物語の概要
ジャンル:異世界ファンタジーライトノベルである。水属性の魔法を操る主人公が、剣術や呪法研究を交えながら異国を旅し、その地の陰謀や魔物との対峙を描く冒険譚。
内容紹介:
船をクラーケンの襲撃で失った涼とアベルは、ジャングルを乗り越え「ボスンター国」の街ミファソシに辿り着く。中央諸国へ帰る新たな経路を得るため、公主の侍女ミーファに剣術を教えることになるアベル。涼は呪法の書を読む時間を期待するも、街を突然襲った「大禁呪」により幾千もの魔物が召喚され、弟子たちを狙うその術の裏で、東方諸国の根本を揺るがす陰謀が動き出す。涼と仲間たちは新たな仲間を迎えつつ、街の防衛に立ち上がることとなる。
主要キャラクター
- 三原 涼(みはら りょう):本作の主人公である。水属性の魔法使いとして静かなる知性と魔法の研鑽を重ねると同時に、呪法や剣など複数の技術を併用することで成長する人物である。
- アベル:涼の相棒にして剣士。ミーファに剣術を教えるなど指導者としての一面も持ち、剣と魔法の双方で涼と共闘する役割を果たす。
- ミーファ:東方諸国のボスンター国の公主の侍女であり、剣の稽古を涼とアベルから受ける弟子的存在である。竜王や魔物召喚などの異常事態にも巻き込まれ、物語の鍵を握る人物である。
物語の特徴
本作の魅力は、魔法・剣術・暗部の陰謀といった要素がバランス良く混ざっており、主人公がただ強くなるだけでなく、異文化との交わりや弟子育成、公の場での責任と危険に直面する場面が描かれている点にある。特に、「呪法研究」と「大禁呪」といった魔法的な脅威が街を襲う展開は迫力があり、平穏な旅以上の緊張感をもたらす。さらに、東方諸国の“暗部”という謎が物語の裏で徐々に姿を表すことで、読者に先が読めない展開と期待を抱かせる構成となっている。
書籍情報
水属性の魔法使い 第三部 東方諸国編 3
著者:久宝忠 氏
イラスト:天野英 氏
出版社:TOブックス(TOブックスノベル)
発売日:2025年7月15日
ISBN:9784867946329
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あらすじ・内容
クラーケンの襲撃で船を失った涼とアベルはジャングルを闊歩していた。黄金の竜王に出会ったり茶々を入れ合ったりしているうち、気付けばボスンター国の街ミファソシに到着。中央諸国へ帰る新たな伝手を得るべく、公主の侍女ミーファに剣を教えることに。アベルが稽古をつける傍ら、今度こそゆっくり呪法の書を読めると思いきや――鮮やかな光が空を切り裂いた! 幾千もの魔物を召喚する大禁呪が街に放たれたのだ。弟子を狙うその術の裏には、東方諸国の根幹を揺るがす陰謀が蠢いており……?
「呪法研究の糧にしてあげます!」
新たな仲間と軽々街を守り抜く、最強水魔法使いの気ままな冒険譚!
感想
読み終えて、まず感じたのは、この物語の持つ、良い意味での「無茶苦茶さ」である。涼とアベルの二人が、クラーケンの襲撃から始まり、黄金の竜王との出会いを経て、ボスンター国のミファソシに辿り着くまでの道程は、まさに波瀾万丈。しかも、その合間に炒飯を美味しそうに食べる姿が、なんとも言えず微笑ましい。
「美味しいは世界を平和にする」という言葉が頭をよぎるほど、彼らの食事シーンは物語に安らぎを与えてくれる。しかし、平和な時間は長くは続かない。沖合での激しい戦いが勃発し、上空を通過する謎の飛行物体を撃墜してしまうという展開には、思わず笑ってしまった。一体、彼らはどこへ向かうのだろうか。
アベルが弟子を取る場面も印象的だった。普段は飄々としている彼が、剣の稽古となると意外とスパルタな一面を見せるのが面白い。弟子であるミーファの成長が、今後の物語にどう影響してくるのか、非常に楽しみ。
この作品の魅力は、戦闘シーンの迫力だけではない。涼とアベルの軽妙なやり取りや、街の人々との交流など、日常パートも丁寧に描かれている点が素晴らしい。悪魔や竜といったファンタジー要素と、炒飯を囲むような日常が織り交ざることで、独特の世界観が生まれているのだと感じた。
全体を通して、この物語は読者を飽きさせない、魅力的な要素が満載である。涼の魔法の力強さ、アベルの意外な一面、そして何よりも、彼らが織りなす人間関係が、この作品を特別なものにしている。次巻では、彼らがどのような冒険を繰り広げるのか、今から待ち遠しい気持ちでいっぱいである。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
ナイトレイ王国関係
リョウ(涼)
理詰めで現実主義的な魔法使いである。アベルと行動を共にし、竜や悪魔の会談を仲介した。食に関する探求心が強く、ユーモアを交えて発言する。
・所属組織、地位や役職
ナイトレイ王国関係者。仲介者。水系最上級魔法使い。
・物語内での具体的な行動や成果
竜王と悪魔の会談を取りまとめ、離宮防衛戦では市街被害を抑える役割を担った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
竜王ルウィンの印を持つとされ、スー・クーから“化物”と評される潜在を秘める。
アベル
王であり剣士である。性格は端的で面倒見が良い。音楽にも長けている。
・所属組織、地位や役職
王。剣士。ミーファの師。
・物語内での具体的な行動や成果
離宮正門を防衛し、フェオ・シュー将軍を捕虜とした。別動隊の突入を察知し、公主の救援へ向かった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ソロンから恐ろしい使い手と評され、師としてミーファを導いた。
ボスンター王国関係
スー・クー
胆力と倫理観を備えた代官である。国王の代理を務め、現場での指揮をとった。
・所属組織、地位や役職
ミファソシ代官。国王代理。
・物語内での具体的な行動や成果
カン公邸へ乗り込み、傀儡化の兆候を確認し、全館捜索を指揮した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
王命を受けた直接行動により、政局の中心に立った。
ミーファ
公主の親友であり、アベルの弟子である。剣技の成長が著しく、音楽の才もある。
・所属組織、地位や役職
公主付き侍女(予定)。剣士。
・物語内での具体的な行動や成果
謁見室前で単騎で敵を迎え撃ち、持久を決意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
アベルの初の弟子として剣の道を歩み、公主直衛として信頼を受けた。
シオ・フェン公主
政治感覚に優れた皇女である。ミーファを深く信頼している。
・所属組織、地位や役職
先代皇帝の三女。輿入れ予定の公主。
・物語内での具体的な行動や成果
離宮襲撃時に最奥へ退避し、直衛の統制を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
外交と内政の両面で重要な立場にある。
竜サイド
竜王ヌールス(金竜)
記憶を持ったまま転生する竜王である。竜王ルウィンの印を涼に確認した。
・所属組織、地位や役職
竜王の一体。
・物語内での具体的な行動や成果
黄金都市で転生の時を迎え、存在を消失した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
同族を伴わない唯一の竜王として特異な立場にあった。
ラウ/ファン(幽霊船ルリ)
人型に変化できる竜である。水系の魔法に長け、悪魔との会談にも関与した。
・所属組織、地位や役職
海上行動を担う竜。
・物語内での具体的な行動や成果
死竜実験抑制の伝達を担い、悪魔との沖合決闘に合意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
竜と悪魔の限定的な合意形成に寄与した。
悪魔サイド
レオノール
人型の悪魔である。戦闘ごとに加速的に成長し、涼に執着を見せた。
・所属組織、地位や役職
悪魔。
・物語内での具体的な行動や成果
分身や砲撃で竜と交戦し、沖合での決着に同意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
涼との対戦を強く望み、竜と悪魔の枠組みに影響を与えた。
ジャン・ジャック
弓を操る悪魔である。レオノールと行動を共にし、涼との戦いを求めた。
・所属組織、地位や役職
悪魔弓手。
・物語内での具体的な行動や成果
分裂矢で対空迎撃を行い、戦闘の支援をした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
レオノールの同伴者として位置づけられた。
パストラ
名のみ登場する悪魔である。死竜実験に関わったとされる。
・所属組織、地位や役職
悪魔。
・物語内での具体的な行動や成果
死竜実験を行い、すでに制裁を受けたと伝えられる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
伝聞のみで存在感は限定的である。
ジュチュ国・教会関係
ゼメディン/ラッシャ・ファンタ
ジュチュ国の大宰相であり、転魂の短剣で蘇生した呪法の怪物である。
・所属組織、地位や役職
ジュチュ国大宰相。呪法使いの支配者。
・物語内での具体的な行動や成果
一万人規模の呪法使いを統率し、首都ジョンジョンを最終舞台と宣言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
正体を隠していたが、南方教会と結びつき脅威を増した。
シェイライ卿
ダーウェイ出身の呪法使いであり、南方教会の第一席を務める。
・所属組織、地位や役職
南方呪法使い教会第一席。
・物語内での具体的な行動や成果
ゼメディンの援軍として介入した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ダーウェイの親王筋に連なる陰の後援者である。
デザイ
カン公の側近であり、呪法使いである。
・所属組織、地位や役職
呪法使い。カン公側近。
・物語内での具体的な行動や成果
カン公を傀儡化した術者の本命として捜索対象となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
暗躍により政変の中心に位置した。
ボスンター国内勢力
サワン八世
病に伏す国王である。スー・クーへ代理権を与えた。
・所属組織、地位や役職
ボスンター国王。
・物語内での具体的な行動や成果
自ら行動はできなかったが、国政の権限を委任した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
病床にありながら国家の象徴として存在している。
カン公
国王の叔父であり、対ダーウェイ強硬派として知られる。
・所属組織、地位や役職
ボスンター王族。公。
・物語内での具体的な行動や成果
胸元に星形の陣を宿し、傀儡化の疑いを持たれた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
実権を持ちながらも操られる存在となった。
フェオ・シュー将軍
老齢の名将であり、“国の盾”と称されてきた。
・所属組織、地位や役職
ボスンター軍将軍。
・物語内での具体的な行動や成果
離宮攻撃軍を率いたが、アベルとの戦闘で敗北し、重傷のまま捕虜となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
敗北により第一線を退き、象徴的な役割を失った。
