物語の概要
■ 作品概要
伊勢新九郎盛時を中心人物とする。前巻での堀越御所攻略を経て、新九郎方は北伊豆の大部分を掌握したものの、標的である足利茶々丸を取り逃がし、広大化した占領地の防衛線と兵力不足という問題に直面していた。
状況は、茶々丸方による長岡の柵への襲撃および新九郎本陣への夜襲が発生したことをきっかけに動き出す。新九郎は直属部隊の配置ミスから寝所まで敵の侵入を許すが、笠原弥八郎らの救援により難を逃れる。その後、戦線は一年半に及ぶ膠着状態に入る。
並行して、姉・今川伊都からの「遠江攻めの総大将」就任要請への対応、葛山氏の娘・初との陣中での婚儀、京での細川京兆家の内紛、弟・伊勢弥次郎盛興や父・伊勢盛定の東国下向、元奉公衆・伊奈重泰の家臣化などが進行する。新九郎は遠江攻めへの即時出兵を回避しつつ、駿府に拠点を移して領国統治を固めていく。初が子を身ごもったことで東国に根を張る決意を深めた新九郎は、出家して「早雲庵宗瑞」と名乗る段階まで進む。
■ 主要キャラクター
伊勢新九郎盛時(早雲庵宗瑞)
- 立場・所属:伊勢家当主。北伊豆を制圧した領主。
- 主人公との関係:主人公自身。
- この巻での主な役割:防衛線の再編、本陣夜襲の防衛、葛山初との婚儀、今川伊都からの遠江出兵要請の交渉、家臣団の組織化、領国経営。
- この巻で起きた重要な変化や行動:防衛配置の判断ミスで本陣潜入を許すが救援により脱出する。家臣の反対を受けて遠江攻め即時出兵を回避し、主導権を確保する。初との間に子を授かり、出家して早雲庵宗瑞と名乗る。
笠原弥八郎
- 立場・所属:伊勢家家臣(馬廻り)。
- 主人公との関係:新九郎の家臣。
- この巻での主な役割:夜間散歩中に不審な潜入部隊(江間ら)と遭遇し、異変に気づいて兵を収集する。
- この巻で起きた重要な変化や行動:新九郎の寝所に迫った仁田兵衛尉らの夜襲部隊へ突入し、新九郎の危機を救う。
伊勢ぬい
- 立場・所属:新九郎の正妻。
- 主人公との関係:新九郎の妻。
- この巻での主な役割:陣中での初の輿入れに際し、自ら伊豆へ移動して菓子作りや祝宴の準備を主導する。
- この巻で起きた重要な変化や行動:焼失した横井家の遺族であるえつ母子を石脇の館で引き取って面倒を見ることを申し出、家庭および遺族支援の面で新九郎を支える。
伊勢弥次郎盛興
- 立場・所属:伊勢加賀守家の入り婿。
- 主人公との関係:新九郎の弟。
- この巻での主な役割:京で加賀の所領問題に悩んでいたが、父・盛定の助言や新九郎からの依頼を受けて東国へ下向する。
- この巻で起きた重要な変化や行動:養父や妻の説得を経て家人を最小限率いて東国へ下り、新九郎の秘書・名代として補佐し、周囲からの信用を確立していく。
伊勢盛定(正鎮)
- 立場・所属:新九郎・弥次郎の父。出家して正鎮と号する。
- 主人公との関係:新九郎の父。
- この巻での主な役割:京で弥次郎や伊奈重泰に東国行きを勧め、自らも孫の松寿丸を連れて駿河へ下向する。
- この巻で起きた重要な変化や行動:駿府の屋敷で家族全員の団欒を楽しみ、新九郎や弥次郎に助言を与えた後、梅雨明けとともに京へ帰還する。
今川伊都
- 立場・所属:今川家の大方様(新九郎の姉、龍王丸の母)。
- 主人公との関係:新九郎の姉。
- この巻での主な役割:亡夫・義忠の悲願である遠江奪還のため、新九郎を龍王丸の名代として遠江攻めの総大将に立てようと要求する。
- この巻で起きた重要な変化や行動:新九郎から即時出兵を反対されるが、出兵の時期と方法を新九郎に一任する条件で交渉をまとめ、主導権を預ける。
葛山初
- 立場・所属:駿河の国人・葛山氏堯の娘。
- 主人公との関係:新九郎の別妻。
- この巻での主な役割:新九郎の陣所へ輿入れし、正式に「別妻」となる。
- この巻で起きた重要な変化や行動:沢田郷の居宅で暮らし、新九郎との子を懐妊する。
伊奈盛泰(弾正忠重泰)
- 立場・所属:元奉公方五番衆。
- 主人公との関係:新九郎の新たな家臣。
- この巻での主な役割:将軍・足利義高の許可を得て東国へ下向し、新九郎への仕官を志願する。
- この巻で起きた重要な変化や行動:新九郎に偏諱を願い出て「盛」の一字を賜り、「伊奈盛泰」と改名して正式に家臣となる。
書籍情報
新九郎、奔る! 24巻
著者:ゆうきまさみ 氏
出版社:小学館(ビッグコミックス)
発売日:2026年10月9日
ISBN: 9784098641352
JDCN:098641350000d0000000
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あらすじ・内容
アラフォー武将、理想の国作りは前途多難!
堀越御所は落としたものの、
茶々丸の首を獲り損ねた新九郎。
敵陣営切り崩しの機会をうかがいつつ、
制圧した伊豆半国の整備を進めて、と
大忙しの日々の中……
敵からの夜襲返しで大打撃、
別妻との婚儀に謎に本妻が張り切り大困惑、
そして、姉の新たな無茶振りに大迷惑!!
それどころじゃないのに! の事件の連続で
なかなか思うようには進まなくてーーー
「一国の主」になるという人生の一大決心をしたものの、
いつだって新九郎の人生は“大奔走”です!!
感想
夜襲に姉の無茶振り、最後の一家団欒。そして新九郎が宗瑞になった!
堀越御所を攻略し、北伊豆の大部分を手に入れた新九郎。しかし、肝心の足利茶々丸を取り逃がしたことで、戦いはまだ終わらない。
それどころか、今度は敵の夜襲で新九郎自身が暗殺されかける。
何とか危機を乗り越えたと思ったら、駿府の姉・伊都から遠江攻めの総大将を押し付けられそうになる。
いや、新九郎は一体いつ休めるんだ?
しかも、伊豆を留守にするために弟を呼び寄せれば、その弟は婿養子先と揉めて、ほぼ身一つでやってくる。
さらに父親まで京から登場し、置いてきた次男まで連れてきた。
戦に政治に家族の問題。
相変わらず新九郎の周囲は騒がしい。
そんな中で印象に残ったのが、父・盛定を囲んだ一家団欒だった。
龍王丸のヒゲを見て大爆笑する盛定が実にいい。
しかし、その温かな場面が最後の一家団欒になるというのだから、少し切ない。
そして巻末。
新九郎が、いきなり早雲庵宗瑞になってしまった!
えっ、もう出家するの?
どうしてこのタイミングなんだ?
狩野の三男が兄の仇討ちでカチコミ! その裏で新九郎暗殺計画が進む
今回の序盤は、なかなか物騒である。
兄を亡くした狩野三郎佑信が、その腹いせに新九郎方の陣へ攻め込んでくる。
兄の仇を討ちたい気持ちは分からなくもない。
しかし、戦場で感情に任せて突撃するというのは、何とも危なっかしい。
しかも、この襲撃の裏では、茶々丸の側近たちが新九郎の暗殺を狙っていた。
表でカチコミ、裏でもカチコミか!
新九郎も敵の動きを警戒していたが、今回はその読みが裏目に出てしまう。
敵の動きを深読みした結果、警戒のために直属の兵を動かし、本陣の守りを薄くしてしまったのだ。
そこへ敵が侵入してくる。
新九郎の寝所にまで迫るのだから、かなり危ない。
これまで政治的な駆け引きや戦の準備で奔走してきた新九郎だが、今回は本人の命が直接狙われている。
しかも、危機を招いた原因の一つが自分の判断というのが厳しい。
結果的には笠原弥八郎らの働きで撃退できたものの、一歩間違えば主人公がここで退場していたかもしれない。
歴史上の人物だから簡単には死なないと分かっていても、読んでいると冷や冷やする。
それにしても、茶々丸も簡単には諦めない。
堀越御所を奪われても生き延び、反撃の機会をうかがっている。
新九郎にとっては、実に厄介な相手である。
戦線が膠着したと思ったら、姉から遠江攻めの総大将を命じられる
夜襲を退けても、茶々丸との決着はつかない。
戦線は膠着状態に入り、新九郎は伊豆の支配体制を整えることになる。
ここでようやく落ち着くのかと思った。
ところが、今度は駿府の姉・伊都から呼び出される。
用件は、遠江攻めの総大将になれというもの。
姉上! 弟を便利に使いすぎではありませんか!?
伊都にとって遠江の奪還は、亡き夫・今川義忠の悲願である。
その思いは理解できる。
しかし、新九郎はようやく伊豆半国を押さえたばかりだ。
茶々丸は健在で、領内の支配もまだ安定していない。
そんな状態で遠江へ攻め込んだら、伊豆はどうなるのか。
新九郎が難色を示すのも当然だろう。
しかも、遠江には正当な守護がいる。
大義名分もないまま攻め込めば、今度は新九郎たちが賊軍扱いされかねない。
このあたり、新九郎は相変わらず慎重である。
戦に勝てるかどうかだけでなく、その後に何が起きるのかまで考えている。
一方の伊都は、今川家の悲願を実現するために弟を動かそうとする。
姉弟だからこそ遠慮がないのだろうが、要求が大きすぎる!
結局、新九郎は出兵の時期や方法を自分に任せてもらうことで、すぐに遠江へ攻め込む事態を避ける。
何とか時間を稼いだわけだ。
しかし、伊豆のことだけでも手いっぱいなのに、遠江まで面倒を見ることになるとは。
一国の主になるというのは、領地を手に入れたら終わりではない。
むしろ、そこから仕事が増えていく。
新九郎を見ていると、その大変さがよく分かる。
伊豆の名代に弟を呼んだら、ほぼ身一つでやってきた!
遠江へ出兵する可能性がある以上、新九郎は伊豆を留守にする場合のことも考えなければならない。
そこで頼りにしたのが、京にいる弟の弥次郎である。
兄弟なら信頼できるし、家の事情も分かっている。
新九郎の名代を務めるには適任だろう。
ところが、弥次郎は婿養子に入っている身である。
そう簡単に京を離れられる立場ではない。
案の定、養父との間で揉めてしまう。
そして、ほとんど身一つで東国へやってくることになった。
いやいや、兄貴の手伝いに来るだけで、そこまで大事になるのか!
新九郎としては、信頼できる人材が欲しかっただけなのだろう。
しかし、弟にも弟の事情がある。
しかも、京での立場を捨てるような形でやってくるのだから、弥次郎の覚悟も相当なものだ。
新九郎の周囲には、こうして人生を大きく変えてまで集まってくる人間がいる。
新九郎自身は、いつも仕事に追われて文句を言っている印象が強い。
それでも、弟がそこまでして力を貸そうとするのだから、兄として信頼されているのだろう。
とはいえ、弥次郎もこれから大変そうだ。
新九郎の名代ということは、あの大量の仕事を引き受ける立場になる。
京での苦労から逃れたと思ったら、今度は兄の仕事に巻き込まれるのか。
伊勢家の男たちは、どうにも落ち着いた生活とは縁がないらしい。
弟だけじゃない! 父・盛定まで次男を連れてやってきた
弥次郎が東国へやってきたと思ったら、今度は父・盛定まで登場する。
しかも、新九郎が京に残していた次男の松寿丸を連れてきた。
お父上まで来たのか! しかも子供付きで!
これは新九郎も驚いただろう。
父親はすでに出家しているとはいえ、京で長年生きてきた人物である。
その父がわざわざ東国まで足を運んでくる。
盛定としては、息子たちや孫たちの顔を、もう一度見ておきたかったのだろう。
新九郎は伊豆に領地を持ち、弥次郎も東国へやってきた。
姉の伊都は今川家を支え、孫の龍王丸も成長している。
家族はそれぞれの立場で忙しくなり、以前のように気軽に集まることもできなくなった。
だからこそ、今回の再会には特別な意味があったのだと思う。
それにしても、盛定の行動力もなかなかのものである。
弟を東国へ送り出したと思ったら、自分までやってくるのだから。
この父親にして、この息子たちありか。
新九郎があれだけ奔走するのも、家系なのかもしれない。
龍王丸のヒゲに大爆笑する盛定。こういう家族の場面がいい
今回、特に好きだったのが、駿府での一家団欒である。
新九郎、弥次郎、姉の伊都、父の盛定。
さらに妻や子供たちも集まり、久しぶりに家族が顔をそろえる。
普段は政治や戦の話ばかりしている人物たちが、ここでは普通の家族に戻っている。
その中でも印象的だったのが、龍王丸のヒゲである。
成長した龍王丸には、うっすらとヒゲが生えてきていた。
それを見た盛定が大爆笑する。
いや、そんなに笑うか、おじいちゃん!
思わずこちらまで笑ってしまった。
今川家の当主として振る舞う龍王丸も、祖父から見れば、まだまだかわいい孫なのだろう。
本人は大人になったつもりでも、昔から知っている家族には通用しない。
このあたりは、時代が違っても変わらないものだと感じた。
子供が少し背伸びをして大人らしく振る舞う。
それを見た年長者が笑ってしまう。
そんな何気ないやり取りが、妙に温かい。
新九郎たちは戦国の世を生きているが、家族の前では普通の人間なのだ。
最後の一家団欒。そして父は京へ帰っていく
ただ、この一家団欒には切なさもある。
家族がこうしてそろうのは、これが最後になるという。
えっ、これが最後なのか……。
さっきまで龍王丸のヒゲで笑っていたのに、急に寂しくなってしまった。
盛定は、息子たちが東国で生きていく姿を見届けた。
娘の伊都も、今川家を支えている。
孫たちも元気に育っている。
父親としては、安心できる光景だったのだろう。
しかし、これから先も家族が同じ場所で暮らせるわけではない。
新九郎は伊豆を治め、弥次郎はその補佐をする。
伊都には今川家の仕事があり、盛定には京での役目が残っている。
それぞれが自分の場所で生きていくしかない。
盛定は、家族との時間を過ごした後、京へ帰っていく。
この別れが印象に残った。
戦場で誰かが命を落とすような劇的な別れではない。
ただ、家族で食事をし、笑い合い、そして帰っていく。
それが最後の一家団欒になる。
人生には、そういう別れもあるのだろう。
最後だと分かっていたら、もっと話しておけばよかった。
そんな気持ちになる場面だった。
盛定自身は、その後も長く生きることになる。
それでも、家族全員が同じ場所に集まる機会はもうない。
長生きすることと、家族が再びそろうことは別なのだ。
戦乱の世で、それぞれが自分の役割を背負って生きているからこそ、今回の団欒が貴重な時間に感じられた。
新九郎が領主として成長している。でも仕事は減らない
24巻を読んでいて感じたのは、新九郎の立場が大きく変わったということだ。
以前の新九郎は、幕府や今川家の事情に振り回されながら働く武士だった。
もちろん今でも姉に無茶振りされているが、今や伊豆半国を治める立場にある。
自分の判断で兵を動かし、家臣を配置し、戦死者の遺族の面倒も見なければならない。
単に戦に勝てばよいわけではない。
領地を守り、人を養い、次の戦いに備える。
しかも、領地が広がれば広がるほど、やるべき仕事も増えていく。
出世したら楽になるどころか、ますます忙しくなっているではないか。
このあたりが『新九郎、奔る!』らしい。
歴史上では北条早雲として知られる人物だが、作中の新九郎は何でも思いどおりに進められる英雄ではない。
判断を間違えることもある。
姉に押し切られそうになることもある。
家臣から反対されることもある。
それでも、問題が起きるたびに考え、周囲の力を借りながら何とか乗り越えていく。
だからこそ、新九郎の苦労が身近に感じられる。
特に今回は、弟の弥次郎や新たな家臣たちが加わり、少しずつ組織が整ってきた。
新九郎一人では、もうすべてを処理できない。
それだけ大きな仕事を抱えるようになったということなのだろう。
最後に新九郎が宗瑞になってしまった! なぜ今なのか?
