロロの通訳を介して、シレーヌはララと会話を交わした。ララはシレーヌの矢の連射を「面白い曲芸」と称賛し、再演を期待していることを示した。さらに、ララは竜らしい尊大さを保ちながらも、ノールのことを「愛しい主人」と呼び、王都を見渡せるこの餌場を気に入っている理由が、風に乗ってノールの匂いが届く場所であるためだと明かした。自ら会いに行くことは「傲慢」として良しとせず、主人に求められるまで何百年でも待つと語る姿に、シレーヌはララの健気さと一途さを感じ取った。
竜の価値観と“子孫を作れ”という助言
ララはロロとシレーヌを「そこそこ気に入っている」と評価しつつも、人間たちを「弱く寿命が短い種」と断じ、「さっさと子孫を作れ」と唐突な助言を投げかけた。子どもができたら贔屓してやるとまで言うララの発言に、シレーヌは真っ赤になり動揺し、ロロも苦笑しながら「こっちにはこっちの事情とタイミングがある」となだめていた。ララは不満げにそっぽを向きつつも、二人を話し相手として好意的に受け入れている様子を見せた。
“嫌いな匂い”と王都への不穏な視線
穏やかな時間がしばし流れた後、ララは突然立ち上がり、大地を震わせながら天に向かって咆哮した。その声は岩場に亀裂を走らせるほどの轟音であり、ロロは咄嗟にシレーヌに耳を塞ぐよう警告した。興奮したララの視線はまっすぐ王都へと向けられており、「主人の匂いに、自分が一番嫌う匂いが混じっている」と告げた。肉眼で見る限り王都の空は穏やかであったが、二人はただならぬ胸騒ぎを覚え、ララを宥めながら急ぎ王都へ戻る決意を固めた。
218 魔導具技師の技術交流 1
神託の玉によるランデウスの謝罪
リーンの自邸の一室で、ノールたちはミルバと共にリーンの父を訪ね、部屋中央に据えられた魔導具『神託の玉』を通じて魔導皇国のランデウスと対面したのである。メリジェーヌが魔導具を起動すると、黒い鎧を纏ったランデウスの幻影が現れ、ミルバ捜索に尽力した一行に深々と頭を下げて謝意を述べた。さらに彼は、たまたまミルバを保護したノールを認めると驚きを示し、再度の助力に対する感謝と「国として必ず埋め合わせをする」との言葉を伝えた。ノールは礼を固辞しつつ、以前関わった老人の処遇を気遣い、「あまり苛烈な扱いはしないでほしい」と申し添えた。
ミルバの無断外出と“国交の私的交流”という落としどころ
続いてランデウスとミルバは、今回の無断外出の責任の所在を巡って互いに自分が罰を受けるべきだと主張し合った。ミルバは行動の主体は自分であるとして「帰国後の処罰は甘んじて受ける」と言い、ランデウスは後見人としての責任を理由に自らが矢面に立つべきと主張した。そこでリーンの父が仲裁に入り、「今回の訪問を“両国の国交回復を見据えた私的な技術交流・親善訪問”として公式に整理してはどうか」と提案したのである。これにより、誰かを処罰する必要のない筋道が立つと判断され、ランデウスもこれを受け入れて、議会に対してミルバの滞在を正規の形で承認させる段取りを引き受けた。
戦争の記憶と滞在のリスクへの配慮
ランデウスは本来、ミスラ教国との戦争を引き起こした側として、王都訪問には慎重であった事情も明かした。戦禍の記憶による怨恨はまだ完全には癒えておらず、時期を誤ればミルバの身に危険が及ぶこと、さらに騒動が起こればクレイス王国側の負担が大きくなることを重く見ていたのである。ミルバもその点を認め、自身の浅慮を詫びた。対してリーンの父は、ミルバ滞在中の安全はクレイス側が責任を持つと約束し、「訪問の歓迎は本心であり、むしろ良い交流の機会だ」と受け止めた。こうして、数日の王都滞在と無事な帰国を前提とした穏当な妥協点が成立したのである。
酒宴の約束とノールの“酔わない体質”
神託の玉の通信が終わると、リーンの父は改めてミルバに滞在を歓迎し、今晩の会食の準備について語った。会場は、ロロが働く馴染みの小さなレストランであり、飾り気はないが料理の味は折り紙付きであると自慢したうえで、自らも久方ぶりに酒席に同席する意欲を見せた。そしてノールに対し、「内々の酒宴らしく飲み比べをしてみないか」と提案し、屋敷の倉庫に眠る年代物の酒をすべて持ち出すようレインに命じた。
