フィクション(Novel)神の庭付き楠木邸読書感想

小説【楠木邸】「神の庭付き楠木邸 8」感想・ネタバレ

神の庭付き楠木邸8の表紙画像(レビュー記事導入用) フィクション(Novel)

楠木邸 7巻レビュー
楠木邸 全巻まとめ
楠木邸 9巻レビュー

物語の概要

■ 作品概要

本作は、現代日本を舞台に、神々や霊獣たちの世話をする青年・楠木湊の穏やかな日常を描いた現代ファンタジー小説の第8巻である。 これまでは湊が管理する楠木邸やその周辺が物語の中心であったが、今巻では湊が初めて実家の温泉宿へ里帰りする「帰省編」が展開される。さらに、友人である陰陽師・播磨才賀の屋敷を訪れたことをきっかけに、物語は現代を離れ、平安京を彷彿とさせる異空間へと足を踏み入れる。これまでのスローライフ要素に加え、キャラクターたちの「前世」や「因縁」に迫るファンタジー・アクションの側面が強まる内容となっている。

■ 主要キャラクター

  • 楠木湊(くすのき みなと): 本作の主人公。文字に霊力を宿す力を持ち、神域である楠木邸の管理人を務める。今巻では実家に帰省し、幼少期から縁のあった座敷わらしとの再会を果たす。
  • 山神(方丈様): 楠木邸の守護神である大狼。甘いものに目がなく、湊と共に行動する。今巻では播磨邸の祖神に会うことを望み、物語を大きく動かすきっかけを作る。
  • 播磨才賀(はりま さいが): 国家公務員の陰陽師。湊の能力を高く評価する良き理解者である。今巻では実家である播磨邸に湊を招待するが、家の祖神が引き起こした異変に巻き込まれ、湊と共に過去のような世界へ飛ばされる。
  • 座敷わらし: 湊の実家である温泉宿に住まう精霊。湊が神々と過ごした経験から言葉を交わせるようになったことで、彼に温泉街の異変(瘴気)について相談を持ちかける。
  • 播磨家の祖神(そしん): 播磨家のルーツとなる強大な神格存在。一族の女性には過保護だが、男性(特に才賀)には厳しい一面を持つ。湊と山神の訪問を受け、彼らを試すかのように不思議な空間へ送り込む。

■ 物語の特徴

  • 「日常」と「異世界転移」の対比: 前半の実家でのアットホームな温泉宿スローライフから、後半の平安京を舞台とした本格的な妖怪退治・ミステリーへと急展開する構成が魅力である。
  • 因縁の解明: 湊と播磨才賀の二人が、なぜこれほどまでに強力な霊的資質を持っているのか、そのルーツを示唆する「過去」の描写が含まれており、シリーズを通した大きな謎に迫る重要な巻となっている。
  • もふもふと和菓子の癒やし: 緊迫した展開の中でも、山神や眷属たちの愛らしい反応や、作中に登場する和風モンブランなどの美味しそうな描写が、シリーズ特有の「癒やし」を支えている。
    1. 物語の概要
    2. ■ 作品概要
    3. ■ 主要キャラクター
    4. ■ 物語の特徴
  1. 書籍情報
  2. あらすじ・内容
  3. 感想
  4. 登場キャラクター
    1. 楠木邸(神の庭)
      1. 楠木湊
      2. 山神
      3. 霊亀
      4. 応龍
      5. 鳳凰
      6. 麒麟
      7. カエン
      8. ウツギ
      9. セリ
      10. トリカ
      11. 南風
      12. 北風
      13. ガラス風鈴の付喪神
      14. クスノキ
    2. くすのきの宿(湊の実家・温泉郷)
      1. 隣の宿の女将
      2. 宿泊客たち
      3. 温泉郷の後輩たち
      4. 温泉郷の顔馴染みたち
      5. 狒々
      6. 鬼女
      7. 湊の兄
      8. 湊の母
      9. 座敷わらし
      10. 強面の宿泊客
      11. 天井なめ
      12. 怪訝そうな妙齢の女性たち
      13. 家鳴
      14. 垢なめ
      15. ムジナ
      16. 雪女
      17. 鳩時計の鳩
      18. 湊の父
      19. 蘭丸
      20. ダイダラボッチ
      21. 山嵐
    3. 播磨家
      1. 執事
      2. 播磨才賀
      3. 播磨家の使用人たち
      4. 芙蓉
      5. 椿
      6. 藤乃
      7. 宗則
      8. 由良
      9. 佐輔
      10. 祖の神
      11. 一の姫
      12. 二の姫
      13. 運転手
      14. クロ
    4. 平安の都(過去の神域)
      1. 牛飼い童
      2. 大納言
      3. 若人
      4. ブチ猫
      5. 木の精
      6. 少女
      7. 女房たち
      8. きらびやかな陰陽師たち
      9. 市井の陰陽師たち
      10. 浮浪者たち
    5. その他
      1. たぬ蔵
      2. 烏天狗
      3. 登山客の家族
      4. 中年男
      5. 十和田
      6. 悪霊たち
      7. 巨獣
  5. 展開まとめ
    1. 第1章 いたって穏便に「実家に帰らせていただきます」
    2. 第2章 お久しぶりの温泉郷と実家、そして家族
    3. 第3章 だいそれたお土産コーナー
    4. 第4章 里帰りした甲斐があったというもの
    5. 第5章 今日も今日とて楠木邸はまったり
    6. 第6章 ちょいと変わった〝山神のゆ”
    7. 第7章 播磨家に激震走る
    8. 第8章 予想外すぎた播磨邸
    9. 第9章 カレーなる播磨家
    10. 第10章 捨てる神あれば拾う神あり?
    11. 第11章 異色のバディ爆誕
    12. 第12章 異色のバディは再結成だった・・・・・・?
    13. 第13章 よろしく相棒!
    14. 第14 章 心のオアシス楠木邸
  6. 神の庭付き楠木邸 一覧
  7. その他フィクション

書籍情報

神の庭付き楠木邸 8
著者:えんじゅ 氏
イラスト:ox  氏
出版社:KADOKAWA電撃の新文芸
発売日:2024年10月17日
ISBN:9784049159394

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あらすじ・内容

隣神との賑やかスローライフ第八弾! 今度は播磨の家にお邪魔します 湊、実家に帰ります(いたって穏便に)。妖怪たちに囲まれて、懐かしい温泉宿の雰囲気を満喫します。神様たちと過ごした日々のおかげで、わらしさんとも言葉を交わせるようになっていて……!
 さらに、播磨の家にもお邪魔します! 貴重なコレクションを見せてもらったり、手料理をご馳走になったり、大歓迎を受けることに。だが、祖神にご対面したところ、湊と播磨は不思議な時空に飛ばされてしまい――ここってまさか、平安京!?

神の庭付き楠木邸 8

感想

読み終えて、まず心に残ったのは、湊の「実家」という場所の持つ独特の温かさと、そこに潜む不思議な賑やかさだ。
今回の物語は、湊の里帰りから始まる。
久々に帰った実家は、やはり妖怪が跋扈する「妖怪屋敷」であったが、そこには変わらぬ家族の絆と、座敷わらしという家の主の存在があり、読んでいて非常に安心感を覚えた。

実家では、座敷わらしが唯一の定住者で、他の妖怪たちは許可を得て出入りしているに過ぎないという力関係が面白い。
湊が通行手形を彫刻することで、温泉街にはびこる悪霊問題を解決していく流れは、彼の職人としての成長を感じさせた。
さらに、新入りのダイダラボッチが街を歩くだけで悪霊を退治してしまうという、規格外の解決策には思わず笑みがこぼれる。

また、山の神が見ている世界を共有してもらう場面は、圧巻の一言に尽きる。
神の視点はあまりに多角的で情報量が多く、湊が頭を痛める描写には「さすがは神」と納得させられた。
神域の平穏を守る裏で、妖怪たちの悪戯をたぬ蔵がユーモラスに後始末している実態も知ることができ、作品の世界観がより立体的に感じられた。

後半、播磨邸へ舞台が移ってからは、物語の密度がさらに増す。
神を祖先に持つ播磨家の、特に女性陣に対する祖神の過保護ぶりには驚かされた。
山神が播磨邸への招待を望んだ真意が、播磨の霊力の器を広げるためだったという展開には胸が熱くなる。
しかし、その代償として湊まで平安京のような異空間へ飛ばされてしまうのは、いかにも彼らしい「とばっちり」で、同情しつつもワクワクが止まらなかった。

平安の街並みを模した神域で、播磨に新たな相棒「クロ」ができる場面は、今後のコンビネーションが楽しみになる名シーンだ。
実家という原点を再認識し、新たな力を得た仲間と共に未知の場所を駆け抜ける第8巻。読み終えたあとは、自分にとっても大切な場所を思い返し、心がじんわりと温かくなるような、そんな充足感に包まれた。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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楠木邸 7巻レビュー
楠木邸 全巻まとめ
楠木邸 9巻レビュー

登場キャラクター

楠木邸(神の庭)

楠木湊

主人公であり、神の庭付き楠木邸の管理人を務める青年である。悪霊を祓う力と妖怪などを認識できる能力を持つ。山神や霊獣、妖怪たちと良好な関係を築いている。

・所属組織、地位や役職
 楠木邸の管理人。くすのきの宿の次男。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家に帰省し、家族や幼馴染の蘭丸と交流し、温泉入湯手形の案を出す。播磨才賀の家を訪問し、神域に巻き込まれて悪霊祓いに立ち会う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 宿泊客からは「守護神様」と崇められている。祓いの力を込めた木彫りや表札を作成している。

山神

方丈山に棲む山の神であり、白き大狼の姿をしている。怠惰で甘いものを好むが、神としての強大な力と威厳を併せ持つ。湊や眷属たちを気にかけている。

・所属組織、地位や役職
 方丈山の神。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊とともに播磨邸を訪れ、祖の神と交渉して播磨才賀の霊力の器を大きくする。自身の神域や他の場所の様子を水鏡で湊に見せる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 地域情報誌の専用ページでこし餡の和菓子情報を愛読している。祖の神と対等以上に渡り合う力を見せる。

霊亀

四霊の一角であり、老獪な亀の姿をしている。不老不死の伝説を持つ蓬莱山を背負っているとされる。

・所属組織、地位や役職
 四霊。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家へ帰る湊を他の四霊と共に見送る。楠木邸の庭の大池をのんびりと泳いでいる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

応龍

四霊の一角であり、不遜な態度をとる龍である。

・所属組織、地位や役職
 四霊。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家へ帰る湊を見送る。花手水鉢の縁に乗り、覚から流れる水を吐き出しているように見える。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊の兄へ木彫りのモチーフとして贈られる。

鳳凰

四霊の一角であり、活動家でプライドが高い。麒麟とウマが合う。

・所属組織、地位や役職
 四霊。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家へ帰る湊を見送る。翼が生えそろい、飛行訓練に明け暮れている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 頭部の産毛がなくなり、きらびやかな成鳥の真の姿を取り戻す。

麒麟

四霊の一角であり、冷静な性格をしている。湊に加護を与えている。

・所属組織、地位や役職
 四霊。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家へ帰る湊を見送る。鳳凰を狙った術者が公的機関に引き渡されたことを報告する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊の背中と肩に足跡の加護を残している。

カエン

鍛冶の神であり、エゾモモンガの姿をしている。人間に傷つけられた過去から不信感を持つが、湊や山神たちには懐いている。

・所属組織、地位や役職
 鍛冶の神。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の留守番を引き受ける。自身の神域を作るための修行を行う。お手製のオーブンでオレンジのドライフルーツを作る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 山神から名を与えられたことで力が安定している。

ウツギ

山神の眷属であり、白いテンの姿をしている。末っ子気質で植物の栽培に熱心である。

・所属組織、地位や役職
 山神の眷属。

・物語内での具体的な行動や成果
 霊道へ向かう中年男を止めるため、幻を見せるなどして誘導を試みる。オレンジやアンズなどの果実を育てる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 伊吹山のヒサメからマンドラゴラの種をもらうための交渉材料を作ろうとしている。

セリ

山神の眷属であり、白いテンの姿をしている。冷静で年上気質が強い。

・所属組織、地位や役職
 山神の眷属。

・物語内での具体的な行動や成果
 霊道へ向かう中年男を止めるため、空間を引き裂いて自身の神域へ引きずり込む。果実の種取りや加工を行う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 中年男の魂が定着するまで自身の神域で保護している。

トリカ

山神の眷属であり、白いテンの姿をしている。セリと同様に年上気質が強い。

・所属組織、地位や役職
 山神の眷属。

・物語内での具体的な行動や成果
 霊道へ向かう中年男を止めるため、ウツギやセリと共に行動する。果実の加工を手伝う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ウツギの望みを叶えるため協力を惜しまない。

南風

風の精であり、気まぐれな性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 風の精。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊が実家に帰る際、北風とともに肩に乗ってついていく。墓地の掃除中にも姿を現す。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

北風

風の精であり、南風とともに行動する。

・所属組織、地位や役職
 風の精。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の実家への帰省や墓地の掃除に同行する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

ガラス風鈴の付喪神

ガラス風鈴に宿る付喪神であり、普段は自ら動かない変わり種である。

・所属組織、地位や役職
 付喪神。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊から留守番を頼まれ、敬礼のような仕草で応じる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

クスノキ

楠木邸の庭の中央に立つ大木であり、破邪の力を持つ。やや心配性な性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 楠木邸の庭の主役。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家へ帰る湊に、破邪の力と芳香が宿る葉を渡す。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 山神の改装により、庭の中央で傘のような樹冠を広げる姿に変わっている。

