物語の概要
ジャンル:
青春ラブコメディである。本シリーズは、リア充最上位の男子・千歳朔を中心に据えた青春群像劇であり、第7巻では彼とヒロインたちの関係の新たなステージが描かれる。
内容紹介:
進路を意識し始めた千歳朔とヒロインたちは、卒業や進学といった「その先の未来」を見据えて動き始める。文化祭や卒業旅行といった行事を通じて、それぞれが自分の想いと向き合い、誰かを選ぶことの意味や葛藤を経験する。朔自身も、これまで支えてくれた仲間や恋心との距離を再考し、成長を見せる重要な巻である。
主要キャラクター
- 千歳 朔(ちとせ さく):本作の主人公であり、クラスや学園でも一目置かれる“超リア充”男子。友人やヒロインたちの心情に敏感で、自分なりの“正しさ”を模索しながら成長を続ける存在。
- 柊 夕湖(ひいらぎ ゆうこ):朔に想いを寄せ続けるヒロイン。“正妻ポジション”を自称しつつも、進路をめぐる迷いや恋心との向き合いに揺れる姿が印象的。
- 西野 明日風(にしの あすか/明日姉):作家志望の先輩であり、朔との幼馴染。夢と現実、そして距離感の間で揺れながらも、自分の進むべき道を模索する存在。
物語の特徴
本巻の魅力は、「青春ラブコメでありながら“将来の選択”というテーマを真正面から扱う点」にある。恋愛や友情、進路選択という多層的なテーマを通じて、登場人物たちが“自分とは何か”“誰と居たいのか”“どう生きたいのか”を真剣に考える場面が多数描かれる。たやすく結論を出さないリアリティのある展開が、読者に感情の揺れ動きを強く感じさせる点が、本シリーズの他巻とひと味異なる深みを与えている。
書籍情報
千歳くんはラムネ瓶のなか 7
著者:裕夢 氏
イラスト:raemz  氏
レーベル/出版社:ガガガ文庫/小学館
発売開始:2022年8月18日
ISBN:9784094530858
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あらすじ・内容
色のない九月。色めく私たちの望み。
「1年5組の望紅葉です。よろしくお願いします」
夏休みが明けて、九月。
藤志高祭に向けた準備が始まった。校外祭、体育祭、文化祭が連なる、高校生活でもとびきり華やかなイベントだ。
俺たちは青組の応援団に立候補し、グループパフォーマンスを披露する。
縦割りチームで3年代表として明日姉が、そして1年からは陸上部の紅葉が参加することになった。
夏でも秋でもない、あわいの季節。
俺たちは時間と追いかけっこしながら、おだやかな青に染まっていく――。
感想
読み終えて、まず感じたのは、束の間の平穏は長くは続かないものだということだ。今作では、それぞれのヒロインが朔との間に築き上げてきた特別な繋がり、つまり自分の居場所が揺るがされるような出来事が起こる。それは、互いを思いやる気持ちと、同時に自分の居場所を奪われたくないという恐怖心が入り混じった、複雑な感情が引き起こした停滞だったように思う。
特に印象的だったのは、あるヒロインがまるで敵のように見えてしまう展開だ。しかし、傷つける覚悟を持って、本当に欲しいものに手を伸ばす彼女の姿は、誰よりも正しく、そして美しくさえ感じられた。これまでの彼女からは想像もできない行動であり、その変化に心を揺さぶられた。この状況を打破できるのは、一足先に進んでいる夕湖だけではないかと思えるほどだ。
そして、今作で新たに登場した後輩、望紅葉の存在も大きい。彼女は、チーム千歳の抱える問題点を、外部の人間だからこそ客観的に判断し、自分にとって最適な行動を取ることができる。誰かを慮る行動は美しいけれど、必ずしも正しいとは限らない。そんな現実を突きつけられた気がした。
夏休みの一件以降、恋に臆病になっていた朔たちが、体育祭で応援団を組むことになる。明日姉と紅葉も加わり、合宿を行う中で、紅葉の思惑が見え隠れする。個人的には、今回の朔は今までに比べて優柔不断に感じられた。紅葉の考えも透けて見えたけれど、そんな紅葉の真剣な想いに焚き付けられたあるキャラクターが、停滞を振り切った先に何を見せてくれるのか、本当に楽しみだ。
今作は、まさに後半戦の始まりに相応しい一冊だと言えるだろう。今まで通りにはいかない彼らが、これから何を掴み、どんな成長を見せてくれるのか。期待しかない。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
展開まとめ
一章 私たちの九月
九月の縁と朔の心持ち
季節が夏と秋の間で揺れていると朔は感じていた。九月の境目をまたぐと少し迷子になるという独白があり、色味の薄い“中休み”の時間がいまの朔にはちょうどよいと見定めていた。移ろう季節のなかで深呼吸する余白を許し、軽率に何かを決めずに立ち止まる態度であった。
河川敷の登校――内田優空との歩調
河川敷を朔は優空と並んで歩いた。寝不足を気遣うやりとり、宿題の話題、寝癖の冗談といった小さな会話が続き、ぎこちなさを自覚しながらも互いに“いつもどおり”を取り戻そうとしていた。朔は市場で優空が選んだ干物を朝食にしたこと、魚を少し好きになったことを自覚的に口にし、夏に優空がくれた時間を“なかったことにしない”姿勢を示していた。次の買い出しを約束し、からかい合いの温度が戻りつつあった。
昇降口の三人と再開の空気
昇降口で浅野海人、水篠和希、山崎健太と合流した。海人は大声で場を温め、和希は朔と優空の距離をからかい、健太は穏やかに挨拶した。優空は和希の軽口に乾いた笑みで釘を刺し、健太は“内田さんは締めるところを締めるタイプ”と評価して慌てて弁解した。笑いが輪に戻り、殴り合いの過去を経た再起のテンポが整っていった。
