物語の概要
本作は、ある日突然、少女向けファンタジーマンガの世界に“悪辣な継母キャラクター”として転生してしまった女性――イザベル を主人公とする異世界ファンタジー/ラブストーリーである。前巻では義息との関係改善と「虐待しない」という目標を掲げたイザベルだったが、2巻では義息の少年ノア のあまりの可愛さゆえに、“良き継母”として子育てと領地運営に奔走する日々を送る。しかし、そんな穏やかな日常は長く続かず――皇帝主催の舞踏会への招待、そしてそこで仕組まれた毒入りワインの罠。イザベルは義息と夫の命を守るために身を挺し、意識を失う危機に立たされる。
主要キャラクター
- イザベル:本作の主人公。前世の記憶を持つ転生者で、原作では“悪辣な継母”だったが、義息ノアの可愛さに心を動かされ、“良き継母”“良き義母”を目指して奔走する女性である。努力を惜しまず、育児・領地経営・政務に挑む。
- ノア:イザベルの義息。元の物語で虐待されていたらしいが、イザベルの温かな愛情と前世知識によって甘やかされ、素直で可愛らしい子供へと成長する。作品の癒やし要員かつ、継母モノとしての根幹となる存在。
- テオバルド公爵:イザベルの“夫”。前世の知識と価値観を持つ彼女の行動に戸惑いつつも、徐々に変化し始める。“冷たい公爵”という原作の枠組みから、少しずつ人間性と家族としての責任を見せる人物。
物語の特徴
本作の魅力は、「転生×悪役継母もの」という一見ネガティブにも思える設定を、“愛情と育成”“家族”“再生”というテーマでひっくり返している点にある。特に、義息のノアへの愛情/献身を軸に、“継母=虐待者”というステレオタイプを敢えて捨て、「最善の母親・義母」を目指す姿勢が新鮮である。
また、前世知識をフル活用した育児環境改善、領地経営、子育て支援――といった実用性のあるアプローチも描かれており、単なる甘々ラブストーリーではなく“異世界での社会・家庭運営”というリアルな側面も備えているのが他作品と一線を画すポイントである。
さらに、2巻においては“毒入りワインによる暗殺未遂”というサスペンス展開や、貴族社会の陰謀/権力闘争の匂いも漂わせており、「甘さ」だけでなく「緊張」と「先の読めなさ」も楽しめる構造となっている。
書籍情報
継母の心得2
著者:トール 氏
イラスト:ノズ 氏
出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス
発売日:2023年8月5日
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あらすじ・内容
悪辣継母に転生したのに、なにやら愛されまくりの気配…!?
マンガ『氷雪の英雄と聖光の宝玉』の世界に、悪辣な継母キャラとして転生してしまったイザベル。実際に会った義息のノアはめちゃくちゃ可愛くて、虐待するどころか、ノアのためならなんでもしてみせる! とありとあらゆるものを開発・普及し、自重しない日々を送っていた。そ んなある日、イザベルは、マンガで悪役キャラと契約を結んでいた悪魔『アバドン』が皇帝のそばにいることに気がつく。どうやらアバドンは洗脳の能力を使って、皇宮に入り込んでいるようで……!? 悪魔、聖女、妖精と次から次へと出てくる存在に大混乱! それでも義息の幸せのため、そして自身の破滅フラグを折るため、今日もイザベルは奔走する!
感想
「育児コメディ」は読んでいてノアの可愛さに胸を撃たれつつも、ページをめくる手が止まらない巻であった。
もともと「悪辣継母に転生したけれど息子が可愛くて溺愛一直線」という路線で楽しく読める物語であったが、二巻ではそこに「聖女(幼女)」と「妖精(餓鬼?)」と「悪魔」が本格参戦し、危機的な世界観が強くなった感じがした。
まず印象に残るのは、原作マンガのヒロインである幼児フローレンスと、そのまわりを飛び回る妖精たち。
フローレンスを「愛し子」と呼んで守る妖精たちが、本当に彼女だけを特別視しているのが伝わってきて、読んでいる側にも「この子が本物の聖女なのだ」と納得させられる力があった。
一方で、ケーキやスフレパンケーキ欲しさにイザベルへ「祝福」を刻み、ついでのようにテオバルドの感覚まで書き換えていく行動は、神秘というより食い意地の塊であり、そのギャップがひどく可笑しかった。
妖精を「見えるようにされた」仮面夫婦が、結果として世界の真相に一番近づいているという皮肉も効いている。
本来なら聖なる存在の啓示として描かれてもおかしくない場面が、ケーキ目当ての交渉と悪ふざけの延長線で進んでいく。
その一方で、側妃は「寵姫」を気取って悪魔に気持ちよく誘導され、様々な毒をばらまき、政治的にも人間的にも空回りしているだけであった。
この対比が非常に痛烈であり、「神秘に近いのは誰か」「愚かさに沈んでいるのは誰か」が見えてくる構図となっていた。
そのうえで、毒の扱いが妙に生々しい点も忘れがたい。過去に黒蝶花の毒を盛られているイザベルとテオバルドは、一見すると元気に動き回り、公園計画や新素材開発に邁進していた。
しかし、医師の説明や体調の揺らぎを通して、「毒は確実に身体を蝕んでいる」という現実がじわじわと浮かび上がり。
仮面夫婦が妖精の悪戯に振り回されている姿に笑いつつも、「そういえば、こいつらまだ普通に毒が抜けてないんだよな」と急に不安になっていた。
その「楽しい日常」と「じわじわ進行する危機」が同居している感覚が、独特のものにしていると感じた。
日常パートの魅力も、前巻以上に濃くなっていた。
ノアの誕生日会やトランポリン遊び、公園構想、キャンピング馬車の試運転など、イザベルが次々と「前世知識+この世界の素材」で新しい遊び場と生活環境を作っていく流れは、読んでいるこちらまで楽しくなる部分であった。
特に、ゴム素材の発明から健康器具と公園計画に発展し、「健康寿命」という概念まで持ち込むくだりは、悪魔や洗脳の話を忘れるほど前向きで、人々の暮らしを変えていく感じがあった。
技術開発と福祉政策が、ちゃんと「ノアを笑わせたい」「子どもと家族に安全な場所を増やしたい」という個人的な願いとつながっているのも好ましい点であった。
そんな明るい日常の中心にあるのが、やはりイザベルとノアの関係であった。
ノアが「プレゼントはお母様とずっと一緒にいることがいい」と言い切る場面や、ひまわりの小さな花束を差し出す場面は、どちらも可愛さしかない。
悪魔の陰謀や政治的火種のことを一瞬忘れて、「この親子の時間だけ守られていればいい」と本気で願いたくなるほどであった。
イザベルが、どれほど未来の断罪フラグや皇帝の暴走を気にしていても、最終的にはノアの「だいしゅき」と花束一つで全部を上書きされる構図は、この作品らしい救いになっていると感じている。
一方で、テオバルドの変化と不器用な愛情表現も、今巻の大きな見どころであった。
公爵が公然と妻を庇い、噂話を論破し、「君の愛を乞う奴隷だ」とまで言い切ってしまう場面は、読んでいて照れと笑いが同時に込み上げた。
本人は真剣であるが、言葉の重さと場の空気がまったく釣り合っておらず、ウォルトに慌てて止められる流れも含めて、良い意味での喜劇になっていた。
それでも、領地整備や新素材利権の問題では冷静に判断し、イザベルの家族を守るために政治的盾として動く姿は、公爵としての格をきちんと示していた。
「恋愛面ではポンコツなのに、家族のためには最強」というバランスが、読んでいて頼もしさにつながっていた。
総じて本巻は、妖精と聖女の設定で世界のルールを掘り下げつつ、悪魔の洗脳による政治不安をじりじりと前景に押し出し、それでも一番の中心には「ノアとの日常」を据え続ける構成であった。
漫画の幼児ヒロインと妖精たち、ケーキ目当ての祝福、毒を盛られたはずの仮面夫婦の妙に元気な日々、悪魔に誘導されながら空回りしていく皇帝と側妃。
そのすべてが絡み合い、「この甘い日常がどれほど危うい綱渡りの上に成り立っているか」を見せつつも、読後には不思議と安心感が残っている。
その理由は、おそらくイザベルの願望が徹頭徹尾「ノアの幸せ」に向いているからであろう。
二巻を読み終えた時点で、次の巻ではどれだけ世界が揺れても、この母子だけは笑っていてほしいと、強く願わされるシリーズであった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
イザベル・ドーラ・ディバイン
悪役継母に転生したシモンズ伯爵家出身の公爵夫人であり、公子ノアの養母として育児と領地経営と事業開発を同時に進める中心人物である。前世の物語知識を用いて悪魔や毒への対策を模索しながら、公園整備や交通改革を通じて領地の暮らしを変えようとしている。
・所属組織、地位や役職
ディバイン公爵家の正妻である。シモンズ伯爵家の娘であり、「おもちゃの宝箱」やベル商会関連事業の企画者である。
・物語内での具体的な行動や成果