くすのきの宿(湊の実家・温泉郷)

隣の宿の女将

湊の昔馴染みであり、親戚のような付き合いをしている女性である。

・所属組織、地位や役職
 隣の宿の女将。

・物語内での具体的な行動や成果
 帰郷した湊を小走りで出迎え、声をかける。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

宿泊客たち

くすのきの宿や温泉郷を訪れる人々である。裏稼業の者も多く含まれる。

・所属組織、地位や役職
 宿泊客。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の作ったキーホルダーや表札の祓いの力を目当てに宿を訪れる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 悪霊の影響で体調を崩している者が多く、回復すると態度が横柄になる者もいる。

温泉郷の後輩たち

湊の地元で顔馴染みの若者たちである。

・所属組織、地位や役職
 温泉郷の住民。

・物語内での具体的な行動や成果
 帰郷した湊に声をかけて歓迎する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

温泉郷の顔馴染みたち

湊の地元の住民たちである。

・所属組織、地位や役職
 温泉郷の住民。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊に「おかえり」と声をかけて歓迎する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

狒々

巨大な猿に似た妖怪であり、素早くしつこい性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 帰宅した湊を屋根の上から出迎える。離れの露天風呂に堂々と浸かっている。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

鬼女

ツノの生えた妖怪であり、いたずらが度を越すことがある。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 庭に現れて湊に近づこうとするが、座敷わらしに蹴り飛ばされて追い出される。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

毛むくじゃらの妖怪であり、食い意地が張っている。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 帰宅した湊の脚にしがみつく。夕食の支度中に料理を食べようとして止められる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

湊の兄

くすのきの宿で働く湊の兄であり、勘が鋭く現実的な性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 くすのきの宿の従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の作ったキーホルダーをガラスケースに入れて販売する。湊に露天風呂の掃除を頼む。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 中学時代から自身が霊障を受けない体質であることに気づいている。

湊の母

くすのきの宿の女将であり、穢れに強い体質をしている。

・所属組織、地位や役職
 くすのきの宿の女将。

・物語内での具体的な行動や成果
 帰宅した湊に普段通りに家事を手伝わせる。湊の贈った木彫りをバッグにつけて持ち歩く。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

座敷わらし

くすのきの宿に棲みつく妖怪であり、家を牛耳る強い力を持つ。湊に懐いている。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊を脳内に響く声で出迎える。いたずらをした鬼女を追い払う。湊の木彫り作業を見学する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ダイダラボッチをすんなりと敷地内に受け入れる。

強面の宿泊客

裏稼業と思われる宿泊客であり、霊的な力を感じ取る能力がある。

・所属組織、地位や役職
 宿泊客。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の木彫りキーホルダーを真剣に吟味して購入する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊を「守護神様」と崇めている。

天井なめ

天井からぶら下がる妖怪であり、天井を舐める習性がある。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の行く手を塞いで不遜な言葉をかける。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

怪訝そうな妙齢の女性たち

くすのきの宿の宿泊客である。

・所属組織、地位や役職
 宿泊客。

・物語内での具体的な行動や成果
 妖怪と話している湊を怪訝そうに見る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

家鳴

雫型の形状をした妖怪であり、自在に姿を変えられる。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 家鳴りの音を立てて湊の注意を引き、話しかける。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊が噂の守護神であることを知っている。

垢なめ

風呂場の垢を舐める妖怪である。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 掃除された後の露天風呂に現れ、垢がないことに憤慨する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

ムジナ

狸に似た妖怪であり、酒を好む。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 夕食の支度中に父と兄の酒瓶に手を出そうとする。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

雪女

白を基調とした着物をまとう妖怪であり、控えめな性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の夕食の支度をかいがいしく手伝う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 話すと口からあられがこぼれるため、寡黙にしている。

鳩時計の鳩

鳩時計の中にいる鳩のからくりである。

・所属組織、地位や役職
 からくり。

・物語内での具体的な行動や成果
 夕方六時と正午の時刻をにぎやかに知らせる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

湊の父

くすのきの宿の主人であり、霊障を受けやすい体質をしている。

・所属組織、地位や役職
 くすのきの宿の主人。

・物語内での具体的な行動や成果
 大量の悪霊に憑かれて帰宅するが、湊の木彫りで祓われて事なきを得る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊の木彫りの腕前を褒め、かつて職人に頼み込んだ過去を懐かしむ。

蘭丸

湊の幼馴染みであり、川向こうの温泉宿の息子。楽天家で明るい性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 温泉宿の従業員。

・物語内での具体的な行動や成果
 宿泊客の態度の悪さに不満を漏らす。湊から悪霊や妖怪の秘密を打ち明けられ、温泉入湯手形の案に賛同する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 町の人々を説得し、入湯手形の仕組みをすぐに実現させる。

ダイダラボッチ

巨人の妖怪であり、心優しく引っ込み思案な性格をしている。悪霊を極度に嫌う。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 墓地で湊と再会し、実家に誘われる。道中で悪霊を見つけて徹底的に潰す。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 くすのきの宿へ通うようになり、温泉郷一帯の悪霊を消し去る結果をもたらす。

山嵐

巨大なハリネズミに似た妖怪である。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 墓地に現れ、湊を「妖怪くさい」と言って立ち去る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

播磨家

執事

播磨家の使用人であり、幼い頃から播磨才賀に仕えている。完璧な笑顔を崩さない。

・所属組織、地位や役職
 播磨家の執事。

・物語内での具体的な行動や成果
 実家に戻った播磨を出迎える。コレクションルームの案内を行う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 山神の存在にも動じず、普段通りに職務をこなす。

播磨才賀

播磨家の次男であり、陰陽師。冷静沈着で無表情だが、家族や湊には気を遣う。

・所属組織、地位や役職
 播磨家。陰陽師。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊と山神を実家に招く。山神によって霊力の器を大きくされる。祖の神の神域で悪霊や巨獣と戦う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 男であるため祖の神から認識されていなかったが、山神の助力で強大な霊力を得る。

播磨家の使用人たち

播磨家に仕える者たちである。

・所属組織、地位や役職
 播磨家の使用人。

・物語内での具体的な行動や成果
 客間の清掃を指示される。山神を神座へ案内し、歓喜の涙を流す。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

芙蓉

播磨の母であり、播磨家の当主。ふんわりとした印象で夫を立てる性格である。

・所属組織、地位や役職
 播磨家の当主。

・物語内での具体的な行動や成果
 祖の神の意思を確認するため、魂のみで神界へ赴く。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 祖の神が降りる対象の一人である。

椿

播磨の姉であり、播磨家の次期当主。雪の女王のような美貌で、男言葉を話す。弟思いである。

・所属組織、地位や役職
 播磨家の次期当主。

・物語内での具体的な行動や成果
 疲労している播磨を労わり休ませる。自身の身体に祖の神を降ろす。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 祖の神が降りる対象の一人である。

藤乃

播磨の妹であり、明るく愛想のよい性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 播磨家。

・物語内での具体的な行動や成果
 新婚の夫である由良とともに家族会議に参加する。祖の神に播磨才賀の存在を示す。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

宗則

播磨の父であり、神や霊獣を好む。妻を深く愛している。

・所属組織、地位や役職
 播磨家。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊をもてなすため、自らカレーを作ると張り切る。妻の神界からの帰還を待ちわびる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊から買った麒麟の鱗をコレクションルームに飾っている。

由良

藤乃の夫であり、厳つい体格をしている。妻を大切にしている。

・所属組織、地位や役職
 播磨家。

・物語内での具体的な行動や成果
 家族会議で播磨才賀の意見に賛同する。祖の神から妻を引き寄せる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 結婚したため、播磨の送迎役から異動している。

佐輔

椿の夫であり、忍びの一族の出身。妻を溺愛しており、軽口を叩くことが多い。

・所属組織、地位や役職
 播磨家。製薬会社の次男。

・物語内での具体的な行動や成果
 播磨才賀をからかう。祖の神から妻を引き離し、睨みつける。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 現代でも暗器を仕込んでいる。

祖の神

播磨家の血を引く女たちに加護を与える武の神である。子孫の女には執着するが、男には無関心である。

・所属組織、地位や役職
 播磨家の神。

・物語内での具体的な行動や成果
 椿の身体に降りて山神と対面する。播磨才賀の霊力向上を許可した後、彼らを神域へ突き落とす。黒豹を贈る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 播磨家の女たちの結婚相手を勝手に決める。

一の姫

椿と佐輔の長女であり、勝気な性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 播磨家。

・物語内での具体的な行動や成果
 祖の神に決められた婚約に反発し、湊に駆け落ちを申し出る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

二の姫

椿と佐輔の次女であり、不思議な洞察力を持つ。葛木角之丞に弟子入りを志願している。

・所属組織、地位や役職
 播磨家。

・物語内での具体的な行動や成果
 播磨才賀の疲労を指摘する。湊の左手に祓いの力が通っていないことを見抜く。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

運転手

播磨家の運転手であり、白手袋を着用している。

・所属組織、地位や役職
 播磨家の運転手。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊をリムジンで播磨邸まで送迎する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

クロ

祖の神から播磨に贈られた黒豹の幼獣である。霊力を生成する能力を持つ。

・所属組織、地位や役職
 播磨の従者。

・物語内での具体的な行動や成果
 神域で播磨に霊力を渡して急成長する。湊に懐く。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 播磨から「クロ」と名づけられる。

平安の都(過去の神域)

牛飼い童

水干をまとう牛飼いである。

・所属組織、地位や役職
 大納言の従者。

・物語内での具体的な行動や成果
 道端で寝てしまった牛を慌てて叩き起こそうとする。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

大納言

平安時代の貴族であり、牛車に乗っている。鷹揚な性格である。

・所属組織、地位や役職
 大納言。

・物語内での具体的な行動や成果
 牛が寝てしまったことを物忌の口実にしようと笑う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

若人

大路で老樹を見上げていた純朴そうな若者である。

・所属組織、地位や役職
 平民。

・物語内での具体的な行動や成果
 老樹の祟りを恐れて湊たちに説明する。竹竿で猫を助けようとする。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

ブチ猫

老樹に登っていたブチ柄の猫である。高貴な人物の大事な存在とされる。

・所属組織、地位や役職
 飼い猫。

・物語内での具体的な行動や成果
 枝の上でくつろいでいたが、若人につつかれて降り、湊の腕に抱かれる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

木の精

老樹の幹に宿る精霊であり、苔玉のような姿をしている。

・所属組織、地位や役職
 精霊。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊に新しい築地塀が邪魔で窮屈だと訴える。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

少女

平民に扮した高貴な身分の少女である。

・所属組織、地位や役職
 貴族。

・物語内での具体的な行動や成果
 播磨の言葉を信じ、父に塀を壊すよう伝えると断言する。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 播磨の姿に見惚れて赤面する。

女房たち

少女のお付きの女性たちである。

・所属組織、地位や役職
 女房。

・物語内での具体的な行動や成果
 倒れかけた少女を支える。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 播磨の姿に見惚れる。

きらびやかな陰陽師たち

束帯を着た二人の陰陽師である。傲慢な態度をとる。

・所属組織、地位や役職
 貴族に仕える陰陽師。

・物語内での具体的な行動や成果
 平民を見下し、市井の陰陽師たちに詰め寄る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 背の高い方は播磨の先祖に酷似している。

市井の陰陽師たち

僧衣めいた格好をした二人の青年である。民の側に立つ存在として慕われている。

・所属組織、地位や役職
 市井の陰陽師。

・物語内での具体的な行動や成果
 きらびやかな陰陽師たちの言葉を受け流して歩み去る。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 年嵩の青年は湊と同じオリーブ色の瞳を持っている。

浮浪者たち

荒れ果てた区画に集まる人々である。

・所属組織、地位や役職
 平民。

・物語内での具体的な行動や成果
 悪霊の出現に怯え、悲鳴を上げて逃げ惑う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

その他

たぬ蔵

方丈山に棲む古狸であり、妖怪の元締めである。人間を好み、変化を楽しむ性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 方丈山の妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 泥の女神に化けて登山客の落としたスマホを返すなど、他の妖怪のやりすぎをフォローする。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊が妖怪くさいと指摘する。

烏天狗

山に棲む妖怪であり、厳しい性格をしている。

・所属組織、地位や役職
 山神の眷属。

・物語内での具体的な行動や成果
 山を荒らした若い男を襲い、リュックを引き裂く。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

登山客の家族

山を訪れた四人家族である。

・所属組織、地位や役職
 登山客。

・物語内での具体的な行動や成果
 父親が子どもたちに山神の恐ろしさを語って脅す。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 妹は歌うことで悪霊を祓える力を持つ。

中年男

霊道に惹かれやすい性質を持つ登山客である。

・所属組織、地位や役職
 登山客。

・物語内での具体的な行動や成果
 山中で霊道に近づき、テンたちによってセリの神域へ引きずり込まれる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 魂が定着するまで一ヶ月ほど神域で過ごすことになる。眷属たちのジュースの実験台にされる。

十和田

地域情報誌の記者であり、悪霊に憑かれやすい体質をしている。誠実な性格である。

・所属組織、地位や役職
 出版社の記者。

・物語内での具体的な行動や成果
 山神の祠を訪れ、木彫りの効果に感謝して和菓子探しを誓う。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 特筆すべき地位の変化は描かれていない。

悪霊たち

人間に憑く不浄の存在である。

・所属組織、地位や役職
 悪霊。

・物語内での具体的な行動や成果
 湊の父に憑りつくが木彫りで祓われる。神域で和装の女や無数の手足を持つ姿で現れ、播磨に祓われる。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 ダイダラボッチにひねり潰される。

