小説「捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです2」感想・ネタバレ

Table of Contents

物語の概要

本作は、異世界ファンタジー×領地改革もののライトノベルである。前世の記憶を持つ主人公メルフィーナが、婚姻破綻から自由を勝ち取り、僻地支配を通じて自らの「平穏」を目指すヒューマンドラマが主題である。第二巻では、冬の大飢饉の最中、隣接領地から逃れてきた難民を受け入れ、領地拡大と産業育成に着手する。そこへ病を抱える隣国王太子の療養受け入れという重要案件が舞い込み、メルフィーナの挑戦はさらなる段階へと進む。

主要キャラクター

• メルフィーナ・フォン・オルドランド：前世で乙女ゲームの悪役令嬢だった記憶を持つ主人公。北辺の僻地を自ら交渉で獲得し、平穏を求めつつ領地改革に励む。
• アレクシス：書類上の夫。第1巻で「君を愛するつもりはない」と婚姻初夜に言い放った公爵。2巻では王太子の療養案件を持ち込む。
• セドリック：メルフィーナの護衛騎士。無口だが忠実に彼女を支える。
• マリー：無言の侍女。常にメルフィーナの傍らに付き従う存在。

物語の特徴

本作最大の魅力は、悪役令嬢ものの皮を被った「領地改革シミュレーション」であることに尽きる。雑学やゲーム知識を活用してトウモロコシ導入や防寒器具開発など、実用的かつ地味な改革を地道に積み上げる主人公の姿が好評を博している。また、飢饉や難民、王太子の療養といった社会的・政治的課題を盛り込み、単なる恋愛モノにとどまらない重厚な世界観を構築している。

書籍情報

捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです 2
著者:カレヤタミエ　氏
イラスト:駒田ハチ　氏
出版社：TOブックス
発売日：2025年6月20日
ISBN：978‑4‑86794‑598‑8

捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです2

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カレヤタミエ TOブックス 2025年06月20日頃

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gifbanner?sid=3589474&pid=890540720 小説「捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです2」感想・ネタバレ

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あらすじ・内容

1巻発売後即重版！
小説家になろう年間第1位（2024年4月～10月）
２０２４年もっとも読まれた超人気作！

「お客様【隣国の王太子】を幸せにしないわけにはいかないでしょ？」

彼女の光は病んだ世界に苦しむ少年をも照らす！
したたか夫人の領地改革ヒューマン・ファンタジー、第二弾！
コミカライズ連載中！
書き下ろし番外編巻末収録！
大陸全土で地獄のように広がる大飢饉。
唯一餓死者を抑えたエンカー地方の領主・メルフィーナは、冬支度の最中、隣接領地から流れ着いた難民に誘拐されてしまった。
さすがの彼女も恐怖を覚えるが―― 「あなたたち、うちの領地に来るつもりはない？」
飢えに苦しむ子どもたちの姿を見て放っておけないと、彼らを領民として迎え入れることに！
さらなる労働力を確保し、規模を拡大するエンカー村とメルト村。
そんなところに書類上の夫【アレクシス】が持ち込んできたのは、病を抱えた隣国の王太子の転地療養という外交的重要案件で――
彼女の光は病んだ世界に苦しむ少年をも照らす！
したたか夫人の領地改革ヒューマン・ファンタジー、第二弾！

捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです2

感想

今作は、聖女召喚の二年前、大陸を襲った大飢饉という、想像を絶する苦難の時代が舞台。
多くの人々が飢えに苦しみ、さらに税金が襲いかかり、生きるために故郷を捨てる。
そんな絶望的な状況下で、エンカー地方だけが飢饉に強いトウモロコシを生産し餓死者を出すことなく、希望の光を灯していた。その中心にいるのが、領主メルフィーナだった。

物語は、食糧を求めてエンカー地方にたどり着いた流民たちが、メルフィーナを拉致するところから始まる。
普通なら恐れおののく場面だが、メルフィーナは彼らの事情を知ると、なんと領民として受け入れることを決意する。
この展開には、彼女の慈悲深さと、並外れた度量の大きさに、心を奪われた。
新たな開拓村を新設し、生きる場所を与えられた流民たちの安堵した表情が目に浮かぶようだ。
彼女の行動は、まさに希望そのものだと感じた。

そして、隣国から療養のためにやってきた王子が、メルフィーナに心を開き、無邪気に懐いていく様子が、たまらなく愛おしい。
まるで母親のように慕う王子と、優しく包み込むメルフィーナのやり取りは、読んでいる自身の心を温かくしてくれる。
特に、番犬と一緒に遊ぶ姿は、見ているだけで心が浄化されるような、尊い光景だった。
思わず「可愛い！」と声に出してしまったほどだ。

飢饉という過酷な状況でありながらも、メルフィーナは領地を豊かにし、人々に希望を与える。
彼女の行動力と優しさは、読んでいる私たちに勇気を与えてくれる。
領地改革という壮大なテーマの中に、心温まる人間模様が丁寧に織り交ぜられた、本当に魅力的な作品だと感じた。
読後、心がポカポカと温かくなり、明日への活力をもらえたような気がする。今後の展開が待ち遠しくて仕方がない！

最後までお読み頂きありがとうございます。

捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです2

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カレヤタミエ TOブックス 2025年06月20日頃

ブックライブで購入 BOOK☆WALKERで購入

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登場キャラクター

メルフィーナ・オルドランド

人々の苦しみに寄り添いながら領主として職務を全うする、責任感と行動力を兼ね備えた女性である。

エンカー地方を治めるオルドランド公爵家の正室であり、領主を務める。
農地再編や豆類導入などの農政改革に着手し、冬期に備えた施策を主導した。
難民に拉致されるが、敵意なく交渉により彼らを村へ迎え入れる決断を下した。
公爵家との取引やダンテス伯との交渉において、強い交渉力と戦略的判断を示した。
領主邸の機能改善や石窯・サウナの導入など、生活インフラの向上を図った。
王太子セルレイネの療養を受け入れ、静養環境の整備に努めた。
職人や村人たちと密に関わり、尊敬と信頼を集めている。

セドリック・カーライル

公私の狭間で揺れながらも主君に忠誠を尽くす、剣の才と実直さを備えた騎士である。

オルドランド公爵家所属の第一騎士団に所属し、メルフィーナの護衛を務める。
幼少期から剣の才能に恵まれ、カーライル伯爵家の三男として育つ。
メルフィーナの拉致後、激昂して誘拐犯に斬りかかるが、彼女の意志を尊重し剣を収めた。
難民たちへの対応に戸惑いながらも主君の方針に従い、支援に協力した。
技術譲渡の交渉や冬期の備えにおいても補佐役を担い、領主の方針に理解を深めた。

マリー

感情を抑えて生きてきた過去を持ちながら、心から主君を慕う忠実な秘書である。

オルドランド公爵家に仕える領主秘書であり、メルフィーナに付き従う侍女でもある。
幼い頃から居場所を持てなかったが、メルフィーナとの出会いにより自身の感情と向き合うようになった。
主の誘拐に際して強い不安と恐怖を抱き、再会時には涙を流して感情を表出した。
移送や取引交渉にも同行し、農奴への粥の提供や兵士への説明など細やかな配慮を見せた。
セドリックとともにメルフィーナの行動を支え、実務面でも信頼されている。

セルレイネ・ド・ルクセン

病を抱えながらも王太子としての立場と責務を重んじる、繊細かつ聡明な少年である。

ルクセン王国の第一王子であり、王太子の地位にある。
生まれつき「ガラス喉」と呼ばれる病を患い、成長が遅れている。
魔力過多による体調不良を抱え、療養のためエンカー地方に滞在することとなった。
飢えに苦しむ民の姿に心を痛め、王家としての無力さに葛藤していた。
滞在中は体調を優先され、食事や住環境の整備が行われている。

アレクシス・オルドランド

公爵家の当主として王家と領地の間で動く、計算と実利を重んじる貴族である。

オルドランド公爵家の現当主であり、メルフィーナの義理の夫である。
王太子セルレイネの療養をメルフィーナに依頼し、領主邸に滞在した。
領主邸の発展や技術力に驚嘆しつつも、メルフィーナとの距離を感じていた。
サウナやエールの体験を通じて彼女の才覚を再認識し、交渉の可能性を模索していた。

オーギュスト

アレクシスの腹心として信頼され、状況報告や護衛に従事する騎士である。

オルドランド公爵家に仕える騎士であり、アレクシスの側近として活動する。
飢饉の影響や治安の悪化をメルフィーナに報告し、危機意識を共有した。
セルレイネの療養に関しても事前に通達し、警護体制の調整に関与した。
技術の流出リスクを懸念し、メルフィーナの知識管理に不安を抱いている。

ニド

村の発展に尽力し、住民と領主の間に立って支え続ける実直な村長である。

メルト村の村長を務め、住民と密接な信頼関係を築いている。
衛生改善や火鉢の導入など、領主の施策に協力し成果を上げてきた。
難民の受け入れに際しても受容の意志を示し、再建支援を担う役割を果たした。
自身も過去に幼子を失う経験を持ち、飢えや寒さに苦しんだ日々を重ねて考える姿勢を持つ。

ダニー

家族を守るために誘拐に走った、罪の意識と責任を抱えた元村長の息子である。

ダンテス伯爵領出身で、元村長の息子という立場にあった。
飢餓の末にメルフィーナを拉致し、人質として食料支援を求めた。
最終的に罪を認め、命をもって償う意志を示すが、メルフィーナにより赦された。
その後は難民としてメルト村での生活を受け入れる決断をした。

ベル

警戒心が強くも忠実で、村の子供たちや住民に親しまれている大型犬である。

メルト村で飼われている犬であり、警備犬としての役割を持つ。
セルレイネが初めて対面した際、警戒して唸り声を上げるも、主の命令には従った。
村人の中では子供たちにも懐かれ、共に遊ぶ描写がある。
サウナから出たメルフィーナを待ち伏せしていたことから、彼女に懐いている様子が窺える。

展開まとめ

病んだ世界

王太子セルレイネの持病と移動中の体調悪化

セルレイネ・ド・ルクセンは、ルクセン王国の第一王子であり、王太子として育てられてきたが、生まれつき「ガラス喉」と呼ばれる病に悩まされていた。この病は成長とともに治癒すると言われていたが、彼の成長は魔力の強さゆえに遅く、十二歳になった現在でも見た目は十歳にも満たなかった。移動の最中、ひどい咳が止まらなくなり、馬車の進行が止められた。主治医と侍女ユリアが応急処置を施し、薬草の香りと冷たい布が彼の呼吸を一時的に落ち着かせた。

