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フィクション(Novel)夏目漱石読書感想

小説「坊ちゃん」夏目漱石の代表作 感想・ネタバレ

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坊ちゃんの表紙画像(レビュー記事導入用) フィクション(Novel)
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物語の概要

■ 作品概要

『坊っちゃん』は、明治時代の文豪・夏目漱石によって執筆された日本文学を代表する名作小説である。1906年(明治39年)に雑誌『ホトトギス』に発表された。 物語は、東京の物理学校を卒業したばかりの主人公「坊っちゃん」が、四国の中学校に数学教師として赴任するところから始まる。江戸っ子気質で嘘を何よりも嫌う主人公が、打算や虚飾に満ちた教師社会や、陰湿な悪戯を仕掛ける生徒たちに直面し、真っ向から衝突していく姿を描いた痛快な勧善懲悪劇である。明治期の地方都市の風俗や、近代化する社会の歪みを背景とした世界観が展開される。

■ 主要キャラクター

坊っちゃん(主人公): 東京生まれの江戸っ子。「親譲りの無鉄砲」を自称し、後先を考えずに直情的な行動をとる性質がある。世間の建前や卑怯な振る舞いを激しく嫌い、正義感を貫こうとして損ばかりしているが、その純粋さが物語の原動力となる。

清(きよ): 坊っちゃんの実家に仕える下女。家族から疎まれていた坊っちゃんの唯一の理解者であり、無条件の愛情を注ぐ。坊っちゃんの真っ直ぐな気性を「尊とい」と肯定し続け、彼の精神的な支柱となっている。

山嵐(堀田): 数学主任の教師。会津出身で、坊っちゃんに負けず劣らずの正義漢である。当初は誤解から坊っちゃんと衝突するが、根底にある価値観が共通していることから、後に赤シャツ一派に立ち向かう最強の相棒となる。

赤シャツ: 教頭。年中赤いフランネルのシャツを着て、文学士を鼻にかける気取った男。表面上は丁寧で紳士的だが、裏では他人を陥れる策略を巡らす卑劣な策士であり、本作における最大の敵対者である。

野だ(吉川): 画学教師。赤シャツの腰巾着(幇間)として、常に彼の機嫌を取り、陰謀を手伝う。軽薄な性格で、坊っちゃんからは蛇蝎のごとく嫌われている。

うらなり(古賀): 英語教師。非常に温厚で控えめな性格。婚約者である「マドンナ」を赤シャツに横恋慕され、卑劣な策略によって日向(延岡)へ左遷されるという、本作で最も悲劇的な立ち回りを演じる人物。

■ 物語の特徴

この本は、無鉄砲で乱暴な気質をもつ語り手が、幼少期から青年期にかけて経験する騒動と心情の変化を、回想形式で描く。

  • 幼少期〜家庭内の不和:語り手は向こう見ずな行動で怪我や騒動を起こし、家族からも疎まれる。母の死をめぐる後悔と兄との衝突を経て、父の死後に兄とも別れ、自力で生きる覚悟を固める。
  • 清(下女)との関係:語り手を一貫して信じて世話を焼く下女・清の献身が、語り手の支えとなる。清は語り手の将来を信じ続け、語り手も次第に自己像を揺り動かされるが、赴任により別れる。
  • 進学と赴任:兄から渡された金を元手に物理学校へ進み、卒業直後に四国の中学校の数学教師として赴任する。
  • 四国での孤立と反発:田舎の生活・待遇に強い不満を抱きつつ、学校では校長(「狸」)や教頭(「赤シャツ」)ら癖のある教師陣と出会う。語り手は生徒にからかわれ、寄宿舎での騒動(バッタ事件など)や規律問題に巻き込まれていく。
  • 赤シャツへの不信と対立の深化:赤シャツの言動に「曲者」らしさを感じ、同僚の堀田(語り手が「山嵐」と呼ぶ)との関係は疑念と和解を繰り返す。やがて赤シャツが周囲を動かして人事・評判操作を行う構図が見えてくる。
  • 陰謀の露見と決着:赤シャツが芸者遊びをしつつ体面を繕い、古賀(うらなり)や女性(「マドンナ」)をめぐって策を弄することが明らかになる。山嵐と語り手は監視・証拠押さえの末に赤シャツと野だを制裁し、語り手も辞表を出して土地を去る。
  • 帰京と結末:東京へ戻った語り手は清のもとへ行き、田舎へは二度と行かないと誓う。のちに語り手は職を得て清と暮らすが、清は病で亡くなり、語り手は清の墓所について述べて物語が閉じる。

書籍情報

坊ちゃん
著者:夏目漱石 氏
初出:1906年(明治39)「ホトトギス」

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あらすじ・内容

明治期の文学者、夏目漱石の中編小説。初出は「ホトトギス」[1906(明治39)年4月。親譲りの無鉄砲で江戸っ子気質の主人公「坊っちやん」が四国の中学校に数学教師として赴任し、わんぱくな生徒たちのいたずらにあったり、教頭の「赤シャツ」一派と数学教師「山嵐」との内紛に巻き込まれ、正義感に駆られて活躍するが、最後には辞表を出してただ一人の理解者のばあやの清の待つ東京に戻る。漱石は1895(明治28)年から翌年にかけて、松山中学の英語教師だった。その体験が元になっていると言われる。歯切れのいい文章と「坊っちやん」の個性の魅力によって、多くの人に愛読されている作品の一つである。

坊ちゃん

感想

中編小説に凝縮された痛快なエネルギー
本作は10万文字に満たない中編小説でありながら、そこに込められたエネルギーと読後の爽快感は圧倒的である。ページをめくる中で、赤シャツや野だといった強烈なニックネームを持つ登場人物たちに、実は設定上の本名が存在していたという事実は、読者にとって意外な驚きであった。物語の根幹を成すのは、主人公「坊っちゃん」が持つ「無鉄砲」という資質だ。この性質は、打算や建前が支配する世間において、人間としての純粋さや倫理的な真っ直ぐさを貫き通すための、極めて強力な武器として機能している。これこそが、時代を超えて読者を惹きつける本作の痛快な魅力の源泉なのだ。

家族の拒絶が生んだ「正直さ」と清の存在
主人公の無鉄砲で正直な生き方は、家族という最も身近な社会からの拒絶によって研ぎ澄まされたものと言える。幼少期より両親に疎まれ、兄とも反りが合わなかったという孤独な背景があったからこそ、下女である清との絆はより深く、尊いものとして描き出されている。
清は、単なる世話焼きの老婆ではない。彼女は世間の損得勘定や虚飾に一切染まらない「美しい心」の体現者である。家族に見放された坊っちゃんにとって、清は自分が自分らしく、真っ直ぐに生き抜くための最大の精神的支柱であった。彼女の無条件の肯定があったからこそ、彼は四国の地でも己を曲げずにいられたのではないだろうか。

悪戯騒動が象徴する社会の歪み
赴任先で巻き起こる生徒たちの悪戯騒動は、単なる子供の稚気愛すべき遊びとは一線を画している。バッタを布団に入れられるといった陰湿な嫌がらせは、嘘と打算に満ちた社会の縮図であり、純粋な正義を貫こうとする坊っちゃんとの決定的な対立を象徴している。
この事件は、物語前半の大きな山場であるとともに、後の「処分会議」における重要な伏線となる。理屈をこねて責任を逃れようとする赤シャツの詭弁と、それに対抗する山嵐の剥き出しの正義感。悪戯という日常の摩擦を通じて、大人たちの卑怯さと誠実さが鮮やかに浮き彫りになっていく過程は見事というほかない。

不純な社会への抵抗と魂の防衛
坊っちゃんにとって赤シャツという存在との対立は、個人の確執を超えた戦いであった。それは、理屈や体裁によって悪事を正当化しようとする「不純な大人の社会」に対する、嘘を許さない「純粋な正義感」による抵抗である。言葉巧みに立ち回る相手に対し、彼は決してその土俵に乗ることはない。
自ら辞表を叩きつけて東京へ帰るという結末は、一見すると敗北のように思えるかもしれない。しかし、その実は全く逆である。あのまま松山に留まり、組織の論理に染まることを拒んだからこそ、坊っちゃんは自身の真っ直ぐな魂を守り抜くことができたのだ。

時を越えて愛される「真っ直ぐな魂」
読み終えた後、私たちの心に残るのは、清が待つ東京へと戻った坊っちゃんの清々しい姿である。複雑怪奇な人間関係や理不尽な社会に翻弄されがちな現代において、彼の「無鉄砲」なまでの正直さは、一つの救いのようにさえ感じられる。損をすると分かっていても真っ直ぐに生きる。その尊さを、夏目漱石はユーモアと鋭い人間観察を通じて、見事に描き出してみせたのである。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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考察・解説

坊ちゃんの無鉄砲

夏目漱石の代表作『坊っちゃん』の主人公である「おれ(坊っちゃん)」の性格を決定づける最大の要素は「親譲りの無鉄砲」である。彼は自ら「小供の時から損ばかりしている」と語る通り、後先を考えずに直情的に行動してしまう性質を持っており、これが物語の様々な事件を引き起こす原動力となっている。
坊っちゃんの無鉄砲さについて、具体的なエピソードを交えて考察する。

幼少期からの無闇なエピソード

坊っちゃんの無鉄砲さは、子供時代から筋金入りであった。

・二階からの飛び降り
小学校の二階から首を出していた際、同級生に飛び降りることはできまいと囃し立てられただけで、実際に飛び降りて一週間ほど腰を抜かした。さらに、父親から二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴があるかと呆れられると、この次は抜かさずに飛んで見せますと言い返す始末であった。

・ナイフでの自傷
親類からもらった西洋製のナイフを友達に見せた際、切れそうもないと言われると、何でも切ってみせると自らの親指の甲を斜めに切り込み、一生消えない傷痕を残した。

・度を越した悪戯と暴力
隣家の息子を喧嘩の末に垣根の向こうへ突き落とす、他人の人参畑を荒らす、田んぼの井戸を埋めるといった悪戯を繰り返した。兄と喧嘩した際には、怒りのあまり将棋の飛車を兄の眉間に投げつけて怪我をさせている。

人生を左右する決断における無鉄砲

彼の無鉄砲さは、進学や就職といった重要な決断においても遺憾なく発揮される。

・物理学校への入学
兄から渡された600円を学資にして勉強しようと決めた際、たまたま物理学校の前を通りかかり、生徒募集の広告を見ただけで縁だと思ってすぐに入学手続きをした。彼はこれを親譲りの無鉄砲から起った失策だと振り返っている。

・四国への赴任
卒業後、校長から四国の中学校での数学教師の口を勧められた際にも、教師になる気も田舎へ行く考えもなかったにもかかわらず、行きましょうと即座に返事をした。これも自ら親譲りの無鉄砲が祟ったと認めている。

四国での無鉄砲な行動と天誅

四国へ赴任してからも、坊っちゃんは周囲の空気を読んだり打算的に立ち回ったりすることなく、無鉄砲に突き進む。

・5円の茶代
宿屋で粗末な部屋に通された際、茶代を渡さなかったせいだと考え、翌朝、相手を驚かしてやろうといきなり5円札を下女に渡した。これは現在の価値に換算するとかなりの大金である。

