物語の概要
ライトノベルジャンルの異世界ファンタジーである。本作は第11回ネット小説大賞受賞作の第5巻にあたり、商人として才覚を発揮する令嬢・サラが、狩猟大会という舞台で自らの商品をPRしつつ、情報力と資金力を駆使して権力者たちに対抗する姿を描く。彼女は広告塔に小侯爵一家を起用し、ブランデーやシードルを大ヒットさせる。しかし、それによって平民を見下す者が増加し、さらには貴族や他国の王太子までもが彼女に接近。サラは巧妙な商策をめぐらせ、情報操作や経済的譲歩によって相手を制し、自らの存在感を際立たせていく。
主要キャラクター
- サラ:前世が商社で働いていた記憶を持つ異世界転生者。商才に長け、自立と成功を強く望む令嬢。
物語の特徴
- 経済×情報戦の異色バトル:力ではなく資金力と情報操作によって、相手を揺さぶる商人令嬢の戦いが痛快で独特。
- ビジネス戦略の妙:狩猟大会での商品PR、食糧危機を突いた小麦の権利譲渡など、“金”と“情報”を武器にした展開が際立つ。
- 痛快復讐劇×成長譚:貴族に虐げられてきた令嬢が、自分の手で成功と尊敬を勝ち取っていく爽快な成長を見ることができる。
書籍情報
商人令嬢はお金の力で無双する5
著者:西崎ありす 氏
イラスト:フルーツパンチ 氏
出版社:TOブックス
発売日:2025年7月15日
ISBN:9784867946299
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あらすじ・内容
コミックス一巻同日発売!
書き下ろし番外編巻末収録!
いよいよ要人が集まる狩猟大会が開幕し、商品をPRすべくサラは奔走していた。広告塔として小侯爵一家を使う戦略もハマり、ブランデーやシードルが大評判を呼んだはいいが……平民の身分を見下して取り入ろうとする輩まで激増!? ぽっと出の商人と侮った自国の貴族や、他国の王太子にまで強引に迫られてしまう。顧客の手前、さすがの商人令嬢も黙……るわけなかった! 「お客様について調べないとでも?」とばかりに、食糧難の弱みを抱える隣国には買い占めた小麦の権利をちらつかせ、妻になれと迫る侯爵令息には賭博の証拠をプレゼント。底知れない情報力と資金力を見せつけ――?
「商人への喧嘩は高くつくわよ?」
やり手少女の荒稼ぎファンタジー第五弾!
感想
読了し、まず感じたのは、サラを中心に家族の絆が深まっていることであった。
特に印象的だったのは、序盤でサラを虐めていた従兄姉たち(復讐済み)の才能が開花していく描写だった。
貴族という身分の柵から解放されたことで、彼らがそれぞれの才能を開花させ始める姿は、読んでいて心が温まった。
ただ、長男だけは少し心配だったのだが、最後の外伝で親友を得て成長していく様子を見て、安心した。
彼はもう大丈夫だ、と確信できた。
物語が進むにつれて、サラの商才はますます磨きがかかっていった。
狩猟大会での活躍は目覚ましく、ブランデーやシードルは評判を呼ぶ。
しかし、その成功ゆえに、平民を見下す貴族や、他国の王太子からの横暴な命令など、様々な問題に巻き込まれてしまう。
それでも、サラは持ち前の機転と人脈を駆使し、困難を乗り越えていく。
ただ、隣国の王太子がサラを自国に連れ帰ろうとする展開は、少し気がかりだった。
サラが断っても、王太子の騎士が力で強引に連れて行こうとするかもしれない。
いくらお金があっても、地位の高い者が力ずくで奪おうとしたら、どうしようもないのではないか、と不安になった。
今のサラは、まだ完全な「無双」状態とは言えないのかもしれない。
しかし、彼女の金袋の重量は着実に増している。
今後の展開で、サラがどのようにしてこの危機を乗り越え、真の「無双」を成し遂げるのか、非常に楽しみである。
全体を通して、本作は、サラの成長と、彼女を取り巻く人々の変化を描いた、心温まる物語であると感じた。
彼女の商才だけでなく、人間関係を築き、困難に立ち向かう姿に、勇気をもらえる作品だった。
次巻では、サラが小麦を使ってどのような活躍を見せてくれるのか、期待に胸が膨らむ。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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展開まとめ
プロローグ
早朝の騒動と従兄たちとのやりとり
サラは早朝、従兄のアダムとクリストファーに叩き起こされた。彼らはチェスで遊ぶことを望んで訪れたが、マナーを弁えない行動に対してサラは厳しくたしなめた。魔法で髪を切ることで彼らを黙らせ、きちんと挨拶をさせたうえで、勉強を終えなければ遊ばせないと条件を出した。アダムは勉強嫌いで家庭教師を解雇していたため、滞在中は別の家庭教師の下で他の子供たちと共に学ぶことを命じられた。
魔力と教育、サラの資質
サラは二人の魔力の未熟さを指摘し、訓練の必要性を説いた。彼女自身はドラゴン級の魔力を有しながら、それを自覚せずに日常で行使している節があった。ゴーレムバトルや魔法システムの応用可能性にも無自覚であったが、もし彼女が本気で怒った場合の影響の大きさが示唆された。妖精たちは彼女の力を理解し、身の危険よりもストレスを心配しているに過ぎなかった。
日常の装いと服飾事情
身支度を終えたサラは、自身の着ているドレスが普段着とは思えぬ豪華さであることに気づいた。その服は子供のデザインを基に織物職人と染色職人が手掛けた特注品であった。可愛らしい服は嫌いではないが、TPOに応じた服装の必要性を感じていた。メイドたちはライバル意識を燃やし、可愛い服ばかりを揃えている様子であった。サラはそれを不思議に思いつつ、朝食の場へ向かった。
話題にしないことと知らないことは違う
魔力回復と子供たちの変化
朝食の席では、前日に魔力を使い果たして倒れた大人たちが、異常なほどの早さで魔力が回復したことに驚きを共有していた。サラは自分には心当たりがないとしながらも、従兄弟であるアダムとクリストファーの様子から、全員が同じように回復しているわけではないことを確認した。サラは、二人が再び倒れるのを防ぐため、勉強後の魔道具使用を条件にした。これをきっかけに、学ぶことに消極的だった子供たちの態度が変化し、特にクリストファーは積極的に学ぶ意思を見せ始めた。
トマス教師と学力の比較
サラは、学びの場をスコットやブレイズと共有させることを提案した。スコットとブレイズはともに火属性の魔法を持ち、優秀な元王宮文官であるトマスを家庭教師としていた。エリザベスは出自に対する偏見をにじませたが、サラはそれを否定し、能力の差を根拠にアダムが勝てないと断言した。エリザベスはトマスに対する強い関心を見せ、その過去を知る立場として慎重な言動を求められた。
剣術指南と血統主義の批判
アダムはジェフリー卿に剣術を習えることに喜んだが、平民への偏見を露わにした発言に対し、サラは厳しく反論した。血統に頼る姿勢を戒め、努力や成果によって価値が決まることを諭した。クリストファーは自らの意志を初めて口にし、サラのもとで何かを学びたいという意欲を示した。クロエもまた、姉としての立場からアダムの言動に苦言を呈し、彼の評価が社交界で下がっている現実を指摘した。
デザインの才能と経済的思考
クロエは、ソフィア商会で扱うドレスのデザインに関心を示し、その少年デザイナーの才能を守るため、安易な工房入りを避けるべきだと主張した。さらに、クロエは自身をモデルとして商品の販促に協力する見返りに、ドレスの提供を要求した。この提案は、ビジネス感覚を含み、虚栄心ではなく相互利益を見据えたものであった。サラはこの案を了承し、商会への貢献を前提にした条件を付けた。
家計問題と家族のすれ違い
クロエは父エドワードが急に買い物を控えるよう命じた理由を知りたがり、不安を抱いていた。グランチェスター侯爵ウィリアムはその感情を理解せず、家長の命令に従うべきだと主張したが、サラはそれが女性の立場を無視した論理であることを指摘した。サラとクロエは、家族として事情を共有する重要性を説き、クロエは自身の役割を理解しようとする姿勢を見せた。
