小説「2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。」感想・ネタバレ

小説「2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。」感想・ネタバレ

Table of Contents

物語の概要

主人公タクヒールは、異世界の男爵家の次男として生まれ、家族を次々と災厄で失い、16歳で当主となる。内政に尽力するも無能者と呼ばれ、20歳で隣国の侵略により処刑される。しかし、死の間際に時空魔法が発現し、彼は幼少期へと逆行し、さらに前々世である日本人としての記憶も取り戻す。三度目の人生を得たタクヒールは、現代知識と歴史知識を駆使して、家族と領地を守るために内政改革や技術革新に取り組み、歴史の改変に挑む。

主要キャラクター

  • タクヒール:本作の主人公。異世界の男爵家の次男として生まれ、三度目の人生を得て家族を守るために奮闘する。
  • ダレク:タクヒールの兄。前の人生では戦死する運命にあったが、タクヒールの努力により運命が変わる可能性が示唆されている。
  • アン:タクヒールに仕えるメイド。彼の内政改革や技術革新を支える重要な存在である。

物語の特徴

本作は、異世界転生や内政改革といった要素を取り入れつつ、家族愛を中心に据えた物語である。主人公が現代知識を活用して異世界の技術革新を進める様子や、家族を守るために奮闘する姿が描かれており、読者に感動を与える。また、歴史の改変による新たな展開や、主人公の成長が物語の魅力となっている。

書籍情報

2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~
著者:take4
イラスト:桧野ひなこ 氏
出版社:TOブックス
レーベル:TOブックスノベル
発売日:2024年1月20日
ISBN:9784867940686
関連メディア展開:コミカライズ版が2024年12月14日より連載開始

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あらすじ・内容

「今度こそ幸せ一家を守るんだ!」
無能者と言われた青年男爵・タクヒールは、愛する家族を何もできずに失った。
だが死に際に突如発現した時空魔法により、前々世の記憶を取り戻した上で幼少期へ逆行!?
もう戦争にも疫病にも怯まない――蘇った現代知識を駆使して水車や乾麺、クロスボウを開発すれば……飢饉対策に苦しむ両親を支え、戦死する兄の運命を力技で捻じ曲げる!
未来知識を使えば、凶作や洪水の被害を抑えつつ有望な人材をあらゆる手で引き抜き、ソリス男爵領を強盛に!
なりふり構わない行動はやがて、カイル王国を越えて大陸全体に歴史改変のうねりを生んでいく――!
“家族第一主義”な麒麟児が悲しき運命を打ち破る! 前代未聞の一大反逆劇、開幕!

2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~

感想

この物語を読み進める中で、もっとも心を動かされたのは、「家族を守るために」という主人公タクヒールの強い意志と、その過程で交わされる人々との繋がりであった。
単なる転生内政ものにとどまらず、彼が歩む道のりには、喪失と後悔、希望と奮闘が複雑に折り重なっていた。

物語の冒頭、タクヒールは隣国の侵略によって敗北し、自らの命と引き換えに領民の安全を守ろうとする。
それは無力と非難された青年の、最後にして最も誇り高き選択であった。
だが皮肉にも、処刑の炎の中で初めて発現した血統魔法によって、彼は過去へと還る。
そして、今度は50歳まで生きた前々世の記憶――日本人「ニシダタカヒロ」としての人生すらも伴って。
ここで一気にスケールが広がり、単なるやり直しではなく「三度目の人生」というテーマが明示される展開に驚かされた。

転生後のタクヒールは、幼児という制限を抱えながらも、過去の知識を総動員して歴史の改変に取りかかる。
水車の開発や乾麺の試作、備蓄制度の構築など、内政の描写は細かく練られており、現実的な技術応用も興味深い。
一方で、幼い彼を囲む大人たちのまなざしや、支えるメイド・アンや家宰・レイモンドとの信頼関係があたたかく、読者に安心感を与えてくれた。
とくに、悩みを抱える幼子としてのタクヒール(苦悩中)をカワイイと優しく見守る女性陣の存在が微笑ましく、物語に柔らかい彩りを添えている。

中盤以降では、兵器開発や戦術改革によって戦災への備えを強化していく流れが続き、やがてかつて自分を処刑した将軍ヴァイスとの因縁に再び向き合うことになる。
そのヴァイスを敵ではなく味方として迎え入れようと奮闘する姿には、過去の因果を乗り越える決意がにじむ。
単なる過去の再現ではなく、未来を創るための行動が少しずつ結果として現れていくさまは、非常に読み応えがあった。

また、閑話の「一番の崇拝者」では、タクヒールを心から信じる人間の存在が浮き彫りになり、彼が独りではないことを実感できるエピソードとして心に残った。
こうした小さなやり取りや積み重ねが、壮大な歴史改変劇の根底を支えている点に、この作品ならではの魅力を感じる。

総じて本作は、古き良き転生内政ものの雰囲気を持ちつつも、重層的な人生観と家族愛を中心に据えた良作である。
タクヒールの奮闘はまだ序章に過ぎず、これから先の改変された未来が本番であることを思えば、期待せずにはいられない。
地に足のついた設定と、伏線の張り方、感情の機微が丁寧に描かれた本作は、内政ものに慣れた読者にも新鮮な読後感を与えてくれる一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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展開まとめ

第一章  胎動

プロローグ
終わりのはじまり(カイル歴五一三年  二十歳)

帝国の侵攻とソリス家の滅亡

カイル歴五一三年、グリフォニア帝国がカイル王国を侵攻した。常勝将軍「疾風の黒い鷹」が指揮する帝国軍は、カイル王国の防衛を担うハストブルグ辺境伯を破り、左翼からの繞回進撃により王都への進路を切り開いた。途中に位置するソリス男爵領では、テイグーンにて男爵タクヒールが迎撃を試みたが敗北を喫した。男爵は内通した領を経由して進軍する別動隊と合流した敵軍に領地を占領され、降伏の代償として自らの命と財産を差し出す代わりに、領民と残兵の安全を帝国に保証させた。その後、ヴァイス将軍の命によりタクヒールは公開処刑され、ソリス男爵家の歴史は幕を閉じた。

処刑直前の回想と領主の苦悩

処刑直前、広場に磔にされたタクヒールは、意識の回復と共に自らの歩みを回想した。豊かだった領地は、数々の災厄と不幸に見舞われて衰退し、両親や兄妹、家臣たちを疫病や戦乱で失った。無能と罵られながらも、若き彼は一人で領地を守るため奔走し続けたが、努力は実を結ばず、領民の信頼を得るには至らなかった。さらに彼は、領主の象徴たる「権限」や血統魔法の才能も持たず、「権限なし領主」と揶揄されていた。

命を賭しての交渉と最後の善政

最終的にタクヒールは、自身の命と引き換えに、帝国軍と領民の安全保障を約定として交わした。広場に集まった領民は当初、彼に怒りと憎しみを抱いていたが、帝国将の発表によってその事実が明らかになると、次第に空気が変わっていった。人々は彼の真意と努力に気づき始めた。

領民たちの祈りと共鳴する記憶

火刑の準備が進むなか、一人の元メイドが彼の行動を讃えて祈り始め、それに続くように過去に彼と共に働いた行政官や施療院の女性、飢饉時の協力者たちも次々に祈りを捧げた。領民の祈りは広場全体へと広がり、まるで光のようにタクヒールを包んだ。彼の尽力を知る人々の声が輪となり、やがて群衆は彼を讃え、涙を流し祈る者が溢れる情景となった。

奇跡の発現と終焉の皮肉

その瞬間、天から不思議な声が響き、彼に「時空魔法」と「領地鑑定スキル」が血統魔法として授けられると宣言された。処刑の炎が上がる中、皮肉にも彼はようやく「権限」を得ることとなった。命を終えようとするその時に得た奇跡に、タクヒールは苦笑しつつ、無念と共にその人生を閉じた……はずであった。

第一話 やりなおしの世界(カイル歴四九三年 零歳)

転生の発端と再誕

ソリス男爵タクヒールは処刑の瞬間、奇跡的に血統魔法を発現させ、時空魔法によって魂と「ソリス男爵領史」の書物を過去へと転送した。彼は零歳の姿で再誕し、再び家族の元へと還ることに成功した。

失われた記憶と前世の断片

再誕したタクヒールは、生まれたばかりの肉体に違和感を抱く中で、突如「ニシダタカヒロ」という別の人生の記憶を思い出した。それは日本で中年ニートとして妻に支えられ、苦難の末に死を迎えた過去であり、彼にとっては「三度目の人生」であることが判明した。

ニシダの人生と後悔

ニシダはかつて平凡なサラリーマンとして生き、リストラ後に堕落していたが、妻ユウコの支えにより再起を果たした。しかし過労で倒れ、願い半ばで人生を終えた過去を持っていた。タクヒールはその記憶を受け継ぎ、深い後悔と悲しみを抱くこととなった。

再び訪れる悲劇への決意

生まれ変わったこの世界でも、過去の悲劇が再び訪れる未来を知る彼は、それを回避する決意を固めた。歴史の改変と家族の救済を目指し、かつての失敗を繰り返さぬよう、知識と記憶を武器に未来を変えようと誓った。

第二話 やりなおしの世界の考察(カイル歴四九六年 三歳)

早熟な知性と幼児期の葛藤

三歳になる頃、タクヒールは既に文字の読み書きが可能であったが、その才能を周囲に悟られぬよう慎重に振る舞っていた。人知れず情報を記憶に叩き込み、数え切れぬほどの戦略と対策を思考し続けていた。

異世界の構造と文明の特性

観察と記憶を通じて、タクヒールはこの世界が中世ヨーロッパに類似しながらも、魔法が文明の発展を大きく歪めていると理解した。また魔法が支配階級の特権であり、政治・軍事・経済に深く関与している実態を再認識した。

領地と国家の再評価

彼は「ソリス男爵領史」を活用し、領地エストールの広大な資源と潜在力を評価した。人口約七千人、豊かな鉱山・農地・交易が三本柱となっており、国境警備の拠点として兵力も充実していた。また、王国カイルは内陸の中堅国家であり、隣国との関係が今後の命運を左右する要因と位置づけられた。

