小説「水属性の魔法使い 第三部 東方諸国編2」感想・ネタバレ

小説「水属性の魔法使い 第三部 東方諸国編2」感想・ネタバレ

物語の概要

本作は異世界ファンタジー系ライトノベルである。前巻の展開から、主人公の涼と相棒アベルは貿易国家「自由都市クベバサ」に到着し、異国の文化に触れながら物語が進む。だが隣国アティンジョ大公国が“併合”を宣言し、二百隻の艦隊によって街は壊滅状態に陥る。その混乱の中、物語の鍵を握る“青い島”とそこに潜む不可思議な存在──そして水属性魔法と錬金術の融合が、本作のクライマックスに向けて新たな展開を予感させる構成となっている。

主要キャラクター

  • 涼(りょう):物語の主人公。“最強水魔法使い”として自由気ままに冒険を続ける人物である。
  • アベル:涼の相棒であり頼れる護衛。魔法と剣術のバランスを担う相補的存在である。
  • イリアジャ王女:前巻で涼たちに船便を提供した女性。国際的な背景を持つ重要キャラクターである。
  • アティンジョ大公:二百隻もの艦隊を率いて併合を仕掛ける侵略者。対立軸として物語を牽引する存在である。

物語の特徴

本作は「水属性魔法」と「錬金術」の融合によって魔法描写が深化している点に大きな特徴がある。また、海と島を舞台にした“異国情緒漂う風景”が印象的であり、緊迫感ある政治・軍事的駆け引きとファンタジーアクションを両立させている。本作ならではの、重厚な世界観と軽妙なキャラクター描写のバランスが読者を魅了する。

書籍情報

水属性の魔法使い 第三部 東方諸国編2
著者:久宝忠 氏
イラスト:天野英 氏
出版社:TOブックス(TOブックスノベル)
発売日:2025年6月20日
ISBN:978‑4867946008
アニメ化:本作はTVアニメ化され、2025年7月3日よりTBS(木曜深夜1:28)、およびBS11(金曜23:00)にて放送予定。

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あらすじ・内容

2025年7月からTBS、BS11ほかにてTVアニメ放送開始!!
TBSにて、2025年7月3日から毎週木曜深夜1:28~
BS11にて、2025年7月4日から毎週金曜よる11:00~
※放送日時は予告なく変更となる場合がございます。 シリーズ限り
70万部突破! (電子書籍含む)
最強の水魔法使いの気ままな冒険譚!
イリアジャ王女に協力した見返りに、涼とアベルは大陸への船便の確保に成功。 大陸といくつかの島々から成る貿易国家、自由都市クベバサへ到着する。隣国であるアティンジョ大公国が、大使の護衛を口初め二百隻もの大艦隊を差し向けてきたのだ。 大公国による併合が宣言され、街を守るはずの自由都市が優先する事態に。 現状を打開する鍵は「青い島」に巣食う人ならざる存在で……? 「我が研究の真髄を見せてあげましょう!」水属性と錬金術との融合が魔法を高みへ上げていく、最強の水魔法使いの気ままな冒険譚!

水属性の魔法使い 第三部 東方諸国編2

感想

読み終わって、もう最高!
やっぱりこのコンビは面白い。
アベルと涼が、まさかの別大陸に転移!
自国に帰るための珍道中なのだが、これがもうトラブル続きで目が離せない。

特に、強国が自由都市を傘下にしようと、あの手この手で迫ってくる展開が熱い!
大使が人間じゃないって設定も、ただの異世界ファンタジーじゃ終わらない、奥深さを感じさせる。
一体何が隠されているんだろうって、ワクワクが止まらない!

涼の行動も相変わらずぶっ飛んでて笑える!
居留守を決め込んでる相手の屋敷の扉を、言い訳できるように言い回しを変えて、躊躇なくぶっ壊して侵入(笑)。
躊躇なさが、ちょっと怖いんだけど、でもどこか憎めないんだよな。
っていうか、市場食料品を買い占めて涼の昼食を全滅させた相手が悪いから良いか。
昼食が食べれないと挿絵で”orz”になってるアベルと涼を思い出すと、もうニヤニヤが止まらない!

それ以外にも涼の魔法も健在!
水属性の魔法と錬金術、剣術で、今回も最強っぷりを発揮してる!

アベルと涼は、果たして無事に自国に帰れるのか!?
これは帰れるな。
次巻が待ち遠しすぎて、もうソワソワしてる!
早く続きが読みたいー!

最後までお読み頂きありがとうございます。

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登場キャラクター

冷静で論理的な魔法使いであり、他者と協調しつつも独自の判断で行動する傾向が強い。アベルとの信頼関係は深く、共に数多くの戦いを乗り越えてきた。魔法のみならず語学や経済政策にも関心を示し、知的探究心が旺盛である。
・ナイトレイ王国出身の魔法使い
・幽霊船との戦いで〈アイスウォール〉や〈アイスストーム〉を駆使してスケルトンを一掃した
・ヘルブ公との戦いでは呪符の構造や属性干渉について分析し、戦術的知見を深めた
・アティンジョ大公国による食糧買い占めに対し、魔法で門を破壊して抗議行動を主導した

アベル

王族としての出自を持つ剣士であり、誠実かつ行動的である。感情表現にやや乏しいが、正義感が強く、困難な状況でも冷静さを失わない。涼とのコンビネーションに優れ、戦場ではその剣術を存分に発揮する。
・ナイトレイ王国王家出身の剣士
・幽霊船上では敵を一刀のもとに斬るなど、剣術の腕前を披露した
・ズルーマとの戦いで相手の反撃を察知し、即座に四肢を切断して制圧した
・外交や国家運営にも関心を持ち、平和の象徴としての料理を重視する一面も見せた

ゴリック・デュー

スージェー王国海軍の遠洋巡洋艦ローンダーク号の艦長。若くして艦長に就任したが、冷静な判断力と統率力を兼ね備えている。女王と護国卿の信任を受け、特命を帯びて自由都市クベバサへ向かった。
・スージェー王国中央海軍所属、ローンダーク号艦長
・クラーケンや幽霊船との遭遇時に艦を巧みに操縦し、危機を脱した
・自由都市艦隊壊滅の証拠を発見し、本国への報告を決断した
・大公国艦隊の追撃を回避し、機密技術と戦術で艦を守り抜いた

レナ

ローンダーク号の副長。冷静な判断力と実行力を持ち、艦長ゴリックを支える存在である。戦闘や航行の際には即座に対応し、前線での指揮も執る。
・スージェー王国中央海軍所属、ローンダーク号副長
・幽霊船との接舷戦では対スケルトン戦の指揮を担った
・ゾンビ出現時には〈風裂〉と剣を用いて鎖を断ち切り、艦の離脱に貢献した
・情報分析や地政学への理解も深く、自由都市の不穏な動向にも敏感であった

ヘルブ公

アティンジョ大公国の新任大使にして南方呪法使い教会の十師の一人。人間ではない存在でありながら、人間社会に溶け込んだ巧妙な存在。礼節を重んじる一方で、戦略的思考と威圧感に満ちた振る舞いで相手を制する。
・アティンジョ大公国大使、呪法使い教会十師の一人
・園遊会では完璧な一礼によって外交的支配力を発揮した
・自由都市艦隊壊滅の真相を示唆し、心理的優位を確立した
・涼との戦闘では呪符による多属性攻撃を用い、都市消滅級の魔法を控えていたと語った

ズルーマ

アティンジョ大公国大使館の二等書記官であり、ヘルブ公に忠誠を誓う呪法使い。魔法陣によって人外の力を得たが、アベルに敗北した。忠誠を試される場面では迷いなく従った。
・アティンジョ大公国大使館所属、呪法使い
・ヘルブ公の命により襲撃計画の実行と情報収集に従事
・魔法陣による覚醒後、アベルとの戦闘で圧倒され敗北
・死後も反撃を試みたが、即座に制圧され完全に無力化された

スーシー

ローンダーク号の料理長。明るく親しみやすい性格で、乗組員からの信頼も厚い。料理を通して平穏な空気を作り出す役割を果たしており、幼少期の自由都市訪問経験を持つ。
・スージェー王国中央海軍所属、ローンダーク号料理長
・園遊会では料理提供を担当し、他国料理長と共に腕を振るった
・自由都市滞在中、現地の料理文化にも理解を示し、乗員の食事と士気を支えた
・幼少時代に自由都市を訪れた記憶を持ち、宿『自由の風亭』との縁を語った

レオノール

黒い門から現れた悪魔の一人。ジャン・ジャックと共に現れたが、主導権はレオノールにあり、涼に強い関心を抱いている。直接の戦闘は行わなかったが、圧倒的な存在感を示した。
・黒い門から現れた悪魔
・涼に対して「遊んでくれなかった」と発言し、個人的な執着を見せた
・門を開く能力を持ち、ジャン・ジャックと共に突如として甲板に現れた
・コーヒーを飲みながら雑談に興じたが、涼を自らの「獲物」と断言した

ジャン・ジャック

レオノールと行動を共にする悪魔。レオノールに対して従属的な立場でありながら、一定の知性と判断力を持つ。涼との関係性において慎重な態度を見せた。
・黒い門から現れた悪魔
・本来は地上到着後に訪問する予定であったことを語った
・涼に一方的な敵意を示さず、レオノールとのバランスを保とうとした
・門の中で涼の行動を分析し、特異性に注目していた

ミシタ

自由都市港湾省の副大臣。常に多忙な中で職務を遂行しているが、大公国艦隊の急襲やヘルブ公の赴任など予期せぬ事態に翻弄され続けた。
・自由都市クベバサ、港湾省副大臣
・大公国艦隊の到着時に港湾管理の混乱を指揮下で処理
・スージェー王国艦の入港手続きも担当し、外交的配慮を行った
・園遊会ではヘルブ公に食い下がったが、逆に論理的に押し返された

ロンファン

港湾省補佐官。副大臣ミシタを支える若手官僚であり、現場の実務にも精通している。自由都市における諜報活動や行政の動向にも関心を持つ。
・港湾省所属、補佐官
・呪符による襲撃を受けた場面に居合わせた
・園遊会の前後では補佐官仲間と現状分析を行い、危機意識を共有した
・行政島における省庁間連携の必要性を訴え、現状打破の方策を模索した

ゾー

外務省の補佐官。ロンファンと共に行動し、自由都市の外交状況と脅威の兆候を冷静に分析する姿勢を持つ。知識面と観察力で貢献する人物である。
・外務省所属、補佐官
・園遊会前の会話で、ヘルブ公の正体と影響力に懸念を示した
・呪符による襲撃の分析では、風属性魔法との類似性を挙げた
・市中の状況変化を的確に捉え、省庁内の情報共有を提案した

ジューズ

財務省の補佐官。三補佐官の一人であり、都市の経済状況を中心に分析する立場にある。論理的な視点で状況を整理する能力に長けている。
・財務省所属、補佐官
・港湾省・外務省との協議に参加し、自由都市への圧力の性質を把握した
・高官に限定した思考力低下の原因として呪符の可能性を示唆した
・呪法と経済政策の関連性にも警戒感を持っていた

ラーサ

内務省の補佐官。登場は遅いが、他の三人と同様に政府の動揺を共有し、積極的に現状の整理と対策を図ろうとする姿勢が見られた。
・内務省所属、補佐官
・高官の頭痛と能力低下を深刻に捉え、対処策の必要性を訴えた
・呪法による無自覚な干渉に強い危機感を示した
・防衛と情報管理の再構築を求めた

モスターラ

ローンダーク号の一等航海士であり、戦術と航行において艦長を支える実務担当者である。冷静な状況判断力を備え、戦闘中も柔軟に対応する姿勢を見せた。
・スージェー王国中央海軍所属、ローンダーク号一等航海士
・幽霊船との戦闘時には操舵室の防衛を担当し、艦の損傷を防いだ
・大公国艦隊の追撃を振り切る際、帆と風の調整を指揮した
・機関部との連携により、最大加速の成功に貢献した

ナン

ローンダーク号の乗員であり、艦長ゴリックや副長レナと共に陸上任務に従事した。街中での監視を意識しながら行動するなど、慎重さと忠誠心を備えている。
・スージェー王国中央海軍所属、ローンダーク号乗員
・ゴリック艦長らと共に自由都市での任務に同行
・諜報活動が疑われる中、監視者との駆け引きに参与した
・艦への帰還後も任務に忠実に従い、緊急出航に貢献した