巨獣

多層塔の上にいたネコ科の大型獣に似た妖怪である。好戦的で小賢しい。

・所属組織、地位や役職
 妖怪。

・物語内での具体的な行動や成果
 尻尾を大鎌に変化させて播磨を追い詰め、梵鐘に閉じ込める。

・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
 湊の風で吹き飛ばされ、播磨によって祓われる。

楠木邸 7巻レビュー
楠木邸 全巻まとめ
楠木邸 9巻レビュー

展開まとめ

第1章 いたって穏便に「実家に帰らせていただきます」

里帰りの支度を整える

湊は楠木邸のリビングで、実家へ帰るための荷物を確認していた。着替えや洗面用具、充電器など必要な物は揃っており、実家には自室も残されていて生活用品にも困らないため、大きな不足はないと考えていた。そのうえで、座敷わらしへの外国産の菓子や、兄と父に渡すための木彫りも忘れず荷物に収め、準備を終えて出発を決めた。

変わった庭を見渡しながら別れを意識する

湊は出発前のあいさつのため縁側に出て、改装によって大きく姿を変えた神の庭を眺めた。かつての小さな滝は消え、川は池へと戻り、その中央には以前とは樹冠の形も異なる大きなクスノキが立っていた。まだ見慣れない景色ではあったが、板張りを守るように広がるその姿には頼もしさも感じていた。

四霊に見送られる

クスノキのもとへ向かう途中、湊は縦一列に並んだ四霊から声をかけられた。彼らは久しぶりの実家でゆっくり過ごしてくるよう勧め、自分たちの加護があるため心配はいらないと伝えた。湊は感謝を返し、留守の間もここでゆっくり過ごしてほしいと告げて出発のあいさつをした。

クスノキの贈り物を受け取る

花手水鉢のそばを通り、元気に咲くヒマワリとマリーゴールドに目を細めた湊は、クスノキの樹冠の下へ進んだ。すると一本の枝が下がり、先端の葉を差し出してきた。その葉には強い破邪の力と芳香が宿っており、幻覚や異臭に対して正気を保てるほどの効力があると感じられた。湊はクスノキの心遣いを受け取り、礼を述べて持っていくことにした。

カエンに留守番を託す

葉を受け取った湊は、枝の根元にいたカエンへ声をかけ、一緒に実家へ行かないかと誘った。しかしカエンは迷いを見せつつも、自分はここに残ると答えた。人間に傷つけられた過去から、まだ完全に外へ踏み出せない事情を湊は察し、無理に誘うことはしなかった。その代わり留守番を頼むと、カエンは意気込んで引き受けた。

風鈴と山神にも留守を頼む

カエンが枝を揺らしたことで、ぶら下がっていたガラス風鈴が大きく鳴った。湊が風鈴にも留守番を頼むと、風鈴は敬礼のような仕草で応じた。さらにクスノキの幹を背にしていた山神にも留守を頼むと、山神は当然のように引き受け、忘れ物はないかと珍しく確認した。湊はそのやり取りをおかしく思いながら、最後に少しふざけて実家に帰らせてもらうと告げ、見送られながら表門へ向かった。

楠木邸を後にして現実の暑さに触れる

湊は門を閉める前に、翡翠色に輝く楠木の表札を見やった。その祓いの力は極めて強く、悪霊が押し寄せても問題ないと確認してから門戸を閉ざした。だが一歩外へ出ると、そこには早朝にもかかわらず強い暑さと蝉の声に満ちた、人間の世界の現実が広がっていた。神域の快適さに慣れきった身には不安もよぎったが、それこそが本来の人間の暮らしであると湊は自らを戒めた。

風の精たちを連れて出発する

そのとき湊の背中と腹に冷たい風と温かな風の塊がぶつかってきた。頻繁に遊びに来る二体の風の精であり、湊はしばらく実家へ帰ることを伝えた。すると二体は両肩に乗り、ついていく意思を示した。人前では目立つ行動をしないよう頼みつつも、湊は結局その同行を認めた。やがてやってきたタクシーに乗り込み、湊は二体の風の精とともに楠木邸を後にした。去っていく車を、敷地外のクスノキのざわめきと長く尾を引く風鈴の音が見送っていた。

第2章 お久しぶりの温泉郷と実家、そして家族

温泉郷の空気に帰郷を実感する

湊は地元の温泉郷に到着し、緑豊かな火山の麓に広がる懐かしい景色を見ながら遊歩道を歩いた。川沿いに並ぶ昔ながらの宿や青々とした木々、かすかに硫黄を含む空気に触れるうち、自分が本当に帰ってきたのだと深く実感していた。観光客の姿も夏の時期らしくまだまばらであり、穏やかな故郷の空気が広がっていた。

顔馴染みたちに迎えられる

道中、湊は隣の宿の女将をはじめ、昔からの顔馴染みたちに次々と声をかけられた。長く帰ってこなかったことを心配されながらも、元気そうな姿を見て皆が喜んでくれたため、湊は歓迎されるありがたさを改めて噛みしめた。自分がこの土地に受け入れられていることを、ひとつひとつのやり取りから感じ取っていた。

人ならざる視線の存在を察する

後輩たちと話していた最中、湊は人ではない何者かの鋭い視線を背中に感じた。振り返って周囲を見渡しても、遊歩道にも川沿いにも不審な姿は見当たらなかったが、その感覚が気のせいではないと湊は判断した。悪意までは感じなかったものの、人ならざる存在がこの地にもいることを意識し、心に留めておくことにした。

実家の宿と表札の異変なき様子を確かめる

湊は実家であるくすのきの宿にたどり着き、以前と変わらぬ古びた外観を見上げた。そのうえで看板や表札に宿る光を確認し、祓いの力が今も十分に働いていることを確かめた。強く輝くその光に安心する一方、視える者にとっては眩しすぎるのではないかとも思ったが、今のところ問題は起きていないと判断し、そのまま家へ入ることにした。

狒々と妖怪たちに迎えられる

門をくぐった直後、湊は気配もなく現れた狒々に驚かされた。狒々は素早さを見せつけたうえで、かつて転んだ幼い湊を助けていたことまで語り、最後には優しい眼差しで帰宅を歓迎した。その言葉に湊は自然と笑みをこぼした。その後も鬼女や毛むくじゃらの鶴に絡まれながら進み、改めて自分の実家が妖怪屋敷であったことを思い出していた。

兄と再会し、家で休むことになる

玄関では兄が湊を迎え入れた。兄は仕事の合間であったが、湊が手伝いを申し出ても、今は家でゆっくりするよう勧めた。帰ってきたばかりの身を気遣うその言葉に甘え、湊は無理に仕事へ加わらず家へ上がることにした。

母との普段通りのやり取りに実家らしさを感じる

家に入った湊は、台所で洗い物をしていた母にすぐ手伝いを頼まれた。久しぶりの再会でありながら、感動的な空気よりも日常の延長のようなやり取りが交わされ、湊はかえってそれを自然なこととして受け止めた。普段から連絡を取り合っていたため、互いの無事は声だけで理解していたのである。母は湊の顔色や健康状態を見て安心し、湊もまた変わらぬ台所の空気の中に実家らしさを感じていた。

母の木彫りから異変を読み取る

ふと湊は、母の持ち歩いていたバッグに自分が贈った山神の木彫りが付いていることに気づいた。喜ばれたこと自体はうれしかったが、木彫りに込めていた祓いの力がかなり減っていることを感じ取り、母が何度も悪霊と接触していた可能性を察した。母自身は穢れに強い体質であるため無事であったが、霊障を受けやすい父のことが気にかかり、湊は最近の行動を母に尋ねた。旅行先で使われていた可能性に思い当たりつつも、母が元気で父も変わりなく働いていると知って、ひとまず安堵した。

自室で実家のありがたみを噛みしめる

食事を終えた後、湊は自室へ戻った。そこには出ていった時と変わらぬ家具と整えられた寝台があり、シーツにも部屋にも埃ひとつなかった。楠木邸の暮らしに慣れた今ではベッドの硬さに違いを感じたものの、きちんと手入れされた実家の部屋に身を置くことそのものがありがたく、湊は強い安堵を覚えた。その心地よさに思わず眠りかけるほどであった。

座敷わらしとの再会を果たす

しかし湊には、帰宅してすぐに会うべき相手がいた。うたた寝しかけた自分を起こし、奥座敷へ向かった湊は、かつて祖父の部屋であった和室で座敷わらしと再会した。以前よりも鮮明にその姿を視認できた湊は、ただいまと声をかけた。最初は声を聴き取れなかったが、もう一度願うと、座敷わらしは脳内にやわらかく響く声でおかえりと告げた。その歓迎を受けた湊は、心からうれしそうに笑った。

第3章 だいそれたお土産コーナー

実家での家事と座敷わらしの日常

久しぶりの再会であっても、湊と座敷わらしの間に特別な感慨に浸るような時間はなかった。湊は朝食後の片付けや掃除、洗濯などを進んで引き受け、楠木邸とほとんど変わらぬ家事に追われていた。家族が働いているなか自分だけ休んでいることに落ち着かなかったためである。一方、座敷わらしは家の中を自由気ままに駆け回り、壁や天井まで使って遊んでいた。湊はその奔放さを咎めることなく、これこそ実家での日常なのだと受け止めていた。

座敷わらしが鬼女を追い払う

洗濯物を干しながら、湊は庭に出た座敷わらしへ靴が必要かと尋ねたが、座敷わらしは言葉ではっきりと断った。その後、庭に鬼女が現れ、座敷わらしの不在を見計らって湊に近づこうとした。すると屋根から降ってきた座敷わらしが鬼女の手首を打ち、さらに軽々と蹴り飛ばして庭の外へ追い出した。いたずらの度を越した者は不要だと宣言した座敷わらしの怒りは強く、その妖気は敷地内の妖怪たちを動揺させた。湊はこの家の支配者が座敷わらしであることを改めて実感し、余計な刺激を避けるように家の中へ引き返した。

懐かしい遊びのあとで土産コーナーを見る

家事を終えた湊は、実家で遊んで過ごすのも落ち着かず、くすのきの宿へ向かった。途中、座敷わらしと昔ながらのだるまさんが転んだで遊び、座敷わらしが木や標識のような独特の姿勢を次々と再現する様子に驚かされながらも楽しんでいた。宿のロビーへ入ると、カウンターの上に頑丈なガラスショーケースが設置され、その中に自分の作った木彫りのキーホルダーが飾られているのを見つけた。兄は盗難対策として必要な処置だと説明し、実際に表札まで盗まれてきた事情からも、その厳重さには理由があった。さらにキーホルダーはよく売れており、兄はそれを湊の新たな副業として評価していた。

宿泊客から守護神と崇められていると知る

そこへ強面の宿泊客が現れ、ショーケースの中の木彫りを真剣に吟味しはじめた。その客はキーホルダーに込められた祓いの力を明確に感じ取っており、前に買ったものとの違いまで見極めたうえで購入を決めた。敬虔な信者のように大事そうに品を抱えて去っていく姿を見て、湊は驚きを隠せなかった。兄によれば、このように湊を守護神様と呼ぶ客は一人ではなく、部屋を出る際に表札へ礼を述べていく者までいるという。湊は初めて自分がそのように崇められている実情を知り、強い戸惑いを覚えた。

兄に木彫りの力と家族の体質を打ち明ける

兄の話から、家族もすでに木彫りや表札に特別な力があること、自分たちの体質にも差があることに気づいていたと判明した。兄は中学時代に幽霊が出ると噂される場所へ行っても自分だけ平気であり、迎えに来た母も同様だった経験から、それを理解していたのである。湊はついに、自分が悪霊を祓う力を持ち、それを木彫りに込めていることを兄へきちんと伝えた。そして兄のために応龍の木彫りを渡し、強い悪霊にはぶつければよいと説明した。龍好きの兄はその贈り物を喜んだが、同時に湊を神扱いしてからかい、湊は本物の神々を知るがゆえにそれを強く否定した。

露天風呂へ向かう途中で妖怪たちに絡まれる

兄から離れの露天風呂の掃除を頼まれた湊は、休息も兼ねて引き受けた。しかし向かう途中、天井なめに進路を塞がれ、さらに宿泊客の前で妖怪相手に話しかけてしまい、慌ててその場を離れることになった。その先では、家鳴があちこちで音を立てて湊の注意を引き、自分の声が聞こえるのかと話しかけてきた。湊がこの家の次男だと明かすと、家鳴は噂に聞く守護神だと興奮した。やがて戸外は別の妖怪の縄張りだと聞かされて窓を開けると、そこでは狒々が露天風呂に堂々と浸かっていた。湊は不思議に思いながらも掃除を済ませ、そのまま露天風呂を楽しんだ。

夕食の支度を妖怪たちと進める

実家へ戻った湊は、じっとしていられず今度は夕食の支度に取りかかった。鶴は皿ごと料理を食べようとし、ムジナは父と兄の酒に手を出そうとするなど、妖怪たちは相変わらず騒がしかった。一方で、雪女は小鉢を出すなど甲斐甲斐しく手伝ってくれた。話すと口からあられがこぼれるため寡黙であったが、湊はそれを気にせず感謝を伝えた。鶴も雪女の落としたあられを吹き払うなど、妖怪たちなりの形で支度は進み、やがて夕餉の用意が整った。