避けるべき五つの大災厄の把握

タクヒールは前回の歴史を参照し、今後襲い来る五つの災厄(洪水・戦災・疫病・飢饉・帝国侵攻)を整理し、これらを未然に防がねば領地も家族も滅びるという危機感を強く抱いた。

権限と血統魔法の考察

この世界の魔法は「権限」を通じて発現するものであり、タクヒールは前世において死の直前に初めて発現させた経緯を踏まえ、今回は父の治世下における権限によって、自らも血統魔法に目覚める可能性に賭ける道を選択した。

魔法適性の現実的制約

魔法士は非常に希少であり、適性の確認や儀式には高価な魔石が必要となるため、事実上、貴族や支援者がなければ魔法士になれない。魔法士数の多いカイル王国は魔法先進国とされるが、それが他国との戦争リスクを高める要因にもなっていた。

「ソリス男爵領史」の意義

赤ん坊の頃から傍らにあった書物「ソリス男爵領史」は、前世での領地の記録を詳細に記したものであり、彼にとっては重要な情報源となった。この書は日本語で記載されており、本人しか読めない点でも機密性が高かった。

決意の明文化と未来への戦略

タクヒールは三つの人生の記憶を携え、災厄の回避と家族の保護を最優先課題として明確に定義した。最終目標は時空魔法を再び得て、最初の人生に帰還し、ユウコと共に新たな未来を築くことであった。

第三話 改変のはじまり(カイル歴四九六年~四九八年 三歳~五歳)

知識収集と神童の台頭

タクヒールは、三歳児である自分に世間が信用を寄せないことを理解しつつも、歴史改変の足掛かりとして知識の蓄積を優先した。領主館の蔵書を全て読破したうえ、両親の協力を得て領内外からあらゆる書物を集めたことで、五歳に至るまでに莫大な情報を吸収し、周囲から「ソリス家の神童」と称されるまでになった。

領史の精読と未知の災厄の発見

「ソリス男爵領史」を読み込んだ結果、タクヒールは従来の五大災厄よりも前に、六歳から九歳にかけて発生する四つの災禍が存在することを知った。その深刻さに衝撃を受けた彼は、従来の対策では不十分であると判断し、災厄の体系的な再分類を行い、六歳から十歳までの災厄を「前期五大災厄」として新たに定義した。

前期五大災厄の整理と戦略立案

タクヒールは次の五年間に発生する災厄として、以下の五件を想定した。

  • 六歳:大豊作による市場価格の暴落と収入低下
  • 七歳:隣国火山の噴火に起因する干ばつと凶作
  • 八歳:隣領との不和が激化し、兄の死の遠因となる
  • 九歳:隣国の侵攻により兵の四割を失う
  • 十歳:穀倉地帯の大洪水により壊滅的被害

この連続災厄により蓄えを喪失した領地は、後続の大災厄に耐えられずに滅ぶこととなる。タクヒールは、この連鎖を断ち切るために新たな行動指針を打ち立てた。

災厄対策の初動としての“工作”選択

現状で取れる現実的な行動として、タクヒールは「工作」を選び、木工所での活動を通じて領地改変の第一歩を踏み出すことを決意した。その過程で母に許可を取り付け、エストの木工職人に接触するため外出許可を得た。

護衛アンとの再会と変化の兆候

護衛として同行したのは、前世で忠誠を尽くしたメイドのアンであった。剣術と護衛術に優れる彼女は、タクヒールにとって厳しくも信頼できる存在であり、前世では兄と妹の死後に深い悲しみに沈んでいた人物である。すでに彼女の配属が変化していたことで、歴史がわずかに改変された可能性が示唆された。

木工職人との出会いと職人魂の刺激

初訪問時、工房の親方ゲルドに冷たく扱われたタクヒールであったが、護衛アンの威圧と自身の熱意により見学を許可された。その後、タクヒールが見せた図面と構想は、職人たちにとって未知の技術であり、ゲルドや若手職人カールの好奇心と職人魂を刺激することとなった。

プロの協力と計画の具体化

タクヒールは工作において必要な素材や構造に関する具体的な質問を投げかけ、徐々に工房内で信頼を得た。最終的には職人の支援を受けつつ、自身が描く装置や仕組みを実現に向けて動き出し、災厄への備えとしての「最初の矢」が着実に形となり始めた。

未来改変への第一歩の完成

彼の試みは順調に進行し、前期五大災厄の始まりである六歳の年に間に合わせるべく、計画の加速が図られていった。こうして、タクヒールの歴史改変に向けた第一歩は、具体的な行動として具現化されていった。

第二章  放たれ始めた矢

第四話 一の矢、改変のための一手(カイル歴四九八年 五歳)

水車模型の制作と職人の協力
タクヒールは揚水水車と動力水車、ギア、板バネ、滑車といった複数の装置の模型を工房で試作した。当初の設計は粗雑だったが、職人カールの協力を得て、精度の高い模型を完成させた。実質的にはカールの手による部分が多く、タクヒールの主導というよりは協働の成果であった。

家宰レイモンドの登場と提案会の開催
両親の了承を得たうえで中庭で提案会を開催したところ、家宰レイモンドが自発的に参加した。レイモンドはソリス男爵家の実務を担う第三位の権力者であり、タクヒールは過去の経験から彼に強い苦手意識を抱いていた。

実験の披露と水車の機能説明
タクヒールは、まず揚水水車により水を高所に汲み上げる様子を披露した。次に、動力水車とギアを連結させて動力を変換し、石臼や棒などを継続して動かせる可能性を示した。家宰はその実用性に強く関心を寄せ、農業や製粉作業への応用を即座に見抜いた。

実用化への構想と目的の提示
タクヒールは、水車によって灌漑と製粉を効率化し、耕地の拡大、農業生産性の向上、食品の大量生産・価格競争力の確保、災害時・戦時の備蓄確保を図る構想を説明した。第一の矢として、この装置を軸に領地発展を目論んでいた。

水車導入と領地の発展
レイモンドの強力な後押しにより、翌日から導入候補地の調査が開始され、大量の水車が木工職人工房へ正式発注された。カールを中心に大規模な水車が製作され、順次納品されたことで、母とレイモンドの主導による灌漑工事が本格化した。父もまた小麦粉の販路拡大に尽力し、エストの街には商人が集まり活況を呈した。

第五話 大豊作を乗り切るために(カイル歴四九八年〜四九九年 五歳〜六歳)

次なる矢への準備と保存食の発想
一の矢が順調に進む中、タクヒールは次の大凶作に備えるため、大豊作時に安価な小麦を買い占める準備に取りかかった。これを正当化するため、小麦粉を使った保存食の開発を開始し、料理長ミゲルと共に厨房に籠った。

料理長ミゲルとの連携と乾麺試作
元兵士であり戦場での食事に詳しいミゲルの助力を得て、乾燥うどんのような保存食を試作した。配合・乾燥方法を工夫しつつ、全ての失敗作もタクヒールの食事として活用された。試行錯誤の末、乾麺の食感や味も及第点を得られるものとなった。

調味料と出汁の欠如による課題
味の違和感の原因が、出汁文化のないこの世界の調味料事情にあると分析したタクヒールは、調味法の方向転換を行い、ミゲルとともに新たなレシピの開発を続けた。結果、世界に適した乾麺料理としての商品化に成功した。

売り込みの工夫と“携行食”の発想
次にタクヒールは、戦国時代の腰兵糧をヒントに、戦地で利用可能な携行食の開発に着手した。保存容器兼調理器具として竹筒に着目し、麺と調味料を入れた状態で加熱可能な「おみくじ乾麺」の試作を進めた。

竹筒の特性と課題の発見
実験の過程で、竹の抗菌性や加熱耐性を活かす一方、湿気によるカビの発生という重大な問題に直面した。乾燥した竹では燃えてしまい、青竹ではカビが発生するというジレンマを抱えることとなった。

容器改良と保存調味料の開発
タクヒールは油紙や蝋紙、木の栓の使用など、容器の改良に取り組んだ。同時に、乾燥調味料の開発も進め、携行と保存に耐える製品づくりに注力した。失敗を重ねた末に、「うどんもどき」の竹筒保存食が完成した。

戦略的備蓄食の完成と次なる提案へ
味や食感に課題を抱えつつも、携行性と利便性を備えた保存食は、従来の兵糧よりも優れていた。これにより、父への備蓄提案の足掛かりが整い、タクヒールは自信をもって次の一手に進む準備を整えた。

第六話 二の矢、改たな一手(カイル歴四九九年 六歳)

降灰を契機とした提案会の開催
タクヒールは、隣国の火山からの降灰を確認した時点で、第二回目の提案会を開催した。豊作と降灰を組み合わせた将来的な凶作の予兆という論拠を用い、両親と家宰に向けた三つの施策を提示する流れを組み立てた。

乾麺備蓄の推進と雇用対策
一つ目の提案は、相場の下落時を好機と捉え、安価な穀物を原料に乾麺などの保存食を製造するというものであった。農民に作業を担わせることで、収入減を補い、兵站用食品としての活用も視野に入れていた。

義倉建設による備蓄と市場調整
二つ目は、余剰穀物を義倉に収める制度の導入であった。市場に流通する穀物量を制限し、相場を安定させつつ、農民の収入も保障する取引方式を提案した。家宰レイモンドはこの制度の利点に強く賛同した。

将来的凶作を見越した穀物買い占め
三つ目は、降灰を大噴火の前兆とし、翌年の凶作を想定した上での穀物大量買い占めであった。備蓄と投機の両面から意義を強調し、未来への布石とした。書物の知識という名目で未来の情報を巧みにカバーした。

両親の施策実行と領地の背景
母は地属性の固有スキルを用い、領地の開発に貢献してきた。一方、父は時空魔法による空間収納を活用し、物流と商業を支えていた。こうした能力を用いた両親の努力により、ソリス男爵領は急速に発展を遂げていた。

施策への理解と迅速な対応
提案後、母とレイモンドは即座に義倉制度の実行に取りかかり、乾麺の備蓄と増産にも着手した。父は表向きの慎重姿勢を崩さなかったが、収穫後の二度目の降灰をきっかけに、穀物の大規模買い付けを開始した。

