物語の概要
本作は、異世界ファンタジーに分類されるライトノベルである。 片田舎の村で細々と剣術道場を営む中年剣術師範・ベリル・ガーデナントは、自らの強さを自覚せず過ごしていた。しかし、かつて彼が育て、各地で大成した弟子たちが次々に彼を「師匠」として再評価し始めたことで運命が一変する。
元弟子である王国騎士団長アリューシアとの再会を契機に、ベリルは騎士団付きの特別指南役として王都へ招かれ、新たな戦闘や人間関係の局面へと巻き込まれていく。 第10巻では、ベリルの技量と戦術眼がさらに深まると同時に、かつての弟子や仲間たちとの絆が試される展開が描かれる。
主要キャラクター
- ベリル・ガーデナント 片田舎で道場を営む剣術師範。自らを「平凡なおっさん」だと卑下しているが、実際には熟練の剣技と経験を持ち、多くの弟子を剣聖クラスへと育て上げた実力者である。
- アリューシア ベリルの元弟子であり、王国騎士団長にまで成長した女性。ベリルの実力を誰よりも理解しており、彼を騎士団付きの特別指南役として王都へ推薦した。
- スレナ・リサンデラ ベリルに師事し、その技を受け継いだ弟子の一人。冒険者として急速な成長を遂げており、物語における重要な戦力でもある。
- ミュイ ベリルの孫弟子にあたり、彼にとって娘に近い存在。成長と共に、物語の人間ドラマにも深く関わっていく。
物語の特徴
本作の最大の魅力は、一見平凡な中年剣術師範が、仲間や弟子との繋がりによって成長し、周囲から「剣聖」と称されるほどの実力を発揮していく点にある。 主人公本人は自己評価が低いものの、持ち前の技術と経験が王国や戦場で頼られるようになっていく過程が丁寧に描かれている。単なる剣技の無双描写だけでなく、弟子たちとの信頼関係や人間ドラマが物語を牽引している点が、典型的な異世界モノとは一線を画す特徴である。
書籍情報
片田舎のおっさん、剣聖になる 10 ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~
著者:佐賀崎しげる 氏(インタビュー記事)
イラスト:鍋島テツヒロ 氏
出版社:スクウェア・エニックス
発売日:2025年12月25日
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あらすじ・内容
ベリル、覚醒。
料理中に指を怪我したり、剣術の指導中に不覚を取ったりと、どうにも調子が悪いベリルの今日この頃。
疲労か鍛錬不足か、あるいは老いか。
違和感の原因を調べ始めたベリルは気付く。
——目がよく『見えすぎている』ことに。
自身の覚醒を悟ったベリルの剣術は、
ヘンブリッツ、そしてスレナやアリューシアを一蹴するほどの領域に到達しており!?
ベリルが更なる高みへと踏み出したとき、
ミュイとの関係に変化をもたらす事件も発生して——。
感想
「強くなることの怖さ」と日常のコントラスト
本巻は、ベリルの成長が単に「強くなる」だけで終わらず、「強くなることの怖さ」まで含めて描かれた一冊である。
物語は夏の穏やかな暮らしミュイが学院から帰宅し夕食を作る日常から始まる。
だが、その平和な日常が丁寧に描かれているからこそ、後半に訪れる事件の危機感が際立つ構造になっており、非常に巧みだと感じた。
違和感の正体と、弟子たちの救い
前半で印象的なのは、ベリルの不調が小さな違和感として積み重なっていく描写だった。
慣れてないとはいえ料理中に指を切る、稽古で不覚を取る。
安易に「老い」のせいにしたくなるが、本人はそれを認めたくない。
夜の庭での素振りや、過去の強敵(イド・インヴィシウス)への悔恨を経て、「剣の腕ではなく魔術の有無が前提になる」理不尽さがベリルの中で燻っているのが見て取れた。
より強くなりたいという成長欲と、年齢を考えろという倫理のせめぎ合いには静かな重みがあった。
その違和感は騎士団でのヴェスパーとの手合わせで、「見えているのに動けない」という形で決定的となる。
予知めいた先読みができているのに身体が追いつかない。
強味がそのまま弱点になるという展開は非常に面白い。
そんなベリルの迷いを晴らすのがフィッセルだった。
「先生は強い」と一貫して肯定し、不調の原因を「目が良すぎて追いつかないだけ」と好意的に解釈した。
見えすぎる恐怖が希望へと反転し、フィッセルが嬉しそうに微笑む場面は、師弟関係の良さが際立った。
一方で、外見はともかく歳上のルーシーがそこに「ロマン」ではなく「現実的な線引き」を持ち込むのも本作らしいバランス感覚であった。
親としてのベリル、師としてのベリル
後半、ミュイ誘拐未遂事件で物語の温度は一気に下がる。
ここはベリルにとって義理の娘であるミュイの存在がいかに大きいかが際立つ章であり、同時にミュイ自身の成長譚でもある。
実行犯カイナの矢を見切って距離を詰める場面は、前半で悩んでいた「覚醒」の成果が実戦で形になった瞬間でもあった。
特筆すべきは事件後のミュイへの叱責シーンだ。
正義感で動いたミュイに対し、ベリルはその本質が「力の過大評価」にあると断じる。
師として厳しく叱り、その直後に親代わりとして抱きしめる。
この二段構えのアプローチは、単なる説教を超えた“親子関係の更新”として胸に響いた。さらに謝罪行脚を通じて社会の中へ戻していく過程も、ミュイの成長を一過性にしない丁寧さが感じられた。
総評:日常の温度と事件の冷たさ
事件自体は、実行犯カイナの不可解な手加減や魔装弓の出どころなど、多くの謎を残して幕を閉じた。
黒幕に届かない歯がゆさはあるが、それが次巻への強い引きとなっていると感じた。
ラストシーン、ヘンブリッツとの食事で「礼を形にする」「信頼を生活に落とし込む」という地味な場面で終わるのが実にいい。
中年が成長するとは、剣が強くなることだけでなく、守り方と頼り方が上手くなることなのだろう。
そして心底羨ましい。
派手な遠征こそなかったが、日常の温かさと事件の冷たさが鮮やかな対比となって残る、読み応えのある巻だった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
ベリル・ガーディナント
レベリオ騎士団の特別指南役を務める中年男性であり、ミュイの保護者として生活を共にしている。自身の老いや衰えを懸念しつつも、剣士としての高みを目指す向上心を失っていない人物である。
