物語の概要
■ 作品概要
室町幕府末期から戦国時代への過渡期を舞台に、「最初の戦国大名」とも呼ばれる北条早雲こと伊勢新九郎盛時の活躍を描く本格歴史漫画である。 本巻では、明応二年八月三十日、新九郎がいよいよ歴史の表舞台へと躍り出る「伊豆討ち入り」が決行される。今川勢や旧奉公衆、国人衆を束ねた新九郎は、周到な夜間進軍によって堀越御所へ奇襲をかけ、激戦の末に御所を陥落させる。しかし、標的である足利茶々丸を取り逃がすという大きな誤算が生じる。その後、新九郎は伊豆の領地経営や民心掌握に着手し、新たな国づくりを始めるが、逃亡した茶々丸や関東管領・山内上杉家、さらには京の足利義高といった新たな敵対勢力との複雑な政治戦・包囲網に直面していく様子が描かれている。
■ 主要キャラクター
- 伊勢新九郎:本作の主人公。伊豆討ち入りの総大将として、自ら先陣を切って御所へ突入する武勇を見せる。御所陥落後は、武力による強引な追撃を避け、税制の緩和や既得権益の安堵といった「人心掌握」を最優先とし、伊豆の新たな統治者としての手腕を発揮し始める。
- 足利茶々丸:伊豆の堀越公方。新九郎の襲撃を受けるが、自らが施主となる法要をすっぽかして山遊びに出ていたため、偶然にも難を逃れる。その後は伊豆国内に潜伏し、自らの失態を省みつつも新九郎への激しい怒りを燃やし、反撃の機会をうかがう。
- 狩野太郎(佑長):堀越公方の側近であり、修善寺城主・狩野介の嫡男。御所の警備が手薄なことにいち早く危機感を抱き、防衛に奔走する。聡明かつ勇猛な武将として新九郎を討ち死に寸前まで追い詰めるが、味方の裏切りによって致命傷を負い、公方府の行く末を案じながら壮絶な最期を遂げる。
- 伊勢弥次郎:新九郎の弟。京に留まり、次期将軍・足利義高や伊勢一族の頭領・伊勢貞宗に対し、新九郎の伊豆進攻の正当性を強弁する。兄の野望を理解しつつも、公儀をないがしろにしかねない行動の波紋に挟まれ、苦悩する。
- 足利義高(清晃):次期将軍。母と弟の仇である茶々丸の討伐を新九郎に私的に命じていたが、茶々丸を取り逃がしたことに激怒し、討伐を完了するまで新九郎の上洛を禁じる厳命を下す。
- 足利義材(今出川殿):前将軍。京を追われた後、越中で北陸の有力勢力の支持を集め、細川政元が派遣した討伐軍を壊滅させる。京の政権にとって最大の脅威として復活を遂げている。
■物語の特徴
本作の最大の魅力は、歴史上の大事件である「伊豆討ち入り」を、単なるヒロイックな合戦ではなく、緻密な戦略とリアルな泥臭さをもって描いている点である。夜間進軍における篝火の活用や行商人を通じた情報戦、市街地の路地を利用した乱戦など、戦術の妙が詳細に描写されている。 さらに他作品と大きく差別化されているのは、合戦そのものよりも「戦後処理」と「内政」に重きが置かれている点である。新九郎が武力で敵をねじ伏せることよりも、年貢の負担割合を定めて領民の支持を得る「人心の掌握」こそが国盗りの要であると語る姿は、彼がいかにして「戦国大名」へと成長していったのかを読者に深く納得させる。 また、新九郎が伊豆で戦う一方で、京では足利義材の脅威や次期将軍の思惑が入り乱れており、地方の局地戦が中央の政変と密接に連動して歴史を動かしていく、重厚な政治群像劇としての面白さが際立っている。
書籍情報
新九郎、奔る! 23巻
著者:ゆうきまさみ 氏
出版社:小学館(ビッグコミックス)
発売日:2026年6月11日
ISBN: 9784098640454
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あらすじ・内容
伊勢新九郎が歴史の表舞台に登場する日。
明応二年八月三十日。
興国寺の新九郎のもとへ
伊豆討ち入り参加の面々が集結。
夜間の出発に備え軍議と準備が進む。
一方、堀越御所では茶々丸の側近・狩野太郎が
警固の手薄さを危惧し、対策を講じていた。
迎える討ち入り当日。
新月のなか進む新九郎に訪れるのは
明るい夜明けか、それともーーー
感想
本巻では、伊勢新九郎がついに「伊豆討ち入り」を果たし、歴史の表舞台へと躍り出る。
北条早雲として知られる人物の大きな転機となる出来事だけに緊張感のある展開が続くのだが、それ以上に印象に残ったのは、歴史書だけでは見えてこない人間臭さや現場の混乱であった。
本巻で最も印象に残ったのは、周到な準備を重ねて夜襲を成功させたにもかかわらず、肝心の足利茶々丸を取り逃がしてしまう展開である。
新九郎は茶々丸の法要の日を狙って作戦を立てていた。しかし当の茶々丸は法要を抜け出し、山へ遊びに出かけていたのである。
完璧な計画が、相手の予測不能な行動によって狂わされる。この顛末には思わず笑ってしまったし、想定外の事態に激怒する新九郎の姿も印象的だった。
また、興味深かったのは伊豆討ち入りのその後である。
歴史の流れだけを見ると、伊豆討ち入りによって北条家が伊豆を平定したように見える。しかし本作では、一度勝利しただけで全てが解決するわけではないことが丁寧に描かれていた。
御所側の狩野太郎らによる必死の抵抗は敵ながら見事だったし、戦に勝つことと国を治めることは全く別の問題なのだと感じさせられた。
その中で新九郎が選んだのは、武力による強硬策ではなく統治基盤の整備だった。
四分六分への税制緩和や既得権益の安堵を進め、まずは民心を得ようとする。その姿を見ていると、新九郎が単なる武将ではなく、一人の為政者として成長していることがよく伝わってくる。
読んでいて感じたのは、本巻の見どころは戦そのものではなく、新九郎が領国経営の難しさに向き合う姿だったということである。
物語後半では、新九郎を取り巻く状況がさらに複雑になっていく。
逃亡した茶々丸は反撃の機会をうかがい、関東管領・山内上杉顕定も伊豆への介入姿勢を見せ始める。
さらに京では、茶々丸を討ち漏らしたことに次期将軍・足利義高が激怒し、新九郎に厳しい命令を下す。
一方で北陸では前将軍・足利義材が勢力を拡大しており、中央の政争も不穏さを増していた。
せっかく伊豆討ち入りを成功させたにもかかわらず、むしろ問題は増える一方である。その様子を見ていると、新九郎の本当の戦いはここから始まるのだと感じた。
歴史の大きな転換点を描きながらも、その後に待ち受ける政治や外交の難しさまで描いている点が非常に面白い。
一国の主となった新九郎が、この先どのような選択を重ねていくのか。次巻への期待が大きく膨らむ一冊だった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
足利茶々丸討伐
『新九郎、奔る!(23)』における「足利茶々丸討伐」は、主人公・伊勢新九郎がいよいよ歴史の表舞台に躍り出る一大軍事作戦(伊豆討ち入り)として描かれている。周到な準備と激戦、そして予測不能な結末とそれに続く政治的波紋が詳細に描かれている。
討伐の大義と新九郎の真の目的
新九郎は、京の次期将軍・足利義高(清晃)から、母(円満院)と弟(潤童子)を殺害した茶々丸を討つよう私的な命を受けていた。新九郎は御所に突入した際、「室町殿が奉公衆」と名乗り、主命による茶々丸討伐を高らかに宣言する。しかし新九郎の内心における真の目的は、単なる主命の遂行や仇討ちではなく、「公儀や関東管領に左右されない国に作り変える」という、自らを主とする新たな国づくりであった。
周到な作戦と激戦
明応2年(1493年)8月30日、新九郎を総大将とする討伐軍は、新月の夜を利用した隠密行軍を開始する。葛山氏堯に三島を夜襲させて敵の注意を引きつける陽動作戦を行い、三浦左衛門尉率いる今川勢には狩野川河口から御所の南面へ回り込ませて茶々丸の退路を断つという、完璧な包囲網を敷いた。
一方、堀越御所側では茶々丸の側近である狩野太郎佑長が警備の手薄さに危機感を抱き、防衛に奔走する。9月1日の早朝、御所へ迫る新九郎の本隊は狩野太郎の迎撃を受け、激しい乱戦となる。新九郎は落馬し、あわや討ち取られる寸前まで追い詰められるが、家臣の弥八郎の救援により危機を脱し、ついに御所東門を突破した。なお、奮戦した狩野太郎は味方の裏切りに遭い、致命傷を負って命を落としている。
最大の誤算と茶々丸の逃亡
御所内部へ雪崩れ込んだ新九郎たちは、茶々丸を討ち取ったと安堵しかけるが、首実検の結果、女装して逃げようとした別人の首であったことが判明する。脱出路はすべて封鎖し、御所内を徹底的に捜索したにもかかわらず茶々丸は見つからなかった。
実は茶々丸は、自身が施主となるはずだった円満院らの法要を嫌がり、こっそり山遊びに出かけていたため、偶然にも御所を不在にしており奇跡的に難を逃れていたのである。この常識外れの行動に新九郎は激怒する。
討ち漏らしの余波と今後の戦略
茶々丸を取り逃がしたことは、各方面に大きな波紋を呼んだ。
- 義高や伊都の激怒: 京の足利義高は作戦失敗に激怒し、茶々丸の首を挙げるまで新九郎の上洛を禁じた。駿河の姉・伊都も、討伐命令を完遂できなかったことを厳しく叱責する。
- 茶々丸と反勢力の動き: 逃亡した茶々丸は中伊豆へ逃れ、狩野介らに擁立されて弔い合戦を掲げ、奉公衆による夜襲などの反撃を企てる。さらには関東管領・山内上杉顕定も茶々丸を支援する姿勢を見せ、新九郎包囲網が形成されつつあった。
- 新九郎の民心掌握: 新九郎は、茶々丸を無理に深追いして消耗戦になることを避け、まずは占領した北伊豆の統治基盤を固める方針に切り替える。茶々丸時代に五分から七分と重かった税を「百姓四分・領主六分」に軽減し、既得権益を安堵するなど、武力よりも人心の掌握によって茶々丸との求心力勝負に勝つ道を選んだ。
まとめ
このように、足利茶々丸討伐は新九郎に歴史的な大勝利をもたらした一方で、討ち漏らしという大誤算により、伊豆を巡る複雑な政治戦と領地経営という新たな試練の始まりとなったのである。
伊豆討ち入り決行
『新九郎、奔る!(23)』における「伊豆討ち入り決行」は、周到に練られた作戦と、敵味方の想定外の事態が交錯する緊張感に満ちた一大軍事作戦として描かれている。主なポイントは以下の通りである。
総大将・新九郎の覚悟と隠密行軍
明応2年(1493年)8月30日、興国寺での軍議において、新九郎は諸将の懸念を押し切り、自ら先陣を切って突入する覚悟を示した。同日日没後、旗を巻き、馬に枚を含ませた討伐軍は隠密行動を開始する。新月の闇夜の中、新九郎は根方街道の人家が途切れる場所に篝火を設置させ、それを目印に500余りの兵を黄瀬川まで悟られずに進軍させるという緻密な策を成功させた。
見事な陽動と包囲網の形成
新九郎軍は三つの部隊に分かれ、完璧な包囲網を形成した。
- 葛山勢(陽動): 三島へ夜襲を掛け、黄瀬川関所の守備兵の注意を引きつけた。
- 三浦勢(退路封鎖): 海路で三津へ上陸後、山中を抜けて伊豆長岡方面へ進軍し、堀越御所の南面に展開して茶々丸の逃走路を完全に封鎖した。
- 新九郎本隊: 葛山勢の陽動の隙を突いて黄瀬川関所を強襲・突破し、下田街道を南下して御所へ迫った。
手薄な堀越御所と狩野太郎の奮戦
一方、標的である堀越御所は、多くの奉公衆が田中城の包囲に割かれており、極端に警備が手薄な状態であった。茶々丸の側近である狩野太郎佑長はこれに危機感を抱き、父・狩野介や修善寺へ急ぎ援軍を要請する。敵軍の接近を知った狩野太郎は、地の利を生かして市街地(旧上杉邸前など)に敵を引き込んで迎撃する戦術をとり、自ら出陣した。
旧上杉邸前の激闘と御所突入
9月1日早朝、旧上杉邸前で新九郎本隊と狩野隊が激突する。新九郎は乗馬を槍で突かれて落馬し、狩野太郎に討ち取られる寸前まで追い詰められるが、家臣・弥八郎の救援(金棒で薙刀を砕く)や味方の矢により九死に一生を得た。その後、松田直秀や遠山直景らの部隊が南から挟撃したことで狩野隊は退却を余儀なくされ、新九郎軍はついに御所東門を突破する。御所内に乱入した新九郎は、「室町殿が奉公衆」と名乗り、主命による茶々丸討伐を高らかに宣言した。
まとめ
新九郎軍は激戦の末に茶々丸を討ち取ったかに見えたが、首実検の結果、女装して逃げようとした別人の若者であったことが判明する。実は茶々丸は、自身が施主となるはずの法要を嫌がり、こっそり山遊びに出かけていたため、偶然にも御所を不在にして難を逃れていたのである。完璧な包囲網を敷きながら、標的の常識外れな行動によって討ち漏らすという結末に、新九郎は激怒することとなる。なお、御所を守るために奮戦した狩野太郎は、かつて居眠りを咎めて足蹴にした味方の恨みを買い、背後から刺されるという悲劇的な最期を遂げた。