第七話 前期五大災厄 その一 大地の祝福(カイル歴四九九年 六歳)

豊作への施策と領地経済の安定
王国全体での大豊作により、穀物価格が暴落する中、母とレイモンドの迅速な対応により、領地内では相場以上で農民から穀物を買い上げ、義倉への備蓄と乾麺の量産が進められた。これにより、農民の生活安定が図られた。

父の買い支えと裏の商業戦略
父は、男爵家の名を表に出さずに、他領の穀物を最安値で買い占め、裏で莫大な備蓄を形成した。同時に、乾麺を王都の騎士団に売り込む計画を進めており、商人男爵の異名にふさわしい抜け目なさを見せていた。

おみくじ乾麺の課題と改良保留
竹筒を利用した乾麺の保存方法については、湿気によるカビ、乾燥竹による燃焼の問題があり、備蓄・商品化の観点からは改良が必要と判断された。そのため市場展開は見送られ、今後の課題として残された。

初の外出と義倉建設視察
提案者としての責任から、タクヒールは義倉建設の現場を視察するため、母と交渉の末、家宰レイモンドとアンの同行を条件に初の領地外出を許可された。視察先では護衛を伴い、建設現場を見学した。

建設計画への意見と現地対応
一つ目の村で義倉の立地に問題を見つけたタクヒールは、高床式倉庫への設計変更を提案し、洪水リスクへの対策を指示した。家宰はその意見を重く見て、以降の村でも同様の対策を主導して実行に移した。

義倉建設の進行と備蓄体制の確立
こうして領地内では義倉の建設が進められ、収穫された穀物が次々と搬入された。タクヒールは、今回の施策が領民のために役立つことを実感し、今後の課題と計画の遂行に向けて、さらなる備えを意識していた。

第八話 前期五大災厄 その二 地震(カイル歴五〇〇年 七歳)

地震の発生と即時の対応
タクヒールの領地で大規模な地震が発生した。建物の倒壊や地盤の崩落が相次ぎ、多数の住民が被害を受けた。タクヒールは地震直後に現場へ急行し、即座に被害状況の把握と救助活動を開始した。災害発生時の冷静な判断と指揮能力は、周囲の信頼を集めた。

避難所の設置と住民の保護
地震によって住居を失った住民のため、タクヒールは避難所の設置を命じた。民家や施設を一時的な避難先として活用し、衣食住の最低限を確保する体制を整えた。また、水や食料の供給にも迅速に対応し、混乱を最小限に抑える努力を行った。

インフラ復旧のための指示と人材の活用
ライフラインの復旧に向けて、タクヒールは土木作業の熟練者や魔法使いたちを動員した。とくに重要な橋や井戸、水路の修復を優先的に進め、復旧活動の中心に立って指示を出した。彼は既存の技術者に加え、以前訓練した人材の活用にも注力した。

村落への巡回と被災状況の把握
タクヒールは中心地だけでなく周辺の村落にも足を運び、被害の実態を確認した。一部の村では連絡手段が途絶しており、自ら移動して調査を行った。その結果、孤立した住民の救出や食料支援が可能となり、全域への支援が行き渡るように調整された。

復興計画の立案と資源の配分
地震からの復興に向け、タクヒールは被害状況を整理し、資材や人員の配分を計画的に行った。倉庫の備蓄や災害用予算の活用により、短期的な復旧を迅速に進めたうえで、今後の地震対策に関する構想も練り始めた。

内政への評価と民衆の支持
一連の対応により、タクヒールの内政手腕は再び注目を集めた。被災者たちの信頼はさらに高まり、民衆からの支持が厚くなった。また、領地内では彼の存在が「災厄を乗り越える若き指導者」として語られるようになった。

第九話 功績と報酬(カイル歴五〇〇年 七歳)

地震対応の成果に対する中央からの反応
タクヒールの災害対応が王都にまで伝わり、王太子派を中心とする中央の貴族層から注目を浴びることとなった。とくにファム侯爵をはじめとする有力者たちは、若き領主の卓越した指揮に関心を寄せた。

表彰を巡る王太子派の動きとレイモンドの交渉
王太子派の勲章授与提案に対し、父レイモンドはその政治的意図を読み取りつつ、慎重に対応した。レイモンドはタクヒールの将来にとって有利な条件を引き出すため、王太子派との距離感を見極めながら交渉を進めた。

正式な勲章と報酬の授与
国王からの正式な勲章「災害対処功績章」がタクヒールに授与された。加えて報奨金も支給され、タクヒールの功績は公式に認められた。この表彰は、単なる個人の栄誉に留まらず、家門の立場強化にも寄与する結果となった。

王族からの贈り物と政界への布石
表彰と併せて、王族筋から特別な贈り物が届けられた。そこには王太子との接点を築かせようとする意図が含まれており、今後の政界進出への前触れとなった。母はこの動きを敏感に察知し、慎重な構えを見せた。

外戚派との緊張と影響力の波及
ガルブレイズ家の評価が高まる一方で、それに対する外戚勢力や保守派の反発も生じ始めた。表彰は好意的な注目と同時に、新たな政治的緊張をも呼び込む要因となった。家門を取り巻く勢力図は、次第に複雑さを増していった。

タクヒールの意識変化と覚悟の深化
幼少にして国王から勲章を受けたタクヒールは、これまで以上に責任を感じるようになった。彼は功績を誇るのではなく、それに伴う重圧と向き合いながら、将来に対する覚悟を静かに強めていった。自身の役割を受け入れるその姿勢は、周囲にさらなる信頼を与えるものであった。

第十話 最大級の破滅フラグ(カイル歴五〇一年 八歳)

難民支援活動の継続と制度の概要
タクヒールは難民対応のため、受付所で日常的に活動していた。難民たちはまず受付で登録札を受け取り、それによって炊き出しの支援を受ける仕組みであった。仕事の斡旋も受付を介して行われていたが、ゴーマン子爵領出身者に対する対応が政治的に難しくなっていた。

ゴーマン子爵家との対立と現地対応の工夫
ゴーマン子爵家は領民の流出に強く反発しており、正式な通達で「難民の送り返し」を求めてきた。しかし、ソリス家では人道的観点から難民を受け入れ続け、表立った対策は取らず、あくまで噂話として情報を流すなど、間接的な対処にとどめていた。

正体不明の傭兵団との接触
ある日、通常の難民とは異なる雰囲気をもつ一団が現れた。彼らはゴーマン子爵に雇われていた傭兵団であり、契約を打ち切られて食料も得られずに放逐されていた。タクヒールは彼らにも通常と同様に炊き出しと寝床を提供し、受付での登録を勧めた。

傭兵団長ヴァイスとの邂逅と正体の判明
後に、傭兵団の団長が自らタクヒールのもとを訪れ、救済策への感謝を伝えた。その人物はヴァイス・シュバルツファルケと名乗り、黒い鷹のヴァイスとして知られる将来の将軍であった。彼は十二年後、エストール領を侵攻し、タクヒールを処刑する歴史を持つ人物であり、タクヒールはその事実に驚愕した。

過去の歴史とフラグの再来に対する懸念
ヴァイスは現在、グリフォニア帝国へ向かう途中であり、このままでは前回と同じ未来が訪れる可能性が高かった。タクヒールはその歴史を思い返し、何としても彼を帝国に向かわせてはならないと強く決意した。

第十一話 繋がったパズル(カイル歴五〇一年 八歳)

将来の将軍ヴァイスの経歴と脅威
ヴァイスは過去の歴史で、グリフォニア帝国において頭角を現し、第三皇子の勅命でカイル王国を侵攻した張本人であった。彼の軍はエストール領を占領し、タクヒール自身を処刑するに至った。タクヒールはその記憶を踏まえ、彼を味方につけることを最重要課題と認識した。

傭兵団との交流と信頼の醸成
タクヒールはヴァイスたち傭兵団と積極的に関わるようになり、戦術の話を聞いたり、訓練を観察することで距離を縮めていった。ヴァイスは剣技、知略、人望ともに優れた人物であり、タクヒールは彼を尊敬するようになった。

戦略的な仮想演習による情報提供
タクヒールは子供としての立場を利用し、あくまで「仮定」の話としてグリフォニア帝国の戦術を地面に描いて説明した。彼は正面からではなく、魔境を迂回してエストール領を奇襲するルートを提案し、実際にヴァイスが十二年後に用いた進軍ルートを指摘した。

ヴァイスの反応と警戒の兆候
この仮定の話に対し、ヴァイスは真剣な表情を見せ、詳細な反論を行った。彼は現実的な問題点を五つ挙げ、侵攻が困難である理由を説明したが、タクヒールはそれらが全て十二年前に克服されていたことを思い出し、戦慄した。

歴史の再現と恐るべき因果の接続
前回の歴史では、ヴァイス軍団は魔境を突破してテイグーン山を拠点とし、そこからエストール領を奇襲した。テイグーンは天然の要害であり、魔境に慣れたヴァイスが指揮を執ったため、帝国軍は成功を収めた。しかもその侵攻には、タクヒールのかつての部下の裏切りも関与していた。

先を読む難しさと危機感の再燃
仮に話と称して披露した戦術が、実際の侵攻計画と一致していたため、ヴァイスに不審を抱かれる可能性が高まった。タクヒールは知識の使い方の難しさを痛感し、内心で強く警戒した。すでにパズルは繋がり始めており、今後の対応を誤れば再び破滅に向かうことを強く自覚した。

第十二話 必死の囲い込み(カイル歴五〇一年 八歳)

開拓計画と傭兵団活用の構想
タクヒールは、難民を新たな領民として受け入れ、テイグーン山に開拓地を築く提案を考案し、家宰レイモンドに相談した。さらに、ヴァイス率いる傭兵団の能力を活かし、開拓地の護衛および将来の国境防衛戦力として雇用すべきであると主張した。

開拓地と傭兵団に関する具体案
テイグーンを候補地とした理由として、辺境であること、魔境へのアクセス性、守りやすさなどを挙げ、傭兵団には副業を認めることで雇用コストを抑える案を提示した。また、タクヒール自身がヴァイスに師事し剣や軍略を学びたい意向も明かした。