クロエの成長と謝罪
クロエは経済感覚を持ち、ドレスの予算管理や会計への関心を明かしたが、それに反発したエリザベスと対立した。クロエは自身の発言の過激さに気付きながらも、家族の未来を思って行動していることを主張した。その後、グランチェスター侯爵に対して以前の不敬な発言を謝罪し、許された。侯爵はクロエの言動に母親譲りの強かさを見出しながらも、商才と発言力に感心していた。
貴族的教育とドレス製作の展望
クロエの助言で、少年デザイナーをグランチェスター城の服飾係に弟子入りさせる案が浮上した。服飾係の役割や技術背景をクロエが説明し、サラはその知識に感心した。また、クロエ自身も勉学に意欲を見せ、会計の基礎を学ぶことを決意した。一方でエドワードは娘の言動に困惑し、エリザベスもその態度を叱責したが、サラはクロエをかばい、女性も経済知識を持つべきだと主張した。
本音の告白と親子の断絶
クロエは、エリザベスがサラを非難したことをきっかけに強い言葉で母を責めた。サラの善意を当然視する姿勢を非難し、自身が誇りに思っていた母を恥じたことを明かした。エリザベスは傷つき、席を立って去った。サラはクロエに本心を伝えるよう勧め、彼女も母に想いを伝えるために行動を起こした。
将来の去就と新たな決意
クリストファーはサラがグランチェスター領を離れる可能性を不安に感じていた。サラはその決断が今後の状況次第であると答えた。彼の真剣な表情から、サラは今後の人間関係の変化を予感した。クリストファーは自分の意思で学び、サラとともに多くを体験したいという気持ちを明確にした。クロエも成長を見せ、学びと実践の両面で自分の立場を模索し始めていた。
憧れの貴婦人一SIDE エリザベスー
傷心の涙と理想の女性像
エリザベスは娘クロエとの口論に深く傷つき、部屋に籠って一人涙を流した。彼女にとって理想の貴婦人とは、亡きグランチェスター侯爵夫人エレオノーラであり、幼少期からその優雅さと気品に憧れて努力を重ねてきた。社交界で人々の注目を集めるエレオノーラのようになりたいと願い、常にその背を追い続けていた。
初めての出会いと不遇の少女時代
エリザベスは騎士爵の娘として育ち、伯爵令嬢たちに疎まれ、イジメを受けることもあった。お茶会での嫌がらせにより大切なドレスを台無しにされた際、偶然出会ったアーサーの騎士ごっこに巻き込まれ、兄エドワードを木剣で負傷させるという騒動が起きた。負傷したエドワードを介抱したエリザベスの行動は、エレオノーラの目にも留まり、彼女の好意を得るきっかけとなった。
少女の知恵と巧妙な立ち回り
その後、エリザベスは三公子の一人として人気を博するアーサーを利用して、自身へのイジメを阻止する策を講じるようになった。彼女の計略により、イジメを行った令嬢たちは評判を落とし、次第にエリザベスに近づかなくなった。この立ち回りもエレオノーラには見抜かれていたが、彼女は非難することなく「痛快」と称賛した。
身分の昇格と新たな立場
十三歳で周囲の敵意を退けたエリザベスは、十四歳の時に疫病により伯父が没したことでロッシュ家の伯爵令嬢となり、正式に社交界にデビューした。彼女に嫌味を言っていた令嬢たちが頭を下げるようになったが、エレオノーラからはかつての自分を忘れないようにと諭された。以後、エリザベスは慈善事業に取り組み、貴族女性としての教養を磨いていくこととなった。
婚姻とその後の歩み
エドワードと接する機会が増えるも、彼との距離を感じていたエリザベスは、名門であるグランチェスター家の嫁にはなれないと諦めていた。しかし、エレオノーラの強い意志により、エドワードの妻として迎えられることが決まる。二人はエドワードの卒業とともに結婚し、エリザベスは小侯爵夫人としての人生を歩み始めた。エレオノーラの死後も彼女の教えを守り続け、十五年にわたって家を支え、社交界での地位を築いてきた。
理想の継承と気付かなかった真意
エリザベスはエレオノーラのようにあろうと努め続けた。しかし、その言葉の本当の意味、すなわち「貴族婦人の品位」と「美しい生き方」が何を指すのかについて、真に向き合ったことは一度もなかった。表面的な模倣と形式の維持に努める一方で、言葉の奥にある思慮深さや柔軟な姿勢には、ついに気付かぬままでいた。
美しい生き方
エリザベスの悲しみとクロエの謝罪
深く傷ついたエリザベスは私室に籠もり、激しく涙を流していた。そこへ夫エドワードと娘クロエが現れ、クロエは涙ながらに自分の発言を詫びた。クロエは自らの意志で謝罪に来たと告げ、母を嫌いになったわけではないと訴えた。エリザベスは義母エレオノーラの遺言を守ろうと努力してきたが、自分の生き方が否定されたと感じていた。
義母エレオノーラの真意の再考
エレオノーラから「美しい生き方」を遺されたエリザベスとエドワードは、その意味について改めて話し合った。エリザベスは「秩序と夫への従順、美しい振る舞い」だと理解していたが、エドワードの記憶ではエレオノーラは厳しく、貴族としての義務と誇りを重んじる強い女性であった。クロエは祖母の理想とする「美しさ」が、身分を盾にした理不尽を嫌い、品性と責任を伴うノブレス・オブリージュに基づいていたのではないかと指摘した。
サラとの関係と家族の和解
エリザベスは自身がサラに対してかつて自分が受けた仕打ちを繰り返してしまったことに気付き、クロエに抱きついて泣いた。エドワードもまた、自分が正しく導けなかったことを認めた。クロエは、謝罪しても許されないことがあると自覚しながらも、サラの寛大さに感謝していた。そして、クロエはサラと共に会計の勉強をしたいと願い出て、両親はこれを許可したが、淑女としての判断も忘れないよう釘を刺した。
サラの強さと制御への自覚
一方、サラは母レベッカから厳しく叱責されていた。暴走を咎められ、自身の力を制御することの重要性を諭されたサラは、自分が八歳の子供でありながらも、知識と魔力が大人以上であることに改めて向き合った。レベッカは、サラには自分らしさを保ってほしいと願いつつも、心の余裕を持ち、力を扱う覚悟を持つよう求めた。
矛盾と大人の在り方
サラは前世の経験から「大人」とは何かを考え、自分が大人を演じていただけだったことに気付いていた。レベッカもまた、自らが大人になり切れていないことを認め、無理にどちらかの立場に立とうとせず、自分のままで生きる大切さを説いた。子供も大人の駆け引きに巻き込まれる社会において、自己理解と自制が不可欠であることを共有した。
特別な存在としての自覚
狩猟大会を控え、レベッカはサラが能力を隠しきれない存在であると認めた。そこでサラの特別さを逆に利用し、社交界における立場を明確にして縁談を防ぐという方針を示した。サラはその意味をすぐに理解し、経済的影響力で圧力を跳ね返すという手段を想起した。サラの能力と商才が、今後の彼女の武器となることは明白であった。
騎士団本部にて
狩猟大会の準備と警備体制の確認
グランチェスター侯爵は朝食後、騎士団本部を訪れ、団長ジェフリーに狩猟大会の参加者名簿と宿泊場所のリストを渡した。今回の大会にはロイセンの王太子とアンドリュー王子が共に行動する予定であり、領内視察の予定は直前で変更の可能性もあるため、警備体制の再確認が求められた。ジェフリーは即座に副官に指示を出し、体制の見直しに着手した。
アダムの剣術とサラの実力
侯爵は狩猟大会後にアダムの剣術をジェフリーに見てもらいたいと依頼した。アダム自身がジェフリーに師事したがっていたことや、サラたちと一緒に稽古を希望していることも説明された。しかしジェフリーは、サラと剣術を共にすることがアダムにとって劣等感を助長するだけではないかと懸念を示した。侯爵はそれを「良い薬」とし、サラへの挑発的な態度を改めさせる機会と考えていた。
サラの戦闘能力と懸念
サラの戦闘能力について、ジェフリーはスコットすら敵ではなく、実戦経験のある護衛のダニエルとも互角であると評した。体力が付けば、さらに強大な存在になることが予測された。侯爵もサラと立ち合ってみたいと述べたが、ジェフリーは年齢による無理を皮肉交じりに戒めた。唯一の弱点は「キレやすい性格」であり、王室や他国との摩擦の火種になりかねないことが懸念されていた。
