物語の概要
本作は異世界ファンタジー系ライトノベルである。主人公の地味で小柄ながら実は高スペックなメイド「ニナ」が、雇い主のお屋敷で身に覚えのない罪を着せられて追放された後、旅に出るところから物語が始まった。第2巻では、ニナが魔導士のエミリや発明家のアストリッドら仲間とともに旅を継続し、海沿いのリゾート地で枯れた温泉の復活に挑むほか、商会の発明アイデア盗用騒動や傭兵団の潜入調査など、多彩なトラブルを解決しながら旅を続けた。
主要キャラクター
- ニナ:本作の主人公である万能メイド。雇い主の屋敷から濡れ衣を着せられて追放され、旅に出た。地味ながらその実力は折り紙付きで、仲間たちと様々な問題を解決してゆく。
- エミリ:魔導士の少女。魔法の扱いが必ずしも得意ではないものの、ニナを旅の仲間として信頼し、共に行動する。
- アストリッド:発明家の女性。実験や発明に悩みを抱えており、旅先での事件を機にその才能が発揮されてゆく。
- ティエン:月狼族の孤児少女。旅先の町で食事にありつけず苦しんでいたところをニナたちに助けられ、以後旅の仲間となる。
物語の特徴
本作の魅力は、まず「メイド」である主人公がただ家で仕える存在ではなく、追放された後に自ら旅に出て主体的に動く点にある。さらにその主人公が“万能”でありながらも目立たない存在、というギャップがユニークである。「異世界旅」「仲間との出会い」「問題解決」の要素を丁寧に描くことで、典型的なファンタジーものとは一線を画している。第2巻では、鉱山・発明商会・温泉リゾートなど旅先の“街”や“観光地”風味を持ちながらも、その中で起こるトラブルにメイド視点で対応するという構成が読者にとって興味深い。また、旅を通じて仲間の掘り下げが進む点も、序盤の“事件処理もの”からの成長が感じられ、シリーズとしての魅力を高めている。
書籍情報
メイドなら当然です。 濡れ衣を着せられた万能メイドさんは旅に出ることにしました2
著者:三上康明 氏
イラスト:キンタ 氏
出版社:アース・スター エンターテイメント
レーベル:アース・スターノベル
発売日:2023年1月16日
ISBN:978-4803015942
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あらすじ・内容
メイドさん、はじめての海へ!
さらにニナのライバルも登場!?
今回の旅先でも、彼女たちは様々な出来事に遭遇!?
「何者かに発明のアイデアを盗まれている」と主張する商会での犯人探し!
月狼族が所属しているという噂の傭兵団に潜入調査!
海沿いのリゾート地で、枯れた温泉を復活させるための大奮闘!
そしてメイド界でもトップの実力を持つ、「ルーステッド・メイド」とのメイド対決も!?
旅するメイドと仲間たちによる、素敵な異世界紀行!!
感想
読んで最初に強く印象に残ったのは、ニナというメイドの際立った独自性である。
彼女はマークウッド伯爵家を追放され、求職中の身としてセントラルファウンテンに到着したが、気づけば老舗・ゴールディング商会の再生に深く関わり、ロンダッド商会の陰謀を暴き、「冷蔵運搬魔道具」とウェットランズフロッグの皮を組み合わせた流通革新の基盤まで築いている。
その過程で、魔導士エミリ、発明家アストリッド、月狼族ティエンといった各分野で傑出した仲間と協働する姿は、「戦うメイド」の物語として大いに魅力を放っていた。
セントラルファウンテン編では、店長クレアや職人ケット、ヴィク商会のファースらと連携し、盗聴や情報流出といった陰謀の核心に迫る。
録音魔道具による証拠の収集を経てロンダッド商会の計画を暴露し、損害賠償の獲得に至った流れは爽快である。
さらに、冷蔵流通という新たなビジネスモデルを「アス・ニナ商会」構想として残して去る展開は、ニナたちの旅が訪れる街の構造を変革していくことを鮮明に示していた。
続く帝国首都サンダーガード編では、ティエンの両親捜索を目的に「月狼族」彩雲・明星が所属する『凍てつく闇夜の傭兵団』と関わる。
門前払いから始まり、ニナが単身でメイドとして潜入し、屋敷環境を瞬時に整える職能の高さを示す。
さらに、エメラルド盗難の濡れ衣を晴らし、ティエンの乱入を経て偽の月狼族を暴き、最終的に傭兵団を解散させる一連の展開は緊張と解放の連続であり、読み応えが大きかった。
一方で伯爵邸追放時のトラウマが再燃し、完璧な働きを見せるニナの裏側に潜む脆さが丁寧に描かれた点も印象深い。
サウスコースト編では、温泉の枯渇やリゾート地の貧富格差といった地域課題にニナたちが真正面から向き合う。
共同浴場の再建、孤児たちの自立支援、屋台やダウンタウンストリートの整備、さらにゴールデンサンライズリゾートと背後のウーロンテイル伯爵に対する「神の警告」作戦など、街全体を少しずつ回復させていくプロセスは、旅物語としても社会派ファンタジーとしても完成度が高かった。
終盤のドンキース侯爵邸では、サウスコーストでの活躍が思わぬ波紋を広げ、「傭兵団を解散させたメイド」「下町を変えたメイド」としてニナが貴族の注目を集める。
そこから、ルーステッド家のトップランクメイドであるキアラとの「メイド勝負」に発展し、洗い場、洗濯、整頓、石畳磨き、買い出しなど、実務レベルでの高度な競り合いが展開される。
技量では拮抗するが、「報告が上がらない職場環境」を生むキアラと、問題の根底を探り家全体の快適性と安全性を改善するニナとの差が徐々に浮き彫りとなる構図も秀逸である。
特に印象的であったのは、ニナの師ヴェシリアーチの存在、騎士団長グリンチ伯爵の登場、そして皇帝陛下の召喚へとつながる「上層の視線」の描写である。
街単位の問題から国家規模へと舞台が拡大し、賢人会議を軸とした今後の展開への期待が強まった。
ただし読み進めるうち、ニナに対するわずかな苦手意識も生じた。
ティエンは物理、エミリは魔法、アストリッドは技術、そしてニナは後方支援と役割分担は優れているが、他の仲間が自分の能力を理解し失敗時には反省するのに対し、ニナは常に自分を過小評価し、街の構造さえ変えるほどの働きをしても自覚を持たない。
無自覚のまま革新を起こす姿は、ときに扱いづらいチート性を帯びて見える瞬間もあった。
それでも、濡れ衣と追放から始まった旅が、仲間と共に街を変え、人々の暮らしを守る旅へと成長している点に大きな魅力を感じる。
ニナのトラウマと自己評価の低さが、今後どのように扱われどのように変化していくのか。
ティエンの両親探し、サウスコーストの一年後、賢人会議と皇帝の意図など、多くの伏線が並ぶ中で「この先を見届けたい」という思いが強まり、続巻への期待が膨らんでいる。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
ニナ
旅をしながら各地で仕事を引き受けるメイドである。家事全般と魔道具運用に長けており、実務で周囲を支える立場に立つことが多い。自分の価値を低く見積もる一方で、仲間や子どもたちのためには危険な場所にも踏み込む考え方を持つ。エミリ、アストリッド、ティエンを家族のように大切にしており、相手の将来まで見据えて行動する姿勢がある。
・所属組織、地位や役職
冒険者パーティー「メイドさん」に所属するメイドである。
・物語内での具体的な行動や成果
イズミ鉱山でティエンと交流し、嗅覚の問題に配慮した料理を提供した。ゴールディング商会を訪ねて礼を伝えようとして誤解から追い出されたあと、アストリッドの調査を支え、録音魔道具による証拠集めに協力した。ケットを含む一連の不正を暴いたのち、冷蔵運搬魔道具とウェットランズフロッグ皮を組み合わせた流通改善案を提案した。凍てつく闇夜の傭兵団にはメイドとして潜入し、離れと屋敷全体の衛生と食事を大きく改善した。サウスコーストでは共同浴場の老女やスラムの孤児たちを支援し、洗浄と住環境整備、料理指導を通じて「生きる術」を教える取り組みを進めた。ドンキース侯爵邸ではメイド勝負を受け、ルーステッド・メイドと同等の実務能力を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ウォルテル公や貴族、商会から懸賞金付きで名指しされるほど存在が知られるようになった。ゴールディング商会の新事業やサウスコーストの「ダウンタウンストリート」形成の起点となり、地方経済や都市計画にも影響を及ぼす存在となっている。ドンキース侯爵や皇帝からも注目され、政治的にも重要な人材として扱われ始めている。
エミリ
第五位階まで魔法を扱える魔導士である。合理的な思考を好み、分析と推理を通じて問題の根本原因を探そうとする性格である。外見や口調は派手な面もあるが、ニナやティエンを守る意識は強く、感情が高ぶると過激な発言も出る。アストリッドとは発明や魔道具の議論を交わす信頼関係を築いている。
・所属組織、地位や役職
冒険者パーティー「メイドさん」に所属する魔導士である。
・物語内での具体的な行動や成果
ニナの旅の初期から同行し、魔力筋の改善を受けて活動を続けている。ゴールディング商会の調査では盗聴器の可能性を検討し、ケットの内部犯行説にたどり着く推理の土台を作った。サウスコーストでは温泉枯渇の原因を源泉の取りすぎと水位低下と見抜き、共同浴場の取水口延長計画を立てた。二重詠唱により岩盤内部だけを掘削し、温泉復活の決定打を担った。孤児支援では搾取構造を見抜き、子どもでも扱える魔道具ビジネスの構想を提示した。ダウンタウンストリートでは夜間警備に立ち、チンピラ襲撃を土魔法で封じた。ドンキース侯爵邸脱出では外壁を破壊する大規模魔法の行使も視野に入れていた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
高難度の二重詠唱を成功させたことで、周囲から特級級の魔導士に近い力量として認識されている。共同浴場復活や下町再生に関わったことで、魔法を都市インフラ改善に使う存在としても評価されつつある。
アストリッド
フレヤ王国登録の発明家であり、マホガニー商会の代表である。発明を金儲けの手段ではなく目的と考える価値観を持っている。理詰めで物事を組み立てる性格であるが、ニナやエミリとは冗談も交えた関係を築いている。ファース・ヴィクとはしばし対立しながらも、仕事を通じて協力関係を深めている。
・所属組織、地位や役職
マホガニー商会の発明家であり、冒険者パーティー「メイドさん」に所属する一員である。
・物語内での具体的な行動や成果
ゴールディング商会からの魔道具修繕依頼を受け、商会内部の状況を調査した。盗聴器の不在を確認し、情報流出が内部の人間からの口によるものと結論づけた。録音魔道具を用いた盗み聞き作戦を立案し、ケットとロンダッド商会副店長の会話を記録する改造を短時間で行った。冷蔵運搬魔道具の設計図を作成し、ウェットランズフロッグ皮との組み合わせによる「使い捨てと循環」を実現する仕組みを形にした。サウスコーストでは温泉取水設備の魔道具を調整し、鍛冶職人と共に延長パイプの仕様を設計した。ゴールデンサンライズリゾートには男装して潜入し、温泉設備と女神画に細工を仕込んだ。ドンキース侯爵との交渉では、ニナの情報秘匿を条件に盛り込み、メイド勝負の条件を実質的に有利な内容へと導いた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
冷蔵運搬魔道具の設計者として、今後の大陸規模の流通改革に関わる可能性を持つ。ゴールデンサンライズリゾートへの潜入と女神画の仕掛けにより、貴族階級に対しても間接的な影響を及ぼす立場になっている。
ティエン
月狼族の少女であり、両親を捜しながら旅を続けている。嗅覚が鋭く、匂いで相手の正体を見抜く特性を持つ。感情表現は率直で辛辣な言葉も多いが、ニナに対する信頼と好意は深い。エミリやアストリッドとも口喧嘩を交えながら連帯を強めている。
・所属組織、地位や役職
冒険者パーティー「メイドさん」に所属する月狼族である。
・物語内での具体的な行動や成果
イズミ鉱山では嗅覚ゆえに食事が楽しめない状態であったが、ニナの料理によって打ち解けた。凍てつく闇夜の傭兵団の屋敷前では、屋根上からニナを監視し続け、濡れ衣事件の際には五階相当の高さから跳躍して屋敷に乱入した。彩雲の拳を受け止めて投げ飛ばし、ニセの月狼族を見破った。サウスコーストではイノシシを狩り、護衛依頼遂行に貢献した。裏通りの孤児たちとの支援では、小屋建設や荷物運びなど肉体労働を担い、子どもたちの信頼を得た。ダウンタウンストリートでは、屋台を壊そうとしたチンピラを蹴り飛ばし、治安維持に大きく貢献した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