両親への提案と母の擁護
レイモンドの助力により、父ダレンと母クリスに提案が伝えられた。父は費用面や政治的な懸念を示したが、母が過去の提案による功績を評価し擁護したことで、最終的に計画は了承された。ただし、剣術師事は保留とされた。

兄の支援による提案実現
タクヒールの兄ダレクが、正式な剣術師事を父に求めたことで、父は改めてヴァイスや傭兵団の調査を指示し、信頼に足ると判断した時点で師事が許可された。兄の強力な後押しにより、タクヒールの提案は実質的に全面受諾された。

ソリス家の剣技水準とヴァイスの評価
この時点で兄は剣士から猛者を超えて達人レベルに到達し、剣聖を目指せる素質を見せていた。一方、ヴァイスは剣鬼クラスの実力者であり、ソリス領内では父を含めても剣豪以上の剣士はごく僅かであった。こうしてヴァイスを囲い込むことに成功し、タクヒールは大きな破滅フラグを一つ回避できたと安堵した。

第十三話 五の矢、武装強化(カイル歴五〇一年 八歳)

兄弟による剣術修練の進展
ヴァイスの師事が始まってから、兄ダレクは急速に剣技を習得し、数か月で達人クラスに到達した。対してタクヒールは依然として修行中の段階にあり、兄との差に劣等感を抱いたが、それでも着実に鍛錬を続けていた。

開拓地建設の進行状況
テイグーン開拓地では先遣隊による調査と準備が始まり、宿泊施設や商店の整備も進められていた。難民の雇用を通じて町の建設が進行し、傭兵団も護衛として交代で駐屯していた。契約は初年度2年、その後は1年更新で締結された。

兵器開発計画と長年の研究
タクヒールは、グリフォニア帝国の鉄騎兵に対抗するため、五歳の頃から強弓の開発に着手していた。素材の選定から始まり、複合弓、合成弓、滑車の研究、最終的にはコンパウンドボウの原理を取り入れたクロスボウの試作に至った。

新型クロスボウの完成と効果確認
三年に及ぶ試行錯誤の末、高威力かつ長射程の新型クロスボウが完成した。この兵器は、滑車機構により引きやすく、装甲を貫通する威力を備え、誰でも扱える点で優れていた。試作は廉価版と高級品の2種類で構成されていた。

ヴァイスの反応と傭兵団での導入希望
ヴァイスに試射を依頼したところ、その威力に驚愕し、是非とも傭兵団に装備させてほしいと懇願された。兄ダレクもその性能に惚れ込み、繰り返し試射を希望した。これにより、タクヒールの兵器開発計画は一歩前進を遂げた。

第十四話 六の矢、弓箭兵育成計画(カイル歴五〇一年 八歳)

新型クロスボウの性能披露と提案の始動
タクヒールと兄ダレクは、新開発されたクロスボウ「エストールボウ」の威力を両親に披露した。素人に近い兄でも遠距離から金属板を貫通する性能により、父母を驚かせた。この兵器の優位性を踏まえ、兄弟は量産および全軍配備を提案した。

戦術的課題への対応と兵力増強案
クロスボウの連射速度の弱点に対し、兄弟は二交代・三交代制による運用方法を提案し、織田信長の三段撃ちに倣った戦術的展開を提示した。また、弓箭兵の少なさを補う手段として、兵士だけでなく領民を戦力化する構想を打ち出した。

射的場建設と娯楽による戦力化の方策
タクヒールは、射的場を建設し、射撃を娯楽として普及させることで、弓箭技能の裾野を拡大する計画を示した。段階的に景品付きの大会、賞金制の競技、投票による配当制度を導入し、領民の参加意欲を促す仕組みを考案した。

運営方針と軍事的秘密保持の確立
計画はレイモンドの質問にも応える形で説得力を持ち、滑車付きの上位型クロスボウは秘匿兵器とすること、軍用と娯楽の両面で射撃技能を浸透させる方針が承認された。タクヒールは大会運営・施設管理を担い、兄は戦術研究を担当することとなった。

傭兵団への条件付き供与と囲い込みの強化
ヴァイスがクロスボウの提供を希望していたため、供与の条件として情報秘匿・実戦運用の報告・教官の派遣を交渉材料とすることも提案された。これにより、傭兵団の領内定着をさらに強固なものとした。

将来的な戦力構成と制度化の展望
クロスボウの普及は、将来的に「ソリス弓箭兵団」として広く知られる存在の礎となり、ソリス軍の主要な戦術体系を築くことに繋がった。この兵器は合成弓・コンパウンドボウ・クロスボウの特徴を併せ持つ新型として、「エストールボウ」と命名された。

第十五話 災厄への備え(カイル歴五〇一年 八歳)

工房での量産視察と新兵器の発注
タクヒールとダレクは、エストの工房を訪れ、エストールボウの量産体制を視察した。工房は人員を拡充し、活況を呈していた。タクヒールは量産の遅れを避けるため、新たな試作兵器「連射型クロスボウ」の開発を後回しにするよう念を押した。

諸葛弩弓を参考にした連射兵器の構想
タクヒールは、自動装填・自動発射を可能とする連射型クロスボウの構想を持ち込み、かつて映画や動画で見た記憶を元に、職人たちとイメージを共有した。これは個人的な興味も含まれていたが、戦力の更なる底上げを狙った布石でもあった。

量産体制の確立と生産管理の工夫
工房では木製部品と金属部品の分業体制が整備され、大量生産に適した構造となっていた。タクヒールは、軍用分の生産が来年の戦役に間に合う見通しが立ったことに安堵し、再来年の洪水に備えての準備にも期待を寄せた。

傭兵団への先行配備と戦術共有
先行量産されたエストールボウは、傭兵団にも配備されており、ヴァイスの申し出により、実戦訓練がテイグーンで行われていた。射撃・装填・補助の三役に分かれた三段射ちは、実戦に即した形で進化し、ソリス軍へと戦術伝授が行われていた。

次なる戦役への備えと構成要素の分析
来年秋の戦役では、前回の歴史と異なり、エストールボウ・増強された弓箭兵・ヴァイス率いる傭兵団の三つがソリス軍を支える要素となっていた。また、ヒヨリミ子爵軍の崩壊を想定した事前準備が必要とされ、ゴーマン子爵軍の動向も不安要素とされていた。

兄のスキル活用と切り札作戦の発案
タクヒールは、兄のスキルを活用した新たな戦術を思案し、ヴァイスに相談を持ちかけた。これは初見殺しを狙った一撃必殺の切り札的作戦であり、グリフォニア帝国の鉄騎兵への対抗手段として大いに期待されていた。

第十六話 前期五大災厄 その四 血塗られた大地① 出陣(カイル歴五〇二年 九歳)

ハストブルグ辺境伯の急報とソリス男爵の出陣
グリフォニア帝国のゴート辺境伯が侵攻を開始し、ハストブルグ辺境伯の要請に応じてソリス男爵ダレンが出陣した。常備軍・兼業兵あわせて総勢四百名に双頭の鷹傭兵団を加え、王国軍としては標準を超える戦力を整えていた。一方、息子タクヒールは従軍を望むも却下され、策をヴァイスに託して後方に残留した。

帝国軍の構成と侵攻の意図
帝国の侵攻は第一皇子派が主導し、継承問題の影響を受けた局地的軍事行動であった。皇帝や第三皇子の本隊は含まれておらず、敵勢はゴート辺境伯の単独行動と判断された。

王国軍の陣形と脆弱性
王国軍は丘陵地帯に鶴翼の陣を敷き、右翼にはソリス男爵軍が配置されたが、各部隊の連携不足と疑念が浮き彫りとなった。参謀ヴァイスは、敵が右翼に集中攻撃を仕掛けてくる可能性と、それによる戦線崩壊を警告した。

ソリス男爵軍の四つの強み
ヴァイスは以下の戦力を挙げ、敵の戦術を打破する見通しを示した:

  • 地魔法士による陣地構築
  • 全兵士のクロスボウ(エストールボウ)装備
  • 騎兵二百騎の保有
  • 最後の秘策の存在

騎兵増強の裏事情と戦闘準備
騎兵の増強は、二年前の飢饉に乗じたダレンの軍馬買い付けによるものであった。地魔法士の働きにより、塹壕や罠が設置され、弓兵の弱点も補完された。ダレンの号令で軍は戦闘態勢に入り、「サザンゲート殲滅戦」が始まる運びとなった。

第十七話 血塗られた大地② 秘策(カイル歴五〇二年 九歳)

ゴート辺境伯の戦術と戦線展開
ゴート辺境伯は、王国軍が丘を占拠するのを計算のうえで誘導し、中央と右翼に牽制を行いつつ、左翼で王国右翼への集中攻撃を開始した。鉄騎兵団は後方に待機させ、好機を見ての投入が予定されていた。

王国右翼の崩壊と中央軍の停滞
帝国左翼の攻撃により、ヒヨリミ子爵軍が崩壊し、ゴーマン子爵軍も後退を始めた。中央軍と左翼軍は鉄騎兵団の牽制もあり援軍を出せず、王国軍全体は危機に陥った。

鉄騎兵団の突進とソリス男爵軍の備え
敵鉄騎兵団二千騎が突進を開始し、王国軍最右翼に襲いかかったが、ソリス男爵ダレンとヴァイスの沈着さが軍の動揺を抑えた。防壁の背後に全兵を伏せさせ、伏撃の体制が整えられた。

タクヒール考案の秘策の発動
ヴァイスの合図で閃光が放たれ、突進してきた鉄騎兵団の前列が盲目となり転倒。後続も巻き込まれ、自壊に等しい被害を被った。この一撃により、精鋭部隊の三分の一が戦闘不能となった。

罠による追撃と戦局の転換
盲目を逃れた者も、事前に設置された罠により続々と倒れ、騎馬兵としての機能を失っていった。この一連の仕掛けにより、戦局は完全に王国軍優位へと転じた。

戦史に残る初陣の記録
ダレクの初陣は、敵兵と直接剣を交えることなく、秘策の成功によって歴史に名を刻む戦果となった。彼は後に「剣聖」「光の剣士」と呼ばれ、この戦をその名の起点とした。