一方ノールは、申し出自体は受けつつも、内心では飲み比べがあまり良い結果にならないことを理解していた。かつて職場の同僚たちとの勝負で、どれほど強い酒を飲んでも一切酔わない体質を発揮し、酒豪たちを次々と打ち負かしてきた経緯があったためである。その原因は自らの【ローヒール】が体内の酒精を別の無害な物質に変えてしまうことにあると推測されており、仲間の介抱や二日酔い治療には役立つが、自身が酒の酔いを楽しむことはほぼ不可能であった。
ミルバの希望と魔導具研究所への招待
夜の会食まで時間があることから、リーンの父はミルバに王都見学を勧め、「希望があればどこへでも案内する」と申し出た。これに対しミルバは、今回の訪問目的の一つとして「魔導具研究所の見学」を希望し、特に【魔聖】オーケンと直接会って話がしたいと明かした。自国がかつてクレイスに戦争を仕掛けた立場である手前、技術の中枢である研究所の見学を願い出ることには躊躇があったが、後学と交流のためどうしても譲れない願いとして示したのである。
リーンの父はこの希望を快く承諾し、研究所所属のメリジェーヌに案内役を、さらにリーンにも施設の解説役を命じた。メリジェーヌはオーケンがちょうど工房にいることを確認し、訪問準備を引き受けた。ミルバは重ねて礼を述べ、技術交流への期待を口にした。
ノールの同行と“技術交流”への第一歩
見学の段取りが整う中、ノールもまた「特に用事があるわけではないが、研究所という場所を一度見てみたい」と同行を申し出た。リーンの父はこれも当然のように歓迎し、リーンにノールの案内も任せることで話をまとめた。こうして、ミルバとクレイス王国側の魔導具技師たちとの直接交流、そしてノールも含めた一行による魔導具研究所訪問が決まり、夜の酒宴までの時間を活かした“技術交流の第一歩”が踏み出されることとなった。
219 魔導具技師の技術交流 2
王立魔導具研究所の内部構造と案内
一行は王都の『王立魔導具研究所』を訪れ、古めかしい外観に反して内部が広大であることを知ったのである。建物は地上よりも地下部分が主であり、螺旋状の通路の両側には多数の工房が並び、職員たちが魔導具の製作や実験に勤しんでいた。天井には人工照明として設置された“天窓”があり、地下でありながら自然光のような明るさと時間の移ろいが再現されていた。案内役のメリジェーヌは、この研究所の運営を担う技師であり、ロロがここで助手として働いていること、そして研究所の多くが地下に増築され、奥には迷宮と繋がる一部立入制限区域が存在することを説明した。リーンも幼少期からこの場所に通っており、内部構造に精通している様子を見せた。
ミルバの技術的関心とオーケンとの初対面
ミルバは、魔導皇国が衰退して以降、大陸における魔導具研究の中心がクレイス王国であると認識しており、一人の魔導具技師として学ぶ必要性から、この研究所の創設者である【魔聖】オーケンとの面会を強く望んでいた。案内一行が地下奥の工房に辿り着くと、そこには草原のような穏やかな空間と、大きな作業台で作業を続ける老人オーケンの姿があった。メリジェーヌは彼を「生ける伝説」と紹介し、ミルバは自らを魔導皇国デリダス第四代皇帝と名乗って敬意を示した。オーケンはミルバを「かの老皇帝の孫娘」と認識し、その飾らない物言いと生意気さに親近感を覚え、身分に囚われない遠慮のないやり取りがすぐに成立した。
稀覯本『生体言語論序』と“血に刻まれた言葉”
