物語の概要
ジャンル:
青春ラブコメディである。本作は、スクールカーストの頂点に君臨する男子・千歳朔と、彼を取り巻くヒロインたちの青春模様を瑞々しく描いた群像劇の第5巻である。
内容紹介:
夏休み真っ盛りの藤志高校にて、恒例の2・3年合同勉強合宿が開催される。ながらも、朔と仲間たちにとっては青春のイベントとして楽しむ機会であった。ヒロインたちとの関係がさらに深まり、特に夕湖の心情が大きく動くターニングポイントとも言える巻である。
主要キャラクター
- 千歳 朔(ちとせ さく):本作の主人公にして、クラスのリア充カースト最上位の男子。自然体の魅力と周囲への共感力を併せ持つ存在である。
- 柊 夕湖(ひいらぎ ゆうこ):本巻の中心となるヒロイン。朔への想いをようやく自覚し、一歩踏み出す決意を胸に抱える存在である。物語の特徴
物語の特徴
本巻の魅力は、さりげない日常の描写の中に「恋の自覚」「一歩の勇気」「仲間との絆」が丁寧に折り込まれている点にある。特に「ヒロインたちの心情の変化」が読者に深い共感を呼び起こす。また、夏の描写や合宿シーンに漂うノスタルジックな空気が、作品全体に繊細な味わいを与えている。
書籍情報
千歳くんはラムネ瓶のなか 5
著者:裕夢 氏
イラスト:raemz 氏
レーベル/出版社:ガガガ文庫/小学館
発売開始:2021年4月20日
ISBN:9784094518993
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あらすじ・内容
いつかきっと、この日々を思い出す。
夏休み。藤志高では恒例の、2・3年合同の勉強合宿。
と言っても、2年生の俺たちにとっては、仲間たちと夏のイベントを楽しむいい機会だ。
どこまでも青い空と海。色とりどりの女子の水着。夜、ふたりきりのナイショ話。男だけの温泉回(?)……。
眩しい光景を見つめながら、あるいは目をそらしながら。
俺たちは、こぼれ落ちそうな思い出を、ポケットいっぱいに詰め込んでいく。
――なにかが変わる夏が、賑やかに密やかに、幕を開けた。
感想
読み終えて、まず感じたのは、どうしようもなく青い夏がそこにあったということだ。
これほどまでに、心の奥底を揺さぶられるような作品は、そうそうお目にかかれない。
表紙を飾る夕湖がメインではあるけれど、夏休みという特別な時間の中で、チーム千歳のメンバー全員との関わりが、これまで以上に丁寧に描かれているのが印象的だった。
物語は、二年生と三年生合同の勉強合宿から始まる。
藤志高校では恒例のイベントらしいけれど、千歳たちにとっては、仲間と夏を楽しむ絶好の機会。
青い空と海、色とりどりの水着、夜のナイショ話、そして男だけの温泉回(誰得?w)。
眩しい光景が次々と目に飛び込んでくる。
そんな中で、彼らはこぼれ落ちそうな思い出を、いっぱいに詰め込んでいく。
読み進めるうちに、ところどころに不穏な空気が漂っていることに気づく。
みんな楽しそうにしているけれど、朔への心の変化が、それぞれの胸に秘められている。
だから、これは溜め回かな、と少し油断していた。
しかし、物語はそんな予想を裏切り、ラストで心をグサリと刺してくる。
千歳朔という男は、やはりすごい。
ラブコメの主人公にあるまじき行動をとったり、揺るがぬ意思を見せたりする。
そんな彼の姿に、目が離せなくなる。
そして、ついに「あの子」が動き出す。続きが読みたくてたまらない。次巻が待ち遠しい気持ちでいっぱいだ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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登場キャラクター
主要キャラクター
千歳朔
軽口を多用し、場の空気を動かす存在である。叱責や指摘を通じて他者に気づきを与える一方で、仲間思いの一面を持つ。多くの女子から特別な感情を向けられているが、自身の心情には葛藤を抱えている。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。
・物語内での具体的な行動や成果
夏勉への参加を決断し、友人たちと花火大会や合宿に同行した。青海陽とのキャッチボールや西野明日風との滝遊びなど、複数の少女と特別な時間を共有した。夕湖の告白を受けたが応じず、強い動揺を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
周囲の友人や女子生徒にとって特別な存在として意識され、物語の中心的役割を担っている。
柊夕湖
明るく行動的でありながら、幼少期から特別扱いへの居心地の悪さを抱えてきた。千歳朔と出会い、彼の叱責や支えを通じて恋心を深めた。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。女子バスケットボール部。
・物語内での具体的な行動や成果
夏勉への参加を朔に勧め、花火大会や浴衣の支度を主導した。合宿後に教室で朔へ告白したが、受け入れられなかった。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
仲間から親しみを集める存在であり、告白を通じて自身の感情を明確に示した。
内田優空
面倒見が良く、料理や生活面での支えを担う。冷静な物腰で場を整えることが多い。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。女子バスケットボール部。
・物語内での具体的な行動や成果