本物の月狼族としての戦闘力を示したことで、傭兵団内部と周囲の評価が一変した。両親捜索の手掛かりは得られていないが、ニナへの思いを自覚し、今後の選択に関する内面的な変化が進んでいる。
クレア
ゴールディング商会の店長であり、先代から続く食肉卸の跡取りである。過去に「豚女」とからかわれた経験から、食肉業に強いコンプレックスを抱いている。魔道具事業に活路を求めたが失敗が続き、精神的な余裕を失っていた。ケットには信頼と好意を寄せており、その裏切りを知っても情を捨てきれない心を持つ。
・所属組織、地位や役職
セントラルファウンテンの老舗商会「ゴールディング商会」の店長である。
・物語内での具体的な行動や成果
赤字続きの商会再建を目指して魔道具事業に投資し、ケットの加入後は一定の成果を出した。ニナを高位貴族の使いと誤解し、食肉の話題で過去の傷を抉られたと感じて追い出した。その後、アストリッドに事情を打ち明け、盗聴器捜索と内部調査を依頼した。録音魔道具による暴露の後、ロンダッド商会との和解交渉で金銭補償を優先する現実的な判断を下した。ケットの過去と裏切りを知ったうえで、牢獄ではなく「自由」に送り出す決断をし、後に再雇用を選んだ。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
冷蔵運搬魔道具とウェットランズフロッグ皮を用いた新事業の担い手として位置付けられ、地域の流通改革の中心となる立場を与えられている。ファースとの共同出資による新商会構想でも重要な役割を期待されている。
ケット
魔道具技術者であり、かつて「温石毒のケット」と呼ばれた詐欺師である。ユピテル帝国出身で、表向きは発明家としてゴールディング商会に雇われていた。仕事そのものには誠実に取り組む面と、金や身の安全を優先して裏切りに走る面を併せ持つ人物である。
・所属組織、地位や役職
ゴールディング商会の魔道具技術者であり、以前は詐欺師として各地を渡り歩いていた。
・物語内での具体的な行動や成果
ゴールディング商会で新商品を開発し、一定の売上増加に貢献した。同時にロンダッド商会の副店長と結託し、新製品情報を流して先行販売と安売りを行わせ、ゴールディング商会を市場から追い出す計画に加担した。酒場「緋肋鶏の止まり木」での会話の中で、商会売却とクレアを危険から遠ざける意図を語り、録音魔道具によってその内容を残された。ロンダッドとの関係が暴露されたのち、土下座して「最後にゴールディング商会のために働かせてほしい」と懇願し、冷蔵運搬魔道具事業への参加を申し出た。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
一時は裏切り者として糾弾されたが、クレアの判断で再雇用されることになった。冷蔵運搬魔道具の技術担当として、新流通網構築の重要な担い手となる見込みである。ヴィク商会側の調査では重罪ではないと判断され、処刑や拘束は避けられている。
ファース・ヴィク
ヴィク商会総本店に所属する若き商人であり、将来の跡取り候補の一人である。行動力が強く、上層部が慎重な案件でも自ら動いて突破口を開こうとする性格である。アストリッドとは最初に衝突したが、ニナの仲裁を受けて協力関係へ移行している。
・所属組織、地位や役職
大商会ヴィク商会総本店の商人であり、跡取り候補である。
・物語内での具体的な行動や成果
録音魔道具をニナに納品し、その用途を巡ってアストリッドと口論したのち、共に酒場での潜入作戦に参加した。ロンダッド商会の不正を録音によって暴く場面では、挑発的な態度で副店長を追い詰めた。その後、ゴールディング商会への補償交渉をヴィク商会の応接室で取りまとめた。冷蔵運搬魔道具の案件については、本店の慎重姿勢に反発し、自ら独力で進める決意を固めた。新商会「アス・ニナ商会」の構想をまとめ、クレアとケットと利益を折半する計画を描いた。サウスコーストのヌーク商会など外部勢力の妨害可能性も読み込み、ニナ保護の必要性に気付いている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
冷蔵流通革命の起点となる案件を独自に抱え込むことで、将来のヴィク商会内での影響力を高める可能性がある。ニナを巡るウォルテル公の捜索情報にも触れており、貴族と商会の駆け引きに深く関わる立場に近づいている。
老傭兵団長
凍てつく闇夜の傭兵団の本来の団長であり、表向き団長を名乗っていた息子の父親である。老齢でありながら高い戦闘能力を維持しており、冷静な判断力と倫理観を持つ。戦争が減った世界で傭兵団の終わりどころを考える、現実を見据えた指導者である。
・所属組織、地位や役職
ユピテル帝国の首都サンダーガードに拠点を置く「凍てつく闇夜の傭兵団」の真の団長である。
・物語内での具体的な行動や成果
玄関ホールで少女二人に刃を向ける騒ぎを一喝して止め、息子と団員たちを制した。エミリが屋敷外で戦術級魔法を構えていた事実を指摘し、「首都最強」の看板に泥を塗ったことを諭した。彩雲と明星がニセの月狼族である経緯を説明し、息子の宣伝重視の姿勢を批判した。エメラルド盗難事件では真相を明らかにし、青髪メイドの処遇をニナに委ねた。最終的に傭兵団の解散を宣言し、暴発しかけた明星を一撃で制圧した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
自らの代で傭兵団を解散する決断を下し、傭兵という存在の役割の終わりを引き受けた。ニナとの出会いをきっかけに、団員たちの変化や町との関係の見直しに踏み出している。
彩雲
「凍てつく闇夜の傭兵団」に所属する戦士であり、宣伝上は月狼族として扱われている。実際にはスラム出身の人間であり、外見だけ月狼族に似せる染料や義毛で飾られている。酒好きで粗雑な振る舞いが多いが、戦場での戦闘力は高い。
・所属組織、地位や役職
凍てつく闇夜の傭兵団に所属する看板戦士である。
・物語内での具体的な行動や成果
戦場では全勝続きの傭兵団を象徴する存在として扱われてきた。屋敷では酒に溺れ、二日酔いの状態でニナのスープを飲み、効果に驚いた。エメラルド盗難騒動ではニナの腕を折ると脅し、暴力的な制裁を主張した。ティエンとの対決では拳を受け止められ、投げ飛ばされたことで自分が月狼族ではないことを匂いで見抜かれている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
老団長の解散宣言により、看板戦士としての立場を失った。解散後は貧しい生活に戻ることが予想されており、その経験が将来の態度を変える可能性が示唆されている。
明星
彩雲と共に「凍てつく闇夜の傭兵団」の象徴として扱われる女性戦士である。外見は月狼族風に飾られているが、実際は人間である。気性が荒く、自分の権利が侵されたと感じると激しく反発する性格である。
・所属組織、地位や役職
凍てつく闇夜の傭兵団に所属する看板戦士である。
・物語内での具体的な行動や成果
日常の朝食ではパンとジャムのみの食事を続けていたが、ニナの用意した温かいスープによって体調を整えた。その後、塩竈焼き風の肉料理を食べて驚きを見せた。エメラルド盗難事件では、ネックレスの持ち主として激しく怒り、ニナを盗人として非難した。老団長の解散宣言の際には反発し、団長の命を狙って飛びかかったが、一撃で制されている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
解散によって王都トップクラスの傭兵団の看板という立場を失い、貧しい出自に戻ることになった。老団長はその経験が彼女にとっての薬になると見ている。
共同浴場の老女
サウスコースト下町にある共同浴場の管理人である老女である。温泉が止まったあとも掃除を続け、再開を信じて浴場を守ってきた。控えめな性格であるが、浴場と町の人々への愛着は強い。
・所属組織、地位や役職
サウスコースト下町の共同浴場の管理人である。
・物語内での具体的な行動や成果
二年二か月前に温泉が止まってからも、毎日浴場の掃除を欠かさなかった。入浴料を小銅貨一枚に抑え、税金や補助のない状態で浴場を維持してきた。ニナたちに温泉が止まった経緯と、かつて浴場が人々の交流と和解の場であったことを語った。温泉復活の際には膝まで濡れながら湯を受け止め、涙ながらに感謝の言葉を述べた。その姿が住民の反省と再協力のきっかけとなった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
温泉復活後は再び共同浴場の中心人物として、住民と孤児たちを迎え入れる役割を担っている。町の支え合いを象徴する存在となっている。
ドワーフの鍛冶職人
サウスコーストの鍛冶工房を営むドワーフ族の職人である。温泉好きであり、共同浴場の再開を強く望んでいた。「温泉ファン」として、利益よりも浴場復活を優先して協力する姿勢を持つ。
・所属組織、地位や役職
サウスコーストの鍛冶工房の主である。
・物語内での具体的な行動や成果
共同浴場の温泉復活計画に参加し、十メートル級の鉄パイプ製作と既存パイプの継ぎ足し機構の設計に協力した。工賃不要を申し出て、温泉再開のために無償で技術を提供した。初回の取水失敗後も作業を続け、エミリの魔法掘削と組み合わせて源泉への到達を実現した。共同浴場の賑わいを確認し、住民にも再協力を促す立場となった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
温泉復活の立役者のひとりとして、下町住民から感謝される存在になっている。浴場とダウンタウンストリートの今後の整備でも重要な技術的支援者となる可能性が高い。
ゴールデンサンライズリゾート商会長
サウスコースト随一の高級ホテル「ゴールデンサンライズリゾート」を運営する商会の長である。短期的な利益と再開発による利権拡大を重視する考え方を持つ。下町エリアを自商会の二棟目ホテル建設の場として見ている。
・所属組織、地位や役職
ゴールデンサンライズリゾート商会の商会長であり、高級ホテルの支配人格の立場にある。
・物語内での具体的な行動や成果
源泉を深部から汲み上げさせ、共同浴場側の温泉枯渇を招いた。共同浴場復活の報告を受けて苛立ち、魔道具破壊など過激な策を検討したが、会計院の税務調査を理由に表向きの行動を控えた。下町の税収低さを口実に再開発を正当化し、巨大ホテル建設と税収増を説明する計画を立てた。チンピラを雇ってダウンタウンストリートの屋台を破壊しようとしたが、住民とニナたちの対応により失敗した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
ウーロンテイル伯爵の大規模再開発構想の駒として使われており、伯爵からは責任追及を受ける立場にある。会計院報告により下町再開発が一年以上先送りされる可能性が生じ、計画全体が不安定になっている。
ウーロンテイル伯爵
ユピテル帝国の伯爵であり、サウスコーストの再開発構想を描く貴族である。街道整備や新都市建設、港湾開発までを見据えた長期計画を持つが、自身の利益と地位拡大を最優先する人物である。
・所属組織、地位や役職
ユピテル帝国の伯爵であり、大規模再開発構想の推進役である。
・物語内での具体的な行動や成果
ゴールデンサンライズリゾートに乗り込み、商会長から下町の現状と共同浴場復活、チンピラ襲撃事件の全容を聞き出した。会計院報告に「下町エリアは一年の経過観察が必要」と追記されたことで、自身の計画に外部の目が入りつつある現状を指摘した。商会長の短絡的なゴロツキ利用を叱責し、金で片を付けつつ、役に立たない者は切り捨てる姿勢を明言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
女神画の血の涙の怪異を目撃し、神からの警告と受け取って一時的にサウスコーストから退いた。その結果、再開発の動きは少なくとも一年先に延び、下町に猶予期間が生まれている。
ドンキース侯爵