教室到着――なずな・亜十夢・陽・七瀬
教室ではなずなが明るく迎え、朔はつい夕湖を期待していた気配をからかわれた。亜十夢はそっけなく手を上げ、朔はそれも上出来と受け止めた。続いて陽が現れ、OG戦は負けたが「強くなった」と晴れやかに語る。東堂舞から朔へ届いた挑発的メッセージが暴露され、陽が噛みつき、七瀬が軽妙にいなす。朔は夏祭り以降の反省を踏まえ、七瀬の着物の話題では素直に称え、以前の軽口で傷つけた件に“料理を作る”という約束でけじめをつけると応じた。陽はふたりの芝居がかった応酬に身震いし、じゃれ合いが続いた。
朔の内省――“なかったことにしない”という誓い
ホームルーム前、朔は教室の扉を気にし続けた。この夏、想いを受け取れなかったこと、告白が“終わらせるため”の勇気だったと知ったこと、そしてふたりを手でつないだもうひとりの“家族みたいな友達”の存在を反芻した。なずなとの短いビデオ通話で交わした慎ましいやりとりの居心地を思い出し、仕切り直しを“やさしく受け取れた”のは自分だけだったのかと不安を抱えたが、「なかったことにはしない」と自らに言い聞かせていた。
夕湖の登場――ロングヘアからの一新
教室の扉が歌うように開き、夕湖が短く髪を切って現れた。クラス中が驚愕し、なずなだけが肩を揺らして笑った。夕湖は「新しい私になってみた」と宣言し、軽く首を振ると短い髪がふわりと広がった。七瀬は憧憬を込めて「さすが」と評し、優空は「すっごくきれい」と微笑み、陽は「そっちのほうが好きかも」と応じた。海人は大仰に賛辞を叫び、和希は素直に好意を表し、健太は「熱い」と不器用に褒めた。誰ひとり理由を問わず、変化そのものを肯定していた。
朔と夕湖――過剰な言葉を捨てた挨拶
夕湖が朔の前に立ち、静かに「おはよう、朔」とだけ告げた。朔は軽口でごまかさず「おはよう、夕湖」と返し、画面越しに話したとき感じた“言葉を多く要さない関係”を確かめた。朔は「いまの夕湖に似合ってると思うよ」と上書きの一言を選び、夕湖は「このまんまの私を見ていてね」と笑った。ふたりは過去の延長ではなく“いま”を掲げ合って立ち位置を揃えた。
学祭の告知と放課後への導線
蔵センが来月の藤志高祭(校外祭→体育祭→文化祭)の概要と準備開始を告げ、二学期初日が終わった。去年は野球を辞めた直後で学祭を楽しめなかった朔は、今年こそ関わる意志を持つ。海人が蛸九への誘いをかけ、陽は自主練の合間の食事なら大丈夫と応じ、和希は「学祭どうするか相談しよう」と提案した。優空と夕湖も頷き、輪は放課後の合流へと歩き出していた。
蛸九での合流と学祭の議題
蛸九に入るとおばちゃんから夏休み中に顔を出さなかった小言が飛び、朔たちは焼きそば・たこ焼き・からあげを次々に注文して場を和ませた。料理が揃うと水篠和希が「学祭で何かやるか」を提起し、クラス出し物以外に実行委員や文化祭の自由参加枠があること、藤志高では全員が何らかの委員・団体に振り分けられることを整理した。自由枠には軽音ライブやアカペラなどがあり、クラス出し物は屋台・体験型・舞台系と幅が広いと共有された。
七瀬の“バンド願望”と現実判断
七瀬は「一度は文化祭バンドをやってみたかった」と本音を漏らした。朔は器用な七瀬なら短期間でも一曲は形にできると評したが、七瀬は学祭準備と部活を両立する負担を考え、複数曲の練習は難しいと結論づけた。陽も来月のウインターカップ予選を控え、「やるならクラスか委員会に絞ってほしい」と実務面の制約を示し、結果として自由参加枠は見送られる流れになった。
体育祭“応援団”案の浮上
夕湖が「体育祭の応援団」を提案し、場が一気に前向きになった。藤志高の体育祭は赤・青・黄・縁・黒の色別対抗で、通常競技に加えて巨大オブジェの「造り物」と、衣装・創作ダンス・応援歌を披露する「応援団」が大きな加点対象になっている。二年五組は青組に決まっており、パフォーマンスタイムで点を稼げることが動機づけになった。
運動組の即応と優空の逡巡
陽は「身体を動かすのは得意」と即答し、浅野海人も旗振りなど体力仕事に意欲を見せた。和希と七瀬も「未経験同士なら遅れは取らない」と乗り気であった。一方、内田優空は「恥ずかしい」と不安を示したが、夕湖が「校外祭で吹部ステージに立つのと同じ」と背中を押し、優空も前向きに傾いた。
健太の全面拒否と“逆説得”
山崎健太は「深海魚を真夏のビーチでサンバさせるのか」と全力で拒否した。そこで和希が話題をアニメOP/EDのダンスや“オタ芸”に切り替え、健太の“好き”と自尊に触れていく。健太は「会場では迷惑だからやらないが、部屋では全力で踊る。好きなものを恥じない」と言い切り、和希はその肯定を“体育祭の場”へ静かに橋渡しした。「来月、グラウンドで新しい振り付けを披露」「衣装にもこだわる」という流れまで積み上がり、健太は気づけば挑戦を受諾していた。周囲は大笑いと歓声でそれを祝し、陽は「山崎のキレッキレを楽しみにしてる」と茶化し、七瀬は「大勢で踊るから悪目立ちしない」と支え、夕湖は「思い出つくろ」と手を差し伸べ、優空もやさしく同調した。朔は「みんなで青春しよう」としめ、輪の結束が固まった。
“夏を終わらせた”という共有感
笑いの後、朔は内省した。陽と昨年の夏を終わらせて新しい夏を迎えたこと、夕湖が朔と向き合ってくれたこと、そのふたりに優空が向き合ってくれたこと、実は七瀬と明日姉がもっと前から変化を促していたこと、和希と海人が変わらず“らしさ”に立っていたこと、健太が健太として立ったこと――みんなで「今年の夏を終わらせた」と受け止めていた。どれも“なかったこと”にはしないと心に刻んでいた。