・所属組織、地位や役職 レベリオ騎士団・特別指南役。魔術師学院・剣魔法科臨時講師。
・物語内での具体的な行動や成果 復帰したヴェスパーとの立ち合いを行い、脇腹を負傷しながらも勝利した。ヘンブリッツとの手合わせでは、相手の動きを完全に予知する感覚に目覚め、一本を取った。ミュイの誘拐事件では騎士団と協力して捜索を行い、実行犯である弓使いのカイナを制圧した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 剣士としての「未来を見る」感覚を掴み、老いではなく成長していることを確信した。ミュイの保護者としての自覚を強め、有事には騎士団を動かす判断を下せるようになった。
ミュイ
ベリルの家で暮らす少女であり、魔術師学院に通う学生である。かつての環境から変化し、家事や学業に励む穏やかな日常を送っている。
・所属組織、地位や役職 魔術師学院・学生。
・物語内での具体的な行動や成果 馬車通学をやめて徒歩で通うなど、基礎体力の向上に努めている。放課後に友人と遊んでいた際、路地裏へ連れ込まれた子供を助けようとして誘拐事件に巻き込まれた。事件解決後はベリルから叱責を受け、自身の未熟さを自覚した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 事件を経て「守られるだけではなく強くなりたい」という明確な意思を持つようになった。ベリルとの関係性は、単なる師弟や保護者から、互いに支え合う家族のようなものへと深化している。
ヘンブリッツ
レベリオ騎士団の副団長であり、実務能力と剣の腕前を兼ね備えた実力者である。ベリルを深く尊敬し、公私にわたり彼を支える良き理解者として描かれている。
・所属組織、地位や役職 レベリオ騎士団・副団長。
・物語内での具体的な行動や成果 ヴェスパーとベリルの立ち合いを見届け、負傷したベリルの処置を迅速に指示した。ミュイの行方不明時には即座に騎士団を動員し、捜索範囲を的確に指示して早期解決に貢献した。事件後にはベリルと酒を酌み交わし、自身の騎士としての信念を語った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 ベリルとの立ち合いで敗北したが、その強さを素直に認め、信頼関係をより強固なものにした。
フィッセル
魔術師学院の関係者であり、高い魔術の才能と鋭い観察眼を持つ女性である。言葉数は少ないが、ベリルの身体的変化や魔力の影響について的確な助言を行う。
・所属組織、地位や役職 魔術師学院・関係者(具体的な役職は明記なし)。
・物語内での具体的な行動や成果 ベリルの体調不良が、過去に受けた回復魔法の残滓によるものだと見抜いた。誘拐事件の捜索に協力し、魔法による位置情報の伝達や、犯人であるカイナの足止めを行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 ベリルの成長を好意的に受け止めており、師弟のような信頼関係を築いている。
カイナ
ミュイたちを誘拐した実行犯であり、凄腕の弓使いである。他者を罵る粗暴な面がある一方で、戦闘においては冷静かつ高度な技術を行使する。
・所属組織、地位や役職 所属不明(誘拐実行犯)。
・物語内での具体的な行動や成果 ミュイとシンディを誘拐し、南区方面へ逃走を図った。追跡してきたベリルたちに対し、変則的な矢や仕込み針を用いて応戦したが、最終的にベリルに斬り伏せられた。捕縛後の取り調べでは黙秘を貫いている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 高い技量を持ちながらも、追跡者や子供たちに致命傷を与えていない点にベリルが違和感を抱いている。使用していた弓は帝国の魔装具に酷似していることが判明した。
アリューシア・シトラス
レベリオ騎士団の団長であり、圧倒的な剣の実力を持つ女性である。ベリルを師として慕い、彼の実力を誰よりも高く評価している。
・所属組織、地位や役職 レベリオ騎士団・団長。
・物語内での具体的な行動や成果 スレナと共に酒を飲み、ベリルとの立ち合いで敗北した事実を共有した。誘拐事件後はベリルの地下牢面会に同行し、カイナの弓が帝国の兵器に似ていると分析した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 ベリルから自宅へ招待され、ミュイとの交流を持つきっかけを得た。
スレナ・リサンデラ
最高位の冒険者であり、「竜双剣」の二つ名を持つ実力者である。アリューシアとは旧知の仲であり、ライバル関係にある。
・所属組織、地位や役職 冒険者(最高位)。
・物語内での具体的な行動や成果 アリューシアと共に酒場でベリルについて語り合った。ベリルの「先読み」能力を目の当たりにし、現状では勝ち目がないことを認めている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 アリューシアと定期的な手合わせを行う約束を交わし、さらなる高みを目指す姿勢を見せた。
ヴェスパー・オックス
レベリオ騎士団の騎士であり、長期療養から復帰したばかりの人物である。真面目な性格で、自身の現状を厳しく客観視している。
・所属組織、地位や役職 レベリオ騎士団・騎士。
・物語内での具体的な行動や成果 復帰直後に修練場を訪れ、自身のなまりを確認するためにベリルへ立ち合いを申し込んだ。敗北したものの、ベリルの脇腹に一撃を入れる意地を見せた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 万全ではない状態ながらも、ベリルに危機感を抱かせるほどの気概と実力を示した。
ルーシー
魔術師学院の長と思われる立場にある女性であり、魔法に関する深い知識を持つ。ベリルとは対等に近い口調で話す間柄である。
・所属組織、地位や役職 魔術師学院・関係者(学院長室に在席)。
・物語内での具体的な行動や成果 ベリルの身体に残る魔力の影響について解説し、それがすでに抜けていることを告げた。ベリルに対し、組織の上に立つ者としての視座を持つよう忠告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 ベリルが剣魔法科の講師を続ける期限を「ミュイの卒業まで」と設定した。