春の子供交流会を企画し、自作絵本と二・五次元ミュージカルで社交界に強い印象を与えた。皇后主催と側妃主催の茶会で毒の危険を察知し、視線誘導とお茶捨ての手品で自分と公爵を守った。ディバイン領の教会で創世記と聖者に関する資料を調べ、悪魔と洗脳の関係について仮説を立てた。オリヴァーと協力してゴム素材を生み出し、公園遊具やストローへの応用を進めた。貴族街と庶民街にそれぞれ性格の異なる公園を設計し、レール馬車と騎士宿舎を組み込んだ都市計画を提案した。キャンピング馬車を含む新型馬車を構想し、軍事転用も可能な構造を娯楽と生活改善に向けた。妖精たちの祝福で姿を認識できるようになり、聖女フローレンスと悪魔への対抗策を探る役割を担った。ノアやテオバルドの誕生日を家族中心で祝う場を整え、家族関係を深めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
公爵家内では遊具や新素材開発の功績により評価が高まり、公爵からの信頼と愛情も明確になった。社交界では新素材と歌劇、公園構想の発信源として注目され、皇后からも協力を求められる立場となった。悪魔と妖精に関する情報の結節点となり、政治と宗教と超常の問題をつなぐ位置に立っている。
ノア
ディバイン公爵家の公子であり、イザベルの養子である。温和で控えめな性格で、母への愛情が強く、周囲の大人たちから大切にされている存在である。
・所属組織、地位や役職
ディバイン公爵家の後継候補である。皇宮内では皇子イーニアスの友人として扱われている。
・物語内での具体的な行動や成果
春の交流会で同年代の子供たちと遊び、ブルネッラとの縁をイザベルに紹介した。皇后のお茶会ではイーニアスと絵本とミュージカルの話題で打ち解け、子供同士の交流を広げた。トランポリンや滑り台に強い関心を示し、公園計画に具体的な利用イメージを与える存在となった。イザベルの誕生日には自作絵とカメオを贈り、公子と皇子のプレゼント企画を動かすきっかけを作った。自身の誕生日会では、使用人や家族を巻き込んだビュッフェ形式の宴を楽しみ、家族の絆を再確認した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
イザベルが来る前は無関心だったと周囲に語られており、現在は人や物への興味がはっきりと表れるようになった。皇后と皇子にとっても重要な子供として認識され、皇宮とのつながりの象徴となりつつある。
テオバルド・ディバイン
ディバイン公爵家当主であり、帝国有数の軍事力と影響力を持つ貴族である。かつては冷淡な人物と見なされていたが、イザベルとの生活を通じて態度が変化しつつある。
・所属組織、地位や役職
ディバイン公爵領主であり、公爵位保持者である。帝国の軍事貴族として高い発言力を持つ。
・物語内での具体的な行動や成果
春の交流会開催をイザベルに任せ、結果として一門内と社交界への影響力を拡大させた。皇后と側妃からの同日茶会招待の際に、イザベルへ皇后側を選ぶよう指示し、側妃の場での毒と侮辱の企図を見抜こうとした。側妃主催のお茶会では、身分秩序を踏み外した子爵夫妻を皇帝の権威を持ち出して追及し、その場から排除させた。タイラー子爵の不存在を知った後、自身が洗脳を受けている可能性を認め、特異魔法の調査をウォルトに命じた。公園構想とレール馬車案を受け止め、都市拡張と新騎士宿舎計画に昇格させた。新型馬車を視察し、自らも利用する意思を示して事業を後押しした。イザベルへの公開告白や別荘譲渡発言など、感情をあらわにする行動も見せるようになった。妖精を認識した後は、イザベルとフローレンスを守るための聖者と悪魔の情報収集に関わった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
帝国最強と称される立場は維持しつつも、公爵家内部では「氷のような空気」を和らげた人物として見られるようになった。皇后やエンツォから、イザベルを託される存在として再確認されている。イザベルとノアを家族として守る意思を自覚し、政治的な婚姻ではなく家庭を基盤とする選択を取りつつある。
マルグレーテ皇后
現皇后であり、転移系特異魔法を用いて国内の情報収集と政治調整を行う人物である。イーニアスの母として皇子を守りながら、帝国の均衡維持に努めている。
・所属組織、地位や役職
帝国皇后である。皇子イーニアスの母であり、皇宮内の有力な政治主体である。
・物語内での具体的な行動や成果
イザベル主催の交流会とミュージカルに注目し、劇団紹介と皇宮公演を求めて茶会招待を送った。皇后主催のお茶会では、貴婦人たちの話題をまとめながら、イザベルの演出したミュージカルを高く評価した。側妃オリヴィアの不躾な乱入を一喝し、皇宮内での礼儀と序列を守った。お忍びで街へ出てイーニアスとマドレーヌを購入し、イザベル誕生日への贈り物を準備した。新素材をめぐる政治的緊張や、側妃の進言による国有化案の危険性をイザベルとテオバルドに伝え、内戦の芽を共有した。タイラー子爵に関する証言を受け取り、悪魔に対抗しうる聖者の必要性を意識し始めた。前妻の真相をイザベルに伝え、公爵への感情を抑えようとする彼女を支えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
もともと高い地位にあるが、新素材と公園構想の取扱いに関してディバイン公爵家と連携することで、対皇帝・側妃の抑えとしての役割が強まっている。転移能力により、情報収集と直接行動の両面で特異な影響力を発揮している。
イーニアス
皇后マルグレーテの一人息子であり、皇子として育てられている。ノアやイザベルに好意的で、観察力と行動力に富む子供である。
・所属組織、地位や役職
帝国皇子である。皇后の後継として政治的にも注目される立場である。
・物語内での具体的な行動や成果
イザベル主催のミュージカルの存在を知り、鑑賞を希望したことで皇后のお茶会計画に影響を与えた。皇后の転移能力でディバイン公爵邸にお忍びで訪れ、ノアとの再会と交流を通じて、公子と皇子の関係を深めた。イザベルの誕生日に向けてノアからの「招待状」を受け取り、母とともにマドレーヌ専門店へ出向いて百個の注文を行った。マドレーヌを皆で分け合う発想を持ち、贈り物を通じて周囲との関係づくりに寄与した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
まだ幼いが、新素材やおもちゃに関する情報を把握しており、皇宮内での知識量が示されている。ノアやフローレンスとの関係が、将来の政治と物語の軸になる可能性が示唆されている。
オリヴィア・ケイト・ダスキール
新たな側妃であり、妖精のような容姿を持つと評される女性である。強い野心を抱き、皇帝と皇子に関する願望を露わにしている。
・所属組織、地位や役職
皇帝の側妃である。皇宮内で皇后と並ぶ女性の高位者である。
・物語内での具体的な行動や成果
皇后の宮で開かれたお茶会に先触れを理由に乱入し、自身の場が潰されたと主張して混乱を招いた。のちに側妃主催のお茶会を皇帝の名を借りて開催し、毒を仕込んだ茶を使ってイザベルらを陥れようとした。悪魔タイラーに対して、自身の子が皇帝になるとの確信を語り、シモンズ領や新素材の国有化を迫る進言を繰り返した。最後にはタイラーに突き放され、倒れて記憶の欠落を示す状態となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
表向きは皇帝に寵愛される側妃として扱われているが、皇后や公爵家からは危険人物として認識されている。悪魔的存在との関係により、精神状態と発言内容に不安定さが見られる。
皇帝
帝国を統べる君主であり、本来は国家の最高権力者である存在である。現在は悪魔的存在の影響下にある疑いが濃く、冷淡な態度が目立つ。
・所属組織、地位や役職
帝国皇帝である。皇宮と官僚機構の頂点に立つ。
・物語内での具体的な行動や成果
側妃と共催したお茶会で毒入りの茶をイザベルに勧め、「飲めぬのか」と圧力をかけた。エイヴァ側妃の容態悪化の報告に対し「やっとか」と応じ、長期の病状に対して冷淡な姿勢を見せた。タイラー子爵に対して全面的な信頼を寄せている様子が描写され、洗脳に近い状態にあることが示唆された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
形式的な地位は変わらないが、意思決定に悪魔的存在の影響が混じっている可能性が高い。皇后やディバイン公爵家は、皇帝の変質を国家的危機として受け止めている。
タイラー子爵(悪魔アバドン)
皇帝の側近として振る舞う貴族風の男であり、実態は前世の物語においてイーニアスと契約した悪魔アバドンと同一の存在であると描かれている。洗脳と欲望の増幅を得意とする。
・所属組織、地位や役職
表向きは皇帝に仕える子爵である。貴族名鑑上では存在しない人物である。
・物語内での具体的な行動や成果
皇帝と側妃のお茶会に「タイラー子爵」として現れ、エイヴァ側妃の容態悪化を報告した。皇帝と長く関わる中で、皇帝の記憶や判断に影響を与えてきたと示唆された。黒蝶花の毒を用いた長期的な工作に関与している可能性が語られた。最終部では夢の中に再現した皇宮で高笑いし、皇族や貴族たちを嘲笑しながら、洗脳を用いた長期計画を進めている様子が描写された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
貴族名鑑に存在しないことから、人間社会の枠外から介入する存在であると判明した。皇帝を含む多くの人物にとって認識改変を起こしており、帝国の政治と継承に決定的な影響を与えつつある。