ミルバはオーケンの前に一冊の古びた大部の本を置き、それが『オーケン著:生体言語論序』であると明かした。この書は既に出版から二百年以上が経過しており、王立図書館の閉架書庫やオーケンの私蔵本でしか見られない稀覯本であった。ミルバは幼少期に祖父の書棚からこの本を譲り受け、まず付録の冒険譚に惹かれ、その後六歳頃に本編の内容を理解したと語った。リーンは本の内容を要約し、この世界のあらゆる生命には「血に刻まれた言葉」とも呼べる情報が書物のように織り込まれており、それが親から子へと受け継がれる仮説が記されていたと説明した。オーケン自身は、若気の至りで書いた神経質な文章と武勇伝混じりの構成を苦笑しつつ振り返ったが、好事家であった老皇帝がその実験手法などを参考にしていたことを知り、内心で相手の目利きを評価した。
戦争の黒幕としての“ルード”と記憶の食い違い
話題はやがて、魔導皇国が戦争を起こした経緯へと移った。ミルバは、祖父が正気のまま侵略戦争を始めたとはどうしても思えず、身内びいきと自覚しながらも「誰かに手引きされた」と考えていることを打ち明けた。その鍵を握るのが、行商人を名乗る男ルードであり、彼の来訪を境に祖父が軍事へ異常なほど傾倒したと説明したのである。ルードに接した者たちは、彼が去った後、それぞれ外見や印象の異なる証言をし始め、記憶内容も不自然に食い違っていた。ミルバは、祖父も同じように記憶や認識を操作され、本来の人格から乖離していったのではないかと推測した。オーケンも老皇帝の元々の印象を「誇大妄想癖のある夢想家」としつつ、戦争に執着する人物像とのギャップを認め、そうした器用で陰湿な干渉を行える存在として「奴ら」が関わっている可能性を示唆した。またサレンツァでも、同じ名を名乗る商人を中心に記憶の齟齬や不自然な忘却が発生していたことが語られ、ミルバが単身で家出し、真相を探ろうとしている理由が明らかになった。
長耳族の里への推理とオーケンの否定
ミルバがさらに踏み込んで尋ねたのは、『生体言語論序』巻末の冒険譚に記された「全員が信じられないほど長寿の不思議な里」の記述であった。透き通った小川の底に宝石のような石が敷き詰められ、荘厳な建物と調和の取れた景観が「楽園」としか呼びようのない地として描かれていたこの里は、著者が二度訪れ、二度目には長期滞在したと記されていた。ミルバは、この描写を“長耳族の里”と結びつけ、オーケンが既にその里を訪れているのではないかと推理し、「その推測は正しいか」と真正面から問いかけた。しかしオーケンはしばし沈黙ののち、「その仮定は間違っておる」と答えたのである。彼によれば、あの里の描写は人の興味を惹くために他者から聞いた話を寄せ集めて脚色した作り話であり、若気の至りによるフィクションであって実体験ではないと明言した。これにより、ミルバの期待は肩透かしに終わったが、オーケンは遠方から訪ねてきたこと自体には深く感謝し、宴席を控える一行に「何も力になれず済まぬ」と詫びつつも、温かい言葉と菓子でもてなし、笑顔で送り出したのである。
220 眠る王都
宴の支度と気軽な集まり
ノールはリーンに案内され、家族行きつけの小さな店での食事会に向かった。店内にはリーンの父やミルバ、ロロらが集い、形式張らない宴として始まった。ララが「嫌な匂い」を感じた件はレインが王都周辺の警戒を手配し、場はひとまず和やかな空気に戻った。
料理人たちとの再会
ノールは給仕に立つロロやシレーヌと再会し、店主であり教官の夫ライオスとも挨拶を交わした。ノールが訓練場の設備を大金で弁償した件もあり、教官との関係は以前より穏やかになっていた。ロロはレイも正式な客として席に招き、皆が料理と会話を楽しみ始めた。
リーンの父の本音と後悔
リーンの父は年代物の酒を開け、ノールと杯を酌み交わしながら、イネスの恩寵喪失を自分の命令のせいだと悩むリーンを案じていると打ち明けた。彼はリーンとイネスを共に娘のように思い、二人を危険な任務に送り出したことや、王都を去った妻の代わりに自分が去るべきだったのではないかと後悔をにじませた。
王都を包む眠りの異変