ヴォーグ卿
長身で黒剣を操る戦士であり、“国の剣”の現任者である。
・所属組織、地位や役職
ボスンター軍の最高戦力。国の剣。
・物語内での具体的な行動や成果
地下通路から謁見室へ突入し、公主禁軍を瞬時に制圧した。ミーファと対峙した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
国内随一の剣士として畏怖されている。
ソロン
第一巡視隊の隊長であり、かつては“国の剣”と呼ばれた。
・所属組織、地位や役職
第一巡視隊長。
・物語内での具体的な行動や成果
市街防衛で粘り強く戦い、アベル到着まで戦線を維持した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
現役を退いた後も将軍級の働きを示した。
ブヒャン
リュスラの代官である。
・所属組織、地位や役職
地方代官。
・物語内での具体的な行動や成果
情勢を共有し、後方で調整にあたった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
後方支援の立場であり、直接戦闘には関わらない。
ウェリ・サン
スー・クー邸で秘書を束ねる立場にある。
・所属組織、地位や役職
秘書頭。
・物語内での具体的な行動や成果
事務と政務の調整を担当した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
補佐役として現場の運営を支えた。
空の民
空の民(紫髪の一団)
浮遊する砲艦を運用する勢力である。
・所属組織、地位や役職
独立勢力。
・物語内での具体的な行動や成果
沖合で艦を露出させ、着水後に救助され消失した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
正体不明のまま戦局に影響を与えた。
御史台その他
ボッフォ
御史台に属する人物である。涼に資料を提供し、行政面で支援した。
・所属組織、地位や役職
御史台員。
・物語内での具体的な行動や成果
行政資料と『美味処総覧』を涼に渡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
良識派として描かれ、情報提供の役割を果たした。
展開まとめ
プロローグ
軍艦の沈没とクラーケンの襲来
涼とアベルはヘルブ公が手配した大公国軍艦に乗り、順調に北上していた。しかし六日目の深夜、船体に大穴が開き、木が裂ける音とともに真っ二つに折れて沈没した。原因は複数体のクラーケンであり、彼らは軍艦を弄ぶように破壊したのち、南方へ去っていった。二人はニール・アンダーセン号を錬成し、乗組員を救助するため奔走した。捕獲腕で海に投げ出された者を岸へと運び、結果として百名を超える全員が助けられたのである。
密林行軍の開始
船を失った涼とアベルは、巡回艦の救助を待つ乗組員たちと別れ、自力で北上を決意した。海路はクラーケン群との遭遇の危険が高く、二人は密林を進む道を選んだ。涼は〈アイスウォール〉で氷のトンネルを作り、〈アイスバーン〉で足場を整えて前進を容易にした。森林破壊をめぐる軽口を交わしながら、調味料や水を用いて食事を整え、〈台車〉には資金を積んで同行させた。夜は氷の家で休み、見張りは立てず効率を優先した。
旅の忘却と黄金の都市
真北に歩き続けながらも、上空偵察の必要を互いに忘れていた。五日目の昼、密林が途切れ、黄金に輝く都市が出現した。太陽の光を背に受けた街は圧倒的な光景を呈し、アベルは感嘆し、涼は交易の不在に疑問を抱いた。入ろうとした際に透明な壁に阻まれたが、頭に響く声によって入域を許されたのである。
竜王ヌールスとの邂逅
街内部は人の気配がなく寺院群に近い構造をしていた。そこに黄金の竜が降臨し、二人の脳裏に声を響かせた。アベルは王として、涼は妖精王の寵児として名乗り、相手は竜王ヌールスと名乗った。涼はその名から無や零を意味する語を思い起こし、未知の存在との対話に臨むこととなった。
竜王との意思疎通
アベルは目の前の黄金の竜を竜王ヌールスと認識できるかを確認し、相手はその通りだと頷いた。五十メートルを超える巨体の動きは風圧を生んだが、アベルは同格の王に臨むように堂々としていた。涼はその胆力に感嘆したのである。
転生の告知と邂逅の偶然
ヌールスは自らが間もなく消え、のちに再び生まれると告げた。死竜化は青竜固有の特性であり、自身は完全に消えて転生すると説明した。訪れる者の稀少さを踏まえ、二人がこの場所に来合わせた偶然を「見えざる力」と述べ、会話の相手を求めたのである。
印と庇護、竜王の分布
ヌールスは涼にルウィンの印が微かに刻まれていることを見抜き、他の竜王が涼を食さぬためだと示唆した。竜王は五体おり、ルウィンが中央諸国をテリトリーとする一方、放浪する者や長く眠る者もいると語った。ヌールスは同族を伴わない唯一の存在であり、種を殖やさぬ在り方を当然のものとして受け止めていた。
造物主への言及
数十万年を越えても造物主と会ったことはないと述べつつ、世界の体系は偶然よりも設計を想定した方が論理的だとヌールスは示した。涼はその見解に同意し、学術的態度としての否定不可能性を踏まえて首肯したのである。
禁忌的存在の参照
涼は西方で封じた“この世にあってはならない存在”に触れ、ヌールスはそれを中央諸国で光の女神と呼ばれるものに近いと評した。ただし近いといっても、人よりは近いという程度にとどまると補足した。
悪魔の正体と古戦
涼は悪魔の本質を問うた。ヌールスは悪魔がこの世界の系統ではなく、はるか昔にドラゴンと戦ったと明かした。通常世界では竜王が優勢であるが、悪魔大陸では竜王すら劣勢で、過去の侵攻では多くのドラゴンが失われたという。以後、双方は不干渉を原則とし、死竜の扱いは切り捨てられた髪や爪に喩えられたのである。
別れと都市の消失
時間の到来を告げたヌールスは、転生後も記憶を保持すると述べて再会を約した。金光が強まり、竜王は消えた。同時に黄金の都市も消失し、二人は密林に囲まれた草原へと戻され、己らが希有な現場に立ち会った事実を噛みしめた。
密林への回帰と時の譬え
涼とアベルは再び密林を抜けるため歩を進め、道中で“光陰矢の如し”を引きつつ日々を全うすべきだと語り合った。景色の単調さを嘆く涼に、アベルは揶揄を交えつつも歩みを止めなかった。
草原での余談と小休止
六日後、二人は密林を抜けて草原に至った。涼は創作の閃きに旅の効用を見いだし、アベルは半信半疑の応酬で応じた。結局その日は空からの甘味には恵まれず、野兎を塩とコショウで焼いて夕餉としたのである。
包囲の察知と市街への導入
翌朝、涼は統一装備の一団による半包囲を感知した。巡視隊二十名に囲まれると、隊長ソロンが夕刻の煙を理由に事情聴取を求めた。涼は自治都市クベバサからの来訪と北への買い付けを簡潔に述べ、自由都市から自治都市への呼称変更を説明した。重大情報と判断した巡視隊は代官所での報告を要請し、氷の箱――〈台車〉に収めた買い付け資金――は隊員が担ぐこととなった。こうして二人は丁重な先導を受け、ミファソシの代官所へ向かったのである。
ミファソシ代官
木の街への丁重な“連行”
涼とアベルは巡視隊に囲まれてミファソシへ入った。街は石造建築が見当たらず木造が並び、人口は数万人規模と見受けられた。二人は好奇の視線を浴びつつも、扱いは丁重であった。
応接室の静圧と見えない鎧
案内されたのは拘束ではない応接室で、扉前には槍を構えた見張りが立った。涼は過去の“善意が逮捕に転じかけた”経験を踏まえ、入室前から〈アイスアーマーミスト〉を二人に施し、不意の攻撃に備えていた。
代官スー・クーとの質疑
やがて巡視隊長ソロンに伴われ、代官スー・クーが現れた。涼はナイトレイ王国からクベバサ経由の来訪と名乗り、情報は“問答形式で所望の範囲にのみ回答”という条件を提示した。質疑は一時間以上に及び、涼は公知の範囲に限って正直に応答し、代官は未着の情報を得たことに満足した。
身元保証の要求と紹介状の預け
代官は首都ジョンジョンへ誰彼を通せぬとして身元保証を求めた。涼はアティンジョ大公国のヘルブ公からの紹介状を提示し、真贋確認のための一時預かりを了承する代わりに預かり証の発行を求めた。代官は承諾し、あわせて宿と巡視隊の護衛を手配した。
監視下での移動と装いの調整
二人は護衛付きで代官所を辞し、宿へ向かった。目立つ装いを抑えるため、涼はアベルのマント購入を希望し、推奨の服屋紹介と護衛同行を求めた。代官側はこれも了承した。
“正直に話した理由”と代官の力量
道すがらアベルが真意を問うと、涼は代官スー・クーから熟練の魔力感知と広い見識の気配を感じたと述べた。かつて共に行動したロベルト・ピルロを想起させる空気であり、東方の者ではないことも見抜かれ得ると判断したため、敵対を避けて協調に寄せたのである。
当面の方針――“待つ”しかない
紹介状は事実上の“人質”となったが、二人は敢えてそれを受け入れた。敵認定を避け、可能なら首都までの移動支援を引き出す算段である。密林を再び抜ける労を嫌いながらも、二人はため息混じりに、確認完了の報を“待つ”方針に傾いた。
森を抜けた可能性と“ありえなさ”
ミファソシ代官スー・クーは、巡視隊長ソロンと応接し、涼とアベルが『迷わずの森』南側から北側へ抜けた可能性を検討した。『迷わずの森』は奥へ進めず起点へ戻される特性で知られており、常識的には通過不能である。それでも二人の行程は、通過を示唆していた。方法は不明であり、当人たちも自覚的説明を持たぬと代官は推量した。
密偵の線と時局の照合
二人がアティンジョ大公国の密偵である疑いは低いと結論した。自らヘルブ公の紹介状を差し出す振る舞いは、密偵として不自然であるためである。代官と隊長は、近時の国情を踏まえても慎重であった。すなわち、ボスンター国は一か月前に隣国ジュチュ国の隠れ家三拠点を同時制圧したばかりであり、半年前の首都ジョンジョン反乱の後遺がなお深く、諜報機構の復旧は道半ばであった。南のアティンジョ、北のジュチュという両極の呪法勢力の狭間にある情勢が、判断を難しくしていたのである。
戦技と魔の位相――アベルと涼の危険度
剣士アベルについて、元“国の剣”ソロンは「恐ろしい使い手」と評した。対してスー・クーは、ローブの男リョウを“化物”と断じた。理由は、熟練者に感知されるはずの漏出魔力が皆無であった点である。人は多寡こそあれ魔力を滲ませるのが常であるのに、リョウは完全に沈黙していた。制御の極みか、位相の異なる術理か、その本質は測り難いと判断された。
最精鋭の貼り付きと情報部の併走
監視と保全の両立のため、宿の護衛にはソロン直率の第一巡視隊を継続配置とした。加えて代官は情報部への協力要請を決断し、情報部局長モゴックと直談判した。目的は巡視の死角で二人が何を為すか、真の目的は何かを逐次記録することであった。モゴックは即応を約し、第一巡視隊と連携して報告線を敷いた。
処遇未定と“勘”の警鐘
スー・クーは最善を「無事に街を通過させること」としつつも、そうはならぬ予感を口にした。彼女の勘は往々にして的中するため、局長は監視網を厚くする方針を是とした。二人は、敵にも味方にも転じ得る特異点として扱われたのである。
余白に滲む個人の懸念
会談の終わり、スー・クーは局長の疲労を見抜き、次女ミーファの件に触れた。ミーファは剣に生き、公主シオ・フェンの侍女として都に上がる身である。親としては誇らしくも、不足する教養や所作を案じていた。国政の緊張と家の憂慮が交錯し、代官所の空気には重い現実が静かに積もっていたのである。
服屋訪問と黒マントの購入
