小説「転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す1」感想・ネタバレ

小説「転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す1」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は、異世界ファンタジーと転生要素を融合させたライトノベルである。騎士を目指す少女フィーアは、死の淵で前世の記憶を取り戻し、自身がかつて「大聖女」として崇められていた存在であることを思い出す。しかし、前世で「聖女として生まれ変わったら殺す」と魔王の側近に脅されたことから、彼女は聖女であることを隠し、騎士として静かに生きることを決意する。だが、持ち前の聖女の力が周囲に影響を与え、彼女の平穏な生活は次第に騒がしくなっていく。

主要キャラクター

• フィーア・ルード:本作の主人公。騎士家の娘であり、騎士を目指している。前世では大聖女セラフィーナであり、その記憶と力を持つ。身長150cm。趣味は裁縫。
• ザビリア:フィーアの従魔である黒竜。彼女に忠誠を誓い、共に行動する。
• サヴィス・ナーヴ:フィーアを支える騎士団の仲間。忠実で頼れる存在。
• シリル・サザランド:冷静沈着な騎士団の団長。フィーアの力に興味を持つ。

物語の特徴

本作の最大の特徴は、前世の記憶を持つ主人公が、自身の力を隠しながらも周囲に影響を与えていく点にある。フィーアの天然な言動と、それに振り回される騎士団の面々とのやり取りがコミカルに描かれ、読者に笑いと感動を提供する。また、前世の因縁や謎が物語に深みを加え、単なる異世界転生ものとは一線を画している。

書籍情報

転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す 1
著者:十夜 氏
イラスト:chibi  氏
出版社:アース・スター エンターテイメント
レーベル:アース・スターノベル
発売日 :2019年 6月15日
ISBN:978-4-8030-1360-3

メディア関連

コミカライズ版『転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す A Tale of The Great Saint』が連載中。
スピンオフ小説『転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す ZERO』が刊行されている。
2025年にはTVアニメ化が決定しており、公式サイトが公開されている。

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あらすじ・内容

ぶふふわっ 何よこのでたらめな力は!!

騎士家の娘として騎士を目指していたフィーアは、死にかけた際に「大聖女」だった前世を思い出す。
え?聖女って、すごく弱体化しているのに、絶滅寸前なため、崇められている職業だよね?
私が使う聖女の力って、おとぎ話と化した「失われた魔法」ばっかりなんだけど。
そういえば、前世で、「聖女として生まれ変わったら殺す」って魔王の右腕に脅されたんだっけ。
こんな力使ったら、一発で聖女ってバレて、殺されるんじゃないかしら。
…ってことで、初志貫徹で騎士になります! 静かに生きます!
なーんて思ったけど、持っている力は使っちゃうよね。だって、色々便利だから…。

転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す 1

感想

かつて大聖女として生きた少女フィーアの前世は、あまりにも残酷な結末を迎えていた。仲間から裏切られ、魔族に捕らわれ、凌辱された末に処刑されるという壮絶な運命は、読者の心に深い衝撃を与えるものであった。そして、その痛ましい記憶が、竜の子どもに噛まれた衝撃で甦るという設定が、物語の導入に強い引力をもたらしていた。

今世のフィーアは、前世の記憶に怯えながらも、聖女であることを必死に隠して生きようとする。だが、騎士としての力量には限界があり、思わず聖女の力を使ってしまう場面が頻発する。この「隠しているのにバレる」構図は、彼女の言動と合わせて滑稽であり、読者に笑いを誘う展開となっていた。

特に、黒竜をうっかり従魔にしてしまう場面や、兄たちの嫉妬により全力で試験に挑まれるくだりは、シリアスとコメディの境界を巧みに行き来していた。力を隠すために努力しているのに、結果的に注目を集めてしまうという展開が、主人公の愛される理由のひとつである。

また、フィーアの「思考が現実についていかない」様子は終始一貫して描かれており、読者はその天然ぶりに振り回されながらも、どこか応援したくなる気持ちにさせられる。恋愛要素についてはまだ大きく展開していないが、これだけ周囲を巻き込む彼女であれば、いずれ恋が絡んだ時には大混乱を巻き起こすであろうという期待感がある。

終盤に登場した他国のキャラクターたちとの再会を含め、続巻への布石も巧みに敷かれていた。前世での死後、国がどう変化したのか、彼女自身の建国神話がどう作られたのかといった点にも注目が集まるが、当の本人がそこに全く興味を示さないのもまた彼女らしい。

全体として、悲劇的な前世を背負いながらも、天然かつ破天荒なフィーアが周囲を振り回しつつ、力を隠して“普通”に生きようとする姿は、愛らしくも愉快であった。今後、彼女の周囲にどれほどの波乱が巻き起こるのか、期待が膨らむばかりである。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

フィーア・ルード

前世で大聖女セラフィーナとして生きた少女であり、転生後は聖女であることを隠して騎士を目指す。家族や周囲の反応を恐れながらも、時折力を発揮しては騒動を引き起こす中心人物である。天然な思考と常識外れの行動が特徴で、周囲の人々を頻繁に巻き込む。

  • 所属組織、地位や役職:ナーヴ王国・第一騎士団の新入隊員
  • 物語内での具体的な行動や成果:黒竜ザビリアを無意識に従魔とし、騎士団試験で兄たちを圧倒した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:聖女の力を隠しているが、その異常性ゆえに目立ち続けている

オリア・ルード

フィーアの姉であり、家族の中でも最も過保護かつ心配性な性格を持つ。妹の騎士志望に反対する立場を取り、家庭内でたびたび声を荒げる存在である。

  • 所属組織、地位や役職:ルード家の長女
  • 物語内での具体的な行動や成果:騎士試験を受けるフィーアに反対し続けた
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:家族の中でフィーアへの警戒心が特に強い

レオン・ルード

フィーアの兄の一人であり、騎士団に所属している。フィーアの従魔が黒竜であると知り、嫉妬と警戒心から真剣に試験に挑む姿勢を見せた。

  • 所属組織、地位や役職:ナーヴ王国の騎士
  • 物語内での具体的な行動や成果:騎士団試験でフィーアと戦い敗北した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:妹の異常な力に対し強く動揺した

アルディオ・ルード

フィーアの兄であり、騎士団試験において彼女に挑んだ人物の一人である。兄妹間の力の差に驚愕しつつも、その存在を認めた。

  • 所属組織、地位や役職:ナーヴ王国の騎士
  • 物語内での具体的な行動や成果:試験中に全力でフィーアに斬りかかったが、避けられて反撃された
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:妹の力を目の当たりにし、その正体を強く意識した

ドルフ・ルード

フィーアの最年長の兄であり、騎士団の責任ある立場にある人物である。騎士試験後、妹に説教をし、試験合格を告げた。

  • 所属組織、地位や役職:ナーヴ王国・第一騎士団の団員
  • 物語内での具体的な行動や成果:騎士試験を主導し、フィーアを試験に合格させた
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:兄妹関係において一定の威厳を保っている

ザビリア

伝説とされる黒竜であり、フィーアが無意識に従魔とした存在である。高度な知性と感情を備え、フィーアに対して強い独占欲と執着を見せる。言葉を用いず意思疎通が可能であり、他者に対して威圧的な姿勢を崩さない。

  • 所属組織、地位や役職:フィーアの従魔(黒竜)
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアの血を介して契約を結び、従属を受け入れた
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:フィーア以外には基本的に攻撃的で、異常な再生力と強大な魔力を有する

ファビアン・ワイナー

フィーアの養成学校時代の同期であり、彼女の秘密を知る数少ない人物である。真面目で忠実な性格をしており、フィーアの護衛や情報支援を担う役割を持つ。

  • 所属組織、地位や役職:第一騎士団所属
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアの秘密を守りつつ、行動を共にして支えた
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:周囲の騎士に比して平凡であるが、信頼性は高い

オルガ

サヴィス王の側近であり、フィーアを第一騎士団に推薦した張本人である。外見は穏やかだが、非常に有能で腹に一物ある人物として描写されている。

  • 所属組織、地位や役職:王室所属の高官
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアの採用に関与し、団長たちに情報を与えた
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:王の意向を読みつつ独自に動く立場にある