グランチェスターの立場と覚悟
侯爵とジェフリーは、サラの能力は遅かれ早かれ隠しきれなくなると理解していた。仮に王室から理不尽な要求を受けた場合には、グランチェスター家は王室を敵に回してでもサラを守る覚悟があると明言された。彼女の勝利が確実であるからこそ、その側に立つことは合理的な判断だとされ、アダムがその事実を理解できなければ、家の将来すら危うくなると侯爵は語った。
他国の動きと狩猟大会への警戒
ジェフリーは他国の動きに言及し、沿岸連合ロンバルの商会がグランチェスター家の手形を買い漁り、エドワードに多額の資金を貸し付けていたことを懸念した。さらに、ロイセンの王太子の妃がロンバル出身であり、過去の暴動にもロイセンの関与が見られたことから、背景に何らかの意図がある可能性が示唆された。しかし、現段階では判断材料が不足しており、侯爵も決め手に欠けるとした。とはいえ、王太子の滞在により緊張が高まるため、警備を一層強化すべきと結論付けられた。
怠惰な弟と残念な兄
サラの影響と後継者問題への危機感
クリストファーはアダムを宥めて勉強に引き出す役目に気が重くなっていた。理由はサラの圧倒的な存在感と実力であり、このままアダムが無策で拗ね続ければ、後継者の座が危うくなることを本能的に察していた。サラが跡を継ぐ意志を見せればそれで済むが、そうならない場合はクリストファーにその役目が回ってくる可能性があった。
怠惰と賢さの同居
クリストファーは基本的に怠惰で、面倒を避けて生きることを望んでいた。しかし「楽しいこと」に対しては努力を惜しまず、特にチェスには高い興味と能力を持っていた。数学や語学にも一定の理解を持ち、実は優秀だったが、それを意図的に隠していた。兄アダムとの過去の出来事がその一因であり、クリストファーは自身の知識がアダムを傷つけたことを悔やんでいた。
家庭内の偏重と自己防衛
かつてアダムの問題を助けたことで褒められたものの、大人たちの不用意な比較により兄が傷ついた姿を目の当たりにし、以後は優秀さを封じ込めるようになった。エリザベスの関心は常に長男アダムと娘クロエに向けられ、祖父や父親も特段の干渉をしなかったため、クリストファーは自由に立ち回っていた。彼にとって唯一の情緒的な支えは乳母アンナであり、アンナは彼の非を厳しく叱った存在でもあった。
過去の過ちと変化の兆し
サラの過去の事件において、クリストファーは黙認という選択をした。事故として処理されることを期待し、責任を免れようとした彼は、自身の卑怯さを自覚していた。だが、サラが報復することなく立ち去ったことで、彼の心に変化が生じた。サラの取り組む事柄の面白さに惹かれたこともあり、彼女と関わりを持ち続けるためにアダムの廃嫡を回避せねばならないと考えるようになった。
残念な兄との対話と決断
クリストファーは部屋に籠るアダムを訪れ、現実を突きつけた。サラの能力、財力、立場、そして兄弟たちの評価の変化を冷静に説明し、アダムに廃嫡の危機を認識させた。だがアダムは、自分が婿になれば問題ないなどと見当違いの発言を繰り返し、クリストファーを呆れさせた。最終的には嫁が来なくなるという指摘に動揺し、勉強に向かう決意を示した。こうしてクリストファーは、面倒事を回避するために兄を動かすことに成功したのである。
煽りに弱いタイプ
教育場所の選定と乙女の塔への移動
サラは、勉強場所を乙女の塔に決定した。その理由は、女性たちの集落からサンプルが届く予定があること、相談すべき相手が塔にいること、そしてトマスを侍女たちから隔離するためであった。今回の移動にはクロエのガヴァネス、ジェイン夫人も同行することとなり、馬車での移動が選ばれた。子供たちはそれぞれ馬で塔へ向かい、到着後は事前に準備された学習環境が整えられていた。
学力テストとアダムの惨敗
サラは全員に進捗度を測るテストを実施し、ブレイズ、スコット、クリストファーらが高得点を記録したのに対し、アダムは最下位であり、その成績は深刻なものであった。サラはアダムにチェスの権利を剥奪し、成績の悪さに驚愕した。トマスによる講評では、アダムの答案には落書きがあり、学力はアカデミー合格に到底届かないレベルであると断じられた。
家族と周囲の反応
クロエ、クリストファー、そしてサラはアダムの将来に対し厳しい意見を口にし、領主の資格を疑問視した。サラがアダムとの結婚を拒絶すると、レベッカもこれに同意し、他の男子生徒らも黙ってサラを支持した。侯爵が登場すると、アダムに対し廃嫡を示唆し、代替としてスコットや他の候補を挙げるなど、次世代の後継問題を公然と論じた。
サラの異例の支援と侯爵の策略
アダムを徹底的に否定する中、サラは意外にも彼を支援すると発言し、次のアカデミー入試までの猶予を求めた。だが、その背後には侯爵の策略があり、サラを煽ってアダムの指導責任を押し付けようとしていたことが明らかとなった。レベッカはそれを看破し、サラは思わず策略に乗ってしまったことを悔やんだ。
煽られたアダムと周囲の辛辣な評価
侯爵の煽りとサラの発言により、アダムはアカデミー合格を誓ったが、クロエやサラ、クリストファーからの容赦ない言葉が続いた。特に容姿を取り上げて自惚れるアダムに対し、クロエは実の妹ながら辛辣な評価を下し、サラはその態度にドン引きして距離を置いた。こうしてアダムは、完全に煽りに弱く自意識過剰な残念な令息として描かれ、勉学と人格の双方において厳しい立場に立たされたのである。
コーデリアの授業
アダムの学力の問題とコーデリアの登場
アダムの学力不足が深刻であることが明らかとなり、トマスもどこから手を付けるべきか判断しかねていた。そこにコーデリアが登場し、アダムの答案を確認。落書きに対しても柔らかく対応しつつ、アダムの問題点がアヴァロン語の読み書き能力にあると指摘した。文章題への理解力が乏しく、特に引っ掛け問題に弱いことが判明し、本人も自覚しながら悔しがった。
子供たちの知的好奇心と教育技術
コーデリアは巧妙な文章題で子供たちを引き込み、ゲーム感覚で勉強を楽しませた。特にアダムは煽られると意欲を見せる性格で、積極的に問題に取り組むようになった。クロエやブレイズも間違いを繰り返すうちに慎重になり、全体の正答率も上昇。これにトマスやレベッカたち教師陣も感嘆し、コーデリアの教育手法が大きな効果を上げたことが実証された。
教育後の対話と詩作の時間
休憩時間には、サラの「乙女たちを守る義務」という発言をきっかけに、男女間の力関係と理性の問題に関する議論が展開された。クロエは貴族としての責務と倫理観に言及し、コーデリアやレベッカも理性と衝動の関係について現実的な見解を示した。
その後、詩作の時間に入り、コーデリアが自作の詩を披露。子供たちも各々の個性を詩に込めて表現した。スコット、ブレイズ、クリストファーはそれぞれに美しい詩を書き上げ、アダムは拙くも力強い詩を作り上げ、コーデリアからの添削で洗練された形に仕上がった。
サラとクロエの詩、そして空気の変化
クロエの詩は乙女心を前面に出した夢見がちな内容であったのに対し、サラの詩は孤独と流転を主題にした深みのあるものだった。その詩に触れた男子たちは、言葉にできぬ不安を抱くほどの印象を受け、サラの存在の奥深さに気付かされた。
アダムの決意と新たな道
コーデリアの授業を通じ、初めて勉強の楽しさを実感したアダムは、彼女に師事したいと強く願った。サラやレベッカの支援により、アダムは平民として新設教育施設で学ぶことを受け入れ、身分を伏せたまま学習する決意を固めた。コーデリアもそれを了承し、アダムに膨大な課題を与えたが、アダムは一切の文句を言わず、それを受け入れた。
こうしてアダムは、廃嫡の危機に直面しながらも、人生で最も努力し学ぶ日々へと歩み出すこととなった。
チェスとゴーレム
教室後の再会と紹介
授業を終えたサラ一行は、資料室から出てきたアリシアとアメリアと合流した。二人はそれぞれ錬金術師と薬師として活動しており、乙女の塔の支援体制を担っている。クロエやクリストファーも残留を希望するが、サラは既にそれぞれに役割を与えていた。クリストファーの希望は遊び目的であり、あっさりと却下された。