・バッタ騒動での徹底抗戦
宿直の夜に布団へバッタを入れられた際、しらを切る生徒たちに腹を立て、夜中であるにもかかわらず寝巻姿のまま寄宿舎へ乗り込んだ。朝まで廊下の真ん中で胡坐をかいて犯人を待ち伏せするという意地を見せている。

・赤シャツたちへの天誅
卑劣な教頭・赤シャツとその取り巻きである野だの裏表のある行動に激怒した坊っちゃんは、山嵐とともに彼らを夜通し待ち伏せした。角屋から出てきた赤シャツたちを捕まえるや否や、生卵を顔面に叩きつけ、腕力で殴り倒すという実力行使に及んだ。教師という立場を顧みない、後先を考えない無鉄砲さの極みと言える。

無鉄砲さの裏にある真っ直ぐさと清の評価

坊っちゃんの無鉄砲は、単なる乱暴や考えなしの行動ではない。その根底には、嘘やごまかし、卑怯な振る舞いを極端に嫌う正直さと正義感がある。

いたずらをした時でも、したものはした、しないものはしないと潔白であり、罰を逃れるために嘘をつくような下劣な根性を何よりも嫌悪している。そのため、表向きだけ立派なことを言いながら裏で卑怯な策を弄する赤シャツや田舎の生徒たちの気風とは、到底相容れなかったのである。

この無鉄砲で損ばかりする性格を、誰よりも理解し愛していたのが下女の清であった。家族からも見放されていた坊っちゃんに対し、清だけは真っ直ぐでよいご気性だと褒めちぎっていた。清は手紙の中で、坊っちゃんは竹を割ったような気性だが、ただ肝癪が強過ぎてそれが心配になると綴っており、坊っちゃんの無鉄砲さが持つ美徳と危うさを見事に言い当てている。

まとめ

総じて、坊っちゃんの無鉄砲は、打算や建前が支配する世間において、人間としての純粋さや倫理的な真っ直ぐさを貫き通すための強力な武器となっている。この性質こそが、時代を超えて読者を惹きつける本作の痛快な魅力の源泉であると言える。

下女の清

夏目漱石の小説『坊っちゃん』において、下女の清は主人公の最大の理解者であり、精神的な拠り所である。本作における「純粋さ」や「真っ直ぐさ」といった道徳的価値観を象徴する、極めて重要な人物として描かれている。清の人物像とその役割について、以下の通り考察する。

無条件の愛と絶対的な肯定

・明治維新などの社会構造の瓦解に伴い没落し、下女奉公をするようになった老婆である。
・父親から見放され、周囲から悪太郎と爪弾きにされていた坊っちゃんを、清だけは非常に可愛がった。
・坊っちゃんの裏表のない性格を真っ直ぐでよいご気性だと賞賛し、竹を割ったような気性であると手放しで認め続けた。
・自分の小遣いで菓子を買い与えたり、便所に落とした三円札を密かに銀貨に取り替えたりするなど、献身的な愛情を注いだ。

坊っちゃんの将来への無邪気な期待

・坊っちゃんが将来必ず立身出世して立派な人物になると固く信じていた。
・将来は立派な玄関のある家をこしらえるに相違ないと語り、麹町や麻布に家を構えたら自分を置いてほしいと楽しみにしていた。
・この無邪気な期待は、坊っちゃんに対する清の絶対的な信頼の証と言える。

俗悪な社会との対比と尊さの発見

・四国の中学校へ赴任し、打算と虚栄に満ちた人間に直面したことで、坊っちゃんは初めて清の真の価値に気づく。
・教育も身分もない婆さんだが人間としてはすこぶる尊いと悟り、自分を褒めてくれる清の方がよほど立派な人間であると確信する。
・教頭のような近代的な知識人よりも、無学な下女である清の方が、人間的な倫理観において上位に位置づけられている。

永遠の絆と結末

・四国での天誅を終えて帰京した坊っちゃんは、真っ先に清のもとへ帰る。
・その後、坊っちゃんは街鉄の技手となり清と一緒に暮らすが、清は翌年二月に肺炎で亡くなる。
・清は、墓の中で坊っちゃんが来るのを楽しみに待っているという遺言を残し、小日向の養源寺に葬られた。

下女の清は単なる世話焼きの老婆ではなく、世間の損得勘定や虚飾に染まらない美しい心の体現者である。坊っちゃんが最後まで自分自身の真っ直ぐさを失わずに生き抜くための、最大の精神的支柱として描かれている。

家族との不和

『坊っちゃん』において、主人公(おれ)と家族の不和は、彼の無鉄砲で打算を嫌う真っ直ぐな性格を浮き彫りにすると同時に、唯一の理解者である下女・清の存在を際立たせるための重要な背景として描かれている。本レポートでは、資料から読み取れる家族との不和の様相について考察する。

両親からの冷遇と偏愛

主人公は幼少期から、両親からの愛情に恵まれなかった。その状況は以下の点にまとめられる。

・父親の否定的な態度
父親は主人公をちっとも可愛がらず、会うたびに碌なものにはならない、貴様は駄目だと否定し続けていた。

・母親の兄贔屓
母親は色が白く芝居の真似を好む兄ばかりを贔屓にし、乱暴な主人公に対しては行く末を案じるばかりであった。

・母の死をめぐる断絶
母が病死する数日前、主人公が怪我をした際にも、母は心配するどころか顔も見たくないと激怒した。主人公が親類宅に厄介になっている間に母は亡くなり、最期に和解することもなかった。

兄との気質の不一致と激しい対立

実業家を目指して英語を勉強していた兄とも、主人公は水と油の関係であった。主人公から見て兄は女のような性分で狡い存在であり、頻繁に喧嘩を繰り返していた。

・理不尽な非難と暴力
母が死んだ際、兄からお前のせいで死んだと理不尽に責め立てられ、主人公は悔しさのあまり兄を殴ってひどく叱られた。

・価値観の衝突
将棋を指した際に兄が卑怯な駒の進め方をしたことに腹を立て、主人公は飛車を兄の眉間に投げつけて怪我をさせた。この一件で父から勘当を宣告されそうになるなど、卑怯を嫌う主人公と兄の価値観は根本から異なっていた。

家族の離散と自立への覚悟

母の死後、父親も亡くなると家族は完全に解体する。九州へ赴任することになった兄は、先祖代々の家財や屋敷をすべて処分した。

・兄からの自立
主人公は、兄の世話になれば必ず喧嘩になると考え、兄の厄介になる気は毛頭なかった。牛乳配達をしてでも自力で食っていくという覚悟を固めた。

・最後の別れ
九州へ立つ直前、兄は主人公に六百円を渡し、学資にするなり好きに使うがいいが後は構わないと突き放した。主人公はこの処置にだけは感心して礼を言い、新橋駅で別れた後は二度と兄と会うことはなかった。

家族の不和がもたらした影響と清の存在

主人公は家族から見放され、町内からも悪太郎と爪弾きにされる孤独な存在であった。この家族関係の欠落が、清の存在を絶対的なものにしている。

・精神的支柱としての清
家族の温かさを知らないからこそ、自分の真っ直ぐな気性を竹を割ったようだと肯定し、無条件の愛情を注いでくれた清が、彼にとって唯一の拠り所となった。

・正義感の源泉
打算や虚飾に満ちた社会においても彼が最後まで純粋な正義感を貫けたのは、家族に代わって彼を愛し、肯定し続けてくれた清がいたからである。

まとめ

主人公の無鉄砲で正直な生き方は、家族という最も身近な社会からの拒絶によって研ぎ澄まされたと言える。家族との不和があったからこそ、清との絆はより深く、尊いものとして描かれているのである。

赤シャツとの対立

『坊っちゃん』における赤シャツとの対立は、打算や虚飾に満ちた近代の俗物社会と、嘘を嫌い純粋な倫理観を貫く生き方との激しい衝突を描く、本作の物語の最大の軸である。この対立の構図と展開について、以下のポイントで考察する。

性格と価値観の根源的な不一致

・教頭である赤シャツは、大学卒業の文学士であることを鼻にかけ、年中赤いフランネルのシャツを着て琥珀のパイプをくわえる気取った男である。
・女のような優しい声を出し、帝国文学という雑誌から仕入れた西洋の文学者や芸術家の名前をひけらかす。
・表面上は親切で上品に振る舞いながら、裏では他人を陥れる策略を巡らす赤シャツに対し、竹を割ったような真っ直ぐな気性を持つ坊っちゃんは激しい生理的嫌悪を抱く。
・表面的な理屈を並べて責任を逃れようとする赤シャツの卑劣さを見抜き、坊っちゃんは彼のねちねちとした裏表のある態度を軽蔑する。

マドンナ略奪とうらなり君の左遷

・対立が決定的になる契機の一つが、英語教師・うらなり君の転任問題である。
・赤シャツは、うらなり君の婚約者であった町の美人マドンナに横恋慕し、人の良いうらなり君を遠方の地である日向の延岡へと転任させるよう仕向ける。
・さらに赤シャツは、うらなり君の抜けた穴を安い給料の新任で補充し、その浮いた分で坊っちゃんの月給を上げてやるという話を持ち掛け、坊っちゃんを丸め込もうとする。
・下宿の婆さんから事の真相を聞いた坊っちゃんは、他人の不幸のうえに自分の利益を得るような不人情はできないと激怒し、赤シャツの家へ乗り込んで増給を断固拒否する。

新聞を利用した卑劣な陰謀

・赤シャツは、自分に反発する山嵐を学校から追い出すため、卑劣な罠を仕掛ける。
・祝勝会の日に中学生と師範生の間で起きた乱闘騒ぎの際、赤シャツは意図的に弟を使って山嵐と坊っちゃんを現場へおびき出し、騒動に巻き込ませる。
・その後、赤シャツは裏で新聞社に手を回し、山嵐と坊っちゃんが生徒を煽動して暴行を働いたという虚偽の非難記事を書かせる。
・理屈で逃げ道を塞ぎ、権力やメディアを使って狡猾に敵を陥れる赤シャツのやり口に、坊っちゃんと山嵐の怒りは頂点に達する。

最後の決着である天誅

・口の達者な赤シャツ相手に智慧比べでは勝てないと悟った二人は、最後の手段である腕力に訴える決意をする。
・赤シャツが精神的娯楽などと言いながら、裏では温泉町の角屋で芸者と密会している証拠を押さえるため、二人は向かいの宿屋で何日も張り込みを行う。
・朝帰りをしてきた赤シャツと、その腰巾着である野だを杉並木で待ち伏せする。
・苦しい言い逃れをしようとする二人に対し、坊っちゃんは野だの顔面に生卵を次々と叩きつけ、山嵐は赤シャツを殴りつけて見事な天誅を下す。