クルニ
レベリオ騎士団の女性騎士であり、活発で直情的な性格をしている。
・所属組織、地位や役職 レベリオ騎士団・騎士。
・物語内での具体的な行動や成果 修練場の模擬戦でエバンスに敗北したが、その後の感想戦で互いに研鑽する様子が見られた。誘拐事件の追跡に参加し、大柄な男を追い詰める役割を果たした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 エバンスとは同期であり、良きライバル関係にある。
キネラ・ファイン
魔術師学院の教師であり、ミュイの担任を務めている。生徒思いで慈愛に満ちた人物である。
・所属組織、地位や役職 魔術師学院・教師。
・物語内での具体的な行動や成果 事件後に謝罪へ訪れたベリルとミュイを温かく迎え入れた。ミュイの無事を第一に考え、学院への復帰を心から歓迎した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 教育者として適切な距離感で生徒を支える姿勢を見せ、ベリルに感銘を与えた。
展開まとめ
一 片田舎のおっさん、危惧する
日常となった帰宅と夏の訪れ
ミュイが学院から帰宅し、家で夕食の準備をする日常が描かれた。かつて道場で過ごしていた生活とは異なり、誰かを迎える暮らしに戸惑いながらも、変化した環境を悪くないものとして受け止めていた。夏の到来により暑さが厳しくなり、水分補給を気遣う場面が続いた。
環境によるミュイの変化
ミュイは自然に感謝の言葉を口にするようになり、その成長が語られた。置かれた環境が人を変えるという考えのもと、彼女が良い方向へ変化していることを肯定的に捉えていた。自身もまた、新しい環境によって刺激を受けていると自覚していた。
徒歩通学と剣への向き合い方
ミュイは馬車通学をやめ、徒歩で学院へ通う選択をしていた。その理由が鍛錬への意識に基づくものであると知り、剣を教える立場として誇らしく感じていた。一方で父親代わりとしての在り方については、明確な答えを持てずにいた。
料理中の怪我と距離の変化
夕食準備中、肉を切っていた際に指を切る事故が起きた。軽傷であったものの、ミュイは気遣いを見せ、代わりを申し出た。互いに冗談めいたやり取りを交わす中で、日常の中の小さな失敗が二人の距離を縮めた出来事として描かれた。
夜の庭での素振りと静かな内省
夜更けのバルトレーンで、男は自宅の庭にて真剣を振っていた。昼に負った指の切り傷を確かめる意図もあったが、無心で剣を振るううちに当初の予定以上に打ち込んでいた。庭付きの住居が剣士にとって有難い環境であることを実感しつつ、静寂の中で思考を巡らせていた。
イド・インヴィシウス戦への悔恨
素振りを終えた後、男の脳裏にはイド・インヴィシウスとの激闘が浮かんだ。勝利は得たものの、魔術による隠蔽を見抜けなかった事実が、剣士としての限界を突き付けていた。剣の技量ではなく、魔法の素養の有無が勝負の前提となっていたことに、強い悔しさを覚えていた。
剣士としての傲慢と可能性
剣士と魔術師の領分の違いを理解しつつも、男は剣士が魔術師に勝てる可能性を完全には否定出来なかった。その根拠として、かつてロノ・アンブロシアの核を斬った経験を思い返し、自身と赫々の剣が合わさった結果であったのではないかと考えていた。
成長の実感と危うい思想
自身の技量向上を自覚する一方で、成長を実感出来る相手が少なくなっている現状に戸惑いを覚えた。その中で、ルーシーの危うい行動原理に理解が及びかけたことに恐怖を抱き、倫理観を保つ必要性を強く意識していた。
責任と節度の自覚
男は騎士団の指南役である立場、過去の弟子たちへの責任、そしてミュイの後見人である自覚から、危険な思想に踏み込むことを戒めた。成長を求めるなら、アリューシアやスレナとの手合わせが最も穏当であると結論付けた。
新たに定めた剣の目標
熟考の末、男は新たな目標を定めた。魔法や魔力は見えない以上、それ以外のすべて、剣筋、呼吸、間合い、気配など、剣士として捉え得るものを極限まで見極めることを志すと決めた。それは困難であると理解しつつも、剣の道を歩む者として納得のいく目標であった。
決意と休息
目標を胸に刻んだ男は、満足感と共に剣を収め、眠りにつくことを選んだ。身体を動かし、考え抜いた夜は、次の一日へ向けた静かな区切りとなっていた。
包帯の指と騎士団の朝
ベリルは指の包帯を巻いたまま騎士団庁舎へ向かい、ヘンブリッツに怪我の理由を問われて包丁で切ったと軽く答えた。痛みや腫れはなく剣を振るのに支障もないため、普段どおり指南に臨む姿勢を崩さなかった。
修練場の熱気とクルニ対エヴァンス
修練場では騎士たちが乱取りに励み、気迫に満ちた空気が常態となっていた。ベリルはクルニとエヴァンスの打ち合いに目を留め、膠着からの展開を「今回はエヴァンスが勝つ」と予測した。実際にクルニが間合いを詰めた瞬間、エヴァンスが読み勝って一本を取り、ベリルはその理由を「クルニの逸り」と「エヴァンスの目の良さ」によるものとして説明した。
頂の遠さと同期の価値
ヘンブリッツとベリルは剣の頂について言葉を交わし、強さを積むほど頂が遠く感じられる感覚を共有した。クルニとエヴァンスも感想戦に入り、互いを煽り合いながら研鑽する同期の関係性が、得難い縁として描かれた。
ヴェスパーの復帰
そこへ、長期療養していたヴェスパー・オックスが修練場に現れた。痩せたものの表情に陰はなく、復職手続きも済ませて鍛錬に来たと告げる。ヘンブリッツは個人として復帰を歓迎し、ベリルもまた無理を戒めつつ迎え入れた。
素振りによる現状確認
ヘンブリッツの提案で、ベリルはこの日ヴェスパー中心に見ることになる。ヴェスパーは木剣で素振りを始めるが、ベリルの目には剣筋のブレと身体の「忘れ」が見え、本人も手応えの乏しさを感じていた。息が上がることを課題に挙げ、走り込み再開を口にし、ベリルは誰かと一緒に行うよう勧めた。
一手の立ち合い
ヴェスパーは「今の自分を刻みたい」として一手の立ち合いを願い、ベリルは危険なら止める条件で受け入れた。ヴェスパーは万全ではない速度ながら、突きや斬撃を重ね、気概と判断力を示した。ベリルは剣士としての姿勢を称えつつ、相手の現在地を測る意図で攻防を組み立てていた。