そして、巻末最大の驚き。
葛山家の娘・初との間に子供ができたことを知った新九郎。
それをきっかけに、東国に根を張って生きていく覚悟を固める。
ここまでは分かる。
伊豆に領地があり、家臣も増えた。
京にいた弟まで呼び寄せ、駿河には新しい家族もできる。
もう簡単に京へ戻れる立場ではない。
東国で生きていく決意をするのも自然だろう。
しかし、その次が驚きだった。
新九郎は出家し、早雲庵宗瑞と名乗る。
えっ!? 新九郎が宗瑞になってしまった!
いや、待て待て。
確かに歴史上の北条早雲は、伊勢宗瑞という名前でも知られている。
いつかはそうなると分かっていた。
しかし、ここでいきなり出家するとは思わなかった。
しかも、子供ができたという喜ばしい知らせの後である。
なぜこのタイミングで出家なんだ?
もちろん、当時の武士にとって出家は、必ずしも俗世を捨てて隠居することを意味しない。
実際、新九郎もこれで領主の仕事を辞めるわけではない。
むしろ、これからが本番である。
そう考えると、今回の出家は、京の幕府奉公人だった伊勢新九郎盛時から、東国に根を張る領主へと自分の立場を切り替えるための節目なのかもしれない。
父・盛定との再会と別れ。
弟・弥次郎の東国入り。
初との間に生まれる新しい命。
こうした出来事が重なり、新九郎は自分のこれからを考えたのだろう。
ただ、それでも驚きは残る。
ずっと『新九郎、奔る!』として読んできた主人公が、ついに歴史で知られる宗瑞という名前になる。
何だか、物語が一つの大きな節目を迎えたように感じた。
でも、宗瑞になっても奔走するんだろうな、この人は。
名前が変わったくらいで、姉の無茶振りや伊豆の問題がなくなるとは思えない。
むしろ、今後はさらに大きな争いに巻き込まれていきそうである。
まとめ|家族の温かさと、宗瑞誕生の驚きが残る24巻
『新九郎、奔る!』24巻は、戦と政治の慌ただしさの中に、家族の温かさが描かれた一冊だった。
狩野の三男による仇討ちの襲撃。
その裏で進む茶々丸方の新九郎暗殺計画。
何とか危機を乗り越えたと思えば、姉・伊都から遠江攻めの総大将を命じられそうになる。
新九郎、相変わらず休む暇がない!
さらに、伊豆を任せるために呼び寄せた弟は、婿養子先と揉めてほぼ身一つでやってくる。
父・盛定まで次男を連れて現れるのだから、伊勢家もなかなか騒がしい。
しかし、今回一番心に残ったのは、やはり盛定を囲んだ一家団欒である。
龍王丸のヒゲに大爆笑する盛定。
あの場面は本当に良かった。
歴史上の大きな出来事を描く作品でありながら、家族の何気ない笑いがきちんと描かれている。
だからこそ、その団欒が最後になるという事実が切ない。
そして最後に、新九郎が早雲庵宗瑞となる。
ついに宗瑞になったか! でも、何で今なんだ!?
そんな驚きとともに読み終えた。
伊勢新九郎盛時として奔走してきた男が、東国に根を張る覚悟を固め、歴史に名を残す宗瑞へと変わっていく。
ただ、名前が変わっても中身はきっと同じだろう。
慎重に考え、時には判断を間違え、家臣や家族に助けられながら、次々と押し寄せる問題に対処していく。
早雲庵宗瑞になっても、結局は奔走する人生なのだろう。
そう思うと、今後の新九郎――いや、宗瑞の苦労が楽しみでもあり、少し気の毒でもある。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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考察・解説
ストーリー・プロット
第1幕:占領地の防衛再編と本陣への夜襲
堀越御所攻略後、新九郎方は田方郡全体を一日で手に入れたため、兵力に対して防衛線が長大化していた。新九郎は多米権兵衛と協議し、今川勢を後退させて直属の家臣らを前線に配置する防衛線の入れ替えを開始する。
一方、足利茶々丸方は狩野三郎らが長岡の柵へ攻撃を仕掛け、同時に江間や仁田兵衛尉らが山中の近道を通って新九郎の本陣へ潜入する二重の夜襲を決行する。
新九郎は長岡の敵兵数の少なさから別ルートでの奇襲を疑い、直属の馬廻り部隊を警戒に向かわせたため、本陣周辺に一時的な防衛の空白を作ってしまう。潜入した仁田らが寝所に押し寄せ、新九郎は窮地に陥る。
しかし、散歩中に異変を察知した笠原弥八郎が兵を率いて急行し、敵部隊を突入撃退したことで本陣陥落は免れる。
新九郎は配置ミスを反省し、馬廻りを本陣に常駐させる体制を徹底する。
双方とも決定打を欠いたため、抗争は長期の膠着状態に入る。
第2幕:戦後処理と陣中での婚儀
夜襲を退けた新九郎は、戦死者の遺族への保障など戦後処理を進める。その最中、亡き横井越前守の妻・えつが所領返還を求めて来訪し、彼女が新九郎および大道寺太郎の母方の親戚であることが判明する。新九郎は母子を保護し宿所を手配する。また、延期されていた葛山氏堯の娘・初との婚儀について、大道寺太郎から「信義を疑われる」と指摘された新九郎は、陣中での婚儀決断に至る。これを知った正妻のぬいは、自ら伊豆へ赴いて祝いのお菓子作りや祝宴の準備を進める。ぬいはさらに、身寄りのない横井母子を石脇の館で引き取って世話をすることを申し出、新九郎の負担を軽減させる。雪が降る中、初が陣所へ輿入れし、両家の結びつきを深める婚儀が無事に執り行われる。
第3幕:細川家の内紛と遠江攻めの交渉
京では細川京兆家の上原元秀が同僚との斬り合いで死亡し、家中の軋みが表面化していた。新九郎が丸子の今川館を訪れると、姉の伊都から「遠江奪還」のための総大将就任を打診される。新九郎は大義名分のなさや伊豆留守中の危険を理由に難色を示すが、伊都は譲らない。一方、今川龍王丸は阿茶への恋心から元服と出兵を望むが、新九郎は阿茶を京へ戻す方針をとってこれを諫める。家臣団から「遠江攻めは百害あって一利なし」と反対の総意を受けた新九郎は、再び伊都と交渉し、「出兵の時期と方法は新九郎に一任する」という条件を引き出すことで、遠江攻めの即時決行を阻止する。
第4幕:茶々丸の外交工作と斯波家の動静
堀越を追われ牧之郷に潜伏する茶々丸に対し、家臣の狩野道一らは遠江守護・斯波家や甲斐の武田氏と結び、駿河を牽制させて今川勢を伊豆から撤退させる策を提案する。茶々丸の依頼を受けた御内書が、遠江守護代の甲斐敏光を通じて在京の斯波義寛・寛元兄弟のもとへ届く。前将軍・足利義材との関係を疑われて幕府内で冷遇されていた斯波兄弟は、次期将軍・足利義高の兄である茶々丸を救うことが自家の立場回復につながると考え、要請に応じる姿勢を見せる。新九郎の意図とは裏腹に、駿河と遠江の間の政治的緊張が高まり始める。
第5幕:家族と家臣の東国集結
京で加賀の所領問題に苦しんでいた弟・弥次郎は、父・盛定の勧めもあり、加賀守家の許可を得て単身東国へ下向する。また、父・盛定も孫の松寿丸を伴って突然駿河へやってくる。さらに、奉公方五番衆の伊奈重泰が将軍の許しを得て仕官を求めてやってくる。新九郎は重泰の覚悟を認め、備中伊勢家の通字である「盛」を与えて「伊奈盛泰」と名乗らせ、正式に家臣に加える。新九郎は駿府の屋敷を改修して拠点とし、盛定、伊都、龍王丸、ぬい、千代丸らが集まって家族の団欒を持つ。盛定は一通りの助言を与えた後、京へ帰還する。
第6幕:初の懐妊と「早雲庵宗瑞」への出家
弥次郎を秘書・名代として得た新九郎は、伊豆の内政や各地の巡回、親族の対応に追われる。扇谷上杉定正から「山内上杉勢の相模通過を阻止する」という協力を提示されるが、新九郎はその恩が将来の戦争介入につながることを警戒する。その後、葛山氏の求めに応じて沢田郷の初の居宅を訪れた新九郎は、初から子を身ごもったことを告げられる。子を授かったことで東国に根を張る決意を深めた新九郎は、韮山の香山寺で出家し、「伊勢新九郎盛時」の名を捨てて「早雲庵宗瑞」と名乗る。
主要な転換点
1:長岡の柵および本陣への夜襲
- それ以前の状況:占領地が北伊豆全体に急拡大し、防衛線の長大化と兵力不足が生じていた。
- 出来事:茶々丸方の狩野三郎部隊による長岡への攻撃と、江間・仁田部隊による新九郎本陣への潜入・夜襲が同時に発生した。
- 変化:新九郎は判断ミスから本陣を空けてしまい寝所まで侵入されるが、笠原弥八郎の救援で難を逃れる。本陣防衛体制の不備を痛感し、馬廻りを常駐させる体制へ改めた。
- 次への影響:双方決め手を欠いたため、新九郎と茶々丸の戦いは一年半にわたる長期の膠着状態へ移行した。
2:陣中での葛山初との婚儀と横井母子の保護
- それ以前の状況:葛山家との同盟・結納は済んでいたが、戦乱のため婚儀が先延ばしにされていた。
- 出来事:大道寺太郎の助言により陣中での婚儀が決断され、正妻ぬいが伊豆へ来て準備を主導した。また、横井越前守の遺族・えつ母子をぬいが石脇で引き取ることを決定した。
- 変化:葛山家との結束が強まり、戦死者遺族や家族のケアをぬいが担うことで、新九郎が政治・軍事に専念できる環境が整った。
- 次への影響:領主としての内外の基盤が強化され、のちの初の懐妊と東国定着への道筋がつくられた。
3:今川伊都からの遠江攻め要請の受諾と主導権の確保
- それ以前の状況:今川家は遠江奪還を悲願としており、伊豆に駐留する今川勢の返礼として新九郎に出兵を求めていた。
- 出来事:新九郎は家臣の反対を受けて総大将就任を固辞しつつも、「出兵の時期と方法を新九郎に任せる」という条件で伊都の提案を収めた。
- 変化:遠江攻めへの即時出兵を回避し、伊豆の領国経営に専念する時間を獲得した。
- 次への影響:今川家との協力関係を維持しながら、自らの判断で軍事・政治行動をコントロールできる体制を維持した。
4:伊勢弥次郎および伊奈重泰の東国下向と家臣化
- それ以前の状況:占領地拡大に伴い新九郎の手が足りず、名代や実務を担う人材の不足が課題となっていた。
- 出来事:弟・弥次郎が東国へ下向して名代・秘書となり、元奉公衆の伊奈重泰が将軍の許可を得て仕官し、偏諱を賜って伊奈盛泰となった。
- 変化:信頼できる近親者と実務能力の高い直臣を得たことで、家臣団の組織化が進んだ。
- 次への影響:新九郎不在時や各地巡回時にも名代を通じて領国統治や外交を滞りなく進められるようになった。
5:初の懐妊と「早雲庵宗瑞」としての出家
- それ以前の状況:新九郎は武士・伊勢新九郎盛時として伊豆・駿河の領地経営に奔走していた。
- 出来事:葛山初が子を身ごもったことを知り、新九郎は東国に骨を埋める覚悟を深めた。その後、香山寺で出家し「早雲庵宗瑞」と号した。
- 変化:単なる一時的な進攻者や幕府奉公人ではなく、東国に根を張る独立した領主としての立場と覚悟が固まった。
- 次への影響:伊勢新九郎としての過去に区切りをつけ、早雲庵宗瑞としての本格的な統治と戦いが始まることとなった。
伊勢新九郎盛時を中心とした人物関係の変化
伊勢弥次郎盛興
- 開始時:京で加賀の所領問題に悩んでおり、新九郎とは離れて暮らしていた。
- 主な出来事:新九郎からの要請や父の勧めを受け、家族の反対を押し切って単身で東国へ下向する。新九郎の名代として同行し、各地の折衝や名代としての役目を果たす。
- 巻末時:新九郎の最も信頼できる片腕かつ名代として東国に留まり、ともに領国経営を支える関係となった。
葛山初
- 開始時:結納を済ませたものの、戦乱のため婚儀が延期されていた関係。
- 主な出来事:新九郎の陣所で雪の中で婚儀が行われ、正式に新九郎の別妻となる。沢田郷の居宅で暮らし、新九郎の子を身ごもる。
- 巻末時:子を授かり、新九郎が東国に深く根を張る大きな動機・絆となる関係へ変化した。
伊奈盛泰(重泰)
- 開始時:幕府の奉公方五番衆であり、今出川殿(義材)時代に面識があった関係。
- 主な出来事:将軍の許しを得て東国へ下向し、新九郎へ直接仕官を志願して偏諱を求めた。
- 巻末時:新九郎から「盛」の一字を賜って「伊奈盛泰」と改名し、新九郎に忠誠を誓う直臣(家臣)となった。
今川伊都
- 開始時:新九郎に今川勢を貸し出し、伊豆討ち入りを支援していた姉と弟。
- 主な出来事:遠江攻めの総大将として新九郎を擁立しようとし、議論を戦わせる。
- 巻末時:出兵の主導権を新九郎に委ねることで妥協し、互いの利害をすり合わせながら協力し合う同盟者としての関係が維持された。
主人公の認識と周囲の評価
主人公自身の認識
- 自分は周囲の意見を考えすぎて判断を誤ったり、目上の者の機嫌を損ねやすい生き方をしてきたと捉えている。
- 横井母子の保護や葛山家との婚姻は、領主・親族としての義務として行っているものであり、世間で言われるような「好色」や「艶福家」ではないと認識している。
- 伊豆を荒らすだけの山賊ではなく、平定した後の統治こそが重要であり、公儀に頼らず自力で領国を経営・整備する者であると捉えている。
周囲からの評価
- 家臣の大道寺太郎らは、新九郎を実質的な「伊豆半国の領主」と評価し、相応の威厳や立場を備えるべきだと見ている。
- 扇谷上杉定正や長尾伊玄は、小鹿新五郎を一日で倒し、短期間で北伊豆を掌握した「戦上手」「尋常ではない手腕の持ち主」と評価し、自らの陣営に引き入れたいと考えている。
- 今川龍王丸らは、新九郎を「葛山の姫を娶った直後に横井の後家を石脇に囲った好色な人物(艶福家)」と見ている。
認識の差が現れた場面
- 横井越前守の遺族・えつ母子を保護して宿所を手配した際、今川龍王丸から「葛山の姫を嫁にした直後に後家を囲った艶福家」と冷やかされた場面。新九郎本人は親戚筋の保護と遺族支援という当然の務めとして行ったが、周囲からは好色な振る舞いとして受け止められていた。
- 本人は「伊豆半国の領主など大げさだ」と主張するが、大道寺太郎から「実質的な領主としての威厳を持て」と諭される場面。
新九郎の判断ミス
新九郎、奔る!第24巻において描かれる新九郎の判断ミスは、常識的な思考による裏の読みすぎと協力勢力への遠慮が重なったことで引き起こされた、本陣夜襲事件に関する展開を指す。防衛線の急拡大に伴う混乱から二重の誤認、そして招いた危機と後の統治体制への影響を整理する。
判断ミスに至った背景
・広域制圧による防衛線の長大化
堀越御所を攻略した新九郎方は、田方郡という伊豆最大の平野部を短期間で手に入れたため、保有兵力に対して守るべき範囲が広がり、防衛体制が極めて希薄な状況に陥る。
・前線の交代作業に伴う隙
前線を担っていた今川勢を後方へ下げ、新九郎直属の家臣たちを前線に配置する転換を夕方から急遽進めていた最中、茶々丸方による奇襲が開始される。
二重の判断ミス
長岡の柵が敵方の部隊に襲撃された際、新九郎は二つの重大な誤認を重ねる。
・深読みによる本命の取り違え
前線の守備兵数に対して襲撃側の規模が少なすぎる点に着目し、柵を突破するには戦力が足りないと論理的に分析する。昼間に山道を通じた本陣強襲を危惧していた経緯も重なり、長岡への襲撃を単なる陽動と決めつけ、本命の攻勢は山裾から来ると見誤る。
・今川勢への遠慮による防衛空白
家臣から今川勢の出動を進言された際、協力勢力へ過度な負担をかけたくないという配慮が働く。その結果、今川勢を動かさずに自身の直属部隊を山裾の警戒へと出動させ、本陣周辺を守る戦力を不在にしてしまう。
招いた危機と顛末
・二重夜襲の決行
茶々丸方は長岡への攻撃と並行し、別働隊が音を立てぬよう甲冑を外して山中の近道を通り、本陣へ潜入する二重の夜襲を仕掛ける。
・本陣への侵入と辛勝
守備部隊が不在となった本陣は南門から突破を許し、敵兵が新九郎の寝所至近まで雪崩れ込む絶体絶命の危機を迎える。夜間巡回中に異変を察知した笠原弥八郎が兵を急遽動員して迎撃したことにより、辛うじて難を逃れる結果となる。
反省と組織体制・内政への影響
・本陣守備の規律化
自身の判断ミスによる失態を率直に認め、家臣の進言を受け入れて本陣には必ず直属部隊を一隊常駐させる防衛手順を徹底する。
・遺族への保護政策