サヴィス・ナーヴ

ナーヴ王国の国王であり、若くして統治の責任を担う人物である。フィーアに目を留め、第一騎士団への配属を決定した。強大な政治的権限を持つ。

  • 所属組織、地位や役職:ナーヴ王国国王
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアの資質を評価し、戦略的に起用した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:王としてフィーアを巡る諸問題を黙認している

シリル・サザランド

第一騎士団団長であり、フィーアの直属の上官である。冷静で合理的な判断を下す人物で、騒動の多いフィーアに対しても一定の理解を示している。

  • 所属組織、地位や役職:第一騎士団団長
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアの行動を監視し、時に咎めながらも保護している
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:団員からの信頼が厚く、上層部とも連携が取れる立場にある

デズモンド・ローナン

騎士団内で諜報を担当する憲兵司令官であり、冷徹な観察眼を持つ人物である。フィーアに関する情報を過剰に受け取り、対応に頭を悩ませている。

  • 所属組織、地位や役職:憲兵司令官
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアの行動に振り回されつつも、監視対象として注視している
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:職務に忠実だが精神的には限界に近い

イーノック

治癒魔法の管理責任者であり、団内での回復系統を統括している。フィーアの魔力の異常性に最も早く気づいた人物の一人である。

  • 所属組織、地位や役職:治癒魔法責任者
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアが作った回復薬の異常さを精査した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:魔法系統の知識に長けているが現場対応は控えめである

ザカリー

第七魔物騎士団の団長であり、筋肉と訓練に心血を注ぐ実直な人物である。フィーアに興味を抱き、たびたびトレーニングに誘う姿が描かれている。言動に誤解を生むことが多く、周囲との衝突も絶えない。

  • 所属組織、地位や役職:第七魔物騎士団団長
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアと共に訓練しようと試み、独自の基準で評価を下した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:筋肉重視の思想から理解を得にくいが、一定の敬意は集めている

ギディオン

第三騎士団副団長であり、社交性が高く、第一印象では軽薄に見える人物である。フィーアに好意的に接する一方、軽率な言動がしばしば誤解を招く。

  • 所属組織、地位や役職:第三騎士団副団長
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアを食事に誘い、他の団長たちの誤解を生んだ
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:振る舞いの軽さから警戒されているが、騎士団内での地位は高い

パティ

第一騎士団の寮母的な役割を担う女性であり、フィーアに対しても親身に接する存在である。料理や生活面の世話を通じて、団内の潤滑油として機能している。

  • 所属組織、地位や役職:第一騎士団・炊事係
  • 物語内での具体的な行動や成果:フィーアの好物を把握し、配慮した対応を取っている
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:直接的な戦闘力はないが、団内での信頼は厚い

クェンティン

第四魔物騎士団の団長であり、長期遠征から帰還した人物である。敬意を持って接する一方で、フィーアの力に驚愕し、彼女への評価を新たにする。

  • 所属組織、地位や役職:第四魔物騎士団団長
  • 物語内での具体的な行動や成果:「星降の森」の探索任務にてフィーアと同行し、ザビリアの存在を確認した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:現場での判断力に優れ、部下からの信頼も厚い

シャーロット

王国直属の情報部門に所属する女性であり、周囲に対して常に警戒を怠らない立場にある。フィーアに接触した際にも冷静な態度を崩さなかった。

  • 所属組織、地位や役職:王室情報部門の構成員
  • 物語内での具体的な行動や成果:団長会議の場に同席し、周囲の動向を監視した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:直接的な権限は不明だが、王命に基づく行動が可能である

レッド

ザビリアの“色違い分身”の一体であり、フィーアの命令に従って行動する。各分身は固有の性格を持ち、レッドは活発で行動的な傾向がある。

  • 所属組織、地位や役職:フィーアの従魔(ザビリアの分身)
  • 物語内での具体的な行動や成果:騎士団内での護衛任務や雑用を担当した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:ザビリア本体の意思に連動しているが、ある程度の自主性を持つ

グリーン

レッドと同様、ザビリアの分身の一体であり、比較的穏やかな性格を持つ。フィーアの命令に忠実に従い、後方支援を行う役割が強い。

  • 所属組織、地位や役職:フィーアの従魔(ザビリアの分身)
  • 物語内での具体的な行動や成果:食事の準備や物資の運搬などをこなした
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:団員たちとの接触は限定的であるが、信頼は得ている

ブルー

ザビリアの分身の中で最も寡黙であり、冷静な判断を下す存在として描かれる。危機的状況では前線に立ち、行動を統率する場面もある。

  • 所属組織、地位や役職:フィーアの従魔(ザビリアの分身)
  • 物語内での具体的な行動や成果:防衛任務に従事し、フィーアへの干渉を防止した
  • 地位の変化、昇進、影響力、特筆事項:他の分身よりも責任感が強く、命令遵守の傾向が強い

展開まとめ

プロローグ

死の淵で甦る前世の記憶

少女フィーアは、魔物との戦いで致命傷を負い、死の間際に前世の記憶を取り戻した。彼女はかつて「大聖女」として崇められ、圧倒的な治癒力と支援魔法、さらには物理・魔法のすべてを無効化する力を持っていた。その力は伝説として語られるほど強大であり、フィーア自身も前世の己の異常な能力に呆れ返っていた。

家族会議と「成人の儀」への決意

現在のフィーアは騎士の家に生まれ育ち、騎士になることを夢見ていた。しかし、その夢を実現するためには危険な「成人の儀」を乗り越えねばならず、家族内で賛否を巡る激しい議論が巻き起こった。姉は彼女の死を強く懸念し、騎士を目指す必要はないと説得するが、フィーアは強い意志で「騎士になりたい」と明言した。幼い頃からの夢を捨てきれなかったのである。

覚悟と旅立ち

家族の中で唯一冷静だった父は、最終的にフィーア自身の意思を尊重する姿勢を示した。そして姉もまた、フィーアの覚悟を認め、条件付きで成人の儀を許可した。こうしてフィーアは、自身の夢と前世の力の秘密を胸に秘めたまま、騎士としての第一歩を踏み出すことになったのである。

1 騎士を目指す

フィーア・ルードはルード騎士家の末子であり、幼少期から騎士に憧れて剣の鍛錬を続けていた。しかし、努力に反して剣の才能はなく、模擬戦では一度も勝てなかった。それでも諦めず、日々の訓練によって最低限の実力を身につけたと自負していた。兄姉たちは皆才能に恵まれ、先に騎士となって家を出ていたが、フィーアは家族からの期待も薄く、孤独に訓練を続けていた。騎士を志す者には「成人の儀」として魔物を倒し魔石を持ち帰る試練が課せられる。姉は彼女の安全を案じて反対し、弟は誇りを重視して賛成した。最終的にフィーアは、自らの意志で成人の儀に臨む決意を固めた。

2 成人の儀

翌朝、成人の儀に向かうフィーアを玄関で待っていたのは姉オリアであった。姉は高価な聖女製の回復薬を手渡し、万一に備えて使用するよう厳しく言い聞かせた。フィーアはその想いに感謝し、森の中へと進む。魔物の出現率が低い中で、弱い「一つ目ねずみ」を目標に洞窟を探す途中、血まみれの黒い雛鳥を発見する。その雛は深手を負い瀕死の状態であり、フィーアは迷いつつも回復薬を与えて助けようとした。しかし、雛は伝説の魔物「黒竜」の幼体であり、回復時の激痛を攻撃と誤認し、フィーアを襲撃した。肩と脇腹を噛まれ、致命的な出血を負ったフィーアは死を覚悟し、朦朧とする中で前世の記憶を思い出した。

3 聖女

ナーヴ王国の歴史は「大聖女」の伝承とともに語られ、聖女の力は国防において不可欠とされてきた。癒しの力を持つ聖女は貴族に重用され、国家から保護される存在であった。回復薬に代わる即時治癒能力を持つ聖女は数を減らし、希少性が高まるにつれ、幼児期に能力判定を受け、教会に引き取られて育てられるようになった。その社会的地位の高さはしばしば傲慢さを生み、聖女たちは「選ばれし者」として振る舞うようになっていた。