堀越御所の陥落
『新九郎、奔る!(23)』における「堀越御所の陥落」は、周到な計画と激闘の末に達成された軍事的勝利でありながら、標的の不在という予想外の結末によって完全な勝利とはならなかった歴史的転換点として描かれている。主なポイントは以下の通りである。
東門突破と新九郎の名乗り
明応2年(1493年)9月1日の早朝、新九郎本隊は旧上杉邸前で狩野太郎佑長率いる迎撃部隊との激闘を制し、南からの松田・遠山隊の挟撃もあって狩野隊を退却させる。勢いに乗った新九郎軍はついに御所の東門を突破し、内部へ乱入した。新九郎は「室町殿が奉公衆、伊勢新九郎盛時、当年とって三十八歳!」と名乗り、主命により足利茶々丸の首を頂戴に参ったと高らかに宣言する。
狩野太郎の悲劇的な最期
御所を守るために奮戦していた狩野太郎は、負傷しながらも茶々丸を逃がすための時間を稼ごうと決意する。しかし、以下の悲劇的な最期を遂げることとなる。
- かつて夜番での居眠りを咎められて足蹴にされたことを恨んでいた味方の兵に背後から刺され、致命傷を負う。
- 池に落ち、死を目前にした彼は、常御所にいた円満院に思いを馳せる。
- 彼女の二人の息子(茶々丸と潤童子)によって堀越公方府が滅びたことを嘆きながら息を引き取った。
偽の首と最大の誤算「茶々丸の不在」
御所内に雪崩れ込んだ新九郎軍の九郎が、女装して逃げようとした若者を討ち取り、茶々丸を討ち取ったと報告する。しかし、松田や遠山らによる首実検の結果、別人であることが判明する。これに対し、新九郎は以下の対応をとった。
- 脱出路を完全に封鎖する。
- 壁板や床板を剥がすなど御所内を徹底的に捜索させる。
しかし、茶々丸の行方は掴めなかった。実は茶々丸は、自身が施主となるはずだった円満院らの法要をすっぽかして山遊びに出かけており、御所陥落の時点では偶然にも不在だったのである。この常識外れな行動によって標的を討ち漏らしたことに、新九郎は激怒した。
まとめ
陥落後、堀越御所は新九郎によって解体され、討ち入りの際に焼失した寺院や武家屋敷の修復資材として再利用された。寝殿や会所のあった場所は更地となり、常御殿の一部のみが残されて新九郎の宿所として使用されることとなる。この情報を掴んだ仁田や江間ら元公方府の奉公衆たちは、かつての土地勘を活かして新九郎に対する夜襲を企てることとなるのである。
新九郎の領国統治
『新九郎、奔る!(23)』における新九郎の領国統治は、武力による強圧的な支配ではなく、民心の掌握を最優先とした極めて合理的かつ画期的な政策として描かれている。伊豆(韮山以北)を占領した新九郎が着手した領国統治の主なポイントは以下の通りである。
民心掌握と税制改革(四分六分への軽減)
新九郎は、支配を安定させるためには兵や武具の増強よりも人心の掌握が不可欠であると断言し、以下の税制改革を行った。
- 堀越公方時代に最低でも五分、多い年には七分近く課せられていた重税(年貢や公事)を改めた。
- 最高でも五分を超えないことを目指し、百姓四分・領主六分を基準とする新たな税制方針を打ち出した。
- これは、外様である自身が受け入れられるためには、人々に新しい領主になって得をしたと思わせる必要があるという現実的な計算に基づいている。
既得権益の安堵と生活の再建
新九郎は、領民の生活再建のために以下の政策を実行した。
- 降伏してきた国人や名主、寺社の権益を安堵し、所領内の税制統一に着手した。
- 公方府が過剰に徴収していた年貢米を住民へ分配し、歓迎された。
- 戦を避けて山へ逃げ込んでいた(山入り)百姓たちに帰村を呼びかけ、いち早く耕作の再開を促した。
平和の象徴としての平装と柔軟な人材登用
新九郎は、領国統治において以下のような柔軟な対応を見せた。
- 韮山以北での戦が終わったことを百姓たちに視覚的に示し、戦乱の終息を伝えるため、戦場にあってもあえて具足ではなく平服姿(平装)で過ごした。
- 降伏した垪和又太郎に対しては所領を新九郎の名で安堵して蟄居を許した。
- 政務の知識を持つ布施弾正忠は自らの手元で働くよう登用するなど、無用な反発を避けて実務能力を活かす人材登用を行った。
合理的な財政運営と新たな国づくりへの覚悟
財政や今後の国づくりについて、新九郎は以下の判断と覚悟を示している。
- 蔵に残っていた前年の米(古米)は高く売れるためすべて銭に換え、その資金を翌年の軍備維持や兵の養成に充てるよう指示した。
- 伊豆生まれの茶々丸とよそ者である自分のどちらに求心力があるかの勝負になると予測した。
- 自らの戦いを単なる仇討ちや主命の遂行ではなく、公儀や関東管領に左右されない国に作り変えるための終生の仕事であると位置づけ、自らを主とする新たな国づくりへの強い覚悟を示した。
まとめ
このように、新九郎の領国統治は、目先の軍略にとらわれず、税制の緩和や既得権益の保障を通じて人々の支持を勝ち取る求心力の勝負であった。彼の合理的で先見性に満ちた内政手腕は、彼が最初の戦国大名へと成長していく過程を如実に物語っている。
京の政治的余波
『新九郎、奔る!(23)』における「京の政治的余波」は、新九郎の伊豆討ち入りと足利茶々丸の討ち漏らしが、中央の政局や権力者たちの思惑にどのような影響を与えたかを描いている。主なポイントは以下の通りである。
足利義高の激怒と上洛禁止の厳命
次期将軍である足利義高(清晃)は、自ら私的に命じた茶々丸討伐において、新九郎が堀越御所を落としながらも肝心の茶々丸を討ち漏らしたことに激怒する。これに対し、以下の事態となった。
- 弟の伊勢弥次郎が予想外の事態であったと弁明するものの、義高は聞き入れなかった。
- 茶々丸の首を挙げるまで新九郎の上洛を禁じ、討伐の継続を厳命した。
前将軍・足利義材の復活と脅威
一方、京を追われた前将軍・足利義材(今出川殿)は、越中国放生津に逃れ、越前・越中・能登・加賀・越後といった北陸の有力勢力から支持を集め勢力を拡大していた。これに対し、以下の状況が生まれた。
- 細川政元は義材討伐軍を派遣したものの、「生きて帰る者なし」と噂されるほどの大敗を喫した。
- これにより北陸五か国は実質的に義材の勢力圏となった。
- 京では義材が上洛してくるのではないかという噂が広まり、政権側は戦々恐々とする事態となっていた。
細川政元の焦燥と私闘としての黙認
討伐軍の敗北を知った細川政元は激しく動揺し、怪しげな修験者を集めて護摩祈祷を繰り返し、「我が法力が足りぬ」と嘆いて山に籠もろうとするほど精神的に追い詰められていた。しかし政局においては、以下の判断を下した。
- 義材に接近する越後上杉氏(関東管領・山内上杉顕定の実父)の影響力を警戒した。
- 茶々丸と義材の勢力が結びつくことを危惧した。
- そのため、伊豆の戦いを公儀の命によるものではなく新九郎と茶々丸の私闘として扱う方針を提案し、伊豆の問題には直接介入せず事実上黙認する姿勢をとった。
伊勢貞宗の懸念と伊勢家の対立
伊勢一族の頭領である伊勢貞宗は、新九郎が今川勢の総大将として堀越御所を陥落させたことに強い懸念を示した。都鄙和睦以降の幕府方針である東国の安定に反する危険な前例になりかねないと考えたためである。これに対し、以下のやり取りが行われた。
- 貞宗は、奪った土地を堀越公方に返還させて新九郎を上洛させ、自らの手元で使おうと和解案を提示した。
- しかし、新九郎の意を汲み現状の東国の動乱を訴える弥次郎は、茶々丸の首を獲り公方府を滅ぼすまでは兄は帰京できないと断固として拒絶した。
まとめ
伊豆討ち入りという地方の局地戦は、前将軍の復活に怯える京の政局や、次期将軍の個人的な復讐心、幕府重臣たちの思惑と複雑に絡み合った。新九郎は茶々丸を取り逃がしたことで、伊豆の平定という実務に加え、京からの重圧や関東管領といった新たな包囲網への対応という困難な課題を背負うことになったのである。
登場キャラクター
伊勢家
伊勢新九郎盛時
伊勢家の当主であり、伊豆への討ち入りを指揮する総大将である。自らの力で新たな国を築く決意を固めている。
・所属組織、地位や役職
伊勢家当主。富士下方の領主。
・物語内での具体的な行動や成果
今川勢や奉公衆を率いて堀越御所を陥落させた。占領後は北伊豆の統治基盤を固めるため、税制緩和など民心掌握を進める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
茶々丸を取り逃がしたことで上洛を禁じられた。伊豆の新たな領主として国づくりを開始する。
大道寺太郎重時
新九郎の側近であり、軍議や領地経営の実務を支える。主君と気兼ねなく意見を交わす関係にある。
・所属組織、地位や役職
伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
討ち入りの作戦や戦後の統治について新九郎へ報告を行った。小川湊で妻子との再会を果たす。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
兵たちの士気低下を察知し、新九郎へ助言を与える。
荒木彦次郎
新九郎の馬廻りであり、血気盛んな性格を持つ武士である。無礼な振る舞いには厳しく対処しようとする。
・所属組織、地位や役職
伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
討ち入りに従軍し、茶々丸を必ず討ち取ると意気込んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
在竹
冗談を交える明るい性格であり、新九郎の命を的確に実行する。家族を深く愛している。
・所属組織、地位や役職
伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
討ち入りの際、関所を突破した百姓たちを蔵へ誘導した。葛山家との結納に向けた準備を進める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
小川湊で妻の富久や息子の三助と再会し、大いに喜ぶ。
荒川又次郎
冷静に状況を判断し、偵察や護衛の任務をこなす。周囲の意図を汲む能力に長けている。
・所属組織、地位や役職
伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
伊豆討ち入り前に黄瀬川で関所の様子を偵察した。ぬいの富士見物に同行し、葛山の姫と対面する機会を設ける。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
山中才四郎
戦況を分析し、追撃任務などを担う。噂話に敏感な一面を持つ。
・所属組織、地位や役職
伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
討ち入りの際、関所から逃亡した者の追撃を担当した。兵たちの士気低下を新九郎へ報告する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
葛山の姫に関する噂話を口の軽い三郎へ話してしまう。
多米権兵衛
実務を担当し、陣の設営や外部との交渉を行う。現場の準備を的確に進める役割を持つ。
・所属組織、地位や役職
伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
雲見の高橋左近将監を説得して味方に引き入れた。興国寺で宿所の割り振りや結納の段取りを進める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
笠原弥八郎
馬廻りとして新九郎に仕える。過酷な状況でも生き延びるしぶとさを持つ。
・所属組織、地位や役職
伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
