物語の概要
ジャンルおよび内容
本作は、異世界転生ものに分類されるファンタジーライトノベルである。騎士家の少女として平凡に暮らしていた主人公が、自身の前世が“300年前の大聖女”であったことを思い出し、聖女としての力を自覚する。しかし「聖女であること=命を狙われる運命」であった過去を踏まえ、彼女はその事実を隠しながら騎士として生きる決意をする。第4巻では、サザランド地方に蔓延する「黄紋病」という疫病と住民の絶望、騎士団との確執という状況下で、主人公が“隠された聖女”としての力を少しずつ顕在化させ、周囲を変えていく展開が描かれる。
主要キャラクター
- フィーア・ルード:本作の主人公。騎士家の娘として育ったが剣の才能を認められず苦悩していた。前世が大聖女・セラフィーナであったことを思い出し、聖女の力を秘めつつもその立場を隠して騎士を志す。
- ザビリア(黒竜王ザビリア):フィーアが危機に陥った際に助け、契約を結んだ黒竜。フィーアの隠された聖女性および物語の鍵に深く関わる存在である。
物語の特徴
本作の魅力は、「聖女」という称号が崇められながらも実際には弱体化しており、さらにはその立場自体が命を脅かすものであるという皮肉的・逆説的設定にある。主人公が“聖女”なのにそれを隠しつつ普段は騎士家の娘として騎士を目指すという二重の立場が、物語に緊張とユーモアを生む。第4巻では疫病と住民の絶望という重いテーマが扱われる一方、主人公の優しさ・行動が少しずつ住民の心を変えていく“変革の物語”としても成立しており、読者に安心感と期待感の両方を与える。他作品と比べ、転生設定を“聖女であることを隠す”という逆設定に置いた点、聖女=万能というステレオタイプを解除した点、騎士団・住民・魔物という複数の視点を絡めた展開が差別化要素である。さらに、書き下ろしエピソードとして「300年前の過去編」「カーティス団長三番勝負(複数騎士団長との対決)」などボリュームある特典が盛り込まれている点も特徴的である。
書籍情報
転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す 4
著者:十夜 氏
イラスト:chibi 氏
出版社:アース・スター エンターテイメント
レーベル:アース・スターノベル
発売日:2020年5月15日
ISBN:978-4-8030-1419-8
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あらすじ・内容
フィーアはサザランドに、おとぎ話のような魔法でもかけたというのか?
新たなる黄紋病が流行り、死を待つだけの住民たち。
憎しみと悲しみに閉ざされ、騎士たちと打ち解けることもない。
そんなサザランドに、大聖女と認められたフィーアは、優しく劇的な変化をもたらす。
「ああ、私たちは何度、大聖女様に救われるのだろう」
頑なだった住民たちが、フィーアとフィーアに連なる騎士たちに心を開き始める。
そして、全ての住民がフィーアに最上位の敬意を捧げた瞬間、
王都にいるはずのある騎士が現れて―――!?
書き下ろしは、アルテアガ帝国編、300年前の過去編に加えて、『カーティス団長三番勝負』
(VSシリル、VSクェンティン、VSサヴィス)ほかを大ボリュームでお届け!
感想
暴発の火消しと病の違和感
住民処分に抜剣したカノープス(カーティス)を、フィーアが被害なしを根拠に制止。暴挙の自己処罰を禁じて場を収める。同時に患者を診て「黄紋病と一致しつつ何かが違う」感触を掴む。聖女サリエラから「既存の特効薬が効かない」と報告。病は変異している可能性に着目。
秘匿と遠回しの救済策
精霊由来の派手な治癒は露見リスクが高いと判断。直接治さず、回復薬で間接救済へ舵を切る。採取はカーティスが一人で強行し、短時間で素材と魔石を大量確保。フィーアは海水・フリフリ草・蛇兎の実・黄風花で処方を組み、サリエラを“表の功労者”に据えて投薬。実際に症状が改善し、救いは住民の実感へ変わる。
秘密と崇敬のせめぎ合い
街は「大聖女様」と唱和。シリルが独断行動を叱責しつつも安否確認。完治確認で群衆は総跪拝に至るが、フィーアとカーティスは「自分たちはただの騎士/調合はサリエラ」と統制を図る。言葉だけでは崇敬は止まらず、彼女の“光”は意図せず拡散し始める。
慰霊式と“暁の大聖女”の再演
夜明け前の慰霊式で事故が連鎖。フィーアが落水し、シリルとカーティスが即救助。朝焼け、水色のドレス、赤髪という図像が伝承と重なり、民は「暁の大聖女」を目撃したと確信。黒竜騎士団総長サヴィスが到着して場を収め、住民主導の和解の宴へ移行。
和解の既成事実化と“聖石”の献上
宴で住民は深海貝の「聖石」を一括献上。それが回復魔法の蓄電体であり、実戦の継戦力を劇的に高める資産だと判明。対価ではなく「三百年の約定の履行」としての贈り物。フィーアは金銭発想を撤回し、感謝して受領。返礼としてアデラの木を再植樹し、関係は決定的に融和する。
個の誓いと役割の衝突
カーティスは前世記憶(カノープス)を回復し、再び仕える誓いを立てる。フィーアは「前世に縛られず生きよ」と解放を勧めるが、彼は「守る」という欲望を明言。結果、サザランド代表の要請も追い風に王都同行が決定。フィーアの光は、個人の生き方まで組み替える。
技術の伝達と共同体の自立
フィーアはサリエラに高容量の聖石を託し、製剤メモと運用方針を残す。重篤患者の再生治癒が即時に実現し、地域は“救いが続く仕組み”を得る。ここで彼女の光は、カリスマではなく制度へ転写された。
王都での波及
帰還後、各団長へ“土産”として聖石を配布。サヴィス総長は価値を理解し「借り」を明言。フィーアは名誉や支配に関心を示さず、救命資産を静かに拡散させる。結果として王都規模のセーフティネットが強化される。
総括:光の正体と次巻への懸念
最初に感じた「光」は、奇跡の演出ではなく、状況判断・秘匿運用・功の帰属設計・資産(聖石)配分・知識移転という実務の連鎖だった。絶望の地サザランドは、彼女の意思決定で「治療可能」「和解可能」「継続可能」へ反転した。一方で、崇敬の再燃と大聖女像の固定化は、魔王側への露見リスクを高める。三百年前の物語が再び動き出した今、過去の悪夢がいつ立ち上がるかは不確定だ。秘匿と救済の両立は限界に近づく。だからこそ、次巻では「光を守るための守り方」自体が試されるはずだ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
フィーア・ルード
救済を最優先する騎士であり、身分秘匿と住民保護の両立を図る調整役である。周囲の誤解を受け止めつつ、最適な手段で成果を出す姿勢である。
・所属組織、地位や役職
第一騎士団所属の騎士。大聖女視と同一視されやすい人物。
・物語内での具体的な行動や成果
黄紋病の変異を見抜き、黄風花などで間接治療用の特効薬を調合した。サリエラ名義で功を帰し、地域融和を前進させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
住民から「暁の大聖女」と認識され、信頼と求心力が拡大した。
カーティス(カノープス・ブラジェイ)