予知めいた先読みと腹への直撃
終盤、ヴェスパーの突進に対し、ベリルは「突きから薙ぎへ切り替わり、木葉崩しで絡め取って背後へ一本」という具体的な未来を一瞬だけ見た。ところが実際の攻防では、ベリルは薙ぎを受けてしまい、脇腹に直撃を食らって倒れ込む。ヴェスパーは自分が一本を取ったこととベリルの負傷に動揺し、ベリルは骨折ではないとしつつ強い痛みを訴えた。
敗北の扱いと休憩
ベリルは勝敗をごまかす気はなく、ヴェスパーに責任を負わせもしなかった。休憩しながら、見えていたはずの動きに身体が追いつかなかった違和感と、先読みの正体への疑問を抱える。そこへ来たヘンブリッツに敗北と負傷を伝え、ヘンブリッツはヴェスパーの執念を評価しつつ、アデルとエデルにポーション搬送を指示して騒ぎを最小化した。
痛みと老いへの影
ベリルはポーションで立て直し、以後は指導に回る算段を立てる一方、脳裏をよぎった「老いの可能性」を押し殺して立ち上がった。
二 片田舎のおっさん、目を醒ます
魔術師学院での臨時講師の立場に違和感
ベリルは剣魔法科の臨時講師として学院へ行く。フィッセルの教え方が改善され、そろそろ自分の出番が終わりではないかと考える。講師を続けること自体が嫌ではないが、「自分がここに居続ける必然」が薄れてきている感覚に引っかかっている。
フィッセルがベリルの不調を即見抜く
フィッセルはベリルを観察し、体調不良を指摘する。ベリルはヴェスパー戦の数日後で、脇腹の痛みがまだ残っていること、そして“年を取る実感”が滲んでいることを自覚している。
「魔力はないが、あった痕がある」=回復魔法の残滓
フィッセルは「魔力はないが、魔力があった痕がある」と言い、過去の大怪我と回復魔法の使用を確認する。原因はイド・インヴィシウス戦での重傷をルーシーの回復魔法で治したことだと見抜く。
さらに、魔力を持たない者が大量の魔力を浴びると身体に影響が残る場合があると説明し、ベリルの不調はその副作用的なものだと推測する。
治ると断言され、ベリルはひとまず安堵
フィッセルは「治る。治らなかった例は知らない」と言い切る。ベリルは最悪の後遺症コースを回避できる見込みが立ち、安心する。
“動けなかった”の本質は「目が良すぎた」可能性
ベリルは「見えていたのに身体が動かなかった」敗因を語る。するとフィッセルは、身体不調ではなく**“見えすぎて身体が追いつかない”**現象ではないかと指摘する。
フィッセル自身にも同様の経験があり、ベリルは元々強く目も良いから、その伸び幅が一気に来た可能性があるとする。つまり、老いのせいと決めつけるのは早い、という方向に話が転ぶ。
フィッセルの本音:ベリルの成長が嬉しい
フィッセルは、ベリルが「見えるようになった時の感覚」を得たことで、見えない側の気持ちも理解できるようになったと言い、珍しく微笑む。師がまだ成長しているのが嬉しい、という感情が出ている。
自信の問題に着地する
ベリルは「衰え始めたのかも」と思っていたが、フィッセルは一貫して「先生は強い」と断言する。最後に「もっと自信を持つべき」「足りない」と刺し、ベリルは“まだ精進が足りない”という形で締める。
学院長室凸と、ルーシーの塩対応
ベリルは講義後に学院長室へ行き、フィッセルから聞いた「魔力の影響」説をルーシーに投げる。ルーシーは忙しいしアポ無しだしで、反応は渋い。ただしベリル側も「ルーシー相手だから遠慮が薄い」という関係性が描かれている。
結論:魔力の残滓はもう無い
ルーシーは即答で「魔力の影響は抜けている」と断じる。フィッセルの推測を否定はしないが、魔力の痕が残って覚醒するような現象は“極めて稀で再現性もなく、劇的でもない”と切る。要するに「ロマンは寝かせろ」である。
“目の変化”は魔法ではなく剣士の勘寄り
ルーシーは、フィッセルが感じたものは「魔術師の素養+剣士としての勘(雰囲気・殺気)」の複合だろうと見る。魔術師が魔力を感じるのと同じように、近接戦の人間は“何か違う”を肌で拾う。フィッセルは両方の感度が高いから、ベリルの微細な変化を言語化できた可能性がある。
ただし、回復・強化魔法後に“調子が良くなる”報告はある
ここが地味に重要。劇的覚醒はないが、回復や強化の後に「凝りが軽い」「寝つきが良い」みたいな改善例はそれなりにある、とルーシーは補足する。つまり、魔力は抜けても“コンディションの波”として残ることはあり得る、という現実的な落としどころ。
「血」の話:成熟後に才能が開く例はゼロではない
ルーシーはさらに踏み込み、回復・強化を契機に“成熟した肉体が覚醒した”事案が歴史上ゼロではないと言う。ただし多くは「先祖の才能(血筋)」が絡む。ベリルは母の“天気が分かる”みたいな微妙な才能を思い出し、可能性としては否定しきれないが、根拠が薄いと自分で線を引く。
臨時講師の期限問題:結論は「ミュイ卒業まで」
ベリルは剣魔法科の非常勤講師をいつまで続けるべきか相談する。ルーシーは契約上は回数報酬で期限なしだから問題ない、と一蹴しつつも、「区切りを設けるのは悪くない」と現実的にまとめる。
そして提案が**「ミュイが卒業するまで」**。ベリルも納得し、一区切りが設定される。
ルーシーの忠告:上に立つ視座を持て
最後にルーシーは、ベリルが組織を率いる気はなくても、そうせざるを得ない状況に追い込まれた時のことを考えておけと言う。ベリルは嫌がるが、ルーシーは「今のところは」と含みを残す。嫌な予感の種を置いて去らせるのが上手い。
早朝の修練場と検証の継続
早朝のレベリオ騎士団修練場で、ベリルは騎士たちの稽古を眺めながら、自身の身に起きている変化について考察していた。目に生じた違和感は、他人の立ち合いを観察しているだけでは発生せず、自ら剣を交えた時にしか再現しないことが判明している。痛みが残る間は無理を避けていたが、傷が癒えた今、本格的な検証に踏み出す段階に至っていた。
立ち合い相手としてのヘンブリッツ
この検証は単なる稽古ではなく、自身の成長か老いかを見極めるための立ち合いであった。そのため相手には実力と覚悟の両方が求められ、ベリルは副団長ヘンブリッツを選ぶ。彼は実力者であり、ベリルがヴェスパーに敗れた事実を知った上で遠慮なく打ち合える存在であった。