坊っちゃんにとって赤シャツとの対立は、理屈や体裁で悪事を正当化する不純な大人の社会に対する、嘘を許さない純粋な正義感の抵抗であった。自ら辞表を叩きつけて東京へ帰るという結末をもって、坊っちゃんはその真っ直ぐな魂を守り抜いたと言える。

山嵐との喧嘩

『坊っちゃん』における山嵐との喧嘩は、不器用で意地っ張りな二人の性格が衝突する一方で、根底にある真っ直ぐさが最終的に二人を結びつけるきっかけとなる重要なエピソードである。嘘やごまかしを嫌う純粋な正義感を持つ者同士が、誤解を経て真の信頼関係を築く過程は、本作の人間ドラマにおける大きな見どころと言える。

喧嘩の発端:赤シャツの陰口と一銭五厘

・当初、坊っちゃんは自身に下宿を世話して氷水を奢ってくれた山嵐に対して好感を抱いていた。
・しかし、教頭の赤シャツから山嵐を疑うような陰口を吹き込まれたことで、山嵐を裏表のある詐欺師のような悪人だと疑い始める。
・真っ直ぐな性格の坊っちゃんは、悪人と見なした人間から奢られたままでは義理が悪いと考え、氷水代の一銭五厘を返済して決着をつけようと決意した。

控所での大喧嘩

・翌朝、坊っちゃんは学校の控室で山嵐の机に一銭五厘を置くが、山嵐は最初冗談だと思って笑い飛ばした。
・坊っちゃんが奢られるのはいやだと本気で言い張ると、山嵐は一転して冷たい態度を取る。
・山嵐もまた下宿屋の亭主から坊っちゃんに関する身に覚えのない苦情を聞かされており、お互いに肝癪持ちで負けず嫌いな二人は、大声で激しい言い争いを始めた。
・周囲の教師たちが驚く中で画学教師の野だだけが面白そうに笑っていたが、坊っちゃんに睨まれるとおとなしくなった。

絶交と一銭五厘の壁

・大喧嘩を境に、二人は一切の口を利かない絶交状態に陥った。
・坊っちゃんが突き返し、山嵐が受け取らなかった一銭五厘は、机の上に埃をかぶったまま放置された。
・この放置された硬貨は二人の間を隔てる壁となり、坊っちゃんは学校でこれを見るたびに気まずさと苦痛を感じるようになった。

誤解の氷解と和解

・冷戦状態は、うらなり君の送別会の当日の朝、山嵐が自らの誤解を認めて謝罪したことで終わりを迎えた。
・下宿屋の亭主が骨董品を売りつける悪党であり、坊っちゃんに関する苦情も腹いせの出鱈目であったことが判明したのである。
・これを聞いた坊っちゃんは机の上の一銭五厘を財布にしまい、やっぱり奢ってもらう方がいいようだと素直に説明して和解した。
・江戸っ子と会津っぽである二人は、互いの強情さを認め合い、見事に信頼関係を取り戻した。

まとめ

この喧嘩と和解のエピソードは、誤解や意地の張り合いで衝突しながらも、真実を知れば潔く非を認め合うという彼らの真っ直ぐな人間的魅力を色濃く示している。打算や建前で動く大人たちの社会において、自分の正義に忠実に生きる二人の姿は、読者に爽快な感動を与える。

寄宿生の悪戯

『坊っちゃん』における寄宿生の悪戯(バッタ騒動と深夜の騒音)は、赴任直後の主人公が田舎の中学生たちの陰湿な性質に直面し、彼の真っ直ぐな江戸っ子気質との激しい衝突を描いた重要なエピソードである。本騒動の展開と、そこから浮かび上がるテーマについて考察する。

悪戯の発端:布団の中のバッタ(イナゴ)

坊っちゃんが初めて宿直を務めた夜、布団の中に50匹から60匹ものバッタが仕込まれていた。坊っちゃんは驚きつつもバッタ相手に大立ち回りを演じ、枕で叩き潰したり箒で掃き出したりして対処した。生徒たちはこれをイナゴであると強弁したが、この嫌がらせが全ての騒動の始まりであった。

生徒たちのしらばっくれと坊っちゃんの怒り

坊っちゃんは寄宿生の総代を呼び出して詰問したが、生徒たちの態度は極めて不誠実であった。

・バッタではなくイナゴであると生意気な方言で茶化す。
・温かい場所が好きだから勝手に入ったのだろうと、事実無根の言い逃れをする。
・決して自分の非を認めようとしない。

悪戯には罰が伴うべきだと考える坊っちゃんにとって、罰を逃れるために嘘をつく生徒たちの下劣な根性は到底受け入れがたいものであった。上品も下品も区別できない彼らの態度に、坊っちゃんは激しい嫌悪感を抱いた。

深夜の大騒動と朝までの待ち伏せ

バッタ騒動に続き、深夜には組織的な騒音による嫌がらせが行われた。

・数十人で一斉に床板を踏み鳴らし、鬨の声を上げる。
・坊っちゃんが駆けつけると静まり返り、暗闇に隠れて部屋に鍵をかける。

廊下で脛を打つなどの被害に遭いながらも、坊っちゃんは廊下の真ん中で胡坐をかき、朝まで犯人を待ち伏せするという無鉄砲な意地を見せた。世の中に正直が勝たないはずがないという信念に基づく、彼らしい抵抗であった。

狸(校長)の事なかれ主義と手温るい対応

朝になり、坊っちゃんは生徒を宿直部屋へ引っ立てたが、校長の狸による対応は極めて手温るいものであった。

・処分が決定するまでは今まで通り学校へ出るよう命じる。
・時間に間に合わないから早く飯を食えと促し、その場で生徒を放免する。

坊っちゃんはこの事なかれ主義の対応に呆れ、このような悠長な態度こそが生徒に宿直員を軽んじさせる原因であると不満を募らせた。

まとめ:エピソードが象徴するもの

この一連の悪戯騒動は、単なる子供の遊びではなく、嘘と打算に満ちた社会と、純粋な正義を貫こうとする坊っちゃんとの真っ向からの対立を象徴している。本事件は後に開かれる処分会議の伏線となり、赤シャツの詭弁や山嵐の正義感を浮き彫りにする物語前半の大きな山場として機能している。

登場キャラクター

語り手の家族・関係者

坊っちゃん

東京出身の江戸っ子で親譲りの無鉄砲な性格を持つ。両親との折り合いは悪かったが、下女の清からは深く愛されている。四国の中学校へ数学教師として赴任し、田舎の風習や同僚の狡猾さに反発を覚えた。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の数学教師。のちに東京の街鉄の技手。
・物語内での具体的な行動や成果
 寄宿生のいたずらに対して単身で立ち向かい、処罰を主張した。山嵐と協力して赤シャツと野だへ暴行を加え、懲らしめる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 中学校の職を辞して東京へ戻り、街鉄の技手となった。

おやじ

坊っちゃんの父親である。坊っちゃんを可愛がらず、兄ばかりを贔屓している。坊っちゃんの将来を案じて否定的な言葉を投げかけた。

・所属組織、地位や役職
 坊っちゃんの父親。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんが兄へ飛車を投げつけた際、勘当を言い渡そうとした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 坊っちゃんが中学生の時に卒中で死亡した。

坊っちゃんの母親である。父親と同様に兄を贔屓している。

・所属組織、地位や役職
 坊っちゃんの母親。
・物語内での具体的な行動や成果
 怪我をした坊っちゃんへ怒り、顔も見たくないと言い放った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 坊っちゃんが親戚の家に泊まっている間に病死した。

坊っちゃんの兄である。色が白く、実業家を目指している。性格が合わず、坊っちゃんとたびたび喧嘩をした。

・所属組織、地位や役職
 商業学校の卒業生。九州の会社の支店員。
・物語内での具体的な行動や成果
 将棋の対局中に坊っちゃんから飛車を投げつけられ、怪我を負った。家財を売却し、坊っちゃんへ六百円を渡して九州へ旅立つ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 九州へ赴任した後は、坊っちゃんと再会していない。

坊っちゃんの家で働く下女である。もとは由緒ある身分の出身を持つ。坊っちゃんの真っ直ぐな気性を愛し、無条件に擁護している。

・所属組織、地位や役職
 坊っちゃんの家の下女。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんへ菓子や小遣いを与え、赴任先へも長い手紙を送って身を案じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 坊っちゃんが東京へ戻った後に同居を始める。その後、肺炎で死去して養源寺へ葬られた。

清の甥

清の甥である。

・所属組織、地位や役職
 裁判所の書記。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんの家が解散した際、清を自身の家へ引き取った。坊っちゃんが訪ねるたびに手厚く歓待した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

東京の知人・近隣住民

勘太郎

坊っちゃんの家の隣にある質屋の息子である。十三、四歳で弱虫だが力は強い。

・所属組織、地位や役職
 質屋である山城屋の息子。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんの家の栗を盗みに来て喧嘩になり、垣根の向こうへ落ちて怪我をした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

兼公

大工である。

・所属組織、地位や役職
 大工。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんたちと共に茂作の人参畑を荒らした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

肴屋である。

・所属組織、地位や役職
 肴屋。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんたちと共に人参畑で相撲を取って畑を荒らした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

茂作

人参畑の持ち主である。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんたちに人参畑を踏みつぶされた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

古川

田圃の持ち主である。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんに田圃の井戸を埋められ、怒鳴り込んできた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

浅井の民さん

坊っちゃんの小学校時代の同級生である。

・所属組織、地位や役職
 百姓。
・物語内での具体的な行動や成果
 特になし。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

浅井のおやじ

浅井の民さんの父親である。顔が青くふくれている。

・所属組織、地位や役職
 百姓。
・物語内での具体的な行動や成果
 特になし。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

法律学校の書生

小川町の下宿で坊っちゃんの二階下に住んでいた書生である。

・所属組織、地位や役職
 法律学校の生徒。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんが寝る時に立てる音に対して苦情を言った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

中学校関係者

校長 / 狸

四国の中学校の校長である。薄髭があり、色の黒い目の大きな狸のような顔立ちをしている。もったいぶった態度を取る。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の校長。
・物語内での具体的な行動や成果
 寄宿生の騒動では責任を語りながらも寛大な処分で済ませようとした。赤シャツの提案を受け、古賀を延岡へ転任させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

教頭 / 赤シャツ

中学校の教頭である。文学士であり、年中赤いフランネルのシャツを着ている。表面的には親切だが、裏で画策を行う狡猾な人物である。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の教頭。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんと山嵐を離間させようと嘘を吹き込んだ。古賀を転任させ、マドンナへ近づいた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 角屋から出たところを坊っちゃんと山嵐に待ち伏せされ、暴行を受けた。

古賀 / うらなり

英語教師である。顔が青くふくれている。人が良く、大人しい性格の持ち主である。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の英語教師。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんの下宿先として萩野家を紹介した。赤シャツの策により、転任を受け入れた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 日向の延岡の中学校へ転任した。

堀田 / 山嵐

数学教師である。会津出身で大柄な坊主頭をしている。正義感が強く、生徒からの人望が厚い。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の数学教師。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんに氷水を奢り、下宿を紹介した。赤シャツの画策で坊っちゃんと対立するが、後に誤解を解いて協力する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 坊っちゃんと共に赤シャツたちを懲らしめた後、辞表を出して東京へ去った。