旅路の疲労と決意

目的地である北部の都市ソアラソンヌへの到着を急ぐ一行は、連日の移動により疲弊していた。セルレイネは同行者への負担を考え、自身の病を軽視するふりをしながらも、静かに苦しみを抱えて耐えていた。咳のために夜も満足に眠れず、慢性的な寝不足に陥っていたが、希望を捨てず、未来の自分に期待を託していた。

貧困の現実と王太子としての無力感

移動中、一行は街道沿いの村を通過した。そこでセルレイネは物乞いたちに出会い、彼らを追い払う兵士の怒声に胸を痛めた。咄嗟に他国の民への配慮を命じたものの、窓は閉じられ、飢えた者たちをただ遠ざけるしかなかった。王家の人間として飢えとは無縁である現実に後ろめたさを感じ、助けることすら適わぬ自身の無力を痛感した。絶望と自己嫌悪に囚われながらも、いつか強くなることを心に誓っていた。

冬支度と新しい作物

領主メルフィーナによる農地再編計画

エンカー地方を治める若き領主メルフィーナは、メルト村とエンカー村の農地利用について農民たちと協議した。前年の麦畑とトウモロコシ畑を入れ替えることで土壌の健全化を図り、効率的な輪作を計画していた。さらに、宿泊施設の整備や播種・収穫時期の調整によって、農作業の効率化にも取り組んでいた。

連作障害と新たな作物の選定

小麦を収穫した土地には何を植えるかが課題となり、メルフィーナは豆類やクローバーの導入を検討した。豆は窒素固定により土壌を肥沃にする特性があり、また食用としても優秀で保存性も高かった。クローバーも同様に土壌改良に役立ち、家畜の飼料にも適していたため、農奴の子供たちに種を採集させていた。

家畜の増加と肥料の循環利用

大量の堆肥を得るため、牛や豚の飼育を拡大する必要があった。動物の糞尿は畑に撒く肥料として再利用され、特に冬野菜の栽培に重要であった。糞尿は直接葉物に掛けると肥料焼けの危険があるため、豆類など地表から可食部が離れた作物に優先的に使用するよう指示された。

食料事情と衛生改善による子供の生存率向上

冬期の栄養不足に対応するため、保存食や家畜の生産体制の整備が急がれていた。また、トイレの導入と衛生管理の徹底により、子供の下痢や腹痛が減少し、死亡率の改善が見られた。村長ニドは過去に幼子を失った経験を語り、衛生向上の成果に感謝の念を示した。

村の発展と領民の意識変化

メルト村は著しく発展しており、住民の表情にも明るさが戻っていた。新築の長屋や鶏小屋、各家庭の小さな畑が整備され、住環境は大きく向上していた。一部の家では白い大根が育てられており、これは前世で言う「大根」に近いものであった。

大根の調理法と子供たちとの交流

葉に強いアクがある白大根は、火鉢の灰を用いたアク抜きにより食べやすくなるとメルフィーナは説明した。子供たちとのやり取りを通じて調理法を工夫し、食文化の共有を図っていた。その過程でメルフィーナはこの作物の正体が「甜菜」であることに気付き、未知の展開を予感しつつも、その意味をまだ完全には理解できずにいた。

迫る冬の影

オーギュストの来訪と飢饉の報告

アレクシスの腹心である騎士オーギュストが、冬装束でメルフィーナのもとを訪問した。彼は、隣接するダンテス伯爵領の複数の農村がジャガイモ枯死病の影響で壊滅し、住民が流民や盗賊化している状況を報告した。エンカー地方の豊作が噂として広がり、外部からの襲撃リスクも高まっていることが示唆された。

公爵家からの避難要請とメルフィーナの拒絶

アレクシスは冬の間の領都滞在を提案したが、メルフィーナは領主の責務を理由にこれを拒否した。オーギュストは死に物狂いの襲撃者の危険性を訴えたが、メルフィーナは自分にできる方法で戦うと毅然と答えた。

マリーの忠誠と感情の爆発

メルフィーナはマリーに帰省を勧めたが、マリーはこれを拒絶し、戦う覚悟を語った。普段感情を表に出さないマリーの涙に、メルフィーナは深く後悔し、彼女の忠誠に感謝と謝意を述べた。二人は再び信頼を確認し合い、絆を深めた。

平穏な日常の中の危機意識

執務室での多忙な日常と、職人たちの来訪がエンカー地方に活気をもたらしていた。メルフィーナは外の世界とのつながりや、前世の記憶を交えて、原作ゲームの展開との差異を省察していた。冬の到来を前に、守れる範囲のものを守る覚悟を新たにした。

略取

職人視察のための外出準備

メルフィーナは包丁研ぎ職人の訪問を受け、息抜きを兼ねて視察に出かけることを決意した。セドリックが包丁を取りに戻り、一人きりになったメルフィーナは、村の発展と職人誘致に希望を抱いていた。

前世知識とキャラクターの今後への展望

メルフィーナは原作におけるヒロイン登場までの時間を考慮しつつ、セドリックの伯爵位継承やマリアとの関係について回想した。現在の展開が原作とは大きく異なっていることに気づきつつも、将来的な影響までは読みきれずにいた。

メルフィーナの誘拐と絶望

思索にふけるメルフィーナの背後から、突然口を塞がれ袋を被されて拉致される事件が発生した。恐怖と混乱の中、暴れることをやめた彼女は、賊に連れ去られていった。戻ってきたセドリックはすでに彼女の姿が消えたことに気づき、冷たい風だけがその場を吹き抜けていた。

迫る冬の影

オーギュストの来訪と飢饉の報告

公爵家からの避難要請とメルフィーナの拒絶

マリーの忠誠と感情の爆発

平穏な日常の中の危機意識

略取

職人視察のための外出準備

前世知識とキャラクターの今後への展望

メルフィーナの誘拐と絶望

難民

誘拐されたメルフィーナの移送と状況把握

メルフィーナは馬での長距離移送の末、森の中へと連れ込まれた。袋を被された状態で運ばれたが、解放された後、周囲に数十名の男女と子供の姿を確認した。森の拠点には簡素な小屋が点在し、彼らが逃亡者であることがうかがえた。

誘拐犯の正体と目的の判明

首謀者はダンテス伯爵領出身の男ダニーであり、元は村長の息子であった。彼は食料確保のためメルフィーナを人質とし、冬を越す食糧を要求する意向を示した。同行者の女性ロアーナもまた、村から逃げ出した平民であった。

飢餓による極限状態と罪の自覚

彼らは納税用の麦に手を付けたため農奴への降格を恐れ、家族全員で逃亡してきたと説明した。誘拐という重大な罪に踏み切ったのも、死を目前にした末の選択であることが語られた。

メルフィーナの交渉と受け入れの提案

メルフィーナは冷静に状況を分析し、冬の森での生活が動物の襲撃などにより危険であることを指摘した。少女リィを抱きかかえつつ、全員を保護することを提案し、メルト村への移送を決定した。

公爵家夫人の身分の告白と周囲の動揺

自らがオルドランド公爵家の正室であることを名乗った際、周囲の人々はその罪の重さに青ざめた。だがメルフィーナはそれでも彼らに救済の手を差し伸べ、最後にはロアーナたちも同行を決断した。

あたたかな晩餐

メルト村への到着と住人の警戒

メルト村に到着した一行は、村人たちの怒声と武器を構えた迎撃を受けた。メルフィーナが子供を抱き、彼らを“客人”と宣言することで状況は収束した。リィの泣き声が緊張を和らげる一因となった。

炊き出しの指示と適切な食事管理

メルフィーナは難民たちの栄養状態を鑑み、薄い大麦粥を用意させた。塩分は控えめに、固形物は入れず、過度な刺激を避けるよう村人に指示した。鶏肉などの提案は後日に回され、今は消化しやすい食事に徹した。

避難施設の活用と衛生対策

メルト村の共同施設にて、難民たちは身体を拭いて服を着替え、暖を取りながら粥を受け取っていった。施設は本来、雪害時の避難場所として建てられたが、今回は一時的な難民受け入れに転用された。

感涙する難民たちと、静かな感謝

温かい粥に涙する大人や子供の姿が続出し、飢えと恐怖から解放された安堵が村に満ちた。メルフィーナ自身も同じ粥を食し、難民と同じ立場に立つ姿勢を示したことで村人たちの疑念も払拭された。

新たな野菜加工法の模索

ニドが差し出した渋み抜き済みの山菜にメルフィーナが喜び、他の野草やリッカの実の加工法についても試行を提案した。村民たちも協力の意志を見せ、次の日には採取を行う段取りが決まった。

メルフィーナへの尊敬と、次なる準備

難民たちは彼女の行動に深く感動し、温かな粥を味わいながら涙を流した。子供たちも和み、村に笑い声が戻る中で、メルフィーナはセドリックとの再会を前に緊張感を抱いていた。騎士への報告は既に出されており、問題の本番はまだこれからであった。

騎士・セドリック

報せを受けての出立と焦燥

メルフィーナが無事であるという報が届くと同時に、セドリックは騎馬でメルト村へと急行した。夕暮れ時の出立は馬に負担をかける行為であったが、彼は一刻も早く主の元へ向かいたいという衝動に駆られていた。騎乗する馬リゲルはオルドランド家から譲られた誇りある愛馬であり、セドリックの焦燥と誠意を汲んで忠実に走った。

回想される生い立ちと忠義の背景

移動中のセドリックは、自身の過去を回想していた。カーライル伯爵家の三男として生まれ、幼い頃から剣の才に恵まれていた彼は、やがて兄たちをも上回る腕前を見せるようになった。それにより家中での立場は複雑化し、王城での仕官も断念するに至った。そんな折、オルドランド公爵家に仕官の機会を得て北部へ移住し、以後、公爵家騎士団の中で実力を発揮し第一騎士団に昇進した。

護衛任命と価値観の衝突

メルフィーナの護衛任命を受けた当初、セドリックは貴族としての彼女の型破りな行動に困惑していた。農奴の子供との接触、日常生活での常識外れな振る舞いに加え、自身の行動が怒りを買い、公爵領に戻るよう命じられたこともあった。しかし、同時に付き従っていたマリーの存在と、今後メルフィーナが他の護衛を拒絶する可能性も考慮し、任を全うする道を選んだ。

半年の歩みと確信の芽生え

その後の半年間、セドリックはエンカー地方での急速な発展と領民の変化を目の当たりにした。メルフィーナが導入したトウモロコシの栽培は飢饉を回避し、領民たちを平民へ引き上げ、新たな村の創設を可能にした。住民たちの明るい表情は、彼女の手腕と信念の成果であった。セドリックは、破天荒ながらも人々を幸福へ導く彼女を、騎士として誇るべき主だと認識するに至った。