涼とアベルは、巡視隊に護衛されながらミファソシの街を歩き、代官所に紹介された服屋を訪れた。街中の視線を浴びる状況を受け、目立たぬ装いを整えるためアベルは黒いマントを選んだ。外側は黒、内側は赤の仕立てで、背負い剣の抜刀を妨げぬ補強が施されていた。返り血を隠す用途も想起され、実用と象徴を兼ね備えた品であった。アベルは即断して購入し、涼は連れの喜びを目にして安堵した。
街中での襲撃と模擬戦の誘い
服屋を後にした帰途、十代半ばの男装の少女が剣を抜き、アベルに模擬戦を求めて立ち塞がった。巡視隊は即座に割って入ったが、少女の素性を知る様子を見せた。アベルは街中での戦闘を避け、戦える場で応じると了承した。少女は二人を自邸へと案内し、広い中庭にて模擬戦の場を整えた。
実力差と即決の勝敗
アベルは新調したマントを外して臨み、少女の片手剣を受けた。少女の剣閃は鋭く、年齢を超えた練度を示していたが、力量差は歴然であった。必死の大技〈シュンフー〉による突撃は、逆に剣を弾かれて失敗し、喉元に切っ先を突きつけられて敗北した。何が起きたのかを理解できたのはアベルと涼のみであり、少女自身が最も驚いていた。
強さへの渇望と拒絶
敗北を認めた少女は、どうすれば強くなれるかと必死に問うた。アベルは才能と努力を評価し、攻防の均衡を保った修練を認めつつも、経験こそが不足していると説いた。少女はさらに弟子入りを懇願したが、アベルは即座に拒絶し、言うべきことは全て伝えたとして宿へ戻った。中庭には、呆然と立ち尽くす少女の姿が残された。
宿への帰還と少女の執念
模擬戦を終えた後、涼とアベルは宿へ戻りながら、弟子入りの申し出を断った判断について語り合った。アベルは無責任に弟子を取れぬと明言し、涼も少女の諦めぬ姿勢を案じた。その懸念は的中し、昼過ぎに少女は宿を訪れ、再び弟子入りを願った。拒絶されても宿前に立ち続け、日没を越えても動かず、涼はついに王道展開が実現したことに感動しつつも、その健気さを心配せざるを得なかった。
三日間の試練とアベルの記憶
少女は二日、三日と立ち続けた。涼は不憫さを覚えたが、アベルは自らが八歳の時、師に弟子入りを願い三日間立ち続けた経験を語った。その師は剣聖であり、聖剣ガラハットの使い手であった。幼き日のアベルは王子でありながら剣士を次々に打ち破り、十五歳までその剣聖に師事した。師の死後、聖剣はグランドマスターへ渡ったが、アベルはなお自身の剣が何であるかを探し続けていた。宿の前で立ち尽くす少女を見ながら、アベルは弟子を取ることが人生への干渉であり、自らの決意を要すると涼に説いた。
決意と受け入れ
三日目の正午、アベルは宿を出て、剣を支えに立ち続ける少女に向き合った。そして短く告げた。「弟子としてとる」と。声を失った少女はやがて理解し、震えながらも答えを受け止めた。アベルは午後三時に屋敷を訪ねると約し、体を休めるよう諭した。周囲からは潜んでいた監視者たちが現れ、少女を支えて連れ帰った。涼は潜伏者の数を即座に見抜き、アベルは深い息をついた。
次なる対話への布石
アベルは午後三時という時間を、少女の回復と整えのために選んだ。涼はそれを「おやつの時間」と誤解して驚いたが、アベルは冷静に否定した。こうして三日間に及ぶ少女の執念は、ついにアベルの決断を引き出し、正式な師弟関係の幕が開こうとしていた。
三時の訪問と父の素性
涼とアベルは約した刻限に屋敷へ到着し、応接に通された。出迎えたのはボーガー・ウォン・モゴックであり、自らを西方統括局長と明かした。先日の監視が情報筋であった事情もここで示され、続いて娘ミーファが茶を供して改めて名乗った。ミーファは数か月後に公主付き侍女となる予定であり、剣の腕を公務の護衛に直結させる意図をはっきり述べていたのである。
師弟の取り決め
アベルは弟子入りを受けるとしながらも、弟子を持つのは初めてであり滞在期間や行動自由に不確定要素が多いと前置きした。そのうえで、型や作法など既存の稽古は継続し、自身は模擬戦を通じて実戦の気づきを都度伝える方式で始めると提案した。ミーファは立ち上がって深く頭を下げ、即答で承諾したのである。
逗留の申し出と母の応対
モゴックは稽古の便を理由に屋敷への逗留を申し出、代官スー・クーの事前了承があると伝えた。アベルと涼は謝意を述べ、案内役のミーファに従って母のもとへ向かった。母は石を灯にかざして選り分ける最中であったが、師の逗留を快く歓迎し、我が家と思って寛ぐよう微笑で応じた。涼は胸を撫で下ろし、波風の立たぬ受け入れに安堵していたのである。
代官への報告と親の憂慮
その後、モゴックは代官スー・クーに逗留決定を報告した。代官は、公主の安寧に直結する剣の鍛錬強化を歓迎する一方で、モゴックは娘がいよいよ剣一辺倒になる懸念を吐露した。侍女として求められる教養や作法、さらには「あの国」で重んじられる高度な演奏技術についても両名は把握しており、剣と音楽の両立が困難である現実を共有した。ミーファは代替不可能な盾としての役目を選び取っており、その覚悟の深さが親の安堵と不安を同時に呼び起こしていたのである。
師弟の稽古開始
翌日から、アベルは宣言通りに模擬戦を軸とする稽古を始め、気付いた弱点の指摘と具体的な改善策の提示を反復したのである。モゴック局長の用意で刃を潰した両手剣・片手剣・短剣・槍などを取り替えつつ対峙し、ミーファには武器ごとの間合いと受け流しの角度、片手剣が抱える保持力の脆弱点への対処を身に刻ませた。アベルは一合ごとに理由を伴う助言を与え、ミーファは真面目に吸収していたのである。
屋敷での涼の働き
模擬戦の合間、涼は中庭の椅子で読書しつつ、奥方の質問に答えて稽古の意図を言語化して補助していた。図書室では『呪符と霊呪の歴史と効用』を読み、続編にも進む旨を司書に告げるなど、呪法知識の整理を進めていたのである。
首都行きの決定と東国事情
モゴック局長は二週間後に代官スー・クーの一行が首都ジョンジョンへ発つ日程を示し、アベルと涼にも同行を求めた。ミーファは先代陛下の御三女シオ・フェン公主の輿入れに侍女として随行する予定であり、行先は東方の超大国ダーウェイの第六皇子であった。ダーウェイは百五十年前に興った現王朝で、中央諸国の三大国を合わせた規模の領土と圧倒的国力を保持し、中央へ抜けるにはその北西オアシス路を通るしかないと説明された。ミーファは幼少より公主と姉妹のように育ち、剣に関しては自らが“代えの利かない盾”を担うと決めていたのである。
文の重みと親の逡巡
ダーウェイでは尚武から文治へ比重が移り、とりわけ音楽・器楽の人材が重んじられる現実があった。ミーファの演奏は基準を大きく超える水準であったが、彼女は剣を優先し、演奏は他の侍女に委ねたいと考えていた。局長夫妻はその覚悟を誇りに思いながらも、一層剣一辺倒になることを案じていたのである。
音で示した師の導き
稽古の折、ミーファが侍女ヴァーヤに促されていたバイオリン練習を渋る場面で、アベルはまず彼女に一曲を弾かせ、続けて自らも『二十四の奇想曲』第24番を弾き切ってみせた。屋敷の者たちが手を止めて聴き入るほどの演奏の後、アベルは「リズムは戦闘にも作用する」と語り、剣と音楽の両立は不可能ではないとして「一日一時間、毎日弾け」と勧めた。ミーファは上気した面持ちで即答し、剣と音の双方で公主を支える道を自分の意思として選び取った。アベルは言葉だけでなく実演で示し、弟子を前へ押し出していたのである。
平和とは
平穏の午後と軽口
涼は読書と菓子を楽しみ、アベルは稽古帰りに合流して軽口を交わした。涼は「平和は仮初」と哲学めいた説を語ったが、菓子を独り占めしようとしてアベルを落胆させたため、買い出しに出ることにしたのである。
護衛と人物評価
二人は第一巡視隊の護衛で外出した。隊長ソロンはかつて「国の剣」と称された実力者であり、アベルの剣才を一目で看破した。涼の実力は看破困難であったが、代官スー・クーのみが本質を察していたと示された。
異常感知と正六角形
涼は〈アクティブソナー〉で、市中の家屋内に「呪符で身を隠し直立する者」を複数感知した。位置は代官所を中心に等距離・百二十度間隔で配され、最終的に六点が確認されて正六角形を成すと判明した。三人は全地点を踏査し、状況の異様さを共有した。
死柱呪の特定と脅威
スー・クーの到着後、涼はうち一名の「直立硬直死」を再感知し、スー・クーはこれを六人の命を柱とする大呪法「死柱呪」と断じた。効果は霊符の大規模化であり、数千規模の呪法生物を招来し得るとされた。涼とアベルが以前目撃した「封じられた暗君」級が基準であり、もし「目を封じられていない騎士」級が現れれば人では対処不可能と警告された。
屋敷防衛の指示と役割分担
発動阻止は困難と判断され、スー・クーはミーファにモゴック邸内の人員防護を命じた。ミーファは即応して屋内統制に就いた。涼とアベルには邸の直接防衛が依頼され、両名は逗留の恩義から快諾した。モゴック局長は街全体の防衛情報統制に移行した。
開戦前夜の体制
市中には呪法的防衛機構があるものの、完全遮断は見込めず、被害抑制が現実的目標と定められた。ソロンは連絡・展開を整え、指揮系統は中央指揮所に集約する段取りとなった。かくして、ミファソシの「仮初の平和」は破られ、邸防衛と市街防衛の二正面体制で迎撃準備が整えられたのである。
警戒発令と避難誘導
スー・クーは代官所に到着するや即座に第一級警戒を宣言し、代官所・中央官庁群の呪符防御陣を起動した。職員は訓練通りに一般市民を庁舎内へ誘導し、巡視隊は情報部と連携して市民を収容・規制線の構築に当たったのである。
指揮所の設置と国軍の投入準備
スー・クーは石造五階の中央指揮所に入り、状況把握と指示を継続した。国軍ミファソシ駐留部隊長ラシンフォンが合流し、死柱呪による大規模襲撃の説明を受けて進発準備を完了させた。想定規模は数千体、出現範囲は代官所中心の半径約五百メートルであると見積もられた。
死柱呪の発動と敵勢の判明
六カ所の光柱が立ち上がり、代官所内外に呪法生物が多数顕現した。主力は『呪いの屍』、随伴に目を縫い付けられた『封じられた暗君』が確認され、転移の規模は過去例を超えるものであった。
呪符防御陣の作動と限界
スー・クーは防御陣の対象を呪法生物に設定し、屋根から進発する呪符群で各個撃破を開始した。防御陣は撃破時に放出される魔力を回収して再稼働する工夫を備えていたが、消耗は蓄積した。三十分で撃破数は六千体超に達した一方、備蓄の防御陣用呪符が枯渇し、機構的限界が露呈したのである。
人的戦力への移行と損耗の覚悟
防御陣の弾切れを受け、ラシンフォン率いる国軍、ミファソシ守備隊、巡視隊が正面からの迎撃に移行した。スー・クーとモゴックは犠牲の不可避を認めつつも、被害最小化へ指揮を続行した。
市街戦の開始と第一巡視隊の奮戦
ソロン隊長は正六角形の内側に市民を入れない規制線を維持しつつ、呪符が尽きた時点で白兵戦へ移行した。訓練された第一巡視隊は近傍の守備隊と即応連携し、多数対一の集中で各個撃破を徹底した。ソロンは前線指揮のまま「無理をせず、こまめな回復」を徹底させ、若い兵の損耗を抑える構えであった。
指揮官の内省と体制の維持
モゴックは情報部を用いて六角形内への市民流入を遮断し、敵を内へ押し込む導線を確立した。スー・クーとモゴックは不安を共有しながらも、動揺を部下に見せぬよう冷静を装い、中央指揮所を基点に迎撃体制を維持した。こうして、防御陣の火力から人的戦力へと主役が移る「地獄の時間」を、組織的統制で受け止める局面に入ったのである。
モゴック邸の防衛体制と方針
モゴックは邸の全権をアベルと涼に委ね、本人は情報部の指揮に向かった。二人は庭で対処位置を固め、出現位置の不確定さを前提に邸の安全確保を最優先とする方針を共有したのである。