解散後――河川敷、明日姉と“青”を願う
蛸九で解散し、七瀬・陽・海人・和希は部活へ、夕湖と優空は買い物へ、健太はアニメイトへ向かった。朔は予定なく河川敷を歩き、風鈴の余韻やとうもろこしの匂いに季節の端境を感じていた。小さな水門そばで読書中の明日姉を見つけ声をかける。明日姉は『ぼくと、ぼくらの夏』を手にしており、過ぎゆく季節を名残惜しむ気配があった。朔が応援団や組分けの話を振ると、自分は青組だと伝え、明日姉は「派手なダンスは性分じゃない」としつつも、最後の学祭である寂しさをこぼした。朔は「同じ色になれるといいね」と返し、明日姉は「君と同じ青」と応じた。赤い自転車、黄色いTシャツ、緑の木々、黒いカラス――街の色を見送りながら、ふたりはしばらく青い空を仰いだ。
青海陽の自主練習と成長の実感
蛸九での解散後、青海陽は仲間と共に自主練習を続け、スリーポイントの精度向上に努めていた。基礎練習の積み重ねだけでは限界があると痛感し、相棒ナナから指摘を受けながら、実戦形式の練習の重要性を理解していた。アキやケイとの試合を経て感覚が一気に研ぎ澄まされ、成長の実感を得たことで、陽は自らの殻を破ったと感じていた。
恋心とバスケの結びつき
陽にとって恋心はバスケットボールと強く結びついていた。愛する相手を想うことで技術が研ぎ澄まされ、バスケに打ち込むほどに相手への思いも深まっていった。だからこそ、この関係が終われば自分のバスケも終わるのではないかという恐れを抱いていた。それでも彼女は「両方を抱えたまま続けたい」と願い、いまの関係を大切にしていた。
内田優空の夕湖への憧憬と自覚
内田優空は夕湖と共に買い物をしながら、髪を切った親友の変化を眩しく感じていた。ロングヘアを象徴としてきた夕湖が迷いなく前進する姿は、優空に憧憬と一抹の寂しさをもたらした。彼女は去年から夕湖に対して強い憧れを抱いており、自らも髪を伸ばしてきたが、夕湖が新しい一歩を踏み出す姿に「まだ遠い」と痛感した。それでも、夕湖や朔と手を繋いだ夏の出来事を「期限つきの仲直り」として受けとめ、自分にとっての「いつか」を模索し始めていた。
明日姉の視点と体育祭への想い
明日姉は河川敷で朔と再会し、体育祭での組分けについて語り合った。彼女は自分が応援団に向かないと自覚しつつも、朔と同じ青組であることを知り、わずかな喜びを覚えていた。同時に「これが最後の学祭」とつぶやき、過ぎゆく時間への寂しさをのぞかせた。彼女にとっては、朔と同じ時間を少しでも共有できることが何よりの救いであった。
明日姉の内面と物語への距離感
夏を通じて、朔の物語の中心にいるのは他の仲間たちであり、自分の名前がその中にないことを明日姉は痛感していた。彼女は部外者である自分を自嘲しながらも、せめて先輩として寄り添いたいと願っていた。藤志高祭で同じ委員会や体育祭の同じ組になれるかもしれないという希望を抱き、朔や仲間たちの物語に自分も加わりたいと強く願った。
七瀬悠月の内省と恋心の輪郭
七瀬悠月は湯船に浸かりながら、自分と仲間たちの関係を整理していた。朔の心にいる女の子たちを「夕湖」「優空」「陽」「西野先輩」そして自分と認識していた。恋心に名前をつけることを急がず、互いに支え合う関係を大切にしていた。西野先輩や陽、優空、夕湖それぞれへの想いを思い返し、自らの立ち位置を冷静に見つめながらも、朔との特別な距離を確かに感じていた。
クラスでの学祭準備と応援団の決定
二年五組では学校祭に向けた委員会とクラスの出し物を決める話し合いが行われた。応援団にはチーム千歳の面々が立候補し、無事に参加が決定した。一方で文化祭の出し物については焼きそばやクレープ、演劇など多様な意見が飛び交い、海人が「メイド喫茶」を提案して笑いを誘った。最終的に演劇が有力候補として浮上し、クラス全体が一体となって盛り上がりを見せていた。
文化祭の出し物決定
二年五組は投票の結果、文化祭の出し物を演劇に決定した。猫耳喫茶や女装カフェなどの案も出たが、最終的には無難かつ準備しやすい選択に落ち着いた。なずなの提案力と司会役を務めた千歳朔の進行によって、クラス全体が納得する形となった。
演目選びと候補の提示
演目候補としてロミオとジュリエットが挙がったが、過去に例があると知り却下された。そこで七瀬悠月が白雪姫を提案し、意外性とアレンジのしやすさから賛同を得た。クラスは王道の物語を現代風に演出する方向で一致した。
役者の割り振り
なずなの提案で役者は応援団の面々が担当することになった。大道具や小道具の負担を減らす狙いがあり、七瀬悠月はお妃様と魔女役、柊夕湖は白雪姫役を引き受けることとなった。残りの配役も応援団内で調整され、王子役は千歳朔に決まった。
教室の盛り上がり
配役が決まると教室は大いに盛り上がった。夕湖の白雪姫と七瀬のお妃様を想像して期待が高まり、千歳朔が王子役に抜擢されると仲間たちから冷やかしの声が飛んだ。冗談や茶化し合いが続き、雰囲気は祭りのように熱気を帯びた。
未来への含み
七瀬と夕湖のやり取りは和やかで、金沢旅行を経て関係が深まったことをうかがわせた。千歳は物語の結末と自らの立ち位置に複雑な思いを抱きながらも、クラス全体が同じ舞台を作り上げる高揚感に包まれていた。
二章 私たちの青色
第二体育館での集結
委員会決めから一週間後、二年五組応援団の面々は第二体育館に集まっていた。三分の二の広さしかないその場所は静かで閉塞感があり、秘密基地のような雰囲気を漂わせていた。集まったのは朔、夕湖、優空、七瀬、陽、和希、海人、健太の八人である。
団長と副団長の決定