語らいの最中、リーンの父が突然テーブルに突っ伏し、店内の人々も次々と奇妙な姿勢のまま深い眠りに落ちた。窓の外では濃い霧が王都を覆い、不自然な明るさを放っている。異常を悟ったノールも強烈な眠気に襲われ、黒い剣に手を伸ばそうとしたところで床に倒れ、周囲の変化に動揺する女性の姿を最後に意識を失った。
221 幽姫レイ
王都を覆う眠りとレイの孤立
宴の最中、精霊王の香炉の霧が王都全体を包み、客も兵士も動物すらも深い眠りに落ちたのである。幽霊のような存在であるレイだけが影響を受けず、眠るリーンやミルバを揺さぶるが目覚めさせられず、異常事態を一人で自覚することになった。
長耳族兄弟の来訪と目的
店に長耳族の兄弟が現れ、精霊王の香炉の効果を確認しつつ、黒い剣=「理念物質」とその「器」である光の盾の使い手を回収する計画を語った。二人は里の年長者やルードへの不満を漏らしながらも、今回の任務で一気に評価を得ようとしていた。
見えない女としてのレイと初交戦
レイは唯一自分を認識できる可能性のあるノールを起こそうとして失敗し、誤って後頭部を黒い剣に打ちつけてしまう。兄弟はその場でノールの出現と「見えない女」の存在を察し、精霊王の香炉の影響を受けないレイを理念物質由来の補助機能と推測した。レイはオブスカートで斬りかかるが、斬れたのは幻影のみであり、実力差を痛感する。
広場での追走と精霊王の香炉への斬撃
レイは街へ飛び出して広場へ誘導し、存在強化のイヤリングを外して自らの「見えなさ」を試しながら、エルフの視認能力を撹乱した。隙を突いて精霊王の香炉を狙い一太刀を浴びせるが、男は身を挺して器を守り、さらに「治れ」の一言で身体も衣服も血痕も完全に修復してしまう。レイは自分の一撃が致命傷になっていないことに絶望する。
エルフの能力とレイの敗北
兄弟は「凍れ」で王都を氷原に変え、冷気の流れからレイの位置を逆探知し、「軽くなれ」「落ちろ」「吹き飛べ」といった言葉だけの力で足場を浮かせて叩き落とし、最後は不意打ちの衝撃でレイを気絶させた。彼らは見えない女を器ごと解体するために持ち帰ろうとするが、直後にレイは消え、代わりに黒い剣を手にしたノールが立っていた。
黒い球体とノールの「パリイ」
弟エルフはノールを確実に殺すべく、あらゆるものを微細な破片に分解する巨大な黒い球体を「潰れろ」の一言で王都上空に呼び出し、標的だけを押し潰そうとした。だがノールは黒い剣の切っ先を球に軽く触れさせ、「パリイ」と呟いて表面をなぞっただけで、その異常な力場を跡形もなく消し飛ばしたのである。エルフ兄弟は唖然とし、ノールもまた頭をさすりながら彼らを困惑した顔で見返していた。
222 俺は長い耳の兄弟をパリイする
ノールの覚醒と凍てついた王都
ノールは黒い剣を枕に眠り込み、後頭部の激痛とともに目を覚ました。店内の壁は崩壊し、客や仲間は全員眠り込んでいた。外に出ると王都中央広場は真冬の氷原のように変貌しており、ノールはレイが長耳族の男二人に挑み吹き飛ばされる場面に遭遇し、レイを治療した。頭上に現れた不気味な黒球は、黒い剣で「パリイ」となぞっただけで消滅した。
レイの存在と長耳族の言霊
レイは長耳族が精霊王の香炉で王都を眠らせていること、彼らが言葉だけで現象を起こす「言霊」の力を使うことを説明した。レイは存在強化のイヤリングを失ってもノールには姿も声も届いており、それが初めて自分をはっきり認識してくれる相手だと喜んだ。一方、長耳族はノールの黒い剣が自分たちの言霊を無効化する事実に驚愕し、「理念物質」の性質が拡大しているのではないかと推測した。
レイの告白と「しのびあし」の決断
レイは幼少から誰にも認識されず、死ぬよりも「誰の記憶にも残らず消える」ことが怖かったと語る。隠密兵団で教わった初歩の技「しのびあし」を使えば、自分が世界から消えてしまうかもしれない恐怖から封印していたが、ノールが自分を覚えていてくれるなら痕跡は残ると考え、使用を決心する。その前提として「少しの間だけ自分を見失わずに見守ってほしい」とノールに頼み、了承を得た。
「しのびあし」と見えない斬撃、香炉の破壊