千歳宅での食事準備や合宿での料理を担当し、仲間を支えた。浴衣の着付けや水着選びにも関わった。夕暮れの湖では朔に寄り添い、サックス演奏で慰めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
生活面での支援を通じて朔との距離を深め、物語後半で大きな精神的支柱となった。
西野明日風
読書を愛し、落ち着いた雰囲気を持つ先輩である。朔との距離感は特別であり、互いに本を通じた共感を交わす。
・所属組織、地位や役職
藤志高校三年生。
・物語内での具体的な行動や成果
朔を誘い一乗谷で交流した。合宿では勉強を共にし、告白のタイミングについて語り合った。海辺で水着姿を見せ、心のつながりを深めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
朔にとって恋愛対象として強く意識される存在であり、周囲の人間関係にも影響を与えている。
青海陽
真面目で誠実な性格を持ち、野球を通じて朔と強い絆を結んでいる。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。元野球部。
・物語内での具体的な行動や成果
勇気を振り絞って朔宅を訪ね、川辺でキャッチボールを行った。夜のランニングで自身の恋心を整理し、将来的に再度挑むと宣言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
友情と恋心を両立させようとする姿が描かれ、朔に対する重要なライバル的立場を担う。
七瀬悠月
奔放な振る舞いと率直な感情表現を特徴とする。冗談を交えながらも真剣な恋心を隠さない。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。
・物語内での具体的な行動や成果
朔に冗談めかした告白を試み、合宿や花火大会でも距離を縮めた。優空の料理を見て朔の生活に根づく特別を痛感した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
物語を通じて朔への感情を明確に示し、複雑な関係性の一翼を担っている。
浅野海人
真っ直ぐで情に厚く、友人思いの性格である。朔に対しては強い信頼を寄せていた。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。野球部所属。
・物語内での具体的な行動や成果
花火大会や合宿に参加し、朔との友情を確認した。夕湖の告白後には朔を責め、拳を振り上げるほどの激昂を見せた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
友情の破綻を経験し、朔との関係に大きな断絶が生じた。
間宮和希
冷静で落ち着いた性格を持ち、周囲に安心感を与える存在である。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。
・物語内での具体的な行動や成果
合宿中に自身の失恋を淡々と語り、仲間へ影響を与えた。花火大会や夏勉にも積極的に参加した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
恋に区切りをつける姿勢を示し、仲間の在り方に冷静な視点を提供した。
サブキャラクター
柊琴音
柊夕湖の母であり、若くして娘を育ててきた存在である。明るく奔放な性格で、娘と友人の前でも遠慮なく軽口を交わす。
・所属組織、地位や役職
柊夕湖の母。
・物語内での具体的な行動や成果
千歳朔と初対面し、娘との関係をからかいながら会話した。自らの若き日と母親としての葛藤を語り、朔との出会いで娘が他者を大切に考えるようになったことに感謝を示した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
夕湖と朔の関係に間接的な影響を与え、母としての視点から物語を彩った。
蔵セン(岩波蔵之介)
朔たちの学年を担当する教師で、豪放な性格と軽口を特徴とする。
・所属組織、地位や役職
藤志高校教員。愛称は蔵セン。
・物語内での具体的な行動や成果
夏勉の鍵を配布し、軽口を交えつつ生徒たちを見守った。バーベキューや焚き火の場でも進行役を務めた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
生徒の信頼を集め、特に朔たち二年生の夏を支える役割を果たした。
奥野先輩
藤志高校三年生であり、落ち着いた雰囲気を持つ男子生徒である。
・所属組織、地位や役職
藤志高校三年生。
・物語内での具体的な行動や成果
合宿の休憩中、朔に明日風への失恋を語った。もっと早く告白すべきだったと後悔を述べ、朔に「俺みたいになるな」と助言した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
失恋談を通じて朔に時間の重みを意識させ、彼の内面に焦燥と自省を促した。
山崎健太
朔と同級生で、気さくで賑やかな性格である。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。
・物語内での具体的な行動や成果
蛸九での打ち上げや合宿に参加し、男子グループの盛り上げ役を担った。花火大会では甚兵衛姿で登場した。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
大きな決断や恋愛要素には関与せず、仲間として場の雰囲気を支える立場であった。
綾瀬なずな
夕湖の友人であり、買い物や会話を通じて彼女の恋心に助言を与える存在である。