応援団長の選出では朔が自然に指名され、本人も了承した。副団長については夕湖が立候補すると思われたが、手を挙げたのは七瀬だった。夕湖は自ら辞退し、演劇との両立を理由に七瀬を支持した。結果として朔と七瀬の体制で応援団を率いることになった。
三年生と一年生の代表
やがて三年生が合流し、西野先輩(明日姉)が三年代表に立候補した。奥野先輩も加わり、和やかな雰囲気で会合が進む。続いて一年生の代表には望紅葉が立候補し、堂々とした態度で承認された。こうして団長、副団長、三年代表、一年代表が揃った。
自己紹介と雰囲気の高揚
三十名ほどの応援団は自己紹介を行い、初回から明るく打ち解けた雰囲気が広がった。朔は団長として意気込みを述べ、七瀬は副団長らしく勝利への意欲を語った。その強気な姿勢が笑いを呼び、場は大いに盛り上がった。
紅葉との交流
解散後、朔と七瀬のもとに紅葉が近づき、あらためて礼を述べた。彼女は真面目で初々しく、名前で呼んでほしいと願い出た。二人は快く応じ、妹のように見守る気持ちを抱いた。紅葉は頼れる後輩として応援団に加わったのである。
七瀬との私的な時間
夜、朔の自宅で七瀬と二人きりの打ち合わせが行われた。七瀬は自然に振る舞い、互いの距離感は以前よりも近づいていた。しかし、優空のために用意していた椅子に七瀬が座ろうとした瞬間、朔の心に迷いが生じた。その葛藤を隠しつつ、二人はこれからの活動に向けて準備を進めていった。
七瀬との食事
千歳は土鍋で炊いた米とタコライス、枝豆の冷製ポタージュを用意し、七瀬と共に夕食を取った。七瀬は夏の「カツ丼」のお礼を受け取るように素直に喜び、ふたりの会話は自然に弾んだ。七瀬は副団長の責務と部活動を両立する決意を口にし、千歳もその真摯な姿勢に安心していた。
三日月の灯りとダンス
食後、七瀬は部屋を暗くし、誕生日に贈った三日月型のライトを点けた。そして『メリー・ジェーン』を流し、千歳を舞踏に誘った。ふたりは即興のチークを踊りながら、互いに踏み出す一歩が重なることを確かめ合った。七瀬の冗談めいた言葉や視線に千歳は戸惑いながらも応じ、二人だけの舞踏会を楽しんだ。
オレボステーションでの会議
翌日、応援団は明日姉や紅葉も交えて福井の「オレボステーション」に集まった。食事を取りながらパフォーマンスのコンセプトを話し合い、陽は「ポカリスエット」、明日姉は「青い鳥」、優空は「水族館」、夕湖は「サムシングブルー」を提案した。紅葉は「海賊」を提案し、殺陣や衣装の具体的なイメージが湧くとして全員の賛同を得た。
海賊団の結成
七瀬と千歳は船長、副船長に見立てられ、海人や和希も役割を想像して盛り上がった。最後は全員で「よーそろー」と拳を突き上げ、千歳が「七つの海をまたにかけ、五つの色を青で塗りつぶせ」と宣言した。ローヤルさわやかを掲げる即席の進水式は、彼らの航海の始まりを告げる青い合図となった。
紅葉を送ることに
オレボを出たのは二十一時を過ぎていた。遅い時間のため、千歳は紅葉を家まで送ることを提案した。紅葉は遠慮したが、七瀬の後押しもあって同行が決まった。紅葉は弾けるような笑顔で先輩の望みを叶えると応じ、周囲も温かく見守っていた。
お泊まり合宿の提案
今後の進行について話し合う中で、夕湖が自宅でのお泊まり合宿を提案した。両親が旅行中で不在という事情もあり、夕湖はみんなを招きたいと語った。食事は優空が用意し、男子は雑魚寝で対応することで全員が納得した。こうして「青色海賊団お泊まり合宿」が決定したのである。
紅葉との帰り道
解散後、千歳は紅葉と川沿いを歩いた。紅葉は応援団に入った理由を「先輩たちに憧れていたから」と語り、素直な想いを伝えた。さらに、海賊というコンセプトが採用されたことを喜び、仲間に加われたことを誇らしげに感じていた。紅葉は真剣な眼差しで「追いつけるように頑張ります」と告げ、千歳は言葉を返せないまま受け止めていた。
夕湖の約束
土曜日、千歳は夕湖の家を訪れた。夕湖は慌ただしく迎えに出て「大切な約束を忘れていた」と打ち明けた。それは四月に交わした特別な約束の記憶であった。互いにその思いを大切に抱えていたことを確かめ合い、千歳は「この二日間を特別な思い出にしよう」と応じた。夕湖は恥ずかしそうに笑みを浮かべながら「いつかあなたの普通になれるまで」と言葉を結んだ。
合宿の始まり
夕湖の家に入った千歳は、広いリビングや優空の料理準備に迎えられた。次々と明日姉や紅葉が到着し、差し入れや冗談を交えながら賑やかな雰囲気が広がった。紅葉は千歳の隣を選んで座り、明日姉とのやりとりに照れながらも打ち解けていった。最後に紅葉は「私にとっての先輩は先輩です」と真摯に告げ、千歳を驚かせた。こうしてお泊まり合宿は笑いと緊張の入り混じる形で幕を開けた。
全員の集合と夕食
和希、海人、健太に続いて女バス組が到着し、夕湖の家に全員が揃った。七瀬は部活が長引いたことを詫びて菓子を差し入れ、夕湖は喜んで受け取った。食卓には優空が用意した和風パスタが並び、全員で感謝を述べて食事を始めた。豚肉や大葉、梅干しが組み合わされた味は好評で、特に海人と健太は感激のあまり大げさな反応を見せた。
紅葉の直球な問いかけ
食事の席で紅葉が「優空さんと先輩は付き合っているのか」と問う。千歳と優空は慌てて否定し、七瀬が偽装恋人の過去を説明した。紅葉は謝罪しつつ納得し、逆に先輩たちへの憧れを強めていた。さらに紅葉は試合観戦経験を明かし、陽や七瀬との絆を語った。夕湖は紅葉に「もっと思いを話して」と促し、皆で卒業後も続く友情を誓い合った。
殺陣練習と男子の暴走
千歳が百均で集めた模造武器を披露すると男子陣は盛り上がり、庭で模擬戦を始めた。刀、斧、大鎌、二丁拳銃とそれぞれの役を演じ、芝の上で派手にやり合ったが女子に一斉に叱られて中断した。その後、武器の種類を絞り、ペアで動きを揃える方向性が確認された。紅葉は千歳とのペアを希望し、七瀬も了承した。