第十八話 血塗られた大地③ ソリス弓箭兵(カイル歴五〇二年 九歳)

ダレクの光魔法と戦術活用の発案

数か月前の修練において、ダレクの光魔法が戦術的価値を持つとタクヒールが発見し、ヴァイスの協力を得て活用法を模索した。魔法による閃光が突進する馬にとって致命的であると見抜いたタクヒールの直感が、戦局を左右する新戦術の発端となった。

戦場における魔法士の希少性と初見性の武器としての優位

魔法士、とくに光魔法士は極めて稀であり、戦場に現れること自体が常識外であった。このため敵方の対策は皆無であり、初見殺しとしては十分な効果を持つと判断され、ダレクの戦線投入が決定された。

家族の反対と戦術価値による了承

ダレクの出征には両親が反対したが、ヴァイスが戦術的必要性と勝利への貢献を根拠に説得し、最終的に許可が下りた。かくしてダレクは十二歳にして初陣を果たす運びとなった。

鉄騎兵団への奇襲成功と遠距離射撃の開始

鉄騎兵団の突進を閃光により妨害した直後、ソリス男爵軍はエストールボウによる一斉遠距離射撃を開始した。事前に試射された射角に従い、効率的な照準と攻撃が実行され、混乱する鉄騎兵団をさらに追い詰めた。

戦線立て直しと敵再突撃の兆候

鉄騎兵団は射程外に一時退避して再編を図り、矢の被害を避けつつ士気を立て直した。その後、損耗した状態ながらも再突撃を決断し、丘上のソリス男爵軍を標的とした。

三段撃ちによる撃退と防御陣地の功績

ヴァイスの指示により三段撃ちが実行され、騎兵の突進を間断なく迎撃した。加えて、塹壕や逆茂木などの防御設備が進軍を阻み、敵騎兵は接近すら叶わなかった。

騎兵部隊の出撃と包囲の完成

ヴァイスが率いる二百騎のソリス騎馬隊が丘の裏から突撃し、敵の退路を断った。弓箭兵の援護も継続され、敵は包囲されたまま戦意を喪失した。

鉄騎兵団の壊滅と戦局の逆転

かつて最強と謳われた鉄騎兵団は、矢と戦術に翻弄され、隊長が戦死し、全体が潰走に陥った。戦局は完全にカイル王国側へと傾いた。

第十九話 血塗られた大地④ 凱歌(カイル歴五〇二年 九歳)

鉄騎兵団の壊滅による敵本陣の混乱

鉄騎兵団の壊滅を受け、ゴート辺境伯は事態を理解できず呆然とした。彼の誇る二千騎が一蹴された現実を前に、指揮系統は崩壊寸前であった。

ハストブルグ辺境伯軍の反転攻勢

カイル王国側では、ヒヨリミ子爵軍の潰走で一時守勢に回っていた部隊が、この機を逃さず攻勢に転じた。ゴーマン子爵軍・ハストブルグ軍・キリアス子爵軍が同時に反撃に出て、敵を半包囲し始めた。

ゴート辺境伯軍の潰走と戦線崩壊

敵軍左翼は突出して孤立し、敵右翼と中央は分断され混乱のなか退却を開始した。キリアス子爵軍による包囲も加わり、戦線は各所で崩壊した。国境線を目指して敵軍は潰走を始め、戦いは追撃戦へと移行した。

追撃命令とソリス軍の任務交代

ハストブルグ辺境伯の命により、ソリス男爵軍とコーネル男爵軍は追撃から外れ、後方に再布陣して戦果の確保と戦場の整備を担うこととなった。ダレンとヴァイスはこれを了承し、街道沿いに拠点を移動させた。

戦後処理と両男爵の連携

遺棄された物資や軍馬の確保、捕虜の処理、遺体の埋葬、街道整備などが行われた。コーネル男爵がソリス軍の戦果を称え、ヴァイスとダレンは地魔法士の貢献に謝意を示した。互いに戦術と装備に敬意を払い、今後の関係構築に期待が高まった。

サザンゲート殲滅戦の終結と戦功の評価

全軍がサザンゲート砦へ帰還し、ハストブルグ辺境伯により戦功評価が発表された。

  • 第一位:ソリス男爵(鉄騎兵団壊滅による勝利貢献)
  • 第二位:コーネル男爵(陣地構築の支援)
  • 第三位:キリアス子爵(好機を見た攻勢)

勝報の伝達と領内の歓喜

戦勝報は早馬によりエストの街に伝えられ、ダレクの無事と戦功が報告された。家族や領民たちは安堵と歓喜に包まれ、街全体が祝祭に沸いた。

歴史修正力の影に気づかぬタクヒール

勝利を喜ぶ一方で、タクヒールはまだ、この勝利がもたらす歴史の修正力という悪意に気づいていなかった。未来は新たな局面へと進みつつあった。

第二十話 残された者たち(カイル歴五〇二年 九歳)

大洪水への備えとして定例会議を開始

タクヒールは父と兄の従軍後、災厄への対策として定例会議を開催した。古文書から大干ばつの後に大洪水が来ると予見し、会議では災害への備えが議論された。会議にはレイモンドや母、家宰に加え、地魔法士として活動するサラも参加していた。

過去の洪水と伝承の調査

マーズの町付近では、過去に数十年から百年単位で洪水が発生していた記録が、周辺住民の聞き取りから確認された。エストール領では小規模な氾濫が毎年あったが、行政では把握されていなかったことも判明した。

洪水リスクが高いマーズの地理的特性

マーズの町周辺は、領内最大の穀倉地帯として急速に発展しており、開発が進んだ一方で、低地であるが故に洪水時の被害が甚大になる恐れがあった。特に次に予想される大洪水では、町と農地が一夜にして壊滅する危険が高かった。

洪水対策としての具体的施策

レイモンドを中心に水門の強化、堤の建設、土嚢の集積などの対応が進められていた。製粉所の移設は不可能だったが、集積所の高台移設は完了しつつあった。

隣領ゴーマン子爵家の動向と懸念

上流に位置するゴーマン子爵領が独自に水車と水路を設置していたことが発覚した。その工事が稚拙なため、逆に氾濫の危険を高める可能性が指摘された。

洪水の迂回流域への影響と対策の拡大

妹クリシアの指摘により、洪水が起きなかった場合の水流が他領に向かうリスクも明らかになった。これにより、より広範囲に堤の建設と水路の整備が必要とされた。

会議における最終決定事項

会議では以下の4点が決定された。

  • ゴーマン・ヒヨリミ子爵に対し洪水の可能性を通達。
  • 情報源が古文書である旨の但し書きを付けて通知。
  • ソリス男爵家として堤や水路の強化を進める方針を表明。
  • コーネル男爵家に地魔法士の増員派遣を依頼。

これらをもとに、災厄への対策が本格的に始動した。

第二十一話 英雄達の凱旋(カイル歴五〇二年 九歳)

サザンゲート戦勝と父兄の帰還

父と兄はサザンゲートの戦で大勝利を収め、王都にて論功行賞を受けたのちに帰還した。先行して物資が領地に届いており、レイモンドが管理を担っていた。

論功行賞と報奨の内訳

戦功によりソリス家は高額の金貨と称号を受け取った。ソリス男爵が個別勲功第一位として金貨八〇〇〇枚、兄ダレクは十二歳での初陣ながら準男爵に叙され、金貨五〇〇枚の報奨も受けた。

鹵獲品の分配と軍の強化

戦利品として得た軍馬や武具は、ソリス家とコーネル家に分配された。軍馬三百頭、武器防具多数が確保され、ソリス家には二五〇頭の軍馬と一〇〇〇人分の装備が与えられた。

エストールボウの秘匿と代替兵器の提供

父は新兵器エストールボウの存在を極秘とし、代替として改良型クロスボウを二百台コーネル家に提供した。

常備軍の増強と騎兵団の新設

得られた資源をもとに、ソリス鉄騎兵団と騎兵団、弓箭兵団が編成され、常備軍の整備が進められた。双頭の鷹傭兵団も再契約され、教官としての役割も担うことになった。

報奨金による更なる囲い込みと備蓄

父はヴァイス団長に金貨二千枚を渡し、契約延長と人員増加を依頼した。不要な武具は鍛冶屋に修繕され、販売・備蓄された。

領地の躍進と今後の展望

洪水や干ばつなど災厄を逆手に取り、領地の資金、農業、軍事の三本柱が強化された。投機や設備投資の成功で収益は安定し、難民の受け入れも労働力の増加に寄与した。

災厄と幸運の皮肉な関係

領地の繁栄は災厄による被害の回避とその対策による副次的効果で成し得たものであったが、タクヒールはまだ本当の運命の皮肉を知らなかった。更なる災厄と強大な敵が、この先に待ち受けていることを……。

第二十二話 新しい決意(カイル歴五〇二年 九歳)

報奨金を巡るやり取りとヴァイス団長の誠実さ

ソリス男爵家において、戦功の分配に関して父とヴァイス団長の間に小さなやり取りがあった。ヴァイス団長は報奨金の一部が過大であると辞退を申し出たが、父の説得により全額を受け取ることになった。その経緯を知ったタクヒールは、団長の義理堅さに強い尊敬の念を抱いた。

戦功への評価と条件付きの褒美

タクヒールは戦術・兵器の考案における貢献を認められ、家族会議の場で父より金貨千五百枚の褒美を与えられた。ただしその内訳は、自由に使用できる金貨五百枚と、提案承認が前提となる予算千枚という条件付きであった。さらに父は、洪水対策に関する既承認の予算をこの千五百枚に含めようとしていたが、母と家宰の圧力により、その意図は撤回された。

今後の行動計画と三大災厄の再認識

タクヒールは報奨を手にしつつ、自身が避けねばならぬ三つの大災厄を明確に意識した。それは、

  • 一年後の大洪水
  • 四年後の兄の戦死を伴う戦災
  • 七年後の疫病による家族の死と領地壊滅

これらを乗り越えるために、まずは目前の大洪水への対策を従来通り継続しつつ、次の段階に向けた準備に入ることを決意した。

戦災への備えと戦力構築の必要性

兄を戦死から救うには、自らが戦局に影響を与えうる立場を手に入れる必要があった。そのために必要なのは、

  • 指揮下の兵力
  • 有効な戦術
    であり、それを得るための計画がすでに着実に進行していた。受付所設置や弓箭兵育成はその一端であり、これを基盤として勢力拡張を目指す意向が示された。