父の異変に気づき悪霊を祓う

夕方六時を告げる鳩時計の直後、鶴が切迫した様子で湊を呼びに来た。門へ向かうと、座敷わらしが外の道を睨みつけていた。その視線の先には父がいたが、背は異様に曲がり、まるで一気に老け込んだような姿になっていた。座敷わらしは父をばっちぃと嫌っており、湊は父に悪霊が憑いていると悟った。表札の力で祓われる距離ではあったが、苦しそうな父を見過ごせず駆け寄り、持っていた木彫りを押し当てた。すると父の背に張りついていた悪霊が膨張して弾け飛び、父はたちまち普段通りの様子に戻った。

父へ木彫りを渡し昔の縁を思い返す

父はいつも門まで来れば苦しみが消えるため慣れていると語り、表札に助けられてきたことを明かした。湊はそんな父にこそ真っ先に渡すべきだったと考え、麒麟の木彫りを手渡した。父はその出来栄えを褒め、湊もまた自分が表札や木彫りを作れるようになったのは、父が知人の職人へ頼み込み弟子入り同然に学ばせてくれたおかげだと感謝していた。かつての師匠がすでに亡くなっていることを思い出しつつ、親子は肩を並べて門へ戻った。表札の下で、座敷わらしの機嫌のよさをそれぞれ別の形で感じ取りながら、よく似た笑みを浮かべていた。

第4章 里帰りした甲斐があったというもの

父に憑く悪霊の多さから原因を推測する

家族そろって夕餉を終えたあと、湊は自室のベッドで横になりながら、父がそれなりの頻度で悪霊に憑かれている現状について考えていた。父が憑かれやすい体質であることを差し引いても、その回数は異常に多く、湊が家を出る前にはなかった変化であると断じていた。そこで湊は、くすのきの宿を目当てに訪れる、悪霊を連れた客たちが原因ではないかと考えた。宿へ向かう途中で悪霊がより憑きやすい人や住み心地のよい場所へ移る可能性を思い至り、耐性のない者にとっては悪霊や瘴気が大きな苦痛になると改めて認識した。そうして、何らかの対策が必要だと強く感じながらも、決定打となる案が浮かばぬまま眠りに落ちた。

蘭丸から温泉郷の異変を知らされる

翌日、湊の懸念は現実のものとなった。幼馴染みの蘭丸が訪ねてきて、温泉郷の人々にも疲労や精神的不安定といった異常が出ていると伝えてきた。川向こうの宿から来た蘭丸は、自身の体調は悪くないものの精神的に参っていると話し、その原因が態度の悪い客たちにあると吐き出した。彼らは宿に来たばかりの頃は死にかけのようであるのに、温泉や外出で回復すると急に横柄になり、挨拶を返さず、料理や飲み物、周辺環境にまで不満を並べ立てるという。さらに、くすのきの宿に泊まれないから仕方なく他の宿に泊まっていると聞こえよがしに言うため、従業員たちの心労は大きかった。湊は自分の家に客が集中していることに申し訳なさを覚えたが、蘭丸はそれをたしなめつつ、昔より予約が埋まるようになったのも彼らの存在があってこそだと認めていた。

蘭丸に悪霊と自分の力を打ち明ける

温泉郷の異常を聞いた湊は、これ以上隠しておくべきではないと決意し、町の人々の不調の原因が悪霊であると蘭丸に打ち明けた。すると蘭丸は驚くどころか、以前からそうしたものが存在すると感じていたようで、すんなり納得した。湊が悪霊そのものを視ているわけではなく、悪影響を受けている人間を見ればわかるのだと説明すると、蘭丸はそれも自然に受け止めた。さらに湊は、自分が悪霊を祓う力を持ち、その力を込めた表札やキーホルダーを目当てに客が集まっていることも明かした。蘭丸はそれによってくすのきの宿の人気の理由を理解し、湊が嘘をつくはずがないと強く信じていた。その反応に後押しされ、湊は客に憑いた悪霊が宿へ来る途中で温泉郷の人々へ移っている可能性についても話し、蘭丸も実際にぞわりとする客がいたことを思い出して顔を青くした。

妖怪のことも蘭丸はすでに知っていた

続けて湊は、自分には妖怪が視えるのだと告げた。しかし蘭丸はそれをすでに知っていたと平然と返し、湊が必死に隠そうとしていたから、あえて尋ねなかっただけだと語った。さらに、この地域では楠木家に時折そうした者が生まれることを年配者たちは知っているとも明かした。湊は、これまで隠し続けてきた意味を思わず考えてしまったが、少なくとも蘭丸が普通に接してくれていた事実に、自分は恵まれていたのだと感じた。蘭丸もすぐに話を現実的な対策へ戻し、悪霊を野放しにできない以上、何か手を打つべきだと考えた。

温泉入湯手形の案が生まれる

蘭丸は、湊の木彫りを各宿でも販売できればよいと考えたが、量産は難しいと知って別の形を模索した。その時、蘭丸の鍵束に付いていた通行手形風の木札を見た湊は、温泉入湯手形の案を思いついた。複数の宿の温泉に入れる木製の入浴券を湊が彫り、それを各宿で販売すれば、客が自然に持ち歩くうえに、客の流れもくすのきの宿周辺だけに偏らず温泉郷全体へ回せると考えたのである。蘭丸はその発想を強く支持し、自分が他の宿や年配者たちを説得できると請け負った。そしてこの案は驚くほど早く採用され、その日のうちに温泉郷全体の取り組みとして決まった。

座敷わらしに見守られながら手形を彫る

翌朝から湊は、提供された木材を使って温泉入湯手形を彫り始めた。実家で過ごせる時間も残り少ないため、自室ではなく内縁に作業台を持ち込み、家族が行き来する中で彫っていた。その真正面には座敷わらしが陣取り、退屈もせず熱心に作業を見守っていた。湊が翡翠色の光が見えるのかと尋ねると、座敷わらしは見えていると答え、並んだ手形の中から最も明るい一枚を選び出した。湊にはどれも同じように見えたため、まだ自分では力の差を見極められないことを知ったが、座敷わらしはほんの少しの違いだと慰めるように伝えた。

座敷わらしの力の一端を知る

作業の途中で、湊は以前から気になっていたことを座敷わらしに尋ねた。効果が切れた表札にだけヒビを入れて知らせてくれるのはどうやっているのか、という問いである。座敷わらしは無造作に木板を取り上げ、手刀を打ち込んで中央に見事な筋を入れて見せた。しかも同じことをもう一度やってのけ、湊はその正確さを熟練の技として素直に称賛した。続けて、かつて葛木角之丞とどのようなやり取りをしたのかも尋ねたが、座敷わらしは覚えていないと答えた。その時に見せたどこか大人びた笑みは印象に残ったが、湊は深く追及せず、再び木彫りの作業へ戻った。

祖父の墓前で近況を報告する

実家で過ごす最後の日を翌日に控えた湊は、温泉郷を見下ろす墓地へ赴き、楠木家の墓を丁寧に掃除した。墓石に水を荒くかけることはせず、新しい雑巾で丁寧に磨きながら、祖父へこれまでの報告をしていた。護符や木彫りのこと、座敷わらしや妖怪たちのこと、温泉入湯手形のことまで話し終えたあと、明日またここを発つと静かに告げた。返事は当然なかったが、その場に吹いた冷風と熱風が、久しぶりに現れた北風と南風の風の精によるものだとわかり、湊は軽く受け流しつつ墓掃除を続けた。

墓地でダイダラボッチと再会する

掃除を終えた直後、湊は誰かに見られている気配を感じた。振り返っても人影はなかったが、やがて墓地の崖際から巨大な目と頭髪がのぞいているのを見つけた。それは小学生の頃に一度だけ遭遇したことのある妖怪、ダイダラボッチであった。風に飛ばされた帽子をダイダラボッチがつまみ取ると、意を決したように這い上がって墓地に姿を現し、おずおずと帽子を返してきた。巨体に似合わず非常に気を遣う動作であり、湊が礼を述べると、ダイダラボッチはもじもじしながら、元気だったかとぎこちなく尋ねてきた。湊も片言気味に返したが、それだけのやり取りでダイダラボッチは嬉しそうに顔を上気させた。

妖怪同士に馴染めないダイダラボッチを誘う

その場に山嵐が現れると、ダイダラボッチは瞬時に身を隠した。山嵐は湊のそばを通りながら、妖怪くさいと嫌そうに言って去っていった。ダイダラボッチは話しかけることもできず、ただ名残惜しそうに見送るだけであった。その様子から、他の妖怪と関わりたいのにうまく近づけないのだと察した湊は、突然ではあったが自分の家へ遊びに来ないかと誘った。ダイダラボッチは大きく反応し、動きだけで周囲に風を起こしてしまうほど喜んだ。湊が、家には多くの妖怪が集まるから仲良くなれる相手もいるかもしれないと伝えると、ダイダラボッチは何度も頷いた。

自分が妖怪くさい理由を知る

その流れで湊は、先ほど山嵐に妖怪くさいと言われた理由を尋ねた。ダイダラボッチは、湊の身体にはさまざまな妖気がまとわりついていると説明し、それは周囲にいつも多くの妖怪がいるからだと教えた。湊には自分ではどうしようもないことだと理解でき、納得するしかなかった。そうして墓前に再来を約束し、掃除道具を片手にダイダラボッチとともに温泉郷へ戻ることにした。

ダイダラボッチが悪霊を潰す

温泉郷への下り坂を並んで歩く途中、ダイダラボッチは超絶笑顔で上機嫌だったが、突如その表情と妖気を一変させた。次の瞬間、湊の頭上を飛び越え、門前の地面に手のひらを叩きつけるようにして何かを押し潰しはじめた。湊が恐る恐る尋ねると、ダイダラボッチはそれを真っ黒に汚れた霊だと吐き捨てた。つまり悪霊であった。妖怪にとって悪霊は脅威ではないはずなのに、ダイダラボッチはそれを心底嫌悪しており、塵一つ残さぬよう徹底的に潰してから、もういないと晴れやかな笑顔を見せた。湊はその激しさに引きつりつつも、悪霊を見つければ確実に消してくれる存在であることを知った。

ダイダラボッチの来訪が温泉郷を救うことになる

湊は、この危うさもある妖怪を本当に実家へ連れていってよいのかと一瞬ためらったが、誘った以上は自分が責任を持つしかないと覚悟を決めた。そして最大の難関である座敷わらしが、ダイダラボッチをすんなり受け入れたことで、湊は心から安堵した。その時点では知らなかったが、この出会いが大きな効果を生むことになった。湊が実家を去ったあとも、ダイダラボッチは妖怪たちと友だちになるためにくすのきの宿へ通うようになり、その道中で見つけた悪霊を片端からひねり潰していった。その結果、温泉入湯手形の効果と相まって、温泉郷一帯に悪霊が居つくことはなくなったのであり、湊は里帰りした甲斐があったといえる結果を残した。

第5章 今日も今日とて楠木邸はまったり

楠木邸での仕事に戻り成長を実感する

実家から戻った湊は、朝早くから楠木邸の管理人業務に励んでいた。脚立に乗って外窓を磨きながら、方丈山の変わらぬ姿を眺めると同時に、山から流れ下る神気の濃さまで知覚できるようになっている自分に気づき、わずかな成長を実感していた。そこへ方丈山の古狸であるたぬ蔵が現れ、湊が自分の存在に素早く気づいたことに感心したうえで、湊には多くの妖怪の妖気がこびりついていると指摘した。湊は自分では匂いを感じ取れなかったが、妖怪たちと関わってきた影響が身体にも残っているのだと知った。

変わらぬ庭と回復した霊獣たちを見渡す

清掃を終えた湊が庭へ入ると、楠木邸は留守の間と変わらぬ姿を保っていた。大池もクスノキも、その下の板張りや家屋も以前のままであり、そこにいる存在たちもまた変わらなかった。石灯籠から飛び立った鳳凰は、翼や胴体、尾羽が立派に生えそろい、飛行訓練の成果を見せつけていた。世界を再び飛び回りたい鳳凰に対し、麒麟はまだ力が完全には戻っていないと諫めた。そのやり取りのなかで麒麟は、鳳凰を狙った術者が公的機関に引き渡され、霊力の器を破壊されたため、もう術を使えなくなったと報告した。だが同じ術を使える者が他にもいる可能性は残っており、完全に安心はできないと湊は受け止めていた。

神域の不思議さをあらためて感じる

鳳凰と麒麟がすぐに口論をやめ、並んで日向ぼっこを始めたのを見届けた湊は、渡り廊下を進んで大池を見下ろした。水底の白い玉石を眺めているうちに、神域にあるものはすべて神の所有物であり、持ち出してはならないという話を思い出した。石一つであっても無断で持ち去れば祟りがあるのかと考えたが、もちろん取るつもりはなく、ただこの場所に宿る不思議さを改めて感じるだけであった。続いて花手水鉢へ行くと、応龍がちょうど覚の先に位置しており、水を吐いているように見えた。湊はその姿を似合うと感じ、応龍の許しを得て水を飲み、クスノキの下へ向かった。

カエンの独り立ちに向けた修行を見守る

クスノキのもとでは、山神が大狼の姿でくつろぎ、その近くでカエンが神域の入口を作ろうとしていた。弱っていたため楠木邸に留まっていたカエンも、本来は別の神域を持つべき存在であり、自分の住まいを作ろうとしていたのである。湊はそれを見て、カエンがいよいよ独り立ちの時を迎えつつあるのだと理解した。しかしカエンは初めての住まいを大きくしようとして欲張り、山神にたしなめられた末に空間を弾けさせて失敗してしまった。それでも山神は、それも学びであり次はもっと早くできると穏やかに励ました。カエンはすぐにやる気を取り戻し、その姿に触発されて湊も護符書きに取りかかった。