死柱呪への認識と倫理的含意
死柱呪の発動条件が「六人の心底からの志願と命の供出」である点を踏まえ、涼は強い嫌悪を示し、アベルは個人的忠誠心の比喩(カイン王太子)を引きつつも、現実的脅威として受容した。首謀者の強烈なカリスマ性が必須であるとの見立てで一致した。
初動交戦:封じられた暗君と呪いの屍
邸の庭に『封じられた暗君』と『呪いの屍』が顕現。アベルは暗君を受け持ち、突きからの誘導で足運びの遅れを看破し、両脚→頸→両腕→胸の順で瞬時に解体して霧散させた。涼は屍を〈氷結〉で拘束・保存し、以後は暗君も氷漬けとして標本化する運用に切り替えた。
結界内の制圧運用と所見
出現が地中・上空ではなく「目の前の生成」である実情を踏まえ、涼は〈アイスバーン〉や〈アイスウォールパッケージ〉の面制圧ではなく、局所凍結と水刃による即応迎撃へ移行した。凍結標本の観察から、呪法生物に血液循環や魔石は確認できず、純呪力構成体である蓋然性が高いとの所見であった。
防御陣の弾切れ確認と継戦
外部空域では防御陣の呪符が飛来しなくなり、邸周辺の殲滅は二人の手に委ねられた。涼は水線で多点同時斬断を継続し、アベルは近接の抜刀で発生点を即時処理する二重の火線を維持した。
合間の文化談義と認知の差
交戦の合間、二人は「死神」概念やハムレットのホレイシオの引用をめぐる文化差を軽く確認した。未知が多い世界観を再認識しつつも、実利的な戦術判断は揺るがなかった。
強個体の兆候と兵力分散
涼はソナーを邸の敷地に限定して運用していたが、アベルは東方に既存と異なる強個体の出現を感知。涼の〈アクティブソナー〉により、第一巡視隊が苦戦中であることが判明した。アベルは即応援へ転進し、涼が単独でモゴック邸の防衛を継続する布陣に移った。
第一巡視隊の危機と脅威の出現
第一巡視隊は『開眼した暴君』の出現により劣勢に立たされ、守備隊の治癒支援がなければ戦線が崩壊しかねない状況であった。暴君は巨体かつ俊敏、剣技も理知的で、従来の『封じられた暗君』とは比較にならぬ強敵であった。
ソロンの足止めと分析
ソロンは西進(モゴック邸方面)を開始した暴君の背を初撃で裂き、殺意を自らに向けさせて足止めに成功した。以後も正面打ち合いを避け角度で流す応酬を続け、再生タイミングが「被弾後約三秒で開始、五秒前後で完了」と観測した。ただし不可視の斬撃により両腿へ損傷を受け、剣以外の要素(未知の攻撃手段)の存在を示唆した。
援軍到着と一騎討ちの開始
疲弊が募る中、アベルが到着した。アベルは暴君の力量を一瞥で高位脅威と判定し、ソロンは戦列を保持。アベルは正面からの高速連撃で応じ、荷重移動を一撃ごとに最適化する高度な剣術で互角以上に渡り合った。
再生を上回る切断サイクルの確立
打ち合いの中でアベルは首級のみでは無効と判断し、腕の切断→再生前追撃→胴体深傷へと切断サイクルを短縮。暴君の剣筋・反応速度を把握して先回りの斬撃を連鎖させ、主導権を獲得した。
不可視攻撃の正体と対処
戦闘中、アベルは胸部に「剣以外の衝撃」を受けたが、涼の〈アイスアーマーミスト〉が防護して無傷であった。再交戦で観察を重ね、不可視攻撃の正体が胸部から射出される呪符であると看破。以後は呪符を剣で弾きつつ斬撃を継続した。
決着:全身同時多段切断
右腕→左腕の切断連鎖と呪符弾きの同時処理から、首・四肢・胴を連続的に細断。再生猶予を与えぬ多段切断で呪力構成を崩壊させ、『開眼した暴君』を消滅させたのである。
戦後の確認と評価
第一巡視隊と守備隊は治癒を完了し致命被害を回避。ソロンはアベルの剣を「荷重移動を高速連撃へ完全実装した練度」と評し、若手の成長契機になると断じた。涼も合流して市内の発生終息を報告し、モゴック邸は引き続き屋内待機の上で安全確認段階へ移行した。これにより、最強格の個体を排して市街防衛は峠を越えたと結論づけられたのである。
裏で蠢く者
不穏な「視線」と小休止の軽口
涼は街全体を俯瞰するような【視線】の存在に気づくが、直後に完全消失。正体不明のまま違和感だけが残る。二人はモゴック邸へ戻りながら、ダーダー麺を「正義」とする涼の食談義で緊張をほぐし、店を守れたことを小さく祝った。
スー・クー、旧友ゼメディンと再会
代官所を離れた一瞬を突かれたスー・クーは、飛来する呪符を迎撃。姿を現したのは、かつての冒険仲間ゼメディンだった。ゼメディンは「妻ラトゥーンをボスンターに殺され一度死んだ」と語り、今回の騒乱の首謀を自認する。
目的:ボスンター国の滅亡
ゼメディンは個人的怨恨よりも国家規模の破壊を志向。「最終的にボスンターを滅ぼす計画の一環」と明言し、ミファソシでの死柱呪(六人の呪法使いを柱とする大呪法)の起動も、その布石だったと示す。
背後勢力:ダーウェイと南方呪法使い教会
空からの監視の気配はゼメディンではなく「我らへの援軍」、南方呪法使い教会第一席シェイライ卿だと告げる。シェイライはダーウェイの人間であり、今回の支援はダーウェイの有力親王のいずれかによる介入と示唆される。
ゼメディンの現在地位の暴露
ゼメディンは正体を明かす――ジュチュ国の大宰相ラッシャ・ファンタ本人。約一万人の呪法使いを擁する国政の要を握り、「戦える人数」を動員できる立場で、対ボスンターの大舞台を整えていると笑う。
「策・舞台・演者」思想と未遂の標的
計画は多層の“策”と“舞台”、そこに踊る“演者”で構成され、不要な演者は事前排除する流儀だという。今回、モゴック邸の破壊に失敗したことを「痛手」と評し、なお計画全体は進行中であると匂わせた。
未解情報と関心事
ゼメディンは『開眼した暴君』の討伐法に強い関心を示すが、スー・クーは回答を拒否。死柱呪の察知については、スー・クー側の“優秀な人材”によるものとだけ明かす(涼とアベルの存在は秘匿)。
次なる舞台の宣告:首都ジョンジョン
結びにゼメディンは「舞台の最後は首都ジョンジョン」と宣言。シオ・フェン公主のダーウェイ第六皇子への輿入れの場に“歓迎”を用意すると告げ、挑発を残して姿を消す。スー・クーは迎撃の決意を固めつつ、敵の規模と政治的後ろ盾の大きさに直面する。
感謝と協力の確認
騒動の二日後、スー・クーはモゴック邸で涼、アベル、モゴック、ソロンと会談した。スー・クーは彼らの協力に深い感謝を示し、特にアベルが巡視隊を救い、涼が邸を守ったことを評価した。涼とアベルは当然のことと応じ、互いに功績を謙遜した。
ゼメディンの再登場と過去
スー・クーは旧冒険仲間ゼメディンが黒幕であると告白した。ゼメディンはイデ国王の甥で、かつて死亡したはずの人物であった。イデ国はボスンター国の北隣に存在したが戦争で滅び、ゼメディンの妻ラトゥーンは襲撃で命を絶ち、ゼメディンも後を追ったはずであった。しかし彼は「転魂の短剣」で自らを刺し、呪法の怪物として再び姿を現したと推測された。
南方呪法使い教会とダーウェイの影
ゼメディンの背後には南方呪法使い教会第一席シェイライ卿が存在し、さらにダーウェイの親王筋が関与していることが明らかとなった。涼とアベルは教会第二席ヘルブ公との交戦経験を語り、その強大さが再確認された。
ゼメディンの新たな地位とジュチュ国の異常
ゼメディンは現在、ジュチュ国の大宰相ラッシャ・ファンタであり、一万人近い呪法使いを抱える国家を掌握していた。人口十万の国でその規模は異常であり、十五年前から増加していることが判明した。手段は不明ながら、ゼメディンの秘儀が関わると推測された。
次の舞台と公主の輿入れ
ゼメディンは次の舞台を首都ジョンジョンと予告した。そこでは代官会議とシオ・フェン公主のダーウェイ第六皇子への輿入れが控えており、国の威信に関わる大事であった。スー・クーは涼とアベルを同行させ、御史台での形式的な聴取後、自邸に滞在させると決定した。ミーファも同行し、アベルが稽古を続けることとなった。
――以上により、ゼメディンという個人、南方呪法使い教会とダーウェイ、ジュチュ国という三層の脅威が明らかになり、舞台は首都ジョンジョンへと移る見通しとなった。
御史台への所感と軽口
涼とアベルは部屋を出て、御史台という取り調べ機関の話題に触れた。涼は高校世界史の知識から警察と検察の合体のような組織と認識しており、冗談めかして「身代わりアベル」で難を逃れると語っていたのである。
賢さと“ずる賢さ”の掛け合い
シオ・フェン公主の賢さが話題となり、涼はアベルの“ずる賢さ”が看破されるのではと茶化した。結局は涼が「アベルのずる賢さを隠し通す」と宣言する流れとなり、会話は和やかに進んだのである。
輿入れの重責と王族観
涼は公主が国家の評価を背負う重責に同情し、アベルも一人に国運を委ねる酷さを認めた。アベルは自らの正妃リーヒャについて、家格ではなく“元聖女としての価値”で受け入れられたと述べ、王国の開明性が示された。
為政観と課税の要諦
涼の偏見めいた王族像に対し、アベルは「民を幸せにし国を未来へ繋ぐこと」が王族の役割であり、重税は最悪の策だと王子時代に学んだと語った。涼は納得し、ナイトレイ王国に属する安心を口にしたのである。
稽古の区切りと出立準備
アベルはミーファの稽古を切り上げ、翌日の首都ジョンジョン行きに備えた。涼は荷を整え、移動中に読むため『実践 呪符と霊符が拓く未来』などを鞄に移したが、馬上読書は難しいと後に悟ることになった。
行軍編制と道中の会話
翌日、一行はスー・クーを先頭に、ソロン率いる護衛四十、部下二十、そしてミーファ・アベル・涼で出立した。道中、涼は“公主”称号の由来を得意げに語るも、アベルは王城教育で既知として受け流し、涼は肩を落とした。
馬の“既得”と宰相の影
過去に涼が王城の馬を借りていた件で、アベルは「王家の馬に勝手に乗るのは越権」と指摘した。涼は動揺したが、アベルは宰相アレクシス・ハインライン侯が裁量で許可処理した可能性を示し、涼は宰相を称賛した。
宰相像と落とし前
アベルは馬上で書類を捌く宰相の逸話を挙げ、涼は行政・武・諜報いずれも一流と評した。最後にアベルは「処理されていなければ罰金相当」と軽く釘を刺し、涼は内心で宰相の手回しに祈るばかりであった。
リュスラの街
リュスラの街への到着
一行はミファソシを発って五日目の夕刻、首都ジョンジョンの衛星都市リュスラに到着した。首都直前で整え、翌日の午前に式典的入城を行うためである。涼は国名から「王」が外れている理由に疑問を抱いたが、アベルはダーウェイとの関係による冊封体制的な事情を説明した。涼はその構造に興味を示し、微笑んだのである。
宿での休息と食事の期待
代官スー・クーの手配により、一行は最上級の宿を丸ごと借り上げることとなった。露天風呂付きの客室に涼とアベルは感嘆し、さらにスー・クーが首都でのとっておきの食事処「美食園」を案内すると約束した。涼は大いに喜び、アベルも笑みを浮かべた。
客室露天風呂の普遍性
夕食前、涼は高級宿に必ず客室露天風呂があることを不思議に思い、文化圏を越えて広まった理由を考察した。彼は風呂が発想力を高めると信じ、露天風呂こそが世界発展を促進した可能性があると結論づけた。アベルは理解できず首を振ったが、涼の探求心は尽きなかった。
スー・クーとブヒャンの会談
その頃、スー・クーは代官ブヒャンの私邸を訪れ、密談に臨んでいた。ブヒャンはダーウェイ南部で暴動が頻発し、首都ジョンジョンの治安も半年前の国王暗殺未遂以来回復していないと報告した。さらに、ミファソシ襲撃の首謀者ゼメディンがジュチュ国大宰相ラッシャ・ファンタであり、背後に南方呪法使い教会第一席シェイライ卿が存在する可能性を示した。これはボスンター国とスー・クー個人への宣戦布告と解釈された。
カン公の動向と不穏な影