レイが「しのびあし」を発動すると、周囲から音が消え、存在感そのものが希薄化し、自身も含めて全てが消えたかのような静寂の球体が広がった。長耳族には位置を全く把握できず、レイは限りなく薄い影となって二人に接近し、「オブスカート」で連続斬撃を浴びせる。男たちは斬られても自力で肉体と衣服を再生し続けるが、香炉だけは必死に守り続ける。最後に、男たちが耳だけでレイの位置を探ろうとした瞬間、横から割って入ったノールが「パリイ」で二人の剣を砕き、その隙にレイの白い刃が精霊王の香炉を両断した。霧は晴れ、王都は通常の月夜の景色を取り戻した。
兄の崩壊と弟の絶望的な勘違い
香炉破壊後も長耳族は自らや武器を再生しようとするが、ノールの黒い剣の破片で付いた弟の頬の小さな傷だけが「治れ」で回復しなかった。その瞬間、兄の体は「同族を害した戒律」に反応して塩の結晶のように白く変質し、弟を庇うような言葉を残して風に崩れ去った。弟は兄の崩壊を「自分たちを傷つけた短命種のせい」と受け取り、ノールのパリイが兄を壊した元凶だと逆恨みする。
残された弟の復讐宣言
弟は里の戒律と長耳族の務めを捨てると宣言し、香炉の残骸を踏み砕いてからノールとレイに憎悪の視線を向けた。理念物質の所有者であるノールの顔を「何千年経とうとも忘れない」と刻み込み、今後の生涯を二人を地獄に落とす復讐だけに捧げると誓う。最後に「お前の人生に安寧は訪れない」と言い放ち、静まり返った王都から姿を消した。
223 四国会議 1
王の覚醒と長耳族襲撃の総括
クレイス王は、王都襲撃後の状況報告を受け、自身の不在と失態を噛み締めていた。祝宴の最中、長耳族の兄弟が迷宮遺物『精霊王の香炉』を用いて王都中の生き物を眠らせ、王の目前にまで侵入していたにもかかわらず、王は酔って机に突っ伏し、何一つ対処できなかったのである。被害はライオスの店の壁や中央広場の建造物の破壊にとどまり、人的被害は奇跡的になかったが、それは【幽姫】レイの覚醒とノールの奮戦により辛うじて事態が収束した結果であった。長耳族の兄は結晶状に崩壊して死亡し、弟はノールの顔を「覚えた」と告げて去った事実も、王に重くのしかかっていた。
四カ国首脳会議の召集とノールへの負債
レイン王子は、魔導皇国ミルバ、ミスラ教国のアスティラ教皇、商業自治区新領主ランデウスに対し、王都襲撃を受けた四カ国首脳会議の招集を要請していた。いずれの盟主も即座に出席を約し、とりわけノールへの恩義を理由に協力を約束した。王は、つい先日まで想像もできなかった隣国三カ国との信頼関係が、ノールの働きによって築かれた現状を認めつつ、再び彼に大きな借りを作ったことを痛感していた。また、子供の頃に聞いた「長耳族は忘れた頃にやってくる」というお伽話が現実となったことに、苦々しい思いを深めていた。
隠密兵団の自責と長耳族との今後の対峙
謁見の間には【隠聖】カルーが姿を現し、王都中心部への侵入を許したことを「隠密兵団の失態」と認めた。王は相手が悪すぎるとして責任を問わない姿勢を示したが、カルーは【六聖】全員がいずれかの長耳族と既に接触している事実を挙げ、今回の襲撃はむしろ必然であり、今後も再来は避けられないと告げた。長耳族が数年後か数十年後、あるいは数百年後に再び現れる可能性があるという時間感覚の違いも、王の不安を増大させていた。
王妃レオーネの秘密と父としての葛藤
カルーは、この機会に「王妃に関する件」を王子と王女へ開示すべきだと提案し、長耳族と関わる以上は避けて通れぬ話題であると指摘した。だが王は、王妃レオーネの件は二度と口にしないと皆で誓ったこと、特に娘リーンが母の行き先を知れば必ず「自分も行く」と言い出すため、それだけは決して許せないと拒んだ。王はカルーに以後この件へ触れないよう求め、彼が去った後、執務室の壁に掛けられたレオーネの肖像画の前で足を止めた。リンネブルグ王女に酷似したその女性に向かい、王は「子どもたちに決してお前の後を追わせない」というかつての約束を反芻しながら、本当にそれで良いのかと自問した。絵は何も答えず、王の瞳には深い後悔と迷いだけが揺れていた。
