どんな本?
魔王討伐後、勇者パーティーの荷物持ち兼何でも屋であったクレイは、夢であった辺境での開拓生活を始めた。しかし、エルフの国の危機を救う依頼を受け、再び冒険に身を投じることとなる。新たな仲間や旧友、さらには魔王に仕えていた魔人たちと協力し、世界樹の危機に立ち向かう物語である。
主要キャラクター
• クレイ:元勇者パーティーの荷物持ち兼何でも屋。魔王討伐後は辺境での開拓生活を夢見ていたが、エルフの国の危機を救うため再び冒険に出る。
物語の特徴
本作は、魔王討伐後の主人公が辺境での自由な生活を求めつつも、再び世界の危機に立ち向かう姿を描いている。エルフや獣人族、魔人など多彩な種族との交流や協力が物語を彩り、主人公の特異なスキル「鑑定」と「模倣」を駆使した戦略が見どころである。また、引退した勇者のセカンドライフとして、日常の開拓生活と非日常の冒険がバランスよく描かれている点が魅力である。
出版情報
• 出版社:スターツ出版
• 発売日:2024年10月25日
• ISBN-10:4813793746
• ISBN-13:978-4813793748
読んだ本のタイトル
役目を果たした日陰の勇者は、辺境で自由に生きていきます 3
著者:丘野優 氏
イラスト: 布施龍太 氏
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あらすじ・内容
王子が率いる勇者パーティーに荷物持ちとして参加していたクレイ。魔王討伐後は、夢だった開拓生活を送るため辺獄と呼ばれる辺境に移り住んでいた。
ひょんなことから、【鑑定】と【模倣】を掛け合わせたクレイだけが使いこなせるスキルを見込んで、エルフたちが住む国を救ってほしいと頼まれて…。ハイエルフや獣人族など辺獄に住む新たな仲間だけでなく、かつての勇者パーティーメンバー、さらに魔王に仕えていた魔人の協力も得て世界樹の危機を救うため、クレイはまたもや一肌脱ぐことに!?
気ままに開拓を進めるはずが、どこにいてもなぜかとんでもないことに巻き込まれてしまうクレイ。
「そんな生活も悪くないな」
まだまだ続く、引退した真の勇者の自由気ままなセカンドライフ!
クレイたちは王都での闘技大会を終え、帰路につく。彼らの馬車には、エルフィラのエルフであるファルージャとイラも同乗しており、旅の途中で新たな問題が浮かび上がる。王都ではユークが模擬戦を制し、国王としての立場を確立したが、その影響でクレイたちにも注目が集まることとなった。特に、クレイが魔王を討伐した真実が明らかになり、周囲の反応が変わっていく。
エメル村に到着した一行は、辺獄のエルフとエルフィラのエルフの価値観の違いに直面する。辺獄のエルフたちは人族との交流を自然に受け入れているが、エルフィラのエルフは伝統的な価値観を持ち、人族を軽視する傾向がある。ファルージャはこれを是正するため、長老たちへの働きかけを決意する。そんな中、辺獄では獣人族が縄張りを巡り、エルフと対立していた。クレイたちは問題解決のため、獣人族との交渉に乗り出す。
エルフと獣人族の間では、模擬戦による決着が通例であり、シャーロットと獣人族の戦士アメリアが対決することとなる。シャーロットは精霊術を駆使し、アメリアを打ち負かすが、これをきっかけに彼女と友好的な関係を築くことに成功する。さらに、アメリアはクレイの強さに興味を持ち、試合を申し込む。クレイは冷静に対応し、最終的に勝利を収めるが、アメリアから突然求婚されるという予想外の展開に直面する。
その後、聖樹を救うために必要な「獣王の息」を手に入れるべく、一行は獣人族の墓地へ向かう。そこでは歴代の族長の遺骨が融合した魔物が現れ、激しい戦闘となる。クレイたちは連携を駆使し、魔物を討伐。無事に「獣王の息」を回収し、エルフィラへと向かう準備を進める。
同時に、王都ではユークとテリタスがクレイたちと合流するために行動を開始する。彼らは魔人であるシモンと接触し、彼を仲間に迎え入れる。シモンはかつて魔王軍の四天王であったが、現在は人族社会に溶け込んでいた。彼の知識を活かし、「魔人の角」の入手へと動き出す。
エルフィラでは、聖樹の神霊が姿を現し、聖樹の力が何者かによって奪われていることを告げる。聖樹の回復のためには「ハイエルフの涙」「獣王の息」「魔人の角」の三つが必要であり、クレイたちはユークたちと連携し、それらを揃えることに成功する。最終的に、聖樹は回復し、エルフィラの価値観にも変革の兆しが見え始める。
その後、クレイはフローラとの関係を見つめ直し、正式に婚約を申し込む。フローラはそれを受け入れ、二人の未来が新たに動き出すこととなった。
感想
王都での闘技大会が終わり、ユークは政敵を退け、国王としての地位を確立した。コンラッド公爵はあっけなく退場し、その後、彼が用意していたS級冒険者の一人が魔王軍の四天王だったことが判明する。最終的に彼は辺獄へと合流し、新たな仲間となる。
エルフィラのエルフと辺獄のエルフの価値観の違いが丁寧に描かれていた。辺獄のエルフは人族と自然に交流していたが、エルフィラのエルフは人族を下に見ており、そのギャップが物語の大きな軸となっていた。
獣人族との模擬戦が特に面白かった。戦闘自体の駆け引きだけでなく、エルフと獣人族の価値観の違いが浮き彫りになり、戦いを通じて理解を深めていく様子が描かれていた。
アメリアの求婚には驚かされた。獣人族の文化としては当然の流れなのかもしれないが、クレイにとっては困惑する展開だった。フローラの反応も含め、三者の関係が今後どう変化するのか気になる。
「獣王の息」の入手イベントは緊迫感があり、戦闘の描写も迫力があった。特に、歴代の族長の遺骨が融合した魔物との戦いは、戦術や連携が求められる場面であり、読んでいて緊張感があった。
魔族の描写が興味深かった。シモンの登場により、魔王軍の内情や魔族の本質についての情報が補完され、単なる敵ではなく、より複雑な立場の存在として描かれていた。
聖樹の異変がクライマックスとして盛り上がり、聖樹の神霊の登場が物語の転換点となった。最終的に聖樹を救うことに成功し、エルフィラの価値観にも変化が生まれたのは良い展開だった。