伊豆の山中を追手から逃げ延びた。堀越御所での戦闘中、金棒で狩野太郎の薙刀を砕き新九郎の危機を救う。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
総大将を守り抜く功績を挙げる。
伊勢九郎
伊勢一門の出身であり、盛定の庇護下にいる。徒歩での行軍に不満を漏らすなど、身分にこだわる一面がある。
・所属組織、地位や役職
伊勢家一門(盛瀬の子)。
・物語内での具体的な行動や成果
弥八郎と共に伊豆の山中を逃走した。討ち入りの際は最前線で戦い、別人の首を討ち取る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
伊勢弥次郎盛興
新九郎の弟であり、京と駿河の間で連絡や交渉を担う。兄の行動を支援するため、策を巡らせる。
・所属組織、地位や役職
伊勢加賀守家。申次職。
・物語内での具体的な行動や成果
将軍義高から茶々丸討伐の命を引き出し、直筆の書状を新九郎へ届けた。伊豆討ち入りの正当性を伊勢貞宗へ主張する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
細川政元と密約を交わし、兄の行動を後押しする。
ぬい
新九郎の正妻。留守がちな夫を支え、家の繁栄を第一に考える。
・所属組織、地位や役職
伊勢家。
・物語内での具体的な行動や成果
第二子となる男子を出産した。葛山の姫との縁談に反対しつつも、家の利益になると知り覚悟を決める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
富士見物と称して興国寺へ赴き、素性を隠して葛山の姫に助言を与える。
千代丸
新九郎の長男。年齢の割にしっかりとした考えを持つ。
・所属組織、地位や役職
伊勢家。
・物語内での具体的な行動や成果
母を寂しがらせないよう新九郎へ直言した。家中の子供たちのために竹トンボの作り方を教わる約束をする。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
その利発な振る舞いから、新九郎に名君の資質があると評価される。
伊勢加賀守貞綱
弥次郎の養父。高齢であり、所領の問題に頭を悩ませている。
・所属組織、地位や役職
伊勢加賀守家。
・物語内での具体的な行動や成果
弥次郎に対し、伊勢家の務めに専念するよう忠告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
加賀の富樫氏による所領押領の対策を急いでいる。
かさ
弥次郎の妻。夫の不在中、家を守る責任感を持つ。
・所属組織、地位や役職
伊勢加賀守家。
・物語内での具体的な行動や成果
義父である貞綱に相談しながら家計を支えていることを弥次郎へ伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
万福丸
弥次郎の跡継ぎ。
・所属組織、地位や役職
伊勢加賀守家。
・物語内での具体的な行動や成果
特に描かれていない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
伊勢伊勢守貞宗
伊勢一族の頭領。幕府の安定を重視し、新九郎の独断を警戒する。
・所属組織、地位や役職
伊勢宗家当主。前政所頭人。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎の伊豆進攻を危険な前例として懸念し、和解と上洛を要求した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
明応の政変において朝廷工作に協力するなど、幕政に深く関与する。
盛定
新九郎の父。楽隠居の身でありながら、息子の活躍を喜ぶ。
・所属組織、地位や役職
伊勢家。
・物語内での具体的な行動や成果
荏原を出奔した九郎を庇護した。貞宗が新九郎や弥次郎を侮辱した際、激怒して抗議する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
今川家
今川龍王丸
今川家当主であり、新九郎の甥。成長と共に自らの意志で行動を起こし始める。
・所属組織、地位や役職
今川家当主。
・物語内での具体的な行動や成果
母に内緒で新九郎へ兵三百の合力を命じた。小鹿竹若丸を新五郎範続として元服させる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
常時三百人の援軍を伊豆へ送り続ける方針を示し、当主としての自覚を見せる。
伊都
新九郎の姉であり、龍王丸の母。今川家の利益と安全を第一に考える。
・所属組織、地位や役職
今川家の大方様。
・物語内での具体的な行動や成果
龍王丸の独断を叱責するが、最終的に新九郎への出兵を承認した。阿茶を政略結婚の道具とすることに激しく反発する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
駿河の安定が遠江への備えになると判断し、出兵の副将を自ら選定する。
今川新五郎範続
小鹿範満の子。龍王丸によって元服し、小鹿家再興の期待を背負う。
・所属組織、地位や役職
今川家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
三百の精兵を率いて新九郎の伊豆討ち入りに合力した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
働きによって小鹿の名を高めるよう伊都から命じられる。
瀬名
今川家家臣。龍王丸や伊都の側近として政務を支える。
・所属組織、地位や役職
今川家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
遠江からの書状の内容を伊都へ報告した。伊豆出兵において五十騎を率いて参戦する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
駿府の復興について新九郎と相談を進める。
朝比奈丹波守
先代からの重臣。実戦経験が豊富で頼りになる存在である。
・所属組織、地位や役職
今川家の重臣。
・物語内での具体的な行動や成果
伊豆出兵の準備を整え、新九郎の指揮下に入った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
討ち入りの副将として新五郎を支える役割を担う。
三浦左衛門尉
先代からの重臣。戦略的な動きで軍を支える。
・所属組織、地位や役職
今川家の重臣。
・物語内での具体的な行動や成果
海路で三津へ上陸し、堀越御所の南面に展開して茶々丸の退路を封鎖した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
戦闘で損害を受けたため、旗を残して駿河へ帰還する。
福島豊後守
今川家家臣。援軍として前線へ赴く。
・所属組織、地位や役職
今川家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
三浦と交代で伊豆の長岡周辺に駐留し、新九郎を支援した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
堀越公方家
足利茶々丸
伊豆の堀越公方。猜疑心が強く、暴君としての振る舞いが目立つ。
・所属組織、地位や役職
堀越公方。
・物語内での具体的な行動や成果
法要を抜け出して外出していたため、新九郎の夜襲から逃れた。逃亡後は奉公衆らによる反撃を企てる。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
求心力を失いつつあるが、関東管領の支援を受けて伊豆奪還を目指す。
狩野介祐貞
狩野城主であり、茶々丸の後見人。公方府の存続に心を砕く。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家家臣。狩野城主。
・物語内での具体的な行動や成果
外山豊前守を謀反人と断定した。御所陥落後、生き延びた茶々丸を厳しく叱責し、弔い合戦の準備を進める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新九郎による伊豆侵攻に激しく抵抗する姿勢を見せる。
狩野太郎佑長
狩野介の嫡男。聡明かつ勇猛な武将であり、茶々丸を支えようとする。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家家臣。修善寺城主。
・物語内での具体的な行動や成果
御所の警備が手薄なことに危機感を抱き、新九郎の本隊を迎撃して奮戦した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
味方の裏切りによって致命傷を負い、公方府の滅亡を嘆きながら戦死する。
工藤次郎佑光
狩野介の次男。兄とともに御所の防衛へ向かう。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家家臣。修善寺城代。
・物語内での具体的な行動や成果
修善寺・狩野勢の先発隊を率い、新九郎軍の接近を警戒して後続へ急報を送った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
戦闘において重傷を負う。
狩野三郎佑信
狩野介の三男。父の指示で兵を集める。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
苛立つ茶々丸に対し、伊豆中の兵が集まるまで待つよう進言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
関戸播磨守信吉
深根城主。狩野介と協議して方針を定める。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家家臣。深根城主。
・物語内での具体的な行動や成果
狩野介の指示を受け、領地に戻って弔い合戦のための兵を集める。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
仁田兵衛尉(仁田孫次郎)
堀越公方府奉公衆。功名心から独自の行動を起こす。
・所属組織、地位や役職
堀越公方府奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
御所の警固を担当していたが、陥落後は茶々丸に新九郎への夜襲を提案した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
狩野勢に頼らず、奉公衆のみでの夜襲決行を企てる。
江間
堀越公方府奉公衆。仁田とともに行動する。
・所属組織、地位や役職
堀越公方府奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
茶々丸から新たな奉公方に任命され、仁田と共に新九郎への夜襲を計画した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
弥三郎
堀越公方府の奉公衆。情報伝達を担う。
・所属組織、地位や役職
堀越公方府奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
狩野太郎に対し、他の奉公衆が田中城の包囲へ向かっている状況を説明した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
平八
狩野家の家臣。命令に従って奔走する。
・所属組織、地位や役職
狩野家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
狩野太郎の命を受け、修善寺へ急ぎ援軍の要請に向かった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
じぃ
狩野家の老臣。過去の記憶から敵の正体を推測する。
・所属組織、地位や役職