自身の過失で家臣を戦死させた強い自責の念から、戦死者の遺児に対する長期的な俸給保障や、身寄りを失った母子の保護など、手厚い内政対応を敷く契機となる。
まとめ
過度な深読みと周囲への配慮が生んだ本陣夜襲の危機は、新九郎にとって手痛い教訓となる。軍事指揮における防衛原則の再構築にとどまらず、家臣や遺族を重んじる後の領国統治の姿勢を確立する大きな契機を形づくる。
葛山家との婚儀
新九郎、奔る!第24巻において描かれる葛山家との婚儀は、戦乱の渦中で執り行われた政治的かつ個人的な重要行事となり、その後の新九郎の覚悟や立場を大きく変える転換点に位置づく。
婚儀決断の背景と動機
新九郎と駿河の国人である葛山備中守氏堯の娘・初は、すでに結納を交わしていたものの、戦乱の影響により挙式が先送りにされていた。
・家臣の進言と使者の派遣
家臣の大道寺太郎から、先送りを重ねれば信義を疑われること、現在は大きな合戦の気配もないため好機であることを促され、新九郎は多米権兵衛を使者として三島の葛山陣所へ遣わす。
・葛山氏堯の歓喜
陣中での婚儀申し入れに対し、氏堯は大いに喜びを示し、早期の挙式を快諾する。
正妻ぬいの参戦と差配
陣中での挙式を知った正妻のぬいは、戦場近くの危険を理由に制止しようとした家臣の言葉を退け、祝宴の菓子を作る名目で自ら伊豆の陣所へ向かう。
・家族を伴う来訪
息子の千代丸や保護下にあった横井越前守の未亡人・えつ母子らを伴って現地へ到着する。
・台所での見事な采配
夫が恥をかかぬよう自ら台所に立ち、祝宴の準備を見事に取り仕切る。
雪中の挙式と別妻としての意義
十二月二十一日、雪が降る厳しい寒さの中、初が新九郎の陣所へ輿入れを果たす。
・政治的な婚姻の形態
初は正妻とは別の正式な妻である別妻として迎えられる。同格の家同士が結びつきを深める意義を持ち、氏堯は両家の一体化と今川家に対する口利きを新九郎へ期待する。
・後方支援体制の確立
挙式後、ぬいは手作りの菓子を振る舞うだけでなく、横井母子を石脇の館で引き取って面倒を見ると申し出たため、新九郎は内情の憂いなく領国統治に邁進できる体制を獲得する。
その後の影響と出家への決意
後に新九郎が沢田郷の居宅を訪ねた際、初から子を身ごもった事実を告げられる。
・東国定着への覚悟
東国で新たな子を授かった出来事を通じ、この地に骨を埋める決意を固める。
・早雲庵宗瑞への転換
韮山の香山寺にて出家を遂げ、早雲庵宗瑞と名乗る大きな節目へと至る。
まとめ
陣中という異例の状況で行われた葛山家との婚儀は、領国統治の基盤を強化しただけでなく、家族の協力と新たな命の誕生を経て、新九郎が東国の武将として生き抜く決定的な覚悟を固める契機を形づくる。
盛定の東国下向
新九郎、奔る!第24巻において描かれる伊勢盛定の東国下向は、新九郎や家臣たちにとって全く予想外の出来事として展開する。次男の派遣に続いて突如姿を現した経緯、下向を決意した心情、駿府で実現した一族の団欒、そして京への帰還に至る一連の歩みを整理する。
東国下向の経緯と突然の来訪
・事前の助言と次男の先行
京で所領問題に苦慮していた次男の伊勢弥次郎盛興に対し、東国へ赴いて新九郎の補佐や名代を務めるよう促す。
・本陣への登場
弥次郎が単身で東国へ下向した直後、自身も新九郎の次男である松寿丸を肩車した姿で興国寺本陣へ現れる。
・家臣団の動揺
本陣で家臣が慌てふためいた真相は、予告なく現れた盛定の来着に起因する。
下向の動機と滞在の性格
・家族との再会
いつ京へ戻るか定かではない息子や嫁、孫たちの顔を生前にもう一度見ておきたい心情を明かす。
・幼児の送り届け
松寿丸を父母のもとへ無事に引き渡す役目も果たす。
・一時的な逗留
東国への永住を意図した行動ではなく、あくまで一時的な見聞を目的とし、京の宗家へ弁明を行うため帰還する方針を示す。
駿府の屋敷における一族の団欒
・拠点の移動
盛定の到着を受け、修繕作業が進行していた駿府の拝領屋敷へ拠点を移す。
・質素な住環境
屋敷内は天井板が外れ雨漏り受けの壺が置かれる荒廃ぶりを示す。
・両家の集結
正妻のぬい、長男の千代丸、松寿丸に加え、急報を受けた姉の今川伊都や当主の今川龍王丸も駆けつけ、伊勢家と今川家が一堂に会する交流が実現する。
・過去の苦難と現在の充足
今川家を取り仕切る娘やその息子の龍王丸、自力で勢力を築く新九郎や弥次郎、健やかに成長する孫たちに囲まれ、若き日の苦労を回想しながら深い満足感を噛み締める。
団欒の終幕と帰京
・最後の一座
一族の全員が一堂に会する機会としては最後の団欒を記録する。
・別れの言葉
梅雨明けの時期を迎え、冗談交じりの言葉を家族へ残して駿河を離れ、京の地へと帰還する。
・その後の余生
思い残すことはないと言い残したものの、実際にはその後十年以上にわたり長寿を全うする結末をたどる。
まとめ
伊勢盛定の電撃的な東国下向は、過酷な政治闘争を潜り抜けてきた一族が束の間の温もりを共有する貴重な機会をもたらす。血縁の絆を再確認したこの再会は、東国で新たな道を切り拓く新九郎たちにとって大きな精神的支柱を形づくる。
遠江侵攻の計画
新九郎、奔る!第24巻で描かれる遠江侵攻の計画は、今川家の悲願と新九郎の現実的かつ軍事的な判断、そして周囲の勢力の思惑が複雑に交錯する重要な局面として登場する。
計画の背景と今川伊都からの要請
今川家にとって遠江は最初の守護分国であり、一門の権益や所領が多く残る土地に該当する。前当主である今川義忠が討ち死にして以来、遠江の奪還は駿河今川家の悲願となっていた。
新九郎が伊豆討ち入りで北伊豆を制圧した際、今川家は三百名の兵を常駐させて後方支援を行う。これに対し、龍王丸の母である今川伊都は、北伊豆の領主となった新九郎に対し、龍王丸の名代として今川軍の総大将を務め遠江へ出兵することを強く要求する。
新九郎の苦悩と家臣団の反対
新九郎はこの打診に対して強く難色を示す。その理由は主に二点に集約される。
・大義名分の欠如
遠江は正当な守護である斯波武衛家の分国であり、明確な口実もないまま攻め込めば、かつての義忠と同様に幕府から賊軍扱いされる恐れを抱える。
・伊豆防衛の破綻リスク
北伊豆を制圧したばかりの新九郎が総大将として長期間伊豆を留守にすれば、服属したばかりの国人や被官たちが離反し、伊豆の支配体制が瓦解する危険性を孕む。
新九郎が腹心の家臣たちに密かに意見を求めた際も、遠江攻めは百害あって一利なしとして全会一致で猛反対を受ける。万が一新九郎が討ち死にすれば現在の体制は維持できず、龍王丸の立場すら危うくなりかねないという見解で一致する。
伊都との交渉と時期・方法の一任
家臣の総意を受けた新九郎は駿河の丸子にある今川館へ赴き、伊都と直接の交渉を試みる。新九郎は出兵の大義名分はこちらで探るものの、出兵の時期や手順は自分に一任してほしいという条件を提示する。
伊都がこの条件を承諾した結果、新九郎は自らの判断が下らない限り遠江侵攻が起きない状況を作り出し、龍王丸の強行出陣を抑止しつつ、当面は伊豆の領国経営に専念できる環境を整える。
茶々丸側の工作と斯波家の動き
新九郎自身は出兵を棚上げしたつもりであったものの、裏で別の情勢変化が生じる。堀越御所を追われ牧之郷に潜伏する足利茶々丸に対し、側近たちが遠江の斯波家や甲斐の武田氏と結んで駿河を牽制させ、伊豆の今川兵を後退させる策略を進言して実行に移す。
茶々丸からの書状を受けた遠江守護の斯波義寛らは、中央政権下で冷遇されていた自家の立場を挽回する好機と捉え、要請に応じる姿勢を示し始める。こうして新九郎の目論見とは裏腹に、駿河と遠江の境界における政治的緊張が急速に高まりを見せる。
まとめ
遠江侵攻を巡る駆け引きは、家の悲願に突き動かされる今川家と、足元の領国経営を優先する新九郎の冷徹な現実感覚との乖離を鮮明にする。自ら主導権を握って衝突を回避しようと試みた新九郎の思惑をよそに、敵対勢力の外交工作が絡み合うことで、駿河と遠江の対立構造は新たな戦乱の火種を宿していく。
登場キャラクター
伊勢家・家臣
伊勢新九郎盛時(早雲庵宗瑞)
伊勢家の当主であり、北伊豆の支配を強める武将。他者の思惑や情勢に配慮しながら柔軟に対応する姿勢を見せる。
・所属組織、地位や役職 伊勢家当主。北伊豆の領主。
・物語内での具体的な行動や成果 本陣への夜襲を危機一髪で防ぎ、防衛体制を見直した。葛山初との婚儀を行い、出家して早雲庵宗瑞と名乗る。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 伊勢新九郎盛時の名を捨て、早雲庵宗瑞へ改名した。
伊勢弥次郎盛興
新九郎の弟であり、兄を支えるために京から東国へ下向する。人当たりが良く、交渉や名代の役目を担う。
・所属組織、地位や役職 伊勢加賀守家当主。新九郎の名代。
・物語内での具体的な行動や成果 養父たちの説得を経て東国へ下り、新九郎の秘書や名代として活動した。伊奈重泰の仕官や石巻彦四郎からの情報聴取に対応する。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 加賀守家を離れて新九郎の片腕となり、名代としての信頼を築いた。
伊勢盛定(正鎮)
新九郎と弥次郎の父であり、出家して正鎮と号する。息子の将来や家族の集まりを温かく見守る。
・所属組織、地位や役職 伊勢家一門。沙弥(正鎮)。
・物語内での具体的な行動や成果 京から孫の松寿丸を連れて東国へ下向し、駿府の屋敷で家族全員の団欒を楽しんだ。弥次郎に東国行きを勧め、新九郎に助言を与える。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 駿河滞在を終えた後、梅雨明けとともに京へ帰還した。
伊勢加賀守貞綱
弥次郎の養父であり、加賀守家の当主。加賀の所領問題に頭を悩ませている。
・所属組織、地位や役職 伊勢加賀守家当主。
・物語内での具体的な行動や成果 弥次郎の東国下向に反対したが、かさの提案を受けて最低限の家人での下向を認めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 万福丸の後見人に妻の兄を据える条件を付けた。
伊勢貞宗
伊勢宗家の当主であり、幕府の政務に関わる。幕府や細川家の調整役を務める。
・所属組織、地位や役職 伊勢宗家当主。前政所頭人。
・物語内での具体的な行動や成果 上原元秀と長塩弥六の争いに関する家中の不調和に対し、幕府の指示で仲裁に入った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 幕府内での立場から上原問題の収拾にあたった。
伊勢盛頼
荏原伊勢家の人物。病床の父を抱え、盛定の体を気遣う。
・所属組織、地位や役職 荏原伊勢家。
・物語内での具体的な行動や成果 盛定を訪ね、病床の父に代わって息子たちの相談役になるよう要請した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 荏原への盛定の招聘を申し出た。
ぬい
新九郎の正妻。家族の面倒をよく見、周囲の世話や準備を前向きに行う。
・所属組織、地位や役職 伊勢家正妻。
・物語内での具体的な行動や成果 新九郎の陣中婚儀に赴いて祝いの菓子作りや祝宴の手配を行った。横井えつ母子を石脇の館へ引き取ることを申し出た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 遺族や子供たちの世話を引き受け、新九郎の負担を軽減させた。
千代丸
新九郎の長男。しっかりとした考えを持ち、母や下の子を思いやる。
・所属組織、地位や役職 伊勢家嫡男。
・物語内での具体的な行動や成果 母のぬいに同行して陣所へ向かい、道中の母の警護を務めた。駿府の屋敷で雨漏り用の壺に疑問を持った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 父の仕事を理解し、家族の支えとして行動した。
松寿丸
新九郎の次男。幼く、祖父の盛定にかわいがられている。
・所属組織、地位や役職 伊勢家一門。
・物語内での具体的な行動や成果 祖父の盛定に伴われて京から東国へ運ばれ、両親のもとへ戻った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
かさ
弥次郎の妻。加賀守家と夫の将来を案じる。
・所属組織、地位や役職 伊勢加賀守家。
・物語内での具体的な行動や成果 弥次郎の度重なる下向に反対した。しかし夫の意思を汲み、兄を後見にする条件で下向を義父に進言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 京に残り、息子の万福丸を育てる役割を担う。
万福丸
弥次郎の息子。幼少で父と相撲を取って遊ぶ。
・所属組織、地位や役職 伊勢加賀守家嫡男。
・物語内での具体的な行動や成果 京の屋敷で父の弥次郎と相撲を取って遊んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 伯父の貞遠を後見人として京に残る。
大道寺太郎
新九郎の側近であり、防衛や政治の不備を的確に指摘する。新九郎の威厳を重視する。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 占領地の防衛線の薄さを新九郎に警告した。葛山初との婚儀を早期に進めるよう助言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 新九郎を伊豆半国の領主として扱い、助言を与える。
多米権兵衛
新九郎の重臣であり、兵の再配置や訓練、外交の取次を行う。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 兵力の再配置案を作成し、葛山家との婚儀の調整を進めた。三河の石巻彦四郎を新九郎に引きあわせた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 新兵の訓練指導や情報収集の窓口を担当した。
有竹三郎(在竹三郎)
前線で奮闘する新九郎の家臣。率直な物言いで意見を述べる。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 長岡の柵への夜襲に対し、守備兵を率いて応戦した。遠江攻めの打診に対して強く反対した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 前線の守備や陣中の意見集約に関わった。
荒川又次郎
新九郎の指示を忠実に実行し、周囲との連絡役を務める。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 ぬいの陣中訪問を新九郎に報告した。遠江攻めの危険性を指摘し、反対意見を述べた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
荒木彦次郎
新九郎の家臣であり、主君の立場や安全を最優先に考える。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 遠江攻めについての会議で、長期間の主君不在によるリスクを挙げ反対した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
山中才四郎
戦況や噂に敏感で、感情豊かに報告を行う家臣。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 長岡襲撃時に山裾の警戒に赴き、本陣の被害に驚いた。盛定や弥次郎の到着を大騒ぎで報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 本陣警護の常駐体制を新九郎に進言した。