ブヒャンはさらに、現国王の叔父であるカン公が輿入れを妨害する可能性を警告した。カン公は対ダーウェイ強硬派であり、三年前に息子の病を癒したという呪法使いデザイを側近に迎えてから影響力を増していた。だが、周囲の側近は次々と失脚し、デザイがイデ国の遺臣であるという未確認情報もある。スー・クーは不審を抱きつつも、首都で直接会って真偽を確かめることを決意した。
首都ジョンジョンへの到着
一行はミファソシを発って七日目の午前、ついに首都ジョンジョンへ到着した。全景を目にした涼とアベルは、木造中心のミファソシとは対照的に石造りで統一された街並みに驚愕した。ミーファは街の成り立ちを説明し、二人から良き弟子と褒められて赤面した。スー・クーは御史台での聴取が形式的なものであると説明し、宿泊先として自身の屋敷を提供した。
シオ・フェン公主との再会
午後、ミーファは離宮でシオ・フェン公主と約半年ぶりに再会した。両者は幼少期から姉妹のように育ち、親友でもあった。輿入れを控えた公主は、危険に備えて剣を学ぶミーファを頼もしく思う一方、アベルへの想いをからかった。公主は自らが命を狙われる可能性を語り、ミーファに警戒を促した。
アベルと涼の聴取
翌日、アベルと涼は御史台で聴取を受けたが、一度きりで終了した。涼は移動中に本を読む訓練を志し、スー・クー邸の広大な庭で騎乗練習をすると決意した。アベルはその情熱に首を振りつつも見守った。
御史台員ボッフォとの交流
聴取を担当した御史台員ボッフォから涼に手紙が届き、ダーウェイ行政組織の資料を渡したいと記されていた。翌日、涼はアベルと共に御史台を訪れ資料を受け取った。ボッフォの人当たりの良さに涼は感謝したが、アベルはその手腕に隠された意図を推測した。
今後の滞在と課題
一行はシオ・フェン公主の輿入れが一カ月後に控えているため、その間ジョンジョンに滞在することとなった。アベルはミーファへの稽古を続ける決意を示し、涼は早くも美味しい食事処の開拓を計画していた。
仲介者 その名は涼
露店での買い食い
アベルがミーファに稽古をつけている隙に、涼は街の露店で買い食いを楽しんでいた。魚の串焼きを味わっていると、声をかけてきたのは久しぶりに再会したレオノールであった。彼女は角や尻尾を隠して人間の姿をとり、魔石で代金を支払っていた。同行していたジャン・ジャックはバナナを土産として抱えていた。
悪魔たちとの再会と会話
レオノールは唐突に涼へ戦いを挑んだが、涼は人間は殺されたら死ぬと強調して拒否した。レオノールは過去に涼が心臓を貫かれても死ななかったことを引き合いに出したが、涼は強く否定した。さらにレオノールは根性論めいた言葉を持ち出し、涼は呆れて突っ込むしかなかった。
食事処への案内
話題は転じ、レオノールが美味しい店を紹介すると言い出した。涼は半信半疑でついていき、ジャン・ジャックも大量のバナナを抱えて同行した。案内されたのは路地裏の「美食園」という店であり、常連である二人は店員や料理人と親しげにやり取りしていた。席に着いた三人は「いつもの」を注文し、料理を待った。
悪魔たちの食文化と涼の指摘
涼はジャン・ジャックが荷物を持ち歩くことに疑問を呈し、次元収納を利用すればよいと指摘した。その発想は悪魔たちにとって革新的であり、驚愕される結果となった。涼は当然のことと考えていたが、悪魔たちは大いに感心していた。
チャーハンとの出会い
運ばれてきた料理はチャーハンに似た「チャーバン」であった。涼はその黄金色のご飯に驚き、口にした瞬間に美味しさを絶賛した。レオノールとジャン・ジャックも笑顔で同意し、三人はその味を堪能しながら次々とスプーンを進めた。最後にはお代わりまでして満足したのであった。
アベルと市街へ
涼は前日と異なり、護衛としてアベルを伴って街に出た。ミーファが離宮へ向かったため、アベルに時間が生まれていた。侍女の婚姻や政略の話題に触れつつ、涼は人を道具扱いする価値観への嫌悪を明言し、アベルは王族・貴族の宿命として理解を示したのである。
幽霊船ルリの二人に拘引される
雑踏の中で涼はラウとファンに両腕を掴まれ、「話がある」として半ば強引に連行された。アベルは状況を見極めるため同行しつつ干渉を控えた。到着先は前日と同じ食事処「美食園」であり、四人は右奥の席に通された。
死竜加担疑惑と誤解の解消
ラウは涼が死竜の件で悪魔側に加担したかと直球で追及した。涼は関与自体は認めつつ、悪魔パストラと戦って死竜の消滅を助けたと説明し、二人は謝罪して誤解を解いた。以後は店への不義理を避けるとして食事を取る流れとなった。
チャーバンの賞味
ラウとファンの勧めで名物「チャーバン」が供された。アベルは辛味と旨味の調和を称賛し、涼も前日同様に美味であると評価した。四人は穏やかな空気の中で食を進めたのである。
竜と悪魔の不干渉と死竜回収の事情
涼はヌールスから聞いた死竜の位置付けを確認し、ラウは金竜の説明は正しいが、青竜には別の立場があると補足した。ドラゴン側は人間に迷惑をかけぬよう速やかな処分を原則としていたが、先の死竜は処分前に悪魔へ奪取されたという。脱皮直後は体調不良で報告が遅れる事情も語られ、運用上の隙が生じる現実が示された。
幽霊船への先制攻撃問題と外観改善案
人間が幽霊船ルリへ先制攻撃しがちな状況に対し、アベルは外観を清潔で非脅威的に整える案を提示した。ラウとファンは提案に同意し、対応改善の余地を見出した。涼は仲裁的に議論を整理したのである。
悪魔への伝達経路と昨日の邂逅
涼は悪魔へ抜け殻不介入を伝えるべきではないかと提案したが、ラウとファンは出現頻度の低さから手段がないと回答した。ここで涼は前日にこの店で悪魔と会っていた事実を告げ、二人は大きく反応した。
仲介者としての依頼と受諾
ラウとファンは、直接接触すれば争いに発展しかねないとして、涼へ悪魔との仲介を正式に要請した。十万年規模で断絶が続いた関係を会談で繋ぎ直す意義が示され、涼は世界平和を重んじる立場から仲介者を引き受けると宣言した。こうして涼は、ドラゴンと悪魔を結ぶ交渉の場を整える役割を担うに至ったのである。
到着と席の段取り
涼とアベルは一時五十五分に「美食園」へ到着し、女将に迎えられて八人掛けの円卓へ案内された。客入りは三分の一ほどであり、最も空く時間帯であった。涼は万一の衝突を止める役目をアベルに求めたが、アベルは現実的には無理だと返し、両名とも仲介の難しさを自覚していたのである。
悪魔側の来訪と内情
一時五十七分、レオノールとジャン・ジャックが着席した。レオノールは悪魔とドラゴンの不干渉の取り決めに触れ、今回の会談は悪魔側内部で激論の末に出した結論であると説明した。ホールでは首や手足が飛ぶ流儀の議論が明け方まで続き、死竜実験を行ったパストラには制裁を加えたと述べ、涼は悪魔の力加減に戦慄していた。
ドラゴン側の来訪と会場選定の意図
一時五十九分、ラウとファンが到着した。ラウが会場選定の真意を質すと、涼は双方がこの店の料理を愛しており、破壊を回避できる場だと答えた。レオノールとラウは同意し、まず争いを封じるという涼の狙いは一定の効果を見せたのである。
まずは同卓の食事
涼は初手として食事を提案し、六人はチャーバンを同時に注文した。提供後は全員が味を賞賛し、お代わりまで進んだ。食卓を共有することで空気は幾分か和らいだが、背後に潜む緊張は完全には解けなかった。
死竜問題の応酬と限定合意
本題の一つとして、ラウは悪魔が死竜を操った件を問題視し、ドラゴン側は通常は速やかに処分しているが今回は遅れがあったと説明した。レオノールは捨てられた物を拾っただけだと主張したが、ラウの要請に対しパストラへ死竜を弄るのは好ましくないと伝えることを受諾した。ここでは踏み込み過ぎない範囲での限定的な合意が成立したのである。
涼を巡る真の本題と戦闘場所の合意
続いて両陣営は涼への関与を巡って衝突した。ラウはリョウに手を出すなと主張し、レオノールはリョウから手を引けと返し、双方が即座に拒絶した。緊張が高まり、表で決着をと前のめりになる中、涼はジョンジョン沖合での実施を提案し、レオノールとジャン・ジャックは即応、ラウとファンも利があるとして同意した。かくして市街地の被害を避ける枠組みだけは確保されたのである。
会計の押し付けと涼の嘆き
一同は会計に向かい、レオノールとラウは六人分の支払いを涼に押し付けた。涼はチャーバン十二杯分の代金を肩代わりし、世界平和の経費として王国に請求すると嘆息したが、貴族としての義務を楯に却下される未来を想像して憤慨していた。以上の経緯により、涼は仲介者として最悪の事態を回避しつつ、次なる沖合での決着に備える段取りを整えたのである。
海上への移動と追尾手段
一行はジョンジョン東岸に到着し、ラウとファンは海上を歩き、レオノールとジャン・ジャックは海面上を浮遊して沖合へ進んだ。涼は観戦と退避を両立させるため氷の潜水艦ニール・アンダーセン号を生成し、アベルと共に搭乗して後を追ったのである。
観戦体制と市街地保護
涼は陸側からの視認と被害拡大を避けるため、海岸と決闘海域の間に色付き〈アイスウォール〉を構築した。アベルは措置の妥当性を認め、涼の細やかな配慮を評価した。両名は潜航回避も視野に入れつつ、近接での見届けを選択したのである。
悪魔側の先陣争いと取引
先陣を巡り、レオノールとジャン・ジャックは口論したが、最終的にレオノール先行で合意した。その代償としてジャン・ジャックはリョウとの戦闘許可を取り付け、涼は当事者不在の取引に不満を示したが、主導権の偏りを自覚して受け入れるしかなかった。
竜側の出場判断
ファンは本体不在での交戦を「面倒」として辞退し、ラウが出場を引き受けた。涼とアベルは、悪魔側の好戦性と対照的な判断として受け止めたのである。
戦力評価とレオノールの伸長
アベルの問いに対し、涼はレオノールを二度斬首して勝利していた事実を挙げつつも、会うたびに強くなる存在で過去の比較が無意味だと評した。アベルはその伸長を脅威と見なし、涼が標準的人間の域を超える水魔法の熟達者であることを改めて認めた。
海上での立脚と観察
レオノールは浮遊し、ラウは水面に乗る形で対峙した。涼は水系の適性差を確認しつつ、ニール・アンダーセン号上で戦端が開くのを見守ったのである。
世界平和と「力」の議論
待機の間、涼とアベルは世界平和の実現手段を論じた。涼は極論として統一政権による戦争抑止を挙げたが、アベルは反乱の多発と超越存在の脅威を指摘した。涼は暴力だけではない多様な力――知力・権力・財力・説得力――の必要を説き、志の有無が義賊と盗賊を分けると主張したが、最終的にアベルは権力の腐敗という現実に言及し、議論は結論を保留したまま決闘の開始を待つこととなったのである。
即席“海上ラウンジ”と観戦体制
ニール・アンダーセン号上にジャン・ジャックとファンが合流。要望に応じて涼が氷製クッション椅子と横長カウンター、水のグラスを用意し、観戦席が完成する。
剣戟開幕:レオノール vs ラウ
海上で両者が激突。超至近距離魔法〈連弾〉や水槍〈海峰〉を絡めた剣技応酬で、刃傷は瞬時に再生。ラウは日々の鍛錬で腕を上げ、レオノールは出会うたびに強くなる“加速成長”ぶり。
ジャン・ジャックは「次は自分が涼を殺す」と息巻くが、涼は「レオノールが譲るわけがない」と冷静に突っ込み、ジャン・ジャックが自滅的に動揺。
分身と砲撃の試技
レオノールが〈マルチプル7〉で七体分身→ラウが全首刎ねで無力化。続いて魔法砲撃戦へ。〈業火〉(多連発可)とラウの水柱が拮抗。相性上、魔法ではラウ優勢とファンが断言。
積乱雲の正体――空の民の“砲艦”