吉川 / 野だ

画学教師である。赤シャツへ常に付き従う太鼓持ちのような男である。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の画学教師。
・物語内での具体的な行動や成果
 赤シャツに同行して釣りをし、坊っちゃんを暗に馬鹿にした。角屋で赤シャツと密会に同行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 坊っちゃんから生卵を顔にぶつけられ、暴行を受けた。

漢学の先生

漢学教師である。愛嬌のあるお爺さんである。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の漢学教師。
・物語内での具体的な行動や成果
 着任したばかりの坊っちゃんへ絶え間なく話しかけた。寄宿生の処分会議では穏便説に賛成した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

小使

学校の用務員である。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の小使。
・物語内での具体的な行動や成果
 バッタ騒動の際、坊っちゃんの命令で掃き捨てたバッタを拾い集めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

川村

学校の書記である。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の書記。
・物語内での具体的な行動や成果
 処分会議で出席者の頭数を数え、書類を配布した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

博物の教師

博物教師である。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の博物教師。
・物語内での具体的な行動や成果
 処分会議において、厳罰に反対して寛大な処分へ賛成した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

体操の教師

体操教師である。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の体操教師。
・物語内での具体的な行動や成果
 祝勝会の行進で隊列を整理した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

赤シャツの弟

赤シャツの弟である。出来が悪く、坊っちゃんから数学を教わっている。

・所属組織、地位や役職
 四国の中学校の生徒。
・物語内での具体的な行動や成果
 赤シャツの家で坊っちゃんの取次をした。高知の踊りへ山嵐を誘いに来た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

赴任先の住人・関係者

船頭

赤ふんどし姿の船頭である。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 汽船から岸へ坊っちゃんを運んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

鼻たれ小僧

漁村の小僧である。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんから中学校の場所を聞かれたが、知らないと答えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

筒っぽうを着た男

道案内の男である。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんを港屋という宿へ案内した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

宿屋の女将

山城屋の女将である。

・所属組織、地位や役職
 宿屋の女将。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんから茶代として五円をもらったため、板の間に頭をつけて挨拶をした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

宿屋の下女

山城屋の下女である。

・所属組織、地位や役職
 宿屋の下女。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんを暗い部屋へ案内し、食事の世話をした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

いか銀

坊っちゃんの最初の下宿の主人である。骨董の売買をしている。

・所属組織、地位や役職
 骨董商。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんに印材や掛軸などを売りつけようとした。後に作り話をして坊っちゃんを下宿から追い出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

いか銀の女房

いか銀の妻である。亭主より年上で魔女に似ている。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんが下宿を引き払う際、不都合があったかと引き留めようとした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

萩野の爺さん

坊っちゃんの二番目の下宿の主人である。士族の出身を持つ。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 夜になると変な声を出して謡をうたう。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

萩野のお婆さん

坊っちゃんの二番目の下宿の女将である。上品だが世話焼きな性格である。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 坊っちゃんへマドンナや古賀の転任に関する地元の噂話を聞かせた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

遠山のお嬢さん / マドンナ

遠山家の娘である。美しい容姿から、学校の教師たちにマドンナと呼ばれている。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 古賀と婚約していたが、赤シャツへ心を移した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

遠山の奥さん

マドンナの母親である。

・所属組織、地位や役職
 特になし。
・物語内での具体的な行動や成果
 停車場で赤シャツと会話を交わし、共に汽車に乗り込んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

小鈴

温泉町の角屋へ出入りする芸者である。

・所属組織、地位や役職
 芸者。
・物語内での具体的な行動や成果
 送別会で歌をうたい、野だの膝を叩いた。後日、角屋へ向かう姿を目撃された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

旅団長

地域の旅団長である。

・所属組織、地位や役職
 旅団長。
・物語内での具体的な行動や成果
 祝勝会で祝詞を読んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

知事

地域の知事である。

・所属組織、地位や役職
 知事。
・物語内での具体的な行動や成果
 祝勝会で祝詞を読んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特になし。

展開まとめ

無鉄砲な性格と数々の騒動

語り手は親譲りの無鉄砲な性格によって、幼少期から損ばかりしていた。小学校時代には、同級生に飛び降りられまいと囃し立てられたことから、学校の二階から飛び降り、一週間ほど腰を抜かしたのである。さらに、西洋製のナイフを試すため、自らの親指を切りつけて傷痕を残した。

庭の栗の木を巡っては、隣家の質屋の息子である勘太郎と争いになった。栗を盗みに来た勘太郎を捕まえた末、もみ合いの勢いで垣根の向こうへ突き落とし、相手に怪我を負わせてしまった。その他にも、人参畑を荒らしたり、田圃の井戸を埋めたりと、数々の悪戯を重ねていた。

家族との不和

父は語り手を少しも可愛がらず、乱暴者で将来碌な人間にならないと繰り返していた。母も兄ばかりを贔屓にし、語り手には将来を案じる言葉ばかりを向けていた。語り手自身も、自分が碌なものにならないことを半ば認めていた。

母が病死する直前、語り手は台所で宙返りをして肋骨を打ちつけ、怒った母から顔も見たくないと言われて親類宅へ泊まりに行っていた。その間に母は亡くなり、兄からは親不孝者として責め立てられた。悔しさのあまり兄を殴り、大いに叱られたのである。

その後は父と兄との三人暮らしになったが、父は口癖のように駄目だと言い続け、兄とも頻繁に喧嘩をしていた。将棋で卑怯な手を使われた際には、怒りのまま飛車を兄の眉間へ投げつけて怪我をさせ、勘当寸前にまで至った。

下女・清の献身

勘当騒ぎの際、長年仕えていた下女の清が泣いて父へ詫びたことで、語り手は許された。没落した家の出身である清は、なぜか語り手を非常に可愛がっていた。町内では乱暴者扱いされていた語り手に対し、清だけは真っ直ぐで良い気性だと褒め続けていたのである。

清は菓子や蕎麦、鍋焼饂飩を買い与え、靴足袋や帳面、鉛筆まで世話していた。さらに三円を貸してくれたこともあったが、その金を語り手は誤って便所へ落としてしまった。清は嫌な顔一つせず洗い、最終的には銀貨へ替えて渡してくれた。語り手は返すつもりでいながら、結局返さないままであった。

清は語り手が将来立身出世し、立派な家を持つ人物になると信じ込んでいた。語り手自身には何の展望もなかったが、清に繰り返し言われるうち、自分も何者かになれるのではないかと思うようになっていた。清は将来一緒に暮らすつもりで、麹町や麻布に家を持つ想像まで膨らませていた。

父の死と兄との別れ

母の死後五、六年を経て父も卒中で亡くなった。その頃、語り手は私立中学校を卒業し、兄も商業学校を卒業して九州の会社へ赴任することになった。兄は家財を処分し、家屋敷も売却した。語り手は兄の世話になるつもりはなく、自力で生きる覚悟を決めていた。

兄は別れ際に六百円を渡し、商売でも学資でも好きに使えと告げた。さらに清への五十円も託し、その後二人は新橋駅で別れて以来、再会することはなかった。

物理学校への進学

語り手は六百円の使い道を考えた末、学資にして勉強を続けることを決めた。しかし語学や文学には興味が持てず、偶然目にした物理学校の生徒募集広告を縁だと思い、その場で入学手続きを済ませた。これも親譲りの無鉄砲による判断であった。

三年間、成績は良くなかったものの、無事卒業まで漕ぎ着けた。そして卒業から八日後、校長から四国の中学校で数学教師をしないかと勧められる。教師になる意思も田舎へ行く考えもなかったが、行きましょうと即座に返事をしてしまった。これもまた無鉄砲な性格による決断であった。

清との別れ

赴任が決まると、語り手は清を訪ねた。清は相変わらず、卒業すれば家を持ち役所へ通う立派な人物になると信じていた。しかし田舎へ赴任すると聞かされると、大きく落胆した。語り手は来年の夏には戻ると慰め、土産に何が欲しいか尋ねたところ、清は越後の笹飴が欲しいと答えた。行き先が西国であることを説明しても、清には地理の感覚がよく分かっていなかった。

出立の日、清は歯磨きや楊枝、手拭などを鞄へ詰め込み、停車場まで見送りに来た。そして、もう会えないかもしれないと涙を浮かべながら別れを告げた。語り手は泣かなかったが、汽車が動き出した後に振り返ると、なおその場に立ち尽くす清の姿が小さく見え、胸に深いものを感じていた。

四国への到着と田舎への不満

語り手は汽船を降り、赤ふんどし姿の船頭が操る艀で岸へ渡った。降り立った場所は小さな漁村のような町であり、東京育ちの語り手には野蛮で耐え難い土地に見えた。中学校の場所を尋ねても、鼻を垂らした小僧は知らないと答え、語り手は田舎者の鈍さに呆れていた。

その後、妙な服装の男に案内されて港屋という宿へ入ったが、そこからさらに汽車と人力車で移動しなければ学校へ行けないことを知る。到着した学校は既に放課後であり、宿直も不在だったため、語り手は草臥れて再び宿へ戻った。

宿屋での不満と五円の茶代

宿では階段下の暗く狭い部屋へ通され、不満を抱きながらも我慢して過ごした。湯へ入った後、空いている良い部屋がいくつもあることを知り、宿屋がわざと粗末な部屋へ押し込んだのだと思い込んだ。

語り手は、茶代を渡さなかったせいで軽く扱われたのだと考え、翌朝、見返すつもりで下女へ五円札を渡した。下女は驚いた様子を見せ、語り手はそれに満足して学校へ向かった。

校長との面会と教育論への反発

学校へ赴いた語り手は、狸のような顔をした校長から辞令を受け取った。校長は教育者の精神について長々と説き、生徒の模範となり人格的影響を与える存在でなければならないと語った。しかし語り手には、自分のような無鉄砲者へそのような役割を求めること自体が無理だと思えた。

あまりに要求が大仰であったため、語り手はその場で辞令を返し、東京へ帰ろうとまで考えた。しかし校長は、今話した内容はあくまで希望に過ぎず、出来ないことは承知していると笑いながら取り繕ったため、語り手も仕方なく勤めることを受け入れた。

教師たちへの第一印象

職員室へ案内された語り手は、一人一人へ辞令を見せながら挨拶をして回った。教師たちは皆どこか癖が強く、語り手は早くも渾名をつけ始めていた。

教頭の文学士は年中赤いフランネルのシャツを着ている男であり、語り手はこの男を「赤シャツ」と呼ぶことにした。英語教師の古賀は青白く膨れた顔色をしていたため「うらなり」と呼び、同じ数学教師の堀田は毬栗頭で乱暴そうだったため「山嵐」と名付けた。画学教師は芸人じみた軽薄な男であり、「野だいこ」と呼ぶことにした。