前世の近侍記憶を回復した騎士であり、現在は理性と忠誠で主を守る実務家である。危険を先取りし、最短行動で障害を除く気質である。
・所属組織、地位や役職
第一騎士団長。のちに王都同行のため一時的離任を得る。
・物語内での具体的な行動や成果
黄風花の超速採取と複数魔物討伐を単独で達成した。調合作業では“発案役”を演じて秘匿を支えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
離島の民から護衛任命を受け、フィーア随伴の大義名分を獲得した。
シリル
領主としての責務と騎士としての矜持を併せ持つ統率者である。短期戦術と長期信頼の双方を重んじる現実主義である。
・所属組織、地位や役職
サザランド公爵。第一騎士団長。
・物語内での具体的な行動や成果
慰霊式を主宰し、群衆を解散させて療養と統制を両立させた。住民の和睦提案を即応で受諾した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
住民から「青騎士」再来説を向けられたが是認せず、誓いで信頼を可視化した。
サリエラ
現場で最前線に立つ聖女であり、規範と実務の間で最適を探る努力家である。
・所属組織、地位や役職
離島の診療所を担う聖女。
・物語内での具体的な行動や成果
新特効薬の調合役を務め、投薬運用を確立した。高容量聖石で重篤者の再生治癒を実行した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
聖石の預かりにより救命能力が飛躍し、地域医療の軸となった。
ラデク
一族の長として儀礼と現実の折り合いを取る調停者である。
・所属組織、地位や役職
離島の族長。
・物語内での具体的な行動や成果
慰霊式の主催と合同追悼式の提案で和解を具体化した。聖石の献上を取りまとめた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
長年の断絶を終わらせる合意形成を主導した。
サヴィス
観察と裁量で組織を動かす上位指揮官である。
・所属組織、地位や役職
黒竜騎士団総長。王弟。
・物語内での具体的な行動や成果
急行して現地収束を図り、濡衣や混乱を断ち切った。大規模献上の価値を評価し、将来の運用を示唆した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
対外威信を維持しつつ、現場裁量を認める姿勢を示した。
クェンティン
強硬に見えて理非で動く実戦指揮官である。
・所属組織、地位や役職
第四魔物騎士団長。
・物語内での具体的な行動や成果
回復薬の効果を現場評価し、騎士団との協調に寄与した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
カーティスとの応酬を経て相互敬意を形成した。
デズモンド
規律重視の運用者である。
・所属組織、地位や役職
第二騎士団長。
・物語内での具体的な行動や成果
王都で認定事務を統括し、聖石の受領を管理した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
資産配分で各団長との調整役を担った。
ザカリー
快活だが要所で勘所の良い指揮官である。
・所属組織、地位や役職
第○騎士団長(文脈上の上級指揮職)。
・物語内での具体的な行動や成果
上級娯楽室での土産選定に参加し、聖石の有効活用に踏み出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
他団長との関係強化の媒介となった。
イーノック
寡黙に実利を取る実務肌の指揮官である。
・所属組織、地位や役職
第○騎士団長(文脈上の上級指揮職)。
・物語内での具体的な行動や成果
聖石の特性を見極め、即応運用へつなげた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
戦術資産の評価に長ける点が周知された。
エリアル
家族を守るために動いた住民側の代表格である。
・所属組織、地位や役職
離島住民。
・物語内での具体的な行動や成果
独断行動を認めて謝罪し、以後は統制に従った。娘の回復を受けて信頼を表明した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
住民感情を和解へ向ける触媒となった。
ミュー
治療効果の可視化となった病児である。
・所属組織、地位や役職
離島住民の子。
・物語内での具体的な行動や成果
投薬直後の呼吸改善を示し、住民の不安を鎮めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
回復例として特効薬の信頼を広げた。
展開まとめ
29 黄紋病
カノープスの抜剣とフィーアの制止
フィーア・ルードが落ち着きを取り戻す中、カノープスはエリアルら住民の処分を宣言して抜剣したが、フィーアは被害がないことを理由に即時停止を命じ、カノープスは不本意ながら従った。カノープスは感情を抑え、フィーアは謝意を述べて場を収めたのである。
住民の謝罪と自己処遇の申し出に対する禁止
エリアルらは暴挙を認め、後日自ら処遇すると申告した。フィーアは自己を粗末にする意図を察してこれを明確に禁じ、住民は慈悲に涙した。カノープスはフィーアの慈悲を誇示した。
病人の診察と違和の感知
フィーアは重症者を中心に診察し、進行停止の処置を施した。その過程で黄紋病と一致しながらも何かが異なる感触を得て首を傾げたのである。
聖女サリエラの名乗りと特効薬無効の報告
聖女サリエラが拝礼し、歴代で有効だった大聖女由来の特効薬が今回に限って効かない事実を報告した。サリエラは素材や製法の誤りを自責したが、フィーアは病の変異の可能性を示して誤りではないと安心させた。
海への還送とサリエラの疲弊
サリエラは本施設が事実上の墓場であり、感染防止のため亡骸は海へ還す慣行を説明した。治せない聖女としての苦悩を吐露し、再度救いを請願した。
秘匿維持のための呼称変更と優先順位の確認
公衆の前での露見を避けるため、カノープスは「フィー様」と呼ぶ運用に切り替え、フィーアも彼を「カーティス」と呼ぶことで合意した。カーティスは行為の優先順位の整合性を問い、フィーアは騎士として身を潜める目的と救済行為の両立が難しいと認めた。
露見リスクの自覚と方針転換
フィーアは精霊を使わぬ回復魔法なら追跡されにくいとしつつも、聖女認定が進めば目立ち、魔王の右腕に露見する危険が増すと判断した。直接治癒は避け、回復薬を調合して間接的に救う方針へ転じたのである。
カーティスの先読みと記憶の告白
カーティスは素材採取の申し出で意図を先読みした。さらに、カーティスとしての生の記憶を有し、フィーアが聖女であることを隠して騎士として過ごしてきた事実を承知していると述べた。情報収集は本人への問いではなく周囲からの集約で補ってきたと説明した。
盲従回避の提言と忠誠のかたち
フィーアは理由理解なき盲従を戒め、意図確認の重要性を指摘した。カーティスは前生でも負担回避のため直接は問わなかったと答え、以後も希望の全力補助を誓った。