レオノールの直線砲とラウの海面一斉〈海峰〉が積乱雲を貫通し、雲隠れしていた空の民の船が露出。過去に見た“砲艦”級のサイズ。島外殻は弱火力を弾く防御膜持ちで、レオノール&ラウ級(≒ヴェイドラ主砲級)なら貫通可と判明。ジャン・ジャックは分裂矢で投下ゴーレムを正確撃墜。
抑止力と軍備論:ヴェイドラ量産の鍵
アベルは“ヴェイドラ量産”を抑止力として再評価。ただし最大のボトルネックは魔石(成竜ワイバーン級×2)。ここで涼がロンド公爵領として南側ワイバーン狩りで供給支援を提案。竜王ルウィンの見解どおり“ドラゴンとワイバーンは別物(人間とアリほど)”ゆえ問題なし。過剰狩猟は自制しつつ、実行可能性が見える。
空・海の力学と沈没の再解釈
空の民対策は“悪魔・ドラゴン級”の規格外火力が肝。多島海で沈んだ島はクラーケンではなく、ラウ&ファン級の水柱が原因だった可能性に言及。涼は同等の水柱は「無理」としつつ、“氷槍直撃”という自分の土俵で対抗を誓う。
人外雑談の断片
・悪魔化に勧誘するジャン・ジャックを、ファンが「四六時中スパーさせられる」と一蹴。
・レオノールは宝珠集めが趣味だが、最近は剣に夢中(在庫は「あと三十万年」で尽きるペース、との無茶苦茶な単位)。
・国王アベルの“戦っている時の方が気を抜ける”逆説に涼ドン引き――それでも二人は世界平和のための現実的抑止と情報優位の重要性で一致。
現在地
・沖合上空:露出した空の民“砲艦”に対し、レオノール&ラウがヴェイドラ級砲撃で圧を継続。
・観戦席:涼とアベルは被害遮断〈アイスウォール〉を背に、戦況観測と軍備ドクトリンの擦り合わせ中。
・次手:島の防御閾値解析→王国側の魔石調達計画→“氷槍直撃”オプションの実証へ。
魔法戦と島の沈下
海上でレオノールとラウが壮絶な魔法戦を繰り広げた結果、島は浮力を失って海面に着水した。その直後、東の海上から新たな積乱雲が接近してくるのが確認された。
新たな島の到来と四者の反応
積乱雲の正体は空の民の別の船であった。しかしレオノールとラウは戦闘に飽きたと口にし、ジャン・ジャックとファンもやる気を見せなかった。彼らはアベルと涼に戦闘を任せる素振りを見せたが、二人は拒否した。
空の民の行動と島の消失
新たに現れた島は戦闘を仕掛けず、海に落ちた仲間の救出を目的としていた。空中から多数のロープを降ろす様子が見られたが、やがて二隻の島は突如として消滅した。これは王城に突き刺さった島にも見られた現象であった。
原因の推測と情報の獲得
涼が問いかけると、悪魔二人は単に船が消えたと答えるのみだったが、ラウは特殊な航法による緊急脱出だと説明した。その際、動力が焼き付いてしばらくは再使用できないとも語られた。この説明に涼とアベルは納得し、過去の戦闘経験と結び付けて理解した。
今後の展望
今回の戦闘を通じて、涼とアベルは空の民の船に関する新たな情報を得ることができた。彼らは今後も紫髪の人々に関する情報を少しずつ収集していくことを確認した。最後に、レオノールとジャン・ジャックは涼との戦闘を示唆し、ラウとファンはスケルトンになるよう促したが、涼は無視してその場を収めた。
カン公
中庭の休息と回想
涼とアベルはスー・クー邸の中庭でコーヒーを飲み、悪魔・ドラゴン・空の民と続いた連鎖イベントを振り返る。涼は「巻き込まれすぎ」とぼやき、アベルは「リョウの周りは飽きない」とジト目で突っ込む。二人は被害ゼロで終えたこと(と「美食園」のチャーバンの絶品さ)を成果として確認し、街へ出る前に家人へ一声かける常識も忘れない。
スー・クー邸の内情と“面会未返答”
屋敷では秘書頭ウェリ・サンが主を支える。スー・クーは到着早々カン公に面会申請を続けるも、返答はなし。やむなくスー・クーは少人数(実質無護衛)でカン公邸へ向かう決断をする。礼儀のため馬車に乗るが、性に合わぬ乗り物に悪態をつきつつ出立。
街角での待ち伏せと“封じの呪符陣”
大通りで馬車が急襲され、供回りは即座に制圧。周囲には同装備の二十名規模が展開し、野盗ではなく正規の手の者らしい。周囲は野次馬で一杯。スー・クーは“カン公の差し金(もしくは側近デザイ)”と当たりをつけ、わざと大声で「一度屋敷へ戻る」と宣言して群衆(=証人)へ意思を発信する。
氷の介入:涼の不可視コントロール
群衆の中から涼とアベルが状況を察知。以後は“非殺傷・公衆前”の最適解で介入する。
・突入兵は一歩踏み出すだけでツルリと転倒、起き上がろうとすれば再び滑る。
・呪法班の飛ばした呪符は空中で瞬凍し落下、素の呪法も手元30センチで凍結停止。
・投げナイフも同様に凍結落下。
これらは涼が局所的な超低温域+超薄氷の“見えない結界”を敷設した結果で、犯行の証跡を残さず、かつ誰も致命傷を負わせない形で制圧する設計であった。
場の主導権:言葉と一歩
転倒連鎖で兵の半数が起き上がれず、残りも一歩を踏み出せない心理封鎖に陥る。呪法も投擲も封じられ、隊長は事実上立ち尽くすのみ。スー・クーは「後日改めて伺う」と再宣言し、静々と群衆側へ退去。公衆の面前で“無傷退去”を実現したことで、襲撃側に大きな政治的失点を刻む。
意味合いと推察
・作戦主語:カン公(現国王の叔父)か、側近デザイの私兵筋が濃厚。真昼の往来での強引な拿捕未遂は、王都秩序の劣化と政争の先鋭化を示す。
・技術的示唆:“封じの呪符陣”は術式遅延・弱体化をもたらすが、涼の水属性は術式発動前の物理媒体(呪符・空気層・路面)を氷で無力化し、根元から止めるため実質無効化できた。
・政治的効果:大量の目撃者=証人確保、非殺傷での返し技、スー・クーの威信維持。攻勢側は「公衆の面前で失態」を演じ、次の一手が打ちづらくなる。
その後の布石
涼とアベルは護衛役を買って出ずに“場を整える”ことで最大効率の介入を完遂。スー・クーは体面を保ったまま帰還可能となり、カン公サイドに対しては「公道での手荒な真似はリスク高」というメッセージが伝わる。今後は、
・デザイの兵站・指揮系統の洗い出し
・“封じの呪符陣”の展開ポイント(協力役の呪符師)特定
・面会の公式ルート再設定(第三者立会い・公開性確保)
を重ね、正面からの政治戦へ移行していく――そんな“準備の一日”となったのである。
往来での制圧継続
涼とアベルは群衆の中に留まり、立ち上がる襲撃者の足元へ都度〈アイスバーン〉を生成して転倒させ続けた。遠距離対処は涼が敷設していた〈動的水蒸気機雷Ⅱ〉が機能し、呪符・呪法・投擲は手前で凍結して無力化。非殺傷・不可視の封じ手で場を収める。命令で動いたにせよ「主体性を欠く悪行」と涼は批判し、アベルは内容には同意しつつも襲撃者個々の境遇に一抹の同情を見せた。
隠密魔法の回想と雑談
涼は隠密運用を重視して鍛えてきたと明かし、ルンの宿舎での“こっそり〈アイスバーン〉”をフェルプスに見抜かれた逸話を回想。シェナの“二属性+針”の腕、元暗殺者という過去、そしてフェルプスの“顔良し・頭良し・剣良し・人望あり・侯爵家跡取り”ぶりに、涼は「世の中は不公平」とぼやく。やがて群衆も解散し、二人は撤収。
“置き装置”の発想と欠陥
涼は〈アイスバーン〉の発現条件(荷重時のみ生成→無荷重で消失)を錬金道具で再現できないかと発案。しかし盗難リスクと回収問題が即時に浮上。最終的に「アベルが監視・回収を」と言い出し、アベルに即却下される。
スー・クー邸の厳戒と感謝、意図の読み
屋敷は門閉鎖・門番増強で物々しい体制に。スー・クーは二人へ正式に礼を述べる。涼は「わざと目立つ白昼の拉致未遂」に別目的の匂いを感じ、アベルも政争上の示威・挑発と推測するが結論は出ず。「何か閃いたら共有」を確認。
裏庭の騎乗と“リョウという不可思議”
涼は宣言どおり騎乗訓練を開始。第七護衛隊のミラン隊長が良馬を手配し、アベルは悠々と乗りこなす。離宮から戻ったミーファもその所作を称賛。涼は「馬上で本を読む」を目標に、馬の首を撫でて話しかけながら周回。アベルは「説明不能を無理に既知で解釈しない。あれは涼、そういうものだ」と達観し、ミーファは半ば呆れ半ば感心。屋敷は当面の厳戒継続、二人は次の政変の火種に備える構えを固めた。
往来での襲撃と涼の制圧
首都ジョンジョンの往来でスー・クーの供回りが襲撃される事件が起き、スー・クーは辛くも離脱した。涼とアベルは群衆に紛れて残り、涼は足元に繰り返し〈アイスバーン〉を発生させ襲撃者の行動を封じた。襲撃側の呪符や呪法、投擲は涼の仕掛けた〈動的水蒸気機雷Ⅱ〉で前方で凍結し、攻撃手段は無効化された。涼は襲撃者の「命令で動く主体性の欠如」を批判し、アベルは状況への同情を覗かせつつ治安回復に協力した。
錬金案と警備強化
涼は〈アイスバーン〉を自動化する錬金装置の構想を口にしたが、盗難や回収の問題点を自覚して即座に欠陥を指摘する。屋敷側は門を閉じて警備を強化し、スー・クー邸は厳戒態勢となった。スー・クーは襲撃の不当性を訴えつつ、事情解明と再発防止を打診した。
騎乗訓練と見えない絆
裏庭での騎乗訓練で涼は馬上訓練を続行し、ミーファが到着して所作を称賛した。アベルは涼の不可思議さを受け入れつつ、涼の粘り強い姿勢を評した。訓練は和やかに進みつつも、屋敷は当面の警戒を維持する決意を固めた。
暗室の謀議と大宰相の方針
別に、大宰相は暗室で側近デザイを叱責しつつ、国家滅亡の本質は民心の占領にあると説いた。ミファソシの騒乱は民の不安を煽ることで民心を揺さぶる策略であり、スー・クーに潰されたものの、別の路線で「抗えない力」による圧迫を継続する方針が示された。デザイは自身の方法で任務を遂行する誓約を行い、大宰相は冷徹に達成を求めた。
王の病と政治的決意
襲撃の二日後、カン公からの謝罪文が届いたがスー・クーは王宮を先に訪れる。サワン八世は長引く病に苦しみ、病因は特定されていない。半年前の軍反乱の影響で王都はなお不安定であり、後継者不在と有能な側近喪失が王の不安を増幅させていた。スー・クーは王に対して国王の使命として「より多くの民を幸福にするための決断」を促し、サワンは逡巡の末に覚悟を固めた。サワンは詔勅でスー・クーに王の代理権を認め、まずカン公問題を公的に処理するよう命じた。
カン公への訪問準備
スー・クーは王宮から屋敷へ戻ると、すぐに関係者へ指示を出した。その中には、逗留しているアベルと涼への説明も含まれていた。今後はカン公の陣営から狙われる可能性があると告げ、二人もこれを了承した。二人は国王の病が〈キュア〉で治らないことに疑念を抱き、毒の可能性を議論した。涼は「名前の無い毒」という概念を示し、未知の毒であれば検出も治療も難しいと語った。アベルの「平静のネックレス」が王を救える可能性は否定されたが、そこから王位の苦難や政治の責任に話題が移り、二人は為政者の重責について語り合った。
王の象徴と訪問の覚悟
スー・クーが翌日、詔勅と国王旗を持ってカン公のもとへ向かうことが決まった。国王旗は代理人の証であり、これを掲げて進めば襲撃されることは国王への反逆を意味するため、正面から妨害される可能性は低いとされた。しかし、カン公が抱える軍勢や将軍フェオ・シューの存在は大きな脅威であった。フェオ・シューは「国の盾」と称される名将で、忠義厚いとされる一方で、カン公との絆が深く、その動向は読めない。スー・クーは全面武装の準備を命じつつ、戦いを避けたい本音を吐露した。
この段階で、スー・クーは大望のために危険を覚悟し、関係者もまた緊張の中でその動きを支えていたのである。
嵐の前の・・・・・
涼とボッフォの再会
スー・クーが詔勅と国王旗を受けた翌日、涼は御史台を訪れ、以前に聴取を行ったボッフォと再会した。ボッフォは涼にダーウェイの組織や皇族に関する追加資料を渡したうえで、有志がまとめた『美味処総覧』をこっそり手渡した。最初に紹介されていた美食園を見て涼は信頼を寄せ、感動した。二人は食事処や街の話題で和やかに会話を交わした。