町への失望と待遇の変化

学校を出た後、語り手は町を歩き回ったが、県庁も兵営も東京より見劣りし、城下町を誇る人々を気の毒に感じていた。そうして宿へ戻ると、宿屋の女将は板の間へ頭を擦りつけるほど丁寧に出迎え、さらに十五畳の立派な座敷へ案内した。

語り手は、これは五円の茶代の効果だと得意になり、浴衣一枚で座敷の真ん中へ大の字になって寝転んだ。そこで清へ長い手紙を書き、校長を狸、教頭を赤シャツ、英語教師をうらなり、数学教師を山嵐と呼んでいることまで面白半分に報告した。

山嵐との交流と下宿探し

昼寝をしている最中、山嵐が突然訪ねてきて、授業の打ち合わせを始めた。さらに、宿屋では金がかかり過ぎるからと、自ら下宿を世話してやると言い出した。

案内された家は町外れの静かな場所にあり、骨董商のいか銀夫婦が住んでいた。女房は魔女のような風貌だったが、語り手は特に気にせず、翌日からそこへ移ることを決めた。帰り道、山嵐は氷水を奢り、学校で受けた乱暴な印象とは違い、面倒見の良い人物であることを感じさせた。後に、山嵐は学校でも最も生徒に人望のある教師だと知ることになる。

初めての授業と教師としての戸惑い

語り手は初めて教壇へ立ち、生徒たちを前に講義を始めた。自分のような人間でも教師が務まるのかと不思議な気持ちになり、生徒から先生と呼ばれるたびに妙に落ち着かない感覚を覚えていた。最初の授業は緊張のあまり、半ば勢いだけで終えてしまった。

二時間目では、体格の大きな生徒たちを前にして押し負けそうになったため、なるべく大声で江戸弁を交えながら講釈をした。しかし生徒から、早口すぎて分からないからもっとゆっくり話してくれと言われる。語り手は江戸っ子だから田舎言葉は使えないと答えながらも、授業自体は何とか切り抜けた。

ところが授業の終わり際、生徒に難しい幾何の問題を質問され、答えられず冷汗を流した。分からないものは分からないと開き直って引き揚げたものの、生徒たちには囃し立てられてしまった。

学校制度への不満

授業が終わっても教師はすぐ帰れず、三時まで学校へ拘束される仕組みになっていた。受け持ち教室の掃除確認や出席簿の点検まで義務付けられており、語り手は時間を無駄に縛りつけられているように感じていた。

不満を山嵐へ漏らすと、山嵐は笑いながらも、学校の悪口は他人の前では言わず、自分だけに話すよう忠告した。学校には厄介な人物がいるらしく、語り手はその意味を深く考えなかったものの、どこか含みのある言い方だと感じていた。

下宿の亭主による骨董攻め

下宿へ帰ると、亭主が必ずお茶を入れましょうと言って現れた。しかし実際には語り手の茶を勝手に飲みながら、書画骨董の話を持ち掛けてくるのであった。亭主は語り手を風流人だと思い込み、骨董趣味へ引き込もうとしていた。

最初は印材を売りつけようとし、次には華山の掛物を持ち込み、さらに巨大な端渓硯まで担ぎ込んできた。どれも高値で買わせようとするため、語り手はうんざりし始める。学校生活以上に、この骨董責めの方が長続きしそうにないと感じていた。

学校生活への倦怠

日々の授業には徐々に慣れていったものの、語り手は評判を気にする性格ではなく、教場で失敗してもすぐ忘れてしまっていた。校長や赤シャツを恐れる気もなく、生徒へ愛嬌や世辞を使う気も起きなかった。

しかし、狭い町での生活には次第に嫌気が差し始めていた。町を歩けば行動を逐一見られ、何をしても噂になる環境だったのである。

蕎麦屋での生徒との遭遇

ある晩、語り手は「東京蕎麦」と書かれた看板を見つけ、懐かしさから店へ入った。しかし店内は汚く、東京を名乗るには程遠い有様だった。

そこで天麩羅蕎麦を注文すると、店の隅で食事をしていた三人組が一斉にこちらを見た。よく見ると、全員学校の生徒であった。互いに挨拶は交わしたものの、語り手は改めてこの狭い土地ではどこへ行っても生徒の目から逃れられないことを実感していた。

赤手拭と温泉騒動

語り手は常に赤い縞模様の手拭を持ち歩いていたため、生徒たちから「赤手拭」と渾名されていた。さらに、温泉では上等の浴衣付き八銭の風呂ばかり利用していたため、月給四十円でそんな贅沢をするのはおかしいと噂されるようになった。

また、広い湯船で泳ぐのを楽しみにしていたが、ある日突然「湯の中で泳ぐべからず」という貼り紙が出された。しかも学校へ行くと、その文句が黒板にまで書かれていたため、生徒たち全体が自分を監視しているように思え、強い窮屈さを感じた。

宿直制度への不満

学校には教師が交代で宿直を務める制度があった。しかし校長の狸と教頭の赤シャツだけは「奏任待遇」という理由で免除されていた。語り手は、月給も高く勤務時間も短い者が宿直を免れるのは不公平だと強い不満を抱いていた。

山嵐は「強者の権利」という英語を引き合いに出して世の中の理不尽を説明したが、語り手には納得がいかなかった。それでも順番は巡ってきて、ついに自身が宿直を務めることになった。

宿直部屋と温泉への外出

宿直部屋は寄宿舎の西端にあり、西日が差し込んで非常に暑かった。生徒用の食事もまずく、語り手はこんな粗食で暴れ回れる生徒たちは豪傑だと皮肉っていた。

退屈に耐えきれなくなった語り手は、宿直中にもかかわらず温泉へ出掛けることにした。小使に行き先を問われると、用事ではなく温泉だと堂々と言い放って外出した。

帰り道では、まず校長の狸に出会い、宿直中ではなかったかと嫌味めいた確認をされた。さらに山嵐にも見つかり、不都合だと注意されたが、語り手は宿直だからこそ散歩が必要だと言い返していた。

バッタ騒動

夜になると語り手は宿直部屋で寝ようとしたが、布団へ入った途端、全身へざらざらした感触が走った。驚いて飛び起きてみると、布団の中には大量のバッタが放り込まれていた。

語り手は枕を振り回して必死に退治し、小使へ激怒した。さらに寄宿生を呼び出して犯人探しを始めたが、生徒たちは「イナゴぞな、もし」と方言混じりに言い返し、自分たちは何もしていないと白を切り続けた。

語り手は、いたずらをしたなら堂々と認めるべきだと考えており、罰を恐れて嘘をつく生徒たちを卑怯者だと見下した。結局、生徒たちは最後まで認めず、語り手は胸糞悪さを感じながら追い返した。

清への思慕

再び布団へ入った語り手は、眠れないまま清のことを思い出していた。遠く離れて暮らすようになって初めて、清の親切さや献身の価値を実感していたのである。

越後の笹飴を欲しがった清の願いも、今ならわざわざ越後まで買いに行ってでも叶えてやりたいと思うほどだった。語り手は、自分を褒めてくれる清こそ立派な人間だと考え、無性に会いたくなっていた。

寄宿舎の大騒動

その最中、突然二階から大勢の生徒が床を踏み鳴らし、大騒ぎを始めた。語り手は、先ほどのバッタ騒動への意趣返しだと察し、怒りながら寄宿舎へ駆け上がった。

しかし生徒たちは、語り手が近づくとぴたりと静まり返る。東西の廊下を使って声を上げたり逃げたりを繰り返し、語り手を翻弄した。語り手は廊下を走る途中で向脛を強打しながらも、決して負けまいと意地を張り続けていた。

知恵では敵わなくても、正直者は最後に勝つという考えだけを支えに、語り手は廊下の真ん中へ胡坐をかき、そのまま朝まで見張る決意を固めた。

朝の乱闘と校長の対応

朝になると、生徒が部屋から出てきた瞬間を狙い、語り手は一人を引き倒し、もう一人へ飛び掛かって取り押さえた。そのまま宿直部屋へ連行し、再び尋問を始めたが、生徒たちは最後まで知らないと言い張った。

やがて寄宿生たちが次々と集まり、騒ぎは大きくなった。そこへ小使の報告を受けた校長が現れ、ひと通り事情を聞いた後、処分は後日行うとして生徒たちを解散させた。

さらに校長は、疲れているなら授業を休んでも良いと語り手へ勧めた。しかし語り手は、一晩寝なくても授業が出来ないようでは月給を返すべきだと言い返し、顔中を蚊に刺されて腫らしながらも授業へ出る意思を示した。校長は、その様子を見て苦笑しながら元気だと評したのであった。

赤シャツからの釣りの誘い

赤シャツは語り手へ釣りへ行かないかと誘いを掛けた。語り手は釣りの経験を尋ねられ、小梅の釣堀で鮒を釣った話や、縁日で鯉を逃した話を語ったが、赤シャツは気取った笑い方をして見下したように応じた。

語り手は、趣味で魚や鳥を殺して楽しむ釣りや猟を不人情な行為だと考えていた。しかし断れば腕前を恐れていると思われそうだったため、結局は同行を承知した。

同行者には画学教師の野だも加わった。野だは赤シャツへ常に付き従っており、語り手には主従関係のように見えていた。

沖での釣りと赤シャツたちへの嫌悪感

三人は船へ乗り込み、沖へ出た。語り手は竿を使わず糸だけで釣る沖釣りに驚かされ、野だの得意げな説明に内心腹を立てていた。

海上の景色は美しく、語り手は潮風に吹かれながら広々とした海を心地よく感じていた。一方、赤シャツと野だはターナーやラファエロのマドンナなど、西洋芸術の名前を並べて悦に入っていた。語り手には何のことか分からず、また芸者を暗に連想させるような会話をする二人へ下品さを感じていた。

初めての魚釣り

船頭が適当な場所で船を止め、赤シャツと野だは鯛を狙って釣りを始めた。語り手は浮きのない釣り方に戸惑いながらも、自分も糸を垂らした。

しばらくすると糸へ反応があり、語り手は夢中で引き上げた。釣れたのは金魚のような縞模様の小魚だったが、ぬるぬるした感触が気味悪く、魚を握ること自体に嫌悪感を抱いた。魚はそのまま甲板へ叩きつけられ、死んでしまった。語り手はすぐに釣りをやめ、もう魚は握りたくないと思った。

赤シャツと野だはその魚を「ゴルキ」と呼び、ロシア文学者の名前を持ち出して面白がっていた。語り手は、赤シャツが帝国文学という雑誌から覚えた片仮名ばかり並べる癖を不快に感じていた。

清への思いと江戸っ子への反感

赤シャツと野だは熱心に釣り続けていたが、釣れるのは食用にもならない小魚ばかりだった。語り手はその様子を横目に、仰向けになって空を眺めながら清のことを思い出していた。

景色の良い場所へ連れて来るなら、野だのような軽薄な男ではなく、清のような人間と来る方がよほど気持ちが良いと思っていた。また、野だのような男が江戸っ子を名乗ることで、江戸っ子全体が軽薄だと思われることにも反感を抱いていた。