狩野家老臣。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎軍の掲げる旗を見て、それが伊勢守家の家紋であることを思い出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
小平太
工藤次郎佑光の家臣。
・所属組織、地位や役職
工藤次郎佑光の家臣。
・物語内での具体的な行動や成果
主君の指示で後続部隊へ急報を送る役割を担う。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
足利政知(勝幡院)
先代の堀越公方。茶々丸の父である。
・所属組織、地位や役職
先代堀越公方。
・物語内での具体的な行動や成果
茶々丸を牢に閉じ込めた過去があり、茶々丸から恨まれている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
すでに故人である。
円満院
茶々丸の継母。茶々丸によって命を奪われた。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家。
・物語内での具体的な行動や成果
狩野太郎が死の間際にその姿を思い浮かべ、冥福を祈った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
すでに故人である。
潤童子
茶々丸の異母弟。茶々丸によって命を奪われた。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家。
・物語内での具体的な行動や成果
義高がその仇を討つため、新九郎へ茶々丸討伐を命じた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
すでに故人である。
茶坊主
堀越御所の茶坊主。主君の身の回りの世話をする。
・所属組織、地位や役職
堀越公方家。
・物語内での具体的な行動や成果
妙春尼へ茶々丸の引き受けを願い出た。その後、新九郎から茶々丸の行方について厳しく尋問される。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
妙春尼
円成寺の尼。寺の安全を第一に考える。
・所属組織、地位や役職
円成寺。
・物語内での具体的な行動や成果
賊軍に攻撃される口実になるとして、茶々丸の引き受けを拒絶した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
元堀越公方府奉公衆・周辺国人衆
松田直秀
茶々丸によって所領を奪われた元奉公衆。情に厚い。
・所属組織、地位や役職
元堀越公方府奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎の討ち入り計画に賛同し、自ら部下として従うことを宣言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
千鶴姫からの言葉に感動し、士気を高める。
遠山直景
松田と行動を共にする元奉公衆。現実的な視点を持つ。
・所属組織、地位や役職
元堀越公方府奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎の討ち入り計画に参加し、松田と共に部下として戦うことを了承した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
千鶴姫の言葉に奮起し、茶々丸討伐への決意を固める。
葛山氏堯
駿河の国人。したたかな計算で独立性を保とうとする。
・所属組織、地位や役職
駿河郡葛山領主。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎へ駿河守護家への臣従を表明し、娘の初を妻として差し出す縁談を持ちかけた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
興国寺周辺の土地の返還と引き換えに、新九郎から阿野郷の安堵を約束される。
富永右衛門尉
伊豆に所領を持つ奉公衆。状況の変化に機敏に対応する。
・所属組織、地位や役職
堀越公方奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎の討ち入り計画に賛同し、没収された所領の回復へ向けて動き出した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
垪和又太郎忠続
堀越方に従っていたが、状況を見て降伏する。
・所属組織、地位や役職
堀越公方奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
田中城攻めに参加していたが、御所陥落後に進退窮まり新九郎へ降伏した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新九郎から所領を安堵され、父のもとで蟄居を許される。
伊予入道
垪和又太郎忠続の父。隠居の身である。
・所属組織、地位や役職
隠居。
・物語内での具体的な行動や成果
駿河御厨の所領に暮らしている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
布施弾正忠康光
政務の知識を持つ奉公衆。現実的な懸念を口にする。
・所属組織、地位や役職
堀越公方奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果
御所陥落後に新九郎へ降伏し、税制の緩和に対して兵や武具の増強が必要ではないかと意見した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
経験を買われ、新九郎の手元で働くよう登用される。
田中内膳
堀越方の国人。独自の判断で行動する。
・所属組織、地位や役職
田中郷の名主。
・物語内での具体的な行動や成果
桑原平内を匿い、引き渡しを拒絶したため茶々丸の討伐軍に包囲される。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
桑原平内
堀越方の国人。理不尽な扱いに不満を抱く。
・所属組織、地位や役職
伊豆の国人。
・物語内での具体的な行動や成果
茶々丸方から攻撃を受け、田中内膳を頼って逃亡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
笠原弥八郎や伊勢九郎を自邸に居候させていた。
伊東伊賀守
伊豆の国人。関東の動乱に関与している。
・所属組織、地位や役職
伊豆の国人。
・物語内での具体的な行動や成果
関東管領の被官として関東へ出兵しており、伊豆討ち入り時には不在であった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
当主不在により、伊東勢は早々に潰走する。
宇佐美
伊豆の国人。
・所属組織、地位や役職
伊豆の国人。
・物語内での具体的な行動や成果
関東へ出兵しているため不在であり、宇佐美勢も戦意を保てず壊走した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
室町幕府・京の勢力
足利義高(清晃)
次期将軍。茶々丸へ深い恨みを抱いている。
・所属組織、地位や役職
次期将軍(新御所)。
・物語内での具体的な行動や成果
母と弟の仇を討つため、新九郎へ茶々丸討伐の密命を下した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
茶々丸を取り逃がした新九郎に激怒し、首を挙げるまで上洛を禁じる厳命を下す。
足利義材(今出川殿)
前将軍。京を追われても再起を諦めない執念を持つ。
・所属組織、地位や役職
前将軍。
・物語内での具体的な行動や成果
幽閉先から脱出し、越中へ逃れて北陸の有力勢力から支持を集めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
細川政元が派遣した討伐軍を壊滅させ、政権にとって最大の脅威として復活する。
細川政元
京兆家の当主。明応の政変を主導した冷徹な政治家である。
・所属組織、地位や役職
京兆家当主。
・物語内での具体的な行動や成果
義材の討伐軍が敗北したことに激しく動揺し、護摩祈祷を繰り返した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
関東管領の介入を警戒し、新九郎と茶々丸の戦いを私闘として黙認する。
正親町三条実望
義高の側近。冷静に状況を報告する。
・所属組織、地位や役職
義高の側近。かめの夫。
・物語内での具体的な行動や成果
義高に同伴し、細川政元への連絡や京の情勢を弥次郎へ伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
義材の勢力拡大による京の戦々恐々とした状況を説明する。
神保長誠
越中守護代。義材を迎え入れる。
・所属組織、地位や役職
越中守護代。
・物語内での具体的な行動や成果
京から逃れた足利義材を越中国放生津に迎えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
義材の勢力拡大を支える基盤となる。
上杉家
扇谷上杉定正
相模国守護。新九郎の活躍を自家の利益に結びつけようとする。
・所属組織、地位や役職
相模国守護。武蔵国川越城主。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎による伊豆討ち入りを高く評価し、関東管領への牽制になると喜んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
古河公方の出馬に期待し、山内家との決着をつける決意を固める。
長尾伊玄
扇谷家と連携し、関東管領との対立姿勢を示す。
・所属組織、地位や役職
古河公方家客将。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎と面会し、今川家が扇谷方に与するかどうかを探った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
古河公方へ働きかけることを約束する。
山内上杉顕定
関東管領。伊豆への影響力維持を図る。
・所属組織、地位や役職
関東管領。武蔵国鉢形城主。
・物語内での具体的な行動や成果
伊豆を荒らす新九郎を許さず、茶々丸を擁立して討伐させる方針を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
越後兵の増強や古河公方の調略を急ぎ、新九郎包囲網を形成する。
上杉房定
越後国守護。顕定の父である。
・所属組織、地位や役職
越後国守護。
・物語内での具体的な行動や成果
越中滞在中の足利義材へ使者を送った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
その動向が細川政元に警戒される。
その他
左近次
鎧職人を名乗る謎の男。新九郎へ情報を持ち込む。
・所属組織、地位や役職
不明。
・物語内での具体的な行動や成果
足利義材が京から姿を消したという重要な情報を新九郎へ伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
気配を消して接近したため、新九郎から名乗って門から入るよう厳命される。
百姓たち
農村で暮らす人々。過酷な労働や戦乱に翻弄される。
・所属組織、地位や役職
農民。
・物語内での具体的な行動や成果
富士下方で湧水に苦労しながら新田開発を行った。伊豆討ち入りでは関所の竹垣を切り崩す。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
新九郎による税制の緩和や年貢米の分配に喜び、支持を寄せる。
行商人たち
領内を出入りする商人。
・所属組織、地位や役職
行商人。
・物語内での具体的な行動や成果