4 大聖女

フィーアの前世は、聖女の中でも異例の力を持つ「大聖女」であった。彼女は精霊との深い絆によって、通常の聖女の能力を遥かに凌駕する力を持ち、回復、補助、防御、付与など多岐にわたる魔法を行使できた。その力によって魔王討伐に従軍し、魔王の封印に成功するが、力を使い果たした彼女は王子たちに裏切られ、魔族の手に引き渡される。そこで彼女は、聖女であるがゆえに激しい拷問と侮辱を受け、最終的には残虐な手段で殺害された。聖女であることそのものが、彼女の死の原因であった。

5 目覚め

瀕死の状態から目覚めたフィーアの前に現れたのは、先ほどの黒竜であった。彼は彼女の回復魔法によって命を救われたと感謝し、自らを「ザビリア」と名乗って隷属の契約を申し出た。フィーアは自らの魔力が蘇ったことに戸惑いながらも、ザビリアの言葉から前世の記憶と現在の自分が聖女であるという現実を受け入れ始めた。フィーアは聖女であることを秘密にするよう懇願し、ザビリアはそれを誓った。翌朝、彼女は周囲に転がる多数の魔物の死体を見て驚愕する。ザビリアが一晩中、聖女の匂いに引き寄せられた魔物から彼女を守っていたのである。フィーアは魔石を手に入れ、「成人の儀」のため急ぎ家路についた。

SIDE 次男レオン

ルード騎士家の次男レオンは、妹フィーアの実力と存在を見下していた。騎士でなければ人間未満という価値観のもと、彼女の成人の儀の失敗と死を当然視していた。しかし、捜索隊の一員として森へ向かう中、空から黒竜が飛来し、その背にはフィーアが乗っていた。伝説の黒竜王と見られるその魔物の出現に動揺したが、信じがたい光景に直面し、自身が幻覚を見ているのではないかと錯覚した。

6 成人の儀 結果

フィーアは黒竜の背に乗って帰還し、姉や兄たちを驚愕させた。特に長兄アルディオは、冷静かつ理知的に彼女と黒竜の関係を問い質した。フィーアはとっさに「友達」と答え、従魔契約の事実を隠そうとしたが、ザビリアという名前の使用から契約の可能性を指摘される。追及を避けきれず、彼女は事の経緯を告白した。黒竜を癒した結果、従魔契約を結び、その夜魔物を退治してもらったと語った。

アルディオは、従魔の強さと魔石の規模から、フィーアが単独でAランク以上の魔物を討伐できるはずがないと指摘したが、姉のオリアが介入し、従魔による討伐も本人の成果と見做して「成人の儀」の達成を宣言した。フィーアは騒動のなかでもザビリアとの信頼関係を感じ取り、再会を誓って別れた。

【挿話】ルード家家族会議

フィーアの帰還後、ルード家では彼女の黒竜従魔についての家族会議が開かれた。父ドルフは、従魔契約の報告義務はないが、相手が黒竜である以上、騎士団への報告は不可避と述べた。長女オリアは、報告によって王家との縁談が舞い込む可能性があり、父が騎士団長に昇進できると示唆したが、ドルフは名誉を重んじ、そのような方法を拒否した。最終的にフィーアの従魔は「黒っぽい竜っぽい何か」とする家族の建前が決まり、報告の回避を選択した。だが、オリアはフィーア本人への口止めを失念していたことに気付き、狼狽する。

7 聖女の力 お試し

フィーアは成人の儀から三日間、自室に籠もり記憶と状況を整理した。自身が前世の「大聖女」であり、今世でもその力を有していること、そしてその力が精霊との契約によるものであったことを改めて理解した。前世と異なり、現代では精霊との契約が断絶され、聖女はその血統の残滓を受け継ぐ存在に過ぎないと推察した。

フィーアは、自身の力が露見すれば再び命を狙われると危惧し、当面は聖女としての力を封印することを決意した。しかし力の検証は必要と考え、館の裏で魔力操作を試み、《身体強化》によって剣で木を両断することに成功した。精霊の力を使わず、魔力のみで行使すれば痕跡を残さずに済むと踏んだ彼女は、騎士団入団試験までの三ヶ月間で力を調整し、身を守る手段を模索することを誓った。

8 騎士団試験

騎士団試験の開始と力の検証

フィーアは王都の王城において騎士団の一般枠試験に臨んだ。彼女はこの3か月間、自身の力を検証し、回復魔法などは前世と同等に使用できると確認していた。精霊契約のない今世では魔素の恩恵がなく、魔力の消費効率が低下していたため、より慎重な運用が求められる状況であった。そのため彼女は、魔力の節約方法と戦闘での応用に向けた訓練を重ね、自信を持って試験に臨んだ。

一次試験と兄レオンとの対峙

一次試験は騎士の打ち込みを10合受け止めるという形式であった。列に並ぶフィーアは試験官が兄レオンであることに驚愕した。彼は個性的な態度で多数の受験者を弾き飛ばし、合格者を出さない様子であった。フィーアは助言を受けて列の後方へ下がろうとしたが、レオンに名指しされ、試験を受けることとなった。彼女は《身体強化》を駆使し、レオンと激しく打ち合い、10合目に剣を弾き飛ばして勝利した。あくまで加減による合格という形を取り、場の注目を避けるため愛想笑いで場を締めくくった。

二次試験の筆記と独自の解答

筆記試験は形式的なものであり、制服の描写や場面対応など、変則的な設問が多く出題された。フィーアは一部の問題に戸惑いながらも、「悪口を悪口と見做さない回答」など、柔軟な発想で解答を展開し、徐々に調子を上げていった。筆記試験そのものは合否に大きな影響を与えないとされていた。

三次試験と銀髪の青年

三次試験は模擬戦で構成され、試験官との3分間の戦闘を通じて評価されるものであった。フィーアは自作の鉄剣を選び、一般受験者の中にあっても特異な装備を携えて試験に臨んだ。彼女は試験前、かつて親切に助言してくれた銀髪の青年が重傷を抱えながらも試験を受けていることに気づいた。彼女は回復魔法を密かに用いて痛みを軽減させ、青年はその後、実力を発揮して試験官と互角に戦った。

再び兄との対決と勝利

フィーアの三次試験担当には兄アルディオが任命され、彼女にとって再び身内との対決となった。アルディオは「氷の騎士」と称される実力者であり、前の受験者2名を瞬時に倒していた。フィーアは兄との正面対決では勝てぬと判断し、ザビリアから贈られた魔石を用いた「麻痺」効果付きの剣を使用した。試験開始直後に兄を麻痺させ、3分間動けなくさせたことで合格を勝ち取った。周囲の者は氷の騎士が膝を突いた事実に茫然とし、フィーアはまたしても大きな注目を集めてしまった。

9  合格発表

フィーアは騎士団入団試験の合格発表当日、掲示板の前で自身の番号を見つけて安堵の息をついた。三次試験は勝敗でなく戦い方で評価されると後から思い出し、自身の戦法が卑怯と捉えられることへの懸念を抱いていたが、結果的に合格を果たした。剣に付与した魔法の力で勝利したことを振り返り、自身の実力でないことを認識していた。

掲示板の周囲が混雑していたため配属先の確認を断念した彼女に、かつての試験仲間である銀髪の青年が声をかけた。彼は自らを「ファビアン・ワイナー」と名乗り、侯爵家の嫡男であることを明かした。驚くフィーアに対し、ファビアンは試験中に腕を痛めていたことや、フィーアが拾ってくれた剣によって痛みが和らいだことに感謝の意を伝えた。

さらにファビアンは、二人が同じ第一騎士団に配属されたと告げた。第一騎士団は王族警護を任される超エリート部隊であり、新人が配属されるのは史上初であった。王城関連の各騎士団には通常、長年の経験を積んだ者が配属されるが、今回はフィーアとファビアンのみが例外的に選ばれていた。

動揺するフィーアに、ファビアンは王族の構成についても説明した。現在の王族は国王と王弟のみであり、王弟が全騎士団を統括する騎士団総長であると明かされた。その情報により、フィーアは自身が王族の護衛に就く可能性が現実味を帯びてきたことに衝撃を受けた。