騎士の怒りと葛藤

メルト村への到着と剣の衝突

セドリックは激しく馬を駆け、日没前にメルト村へ到着した。護衛対象であるメルフィーナの安否を確認した直後、怒りのままに抜刀し、誘拐犯と見なしたダニーに斬りかかった。しかしメルフィーナが割って入り、剣は地面へと叩きつけられた。動揺したセドリックに対し、彼女は落ち着いた声で剣を収めるよう促した。

謝罪と心情の露呈

メルフィーナの手首に残る縄の痕を見たセドリックは、自責と痛惜の念に駆られ、深く膝を折って謝罪した。彼女を失うかもしれなかったという恐怖と、自身の職責に対する強い意識が彼の言葉に表れていた。メルフィーナはその手を取って謝罪し、彼の忠誠心と感情の深さを改めて受け止めた。

住民たちの訴えとセドリックの決断

難民となった人々の行動が自らの過去と重なることに気づいたメルト村の住人たちは、彼らを庇うようにセドリックへ語りかけた。その言葉に沈黙したセドリックは、やがて剣を納め、主であるメルフィーナの意志に従うと宣言した。

罪の処理と領主としての判断

ダニーは自らの罪を認め、命をもって償うことを申し出たが、メルフィーナは誘拐そのものを否定し、彼らは自らを頼って領主を訪ねたのだと断じた。過去に納税用の麦に手を付けたことのみを罪とし、それを聴取したことを正式に宣言した。

再建への協力と受け入れの決意

メルフィーナはニドに対して、難民たちを受け入れ暮らしを整えるよう依頼し、ニドもこれを了承した。住人たちは労働力としても歓迎する姿勢を示し、温かな受容の空気が生まれた。

再会と孤独の終焉

最後にメルフィーナを見つけたマリーが駆け寄り、涙ながらに抱き締めた。メルフィーナはその腕の震えを感じ取り、誰にも必要とされなかった過去の自分が、今や多くの者に慕われていることを実感した。そして、それが何よりの喜びであると感じていた。

侍女の涙と姉の笑顔

感情の奔流と自己の発見

マリーはメルフィーナと再会した後も涙と震えが止まらず、彼女の優しい抱擁によりようやく安堵を得た。生家でも公爵家でも居場所を感じられなかったマリーは、本音を隠し感情を抑えて生きてきたが、この日一日の出来事を通じて、心の奥底にあった感情に気づいた。自分がこんなにも泣ける人間であったことを初めて実感した。

護衛対象を案ずる使用人の心情

メルフィーナの誘拐は領民の間に動揺を走らせたが、マリーもまたその中で必死に捜索に加わった。貴族が人質にされた場合の一般的知識を踏まえていても、不安と恐怖を拭うことはできなかった。冷たい風に震える彼女の姿を想像し、何度も名を叫びたくなる衝動に駆られていた。

優しさの裏にある痛みへの共感

メルフィーナが自分を気遣う態度を見せ続ける中で、マリーは彼女が他者のために感情を抑えて生きてきたことを理解していた。人を思いやり、自分の本音は後回しにしてきたその在り方に、マリーは深く胸を打たれた。

孤独を抱えた人間同士の対話

マリーは、メルフィーナが過去に誰からも助けを得られなかったのではないかと問いかける。彼女自身も、前公爵の私生児としての立場に悩みながら、公爵家という巨大な家に居場所を持てなかった過去を抱えていた。そのような自分が、メルフィーナという風のような存在に憧れ、追いかけるように同行を決めたのである。

姉妹のような絆の告白と承認

マリーは自分の憧れを率直に告げ、「姉が欲しかった」と打ち明けた。それに対し、メルフィーナもまた妹が欲しかったと答え、彼女を本当の妹のように受け入れた。侯爵令嬢でありながら、侍女の言葉に本気で喜ぶメルフィーナの姿に、マリーはあふれる涙を抑えることができなかった。

選ばれることの意味と絆の確認

メルフィーナは、誰かに選ばれたと感じた最初の瞬間が、マリーが秘書になりたいと申し出た時であったと告げた。マリーは、自分がこの人に出会えてよかったと改めて思い、姉妹であり侍女であり、親友でもあるという関係を喜びとともに受け止めた。

警戒と光の道

夜明け前の警戒と村の静寂

ニドは盗賊だった者たちが村で騒動を起こす可能性に備え、冷気の中で集会場を監視していた。前夜、彼らには食事と温かい飲み物が与えられ、皆、疲弊し切った様子で眠りについていた。彼らの姿はかつてのメルト村の住人と重なり、飢えと寒さに苦しんでいた日々を思い起こさせた。

希望を与えた領主の施策

メルフィーナが村にもたらした変革は大きく、かつての「あたりまえ」は希望に満ちた生活へと変化した。報酬によって自らの意志で物を買えるようになったことは、村人たちの誇りと自信に繋がっていた。女たちは刺繍を施し、自らの持ち物として愛着を持って日常を彩っていた。

騎士と農民の立場の違いと共感

セドリックは警戒心から盗賊の夜間襲撃を危惧していたが、ニドはその可能性を否定しきれずにいた。かつて飢えに苦しみ、命のために手段を選べなかった自らの過去を思い出し、貴族の感覚とは異なる現実を受け止めていた。

メルフィーナへの思いと連帯

ニドはメルフィーナの髪や衣服の乱れ、負った傷に気づき、護衛の立場であるセドリックの怒りにも共感を寄せた。貴族である彼女が本来背負うべきでない苦労をしていることに対し、村人としての責任感と連帯感を新たにした。

妻との静かな対話と新たな命

エリとの短いやり取りの中で、ニドは四度目の出産を控えた妻の穏やかな言葉に心を温められた。過去には幼い命を失い、苦しみの中にあったが、今では豊かな生活と希望の中で子を迎える準備が整っていた。

貴族と民の距離を埋める存在

メルフィーナは貴族でありながら偉ぶることなく、人々の名前を覚え、真摯に接した。その在り方は村人のみならず、エンカー地方全体に光をもたらす存在であった。彼女の光は、集会場で眠る元盗賊たちの未来までも照らし出していた。

貴婦人と取引

オルドランド公爵夫人の突然の訪問

ダンテス伯爵の屋敷に、予告なくオルドランド公爵夫人メルフィーナが訪れた。貴族社会では来訪者を待たせるのが通例であるが、公爵家に対してはその限りではなかった。応接室で出迎えたダンテス伯爵は、公爵夫人の身なりや言動から、その権威と格式を再認識し、自然と慎重な対応を取ることとなった。

賊の出自と連座の指摘

会話の末、公爵夫人は、与えられたエンカー地方の領地に賊が現れたと告げた。彼らは自らをダンテス伯爵領の出身と名乗り、勅許状を携帯していたことから身元は確かであると明かした。すでに調査が完了していることを示し、領民の不始末に対する責任を、ダンテス伯に婉曲に問い質した。

農奴化と食糧支払いの提案

メルフィーナは、捕らえた村民を処罰する代わりに農奴として引き取りたいと提案した。代価は金貨あるいはトウモロコシによる支払いとし、犯罪者本人のみならず、出身村の全員を連座で対象に含めるという強硬な内容であった。これにより、伯爵領にとっては不要な口減らしと引き換えに、貴重な食糧が得られる計算となった。

価格交渉と交渉術の応酬

当初提示された一人当たり大銀貨一枚という価格は、一般的な農奴の十二分の一であった。ダンテスはこれに不満を表し、交渉を試みたが、護衛のセドリックの発言によって強気な姿勢を封じられた。最終的にメルフィーナの提案が通り、農奴一人に対して大銀貨一枚分の食糧と引き換えに引き渡すことで合意が成立した。

伯爵の思惑と後日の代償

ダンテスは、手に入る食糧を転売すれば利益が出ると踏んで安堵していた。しかし後日、盗賊の出身村が五つに及び、二百人以上が対象であることが判明する。提出された食糧の価値が急騰していたこと、公爵家の取引証明書が添えられていたこともあり、膝から崩れ落ちるほどの損失を悟ることとなった。

馬車の迎えと薄い麦粥

農奴化の通告と絶望

ダガル村は五十人ほどの小村であったが、突如として村民全員に農奴化の通告がなされた。理由は、村から出て盗賊化した者たちが隣領の館を襲撃したためであり、連座制が適用された。既に体力を失っていた村人たちには、抵抗する力もなかった。

淡い金髪の女と荷馬車の列

翌朝、エンカー領からの迎えが到着し、先頭の馬車から現れたのは金髪を編み上げた美しい女性だった。彼女は領主秘書マリーを名乗り、罪人の身柄引き取りとともに、全員にまず食事を取らせるよう手配していた。荷馬車には調理器具が積まれ、手際よく調理が始められた。

温かい粥と安堵のひととき

食事は薄い麦粥と温かいお茶であった。粥は極めて薄かったが、空腹と寒さに凍えていた村人たちには、それだけでも心身を温める効果があった。器はそれぞれに配られ、領地に到着するまでの専用の持ち物として提供された。

兵士たちの困惑と共感

村を監視していた兵士たちも、その丁寧な対応に驚いた。命令では「財産持ち出し禁止」「農奴化された者の粗末な扱い」が想定されていたが、実際は真逆であった。マリーはすべてが領主の意向であると説明し、兵士たちにも粥を振る舞った。

過去の逸話と配慮の意味

兵士の一人は、過去に籠城戦後に施された食事で多くの市民が死亡した逸話を思い出し、薄い粥が生き延びるための配慮である可能性に思い至った。提供された粥は、贅沢ではないが確実に胃を満たし、体を温めるものであり、その配慮の深さに心を打たれた。

出発と兵士の心情

後片付けを終えたマリーと従者たちは、農奴たちを馬車に乗せて出発した。それを見送る兵士は、奴隷として酷使される未来しか見えないと感じつつも、あの粥を用意した領主のもとであれば、異なる未来があるかもしれないという淡い希望を抱いた。朝日の中で、彼は静かに目を細めてその行列を見送った。

領主と騎士の会話

騎士の疑念と領主の決意

ダンテス伯爵との取引を終えたメルフィーナは、馬車の中で護衛騎士セドリックと共に帰路についた。セドリックは二百人もの農奴を受け入れることへの不安と負担を率直に表し、従来の規範から逸脱した領主の判断に疑問を抱いていた。これに対しメルフィーナは、人の心と共存を重視する姿勢を示し、新しい集落の設立や食糧確保の計画を語った。

人口の重要性と将来的展望

メルフィーナは、開拓の進んでいないモルトルの森を例に挙げ、地域発展のために必要なのは「人」であると説いた。領地が発展すれば人も増えるが、辺境では爆発的な人口増加は期待できず、農奴や難民でも定住して働いてくれる者がいれば価値があると強調した。また、将来的には平民へと繰り上げる意図は否定しつつも、働く動機付けとして生活の安定が重要であるとの見解を示した。