クレイとフローラの婚約が最後に描かれたのも印象的だった。彼らの関係が長く曖昧だっただけに、ようやく決着がついたことが物語に安定感をもたらしていた。今後の二人の関係にも期待したい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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備忘録
第一章 エルフと縄張り
帰路と王都での出来事
馬車が揺れながら進む中、一行は王都での出来事を振り返っていた。クレイやフローラ、エメル村の住人リタとキエザ、辺獄のエルフであるシャーロットとメルヴィル、さらにはエルフィラ聖樹国のファルージャとイラが同乗していた。闘技大会やユークとの模擬戦を終え、ようやく日常へ戻ろうとしていたが、その旅路は新たな問題を含んでいた。
王都での闘技大会は、ユークの実力を証明する場として設けられたものであり、クレイも思いがけず参加することになった。結果として、クレイは優勝し、ユークも模擬戦でS級冒険者たちを圧倒した。その戦いぶりによってユークの政敵であったコンラッド公爵は失脚し、ユークの次期国王としての立場が確固たるものとなった。クレイとユークの模擬戦もまた、王都の貴族たちに大きな影響を与え、ユークに逆らう者はほぼいなくなった。
クレイの真実と仲間たちの反応
エメル村の住人リタとキエザは、クレイとフローラの正体に改めて驚いていた。勇者パーティーの一員であり、実際に魔王討伐に関与していたことを知り、特にクレイが魔王にとどめを刺した事実には困惑していた。世界ではユークが魔王を討伐したことになっていたため、その真実を知る者は限られていた。フローラはそれを当然のように受け止めていたが、クレイ自身はあくまでパーティー全員の力があってこその成果であると述べた。
辺獄のエルフであるシャーロットもまた、フローラの戦闘能力の高さに驚きを隠せなかった。しかし、実際には彼女が戦いの中で回復と防御を担っていたことが、早期の消耗につながったのだという。テリタスの魔術、ユークの剣技、クレイの柔軟な戦闘スタイルが合わさったことで、初めて魔王を倒すことができたのだ。
エルフィラのエルフたちの驚き
馬車の中で語られるクレイとフローラの過去に、エルフィラのエルフであるイラとファルージャは驚愕していた。彼らは聖樹国の未来を憂い、聖樹を救うための手段を求めていたが、その協力者が勇者パーティーの元メンバーであるとは予想していなかった。特にファルージャは、この出会いが聖樹の救済につながるかもしれないと期待を抱いていた。
聖樹の力の減少によって、世界各地で異常気象や災害が発生していることはエルフィラでも把握していた。西のミトス公国の巨大湖の水位低下、北の精霊国の浮遊島の墜落、東のテイム海域の荒波など、すべてが聖樹の衰弱と関連していると考えられていた。この問題に対処するために、辺獄で手に入るとされる「ハイエルフの涙」「獣王の息」「魔人の角」を求めて旅を続けることになった。
エメル村での滞在とエルフィラの価値観
エメル村に到着したファルージャとイラは、辺獄のエルフが人族と自然に交流している光景を目にして驚いた。エルフィラでは人族を下に見る文化が根付いていたが、辺獄のエルフにはそのような偏見がなかった。ファルージャは、エルフィラのエルフが辺獄へ来る際には、外の世界と積極的に関わる者を選抜する必要があると考えた。
フローラとクレイは、過去の旅でエルフィラのエルフと接触した経験があったが、その多くが人族に対して一定の距離を置いていた。彼らの態度には処世術的な側面もあり、エルフィラ内部で生き抜くためには人族を軽視する態度を示す必要があったのだという。ファルージャはこの状況を是正するため、長老たちへの圧力を強めることを考えていた。
辺獄への到着と新たな目的
一行はついに辺獄へと足を踏み入れた。巨大な樹木が生い茂る異様な景色に、イラとファルージャは圧倒されていた。特に、クレイが切り開いた空間に立つ住居を見て、その根気と実力を再確認した。辺獄は強大な魔力が充満し、魔物も強力な個体が多い地域であるが、クレイはそれを切り開き、安全な拠点を確保していた。
ファルージャは、クレイとフローラがヴェーダフォンスへ案内してくれることを確認した。ヴェーダフォンスへは特殊なチェックポイントを通らなければならず、通常の者にはたどり着くことすら困難であった。しかし、クレイたちの協力によって、ファルージャとイラはエルフィラと辺獄のエルフの交流を深める第一歩を踏み出すことになった。
その道中、ファルージャはフローラに対して、エルフの結界術を伝授することを申し出た。イラは当初、その申し出に難色を示したが、ファルージャはすでにエルフィラの内政改革を視野に入れており、反対する長老たちを排除することも視野に入れていた。クレイとフローラはその展開に少し警戒しつつも、辺獄とエルフィラの未来がどう変わるかを静観することにした。
こうして、一行は辺獄の奥深くへと進んでいった。
ヴェーダフォンスへの到着
イラはヴェーダフォンスまでの道のりに疲労を滲ませていた。チェックポイントを順番に通ったため、三時間ほどを要したのが原因である。クレイとフローラだけならば直進して三十分ほどで到着できるが、同行者を置いていくわけにはいかなかった。ファルージャも、これほどの労力をかけることが毎回続くのは避けたいと嘆いていた。
そこへ、ヴェーダフォンスの長老格であるメルヴィルが現れ、出迎えた。彼はファルージャとイラに、精緻な装飾の施された腕輪を手渡した。これは精霊具であり、装着すれば辺獄を直進してヴェーダフォンスへ辿り着けるという。しかし、一度ここに足を踏み入れた者でなければ効果を発揮しないため、今回の訪問が必要だったのだと説明した。
クレイとフローラはすでにこの腕輪を持っていたが、そもそも二人には必要のないものであった。結界術の解析能力を持ち、チェックポイントを無視して進めるだけの技術があるからである。フローラがその仕組みを説明すると、ファルージャは驚きの表情を浮かべた。