最後にファビアンは、翌日の騎士入団式で王弟殿下の挨拶があること、制服配布の際に襟章に注意する必要があることを伝えた。フィーアは引きずられるように配布所へ向かったが、掲示板を直接確認していなかったことに気づき、不安に襲われながらも準備を進めることとなった。

10  騎士団入団式

入団式当日の準備と寮での交流

フィーアは支給された騎士服に身を包み、第一騎士団の襟章をつけて入団式に備えた。鏡の前で自らの姿を確認し、制服の効果に満足しつつも、同室の女性騎士オルガに見とがめられた。オルガは12年目の騎士であり、年下のフィーアにも対等に接する気さくな人物であった。入団式には新人が早めに集合するよう指示があり、フィーアは早めに寮を出発した。

ファビアンとの再会と配属団の確認

寮の外では、同じく第一騎士団に配属されたファビアンが待っていた。彼の王子然とした姿に圧倒されながらも、フィーアはともに入団式会場へと向かった。式は王城内で行われ、王都に配属される第一から第六騎士団の全員、団長・副団長、そして新人騎士200名が出席する大規模なものであった。会場には騎士が整列し、荘厳な雰囲気が漂っていた。

騎士団総長の登場と圧倒的存在感

会場が整った頃、副団長以上が着用する白い騎士服の騎士団幹部たちが入場し、続いて騎士団総長サヴィス・ナーヴが登場した。その圧倒的な威圧感と支配的な雰囲気により、騎士たちは頭を垂れ、会場は静寂に包まれた。総長は美貌と強靭な肉体を併せ持ち、隻眼の特徴もまた彼の威容に重みを加えていた。

騎士としての誓いと模範演説

サヴィス総長は壇上で、清貧・貞潔・忠節を誓う騎士の十戒を高らかに宣言し、会場の騎士たちもそれに呼応して唱和した。その様子にフィーアは感銘を受け、王族としての前世の経験からも彼の演説力と統率力に深く感心した。

新人挨拶と模範試合の指名

続いて、新人代表としてファビアンが選出され、侯爵家嫡子として見事な挨拶をこなした。だが、模範試合の相手としてフィーアが指名され、さらにその対戦相手がサヴィス総長であると発表されると、会場は騒然となった。歴代初の事態に団長たちも混乱し、フィーアには騎士たちから同情と激励の声が飛び交った。

覚悟と兄たちの助言

困惑するフィーアの元に兄アルディオとレオンが駆け寄り、彼女を鼓舞した。二人は理想論や精神論を語りつつも、フィーアにとって心の支えとなり、冷静さを取り戻すきっかけとなった。フィーアは騎士としての誇りを胸に、全力で試合に挑む決意を固めた。

総長との模範試合と魔剣の使用

フィーアは《身体強化》の魔法を自身に施し、全力で攻撃を仕掛けた。一切攻撃をしないと宣言した総長は受け止めに徹したが、フィーアの剣には複数の付与魔法がかけられており、その重量と破壊力は並のものではなかった。試合の末、総長が一度だけ剣を押し返して勝負が決した。

剣の検分と付与魔法の発覚

フィーアの剣を確認したサヴィス総長は、その剣が速度と攻撃力の複数付与に加え、発光隠しの魔法まで施された特殊な代物であると見抜いた。フィーアはそれを父から「成人の儀」の祝いとして受け取ったと説明し、会場は再び騒然となった。父ドルフは平謝りし、王国への献上を申し出た。

剣の付与効果と秘匿の限界

フィーアは剣の効果が数値上昇ではなく「倍化」であることを秘匿していたが、総長の問いにより、剣に施された異常な性能が明るみに出た。団長たちを相手にした総長の一撃で、ミスリル製の剣が鉄製の剣で真っ二つに折られたことで、その性能の異常さが証明された。

総長との問答と評価

試合後、総長はフィーアに模擬戦で左側にばかり攻撃した理由を問うた。フィーアは最初に騎士道精神を主張したが、最終的には左足の負傷に気づいたためであると正直に答えた。その観察眼と判断力は団長たちを驚かせ、総長自身からも高く評価された。サヴィス総長は最後にフィーアの名を記憶に刻むと告げ、入団式は静かに閉会した。

【SIDE】騎士団総長サヴィス

サヴィス・ナーヴはナーヴ王国黒竜騎士団の総長であり、17歳でその地位に就いた人物である。彼はその重責を理解し、戦場でも冷静に判断を下すことを自らに課していた。入団式当日、彼は壇上から新人たちを見渡し、その中で一人だけ異質な視線を投げかけてくる者に気づいた。それが赤髪の少女、フィーア・ルードであった。

彼女の配属先が第一騎士団と知ったサヴィスは、模範試合の相手に彼女を指名し、自ら剣を交えることを決めた。建前としては、将来的に王族護衛を任される可能性のあるフィーアの力量を確認するためであったが、実際には彼女が持つ「支配者の目」に強い関心を抱いたがゆえの行動であった。

模範試合では、フィーアの剣の速度と威力に驚かされ、彼女の戦い方からは総長自身の負傷箇所――左足の古傷――を見抜く鋭い観察眼も示された。彼女が使用していた剣は複数の魔法が付与された「魔剣」であり、その性能は現存する国宝級の武器に匹敵するものであった。サヴィスはその事実とともに、フィーアの洞察力と計算された戦術に深い印象を受けた。

11 第一騎士団

フィーアは第一騎士団に配属されてから一週間が経過し、日々の訓練と教養課程に取り組んでいた。騎士団では王族警護が任務となるため、礼儀作法や詩歌、大陸共通語などの特殊な訓練が課せられていたが、フィーアはあまり興味を持てずにいた。

その中でも、ファビアン・ワイナーとの関係は良好であり、彼の鋭い観察眼によってフィーアの力の一端が再び明かされかける場面もあった。ファビアンは彼女の剣の軽さや訓練中の手加減を見抜き、模擬戦での活躍が単なる魔剣の力ではないことに気づいていた。

フィーアはまた、第二騎士団長のデズモンドとも親しくなり、チェスの時間には毎回彼と対局するようになっていた。デズモンドは王城警備と憲兵司令官を兼ねる要職でありながら、フィーアに対して特別な関心を示し、対話を通じてその人物像を観察していた。

【挿話】第一回騎士団長秘密会議

その夜、王城内の上級娯楽室にて、第一・第二・第三騎士団長による非公式の会合が開かれた。議題はフィーアについてであり、各団長が彼女の言動と能力について意見を交わした。デズモンドは、彼女が相手の強さに応じて勝ち方を調整している可能性を指摘し、無意識のうちに実力差を見極めていると推察した。

また、サヴィスの左足の古傷をフィーアが見抜いた件についても分析が行われ、通常では察知不可能な情報を観察から導き出したことに、団長たちは驚嘆していた。一方で、彼女の日常的な観察力には欠ける部分もあり、極端な鋭さと鈍さの両面を持ち合わせていると評価された。

さらに、第三魔道騎士団長イーノックの調査により、フィーアの使用していた剣が「効果変動型」の宝剣であると判明した。この剣は使用者の実力に応じて性能が上昇する極めて希少な代物であり、その出所には不明点が多く、ルード家の武器庫に眠っていた理由も不自然であった。

会議の終盤では、今後のフィーアへの対応が議論され、シリル第一騎士団長は彼女を自団の所属として保護し、他団の干渉を控えるよう要請した。最終的に、フィーアは単に「素直な少女」であるという結論に落ち着き、団長たちは静かに会合を終えた。

12  魔物討伐

魔物討伐任務への同行

フィーアとファビアンは、新人騎士として第六騎士団の魔物討伐任務に同行することとなった。討伐地は王都北部の「星降の森」であり、二人は哨戒担当として第三小隊に配属された。訓練を積んでいるとはいえ、彼らは実戦未経験の新人であり、この任務では戦闘への参加は基本的に控え、観察が主な目的とされていた。