ニン

ナンと同様に、自由都市での任務に就いていた乗員の一人。冷静で寡黙な印象があり、諜報的な状況への対応力に優れている。
・スージェー王国中央海軍所属、ローンダーク号乗員
・自由都市にてゴリック艦長と共に諜報活動に関与
・行動中の監視に対して冷静な対応を維持
・緊急時には艦へ即時合流し、任務を全うした

ミニー

アティンジョ大公国大使館の秘書官であり、ズルーマの指示を受けて諜報活動に従事する工作員。高度な技術を持ち、敵対勢力への干渉を得意とする。
・アティンジョ大公国大使館所属、秘書官
・監視対象に極小の『符』を装着し、会話の傍受を可能とした
・呪法に関連する技術の実行担当として、情報収集に貢献した
・敵味方を問わず冷徹に任務を遂行する実務派である

会長(冒険者互助会)

自由都市に拠点を置く冒険者互助会の代表。穏やかながら的確な判断を下す人物であり、組織運営と冒険者の管理を行っている。
・自由都市クベバサ、冒険者互助会会長
・『虎の牙』の依頼に関して調査中止を検討していた
・涼の主張を受け入れ、柔軟に成功判定を変更した
・自由都市の情勢悪化に対し、冒険者の活動維持を模索していた

『虎の牙』三人組

冒険者互助会に所属する若手冒険者たち。調査依頼を通じて昇級を目指していたが、都市情勢に翻弄された。
・冒険者互助会所属の冒険者チーム
・自由都市内の飲食店調査を担当していた
・アティンジョ大公国による食料買い占めの影響を受けて任務中止となった
・涼の提案により、依頼成功として認定された

展開まとめ

プロローグ

若き艦長と二人の重要客人

スージェー王国中央海軍の遠洋巡洋艦ローンダーク号は、大陸の自由都市クベバサへの航海中であり、艦長ゴリック・デューは王国最年少ながら最も経験豊富な艦長として指揮を執っていた。今回は特別に、中央海軍では異例の民間人二名を客として乗せており、その背景には新たに即位したイリアジャ女王からの熱意ある言葉と、護国卿カブイ・ソマルの厳命があった。艦内では、客人の一人である魔法使い涼の希望により、毎朝、機関長グンノによる東方諸国語の語学授業が実施されていた。剣士アベルの提案で、共通語である中央諸国語を介した授業となったが、それに対応できる人員は本艦ではグンノのみであったため、彼が限定的に教師を務めていた。

語学授業と努力の精神

グンノ機関長は商家出身で幼少期より語学を学んでおり、その知識が今まさに役立っていた。涼とアベルは語学習得を通じて自信を深め、共に努力の意義を語り合った。彼らは翻訳道具に頼るだけでなく、自らの力で言語を習得しようとする姿勢を持っており、努力の価値と報われる意味について深く共有していた。涼はアベルの王家としての幼少期の鍛錬に言及しつつ、努力こそが成果の裏にあると説いた。

最北端バンラの街と港町散策

ローンダーク号は、スージェー王国最北端の港町バンラに到着し、一泊の補給を行うこととなった。ゴリック艦長の下船後、涼とアベルも上陸し、揺れないベッドでの宿泊を希望して市街を歩いた。街は港を中心に栄えており、露店から漂う海産物の香りに誘われて、二人は海鮮料理を堪能した。現地で魚醤が用いられていたことに涼は感動し、これこそが人間の生活のあるべき姿だと語った。

突如訪れたカニの大群

突如として街に鐘の音が響き、北の砂浜に市民が集まり始めた。アベルの胸騒ぎが的中した形となり、二人も北へと向かった。そこに現れたのは数千、あるいは数万ものカニの大群であった。魔物ではなく、通常のカニであり、地元の老人によると、数年に一度起こる自然現象であるとのことであった。カニが腐敗して環境を悪化させることを避けるため、住民による「収奪」が始まり、やがて総督府がカニスープを振る舞う屋台を設置した。

カニスープと過去の戦いの記憶

カニスープは街の人々に喜ばれ、涼とアベルも行列に並び、スープを堪能した。そこに現れたゴリック艦長は、総督府への報告を中断してまで屋台に参加しており、規模の大きさに感嘆していた。アベルはカニの大群に、かつて体験したルンの大海嘯を重ねて思い出し、涼との間で過去の戦いを語り合った。涼はその時の自身の魔法での対応を誇り、アベルはそれを貴族の当然の義務と受け止めた。

出航と次なる大陸への旅立ち

翌朝、二人は宿での快適な一泊を経て、元気な様子でローンダーク号に戻った。全乗員が定刻通りに揃い、艦は八時きっかりに出航した。ローンダーク号は、ついにスージェー王国を離れ、大陸への本格的な航海を開始したのであった。

異変

航海中の日常と語学勉強の継続

ローンダーク号での生活は規則正しく、乗客の涼とアベルは朝の語学授業や昼の個人鍛錬に励んでいた。涼は水魔法を用いて乗組員たちに水をふるまい、シャワーや風呂を提供するなど、積極的に乗組員の生活向上に貢献していた。また、修復系錬金術の訓練として革鎧を用いた実践を積んでおり、アベルとの軽口も交えつつ、平穏な航海を過ごしていた。

北の水平線に現れた異変とクラーケンの接近

乗組員が北の水平線に異変を発見し、ゴリック艦長の指示で船は急転換した。遠眼鏡で確認した結果、それは巨大なトビウオの大群であり、その下にはクラーケンが潜んでいる可能性があった。クラーケンの危険性を考慮し、艦は東方に進路を変更した。これまでの異常な出来事と合わせ、北からの異変に不安を感じた乗員たちは警戒を強めた。

幽霊船出現への兆しと他国艦船との接触

進路変更後、しばらく問題は発生しなかったが、再び北東に船影が確認された。それはボル国の諸島型大型広船であり、ローンダーク号と同等の規模を持つ艦船であった。ゴリック艦長は接近に備えて警戒態勢を整え、アベルと涼も準備を進めた。そこに、新たに渦を巻くような不自然な嵐が現れた。副長のレナはその嵐を「魔物が霧を纏ったもの」と判断し、嵐の速度と広船への追跡から、異常事態であると確信した。

幽霊船ルリの出現と戦闘準備の決断

嵐の中から姿を現したのは、伝承に語られる幽霊船ルリであった。ボロボロの帆を掲げた巨大帆船が広船へ接近し、接舷攻撃を開始した。幽霊船の乗組員はスケルトンであり、広船の乗員を捕えて永遠に働かせようとしていた。スージェー王国の艦長ゴリックは、当初は女王からの任務を優先して躊躇したが、アベルの言葉に後押しされ、船乗りとしての矜持から援護を決断した。

接舷戦の展開とスケルトンの脅威

ローンダーク号は広船に接舷し、乗組員たちが突入して援護に入った。スケルトンはナイフを武器に広船の乗員を圧倒しており、広船側は武器相性の悪さから苦戦していた。一方、ローンダーク号の乗員はあらかじめ対スケルトン用の鎚を装備しており、戦況を優位に進めていた。しかし、幽霊船からは次々にスケルトンがロープ伝いに現れ、終わりが見えない様相を呈していた。

戦況分析と新たな敵の気配

涼とアベルは戦場に加わらず、全体を観察し勝利条件を探っていた。アベルは幽霊船の船首から青く輝く存在を視認し、首魁である可能性を指摘した。涼も同意し、ふたりは敵本拠地への突入を決意した。涼は氷の柱を用いて幽霊船の甲板へと上昇し、スケルトンの大群を〈アイスウォール〉で一掃した。

幽霊船上での一騎打ちの始まり

氷上に降り立った二人を待っていたのは、青く輝く男と女の二人の存在であった。彼らは百年ぶりに甲板に上がった来訪者として涼とアベルに剣を振るった。アベルは男と、涼は女と対峙し、両者とも剣を交えることとなった。こうして、幽霊船ルリの甲板上で、新たな戦いの幕が切って落とされた。

幽霊船の主との戦闘開始

涼とアベルは幽霊船ルリの甲板上で、剣を構える男女の亡霊と対峙した。アベルは男と、涼は女と交戦を開始し、アベルは膂力と速度に優れた敵に対し、身軽さと剣術で応戦した。涼は敵の魔術を観察しつつ〈水弾〉で攻撃を試みたが、女はこれを霧化させ無効化したため、より上位の魔法である〈アイスニードル〉に切り替えた。これにより女の足を凍らせることに成功し、両者は互いに実力を認め合った。

船内突入と剣士アベルの独走

敵の力を認識したアベルは、足止めではなく撃破を狙うため、男を海へ蹴落とすと同時に船内に飛び込んだ。船内は暗闇で包まれていたが、アベルは自らの勘と剣術を頼りに進行し、中央階段にいた敵を斬り倒しつつ、正面扉を蹴破って操舵室へ突入した。そこでは女の亡霊が待ち受けており、男を先に倒したアベルに対し怒りを露わにした。

魔法と剣の連携戦術による突破

女は魔法でアベルの視界を封じ、追撃を仕掛けたが、涼が〈レイ・オブ・ライト〉で助太刀に入り、女の注意を引きつけた。視界を回復したアベルは即座に間合いを詰めて一閃し、女に重傷を負わせた。女は霧となって逃走を試みたが、涼が〈アイスストーム〉を発動し、凍気によって霧ごと動きを封じた。アベルはこの隙を見逃さず、女の喉元に剣を突きつけて戦闘を終結させた。

亡霊たちの記憶と終焉の選択

戦いの後、涼とアベルはふたりの亡霊から事情を聞き出した。彼らはかつてボル国の船員であり、ルリ号とともに嵐に呑まれて死した者たちであった。以後、霧により半ば意識を持ったまま彷徨い、航海を続ける呪いの存在となっていた。二人は記憶の断片から、生者を呪っていたことを悔い、終わりを選ぶよう懇願した。涼とアベルはそれに応え、氷魔法と剣によって船の舵輪を破壊し、亡霊たちを霧の中へ還した。

幽霊船の消失と海上の静寂

舵輪の破壊と同時に船体全体が霧とともに崩れ始め、スケルトンも海へと消えていった。ローンダーク号とボル国の広船の乗員たちは幽霊船の消失に驚きつつも、残された船上の静けさを噛み締めた。霧が晴れ、幽霊船は完全に姿を消した。涼とアベルは任務を果たし、広船の乗員救助をローンダーク号の乗員に任せ、黙って見守っていた。

霧の向こうに広がる新たな海原

数時間後、ローンダーク号は再び航行を開始し、嵐の余波もすでに収まっていた。甲板上ではゴリック艦長とレナ副長が今後の進路について言葉を交わし、北から続く異常気象と魔物の動向に警戒を強めた。やがて霧が完全に晴れ、艦の前には蒼く晴れ渡った大海原が広がっていた。船は再び帆を掲げ、目的地である自由都市クベバサへ向けて静かに進んでいった。

食後の談笑と平穏な船上の空気

ローンダーク号の甲板上では、涼とアベルが昼食後のコーヒーを楽しんでいた。氷のテーブルと椅子は涼の魔法によるもので、船の乗組員たちもそれぞれの当番制の合間に穏やかな時間を過ごしていた。幽霊船との遭遇から二日が経過しており、ボルの広船の乗組員たちは全員無事で、いつの間にか傷も癒えていたため、ローンダーク号とは現地で別れた。

黒い『門』の出現と不穏な気配

突如として、甲板上に四メートル四方の黒い『門』が現れた。乗組員たちはその異様な存在に声も出せず、ただその場に立ち尽くした。アベルも警戒を強めたが動けず、涼のみがその正体を理解していた。涼はそれを夢や幻だと信じようとしたが、黒い『門』からは男女の声が響き、やがて悪魔レオノールとジャン・ジャックが姿を現した。

二人の悪魔の訪問と涼との応対

登場した二人の悪魔に対し、涼は名を呼んで応対した。アベルは彼らの危険さを即座に察知しつつも、無用な敵意を示さぬよう自制した。涼が「戦えない」と宣言すると、レオノールは戦闘の意思はないと語り、彼らのために用意された椅子に感嘆しながら着席した。涼は最高級のコーヒーを振る舞いながら、彼らの来訪の理由を問うた。