開拓地構想と実権の獲得方針

タクヒールは、辺境の男爵家の次男坊という立場の限界を自覚しつつも、開拓地を拠点として主導権を得る方策を考案していた。表向きは団長囲い込みの方便に見せながら、裏の目的は自らの実権強化と、将来的な指揮権の確立であった。

疫病への不安と情報不足の現状

七年後に訪れる疫病については、感染経路や治療法が不明であり、南部からの流入によって領地全体に広がるとされていた。家族や家宰の命も脅かす大災厄であり、タクヒールは対策に向けた初動の遅れに危機感を募らせていた。

力の不足と自立の必要性

これまでのように提案のみで事態を動かす方法には限界があり、タクヒール自身が予算と人材、指揮権限を直接保有する必要があると認識していた。提案を自己完結できる能力が今後不可欠になると強く感じていた。

資金確保への執念と新たな覚悟

来たる三年間は、まず金貨を確保することに専念する決意を固めた。対象は主に父であり、目的は家族を救うことにあると割り切っていた。集まった資金は人材雇用に充て、自身の組織を形成する基盤とし、その上で街を動かす力を手に入れることを目指していた。

呼び水としての金貨千五百枚の活用

与えられた金貨千五百枚は、その目的達成のための初期投資と位置付けられた。タクヒールは、この金を起点にして、災厄に抗い未来を切り拓く覚悟を新たにした。

第三章  画策(決意のもとに)

第二十三話 裏の矢 その一 人材確保(カイル歴五〇三年 十歳)

射的場建設計画と予算使用の承認

年が明けタクヒールは十歳となり、新たな行動計画の第一歩として、定例会議にて射的場の建設と人材雇用を提案した。これは領民の戦力化および有望な射手の発掘を目的とし、予算として金貨千五百枚の使用を求めた。会議では問題なく承認され、計画が正式に始動した。

現地視察と施設整備の始動

工房にてクロスボウの製作依頼を行った後、受付所や難民キャンプを訪れ、空き地の活用計画や人員配置の打ち合わせを実施した。特に受付所は新たな登録制度の拡充と併せて強化が図られ、職業紹介や人材管理の中核機能として活用されることとなった。

施設運営体制と人材の囲い込み

射的場の運営には、常備軍の兵士を訓練兼任要員として交代で配置し、受付業務はクレアを中心とした職員が担当した。過去に実績のあるスタッフも再雇用され、特にクレアはその働きぶりから、今や補佐官に近い役割を担うようになっていた。

射的場の開放と運営の拡大

施設の完成後、射的場は領民に娯楽の場として開放され、無料参加と景品制度により高い人気を博した。高得点者には食事券や乾麺セット、銀貨などが提供され、射的を通じた練習と競争が定着した。難度の調整や的の工夫により参加者の技量も向上し、結果として射的は領民の自主的な練兵として機能し始めた。

登録制度と情報収集の仕組み

射的場の利用には受付所での登録が必要であり、その情報は行政府に集約された。これはタクヒールが「六の矢」の裏に隠していた目的、すなわち有望な人材のデータベース構築と魔法士候補者の探索に直結する仕組みであった。

各地への展開と射的ブームの広がり

射的場はエストの街に続き、フラン・マーズ・フォボス・ディモスの四都市にも拡大され、さらには遠方の村からも要望が寄せられた。一部村では自発的な射的場設置の動きが見られ、射的ブームがソリス領全体に広がっていった。

軍や兵士の協力と女性職員の雇用拡大

兵士たちは任務として射的場の管理も担当しており、職場環境の良さから人気の勤務先となった。スタッフの増員に伴い俸給の支出も増えたが、レイモンドの配慮により行政府予算からの支援が得られた。

定期大会の開催準備と組織化

登録者が千人を超えた時点で、タクヒールは定期大会の開催を決意し、各部署の優秀な人材を集めて実行委員会を設置した。クレアは既に人材の選定を済ませており、射的大会はソリス領全体を巻き込む次の大規模イベントとして準備が進められた。

第二十四話 裏の矢 その二 資金確保(カイル歴五〇三年 十歳)

魔法士雇用に関する家宰との協議

タクヒールはレイモンドに対し、魔法士の待遇や雇用に関する常識を確認した。王都では高給で雇われることが一般的であるが、辺境では資金面での制約があることも確認された。魔法士の属性や能力により報酬は異なるが、元々一般の兵として働いていた者であれば、倍額程度でも十分魅力的であるとされた。

魔法士囲い込みの戦略と情報の整理

タクヒールは市井に埋もれる魔法士の適性者を囲い込むことを目指していた。そのために射的場と受付所による登録制度を活用し、戦力の選別と人材の発掘を進めていた。魔法士には血統によるものと適性によるものがあり、タクヒールが求めるのは後者であった。

定例会議での提案と承認

第五回目の定例会議において、タクヒールは領内に眠る魔法士の発見を目的とする試みを提案した。その際、成果報酬として確認儀式の費用と、紹介した者の専任従者化、俸給の支払いを要求し、父から条件付きで承認を得た。

成果報酬による金貨確保の算段

タクヒールは、儀式五回分の金貨を一単位とし、五人を紹介するごとに専任従者の認可を求めた。父はこの条件を「どうせ成功しない」と見込んで承認したが、タクヒールは既に成功の見通しを立てており、実質的な資金獲得手段として位置付けていた。

大目的に向けた段階的進行

人材確保、資金調達、魔法士囲い込みの三段階は、タクヒールが考える「裏の矢」による計画の中核であった。これにより戦術に魔法を組み込み、戦力を飛躍的に強化する体制を整えようとしていた。

今後への展望

父の予算に余裕があるうちに、タクヒールはさらなる金貨を確保するための策を巡らせていた。全ては、次なる災厄に備え、独自の力を備えた軍勢を築くための布石であった。

第二十五話 裏の矢 その三 魔法士の確保(カイル歴五〇三年 十歳)

候補者選定と確認儀式の準備

タクヒールは、射的場と受付所を通じて収集した情報をもとに、魔法士適性を持つ可能性のある候補者を六人選定した。その中には女性も含まれ、確認儀式に必要な道具や資金は、父との協議により調達が許可された。

魔力適性の有無を示す儀式の実施

候補者は広場に集められ、魔力を視認するための水晶を用いた儀式が実施された。結果、六人のうち五人に魔法適性が確認され、その全員が庶民出身であった。彼らは魔法の正式な教育を受けておらず、潜在的資源として高く評価された。

魔法士候補者の待遇と契約締結

適性を持つ五人は、従者として正式にタクヒールと契約を交わすこととなり、俸給や住居が提供された。年齢層は幅広く、年少者は今後の育成が見込まれた。タクヒールは彼らに対し、丁寧に説明と配慮を重ね、信頼関係の構築を図った。

魔法教育の基礎と実務訓練の導入

魔法士候補者は、兵士としての基礎訓練に加え、魔法の基礎教育を開始された。既存の軍人や傭兵にも基礎魔法の導入が始まり、軍の多層的な強化が意図されていた。教育は段階的に実施され、候補者たちは新たな役割に向けた準備を進めた。

魔法士制度の実験と展望

タクヒールは、魔法士を自らの直属として運用する体制を確立した。これにより戦力の独自確保と技術の蓄積が可能となり、将来的には魔法を中核とする戦術の展開が見込まれた。庶民からの登用によって生まれた信頼と忠誠は、新たな組織形成に有利に働くと判断された。

第二十六話 裏の矢 その四 魔法士の訓練(カイル歴五〇三年 十歳)

新設施設での魔法訓練の開始

魔法士候補者五名の訓練は、領内に建設された訓練場にて本格的に開始された。訓練施設は実践を重視した作りとなっており、候補者たちは魔力制御・発動・集中といった基礎技術の習得に取り組んだ。

水属性を中心とした魔法発現

五人のうち四人は水属性魔法を有しており、特に井戸や川の水を操る基礎技術の習熟が進められた。これにより、農業や災害対応など実務的な応用が可能とされ、訓練の一環として近隣農村への協力活動も計画された。

訓練指導と軍事教官の協力

訓練はタクヒールの指示のもとで進められ、軍出身の教官が補助を担った。魔法と戦闘の融合を図るため、実戦を見据えた体術訓練や小隊行動の演習も導入された。これにより、魔法士の戦術的価値が高まりつつあった。

魔法道具の導入と研究

訓練場では、魔法発動を補助する道具や装具の試験導入も行われた。特に水袋や魔力増幅具などが注目され、候補者たちの負担軽減と魔力の効率的活用が検証された。タクヒールは将来的に道具の体系化と支給体制を整備する方針を示していた。

訓練成果の評価と次段階の構想

訓練開始から数週間で、候補者たちは基礎的な魔法技術を習得し、応用に向けた準備が整った。タクヒールは今後の課題として、魔法士の増員、専門属性の育成、部隊編成の確立を挙げ、段階的な発展を目指していた。魔法士制度は試験段階から実戦配備を見据える段階へと進みつつあった。

第二十七話 裏の矢 その四(カイル歴五〇三年 十歳)

タクヒールの魔法士発掘に父驚愕

定期射撃大会から三か月も経たないうちに、タクヒールは新たに三名の魔法士候補を見出し、累計十名に達した。かつての軽い口約束が現実化したことに、父ダレンは驚愕しつつも喜びを見せた。

クリストフとカーリーンの発見

大会後、高い弓の才能を示していた二人に風魔法士の適性が確認され、ソリス男爵家に初めての魔法士として迎え入れられた。若年であったが、家臣として厚遇され、実戦訓練と学びの場が与えられた。

ゲイルとゴルドの採用

領民の部で上位入賞した彼らは、かつて別の人生でタクヒールと関わりを持っていた者たちであった。既に男爵家の弓箭兵として採用されていたが、魔法適性を確認のうえ従軍魔法士に転換された。