笠原弥八郎
新九郎の馬廻り。危機に際して勇敢に行動する。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣(馬廻り)。
・物語内での具体的な行動や成果 夜間散歩中に潜入部隊の怪しさに気づき、兵を集めて新九郎の寝所に突入した。仁田らの攻撃を退け、新九郎の危機を救った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 総大将の命を救う功績を立てた。
伊奈盛泰(伊奈弾正忠重泰)
奉公方五番衆から新九郎の家臣へと転身した武士。
・所属組織、地位や役職 元奉公方五番衆。伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 将軍の許可を得て東国へ下向し、新九郎への仕官を志願した。偏諱を頼み込み、「盛」の字を賜った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 伊奈盛泰と改名し、新九郎の直臣となった。
えつ
戦死した横井越前守の未亡人。子供二人を抱える。
・所属組織、地位や役職 旧奉公衆・横井越前守の妻。
・物語内での具体的な行動や成果 富永の紹介で新九郎に面会し、没収された旧領や屋敷の返還を願った。ぬいの申し出により石脇で暮らすことになった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 新九郎および大道寺太郎の母方の親戚であることが判明した。
弥助
新九郎の身の回りの世話や従者として行動する人物。
・所属組織、地位や役職 新九郎の従者。
・物語内での具体的な行動や成果 出家を決意した新九郎に伴われ、共に香山寺へ出掛けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
大塚新三郎
新九郎の家臣。先の戦いで功績を立てる。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 先の夜襲防衛などの働きにより、新九郎から俸給を加増された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 加増を受ける。
岡崎弥兵衛
新九郎の家臣。先の夜襲戦で討ち死にする。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 本陣防衛の戦いで討ち死にした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 残された幼い娘に対して成長までの俸給安堵が決定された。
横井越前守
旧堀越公方府の奉公衆。すでに故人。
・所属組織、地位や役職 元堀越公方府奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果 先の合戦等で亡くなり、妻のえつと子供が遺された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 故人。
横井掃部助
新九郎および大道寺太郎の母方の祖父。
・所属組織、地位や役職 尾張の武士(横井家)。
・物語内での具体的な行動や成果 横井越前守の大叔父に当たり、新九郎たちの親族関係を証明する存在として名前が挙げられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
新九郎の家臣たち
新九郎に従い、前線の防衛や各所の陣立てを支える集団。
・所属組織、地位や役職 伊勢家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 長岡の柵や御所跡で防衛戦を展開した。遠江攻めに対して総意として反対した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 前線での警戒や領内統治の役割を果たした。
旗本たち(馬廻りたち)
新九郎の直属部隊。本陣の警備を担う。
・所属組織、地位や役職 新九郎直属部隊(馬廻り)。
・物語内での具体的な行動や成果 新九郎の判断により一時警戒へ回されたため本陣を離れた。夜襲後は本陣常駐体制へと変更された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 本陣防衛の核心として常駐が徹底された。
見回りたち
夜間の警備や宿所周辺の見回りを行う兵士たち。
・所属組織、地位や役職 伊勢家警備兵。
・物語内での具体的な行動や成果 夜間に台所で食べ物を探していた笠原弥八郎を注意した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
見張りたち
御所南門や各所で立ち番をする兵士たち。
・所属組織、地位や役職 伊勢家見張り兵。
・物語内での具体的な行動や成果 南門を破られた際に声を上げて敵襲を知らせた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
護衛たち
新九郎の近辺や駿府の屋敷で警備を行う兵士たち。
・所属組織、地位や役職 新九郎の護衛兵。
・物語内での具体的な行動や成果 夜襲時に寝所前で警戒した。駿府の屋敷でぬいや伊都の到着を案内した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
報告兵
前線からの情報を新九郎に伝える兵士。
・所属組織、地位や役職 伊勢家伝令兵。
・物語内での具体的な行動や成果 長岡の柵へ襲来した敵兵の数を新九郎へ報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
今川家
今川龍王丸
今川家の当主。ひげが生えたことで元服を意識し、阿茶への恋心を抱く。
・所属組織、地位や役職 今川家当主。
・物語内での具体的な行動や成果 阿茶を妻にしたいと望み、元服して自ら遠江攻めの総大将になると意気込んだが腹痛を起こした。新九郎の噂を噂話として語った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 当主としての自覚と若さの未熟さを見せた。
伊都(御上様)
新九郎の姉であり、龍王丸の母。今川家の繁栄と遠江奪還を強く望む。
・所属組織、地位や役職 今川家大方様。
・物語内での具体的な行動や成果 新九郎に遠江攻めの総大将就任を求めた。駿府の屋敷に酒を持参して父の盛定を歓待した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 出兵の時期と方法を新九郎に委ねることで手を打った。
瀬名一秀
今川家の重臣。当主周辺の状況を新九郎に伝える。
・所属組織、地位や役職 今川家重臣。
・物語内での具体的な行動や成果 龍王丸が遠江攻めの話を聞いて風邪をひいたことを新九郎に報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
阿茶
新九郎の妹であり、龍王丸の側に滞在する。
・所属組織、地位や役職 伊勢家一門(新九郎の妹)。
・物語内での具体的な行動や成果 上洛せず今川館に留まり、龍王丸の遊び相手を務めた。新九郎から上洛を命じられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 京都へ送られる方針が立てられた。
今川義忠
前今川家当主。故人。
・所属組織、地位や役職 前駿河守護。
・物語内での具体的な行動や成果 かつて遠江討ち入りで討ち死にした過去が語られた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 故人。
今川勢(福島勢・瀬名勢・小鹿勢)
伊勢新九郎を支援するために伊豆や各所に常駐・展開する今川家の軍勢。
・所属組織、地位や役職 今川家軍勢。
・物語内での具体的な行動や成果 一部部隊が後方へ下げられた後、長岡の柵の救援に駆けつけ狩野勢を撃退した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 伊豆での新九郎方の維持に大きく貢献した。
堀越公方家・茶々丸方
足利茶々丸
堀越公方。新九郎に対抗するため、近隣勢力との連携や夜襲を狙う。
・所属組織、地位や役職 堀越公方。
・物語内での具体的な行動や成果 仮御所で家臣らに夜襲を命じた。斯波家や武田家との連携工作を承認し、味方の支援を喜んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 牧之郷の仮御所に身を置き反撃の機会をうかがう。
狩野三郎佑信
狩野一族の生き残り。兄の復讐のため陣頭に立つ。
・所属組織、地位や役職 堀越公方家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 兄の工藤次郎の死去を受け、自ら兵を率いて長岡の柵へ夜襲を仕掛けた。激戦の末退却した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 一族の無念を果たすため果敢に攻撃を行った。
工藤次郎
狩野一族の武士。負傷の末亡くなる。
・所属組織、地位や役職 堀越公方家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 前戦の傷がもとで死亡したことが弟の三郎から報告された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 故人。
仁田兵衛尉
旧堀越公方奉公衆。新九郎暗殺を狙い本陣へ潜入する。
・所属組織、地位や役職 堀越公方奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果 具足をつけずに山道を抜け、新九郎の寝所まで迫り名乗りを上げた。笠原勢の救援により失敗し討ち取られた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 夜襲戦で戦死した。
江間
仁田とともに本陣へ潜入した茶々丸方の武士。
・所属組織、地位や役職 堀越公方方武士。
・物語内での具体的な行動や成果 夜襲部隊を率いて山道を進み、遭遇した笠原弥八郎を誤魔化して南門へ到達した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 夜襲の失敗により討ち取られた。
狩野道一(狩野介)
茶々丸を支える重臣。他国との外交工作を提案する。
・所属組織、地位や役職 堀越公方家重臣。
・物語内での具体的な行動や成果 斯波家や武田家と結んで駿河を牽制させる策を茶々丸に進言し、工作を成功させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 名を道一と改め、茶々丸を補佐した。
ふき
茶々丸に給仕する女性。
・所属組織、地位や役職 仮御所の侍女。
・物語内での具体的な行動や成果 茶々丸に酒を勧め、気に入られて側に侍るよう命じられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
関戸吉信
茶々丸の重臣。
・所属組織、地位や役職 堀越公方家重臣。
・物語内での具体的な行動や成果 御所に集う家臣たちが茶々丸を家族のように支えていると語り、団結を促した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
高橋左近将監高種
南伊豆雲見城主。茶々丸に忠誠を誓い出仕する。
・所属組織、地位や役職 雲見城主。
・物語内での具体的な行動や成果 仮御所へ出仕し、今川勢が撤退すれば勝利できると茶々丸を励ました。かやとの婚儀の対象に挙げられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 茶々丸から強い信頼を寄せられた。
茶々丸の家臣たち
茶々丸に従い、夜襲や反撃工作を行う武士たち。
・所属組織、地位や役職 茶々丸方家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 具足をつけずに山道を通り本陣へ突入したが、笠原勢に挟撃されて敗北した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 二十余名が戦死した。
夜襲部隊(潜入部隊)
江間や仁田らが率いた約三十名の討ち入り部隊。
・所属組織、地位や役職 茶々丸方奇襲隊。
・物語内での具体的な行動や成果 音を立てないよう具足を付けずに山道を抜け、新九郎の本陣へ侵入した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 笠原勢の突入により壊滅した。
伊豆・駿河・その他の国人衆
葛山備中守氏堯
駿河の有力国人。新九郎との縁組を心から喜ぶ。
・所属組織、地位や役職 駿河葛山領主。
・物語内での具体的な行動や成果 娘の初と新九郎の婚儀を早期に行うよう強く希望し、無事に婚儀を執り行わせた。新九郎へ沢田訪問を催促した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 新九郎と固い縁戚関係を結んだ。
葛山初
氏堯の娘。新九郎の別妻となる。
・所属組織、地位や役職 新九郎の別妻。
・物語内での具体的な行動や成果 雪の降る日に新九郎の陣所へ輿入れした。後に沢田郷の居宅で新九郎の子を懐妊したことを報告した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 新九郎との間に子を授かる。
半田惣右衛門
葛山家の家臣。
・所属組織、地位や役職 葛山家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 氏堯の指示を受け、多米権兵衛と婚儀の日取りや準備の調整を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
桑原平内
桑原郷の名主・代官。
・所属組織、地位や役職 桑原郷名主・代官。
・物語内での具体的な行動や成果 田中内膳とともに新九郎を訪ね、外山豊前守の娘・かやの縁談を相談した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
田中内膳
田中郷の名主・代官。
・所属組織、地位や役職 田中郷名主・代官。
・物語内での具体的な行動や成果 預かっていたかやの将来を案じ、高橋左近将監との縁談を新九郎に提案して許可を得た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
かや
故外山豊前守の娘。田中内膳の家で暮らす。
・所属組織、地位や役職 外山豊前守の娘。
・物語内での具体的な行動や成果 身寄りを失い心細い生活を送っていたが、高橋左近将監との縁談が立てられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 年明けに婚儀が整えられる方針となった。
外山豊前守
旧堀越公方府の奉公衆。すでに故人。
・所属組織、地位や役職 元堀越公方奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果 娘のかやを残して戦乱で没した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 故人。
富永右衛門尉政胤
土肥の領主。新九郎の動向を静観する。
・所属組織、地位や役職 土肥領主。元堀越公方奉公衆。