・所属組織、地位や役職
藤志高校二年生。
・物語内での具体的な行動や成果
夕湖から千歳朔への恋の経緯を聞き出し、「好きの理由は些細でよい」と諭した。告白の必要性を説き、夕湖の迷いを和らげた。
・地位の変化、昇進、影響力、特筆事項
夕湖の心情を整理させ、物語における相談役として機能した。
展開まとめ
プロローグ 私のトクベツ
特別という言葉への違和感
語り手は幼少期から特別という言葉に違和感を抱いていた。それは他者と同じ輪に入れない排他性を含んでいるように感じられ、好意的に使われてもいじけた気持ちを抱え、誰とも心を通わせられなかったのである。恋人も親友も持てないまま過ごしてきた。
出会いと心の変化
しかしある時、語り手は初めて自分を特別扱いしない相手に出会った。その人物は偉そうで口が悪く、へらへらしてかっこつけ、悪ぶりながらも女の子には甘く、叱る時には真剣であった。強がりを見せつつも男の子にも優しい顔を向ける存在であった。
特別の意味の転換
その人物と接することで、語り手の透明でぼやけた日常は色づき、苦手であった特別は大好きなトクベツへと変わった。語り手は相手の瞳に自分だけを映してほしいと願い、隣の特等席を自分のものにしたいと望んだ。みんなの特別であっても構わないが、自分はその人にとって唯一のトクベツでありたいと心から願ったのである。
一章 夏休みの日めくりカレンダー
真夜中の孤独とキャラメルの記憶
千歳朔は、退屈な深夜の静けさの中で幼少期に散髪後のご褒美としてもらったミルクキャラメルを思い出し、日々を一粒ずつ確かめるように味わう心持ちを抱いていた。春からの三か月を回想しつつ、明日から始まる長い夏休みを前に、学校のある日々と休日のどちらが自分にとっての“キャラメル”かを思案していたのである。
ラジオの夜と柊夕湖からの電話
FMラジオとジャズが流れる暗い部屋でうたた寝から目覚めた千歳に、柊夕湖から夜十時の電話が入った。体調や様子を気遣うやりとりののち、イヤホンの話題から西野先輩の誕生日プレゼントに言及してしまい、夕湖が不機嫌になる場面もあったが、軽口で流して会話は続いた。
夏期勉強合宿への誘いと即断
夕湖は藤志高の夏期勉強合宿「夏勉」への参加を勧め、千歳は当初消極的であった。しかし夕湖が自分と内田優空の水着を示唆すると、千歳は即座に参加を決めた。ふたりは他愛ない雑談で締めくくり、千歳はこの夏を前向きに過ごそうと気持ちを固めたのである。
終業式と申込書提出
翌日、終業式後のホームルームで岩波蔵之介の長広舌を半ば強引に切り上げ、千歳は夏勉の申込書を提出した。教師の下世話な冗談に応酬しつつも、参加の意思を明確にした。
放課後の打ち上げと蛸九の卓
浅野海人、水篠和希、七瀬悠月、青海陽、内田優空、柊夕湖、山崎健太らと放課後の打ち上げに繰り出し、学校近くの蛸九で食事をした。店のおばちゃんの計らいでジャンボ焼きそばが提供され、軽口が飛び交う賑やかな卓となった。
夏勉の顔ぶれと女子の水着計画
話題は夏勉へと移り、夕湖・優空・千歳だけでなく、和希、涙人、健太、七瀬、陽も参加することが判明した。美咲の引率により女バス組も参加する流れとなり、女子は水着の購入計画やガールズトークへの期待を語った。海人は過剰に反応し、和希と千歳が即座に制した。
花火大会と浴衣の支度
和希の提案で、福井フェニックス花火に皆で行く計画が浮上した。夕湖は浴衣を着ると宣言し、千歳も夕湖から贈られた浴衣を着ることにした。着付けは優空のサポートが約束され、七瀬は千歳が自力で着られることを示しつつ、夕湖を挑発するような物言いで場を沸かせた。
写真に封じた“いま”
盛り上がりの余韻の中、夕湖の提案で記念写真を撮影した。入道雲と古い扇風機が見守る店内で、二年生の現在が一枚に切り取られた。千歳は、この日々は戻らないと自覚し、真夜中も小さな一日も仲間とのやりとりも、そして誰かと自分の気持ちも、キャラメルのように一つずつ確かめて過ごしていこうと静かに決意したのである。
カラオケの余韻と解散
千歳朔たちは蛸九の後に駅前のカラオケでフリータイムいっぱいまで歌い、罰ゲームを交えつつ全員が一度は謎ドリンクを飲む羽目になった。解散後、千歳朔・柊夕湖・内田優空の三人は名残を惜しみながら歩いて帰路についた。
夕暮れの帰路と柊夕湖の決意
夕湖と優空は夏休みの過ごし方を語り、優空は勉強と部活を続ける意志を示した。会話の流れで夕湖は、この夏に一歩踏み出すと宣言し、千歳朔と優空はその心情を理解して静かに受け止めた。
夏休み初日の呼び出し
夏休み初日、千歳朔は西野明日風の電話で早朝に呼び出され、福井駅前で合流した。明日風はアクティブな装いで現れ、ふたりは電車で一乗谷へ向かった。
一乗谷へ――歩きながらの小説談義
無人に近い田園の駅に降り立ったふたりは、一乗滝を目指して歩き始めた。道中、千歳朔は『スタンド・バイ・ミー』を、西野明日風は『黒と茶の幻想』を引き合いに会話を重ね、少年期から続く読書観や近しい距離感を確かめ合った。
宿泊学習の記憶――三角形の椅子と桶
明日風は小学生時代の宿泊学習で、夕陽に染まる浴場に三角形に積まれた椅子と桶を見て誰もそれを崩せなかった不思議な時間を語った。千歳朔は、それを誰かが重ねた一度きりの形として青春に喩え、終わらせたくない時間をきれいな三角形に重ねたのだと解釈した。明日風はこの読みを素敵だと受け止め、ふたりの言葉は穏やかに響き合った。
“カリメロ”の怖さ――知らないことの恐怖
会話は宿泊学習のスタッフのあだ名“カリメロ”へ移り、元ネタを知らなかった千歳朔は奇妙な扮装の男を殺人ピエロのように恐れた記憶を明かした。明日風は「知らないは怖い」とまとめ、同時に二度目の恋は知っているからこそ怖くなる場合もあると含みを持たせた。