山神の配慮の中で日常へ戻る

湊はいつも通り墨を磨り、和紙に筆を走らせながら祓いの力を込めていった。最後の一字を書き終えた時、ようやく集中が切れ、周囲の様子が耳に入った。聞こえるのは覚から流れる水音だけであり、外では風が吹いているにもかかわらず、クスノキの下だけは無風だった。湊はそれが山神の配慮であり、自分が作業に集中できるようにしてくれていたのだと悟った。山神はその頃には眠そうにくつろいでおり、カエンの姿もすでになかった。そうした静かな空気の中で、湊は自分が完全に楠木邸の日常へ戻ってきたのだと実感した。

実家でも変わらず働いていたことを見抜かれる

山神は、久しぶりの実家はどうだったのかと唐突に尋ねた。湊は、ゆっくりできたようなできていないような曖昧な答えを返したが、山神にはすぐに、実家でも働き詰めだったことを見抜かれた。湊は、家事や木彫りをしていてここにいる時とほとんど変わらぬ生活をしていたと認めたうえで、家族が働いている中で自分だけ休んでいるのが落ち着かず、それはもう性分なのだと語った。山神はどこにいても湊は湊のままだと笑い、働いている方が落ち着くという性質を難儀だと評した。湊も、自分でも少しおかしいと思う一方で、楠木邸での仕事は決して苦にも重荷にもならないと本音を漏らした。

神域の快適さと外の世界への不安を語る

湊が楠木邸では精神的な苦しさをまるで感じないと語ると、山神はそれはここが神の庭だからだと当然のように言った。湊もそれを否定できず、実家との違いを通じて、この神域が自分の心に与える影響の大きさを痛感していた。山神は、このままでは湊はここでしか働けなくなりそうだと軽く言い、綺麗な川に住む魚はドブ川では生きられぬものだと続けた。湊は冗談では済まない危機感を覚え、綺麗すぎない程度に保ってほしいと真剣に頼んだが、山神の返答は気のないものであり、あまり期待は持てなかった。

播磨の家とその血筋の特異さを知る

護符を重ねながら、湊は翌日に訪問予定の播磨の家も、この楠木邸のような特殊な空間なのかと尋ねた。山神は、播磨の家の神は相当な過保護であり、ここ以上かもしれないと答えた。ただしその執着の対象は播磨本人ではなく、以前会った播磨の血族の女性たちの方であるらしかった。さらに山神は、人間を伴侶に選ぶ神は極めて珍しく、そのような神の血を引く播磨のような存在もまた稀有だと語った。そのうえで、二神の力を持ち、四霊の加護を受け、さらに妖気までまとっている湊の方がもっと珍しいのだと指摘した。湊はそれを聞いていたたまれなくなりつつも、播磨の親族に珍獣扱いされないかと不安を口にした。山神は、播磨の一族は礼儀をわきまえているだろうと笑い飛ばした。

播磨邸への想像を膨らませながら平穏な時を過ごす

不安を抱えながらも、湊は播磨の家がどのような場所なのか想像を膨らませた。播磨本人や父の雰囲気から、高貴な家柄を思わせる立派な屋敷なのではないかと考え、歴史ある木造の平屋や広大な大広間まで思い描いていた。山神は、ただの家の見学と思って気楽に訪ねればよいと気負いを和らげた。その間にも楠木邸には穏やかな時間が流れていた。風鈴が鳴り、クスノキが梢を揺らし、応龍は花手水鉢で眠り、霊亀は大池をゆったりと泳いでいた。縁側では鳳凰と麒麟がもたれ合って眠り、塀の上ではカエンが方丈山を見つめ、その山からはテン三匹が顔をのぞかせていた。こうして楠木邸と方丈山の平穏な日常の上に、雲間から太陽がゆっくりと姿を現していた。

第6章 ちょいと変わった〝山神のゆ”

砂風呂でくつろぎながら語り合う

一日の仕事を終えた湊は、山神とカエンとともに露天風呂で砂浴をしていた。山神の気分次第で泉質が自在に変わるこの風呂は、この日は変わり種として砂風呂になっていた。三者は和傘の下で砂に埋まり、蒸し暑さに耐えつつも、それぞれに力の抜ける心地よさを味わっていた。山神は自分に甘く、暑すぎると感じるや否や温度を下げ、湊とカエンはその調整に安堵した。

実家で覚えた違和感を振り返る

砂風呂の中で湊は、実家に帰った時に懐かしさと同時に違和感を覚えたことを思い返していた。妖怪を以前よりはっきり認識できるようになったため、改めて実家が妖怪屋敷であったことを実感したのだと考えた。山神もそれに同意し、御山でも妖怪たちは無駄に騒ぎを起こすのだとこぼした。

山神の視界を水の画面で見せられる

山神は、動かずにいながら山全体や眷属たちの見ている景色を把握している自らの感覚を、湊にも味わわせようとした。大池の水がせり上がって画面となり、まず登山道を登る人間たちの姿が鮮明に映し出された。続いて眷属ウツギの視界に切り替わり、高速で林冠を移動したのち、楠木邸の敷地が映し出された。そこには神の庭ではなく、常人の目に映る殺風景な庭が広がっていた。湊は、幽玄な神の庭は一般の人間には見えておらず、そのおかげで急にクスノキが成長したり庭の様子が変わったりしても騒ぎにならず、露天風呂の入浴姿も見られていなかったのだと理解した。

山の妖怪たちの報復とたぬ蔵の後始末を知る

次に映し出されたのは、登山道を外れて花の群生地を踏み荒らし、木にナイフで傷をつける若い男の姿であった。烏天狗がその男を襲い、リュックを引き裂いたうえで、落ちたスマホがぬかるみに沈む騒動を引き起こした。そこへ泥の美女に化けたたぬ蔵が現れ、金のスマホか銀のスマホかと問いかける昔話めいた芝居を打ったのち、正直に答えた男へ黒いスマホを返した。湊は、妖怪たちがやりすぎた場合でも、たぬ蔵が楽しみながら後始末をしているのだと知った。

信仰が神を生むかもしれないと語る

画面には、道脇の巨石を熱心に拝む人間の姿も映し出された。それは湊とウツギが、誰かが神の宿る石と思ってくれたらよいと並べたものであった。カエンは、神も精霊も宿っていないただの石に祈ることを不思議がったが、湊は祈る行為そのものに意味があり、信仰心を持つことで人は強く在れるのだと語った。さらに、皆がそう信じ続ければ、いつか本当にその石に神か精霊が宿るかもしれないとも言った。その話を通じて、現代の人間の多くは神や精霊の有無を判別できず、わかったと言う者がいても信じられにくいことをカエンは知り、強い衝撃を受けていた。

山神の恐ろしさを信じる登山客たちを見る

別の画面では、家族連れの登山客が登山口に立ち、父親が山神はとんでもなく恐ろしい存在だと真顔で子どもたちを脅していた。烏天狗やタヌキ、キツネによる報復が山神そのものの仕業として恐れられていたのである。湊は妖怪たちの仕返しが山神のせいにされていることに頭を抱えたが、山神本人は気にも留めていなかった。自分の山に住まう妖怪たちの振る舞いが気に入らぬなら、とっくに追い出しているはずだという態度であった。

霊道に惹かれる人間の危うさを知る

やがて画面に、霊道の近くを歩く中年男が映し出された。山神は、その場所は魂があの世へ通う道であり、できるだけ人が近づかぬ方がよいと説明した。霊道の付近では、男の様子が次第におかしくなり、好奇心や理性を失って、泉の近くの霊道へ引き寄せられていった。テンの三匹は、赤いリボンの幻を見せたり、警戒声や物音で注意を逸らしたり、あらゆる方法で引き返させようとしたが効果がなかった。ついにはセリが空間を裂き、男を神域へ引きずり込むという力技で救出した。

霊道に入れば魂だけがあの世へ向かうと知る

山神によれば、あの男がそのまま霊道へ進んでいれば、魂だけがあの世へ行き、肉体は生命活動を止めて死体となっていた。残された身体は野生動物に食い荒らされ、無残な末路を迎えていたはずだという。湊はその事実に強い衝撃を受けたが、山神は隣の山に人間の死体が積み上がる方がよほど迷惑だと淡々と告げた。霊道に惹かれやすいかどうかは性別や年齢よりも、誘惑に弱さや注意力の散漫さといった個人の性質に左右されるらしく、鍛えれば克服も可能だとされた。しかしそうしたことを人間社会で口にしても理解されないだろうと、山神は冷静に切り捨てた。

自死や霊道への飛び込みの重さを教えられる

湊がなおも気にしたのは、その男の行方であった。山神は、男は魂が肉体から離れやすくなっているため、しばらく眷属たちの神域で過ごさせたのちに現世へ戻すつもりだと答えた。ただし現実の時間と同じだけ時は流れるため、戻るのはおおむね一か月後になるという。行方不明騒ぎになると心配する湊に対し、山神は死ななかっただけましだと一蹴した。さらにカエンは、生き物には生まれた時から死ぬ時が定められており、霊道へ自ら飛び込むことは天命を途中で放棄する行為だと説明した。その場合、それまでの転生で積んできた徳をすべて失い、振り出しに戻るのだという。山神は、自死もまた同じであり、死ねば楽になるという考えは誤りだと冷たく言い切った。

十和田の礼参りがカエンの見方を変える

その後、水の画面には十和田の姿が映し出された。十和田は山神の祠を訪れ、遅くなったことを詫びたうえで、木彫りの効果に深く感謝し、今後も恩に報いるため記事を書き続けると誓った。山神の好みの和菓子を探していたとも語り、山神はその言葉に大いに満足していた。木彫りの出処を山神だと勘違いしている点はあったが、それでも十和田の誠実な態度はカエンの心を動かした。カエンは、このような人間もいるのだとしみじみつぶやき、湊は少しでも人間への見方が和らいだことをうれしく思った。

山神の感覚の広さに二人が耐えきれなくなる

最後に山神は、自分にはこれまで映してきた景色がすべて同時に見えているのだと示した。画面は無数に分割され、その数は百を超えるほどに増えていった。湊もカエンもその情報量を処理しきれず、たちまち頭を抱えることになった。山神は平然としていたが、湊とカエンには到底耐えられるものではなかった。

最後は突然の水風呂で締めくくられる

山神が喉の渇きを覚えたと言い出すと、湊は水を持ってこようとした。しかし山神はその必要はないと告げ、次の瞬間、砂場そのものを水へと変えてしまった。湊と山神とカエンは一斉に水中へ落ち、特に小さなカエンは仰向けに沈みかけた。湊は即座に手を伸ばし、冷水の中でカエンを助けようとした。こうして、ちょいと変わった山神の湯は最後まで常識外れのまま幕を閉じた。

第7章 播磨家に激震走る

播磨が実家の洋館に戻る

播磨は厚い雲の下でもひときわ目立つ播磨邸へ戻った。迎賓館として使われていた由緒ある洋館は、父が結婚祝いとして贈られたものであり、変わらぬ外観を保っていた。玄関では幼い頃から仕えてきた執事が出迎え、播磨はいつも通りのやり取りを交わしながら応接間へ向かった。

家族会議で明日のもてなしを相談する

応接間には父母、姉夫婦、妹夫婦が集まっており、播磨の帰宅を迎えた。明日、山神と湊を家に招く予定であるため、そのもてなしを相談するのが本題であった。もっとも張り切っていたのは父であり、自ら料理を振るう気満々であった。父はカレーを本場風にしようと考えたが、播磨は湊が一般家庭育ちで気後れしやすいだろうと考え、家庭的な普通のカレーにしてほしいと求めた。由良もそれに同意し、父はその意見を受け入れた。

播磨が祖の神を呼ぶ必要を伝える

もてなしの準備が進む中、播磨は山神が祖の神に会いたがっていることを伝えた。その言葉に応接間は騒然となり、母は動揺しつつも自分が祖の神へ伝えに行くと決めた。祖の神が降りるのは母か次期当主である姉のみであり、こちらから意思を届けるには母が魂のみで神界へ赴くしかなかった。母が動くと決めると、父は不安を隠しきれないまま付き添い、姉はその後を引き受けることとなった。

姉に労われて播磨は休むよう勧められる

母と父が退室したあと、姉は播磨の霊力の減少を見抜き、まず自室で休むように勧めた。厳しい印象とは裏腹に、それは弟を気遣う言葉であった。播磨は一旦それを受け入れたが、その前に義兄の頼みで姪たちに会うことになった。

二の姫が播磨の疲労を見抜く

応接間に駆け込んできた二の姫は、播磨を見るなり顔色ではなく顔そのものがひどいと言い放った。姉に言い直しを促されても態度を変えず、抱えていたテディベアと相談したあと、右足が一番疲れていると告げた。これは彼女が以前から時折見せる不思議な洞察であり、播磨も過去の経験から子どもの戯言と軽んじることはできなかった。そのため素直に気をつけると答え、二の姫も満足した。

一の姫が婚約話に荒れていることが明らかになる

続いて現れた一の姫は、普段とは異なり暗い気配をまとっていた。播磨が体調を尋ねると、一の姫は心の具合が最悪だと吐き出し、祖の神が勝手に結婚相手を決めたことへの怒りを爆発させた。妹の肩を強くつかんでしまうほど気が立っており、義兄にたしなめられても怒りは収まらなかった。播磨はこの反応を見て、播磨家の女たちが皆、祖の神による一方的な婚約決定に最初は激しく反発してきたことを思い出した。

親族たちも同じように荒れてきた過去を振り返る

播磨は、一の姫の荒れ方を見ながら、藤乃や椿も当初は同じように反発していたことを振り返った。藤乃は神の武器を本物の薙刀へ変えて物を斬り刻み、椿も表向きは従順でありながら、夜な夜な道場で荒々しく打ち込んでいた。それでも彼女たちは婚約相手と実際に会い、交流を重ねる中で好意を抱くようになっていった。播磨はその流れを知っていたため、一の姫もまだ相手に会っていないのだろうと察した。