新九郎の陣営へ出入りし、結果的に仁田らへ御所の解体や新九郎の宿所に関する情報をもたらした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
特になし。
展開まとめ
第百五十話 討ち入り その1
出陣前の不安
明応二年八月三十日、新九郎を総大将とする足利茶々丸討伐作戦が実行段階へ移ろうとしていた。
石脇城館では千代丸が竹細工をしていたが、小刀で指を切ってしまう。ぬいは傷が浅いことを告げ、殿が受けるはずだった傷を代わりに受けたのかもしれないと諭した。千代丸は不安を抱えながらもその言葉に救われる。
一方のぬいは、新九郎の無事を祈りながら空を見上げていた。
先陣を譲らぬ新九郎
興国寺で行われた軍議では、葛山氏堯が最も兵力の少ない新九郎勢を先頭に立たせることへ懸念を示した。伊勢勢が御所へ真っ先に突入すれば損害が大きくなる可能性が高かったためである。
しかし新九郎は、京の御所から直接命を受けたのは自分であり、この作戦へ諸将を巻き込んだ責任も自分にあると説明した。そして自ら先陣を切らねば今後誰も従わなくなると主張する。
葛山は婿である新九郎の身を案じ、朝比奈や三浦も総大将を討ち死にさせるつもりはないと力強く請け負った。
今川勢の決意
新九郎は今川家当主から兵の消耗を避けるよう命じられているはずだと気遣うが、朝比奈たちはそれこそが自分たちを侮っている証だと反発した。
三浦も、この戦は今川家の将来にも関わる重大事であり、新九郎を失敗させるわけにはいかないと断言する。
諸将の熱意を受けながら、新九郎は姉が何らかの意図を持って自分を後押ししているのではないかと感じ取っていた。
夜間進軍の仕掛け
黄瀬川への移動方法について問われた新九郎は、根方街道は伊豆側の高所から見渡されるため昼間の行軍は危険だと説明した。
そこで人家の途切れる場所に篝火を設置し、それを目印として進軍する策を披露する。松明の大群より目立たず、新月の夜でも迷わず黄瀬川へ到達できるよう工夫されていた。
さらに狩野川河口方面にも同様の仕掛けを施し、三浦勢にはその方面を担当させる。葛山勢には本拠地から三島を攻撃する役目を与えた。
各軍への役割分担
作戦の最終確認で、新九郎は三浦勢を狩野川河口方面へ向かわせることを改めて指示した。葛山勢には本拠地から三島を襲撃させ、敵を分散させる役目を任せる。
そして今川勢については、新五郎範続を大将として新九郎と共に黄瀬川を渡らせることを決定する。諸将はそれぞれの任務を受け入れ、討伐作戦は実行段階へと移っていった。
大道寺との確認
軍議終了後、大道寺太郎は松田直秀や遠山直景が今後は同輩となるのかを尋ねた。新九郎はその通りだと認め、本来は彼らの方が高い家格を持つため、うまく付き合ってほしいと語る。
さらに大道寺は、軍議の内容を聞いていた「狐」を信用してよいのかと問いかけた。
狐への信頼
新九郎は、人を疑い始めればきりがないと答える。少なくともその男はこれまで一度も自分を害したことがなく、多少口が悪いだけだと評価していた。
働き次第では駿府に工房を与えるつもりだとも語り、床下に潜んでいる本人へ向けて日暮れ後に姿を見せるよう命じる。
その言葉を聞いた大道寺は半信半疑であったが、新九郎は他人を疑うより信じる方を選び、討伐作戦へ向けた最後の準備を整えるのであった。
手薄となった堀越御所
討伐軍が動き出す一方、堀越御所では足利茶々丸の近臣である狩野太郎佑長が異変に気付いていた。御所内の人数が異様に少なく、警固を担う奉公衆の姿もほとんど見当たらなかったのである。
弥三郎によれば、多くの奉公衆は田中城包囲へ向かっていた。桑原平内を匿っているとして、田中内膳に引き渡しを命じていたが拒絶されており、その対応に兵力が割かれていたのであった。
茶々丸への不安
狩野は、助命を条件にすれば桑原を引き渡させられるのではないかと考える。しかし茶々丸は助命を認めず、田中城攻略に兵を集中させていた。
さらに御所の守備まで削っている現状を危険視した狩野は、誰も茶々丸へ諫言しなかったのかと疑問を抱く。だが弥三郎は、茶々丸が諫言を嫌う性格であり、下手に意見すれば遠ざけられる危険があると語った。
法要を拒む茶々丸
そこへ家臣が現れ、茶々丸が再び駄々をこね始めたため説得してほしいと狩野へ依頼する。
茶々丸は、父・足利政知や異母弟の潤童子らのための法要を行うことを拒絶していた。彼らは自分から公方家の家督を奪おうとした敵であり、弔う理由はないと考えていたのである。
さらに父が自分を牢へ閉じ込めた恨みも忘れておらず、死後の行き先など知ったことではないと言い放った。
怪異の噂と正統性
狩野は、常御所に潤童子やその母の亡霊が現れるという噂が広まっていることを説明する。茶々丸は、自らその部屋を寝所として使っているが、そのようなものを見たことはないと一笑に付した。
それでも狩野は、噂が広がれば人心が乱れると説く。法要は人々を安心させるだけでなく、先代を弔うことで茶々丸自身の正統性を示す意味もあると丁寧に説明した。
その説得を受け、茶々丸は渋々ながら法要の実施を認める。ただし、自分は何もしないと突き放した態度を崩さなかった。
守備強化の決断
説得を終えた狩野は、ようやく法要実施の了承を得て安堵する。しかし同時に、御所の守備があまりにも手薄であることへの危機感を強めていた。
そこで平八へ命じ、修善寺から五十人ほどの兵を急ぎ呼び寄せるよう指示する。さらに翌朝には父も到着する予定であるため、追加の兵も連れて来るよう伝えさせた。
日が暮れる前に出立するよう急がせる狩野であったが、その頃すでに新九郎率いる討伐軍は堀越御所へ向けて着々と動き始めていた。
静かなる進軍
日没と同時に、新九郎率いる討伐軍は興国寺を出発した。旗は巻かれ、馬には音を立てない工夫が施されるなど、徹底した隠密行動が取られていた。
兵たちは民家の灯や事前に設置された篝火を目印にしながら根方街道を東へ進む。五百余りの兵を誰にも気付かれず黄瀬川まで運ぶことこそが、この作戦最大の要であった。
伊豆側の油断
対岸の江梨周辺からは街道沿いの微かな灯が見えていたものの、それを大軍の移動と結び付ける者はいなかった。
仮に気付いたとしても、西海岸一帯では新九郎が事前に根回しを済ませていたため、不審視されることはなかった。さらに伊豆の人々の関心は田中城を巡る騒動へ向いており、そのことも新九郎にとって追い風となっていた。
黄瀬川到着
子の刻頃、新九郎軍は黄瀬川河畔へ到着する。
先行していた荒川から、対岸の関所は夜番こそいるものの、多くの者は眠り込んでいるとの報告がもたらされた。
周囲は容易に突破できると楽観視したが、新九郎は逆に敵の警備の甘さを問題視する。かつて今川家が堀越公方を支えていた頃から守備体制が変わっていないことに驚き、公方方の人材不足を案じた。
葛山勢の陽動
新九郎は兵に休息と食事を取らせながら、葛山勢の成功を待った。
やがて三島方面で火の手が上がる。葛山氏堯率いる軍勢が本拠地から出陣し、黄瀬川上流の関所を突破したうえで三島へ夜襲を仕掛けたのである。
その報せにより伊豆側の関所は騒然となり、兵たちの注意は三島方面へ向けられた。
伊豆討ち入り開始
陽動が成功したことを確認した新九郎は、ついに総攻撃を命じる。
巻いていた旗を掲げ、松明にも火を灯させると、一気に黄瀬川を渡って対岸の関所を打ち破るよう号令を発した。
こうして伊勢新九郎による伊豆討ち入りが、ついに幕を開けたのであった。
第百五十一話 討ち入り その2
黄瀬川関所への奇襲
新九郎軍が黄瀬川関所へ迫る中、三島寺尾家の使いを名乗る騎馬武者が現れ、三島が何者かの夜襲を受けたため援軍を求めに来たと告げた。
しかし関所側が対応に迷う間に、背後から新九郎軍の攻撃が始まった。門は丸太によって打ち破られ、守備兵たちは突然の敵襲に混乱した。
百姓たちの働き
突入した兵に続いて百姓たちも竹垣の結束を切り崩し、関所への侵入口を広げた。
新九郎は百姓たちを危険な戦闘から遠ざけるため後方へ下がらせ、旗を掲げて従うだけでよいと命じた。一方で在竹は百姓たちを蔵へ向かわせ、武具や金銭を回収させた。百姓たちは槍や銭を手に入れ、歓声を上げた。
逃亡者の追撃
大道寺は関所から逃げ出した者が堀越御所へ知らせを届けることを警戒した。
そこで山中に追撃を命じ、襲撃の報が御所へ届く前に逃亡者を討ち取るよう指示した。山中は好機と捉え、部下を率いて追撃へ向かった。
関所兵の取り込み
関所の責任者は降伏し、部下たちの助命を願い出た。
新九郎は単なる降伏ではなく、自分たちの味方となって手柄を立てるよう勧める。そして自らの目的が堀越御所を攻め、足利茶々丸を討つことであると明かした。責任者は驚愕したものの、新九郎軍の勢いに圧倒された。
今川軍の出現への困惑
関所兵たちは、新九郎軍が今川家の旗を掲げていることに気付き困惑した。
駿河から攻め込んできた軍勢である以上、今川家の軍勢であることは理解できたが、本来味方であるはずの今川軍が堀越御所を攻める理由は分からなかった。また先頭に立つ大将の家紋にも見覚えがなく、その正体を知る者はいなかった。
堀越御所の油断
その頃、堀越御所では狩野太郎佑長が夜回りを行っていた。
太郎は居眠りをしていた番兵を叱責し、消えかけた篝火の管理もできていない警備体制の緩みを厳しく非難した。番兵は仁田兵衛尉配下の者だと名乗り、御所の警備が大きく弛緩している実態が明らかとなった。
一方で御所の外では、新九郎軍が着実に堀越へ迫っていた。
狩野太郎の警告
夜番の兵たちは狩野太郎に反発し、仁田孫次郎への侮辱だと怒りを見せた。しかし周囲の者は相手が狩野太郎であると諫め、この件は仁田孫次郎へ伝えると告げた。
それでも太郎は態度を変えず、兵たちの怠慢を茶々丸へ訴えるつもりだと断言した。さらに茶々丸の寝所を訪ねたものの、すでに就寝していると聞かされ、翌朝の面会を求めてその場を去った。
見逃された海上の異変
その頃、三津の見張台では海上に異変が起きていた。
普段よりはるかに多い漁船の灯が狩野川河口から西浦湾へ入り込んでいたが、見張り役の男は漁が好調なのだろうと考え、異変として認識しなかった。
やがて船から武装した男たちが上陸した。それは新九郎軍とは別行動を取っていた三浦左衛門尉率いる部隊であった。
三浦勢の任務
三浦勢は三津で上陸後、山中を抜けて伊豆長岡方面へ進軍した。
彼らの任務は堀越御所の南側へ回り込み、茶々丸の逃走路を断つことであった。兵たちは出発前に食事と武装を整え、長時間の行軍に備えた。
一方、新九郎本隊は黄瀬川関所を突破し、仁田を越えて下田街道を南下していた。
韮山方面への備え
進軍中、新九郎は今川新五郎範満に韮山城や外山豊前の屋敷の位置を確認した。
御所攻めの最中に背後を突かれる危険を避けるため、新五郎に先行してそれらを押さえるよう命じた。兵がいれば封じ込め、無人であれば接収してよいとの指示であった。
新五郎は命令を受けて別行動を開始したが、新九郎はここまでの作戦があまりにも順調であることに一抹の不安を覚えていた。
狩野家の出兵決定
中伊豆の狩野城では、太郎からの知らせを受けた父・狩野介祐貞が動き出していた。
太郎が助力を求めてきたことから、御所の警備がよほど手薄なのだろうと判断した祐貞は、夜中にもかかわらず兵を派遣するよう命じた。夜明け前には堀越御所へ到着できると見込み、修善寺勢にも出陣を急がせた。
しかし祐貞自身は翌日の対応を考えながら寝酒を口にし、事態をまだ深刻には受け止めていなかった。
三浦勢の合流準備
三浦勢は狭い山道を進み、寅の刻には平地へ到達した。
ここから狩野川を渡って北上すれば、堀越御所までおよそ一時間の距離であった。三浦は南下してくる新九郎本隊へ伝令を送るよう命じる。
家臣は伝令が御所の目前を通過する危険を指摘したが、三浦はそれも覚悟の上だと答え、作戦続行を決断した。
工藤次郎の警戒
狩野勢と修善寺勢の先発隊を率いていた工藤次郎佑光は、長岡付近で異様な松明の列を発見した。
部下は御所警固へ向かう味方の部隊ではないかと推測したが、工藤次郎はそのような増援の話を聞いていないとして警戒を強めた。さらに老臣が二百人近い大人数だと見積もったことで、ただならぬ事態であることを察する。
工藤次郎は松明を消させるとともに、後続の修善寺勢と狩野勢へ急報を送らせた。そして三十人にも満たない自軍で無理に攻撃することは避け、相手に気付かれぬよう後を追って正体を確かめる方針を取った。