御史台と組織の悲哀
会話の中でボッフォは、スー・クー襲撃事件がカン公に関わるため捜査が打ち切られたと語った。権力者を取り締まることの難しさを悔しげに吐露した。また、スー・クーが国王旗を押し立ててカン公邸に向かう噂は、陣営が意図的に流した情報であると説明した。ボッフォは本来のカン公が雅を愛する人物だったことを語りつつ、瀟洒な邸宅が戦場とならぬよう願った。二人は平和と平穏を望む気持ちで一致した。
アベルとミーファの出立
一方、アベルとミーファは屋敷を出て、シオ・フェン公主の離宮へ向かった。彼らの前には、スー・クーがカン公邸へ率いる二百人の部隊が整列していた。アベルとミーファには第七護衛隊の八人が同行し、全員が騎乗して移動を開始した。馬での移動は緊急時の撤退を想定したものであり、アベルはスー・クーの馬の数にも驚いた。道中、涼が御史台に向かった理由が資料閲覧であると聞き、二人は理解できずに首を傾げたが、最後にはアベルが涼だから仕方ないと納得した。
スー・クーの入邸と周到な探知
スー・クーは二百の完全武装の兵を率い、詔勅と国王旗を掲げて海辺のカン公邸に到着した。屋敷側は門を開いて一行を受け入れたが、スー・クーは罠を疑い〈呪符探知〉と〈生物探索〉を用いて外壁や敷地内を確認した。外壁には攻撃反射系の呪符のみで封印系は見当たらず、伏兵の気配もなかったため、直接の面会に踏み切ったのである。
カン公の異常と傀儡の確信
面会したカン公は謝罪の言葉を述べたが、覇気がなく魔力の流れにも異常があった。スー・クーは再度の〈呪符探知〉で、椅子内部の呪符からカン公へ魔力が流入している事実を把握し、古来の傀儡の呪法を疑った。人払いを求めたのち〈眠れ〉でカン公を眠らせ胸元を確認すると、星形の魔法陣が刻まれており傀儡化を断定した。解呪は術者の死のみであると知るスー・クーは、妹の夫でもあったカン公の境遇に涙しつつも、対処を決意したのである。
デザイ捜索の即応指揮
スー・クーはカン公の同意を得たという名目で屋敷の捜索を命じ、術者と目される呪法使いデザイの確保を急がせた。家捜しの妨害は斬っても構わぬと厳命し、場の主導権を掌握した。
離宮での歓談と試演
同時刻、公主離宮ではシオ・フェン公主がアベルと面会し、ミーファを含む侍女たちの合奏を披露した。主旋律のバイオリンに二種の笛と太鼓が絡む三分間の演奏は一体感に満ち、アベルは良い出来と評価した。
襲撃発生と状況認識
直後、守備兵が離宮襲撃を報告し、襲撃者の紋章が「山より昇る朝日」でカン公勢であると判明した。シオ・フェン公主は離宮の三本の地下通路が過去にカン公の管轄下にあり構造を把握されていること、現在は自身の体でしか開かない錬金鍵に改められていることを説明し、脱出は困難と断じた。正門と裏門は同時攻撃を受け、正門突破は時間の問題と見積もられた。
役割分担と防衛開始
シオ・フェン公主の要請に対し、アベルは正門の防衛に向かうと即答し、ミーファには本陣たる公主の直衛を命じた。正門攻撃を陽動と見なしつつも突破阻止を優先する判断であり、ミーファも公主護衛の使命を明言した。こうして離宮防衛戦が開始されたのである。
離宮防衛戦
正門の危機とミラン隊長の指揮
離宮守備兵の隊長が第一波で倒れたため、第七護衛隊のミラン隊長が仮指揮官として正門防衛にあたった。守備側は個々の力量で勝っていたが数で劣り、乱戦の最中に負傷者が続出していた。遠距離の弓矢が乱戦下でも正確に刺さり、陣形は崩壊寸前であった。
強弓の脅威フェオ・シュー
矢を放っていたのはカン公軍の相談役フェオ・シュー将軍であることが判明した。老将は的確に戦力を削り、守備側は数分で半数が離脱する危機に陥った。攻め手は好機と見て総突撃に移行した。
アベルの参戦と形勢逆転
戦線が破られようとした刹那、アベルが赤く輝く魔剣を手に突入し、瞬く間に十余名を戦闘不能にした。彼の介入で防衛側は呼吸を整え、戦線維持に成功した。
老将との一騎打ち
アベルはフェオ・シュー将軍と刃を交えた。老齢ながらも将軍の剣はなお強靭で、指揮官として倒れぬことを旨とする堅実な太刀筋であった。アベルは周囲の推移も視野に入れ、将軍が自ら前に出ることで指揮が散漫になっていると見抜いた。
切札の魔法と「剣技:絶影」
鍔迫り合いの最中、襲撃隊は将軍ごとアベルを葬るべく一斉に魔法を放った。フェオ・シューは目を閉じて死を受け入れる構えを見せたが、アベルは最上位の回避技である剣技:絶影を発動し、遠距離攻撃をすべて躱した。結果、将軍は魔法に貫かれて倒れ、アベルは一気に魔法・呪法の使い手たちを制圧した。
捕虜の決断と責任の所在
戦況を収めたアベルは倒れた将軍のもとへ戻り、殺してくれという要請を退けて捕虜とする判断を示した。フェオ・シューに生きて責任を負わせるべきだと明言し、ミラン隊長に厳重な保護と救命を命じた。
別動隊の察知と次行動
全体の指揮と戦術から、アベルは公主直撃の別動隊の存在を確信した。将軍が身命を賭して時間を稼いだ理由をそう解し、アベルはただちにシオ・フェン公主のもとへ走ったのである。
公主の避難と布陣
シオ・フェン公主は最奥の謁見室へ移り、公主禁軍二十名とミーファの護衛下に入った。公主は動揺を見せず、ミーファは直前に迫る脅威に備えて位置を固めていた。
地下通路からの逆侵入
扉外で剣戟と怒号が高まり、錬金鍵で封じたはずの地下通路の一つから逆侵入があったと判明した。公主は人の仕業に完全はないと冷静に述べ、覚悟の差が室内の空気を決めた。
「国の剣」ヴォーグ卿の出現
破られた扉から黒剣を携えた長身の男が単独で入室した。公主がヴォーグ卿と呼びかけ、現「国の剣」であることが確定した。彼は軽口を交えつつも殺意を隠さず、公主禁軍の一斉攻撃を受け流しながら速やかに全員を制圧した。
単騎防衛に立つミーファ
公主禁軍が二分で沈んだ後、ミーファが公主前に立ち、退去を拒んだ。ヴォーグは力量差を告げたが、ミーファは譲らず対峙した。初撃の本気の打ち込みをミーファは完璧な角度で流し、時間稼ぎに徹する構えを示した。
駆け引きと時間稼ぎ
ヴォーグは会話を挟みつつ再度の連撃を仕掛けた。ミーファは突きと薙ぎを連続で受け流し続けたが、剣同士が触れる瞬間の負荷が右腕に蓄積し、痺れが増していった。反撃の糸口を掴めぬまま、防御のみで時間を刻んだ。
防御の限界と武器喪失
痺れを見抜いたヴォーグは武器狙いに切り替え、ついにミーファの剣を弾き飛ばした。ミーファは左手の短剣で食らいついたが、カウンターの拳で腹部を撃ち抜かれ、戦闘継続は困難となった。ヴォーグは止めを宣言し、公主殺害も続けて行うと告げた。
刃が落ちる瞬間の乱入
止めの剣が振り下ろされる刹那、飛来した剣をヴォーグが打ち落とした直後、赤く輝く魔剣が扉から飛び込み、アベルが斬り結んだ。アベルはミーファの奮戦を称え、以後の戦いを引き受けると告げ、謁見室攻防の主導権を握った。
謁見室・剣鬼ふたりの測り合い
アベルとヴォーグは冒頭から間合いを詰め合い、力・速さ・技をぶつけ合って互角の剣戟を展開。名乗りを避けた軽口の応酬の裏で、互いの底を探る。
正門戦の余韻と価値観の衝突
アベルはフェオ・シューを捕虜にしたと告げ、ヴォーグは信じ難いとしつつも剣を止めない。ヴォーグが襲撃参加の理由を「金」と断言し、アベルは「やり方がダメだ」と切り返す。
名乗りと伝説
ついにヴォーグが自ら名乗り、アベルも「ナイトレイ王国のアベル」と応じる。吟遊詩人の歌で知られる名だと気づいたヴォーグは「本当にその王か」と色めき立つ。
死角の罠と呪符の矢
回転で死角を作ったヴォーグの刃へ、アベルは逆に死角へ潜って背を取りかける。が、扉外からデザイの細槍呪符が飛来。アベルは公主と扉の間へ飛んで受け流すも一本が左腕を掠め、強烈な痺れに襲われる。
デザイの正体と企み
白ローブの男はデザイ—イデ国最後の王太子スラの遺児デネハイル—と判明。シオ・フェン公主暗殺でボスンターとダーウェイを同時に混乱させ、国を滅ぼす長期策を宣言する。
逆手の決断「剣技:零回転改」
痺れで左腕が使えぬアベルは、魔剣を右の逆手に持ち替え、腕全体と体幹で受ける構えへ。踏み込みからの四五〇度連続回転でヴォーグの左右脇腹を連続で貫き、国最強の剣を沈める。
水の来援と氷棺
勝負が決するや否や、涼が乱入。「〈スコール〉〈氷棺〉」でデザイを指から呪符が離れる前の瞬間に凍結拘束。ポーションでアベルを回復させ、状況を一気に立て直す。
知識は命綱
涼は「呪符は指を離れた瞬間に機能開始」という知識を披露。アベルは逆手運用の要点(肘〜前腕で支え、回転で力を通す)を、多島海の「船上でのナイフ戦」から得た知恵だと明かす。二人は「読書は命を救う」で一致。
戦後の間合い
ヴォーグは敗北を認めつつも健在。氷棺のデザイは生存中。ミーファとシオ・フェン公主は二人の“普通じゃない”やり取りに半ば呆れながらも安堵する。
新たな脅威
緊張の糸が緩む間もなく、離宮に急報。「海上にジュチュ国の艦艇多数——」。戦いは、陸から海へと局面を移しつつあった。
不在の幹部/海上の脅威
カン公邸からフェオ・シュー将軍とカン公軍、さらにデザイの姿が消えた直後、沖合にジュチュ国艦隊出現の報。スー・クーは「本隊はすでに上陸、むしろ屋敷内だ」と看破し、海辺の塀から現れたゼメディン――ジュチュ国大宰相ラッシャ・ファンタ――を呼び出す。部下を退避させ、自ら一騎で抑えにかかる。
情報戦の応酬と“傀儡”の黒幕
ゼメディンは呪符通信(握り潰すと情報のみ受領する古法)で離宮襲撃失敗を把握、さらにヴォーグ卿投入が金での雇いであったことを明かす。スー・クーが「カン公の傀儡はデザイではないのか」と突くと、ゼメディンは自らが施術者だと告白。ここで互いの対話は決裂、呪法戦へ。
“転魂の短剣”と復讐の宣言
ゼメディンは黒刃の『転魂の短剣』により死線を越え“呪法の怪物”と化した過去を語る。亡きラトゥーンへの執着と「復讐のためでなければ心が壊れる」という独白に、スー・クーは言葉を失うも、戦いを受ける覚悟を固める。
四十枚の〈呪符制圧陣〉 vs. 螺旋の突破
ゼメディンが四十枚同時展開の制圧陣で上方から圧殺に出る。スー・クーは十二枚を身に貼って衝突を受け流しつつ、呪符を“足場”に空へ駆け、右肩の「魔力溜まり」を超高速呪符で貫通。制圧陣は一旦瓦解するが、ゼメディンは予備束から即座に再構築。
物量の壁と“癖”の読み
正面からの撃ち合いは魔力消耗戦。スー・クーは螺旋軌道の呪符で“盾”の目を作り、突破するも、ゼメディンは左腕に貼った多重呪符で次々叩き落とす(剣すら弾く近接用)。このままでは不利――そこでスー・クーは“癖”を誘う罠へ移行。
砂下の槍—近接への雪崩れ込み
連打の受け落としでゼメディンをわずかに前へ“釣る”。左足が初期位置を越えた瞬間、砂下に潜ませた呪符が石槍で足裏を貫き、同時に背面から石礫。意識が割れた刹那、スー・クーが体当たりで“壁”を崩し間合いを詰め、右肩の魔力溜まりへナイフを突き立てる。足へは石槍を連打。ゼメディンは立てなくなり、呪符も燃え尽きる。
決着と自裁
スー・クーは「生かして罪を償え」と止めを拒否。しかしゼメディンは黒刃『転魂の短剣』で自ら喉を突き、「ラトゥーンのもとへ」と絶命。スー・クーも脇腹の深手で崩れ落ち、「ジュチュ国艦隊…南方呪法使い教会第一席シェイライ卿が出ているか…あとは任せる」と言残し、意識を手放した。
首都襲撃
灯台からの観測と方針決定
涼とアベルは御史台発行の身分保証書で灯台に上がり、港と沖合の状況を把握。艦隊は四十隻規模(およそ二千名の呪法使い)で、各船は前面に呪符防壁を展開。涼は「帝国の爆炎使いの周囲」に似た異様な魔力を感知し、南方呪法使い教会第一席シェイライの存在を推定。遠距離攻撃が呪符に弾かれるため、「見られず、呪符が届かない所からの一撃」を構想し、敵の強みを逆用する策として“ニール・アンダーセン”を呼び出す。