一乗滝での戯れと距離
佐々木小次郎像に到着した千歳朔は木の棒でつばめ返しを演じ、明日風と笑い合った。滝に至るとふたりは冷たい水を浴びてはしゃぎ、明日風の頬に千歳朔の手が触れて一瞬だけ甘い空気が生まれたが、千歳朔は自制して滝行に切り替えた。水を掛け合う無邪気なやりとりののち、ふたりは澄んだ空気の中で心身を冷やした。
胸中の自覚――最後の夏休み
戯れの後、千歳朔はこれが自分にとって明日風と過ごせる最後の夏休みであると静かに自覚した。その想いを胸に、滝の水を頭から浴びて熱を鎮め、目の前の時間を確かめるように受け止めた。
東屋での小休止と着替え
千歳朔と西野明日風は滝遊びの後、東屋で体を拭いて一息ついた。明日風は人目を避けて上だけ着替え、千歳朔も濡れたTシャツを替えた。空腹に気づいた千歳朔へ、明日風は用意してきたおむすびと「たくあんの煮たの」を差し出し、二人でゆっくり味わった。明日風は「おむすびも三角形だね」と告げ、先ほどの“青春の三角”の余韻を重ねてみせた。
青海陽の逡巡と電話
翌日夕方、青海陽は千歳朔に電話をかける勇気を絞り、「今日、家に行っていいか」と直球で切り出した。理由はとっ散らかったが、七瀬悠月の助言もあって訪問を決定。身だしなみを整えるために一度七瀬の家へ寄り、手土産を買ってから向かう段取りとなった。
千歳宅の扉の前で
マンションの玄関前で陽は緊張に固まるが、インターホンを押して入室。そこにはエプロン姿の内田優空が立っており、陽と七瀬は思わず声を揃えて驚いた。
二時間前――内田優空との買い出し
実はその少し前、千歳朔は優空とドラッグストア「ゲンキー」で定例の買い出しをしていた。互いの事情に合うかたちで分担しながら日用品や食材を選び、優空は千歳宅用に作り置きと夕食の支度を申し出ていた。これは、一人暮らしを始めた千歳朔を気遣って続いてきた習慣である。
キッチンの主客と食卓の招待
事情を聞いた陽と七瀬は気まずさを覚えるが、優空が「よかったら一緒に」と席を勧める。二人は素直に応じ、優空は手際よく調理を進めた。
居間のぎこちなさと七瀬の采配
調理の間、千歳朔と陽は室内での会話にぎこちなさを見せる。七瀬は気を利かせ、料理が仕上がるまでの三十分ほど二人に外出を提案。千歳朔と陽は揃って了承し、空気を整えるために部屋を出ることにした。
川辺のキャッチボールと進路の本音
千歳朔と青海陽は川沿いで簡易ノックを始め、陽が投げた球を千歳朔が軽く打ち返してリズムを刻んだ。千歳朔は藤志高の野球部に戻る選択も考えたが、一度離れた場所へは戻らず、純粋に「投げる楽しさ」「打つ気持ちよさ」からやり直したいと語った。陽は「見守る」と応じ、互いに隣で走り続けたいという思いを確かめ合った。
七瀬悠月の台所での焦燥
室内では内田優空が手際よく献立を組み立て、枝豆としらすの炊き込みご飯に刻んだカリカリ梅、味噌を塗って焼いた竹田の油揚げ、豚しゃぶサラダ、ふつうの卵焼き、トマトと生姜・白菜・長ねぎの豚汁を次々仕上げていた。七瀬悠月は分量頼りの自分の料理観との違いに圧倒され、千歳朔の生活にすでに降り積もっている「特別」を痛感した。夕湖、西野明日風、優空への嫉妬を呑み込みつつ、「誰よりも理解り合いたい」という願いだけを胸に残した。
四人の食卓と、ぎこちなさの調律
千歳朔・青海陽・七瀬悠月・内田優空で夕食を囲み、千歳朔はさっぱりした豚汁や炊き込みご飯を素直に称えた。陽は洗い物を買って出て優空の助言を受け、千歳朔はベランダで七瀬にサイダーを手渡した。七瀬は冗談めかして別れ話風の比喩を差し込みつつ、「私と付き合ってくださいと言ってみても?」と揺さぶり、千歳朔は「本気なら本気で悩む」と応じた。七瀬は「今日はそれだけでいい」と微笑み、互いの心に片足だけ踏み入れたままの距離をそっと確かめた。
家電量販店での再会と、天真爛漫な母
数日後、千歳朔が100満ボルトでパソコン売り場を眺めていると柊夕湖と遭遇し、さらに母の柊琴音と初対面した。琴音は軽やかな調子で距離を詰め、三人で8番らーめんへ。軽口の応酬の中で「まだ付き合っていない」現在地が改めて示され、千歳朔は娘と母の明るい圧にたじろぎつつも場を保った。
8番らーめんでの邂逅――若き母の素直な告白
千歳朔は柊夕湖・柊琴音と食事に入り、夕湖が席を外す間に琴音から「二十歳で母になった」過去と、娘を年の離れた妹のように感じていた幼い母心を聞いた。琴音は夕湖の“明るさ”が周囲に与える影響――皆が無意識に彼女を特別扱いし、誰かが少し我慢を抱える可能性――を長く案じてきたと明かしつつ、千歳朔と出会ってから夕湖は「大切な人の気持ち」を考えられるように変わったと感謝を述べた。千歳朔は「いられるだけはいる、友達だから」と受け止め、母娘の軽口に交じりながら、ひととき家族の温度に溶け込んだ。
夜の公園――母への敬意と、三か月前の余韻
食後、千歳朔と夕湖は馴染みの公園へ。夕湖は若くして自分に時間を注いだ母への尊敬と感謝を語り、家での千歳朔“武勇伝”を嬉々として繰り返す琴音の様子を伝えた。千歳朔は、健太の件で最後まで見守ってくれた夕湖に改めて礼を述べ、あの場に彼女がいたこと自体が心の制動になったと胸中を整理した。
「遊びに来て」の手前で止まる言葉――“トクベツ”の影
夕湖は「今度は家に来て」と誘いかけ、春の帰り道で交わした「いつか、トクベツなときがきたら」の言葉がふたりのあいだに沈黙をつくる。軽い冗談で流せば戻れるが、千歳朔は薄い慰めを選ばない。夕湖は手を伸ばしかけて握りしめ、「朔には、私が大好きになった朔のままでいてほしい」とだけ告げた。
それぞれの現在地――“ヒーロー”の笑顔で