魔導チェスと対戦
成績上位者としてチェスが解禁されたクリストファーに対し、アダムは未だ制限付き。アダムにはコーデリアの駒操作係としての参加が認められた。チェスセットはサラが開発した試作の魔導具であり、小型のゴーレムとして機能する。高純度の魔石を用いた構造により、製造コストは極めて高い。魔力補充やリミッターの追加といった機能改善も議題となり、アリシアが協力を申し出た。
教師たちの縁と意外な再会
対戦中、クロエの奔放な行動がきっかけで、ジェインとコーデリアが旧知の仲であることが発覚した。二人はかつて王都で親交のあった元男爵令嬢同士であり、生活の苦労や結婚後の境遇に共感を示し合った。クロエはガヴァネスとしてのジェインに感謝の言葉を述べ、教養の高さと品位が再確認された。
チェスの対局と商品化の構想
チェス対局はコーデリアの勝利に終わった。クリストファーとポストモーテムを楽しむ様子に、サラはチェスのスコア記録やAI化を思案。魔石交換式や魔力補充型チェスのアイデアも浮かび、アリシアとの技術連携が検討された。コーデリアは高性能チェスの発展可能性を見出しつつ、費用や流通への懸念も口にする。
呼称と関係性の変化
子供たちは教師との距離を縮め、敬称を省いた呼び名を提案した。クロエ、クリストファー、そしてサラもコーデリアやレベッカに対して親密な呼び名を希望し、受け入れられた。一方、トマスが「サラ」と呼ぶまでには時間を要し、その声の破壊力にサラとクロエは内心で耐えきれず悶絶した。
こうして乙女の塔では、新たな教育の場と人間関係の深化が同時に進展し、サラの技術開発と人材育成が、また一歩前進することとなった。
魔力増大計画
魔力の変化と成長期の影響
アダムとクリストファーはチェスの使用による魔力消費の体感に違和感を覚え、魔力量の増加を疑った。レベッカの召喚に応じたフェイが、成長期における魔力枯渇が器の拡張に繋がることを説明し、彼らの魔力量が実際に増えていることを認めた。魔力は心臓近くの魔力孔を通じて別空間に蓄積され、枯渇状態が器の拡大を促すこともあるという。
魔力回復とハーブティーの関係
アメリアは、グランチェスター家に届けたハーブティーが特別なものであると明かした。これは妖精が育てたハーブから作られており、体内への魔力吸収を促進する効果を持つ。ハーブティーの効果と魔力枯渇を組み合わせれば、魔力量の向上がより効果的になることが判明した。
魔力枯渇用魔道具の構想
アリシアは魔力量増強のための魔力吸収型魔道具を提案し、寝ている間に魔力を安全に消費できる構造を構想した。アメリアは魔力液を活用した回復ポーションの開発を示唆し、二人の錬金術的関心が一致した。保護者の許可を条件に使用が検討された。
サラの特異性と商品計画
フェイは、サラの魔力が王の十倍に達し、二つ目の魔力孔を持つ特異な存在であると語った。続いて女性たちが届けた商品サンプルを元に、サラとクロエは商品企画を展開。庶民向けと貴族向けの差別化、香料抽出や香水製造、石鹸作りの構想が次々と提案された。アメリアとアリシアは実験と実装を進める意欲を見せ、レベッカの領地コーンウェルの資源が重要な鍵となる可能性も浮上した。
魔力消費型玩具と魔法訓練
サラはチェスより高い魔力消費を伴うゴーレムバトル玩具を導入し、男子たちは魔力量の違いを体感した。クロエの提案で着せ替え型ゴーレムの販促案も持ち上がるが、幼児向け商品としての安全性に懸念が示された。さらにクロエは自らの魔法未発現に対する焦りを吐露し、サラとの訓練参加を希望した。
妖精たちの介入と劣等感の慰撫
クロエの悩みに、ブレイズの友人である黒狼の妖精ノアールが介入し、「他人と比べず自身の美しさを大切にせよ」と語った。その影響でクロエは慰められ、妖精への憧れを抱くようになる。ブレイズやサラの妖精も姿を現し、クロエは驚きながらも感嘆した。
魔法発現と平民の可能性
サラは魔法発現の手段について現実的な限界を説明し、貴族でも魔法を使えない者が多い事実を共有した。コーデリアも自身や弟が魔法を発現できなかった経験を語り、魔法が才能や環境に左右されるものであることが強調された。
アルコール製品と海辺の所領
サラは新たな醸造計画のため、ノアールとブレイズの協力を要請した。さらに、エタノールや石鹸の製造に必要な資源を求めて、レベッカの所領コーンウェルの存在が浮上。温暖な気候と果樹園のある沿岸地帯は、多くの可能性を秘めていた。サラはコーンウェルを次なる商業拠点と見定め、意欲を見せた。
こうして、魔力増大に関する実践的な検証と、商品企画・資源開発・技術導入を含む多角的な構想が次々と動き出すこととなった。
狩猟大会直前
到着準備と物資搬入
狩猟大会の五日前、主家の受け入れ準備のため、使用人たちが続々と到着した。毎年の恒例行事であるため、グランチェスター家の対応は手慣れており、家令ジョセフの指揮のもと粛々と進められていた。ソフィア商会の商品も大量に搬入され、中でもブレイズとノアールの協力により急遽生産されたシードルは大瓶で二次発酵され、会場での提供に備えられた。三年物のエルマブランデーも追加生産され、ハーラン農園の出荷分の8割がソフィア商会に買い上げられることとなった。
酒類管理と見せしめ
サラは正確な需要調査のため、大会終了までの酒類の私的消費を厳禁としたが、酒類の目減りが発生。倉庫に設置した小型ゴーレムにより、侯爵の側近であるリチャードとヘンリーが盗み飲みの現場を押さえられた。二人はゴーレムに縄で縛られダンスを踊られるという屈辱を受け、後に侯爵からの「身代金」によって解放された。この費用は教育施設の運営資金に転用された。見せしめの効果は絶大で、他の大人たちも酒への手出しを諦めることになった。
教育と変化
この間、子供たちは各々の課題に取り組んでいた。クリストファーはスコットやブレイズと共に乙女の塔で学び、クロエもジェインからの淑女教育に加え、男子とともに会計基礎の授業に参加した。驚くべきはアダムの変化で、彼は毎日欠かさず馬で通学し、コーデリアの私塾で平民の子供たちと共に勉学に励んでいた。これにはサラも驚きを隠せず、エリザベスも「半年限定」という条件付きで通学を許可した。
女性陣と準備の裏側
エリザベスとレベッカは、それぞれの茶会への招待客の選定や席次、贈答品、ドレスの色味などを細かく調整。ドレスの被りを避けるようサラやクロエの衣装も事前に取り決められた。騎士団はジェフリー、エドワード、ウォルト男爵の指揮のもと、警備配置の最終確認に追われていた。
王族の訪問と式典準備
今回の狩猟大会は他国・ロイセンの王太子ゲルハルトの参加を伴うため、王国の近衛騎士や王太子の警護団との連携が必要となり、臨時宿営地が設けられた。大会は三日間にわたり、前夜祭としての開会式と舞踏会、最終日の表彰式と閉会式、さらに王家主催の晩餐会と舞踏会が続く。王族たちは式典前日に到着し、終了後も数日間滞在する予定であった。
こうして、貴族や王族の到着が相次ぎ、グランチェスター領は狩猟大会に向けて着々と活気を帯びていった。そしてついに、アンドリュー王子とゲルハルト王太子がグランチェスター城に到着する日が訪れることとなった。
王子と王太子
王子と王太子の到着と歓迎
狩猟大会を控えたある暖かい日、アンドリュー王子とロイセンのゲルハルト王太子がグランチェスター城に到着した。グランチェスター侯爵一家は公式の迎賓として正装で出迎え、侯爵が両王族に一族を紹介した。サラもこの場に同席し、アンドリュー王子から子供扱いされる一方で、ゲルハルト王太子からはその凛とした姿に注目される。
昼食への招待と王族の厚意
ゲルハルトは、予定外にレベッカや子供たちをも昼食会に招くよう侯爵に提案した。当初は辞退するつもりだったが、王族の厚意により家族全員が昼食の席に同席することとなる。この展開にサラは動揺しつつも冷静さを保ち、王族との対面に備えた。
昼食会での波紋