224 四国会議 2
レインとラシードの再会と忠告としての「襲撃」
四国会議の準備に訪れたレイン王子は、商業自治区サレンツァ新領主ラシードと再会した。ラシードは就任とメリッサとの結婚を祝われつつ、リーン王女の世話をしたことを軽口交じりに語り、外交儀礼上は自分の方が上位だとしながらも、衣服に短刀を隠し持っていた。レインがそれを見抜くと、ラシードは突然短刀をレインの喉元に突きつけ、即座に長剣で受け流される。これは、要人でありながら護衛を付けず単独行動を取るレインの不用心さを指摘する実地の「忠告」であり、同時にレインの戦闘勘が鈍っていないかを確かめる意図もあったと明かされた。また、ラシードはノールから預かったリゲルとミィナを秘書と護衛として同行させており、若いが有能だからこそ機会を与えるのだと語り、価値観の違いからレインと再び噛み合わないやり取りを交わした。
各国首脳の集合と会議開始
やがて魔導皇国からミルバ皇帝と「十機集」筆頭ランデウスが到着し、ミルバは相変わらず睡眠と食事を重視する飄々とした姿勢を見せつつも、事態の重大さを理解して急ぎ駆けつけたことを述べた。ラシードはミルバやランデウスに対しても、問題の多い親族を抱えていた点で互いの苦労を軽口で共有しつつ、新体制の挨拶を行った。続いて神聖ミスラ教国からアスティラ教皇とティレンスが飛空挺で到着し、レインと軽く挨拶を交わす。全員が揃ったところで、傷だらけの顔をしたクレイス王が姿を現し、急な召集の非礼を詫びたうえで、長耳族による王都襲撃の件を共有するための四国会議を開始した。
アスティラの出自と「長耳族」との距離
会議の冒頭、クレイス王は今回の騒動が長耳族によるものであると説明し、半エルフであるアスティラが何か情報を持っていないかを確認した。しかしアスティラは、小さい頃の記憶が全くなく、気づいた時には森に一人で放り出されていたこと、長年自分と同じ見た目の者に出会ったことがなく、「長耳族」という種族名もオーケンから聞くまで知らなかったことを語る。彼女が「ハーフエルフ」と呼ばれるようになったのも、かつてオーケンに「長耳族によく似ているが少し違う」と言われたのが由来であり、本人には長耳族に関する自覚や知識はなかった。
オーケンの告白と長耳族の規格外の脅威
そこへ【魔聖】オーケンが姿を現し、かつて自らが語った「冒険譚」が脚色はあれど事実であり、自分は長耳族の本拠地「長命者の里」を訪れたことがあると認めた。彼は若き日に森で長耳族らしき三人を目撃し、その後北方の大国の図書館で古い文献を見つけて「長耳族」の詳細な記述を読んだが、自分が閲覧した直後に顔の見えない黒衣の男が現れ、本と閲覧者の存在を探り、その後その国や周辺諸国ごと跡形もなく消滅したと語る。さらに、自身が里から帰還した後、その体験を酒場で吹聴し、印刷所と協力して本にした結果、その街や印刷所もまとめて消されてしまったと告白した。
オーケンは、長耳族が迷宮遺物を山ほど保有し、『精霊王の香炉』級の遺物ですら消耗品扱いであること、サレンツァの砂漠や北の「永久氷壁」、西の「大空洞」など、世界地図の不自然な空白はかつて栄えた国々が長耳族によって消された痕跡であると推測する。そして、自分の冒険譚は彼らにとって「知られたくない情報の塊」であり、長耳族は自分たちを見聞きした人間や痕跡を徹底的に消す「触れてはならぬ災い」だと断言した。
「進む」か「去る」かの選択と四カ国の決意
オーケンは、長耳族に敵対すれば迷宮遺物の力で徹底的に「消し」に来る一方、見て見ぬふりをすれば静かに生き延びられる可能性もあると説明し、今なら「話を聞くのをやめて去る」選択もできると警告した。しかし、この提案に最初に応じたミルバは、クレイスを見捨てて自国だけ安全圏に逃れるつもりはなく、「聞く」ことを選ぶと即答した。ランデウスも、魔導皇国は既にクレイスと運命共同体であり、受けた恩義の大きさから見捨てることはできないと明言した。