未来を覗く感覚の再来
立ち合いの最中、ヘンブリッツの連続攻撃に対峙した瞬間、ベリルはかつてヴェスパー戦で体験した感覚を再び捉える。それは剣筋の未来が不確定な形で見える現象であり、ベリルは考えることをやめ、剣士としての本能に身を委ねる選択を取った。
一本の決着と確信
結果として、ベリルはヘンブリッツの始動を押さえ、回転に入る前に首筋へ剣を届かせ一本を取る。この一太刀によって、彼は自身の変化が老いではなく成長であると確信する。目が捉える情報量が増したことで、理屈ではなく身体の反射に委ねる必要がある段階へ到達したと理解したのである。
剣士としての欲求の再燃
成長の実感を得たベリルの内には、剣士としての強い欲求が再び灯る。まだ道は終わっていないという確信が、さらなる高みを求める衝動へと変わっていった。その衝動に従い、彼は修練場を一時離れ、次なる段階へ進むための行動を起こす決意を固める。
武者修行という選択
ヘンブリッツに行き先を問われたベリルは、平然と「武者修行の申し入れ」と答える。それは思いつきではなく、剣士として前に進むための必然的な選択であり、新たな道程の始まりを告げる言葉であった。
幕間
夜のバルトレーン
日が沈んでしばらく経った頃のレベリス王国首都バルトレーンは、昼とは異なる賑わいに包まれていた。仕事を終えた人々が歓楽へと向かうこの時間帯は、大都市に生きる者たちに許された特権のようなものであり、寒村育ちの者から見れば別世界に映る光景でもある。
その中央区の一角に佇む店へ足を踏み入れたのは、レベリオ騎士団団長アリューシア・シトラスと、最高位冒険者“竜双剣”スレナ・リサンデラであった。二人は並んで店内に入り、カウンター席へと案内される。
相容れぬ二人の距離感
この二人の組み合わせは人目を引くが、決して珍しいものではない。頻繁ではないにせよ、時折こうして酒席を共にする関係にある。ただし、それは親密さゆえではない。過去の因縁や価値観の違いから、互いを好いているとは言い難い関係である。
それでも剣の腕と実力に関しては互いを認め合っており、同じ師に教えを受けた経験もある。だからこそ、必要とあらば協力し、時にこうして酒を酌み交わす時間を持つのであった。
立ち合いの余韻
会話の端々には皮肉が混じるが、それはこの二人にとって常態であり、むしろ気を許している証でもある。酒が運ばれる前から、話題は自然と今日の出来事へと移っていった。
二人が語ったのは、ベリルとの立ち合いである。武者修行と称して自ら打ち合いを求めてきたベリルの姿は、彼の性格を熟知する二人にとっても意外性のあるものだった。結果として、二人は揃って敗北している。その事実は軽く受け流せるものではなかった。
見えすぎる目という異質さ
ベリルが語った「数瞬先が見える感覚」は、剣士としての常識を逸脱している。常時ではなく、極限まで集中した際にのみ発現し、精神力を大きく消耗する制限付きの能力ではあるが、それでも異質であることに変わりはない。
スレナは実際に後半で息切れする様子を目の当たりにし、アリューシアは神速を完全に見切られた。体感の差はあれど、二人の結論は一致していた。正面からでは、現状勝ち目がないという認識である。
超えるべき壁としての師
二人にとってベリルは師であり、尊敬すべき存在であると同時に、いずれ超えるべき壁でもある。この相反する感情は剣士として自然なものであり、矛盾ではない。
だからこそ、敗北を受け入れた上で、次を考える必要があった。どうすれば及べるのか。速度か、手数か、搦め手か。答えは一つではない。
業腹な提案
アリューシアは、業腹ながらと前置きした上で、互いに手合わせの時間を設けることを提案する。互角以上に打ち合える相手が不足しているという現実を、二人とも理解していたからだ。
この提案は、スレナにとっても魅力的であり、同時に忌々しいものでもあった。しかし否定する理由はない。互いに試し合える環境は、今の立場では貴重である。
競い合う者同士の夜
場所や時間の制約という現実的な問題を確認しつつ、二人は合意に至る。騎士団の修練場を用い、必要な時だけ手合わせを行う。その関係は馴れ合いではなく、あくまで競争である。
酒が進むにつれ、言葉はさらに辛辣になっていくが、それもまた二人なりの距離感であった。互いに自分の方が強いと信じ、同時に相手を侮らない。その緊張感こそが、二人を高みに留めている。
夜の終わりに
つまみを頼み、エールを重ねながら、バルトレーンの夜は静かに更けていく。表には出さずとも、この時間が悪くないものであることを、二人は内心で理解していた。
三 片田舎のおっさん、駆け巡る
朝の食卓と穏やかな始まり
とある日の早朝、ベリルはミュイと朝食を共にしていた。日中は相変わらずの暑さであるが、午前中はまだ暖かいと言える気温であり、パンとスープで手早く腹を満たす。夏は食欲が落ちやすく食材も傷みやすいため、少量でも何かを口にすることが重要であり、その点は年齢に関係なく共通していた。
久しぶりの送り出し
朝食を終えたミュイは登校の準備に入り、ベリルは食器の片付けを始める。こうしてミュイを家から送り出す朝は実は珍しく、普段はベリルの方が早く騎士団庁舎へ向かうからである。遠征続きの日々もあり、この穏やかな朝の時間は久々のものであった。
休日という選択
この日はベリルの休日であり、騎士団には事前に休む旨を伝えていた。特別指南役という立場は彼を縛るものではなく、適切に休みを挟む裁量が認められている。常に張り詰めることは有益ではなく、平時にこそ心身を緩める必要があるという考えを、ベリルは実感として持っていた。
ミュイの放課後予定
紅茶を飲みながら過ごす中で、ミュイは今日の帰宅が少し遅くなるかもしれないと告げる。理由は学院の用事ではなく、友人であるシンディとフレドーラと放課後に遊ぶためであった。ベリルはそれを咎めることなく、年齢相応の付き合いを楽しむよう促す。小遣いの追加も提案したが、ミュイは十分あるとして断り、無駄遣いをしていない様子を見せた。
家事に向き合う時間
ミュイを見送った後、ベリルは休日であっても家にいる以上は家事を担うべきだと考え、朝食の片付けから動き始める。掃除や洗濯、昼食の準備だけでも午前は潰れ、決して何もせずに過ごす一日にはならない。椅子から立ち上がる際に気合の声が漏れる自分に、年齢を意識する場面もあったが、しょぼくれた存在になりたくないという矜持が行動を支えていた。