領主の覚悟と支援体制

セドリックが懸念を抱きながらも最終的にメルフィーナの判断に従う姿勢を見せたことで、領主は一時の安堵を得た。ただし彼は、今後メルフィーナに対し異論を唱える者が現れれば自制心を失うかもしれないと警告し、メルフィーナの暴走を止める役割も担うと述べた。彼女はマリーと共にその役割を果たしてくれると信頼しつつ、スケジュールの過密さに肩をすくめていた。

増える責務と冬への備え

住民の増加により、予算決裁や買い付け、物資の采配といった領主の執務はさらに圧迫された。メルト村には共同住宅の追加工事を依頼し、最悪の場合は雪に閉ざされ一冬滞在する覚悟も見せていた。領民の中には長屋生活に馴染めない者も出ると想定し、収益が上がれば個別の住宅を建てて対応する計画を立てていた。

防犯と今後の課題

エンカー地方は地理的に孤立した土地であり、今回のような事例が再発することは稀と見られていた。しかしながら、メルフィーナは自警団や防犯の必要性も認識し、今後の課題として捉えていた。責務の重さに思いを馳せながらも、補佐するマリーとセドリックの存在に支えられながら、前向きに取り組もうとしていた。

サウナと白いパン

領主邸の増築と使用人の整備

エンカー地方では建築ラッシュが続き、領主邸にも使用人宿舎の建設や屋敷の増築が行われた。特に地下貯蔵室の拡張、一階の広間と二階の部屋の増設が進められ、来客や使用人の対応能力が強化された。セドリックにも広間のそばに専用の部屋が与えられたが、緊急時の対応を重視し、母屋に留まるという方針は崩さなかった。

石窯とサウナ風呂の設置

領主邸の厨房には新たに石窯が設置され、その上階にはサウナ風呂が設けられた。この設備は熱源を再利用し、調理と入浴の両方を可能とするものであった。魔石の配管により湯を供給する仕組みが取り入れられ、前世の記憶を持つメルフィーナにとって、極めて満足のいく成果であった。

焼き立ての白パンの完成

この日は完成した石窯でパンが焼かれ、その出来栄えを見たい職人たちと共に昼食が振る舞われた。焼き上がったパンは香ばしく、外はパリッと中はふわふわで、領主邸の一同から高い評価を受けた。白パンの特徴や地域による違いなども話題となり、設備の有効活用が食文化の向上に直結していることが実感された。

窯の改良と新たな目標

メルフィーナは、ふわふわな食パンを安定して焼くための温度管理の必要性を説き、職人たちからも改良案が次々に提示された。銅板の型を使うことで柔らかいパンや菓子類の焼成にも対応可能とされ、食パン・マドレーヌ・フィナンシェ・パイなど、より多彩な調理の可能性が見えてきた。

公衆浴場とパン窯の設置構想

領主は、各村に公衆浴場と共同パン窯を設置し、日常生活に便利なサイクルを構築する構想を示した。ギルドの介入が懸念されたが、メルフィーナは領主の権限によって制御可能であるとし、特にパンに関しては税を軽くしたい意向を示した。食料を確保しつつ、職人の尊重を忘れず地域を支える姿勢を明確にした。

職人たちとの連携と方針

メルフィーナはギルドとの関係を慎重に構築しながら、職人たちと直接協議する意向を示した。参入を許すか否かは個別判断とし、食糧政策を優先したい意図が伝えられた。この姿勢に職人たちは賛同し、昼食の準備と共に穏やかな笑い声が広がった。

パン作りの未来と領主の期待

焼き立てのパンを囲んだ食卓で、ふわふわパンやサンドイッチ、菓子パンなど多様な展望が語られた。温度制御や型の工夫により、より洗練された製品の可能性が広がることに、職人も領主も胸を膨らませた。最後には、皆が食いしん坊であるという認識を共有し、仲間と共に食卓を囲む喜びが語られた。

火鉢と鍛冶職人

冬の寒さと足の痛み

冬のエンカー地方では空気が冷たく、鍛冶職人カールにとっては特に厳しい季節であった。二年前に負った足の怪我は寒さによって悪化し、日常の移動さえ困難になっていた。

過去の職人時代と怪我の経緯

カールは十歳で徒弟となり、長年の修行を経て職人となった。真面目で腕は良かったが、人付き合いが不器用であったため、工房内では孤立しがちであった。ある日、先輩職人の悪ふざけによって左足に怪我を負い、その後遺症が残ったことで、遍歴職人としての将来を断たれた。

移住と転機の決断

将来的に工房を追い出されることを予感したカールは、顔見知りの大工リカルドの誘いを受け、エンカー地方の村に移住する決意をした。新しい土地では鍛冶の仕事が途切れることなくあり、再び鍛冶に対する情熱を取り戻していった。

火鉢の改良と広がり

エンカー地方では火鉢の使用が進んでおり、カールは火鉢の五徳や調理器具などの製作に携わっていた。使いやすさと暖かさに優れた火鉢は住民に重宝され、特に寒冷地に適した防寒具としての有効性が高く評価された。

村での実証と住民の反応

メルト村の集会場にて、大型火鉢と新たな五徳の実用性を試す実演が行われた。パンの焼き上がりも良好であり、調理と暖房を兼ねた構造の利便性が実証された。住民たちは火鉢の恩恵を実感し、感謝の声が集まっていた。

領主への敬意と職人としての覚醒

火鉢を考案したのが十六歳の少女領主メルフィーナであることに対し、当初は疑念を抱いていたカールであったが、使用するうちにその発想力と実用性に敬意を抱くようになった。自らの仕事が人々を温め、暮らしを支えていることに誇りを感じ、職人としての自覚と希望を新たにした。

領主の怒りと公爵の依頼

馬の蹄音と来訪の予感

冬支度が佳境に入る中、エンカー領主邸に馬の蹄音が響いた。住民が徒歩やロバを主に使う土地では珍しいことであり、領主メルフィーナと秘書マリーは不吉な予感を覚えた。

突然の訪問と領主の不快感

訪ねてきたのは公爵家の騎士オーギュストであった。彼は公爵の来訪を告げるために現れたが、到着が一時間後と極端に差し迫っていたことに、メルフィーナは激しく不快感を示した。辺境の小領主であれば無礼が許されるという態度に対し、毅然とした抗議を行った。

冬支度の重責と領主の自負

メルフィーナは、寒冷な北部において村民の生存を守るための冬支度に全力を注いでいる最中であると語った。小さな領地であっても、多くの命が冬に失われる現実に向き合い、領主としての責任を自覚していた。

公爵の依頼内容と王家の関与

公爵アレクシスが現れ、隣国ルクセン王国の第一王子セルレイネを冬の間預かってほしいとの依頼を明かした。王宮内が混乱し、治安が悪化している中、エンカー地方だけが例外的に安定していることが理由とされた。セルレイネは重い病を患っており、療養が必要であることが説明された。

メルフィーナの葛藤と受諾

突然の要請に対してメルフィーナは強く反発したが、王家が関与している以上、拒否は困難であった。義理の夫であるアレクシスとの対話の末、貸しとして受け入れることを決めた。ただし、その対応は礼儀的な最低限に留められると通告した。

来訪の余波と領主邸の対応

冬の宿が満室であることから、アレクシスとオーギュストは領主邸に滞在することとなった。メルフィーナは不本意ながらも寝床を提供することに同意し、最低限の世話を通いの使用人に任せることで対応した。

感情の整理と側近の支え

不本意な来客に対して憤るメルフィーナであったが、セドリックとマリーの支えによって冷静さを取り戻し、政務に集中する決意を新たにした。来るべき晩餐と翌日の案内に備え、再び執務に没頭していった。

領主邸と使用人

アレクシスの屋敷に対する印象と施設の紹介

アレクシスは領主邸を訪れた際、設備は多少増えていたものの、屋敷自体は小規模であるという印象を拭えなかった。施設は本館に厨房や広間、二階には寝室や応接室、三階は空き部屋となっており、案内された客間は増築された別館に位置していた。ガラスの用意が間に合っておらず、鎧戸が設けられていた。屋敷は元来、アレクシスの父である先代公爵が視察時に短期滞在するために建てたもので、長年放置されていた影響で傷んでいた。

メルフィーナの生活と使用人の事情

アレクシスは、メルフィーナがこの屋敷で暮らし始めた当初、清掃に十分な人員すらいなかったことを思い返し、貴族の娘には相応しくない環境だと感じた。使用人の中には、村人から召し上げられた者も含まれており、その振る舞いには不器用ながらも丁寧なもてなしの姿勢が見られた。メルフィーナの人徳により、領民や使用人たちは彼女に強く忠誠を抱き、尽力していた。

セドリックとマリーの変化

かつて冷静で堅物だったセドリックと感情を表に出さなかったマリーも、メルフィーナの元で変化し、以前よりも活き活きとした様子を見せていた。アレクシスはその様子に喜びを覚える一方、自らの影響力と比較し、複雑な感情を抱いた。

メルフィーナの領主としての実績

アレクシスはメルフィーナが飢饉を乗り越え、開拓と農作の成功により領地を発展させていることを理解していた。その手腕には感嘆する一方で、自らが彼女に否定されているような気分になり、内心で戸惑いを覚えていた。

突発の来訪とメルフィーナの怒り

アレクシスの急な来訪は、冬支度の大詰めにあるメルフィーナにとって負担であり、彼女はその点に不満を抱いていた。アレクシスは王国の事情を重視する貴族としての正当性を訴えるも、メルフィーナにとっては公爵家の都合に過ぎないと解釈されていた。

サウナと浴場の案内

屋敷にはメルフィーナの希望により新設された風呂があり、使用人にも開放されていた。アレクシスは風呂文化に懐疑的だったが、メルフィーナの意図を知るためにも体験を決めた。使用人は丁寧に説明を行い、入浴準備を進めた。

サウナと風呂上がりのエール

サウナ施設の体験と感想

屋敷内の浴場には脱衣所とサウナが設けられ、石窯を利用して部屋全体を加温する構造であった。アレクシスは最初、冷水を浴びるという仕組みに疑念を抱いたが、体験してみると大量の汗とともに心身が弛緩し、これまでにない爽快感を得た。

従僕との交流と風呂の世話

従僕は不慣れながらも熱心にアレクシスの入浴を補助し、体と髪を丁寧に洗った。風呂上がりのアレクシスは体が芯から温まり、湯上がりの爽快さを実感した。使用された石材や熱源にも工夫が見られ、その構造の精緻さに舌を巻いた。

使用人によるエールの提供と驚き

入浴後、幼い従僕がエールを差し出し、アレクシスは最初こそ平民の酒を勧められたことに戸惑ったものの、一口飲むとその強烈な発泡と香りに驚愕した。味わいは洗練され、魔法かと思うほどの完成度であり、エールの常識を覆すものだった。