千歳朔は「当たり前だろ。千歳朔だからな」と応じ、ふたりはわざと大げさに笑い合う。いつまでも続けばと願いながら、いつまでもは続かないことを知っている時間。うまくも、ずるくもなり切れないまま、ふたりは不器用に――誰かの気持ちに、自分の気持ちに――向き合い続けた。
二章 短夜に残した打ち上げ花火
柊夕湖の入学と願い
柊夕湖は藤志高に入学し、教室の空気や級友のまじめさを感じつつ、「心から大切に思える親友」と「好きな人」を見つけたいとひそかに願っていた。幼少期からの特別扱いに居心地の悪さを抱え、ガラス越しの孤独を自覚していたが、高校で“ふつうの青春”を得たいという期待を膨らませていた。
級友との雑談と千歳朔の印象
浅野海人と間宮和希と雑談を交わす中で、海人の奔放さや和希の紳士的な距離感を受け止めつつ、千歳朔を「軽口の多い俺様系」と見なしていた。運動部つながりで接点はあるが、千歳朔とはLINEも交換しておらず、互いを名字呼びのままにしていた。
クラス委員選出での推薦
ロングホームルームで委員長と副委員長を決める場面となり、柊夕湖は新入生代表を務めた内田優空を委員長に推薦した。教室には賛同の拍手が起き、内田優空も一度は応じる姿勢を見せた。
千歳朔の異議と指摘
千歳朔が「よくない」と異を唱え、入学直後で互いを知らぬ段階の推薦は収まりが悪いと指摘したうえで、人気者である柊夕湖の提案が教室に与える“断りづらさ”を具体的に示した。さらに内田優空には「嫌なら嫌そうな顔を」と促し、彼女は「言われる筋合いはない」と反発しつつも本心をにじませた。
夕湖の自覚と感情の噴出
柊夕湖は自らの行為が“断りにくい空気で役目を押しつけた”ことに気づき、その場で内田優空に謝罪した。恥ずかしさと救われた思いがないまぜになり、千歳朔に叱られたことへの歓喜にも近い感情が溢れて涙が止まらなくなった。
朔の収拾と引き受け
教室に野次が飛ぶ中、千歳朔は黒板を叩いて場を制し、「柊夕湖と内田優空を傷つけた責任を取る」として自らクラス委員長を引き受けると宣言した。悪役を買って出る形で空気を収め、矛先を自分に集めた。
夕湖の決意と副委員長就任
柊夕湖は涙を拭い、「朔が委員長なら私が副委員長」と即座に挙手し、副委員長を申し出た。叱ってくれたこと、雑に扱ってくれたこと、そして最後に背負ってくれた姿に心を射抜かれ、千歳朔への恋心をはっきりと自覚した。
高二夏・綾瀬なずなとの会話
一年後の夏、柊夕湖は綾瀬なずなと買い物をしながら、千歳朔を好きになった経緯を語った。夕湖は他の女子たちが朔と築いてきた“特別な理由”に引け目を覚えていたが、なずなは「好きの理由は些細でよい」「自分だけの瞬間を大事にせよ」と断じた。
夕湖の現在地と問い
柊夕湖は“色が変わるほどの瞬間”として朔への恋を再確認し、誰にも負けない想いを抱いて進む決意を固めた。他方で、「皆がそれぞれ自分だけの特別を持ったまま、同じ人を好きになったらどうするのか」という不安も胸に残していた。
喫茶店での会話と告白の迷い
夕湖はなずなと喫茶店で話し、朔への気持ちを打ち明けた。なずなは早く告白すべきだと促したが、夕湖は朔の周囲にいる魅力的な女子たちと比べて自信が持てないと語った。振られて友人関係が壊れるのを恐れる夕湖に、なずなは他の女子が朔に告白する可能性を指摘した。
友人や先輩への嫉妬の想像
夕湖は悠月、西野先輩、陽が朔と付き合った場合を想像し、強い嫉妬や不安に襲われた。悠月との親しさ、西野先輩への憧れ、陽との関わりを思い出し、胸の痛みと自己嫌悪を抱いた。なずなは嫉妬は恋では普通の感情だと諭し、夕湖を笑わせた。
友情と特別な感情の再確認
なずなは誰もが朔に自分だけを見てほしいと願っており、夕湖だけが悩むことではないと語った。そして好きと言えないまま終わるより、伝えて終わる方がよいと告げた。夕湖は自分だけの特別な気持ちを大切にしようと考え直した。
水着選びと友人たちとの交流
数日後、夕湖は内田、悠月、陽と共に水着を選びに出かけた。悠月と意見を交わし、陽には自分の魅力を活かす選び方を助言した。和気あいあいとした時間を過ごし、夕湖は特別扱いしない友人関係に喜びを感じた。
夕暮れの帰路と海人との会話
買い物帰りに夕湖は海人と出会い、共に歩いた。朔や和希と違い、真っ直ぐで誠実な海人の姿に安心感を覚えた。恋のライバルとなった場合の問いに、海人は大切な友人でも勝負すると答え、その姿勢に夕湖は眩しさを感じた。最後に海人が入学式の思い出を口にしたが、詳しくは語らずに別れた。
内田の着付けと母とのやり取り
夕湖は自室で内田に浴衣を着付けてもらった。母は茶菓を運びつつ世間話に加わり、内田の家事力や所作を称えた。内田は入学当初は朔を苦手としていたが、「目の前の人から目を逸らさない」朔の姿勢に触れて関係が変化したと語った。
帯結び「マリーゴールド」と友情の象徴
内田は露草色と勿忘草色を裏表に配した帯で「マリーゴールド結び」を施した。鏡に映る二色の結び目を見た夕湖は、寄り添う二輪の花のようだと感じ、内田への親愛を噛みしめた。
朔宅での合流と優空の浴衣トラブル
夕湖と内田は朔の家へ。夕湖の浴衣に朔は素直に見惚れたが、内田は料理のタレをこぼして浴衣を断念し、花柄ワンピースで合流した。朔は落胆しつつも、次回は浴衣で祭りに行く約束を取り付けた。
内田による朔の着付けと“色気事件”
内田が朔の浴衣を着付ける最中、身体の密着や所作が艶めき、夕湖がやきもちを焼いた。朔は視線を咎められ、内田から「あとでお話があります」と釘を刺された。三人は支度を整え、会場最寄りの東公園へ向かった。
東公園での待ち合わせと男子組