聖女たちとの初対面

出発の直前になって到着したのは、白いローブをまとった15名の聖女たちであった。騎士たちは彼女たちに敬礼し、最大限の敬意を表したが、聖女たちは無言でそれを受け流した。各小隊には3名ずつが割り当てられ、フィーアたちの第三小隊にも年齢層の異なる3名が加わった。聖女たちは一切言葉を発せず、持参していた魔杖すら騎士に押し付ける態度で、騎士団内での地位の高さと距離感を明確に示した。

聖女の振る舞いと実力の疑念

森に入ってからも、聖女たちは枝葉を排除されながら歩み、騎士たちの手厚い介助を当然のように受けていた。戦闘が始まると、彼女たちは戦場から離れ、安全な岩場に腰掛け、会話や笑いを交わしていた。戦闘終了後にようやく負傷者の治療にあたったが、その行為は形式的で、軽傷の治癒に30秒もかけるほどであり、かつての聖女と比較して著しく劣化していた。前世で「大聖女」と呼ばれたフィーアにとって、その姿は信じ難く、かつて聖女が担っていた使命との乖離に深い落胆を覚えた。

感情の爆発と仲間の支え

昼食時、フィーアは混乱と悲しみにより涙をこぼした。前世で己の誇りと責務として戦場で癒しを施した記憶が、現在の聖女たちの現状との乖離により抉られたのである。ファビアンはその感情を静かに受け止め、そっと寄り添い続けた。フィーアは彼の優しさに感謝し、気持ちを少しずつ整理していった。

突然の強敵と指揮の決断

午後の討伐任務では、当初予定されていた魔物の討伐を繰り返し、順調に進行していた。しかし帰路の途中、Bランク魔物「フラワーホーンディア」と遭遇したことで状況は一変した。小隊長が初撃で吹き飛ばされ、指揮系統が混乱する中、フィーアは過去の経験を活かして即座に戦術指示を下した。彼女は《身体強化》を行い、魔物の突進を受け止めるとともに、目の色の変化に応じて炎攻撃が発動する特性を騎士たちに共有し、被害を最小限に抑えた。

戦術指示と応援要請

魔物の性質を熟知するフィーアは、囲み陣形の構築や攻撃部位の指示、救助笛による援軍要請を迅速に指示した。Bランク魔物に対しては戦力が不足しており、フィーアの冷静な判断と正確な指示が状況を支えていた。攻撃部位として腹部の柔らかい部分を狙うよう伝え、囲みの隙間からの脱出を阻止する体制を築いた。

不意の来援と次章への布石

激しい戦闘の最中、突然場違いなほど穏やかな声が響き、フィーアが振り返ると、そこには「王国の竜」と称される騎士が現れた。騎士団でも随一の実力を持つとされる存在の登場は、混乱の渦中にある小隊に大きな希望をもたらす予兆であり、物語は新たな局面へと移行しようとしていた。

【SIDE】第一騎士団長シリル

忠義を貫く“右目”としての矜持

シリル・サザランドは第一騎士団長にして、王位継承権第2位を有する公爵である。彼は10年前、総長サヴィスが右目と感情を喪った日を契機に、自らを“右目”として彼に仕えることを誓い、忠義と実力で第一騎士団を率いてきた。

救助笛を追って戦場へ急行

訓練中の森に響いた救助笛の音に対し、シリルは第六騎士団の緊急事態と即座に判断した。総長と共に救援に向かうと、そこではBランク魔物・フラワーホーンディアと交戦する小隊が確認され、現場指揮を執っていたのは新人フィーアであった。

異常な戦術能力を見せるフィーア

フィーアは魔物の生命力を数値で示し、攻撃タイミングを秒単位で予告するなど、常軌を逸した分析力を発揮していた。魔物の性質、行動傾向、戦況全体を完全に把握して指示を出す姿に、シリルは困惑しつつも、その異質さを認めざるを得なかった。

総長の一刀と、少女の鈍感さ

戦況を観察していたサヴィス総長は、魔物の突進に応じて一太刀を放ち、あっけなく討伐を完了させた。直後、フィーアは礼を述べたが、総長と団長の役職を誤認するなど、鋭さと鈍さを併せ持つ特異な存在であることが浮き彫りになった。

13 回復薬

聖女不在の状況と薬の強制投与

戦闘後、フィーアの腕に深い傷が確認され、聖女による治癒が望めない中、シリルは回復薬の服用を命じた。フィーアは激痛と苦味を恐れて拒否するが、最終的に口へ強制的に流し込まれた。

苦味の打ち消しと精霊の加護の示唆

苦味に耐えかねたフィーアは甘味を求め、森の果実を頬張った。通常は激烈に苦いはずの果実を「甘い」と評する彼女の反応に、総長とシリルも口にして驚愕する。総長は彼女が「精霊に愛されし者」である可能性に言及し、森そのものが彼女を祝福していると推察した。

副作用の発現と“肉祭り”への執念

その直後、フィーアは回復薬の副作用によって激痛に襲われ、地面を転げ回る。薬の成分が体質に適合していないことが明白であり、帰還は困難と判断された。だがフィーアは「肉祭り」に出たいという一心で帰還を強行しようとした。

ファビアンの介助と仲間との再会

ファビアンは彼女の意志を汲んで搬送役を申し出た。帰還中には仲間の騎士たちと合流し、フィーアの功績が称賛された。戦術眼と判断力が命を救ったと評価された彼女は、仲間との絆を深めた。

横抱きと羞恥、そして秘密の治癒魔法

再度激痛に襲われたフィーアはファビアンに横抱きされ、動揺しながらも鎧の重さを理由に誤魔化そうとした。その後、人目を避けてこっそり回復魔法を使用し、痛みと傷を治癒した。魔法薬に翻弄された一連の騒動を振り返りながらも、彼女は笑顔で肉祭りへと歩を進めたのである。

14 肉祭り

宴の始まりと初めての酔い

その夜、騎士たちによる盛大な肉祭りが開かれた。功労者である第六騎士団のみならず、他の騎士団からも多くが参加し、庭には肉と酒が溢れていた。フィーアは成人の儀を終えたばかりであったが、堂々と酒に挑戦し、大人の一員としての自負に満ちていた。彼女は酔いを自覚しながらも気分を高揚させ、ファビアンとの会話を楽しんでいた。

思わぬ召集と団長の呼び出し

楽しい雰囲気の中、フィーアはシリル団長に呼び出され、個室へと案内された。そこには共に任務に就いた第三小隊の騎士たちが集められていた。シリル団長は当初、皆を称賛したが、突如として態度を一変させ、なぜ第一騎士団の新人が指揮を執っていたのか問い詰めた。第三小隊の面々は沈黙を守り、フィーアは次第に問い詰められる立場となった。

前世の知識と即興の弁明

フィーアは、魔物フラワーホーンディアについての知識を図鑑で得たと主張し、討伐経験は夢の中で得たものであると弁明した。第三小隊の騎士たちは驚愕しつつも、フィーアの指揮が有効であったことは認めざるを得なかった。フィーアの分析力や感覚による指揮は、偶然を超えた成果をもたらしたと評価された。

宴の場に戻るも追及は続く

説教を受け続ける中、フィーアは肉祭りの席を奪われた怒りを爆発させ、団長に対し「手は肉をつかむためにある」と訴えた。その言葉にシリル団長も呆れ、総長サヴィスは後で旨い酒を与えると告げた。その後、第三小隊の面々は魔物の特性についてレポート30枚を課され、騒然となった。

宴の再開と絆の形成

ようやく祭りへ戻ったフィーアは、フラワーホーンディアの最初の一口を進呈され、皆とともにその美味を堪能した。第三小隊の仲間たちはフィーアの功績に敬意を表し、敬語を使わないよう提案するなど、仲間意識が強まった。宴はさらに盛り上がり、酒に酔った団員のひとりがザカリー団長の腹筋に話題を移した。

腹筋論争と“ぽっこり救世主”の誕生

ザカリーは自身のフォーパックの腹筋を嘆き、酒に酔って泣き崩れた。フィーアはそれに対抗して、自身の“ワンパック”をさらけ出し、堂々と自己肯定を叫んだ。この予想外の展開により、ザカリーは腹筋自慢をやめると誓い、その場の全員から称賛を受けた。以後、フィーアは「ぽっこり救世主」と呼ばれることとなった。