昼食会では、ゲルハルトがかつて外交の場で出会ったレベッカに淡い恋心を抱いていたことが明かされた。さらに彼は、グランチェスター家の令嬢たちに関心を寄せている様子を見せる。アンドリュー王子はクロエにウィンクを送り、クロエは緊張と羞恥で赤面する。
サラの演奏と正体の発覚
侯爵から贈られた「音の出る箱」に収録されたヴァイオリン演奏に感動したゲルハルトは、その演奏者と会いたいと強く求めた。実はその演奏者はサラであり、侯爵はやむなく正体を明かす。演奏を所望されたサラは、カプリース24番をはじめ複数曲を演奏し、王族たちを魅了した。
サラを巡る王族の攻防
ゲルハルトはサラを自国に連れ帰り演奏家にすると宣言し、果ては側室として迎えるとまで言い出す。これに対してグランチェスター家は猛反発し、ロバートは「平民の娘を側室にするなど許さない」と断固拒否した。レベッカも十年前の外交事件を引き合いに出し、強く抗議した。
サラの策略と収束
サラは怒りを抑え、無垢な「おチビちゃん」を演じることでゲルハルトの情に訴え、巧みに撤退させることに成功した。ゲルハルトはようやく折れ、サラの演奏を今後も聴きたいという願いだけを残して引き下がった。
王族たちの反応とその後
アンドリュー王子は冷静に事態を収め、ゲルハルトも謝罪の意を表した。だが、その後もゲルハルトはサラに演奏を求め続け、常に侍従に子供用ヴァイオリンを持たせるという執着ぶりを見せた。
この章では、外交、礼節、少女の策略が交差する濃密な社交劇が描かれ、サラの知性と機転が大いに発揮された回であった。
騎士たちの暴走
騎士たちの暴走と王太子への怒り
昼食会後、ロバートはゲルハルト王太子の振る舞いに激怒し、私室に戻って不機嫌さを露わにした。使用人たちは彼の憤りに共感しつつも冷静に対応し、サラの冷静な立ち回りに敬意を示した。話題は自然とサラの「小芝居」へと移り、使用人たちも含めて笑い合う和やかな雰囲気となったが、ロバートはゲルハルトの影響力を警戒し、ダニエルの護衛をつける必要を感じた。
騎士たちの非礼な行動
その懸念は的中した。サラがジェフリー邸に向かう途中、ロイセンの騎士たちに囲まれ、王太子に従うようにと詰め寄られていた。そこへロバートが駆け付け、すぐにジェフリーとダニエルも加勢。ジェフリーは厳しく騎士たちを非難し、身分照会と武装解除を命じた。サラはウソ泣きの芝居を演じ、ロイセン騎士団の面目を潰した。実際は水属性魔法で涙を演出していたが、その迫真の演技により騎士たちは動揺し、結果として連行されることとなった。
ゲルハルトの執着と背景の分析
その後、ロバート、サラ、ダニエルの三人はジェフリー邸へと向かいながら、ゲルハルトの真意を分析した。サラは、ゲルハルトがレベッカに執着した理由は国母たる資質ではなく、周囲の反応を見るための牽制に過ぎないと推測した。演奏家としてのサラへの執着も、才能に惚れ込んだというより、自分の思い通りにできる「寵愛対象」としての確保が目的であると考えられた。
また、サラが未だ平民籍であることが、ゲルハルトに「援助対象」としての認識を与えていた可能性があることが指摘され、ロバートは自らの養女手続きの遅れを悔いた。
商業談合への布石と小麦取引
話題はサラが呼び出されたソフィア商会に移り、商人たちによる談合疑惑について語られた。サラは、商会がギルド長らに目を付けられていること、情報統制の一環として意図的に密偵を雇ったことを説明した。加えて、ソフィア商会がグランチェスター家の小麦の全量を買い上げるという提案を持ちかけた。ロバートは驚きつつも、談合対策やギルドの撹乱工作として納得した様子を見せた。
ジェフリーへの「推し愛」と今後の住居計画
道中、サラはジェフリーへの熱烈な好意を語り、ロバートやダニエルを軽く落ち込ませた。サラは乙女の塔の隣地にソフィア邸を建てることを提案し、隠し通路の設置による安全確保も視野に入れていた。ロバートもこの案に同意し、侯爵への相談を勧めた。
この章では、サラの機転と演技力、さらに商才や分析力が遺憾なく発揮された。ゲルハルト王太子の危険性が明確になったと同時に、グランチェスター家とソフィア商会の連携が新たな局面に入った場面でもあった。
言い訳をしても笑えない
ソフィア邸への避難と護衛方針
サラは、ゲルハルト王太子の騎士たちによる強硬な接触を受け、ジェフリー邸に一時避難した。ロバートとスコット、ブレイズらはこれを受けて、狩猟大会期間中はサラとしての公的露出を最小限に抑え、商会のソフィアとして過ごすことを確認した。また、護衛には引き続きダニエルを充てることとし、ソフィアの立場として同行させる形に変更した。
音楽を巡る影響とリスク
ゲルハルト王太子がサラの音楽に強い関心を示したことで、過度な演奏は外交上の問題に発展する危険が出てきた。そのためサラは、今後はあえて初心者向けの曲を選び、演奏による誤解や興奮を抑制する戦略をとった。しかし、ソフィアの姿で披露した歌は、意味が分からないはずのダニエルまでもが号泣するほどの影響力を発揮し、その危険性が再確認された。
音楽鑑賞会と販促戦略
狩猟大会中に行われる音楽鑑賞会では、サラがピアノの前座を務めるほか、ソフィア商会の楽譜販売の宣伝として活用する予定であった。吟遊詩人の出演も録音を兼ねており、商品化と販促の一環として商会にとっても重要なイベントであった。
抑止力としての護衛戦略
ロイセン騎士の暴走を踏まえ、今後は「身分のある者による暴走」を抑えるため、狩猟大会中に限り、サラの近くにはグランチェスター騎士団の貴族出身者を交代で配置する方針が立てられた。これにより、抑止力としての効果を期待するものである。なお、ダニエルはソフィア専任の護衛として引き続き任に当たることとなった。
ブレイズの変身と少年たちの葛藤
ノアールの魔法により、ブレイズは成人姿へと変身し、ソフィアに対して想いを口にした。それによりスコットは焦り、兄弟間でサラ(ソフィア)への想いが明確化された。変身後のブレイズの容姿はロバートをも驚かせるほどであり、少年たちは互いを意識しつつ、騎士と魔法使いとして成長し、サラの隣に立てる存在になろうと誓いを交わした。
この章では、演奏という才能が外交リスクに直結するという展開の中、政治的対応、護衛戦略、そして少年たちの恋と成長が同時に描かれた。サラの慎重な判断力と、周囲の信頼と協力によって、王族との摩擦を最小限に抑える準備が着々と進められていることが明示されている。
爪を研ぐ商人令嬢
ロイセン王室使者との応対
ソフィア(=サラ)はロイセンのゲルハルト王太子の侍従ウルリヒ・ジルバフックス男爵と面会した。彼はソフィアに対し無礼な物言いで出自を尋ねたが、ソフィアはその挑発に乗らず、丁寧にかわして対応した。王太子が気に入った「音の出る箱」を三箱ずつ納品する契約を即座に成立させ、さらに王太子に商品名の命名を依頼するという商人らしい機転も見せた。
商業的逆襲の開始
ウルリヒが去った後、ソフィアとロバートは密談を開始した。そこで、ソフィアは商業ギルド主導の談合情報と、それに与する商人たちのリストをロバートに示した。そこには先ほどのジルバフックス男爵の名もあった。
ソフィアの狙いは、談合が成立する前にグランチェスター領の小麦の大半を買い占めることで、買い占め価格は最低価格+1ダルという商人たちの慣習を無視した高値であった。
商人たちの慣習と市場構造の破壊
グランチェスター領では、商人たちは価格操作の談合により領主側に不利益を与えていたが、ソフィア商会が突然すべてを買い占めたことで、この構造が崩壊した。しかも、ソフィア商会は備蓄目的で買っているため、すぐに売る必要もなく、市場価格をコントロールする力を獲得したことになる。
談合への報復とソフィアの覚悟
談合の証拠が掴めず法的制裁が難しい以上、サラは実力で対抗することを選んだ。これは彼女自身が横領問題で感じた商人への怒りと、情報提供者セドリックの働きによって決断されたものである。
この行動は極めてリスクを伴う大博打ではあるが、サラはそのすべてに対処可能な準備をしていた。最悪の場合も想定済みで、既に必要な資金繰りの見通しも立てていた。
いろいろ大騒ぎ