フローレンス
元男爵ドニーズの娘であり、まだ幼い少女である。妖精たちから唯一の聖女候補として「愛し子」と呼ばれている。
・所属組織、地位や役職
平民身分である。ドニーズに養育されている幼児である。
・物語内での具体的な行動や成果
ディバイン公爵邸で迷子になった際にイザベルと出会い、「妖精さん」と呼んで懐いた。イザベルの誕生日パーティーでは、ノアとイザベルを巡る取り合いを行い、二人同時に甘える姿を見せた。妖精たちから常に見守られており、その存在が聖者と悪魔の対立に関わる鍵として示された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
妖精の証言により、五歳の祝福後には治癒魔法を扱える聖女となる可能性が明かされた。現時点では公的に知られていないが、教会と国家にとって重要な存在になることが予告されている。
ドニーズ
元一代男爵であり、現在は平民として暮らす青年である。愛娘フローレンスを養う父親であり、オリヴァーの補佐役として登場する。
・所属組織、地位や役職
シモンズ伯爵家のタウンハウスにおけるオリヴァーの補佐である。以前は男爵として仕えていた。
・物語内での具体的な行動や成果
ウォルトの斡旋でオリヴァーの補佐に採用され、離れ家と娘の世話係を与えられた。伯爵家の噂から「我儘な令嬢」を警戒していたが、邸を訪れてイザベルの実像に触れる立場となった。イザベルの誕生日パーティーでは迷子になったフローレンスを探し、娘がイザベルと強く結びついた状況を目撃した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
爵位は失っているが、シモンズ伯爵家とディバイン公爵家をつなぐ実務担当者として重要な位置にある。フローレンスが聖女と判明した場合、その保護者として国家案件に巻き込まれる可能性が示されている。
エンツォ
イザベルの父であり、シモンズ伯爵家の当主である。かつては疲弊していたが、新素材事業によって生気を取り戻した人物である。
・所属組織、地位や役職
シモンズ伯爵家当主である。新素材関連事業を担う領主でもある。
・物語内での具体的な行動や成果
イザベルに対して、領地に生き甲斐をもたらしてくれたことへの感謝を述べ、「誇りだ」と明言した。ディバイン公爵に対して娘を託す姿勢を改めて示し、公爵との信頼関係を強めた。皇后からは、新素材利権を狙う縁談の標的になる可能性を指摘されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新素材開発の成功により、経済的に立ち直りつつある領主として描かれる。ディバイン公爵家との結びつきにより、中立派貴族の中でも特に注目される立場になりつつある。
オリヴァー
イザベルの弟であり、学生でありながら領地経営と新素材開発に深く関わる青年である。研究気質が強く、多忙な生活を送っている。
・所属組織、地位や役職
シモンズ伯爵家の次期当主候補である。ベル商会の技術面を支える立場でもある。
・物語内での具体的な行動や成果
パブロの木の樹液と硫黄・炭の組み合わせ実験を行い、硬さや弾力が調整できるゴム素材を作り出した。ストロー素材の安全性向上や、公園遊具への利用など、具体的な応用を視野に入れて試作品を多数用意した。多忙のあまり自分の誕生日を忘れるほど働いていたが、イザベルに負担を心配されても「役に立ちたい」と望む姿勢を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
十四歳になれば補佐ドニーズが付く予定とされており、個人への負担軽減が図られている。新素材開発の中核人材として、ディバイン公爵家と皇宮の双方から注目される存在になっている。
ウォルト
ディバイン公爵家の執事長であり、主家の運営と家臣の統率を担う人物である。冷静な判断と実務能力で公爵とイザベルを支えている。
・所属組織、地位や役職
ディバイン公爵家執事長である。かつてはドニーズの上司でもあった。
・物語内での具体的な行動や成果
春の交流会後に公爵へ詳細な報告を行い、イザベルの企画力と影響力を説明した。側妃のお茶会では、公爵の場外への抗議方針を支え、場の収拾に動いた。タイラー子爵の不存在問題では、特異魔法の調査方針を提案し、直接的な危険を避ける調査枠組みを整えた。ドニーズの雇用を手配し、フローレンスを含む家族の生活基盤を確保した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
公爵とイザベル双方から厚い信頼を得ており、ディバイン公爵家とシモンズ伯爵家、人材ネットワークをつなぐ要として機能している。妖精の姿は見えないが、見えない存在に対しても礼を尽くす態度が描かれている。
ミランダ
イザベル付きの高位侍女であり、公爵家の女性使用人をまとめる立場にある。出自は貧乏子爵家であり、現状に強い忠誠心を抱いている。
・所属組織、地位や役職
ディバイン公爵家の侍女頭格である。イザベルの身辺を管理する役目を担う。
・物語内での具体的な行動や成果
交流会準備や誕生日会準備でイザベルを補佐し、使用人たちとの調整役を務めた。新型馬車と車大工の情報をウォルトへ届け、開発情報の秘匿に協力した。妖精や皇帝の危険を意識しながら、イザベルの秘密を守ることを心に誓った。ノアの言葉遣いの変化に気付き、イザベルの影響を指摘するなど、家族の変化を観察する役割も果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ディバイン公爵家への忠誠が強調されており、今後もイザベルの計画と安全を支える存在として描かれている。
カミラ
ノア付きの専属侍女であり、公子の日常生活を支える若い女性である。ノアの心情に敏感で、行動をよく観察している。
・所属組織、地位や役職
ディバイン公爵家の侍女であり、公子ノアの専属である。
・物語内での具体的な行動や成果
ノアの好みや興味を把握し、イザベルの誕生日プレゼント計画を支えた。ノアからの相談を受け、絵師アーノルドとの橋渡しを行ってカメオ制作案を固めた。ノアの誕生日会では、ノアが最も喜んだプレゼントとしてオルゴールを評価し、母子関係の深さを見届けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ノアの成長と感情の変化を最前線で見守る立場にあり、今後の公子像を形作る一因となっている。
妖精たち
フローレンスの傍にいた正妖精と小妖精たちであり、イザベルとテオバルドに「祝福」を刻んだ存在である。人間社会とは異なる視点から状況を見ている。
・所属組織、地位や役職
特定の人間組織には属さない。フローレンスを「愛し子」として守る役割を担っている。
・物語内での具体的な行動や成果
イザベルのおもちゃや菓子作りを面白いと評価し、観察対象として接近した。眠るイザベルのまぶたと耳に光の文字を刻み、彼女とテオバルドが妖精を見聞きできるようにした。教会の祝福と魔法の仕組みを説明し、聖者には治癒魔法の適性が必要であることを伝えた。千五百年前に召喚された悪魔が洗脳と欲望の増幅を得意としていたことを語り、タイラー子爵の正体に関する重要な手掛かりを与えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
教会教義と異なる視点から、神・精霊・悪魔・妖精の関係を明らかにする役割を持つ。スフレパンケーキを報酬とする気まぐれな態度が描かれる一方で、フローレンスを守る意思は一貫している。
ブルネッラ・アレグラ・ブランビア
交流会に参加した少女であり、ノアの新しい友人として登場する。イザベル製のテディベアと絵本を好む子供である。
・所属組織、地位や役職
ブランビア家の令嬢である。詳細な家格は本文内で明記されていない。
・物語内での具体的な行動や成果
ディバイン公爵家の交流会に参加し、ノアとテディベアをきっかけに友好関係を築いた。イザベルが前世で読んだ物語において重要な人物であると認識され、将来の婚約や事件に関わる存在として警戒されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
現時点では静かな立ち位置にあるが、前世の物語と同じ「熱いお茶事件」に関わる可能性がある相手として、イザベルの注意を引いている。
アーノルド
画家であり、ディバイン公爵家とシモンズ伯爵家に関わる仕事を請け負う人物である。観察力を生かして肖像画と企画に関わる。
・所属組織、地位や役職
自由業の絵師である。貴族家からの依頼で肖像画などを描いている。
・物語内での具体的な行動や成果
ノアの肖像画を描くために公爵邸を訪れ、遊びながら自然な姿を描き出した。ノアの相談を受け、ノアの絵を元にしたカメオを恋人に作らせる案を出し、イザベルへの誕生日プレゼント計画を具体化させた。公園構想では、イザベルの依頼で完成イメージ図の制作にも着手した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ノアとイザベルの感情を形にする役割を担っており、今後も公園や事業の視覚化に関わる可能性が高い。