アスティラとティレンスもまた、ノールやリーン王女に救われた恩と、クレイスへの危機は自国への脅威と同等もしくはそれ以上であるという認識から、「共に進む」と宣言する。ラシードも、商業自治区は既に長耳族に政治中枢を乗っ取られた過去があり、「見逃してもらえる」可能性は低い以上、クレイスと協力しノールに最大限投資することが自国の延命にも最も合理的だと述べた。各国首脳が揃って進む意志を示し、オーケンの「恐れて逃げるべきだ」という本音は次第に押し流されていく。
長命者の里の位置と「雲の上の里」という真実
皆の決意を受けて観念したオーケンは、レインが用意した大地図に指を置き、長耳族の里への「入り口」の位置を示した。それはクレイス北端の「永久氷壁」のさらに奥、かつて「精霊の森」と呼ばれた深い森の奥地であり、現在の地図には存在しない領域であった。さらに彼は、そこにあるのはあくまで里に繋がる入口だけであり、エルフたちの本当の居場所は「遥か空の彼方、雲の上」に浮かぶ里そのもので、世界のどこかを漂いながら地上を見下ろしているのだと明かした。この告白に、地図を囲んでいた四カ国の代表者たちは思わず天井を見上げ、地図の枠外に潜む「雲上の脅威」の実在を改めて意識することになった。
225 王妃の墓標
墓前の兄妹
王女リンネブルグは母レオーネの墓前で心を静めていた。そこへレイン王子が現れ、献花を添えながら彼女の様子を案じた。リンネブルグは母の記憶が薄れていく寂しさと、母を理想として生きようとする思いを語った。レインは働きづめで兄らしく接してこられなかったことを悔いていると明かし、妹への気遣いを示した。
リンネブルグの不安と罪悪感
リンネブルグは最近、人前に弱さを見せることを恐れて墓地に足を運んでいたと語る。イネスの危機を思い返すたびに胸が締め付けられ、王都襲撃が幸運に救われただけだと考えると恐怖が込み上げていた。自分だけが辛い顔を見せることへの罪悪感も重なり、気持ちはどんどん塞いでいた。
王子の決断と妹への命令
レインは四ヶ国会議の結果を伝え、長耳族討伐の連合がノールを中心に結成されると告げた。しかしリンネブルグには参加を禁じ、むしろイネスと共に逃げ延びる役目を与えた。長耳族は接触した者を痕跡ごと消し去る存在であり、イネスも“器”として狙われているため、二人の避難が最優先だと言い切った。リンネブルグは拒絶したが、レインは家族を失いたくない私情も吐露し、最後には命令として討伐への関与を禁じて立ち去った。
母への涙と弱さの告白
雨が降り始めた墓前で、リンネブルグはひとり残された。兄の言葉の正しさを認めつつも、自分が足手纏いである現実に苦しんでいた。母を失った日から少しも成長していないと自嘲し、強さへの憧れと喪失の恐怖の間で揺れ、声を震わせながら母に問いかけ続けた。泣き声は冷たい雨と共に静かに墓地へ吸い込まれていった。
【長命者の里】
議会の叱責と失敗の理由
長命者の里では議会がルードを呼び出し、理念物質の回収失敗を咎めていた。忘却の巨人の損失よりも理念物質を確保できなかった点を重視し、地上に持ち出された遺物が未だ回収できない異常事態が議場を重くしていた。エルフの長老たちは、クレイス王国周辺に想定外の勢力が存在し始めている可能性を議論し、状況の変化を警戒していた。
兄弟派遣の決定と報告の破綻
議会はルードの帰還と入れ違いに、若い兄弟メトスとレメクに精霊王の香炉を持たせ地上に派遣したと告げた。しかし議場に届いた最新の通信には、メトスが戒律違反により即死し、理念物質回収にも失敗したとの報告が記されていた。弟レメクは消息不明となり、最悪の場合は失踪者として処分対象になる恐れが示され、議場は動揺した。失踪者発生は過去にも大規模な地上浄化を招き、甚大な犠牲を伴った歴史が思い起こされていた。
議会の判断とルードへの再任務