政争とは距離を置く名門貴族であり、情報収集を趣味とする人物である。面白い事象や人物を見つけると自ら関わりたくなる性格である。ニナに対しては一目惚れに近い感情を抱き、貴族特有の価値観で求婚を行った。
・所属組織、地位や役職
ユピテル帝国の侯爵であり、首都サンダーガードに大きな屋敷を構える貴族である。
・物語内での具体的な行動や成果
首都会計院の報告でサウスコースト下町の変化を知り、その原因となった「メイド」の存在を追わせた。凍てつく闇夜の傭兵団解散の理由に「メイドさん」が関わると知り、ニナの捜索を執事長に命じた。ニナを見つけると、宿前で大仰な求婚を行い、第3夫人として迎えようとした。屋敷へ連行したあとも、ニナを夫人兼メイドとして扱おうとしたが、雇用契約と家の格を盾にしたキアラと執事長に押し戻された。メイド勝負の約束をしたにもかかわらず、結果発表後には条件を反故にし、ニナを手放さない姿勢を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
皇帝からの召喚命令を携えたグリンチ伯爵の登場により、ニナに対する優先権を失っている。ニナの身柄を皇帝に譲らざるを得ない立場となった。
キアラ
ルーステッド家から派遣された「ルーステッド・メイド」であり、ドンキース侯爵邸のメイド長である。自らの技量と家柄に誇りを持ち、主人に対しても契約を盾に物申す気質を持つ。部下への態度は厳しく、高圧的な面がある。
・所属組織、地位や役職
名門ルーステッド家のメイドであり、ドンキース侯爵邸のメイド長である。
・物語内での具体的な行動や成果
侯爵がニナを独断で第3夫人として迎えようとした際、雇用契約上の権限を理由に反対した。ニナの師匠ヴァシリアーチを「大酒飲みで人格破綻者」と評し、敵対勢力として警戒した。メイド勝負を提案し、自らの流儀でニナに挑んだ。洗い場、洗濯、部屋整頓、石畳磨きの対決ではすべて同着という結果を出し、互角の技量を示した。買い出し勝負では先着し、形式上は勝利を収めたが、大量の殺鼠剤と下水道異常に気付けなかった点で実質的に劣勢となった。部下のメイドからネズミ被害の報告が届いていなかった事実を知り、自身の指導姿勢に問題があることを突きつけられた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
執事長から敗北と認定され、メイドとしての本質理解に課題があると評価された。ニナとの対決を通じて、「技量だけでなく周囲の報告を吸い上げる信頼」が重要であると認識させられている。
グリンチ伯爵
帝国騎士団長であり、ニナを皇帝のもとへ連れてくる任務を帯びている巨漢の貴族である。乱暴な物言いもあるが、命令に忠実で、力による制圧が得意である。
・所属組織、地位や役職
ユピテル帝国騎士団長であり、伯爵位を持つ武人である。
・物語内での具体的な行動や成果
ドンキース侯爵邸に乱入し、兵士を引きずりながら現れて場を制圧した。ニナを巡る侯爵との言い争いでは、「連れて行く用事があるのはニナだ」と優先権を主張した。最終的に皇帝の紋章を示し、「皇帝陛下の名による召喚」であることを告げてニナの身柄を確保した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
皇帝の直接命令を受けて動く立場として描かれており、ニナを通じて賢人会議にも間接的に関わることになる可能性がある。
皇帝陛下
ユピテル帝国を治める白髪の老女の皇帝である。気品と威厳を備えており、帝都の都市整備や長期の治世を通じて豊かな首都を築いている。ニナの価値を完全には理解していないが、賢人会議の成功のために利用しようと考えている。
・所属組織、地位や役職
ユピテル帝国の皇帝であり、国家の最高権力者である。
・物語内での具体的な行動や成果
首都サンダーガードの道路や排水整備を進め、「帝国の繁栄は帝国民によってもたらされる」と公言している。在位五十年の治世で首都の豊かさを形にした。賢人会議の開催にあたり、五賢人のひとりトゥイリードを機嫌よく滞在させる目的でニナを呼ぶことを決めた。外務卿に対して、ニナを「賢人を喜ばせる程度の存在」と見なす発言をしている。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
現時点ではニナの真価を把握していないが、賢人会議の展開次第ではニナとの関係が帝国の外交や国際情勢に影響を与える可能性が示唆されている。
外務卿
ユピテル帝国の外務担当大臣であり、皇帝に仕える文官である。賢人会議の準備を担っており、皇帝の意図を理解しながら実務を進める立場にある。
・所属組織、地位や役職
ユピテル帝国外務卿であり、賢人会議の実務責任者のひとりである。
・物語内での具体的な行動や成果
皇帝からニナの召喚理由を聞かされ、賢人トゥイリードの機嫌を取る役目として彼女を利用する方針を共有した。ニナを「妙齢で美しい女性」と想像して発言し、皇帝から軽く訂正されている。賢人会議の重要性を理解しつつ、ニナの本当の能力についてはまだ知らされていない。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
賢人会議の成否に関わる責任ある地位にあり、今後ニナの働きによって評価が変動する可能性を持っている。
展開まとめ
ニナの旅行記
エミリとの出会いと同行の開始
ニナは旅を記録するために新しい手帳を購入し、旅路の最初の地でエミリと出会った。エミリは第5位階まで魔法を扱える優れた魔導士であったが、魔力筋に問題を抱えていた。ニナはその改善を手伝い、結果としてエミリは旅の同行者となった。
フレヤ王国でのアストリッドとの邂逅
ニナは初めて国境を越えてフレヤ王国に入り、発明家アストリッドとメイド依頼を通じて出会った。アストリッドはエミリと親しく、その縁もあってニナたちの旅に加わることを希望した。アストリッドは頼りがいのある存在として合流した。
イズミ鉱山でのティエンとの交流
三人はウォルテル公国のイズミ鉱山へ向かい、見学を希望していたニナは月狼族のティエンと出会った。ティエンは嗅覚が鋭すぎるため食事を楽しめない状態にあり、ニナが料理を提供して交流を深めた。その後、鉱山の崩落事故と復旧作業に直面する中で関係が強まり、ティエンは離れた両親を探す目的を持って旅の同行を決めた。
旅を通じての実感とこれまでの経路
ニナは各地を巡り多くの人々と出会う旅の素晴らしさを実感していた。これまでの旅程は、クレセント王国王都三日月都から商業都市フルムン、発明の国フレヤ王国を経て、ウォルテル公国のイズミ鉱山に至るものであった。
プロローグ 万能メイドさん、ただいま求職中
広がりすぎた万能メイドのウワサ
クレセンテ王国では、マークウッド伯爵家を陰で支えたメイドが実在すると高貴な人々の間でウワサされていた。魔導士トゥイリードやウォルテル公国の公爵さえ執心していると言われ、そのメイドは屋敷を清潔に保ち病を退け、富を招き、絶品の料理を作り、さらには死者を蘇らせるという荒唐無稽な話までついていた。尾ヒレがつきすぎたそれらの話は真実味を失っていたが、その本人にとってはむしろ都合が良い状況であった。
求職中のニナ、首都の案内所へ向かう
ニナは露店の店主に声をかけられるほど目立つメイド姿で、求職のために案内所へ向かっていた。ウォルテル公国の首都セントラルファウンテンは小規模ながら水路が整備され、水の恩恵に満ちた都市であった。ニナは観光のための資金を得るべく、短期のメイド職を探す計画で首都を訪れていた。同行者であるエミリ、アストリッド、ティエンはまだ宿で休んでいる時間帯である。
案内所での落胆と求職の壁
案内所は朝から人で溢れ、ニナは自前のメイド服ゆえに目立ちながらも、特に嫌味を言う者はおらず、経験者の集まりであることを感じ取った。受付の女性はニナが国外から来た冒険者ギルド登録者であることを確認すると、紹介状も身分証も十分ではないとして仕事の斡旋を断った。メイド業は身元の確かさと信頼が第一であるため、紹介状なしでは屋敷勤めの職は得られないのであった。
仕事が見つからず、仲間の手伝いを考えるニナ
案内所の外へ出たニナは、状況を理解していたとはいえ落胆を隠せず、建物を見上げてため息をついた。エミリ、アストリッド、ティエンのいずれかの手伝いをしようかと考えながら、ウワサとは裏腹に仕事を任せてもらうどころか、門前払いを受けてしまう現実を受け止めていた。
第1章 老舗商会をめぐる陰謀
ゴールディング商会の危機とクレアの苦悩
セントラルファウンテンの目抜き通りに並ぶ老舗の一つ「ゴールディング商会」は、赤字続きで経営不振に陥っていた。店長クレアは帳簿を確認するたびに深刻な数字を前に頭を抱えていた。彼女を支える職人ケットは励ましの言葉を残して工房に戻ったが、主力である魔道具は売れず、状況は一向に好転しなかった。
ニナ、保存料不使用の食肉への礼を伝えるため商会へ
案内所で仕事が見つからなかったニナは、かつてティエンを救った保存料不使用の食肉を卸していた商会がこの街にあることを思い出し、礼を伝えるため訪問することにした。しかし店内は薄暗く、掃除も行き届いておらず、商品の並びも乱れていた。陳列された魔道具は不当に高価で、かつての老舗らしい気配は失われていた。
店長クレアとの誤解と追い出し
ニナが挨拶すると、クレアは高位貴族の屋敷からの使いであると勘違いし、自分の魔道具がどこかで評価されたのだと早合点した。ところがニナが「食肉の話」を切り出すと態度は一変し、敵対商会の嫌がらせだと誤認して激昂し、ニナを店から追い出してしまった。ニナは事情を理解できないまま商会を後にすることになった。
宿での報告と仲間たちの反応
夜、宿に戻ったニナは一連の出来事を仲間に説明した。エミリとティエンはニナの理不尽な扱いに激怒し、商会を破壊しかねない勢いで憤りを示した。アストリッドは二人を宥めつつ、ゴールディング商会には何らかの事情があると判断し、感情的に動く前に調査すべきだと提案した。
アストリッドが握っていた依頼書と調査の必要性
アストリッドは、発明家協会から受け取っていたゴールディング商会による魔道具修繕依頼書を取り出した。報酬は五千テルと高額であり、商会が魔道具事業に強くこだわっていることが示されていた。アストリッドはその日自分が取った行動を語り始め、商会の異変には調べるだけの価値があると仲間たちに説明した。
早朝の王都とアストリッドの訪問
翌早朝、ニナが用意した酔い覚ましスープで体調を整えたアストリッドは、発明家協会経由の依頼を正式に受けてゴールディング商会を訪れた。裏口で出会ったクレアに、フレヤ王国登録の発明家である証を示し、事務室へ通された。
クレアのコンプレックスと誤解の背景
クレアは、食肉卸の老舗の跡取りとして育ち、幼い頃から「豚女」とからかわれてきた過去を打ち明けた。そのため、食肉商会であることに強いコンプレックスを抱いていた。アストリッドは、ニナが「肉」の話を持ち出したことでその傷を不用意に抉り、嫌がらせと誤解されて追い出されたのだと理解した。
ケットとの関係と盗聴器捜索依頼
しばらくして裏口に発明家のケットが現れ、クレアと親しげに言葉を交わした後、アストリッドとも挨拶を交わした。クレアは、食肉卸の売上減少と魔道具開発への投資失敗の経緯、さらにケットの加入によって新商品が売れ始めた直後、他商会から酷似した魔道具が先に売り出され、自分たちが盗作扱いされたことを語った。その上で、商会内に盗聴器が仕掛けられている可能性があると相談した。
盗聴器の技術的限界と調査結果
アストリッドは、既知の盗聴器は魔石交換が必要なうえ稼働時間も短く、設置には定期的な出入りが必要であると説明したうえで、店舗、事務室、建物外周、屋上、工房を徹底的に調査した。しかし盗聴器は発見されず、工房への出入口も厳重で鍵を持つのはクレアとケットのみであることから、情報流出には別の要因があると結論づけた。
依頼失敗扱いの提案とクレアの決断
アストリッドは、敵を油断させるために公式には依頼失敗と扱い、真相は誰にも漏らさないことを条件に調査継続を申し出た。発明をあくまで商売の手段と見ているクレアには、得にならない行動が理解できず戸惑いがあったが、やがてアストリッドが金銭だけでは動かない人物であると悟った。クレアは直感を信じて彼女を追いかけ、ゴールディング商会の行く末を託す決断をした。アストリッドもその覚悟を受け止め、全力で調べると応じた。