展開まとめ
プロローグ
公爵家で迎えた安らかな朝
イザベル・ドーラ・ディバインは暖炉と湯たんぽのある温かな環境で目を覚まし、貧しい実家との落差を思い返していた。前世で読んだ漫画の悪役継母に転生した事実を思いながら、可愛い義息ノアに恵まれた現在へ感謝していた。
公爵から告げられた交流会の開催
ディバイン公爵は縁戚の子供たちを招く交流会の主催をイザベルに命じ、使用人や予算の制限も設けなかった。突然の依頼に困惑した彼女は、資料を渡されたことで現実味を帯び、逃避したい気持ちを抱えつつ準備に向き合う決意を固めた。
交流会の計画と春開催の決定
四歳から十歳までの子供を持つ十家族ほどが対象と推測し、子供中心の催しを考えながらイザベルは三カ月の準備期間を要すると判断した。冬の移動事情も踏まえ、交流会は春に開催する方針を定めた。
ノアの誕生日への想い
イザベルは間近に迫るノアの四歳の誕生日を思い出し、三歳時には祝われなかったであろう彼のために盛大に祝う決意を強めた。ノアの成長を振り返り、喜ぶ姿を想像して胸を高鳴らせた。
親子の日常と深まる絆
サロンで交流会準備を考えていたイザベルは、ノアに抱きつかれ、愛情豊かな時間を過ごした。家庭教師がついたことで遊ぶ時間は減ったものの、ノアの幸福そうな様子に満足していた。
春の訪れと交流会当日
忙しい冬を越え、ノアは四歳となり、イザベルは新米継母兼公爵夫人として春の交流会を迎えるに至った。
第一章 春の交流会
招待客殺到と規模拡大した交流会
イザベルはノアとともに次々と到着する貴族の親子を出迎えた。当初は縁戚のみ十家族ほどの予定だったが、育児グッズ店『おもちゃの宝箱』の評判とカフェの人気により、彼女と繋がりを求める夫人たちから招待希望が殺到し、子連れ限定ながら総勢五十名規模の会となった。
庭の遊具と大人向けガーデンでの歓談
サロン横の庭にはブランコや滑り台、ボールプールなどの遊具が設置され、子供たちは一斉に庭で遊び始めた。大人には防水仕様の屋外ソファやハンギングチェアが用意され、夫人たちはその斬新さと座り心地に感嘆した。カフェと同じ軽食メニューも振る舞われ、サンドイッチや遊具・おもちゃの話題で夫人たちの会話は大いに盛り上がった。
絵本連動の二・五次元ミュージカル
イザベルは事前に配布した自作絵本を合図に、舞台と客席後方からキャラクターに扮した俳優たちを登場させる二・五次元ミュージカルを仕掛けた。楽団の生演奏と合わせた舞台に子供たちは熱中し、夫人たちもイケメン俳優の登場に歓声を上げた。イザベルは劇団や楽団と協力し、台本や楽曲を用意してこの企画を作り上げたのであった。
ブルネッラとの出会いと未来への警戒
ミュージカル終了後、ノアは新たな友達としてブルネッラ・アレグラ・ブランビアをイザベルに紹介した。ブルネッラはイザベル製テディベアや絵本を好む内気で可愛らしい少女であり、ノアとはテディベアをきっかけに仲良くなっていた。イザベルは前世で読んだ物語における「熱いお茶事件」と婚約の経緯を思い出し、同じ事態を起こさないと心に決めつつも、物語通りの人物が現れたことに不安を覚えた。
ウォルトの報告と公爵家内の評価
交流会終了後、使用人たちは休憩室で歌劇の素晴らしさを語り合い、執事長ウォルトは部下ロレンツォから詳細を聞いて公爵に報告した。公爵は当初、一門内でのイザベルの立場確立と新素材の宣伝を期待していたが、彼女が遊具やインテリア、食器や飲み物まで開発し、社交界の中心的存在になりつつあることを知る。公爵は屋外ソファを気に入り、イザベルのためにガゼボや庭の改装も許可しつつ、自覚なく彼女を甘やかしていた。
皇后と側妃からの同日招待状
交流会後、イザベルのもとに皇后マルグレーテと新側妃オリヴィア・ケイト・ダスキールから、同日に開催されるお茶会の招待状が届いた。公爵は、イザベルの創出する新素材や歌劇が皇宮で争奪の対象となり、皇后が側妃からの誘いに困る彼女を助ける意図で同日招待を送ったと説明した。イザベルは皇后の茶会を優先するよう指示され、その助言に礼を述べた。
皇后の真意と再会への期待
皇后からの招待状の裏には、劇団の紹介を求める一文とイーニアスがミュージカルを見たがっているという伝言が記されていた。お茶会が子供同伴であることにも気付き、イザベルはノアとイーニアス殿下が再会してミュージカルの話題を分かち合う光景を想像し、皇后のお茶会への参加を楽しみにしながらノアへ報告しようと心を弾ませた。
第二章 皇后のお茶会
皇后の宮での再会と子供たちの交流
イザベルはノアと共に皇宮を訪れ、皇后マルグレーテとイーニアス殿下のお茶会に招かれた。ノアとイーニアス殿下は久々の再会を喜び、事前に読んだ絵本とミュージカルの話題で打ち解け、周囲の子供たちも絵本好きとして会話に加わり、一同は自然と打ち解けていった。
公爵夫人への質問攻めとミュージカル再演
大人の席では、皇后の「お茶会仲間」である貴婦人たちが実はテオバルドの熱心なファンであり、イザベルは公爵の好みや噂について矢継ぎ早に質問攻めに遭った。その後、イザベルが演出した絵本原作のミュージカルが上演され、夫人たちにも絶賛され、庭では商売や新素材の話題でお茶会が続いた。
側妃オリヴィアの乱入と敵意
終盤、妖精のような容姿の側妃オリヴィア・ケイト・ダスキールが突然皇后の宮に現れ、先触れを出したと主張しながら被害者ぶって場をかき乱した。皇后は礼儀知らずな振る舞いを冷たく一蹴し、周囲の貴婦人も内心で不快感を抱く。オリヴィアは去り際にイザベルへ憎悪に満ちた視線を向け、イザベルは強い悪寒を覚えた。
公園構想と領地帰還の決定
お茶会後、イザベルはノアと皇宮での出来事を振り返りつつ、自身が社交界向きではないと痛感した。領地に子供や母親、高齢者までが集える「公園」を作り、子育て支援と憩いの場を提供したいという構想をミランダに語った。この話はすぐテオバルドにも伝わった。
側妃の策略と皇帝の利用
一方オリヴィアは、皇帝との逢瀬で涙を武器に皇后が自分のお茶会を潰したと訴え、皇帝の名を使ってお茶会を開く許可を引き出したうえ、時の人であるイザベルを招待することを画策した。やがて皇帝と側妃連名の茶会招待状がイザベル宛に届き、テオバルドは黒蝶花の毒を再び盛られる危険性を疑った。
毒対策のマジック訓練と変化する公爵
イザベルは、視線誘導と袖に隠した容器を用いて飲み物をこっそり捨てる手品を提案し、実演してテオバルドとウォルトを驚かせた。毒対策としてこの訓練がお茶会まで毎日続けられることになり、テオバルドはイザベルとのお茶の時間が心身の休息となって仕事の能率が上がっていると自覚した。魔法契約の「触れてはならない」条件を思い返しながらも、イザベルに触れたいと願う自分の感情に戸惑い始めていた。
第三章 悪魔との邂逅
側妃主催のお茶会と公爵の庇護
側妃オリヴィアと皇帝から招待されたお茶会当日、イザベルは毒対策として特訓した「お茶を捨てるマジック」を胸に、公爵テオバルドと共に側妃の宮を訪れた。妖精のように美しい側妃はテオバルドに媚び、イザベルには皮肉混じりの褒め言葉を投げる。さらに、かつてイザベルを嘲笑した伯爵家次女が子爵夫人として無礼に話しかけ、公爵は身分秩序違反を厳しく指摘する。横にいたウェッティン子爵は、過去にイザベルへ暴行未遂を働いた男であり、公爵は皇帝をも巻き込み、規則違反は皇帝への軽侮だと論理を組み立てて追及し、結果として子爵夫妻は皇帝の命でその場から追放された。
毒入りの茶と悪魔アバドンの出現
お茶会が再開されると、側妃は不自然なほど茶を勧め、皇帝も「飲めぬのか」と圧をかける。イザベルは視線誘導で皆の注意を皇帝背後の人物へ向け、その隙に自分と公爵のカップの中身を袖の容器へ捨てた。そこへ現れたのはタイラー子爵と名乗る男であり、イザベルには前世でイーニアスと契約した悪魔アバドンと同一の存在だと理解された。タイラー子爵はエイヴァ側妃の容態悪化を報告し、皇帝は「やっとか」と冷淡に応じる。イザベルは、三年前から寝たきりだというエイヴァ側妃も黒蝶花の毒を盛られた可能性に思い至り、皇帝がすでに悪魔と結託していると推測して戦慄した。
社交界でのイザベル評と公爵の公開反論
皇帝退席後もお茶会は続き、側妃と取り巻きの貴婦人たちは、古い噂話を持ち出してイザベルの派手好きや社交性の欠如を婉曲に批判しようとする。これに対し公爵は、イザベルが新素材の発見、玩具や音楽の創作、雇用改善など多岐にわたり民を思って働く才女であり、公爵夫人として相応しいと一つ一つ論破する。さらに、彼女が父にドレスをねだったのは十三、四歳の頃の話に過ぎないと指摘し、噂の古さと悪意を暴く。続けて、公爵家と妻を愚弄する場を側妃が用意したこと自体を問題視し、皇帝への正式抗議と各実家への抗議を宣言して席を立ち、イザベルを伴ってお茶会を退席した。残されたオリヴィアは、事前情報と異なる公爵夫婦の関係に激昂し、情報屋から帝都邸への潜入の困難さを聞かされる一方、自らが男児を産み「一番」になるために何かを捧げると悪魔じみた相手へ誓っていた。
タイラー子爵の不存在と『洗脳』の疑い