播磨が一の姫をなだめようとする

播磨が、まだ相手と会っていないだろうと指摘すると、一の姫は驚きながらもそれを認めた。来週、その相手の男の子と会う予定だという。一の姫は、恋をするにはまだ早いと思っていると本音をこぼし、相手を気に入ることなどありえないと断言した。播磨は、実際に会ってみれば気に入るかもしれないと諭したが、一の姫の不安と反発はなお根強かった。彼女はまだ幼くとも、自分が変わってしまうかもしれない未来に対して敏感に怯えていたのであった。

第8章 予想外すぎた播磨邸

播磨邸の外観に圧倒される

白手袋の運転手に迎えられてリムジンから降りた湊は、ようやく外気を吸って落ち着きを取り戻しかけたものの、眼前にそびえる播磨邸の洋館を見て再び動揺した。迎賓館のような堅牢な建物と、左右対称に整えられた異国風の庭園は、日本の個人宅という想像から大きく外れていた。普段着でよいと言われて訪れたものの、場違いではないかという不安が強まり、スーツで来るべきだったと後悔した。しかし山神も播磨も、家人が普段着で構わないと言うのなら問題ないと告げ、湊を落ち着かせた。

館に入った瞬間に強い護りを感じる

館の中へ入った湊は、玄関の大理石を踏んだ瞬間、身体に電流のような感覚が走るのを覚えた。それは痛みではなかったが、よその神域に迷い込んだ時と似た感覚であり、この邸宅全体が神によって護られているのだと察した。山神もそれを認め、播磨家の神が人間の作る防犯設備よりはるかに強力な守護を施していると語った。湊は、その護りが播磨家の人々を大切に思う気持ちの表れなのだと受け止めた。

豪奢な館の中でも管理人らしい視点を見せる

吹き抜けの天井にはステンドグラスが嵌め込まれ、館内は豪奢な造りであった。湊はその美しさに感嘆しつつも、真っ先に掃除の大変さを思い浮かべた。播磨はその反応に複雑な顔をしたが、湊にとっては仕事柄当然の発想であった。播磨は、食事までの間にくつろげるよう二階に部屋を用意していると告げ、一行は大階段を上がっていった。

コレクションルームから異音が聞こえる

二階の静かな廊下を進む途中、湊は甲高い奇妙な音を聞き取った。蚊の羽音のようだが不快さを帯びたその音は、ある特別な扉の向こうから響いていた。播磨によれば、その部屋は父が神や霊獣、幻獣にまつわる品々を収めているコレクションルームであった。さらに、播磨の父が湊から買った麒麟の鱗もそこにあると聞かされ、湊は思いがけないつながりに驚いた。山神がその部屋に入りたいと望み、播磨は執事に命じて扉を開かせた。

部屋の中で神気と音の圧に晒される

扉が開いた瞬間、湊は目に見えぬ圧力よりも先に、まばゆい光と耳を塞ぎたくなる音の洪水を浴びた。室内は整然としており、壁面の棚には神や霊獣、幻獣にまつわる品が一点ずつ丁寧に飾られていた。しかし、その一部は互いに神気と音波で反発し合っており、ただの収蔵品では済まない存在感を放っていた。湊は、先日天狐の圧倒的な光を体験していたため、どうにか耐えながら室内を見渡した。

麒麟の鱗と白澤の毛の仲の悪さを知る

山神がまっすぐ向かった先には、湊も見覚えのある麒麟の鱗があった。その隣には一本の白い毛が飾られており、二つは互いに音波をぶつけ合っていた。山神は、鱗が隣の毛を気に入らず、毛の方も応戦しているのだと見抜いた。その白い毛の持ち主は神獣白澤であり、吉兆を呼ぶ瑞獣として知られる存在であった。湊はその毛の美しさと存在感に感心しつつ、どこの毛なのかと素朴な疑問を口にした。執事と播磨はその問いに思わず反応したが、山神はそれを白澤のまつ毛ではないかと答え、白澤には九つの眼があるとも教えた。

他の収蔵品たちもそれぞれ強い個性を持っていた

室内では、ユニコーンの角とフェニックスの羽根も光と音波で争っていた。さらにその振動が他の収蔵品にも波及し、部屋中の品がざわめき始めたため、播磨と執事まで顔色を変えた。山神は神気を放って一喝し、品々を静めた。そのうえで、時折こうして喝を入れるとよいと播磨に告げた。続いて湊が興味を持ったのは、赤茶色の毛玉のような品であり、山神はそれを琉球で守り神とされるシーサーの毛だと説明した。山神によれば、その持ち主は時おり方丈山にも遊びに来るものの、その頻度は人間の感覚では到底近い将来とは言えぬほどであった。

天岩戸の欠片が故郷を恋しがっていると知る

湊は、他の派手な品々に比べて地味に見える三日月形の石にも目を留めた。しかし山神は、その石の美しさを高く評価していた。その石はアメノタヂカラヲが投げた天岩戸の欠片だと播磨が説明し、父がその元の岩が作った神域に迷い込んだ際、土産として得たものだという。湊はその石から悲しみを帯びた気配を感じ取り、帰りたがっているのではないかと考えた。実際に石はその通りであり、水をにじませて泣くような様子まで見せた。播磨は父に伝えて元の場所へ返すと約束し、石は喜びを表した。山神も、意思を持つ石は庭石として欲しくないと述べ、騒がしい存在をこれ以上増やしたくない本音をのぞかせた。

八咫烏の羽からアマテラスの神気を感じ取る

次に山神が示したのは、黒い羽根であった。見た目は地味に思えたが、湊はそこに見覚えのある神気を感じ取り、それがアマテラス大神に通じるものだと気づいた。山神もそれを認め、その羽根は八咫烏のものだと教えた。八咫烏は巨大で、慌て者でおっちょこちょいな性格だと山神は評した。湊は、いつぞや神域に引き込まれて以来会っていないアマテラス大神のことを思い出し、そろそろ挨拶に赴いてもよいのではないかと考えるようになった。

湊は異様な収蔵品の数々を楽しみはじめる

こうして湊は、山神の解説とともに播磨家のコレクションを見て回った。最初こそ場違いな緊張と圧倒的な神気に戸惑っていたが、収蔵品たちがそれぞれ意思や感情を持ち、過去や由来を背負ってここに在ることを知るにつれ、その鑑賞自体を楽しみ始めていた。播磨邸は想像していた和風の名家とはまるで異なっていたが、その予想外さも含めて、湊にとっては強く印象に残る訪問となった。

第9章 カレーなる播磨家

豪奢な食卓と華麗なる一族に圧倒される

コレクションルームを出た湊は、案内された豪奢な部屋で山神とともに落ち着かない時間を過ごしたのち、昼食会のためダイニングルームへ向かった。しかしその前に、播磨から護符や祓いの力を込めたメモは部屋に置いてきてほしいと頼まれた。播磨家の女性たちは視えすぎるため、そうしたものを束で持ち込まれると眩しすぎて目を開けていられないからであった。そうして通されたダイニングルームは広大で、食卓の支度も万全であったが、それ以上に湊を圧倒したのは播磨家の面々の容姿であった。播磨の母、姉、妹だけでなく、その伴侶たちや姪たちまで整いすぎた容貌をしており、湊はようやく播磨自身もまた美男なのだと意識するほどであった。

山神が神座に迎えられる

播磨家の一同が華やかな空気を放つ中、山神はさらに別格の扱いを受けた。使用人たちは山神を長テーブルとは別に設けられた高台の神座へ案内し、その周囲には山盛りのこし餡の和菓子が並べられた。山神がそれらを喜んで食べ始めると、使用人たちはその姿に感極まって涙を浮かべるほどであった。湊はその異様なまでの歓迎ぶりに驚きつつも、ひとまず播磨家の人々との交流に意識を向けた。

播磨の父母と再会し、母の不在が特別だったと知る

湊に気さくに声をかけたのは、播磨の父である宗則であった。町中や悪霊に憑かれた場面で会ったことのある宗則は、以前と変わらず快活そうに見えたが、どこか表情に陰りを帯びていた。湊が体調を気遣うと、宗則は突然隣の妻芙蓉にしがみつき、芙蓉は穏やかにそれを受け止めた。播磨の説明によれば、母が少し遠い場所へ出かけていたためであり、宗則にとってはそれだけで大きな不安を抱える出来事であったらしい。湊は普通の外出とは思えぬ反応に首をかしげつつも、気にするなという播磨の言葉に従った。

姉夫婦と妹夫婦の親密さに触れる

次に湊は、播磨の姉椿とその伴侶佐輔、さらに妹藤乃と由良とも言葉を交わした。椿は硬質で冷たい印象を与える美貌の持ち主であったが、わずかに笑みを浮かべるだけでその印象を一変させた。その様子に見惚れた湊へ、佐輔は冗談めかしつつも牽制を加え、椿はそれをたしなめた。二人のやり取りからは、互いへの強い親愛が感じられた。また、藤乃と由良も新婚らしい穏やかな雰囲気をまとっており、播磨家が女性上位というより、夫婦ごとに強い結びつきで成り立っていることがうかがえた。

次女が湊の手の状態を見抜く

その後、姉夫婦の次女がテディベアを伴って湊に近づき、手を見せてほしいと求めた。湊が応じると、次女は真剣な様子で両手を観察し、問題はないが左手はまったく通っていないと診断した。これは湊が祓いの力を右手ばかりで扱い、左手にはほとんど通していなかったことを言い当てていた。湊はその慧眼に感心し、これからは左手も使うようにしようと素直に答えた。次女は満足したようにテディベアの手で湊の頭を撫でた。

長女が駆け落ちを申し出る

続いて長女が気配もなく現れ、突然湊に駆け落ちしてほしいと迫った。あまりに唐突な申し出に湊は呆然としたが、播磨が駆け落ちの意味をたしなめると、長女は祖の神によって婚約相手を決められたことへの強い反発から逃げ出したいのだと明かした。湊は、長女が自分に恋をしているわけではなく、ただ婚約から逃れたい一心なのだと見抜き、なぜ逃げたいのかを静かに問うた。長女は、まだ結婚などしたくないのだと本音を吐露した。

祖の神による婚約の仕組みを知る

播磨は、播磨家の女性の結婚相手は祖の神が決めるのだと説明した。祖の神は、その者にもっとも相性のよい相手を見極め、ある日突然婚約相手を告げるという。拒否は一応可能であるものの、長女はまだ相手と会ってすらおらず、それでもすでに強く拒絶していた。湊は、一度会ってどうしても受け入れられないなら婚約を解消してもらえばよいと穏当に勧めたが、長女はそれでも不満を抱えたままであった。最終的には佐輔が長女を抱き上げて連れていき、その場は収まった。

緊張のない昼食会が始まる

こうして騒ぎを挟みつつも、昼食会は長女と次女に挟まれる形で始まった。湊は最初こそ緊張していたが、出されたカレーはさすがに見事な味であり、食卓の空気も想像していたほど堅苦しいものではなかった。そのため、あまり身構えなくてもよかったのだと次第に安堵していった。一方、神座の山神は休みなく和菓子を食べ続けており、羊羹を追加で求めた際には、命じられた女性の使用人が歓喜に震えながら部屋を飛び出していった。その様子を見た他の使用人たちの顔には嫉妬すら浮かび、湊は山神の異様な人気ぶりに薄ら寒さを覚えた。

山の神が人に愛される理由を思い知る

山神の人気について湊が漏らすと、長女と次女は当然のことのように、山の神は人とともにいてくれる神だからだと答えた。その言葉を聞いて湊は、風神や雷神のように人に無関心な神々と違い、山の神は人々の暮らしの中に常に存在し、山の恵みを与え続けてきたことを思い起こした。人々が山に惹かれ、山中他界説のように魂の還る場所として山を信じてきたのも、そうした身近さゆえである。山神自身も文句を言いながら人間を気にかけ続けており、その存在がほとんど無条件に愛されるのは自然なことなのだと、湊は幼い姉妹の言葉を通じて改めて理解した。

播磨家の神降ろしの特異さを知る

食事の途中、湊は播磨家の者たちが神という存在に慣れているのだと思っていたが、長女はそうではなく、祖の神は姿を見せず、祖母か母の身体を通してしか現れないのだと明かした。椿は乗っ取るという表現をたしなめたが、要するに神降ろしの際には当主か次期当主の身体に祖の神が降り、その間、本人の意識は眠った状態となり記憶も残らないという。長女はいずれ自分の身体にも祖の神が降りてくることに不満を抱いており、その特異な運命を思えば、婚約の件で荒れるのも当然であると湊は感じた。

山神が祖の神との対面を求める

やがて食事も終盤に差しかかった頃、神座で和菓子を食べ続けていた山神がむくりと身を起こした。そして長テーブルを囲む播磨家の面々を見下ろしながら、いよいよお前たちの神に会わせてもらおうかと厳かに告げた。こうして、和やかに進んでいた昼食会は、祖の神との対面という新たな局面へと移っていった。

第10章 捨てる神あれば拾う神あり?