訪問の動機と噛み合わぬ対話

レオノールは涼が「遊んでくれなかった」ことへの文句として訪れたと語り、涼は意味を掴めぬまま困惑した。彼らの会話は断片的で、涼が飛ばされた理由や多島海との関連性も曖昧なままであった。ジャン・ジャックは本来なら陸地に着いてから訪れるべきだったと語ったが、結局レオノールに押し切られて門を開いたことが明かされた。

コーヒーの余韻と悪魔たちの帰還

涼の淹れた二杯目のコーヒーを堪能したレオノールは、満足した様子で帰還を宣言し、ジャン・ジャックを連れて門の中へと姿を消した。門も同時に消滅し、甲板上には再び平穏が戻った。彼らは嵐のように現れ、嵐のように去っていった。

門の後の会話と涼への関心

門の向こうで、レオノールとジャン・ジャックは涼が幽霊船『ルリ』に遭遇したことに気づき、それでも無事であったことに感心していた。彼らは涼を「特異な存在」として認識し、その注目の的になったことを確認した。さらに、レオノールは涼を自らの獲物と宣言し、ジャン・ジャックと共有することを拒んだ。ジャン・ジャックは涼に接触したことを弁明したが、レオノールの拒否は変わらなかった。

余韻とクベバサへの到達

一方、船上ではアベルと涼が悪魔たちの目的を測りかねつつも、戦闘にならなかったことに安堵していた。コーヒーの二杯目を飲みながら、ふたりは再び「平和が一番」と確認し合った。その十日後、ローンダーク号は自由都市クベバサの領海へと到達した。

自由都市クベバサ

自由港沖での停泊と入港の遅延

ローンダーク号は、自由都市クベバサの自由港沖に停泊し、入港許可を待っていた。スージェー王国の軍艦であるため手続きが商船とは異なり、入港には港湾当局の特別な許可が必要であった。港からの手旗信号により「そのまま待て」と伝達され、艦長ゴリックは涼とアベルに、今夜は船中泊となる可能性を告げた。すでに午後五時を過ぎていたため、二人もそれを了承した。

甲板での談笑と自由都市の話題

停泊中、涼は「都市の空気は自由にする」という世界史で学んだ概念を口にし、都市における自由の象徴としてのクベバサに興奮していた。一方アベルはそれに懐疑的な反応を示した。二人は、宿の話や自由都市の印象を交えながら、仲睦まじく会話を交わした。夕食はスーシー料理長の豪華な料理がふるまわれ、乗組員たちは上機嫌となった。

自由都市クベバサの地理と構造

クベバサは大陸部と三つの大島、さらに十以上の小島で構成されていた。行政島には最高評議会や省庁があり、外交島には各国大使館が設けられ、スージェー王国の大使館も存在する。監獄島はその名の通り巨大な刑務施設であり、一般人の立ち入りは制限されていた。大陸部は商業・居住・軍事施設が集まり、アティンジョ大公国とゲギッシュ・ルー連邦への備えも整えられていた。

港湾省の混乱と入港承認の裏側

港湾省のミシタ副大臣は、アティンジョ大公国の旗艦および二百隻の艦隊を迎えるという前代未聞の指示に困惑していた。副官ロンファンの報告によれば、命令はバガージー大臣による正式なものであった。混乱を予期しつつも、ミシタ副大臣は命令に従う決断を下した。一方、スージェー王国のローンダーク号の入港申請も届き、ミシタはその背後にある諜報活動の可能性に警戒しつつ、翌朝の入港を許可した。

自由港への入港と簡素な入国審査

翌朝、ローンダーク号は自由港に入港した。港湾管理局の担当者による簡素な乗員確認が行われ、写真や特殊な証明なしでも、全員が問題なく入国を認められた。涼とアベルも例外なく通過したが、涼の魔法によって生成された氷の荷車には若干の注目が集まった。中には大量のデナリ通貨が収納されており、触れると凍る仕掛けまで施されていた。

宿泊施設『自由の風亭』への移動と驚き

ゴリック艦長は外交島へ向かい、涼とアベルはレナ副長と共に乗組員五十人と宿へ向かった。宿『自由の風亭』は自由港の近くにあり、スージェー王国の王室資本によって設立された高級宿であった。その広さと接客の質の高さに二人は感嘆した。スーシー料理長の話によれば、彼女の両親がかつて大使館の料理長をしており、幼少期にも訪れていた思い出の場所でもあった。

室内での金庫機能付き魔法とその仕組み

割り当てられた部屋はスイート仕様であり、氷の塊に魔法で収納された金銭が保管されていた。アベルが金を取り出そうとした際、涼の指示に従って手を差し出すと、魔法で自動的に革袋が手元に現れた。この魔法は涼本人がいないと作動しない設計であり、アベルはその利便性と同時に不安も覚えていた。

自由都市での散策と褒め言葉のやりとり

午前中に宿にチェックインできた理由について、アベルは昨日の段階で部屋が用意されていたからと推察し、涼に褒められると照れた様子を見せた。涼はアベルの人柄や国王としての資質に関して思案し、話題を自然に展開させながら、自由都市の空気を楽しんでいた。

地元飲食店『嬉食庵』での食体験

二人は裏通りに漂う肉の香りに誘われ、地元民向けの店『嬉食庵』を訪れた。東方語の猛特訓を受けていた成果により、メニューを読めることに感動しながら注文を終えたが、料理内容は予想がつかなかった。それでも出てきた料理の香りと味は想像以上に素晴らしく、二人は満面の笑みで食べ進めた。常連客たちもその様子を微笑ましく見守り、店内には穏やかな雰囲気が流れていた。

満腹の余韻と監視者の存在

昼食を食べ過ぎた涼とアベルは、満腹による倦怠感から歩行すらままならなくなり、広場に面した茶屋に入って休息を取った。彼らは緑茶を飲みながら、偶然にもゴリック艦長と乗組員ナン、ニンの三人を目撃した。彼らはスージェー王国大使館の任務で動いていたが、涼とアベルはその動きに気づきつつも視線を合わせないよう配慮していた。アベルは艦長たちが陽動として監視を引きつけ、その隙に別の部隊が動いているのではないかと推測した。

艦長ら三人と尾行者の駆け引き

ゴリック艦長とナン、ニンは、大使館から依頼された招待状の配布任務に従事していたが、自由都市クベバサ内で尾行されていた。尾行者の動きが明白であることから、彼らがクベバサの正規諜報機関である「特殊防衛局」の人間ではないと推察された。三人は、視界を確保できる広場に面した茶屋に入り、逆に監視者の様子を観察した。店内には新たに女性が一人入ってきたが、尾行者とは無関係と判断された。

涼とアベルによる監視状況の分析

艦長らの動きを静かに見守っていた涼とアベルは、監視者の数を分析し、合計六人を把握した。うち一人は屋敷の尖塔から遠眼鏡で監視しており、視覚系魔法によって涼がその存在に気付いた。アベルは、自分の気配感知能力と比較して涼の観察力に舌を巻き、改めて魔法使いとしての実力を認識した。

諜報の対象となるリスクと皮肉な自覚

監視が艦長たちに集中する一方で、自分たちにはあまり注意が向けられていないことに対し、涼はアベルこそが最も危険な存在であるべきだと皮肉交じりに語った。アベルはその言葉に冷静に応じつつ、涼の悪ノリにやや呆れた表情を見せた。二人の軽妙なやりとりは、互いの信頼と警戒心のない関係性を浮かび上がらせていた。

アティンジョ大公国大使館での会話と秘密工作

同日夕刻、アティンジョ大公国大使館では、二等書記官ズルーマと秘書官ミニーが密談を交わしていた。ズルーマはスージェー王国から引き揚げ、ゲギッシュ・ルー連邦での任務を終えてクベバサに戻ったばかりであった。明日の大公弟の到着と二百隻の艦隊上陸に備え、自由都市併合作戦の最終準備に入っていた。

盗聴符の装着と監視態勢の完成

ミニー秘書官は、ズルーマの命を受け、スージェー王国から来た人物の一人に対して極小の『符』を耳に忍ばせることに成功していた。この符は五百メートルの範囲で会話を傍受できる高度な道具であり、極小のサイズと操作技術が要求される作業であった。ミニーはその難業をこなし、監視対象の一人から継続的に情報を得られる態勢を整えた。

作戦の核心と二等書記官の誇り

ズルーマは、スージェー王国の動きが陽動であると見抜いた上で、自身の任務がいよいよ大詰めに入ったことを喜んでいた。翌日には四万人の海軍兵と共に大公弟が上陸予定であり、自由都市併合作戦は最終局面を迎えようとしていた。ズルーマは、この一大作戦が自らの秘密工作員としての集大成であることを誇りに思い、静かに勝利を確信していた。

新大使赴任

水平線を埋め尽くす大艦隊の出現

自由都市クベバサの港に、アティンジョ大公国の大艦隊が突如姿を現した。市民はその規模に驚愕し、役人たちも現実を理解するまでに時間を要した。艦隊は正式に申請されていたが、その数と威圧感は想定を遥かに超えていた。

空中戦艦ゴールデン・ハインド再建案の浮上

ナイトレイ王国の魔法使い・涼は、大艦隊を見たことに触発され、空中戦艦ゴールデン・ハインドを二百隻建造する案を提示した。だが、アベルの試算により一隻あたり一兆フロリンという膨大な建造費が判明し、非現実的であると否定された。アベルが費用を事前に把握していたことから、彼自身もかつてこの計画を真剣に検討していたことが明かされた。

外交戦略としての威圧と軍事力の示威

アベルは、実戦を避けて勝利する戦略の重要性を語り、マキャヴェッリの『君主論』を引用して国防思想を語った。涼もこれに同調し、『孫子』を用いて戦わずして勝つ戦略の理想を述べた。

スーシーとレナの登場と自由都市の不穏な空気

ローンダーク号の乗員であるスーシー料理長とレナ副長が登場し、クベバサの空気が不穏になっていることに共感した。彼女らはゴリック艦長ら他の乗員が各所で活動していることを報告し、事態が重大であることを暗示した。

副大臣と補佐官たちの動揺と疑念

港湾省のミシタ副大臣は、予想外の新大使としてヘルブ公が来訪したことに驚愕した。ヘルブ公はアティンジョ大公の同母弟であり、南方呪法使い教会の十師の一人という要人である。このような人物が大使に就任することは常識外れであり、ミシタは状況を理解できずに困惑した。

外交関係者たちの困惑と焦燥

スージェー王国のランダッサ大使も、ヘルブ公の赴任に驚き、次の園遊会への対応に苦慮した。彼の地位と知名度を考えれば、外交儀礼に則るだけでは済まされない影響力を持つ人物であった。

自由都市の現状と市中に潜む軍人の影

涼とアベルは、市中に明らかに一般市民と異なる者たちの存在を感じ取り、これを軍関係者であると推測した。艦隊の全員が上陸していないとはいえ、その威容は民心に大きな影響を与えていた。

補佐官三人組の情報交換と疑惑の共有

ロンファン、ゾー、ジューズの三人の補佐官は、大臣たちが一様に頭痛を訴えていること、ヘルブ公の赴任の異常性、そして呪法使い教会の影響力の大きさについて語り合った。特に、ヘルブ公が秘密工作部の責任者であるとの噂により、大公国の本気度が浮き彫りとなった。

自由都市防衛への楽観と警戒の交錯

三人は、自由都市が軍事・経済両面で強力であると自負しつつも、大公国による軍事的奇襲の可能性や内部浸透戦術への警戒を深めていた。港湾省・外務省など関係省庁間での情報連携の必要性を確認し、再会を約した。

涼とアベルによる傍受と情報管理意識の指摘

補佐官たちの会話を偶然聞いていた涼とアベルは、公共の場での機密会話の問題点を指摘し、情報管理の甘さを危惧した。ヘルブ公の存在がもたらす波紋についても認識を深めた。

明日への備えと日常の継続

最後に二人は、また同じ時間に茶屋に来る意向を確認しつつも、食べ過ぎという愚行を繰り返さないようにと誓い合った。日常と緊張が交錯する中、自由都市における一日が終わろうとしていた。

三日連続の食べ過ぎと情報収集の舞台

広場に面したお茶屋で、アベルと涼は三日連続の満腹状態に陥っていた。彼らは店内で緑茶を飲みながら、前日と同様に隣の席に現れた補佐官たち――ロンファン、ゾー、ジューズ、そして新たに加わった内務省のラーサ――の会話を耳にした。