長老たちは地上浄化を即時に進める案を保留し、代わりに慎重な手作業による対応を選択した。議長はルードに再度理念物質の回収とレメク捜索を命じ、過去の過ちを繰り返さぬよう責任ある行動を求めた。またアーティアの記憶が完全に消えていないと告げ、その処理も任務に含めた。
アーティアとの再会と別れ
ルードは実家のアーティアを訪ね、彼女が長年働けず家で趣味に没頭して暮らしていることを知った。アーティアは最近「娘がいる夢」を見ると言い、幸せな家庭像を語ったが、ルードは妄想だと切り捨てた。議会から聞いた兄弟の死と失踪の事実を伝えると、アーティアは悲しみつつもルードの出立を受け入れた。ルードは彼女の記憶の件に触れかけたが何も言わず、別れを告げて家を出た。
ザドゥとの合流と任務開始
里を出たルードは隠密の男ザドゥと再合流し、理念物質を持つ男の始末と諸任務へ向けて行動を開始した。
故郷の湖畔で
兄弟の釣りと語らい
満天の星空の下、エルフの兄メトスと弟レメクは故郷の湖畔で釣った魚を調理していた。レメクは下拵えの面倒を嘆きつつも手際よく作業し、火を起こしたメトスの隣で焼き上がる魚を眺めていた。メトスは自然の摂理と生物の役割を語り、レメクは野生動物の弱さと人類への嫌悪をあらわにしていた。
人類と長耳族の起源に関する会話
二人は人類が短命で愚かに見える理由を論じ合い、レメクは彼らが過去の戦禍を忘れて同じ過ちを繰り返すと断じた。メトスは古代人類が高度な文明を築き、多くの知識と機械を用いて発展していた記録を語り、それを滅ぼした異世界勢力の存在にも触れた。レメクは神々を自称する異世界の存在を嫌悪し、長耳族が造られた経緯を改めて理解しようとしていた。
初任務を前にした兄弟の心境
翌日はレメクの初仕事の日であった。レメクは自信を示しつつも、メトスは慢心を戒めた。二人は千年連れ添った絆を確認し、互いがいれば何事も成し遂げられると語り合った。やがて火は消え、湖畔を星明かりだけが照らす中、メトスは就寝を促し、兄弟は翌日の任務に備えて静かに眠りについた。
【幽姫】レイの読書日和
書店での買い物と噂
レイは休日になると必ず訪れる古い書店で本を選んでいた。店主と客の間では、本を複数買い代金だけを置いて姿を見せない「本好きの幽霊」が噂になっており、レイはそれが自分であると気づきつつ心の中で謝罪し、そっと代金を置いて店を後にした。
喫茶店での静かな読書時間
レイは人の少ない喫茶店のテラス席に向かい、席料を置いて静かに読書を始めた。風通しの良い特等席は彼女の定位置であり、セルフサービスのコーヒーを片手に買ったばかりの本を丁寧に読み進めていく。読書はレイにとって唯一の安らぎであり、文字との対話を楽しむ大切な時間だった。
人付き合いの不器用さと読書への傾倒
恩寵の影響で姿が認識されにくいレイには話し相手が少なく、友人との時間を過ごすことも難しかった。メリジェーヌやマリーベールのように気にかけてくれる人は増えたものの、自分から誘うことはできず、休日はほぼ読書に費やしていた。彼女の隠れ家の書棚は恋愛小説で溢れ、私設図書館のような様相を呈していた。
買い物の失敗と選ばれた居場所
かつて宝飾店で商品を購入した際、支払い方法が原因で怪盗と誤解され、店側に大騒ぎを引き起こした経験から、レイは気軽に外で買い物ができなくなった。唯一、自然に受け入れてくれるのがこの小さな書店と喫茶店であり、レイはその居心地の良さに救われていた。
満ち足りた読書の一日
お気に入りの作家の作品を読み終えたレイは幸福に浸りつつ、次々と本を読み進めた。夕暮れ時、喫茶店の店主は消えた菓子と空になったコーヒーポットに首を傾げつつも、代わりに置かれた多めのチップに満足して閉店準備を始めた。レイは感謝を告げると、抱えた本を手に静かな隠れ家へ戻り、幸せな一日の余韻を大切にしながら去っていった。
同シリーズ
俺は全てを【パリイ】する











その他フィクション

Share this content:

コメントを残す