一時的随伴の容認と決意
フィーアはサザランド滞在中に限る随伴を「よろしく」と受け入れた。カーティスは厳粛に礼を取り、その所作の美しさにフィーアは見とれたが、その言葉が彼に重く受け止められたことには気付かなかったのである。
素材選定の駆け引き
カーティスは片膝をつき素材の指示を求めたが、フィーアは上下関係の体裁を気にかけた。カーティスは第四魔物騎士団長クェンティンがフィーアに傅く事実を持ち出し、丁重過ぎる態度を正す試みを退けたのである。
「黄色い貴重なもの」の誤解と特定
露見回避のためフィーアは曖昧に「森の黄色い貴重品」とだけ示唆した。カーティスは武具素材へ連想を暴走させ「黄ミスリル鋼」「黄硬竹」「黄帝獣の牙」などを挙げたが、最終的にフィーアが「黄風花の花びら」と明言して収束させた。
同行可否とリスク整理
カーティスは採取中の護衛不在リスクを理由に、フィーアをシリルの許へ戻す案を示したが却下された。フィーアが同行提案すると、秘匿維持の観点から同道は不適切と即断し、フィーアには現地待機を要請した。
カーティスの心理負荷と忠誠の確認
カーティスは「側を離れることへの恐怖」を吐露し動揺したが、会話で平静を回復。最終的に「最短で一人採取して戻る」と決意を示し、エリアルらに対しフィーアの絶対保護と口外禁止を厳命した。
サリエラとの礼法調整と現場観察
サリエラは族長権威保持のため言葉遣い統一を進言し、フィーアは常語を受容した。洞窟は衛生と通風が良好で、サリエラの看護水準は高いとフィーアは評価した。
流行状況の共有
サリエラは半年前の初発以降、従来の特効薬が無効で完治ゼロ、数百名を海へ還葬した事実を報告した。一族は罰と受け止めつつ日常を維持しており、隔離運用で家には戻せていないと述懐した。フィーアは「病は罰ではない」と応じた。
病児との短い邂逅
フィーアは高熱の少女を慰撫し、友人たちが届けたフリフリ草に触れつつ「薬を作れば治る」と約した。少女は安堵して眠りに落ちた。
超速採取と戦闘痕跡の帰還
カーティスは予定の半分未満で帰還し、大袋一杯の「黄風花の花びら」を提示した。さらに小袋には遭遇戦で得た大小の魔石を数十個収めており、短時間で複数のAランク級以下を討伐したことが示唆された。フィーアは規格外の遂行力に戦慄しつつ、彼を「忠実なる騎士」と再確認したのである。
特効薬の調製開始
フィーアは魔石満載の小袋をカーティスに返し、採取してきた「黄風花の花びら」で特効薬作りに専念する判断を下した。サリエラに協力を依頼し、海と繋がる洞窟の出口で海水を汲み、体質適合を理由に材料選択を柔軟運用する方針を示した。
作り方の秘匿と“迷走劇場”
フィーアは自身の独自手法が露見しないよう配慮し、材料の使い方をカーティスの“発案”に見せかける演出でごまかした。カーティスは小声でそれを理解しつつも、半ば呆れつつ追随した。
調合室での実作業
フィーアは海水、フリフリ草、蛇兎の実、黄風花の花びらを用いて調合を進め、回復魔法で効能の比率を動的に最適化した。サリエラはミリグラム単位の計量を常識とする立場から困惑したが、最終的に薬は完成した。
功労の帰属とサリエラの覚悟
フィーアは功績をサリエラ名義にしたい意向を示した。サリエラは「大聖女の力を秘す事情がある」と推察し、隠れ蓑でも有能な聖女役でも引き受けると表明した。
投薬と即時反応
病人へ配薬を実施。薬は遅効性の設計であったが、エリアルの娘ミューは呼吸の軽快を訴え起き上がった。フィーアは暗示効果と説明したが、エリアルらは救済として受け取り深く感謝した。フィーアは「薬はサリエラ作、フィーアは聖女力なし」という情報統制を重ねて指示した。
経過観察と回復確認
二時間後、重篤者を含む複数名の症状が実際に改善。フィーア、カーティス、サリエラ、エリアルらは洞窟を出てミューの家へ向かった。
市街の騒然と白い騎士
祭の喧噪と異質な騒ぎの中、群衆が「大聖女様」と唱和。白い騎士服のシリルが人波を割って現れ、フィーアの名を呼んだ。フィーアは微笑で応じたが、シリルは無言で注視し、説示の到来を示唆する緊張が走った。
シリルの叱責と安否確認
シリルは行方不明の件を厳しく追及した。赤髪への周囲の反応を踏まえ「必ず同行」との事前合意を想起させ、独断行動を問題視した。
経緯説明とカーティスの登場
フィーアは祭り同行→エリアルの誘拐未遂→洞窟訪問までを早口で報告した。血塗れの白装のカーティスが合流し「軽傷」と断言したが、雰囲気は以前と異なり場を圧した。
完治の確認と総跪拝
ラデクがミューの黄紋消失を確認。回復者が次々と立ち、住民は一斉に跪いて「大聖女様」と唱和した。
身分秘匿の再宣言と統制
カーティスが「今のフィーアはただの騎士。力はない」と断言。フィーアも追認し、新特効薬は「素材提案と採取=カーティス、調合=サリエラ」と明言した。
言葉と受け取りの齟齬
住民は宣言を受け入れつつも、救済の事実をもって大聖女への感謝を深めた。ラデクは「恩に報いたいが礼も言えぬのか」と嘆息。カーティスは「会話は言葉だけで成立しない」と洞察を述べた。
フィーアの逡巡
住民の厚い崇敬と秘匿の必要が並立し、フィーアは「どうすべきか」の答えを見いだせず沈黙した。
30 慰霊式
場の収束と慰霊式の要請
シリルが病み上がりへの配慮を理由に解散を指示し、ラデクは5日後の慰霊式への参集を告げた。族長はフィーアに水色のドレス着用を願い、シリルの了承を得て受諾された。
執務室での事情聴取準備
館へ戻るとシリルはフィーアとカーティスを同席で招集。負傷は自己治療済みとの報告を受け、経緯確認に移行した。フィーアは「沈黙は金」の姿勢で臨んだ。
信頼確認と秘匿理由の表明
シリルは信頼の有無を問う。フィーアは「話すことで相手に危険が及ぶ秘密」を理由に開示を拒みつつ、守る意図を示した。シリルは尊重し、話せる範囲での報告を求めた。
経過説明の割愛と説明役交代
フィーアの詳細報告は簡略化を求められ、カーティスが第三者説明を買って出た。
カーティスの過剰な総括
カーティスは「離島数十万の民が従属しサザランドはフィーアのもの」と誇張気味に要約。フィーアは動揺し飲料を噴出、シリルの髪を濡らす騒ぎとなった。
介助と誤解発言の応酬
フィーアが拭こうとすると、カーティスが「男性の世話は自分が」と制止。語彙選択に対しフィーアが即時訂正を入れた。シリルはこの様子に「クエンティン並の感染力」と皮肉を述べ、カーティス化する空気を嘆息した。
場の収束と慰霊式の要請
シリルが病み上がりへの配慮を理由に解散を宣言し、5日後の慰霊式への参集が確認された。族長はフィーアに水色のドレス着用を依頼し、シリルの許可を得て受諾された。
執務室での事情聴取と方針
館帰還後、フィーアとカーティスが同席で呼び出される。フィーアは「話せば他者に害が及ぶ秘密」があるとして核心の開示を回避。シリルはその意図を理解し、話せる範囲の報告を求めた。
離島民の信念と300年前の前史
カーティスは、公式記録外の“大聖女による離島救済”が口承で継承され、恩返しが一族の最上命題になっていると説明した。離島民は「信じたいことを信じる」傾向が強く、赤髪のフィーアを大聖女と同一視する土壌があると指摘した。