休憩と紅葉の装い
休憩時間には西野からの差し入れのアイスが配られ、男子は芝に寝転び女子はウッドデッキでくつろいだ。紅葉は陸上部らしいスポーツウェア姿で現れ、千歳は戸惑いながらも彼女の真剣さを受け止めた。紅葉は「ペアダンスのわがままを許してくれてありがとうございます」と感謝を述べ、千歳も気楽さを感じていた。
曲と構成の決定
リビングに戻った一行は曲選びを開始した。『ウィーアー!』『sailing day』『Yo Ho』『He’s a Pirate』『帝国のマーチ』など候補が挙がり、定番曲を使う案にまとまった。七瀬は「出航」「航海」「敵との遭遇」「戦闘」「和解」「宴」という流れを提案し、皆が賛同した。海賊団を二つに分け、戦闘後に和解して宴に至る構成が固まり、紅葉の提案でタッグ戦形式も取り入れられた。最後は全員で拳を合わせ、賑やかな宴を目指すことで意気を一致させた。
衣装作りの方針
応援団の衣装は海賊をイメージすることに決まり、優空が型紙や作り方をまとめた。全員が自作する方針となり、千歳の衣装は紅葉が担当することになった。紅葉は不安を示したが、優空が支援を約束したため、安心して引き受けた。
ダンス準備と振り付け
健太が曲を編集するあいだ、千歳、和希、海人はホームセンターで剣代わりの木棒を調達した。映像資料を参考に振り付けを考えた結果、体育会系組を中心にアイディアが次々と生まれ、短期間で多くの部分が形になった。難易度は高かったが全員が挑戦を望み、紅葉が積極的にサポートを申し出た。
ペアダンスの模索
振り付けのなかで千歳と紅葉はペアダンスを担い、周囲の提案に従って抱きかかえる演技まで試みた。千歳は紅葉との近さに戸惑いを覚えつつも、真摯に練習に向き合った。紅葉の素直さと適応力は評価され、二人の動きは次第に滑らかさを増した。
夕湖との交流
練習後、夕湖が労いの言葉をかけ、紅葉の努力を称賛した。さらに夕湖は紅葉に千歳のことを気遣うよう頼み、紅葉はそれを快諾した。千歳はからかわれつつも、後輩に支えられていることを自覚した。
買い出しと紅葉の想い
優空から食材調達を頼まれ、千歳は紅葉と共にエルパへ向かった。道中でたい焼きを分け合い、紅葉はペアダンス中に千歳が上の空だったことを寂しく感じていたと打ち明けた。千歳は自分の情けなさを反省し、紅葉はもし抱え込むなら自分に逃げてもいいと告げた。最後に紅葉は仲間外れにしない約束を求め、千歳はそれを受け入れた。
買い出しから夕食準備へ
朔と紅葉はエルパで食材を調達して夕湖の家に戻った。キッチンでは優空と七瀬が料理を進めており、優空はカレー、七瀬はサラダを担当していた。朔が冗談めかしてキャベツの千切りに注文をつけると、二人は笑いながら調理を続けた。紅葉は海人と夕湖に合流し、健太は和希から振り付けを教わっていた。朔は明日姉と陽の会話に混ざり、進路や夢に揺れる二人の姿を見て距離を感じた。
食卓の団らん
夕食では、七瀬の作ったシンプルなサラダと優空のカレーが振る舞われた。隠し味のオイスターソースに驚きつつ、皆で賑やかに食べ進めた。紅葉は楽しげに食べ、海人は練習の成果に満足げであった。和希は全体練習に入れると述べ、夕湖は提案が実を結んだことを喜んだ。明日姉は健太に寄り添い、苦手でも共に頑張る姿勢を示し、全員が笑い合った。
夜の公園での練習
食後、一行は公園で剣舞の振り付け練習を行った。七瀬と朔が指導役を分担し、チームを二つに分けて効率的に進めた。紅葉は模範を示し、明日姉は助言により動きが改善された。優空は照れを捨て、陽は止めの動きを意識するよう矯正され、それぞれ成長を見せた。七瀬の配慮により、苦手な三人を分散させ責任感を和らげる工夫もなされた。仲間たちは一体感を深め、汗と笑顔が夜の公園に刻まれていった。
夕湖との語らい
練習を終え帰路につくと、夕湖が朔に寄り添った。彼女は朔と優空の支えで順調に進められたと感謝を述べ、過去の迷惑を謝罪した。朔は否定したが、夕湖は謝りたかったのだと告げる。そして「この時間が幸せ」と語り、もう少しそばにいさせてほしいと願った。朔は言葉を呑み込みながらも小さく頷き、互いの気持ちを確かめ合った。
入浴の段取りと気まずさ
夕湖の家に戻った一行は、交代で風呂に入ることになった。男子たちは最後でいいと主張し、女子のあとにシャワーを浴びることで一致した。夕湖や七瀬、明日姉らが順番を話し合い、最初は柊が入ることに決まった。和気あいあいとしたやり取りのなかで、女子たちは遠慮を交わしつつも柔らかくまとまった。
明日姉の視点と思い
西野明日風は、大人数でのお泊まりが初めてで、仲間の輪に入ることに強い憧れを抱いていた。朔が素振りに向かう姿を目にし、青海陽と並んで野球を語り合う姿に胸を痛めた。陽が朔に自然に信頼を寄せる姿は、かつて自分が求めたものでもあった。自らも剣を手に取り、朔と並んで素振りをすることで、彼と同じ景色を共有できた喜びを噛み締めた。朔は素直に「応援団に参加してくれてありがとう」と感謝を述べ、明日姉は胸に沁みる思いを抱いた。
望の登場とすれ違い
その後、望が飛び出してきて雰囲気を和ませたが、明日姉の心には複雑な感情が残った。自分だけが特別だと信じていた呼び方や距離感が揺らぎ、後輩たちの率直さに焦燥を覚えた。とはいえ、望の存在もまた物語を彩るものであり、明日姉は彼女なりに受け入れようとした。
女子風呂の会話