・物語内での具体的な行動や成果 横井えつ母子を保護し、新九郎への使者を送った。新九郎の今後の手並みを静観する構えを見せた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 慎重姿勢を崩さず静観する。
石巻彦四郎康家
三河国八名郡石巻の住人。多米権兵衛の知人。
・所属組織、地位や役職 三河国国人(石巻)。
・物語内での具体的な行動や成果 伊豆を訪れ、尾張と遠江の間で早馬が頻繁に行き来している事実を新九郎たちに伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 情報提供者として新九郎の警戒を高めた。
葛山家家臣たち
氏堯に従い、陣中で婚儀の準備を進める家臣たち。
・所属組織、地位や役職 葛山家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 婚儀に必要な道具の準備を整えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
訓練兵たち(新兵たち)
多米権兵衛から槍や集団戦の訓練を受ける兵士たち。
・所属組織、地位や役職 伊勢家新兵。
・物語内での具体的な行動や成果 権兵衛から武者相手には三人以上で囲むよう指導を受けた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 日々の鍛錬を行う。
室町幕府・京の政局
細川右京大夫政元
細川京兆家の当主。修験道の修行に熱中し、政務を省みない。
・所属組織、地位や役職 細川京兆家当主。管領。
・物語内での具体的な行動や成果 上原元秀と長塩弥六の争いに適切な対応をとらず、家中の不満を高めた。養子を迎えて修行に励もうとした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 政務放棄と奇行により家臣らの困惑を招いた。
上原元秀(紀伊守/神六)
細川政元の寵臣。高慢な態度で家中の反感を買う。
・所属組織、地位や役職 細川家家臣(紀伊守)。
・物語内での具体的な行動や成果 長塩弥六と門前で斬り合い、重傷を負って一か月半後に死亡した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 死亡により細川家内の勢力図に変化が生じた。
長塩弥六
細川家の家臣。上原元秀と争う。
・所属組織、地位や役職 細川家家臣。
・物語内での具体的な行動や成果 上原元秀と斬り合いを起こし、その場で討たれた。一族が公認の裁きを申し出た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 事件現場で死亡した。
香西元長
細川家の有力家臣(内衆)。
・所属組織、地位や役職 細川家内衆。
・物語内での具体的な行動や成果 上原元秀の死亡を聞き、元秀の威勢を批判して酒を飲んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 上原の没落を歓迎した。
薬師寺元一(与一)
細川家の有力家臣(内衆)。
・所属組織、地位や役職 細川家内衆。
・物語内での具体的な行動や成果 将軍を取り替えた政元の施策に不満を漏らし、上原の死を喜んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 政元の施策に疑問を持った。
安富元家
細川家の有力家臣(内衆)。
・所属組織、地位や役職 細川家内衆。
・物語内での具体的な行動や成果 政元の公方擁立について、伊勢貞宗らの存在から自在に政治は動かせないと冷ややかに分析した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 事態を冷静に観察した。
足利義高(清晃/御方御所/寿王)
次期将軍。茶々丸へ強い憎悪を抱く。
・所属組織、地位や役職 次期将軍(御方御所)。
・物語内での具体的な行動や成果 茶々丸討伐のために東下したいという伊奈重泰の申し出を即座に許可した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 茶々丸討伐を強く望み続けている。
足利義材(今出川殿)
前将軍。細川政元によって立場を追われた。
・所属組織、地位や役職 前将軍。
・物語内での具体的な行動や成果 斯波義寛らが義材と通じているのではないかと疑われる要因となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 京を追われ再起を狙う。
大館尚氏(大舘殿)
奉公方五番衆の番頭。
・所属組織、地位や役職 五番衆番頭。
・物語内での具体的な行動や成果 伊奈重泰から下で働くのを嫌がられる存在として言及された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
小笠原入道
京の武士。重泰に新九郎の活躍を伝える。
・所属組織、地位や役職 武士。
・物語内での具体的な行動や成果 新九郎の東国での活躍を伊奈重泰に話し、重泰の下向を決意させた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
蜷川新右衛門親孝
室町コラムを担当する解説役。親元の息子。
・所属組織、地位や役職 室町幕府政所代(コラム担当)。
・物語内での具体的な行動や成果 三管領家や偏諱の意味について分かりやすく解説を行った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 父の親元からコラム担当を引き継いだ。
蜷川新右衛門親元
前室町コラム担当。親孝の父。
・所属組織、地位や役職 前政所代。
・物語内での具体的な行動や成果 過去のコラムを担当した人物として言及された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 故人または隠居。
上杉家・関東勢力
扇谷上杉定正(修理大夫)
相模国守護。河越城主。武勇に優れ、新九郎に関心を示す。
・所属組織、地位や役職 扇谷上杉家当主。相模国守護。
・物語内での具体的な行動や成果 新九郎の伊豆攻略を称賛し、相模の通行を山内方に許さないという申し出を新九郎へ送った。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 山内上杉家との対立において新九郎を味方に引き込もうと画策した。
長尾景春(伊玄)
古河公方の近臣であり、定正の盟友。
・所属組織、地位や役職 古河公方近臣。
・物語内での具体的な行動や成果 定正に対し、新九郎が短期間で北伊豆を平定した手腕を高く評価して伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 出家して伊玄と号する。
太田道灌
かつての扇谷家家宰。定正に殺害された。
・所属組織、地位や役職 元扇谷家家宰。
・物語内での具体的な行動や成果 定正によって誅殺された過去が語られた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 故人。
山内上杉顕定
関東管領。扇谷家と激しく対立する。
・所属組織、地位や役職 関東管領。山内上杉家当主。
・物語内での具体的な行動や成果 扇谷家と長享の乱で争い、茶々丸への支援を行おうとした。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 越後上杉家の威勢を背に勢力を保つ。
朝昌
定正の弟。
・所属組織、地位や役職 扇谷上杉家一門。
・物語内での具体的な行動や成果 定正から戦があまり上手でないと評された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
朝良
朝昌の子であり、定正の養子。
・所属組織、地位や役職 扇谷上杉家嫡男。
・物語内での具体的な行動や成果 定正から戦上手ではないと評された。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 定正の後継者。
上杉家家臣(使者)
扇谷定正の使者として新九郎を訪問した武士。
・所属組織、地位や役職 扇谷上杉家使者。
・物語内での具体的な行動や成果 定正からの祝いの品を届け、山内方の相模通過を阻止する旨を新九郎に伝えた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
斯波家・武田家
斯波左兵衛佐義寛
尾張・遠江守護。幕府内での地位回復を狙う。
・所属組織、地位や役職 斯波武衛家当主。尾張・遠江守護。
・物語内での具体的な行動や成果 茶々丸からの御内書を受け取り、弟の寛元とともに駿河への牽制行動を検討した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 前将軍との関係を疑われ幕府で冷遇されていた。
斯波寛元
義寛の弟。
・所属組織、地位や役職 斯波家一門。
・物語内での具体的な行動や成果 茶々丸からの要請を幕府内での地位回復の好機ととらえ、兄に出兵を促した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 特になし。
甲斐八郎(甲斐敏光/美濃守)
遠江守護代。茶々丸方と連携する。
・所属組織、地位や役職 遠江守護代。
・物語内での具体的な行動や成果 茶々丸からの御内書を斯波義寛へ取次ぎ、駿河牽制の動きに加わった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 伊勢貞宗の叔父に当たる。
武田五郎(武田信縄)
甲斐国守護。
・所属組織、地位や役職 甲斐国守護。
・物語内での具体的な行動や成果 狩野道一の働きかけに応じ、今川家を牽制するため茶々丸方への協力を決めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項 北からの脅威として今川家に対立する姿勢を見せた。
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展開まとめ
第百五十七話 膠着
広すぎる占領地と防衛上の不安
新九郎方が支配する地域では、炭売りなどの行商人が関所を通行していた。大道寺太郎は、こうした往来によって味方の兵力や配置が敵に知られる危険を指摘した。
新九郎は、こちらの行商人も敵方へ出入りしており、互いの情報を得られることや、百姓や町民の生活を妨げないために通行を許していると説明した。
しかし太郎が懸念していたのは、防衛線の薄さであった。
新九郎方は伊豆最大の平野である田方郡を一日で手に入れたため、兵力に対して守るべき範囲が広がりすぎていた。特に長岡周辺は、南側から見ると守りが厚く見えるものの、実際には兵力が不足していた。
太郎は、土地勘のある敵が山道を利用して長岡を迂回し、御所跡へ直接攻め込む可能性を警告した。
軍勢の再配置と家臣たちの決意
新九郎は多米権兵衛を呼び、軍勢の配置を見直した。
権兵衛は右岸の小鹿勢を韮山まで後退させ、各方面へ駆けつけられる予備兵力として待機させる案を提示した。さらに福島勢も後方へ下げ、内側の守りを厚くする方針となった。
しかし、それでは前線の兵力が薄くなってしまう。
そこで新九郎の家臣たちが、自分たちこそ前線に立つべきだと申し出た。駿府攻めや堀越攻めを経験してきた以上、戦慣れしていないとは言えないというのである。
新九郎もその申し出を受け入れ、その日の夕方から軍勢の入れ替えを開始した。
茶々丸方による二つの夜襲計画
その頃、足利茶々丸の仮御所では、新九郎の本陣を狙う夜襲が計画されていた。
茶々丸の家臣たちは、山中の近道を利用して御所跡へ接近し、敵の大将を討ち取ろうとしていた。三十名ほどの少人数で敵兵の目をかいくぐるため、音の出る具足も身につけず、命を捨てる覚悟で臨む作戦であった。
そこへ狩野三郎佑信が現れた。
三郎は、先日の戦で重傷を負った兄の工藤次郎が亡くなったことを報告した。すでに一族の長男や年少の従弟も失っており、これ以上敵に侮られるわけにはいかないと訴えた。
物見から今川勢が後方へ下がり、長岡の柵に隙が生じているとの報告を受けた三郎は、自ら夜襲を仕掛ける決意を固めていた。
こうして茶々丸方では、長岡の柵と新九郎の本陣をそれぞれ狙う二つの夜襲が動き始めた。
長岡の柵への襲撃
夜の闇に紛れて行動していた茶々丸方の別働隊は、南の方角へ松明の火が動くのを確認した。
狩野三郎の部隊が攻撃を始めたと判断した江間たちは、その動きに合わせて御所跡への潜入を開始した。
一方、長岡の柵では突然の襲撃によって激しい戦闘が始まった。
有竹三郎は盾や弓を用意させ、守備兵に応戦を命じた。しかし今川勢を後方へ下げた直後で、部隊の配置も完了していなかった。
狩野三郎の部隊は、狩野一族の強さを敵に思い知らせようと勢いよく攻めかかった。
新九郎の判断ミス
御所跡にいた新九郎のもとへ、長岡の柵に七十から八十名ほどの敵兵が攻め寄せたとの報告が届いた。
新九郎は左岸への攻撃だと確認すると、その兵数に疑問を抱いた。
敵はそれまで福島勢や瀬名勢の三百名を見ていたはずであり、柵を突破するつもりなら七十から八十名では少なすぎると考えたのである。
昼間に太郎や権兵衛と話し合った山道からの奇襲も頭にあり、新九郎は多米勢を長岡へ向かわせる一方、山中才四郎らにも右岸の山裾を警戒するよう命じた。
才四郎は韮山の小鹿勢も動かすべきではないかと進言したが、新九郎は今川勢への負担を増やすことを避けた。
その結果、新九郎は自分の直属部隊の多くを前線へ送り出してしまい、本陣の周辺に一時的な防衛の空白を作ってしまった。
笠原弥八郎と敵の潜入部隊
同じ頃、御所東門近くの宿所では、笠原弥八郎が台所で食べ物を探していた。
物音を聞きつけた見回りに叱られた弥八郎は、眠気が覚めてしまったため、松明を借りて周囲を歩き始めた。
その途中、山道から接近してきた江間たちと遭遇した。
弥八郎が所属を尋ねると、江間は三浦殿の命令で御所の警固に向かっていると堂々と答えた。
弥八郎はその説明を信じて通してしまったが、相手が名乗らなかったことや、三浦が駿河へ帰ったはずであることに疑問を抱いた。
さらに、先ほど聞いた声にも覚えがあるように感じた。
しかし、その時にはすでに敵の潜入部隊が御所跡の南門へ迫っていた。
南門突破と新九郎の危機
江間たちは南門へ到達すると、守備兵に襲いかかり、門を破って御所跡の敷地内へ侵入した。
見張りは夜襲を知らせ、新九郎に逃げるよう叫んだ。
突然の襲撃に新九郎も驚いたが、敵はすでに本陣の奥まで迫っていた。
弥八郎は、先ほど出会った一団が敵だったことに気づき、兵たちを集めた。眠っている者も叩き起こし、身なりを整える暇も惜しんで武器を持たせ、新九郎の寝所へ急行した。
その頃、新九郎の前には仁田兵衛尉が立ちはだかっていた。
仁田は堀越公方の奉公衆であると名乗り、新九郎の首を討ち取ろうと襲いかかった。
笠原勢の救援と夜襲の失敗
新九郎が追い詰められたところへ、笠原弥八郎が兵を率いて駆けつけた。
弥八郎は自分が助けに来たと叫び、敵兵へ突入した。
その救援によって戦況は一気に逆転した。
山中の獣道を進み、ようやく本陣へたどり着いた夜襲部隊は、すでに体力を消耗していた。新九郎を追い詰めるところまで成功したものの、笠原勢の攻撃に耐える余力は残っていなかった。
結果として二十名余りが討たれ、数名が捕虜となり、夜襲は失敗に終わった。
弥八郎から怪我の有無を尋ねられた新九郎は、無事であると答え、再び助けられたことに礼を述べた。