三浦勢との連絡成功
一方、下田街道の原木付近では、新九郎軍の哨戒兵が接近する騎馬武者を呼び止めた。
その使者は三浦左衛門尉の配下であり、三浦勢が予定通り長岡まで進出したことを報告する。さらに三十分ほどで堀越御所の南側へ展開できる見込みであることも伝えた。
報告を受けた新九郎は、三浦勢によって南方が封鎖されることで、茶々丸の逃走路が完全に断たれると確信した。堀越御所包囲の態勢は着実に整いつつあった。
第百五十二話 討ち入り その3
御所への急報
丑の刻半ば、堀越御所には黄瀬川関と三島で起きた異変の報せが届いた。急使は命懸けで情報を伝えたものの、その直後に息絶えてしまう。
報告によれば、襲撃した軍勢は二つ引両紋と対い蝶紋の旗を掲げていた。狩野太郎は二つ引両紋から今川勢の関与を察するが、その真意までは読み切れず困惑した。
狩野太郎の対応
狩野太郎はただちに武装を整えるため自邸へ向かうことを決め、御所周辺の諸家へも警報を発するよう命じた。さらに田中城を囲んでいた奉公衆の呼び戻し、茶々丸への報告、修善寺勢と狩野勢の繰り上げ出発も指示した。
正体不明の侵入者を放置するわけにはいかないと考え、兵が集まり次第迎撃に出る決意を固めた。
御所攻略の道筋
一方、新九郎軍は夜明け前の行軍を続けていた。新九郎は空が白み始めれば軍勢の姿が露見すると考え、兵たちへ急行を命じる。
その頃の軍議では、堀越御所へ至る進路が検討されていた。下田街道を正面から進めば最短距離であるが、重臣たちの屋敷が並ぶため迎撃を受ける危険が高かった。
これに対し、新九郎は武家屋敷の裏手に広がる商家や町人地の細い路地を利用し、旧上杉邸付近から東門へ迫る策を提案していた。
今川勢への信頼
瀬名らは、その進路も敵に察知されれば封鎖されるのではないかと疑問を呈した。
しかし新九郎は、北方から今川軍が迫っている状況で、御所側に細かな路地へ兵を割く余裕はないと判断していた。この作戦は今川勢が敵を圧迫してくれるという信頼を前提としたものであり、新九郎はその連携に勝機を見出していた。
行軍する新九郎軍
行軍中、九郎は徒歩で進軍させられていることに不満を漏らした。自分は新九郎の一門であるのに馬に乗れないことへ不満を抱いていたのである。
これに対し弥八郎は、家の財力や功績の差を挙げ、自分も殿と苦労を共にしたわけではないため待遇に不満はないと語った。新九郎に信頼され、馬廻に加えられているだけでも十分だと諭し、九郎は渋々ながら納得した。
狩野太郎の戦況判断
狩野邸へ戻った狩野太郎は、賊軍が仁田まで進出しているとの報告を受けた。だが千騎や二千騎という噂については誇張だと判断し、多くても三百から五百程度の兵力だろうと見積もった。
また伊東家や宇佐美家など周辺勢力を集めれば二百ほどの兵は動員できると把握し、市街地へ引き込んで迎撃する構想を練り始めた。
標的の判明
その直後、新たな報告がもたらされた。賊軍は原木を通過してなお南下を続けており、さらに長岡方面では今川勢が進出しているため修善寺方面からの援軍も期待できないという。
加えて韮山へ送った伝令とも連絡が途絶えていた。これらの情報を総合した狩野太郎は、敵の真の標的が堀越公方府そのものであると悟る。
市街地迎撃の決断
狩野太郎は仁田方面への援軍派遣や府域外での迎撃を禁じ、市街地へ侵入してきた敵軍を屋敷に挟まれた街路で迎え撃つよう命じた。
家臣から軍議を開くべきだと進言されるが、その暇はないとして即断即決を貫く。地の利はこちらにあると考え、父の率いる本隊が到着するまで持ち堪えることを目標に、防衛戦の準備を急がせた。
修善寺・狩野勢の北上
御所南方での異変を知った修善寺城と狩野城の合同軍は、下田街道を全速力で北上していた。一方で新九郎率いる御所攻略部隊も市街地へ突入し、双方は急速に接近していた。
対い蝶紋の正体
狩野太郎は報告にあった対い蝶紋について古参の家臣へ尋ねた。家臣は当初見当がつかなかったものの、やがてその紋が伊勢守家の一門が用いる家紋であると思い出した。
さらに、その紋を掲げる人物として、かつて勝幡院の存命中に公方府へ出入りしていた伊勢新九郎の名を挙げた。
伊勢新九郎の名を聞いた狩野太郎
狩野太郎は伊勢新九郎を覚えていた。奉公方として任じられながら茶々丸によって所領を没収された人物であり、小鹿範満討伐の際には鮮烈な武勇を見せていたのである。
強敵との戦いを望んでいた狩野太郎は、新九郎が相手と知るや闘志を燃やし、自ら出陣を決意した。
旧上杉邸前での遭遇
卯の刻が近づき、新九郎軍は旧上杉政憲邸前へ到達した。しかしそこで狩野太郎率いる迎撃部隊と鉢合わせになる。
狩野太郎は道を塞いで進軍を阻み、新九郎軍へ立ちはだかった。
激戦の始まり
新九郎は御所まであとわずかであることを兵たちへ告げ、伊豆武士の意地を見せろと鼓舞した。東門までの距離は近く、敵も多くないと判断し、突破を命じる。
だが狩野太郎もまた、大将首のみを狙えと兵へ命じた。最短時間で御所へ到達しようとした新九郎軍は、最も戦意の高い狩野隊と激突し、激しい乱戦へ発展した。
新九郎の危機
戦闘の最中、新九郎の乗馬に槍が突き刺さり、馬が暴れて新九郎は落馬した。
その隙を逃さず狩野太郎は突撃し、新九郎の首を討ち取ろうと薙刀を振るった。護衛の兵が討たれ、新九郎は一瞬で危機的状況へ追い込まれた。
弥八郎の救援
しかし弥八郎が間に割って入り、金棒で狩野太郎の薙刀を打ち砕いた。
さらに新九郎側から放たれた矢が狩野太郎の右腕へ命中し、狩野太郎は深追いを断念せざるを得なくなる。
南方からの援軍到着
そこへ家臣が、南側の路地から新たな敵軍が接近していると報告した。
到着したのは松田直秀と遠山直景らの部隊であった。狩野太郎は挟撃の危険を悟り、やむなく退却を決断する。
こうして新九郎は討ち取られる寸前で救われ、御所攻略軍は辛うじて前進の機会を取り戻したのであった。
弥八郎による救援
狩野太郎に討たれかけた新九郎は、弥八郎の助けによって危機を脱した。弥八郎は総大将が先頭へ出過ぎるべきではないと苦言を呈したが、新九郎は敵の勢いに押されて前線へ出ざるを得なかったと反論した。弥八郎はそれを屁理屈だと呆れながらも、新九郎を守り抜いた。
各地で生じた誤算
戦場では双方の思惑が狂い始めていた。御所方では、下田街道北方で朝比奈勢を迎撃するはずだった伊東勢や宇佐美勢が、当主不在のため早々に潰走してしまった。
一方で攻め手側にも誤算が生じていた。茶々丸の退路を断つため南方へ展開していた三浦勢の後方へ、強行軍で北上した修善寺勢と狩野勢が襲来したのである。願成就院周辺では激しい乱戦が発生し、三浦勢は対応を余儀なくされた。
東門突破
それでも御所方の兵力は新九郎軍の三分の一ほどしかなく、抵抗は限界へ近づいていた。
夜明けが近づく中、新九郎軍は着実に御所へ迫り続けた。そして九月一日の朝日が差し始めた頃、ついに東門を突破し、御所内部への乱入に成功した。
茶々丸への最後の追撃
東門突破を果たした新九郎は、もはや勝敗は決したと判断した。御所内部へ雪崩れ込んだ兵たちは茶々丸の行方を追い、その首を討ち取ることだけが残された目標となった。
第百五十二話 討ち入り その4
新九郎の名乗りと討ち入り宣言
明応二年九月一日の早朝、新九郎はついに御所へ踏み込んだ。御所の守備兵が狼藉者の名を問うと、新九郎は室町殿の奉公衆・伊勢新九郎盛時であると名乗り、自らの年齢まで明かしたうえで、主命により足利茶々丸の首を討ち取りに来たと高らかに宣言した。
主に縛られない決意
左近次から、主が変わるたびに振り回されて大変だと声を掛けられた新九郎は、やるしかないと応じた。しかし内心では、ここから先は自分の意志で決めると覚悟を固めていた。これまで誰かに仕えてきた人生を振り返り、これからは自らを主として生きる決意を新たにしていた。
茶々丸包囲網の完成
新九郎は脱出阻止を厳命し、各方面の状況確認を進めた。富永右衛門尉は討ち入りが本気だと知ると土肥へ戻り、没収された所領の回復へ動き出していた。
また三浦勢も瀬名勢の援軍によって体勢を立て直し、南側の包囲は維持されていた。西側も狩野川沿いを監視しており、茶々丸の逃走経路はほぼ完全に塞がれていた。新九郎はまだ十二歳の茶々丸が女装して逃げ出す可能性まで考慮し、徹底した捜索を命じた。
狩野太郎への関心
新九郎は途中で遭遇した敵将について尋ね、その人物が修善寺城主・狩野太郎佑長であることを知った。勇猛かつ聡明な武将であったと評価した新九郎は、討ち取るのではなく生け捕りにしたいと語った。
狩野家嫡男を家臣にすることはできないと理解しつつも、あれほどの人物をこの戦で失うのは惜しいと感じていたのである。
中門総攻撃の準備
弥八郎と九郎が猛烈な勢いで中門へ攻め込んでいるとの報告を受けると、新九郎は二人が茶々丸の顔を知っていることから、早く御所内部へ送り込みたいと考えた。
さらに奉公衆の松田直秀から、茶々丸の寝所は中門の奥にある常御所のさらに奥だと知らされ、新九郎軍は総攻撃の準備を整えた。
狩野太郎の最期と新九郎の判断
新九郎は狩野太郎の行方を確認し、討ち死にしたことを知った。部下たちは首級を挙げるため追撃していたが、新九郎は惜しむ気持ちを隠せなかった。
勇猛で知略にも優れた武将であり、本来ならば別の場所で活躍できた人物だと感じていたのである。
茶々丸追討へ
その頃、弥八郎と九郎は中門を突破しかねない勢いで戦い続けていた。新九郎は二人の奮戦を頼もしく思いながらも、茶々丸は必ず常御所の奥にいると判断した。
こうして討ち入り軍は、いよいよ茶々丸のいる最奥部へ向けて総攻撃を開始しようとしていた。
狩野太郎の決断
御所へ討ち入った新九郎が、室町殿の命として茶々丸の首を求めていると知らされた狩野太郎は、もはや助命の望みはないと悟った。そして御所を守りながら円成寺を抜け、父・狩野介の援軍が到着するまで時間を稼ぐ方針を示した。
負傷していたものの、自身はまだ戦えると語り、茶々丸を避難させるため行動を開始した。
裏切りによる致命傷
その直後、狩野太郎は味方の一人に背後から刺された。刺した男は、かつて居眠りを咎められ足蹴にされたことへの恨みを晴らそうとしていた。
周囲が激怒する中でも、狩野太郎は処罰よりも茶々丸の避難を優先し、手当ても拒否した。戦況が切迫していることを理解しており、自らの命より主君を守ることを選んだのである。
最期の願い
致命傷を負った狩野太郎は池へ落ちた。その頃には新九郎軍が門を突破し、御所内へ雪崩れ込んでいた。
死を目前にした狩野太郎は、常御所にいた円満院へ思いを馳せた。そして二人の息子によって堀越公方府が滅びたことを嘆きながら、自らの役目を終え、円満院の冥福を祈った。
茶々丸捜索
一方、円成寺では茶坊主が妙春尼へ茶々丸の引き受けを願った。しかし妙春尼は、受け入れれば寺が賊軍に攻撃される口実になるとして断った。
その最中、九郎たちが被衣を被った女性を怪しみ、正体を確かめようとした。
誤った首級
やがて九郎は茶々丸を討ち取ったと報告した。しかし首実検を行った松田や遠山、新九郎らは、その首が茶々丸本人ではないと判断した。
女装して逃げようとした若者を取り違えたらしく、九郎自身も弁解するしかなかった。
消えた茶々丸
討伐成功の知らせに安堵しかけた新九郎だったが、首が偽物だと判明したことで事態は一変した。
包囲網は完成しており、脱出路も封鎖していたはずであった。それにもかかわらず茶々丸の姿が見当たらないことに、新九郎は強い違和感を覚えた。
徹底捜索の開始
新九郎は御所中の捜索を命じた。壁板や床板を剥がし、井戸まで調べ上げ、近習や同朋を捕らえて隠れ場所を吐かせるよう指示した。
しかし茶々丸の行方は依然として掴めず、新九郎はどこに潜んでいるのかと思案しながら捜索を続けた。
御所陥落の報せ
御所から南へ一里ほど離れた場所で、狩野介のもとへ堀越御所陥落の報せが届いた。さらに御所を守っていた嫡男・狩野太郎佑長が討ち死にし、次男の次郎佑光も重傷を負ったと知らされる。
狩野介は衝撃を受けながらも、まず茶々丸が無事に脱出できたのかを問い質した。しかし家臣たちは、茶々丸が逃れた姿を誰も見ていないと答えたため、不安を募らせた。
思わぬ場所にいた茶々丸