バッタ騒動に関する会話

やがて赤シャツと野だは小声で内緒話を始めた。その中で「バッタ」「天麩羅」「団子」「堀田」「煽動」などの言葉が断片的に聞こえ、語り手は自分に関する噂話をしているのだと察した。

しかし内容ははっきりせず、山嵐こと堀田が語り手を煽動したのか、生徒を煽動したのかも分からなかった。語り手は気に掛かりながらも、真相は掴めないままだった。

赤シャツの忠告

帰り際、赤シャツは生徒たちが語り手の着任を歓迎していると語りつつも、険呑な状況だから注意するよう忠告した。野だも、自分たちは陰ながら尽力しているのだともっともらしく語った。

語り手が事情を尋ねると、赤シャツは学校には複雑な情実があり、単純な正直さだけでは立ち回れないと説明した。そして前任者も誰かに乗ぜられて失敗したのだと匂わせたが、具体的な名前や証拠は明かさなかった。

語り手は、自分が悪いことをしなければ問題ないと考えていた。しかし赤シャツは、世の中では他人の悪意を見抜けなければ痛い目を見ると語った。

それに対し語り手は、正直で真っ直ぐな人間が笑われる世の中そのものに違和感を抱いていた。倫理で正直を教えながら、現実では人を騙す術の方が重宝される世間に不満を感じ、こういう時に自分を笑わず受け止めてくれた清の方が、赤シャツよりよほど立派だと思っていた。

帰港

話しているうちに海辺は夕暮れに包まれ、浜には靄が掛かり始めた。赤シャツと野だはその景色を眺めながら芸術談義を続けていた。

やがて船は港へ戻り、港屋の女将が赤シャツへ挨拶をした。語り手は船端から勢いよく磯へ飛び降り、釣りは終わった。

赤シャツへの不信と山嵐への疑念

釣りから戻った語り手は、野だへの嫌悪感と赤シャツへの不信感を募らせていた。赤シャツは親切そうに振る舞う一方で、山嵐を遠回しに悪人扱いしており、その陰口めいた態度を男らしくないと感じていた。

しかし同時に、山嵐が生徒を煽動して語り手を陥れるような回りくどい真似をする人物にも思えなかった。もし本当に邪魔なら、正面から辞職を求めてくれば済む話だと考えていた。

それでも、氷水を奢られた恩が詐欺師のような人物へ出来たままなのは我慢ならず、翌日学校へ行ったら一銭五厘を返そうと決意した。

清への思いと恩義の考え方

語り手は、清から借りた三円を五年経った今も返していないことを思い出していた。しかしそれは返せないのではなく、返さないのである。

清との関係は金銭の貸し借りを超えたものであり、恩を返そうとすること自体が、清の真心を疑うようで嫌だった。語り手にとって恩義とは金で清算するものではなく、独立した人間として相手の厚意を受け止めることに価値があった。

だからこそ、山嵐のような裏表のある人物だと思った相手からの施しは受けたくなく、一銭五厘を返して決着を付けようとしていた。

赤シャツによる口止め

翌朝、語り手は早めに学校へ行き、山嵐を待ち構えた。しかし最初に現れたのは赤シャツであった。

赤シャツは、昨日船の中で話した内容を秘密にしてほしいと頼み込んできた。語り手が、これから山嵐へ直接談判するつもりだと告げると、赤シャツは激しく狼狽し、自分は山嵐について明言していない、騒動を起こされると困ると慌てて弁解した。

語り手は、そこまで迷惑なら口外しないと約束した。しかし赤シャツの態度はどこまでも女々しく、論理にも一貫性がないように感じられた。

山嵐との衝突

やがて山嵐が出勤してきた。語り手は一銭五厘を差し出し、氷水代だと返そうとした。しかし山嵐は冗談だと思い、笑って突き返した。

語り手が本気で返済しようとしていると分かると、山嵐は下宿を出るよう告げた。実は下宿の亭主が、語り手は乱暴で持て余していると山嵐へ相談していたのである。

語り手は、自分が下宿の女房へ足を拭かせたなどという話に激怒した。山嵐も負けずに声を荒げ、二人は控所で大喧嘩を始めた。周囲の教師たちは騒ぎに驚き、野だだけが面白そうに眺めていた。

寄宿生処分会議の開始

午後になると、寄宿生によるバッタ騒動の処分を決める会議が開かれた。校長は、事件が起きるのは自分の不徳の致すところだと大仰に語り、教師たちへ意見を求めた。

語り手には、生徒が悪いだけの話なのに、なぜ校長自身が責任を背負うような芝居をするのか理解できなかった。また、誰も積極的に意見を述べず、会議そのものが無意味な形式に思えていた。

赤シャツと野だの寛大論

最初に発言した赤シャツは、生徒の悪戯は教師側にも責任があり、少年の血気による半ば無意識な行動なのだから、あまり厳罰にするべきではないと主張した。

続いて野だも、校長と赤シャツの説へ全面賛成し、学校の風紀を考えるなら寛大処分が望ましいと大仰な漢語を並べて演説した。しかし語り手には、言葉ばかりで中身のない話にしか聞こえなかった。

語り手は堪えきれず、生徒が全面的に悪いのだから謝罪させるべきであり、退校処分でも構わないと反論した。しかし周囲の教師たちは皆、赤シャツ寄りの穏便説を支持したため、語り手は学校全体が赤シャツ派で固まっているように感じていた。

山嵐の擁護

すると山嵐が突然立ち上がり、赤シャツたちの説へ全面反対を表明した。

山嵐は、生徒たちが新任教師を軽蔑し翻弄しただけであり、教師側へ責任を転嫁するのは失言だと断言した。着任してまだ二十日足らずの教師を、生徒が正当に評価できるはずもなく、理由もなく侮辱した寄宿生を寛容に扱えば学校の威信が損なわれると主張した。

さらに教育とは学問だけでなく、正直で武士的な気風を育てることであり、軽薄で暴慢な悪習を放置してはならないと熱弁した。寄宿生には厳罰を与えた上で、当該教師へ公然と謝罪させるべきだと結論付けた。

語り手は、自分の言いたいことを山嵐がすべて代弁してくれたように感じ、先ほどまでの喧嘩を忘れて感謝するほど嬉しくなっていた。

宿直中の外出問題

しかし山嵐は続けて、宿直中に温泉へ出掛けた語り手の行動についても厳しく批判した。一校の留守番を任されながら、温泉へ行くのは重大な失態だと指摘し、校長へ責任者への注意を求めた。

語り手は、前任者たちも外出していたため習慣だと思い込んでいたが、確かに自分が悪かったと認め、その場で素直に謝罪した。すると教師たちは再び笑い出した。

寄宿生処分と蕎麦屋禁止論

最終的に寄宿生たちは一週間の禁足処分となり、語り手へ謝罪することが決まった。

続いて校長は、生徒の風紀を正すため、教師は蕎麦屋や団子屋など上等でない飲食店へ出入りすべきではないと語り出した。語り手には、そんな条件なら最初から蕎麦や団子が嫌いな教師を雇えば良い話だと思えた。

赤シャツはさらに、教師は社会の上流に属する存在なのだから、釣りや文学、俳句など高尚な精神的娯楽を持つべきだと説いた。しかし語り手には、肥料にもならない小魚を釣り、芸者をマドンナ呼ばわりする赤シャツの方がよほど下らなく見えていた。

腹を立てた語り手は、マドンナに会うのも精神的娯楽なのかと皮肉を投げつけた。すると会議室は急に静まり返り、赤シャツは苦しそうに俯き、うらなりだけがさらに青ざめていた。

下宿の退去と萩野家への転居

語り手は即座に下宿を引き払った。いか銀の女房は、何か不都合があったなら改めると引き留めようとしたが、出て行ってほしいのか留まってほしいのか態度が曖昧であり、語り手には理解不能だった。こんな相手と喧嘩をしても仕方がないと考え、さっさと車屋を呼んで立ち去った。

行き先も決めないまま歩き回るうち、語り手は鍛冶屋町へ辿り着いた。そこで、うらなりこと古賀の家が近くにあることを思い出し、下宿探しを頼ることにした。

古賀は快く応じ、裏町に住む萩野という老夫婦の家を紹介した。こうして語り手は、その夜から萩野家の下宿人となった。

しかし翌日になると、語り手が出て行ったいか銀の座敷へ、平然と野だが入り込んでいた。語り手は、最初から自分を追い出して野だを入れる筋書きだったのではないかと疑い、世間は人を乗せ合って生きているのだと嫌気が差していた。

清への思慕と世間への不信

語り手は、世の中がこんな騙し合いばかりなら、自分も世間並みにずる賢くならなければ生きていけないのかと思い始めていた。しかし、そんな考えを抱くたびに清の存在を思い出していた。

田舎へ来てから、清の気立ての良さはますます身に沁みるようになっていた。もし物理学校へ行かず、六百円を元手に牛乳屋でも始めていれば、清も側にいてくれたかもしれないと考えていた。

その頃の語り手は、毎日のように東京からの手紙を待ち続けていた。萩野家の老夫婦は上品で親切だったが、食事は毎晩薩摩芋ばかりであり、語り手には苦痛だった。

萩野のお婆さんとの会話

萩野のお婆さんは、語り手に奥さんがいると思い込み、東京からの手紙を待ち焦がれている様子から、恋女房がいるに違いないと決めつけていた。

語り手が独身だと説明しても、お婆さんは二十四で妻がいるのは当然だと譲らず、さらに、この辺りには「マドンナ」と呼ばれる美人がいると語り始めた。

その女性は遠山家の娘であり、学校の教師たちからマドンナと呼ばれていた。そして元々は古賀と結婚する約束になっていたが、古賀の家が没落した後、赤シャツが遠山家へ出入りするようになり、娘の心を掴んでしまったのだという。

さらに、山嵐こと堀田が赤シャツへ抗議に行ったことから、二人の仲は険悪になったという噂まで聞かされた。語り手は、これまで曖昧だった赤シャツと山嵐の対立理由をようやく理解した。

清からの長い手紙

数日後、ついに清からの手紙が届いた。しかしその手紙は山城屋からいか銀、さらに萩野家へと転送されてきたもので、かなり日数が経っていた。

清は風邪で寝込んでいたため返事が遅れたこと、字が下手なため下書きに何日も掛かったことを詫びながら、一生懸命に長文を書き連ねていた。

内容は、田舎者へ油断するな、むやみに渾名を付けるな、身体を大切にしろ、金を無駄遣いするななど、細かな心配事ばかりであった。さらに、語り手から貰った五十円を郵便局へ預け、その中から十円を送るとまで書いてあった。