15 騎士団トップ3による面談

酒宴後の回収と面談への招集

肉祭りの後、フィーアは第一騎士団長シリルに連れ戻され、重厚な造りの部屋へ案内された。そこには総長サヴィスと第二騎士団長デズモンドが待っており、フィーアは団長たちとの面談に臨むこととなった。

酔いのまま暴走する無礼な情報提供

フィーアは酩酊状態のまま、総長の腹筋が6つに割れているという「極秘情報」を披露した。だが、それは騎士団内では既知の事実であり、場の空気は困惑に包まれた。シリルは彼女の状態を「完全な酩酊」と断じたが、フィーアはあくまで「ほろ酔い」と主張した。

貴腐ワインでの乾杯と功労者への敬意

総長はフィーアに貴腐ワインを勧め、討伐の功績を称えて乾杯の音頭を取った。フィーアはその芳醇な味に感動しつつ、改めて感謝を伝えた。肉を確保し忘れたことを思い出したフィーアは立ち上がろうとするが、総長に制されて座るよう促された。

異能の観察眼と“目”の特異性への言及

総長はフィーアの魔物への対応力を高く評価し、「その目は特別である」と述べた。デズモンドも彼女の成果を認めつつ、自分の常識では理解不能であることに苦悩した。シリルはフィーアに口を慎むよう注意し、フィーアはそれに従った。

沈黙の酒席と突然の瞑想(熟睡)事件

静かな雰囲気の中で酒が進むうち、フィーアは膝枕状態でシリルに寄りかかり熟睡してしまった。目覚めた彼女は慌てて体を起こすが、シリルは怒ることなく穏やかに微笑んだ。彼女が眠った場所が「総長の私室」だと知ったとき、驚きと恥じらいが交錯した。

最強発言による場の凍結と弁明の連鎖

フィーアが「この部屋最強の騎士はシリル団長」と発言したことで場が凍り付き、彼女は慌てて弁明を重ねた。シリルはそれを受け入れ、彼女の観察眼と戦場での判断力を改めて認めた。さらに「総長より強いことは黙っていてほしい」と穏やかに頼み、フィーアは即座に同意した。

第四魔物騎士団への打診

その後、サヴィス総長はフィーアに「第四魔物騎士団」への一時的な派遣を提案した。突然の話に彼女は驚くが、何か大切な記憶が呼び起こされる感覚を覚え、動揺したまま面談を終えた。

16 聖女の形

第四魔物騎士団派遣の背景と配慮

シリル団長は、正式な転属ではなく一時的な派遣として、フィーアを第四魔物騎士団に向かわせる方針を説明した。魔物の生命力を数値化できる彼女の能力が、魔物使役の効率向上に役立つと判断されたためである。また、フィーアが不当な扱いを受ける懸念がある場合はすぐに報告するよう伝えた。

月夜の帰路と静寂の中の問いかけ

その夜、四人で騎士寮へ戻る途中、サヴィス総長はフィーアに聖女との戦闘をどう思ったか尋ねた。フィーアは「くそったれ」と率直に表現し、続けて「それは聖女自身ではなく、ゆがめた誰かに対しての言葉である」と補足した。

“聖女のあるべき姿”に対する信念

フィーアは、現代の聖女の在り方に疑問を呈し、祀り上げる偶像としての存在ではなく、戦場に立つ騎士の盾こそが本来の姿であると語った。その言葉は三人の団長に強い印象を与えたが、誰も反論せず、静かに夜の帰路が続いた。

二日酔いと異常な回復力

翌朝、フィーアは激しい頭痛と吐き気に襲われたが、水を飲むと即座に回復した。その異常な回復力にオルガは呆れつつも水を差し出し、フィーアは「これが若さ」と自嘲的に振る舞った。

第四魔物騎士団配属の再確認と記憶の欠如

訓練場でファビアンに「今日から第四魔物騎士団へ行く」と告げられたフィーアは、その記憶がないことに気づいた。団長室でシリルに確認すると、転属ではなく“手伝い”であると再確認され、彼女は前夜の記憶の欠如を自覚する。

従魔の証の発覚と正体の一端

シリルはフィーアの手首に“従魔の証”があることに気づき、使役する魔物の有無を問うた。フィーアは心中で、自身が伝説級の黒竜と契約している事実を認めつつ、それを口にすべきか迷ったまま面談は終わった。

17  第四魔物騎士団 1

団長との会話と従魔の取り扱い

フィーアは従魔である黒竜ザビリアの存在を団長に明かすべきか迷っていた。団長は従魔の種類は申告不要であると語り、強力な魔物を従えることで起きる騒動を防ぐため、名を伏せるべきと助言した。従魔の契約証は細いほど契約に要した時間が短いとされ、フィーアの1ミリ幅の証は例外的であった。団長はこれをブラフとして活用すべきと説き、フィーアは理解を示した。

ザビリアへの再接触と予想外の成長

第四魔物騎士団へ向かう途中、フィーアは従魔ザビリアの様子を見に行く決意を固めた。森で彼を呼び出すと、現れたザビリアは以前より遥かに巨大で、美しく成長していた。彼は依然としてフィーアを慕っており、縮小化能力を用いて掌サイズとなって彼女に同行することを申し出た。

帰還と副団長との衝突

フィーアはザビリアを連れて王城へ戻ったが、体内に隠していたため腹部が膨れて見え、騎士たちに誤解された。魔物騎士団の副団長ギディオンは彼女の従魔の契約証を確認し、その細さから「死に損ないの魔物」だと断定し侮蔑の言葉を浴びせた。フィーアは団長から教えられた思わせぶりな態度で応戦するが、ギディオンは嘲笑を強め、逆効果となった。

魔物騎士団の現状と魔物との関係

副団長補佐パティとの交流を通じ、フィーアは魔物騎士団の文化や魔物との関係性、従魔の扱いについて理解を深めた。従魔との関係には定期的な接触とケアが重要とされ、長期間放置していたフィーアはザビリアが拗ねていないかと心配し始めた。

ザビリアの実力と副団長の誤解

フィーアはザビリアの力を確かめるため森へ向かい、彼の咆哮によって複数の魔物を一掃する様子を目の当たりにした。その圧倒的な力にフィーアは驚愕し、周囲への影響の大きさを再認識した。ザビリアはフィーアに従順であり、再び縮小化して彼女と共に城へ戻った。

魔物騎士団での波紋と緊急事態

ギディオン副団長はフィーアを従魔ともども嘲笑し、第一騎士団のコネ採用であると決めつけて非難した。フィーアは団長の教えを思い出して反論したが、その対応は空回りに終わった。そこへ副団長補佐パティが駆け込み、魔物「黒き王」が星降の森に現れたとの報告がもたらされ、事態は一転して緊急モードへと切り替わった。

聖女との出会いと名前のやりとり

フィーアは魔物の治療中に、幼い聖女シャーロットと出会った。シャーロットは「聖女様」としか呼ばれたことがなく、自身の名前で呼んでもらえることに感動し涙を流した。彼女は3歳で聖女と認定され、母と引き離された経緯を語り、今も聖女の力を十分に発揮できないことに悩んでいた。

回復薬投与の様子とシャーロットの共感

フィーアとシャーロットは魔物への回復薬の投与を行い、シャーロットは苦しむ魔物に対して強く共感を示した。フィーアはその優しさを見て、シャーロットが聖女に向いているのではないかと感じた。

回復魔法の練習と泉での実験

フィーアはシャーロットを誘い、城内の泉で回復魔法の練習を提案した。薬草を泉に投入し、魔力を流し込むという即興的な手法で、回復薬の生成を試みた。フィーアは魔力の流れを整えながら補助し、シャーロットは自分の魔力が流れるのを初めて実感した。

回復薬完成とフィーアの魔力枯渇

シャーロットの魔力とフィーアの導きにより、泉の水は緑色に変化し、フィーアはそれを本物の回復薬と宣言した。だがシャーロットはそれを疑い、ザビリアも黙認する構えを見せた。フィーアは魔力を使い果たし、体力も消耗したため、食堂へ向かうことにした。