昼食と雑多な思考
昼食は外食も選べたが、ベリルは自炊を選び、塩漬け肉と芋、根菜を煮込む。煮込みの合間には、母の家事の重労働さや、家政婦に支えられて研究に没頭するルーシーの生活、自身が人を雇った経験の乏しさなど、取り留めのない考えが浮かんでは消えていく。それでも休日とはこうした雑念を許す時間でもあると受け止めていた。
休息としての素振り
昼食を終えたベリルは、掃除を済ませた後に庭で軽く素振りを行う。責任や教育を伴わない剣の動きは鍛錬ではなく、あくまで気分転換の延長であり、感触を確かめる程度のものであった。身体を動かしながら考え事をすることも、彼にとっては自然な休み方である。
夕暮れと待つ時間
日が西に傾き始め、ベリルは夕食の仕込みに戻る。昼のスープを基にポトフへと煮込み直し、二人分の食事を整えた。夏の陽射しが薄れ、涼やかな風が流れ始める中、街の光は徐々に消えていく。夜は過ごしやすさを増したが、その時点でもミュイはまだ帰宅していなかった。
騒然たる夜と学院への駆け込み
ベリルは日が落ちたバルトレーンを走り、ミュイが帰ってこない現実に耐えきれず家を飛び出した。闇雲な捜索は無意味だと理解し、ミュイが「シンディとフレドーラと遊ぶ」と言っていた事実から、手がかりを得られる可能性の高い魔術師学院へ向かった。入れ違いの可能性に備えて家には書き置きを残し、最悪でも状況が伝わるようにしていた。
フィッセルとの遭遇と行方不明の拡大
学院の敷地内でベリルはフィッセルと偶然出会い、ミュイが帰宅していないことを告げた。フィッセルはすでに寮から連絡を受けており、シンディとフレドーラも戻っていないと明かす。三人が同時に行方不明となった事実により、単なる遅れでは済まない事件性が浮上し、魔法師団が捜索を開始している状況が共有された。ベリルはミュイの話として「二人と遊ぶ予定だった」ことを伝え、フィッセルは中央区か西区を重点に見る見立てを示した。
中央区へ向けた決意と立場への迷い
ベリルは学院を出て走り出し、夜は乗合馬車の本数が少ないため自力で移動するしかないと判断した。捜索に組織の力が必要だと考える一方、自身が特別指南役であることを思い出し、どこまで肩書きを使ってよいのかという迷いも生じる。平穏を望みつつも、必要な場面では相応の権限と支えが要るという現実が、彼の内面を揺らしていた。
騎士団庁舎から修練場へ
ベリルはレベリオ騎士団庁舎へ駆け込み、団長が在庁している保証がないため、騎士がいる可能性の高い修練場へ向かった。扉を開けると、夜更けまで鍛錬していた副団長ヘンブリッツが応対し、ベリルはミュイと学友二人が行方不明であり、魔法師団が捜索中であると端的に伝えた。ヘンブリッツは事実確認を挟みつつ状況を即座に理解し、フィッセルが動いている点も把握した。
副団長の即応と騎士団の動員
ヘンブリッツは非常事態として団長への伝令、手すきの騎士の招集、守備隊への連絡を命じた。ベリルは初動として大きすぎるのではないかと逡巡し、個人の問題で組織を動かすことへの負い目も口にする。過去にスレナの件で騎士団が動かなかった記憶が、彼の遠慮を強めていた。
「騎士団が動くべき案件」という宣言
ヘンブリッツはベリルの迷いを断ち切るように、特別指南役の後見する少女が行方不明である以上、騎士団が動くべき案件だと明言する。その言葉によりベリルの動揺は鎮まり、頼ることを躊躇しない方針へと考えが収束していく。彼は謝意を重ね、自身が揺れたことも含めて認めたうえで、今この瞬間を守る必要を再確認した。
捜索方針の更新と南区への視線
情報の共有が進む中で、捜索は中央区や西区だけでなく南区も視野に入ると示され、ベリルは意外さから聞き返す。ヘンブリッツは、事故だけなら繁華の範囲でも起こり得るが、拉致や誘拐の可能性を考えるなら移送先として人通りの少ない地域を想定すべきだと説明する。攫う瞬間は喧騒に紛れ、移送は闇に紛れるという理屈により、捜索範囲を広げる判断が補強された。
南東区という影と、待つ構え
南東区という通称が話題に上り、ベリルはミュイの出自と結びつくその地域を思い出す。治安維持の側からも触れたくない名称であると理解しつつ、都市に影が生まれる現実も受け止め、放置が愚策であることだけは共有された。ヘンブリッツは事故なら早期保護が見込める一方、そうでない場合に備えて範囲拡大が必要だと述べ、ベリルは判断に従うと答えた。
荒事への覚悟と最速の一手
ベリルは荒事になった場合は任せてほしいと申し出て、ヘンブリッツは頼りにしていると応じた。ベリルは手加減できないかもしれないという自覚を抱えつつも、今は単独で場を乱すべきではないと判断し、情報の伝達と部隊の構築を待つことにする。動くべき時に最速で動くために、待つ構えを崩さず耐え忍ぶ決意を固めた。
騎士団の騎乗と南東区への突入
騎士団は馬を出し、ベリルも庁舎の馬を借りて捜索に加わった。守備隊・騎士・魔法師団が総出で動いている様子が見え、事態の重大さが裏付けられる。捜索の中で一行は南東区らしき区域に踏み込み、荒れた家屋や人影の気配から、ミュイの過去の生活圏が現実の重みとして迫った。ベリルは「全ては救えない」という割り切りを再確認しつつ、「守れる範囲は全力で守る」と決める。
現場到着と剣戟の決着
開けた通りの先に灯りと剣戟音があり、到着とほぼ同時に騎士側が敵の最後の一人を斬り捨てて戦闘は終結した。ヘンブリッツが即座に状況報告を命じ、報告役はアデルだった。損害は軽微で守備隊に軽傷者が出た一方、敵は二人逃走し、クルニが追跡していることが判明する。
「荷」は子供、そして二人が連れ去られた事実
ヘンブリッツが馬車の中身を確認すると、積荷は子供であり、逃げた敵が二人の子供を連れ去ったと報告される。ベリルは馬車へ駆け寄り、無事を確認する中でフレドーラ・エネックを発見した。フレドーラは消耗しているが致命的な怪我は見えず、しかし彼女はミュイとシンディが連れ去られたことを取り乱しながら訴える。ベリルは責めず、落ち着かせることを優先し、他の子供たちにも「国の庇護下に入った」と告げて安心させようとする。
現場保全と追跡の分離