語り手は、読みにくい長文にもかかわらず、真面目に最後まで読み返した。夕暮れの縁側で風に吹かれながら手紙を読み続け、改めて清の真心を噛み締めていた。

うらなりへの同情

その夜、語り手は温泉へ向かう途中、停車場で偶然古賀と出会った。昼間聞いたマドンナの話が頭に残っていたため、以前にも増して古賀を気の毒に感じていた。

古賀は相変わらず遠慮がちで、何を話しても控え目だった。語り手は少しでも元気づけようと気さくに接したが、古賀は終始弱々しい態度を崩さなかった。

マドンナとの遭遇

そこへ、美しい若い女とその母親らしい婦人が現れた。語り手は、一目見ただけでその女性が噂のマドンナだと直感した。

古賀は二人へ近づき、軽く挨拶を交わした。その後、赤シャツまで現れ、慇懃に二人へ声を掛けた。語り手は、その様子を見ていよいよ噂が事実なのだと理解した。

列車が到着すると、赤シャツとマドンナ親子は上等車へ乗り込んだ。古賀は当然のように下等車へ入っていったため、語り手は気の毒さに耐えきれず、自分も上等切符を持ちながら下等車へ乗り込んだ。

月夜の尾行

温泉からの帰り道、語り手は団子屋の前を通りながら、古賀の境遇を思っていた。すると野芹川の土手で、前方に男女二人の影を見つけた。

追い付いて顔を覗き込むと、男は赤シャツだった。赤シャツは語り手を見るや否や、慌てて女を促し、温泉町の方へ引き返していった。

語り手は、赤シャツが図太く誤魔化そうとしたのか、それとも気後れして名乗れなかったのか判断出来なかった。しかし、この狭い土地では、自分だけでなく誰もが窮屈な思いを抱えて生きているのだと感じ始めていた。

山嵐への評価の変化

語り手は、赤シャツに釣りへ誘われて以降、山嵐を疑っていた。下宿を追い出された際には、山嵐が陰で仕組んだのだと思い込み、不埒な人物だと決めつけていたのである。

しかし会議の席で山嵐が生徒厳罰論を堂々と主張し、さらに萩野のお婆さんから、山嵐が古賀のために赤シャツへ抗議したと聞かされたことで、考えが変わり始めていた。

その一方で、赤シャツは遠回しな言葉で語り手へ疑念を植え付け、しかも野芹川の土手ではマドンナと連れ立って歩いていた。これらの出来事から、語り手は赤シャツを「曲者」だと断定するようになった。

語り手にとって、人間は竹のように真っ直ぐであるべきだった。山嵐のように露骨で乱暴な人物の方が、赤シャツのねちねちした態度より遥かに人間らしく思えたのである。

山嵐との絶交状態

それでも山嵐との関係は修復されなかった。会議後、語り手は仲直りしようと話しかけたが、山嵐は返事もせず睨み返したため、再び意地を張ってしまった。

机へ返した一銭五厘も、そのまま埃を被って残されていた。語り手も山嵐も決して手を付けず、その一銭五厘が二人の間の壁になっていたのである。語り手は次第に、その硬貨を見ること自体が苦痛になっていた。

赤シャツとの会話と野芹川の件

山嵐と絶交状態になる一方で、赤シャツとは表面上これまで通り交流が続いていた。

赤シャツは、下宿の具合や再び釣りへ行こうという話を持ち掛けてきた。そこで語り手は、昨夜は二度会ったと切り返し、さらに野芹川の土手でも会ったと直接ぶつけた。

しかし赤シャツは、停車場では会ったが、土手へは行っていないと平然と否定した。語り手は、現に目撃しているにもかかわらず嘘をつく赤シャツを見て、完全に信用を失った。

赤シャツの家への訪問

ある日、赤シャツは話があるから家へ来てくれと語り手を招いた。赤シャツは立派な家へ住んでおり、語り手はその家を見て、もし自分も金を使えば清を呼び寄せて暮らせるかもしれないと考えた。

応対に出たのは赤シャツの弟であり、学校で語り手から数学を習っている出来の悪い生徒だった。

赤シャツは琥珀のパイプをふかしながら、語り手の成績を校長が高く評価していること、学校から信頼されていることを語り始めた。

増給話とうらなりの転任

赤シャツはさらに、近く転任者が出るため、その分を融通して語り手の待遇改善が出来るかもしれないと持ち掛けた。転任するのは古賀だという。

古賀は日向の延岡へ赴任することになっており、その代わりに来る新任教師を低い給料で雇うため、余剰分を語り手へ回すという理屈だった。

語り手には事情がよく分からなかったが、赤シャツはさらに、将来はもっと重大な責任を持ってもらうことになるかもしれないと曖昧な説明を続けた。語り手は、その要領を得ない話し方に不信感を強めていた。

萩野のお婆さんから聞いた真相

帰宅後、語り手は萩野のお婆さんから古賀転任の真相を聞かされた。

古賀の母は、家計が苦しいため校長へ増給を頼み込んでいた。しかし校長は、学校に金がないから増給は出来ない、その代わり延岡なら五円高い給料で働けるから行けと、一方的に転任を決めたのである。

古賀本人は、給料が増えなくても故郷へ残りたいと願ったが、後任者も既に決まっているから仕方がないと押し切られていた。

語り手は、赤シャツが自分の増給のために古賀を追い出したのだと思い込み、強い怒りを覚えた。

増給辞退の決意

お婆さんは、卑怯でも給料を上げてくれるなら黙って受けておく方が得だと諭した。しかし語り手は、他人を無理に追い出してその上前を跳ねるような真似は出来ないと考えていた。

語り手は怒りのまま、小倉の袴を穿いて再び赤シャツの家へ向かった。

赤シャツとの対決

赤シャツの家では野だが酒を飲んで騒いでいた。語り手は玄関先で、増給話を断りに来たと告げた。

赤シャツは、古賀は半ば自分の希望で転任するのだと弁明し、さらに、新任教師を安く雇うことで浮いた金を語り手へ回すだけだから、誰にも気兼ねする必要はないと理屈を並べ立てた。

語り手は、理屈だけなら赤シャツの方が正しいように聞こえることも理解していた。しかし、最初から赤シャツには虫が好かず、今では完全に信用出来なくなっていた。

議論の上手さが善人の証ではなく、理屈で人の心は動かせないと考えた語り手は、最後まで増給を断固拒否した。

そして、頭上に天の川を見上げながら、赤シャツの家を後にしたのであった。

山嵐との和解

うらなりこと古賀の送別会当日の朝、山嵐が突然語り手へ謝罪した。いか銀から、語り手が乱暴で困るから追い出してくれと頼まれたため、本気で信じてしまったのだという。しかし後になって、いか銀が偽筆や贋物を売りつける悪党だと知り、語り手への話も全て出鱈目だったと理解したのである。

語り手は何も言わず、山嵐の机の上に置かれたままだった一銭五厘を自分の蝦蟇口へしまった。そして、奢られるのが嫌で返そうとしていたが、今は奢られたままの方が良いと思ったから受け取るのだと説明した。

山嵐は豪快に笑い、もっと早く取れば良かったではないかと言った。語り手も、一銭五厘を見るたびに気まずくて苦しかったと打ち明けた。こうして二人はようやく打ち解けたのである。

赤シャツへの怒りと作戦会議

語り手は、うらなりの顔を見るたびに気の毒で仕方がなくなっていた。そのため送別会では、山嵐に演説をさせて赤シャツの腹へ一撃食らわせてやろうと考え、自宅へ呼び出したのである。

語り手は、マドンナ事件や野芹川での目撃談、増給話などを改めて山嵐へ話した。山嵐も、今回の転任は赤シャツがうらなりを遠ざけ、マドンナを手に入れるための策略に違いないと断言した。

さらに山嵐は、赤シャツのような人物には鉄拳制裁でなければ効かないと腕まくりし、自慢の力瘤まで見せ付けた。語り手は、その豪快さを愉快に感じていた。

語り手は、送別会でうらなりを大いに褒める演説をしてくれと頼んだ。しかし自分は大勢の前へ出ると喉が詰まり、言葉が出なくなるから無理だと正直に打ち明けた。

花晨亭での送別会

夜になり、二人は会場である花晨亭へ向かった。そこは元家老屋敷を改装した土地一番の料理屋であり、広い座敷には大きな床の間や海屋の掛軸が飾られていた。

やがて校長の狸、赤シャツ、そしてうらなりが並んで着席し、送別会が始まった。狸も赤シャツも、うらなりを立派な教師であり惜しい人物だと褒め称えつつ、本人の希望による転任なのだから仕方がないと、もっともらしく語った。

語り手には、それがすべて嘘にしか思えなかった。特に赤シャツは、うらなりを最も大切な友人のように持ち上げており、その芝居がかった態度へ強い嫌悪感を抱いていた。

山嵐の演説

赤シャツの後に立ち上がった山嵐は、校長や教頭とは逆に、自分は古賀が一日も早くこの土地を離れることを願っていると語り始めた。

延岡は不便かもしれないが、そこには心にもない世辞を撒き散らし、美しい顔で人を陥れるようなハイカラ野郎はいないはずだと皮肉を飛ばした。そして、うらなりのような温厚な人物なら必ず歓迎されると断言した。

さらに、延岡で良き淑女を見つけ、マドンナのような不実な女を見返してやれとまで言い切った。語り手は拍手したくて堪らなかったが、皆に見られるのを恐れて我慢した。

うらなりの律儀さ

続いてうらなりが挨拶へ立った。彼は、校長や赤シャツたちへ深く感謝し、盛大な送別会を開いてくれたことへ心から礼を述べていた。

語り手には、自分を追い出した相手へここまで礼を尽くせるうらなりが、ほとんど聖人のように思えた。一方で、そんな感謝を平然と受け止める狸や赤シャツへは、ますます腹が立っていた。

宴会の乱れ

宴会が進むにつれ、座敷は酒で大騒ぎになった。芸者も呼ばれ、野だは芸人のような調子で騒ぎ立て、教師たちも歌や踊りに興じ始めた。

山嵐は剣舞を始め、野だは越中褌姿で箒を抱え、日清談判破裂などと叫びながら座敷中を練り歩いていた。語り手には、もはや気狂いの集まりにしか見えなかった。

その中で、羽織袴を崩さず静かに座っているのは、うらなりだけだった。語り手は、この送別会はうらなりを慰めるためではなく、皆が酒を飲んで騒ぐための口実に過ぎないと感じていた。

野だへの鉄拳

語り手は見かねて、うらなりへ帰ろうと勧めた。しかしうらなりは、自分の送別会だから先に帰るのは失礼だと言って動かなかった。

そこへ野だが箒を振り回しながら現れ、帰るなと行く手を塞いだ。語り手は、積もり積もった怒りが限界に達し、いきなり拳骨で野だの頭を殴りつけた。

野だは訳の分からないことを喚き続けたが、騒ぎを見て駆け付けた山嵐が首筋を掴み、そのまま引き倒した。語り手は、その後の騒動を見届けることなく、途中でうらなりと別れ、夜遅く下宿へ帰っていった。

祝勝式への参加と生徒への不信

祝勝会の日、学校は休みとなり、教師たちは生徒を引率して練兵場の式典へ向かった。町中には日の丸が掲げられ、生徒八百人が隊列を組んで進んでいたが、統制はほとんど取れていなかった。

生徒たちは歩きながら教師の悪口を言い続け、語り手のことを「天麩羅」「団子」と囃し立てていた。宿直事件で謝罪させた以上、少しは改心したと思っていた語り手は、それが全て形式だけだったと悟った。