メルフィーナの造詣と技術力の高さ

このエールはメルフィーナとマリーが指導し、専門の職人が仕込んだものであった。使用人の好意で提供されたものではあったが、アレクシスはその品質に感銘を受け、メルフィーナの卓越した手腕を改めて認識した。

エンカー地方の技術の危うさと脅威

アレクシスとオーギュストは、サウナやエールといった画期的な発明が外部に漏れる危険性を懸念した。その価値を十分に理解せぬままに村人たちが誇りを持って披露する様子に、技術流出の危機を感じた。

過去の囲い込み事例と現在への懸念

かつてガラス職人を幽閉して技術を守った領主の逸話を引き合いに、技術の保持がいかに重要かを語った。メルフィーナが保有する知識の流出は、彼女自身の身にも危険を及ぼす可能性があると認識された。

新たな農奴の発見と不可解な沈黙

メルト村に新たに二百三十人の農奴が移住していた事実が明かされた。彼らの大半は農民であり、襲撃の連座として連れてこられた可能性があると推測された。だが関係者の誰もが沈黙を守っており、強い抑止力の存在が疑われた。

メルフィーナの危機管理能力への評価と懸念

オーギュストは、メルフィーナが間諜や詐欺師への警戒が甘い可能性に言及した。知識の管理を他者に委ねる性格ではなく、彼女が独自に持つ情報が狙われることへの危惧が強まった。

アレクシスの後悔と交渉への展望

オーギュストは、メルフィーナを手放したアレクシスの対応が惜しいものであったと指摘しつつ、サウナやエールを公爵家の特産品として交渉する可能性を提案した。知識の対価として公的な取り決めを結ぶことが、今後の安定に繋がると示唆された。

技術の真似の危険性とメルフィーナの賢さ

サウナの模倣が危険を伴うこと、そしてメルフィーナの交渉において他の貴族を手玉に取るほどの才覚を持つことが改めて確認された。アレクシスはその交渉を前に、単なる面倒ではない、ある種の高揚を感じていた。

晩餐と村の発展

晩餐の席とメルフィーナのもてなし

アレクシスは晩餐の席に着き、少し遅れて現れたメルフィーナと食事を共にした。料理はポタージュや山雉のローストなど質素ながらも丁寧に用意されていた。特に柔らかく白いパンの完成度は高く、驚いたアレクシスに対して、メルフィーナはそのパンを自身が焼いたと明かした。料理への参加は気分転換の一環と語り、かつて開発されたトウモロコシの平パンも彼女の発案であったと告げた。この事実はアレクシスにとって大きな驚きであり、従来の貴族像を揺るがすものであった。

村の視察と交通手段への意識

翌日、アレクシスは徒歩での視察を希望し、メルフィーナと共にロバが引く幌無しの馬車に乗ってエンカー村へ向かった。馬車は実用本位のものであり、貴族が使用するには不相応とされるが、彼女にとっては使い勝手を優先するのが常であった。マリーとの会話からも、メルフィーナが人に対して非常に柔和で気配りを忘れない人物であることが明かされ、アレクシスは彼女の態度に驚きを抱いた。

職人との交流と現場の視察

メルフィーナは村の職人たちと密に連携を取りながら現場の進捗を確認し、提案を即座に承認していた。彼女は日常的に現場に足を運び、信頼関係を構築していた。視察の途中、陶器工房と炭焼きの窯が稼働している様子を目にしたアレクシスは、火鉢という暖房器具の存在を知る。工房で使われていた火鉢は、灰と炭を利用し、湿度調整にも工夫が凝らされた実用的な暖房具であった。

炭と副産物の知識と利用

メルフィーナは炭焼きの副産物である木酢液や灰の多用途な利用法を丁寧に説明した。その知識は彼女が独自に研究したものではなく、経験に基づいたものではあるが、他領地ではギルドの権限が制約となり実用が困難であることも明かされた。アレクシスはこの知識の広がりと制約の構造に強い関心を抱き、メルフィーナの言葉に深い理解を示した。

火鉢での会話と過去の記憶

アレクシスは火鉢の暖かさに包まれながら、かつての弟・クリストフとの思い出を回想した。メルフィーナの賢さと情の深さが、弟と重なって見えたことに複雑な感情を抱いた。火鉢の実用性と共に、彼女の持つ人間的な魅力にも惹かれつつあった。

村の発展と都市計画の印象

村には新しい建物が増え、石畳が敷かれるなど、秩序ある都市設計が進んでいた。これはメルフィーナの指導と財政の充実によるものであり、彼女の君主としての素質を感じさせた。アレクシスがそのことを言葉にすると、メルフィーナは明確な返答をせず、その後も言葉少なな態度を取るようになった。

技術の値段

技術譲渡交渉と価格設定

メルフィーナはサウナと白パンの基幹技術について、オルドランド公爵家に対し、それぞれ金貨千五百枚での譲渡を提案していた。この価格は高額ではあるが、独占供与と他貴族への販売禁止という条件付きであり、将来的な利益を含めれば相場として妥当な金額であった。

技術と生活水準の向上

この技術譲渡は単なる金銭的な価値に留まらず、生活の質の向上や社会的影響力の拡大という点でも意味を持つとされ、セドリックとマリーも理解を示していた。特許制度が存在しない世界において、技術の独占は経済的な利権を生み出すため、販売せずに独占利用する選択肢も有効とされていた。

パン職人の制度化と利権構想

メルフィーナは「公認パン技師」制度を構想し、彼らを高位貴族に貸し出すことで、継続的な収益と技術の独占を両立させようとしていた。これはオルドランド家の威光による保護と支配力を利用したものであり、エンカー地方単独では成し得ない方策であった。

エール製法の非公開と製造技術の先進性

エールの製法については、味の改良余地と模倣困難性から、販売対象には含めていなかった。エールは真銀で内張りされた特注樽で発酵させるという特殊な工程を経ており、これにより圧倒的な炭酸刺激と風味を保持していた。真銀の加工費だけで金貨十五枚に達し、その価値は非常に高かった。

将来的な展望と地域特産化の構想

メルフィーナは将来的に秋の収穫祭でのエール販売や、名産化を視野に入れていた。酵母の管理や発酵の技術が広まらない限り、模倣が困難であることを理解しており、エンカー地方での自家生産と試行錯誤を重ねることで品質の向上を図っていた。

隣国王太子の受け入れ準備

隣国ルクセンの王太子・セルレイネの到着が間近に迫り、その受け入れ準備についても協議が行われていた。彼の持病は風土病と魔力過多による体調不良であり、加湿や転地療養が必要とされた。王太子の滞在による影響は大きく、領主邸ではすべての使用人を受け入れる余裕はなく、宿舎の活用が必要となっていた。

貴族社会の構造と前世記憶の乖離

メルフィーナは前世の記憶と現実とのギャップに時折戸惑いを覚えていた。王政の形態や貴族との関係、地方と中央の権力均衡の問題など、原作ゲームでは描かれなかった現実が彼女の内面に違和感として蓄積していた。それでもメルフィーナは、手元にある幸福を守るために、あがき続ける意思を持ち続けていた。

隣国の王太子

王太子セルレイネの来訪と対面

隣国ルクセンの王太子セルレイネは、よく晴れた昼下がりに領主邸へ到着した。白銀の髪と大きな青い瞳を持つ容姿は非常に可憐であり、十二歳という年齢にもかかわらず、魔力過多の影響で実年齢よりも幼く見えた。彼は視察名目での療養を目的としており、挨拶では公的なやり取りを円滑に終えたのち、領主邸へ迎え入れられた。

随員の規模と警護体制

セルレイネに随行してきたのはメイド一人と専任の侍医のみであり、王族の随員としては異例の小規模であった。一方で、オルドランド家は補佐として二十名ほどの兵士と騎士を派遣しており、使用人棟に配置されることとなった。領主邸は広くはないため、随員の滞在には頭を悩ませたが、最終的にアレクシスが調度品を整え、セレーネには本邸二階の南向きの部屋を提供した。

部屋割りと対応の工夫

医師には別棟に部屋を用意し、通路で行き来できるよう配慮がなされた。セレーネは申し訳なさを示すことなく丁寧に礼を述べ、気遣いのある態度を見せた。彼の体調は予想以上に悪く、顔色も悪かったため、メルフィーナは静養を優先させるよう配慮した。

体調への懸念と栄養補助の検討

メルフィーナはセレーネの貧血を疑い、治療法として鉄分補給のためにレバーパテを検討した。マリーやセドリックと共に、火鉢を部屋に届け、加湿を目的としたヤカンの使用法について説明した。サイモン医師は初対面では無愛想であったが、火鉢の使用を了承した。

医師とのやり取りと療養方針の確認

医師からはセレーネが偏食でないこと、甘い果物を好むことなどが伝えられた。また、当面の間は食事を部屋で取らせる方針が確認された。これにより、療養環境として可能な限り穏やかな状況を整えることができた。

騎士との会話と今後の支援方針

その後メルフィーナはセドリックと会話し、彼の当初の頑固さと重ねて医師への理解を示した。そして、冬場は家畜の処理の季節であることから、レバーや赤身肉などを中心に鉄分補給の食事を準備する方針を決定した。最終的に、彼女はセレーネが春に王都へ戻るまでの間、穏やかに過ごせるよう支援していく決意を固めた。

豆畑と油

冬豆の豊作と農民との交流

メルフィーナは冬の冷たい風が吹く中、豆畑を視察した。迎えに来たロドの案内で収穫された冬豆を確認すると、その量と質の良さに驚かされた。冬豆は地域の主食であり、ひよこ豆に似た味と形状を持っていた。快晴と適度な雨、継続した土壌改良が豊作の要因であった。

肥料の改良に向けた独白と質疑

メルフィーナは独り言で油カスや糖カスの有用性について言及し、それを聞いたロドやセドリックから補足の問いかけを受けた。彼女は油カスを搾油後の残渣、糖カスを砂糖精製後の副産物と説明し、オリーブやサトウキビといった温暖地域作物由来であることを述べた。

油豆という在地作物の発見

ニドの発言により「油豆」の存在が明らかとなった。これは蒸すと塩味のつまみにもなり、搾れば植物油も取れる在地作物であった。ただし収穫量が少なく保存に難があるため、家庭用に少量のみ栽培されていた。

植物油の重要性と用途の説明

メルフィーナは植物油の用途について、食用のみならず灯火・医療・美容など多方面にわたると説明した。特に寒冷で乾燥する北部では手荒れの治療や蝋燭の代用としての脂の重要性が高く、油豆による安定供給の可能性に注目した。