ゴールディング商会疑惑の整理と真相仮説
アストリッドは宿へ戻り、ニナたちにゴールディング商会での出来事と盗聴器捜索の結果を報告した。盗聴器が存在しない以上、情報流出は内部からの「口」しか考えられないと推理し、工房に自由に出入りできる人物からケットが最も疑わしいと結論づけた。一方その頃、クレアはアストリッドの依頼をあえて「失敗扱い」とケットに伝え、真実を隠したまま葛藤していた。
録音機の準備とヴィク商会ファースの登場
昼寝から目覚めたアストリッドは、ニナが用意した背負子と、ヴィク商会に発注していた高価な録音魔道具を受け取る準備を整えた。やがて商人ファース・ヴィクが現れ、録音機を納品した。彼はニナの依頼に便宜を図った人物であり、大陸各地に店を持つ大商会ヴィク商会の一員であることが判明した。録音機の用途を問いただしたファースとアストリッドは一時対立しかけたが、ニナの仲裁によりファースは非礼を詫び、同行を申し出た。
ロンダッド商会の工作と作戦方針
移動の途上、一行はゴールディング商会とロンダッド商会の関係を整理した。ファースからは、ロンダッド商会が魔道具を不自然な安値で売りさばき、他商会を意図的に潰そうとしているとの情報がもたらされた。アストリッドとファースは、ゴールディング商会から情報が盗まれたのではなく、ロンダッド側から情報を与えて商品を作らせたうえで損害を与える罠である可能性に気づき、ケットとロンダッドのつながりを録音で証拠化する方針を固めた。
ニナの思惑とアストリッドの心境の変化
裏路地を進む途中、ニナはアストリッドとファースの不和を気にしつつ、自分がアストリッドの将来のためにヴィク商会との接点を作ろうとしているのだと打ち明けた。アストリッドは、ニナの行動が自分の発明家としてのキャリアを案じてのものであると理解し、ファースへの反発を和らげた。同時に、自分は今「メイドさん」パーティーの一員であり、ニナと共に旅を続けたいという本心を自覚するに至った。
録音機の改造とケットの会話の盗み聞き開始
ティエンの尾行により、ケットが酒場「緋肋鶏の止まり木」に入ったことが判明した。一行は店外から会話を盗み聞きするため、アストリッドが録音機の回路を短時間で改造し、外壁越しに店内の音を拾えるようにした。ティエンの優れた聴覚を頼りに最適な位置を特定し、吸盤付きホースを壁に押し当てると、魔道具からケットの声が聞こえ始め、証拠収集の第一歩が記録されることになった。
高級酒場での潜入とロンダッド側の会話
エミリとファースは高級感のある落ち着いた酒場に潜入し、ロンダッド商会副店長とケットの隣席を確保した。隣から聞こえる会話によって、ケットがクレアの信頼を利用してゴールディング商会の新製品情報をロンダッド側に流し、先行販売と安売りで市場を奪う計画であることが判明した。最終的には商会を畳ませ、食肉の販路をロンダッド商会が奪う腹積もりであることも明らかになった。また、ケットがユピテル帝国出身の詐欺師で「温石毒のケット」と呼ばれていた過去も語られた。
録音暴露とロンダッド商会への制裁交渉
ファースは挑発的な態度で酒場での対決を狙ったが、ケットに警戒されて正面衝突は回避されてしまった。その直後、ニナ、アストリッド、ティエンが酒場の入口に現れ、ゴールディング商会を陥れた共謀を糾弾した。ティエンが副店長を拘束し、外からアストリッドが用意した録音魔道具で副店長の発言を再生すると、ロンダッド側の違法な策略は商人たちの前で白日の下にさらされた。その後、一行は場所をヴィク商会の応接室へ移し、ロンダッド商会はゴールディング商会への損害の全額補償と同額の上乗せ支払いに合意する代わりに、上層部には秘密とする条件で和解が成立した。
クレアの判断とケットへの情
クレアは、副店長を公的に失脚させるよりも「金の罰」でロンダッド商会に負担を負わせる方が現実的であると判断した。一方ケットについては、ロンダッドから「商会を売れば一生遊んで暮らせる金を用意する」と持ちかけられていたこと、そしてそれがクレアを危険から遠ざける意図も含んでいたことが明かされた。クレアは、初期の魔道具開発にケットが真剣に取り組んでいた事実を踏まえ、彼が根っからの悪人ではないと見なした。過去の詐欺行為も含めて「バカだね」と笑い飛ばし、他国での罪を追及しないようファースと一行に頼み、ケットを牢獄ではなく「自由」に送り出す道を選んだ。
アストリッドの気づきと感情の整理
一連の交渉を通じ、アストリッドは自身のマホガニー商会が「発明」そのものを目的とするのに対し、ヴィク商会やゴールディング、ロンダッドのような商会は「金儲け」を第一目的とする存在であると再認識した。その価値観の違いこそが、自分が商人たちに反発してきた根本理由であると自覚したのである。ニナの言葉でファースへの感情はすでに和らいでいたが、ここでようやくその理由を言語化できたことで、商人全般に対するわだかまりも整理されていった。クレアは最後にケットとふたりで話す時間を求め、彼の過去を承知のうえで見逃す道を選び、一行はそれぞれの立場で長い夜を終えることになった。
ゴールディング商会再訪とニナの狙い
翌々日の朝、アストリッドとニナはゴールディング商会を再訪し、寝不足で憔悴した様子のクレアと再会した。クレアはまず先日の誤解についてニナに正式に謝罪し、両者は和解した。そのうえでニナは、鉱山街への食肉輸送で世話になった礼をあらためて述べるとともに、「お礼」とは別に提案を持ってきたことを告げた。
冷蔵運搬魔道具と「使い捨て皮」の発明的発想
ニナは、紫鈴連花を使わずに肉を運ぶ現在の方法では傷みが多く、畜産農家にも肉にももったいないと指摘し、「冷蔵による運搬方法」の導入を提案した。その核となるのが、アストリッドが設計した軽量の冷蔵魔道具と、ウェットランズフロッグの皮を用いた保冷カバーの組み合わせであった。畜産農家側で冷蔵庫により肉と氷をあらかじめ冷やし、それらを皮で包んで輸送し、補助的に軽量魔道具で冷却を行う構造により、魔道具出力の弱さと重量コストを同時に解決できると示された。ウェットランズフロッグの皮は破れやすい代わりに安価であり、廃棄しても容易に分解され肥料となるため、「使い捨て」と「循環利用」を両立しうる素材であることも説明された。これは海産物や果物にも応用可能であり、流通の在り方そのものを変えうる革新的アイデアであると、アストリッドとクレアは悟った。
クレアの撤退宣言とケットの復帰願い
しかしクレアは、ケットの裏切りを経て魔道具事業からは身を引く決意を固めており、「ここで新規発明を背負う資格も人手もない」として、設計図の受け取りを一度は拒んだ。魔道具研究はケットとの思い出とともに封印するつもりであったのである。そのとき、店先で話を聞いていたケットが姿を現し、土下座して「最後にゴールディング商会のために働かせてほしい、金はいらない」と懇願した。クレアは涙ながらに彼にすがりつき、アストリッドはふたりに時間を与えるため店を後にした。後日、クレアはケットを再雇用する決断を伝え、ケットも自らの過去や詐欺まがいの経歴をすべて打ち明けたうえで「やり直す機会」を求めた。クレアはそれを受け入れ、過去を承知のうえで共に進む道を選んだ。
発明の託し先と「使い捨て思想」の共有
アストリッドは、冷蔵運搬魔道具の設計と「使い捨ての思想」をゴールディング商会とケットに託した。ウェットランズフロッグ皮の使い捨て運用と肥料化まで含めた循環構造は、発明家であるアストリッド自身にとっても盲点であり、ニナの生活感覚から生み出された発想であることが強調された。ケットはそのスケールと革新性に震え、この案件に全力で取り組む決意を新たにした。流通面では人手不足を補うため、ヴィク商会がウェットランズフロッグ皮の流通などで後方支援を行う構想も示され、商会同士の連携による新たな事業の芽が形になり始めた。
ニナ依存組の本音と首都出立
その夜、エミリ、アストリッド、ティエンは小さな酒場で「ニナがやらかして面倒ごとに巻き込まれないようにする同盟」の非公式会合を開き、ケットの過去や「使い捨て発明」の将来性、ヴィク商会の支援体制などを共有した。エミリはアストリッドとファースの関係を冷やかし、アストリッドはファースへの反発をすでに整理していると語りつつ、二人ともニナの完璧なメイド能力に依存して「ダメになりつつある」と自嘲気味に笑った。ティエンも辛辣なツッコミを交えながら成長を示し、こうして首都での騒動に一応の区切りが付いた。翌朝、「メイドさん」パーティーはゴールディング商会と新たな発明を後に託し、ウォルテル公国の首都を出発して次の旅路へ向かった。
ヴィク商会での調査とファースの判断
ウォルテル公国首都にあるヴィク商会総本店で、跡取り候補のひとりであるファースは、店長からケットに関する調査結果を受け取った。ケットは指名手配されているものの重罪性は低く、直ちに危険視すべき人物ではないと判断された。一方、ゴールディング商会から持ち込まれた冷蔵運搬魔道具の開発案件について、店長は慎重姿勢を崩さなかった。ファースが「大急ぎで進めるべき案件」であると主張しても、店長は工房の使用予定や人員調整を理由に難色を示したため、ファースはヴィク商会を巻き込まず自ら独力で進めると宣言し、店舗を後にした。
設計図の完成度と流通革命の可能性
宿へ戻ったファースは、アストリッドが仕上げた冷蔵運搬魔道具の設計図を改めて確認した。ニナの発想を基に組み立てられたこの設計図は、素人でも理解できるほど整理されており、魔道具設計として突出した完成度を誇っていた。ファースはこれが肉、魚介、果物などの長距離流通を劇的に変革し、「使い捨て」という新しい概念を魔道具技術に持ち込む可能性を直感した。その一方で、情報が漏れれば他商会に模倣される危険が高く、迅速かつ秘密裏に事業を立ち上げる必要があると判断した。
秘密裏の工房確保と新商会の構想
ウェットランズフロッグ皮を大量に確保するためには目立たない動きが重要であり、大手商会の名で動けば即座に噂が広まるとファースは考えた。彼はクレアと共同で新商会を立ち上げ、ケットを正式に魔道具技術者として雇い、利益を折半する形式を理想とした。そして新商会の名前を「アス・ニナ商会」とする案をまとめた。この商会こそが、後に冷蔵流通革命の中心となり、庶民の食生活を一変させる存在になると見込まれた。
迫り来る外部勢力とニナへの危険
ロンダッド商会副店長やヌーク商会など、ゴールディング商会を敵視する勢力による妨害は必ず発生するとファースは推測した。そのため、設計図の扱いと発明家の選定には極度の慎重さが求められた。書類を整理していたファースは、混じっていた総本店の情報文書の中に「ウォルテル公爵がニナという名のメイドを捜索中」という記述を発見する。彼女を保護した者には報奨金が支払われると記されており、ニナの身に新たな危機が迫っていることを示す内容であった。
第2章 月狼族を捜せ! 帝国首都サンダーガード編
帝都サンダーガードへの旅立ち
ティエンの決意と一行の移動
ティエンは月狼族の両親を捜しており、帝都サンダーガードに「男女二人組の月狼族がいる」という情報を得て、一行は馬車で帝国へ向かったのである。道中、ティエンが「ごめんなさい」と謝罪すると、ニナは「こういう時は『ありがとう』と言うべきだ」と諭し、ふたりは笑顔を交わした。揺れる馬車の中でも、ニナは刺繍、道具の手入れ、荷物整理を同時進行でこなし、「メイドなら当然です」と平然と答え、周囲を驚かせた。
首都の繁栄と皇帝の治世
サンダーガードは高い城壁と広大な市街を誇り、幹線道路は広く石畳も整備され、魔導貨車が走る豊かな首都として描かれている。ニナは交通量に対して道路や排水が十分整備され、埃も少ない点から「本当に裕福な街だ」と本質的な評価を下した。アストリッドは、これが在位五十年の皇帝による都市整備政策の成果であり、「帝国の繁栄は帝国民によってもたらされる」と公言する名君の治世によるものであると説明した。
冒険者ギルドで判明する二つの情報
一行は中央ギルドを訪ね、ティエンが鉱山街に捨てられた月狼族であり、両親を捜している事情と、帝都に月狼族の二人組がいるという情報を伝えて協力を求めた。受付職員はティエンの特徴を確認した後、背後のニナを見て「ニナというメイドではないか」と口にした。エミリとアストリッドは即座に「ニナ危険信号」を察知し、ギルド内でニナを「ネジ」という別人として扱い、場から退避させたうえで話を続けた。職員は、ウォルテル公爵が「クレセンテ王国から来たメイド、ニナ」を高額懸賞金付きで捜索していること、そして月狼族の二人組が傭兵団「凍てつく闇夜の傭兵団」に所属する彩雲と明星であることを明かした。ティエンの両親シャオとツィリンとは名前が異なるものの、月狼族には通称が存在するため、同一人物である可能性は残された。