浴室では陽と悠月が二人で湯に浸かっていた。キャンドルが灯る空間で、互いに昔の遊びやクラゲ作りの思い出を語り合い、笑い合った。陽は紅葉に対する複雑な感情を吐露し、千歳と紅葉のペアダンスに嫉妬を覚えたことを思い出す。自分の弱さに苛立ちながらも、悠月の落ち着いた態度に触れ、互いに言葉にしないまま感情を分かち合った。最後に冷水を浴び、軽口を交わしながら風呂を出た。
夜食の誘いと小さな幸福
入浴を終えた陽がリビングに戻ると、海人・千歳・水篠・紅葉が待っていた。彼らは夜食に「8番らーめん」へ行こうと相談しており、陽が抜けては不満を言うだろうと朔が気を遣ったと伝えられる。陽は照れながらも嬉しく感じ、五人で出かけることとなった。紅葉も同行を希望し、青春らしい特別な時間に胸を弾ませた。
深夜のラーメン屋での会話
店内は空いており、それぞれ好みの麺を注文した。千歳は唐麺を勧め、紅葉は素直に真似をしてむせた。和気あいあいとした空気の中、海人が紅葉に恋人の有無を尋ねて場が盛り上がる。紅葉は「雨の日に傘を差し出せる人が理想」と答え、和希に一瞬視線を送ったあと千歳を選んで笑いを誘った。会話は軽妙に弾み、合宿の夜にふさわしい浮かれた雰囲気に包まれた。
帰路の静けさ
食事を終えた一行は自転車で田舎道を走った。稲穂が風にそよぎ、虫の声が秋の訪れを告げる。並んで走る紅葉との距離感に、陽は今この瞬間が特別であると実感した。
女子会の始まり
その頃、悠月が風呂から戻ると陽たちの姿はなく、夕湖・内田・西野先輩・山崎が談笑していた。女子たちはお菓子やウェルチを用意し、間接照明と音楽で大人びた雰囲気を楽しんだ。悠月は浮かれつつも、うっちーの存在や千歳との距離に複雑な感情を抱く。
うっちーのお願い
談笑の最中、内田は勇気を出して「悠月のカツ丼の作り方を教えてほしい」と頼んだ。かつて悠月が千歳に作った料理を、自分も彼のために再現したいという気持ちからだった。悠月は驚きつつも快諾し、互いの気持ちを確かめ合うように笑い合った。内田の優しさに触れた悠月は、嫉妬や劣等感を抱いていた自分を恥じ、心から受け入れることを決意した。
夕湖の無垢な言葉
夕湖は紅葉に「朔のことをよろしくね」と頼んでいたことを思いだし、自然体で語った。悠月はその言葉に胸を痛め、紅葉とのペアを譲った自分の選択に後悔を覚える。夕湖が大人びた笑みで「私も朔と踊ってみたい」と語る姿に、悠月は自分との差を痛感し、心が揺らいだ。
七瀬悠月の迷いと自省
悠月は過去の選択を反芻し、自らの「正しい振る舞い」が必ずしも自分にとって正解ではないと気づく。他者のように真っ直ぐな恋や支える恋があると理解しながらも、自分は同じ後悔を繰り返していると痛感した。友であり恋敵でもある夕湖に、複雑な憧れと焦りを抱くのだった。
内田優空の揺れる想い
優空は夕湖や悠月の強さを目の当たりにし、自分の中に芽生える嫉妬心を自覚する。紅葉に役割を譲ったことを後悔しつつも、それが他者への敵意に変わらなかったことに安堵した。朔から贈られた椅子が自分の居場所であることに救われながらも、心の奥では「私だけの居場所にしたい」と願ってしまう弱さに恥じ入った。
西野明日風との語らい
風呂上がりの西野明日風がリビングに戻り、優空の隣に座った。彼女の大人びた雰囲気に優空は圧倒されるが、自然に会話が始まる。髪を梳かれながら「女の子が髪型を変えるのは祈りや願いを込めること」と語られ、優空は夕湖や西野の行動の意味を理解し、自分の髪を大切にしようと決意した。
互いの感謝の共有
西野は優空に「お祭りの夜に誘ってくれてありがとう」「あの夜、君の隣にいてくれてありがとう」と感謝を伝えた。優空もまた「秋に朔の隣にいてくれてありがとう」と応え、互いに似た思いを抱いていることを知る。二人は「もし同学年なら友達になれたかな」と語り合い、料理や小説を教え合う約束を交わした。笑い合うその瞬間、過去と現在が繋がり、次の季節へと心を進めていくのだった。
合宿の夜の余韻
風呂を終えた千歳朔がリビングに戻ると、女子たちはパジャマ姿で談笑しており、健太も自然に輪に入っていた。紅葉は素早く入浴を済ませ、夜を惜しむように全員で会話を続けた。夕湖が「眠りたくない」とつぶやき、誰もがこの夜を終わらせたくない気持ちを共有した。
紅葉の提案と雑魚寝の決定
名残惜しさを打ち消すように、紅葉が「みんなで一緒に寝ましょう」と提案した。最初は戸惑いもあったが、女子たちも同意し、布団をリビングに運び込み雑魚寝をすることになった。夕湖は柴犬のぬいぐるみ「柴麻呂」を抱えて現れ、明日姉に紹介しながら布団に入った。男女は自然に区切られた空間で横になり、夜は静かに更けていった。
夜更けの想いと会話
小さな灯りと音楽が流れる中、それぞれが眠りにつく準備をした。海人は朔に「夕湖ってかわいいよな」と漏らし、朔は同感しつつも胸に複雑な痛みを覚えた。仲間の寝息や気配を感じながら、名残惜しさと安らぎが混ざり合い、合宿の夜は続いていった。やがて夕湖が「ちゃんといる」と朔に声をかけ、和やかなやり取りが生まれた。仲間たちは冷やかしながらも笑い合い、青春の夜の温もりを共有した。
紅葉との早朝の出会い
夜明け前、朔は紅葉に頬をつつかれて目を覚ました。眠れなかったという紅葉を気遣い、散歩に誘う。二人は人気のない早朝の街を歩き、公園で向かい合った。紅葉は夕湖と座ってきた定位置に朔を招き、コーヒーを分け合いながら語らった。やがて紅葉は「自分は先輩たちの輪に入らず、後輩のままでいたい」と告げ、朔に真っ直ぐな気持ちを示した。
早朝の散歩と胸中の吐露
朔と紅葉は夜明け前の田んぼ道を歩いた。紅葉は昨夜、朔が夕湖の部屋を前にして沈んでいた表情を見抜いて問いかける。朔は「停滞」への憂鬱を口にし、「抜け出したくないけれど抜け出さねばならない」と打ち明けた。紅葉は小指を絡め「先輩の望みは私の望み」と誓い、東の空に昇る朝日に重ねて力強く微笑んだ。その瞬間、朔は紅葉が「朝を連れてきた」と感じた。