前世知識の偏重と反省

しかしながら、メルフィーナは自身が前世の知識に引きずられすぎており、領地内での需要の少なさや油豆の存在を見落としていたことを痛感した。彼女は早期に周囲と相談していれば対処可能であったと反省し、今後は助言を仰ぐ姿勢を取ると誓った。

搾油方法と錬金術師への期待

油豆からの搾油には伝統的な圧搾法と、錬金術師による分離魔法があるとされた。貴族が使う高品質の油は錬金術師の手によるものであるが、彼らの多くは都市に住んでおり、地方での利用は難しいとされた。しかしセドリックが知人の錬金術師に連絡を取る提案をし、メルフィーナはその助力を受け入れた。

未来への展望と内省

この一連の出来事を経て、メルフィーナは地域資源の活用と搾油の可能性に大きな展望を得た。同時に、独断専行を避け、周囲と協力して進めることの重要性を再確認した。冬の間に圧搾の試験を行い、将来的な油生産体制の確立を目指す決意を新たにした。

領主邸のチーズと子牛の肉

冬の日常とアンナの逸脱

冬に入り領主の仕事が減ったことから、メルフィーナはマリーと共に団欒室で裁縫の時間を過ごしていた。そこへ、新人メイドのアンナが元気な声で牛乳の到着を知らせたことにより、静かな時間は中断された。彼女は元気すぎる振る舞いを注意されたが、その場では素直に従った。

作業への参加を巡る対立

チーズ作りの準備にあたり、メルフィーナはセドリックとマリーの協力を得て進める方針を取ったが、アンナは強く手伝いを希望した。メルフィーナは、試作中の加工品には関与者を絞る方針を崩さず、断りを入れた。しかしアンナは食い下がり、場の空気が険悪になりかけたところ、エドが口を挟み、アンナに自制を促した。アンナは反省を示し、厨房を離れた。

教育の必要性とアンナの立場

エドの言葉はアンナにとってよい戒めとなり、使用人としての距離感を学ぶ機会となった。メルフィーナは彼女の未熟さを理解し、使用人の育成も雇い主の責務であると再認識した。アンナは通常より早くメイド服を着て働いており、むしろよくやっている方であった。

モッツァレラチーズの試作

厨房に戻ったメルフィーナたちは、子牛の肉と共に届けられたミルクとレンネットを使ってモッツァレラチーズの製造に取りかかった。加温と固形化、カードのカット、再加熱、水切り、成形という工程を経て、手作りのチーズが完成した。味見では多少の酸味はあるものの、ミルクの風味を保った上品な味に仕上がった。

チーズの保存性と今後の展望

メルフィーナは熟成チーズの試作も視野に入れており、今後さらに配合を調整して量産に備える意向を示した。チーズは加工によって保存性を高められるため、今後の領主経営にも有益な技術と判断された。修道院でもチーズは主要な収益源であり、将来的には大きな価値を持つ可能性があった。

人生の不思議とメルフィーナの内省

自分が修道院で暮らす未来を想定していたにもかかわらず、現在は領主という立場でエールやチーズを製造していることに、メルフィーナは皮肉めいた感慨を抱いた。人生の行方は予測できないと感じながらも、領主としての務めを全うしていた。

子牛の肉によるローストビーフの調理

完成したチーズの後、セレーネの栄養補給を考慮して、子牛の赤身肉を用いたローストビーフが準備された。貧血に効果的で柔らかく食べやすいこの料理が、体調不安定なセレーネの食欲を刺激することを期待された。調理中、メルフィーナは焼き加減の確認に集中しており、同行者の返答には気付かなかった。

騎士と秘書の会話

夜の厨房での邂逅

眠れぬ夜、マリーは火鉢の湯を使ってお茶を淹れるため厨房へ向かい、同じく目覚めていたセドリックと鉢合わせた。二人きりで言葉を交わすことは珍しく、静かな対話の時間が始まった。

メルフィーナの離婚の可能性をめぐる対話

セドリックはメルフィーナの離婚意思について言及し、マリーは彼の変化を感じ取った。かつての堅物な騎士像からは考えられない柔軟な態度に、彼女は感慨を覚えた。マリーは、メルフィーナが閣下との関係を即座に断ち切る気はないと推察した。

エンカー地方での居場所と覚悟

マリーは、メルフィーナがエンカー地方の領主となったのは、閣下に離縁された際の居場所を確保するためであったと見立てた。王都や実家との関係が希薄な彼女にとって、修道院入りは現実的な選択肢だったと考えられる。その不安を避けるために、自ら価値の薄い土地を選んで新たな拠点としたのである。

離婚の難しさと可能性の整理

高位貴族同士の離婚は教会の関与もあって容易ではなく、実行には相応の理由か王家との縁組など特別な事情が必要であった。マリーはメルフィーナの血統と容姿が王家にふさわしいことを認めつつ、現実的にはその可能性は低いと分析した。

メルフィーナへの心情と今後の覚悟

マリーは、メルフィーナとともに歩み続けることを自身の選択とし、彼女を支える意志を固めていた。一方で、セドリックは騎士として仕える家に忠誠を誓った立場であり、その選択はより困難なものとなっていた。彼がメルフィーナに心を寄せている様子も、マリーは静かに理解していた。

変化と希望の共有

最後に、マリーは明日もまたメルフィーナに驚かされるだろうと語り、セドリックは同意を示した。メルフィーナの傍で彼女の偉業を見届けるという特別な役割を担う二人の間には、静かな連帯感と希望が芽生えていた。マリーは温かな安心を抱えたまま、自室へと戻っていった。

おやつと瀉血

ロドとレナの訪問とリッカの実の試食

朝食後、ロドとレナが領主邸を訪れ、干したリッカの実と油豆をメルフィーナに届けた。メルフィーナは「鑑定」によりリッカの実に問題がないことを確認し、試食した結果、干し柿に似た濃厚な甘さに満足した。クリームチーズを加えるアレンジも好評で、ささやかなお茶会が開かれた。

セレーネへの差し入れと異常な治療の発見

干しリッカの菓子をセレーネに差し入れようとしたメルフィーナは、彼の部屋でサイモンが瀉血を行っている場面を目撃し、激しく動揺した。彼女は医療行為の危険性を訴え、即座に処置を中止させた。セレーネの腕には無数の傷があり、継続的な瀉血の痕跡が見られた。

説得と医学的な説明による対話

メルフィーナはセレーネとサイモンに対し、貧血の危険性と血液の重要性を前世の知識をもとに説明した。医療の未発達な世界観を踏まえつつ、彼女は冷静に説得を試み、セレーネの命を守ることに集中した。咳の原因は環境に起因するものであり、魔法では一時的な緩和しか期待できないことが判明した。

サイモンの動揺と協力への布石

エドの健康な姿を例に挙げ、メルフィーナは血の役割と瀉血の危険性をサイモンに可視化して伝えた。サイモンは動揺を隠せなかったが、メルフィーナの真剣な言葉に圧され、口を閉ざした。セドリックも自身の経験を通じて血液喪失の危険性を補足し、サイモンの態度に変化を促した。

信頼関係の構築とセレーネの応答

セレーネはメルフィーナの忠告を受け入れ、自らの命の価値と向き合った。メルフィーナは一か月間自分のやり方に従うよう提案し、セレーネも信頼を示した。少年の無垢な言葉にメルフィーナは深く心を打たれ、今後の責任を強く自覚するに至った。

医師とグラタンと歩み寄り

領主邸の食堂での再会とサイモンの謝罪

階下の食堂でマリーとエド、そして意気消沈したサイモンと再会したメルフィーナは、互いの非礼を認め合い、柔らかな空気の中で会話を始めた。サイモンは自身の医療行為に疑問を抱きつつも、すぐには受け入れ難い葛藤を語った。

料理を通じた関係の緩和

メルフィーナはエドと共にグラタンとスープを調理し、食堂での昼食を整えた。料理は好評で、特に焼いたチーズにサイモンは驚嘆した。初めての味と食卓の温かさにより、彼の表情にも緊張が和らいでいった。

エールと食事による心の融解

メルフィーナは領主邸特製のエールをサイモンにも勧め、彼はそれを味わって素直に賞賛した。食事と会話、そして酒の効果でサイモンの心は次第に解きほぐされていった。

協力の申し出と合意

メルフィーナはサイモンに対し、セレーネの治療に協力することを提案し、血液を抜く処置を中止するように要請した。サイモンは慎重ながらもそれを受け入れ、共に治療を進める意思を示した。これにより両者はようやく歩み寄ることとなった。

未来への不安と選択の継続

メルフィーナは、セレーネへの関与が未来にどのような影響をもたらすか確信を持てずにいたが、それでも自分の価値観と信念に従って行動することを選んだ。彼女は、これからも未知の未来に向かって選択を積み重ねていく覚悟を新たにした。

レバーパテと人との食事

貧血回復のための調理と栄養への配慮

メルフィーナは貧血改善のため、鶏レバーをミルクに漬けて調理し、玉葱とにんにく、バター、生クリームとともに炒めてレバーパテを作った。仕上げはサイモンに任せ、練り込みには干しリッカの実を加えた。パンは白パンに限定し、食物繊維による鉄分排出を避ける配慮もなされた。

エドと厨房の和やかなやり取り

エドの料理の腕前が上達しており、マリーやメルフィーナからも称賛を受けた。エドは領主邸での料理を楽しんでおり、外へ出る意思がないことを述べ、厨房の雰囲気は終始和やかであった。

セレーネとの昼食と変化の兆し

セレーネの食事にはサイモンが立ち会い、昼食をメルフィーナと共に取るようになってから十日が経過し、体調も改善傾向にあった。彼はエンカー地方の食事、とくにレバーパテを高く評価し、乳製品が豊富なことにも関心を寄せた。チーズ文化の違いや将来的な贈り物の約束も交わされた。

セレーネの願いと呼称の変化

セレーネは領主邸の中を散歩したいと申し出、また、食事以外の時間にも会話を希望した。加えて、自分を敬称なしで呼び、メルフィーナを「姉様」と呼びたいと願い、それらはエンカー地方に限って認められた。孤独感を抱えるセレーネの心情にメルフィーナは共感し、彼に寄り添う姿勢を強めた。

団欒室での交流と回復の進展

以降セレーネは自室を出て団欒室で過ごすようになり、フェリーチェと遊び、マリーやメルフィーナとお茶を飲みながら静かな時間を楽しむようになった。その結果、体力の回復速度も上昇し、彼の表情にも明るさが戻りつつあった。

警備の慰労とミートパイ

兵士たちへの差し入れと歓迎の応対

メルフィーナはエールと手作りのミートパイを携え、エンカー村に駐留する兵士たちを訪問した。ローランドとジグムントら騎士たちは礼節を守りつつ、メルフィーナの訪問を歓迎した。訓練場での昼食としてミートパイとお茶が配られた。