ヴェーダフォンスの変化
ヴェーダフォンスの様子は以前とは異なり、黒竜の脅威が消えたことでエルフたちの表情は明るくなっていた。総人口は少ないため、活気に満ちたとは言えないが、確実に落ち着きを取り戻していた。しかし、その変化とは別に、村には何かしらの慌ただしさが漂っていた。
クレイがその理由を尋ねると、メルヴィルは辺獄で問題が発生していることを明かした。シャーロットを含む若いエルフたちが、状況を確認するために現地へ向かったという。それがファルージャたちと関係のある問題であるため、先に詳しい説明をする必要があると、彼らを大きな家屋へ案内した。
聖樹を救うための三つの品
席に着くと、メルヴィルは改めてファルージャに尋ねた。聖樹を回復させるために必要な「ハイエルフの涙」「獣王の息」「魔人の角」の三つの品について、エルフィラ側の理解を確認した。ファルージャはその通りだと認めたが、特に「獣王の息」についての詳細は不明であり、獣族の王しかその正体を知らないと説明した。
メルヴィルは、この森に獣族の王が存在していることを明かした。ヴェーダフォンスの奥地に獣人族の里があり、その長の一族が「獣王の息」に関わる存在であるという。したがって、直接訪問すれば手がかりが得られるはずだった。しかし、最近になって獣人族が辺獄のエルフの縄張り近くで騒動を起こしているため、シャーロットたちが出向いたのだという。
辺獄の縄張り問題
辺獄は魔力が濃密な環境であり、強力な魔物が生息している。エルフたちは魔力の恩恵を受ける一方で、強すぎる魔物との接触を避ける必要がある。そのため、辺獄には自然と縄張りが形成されていた。これはエルフだけでなく、獣族や魔族にとっても同じであった。
通常、縄張りを侵害した場合でも、双方が距離を取ることで問題は大事にならない。しかし、最近の獣人族は過剰に動きを活発化させており、縄張りを越えて騒動を起こしている。シャーロットはその原因を探るために動いたが、エルフ側も事態を静観するだけでは済まされない状況にあった。
メルヴィルは、クレイに様子を見に行くことを依頼した。もしも衝突の気配があれば、それを穏便に収めてほしいという。クレイは了承したが、もし戦闘に発展した場合の対処について尋ねた。メルヴィルは、獣族の流儀に従うのが最も適切であると助言した。
フローラの疑問
シャーロットたちの元へ向かう道中、フローラはふとした疑問を口にした。彼女はクレイが本当に「やりたいこと」をできているのかを気にしていた。クレイは自らの意志で辺獄へ来たはずだが、結果として王都の闘技大会や村の開拓に時間を費やし、本来自由に生きるつもりが別のことに巻き込まれているのではないかと考えていた。
クレイはそれに対し、辺獄での生活を楽しんでいると答えた。しかし、フローラはなおも納得できず、さらに踏み込んで尋ねた。彼女は、クレイが元々村人であり、勇者としての使命を背負うべき立場ではなかったことを指摘した。ユークやテリタス、フローラ自身は、生まれながらにして国家や社会の責務を背負っていたが、クレイはそうではなかった。それにもかかわらず、魔王討伐という大きな戦いに巻き込まれたことで、彼の自由が奪われたのではないかと疑問を抱いていた。
クレイの選択
クレイは静かに答えた。彼は故郷の村での生活に満足していなかった。両親を失い、雑用をこなす日々に飽きていたのだ。確かに村で生きることはできていたが、ただ緩やかに日々が過ぎることに退屈を感じていた。その時にユークたちが訪れ、旅に誘われたことが、彼にとっては転機となった。自分の意思で旅に出たのだと、クレイは断言した。
フローラはなおも問いかけた。ではなぜ、魔王討伐を終えた後に王都で暮らすのではなく、辺境へと足を運んだのか。まるでかつての仲間たちと距離を取るように見える、と彼女は不安を抱いていた。
クレイはその疑問に対し、彼女たちを忌避する理由などないと即答した。王都を出る際に挨拶をしなかったのは、ただ単に彼らが忙しいと思ったからであり、それ以上の意図はなかった。フローラはその答えに納得しつつも、やはりクレイがどこか遠い存在になってしまったように感じていた。しかし、クレイは彼女に言った。
「俺は楽しく生きているし、これからもそうしていく。」
その言葉を聞き、フローラはようやく安心した様子を見せた。彼女の疑問は解消され、二人は目的地へと歩みを進めていった。
獣人族との対峙
クレイとフローラが目的地に到着すると、シャーロットとエルフの若者たちが、獣人族の一団と対峙していた。両者は睨み合い、周囲には緊張感が漂っていたが、クレイたちにとっては大した脅威ではなかった。魔王軍との戦いを経験した彼らにとって、こうした雰囲気はむしろ懐かしさを感じさせるものだった。
エルフと獣人族の縄張り争いが原因のようだったが、まだ衝突には至っていなかった。シャーロットによれば、両者の境界線が魔力で示されており、今のところはそのラインを越えずに対峙しているだけだった。フローラはこのまま何も起こらなければ平和に終わるのではないかと指摘したが、シャーロットはそれに懐疑的だった。まさにその直後、獣人族のリーダー格である女性が前に出て、挑発的な言葉を投げかけた。
エルフと獣人族の因縁
獣人の女性の発言に、シャーロットは即座に反応し、言葉の応酬が始まった。エルフと獣人族は根本的な価値観は似ているものの、戦いに対する考え方が異なる。エルフは魔術や精霊術を重視し、獣人族は腕力と武術を尊ぶ。この違いが互いの軽蔑につながり、軟弱だ、知恵がないといった非難が飛び交うことが多かった。
実際、辺獄の魔物の数を調整するために獣人族が行っている「魔物の間引き」と、エルフたちが黒竜騒動の際に他の種族を巻き込まないために取った行動は、どちらも合理的なものであった。しかし、それを認めることなく、互いに非難し合う姿勢が続いていた。クレイとフローラはこのやり取りを観察しながら、エルフと獣人族が意外とうまく共存しているのではないかと考えた。
縄張り争いの決着方法