シェイライの視点:政治的不満と戦況認識
旗艦上のシェイライは、ランラ国艦艇を半強制的に借り上げた“ジュチュ国艦隊”の客将として前進。三親王の思惑に不満を抱きつつ、数の暴力で前面攻撃を捌きながら港へ突入できると判断する。
海中からの正体不明の一撃(=錬金潜航兵器)
先頭艦が突然、喫水下から破孔を生じて沈下。続発する低音衝撃により各艦の船底が次々に貫かれ、連鎖的に沈没が発生。旗艦も被弾し浸水。シェイライは「海中罠」と誤認するが、実態は涼が呼び出した錬金術潜航体による魚雷的攻撃である。
退艦・救難と氷の浮輪
退艦命令が出るも、内陸育ちの呪法使いたちは泳げず混乱。シェイライはマストを呪符で切断して海面に浮かべ、即席の浮具として掴ませる。さらに海面には人ひとりが抱えられる大きさの“氷の輪”が多数出現(涼の支援)。ランラ国兵は素早く掴み、呪法使いたちも残骸や呪符推進で陸を目指す。シェイライ本人は空中に展開した呪符を足場に港方向へ疾走。
現状の帰結
・艦隊の突入は海中からの奇襲で瓦解、上陸戦力は大幅に目減り。
・第一席シェイライは健在で上陸継続を試みる気配。
・涼は“見られない・届かない”条件を満たす潜航打撃と“氷の救助”で、被害を最小化しつつ敵戦力を分断。
・港正面の次局面は、散開・漂流後の呪法使いの再集結と、上陸阻止戦へと移行し始めている。
状況と戦術の確認
涼とアベルは海戦の帰結を分析し、海中生成の「ニール・アンダーセン」と「マーク二五六魚雷」による水中攻撃が艦艇に対して致命的であると結論づけたのである。防御には〈アイスウォール〉等の常時展開が前提であり、船上の呪法では追随困難であると認識した。
灯台崩落と空駆ける来訪者
沈没艦から空を跳躍して接近する男を涼とアベルが同時に視認し、涼は即座に灯台から飛び降り、直後に灯台は四枚の呪符と石礫の突入で崩落した。現地守衛は無事であり、男は現場へ降立した。
シェイライ卿の素性と目的
男は南方呪法使い教会第一席シェイライ卿であり、任務はジョンジョン破壊とシオ・フェン公主の殺害であると明言した。ミーファが「輿入れする公主の力を増幅させる」存在であるため、ダーウェイ側の「困る者」からの依頼で狙われた事実が示唆された。
交渉の破談と剣戟の開始
涼は撤退を提案したが、シェイライ卿は「仕事」を理由に固辞。両者は剣を抜き、常識外の近接戦へ移行した。涼の村雨は「魔剣ムラサメ」と誤解されつつも、互いに間合いと技を探る展開となった。
呪符火力と魔法防壁の力学
距離が開くや、シェイライ卿の〈呪符四斬〉が涼の〈アイスウォール5層〉を四層まで削り、呪符一枚が壁一枚相当の貫通力を示した。さらに四十枚の呪符を旋回防御・迎撃に転用し、涼の〈アイシクルランスシャワー〉を逸らす高等運用が示された。
式神的変化と涼の被弾
奥義〈キフキフニョリツリョウ〉により呪符は小型魔物へと変化し、氷壁をすり抜けて涼の左脇腹へ刺入した。涼は即時止血と継戦を選択。村雨での迎撃は可能だが、非線形軌道の群攻により傷は蓄積していった。
学習と「受け潰し」への到達
涼は王都城壁での反射槍迎撃訓練を想起し、基礎へ回帰。最小動作での体さばきと剣閃の密度を極限まで高め、式神群の突進を悉く刈り取る「防御の圧」=受け潰しを完成させた。シェイライ卿の攻めは揺らぎ、微細な隙が生じた。
決着—片手突きと剣の差
涼は神速の踏み込みから左手一本の突きを選択。シェイライ卿は受けたが剣が折損し、村雨は左肩を穿った。心臓は外れたが勝敗は決し、「愛剣の有無」が勝敗を分けたとシェイライ卿は自嘲した。彼の本来の剣は鍛冶師に預託中であった。
錬金術的退却と情報片
拘束に移ろうとした刹那、錬金術の淡光に包まれたシェイライ卿は転移・離脱した。以前ミーファソシでの一件を「不可視の錬金道具」で監視していた事実や、教会内部で第一席・第二席同士ですら稀にしか会わない歪な組織性が語られ、呪符の「保護膜」原理は第一席本人も知らぬブラックボックスであると判明した。
戦後処理と倫理的主題
アベルは港でジュチュ国の呪法使いを兵と協働して拘束済み。涼は敵にも氷の浮き輪を投下して救命を図り、為政者の戦争決定と現場の犠牲の断絶を強く批判した。戦争抑止の奇説として「為政者を死ぬほど忙しくすれば戦争を起こす暇が消える」という仮説を提示し、アベルと軽口を交わした。
次の不穏—ダーウェイ行き
シェイライ卿の退避先はダーウェイである可能性が高く、涼とアベルはナイトレイ王国帰還の動線上でダーウェイを通過予定であるため、再戦・交錯の「嫌な予感」を共有した。涼は村雨を撫で、今回の勝利が剣と学習能力の賜物であると総括したのである。
後始末
王宮での謝意と病状への疑問
翌日、涼とアベルは内密に王宮へ招かれ、サワン王から直接の謝意を受けた。サワン王は病床で上半身を起こすのがやっとという状態であったが、会談は和やかに終わった。涼は〈キュア〉の効き方が使い手で大きく異なる点に違和感を示し、詠唱が統一されていても効果が揺らぐ仕組みに疑問を抱いたのである。
離宮訪問とスー・クーの報告
続いてシオ・フェン公主の離宮を訪ね、ミーファとともに事後の挨拶を交わした。そこへ重体と聞かれていたスー・クーが現れ、カン公邸で目にした事実を報告した。カン公の胸には星形の魔法陣が刻まれ、ゼメディンによる傀儡化が行われていたこと、そしてゼメディン死亡により術が解け、快方に向かったことが明らかになった。資金と人心の買収にはジュチュ国大宰相ラッシャ・ファンタの影が濃く、実行の窓口はデザイであった可能性が高いと整理された。
魔法陣の既視感と教会勢力の比較
涼は大使館事件でヘルブ公が配下に刻んだ陣を想起し、星形陣の系統差を指摘した。涼とアベルは、離宮を襲撃した呪法使いの力量は第一席シェイライ卿や第二席ヘルブ公には及ばなかったと位置づけ、脅威度の層の違いを共有した。
御史台による形式聴取と「知の暴走」
二日後、御史台がスー・クー邸で四人を聴取した。内容はほぼ確認作業であったが、涼だけは担当官ボッフォに対し「魔力封じ装具」の構造と資料開示を熱心に求めた。悪用防止を理由に詳細は非開示とされ、装具は呪法ではなく錬金道具に属するとの示唆のみ得られた。アベルは王国にも類似品があると回想し、封印下で闘技・剣技が発動可能かという実験談義で涼にそそのかされる形となった。
国王の急回復と「妖精の因子」仮説
聴取後、スー・クーからサワン王が二人の拝謁直後から急速に回復し、翌日には起き上がり今朝は運動したと伝えられた。涼は光魔法を否定したが、アベルは涼の特異体質――妖精の因子が放つ「邪気払い」による毒無効化――を示唆した。病ではなく長期投与の毒であったなら回復の説明がつくという推論である。二人はこの仮説を王国の父王スタッフォード四世の快復問題へ接続し、帰国後の見舞いと検証を誓った。
小休止――『美食園』での邂逅
スー・クーの奢りで向かった店は奇しくも『美食園』であった。店内ではレオノール、ジャン・ジャック、ラウ、ファンが人の少ない時間帯に黙々とチャーバンを平らげており、スー・クーは涼の交遊の「人外度」を直感した。両卓は終始平穏に推移したが、涼は強者たちに挟まれる緊張を内心で抱え続けた。見た目の融和の裏で、小国が大国の間で強いられる緊張に重ねる比喩が示されたのである。
総括――後始末の帰結と残る火種
傀儡化の解除によりカン公は回復基調、デザイは御史台の厳格な手続きへ、資金源はジュチュ国筋と推定された。王の急回復は涼の体質が関与した可能性が芽生えたが、検証は今後へ持ち越しとなった。港湾戦の首謀格シェイライ卿は錬金術的転移で離脱しており、ダーウェイ方面での再交錯は不可避である。安堵と食の小休止の陰で、次章に続く政争と教会勢力の火種が静かに燻ったのである。
旅立ち
ミーファの訓練と成長
離宮襲撃事件から三週間、ジョンジョンは平穏を取り戻していた。スー・クー邸の庭では涼が氷槍を連発し、ミーファが片手剣で弾き流す訓練を重ねた。三十二本を防ぐほどの実力を示し、ルン騎士団でも上位に入ると評価された。ミーファが片手剣にこだわる理由は、ダーウェイでの戦闘状況を想定したものと判明し、アベルと涼はその決意を確認した。
背後関係の調査とデザイの死
一方、応接室ではスー・クーとモゴック局長が事件の背後を整理していた。ゼメディンの死後も後ろ盾の特定はできず、ダーウェイ三親王のどの陣営が関わったかは不明のままであった。獄中のデザイは自殺を装って命を絶ち、口封じである可能性が高いと推測された。第一皇子の死後に皇位継承が混迷していることもあり、シオ・フェン公主が巻き込まれる権力争いの厳しさが語られた。
訓練最終日と餞別の短剣
翌日、ミーファは最終訓練としてアベルと模擬戦を行い、疲労の極にありながらも成長を示した。アベルは餞別として刃渡り五十九センチの短剣を渡し、後宮でも護身用として許可されると伝えた。ミーファは涙を流して受け取り、両親は深謝した。アベルは全てはミーファ自身の努力の成果であると告げた。
旅立ちの準備と同行の策
スー・クーは涼とアベルを執務室に呼び、シオ・フェン公主の輿入れに伴う出立を説明した。涼とアベルの同行は公式には認められないが、輿入れ船団に続く商船に同乗させる策が示された。二人は快諾し、資産は信用状に換えてダーウェイ国内での使用を可能とする準備が整えられた。涼は「銀行」という仕組みに驚いた。
輿入れと新たな航路
二日後、輿入れ式が行われ、十隻の船団が市民に見送られてジョンジョンを出港した。数十隻の商船がそれに続き、涼とアベルはスー・クー号に乗船した。二人はダーウェイ横断の旅路に期待を込め、笑顔で未来を見据えたのである。
モゴック局長の挨拶と祈り
シオ・フェン公主の輿入れ船団がジョンジョンを出港した翌日、スー・クー邸にモゴック局長が訪れた。ミーファが公主と共に出立したため、彼はミファソシに戻る予定であった。スー・クーと局長は、公主の無事な到着を祈ることしかできない状況を共有した。
急報とクベバサの不穏
会話の最中、急報が届き、スー・クーは内容を確認した。そこには、ヘルブ公が自治都市クベバサに居座り続けているとの報が記されていた。理由は明らかではなく、海を通じた外部の勢力や未知の要因が関わっている可能性が示唆された。
広大な海と伝承
東方諸国の東には果てしない大海が広がり、南は多島海へ、西は中央諸国南部の海に繋がると伝えられていた。だが、生きて確かめた者はおらず、ほとんどは伝承にすぎなかった。
クラーケンの影と不安
以前にはクラーケンが暴れていたとの報告もあり、この一カ月は沈没の被害はなかったが、異変が起きる可能性に不安が残っていた。スー・クーとモゴックは首を振り、東方諸国がまだ安定から遠いことを痛感したのである。
エピローグ
石板を操る管理者
白い世界にて、ミカエル(仮名)は幾つかの世界の管理を続けていた。手元には石板があり、そこに三原涼の動向が映し出されていた。彼がついに中央諸国や西方諸国とは大きく異なる国へと入ったことが確認され、元の世界の記憶があるため混乱はないだろうと判断された。忘れ物は避けられぬものだと苦笑しながら石板を操った。
絡み合う運命の糸
涼の進む先は権謀術数の中心であり、多くの糸が絡み合い、ほどけぬままさらに複雑に絡んでいくと映し出されていた。動けば動くほど深く絡まるその有様に、ミカエル(仮名)は三原涼らしさを感じ、小さく首を振るのだった。
同シリーズ
















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