高官たちの頭痛と思考力低下の連鎖

四人は、港湾・外務・財務・内務の各大臣が共通して酷い頭痛を訴え、思考力が鈍っていることを共有した。副大臣以下にはその兆候が見られないことから、標的が大臣に限定された何らかの工作が行われていると推察された。原因としては薬物、魔法、あるいは呪符が候補に挙げられた。

呪符による不意打ちと防御魔法の発動

会話の最中、突如として天井付近から呪符が現れ、〈エアスラッシュ〉のような魔法攻撃が放たれた。四人を狙ったその攻撃は、涼が即座に展開した〈アイスウォール〉によって防がれた。周囲の客も混乱し、避難する中、剣士アベルと魔法使い涼も広場へ退避した。

呪法使いの特性と奇襲手段の考察

涼とアベルは、上方からの攻撃が人間の死角を突く戦術として有効であることを認識し、呪法使いの典型的な手法である可能性を指摘した。かつてスージェー王国での襲撃と共通する点も見られたが、今回は攻撃者の位置を特定するには至らなかった。

襲撃の目的と市民への示威行動

二人は、今回の襲撃が示威的な行為であり、自由都市政府の高官を街中で襲撃可能であるという事実を市民に印象づける狙いがあると推察した。実際に、現場周辺の市民たちの間ではアティンジョ大公国が犯人と見なされ、不安が急速に広がっていた。

市民の心を折る戦略としての心理戦

涼は、都市占領の手段として一気呵成の制圧よりも、戦わずして市民の心を折る心理的圧迫が効果的であると説明した。アベルも王都が一夜で占拠された過去を思い出しつつ、それでも民衆による抵抗運動が発生した例を挙げた。今回の大公国の狙いは、最初から市民に絶望を植え付け、抵抗の意思そのものを削ぐことにあるとした。

早期制圧と後方安定の狙い

涼は、先に力を見せつけておくことで占領後の混乱や反乱の芽を摘む方針がとられていると分析した。その方法は確立されており、大公国は自由都市側の警戒や防衛強化も想定済みであると結論づけた。

国家滅亡の避けられない運命と民の役割

涼は、どの国家もいずれ滅ぶという歴史学の観点に立ち、滅亡を食い止める手段が国民一人ひとりの行動にあることを示唆した。自由都市に今必要なのは、心を折られずに立ち向かう意志であると、二人は静かに理解し合っていた。

襲撃後の動揺と省庁内の対応

ロンファンとゾーの二人は、呪符による攻撃を受けた直後、行政島から港湾省へと逃げ帰り、補佐官室に籠った。攻撃は風属性の魔法であり、天井から発せられた呪符によるものであった。二人は、自分たちがまだ具体的な行動を起こしていなかったにもかかわらず狙われたことに困惑した。安全確保のため、以後は省内で寝泊まりすることを決断した。また、自身を守った魔法障壁について特殊防衛局の関与を疑い、その功労に対し感謝の念を抱いていた。

アティンジョ大公国側の襲撃の意図と反応

アティンジョ大公国大使館内では、二等書記官ズルーマが失敗した呪法使いザバンを叱責していたが、そこへヘルブ公が現れ、襲撃自体の成否は重要ではなく、衆人環視の中で襲撃が実施された事実に意味があると明かした。ヘルブ公は、今後特殊防衛局の調査を指示し、その力を削ぐ意図を示した。また、園遊会への参加を明言し、スージェー王国大使への対応困難を楽しむと語った。彼は、自らの赴任が自由都市最後のアティンジョ大公国大使としてのものになると述べ、不穏な意図を匂わせた。

辛さで食べ過ぎを回避した日常と観光の始まり

翌日、アベルと涼は四日目にして満腹による行動不能から解放された。辛さにより食欲が抑えられたことで、午後の時間を使い行政島を見学することにした。彼らは巨大な行政橋を渡りながら、自由都市の経済力や技術力に感嘆しつつ、国の発展に必要な成長や研究、学問への投資の重要性について語り合った。

国の発展と税制・経済政策の在り方の議論

涼は、国家の成長を止めることの危険性と、税制の在り方が民の生活や革新性に直結することを訴えた。税金の使い道と配分、政府が果たすべき役割についても意見を述べ、アベルもその意見に関心を示した。やがて議論はケーキ五十個購入案に脱線しつつも、バランスある政策の必要性に帰結した。

行政島と外交島の構造と設計思想

行政島の政治的建造物を見学した二人は、官庁街の活動を観察しながら、さらに外交島へと向かった。三つの島は巨大な橋で結ばれており、行外橋を通じて外交島に入った彼らは、その華やかで洗練された雰囲気に触れた。行政島とは異なり、外交島には個室付きのカフェや酒場が点在しており、非公式な外交交渉の場として利用されている様子がうかがえた。

非公式交渉の重視と評価の難しさ

アベルは外交交渉における裏方の努力の重要性を語り、涼も魔法や剣術と同様に、見えない部分での積み重ねが最終的な成否を分けると認識した。目立たない努力は過小評価されがちであるが、失敗経験を活かす者こそが組織の中で成長していくと認識していた。

外交島での冒険者との遭遇と探究心

外交島を歩いていた二人は、異質な装いの一団とすれ違い、それが冒険者であると判断した。彼らの装備や服装から、中央諸国とは異なる文化的背景を感じ取った。涼は冒険者ギルドに類する組織――冒険者互助会――の存在に興味を示し、アベルもそれに同調した。彼らの冒険者としての探究心は衰えておらず、さらなる探索を視野に入れながら、次なる行き先である大陸部分へと戻っていった。

園遊会直前の緊張と来賓の注目

園遊会の当日、自由都市の面々は、主催者であるスージェー王国大使ランダッサと、主賓たるアティンジョ大公国大使ヘルブ公の対応に神経を尖らせていた。園遊会は通例として主催者の邸宅内の庭で催され、他国大使を招いて親睦を深める場であったが、今回は形式以上に政治的な含意が大きく、特にヘルブ公の言動に注目が集まっていた。

来賓たちの反応とヘルブ公の存在感

園遊会には、十六の国や都市の代表者が姿を見せたが、アティンジョのように軍艦を派遣している国は他になく、その事実だけで周囲に緊張感を与えていた。ヘルブ公は副使に呪法使いのズルーマを伴い、礼儀をわきまえつつも、終始他国大使たちに圧力をかけ続けた。

スージェー大使の精神的疲弊

主催者であるスージェー王国のランダッサ大使は、精一杯の努力を見せていたものの、ヘルブ公の存在により精神的に追い詰められていた。彼は主催者として立場を保とうとするが、宴の進行もままならず、まともに料理に手を付ける余裕もなくなっていた。

ヘルブ公の言葉と沈黙の威圧

ヘルブ公は園遊会の最中、特に暴言を吐くわけではなかったが、その一挙手一投足が他国代表者たちに強い印象を与えていた。彼は他国大使らの話を黙って聞くだけで、彼らが言葉を選び直すほどの威圧感を放っており、実質的に言論の自由が失われる空間となっていた。

ランダッサ大使の退場と自責

ヘルブ公が他国大使の会話を牽制する中、ランダッサ大使はついに限界を迎え、園遊会の途中で控室へと姿を消した。彼は庭園の片隅で涙をこぼし、自身の不甲斐なさと国の無力さを痛感していた。呪符を用いた襲撃事件や大艦隊の出現に対し、有効な手立てを講じられなかったことへの責任を背負っていた。

アベルと涼の参観と評価

園遊会の様子を傍から見ていたアベルと涼は、ヘルブ公がスージェー王国を名指しで責めるのではなく、その場の空気全体を支配する形で影響力を行使していることを冷静に見抜いていた。特に、外交の場において「敵を直接非難せずに従わせる」戦略が採られていると評価した。

戦略的会話の巧妙さと呪法使いの姿勢

ズルーマをはじめとする呪法使いたちは、その場では何も発言せず、静かに後ろに控えていた。だが、その沈黙すらもヘルブ公の威圧を補強する要素となっており、あたかも何が起きても即座に対応できるという含意を含んでいた。

園遊会の終幕と冷たい評価

宴の終了時刻が近づくにつれ、多くの大使たちは形ばかりの礼を交わしつつ、早々に退席していった。表向きは平穏のまま終わったものの、参加者全員が自由都市の未来に暗い影を感じていた。ヘルブ公は最後に一言も発することなく、その背中で「自由都市が終わる」という予兆を示して会場を後にした。

園遊会

園遊会の目的と構成

園遊会とは、庭園を用いた立食形式の外交行事であり、椅子に固定されずに自由に歩き回りながら参加者同士の情報交換や誘導的情報の流布を行う場である。主催はスージェー王国大使館であり、招かれるのは他国の大使や外務関係者などの外交関係者に限られていた。ナイトレイ王国のアベルと涼の両名も招かれ、現地でランダッサ大使からの歓迎を受けた。

スージェー王国の対応方針と撤退計画

アベルはスージェー王国がアティンジョ大公国の動きにどう対応するかを問うた。それに対し、ランダッサ大使は、スージェー王国は大公国が自由都市へ軍事介入した場合も不介入を貫くと表明した。その主因は距離の問題と兵力投射の現実性にあり、すでに本国からは大使館の閉鎖と関係者の撤収、希望者への移住許可証発行が指示されていた。資産のうち回収不能なものは放棄される予定であり、「自由の風亭」については運営継続の判断は自由都市側に委ねられていることが明かされた。

外交関係者たちとの交流と料理の楽しみ

アベルと涼は、園遊会にて自由都市の港湾副大臣や、コマキュタ藩王国副大使バンスノらと顔を合わせた。バンスノは蒼玉商会創業家出身であり、二人を蒼玉商会の恩人と呼び、支援を申し出た。園遊会ではロゴ・バギルシュ料理長とスーシー料理長による料理が振る舞われ、アベルと涼はそれらを堪能し、料理への評価を交わしながら、時に剣術や過去の訓練について語り合った。

ヘルブ公の登場と『完璧な一礼』の効果

園遊会の終盤、アティンジョ大公国の新任大使であるヘルブ公が到着し、会場の注目を一身に集めた。彼が披露した完璧な一礼は、参加者たちの無意識に訴え、彼を「優れた人物」と印象付ける効果を発揮した。しかし、それに顔をしかめた者もいた。バンスノは商家の教育によりその礼の意味を理解しており、レナは軍人としての経験から、アベルは王族としての修練から、その「支配的効果」を見抜いていた。

ミシタ副大臣との対話と艦隊壊滅の示唆

ヘルブ公はミシタ港湾副大臣から詰問を受けたが、冷静に対応し、逆に自由都市艦隊が北方にいる不可解さを突いた。さらに、自由都市艦隊の主力が既に壊滅した可能性をほのめかし、「青い島」という謎の用語と共に、海軍大臣と艦隊長官に直接確認するよう促した。その含意は、自由都市内部に情報が隠蔽されている可能性を示唆していた。

アベルとヘルブ公の対話と対立

ヘルブ公はアベルと涼の元にも現れ、中央諸国ナイトレイ王国の名を聞いて驚きを示した。アベルは、過去に隣国に占領された経験から、自由都市の併合を快く思っておらず、敵意をあらわにした。ヘルブ公はそれに対し冷静に応じ、外交的にも武力的にも優位な立場を崩さなかった。そして最終的に、自由都市の併合を明言し、邪魔する者は排除すると宣言した。アベルもまた、自身の信念に従って行動すると応じた。

戦争の本質と涼の歴史観

その後、涼は戦争の原因について語り出し、九割は経済的理由、残りは地政学的理由、加えて内戦や解放戦争の存在を挙げた。戦争の回避には、資源と動力源の普遍的な確保が必要であると語りつつも、人類が未だその段階に至っていないことを嘆いた。アベルはそれに理解を示し、自身が謀略に向かないと自認する一方で、涼もまた謀略には向いていないと自覚した。

平和と料理への回帰

園遊会の終盤、巨海老の蒸し焼きが登場し、二人は再び料理を楽しんだ。美味しい料理は人を幸せにし、平和を象徴するものであると感じながら、涼はその味を噛み締めつつも、世界平和の実現の難しさを改めて思い知ることとなった。