誤解固定化の力学
黄紋病の特効薬調合をサリエラと別室で行った事実が「大聖女=フィーアが作った」という物語を補強。カーティス自身は住民に斬りつけられるほどの過剰防衛を受けたが、これを契機に「住民と騎士、公爵家の不仲解消」が進むと見立てた。
是認か修正かの対立と収束
シリルは短期解決の妥当性に逡巡し「百年単位の誠実さの実証」を一度は案じたが、否定がもはや受け入れられない段階に達している現実を認め、流れを止めない選択へ傾いた。カーティスは一貫して「思い込みの肯定」を主張。
フィーアの心情と同意
シリルは「大聖女視されることの辛さ」を確認したが、フィーアは「困惑はあるが辛くはない」と回答。初志である「住民と騎士団・公爵家の和解」に資するなら受容する姿勢を示した。シリルはその“お人好し”を評しつつ、当面は現状追認で一致した。
密会の目的と場所
翌日午前、フィーアは人目を避けるため森でカーティスを呼び出し、核心的な確認と共有すべき事柄のために面談したのである。
正体の確認と記憶の経緯
カーティスは自らが前世のカノープス・ブラジェイであると認め、記憶はフィーアと再会後に夢として断片的に戻り、洞窟での出来事を機に半覚醒、負傷後の覚醒で完全となったと説明したのである。
守護不在への悔恨
カーティスは幼少期から再び仕えられなかった悔いと、前世で最期に立ち会えなかった負債感をにじませ、成長したフィーアを前に複雑な感慨を示したのである。
フィーアの最期の伝達
フィーアは魔王封印と同時の斃死が「一瞬」で痛みは短かったと述べ、過去の後悔を和らげようと意図したのである。
騎士の崩落と受容
この説明を受けたカーティスは無言で涙し、やがて「それが望む最期なら受け入れる」と断続的に言葉を発し、感情の制御を失ったのである。
再誓約
最後にカーティスは片膝を突き深く謝罪し、「命を絶てと言われれば従うが、許されるなら今度こそ守らせてほしい」と誓い直した。これにより、前世からの未了課題は「守護の再開」という形で現在へ接続されたのである。
内省と慚愧の認識
フィーアはカーティス(=カノープス)が前世の失敗を「やらなかったこと」の後悔として抱え続けていた事実に気づき、自身がその重さを理解していなかったと悔いたのである。
謝罪と感情の露出
フィーアは前世で自らが死に、彼を一人残したことを謝罪した。涙は「卑怯」と自制したが結局こぼれ、カーティスはそれを受け入れつつも「許しが必要なのは自分」と位置付けたのである。
職分と罪の分離
カーティスは「護衛不履行は自分の罪であり、主に罪はない」と明確化し、前世の未完を償うため鍛錬を続けてきたと述べた。まず謝罪し許可を得て仕えるべきだったと行動の順序も是正したのである。
再仕官の懇願
カーティスは片膝を突き、「もう一度守らせてほしい」と再誓約を求めた。フィーアは「結果で過去を断じるのは誤り」としつつ、彼の自己責任化を和らげようとしたのである。
解放の勧めと価値観の衝突
フィーアは「生まれ直した以上、前世に縛られず生きよ」と解放を勧めたが、カーティスは「聖女に仕える誇り」を人生目的として再確認し、価値観は平行したのである。
秘匿理由への洞察
カーティスは行動観察から「聖女力を隠している理由(不都合/潜伏)」を推論。フィーアは従魔の黒竜ザビリアの存在を挙げ安全を主張したが、現在同伴不在であることを指摘され、防衛の脆弱性が露出したのである。
黒竜と“別離”の示唆
カーティスは黒竜の不在を「若さ/別離の無理解」と断じ、実際には自責と悔恨を自分へ反射させる形で皮肉した。保護対象から目を離さないという彼の護衛観が再提示されたのである。
配下志願と地位問題の応酬
カーティスは「第一騎士団に転籍できれば仕える許可を」と提案した。フィーアは降格や注目を招く現実的リスクを指摘したが、彼は王族近衛の特殊性を理由に押し切ろうとしたのである。
自己同一性の確認
フィーアは「カノープスがカーティスを塗り替えていないか」を確認した。カーティスは離島の民を好み融和を望んだ“カーティスとしての基盤”は存続すると述べ、両人格の併存が示された。
暫定合意
フィーアは転籍方法は不明ながら「違和感なく第一騎士団入りできた場合」に限り仕えることを黙許した。カーティスは「今度こそ万物から守る」と再誓約した。
後片付けと融和の進展
祭後の片付けで住民側の自発的協力が発生した。初めは緊張があったが作業を通じて人数も増え、最終日には住民が騎士を上回った。フィーアは“シリルの策”という騎士側の解釈を肯定し、関係改善を後押しした。
カーティスの中心視点を牽制
カーティスは融和を「フィーア中心の必然」と評した。フィーアは過度な中心化を牽制しつつ、両人格が良好に混じり合ってきたと観測した。
慰霊式準備と当日衣装
慰霊式は岬の崖上で夜明け前に実施予定であり、住民の要望によりフィーアは水色のドレスを着用した。意図は不明なまま受諾した。
式前の配置と公爵の決意
会場では騎士が松明警戒を敷き、シリルは最上位者でありながら早着。彼は罪悪感を捨て「大聖女生まれ変わり“役”の演出を全力で補助する」と方針転換を明言した。フィーアは内心では過剰支援不要と判断したが、表では同意を示した。
式典の趣旨と時刻
慰霊式は夜明け前に開始された。サザランドでは大聖女が一族を救った時間帯を最も尊いと定め、重要儀礼をその時刻に合わせる慣習であった。
追悼の進行
号令により黙祷が行われ、サザランド公爵としてシリルが石碑に聖水とアデラの花を捧げ、哀悼の辞を述べた。式は滞りなく進行した。
転落事故の発生
閉式直前、強風で騎士が崖から落下した。視認は困難で、騎士らが海面を探したが発見できなかった。
二次事故と救出
助力を求めようとしたフィーア自身が強風で足を滑らせ落水した。直後にシリルとカーティスが飛び込み、左右から抱え上げて水面に引き上げた。
礼装と混乱
二人の礼装が海水で濡れたことにフィーアが動揺した結果、団長二名の過剰な気遣いが重なり場が混線した。本人はこれを「騎士団長混沌の法則」と内心で定義した。
避難指示と住民の動き
カーティスが全員の陸上移動を指示。住民は回り込みつつ救護準備(タオル手配)に動いた。
独自泳法の披露と評価
フィーアは顔を水につけない独自泳法で前進したが、速度不足をシリルに指摘された。周囲の心配に配慮し、シリルの背に掴まって岸へ向かった。
搬送と所感
シリルは速度を上げて安定した泳ぎで搬送した。フィーアは安定感を「船」に喩え、両名の迅速な救助行動により事態は収束した。
浅瀬到着と上陸支援
フィーアは浅瀬で降ろされ、足場の砂に足を取られたが、シリルが支えた。カーティスは護衛位置で随伴した。住民は砂浜に連なり出迎えた。
夜明けと群衆の反応
夜明けの光が差し、フィーアが微笑んで手を振ると、住民は一斉に跪拝した。本人は困惑した。
「暁の大聖女」の再演
後にカーティスが説明したところ、〈水色のドレス+赤髪+朝焼け逆光〉が伝承の大聖女像と一致したため、住民は幻視的に同一視した。ラデク族長は「暁の大聖女」と宣言した。
感情の積層と制止回避
フィーアが制止しかけたが、カーティスは思いの積層が増幅を招くとして静観を進言した。