ヘンブリッツは現場の保全を後続と守備隊に任せ、逃走者と人質の追跡を優先する判断を下した。アデルに追跡方向の案内を命じ、逃走が速いため馬が必要だと確認すると、早馬を出しつつ追跡隊を編成する。ベリルはヘンブリッツ、アデルとともに再び馬に乗り、クルニの足跡を追って動き出した。
残る疑問とベリルの覚悟
ベリルの胸中には「なぜミュイとシンディなのか」という疑問が残る。人質として扱いやすい子供は他にもいるはずなのに、性格的にも抵抗が見込まれる二人が選ばれた理由が腑に落ちない。偶然の取り回しの結果という可能性もあるが、意図があるなら危険度は跳ね上がる。情報のために生け捕りにしたい思いはあるものの、ミュイやシンディに危害が及ぶなら迷いなく斬るという心構えを固め、祈りにも似た切迫感のまま追跡へ踏み込んだ。
先導役の交代と南区ルートの確信
先導役は騎士からアデルに交代し、追跡隊(ベリル/ヘンブリッツ/アデル)は南区方面へ抜ける。景色が一気に農業地区へ変わり、夜間の人通りの少なさから「馬車での逃走に最適なルート」と判断される。ヘンブリッツは逃走者の特徴を確認し、男女一名ずつで片方が大柄だと把握する。
合流を示す光と追跡の加速
暗闇の空に光が打ち上がり、魔法由来の“位置知らせ”と推定される。アデルの進路と一致したため、追跡隊はその方向へ急行する。農地から木立が増える地形変化もあり、地理に詳しい者が選ぶ逃走経路だと察し、事件の臭さが濃くなる。
クルニとの合流、フィッセルの存在判明
追跡の末、戦闘中のクルニを視認。ヘンブリッツはアデルに「馬の退避+後続本隊の呼集」を命じ、アデルは後退する。合流したクルニから、敵を追っているのはフィッセルで、先ほどの光もフィッセルが打ち上げたものだと判明する。敵は弓使いで、クルニでも捕まえ切れず追い回す展開になっていた。
戦場合流と人質の確認
雑木林で光と戦闘音を捉え、ベリルたちはフィッセルの戦闘に合流する。フィッセルは敵を「相当強い」と短評し、警戒を促す。視界が慣れたところで、細身の女(弓使い)と大柄な男の二人組を確認し、男がミュイとシンディを両脇に抱えている状況が判明する。相手は増援到着に舌打ちし、即座に離脱を図る。
カイナの弓による足止めと役割分担
ベリルは大男へ突っ込むが、弓矢による妨害で足を止められ、大男が距離を取る。弓使いは「カイナ」と呼ばれ、男を叱りつけて逃走を促す。ヘンブリッツとクルニは大男(人質運搬)を追い、ベリルとフィッセルは弓使いを止める方針に切り替える。フィッセルは弓が“ただの弓ではない(魔装具の可能性)”と見立てる。
弓使いの技量と接近戦への移行
カイナは走りながら足元狙いの矢で追跡を分断し続け、四人の動きを釘付けにする。ベリルは矢の軌道を見切る感覚を掴み、矢に向かって踏み込む強引な手で距離を詰める。タイミングを合わせてフィッセルが魔法でカイナの足場を制限し、接近戦に持ち込む。
カイナの仕込み針とベリルの制圧
至近距離でカイナは拳で迎撃するが、グローブ内の仕込み針(毒の可能性)をベリルが察知して回避する。ベリルは回避からの一閃でカイナの腹部を斬り、致命にはしないが戦闘不能に落とす。カイナは「化け物め」と罵るが、ベリルは人質誘拐を躊躇なく行う相手を同類とは見なさず、逃がさない姿勢を固める。
仮設本部での帰還と安堵
中央区の仮設本部に戻った一行の前で、ミュイが目を覚ました。ミュイとシンディには殴打の痕が残り、シンディはまだ意識が戻らない。犯人は捕縛され、カイナは応急処置のうえ情報源として生存させられた。ミュイはシンディとフレドーラの無事を確認して安堵し、身体の状態も「大丈夫」と申告した。
事情聴取の開始とミュイの自責
ベリルは同席者(アリューシア、ヘンブリッツ、クルニ、フィッセル、アデル、エデル)に見守られつつ、ミュイから直接事情を聞く。ミュイは「自分が悪い」「二人を巻き込んだ」と切り出し、放課後の買い物帰りに「子供が路地裏に引っ張られるのを見た」こと、そして三人で介入しようとして返り討ちに遭ったことを語った。
叱責と“本質”の提示
ベリルはミュイの頬を叩き、行動の誤りを明確にする。ミュイは友人を危険に遭わせた点を理由に挙げるが、ベリルは「本質は自分の力の過大評価だ」と断じる。正義感そのものは否定せず、しかし「今の段階で介入ではなく、大人に助けを求めるのが最善だった」と教える。間に合わないと思ったというミュイの反論に対しても、「結果は被害者が増えるだけだった」と切り返し、判断軸の未熟さを突き付けた。
“強くなるまで”の線引き
ミュイが「いつ強くなればいい」と問うと、ベリルは「少なくとも魔術師学院を卒業してから」と基準を示す。子供が守られる理由を言語化し、庇護を嫌がる気持ちを認めつつも、現状の力と責任の不釣り合いを理解させる。次に同様の場面に遭遇したら、誰でもいいから即座に助けを求めることが「今のミュイにできる善行」だと結論づけた。
剣の師から親代わりへ
叱責を終えたベリルは、剣の師としての話はここまでだと言い、今度は親としてミュイを抱きしめる。無事に戻ったことへの安堵と、再び同じ事態が起きても駆け回る覚悟を率直に示す。ミュイは抱擁の中で震える声で謝罪し、場面は“教育”から“回復”へ移行して締まる。
謝罪行脚の開始と“誠実さ”の自覚
誘拐未遂から数日後、ベリルはミュイを連れて魔術師学院、レベリオ騎士団、魔法師団、王国守備隊へ謝罪に回った。形式的な礼節である一方、ベリルは「普段から誠実に見られていること」が有事の協力と権力行使の土台になると痛感しており、今回の件を機に平時の振る舞いの重要性を再確認していた。
キネラ・ファインへの謝罪と教師側の受け止め
まず魔術師学院で、担任のキネラ・ファインに謝罪を伝える。キネラは生徒全員が無事だったことを最優先に受け止め、ミュイにも柔らかく声をかけた。ミュイは気まずそうに謝り、事件後しばらく落ち込んでいたが、徐々に持ち直して謝罪に同行できる状態まで回復している様子が示された。
“教育不足”の押し付け合いを避ける姿勢
キネラは「教育が及ばなかった」と頭を下げるが、ベリルは学院側の瑕疵とは捉えず、むしろ剣の師として自分が言い聞かせるべき領域だったと内心で整理する。責任転嫁ではなく、役割の境界が曖昧な問題を自分の側で引き受ける姿勢が強調された。
登校復帰の目処と“学び舎”としての支え