ソフィア商会による市場操作に対する混乱
ソフィア商会がグランチェスター領の小麦の大半を買い占めたことにより、談合を目論んでいた商業ギルド長コジモをはじめとする商人たちは大混乱に陥った。価格交渉を前提とした談合が無力化され、農家が自家流通分の小麦を高騰価格で売り出すのは確実となった。コジモは農家への買い付けを急ぎ、同時に談合予定の秘密会合の準備を進めた。
ソフィアの経済的影響力への警戒と出自の推測
ソフィア商会が潤沢な現金を支払うことで、他の商会では圧力が通じないことが判明した。さらにゴーレムや商品展開の巧妙さから、コジモはその背後に巨大な支援があると見て、ソフィアの出自を探り始めた。その中で、彼女がアーサー卿と駆け落ちしたアデリアの血縁者である可能性が示唆された。
騎士による騒動と外交上の火種
一方、グランチェスター城では、ゲルハルト王太子の騎士たちがサラに対し不適切な接触を行ったことが発覚し、グランチェスター侯爵が激怒した。王族の威を借りた行為が子供に向けられた事態を重く見た騎士団長は、騎士らを即座に謹慎処分とし、王室も正式に謝罪することで一旦の事態は収束を見た。
ゲルハルト王太子の誤算と動機の告白
ゲルハルトは、最初からグランチェスター家に偏見を持っていたこと、そしてサラを政略結婚の一環として、あるいはかつての正妃マルグリットに重ねて「救い出そう」とした動機を振り返り、自らの行動の誤りを反省した。彼はサラを恋愛対象としてではなく、助けるべき存在と誤って認識していたのである。
ロイセンの外交目的と通商計画
ロイセン王国は農業力の低下に直面しており、グランチェスターを含むアヴァロンとの通商条約に活路を見出そうとしていた。そのため、サラへの接触は王家の外交戦略とも重なっていたが、文化の違いや配慮の欠如により、その試みは裏目に出た。
ウルリヒの動揺と命名の提案
ウルリヒ男爵はソフィア(=サラ)に一目惚れし、軽率に出自を問うたことでロバートに咎められたことを報告。ゲルハルトはそれをからかいつつも、ソフィアから提案された「音の出る箱」の命名権を快く受け入れ、「シュピールア(Spieler)」と命名し、直筆の命名書に署名を加えた。
男の誓い
本城への向かう決意と矜持
ソフィアとして本店から戻る途中、ダニエルはピアノ演奏のためにサラが本城へ行くことに懸念を示した。しかしサラは、もはや自分はグランチェスター家の一員として行動しなければならないと矜持を示し、王族との行き違いによる禍根を避けたいと述べた。ダニエルはそれに理解を示しながらも、貴族に対する複雑な感情を明かした。
子供部屋と兄弟のやり取り
ジェフリー邸に戻ったサラは、スコットやブレイズの近くの部屋に案内された。そこはかつて三人目の子供のために用意されていた部屋であった。ブレイズはまだ成長状態から戻っておらず、大人の姿でサラを抱き上げると、スコットとともに“お姫様抱っこ”を巡ってふざけ合った。サラはそれに呆れながらも、和やかな空気の中で心を和らげていた。
ジェフリーの護衛と父娘の誓い
ジェフリーがその夜の護衛を申し出た。サラは驚きつつも感謝の意を表し、彼とのやり取りで僅かな癒しを得た。ジェフリーに頬へキスをして甘えるサラに対し、彼もまた父親としての想いを返した。
一方で、ロイセンの王太子に対する警戒感を示し、今後の行動には気を引き締める必要があると語り合った。スコットとブレイズも真剣な面持ちでサラを託し、ジェフリーは「オレはオレの全部でサラを守る」と誓った。
プチ演奏会
アールバラ公爵夫妻の来訪と開演前の緊張
サラの就寝時間の都合により、ピアノ演奏は晩餐会の前に実施された。アンドリューの叔母夫婦であるアールバラ公爵夫妻も観覧に訪れ、夫人ヴィクトリアはかつてアーサーのファンであったため、特にサラに強い関心を抱いた。対面したサラは優雅にカーテシーを披露し、アールバラ公爵からもその品位を称賛された。
ピアノ演奏とサラの内面
サラは「エリーゼのために」を演奏し、続いてリクエストに応じ「クシコス・ポスト」も披露した。演奏中、前世の記憶が蘇る不思議な感覚に包まれつつも、感情を抑えた演奏に終始したことで、ゲルハルトの感動を意図的に誘わなかった。
サラへの好意とヴィクトリアの後ろ盾
ゲルハルトはサラに親しく接しようとしたが、サラは距離を保とうとした。ヴィクトリアはその空気を察し、機転を利かせてサラを庇う発言を行った上で、サラに親愛を示し友人関係を申し出た。これにより、サラは社交界における強力な後ろ盾を得るに至った。
平穏な帰路と温かい出迎え
サラはゲルハルトの追加の要望を巧みに回避し、ジェフリーの護衛のもと本城を後にした。帰宅後、スコットとブレイズが食事も取らずに待ち続けていた姿に迎えられ、ようやく平穏な夜が訪れた。
不愉快な会合ーSIDE ウルリヒー
商人たちの談合と小麦買い占めの報告
会員制高級娼館「花の隠れ家」にて、グランチェスター領の小麦を扱う商人たちが集まり、狩猟大会にあわせた談合の会合が開かれた。ウルリヒは初参加であったが、コジモ主導のこの会合に期待を寄せていた。しかし、会合の冒頭でコジモがソフィア商会による小麦の全量買い占めを発表し、場は一気に騒然となった。
商人たちは激昂し、ソフィアの出自や資金源を疑いながら、グランチェスター家との関係を推測した。さらに、談合が崩れたことで、ソフィア商会を干上がらせる策として、手形の現金化を意図的に進め、価格交渉の主導権を奪おうとする悪意ある案が出された。ウルリヒはこの流れに強い不快感を抱いたが、外交的立場を考慮し、その場を穏便に辞去した。
王太子との報告と策の共有
城に戻ったウルリヒは、湯浴みで気分を整えたのち、ゲルハルト王太子に一連の出来事を報告した。両者は、談合の実態とアヴァロンの流通の危機的状況を踏まえ、ソフィア商会を通じて小麦を購入し、正当な価格で取引することがロイセンにとって最善であると判断した。ウルリヒはゲルハルトの許可を得て、堂々とソフィア商会との交渉に臨む決意を固めた。
アヴァロンとロイセンの文化的ギャップ
また、ウルリヒがソフィアに惹かれている様子を見たゲルハルトは、アヴァロンの女性の自立性と意思の強さを語り、ロイセン男性の価値観との違いを指摘した。女性の生き方を尊重する文化に対し、守るべき存在としか見なさないロイセンの価値観は見直す必要があるという結論に至った。ゲルハルトはウルリヒに対し、今は恋愛よりも小麦の取引に集中するよう助言した。
妖精に愛されない国
小麦取引とロイセンの逼迫事情
夕食後、サラは天蓋付きの可愛らしい寝室に戸惑いを覚えつつも、セドリックと情報交換を行った。セドリックは、コジモ主催の談合の場で小麦買い占めの事実が明かされたこと、そしてロイセンのジルバフックス男爵がその場に参加していたことを報告した。
小麦取引の外交窓口となる可能性のあるジルバフックスは、帰城後にゲルハルトと今後の対応を協議し、ソフィア商会からの正式購入を検討しているという。だが、アヴァロン国内では小麦の無許可輸出が違法であるため、交渉には王族や貴族の関与が必要であった。
オーデルの豊かさとロイセンの衰退
サラはロイセンの食糧事情が悪化している背景に興味を抱き、妖精ノアールからその由来を聞く。かつてのオーデル王国は、妖精たちと友愛を結んだ王族の魔力供給により、豊かな農地と鉱脈に恵まれていた。しかし、ロイセン王家は妖精を排除し、王族たちを粛清したことで妖精の加護を失い、土地は徐々に痩せていったのだという。
ノアールはオーデル王家への忠誠心から、ロイセン王族に協力する気は一切なく、ブレイズへの出生の告知にも否定的であった。
サラの葛藤と魔力による農業再建案
妖精たちは、サラ自身の魔力で小麦を創出すれば備蓄を補えると示唆した。ポチはサラの魔力を使って実際に小麦を生成して見せ、必要な量の半分程度なら魔力枯渇2回分で賄えると提案する。
サラはその案の有効性を認めつつも、魔力消耗と人的リソースの問題、また自らが先走り過ぎることへの不安から即断は避けた。ただし、痩せた土地に向く作物栽培を進めるため、以前視察した集落をロイセンへの参考事例として提示することを決意した。