ヘルブ公の情報収集命令

園遊会から戻ったヘルブ公は、アベルと涼の情報収集を命じた。命じられたズルーマ二等書記官は、主人の異例とも言える関心の高さに驚きつつ、即座に対応した。ヘルブ公は感情を揺らさぬ呪法使いであり、その心の動きが行動に現れたことは極めて稀であった。彼の関心は、二人の人物が放つ異質さにあった。

スージェー王国による独自調査の開始

同時刻、スージェー王国大使館では、ランダッサ大使がゴリック艦長に調査任務を依頼していた。目的は、大公国のヘルブ公が示唆した自由都市艦隊主力壊滅の真偽を確認するためであった。調査対象海域は、自由都市が演習中とする東方の海であり、ローンダーク号により派遣されることが決定された。艦隊が本当に壊滅している場合、大公国の行動は既成事実化されてしまう恐れがあった。ランダッサ大使は非常事態に備え、最寄りのゲギッシュ・ルー連邦モス大使館への連絡を指示し、ゴリック艦長は任務を正式に受領した。

自由都市政府内の混乱と異変の兆候

港湾副大臣ミシタは、ヘルブ公の発言を受けて激しく動揺し、ロンファン補佐官と共に情報の裏付けを急いだ。副大臣は海軍省や艦隊司令部への直接確認に動くことを決意し、港湾大臣の不在が続いている異常事態にも注意を払った。政府高官たちは一様に頭痛を訴え、特に首相ノソンに対しても疑念を抱き始めていた。首相は自由都市の最高評議会により選ばれるが、現在は無気力な老政治家という印象が強く、政府の指導力には陰りが見え始めていた。

アベルと涼の帰路と園遊会の評価

一方、帰路の馬車内では、涼が何も事件が起こらなかった園遊会に物足りなさを覚えていた。アベルはその考えを否定しつつも、自由都市艦隊壊滅の情報の重大性を認識していた。二人はヘルブ公の力量についても言及し、呪法と剣を共に極めたその資質に警戒を示した。涼は彼の立ち振る舞いに何らかの歪みを感じたが、違和感の正体は掴めなかった。

ノア王子の将来と王族の在り方への思索

話題はノア王子にも及び、王族としての宿命に思いを巡らせた。アベルは、剣と魔法による自衛の必要性を語りつつ、兄であるカイン王太子の能力の特異性を例に挙げた。涼はアベルの行動力を肯定しつつも、頭脳派に対する憧れと現実の自覚を共有し、二人は自身の不向きな面を認め合った。

ローンダーク号の緊急出航

その頃、『自由の風亭』では、乗組員たちが緊急出航の準備に追われていた。副長レナやスーシー料理長が現れ、ヘルブ公の発言に関連した動きであることを暗示しつつ出航に向かった。ローンダーク号はすでに出港準備を整えており、艦内では一等航海士モスターラが指揮を執っていた。外交島からゴリック艦長一行、陸側からレナ副長らが集合し、直ちに出航が行われた。

追撃を回避するための戦術行動

出航直後、ローンダーク号は大公国艦隊の追跡に遭遇した。前方には遠洋強襲艦、後方には高速艦が迫っており、包囲される危機が迫っていた。ゴリック艦長は巧みに進路と帆の構成を変更し、さらに『風吹機関』によって向かい風を作り出し減速させ、敵の油断を誘った。機関を最大出力に切り替えた直後、一気に船速を上げ、斜め後方からの追い風を全ての帆で捉えて脱出を図った。

大公国艦隊の混乱と離脱成功

想定を上回る加速によって、ローンダーク号は大公国艦隊の追撃を振り切ることに成功した。『風吹機関』と〈魔法障壁〉の同時展開という軍事機密を駆使し、極限状態での逃走劇を演出した。追撃艦の砲撃も届かず、ローンダーク号は海上を高速で走り抜け、ついに水平線の彼方へと姿を消したのであった。

順調な航海と残骸の発見

ローンダーク号は大公国艦隊を振り切り、順調に東進していた。航海士モスターラの報告により、予定より六時間以上早く該当海域に到着する見込みが立った。だが前方に漂う多数の板が発見され、艦長ゴリックはそれが船の残骸であることを確認した。副長レナも同様の判断を下し、自由都市艦隊の主力艦の残骸である可能性を示唆した。国旗や海軍旗の漂流を捜索しつつ、生存者の可能性にも言及した。食事の重要性がスーシー料理長から指摘され、全員に昼食が命じられた。

異常な海域と存在しないはずの島の発見

午後五時、ゴリック艦長は海の色が異様に黒ずんでいることに気付き、同時に未知の島が発見された。この島は大使館が提供した古い海図にも記載がなく、不自然な存在であった。艦長は該当海域で自由都市艦隊の壊滅を確認したが、島の正体に不安を抱き、急速な回頭を命じてその場から離脱を図った。

浮上する沈没船と幽霊船の出現

離脱の最中、後方の海中から巨大な泡とともに自由都市艦隊の旗艦ポロロック号が浮上した。その姿は破損が激しく、すでに沈没していた船であった。ポロロック号からは鎖が延び、ローンダーク号に絡みついた。乗組員が引き剥がそうとしたが効果はなく、幽霊船と判断されたポロロック号から紐が飛ばされ、ゾンビがローンダーク号に侵入しようとした。乗組員たちは紐を斬って防いだが、やがて大量の紐が飛来し、甲板にゾンビが上陸した。

ゾンビとの接舷戦と防衛戦

ゾンビの正体は自由都市艦隊の乗組員であり、ローンダーク号の者たちは最初こそ哀れみを覚えたが、即座にその感情を捨てて戦闘に入った。レナ副長の命令により死者を出さぬよう対応が徹底され、傷を負った者はすぐに後方に下げられた。ゾンビは一定の範囲を超えて前進せず、艦長はそれがどす黒い海域の範囲であると推測した。

脱出のための決断と反撃

ゴリック艦長はゾンビが黒い海域に留まっていることから勝機を見出し、機関部に全力運転を命じた。同時にレナ副長にはポロロック号とを繋ぐ鎖の切断を指示した。レナ副長はモスターラに敵を任せ、魔法〈風裂〉と剣の一撃で鎖を断ち切った。ローンダーク号は最大速で走り出し、海域を脱した直後にゾンビたちは崩れ落ちた。

報告と未来への警鐘

戦いが終わり、ゴリック艦長は戦った者たちを称賛した。レナ副長の問いに、艦長は見たままを報告すると答えた。この現象は人間にとって危険なものであり、無視すべきではないと考えたからである。海域の立ち入り禁止や国際的な協議が必要な事案と判断し、報告を決意した。報告しないことでの後悔を恐れた結果であった。

不穏

昼食処の異変

涼とアベルは、自由都市にあるお気に入りの食事処『嬉食庵』を訪れたが、営業していなかった。店主は材料の仕入れができなかったと説明し、他の従業員の姿もなかった。仕方なく他の店を訪れるが、『食べ倒れの店』も含めてすべての飲食店が閉店しており、二人は昼食難民となった。街の住民も同様に絶望しており、食事処の異変は市全体に広がっていた。

互助会からの手紙と涼の決意

昼食を諦め、『自由の風亭』に戻った二人は、冒険者互助会からの手紙を受け取る。手紙の内容を読んだ涼は急いで互助会へと向かい、アベルもそれを追った。互助会では、会長と『虎の牙』の三人が待っており、依頼である食事処ガイドの調査を中止したいという申し出があった。理由は、自由都市内の食事処がほとんど営業できない状態になったからであった。

食料買い占めの事実と依頼成功の裁定

食事処閉鎖の原因は、アティンジョ大公国による市場の食料買い占めであると会長から告げられた。『虎の牙』の三人は、八級への昇級をかけて調査していたが、調査打ち切りにより依頼は失敗扱いになる予定であった。涼は六軒分の調査情報を受け取ったことを理由に、依頼を成功と認めるよう申し出た。会長はこれを受け入れ、依頼は成功扱いとなった。

大使館への抗議と門の突破

怒りを抱いた涼とアベルは、アティンジョ大公国大使館へと向かった。市民や料理人たちも集まって抗議していたが、大使館側は応じなかった。涼は魔法〈ウォータージェット〉により大使館の門を切断し、形の上では「門を開けられた」として中に侵入した。アベルもそれに続き、〈アイスウォール〉で防衛を封じたまま館内を進んだ。

ヘルブ公との対面と対話の決裂

館内最奥で、二人はヘルブ公とズルーマ二等書記官に対面した。涼は食料買い占めの中止を申し入れるが、ヘルブ公は政策の一環であり正当と主張し、要請を拒否した。涼は、ヘルブ公が人間種ではない存在であると看破し、それを指摘したことで、ヘルブ公は本性を現した。

異質な存在の正体と開戦

涼の洞察により、ヘルブ公は人間ではなく「何か別の存在」としての自覚を露わにし、ズルーマ書記官にも忠誠を問うた。その忠誠を試す儀式のような行動により、ズルーマの胸には魔法陣が刻まれ、力が覚醒した。ヘルブ公はこれで「二対二」として、戦いを開始する意思を示した。

決戦の始まり

アベルはズルーマと、涼はヘルブ公と対峙する構図となり、戦いが始まった。戦端を開いたのは涼であったが、その責任を問われても飄々と受け流した。こうして、都市を揺るがす二人の戦いが幕を開けた。

呪符と氷魔法の攻防

涼はヘルブ公に対して〈アイシクルランス〉を放ったが、氷の槍はすべて見えざる壁に弾かれた。これは呪符による防御と推察され、ヘルブ公自身は魔法を唱えずにそれを行っていた。涼は攻撃を強化して三十二本の槍を放つも、結果は変わらなかった。続いてヘルブ公が呪符を使って三属性攻撃を仕掛けるが、涼の〈アイスウォール〉は破られなかった。四属性攻撃による「共振」の有無を検証するため、涼はあえて挑発し、呪符による四属性攻撃を受けたが、やはり共振は発生せず、〈アイスウォール〉は健在であった。この結果から、涼は呪符による攻撃が魔法とは性質を異にし、共振を引き起こさないことを見抜いた。

設置型呪符と空間干渉の確認

涼は〈ウォータージェット〉により建物の屋根や壁を切断し、隠されていた呪符や霊符の存在を明るみに出した。呪符や霊符は物理的な支えを失っても空中に固定され続けており、明らかな空間干渉を示していた。さらに、呪符は外部からの攻撃を受け付けない特性を持ち、涼はその防御性に改めて驚かされた。戦闘経験を通して呪符に関する知識を蓄積する一方で、突破手段を見出せずに苦慮する結果となった。

アベルの戦闘と勝利

一方、アベルはズルーマ二等書記官との剣戟を展開していた。相手の技術は平凡ながらも、速さと力は人外のものであり、アベルは慎重に受け流しながら機を窺った。過去の戦闘経験と熟練の技術を駆使し、アベルは一度の好機を逃さず、背後から心臓を突き、首を斬り飛ばして勝利を収めた。だが直後に、首を失ったはずのズルーマが不意に剣で反撃を試みたため、アベルは即座に四肢を切断し、胸に止めを刺して完全に戦闘不能とした。

ヘルブ公との対峙と発動回避

戦況は二対一となったが、ヘルブ公は依然として椅子に座ったまま動かず、魔法も使用していなかった。涼は、ヘルブ公が何らかの理由で魔法を使用できない、あるいは使用を控えていると推測し、それを明言した。ヘルブ公は、ズルーマに「星を刻む」ことで戦闘の大半を任せ、呪符と霊符で対処可能と考えていたことを認めたうえで、魔法を放てば自由都市一帯を消滅させる恐れがあると述べた。この発言に対し涼とアベルは警戒を強めたが、涼はその発言に一定の信憑性を認めた。

停戦交渉と買い占めの撤回

涼は戦闘の継続が無益と判断し、アティンジョ大公国の市場買い占めを即時停止することを要求した。ヘルブ公はこの要求を受け入れ、貴公子としての態度を保ったまま約束を交わした。涼はさらに呪符を研究用に一枚求めたが、呪符は使用者の一部であり、持つ者に危害が及ぶ可能性があると説明を受け、要望を取り下げた。

市民の歓喜と場の収束

大使館を出た涼とアベルは、外で待っていた飲食店の関係者たちに、食料買い占めが撤回されたことを伝えた。市民たちは、戦闘の痕跡を目の当たりにしつつも、その結果に歓喜し、今後の生活に希望を見出した。こうして、騒動は一応の終結を迎えたのであった。