ミュイは翌日から授業へ復帰予定となり、事件後の事情聴取や休息が一段落したことが語られる。キネラは、学問が気持ちの立て直しの助けになる場合があること、学院がミュイを歓迎する場であることを伝え、過不足ない距離感で支えた。ベリルはその“優しさの加減”に自分との経験値の差を感じる。
謝罪の積み重ねと、ミュイの疲弊
別れ際にもミュイは改めて謝罪し、キネラは「もう沢山謝ってきたのだろう」と察する。謝罪に慣れていないミュイにとって行脚は消耗が大きいが、それもけじめであり成長の機会だとベリルは受け止めていた。
北区の道での決意表明
帰路、ミュイは言い淀みながらも「強くなる。皆を守れるくらいに」と決意を口にする。ベリルはその決意を軽く扱わず、焦りを戒めつつ、積み上げの重要性を説いた。ミュイはさらに「オッサンも守ってやる」と言い、二人の関係が叱責と保護だけでなく、前向きな約束へと移っていく。
“強くなる第一歩”としての生活
ベリルは強さの土台として食事と身体づくりを挙げ、昼食に誘う。自然に手を繋ぎ、硬い手をからかわれながら北区の通りを歩いていく。事件の後の緊張がほどけ、日常へ戻るための小さな一歩が、繋いだ手の温度として描かれて終わる。
地下牢での面会と“権力”の実感
謝罪行脚を終えたベリルは、誘拐未遂の主犯格である弓使いカイナに会うため、レベリオ騎士団庁舎の地下牢へ向かった。特別指南役という立場があるから面会が通ることに、自分でも権力の効力と薄気味悪さを実感している。単独だと感情が荒れそうなのもあり、同行はアリューシアに頼んだ。
カイナの非協力と、会話の“突破口”
カイナは聴取に非協力的で、ベリルを「化け物」と罵り、動機も黙秘する。ベリルは彼女の腕前を「勿体ない」と評しつつ、観察で弓使い特有の筋肉の付き方や技術を読み取っていく。武器談義に寄せると一時的に会話が成立し、カイナも弓の扱い(速射や指の技術、矢を三本扱う所作)を説明するなど、わずかに口が動いた。
“殺さない”違和感の発見
ベリルは会話の中で重要な違和感に気づく。カイナほどの射手なら追跡側に致命傷を与えて逃げ切れたはずなのに、誰の急所も狙わず、負傷も軽傷に留まっている。さらにグローブの毒針も致死性ではなく、子供たちを気絶させたのもカイナ本人ではない可能性を指摘する。カイナは反論できず沈黙し、ここに事件の核心があるとベリルは踏む。
長期戦の確定と“弓”から辿る捜査線
カイナは名前だけは「カイナ」と名乗るが、それ以上は拒む。ベリルも粘っても無駄と判断し撤収する。代わりに、回収された魔装具付き短弓の解析を魔法師団に委ね、物証から背後関係を掘る方針が固まる。アリューシアは「帝国の装弓大隊が使う魔装弓に酷似」と見立て、帝国産の線を示唆する。ただし現段階では断定できず、丁寧に足跡を追う必要があると整理される。
ミュイの近況確認と、アリューシア招待
庁舎へ戻った後、アリューシアはミュイの様子を気にかけ、ベリルは学院復帰を報告して謝罪も添える。ベリルはミュイの社会的な成長のため、規律と秩序の象徴でもあるアリューシアと交流させたいと考え、自宅へ「暇があれば遊びにおいで」と招く。アリューシアは前向きに受けつつ、手土産を気にするなど、ミュイをまだ“外部の人”として礼儀で扱っている節が見える。ベリルはその距離感も少しずつ変えていきたいと思っている。
一段落と“休息の場”の願い
事件は未解決で、カイナの背後に組織がいる可能性も高い。それでも子供たちが無事に戻った今、ベリルは一度区切りをつけ、家がミュイにもアリューシアにも休息の場になればいいと願う。守る対象は同じでも、守り方はそれぞれ違う。その違いを受け入れながら、次の局面に備える流れで締まっている。
末 片田舎のおっさん、飲み明かす
謝意を“形”にする夜
誘拐未遂は未解決要素を残しつつも、子どもたちは全員保護できた。ベリルは「謝罪はした、次は礼だ」と割り切り、騎士団への指南と業務終了後に奢りの席を設ける。豪華なことはできないが、何もしないのは人として違うという判断である。
相手に選ばれたのはヘンブリッツ
全員に奢ると財布が死ぬので、今回はヘンブリッツと二人飲みになる。捜索のために組織を動かした側であり、バルトレーンで生まれた縁としても重い。意外にもベリルは、彼と“二人きりで食う”経験がなく、ここで距離を縮めたい個人的事情もある。
ミュイの近況と、喜び切れない責任感
まずは仕事上がりのエール。会話は自然にミュイの話へ流れ、ベリルは「結果論だが教訓になった」と前向きに伝える。ヘンブリッツは安堵しつつ、治安維持側の人間として手放しでは喜べない姿勢も崩さない。ここでベリルは、後悔しても時間は戻らないから今の結果を受け取るしかないと整理している。
“騎士になった理由”という深い話
ベリルはヘンブリッツの私生活をほとんど知らないことに気づき、「なぜ騎士に?」と踏み込む。ヘンブリッツは迷いなく「国のために働きたい」「書類より身体を動かす方が性に合う」と答える。ベリルはそのブレなさを眩しいものとして受け止め、自分との差も自覚する。
謙遜の刺し合いと、互いの評価
ヘンブリッツの「まだ若輩者」という謙遜に、ベリルが「嫌味にならない?」と突っ込むと、即座に「あなたが言うのか」と返される。ここで笑いが生まれつつ、ヘンブリッツは「最近変わった」とベリルの内面の変化を指摘する。ベリルも自覚はあり、強さへの姿勢が以前より前向きになっていることを認める。ただしその危うさも理解しており、ミュイに同じ道を歩ませる気はないと線引きしている。
剣の腕と、人としての格の違い
ベリルは模擬戦で勝っているとしても、剣以外では自分が負けていると認め、ヘンブリッツを尊敬し頼っている。ヘンブリッツもそれを嫌味なく受け取り、場を整える返しができる。二人の関係が「戦力」から「信頼」に寄っていく場面である。
遠慮を壊して、飲み明かす宣言へ
ヘンブリッツのジョッキが空いているのを見て、ベリルが追加を促す。そこでヘンブリッツは一気にエール追加、ボアのステーキ、フリッター、サラダまで注文し、遠慮を脱ぐ。さらに「今日は飲み明かすまで付き合うのか」と半ば勝負を吹っかけ、ベリルも剣士の意地で乗る。事件後の緊張を、酒と食事で“明日の糧”に変えるという締めになっている。
片田舎のおっさん、剣聖になる 一覧
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