エンカー式ミートパイと料理の工夫

パイは小麦粉とラードの生地に豚肉や野菜を包んだもので、冷めにくく携行性に優れた半月型の成形となっていた。従士たちは食べやすさと美味しさに感動し、エールとの相性も良好であった。パイの名は「エンカーパイ」と命名された。

兵士たちの士気とメルフィーナの配慮

エンカー村での暮らしは兵士たちにとって快適であり、彼らは訓練にも意欲的であったが、北部で戦う仲間たちを思い出して後ろめたさを感じていた。メルフィーナは彼らの感情を受け止めつつ、現在の平穏が一時の休息であることを理解していた。

北部の魔物「プルイーナ」と討伐の実情

ローランドとジグムントは、北部で冬に出現する魔物「プルイーナ」やその眷属について説明した。彼らは剣と弓を操り、氷や毒に備えて戦ってきた実績を語った。魔物の危険性が共有され、メルフィーナも北部の現状を把握した。

春の武闘会の構想と未来への展望

セドリックの提案により、春には武闘会の開催が決定された。優勝者にはエールの樽と、メルフィーナが現在試作中の発酵食品（丸型チーズ）を褒賞として贈る予定となった。兵士たちはやる気を見せ、未来への期待に胸を膨らませた。

セドリックの参戦希望と場の盛り上がり

セドリックも武闘会への参加を希望し、騎士たちは冗談を交えて反応した。兵士たちはメルフィーナの新作を懸けた戦いに熱意を燃やし、和やかで前向きな雰囲気が場を包んだ。メルフィーナは、セレーネの回復と春の訪れを重ねて願い、未来に希望を託した。

以下に『捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです』第2巻「編み物と物語」「領主邸の地下の秘密」章の要約を、指定条件に基づいて記述する。

編み物と物語

童話を通じた交流と物語の意義

メルフィーナは団欒室で編み物をしながら童話『赤ずきん』を語り終えた。同時にマフラーが編み上がり、セレーネとの会話に入った。セレーネは物語の非現実性について疑問を呈したが、メルフィーナはこの世界には知恵ある動物や魔物が存在することを踏まえ、人狼の一種かもしれないと説明した。セレーネは納得し、羊皮紙に物語を書き留めた。彼は妹に語ってやるつもりであり、団欒室での物語は日常の一部となっていた。

団欒室の静寂と物語による場の調和

団欒室にはメルフィーナ、マリー、セドリック、そしてセレーネが加わっていたが、マリーは寡黙であり、セドリックも多くを語らず、場は静かであった。その空気を和らげるため、メルフィーナは童話を語ることを日課とし、前世の読書経験を活かして物語を披露していた。セレーネはその語りを楽しみにしており、とりわけ『ヘンゼルとグレーテル』を好んでいた。

団欒の中の菓子と会話のひととき

キッシュとチーズ入りの甘くないクリームが提供され、メルフィーナは毒見を兼ねて口にした。豆の食感と濃厚な味わいが調和し、エドの工夫が光った。セレーネは料理を高く評価し、エドもそれを喜んだ。この軽食の後、エドは夕食の準備に戻り、メルフィーナたちは新しく淹れた茶を手に語らいを続けた。

「才能」と祝福にまつわる将来の構想

メルフィーナはエドを含む子供たちに「才能」の有無を調べるべく、春に教会へ連れて行く構想を明かした。13〜16歳の子供たちに一括して祝福を受けさせる方針で、「鑑定」の才能を持つ者を探していた。マリーやセドリックはその現実性と貴族社会の事情を踏まえ、貴族の三男以下が候補になり得ると指摘した。

技術流出への警戒と雇用契約の構想

「鑑定」持ちの人材確保は技術の流出リスクを伴うため、メルフィーナは雇用契約に一定期間の勤務条件を組み込むことを検討した。商人社会では既に「鑑定」は極めて重要な能力とされ、職人育成の前例もあった。技術を教えた者が退職後に同業で活動する懸念に対し、分業制による秘匿も対策案として挙がった。

教会・神殿と修道院の権益構造の理解

「鑑定」持ちの子供たちは家に持て余されることも多く、教会や神殿に預けられることで修道院の労働力となっていた。メルフィーナはその仕組みが発酵食品の製法保持に大きく寄与していることを理解し、この世界特有の制度が歴史と結びついていることを改めて実感した。

変革への慎重な姿勢と静かな志向

この制度に挑むことは教会との利害衝突を意味し、無闇な対立を避けるべく、メルフィーナは表立って行動することを避けた。彼女の本来の願いは改革ではなく、安定した生活の中で静かに暮らすことであった。そのため、「鑑定」持ちの人材の雇用には最大限の慎重さが求められると考え、マリーとセドリックもその認識を共有した。

領主邸の地下の秘密

砂糖という異物とその発見の重み

秋の終わり、視察から戻ったメルフィーナは、マリーとセドリックに糖の話を持ちかけた。エンカー地方で甜菜を発見したことにより、砂糖の自給生産の可能性が浮上した。砂糖はこの世界では高価で貴重な滋養強壮薬であり、王都でさえ容易に手に入るものではなかった。発見がもたらす影響の大きさに、メルフィーナは驚きと動揺を覚えた。

社会構造への影響と慎重な第一歩

甜菜による砂糖の量産は、金鉱発見に等しい影響をもたらす可能性があった。大規模な流入や制度変化を招くことを懸念し、メルフィーナはまず試験的に製造することを決意した。マリーとセドリックもその判断を支持し、三人は秘密裏に砂糖作りを開始した。

地下室での糖製造工程と結晶化

領主邸地下に新設された倉庫の一室で、甜菜の下処理と煮沸が行われた。石灰乳による不純物除去、慎重な煮詰め、核砂糖による結晶化促進などを経て、糖蜜が完成した。それを素焼きの濾過器に注ぎ、二週間の浸潤を経て、最初の棒砂糖が生まれた。

棒砂糖の完成とその象徴性

生成された棒砂糖は高さ50cmにも及び、明らかに価値ある物質であった。セドリックとマリーもその甘さに驚き、メルフィーナはその現実味と可能性を再確認した。飲料や料理、菓子など用途は広く、保存性も高いため、今後の運用は慎重に検討されることとなった。

副産物の有効活用と資源の無駄なき循環

生成過程で生じた廃糖蜜（モラセス）は食用に適さないものの、肥料の促進剤として利用でき、搾りかすは家畜飼料や堆肥に転用可能であった。生産過程における廃棄物はほぼ無く、資源循環の観点でも優れていた。

エンカー地方の新たな転換点とその覚悟

糖の生産は飢饉のさなかにあっても価値を持ち、貯蔵によって将来の需要に備えることができる。領主邸の地下は既にエール、チーズ、そして砂糖で満たされつつあり、来訪予定のリカルドに新たな地下室の建設を依頼する必要が出ていた。メルフィーナは自らの行動が注目されることを自覚しつつも、平穏な生活を目指して慎重な一歩を踏み出していた。

マフラーと姉心と手紙

冬支度の贈り物と姉の気遣い

メルフィーナは、出発を前にセレーネに手編みのマフラーを巻き、マリーとセドリックにも防寒具を贈った。日頃から感謝の気持ちを込めた贈り物であり、彼らも喜んで受け取った。セレーネは明るく活発になり、体調も上向いており、久しぶりの外出に心を弾ませていた。

ピクニックへの出発と記憶の重なり

目的地はモルトル湖近くの草原であった。メルフィーナはその場所が前世でプレイした乙女ゲームにおける思い出の舞台であることを思い出し、複雑な感情を抱えつつも訪れることを決めた。自らの領地としての責任と向き合い、資源としての湖の重要性を再認識した。

天幕と過去の記憶の交錯

到着後、設営された天幕で暖を取りながら、メルフィーナとマリーは弟たちの思い出を語り合った。メルフィーナは手紙を書くことを提案し、マリーもそれに賛同した。普段は冷静なマリーが姉としての感情を垣間見せたことで、メルフィーナは心を動かされた。

草原での遊びとセレーネの成長

セレーネはフェリーチェと共に遊び、元気に笑顔を見せた。フリスビー遊びを通してセレーネは無邪気な一面を見せ、メルフィーナもそれを温かく見守った。ローランドとジグムントが交代で休憩場所へ案内し、安全を配慮する体制も整っていた。

湖の資源価値と青年の交流

湖畔ではエンカー村の青年ロイドとの会話を通じ、湖に棲む魚の情報を得た。冷蔵技術の未発達により流通しない現状を知りつつも、適切な管理のもと、少量の魚を贈ってもらうよう依頼した。今後の地域発展の資源として湖の活用可能性を確認した。

釣果と領主邸の関係性の布石

メルフィーナのやんわりとした依頼により、後日ロイドが度々魚を届けに来るようになる伏線が示された。村の若者たちが釣りを通して領主とつながるきっかけとなる描写であった。

王太子の小さな冒険

セレーネの迷子と兵士の緊張

湖畔でくつろいでいたメルフィーナのもとに、沈痛な面持ちのセレーネと護衛の兵士たちが戻ってきた。セレーネはフリスビーを追って林に入り、護衛の制止を無視して迷子になったことを謝罪した。兵士たちを庇う姿勢に、彼の責任感と成長が垣間見えた。

護衛と立場の重みの自覚

メルフィーナはセレーネに、自らの立場と護衛の責任を理解しているかを問うた上で、叱責ではなく諭す形で説いた。冬に咲く白い花を姉に贈りたいという純粋な想いに理解を示し、現実的な立場との折り合いを優しく教えた。

謎めいた花とゲーム世界の余韻

昼食の直前、セレーネのポケットに知らぬ間に差し込まれていた白い花に二人は気づいた。それは林で見失ったはずの花であり、不思議な出来事として受け止められた。乙女ゲームの世界観が現実に重なったかのような演出であり、幻想性を含んでいた。

日光浴と安らぎの時間

セレーネはメルフィーナの隣で眠りにつき、フェリーチェと共に安らぎの時間を過ごした。セドリックとマリーはその様子を見守り、日光浴を通して心身の健康に触れる会話が交わされた。冬の晴れ間に恵まれた穏やかなひとときが描かれていた。

レース編みとセドリックの意外な才能

レース編みの話題となり、セドリックが非常に高い技術を持っていることが明かされた。彼の性格が手仕事に表れており、販売価値のある品を手慰みに作る様子が語られた。メルフィーナはその作品を活用する計画を密かに立てていた。

再び交わる想いと温かな昼食

セレーネが目を覚まし、昼食の時間となった。メルフィーナは用意した初めての料理を披露する準備を整え、セレーネの笑顔と共に温かな団欒が始まった。物語は、心の交流と成長、そして日常の幸福を穏やかに締めくくっていた。