語り手は、人間社会そのものが、生徒たちのように表面だけ謝って中身は改めない連中で出来ているのではないかと思い始めていた。そして、正直なままでいては損をするだけであり、自分も相手と同じ手口を覚えなければならないのかと苦々しく考えていた。

さらに、この土地に長くいれば、自分まで卑劣な人間になってしまう気がし、早く東京へ帰って清と暮らしたいと強く願うようになっていた。

師範学校との衝突

行進中、大手町の曲がり角で中学校と師範学校の生徒が衝突した。両校は犬猿の仲であり、何かあるたびに喧嘩をしているという。

語り手は喧嘩好きな性分から面白半分に前へ出たが、結局は師範学校側へ道を譲る形で騒ぎは収まった。資格上は師範学校の方が上だという理屈であった。

清への返事への苦悩

祝勝式自体は簡単に終わり、語り手は一度下宿へ戻った。そこで以前から気に掛かっていた清への返事を書こうとしたが、いざ筆を取ると何を書けばよいか分からなくなった。

書きたいことは山ほどあるのに、どれも文章に出来ず、墨を磨っては筆を置き、巻紙を睨み続けるばかりだった。結局、手紙を書くのは苦行のようなものだと諦め、会いに行って直接話す方が簡単だと思い始めていた。

それでも、遠く離れていても清の身を案じ続けていれば、自分の真心は自然と伝わるはずだと考え、手紙を書かない理由を自分なりに正当化していた。

山嵐との牛鍋と赤シャツ批判

そこへ偶然山嵐が訪ねてきた。祝勝会だから牛肉を持ってきたと言い、二人で鍋を囲むことになった。芋と豆腐ばかりの食生活だった語り手には、久しぶりのご馳走だった。

食事をしながら、山嵐は赤シャツが芸者と深い仲であることを語った。語り手も送別会でその芸者を見ていたため、すぐ納得した。

二人は、赤シャツが精神的娯楽だの品性だのと説教しながら、裏では芸者遊びをしていることを激しく非難した。しかも、自分は芸者通いを隠しながら、語り手には蕎麦屋や団子屋へ行くなと校長を通じて注意してきたため、余計に腹立たしかったのである。

語り手は、赤シャツのような男は御殿女中の生まれ変わりだと毒づき、山嵐も全面的に同意した。

赤シャツ監視計画

山嵐は、赤シャツを打ちのめすには、芸者を連れて角屋へ入る現場を押さえるしかないと語った。角屋の向かいにある枡屋の二階を借り、障子へ穴を開けて夜通し見張る計画まで立てていた。

語り手は、そこまでして身体を張るのかと驚きつつも、計画が決まれば自分も加勢すると約束した。計略は苦手だが、喧嘩だけは得意だと豪語していたのである。

高知の踊り見物

その後、赤シャツの弟が訪ねてきて、高知から来た踊りを見に行こうと誘った。語り手は田舎踊りなど見たくなかったが、山嵐に誘われて会場へ向かった。

会場は万国旗や長い旗で飾られ、大勢の人々で賑わっていた。やがて始まった踊りは、後鉢巻と袴姿の男たちが抜き身を持って舞う豪快なものであり、語り手は予想外の迫力へ驚かされた。

特に、三十人が狭い間隔で一斉に刀を振り回しながら動きを揃える様子には感心し、東京で見た踊りより遥かに凄いと感じていた。

再び起きた乱闘

踊りを見物している最中、再び中学校と師範学校の喧嘩が始まったとの知らせが入った。朝の衝突の意趣返しだという。

山嵐は取り鎮めようと走り出し、語り手も後を追った。現場では両校の生徒が入り乱れて殴り合っており、どこから手を付けていいか分からない大混乱になっていた。

語り手は「止せ止せ」と叫びながら飛び込んだが、逆に足を払われて転倒し、石を投げつけられ、棒で殴られた。教師の癖に出しゃばるなと罵声まで浴びせられたため、次第に頭へ血が上り、自分も喧嘩へ加わるようになっていた。

石を避けながら師範生を張り倒し、無茶苦茶に暴れ回っているうち、巡査が到着した。生徒たちは一斉に逃げ去り、結局その場に残されたのは語り手と山嵐だけだった。

山嵐は鼻を殴られて血だらけになり、羽織もぼろぼろになっていた。語り手も頬骨を負傷していたが、二人はそのまま警察へ連行され、事情説明をした後、ようやく下宿へ帰されたのである。

十一

新聞記事への激怒

翌朝、語り手は全身の痛みで目を覚ました。久しぶりの喧嘩だったため身体へ堪えていたのである。そこへ萩野のお婆さんが四国新聞を持ってきたため、寝ながら記事を読んだ。

すると新聞には、山嵐と「近頃東京から赴任した生意気なる某」が、生徒を煽動して騒動を起こし、自らも師範生へ暴行を加えたと書かれていた。さらに、二人を「軽薄なる二豎子」「無頼漢」と断じ、教育界から追放すべきだとまで論じていた。

語り手は怒りのあまり飛び起き、新聞を丸めて庭へ投げ捨てた。それでも気が収まらず、便所へ持っていって捨てた。世の中で一番嘘を吐くのは新聞だと本気で思い、名前すら書かず「某」と記した記事へ激しく腹を立てていた。

鏡を見ると顔の傷はまだ残っていた。身体を張って喧嘩を止めに入った挙句、悪人扱いされたことで、語り手の怒りはますます強くなっていた。

学校での嘲笑

新聞記事に怯えて学校を休んだと思われるのは嫌だったため、語り手は痛みを押して出勤した。すると教師たちは顔を見て笑い、生徒たちは拍手や万歳で迎えた。語り手には、それが応援なのか嘲笑なのか判断できなかった。

野だは「名誉の負傷」と冷やかしてきたため、語り手は怒鳴り返した。山嵐も鼻を紫色に腫らして出勤しており、二人の負傷姿は控室で目立っていた。教師たちは口では気の毒だと言いながら、内心では面白がっているように見えた。

一方、赤シャツだけは平然と近寄り、新聞記事は学校側から訂正手続きをしておく、自分の弟が誘ったせいで申し訳ないなどと、いかにも親身な態度を取っていた。

校長も新聞記事を問題視していたが、語り手には、もし免職されるなら先に辞表を出してしまえばよいだけだという覚悟があった。

赤シャツ黒幕説

放課後、山嵐は語り手へ、今回の騒動は赤シャツの策略だと断言した。赤シャツはわざと二人を喧嘩へ巻き込み、その後新聞社へ手を回して記事を書かせたのだという。

語り手はそこまで考えが及んでいなかったため驚いた。山嵐は乱暴そうに見えて、自分より遥かに頭が回る男だと感心していた。

もし本当に赤シャツの策なら、自分たちは免職に追い込まれるかもしれないとも語られた。語り手は、こんな卑劣な土地へ居続けるのは嫌だと感じていたが、どうすれば赤シャツを困らせられるのかも分からなかった。

新聞訂正の失敗

学校側は新聞社へ抗議したが、数日後に小さな取消記事が載っただけで、正式な訂正も謝罪もなかった。校長は、それ以上どうにも出来ないと諦めた様子だった。

語り手には、虚偽の記事を書いた新聞社へ抗議すらまともに出来ない校長が情けなく思えた。新聞というものは、泥亀に噛み付かれるようなもので、一度噛み付かれたら逃れようがないのだと痛感していた。

山嵐への辞表要求

数日後、山嵐はついに例の計画を実行すると告げた。しかし同時に、校長から辞表を出せと言われたことも明かした。

語り手は、自分も同じ騒動へ関わったのに山嵐だけ辞職させるのは不公平だと激怒した。山嵐は、それも赤シャツの差し金であり、語り手は単純だから残しても都合よく扱えると思われているのだろうと説明した。

さらに、古賀の後任がまだ到着していないため、数学教師を二人同時に失うわけにはいかず、語り手だけ残すつもりなのだとも語られた。

語り手は怒って校長室へ乗り込み、自分にも辞表を出させろと抗議した。しかし校長は、学校の都合だから察してくれと曖昧な返答を繰り返した。

語り手は、山嵐だけ辞めさせて自分が残るなど不人情で出来ないと主張したが、校長は後任が来るまで留まってほしいと必死に引き留めた。語り手は、青ざめる校長を見て、ひとまず考え直す形で引き下がった。

枡屋での張り込み

その後、山嵐は辞表を出したふりをして人知れず温泉町へ戻り、枡屋の二階から角屋を監視し始めた。語り手も夜ごと通って張り込みを手伝った。

しかし何日待っても赤シャツは現れず、語り手は次第に嫌気が差していた。一方、山嵐は執念深く監視を続け、客の人数や出入りまで記録していた。

八日目の夜、ついに小鈴という芸者が角屋へ入る姿を確認した。山嵐は、芸者を先に入れてから赤シャツが忍んで来るに違いないと確信していた。

やがて夜十時頃、赤シャツと野だが現れた。二人は、語り手と山嵐を「邪魔者」と呼び、語り手を「勇み肌の坊っちゃん」と笑いものにしていた。

語り手は怒りで飛び出しかけたが、山嵐に止められ、二人が角屋へ入るまで辛抱した。

赤シャツへの天誅

朝五時、角屋から出てきた赤シャツと野だを、語り手と山嵐は杉並木で待ち伏せした。

山嵐は、教頭という立場で芸者と宿へ泊まるのかと赤シャツを問い詰めた。しかし赤シャツは、芸者がいたかどうかは知らない、自分は野だと泊まっただけだと平然と言い逃れを始めた。

野だも必死に弁解したため、語り手は袂に入れていた卵を取り出し、その顔面へ叩きつけた。卵は割れ、黄身が顔中へ流れた。勢いづいた語り手は残りの卵も次々にぶつけ、野だを黄色まみれにした。

その間、山嵐は赤シャツを殴り続けていた。赤シャツは腕力へ訴えるのは無法だと抗議したが、山嵐は「貴様のような好物は殴らなくては分からない」と構わず拳を叩き込んだ。

最後に二人へ「天誅」を加えたことを宣言し、もう悪事を働くなと言い渡した。そして必要なら警察でも何でも呼べと言い残し、二人はその場を去った。

東京への帰還と清の最期

語り手は下宿へ戻ると、すぐ荷造りを始めた。そして簡単な辞表を書き、校長宛へ郵送した。

夜、山嵐と共に船へ乗り込み、不浄な土地を離れた。船が岸を遠ざかるほど、胸が晴れていくようだった。東京へ着くと、語り手は真っ先に清のもとへ向かった。

清は、帰ってきた語り手を見て涙を流して喜んだ。語り手も、もう田舎へは行かず、東京で清と暮らすのだと告げた。

その後、語り手は街鉄の技手となり、清と静かに暮らした。しかし清は翌年肺炎に罹り、亡くなってしまった。死の直前、清は自分の墓を坊っちゃんの菩提寺へ建ててほしいと願った。

語り手は、清の墓が小日向の養源寺にあることを最後に語り、物語は幕を閉じた。

夏目漱石の作品

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