合宿の再開と練習の充実
ふたりが帰宅すると紅葉はようやく眠りにつき、目覚めたのは味噌汁の香りに包まれた朝であった。優空の作ったおむすびや味噌汁で朝食をとり、午前は公園で昨日のおさらいを行い、昼食後も全員で練習を重ねた。夕方までには、優空や明日姉、健太を含めた全員が振り付けをほぼ完璧に習得した。
仲間たちの達成感と決意
七瀬と朔は練習の成果を確信し、七瀬は「優勝狙おう」と宣言した。疲労困憊の健太や優空、明日姉も達成感をにじませ、和希や海人も笑みを浮かべた。陽は「宴が残っている」と言及しつつも前向きであった。夕湖は拳を掲げ「絶対大丈夫」と励まし、自然と紅葉が掛け声を担い「よーそろー!」と声を上げる。仲間全員の明るい返答が公園に響き、西日がスポットライトのように照らした。
九月という時間の意味
朔は棒を剣に見立てて仲間と打ち合わせながら、心地よい九月を「ぬるま湯」と感じつつも受け入れた。八月に皆が変わらざるを得なかったことを思えば、九月は皆が皆のままでいられる時間として許されるのだと、静かに胸に刻んだ。
三章 私たちの居場所
教室の熱気と菜瀬なずなの采配
週明けの放課後、文化祭準備で教室は活気に満ちた。菜瀬なずなが中心となって指示を出し、千歳や七瀬ら応援団組はひとまず休養に回す判断であった。朔は冗談を交えつつも、なずなの手腕に信頼を深めた。
脚本停滞と役割分担の確認
演劇『白雪姫』の脚本は“鏡”と“毒リンゴ”を外せず構成が難航していた。なずなは応援団を優先してよいと伝え、良案があれば共有するよう依頼した。朔は力仕事の申し出をするが、看板の顔として体力を温存せよと諭された。
亜十夢との掛け合いとデレ落ち一閃
資材を担ぐ亜十夢に朔が軽口を叩き合う場面が挟まる。最終的に亜十夢は「退屈させるな」と釘を刺し、期待を示して去らせた。張り合いと信頼が同居する関係性が示された。
学校全体の“前夜祭”感と朔の回想
昇降口へ向かう朔は、装いの華やぎや看板制作の匂い、吹奏楽のヒット曲など“祭りの気配”を全身で感じた。中学時代の応援演奏や『夏祭り』の記憶がよみがえり、去年は無味だった時間が今年は色づきを取り戻していると自覚した。
紅葉の提案―“あの場所”でのペアダンス
陸上部の紅葉が朔を待ち、全体練習前の合わせを願い出た。紅葉は朔と明日風が語らう河川敷の“定位置”を練習場所に望む。朔は逡巡するが「明日風を待ちながら練習する」と折り合いをつけ、ふたりは音楽を流して踊り始めた。紅葉は一瞬、年相応を超えた妖艶さを纏い、朔の目を奪った。
西野明日風の来訪と動揺
明日風は全身の筋肉痛を抱えつつも心は軽やかであった。応援団の輪に戻れる喜び、優空の気遣いへの理解、そして“居場所”を大切にする皆の在り方に共鳴していた。河川敷に差しかかった彼女は、朔と紅葉が“私たちの場所”で密やかに踊る姿を目撃し、呼吸が乱れるほどの衝撃を受けた。
三者の対面と悲痛な拒絶
紅葉が明日風に気づき無邪気に手を振る。朔は「ここで練習すれば会えると思って」と事情を伝えるが、紅葉は自らの強引さを詫びて朔を庇った。明日風は言葉を選べず、込み上げる苛烈な感情に押されて「やめてよ」と叫んでしまい、取り繕う暇もなくその場を走り去った。
“居場所”の定義が揺れる瞬間
明日風は、自らが守りたかった“ふたりの居場所”が河川敷という公共の場に過ぎない現実と向き合い、嫉妬と自己嫌悪に苛まれた。男の子と女の子としての答えを先送りしたい願いは砕け、なお恋する一人の女性としての痛みだけが残った、という締めであった。
夜の通話—すれ違いの原因共有
七瀬悠月は千歳朔に電話し、河川敷で起きた西野明日風の動揺について事情を聴取した。悠月は紅葉と朔の善意が重なった結果の誤解であると整理し、当夜の直接連絡は避け、翌日の自然な謝罪の機会を待つべきと助言したのである。
全体練習—三者の和解と手応え
翌日、応援団の全体練習が第二体育館で実施された。西野明日風が先に謝罪し、朔と紅葉も頭を下げて軟着陸した。二年生と明日風、紅葉が手本を示すと一年・三年から称賛が上がり、振付の浸透は順調であった。
東公園—キャッチボールが“居場所”になる瞬間
解散後、青海陽の誘いで朔・悠月・紅葉が東公園へ。陽にとってキャッチボールは朔と共有する私的な“居場所”であり、関係の確かめ直しでもあった。
紅葉の素養発覚—均衡の崩れ
紅葉が投球に適性を見せ、朔と高度なラリーを成立させた。陽は焦燥と嫉妬に突き動かされ、紅葉のグローブを乱暴に取り上げてしまい、そのまま涙をこらえきれず走り去った。紅葉は自責し、場の空気は一時的に凍りついた。
火急の収拾—悠月の指示と朔の受け止め
悠月は紅葉を安心させ、朔には軽く受け止めて後刻の謝罪を受け入れるよう求めた。朔も同意し、事態は深刻化を回避したのである。
翌日—陽と紅葉の雪解け、日常への回帰
陽は朝から朔と紅葉に謝罪し、昼休みにグラウンドでキャッチボールを再開して関係を修復した。放課後、朔と優空が買い出しと朔宅での作り置きを予定しているところへ紅葉が合流を希望し、優空の提案で紅葉と悠月も参加する運びとなった。小さな亀裂は埋め直され、彼らの“居場所”は形を変えつつも継続したのである。
内田優空のささやかな“帰宅”と内省
買い出し後、内田優空は朔の家で自分の椅子を確認し、そこを“居場所”として受け止めた。作り置きの献立を考える時間が、朔の生活予定に自分の名を書き足す行為のように感じられていたのである。
台所の親密さと無自覚な距離感