クレアの適性確認と孤児支援

前世から信頼する右腕であるクレアは、最初に適性を見出した人物であった。孤児院の年長者であり、既にタクヒールの構想を支える存在となっていた。彼女を皮切りに、孤児院から働ける子供たちの雇用も積極的に進められた。

エランの提案と現場評価

貧民街出身のエランは、射的場での仕事を経て治水工事に同行し、堤防構造に関する鋭い意見を提示した。その能力を評価され、地魔法士としての適性が確認された。

メアリーの発見と歴史の修正

射的場の受付係だったメアリーも、エランの“ついで”として適性儀式を受け、地魔法士としての能力を確認された。前回の歴史では洪水の犠牲者であったが、今回は領土を守る力を得る展開となった。

母の支援と地魔法士の補充

二名の地魔法士獲得は、母の実家であるコーネル男爵家の板挟みを解消し、土木工事の進展にも寄与した。母は感涙し、彼らの育成にも熱心に取り組むようになった。

魔法士採用の成功と経済効果

七名の適性確認に成功したことで、紹介料として金貨を大量に得たタクヒールは、裁量予算を大きく上回る資金を得ることになった。父からは、今後は自由に進めてよいとの承認を正式に受けた。

「失敗」の演出と三名の新規発掘

十連続成功を避けるため、三人に自由な属性選択を促し、意図的に“失敗例”を交えようとしたが、結果は二勝一敗に終わった。水魔法士のサシャ、聖魔法士のローザ、そして火魔法士を希望したバルトが該当者であった。

バルトの時空魔法士としての覚醒

再儀式によりバルトも適性を持つことが判明し、最終的に三人全員が魔法士となった。これにより、魔法士の総数は十名に達し、父からも全面的な承認を受けた。

魔法士の秘匿と実務配置

魔法士の存在は外部への警戒から秘匿され、従軍魔法士のゲイルとゴルド以外は家族の従者という名目で射的場運営などに従事した。この十名の魔法士が、後にソリス魔法兵団として歴史に名を刻む起点となった。

第二十八話 七の矢、新たなる一手(カイル歴五〇三年 十歳)

バルトを専属従者に任命

魔法士十名を揃えた報告を終えた後、タクヒールは父との約束を根拠に、時空魔法士となったバルトを自らの専属従者とすることを申請した。母の圧により、父は最終的に了承した。これにより、バルトは正式にタクヒール付きとして任命されることとなった。

交易商との連携計画の始動

タクヒールはバルトの能力、特に空間収納の魔法を活用し、交易商人に同行させる構想を提示した。交易先は北の隣国の海沿いの地域であり、父には信頼できる商人の紹介と口添えを求めた。父は素材や結果の報告を条件に承認した。

交易での三つの収集指令

タクヒールはバルトに以下の三項目の収集を指示した。いずれも今後の領地発展を見据えた布石であった。

  • 牡蠣殻の収集:最優先項目であり、海辺に捨てられた牡蠣殻を金貨を支払ってでも大量に回収することを求めた。
  • 穀物の種の収集:特に米の入手と栽培方法の取得を望みつつ、他地域で流通している未導入の穀物種を収集させた。
  • 芋類の収集:ジャガイモ、サツマイモ、タロイモなど、テイグーンの土壌で育ちうる芋類の種を探させた。

交易準備における困難と支援者の存在

バルトは海を見たことがなく、牡蠣や貝そのものの概念が存在しなかったため、説明に苦労があったが、同行する交易商人が海産物に詳しく、道中で実物を見せて教える体制が整えられた。

米と芋に込めた願い

タクヒールは、白米を食すという個人的な夢を持っていたため、米の入手を強く希望していた。一方で、芋は食糧事情の改善策として重要視され、将来的には孤児院や学校での栽培・収益化も視野に入れていた。

未来を変えるための第一歩

バルトの交易出発は、仲間たちに見送られて始まった。タクヒールは、数年後の未来を見据えた準備段階にようやく踏み出したという実感を持ち、その責任と期待を胸に刻んでいた。

今後の課題と展望

交易出発後も、射的場の盛況と登録者増加によって業務は多忙を極めた。魔法士候補者の囲い込みと次回の儀式の準備、さらには年に一度の最上位大会の構想も同時進行で進める必要があり、タクヒールの試みは次なる局面へと移行していくこととなった。

第二十九話 前期五大災厄 その五 水龍の怒り(カイル歴五〇三年 十歳)

洪水対策会議と各地の配備

エストール領では洪水対策が最終段階に入り、対策本部において各担当者が準備状況を確認した。水路と水門の改修、避難体制の整備、魔法士の配置まで一通り完了していた。マーズの町には地魔法士メアリーと水魔法士サシャを配し、エランは下流域を担当した。タクヒールと兄ダレクは後方支援を担い、避難民対応や炊き出しを担う部隊を整備していた。

豪雨の発生と非常事態への移行

天候が急変し、三日間の豪雨によりオルグ川が危険水位に達した。父ソリス男爵の指揮で非常事態が宣言され、各部隊が配置についた。射的場は非常時の本部として活用され、輜重部隊が炊き出しを実施した。準備されていた防災体制が本格的に機能し始めた。

オルグ川の氾濫と橋の崩壊

オルグ川はフラン方面に架かる橋付近で氾濫し始め、流木が水流を堰き止めたことで洪水が発生した。レイモンドの指揮で放水路の解放を進めたが、橋が崩落したことで大量の濁流が下流を襲い、堤が次々と崩れ、土石流が流域に甚大な被害をもたらした。

マーズの町での魔法士たちの奮闘

クリスの地鑑定能力とメアリーの地魔法、サシャの水魔法を連携させた現地対応により、マーズの町の堤防は維持された。激しい風雨の中、土嚢を積む防災部隊と連携し、彼女たちは町を守るために不眠不休の作業を続けた。

水龍の怒りの終焉と初期報告

夜を徹した防災対応ののち、雨がようやく小降りとなり、水位も減少した。本部に届いた報告により、マーズと周辺農地は無事であり、防災部隊に人的被害もなかったことが判明した。一方で、下流のエール村とフラン街道は大きな被害を受けた。

被害状況の確認と復旧作業の開始

被災地での人的被害は免れたものの、下流域では農地の被害や通行不能箇所が多数発生していた。最も甚大な被害を受けたのはエール村であり、洪水の最後に発生した土石流が被害を拡大させた要因であった。エストール領内の被害は事前対策の成果により、想定よりも軽微であった。

避難民対応と後方支援の指揮

避難所や炊き出し所は多くの避難民で溢れかえり、ダレクとタクヒールは人員を振り分けて支援に当たった。炊き出し、負傷者対応、誘導などに各人が適切に配置され、混乱を最小限に抑えていた。

災害対処における三つの成功要因

今回の災害を前回の歴史よりも軽微に留めた要因として、事前の工事と避難訓練、地魔法士の増員、そして災害の事前予測が挙げられた。タクヒールは胸を撫で下ろしつつも、後にさらなる凶報が待つことをまだ知らずにいた。

第三十話 歴史は繰り返す(カイル歴五〇三年 十歳)

諜報員からの報告と被害の全容

洪水収束から二日後、レイモンドが派遣した諜報員の報告により、各地の被害状況が明らかとなった。エストール領内ではエール村以外の人的・農地被害はなかったものの、フラン街道と橋の損壊により物流が停止していた。一方、隣接するヒヨリミ子爵領では町一つと複数の農村が壊滅し、死者行方不明者多数という深刻な被害が報告された。

三領地における被災状況の比較

  • エストール領:被災者約150名(死者なし)、被災地は主にエール村。
  • ゴーマン子爵領:被災者推定約400名、人的被害不明、農地や水車施設に被害。
  • ヒヨリミ子爵領:被災者推定約2000名、町と農村が壊滅、死者・不明者多数。

これらの比較から、エストール領の被害が軽微であった一方、他領では対策不足が被害拡大の一因であったとされた。

タクヒールの後悔と決意

ヒヨリミ領への助言が受け入れられなかったことに対し、タクヒールは後悔と自己嫌悪を抱いた。しかし、母や家宰レイモンドの後押しもあり、災害救援部隊を即座に派遣する決断を下した。救援部隊には兵士150名と傭兵団、さらには必要な物資を積載した補給部隊が同行した。

救援部隊の構成と出発

救援隊は以下の三部隊で構成された:

  • 指揮系統:受付所・実行委員から成る50名
  • 実働部隊:元難民や過去に活動経験のある志願者150名
  • 護衛部隊:常備軍兵士と傭兵団あわせて150名

エストール領内の唯一の被災地エール村を通過した際、その深刻な被害を確認し、タクヒールは部隊の一部をクレアに委任し、村の救援を任せた。

ヒヨリミ領での惨状と対応開始

領境を越えた先で、救援部隊は想像を絶する被害の現場と直面した。町が泥濘に沈み、遺体の埋葬も追いつかず、被災者たちは飢えと疲弊で絶望していた。到着後、タクヒールはすぐに指揮所を設け、炊き出しと物資の配布を開始した。

現地貴族との接触と初対面の印象

現地家宰ヒンデルは礼節をもって救援を受け入れたが、ヒヨリミ子爵の次男エロールは傲慢な態度で接し、救援を皮肉るような発言を繰り返した。タクヒールは過去の歴史で彼が裏切りと破滅をもたらした張本人であることを思い出し、強い警戒心を抱いた。

“歴史という悪意”への自覚と覚悟の芽生え

タクヒールは、歴史改変によって被害の重心が他領に移ったことに罪悪感を抱いた。前回とは異なる犠牲が生じたことで、歴史が“帳尻”を合わせようとするような悪意を感じ取り、逃げるのではなく、正面から向き合う覚悟を固めた。

第三十一話 ソリス男爵家の勇と智(カイル歴五〇三年 十歳)

神童の噂と誇張された評判の広がり
タクヒールは幼少期から神童と称されていたが、それはエストール領内に限られた評判であった。しかし今回の災害派遣を契機に、その名声が隣領にも広まり、事実以上の誇張が含まれる噂として拡散された。特に彼が災害派遣部隊を指揮し、予知能力を持つかのように語られ、食糧支援や救援活動における活躍が神格化されていた。