傭兵団への接触失敗と屈辱
一行は彩雲と明星が所属する傭兵団の豪邸を訪れ、門番の男に面会を求めた。しかし二人は名の知れた「スタープレイヤー」であり、取り入りを狙う者が殺到しているため、紹介のない来訪者は門前払いにされていた。エミリはティエンの帽子を外して月狼族の耳を見せたが、男は過去の偽装事例を理由に「精巧な付け耳」と決めつけて追い返した。その後、レストランで食事を取りながら、エミリは屈辱に憤り、「傭兵団をざまあさせる」展開も含めた再接触の策を練ろうとした。一方で、冒険者ギルドでの聞き込みから、彩雲と明星が外出を避けて屋敷に籠もっている現状も判明し、接触の難しさが明らかになった。
ニナ潜入案の提示といったんの却下
傭兵団内部に潜り込むしかないと考えた一同に対し、ニナは「メイドは出入りが激しいので自分が洗い場メイドとして潜入すべきだ」と提案した。しかしエミリとアストリッドは即座に反対し、「ニナは実力ゆえに必ず目を付けられる」「これまで奇跡的に目立たずに済んできたが、同じ幸運は続かない」と危険性を指摘した。ティエンも、自分の件でニナに危険な役割を負わせたくないと訴えた。最終的にニナの潜入案はいったん却下され、エミリとアストリッド、ティエンが別の方法で彩雲・明星との接触や月狼族に関する情報を探る方針が固められた。ただし、ニナだけは密かに別の行動を考え始めていた。
ニナ、独断で「凍てつく闇夜の傭兵団」へ潜入
ティエンの両親かもしれない月狼族に会うため、ニナはエミリとアストリッドの反対を押し切り、単身で「凍てつく闇夜の傭兵団」にメイドとして潜入する決断を下した。紹介状のない状態では門前払いされると理解し、紹介所へ出向いたニナは、天井裏掃除という罠付きの課題を完璧にこなして職員を圧倒し、正式な推薦書を獲得した。そして裏門での面接に臨み、メイド長に好印象を与えてあっさり採用され、ランドリーメイドとして働き始めることになった。
紹介所で示された圧倒的な実力
紹介所が仕掛けた課題は、天井裏に潜む埃や虫を利用して「どうせ失敗する」と踏んだ内容であった。しかしニナは騒音も埃落下も一切起こさず、制限時間の半分で天井裏を新品同様に整え、服ひとつ汚さずに戻ってきた。その結果、職員の態度は一変し、「どこにでも紹介できる逸材」として傭兵団への推薦が決まった。ニナの行動はすべて、疲労で倒れかけていたティエンの姿を思い出し、「一日でも早く両親に会わせたい」という一心から発していた。
潜入発覚後の混乱とアストリッドの判断
宿に戻ったエミリは、ニナの「潜入します」という書き置きを見て絶叫した。ティエンは「連れ戻す」と飛び出そうとしたが、アストリッドがこれを制止した。アストリッドは、ニナがティエンのために選んだ行動を尊重すべきだと説き、「ピンチなら助けに行くのだろう」と問いかけてティエンの心を揺さぶった。ティエンは迷いながらも、ニナの覚悟と自分の責任を理解し始めるのであった。
監視と救援のための実務的な支援体制
エミリは「危険すぎる」と主張したが、アストリッドは「むしろ問題はニナが“やらかす”ことだ」と別の懸念を示し、救援体制の必要性を強調した。そして、傭兵団の近くへの宿の移動、屋敷の監視地点の確保、交代制での張り付きなど、現実的かつ入念な監視・救援計画を即座に立案した。その完成度に、エミリですら「よくそんなにすぐ思いつくわね」と驚いた。アストリッドは「こうなることは予想していた」とさらりと言い、一同を黙らせた。
ニナを“家族”として見る視点
アストリッドは、ニナが独断で潜入を決めた理由について、「彼女は気遣いの権化だが、今回は私たちを“家族”と信じているからこそ頼る気持ちで動いたのだ」と分析した。ティエンはその言葉に胸を震わせ、ニナが自分のために危険を冒したことをあらためて痛感した。こうして、ニナ単独潜入と仲間の監視支援という危うい作戦が静かに幕を開けた。
離れと屋敷を一変させるニナの働き
ニナは洗濯係として採用されながら、洗濯そのものを瞬時に終わらせたうえで離れを徹底的に清掃し、夕食も美味に仕上げた。以後も与えられた仕事を素早く片付けつつ、訓練場や裏庭の整備、屋根の修繕まで自主的にこなした結果、屋敷全体の環境は短期間で大きく向上した。老いた御用聞きや荒っぽい傭兵たちも変化に気づき、ニナの働きぶりを評価し始めた。
三階と彩雲・明星の特別扱い
一方、屋敷三階は傭兵団長と彩雲・明星のみが暮らす特別階であり、メイド長だけが出入りを許されていた。彩雲と明星は、全勝続きの戦場で傭兵団の象徴的存在とされ、屋敷内でも厳重に保護されていた。ニナはティエンの両親の手掛かりとして二人に接触したいと願いつつも、機会を得られないまま働き続けていた。
メイド長不在と三階担当就任
メイド長の父が倒れたとの知らせにより、メイド長は数日屋敷を空けることになり、三階の世話を一任する人物としてニナを指名した。他のメイドたちは実力差を認めつつも、同年代の青髪のメイドだけは人事に強い不満を抱いた。ニナは自分ひとりでは大変だと考え、後に彼女を手伝いに誘おうとしたが、メイド長から「余計なことをするな」と釘を刺されてしまった。
団長室と男女の生活感に対する動揺
ニナはメイド長の案内で初めて三階へ上がり、団長の部屋に入った。部屋は酒と食べ散らかした食事で荒れており、ニナは即座にテーブル周辺を片付けたが、隣室に女物の服や下着が散乱しているのを目にして赤面した。男女関係に関する知識こそあったものの、実物を見慣れていないニナには刺激が強く、メイド長から「意外な弱点」と笑われた。
彩雲へのスープ提供と信頼の獲得
続いて訪れた彩雲の部屋も酒臭く、彩雲本人はひどい二日酔いであった。ニナは事前に仕込んでおいた仔牛の骨のだしによるスープを勧め、彩雲は一口で味と効能に驚き、何杯もお代わりして酔いが和らいだ。これは三階住人の深酒を予測して準備していたものであり、メイド長もその先読みと腕前に感嘆し、安堵して三階を任せて屋敷を離れた。
明星との朝食とニナの自制心
翌朝、明星の朝食を担当したニナは、普段パンとジャムしか口にしないと聞いていた彼女に、香辛料入りの温かいスープを添えた。明星は身体が温まる感覚と滋味に驚き、食欲を取り戻した。そこへ彩雲も現れ、ニナが塩竈焼きの技法で柔らかく仕上げた「トロトロ鳥」の肉料理を絶賛した。出身地や料理の由来に関する軽い問答の中で、ニナはティエンの話を切り出す好機を感じたが、食事中に私事を挟むのはメイド失格であると考え、自制して団長からの呼び鈴に応じて部屋を後にした。その途中、どこかの部屋から小さな物音が聞こえたが、ニナは優先順位を守って足を急がせた。
貴族使いとの応対と御用聞きの威圧
ニナはその後、団長の朝食準備、彩雲と明星の訓練・入浴の段取り、昼食の補助、団長と愛人の外出支度など、三階周辺の雑務に終日追われた。そこへ彩雲と明星に会わせろと要求するヒットボルト男爵家の使いが現れ、ニナは皇帝公認の「召喚拒否権」を説明して断ろうとしたが、相手は聞き入れず恫喝した。すると老いた御用聞きが現れ、男爵家など「一介の家」に過ぎず、この傭兵団の敵ではないと一喝して使いを退けた。ニナは老人の身を案じたが、老人は長年の信用に支えられている様子で、静かに屋敷の奥へ消えていった。
エメラルド盗難の濡れ衣と再燃するトラウマ
屋敷に戻ったニナは、玄関ホールに集められたメイドや傭兵たちの前で、明星から盗みの犯人として名指しされた。お気に入りのエメラルドのネックレスがニナの鞄から見つかったと、青髪のメイドが告げたのである。かつてマークウッド伯爵邸で壺破壊の濡れ衣を着せられた記憶がよみがえり、ニナは恐怖で身体が固まり反論できなかった。扉は閉ざされ、傭兵たちは暴力的な制裁を口にしながらニナを取り押さえ、彩雲が「腕を折る」と迫った。
屋根上からの監視とティエンの跳躍
その頃、屋敷を望む建物の屋根からティエンとエミリがニナの行動を監視していた。貴族の使いとの押し問答も介入せずに見守っていたティエンは、自分のために苦労するニナを思って胸を痛めていた。やがて扉越しに見えたニナの怯えた表情から異変を察知し、「ニナのピンチ」であると直感したティエンは、エミリの制止も聞かず、五階相当の高さから屋敷前へ跳躍した。
月狼族ティエンの乱入と「ニセモノ」認定
屋敷内に飛び込んだティエンは、ニナを拘束する傭兵ふたりの手首をつかみ、軽々と放り投げて彼女を抱きとめた。彩雲は同族だからといって手加減しないと宣言し、傭兵たちも武装して二人を包囲した。ティエンはあえて彩雲を「月狼族のニセモノ」と挑発し、振り下ろされた大振りの拳を片手で受け止め、体幹を利かせて一歩も引かなかった。そのまま肘を極めて彩雲の巨体を投げ飛ばし、傭兵たちに戦慄と動揺を走らせたうえで、「本物の月狼族なら匂いでわかる」と真意を口にし、彩雲たちへの不信を示した。
偽団長の命令と真の団長・老傭兵の登場
騒ぎを聞きつけて三階から現れたのは、これまで団長と呼ばれていた男であり、扉が吹き飛んだことに激怒しつつもティエンの正体に驚いた。傭兵たちは新たな月狼族獲得に色めき立ったが、男は「帝国最強」の看板と面子を守るため、ティエンとニナの始末を命じ、傭兵たちは一斉に武器を構えた。そのとき御用聞きの老人が再び現れ、「少女ふたりに刃を向けるのが傭兵団か」と静かに全員を威圧した。老人こそ真の傭兵団長であり、乱暴な男はその息子に過ぎないと明かされると、傭兵たちは一斉に態度を引き締めた。さらに玄関外には、戦術級魔法を発動寸前まで練り上げたエミリが杖を構えており、団員の誰ひとりとしてその気配に気づいていなかったことを老人は「首都最強の名折れ」と一喝し、息子をうなだれさせた。
老団長の本音と偽りの月狼族
応接室で老団長は自らが真の団長であること、そして傭兵団の現状を語った。戦争が三年途絶えたことで、傭兵という存在は次第に不要となり、自身の代で団を解散させることが国の平和にとって幸福だと考えていると明かした。一方、息子は威光を保つため、スラム出身の彩雲と明星を月狼族として仕立て上げ、高価な染料や義毛で偽装し、戦場での活躍を宣伝材料として利用してきたという。ティエンは匂いで二人が人間であると見抜いていた。
ネックレス騒動の真相とニナの赦し
団長の問いに応じて、ニナはエメラルド盗難事件の経緯を説明した。青髪のメイドは罪を認め、新参のニナが三階担当に選ばれたことへの嫉妬からネックレスを盗み、ニナの荷物に忍ばせて冤罪で追い出そうとしたことが判明した。処遇を委ねられたニナはメイドを許すと宣言し、自身への危険や報復よりも、一刻も早く屋敷を離れたいという思いを優先した。老団長はこれを不思議がりつつも、ニナの決定を尊重した。
月狼族捜索断念とニナの心の傷
ティエンの両親について、老団長には全く心当たりがなく、首都に月狼族の噂があれば必ず耳に入るはずだと告げた。目的が果たせないと知ったティエンは、謝礼や引き留めを断り、ニナを連れて屋敷を出た。大通りでエミリが追いついたとき、ニナは顔色が悪く、かつての追放の記憶がよみがえったことで心身ともに消耗していたことが明らかになった。エミリはようやくその深い傷に気づき、合流したアストリッドとともに、南のリゾートで休養を取ろうと提案した。
団長の処断と凍てつく闇夜の終焉
老団長は屋敷に残り、貴族対応や騒動時に何もしなかった執事長を即座に解雇し、青髪のメイドについても衛兵への引き渡しこそ避けつつ、紹介所への通達など「メイドとして再起不能」となる処置を検討した。一方、団長代理の息子と彩雲・明星を呼び出し、恩義を忘れた態度とニナへの仕打ちを叱責したうえで、傭兵団の解散を正式に宣言した。逆上した明星は老団長の命を狙ったが、「鬼斧の赤旋風」と呼ばれた往年の実力の前に一撃で叩き伏せられた。老団長は、金と地位が人を変えたことを嘆きつつも、貧しさに戻る経験が二人の薬になると見通し、膨大な解散事務を自ら引き受ける覚悟を固めた。そして、ニナという卓越したメイドと出会えたことに感謝しながら、帝国と傭兵団の歩みを静かに振り返った。
第3章 リゾート地と温泉が出会ったらどうなると思う?