後日、イザベルはなおも公爵と共にお茶の時間を過ごしながら、タイラー子爵の正体について打ち明けるか迷う。魔法契約上、自身の危険は公爵の命にも直結するためである。しかし一人で抱え込むなと促され、ついに「貴族名鑑にタイラー子爵家が存在しない」と告げた。公爵は「代々皇帝に仕える名家だ」と反論するが、十年分の貴族名鑑を確認しても該当家は見つからず、自身の記憶と記録の齟齬から、自分が何らかの『洗脳』を受けていると認めるほかなかった。
黒蝶花の毒と悪魔への対抗策の模索
イザベルはお茶会で聞いた「やっとか」という皇帝の言葉や、エイヴァ側妃の経緯を公爵に伝える。ウォルトは、エイヴァ側妃が皇后の懐妊後に入内し、その二年後に懐妊と流産を経て以降体調を崩したという時系列を補足し、公爵がその重大事を忘れていた事実も洗脳の結果だと示唆した。タイラー子爵の魔法が特異魔法の一種である可能性が浮上するが、悪魔そのものだとは言えないイザベルは、軽率な調査は危険だと制止する。ウォルトは、直接タイラーを探るのではなく、特異魔法全般を調べる形で『洗脳』の実態に近付く方針を提案し、公爵もイザベルを危険に晒さない条件でこれを了承した。イザベルは、悪魔に対抗する手掛かりを求め、領地に戻った際に教会で情報を集める必要性を感じ始めていた。
第四章 教会
教会訪問と創世記・聖者への着目
イザベルは悪魔に対抗する手掛かりを求め、帝都ではなく安全と思われるディバイン公爵領の大教会を訪れることにした。四歳のノアにとっては領地での初外出であり、参拝を名目とした寄附の裏で、教会資料の調査が真の目的であった。大聖堂でノアはたどたどしい言葉で創造神へ感謝を捧げ、イザベルはその無垢さに癒やされつつ、司教ガブリエーレの厚意で資料閲覧の許可を得た。
創世記と悪魔・聖者の関係への仮説
教会の創世記では、創造神が神と精霊、人間を創り、悪しき心から悪魔が生まれ、悪魔が魔物を、精霊が対抗して妖精を生み出したと記されていた。ここからイザベルは「悪魔は元は人間」である可能性を考え、悪魔の洗脳能力も魔法に属すると推測した。また光魔法による治癒・浄化を扱う唯一の聖者フローレンスの存在に着目し、特異魔法・祝福の儀・高位貴族の血筋と平民出の聖者との矛盾を検証する中で、妖精との契約が魔法の源ではないかとの仮説に至った。しかし悪魔についての具体的記述は見つからず、聖者に関する知見だけが収穫となった。
ノアの教会見学と「滑り台」への執着
資料調査の後、ノアは神々の絵画が並ぶ部屋を見学し、満足げに戻ってきた。帰路、ノアは帝都店にある巨大滑り台を期待して「お店」に行きたがるが、領地本店には設備がないと知ってしょんぼりする。イザベルは、公爵から「皆が遊べる場所に滑り台を作るように」と任されていることを伝え、公園計画と結びつけてノアを励ました。
オリヴァーの来訪と新素材「ゴム」の誕生
邸に戻ると、弟オリヴァーが先触れもなく到着していた。彼はイザベルが手紙で依頼していた「パブロの木の樹液と硫黄・炭の組み合わせ実験」の成果を持参し、硬さや弾力を調整可能な新素材「ごむ」の試作品を披露した。黒い弾性素材やスライム状の柔軟物、加熱処理で透明化した球など多様なサンプルが完成しており、子供用ストローを柔らかい素材に切り替える手配も済ませていた。イザベルはその有用性に歓喜し、公園用の遊具など多数の製品化を構想した。
弟への負担と補佐ドニーズの存在
一方で、オリヴァーは学生でありながら実家の新素材開発と領地経営を支える多忙な生活を送っており、自分の誕生日すら忘れていた。それを知ったイザベルは、自分が頼りすぎた結果だと反省し、これ以上負担をかけまいと仕事を減らそうとする。しかしオリヴァーは研究と領地貢献を心から望んでおり、その機会を奪わないでほしいと訴える。ここで侍女サリーが割って入り、十四歳になればディバイン公爵家紹介の補佐・ドニーズが付くこと、彼が元一代男爵で優秀な人材であり、幼い娘フローレンスを持つと説明した。イザベルはいったん安心するが、後に「ドニーズ」という名に得体の知れない引っかかりを覚えることになる。
公園二ヶ所計画と健康寿命の発想
翌日、イザベルは絵師アーノルド、大工イフ、庭師長アダンを招き、公園建設の初会議を開いた。彼女は貴族街と庶民街に異なるコンセプトの公園を二ヶ所整備する方針を提示する。貴族街には、広い遊歩道と季節の花々、複数のガゼボを備え、ドレスでも歩きやすく景観を楽しめる公園を構想し、子供向けには滑り台や箱型ブランコなど比較的穏やかな遊具を置くとした。一方庶民街には、ストレッチ用や筋力向上用の健康器具と、全身運動が可能なアスレチック遊具を中心にした公園を設計し、「健康寿命」、すなわち病気や怪我なく元気に生活できる期間を延ばすことを目的とする方針を示した。これは高齢者から子供までを対象にした前世知識応用の政策であり、イフは設計に意欲を燃やし、アーノルドは完成イメージ図の制作に取りかかることになった。こうしてディバイン公爵領の公園建設計画が本格的に始動した。
補佐ドニーズ側から見たフローレンスと不穏な噂
場面は変わり、元男爵で現在は平民の青年ドニーズの視点が描かれた。彼は妻を失い幼い娘フローレンスを抱えて困窮していたが、旧上司ウォルトの斡旋により、シモンズ伯爵家のタウンハウスで次期当主オリヴァーの補佐として雇われることになった。離れ家と娘の世話係まで与えられる好条件である一方、噂ではシモンズ伯爵家の令嬢は我儘だと聞かされており、里帰りの際に娘が虐げられないか不安を抱いていた。彼は娘とともに伯爵家へ向かい、「噂の令嬢に会いませんように」と祈りながら門をくぐるのであった。
留守中のテオバルドの違和感とイザベル喪失感
一方タウンハウスでは、テオバルドが屋外用ソファで休憩しながら、イザベル不在の生活に違和感を覚えていた。彼はイザベルと共に過ごしたティータイムを再現しようとするが、邸は以前のように静まり返り、執務効率も落ちていた。ウォルトの指摘により、自身が無自覚に笑っていること、そしてイザベルが来てから使用人の定着率が上がり、公爵邸から「氷のような空気」が消えていた事実を思い出す。テオバルドは彼女の存在が環境を変えていたと認め、領地に戻る決断を下す。ウォルトはその様子に安堵と微かな喜びを見せた。
トランポリンとノアの言葉遣いの問題
領地では、完成したゴム製トランポリンがノアを虜にしていた。ノアは「とりゃんぽ」と呼び、三十センチほど跳ねるだけで「空を飛んでいる」と誇らしげに語り、イザベルは天使のような笑顔に完全に骨抜きにされる。ミランダはゴム素材の有用性とオリヴァーの才覚に感心しつつ、ノアの言葉遣いが妙に上品で、イザベルの口調を真似しているのではないかと懸念を示す。イザベルは当初それを否定するが、ノアの「わたし」や語尾が自分に似ていることに気付き始め、微妙な危機感を覚えるのであった。
第五章 レール馬車
公爵の変化と帝都土産
帝都から戻ったテオバルドは雰囲気がさらに柔らかくなっており、イザベルを居間に呼び寄せて共にお茶を楽しんだ。彼は子どもが簡単に絵を描ける道具が欲しいというイザベルの言葉を覚えており、蝋と顔料を固めた色付きの筆記具、いわばクレヨンを土産として贈った。イザベルはその気遣いに深く感激し、公爵の耳は照れくささから赤く染まっていた。
公園計画とレール馬車の提案
イザベルは絵師の描いた構想図を用い、公爵領に貴族街用と庶民街用の二種類の公園を造る計画を説明した。貴族街には花とガゼボを備えた散策型の公園を、庶民街には健康器具とアスレチックを中心とした運動型の公園を想定していた。さらに公園外周に敷設する「レール」と、その上を走る多人数乗りの「レール馬車」の仕組みを模型で示し、乗り心地の良さと輸送力を強調した。軍事転用も可能な発想に公爵と執事ウォルトは驚きつつも、イザベルが娯楽と利便性のために使うと聞き、感心しながら受け入れた。
騎士宿舎と都市拡張構想
イザベルは新設予定の下級騎士宿舎を公園内に併設し、ドーナツ状の建物配置で訓練場を囲い秘匿するとともに、交番兼トイレを設けて治安と利用者の安心を高める案を提示した。テオバルドはこれを評価し、条件としてレールを貴族街と庶民街双方の公園まで繋げること、さらに庶民街側にも騎士宿舎を置くことを求めた。また領都東側の城壁を取り壊して都市を拡張し、その一帯に新しい街並みと公園を配置する大規模な都市計画へ発展させ、自らもプロジェクトに参加すると宣言した。
ノアの家族の絵と「家族」の自覚
イザベルは土産のクレヨンをノアに渡し、息子は青い丸や線を使ってトランポリンで空を飛ぶ自分と、それを見上げる母、離れた場所に立つ父を描いた。拙いが「家族の絵」であると説明され、イザベルは嬉しさのあまり涙を流した。テオバルドはその涙を「美しい」と感じ、自らノアの絵を額装して家族の集う居間に飾るよう命じる。ノアを優しく励ます姿も含め、彼の態度は明らかに以前の女嫌いとは異なるものとなっていた。
誕生日パーティーと贈り物、噂の真相
テオバルドはイザベルの誕生日に、公爵領のみならず「おもちゃの宝箱」に関わる人々も招いたパーティーを既に手配しており、そのためのドレスとして、彼女によく似合うアイスブルーのマーメイドラインドレスを贈った。イザベルは過去に普段着二着とデビュタント用一着しか持てず、食事も肉や卵を滅多に口にできなかった貧しい実家事情を打ち明ける。公爵はそれを知らずにいたことを悔い、彼女の「贅沢な悪女」という噂との落差に衝撃を受けるが、領民やシモンズ伯爵領では雇用改善や事業での功績から、イザベルが讃えられていることを伝える。