食堂での再会とファビアンの指摘

昼食時、ファビアンと再会したフィーアは、シャーロットと共に食事を楽しんだ。ファビアンはフィーアが従魔を抱えていることや、シャーロットと親しくなっていることに驚きを見せた。さらに、第四魔物騎士団での活動やシリル団長の疲労について話題が及んだ。

魔力の回復と魔物たちの変化

従魔舎へ戻ったフィーアは、ザビリアから魔力を分けられていたことに気づいた。そこでは魔物たちが甘えるような態度を見せ、回復薬を自発的に飲みだした。その理由は、フィーアの体から溢れる聖女の血の匂いが魔物にとって心地よく作用したためであるとザビリアが説明した。

回復薬の効能と聖女の自信

投薬後、魔物たちは以前のような痛みを訴えることなく落ち着いていた。シャーロットは回復薬の効果を疑いつつも、フィーアは彼女を励まし、翌朝の経過観察を約束した。フィーアはその夜、ザビリアのために裁縫品を作り、満ち足りた気持ちのまま就寝した。

団長への思いと眠りへの導入

眠る直前、フィーアはファビアンの言葉を思い出し、シリル団長の疲労を気にかけた。その思いを胸に抱きながら、静かに眠りについた。

【SIDE】第二騎士団長デズモンド

過去の裏切りと女性不信の原点

第二騎士団長デズモンド・ローナンは、伯爵家の嫡男として将来を嘱望されていた。しかし幼き日の婚約者が弟を選び、婚約を破棄された経験から、彼は女性に対する信頼を喪失した。この出来事は、他人と心を通わせることに慎重な彼の性格形成に強く影響していた。

唯一隣に立てる存在としてのシリル

騎士として彼が唯一「並び立てる」と認めたのが、第一騎士団長シリル・サザランドである。シリルの剣は極限まで洗練され、無駄がなく、結果として最短で敵を斬るため、仲間からは「死神の微笑」と呼ばれていた。

報告された異変と夜の面談

最近になって、シリルに活力が見られず、執務にも精彩を欠いているという報告が部下たちから相次いでいた。デズモンドはその原因に心当たりを持ち、夜の娯楽室に彼を呼び出し、酒席で静かに様子を探ることとした。

探り合いと沈黙のすれ違い

グラスを傾けながら交わされた会話の中で、シリルは心の内を語ることなく、皮肉を織り交ぜて話題を逸らし続けた。デズモンドもまた、自らの苦労を軽く語るにとどめ、核心に踏み込むことはなかった。

聖女という概念への内なる動揺

デズモンドは、シリルの異変の原因がフィーアの言葉にあると理解していた。フィーアは、聖女とは騎士の盾であるべき存在で、祀り上げられる偶像ではないと明言した。その言葉が、長年にわたり聖女を特別視してきたシリルの価値観を打ち砕いたのである。

揺れる信仰と言葉にならない混乱

フィーアの主張はシリルの信念の根幹に触れたものであり、彼はその衝撃を沈黙で覆い隠していた。あえて語らず、皮肉で塗り固める彼の態度に、デズモンドは言葉にできぬ重さを感じ取っていた。

聖女を変えた少女への防衛本能

フィーアの影響力は無自覚ながら強烈であり、言葉ひとつで人の内面を変えてしまう力を持っていた。デズモンドは、彼女のような存在に感化されぬよう、女性への不信という自己防衛の正しさを再確認していた。

語られなかった名と総長への沈黙

話題はやがてサヴィス総長に及びそうになったが、シリルはその名を口にしかけて言葉を飲み込んだ。デズモンドは、総長こそが最も聖女に執着する人物であることを認識しており、沈黙の重みを痛感していた。

夜明けと騎士としての落差

夜が明けるまで飲み交わした末、デズモンドは酒に酔いつぶれ、シリルはいつもと変わらぬ顔で立ち上がった。その姿に、デズモンドは自身の限界を認め、彼との距離と敬意を新たにしたのである。

18  第四魔物騎士団 2

ザビリアとの朝のやりとりと防寒着披露

フィーアは従魔ザビリアに防寒着を仕立て、朝のふれあいの中でその完成を披露した。羽毛を仕込んだ暖房機能とパペットのギミックを兼ね備えた装備は、ザビリアの心をくすぐるものであった。

ギディオン副団長への業務報告と応酬

フィーアは第四魔物騎士団の団長室を訪れ、これまでの活動を報告した。補佐官パティは彼女の仕事ぶりを称賛したが、ギディオン副団長は皮肉と敵意を込めた発言を返した。フィーアが従魔への愛情を語ると、副団長はそれを揶揄したが、かつて自らも似た言動をしていたことをパティに暴露された。

シリル団長の来訪と任務の食い違い

第一騎士団長シリルが現れ、フィーアの業務が本来の「魔物の生命力の数値化」に至っていないことを指摘した。副団長の不適切な業務指示により、任務の本質が履行されていない事実が露見した。

団長権限の行使と激昂する叱責

シリルはギディオンに対し、責任の所在を明らかにするよう厳しく追及した。ギディオンが言葉を濁し続けたため、シリルはローテーブルを破壊し、団長権限を行使して彼の胸倉をつかみ、沈黙を圧で打ち砕こうとした。

副団長への同情と小物評価

フィーアはその一部始終を見て、ギディオンの器の小ささに呆れながらも、悪意からくる敵意ではなく不器用さゆえの態度であると判断した。前世での兄たちのような恐怖はなく、彼を「小物」と位置づけた。

【SIDE】第四魔物騎士団長クェンティン

団長の帰還と異常存在への直感

そのとき扉が開き、第四魔物騎士団長クェンティンが帰還した。団長室に揃う面々を見て、彼は即座に「天災級の災厄が二体いる」と直感した。クェンティンは魔力や存在圧を視覚化する特異体質を有しており、その感覚でザビリアのランクがSSに達していること、さらにフィーアがそれを遥かに凌ぐと判断した。

黒竜の正体と震える予感

ザビリアが長年行方不明となっていた「黒竜の幼生体」である可能性に、クェンティンは思い至った。同時に、それを自在に使役している少女の正体が常識外れであることにも気づき、言動ひとつで自らの命運が定まる場面に立たされていると認識した。

命懸けの振る舞い選択と精神的限界

クェンティンは、目の前にいる「笑顔でパペットを掲げるフィーア」に対し、軽率な態度をとれば災厄を招くと確信し、極度の緊張状態に陥った。その様子は、誰にも理解されぬまま、孤独にして過酷な判断を彼に迫るものであった。

フィーア、訳あり冒険者と回復魔法を検証する

森での被験者探しとパーティ加入

実験協力者を探すため中級者向けの森へ

騎士団入団試験を控えたフィーアは、大聖女の力の検証に限界を感じ、第三者の協力を求めることにした。治癒や状態異常回復の実証には対象者が必要なため、怪我人が出そうな森で訳ありの冒険者を物色していた。

絶好のパーティとの遭遇と接触成功

怪我をしている3人組の騎士風パーティを発見したフィーアは、村娘風の服装で接触を図った。捨て身の芝居と演技により同行の許可を得ると、流血の大男たちは容易に受け入れ、彼女は「フィーア」として仲間入りを果たした。

命名騒動と偽名の失敗

冒険者たちは髪色にちなんだ仮名を使っており、フィーアもこれに倣い「白昼のぴかりん」と名乗ったが、本名をうっかり漏らしたことで偽名は否定され、そのまま本名で通されることとなった。

森での冒険と流血の謎

流血の異常と呪いの正体

森を進む中で、仲間たちの流血が止まらない異常に気づいたフィーアは、布で応急処置を施した。その際、出血の原因が古い呪いによるものであると判断したが、彼らはその話題に触れたがらず、彼女も気づかぬふりを決めた。

呪い設定の利用と聖女の力の仮装

聖女の力を使うための設定として、フィーアは自分が呪いにかかっていると説明した。内容は荒唐無稽であったが、冒険者たちは冗談として受け止めつつ、彼女の言動を黙認した。

食事、戦闘、役立たずの焦燥

強すぎる仲間と出番のなさ

魔物との戦闘ではレッドとグリーンが一方的に勝利し、ブルーは戦わずとも何も問題が起きなかった。フィーアは自身の力を発揮する機会が得られず、焦燥感を抱いた。

役立たずという自覚と仲間の励まし

食事中、役に立てていないことに落ち込むフィーアを、レッドとグリーンは優しく励ました。ブルーもまた、彼女が無謀なパーティ加入をしたことへの忠告を与え、思いやりを見せた。