優空が仕込みを進める最中、朔は袖まくりや味見(きゅうりの一口)をいつもの調子で求め、優空は動揺を抱えつつも応じた。家の空気は馴染み深く、朔はソファで眠りに落ち、優空はその無防備な寝顔に自分だけの“特別な普通”を見出したのである。
七瀬悠月・紅葉の来訪と“料理の主導権”
夕刻、七瀬悠月と紅葉が到着。紅葉は「今日は自分が振る舞いたい」と申し出、優空のエプロンを借りて台所に立った。朔と優空は見守る立場に回り、役割の入れ替わりが静かに起きた。
紅葉の手際と“代替可能性”の恐怖
紅葉は千切りキャベツから魚介の下処理、即興のガーリックシュリンプ、スープと段取り良く進め、朔から即座に「百点」を得た。優空は“自分だけが慣れている台所”という拠り所が揺らぎ、朔が袖をまくる所作や味見の「あーん」が後輩にも共有されうる事実に胸を締め付けられたのである。
言葉の刃―“椅子”に座らないで
紅葉が空いた椅子(優空の椅子)に腰かけようとした瞬間、優空は反射的に「座らないで」と制止した。紅葉は涙をこらえて場を取り繕い、朔も割って入り優空を庇ったが、優空は罪悪感と自己嫌悪に呑まれ、謝意を装いつつ家を飛び出した。
転落と自己告白—“普通”にすがる弱さ
階段で転び膝と掌を擦りむいた優空は、震える呼吸の中で自覚した。自分は“変わらない日常”にしがみつき、恋に向き合う覚悟を避け、都合の良い優しさだけを受け取って居座っていたのだと。望む“普通”は、朔にとっての“特別”にならなければ手に入らない――その痛烈な真実に辿り着いて幕を下ろしたのである。
優空の謝罪と弁当
七瀬悠月は、前夜に内田優空から長文の謝罪を受け取ったことを思い返していた。翌朝の教室では、優空は普段どおりに接し、千歳朔や悠月に手作り弁当を渡した。紅葉の分も含まれており、早朝から用意したものであると察せられた。優空が居場所を大切にしていたことを悠月は痛感した。
紅葉への嘘と屋上への誘導
放課後、悠月は駅前での打ち合わせという嘘を紅葉に告げ、昇降口で紅葉を待ち受けた。紅葉を屋上に誘い出し、ふたりは穏やかな会話を交わしながら時間を過ごした。しかし悠月は腹をくくり、紅葉の真意を確かめるために問いかけを始めた。
紅葉の本性の露呈
悠月は、紅葉が意図的に居場所を乱しているのではないかと問いただした。紅葉は挑発的に応じ、千歳への強い好意を示した。応援団に入る前から千歳を特別に呼んでいた理由を追及されると、紅葉は後輩としての特権を主張し、恋心を隠して接していたと明かした。
恋心と覚悟の告白
紅葉は千歳への想いを一途に語り、ひと目惚れであったと断言した。さらに、無関心よりも嫌われるほうを望むと述べ、愛する相手を傷つける覚悟を口にした。その強さに悠月は圧倒され、恐怖すら覚えた。
悠月の弱点の暴露
紅葉は悠月に対し、千歳との繋がりが一方的な救いに過ぎないと突きつけた。夕湖や優空、陽、西野先輩らがそれぞれ特別な絆を持つ中で、悠月の立場は曖昧であると断罪した。悠月は動揺し、自らの空虚な想いに気づかされてしまった。
紅葉の望みと宣言
紅葉は、みなが互いに譲り合う優しさによって停滞していると語り、自身はその輪に入らないと宣言した。そして春を巻き戻したいと願い、千歳の憂鬱を撃ち抜くと宣言した。雨が降り始める中、悠月は紅葉の強さと執念に圧倒され、彼女に勝てないと悟った。
四章 私の本気
紅葉に敗北した痛み
七瀬悠月は屋上で望紅葉に言葉で圧倒され、完膚なきまでに打ちのめされた。雨に打たれながら悔しさと羞恥に涙し、後輩の真っ直ぐな恋心の強さに己の弱さを突きつけられた。先輩として振る舞ったつもりが、矮小な存在に過ぎなかったと痛感したのである。
停滞の自覚と自己嫌悪
悠月は、自分が千歳朔の隣にいることを当然と考えていたが、実際には現状維持に甘え、停滞を望んでいたに過ぎなかったと理解した。紅葉の覚悟は純粋に恋へ走るものであり、自分はただ怯え、逃げていたのだと気づかされた。
鍵のかかった本気
悠月はこれまで「本気を出さない言い訳」を心の拠りどころにしていた。限界に届かない自分を恐れ、隙を見せずに生きてきた。しかし夕湖や陽との会話を思い返し、ついに自分の奥に隠した力を解き放つ決意を固めた。本当の七瀬悠月を迎えに行く時が来たのである。
東堂舞との激突
バスケ部の練習中、悠月は東堂舞との1on1に挑んだ。開始直後、センターラインの遥か後ろから放ったスリーポイントを沈め、仲間たちを驚愕させた。さらに舞の得意な動きを鏡のように再現し、互角以上に渡り合った。悠月は初めて自分の本気を解放し、舞を相手に臆することなく戦った。
本気の意味
悠月は、これまで逃げていた自分を振り切り、恋もバスケも限界を恐れず挑むと決意した。紅葉に突きつけられた痛みが、本物の自分を引き出したのである。ナンバーワンの東堂を前にしても、七瀬悠月はもう怯えなかった。彼女は“狂おしいほどに愛してやまない女”として、真の姿を示したのだった。
プロローグ ヒーロー見参
失われた季節の悔恨
踏み出せなかった一歩、返せなかったやさしさ、見送ってしまった春を七瀬悠月は胸に抱えていた。過去に縛られた自分を断ち切り、再び走り出す決意を固めたのである。
走り出す決意
スタートラインに立ち、全身に力を込めた悠月は、撃鉄を引くように地を蹴り、周回遅れを巻き返すように走り始めた。迷いや後悔を置き去りにし、ただひとつの望みを叶えるために月へ向かって駆け抜けるのだった。
ヒーローへの誓い
かつて涙を止めてくれた存在のように、停滞を切り裂き憂鬱を撃ち抜こうと心に誓った。そして強く宣言した。――「今度は私が私のヒーローだ」と。
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