このままでは言葉だけで収まらないと判断したのか、シャーロットと獣人のリーダーは話し合いを始め、やがて双方の代表者が戦うことで決着をつけることになった。辺獄では、直接的な戦争を避けるために、こうした模擬戦が行われるのが常であり、五戦のうち多く勝利した側の主張が通るという仕組みだった。
その第一戦として、エルフと獣人族の若者同士が戦いを始めた。シャーロットと獣人のリーダーもお互いを知る仲であり、過去に何度も戦っていたらしい。シャーロットはハイエルフとしての力を隠していたため、今までの戦績は互角だった。しかし、今回からはその制約がなくなったことで、彼女の戦い方にも変化が現れた。
シャーロットとアメリアの決着
獣人族のリーダーであるアメリアは、力強い武術を駆使してシャーロットに迫った。しかし、シャーロットは精霊術を活用し、姿を幻影で分散させることでアメリアの攻撃をかわした。アメリアは感知能力に優れておらず、どれが本物か見極めることができなかった。その間にシャーロットは魔術の弾幕を張り、アメリアを追い詰めていった。
アメリアは魔術の隙をついて反撃の機会を狙っていたが、シャーロットはさらに巧妙な罠を仕掛けていた。アメリアが幻影の一体に攻撃を仕掛けた瞬間、足元が崩れ、落とし穴に落ちたのだ。そこへさらに水を流し込み、戦闘不能に追い込んだ。これにより、シャーロットの勝利が決定し、エルフ側が歓声を上げた。
アメリアは敗北を認めたものの、落とし穴に落ちたことには不満そうだった。しかし、シャーロットはそれを特に気にする様子もなく、次の戦いへと備えていた。獣人族との戦いはまだ続くが、シャーロットの本来の力が明かされたことで、今後の展開に大きな影響を与えることは間違いなかった。
試合後の和やかな雰囲気
試合が終わると、先ほどまでの緊迫した空気とは一転し、エルフと獣人族の間には和やかな雰囲気が広がっていた。シャーロットとアメリアの戦いは圧倒的な盛り上がりを見せたが、残りの試合はどれも消化試合のような形になり、両陣営の者たちは互いの健闘を称え合っていた。戦いの良かった点や悪かった点を議論する姿は、種族の壁を越えたものであり、フローラもそれに驚きを見せた。
人族の間では、ここまで爽やかに戦いが終わることは珍しく、遺恨を残すことが多い。しかし、王都の闘技大会では似たような空気があったとフローラは思い返した。あの時の出場者は皆、自分の力に自信を持ち、相手の実力を素直に認める者ばかりだったため、後腐れのない戦いとなったのだ。魔王討伐の旅の最中には、闘技大会の後に執拗なやっかみや妨害を受けたこともあったため、クレイは「どこもこんな風だったら旅も楽だっただろう」と苦笑した。
アメリアとの対面
そんな中、シャーロットとアメリアがクレイたちの元へと歩み寄ってきた。シャーロットによれば、アメリアがクレイとフローラに興味を持ち、紹介を求めたという。アメリアは怪訝な表情を浮かべながらも、辺獄で初めて見る人族に強い関心を抱いているようだった。
アメリアは辺獄を住処としているが、絶対に外に出ないわけではなく、必要があれば交易のために外へ出ることもあるという。それでも人族を目にする機会は少なく、クレイたちの存在は異例だった。そのため、彼女は単刀直入にクレイたちが辺獄にいる理由を尋ねた。クレイは、自身が辺獄を開拓しようとしていることを説明し、フローラはその手伝いをしていると付け加えた。
辺獄開拓への理解
クレイは、辺獄の獣人族が自分の開拓活動に対して不快感を持っていないかを気にしていた。辺獄は彼らの縄張りでもあるため、下手をすれば侵略と捉えられる可能性もあった。しかし、アメリアは意外にも「特に問題はない」と即答した。エルフも獣人族も森を切り拓いて集落を作っている以上、人族がそれをしてはいけない理由はないというのが彼女の考えだった。
ただし、縄張りの問題については慎重であるべきだとアメリアは指摘した。エルフと獣人族は、資源や狩場を巡って衝突することがあるが、それも一種の儀式のようなものであり、互いに一定の距離を保ちながら共存しているという。それを聞き、クレイは辺獄のルールをより深く理解する必要があると感じた。
エルフたちの衰退と黒竜の存在
アメリアがエルフたちに抱いていた疑問は、「ここ数年、彼らの勢いが衰えていた理由」だった。辺獄の獣人族にとって、エルフの活動はこれまでよりも控えめになっており、何か問題を抱えているのではないかと気になっていたのだ。
シャーロットはその理由を説明した。実はエルフの集落は長年、強力な黒竜に脅かされていたのである。獣人族もその黒竜を目撃していたが、まさかそれがエルフたちをここまで苦しめていたとは知らなかったようだ。アメリアは慌てて「すぐに討伐の協力をする」と申し出たが、シャーロットはそれをやんわりと断った。すでに黒竜は討伐されたのだという。
アメリアは驚愕し、その黒竜を討伐した者の正体を尋ねた。すると、シャーロットはクレイとフローラに視線を向け、彼らこそが討伐者であると告げた。アメリアは目を大きく見開き、人族があの黒竜を討伐したという事実に信じがたい様子を見せた。
アメリアの挑戦
アメリアはすぐにクレイとフローラに戦いを挑んだ。彼女は「人族にそこまでの実力があるのなら、自分も戦って確かめたい」と強く願っていた。クレイは、せっかく和やかになった場の雰囲気を壊さないかと気にしたが、アメリアは「問題ない」と断言した。
しかし、クレイはただ戦うだけではなく、勝利した際の条件を提示した。それは「獣王の息」という貴重な品を譲ってもらうことだった。これにはフローラの助言もあった。アメリアはそれを快諾し、闘技場での一戦が決まった。
クレイとアメリアの激闘
試合が始まると、アメリアは大斧を構え、炎をまとわせながら猛攻を仕掛けてきた。彼女は獣人族特有の膂力に加え、闘気を操る術にも長けており、その斧は燃え上がるように輝いていた。しかし、クレイは接近戦に応じつつも、あえて彼女に花を持たせるような戦い方を選んだ。圧倒的な力でねじ伏せるのではなく、彼女の実力を存分に引き出したうえで勝利を収めることを意識していた。