弥八郎は、新九郎が自分の飯の種だから死なせるわけにはいかないと笑った。
新九郎の反省と戦線の膠着
新九郎は今回の危機について、自分の判断ミスによる大失態だったと認めた。
山中才四郎も、本陣へ戻ってみれば庭に敵兵の死体が積み重なっていたことに驚き、今後は必ず馬廻りを最低一隊は残すよう強く進言した。
新九郎はその忠告を受け入れ、同じ失敗を繰り返さないと誓った。
一方、長岡の柵を襲撃した狩野三郎の部隊も、有竹三郎、荒川又次郎、駆けつけた福島勢によって撃退されていた。
狩野方は少なくない損害を受けたものの、新九郎方にも追撃する余裕はなかった。
双方とも決定的な勝利を得られないまま年の瀬が迫り、新九郎と足利茶々丸の抗争は一年半にわたる膠着状態へと陥っていくのであった。
第百五十八話 女子供の儀
戦死者への恩賞と遺族への配慮
伊勢新九郎は、先の夜襲で戦死した家臣たちの功績を確認し、恩賞や遺族への対応を進めていた。
大塚新三郎には俸給の加増を決め、戦死した岡崎弥兵衛については、残された妻と四歳の娘の生活を案じた。頼れる親族も確認できなかったため、娘が成長するまで俸給を保障する方針を立てた。
新九郎は、自分の判断ミスによって家臣を死なせたことに責任を感じていた。大道寺太郎は、戦場では犠牲が避けられないと慰めたが、新九郎は兵を無駄に失いたくなかったと語り、残された妻子を救済する必要性を訴えた。
横井家の未亡人えつとの出会い
そこへ土肥の富永右衛門尉から使者が訪れ、亡き横井越前守の妻であるえつが新九郎に面会を求めた。
えつは夫の死後、二人の子供とともに富永家へ身を寄せていた。茶々丸に没収された旧奉公衆の所領や屋敷を新九郎が返還していると聞き、横井家の財産も返してほしいと願い出た。
新九郎は返還を認めたものの、母子だけで暮らすことを心配し、頼れる親族について尋ねた。
すると、えつは夫の大叔父にあたる人物が尾張にいたと答えた。
その人物は横井掃部助であり、新九郎と太郎の母方の祖父だった。
思いがけない縁戚関係が判明したことで、新九郎は横井母子の保護を引き受けると決めた。
しかし太郎が調査したところ、横井家の屋敷は焼失し、所領の大部分も茶々丸の勢力圏内にあった。新九郎は母子に当面の宿所を用意し、生活を保障することにした。
伊豆国主への道と新九郎の覚悟
横井母子への対応を終えた後、新九郎は太郎の改まった態度を不思議に思った。
太郎は、他人の前では立場にふさわしい振る舞いが必要だと説明した。新九郎はすでに実質的な伊豆半国の領主であり、相応の威厳を備えなければならないというのである。
さらに太郎は、伊東から中伊豆、南伊豆へと支配を広げ、最終的には新九郎が伊豆国主になる未来を語った。
新九郎も、伊豆を平定した後に公儀へ返還するつもりはなかった。
戦乱によって荒れた土地を放置するのは山賊と変わらず、むしろ平定した後の統治こそ重要だと考えていた。
公儀から咎められる可能性についても、現在の公儀に自分を非難する資格はないと断じた。
ただし、そのためには周囲の有力者との関係を確かなものにする必要があった。
葛山家との婚儀を決断
太郎は、新九郎と葛山備中守氏堯の娘・初との婚儀が先延ばしになっていることを指摘した。
すでに結納を交わしていたにもかかわらず、戦のために婚儀が進んでいなかった。
葛山氏堯は、新九郎と縁戚になることで今川家との交渉を有利に進めたいと考えていた。これ以上延期すれば、新九郎の信義が疑われかねなかった。
太郎は、現在は大きな戦が起こる気配もなく、初を陣中へ迎えることも可能だと説得した。
新九郎はついに決断し、多米権兵衛を葛山氏堯のもとへ派遣した。
翌日、三島の陣所で婚儀の決定を聞いた氏堯は大喜びした。
氏堯は、ようやく優秀な婿を迎えられると歓迎し、できるだけ早く婚儀を執り行うよう求めた。
こうして敵勢力と対峙する陣中で、慌ただしく婚儀の準備が始まった。
正妻ぬいの思いがけない申し出
婚儀の知らせは、新九郎の正妻であるぬいにも届けられた。
ぬいは、石脇か興国寺で婚儀を行うものと思っていたため、戦場に近い陣中での挙式に驚いた。
さらに、祝宴のために菓子を用意するつもりだったと残念がった。
ところが、ぬいは自分が伊豆へ赴き、直接菓子を作ると言い出した。
使者の荒川又次郎は、伊豆が戦場で危険だと説明して止めようとしたが、ぬいから、それほど危険な場所で婚儀を行うのかと逆に問い詰められてしまった。
報告を受けた新九郎は、ぬいが陣中へ来ると知って驚いた。
孤児かやの縁談
その頃、桑原平内と田中内膳が新九郎を訪ね、亡き外山豊前守の娘・かやについて相談した。
十七歳のかやは田中家に預けられていたが、身寄りを失った不安から心細い日々を過ごしていた。
二人は、かやの将来を考えて縁談を提案した。
相手として挙げられたのは、雲見の高橋左近将監であった。
左近将監は二十代半ばの独身で、かつて御所に出仕していたことから外山家とも面識があり、かやとも気心の知れた関係だった。
新九郎は双方が納得するなら婚儀を進めてよいと許可した。
そして、力のない者を嘆かせるのは上に立つ者の不徳であり、せめて将来に希望を与えなければならないと語った。
田中内膳は年明けの婚儀を目指すと申し出て、新九郎はその手配を任せた。
ぬいと子供たちの陣中訪問
その翌々日、ぬいが新九郎の陣所へ到着した。
ところが、ぬいは大勢の供を連れ、子供たちまで同行させていた。
新九郎が驚くと、ぬいは道中がにぎやかな方が楽しいと答えた。
息子の千代丸も同行しており、新九郎が保護した横井家の子供たちに遊び相手が必要だと考えていた。
さらに千代丸は、道中で母を守るために来たのだと胸を張った。
ぬいは到着するなり台所の場所を尋ね、婚儀の準備を始めようとした。
その途中、横井母子が同じ敷地内に住んでいることを知った。新九郎は、横井家の屋敷が焼失したため、一時的に住まわせていると説明した。
ぬいは事情を理解すると、新九郎に恥をかかせないよう万全の準備を整えると張り切った。
太郎は、夫が別の妻を迎える婚儀に正妻がこれほど熱心になることに驚いた。
しかし新九郎は、ぬいはにぎやかなことが好きなのだと説明した。
太郎から嫉妬しないのかと尋ねられても、新九郎は嫉妬されても困ると答えるしかなかった。
雪の中で行われた初の輿入れ
十二月二十一日、初が新九郎の陣所へ輿入れした。
立春とされる日であったが、折からの雪に見舞われ、寒さの厳しい中での婚儀となった。
初は新九郎の「別妻」として迎えられた。
別妻は正妻とは別の正式な妻であり、家臣から差し出されて正妻に仕える妾とは立場が異なっていた。
家同士の結びつきを強めるために正式な縁組みを交わした婚姻であり、政治的な意味では正妻に劣らない存在だった。
祝宴では葛山氏堯が、新九郎との縁組みによって両家が一心同体になったと喜び、今川家との交渉について協力を求めた。
一方、ぬいは用意した菓子を振る舞い、子供たちの世話にも気を配っていた。
横井母子を引き受けるぬい
祝宴の席で、ぬいは横井家のえつと親しく話し、母子の今後について相談していた。
そして婚儀の翌日、新九郎に横井母子を石脇へ連れて帰ると告げた。
新九郎は突然の申し出に驚いた。
ぬいは、横井家の屋敷が焼け、家臣も散り散りになっている以上、戦場に近い場所で母子を暮らさせるべきではないと考えていた。
所領が戻るまで石脇で生活すれば、子供たちには遊び相手もおり、えつも安心して過ごせるというのである。
新九郎はその提案を受け入れ、横井母子の保護をぬいに託した。
ぬいは「女子供のことはお任せあれ」と力強く答えた。
国主への道を支えるぬいの存在
新九郎は、ぬいが横井母子を引き受けたことで、家族や遺族の生活に対する心配を減らすことができた。
戦で領地を広げるだけでなく、戦死者の遺族を守り、孤児の将来を整え、有力者との婚姻によって政治的な結びつきを強めることも、領主として必要な務めであった。
そうした問題の一端をぬいが担ってくれることになり、新九郎は太郎に向かって、これで国主への道を邁進できそうだと喜んだ。
太郎もその言葉を歓迎した。
新九郎が伊豆国主を目指す戦いの陰では、ぬいが女子供の暮らしを支えるという、もう一つの重要な役割を果たし始めていたのである。
第百五十九話 遠謀 その1
細川京兆家を揺るがす上原元秀の死
明応二年(一四九三年)十月五日未明、京都の細川京兆家の門前で、家中を揺るがす事件が発生した。
明応の政変で大きな役割を果たした上原元秀が、同じ細川家の家臣である長塩弥六と斬り合い、瀕死の重傷を負ったのである。
長塩はその場で斬り殺されたが、一族が細川政元に公正な裁きを求めたことで問題が拡大した。
元秀は政元の寵臣として権勢を振るい、専横な振る舞いから家中に反感を買っていた。そのため処罰を巡って意見が対立し、幕府の命によって伊勢貞宗が仲裁に乗り出すことになった。
一方、細川家の有力家臣である香西元長、薬師寺元一、安富元家は、元秀の失脚を歓迎していた。
香西は元秀が驕りすぎたと断じ、薬師寺は将軍を取り替えたところで何の利益があったのかと不満をぶつけた。
安富は、政元の意向に従う将軍を擁立できたことは認めながらも、幕府には伊勢貞宗や大御台所が健在であり、政元が自由に政治を動かせるわけではないと冷静に分析した。
そこへ元秀の死を知らせる報告が届いた。
十一月十八日、元秀は約一か月半の闘病の末に死亡した。
かつて応仁・文明の大乱を一門の結束と優秀な家臣団によって乗り越え、三管領家の中でも安定した勢力を維持してきた細川京兆家は、内部から軋み始めていた。
政務を顧みない細川政元と天狗への憧れ
細川家の混乱について、伊勢盛定は政元自身の責任が大きいと考えていた。
政元は政務や家臣同士の争いへの対応を怠り、修験道の修行に熱中していた。
盛定が将軍を取り替えてまで何をしたかったのかと疑問を呈すると、息子の伊勢盛興は、政元が天狗のような力を身につけようとしていると説明した。
政元は空を自在に駆け、天下のどこへでも移動できる神通力を求めていたのである。
盛定はその考えを馬鹿げていると一蹴した。
さらに、政元が九条家などから養子を迎えたのも、早々に家督を譲って修行の旅に出るためではないかと推測した。
加賀の所領を失った盛興の苦悩
盛興もまた、神通力に頼りたくなるほど難しい問題を抱えていた。
伊勢加賀守家の所領は、かつて守護に押領されていたが、現在では加賀一向一揆によって門徒たちの支配下に置かれていた。
本願寺に交渉しても解決の見通しは立たず、盛興は父に知恵を求めた。
しかし盛定は、自分も所領経営に失敗した人間だと認め、新九郎に相談するよう勧めた。
新九郎は神通力など持っていなかったが、自力で所領を取り戻していたからである。
さらに盛定は、盛興が東国へ赴いて新九郎を手伝うことも提案した。
盛興はその考えに魅力を感じながらも、息子の万福丸や加賀守家の存続を案じた。
家族を連れて東国へ移れば、京都から加賀守家が姿を消すことになるためであった。
京都へ戻らない新九郎と盛定の決意
盛定は、備前守家もすでに当主一家が東国へ移っており、京都には次男の松寿丸が残るだけだと指摘した。
盛興は兄の新九郎が二度と京都へ戻らないつもりなのかと驚いた。
盛定は、茶々丸を討ち取れば新九郎はますます伊豆の統治に専念することになると説明した。
もはや京都に住みながら遠隔地の所領を経営できる時代ではなく、新九郎は駿河と伊豆に腰を据えて領地を守るしかなかった。
盛定自身も京都の備前守家を畳み、一人の沙弥・正鎮として旅に出るつもりでいた。
そこへ伊勢盛頼が現れ、盛定に荏原へ来るよう勧めた。
盛頼の父は長く病床にあり、庭を歩くことさえ難しくなっていた。そのため盛定に、弥八や弥太郎の相談役になってほしいというのである。
盛定は、自分が荏原を乗っ取るかもしれないと冗談を言ったが、盛頼はむしろその気概こそ相談役にふさわしいと歓迎した。
荏原には気の強いつるもいるため、盛定の思い通りにはならないと笑った。
その後、盛頼が新九郎の近況を尋ねると、盛定は乾坤一擲の大勝負をしていると答えた。
伊都への年始の挨拶と伊豆の戦況
明応三年(一四九四年)正月七日、新九郎は丸子の今川館を訪れ、姉の伊都に新年の挨拶をした。
伊都が伊豆の情勢を尋ねると、新九郎は大きな戦こそ起きていないものの、敵味方が睨み合いを続けていると説明した。
双方とも兵力を蓄えているように見えるが、実際には互いに攻撃へ踏み切れない状況だった。
新九郎が持ちこたえられているのも、今川勢が伊豆に駐留しているおかげであった。
新九郎はその礼を述べるとともに、伊都へ新たな願いを申し出た。
石脇の返上と府中への拠点移転構想
新九郎は、石脇の所領と焼津の代官職を返上したいと申し出た。
その代わりに、駿河府中に屋敷を一つ与えてほしいと求めた。
伊豆に新たな所領を得たことで、新九郎の活動範囲は東へ移っていた。
府中は興国寺や善得寺、丸子を結ぶ交通上の要地であり、入江の湊を利用すれば駿河と伊豆を海路で結ぶこともできた。
小川から移動するより迅速に行動できるため、新九郎は府中を新たな拠点にすることが合理的だと考えていた。
さらに新九郎は、今川家の本拠そのものも丸子から府中へ移すべきだと進言した。
庵原、由比、蒲原、富士から駿東、葛山に至るまで、今川家に敵対する勢力はすでに排除されていた。
伊都も府中への移転には理解を示したが、石脇の返上については待つよう告げた。
伊都が明かした遠江奪還計画
伊都は、新九郎に遠江攻めを考えていると明かした。
新九郎は予想外の話に驚いた。
伊都によれば、遠江へ出兵する際には石脇や山西の諸城が兵糧の集積所や後詰の拠点になるため、今の段階で城主を替えるわけにはいかなかった。
新九郎は、それらの城の差配を任されるのかと確認した。
しかし伊都が考えていた役割は、それよりはるかに大きなものだった。
伊都は新九郎を龍王丸の名代に立て、今川軍の総大将として遠江へ出兵させようとしていた。
北伊豆一帯の領主となった新九郎には、それだけの役目を果たしてもらう必要があるというのである。
遠江攻めの大義名分を巡る対立
新九郎は、かつて今川義忠が遠江へ攻め込んだことで今川家が苦難を経験したことを挙げ、伊都の計画に反対した。
しかし伊都は、遠江がもともと今川家の最初の守護分国であり、一門の所領も多かったことを指摘した。
亡き夫・義忠にとっても、遠江奪還は長年の悲願だったのである。
新九郎はその事情を理解しながらも、現在の遠江は正式に斯波家の分国であり、攻め込むための大義名分がないと反論した。
ところが伊都は、その口実を新九郎自身が考えるよう命じた。
伊都は、怪文書を利用して伊豆への出兵を実現した新九郎なら、遠江攻めの理由も作れるはずだと考えていた。
新九郎は、伊豆には茶々丸の弟・義高という口実があったが、遠江には同じような材料がないと主張した。
さらに、総大将として遠江へ出兵すれば長期間伊豆を留守にすることになり、ようやく築き始めた支配体制が危うくなると訴えた。
伊豆の名代を巡る伊都の思惑
伊都は、新九郎が遠江へ出兵する間、伊豆には名代を立てればよいと提案した。
新九郎は、足利義詮が幼少期に父・尊氏の名代を務めた前例を思い出したものの、七歳の千代丸にその役割を負わせることには難色を示した。
しかし伊都が考えていたのは千代丸ではなかった。
年齢も家柄も新九郎の名代にふさわしい人物が一人いると告げ、その人物を自分が呼べば来てくれるだろうかと口にした。
伊都の意図を悟った新九郎は、姉を鬼だと非難した。
それでも伊都は、今川家と龍王丸のためなら何でもすると言い切った。
新九郎は遠江攻めの大義名分がないことを改めて問題にしたが、伊都の提案を考えるうちに、実行できる可能性も見いだし始めた。
龍王丸と阿茶の思いがけない関係
新九郎は、遠江攻めについて龍王丸も納得しているのかと確認した。
すると瀬名一秀は、この話が持ち上がった途端に龍王丸が風邪をひいて寝込んだと説明した。
新九郎はその反応に呆れながら、龍王丸の見舞いに向かった。