初めてのおつかい

情報収集の成果と互助会会長の懸念

涼が『虎の牙』の三人から受け取った「クベバサにおけるおすすめ食事処の報告書」に満足して感謝を述べたことで、互助会の三人も喜びを示した。アベルはそのやり取りの様子を見つつ、互助会会長の表情に曇りを見出した。会長は、行政府から国境への手紙の配達依頼を受けており、それが八級の冒険者にちょうどよい任務のように見えながらも、相手が内戦中のゲギッシュ・ルー連邦であること、さらに封印された金属製ファイルの中身が首相の重要書類である点に不審を抱いていた。会長は、首相周辺や特殊防衛局ではなく、なぜ冒険者互助会に依頼されたのかという点に懸念を持っていた。

『虎の牙』の志願と会長の決断

会長が自ら配達に赴こうとした矢先、『虎の牙』の剣士マーラシーが、仲間のニコスディ、ローミウと共に任務への参加を申し出た。三人は依頼の危険性を理解した上で、挑戦の機会として前向きに受け止めていた。会長はその真摯な態度を認め、彼らに依頼を正式に任せることにしたが、自身も同行する旨を宣言した。ただし、移動と引き渡しなど実務はすべて彼らに任せ、自らは同行者として扱うとした。三人は戸惑いつつも了承し、和やかな雰囲気が広がった。

アベルの同行申し出とその動機

その場にいたアベルも、自身からの申し出で同行することを表明した。アベルは冒険者時代の経験と、後輩を思う先輩としての責任感からこの判断を下した。会長は驚きつつも歓迎し、三人の若い冒険者たちはアベルの冒険者としての過去に興味津々であった。涼はアベルの直感を高く評価し、その第六感が今回も何かの異変を察知しているのではと捉えていた。

配達依頼の背景にある疑念

涼とアベルは、今回の依頼に隠された政治的な意図の可能性について考察した。大公国がクベバサの抵抗勢力を削るため、都市守備隊や特殊防衛局を連邦の内戦に引き入れようとしている可能性があるという推測に至った。そのために冒険者を介して公文書を意図的に敵対勢力に奪われるように仕向け、軍事介入の口実とする狙いがあるのではと分析した。涼は、依頼の表面だけでなくその背後にある陰謀の危険性を指摘した。

政治と義賊の評価をめぐる議論

連邦内戦の構図について、涼は政府軍と反政府軍のいずれが善でいずれが悪かは決めつけられないと主張し、アベルの政府寄りの態度に疑問を呈した。涼は義賊と盗賊の違いについても強調し、志の高さを評価基準とした。アベルはそれに苦笑しつつも、民のための善政を貫くことに同意し、もし圧政を敷くようなことがあれば涼が民の側に立つという言葉にも寛容に応じた。

出発準備と同行者の再確認

翌朝、アベルと涼は『自由の風亭』を出発し、冒険者互助会で合流した。涼は弁当を準備し、魔法の〈台車〉に積んで同行していたが、その魔法の特性は会長にとっても聞き慣れないものであった。会長は魔法の不思議さに困惑しつつも、涼の行動に深く追及することはしなかった。こうして、配達任務は一行の出発と共に本格的に始まることとなった。

アベルと『虎の牙』の交流

一行は『虎の牙』の三人を先頭に、涼と会長が後方につく隊列で移動していた。アベルが冒険者としての経験を語り、三人が熱心に質問しながら学ぶ姿勢を見せたことで、その構図が自然と出来上がった。涼は、アベルがルンの街でも後輩からの人気が高かったことを語り、会長もアベルの人柄を評価した。一方で、会長は涼の魔力量の無さに驚き、その理由が狩りのための訓練であると知り感心していた。

国境到着と目的地の錯誤

出発から三時間後、一行は自由都市クベバサとゲギッシュ・ルー連邦の国境に到着した。国境は幅四百メートルの川であり、橋の手前に詰所と国境役所が設けられていた。『虎の牙』と会長が国境役所に入り、「紙挟み」を届けようとしたが、役人からそれは連邦側の役所に届けるものであると説明され、会長は動揺を見せた。三人はすぐに意思を統一し、会長に同行を促し、連邦側の国境役所へ向かった。

橋上での昼食と涼の準備

橋を渡る途中、涼が提案し、橋の上で昼食を取ることになった。涼は氷のテーブルと椅子を生成し、『自由の風亭』で用意した弁当を提供した。料理の出来栄えに三人と会長は驚きと感動を覚え、皆で楽しく食事を取った。橋の上という特殊な場所での昼食は、後に印象深い思い出となった。

再び届け先の変更

食後、一行は連邦側の国境役所に入り「紙挟み」を提出しようとしたが、役所では開封鍵が存在しないため受け取れないと告げられた。鍵があるのは連邦首都モスであり、最終的な届け先はそこだと判明した。会長は国境までの依頼と聞いていたため困惑し、アベルと涼は密かに事前の予測が部分的に的中したことを確認した。

涼とアベルの同行決定

一度外に出て相談した結果、会長は自らが責任を取り首都まで「紙挟み」を届けると決意したが、『虎の牙』の三人は同行を強く望んだ。会長はその危険性を理解しており、簡単には了承しなかった。しかし、三人はアベルに助けを求め、アベルもその誠意に応える形で同行を決意した。涼も当然のように加わり、結果として大人二人と若者三人の混成で進むこととなった。

出国と入国の正式手続き

一行は一度クベバサ側の国境役所に戻って出国手続きを行い、その後連邦側で入国を済ませた。涼は昼食を準備していたことを誇らしげに主張したが、アベルからは橋上での食事については過大評価だと軽くいなされ、落胆する一幕もあった。

首都までの距離と今後の警戒

会長によれば、連邦首都モスまでは歩きで一日半の距離であった。アベルはその間に襲撃を受ける可能性が高いと予測しつつも、自分たちには切札があると述べた。それは水属性魔法使いである涼の存在であり、彼が同行していれば水の確保や他の支援も期待できると考えていた。

水属性魔法使いの希少性と期待

会長は、水属性の魔法使いが冒険者として活動するのは極めて稀であることを語り、その希少性に驚いた。商船や他の分野で引く手あまたであることから、涼のような冒険者は半世紀で初めて見る存在だという。アベルもその評価に同意し、涼がいることで今回の任務が大きく支えられると確信していた。会長もまた、涼の存在に一定の安心を得て、首都への道を進む覚悟を新たにした。

実践練習

内戦下の連邦と監視の気配

ゲギッシュ・ルー連邦の首都モスへ向かう街道は整備されていたが、内戦により物流は一方通行となり、帰路の馬車は空である状態が続いていた。一行は国境を越えてから監視の気配を感じ、涼の水蒸気機雷によって警戒を維持していた。アベルと涼は敵の襲撃の可能性を認識しつつも、『虎の牙』の三人と会長を警戒下に置いて慎重に進んでいた。

夜営と実戦訓練の準備

連邦側の街道においても治安が悪化しているため、夜は街を避けて野営する方針が採られた。一行は開けた場所に宿営し、『虎の牙』の三人は誰に指示されることなく役割分担に取り掛かっていた。会長は彼らが初めての実戦に備えた訓練の成果を誇らしげに語り、アベルや涼も訓練の場としての意義を認めた。夜の見張りも実践の一環として三交代制で行われることとなった。

ニコスディの葛藤と涼の助言

二番目の見張りの際、ニコスディは涼に自らの職種への迷いを打ち明けた。彼は後衛のローミウを守るために魔法使いや弓士を希望していたが、現実には双剣士であった。涼は彼が少量ながら水属性魔法を扱えることに注目し、魔法の上達には繰り返しの訓練と明確なイメージが必要であることを教えた。指導の末、ニコスディは二滴の水を生み出すことに成功し、努力を重ねれば成長できるという実感を得た。涼は成功体験の重要性と、魔法習得における視覚的イメージの有効性を認識し、励ましと共に訓練方法を示した。

アベルの実践指導と敵襲への備え

最後の見張りではアベルとマーラシーが交代に立ち、アベルは視覚を閉ざして聴覚で周囲の気配を探る訓練を行わせた。これにより、動物の気配が無いことから人間が潜んでいることを察知させ、実践的な感覚の鍛錬とした。アベルは夜明け前が最も襲撃の可能性が高いと考え、仲間の警戒態勢を整えていた。

黒装束による襲撃と迎撃戦

夜明け前、予想通りに襲撃が発生し、アベルは敵の投げナイフを弾いて反撃の号令を発した。涼は即座に全員に防護魔法〈アイスアーマーミスト〉を展開し、戦闘を支援した。会長は〈石針〉で敵を貫き、アベルも木ごと敵を斬り捨てた。『虎の牙』の三人もそれぞれ対応し、実戦経験を積む場となった。敵は計五人であり、四人が討たれ、一人は逃走した。

涼の追撃と敵の無力化

最後の逃走者を涼が単独で追尾し、水属性魔法によって全身を氷漬けにして捕縛した。この一撃は、逃走者を無力化すると同時に、依頼完遂までの安全を確保する一手ともなった。一連の襲撃は、『虎の牙』の三人にとって初の実戦となり、涼とアベルの支援のもとで貴重な経験と成長の機会となった。

戦闘後の復習とニコスディの意欲

五人目の黒装束を涼が氷漬けにして捕縛し、無事に戦闘が終了した。涼は〈アイスアーマーミスト〉の原理をニコスディに説明し、簡易防御魔法の仕組みと習得可能性を伝えた。ニコスディは昨晩の悩みを払拭し、魔法と剣術の両方に対する意欲を見せた。涼は実戦において魔法使いが近接戦を挑まれる可能性を述べ、剣術も併せて鍛える重要性を説いた。

首都到着への見通しと内部の懸念

一行は朝食を取り、出発した。会長の見立てでは夕方までに首都モスの入り口に到着する見込みであった。道中、涼とアベルは『魂の響』を通して密かに情報を共有し、黒装束の正体がイリアジャ女王の即位式で出現した者たちと同一であると確認した。それがアティンジョ大公国と関係していると判断され、依頼遂行の迅速化が必要と認識された。

街道の異常と情勢変化の兆候

首都モスへ向かう街道では、通常なら見かけるはずのクベバサ発の荷馬車が一台も通っておらず、輸送に異変が起きていることが明らかとなった。稀に正面から現れる荷馬車が積荷を保持したまま戻っていることから、首都に入れない状況が発生していると推測された。

首都モス包囲の報せと対応方針

涼が街道上で一台の荷馬車を止め、御者から情報を得たことで、首都モスが反政府軍に包囲されたという事実が判明した。政府軍と反政府軍の間で激しい戦闘が始まっており、首都への侵入が困難となっていた。届け先の『紙挟み』は首都にいる元首とされているため、現状では任務の遂行に重大な支障が生じていた。アベルと会長は、陽が落ちた後に包囲された首都の状況を視察する方針を確認し、対応策の検討に入った。

潜水艦

首都モスの包囲と進入手段の検討

ゲギッシュ・ルー連邦の首都モスは三方を城壁に囲まれ、南は海に面していた。海には多数の艦船が停泊し、港を封鎖していた。地上からの進入が難しい中、涼は海中からの進入を提案し、アベルもそれを了承した。涼は氷の魔法で潜水艦「ニール・アンダーセン号」を錬成し、一行は海中進入を開始した。

潜水艦ニール・アンダーセン号による潜航

氷で作られた潜水艦ニール・アンダーセン号は、内部に新たな座席が追加されていた。涼を先頭に、一行は潜水艦に搭乗し、夜の海へと潜航を始めた。月光が海中を照らし、小魚の群れが幻想的な光景を形作っていた。一行は封鎖艦隊の下を抜け、静かに港の奥へと浮上した。

潜入者の発見と正体不明の存在への警戒

浮上後、涼は自身の魔法で他の潜入者の存在を探知した。首都内部には複数の潜入者が行動しており、その中には予期せぬ人物の反応も含まれていた。涼は「会えば分かる」と断じ、アベルと共に元首府へ向けて行軍を開始した。

白仮面との再会と交戦の開始

進行中、十人の黒装束の集団と遭遇し、涼は〈パーマフロスト〉で氷漬けにした。しかし、ただ一人白仮面の人物だけが呪符で魔法を防ぎ、生存していた。白仮面はスージェー王国で死亡したはずの人物であり、身代わりであったことが明らかとなった。涼は仲間たちを先に行かせ、自らは白仮面の足止めに徹した。