幾度も繰り出されるアメリアの猛攻をかわし、絶妙なタイミングでクレイは彼女の懐に入り込んだ。そして、一瞬の隙を突いて剣を彼女の喉元に突きつけ、勝負を決めた。アメリアはその技量に驚きつつも、自分の敗北を認めた。
思わぬ申し出
クレイが剣を納めると、アメリアは彼の戦いぶりを称賛した。しかし、その次の言葉は予想外のものだった。彼女は真剣な表情でクレイに向かって言った。
「私と結婚してくれ」
その突拍子もない申し出に、クレイは完全に固まった。フローラも驚きを隠せず、場の空気が一瞬にして凍りついた。アメリアは満面の笑みで「勝者が強者なら、その強者と結ばれるのは当然」と語ったが、クレイにとってはあまりに唐突な展開だった。
辺獄の獣人族の文化がどのようなものなのか、彼は改めて考えざるを得なくなった。
ヴェーダフォンスでの報告
クレイはヴェーダフォンスへ戻ると、エルフの長老メルヴィルに辺獄での出来事を報告した。メルヴィルはアメリアの求婚について笑いながら驚きを示したが、フローラは不満げであった。クレイはアメリアの本気度について尋ねると、メルヴィルは獣人族の価値観を説明した。獣人族の女性は強者に惹かれる傾向があり、求婚もその延長にあるのだという。これを聞いたクレイは、戦いに勝ったことが結果的にそうした展開を生んだことを悟った。
フローラはクレイが求婚を受けるつもりかどうかを問い詰めたが、クレイは即答を避けた。アメリアの魅力は認めつつも、結婚は互いの人柄を知ったうえで決めるものだと主張した。フローラはそれに納得しつつも、今後誰かから求婚された場合には自分に報告するよう念を押した。
獣王の息の入手の見通し
メルヴィルは、アメリアの父と交渉することで「獣王の息」の入手が可能になるかもしれないと話した。クレイはそれをファルージャたちにも伝え、今後の行動について相談を進めた。
ファルージャとイラはヴェーダフォンスを見学しており、エルフの精霊術や結界術に強い関心を持っていた。エルフたちも、最終的には外部のエルフと交流を持つ必要があるため、隠し立てするつもりはなかった。
メルヴィルは、アメリアたちとの交渉結果をファルージャとイラに伝えてもよいかと尋ね、クレイはそれを了承した。そして、後に戻ってきた二人に状況を説明した。
アメリアとの再会とエルフの集落への招待
クレイたちはエルフの集落の結界外でアメリアと再会した。獣人族である彼女は、エルフの結界を通ることができないため、ここで待ち合わせをしていた。シャーロットはアメリアをエルフの集落に招待し、彼女は驚きながらもその申し出を受け入れた。
エルフの精霊術によって作られた「精霊の腕輪」がアメリアに手渡され、これによって彼女は結界を通ることが可能になった。アメリアはその腕輪が「世界樹の枝」から作られたものだと知り、驚愕したが、シャーロットは「友人に贈るものだ」と説明した。アメリアはその意図を理解し、腕輪を受け取った。
アメリアとファルージャの対面
ヴェーダフォンスに到着すると、アメリアはファルージャとイラと対面した。彼女は、彼らがエルフの指導者的立場であることに動揺しつつも、礼儀をもって迎えた。シャーロットが長の血族であることを知ると、アメリアはさらに驚き、過去に自分の家族が「エルフの長には決して敵対するな」と言い聞かされていたことを明かした。
アメリアは「獣王の息」が必要な理由を聞くと、それがエルフの聖樹の存続に関わる問題であることを理解した。そして、「獣王の息」は獣人族の墓地で長年かけて形成されるものであり、容易に手に入るものではないが、周期的に生成されるため、現在なら入手のチャンスがあると説明した。
獣王の息の探索計画
アメリアは「獣王の息」を探すために獣人族の墓地へ行く必要があると話した。ただし、墓地は許可なく立ち入ることができないため、彼女の父に許可を取る必要があるという。許可が下りるまでには数日を要する見込みであった。
問題となったのは、「獣王の息」の感知が非常に難しい点である。魔力が凝縮されているため、通常の魔力感知では探し出せないのだ。クレイはこの問題を解決するため、「獣王の息」の欠片を借りて、それを基に探知魔道具を作ることを提案した。アメリアは祖母から受け継いだネックレスの一部をクレイに貸し、調査を任せた。
魔道具の開発とリタの協力
クレイは、「獣王の息」を探知する魔道具を作れるかどうかについて慎重に考えた。通常の魔力感知では難しいが、工夫次第では可能性があると判断した。ファルージャはわずかでも可能性があるなら試みたいと強く希望した。
さらに、クレイは自身の弟子であるリタと協力することで、成功の確率を高められると考えた。リタは《上位魔道具士》のスキルを持っており、魔道具の知識と技術においてはクレイ以上の才能を発揮していた。ファルージャはその提案に賛同し、リタの協力を正式に認めた。
クレイは、自分の行動が世界を救うためのものだと認識しつつ、次なる計画へと動き出した。
第二章 獣王の息
魔道具の開発計画
クレイはエメル村に戻り、リタに〝獣王の息〟を探知する魔道具の製作を依頼した。リタはネックレスを観察し、その魔力が通常の魔力感知には引っかからないことを確認した。クレイはファルージャたちの事情を説明し、リタは驚きつつも興味を示した。彼女はクレイが事件を引き寄せる体質だと笑いながら指摘し、クレイはそれを否定したが、リタは「頼っても良いと思える人」だからこそ人が集まるのだと評した。
魔力の特性と探知方法の模索
リタは〝獣王の息〟の魔力の特性を分析し、通常の魔力とは異なり障害物を貫通する性質を持つことを発見した。クレイはその特性を利用して、探知の仕組みを作る可能性について議論を重ねた。二人の話し合いは夜遅くまで続き、最適な魔道具の構造を考案した。
魔道具の完成と実験
翌日、クレイとリタは魔道具を完成させた。それは水晶玉のような形状で、〝獣王の息〟の魔力を記憶させ、特定の方向へ導く機能を持っていた。実験ではネックレスを隠し、その魔道具を使用して探し出すことに成功した。さらなる精度向上のため、土に埋めたり高所に置いたりして検証を重ねた結果、実戦でも十分に機能することが確認された。