旅と仲間による心の回復
ニナはサンダーガードでの裏切りと濡れ衣で負った心の傷を抱えつつも、エミリ、アストリッド、ティエンが無条件に自分を信じて助けてくれる存在であると知り、救われたと感じていた。3人に支えられたことで立ち直ることができ、帝国南部のリゾート地サウスコーストへの旅に出発したのである。
海との初対面と護衛依頼の幕引き
森を抜けた先でニナとティエンは初めて海を目にし、その匂いと景色に感動した。道中ではヴィク商会の大商団の護衛として同行し、ティエンがイノシシを狩り、ニナがイノシシ鍋を振る舞って好評を得る。報酬と食事代で懐は潤ったが、目立ちすぎてトラブルの種にもなり得ると反省し、一同は今後護衛依頼は控えることで意見を一致させた。
サウスコースト到着とリゾート満喫の準備
サウスコーストでは金箔まで使った豪奢なホテル群やヤシの木が並ぶ典型的リゾート風景が広がっていた。依頼完了後、商会長マールス=モヒートから自社ホテル半額利用の誘いを受けるが、専属契約の勧誘も含んでいたため断る。観光案内所で三軒の宿候補を選び、下見の途中でエミリは海岸へ飛び出し、4人はアロハシャツや花冠、ココナッツジュースなどを買い求めてリゾート気分を盛り上げる。ニナには通気性の良いインナーとココナッツオイルが贈られ、仲間の気遣いに深く感謝した。
表通りと裏通りの格差とニナの問題意識
海沿いの華やかな大通りから外れると、観光客が少なく、薄汚れた子どもたちや粗野な客引きがいる貧しい区域が現れた。ナンパまがいの男をティエンが軽く撃退する一方で、ニナは表の富裕層エリアと裏通りの貧困の落差に強い違和感を覚え、自分にも何かできるのではないかと考え始める。
安宿と温泉を起点とした「衛生改善」の構想
三軒目の「真砂の宿」は古くて寂れた外観だったが、近くに共同温泉があると聞いたニナは即座に連泊を申し出て宿を決める。部屋で事情を聞いたエミリに対し、ニナは「裏通りの状況を少しでも良くするため、まず公共浴場を整えるべきだ」と語る。温泉設備に使われている魔道具をアストリッドが調整して触媒の消費を抑えれば運営費を下げられ、その分利用料を安くしてスラムの人々も入りやすくできる、というのがニナの構想であった。アストリッドはこの案に賛同し協力を約束し、ティエンも掃除などで手伝うと申し出る。エミリは自分の出番の少なさに少し不満を覚えつつも、ニナの「衛生から貧困に向き合う」挑戦を支える覚悟を固めた。
休業中の共同浴場と老女の思い
ニナたちはスラム改善の足掛かりとして共同浴場を訪れたが、建物は「休業」の札が掛かったボロボロの状態で、人影もなかった。中から現れた老女によれば、温泉は2年2か月前から湯が出なくなり、その間も「いつか再開できるように」と毎日掃除だけは続けてきたという。入浴料は小銅貨1枚という安さで、税金も補助もない中で続けられてきたこと、かつてはここが人々の交流と和解の場だったことが語られ、ニナは老女の丁寧な手入れと浴場への愛情を強く感じ取った。
温泉枯渇の謎とエミリの仮説
浴場は広い屋外露天で、大きな岩風呂は完全に空だった。アストリッドが魔道具を点検した結果、機能自体に致命的な故障は見つからず、単純な機械不良ではないと判明した。外に出た後、温泉から漂う腐臭や地震発生の有無、高級ホテルの温泉が今も稼働している事実などを踏まえ、エミリは「完全に枯れたのではなく、取りすぎと水位低下で共同浴場の取水口まで届かなくなったのではないか」と推理した。特に、2年2か月前にオープンし温泉を売りにしている金箔ホテルの存在が、源泉の過剰利用による水位低下を招いたと考えられた。
スラムの子どもたちへの聞き取りと現状把握
エミリが温泉の原因究明に集中する一方で、ニナは「他にできること」を求めてスラムの子どもたちに接触した。パンや小銅貨を報酬に聞き取りを行い、彼らが仕事の少ない小さな観光都市で親に捨てられ、森のイモや酸っぱい果実、磯の小魚やタコなどを採って飢えをしのいでいる実態を知った。生きるだけで精一杯で教育や身なりを整える余裕はなく、首都以上に過酷な環境であることが明らかになり、翌朝も仲間を連れて来るよう依頼して継続的な支援の足掛かりを作った。
金箔ホテルへの疑いと取水口延長計画
その晩、情報収集を終えたエミリは、共同浴場が止まった時期と金箔ホテルの開業時期が一致し、泉質も同じであることを突き止めた。住民がホテル側に抗議した際には伯爵家の後ろ盾を理由に暴力で退けられていたことも判明し、ホテルが源泉を独占し共同浴場側の水位を下げたという仮説はほぼ確信に変わった。翌日、エミリとアストリッドは共同浴場の取水口を確認し、鉄パイプが浅い位置までしか届いていないことを確認する。エミリは地元の鍛冶屋が「温泉が直るなら工賃は要らない」と協力を申し出ていることを伝え、パイプ延長と魔道具調整でより深い水位から温泉を汲み上げることで、誰も直接対立することなく共同浴場の復活を目指す方針を固めた。
孤児たちとの再会と生活実態の把握
ニナとティエンが前日に訪れた場所に戻ると、リーダー格の少年パンサーを中心に二十人ほどの孤児が集まっていた。彼らは親に捨てられ、自分たちで付けた簡素な名前を名乗り、森の小屋で寄り添って暮らしていた。かつては古着をくれる大人もいたが、今は姿を消しており、町の変化を知る余裕すらない状況であることがわかった。
洗浄と住環境の整備による初動支援
ニナは安易な施しに終わらせないため、まず小屋の掃除と身なりの改善から始めることにした。石けんを配り、川で服と身体を洗えば段階的に報酬を支払う方式を採用し、子どもたちは大銅貨欲しさに協力した。その間にティエンがニナの指示で木材と廃材を使い、男女別の高床式小屋を二棟組み上げた。戻ってきた子どもたちは新品同様の小屋と温かいスープとパンに歓喜し、満腹のまま一つの小屋に身を寄せて眠りについた。
パンサーへの「次の生活」提案
食後、パンサーは「子どもを集めて売る悪い大人」の噂を口にし、ニナの目的を疑った。ニナは自分が一時滞在の観光客であり、小屋もいずれ朽ちると率直に告げた上で、その前に「次の生活」を用意したいと説明した。具体的には、自分たちの力で安定してお金を稼ぎ、病気や怪我にも備えられる生き方を教えたいと語り、パンサーから「やる」という返事を引き出した。
温泉復旧に向けた鍛冶職人との協働
同じころ、エミリとアストリッドはドワーフの鍛冶職人を訪ね、十メートル級の耐久性ある鉄パイプの製作を依頼していた。手持ちの三メートルパイプを水漏れしない機構で継ぎ足す案をアストリッドが提示し、職人も温泉の再開を望む「温泉ファン」と判明したことで協力が得られた。二人は夕方まで工房に籠もり、翌日には延長パイプによる新たな取水実験が可能になる見通しを立てた。
「生きる術」を巡る議論とニナの動機
夜、四人は酒場で合流し、それぞれの成果を共有した。ニナは子どもたちに「生きる術」を教えたいと宣言し、エミリはやる気を評価しつつも、定着の難しさやモヒート商会への就職案に伴うリスクを指摘した。なぜそこまで肩入れするのかと問われたニナは、孤児院で大人に守られていたイズミ鉱山の街と、誰も子どもを心配しないサウスコーストの対比、自身が師匠に出会って進路を得た経験を挙げ、「施し」ではなく技術と生き方を渡したいと述べた。
搾取構造の発見と魔道具ビジネス案
少年たちの収入源が椰子の実や葉、果実、貝の売却であると聞いたエミリは、椰子の実一つ小銅貨一枚という価格が、ココナッツジュース一杯銀貨二枚という相場に比べて明らかな買い叩きであると見抜いた。大人たちが孤児を安価な労働力として搾取している構造に憤りを覚えたエミリは、温泉とリゾートの利点を生かした「自分たちで稼げる仕組み」を作るべく、子どもでも使える新たな魔道具の開発をアストリッドに提案し、本格的な支援策の構想を膨らませていった。
共同浴場復活作戦と住民の期待の高まり
翌日、ニナはティエンと共に孤児たちの小屋を訪れ、椰子の実や果実を集め終えたら共同浴場へ来るよう依頼した。一方で共同浴場には、温泉復活の噂を聞きつけた多くの住民が集まっていた。ドワーフの鍛冶職人とエミリが長大な鉄パイプを運び込み、ティエンも加わって取水設備の改修が始まった。住民の視線には二年ぶりの温泉への期待が満ちていた。
取水失敗と町の変化に関する証言
パイプは延長されたが、岩盤に阻まれ源泉には届かず、試みは一度失敗に終わった。落胆する中、鍛冶職人と老女は、共同浴場が止まってから孤児への支援が途絶え、税金の引き上げと治安悪化、怪しい連中の流入など、ここ二年で町が一気に荒れたことを語った。ニナは、かつて共同浴場が地域の支え合いの拠点であったと知り、温泉の再開が孤児支援と町全体の立て直しに繋がると確信した。
エミリの二重詠唱と源泉への到達
諦めきれないエミリは、自ら魔導士であることを明かし、風と土の精霊を同時に操る二重詠唱で亀裂内部だけを深く掘削する高難度の魔法を行使した。激しい風と轟音のあと、亀裂は以前より深く穿たれ、ティエンが鉄パイプを差し込むと、先端はさらに奥まで沈んでいった。鍛冶職人は、精霊同士が反発しやすい二重詠唱で局所的な掘削に成功した異常さに驚愕し、エミリの力量を改めて思い知った。
温泉の復活と共同浴場に戻る笑顔
魔道具にホースを接続して起動すると、しばしの静寂ののち鉄パイプが震え、泥混じりの熱い湯が勢いよく噴き出した。やがて湯は薄茶色の温泉水となり、老女は膝を濡らしながら涙ながらに感謝を口にした。周囲の大人たちも再開を願い、支えられなかった過去を詫びつつ、再び共同浴場を続けてほしいと申し出た。その後、ニナの用意したサンドイッチで労をねぎらい、浴槽には温泉が満ち、子どもたちは次々と湯に飛び込んだ。二年ぶりに共同浴場には人々の笑い声が満ち、町に小さな再生の兆しが生まれた。
ゴールデンサンライズリゾート商会長の思惑
サウスコースト随一の豪奢なホテル「ゴールデンサンライズリゾート」の支配人室で、商会長は共同浴場復活の報告を受けて苛立っていた。深部から温泉を汲み上げれば共同浴場は涸れるはずだと聞かされていたためである。従業員は魔道具破壊も提案したが、5日後に首都会計院の税務調査官が来訪するため騒ぎは避けることになった。商会長は、下町エリアの税収の低さを口実に区画整理を進め、自商会による二棟目のホテル建設へとつなげる算段を語り、高笑いしていた。
温泉復活後の共同浴場と子どもたちの「生きる術」講座
温泉復活から間もなく、共同浴場は住民で賑わい、アストリッドもその盛況ぶりを確認した。エミリは地元の人々が気兼ねなく楽しめるよう、あえて入浴を控えた。一方でニナたちは、子どもたちが採ってきた果物や葉、小魚・貝などを使い、「唐揚げ」やタコせんべいを調理して振る舞い、これらの料理を商品化する前段階として、道具の使い方やレシピを教える準備を進めた。子どもたちは新しい味に歓喜し、エミリの提案に乗って「自分たちで稼ぐ」術を学ぶことに前向きになっていった。
共同浴場での告白と大人たちの変化