そこで新九郎は、京へ戻ったはずの阿茶がまだ今川館にいることに気づいた。
阿茶は理由を尋ねられて言葉を濁したが、病床の龍王丸が自分の意思で引き留めたと告白した。
龍王丸にとって阿茶は、遊び相手として欠かせない大切な存在になっていた。
そして龍王丸は、阿茶を妻にすると決めたと宣言した。
突然の告白に新九郎は驚き、阿茶も熱による譫言だと慌てて否定した。
新九郎は龍王丸に早く病気を治すよう求め、自分が代わりに遠江攻めの総大将を務めるよう言われていると不満をぶつけた。
伊豆の統治に専念しなければならない時期に、新たな戦の責任まで押しつけられようとしていたのである。
茶々丸陣営が企てる駿河への牽制
同じ頃、伊豆国牧之郷の茶々丸の仮御所では、狩野介から名を改めた狩野道一が茶々丸に新年の挨拶をしていた。
しかし茶々丸は、関東管領からの援軍が一向に到着しないことに苛立っていた。
道一は、関東管領の上杉顕定が扇谷上杉家という強敵を抱えているため、上野や武蔵の兵を容易に伊豆へ派遣できないと説明した。
そのうえで道一は、正面から戦うだけが戦ではないと語り、別の方法で新九郎を追い詰める策を提案した。
それは、遠江守護の斯波家や甲斐の武田五郎と結ぶことであった。
甲斐と遠江から駿河を牽制すれば、伊豆に駐留する今川軍が本国へ引き揚げざるを得なくなる可能性があった。
今川軍が撤退すれば、新九郎の軍勢には各地から集まった兵が残るだけとなる。
道一は、その状況を作り出してから反撃に転じようと考えていた。
伊都が遠江奪還を計画する一方、茶々丸陣営も遠江の斯波家を利用して今川家を揺さぶろうとしていた。
新九郎の伊豆支配を巡る争いは、駿河、遠江、甲斐を巻き込む新たな局面へ進もうとしていた。
第百六十話 遠謀 その2
三管領家・斯波家の衰退と遠江を巡る因縁
室町幕府の三管領家は、細川京兆家、斯波武衛家、畠山金吾家で構成されていた。その中でも斯波家は、越前・尾張・遠江の三国を領する格式の高い守護家であった。
しかし、当主の短命や重臣同士の対立、家督争いによって勢力が衰退した。応仁・文明の乱では義敏派と義廉派に分裂し、さらに越前では朝倉敏景に権益を奪われた。
残された尾張と遠江のうち、遠江はもともと今川家が最初に守護職を務めた土地であり、今川一門が国人として根付いていた。そのため、斯波家の守護支配と今川一門の権益が衝突し、たびたび反乱が起きていた。
文明八年(一四七六年)には駿河守護の今川義忠が遠江へ攻め込んで討ち死にし、今川家は幕府から賊軍として扱われた。
それ以降、遠江の今川一門は大人しくなっていたが、越前を失った斯波家にとって、遠江は決して手放せない重要な分国であった。
遠江侵攻の総大将を巡る家臣たちの反対
伊豆堀越の宿所で、新九郎は気心の知れた六人の家臣を集め、姉の伊都から遠江侵攻の総大将を任されそうになっていると打ち明けた。
大道寺太郎や在竹三郎らは驚愕した。遠江へ出兵すれば長期間伊豆を離れることになり、ようやく築き始めた支配体制が危うくなるからである。
新九郎自身にも解決策はなく、伊都への返答を濁していた。
大道寺太郎は、幼い頃から新九郎と共に伊都に使われてきたことを振り返り、姉の頼みは命令と同じだったと語った。新九郎も姉への恩義を認めていた。
しかし、新九郎は伊豆に新しく入った領主であり、服属したばかりの被官や代官が勝手な行動を始める危険を抱えていた。駿河の所領にも目を配る必要があり、本人は身体が一つでは足りないと嘆いた。
荒木彦次郎は、今川家から兵を借りている恩義は無視できないものの、現在の伊豆で総大将が長期間不在になることは危険だと指摘した。
新九郎の討ち死にが招く伊豆支配の崩壊
山中才四郎は、かつて今川義忠が遠江で討ち死にした前例を挙げ、新九郎まで戦死した場合の危険を訴えた。
荒川又次郎は、新九郎が討ち死にしても二、三か月程度なら家臣団と松田氏の軍勢で持ちこたえられるかもしれないが、敵方が勢いづき、従属した国人衆も反旗を翻す可能性があると分析した。
そうなれば伊豆での形勢は逆転し、家臣たちは駿河へ逃れて千代丸を奉じ、再起を図るしかなくなる。
荒木彦次郎は、四十歳を目前にして築き上げたものを失い、最初からやり直すことなど考えられないと反対した。
さらに荒川又次郎は、遠江侵攻によって再び幕府から敵視されれば、今川龍王丸の廃嫡にまで発展しかねないと警告した。
在竹三郎は遠江攻めを百害あって一利なしと断じ、多米権兵衛も現状では反対せざるを得ないと認めた。
こうして家臣たちは、遠江侵攻への反対を総意として新九郎に伝えた。
伊都との交渉と遠江攻めの延期
一か月後、新九郎は駿河の丸子にある今川館を訪れ、伊都に遠江侵攻の総大将を引き受けられないと伝えた。
新九郎は、伊豆の統治を安定させるまで一年か二年は必要であり、その間に長期間留守にすることはできないと説明した。
伊都は時間がかかりすぎると不満を示したが、新九郎は、それほど急ぐのであれば龍王丸を元服させて総大将に据えるべきだと返した。
さらに、遠江守護の斯波家には攻撃の口実となる明確な落ち度がなく、無理に攻め込めば義忠と同じ失敗を繰り返す危険があると指摘した。
新九郎は遠江奪還そのものを否定せず、現状では時期尚早だと主張した。そのうえで、遠江の情勢を調査して攻撃の口実を探す代わりに、出兵の時期と方法を自分に任せてほしいと申し出た。
伊都は、その返答こそ聞きたかったものだと満足し、提案を受け入れた。
元服を望む龍王丸と阿茶への恋心
遠江攻めの問題が一段落すると、伊都は龍王丸について相談した。
龍王丸は自分の顔に髭が生え始めたことを新九郎に見せ、元服する時期が来たと主張した。
その理由の一つは、阿茶を妻に迎えたいという願いであった。
新九郎は、阿茶と結婚するために元服しようとしている龍王丸を叱った。
しかし龍王丸は、元服すれば新九郎の代わりに遠江侵攻の総大将を務められるとも訴えた。
龍王丸は父・義忠の無念を晴らすと意気込んだものの、実際の戦を想像すると突然腹痛を起こし、厠へ駆け込んでしまった。
その様子を見た新九郎は、龍王丸が総大将を務めるにはまだ早いと判断した。
阿茶との結婚を認めない新九郎
新九郎は龍王丸と阿茶を呼び、阿茶を龍王丸の妻にすることはできず、早々に京都へ戻すと告げた。
阿茶自身は結婚を望んでいなかったが、龍王丸は本気で阿茶を愛していると訴えた。
新九郎は、血のつながりがなくとも阿茶は龍王丸の叔母に当たることを指摘した。
さらに、今川家と伊勢家の結びつきは伊都の存在だけで十分であり、龍王丸の正妻には公家の娘を迎える方針で、姉のかめも夫と共に縁談を進めていると説明した。
守護家の婚姻には幕府の許可が必要であり、西軍に属した家の娘である阿茶との結婚は認められない可能性も高かった。
それでも龍王丸は、どのような形でも阿茶をそばに置きたいと食い下がった。
そして、新九郎が葛山家の娘を娶ったばかりなのに、石脇には横井某の後家を囲っているという噂を持ち出し、女にモテる叔父には自分の気持ちが理解できるはずだと反論した。
新九郎は身に覚えのない噂に呆れ果てたが、この根拠のない話が後世の新九郎の伝記にまで残ることになった。
遠江攻めを封じた新九郎の判断
翌日、伊豆堀越へ戻った新九郎は、家臣たちに伊都との交渉結果を報告した。
しかし在竹三郎や山中才四郎は、出兵の時期と方法を新九郎に任せるという条件は、結局総大将を引き受けたことになるのではないかと抗議した。
新九郎は、自分が実行すると決めなければ遠江侵攻は起こらないと説明した。
伊都に判断を任せたままでは、龍王丸を無理に元服させてでも遠江へ攻め込む危険があったため、新九郎自身が計画を預かる必要があったのである。
現在の駿河と遠江の関係は安定しており、わざわざ戦を広げる理由はなかった。
新九郎は、しばらく遠江攻めは起こらないと家臣たちを安心させ、伊豆の所領経営に専念するよう命じた。
茶々丸の御内書が斯波家を動かす
一方、尾張・遠江守護の斯波義寛のもとには、遠江守護代の甲斐敏光を通じて、伊豆の堀越公方・足利茶々丸から御内書が届いていた。
義寛の弟・斯波寛元は、その内容を読んで驚いた。
御内書には、茶々丸が逆徒に襲われて窮地に陥っており、その背後には駿河今川家がいると記されていた。
さらに、遠江守護家の力で駿河を背後から脅かしてほしいと要請していた。
寛元は、これを斯波家が幕府内での立場を回復する好機だと考えた。
斯波義寛は、細川政元らによって廃された前将軍・足利義材と通じていると疑われ、幕府内で冷遇されていた。
しかも義寛は、次期将軍の足利義高と茶々丸が激しく憎み合っている事情を十分に理解していなかった。
寛元は、茶々丸が次期将軍の兄であることから、その窮地を救えば幕府からの信用を取り戻せると期待した。
新九郎が遠江侵攻を見送って戦の拡大を避けようとしていた一方で、茶々丸の働きかけによって斯波家が動き始め、駿河と遠江の緊張は高まっていった。
第百六十一話 遠謀 その3
長享の乱と扇谷上杉定正の台頭
武蔵国河越城を本拠とする扇谷上杉定正は、かつて家宰の太田道灌を殺害した人物であった。
享徳の乱では、扇谷上杉家と山内上杉家は協力して古河公方・足利成氏と戦い、扇谷家はその過程で勢力を拡大していた。
しかし、文明十四年(一四八三年)の都鄙和睦によって享徳の乱が終結すると、共通の敵を失った両上杉家は急速に対立を深めた。
山内家の守護分国である武蔵には扇谷家の権益が広がり、逆に扇谷家の分国である相模には山内方の被官が多数存在していた。
文明十八年(一四八六年)、定正が太田道灌を殺害すると、扇谷家から離反者が相次いだ。これを好機と見た山内上杉顕定は圧力を強め、翌長享元年(一四八七年)、両家は本格的な戦争に突入した。
長享二年(一四八八年)には実蒔原、須賀谷、高見原で関東三戦と呼ばれる合戦が起こり、定正は三戦すべてで勝利した。
定正は山内方に大打撃を与えて和睦に持ち込んだものの、顕定には越後守護の父・上杉房定という強力な後ろ盾があった。
両家の対立は解消されず、定正も顕定に屈するつもりはなかった。
新九郎の軍事的手腕に注目する定正
定正は盟友である長尾景春、現在の伊玄から、伊豆に侵攻した伊勢新九郎の近況を聞いた。
伊玄は、新九郎が短期間で北伊豆の大部分を掌握し、すでに内政へ移行していると説明した。ただし、逃亡した茶々丸を旗頭とする勢力には苦労しているという。
定正は、今川家の援軍があったからこその成功ではないかと指摘した。
しかし伊玄は、兵力を与えられれば、それを使って大きな成果を上げられること自体が新九郎の能力だと評価した。
定正も、新九郎が小鹿新五郎を一日で倒したことを思い出し、その戦上手ぶりに関心を示した。
一方、定正の弟・朝昌と、その子で養子でもある朝良は、戦が得意ではなかった。
そこで定正は、新九郎を自分の軍勢で直接使ってみたいと考え、どのような利益を示せば引き寄せられるかと思案した。
兄の求めに揺れる伊勢盛興
三月、京都の伊勢加賀守屋敷では、伊勢弥次郎盛興が兄・新九郎から届いた書状を繰り返し読んでいた。
書状には、しばらく東国へ下向して手助けしてほしいという依頼が記されていた。
盛興は兄を助けたいと考えていたが、妻のかさは反対した。
盛興は伊勢加賀守家の次期当主であり、養父もそろそろ位官を得させようと考えていた。そのような時期に何度も東国へ赴くことは、家の将来に関わる問題だった。
かさは、盛興が兄を慕う気持ちは理解しながらも、加賀守家と息子の万福のことを考えるよう求めた。
そこへ万福が現れ、父に相撲を取って遊んでほしいとせがんだ。
盛興は息子の相手をしながら、兄への協力と家族への責任の間で迷い続けた。
盛定が見抜いた新九郎の真意
その後、盛興は父の伊勢盛定、出家して正鎮となった父を訪ねた。
盛定は新九郎の書状について、単なる人手不足ではなく、盛興を自分の名代として迎えたいのだろうと推測した。
新九郎は、誰でもよい仕事のために弟を名指しするような人物ではなかった。
盛興が自分に名代が務まるか不安を口にすると、盛定は新九郎が務まると判断したからこそ依頼したのだと説明した。
大切なのは能力への不安ではなく、本人に引き受ける意思があるかどうかだった。
盛興は手伝いたい気持ちを認めながらも、かさが承知しないと答えた。
すると盛定は、妻を京都に残して単身で下向すればよいと提案した。
その理由も、兄を連れ戻しに行くという名目にすればよいというのである。
盛興は嘘ではないかと反発したが、盛定は新九郎が失敗すれば本当に連れ戻す必要が生じるかもしれないと笑った。
加賀の所領問題と盛定の現実的な提案
盛興には、養父から課された加賀の所領収入が入らない問題を解決する責任があった。
盛定は、新九郎が駿河と伊豆に約千五百貫文の所領を持っていると聞き、その仕事を手伝って三百貫文ほどの所領を得ればよいと提案した。
その収入を使って加賀の未収分を補填すれば、養父を説得できるという考えだった。
しかし盛興は、室町殿から預かった父祖伝来の所領を経営することこそ奉公衆の誇りであり、別の土地の収入で穴埋めすることには強い抵抗を示した。
盛定は、現実には生き残るための選択が必要であり、新九郎もすでに荏原の所領を手放していると指摘した。
その話の途中、伊奈弾正忠重泰が盛定を訪ねてきた。
伊奈重泰の新九郎への仕官希望
伊奈重泰は奉公方五番衆に属する武士で、父の急死によって家督を継いだばかりだった。
重泰は以前、父を通じて新九郎への仕官を勧められていた。
当初は信じられなかったが、小笠原入道から新九郎の東国での活躍を聞き、決心したという。
重泰は今出川殿に仕えていた頃、新九郎と何度か顔を合わせており、親切にしてもらった経験から信頼できる人物だと考えていた。
さらに、現在の将軍や細川右京大夫らに振り回され、大舘殿の下で働き続けることにも嫌気が差していた。
重泰は新天地で自分の力を試したいと語り、新九郎の下で働けるよう盛定に口利きを頼んだ。
京都の奉公衆の中からも、新九郎の東国での成功に可能性を見いだす者が現れ始めていた。
扇谷上杉定正から届いた思わぬ申し出
伊豆の新九郎のもとに、扇谷上杉定正の使者が訪れた。
新九郎は伊玄が来ると思っていたが、使者は定正からの祝いの品と口上を携えていた。
定正は新九郎の伊豆侵攻成功を祝うとともに、今後も伊勢家および駿河今川家との友好関係を望んでいた。
さらに、関東管領の山内上杉方が茶々丸へ援軍を送ろうとした場合、相模国内の通過を許さないと約束した。
これは新九郎にとって非常に有利な申し出だった。
しかし新九郎は、相模の通行を妨げれば扇谷家と山内家の和睦が破綻するのではないかと心配した。
使者は、定正もその危険を承知していると答えた。
新九郎は、この申し出が単なる親切ではなく、将来の協力を期待して恩を売る行為だと理解した。
扇谷家の援助に潜む新たな戦争の危険
使者が帰った後、大道寺太郎は、せっかくの好意なのだから受け取ればよいと新九郎に勧めた。
しかし新九郎は、その恩が高くつく可能性を警戒した。
定正は関東管領との再戦も辞さない構えであり、友好関係を結べば新九郎も扇谷方の援軍として出兵を求められるかもしれなかった。
太郎は、山内上杉家との戦いは伊豆侵攻を決断した時点で覚悟していたはずだと指摘した。
新九郎もその覚悟は認めたが、まずは伊豆の支配を固めることが先決だった。
今すぐ関東の大規模な戦争に巻き込まれるわけにはいかなかったのである。
府中への家族移住と盛興の到着
四月、興国寺本陣で新九郎は、駿河府中に拝領した屋敷について話していた。
屋敷の雨漏りの修繕が終われば、妻のぬいと息子の千代丸を呼び寄せるつもりだった。
新九郎は自分の家から府中の復興を始めようと考えていた。
そこへ山中才四郎が慌てて駆け込み、大変なことが起きたと報告した。
荒川又次郎は、才四郎がいつものように大げさに騒いでいると思った。
しかし現れたのは、京都から下向してきた弟の盛興だった。