祖の神を迎える場が整えられる

使用人たちが素早く場を整えた結果、長テーブルには何も置かれなくなり、そこに着いていたのは椿だけであった。前日に当主である芙蓉が祖の神と交信した際、今回その身を貸す者として選ばれたのが次期当主の椿であったためである。湊は播磨家の者たちとともに壁際に控えていたが、山神が播磨邸を訪れた本当の目的が播磨家の神に会うことであったと、すでに察していたため、展開そのものには驚かなかった。

祖の神が椿に降りて現れる

張り詰めた空気の中、椿の様子が変わった。背筋を伸ばしたまま正面を向いていた椿の身に神が降りると、その座り方や所作は一変し、横柄で豪放な気配をまとい始めた。湊は、その神気の濃さと荒々しさに圧倒され、武の神にも匹敵するのではないかと感じるほどであった。佐輔は妻のいつもの姿との違いに嘆いたが、祖の神はそんな周囲を気にする様子もなく、まずは自分の用件を優先し始めた。

祖の神が孫娘たちへの執着を見せる

祖の神は山神との対面より前に、藤乃の顔を確かめて夫婦仲を確認し、その幸せそうな様子に満足した。由良と佐輔は、それぞれの伴侶を守るように祖の神から引き離したが、祖の神は怒るどころか、むしろ彼らの態度を楽しんでいた。続いて芙蓉にも、もう少し神界にいてもよかったのではないかと声をかけたが、芙蓉は現世と宗則のいるこちらにいたいのだと穏やかに拒んだ。宗則もまた、妻を引き止めようとする祖の神に不満を示したが、祖の神はそうした男たちの感情までも含めて面白がっているようであった。

播磨家の男たちは祖の神に認識されにくいと知る

このやり取りの中で、湊は祖の神が播磨家の男たちにはほとんど関心を払っていないことを知った。播磨によれば、祖の神は基本的に人間の男を認識しないのだという。実際、祖の神は播磨にも湊にも目を向けず、女たちとその伴侶にだけ強く反応していた。湊はその極端さに驚きつつ、播磨が長年そう扱われてきたことを思い、複雑な気持ちを抱いた。

山神が播磨のために切り出した願い

ようやく山神が祖の神に本題を切り出した。今日ここへ来たのは、播磨才賀の身を少しいじらせてほしいと断りを入れるためだと告げたのである。その内容は、播磨の霊力の器を大きくすることだった。播磨家の女たちは祖の神の加護による武器を持つことで高い力を発揮できる一方、男である播磨は祖の神に認識されず、その恩恵も受けられない。そのため、山神は播磨がこれまで自分に示してきた心遣いへの返礼として、霊力の器そのものを広げてやろうと考えていたのであった。

祖の神が播磨を思い出し、対立が表面化する

しかし祖の神は、才賀とは誰だったかと本気で困惑し、播磨のことを完全には覚えていなかった。藤乃が兄だと示してようやく思い出したものの、その扱いの軽さに播磨の失望は隠せなかった。それでも祖の神は、たとえ名前を覚えていなくとも自分の血を引く者を他の神に好きにされるのは気に食わないと反発した。山神もまた、その程度の存在ならば大した問題ではあるまいと挑発し、二柱の神の間で神気が激しくぶつかり合った。

椿の身体を気遣い、祖の神が譲歩する

祖の神と山神の神気が衝突すると、その余波で人間たちは床に伏せるしかなかった。祖の神の神気は山神の見えない壁に押し返され、明らかに山神の方が優勢であった。なおも押し合いを続けようとした祖の神だったが、これ以上やれば椿の身体が壊れかねないと判断し、ついに手を引いた。祖の神は不満そうにしながらも、山神の望む通りにすることを認めた。こうして、山神は正式に播磨に手を加える許可を得たのであった。

山神が播磨の霊力の器を広げる

許可を得た山神は、播磨へ光の矢を放った。その矢は播磨のみぞおちに突き刺さり、ゆっくりと体内へ収まっていった。播磨は激しい痛みに耐えながらも、その場に立ち続けた。やがて光が完全に収まると、播磨は自分の内側にある霊力の器の変化をはっきりと感じ取り、これまでとの違いに深く驚いた。湊もまた、祓いの力を体感してきた経験から、その感覚がどれほど大きな変化であるかをなんとなく理解していた。播磨の親族たちも、その成果を見て喜びを隠さなかった。

祖の神が播磨を神域へ落とし、湊まで巻き込まれる

だが、祖の神はそこで終わらなかった。せっかく霊力の器を大きくしてもらったのだから、すぐに力試しをしたいだろうと勝手に決めつけ、自らの神域へ播磨を招待すると言い出した。山神が呆れる中、祖の神が指を弾くと、播磨の足元に穴が開き、播磨は声もなくそのまま落ちていった。事態を理解するより先に、湊もまた一歩踏み出してしまい、その足が穴の中心にかかった。神域に引き込まれやすい体質ゆえに、湊もまた播磨のあとを追うように穴へ落ちていった。完全に巻き込まれた形であり、まさにとばっちりであった。

第11章 異色のバディ爆誕

神域に落とされ、播磨と行動を共にすることになる

祖の神から悪霊を祓い、そこから脱出してみよという声が降る中、湊は播磨と折り重なるように地面へ落ちていた。湊は慌てて離れ、互いに怪我がないことを確かめた。播磨は湊の下敷きになったにもかかわらず平然としており、純粋な人間ではないからだと説明した。湊は、自身が神域に引き寄せられやすい体質ゆえに巻き込まれたことを明かし、二人はまず現状把握を始めた。

白い神域の異様な構造を見渡す

二人が立っていたのは、土の一本道以外何もない真白の空間であった。道の先には門があり、その向こうには築地壁と屋根瓦が見えていたが、全体としては神域というより急ごしらえの舞台装置のような印象であった。湊がその手抜き感を口にすると、播磨は気まずそうに謝った。祖の神が脱出しろと言った以上、門の向こうに悪霊と出口があるのだろうと推測しつつも、祖の神の性格を考えれば、いかにもわかりやすい場所には出口を置いていない可能性も高いと二人は考えた。

湊が置いていかれず、共に進むしかなくなる

播磨は湊をその場に待たせて一人で先へ行こうとしたが、湊には護符を書くためのペンがなく、祓いの力を発揮できないため役に立てないことが明白であった。しかし、播磨が前へ進むと、その歩みに合わせて反対側の道が消えていくことがわかった。つまり、湊を残していけば戻る道がなくなってしまう構造だったのである。こうして湊も門の内側へ入るしかなくなり、なるべく邪魔にならないようについていくと約束した。

黒い霧と悪霊を前に、播磨の実力が示される

門をくぐった途端、視界を黒い霧が覆った。瘴気が皮膚にまとわりつくようで、湊は悪霊の気配も感じ取れず戸惑ったが、播磨は呪を唱えて霧を晴らした。その際、播磨は湊に気にするなと声をかけ、人には向き不向きがあり、すべての者が悪霊と戦えるわけではないと静かに語った。そこへ二つ目の門の隙間から、人面のついた巨大な蜘蛛のような悪霊が飛び出してきた。湊はその姿を直視するのもつらく後ずさったが、播磨は一瞬でそれを祓い去った。しかも霊力の減りをまったく感じないと喜びをにじませ、その変化を素直に楽しんでいた。湊はその姿に戸惑いながらも、播磨の力が格段に高まっていることを実感した。

平安風の神域に祖の神の趣味を感じる

さらに進んだ先には、池泉庭園や高床式の建物が広がっていた。寝殿造とおぼしき古い建築様式を見て、播磨は祖の神と先祖が出会った平安の頃の記憶を模しているのかもしれないと推測した。思い出の建物で神域を作るという感覚に、湊も播磨もややむずがゆさを覚えつつ、とりあえず最も広い寝殿から出口を探すことにした。

寝殿の御帳台で悪霊の執念を見る

寝殿は最初こそがらんとしていたが、播磨が進むにつれ、屏風や衝立、置き畳、和櫃などの調度品が次々と現れ、かつて人が生活していた空間の気配を帯び始めた。その中央に御帳台が現れると、二人はそこが怪しいと判断した。播磨が帳を開けた瞬間、大量の瘴気が噴き出し、その奥には苦しむ襦袢姿の女と、その枕元で冷酷に見下ろす和装の女がいた。和装の女は、生前自分に毒を盛って殺した相手を死後も呪い続けていたのである。事情を語り、自分の復讐を正当化しようとしたその霊は、なおも人間らしい感情を残していたが、播磨は一切情に流されず呪を唱え、一瞬でその悪霊を祓った。湊は、その容赦のなさの中に播磨という陰陽師の本質を見た。

播磨との距離が少しだけ縮まる

寝殿を抜けた後、二人は北側の棟へ向かう廊下を進んだ。湊は沈黙を避けるように話しかけ、池泉庭園に日本的な懐かしさを感じることや、前世もこの国だったのかもしれないと考えることがあると語った。播磨もそれに同意し、輪廻転生を否定しなかった。その反応に、湊は播磨もまた魂の巡りを現実のものとして知っているのかもしれないと感じた。悪霊退治という異常な状況下でありながら、二人の間には少しだけ気まずさのない空気が生まれていた。

対屋で隠し戸を見つける

やがて二人は西の対屋に着いたが、蔀戸はどれも開かなかった。播磨は苛立ちを募らせ、蹴ってみるほどであったが、それでも壊れず不自然さだけが際立った。湊は音の違和感から、見えている構造自体がおかしいのではないかと考えた。そして戸を押してみると、それは上に開くのではなく回転しながら向こう側へ滑る、どんでん返しの仕掛け戸であった。播磨は忍者屋敷のようだと呆れつつ、現代にも忍びの一族が存在することや、佐輔が実際に暗器を仕込んでいることまで軽く明かした。

最後は二人そろって暗転の中へ消える

戸の向こうへ先に入った播磨の黒衣が、一歩ごとに薄くなっていくのを見た湊は、とっさに腕を伸ばしてその背に手を押し当てた。次の瞬間、世界は暗転した。背後では戸が閉じ、神域を形づくっていた対屋も廊下も寝殿も池泉庭園も、すべて光の粒となって上空へ舞い上がっていった。そのあとに残されたのは、再び真白の空間だけであった。こうして湊と播磨は、思いがけず行動を共にする異色の組み合わせとして、さらに深い神域の先へ進むことになった。

第12章 異色のバディは再結成だった・・・・・・?

平安の都らしき場所へ移る

一瞬の暗闇のあと、湊と播磨は大路の真ん中に立っていた。そこには日差しのぬくもりも、人々の話し声や足音も、雑多な匂いも存在しており、先ほどまでの白い神域とは明らかに異なっていた。往来する者たちは皆和装で、二人の洋装はひどく浮いていたが、誰も不審がることなく、ただぶつからぬよう避けて通っていた。振り返れば巨大な二重門がそびえ、その規格外の大きさと造りから、門の向こうには高貴な者たちが住んでいるのだろうと二人は推測した。

牛車と大納言の会話から時代を推測する

ほどなくして牛車が目に入り、湊と播磨は平安時代の貴族の乗り物そのものだと認識した。牛が道の途中で寝そべってしまい、牛飼い童が慌てる一方、屋形の奥にいた大納言と呼ばれる男は出仕の遅れすら物忌の口実にできると鷹揚に笑っていた。そのやり取りを聞いた二人は、ここが平安時代の京の都に近い場所であり、しかも播磨家の祖先と祖の神が出会った時代を模した神域なのではないかと考えた。

脱出口の手がかりを播磨が思い出す

現代とは異なる都の景観に戸惑いつつも、二人はまず現在地の把握と脱出口の捜索を優先した。そこで播磨は、祖の神が母や姉に降りた際、時折向かう場所があることを思い出した。それは奈良時代からある寺の近くであり、この時代でも目印として見つけやすいはずだと判断したため、二人はその場所を目指して雑踏の中を進み始めた。

街の石像に懐かしさを覚える

歩きながら湊は、店の間に祀られた石像を見て懐かしさを覚えた。すると播磨は、湊の目の色が珍しいと指摘した。湊は、自分だけオリーブ色の瞳を持っていることを説明したが、その最中に周囲の騒ぎ声が耳に入ったため、話はそこで途切れた。

老樹と猫をめぐる騒ぎに巻き込まれる

築地塀の角を曲がると、大樹の枝に猫が座っており、周囲の人々はそれを見上げて怯えていた。話を聞けば、その老樹に触れたり近づいたりするだけで怪我や体調不良が起こると恐れられており、かつて木を切ろうとした者たちも死んだため、祟りの木と信じられていた。さらに、その猫はある高貴な人物にとって大事な存在であり、もし猫が祟られればその者も後を追いかねないと、人々は本気で危惧していた。

木の精の不満を聞き出す

湊は老樹の幹に宿る木の精を認識し、その声を聞き取ろうとした。播磨はそれを自然に受け入れ、もっと近づいて話を聞けと言ったため、二人は人垣の中から前へ進んだ。湊が祟っているのかと問いかけると、木の精はほんのりとだけ認めたうえで、築地塀が邪魔で根も枝も伸ばせず居心地が悪いのだと訴えた。つまり人間そのものを嫌っているのではなく、自分の生育を阻害する塀への不満が原因で祟りめいた現象を起こしていたのであった。

播磨が高貴な少女を動かして問題を解決へ導く

木の精の不満を聞いた播磨は、塀を何とかする必要があると判断した。そして遠巻きに騒ぎを見ていた高貴な身分の少女とその女房たちに近づき、自分を祈祷師と称したうえで、老樹が塀への恨みを募らせており、このままではさらなる祟りを起こすと告げた。少女は播磨の言葉と姿に強く動かされ、すぐ父に塀を壊すよう伝えると断言した。これにより木の精の不満は解消に向かう見通しとなり、湊は播磨の人心掌握の巧みさに感心した。