そこへ御所奉公衆の仁田兵衛尉が現れた。狩野介が、御所警固の任に就いていたはずの彼がなぜその場にいるのかと問い詰めると、奥から茶々丸本人の声が聞こえてきた。
茶々丸は戦の最中とは思えぬほど呑気な様子で現れ、狩野介の軍勢を見て何事かと尋ねた。狩野介は御所陥落の知らせと太郎の戦死に続き、当の茶々丸が無事に脱出していたことを知り、言葉を失った。
新九郎の追及
一方の堀越御所では、新九郎が茶坊主たちを厳しく尋問していた。
茶坊主は、茶々丸が昨夜から御所にいなかったことを認めたものの、口止めされていたため話せなかったと弁明した。これを聞いた新九郎は激怒し、法要の施主である茶々丸が山遊びを理由に姿を消すはずがないと断じた。
そして、誰も真実を語らない状況に苛立ちながら、茶々丸の行方を突き止めるためさらに追及を続けた。
第百五十四話 余波 その1
茶々丸逃亡の影響
茶々丸が御所から姿を消していた事実を知った新九郎たちは、その影響の大きさを改めて認識した。茶々丸が生きている以上、公方府そのものも存続していると見なされる可能性があり、討ち入りの目的を完全には果たせていない状況であった。
松田や荒木らは、このままでは京都へ戻ることもできないと語り、茶々丸を取り逃がした問題の重大さを論じた。一方で家臣たちは互いに意見を述べ合い、新九郎はそれらをまとめながら今後の方針を考えていた。
投降してきた奉公衆たち
その最中、函南方面で堀越方の一団が降伏したとの報せが届いた。現れたのは垪和又太郎忠続と布施弾正忠康光であり、二人は茶々丸の命で田中城攻めに参加していたが、御所との連絡を絶たれて進退窮まり、新九郎への降伏を選んだのであった。
新九郎は彼らの判断を賢明だと評価し、今後の身の振り方を尋ねた。
垪和への処遇
垪和は、先代堀越公方から与えられた所領に戻り、隠居している父のもとで蟄居したいと願い出た。
新九郎はこれを認めるだけでなく、その所領を自らの名で安堵すると約束した。敵方であった者に対しても現実的な処遇を示し、無用な反発を避けようとしたのである。
布施の登用
布施はかつて政所に関わる家柄の出身であり、政務にも一定の知識を持っていた。新九郎はその経験に目を付け、自らのもとで働くよう命じた。
布施はこれを受け入れ、新九郎陣営へ加わることとなった。
狩野介の叱責
場面は狩野城へ移る。
狩野介は、無事に逃れていた茶々丸へ率直な怒りをぶつけた。本来は自ら執り行うべき法要を放り出し、山遊びに出かけていた軽率さを厳しく非難したのである。
周囲の奉公衆たちは、結果的に茶々丸が難を逃れたのだから神仏の加護だと擁護した。しかし狩野介は、それは警護を怠った者たちの言い訳に過ぎないと一喝した。
討ち死にした者たちへの思い
狩野介は、御所を守るために戦った者たちが次々と討ち死にしたことを語った。狩野太郎はじめ多くの者たちは、茶々丸が御所にいると信じ、その身を守るために命を投げ出したのである。
しかし実際には茶々丸はそこにおらず、彼らの死はあまりにも空しいものとなった。狩野介は父親としての悲しみを隠さず、怒りと無念を茶々丸へぶつけた。
公方として生まれ変われという要求
狩野介は、茶々丸に本当に死ねと言っているのではないと説明した。これまで公方の地位に胡坐をかき、責任から逃げてきた自分自身を捨てよと求めたのである。
そして賊を追い払い、伊豆を立て直し、人々を導く真の公方へ生まれ変わることこそ、命を落とした者たちへの最大の供養になると説いた。
最後に狩野介は、茶々丸が無事であったことを心から喜びながらも、今後は覚悟を持って国を背負うよう諭した。茶々丸もまた、その言葉を真剣に受け止めていた。
狩野介の反攻構想
深根城主・関戸播磨守信吉は、今後の方針を狩野介へ問いかけた。
狩野介は、茶々丸を公方として再び表舞台に立たせる考えを明かした。生存者たちの証言によれば、今回の襲撃は茶々丸の首を狙ったものであり、室町殿の命を受けたと称していたという。だが狩野介は、正式な命令なら関東管領へ文書が届くはずであり、そのような話を聞かないことから偽命の可能性が高いと考えていた。
さらに、たとえ将軍就任を控える清晃が私的に命じたとしても、茶々丸が生き延びた以上、その企みは失敗に終わったと断じた。
茶々丸生存の周知と弔い合戦
狩野介は、まず茶々丸が無事であることを伊豆中へ知らせるよう命じた。
その上で、討ち死にした者たちの無念を晴らすため弔い合戦を行う方針を示し、関戸には急ぎ領地へ戻って兵を集めるよう依頼した。伊豆を他国の者に好き勝手させるつもりはないという強い決意が示されたのである。
茶々丸の怒り
一方の茶々丸は、太郎の死が自分の責任だと責められたことに強く反発した。
すべては理不尽に攻め込んできた敵の責任であり、公方へ恥をかかせた逆賊たちは必ず討ち果たすと激昂した。責任を自覚し始めながらも、その感情は怒りとして噴き出していた。
興国寺への戦果報告
夕刻、興国寺には伊豆からの報せが届いた。
弥次郎は堀越御所の陥落と、北伊豆狩野川流域の郷村の大半を支配下に置いたとの報告を受けた。しかし続報があると聞き、その内容を促した。
ぬいの安堵
石脇城館では、ぬいが新九郎の安否を心配していた。
届けられた手紙には、新九郎が落馬して打撲を負ったことや兜が壊れたこと、さらには家の薪の置き場所や千代丸の生活習慣への注意まで細かく書かれていた。
ぬいは無事を知って安堵し、今川家や龍王丸の助力があったことへの感謝を忘れてはならないと語った。緊張が解けたためか、膝に力が入らなくなり、千代丸へ薪を片付けるよう頼んだ。
伊都の叱責
丸子の今川館では、伊都が弥次郎を厳しく叱責した。
茶々丸を取り逃がしたことで、京都から与えられた討伐命令を果たせておらず、所領目当ての侵攻と非難されかねないと指摘したのである。さらに今川勢にも負傷者や死傷者が出たことを問題視した。
弥次郎は戦である以上被害は避けられないと説明したが、伊都は納得しつつも、今川軍を早急に帰国させるよう命じた。
龍王丸の提案
龍王丸は、全軍を引き揚げれば新九郎の支配基盤が不安定になり、結果として今川家にも悪影響が及ぶと進言した。
伊都は負傷した家臣たちを長く伊豆へ留め置くことには反対したものの、龍王丸は別の考えがあると述べ、その場を収めた。
各地へ広がる討ち入りの報
新九郎による伊豆討ち入りの報せは翌日には各地へ広まった。
相模国糟屋の居館にいた扇谷上杉定正もその知らせを受け、伊勢新九郎が伊豆勢の留守を巧みに突いて大きな成果を挙げたことに感心していた。新九郎の名は、関東諸勢力の間でも急速に知られるようになっていった。
扇谷上杉家の反応
伊豆討ち入りの報を受けた扇谷上杉定正は、伊豆へ出張っていた国人衆は国元へ帰還せざるを得ず、関東管領への支援どころではなくなるだろうと見通した。
さらに来年こそ扇谷家と山内家の決着をつける年にしたいと語り、古河公方の出馬にも期待を寄せた。長尾伊玄もまた、古河公方へ働きかけることを約束した。
山内上杉顕定の判断
翌日、鉢形城の山内上杉顕定のもとにも伊勢新九郎の名が届いた。
顕定は新九郎を知らなかったものの、本来は山内上杉家の守護分国である伊豆を荒らした者を許すつもりはなかった。伊豆の国人衆が動揺しているとの報告を受けると、彼らを帰国させて相模の扇谷家を背後から牽制させる方針を示した。
また、自軍は越後兵を増強して補い、何より古河公方への調略を急ぐよう命じた。
茶々丸擁立の方針
顕定は、茶々丸が生存しているとの報せを歓迎した。
伊豆衆には茶々丸を旗印として掲げさせ、まず伊豆へ侵攻した敵勢力を討たせるべきだと命じる。そして山内上杉家はその戦いを支援することを約束し、新九郎討伐へ向けた態勢を整え始めた。
新九郎包囲網の形成
こうして新九郎は、伊豆国内だけでなく関東最大級の勢力である山内上杉家とも敵対することとなった。
さらに九月中旬には、中伊豆の牧之郷狩場御殿に足利家の旗が掲げられ、茶々丸による反撃開始が宣言された。
苛立つ・足利義高
茶々丸を取り逃がしたことで、新九郎が対処しなければならない相手はさらに増えた。
茶々丸の弟であり、「京の御所様」と呼ばれる足利義高であった。義高は茶々丸討伐の進捗を問いただし、その首がまだ上がっていないことに苛立ちを見せていた。
第百五十五話 余波 その2
弥次郎の帰京
伊豆討ち入りから十日後、京へ戻った弥次郎は新九郎の屋敷で気だるそうに過ごしていた。盛定は帰京早々に家へ帰らないことを不思議がったが、弥次郎は夕刻から御所へ参内する予定であり、新九郎の屋敷の方が都合が良いと説明した。
しかしその表情は冴えず、盛定からも新九郎に似てきたと指摘された。盛定はまず家族の顔を見て身なりを整えるよう勧め、弥次郎もそれに従うことにした。
足利義高の激怒
その夜、細川政元邸で足利義高への報告が行われた。
義高は堀越御所を落としただけで茶々丸を討ち取れなかったことに激怒し、新九郎の作戦失敗を厳しく非難した。弥次郎は御所包囲までは完璧だったものの、茶々丸の予想外の行動によって取り逃がしたと弁明したが、義高は聞き入れなかった。
そして茶々丸の首を挙げるまで新九郎の上洛を認めないと命じ、討伐継続を厳命した。
今出川殿の復活
義高の側近である正親町三条実望は、前将軍・足利義材が越中へ逃れていたことを明かした。
義材は越中国放生津に拠点を構え、越中の神保氏をはじめ、加賀富樫氏、越前朝倉氏、越後上杉氏など北陸の有力勢力から使者を迎えていた。
これを危険視した細川政元は義材討伐軍を送り込んだものの、「生きて帰る者なし」と噂されるほどの大敗を喫した。これにより北陸五か国は実質的に義材の勢力圏となり、京では義材が近く上洛するのではないかとの噂が広まっていた。
政元の焦燥
越中での敗戦以降、細川政元はさらに不安定になっていた。
怪しげな修験者を集めて護摩祈祷を繰り返し、自らの法力不足を嘆き、山に籠ろうとするほど追い詰められていたのである。正親町三条は、義材が本当に上洛してきた場合にどうすべきか不安を漏らし、弥次郎もまた事態の深刻さを認識していた。
養父との再会
その後、弥次郎は養父である伊勢貞綱のもとを訪れた。
貞綱は駿河滞在中に京で大騒動が起きていたことを語り始め、弥次郎へ都の情勢を説明しようとした。
義材勢力の拡大
貞綱によれば、義材は越中で勢力を固めるだけでなく、各地へ積極的に働きかけていた。
越前・越中・能登・加賀などの諸勢力が義材を支持し始め、細川政元が送り込んだ討伐軍を撃退したことで、その影響力は急速に拡大していた。京の政権側は危機感を募らせ、義材の上洛を警戒するようになっていた。
新九郎への期待
一方で、義高や政元らが混乱する中でも、新九郎への期待は依然として大きかった。
茶々丸を討ち取れていないことへの叱責は受けていたものの、伊豆で成果を挙げた新九郎は依然として重要な存在であり、弥次郎もまた今後さらに困難な局面へ向かうことを予感していた。
都では将軍家の内紛が再燃し、北陸では義材が勢力を拡大する一方で、新九郎は茶々丸討伐という新たな責務を背負うことになったのである。
伊勢家の将来への忠告
貞綱は、弥次郎が兄である新九郎を助けたい気持ちは理解できるものの、伊勢家には伊勢家の務めがあると諭した。そして新九郎が駿河で何をしているかは知らないが、宗家に近く守護家とも縁の深い家柄でありながら未だ無位無官であるのは、京での仕事に十分身を入れていないからではないかと指摘した。
弥次郎は表面上は従いながらも、養父が知らないだけで、新九郎は伊豆一国を手中に収めようとしているのだと胸中で思った。
さらに貞綱は、跡継ぎの万福丸のためにも今後は家のことに専念するよう求めた。加賀では富樫氏が足利義材方に接近して所領を脅かしており、その対策を進める必要があると語った。
妻かさとの語らい
その夜、弥次郎は妻のかさに養父へ何か吹き込んだのかと尋ねた。
かさは否定しつつも、夫の不在中は自分が家を守らなければならず、そのために貞綱へ相談していたと答えた。近年は所領からの収入も滞りがちであり、高齢となった貞綱に代わって家を支える責任が弥次郎にあると諭した。
弥次郎もその言葉を理解していると応じたが、新九郎への思いとの間で複雑な心境を抱えていた。
貞宗からの呼び出し
翌日、伊勢宗家当主で前政所頭人の伊勢貞宗は、弥次郎と盛定を呼び寄せた。