公園にて和希・海人・健太と合流した。海人と健太は甚兵衛姿で気合を入れており、全員で河川敷に向かう段取りを確認した。
七瀬・陽の到着と朔の本音
七瀬は水紋と金魚柄の浴衣で大人びた印象を見せ、朔はその成熟に内心驚いた。陽は朝顔柄の浴衣で現れ、朔は思わず「きれいだ」と本音を漏らし、陽は照れて礼を述べた。陽の装いは七瀬の全面プロデュースで、場は和やかな笑いに包まれた。
河川敷での準備と屋台巡り
河川敷はまだ余裕があり、優空と七瀬がそれぞれレジャーシートを用意した。全員で屋台を回り、りんご飴やたこ焼きを買いながら賑やかに歩いた。朔は仲間それぞれの関係性を眺め、共通点や違いが絡み合っていることを実感した。
浴衣への感想と夕湖の笑顔
海人が朔に誰の浴衣が好みかを問う場面があり、朔は夕湖がきれいだと答えた。夕湖はその言葉に笑顔を見せ、仲間たちのやり取りはさらに盛り上がった。
明日姉からの連絡
朔のもとに明日姉から浴衣姿の写真が届き、続けて「君の浴衣姿も送って」とメッセージが入った。和希がその内容を覗き見して茶化し、夕湖や優空、七瀬、陽も巻き込み、朔は次々と写真を撮られる羽目になった。
七瀬との二人の時間
朔は買い出しに出かけた際、七瀬に誘われて土手へ上がった。七瀬は花火を二人で見たいと告げ、袖口を握った。朔はその気持ちに戸惑い、感情に名前をつけられないまま花火を見上げた。
仲間との再合流と和希の言葉
朔は屋台から戻り、夕湖や七瀬と再び合流した。皆で花火や食べ物を楽しみ、和希が来年は同じように集まれないかもしれないと口にした。花火の終盤、全員が黙って夜空を見上げ、それぞれが夏の一瞬を胸に刻んだ。
三章 波の向こうの切り取り線
夏勉の会場へ移動し、自由度の高い合宿方針と部屋割りが示された
花火大会の数日後、千歳朔たちは大型バスで「休養宿 越前海岸」に到着した。合宿は教師への質問ができる自主勉強会という位置づけで、起床や消灯、服装も含め細かな縛りは少なかった。食事はビュッフェ中心で、三日目には海水浴とバーベキューの計画があった。部屋割りは生徒に委ねられ、朔は和希・海人・健太の四人部屋、夕湖は優空・七瀬・陽との四人部屋となった。朔は鍵を受け取りに行き、蔵センの軽口に応じつつ準備を進めた。
男子部屋で高揚感を共有し、合宿を楽しむ決意を固めた
和室に入ると海人が畳に転がってはしゃぎ、朔と和希は広縁に座って海を眺めながら大人ぶって冗談を交わした。四人は初めての小旅行を前に気分を高め、勉強は真面目に、夜はのんびり楽しむ心づもりを固めた。
広間での勉強開始と西野明日風の合流、二人の勉強の約束
広間で勉強を始めると、朔の前に西野明日風が現れ、四日間のどこかで少しだけ二人で勉強したいと申し出た。朔が了承すると、明日風は友人の席へ戻った。直後に夕湖たちが到着し、夕湖は東京進学の話題に反応しつつ、さーて、勉強するぞーと発破をかけ、全員で学習に集中した。
休憩中のロビーで奥野先輩が失恋を語り、朔は受験と時間の重さを自省した
休憩でロビーに出た朔は奥野先輩と相対し、先輩が明日風に告白して鮮やかに断られた事実を聞いた。先輩は一年の頃から好きだったが、もっと早く告白すべきだったと悔やみ、千歳くんは俺みたいになるなよと笑って締めた。朔は、東京に進む明日風と先輩の距離感、そしてあっというまだよという言葉に、近い未来の自分を重ねて焦燥と自省を抱いた。
夕食と温泉での雑談、恋心の所在が語られ、和希が静かな失恋を明かした
ビュッフェと温泉で一日の疲れを癒やしながら、男四人は旅行の特別さや恋の話を交わした。健太にはまだ明確な相手はおらず、和希は好きな人がいたと述べたうえで、他の男に惚れる彼女の姿に惚れてしまい、その瞬間に自分の恋は終わったと語った。勝ち目はないと悟った和希は自分の気持ちに線を引いたと淡々と述懐し、朔は友の強さに苦笑しつつ複雑な感情を噛みしめた。
合宿到着と部屋割り
花火大会から数日後、千歳朔らは大型バスで「休養宿 越前海岸」に到着し、男子は朔・和希・海人・健太、女子は夕湖・優空・悠月・陽で同室となった。館内は想像以上に整っており、各自が弁当や私服の準備を整えて広間へ向かった。蔵センから鍵を受け取るくだりでは軽口の応酬があり、和やかな始まりであった。
広間での勉強と明日姉の参加
広間では自習が進む中、朔は不意に西野明日風(明日姉)と再会した。明日姉は友人と参加していたが、四日間のうちどこかで二人で勉強したいと朔に頼み、朔は約束した。夕湖は明日姉の参加を知り、東京進学の話題に触れつつ勉強を始めた。
奥野先輩の告白談と朔の焦燥
休憩中、朔は奥野先輩から明日姉への告白が一刀両断で不成立だったと聞かされた。先輩はもっと早く告白すべきだったと悔い、千歳くんは俺みたいになるなと笑って去った。朔はあっというまだよという言葉に、自身の未来を重ねて焦燥を覚えた。
露天風呂の夜談義と和希の恋の線引き
夜、男子四人は温泉で語らい、海人は高校の大集団旅行は卒業後にはないだろうと述べた。話題は恋に及び、和希は好きだった人がいると明かしたうえで、他の男に惚れる彼女を見て惚れたが、その瞬間に自分の恋は終わったと語り、本気で惚れても惚れてはもらえないだろうからこのへんでと心に線を引いた。
女子部屋のナイトタイムと“九頭竜王”動画
風呂後、夕湖・優空・悠月・陽は各自のパジャマでボディケアやコスメ談義を楽しんだ。そこへ男子から“九頭竜王は誰だ”という逆立ち対決動画が届き、朔の挑発に乗った海人の腕立てや、朔の奇襲、和希の三点倒立などの悪ノリに一同が笑い転げた。
ガールズトークの確認と三者三様の答え
女子は恋バナに移り、夕湖が自分はいま朔だと明言したうえで他の三人へ問いかけた。陽はバスケが恋人だと答え、優空は普通に好きと言える相手はいないとし、内田優空もいないと穏やかに断じた。夕湖はみんな枯れすぎと笑いながらも、内心で三人に礼と詫びを抱いた。