猫を助け、播磨の猫知識の乏しさを知る

次に若人が竹竿で猫をつつき始めると、猫は明らかに不機嫌になった。播磨は最初、尻尾を激しく振る猫を喜んでいるのだと勘違いしたが、湊が猫は怒っている時にもそうするのだと説明した。やがて猫が枝から塀へ降り、さらに飛び降りて湊の腕の中へ収まると、湊は慣れた手つきで受け止めた。播磨は、その様子をまるで湊の飼い猫のようだと言い、猫に関しては犬ほどの知識がないことを明かした。湊が播磨の家の犬に会いたいと口走ると、腕の中の猫は不満げに鳴いたが、最終的には若人へ無事引き渡された。

宝亀院近くのもののけ騒ぎを聞く

猫を預かった若人は礼を述べたあと、これから向かう先によっては宝亀院あたりには近づかない方がよいと忠告した。理由を尋ねると、その周辺には人を襲う厄介なもののけが棲み着いており、何人も被害に遭っているのだという。しかし貴族に仕える陰陽師たちは、下々の人々のためには動こうとしないと、周囲の者たちは不満を露わにした。

きらびやかな陰陽師と市井の陰陽師が現れる

その場に、きらびやかな装束をまとった二人の陰陽師が現れた。播磨はそのうち背の高い方に見覚えがあり、知る陰陽師に酷似していると強い嫌悪を示した。そして、その男の家系が平安時代から続く陰陽師の家であることから、先祖なのだろうと推測した。一方、人々はその二人に冷たい視線を向ける一方で、後から現れた僧衣めいた格好の二人の青年には歓迎の色を見せた。彼らは市井の陰陽師であり、民の側に立ってもののけ退治を行う存在として頼りにされていたのである。

播磨と因縁ある家系の祖先を目にする

きらびやかな陰陽師たちは、市井の陰陽師に詰め寄って険悪な空気を作った。播磨は、その様子を見て、いつの時代もこうなのかと呆れたようにつぶやいた。家柄だけは立派だが、中身は信用できないという現代と同じ構図をそこに見ていたのである。湊は播磨がそこまで露骨に嫌悪を示すことに驚いたが、それ以上踏み込まず、その場を離れることにした。

市井の陰陽師の一人が湊と同じ瞳を持っていた

二人がその場を離れてしばらくすると、先ほどの市井の陰陽師たちが足早に追い越していった。若い方が怒りを露わにする中、年嵩の方はあくまで泰然としていた。その青年がこちらを振り向いた時、湊は息を呑んだ。菩薩のように柔和なその相貌の瞳が、自分と同じオリーブ色に輝いていたからである。

第13章 よろしく相棒!

異なる世界の違和感を抱えたまま歩き続ける

同じ目の色をした市井の陰陽師と出会ったあとも、湊はその男の正体や、播磨と同じ仕草をした若い男との関係が気にかかり、上の空のまま播磨のあとを追っていた。目の前の世界がただの神域なのか、それとも過去そのものなのかも判然とせず、実在の人々がそこで生きているようにしか見えないことが、湊をいっそう落ち着かなくさせていた。

荒れ果てた一角で瘴気と貧しさに触れる

やがて二人が入った区画は、屋敷も塀も崩れ、廃墟のように荒れ果てていた。そこには痩せ細った浮浪者たちが多く集まり、悪臭と不衛生さが漂っていた。湊はこの惨状に胸を痛めつつ、瘴気が原因なのかと播磨に問うたが、播磨は悪霊はいないものの、瘴気はごく薄く漂っているだけだと見立てた。つまり人々の衰えは、瘴気よりも貧困や生活環境そのものによるものだと考えられた。

廃寺から現れた人型の悪霊が人を盾にする

そんな中、悲鳴と怒号が響き、二人は同時に駆け出した。廃寺の山門からは人々が雪崩を打って逃げ出しており、その奥から現れたのは、無数の人や獣の手足を胴に生やした異形の悪霊であった。しかもその悪霊は、ただ襲いかかるのではなく、逃げ惑う人間をつかんで播磨へ投げつけてきた。播磨は飛んでくる人間を次々と受け止めて地面へ下ろし、その異常な腕力まで見せつけることになった。

播磨の人間離れした力が明かされる

悪霊の攻撃をさばく最中、播磨は自分が純粋な人間ではなく、人間離れした筋力を持っていることを湊に明かした。ただしそれは一族と配偶者しか知らない事実であり、言いふらさないようにと釘を刺した。湊は素直に了承しつつ、播磨が普段からその力を隠して生きていることを知った。

人型の悪霊はより小賢しいと知る

悪霊は人間を投げる手段が尽きると、山門の屋根へ跳び上がって距離を取った。播磨は、それを見て人型の悪霊は人間の思考を色濃く残しているため、獣型や昆虫型の悪霊よりはるかに小賢しいのだと説明した。実際その悪霊は、力任せではなく状況を見て行動を変えており、湊にもその違いははっきり感じられた。

寺の上にいた巨獣の妖怪が姿を現す

悪霊を祓った直後、今度はただならぬ妖気が湧き上がった。山門の奥にある多層塔の上には、ネコ科の大型獣に似た妖怪が座しており、目が合うと一気に距離を詰めて山門へ飛び降りた。その妖怪は好奇心に満ちた眼差しを湛え、うれしげに笑いながら屋根の上をうろついていたため、湊には邪悪な存在には見えなかった。しかし播磨は迷いなくそれを始末する気でいた。

湊は瘴気を浄化し、播磨は妖怪と戦う

廃寺の周囲にはなお瘴気が残っていると判断した湊は、軒下に転がっていたひょうたんの酒を使い、祓いの力を込めて翡翠色の霧に変えたうえで、風神の力を混ぜた蒼い風で一帯を浄化し始めた。その間に播磨は寺内へ踏み込み、巨獣の妖怪と相対した。巨獣は塔の上で遊ぶように播磨を挑発し、ついには妖気を集めて尻尾を大鎌へと変化させ、斬りかかってきた。

播磨は妖怪に翻弄されながらも応戦する

巨獣は跳躍力と速度に優れ、しかも猫のような瞬発力だけでなく、犬のようにしつこく播磨を追い回した。大鎌のようになった尻尾で変則的に斬り込み、播磨はかわし続けるしかなかった。さらに鐘楼へ追い込まれた末、巨獣は梵鐘まで利用して播磨を閉じ込め、鐘を打ち鳴らして攪乱した。播磨はどうにか梵鐘を蹴り飛ばして脱出したものの、その戦いは完全に巨獣の遊び場と化していた。

湊が風で播磨を救う

脱出した播磨へ、巨獣はとどめを刺すように前足を振り下ろした。播磨は避けきれず、腕で受けるしかないと判断したその瞬間、湊の放った蒼い風の刃が割って入り、爆風とともに巨獣を吹き飛ばした。湊は思わず、そんな身を犠牲にするような戦い方はするなと言い放ち、自分でもその言葉に驚いていた。だがその一瞬の隙を播磨は逃さず、印を結んで巨獣へ霊気を撃ち込み、ついに妖怪を倒した。

播磨は妖怪を式神にしなかった

巨獣は強く、小賢しく、式神にするには都合のよい戦力にも思えたため、播磨は一瞬調伏して使役することも考えた。しかしその爪には人間の血の匂いが残っており、人を襲っていた妖怪を自分のものにすることだけは受け入れがたかった。播磨は迷いを捨てて呪を完成させ、巨獣を完全に祓った。

黒豹の幼獣が現れ、播磨へ霊力を渡す

倒れた巨獣の頭部のあたりに黒い塊が現れ、それはやがて小さな幼獣の姿をとった。熊にも狸にも猫にも見えるその獣は、播磨の足元まで這い寄ってきて、くるぶしに前足を触れた。すると播磨の中へ霊力が流れ込み、消耗していた力が回復していった。しかも幼獣の方は、その最中に倍ほどの大きさに育っていった。湊はそれを祖の神の神気を帯びた存在だと見抜き、播磨もやがて同じ結論に至った。

祖の神から黒豹が贈られる

その直後、祖の神の声が播磨の脳内に響いた。この幼獣は黒豹であり、霊力の器を大きくしただけでは回復の遅さは補えないため、霊力を生成できるこの獣を贈るのだと告げたのである。播磨は面倒くささを感じつつも、その価値自体は理解した。湊は、見た目のかわいさと播磨への懐きぶりから素直に喜んだ。

黒豹にクロと名づける

名をつけるよう求められた播磨は、大して考え込むこともなく黒豹を略してクロと名づけた。湊は雑な命名だと内心思いつつも、口には出さなかった。クロはその名をどう受け止めたのか、先ほどまでと少し異なる声で鳴いたが、少なくとも播磨を拒む様子はなかった。

脱出口が開き、最後に祖先の姿を見る

名が決まると、梵鐘の前の虚空が歪み、そこに脱出口が開いた。しかしその位置すらも祖の神の嫌がらせめいており、湊は苦笑するしかなかった。二人がそこへ踏み込もうとした時、背後から一人の女が門をくぐってきた。その姿は播磨の姉椿に瓜二つであり、湊は播磨の祖先なのだと察した。播磨も同じ考えに至り、どうやら祖の神はこの先祖に会う前に、自分へ妖怪退治をさせたかったのではないかと二人は推測した。そうして湊と播磨、そしてクロは、その歪みの中へ踏み込み、元の世界へ戻っていった。

第14 章 心のオアシス楠木邸

山神が情報誌の和菓子特集に心を奪われる

楠木邸の神の庭では、春めいた風の中で山神が地域情報誌を広げ、山神専用ページを熱心に読んでいた。そのページは毎号こし餡の和菓子特集であり、山神は不満の声が世間にあろうとも意に介さず、紹介文まで丹念に味わっていた。今回の号では、こし餡を使ったもんぶらんまで紹介されており、山神はその新機軸にも満足していた。湊は、担当記者が山神の嗜好の変化を察したのではないかと感心し、山神もまた信仰心が深ければ神の意志は自然と汲み取れるのだと得意げに語った。

播磨邸での一件を思い返しつつ安堵する

その穏やかな様子を見ながら、湊は前日に播磨邸を訪れた際のことを思い返していた。湊と播磨が祖の神の神域から戻った時にはすでに夕刻となっており、山神は妙に気が立っていた一方、祖の神は上機嫌で酒の匂いを漂わせていた。山神は祖の神と呑み比べをしていたのだと明かしたが、自ら酔う気がなかったため素面のままだったという。その態度から、播磨家に大きな迷惑をかけることなく済んだのだと湊は受け止め、今こうして平穏に戻っていることに安堵していた。

眷属たちが神産の果実づくりに励む

その時、湊の前にはウツギが搾ったオレンジジュースが置かれた。グラスから怪しい冷気のようなものが流れていたため湊は警戒したが、眷属たちは人間に害はないと保証した。聞けば、霊道に迷い込んだあの中年男を使って安全性を確かめていたという。湊は複雑な気持ちを抱きつつも、中年男が神域で無事に過ごしていることを知って少し安心した。あわせて、眷属たちはアンズやオレンジなど自分たちで育てた果実を囲み、種取りや加工に励んでいた。これは将来、特別なマンドラゴラの種を手に入れるための交渉材料として使うためであり、方丈山ならではの神産物を用意しようとしていたのである。

ジュースの成功に続き、ドライフルーツも完成する

眷属たちの勧めを受けた湊は、意を決してオレンジジュースを飲み、そのあまりの美味しさに驚いた。喝采する眷属たちに乗せられるように一気に飲み干すと、山神には相変わらず乗せられやすい性分だと呆れられた。一方カエンは、鍛冶の神らしからぬ情熱でオレンジのドライフルーツづくりに取り組んでいた。神の炎を使ってじっくり乾燥させた果実は、歯ごたえも味の濃さも見事な出来であり、眷属たちの試食でも大成功と判定された。さらに山神がそれを気に入り、おかわりまで求めたことで、眷属たちは歓喜した。

マンドラゴラの種を得るための準備が進む

ウツギはそのドライフルーツを見て、これなら伊吹山のヒサメからマンドラゴラの種をもらう交渉材料になるのではないかと期待した。山神は、相手が気に入るかどうかはわからないが、少なくとも交渉する価値はあると認めた。ウツギ、セリ、トリカ、カエンはそれぞれの形でこの計画を支え合っており、その様子から互いを気遣う眷属たちの関係の深さも感じられた。クスノキや風鈴もまた、その試みに好意的であるかのようにざわめき、音を鳴らしていた。

鳳凰が完全な姿を取り戻す

その穏やかな空気の中、縁側で日向ぼっこしていた四霊のうち、鳳凰の光が急に強まった。湊たちが見守る中、鳳凰を包む光はさらに輝きを増し、やがて収まると、そこにはついに頭部まで完全に羽が生えそろった成鳥の姿があった。鳳凰は真の姿を取り戻したのであり、山神もそれを認めた。湊は祝いの言葉をかけようとしたが、その直前、自分の身体に異変が起きていることに気づいた。

神の実には妙な効果が仕込まれていた

頭部に熱を感じた湊が戸惑っていると、ウツギはついに効果が出たと嬉しげに告げた。眷属たちは、ただ美味しいだけでは面白くないとして、ドライフルーツに妙な作用まで仕込んでいたのである。気づけば湊の髪は一瞬で肩を越える長さにまで伸びており、本人は悲鳴を上げて狼狽した。ウツギはそれを面白がっていたが、湊にとってはたまったものではなかった。そんな騒ぎの最中にも、山神は雑誌のきび団子の記事へ関心を移し、風鈴や庭の木々は湊に同情するように鳴り、揺れていた。楠木邸の平穏な空気はそのままに、最後は湊だけが妙な災難に見舞われる形で締めくくられた。

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