人と妖精の違い
ノアールは、人間の善悪や正義は妖精には通じないこと、妖精は友愛を結んだ人間の望みのみに従って力を貸す存在であると説いた。サラはその思想に触れ、妖精たちとの絆の重さを再認識する。ロイセンに力を貸すには、ブレイズ本人が望まなければならず、サラ個人の情や願いだけでは動かせないことを悟った。
疲労困憊したサラはそのまま眠りに落ち、翌日の狩猟大会と舞踏会に備えることになった。
狩猟大会の開会式
ソフィアの支度と登場
狩猟大会の開会式に向け、ソフィアはキャサリン率いる侍女団の手で徹底的な美容と着付けを受けた。マーメイドラインの地味なグレイのドレスとレースのボレロを選び、目立たぬ装いを心がけたが、完成した姿は周囲の注目を集めるほど美しかった。護衛兼エスコートのダニエルとともにグランチェスター城へと向かい、ロバートとレベッカに迎えられた。
ウルリヒとの対話と駆け引き
会場にてジルバフックス男爵ウルリヒと遭遇したソフィアは、テラスで対話に応じた。ウルリヒはグランチェスター領の小麦の買い占めと売却先について質問するが、ソフィアはその情報を巧みに牽制し、またゲルハルト王太子の過去の不始末と外交的失点を暗に指摘した。交渉には王室の許可とグランチェスター侯の承認が必要であり、ロイセン側には時間的余裕がないことをほのめかした。
シードルとエルマブランデーの披露
開会式では、まず新たな発泡酒「シードル」が披露され、その新鮮な味わいが貴族たちに好評を博した。続いて女性客にはソフィアの化粧品が注目され、スキンケア製品の会員制販売などの展望が語られた。やがて侯爵が発表した「エルマブランデー」は、強い酒精と芳醇な味わいでさらなる評判を得た。
このエルマブランデーが二十年物であることが明かされると、ワインの名産地ハリントンの伯爵までもが動揺し、ソフィアに譲渡を求めた。しかしソフィアはそれをオークションにかけるとし、グランチェスター家の庇護下にあることを貴族たちに印象付けた。
婚約発表と新たな文化
宴の中盤、ロバートとレベッカの婚約が公式に発表され、アストレイ子爵位の授与と領地の拝領が告げられた。国王の勅書を通じて、その正統性が広く認知された。祝賀の後には、サラの提案により「スイス軍の行進」が演奏され、社交界に新たな文化が生まれる契機となった。
ソフィアの退場と余韻
舞踏が始まると、多くの貴族男性がソフィアに接近しようとするが、ダニエルの威圧的な存在感によって撃退された。ソフィアはその場を早々に退き、次なる多忙な日々に備えるためグランチェスター城を後にした。
圧勝
セルシウス卿の暴走と求婚騒動
ソフィア商会が開店する早朝、警備用ゴーレムが複数の賊と共に貴族風の若者を拘束していた。彼はセルシウス侯爵家の三男ライサンダーであり、アールバラ公爵の弟でもあった。夜会でソフィアに一目惚れした彼は、無断で商会に侵入し、花束を差し出して求婚を申し込んだ。しかしソフィアは即座にこれを拒絶した。
ライサンダーは自らの家柄と爵位を誇ったが、ソフィアは平民出身であることを引き合いに出し、貴族社会に組み込まれることを断固として拒んだ。また、彼の借金や下心を見抜いていたため、剣を抜いたダニエルが彼の乱暴を未然に防いだ。
騒動は穏便に収まったものの、ソフィアはこの件をセルシウス侯爵に報告。ライサンダーは謹慎処分となり、関係した若者たちもアールバラ公爵の命により地方へ左遷された。
アールバラ公爵家との対峙
直後、アールバラ公爵夫人ヴィクトリアから面会要請が届く。使者の傲慢な態度と強引な召喚にソフィアは不快感を募らせたが、サロン準備の合間を縫って面会に応じた。
面会の場では、ヴィクトリアがソフィアの貴族入りを勧めたが、ソフィアは明確に拒否。自身の才覚で商会を経営することを誇りとしており、貴族社会の規範には一切興味を示さなかった。その堂々たる態度と論理的な主張に、ヴィクトリアは徐々に心を動かされ、最終的にはソフィアの影響力を認め、全面的な協力を誓った。
さらにソフィアは、アールバラ公爵家の使用人の中に不正に武器を横流ししていた者がいることを密かに告げた。この情報は、公爵家の威信を守るためにも極めて重要な意味を持つこととなった。
ソフィアの立場の確立
本章においてソフィアは、自身の理念と信念に基づいて貴族たちの求婚や圧力を退け、逆に彼らに影響を与える存在として浮上した。商人としての誇りを守り、政治的にも交渉術でも優位に立ち回った彼女は、アヴァロン社交界においてただの話題の中心ではなく、「決して敵に回してはならない存在」としての地位を確立するに至った。
気付いてしまう小侯爵夫妻
サロン開場前の準備と気付き
ソフィアはアールバラ公爵家との面会を予想より早く終え、予定通りサロンの準備現場へ到着した。従業員の陳列作業を確認した後、控室でキャサリンにメイクと装いを整えられたが、その際、周囲の女性たちがすでにソフィアの正体に気付いていることを知った。ソフィアは年齢の設定に苦心していたが、既に「黙して語らぬ了解」が形成されていた。
その後、サロン会場に現れたクロエや小侯爵夫妻は、ソフィアをサラの親戚と認識し好意的に受け入れた。
驚愕の新商品と貴族女性の反応
サロンが開始されると、ソフィア商会が配布した土産品の一つ、リップクリームの容器が大きな注目を集めた。見た目は化粧品でありながら、実は高純度の光属性魔石を使用した治癒機能付き魔道具であった。この巧妙な仕掛けは、貴族女性たちの心を強く掴んだ。
ソフィアは商品説明に加え、実演として自ら指を傷つけて治癒を披露。鑑定に耐え得る品質と精緻な細工が施されたリップクリームは、贅沢品として強烈な印象を与えた。
商品と社交の融合
女性たちの人気を受けて、ソフィア商会の商品は次々に注目を浴び、貴族女性たちはシュピールア(音楽再生箱)や化粧品に殺到。一方で、待ちくたびれた男性陣はハーブティーの試飲に引き寄せられていった。
その最中、ランズフィールド侯爵の下品な言動にも、ソフィアは機知に富んだ切り返しで一歩も引かず、逆に男性陣の視線を釘付けにした。
魔道具チェスセットと魔石技術の衝撃
チェスセットのデモンストレーションでは、クリストファーが魔力量増大の効果を証言したことで、貴族たちは騒然となった。魔力を枯渇させて鍛える仕組みを、子供が遊びながら体得できる点が革新的だった。
さらに、ソフィアは「魔力を補充可能な魔石」および「魔力属性の変換技術」の存在を明かし、これらの技術がソフィア商会の独占であることを強調。チェスセットだけでなく、リップクリームにもこの技術が用いられている可能性を示唆し、商会の革新性を裏付けた。
小侯爵夫妻の覚醒
サロン終盤、ソフィアが他領への出店可能性に言及したことで、エドワードとエリザベスの心は大きく揺れた。自領に縛られず、王都や他領へ展開可能なソフィア商会のスケールと戦略に、小侯爵夫妻は恐怖にも似た感情を覚えた。
グランチェスターでの独占が保障されない現実に直面し、夫妻はようやく自らがサラという存在の庇護を受ける「踊る人形」に過ぎなかったことを悟ったのである。
ドラゴンに喧嘩を売るべきではない
ヴィクトリアの警告とソフィアの覚悟
サロン終了後、ヴィクトリアはソフィアに魔石技術の真偽を確認した上で、魔石鉱山を抱える領主との軋轢を懸念し、味方を増やすよう助言した。これに対しソフィアは、必要があれば「敵対する相手を叩き潰す」と断言し、最悪の場合は国を離れる覚悟も示した。その確固たる姿勢に、ヴィクトリアは商人としての強さとしなやかさを改めて認識し、深い敬意を抱いた。
魔石技術公開の経緯
帰路の馬車内で、ソフィア(サラ)はダニエルと魔石技術の公開について語り合った。もともとは秘密にするつもりだったが、シュピールアやゴーレムなどの商品開発を進めるうちに、秘匿が現実的でないと判断。商品として展開するには正当な理論が必要と考え、アリシアに「魔力を補充できる魔石」の論文をアカデミーへ提出させた。