共同浴場では、2年間の温泉途絶を嘆きつつ湯を楽しむ男たちに対し、ドワーフの親方が「情けない」と叱責した。住民たちは税率引き上げや借金で余裕がなかったと弁解するが、親方は、ニナたちが自分たちの負担にならぬよう工事費の支払いまで申し出ていたことを明かし、自分の身可愛さに他人を顧みなかったことを恥じていた。この告白をきっかけに男たちは「少しずつ手を貸して恩返しをしよう」と決意し、洗い場の提供や廃材提供など、それぞれができる支援案を持ち寄り、ニナたちと打ち合わせに向かうことになった。
税務調査官の来訪と「ダウンタウンストリート」の発見
五日後、深緑の制服に身を包んだ首都会計院の税務調査官が到着した。袖の下を一切受け取らないことで恐れられる調査官に対し、5つの商会長は媚びを売りつつ対応した。ゴールデンサンライズの商会長は案内役を買って出て、下町エリアの税収低迷と治安悪化を口実に、再開発による巨大ホテル建設と税収増の正当性を強調した。しかし調査官が実地視察で下町エリアを目にすると、そこには「ダウンタウンストリート」の横断幕が掲げられ、清掃された街並みと美味しそうな匂い、観光客で賑わう屋台や新しい食べ歩きの料理が広がっていた。調査官は、事前報告と現状の乖離を指摘し、「再開発せずとも税収増が期待できる」と判断しうる状況だと示唆した。
ダウンタウン活況に動揺する商会長
ゴールデンサンライズリゾートの商会長は、税務調査官との視察で下町エリアが「ダウンタウンストリート」として賑わっている現状を目にし、豪奢な執務室で幹部たちを叱責した。報告をつなぎ合わせると、共同浴場の温泉復活を起点に街が清掃され、露店が並び始めた経緯が判明したが、その中心に「凄腕のメイド」がいるらしいことだけが噂として語られた。
屋台ブームと「体験」がもたらす脅威
下町では子どもたちが小魚の唐揚げやタコせんべい、サトウキビジュースなどを売り、観光客に好評を博していた。幹部たちはホテルのフルコースとは客層も用途も違うため競合しないと楽観視したが、商会長は「旅先での特別な体験」としてこの屋台文化が富裕層にも広がり、やがて再開発反対の世論を生むと読んだ。その結果、自らが巨額投資して進めてきた再開発計画が頓挫しかねないと危機感を募らせ、雇っていたチンピラを動かしてダウンタウンストリートを物理的につぶすことを決断した。
孤児たちの暮らしと住民との連帯
一方、屋台を切り盛りする孤児たちは、日中は採集と調理・販売に励み、夜は共同浴場で地元住民に温かく迎えられていた。その宿泊先には素泊まり宿「真砂の宿」が選ばれ、口では文句を言いつつも人好きな女将が食事を用意し、子どもたちはベッドに潜り込んで疲れを癒やしていた。ニナ、エミリ、アストリッド、ティエンの四人は、屋台の運営と安全確保を分担しながら、子どもたちが自力で生計を立てられる仕組みを整えつつあった。
チンピラ襲撃の阻止と住民の結束
屋台営業開始から三日ほど経った夜、エミリとティエンは見回りのためダウンタウンストリートへ向かい、屋台を壊そうとするチンピラたちと遭遇した。ティエンが圧倒的な膂力で蹴り飛ばし、エミリが土魔法の短縮詠唱で動きを封じると、騒ぎに気づいた住民が駆けつけ、チンピラを縛り上げて衛兵に引き渡すことになった。彼らが金箔ホテルとつながるゴロツキだと知った住民は憤りつつも、「二度と町に入れさせない」と一致団結し、ニナたちと下町を守る姿勢を強めた。
アストリッドの男装潜入と次の一手
表向きの襲撃は退けたものの「これだけでは相手は痛くもかゆくもない」と見抜いたエミリは、次の手を仕込んでいた。その一環として、アストリッドは短髪に帽子と眼鏡で男装し、発明家協会経由の依頼を受けた「地元の発明家」としてゴールデンサンライズリゾートに潜入した。温泉取水施設の修理をあっさり済ませ、女性従業員の好意をさらりとかわしつつホテルを後にした彼女は、自分が女と見破られない複雑な心境を抱えつつも、商会長側への本格的な反撃の足場を固めつつあった。
ウーロンテイル伯爵の来訪と商会長への叱責
サウスコーストに大規模な馬車の一行が到着し、ユピテル帝国伯爵ウーロンテイルがゴールデンサンライズリゾートを訪れた。伯爵は震える商会長から、共同浴場と下町の復活、チンピラ撃退に至る経緯をすべて吐かせると、税務調査官の報告に「下町エリアは1年の経過観察を要する」と追記されたことで再開発計画に遅れと横槍が入りつつある現状を指摘し、短絡的にゴロツキを使った商会長の愚策を激しく叱責した。
伯爵の巨大な再開発構想と焦り
伯爵は、下町エリアの再開発から巨大ホテル建設、その先の街道整備や新都市建設、港湾開発までを見据えた大規模プロジェクトを水面下で進めており、自らがその中心に立つ構想を抱いていた。他の貴族に「おいしい種」に気づかれないよう会計院報告にも露骨に異議を唱えられない中で、商会長の軽率な動きによって計画が他家の介入を招きかねない状況になったことに強い苛立ちを覚え、手段を熟考し、金で片を付けつつ、下町の住民も商会長も「役に立たなければ切り捨てる」と冷酷に言い放った。
血の涙を流す女神の絵と伯爵の退却
伯爵が立ち去ろうとした瞬間、執務室の壁に飾られた信念の女神イスと真実の女神ルーシスの絵から赤い液体が流れ出し、「信念の神イスと真実の神ルーシスは、お前たちを見ている」と血文字が浮かび上がった。伯爵と騎士、商会長は顔色を失って驚愕し、伯爵はその日のうちに慌ててサウスコーストを離れた。この怪異は、アストリッドが発明家協会経由でホテルに潜入し、取水施設の修理を口実に内部の魔道具と女神画に細工した結果であり、ティエンの「悪いことをすると月が見ている」という言葉から着想した「神の名を用いた警告」であった。
温泉での打ち上げと作戦の種明かし
ニナ、エミリ、アストリッド、ティエンの四人は貸切となった共同浴場の温泉でようやく疲れを癒やしつつ、これまでの作戦を振り返った。下町の孤児たちは屋台と採集の仕事で自力で生活する道筋を得て、住民同士も助け合うように変化したこと、ニナたちはいずれ町を去るため、住民が自律的に孤児と下町を守れる体制が整いつつあることを確認した。エミリは、女神画の細工と伯爵の動揺を「神の導きかもしれない」と冗談めかしながらも、ニナが神に愛されているかのようだと感じていた。
ウワサと猶予期間としての一年
その後、サウスコーストを訪れる富裕層の間には「ある大貴族が神から意味深な託宣を受け、しばらくリゾート通いを控えるらしい」という噂が広まった。執念深く欲深いその貴族は、ほとぼりが冷めれば再び動き出すと見られており、それは少なくとも一年以上先になると噂される。この猶予期間のあいだに、下町エリアをどのような場所として育てていくかは、町の人々と孤児たち自身の手に委ねられることになった。
第4章 メイド界のトップランカーが「メイド勝負」を仕掛けてきた!
サウスコースト下町の変化とドンキース侯爵の興味
ユピテル帝国のリゾート地サウスコーストで「貴族が決して食べないような小魚を使った変わった食べ物」があるという噂が広がり、その存在はやがて貴族の耳にも届いていた。ただし、それだけを目当てにわざわざ出向く貴族はおらず、この点ではゴールデンサンライズリゾート商会長の懸念は外れていた。しかし首都会計院の報告書に「下町エリアに変化が見られるため、1年の経過観察が必要」と記されると、別の意味で注目を集めることになり、政争と無縁の名門貴族ドンキース侯爵も、その一人として興味を抱いた。
傭兵団解散と「謎のメイド」への追跡
情報収集を暇つぶしとするドンキース侯爵は、ウーロンテイル伯爵の再開発構想をすでに見抜いており、その計画に水を差した存在を探らせた。執事長の調査によれば、下町に不釣り合いな「メイド」の存在だけが手掛かりであり、さらに最近解散した首都トップクラスの傭兵団「凍てつく闇夜の傭兵団」の団長が解散理由として「メイドさんの働きぶりに気づかされた」と語ったことが判明した。その屋敷に雇われた新参のメイドはすぐに辞め、冒険者パーティー「メイドさん」として活動し、サウスコースト行きの護衛依頼を受けていたことから、侯爵は「傭兵団を解散に追い込んだメイド」と「下町を変えたメイド」が同一人物である可能性に着目し、執事長にそのメイドの捜索を命じた。
首都帰還後のニナと妙な訪問客たち
サウスコーストでの任務を終えた冒険者パーティー「メイドさん」は、人目を避けるため護衛依頼などを受けず、ひっそりと首都サンダーガードへ戻った。ニナはエミリ、アストリッド、ティエンを休ませつつ荷物を完璧に整え、「自分より三人のほうがよほどすごい」とぼやいていた。そこへ、立派な身なりの若い執事が上等な馬車で現れ、「傭兵団を解散させたメイド」を求めてニナを値踏みするが、力量のギャップに失望して「時間の無駄」と悪態をつき去っていった。ニナは事情が飲み込めず、人違いだとしか理解できなかった。
ドンキース侯爵一行の来訪と緊迫した対峙
翌日、さらに豪奢な馬車とフル装備の騎士たちが宿の前に到着し、「メイドのニナ」を名指しで呼び出した。エミリたちは、ついにニナが貴族に目を付けられたと判断し、事前に用意していた逃走・戦闘プランを確認しながら表に出た。騎士たちはニナにドンキース侯爵の馬車に乗るよう命じ、抗議するエミリに対しては即座に剣を抜き「貴族の道を塞げば斬る」と脅しを掛けるなど、極めて横暴な態度を取った。しかしそこへ当のドンキース侯爵本人が馬車から顔を出し、騎士たちの過剰行動をたしなめて退かせ、エミリに対しても「目の前で剣を振り上げられては魔導士でも無茶はできない」と冷静に諭した。
ニナへの「第3夫人」求婚宣言
緊張が残る中、ニナは一歩前に出て礼を尽くし、「おそらく他のメイドと取り違えているのではないか」と丁重に申し述べ、自らを「主のないただのメイド」と位置付けた。ドンキース侯爵はニナをじっと見つめ続け、次の瞬間、馬車から信じられない身のこなしで飛び降り、その手を取って「君だ!」と叫び、一目惚れしたこと、そして自分の「第3夫人」として娶りたいと、周囲の冒険者や宿の者たちも耳を疑うような公然の求婚を宣言した。その場は誰のものとも知れぬ驚愕の声に包まれ、ニナたちの前に新たな波乱の火種が投げ込まれることになったのである。
ドンキース侯爵邸への連行と求婚騒動
ニナたち4人は、首都サンダーガード中心部にあるドンキース侯爵邸の巨大な屋敷と広大な庭を前に、規模の違いに圧倒されていた。ニナに一目惚れしたドンキース侯爵は「ここが今日から君の家だ」と当然のように告げ、第3夫人として迎え入れると宣言した。エミリたちはニナを守るために強く反対し、ニナ自身も「自分はメイドであり、貴族の夫人は務まらない」と丁重に辞退したが、侯爵は特権階級としての価値観から平民にとっての「幸せな縁談」として押し通そうとした。
ルーステッド・メイドの登場と「師匠」ヴァシリアーチの名
そこへ屋敷から30人ほどのメイド隊が現れ、その先頭に立つ金髪三つ編みの少女キアラが名乗り出た。彼女は名門ルーステッド家から派遣された「ルーステッド・メイド」のメイド長であり、雇用契約上、メイド採用の権限は自分にあると主張し、主人の独断を公然と制した。ニナはルーステッド・メイドの名声に驚きつつも、自身の師匠ヴァシリアーチから「ルーステッド家とは親交を持つな」と教えられているため、改めて屋敷入りを拒否した。キアラはニナの所作や着こなしから師匠の正体を見抜き、ヴァシリアーチを「大酒飲みで人格破綻者、かつルーステッド家の敵対勢力」と評し、その弟子を屋敷に入れることに強く反対した。