黒竜騎士団総長サヴィスの来着
サヴィス総長が騎兵を率いて到着し、状況を問い質した。二名の団長の前で統率者として場を掌握した。
マント授与と撤収指示
総長は自らマントをフィーアに掛け、「濡れたままは不可」と着替えを命じた。大聖女視認の報が上層まで上がっていることが示唆された。
離脱試行と包囲
フィーアは退避を図ったが、住民の厚意(タオル・温飲)に囲まれ、背後に総長、左右にシリルとカーティスが位置し、実質的に退路は封鎖された。
包囲と式典未了の指摘
住民・総長・両団長に包囲されたフィーアは、慰霊式が未閉式である点を指摘。責任者のシリルが閉式に戻る意向を示し、フィーアも同行を申し出た。
住民側からの和睦提案
ラデク族長が「離島の民の追悼式(酒・歌・舞)」への合同参加と、それをもって式典終結とする案を提起。住民主導の完全な歩み寄りであり、騎士側への信義の表明となった。
サザランド公爵の即応
シリルは駆け引きなく即受諾。誠実さが可視化され、住民の安心と好感が増幅。フィーアも参加を即答。
黒竜騎士団総長の威信可視化
族長が逡巡する中、サヴィス総長が自ら名乗り。王弟かつ総長としての威容が場を制し、住民は畏敬と感謝で跪拝。総長は「参列できることを嬉しく思う」と簡潔に表明し緊張を和らげた。
合同追悼式の実施決定
提案は正式に採択。濡れた参列者が多いため一旦解散し、着替え後に再集合。総長は長途来訪の疲労を見せず、実力者としての格を示した。
追悼式前の着替えと手伝いの申し出
フィーアは住民から借りたオレンジ色のワンピースに着替え、追悼式の準備を手伝うと申し出た。住民は驚いたが、互いに助け合うという言葉に同意し、受け入れた。追悼式は参加者増加で領主館前庭に変更されていた。
会場設営と布の意味
前庭では布と円座クッションを並べ、木の枝に極彩色の長布を結びつけた。住民の説明によれば、布がはためくことが御霊の帰還の合図であると伝わっていた。
団長たちの装いと印象
シリル団長とカーティス団長は住民の衣服に着替えて登場した。ふだんの印象と異なる華やかな服装であったが、意外にもよく似合っていた。サヴィス総長は三名での協議を終えて式場に現れた。
上席への着座と逡巡
サヴィス総長、シリル団長、カーティス団長、ラデク族長らの並ぶ上席に、住民の意向でフィーアも座らされた。フィーアは一介の騎士として釣り合わなさを感じたが、以前に自ら協力を申し出た結果と受け止め、末席を確保して応じた。
料理の取り分けと応対
大皿料理を前に、フィーアは総長と両団長に料理を取り分けた。カーティス団長はフィーアの好物を的確に盛り付け、フィーアはそれを味わった。住民は自由形式の席で次々とフィーアに話しかけ、交流が広がった。
救出された親子の礼と果実の分かち合い
以前バジリスクから救われた少女と母が現れ、母はシリル団長に深く謝意を示した。シリル団長は騎士として当然だと応じ、少女とともに黄色い果実を半分ずつ分けて食べた。この様子に住民は領主としての温情を見出した。
踊りの由来をめぐる確認
舞台では成人女性が踊りを奉納した。フィーアがクラゲの踊りの位置付けを尋ねると、ラデク族長は三百年前にフィーアがクラゲの踊りと呼んだ言葉を起点に、以後それを最上位の踊りとして奉じてきたと説明した。フィーアは当時の誤称が現在の伝統を形作った事実に戸惑ったが、上司らは沈黙して成行きを見守った。
御霊の帰還の合図と静謐
一陣の風が吹き、枝に結んだ布が一斉にはためいた。住民は空へ語りかけ、祈り、沈黙ののちに落ち着きを取り戻した。場には亡くなった者を悼む誠実な空気が満ちていた。
シリル団長の誓いと族長の応答
シリル団長は自身がこの地で育ち、民を守るために騎士となったと述べ、領主としての役割を全うすると誓った。ラデク族長は十年前の過ちに言及し、恨まず教訓として新たな関係を築きたいと表明した。団長は感謝を示し、互いの信頼が会場に広がった。
青騎士生まれ変わり説の噴出
住民の一人が、シリル団長は三百年前の護衛騎士青騎士の生まれ変わりではないかと提起した。賛否が沸騰する中、フィーアは懐かしさの由来として団長がカノープスだったからだと肯定する発言を行った。住民は歓声を上げ、サヴィス総長は可笑しげに、カーティス団長は茫然とし、シリル団長は恨みを含んだ静かな声でフィーアに応じた。
青騎士認定への不満の核心
シリル団長は、青騎士は大聖女の護衛として「高みに在る存在」であり、自身が生まれ変わりと見做されることで青騎士像を矮小化させる恐れがあると述べ、不本意であると示した。外面は微笑でも、内実は明確な拒否であった。
大聖女像と青騎士像の落差
フィーアは団長の過度な理想化を認識しつつ、伝承上の青騎士と同等に団長も立派であると弁護した。団長は「同じ団の身びいき」と退け、青騎士は自分よりさらに高みにあったはずと位置づけた。
“演技”の妥当性と成果の確認
フィーアが大聖女として振る舞った件について、シリル団長は「結果だけ見れば完璧」と評価した。十年来不可能だった住民との和解を実現し、公爵家と騎士団の受容を引き出した点を功績として明言した。
カーティスの現実論と指摘
カーティス団長は、フィーアの「自分に容易=他者にも容易」という思考を戒め、こじれた関係の修復は自分たちでは不可能だったと断言した。和解は「絶対的な敬意と敬愛を集める媒介」があって初めて成立したと二人の団長が合意した。
騎士の誓いと意趣返し
シリル団長は、長年の宿願であった地域問題の解決に対する恩を忘れないとし、騎士としてフィーアに恩返しを誓った。手の甲への口づけという儀礼で忠誠を示し、その所作を「護衛騎士の誓い」として住民に見せることで、先の“青騎士”発言への軽い意趣返しも含ませた。
サヴィス総長の総括
サヴィス総長は、住民の掌握と領主の「陥落」を同時に成したフィーアの影響力を愉快そうに評し、「サザランドは最早お前のものだ」と結んだ。和解の既成事実化と求心力の固定化が明確化した場面である。
【SIDE】騎士団総長サヴィス
視点の導入と問題意識
サヴィスは執務後の私室で思索し、フィーア・ルードが「不明な者」であり続けていると結論づけていた。報告書は真相を歪めると知るため、自身の足で現場確認を信条としていたのである。
初見からの異質性の把握
模擬戦でサヴィスは、体格差をものともしないフィーアの正確な太刀筋と冷静な観察眼を確認した。彼女は「支配者の目」により古傷を看破し、目くらましが施された「超黄金時代」の宝剣を見抜いたと推察された。
聖女観の衝撃と周囲への波及
星降の森では、フィーアが精霊に愛される存在であることを示し、聖女像を「騎士の盾」と定義した。この異質だが爽快な価値観はサヴィスに強い印象を残し、同時にシリルやデズモンド、ザカリー、クェンティンら有力騎士を惹きつけていった。
サザランド急行の決断
「フィーアが大聖女の生まれ変わりに認定」という報を受け、サヴィスは一時間で出立準備を命じ、二日で現地到着した。夜明けの海岸で住民と騎士の融和的な光景を目撃し、十年停滞していた地が動いた事実を認めた。
会場観察と和解の成立
領主館の庭では、住民が次々とフィーアに感謝を述べ、騎士との会話と笑顔が広がっていた。ラデク族長が「サザランドの嘆き」に触れつつ正式な和解を申し出て、シリルが受諾したことで、長年の断絶は解消に向かった。