当初、アカデミーはアリシアを無資格の若年女性と見下し論文を一蹴したが、「パラケルススの子孫」であることが判明すると態度が一変。ところが、アリシアに送られた要求文書は高圧的で侮辱的であり、それに憤慨したサラは即座に高純度の魔石を加工・封入したシュピールアをアカデミーへ送りつけた。
論文の真価とアカデミーの混乱
サラが送りつけた魔石には、すでに魔力が込められており、検証によって補充機能の存在が即座に証明された。だが、傲慢な態度を取っていた教授陣の再接触はサラに無視され続け、「小娘の戯言はお捨て置きください」との一文が添えられて返送された。
教授たちは追い詰められ、最終的に国王に泣きつく事態に陥る。だが、王はアカデミーの非礼に激怒し、強制召喚を否定。代わりにアンドリューの随行という形で、直接謝罪と交渉の場を得ることを命じた。
乙女の塔と錬金術師たちの暴走
グランチェスターを訪れた錬金術師たちは乙女の塔への立ち入りを求めたが、サラはこれを拒否。塔の防衛ゴーレムたちは日夜訪問者を排除しており、ついには教授の一人が抱きかかえられて泣く場面まであった。
一方で、錬金術師たちの興味は強まる一方で、ゴーレムの機能や仕組みに夢中となり、連日乙女の塔を訪れるようになった。これにアリシアは困惑し、アメリアは冷静に状況を見守った。テレサは錬金術師の熱意を「感動」と解釈したが、その予想は的中していた。
サラの反応と結末の兆し
ジェフリー邸に戻ったサラは、錬金術師たちがゴーレムにじゃれついている様子を聞き、大笑いしながらも「そろそろ許しても良いか」と心を和らげた。魔石技術を巡る攻防は、サラの一手で完全に制圧され、逆に相手側を虜にする結果となったのである。
貴族令嬢サラ
社交の裏で沸騰する商会の人気
狩猟大会二日目、ソフィア商会には各貴族や富裕層から問い合わせが殺到していた。従業員たちは個別対応を断る方針を取り、「王族を含む多数から依頼があるため」と説明していたことで不満の抑制に成功した。シュピールア、シードル、エルマブランデー、化粧品、ハーブティーは軒並み在庫切れとなり、特に「美肌効果」のブレンドは大量購入者が現れるほどの人気であった。サラは転売対策とブランド毀損防止の必要性を感じ、今後の支店展開を見据えて備える決意をした。
令嬢としての初舞台とその成果
サラは水色のドレスに水属性の魔石をあしらったバレッタを身に着け、貴族令嬢としての初デビューを果たした。レベッカの紹介で開催された小規模なお茶会では、子供時代の発表会で演奏した「メヌエット三番」を披露し無難にまとめた。吟遊詩人によるライブ演奏も録音されており、シュピールアの新商品として期待された。詩歌披露の際には「秋」をテーマに即興詩を読み上げたが、吟遊詩人が即興で曲を付けて歌ったことでサラは羞恥に耐えることとなった。
演奏と対応の巧妙さ
続いて披露したモーツァルトの「トルコ行進曲」は絶賛を浴び、サラの品位と才能が一層印象づけられた。吟遊詩人や楽団はすでに契約済みで、報酬・収益配分の保証があるため演奏には熱が入っていた。さらに、楽譜販売も併せて実施され、前世の音楽知識を活用したサラの「音楽チート」は確かな成果を上げた。
子供たちとの交流と社交の課題
親たちは自分の子供たちをサラと交流させようと躍起であったが、演奏技術に圧倒された子供たちは萎縮し、打ち解けることは難しかった。サラは愛想よく応じながらも、貴族令嬢としての立ち回りに重きを置いておらず、社交の成果を求めていなかった。しかし、多くの貴族がソフィア商会との縁を求めてサラに関心を向け始めたことから、この日の社交はサラ本人の意図を超えて成功を収めたと言える。
エピローグ 酒が入るとジジイは昔話をする
酒と昔話に花咲く侯爵たちの夜
グランチェスター侯爵と親友ランズフィールド侯爵は、狩猟大会後の夜、侯爵の私室でワインを酌み交わしながら、アカデミー時代の思い出話に興じていた。かつて二人が十四歳の頃にワインを盗み飲みし、盛大に嘔吐して家族に大目玉を食らった話など、懐かしい記憶が次々と語られた。
ソフィアに対する探りと牽制
やがてランズフィールド侯爵は、話題をソフィアに移した。ソフィアに対するグランチェスター侯爵の態度が他の女性と異なると感じた彼は、その関係性を探ろうとしたが、侯爵は明言を避けた。しかし、ソフィアを「孫のように思っている」とし、「不埒な振る舞いは許さない」と強く釘を刺したことで、ランズフィールド侯爵は侯爵の本気を悟り、深追いを断念した。
親友としての気遣いと配慮
ランズフィールド侯爵は本来、妻と娘から命じられた「ソフィアの正体を聞き出す」という任務を背負っていたが、侯爵の頑なな態度により成果を得られず、ただ酔い潰れるだけの夜を過ごすこととなった。しかし、侯爵は親友の意図を見抜いており、ソフィアに頼んでランズフィールド侯爵家の滞在先に外商に赴かせる約束を取り付けていた。この配慮により、ランズフィールド侯爵は家族に面目を保つことができた。
書き下ろし
残酷な程に優しく、驚く程に甘い
執務の崩壊と再建の始まり
文官の汚職発覚により、執務室は大量の未処理書類に埋もれていた。多くの文官が逃亡し、一部は収監されたが、牢の中でも書類処理を強いられていた。農業担当のポルックスは、元上司から娼館を経由した談合の実態を聞かされ、調査のため娼館を訪れるも門前払いを受ける。紹介者を持たぬ平民では高級娼館への入店は叶わなかった。
ロバート、娼館に潜入する
代官であり貴族の子息でもあるロバートが、自ら娼館「シークレットガーデン」に赴くことで、調査は一歩進展を見せる。美貌の娼婦ローズと過ごす一夜で、彼女の知性と繊細さに触れたロバートは、自らの目的が花たちにとっていかに残酷であったかを痛感する。ローズから得たのは商人のリストのみであり、深入りすれば命を散らす花が出ることも理解させられた。
優しき別れと自省
翌朝、ローズから贈られた手紙には「あなたの幸福を願う」としたためられ、再会を拒む静かな別れの言葉が綴られていた。ロバートはその優しさと聡明さに心を打たれ、自身の浅慮を恥じた。傷つける側に回っていたことに気付き、調査の中止を決意した。
サラの受け入れと物語の再始動
同日、王都にいるグランチェスター侯爵から届いた手紙により、サラを領地で令嬢として受け入れる旨が知らされる。ロバートは真っ先にレベッカをガヴァネスにと考え、彼女に手紙を送ると快く承諾の返事が届いた。罪悪感に苛まれながらも、ロバートは自分の人生が再び動き出す予感を強く抱いていた。
電子版特典SS
学び舎と学友
貴族の変装と庶民の学び舎
アダムは身分を偽り、庶民のための私塾に通うこととなった。衣服や持ち物はサラの手配で「裕福な商家の息子」程度に抑えられていたが、それでも上質な装いや乗馬通学は目立ってしまった。通学用の牝馬は、実はデュランダルの推薦による優秀な護衛馬であった。
教室での歓迎と敵意
私塾ではアダムの容姿と物腰が女子生徒に好印象を与える一方、男子たちからは嫉妬混じりの敵意を向けられた。特にトーマはアダムに強い反発を示し、初対面から挑発的であった。アダムは身分を隠しつつ、貴族的な所作で冷静に対応した。
美少年マーグとの出会い
遅れて現れたマーグは、アダムに劣らぬ美貌を持ちながらスラム出身であり、日雇いや下働きで生計を立てていた。互いに美形であることから女子たちの注目を浴びつつも、アダムとマーグはすぐに打ち解け、周囲の空気とは異なる友情を育み始めた。
教室での衝突と仲裁
アダムが貴族的な物腰を崩さない中、トーマや男子たちの敵意は募り、ついに放課後の馬場で衝突が起きた。徒党を組んでアダムを囲んだ男子たちに対し、マーグが加勢。アダムとマーグは見事な連携で相手を圧倒し、最後はアダムが乗馬用の鞭で「お仕置き」することで一件は落着した。
飴と鞭の使い方
翌日、アダムは教室に食料や文具を差し入れ、生徒たちの心証を一気に改善した。特にマーグには持ち帰り用の食事を渡し、「親友になってほしい」と告げた。マーグはそれを快く受け入れ、見返りとしてアダムに数学を教えることを申し出た。二人は拳を合わせ、確かな絆を結んだ。
同シリーズ



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