メイド勝負の提案と条件交渉
ドンキース侯爵はなおもニナを夫人兼メイドとして迎え入れようとしたが、雇用契約と家の格を理由に譲らないキアラと執事長に押され、議論は膠着した。そこでキアラは「ルーステッド・メイドとしての実力差を見せつける」として、ニナに対しメイドとしての腕前を競う「メイド勝負」を提案した。エミリたちは理不尽さに反発したものの、アストリッドは「ニナが負けるとは思えないうえ、勝てば自由の身になれる」と判断し、勝負を受けることを勧めた。交渉の中でアストリッドは、ドンキース侯爵に対し「ニナに関する情報を外部へ流さないこと」を条件として追加要求したが、その過程でウォルテル公がニナに懸賞金を掛けているという事実が明かされ、一同は衝撃を受けた。
勝負受諾と屋敷内への同行、揺らぐ屋敷内部の視線
最終的に、キアラは「自分が勝てばニナは侯爵の第3夫人としてルーステッド流を学ぶべき」としつつ、「万に一つニナが勝てば旅立ちを認める」と約束した。アストリッドはこの条件を「貴族相手としては破格」と見なし、ニナも皆の後押しを受けて勝負を受諾した。一行は侯爵とメイド隊の後に続いて屋敷内部へ向かうことになったが、その際、ニナは周囲のメイドたちが自分ではなくキアラに冷たい視線を向けていることに気づき、この屋敷の主従関係と内部事情に、どこか歪んだものが潜んでいることを感じ取っていた。
メイド勝負第一戦・洗い場対決の衝撃の同着
勝負の舞台は広大なドンキース侯爵邸の洗い場であり、大量の皿とカトラリー、調理器具を、材質ごとの洗剤や洗い方まで指定した「基礎中の基礎」の作業で競うことになった。キアラは事前に詳細な説明を行い「正々堂々」を強調したが、開始合図と同時に二人は凄まじい手さばきで洗浄を進め、水跳ねも最小限に抑えつつ、全ての食器を同時に洗い上げた。結果は水滴ひとつ残らない完璧な「同着」であり、メイドたちはルーステッド・メイドの技量と、それに並ぶニナの腕前に驚愕した。
洗濯・部屋整頓・石畳磨きでも続く完全な互角
続く洗濯場での大量シーツ洗い、客室の整頓、玄関石畳の磨き対決でも勝負は全て「同着」となった。いずれの作業でも、ニナとキアラは速度と仕上がりの両面で互角の結果を出し、周囲に差を感じさせない水準を示した。ニナ本人はこれらの技量を「メイドなら当然」と捉えていたが、エミリたちはルーステッド・メイドと互角に渡り合う姿から、ニナが王侯貴族が争奪するレベルの人材であることを改めて意識し、同時に貴族からの危険な引き抜きに警戒を強めた。
買い出し勝負と執事人事を巡る価値観の共有
決着をつけるため、キアラは屋敷の大量調達リストを使った「買い出し勝負」を提案した。普段は御用商人が運ぶ量を、紋章のみを頼りに街で直接買い集める内容であり、キアラは店や場所を含めニナにも丁寧に説明した。その途中、ニナはリストの一点に違和感を覚え、がっしりした執事に耳打ちして確認を取る。また、以前ニナに横柄な態度を取った若い執事について、キアラは「屋敷にふさわしくない」として解雇を主張し、執事長は貴族の遠縁という理由で難色を示した。このやりとりから、ニナとキアラが「使用人の振る舞いは主人の評判に直結する」という職業倫理を共有していることが示された。
キアラの先着とニナの到着、重大事態発生の予兆
玄関前で待つ一同の前に、先に戻ってきたのは大量の荷物を抱え汗だくになったキアラであり、リストは完全に満たされていたため、形式上はキアラの「勝利」と判定された。ところがその直後、同等の荷物を軽々と運び、乱れひとつない身なりのニナが帰還し、追加の大きな包みを持っていた点で違いを見せる。ニナはまず件の執事と短く話し、執事長への報告を促したうえで、アストリッドたちに「一大事」であるとして協力を要請した。勝負の勝敗を越えて、買い出しリストの内容か街中での異変に関する深刻な問題が浮上したことが示され、眠っていたドンキース侯爵がようやく状況に気づき始めるところで場面は終わった。
下水道異常の発見と殺鼠剤への違和感
ニナは買い出し中に調達リストの「殺鼠剤」の異常な量に疑問を抱き、侯爵家の地下を通る下水道の経路を役所で確認した。洗い場の排水口から強いネズミ臭がしていたことから、下水本管のネズミ避け魔道具の故障を疑い、地盤確認用の魔道具を追加で調達したうえで裏庭を調査させた。その結果、裏庭の複数箇所に不自然な陥没が見つかり、執事長もネズミ被害の深刻さと自分たちの見落としを認めた。
メイドとしての本質とキアラの敗北
買い出し勝負としてはキアラが先着したものの、ニナは原因調査と根本解決を優先して動いており、その洞察力と行動が執事長から高く評価された。一方、キアラは大量のネズミ発生についてメイドたちから報告が上がっていなかった事実を知り動揺する。ティエンは、キアラの高圧的な態度が報告を阻んでいると指摘し、アストリッドは「関わる全員を快適にする」というメイド業の本質をニナに言語化させることで、キアラが技量は一流でも仲間から信頼されない「裸の王様」であることを浮かび上がらせた。執事長はこれをもってキアラの敗北と認定した。
約束破りと脱出決意、旅を選ぶニナ
しかしドンキース侯爵は勝負の約束を反故にし、騎士や私兵で四人を囲んでニナを手放さない構えを見せる。ニナは自分が屋敷で働けば事態が収まると申し出るが、エミリとアストリッド、ティエンはニナがまだ世界を旅したい気持ちを引き出し、「七大絶景」やティエンの両親探しといった未達の目的を挙げて説得した。ニナは仲間と旅を続けたいと本心を明かし、一行は騎士たちを押し切ってでも脱出する覚悟を固め、エミリが外壁に向けて大規模魔法を放つ準備に入った。
騎士団長グリンチの乱入と皇帝からの召喚
脱出の魔法が発動しかけた瞬間、轟く声とともに巨漢のグリンチ伯爵が兵士を引きずりながら屋敷に乱入した。彼は帝国騎士団長であり、ドンキースですら一瞬ひるむ存在であった。グリンチは「連れていく用事があるのはニナだ」と宣言し、ドンキースとニナの取り合いになるが、最終的に帝国紋章を示して「皇帝陛下の名において、メイドのニナを連れてくるよう命じられている」と告げる。こうしてニナは、侯爵家の拘束を超える「皇帝からの直接召喚」という新たな局面に巻き込まれることになった。
エピローグ 皇帝陛下の思惑と、「メイドさん」一行の思惑と
皇帝陛下の思惑と一行の不安
ニナが皇帝に召喚された理由は不明であり、一行は皇族旗の馬車に乗せられ困惑していた。ニナ本人は自分のせいだと謝罪したが、仲間は責任を否定し、皇帝がなぜニナに目をつけたのか理解できずにいた。傭兵団の件やティエンの月狼族としての事情を推察したものの、どれも決め手にはならなかった。一方で、一行は逃走のために侯爵邸の壁を破壊する覚悟まで共有していたことが明かされ、ニナは仲間の決意の強さに胸を熱くし、四人なら皇帝相手でも乗り越えられると確信した。
皇帝陛下と外務卿の会話
皇帝陛下は報告を受け、ニナが無事確保されたことに満足していた。彼女は白髪の老女で、気品と威厳を備えた人物であった。皇帝は「ニナが首都に訪れていたのは運命」と述べ、開催が迫る「賢人会議」の成功にニナの力を利用する意図を外務卿に語った。この会議は世界の政治・経済・軍事・魔法の未来を左右する重要な場であり、五賢人のひとりトゥイリードが執心するメイドとしてニナを招くことで、議会の円滑化を図ろうとしていた。
皇帝の誤解とニナの真価
外務卿はニナを「妙齢で美しい女性」と想像したが、皇帝はそれを否定し、自身を例に「枯れた女性」であると述べて場を収めた。しかし皇帝は依然としてニナを「賢人を喜ばせる程度の存在」と低く見積もっており、彼女が会議の成否を左右するほどの価値を持っているとは理解していなかった。実際には、賢人会議を取り巻く国際政治の潮流すら影響し得る人物がニナであることを皇帝自身もまだ知らなかった。
特別書き下ろし 月待つ宵に想うこと
ティエンの監視と孤独な夜
ニナが「凍てつく闇夜の傭兵団」に潜入した後、ティエンは屋上からお屋敷を監視し続けていた。昼はエミリと交代で見張り、夜はひとりで屋根に立ち、静まった首都サンダーガードの景色を見下ろしていた。月狼族らしく夜空の満ち欠けを気に掛け、翌日に満月を迎える「宵待月」を眺めながら両親の言葉を反芻していた。
両親への想いと胸に芽生えた違和感
月狼族として育ててくれた父と母の記憶はティエンの支えであったが、潜入中のニナを思う気持ちが強く胸を占めていた。両親に対する会いたい気持ちと、会うことへの怖れが入り交じっていたものの、それ以上にニナの安否が心配で仕方なかった。それが「尻尾のむずむず」として自覚され、両親よりもニナのことを優先してしまう自分に戸惑いを覚えた。
ニナを想う気持ちの自覚
お屋敷の窓に誰かの影を見てしまうほど、ティエンの意識はニナに向けられていた。危険な潜入を自分のために行っていることへの不安と負い目から、ニナを守りたい気持ちはますます大きくなる。両親らしき人物と再会すれば月狼族として旅に戻るべきだという葛藤はあったものの、「ニナと離れたくない」という気持ちが強く心に定着し始めていた。
未来への不安と小さな願い
両親に会ったとき、自分がどう振る舞うべきかを考えたティエンは、ニナと旅を続けたい気持ちが本心であると理解する。両親にニナやエミリ、アストリッドの存在を紹介したいと想像しながら、月を見上げ続けた。両親との別れがニナとの出会いにつながったのなら、再会が別れにならないようにと願い、その願いとともに胸のざわめきは静まっていった。
電子書籍特典 温泉旅情
エミリの解放と懐かしさ
エミリはリゾート地サウスコースト滞在最後の夜、露天風呂で満天の星空を眺めながら温泉を満喫していた。久しぶりの大浴場と露天の開放感に心身が緩み、日本でよく聴いていたおバカな歌を鼻歌で口ずさむほど上機嫌であった。調味料や科学知識を使った商売がうまくいかなかった過去を思い返し、転生後に役立つ知識は限られていたと苦笑していた。
アストリッドの登場と「露天風呂のお酒」
そこへアストリッドが現れ、木の盆に乗せた冷やしたワインを湯に浮かべた。これはエミリが以前語っていた「露天風呂でお酒を楽しむ文化」を試そうとしたものであり、氷を調達したのはニナであった。エミリはそれを知って感激し、仲間が自分の些細な言葉を覚えて実行してくれたことに胸を熱くしていた。
温泉と酒、ふたりの語らい
ふたりは乾杯し、冷たい甘口のワインを味わいながら温泉に浸かった。湯の温かさと酒の冷たさが混じり合う至福のひとときに、アストリッドも次第に表情を緩めた。エミリはこの時間を楽しむ自分を受け止めながら、仲間と一緒にいることで日本での失敗続きだった自分の知識が初めて活き始めたと実感していた。
ニナの気遣いと「いつもの光景」
しかし一番の功労者はニナであり、飲み過ぎを避けるために酔わない量だけを氷で冷やして提供していた。温泉を満喫したエミリは、最終的に宿へ戻って飲み直すことを我慢できず、その後も宴が続いた。こうした賑やかなひとときは、もはや「メイドさん」一行にとって日常の光景であった。
同シリーズ


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