探索への同行者の決定
クレイはリタに、魔道具の不具合に対応できるよう探索に同行するよう頼んだ。リタは了承したが、キエザも連れていくことを提案した。キエザは辺獄を一人で歩ける実力を身に付けたいと考えており、この機会を活かしたいと言っていた。クレイは獣人族の戦闘技術を学ぶ良い機会だと考え、同行を認めた。
魔道具の発展とリタの活動
リタは村の魔道具製作を請け負いつつ、王都の商人クスノとも取引を始めていた。彼女の魔道具の質は高く、王都でも評価されていた。クレイはその活躍を喜びつつ、探索の準備を整えた。
王都での密会と襲撃者
その夜、王都の裏路地ではフードを被った人物が「欠けた月」という店へと足を踏み入れた。彼はユークであり、店主と軽い会話を交わした後、待ち合わせの相手であるテリタスと合流した。ユークはクレイの近況について尋ね、テリタスは獣人族や魔族との接触について語った。
会話の最中、突然、シモン・バジャックがユークを襲撃した。しかし、ユークは即座に剣を抜き、攻撃を防いだ。シモンはS級冒険者でありながら、その魔力は通常の人族のものとは異なっていた。彼は自身が魔族であることを明かし、かつて魔王の四天王の一人であったと告げた。
魔族の本質と過去の真実
シモンは元々、人族社会に潜伏するため冒険者になったが、勇者パーティーの活躍によってS級まで昇格してしまったと語った。彼は魔王に忠誠を誓っていたが、それは魔王のスキルの影響ではなく、彼自身が理性を持ち、魔王と対等に話せる関係であったからだと説明した。魔王のスキルは魔族の本能を抑える効果を持ち、多くの魔族はその支配下にあったが、シモンのように強い魔力を持つ者は影響が薄かったという。
テリタスは、魔族が本能に支配されるのは魔力の強さと関係があると分析し、魔族と人族が元々は同じ種族だった可能性を示唆した。
辺獄への同行と新たな目的
シモンはユークたちに討たれるつもりでいたが、ユークはそれを拒否し、辺獄へ同行することを提案した。理由は三つあり、一つは監視のため、二つ目は辺獄にいる魔族と接触するため、そして三つ目は単純に「おもしろそうだから」だった。
シモンは最初こそ戸惑ったが、勇者パーティーの「何でも屋」と呼ばれていたクレイの存在を知ると、彼に会いたいという気持ちを抱いた。そして、辺獄行きに同行することを決めたのだった。
獣人族の集落への訪問
アメリアが父である獣人族の長から許可を得たことで、クレイたちは獣人族の集落「獣の里」を訪れた。シャーロットの伝達を受け、クレイはリタとキエザを連れ、ヴェーダフォンスへ向かった。アメリアには〝獣王の息〟を探知する魔道具《探査具》の完成を報告し、リタとキエザの同行も認められた。
集落の門前では屈強な獣人たちが見張りをしており、アメリアが彼らに説明すると、もめることなく中へと通された。集落の中には多くの獣人族が暮らしており、彼らは珍しげにクレイたちを見つめたが、敵意は感じられなかった。辺獄に人族が足を踏み入れる機会は滅多にないため、単純に珍しかったのだろう。
長との対面と試練の提案
クレイたちはアメリアの案内で集落を進み、やがて一際立派な天幕の前に到着した。アメリアが中に入ると、そこには獣人族の長であり、彼女の父である〝大剣のクラテ〟が待っていた。彼はクレイたちを眺め、簡単な自己紹介を交わした後、歓迎の宴の前に手合わせをすることを提案した。
クラテの目的は三つあった。まず、クレイたちが墓地を安全に探索できる実力を持っているか確認すること。次に、獣人族の秘宝である〝獣王の息〟を託すに値する資格を試すこと。そして最後に、花婿候補としてアメリアにクレイを譲る前に、一発殴っておきたかったからである。
クレイは納得しつつも、最後の理由には困惑した。しかし、クラテは既に審判役に合図を送り、試合が開始された。
決闘と互角の戦い
クラテは天幕の中から巨大な大剣を持ち出し、そのまま闘技場へと向かった。試合が始まると、クラテは巨体に見合わぬ俊敏さを見せ、大剣を巧みに操った。その一撃は地面を抉り、木々を両断するほどの威力を誇っていた。クレイは正面から受け止めるのは不可能と判断し、回避に徹した。
だが、クラテの攻撃は緩むことなく続き、クレイはわずかな隙を突いて反撃に転じた。クラテの懐に潜り込もうとしたが、彼は即座に大剣を引き戻し、クレイの動きを封じた。アメリアとの戦いでは決め手となった攻撃も、クラテには通用しなかった。
しばらく膠着状態が続いた後、クレイは本気を出すことを決意し、身体強化の密度を高めた。速度が格段に向上し、クラテも驚きを隠せなかった。それでも彼は即座に対応し、大剣を振りかざして迎え撃った。しかし、クレイは剣で受け止めることに成功し、両者はつばぜり合いとなった。
その瞬間、両者の剣に亀裂が入り、同時に砕け散った。これ以上の戦闘は無意味と判断され、審判は試合の引き分けを宣言した。
宴と未来の計画
試合の後、広場では宴が始まった。食事や酒が集まり、即席の舞台も設置された。クレイの戦いを見ていた獣人族たちは、彼の実力を称賛しつつ、次は自分と戦ってほしいと次々に声をかけてきた。獣人族の戦士たちは、強者と戦うことを好むらしい。
クラテもクレイの力を認め、引き分けに持ち込んだことに感謝していた。彼は内心、クレイが本気を出せば勝てなかった可能性が高いと考えており、敗北を回避できたことに安堵していた。さらに、クレイが辺獄を開拓し、人族と獣人族の交易を促進する計画を持っていることを知ると、それに賛同した。
宴が進む中、フローラは集落の場所について質問した。クラテは、かつて魔族が開拓した土地を獣人族が利用していると説明した。現在、魔族との交流は途絶えているが、過去には関わりがあったらしい。
その後、アメリアが酔いながらクレイに酒を勧め、墓地の探索が決して容易ではないことをほのめかした。クレイはそれに疑問を抱いたが、アメリアは「行ってみればわかる」とだけ答えた。そして、そのまま夜が更けるまで宴は続いた。
墓地への出発