怪しさと仲間意識の芽生え

選ばれた理由と逆選択の理由

なぜ危険な3人組に同行を申し出たのか問われたフィーアは、最も怪しい集団を選んだと率直に答えた。その理由を聞いた3人は驚きつつも、彼女の屈託のなさを受け入れ始めた。

双頭亀討伐の目的と前向きな参加表明

冒険者たちの目的が双頭亀の討伐であると聞いたフィーアは、逆にやる気を見せ、協力を申し出た。彼女の前向きな姿勢に対し、仲間たちは呆れつつも次第に信頼を深めていった。

心の距離の縮まりと正体の示唆

素直な賞賛と過剰反応する仲間たち

戦闘中の称賛を素直に口にしたフィーアに、仲間たちは異様な反応を示し、照れや動揺を隠せなかった。フィーアの屈託ない言動は、彼らの心に強い影響を与えていた。

貴族との関係とフィーアの推理

会話の中でアルテアガ帝国の名前が出たことで、冒険者たちの出自が明かされることとなった。フィーアは彼らの出身国や鎧の紋章、言語の訛りからその正体を正確に推理し、黙っていることを約束した。

兄弟関係の暴露と親近感の共有

3人は実の兄弟であることを打ち明け、フィーアもまた4兄妹であると明かしたことで、互いに親近感を深めた。

双頭亀討伐と兄弟の呪いの真実

水汲みを通じたブルーの心の吐露

昼食の準備のため、水汲みに同行したフィーアは、ブルーの口から彼の家系にまつわる「呪い」の存在を聞かされた。彼の兄たちは流血の呪いに、妹は眠りの呪いにかかっており、生まれながらにして咎人とされた存在であるという信仰が、彼らの一族には根付いていた。

呪いに対する絶望と兄弟の衝突

ブルーは善行を重ねても呪いが解けないことに絶望し、「女神は存在しない」と言い放った。これに激昂したレッドは、神への冒涜を咎めて彼を殴打し、二人の間に激しい感情の衝突が生まれた。

家督争いと命の危機

ブルーは、家督争いにおいて呪われた者が排除される現実を語り、自分たちがいずれ命を狙われると予見していた。その中で、妹を守り兄たちと共に生き延びる決意を語るも、希望は見い出せず、苦悩を抱えていた。

占い師の予言と討伐の目的

グリーンは、国一番の占い師が「双頭亀を倒せば呪いが解ける」と語ったことを話し、討伐行の意義を強調した。双頭亀の左手が妹の呪いを解く鍵となるとされており、戦いには生死を賭ける理由があった。

双頭亀との遭遇と戦闘の開始

翌朝、森の奥で双頭亀の存在を察知したブルーにより、ついに魔物との遭遇が確定した。レッドとグリーンは戦いの覚悟を新たにし、フィーアへの感謝と別れを告げて前線に立った。

苛烈な戦闘と流血の激闘

巨大な双頭亀は凶悪な牙と俊敏な動きで兄たちに猛攻を仕掛けた。グリーンは肩を噛み千切られ、レッドも腕を失うなど、状況は絶望的であったが、彼らは退かず、必死に応戦し続けた。

ブルーの葛藤とフィーアの叱咤

参戦せずに見守るブルーに対し、フィーアは「死んだ人間は戻らない」と叱咤し、「救えるのは人間だけである」と説いた。兄たちを救うための力が自分にあることを自覚したブルーは、ようやく戦場へと踏み出した。

フィーアの聖女の力と戦局の逆転

フィーアは聖女の力で回復魔法を行使し、兄たちの失った四肢を瞬時に再生させた。さらに、三人に身体強化を、双頭亀には弱化魔法を施すことで戦局は一変し、三兄弟は圧倒的な連携で魔物を追い詰めた。

双頭亀討伐と沈黙の余韻

連携の末、双頭亀の両頭を斬り落とし、ブルーが目的の左手を切り取った。勝利の瞬間、三人は放心し、言葉を失ったままその場を離れようとしなかった。フィーアは薬草を採取しつつ、兄たちの気持ちに寄り添った。

妹の目覚めと呪いの解呪

フィーアは双頭亀の素材から薬を調合し、妹の目覚めを促す薬として渡した。続けて、レッドとグリーンの状態異常も解除し、彼らの長年の呪いを完全に解いた。兄弟は深く感謝しつつも言葉を失い、行動だけでその想いを伝えた。

別れと信仰の転化

帰還の道中、三人は言葉少なにフィーアの世話を焼き続けた。森の出口に到達したとき、三兄弟はフィーアに跪き、「創生の女神」として深い崇敬を捧げた。彼女の言葉を「神託」として仰ぎ、未来を導く指針とした。

数か月後の帝国と新たな皇帝の即位

その後、アルテアガ帝国では呪いを克服した正妃の子が新皇帝として即位した。彼は「創生の女神」との邂逅と加護によって呪いを解かれたと宣言し、国民は熱狂をもってこれを歓迎した。かつてフィーアと共に森を歩んだ三兄弟は、帝国の新たな支配者として国を導く存在となったのである。

特別書き下ろし【 SIDE】騎士団総長サヴィス ~始まりの風とともに

バルコニーでの邂逅と“赤”の奇跡

フィーアとの偶然の出会いと衝動的な誘い

ある日、サヴィス総長は廊下で偶然フィーアとすれ違い、その赤い髪に目を奪われた。通常であれば軽く頷くだけで通り過ぎるはずが、その時はなぜか衝動的に声をかけ、「付き合え」と命じて彼女を同行させた。

王都を望むバルコニーと為政者の視点

連れて行った先は、城の最上階にある広大なバルコニーであった。そこから望む王都の景色を前に、サヴィスは国を守る者としての責務を口にした。フィーアもまた、その光景に心を動かされ、自らが守るべき景色だと共鳴する発言をした。総長はその言葉に、彼女の資質の片鱗を見出した。

髪と国旗の“赤”の一致

風が吹き抜ける中、フィーアの赤髪が風になびき、背後の国旗と重なった瞬間、サヴィスはふと「同じ色だ」と感じた。ナーヴ王国の国旗に使われる「大聖女の赤」は、かつての大聖女の髪色を模して染められた、唯一無二の赤とされていた。長らく再現不可能とされたその色を、目の前の少女が無自覚に持っているという事実に、彼は強い衝撃を受けた。

大聖女の伝説と再現困難な赤

かつて、王国の国旗は青と白で構成されていたが、三百年前に騎士団総長が大聖女の髪色を模して赤に変更した歴史があった。その赤は「大聖女の赤」として知られ、当時の染色職人たちの努力と偶然により、ようやく一人だけが再現に成功したと伝わっている。その染色技術は一子相伝であり、今日でも門外不出である。

無自覚な一致と価値の理解不足

サヴィスが同じ色に見えることを告げると、フィーアは軽く否定し、「よくある色かもしれない」と答えた。その無邪気な反応に、彼は呆れとともに、彼女の無知が滑稽にすら思えた。だが、同時に聖女の力を持たぬ彼女がこの色を有することに、奇跡的な偶然を感じていた。

偶像の危機と未然の安堵

金の瞳と「大聖女の赤」を併せ持つフィーアが、もし聖女の力を備えていたなら、民衆に偶像として祭り上げられていたであろうとサヴィスは推測した。彼は冗談めかしつつも、そこに確かな危機を見出していた。

髪色の価値と少女の無自覚

サヴィスは「染めるな」と忠告したが、フィーアは「この色が好きだから染めない」と屈託なく答えた。幼い頃からこの色だったという話にも、サヴィスは不思議な納得を覚えた。彼女がどこか特別な存在であることは否定できないと感じていた。

元気な別れと国の未来

最後に、フィーアは礼を述べて元気よく去っていった。彼女の前向きさと素直な性格を目にしたサヴィスは、こうした人間が増えていくことが王国の隆盛につながると実感し、静かに次の任務へと向かった。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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