貞宗は関東管領からの問い合わせを受けたことを明かす。九月一日に伊豆の堀越御所が今川勢によって攻め落とされ、その総大将が伊勢新九郎という人物だったため、伊勢家の者か確認したいという内容であった。
弥次郎はそれが事実であると認め、新九郎が総大将として堀越御所を攻略したと報告した。
新九郎の活躍と貞宗の懸念
盛定は新九郎が総大将を務めたことを聞いて大いに喜び、駿府攻めに続く快挙だと称賛した。
しかし貞宗は全く異なる見方を示した。都鄙和睦以降の幕府方針は東国の安定であり、新九郎の行動はその方針に反する危険な前例になりかねないと警告した。
これに対して弥次郎は、現実の東国は決して安定していないと反論した。関東管領家と扇谷上杉家の抗争、古河公方の偏った介入、甲斐の父子対立、伊豆国内の分裂など、各地で争いの火種が残っている現状を説明した。
そして新九郎は駿河を守るため、隣国の争乱の根を断つべく行動したのであり、単なる私欲ではないと主張した。
所領問題を巡る激論
貞宗は、新九郎が茶々丸に没収された所領を奪い返すために動いたのではないかと指摘した。
弥次郎はそれを完全には否定できなかったものの、それだけではないと反論した。茶々丸によって理不尽に所領を奪われた奉公衆や国人衆は再三にわたり救済を訴えていたが、公儀はそれを取り上げなかったのである。
そのため新九郎の行動は、被害を受けた者たちの救済でもあったのだと弥次郎は熱弁を振るった。
盛定の激怒
弥次郎の反論が熱を帯びると、盛定はまず「そう熱くなるな」と息子をなだめた。
しかしその直後、貞宗は弥次郎に対し「庭で小便をしていた童が大きなことを言うようになった」と幼少時代を引き合いに出して揶揄した。
これを聞いた盛定は激怒した。
盛定は、自分の息子たちはもう立派な大人であり、何十年も前の話を持ち出して辱めるべきではないと貞宗へ強く抗議した。
突然の剣幕に貞宗も弥次郎も驚き、弥次郎は慌てて父をなだめて場を収めようとした。
貞宗の和解案
盛定と貞宗が互いに非を認めて場が落ち着くと、貞宗は弥次郎の主張にも一理あると認めた。
しかし新九郎のやり方はあまりにも性急であり、幕府や伊勢家の立場を危うくしかねないと指摘した。そして、堀越公方へ奪った土地を返還すれば今回の件は不問とし、新九郎をすぐに上洛させたいと提案した。
さらに貞宗は、新九郎を自らの手元で使いたいとも明かし、伊豆の所領に代わる土地も用意すると約束した。
弥次郎の拒絶
しかし弥次郎はその提案を断固として拒否した。
新九郎はまだ堀越公方・足利茶々丸を討ち取っておらず、茶々丸の首を獲り、公方府の脅威を完全に取り除くまでは帰京しないと断言した。
貞宗は、新九郎が堀越公方を討った後に何をしようとしているのかを改めて考え込み、その野心の大きさに衝撃を受けた。
牧之郷攻略への見通し
場面は伊豆へ移る。
新九郎は長岡近辺から牧之郷方面を見据え、敵拠点の状況を分析していた。牧之郷は柏久保城を背後に持ち、攻略に時間をかければ修善寺や狩野方面から援軍が到着する位置にあった。
もっとも新九郎側にも大軍はなく、北伊豆の国人衆をほぼ味方に引き入れてようやく互角の状況であった。そのため無理な攻勢は避け、着実に地盤を固める方針を取っていた。
民心掌握と戦への備え
新九郎は百姓たちへの安堵措置の進捗を確認した。
大道寺は、公方府が過剰に徴収していた年貢米を住民へ分配しており、人々から歓迎されていると報告した。
さらに蔵に残る前年の米について尋ねられると、新九郎は古米は高く売れるため全て換金し、その資金を翌年の軍備維持や兵の養成に充てるよう指示した。
茶々丸との求心力勝負
新九郎は、今後は茶々丸側から挑発や揺さぶりが来る可能性が高いと予測した。しかし安易に応戦せず、民心を味方につけることが重要だと考えていた。
伊豆で生まれ育った茶々丸と、外から来た自分のどちらに人々が従うのか。それこそが今後の勝負になると語る。
大道寺は、その言葉から新九郎が戦そのものよりも国を掌握する過程を楽しんでいることを見抜き、呆れながらも感心するのであった。
第百五十六話 余波 その3
北伊豆制圧後の方針
堀越御所陥落後、新九郎は今川勢とともに長岡で進軍を止めていた。南へ逃れた茶々丸を追撃するべきとの声もあったが、新九郎は慎重な姿勢を崩さなかった。
福島豊後守が援軍を率いて到着すると、茶々丸追撃への協力を申し出た。しかし新九郎は、南伊豆へ進めば両側を山に挟まれた地形で戦うことになり、少数兵力では挟撃を受ける危険が高いと説明した。さらに、堀越御所攻めのような短期決戦にはならず、消耗戦になれば従った国人や名主たちの離反を招く恐れがあると指摘した。
今川援軍の運用
福島が今後の役割を尋ねると、新九郎は今川軍を長岡周辺に駐留させてほしいと要請した。今川の大軍が存在するだけで敵は容易に反撃できなくなるからである。
三浦勢を残す案も出たが、新九郎はこれを退けた。三浦勢は今回の戦で大きな損害を受けており、丸子との取り決めによって福島勢と交代することになっていたためである。さらに翌月には朝比奈勢とも交代する予定であり、今川家が継続的に援軍を送り込む体制が整えられていた。
龍王丸の支援策
数日前の今川館では、龍王丸が新九郎支援の新たな方針を示していた。
それは常時三百人規模の援軍を途切れなく伊豆へ送り続けるというものであった。龍王丸は、もはやこれは新九郎への恩返しではなく、今川家が将来のために恩を売る投資であると考えていた。
伊都はその方針を了承し、新九郎へ伝えるよう命じた。
三浦の帰還
その話を聞いた新九郎は、今後は遠慮なく今川家へ支援を求められると安堵した。
一方、三浦は駿河への帰還を決意する。別れ際に三浦は、自軍の旗を長岡へ残していくことを提案した。福島勢の背後に三浦勢の旗を立てれば、敵からはより大軍が駐留しているように見えるからである。
新九郎はその心遣いに感謝し、三浦は伊豆の安定こそ駿河の安寧につながると語って帰国した。
平装姿の理由
福島は新九郎が戦場でありながら具足ではなく平服姿でいることを不思議に思い、その理由を尋ねた。
新九郎は、これもまた自分なりの武装だと答えた。
実際、新九郎はすでに支配地の内政へ着手していた。平服姿は韮山以北の戦が終わったことを百姓たちへ示すための象徴であり、戦乱の終息を周囲へ伝える役割を持っていた。
新領主としての統治
新九郎は降伏してきた国人、名主、寺社の権益を安堵し、所領内の税制統一にも着手した。
山へ逃げ込んだ百姓たちには帰村を呼びかけ、耕作の再開を促した。さらに堀越公方時代にばらばらだった年貢や公事を整理し、百姓四分・領主六分の負担割合を基準とする方針を打ち出した。
元堀越奉公衆の布施康光は、兵や武具を増やすためにはもっと重い課税が必要ではないかと懸念を示した。
人心を優先する新九郎
しかし新九郎は、今必要なのは兵や武具ではなく人心だと断言した。
調査の結果、堀越公方家は最低でも五分、多い年には七分近い徴収を行っていたことが判明していた。新九郎は重税を改め、最高でも五分を超えない統治を目指すという。
外様である自分が支配を安定させるには、人々に新しい領主になって得をしたと思わせなければならないと考えていたのである。
布施はなお不安を抱いたが、新九郎は四分六分でも十分な蓄えは可能だと説明した。そして茶々丸討伐を急がず、まず領内を固めてから決戦へ向かう方針を示すのであった。
京での政治判断
新九郎は、円満院や潤童子の仇討ちだけが目的ではなく、伊豆を公儀や関東管領に左右されない国へ作り変えることこそ自身の生涯の仕事だと考えていた。
一方京では、伊勢貞宗が堀越公方家を滅ぼそうとする新九郎の行動を問題視していた。貞宗は堀越公方府の滅亡を新九郎の独断で決めてよい問題ではないと考え、呼び戻す必要があると判断していた。しかし以前の弥次郎との会談では、それは御所の命令によるものであり、新九郎はそれに従っただけだと説明されていた。
足利義高の決断
貞宗は京で次期将軍・足利義高に面会し、なぜ重臣たちへ諮ることなく茶々丸討伐を命じたのか問い質した。
義高は、重臣たちが反対したため相談しなかったのだと答えた。公儀として討伐命令を出せないのであれば、自らの意思で命じるしかなかったのである。さらに京で何もできなかった自分の代わりに、新九郎が熱意を持って行動してくれることへ期待をかけていたと明かした。
茶々丸の正統性を巡る論争
貞宗は、堀越公方家は都鄙和睦の際に公儀が承認した存在であり、それを御所の独断で滅ぼせば悪しき前例になると主張した。
しかし義高は、母と弟を殺して家督を奪った茶々丸に正統性はないと反論した。さらに公方家の名を騙る者を認めることこそ問題であり、公儀を軽んじているのは茶々丸の側だと断じた。
細川政元の現実的な見解
議論を受けて細川政元は、都鄙和睦によって関東公方は古河公方のみと定められており、堀越公方は実質的には一領主に過ぎないとの見解を示した。
さらに伊豆はかつて山内上杉家の守護分国であり、現在も関東管領の影響が強く残っていると説明した。加えて、越後上杉家が今出川殿と接触したという情報にも触れ、関東管領と今出川殿、さらに茶々丸が結びつけば、新たな大乱に発展しかねないと警告した。
私闘として処理される伊豆の戦い
もっとも政元は、公儀が堀越公方家を滅ぼすだけの明確な大義名分は弱いとも認めていた。
そこで政元は、この戦いを公儀の命によるものではなく、新九郎と茶々丸による私闘として扱うべきだと提案した。原因についても京は知らないという立場を取り、意図的に距離を置く方針を示した。
貞宗はその割り切り方に驚きながらも、新九郎が京の事情を見越していたのではないかと感じていた。
義高の最終命令
義高は伊豆の問題よりも、今出川殿への対処を優先すべきだと命じた。
今出川殿が健在である限り、自分は安心して眠れないと語り、伊豆の件には深入りしない姿勢を明確にした。
茶々丸の焦り
場面は中伊豆・牧之郷の茶々丸の仮御所へ移る。
茶々丸は、なぜ反撃に出ないのかと苛立ちを募らせ、狩野介の動向を問い詰めていた。これに対し狩野三郎佑信は、狩野介が伊豆各地の国人衆へ働きかけて軍勢を集めている最中であると説明した。
さらに長岡周辺には新たな今川勢が続々と到着しており、たとえ勇猛な狩野衆であっても正面から戦えば大損害は避けられないと進言した。茶々丸はなおも復讐戦を望んでいたが、家臣たちは戦力差を理解しており、軽率な出撃を避けようとしていた。
狩野勢への不満と独自行動の企て
狩野三郎佑信が伊豆中の兵を集めるまで待つよう求めると、茶々丸は苛立ちを抑えきれず物に当たった。
その頃、仁田と江間は密かに話し合っていた。仁田は敵将である新九郎の居所を調べた結果、占領した御所は解体されており、焼失した寺院や武家屋敷の修復資材として利用されていることを明かした。現在残っているのは常御殿の一部のみで、新九郎はそこを宿所としているという。
新九郎陣営の実情を探る
仁田によれば、その情報は敵陣へ出入りしている炭売りから得たものであった。
新九郎側は薪売りや炭売り、山菜売りなどの行商人を比較的自由に通しており、捕らえて事情を聞き出せばさらに詳しい情報も得られる状況であった。
江間が真意を問うと、仁田は狩野勢に頼らず自分たち奉公衆の手で敵の総大将を討ち取りたいと語った。狩野勢ばかりが功績を挙げる現状に不満を抱いており、自分たちの力を示したいと考えていたのである。
茶々丸が夜襲計画を承認
仁田の話を聞いていた茶々丸は、その案に強い興味を示した。
仁田は、自分たちなら御所の敷地内の地理を熟知しているため、夜間でも自在に行動できると説明し、雪辱の機会を与えてほしいと願い出た。
茶々丸はその提案を面白いと感じ、夜襲による報復を認めた。さらに狩野三郎へも伝えようとし、必要な人数を尋ねた。
奉公衆のみでの夜襲決行
しかし仁田と江間は、狩野勢を関与させるつもりはなかった。
二人は奉公衆だけで実行したいと申し出て、茶々丸へ許可を求めた。茶々丸はその心意気を称賛し、夜襲の実行を認めたうえで成功を期待した。
さらに自らも出陣すると言い出したが、仁田と江間は慌てて制止した。夜襲は少数精鋭による奇襲であり、茶々丸が同行すべきではないと考えたためであった。
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