翌朝、クレイたちは墓地へ向かう準備を整えた。前夜の宴で飲んでいた者もいたが、フローラの治癒により、体調を崩した者はいなかった。ただし、リタとキエザは夜更かしをしていたため、少し眠そうであった。その他のメンバーは普段通りの様子で、特にエルフたちは種族特有の特性により、長時間の睡眠を必要としないため、問題なく行動できた。アメリアはやや眠そうではあったが、出発の準備を整え、皆を先導した。
辺獄の砂漠地帯
墓地へ向かう道中、辺獄の景色は今まで見た森林地帯とは異なり、乾いた岩石が広がる砂漠のような場所に変わっていた。そこでは森に生息しない魔物、ワームが出現した。ワームは地中を自在に移動し、岩を砕くほどの力を持つ厄介な魔物であったが、クレイたちは遠距離攻撃を駆使し、安全に撃退した。クレイは戦闘には参加せず、他のメンバーが疲労を考慮して対応した。アメリアも、クレイには別の役割があることを示唆し、戦闘への参加を見送らせた。
獣の墓地
一行はやがて獣人族の墓地、〝獣の墓地〟に到着した。そこには大小さまざまな巨石が墓石のように乱立しており、地面の土は柔らかかったが、草木はほとんど生えていなかった。アメリアによると、ここには族長の一族のみが葬られているという。リタは《探査具》を起動し、〝獣王の息〟の場所を特定した。墓地内を進むと、歴代の族長の名が刻まれた墓標が並んでおり、キエザがそれらを読み上げた。
突如現れた脅威
《探査具》が示した地点に到達すると、リタが正確な場所を特定しようとした。しかし、アメリアは突如、警戒の声を上げ、リタを後方へ退避させた。その直後、地面が揺れ、巨大な影が姿を現した。それは無数の骨を寄せ集めたキメラのような怪物であり、その中心には強大な魔力を放つ宝玉――〝獣王の息〟が埋め込まれていた。
アメリアは、この魔物が獣人族の長の一族の亡骸を核にして生まれることを説明した。つまり、歴代の族長の遺骨がこの怪物の素材となっていたのである。一行は即座に戦闘態勢を取り、〝獣王の息〟を損なわずに魔物を倒す必要に迫られた。
戦闘と宝玉の奪取
骨のキメラは圧倒的な巨体と強大な力を持ち、通常の攻撃では倒せなかった。一行は遠距離攻撃を駆使し、少しずつ敵の戦力を削った。アメリアとクレイは魔物の注意を引きつけ、他のメンバーが援護する形で戦闘を進めた。やがて、頭部の破壊には成功したが、魔物はなおも動き続けた。弱点は〝獣王の息〟を取り囲む骨であることが判明し、クレイとアメリアが接近して破壊を試みた。
アメリアが強烈な一撃で骨のキメラの足元を崩し、動きを鈍らせると、クレイは強化した速度で飛び込み、剣を振るった。精密な斬撃により、〝獣王の息〟を包む骨のみを切断し、魔石を無傷のまま回収した。その瞬間、骨のキメラは崩壊し、完全に動きを止めた。
獣王の息の力
戦闘が終わると、皆は〝獣王の息〟に注目した。キエザはその内部に圧縮された膨大な魔力を感じ取り、驚愕した。彼のスキルシード《魔導剣士》の特性により、他の者には感じ取れない魔力の波動を察知できたのである。これにより、〝獣王の息〟が聖樹の力を回復させるのに十分な力を持つことが確認された。
集落への帰還と次なる目標
ファルージャは〝獣王の息〟の保管をクレイに任せることを決めた。アメリアも正式に持ち帰る許可を与えたが、獣人族の長に見せる必要があるとした。一行はそのまま集落へ戻り、長に〝獣王の息〟を見せた後、次の目標である〝魔人の角〟の入手に向けて準備を整えることとなった。
獣王の息の確認
クレイたちは獣の里に戻り、クラテに〝獣王の息〟を見せた。クラテはその輝きに感嘆し、大切に扱いながら細かく観察した。〝獣王の息〟は非常に硬質で、簡単には傷つかないことが判明した。落とした程度では問題なく、破壊するには相当な力が必要であることがわかった。過去にこれを手に入れた際、骨のキメラを倒すために強い衝撃を与えたことで破損したのだろうと推測された。
また、〝獣王の息〟が形成される際、周囲の無機物を引き寄せ、魂を宿らせる現象が発生することが確認された。そのため、ボーンキメラと呼ばれる魔物が誕生するのだという。今回のボーンキメラは言い伝えよりも大きく、〝獣王の息〟の質が特に良かったためと考えられた。
獣王の息の用途と獣人族の対応
クラテは〝獣王の息〟の観察を終えると、すぐにクレイたちに返却し、その活用を許可した。ファルージャは深く感謝し、頭を下げたが、クラテは気にすることなく、聖樹の救済に役立てるよう促した。これで必要な材料の一つが正式に確保された。
ただし、聖樹を救うにはまだ〝魔人の角〟が必要であり、その入手方法が問題となっていた。さらに、〝ハイエルフの涙〟も必要であったが、こちらはシャーロットとメルヴィルが提供できるため、特に問題にはならなかった。
魔人の角の入手計画
クラテは魔人の角の入手について、魔族との交渉が必要だと語った。獣人族の里の近くには魔族が住んでおり、協力を得られれば手に入る可能性があるが、問題はその居住地が墓地のさらに奥にあることであった。
クレイたちは墓地に行った際、魔族との交渉を済ませるという選択肢もあったが、それは避けた。その理由は、リタとキエザの安全確保であった。辺獄の魔族の性質が不明な以上、彼らを危険にさらすことはできなかった。魔物が単体で現れる程度なら対応可能であったが、徒党を組んで襲いかかる場合、どのような戦術を取られるか予測が難しかった。
そのため、まずリタとキエザをヴェーダフォンスまで送り届けた後、再度墓地を経由し、魔族の住処へ向かうという計画となった。こうして、聖樹を救うための次の行動が決定された。
第三章 様々な因縁
ヴェーダフォンスでの再会
クレイたちはヴェーダフォンスに戻り、意外な人物と再会した。王太子ユークと賢者テリタスが現れたのである。彼らはクレイとの約束を果たすために訪れたと言い、ユークは旅の計画を王宮に告げずに出発したと語った。さらに、もう一人の同行者としてシモンという男もいたが、その正体は不明であった。
フローラはユークに対して微妙な態度を取っていた。彼女が王都にいない間、ユークとの結婚の噂が広まり、教会から苦情が届いていることが判明した。しかし、フローラはその件を特に気にしていない様子であった。