市街戦とローミウの負傷

涼の分断後、アベルたちは元首府に向かって進行を続けた。途中で敵と遭遇し、会長が〈泥地生成〉で敵の動きを封じ、アベルの指示のもと黒装束を撃退したが、ローミウが投げナイフで腹部を負傷した。ニコスディが氷魔法で止血し、会長がポーションで治療を施したことで事なきを得た。

初めてのとどめと若者たちの成長

ローミウの危機に感情を揺さぶられたマーラシーとニコスディは、怒りに任せて敵を追撃し、とどめを刺した。これが二人にとって初めて人の命を奪った瞬間であり、アベルと会長はその精神的影響を理解し、数十秒間の休息を許可した。

アベルの過去と王子の通過儀礼

休息中、アベルは自身の過去を振り返った。彼はナイトレイ王国の第二王子であり、処刑への立ち会いと自らの手による罪人の斬首という王子の通過儀礼を経験していた。王となる者は裁きを下す覚悟が必要であり、そのための訓練を幼少期から受けてきたのである。

元首府目前での暗殺者の襲撃と防衛

元首府到着直前、アベルは『紙挟み』を掲げて使者としての通過を図ったが、守備兵の一人が暗殺者であり、ナイフで殺害された。即座に会長が〈速成石環〉で石の壁を展開し、アベルたちを保護した。その後、守備兵らが黒装束を殲滅したことが確認され、石壁は解除された。

連邦元首との面会と依頼の完了

元首府に通され、アベルたちは連邦元首に『紙挟み』を届けた。中身は、クベバサと連邦の友好二十周年記念式典に関する親書であり、内戦中という状況に合わない内容で元首は困惑したが、依頼達成書にはサインをした。

廊下での戦闘とアベルの戦果

執務室を出た一行は、廊下に転がる十体の暗殺者の死体を発見した。アベルが一人で倒したものであり、その強さに仲間たちは驚愕した。アベルはその間に連絡手段『魂の響』を使い、涼と合流するための連絡を行った。

再合流に向けての出発

連絡を受けた涼が元の場所で待機していることが確認され、一行は涼との再合流と首都からの脱出に向けて再び動き出した。

白仮面との戦闘と呪符の検証

涼と白仮面は激しく対峙し、白仮面は呪符による連続攻撃を仕掛けた。涼は〈アイスウォール〉で防御を固めながら、攻撃手段と呪符の最大運用数を検証した。四十枚の呪符による火属性の飽和攻撃でも、涼の氷壁は半分しか削られなかった。涼は呪符の特性として、魔法攻撃が空間を曲げて無効化されること、攻撃・防御に限界があることを分析し、呪法使いとの戦闘では決着がつきにくいと仮定した。

全方位攻撃と呪力の消耗

涼は三百六十度からの〈アイシクルランス 1024〉、さらに〈ウォータージェット 2048〉を試すが、いずれも呪符には届かず効果がなかった。だが白仮面の身体的疲労と発汗から、四十八枚の呪符維持には相当な魔力消耗が伴うと判明した。涼はさらに〈アイシクルランスシャワー“囲”〉を発動し、呪符を消耗させ、最終的に白仮面の呪符を四枚まで減らした。

戦闘の終結と氷棺による拘束

呪符の効果が減少した白仮面に対し、涼は〈スコール〉〈氷棺〉を使用し、呪符内部からの攻撃によって白仮面を拘束した。呪符は魔力供給が断たれたことで燃えて消失した。直後、アベルたち五人が合流し、凍結された白仮面の姿を確認した。

ニコスディの魔法と精神的同調の可能性

『虎の牙』の三人は涼と再会し、ニコスディがローミウを氷で応急処置した件について、涼は魔法的な難しさに驚いた。涼は他者の血を凍らせる難度を強調したが、アベルはニコスディとローミウの精神的な深い結びつきによって実現したのではないかと推測した。涼もこれを受け入れ、魔法が精神状態に影響を受ける可能性について改めて認識した。

連邦訪問の総括と冗談めいた会話

涼とアベルは戦いばかりだった今回の連邦訪問を振り返り、涼は戦闘ではなく美食を楽しみたかったと語った。アベルは人が争う理由として「欲望の存在」を挙げ、欲望が文明の発展を促した側面もあると述べた。涼はこれを肯定しつつも、「欲望万歳」と極端な結論に至ったが、アベルは軽く否定し、会話は笑いに包まれた。

白仮面の連行と情報交換の思惑

一行は白仮面を氷柱のまま連行し、大公国大使館への引き渡しを計画した。涼はこの人物が重要人物であると判断しており、呪法や星形魔法陣の情報と交換する材料になると考えていた。アベルは呆れながらも、その意図を理解していた。

依頼達成と無事の帰還

国境通過時に多少の警戒を受けたものの、『紙挟み』の存在が効力を発揮し、一行は自由都市クベバサに無事帰還した。首相官邸で依頼達成の証明を提出し、任務は正式に完了した。後日、すぐに首相官邸へ赴いた判断が正しかったと六人全員が安堵することとなった。

白仮面の行方に対するヘルブ公の反応

アティンジョ大公国大使館にて、プラボの消息が途絶えたという報告を受けたヘルブ公は、彼が生きている可能性が高いと判断し、捜索を最優先事項として命じた。プラボは将来の多島海地域介入において重要な存在とされており、ヘルブ公は兄への説明責任を意識していた。

ノソン首相と港湾副大臣の対話

自由都市クベバサの首相官邸では、ミシタ港湾副大臣がノソン首相に対して三つの質問を行った。一つ目は、大臣の多くに発症している原因不明の頭痛に関するものであった。ノソン首相は状況を把握しているとしつつ、大臣更迭の判断は自身に任せるよう伝えた。二つ目は、自由都市艦隊主力の壊滅の真偽についてであったが、首相は情報を確認中であり、発表は当日の夜に行うと説明した。三つ目の「青い島」の正体に関しては、首相は全く情報を持たないと回答した。

省庁補佐官らの不審と異変の兆候

港湾省と外務省の補佐官たちは、大臣が夜間に首相官邸へ補佐官抜きで招かれた異例の動きに不審を抱いていた。加えて、頭痛の症状が突然消えたこと、大臣らの様子に覇気がなく傀儡のようであったことに強い違和感を持っていた。そこへミシタ副大臣が戻り、大臣らの行動に関する報告を聞き困惑するが、情報は依然として不足していた。

政府通達文による自由都市の併合発表

その後、広報部員によって政府通達文がもたらされ、自由都市がアティンジョ大公国の保護下に入ったことが正式に発表されたと明らかになった。ミシタ副大臣は驚愕し、深い失望を抱いた。通達文は翌朝には市民の目に触れ、多くの者が混乱し撤退を検討する動きも見られた。

宿屋での情報共有と今後への懸念

涼とアベルは『自由の風亭』に掲示された政府通達文を確認し、自由都市が他国に支配される光景に複雑な感情を抱いた。二人は『虎の牙』作成のガイドブックを頼りに、営業状況の確認を名目に市内の飲食店を訪れることに決めた。

白仮面の存在の失念と食事探索

涼は、氷漬けにした白仮面を厩舎に保管していたことを思い出し、アベルに咎められたが、改めて大使館への引き渡しを行うと宣言した。その後、二人は「食!食!食!」という名の飲食店を訪れ、期待以上の美食に満足した。

食後の休憩と併合への議論

満腹となった二人は宿のカフェでコーヒーを飲みながら談笑した。涼は自由都市の併合に反発し、市民への影響を懸念したが、アベルは抵抗は市民自身の意思によるべきと諭した。自由都市の海軍の不在に疑問を呈し、真相を追う中でゴリック艦長が現れ、艦隊の壊滅とその詳細を語った。

艦隊壊滅の真相と青い島の存在

ゴリック艦長は、スージェー王国のローンダーク号の艦長として、演習中とされていた艦隊が実際には壊滅していたことを確認したと報告した。彼は遠洋で「青い島」と見られる存在を目撃し、それが原因である可能性を示唆したが、正体は不明であった。涼はこれを巨大な亀の甲羅と冗談交じりに表現したが、真相は掴めていない。

首相の独断と今後の動向

ゴリック艦長は、今回の大公国による保護宣言が、首相および閣僚の独断によって決定されたことを伝えた。自由都市の法律上は問題ないものの、最高評議会の承認はなかったため、内政的には深刻な対立を孕む可能性があると指摘した。涼は、この状況を事実上のクーデターと捉え、今後も混乱が続くと見通した。

会談

東方商会での密会と大臣傀儡化の告白

ミシタ港湾副大臣は、東方商会の会長スクウェイとの極秘会談に臨み、そこで自由都市の大臣たちが呪法により傀儡と化していた事実を聞かされた。艦隊主力の壊滅もスクウェイにより明言され、唯一傀儡化を免れた海軍大臣ロマノラも監禁されていると判明した。また艦隊壊滅の原因として「青い島」の存在が示唆され、スージェー王国の艦が何らかの情報を得て戻ってきたことも語られた。

大公国の保護下と自治への展望

スクウェイは、大公国による自由都市の保護下入りは条約に基づく正規のものであり、艦隊が壊滅した今、新たな整備が進むまで従う他ないと語った。一方で、市民による抵抗運動が発生しており、大公国の食料買い占めによる抗議が大使館崩壊事件を招いたことも明らかになった。ミシタ副大臣は混乱するが、会談はスクウェイの急な用件により中断された。

アベルたちとの接触と涼の推察

その後、スクウェイは『自由の風亭』のカフェを訪れ、剣士アベルと魔法使いの涼、そしてスージェー王国のゴリック艦長と接触した。会長であるスクウェイの登場に周囲は騒然とするが、涼は飄々とした態度で応じた。涼は「自治権要求」を本題とするスクウェイの申し出に対し、自由都市を巡る一連の動向が事前に最高評議会によって察知されていた可能性を論理的に推察し、その仮説を披露した。

食と冒険者文化の話題転換

会話の合間に、涼は自由都市の若手冒険者が作成した飲食店ガイドブックを紹介し、スクウェイと和やかな空気を醸成した。一方でアベルは、自由都市の食糧流通に対する無策を糾弾し、スクウェイもそれを認めた上で、自らがアベルたちに接触した理由が彼らの行動力に期待してのものと明かした。

自由都市の自治要求と協力の条件

スクウェイは、大公国から独立ではなく「自治権の獲得」を現実的な目標とし、そのためにアベルと涼の協力を要請した。アベルは条件として、北上のための移動手段の提供を求め、スクウェイは快諾した。次回の会合を一週間後と定めて、会談は終了した。

再び動き出す二人と島の調査方針

アベルと涼は、艦隊壊滅の原因とされる「青い島」に興味を向け、かつてゾンビ艦隊を見たというゴリック艦長の証言から、真相解明のため現地調査の必要性を確認した。涼の潜水艦「ニール・アンダーセン」での接近も視野に入れつつ、まずは大使館での協力を仰ぐこととなった。

スージェー王国大使館での申し出

大使ランダッサとの会見では、アベルが「島の調査」のため艦長に同行を依頼し、さらに島の真相を知っていると思われるヘルブ公との接触も要望した。ヘルブ公は首相官邸に滞在中であったが、ランダッサはアベルの要請に応じ、急ぎ外交連絡を取ることを決断した。

島の正体と大公国の意図をめぐる仮説

涼は、自由都市商人の商圏や大公国の動員状況、そして非人間的存在の関与まで含めた壮大な仮説を展開した。スクウェイはその説に驚きつつも興味を示し、真偽は明言しなかったが、涼の着眼に一定の理解を示した。

島への意志と冒険者としての直感

アベルと涼は、最終的に「青い島」が大公国の南部制圧の核心にあるとの考えに至り、その調査が自治権獲得への鍵になると判断した。未知への探究心を共有する二人は、行動に移す決意を固めた。

次なる動きと首相官邸への接近

ヘルブ公の元を訪ねるため、アベルと涼は大使館を後にし、首相官邸へ向かう手筈を整えた。ここから、自由都市の命運を左右する新たな局面が幕を開けることとなった。

島について

首相官邸での警戒と情報収集

涼とアベルはスージェー王国大使館の馬車で首相官邸を訪れた。到着後、守備隊に取り囲まれて移動し、その緊張感から二人が要注意人物と認識されていることが窺えた。涼は冗談交じりにアベルの剣技について語り、守備隊の反応を観察した。これは彼らなりの情報収集の一環であり、守備隊の力量や動揺の度合いを測る試みであった。