テオバルドの自覚と決意
テオバルドは、些細な事に幸せを見出し子に深い愛情を注ぐイザベルに対し、自分が強く惹かれていることをようやく自覚した。彼はウォルトに、イザベルを手放したくないと本音を漏らし、年齢差や与えられるものの偏りに悩みつつも、彼女の大切な存在を大切にするところから歩み寄るべきだと助言される。こうして彼は、皇帝対策のために迎えた「悪女」ではなく、一人の妻としてイザベルを愛し守りたいと心に決めていた。
第六章 小さな天使たち
迷子の幼女フローレンスとの出会い
イザベルは自分の誕生パーティー前に邸内を散歩していて、誰も使っていない部屋に迷い込んだ小さな女の子を見つけたのである。少女は「とうたま」と泣きじゃくりつつも、イザベルに抱き上げられると次第に落ち着き、「フロ」と名乗り腕の中で眠ってしまった。涎でドレスを汚されても、イザベルは気にするどころか「可愛い子を抱っこさせてもらえて嬉しい」と受け止めたのである。
聖女フローレンスの正体とノアとの早すぎる出会い
少女の父親ドニーズが現れ、娘の名がフローレンスであると判明し、イザベルは彼女がネット漫画『氷雪の英雄と聖光の宝玉』のヒロイン「聖女フローレンス」であると気付いた。本来は戦場の要塞で初対面となるはずのノアとフローレンスが、イザベル十九歳・ノア四歳・フローレンス二歳の時点で、公爵邸の誕生パーティーで邂逅する展開になったのである。
ノアとフローレンスの“お母様”争奪戦
パーティーが始まると、白いタキシード姿のノアが「お母様の王子様」と名乗って甘え、イザベルを喜ばせた。そこへイザベルを妖精と信じるフローレンスが「よーてーたん」と呼んで抱きつき、二人はイザベルを巡る取り合いになった。ノアは「ノアの、おかぁさまよ」と主張し、フローレンスも譲らず、ついには二人とも大泣きし、イザベルが抱き締めてあやして和解させたのである。運命の二人の初対面は、恋ではなく「母親の取り合い」という形になった。
父エンツォとの和解とテオの決意
成長した父エンツォは、新素材によって潤った領地のために奔走しており、以前のやつれた姿からは想像できないほど生気に満ちていた。彼はイザベルに「生き甲斐をくれた」と感謝し、「生まれてきてくれてありがとう。君は私の誇りだ」と抱きしめたうえで、ディバイン公爵に「娘を幸せにしてほしい」と改めて頭を下げた。公爵テオは「必ず私が幸せにする」と宣言し、義父との信頼関係を固めたのである。
皇后マルグレーテ母子の来訪とチート特異魔法
ノアの“招待状”という落書き付きの手紙を受け取った皇后マルグレーテと皇子イーニアスが、身分を偽ってパーティーに現れた。皇后は自らの特異魔法が「一度行った場所なら一日二回まで瞬時に移動できる能力」であると明かし、これを用いて各地で情報収集していると語った。イーニアスは「アス」と名乗り、お忍びの客人として公爵とエンツォに挨拶し、新素材が自分のおもちゃに使われていることまで把握する聡さを見せた。
新素材を巡る政治不安と婚姻圧力の懸念
皇后は、公爵領とシモンズ伯爵領が次々と新素材を世に出していることが、皇城で政治問題化していると告げた。側妃オリヴィアが「新素材関連事業を国が管理すべき」と愚かな進言を行い、それが実行されればディバイン公爵派と皇帝派・中立派の対立から内戦に発展しかねないと警告したのである。また中立派の有力貴族が新素材利権を狙い、未亡人のエンツォや若いオリヴァーに婚姻を迫る可能性にも言及した。テオは「格上貴族からの縁談はディバイン公爵家を理由にすべて断れ」とエンツォに命じ、「家族を守るのは当然」としてシモンズ家を全面的に庇護すると約束した。
タイラー子爵=悪魔疑惑と創世記の再解釈
話題は、皇帝の変質と側妃の暴走の原因へと移った。皇后は、側妃オリヴィアが「お腹の子が皇帝になるのが楽しみ」と確信めいた独白をしていた場面を、自身の転移能力で盗み聞きしていたと明かす。イザベルは、皇帝や側妃の周囲に頻繁に現れる「タイラー子爵」に注目し、洗脳に類する特異魔法、あるいは魔法以外の催眠的力を使う「人外」である可能性を示した。テオが過去十年分の貴族名鑑を調べてもタイラー子爵家の記録は存在せず、イザベルは創世記の記述を引き合いに出して「悪魔は実在し、タイラー子爵は悪魔か悪魔的存在である」と推論した。皇后とエンツォはその可能性に衝撃を受け、皇后は悪魔に対抗しうる「聖者」的な存在を探る必要性を感じ始めたのである。
贈り物の時間と「奴隷」告白騒動
プレゼントの時間になると、ノアは自作の布袋に入れた手作りカメオを贈り、それがノアの絵をもとに彫られたものだと知ったイザベルは、「一生身につける」と言って涙ぐむほど喜んだ。皇后からは新素材製のティーセット、イーニアスからは帝都で人気のマドレーヌが贈られた。最後にテオが人前で跪き、「君と出会ってから、私は君の愛を乞う奴隷だ」「君のためならなんでもしたい」と公開告白を行い、宝石やドレスでは足りぬとばかりに別荘の権利書まで差し出そうとしたため、周囲は凍り付いた。ウォルトが慌てて中断し、結果として「家族旅行に行こう」という提案に落ち着き、別荘丸ごと譲渡という暴走は回避されたのである。
トランポリンで遊ぶ子供たちと“奴隷”誤解
パーティー後、ノアは庭のトランポリンをイーニアスに自慢し、自ら跳んで「空を飛ぶ」姿を見せた。イーニアスも真似をするが、お付きに抱き上げられているだけであり、それでも本人は満足そうで、ノアの冷静なツッコミを受けつつ微笑ましい時間が流れた。その夜、泊まったエンツォは「閣下を奴隷のように働かせてはならない」とイザベルを諭したが、オリヴァーは「義兄上は姉のために動くことを喜んでいる」と説明し、父子ともどもテオの溺愛ぶりを正しく理解していないことが判明した。
皇宮での側妃の異変と皇后の決意
一方その頃、皇宮では側妃オリヴィアが「どうして陛下はシモンズ領地を取り上げないのか」と悪魔タイラーに八つ当たりしていた。タイラーは彼女をあしらいつつ、最後には「俺はお前の悪魔ではない」と冷たく言い放ち、直後にオリヴィアは床で意識を失った。皇后が騒ぎを聞きつけて駆けつけると、側妃は外傷もなく、ただ眠っていただけで、直前の記憶も失っていた。皇后はこれを洗脳の解除か異常の兆候と受け止め、タイラー子爵=悪魔説を半信半疑ながらも意識しつつ、悪魔に対抗できる「聖者」を探る必要があると静かに決意したのである。
第七章 妖精
妖精と聖女の条件
イザベルは皇后が悪魔やタイラー子爵を独自に調べ始めるのではないかと案じ、公爵と晩餐後に語り合っていた。フローレンスが自分ではなく顔の横を見ていたことから、妖精が見えているのではと口を滑らせると、公爵は「妖精が見えるなら聖女である」と説明しつつ、イザベルを妖精にたとえる冗談を返した。一方ドニーズは、娘フローレンスがイザベルを「妖精さん」と呼ぶ理由を考えつつ就寝させ、その周囲では、本物の妖精たちがフローレンスを「愛し子」と呼び、イザベルにも興味を示して見守ることを決めていた。
キャンピング馬車の完成と波及
公園やレール馬車構想に追われるなか、イザベルは発注していた新型馬車を確認するため車大工の工房を訪れた。そこではゴムタイヤとスプリング付きの車輪を備えた馬車が完成しており、従来より静かで悪路にも強い性能を示していた。内装は座席がスライドしてフラットになりベッドへ変形する仕組みで、イザベルはこれを「キャンピングカー」と名付けた。ミランダは淑女が足を伸ばして寛ぐことに驚きつつも、その快適さと、使用人用にも同仕様の馬車が用意されていることに感激した。
ミランダの忠誠と公爵家の警戒
ミランダはウォルトに新型馬車と職人たちの存在を報告し、情報秘匿を厳命された。彼女は貧乏子爵家出身としてディバイン家に仕える幸運を噛みしめ、イザベルの秘密は皇帝に拷問されても漏らさないと心に誓っていた。公爵はイザベルを呼び出し、「キャンピング馬車」をとんでもない発明と評価し、自らも乗ることを楽しみにしていると告げた。さらにスプリングを寝具やソファに応用する案も許可し、イザベルの創意が領地の生活水準を底上げしつつあることを自覚し始めた。
公園構想・イルミネーション計画と誤解だらけのキャンプ論
公爵は公園整備に着手できると報告し、移住者の増加で人手も確保できたと説明した。イザベルは公園内にビュッフェ形式のレストランを設けて家族連れが好きな料理を選べる場にする案や、木々を光で飾るイルミネーションによる防犯効果を提案した。また、自然と触れ合い環境意識を育てるキャンプ施設やグランピングの構想を語るが、公爵は騎士団の野外訓練と混同し、説明は終始すれ違った。イザベルは後日、企画書とイメージ画を提出することで理解を得る方針を取り、公爵も特にイルミネーションを街路樹で実験する案を採用すると約束した。
新馬車の試運転と公爵の変化
公園建設予定地の視察では、キャンピング馬車が悪路を問題なく走破できることが確認され、公爵はレール馬車すら不要になるのではと驚嘆した。イザベルは両者の役割は異なると説き、公爵もその判断を尊重した。さらに公爵は、帝都から早く戻った理由が「イザベルを一人にしておくのが心配だから」であると告白し、そばにいたい本音を滲ませたが、イザベルは自分の「やらかし」への監視と受け取ってしまう。現場では、公爵がイザベルの視線を若い労働者への関心と誤解して軽い嫉妬を見せる一方、イザベルは熱中症の危険がある年配労働者を気にかけていただけであり、「男に興味はなくノア一筋」と発言して誤解を解いた。周囲では妖精たちが二人を観察しつつ、イザベルへの好意と公爵の「神の加護持ち」としての特異さを語り合っていた。