ユークの協力と魔族との交渉
クレイはユークたちに現在の状況を説明し、聖樹を救うために魔人の角が必要であることを伝えた。ユークは、自身が勇者であり、魔族との交渉や戦闘に適していると述べ、協力を申し出た。テリタスもそれに賛同し、クレイたちの目的達成を手助けすることになった。
すると、同行していたシモンが突如として自身の魔力を解放し、正体を明かした。彼は魔人であり、ユークたちに敗れた過去を持っていた。しかし、今は彼らと協力関係にあり、恨みは持っていないと語った。さらに、魔人の角が誇りと力の象徴であるため、魔族にそれを譲らせることは容易ではないと警告した。
魔人シモンの過去と魔族の事情
シモンはかつてスパイとして人族に紛れ込むため、自らの角を折ったことを明かした。魔力の操作を補助する器官である角を失うことで一時的に弱体化したが、時間と共に適応し、力を取り戻したという。また、魔族は魔物からも襲われる存在であり、弱体化すると生存が困難になることも説明した。
彼は魔人の角を提供できないものの、辺獄の魔族と交渉するために協力すると申し出た。ユークとテリタスも同行し、角の入手を試みることが決定した。
世界樹の異変
その時、ヴェーダフォンスのエルフが慌てた様子で駆け込んできた。世界樹に異変が起こったとの報告を受け、一行は急いで外に出た。すると、世界樹が輝いており、今までにない現象が発生していた。エルフの長老メルヴィルも事態を把握するために奔走していた。
その直後、世界樹の神霊が現れ、クレイたちに声をかけた。神霊は聖樹の治癒を急ぐよう求め、時間が残されていないことを告げた。聖樹は寿命ではなく、何者かによって力を奪われており、その影響で急速に衰弱しているという。敵対者が聖樹の力を利用しようとしている可能性が高く、迅速な対応が求められた。
緊急の転移と役割分担
神霊はクレイたちをエルフィラへ転移させる手段を持っていた。世界樹の〝根〟を利用することで、長距離転移が可能であるという。ただし、転移には膨大な魔力量が必要であり、クレイ、フローラ、ファルージャ、イラ、シャーロットの魔力を全て合わせることでようやく成立するものであった。
転移の回数には制限があり、一度目でクレイたちをエルフィラへ送り、二度目で魔人の角を届ける形となる。そのため、魔人の角の入手はヴェーダフォンスに残るユーク、テリタス、シモンに託された。
クレイたちは急ぎ準備を整え、神霊の導きによってエルフィラへ転移することになった。聖樹の危機が迫る中、それぞれの役割が明確に決まり、次なる行動へと移ることとなった。
ヴェーダフォンスでの別れと新たな目的
ユークたちはヴェーダフォンスでクレイたちの転移を見送り、魔人の角を求めて行動を開始した。彼らがこの場所に来ることができたのは、エルフたちがクレイとフローラの気配を彼らに感じ取ったためであり、エルフとの交渉は容易だった。テリタスは転移魔法の研究に興味を持っていたが、まずは魔人の角を確保することが優先された。
魔族の集落と決闘
ユークたちは魔族の集落に到着し、意外にも歓迎を受けた。しかし、魔人の角を譲り受けるには、族長ベイルとの決闘に勝利する必要があった。ユークは勇者としての実力を発揮し、魔王討伐の際に使用した剣技で勝利を収めた。ベイルは敗北を認め、魔人の角を提供したが、最後に「息子がやられたのも当然だな」と口にした。その言葉から、倒した魔王がベイルの息子であったことが判明した。
魔王の出自と辺獄の掟
ベイルによれば、辺獄の魔族は外に出ることを禁じられていたが、彼の息子はその掟を破り、魔王として世界を混乱に陥れた。辺獄の魔族が世界に与えた影響を考慮し、彼は魔王を討ったユークたちを恨んではいなかった。むしろ、過去の過ちを繰り返さぬよう、今後は他種族との交流を深め、辺獄の魔族が再び魔王を生み出さぬよう努めると約束した。
聖樹の転移と神霊の出現
一方、クレイたちは聖樹のもとに転移し、その枯れかけた状態を目の当たりにした。そこには幼い少女の姿をした神霊が存在し、自らを聖樹と名乗った。神霊は世界樹の神霊を「母」と呼び、聖樹の回復には「聖涙」が必要であることを告げた。クレイたちはその材料として、ハイエルフの涙、獣王の息、魔人の角を集めていた。
聖樹の力を奪った者たちの裁き
聖樹の神霊は、自らの力を奪っていたエルフの貴族たちを発見し、彼らの生命力を吸収して処罰した。彼らはエルフィラの五公家の一員であり、聖樹の力を利用して長寿を得ようとしていた。神霊によってその力を奪われた彼らは急速に老い、エルフィラの牢獄に収監された。この事件によって、エルフたちの間でも考え方の変革が進むこととなった。
ユークたちの帰還と聖涙の完成
ユークたちは魔人の角を携えてエルフィラに転移し、クレイたちと合流した。彼らの話を聞き、辺獄の魔族が今後異種族との交流を進めることを確認した。そして、聖樹の神霊の指示に従い、聖杯に三つの素材を注ぎ込むことで聖涙を作成した。神霊はこれを飲み、聖樹の完全回復に成功した。
聖涙の授与と未来への布石
聖樹の神霊は、聖涙の余りをクレイたちに授けた。この液体は不老不死をもたらすとされ、慎重に扱うべきものであった。テリタスは研究対象として興味を示したが、クレイたちは公にすることなく密かに保管することを決めた。
祝宴とエルフィラの変革
エルフィラでは聖樹の回復を祝う宴が開かれ、エルフたちは人族への理解を深めた。五公家の一部が聖樹を害していた事実も公表され、エルフ社会の価値観に変化が訪れる兆しが見えた。クレイたちは辺獄の開拓者として、今後さらに重要な役割を担うことが予想された。
クレイとフローラの婚約
祝宴後、クレイとフローラの関係に進展があった。長年彼女の気持ちに気づきながらも、状況を考慮して保留していたクレイだったが、これまでの出来事を通じて「いつか落ち着いてから」と考えていては何も変わらないと悟った。そして、フローラに正式な婚約を申し込み、彼女もそれを受け入れた。
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