シリルの誓いと呪縛からの解放
シリルは宿願の達成を認め、聖女以外としては異例の「騎士の誓い」をフィーアに捧げた。サヴィスはこれを、シリルが二十年以上囚われていた「聖女の呪い」からの解放と解釈した。
サヴィスの評価とフィーアの無欲
サヴィスは「サザランドはお前のものだ」と高く評したが、フィーアは名誉や支配に価値を見いださず、純粋に融和の達成とシリルの晴れやかさを喜ぶのみであった。サヴィスは、その俗物性から自由な心根を測り難い価値と評した。
緊張走る供饌と意外な安堵
深海貝の伝統料理が供されると会場が異様に緊張し、サヴィスは毒を疑った。しかしフィーアが平然と口にした反応を受け、住民はむしろ安堵した。緊張の理由は料理そのものではなく、フィーアの反応確認にあった。
聖石の献上と認識の齟齬
住民は深海貝から得られる「聖石」を一族の至宝として一括献上した。サヴィスとシリルはその国家的価値を理解したが、フィーアは装飾品としての美と換金価値しか認識しておらず、重大性を把握していなかった。
31 大聖女への贈り物
聖石の献上
ラデク族長の隣の住民が器に載せた透明宝石を捧げ、フィーアはそれを聖石と認識した。サヴィスは価値を理解しているか確認した。
聖石の効能と規格外容量
シリルは聖石が回復魔法を蓄積し行使できると説明し、さらに複数人の聖女の魔力を一個に蓄え得ると明言した。カーティスは満杯から枯渇までの総魔力量を基準にしても数人分が入ると補足した。
現世の聖女の弱体化認識
フィーアは過去の治癒速度や疲弊の度合いを想起し、現世の聖女は出力も総魔力量も小さい可能性に到達した。これにより小容量と見なしていた聖石が実質的に戦術資産化する理屈を理解した。
戦場価値の確定
カーティスは回復薬の遅効性と離脱リスクを対比し、聖石なら戦闘継続が可能と整理した。サヴィスは聖石の入手権が未来にわたり提示されている点を重ね、騎士救命への効果は計り知れないと結論づけた。
対価問題と無償提供の規範
フィーアは高価であるため受領拒否と購入打診を提案したが、シリルは適正価格が存在しない旨を示した。族長は対価受領で家に入れないとまで言い、受領を懇請。カーティスは300年前からの助け合い慣行と、離島の民が争いの種を避けて聖石を海へ戻してきた価値観を説明した。住民もこれを全面肯定した。
判断の転換と受領表明
フィーアは金銭持ち出しが誤りであったと謝罪し、善意に基づく献上を感謝して受け取ると表明した。住民は継続献上の意思を示し、フィーアはその厚意を喜びとして受け止め、場は笑顔で満たされた。
喜びの連鎖と返礼の提案
住民の笑顔に感化されたフィーアは、聖石の返礼として自分にできる手伝いを求めたのである。
再植樹の要望
族長は「アデラの木」の再植樹を依頼した。前回は領主館庭に植えた木が前公爵夫人に伐採された経緯があるが、今回は関係修復の記念として同庭への植栽を希望したのである。
公爵の同意と聖石の帰属確認
シリルは植栽に賛同し、聖石は「騎士団」ではなく「フィーア個人」への献上であると明言した。住民はこれを望んでおり、場は安堵に包まれたのである。
親木の探索と寿命差
過去に挿し木を取った親木は既に枯死していた。通常の寿命は百年だが、かつての「大聖女の木」は三百年後も青葉を保っていた事実が共有されたのである。
回復魔法の影響可能性
フィーアは植物への回復魔法作用の可能性を仄めかし、術式は不明ながら「想い」を込める方針を取ったのである。
若木の確保と植樹
シリルが以前挿し木して育てた若木から一枝を折り、記念樹跡地の隣に植栽した。住民は涙ぐみつつ守護を誓ったのである。
再訪の約束
フィーアは開花期に再訪を小声で約したが、住民に聞かれ歓声が上がったのである。
カーティスの献身
作業中の先回り支援や気配りが際立ち、住民・族長はその有能さに注目したのである。
族長の願い:人事要請
族長はカーティスを王都へ戻すよう要望。サザランドは騎士と協調可能になり、彼を縛る理由はないと述べたのである。
聖石と公爵領指定の来歴
族長は三十年前に一度だけ聖石を売り、取調べを受けた過去を告白。これが公爵領指定の契機と悟り、以後は海へ戻す方針を徹底していたと明かしたのである。
贖いと全面譲渡の決意
フィーアの実践する正義に触れ、一族は聖石の全権をフィーアへ譲ると宣言。争いを避ける価値観と救命への貢献意識が交差したのである。
公爵の説明と受容
シリルは聖石探索の国家的経緯と志を説明し、事件続発で意図を示せなかったと率直に述懐。族長は理解を示し、互いの秘匿は終わったと締めたのである。
離島の民の誇りと護衛任命要請
大聖女の護衛騎士が離島の民出身であった誇りから、住民は「離島の代表」としてカーティスをフィーアの側に送るよう求めたのである。
即答
シリルの返答前に、カーティスは「承知した」と即答し、満足げに受諾したのである。
カーティスの王都復帰を巡る応酬
住民と族長の要請を受け、カーティスは王都同行の意思を即答したが、シリルはサザランド防衛と聖石拠点化の重要性を理由に制止したのである。
職位問題とカーティスの決断
シリルは王都に団長席が無い点を示し降格の可能性を示唆したが、カーティスは団長職辞任と「一介の騎士」としてフィーアと同団に入る意志を明言したのである。
前例の示唆と最終判断
シリルは他の団長も同様の申し出をしている事実を示しつつ、総長の黙認を受け特例で離任を容認。形式上はコーディ副団長へ一時権限委譲、カーティスの官職は維持したまま王都へ戻すと決したのである。
住民側の期待と託宣
族長と住民は「大聖女の護衛」としてカーティスへ期待を表明し、シリルはフィーアと同様の業務に就けるよう配慮すると約束したのである。
フィーアの内省と“約束”の想起
フィーアは以前の取り決め(第一騎士団への自然合流が叶えば仕えることを認める)を思い出し、今回の展開にカーティスの策謀性を疑ったのである。
動機の確認と価値観の衝突
フィーアは「職位喪失のリスク」を問い質したが、カーティスは役割よりも“側にいて守る”ことを最優先と回答。フィーアは彼を一度“役割”から自由にしたかった本意を告げたのである。
策士の自白と欲望の定義差
カーティスは族長を軽く揺さぶり住民の特質を利用したと認め、「自分の欲望に忠実」と述べた。フィーアはそれを「自己のためでなく他者のための行動」と否定しつつも、満足げな彼の表情に以後の追及を控えたのである。
訪問の動機と診療所の状況
慰霊式の翌日、フィーアは黄紋病特効薬の製法伝達が不十分だったことを気にかけ、小籠を持ってサリエラの診療所を訪れた。診療所はサリエラとリサの二人の聖女で多くの患者を捌いており、サリエラは一件の治癒で大量の魔力を消耗していた。
サリエラの自省と決意
サリエラは新たな黄紋病で多数を救えなかったことを悔い、処方に固執して工夫を怠ったと自己反省したうえで、「病人を救い続ける」という聖女の役割を改めて強く自覚した。
聖石の預け入れと能力差の認識
フィーアは住民から託された聖石を「預ける」形でサリエラに手渡した。聖石は内側から赤く発光し異常に重く、概算で「30サリエラ」相当の魔力が充填されていた。サリエラはその数値化で大聖女と聖女の能力差を具体的に理解した。