皇后の急襲と前妻の真相
後日、ゴムと炭・硫黄の配合試験を行っていたイザベルのもとに、皇后が転移で押しかけ、公爵の新型馬車を見て興奮気味に詳細を求めた。イザベルはディバイン家とシモンズ家の共同開発と説明し、「ベル商会」を通せば皇后にも同型を供給できると約束した。会話はやがて公爵の前妻の話題へと移る。皇后は、「白銀の妖精姫」と称えられた前妻が、実際には令嬢たちに危害を加え、皇后自身にも破落戸による襲撃や階段転落を仕掛けた危険人物であったと語る。さらに彼女は、皇帝と結託して薬で公爵を嵌め、「穢された」と訴えて婚姻に持ち込んだ可能性を示唆し、公爵が自ら進んで前妻を愛したとは思えないと断じた。
公爵への感情と「特別」であることの確認
皇后は、イザベルが前妻の存在や自らの立場を気にして、公爵への恋愛感情を抑え込もうとしていると見抜き、「テオバルドが特別に想っているのはあなただけだ」と強調した。イザベルも、公爵が卑劣な行為をする人物ではないと確信していると明言し、二人は前妻にまつわる真相を共有したうえで、ノアには一切知らせないことを誓い合った。皇后は最後に、イザベルに「遠慮せず公爵を思い切り愛すべきだ」と背中を押し、そのまま新型馬車の見学へと雪崩れ込んだ。
子供たちの試乗会と新事業の広がり
馬車置き場では、ノアとイーニアスが変形する座席に大喜びし、「お尻が割れる」というノアの比喩から、イーニアスが本気で心配する一幕もあった。皇后はスプリングとゴム構造の応用可能性にすぐ気付き、ソファや寝具への展開を予測してベル商会の新商品に興味を示した。イザベルは皇后の勘の鋭さを内心恐れつつ、事業拡大の核になり得る技術として慎重に扱う決意を固めた。また、宮外に出たことのないイーニアスに走行中の馬車を体験させるため、公爵邸の庭を周回する試乗も段取りし、子供たちは非日常の移動体験を味わうこととなった。
タイラー子爵の正体と悪魔の独白
章の締めくくりでは、誰も存在を知らないはずの「タイラー子爵」に化けていた悪魔が、夢の中に再現した皇宮で一人高笑いする様子が描かれた。彼は皇帝を洗脳して欲望を増幅させても思いどおりに動かないことに苛立ち、皇族や貴族たちを「愚か」と嘲笑していた。さらに、自身がわざと目立つ行動をしても正体に迫る者が現れないことから、公爵の「帝国最強」という評価すら軽んじていることが示された。悪魔は特に「自分の皇子」と呼ぶ皇子の成長を楽しみにし、その存在が今後の計画の鍵であるかのように語り、闇からの介入が本格化しつつある気配を残していた。
第八章 妖精現れる
妖精たちの「祝福」と目覚め
妖精たちは、イザベルが自分たちに全く気付かないことを面白がりながらも物足りなく感じ、眠っている間にまぶたへ「祝福」を刻み、翌日には姿が見えるよう細工を施したのである。翌朝、ぐっすり眠って目覚めたイザベルは、窓辺に立つプラチナブロンドの少年と、その肩で光るキノコ帽子の小妖精たちを目撃し、あまりの光景に悲鳴を上げてベッドから落ちた。
妖精との初対話と聖女ではない現実
駆けつけたミランダには妖精たちが見えず、イザベルは取り乱した理由をごまかして一人にしてもらう。妖精の少年は、耳に光の文字を撃ち込んで聞こえるよう調整し、自分たちがフローレンスの傍にいた妖精であり、イザベルのおもちゃや菓子作りが面白くて観察していたと説明した。さらに、妖精が見えるからといって聖女ではなく、治癒魔法の適性と魔力量がないイザベルには聖女の資質がないことをはっきり告げ、彼女が扱えるのは生活魔法の強化程度に留まると断言した。
魔法と祝福の仕組みの再定義
会話の中で、イザベルは教会の祝福と妖精の関係を問いただす。妖精は、基本的に契約はせず、気に入った相手に気まぐれで力を貸すだけであると語る。一方、教会の祝福は神が人間に「魔法使用の許可」を与える儀式であり、真に強力な魔法を振るうのは精霊や神と契約した一族だと明かした。妖精たちは、卵のような光が周囲に漂い、それらが成長すると小さな妖精になり、さらに成長した個体が少年の肩にいるキノコ妖精であると説明し、黒蝶花の毒のような重い毒を直接癒やす力は自分たちにはないと告げた。
スフレパンケーキ要求と公爵への「巻き添え祝福」
妖精たちはイザベルに興味を示しつつも、報酬として「スフレパンケーキ」をねだり、用意しないなら別の面白そうな相手にも祝福を刻むと脅し半分に宣言した。その頃、ミランダは公爵から「異変があればすぐ医師を呼べ」と言われているため、イザベルの体調不良報告を受けて医師を呼びに走る。そこへ、公爵がほとんど駆け込む勢いで部屋に現れ、イザベルの体調を真剣に案じ、毒の影響や仕事量の負担を心配してベッドに寝かせ、傍らで医師を待つ構えを見せた。妖精たちはそれすら無視してスフレパンケーキを要求し、ついに公爵にも光の文字を撃ち込み、視覚と聴覚を開いてしまった。
公爵の動揺と夫婦の危なっかしい日常
光を受けた公爵は、イザベルの傍らに浮かぶ妖精たちを認識した瞬間、反射的にイザベルをお姫様抱きにし、足元に氷を張って敵対者への構えを取った。彼は、皇后のような特殊能力を持つ侵入者の可能性も疑い、イザベルを離さぬまま警戒する。イザベルは必死に「妖精の悪戯」で見えるようになっただけだと説明し、羽のある姿と輝きが本物の妖精である証だと説得した。公爵は「妖精は聖者にしか見えぬ」という常識と、自身やイザベルにも見えている現実の矛盾に苦悩しつつ、ようやく状況を受け入れ始める。妖精たちはそんな緊張感をよそに、相変わらずスフレパンケーキへの執着と軽口を飛ばし、過保護で心配性な公爵と、妙な方向で全力を発揮するイザベル夫婦の日常に、さらに混沌を持ち込む存在として姿を現したのである。
第九章 聖者とは
妖精の祝福と「聖者」否定
イザベルとテオバルドは、パンケーキ欲しさに妖精から「見えるようにされた」だけであり、聖者ではないと告げられたのである。妖精は、聖者には治癒魔法の適性が必須であり、二人とも適性も魔力量も足りないと断言し、得た能力は「妖精が見えて会話できる」程度であると説明した。
唯一の聖女フローレンス
妖精は、ドニーズの娘フローレンスこそ唯一の聖女であり、自分たちは彼女を守る存在であると明かした。イザベルは聖女が国家に保護される存在であることを踏まえ、まだ二歳のフローレンスを親から引き離さぬようテオバルドに強く頼み、彼もそれを了承した。
スフレパンケーキと妖精との取引
妖精は改めて自己紹介し、自分が「正妖精」、肩の二体が「小妖精」であると語ったうえで、イザベルの玩具や料理を「面白い」と評して興味を示した。そして報酬としてスフレパンケーキを要求し、テオバルドは質問に答えてもらうことと引き換えに提供する取引を成立させた。ウォルトには妖精の姿は見えないが、パンケーキや食器が突然消える現象を目撃し、主の言葉を信じて見えぬ相手にも礼を尽くしたのである。
テオバルドの不安と聖者の力の限界
テオバルド視点では、黒蝶花の毒が体調不良を契機に顕在化するとの医師の説明を思い出し、イザベルの容態を強く案じていた。妖精から、治癒魔法の適性を持つ者にしか力を増幅できないこと、フローレンスは五歳の祝福後に治癒魔法を使える見込みであることを聞き、イザベルの毒を完全に癒やすにはなお数年を要すると悟った。
悪魔の存在と洗脳能力の示唆
テオバルドは創世記の記述に基づき、妖精の実在から神・精霊・悪魔も現実に存在すると確認する。さらにタイラー子爵の正体を探るため、悪魔の能力について質問したところ、妖精は千五百年前に人間に召喚された悪魔が、洗脳や人間の欲望の増幅を得意としていたと語った。この証言により、タイラー子爵が悪魔的存在である可能性が一層高まったのである。
エピローグ
母の仮病と息子の優しさ
イザベルは妖精騒動の余波で「仮病」を続けざるを得なくなり、ベッドで過ごす羽目になってしょんぼりしていた。しかし朝食後すぐにノアが心配して見舞いに訪れ、扉の前で遠慮がちに様子を窺っていたかと思えば、名前を呼ばれた瞬間ぱあっと駆け寄り、胸に飛び込んできた。母が食卓にいなかったことがよほど心細かったらしく、服をぎゅっと掴んで寂しさを訴えるノアを、イザベルは優しく抱きしめ、昼食は必ず一緒だと約束して安心させた。
妖精たちの再来とカオスな母子時間
そこへ、気配もなく妖精たちが戻ってくる。フローレンスびいきの彼らはノアも可愛いと褒めつつ、イザベルが突然独りで喋っているようにしか見えないため、「ノアの目には君が変な奴に映ってるよ」と余計なことを言い、イザベルを焦らせた。ノアには何も見えないので、イザベルは慌てて「可愛いノアのことを考えていたからよ」と誤魔化し、ノアは「わたちもおかぁさまがいちばん」と天使の返答を返した。
ノアからの初めての花束
カミラの促しで、ノアは自ら選んだひまわりの小さな花束を差し出す。胸を張る姿がまた愛らしく、イザベルは崩れ落ちそうな表情を花束で隠しつつ、これは人生で初めて異性から贈られた花だと噛みしめた。妖精たちもノアを「将来有望な紳士」と褒めちぎり、母は息子への愛情があふれすぎて止まらなくなる。