新九郎は、先日の手紙では下向が難しいと伝えられていたため、突然の到着に驚いた。
盛興は養父とかさの説得に苦労したと説明した。
新九郎は弟の到着を喜び、これで万全の態勢を整えられると期待した。
ところが才四郎は、本当に大変なのは別のことだと訴え続けた。
盛定の突然の東国下向
新九郎たちの前に、京都にいるはずの父・盛定が、松寿丸を肩車して姿を現した。
才四郎が大騒ぎしていた理由は、盛興の到着ではなく、盛定まで東国へやって来たことだった。
第百六十二話 遠謀 その4
多米権兵衛の兵士訓練と三河からの来訪者
伊豆では、多米権兵衛が新たに集めた兵士たちに槍の訓練を施していた。
権兵衛は、日々の鍛錬によって自信がついても、敵の武者に一人で挑んではならないと厳しく教えた。
武者は幼い頃から人を殺すための訓練を受けており、農作業の経験しかない者が一対一で勝てる相手ではなかった。
敵の武者に遭遇した場合は、最低でも三人以上で取り囲み、味方の武者が駆けつけるまで待つよう命じた。味方が敵を討ち取れば、包囲した兵士たちにも手柄が認められるという。
そこへ三河から石巻彦四郎が訪れた。権兵衛とは約二十年ぶりの再会だった。
彦四郎は、尾張や遠江の情勢について詳しく知りたいという依頼を受け、手紙より直接話した方が早いと考えてやって来た。
しかし、情報を求めていた新九郎は駿河へ出かけていたため、権兵衛は彦四郎を自分の宿所に数日間滞在させることにした。
盛定の突然の来訪と松寿丸の帰還
駿河の興国寺では、新九郎が父・伊勢盛定の突然の来訪に驚いていた。
盛定は、息子や嫁、孫たちの顔を死ぬ前にもう一度見たくなっただけだと説明し、老骨に鞭打って京都から歩いて来たのだから、もう少し優しく扱ってほしいと訴えた。
新九郎は、京都から歩いて来られるなら十分元気だと返し、縁起でもないことを言わないよう求めた。
また、姉の伊都には来訪を知らせていないと聞き、知らせれば歓迎してくれただろうと指摘した。
盛定は伊都も忙しいだろうと答えたが、新九郎は自分も暇ではないと不満を漏らした。
盛定が松寿丸まで連れていたため、新九郎は東国に移住するつもりなのかと疑った。
しかし盛定は、松寿丸を両親のもとへ届けに来ただけであり、自分はしばらく物見遊山をした後、京都へ戻るつもりだと説明した。
新九郎は盛定を一晩興国寺に泊め、翌日には府中の屋敷へ移ってもらうことにした。
そして、修繕の完了を待たずに自分たちの拠点も府中へ移すと決めた。
荒れ果てた駿府の屋敷と家族の再会
翌日、盛定と新九郎は駿河府中にある新九郎の屋敷を訪れた。
しかし屋敷は狭く、塀は壊れ、天井板まで失われていた。
盛定は、こんな屋敷しか与えられなかったのかと驚いた。
新九郎は、今川家の重臣たちが将来府中へ戻ることを考えれば、彼らの屋敷を勝手に使うわけにはいかず、残された空き家はどれも似たような状態だと説明した。
そこへ、ぬいと千代丸が到着した。
千代丸は祖父との再会を喜び、盛定も成長した孫を歓迎した。
一方、ぬいは屋敷に天井がないことに驚いた。
新九郎は京都の屋敷と比べるなと注意したが、ぬいは石脇の館にも天井がなかったため、それ自体は気にしていないと答えた。
ただ、駿府に屋敷を拝領したと聞いていたため、もっと立派な建物を想像していたのである。
新九郎によれば、長く放置された空き家は百姓や町人によって戸板や天井板まで持ち去られており、この屋敷はまだ状態が良い方だった。
さらに千代丸は、部屋の隅に置かれた壺を見て、呪いの道具なのかと尋ねた。
新九郎が雨漏りを受けるための壺だと説明すると、千代丸は屋敷が雨漏りすることに驚いた。
新九郎は、天井がなかったおかげで雨漏りを早く発見できたのだと前向きに説明したが、盛定には苦しい言い訳だと受け取られた。
伊都と龍王丸の訪問
屋敷の様子を確認していると、今川家の御上様である伊都が訪れた。
伊都は、父が駿河へ来ることを知らせなかったことに腹を立て、事前に分かっていれば丸子で歓待したのにと訴えた。
盛定は、知らせれば丸子が大騒ぎになるから黙っていたと答えた。
伊都に同行した今川龍王丸も祖父に挨拶した。
盛定は成長した龍王丸を喜び、近くへ呼び寄せた。
伊都は新九郎にも、父の来訪をなぜ止めなかったのかと詰め寄ったが、新九郎は止められるはずがないと反論した。
盛定が酒を求めると、新九郎は突然人が集まるとは思っていなかったため用意していないと答えた。
しかし伊都は酒を持参しており、盛定を喜ばせた。
こうして新九郎の荒れた屋敷に、伊勢家と今川家の家族が集まった。
盛興が明かした加賀守家からの離脱
家族が集まった席で、新九郎は弟の盛興が東国へ来られた事情を改めて尋ねた。
盛定は、盛興が養家から勘当同然で追い出されたのだと明かした。
盛興は勘当ではなく、暇をもらっただけだと反論した。
話は二十日前の京都へ遡った。
盛興は養父の伊勢加賀守貞綱に、将軍の命令によって東国へ下向したいと申し出ていた。
しかし貞綱は、公儀から正式な命令が出ているわけではないと指摘し、加賀の所領問題の解決に専念するよう命じた。
盛興は、実兄の新九郎が伊豆を切り取り始めているため、その事業に協力して獲得した土地を御料所とし、加賀守家が管理する構想を説明した。
だが貞綱は、実現するかも分からない話のために、現実に抱えている加賀の所領問題を放置することはできないと拒絶した。
かさの提案と盛興の下向許可
そこで意外にも、盛興の妻・かさが下向を認めるよう貞綱に進言した。
かさは、盛興が兄を助けたくて仕方がないことを理解していた。
また、万が一のことがあっても、加賀守家には跡取りの万福丸がいると説明した。
貞綱は、万福がまだ六歳であり、自分も高齢で後見を務めるには不安があると答えた。
するとかさは、自分の兄である又七郎貞遠を万福の後見人にするよう提案した。
貞遠は以前から養子候補として考えられていた人物でもあり、貞綱はこの案を受け入れた。
こうして盛興の下向は許可されたが、連れて行く家人は最低限に制限された。
実際に盛興が伴ってきたのは、家人二人と奉公人一人だけだった。
盛定は、息子に後見人まで付けられた以上、勘当同然ではないかと指摘した。
それでも盛興は、東国で成果を上げれば養父の態度も変わるはずだと考えていた。
そして、いずれ妻のかさと息子の万福を呼び寄せるつもりだと語った。
これを聞いた伊都は、盛興が呼んでもかさと万福は来ない方に所領百貫文を賭けると言い、新九郎を困らせた。
盛定が語った家族への思い
盛定は、先のことを考えすぎても仕方がないとして、一同に酒を勧めた。
さらに、昼寝をしていた松寿丸も連れて来させ、家族を集めた。
盛定は、娘の伊都が駿河守護家の御上様となり、その息子の龍王丸も間もなく当主となることを喜んだ。
一方、新九郎と盛興は伊豆一国を自らの力で切り取ろうとしていた。
孫たちも病気をせず健やかに育っていた。
盛定は若い頃の苦労を振り返り、これほど幸せなことはないと感慨に浸った。
そして、もはや思い残すことはないと声を上げた。
ぬいは縁起でもないことを言わないよう求め、伊都もここで死なれたら新九郎が困ると注意した。
この団欒は盛定にとって最後の家族全員が揃った機会となった。
ただし、思い残すことはないと語った盛定は、その後も十年以上生きることになるのであった。
茶々丸陣営に届いた反撃の好機
一方、伊豆国牧之郷にある足利茶々丸の仮御所では、茶々丸が酒宴を楽しんでいた。
茶々丸は酒を勧めるふきを気に入り、自分の側に仕えるよう命じた。
そこへ狩野道一が駆け込み、遠江守護代の甲斐八郎と甲斐国守護の武田五郎が協力に応じたと報告した。
これによって今川家は北と西から脅威を受けることになり、伊豆への軍事支援を続ける余裕を失う可能性が生じた。
道一は、今川勢が伊豆から撤退すれば、茶々丸方の兵力は新九郎方と互角以上になると主張した。
南伊豆雲見城主の高橋左近将監高種も、北伊豆を占拠する軍勢の半数を今川勢が占めているため、その撤退によって戦力差が逆転すると説明した。
さらに、いったん新九郎に降伏した国人衆も反旗を翻し、伊豆は再び茶々丸の手に戻ると断言した。
茶々丸はその言葉を喜び、高種を頼もしく思った。
重臣の関戸吉信らも、茶々丸を我が子や弟のように思って支えていると語った。
茶々丸は、自分には家族同然の頼もしい家臣がいると喜び、将軍になったとしても弟の寿王にはこれほどの家族は得られないだろうと誇った。
伊豆一国の掌握を目指す新九郎
駿河の屋敷では、伊都が新九郎に伊豆一国を本当に切り取れそうなのかと尋ねた。
新九郎は、切り取れるかどうかではなく、必ず切り取るのだと答えた。
もはや自分には、それ以外の道はなかった。
しかし伊都は、伊豆のことばかりでは困ると指摘した。
せっかく盛興が名代としてやって来たのだから、今川家に関わる仕事も頼みたいというのである。
新九郎がその意味を理解できずに聞き返すと、伊都は呆れた様子を見せた。
伊豆では茶々丸が反撃の準備を進め、駿河では伊都が新九郎に新たな役割を求めていた。
新九郎は、伊豆の領国経営と今川家への奉公という二つの課題に向き合うことになった。
第百六十三話 転機
伊奈重泰の仕官と新九郎への忠誠
興国寺本陣を訪れた伊奈弾正忠重泰は、新九郎と再会した。重泰は奉公方五番衆に属しており、かつて今出川殿に仕えていた頃、新九郎からさまざまな指導を受けていた。
新九郎が奉公方を辞める際に問題はなかったかと尋ねると、重泰は将軍・足利義高に内密に申し出たところ、茶々丸の首を取るための東下ならばと、あっさり許されたと説明した。
新九郎は、将軍個人の方針と幕府の方針が異なり、さらに自分の目指す方向も今後は違ってくると告げた。
しかし重泰は、その違いを承知したうえで新九郎に従うと明言した。京都に戻って奉公方に復帰するつもりもなかった。
弟の盛興は、新九郎が堀越公方に取って代わり、伊豆を知行国として王道楽土を築こうとしていることを重泰に説明していた。
重泰はその構想に異論を唱えず、忠誠の証として新九郎から偏諱を賜りたいと願い出た。
偏諱を求めることは、正式に家臣となる意思を示す行為でもあった。
新九郎は重泰の覚悟を受け止め、備中伊勢家の通字である「盛」を与えた。こうして重泰は伊奈盛泰と名乗ることになった。
盛泰は必ず役に立つと誓い、後に対信濃外交の取次として活躍することになった。
新九郎への不信を抱く富永政胤
新九郎は元奉公衆の仲間を次々と家臣に迎えていたが、すべての者が心服していたわけではなかった。
土肥領主の富永右衛門尉政胤は、松田や遠山ら元堀越公方奉公衆と歩調を合わせているものの、新九郎の力量を見極めようとしていた。
富永は堀越御所への奇襲を見事だったと評価する一方、茶々丸を取り逃がして以降、事態が進展していないことを問題視した。
奇襲が唯一の切り札だったのなら、新九郎にすべてを賭けるわけにはいかなかった。
富永は当面動かず、新九郎の今後の手並みを観察することにした。
盛興が選んだ兄を支える道
数日後、梅雨の伊豆で新九郎と盛興は語り合っていた。
盛興は、これまで自分の方が兄より上手に世渡りしてきたと思っていたと打ち明けた。
新九郎も、盛興は人当たりがよく世知に長けている一方、自分は上の者の機嫌を損ねることが多かったと認めた。
しかし盛興も、兄に協力するため東国へ下ったことで、養父や伊勢守の機嫌を損ねる立場になっていた。
盛興は、生まれて初めて下手な生き方を選んだと語った。
新九郎は、自分の片腕になることが下手な生き方なのかと苦笑し、嫌なら京都へ戻ってもよいと告げた。
それでも盛興は、自分で考え抜いて選んだ道であり、後へ退くつもりはないと断言した。
その覚悟を頼もしく思った新九郎は、しばらく自分について歩き、仕事を覚えるよう命じた。
三河から届いた不穏な情報
そこへ多米権兵衛が、三河国八名郡石巻の住人・石巻彦四郎康家を連れてきた。
石巻は、ここ一、二か月の間、遠江と尾張を往復する早馬が異常に増えていると報告した。
以前なら月に二度見かければ多いほどだった早馬が、何度も行き来していたのである。
多米は、尾張と遠江の間で頻繁に連絡を取り合わなければならない事態が起きていると考えていた。
新九郎は、尾張・遠江守護の斯波左兵衛佐が在京していることを思い出し、何らかの動きがあると判断した。
石巻の報告に礼を述べ、自分でも調べることにした。
盛興が読み解いた幕府の思惑
新九郎は、今の報告をどう読むかと盛興に尋ねた。
盛興は、斯波武衛家の幕府内での立場に注目した。
斯波家はもともと管領家としての影響力を失いつつあり、前年の政変以降は政権中枢からも遠ざけられていた。
そのため、勢力を回復するために何らかの行動を起こそうとしている可能性があった。
さらに盛興は、遠江の経営を任されている守護代・甲斐八郎が、伊勢守の叔父であることを指摘した。
伊勢守は新九郎の伊豆攻略に難色を示していた。
盛興は、伊勢守が裏で斯波家と遠江を動かしている可能性を考えた。
遠江が駿河を牽制すれば、今川家は伊豆に兵を送る余裕を失ってしまう。
盛興は、伊勢守の目的を二つ挙げた。
一つは東国の秩序を元に戻すことであった。幕府は関東管領との対立を避けたいため、新九郎の伊豆攻略が挫折することを望んでいるという。
もう一つは、新九郎を上洛させ、伊勢守自身の懐刀として使うことだった。
しかし新九郎は、今さら自分を信じて従ってきた者たちを捨てることなどできないと拒絶した。
同時に、いつまでも今川家の兵力に頼り続けるわけにはいかないことも理解していた。
今川勢が撤退しても伊豆を維持できる体制を整える必要があり、そのためには盛興の力が欠かせなかった。
新九郎は弟に改めて協力を求め、盛興も力の及ぶ限り務めると応じた。
以後、盛興は兄の秘書のように付き従い、持ち前の人当たりのよさを生かして名代としての信用を築いていった。
領国経営に追われる新九郎
新九郎は伊豆の内政を確認する一方、丸子では姉の様子をうかがい、駿府では家族と過ごし、石脇や焼津、興国寺、富士下方の所領を巡る忙しい日々を送っていた。
そのような中、葛山備中守氏堯から、沢田にも足を運んでほしいと求められた。
氏堯は孫の顔を早く見たいと願っていた。
父の盛定も、別妻の初を訪ねなければ彼女の立場がないと新九郎を注意した。
新九郎はその言葉に納得したものの、盛定から突然、京都へ帰ると告げられて驚いた。
盛定は自分にも生活があり、帰りを待つ者がいると説明したが、その相手については秘密にした。
こうして盛定は梅雨明けと同時に駿河を去った。
初の懐妊と新九郎の決意
数日後、新九郎は駿河国沢田郷にある初の居宅を訪れた。
二か月も訪ねられなかったことを詫びると、初は寂しかったと答えながら、大切な知らせを伝えた。
初は新九郎の子を身ごもっていたのである。
新九郎は大いに喜び、身体を大切にするよう伝え、必要なものがあれば何でも申し出るよう告げた。
そして、元気な子を産んでほしいと願った。
新九郎は、自分も東国に骨を埋められる男になったのかと考えた。
伊勢新九郎から早雲庵宗瑞へ
翌朝、空模様を見た護衛は、間もなく天候が荒れるかもしれないと告げた。
その翌々日、伊豆堀越では山中才四郎と大道寺太郎が、前日の激しい風雨について話していた。
新九郎の陣所は戸板を釘で留めていたため、雨の吹き込みこそなかったものの、縁側は水浸しになっていた。
新九郎の安否を尋ねると、門番は朝方、弥助一人を連れて韮山の香山寺へ出掛けたと答えた。
その後、陣所に一人の僧が近づいてきた。
山中才四郎は、その先は伊勢新九郎の陣所であり、勝手に入ってはならないと呼び止めた。
すると僧は、伊勢新九郎という名乗りの者は、すでにこの世から消え去ったと告げた。
そして振り返り、今後は「宗瑞」と呼ぶよう求めた。
その僧こそ、出家した新九郎であった。
伊勢新九郎盛時は、早雲庵宗瑞となったのである。
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