魔力圧縮という技法の示唆と製剤メモ
フィーアは聖石に多量の魔力を込めるコツとして「魔力の圧縮」を示唆したが、サリエラには直観的説明が伝わりにくかった。補完として、黄紋病特効薬の素材・分量・魔力の流し方を整理した製剤メモを作成し、再現性を高めた。
聖石の性質と運用方針
聖石は込め手の回復魔法の特質を保持し、石ごとに容量のばらつきがあること、適正容量を見極めれば半永久使用が可能とフィーアは推測した。枯渇時は第一騎士団宛に送れば再充填して返却する運用を提案した。
緊急搬送と再生治癒の実演
バジリスク被害で重篤傷者バーニーが搬送された。フィーアは「この地を去る前にサリエラがやるべき」と促し、高容量の聖石を託した。共通の「核なる言葉」=「回復」で起動する仕組みにより、欠損した脚と脇腹が約5〜6秒で再生した。現場は歓喜と感謝に包まれ、功はサリエラに帰された。
地域への波及と見送り
聖石の実効性と運用体制が整ったことで救命の範囲が拡大する見通しとなった。翌日、一行が出立する際、住民は道沿いに並び笑顔で手を振って見送り、サザランドと騎士団の関係改善が可視化された。
フィーア、騎士団長にサザランド土産を配る
王都帰還と第二騎士団長室の訪問
フィーアはサザランドから王都へ戻り、夕刻のうちに第二騎士団長デズモンドの執務室を訪れた。室内では自身が「大聖女に認定された件」を巡る雑務で団長が連日缶詰になっており、皮肉混じりの応対を受けたが、フィーアはお土産を渡す本来目的へ話題を切り替えた。
「大聖女認定」騒動の応酬
デズモンドは認定の経緯を詰問したが、フィーアの説明は要領を得ず、団長の苛立ちは睡眠不足と空腹由来であることが示された。実質的には事情聴取の意図は薄く、城内で情報がすでに集約されていることが示唆された。
サザランド土産=聖石の提示
フィーアは小袋から回復魔法を満載した「聖石」を多数取り出し、好きに選ばせると宣言した。デズモンドは半信半疑で手に取ったが、その重さと赤い輝きから本物である可能性を認めた。大当たりの聖石は瀕死や欠損の治癒まで可能と説明された。
上級娯楽室での再会と歓談
フィーアは上級娯楽室でザカリー、クェンティン、イーノック各団長と合流した。帰還の杯を重ねつつ、フィーアは本題である土産配布へ移行した。場は和やかで、サザランドでの出来事を肴に酒が進んだ。
聖石の選定と「大当たり」三連発
テーブルに並べられた聖石は「失われた遺産」と称される希少物と判明した。三人は本気で選定に臨み、クェンティンは即断、イーノックは最も赤く輝く石、ザカリーは勘で引き当て、いずれも大当たりを取得した。各石には聖女複数人分を超える魔力が圧縮充填されていると理解された。
余韻と帰路
酒宴が終盤に差し掛かるとフィーアは強い眠気に襲われ、退出を決めた。袋の中身を配り終え、騎士団長らとの関係を一段と深めつつ、王都帰還初日の所期目的を果たした。翌朝、前夜の「三人には逆らわない」という内心の決意は本人の記憶から消えた。
カーティス団長三番勝負
第一戦 シリル第一騎士団長
状況設定
カーティス団長はサヴィス総長警護の責任者任務を前に、フィーアの第六騎士団討伐同行に強い不安を示し、代替として自ら同行を主張した。これに対しシリル団長は自分が同行する折衷案を提示した。
挑発と問い
カーティスは「シリルにフィーアを預けられるのか」と挑発的に発言した。シリルは動じず、カーティスが短期間でフィーアに傾倒する理由を逆に問い質した。
説明の糸口
フィーアはサザランドでの不測事態経験を理由に挙げたが決め手に欠けた。ここでカーティスが「サザランドの民が大聖女を崇めたように、自分も護衛を職分と直感した」と論点を再構成した。サザランド代表として託された“護衛役”という名分も提示した。
シリルの誓約
シリルは自らも“青騎士の再来”として住民から守護役を課され、さらに騎士としてフィーアに誓ったと明言した。個人的能力だけでなく、公的委任と騎士の誓いで応じた。
決着
カーティスは非を認め、フィーア討伐同行はシリルに一任すると宣言した。両者は騎士の責務と相互信頼で合意に至った。勝負としてはシリルの勝ちであった。
余談
実際の討伐当日、シリルの随行は第六騎士団から“過保護な保護者”として苦情を招いた。
第二戦 クェンティン第四魔物騎士団長
要点
フィーア来訪の従魔舎で、クェンティンとカーティスが応酬。回復薬と“大聖女”観を軸に評価と牽制が交差。最終的に相互敬意で手打ち。勝負は引き分け。
発端
従魔舎で魔物がフィーアに懐く。カーティスは過保護目線で警戒。クェンティンが合流し状況説明。
回復薬(緑)の評価
回復薬に食材を混ぜた処方で摂取性と治癒速度が向上。クェンティンは効果を実感。カーティスは「王族級の極上品」と歴史比較で格付け。
カーティスの婉曲批判
「王城住まいの聖女」への含み。力の使い方次第で“簡単に世界が変わる”と牽制。対象はフィーア。
クェンティンの擁護と称賛
フィーアの知識量と魔物からの信頼を明言。処遇は“当然”と断言。敬意ある対応を正当化。
相互承認
カーティスはクェンティンの目と態度を評価。クェンティンはカーティスの“気づき”に驚きつつ受容。拳を合わせ、職能と敬意で和解。
勝敗
感情の昂りは収束。双方が立て合い、フィーア中心の同盟関係を強化。判定は引き分け。
後日談
カーティスが緑の回復薬の出所を追及。フィーアは“泉”の件を白状。
第三戦 サヴィス総長
要点
総長室での報告面談。フィーアは“弾劾なし”を報告し、特大の聖石を献上。総長は性能を検証しつつ出所を詰める。カーティスが“大聖女”礼賛で援護。総長は受領とともに「借り」を宣言。勝負は総長ではなくフィーアの一人勝ち。
発端(呼び出しと報告)
サヴィスに呼び止められ執務室へ。フィーアは「弾劾対象なし」と正式報告。総長は概ね是とする。
聖石の献上と初見評価
足首に括り付けていた特大“聖石”を献上。重量=蓄積魔力量の示唆に総長が反応。宝物庫の事例と比較し「規格外」と判断。
出所説明(防衛ライン)
フィーアは「サザランド流の込め方」「長年充填」「同等品は過去に使用済み」と創作でカバー。総長は矛盾を突きつつも保留。
性能確認の議論
効果は“半径5mの範囲回復。10人規模なら大怪我も治癒可”と提示。総長は常識外と評しつつ、価値の大きさを即断。
カーティスの“援護”
“民の敬愛が奇跡を起こし至高の聖石を産む”論で全面擁護。私情を抑えよという事前合図は空振り。
総長の裁定
「民の傾倒が奇跡を産む」は有り得ると暫定受理。石は受け取る。王家として対価放置は不可とし、「借り」を明言。将来の望みを一つ保証。
勝敗
形式上は総長の主導。実質はフィーアが総長から“無限大に近い価値”の債を得て一人勝ち。
オチ
「なぜ足に括り付けていた?」→「脚痩せトレーニングです」。生暖かい目で終了。
近衛騎士団長と離島の民との約定 (300年前)
敬仰の序
サザランドの民が最も尊敬したのは大聖女セラフィーナであった。彼女は一族の命を救い、信仰の中心となった。第二に尊敬を集めたのは近衛騎士団長シリウス・ユリシーズである。彼は一族に誇りを与え、自己回復の道筋を示した。この二人が同時代に存在し相互に影響を及ぼした事実は、当時における最大の幸運であった。