悠月の独白と葛藤
部屋を出た七瀬悠月は、自分の答えが嘘ではないが逃げであったと自覚した。千歳は普通に好きではなく大好きで運命だと思っている一方、朔の正妻は私だからねと無邪気に言える夕湖の心を傷つけるのは自分かもしれないと悟り、誰かに本気で恋をするとはこういうことだと胸に刻んだ。
翌朝の“同級生”勉強と告白タイミング論
二日目、朔は明日姉とレストランの海側席で並んで勉強した。二人は互いに東京で買った服を着て、放課後の同級生のようにイヤホンを分け合い曲を聴きながら、告白のタイミングを議論した。好きになってすぐ、相手の好意を確信してから、昂ぶって抑えきれなくなったとき、あるいは他者の告白や別離など状況に追い込まれたときと整理し、残された時間でできるだけ長く多く話をしようと確かめ合った。最後に朔はいまだけは同級生でいよう、席替えはすぐ来ると心中で結んだ。
売店での再会とキーホルダーの交換
千歳朔が明日風との勉強と散歩を終えてロビーに戻ると、柊夕湖と浅野海人に呼び止められ、売店で夕湖の母への土産を選んでいたことを知った。夕湖は朔へのサプライズの品を探しており、朔の提案でパズルピース型の革キーホルダーを互いに選んで贈り合った。夕湖はずっとずっと、忘れないからねと笑い、朔はそれが別れに聞こえたため即答できなかった。
夜のランニングと陽のけじめ
夜、朔が走りに出ると七瀬陽が同行を申し出た。朔は暗い道で車道側を自らに替え、バスケ部の近況や東堂舞の話題を挟みつつ、漁港近くの磯で二人は海に手を浸した。過日の告白で揺れる距離感を互いに自覚し、陽は気にしてほしい、私は恋愛対象の女の子として見てほしい、けれど今はまだけじめをつけたい、いつか本気の勝負を挑むから逃げずに受けてと宣言した。朔は返り討ちにしてやると応じ、二人は再び走り出した。
海人との約束
部屋に戻った朔は、広縁で海人と向き合い、悠月や陽、西野先輩との関係を問われたが、ないよ、まだなんにもと答えた。海人はいつか想いと正面から向き合ってくれと頼み、朔は男の約束として受け入れ、そんときゃ報告すると応じた。
三国サンセットビーチでの海水浴
三日目、朔たちは三国サンセットビーチへ向かい、男子は女子の到着を前に高揚と緊張を隠せなかった。到着した夕湖は黄色のビキニで大胆な編み上げを見せ、朔は鼓動が早くなって死にそうだと述べた。七瀬悠月はネイビーのブラに背中で交差する紐のデザインで艶やかさを強調し、存在が十八禁と評された。陽はオフショルダーのフリル付きで健康的な肌を見せ、朔はかわいいぞ、陽と率直に伝えた。内田優空はレトロ柄にパレオを合わせ、仕草の拍子に太ももやDカップの輪郭がのぞき、朔や男子たちは動揺して瞑想するように視線を落とした。女子が海へ向かった後、朔は動揺を鎮めるため砂浜を歩いた。
明日風が海に現れ、水着姿を最初に朔へ見せた出来事
朔がひとりで海辺を歩いていると、明日風がラッシュガード姿で合流した。彼女は友人とは別に、朔と高校生同士のうちに海を見たくてひとりで来たと述べ、ラッシュガードを脱いで白の水着を披露した。朔がとてもきれいだよと率直に評すると、明日風は来てよかったと満面の笑みを見せ、ふたりは波打ち際で水を蹴って過ごしたのち、彼女は次のバスでホテルに戻る段取りで更衣室へ向かった。
優空が迷子の女の子と出会い、朔と協力して両親に引き渡した出来事
朔は帰途で優空と迷子の女の子ちぃに遭遇した。交番が近いか不明な状況のため、まず名前や状況を確認し、朔は腕の力こぶをらくだに見立てる遊びで泣き止ませたうえ、優空と三人で手をつなぎ、きらきらぼしを大声で歌いながら親を探す方法を取った。ほどなく両親が駆け寄り、事情説明と礼を受け、別れ際にふたりは貝殻を贈られた。歩きながら優空は朔の機転を評価し、朔は優空の水着が似合っているとだけ伝えた。
スイカ割りの開始と夕湖のドタバタ
テントへ戻ると全員が集まり、蔵センが置いていったスイカと木刀、手ぬぐいでスイカ割りをすることになった。初挑戦の夕湖が志願し、目隠しとぐるぐるバット十秒ののち、仲間たちの虚実入り混じる誘導の末に波打ち際で転倒した。優空は圧に抗しきれず誤誘導を謝ったが、ふたりは水をかけ合い、きゃっきゃとはしゃぐ様子に男子四人は尊いと声を揃えた。
朔へのドッキリと砂埋めの顛末
次に朔が挑戦することになり、目隠しを固く結ばれ、海人の提案で三十秒のぐるぐるバットを課せられた。朔はふらついて尻もちをついたところを、海人・和希・健太に抱えられて事前に掘っておいた大穴に運ばれ、砂で全身を埋められるドッキリを受けた。手ぬぐいが外れると、優空が背中は痛くないかと気遣い、和希は帰りが遅い朔に備えて穴を掘っていたと明かした。夕湖はどっきり大成功と笑い、七瀬と陽は胸の造形をモデルにした砂像でさらに茶化し、朔はもうどうにでもなれという体で応じた。
海辺の休憩と夕湖の撮影願望
朔は遠泳対決で消耗し、テントで横になって休んでいた。そこへ夕湖が転がり込み、仰向けの朔に近づいてインカメラで撮影したいと伝えた。朔が応じて外に出ると、夕湖は今日の朔を今日のうちにたくさん残したいと述べ、ふたりは撮影を始めた。朔は旅行の時間の儚さを感じていたが、夕湖の切実さを受け取り行動を共にした。
夏を刻む連続撮影と集合写真
朔と夕湖はパラソル、波打ち際、海の家などで写真を重ね、健太や優空、陽、和希、七瀬を巻き込みながら思い出を切り取っていった。夕暮れ時には通りすがりの女性に頼んで全員で集合写真を撮影し、高二の夏が色あせないように保存されていくと朔は感じた。こうして海の時間を締めくくり、ホテルへ戻った。