おみくじ乾麺と蕪の支援物資としての活躍
企画倒れであったおみくじ乾麺は、今回の災害支援において簡便な調理と容器代用の利点から被災地で重宝され、多くの人々の食を支えた。また、蕪の種も支援物資として配布され、数ヶ月後には被災者の貴重な食糧となり、蕪料理の祈りの習慣まで生まれた。

帰還と領主への報告、そして領地の将来構想
タクヒールは無事帰還後、父に報告し感謝と称賛を受けた。だが、周囲の期待や評価の高まりに対し、彼は冷静な現状分析を行い、ソリス家が男爵領としての限界に直面していることを指摘した。帝国内の不穏な動きと皇位継承問題への警戒から、早急に子爵への昇格と兵力増強の必要性を訴えた。

魔法兵団創設とテイグーン統治の提案
タクヒールは、対外戦力の中核となる魔法兵団の創設を父に提案し、その指揮を自らに一任するよう求めた。また、兵団の秘匿拠点および防衛線として、テイグーンの統治権を自らのものとする案を提示した。母の圧力と援護もあり、父はこれらの提言を受け入れることとなった。

第三十二話 新しい道の始まり(カイル歴五〇四年 十一歳)

新年の宴と魔法士たちの集い
新年の宴が開催され、身分を問わず参加者が楽しむ無礼講の場が整えられた。招かれた魔法士たちはそれぞれに緊張しながらも場を楽しみ、タクヒールは新年の開始とともに、未来の大災厄に備えた決意を新たにした。

兵力の現状と限界、今後の方針整理
タクヒールは兵力の現状を整理し、現在の人口と経済規模では最大動員兵力が限定的であることを再確認した。射的大会を通じた戦力化、兼業兵の仕組み化、そして一騎当千の魔法兵団による補完が、戦局打開の鍵として挙げられた。

魔法士の選定と新たな仲間の加入
魔法士候補者は厳選され、最終的に五名が新たに加わった。既存の従軍魔法士三名に加え、孤児院や貧民街出身の二名が信用を得て仲間入りし、彼らは今後の魔法訓練の中核を担うこととなった。

従軍意思の確認と決意の表明
タクヒールは魔法士十名に対し、戦場に出る意思の有無を尋ねた。当初は個別に話を聞く予定だったが、クレアを皮切りに複数の魔法士たちが即座に従軍の意志を明言した。貧困・災害・恩義などの背景から、それぞれが自らの意思で従軍を希望した。

葛藤と希望、そして魔法戦闘訓練への志願
一部の魔法士は戦うことへの恐怖や葛藤を語ったが、正直な気持ちとしてその場で告白し、タクヒールはその姿勢を受け入れた。結果として、全員が魔法戦闘訓練への参加を志願し、ヴァイス団長による実戦訓練が開始されることとなった。

第三十三話 改変後の世界 幻の初陣①(カイル歴五〇四年 十一歳)

歴史の再演と不可解な軍の移動
本来の歴史において、ダレクはこの年の春に初陣を果たし、盗賊団を討伐して名を上げた。改変された世界ではサザンゲートの戦いを経て、父は本拠に留まるはずであったが、突如として全鉄騎兵を伴い辺境演習に出向くことが決定された。発案者はヒヨリミ子爵であり、意図的にエストール領の防備を手薄にする狙いが疑われた。

策謀と陽動の裏側で動く者たち
ヴァイスとの相談により、タクヒールは襲撃の可能性を認識し、兄ダレクも事前に各地に警戒態勢を敷いていた。表向きには軍が不在となったエストの街に、盗賊団が内部協力者の手引きによって侵入を試みる一方、ダレクは逆に敵を欺くため伏兵を配置していた。

領内の元農民たちの葛藤と決意
盗賊団に加担していた一部の元農民は、冬の飢えから盗賊に転じた者たちであったが、恩を受けたソリス男爵家の領地を襲うことに強い抵抗感を持ち、密かに仲間と連携して裏切りを画策した。彼らは情報伝達と小頭の暗殺を試みたが失敗し、最後は命を懸けて謝罪と防衛の意思を固めた。

第三十四話 改変後の世界 幻の初陣②(カイル歴五〇四年 十一歳)

盗賊団の襲撃と裏切りの決行
盗賊団は夜明け前にエストの街を襲撃しようとしたが、内部からの裏切りとダレクらの伏兵によって迎撃された。門が開かれ突入寸前のところで、元農民の裏切り者たちが斬りかかり、さらに城門および林中の伏兵が矢を放ち、盗賊たちを包囲殲滅した。

圧倒的な戦術と二重包囲の完成
ダレクとヴァイス率いる騎兵たちは、中央突破と背面展開によって盗賊団を完全包囲し、逃げ道を塞いだ。見事な連携と練度によって、敵は統率を失い、次々と討ち取られていった。戦いは短時間で決着し、敗走した敵もほぼ殲滅された。

戦場の実態を目の当たりにした魔法士たち
城門の上から戦闘を見ていた魔法士たちは、実戦の苛烈さに恐怖し、十人中九人が震え上がった。唯一冷静さを保ったのはタクヒールであったが、彼も今回の戦闘には関与できず、忸怩たる思いを抱いていた。

裏切り者たちの謝罪と赦し
襲撃に加わっていた元農民たちは、自らの罪を認め、処刑を望む姿勢を見せた。ダレクはその覚悟と恩を忘れぬ心に感銘を受け、彼らに贖罪の機会を与え、強制労働という形で未来を託す決断を下した。

未来への布石と恩義の返礼
後に彼らは密かに家族と再会を果たし、新たな生活をエストール領で始めた。そして数年後、グリフォニア帝国との戦争において、彼らは命を賭してダレクを守り、戦場で恩返しを果たすこととなった。彼らの死に際の笑顔は、報恩の証として永く語り継がれることとなる。

第三十七話「それぞれの思惑(カイル歴五〇四年 十一歳)」

領主としての評価と昇爵の打診
最上位大会の夜、ソリス邸ではレセプションが催され、父はキリアス子爵と辺境伯から、領地経営に関する詳細を問われていた。クロスボウ大会における参加者数を過小に申告することで、戦力の過大評価を回避しようとしたが、実際には登録者数が四千名を超えていた。キリアス子爵は鋭く状況を見抜き、辺境伯は子爵への昇爵を促した。父は兵力の規模に懸念を示したが、辺境伯の提案により、段階的な従軍数の達成計画が示され、父はこれを受け入れた。

ゴーマン子爵との思わぬ対話
その場に居合わせたタクヒールは、かつての天敵・ゴーマン子爵から思いがけず評価と助言を受ける。彼の先見の明と、裏での働きを認められた上で、初めて笑顔を向けられたことで、ゴーマン子爵の意外な一面と真意を知ることになった。

辺境伯からの交渉と技術提供の要請
続けて辺境伯からも接触を受け、クロスボウの百台納品と技術開示の依頼を受けた。父はすでに権限を息子に委ねており、タクヒールが判断を委ねられる形となった。タクヒールはエストールボウの存在を伏せたまま、クロスボウの技術提供を了承し、生産準備を整えることとなった。

金銭的成功と次なる展望
この一連の交渉により、タクヒールは金貨一千枚を得た。すでに所有していた資金や投票券収入を加え、二千枚以上の資金を確保。クロスボウ大会は戦力強化、女性の射撃参加者増加、立身出世の夢の普及という三つの成果をもたらし、今後の領地開発に繋がると確信を深めた。

未来への宣言
タクヒールは町作りと災厄への備えを胸に誓い、新たな歴史の転換点へと踏み出した。しかし、その裏でさらなる災厄と策謀が動き始めていた。

閑話一「一番の崇拝者 その一」

任務への戸惑いと反発
アンは、家宰レイモンドから突然タクヒールの専属メイド兼護衛に任命される。将来は長男ダレクに仕えるつもりだった彼女にとって、それは期待からの落胆としか映らなかった。

タクヒールへの不信と距離感
アンはタクヒールの貴族らしからぬ言動に嫌悪を抱き、子供らしからぬ振る舞いに不気味さすら感じていた。内心の不満を諌言に込め、距離を取るよう努めた。

価値観の転換と敬意の芽生え
タクヒールの行動の裏にある未来志向と努力を理解するにつれ、アンの見方は変化した。貴族らしさよりも実利を重視し、領地の未来を本気で考える彼の姿に、敬意が芽生えた。

忠誠の確立と役割の自覚
蕪畑の件などを通じて、アンは積極的にタクヒールの活動に協力するようになる。領地を守る施策の数々が功を奏したことで、彼への信頼は確信に変わった。

任務報告と主従の絆
アンは日々のタクヒールの行動をレイモンドに報告することを任務とされ、次第に熱を込めて語るようになった。その忠誠は、言葉ではなく自然な感情から発されたものであった。

閑話二「一番の崇拝者 その二」

家宰レイモンドの回想と観察
かつて王都で平民出身ながら学問を志したレイモンドは、身分の壁に絶望しながらも、コーネル男爵家に仕え、優秀なクリスに認められ従者となった。彼女の嫁ぎ先であるソリス家に同行し、内政官としての実績を積んだ。

隠された魔法スキルと内政改革
レイモンドは自身の時空魔法「空間探査」の存在を秘匿しながら、有能な人材を見極め内政に活かしてきた。家宰に抜擢されたのち、魔法の効果が家の敵味方の判定へと変化したことを自覚する。

タクヒールの異能と影響力の拡大
タクヒールが関わる人物が次々と味方になる現象を目にし、レイモンドはその影響力の大きさと計り知れない知性を確信する。彼を見守るため、アンを専属に任命し、日報の提出を義務付けた。

筆頭従者の任命と評価の確定
アンがタクヒールに深く傾倒していく様子に、レイモンドは人選の正しさを確信した。最終的には彼女に筆頭従者の任を与え、資金や権限を持たせて支援を託す。

自負と競争心
彼自身は「一番の崇拝者」の座を譲らぬと内心で宣言しつつも、タクヒールという存在が、領主家の未来を背負うに足る人物であると深く信じていた。

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2度目の人生、と思ったら、実は3度目だった。~歴史知識と内政努力で不幸な歴史の改変に挑みます~

その他フィクション

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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