王城の来訪と対話
ある日、セラフィーナは姉シャウラの不意の来訪を受けた。会話はやがてセラフィーナの婚姻に及び、シャウラは時機を逃すなと促した。これに対し、近衛騎士団長シリウスは「望むときに望むものを取ればよい」と静かに制した。三者の応酬は、セラフィーナの将来と責務を再考させる契機となった。
離島の民の登用と教育構想
数週間後、セラフィーナがシリウス邸を訪れると、離島出身者が多数、従者および騎士見習いとして雇われていた。シリウスは離島の民に教育機会が欠落している現状を指摘し、サザランドへの学校建設、識字率向上、小作契約の借地契約化、能力に応じた中央登用を同時並行で進める構想を示した。これらは「命をつなぎ、次に誇りを与える」という順序で施策化され、当事者の離島の民と内地の従者は感涙し、将来の恩返しを誓った。
聖石と約定の成立
食卓で深海貝から小さな聖石が見つかった出来事を契機に、シリウスは離島出身の騎士ギードへ命を下した。聖石をサザランドから出さず一族で護持すること、いつか「大聖女」が再臨したときに譲り渡すこと、以上を長期の誓約として継承することが命じられた。これは大聖女不在の時代にあっても未来へ力を残すための、実務的かつ静謐な約定であった。
三百年後の履行
三百年を経て、サザランドに再び大聖女が現れた。民は護持してきた聖石を笑顔で献上し、誓いは実際の行為として完遂された。こうして、シリウスと離島の民の約定は、時間を超えて履行されたのである。
【SIDE】アルテアガ帝国皇弟グリーン=エメラルド「帝国の大斧、又は氷 柱皇弟の出動」 ~ Side Arteaga Empire
皇弟の出立理由と皇帝との応酬
グリーン=エメラルドは昼食席で「斧の指南」を口実にバッヘム辺境伯領訪問を宣言したが、真意はナーヴ王国でのフィーア探索であった。レッド=ルビー皇帝は越境の意図を即座に看破し、王冠と自由を巡る応酬が生じたが、最終的に政務へ引き戻され、皇弟の出立を阻めなかった。
随行体制と偽装方針
皇弟は発言内容に関わらず有能な近衛が自動的に増勢する現実を承知しつつ、出立を強行した。道中で身分露見を避ける必要を認識し、王都到着後は装束を簡素化する方針を固めた。
救済への回想と誓約
半年前、フィーアは皇弟の呪詛を瞬時に解き、戦闘を支援しつつ自力勝利の体裁を保たせた。この経験により、皇弟は健康と尊厳を回復し、以後は帝国よりもまずフィーアの目的達成を助けると心中で誓った。
王都合流と作戦原則
二週間後、王都で弟ブルー=サファイアおよびチェーザレ総長と合流した。皇弟は、フィーアが身分扱いを忌避していた事実から「女神としてではなく古い友として接する」原則を提示し、髪をかき上げる合図で護衛を一斉解散させる運用を決めた。出会いは終着ではなく始点と認識され、帝国皇弟たちの行動は静かに進行していた。
【SIDEカーティス】フィーアへのアドバイスを死ぬほど後悔する
誤認と出会いの始まり
カーティスは初めてフィーアを見た際、その鮮やかな赤髪に前公爵夫人を重ねて見誤った。年齢も髪色も異なるのに何故間違えたのか、自らに疑問を抱き、深く反省した。後日謝罪した際、フィーアは笑みを浮かべて気にする様子もなく、むしろ言われた言葉をそのまま信じるような純粋さを見せた。その率直さに、王城で生きるには危ういほどの素直さだとカーティスは感じた。
不用意な助言
彼は心配のあまり、王城で必要とされる「腹芸」という言葉を使い、政治的駆け引きの心得を教えようとした。第一騎士団で培った警護の技として、心の内を見せずに判断を巡らせる能力が要ると説明したが、フィーアは言葉を文字通りに受け取り、目を輝かせながら「今夜から腹芸を練習します」と答えた。その姿を見て、当初のカーティスは熱心な新人を微笑ましく思っていた。
宴席での惨劇
時が経ち、前世の記憶を取り戻したカーティスは、宴の席で信じ難い光景を目にした。歓声の中、フィーアが騎士服を脱ぎ捨てて登壇し、「カーティス団長直伝の腹芸を披露します」と高らかに宣言したのだ。シャツの上に描かれた顔を腹の動きで操る芸――それはまさしく“腹踊り”であった。あまりの衝撃に、カーティスは反射的にフィーアを抱きかかえ、騎士団の前から逃げ出した。
後悔と懇願
その夜、彼は泥酔したフィーアに何度も謝罪を重ね、自身の不用意な発言を恥じた。「お願いですから、うら若き女性が人前で腹を見せる真似はなさらないでください」と懇願するカーティスに対し、フィーアは練習の成果を誇りながらも最終的には「二度と披露しない」と約束した。彼は安堵したが、翌朝、フィーアはその約束をきれいさっぱり忘れており、カーティスの後悔はさらに深まることとなった。
【SIDEクェンティン】フィーア不在の寂しさに耐えかねて上級娯楽室に行く
フィーア不在の焦燥
クェンティンは、フィーアがサザランドへ出立してから十日が経過した時点で深い喪失感に包まれていた。従魔談義を交わせる相手を失った寂しさは日に日に募り、副官ギディオンに愚痴をこぼすたびに「あと二十日」と現実を突き付けられてさらに沈んでいった。やがて、彼は残りの日数を耐え抜くための策として上級娯楽室の利用を思いついた。そこには他の騎士団長が集う可能性が高く、フィーアの話を聞けるかもしれないと考えたのである。
上級娯楽室での再会
娯楽室を訪れたクェンティンは、ザカリーとイーノックが酒を酌み交わしている場に出くわした。やや場違いな組み合わせにためらいつつも、ザカリーの快活な誘いに応じて席に着く。ほどなくして扉が叩かれ、現れたのはサザランドから帰還したばかりのフィーアであった。思いがけない再会に歓喜したクェンティンは、入室を遠慮する彼女を説得して中へ招き入れた。
酒宴とサザランドの土産
ザカリーの勧める酒を次々に空けたフィーアは、頬を染めながらも饒舌にサザランドでの出来事を語った。中でもバジリスク討伐の話は圧巻で、クェンティンは目を輝かせて聞き入った。そして、彼女が「お土産」と称して取り出したのは、聖女たちの魔力が封じられたとされる多数の聖石であった。
奇跡の聖石の衝撃
フィーアは得意げに「瀕死の傷から欠損まで癒せる超優れもの」と説明した。常識的にはあり得ぬ話だったが、クェンティンが手に取って確認すると、そこには尋常ではない魔力が宿っていた。三つの石は特に異質で、聖女数十人分の力に匹敵する規模を誇っていた。イーノックまでが興奮を隠せず、全員が酒気に任せて聖石を選び取った。
翌朝の覚醒と恐怖
翌朝、酒の酔いが覚めたクェンティンは、冷静な目で改めて聖石を観察した。そこに宿る膨大な魔力を前にして戦慄し、自分が軽々しく触れてはならぬ存在を受け取ってしまったことを悟る。酔いの勢いでの出来事が、後に取り返しのつかぬ贈与であったと理解し、深く息を呑んだ。
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敵国に嫁いで孤立無援ですが、どうやら私は最強種の魔女らしいですよ?

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