キャンプ場でのバーベキュー開始
キャンプ場では蔵センの指示でコンロや食材を受け取り、朔が火起こしを担当した。炭が熾ると優空が焼き担当となり、即席のネギ塩を用意して段取りよく配膳した。夕湖や陽は食べる側に回り、七瀬は頃合いで交代を見計らうなど、各人の役割が自然に分かれたため、調理は円滑に進んだ。
七瀬と和希談義が引き起こした朔の自己認識
朔は七瀬と並んで肉を頬張り、ふたりで味を称えた。七瀬が和希と語らった内容を楽しげに語ると、朔は胸のもやつきを自覚し、単純な嫉妬と自己嫌悪に気づいた。朔は場を離れて気持ちを水に流し、いま向き合うべきではないと判断して感情を一時封印したのち、戻って軽口で空気を整え、七瀬とも冗談を交わして雰囲気を回復させた。
配膳の連携と「あーん」を巡る騒ぎ
焼き番の優空は自分は後で食べると述べて調理に専念した。朔はその働きぶりに配慮し、タン塩やカルビ、野菜を優空に食べさせた。この親密な光景に夕湖や陽が強く反応し、七瀬はため息で応じ、男子はにやにやと見守った。和希が茶化すと、優空は食べ物で遊ばないと一喝し、場は笑いに包まれた。
焚き火のそばで交差した大人の言葉
朔が焚き火の輪に加わると、蔵センと明日姉がいた。蔵センはふたりの進展を冗談めかして探り、明日姉の父・西野の親ばかな発言を伝えたうえで、物事には折り目があり、それは自分たち以外からもつけられると示唆した。この言葉は朔と明日姉に余韻を残しつつ、仲間の合流で会話は途切れた。
焚き火を囲む時間の共有
仲間が焚き火台の周りに集まり、薪をくべ、火の匂いと揺らめく炎を楽しんだ。陽ははしゃいで薪を足し、明日姉も焚き火を所望した。朔は夕湖を呼び、薪運びを共にし、めらめらと燃える火が全員の影を揺らすなか、最後の夜の時間が穏やかに流れていった。
海を望む夜の語らいと夕湖の内省
片付け後、夕湖は朔を誘い、海を望むベンチでただ話す時間を求めた。朔は夏勉へ誘ってくれたことに礼を述べ、もし不参加なら後悔していたと打ち明けた。夕湖は嬉しさを噛みしめつつ、朔が変化してきた過程を回想し、自分が惚れた理由の確かさを再確認した。そのうえで、朔に知らない景色を見せてくれる存在であり続けたいと思いつつ、誰かの気持ちと自分の気持ちに向き合う必要を悟った。
四章 夕暮れの湖
バスでの帰路と学校到着
合宿を終えた一行はバスで藤志高校へ戻った。夕湖は朔の肩にもたれて眠り、朔は夏の出来事を思い返しながらまどろんでいた。到着後、蔵センの解散の声を受け、夕湖は教室に寄りたいと皆に同行を求め、全員で向かった。
教室での再会と空気の変化
教室に入ると、夏休みの空白によるよそよそしさが漂った。四か月の濃密さを語り合いながら場が和んだのち、夕湖は教壇に上がり、いまから朔に告白すると宣言した。場の冗談めいた空気は静まり、夕湖の真剣な眼差しが教室を染めた。
夕湖が恋の起点を語り告白した
夕湖は一年時の委員長決めのホームルームを持ち出し、朔の言葉に恋をしたと明かした。以後、名を呼び合う喜びや叱られる幸福まで積み重なった心情を述べ、朔のことが好き、大好きです、私をあなたの特別にしてくださいと告げた。朔は彼女が今日でなければならない覚悟に気づき、言葉を失った。
朔の内的葛藤と選択
朔は夕湖、陽、優空、和希、海人、明日姉らへの想いと約束、そして背負える荷物の限界を思い出し、心を裂かれる痛みに耐えながら正直に答える決意を固めた。朔は夕湖の多くを好きだと認めつつ、夕湖の気持ちには応えられない、心には他の女の子がいると笑って告げた。
夕湖の明るい受け止めと崩れ落ちる涙
夕湖はだよねーと明るく受け流して教室を出ようとしたが、扉の前で足を止め、朔じゃなきゃやだなぁと言いながら泣き崩れた。彼女の明朗さと本音の断層が露わになり、教室の空気は張り詰めた。
海人の激昂と和希の静止
海人は朔を床に押し倒し、夕湖を幸せにしろと激昂した。朔が否を貫くとさらに拳を上げたが、和希がそれを掴んで制した。海人は朔の軽口の否定、男の約束への失望、そして託してきた信頼の破綻を叫んだ。
夕湖の制止とそれぞれの立場
夕湖は好きな人にしか優しくしちゃいけないなら友達はできない、優しくしてくれた朔が悪いとは思わないと海人を制し、自らの未達を引き受けた。和希は朔をかばわず、こうなることは最初から分かっていたと述べた。陽は堪えるように拳を握り、優空は静かに見守った。
別れの挨拶
海人が朔から退き、朔は荷を取り夕湖とは反対側の扉へ向かった。振り返った朔は、ばいばいみんな、また二学期になと言い残して教室を去った。
千歳朔の動揺と自己嫌悪
千歳朔は学校を飛び出した後、公園で放心しつつ自分の顔を殴られた痕を確かめ、罪悪感と自己嫌悪に苛まれていた。夏勉の日々を思い返しながらも、それらが二度と戻らない現実を受け入れざるを得ず、自分の弱さを戒めて前を向こうとした。
優空との再会
そのとき優空が現れ、夕暮れの中で微笑みながら朔に声をかけた。彼女は教室を出た朔を追いかけてきたことが窺え、息を整えながらも穏やかに言葉を続けた。優空はみんなと過ごす時間を大切に思っていたが、もし選ばなければならないときが来たら、自分の一番を選ぶと決めていたと告げた。そして、朔が孤独に沈んでいるなら誰よりも隣にいると約束した。
サックス演奏と朔の涙
優空は河川敷に朔を連れて行き、サックスを取り出して演奏を始めた。夕暮れの景色の中、力強く響く音色は朔の嗚咽をかき消すように広がり、彼は幼子のように顔を埋めて泣き続けた。演奏は彼の心の痛みを包み込み、涙を流す時間を与えるものであった。
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