チーズフォンデュと口説き文句

天幕での昼食と共食の提案

天幕の下で昼食の準備が進められ、マリーの指揮によりサンドイッチやスープ、チーズフォンデュが用意された。メルフィーナはセレーネに対し、マリーとセドリックとの共食を提案した。貴族社会の慣例に反するが、メルフィーナは領主邸の人々と食卓を囲むことに寂しさを感じており、かつての団欒を取り戻す意図を持っていた。

チーズフォンデュと食の楽しみ

食事が始まり、チーズフォンデュが振る舞われた。セレーネは食べ方を教わりながら楽しみ、温かな雰囲気の中で料理に舌鼓を打った。エンカー地方の食材や環境に即した食の工夫が語られ、冬に向けての加工食品の構想もメルフィーナの中に広がっていた。

美食家という文化的存在の考察

セレーネとの会話の中で、美食家の存在が語られた。食の豊かさは貴族の権勢を示すものであり、美食家による評価は家格に直結する文化であった。セレーネはエンカー地方の食の魅力に定住の価値を見出す発言をし、メルフィーナは内心でその発言を喜んで受け止めた。

フォンデュの応用と錬金術の可能性

セレーネは温度調整可能な魔石コンロの発想を語り、フォンデュの応用について意見を述べた。メルフィーナもその柔軟な発想を高く評価し、錬金術師の協力による発明の可能性に希望を見出した。

優しさと強さの本質の共有

会話は内面の弱さを隠すことについて及び、メルフィーナは自らの経験から、人に弱さを見せることが不得手であった過去を振り返った。セレーネもまた、王子としての役目に縛られ、甘えることを自らに禁じてきた経緯を語った。二人は共通の「強さの仮面」を持つ者として心を通わせ、互いを認め合った。

セレーネの想いと未来への期待

セレーネはメルフィーナに対し、将来は彼女のような大人になりたいと率直な敬意を示した。メルフィーナはその言葉に照れつつも、彼が将来優れた人物に成長することを確信した。幼いながらも真摯な言葉に心を動かされる描写が添えられた。

添い寝とぬいぐるみ

眠るセレーネと記憶の追想

ピクニックから戻る馬車の中でセレーネは眠りにつき、そのまま部屋へ運ばれた。メルフィーナは眠る少年の小さな手を握られたことで、かつて乳母に寝かしつけられた自身の幼少期を思い出した。愛された記憶が思いがけず甦り、それが今のセレーネにも継がれてほしいと願った。

王族としての距離とぬいぐるみの発想

セレーネがメルフィーナと共に眠りたいと無邪気に願ったことで、貴族社会の規範とのギャップが浮き彫りとなった。メルフィーナは代替として添い寝用のぬいぐるみの製作を思いつき、猟師ゴドーの協力でテンの毛皮を用いた人形を作成し、セレーネに贈った。

フィーナ人形の誕生と歴史的影響

ぬいぐるみはセレーネの夜の安眠を助け、後に「フィーナ」と名付けられたその人形は、セルレイネ・ド・ルクセンの一生を支える存在となった。やがてこの文化は王国中に広がり、子供に良き友人を与える風習として定着していくことになった。

養豚場と生ハムとベーコン

冬の到来と豚の処理

冬の初雪が降り始め、エンカー地方では食肉加工の時期に入った。放し飼いを禁止していたメルフィーナは、預かり豚の中から不要となった子豚を処理し、養豚場での本格的な肉加工に着手した。飼育頭数は約250頭に達しており、家畜資源として十分な規模であった。

生ハム作りの工程と指導

モモ肉を用いた生ハムは、血抜き・塩漬け・乾燥・熟成という工程を経て完成される。熟成には最短でも1年以上を要し、保存性の高さと風味の深さが期待された。職員への技術指導と、今後の製造計画が段階的に行われた。

ベーコン加工と家庭的工夫

月兎の葉を使った伝統的な乾燥ハム製法が紹介され、庶民にとっても馴染み深い保存食としてその有用性が再確認された。マリーやエドと共に加工が進められ、日常に根ざした工夫が光る一幕となった。

フランクフルト作りと前世の記憶

メルフィーナたちは手作りでフランクフルトの製造に挑み、香辛料と氷の温度管理を重視した製法で本格的な味を再現した。完成したフランクフルトはその場で試食され、全員に好評を得た。

未来への展望とささやかな幸福

来年の冬に熟成された生ハムを食べる計画が立てられ、それに向けた日々の努力と期待が語られた。だが同時に、マリアの登場が近づいているという現実への不安も内包されていた。メルフィーナはその感情を隠しながら、日常の幸福を積み重ねることの大切さを改めて噛みしめていた。

領主邸のピザパーティ

朝の支度と静かな雪の日の始まり

メルフィーナは朝の支度を終え、部屋を出たところでセレーネと合流した。セレーネの体調は安定しており、階段の昇降には今も付き添いが習慣となっていた。雪の降った日ではあったが積雪は少なく、冬の静けさに包まれた穏やかな朝となった。

団欒室での期待と時間の流れ

朝食後の団欒室では、セレーネが何かを待ちきれずそわそわと落ち着かない様子を見せていた。セドリックは対面でレースを編んでおり、その様子に倣ってセレーネも時間の過ごし方を考えていた。フェリーチェと共に過ごしながら、楽しみへの期待が時間を長く感じさせていた。

厨房で始まる調理と暖かい空間

セレーネの待ち望んでいた活動は厨房でのピザ作りであり、窯のある厨房は家の中でも特に暖かく、心地よい空間であった。セレーネはエドに挨拶をして意気込みを見せ、皆で協力して新しい料理に挑む準備を整えた。

食への興味と調理体験の開始

数日間にわたりセレーネは皆と食堂で食事を共にしており、その経験を通じて料理にも興味を持つようになっていた。粉の計量や生地作りをエドが指導し、メルフィーナは工程の要所を説明した。刃物の使用には慎重であったが、セレーネは自らの意思でドライトマトのカットを申し出た。

トマトソース作りと調理への関心

セレーネは慎重ながらも無事にトマトを切り終え、その後は煮込み用のソース作りが進められた。エドと協力して炒めた玉葱とにんにくにトマトを加え、香り高いソースが出来上がった。メルフィーナは調理を通じて衛生習慣の大切さを教える機会も得た。

チーズの熟成と風味の確認

ピザの具材には自家製のモッツァレラと丸型チーズが用意された。後者はまだ熟成途上であったが、十分に旨味が凝縮されており、試食によって販売可能な品質であることが確認された。熟成度に応じた販売戦略もメルフィーナの思案に加わった。

トッピングと石窯での焼成

参加者は思い思いの具材をトッピングし、チーズを選んでピザを完成させた。セレーネは両方のチーズを使うことを望み、成長と好奇心の双方がうかがえた。石窯での焼成は高温短時間で行われ、香ばしく焼き上がったピザの匂いが厨房中に広がった。

食堂での賑やかな食事と乾杯

焼き立てのピザがテーブルに並べられ、エールとお茶で乾杯が行われた。食事は賑やかに進み、各々が異なるトッピングを楽しみながら分け合った。セレーネの笑顔とエドとのやりとりが、年齢を超えた交流の温かさを演出していた。

食への構想と季節に応じた展望

メルフィーナはピザに加え、将来的にフライドチキンやポテトなどのメニューも導入したいと考えを巡らせた。食材の加工方法や油の再利用など、生活全般にわたる展望が描かれていた。

日常に根ざした幸福の象徴

ピザという料理を通じて領主邸に笑顔が溢れ、セレーネの「一年は離れられない」という発言が皆の笑いを誘った。冬の日のささやかな食卓は、領主邸の温かく穏やかな日常を象徴する一幕となった。

書き下ろし番外編　領主邸の甘い秘密

北部砂糖産業の発展とメルフィーナの役割

メルフィーナ・フォン・オルドランドは、北部における砂糖産業の発展において重要な役割を果たした人物であった。技術開発そのものには直接関わっていなかったが、砂糖の流通と利用の面で彼女の関与は深く、多くの料理や製菓の普及に貢献したとされている。夫アレクシスから贈られた巨大な砂糖の彫刻を契機に、多彩な料理や製品が生まれた背景には、メルフィーナの美食家としての一面と料理人との連携があった。

サロンと文化的影響力の拡大

彼女は北部社交界に積極的に顔を出すことはなかったが、自らの屋敷で開催した独自のサロンは繁盛しており、貴族や商人たちの間で招待されることが誇りとされていた。北部における砂糖と文化の発展は、まさにメルフィーナと技術革新との幸福な巡り合わせによって花開いたとされている。

砂糖生産への興味と試作開始

この世界では砂糖は依然として貴重な輸入品であり、精製技術を確立できれば強力な交渉材料となりえた。メルフィーナはエンカー地方での自給を目指し、まず白大根の入手を目指して行動を開始した。甜菜の糖分含有率が低いため、大量の原料が必要と見込まれた。

白大根の供給元と調達交渉

メイドのエリから白大根の入手先について情報を得たメルフィーナは、種子の出所や関連農村の状況を調査した。飼料として用いられていた白大根が余っている可能性が高く、近隣村との交渉に希望を見出した。

製造道具の手配と陶器工房訪問

砂糖精製に必要な道具の製作を依頼するため、メルフィーナは陶器工房を訪れた。逆円錐型ポットの製作依頼に職人ルイスは快く応じ、納期の見通しも明らかになった。製作依頼は内密とし、成功すれば食器制作などの新たな依頼も視野に入れた。

飼料作物の入手と有利な取引

ラッドに白大根の追加調達を依頼し、数日後には大量の白大根が到着した。家畜を多く潰したことで飼料が余り、安価での取引が可能となった。エンカー地方の飼料事情を踏まえ、今後も取引を継続する方針が立てられた。

甜菜の処理と初回試作の開始

領主邸の人々が総出で甜菜の処理を行い、泥落とし・皮むき・煮出し作業が開始された。アンナとエドのやりとりには微笑ましい場面も見られ、皆で作業することの楽しさが語られた。煮汁は地下室に保管され、搾りかすは飼料や肥料に活用される見通しとなった。

地下室での秘密作業と糖化工程

地下室の秘密区画にて、煮汁をさらに煮詰めてポットで濾過する工程が始まった。棒砂糖の完成までは一か月以上かかる見込みであり、記録をつけながら地道に進められることとなった。

新事業への期待と始まりの瞬間

メルフィーナは失敗を恐れず、経過を楽しむ姿勢で取り組むことを選んだ。こうして北の果ての地で、ひそやかに始まった砂糖精製の試みは、やがて北部、ひいては王国全体を揺るがす大事業へとつながる端緒となった。