ズルーマ書記官との再会とヘルブ公の施術

二人は首相官邸の部屋で、ヘルブ公とズルーマ書記官、ノソン首相に対面した。ズルーマはかつてアベルに殺害されたはずだったが、ヘルブ公の施術によって再生していたことが明かされた。ノソン首相は呪法の影響を受けていないとされるが、他の大臣は操られていることをアベルは直感的に見抜いた。

死竜に関する説明と脅威の共有

涼とアベルは、港湾副大臣から得た情報のもと、ヘルブ公に“青い島”について問うた。そこには「死竜」と呼ばれる存在がいることが明かされ、ドラゴンの死骸に魂の残滓が宿った危険な存在であると説明された。死竜は人間にとって重大な脅威であり、ゾンビ化や腐敗の原因ともなりうる。アベルは退治の意志を示し、涼も黙して同意した。

ヘルブ公の同行と出発の決定

ヘルブ公は、死竜が西へと向かっていることを受けて、すでに分艦隊とともに出撃準備を進めていた。アベルと涼もローンダーク号に便乗し、出撃への同行を申し出た。ヘルブ公はこれを許可し、三者は協力して脅威に対処する態勢を整えた。

航海中の懸念と死竜以外の存在の可能性

航海中、ゴリック艦長は大公国艦隊との協同行動に不安を吐露しつつも、任務への覚悟を語った。涼とアベルは、死竜以外の存在が潜む可能性にも言及し、ヘルブ公の真意や魔力の蓄積の背景に警戒を示した。冗談交じりの会話を交えつつ、三人は緊張感の中に慎重な楽観を織り交ぜて航行を続けた。

黒いワイバーンの襲撃と戦闘対応

翌朝、艦隊は突然停船し、空には黒いワイバーンの群れが出現した。涼は即座に〈アイスウォール〉を展開して艦を防御し、ワイバーンの〈ソニックブレード〉を防いだ。アベルと涼は状況を分析しながら、敵の特性を把握した。やがて涼が〈アイシクルランスシャワー〝扇〟〉を発動し、数千本の氷の槍でワイバーンの群れを一掃した。

島への接近と出発準備

ワイバーンの襲撃を退けた後、艦隊は島に近づいた。ヘルブ公の船が先行し、それに合わせて涼とアベルも出発する準備を整えた。ゴリック艦長は二人の安全を祈りつつ、ローンダーク号の安全確保を約束した。涼は〈アイスゲート〉で氷の橋を架け、走るヘルブ公の船に向かってアベルと共に出発した。

黒いワイバーンと創造主の存在

アベルは先の戦闘で現れた黒いワイバーンについてヘルブ公に問い、ヘルブ公はそれが死竜の能力によるものではなく、腐敗の兆候が見られなかったことから別種の存在であると断言した。自然のワイバーンではなく、誰かによって創り出された魔物であり、魔法を放つ能力を持つことから、その脅威は大きいとされた。魔人ガーウィンですらそのような魔物を創ることはできず、ヘルブ公やアベルはこの事実に警戒を強めた。涼は魔法の発動に必要な「イメージ」の重要性や、詠唱による魔法行使の起源を自らの知識から説明し、魔人の個体差や眷属の生成能力に違いがあることを共有した。

死竜の確認と上陸作戦の開始

船から見える青く光る島の中央には、朽ちた死竜の姿があった。ヘルブ公は自身の周囲に呪符の防護があると説明し、跳躍による上陸を提案した。涼は水属性魔法を用いてアベルを伴い空中飛行で同行し、三人はほぼ同時に島へと到着した。島の死竜の足元には人型の存在があり、声を発したのは眼鏡をかけた女性であった。彼女は自身が行っていた実験を理由に、死竜の排除を拒否した。

パストラとの邂逅と実験の提案

女性の名はパストラであり、死竜を用いた魔力実験を進行中であると明かした。涼に強い興味を抱いた彼女は、涼が持つ「妖精の雫」と呼ばれる因子に魅了され、五十年に渡る解剖実験への協力を求めた。涼はこれを拒絶し、やがて実力行使による戦闘が開始された。

『強奪』による魔法無力化と剣による応戦

戦闘において、パストラは涼の魔法を無効化する術〈強奪〉を使用し、涼の氷壁や氷槍を空中で消失させた。魔法の制御権すら奪われるという状況に、涼は驚愕しつつも冷静さを保ち、最終的に剣を用いた戦闘に切り替える決意を示した。

アベルの戦闘と黒いデビルの出現

一方、空間分断されたアベルもまた『封廊』内に飛ばされていた。アベルは状況を即座に把握し、前方から接近する黒いデビルの一団に備えて構えた。彼らはワイバーンと同様に赤い目を持ち、人工的な存在であることを示唆していた。アベルは一体ずつ相手をする形式に助かりつつも、剣によって敵を瞬時に撃破した。次々と現れるデビルに対して、アベルは冷静に構え、戦闘を続けていった。

死竜との一騎打ちと討伐の準備

『封廊』により分断された三人のうち、ヘルブ公は死竜と一対一の状況を得て戦闘準備に入った。死竜は通常とは異なり、自発的に黒い針を放って攻撃を行ってきたが、ヘルブ公は特製の黒い呪符を地面に配置しつつ、死竜の反撃を避けながら魔法陣の構築を進めた。攻撃を引きつけることで完成を目指し、最終的に〈諸行変遷〉を詠唱。黒い呪符全てから稲妻が放たれ、死竜は断末魔のような咆哮とともに消滅した。だが、空間は解かれず、ヘルブ公は他の戦闘の終結を静かに待つ姿勢を取った。

激戦の末の逆転と勝利

涼はパストラと魔法戦を続けていたが、パストラによる魔法制御の〈強奪〉により、涼の魔法は次々と奪われて無効化された。加えて石礫による物理攻撃に晒され、妖精王のローブを着ていても蓄積された衝撃により体は限界に近づいていた。しかし涼は情報収集と分析に徹し、奪われた魔法が自由に使われていない事実に気付いた。それにより、〈アイスアーマーミスト〉や〈動的水蒸気機雷〉といった封印していた魔法の活用を視野に入れ始めた。

反撃の起点と戦術の転換

涼は意図的にパストラの攻撃に〈積層アイスウォール〉で応じ、〈アイシクルランスシャワー〉による閃光で視界を攪乱しつつ、〈ウォータージェットスラスタ〉で距離を詰めた。石壁の連続生成を〈動的水蒸気機雷〉で妨害し、ついにパストラの間合いに接近。一撃は防がれたものの、冷静さを失わせることに成功した。その後、〈アイシクルランス〉による陽動、〈氷筍〉による足止め、そしてナイフの錬金術で呼び出されたニール・アンダーセン号による魚雷と捕獲腕で四肢を拘束し、喉元に村雨を突きつけるに至った。

戦闘の終結と悪魔の正体の確認

パストラは敗北を認め、涼に自身の望みを問いかけたが、涼は何も求めず、慎重に距離を保った。パストラが「悪魔」であることが明かされ、涼がかつて遭遇したレオノールやジャン・ジャックの名が挙がった際には驚愕の反応を見せた。パストラは涼に協力を申し出るが、涼は明確な利益の提示を求め、受け入れ可能な内容でなければ交渉は打ち切ると告げた。それに対してパストラは強く同意し、再会を誓って空間を離脱した。

空間の解除と三者の再集結

パストラが去ったことで空間は解除され、アベルは自身の戦闘の中断を残念がった。合流後、涼はパストラを「壮大な実験の責任者」として紹介し、ヘルブ公とともに礼を交わしあった。涼は彼女をレオノール並の存在であるとアベルに伝え、用心深く言葉を選んだ。死竜による変異の可能性は消えたと確認されたが、パストラは次の死竜を見つければ実験を再開する意志を示した。

スージェー王国艦への帰還と小休止

涼とアベルは、ヘルブ公からの歓待を丁重に断り、ローンダーク号に戻った。ローンダーク号は気心の知れた乗員たちが多く、二人は安心して休息できる環境を選んだ。涼は、パストラのような悪魔に対してすら冷静に交渉を進め、未来を見越した対応をとっていた。船内での軽口を交わした後、二人は疲労によりすぐに眠りにつき、ローンダーク号は自由都市クベバサへと帰還の途に就いた。

出航

白仮面を交渉材料に官邸を訪問

涼とアベルは、かつて氷漬けにした白仮面を交渉材料として携え、クベバサ首相官邸を訪問した。東方商会のスクウェイ会長からの紹介状により、入館が許可された二人は、氷棺を引き連れてヘルブ公との会談に臨んだ。官邸では、かつてアベルに敗れたズルーマ二等書記官と再会した。氷棺の中身を明かされたヘルブ公は、その仮面の男がプラボであることを確認し、返還の意図を即座に察した。

自治権を巡る交渉とヘルブ公の了承

涼は交渉の場で、クベバサに対する自治権の付与を求めた。その動機として、以前のような食材買い占めによる混乱を防ぐためと明言した。ヘルブ公はその真剣さを受け止めつつも、涼たちがプラボの真の正体を知らないことを確認した上で、自治権の付与を受諾した。自治権の要請は最高評議会からも上がっていたことを明かし、今後の行政上の調整を行うと述べた。さらに涼たちの北方への移動希望にも応じ、大公国の軍艦による送迎と、北上先の国への紹介状を用意すると申し出た。

プラボの釈放と忠誠の誓い

交渉の成立後、涼は〈氷棺〉を解凍し、プラボを釈放した。その後、ズルーマと共にプラボはヘルブ公に謝罪し、ヘルブ公は二人の失態を咎めることなく寛容に受け入れた。ヘルブ公は、プラボの命は兄である大公のものであると諭し、将来に備えて精進するよう命じた。

クベバサの行政体制変更とノソンへの反発

翌日以降、クベバサでは行政体制の変更が進められた。都市名は自由都市から自治都市へと改められ、自治の象徴として首相ノソンが最高執政官に任命された。しかし、市民の間にはノソンがかつて呪法で大臣らを操り、大公国の支配を容認させた張本人であるという情報が広まり、反感が集中した。結果としてノソンへの批判が高まり、大公国そのものよりもノソン個人への不信が強まっていった。

送別会とノソン暗殺の報

スージェー王国大使館主催で行われた送別会にて、涼とアベルはローンダーク号の乗組員たちと別れを惜しんだ。その最中、ノソン最高執政官の暗殺という急報がもたらされた。この事件によりクベバサの政情は再び混乱することとなった。

謀略の考察と黙約の確認

出航の朝、涼はノソン殺害の背景に大公国の謀略があるとの見解を述べた。ノソンに民意の不満を集中させたうえでの排除は、大公国への責任追及を回避する巧妙な策だと推察された。一方、アベルはその考えを受け入れつつも、不満のはけ口としてノソンを生かしておく方が有利だったのではと指摘した。両者はこの話題について他言を控えることで合意した。

出航とヘルブ公からの支援

港ではヘルブ公が直々に二人を見送り、大公弟の名においてボスンター国への紹介状を手渡した。乗船先はボスンター国の首都港ジョンジョンであり、十日ほどの航海になると説明された。別れ際、ヘルブ公は昨晩の混乱に触れつつも、市民のための政治を重んじる姿勢をアベルに示した。二人は出航し、北方への旅路を進めることとなった。ヘルブ公は船を見送りながら、迫る脅威を憂慮するように静かに呟いた。

エピローグ

白の空間とミカエル(仮名)の観察

白一色の空間にて、ミカエル(仮名)は日常業務として複数の世界の管理を続けていた。彼の手元には石板があり、それを通して三原涼の行動履歴を追っていた。涼が「ルリ」と会い、幻人との接触も果たしたことに対し、人間とは思えぬ広範囲な活動であると静かに感想を漏らした。

異常な出来事への反応

その後、ミカエル(仮名)は石板に表示された新たな事象を目にし、異常性を感じ取った。自身が何の介入も行っていないにもかかわらず、極めて稀有な存在との接触が発生したことに対して驚きと疑念を抱いた。彼はそれが偶然であるのか、それとも何らかの必然によるものかを判断しかね、静かに思案を巡らせた。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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