母の決意と未来への気持ち
花束をサイドテーブルに置いたイザベルはノアを抱き上げ、きゃあきゃあと笑う我が子を抱きしめながら、運命や断罪といった面倒な未来への不安がすっと消えていくのを感じた。この子がいれば、どんな困難も吹き飛ばして前に進けると確信し、愛を込めて「大好きよ」と告げる。ノアもまた全力で母を愛していると答え、部屋には甘さしかない空気が満ちていった。
ノアの誕生日
誕生日会の構想と使用人への聞き取り
一月二十一日、ノアの四歳の誕生日を前に、イザベルは三歳まで祝われなかった分まで盛大に祝うと決め、公爵家の皆での誕生日会を企画した。ノアの大好きなものとノアを大好きな人々で会場を満たす方針を立て、使用人一同にも参加を許可する。イザベルはミランダの協力のもと、仕事の邪魔にならない時間を調整しながら「ノアの好きなもの」を聞き回るが、誰もが「奥様です」と答え、専属侍女カミラも、ノアが興味を示したものは全てイザベルが与えた物だと証言した。また、イザベル来訪前のノアは何にも興味を持たず、初めて関心を示したのが階段から覗いたイザベルであったことが明かされた。
ビュッフェ形式の誕生日パーティーと会場準備
誕生日当日、イザベルは公爵テオバルドからサロンの使用許可を得て、使用人たちと共に飾り付けを行った。テオバルドはプレゼントをウォルト任せにしてイザベルに叱られるが、その後は飾り付けを手伝い、ノア好みの空間づくりに参加した。会場には大皿料理を並べたビュッフェ形式のテーブルが用意され、ミニハンバーグ、フライドポテト、カレー、オムレツ、スフレパンケーキやプリンなど、ノアの好物が並べられた。この世界に存在しなかった形式にテオバルドは品の有無を気にしつつも「良い発想」と評価した。さらに、ノアの好きな花やぬいぐるみ、大型ドラゴンのぬいぐるみ、滑り台付きボールプール、ブランコ、ハンモックなどの遊具も設置された。
サプライズ演出とノアの歓喜
会場はカーテンを閉めて暗くされ、使用人たちが壁際に並び、手持ちのロウソクに灯をともしてノアを迎えた。ノアは幻想的な光景に喜びながらイザベルのもとへ向かい、絵本のキャラクターが描かれたバースデーケーキを見て歓声を上げた。テオバルドが魔法でロウソクに火を点し、ノアは「ふーっ」とロウソクを吹き消して四歳の誕生日を祝われる。カーテンが開き、飾り付けされたサロン全体が見えると、ノアは特に大きなドラゴンのぬいぐるみに強い興味を示し、皆の尽力で用意された会場に感謝を述べ、使用人たちは感激して涙をこぼした。その後、ノアは食事より先にドラゴンに乗ることを選び、パーティーはドラゴンの背に乗るところから始まった。ビュッフェスタイルの料理は使用人たちにも大好評で、ウォルトは新たな商機としてテオバルドに熱弁し、二人はそれぞれカレーや運用案に夢中になっていた。
プレゼント贈呈と親子の絆の確認
メインイベントのケーキを皆で一口ずつ分け合った後、プレゼント贈呈が始まった。メイド一同からは、ノアを抱くイザベルを刺繍した精巧な絵画が贈られ、公爵とウォルトも皇族に献上できる水準だと評価した。侍女一同からは、イザベルとノアをモデルにした、妖精の王子と母の女王の冒険を描くオリジナル絵本が贈られ、物語と画風の両方が高く完成していた。続いて、ウォルト率いる執事と庭師の合作として、裏庭に高さ大人の腰ほどの生け垣迷路が用意され、テオバルドは顔を引きつらせたが、ノアは大喜びであった。最後にテオバルドは家紋入りの懐中時計を贈り、「時計を見て計画的に動き、跡取りとして邁進せよ」と諭した。四歳児には理解不能な内容であったが、ノアは真剣に「できる」と答え、父も短く肯定し、傍らでイザベルは親子の血のつながりを感じて感動していた。
最高のプレゼントとオルゴール
イザベルが自分の番に緊張していると、ノアは「プレゼントはお母様とずっと一緒にいることがいい」と告げ、「おかぁさま、だいしゅき」とストレートに愛情を示した。イザベルは、自分が用意した物質的な贈り物以上に、ノアから「ずっとお母様でいてほしい」という言葉という最高の贈り物を受け取ったと感じ、ノアと一生一緒にいると改めて誓った。イザベルからの実際の贈り物は、ノアの好きな絵本の曲を収録したオルゴールであり、ノアは毎日その音色を聴きながら眠りについていた。カミラは、それが一番ノアに喜ばれたプレゼントだと評したが、イザベルにとってはノアからの言葉こそが一番の宝物であった。
おまけ:テオバルドの誕生日とささやかな家族の時間
ノアの誕生日から数日後、イザベルはテオバルドの誕生日が近いことに気付き、公爵家として盛大なパーティーを開くべきか悩んだ。しかしウォルトから、先代の死後テオバルドは誕生パーティーを一切開いておらず、自身のことへの関心が薄いと聞かされる。イザベルはアフタヌーンティーの席で本人に確認するが、テオバルドは自分の誕生日をほとんど認識しておらず、誕生日の話題イコールノアのことだと思い込んでいた。イザベルは今年は家族だけで祝うと決め、ウォルトも賛同した。誕生日当日、ノアは「おとうさま、かれえ、すき」と言いながらカレーの絵を贈り、テオバルドは無表情ながら両手で大切に受け取って執務室に飾った。イザベルは各種カレーパンを用意し、盛大ではないが穏やかで温かな時間を家族で過ごした。その後、翌年は友人も招いて賑やかにしようと提案するも、テオバルドが「友人などいない」と返し、場に微妙な空気が流れた。さらに後日、ノアが「おともだち、いない、さびちぃの」と言いながらリアルドラゴンぬいぐるみを貸そうと申し出たため、しばらくの間、テオバルドの執務室にはそのドラゴンが置かれ、イザベルは事情を知らぬまま見て見ぬふりをしつつ、公爵家の日常の平和さを噛みしめていたのである。
公子と皇子のプレゼント
ノアのサプライズ計画とカメオの発案
奥様の誕生パーティーの一か月以上前、ノアは「おかぁさまがびっくりして『ノア大好きよ!』と言うような」誕生日プレゼントを用意したいとカミラに打ち明けた。外出が親同伴に限られるためカミラは方法に悩むが、その最中にノアの肖像画を描きに来た絵師アーノルドが現れた。イザベルから「生き生きとしたノアを描く」よう依頼されているアーノルドは、ノアに自由に遊びながらポーズを取らせ、会話を続けつつスケッチを進めた。ノアの相談を受けたアーノルドは、自身の恋人が作ったカメオブローチを見せ、「ノアの絵を元にしたカメオを作って贈る」案を提示し、ノアはそれを採用することにした。
ノアの絵とカメオ制作への期待
ノアは以後、カメオの元になる絵を描くためにクレヨンで何度も描き直し、ようやく満足のいく一枚を完成させた。ノアはプロの画家相手に「絵が得意」と胸を張り、アーノルドはその素直さと出来栄えを褒めて画家としての素質まで指摘した。アーノルドはその絵を恋人に渡してカメオ制作を依頼すると約束し、ノアとカミラは奥様への特別な贈り物の完成を楽しみにすることになった。
皇子イーニアスと招待状の誤字まみれな愛情
一方皇宮では、皇后マルグレーテのもとにイーニアスが、ノアから届いたという「イザベル夫人の誕生パーティー招待状」を持って駆け込んでいた。色と線がぐちゃぐちゃな紙切れは、文字としては成立していないが、イーニアスには立派な招待状であった。マルグレーテはイザベルへの誕生日プレゼントを相談し、皇宮シェフではなく「帝都で人気のお菓子」が良いというイーニアスの意見から、マドレーヌ専門店「ペティットチャリオット」の品を贈る方針を固めた。イーニアスは以前、母を驚かせようとして部屋で隠れていた際にメイドたちの雑談を盗み聞きし、その店の存在と評判を知っていたことも明かした。
母子デートとマドレーヌ百個の注文
マルグレーテは、下級貴族夫人とその次男「アス」という偽装設定を作り、転移魔法で貴族街の隠れ家に移動してから、息子を初めて街に連れ出した。人気店の前には長い行列ができており、二人は甘い匂いに包まれながら順番を待ち、街の景色や人々を眺めつつ談笑した。順番が来ると、イーニアスはためらいなく「マドレーヌ百個ください」と注文し、店員を驚かせた。翌日の誕生パーティー用と知った店側は、翌日に焼き立て百個を届けることを提案し、さらにその場で食べる分として二個を用意した。
世界一のマドレーヌと「皆で食べる」贈り物
二人は噴水そばのベンチでマドレーヌを分け合い、マルグレーテは息子が自分の小遣いで買ってくれた菓子を「世界で一番美味しい」と評した。皇宮に戻った後、彼女は改めて「なぜ百個も頼んだのか」と問い、イーニアスは「招待客がたくさんいるから、皆が食べられるように」と答えた。彼にとってマドレーヌはイザベルだけでなく、周囲の人々にも分け合うための贈り物であり、マルグレーテは呆れ半分、誇らしさ半分でその答えを受け止めた。百個のマドレーヌを目にしたイザベルがどんな表情を見せるかを思い浮かべながら、彼女もまた翌日の誕生パーティーを楽しみにしたのである。
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あらすじと考察は本文で詳しく解説。

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